約 1,871,736 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1440.html
前ページ次ページゼロの使い魔~我は魔を断つ双剣なり~ 「ん………ふわぁぁ」 朝が来た。 記憶を失った大十字九朔、初めての異世界での朝である。 「てけり・り」 「ん? ああ、良い朝だなランドルフ」 「てけり・り!」 枕部分から伸びる目玉も、朝の日差しの明るさに嬉しそうにそのスライムっぽい赤色を 小刻みに震えさせている。 はてさて、昨日あったばかりだというのにこうも親愛の情を深めることができる自分は 一体何者なのか? 「考えたところで何も分からぬのでは、どうしようもないわな?」 「てけり・り」 うんうんとうなずく触手。気が合う、無駄に気が合う。腕と触手を組み、ガッツポーズ。 「ま、冗談はさておき」 ランドルフの変形したベッドから下りると九朔は己を召喚した張本人かつ、記憶喪失の鍵を 握るであろう少女のベッドに向かう。 「すぅ………」 未だ眠るルイズ、その寝顔は昨日の口調から想像できぬほど愛くるしい。 正直なところ、こんな娘が自分たちを召喚したとは思えない。 それなのに『招喚』の事実を受け入れてしまっているのは記憶から抜け落ちた『招喚』の 記述が彼に影響を及ぼしているからか。 「てけり・り」 「ん? ああ、そういえば洗濯物を持っていけとか言われてたな」 「てけり・り」 既にベッドから変形済みのランドルフ、丸のような四角のようなそれとも球のような…… とにかくよく分からない不定形に戻った彼は頭の上と思われる部分に洗濯籠を乗っけて ぷにぷにと跳ねていた。 「世話になる身だ、一緒に行くとしよう」 ルイズを起こさぬように部屋を退出する一人と一匹(?)、そのまま洗濯場であるという 場所へ直行しようとしたのだが、 「ふむ」 「てけり・り」 「ううむ……」 「てけり・り………」 「ん………」 「てけぇりぃ~……」 迷った。 なにぶん初めての場所である、ルイズからの口伝えだけで洗濯場が分かる訳がなかったのだ。 部屋に帰ろうにもさてどっちから来たか思い出せず右往左往、分からないならば進むのみと 闇雲に行けば右往左往、気づけば中庭らしき場所で立ち尽くすことになる二名であった。 「困ったな」 「てけり・り」 天を仰ぎ唸る一人と一匹。 さて、どうしたものか。 悩む二名はどかりと地面に座り、顔と目玉をつき合わせて腕と触手をああだこうだと 手振り身振り交えて相談する。 はたから見れば実に背徳的な光景、メイジではないっぽい平民の少年と使い魔というには なんかスライムっぽい何かが触手をうねうねと蠕動させて話し(?)合っているのである。 なんか、こう官能的。 ついでに背徳的で冷蔵庫に網掛けが必要な感じ。 燃えるというよりひんやりする。 普通なら話しかけない。 できれば、避ける。 お付き合いはお断りしたい。 が、そんなのは誰かが見ていたらという前提あってのこと。 こんな朝早く、日の昇ったばかりでは人も居ない。 ついでにそんな眼で見るような人間も居ない。 つまり、彼等を最初に見る人間には偏見の持ちようがない というわけで、 「あのぉ……どうかなされましたか?」 彼女、シエスタは声をかけたのであった。 「うむ?」 「てけり・り?」 同時振向く一人と不定形。 そこには彼等の知識にあるメイドというにはやたら露出のないメイド服を着込んだ黒髪の少女。 ここに来て九朔とランドルフが見た二人目の人間であった。 「ああ、実は洗濯場がどこか分からぬのでな。話し合っていた」 「てけり・り」 「は、話し合って………ですか?」 初めて見る少年と触手をうねらせて何か意味不明の言葉で会話を試みている不定形。 恐らく使い魔だと思うので多分それと会話をする彼はメイジかと思ったら マントは羽織っているが杖は持っていない。 ということは、である。 「も、もしかして……あなたが噂のミス・ヴァリエールが召喚した使い魔さんですか?」 「使い魔かどうかと言われたら断固否定したいところだが……まあ、そうだ」 「てけり・り」 肩をすくめる九朔、それにならうように頭と思われる部分を波打たせるランドルフ。 「ふふ。そんなこと言ったらミス・ヴァリエールに怒られちゃいますよ? あ、そちらのぷにぷにした方も使い魔さんなんですか?」 「いや、彼も我と一緒に来たようだが違うみたいだ」 「そうなんですか。でも、可愛いですね」 くすりと微笑むシエスタ、ショゴス相手でもまったく動じないあたり、この世界の人間は どうやらなかなかに良い胆力をお持ちのようである。 「えっと、ではご挨拶ですね。私、ここでメイドとして奉公させて頂いていますシエスタと もうします。どうぞ、よろしくお願いしますね」 恭しくお辞儀するシエスタ。 「我は大十字九朔、そして彼はランドルフだ」 それに倣い九朔も深々と頭を垂れ、ランドルフも目玉がある触手をほぼ180度縦に曲げる。 一応お辞儀のつもりのようだった。 「はい、よろしくお願いします。えっと、洗濯場をお探しとの事でしたよね? 私もこれから行くところでしたのでどうぞご一緒に」 手招きするシエスタに連れられ洗濯場へ向かう二人。 案内されたのは旧い造りの洗濯場、手洗いとは実に古風である。 「では、ミス・ヴァリエールのお洗濯物はこちらでお預かりしますので終わったら また取りに来てくださいね」 ランドルフから洗濯籠を受け取り、そのまま洗濯場へと引っ込もうとするシエスタの後姿を 見つめる九朔。あのような少女に洗濯やら何やらを押し付けるのは何だか心苦しい。 「シエスタ」 「はい?」 そんな彼女に九朔は声をかけてしまう。 振向いたシエスタの表情には辛そうなものなどこれっぽちもありはしないのだが、何だか このままでは宜しくないのだ。 そういうわけで、結局というか父親譲りのお人よしの血というか、 「我も手伝おう。男手があった方が早く終わるであろう?」 こんな申し出をしてしまう九朔。 「そそそ、そんな! ミス・ヴァリエールの使い魔さんにそんな事していただくなんて!」 わたわたと驚いて首をブンブン振るシエスタ。 「いや、構わぬさ。我は記憶を失っておるのでな、こうやって体を動かすなり何なりして おれば何か思い出すかも知れぬ」 「てけり・り!」 向かい合う九朔とシエスタの間に入り込む目玉。 「ランドルフ、汝も手伝うのか?」 「てけ~り。てけり・り、てけり・り!」 「ほう。汝、そのようなマネも出来るのか?」 「てけり・り!」 「え? え?」 自分を無視して訳の分からぬ会話を始める一人と一不定形に戸惑うシエスタ。 「てけり・り。てけーり・り! てけ~り!」 「あはは! それはすごい!」 「あ、あのクザクさん?一体何を……」 「ん? ああ、なに。ランドルフが中々におもしろい特技を持っていたのでな。 それについて話しておったのだ」 「おもしろい特技?」 「ああ、これだ」 指差す先で変形するランドルフ、スライムっぽいそれが固形状に変化して四角い箱になる。 「箱……ですか?」 「ただの箱ではない。……よし、我も手伝うぞランドルフ」 そう言うと、近くの水場から組み上げた水をどんどんランドルフの中に流し込んでいく九朔。 皆目検討つかないその行動に疑問符をどんどん浮かべていくシエスタ。 「あ、あの……クザクさん?」 「済まぬな、もう少し待っていてくれ」 「あ……はい」 目の前で行なわれる奇妙な儀式を見守るしかないシエスタ。いつしか集まっていたほかの メイド達もそれに注目する。 そうしているうちになみなみと満たされた箱型ランドルフの中、九朔は近くにあった洗濯を どばどば放り込んでいった。 そして、 「では、ランドルフ……仕れ!」 パチンと指が鳴らされた次の瞬間、 「てぇぇぇぇけぇぇぇぇりぃぃぃぃぃぃぃりいいいぃぃぃぃぃ!!!!」 なんとランドルフが激しく蠕動し始めた。 蠕動は中に溜められた水にまで伝わり、ぐるぐると回転を始める。洗濯物はグルグル回転し、 ついでにランドルフも激しく蠕動。 逆回転も加わり螺旋の動きもばっちり、揉み洗いでもなんでもござれである。 蠕動と回転が組み合わさればこれすなわち汚れ落としもばっちりである。 「おおおおお!!!」 見る間に洗濯物の汚れが落ちていくさまに寄ってきたメイド達からも歓声があがる。 これぞいわゆるショゴス製洗濯機、いろんなものに奉仕している種族なのである、これくらい できて当たり前だろう……多分。 「す、すごいですランドルフさん! こんな洗濯法初めてです!」 「てけり・り」 なぁにこれくらい朝飯前よ、と身体を蠕動させつつ自慢するように触手を振るわせる ランドルフとがっちり握手するシエスタ。 不定形スライムと少女の親交、実に微笑ましい光景である。 他意などありやしない。 洗濯物はその間にも放り込まれてはピッカピカされ、放り込まれては漂白され、放り込まれて は染みも落とされ、そんなそんなの繰り返し。 九朔もそのできあがった厖大な量の洗濯物を両腕に抱えて干していく。 気づけば本日分の洗濯は完全無敵に完成、終了。素晴らしい。 「ふむ、思った以上だな?」 「てけり・り!」 洗濯場の前にずらりと並んだ厖大な量の洗濯物を見て感慨深く呟く一人と一不定形。 メイド達からいたく感謝されたのもあって実に爽快な気分である。 「洗濯の手伝いもやってみるものだな」 「てけり・り」 お互いに得心してうなずく。だがしかし、何か忘れているような気がする。 大事だったような、そうでもなかったような。 「何だと思う?」 「てけり・り?」 さあ?と触手をうねらせる不定形。 もう少し頭をひねってみる。 と、目の前を通り過ぎていくルイズと同じ格好の少年少女たち。 「ああ」 思い出してパンと手を打つ。 ルイズを起こすのを忘れていた。 が、 「まあ、一人で起きることくらいできよう。何も問題あるまい」 「てけり・り」 うんうんとうなずく九朔とランドルフ。結構冷たい奴等であった。 そのままのほほんと朝の陽の光を浴び続ける一名と一不定形。シエスタを始めとした メイド達は朝食の用意があるといって既になく、朝食の香りが何処からか漂ってきている だけである。 「そういえば、昨日から何も食べておらぬな」 「てけり・り」 すきっ腹がきゅんと鳴る。 はぁ、と溜息をつく九朔とランドルフ、そんな一名と一不定形に駆け寄る殺意の篭った足音。 空腹のせいで警戒心の緩んでいた九朔はそれにゆっくりと振向く。 そして次の瞬間、 「ぐほぁぁぁあああっ!!」 ルイズの両足ぞろえのとび蹴りが、美事に顔面にクリーンヒットした。 本来の九朔であったら喰らうはずのないそれに、女性っぽい中性的なキレイな顔が見事 フッ飛ぶ。 空中二回転して地面とキス、どこぞのスナイパーもびっくりである。 「おお……うぐぉ………んぐぅぅ………」 顔面へのダメージに悶絶する九朔。 おかしい、こういう役回りは自分ではない、何故か分からないが走馬灯のように緑の ■■■■っぽい誰かが頭に浮かんだ。 「良くも起こさなかったわね? 良くも良くも起こさなかったわね? 起こせって言ったのに 起こさなかったせいでもう少しで私、寝坊して朝ごはん食べ損なうところだったわ……」 静かな怒りがルイズの周りで渦巻いていた。 ズンと、大地を踏みしめる。 「キュルケにも思い切りバカにされたわ。『貴女ったら使い魔が平民なだけじゃなくて ちゃんと使役もできてないの?』って思い切り見下ろして言われたの。 分かる? ねえ、分かる? バカにされて悔しい私の気持ち?」 人間を、しかも平民を召喚したという事実が今更になってルイズに怒りをもたらしている ようであった。 「て、てけり・りぃ………」 その鬼気迫る、大気震わす怒りにランドルフは身を恐怖で震わせた。 何かトラウマ的なものが幻視できた。 「でも、良いわ。今回はこれだけで許してあげる。でも次やったら今度はもっと 酷いんだから………わかった?」 「て、てけり・り!」 ぎろりと、ランドルフを睨みつけるルイズ。 逆らってはいけない、決して逆らってはいけないと彼は理解する。 脳内で主役とは思えぬ邪悪な笑い声をあげる少女の声が響いたのは恐らく幻聴では あるまい。きっと、彼女はそれと同種のものを持っている。 「行くわよぷにぷに」 「てけり・り!」 彼女は本来の主ではない。 だが、彼はそれに従う。 ショゴスも恐怖によって平伏するするのである。 悶絶する九朔をランドルフに引きずらせ、ルイズは教室へ向かう。 無論九朔もランドルフも朝食を食べる事まかりならなかった。 嗚呼、無残、無残。 前ページ次ページゼロの使い魔~我は魔を断つ双剣なり~
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3683.html
前ページ次ページ魔法騎士ゼロアース 「寝過ごしたああああ!?」 昨日の疲れでぐっすり眠ったルイズ。 起きたらとっくに朝食の時間だった。 「モコナ! どうして起こさなかっ……」 「ぐーすかぷぅー」 「そうよね、まあ寝てるとは思ってたわよ!」 昨日の続きといきたいところだが時間がない。 急いで着替えて部屋を飛び出した。 「……ぷっぷっぷー」 実は起きてたモコナ。窓から今日も元気に飛び出すのだった。 「お、終わってる……」 朝食時間は終わっていた。次の授業まであと30分ほどしかない。 ほとんど人のいなくなった食堂をトボトボと後にしようとするルイズを呼び止める声があった。 「ミス・ヴァリエール? どうなさったんです?」 「ええと……シエスタ、だっけ?」 昨日、モコナを一緒に追いかけたメイドだった。 「もしや、朝食に遅れたのですか?」 「そ、そんなことあるわけないじゃない! ま、まったく何を言って」 ぐ~~ 「……寝坊したのよ」 「やはりそうでしたか。実は私も昨日はそのまま寝てしまって……少し仕事に遅れてしまいました」 「そうなの? なんか悪かったわね。クビとかにされそうなら言いなさい、私が悪いんだって証言してあげるから」 「いえ、そんな大事になることではありませんから。そうだ、良ければ料理長に頼んで軽食をご用意しましょうか?」 本当に? と一瞬目を輝かせるルイズだったが、丁重に断った。 「結構よ。貴族は平民に弱みな (ぐ~~)……ごめん、やせ我慢だけど貴族のプライドを守るわ……」 「そ、そうですよね。申し訳ありません」 「ううん、ありがとう。それじゃあね」 教室へ向かおうと振り返るルイズ。と、その視線の先に跳ねてくる生き物一匹。 「あっ、モコナ。残念だけど、アンタの御飯も抜きよ~」 「使い魔は貴族ではありませんし、良いのでは……」 「駄目よ、ご主人様が御飯抜きなんだから使い魔だって抜きなの」 そう問答していると、モコナの様子に変化が現れた。 「ぷっぷぷー!」 ピカッと額の飾りがふわふわと揺らめく光を放つ。 「な、なにこれ?」 「あれじゃないでしょうか、使い魔の必殺技。すたーらいとなんたらーとか、せきはなんたらけんとか」 「それ何か違うわよね……というか攻撃じゃないでしょこれ」 ふわふわとした光は、ルイズとシエスタの手の付近まで近づくと。 やたらでかいイチゴに変わった。 「ええ!? なにこれ、錬金? ってかデカ! モコナくらいあるわよ?」 「……とても美味しいですよ?」 「食べちゃうんだ!? こんなあやしいのに!? ……あ、ホントだ美味しい」 二人してそれぞれ一つずつイチゴモドキをペロリと食べる。 「ミス・ヴァリエール。お手拭です」 「ありがと……それとモコナも。ご主人様の危機を救うなんて、やっと使い魔の自覚が」 「あの……ミス。もういませんよ」 「あはは、やっぱり捕まえて食べてやる」 結構お腹の足しになったので、そのままルイズは教室へと急いだ。 残されたシエスタは、ルイズが見えなくなると浮かべていた笑みを消した。 「今のって……「この世界」の食べ物じゃあないですよね」 モコナが跳ねていった廊下を振り返るが、姿はもちろんない。 「ミス・ヴァリエールの使い魔……あなたは、もしかして……」 その呟きは、誰の耳にも届くことはなかった。 「きゅいきゅい。今日も良い天気なのねー!」 学園の外の森の上を、学園の生徒の一人タバサの使い魔シルフィードが飛び回っていた。 「きゅい? あれはなんなのね?」 なんだか目の前を、妙なものが飛んでいる。 「きゅいきゅい。あれは桃色の髪の子が呼んだ使い魔なのね。でもおかしいのね、なんで飛べるのね?」 目の前を飛んでいるモコナ。もちろん自力で飛んでいるわけではない。 台座に翼が付いたような乗り物に乗っているのだ。 お互い、すぐ近くで止まる。 「なんなのね、お前は。空はシルフィのお庭なのね。ふわふわしたお前は地面で跳ねてるのがお似合いなのね!」 「ぷーぷぷぷー!」 「きゅい? 最近変な生き物を見ないか、ですって? それは見るに決まってるのね。 ふわふわもよっぽど変わってるけど、変だけじゃなくもっと怖い「魔物」が一杯増えたのね」 魔物。昔はいなかった異形の生物。植物の怪物や鳥の怪物など、どれも凶暴で危険な生物だ。 ハルケギニア全土……特にガリアでは多数出没している。 最近では、アルビオンにも魔物の数が増えているという。 「そんな当然のこと、どうかしたのね?」 「ぷっぷー」 モコナは方向転換して行ってしまった。 同時にシルフィードの目の前にふわふわした光が近づき、その姿を変えた。 「きゅい!? おにくになったのねー♪ 嬉しいのね、あのもこもこは良い奴なのね!」 かぶりつき、シルフィードは幸福そうにきゅいきゅい声をあげていた。 それからしばらくして、遥か下の魔法学院で起きた爆発が空気を奮わせた。 「きゅい? この音はまた桃色の髪の子なのね。使い魔と違って駄目な奴なのね」 その爆発の原因。ルイズは、教室を掃除していた。 「ゼロ」の二つ名の所以……「どんな魔法も爆発して失敗する」を今日も発揮したのだった。 もちろん、普通は爆発なんてしない。だが、ルイズはどんな魔法でも爆発して失敗する。 最大四つまで組み合わせられるはずの系統魔法を一つでも失敗する。 それゆえに「ゼロのルイズ」。 名門貴族の子女であるルイズにとって、最大のコンプレックスなのである。 ルイズは一人残され、教室の瓦礫を掃き続ける。 「ぷぷー!」 「……なによ。今は遊んでる暇はないの」 やってきたモコナに、思わずそんな言葉を吐いてしまう。 この爆発にモコナは無関係なのに、と自己嫌悪を感じる。 だが、妙なことにモコナは特にイタズラもせずにじっとしていた。 「どうしたの? 別に笑ったっていいのよ、こんな失敗するのは私だけなんだから」 「ぷーぷぷぷ、ぷっぷぷぅ!」 「なに? もしかして……慰めてくれてるの?」 キリッとしてるつもりらしい顔を見て、ルイズは思わず笑ってしまう。 「まったく、普段からこうならいいのに……さて、さっさと片付けて昼食にしましょう」 「ぷっぷー!」 この10秒後、まとめたゴミをモコナが散らして、再び追いかけっことなるだった。 なんだかんだで掃除が終わり、食堂で昼食を食べに来たルイズ。 目の前で、目立つ赤髪をした長身の女性、キュルケが立ち止まる。 「あら、昼食はちゃんと間に合ったみたいね」 「なによ、キュルケ。さっきは私の爆発に怯えてたくせに」 「ええ、怖いわよ? なにせ先生を気絶させるような爆発がいつ起きるかわからないんだもの」 さっき吹き飛ばした教師、ミセス・シュヴルーズがルイズの頭に浮かぶ。 「う、うるさいわね! キュルケのファイアボールだって似たようなものでしょ!?」 「わかってないわねー。私は錬金する時に人を吹き飛ばす炎なんか出さないわ。 吹き飛ばすときは吹き飛ばす。焼き尽くす時は焼き尽くす。あなたと違って自分でコントロールしてるの」 確かにその通りだった。キュルケは振った男を炎で吹き飛ばしたり過剰なことも良くする。 だが、それも全てはキュルケの意志。ルイズのように思いも寄らない爆発なんて起こさない。 「まっ、使い魔を召喚できたのは幸いだったわね。契約できなかったら留年だったんだし。 次の進級まで余裕が出来たんだから。その間に着火の魔法くらいは使えるようになるんじゃない?」 「ふん、その使い魔はとんだ悪戯大好き動物で困ったもんだわ。ってこら、食堂中を飛び回るんじゃないの!」 縦横無尽に跳ねるモコナを見て、キュルケは疑問を口にする。 「ねえ、食事は? あの子、何を食べるの?」 「た、多分……果物とか?……きっと森で勝手に食べるのよ」 「適当ねぇ……まああれだけ元気なら平気そうよね」 立ち去るキュルケを、憂鬱そうにルイズは見送った。 「そうよね……キュルケがしつこい男を吹き飛ばしたりするのに魔法を使うことが多いからって、それ以外も使えるのよね」 反面、自分は何かを吹き飛ばすことしかできない。 威力は中々だと思う。盗賊や亜人退治……戦争でも使えるだろうが、日常で必要とは思えない。 怪我人や、ちい姉さまのような病人を治したり、錬金で物を作ることも、飛ぶことも出来ない。 (もういっそのこと、軍人にでもなるべきかしら。でも爆発しか出来ないメイジなんていらないわよね) せっかくの食事も、美味しく感じることもなく食べ終えぼんやりしていた。 「はぁ……甘いものでも食べて、頭をすっきりさせましょ……」 そろそろデザートが運ばれてくる時間のはずだ。 ちょっと遅いわね、と思っているとなにやら喧騒が聞こえる。 「なにかしら……あれ、シエスタ?」 騒ぎの中心らしき場所を見ると、誰かがシエスタに詰め寄っているようだった。 急ぎ向かうと、詰め寄っているのはギーシュだった。 「ちょっと、ギーシュ。貴族という地位を利用してメイドに破廉恥な真似はよしなさい!」 「してないよ! なんだいその決め付け!?」 たしかにそういう様子ではなかった。シエスタは少し青ざめている。 「あら失礼。じゃあ何、どんな難癖をつけて虐めてるわけ?」 「難癖なんかじゃないさ。この平民の罪を咎めていたところだ」 ギーシュの説明によるとこうだ。 シエスタがデザートを運んでいたところ、床に香水が入ったビンを拾った。 それを、最も近くに居たギーシュに尋ねたところ 「し、知らないね。そ、そこのテーブルの上にでも置いておけば、持ち主が拾うさ」 そう言われたので、シエスタはテーブルに置くとデザートを配り続けたそうだ。 しかし、しばらくしてギーシュが「あの香水はどこだ!」と詰め寄ってきた。 置いたはずのテーブルの上には何もなかったという。 「さては、君が盗んだんだな!」 ギーシュはそう決め付けて、今に至る。 「やっぱり難癖じゃない! それに、その香水はギーシュの物じゃないんでしょ?」 「い、いや、それは」 「いいえ。あれはギーシュのものよ、ルイズ」 それぞれ学年が違う、二人の女生徒が前に出てくる。 「ゲェー!? モ、モンモランシーにケティ!?」 狼狽するギーシュを、凍った笑顔で見つめる二人の女性。 「騒ぎは聞いたわ。なんでも私のあげた香水を落としたそうね」 「酷いですわ、ギーシュ様。付き合っている女性はいないと仰っていたのに」 「い、いや、それはだね」 ルイズも、誰もが感づいた。香水を自分のだと証言すれば、モンモランシーと付き合っているとケティに発覚する。 だから知らないと嘘をつき、後で回収しようとしていたのだ。 「このケティって子にも言いたいことはあるけど。あなたの姑息さの前ではどうでもいいわ」 「これから私と会う予定だったのに……他の女性からの贈り物を持ったまま、なんて馬鹿にしているにもほどがありますわ」 そう言い切るや否や、ケティがギーシュの顔面に何かをぶつける。 デザートのケーキだった。コントみたいに顔面に食らったギーシュに、上から液体が降り注ぐ。 「あら大変。汚れを落としてあげるわね」 そう言いながら、モンモランシーはギーシュの頭にワインをドボドボぶちまけた。 「さようなら。「嘘吐き」のギーシュ」 完膚なきまで打ちのめされたギーシュを置いて、モンモランシーとケティは食堂を後にした。 冷静なまま完璧にキレていた二人の様子に、周りの面々も背筋が凍った。 哀れなギーシュはうつむいたまま小刻みに震えている。 「………決闘だ」 全員、その呟きに「え?」と聞き返す。 「メイド! 君に決闘を申し込む! 盗人のせいで傷ついた二人の乙女の心の傷、君の命で払ってもらおう!」 「な、何とち狂ったこと言ってるのよ! そもそもシエスタが盗んだなんて決め付けないでよ!」 「モンモランシーの香水は特製のものでね。売れば平民の給金の何倍にもなる。だから盗んだのさ!」 そんな特別な物を落とすなよとつっこむ声も、冷静さを失ったギーシュには届かない。 「ミスタ・グラモン。私はそんな卑しい真似はけして。始祖ブリミルにお誓いします」 「――は、平気で嘘をつく平民だな。よっぽど卑しい血でも混じってるに違いない」 完全に言いすぎだ。ギーシュ自身、頭が醒めるほどに自分の失言を悔いる。 その発言に、シエスタの様子も変わった。 「――そこまで言いますか。ギーシュ・ド・グラモン」 どれだけ理不尽な物言いにも耐えていた表情が、素のものへと変わっている。 「決闘でしたね。いいでしょう、受けて立ちます」 おおっと野次馬から声が上がる。 「君の罪を明らかにしてみせよう。ヴェストリの広場で待つ。逃げずに来たまえよ!」 ギーシュの去った後、大勢がその後を追ったがルイズはシエスタの脇に残った。 「シエスタ! あんた、自分が何言ったかわかってるの?」 「はい、ミス・ヴァリエール。十分理解しています」 その顔は真っ青だった。どれだけのことをしているのか理解しているからの顔色だ。 「ギーシュの非は絶対に謝らせるから、行っちゃ駄目よ! 平民とメイジの決闘なんてどうなるかわかってるでしょ!?」 「……いいえ。本気ではないにしろ、血まで馬鹿にされてしまいましたから。 この体に流れる血……曾祖母の血は私の誇り。私自身の手で、ミスタ・グラモンに非を認めさせてみせます」 それこそ難しいのだとルイズは思う。 トリステイン貴族は典型的な貴族が多い。 平民を蔑ろにする貴族は少ないとは言えず、おそらくはギーシュのような理不尽な扱いを受けるものもいるのだろう。 頭に血が昇っていた時の発言とはいえ、プライドを守るためにギーシュは決闘をしない限り取り消すこともない。 「死ぬかもしれないのよ。昨日今日の付き合いだけど、死地に知り合いをを赴かせるわけには行かないの」 「本当にありがとうございます。ですが私は行きます。何の策もないわけではありませんから、死なないよう祈ってくだされば幸いです」 「準備してきます」と会釈して、シエスタは食堂を後にした。 他の生徒たちも、決闘を見るため広場へと移動を始める。 ルイズもまた、最悪の事態が起こるようなら全力で止めて見せると決意し、広場に急いだ。 「シエスタッ!」 料理長マルトーは、シエスタの部屋のドアを開ける。 私服に着替え終えたシエスタがきょとんとした顔でマルトーを見る。 「マルトーさん? どうしたんです、仕事は……」 「本気なのか、貴族と決闘だなんて」 既に知れ渡っているらしい。シエスタは気まずそうに表情を変える。 「すみません、こんなことになってしまって……皆さんには迷惑をかけないよう……」 「そんなことはどうでもいい! シエスタ、お前……「本気」で決闘するのか?」 「……ただ殴られても、と考えましたが。でも、やっぱり私は自分の血に誇りを持っています。 敵うとは思いませんが、精一杯の「本気」で挑もうと思います」 その言葉に、マルトーは諦めたような顔つきになる。 「その決意を崩すことは、無理みたいだな。貴族どもめ……やっぱりろくでもない奴ばかりだ!」 「そうでもありませんよ。私を本気で心配してくれている方もいます。マルトーさんは一括りに貴族を嫌いすぎです」 「ふん、魔法を使えるだけで威張るメイジどもなんぞ……って、いや別に魔法がどうのじゃなくて……」 「わかってますよ、マルトーさん。……結果によらず、ここに戻れないかもしれませんけど……そろそろ行きます」 マルトーの横を通り、シエスタは部屋を後にする。 その手に握られた、私服とは明らかに不釣合いの物をマルトーは見つめる。 「無理だ、シエスタ……お前の「魔法」じゃ、貴族を本気にさせるだけ……死ぬ可能性が増えるだけだ」 シエスタの持つ「杖」を見て、悲しげにマルトーは呟くのだった。 「こ、これは!?」 図書館で調べ物をしていたコルベールは驚きの声をあげる。 けして見つからないだろうと思っていた手がかりが見つかったのだ。 あまりにも古ぼけた書物。誰も呼んだ形跡もなかった。 「少し、根拠としては弱いが……オールド・オスマンにご報告しよう」 その書物を持って、コルベールは飛び出した。 それは、内容の繋がった書物ではなかった。 長い歴史の中、焚書の対象になった本の失われなかったページを集めただけのもの。 どうやって学園の図書館に紛れ込んだかも知れないが、これも存在すら許されぬ禁書の類だった。 その中に、一枚の絵が描かれていた。描かれた人物の顔もわからないほど不鮮明なものだ。 左に剣を、右に槍を置いた戦士らしき人物と、美しい衣に身を包んだ人物が跪いている。 その上空に、翼を広げた丸い何かが描かれていて……その姿は、翼こそ無いがモコナとあまりにも酷似していた。 前ページ次ページ魔法騎士ゼロアース
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5548.html
前ページ次ページ炎神戦隊ゴーオンジャー BUNBUN!BANBAN!クロスオーBANG!! 次回予告 「バルカだよーん。ワオ! シエスタが連れてかれちゃった! そんな時、新たなガイアーク・デルフリンガーが現れてもう大変! GP-07 女給(メイド)ダッカン ――GO ON!!」 翌朝、食堂に向かうルイズと洗濯場で別れる事にしたケガレシアだったが、見知った顔がいない事に訝しがる。 「そういえばあのメイド……シエスタといったでおじゃるか、遅いでおじゃるな」 「何か用事でもあるんじゃないの? ケガレシアこそ何か用事でも?」 「いや、数日前に渡した洗濯用の秘薬がそろそろ切れそうだと言っていたので、新しく作ったもっと強力な秘薬を渡そうと思っていたでおじゃるが……」 話しているうちに厨房前を通りかかったので、中を覗いてみる。 「突然すまないでおじゃる」 「ケガレシアが聞きたい事があるそうよ」 突然現れた2人にマルトーは驚愕の色を濃くした。 「シエスタが見当たらないでおじゃるが」 「シエスタは……、もういねえ」 それは腹の底から搾り出すような悔しさに溢れる声だった。 「先日王宮からの勅旨で来てた、モット伯って貴族に見初められて仕える事になってな。今朝早く迎えの馬車で行っちまった」 「その口調から察するに無理やりでおじゃるな」 「結局、平民は貴族の言いなりになるしかねえのさ」 「……気に入らぬでおじゃるな」 「……ケガレシア、宮殿に戻るわよ」 ――GP-07 女給(メイド)ダッカン―― 場所は変わってヘルガイユ宮殿。 「ケガレシアが世話になったシエスタという娘が、モット伯とやらに連れていかれたぞよ」 「何!? マジックワールドの貴族はろくでなしが多いなりか!?」 「そんな者、ルイズとデルフリンガー、そしてわらわが作り出した刺客で捻り潰してくれるわ」 苛立った表情のルイズに笑いかけて、ケガレシアはコンソールを操作する。 「あははははは……、生まれ出でるでおじゃる、わらわの可愛い子供よ!」 最後に大型のレバーを上げると、デルフリンガーの時よりは若干ささやかな放電が小部屋で発生した。その放電の中で人型の影が形成されていく。 ケガレシアが開いた扉から出てきたのは、金属板で額と左眼を覆い隠し錨を模した槍を軽々担いだ蛮機獣。 「アンカカカカッ! おい、身の程知らずの田舎もんがよお……。わかってんだろうなあ? このイカリバンキを楽しませろよ!」 不敵な笑みを浮かべるイカリバンキと憤懣やる方ないという表情のルイズにケガレシアは真剣な表情で、 「シエスタをろくでなしの好きにさせる事は絶対阻止するでおじゃる!」 月は沈んで星影も無し、闇が迫るモット伯邸。 ルイズ・デルフリンガー・イカリバンキを乗せた蛮ドーマが、ケガレシアの操縦で目視困難なほどの上空に迫っていた。 「敵数12、犬が8匹に衛兵4人でおじゃる。着地地点まで障害無し。ルイズ達が突入したら、混乱に乗じてウガッツ部隊による増援を送るでおじゃる」 「ありがとう。ここから先は私達で大丈夫だから下で準備してて」 そう言い終えるが早いか、3人は次々蛮ドーマから飛び降りていく。 瞳を憤怒に吊り上がらせて大剣形態のデルフリンガーを逆手に構え、衛兵の1人に狙いを定める。 「おい、今何か音しなか――」 「別にしねえよ。気のせいじゃねえのか? それでそいつがな……って聞いてんのか?」 衛兵が返事をしない相棒の方を振り向くと、そこには頭から股間まで大剣で串刺しにされた相棒の姿があった。 「な……?」 現実離れした光景に体が硬直した彼の前に、海賊を思わせる荒々しい男のようなゴーレム。 「俺と出会っちまったのが運のツキよ!」 「し、侵入――」 その言葉を最後まで言い終える事を、イカリバンキの鎖分銅は許さなかった。即座に首に巻きついて男の頚椎をへし折る。 時を同じくしてウガッツ部隊による急襲作戦が開始されたようで、表門方面が騒がしくなってきた。 そちらに向かう衛兵達をやり過ごし、3人は手近にあった勝手口から屋敷内に侵入した。 「よし、俺はウガッツと一緒に屋敷を荒らす。お前らはアネキに言われた真の目的ってやつを果たしな」 ルイズ・デルフリンガーによるシエスタ・モット伯捜索部隊は、ここでイカリバンキと別れる事にした。デルフリンガーは捜索のしやすさを考えて害魔機士形態となる。 「おい、誰かいるのか? 何ぼんやりしてんだ。早く外に行く準備を……!」 不運にも、ルイズ達の足音をまだ屋敷内に残っている仲間のそれと勘違いした衛兵が顔を出した。 ――ザン! デルフリンガーの右手から伸びた3本の刀身状の鉤爪が一閃、4枚におろされる衛兵。 「て、てめえ!」 室内から聞こえた怒声に反応し、ルイズは即座に適当な呪文を声のした方向にかける。 当然室内は爆発、ルイズはデルフリンガーにかばわれて無傷だったが室内では呻き声が響いていた。 「次行くわよ」 「おいお嬢、可愛い顔して随分えげつねえ事やるもんだなあ」 「ケガレシア達と同じよ。ケガレシア達は何か目的があってヒューマンワールドで苦しい戦いを続けてきた。私にもシエスタを助けたいっていう目的がある以上、私1人楽をするわけにはいかないのよ」 「目的……か。俺にはよくわからねえな。俺は剣、使い手に振るわれるのが仕事だったからな」 「でも今は違うわ。その意思とその力を私達のために役立てなさい」 「おうよ!」 仲間の大半を蹴散らされて敗走した衛兵を追うルイズは、やがて他の扉と一閃を隠す精緻な彫刻の施された両開き扉の前に来た。 衛兵達が曲がった分岐点の先の突き当たりに位置するこの扉以外、逃げ込める場所は無い。衛兵達がここに逃げ込んだのは確実で、おそらくはここがモット伯の私室だろう。 ありったけの力を込めて扉を押し開けるルイズ。 扉の向こうには見事な作りの杖を構えた1人の男がいた。その男がルイズ達へ向けて杖を突きつける。 「貴様らが侵入者か!」 「いかにも私達が侵入者よ」 ルイズ達は室内にゆっくり入っていく。 「俺の名は害魔機士デルフリンガー。そこの嬢ちゃんを返してもらうぜ」 「返してもらうとは人聞きの悪い物言いだ。決して拉致をしたわけではない。同意の元モット家の正式な使用人として雇い入れたのだからな」 「ああそうかい? まあどうでもいいぜ。どっちにしろ連れてく事に変わりは無えんだからな」 「下がってなさい、シエスタ」 ルイズがシエスタを下がらせた後、デルフリンガーがにやりと笑って鉤爪の1歩でした手招きがゴングとなり、戦いが始まった。 「私のふたつ名は『波涛』! 『波涛』のモット。トライアングルメイジだ」 次の瞬間、水が意思があるかのように舞い上がって高速でルイズ達めがけて飛来する。 「そんな水鉄砲、効くかよ!」 デルフリンガーがルイズ達を庇うように無造作に上げた手の鉤爪に水が当たると、途端に水の勢いが無くなりその場に落ちていった。 「こういう事もできる!」 声と共に床に落ちた水が次々と氷つぶてに変化する。 しかしデルフリンガーはその全部を鉤爪の1振りで粉砕した。 「へっ、これで終わりか?」 「な!? ば、馬鹿な……!! ならば!」 即座に杖を振って大波を発生させ、それを目くらましにして逃走を図るモット伯。 「くそっ、逃げんな!」 「待ちなさい!」 モット伯の作戦が図に当たった……かに見えたその時、 ――バサアッ! モット伯の足元をすくうように出現した網が、彼を吊るし上げて動きを封じた。 「アンカカカカッ! 油断すんじゃねえぞ!」 そう笑いつつ現れたのは、金目の物が入っていると思しき袋やら何やらを運ぶウガッツ達を指揮しているイカリバンキ。 「き、貴様! 私の財産を……!」 「知るか」 モット伯の怒声をその一言で切り捨て、イカリバンキは悠々とモット伯を吊り上げている網に近付いていく。 「お宝はあらかた頂いたし、最後の仕上げだな」 「な、何だそれは!?」 自分の目と鼻の先にぶら下げられた錨のような物にモット伯は困惑した。 「爆弾だ。しかもただ爆発するだけじゃねえ、中に仕込んであるヤバい廃油をそこら中に撒き散らかすって代物よ!」 「何だと! そんな事になったら私は……」 「骨になって見つかりゃツイてる方だな。ついでに言うとこいつを屋敷のあちこちに仕掛けといたぜ。命が惜しけりゃ爆発までに屋敷を抜け出しな」 「せいぜい頑張りなさい。……そろそろ引き上げるわよ、デルフ、イカリバンキ、シエスタ」 「おうよ!」 「ヤロードモ! 引き上げるぜ!」 「あ、は、はい……」 ルイズ・デルフリンガー・イカリバンキは意気揚々と、シエスタは戸惑いながら、ウガッツ達は機械的にモット伯邸を後にした。 「く、くそっ……、どこの誰かは知らんが、この私の屋敷に押し込みメイドと金目の物を奪った挙句私にこのようなまねを……。必ず後悔させてやるぞ……!」 何でできているのか、3桁の大台に届くかという回数の水撃を持ってしても網を構成しているロープは切れるどころかわずかな切れ目も入っていない。衛兵や使用人達は襲撃で全員やられたか逃げ出したかしたようで、声を張り上げてもまったく来る気配が無い。 唯一の希望といえば、水撃によりゴーレムが爆弾だと言った錨が全部水に浸かっている事。爆死は免れるだろうが、いつまでもこんな網の中に宙吊りにされているわけにいかない。 「くそっ! くそっ! くそっ! ……はあ、はあ……」 ひとしきり声を荒げて息を吐いたモット伯の耳に、信じられないような音が聞こえてきた。 ――チッチッチッチッ…… 今までさんざん聞いてきて焦りを誘ってきた忌まわしい時を刻む音。 「そ、そんな馬鹿な!? 水中でも爆発するというのか!?」 それがモット伯の辞世の句となった。 次の瞬間、すぐ下から放たれた激しい閃光にモット伯の意識は塗り潰された。 それとほぼ時を同じくして、モット伯邸内各所で同様の爆発が発生した。 しかも錨爆弾はただ爆発するだけにとどまらなかった。イカリバンキの言葉通り内蔵されていた廃油が爆発によって撒き散らされ、モット伯邸を床・壁・天井の区別無く溶解させていく。 さらにモット伯を吊り上げていた網に仕掛けられた錨爆弾の廃油が、溜まっていた水全部に混ざって一気に室外に溢れ出した。 モット伯邸は廃油自体の質量に押し潰されそれに耐えた物も化学反応で溶解し、5分とかからず完全に廃油の池と貸した。 「そういや、あいつ水属性のメイジなんだろ? 肝心な事言い忘れてたな。あの爆弾、綺麗な水の中で爆発すると威力が上がるんだった。アンカカカカカカッ!」 「あ、あの、ミス・ヴァリエール……」 帰路、蛮ドーマからモット伯邸の最後を見届けていたルイズに、シエスタがおずおず声をかけた。 「どうしたの、シエスタ」 「助けていただいて言うのも失礼なんですけど、こんな事して大丈夫なんですか? 貴族のお屋敷に……」 「シエスタ」 そう言ったシエスタの目をルイズは真剣な表情で見据えた。 「は、はい」 「私はモット伯が間違ってるとは言ってないわ。強い者が正しいというのも1つの真理。でも弱者を踏みにじる権利を持つ者は、自分以上の強者に踏み躙られる義務も負うの。殺されても文句は言えないわ、自分が同じ事をしたんだから」 「ミス・ヴァリエール……」 その時のルイズの瞳には何かしらの信念の芽が確かに存在した。 蛮機獣イカリバンキ 【分類】害水目 【作製者】害水大臣ケガレシア 【作製モデル】錨 【口癖】「アンカカカカッ」「ヤロードモー」 【身長】231cm 【体重】259kg 「錨」をモデルとして製造された蛮機獣です。 錨とは、船舶等を水上の一定範囲に留めておくために海底や湖底、川底へ沈めて使う道具です。 イカリバンキは、様々な錨型の武器を持っています。 直接攻撃に使う錨型の槍や鎖分銅、相手を捕獲する網の他、体内で作り出された廃油を錨爆弾の爆発で撒き散らす事によって、周囲の水を汚染する事が可能です。 注1)錨爆弾は綺麗な水の中で爆発すれば、化学反応によってより激しい爆発を起こす事のできる爆弾です。 注2)金銀財宝といったいわゆるお宝を好むため、時々海賊行為をさせましょう。 前ページ次ページ炎神戦隊ゴーオンジャー BUNBUN!BANBAN!クロスオーBANG!!
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1283.html
『息子』の能力が解除された事により、シエスタ及び村民も元に戻ったが、ルイズ達は状況説明とかをどうするのかディ・モールト心配だったが 「ねぇ…本気で夢で通すつもり?」 「スタンド使いですらなくメイジでも無い連中に、今までスタンドに別の物質に変化させられてました。つって信じるヤツが居ると思うか…?」 「………メイジでも、先住魔法って言われても納得できるかどうか怪しいってとこね」 「一応、怪我人やバラされた連中も居ないみたいだしな、事を荒立てると厄介な事になる」 とりあえず、シエスタ以外はスタンドの事を全く知らないので、夢という事で納得して貰う事にした。というか無理矢理納得させた。 駄目だった場合最悪先住魔法で通すつもりだったが、村や村民に傷一つ無い事から、どうにかなり、本命の『竜の羽衣』を見る事に漕ぎ着けた。 「こっちが寺院なんですけど…さっきのは何だったんですか?」 「あれもスタンドだ。…どういうわけか知らないが、本体は来ずにスタンドだけが中途半端な形で来て暴走してたみたいだが…迷惑をかけたな」 「え!いえ!気にしないでください!皆も無事だったんですし」 暴走状態の息子のせいとはいえ、身内のスタンドの不始末という事でそれなりに対応を取らねばならない。 それで出た言葉が『迷惑をかけた』であるが、意外な言葉にその場の全員が半ば唖然とした顔をするハメになった。 まぁ、列車で乗客を巻き込んだ立場であまり言える言葉ではないのだが、ギャングでも人の子。悪いと思えば謝る事だってある。 世話になった人間を巻き込んだのなら尚更なのだが、ルイズが魔法を成功するぐらいのありえない発言には全員ビビったッ! 「……今、なんて言ったの?」 「ダーリンが人に謝る姿なんて始めて見たわね」 「記録が必要」 「オメーら、何か人の事勘違いしてるな」 何か色々と言いたくなったが、全てメローネが悪いという事でこらえた。 (あのヤロー…戻った時に、まだ生きてたら、あいつのコレクション半分捨ててやる) 相変わらず、あの夢では仲間達の最期の姿を見るが、夢を見てあいつらが死んだなどと納得するほどドリーマーではない。 まだ生きていたらとは思うが、なるべく生きて栄光を掴んでいて欲しいと思う。 敗れていたのなら、それを捨てる事もできないのだから。 そんなこんなで草原の片隅に建てられている寺院に着いたのだが、奇妙な違和感を覚えた。 「…この寺院どっかで見た事ある形だな」 他の4人には聞こえない程度の声でそう呟く。 丸木が組み合わされた門の形。石の代わりに板と漆喰で作られた壁。木の柱。白い紙と、縄で作られた紐飾り。 確かにどこかで見た事がある。 そう思いながら、中に入った瞬間どこで見たかを思い出した。 「…あの茶と同じか」 あの時飲んだ茶と同じ。つまりこれを見たのは日本だと思い『竜の羽衣』に目をやるとそれは確信に変わった。 キュルケやルイズは、気のなさそうにそれを見て、タバサだけは好奇心を刺激されたのか、興味深そうに見つめている。 「こいつは…メローネがやってたゲームであったが…確か零式艦上戦闘機…通称『ゼロ』だったか」 「だ、誰が『ゼロ』よ!」 「オメーじゃねぇよ」 『ゼロ』という言葉に反射的反応をするルイズとそれに突っ込むプロシュートを見て、シエスタが覗き込んできた。 ちなみに、メローネがやっていたゲームは『ゼロパイロット~銀翼の戦士~』だ。 メローネが、操作をミスって建物や戦艦にぶつかる時、いちいち「ジオン公国に栄光あれーーーー!」と叫んでギアッチョにキレられていたので覚えている。 「プロシュートさん、これをご存知なんですか?」 「オレも詳しくは知らないが、五、六十年前の日本の戦闘機だったはずだな」 「せんとうき…ですか?」 「ああ、空戦を目的に作られた飛行機だな」 「これが、こないだ言っていた、ひこうきなんですか?」 「もう旧式だが……アレで見たのが確かなら、最高で時速500キロは出たはずだ」 「時速500キロ?それどのぐらい速いの?」 「1メートルが1メイルってんだったな。五十万メイルを一時間で飛ぶ事ができるって事だ」 「このカヌーに翼を付けただけのようなモノがシルフィードより速く飛んだりするの!?」 「旧式機だからな。今あるやつなら、こいつの2~3倍は速く飛ぶ」 「この翼じゃ羽ばたけないと思うんだけど…」 ルイズとキュルケはそのブッ飛んだ速度についていけないでいる。 タバサの方はこれがどうやって、そんな速度を叩き出すのか興味津々といったところだったが。 「どうやって飛ぶの?」 「…コルベールが作ってたやつがあったろ。アレが発展したエンジンを積んでいて、それでそこのプロペラが回って飛ぶ。 まぁそれだけじゃ飛ばないんだが、翼が空気を掴んで楊力を得る。鳥でも羽ばたいたりせずに、気流に乗って滑空して飛んでる時あるだろ。アレと同じだ」 分かる範囲で説明したが、キュルケ、ルイズ、シエスタは未知の技術に頭から煙が出かかっている。 唯一タバサはシルフィードが滑空している所をよく知っているため、辛うじて理解できていたが、やはりそのとんでもない速度に驚いていた。 「ふみゅ…それでこれ、飛ぶの?」 「…話し聞いてたか?」 「こんなのが、そんな速度で飛ぶなんて急に信じられるわけないじゃない…飛べないって言ってたんだし」 「そういやそうだな…何か他に遺したもんは無いか?」 「えっと…あとは大したものは……お墓と、遺品が少しですけど」 「そいつでいい」 シエスタの曽祖父の墓は、村の共同墓地の一角にあった。他の墓が白い幅広の石でできている中、ただ一つだけ黒い石で作られた墓石があり目立っている。 「ひいおじいちゃんが、死ぬ前に作った墓石だそうです。異国の文字で書いてあるので、誰も読めなくって。なんて書いてあるんでしょうね」 「『海…少………木……、……ニ…ル。』…駄目だな。メローネなら読めるんだろうが…オレじゃあ少ししか無理だ」 「この文字が読めるんですか?」 「ああ、行った事はあるから少しはな。こいつは日本語だ」 「日本語…ですか?」 「オレんとこの世界の国名だな。まぁ文化的に東から来たと言えばそうなる。 …こっちじゃあ見ない色だったから珍しいと思っていたが、オメーの髪と目の色はひい爺さんから受け継いだもんだろ」 「は、はい! どうしてそれを?」 「日本に住んでるヤツらは基本的にその色だ」 再び寺院に戻り、プロシュートは『竜の羽衣』に触れると左手のルーンが反応して光り出した。 「なるほどな…確かにこいつも武器には違いないか。しかし…便利っつーか無茶苦茶っつーか何でもアリだな」 操縦法やシステム、構造まで瞬時に理解できたのだが、何故飛ばなかったかということまでは分からない。 「ベイビィ・フェイスを燃やすんじゃあなかったな。…いや、メローネが居ないのに制御できるわけねぇか」 壊れているのなら、『息子』にパーツを作らせようかと思ったが、スデに終わった事なのでそんな事を考えても意味は無い。 散々探り燃料タンクを開くと、飛ばなかった原因が判った。 「そりゃあ飛ぶわけねーな。残量『ゼロ』。ガス欠ってわけだ」 「ゼロって…何が入ってないの?」 「燃料、こいつの場合ガソリン…まぁこっちで言う風石が無いってこった」 「それじゃあ、そのガソリンってヤツがあれば飛ぶのね?」 無言でそれを肯定すると遺品を取りに行っていたシエスタが戻ってきた。 その古ぼけたゴーグルを受け取る。あのゲームでも確かこんな感じのゴーグルを着けていたはずだ。 「ひいおじいちゃんの形見、これだけだそうです 日記とか、あればよかったんですけど、残さなかったみたいで。ただ、父が言っていたんですけど、遺言を遺したそうです」 「まぁ、下手に遺書にされて日本語で書かれて読めないとかじゃあ話にならないからな」 「それで遺言なんですけど、あの墓石の銘を読めるものが現れたら、その者に『竜の羽衣』を渡すようにと」 「全部読るわけじゃあないが、一応その権利はあるってことか」 「管理も面倒だし……大きいし、拝んでる人もいますけど、村のお荷物らしいんです。少しでも、読めるって言ったら、お渡ししてもいいって言ってました」 「ガソリンをどうにかしない事には荷物には変わりないんだが…何時か使う機会があるかもしれねぇし、ありがたく貰おう。オメーにもまた貸しができたな」 「それじゃあ、それが飛んだらそれに乗ってこの村に来てください。 あ、それともう一つ、『竜の羽衣』を陛下にお返しして欲しい、だそうです」 「そういや、日本にも確か『テンノー』ってのがいたな。まぁ多分それだろ」 「ひいおじいちゃんは、『竜の羽衣』は二つあって、一つはこの村に。もう一つは日食の中に消えたって言ってました」 「消えた…?こんな目立つもんなら他に見付かってるはずだが…日食か…可能性はあるな」 「へ?どういう事ですか?」 「消えたって事は、日食の中に向かって飛べば、イタリア…いや地球に戻れるかもしれないって事だ。まぁ日食なんざ、そうそう起こるもんじゃあないが」 それを聞いてからシエスタが後悔した。『竜の羽衣』が飛び、日食が起これば戻ってしまい二度と会えなくなるかもしれないのだから。 ルイズもルイズで結構テンパっている。 最後の最後で帰還手段かもしれないものが見付かってしまっただけに、どう反応していいのか分からないでいる。 (え…?帰っちゃうの…?) 思考が少しばかりアレになるが、日食が来る時がまだ分からないので何とか持ち直し、とりあえずシエスタの家に行く事になった。 その日、プロシュート達はシエスタの生家に泊まることになった。貴族の客をお泊めすると言うので、村長までが挨拶にくる騒ぎになった。 シエスタの家族を紹介されたのだが…何故か、シエスタの弟達から『プロシュート兄ィ』と呼ばれるハメになった。 ペッシやデルフリンガーから兄貴と呼ばれてはいるが、昔、イタリアで暮らしていた時の家族構成では一番下だったりする。 弟分の面倒を見る事は慣れているが、本物の弟の扱いには慣れていないので 正直言うと撤退決め込みたかったのだが、ベイビィ・フェイスの負い目があるので、とりあえず相手した。 だが、相手をしている姿を他3人に思いっきり見られている事に気付いた時には、天井にブチャラティが居た時の気分になった。 「……なに、全員でこっち見てやがる」 「…い、いや、凄く馴染んでるなーと思って」 「その、たまに見せる意外さがたまんないのよね」 「長兄」 一瞬、全員老化させて忘れさそうかと思ったが、さすがに久しぶりに家族に囲まれ幸せそうなシエスタを見て空気を読んだ。 (オレも結構丸くなったもんだな…) そう思うが、ルイズが聞いたら 「まだ十分すぎるぐらい尖ってるわよ」 と言われる事間違い無しなのだが。 適当に相手し終えると、外に出てシエスタが話していた草原へと向かった。 まぁ特に何もする事が無かったし、身の振り方も考えて起きたかったからだ。 夕日が差す草原の中、一人腕を頭の下に組みそこに寝転ぶ。 「しかし、日食か…自然現象頼りってのが痛し痒しってとこだな」 地球でも十年単位でしか見る事のできない現象なのが辛いところだった。 まして、天文学なぞが存在するかどうかすら怪しいここでは、次に日食が起こる時期すら分かったものではない。 星間連動の結果起こる現象なので、どう足掻こうとそれが変わるものではないため、半分は諦めかけていたが、すぐにそれを否定した。 「どうにも、この事になると違和感があるな…」 その原因が分からないのがイラつくとこだ。 「ここにいたんですか。お食事の用意ができましたよ。弟達もプロシュート兄ぃと一緒に食べたいと言ってます」 クスクスと笑いながら後ろからシエスタが声を掛けられるが その服装は、いつものメイド服と違う、茶色のスカートに、木の靴、そして草色の木綿のシャツという格好だった。 「懐かれるようなガラじゃあないとい思うんだがな…」 まぁ職業暗殺者であるからしてそうなのだろうが、どうもルイズ達の影響を受けて雰囲気というか滲み出る気配の質が変わったらしい。 イタリアに居た時なら多分泣かれてもおかしくはないのだが こっちに来てから、殺した事はあれど状況で殺ったという事だ。仕事として暗殺をした事はない。 そのせいなのだろうとは思うが、あまり納得したくないのが本音だ。 「そんな事ないですよ?わたしも、色々と助けてもらってますし」 一瞬だが保夫やってる姿を想像して頭痛がした。どう見てもそんなキャラはしていない。 そんなのはペッシあたりが適任だと本気でそう思った。 「この草原、とっても綺麗でしょう?わたしも一緒に横になっていいですか?」 無言で、肯定しながら沈みかけている夕日を見る。 しばらく、無言の時間が続いたが、少しばかり言いにくそうにシエスタが口を開いた。 「……もし日食が起こったら…やっぱり元の世界に帰っちゃうんですか?」 「帰れるかどうかは分からねぇが試す価値はある」 「…誰か待ってる人でもいるんですか?」 少し考えたが、ルイズにも話している事だと思い話す事にした。 「生き残った仲間が居るが…こっちに来てから大分時間が経ってるからな… 全員くたばってるか、生き抜いて栄光を掴んでるかのどっちかだろうが…栄光を掴んでいたとしても、そこにオレが入る資格は無いな」 「それなら、帰らずにこの世界に居ても… 父も、ひいおじいちゃんの国を知っている人と出会ったのも何かの運命だろうから、よければこの村に、その…住んでくれないかって」 シエスタがそういい終えると、プロシュートが寝ている周りの草が音をたて枯れ始めた。 「結果がどうあれ、それを最後まで見届けないってのはオレ自身の心が『納得』できねぇんだよ。 万が一、あいつらが全滅してた時は、敵討ちって殊勝なもんでもないが…チームの最後の一人として報いを受けさせる必要がある」 周りの草が枯れている様子を見て、唖然としているシエスタに構わずさらに話を続ける。 「それに、こいつは周りの生物を無差別に老化させ朽ち果てさせる力だ。本来ならオレの周りに人が居ていいはずがねーんだよ」 氷という抜け道はあるが、無差別である事は変わり無い。パッショーネに入団し暗殺チームに属していなければ未だ一人だったろうと思う。 草を枯れさせる中、これで、シエスタが逃げるなりしてくれればいいと思い、周りを老化させているのだが…手をシエスタに握られた時は、さすがに焦った。 広域老化ではないが直で枯れさせている。直はグレイトフルデッドの手で触ったものが瞬時に老化させられる。 つまり、本体であるプロシュートの手を掴めば、少なからずその影響は出る。 「何やってんだオメーはッ!」 老化を解除するが、人間なら僅か数秒で寿命一歩手前まで追い込む直触りだ。 解除すれば姿は元に戻るとはいえ、髪や歯などの戻らないものも当然ある。 「………ふぅ…周りに人が居ないなんてことないじゃないですか」 「…無茶しやがる…髪や歯が抜けるだけならまだマシな方だが…下手すりゃあ死んでんだぞ」 元に戻ったシエスタを一瞥するが、髪や歯が抜け落ちた様子は無い。 老化させた事はもう数え切れないが、老化中に氷も持たず直に自ら飛び込んできたヤツは初めてだ。 その行動に今度はプロシュートが唖然とする番だったが、そこをシエスタに小突かれる事になった。 「……ッ」 「プロシュートさんはもっと『自信』を持ってください! わたしを二回も助けてくれたじゃないですか…人を助ける事ができる力を持った人の側に誰も居ないって事なんて無いんですから」 その言葉にまた、沈黙が続いたが、今度はプロシュートがそれを破った。 「クク…ハハハハハハハハ!」 笑った。パッショーネに入団してからは無かったが、ここに来て久しぶりに本気で笑った。 チームのヤツらと居るときも笑った事はあるが、ここまでは無い。 まして、ハルケギニアに来てからは薄く表情に出した程度だ。『魅惑の妖精亭』のアレは営業スマイルなので数に含まれてはいない。 シエスタもシエスタで面食らっている。今までの行動からして、まさか笑われるとは思っていなかったからだ。 「その…す、すいません…わたし、何か拙い事を言ってしまったんじゃ…」 「ハハ…いや…まさかオメーに『自信を持て』なんっつー事を言われるたぁ思わなかったからな」 ペッシにもルイズにも言った言葉が、自分に向けて。しかも、最も戦いと掛け離れたシエスタに言われるとは思いもしていなかった。 一頻り笑った後、笑った姿を見て、心なしか少しだけ明るくなった声でシエスタが答えた。 「もし…もしですよ?日食の中に入っても戻れなかったり イタリアって所に戻って『納得』する事ができれば、この世界に戻ってきてくれますか?わたし、何もできないけど待つことぐらいはできますから」 「日食で戻れなかったとしても、戻る事を諦めるわけはねぇし、戻ったらこっちに来る方法が無いからな。そいつはオレよりルイズに言ってくれ」 「それでも、待ってますから」 「アテが無いのに待たれても困るんだが…まぁそいつはオメーの自由だ。好きにしろ」 「そう言えば、さっき学院から伝書フクロウが届いて、サボりまくったものだから 先生方はカンカンだそうですよ?ミス・ヴァリエールやミス・ツェルプストーは顔を真っ青にしてました」 「タバサの鉄仮面っぷりはリゾットといい勝負だな…一度会わせてみたいもんだが…日食が起こったらあいつを連れて行くか」 「そそ、それなら、わ、わたしを連れて行って、く、ください!」 「…本気にするとは思わなかったが、冗談だ。他の世界のヤツを連れてく程、堕ちちゃあいねぇよ」 「え、あ…そうですよね!冗談ですよね、驚かせないでください。わたしの事も書いてあって 学院に戻らず、そのまま休暇をとっていいですって。そろそろ、姫様の結婚式ですから。だから、休暇が終わるまで、私はここに居ます」 「アレはオメーの家のもんだからな。ガソリンをどうにかしたら、飛んできてやるよ」 「『ゼロ』でしたっけ、その時はわたしも乗せてくださいね」 「そいつに関しては…まぁ一応約束はしといてやる」 シエスタは先に戻ったがプロシュートはまだ残った。 「……3秒やるから出て来い」 そう言うと、草原からルイズが顔を出した。 「…いつから気付いてたのよ」 「そりゃあ、最初からだ」 うぐ、と言葉が詰まり何も言えなくなる。 最初からというと、プロシュートとシエスタが草原に横になっているのを見つけた時からという事だ。 「……それじゃあ…なんで、今まで何も言わなかったのよ」 「用があるなら出てくると思ってたが、出てこなかったんでな。それで放っといても出てこねぇから呼んだってわけだ」 「気付いてるなら、言いなさいよ…わたし一人バカみたいじゃない…」 「しょお~~がねぇだろ、オレはリゾットみてーに洞察力が高いわけじゃあねぇんだからな」 また、『リゾット』という名前が出て、前々から名前だけは聞いていただけに、プロシュートの仲間がどういう人達なのか聞きたくなった。 「ねぇ…前から言ってるあんたの仲間の事教えなさいよ。べ、別に深い意味は無いわよ!ちょっと気になっただけなんだから」 「ま…どうせ、あいつらはこれねぇからな。そうだなまずは……」 出来てるんじゃあないかともっぱらの噂のソルベとジェラード。 『しょぉおお~~~がねぇ~~~なぁ~~~』が口癖でスタンドの使い方を最も良く知っているホルマジオ。 鏡の中に入る事ができ、能力的にはほぼ無敵を誇るイルーゾォ。 自分の弟分で、スタンドは強力だが、まだまだ精神的にマンモーニなペッシ。 趣味は変態的だが、情報処理と追跡能力に関しては皆に頼られていたメローネ。 キレやすく手に負えない事が多いが、その実、仲間のために真っ先に動こうとしたギアッチョ。 そして、自らが最も信頼し、クセのありすぎるチームを纏め、タバサの如く表情を崩さないリゾット。 全員の事を話すと、黙って聞いていたルイズが話し始めた。 「…それで、やっぱり日食が起こったら…帰るの…?」 「そりゃあな。聞いてたとは思うが、試すだけの価値はある」 「…帰って何があるのよ…!仲間が生きてたら、姿を消すんでしょ!? 全員…死んでるなら、一人で組織ってのに戦いを挑むんでしょ!?死んじゃうかもしれないのに…何でよ…!」 半泣きでルイズが喚きたてる。 「諦めが悪いんだよ…オレはな。つーか何でオメーが泣く必要があんだ」 「あ、あんたはわたしの使い魔なんだから、心配するのは当然じゃない…!」 「少なくとも日食が来るまでは居てやっから泣くな。このマンモーニが」 「…マンモーニって言わないって約束したじゃない。なにもうあっさり破ってるのよ、馬鹿ハム」 「ウルセー、マンモーニにマンモーニと言って何が悪い」 「ま、また…!馬鹿ハム!」 「ハッ…!マンモーニのルイズが」 「馬鹿ハム!」 「マンモーニが」 「この…ば……ばばば馬鹿ハムーーーー!躾けてやるーーーーー!!」 「やれるもんならやってみやがれ」 「うるさーーーーーい!ファイトクラブだッ!!」 そう叫んだルイズが鞭を取り出し振り回すが、それを全て避ける。 「よ、避けるなぁーーーーーー!!」 「避けないでどうする。オメーはサボった事でも心配してろ」 その様子を少し離れた場所から、キュルケとタバサが見ていた。 キュルケが何か微笑ましいものでも見るかのような笑みを浮かべながら 「やっぱり、あの二人って、兄妹みたいよね。目的は達成できなかったけど…あたしの入る余地はまだ十分って事よ」 タバサはキュルケを見て、少し考えたが聞こえない程度の小さい声で 「七転八起」 と呟いた。 プロシュート兄ィ ― ヤバイ『アニメルート』へIN! ←To be continued 戻る< 目次 続く
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8472.html
前ページヴァナ・ディールの使い魔 「…フー、いやー!人心地ついたぜー!」 プリッシュは目の前に積まれた何枚もの皿を満足そうな顔で見つめながら少し膨らんだお腹をさすっていた。 久方ぶりのちゃんとした食事に心もお腹も満足といった感じである。 プリッシュはシエスタの方へと向き直り、気持ちのいい笑顔を作って言った。 「お前に会えなかったら、あのまま飢え死にするところだったぜ!有難うな、シエスタ!」 「いえいえ、どういたしまして」 その様子を見て、シエスタはまるで母親のような顔でにっこりと笑っていた。 つい数分前、プリッシュは厨房の前をうろうろとしていた。 シャントットに教えられて厨房へ来たまでは良かったのだが、プリッシュはある懸念を抱いており、それが中へ入ることを躊躇わせた。 それは自身の見た目である。 ここへ召喚された時、自分とシャントットの姿を見た他の生徒やコルベールは恐怖と敵意を抱いていた。 また今朝出会ったメイドのシエスタも敵意こそは抱かなかったものの、同様のリアクションであった。 流石に何度も同じようなリアクションを取られれば、プリッシュも自身の姿が恐怖の対象であることを自覚する。 どうもここの世界の住人はエルフを恐れているらしい。 実際はエルフとは似て非なるものであるプリッシュだが、外見はエルフそのものである。 故に、彼女が何の躊躇も無く厨房へ入れば、中の人々がどうなってしまうかは想像するに容易い。 シエスタみたいにちゃんと話し合えれば誤解も解けようものだが、あれは一対一で相手が恐怖からその場を動けない状態だったから対話の機会を得ることが出来たのである。 人が多いであろう厨房内で対複数が相手なら、召喚された時と同様に敵意と恐怖が上回り、プリッシュの言葉は届かないであろう。 「む~、困ったぞ」 プリッシュが唸っていると、そこへ配膳を終えて戻って来たシエスタがプリッシュの姿を見とめた。 「どうされましたか?プリッシュ様」 「ん?シエスタじゃねぇか!実はよお…」 プリッシュは厨房へ入れない理由を身振り手振りでシエスタへと伝える。 すると、シエスタはプリッシュの手を取り、にっこりと笑ってみせた。 「私に任せて下さい!」 シエスタはそう言うと、プリッシュを連れて厨房の中へと入って行った。 流石にプリッシュもこのシエスタの行動には吃驚したが、それ以上に厨房内も騒ぎとなる。 しかし、シエスタは落ち着いた様子で厨房の皆へ丁寧にプリッシュのことを説明しだした。 すると、最初はプリッシュの姿に脅えていた厨房の者たちも、次第に落ち着き始め、やがてプリッシュのことを受け入れるようになった。 厨房の中の一人がにこやかに言う。 「シエスタがそこまで言うなら問題ないだろうさ。あの子は嘘つかんしな」 その言葉に厨房の者たちは一様に頷いた。 中でもガタイのいい男が何かを手に持ったまま大きく頷いている。 「…ほらよ、使い魔の嬢ちゃん。腹減ってんだろ?賄いで良けりゃ食え食え!」 そう言って男が差し出したのは、とろとろのシチューであった。 「うおおおおお!い、いいのか、食っても!?」 「ああ!こんなんで良ければどんどん食ってくれや!俺の名はマルトー、ここの料理長をやってる。俺がいいって言ってんだから気にすんな!!」 「有難よ!マルトーのおっさん!!俺の名はプリッシュだ!!よろしくな!!」 「おっさん!?おっさんか!!確かにおっさんだ!!ガハハハ!!よろしくな!!」 二人はがっしりと固い握手をする。 こうして、プリッシュは無事賄い料理にありつくことが出来たのであった。 食後にプリッシュが食堂での一幕をシエスタも含めて厨房の者たちに話すと、マルトーはえらく憤慨した。 「ったく、これだから貴族の連中ってのはよお…」 「マルトーのおっさん、どうしたんだ?何かむかついてんのか?」 「ああ、俺は貴族の連中にむかついている!!奴らと来たら、あれだけ大量に飯作らせるくせに自分たちは殆ど食わないで残しやがるんだ!」 「うわあ…勿体ねぇなあ」 プリッシュは先程の料理の山を思い浮かべ、心底勿体無さそうな顔をする。 そんな彼女の顔を見ながら、マルトーは力を込めて言った。 「ああ、勿体無い!勿体無さ過ぎる!!…だからなるべく残ったもんはうちらでこっそり分けて食ったりもしている」 「ってことは、そん時にここへ来れば俺もあの美味そうな飯食えるのか!?」 「勿論だ!使い魔の嬢ちゃんなら歓迎だ!極上のワインを空けて待ってるよ!…残り物だけどな」 「うおおおお、そいつはいいこと聞いたぜ!!」 プリッシュは心の中でガッツポーズを取る。 マルトーはニカッと笑った後に、沈痛な面持ちになった。 「…それに、連中は味の違いも分かりやしねえんだ。せっかくこちとら工夫に工夫を重ねて日々美味いもの作ってやってるのによ!」 「おお、確かにさっきのシチューは美味かったぜ!!あれは店に出せるレベルだな!!」 「使い魔の嬢ちゃんは分かってるねえ!!…それにしても、嬢ちゃんの主人も酷えなあ。いくら使い魔だって、ちゃんとした人間なのにあんなもん与えるなんてよ。明日さえ見えない貧民じゃあるまいし、いくら何でもあんまりじゃねえか」 マルトーは怒ったような口振りで言った。 その隣でシエスタは困ったように笑って何も言わなかったが、概ねマルトーに肯定気味な様子であった。 プリッシュもマルトーに同調して頷く。 「ったく、アイツはちょっとどうかしてるぜ!使い魔にしたって俺は納得してるわけじゃねーのにあんなものしか食わせてもらえなくて、それで従えって言われても誰も従わねぇっつーの!」 「ガハハハ!貴族相手にその物言い!ますます気に入ったぜ!!さっきも言ったけどまた来な!!うちらは何時でも使い魔の嬢ちゃんを歓迎するぜ!!」 「おう!遠慮しないでまた来るぜ!」 そうして暫く談笑してから厨房を後にしたプリッシュは食堂へ戻ろうとした。 ルイズに会いたくないと思っていた気持ちが嘘のように消えていたのだ。 お腹がいっぱいになり、マルトーたちに不満をぶちまけて先程までのモヤモヤがスッキリしたからだろうか。 そんな些細なことは気にせず、プリッシュは食堂までの道を進む。 すると、十数m先に何やらキョロキョロとせわしなく辺りを見回すルイズが目に入った。 恐らく自分を探しているのだろうと、プリッシュは遠くから呼び掛ける。 「おーい、ルイズー!」 「あ!居たわね、この馬鹿犬!!」 返ってきたのは辛辣な言葉であった。 いきなり居なくなった自分も確かに悪いが、馬鹿犬呼ばわりをされる道理は無いとプリッシュは憤る。 こちらへドタドタと向かって来るルイズにプリッシュは言った。 「おい、何で俺が馬鹿犬なんだ!」 「うるさい!主人の申し付けを守らない使い魔なんて、馬鹿犬と同じよ!」 「何だよそれ!」 ムキになって言い返すプリッシュに背を向けてルイズはまたドタドタと歩き出す。 プリッシュはその背中に何か言ってやろうかと思ったが、有効な言葉が出なかった為、仕方無く無言でルイズの後をついていった。 無言のまま歩くこと数分、二人は広い部屋へと入った。 中は教室のようで、召喚の儀で見掛けた少年少女たちがそれぞれ席に着いている。 今朝、ルイズをからかいに来たキュルケという少女の姿も確認出来た。 ルイズがさっさと自分の席へ着いたので、プリッシュも隣に座ろうとすると、途中でルイズに止められた。 先程とのデジャヴを感じたプリッシュは「またか」という顔でルイズに尋ねた。 「今度は何だよ?」 「アンタは使い魔。まさか御主人様の隣に座れると思ったの?自分の立場というのを弁えなさい!」 「ハァ!?」 今度という今度は流石に腹に据えかねたプリッシュが何か言おうとしたその時、教室内へ一人の中年女性が入って来た。 「ハイ、皆さん。席へ着いて下さいね」 その言葉と共に、まだ着席していなかった生徒たちが慌てて自分の席へと戻って行く。 プリッシュの怒りは、中年女性の一言でそがれてしまい、仕方なくその場に座り込む。 その様子をルイズがうんうんと納得しながら見ていた。 (カーーー、本当にむかつく奴だぜ!!) プリッシュは心の中でそう叫ぶと、長い耳の中へ小指を入れて穿り出す。 このままルイズと目を合わせていたくなくなっていた。 「これより授業を始めます。初めての方もいらっしゃるようなので自己紹介しますね。私はシュヴルーズ。『錬金』を教えています。どうぞよろしくお願いします」 シュヴルーズと名乗った中年女性は教師のようで、紫を基調にした服に身を包み、如何にも魔法使いですと言わんばかりの帽子を被っていた。 シュヴルーズはニコニコと笑いながら言った。 「皆さん。春の使い魔召喚は無事に大成功のようですね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 そう言うと、シュヴルーズの視線がプリッシュを捉えた。 「ミス・ヴァリエール。亜人とはまた変わった使い魔を召喚しましたね」 その一言に、ルイズはあまり面白く無さそうな顔をする。 どうも『変わった使い魔』という言葉がどうもお気に召さなかったようである。 そんなルイズへ小太りの少年が小憎たらしい声を掛けた。 「流石ゼロのルイズ!使い魔も俺たちとは全然違うんだな!いや~驚いたよ~」 小太りの少年の口調や表情から、言葉とは裏腹に明らかにルイズを馬鹿にしていることが分かる。 すると、彼の言葉に何人かの生徒がクスクスと笑い始めた。 その笑い声を聞いて、ルイズは激昂に駆られ立ち上がる。 「ミセス・シュヴルーズ!風っ引きのマリコルヌが私を侮辱したわ!」 「何だと!?『ゼロ』のくせに僕を侮辱するのか!?」 「うるさいわね!!先に侮辱したのはアンタでしょ!?」 「何言ってるんだよ『ゼロ』なのは事実だろ!!」 「うるさい!!!!」 二人のやり取りがエスカレートし始める。 シュヴルーズがやれやれと杖を取り出そうとしたその時であった。 「うるせぇぞテメェ!!!!!」 教室内に怒りを孕んだ声が響き渡る。 一瞬で教室内は静けさを取り戻した。 怒号の主はルイズの隣で地べたに座り込んでいるプリッシュであった。 「な、な、『ゼロ』の使い魔のくせに…」 「その口閉じな!今すぐここでボッコボコにしてやってもいいんだぜ!?」 「ひ、ひぃ!!」 プリッシュの迫力に圧され、小太りの少年はそのまま黙り込んでしまった。 一方のルイズは唖然とした表情でプリッシュを見つめている。 「アンタ…」 「…」 プリッシュは無言であった。 ルイズはプリッシュから目を離して席に座りなおす。 「あ、あ、あ、え~と、で、では授業を始めます。オホンオホン」 突然のことでテンパったシュヴルーズはこの空気を打破する為に無理矢理授業を開始した。 思わず素っ頓狂な声が出て来るが、気にせずに教科書を捲る。 その間、ルイズはチラッとプリッシュの方を見やった。 先程までのルイズはこの反抗的な使い魔をどうやって躾けようか考えていた。 何を言っても文句を言うし、時には逆らおうともする。 だから、つい厳しく当たってしまっていた。 しかし、そんな自分の為に彼女は怒ってくれたのだ。 (プリッシュ…) ルイズは少しだけ、この使い魔に対しての見方を変えた。 そして、彼女への接し方を変えようかなと思案し始めていた。 (…まただ) そうとは露知らず、プリッシュは先程の自分の行動に疑問を抱いていた。 (またアイツが馬鹿にされていると思ったら、腹が立ってきやがった。何でだ?アイツを庇う気なんて全然無かったのに…) あんだけの扱いを受けて好印象を抱けというのがまず無理な話である。 だが、ルイズに対しむかつくことはあれど、嫌いになっていない自分がそこにいた。 別に彼女のいいところを見たとかそういうわけでも無いのに。 (…どうかしちまったのか、俺の頭は?) プリッシュは頭をポリポリと掻いた。 その彼女の左手が少しだけボンヤリとした輝きを見せていたことに気付く者はいなかった。 前ページヴァナ・ディールの使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5809.html
前ページIDOLA have the immortal servant 六人と一匹を抱えているシルフィードは今ひとつ本来の速度を出すことができなかった。 だが、レコン・キスタは、オルガ・フロウとの交戦に手一杯だった。 ウェールズとジェームズ一世の脱出も知る由がなかったし、察知できたとしても、その場合は追撃部隊を最優先でオルガ・フロウが叩く。結局はシルフィードを追うことなど叶わなかっただろう。 一行は敵に追い立てられることも無くアルビオンを離脱し、夕方頃にはトリステイン魔法学院の近くまで無事帰ってくることができたのである。 その間キュルケ達はデルフリンガーから『女神の杵』亭で別れた後の経緯の説明を受けていた。ルイズから話を聞こうにも、アルビオンを脱出してからこっち、殆ど放心状態だったからだ。 「先住で、人間に姿を変えられる者もいる」 フロウウェンの変身について話が及ぶと、タバサはそう口にした。事実として、彼女の使い魔であるシルフィードがそうなのだ。 「じゃあ、あれがおじさまの本来の姿だって言うの?」 「わからない」 タバサは首を横に振った。あれが本来の姿なのか、それとも一時的に姿を変えられるのか。テクニックの類ではないとも言い切れないが、少なくともルイズもデルフリンガーも、あれを知らなかったようだ。 シルフィードが肩越しに振り返ってタバサを見やる。 主の話に、シルフィードは補足を入れたかったが、口にヴェルダンデを咥えたままで何も喋れないのがもどかしい。最も、何も咥えていなくても、タバサは皆の前でのシルフィードの発言を許してはくれなかっただろうが。 シルフィードがあれに感じたのは、本能的な恐怖だ。それを後押しするように、精霊達があれは忌むべきものだと教えてくれた。 「デルフリンガー。マグは何か知らないの?」 マグはフロウウェンの文明の防具であるが、独自の意思と知性を持っている。そしてデルフリンガーはマグとの意思疎通が可能であった。それを思い出して、キュルケが問う。 「マグは、あれは自分達とは似てるが違うって言ってるな。俺もあれを見てから、なんか引っかかるものはあるんだが、一向に思い出せねえ。まあ……何だ。思い出せたらすぐ知らせる」 困ったような声でデルフリンガーが答える。 「おじさまに関しては、現時点じゃ、情報が少なすぎるわね」 キュルケが肩を竦めた。 「ワルド子爵について。情報の漏れ方からして、白い仮面のメイジは遍在」 タバサが言うと、ウェールズが頷いて、その推論に同意する。 「恐らくはそうだろうな。だが、レコン・キスタとは袂を分かつような口振りだった。だとするなら、何故ラ・ヴァリエール嬢や僕に襲い掛かったのだろうな」 「クロムウェルは虚無の力を持つと、噂が流れたことがあろう」 それまで話を黙って聞いていたジェームズ一世が静かに口を開いた。 「それが『アンドバリ』の指輪を根拠にしたものだとしたら、虚無に魅せられて従う者もおろう。じゃが、秘密さえ知ってしまえば子爵にとってレコン・キスタは不要。 大方、手柄を立てて信頼を得て、クロムウェルの寝首をかこうと思ったのではあるまいか」 一同はなるほどと頷いた。確かに、それならばワルドの行動にはつじつまが合う。 そうすると、ルイズに求婚していたのは、虚無の力を欲するが故の行動ということになる。 やっぱりろくでもない男だった、とキュルケは溜息をついてルイズの方を横目で見やるが、彼女はワルドの話が出ても無反応で押し黙ったままであった。 やがて、草原の向こうにトリステイン魔法学院が見えてくる。すると、学院からもこちらの姿を確認したのか、学院上空を舞っていたマンティコアが編隊を成し、シルフィードに向かって飛んでくる。 「私はトリステイン王国魔法衛士隊マンティコア隊隊長、ド・ゼッサールである。貴公らは何者か!」 マンティコアの背に跨る、髭面の男の誰何の声が飛んだ。 「こちらにおわすのはアルビオン王国国王ジェームズ一世陛下であらせられる。私はアルビオン王国皇太子ウェールズ・テューダー。至急、アンリエッタ王女陛下に取り次ぎを願いたい」 「へ、陛下と、皇太子殿下にあらせられる!? こ、これは知らぬこととは言えとんだご無礼を……!」 隊長は二人の顔を認めると、蒼白になって帽子を脱いだ。 「このような状況では詮方ないことだ」 ウェールズは笑う。ド・ゼッサールはその言葉に胸を撫で下ろした。 マンティコア隊が一行の周囲を飛んで守りを固め、ド・ゼッサールは一足先にジェームズ一世到着の報をアンリエッタに知らせる為、魔法学院へと飛んだ。 一行はマンティコア隊に中庭へと誘導される。シルフィードが着地し、ウェールズとジェームズがその背から降り立つと、アルビオンの貴族達が歓声を上げて二人に詰め寄った。 「陛下! 殿下! ご無事でしたか!」 「突然ゲートが閉じてしまったので、何が起きたのかと心配しておりもうした!」 「あいや、各々方。心配をかけた。これこの通り、朕らは健在であるぞ」 ジェームズ一世が言うと、一同は笑い合った。 「アンリエッタ姫殿下と、オールド・オスマンがお待ちしております。こちらへ」 「うむ。では参ろうか」 ド・ゼッサールが、一行を本塔へと案内すべく先導する。アルビオン王党派が口々に謝意を述べて一行を見送った。 後になって聞いたことだが、突然ゲートが消えたのでかなりの混乱があったらしい。アンリエッタとオスマンが宥めたので一先ずは落ち着いたが、二人の身に何かがあれば、アンリエッタはかなりまずい立場になっていただろう。 そんな経緯もあって、アルビオン貴族達は国王と皇太子の身を案じていた。その反動故か、二人が顔を見せた時の王党派の喜びようといったら凄まじいものがあったのである。 学院長室にルイズらが通されると、そこにはアンリエッタとオスマンが待っていた。 アンリエッタはウェールズとジェームズに微笑みかけたが、一行の中に血と泥で汚れたルイズを認めると、血相を変えてルイズに駆け寄り、彼女を抱き締めた。 「よ、汚れます。姫さま」 「汚れがなんだというのです。ルイズ。ああルイズ。よく無事に帰ってきてくださいました」 「姫さま……」 アンリエッタのねぎらいの言葉に、ルイズの頬を涙が伝う。 「怪我をしているのですね。ルイズ」 ルイズはあちこちを擦り剥いていたが、アンリエッタが治癒の魔法でそれを塞いでくれた。 「勿体のうございます。姫さま……。どうか、わたしなどのことより、陛下と皇太子殿下を」 「ルイズ……」 アンリエッタはルイズと数瞬の間見詰め合っていたが、彼女から離れると公人の顔に戻り、ジェームズとウェールズに向き直って恭しく挨拶をした。 「陛下。ウェールズさま。遠路、よく参られました。トリステイン王国はアルビオン王家を心より歓迎致しますわ」 「此度の姫の御厚意、誠に痛み入る。朕と、朕の臣民らに代わり、心より御礼申し上げる」 それから、アンリエッタは二言三言、ジェームズと言葉を交わすと、キュルケ達に言う。 「あなた達も、よくルイズを助けてくださいました」 「勿体無いお言葉にございます」 「ワルド子爵と、ルイズの使い魔が見えないようですが?」 一行を見渡して、アンリエッタは尋ねる。 「子爵は……貴族派の手の者でした」 「そんな……魔法衛士隊にまで裏切り者が……?」 その言葉に、アンリエッタは衝撃の色を隠せない。 ルイズの婚約者ですら裏切りを働くとは、最早誰を信じればいいのかすらわからない。 「やはり……『アンドバリ』の指輪の力ですか?」 「いいえ。ワルド子爵は自分の意思で動いていたようです。わたしの使い魔は……」 ルイズは俯いて言い淀む。 「フロウウェン殿は、朕らを逃がす為に囮となってアルビオン艦隊の足止めに向かった」 ルイズの言葉を、ジェームズが引き継いだ。アンリエッタはルイズとジェームズの顔を交互に見て、蒼白になった。 「そ、それでは彼は……!?」 「アルビオンに残られた。かの者がいなければ、朕らは生きてトリステインの土を踏むことも無かったであろう」 「そんな……。一体何があったというのです!?」 アンリエッタの言葉を受けて、キュルケがデルフリンガーから聞いていた顛末を語る。 傭兵の襲撃。ラ・ロシェールからの脱出。空賊に偽装したウェールズと出会ったこと。亡命を決めた矢先の艦の消失。ワルドの裏切り。フロウウェンの変容。アルビオンからの脱出。 傍らで涙を堪えながら話を聞いているルイズの姿が、アンリエッタの目に痛ましかった。ルイズの心はどれほど傷つけられたであろうか。 ワルドを同行させさえしなければという後悔と自責の念に駆られ、アンリエッタは目を伏せた。 しかし、ルイズが自分から志願しなければ、恐らくアンリエッタはワルド単独で密使を送ることになっていたはずだ。 その場合、王党派の亡命も無かっただろうし、手紙は奪われ、『アンドバリ』の指輪の情報を掴んだことが、ただ漏れてしまうだけという最悪の結果に終わっていたはずだった。そういう意味では、アンリエッタに運があったのだと言える。 オスマンが口を開いた。 「姫。ミス・ヴァリエールは長旅で疲れておる様子。詳しい話は後日伺うとして、今日のところは休ませてやるのがよろしいでしょう」 その提案にアンリエッタは頷き、一行は学院長室から退出した。 退出した途端、全て終わったという実感が押し寄せてきて、ルイズの身体から力がどっと抜けていった。 ルイズは俯いて、嘆息した。改めて自分の身体を見れば、酷い有様だった。 『エア・ハンマー』で弾き飛ばされ、鍾乳洞を転がった時に付いた泥。それからフロウウェンの血。それらで衣服は勿論、髪も、顔も、手も、足も汚れていた。 ブラウスについた血の痕を見ながら呆然としているルイズに、キュルケは首を横に振る。それから、彼女の腕を取った。 「何よ、ツェルプストー……」 いつもなら自分が触れようものなら烈火の如く怒り狂うであろうルイズだが、振り払おうともしない。相当重傷だ。 「まずはお風呂よね。長旅で汗でべた付いて、気持ち悪いったらないわ。着替え持ったらみんなで大浴場行くわよ。じゃあ、またね、ギーシュ」 「ん? あ、ああ。また」 キュルケはそのまま有無を言わさず、ルイズを引っ張っていく。タバサもそれに着いていった。 「……女の子同士の友情、か」 ギーシュは三人の後ろ姿を羨望の眼差しで見送りながら、溜息をついた。 ルイズとはそれほど親しかったわけではないが、最近何故か行動を共にする機会が多かった。 あの勝気なルイズが、あんなに落ち込むのを見るのは、初めてだった。 「やっぱり……誰であれ女の子の悲しむ顔は、見たくないな」 モンモランシーや姫殿下が、笑顔でいてもらう為に。自分には何ができるのだろう。 生きて帰ってこれた喜びも束の間のものだ。自分は兄達と違って魔法の才能に乏しい。 だが、もう少しできることはあるはずだ。 生徒達が平時に利用する時間とはズレていたので、大浴場はキュルケ達の貸切であった。正確には、大浴場の掃除に来ていたシエスタがいた。 「ど、どうしたんですかっ! ミス・ヴァリエール!?」 乾いた血と泥と涙と汗の痕で、ルイズは普段の毅然とした姿が想像できないほどボロボロだった。思わず詰め寄って、シエスタは事情を尋ねていた。 「あなた。名前は?」 隣にいたキュルケが問う。 「シエスタ、です」 「もしかしてヴァリエールと親しいの?」 「いえ、その。ヒースクリフさんとよく話をしているもので」 「そう。おじさまと……」 キュルケは目を閉じると、アルビオンに行ったことと、やむなくフロウウェンが敵の目を引き付ける為に囮として残ったことを、掻い摘んでシエスタに説明した。シエスタはその言葉に衝撃を受けたらしい。 「じゃ、じゃあヒースクリフさんは!?」 「わからないわ」 青い顔で問うシエスタに、キュルケは首を横に振った。 「あたしは、無事だって信じてるけどね。ねえ、シエスタ」 「……なん……でしょうか」 「あなたも一緒にどう?」 キュルケは大浴場の湯船を指差して言う。 「え?」 いきなり何を言い出すのだろう、ミス・ツェルプストーは。自分にも一緒に入れ、ということだろうか。 だが、貴族の風呂に平民が入ることは許されてはいないはずだ。 シエスタが戸惑っていると、キュルケは声を潜めて、シエスタに言った。 「ヴァリエールがあんなだし、ちょっと頼めないかしら。あたしとヴァリエールは不倶戴天の敵だし、ね」 不倶戴天の敵などと言いながら、彼女はルイズのことを気にかけているのだ。それが解ったから、シエスタは頷いた。 シエスタはタオルを身体に巻くと、ルイズを座らせ髪を濯ぎ、次いで泥と渇いた血と汗を、桶に汲んだ湯で丁寧に洗い流していく。その間も、心ここに在らずといった調子で、ルイズはされるがままであった。 華奢な身体だった。白蝋のような肌理細やかな肌はシエスタから見ても羨ましいくらいだが、暗く沈んだ表情と合間って、余計に弱々しく見える。 シエスタはルイズが学院でどんな立場であったかを、見て知っている。それでも、こんなにルイズが小さく見えたことは無い。 いつも胸を張って歩いて、気難しい拗ねたような顔をして、小さな身体でも精一杯自分を大きく見せている少女だった。 それでもフロウウェンが来てからは、肩肘を張るようなところが少なくなって、自然に振舞うようになってきたと思う。そんな少女に、始祖ブリミルはどうしてまた大事な人を取り上げてしまうような運命を課すのだろう。 ブリミル教の司祭あたりならこれも試練などと言いそうなものだが、ブリミルはメイジ達の崇める存在であるし、シエスタは殊更信心深いというわけでもない。ただ、ルイズが気の毒で、フロウウェンの身が心配だった。 ルイズの身体を一通り洗うと、その手を引いて湯船に導くと、縁に背を預けさせた。 「…………」 キュルケに連れられるまま大浴場に来たが、自分はどうしてこんなところにいるのだろう、何をしているのだろうと、ルイズは自問する。取りとめの無い思考が頭を埋め尽くす。 疲労と湯船の心地よさで鈍った思考では、考えは少しも纏らなかった。ただ、フロウウェンのことだけが、片時も頭を離れない。 フロウウェンはどうなったのだろう。こちらの合図に気付いて、ちゃんと逃げてくれただろうか。 (どうして、あの時わたしは―――) 皆、ルイズの側にいたが、あまり多くの言葉は発しなかった。大丈夫だと安請け合いなどできないし、慰めを口にすればフロウウェンが帰ってこないことを認めてしまうことになる。 側にいてやることぐらいしか自分達にできることはない。けれどそれは、今は気付かなくても支えになってくれるものだと、タバサもキュルケも、シエスタも知っていた。 戦闘の時間はわずかだったが、レコン・キスタの被った損害は計り知れなかった。陸軍は兵器も軍馬も使い物にならず、負傷者を見れば怪我をしていない人員を数えた方が早いという惨状だ。 では空軍はといえば、あの短時間の戦闘の間に多数の艦が航続能力を失くし、竜騎兵も多数が撃墜され、相当な被害を受けた。 だというのに、死者の数は全軍が受けた損害の割にはさほどでもない。その内訳の殆どは陸軍では仲間に踏み潰された結果だとか、空軍の場合、同士討ちの流れ弾や竜が撃墜されて逃げ遅れたというものであった。 水の秘薬はあっという間に足りなくなり、傷病兵の治療もままならない状況だ。多数の傭兵達が脱走していることも手伝って、士気もどんどん下がっている。 戦闘から二日を経過した今でもレコン・キスタは軍の立て直しができていなかった。貴族派は無人のニューカッスルを遠巻きに陣から囲んだまま、未だ恐怖と混乱から立ち直れず、あの城に近付くことができずにいるのだ。 神聖なる王権に杖を向けた報いなのではないかという噂が広がっていた。王党派の降将や貴族議会の過半数、有力なアルビオン貴族が戦闘中に突然死したことにもそれに拍車を掛けている。 実際のところは、『アンドバリ』の指輪の制御を断たれてしまったからだ。全軍で同時に起こったことである為に目撃者は数え切れず、今更指輪の力を再度行使して大っぴらに生き返らせるわけにもいかなかった。 クロムウェルが死者を蘇らせる『虚無』を用いることができるというのは、公になっていることではないからだ。 公にしてロマリアに目を付けられてしまえば、虚無を標榜した以上は力を見せろと審問されるだろう。精査されれば指輪の力がバレてしまう可能性がある。 また、『アンドバリ』の指輪自体が伝承やら御伽話の類として伝わっていて、クロムウェルの能力に思い当たる者がいないとも言い切れない。 だから、神秘性を高めることで自分のカリスマを高める手段として指輪を利用してはいたが、クロムウェルは一部の者にしかその力を見せていなかったのである。 それも、裏目に働いていた。 虚無の力が真実であってもなくても、制御が解けてしまったことで、クロムウェルの復活の魔法は完全では無いということを、その「一部の者達」に知らしめてしまう結果になった。 王権に歯向かった報いなどという噂が広まっていれば尚のこと。虚無の加護はクロムウェルになどないという結論に達してしまう。 そういった背景もあって、クロムウェルはゆっくりと確実に求心力を失いつつあった。 それでも戦さに勝てれば良いはずなのだが、ほぼ全軍を示威の為にニューカッスルに結集させていたのが致命的だった。例え、他国と結ばないトリステイン軍単独と戦っても、大敗は火を見るより明らかなのだ。 問題は「既に見えている負け戦」を、どう少ない被害で切り抜けるかという段階なのだが、これをそつなくこなせる者は古今名将と呼ばれるだろう。勿論クロムウェルに、そんな手腕は無い。 傭兵が我先に逃げ出している状況だ。レコン・キスタの現状は遅からずトリステインに伝わる。こちらから講和などと言い出せば弱っていると告白するに等しい。 クロムウェル自身もその現状を把握していた。だができることはと言えば、トリステインの貴族らが日和見で、こちらに攻めてこないことを祈るだけだ。 ガリアの援軍は期待できない。傀儡に過ぎない自分がこれほどの失態を犯せば、陰謀の漏洩を恐れてシェフィールドがそのまま刺客になることだって有り得る。故に信頼には足らないが、他に縋るものもないので邪険にもできない。 トリステインとアルビオンの立場は、たった数日で逆転していた。 「どうすればいい。どうすればいいのだ……」 焦燥し切った顔で天幕の中を右往左往するクロムウェル。シェフィールドはそれを冷やかな眼差しで見やる。自問自答するような調子ではあったが、その実自分にアイデアを求めているのが解ったからだ。 『アンドバリ』の指輪をクロムウェルに知らせたのはガリア王ジョゼフと、その使い魔のシェフィールドであったが、それは始祖と虚無を貶めてやろうという目的があったからこそだ。 クロムウェルがシェフィールドをどう思っているかは知らないが、無様に怯えて指輪の制御を手放してしまうような男を助ける義務など彼女にはない。 何より既にジョゼフの興味の対象は、あの黒い巨人に移っている。これからの流れを見届け、レコン・キスタがどうなるかに目算がついたら、シェフィールドは巨人の調査に向かうことになるだろう。 伝令の兵がクロムウェルの天幕に駆けつけてきて、報告した。 「申し上げます! ニューカッスルに遣わした使者の報告によりますと、ニューカッスル城は無人とのこと!」 「無人……?」 クロムウェルは眉を顰めた。巨人がニューカッスルを護るように現れ、王党派は行方知れず。何とも、不気味な話だ。 あの巨人さえ現れていなければ、恐れをなして逃げ出したのだと笑うこともできただろうに。 それから数刻後、ようやくレコン・キスタはニューカッスル城に足を踏み入れるに至る。 そして、ウェールズの部屋から発見されたアンリエッタの書状は、これ以上無いほどクロムウェルの肝胆を寒からしめたのであった。 自分の名を呼ぶ声と、ドアをノックする音。 ルイズは目を覚ました。 部屋は薄暗かった。空は厚い雲に覆われて、静かに雨が降っている。 「っ……」 首に手をやってルイズは眉をしかめる。 寝起きの気分は最悪だった。首が痛む。枕が無かったからだ。 ワルドにエア・ハンマーで撃たれた時に手放して、そのままニューカッスル城の港に置いてきてしまったらしい。 覚醒しきらない意識のままベッドを這い出して、機械的に扉を開ける。と、そこにシエスタが立っていた。 「……シエスタ……」 ぼうっとした表情で、ルイズが言う。 「はい。お昼になっても姿がお見えにならないので、その……」 キュルケからはそれとなくルイズを見ていて欲しいと頼まれている。シエスタ自身も同じ気持ちでいた。 「そう……。もう、お昼、なんだ」 気の無い返事を返すルイズを、シエスタは心配そうな目で見やった。 ルイズは緩慢な動作で部屋の中に戻って着替え始めた。 シエスタがそれを手伝おうとすると、ルイズは首を振って止める。 「いいの。一人でできるから」 「も、申し訳ありません。ミス・ヴァリエール」 かえって迷惑だったか、とシエスタが俯く。そんなシエスタを見て、ルイズは申し訳ないような、居た堪れない気分になった。だから視線を逸らして、ぶっきらぼうに言った。 「別に……邪魔っていうわけじゃないわ。ヒースとの約束だからそうしてるだけ。だから……そうだ。わたし昼食に行って来るから、部屋の掃除をしておいて貰えると嬉しいんだけど」 「掃除、ですか?」 「わたしの部屋、少し人の出入りが激しかったから」 王党派の避難経路に使われたということもあり、床が汚れていた。誘導にあたったアルビオン兵の手際が見事だったせいか、部屋の中のものが荒らされた形跡はないが。 「わかりました」 シエスタはにこりと微笑んで頷く。 ルイズはシエスタの笑顔を背中に受けながら見送られ、アルヴィーズの食堂に向かった。 食堂に一歩立ち入るなり、自分に視線が集まるのがわかる。 最賓の客であるジェームズ一世と、皇太子ウェールズ、王族の親類縁者は学院に逗留しているがアルビオンから亡命してきた人々は、土メイジを総動員して学院の隣に作らせた仮設の建物で過ごしている。 見慣れぬ人々が別の建物に隔離されたということもあり、学院にはどこか緊迫した空気が流れてはいたが、表向きは平穏を取り戻していた。 ただ―――ルイズがアルビオン貴族の出現に何か関係しているのではと噂が広がっていたのだ。 王党派が避難を始めたのは生徒達が朝食の為に食堂に向かってからだったので、ルイズの部屋から避難民が溢れてくる光景を目撃した者はいない。 だがそれでも、女子寮からアルビオンの貴族が出てきたことまでは隠せていない。 さらに魔法衛士隊のワルドと共に彼女が学院を出て行く姿を何人かの生徒が見ていた。 歳相応の好奇心と想像力もあって、それとアルビオン貴族を結び付ける者がいたのである。 アルヴィーズの食堂でも昼食をとるために現れたルイズらは注目の的であった。 だが、キュルケはあけっぴろげに見えてその実口が堅く、タバサに聞いてみても暖簾に腕押し。お調子者のギーシュですら、欠席中のことを聞くと歯切れが悪くなるのだ。 消去法で残ったルイズはというと、現れてみれば目に見えて暗い表情であった。 皆は彼女の纏った雰囲気に尻込みして何も聞けずにいたが、自分の顔を伺っている者が多いことはルイズにも解る。余り気分の良いものではなかった。 味もよく解らない、つまらない食事を終えて自室に戻ると、床の掃除はもう終わっていて、シエスタがベッドを整えているところだった。 戻ってきたルイズの顔を認めると、シエスタが少し申し訳なさそうな顔で言ってきた。 「ミス・ヴァリエール。あの、ベッドの中から封筒を見つけたんですが」 「封筒……?」 ルイズの反応で、シエスタは封筒の存在を、彼女が知らなかったことを悟った。 「あ。もちろん、中は見てませんよ? くしゃくしゃになっちゃうといけないと思って、机の上に置いてあります」 見れば、その言葉通り机の上に封筒が一通、置いてある。封筒には一言、「ルイズへ」と記されていた。 「……―――!」 呆けたような面持ちであったルイズは、それを認めた瞬間、大きく目を見開いて封筒に飛びついた。 慌ててそれを開いて、中に入っていた手紙を広げる。左から、右へと視線が動いて、文字を追う。 『ルイズへ。 もし、この手紙を見付けた時、オレの身に何もなく、日々が平穏であるなら、ここから先は読まずに、この手紙を見つけたことも忘れて欲しい。 そうでない時。つまり、オレがお前の前から姿を消して、帰ってこないような場合だけこの手紙を読んで欲しいのだ。そう思ってこれを認めている。 ところで、しっかりと読める文章になっているだろうか。なにぶん、こちらの文字は覚えたばかりだから、きちんとオレの意図が伝わっているかは不安が残る。実はこの手紙も、何度か書き直しているものなんだ。 ―――と、話が逸れたな。 もし、オレが自分の意思でお前の前から姿を消す時が来るなら、それはオレがオレで無くなった時だろう。 こう言っても何のことか解らないだろうから、最初からオレのことや、ラグオルを取り巻く状況を説明しておく必要があるだろうな』 ―――間違いない。これは、フロウウェンが自分に宛てた手紙だ。 逸る心を抑えて、手紙を読み進める。そこには、想像を絶することが記されていた。 パイオニア計画とラグオルの真実の姿。フロウウェンの立場。理想と現実の間で揺らぐ苦悩。 ラグオル地下の巨大遺跡。古代宇宙船内部の亜生命体。その討伐部隊の指揮を取ったこと。 生還の代償に受けたD因子の傷。正気の沙汰とは思えぬオスト博士の実験。政府の裏切り。爆発と覚醒。そして、リコ・タイレル。 まるで、物語を読んでいるようでもあり、悪夢の中に迷い込んだようでもある。 そこまで読んだ頃には、フロウウェンが何故自分の前から姿を消さねばならなかったか、ルイズも察しがつくようになっていた。ルイズの考えを裏付けるように、文面は続く。 『この星では奴からの精神への干渉を感じない。あの傷もない。だから一時は逃れられたのかとも思った。 だが、ラグドリアン湖の水の精霊がオレのことを連なる者、と言ったことを覚えているだろうか。 水の精霊は、オレの身は人の血肉を持ちながら自分達に近い物であり、しかし違う何かだという意味で『自分達に連なる者』だと言った。そして、水の精霊の知りえない不確定の要素が二つあるとも言った。 これについて、オレはこう推測する。生体AIオル=ガのコアとD因子のことではないのかと。 もしもまだ、オレの体内にD因子が存在しているのであれば、お前の近くにいるわけにはいかない。 侵食が始まらないのは、ここには本体である存在がいないからなのかも知れん。再びあの化物の姿となったとしても、奴からの干渉さえ無ければ、或いは自我を保てるのかも知れん。 だが、例えそうであっても、D因子の存在を野放しにするわけにはいかないと思っている。 これが、お前の前から姿を消さなければならない理由の全てだ』 やがて、くしゃりと、ルイズの表情が歪んで、その両目から涙がぽろぽろと零れた。それでも歯を食いしばって、手紙を読み進める。最後まで読むことが、自分の責務だと言わんばかりに。 『そうはならないことを祈っている。 オレは、ハルケギニアに召喚されたことも、ここで過ごす日々も、悪くは無いと感じている。ここは居心地が良い。だからこそ惑うのだ。ここにいて良いものかどうか。 オレがお前の前から消えた場合は……オレのことを身勝手な人間だと罵ってくれても構わない。 だが、力は無くとも意思を支えに戦うお前の姿は尊いものだ。 祖国にも理想にも裏切られたオレではあるが、お前だけには剣を捧げる価値はあると思えた。だからどうか、その心を忘れないでいて欲しい。 願わくば、ルイズの道行きに幸多からんことを』 最後に記された、ヒースクリフ・フロウウェンの署名までを読み終え、やがてぽつりと、ルイズが言った。 「……ったの」 「え?」 ルイズは嗚咽を漏らし、途切れ途切れに言う。 「ヒースが、怖かった……。わたし、助けてもらったのに……怖がったから、行っちゃったのかなって……。 わたしが、いけなかったのかなって……ヒースは、わたしのこと……こんなに、考えて、くれてた、のに……!」 手紙を握り締めてルイズは涙を零す。 シエスタはルイズの肩を抱いた。 ルイズが驚いたような表情で見上げると、シエスタは真っ直ぐその目を見詰め首を横に振った。 「ミス・ヴァリエール……わたしは良く事情を存じませんけど……そうじゃないと思うんです」 シエスタは詳しい経緯を知らない。けれど、ルイズが怖がったからいなくなったというのは、違うと思う。シエスタの目にはいつだってフロウウェンは穏やかで優しい人に見えた。 子供の頃、シエスタはタルブの近くの森で、野犬に襲われたことがある。窮地を救ってくれたのは父親だった。 野犬も怖かったが、山刀を振り回して野犬を撃退した父の形相も恐ろしくて。助かったというのに混乱して泣き出してしまったことがある。 そして、それを後悔した。 「大事な人を守りたいから、必死になるんです。それはきっと優しい姿にはなれないけれど」 フロウウェンはきっと、ルイズを笑って許してくれるだろう。悪いことをされたとも感じないに決まっている。 けれど、ルイズが後悔しているのはそういうことではない。 シエスタには解っていた。大事な人を怖がってしまった、自分が許せないのだ。 ルイズの目にまた新しい涙が溢れてきた。 シエスタの胸に顔を埋めて、ルイズはごめんなさい、ごめんなさいと謝りながら泣きじゃくる。 怖がるのも仕方ないと弁護することはできよう。だが自分が許せないというのは、他者にはどうすることもできない。 自分の場合は、後で母親に泣きついて、それから父親に謝った。 せめて―――誰かに心情を吐露することで、少しでも楽になれるなら。 シエスタはただルイズの小さな肩を抱き締めて、柔らかな桃色の髪を撫で続けた。 前ページIDOLA have the immortal servant
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4123.html
前ページ次ページゼロの軌跡 第十二話 貴族と平民 「なんですって!?レコン・キスタが?」 「なんでも、和平条約の締結のために派遣された軍使節が攻撃を仕掛けてきたらしくて、そのままこっちに向かってるそうです」 ルイズとレンもレコン・キスタの話は各地で耳にしていた。 聖地回復を目指すという、なんとも胡散臭い連中だと思ったがまさかトリステインにまで攻めて来るとは思わなかった。アルビオン王家が滅んだと聞いたときはただの内乱のようだったのだが。 「軍の到着は何時ぐらいになるの?レコン・キスタの勢力はどれくらい?攻めてくるまでの時間の余裕は?」 「え、えっと、軍は早くてもあとは半日はかかるそうです。敵の兵力は大体五千とか。もう数時間ほどでレコン・キスタはこのタルブ村までやってくるって」 どうしましょう、と震えるシエスタをなだめ、ルイズは急いで村の人間を集めるように指示する。 それを受けてシエスタが出て行ったのを確かめるとレンはルイズに問いかけた。 「どうするつもり?」 「戦えない女性と子供はすぐに村から脱出させるわ。レンと<パテル=マテル>はその人達を守るためについていって欲しいの」 「ルイズはどうするのかって聞いてるのよ!」 苛立ちを隠そうともせずに、レンは声を荒げた。彼女がここまで怒りを見せるのはサモンサーヴァント以来の事だった。 「タルブを抜かれたら王都までレコン・キスタを防ぐことは出来ないのよ。ここで少しでも時間を稼ぐわ」 「正気!?防ぐ為の兵力は?体制を整える時間は?篭って戦えるような要害は? この状況でルイズ一人で何が出来るっていうのよ」 「一人じゃないわ。タルブと近くの村から義勇兵を募る。二百くらいは集まるでしょう」 「空からの精鋭五千と地上の民兵数百。勝負になるはずがないじゃない」 レンは近くにあった机を力任せに殴りつけた。木で簡易に組まれただけのそれは容易にひしゃげて床に転がった。折れて跳ねた二本の足がルイズとレンの足にぶつかって止まる。 レンには始めから分かっていたのだ。ルイズがここに踏みとどまるであろう事が。そして、ルイズが決して意志を曲げようとしない事も。 それでも、無駄と知りながらレンは説得を放棄することが出来なかったのだ。 「少し時間を稼げばアンリエッタ様が軍を派遣してくださるわ。それまで持ちこたえればいいの」 「最低でも半日かかるのに、このままじゃ一時間耐え切れればいい方よ。それに王国軍が来たところで勝てる保証は何もないわ」 「レコン・キスタの進軍が少し遅れるかもしれないし、増援が早く来るかもしれない。その増援は空軍に対抗できるような戦力を保持しているのかも。 そうやって要素が積み重なれば、まだ賽の目はどちらに転ぶか分からない。でも私がここで退けば万に一つの勝ち目も失う。 私はトリステインの貴族なの。民と国を見捨てるような真似は絶対に出来ない。命を天秤に掛けるようなら、私は貴族としての道を永遠に失ってしまう。それは死ぬことより辛いことだわ。 私を怒ってくれてとても嬉しかった。でも…ごめんなさい。レン」 レンはそれ以上反駁できなかった。ルイズもレンもお互いにどうしようもなく正しかったからだ。 ルイズは自国とその民を守らんとした貴族であろうとしたのだし、レンもまたそれを是としていた。 自己の保身でなく、国と民の為に己を捧げる。それが真に正しい貴族の道だとルイズは信じて行動しているし、その信念を認めたからこそレンも今までルイズと行動を共にしてきた。 だがその決意は今ルイズの、文字通り必死の反抗作戦という形で顕れて、レンにはそれを認めることが出来なかった。それしか方法がないことを理解しながら、感情はそれを頑なに拒んだ。 きっとそれはレンにとってルイズの存在が欠けてはならないものになったからで、だからルイズはレンに感謝したのだ。 本来レンにとってルイズは憎んで然るべき存在のはずだった。レンを元の世界から引き剥がすように召喚し、親のように慕っている<パテル=マテル>と契約した。 ルイズが衣食住を提供しているといっても、レンほどの異能があればこの世界で不自由することはあるはずもない。ルイズが成し得て、レンに成し得ない事は何一つない。 畢竟、互いの存在を必要としていたのはルイズであって、レンではないはずだった。 それでも今こうしてレンはルイズを求めてくれている。死地に向かうルイズを引き止め、翻意させようとしてくれている。日頃は決して見せない激情を露にして。 それがルイズには堪らなく嬉しくて、そしてもうレンに応える事が出来ないのが悲しくも申し訳なかった。 ルイズが窓に視線をやると、心配そうに顔を覗かせる<パテル=マテル>がそこにいた。 私が死ねば、本当に<パテル=マテル>をレンに返すことが出来る。きっと胸のルーンも消えるだろう。 そう思うと沈みがちな気分も少しだけ楽になったように、ルイズには感じられた。 「ルイズの大馬鹿…」 長い沈黙の後、硬く握った拳を力なく下ろして、レンはただそれだけをつぶやく。 それすらも親愛の情であるようにルイズには思えた。 レンはそのまま走って部屋を出て行く。その後姿を追いかけて抱きとめたい衝動に駆られたが、それは許されることではなかった。 顔に疑問符を貼り付けたシエスタが呼びに来るまで、ルイズは杖を握り締めて立ち尽くしていた。 「本当にここに残るんですか?」 「そうよ、危ないからシエスタも早く避難しなさい」 「駄目です!敵いっこありません!」 持てるだけの金品と多少の食料を積み、ありったけの台車を数珠に繋いで<パテル=マテル>に括り付ければ女子供の避難はすぐにも始まるはずだった。 が、ルイズが残ることを聞いたシエスタが、ルイズも連れて行こうと必死にわめき散らした。 説得しても埒が開かない、今は一秒でも時間が惜しいと説得を諦めてルイズは男達に声をかける。 「ルイズ様を置いて行けな、ちょっとどこ触ってるんですか!離して、はーなーしーてー!」 「ミス・レン、おまたせしやした。出発してください。こいつらをよろしく頼んます」 シエスタを出来るだけ優しく荷台に投げ込む。なおも這い出ようとするシエスタの頭を押さえつけて、男達は発進許可を出した。 レンは一つ首肯し、<パテル=マテル>は轟音を上げて動き出した。 猛スピードで引き摺られ激しく揺れる台車。乗り心地は最悪だろうが、しばらくは我慢してもらう他ない。 多少の吐き気で命が買えるなら安いもの。あの様子なら戦闘が始まる前に十分安全な場所まで逃げることだろう。 「本当によかったんですかい?ヴァリエールさま。今ならまだ間に合いますぜ」 「…いいのよ。私が選んだ道だもの。今更違えることなんて出来ない。 さあ、忙しくなるわよ。隣の村から人が来たら、村の入り口と広場にバリを組んで。ありったけの武器と弾薬をかき集めるのも忘れないように」 最後まで、ルイズとレンは言葉を交わさなかった。 「いてて…あの親父、乙女の柔肌に傷が残ったらどうするつもりよ。次会ったらハシバミ草のサラダ山盛りにして出してやるんだから」 痛むお尻をさすってシエスタがやっと起き上がる。しかし、疾走する台車の上でバランスを失って彼女は再び倒れこんだ。心配する声が周りから上がったが、今はそんなことを気にしてはいられない。 台車から台車へ、危なっかしい足取りながらも跳んで渡り、<パテル=マテル>のすぐ後ろ、先頭の車のそのへりに片足を掛けて立ち上がった。 「ちょっと、シエスタ、何をやってるの。危ないから座ってなさい!」 「座りません!ここで私を下ろしてください!」 慌てたレンから叱責が飛ぶが、シエスタは怖じずに叫び返した。 その様子に少しだけ速度が落ちる。 「車から落ちたらどうするのよ。そのまま挽き肉になりたいの!?」 「だったら止めてください。私は戻ります。ルイズ様を残したまま逃げるなんて私には出来ません!」 「意地を張らないで、シエスタ。あなたを帰すわけにはいかないの。わかるでしょう」 「わかりません!わかりたくもありません!レンちゃん。 いえ、レン!」 出会ってから初めて、シエスタが敬語を崩した。怒りに震えて、彼女は叫ぶ。 「ルイズ様は貴族として、命を懸けて守ろうとして下さっています。タルブ村を。あの人には縁もゆかりもない、私達の故郷を。 あの状況下ではたとえ逃げ出したところで、それは罪にもならなければ恥に値することでもないはずです。なのに、国と民を守る貴族であるという、ただその一つの理由で、ルイズ様は残ったんです。 おそらく戦闘と呼べるようなものにさえならないでしょう。それでも、ルイズ様は己の使命から目をそらすようなことはしませんでした」 慟哭にも似たその言葉。いや、確かにシエスタは涙を流していた。 レンは指一本動かそうとしない。動かせないのかもしれなかった。 まばたきもせずにいるレンを睨みつけてシエスタは続けた。 「平民とは何ですか?ただ貴族に管理されるだけの存在ですか? 常日頃は貴族にその実りを貢ぎ、危機が迫れば目を閉じて耳を塞いで貴族の保護を待つ、飼い犬のようにあればいいのですか? そうやって思考を放棄して、精神を依存し、肉体だけをいうままに行使していれば、平民は幸せになれるのですか? 違います!それは絶対に違います! この国にあって貴族と平民は不可分の存在のはずです。平民は大地を閨としてその恵みを国中に分け与え、貴族は法と権を持って内憂と外患から国と民を守る。それがあるべき姿なのではないですか? 私達がタルブ村とルイズ様を見捨てて逃げ出すということがどういうことか。 このまま逃げ出せば、私達は一生、国にも、貴族にも、他の民にも顔向けが出来ません。 二度とこのトリステインを母国と呼ぶことは出来ません。タルブ村を故郷だと想うことも出来ず、私達の心は彷徨うだけです。 罪を犯しても真に私たちが罰されることはなく、災厄にあって手を差し出されても決して救われることはありません。 私達はトリステインの民です。それは誰にも捻じ曲げることの出来ない絶対の条理です。たとえ、女王であっても、始祖ブリミルであっても。 だから、私を下ろしなさい。レン」 その言葉に、座って聞いていた他の女性達も一斉に立ち上がった。 目にシエスタと同じ決意をたたえていない者は一人としていなかった。 「…どうしてシエスタもルイズと同じ事を言うのよ」 「そんなの決まってます。ルイズ様はトリステインの貴族で、私はトリステインの民だからです。 それ以外に一体どんな理由がありますか」 泣きはらした、それでも満面の笑みでシエスタは言った。 しばしの沈黙。たっぷり三百メイルは走った後にレンはようやく口を開いた。 「ここで止めることはできないわ。速度を上げるわよ」 「レン!」 「そうでもしないと、この後村に戻れないでしょう」 前を向き、表情を隠してレンは言った。 「台車一台に乗る人数だけよ。それ以上はなんと言われてもお断りだから」 その頃トリステイン魔法学院では、コルベールが雑談を交えてオスマンに研究の報告を終え、部屋に戻ろうとしていた。 研究費の増額がうやむやにされ、生活費を切り詰める算段をしながらも、先ほどのオスマンとの会話を反芻していた。 「…らしく、ミス・ヴァリエールとミス・レンは上手くやっているようです」 「ふむ、とりあえずは一安心といったところじゃな。あれがガリアなんぞの手に渡ったらどうなることかと肝を冷やしておったが」 「ミス・レンは正義の徒ではありませんが、醜い振る舞いを、特に貴族のそれを嫌っているようです。ミス・ヴァリエールの人となりであれば問題はないかと」 「ミス・ヴァリエールか…。魔法など、貴族として生きるには必要がないということかの」 ついたため息は安堵かそれとも別の何かか、オスマンは話を変える。 「ところでコルベール君、これは座興なのじゃが、もし彼女らと敵対したら、君ならどうやってあの<パテル=マテル>を打倒するかね?」 「いきなり何をおっしゃるのですか、オールド・オスマン」 そう笑おうとしたコルベールだったが、口調とは正反対にオスマンの目は笑ってはいなかった。 それを受けてコルベールは差し込む光にその頭を輝かせて考え込む。 「…これは非常に不愉快な答えではありますが。ミス・レンを人質にとるというのは」 「大鎌を自在に操り、見知らぬ魔法を行使する彼女をかね?ほんの少しでも手間取れば<パテル=マテル>が文字通り飛んでくるのじゃぞ。 しかも、もしミス・レンが死んだとしてもあれが行動不能になる保証はどこにもない」 「では手詰まりです。正直に言って、あれに対抗できるような手段が思いつきません」 「わしも同感じゃ。それはつまり裏を返せば」 オスマンは手元の砂時計をひっくり返す。砂代わりの秘薬がさらさらと下に零れていく。 時計の中には大粒のガラス球が上下に一つずつ入っている。やがて数分が経ち、ガラス球は完全に白い顆粒に覆われて見えなくなった。 「ミス・レンと<パテル=マテル>を打倒するものがあるとするならば、それはただ一つ。圧倒的な物量しかあるまい」 気分を変えようと、コルベールは部屋に戻る前にヴェストリの広場へと足を向けた。 ここで決闘があったのも随分と前のことであったから、広場は既に美しい景観を取り戻していた。和みながらも一抹の寂しさを覚える彼の視界に、ロングビルと三人の生徒が話しているのが見える。 そのうちにコルベールの姿を認めたのか、彼らはコルベールの元に駆け寄ってきた。 あの夜、ルイズとレンを見送ったキュルケ、タバサ、ギーシュの三人だった。 前ページ次ページゼロの軌跡
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2482.html
前ページ次ページKNIGHT-ZERO 彼女にはスーパーマンが必要だ、何でもできるスーパーマンが必要だ H・Bハリッキー監督、主演「バニシングin60」より ルイズとKITTはいつもの草地に居た、学院近隣にあるKITTの操縦訓練の場、遊び場でもあった 基本的に車道というものの存在しないこの異世界、馬車の踏み跡程度の貧弱な道しか無いこの場所も KITTの持つこの世界の基準を超越した動力性能には、さほどの行動制限を与えるものではなく その車高を超えない程度の段差なら、内部のエアサスによって車体を跳ねさせて乗り越えることが出来た 岩場や荒地では進路監視スキャナーによって即座に通行可能な走路、迂回路がナヴィゲーションされ KITT自身に緊急時以外は禁じられていたが、森の中では木々をなぎ倒しながらの走行が可能だった それはKITTが居た異世界に置いて、装輪の駆動によって移動する自動車の最も進化したもので ウニモグやハンヴィー、無限軌道車を含むいかなる自動車の不整地走破性をも凌駕するものだった その車高の17倍近い高さまで飛翔することを可能にする赤いターボブースト・ボタンも存在したが KITTは乗り手や周辺物が強い負荷を受けるその装備をルイズに使用させるのはまだ早いと判断した 学院の近辺、王都トリスタニア郊外の高原地帯にはKITTの性能を存分に発揮できる平地が多かった 通常走行のノーマルクルーズでKITTは平坦な草地ならいかなる速度からも1.8秒で240kmに達し ルイズが基本操作に習熟した頃に教わった緊急走行パースートクルーズでは560kmの速度を絞り出した 地を這う物体でありながら、風竜を遥か上回る速さを与えてくれるKITTの操縦にルイズは夢中になった ほどなくしてターボブーストでのジャンプをルイズは習得したが、KITTの悪い予感は当たった ルイズは大喜びで廃城の石砦や崖と崖の間を飛びまくり、その衝撃がもたらす興奮を存分に味わった マイケルとは違うKITTの使い手、少なくともバックでターボジャンプをさせられるのは初めてだった "ルイズのKITT"は山猫のように大地を駆けた、空と地の間で、その両方を統べようとするかのように この異世界の大陸ハルケギニアで、ルイズとKITTはどこまでも自由だった 学院周辺の平原を疾走し、山を登り谷を降り、その水上クルーズ機能で湖を突っ切って遊んだルイズは 人の踏み入らぬ静かな湖畔にKITTを停めた、生まれ育ったヴァリエール邸の裏庭を思い出させる場所 ルイズにとってKITTとの遠乗りと同じくらい好きな時間は、KITTとの語らいの時間だった 異世界の事を話すのに慎重なKITTが少しづつ教えてくれる、ルイズの知らない不思議な世界の話 「この世界で魔法と呼ばれる物について、私は私自身に出来うる限りの情報を収集し分析しました」 結局、何もわからないという答えしか出ませんでした、しかし私が推論したいくつかの仮説があります」 ルイズはKITTの言葉を理解しようと努めた、落ちこぼれと呼ばれていた彼女は、誰よりも真摯だった 魔法というものへの強い疑問と好奇心を持っていたルイズはKITTの話に耳を傾け、黙って先を促す 「四系統に分かれた魔法を、この世界にも私の居た世界にも存在する気象や自然の一形態と仮定するならば 水の魔法は水害や雹、土の錬金術は金属の酸化や有機変化、炎の魔法もまた酸化の一種である自然発火 召喚獣やゴーレムと呼ばれるものは、既存の生物に起きる突然変異や意識誘導のようなものでしょう」 幼い頃のルイズは猛吹雪や山火事、獣の襲撃を、どこかに居る凄い力を持ったメイジの仕業だと思っていた 今となってはそれが自然の現象だということを知っていたが、凄い魔法の存在を心のどこかで信じていた 「雨や雪が降り、鉄が錆び、自然発火で火災が起き、突然変異の獣が暴れたりメイジに使役されるのは その地域の自然環境や周辺の状況が起こしたものであるという説とは別に、それよりもっと広い範囲 私の居た地球や、このハルケギニアなる大陸を有する惑星、あるいはそれらの世界を広く内包するもの それの意思と必然、あるいは生物的な反応によって起こされたものである、という説があります」 KITTはメインモニターの映像を交えて説明してくれた、ルイズはそれを聞きながら羽根ペンを走らせる 日本の藁半紙に似たザラ紙にルイズが纏めた手製のノートは、以後の彼女にとって大切なものとなった ルイズは自分が子供の頃から抱いていた疑問を見透かされた気持ちになり、KITTの言葉に引き込まれた 「人間の脳が風邪を引いた体を発熱させ、傷ついた部位に痛みを発生させ、血液を凝固させ傷を塞ぐように この世界を司る脳のようなものが天災を起こし、動物の暴走や人間の活動を起こさせてるという説です」 この地が丸いことも宇宙が存在することもまだ系統立てた実証はされていないこの世界、ルイズの頭の中に 神様という単語が浮かんだ、宗教的な教育に疎かった両親の影響で、彼女のそれは困った時の頼み先だった 自然の森羅万象を神とする、地球ではいささか陳腐なものとなったスピノザ的思想やガイア理論に似たもの 「よくわかんないけど、神様が天災や戦乱を起こしてるってのは、あやしい宗教屋の決まり文句よ」 ルイズは杖をいじくりながら答えた、神について云々するのは、当時トリスティンでは冒涜行為だった 「私達の世界での『神』は多くの先人が自らの環境に合わせた生活処方を神の言葉として伝承したものです 始祖ブリミルなるこの世界の神もまた、メイジやそれ以外の者の蓄積経験が人格の形を成したものでしょう」 ルイズは知らなかったが、この世界のエルフが持っていた地の精霊を崇める思想はそれに少し近かった 後にそれを学んだ時、すんなり受け入れられたのもKITTを通じて地球の感覚に触れていたせいもあった 「あなたがたの魔法は、その大きな脳がこの地に存在するものに下すべき命令を人工的に擬似発生させ、 その命令に従った自然現象を起こすものなのかもしれません、特異な天災を起こす特殊な記号です」 KITTはここに来てから多く見学した魔法を数式にあてはめてみた事があったが、解析は出来なかった それは魔法が数学や物理学の範囲外なのではなく、単に現状の計算容量が不足してるだけだと思っていた ルイズはいつもKITTとのドライブ中にセンターコンソールのドリンクホルダーに放り込んでいる 自分の杖に指で触れた、何だかこのタクト・タイプの杖がただのちっぽけなオモチャのように思えてくる 「土や水、火や風はそういう考えもあるわ、とても信じられないけどね、でも虚無はどうなの?」 「虚無と呼ばれるものについては、その大きな意思を直接、土や水を構成する原子や量子の動きに 直接働きかけるものではないでしょうか、気象や動物の行動の範囲外で起きる何かの『変化』です 恐らく他の多くの宗教にあるように、偶然起きたそのような現象を崇拝の対象とした物でしょう」 ロマリアの老人連中が聞けば激怒する内容、ルイズは法皇庁よりもKITTのほうが信じられる気がした 「私の居た世界では『科学』と呼ばれるものがコモンマジックや四系統の魔法に似た現象を引き起こします」 「カガク?あぁ、あんたがこないだ話してくれた異世界の魔法ね、あんたを作った原始的な魔法」 KITTが少しづつ話してくれる地球の話、「水道」という水魔法や「ライター」とかいう火の魔法 そして空からゴロゴロ鳴る雷の同属とかいう電気を使った魔法、「コンピューター」なる思考する魔法 それはKITTを動かし、生かしめる魔法の源と聞いたが、どうもルイズには理解出来ない力だった 少なくともKITTは日差しのきつい日には「エアコン」とかいう風魔法で室内を涼しくしてくれる それは「体の代謝機能によくない」という理由でたまにしか使ってくれないケチくさい魔法だったが 何となくわかっていた頭がこんがらがってきた、このKITTの中身を想像するといつもわからなくなる それは授業で難しい問題に当たった時よりも、女のコが男のコの事を考える時の不思議な感覚に似ていた 「わかんない、あんたわかんないわよ・・・多分それはわかんないままのほうがいい物なのかもしれないわ・・・」 「私が最初に話した『なにもわからないことがわかった』という言葉の意味をご理解頂けたでしょうか」 真夜中 学院の裏手でKITTは泡まみれになりながら、この世界に来て以来初めての至福の時間を過ごしていた 「ミス・ヴァリエールもひどいお方です、これだけ尽くしているKITTさんを汚れたままにするなんて」 学院付きメイドのシエスタはその短い背を伸ばしながら、泥とルイズの蹴り跡で汚れていたKITTを 隅々まで洗車しようと頑張っていたが、一張羅のメイド服が気になって、なかなか手が回らないらしい シエスタは思い切ってメイド服を脱ぎ始めた、暗闇に一糸纏わぬ姿を晒し、自分の体に石鹸を塗りたくると 全身に泡をまぶした自らの肌を黒い表面に優しくこすりつけ、KITTのボディを隅々まで洗い始めた KITTはそのメイドの、若い女性には相応しくない行動を諌めようとしたが、なぜか言葉を発せない シエスタは時折切ない息を漏らしながら裸体でKITTのボディ、その漆黒の肌を愛おしむように洗う 「・・・・・・シエスタさん、なぜ貴女はそんなに大変な思いをしてまで、私に優しくしてくれるんですか?」 「あら、こんな月の美しい夜に、夜風の気持ちいい中で一緒に綺麗になれるなんて素敵だと思いますよ」 この世界に浮かぶ二つの月、KITTに備えられた天体観測による測位機能がエラーを表示する空 光増幅暗視装置による索探システムを備えたKITTは光源が多ければより高精度な情報収集が出来る それ以外の、KITTは自らのプログラムで解析不能な理由でこの世界の月夜が好きになりつつあった 「・・・・・でも・・・・・・一番素敵なのは・・・あなたかも・・・・・・」 二つの月明かりに照らされ、その素肌から泡を滴らせたシエスタは美を司る神のような高貴さを湛えていた その後シエスタはKITTを水洗いし、学院の床磨きにつかう蜜蝋のワックスを塗り、丁寧に拭き取った ミス・ヴァリエールが召喚したと聞く異形の馬車、学院の片隅のKITTにシエスタはなぜか興味を持った 自分の回りを歩きながらボディをつついたり窓を覗き込んだりしていたメイドにKITTは声をかけた 「シエスタさん、でよろしかったでしょうか?そろそろ夕食の片付けを始めなくてはいけない時間では?」 シエスタは突然喋りだした馬車に悲鳴を上げ逃げ出したが、夜が更けた頃に水桶と石鹸を持って戻って来た 「生きてる馬車なんて怖いです、でも、荷車でも使い魔でも化物でも、汚れたままの姿では可哀想」 乗りっぱなしのルイズによって土埃にまみれたKITTのボディを、シエスタは優しく洗ってくれた KITTはギーシュと決闘した時の話をした、多くの生徒が驚嘆した快挙、しかしシエスタは真っ先に その無茶な行動を叱り、それから「怪我しなくてよかったです」と黒い肌を撫でた、それが嬉しかった KITTはこの心優しくどこか懐かしい娘、まるで自分の故郷の女性のような豊満な体型を持つメイドに 洗車とワックスの礼を述べたかったが、自分のボストン訛りのボイスでは気の利いた事も言えないと思った 「シエスタさん、後ろのゲートを開けてください」 無頓着なルイズが開けたこのとないテールゲート、それを開けると、同時に車内のトノカバーが開く 中のラゲッジ・スペースには黒革の衣服が丸まっていた、広げるとそれはこの世界では見慣れぬ短い上着 「私のかつてのパートナー、マイケルの着ていたジャケットです、あなたにあげます・・・着て欲しいんです」 着古した軍放出品の革ジャケット、シエスタはそれを胸に抱くと素肌の上に羽織った、白い肌と黒い牛革 丈の短いタイトなシルエットを好んだマイケルの革ジャンはシエスタの体と胸にゆったりとフィットした 兵隊が着るような革服、しかしこの世界の技術を超越した方法で鞣された仔牛革は信じられないほど軽い この国のあらゆる高級肌着より上質な触り心地の内張りは、難燃性と透湿性に優れたデュポン・ダクロン 「・・・・・・似合い・・・ます・・・・・・?・・・・・・」 「・・・・・・綺麗です・・・・・・シエスタさん・・・……あなたは本当に綺麗です…・・・・・・」 二つの月が照らす中で、それっきり黙りこむKITTとシエスタ、一人と一台にはそれだけで充分だった そして裏庭の茂みで息を殺し、暗闇からその様子を睨んでいた鳶色の瞳があったことには気づかなかった 前ページ次ページKNIGHT-ZERO
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1481.html
第二十五話 『存在の正否、そして迫るハリケーン』 目の前には黒衣の悪魔。伝説をその左手に宿した――悪魔。 自分は倒れてでもいるのかその悪魔を見上げている。恐怖に体が震える。生存本能が口を開かせ舌を動かす。 (これは・・・僕の都合のいい命乞いなんかではないんだ・・・) (『世界』は目の前なんだ・・・手に入れるんだ・・・僕は『世界』を・・・『母』を手に入れなければならない・・・やめるんだウェザー君・・・僕を殺そうとするのはやめるんだ・・・) しかし悪魔は聞き入れない。死刑を宣告するかのように耳元で死を囁く。 (お前は同じだ・・・『天国』を求め、積み上げた犠牲をやむなしと吐き捨てたあいつと・・・プッチと変わらない・・・お前のような奴には・・・『世界』どころか雲すら掴めはしない・・・お前は自分が『悪』だと気付いていない・・・もっともドス黒い『悪』だ・・・) (や・・・やめろ『ガンダールヴ』!お前は間違っている!平民のくせに・・・) (ワルドォォォーッ!!) (あげぎがあぁぁぁあぁあッ!) 決まってここで目が覚める。 「・・・・・・クソッ」 ワルドは小さく吐き捨てるとベッドから立ち上がり着替えを始めた。嫌な汗で上着はべたべたになってしまっている。 しかし上着を脱いだとき鏡に映る自分を見て手が止まった。 やや痩けた頬。二の腕から先が空になってしまった左腕。そして胸に刻まれた生々しい傷痕。 もちろん『ガンダールヴ』につけられたものだ。 あの『悪魔の虹』の混乱の最中、ろくな治療が受けられず残った痕。今なら消せるのだろうがあえて残している。 形はまるで悪魔の手のひらのようで、あの夢を見た後はいつも心臓を握られているかのような感覚に襲われる。 ワルドは自分の手が震え始めていることに気づき、慌てて枕元のロケットを手に取り胸に当てる。 すると不思議と荒かった息は落ち着き震えが止まった。 ワルドはロケットの蓋を開けて中を見る。美しい女性の肖像画。体中に力がみなぎるのが感じられた。 その時部屋の扉が叩かれた。 「ワルド様、クロムウェル閣下がお呼びです」 「すぐに参ると伝えろ」 部下が下がってからワルドは机の上の義手を取り、上着を着込みマントを羽織った。その眼にはもう怯えはない。 「この僕をドス黒い『悪』だと言うか『ガンダールヴ』」 ならば罵るがいい。己が目的のために信頼を裏切った。己が目的のために祖国に牙を剥いた。蔑まされる覚悟はできていた。 だがそれでも自分は歩みを止めはしない。 野望のために命乞いもしよう。クソのような男に頭も下げよう。 黄金の輝きも白金の煌めきも自分にはいらない。ただ刃のように妖しく光る鋭い野望があればいい。立ち塞がるのであれば―――― 「我が風で薙ぎ払い進むのみ」 ワルドは扉を開け放ち部屋を出た。その眼に黒く燃える野望を秘めて。 アルビオン空軍工廠の街ロサイスには先の革命戦争以来『レコン・キスタ』の三色旗が風に踊っていた。 巨大な煙突をいくつも持つ製鉄所、船の建造修理に使用する木材が山と積まれた空き地、赤レンガの空軍発令所。 様々な建造物などが大きく目に付くが、その中でも一際目を引くのが、天を仰ぐばかりの巨艦であった。 全長二百メイルにも及ぶ巨大帆走戦艦、アルビオン空軍本国艦隊旗艦『レキシントン』号である。 アルビオン皇帝、オリヴァー・クロムウェルは共の者を引き連れてその突貫工事を視察していた。 「何とも大きく頼もしい艦ではないか。このような艦を与えられたら、世界を自由にできるような、そんな気分にならんかね?艤装主任」 「我が身には余りある光栄ですな」 気のない返事で答えたのはサー・ヘンリー・ボーウッドであった。 革命戦争のおりにレコン・キスタ側の巡洋艦の艦長として戦場の空を駆け、敵艦二隻を撃墜する功績を認められ『レキシントン』号の艤装主任、ひいては艦長に就任するのである。 艤装主任が艤装終了後に艦長になることは王立時代からのアルビオン空軍の伝統であった。 「謙虚だな。だが!見たまえよ、あの大砲を!」 クロムウェルは舷側に突きでた大砲を指さした。 「余の君への信頼を象徴する新兵器だ!アルビオン中の練金魔術師を集めて鋳造した長砲身!設計士の計算ではだな・・・あー・・・・・・」 「トリステイン・ゲルマニアの主力カノン砲のおおよそ一・五倍の射程有しております」 「そう!そうだったな!ミス・シェフィールド!」 ボーウッドはシェフィールドと呼ばれたクロムウェルの傍らに控える女性を見つめた。 冷たい妙な雰囲気のする、長髪の二十代半ばの女性であった。 細く体のラインにぴったりとくっついているかのような黒いコートを身に纏っており、マントは着けていない。 見たことのない妙ななりな上、メイジではないようでもあった。 「彼女は東方の『ロバ・アル・カリイエ』からやってきたのだ。エルフより学んだ技術でこの大砲を設計した。彼女は未知の・・・我々の魔法の体系に沿わない、新しい技術をたくさん知っておる。君もぜひ友達になってみるがいい、艤装主任」 ボーウッドはつまらなそうに頷き、もう一度シェフィールドを見た。 視線に気付いたシェフィールドが妖しく笑い返してきたので、ボーウッドは慌てて視線を逸らした。 彼は女性に笑いかけられて視線を泳がせるほどうぶではない。 その笑顔から発せられた奇妙な違和感がボーウッドの本能を刺激してそらさせたのだった。 だがボーウッドは深く呼吸を一つするだけで心も顔も元に戻して見せた。 彼は生粋の武人であり、クロムウェルが政治的な決定でこの女を侍らせているのであるのならばそこにボーウッドが口を挟むことはない。 政治は政治家が、戦争は軍人が行うことであるという意思を強く持っているからである。 しかしそれでも心はある。心情的に彼は王党派であったが、上官であった艦長司令が反乱軍側についたためにしかたなくレコン・キスタ側の艦長として革命戦争に参加したのである。 アルビオン伝統のノブレッス・オブリージュ――高貴な者の義務を体現するべく努力する彼にとって、未だアルビオンは王国であるのだった。 たとえクロムウェルの口から陛下とウェールズ皇太子の死を聞かされたとてそれが揺らぐことはなく、クロムウェルは依然忌むべき王権の簒奪者である。 「これで『ロイヤル・ソヴリン』号に敵う艦はハルケギニアには存在しますまい」 ボーウッドは間違えた振りをしてこの艦の旧名を口にした。その皮肉に気付いたクロムウェルはそれでも微笑んだ。 「ミスタ・ボーウッド、アルビオンにはもう『王権(ロイヤルソブリン)』は存在しないのだ」 「そうでしたな。しかしながらたかが結婚式の出席に大型の新型大砲なぞ積んでいくのは、下品な示威行為と取られますぞ」 トリステイン王女とゲルマニア皇帝の結婚式に国賓として初代神聖皇帝兼貴族議会議長のクロムウェルや、神聖アルビオン共和国の閣僚は出席する。その際の御召艦がこの『レキシントン』号であった。 親善訪問に新型の武器をつんでいくなど、砲艦外交ここに極まれり、である。しかしクロムウェルは何気ない風に呟いた。 「ああ、きみには『親善訪問』の概要を説明していなかったな」 「概・・・要?」 また陰謀かとボーウッドは頭が痛くなった。クロムウェルはボーウッドの耳元で二言三言囁く。 その瞬間にボーウッドの顔から血の気が引いていった。信じられなかったのだ。 有り得るはずが・・・有り得てはいけないことを聞いてしまった。 「バカな!そのような亀のクソにも劣る破廉恥な行為がッ!許されるはずがありませんッ!トリステインとは不可侵条約を結んだばかりではありませんかッ!このアルビオンの長い歴史において他国との条約を破り捨てたことはないッ!」 激昂してボーウッドはわめいた。しかしクロムウェルは静かにその言葉を切り捨てる。 「ミスタ・ボーウッド。それ以上の政治批判は許可しない。これは議会が決定し、余が承認した事項だ。きみは余と議会の決定に逆らうつもりか?いつからきみは政治家になったのかね?」 そう言われてはボーウッドは何も言えない。軍人である彼は物言わぬ剣であり、盾であり、祖国に忠実な番犬であった。 飼い犬は黙って飼い主の命令を聞くことだけを考えていればいい。それしか、許されない。 「・・・・・・アルビオンは・・・ハルキゲニア中に恥をさらすことになります。卑劣な条約破りの国として、悪名を轟かすことになりますぞ」 「悪名?ははは、きみは存外に心配性だな。我々レコン・キスタの旗の下、ハルキゲニアは一つになるのだ。エルフ共を追い払い聖地奪回の暁には些細な外交上のいきさつなどいかほどのことがあろうか」 クロムウェルは微笑を崩すことなく言ってのけた。 その笑みにボーウッドは激しい怒りを憶え詰め寄ったが、それでも彼の軍人の部分がその怒りを拳を握りしめるまでにとどめてくれた。 もし止められなかったなら自分は今頃死んでいただろう。なぜか?目の前に杖を突き出されているからだ。 フードに隠れてはいたが、ボーウッドはその顔に見覚えがあった。 「パ、パリー殿?」 果たしてそれは討ち死にしたはずのパリーだった。だけではない。その後ろに現れたフードの連中も、全員知った顔だった。それも王党派として散っていったはずの者ばかり。 「あ・・・ああ・・・」 「艦長。きみの活躍に期待しているよ。なに、失敗を怖れることはない。死は最も身近な友人だ。死は零ではないのだよ」 そう言い残してクロムウェルは供の者達を連れて去っていった。その後ろ姿をボーウッドはただ眺めていた。 『水』のトライアングルである自分にはわかった。パリーたちには生気が流れていた。ゴーレムではない。だとすれば未知の魔法に違いない。クロムウェルの最後の言葉が頭の中で響く。 『死は零ではない』 ボーウッドはまことしやかに流れている噂を思い出して身震いした。神聖皇帝クロムウェルは『虚無』を操る、と。ならばアレが『虚無』か?『死』を操る魔法・・・・・・伝説の『零』の系統。 ボーウッドは震える声で呟いた。 「やつは・・・・・・ハルキゲニアをどうしようというのだ」 クロムウェルが歩いていると前方から一人の貴族が現れた。羽帽子を被った長身のメイジ。 ワルドである。そのワルドにクロムウェルは命じた。 「子爵、きみは竜騎兵隊の隊長として『レキシントン』に乗り込みたまえ」 「犬の首輪役というわけですか?」 しかしクロムウェルは首を振って否定した。 「あの男は頑固で融通が利かないが、だからこそ信用できる。餌に尻尾を振らないことは番犬としては重要ではないかね?余はただきみの能力を買っているだけだ。竜に乗ったことは?」 「ありませぬ。しかし、わたしに乗りこなせぬ幻獣はハルキゲニアには存在しないと存じます」 だろうな、と言ってクロムウェルは微笑んだ。それから唐突にワルドに尋ねた。 「子爵、きみはなぜ余に付き従う?」 「わたしの忠誠をお疑いになりますか?」 「そうではない。ただ、きみはあれだけの功績をあげながら、余に何一つ要求しようとはしない」 その言葉にワルドはにこりと笑った。なんとも爽やかな笑みである。 「わたしは閣下が見せてくださるものが見たいだけです」 「『聖地』か?」 「わたしが探し求めるモノはそこにあるかと思いますゆえ」 「信仰か?欲がないな」 元聖職者でありながら信仰心など欠片も持ち合わせていないクロムウェルはつまらなさそうにワルドの横を通り過ぎていった。 後に残されたワルドは首から下げた古ぼけた銀細工のロケットを開いた。その中の小さな肖像画を見てワルドは呟く。 「いえ、閣下。わたしは世界で一番欲深い男です」 つけたばかりの義手が軋んだ。 ノックの音がした。 ルイズはベッドの中でモゾモゾと動きながら「開いてますよ」と緩慢な返事を返す。 「入るぞ」 そう言って扉を開けたのはオスマンだった。ルイズは学院長自らがやってきたことに驚き慌てて跳ね起きガウンを羽織った。 「お、オールド・オスマン!なぜここに?」 「なに、最近君が休みがちと聞いての。勤勉なお前さんが休むなど悪い病気じゃないかと思ったが、見た感じでは大丈夫そうじゃな」 「気分がすぐれないだけですから・・・すぐに良くなります」 オスマンは優しく微笑んだ。それを見てルイズはただサボっていることにヒドイ罪悪感を覚えた。俯いているとオスマンが話しかけてきた。 「ふむ。少しお話をしんか?」 「は?お話・・・ですか?」 ルイズが聞き返すとオスマンはその白鬢を手ですいた。 「そうじゃ。お前さんは外にもロクに出ておらんようじゃからな、人と話さんと後でエラいことになるぞい」 「・・・・・・」 ルイズが黙って椅子に腰かけたのを見てオスマンも椅子を引いて座った。 「王女様から話は聞いとるが、詔はできたかの?」 ルイズは一瞬肩を震わせて、しゅんとしたまま首を振った。 「そうか・・・しかしまだ式までは二週間ほどある。ゆっくりと考えるがいい。そなたの大事な親友の式じゃ。しっかりと想いを伝えられる言葉を選びなさい。何よりも気持ちで祝福してあげるんじゃ」 ルイズは頷いた。自分のことばかり考えていて詔なんて全然考えてもいなかった。 姫殿下は親友である自分を信じて巫女の大役を任せてくださったというのに。 オスマンが部屋を見渡す。 「ところで、使い魔の青年が見あたらんが・・・?」 ルイズは長いまつげを伏せて再び俯いてしまった。それでもオスマンは微笑んだ。 「ケンカでもしたんじゃろう?」 ルイズは答えなかったがそれが強く肯定を表していた。 「若い自分というのは些細なことでケンカしてすれ違ってしまうものじゃ。若い内は自分の過ちを認めたくないものじゃからな」 「・・・だってあいつが・・・」 ルイズは悪態をつきそうになるのをすんでの所で堪える。その様子をオスマンは片目を上げてみて、そして唐突に語りだした。 「昔々の昔話になるんじゃがのう、あるところに一人のメイジがおった。そのメイジは長く生きる術を手に入れ、そのおかげで多くの出会いを得、多くの友を得たんじゃ。しかしまだまだ血気盛んな歳じゃったのだろうな、よく友と些細なことで衝突した。 大半の友は時間の経過が絆を再び繋いでくれたが、中には二度と繋がらないままの者もおる。激しく罵り合い絶縁し、再びまみえることはなかった・・・・・・生きてはな。長らく絶縁していた友の危篤を聞きつけ駆け付けたときにはすでに旅だっておった。 その時長寿を得たメイジは心の底から悲しんだ。友の死も悲しかったが、友と楽しく笑い合った記憶がなくなっていたことに大いに悲しみ後悔した。メイジの記憶にある友は自分と醜く争い罵り合ったものしかなくなっていたんじゃ。 その悲しみと後悔はいかほどのものであろうな。そのメイジは長く生きる術を手に入れ、そのおかげで多くの出会いを得、多くの友を失ったんじゃ」 オスマンはゆっくりと、一言一言噛み締めるかのように紡いでいった。 どこか遠くを見たままの目が潤んでいたのは陽の光のせいだろうか? 「目の前に延びる長き道を全力で走れるのは若い内だけじゃ。だが同時に歩み寄ることを知らないのも若さじゃ。 一緒に走り出した友は些細なことで遠く離れた道を走るようになってしまい、年老いて一息ついたときに後ろを振り返ってみてかつての友が誰もいなくなっておった事に気づいてももう遅い。 長く生きる術があろうと過去を取り戻す術はないのじゃから・・・・・・」 そこまで言ってオスマンはため息を一つ漏らし立ち上がった。どこか疲れたような印象をルイズは感じ取っていた。 「一方的に話してしまったのお。こんな老いぼれの長話なんぞ聞いたところでつまらんかったろう」 「い、いえ!すごく参考になりました・・・」 「そうかそうか。まあ、何にせよあまり一人で塞ぎ込むのはよしなさい。わしでよければいつでも相談に乗るでの」 薄く笑うとオスマンは去っていった。しばらく扉を眺めていたが、ここしばらく放っておいた『始祖の祈祷書』を机の上に開いた。今はできることからやろうと思ったわけだ。そして雑念を払うために目を閉じる。 精神を集中させて詔を考える。アンリエッタのためにも最高の詔を考えてやらねばならない。 しばらくしてからルイズは目を開いた。不思議なことに視界がぼやけた。色あせた白紙に一瞬文字が浮かび上がったように見えたが、瞬きの間にそれは消えてしまった。 まるで霞のように、蜃気楼のように。どれだけ目を凝らしてももう見ることは出来なかった。 汗がポタリと机に垂れた。暑さのせいで頭が蒸して変なものを見たのではないだろうかと思い窓を開けた。初夏だというのに例年を遙かに上回る猛暑がここ最近続いている。 そう言えばウェザーといたときはあまり暑さを感じなかった。もしかしてわたしの周りの空調をしてくれていたのだろうかと少しだけ心が浮かれたが、窓から太陽の熱射によって暖められた風が入り込むと不快感が増した。 ウェザーの風はもっと涼しくて優しい。けれど今傍らにその風が吹かないことを改めて認識して、少しだけ泣いた。 ウェザーは目を丸くして『竜の羽衣』を眺めていた。 今ウェザーたち五人がいるのはシエスタの故郷であるタルブ村の近くに建てられた木造の建築物である。 シエスタの曾祖父がそれに乗ってやってきたが、二度と飛ぶことはなかったと言う。 しかし一生懸命働いて稼ぎ貴族に『固定化』をかけてもらたおかげだろう、『竜の羽衣』の濃緑のボディに錆は見あたらなかった。 恐らくは現役のままの形でそこにあった。 ギーシュとキュルケは「どう見たって飛ばない」と言い、かなり気落ちして建物の壁にもたれ掛かっていた。 タバサなんかは興味深げに見上げているが。 そしてウェザーがあまりにも食い入るように『竜の羽衣』を見ているので、シエスタは心配そうに言った。 「ウェザーさん?大丈夫ですか?わたしなにかマズイものでもお見せしてしまったんじゃ・・・・・・」 だがウェザーはその問いには答えずに『竜の羽衣』に触れてみた。すると左手のルーンが光り出し、情報が流れ込んでくる。なるほど、これも『武器』には違いない。ただ、武器というか兵器というかだが、そこら辺は些末な問題でしかないようだ。 周りを回りながら燃料タンクを探し当て、コックを開く。飛ばなかった理由がそこにあった。ガス欠。どれほど原型をとどめていようと燃料がなければ動くはずもなかった。 ウェザーは視線を『竜の羽衣』に向けたままシエスタを呼んだ。 「シエスタ」 「は、はい?」 「お前のひいおじいちゃんが残したモノは他にないのか?」 「えと、えっと・・・・・・お墓と遺品が少しくらいしか・・・」 「それを見せてくれ」 シエスタに連れられて向かった村の共同墓地の一画にそれはあった。白く幅広の石が並ぶ中で、明らかに違う墓が嫌でも目に付いた。黒い石で作られた墓石には、墓碑銘が刻まれていた。 「ひいおじいちゃんが死ぬ前に自分で作ったって聞きました。異国の文字で書かれていて、誰も読めないんです。なんて書いてあるんでしょうね」 ウェザーはしばらくしばらくその文字を見つめていたが、やがて溜め息を吐いて首を振った。 「ダメだな・・・『空条』とか『徐倫』ならまだ読めるんだが・・・」 そう言うとウェザーはその墓の前に膝を突いて両手を合わせて黙祷した。シエスタがどうしたのかとのぞき込んでくる。 「あの・・・」 「だがお前のひいおじいちゃんのいた国はわかったぜ」 「本当ですか?」 「ああ。ジャパンって言う島国だ。シエスタのひいおじいちゃんからすれば日本って言った方がいいのかな。この文字は漢字で、今俺がしたのは日本の死者の供養の仕方・・・のはずだ」 ウェザーはシエスタを見つめた。シエスタは熱っぽく見つめられたので頬を染めた。 「い、いやですわ・・・・・・そんな目で見つめられたらわたし・・・・・・」 黒い髪、黒い瞳・・・・・・徐倫を思い出して少し懐かしく感じた。 「なあシエスタ、その髪と目の色、ひいおじいちゃん似だって言われただろ?」 ウェザーの確信に満ちた言葉にシエスタは驚いた声を上げた。 「は、はい!でもどうしてそれを?」 「俺の知り合いに似たような特徴を持ってるヤツがいるんだ。と言ってもあいつは純日本人じゃないから少し薄いが」 シエスタは感心したように頷いていた。 「じゃあ、ひいおじいいちゃんは本当に竜の羽衣でタルブの村へ飛んできたんですね?」 「これは竜の羽衣って名前じゃない」 ウェザーが生まれる以前の戦争で活躍したという機体。実物を見たことこそなかったが写真や話で聞いたことはある。 翼と胴体に描かれた、赤い丸は祖国の証だろう。機首に白抜きで書かれた『辰』の文字。読みこそわからないが部隊のパーソナルマークだろうか。日本の神風。 「・・・・・・ゼロ戦。日本のかつての戦闘機だ」 「ぜろ・・・せん?せんとうき?」 「空を飛ぶ武器だ」 ウェザーは言った。 夕方、ウェザーは村のそばに広がる草原に立っていた。夕日が山の際に沈んでいき、だだっ広い草原に橙と影のコントラストが出来上がっていくさまは情緒がある。吹き抜ける風は心地よく花を揺らし、綺麗だと言うほかない草原であった。 遠くを見つめていたウェザーのもとへシエスタがやってきた。いつもの給仕服ではなく、茶色いスカートに木の靴、そして草色の木綿のシャツと、ここに広がる草原のような、陽の香りのする格好だった。 「ここにいたんですか。皆さんもうお待ちですよ。でも、貴族様がお泊まりになるって聞いて村中大騒ぎで、村長なんか引きつけ起こしちゃったんですよ?」 それからシエスタは手に持った品物をウェザーに渡した。古ぼけたゴーグルだった。 「ひいおじいちゃんの形見、これだけだそうです。日記も残さなかったみたいです。でも父が言うには遺言を遺したって言ってました」 「遺言?」 「はい。なんでも、あの墓碑銘が読める者が現れたら、その者に『竜の羽衣』を渡すようにって」 「・・・残念ながら俺は読めなかったがな」 「いえ、それでも父はお渡ししてもいいって。ひいおじいちゃんの国を知っていると言うのなら問題ないだろうって。それに管理も面倒で・・・大きいし、拝んでる人もいますけど、今じゃ村のお荷物だそうです」 「・・・・・・そうか。じゃあありがたく貰っておくぜ」 「それと、遺言の続きなんですが・・・『竜の羽衣』を陛下にお返しして欲しいと言ったそうです」 「陛下・・・ね。ところで、竜の羽衣はこの草原に着陸したんだろ?」 「ええ、そうですよ」 そう言うとシエスタはウェザーの前に出て、両手を広げてくるりと回った。スカートが風に舞う。そしてウェザーの方を向くと嬉しそうに笑った。逆光でもその笑顔だけははっきりと見えた。 「この草原、とっても綺麗でしょう?これをいつかウェザーさんに見せたいと思ってたんですけど、こんなに早く見せれるなんて思ってませんでした」 「ああ。良いところだな」 するとシエスタは俯いて、手の指をいじりながら言った。 「父が言ってました。ひいおじいちゃんの国を知る人と出会ったのも何かの運命だろうって。よければ、この村に住んでくれないかって・・・そ、そしたらわたしも・・・その、ご奉公をやめて一緒に帰ってくればいいって」 ウェザーは答えなかった。陽の光の加減か赤く見えるシエスタから視線を外して空を仰いだ。真っ赤な空が草原に負けずに広がっている。 この村の穏やかな雰囲気。この草原の広大さ。シエスタの優しさ。それら全てがウェザーの郷愁を駆り立てた。だからシエスタの申し出は素直に嬉しかった。 だが思い出されるのはアヌビス神の言葉。しばらくしてからウェザーは口を開いた。 「俺は・・・ここにいていい人間じゃない。俺の存在はイレギュラーなんだ。この世界にとって俺は・・・・・・不純物でしかない」 「そんなことありません!」 シエスタが力強く叫んだ。 「ウェザーさんはわたしを二回も助けてくれました!それにミスタ・グラモンやミス・ツェルプストーたちと宝探ししたときはあんなに楽しく笑ってたじゃないですか!不純物なんかじゃない!あなたも誰かに必要とされているんです!」 今にも泣き出しそうな声でシエスタは言った。ウェザーは驚いて目を丸くしたままシエスタを見つめていたが、やがて口元を緩めるとシエスタの頭に手を置いた。 「ありがとなシエスタ・・・」 頭を撫でてやるとシエスタは恥ずかしそうに目をこすった。 「お前のひいおじいちゃん、東から飛んできたんだよな?」 「え?そうですけど・・・」 東からやってきた日本人。オスマンが会ったという男も『破壊の杖』からして同じ世界から来たのだろう。ならばスタンド使いたちは?同じルートを通ってきたと考えるのが自然だろう。 東――ロバ・アル・カリイエに秘密があるのか?放っておけばまた危険なスタンド使いがやってくるだろう。 「・・・やっぱりさっきの、タルブ村で暮らすってのは受けれそうにないな。俺は東に行かなきゃならない」 「それって・・・帰るって事ですか?」 「いや、違う。確かめなきゃならないことがある・・・」 ウェザーの真面目な顔を見てシエスタは固い覚悟を悟った。 「じゃあ・・・帰ってくるんですよね?待っててもいいですよね?わたしには何の取り柄もないですけど、ただの田舎娘ですけど、待つことくらいは出来ます。ウェザーさんがそのやらなきゃいけないことを済ませて、全部終わったら・・・・・・」 そこでシエスタは黙ってしまった。 ウェザーはシエスタを見つめる。シエスタは自分を必要としてくれているのだろう。キュルケやギーシュ、タバサも仲間だ。必要な人間として見てくれる気がする。じゃあ、ルイズは? ウェザーの考えをよそに、気を取り直すようにシエスタは微笑んだ。 「そう言えば、さっき伝書フクロウが学院から飛んできたんですけど、サボりまくったものですから先生方がカンカンだそうですよ?ミス・ツェルプストーやミスタ・グラモンは顔を真っ青にしてました。 あ、それとわたしは学院には戻らずそのまま休暇を取っていいって。そろそろ姫様の結婚式ですから。だから休暇が終わるまでわたしはここにいます」 ウェザーは頷いた。 「あの・・・『竜の羽衣』って飛ぶんですか?」 「今のままじゃ無理だが、飛ばせるようにはできるはずだ。心当たりがあるんでな。飛ぶようになったらそれで東に向かおうと思ってる」 「そうですか・・・飛んだら素敵だなあ。あ、あの、ゼロセン・・・でしたよね?もし飛んだら、一度でいいからわたしも乗せてくださいね」 「いいぜ。きっと見る世界が変わるからよ」 草原帰ったウェザーとシエスタはすでに始まっていたもてなしの宴の輪に加わり、酔っぱらって変な踊りをしているギーシュを見ながらシエスタに酌をして貰ってキュルケやタバサと笑い合った。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2648.html
前ページ次ページ虚無の王 サウナに不満が有る訳では無い。 暖まるだけ暖まり、徹底的に汗を流した上で冷水を浴びる。それはそれで、堪えられない快感だ。 だが、空は日本生まれの日本育ち。 研究所を脱するまで日本社会と無縁で生活し、戸籍も偽造の無国籍系日本人とは言え、時には風呂釜に張った湯が恋しくなる。 そんな時、空はヴェストリの広場の片隅で湯を使う。昼でも殆ど人が来ない場所は、人目を避けるのに丁度いい。使い古しの大釜が、五右衛門風呂代わりだ。 「ええ、お月さんや。おまけに二つも有りよる。日本じゃ考えられん贅沢やな」 「いい気分みてえだね、相棒」 すぐ側の壁で、デルフリンガーがカタカタと身を震わせる。 「さいっこーや。デル公。お前も入るか?」 「冗談は止してくれ。ついでにデル公も止めてくれ」 「じゃ、フリ公」 「だから、何故略す」 「なんや、不満か。フリチン」 「絶対に止めてくれ。第一、呼んでる方も恥ずかしいんじゃないのかい?」 「剣は男のシンボルやろ」 「相棒は哲学的だねえ。じゃあ、女のシンボルはなんだね?」 「万力。もしくはペンチ」 「痛ててっ……聞いているだけで痛いやね。それよりも相棒――――」 「ああ――――シエスタ、なんか用か?」 暗闇の中から、人影がぬっと現れる。 シエスタ。“飛翔の靴”を履いたメイドは、何やら瓶を手にしている。 「よく、分かりましたね」 今晩は、空さん――――丁寧に挨拶すると、シエスタは言った。 「この学校でそないな物履いとんのは、お前かギーシュの小僧くらいの物や」 そして、ギーシュは練習したり、ワルキューレの改造案を練る時以外に履く事は無い。 「で、どした?こんな時間に」 「実は、とても珍しい物が手に入ったんです。以前の御礼も未だでしたし、空さんに御馳走しようと思いまして」 「珍しい物?なんや?」 空が風呂釜から身を乗り出すと、シエスタは小さく悲鳴を上げた。 目を覆うにも、大きな瓶とグラスを手にしている。 逞しい裸体に、釘付けになっていた若いメイドは、数秒して思い出した様に顔を逸らす。 「あ、あの、東方、ロバ・アル・カリイエから渡来した、特別なお酒です。なんでも、お米で出来てるとか……」 「要は清酒か?」 「え、せい……?」 「あー、なんでもあらへん。こっちの話や」 シエスタはグラスに酒を注ぐと、殆ど後手に手渡した。 「こらこら。人と話す時は相手を見んといかんやろ」 「え!……でも……そんな……」 「はは。冗談や冗談。ありがとな」 チラチラと視線を送るシエスタからグラスを受け取る。 限りなく無色透明に近い液体は、仄かな光彩を帯びている。 米麹特有の甘く華やかな香りが鼻腔を擽る。 一口。湿った感触が、するりと喉を通り抜けた途端、米の芳醇な香りが口一杯に広がり、鼻腔を抜けて、消えて行った。 「くっはあ~、堪らへん……っっ」 空は満足気に息を漏らす。 「綺麗なお月さんに、熱い風呂に、旨い酒。こら、言う事無いわ」 「相棒はあれだ。ろくでなしだねえ」 その声に、シエスタは辺りを見回した。 「……今、声がしませんでした?」 「ああ。この辺、出るっつう話やからな」 「冗談でしょう?」 差し出されたグラスに酌をしながら、シエスタは猶も視線を巡らせる。 「私、そんな話、聞いた事無いですよ」 「七不思議言うてな。学校は大抵、その手の話を抱えとるもんや」 「幽霊扱いは酷いんじゃないかい?」 「ま、また……!――――」 「そこのメイドよう。お前さん、存外鈍いね」 デルフリンガーは派手に刀身を震わせる。壁が鳴る。 シエスタは振り向き、息を飲む。 「……け、剣が喋ってるっ!……」 「いいね、いいね。新鮮な反応だよ。貴族の小娘共は澄ましてた顔で、“なんだ”ときやがるからね。“なんだ”だよ、おめえさん。こちとら叶わねえよ」 暢気に捲し立てるデルフ。 シエスタはそれ所では無い。真っ青な顔で一歩退がり、二歩退がり――――濡れた地面に足を取られる。 「きゃっ」 シエスタが悲鳴を上げた時、空は手を伸ばして、酒瓶を引ったくる。 メイドの娘は、頭から風呂釜に転落した。 「……あーん。びしょびしょだあ……」 シエスタは湯から顔を出すと、まず泣きそうな声を上げた。続いて全裸の空に気付き、真っ赤な顔で俯いてしまう。 「デル公。悪さが過ぎるで」 「GJと言って貰いたいねえ。いい月、いい湯、いい酒と来たら、後はいい女だろ、相棒」 「すすす、すみませんっ」 慌てて風呂釜から飛び出そうとするシエスタ。 と、その肩を空が押さえた。 「そ、空さん……っ?」 「待ちや」 シエスタが飛び込んだ事、湯が派手に零れた。嵩張るメイド服は水分をたっぷりと吸っている。 このまま出られると、水嵩が足りなくなる。 「後、五分付き合い」 仕方が無い。シエスタは素直に従う。 “飛翔の靴”に付着した泥土や、後で丹念に手入れしてやらなければならない、と言う事よりも、背後の空が気になった。 湯船は勿論初めてだが、サウナ風呂に父や兄弟と共に入ったのも、かれこれ何年前の事だろう。 「そ、空さんは、ミス・ヴァリエールに召喚されたんでよね?」 「せやけど」 「空さんの国はどんな所なんですか?」 好奇心と言うよりも、緊張を紛らわせる為に聞いた。 空は顎を撫でた。 さて、どう説明しよう。 現代日本の現状をそのまま語っても、シエスタには理解不可能だろう。何か、ハルケギニアの人間にも通じる様な、巧い言葉は無いか……。 「日本言うてな。天皇陛下を中心とした神の国やな」 言ってから、日出づる国でも良かったかな、とも思った。 どの道、日本生まれとは言え、日本人として生まれた訳では無い空にとって、それ程、意味の有る言葉では無い。 だが、これなら王政下、封建社会の人間にも通じるだろう。 「テンノー陛下?」 「ハルケギニアには始祖ブリミルの子孫ちゅう王家が幾つか有るやろ?それが一つだけ、て思えばええわ」 「始祖ブリミル、ですか……」 シエスタは複雑な声で言った。 「私、昔から疑問だったんです。私達は神と始祖とを崇めています。でも、どうして、貴族と平民とを分けられた始祖を、魔法を使えない私達が崇めているんだろう、て」 「そうかなあ。分けたんはブリミルはんかいなあ?ワイ、違うと思うで」 「え?」 「苦労して魔法憶えて、おっかないエルフやトロル鬼と喧嘩するくらいやったら、料理作っとった方が、なんぼ気楽か判らへん。ブリミルはんが一握りにしか教えへんかったんやなくて、魔法憶えよう、言う奴がそもそも殆ど居らへんかったんと違うか?」 シエスタは以前、空が口にした言葉を思い出した。 一緒にされたないなあ―――― “我等の風”。自分をそう称して崇拝する厨房の料理人達を、空が少なからず軽蔑している事は知っている。その理由を改めて聞かされた気がした。 でも、どうしろ、と言うのだろう。6000年前の出来事など、自分達にはどうにも出来ない。 シエスタは身震いする。 今、自分が魔法を使えない様に、自分の選択一つが、また6000年後の子孫の人生までをも、決定してしまうのかも知れないのだ。 「ま、いつの時代も同じや。飛ぼう思った奴が飛ぶ。地べたに居った方が楽や気付いた、利口な奴は飛ばん。そう言うこっちゃな」 「利口、ですか?」 「飛べば落ちる事も有るわ。高く飛んでれば、それだけ落っこちた時は悲惨やで。なら、飛ばん方が安全やろ」 「でも、飛べない者は、飛べる者に対して無防備です」 「飛ぶ奴は、もっと無防備や。見てみ」 シエスタは言われた通り振り向き、息を飲んだ。 空が水面に脚を出している。膝から下が無かった。 「ワイは飛べるつもりやった。勘違いに気付いた時は手遅れや。グシャグシャに砕かれてもうてな。切断するしか無かった」 空は大釜の縁を掴んで体を持ち上げると、湯船を出た。 茫然としていたシエスタは、一部始終をはっきりと目撃してから、慌てて目を逸らす。 「ま、後悔は少しもしてへんけどな。あないなごっつい“空”見付けて、飛ばんかったら男やないわ」 ギーシュは高い目標を“空”に譬えた。空も同様だろう。 飛べる人間が飛ぶのでは無く、飛ぼうとした人間が飛ぶのだ。 二人の話から、シエスタはそんな事を考えた。 では、自分の“空”はなんだろう。 どんな人生を夢見て来ただろう――――。 空は踏み台にかけて、体を拭いている。 広い背中に、入れ墨が彫られている。 「あら?」 翼の入れ墨。右側しか無い。 シエスタには判らない事だが、真ん中に彫られた“翼”の字もまた、切り取った様に、右半分だけだった。何故? 「鳥は一対の翼をもって初めて天を舞う―――― 一人では決して辿り着けへん場所も有る、ちゅうこっちや」 衣服を身に着け、靴を履いたままの義足を装着すると、空は車椅子に腰掛けた。 「ほな、ワイはこれで消えるさかい。服乾かして、ついでに残り湯使ってったらどうや?」 「あ、待って」 デルフを拾い上げ、立ち去ろうとする空を、シエスタは呼び止めた。 「なんや?」 「……私、空さんが羨ましかったんです。なんのかんの言っても、私達は貴族に怯えて暮らしてる。そうじゃない人が居るのが、自分の事みたく嬉しくて……」 「別に、貴族かて獲って喰いやせんやろ」 「ええ。そうです。ミスタ・グラモンと話していて、判ったんです。貴族にも怖い物が有るんだ、て。私達と変わらないんだ、て」 そして、空。 ギーシュが手を尽くして勝とうとしている人間も、過去に大きな挫折を味わっている。 「でも、私達と違う所は、あの人はその怖い物から逃げないんだ、と言う事。戦おうとしている事。だから、私も逃げません」 シエスタは決然と言った。 「ミスタ・グラモンは空さんに勝ちます。絶対に勝ちます。大した事は出来ませんけど、私もそのお手伝いをします。絶対に勝ちます」 「なんや。宣戦布告かい?」 「そんな所です」 シエスタは微笑んだ。 気後れも無く、挑戦的な様子も無い、澄んだ笑顔だった。 「しっかしよう、小娘――――痛っ」 何かを言いかけたデルフを、空は岩に叩き付けて黙らせた。 「なんぼでも相手になる」 笑顔に笑顔で答えて、空はその場を去る。 「痛てて……酷いね、相棒。俺にもそうだけど、あの小娘にだってそうさ」 「なにがや?」 「教えてやんなくていいのかい?あの小倅、他の小娘ともう出来てるだろ」 「せやかて、お前の言う事違うわ」 * * * 朝―――― ギーシュは弾む様な足取りで、アウストリの広場を歩いていた。 モンモランシーとの復縁。 そして、本日予定している小旅行が、貴族の四男坊を浮かれさせている。 誘いをかけて来たのは空だった。以前、トリスタニアに出かけた時、仕入れて来た話だと言う。 ゲルマニアとの国境近くに有る小村。マルティニー村でのエスカルゴ祭り。 最初は人数を集め、馬車を雇って、泊まりがけの予定だった。 タバサの参加が決まって、計画が変わった。彼女の風竜なら、日帰りでも行ける。 参加者は発起人たる空。 彼の誘いとあっては断る筈も無いキュルケ。 貴重な“脚”を提供するタバサ。 その脚を引っ張るバラストのマリコルヌ。 そして、ギーシュだ。 ルイズは授業をサボる訳にはいかない、と断った。モンモランシーも同様。 「こらーっ。なにしとんねんっ。遅いで、ボーズっ」 「済まないっ!もう少し待ってくれっ!」 準備は出来ている。 丁度、学院長の元に王宮からの勅使が訪れていて、遣わされた貴族は知り合いだった。出発前に、是非とも挨拶を済ませてたおきたい。 本塔から学院長と勅使が姿を現す。背後には数人の従者。 オールド・オスマン。モット伯爵。 談笑する笑顔はなごかやかだ。二人は極めて趣味が近い。ギーシュの父、グラモン伯爵も、それは同じだった。 「おや、ギーシュ君。ギーシュ君じゃないか」 ギーシュの姿を認めると、見事な渦眉、渦鬚の洒落者モット伯爵は、笑顔で手を広げた。 「お久しぶりです。伯爵」 「父上は御息災かな?」 「ええ、ビンビンです」 「そう言えば、お前さんとグラモンは悪友同士だったのう」 ワシはここで失礼する。ゆっくり話していけ。モット伯の肩を叩いて、オスマンは学院長室へと戻る。 何しろ、モット伯爵も、ギーシュの父も学生だった頃から学院長であり、老人だった人物だ。一体、何歳なのだろう。 女王陛下の勅使たる伯爵と雖も、頭は上がらない。 「王宮からの勅使と言うお話ですが……」 「ああ。大した事では無いよ。君に話してしまっても構わない様な内容だ。“土塊のフーケ”は知っているね」 「聞いた事が有ります。貴族ばかりを狙う、土メイジの盗賊が居る、と」 「最近、被害がトリスタニアと近郊に集中している。そこで、十分に警戒する様、注意を促しに来た訳さ。魔法学院には貴重な宝物が山と有るからね。例えば、学院長秘蔵の“圓月杯”とか……」 「それは、どんな品なのでしょう?マジックアイテムですか?」 「さあねえ。私も知らないんだ。オールド・オスマンに聞いてみるといい。巧く煽て上げれば、見せてくれるかも知れんよ?」 それよりも――――モット伯は話を変える。 君はこんな所で何をしているんだ。もうすぐ、授業ではないのか? 「実はこれから、日帰りで旅行なんです。仲間達とマルティニー・レ・バンのフォワール・オー・エスカルゴに行く予定でして」 「おー、それは素敵だ。あそこの蝸牛は最高だからね」 「お土産をお持ちしましょうか?お邸はすぐ近くでしょう」 邸と言っても、領地のそれでは無い。あくまで、王宮に出仕する際に使っている物だ。 モット伯のそれは、学院から歩いて一時間の距離に在る。 「ありがとう。それにしても、昔を思い出す。私も時折、悪友と授業をサボって飛び出した物だが、その度に鞭打ちを覚悟した物さ。その頃に比べると、学院も随分、自由になったのだねえ」 しまった――――モット伯の言葉に、ギーシュは表情を変える。 学院の規律が当時に比べて緩いのは事実だが、堂々授業をさぼる事が容認されている訳では無い。 勿論、父の感性が当時から変わっている訳でも無かった。 と、その様子に気付いて、モット伯は目配せした。 「あー、私は何も聞かなかった。お父上には内緒にしておくよ」 「す、すみません。有り難うございますっ」 では失敬――――モット伯は馬車に乗ると、去って行った。 平身低頭で見送ると、ギーシュはアウストリの広場へ戻ろうとする。 その体が、不意に浮いた。襟首を何かに掴まれた。 気付いた時、ギーシュは風竜の背に乗っていた。そこには、参加者が既に揃っている。 「遅いで、ボーズ」 「ああ、済まなかった」 ギーシュは一同に詫びると、居住まいを正す。 さあ、出発だ! * * * 目的地のマルティニー村は、国境に程近い小さな村だ。 「うちの領地と、目と鼻の先ね」 キュルケは言った。つまりは、ルイズの実家ヴァリエール公爵家の領地内か、その近郊と言う事だ。 「そうなのか。ミス・ヴァリエールも来れば良かったのにな」 空はギーシュと反対の感想を抱いた。 なんだかんだと言っても、ルイズは未だ、家族の前で開き直れる程の自信はついていない。実家には近寄り難い気分なのだろう。一人で来てしまって、悪い事をしただろうか。 まあいい――――空は満面の笑顔で寝そべった。 トリスタニアとその周辺では、ここ一月で、二日しか雨が降っていない。埃っぽい事には閉口するが、陽は高く、空は澄んでいる。 「ええ気分や。ホンマ、サイッコーやな、この竜は」 「本当。何時見ても、貴女のシルフィードには惚れ惚れするわ」 空とキュルケは、口々にタバサの使い魔を讃えた。 「なあ、チビッ子。ワイと使い魔交換しいへん?」 「ひでえっ!」 空が言う使い魔とは、デルフリンガーの事だ。刀身には黒マジックでルーンが書き込まれている。 とは言っても、ただのアルファベットだが。 「駄目」 タバサはきっぱりと拒否する。 不満そうにしながらも、空は納得した。空飛ぶ竜と、喋る剣では格が違い過ぎるだろう。 空はシルフィードの背中を転げ回る。俯せになっては眼下を見下ろし、仰向けになっては太陽に手を翳す。手元には、デルフリンガーと松葉杖。 車椅子は置いて来た。風竜の背に積むには無理が有る。 「今、決闘を挑んだら、勝てるんじゃない?」 キュルケがからかう様に言った。 「ははっ。今日は折角の旅行だ。休戦とするよ。楽しみはとっておくに越した事は無いしね」 「なんや、自信満々やないか」 「先日の“ハードル”。平地でのスピードは対等だったが――――」 障害物――――その時は岩場の絶壁――――を乗り越える時点で差が付いた。 ギーシュが自身とワルキューレをレビテーションで四苦八苦しながら運んでいる間、空は恐るべき勢いで駆け登って行った。 「だが、それも対策が出来た。次は負けない」 「シエスタの入れ知恵かい?」 「彼女は優れた相談役だ――――しかし、知っていたのか?」 「ああ。お前を勝たせるんや、て息巻いとったわ」 空は身を起こした。吹き寄せる風が心地よい。 「シエスタはええ娘や」 「うむ。全くその通りだ」 「せやけどな。ああ言う、一見大人しいタイプは、思い詰めると怖い」 「?……どう言う事だ?」 「月の無い夜道には気を付け、言うこっちゃ」 「なんだ、ギーシュ。お前、メイドに手出してたのか!」 横から口を挟んだマリコルヌに、ギーシュは血相を変えた。 「ば、馬鹿な事を言わないでくれ!僕と彼女は、断じてそんな関係では無い!」 「阿呆。あっちがそう考えとらんかったらしゃあないわ。お前はなんだっけ、あれ、洪水のオンモランシー?」 「香水のモンモランシーだ」 「……せや。そいつと出来とるんやろ。お前が二股かけられる程マメな質違うんは、はっきりしとるんやから。早目にはっきりさせとき。終いには、刺されるで?」 「お、大きな御世話だよ、ミスタっ!貴方こそ、ミス・ヴァリエールとはどう言う関係なんだ?」 「……なして、そこでルイズが出て来る?」 空は、本当に訳が判らない、と言った顔をした。 「貴方は彼女と一つ屋根の下所か、同じ部屋で寝ているじゃないか。これは問題ではないのか?」 「だって、ワイ、使い魔やもーん」 「何も起きて無いと言うなら、それこそ男として問題ではないのか?何かの病気とは違うのかね?」 「私も興味有るわね。本当に何も無いの?無いとしたら何故?」 「せやからなあ、ルイズは違うねんで。あいつは、あれや。妹みたいな物や」 この時、マリコルヌが身を強ばらせた事に、誰も気付かなかった。 「妹?」 「せや。ワイ、あっちじゃクソ生意気な弟しか居らへんかったからなあ。そこん所来ると、ルイズは可愛くてしゃあないわ。可愛い妹や。妹に手出す鬼畜がどこに――――」 と、言葉が途切れた。 誰かがあっ、と声を上げた。 空の体が不意に宙へ舞った。 投げ出されかけた所を、ギーシュとキュルケが慌てて掴む。 「おい、ピザ」 空は無表情で、犯人を睨み付けた。 そこでは、マリコルヌが杖を手に震えていた。 「なんの真似や、おうっ!?」 「な、なんだ……こ、怖く無いぞ。師匠……いや、貴方はもう、僕の師匠じゃない!あんな愚かな事を言い出す奴が、師匠であるもんかっ!」 「あんっ?」 「何が妹だっ。何が可愛い妹だっ。そりゃ、ミス・ヴァリエールは美少女さっ。魔法は使えないし、胸は無いし、生えても無いけど、それだって、飛びっ切りの美少女には違いないっ! その彼女が妹だって!可愛い妹だって!貴方は、このハルケギニアに可愛い妹なんて言う生き物が棲息しているなんて、そんな御伽噺を本気で信じているのかっ!」 マリコルヌは絶叫する。魂の叫びだ。 「畜生〈ブリミル〉っ!僕には、妹が居るんだっっ!」 その一言に、一同は沈黙した。 「しかも、僕そっくり」 「うわっ……」 誰かが声を上げた。 突き落とされかけた空さえ、怒りを忘れた。 「良かった……ホンマ、良かった……」 空は心の底から、安堵の声を漏らした。 「ワイを召喚したんがルイズでホンマ良かった……」 下手をしたら、マリコルヌの妹だったかも知れない。 いや、更に下手をしたら、マリコルヌ当人だったのかも知れないのだ。 いきなり、この世界に召喚された時は、運命の理不尽を呪いもした。だが、ああっ!自分は幸運だったっ! 「君はなんと言う愚か者なんだっ!」 と、キブラに向かって平伏、神に感謝の祈りを捧げんばかりの空をよそに、ギーシュは叫んだ。 「ああ!マリコルヌよ!風上のマリコルヌよ!愚かなのは君だ!ミスタでは無く、君だ!何故、目に見える物に捕らわれる!何故、真実に目を向けようとしないんだ!」 「僕が愚かだって!?」 「そうとも、君は愚かだ!救い様の無い愚か者だ!」 「なんだと!なら、ギーシュ!君には、その真実とやらが見えている、とでも言うのか!」 「当然だっ!グラモン家の男は事実に惑わされたりはしないっ!――――いいかね、風上のマリコルヌ!逆に考えるんだっ!血の繋がっている女など、断じて妹では無いっ!!」 刹那、百雷、頭上に轟いたかの衝撃が、マリコルヌを襲った。 その頬を涙が伝う。 「ああ!ギーシュ!青銅のギーシュ!心の友よっ!有り難う!有り難う!よくぞ言ってくれた!よくぞ僕の蒙を啓いてくれたっ!」 「判ってくれたか、マリコルヌ!」 「ギーシュっ!」 二人はひしっと抱き合った。 キュルケは呆れ返った様に二人を見つめていた。汚い物を見る目だ。 「なんで……」 タバサは“貴方はどうして、そんなにも愚かな事を言い出すのか”を意味する言葉を口走ろうとして、考えを改めた。 「さあ、ギーシュ!架空の妹について、心逝くまで語り合おうじゃないかっ!」 「ああっ!一門に一人、架空の妹だなっ!」 今の二人には、とてもそんな言葉では足りない。 タバサは読み途中の本を片手に、シルフィードの背を這い、空に寄りかかった。 「なんや?」 「ここ」 「読めばええんか?ええと……『彼女は言った――――』」 なるほど。適切な要約だ。 タバサは続いて、二人の下に躙り寄る。 「なんだね?何か用かね、チビっ子。今、僕らは大宇宙の真理について語り合っている所なのだ。邪魔をしないでくれ給え」 「待つんだ、ギーシュっ!彼女はチビっ子では無い。ロリっ子だ!言わば、今の僕らに必要な人間っ!」 「いやいや、待て待て。待つんだマリコルヌ。妹=幼女はあまりに短絡が過ぎる」 「とにかくだっ!さあ、ロリっ子よ!君のすべき事はただ一つっ!目に一杯の涙を溜めて、『お兄ちゃんの馬鹿!弱虫っ!』と僕を罵るんだっ!そうすれば、仲間に入れてあげようじゃないかっ!」 「なるほど。それは悪く無いな。良し、賛成だ。トリステイン貴族として、断然賛成でありますっ!」 二人の狂態を、タバサはいつもの無表情で見つめていた。 眼鏡の位置を直し、いつもの冷たい視線を二人に向けると、抑揚の無い声で呟く。 「童貞キモい」 刹那、空気が凍り付いた。 ギーシュは乾いた笑みを浮かべて蹌踉け、マリコルヌはその場に突っ伏した。 「あふんっ!ああっ!……もっとだ!もっと言ってくれ!君の様な幼い子に、そんな風に罵られるなんて、僕はっ!……ああっ!ああーっ!」 風竜の背を散々転げ回ると、マリコルヌは翼下に転落した。 キュルケが蹴り飛ばしたのが決定的だったが、被害者本人を含めて、それを責める者は誰も居なかった。 「ふ、ふふっ……君は間違っている」 ギーシュは笑った。無理に作った笑みだ。 態とらしく取り出した薔薇は、上下が逆さまだった。 「僕は童貞では無い。“清童”だ」 「“清童”?」 「その通りっ!つまり、それは将来、愛を捧げる女性の為に守られるべき純潔であり、乙女と同様、清純かつ価値の有る物なのだよ」 「“清童”のギーシュ?」 ギーシュは息を飲んだ。嫌な予感がした。 「“清童〈チェリー〉”のギーシュ」 「そ、その呼び方は止めろーっ!……止めてくれっ!……うわーっっ!」 ギーシュは蹌踉ける。 蹌踉け、蹌踉けて風竜から転落する。 「なんや、紐無しバンシーかい。気持ち良さそうやん」 呆然と様子を窺っていた空に、笑顔が戻った。 えいっ――――自ら飛び降りる。 「あんっ、ダーリン。お待ちになって!」 キュルケも飛び降りる。 ――――そして、誰も居なくなった。 翼上に一人残されたタバサは呟く。 「なんでやねん」 前ページ次ページ虚無の王