約 1,369,300 件
https://w.atwiki.jp/onepiecedb/pages/15.html
人物 「魚人島編」の登場人物 ハンフリー デマロ・ブラック ショコラ トルコ マウンブルテン ドリップ マンジャロウ ココア のらギツネ PX-5 PX-7 アルビオン リップ・ドウティ カリブー コリブー カタコンボ スルメ メガロ アンコロ ワダツミ バンダー・デッケン九世 ハモンド カサゴバ ヒョウゾウ イチカ ニカ サンカ ヨンカ ヨンカツー イシリー カイレン ヒラメラ セイラ メロ ルリス アデル フィヨンセ ソラ ホーディ・ジョーンズ リュウグウ号 フカボシ リュウボシ マンボシ スプラッシュ スプラッタ シャーリー ジャイロ ドスン ゼオ No.650 ダルマ イカロス・ムッヒ ジュナン ネプチューン ホエ 右大臣 左大臣 しらほし デン サーファンクル ハリセンボン フィッシャー・タイガー アラディン パパニール オトヒメ カダル コアラ ミョスガルド聖 ダイダロス マリア・ナポレ ペコムズ タマゴ男爵 シャーロット・リンリン ボビン
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6433.html
前ページ次ページ虚無のパズル ギーシュやキュルケが騒いでいる頃、ティトォたちは『桟橋』へと続く、長い長い階段を上っていた。 そうして丘の上に出ると、そこには山ほどもある巨大な樹があった。夜空に隠れて、てっぺんが見えないほどである。 四方八方に枝を伸ばしていて、枝のそれぞれに、まるで木の実のように、大きな船がぶら下がっている。 「これが『桟橋』?あれが『船』?空を飛ぶ『船』なの?」 ティトォが驚いた声で言うと、ルイズは怪訝な顔で聞き返した。 「そうよ。海に浮かぶ船もあるけどね。あんたたちの世界じゃ違うの?」 「ぼくらのとこじゃ、空を飛ぶのは『飛行機』って言うんだ」 もっとも乗ったことはないんだけどね、とティトォは付け加える。 ティトォたちの世界の『飛行機』とは、高度に発達したメモリアの技術で作られた乗り物で、 巨大な丸い機体に、たくさんの小さなプロペラが付いている。 バーロゲンと呼ばれる新物質が反重力場を6000倍の収縮率で起こし、ジェットで自由に向きを変えられるのだ。 もっともこれは飛行機を売り込みたい旅客会社の触れ込みで、真っ赤なウソであるので、本当かどうなのかは誰も知らないのだった。 話を戻そう。 樹の根元には、各枝に繋がる階段があって、鉄のプレートが行き先を示していた。 ワルドが目当ての階段を見つけ、駆け上がった。 階段を登る三人を、大きな木の影に隠れて見つめる者がいた。 白い仮面と、黒いマント。フーケを脱獄させた、あのレコン・キスタの貴族であった。 貴族はティトォを見つめながら、黒塗りの杖を懐から取り出したが…… しかしなにを思ったか、杖をおさめると、きびすを返した。その姿が、風のように夜の闇に消えた。 階段を上がった先には、一本の枝が伸びていた。その枝に添って、一艘の船が停泊している。 帆船に似た形状で、空に浮かぶためだろうか、舷側にも羽が突き出ている。 船はロープで枝にぶら下がっていて、枝の端からタラップが甲板に伸びていた。 ワルドは船上に降りると、甲板で酒瓶を抱えて眠っている船員を怒鳴りつけた。 「船長はいるか!」 「な、なんでえ、おめえら!」 酔っぱらって濁った目をした船員は、あわを食って跳ね起きた。 ワルドは答えず、杖を引き抜いてみせた。 「緊急の用件である。船長を呼んでもらおうか」 「き、貴族!」 杖を見た船員は、あわてて船長室へすっ飛んで行った。 しばらくして、寝ぼけ顔の初老の男がやって来た。彼が船長らしかった。 「女王陛下の魔法衛士隊体調、ワルド子爵だ」 ワルドが名乗ると、船長の目が丸くなる。相手が身分の高い貴族と知って、急に愛想のいい笑顔になった。 「これはこれは。して、当船にどういったご用向きで……」 「アルビオンへ、今すぐ出航してもらいたい。これは王室の勅命だ」 「無茶を言いなさる!今宵は『スヴェル』の月夜!アルビオンはまだ遠い、今から出航などしては、とても風石が足りませんや!」 「風石って?」 ティトォは小声で、横のルイズに尋ねる。 「『風』の魔法力を蓄えた石のことよ。それでフネを空へ浮かばせるの」 「子爵様、当船が積んだ『風石』は、アルビオンへの最短距離分しかありません。それ以上積んだら、足が出ちまいますゆえ。したがって、アルビオンがもっとラ・ロシェールに近付くまで待たないと出航できません。途中で地面に落っこちてしまいまさあ」 「足りぬ『風石』の分は、ぼくが補う。ぼくは『風』のスクウェアだ」 船長と船員は、顔を見合わせた。それから船長がワルドの方を向いて頷く。 「ならば結構で。運賃は弾んでもらいますよ」 商談が成立し、船長は矢継ぎ早に命令を下した。 「出航だ!もやいを放て!帆を打て!」 もやい縄を解かれ、『風石』の力で宙に浮かんだ船は、帆にぶわっと風を受け、ぐんぐんと上昇した。 ラ・ロシェールの町がみるみるうちに小さくなって行く。 「アルビオンには、いつ着くんですか?」 ティトォが尋ねると、 「明日の昼過ぎには着きまさあ」 と、船長が答えた。 「明日の昼……」 ルイズが緊張した顔つきになる。 「どうやって王党派と連絡を取ったらいいのかしら。王党派が陣を置くニューカッスルは、貴族派に攻囲されてるって話じゃない」 「陣中突破しかあるまいな。フネが着くスカボローの港から、ニューカッスルまで馬で一日だ」 「貴族派の反乱軍のあいだをすり抜けて?」 ティトォが尋ねる。 「それしかないだろう。まあ、反乱軍もトリステインの貴族にはそうそう手出しできまい。包囲の目を盗んで、ニューカッスルの陣へ向かう」 ルイズは緊張した顔で頷く。 「とりあえず、今日は休んだ方がいい。明日に備え、体力を残しておくんだ」 そう言うと、ワルドは二人を船室に送り、自分は後甲板へ向かった。『風石』の魔力の補助をするためである。 ティトォは船室に座り込むと、うつらうつらと眠りに落ちた。 ルイズも眠ろうとしたが、緊張して、なかなか寝付くことができなかった。 ふと、船室の丸窓から外を見ると、ワルドのグリフォンがフネと並んで飛んでいるのが見えた。 その背中に、白い仮面を付けた人影が見えたような気がして、ルイズは目をぱちくりとさせた。 しかしもう一度見ると、人影らしきものは消えてなくなっていた。 見間違いだったのかしら、と、ルイズはふたたびベッドに横になった。 「アルビオンが見えたぞー!」 船員の大声で、ルイズとティトォは目を覚ました。 窓から差し込む光が眩しい。 二人が寝ぼけ眼をこすりながら、甲板へ出ると……、船の進路の先に、巨大な雲が浮かんでいた。 いや、雲だけではない。雲の切れ間から、黒々と大陸が覗いていた。 地表には山がそびえ、川が流れている。大河から溢れた水が、空に落ち込んでいる。その際、落ちた水は霧となり、霧は雲となり、すっぽりと大陸の下半分を覆っていた。 「これが浮遊大陸アルビオン。太洋の上をさまよう『白の国』よ」 ルイズがそう言うと、ティトォは息を呑んだ。 巨大な雲に包まれたその大陸の姿は、なるほど『白の国』と呼ぶにふさわしい、圧倒的な光景だった。 「驚いた?」 ルイズはぽかんと口を開けているティトォの顔を見て、少し嬉しそうに言った。 ティトォやアクアには驚かされてばかりだったので、ティトォの驚く顔を見ると、なんだか無性に愉快な気分になるのだった。 「うん。こんなの、見たことないよ」 甲板の上にはワルドのグリフォンもいて、羽をつくろっていた。どうやら飛ぶのに疲れて、フネの上で羽を休めていたようだ。 海の上に浮かんでいるアルビオンが、ハルケギニアに近付く周期などをルイズが得意げに説明していると、鐘楼に登った見張りの船員が、大声を上げた。 「右舷上方の雲中より、フネが接近してきます!」 ティトォは言われた方を向いた。なるほど、ティトォたちの乗ったフネより一回り大きいフネが一隻、こちらに近付いてくる。 フネの舷側に開いた穴からは、大砲が突き出ていた。 「大砲なんか積んでるよ。軍艦かな」 ティトォがとぼけた顔で呟くと、ルイズは眉をひそめた。 「いやだわ、反乱軍……、貴族派の軍艦かしら」 後甲板で、ワルドと並んで操船の指揮を取っていた船長は、見張りが指差した方角を見上げた。 黒くタールが塗られたフネは、まさに戦うフネを思わせた。距離を取って併走すると、舷側に並んだ二十数個もの大砲の口が、こちらを向く形になった。 「アルビオンの貴族派か?お前たちのための荷を運んでいるフネだと、教えてやれ」 船員は指示通りに手旗を振ったが、返ってきた返事は砲弾であった。 ボゴン!と鈍い音がして、フネの鼻先を砲弾が通り過ぎた。 突然の威嚇に船長が泡を喰っていると、見張りの船員が青ざめた顔で駆け寄ってきた。 「あのフネは旗を掲げておりません!」 船長の顔も、みるみる青ざめる。 「してみると、く、空賊か?」 黒船のマストに、四色の旗流信号がするすると登る。停船信号である。 船長は歯がみした。このフネにも武装がないわけではないが、空賊の戦闘艇とやり合えるとはとても思えない。 船長はすがるようにワルドに視線をやったが、ワルドは首を振るだけだった。 「魔法は、このフネを浮かべるために打ち止めだよ。あのフネに従うんだな」 船長は天を仰ぎ、「これで破産だ」と呟くと、停船命令を出した。 フネが止まると、黒船もこちらの舷側に停船した。 黒船の舷側には、フリントロック銃を持った男たちが並び、こちらに狙いを定めている。 ただならぬ様子に、ルイズは怯え、後じさった。 後甲板にいたはずのワルドは、いつの間にやらルイズのそばに来ていて、震えるルイズの肩を抱いてやっていた。 「空賊だ!抵抗するな!」 黒船から、メガホンを持った男が大声で叫んだ。 鉤の付いたロープが放たれ、ルイズたちの乗ったフネに引っかかる。 手に斧や極東などを持った屈強な男たちが、フネの間に張られたロープを伝ってやってくる。その数およそ数十人。 ワルドのグリフォンが、こちらに乗り移ろうとする空賊たちに驚きギャンギャンと喚いたが、その瞬間、グリフォンの頭が青白い雲で覆われた。 グリフォンは甲板に倒れ、寝息を立てはじめた。 「あれは確か、本で読んだ……、そうだ、『眠りの雲』風系統の呪文だったかな。向こうには魔法使いもいるのか」 ティトォは緊張した面持ちで、空賊たちを見ていた。 どすんと音を立て、甲板に空賊たちが降り立った。 その中から、派手な格好の一人の空賊が、一歩前に出た。 グリース油で汚れて真っ黒になったシャツをはだけ、そこから赤銅色に日焼けしたたくましい胸板が覗いている。 ぼさぼさの長い黒髪は、赤い布で乱暴にまとめられ、無精髭が顔中に生えている。 腰布に曲刀と小型のフリントロック銃を差し、左目に眼帯を巻いていた。 しつらえたかのような空賊姿であった。どうやらこの男が、空賊の頭であるらしかった。 「船長はどこでえ」 荒っぽい仕草と言葉遣いで、辺りを見渡す。 「わたしだが」 震えながら、それでも勢一杯の威厳を保とうとしながら、船長が名乗りを上げた。 「フネの名前は」 「トリステインの『マリー・ガラント』号」 「いい名だ」 空賊の頭はにやっと笑うと、船長から帽子を取り上げ、頭に乗せた。 「よろしい。今からおれが船長だ。乗組員を全員、甲板に集めな。おかしな真似したら、心苦しいがここでフネを降りてもらうことになるぜ」 ほどなくして乗組員たちと、ルイズたちが甲板にひとかたまりに集められた。曲刀や拳銃を持った空賊たちが、周りを油断なく取り囲んでいる。 「頭!積荷は硫黄ですぜ!」 フネを探り回っていた空賊の一人が、大声で駆け寄って頭に報告した。 「そうか、硫黄か!こりゃ結構!『新しい秩序』とやらを建設するには、火薬と火の秘薬が大量に要るだろうからな。黄金並の値がつくだろうよ!」 頭が興奮して叫んだ。空賊たちからも、ほうと溜息が漏れた。 「貴族派に売りつけるつもり?」 突然声が上がり、空賊たちはいっせいにそちらに顔を向けた。 マリー・ガラント号の乗組員たちも、驚いた顔で声の主を見つめていた。 声を上げたのはルイズであった。空賊たちが貴族派に与する者と知って、思わず口が出てしまったのだった。 「おや、貴族の客まで乗せてるのか」 頭は、船員たちに混じったルイズとワルドの姿を見て言った。 ルイズに近付き、顎を手で持ち上げた。 「こりゃ別嬪だ。お前、おれのフネで皿洗いをやらねえか?」 男たちは下卑た笑い声を上げた。ルイズはその手をぴしゃりとはねつけた。 「薄汚い貴族派の反乱軍が、わたしに触れるんじゃありません」 燃えるような怒りを込めて、男を睨みつける。 空賊たちは、おお、怖い怖い!などとおどけて笑い出した。 ルイズは怖くて、小さく震えていたが、気丈にも空賊たちを睨み続けた。 マリー・ガラント号の船員たちは、びくびくしながらルイズを見つめている。 ワルドは冷静を装っていたが、その顔はには隠しきれない緊張の色が浮かんでいる。 ティトォは、空賊の頭の顔をじっと見つめていた。そして、無意識にこめかみを指でトントンと叩きはじめると、 「カツラ……」 と、呟いた。 ぴくり、と頭の眉が吊り上がった。 この緊張した雰囲気にそぐわないティトォの発言に、船員たちはティトォのことを見つめた。 ティトォは注目を受けていることにも気付かないようで、どうにも空賊の頭のことが気になってしかたないようすであった。 「若ハゲ……、違うな……、もしかして……、いやでも、なんでまた……、ううん……」 なにごとかぶつぶつ呟き続けるティトォに、船員たちは哀れみの目を向けた。 かわいそうに、恐怖でおかしくなっちまったのか。 ルイズは呆れた目を向けた。 こいつ、何に気を取られてるのか知らないけど、今の状況分かってんのかしら。 空族の頭が、ルイズとティトォとワルドを指差した。 「てめえら。こいつらもフネに運びな。……ご立派な貴族様だ、たんまりと身代金がもらえるだろうぜ」 空賊に捕らえられたルイズたちは、空賊のフネの船倉に押し込められていた。 『マリー・ガラント』号の乗組員たちは、自分たちのものだったフネの曳航を手伝わされているらしい。 ルイズとワルドは杖を取り上げられ、ティトォはライターを取り上げられた。 したがって、鍵をかけられただけでもう、手足が出なくなってしまった。 杖のないメイジは、ただの人である。ルイズは余り関係なかったが。また火の気のないところにいるティトォも、魔法は使えなかった。 やがて、扉が開き、太った男がスープの入った皿を持って現れた。 「飯だ」 扉の近くにいたティトォが、受け取ろうとしたとき、男はその皿をひょいと持ち上げた。 「質問に答えてからだ。お前たち、アルビオンに何の用なんだ?」 「旅行よ」 ルイズは立ち上がり、腰に手を当てて、毅然とした声で言い放った。 「トリステイン貴族が、いまどきのアルビオンに旅行?いったい、何を見物するつもりだい?」 「そんなこと、あなたに言う必要はないわ」 ルイズは顔を背けた。 「威勢のいいこった。トリステインの貴族は、気ばっかり強くてどうしようもねえな」 男はせせら笑うと、皿と水の入ったコップを寄越した。ティトォはそれを受け取ると、ルイズの元へ持っていった。 「ほら」 「あんな連中の寄越したスープなんか飲めないわ」 ルイズはそっぽを向いた。 「食べないと、身体が持たないぞ」 ワルドがそう言うと、ルイズは渋々といった顔で、スープの皿を受け取った。 三人は一つの皿から、同じスープを飲んだ。 飲んでしまうと、やることがなくなった。 ルイズは気丈に振る舞っていたが、よく見ると肩が小さく震えている。本当は怖くてたまらないのだ。 ティトォはそんなルイズを少しでも安心させようと、声をかけた。 「ルイズ」 ティトォは、服の襟に手をやって、隠していたものをルイズに見せた。 「いざとなったら、これ、使うから」 ルイズとワルドは、ティトォの手に乗ったものを覗き込んだ。 「剃刀?こんなものを隠し持っていたのか。でもこれじゃ、とても武器にはならんよ」 ワルドはかぶりを振った。 しかしルイズは、ティトォが『いざとなったら』何をするつもりなのかを悟って、息を呑んだ。 小さな剃刀は、武器としては役に立たない。 しかし、首筋や脇の下などに走っている、重要な血管を傷付けるのには十分であった。 死ぬか、心臓が止まるか、心に死ぬほどの衝撃を受けるかすれば、ティトォたち不死の三人は『入れ替わる』。 ティトォは自ら命を絶つことで『存在変換』を引き起こし、身体の中に眠っている攻撃特化型の魔法使い・アクアの力を借りるつもりなのだ。 「……やめてよ」 ルイズは顔をそむけて言った。 ルイズは、アクアが死んでしまったときのことを思い出していた。 悲しくて、苦しくて、目の前が真っ暗になった。 死んでも『入れ替わる』だけだというのは、頭では分かっているけど。でも、もうあんな思いはしたくない。 「わたし、いやだわ。そんなの」 ルイズが目を伏せるのを見て、ティトォは言った。 「いいんだよ。ぼくらは普通の人間とは違うんだ。常識も、倫理もね」 ティトォは少しだけ笑った。ルイズがそんなふうに考えてくれるのが、嬉しかったのだ。 「でも『換わる』必要はないかも。ちょっと気になることがあるんだ」 「何よ?」 「あの空賊の頭、変装してる」 ティトォの言葉に、ルイズは怪訝な顔をした。 「変装?」 「うん。あのぼさぼさの黒髪、カツラだよ。もみあげのあたりに、ちらっと金髪が覗いてた。それに、あごに糊の跡があった。多分、付けヒゲ」 ルイズは目をぱちくりさせて、ティトォの話を聞いていた。あの空賊の頭に顎を掴まれたとき、かなり近くで顔を見たというのに、ルイズはぜんぜんそんなことには気付かなかったのだ。 反対にティトォは、空賊の頭からはわりと離れた場所にいたはずであった。 「きみは、あの距離からそこまで観察したのか」 ワルドは感心したような、呆れたような声を上げる。 「でもなんで、空賊が変装なんかするのよ」 「うーん。もしかしたら……」 ティトォがなにか言いかけたとき、扉が開き、痩せぎすの空賊が現れた。 「頭がお呼びだ」 三人が通されたのは、立派な作りの部屋だった。後甲板にしつらえられたそこは、空賊船の船長室らしい。 豪華なディナーテーブルの向こうに、先ほど話題にしていた空賊の頭が座っていた。 大きな水晶の付いた杖をいじっている。こんな格好なのに、メイジらしかった。 頭の周りには、柄の悪い空賊たちがニヤニヤ笑いを浮かべて、こちらを見守っている。 先ほどの痩せぎすの男が、ルイズを後ろからつついた。 「頭の前だ、挨拶しろ」 しかしルイズはきっと頭を睨むばかり。頭はにやりと笑いを浮かべる。 「気の強い女は好きだぜ。子供でもな。それに威勢もいい。なんだっけな、『薄汚い貴族派の反乱軍が、わたしに触れるんじゃありません』」 ぎしっと椅子を揺らすと、頭はテーブルに身を乗り出した。 「お前たち、王党派のものか」 「ええそうよ。わたしたちはアルビオンの王室への使い。トリステインの貴族の代表としてやってきたわ。つまりは大使ね。大使としての扱いを要求するわ」 「ほう?なにしに行くんだ。王党派なぞ、明日にでも消えちまうよ」 「あんたらに言うことじゃないわ」 「貴族派に付く気はないかね?あいつらは、メイジを欲しがっている。たんまり礼金を弾んでくれるだろうさ」 「死んでもごめんよ」 ルイズは毅然と言い放った。頭は、くっくっと忍び笑いを漏らす。 「忠義深いのは美徳だがね、お前たち無事ではすまねえぞ。王党派が陣を張るニューカッスルは、貴族派に完全に包囲されている。さてはて、どうやってニューカッスルへ向かうってんだ?」 口を開こうとしたルイズより先に、ティトォが答えた。 「ぼくも心配だったんですけど。どうも、思ったよりかんたんに王党派と接触できそうです」 ティトォは、そう言ってかまをかけた。 「なんだてめえは」 頭はわずかに眉根を寄せて、胡散臭そうにティトォを睨んだ。人を射すくめるのに慣れた眼光だった。しかしティトォは物怖じした風もなく、頭に恭しく一礼した。 「失礼、閣下。ぼくは彼女の使い魔です」 「使い魔?」 「はい」 ティトォは、まるで貴族を相手にしているかのような丁寧な態度だった。 ルイズはそんなティトォをじろりと見る。 なにその態度。 こんな奴らに、そんな礼儀正しくすることないでしょ。 おまけに、閣下ってなに。なんなのそれ。 空賊に媚を売るなんて、トリステイン貴族の使い魔のすることじゃないわ! 不機嫌を顔全体を使って表現したルイズは、ティトォを陰険な目で睨みつけた。 頭はテーブルに肘を乗せて、ティトォを見ていたが……、やがて、わっはっは!と豪快に笑うと、立ち上がった。 突然の頭の変貌ぶりに、ルイズは戸惑い、頭の方を向いた。 「いやはや、きみの目を見ていると、なんだか自分がひどい間抜けを演じてるみたいに思えるよ。まるで、何もかも見透かされているようだ」 そう言うと、頭はルイズとワルドの方に目をやった。 「失礼した。貴族に名乗らせるのであれば、こちらから名乗らなくてはな」 その言葉に、周りに控えた空賊たちが、一斉に直立した。 頭は縮れた黒髪をはいだ。ルイズはあっと息を呑んだ。 それは、ティトォが言ったように、カツラであった。 眼帯を取り外し、付けひげをびりっとはがすと……、現れたのは、金髪の凛々しい若者の姿であった。 「わたしはアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令官……、艦隊とは言っても、既に本艦『イーグル』号しか存在しない、無力な艦隊だがね。まあ、その肩書き寄りはこちらの方が通りがいいだろう」 若者は居住まいを正し、威風堂々、名乗った。 「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」 ルイズは口をあんぐりと開けた。ワルドも驚いたようで、呆けたように立ち尽くしていた。 ウェールズは、にっこりと魅力的な笑みを浮かべると、ルイズたちに席を勧めた。 「ようこそ、アルビオン王国へ。いや、大使どのには、誠に失礼いたした。甲板でのやり取りで王党派への御用向きと当たりを付けたのだが、外国から我々へ使者が送られるなど、なかなか信じられなくてね。きみたちを試すような真似をしてすまない」 そこまでウェールズが言っても、ルイズは口をぽかんと開くばかり。いきなり目的の王子に出会ってしまったので、心の準備ができていないのだった。 「その顔は、どうして空賊風情に身をやつしたのか、といった顔だね。いや、金持ちの反乱軍には続々と補給物資が送り込まれる。敵の補給路を絶つのは戦の基本。 しかしながら、堂々と王軍の軍艦旗を掲げていたのでは、あっという間に反乱軍のフネに囲まれてしまう。まあ、空賊を装うのも、いたしかたなしだ」 ウェールズは、イタズラっぽい顔で笑った。 「もっとも、きみには見透かされていたようだったけどね」 ウェールズの言葉に、ルイズはティトォのほうへ振り返った。ティトォは、まったくいつも通りのとぼけた顔をしていた。 「……知ってたの?」 ルイズが尋ねる。 「うん、まあ。確証はなかったけど、カツラの隙間から金髪がちらっと見えたし、ウェールズ皇太子は金髪碧眼って聞いたから」 「金髪碧眼なんて、珍しくないだろ?」 ウェールズが言う。 「でも、変装する空賊なんて、身分を隠したい人以外いませんよ。例えば、王党派の生き残りとか。 有力な王党派貴族は既にほとんどが倒れたと聞きました。その中でこれくらいの年格好の若者と言えば、皇太子くらいのものです。 あと、このフネに乗り移る時に、側舷に銃弾がめり込んでいる裂け目を見ました。黒い塗膜の下に、白い塗膜がありました。この黒船の黒い塗装は、ここ一年ほどに施された真新しいものです。 だから、軍艦を空賊船に偽装したんじゃないかと。敗残兵が空賊に身をやつしたのかとも思ったんですけど、だったら軍の装備じゃなくて、わざわざ揃いの曲刀だの斧だのに持ち替えてるのはおかしいし……」 あれやこれやと疑問点を並べ立てるティトォに、ウェールズが感嘆の声を漏らした。 「いやはや!驚いたね、まったく」 「ええ、ほんとに……」 突然、ルイズがティトォの向こう脛を蹴飛ばした。 あう、とティトォは痛みに姿勢を崩す。 「ルイズ?」 よろめいたティトォがルイズの方を見ると、ルイズと目が合った。 ルイズは無表情であったが、鳶色の瞳の奥に、怒りの色が浮かんでいた。 「ねえティトォ、あなたのその、なんて言うのかしら。観察眼?驚かされるばかりだわ」 がすがすとティトォのすねに蹴りを入れながら、淡々とルイズは言った。 「な、なんで蹴るのさ」 わけが分からず、ティトォが尋ねる。完全に及び腰だ。 「あなたって、なんでもお見通しなのね。恐れ入っちゃう。で、何も知らないわたしが怯えてるのを横目で見てたってわけ?へえ。はあ。ふうん」 ぴたりとティトォを蹴る足が止まった。 ぶるぶるぶる、とルイズの身体が小刻みに震えだした。 あ、まずい。とティトォは思った。 これはルイズが爆発する予兆なのだ。 「いいいいいいい言いなさいよねええエエエエッッ!!わかってたんなら!わたしに!早く!教えなさいッ!」 ものすごい剣幕で、ルイズはティトォを蹴りまわした。 「いやだって!確証があったわけじゃないし!あう。あうあう」 ティトォは身体を小さくして、ルイズの攻撃に耐えた。 「使い魔と!主人は!一心同体なのッ!なにか気付いたら、その都度報告しなさい!なんなのもう!わたし一人怖がって、ばかみたいじゃないッ!この!くの!」 「ごめん。痛い。やめて。あう」 ウェールズは、この騒ぎを唖然と見ていた。空賊……、王立空軍のものたちも、ワルドも、ぽかんとした顔をしている。 そんな視線に気付くと、ルイズは顔を赤らめて、やたらめったらに踊っていた足を止めた。 ルイズはコホン、と一つ咳払いをする。 「……失礼いたしました、殿下。アンリエッタ姫殿下より大使の任をおおせつかりました、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールです。 こちらは、わたくしの使い魔にございます。そしてこちらが、トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵にございます。」 居住まいをただすと、ルイズは努めて優雅に一礼し、ティトォとワルドを紹介した。 しかし、空軍のものたちがルイズを見る目は気抜けしたものだった。 正直、誤魔化せてなかった。 しかしウェールズは気を取り直すと、 「ふむ、姫殿下とな。して、どのようなご用向きで?」 と、ルイズに尋ねた。見なかったことにするつもりのようだ。 「あ、はい。その。姫殿下より密書を言付かって参りまして……」 ルイズは慌ててアンリエッタの手紙を取り出し、ウェールズに差し出そうとしたが……、 ふと躊躇うようにして、おずおずと口を開いた。 「あ、あの……、その、失礼ですが。ほんとに皇太子様?」 ウェールズは笑った。 「まあ、さっきまでの顔を見れば無理もない。僕はウェールズだよ。正真正銘の皇太子さ。なんなら証拠をお見せしよう」 ウェールズは、ルイズに右手を差し出した。その薬指には、指輪が光っている。 「この指輪は、アルビオン王家に伝わる『風のルビー』だ。きみが嵌めているのは、アンリエッタが嵌めていた『水のルビー』だろう?」 ウェールズは、ルイズの指に光る『水のルビー』を見つめながら、言った。 ルイズは頷いた。 「水と風は共鳴しあって、虹を作る。王家の間にかかる虹さ」 ウェールズはルイズの手を取ると、『風のルビー』と『水のルビー』を近付けた。 ふたつの宝石は、共鳴しあい、石と石の間に虹の橋をかけるはずであった。 しかし…… 「……む?」 キィン、キィン、と甲高い音が響く。 宝石が共鳴している音だ。 しかし、ふたつの宝石の間に、虹の橋は架からなかった。 現れたのは、巨大な円の虹だった。 円の虹が、ルイズ、ウェールズ、そしてティトォの三人の真ん中に現れたのだ。 ルイズとウェールズは、それぞれの指に嵌まった『ルビー』が、共鳴して震えているのがわかった。 「おかしいな。石が、こんなに強く震えるなんて……」 ウェールズは困惑して呟いた。 ルイズもわけが分からず、ティトォを見る。 ティトォは、心臓の辺りを抑えていた。その顔には驚きの色が浮かんでいる。 ティトォは、誰にともなく呟いた。 「まさか……」 共鳴してる。 『星のたまご』が。 前ページ次ページ虚無のパズル
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5014.html
前ページ次ページ鋼の使い魔 トリステイン王軍は、空軍を除き、常設2個旅団で形成される。 第一旅団は貴族子弟の憧れたる魔法衛士大隊を擁する幻獣騎兵科であり、近衛任務もここに含まれる。 第二旅団は各種歩兵を纏めた緒歩兵大隊で作られている。 さて、所謂弱小貴族が出世する為には文官より武官を選んだ方が早い、というのは異界の黄金獅子な銀河帝国皇帝も選んだとおりであり、その目指す先の多くが 先述の魔法衛士大隊を始めとする幻獣騎兵科を選ぶ。 斯く有名たる魔法衛士大隊であるが、その起源は実のところ、国内で賄える竜騎兵に供する風竜火竜が足らなかったところから来ており、ゆえに 隣国ゲルマニアを始め、諸外国では同じような兵科はあまり見られない。 例えば魔法衛士大隊の場合、三種の幻獣による三つの中隊から成る。一つは9頭のグリフィンからなるグリフィン中隊。15頭のマンティコアからなるマンティコア中隊。 21頭のピポグリフからなるピポグリフ中隊、と言った具合。 グリフィンは高度と速度で風竜と伍するものの航続距離に欠け、マンティコアは運動性と高度で劣るものの、高い戦闘能力がある。 ピポグリフはマンティコアよりも高い高度を飛び、グリフィンよりも長い距離を駆けるが、純粋な戦闘能力でいえば低い。代わりに、扱いやすく数が比較的揃えやすい。 以上のように、華やかたる古国トリステインの、華やかたる兵士たちにも、国柄からくるさまざまな事情があった。 その日、王都トリスタニア郊外に作られし王宮を警備していたのはマンティコア中隊だった。 騎兵による見回りといっても、今は一応平時である。幻獣付きの騎兵が一人、付き添いの兵士が一人か二人。それを一班として、王宮の各位置に配していた。 そんな中、上空より風を切る青い物体が遠くより迫るのを、ある騎兵が駆るマンティコアは捉えた。 騎兵がそれを認識した時、既にその青い物体は目の前を過ぎ去り、王宮の中央部を吹き抜ける中庭に落ち、着陸していた。 マンティコア騎兵は降り立った青い影――それは風竜の幼生体だった――を確認するや、持ち場から跳ねるように離れ、中庭を埋めるように包囲した。 謎の侵入者たる風竜は、数人の人影を背に乗せている。 「杖を捨てろ!」 騎兵達は軍杖を抜き、その先を人影に向けていた。 人影たちは総勢4人。年端も行かない婦女子が三人、血で汚れた服を着た男が一人だ。 男と婦女子のうち二人は、手に持っていた剣と杖を手元から話したが、一人、目立つチェリーブロンドの少女は、騎兵達の前に一歩進み出る。 「アンリエッタ王女殿下より密命を受けて参上した、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールでございます。急ぎ殿下へお取次ぎを願います」 『無垢なる過失は罪か、それとも罰か』 「なに、ラ・ヴァリエールとな」 毅然と言い放ったルイズの前に、一人の男性が現れた。彼もまた、周りの騎兵と同じくマンティコアにまたがっているが、周囲のそれよりも マンティコアは一回りほど大きく、また男自身の格好も派手なものになっていた。 この男、マンティコア中隊を預かるド・ゼッサールという。彼は上から下までルイズの姿をよく見てから、こう言った。 「卿がラ・ヴァリエールの者であることを証明できる品はあるかね」 言われたルイズは思ってもみなかったのだろう。ほんのわずかだが、たじろいだ。 「そ、それは…」 そのわずかな挙動をド・ゼッサールは見逃さなかった。 「この者らを捕縛せよ」 隊長の号令があった以上部下は即座に反応し、一度は下げた杖を再び構えて飛びかかろうとした、その時。 「待ちたまえ。マンティコア中隊長殿」 ド・ゼッサールの背後より声が掛かった。 「マザリーニ枢機卿か…」 振り向けば法衣に丸帽子を被ったこの国の宰相を務めるマザリーニが立っている。 「彼女は間違いなく、ラ・ヴァリエール公の息女であるよ。私が証明する」 「……左様でございますか」 ド・ゼッサールは手を振って部下を下がらせると、マザリーニに一礼してその場を後にした。 何が何やらわからないルイズたちに、マザリーニは近寄る。その姿は遠景から見た以上に……小さかった。 「殿下からの密命、であったな。道すがら教えてくれるかね?ミス・ヴァリエール」 アンリエッタはその日も、王女の執務室兼謁見室で、回されてきた書類の代理決裁をしていた。 次から次へと持ち込まれる書面を眺めて、アンリエッタはいい加減うんざりしていた。 やれ、鉄砲水で流れた橋の掛けなおし費用に関して、だの。王室所有の田園の整備費用について、だの。 各種の役人が既に是非を半ば決めてしまっている事柄に只判をつけて行くだけのような時間に感じられていた。 それよりもアルビオンへと使わしたルイズやウェールズ王太子の方が気がかりで仕方がなかった。 暫くして、マザリーニ枢機卿が部屋に来た。恭しく丸帽子を傾ける。 「殿下。ラ・ヴァリエール三女ルイズ・フランソワーズが謁見を希望しております」 それを聞くや、アンリエッタの心は躍った。 ああ、ついに待ち望んでいたものが来たわ! しかしアンリエッタは、そんな思いを彼女なりに懸命に隠し、枢機卿に向かった。 「そうですか。ではここへ。…ただし枢機卿。貴方にも席を外していただきたいのです」 「なりませぬ」 その一言にアンリエッタの顔が固まった。対する枢機卿のは目を伏せ気味に、しかしよく聞こえる声で朗々と話し始めた。 「聞けば殿下より密命を受けたとのこと。しかし私めの知る限り、左様なものは存じませぬ」 「当然です。わたくしの判断でルイズに、ミス・ヴァリエールに託したのですから」 アンリエッタはマザリーニがはっきり言って嫌いだった。もって回った言い方、歯に衣着せぬ讒言、どれもがちくちくと茨を巻いた様であったから。 「アルビオン内乱の杞憂、ゲルマニアとの婚儀を前に、王族とはいえ無用の動きは慎んでもらわねばなりません」 「無用ではございませんわ。密命はゲルマニアとの婚儀を滞りなく薦めるためのものですから」 「ほぅ…それは、それは」 その言葉にマザリーニは確かに、うっすらと笑う。 「であるなら、もったいなくもトリステインの宰相に任じられたる、この私めにもその密命、拝聴する権利があるかと、思われますが…違いますかな」 しまった、とアンリエッタは奥歯を噛む。 「違いますかな」 押すようなマザリーニの声は、堂の入った政治家らしい迫力でアンリエッタに迫る。 「…道理と、思いますわ」 その迫力にアンリエッタは負けた。単純な力の差であった。 「では、失礼ながらお傍にて、密命のご報告を聞かせていただきますぞ」 そういうとマザリーニは粛々と執務室の一角に身を寄せ、まるで置物のように静かになった。 衛兵に呼ばれ、ルイズは謁見室へ入った。傍に立つギュスターヴも同じく、入室を許可された。 「ただいま帰参してございます。姫殿下」 「無事帰参の報を聞けて何よりよ。ルイズ・フランソワーズ」 席上君主と臣下の礼節を守る二人である。 「では、手紙をこちらに」 角盆に乗せられた手紙がアンリエッタの元へ渡された。 「手紙を回収できたということは、ウェールズ王太子とも会うことが出来たとみてよろしいですね」 「はい」 「出来れば聞かせて頂戴。かのお方がどうしているのか」 ルイズは語る。アルビオンに渡った時点で王党軍は消滅寸前だった事。王党軍の作戦中に巻き込まれる形で偶然接触できた事。 「それほどまでに、アルビオンの王軍は衰退していたのですね」 まるで他人事のように言うアンリエッタが、わずかにギュスターヴの神経を撫でた。 「それで、その後はどうなったのです」 「それについては…このギュスターヴめが詳しく話します」 ルイズは少し顔を曇らせる。対してギュスターヴは一歩前にでて毅然として礼をした。 (ほぅ…) 傍で聞いていたマザリーニの目が光る。 「アルビオン軍と接触の後の事を話す前に、一つ確認したい事があります」 数日前にルイズの部屋で会った時も殆ど話さなかったこの男は、何等アンリエッタに気負う素振りも見せずに話しかける。 「なんでしょうか」 「殿下は今回の密命に際し、ワルドと名乗る者を遣わし、いくつかの品を我々に届けさせたのは殿下自身の御命によってでしょうか」 「はい。確かに私はグリフィン中隊長ワルド子爵に密命を滞りなく進める為、手紙と指輪を預け、それを届けた後は貴方達の護衛を勤めるように命じました」 秘かに緊張が走る。マザリーニは一瞬、身体を竦ませ、ルイズもピクリと動く。ギュスターヴは、ほんのわずかに頷くだけだった。 「…お答えしていただき、感謝します」 「よしなに」 そしてギュスターヴは語った。アルビオンを脱出する為に、王太子が避難船に席を取ってくれた事。玉砕する王軍を言祝ぐために ワルドとルイズが結婚式を挙げようとした事。 「そういえば、かの方とは婚約者でしたね」 「…はい」 ルイズの返事は沈んでいたのに、アンリエッタの言葉はどこか浮ついていたように聞こえた。 「…私は万一のためにウェールズ殿下の協力の下、結婚式の会場である礼拝堂に身を隠しておりました。しかし私の主人は心思うところにおいて婚儀を中断し、 その場での結婚を拒絶しました」 「…そう」 「その時、ワルド子爵は豹変し、媒酌のウェールズ殿下ともども主人に杖を向け襲いかかろうとしました。私は隠し身を暴き二方を守る為に剣を取りましたが、 子爵を遺憾ながら取り逃がし、ウェールズ殿下も深手を負われていました」 「!!」 再び走る緊張。今度はアンリエッタが衝撃を受け、マザリーニは静かに首肯した。 「子爵は主人と、手紙と、ウェールズ殿下の御首を持ってレコン・キスタへ参画する予定であった旨をその場で告白したのです」 「そんな…子爵が…裏切り者だったなんて……」 学院への道中の折、恭しげに頭垂れていた姿がアンリエッタの脳裏に挿す。 「私は気を失っていた主人を運び、隠し港に残されたボートでその場を脱出し、アルビオンの浮力圏から降りる中で主人のご学友に助け出されました。そして今に至ります」 「そうですか…」 顔を伏せるアンリエッタ 「ウェールズ殿下は最後に傷ついた身体を推して戦場に向かわれました。殿下より言葉を預かっております」 「…あの人は何と」 「『強く生きろ』と。それと…」 懐を探って『風のルビー』を取り出す。 「この指輪を授けてくれました。私より殿下が持つべきものと思います」 『風のルビー』は手紙と同じように盆に乗せられて、アンリエッタに運ばれた。 「ルイズ…」 「はい」 「あの方は、私のしたためた手紙を読んでくれましたか」 「私の前で封を開け目を通しました」 「そう…」 アンリエッタの心が、暗く濃く沈んでいく。 あの人は私の手紙を見ても、亡命して、生きながらえて欲しいと言っても、首を振らなかった。 その事実が胸を重くするようだった。 「……姫様」 「…なんでしょう」 「お預かりした指輪を返却したいと思います。ウェールズ殿下のお言葉ではこれはトリステインの秘法『水のルビー』であるとの事。いやしくも私のようなものが 持ち続けるのは不敬と思いますゆえ」 言ってルイズが取り出すのは正真正銘『水のルビー』である。 これにはマザリーニ只一人が衝撃を受けた。目を見開き、唖然としている。 アンリエッタは伏せ気味に手を振って答えた。 「いいえルイズ。それは貴方が持っていなさい」 「しかし」 「…ラ・ヴァリエール家は王家庶子を開祖とする名門中の名門です。始祖より続く秘宝を預からせるに足る家だと私は考えます」 「……謹んで、拝領させていただきます」 ルイズがルビーをしまい、場を一礼して退室の許可をもらおうとした時。 「あいや。失礼ながら、私めに発言の機会を下さりませぬかな、殿下」 脇で静かに聴いていたはずのマザリーニが歩み出た。 「……なんでしょうか。枢機卿」 「殿下がこのたび、ラ・ヴァリエール嬢を使わした経緯、このマザリーニも納得のいたすところにございます」 「それは結構です」 「ですが、いくつか得心しかねる点がございます」 「……それはなんでしょうか」 「まず一つ。衛士大隊の中隊長格の将兵を独断で動かされた件。もう一つは王宮で管理している秘宝を無断で動かし、あまつさえ 臣下に下賜されようとした件についてでございます」 瞬間に、ルイズの肩身が居竦む。 「ワルド子爵めが貴族派のシンパであり、ウェールズ殿下を暗殺せしめんとした事はこの際捨て置いて考えていただかれますかな」 「捨て置け…と……」 捨て置け。 私が愛したあの人を殺した、その事実を捨て置けと。 マザリーニの淡々とした言葉にアンリエッタは言葉が出ない。 「大隊小隊長格以上の指揮官将兵は、一時的に隊を離脱する場合、戦時でないかぎりその日時、理由、そして事後報告をした書面を提出する事になっております。 密命など特殊な任務を帯びた場合もそれらを証明する署名がいるのです。それらを用意できますかな、殿下」 ぎり、と歯を噛む音がギュスターヴの耳に聞こえた。 「もう一つ、秘宝を動かすに際しても、それらを監督するものがおります。下賜されるのであれば、その旨を各種庁に際し通達する文書をお書きして頂かねばなりません」 ぎりり、と今度はルイズにも音が聞こえた。 「以上の点につきまして、後に殿下に深くお話させていただきたく思います」 臆面もなく、マザリーニは滔々と話したかと思うと、アンリエッタの言葉を待つように静かになった。 「………いいでしょう。何一つするにも書面がいるというのであれば、いくらでも用意しましょう」 声の端が上がっているアンリエッタの精神は炎が吹き出そうなほど憤りを上げていた。 アンリエッタとマザリーニのやり取りをぴりぴりとした中で聞いていたギュスターヴとルイズである。 ギュスターヴはともかく、ルイズはその空気で身体に穴が開きそうだった。 「…ですが、水のルビーの件についてはこの場で下賜させます。書類の記載事項については追って官庁に知らせます。それでよいでしょう?」 「殿下がそうなさるのであれば、私は何も」 しれっと言い放つマザリーニに苛立たしげな顔を見せてやりたかったが、アンリエッタはルイズの手前、それを繕った。 「……ごめんなさいなルイズ。今日はこれで」 「あ……はい。謁見を許していただき、有難うございました」 ギュスターヴとルイズの謁見は、こうして終了した。 待合室で待っていた二人と合流し、王宮の外で待たせていたシルフィードに乗って学院へ帰る運びとなった。 ルイズは指にはめた『水のルビー』を、指先で撫でていた。 「ねぇ、ルイズ」 「…何よ」 キュルケの問いかけにもルイズはどこかぼんやりと答える。この様子では話をまともに聞きそうにない、とキュルケは思った。 「……なんでもないわ」 「何よ、もったいぶって」 「なんでもないわよ」 「言いなさいよ」 ふぅ、とため息を吐き、キュルケはゆっくりと話し始めた。 「…もし、ゲルマニアの皇帝がアンリエッタ王女を愛するつもりが無いとしたらどうする?」 「へ?」 何を言い出すのか、とルイズは思った。 「ゲルマニアにとってね。今回の婚約と結婚っていうのは単に軍事協約と始祖の権威を分けてもらうだけの話じゃないのよ」 「何よ、それ……」 「例えばね。ゲルマニアの商工ギルドや金融ギルドに、トリステインの貴族はたくさん、借金をしているの。知ってる?」 「まぁ、少しは……」 「そういうところはね、今回の婚約と協約で二国間の親密度が上がると仕事がしやすくなるの。トリステインは国土は狭いけど、まだ手付かずの資産がいっぱいある。 なんて考えている連中も少なくないわ」 「…」 ルイズのまるで与り知らぬ話ばかりであった。 「他にもあるわよ。今のゲルマニアの皇帝一族って精々5代、6代くらいまではゲルマニアの中の一領主でしかなかった。そこで今回の協約が成功すれば、 始祖の時代から続く国一つを味方に出来るわね」 キュルケの語る話は、何処までも生臭い。どこか迂遠な言い回しが鼻についた。 「さっきから何が言いたいわけ?」 「…ゲルマニア皇帝とアンリエッタ王女の婚儀は『確実に』成功するわ。だってその方が利益になるもの。国と国との間のやり取りで 人一人の思いを汲み取りあっていたらきりがないわ」 ざわり、とルイズの肌を何かが駆け抜けた。 「キュルケ…何で手紙のこと……」 「ちょうど聞いちゃってたのよねぇ。ごめんなさいな」 しかし口とは裏腹に、キュルケは悪びれもしない。 「でもあの時姫殿下は」 「手紙を取り返して、と言った?」 「!!」 ルイズの顔が凍りつく。 あの時アンリエッタ殿下は『どうしよう』とは言ったが、『どうかしてくれ』とは言わなかった。アルビオンまで行ったのは、あくまでルイズの申し出があったからに過ぎない。 さらにキュルケが続けようとしたが、ギュスターヴはそれを止めた。 「やめておけ、キュルケ」 「ギュス」 ギュスターヴのその、ルイズを慮るような仕草が神経を逆撫でた。 「…なによ、何よ。なによ!二人して!私は友達の手紙を返してもらいに行っただけよ!」 「そんな詭弁は無理」 差し込むようにタバサがぽつりと言った。 「貴女は、王女の政治的瑕疵を繕う為に動いた」 「タバサ、あんた…」 たじろぐルイズ。タバサも手紙の一軒を知っているのだと気付いた。 「それに、王女が思っているより瑕はずっと浅い。これは事実」 「うぅっ」 「そういうことを教えてあげるのが本当の友人だと、私は思う」 「……」 ルイズはもう、言葉が出なかった。『お前の行動は無駄骨だった』と言われた方がどれだけ楽だろうか。 「…ギュス、ターヴ」 「…なんだ」 搾り出した声を向けたのは、傍らの使い魔だった。 「キュルケや、タバサのいうこと…全部知ってたの……始めから、アルビオンに入る前から、姫殿下の手紙を回収するのが目的だって知ってたの」 「…ああ」 ルイズの震える声は風竜の上を流れていく。 「手紙一つじゃ、婚約が崩れたりしないって、判ってて、それでも着いて来たの」 「……ああ」 くわっと目を見開いたルイズの拳が、ギュスターヴの胸を撃った。 「バカァ!」 バシバシとルイズの小さな両拳が叩きつけられる。ギュスターヴはそれを身じろぎもせず受け止めた。 「バカバカバカバカ、あんた大バカよ!情けでもかけたつもり?!」 「そんなつもりはない」 はっきりと、ギュスターヴが答える。 「なら、どんなつもりよ」 「……アルビオンという国を見てみたかった。この目で」 「…それだけ?」 「それだけさ。一応、お前の使い魔ということにもなっているし」 「……バカね。本当に…本当に…」 ギュスターヴの胸を撃ちながら、ルイズは俯き、嗚咽する。 「本当の馬鹿は……私よ…」 ルイズの思いを無視して、シルフィードは一路、魔法学院へ向かうのだった。 前ページ次ページ鋼の使い魔
https://w.atwiki.jp/f_go/pages/3534.html
+ 〔人類の脅威〕特性持ち一覧 Class Rare Name 剣 4 葛飾北斎 分 4 メカエリチャン メカエリチャンⅡ号機 降 5 アビゲイル・ウィリアムズ 葛飾北斎 楊貴妃 アビゲイル・ウィリアムズ〔夏〕 ヴァン・ゴッホ ジャック・ド・モレー 詐 5 オベロン エネミー - 讐 - ゴルゴーン(7章) - スペース・イシュタル(バトル・イン・ニューヨーク 2019) ? - 量産型メカエリチャン ? - 空想樹の種子 ? - 空想樹 月 - BBホテップ(2018夏イベ敵?) 降 - BBB(2018夏イベ敵) 分 - 羅刹王・髑髏烏帽子蘆屋道満 槍 - アルビオンの竜骸 剣 - 魔犬バーゲスト 狂 - 祭神ケルヌンノス 詐 - オベロン 狂 - ダゴン 術 - 暗黒の仔山羊 降 - ORT
https://w.atwiki.jp/alicero/pages/149.html
アルビルダ 【人称】 一人称→「」 二人称基本→「」 【関連人物への呼称】 【能力】 元北欧のお姫様で元海賊。 のびのびと海賊行為に励んでいた所、 日本軍に捕らえられ、卑劣な変態の東郷に 犯されて性奴隷にされてしまった(本人談)。 ……要は所謂、重度の厨二病を患ってしまった ちょっとアレな人。 伝説に憧れており、いつか勇者になるのが夢。 こういう時期って割とあったよね、幼稚園児くらいに… ちなみにお姫様だったのは本当。 女子人気投票脇役なのに第1位な伝説。
https://w.atwiki.jp/vs-wiki/pages/1107.html
BLR/018 C キュリー/ツンツン妖精 女性 パートナー アルビオン/どっしり妖精 男性 レベル 1 攻撃力 2000 防御力 3500 【別に、感謝してもらうほどのことじゃないわ】《妖精》《花》 【エントリースパーク】【自】あなたのベンチに『BLUE ROSES~妖精と青い瞳の戦士たち~』のカードがいるなら、あなたは相手のフィールドのカードを1枚選び、相手の控え室に置く。 作品 『BLUE ROSES~妖精と青い瞳の戦士たち~』
https://w.atwiki.jp/pararowa/pages/368.html
黄昏の騎士達の輪舞曲 ◆Z9iNYeY9a2 ランスロットの腕につけられた巨大な槍から放たれた高エネルギーの砲撃。 それは距離を詰めてきたナイトメアのうち1機の体を貫く。 残り2騎は砲撃を見て散開、両側から剣を、大剣を引き抜いて振り下ろした。 しかしその一撃はランスロットの前に張られたエネルギー障壁、ブレイズルミナスに阻まれた。 止まった一瞬で腰のハーケンを撃ち込む。 咄嗟に交代するも、放たれたハーケンは足を、片腕を掠め、その掠めた箇所を吹き飛ばす。 「直撃させるつもりだったが、…流石に皇帝直属の部隊ということか」 数々の敵と戦ってきたスザクから見れば、少なくとも彼らの動きは並の騎士にできるものではないと見ていた。 この動きはおそらく皇帝直属のナイトオブラウンズに匹敵するものだ。 しかし、同時にそれでもこの機体の相手ではないとも感じていた。 そう考えていたこと、そして機体が後退し距離が空いたことで油断があったのかもしれない。 そのほんの一瞬の間の後、機体に強い衝撃が走った。 「ぐっ…!」 揺れた機体のコックピット内に安定しない態勢でいた月が、コックピットの壁に体をぶつけてうめき声をあげる。 「っ、どこからの攻撃だ…!」 2騎は後退、もう1騎は撃墜したはず。再攻撃がくるには早すぎる。 周囲を見回すと、そこには上半身の右側だけを残した状態のヴィンセントがこちらに肘のニードルブレイザーを向けている光景。 機体の装甲にはそこまで大きなダメージはなかったが、衝撃は届いたようだった。 機体の断面からは触手のようなものが蠢いて、少しずつその形を戻しつつある。 さらに後退した2騎を見ると、そちらも損傷した腕や足から同じように修復しつつあった。 「これはゼロのガウェインと同じ…、いや、性質はゼロに近いか…?」 体をナイトメアフレームの剣で斬りつけても元に戻るゼロの体も、彼らと似たような体の動きがあったように思える。 考えている間に、再度距離を詰めた残りの2騎がこちらへと振りかざした大剣と両肘を向けている。 大剣から放たれた輻射波動、そして両肘のエネルギー弾がランスロットの体を後ろへと吹き飛ばした。 「スザクっ!」 「いや、大丈夫だ、この程度ならばやられはしない」 機器のアラームに目をやるが、致命的なものはない。すぐに修正できる程度のものだ。 「ただ、あの回復力は厄介だ。 一撃で吹き飛ばす必要があるが、相手も機動力がそれなりにある。捉えるには少し手間がかかるかもしれない」 コクーンを分離させれば捉えるのは問題ないだろうが、それをやってしまえば火力が足りず余計手間がかかるだろうし施設攻撃にも支障をきたす。 「…一つ聞きたい。さっきの攻撃で問題ないとのことだったが、向こうの持っている武器にそれ以上強いものはあるのか?」 「いや、知っているものと同じだとすれば、あとは近接武器とハーケンくらいのはずだ。他に携行武器を備えている様子もないし」 巨槍とハーケンでナイトメアを捌きながら月の質問に答えるスザク。 一撃一撃が機体を大破レベルまで損傷させるが、その都度数秒で回復し十秒もあれば完治して復帰する。 「だとしたら妙だ。こちらの迎撃に来たにしては戦力が足りていない。 あの部隊というのはあの3体で全部なのか?」 「いや、もしラウンズだとしたならば13人いるはずだ……、そういえば確かに少ないな…」 かつてこの機体の前世代機であるランスロットアルビオンでも、ラウンズ4人を鎧袖一触で斬り伏せた。 たとえ相手が強い再生能力を備えていたとしてもそれだけでどうにかできるはずはないと思うのは自惚れだろうか。 「……時間稼ぎ、か?」 『その通りよ』 ふと月がつぶやいた時、一迅の光が奔ると共に横殴りに強い衝撃がランスロットを襲った。 機体が吐き出す警告音に目をやると、3騎の攻撃でも目立った損傷がなかったランスロットの外部装甲が大きく斬りつけられている。 光はランスロットより上の宙で静止、その姿がスザクの視界で顕になった。 大きな角を備えた頭部はスザクにも見覚えのある機体、しかしその体はナイトメアフレームの機械というよりもまるでスーツを纏った人体を模したかのようにも見える外見。 「トリスタン…?ジノか?」 『残念、この子は確かにトリスタンだけど、乗ってるのは私よ』 その機体と、あるいは機体の乗り手と思われるものの名を呟いたスザク、しかし帰ってきた声はかつての友のものではなく少女の声。 そして、その声もスザクは知っている。 「アーニャか、いや、お前はまさか」 『察しが良いわね。せっかくだから騎士として名乗らせてもらおうかしら。 シャルル・ジ・ブリタニアの筆頭騎士、アーニャ・アールストレイム、いいえ、マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。 悪いけど枢木スザク、あなたはここで死んでもらうわ』 手にした剣を構えて一気に距離を詰めてくるトリスタン。 反応しようとしたが、追加装甲を纏ったナイトメアでの動作が間に合わず装甲の上からも伝わる衝撃が機体を襲った。 いや、今の動きはおそらく機体がランスロットアルビオンのような使い勝手のいいものであっても受けきれなかっただろう。こちらの反応そのもの以上の速度で襲ってきていたのだから。 振り向いたところで、視線に入ったのはランスロットの頭部、カメラに位置する場所に突きつけられた剣先。 瞬間、生存のギアスが発動、手にした操縦桿を自然に機体を大きく反らすように動かしていた。 一瞬前にはスザク達のいるコックピットがあった場所、そこをランスロットの肩装甲を大きく削りながら貫いていった。 「…っ、速い!」 『驚いたわ、もう反応できるなんてね。初手で遊ばずに決めておくべきだったかしら』 大きく後ろに下がって距離を取るスザク。 動きがナイトメアフレームの動きを大きく超えている。自分とランスロットでもあそこまでの速度は出ない。 機体そのものの仕様もあるのだろうが、それだけではないはずだ。 「これが『閃光のマリアンヌ』か…!」 「…スザク……」 驚愕するスザクの耳に、呻くような声が届く。 今の急な動きで月に不意にかかった強い圧力が彼の体に強い負荷を与えていた。 (まずいな、あの動きに対応するなら月がいるのはまずい) あの挙動に反応しようとすれば、ギアスも込で全力を出さねばならない。 だがその動きには月は耐えきれないだろう。 (もし月を降ろす機会があるとすれば、このコクーンを分離する時か。 だけど今それをすれば、下の施設破壊ができなくなる…) 距離を取りつつ思考を続けるが、答えは出ない。 むしろ倒し損ねた他の3機がトリスタンの指揮下に入ったことで編隊となって襲いかかってくる。 どちらかを選ばねばならない。 (……ルルーシュなら、こんな時どうしたんだろうな) 飲み込んだ弱音の代わりに、ふと浮かんできたのは追い詰められた状況下でも切り抜けてきた、もういない友のことだった。 前にハーケンを打ち込むと4機は散解、それぞれ四方から迫り各々の武器をかざす。 マリアンヌの散った方向を重点的に警戒し障壁を貼るも、マリアンヌはそれを読んでいるかのように別の1機の位置と入れ替わる形で攻め立ててきた。 機体が揺らいだところで、他の機体のうち後のタイミングで攻め込む者の攻撃が再開。どうやら装甲にダメージが入った箇所を狙っている様子だ。 まずいと感じた時には、ギアスが発動して大きく機体を退避させていた。 「…っ、大丈夫か、月!」 コックピット内にかかった負荷が再度月を苦しめている。 「だ、大丈夫だ、スザク。それよりも、この機体、全力を出せばあいつらを離すことはできるか?」 「機体の出力を一直線に向ければ可能だとは思うが…だけどそれじゃこの場所から引き離されてしまう」 「なら、上だ。ここから、可能な限り全力で上に上昇してくれ! 上からなら目標の場所も見渡せる!」 言うや否や、機体の全出力を推進へと回して上に向けて上昇した。 これだけの巨体を浮遊させるだけのエネルギーは通常KMFよりは高い。 運動性では巨体となった分エース機には及ばないところがあるとしても、一直線に進む速さであれば決して遅れは取らないものだ。 挙動に虚を突かれたこともあって、敵の反応が少しだけ遅れ、追ってくるまでの間がわずかに発生。その間に上昇を続けて距離を開いていく。 「―――あの、マリアンヌとかいうやつが、乗っている機体以外は、どれほどの腕前があるんだ?」 「並の騎士は遥かに超えているはず、少なくともエース級はあるはずだ。あまりしゃべると舌を噛むぞ」 「大、丈夫だ…!」 重圧に体を押されながらも、口を開く月。 「…、これが限界だ。少し間を開けないとオーバーヒートする」 と、周囲一面が見渡せる高度まで来たランスロット。 「はぁ、はぁ、下を映してくれ。目的の施設の場所、その周辺を」 息を切らしながらもモニターで映した下の光景を見渡す。 機器を操作して施設の周囲を拡大して様子を見回す。 画面の端が、追ってくるナイトメアの一群を映し出す。 ここまで追いついてくるまで数秒といったところか。 「…あれは……」 ふと、月が何かに気付いたように呟いた。 「スザク、遊園地まで近づいてくれ。ただし禁止エリアに引っかからないギリギリのところまででいい!」 「分かった!」 方向を変え、再度全力で飛ぶランスロット。 今度は敵の追う方向に飛び込むように進む。 巨体に吹き飛ばされる形で、3機のナイトメアは散り散りになる。唯一こちらに対応してきたトリスタンだけがすれ違いざまに装甲を斬りつけてきた。 肩の装甲板の一部が吹き飛びトリスタン目掛けて迫るも、難なく相手は回避。しかしその行動でどうにか隙を生み出すことに成功した。 飛びながら、舌を噛みそうになりながらも月はスザクにいくつもの質問を投げた。 「こいつの装甲は、あいつらの攻撃に耐えられるか?」 「トリスタン以外なら可能だ。トリスタンだけは装甲のつなぎ目や薄い箇所を的確に破壊してくる。あれを受け続ければ危険だ」 「分かった。次。君はかなり無茶な行動にも耐えられるか?」 「よく分からないけど、ナイトメアを生身で相手にしろとかじゃなければできる気はするな、今なら!」 その後のいくつかの質問をした後、月はスザクにどうすべきかを話す。 「…つまり互いの身を大きな危険に晒すことになるってことだね」 「ああ、自分でも無茶苦茶なことを言ってるとは思う。だから強要はできない」 「無茶を言われるのは、慣れてるさ!」 遊園地に突っ込もうというところで地面にハーケンを打ち込み、それを軸にぐるりとカーブを描いて方向転換するランスロット。 「僕のことはいい。君は大丈夫なのか?」 ただ、その月の語る手はむしろ月の方が危険にも思えるものだ。 そちらの方が気がかりだった。 「そうだな。もしかしたらここで死ぬかもしれない。 だけど、だからこそ自分なりに最善を尽くした上で後悔したいんだ」 「…じゃあ、約束してほしいんだ」 そう口にした月に、昔の自分に似た匂いを感じたスザクは、一つの願いを口にした。 「僕は絶対に成功させる。 だから、絶対に死ぬな。僕のことを、何があっても信じてほしい」 「ああ、分かった。約束する、絶対に成功させて生き残るって」 小さく手をぶつけたスザクと月。 次の瞬間、ランスロットの巨体は、一直線に遊園地の中に突っ込んでいった。 ◇ 「…?」 追尾を続けていたマリアンヌは、その行動に怪訝な表情を浮かべた。 「禁止エリアってことを、分かってないわけじゃないはず。どういうつもりかしら?」 あの機体が全力でブーストを吹かせば制限時間までに禁止エリアを抜けることは可能だろう。 しかしあえてあの場を通ることを選んだ意図が分からない。儀式の参加者ではない自分達には何ら影響がないものだ。 「禁止エリアだから、かしらね。そっちの施設を優先して潰してからこっちの迎撃をやりやすくするって思惑というところかしら」 ただ、それにしては高度が低いところが気になる。さっきの高度でも狙い撃てるだけの火力はあるはずだ。 考えている暇はない。禁止エリアに入ろうというならば、そこで撃墜するだけだ。 と、ランスロットがこちらへと振り向いた。 その腕の巨槍がこちらに向けられ、その先端が赤く輝いている。 配下の騎士達に散解を指示。 槍から放たれた砲撃は間にあった遊園地施設を破壊しながら追っていた自分たちの位置を通り過ぎていく。 崩れた施設が土煙を巻き上げ周囲の視界を塞ぐ。 その中を突き抜けるようにランスロットが飛び出す。 「…?南に向かって?」 同じく禁止エリアであるC4へと向かうものだと思っていた。 ついでに言うなら、まだ遊園地そのものが破壊された形跡はない。 禁止エリアでの行動時間に限界がきたから一旦離脱をするというところだろうか。 一斉にランスロットを追う一隊。 やがて速度を落としながら停止、こちらに向き直して腰のハーケンを牽制のように射出した。 「ん?」 難なく回避しながらも、その挙動にふと違和感を感じるマリアンヌ。 今の挙動にどことなく動きの拙さを感じた。 枢木スザクの攻撃にしては、狙いがあまりにも適当に見えたのだ。 困惑が一瞬マリアンヌの動きを止めさせた。 その間に他の騎士達は三方向から攻撃を仕掛け、ランスロットはその決定打にはならない攻撃を受け続けている。 何かがおかしいと。 その違和感で周囲を見回した時、視界の奥で何かがキラリと小さな光を放った。 戦士の勘とでもいうべきものが、機体を即座に横に動かした。 次の瞬間、トリスタンがいた場所であり退避途中で持っていた剣があった場所を、高速で迫ったその光が貫いていった。 その光は、ランスロットの近くで攻撃を続けていたグロースターとヴィンセントを貫き、斬り裂き、蹴り飛ばして距離を開かさせた。 やがてそれはランスロットsiNの頭上で静止し、その姿を露にした。 「…?!ランスロットアルビオン!?」 眼前で翡翠色の翼を広げ剣を構えたそのナイトメアフレームは、遊園地に乗り捨てられていたはずのものだった。 何故アレがこの場にあるのか。 「なるほど、そういうこと。とんでもない無茶をするのね」 状況を察するのに時間はかからなかった。 ◇ 『待たせた。大丈夫か、月』 「正直、寿命を半分削るような無茶をした気がするよ」 ランスロットアルビオンからの通信に応える月。 ランスロットsiNのコックピットには、夜神月しか乗っていない。 あの状況から二兎を取るための選択肢。 それは上空で乗り捨てられていたランスロットアルビオンを、夜神月が見つけた時に思いついたものだった。 以前の連絡で機体としてはまだ動かせないわけではないものであったことから閃いたものだった。 しかし、禁止エリアにあるそれを拾い上げ、機動させるまでの時間を稼ぐ。 その機動させるまでの時間稼ぎを、自動操縦もあったとはいえ月が代わりに動かすことで行う。 機体のバランスのとり方と万が一の時の攻撃の操作程度しか聞けない状況で、それを行ったのだ。 無論、アルビオン自体も無事ではなく機動時間の短縮をしすぎて機体のあちこちがエラーを上げて動作不良を起こしかけている。 未だに体から吹き出す汗は止まっていない。まるで100メートル走に全身全霊をかけた直後のようだ。 「やっぱり、君を信じたのは間違いじゃなかったな」 『これくらいの無茶はたくさんしてきたからね。少し下がっていてくれ。場を整える』 剣を抜いたランスロットアルビオンは、一気に目前のグロースターへと迫る。 こちらに射出させたハーケンを腕で受け止め引きずり込み、その機体を地面へと叩きつける。 ハーケンの先端を握りつぶしながら、エナジーウィングの光弾でその体をズタズタになるまで切り裂く。 さらにダメ押しのようにこちらのハーケンをぶつけて地面へとめり込ませて動きを封じた。 その場所が、ボロボロに崩れた屋敷である間桐邸であることを確認して再度飛び立つ。 追ってきたマリアンヌの剣を、左腕を切り裂かれながらも捌く。 その後ろから更に残りの2機のヴィンセントを見た時、トリスタンを振り切ってその2機へと突撃をかける。 片方をMVSで貫きつつ、もう片方はぶつかった衝撃と共に一気に北の位置に向けて押し込む。 そのまま、小さく明かりが灯っている建物、フレンドリィショップにその剣を一気に投擲。 貫かれたヴィンセントごと放られ、ショップの天井を破壊しつつもその体を地面に縫い付けた。 更に向きを変え、砕かれた箇所の再生を始めているもう1機のヴィンセントを押し込み。 ハーケンをその脇に打ち込みながら回転蹴りを放つ。 絡まったワイヤーがヴィンセントの身動きを封じる。 さらにワイヤーを切り離すことでヴィンセントを縛ったまま、蹴り飛ばされた勢いで遊園地の地面を転がった。 その勢いのまま高速で禁止エリアとなった遊園地を飛び出すランスロット。 そこに横殴りに一迅の光が殴りかかった。 「ルルーシュがいないからって油断したわ、まさかここまで無茶苦茶なことをするなんてね」 剣を拾い直して襲いかかったトリスタン、その剣に腕を切り落とされる。 (やっぱり、この機体で彼女の相手は無理か…!) 元々、ゼロとの戦いの損傷で機体がパワーダウンしていたランスロットアルビオン。 それでも量産機やその発展機程度の相手であれば、スザクの技量と合わせて圧倒できるだけの力は残っていた。だからこそ拾い上げる価値があった。 だが目の前にいる、かつて戦ったナイト・オブ・ラウンズの面々も凌駕する技量を備えた彼女の攻撃に耐えうるだけの力は、もう残ってはいなかった。 ハーケンの残り、そして剣は他の敵の拘束に使い尽くし、相手の攻撃を見切ることも叶わない。 かろうじて反応するも、閃光のごとき斬撃はかわしきれずにランスロットの両腕を、頭部を切り裂いていく。 これ以上は無理だと、そう判断したスザクは脱出装置のレバーを引いた。 コックピットの排出と同時に、ランスロットの体を剣が貫く。 かつての乗機であり、罪の証であり、それでも今この場においては皆の力となった己の剣が目の前で炎に包まれて散っていく。 だが、思いを馳せていく時間はない。 ランスロット・アルビオンの破棄、ここまでが想定通りなのだから。 「月!!」 スザクの叫び声と共に、敵の意識から消えていたもう一機のランスロットがスザクの乗るコックピットを受け止める位置に飛び出す。 コックピットのパラシュートが機体に絡まり落下を阻止、その間に互いの機体のコックピットを開いてスザクが乗り移る。 「大丈夫か!?」 「いいタイミングだ!ありがとう!」 言いながらも手を素早く動かし、ランスロットの飛行制御を操作。 同時にトリスタンもまたこちらへと距離を詰める。 牽制のスラッシュハーケンを、コックピットを先に乗せた状態で射出。 他の乗り手であれば直撃コースだったそれを、命中する直前で回避、しかしコックピットごと射出したことにより風圧を見誤ったか機体のバランスが崩れる。 その隙に上へと上昇していく。 上がる間にも、両腕の槍の先にエネルギーを蓄積させていき。 エネルギーが溜まった辺りで機体を停止させ、上空から3点に狙いを定める。 遊園地、間桐邸、フレンドリィショップ。 各ポイントに押し付けたナイトメアフレーム3機は機体を再生させつつあるが同時に拘束を解くことに腐心している。 中には拘束を解くことを諦め機体のコックピットを破壊して出ようとしているものもいる様子だ。 だが、どうやら間に合ったようだ。 「プラズマニードルキャノン、発射…!!」 左腕から放たれた砲撃は一直線にフレンドリィショップと遊園地を薙ぎ払って消失させていき。 右腕から放たれた砲撃は間桐邸へと着弾して施設のあった土地そのものを根こそぎ吹き飛ばした。 同時に、その場に縛り付けられた各ナイトメアフレームも、その爆発と共に跡形もなく消し飛ばされた。 追撃していたマリアンヌも、阻止しきれないと悟った砲撃直前には追うのを諦め退避している。 「よし、目的は果たした。この追加装甲を破棄すると同時に君を下に降ろす」 そう言って、緊急時用のパラシュートを月に着せる。 再生するあの機体達を、跡形もなく消滅させることで倒せるかどうか、そこは賭けに近かったが、現状レーダーに反応はない。うまくいったと考えてもいいだろう。 他の機体がある間に月を降ろすことはあまりに危険だったが、残った機体があの一機だけならば気を引きつけられる。 「下に降りたら、とにかく戦闘から離れてくれ。 こちらも気を使うが、あまり君に気は払えないと思う」 「分かった。 それとスザク―――」 「悪い、今は急ぐ。大したことじゃないなら後にしてくれ」 「じゃあ後で。スザク、気をつけろよ」 宙に身を投げ出すと同時に、月が背負ったパラシュートが開く。 同時に、再度接近したトリスタンに向かって装甲をパージしつつ中から白い光が飛び出して迫った。 実質的なランスロットアルビオンの後継機として作り出された機体、ランスロットsiN。 アルビオンと同じようなエナジーウィングを備え、その肩部には青い装甲が追加されている。 武装はランスロットアルビオンのものとほぼ同等。故に扱いやすい。 その腕部に仕込まれた剣、MVSがトリスタンへと突き出された。 (月の姿は…、よし、装甲の影に隠れて見えないな…) 『本当に、無茶苦茶やるのね。複数の施設を一気に吹き飛ばせるナイトメアなんて、そんなもの誰が出す許可を与えたのかしら。 おかげで下、すごいことになってるのよ』 「……!」 と、思わず下に目をやるスザク。 そこには、施設があったエリアのあちこちの空間に黒い穴が浮かび上がっては消えてを繰り返している。 やはり思った通り、破壊した施設の中に会場にとって重要な何かが備わったものがあったということなのだろう。 『ここまでいくつも一気に壊されるなんて想定していなかったせいだけど、まあすぐにまた空間バランスは取れるでしょうね。 それより気付いてる?あなたが今そうやって反応を取った意味』 と、切り結ぶ剣とは反対側の腕が、一直線に破棄した装甲へと向けられている。 『頭を使ったようだけど、ルルーシュと比べたら状況が悪かったわね。私という人物を視野に入れて思考できていなかったんだもの』 「…っ、しまっ」 向けられた腕には、いくつもの刃が備わっている。それがこの状況でどう扱われるものなのか、気付くのが一瞬遅れた。 放たれた腕のハーケン状のナイフが、落下途中の追加装甲を貫いた。 『そこで下を気にするってことは、下を気にしなきゃいけない何かがあるってことでしょう?』 破壊された追加装甲は爆散、その後ろをパラシュートで落ちていた月を爆風に巻き込みながら、砕けた部品を散らして落ちていく。 「月ォっ!!」 パラシュートを吹き飛ばされながら、月の体が落ちていく姿だけが目に入る。 やがて、その姿は暗闇の中に落ちていき見えなくなっていった。 『さぁて、これで邪魔者はいなくなったわね、坊や』 「…!!」 月を助けにいく時間など、目の前の存在は与えてくれないだろう。 この高さで、パラシュートを失った状態で落ちればどうなるか。 (…月……) 一瞬だけ目を閉じる。 (今、君の死を悲しむことはできない…) 目の前にいる相手は、心を乱した状態で戦って勝てる相手ではない。 (だから) 高速で突き出された剣を、引き抜いたMVSで受け止めながら。 (彼女の撃退を以て、君への弔いとさせてもらおう!!) そう心中で誓いながら。 生きろギアスの発動する中で剣を振りかざした。 【枢木スザク@コードギアス 反逆のルルーシュ】 [状態]:「生きろ」ギアス継続中、疲労(大)、両足に軽い凍傷、腕や足に火傷 [装備]:ランスロットsiN@コードギアス 復活のルルーシュ [道具]:基本支給品一式(水はペットボトル3本)、スタングレネード(残り2)@現実 [思考・状況] 基本:アカギを捜し出し、『儀式』を止めさせる 1:マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアを倒す 2:月… 【マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア】 [状態]:健康 [装備]:トリスタン@コードギアス ナイトメア・オブ・ナナリー、MVS [思考・状況] 基本:今の己の役割に従い、枢木スザクを殺す [備考] ◇ 爆風に巻き込まれて意識を失う直前。 最後に覚えているのは、宙に投げ出され平衡感覚を失う体と、全身を焦がす爆風の熱。 (そうか、ここで死ぬのか) あの巨大な機体をひたすら必死で動かしていた時はとにかく死の気配を近くに感じたが、今感じるのは気配ではない、死そのものだった。 二度目だからだろうか。死に対する感覚は自分でも驚くほどに冷静だった。 死んだ後の感覚が分かっているからだろう。恐怖はあまりなかった。 リュークの言っていた、死んだ後に向かう先は無。その意味がよく分かっている。 ただ、恐怖はなかったが二つだけ気がかり、心残りなことがあった。 (L、すまないな。君にあんな気を遣わせてまで生き残ったというのに、結局何もできなかった) (スザクは、大丈夫だろうか。戦いの中で僕が死んだことで動揺して負けたりしてないだろうか) だけど、もう考えても仕方がない。 静かに死に体を委ねよう。 そう思っていたら、ふと目の前に二つの人影が見えた。 白い肌で目には隈を作った、猫背の男が二人。 (Lか…) 片方は自分が殺したL。片方はこの儀式の場で会ったL。 似てるしほぼ同じだと思っていたが、こうして並んだ姿を見ると何だか割と違う。 (迎えにでも、来たのか?) そう思ったところで、二人は首を静かに振るった。 そして、寸分違わぬ動きでゆっくりとこちらに向けて指を指した。 よく見るとその先は背後を指差していた。 その先に向けて振り向いた時。 「――――はっ」 目が覚めた。 「ぐ…あ、ああ…!!」 その瞬間、全身を熱風に晒された時の痛みが体を襲った。 「あ、は……、ここ、は…」 宙に投げ出され、墜落を待つだけだったはず。 だが今自分がいるこの石造りの地面のような場所はあの近くにあっただろうか。 「運のいいやつだな。宙に投げ出されたところであの場にできた空間の歪みに飛び込んでくるとはな。 あのまま空間の狭間で漂われていても鬱陶しいだけだったのでな、拾わせてもらった」 そう、頭上で声が響いた。 視線を上げた先には、鋭く、しかし無感情な視線をこちらに向ける者がいた。 「アカギ…」 その顔はこの場に連れてこられた時に最初に見た男の顔だった。 淡々と口を開く姿からは、彼の心理を読み取ることは月にもできなかった。 「どちらにしてもお前の運命は変わらんだろうな。 その火傷なら、放置すれば命に関わる。 だが、ここに来たというのも何かの運命か」 と、視線をどこなのかも分からない、黄昏のような色の空が広がった空間へと向けて静かに言った。 「少し、話でもしようか」 【夜神月@DEATH NOTE(漫画)】 [状態]:疲労(中)、右頬に大きな裂傷(応急処置済)、全身に火傷 [服装]:ビジネススーツ(熱風による損傷多数) [装備]:なし [道具]:基本支給品一式 [思考・状況] 基本:キラではない、夜神月として生きてみたい 1:アカギと、話……? 2:僕は死んだのか…? [備考] ※死亡後からの参戦 169 I beg you 投下順に読む 171 あなたと私は友達じゃないけど 時系列順に読む 167 白き牙の飛翔 枢木スザク 175 閃光のマリアンヌ 夜神月 174 シンセカイ 164 暁美ほむらの退屈 マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア 175 閃光のマリアンヌ 160 第四回定時放送 アカギ 174 シンセカイ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1448.html
階段を駆け上がった先から伸びる枝に沿って、一艘船が停泊していた。 一行はタラップから甲板へと次々と飛び乗る。すると甲板で寝込んでいた船員が目を覚ました。 「な、なんでぇ?おめぇら!」 「船長はいるか?」 「寝てるぜ。用があるなら、明日の朝、改めて来るんだな」 男はラム酒の壜をラッパ飲みにしながら、酔って濁った目で答えた。 「貴族に二度同じ事を言わせる気―――――」 ワルドがすらりと杖を引き抜き、脅しをかけようとしたその時、船員は目の色を変えて直立した。 「ま、マジか!昼間、街のガキどもが話してた噂は本当だったのかよ。本物の『ギーシュさん』じゃねえか!」 船員は既にワルドの言葉を聞いてなければ、見てもいない。 「船長大変だァ!」 男は硬い動きで後ろへ向き直り、興奮した声で叫びながら船長室へすっ飛んでいった。 ギーシュはその状況に呆気を取られていたが、ふと気付くとワルドがとても熱い視線を自分へと向けているのに気付いた。 「流石『ギーシュさん』の雷名!このような下々の者にまでッ!」 やたらと熱く熱く感動しているワルドの姿を、ルイズは何も見なかった事にした。アヌビス神とデルフリンガーもそれに倣った。 しばらくすると、びしっとした正装姿に船長を表す帽子を被った初老の男が船員と共にやってきて、目の前で片膝をついて傅いた。 「うちのかみさんも大層貴方様には参ってまして。いやぁこのような貨物船に『ギーシュ』さんに来て頂けるとは一生の誉れです」 ギーシュは『ぼ、ぼくのこと?』と自分を指差してキョロキョロしている。ワルドがそれに頷いて応えた。 「で、当船に何の御用向きでしょうか?」 やたらと目をキラキラ輝かせて問う船長に、ワルドが答えた。 「アルビオンへ、今すぐ出航してもらいたい」 すると船長がとても申し訳無さそうな顔をした。 「アルビオンがラ・ロシェールに最も近づくのは朝です。その前に出航したんでは風石が足りんのです……最短距離分しか積んでないんですよ」 「『風石』が足りぬ分は、僕が補う。僕は『風』のスクウェアだ」 ワルドの言葉に船長と船員は、顔を見合わせた。 「す、すげえですよ船長!流石あの『ギーシュさん』だ!お供の配下がスクウェアメイジだ!」 「ま、全くだ。正直少し噂は眉唾ものじゃねえかとも思ってたが、こいつは本物だな!噂以上じゃねえか!」 二人は揃って深々と頭を下げた。 「ならば結構で。船賃も結構でございます」 配下扱いされたワルドはやたらと良い笑顔を浮かべた。右手をぎゅっと固く握って小声で『よっしゃ!』とか言っている。 「無理を頼むのだ、只でとは言わん。積荷はなんだ?」 「硫黄で。アルビオンでは、今や黄金並の値段がつきますんで。新しい秩序を建設なさっている貴族のかたがたは、高値をつけてくださいます。 秩序の建設には火薬と火の秘薬は必需品ですのでね」 「その運賃と同額を出そう」 ワルドのその言葉に船長たちは『へへぇー』と甲板に平伏した。 「さ、流石『ギーシュさん』ですね!太っ腹だァ!」 船員の言葉に船長がこくこくと嬉しそうに頷いた。 「お前ら!あの『ギーシュさん』のご依頼で今すぐ出航だ!もやいを放て!帆を打て!」 「「「オォー!!」」」 夜分にも関わらず、気合の入った声で答えた船員達は、よく訓練された動きできびきびと出航の準備を始めた。 帆と羽が風を受け、ぶわっと張り詰め、船が動き出す。 「アルビオンにはいつ着く?」 ワルドが尋ねると、 「明日の昼過ぎには、スカボローの港に到着しまさあ」 と船長が答えた。 ギーシュは舷側から、ぐんぐんと離れていくラ・ロシェールの明かりを見ながら、少しぼーっとしていた。 良く判らないうちに有名になっているけどあれは一体……とも思ったが、何より残してきた三人が気掛かりでもあった。 明かりの中に大きく揺らぐ巨大な炎の渦のような物が見えた。 「あれってやっぱりあの三人なのかね……」 呟いた独り言に横から返事が帰ってきた。 「トライアングルメイジが三人なのよ。ちょっとやそっとじゃ負けないわよ」 それはルイズであった。 「そりゃそうだ。しかもうち一人はあの『土くれ』だったね」 ギーシュは少し小声で風に紛らせるようにして答えた。 二人がしばし、ぼさーっと地上を眺めていると、船長と話しを終わらせたワルドがやってきた。 「船長の話しでは、ニューカッスル付近に陣を配置した王軍は、攻囲されて苦戦中のようだ」 ルイズがはっとした顔になった。 「ウェールズ皇太子は?」 ワルドは首を振った。 「わからん。生きてはいるようだが……」 「何見当違いな心配してるんだお前等。そんな主要人物が死んだり掴まったりしてたら、もう戦争終わってるだろうが!さっきの街でも大騒ぎだっての」 ルイズのお尻から声がした。正論だが言い方が気に入らなかったので、ルイズは黙って声の主を甲板へびたんと叩きつけた。 「どうせ、港町は反乱軍に押さえられているんでしょう?」 アヌビス神をぐりぐりと踏みつけながら、ワルドと会話を続ける。 「そうだね」 「どうやって、王党派と連絡を取ればいいのかしら」 「陣中突破しかあるまいな。スカボローから、ニューカッスルまでは馬で一日だ」 「反乱軍の間をすり抜けて?」 「そうだ。それしかないだろう。まあ、反乱軍も公然とトリステインの貴族に手出しはできんだろう。 スキを見て、包囲網を突破し、ニューカッスルの陣へと向かう。ただ。夜の闇には気をつけないといけないがな」 ルイズは緊張した顔で頷いた。それから尋ねる。 「そういえば、ワルド、あなたのグリフォンはどうしたの?」 ワルドは微笑んだ。舷側から身を乗り出すと、口笛を吹いた。下からグリフォンの羽音が聞こえてきた。 そのまま甲板に着陸して、船員たちを驚かせた。 「船じゃなくって、あのグリフォンで行けばいいだろ」 ルイズの足元からアヌビス神の声がする。 「竜じゃあるまいし、そんなに長い距離は、飛べないわ」 ルイズが答えた。 「ご主人さまは脳味噌がマヌケか? ならタバサのシルフィードで行けば良かったじゃねえか……。 街で一日潰す必要が何処にあったんだよ!おれ達がゲロまみれにならずにすんだじゃねえか!ご主人さまでも許されざるミスだぞこれは!」 「全くだ小娘め!おかげであんな6000年最大の恥辱を味わう派目になったじゃねーか!」 アヌビス神に続いて背のデルフリンガーも抗議の声を上げる。 ルイズは黙って背中のデルフリンガーも足元に放り投げた。 ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ そして黙ったまま、右足を何度も上下に往復させた。 ワルドはその光景にもう見慣れたらしく、優しく微笑んだ後向き直り、ギーシュの隣へそそくさと移動した。 「アルビオンが見えたぞー!」 舷側で思う思うに時間を潰していると、鐘楼の上に立った見張りの船員の声が聞こえてきた。 「あれがアルビオンか?」 甲板に転がるアヌビス神の視界に、雲の切れ目から黒い巨大な何かが映った。 地表には山がそびえ、川が流れる。その光景に圧倒される。 横で立っていたルイズが言った。 「驚いた?あれが浮遊大陸アルビオン。ああやって空中を浮遊して、主に太洋の上を彷徨っているわ。 でも、月に何度か、ハルケギニアの上にやってくる。大きさはトリステインの国土程もあるわ。通称「白の国」」 「どうして『白の国』なんだ? 反乱が起こってるって位だから白痴ばっかって事だな?そうに違い無いな」 「馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ。あれよあれ」 ルイズは大陸を指差した。大河から溢れた水が、空に落ち込んでいる。その際、白い霧となって、大陸の下半分を包んでいた。 霧は雲となり、大雨を広範囲に渡ってハルケギニアの大陸に降らすのだとルイズは説明した。 「風にフラフラ彷徨って、白ってよりタコだな凧。タコの国で充分だ “風に吹き流されてふらふらタコの国”とおれが命名する」 ルイズがアヌビス神を踏みつけようとしたところで、見張りの船員が、大声をあげた。 「右舷前方の雲中より、船が接近してきます!」 この船よりも一回り大きい黒船が一隻近付いてくる。 「ちっ、大砲付きだな……」 アヌビス神の言葉にルイズは眉をひそめた。 「いやだわ。反乱勢……、貴族派の軍艦かしら」 後甲板で、ワルドと並んで操船の指揮を取っていた船長らが叫ぶのが聞こえてくる。 「く、空賊だ! 逃げろ!取り舵いっぱい!」 声に続けて、砲音が響き渡る。 「き、きたか?ついに憧れの甲板白兵戦か?」 アヌビス神が興奮した声を上げた。 黒船のマストに、四色の旗流信号がするすると登る。 「停戦命令です、船長」 アヌビス神がわくわくしていると、船長の諦めるような声が聞こえてきた。ワルドの魔法は打ち止めとの声も聞こえる。 「裏帆を打て。停船だ」 船長の停船の声が聞こえ、アヌビス神は舌打ちをした。 「ちっ、だらしねえ。 いや?きっと騙してこっちへ乗り込ませてから白兵戦だな!」 ルイズはいきなり現れて大砲をぶっぱなす黒船に、慌てて二振りを足元から拾って身に帯びる。 どうやら大砲の音がするまで居眠りをしてたらしいギーシュが、どうしたどうしたと騒ぎながらバタバタと走ってくる。 「空賊だ!抵抗するな!」 黒船から、メガホンを持った男が大声で怒鳴った。 黒船の舷側に弓やフリント・ロック銃を持った男達が並び、こちらに狙いを定めた。 鉤のついたロープが放たれ、ルイズらの乗った船の舷縁に引っ掛かる。 手に斧や曲刀などの得物を持った屈強な男たちが、船の間に張られたロープを伝ってやってくる。その数およそ数十人。 「あの位の人数余裕だな。ずばァーっと行こうぜずばァーっと!」 「いいねェ、腕が鳴るねェ」 アヌビス神とデルフリンガーが興奮していると、傍にきたワルドに止められる。 「やめておけ。敵は武器を持った水兵だけじゃない。あれだけの門数の大砲が、こちらに狙いをつけているんだぞ。 おまけに、向こうにはメイジがいるかもしれない」 「あんだけ近くなんだぜ。大砲なんか早々撃てねえよ。 こっちに爆薬とか爆発物満載だって脅せば絶対に撃てないっての。硫黄の塊でも投げてやりゃ疑って自滅恐れて撃てねえ。心配するなワルド坊ちゃん。 憶えて置けよ、言葉も武器だぜ」 「言うねえ!流石兄弟!それで行こうや」 わざとらしく渋い声で喋るアヌビス神にデルフリンガーがやんややんやと声をあげる。 その時前甲板に繋ぎ止められていたワルドのグリフォンが、乗り移ろうとする空賊たちに驚き、ギャンギャンと喚き始めた。 その瞬間、グリフォンの頭が青白い雲で覆われた。グリフォンは甲板に倒れ、寝息を立て始めた。 「眠りの雲……、確実にメイジがいるようだな」 「だからどうしたんだよ。おれたちは寝ないし。あんなん煙幕にもならねえ。 速攻で大将首落としてあの軍船頂こうぜ」 警戒するワルドをアヌビス神が笑い飛ばし、興奮を高める。 会話をしている間にも、空賊たちは甲板へと迫り、どすんと音を立てて降り立ってきた。 その中に一人派手な格好の空賊が居た。 元は白かったらしいが、汗とグリース油で汚れて真っ黒になったシャツの胸をはだけ、そこから赤銅色に日焼けした逞しい胸が覗いている。 ぼさぼさの長い黒髪は、赤い布で乱暴に纏められ、無精髭が顔中に生えている。丁寧に左目に眼帯が巻いてあった。その男が空賊の頭らしい。 「船長はどこでえ」 荒っぽい仕草と言葉遣いで、辺りを見回す。 「わたしだが」 震えながら、それでも精一杯の威厳を保とうと努力しながら、船長が手をあげる。頭は大股で船長に近付き、顔をぴたぴたと抜いた曲刀で叩いた。 「船の名前と、積荷は?」 「トリステインの『マリー・ガーランド』号。積荷は硫黄だ」 空賊たちの間から、ため息が漏れた。頭の男はにやっと笑うと、船長の帽子を取り上げ、自分がかぶった。 「船ごと全部買った。料金はてめえらの命だ」 船長が屈辱で震える。 「チャンスだ。向こうの頭がこっちにいるから大砲はこねえ。 一瞬で首を刎ねて、動揺した隙に雑魚どもも纏めてバラせば勝てる」 アヌビス神はルイズの後ろでオタオタしているギーシュへと叫んだ。 「ギィィィーシュ!ワルキューレだッ!」 その声に船長の顔がぱっと明るくなる。 「そ、そうだ『ギーシュさん』がいらしたんだ!」 頭の男が眉をひそめる。 「ギーシュ……さん?聞き覚えが……」 空賊の一人が慌てて頭の下へばたばたと走ってきた。 「近頃トリステインで噂の『愛』の『ギーシュさん』でさぁ」 「あの噂の?本物なのか?」 「ま、間違いありません。噂どおりの格好と髪型。あれこそ『ギーシュさん』 何よりもあの薔薇の造花。間違い有りませんぜ」 ギーシュは突然自分の名前を連呼され、振ろうとしていた薔薇の杖を止める。 ルイズは突然の展開に、小さくぶっと噴出した。 空賊たちが最低限を残し、頭の周りに集まり突然相談を始めた。 戦闘回避された空気を読み取ってアヌビス神は詰まらなさそうに、また舌打ち風に声を出した。 しばらくすると突然空賊の頭が、先程と一変した理知的な表情でルイズらの前までやってきた。 空族たちも表情を一変させ直立で並んでいる。 頭は、カツラであった縮れた黒髪をはぎ、眼帯を取り外し、作り物だったらしいひげをびりっと剥がした。現れたのは凛々しい金髪の若者であった。 「大変失礼した。まさか風の噂に聞いた『愛』のお方が乗船している船だとは。 私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令官……、本国艦隊といっても、既にあの『イーグル』号しか存在しない、無力な艦隊だがね。まあ、その肩書きよりこちらのほうが通りがいいだろう」 若者は姿勢をただし、威風堂々名乗りを上げた。 「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」 ルイズは口をあんぐりと開けた。ありえない、ありえなさ過ぎる。何で名乗り出るのよそこで!名乗り出てもらわないと困ったけど。 噂、噂が一人歩きしている。トリステインから飛び出てしまっている。あの日食堂で勢いに任せた事で起こった、小さな蝶の羽ばたきが大嵐になって吹き荒れている気がする。 流石にウェールズ本人にまでは大きく耳に入って無かったようだが、配下の者たちは明かに毒されている。 ワルドはさっきからなにやら、ウンウンと頷いている。何だか半端に偉い立場の人程影響を受けているのでは無いだろうか?ルイズはふとそう思った。 アンリエッタさま自身は左程知らなかった、しかし王宮内には知って心頭している者が居たようで、現にこのワルドも妖しい。 今の目の前のウェールズ皇太子も、アンリエッタさまと似た様な感じがする。もしかしたら立場上狭間で疲れてる人の心を打つのかしら? アヌビス神が『タコ皇子か、ぷっ』と馬鹿にしたがルイズの耳には入らなかった。 時々『ギーシュさん!ギーシュさん!ギーシュさん!』というコールは聞こえたが、聞こえなかった事にした。 ルイズが一人頭を抱えていると、何時の間にかワルドとギーシュが、ウェールズと話しを進めていた。 空賊に身をやつしていた理由、そして密書の件を話し自己紹介を済ませ、自分が指されていることに気付いた。 「そして、こちらが姫殿下より大使の大任をおおせつかったラ・ヴァリエール嬢にございます殿下」 「なるほど!きみらのような立派な貴族が、私の親衛隊にあと十人ばかりいたら、このような惨めな今日を迎えることもなかったろうに!いや……『ギーシュさん』ならばお一人でも……。 おっと、話しが逸れた。して、その密書とやらは?」 少し呆けていたルイズはその言葉に慌てて、胸のポケットからアンリエッタの手紙を取り出した。 恭しくウェールズに近付いたが、途中で立ち止る。それから、ちょっと躊躇うように、口を開いた。 「あ、あの……」 「なんだね?」 「その失礼ですが、ほんとに皇太子さま?」 ウェールズは笑った。 ルイズの疑いを完全に理解しないままに……。 「まあ、さっきまでの顔を見れば、無理もない。僕はウェールズだよ。正真正銘の皇太子さ。なんなら証拠をお見せしよう」 ウェールズは、ルイズの指に光る、水のルビーを見つめて言った。 自分の薬指に光る指輪を外すと、ルイズの手を取り、水のルビーに近づけた。二つの宝石は共鳴しあい、虹色の光を振り撒いた。 その虹に一同おぉーっと声を上げる。 「こりゃヴェルダンデが見たらヨダレ垂らしながら全力で押し倒しに来るね」 ルイズは開いた手で、アヌビス神の鞘を止めるベルトを自然で流麗な動きで外して、脚元に落とした。 「この宝石は、アルビオン王家に伝わる、風のルビーだ。きみが嵌めているのは、アンリエッタが嵌めていた、水のルビーだ。そうだね?」 ルイズは頷いた。 「水と風は、虹を作る。王家の間にかかる虹さ」 「大変失礼をばいたしました」 ルイズ一礼して、手紙をウェールズに手渡す。 ウェールズは、愛しそうにその手紙を見つめると、花押に接吻した。それから、慎重に封を開き、中の便箋を取り出し、読み始めた。 「姫は結婚するのか?あの、愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……、従妹は」 ワルドは無言で頭を下げ、肯定の意を表した。 アヌビス神はふとアンリエッタの事を思い出した。 「二の腕から脇の斬り心地が実に良さそうな、あのアンリエッタ姫さまか」 「こ、この無礼も―――――」 「そう……昔からアンリエッタの二の腕は実に撫で心地が……ん?」 ルイズがアヌビス神を踏もうとしたところで、手紙を読みながら感いっていたウェールズが手紙に目を落としたまま、何か聞いてはいけない事を言った気がした。 「今の声は、ワルド子爵、きみかね?」 ウェールズの問いに、ワルドは違う違うと慌てて首を横に振った。『正直アンリエッタの腕に魅力を感じないし』と、うっかり言いかけて、口を押さえた。 ギーシュは何時の間にか、がっくりなっていた船長らを励ましに行っている為、此処には居ない。 船長らは『もう『ギーシュさん』に倣って王党派につきます!』と興奮気味に叫んでいた。 「そ、そそそ、その失礼致しましたっ!わ、わわ、わたしめの使い魔ですっ!」 ルイズが慌てて足元からアヌビス神を拾い上げる。 「後でたっぷりとお仕置きをして躾ておきますので、何とぞご無礼お許し下さいませっ!」 「褒め言葉が無礼とか、それこそ無礼だご主人さま」 ルイズとアヌビス神のやり取りを見て、ウェールズは少し微笑んだ。 「インテリジェンスソードが使い魔とは珍しい。 おっと、話しが逸れたね。今はそれどころでは、ないのだろう?」 読み終った手紙をたたみながら、ウェールズは続けた。 「姫は、あの手紙を返して欲しいとこの私に告げている。何より大切な、姫から貰った手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう。 ただしあの手紙は、今、手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。 姫の手紙を空賊船に連れてくるわけにはいかぬのでね」 ウェールズは笑って言った。 「多少、面倒だが、ニューカッスルまで足労願いたい」 To Be Continued 21< 戻る
https://w.atwiki.jp/lov-love/pages/6.html
トップページ 001からイラスト描いてやろうぜ! イラスト投稿! 参加メンバー一覧【投稿者】 リンク 【LOV1】 +超獣 グレンデル ニーズヘッグ ケイロン ワータイガー セイレーン イエティ ワーウルフ レオントケンタウロス クァール ヴォーパルバニー コカトリス +亜人 ラース・ジャイアント メフィスト ゴブリンアーチャー ウィッチ トロール バーサーカー オークオラクル オーク ゴブリンファイター +神族 オーディン セラフ ヴァーチューズ 愛染明王 ゼウス ペガサス 朱雀 パワーズ やまたのおろち フェニックス アルヒアンゲロス 玄武 ガネーシャ 麒麟 ユニコーン スフィンクス ハヌマーン エンジェル アヌビス セルケト +魔族 バハムート ギガス 酒呑童子 オルトロス ディアボロス ワイバーン イフリート 木霊 ケルベロス ガーゴイル グリフォン キメラ オーガ バジリスク ガルーダ インキュバス サキュバス マンドレイク グレムリン ベルゼバブ +海種 わだつみ リヴァイアサン マカラ クラーケン アルビオン トリトン シー・パンサー アクアライダー ニクシー みずち マーメイド キラーフィッシュ ニクサー スライム +機甲 フォーマルハウト デネブ スピカ アルタイル ベガ ポルックス +不死 ヴァンパイアロード デュラハン・ランサー スカルドラゴン ヴァンパイア ファントム ダンピール ネクロマンサー アンデッド・バタフライ スペクター 落武者 フランケン レイス ゴースト リッチ ゾンビホルスタイン アンデッド・スカラベ スピリット ゾンビ スケルトンファイター ゾンビードッグ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1833.html
「アルビオンが見えてきたぞー!」 船員の一人が前方を差し声を張り上げる。 それに反応を示したルイズの後を追って彼も船室を飛び出す。 しかし、そこにあったのは白い雲の塊。 足元には国どころか何も見えない。 「どこ見てるのよ、あっちよ」 ルイズの指差す先も同様に白一色。 だが、その色合いが微妙に違う。 周りにあるのが雲なのに対して、そこは霧に覆われていた。 そして、その切れ間から見えるのは見渡す限りの大地だった。 「……………」 圧倒されて声が出ない。 天高く聳える山の上流から大陸の端まで流れる川。 そこから降り注ぐ水が空に散り霧へと変わっている。 その幻想的な光景が作り物や幻などではないと彼の鼻が告げていた。 「あれが『白の国』アルビオン。その由来である霧の幕が雲になって雨を降らせるの」 見入っている彼に説明するようにルイズが語りかける。 聞こえているのか分からないが、ぴこぴこと振れる尻尾。 どうして雨が降るかなど彼は考えた事も無かった。 自分のいた世界にも雨はあった。 もしかしたら、その時にも空に大陸があったのかもしれない。 そう思うと見ておきたかったという後悔が少しだけ沸く。 楽しげな彼を見ながらルイズは笑みを浮かべる。 気が付けば自分自身の表情も若干和らいでいた。 さっきまでは緊張していたのだが彼のはしゃぐ姿が嬉しかったのだろう。 一時ではあるが任務の事を忘れていた。 普段なら気の弛みと自戒する所だが今はそんな気分になれなかった。 こんなにも喜んで貰えるなら、どこかに旅行するのも悪くない。 この任務が終わって詔を完成させてキュルケ達も連れて出掛けるのだ。 それはきっと楽しい時間になるだろう。 私はきっと忘れていたのだと思う。 自分の事だけに手一杯で何も見ようとしなかった。 だけど彼が思い出させてくれた。 世界はこんなにも美しく光に満ちている。 生きているだけで人生は素晴らしいものだと。 キュルケやタバサ達とも深く分かり合おうとはしなかっただろう。 生まれたての雛の気分に近いのかもしれない。 殻を自分の手で壊して私は外の世界へと飛び出した。 実感している、私は今『生きて』いるのだと…。 「ん?」 アルビオンへと視線を向けていた乗員の一人が違和感を感じた。 大陸以外は白に覆われた世界の中で蠢く黒い何か。 それは徐々にこちらへと迫り、その全容を明らかにした。 黒塗りの船体、その左舷から突き出ているのは数十もの砲。 掲げられるべき旗は無く、それ故にその存在を明確にしていた。 「海賊だァァーー!!」 船員の言葉に船内がどよめく。 その最中にあってワルドは表情を変えようとしない。 (…やはり、きたか) それは彼の想定の範囲内の事だった。 貴族派からの報告によれば、 この空域でしばしば補給物資を狙った襲撃が行われているらしい。 だが、それは海賊の仕業などではない。 被害者の事情聴取において偽装した王党派の行動と判明している。 愚かな事だ。色を塗り替え旗を降ろそうとも船の形状は誤魔化せない。 船名は『イーグル』号。船籍はアルビオン王国。 その船長はウェールズ・テューダー皇太子。 わざわざ御自らお迎えに上がるとは恐悦至極といった所か。 「取り舵一杯、雲の中に突っ込め! 振り切るぞ!」 向こうより小回りは利いても積荷が重い。 逃げられるかは半々だが積荷が目当てなら撃沈はしない筈だ。 そう判断した船長の耳に望遠鏡で海賊船を窺っていた船員の声が入った。 「海賊船、発砲!」 「っ…!?」 白煙を上げて放たれた砲弾が『マリー・ガラント』号の進路の先に撃ち込まれる。 それはこちらの動きは読めているという意味ともう一つ、 逃げようとすれば撃沈するという意思の表明だった。 積荷と船を奪われれば確実に破産するだろう。 だが命には代えられない。 ましてや多くの船員の命を預かっているのだ。 もっとも生き残れるかどうかなど相手の裁量次第。 それでも無謀な勝負に出るよりは可能性がある。 彼は決意し俯きながら全乗組員に指示を出した。 「…ただちに停船せよ。以降は向こうの指示に従おう」 「ちょっぉぉぉと待てぇぇ!! どうして止まるんだよ!?」 急に停船した船に困惑を隠せないのは武器屋の親父。 相手はどう見ても海賊。捕縛されれば間違いなく略奪が行われるだろう。 彼の手元に金貨の詰まった袋。 そして、それは彼の全財産と言ってもいい。 これを失えば待っているのは身の破滅だ。 「まあ諦めろ。命には代えられねえだろ」 「バカ野郎! 今死ぬか後で死ぬかの違いじゃねえか!」 あっさりと言い放つデルフを怒鳴りながら親父は辺りを見渡す。 どこか金を隠せる場所はないか探す視線の先にはワルドの姿。 その腰には戦闘用の杖と襲撃の最中にも動じない態度。 「そうだ! 貴族様なら連中をなんとか出来ないですかね!?」 「それは無理だな。私の魔力では足りない風石を補うので精一杯だ」 ワルドのにべもない返答にガックリと肩を落とす。 そして親父が顔を向けた先にはルイズと彼女の使い魔がいた。 「はぁ……」 彼女達を一瞥し背を向けて溜息をつく。 オムツが取れたばかりの貴族の嬢ちゃんに犬っころとお喋り鈍ら。 どう考えても無理に決まっている。 「何よ! その顔は!?」 ルイズにはどうしようも出来ないのは事実。 だが明らかに落胆する親父の態度に怒りを露にする。 まあまあと彼女を落ち着かせる彼とデルフ。 「……………」 そんな寸劇を眺めながらアニエスは考える。 まず迎撃は不可能だろう。 そんな事をすれば即座に砲撃で船は沈められる。 となれば向こうに乗り込んで制圧するか? それは不可能ではない。 ワルド子爵、私、ミス・ヴァリエールの使い魔。 これだけの手勢で掛かれば出来るだろう。 だが犠牲は避けられまい。 それに操船は私達には不可能だ。 船員を失えばアルビオンを目の前にして漂流する事になるだろう。 いつ貴族派に見つかるかもしれない状況で無茶は出来ない。 同意するように彼とワルド子爵からも戦意は感じられない。 仮に捕縛されても手紙を没収される事はない。 せいぜい奪われるとしたら銃と旅の資金ぐらいだ。 貴族を人質にして身代金を請求するというのもあるが手間が掛かる。 これだけ迅速に行動する連中なら無駄な面倒は避けるのが常だ。 元々、無くして困るような物など持ち歩く筈も無い。 うんうんと頷くアニエスの目に止まったのはルイズの嵌めた指輪。 「……………」 そういえばすっかり忘れていたが彼女に預けた指輪は国宝『水のルビー』。 奪われたらどうなるかなど考えるまでも無い。 良くて一兵卒に降格、悪ければ牢獄行き。 わたわたとアニエスがどこか隠せる場所を探し回る。 落ち着け、落ち着くんだアニエス。 こんな時こそ自分の経験を生かすのだ。 密輸を取り締まるのも自分の任務の一つ。 こういう時どこに隠せば見つかりにくいかなど分かる筈だ。 うーんと唸っていた彼女の顔が一瞬にして真っ赤に茹で上がった。 (いや…それは、しかし…それ以外に方法は無い) もうパニックに陥っている彼女にまともな判断など出来る筈も無い。 ええい、と何の説明も無くルイズに掴み掛かる。 「ちょっ…! 何するのよアニエス!?」 「許せ、水のルビーを隠す為だ!」 「隠すってどこに!?」 「それは…! そんな恥ずかしい事、言えるか!」 「口に出せないような場所に隠そうとするなァー!!」 二人がもみくちゃになりながら船室の床を転がり回る。 ルイズ達が絡み合う光景を船員達が好色と奇異に満ちた瞳で見入る。 ワルドが止めに入ろうとした瞬間、大きな音を立てて扉が開け放たれた。 「てめえら全員動くんじゃねえ!!」 海賊の頭目と思しき男の声と同時に部下が展開される。 その手には小銃を持ち横一列に並び前方へと構える。 もし何か怪しげな動きがあれば即座に斉射を浴びる事になる。 それは一片の無駄も無い洗練された動き。 しかし、その彼等の動きが止まった。 目の前で繰り広げられる異常な光景。 年端もいかぬ少女を押し倒し馬乗りになる金髪の女。 どれほどの経験を積もうとも予想さえ出来ない事態に、 彼等の思考も完全に停止していた。 「あー、こっちの目的は船と積荷だけだ。 大人しくしててくれりゃあ危害は加えねえ。 もっとも自殺志願者がいるなら話は別だがな」 船名と積荷を確認した男が気を取り直して告げる。 ちらりと目を向けた先には“いっそ撃ち殺してくれ”と言わんばかりの表情の二人。 顔を真っ赤にしながらプルプルと震えて涙を堪えるルイズ達。 それを痛ましそうな目で見ながら他の人間へと視線を外す。 否。正確に言えば男は常にワルドを警戒の内に置いていた。 杖を没収したにも拘らずに変わらぬ余裕に満ちた態度。 あのメイジは危険だ。一瞬たりとも気を抜いてはいけない。 そう思わせるほどの空気を彼は漂わせていた。 「信じてくだせえ、こちとら一文無しなんでさ!」 船室に響き渡る大声に一同が振り返った。 そこには海賊に銃を突きつけられる親父の姿。 武器を隠し持ってないかという警戒だったが略奪行為と勘違いしたようだ。 背後に積まれた武器も剣や弓といった代物。 銃火器の類は扱っていなさそうだ。 ならば拳銃を隠し持っている可能性は低いだろう。 「見てくださいよ、この怪我! 押し込み強盗にやられて…!」 「そうか。そいつぁ災難だったな。強盗の次は海賊なんてよ」 親父の身の上話を聞き流しながら海賊は身体検査する。 武器は持ってない上、骨も本当に折れている。 怪我の跡を見れば殴られたものだとすぐに分かった。 経営資金を全部奪われてアルビオンまで行商に来たという話は納得できた。 ただ周囲の目線が白々しい者でも見るかのようなのが気になる。 見れば親父の目はチラチラと自分の荷物へと向けられている。 仲間の一人との話に気を取られている間に男はそこを探ってみた。 「うう…これで商売道具まで持っていかれたら…」 「分かった、分かった。向こうに着いたら頑張って商売しろよ」 「ありがとうごぜえます、本当に感謝のしようが……」 その口上の続きは船室中に響き渡る甲高い音に遮られた。 音のした方に振り向けば床いっぱいに広がった金貨の山。 その傍では袋を逆さまにして持つ頭目らしき男の姿。 彼は荷の中に隠した袋を容易く見つけ出していたのだ。 あわわ、と顔が青ざめていく親父に海賊が呆れたように声を掛ける。 「親父…。俺が言うのもなんだが…アンタきっと碌な死に方しねえぞ」 「へ…へへ……」 返す言葉など何もない。 それが今日でない事を祈る事しか親父には出来なかった。