約 1,390,165 件
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/74.html
ある日、ラムザ一行の食卓にマインドフレイアの活け造りが現れた。 ゲテモノ好きの(と言うと怒る)アリシアが腕によりをかけて作ったのだ。 食糧難の事情から蛙も蛇もモンスターも調理してきたラッドの手解きもあって、 その晩の夕食はとても楽しいものとなった。 が、さすがにマインドフレイア丸ごと一匹はボリュームがありすぎましたので、 あまり味のよろしくない頭部を残して生ゴミ処分といたしました。 夜が更け、皆が寝静まった時刻、アグリアスはふと尿意を覚え、 同室のアリシアとラヴィアンを起こさないよう注意しながら、そっとトイレに立ちました。 コン、コン。 礼儀正しいアグリアスは、もう夜分だというのにわざわざトイレの戸をノックします。 当然、こんな時間に返答があるはずもなく、アグリアスはノブを掴みました。 コン、コン。 ところが、トイレの内側からノックが返ってきたのです。 恐らくアグリアス同様、夜更けにトイレに来た何者かが使用中で、 まさかこんな時間にトイレでかち合うなどと想像していなかったため、 アグリアスの丁寧なノックに驚き、返事が送れてしまったのでしょう。 そう納得したアグリアスは、中の人が出てくるまでしばし待つ事にいたしました。 廊下の窓から射し込んでいた月明かりが雲にさえぎられ、 そしてまた雲が途切れて月明かりが再び廊下を照らすほどの時間が経ちましたが、 先に入っている方は一向にトイレから出てくる気配がありません。 耳をすませる、などといった下品な真似はしておりませんが、 用を足すためにどうしても出てしまう音というものがまったく聞こえないのも奇妙。 不審に思い、アグリアスは再びノックをしました。 すると今度はすぐに返事のノックがされます。 ずいぶんと長い用の様子で、アグリアスは自分の用の焦りからではなく、 親切心からこのように声をかけました。 「もし、ずいぶんと長くおられるようですが、お加減でも悪いのですか?」 コン、コン、とノックの返事がありました。 しかしそれでは「はい」「いいえ」のどちらなのか解りかねます。 どうしたものかと困ってしまったアグリアスですが、粘り強く訊ねました。 「失礼ですが、例え人気のない時間でも、 一人で長時間トイレを独占するというのはいかがなものでしょう」 コン、コン。またです。返事をする気があるのかないのか、ノックで応えるだけ。 さすがのアグリアスも、胸にほんの少しの苛立ちをつのらせました。 もう少し強い語調で言ってやるかと思いましたが、 ノック以外まったく反応をしないという奇妙な行動が不安を誘います。 「声で返事をできない事情でもあるのですか?」 コン、コン。やはりノックで応えてくる。これは肯定の意なのだろうか。 (もしや声が出ないほど具合が悪く、ノックするのが精いっぱいなのでは?) そう思い至ったアグリアスは、強めに戸を叩きました。 「もし、もし、大丈夫ですか? 失礼ながら、開けさせていただきます」 ドアノブを回し、戸を引くと、どうやら鍵がかかっていないらしく、 すんなりと開いてしまいました。 アグリアスはすぐさま人の姿を探しましたが、トイレの中は空っぽです。 まさか、誰かのイタズラだったのでしょうか? しかしイタズラにしても、どうやればこんな真似ができるのか見当もつきません。 「奇妙な事もあるものだ」 いぶかしがりながらも、そろそろ下の方がつらくなっていたアグリアスは、 戸を静かに閉めて、鍵をかけ、寝巻きとパンツをおろして、トイレに座ります。 コン、コン。 すると、外からトイレの戸を叩く音。 「……入っている」 あまりにもできすぎたタイミングに、アグリアスはわずかな警戒心を作ります。 コン、コン。 「入っている、もうしばし待ってくれ」 そう言いながら、アグリアスはトイレから立ち、パンツをはき直しました。 ドン、ドン。戸を叩く力が強くなります。 「入っていると申しているだろう。もう夜も遅いのだ、静かにせぬか」 ドンドンドンドンドン。 やはり悪意あるイタズラを何者かが行っているのだ。 アグリアスは右手を強く握り、左手でトイレの鍵をはずします。 瞬間、バタンと勢いよく戸が引かれました。 咄嗟に両の拳を構えますが、人の姿はやはりありません。 しかし人がいるとするならば、開いた戸の裏側の小さな空間に隠れているのでしょう。 そんな小柄な人間は、仲間内ではラファくらいしか思いつきません。 「ラファ……か?」 こんなイタズラをする娘ではないと承知していながらも、確認のため問います。 返事はありません。 じりじりとアグリアスは歩を進め、ぬるり、足元に嫌な感触が。 どうやら水で濡れているようで、しかも妙に粘性があるように思えます。 いったい誰のイタズラか! そう思いながら、確認のため顔を下に向けます。 人間の頭ほどの大きさの何かが、足元で蠢いていました。 窓から射し込む月明かりは、再び雲に隠れてしまって、 足元にいる物がいったい何なのかよく解りません。 ともかく人間ではない事は確かであったため、蹴りつけてやろうとしました。 ところが足元のそれは突如、アグリアスの顔面にヌルヌルとした液体を放ちます。 「ぐぷっ!?」 視界をさえぎられ、アグリアスはのけぞりました。 いったい何をされたのか、さすがの彼女も混乱に陥り、尻餅という醜態をさらします。 「いったい、何だ……!」 素早く立ち上がろうとした瞬間、足首をヌルリとした物が絡め取ります。 そのおぞましい感触に、アグリアスは悲鳴を押し殺しました。 そのおぞましいものはアグリアスの白い足首を這い、すねを通り、太ももにまで至ります。 チラリと見た影は、とても足の入ったズボンに入ってこれる大きさではなかったというのに! 「ひぃっ、うぁあ!」 たまらずアグリアスは悲鳴を上げました。 太ももから、足の付け根にまでやってきたそれは、今度は上半身にまで這い上がろうとします。 あまりの気色悪さに涙をこらえながら、アグリアスは寝巻きの中のそれを引っ掴むと、 トイレの中に投げ込んで、すぐさま流してしまいました。 『……イア……! ……イア!』 流れていく水音に混じって、人間の発音ではないおぞましい声が聞こえました。 それの意味する所など、とても理解できようはずがありません。 ただ、どうしようもなく恐ろしい、人智の範疇を超えた存在である事は確かなように思えます。 「助かった……のか……」 心地よい安堵感のせいか、アグリアスの下腹部はほんわりと温かくなりました。 その温かさがあまりにも気持ちいいので、うっとりとしたアグリアスはそのまま意識を手放してしまいます。 翌朝。トイレの前で寝小便を垂れて、顔と髪を黒く汚したアグリアスを発見したラムザは、 大慌てでアグリアスを起こし、すぐお風呂に入るよう指示しました。 それから彼女の部屋に忍び込み、アリシアとラヴィアンが起きないように気を配りながら、 アグリアスの着替えを持ってお風呂場へと行きました。 こうして何とか面目をラムザ以外に保つ事ができたアグリアスは、 昨晩の出来事を寒々とした様子で語り聞かせます。 ラムザも、お漏らしをした言い訳にしては、あまりにもアグリアスが怯えているので、 これは真実なのだろうとうなずいて、その正体を思案します。 これで怪異が終われば、この時限りの不思議事ですんだでしょう。 しかしラムザ一行が旅する先、毎夜毎夜、仲間の誰かがそのおぞましいものに襲われるのです。 噛んだり引っ掻いたりと、直接傷をつけるような真似はしてきませんが、 あまりの恐ろしさに皆恐々としてしまいます。 ところがある晩、レーゼがそのおぞましいものを引っ捕まえました。 正体は身体が4分の1ほどしかないマインドフレイアです。 粘性のある液体を垂らしながら這い回ったり、墨を吐いて目をくらませたり、 触手で撫で回すなどして嫌がらせをしてきたのは、 すべてラムザ達に身体の大部分を食われた恨みを晴らすためでございました。 ドラゴンだけでなく通常モンスターをも従えようと魔獣語をセットしていたレーゼは、 その事情を見事に聞き出し、どちらが強者でどちらが弱者かを叩き込み、 見事にそのマインドフレイアを屈服させたのでした。 「ちなみにこの子の名前はゴンザレスと言うそうよ」 JOIN UP! ゴンザレス マインドフレイア レベル99 その晩、食べ残してもいいようにとマインドフレイアの丸焼きが振舞われましたとさ。 しかしこれで安心してはいけません。 ほんのわずかな頭部だけから蘇ったゴンザレスです。 触手の一欠けらでも残そうものなら、ゴンザレスは何度でも蘇るさ!
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/60.html
屈辱的な姿を幾たびも衆目に晒されたことによる精神陵辱と、 元々の倦怠感とあいまってすっかり憔悴した様子のアグリアスは、 まるで生きた人形のように二人のされるがままになっていた。 レーゼによって首に百八の数珠をかけられ感想を問われるも、返事を返す気すら起こらない。 「一発芸。修行僧アグリアス」 メリアドールが腹を抱えてゴロゴロと床を転がり 「似合う似合う!アグリアスの禁欲的なイメージと絶妙にマッチしてる!」 二人の笑い声をどこか傍観者のように聞きながら、アグリアスはただ この時が早く過ぎ去ることだけを祈った。 「夕ご飯の支度ができましたよー」 隊員の一人がアグリアスのテントにやってきて、夕飯ができたことを告げた。 聞きなれたその言葉が、今のアグリアスにとっては天使の囁きのようにさえ聞こえた。 「あれ?もう夕飯?楽しいことをしてると時間が経つのが早いなぁ」 「アグリアスもお疲れのようですし、夕飯の支度も整ったそうなので わたし達はこれにて失礼しますね」 「夕飯は後で残ったものを適当に持ってきてあげるから。 じゃあまた明日ね~」 「………」 あー遊んだ遊んだと呟きながらテントを後にする二人を無言で見送って、 アグリアスは暗闇の中に独り残された。 次の日もメリアドールとレーゼはお見舞いと称して アグリアスで遊ぶためにテントに来訪し、散々身動きの取れない アグリアスをイジり倒した。 「これでも食べて元気だして」 メリアドールがアグリアスの大嫌いなトマトを目の前に差し出した。 普段は匂いをかぐだけでも嫌悪感を抱くトマトだが、 その赤い色と赤い果汁がどうしても…今意思に反して体が 求めている血液を彷彿とさせてしまい…食べたくないのに反射的に食べてしまう。 不味いと思っていたトマトも、こうした極限状態で食べてみると 意外に美味しいと思うから不思議だった。 「こういう辛い時には眠って時をやり過ごすのが一番ですよ」 レーゼは紐の先に赤い木の実をくくり付けたものを左右に揺り動かし始めた。 「催眠術です。単調な振り子の運動を見つめ続ければ、 そのうち退屈になって眠くなりますよ」 その原理は間違ってはいないと思うが、紐の先の赤い実が トマトの時と同じように血を連想させ、アグリアスの意思に反して 勝手に首が振り子の動きに合わせて動いてしまう。 「私で遊ぶなーー!!」 今できる唯一の抵抗も、二人の笑いを誘う以外の効果はない。 メリアドールもレーゼも別に悪気があって遊んでいるわけではなく、 普段は共に剣や武術の鍛錬の良き相棒として認め合い、信頼し合っている仲だ。 しかし今のアグリアスは普段の彼女――己の腕と強さのみを頼りにし、 凛とした佇まいと人形のように整った顔立ちを備えたアグリアスは どこか神聖不可侵といった印象を与え、常人の手の届かない高嶺に ひっそりと咲き誇る、硝子で出来た一輪の花を思わせる――とはあまりに かけ離れた、どこにでもいるただのひ弱な若い女に過ぎず、その上 彼女を彼女たらしめていた、何者にも屈しない純粋が故に美しいその強さは 鉄鎖という現実的でつまらない道具に束縛されてしまっている。 普段のアグリアスを一流の戦士として知っている二人だからこそ、 普段の彼女とのギャップをことさら面白く感じてしまい、千載一遇の この機会に乗じてアグリアスを遊び倒さないと気がすまないのだった。 夕飯の時を伝える天使の降臨を、アグリアスは今日も待ち望まなければならなかった。 ルナが街に向かってから三日、少しずつアグリアスの容態は 悪化していった。脈が常に速く、呼吸も荒い。意識は朦朧とし、 仲間の呼びかけにもぽつりぽつりと億劫そうに応えるだけだ。 こうなってメリアドールとレーゼもさすがにアグリアスで遊ぶことを自重し、 たまに彼女のもとを訪れては普通の土産を渡し、励ましの言葉を掛ける程度にしておいた。 熱で茹だったような頭で、アグリアスは漠然と考える。 一定時間おきに訪れていた吸血衝動…その間隔が少しずつ 短くなっている。人の血が吸いたくてたまらなくなっている。 喉はどんなに水を飲もうが渇きが癒されることは無く、 その渇きを癒しうる唯一の水は人の血液のみ。 半ば眠ったような人間としての意識と倫理観を 人ならざるものが少しずつ蝕み、取り込まれていくのを感じていた。 それでも長年に渡って修行と実戦で鍛え上げてきた精神力は、 吸血鬼としての心の侵食を多少は食い止めていられるらしい。 まだ隊員達と人として会話することは可能だが、それもいつまで続くか分からない。 この際ルナから手渡された自殺幇助薬の使用も考慮に入れておいた方がいいかも知れない。 少しずつ人外の存在になりつつある自分に恐怖しつつ、 そんな時に心に唯一浮かぶのはラムザの存在だった。 彼と同じ戦場を駆け抜け、共に剣の腕を磨き、幾たびの 絶望と死線を共に乗り越え、同じ場所で同じ季節を過ごすうちに… いつしかラムザに憧れを抱くようになった自分に気が付いた。 誰もが絶望と死の恐怖に呑まれ、動けなくなった現世に現れた地獄――― アグリアスさえも剣折れ力尽き、倒れ伏す傍ら… ラムザは独り剣を構え、強大な悪魔に立ち向かっていった。その背中を…ただ美しいと思った。 その感情は胸を締め付け、時に酸っぱく時に甘い幸せな思いだった。 初めからその恋心を彼に伝えるつもりなどなかった。 密やかに胸の中で愛しみ育て上げた想いの花は…時を経て静かに散らせるつもりだった。 彼と同じ青い空の下で、同じ時を過ごせるだけでよかった。それ以外は何も望まなかった。 それなのに…今はラムザをかつてないほどに恋しく思ってしまう。 自分の痛みを、苦しみを、気持ちを理解して欲しい。救って欲しい。 激しい切なさにさいなまれる中、テントの外からラムザの声が聞こえてきた。 ラムザがテントに入ってきた途端、 それまでグラグラと揺らいでいた視界が急速に正常に戻り 白濁していた思考が一気に沈静していった。 しかしこの状態は、少し前の健康だった頃とは何かが違う。何かがおかしい。 「わざわざ来てくれてありがとうラムザ。嬉しいよ」 微笑みながらそんなことを平然と言い放った後、理性が疑問を訴えた。 「(私は何を言っている…!?)」 こんな朗らかにラムザに語りかけるなど、未だかつて一度も成功したことはない。 「思ったよりも具合が良さそうで安心しました。 もうすぐルナが帰ってきますね。きっと治療法を見つけてくれるはずです」 「そうだな、そうだといいな。今回は私の不注意でこんなことになってしまい 済まない。私が血を吸われなどしなければ旅が滞ることもなかったし、 お前が私を助けるために…自ら兄上に引導を渡すことも無かったはずだ」 「いえ、気にしないで下さい。今まで一緒に戦ってきた仲じゃないですか。 水臭いですよ。兄のことは…僕自身が逝かせてあげて、よかったと 思っているんです。兄も満足して逝けたと思っています」 「そうか…優しいんだな。お前は」 アグリアスの自制心に反して、次から次へと勝手に言葉がついて出てくる。 しかもそのどれもが、今まで言いたくとも恥ずかしくて言えないような、 胸の内の想いを直接吐露するような発言だった。 酒に酔って発言が大胆になるような現象とは似ているようで違う。 まるで別人が体を勝手に操って会話をし、冷静な自分がそれを離れた場所から 眺めているような感覚だ。 恋心を伝えられなくとも構わない。せめて彼と自然に話しをしたい。 そんな淡い願いを抱いていても、どうすればいいのか見当も付かなかった。 戦闘時以外では気恥ずかしくて何を話せばいいのか分からなかったし、 優しくされると無意味に反発し、逆に優しくしたいのに冷たく当たってしまう。 こんな風に、自然に朗らかに、素直になって彼と話しをしたかった。 諦めかけていた夢が唐突に叶い、アグリアスは当初感じた違和感のことなど忘れ、 半ば夢見心地でこの自動会話に興じていた。 「なあラムザ…1つ頼みがあるんたが…」 「? 何ですか?」 「服の中に虫がまぎれ込んだみたいなんだ。取ってくれないか?」 「…え…えええ!?」 顔を赤らめ、たじろぐラムザ以上に、アグリアスはパニックに陥っていた。 「(虫など服の中に入っていない!嘘を言っている!)」 アグリアスの動揺をよそに、体は勝手に会話を続ける。 「くすぐったくてしょうがないんだ。早く取ってくれ」 「あぁーーその…しかしですね?アグリアスさんは女性な訳ですから… 男の僕が服の中をまさぐるというのは色々と問題が…」 「別に問題などない。早くやれ」 「ええ~~っ!?」 普段の毅然とした様子のアグリアスからかけ離れた発言に、 ラムザはただただ困惑する以外に無い。 「それとも何か?私みたいな女には手も触れたくない…と。 お前はそう言いたいのか?」 「い、いえいえそんな事は…!アグリアスさんは…その… 綺麗な方ですし…」 「ふふ…ありがとう。ラムザ。嬉しいよ。 だが口だけなら何とでも言える。態度で示してこその誠意じゃないか?」 「そ…それはそうですが…。 …メリアドールかレーゼにやってもらうというのは駄目ですか?」 「駄目」 「あ…う…」 何だ…?何なんだこの会話は…?先ほどまでの心温まる会話から一変、 これではまるで猥談…。いや、この際会話の内容はどうでもいい。 こんな会話をさせて、ラムザに服の中をまさぐらせようとしているのは 何が目的なんだ…?何かに体を乗っ取られ、気が付けば口だけでなく 体全体の自由さえも奪われている。 ラムザは自分でない誰かと会話している。それを伝えなくてはならない。 しかしその異常事態を伝えることはかなわず、あたふたとするだけでどうしようもない。 そうこうするうちに、頬を紅潮させたラムザがおずおずと近づいてきた。 「右腕のひじあたりにいるぞ。早く取ってくれ。 胸や腰の辺りに移動しないとも限らない」 「!! …そ、そうですね…。し、失礼します…!」 ラムザは顔を真っ赤に染めながら、右腕の袖口から手を差し込む。 こんなにも近い距離にラムザがいる。その事実だけでも卒倒しそうなのに、 その上服の中に手を入れられて…アグリアスは気恥ずかしさで 頭がどうにかなりそうだった。 そんな中、ふとラムザの首筋が目に留まった。 「ア、アグリアスさん…虫らしきものは見当たりませんが…」 「ああ。肩の方に移動しているぞ」 「そ、そうですか…」 ラムザはいるはずのない幻の虫を探し続け、アグリアスの顔に 注意が向いていないばかりか、首周りがまるで無防備の状態。 今ならたやすく…。 突然、今まで明瞭だった思考にもやがかかり、 未だかつて無い強烈な吸血衝動が襲ってきた。 動悸が激化し、呼吸が早くなる。重度の酩酊状態のような、 歪む世界、歪む思考の中で、血への欲求のみがアグリアスの全てを 支配しようとする。 血…血…血…他の誰でもない…ラムザの血! 血が欲しい…!愛するラムザの血をこの身に受け入れ… どうしようもない、抗いがたいこの渇きを潤おしたい! 光に吸い寄せられる蛾のように、アグリアスの顔はゆらゆらと ラムザの首に近づいていく。恍惚とした表情で…。 アグリアスはすっと目を閉じ、そっと唇をラムザの首にあてがった。 「えっ…!?」 突然首に触れた、柔らかく、温かい感触にラムザはハッとする。 そんな驚いたラムザの声に、アグリアスは急速に覚醒し、今自分が 何をしようとしたのかを理解した。 「ア、アグリアスさん…?今何を…?」 呆然自失のアグリアスに、問いかけるが、アグリアスからの返答は無い。 彼女の頬を、一筋の涙がつたって零れ落ちた。 「……出て行け…」 低く、くぐもった声が静かに響いた。 「…行け…!ここから出て行け!私に近寄るな!」 突拍子も無い発言以前に、ラムザは彼女の涙に唖然としていた。 アグリアスが涙を流す…これは天地がひっくり返る前触れだろうか? 「出て行けと言っているだろう!もう私から離れてくれ! こんな私を…見ないでくれ…」 静かに涙する彼女に背を向け、ラムザは言われたとおりに テントを出て行く。 「ごめんなさい」 悲しい顔で、そんな言葉を言い残して。 ふたたび独りになったアグリアスは、感情を暗い淵へ、静かに沈めていった。 次の日の夜。 空には金色の満月が昇り、ほの明るさが闇を照らしていた。 「おいーっす。夕ご飯もってきたよー」 メリアドールが残飯を片手にアグリアスのテントに入る。 アグリアスはうつ伏せになっており、メリアドールの声にピクリとも反応しない。 「ご飯持ってきたって。夕飯だよ夕飯」 アグリアスの頭をぽんぽんと叩き、返事を待つが一向にアグリアスは 起きようとしない。 「おいコラ、起きろよ。食べるもの食べなきゃ」 アグリアスの頬をぺちぺちとはたく。 アグリアスは冷たくなっていた。闇の中なので分からないが、 肌の色は死人同然に白くなっている。 闇の中で、ぶちん…と何かが引きちぎれる音が響いた。 闇の中から伸びる白い手が、メリアドールの顔を掴んだ。 血の気を失った白い顔…それでも瞳だけは血のような赤い色に染まっている。 「私をおちょくるなと…何度も言っておいたはずだろう?」 「え…?」 二の句を継げさせず、みぞおちに一撃を加えてメリアドールを 昏倒させた。 今まで足を拘束していた忌々しい鉄鎖を引きちぎり、 気絶しているメリアドールの佩剣を奪い取ってから、 アグリアスは五日ぶりに自分の足でテントの外を歩いた。 夜風が頬をなで、空に輝く満月が美しい、気持ちのいい夜だった。 実に清々しい気分だった。歌でも1つ歌ってみたい良い気分だった。 己を縛り付けていた数々の暗鬱な思いは微塵も残さず消え去り、 高揚とした気分で夜の野を踏みしめる。 ラムザに会いたい。会って昨日の非礼を詫びたい。 そして血を思う存分吸って、この素晴らしい気持ちを彼と分かち合いたい。 ラムザのテントへ向かう途中、何人かの仲間と出会った。 彼らはアグリアスの進行を邪魔しようとしたので、 仕方なく適当に相手をしてやった。今まで共に戦ってきた仲だ。 アグリアスも鬼ではない、できるだけ傷つけないように、優しく気絶させてやった。 上機嫌で歩を進めていると、闇の中にぽつんとレーゼが佇んでいた。 「やあレーゼ。いい夜だな」 「ええ、そうですね。でも、こんなことになって残念です」 「私はまるで残念に思っていないが?とても良い気分だ。 力もあふれ出すようだし、体の調子もとても良い」 「それは結構なことですね。仲間の誰かは殺しましたか?」 「バカを言うな。大切な仲間だぞ?ちょっと眠ってもらっただけだ」 「それを聞いて安心しました。もしも仲間が殺されていれば… わたしは友人を手に掛けなければならないところでしたので」 「手に掛ける?なぜ私がお前に殺されなければならないんだ? まぁいい。失せろ。レーゼ。私が用のあるのはラムザだけだ」 「止まりなさい。アグリアス。これ以上前に進むと力ずくで捕縛しますよ」 アグリアスは肩をすくめ、ためらわずに前進した。 瞬間、アグリアスの体が宙に浮いた。 今のアグリアスにも視認できない速度で足を払われ、 地面に落下するのを待たずに、わき腹に大砲を思わせるような衝撃が浴びせられた。 アグリアスは宙を吹き飛び、大木に激突して地面にずり落ちた。 この時、木の枝にアグリアスの髪が引っかかり、結われた髪が解かれた。 月の光を吸って濡れたように光る金色の長髪が夜風に揺れる。 何本かへし折られた肋骨が内臓を傷つけ、思わず血を吐き出した。 吐血した血が髪に染み入り、金色を赤黒色染める。 右手を支えに立ち上がろうとするが、うまくいかない。 よく見れば、右腕のひじから先があらぬ方向を向いている。 わき腹に一発入れられた時、同時に右腕も折られたらしい。 仕方ないので両足を使って立ち上がろうとするが、これもうまくいかない。 よく見れば、両足ともへし折れている。足払いの際に折られたらしい。 「ごめんなさいね。剣でも抜かれたら面倒だから、右腕は先に封じさせてもらいました」 竜族の末裔レーゼはドラゴンの化身。 必然膂力、瞬発力、体力共に人間を遥かに凌駕する。 剣の達人、魔法の達人が混在するラムザの隊において、 純粋な肉体の強さでレーゼを上回る者は存在しない。 「痛いでしょうが、我慢してください。本当はもっと 軽い怪我で済ませるつもりだったのですが… 人間の体はもろいので、力の加減が難しくて。 後で回復魔法を施して治療しますよ」 「そいつは気を遣わせて済まなかったな。 だが私はもう人間ではないから、手加減は無用だぞ」 瞬時に右腕、肋骨、損傷した内蔵と両足を復元させ、レーゼの右足首を掴んで立ち上がった。 手足をへし折られた人間がその場で立ち上がる… 有り得ない事態にさしものレーゼも虚を衝かれ、一瞬アグリアスに宙吊りにされた。 アグリアスはレーゼの足首を掴んだまま、力任せに地面と周囲の樹木に 何度もレーゼの体を叩き付けた。いかにレーゼの肉体が頑強であっても、 今のアグリアスは彼女に勝るとも劣らない怪物である。 レーゼは成すすべなく沈黙した。 「お前はキングベヒーモスよりも丈夫だから、 これくらいどうってことはないだろう?しばらく眠ってろ」 アグリアスは片手一本で軽々とレーゼを宙吊りにし、 意識を失っている彼女に微笑みかけると、ポイとレーゼを放り捨て、 再びラムザを探し始めた。 その間にも仲間達の足止めを食らったが、今のアグリアスの前には 全くの無力だった。元々隊の中でもトップクラスに強い彼女が極限まで強化されたのだ。 他の隊員に彼女を止められる道理はない。 一人、二人と蹴散らすうちに、ようやく目当てのラムザが現れた。 「こんばんはラムザ。昨日は取り乱したりして済まなかったな。 お前の血が吸いたいがためにあんなことになったんだ。許してくれ」 「………」 ラムザは無言で剣を構える。そんなラムザを見取り、アグリアスは破顔した。 思い出したように佩剣に手をかけ、鞘から剣を引き抜いた。 「うん。そうだな。せっかくメリアドールから借りてきたんだ。 一度くらいは使ってやらないと、あいつも怒るだろうな」 月下に映える、透けるほどに白い肌と燃えるような紅い瞳… 金糸を思わせるほど繊細ですべらかな髪は、所々が血で穢れている。 銀色に光る長剣を携えたアグリアスはどこか幻想的で、 この世のものとは思えなかった。 ある人は彼女を悪魔と呼び、またある人は彼女を天使と呼ぶだろう。 「歯ごたえのない奴ばかりで退屈していたんだ。 少しは私を楽しませろよ」 ラムザが渾身の一撃を見舞い、アグリアスがそれに応じて剣戟を振るう。 剣の断末魔の悲鳴が轟き、柄から切断された刃が地面に突き刺さる。 勝負はたったの一撃で決着がついた。 ラムザの剣が、アグリアスの斬撃によって“斬られた”のだ。 剣で剣を斬る、という神業をさも当たり前のように放った後、アグリアスは嘆息する。 「遅いな。止まって見えたよ」 呆然とするラムザを力ずくで押し倒し、ラムザの両腕を両手で押さえつけた。 「この時を…ずっと待ち望んでいた気がするよ」 ラムザは必死に両腕の拘束を振り解こうとするが、 まるで万力に挟まれたようにびくとも動かない。 「私の気持ちを…私の願いを…ずっと伝えたかった。 ラムザ。お前が好きだ。愛している」 どうすればこの絶望的状況を打開できるか。必死に考えを 巡らせていたラムザの耳に届いたアグリアスの言葉。 瞬間世界は停止し、アグリアスの澄んだ紅い瞳とラムザの瞳が宙で交差する。 「知っていたか?私はずっとお前を見てきたんだ。 仲間としてでなく、一人の異性として。 お前を愛すること。お前に愛されること。ずっとそれを願っていたんだ」 彼女が吸血鬼になっていることなど、ラムザの意中から消え失せた。 なぜなら彼女は、ラムザはおろか今まで他の誰にも見せたことの無い、 穢れを知らない少女のような無垢な笑顔をしていたのだから。 「私の気持ちを知って欲しかったのに、どうしても伝えることが できなかった。ただ恥ずかしかったからじゃない。 思いを伝えてしまったら、私を私たらしめる何かが壊れてしまう。 お前の傍にさえ居られなくなるかもしれないことが怖かったんだ」 「………」 「私は人間を辞めたがな…まるで後悔していないんだ。 こうしてお前に胸の内を告白できるようになったんだからな。 以前の私なら、どうせ誰にもお前への気持ちを知らせることなく 墓の中まで持ち込んでいたんだろうな」 無邪気にアグリアスは微笑む。その無垢な笑顔に、 ラムザはいつしか恐怖を忘れている自分に気が付いた。 「この身は…この命は世界を正すために捧げるものだとずっと考えていた。 だが、お前と出会っていつしか考えが変わった。 世界のためじゃない。お前を護るために、私の命を使おうと思うようになったんだ。 お前が歩む道を切り開くための、剣になりたいとずっと思っていたんだよ」 「…こんな僕のためにそこまで思っていただいて…うれしく思います。 …ですが…僕の存在を尊重してくれるのなら…僕を解放して下さい。 僕まで血を吸われてしまっては、この部隊は崩壊します。 アグリアスさんを人間に戻す希望も失われます」 「それはできない相談だな」 アグリアスの顔が、ラムザのすぐ目の前まで近づいた。 あとほんの少しで、唇と唇が触れ合う、 お互いの吐息を肌で感じられるような距離。 絹糸よりもなお艶やかで、月の光を浴びて煌めく金色の髪が、 ラムザの胸元に滝のように流れ落ちた。 「言っただろう?今の私には世界などどうでもいい。 この部隊が解散しようが破滅しようが知ったことではないんだ。 欲しいのはただ1つ…ラムザ、お前だけなんだから」 あまりに純粋が故に狂気を孕んだその眼差しを、ラムザは 魅入られたように見つめ返す以外に成す術が無い。 「ここまで誰の血も吸わず、必死に喉の渇きを 我慢してきたのは何のためだと思っている? 他の誰でもない。お前の血で、心と体の乾きを同時に癒すためだよ。 愛する男の血というものは一体どれほど甘美な味がするんだろうな。 正直、楽しみで楽しみで堪らないよ」 小さい舌でちろりと舌なめずりをする。 「…僕は楽しみじゃありません。痛いのは嫌いです」 そんなラムザの答えに、アグリアスは大笑いした。 「バカ。教えておいてやるが、吸血鬼に血を吸われる時には もの凄い快感が全身を巡るんだぞ。 アレを上回る快楽などこの世に存在しない。賭けてもいいぞ」 それは性行為よりも?と内心疑問に思ったが、 アグリアスに尋ねたところで無駄のような気が直感的にしたし、 聞いたら聞いたで彼女の怒りを買って、この場で絞め殺されかねなかったので そんな疑問は胸のうちだけに留めておいた。 「さて、と…。 心の準備はできたか?私はもう我慢の限界だ。 何せ一週間分の我慢だからな。腹一杯吸わせて貰うつもりだが、 致死量まで吸ってお前が死んでしまっては元も子もない。 ヤバそうだったら遠慮せずにちゃんと知らせろよ」 「………」 目を閉じてラムザの首に口を寄せるアグリアスに、 ラムザは最後の抵抗を試みた。 「アグリアスさん」 「…何だ。せっかくいいところだったのに」 「アグリアスさんみたいな立派で綺麗な女性が僕みたいな人間を 愛してくれて…とても嬉しく思います。お世辞ではなく、本当に。 でもここで世界の危機を放り出して、旅を止める訳にはいかないんです! 僕のために命を賭けてくれているみんなの為にも。 僕のせいで死んでしまったティータやザルバック兄さん… 今もどこかで苦しんでいる大勢の人たちの為にも… 僕は世界を救う日まで、絶対に負けられないんです!」 ラムザの言葉をきょとんとした様子で聞いていたアグリアスは 苦笑を漏らした。 「アグリア…」 唐突に、唇を重ねられた。 訴えるべき言葉はアグリアスの突然のキスによって奪われてしまった。 ほんの数秒の、唇を重ね合わせるだけの淡い口づけ。 柔らかい感触と、かすかに感じる彼女の吐息。彼女の香り。 ラムザはその感覚に陶然とし、一瞬思考が真っ白になった。 唇を離したアグリアスは、頬を赤く染めてぽつりと呟いた。 「お前のそういうところが…好きなんだ」 熱を帯びた紅色の眼差しに、ラムザは何も言い返せなかった。 「いいから黙って私のものになれ。世界も仲間も、過去も未来も、 何もかも関係ない。それらは全て無意味だ。 私とお前…二人の今。必要なのはそれだけだ。 私を受け入れ、私を感じてくれ。私もお前を受け入れたい」 今度こそラムザの返答を待たずに、アグリアスは一気にラムザの 首筋に顔を近づけた。 「大好きだ。ラムザ」 最後にそう言って、アグリアスは唇を首筋にあてがった。 その3へ
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/137.html
「今日は特に暑いわね」 時刻は昼時を過ぎた頃、市場が開かれている広場は今日一番の賑わいを見せていた。 そんな中で文字通り日蔭者となっているシュガリーとアグリアスは市場を退屈そうに見つめている。 いつの間にか一つ増えた日傘にすっぽりと収まっているアグリアスが額の汗を拭った。 「今はもう春か?それとも夏?」 「そんなの私が知った事じゃないわよ。そもそもこの村にそんな概念は無いしね」 手で生温かい風をおくりながらうんざりとした顔でシュガリーはそう告げた。蒸し風呂状態となっているアグリアスの身体からは 遠目越しに見ても湯気が沸いているのが確認できた。 「鎧ぬがないの?死ぬわよ」 「…」 どこか遠い眼でアグリアスは、向こうの世界たる市場の中心を見つめている。返答がないアグリアスを見かねたのか、 シュガリーは手にした如雨露でアグリアス目がけて水を投げかけた。打ち水がわりだ。 「あぐぅ!騎士たるもの不埒な…」 「あー、はいはい」 シュガリーは説法めいたアグリアスの言葉を受け流した。このやりとりももはや指では数え切れないほど行われたのだ。 ラムザ達がこの村を訪れてから何日、いや何カ月が経過したのか。もはや本人たちも村人も知りようはない。 だが宿屋では相も変わらず毎晩のように宴が催されていた。最近の隊のメンバーは村の中で気の合う者同士で飲みあうようになり、 誰彼かまわず騒いでいた当初の宴の姿勢は、時を経るにつれて微細な変化を見せていた。ある朝、既に日課となりつつある朝食を 摂りに階下へ降りたら、居間でまだ語らいを続けていた者がいたほどだ。アグリアスは隊の者どもをひっ捕らえると、すぐに拳骨をお見舞いした。 隊長、痛いですよー、 と酒臭い飲兵衛が泣きついてきたが、アグリアスは素知らぬ顔をして二人を部屋に帰したのだった。 「ラムザとはあれからうまくいっているの?」 シュガリーの言う、あれからとは、いつかシュガリーとマウリドがアグリアスに対し恋の指南を行った時のことである。 アグリアスは急いで首を横に振った。顔に付着していた水が飛沫となりシュガリーに容赦なく襲いかかった。 「それは駄目よ。そうね、今晩デートにでもお誘いなさいな」 「で、デート!」 聞きなれぬ言葉を耳にしたせいか、勢いよくアグリアスが立ちあがった。 アグリアスもシュガリーに対してマズラというアドバンテージを有しており、シュガリーの言葉に応酬することは十分に可能なのだが、 目の前の言葉に翻弄され上手くそのカードを切る事が出来ない。 「教会のてっぺんに登って夜景をプレゼントするの。入口の裏手に確か錆びた階段があったはずよ。私は怖くて上ってないけど」 笑顔でシュガリーは告げた。 「だ、だが…」 「…今のままでいいのかしらね。ラムザの周りには魅力的な女性が多いわよねえ」 アグリアスの脳裏に、小憎たらしい笑顔を浮かべる神殿騎士と、女から見ても可愛げのある天動士の微笑む姿が浮かんでは消えた。 「…その代わり、あなたが誘ったんなら、私も誘うわよ…」 呟かれた言葉に、アグリアスは驚いてシュガリーを見た。 シュガリーは顔を熟れトマトのように赤くして俯いている。暑さのせいではないだろう。 そんなシュガリーの姿を見て、アグリアスが思わず頷いてしまおうかと思案する前に、 いつもの通り気前の良い客が訪れた。 「こんにちは」 「あ、あら。いらっしゃいマウリド。さあさあ」 照れ隠しからか、シュガリーは急いで横から椅子を引っ張り出して彼女に勧めた。 マウリドはそんな彼女の様子に気づいているのかいないのか、ニコニコと太陽にも負けない輝かしい笑顔をふりまいている。 そんなシュガリーの横で、アグリアスは静かに微笑んだ。 その時、 ふと傘の切れ間から見えた“何か”に、彼女は思わず日傘の中から飛び出した。 「どうしたのよ。ムスタディオが裸踊りでも始めたの?」 シュガリーは目を合わせることなく、目の前の庭園を慈雨で潤わせながら大した期待を込めずに尋ねた。 「雲が…」 「え?」 「雲が、出ている」 アグリアスの眼前には、果てが見えない程の真っ青な大海原が広がっていた。その中心には、 煌びやかな光を放った巨大なクラーケンが居座り、灼熱を振りまいている。そんな状況下で、まるで命知らずともとれる、 小振りの白いボートがふらふらと、しかし確実に怪物に近づいていくではないか。 「雲ぐらいどうもしないわよ」 期待して損をした、そう言外にこめながらシュガリーは頭を後ろの樽の山に乗せた。 アグリアスは未だに空を眺めつづけている。 「そういえば、最近は雲ひとつない快晴ばかりの天気でしたよね?」 マウリドの言葉に、アグリアスは神妙に頷いた。アグリアスの記憶が正しければ、この村に来てからまだ一度も 快晴以外の天候になっていない。 昼夜ともに雲一つ出ず、昼は太陽が、夜は満月が支配する世界。 そんな光景に慣れかかっていただけに、形は小さいながらも確かに存在する雲に、アグリアスは静かに体を震わせた。 まるで酒の酔いが体全体に回るかのように、アグリアスの体を急速に“現実”という何かが駆け巡って行った。 「今日はこの村に伝わる文字を教えてしんぜよう!」 宿屋から比較的近い、開けた農地の上にラムザ、マズラ、ムスタディオ、ラッドそしてマドーシャスは立っていた。 「どうでもいいが、どうして俺がいるんだ」 ポリポリと頬をかきながらムスタディオはラムザに訊ねた。 「ムスタ、暇じゃないか」 「お前な…そうだけどさ。」 その言葉にムスタディオはがっくりと肩を下ろした。二日酔いの抜けきらない体は本人の思っている以上によく弾んだ。 「まあまあいいじゃねえか。二人よりは三人、三人よりは四人さ」 ムスタディオの隣にいたマドーシャスという青年が両手を叩きながら明朗快活にそう述べた。 このマドーシャスという男、機構に精通しているという点でムスタディオと気があった。容姿はまるでムスタディオの兄貴分と言った具合で、 精悍そうな顔つきのマドーシャスと、紙風船のような顔とよく評されているムスタディオとの間には決定的な差がある。 「話がわかるね、流石はマドーだ」 笑顔でマズラはそう感想を述べた。親から無理やり着させられた白の木綿服を窮屈そうに身にまとっている。 「どうでもいいが日蔭とかないのか?この陽じゃ、土と心中しそうだ」 額の汗をぬぐいながら、ラッドはそう告げた。 するとラッドの言葉に呼応したかのように、ラムザ達の視界が瞬間、薄暗くなった。 「おー、日陰になったねえ」 頭上を通る分厚い雲の層は一過性に過ぎなかったが、横を見上げると次々と雲の艦隊が陽に押しよせている。 地上の気温もいくらか落ち着きを取り戻すに違いなかった。 ラムザは暫くの間雲を見上げたままでいた。何故か、酷く懐かしい感を覚えたのだ。 「おほん。それでは、これよりマズラ講師による言語講座を始める。こら、そこ。ラムザ君。先生の顔は空にはないぞ」 手に持った木の棒を振り上げながらマズラは熱弁をふるい始めた。 ハミサイダル・ガッドで用いられている文字は、違いはあれど、畏国文字とは根本的な部分で合致していたため、 ラムザたちは比較的簡単に文字を描写し始めることができた。 「このように…そう。僕の名前はこうなる」 書き方は違えど、文字としての全体像は相似している。頭の中でミミズが這うような文字を思い浮かべながら、覚えたてのラムザは、 見よう見まねで自分の名前を地面に刻んだ。書き終えて周りを見ると、他の二人はマドーの指導の元、地面と激しい睨みあいをしていた。 「そろそろ上がろう。このままだと日射病でどうにかなってしまいそうだ」 不意にマドーシャスがそう提案した。田んぼの地面に一心不乱に文字を書き連ねている光景は傍から見たらとても奇妙だ。 全員は久方ぶりにお互いの顔を見やり、初めて相手と自分が汗だくであることに気付いた。 「確かにそうだ。ああ、近くに大木があるんだ。そこで日陰ぼっこをしようや。ああ、宿からキンキンに冷えたミルクを持ってこよう」 発起人であるマズラが夢見心地の表情でそう述べ、本日の講義は終了した。 市場にはアグリアスとマウリドがぽつんと取り残されていた。 店主たるシュガリーは現在、教会への礼拝及び自由時間のため外出中だ。他の者に店を任せることなど普通ならば考えもつかないが、 “どうせ誰も来ないし”という言葉一つで三者は三様に納得した。 事実、アグリアスはシュガリーと出会ってからずっと重きをこの店に置いているが、マウリド以外の訪客を見かけた事が無かった。 店主がこのような有りさまなのだ。本人と顔見知りでなければ、よほどこの店に足を運ぶ事はないだろう。 そして、今も珍客は訪れない。 「暇ですね」 マウリドの言葉にアグリアスは苦笑しながらも頷いた。すぐに沈黙が店を包み込む。 アグリアスはこのマウリドという少女があまり得意ではなかった。笑顔を絶やさずにいるが、その実、 何を考えているのかてんで知れないのである。 「アグリアスさんのいた所は、ここと同じ平穏な場所なんですか?」 アグリアスは首を横にふった。 そして、畏国内には領地を統べる貴族の王が存在し、市民とは絶対的な差が存在している状況を説明した。 「へえ。そうなんですか。住みにくい世界なんですねえ」 大よそ他人事のようにマウリドは大げさに驚嘆した。仕方がない、とアグリアスは思った。 マウリドの笑顔はそこでほんの少し、狂気に歪んだ。 「アグリアスさんはそんな世界を変えようとは思わないんですか?」 アグリアスはその質問の内容に少々面食らった。 「暴虐の限りを尽くす貴族の大部分は既に戦争によって死に絶えてしまったんだ。 そんな貴族を扇動し切り捨てた、戦争を蜂起させた奴等がどこかに存在する。私たちはそんな敵を追っている。 詳しくは言えないが、世界を恐怖と混沌に変革しようとする奴等だ」 アグリアスはこれまでの旅路を振り返った。 ドラクロワ枢機卿に始まり、バリンテン大公、ゴルターナ公そしてラーグ公までもが自らの私利私欲のために聖石、争いを欲し、結果死を遂げた。 今、畏国は荒廃している。その機に乗じて教会が畏国全土を、いや全世界を支配しようと画策している。 打ち砕かなければいけない。奴等の思い通りにしてはいけないのだ。 しかし、私たちはこのようなところで一体… 「違いますよアグリアスさん」 マウリドの言葉に、アグリアスは深い渦の只中にあった意識を戻した。 「あなた方がどれだけ苦労されたのかは多少なりともわかりました。けど、私が訊きたいのは別のことです」 マウリドはそこで一旦言葉を切り、いつも通りの清楚な笑顔を振りまいた。 「貴族と平民は同じ人間ですよ。貴族の家畜では決してない平民が、どうして貴族から無残にも物品を搾取され、 ただひたすら奪い続ける事が許されるのでしょう。 そんな支配階級が浸透する世界を、あなたは野放にし続けるんですか?」 アグリアスは冷汗三斗の思いをした。それもそのはず、少女はそのような事を笑顔のままで話しているのだ。 無邪気とは何か違う。 「努力はしているんだ。そのような者たちの気持ちは痛いほど…」 アグリアスの言葉を遮り、マウリドは、ぴょん、と椅子から跳んだ。 「アグリアスさん。あなたは“神の奇跡”を信じますか?」 アグリアスは戸惑いを隠せない。 「何を、何を言っているんだお前は」 「“神の奇跡”を信じるのは弱い人間だけ。誰かがそう言っていたわ」 突如、鈍い音が広場にこだました。 広場の中心を歩いていた老婆が突然うつ伏せで倒れたのだ。 手にしていたバスケットから、果物があちらこちらに四散していく。 「!!大丈夫ですか!!」 椅子から立ち上がり、アグリアスはすぐに老婆の元へ駆け寄った。日射病ではなさそうだ。 腹部を抑えたままピクリとも動かない。 「おいマウリド!!宿に走って私の仲間に状況を説明してくれ!!隊の中に治癒士がいる!!」 はて、マウリドはきょとんとした表情でアグリアスを上から見つめた。 「どうして?どうしてそのお婆さんを助けるんですか?」 アグリアスは驚嘆よりも寧ろ激高した。 「ふざけるな!!御老体が苦しんでおられるんだ!!」 「人の命がかかっているんだぞ!!」 畳みかけるアグリアスの言葉を、しかしマウリドは丁寧に首を横に振った。 「私たちは皆“神の子”です。もちろん、そのお婆さんもです。 つまり私たちは神と近い立場にいることになるのです」 朗々とマウリドは語り始める。何事かと事態を静観していた周りの人々も、 マウリドの言葉にじっと耳を傾けている。 「神は苦しんでいる人を助けてくれますか?神は貧困にあえぐ家庭にパンを恵みますか? 神はお互いが抱く憎悪を等しく取り払ってくれますか? 神は、私たちは、干渉しないんです。そのお婆さんを助けることはできません。 そうして私たちの意義が、神の定義が保たれるのです」 マウリドの演説が終わった途端、静まり返っていた市場はそれを合図にしたかのようにいつもの活気を取り戻した。 中心にいるアグリアスと老婆を抜いて。 通行人は彼女等を避けて通る。見えていないわけではない。姿をその視界に捉えながらも、まるで道端に咲く名もない花を見る要領で、 大した感情を抱かずに通り過ぎていく。 「何を言っている!同じ人間だと言ったのはお前自身じゃないか!!」 商人の甲高い売り声が響く中、アグリアスは声を張り上げてそう叫んだ。 市場は一向に静まることを知らない。 「勘違いしてはいけません。そのお婆さんと私たちは同じなのです。勿論、この村にいる時点であなたも同じですが。 第一、いつの日だったか、付き添っていた子供が階段から転落したことがありました。 その時、私たちと同じ立場にいたのはそのお婆さんです。今度は自分の番が来たときっと思っていますよ」 信じられない面持ちでアグリアスは周りを見渡した。商人が、通りすがりの村人が、一度こちらを見て、 そして何事も無かったかのように日常へ戻っていく。 アグリアスは唇を噛んだ。そして、無言で老婆を肩に背負った。 今一度、市場を見渡す。 穏やかな空気がそこには流れていた。 「“神の奇跡”など、おこるはずないんですよ!」 後ろからそう叫ぶ声に続いて笑い声が聞こえたが、 アグリアスはその声を頭の中で振り払うと、一心不乱に来た道を駆けだした。 アグリアスが宿屋に着いたのは数刻の後だった。居間に辿り着き、起きぬけの治癒士に老婆を見せたとき、 既に老婆は猫のように丸まったままで、その瞳を決して開けはしなかった。 遺体は宿屋の夫妻が荷台で教会まで運んでいった。 まるでジャガイモを荷台に積む要領で、荷台で運ばれていく死体を、 マズラはやりきれない表情で見つめていた。 そんな彼の表情にアグリアスは気付く余裕は既にかけらも残っていなかった。 彼女の中でのマズラ達は冷酷で狂気にまみれたものへと変貌を遂げていた。 「アグリアス姉ちゃん…」 マズラの言葉に、アグリアスは目を閉じて首を横に振る。そして無言で宿へ戻っていった。 マズラは蜃気楼があがる道に一人残された。 手にしていたミルクから、杯についた雫が途切れることなく地面にしみ込んでいく。 天気は下り坂へ向かう気配を見せていた。 「あら、アグリアスは?」 シュガリーが市場に戻った時には既にアグリアスの姿はなく、 そこには朗らかな笑顔を浮かべたマウリドが待ちかまえていた。 「隊の皆と話があるんだって言って、戻って行ったよ」 「あらそう」 暗い表情でシュガリーはアグリアスのすわっていた位置に、どかりと身を下ろした。 「蝋燭が、一本消えていたわ」 ポツリとシュガリーは告げた。 「そうなの」 笑顔でマウリドはそう告げた。シュガリーは言葉を発することなく、目の前の庭園をじっと見つめている。 「まだ慣れないのね。人の死に」 マウリドがシュガリーを牽制した。 それに対してシュガリーは反論する。 「だって、おかしいじゃない。人間なのに、同じ人間なのに。マズラもそう言っていた」 「何度も言っているでしょう。この村では、私たちは皆“神の子”なんだよ」 マウリドはその言葉を繰り返し使った。 沈黙が二人の周りを覆う。 マウリドはにわかに立ちあがり、目の前に広がる庭園に足を踏み入れた。 その中、花壇の中ですくすくと育つ一片の花を、マウリドは静かに摘んだ。 「今日はこの花を。押し花にでもしようかな」 「それは…エンドウの花?」 シュガリーが尋ねる。 嬉しそうにマウリドが頷いた。 「うん。 花言葉は、そうね。 “永遠に続く楽しみ”」 その4へ
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/92.html
【春風の残り香】 「さあ、新発売の『身かわしの服』大安売りだよ! ドラクエ大陸から輸入した防具で、これを着ると回避力が上昇するって代物でさぁ! さらに服なのに全ジョブ装備可能! 向こうの大陸でそういう仕様ですんで!」 という訳でとある貿易都市にて身かわしの服を買ってみるアグリアスとラファ。 アグリアス(ホーリーナイト)は元々優れた回避率を持っているが、 鈍足ゆえにゲルミナスブーツを装備しているためマントで回避率を補強できぬため、 体防具で回避率が上昇するというのは非常に魅力的であった。 本来ホーリーナイトは『服』を装備できないが、 店主の言う通りドラクエ大陸仕様なのかホーリーナイトでも装備できて万々歳だ。 ラファは天魔鬼神習得+大地の衣購入のための先行投資としての判断だ。 「という訳で身かわしの服を実戦投入だ! 行くぞラファ!」 「はい、アグリアスさん!」 回避率の上昇した二人だが、実戦で致命的な欠陥が発覚した。 身かわしの服は防御力を23上げ、回避率も上昇させる防具。 しかしFFT世界に防御力の概念はなく、HP増加量はゼロだったのだ。 これはたまったもんじゃない。 戦闘後、アグリアスとラファは相談をして、身かわしの服を返却する事にした。 「――という訳で店主、身かわしの服を買い取ってくれ」 「はいよ、一度着ちゃってるから半値の1450ギルね」 こうしてアグリアスは身かわしの服を売却した。 続いてラファも身かわしの服を差し出す。 「私のもお願いします」 「はいよ、あんたも一度着ちゃってるから倍値の5800ギルね」 「……え?」 衝撃のアグリアス。そしてラファは世界に満ちる変態の輪のせいで引きこもった。 【やけっぱちホリデイ】 話術士アグリアスはボムのサマルを勧誘した! 『本当にいいのか? 俺みたいなモンスターを仲間にしてくれて』 「ははは、もちろんだろう。現にマインドフレイアのゴンザレスも我々の仲間なのだから」 「おーい、アグリアスさーん。そろそろ夕食ですよー」 「うむ、今日の主役はサマルだ。さあ宴の真ん中へ」 照れるサマルを満面スマイルでエスコートするアグリアス。 やわらかい土の上にサマルを座らせると、台座の上に縛られたマインドフレイアが運ばれてくる。 彼の名はゴンザレス。アグリアスの忠実なしもべである。 『堪忍ッ! 姐さんマジ堪忍やー!』 「さあラッド! お手並み拝見!」 「おう、任せろ! そーれ抜けば玉散る氷の刃!」 『それアイスブランドやーん! 本当に氷の刃やーんッ!!』 アイスブランド二刀流ラッドはゴンザレスの前で構えを取る。 「裏剣技・連続剣! アータタタタタタタタタアータタタタタタタタタタ、オォワタァッ!!」 『痛覚がないとはいえ冷え冷えと切られる感触がイヤッ!』 すべての触手を微塵切りにされるゴンザレス。 その触手を串に刺していくアグリアス達。 そしてそれを、サマルの周囲の地面に刺していく。 それはまさに焚き火でイカの足を焼くかの如き光景。 「いやー、サマルが仲間になってくれてよかったよかった」 「これで焚き木を拾ったり火を起こしたりする必要がないぜ」 「フッフッフッ、このアグリアス・オークスの慧眼に狂いなし!」 『…………プツン』 ボム アクションアビリティ 自爆 【ダイナミックサーガ】 儲け話! それはラムザ一行の重要な資金源! 今日はラヴィアンとアリシアが酒場の踊り子という仕事をGETしてきたぜ! これがまた報酬がどえらいんだ、明日はご馳走に決まり! ところがラヴィアンとアリシア、階段から落ちて足を捻ってしまった。 こりゃ参ったぞ、これでは踊り子の仕事をできない。 しかも約束の時間まであとわずか、反故にしたら違約金が発生してしまう。 「どうするラムザ、代わりに誰かを行かせなくては」 「うーん……ラファはジョブレベルが足りなくて踊り子になれないし、 身かわしの服の一件で落ち込んでいる……仕方ない! アグリアスさん、行ってくれますか?」 「うむ、やむを得まい。一応踊り子にジョブチェンジできるし、何とかなるだろう。 だがもう一人はどうする? 二人で行く契約だ」 「よぉし、ここはレーゼさんにお願いしちゃおう!」 そして酒場へ。 踊り子の衣装に着替えたアグリアス・オークスは遠い目をしていた。 「クラウドよ……なぜここにいる」 「レーゼが生理痛なので代理を頼まれた。安心しろ、俺の女装は完璧だ」 そして舞台へ。 アグリアスはウイズナイブスを踊った! お客さんのHPを減らした! 心象も悪くなった! クラウドは男らしいダイナミックなダンスを披露した! お客さんは歓声を上げた! 「おおお! 女とは思えないほど力強い動き! 初めて見るぜー!」 「ほほほ、骨太なオナゴ! 惚れた! 惚れ申したー!!」 アグリアス――儲け話、大失敗。報酬100ギル。 クラウド――儲け話、大成功。報酬1万ギル。財宝、黒のマテリアをGET。 【最終聖戦の戦士たち】 「不動無明剣!」「北斗骨砕打ッ!」「乱命割殺打ァッ!」 「無双稲妻突きィッ!!」「聖光爆裂破ァー!!」 中距離攻撃が可能で必中で安定した威力、範囲攻撃や状態異常もある聖剣技! それを使うはホーリーナイト、アグリアス・オークス! もはや永遠の一軍は確定されたも同然! 「剣聖オルランドゥ! 得意技は全剣技!」 「テンプルナイト、ベイオウーフ! 得意技は魔法剣!」 「算術士マスターして現在は黒魔です! アリシア!」 「修行に修行を重ねてついに真言百発百中達成! 天道士ラファ!」 「な、なにぃ!?」 アグリアス、二軍落ち確定。 「ぬううっ、オルランドゥ伯とベイオウーフ殿は仕方ないとして、 元部下アリシアや年下のラファにまで負けるとは……いやしかし、 後者2名が一軍入りしたのは努力の結果、修行の成果! ならば私も私ならではの特技を身につければ一軍に返り咲けるはず!」 という訳でアグリアスの厳しい修行の日々が始まった。 聖剣技の威力を高める修行! ――失敗! 聖剣技の範囲を広げる修行! ――失敗! 聖剣技の状態異常の成功率を上げる修行! ――失敗! 「という訳で算術士でデジェネレーターを踏みまくり、忍者でレベル上げをしてきた。 純粋に基礎能力を向上させる事で確実かつ堅実な強さを得た今の私なら、 オルランドゥ伯にも勝てる!」 しかしメンテナンスをつけ忘れたアグリアスさんは、 オルランドゥの剛剣で武器と防具を剥かれボロ負けした挙句痴態を晒して二軍再確定でした。 【青春の汗はプライスレス】 修行と死闘の果て、アグリアスはついにムーブアビリティ『テレポ』を習得した! 「これでアグリアスさんも機動力を確保できましたね」 「でもテレポは本来の歩数から離れれば離れるほど成功率が下がります」 「うむ……」 やっと鈍足から解放されたと喜んだアグリアスだったが、これは予想外の罠。 どうしたものかと腕を組んで頭を悩ませます。 ピコーン! アグリアスの頭上で電球が光った! 「そうだ、赤い靴を装備しよう! これならMoveだけでなくMTも上がって便利だ! しかもゲルミナスブーツの長所であるJumpはテレポで補える!」 「ハッ――そ、そうか! テレポは高低差や障害物を無視できる。 高低差無視や飛行移動の存在価値がなくなるほどの素敵アビリティだった!」 ラムザも大喜びでアグリアスの発案に賛成し、二人は赤い靴を買いにショップへ向かった。 「こんにちはー、赤い靴が欲しいんですけど」 「はいはい、今履いてるゲルミナスブーツはどうするね?」 「もう必要ないので下取りで」 用意されたオシャレな赤い靴を履いてアグリアスさんは嬉し恥ずかし乙女心! もうゲルミナスブーツみたいなゴツいブーツとはおさらばよ! 「くんくん、うーむ……このムレムレとした濃密で重厚な臭い……。 こいつぁマニアに高く売れますね。 ゲルミナスブーツは5万ギルで買い取らせていただきます」 おーっと店主の衝撃発言、これにはアグリアスさんもラムザ君も驚いたー! さらに物陰からアグリアスを見つめていたムスタディオ君も、 先日5万ギルで購入したティンカーリップを地面に落として驚いたー! おしまい
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/66.html
観念したように、アグリアスはすっと目を閉じ、抵抗をやめた。 アグリアスがまた暴れださないように、できる限り素早く、 的確に服を裂き、アグリアスが最も痛むと訴える箇所をさらけ出す。 服を裂くといっても、本当にごく一部分を裂くだけであり、 最も異性に見せたくないであろう、女性の胸は まるで見えないのだから、ラムザが散々変態変態と アグリアスに罵られるいわれなど、本来ないはずなのだが、 そのあたりの理屈をラムザが懸命に説明しても、アグリアスは 聞く耳を持たなかった。 どうにか彼女を説得して、こうして患部を観察したはいいものの、 異常は何も見当たらない。わずかな斬り傷、かすり傷はおろか、 あざすら見つからない。 異常を見つけようとするときに、一番困るのが、何も異常が 見つからなかった時である。 外傷がないのに痛むということは、原因は体内の傷…という事になるが…。 「アグリアスさん。ちょっと触りますよ」 「えっ…!? お、お前!やっぱり…!! この嘘つき! この痴漢!」 「触診ですってば…。軽く押しますから、痛かったら 痛いとはっきり言ってください」 ごく軽く、心臓のある位置をラムザが指で押すと、途端に 苦悶の表情を浮かべて、アグリアスが悲鳴を上げた。 「い、痛い!痛い!やめろ、離せラムザ…!」 再び怒り狂うアグリアスを放っておいて、ラムザは考える。 蒼白な顔(もっとも今は怒りで赤くなっているが)と全身を 襲う脱力感は、血液が満足に体を巡っていない証拠である。 痛みが最も酷い箇所が心臓の真上であり、そこを押すと激しく 痛むことからも、心臓に何らかの異変が起こっているのは間違いない。 「おい…!? 聞いて…いるのか! ラムザ…! 重傷を負った…仲間を…! お、女を…押さえつけて! お前は…ど、どこまで…卑劣な男なんだっ…!」 「ちょっと失礼」 そう言って、ラムザはアグリアスの首筋に指を添えて 脈を計る。予想していた通り、アグリアスの脈は弱々しく、 不安定な間隔で打っていた。やはり、原因は心臓の異常にある。 「アグリアスさん。原因が分かりました」 「…は…?」 体の色は雪のように白くなっているのに、顔だけは鮮やかな 桃色に染めるという、器用な芸当を図らずも披露中の アグリアスは、きょとんとした様子でラムザの顔を見た。 「心臓に、重大な損傷があるようです。 今すぐに治療を始めます」 「し、心臓…!?」 気丈で有名なアグリアスだが、止まれば即座に死に至る、 心臓に異常があると聞き、ほんのわずかに怯えた表情を見せる。 ラムザは右手をそっと、内傷を刺激しないようにアグリアスの左胸に添えた。 「あっ…! お、お前また…! 勝手、に…私の体に触るな!」 「文句は後でいくらでも承ります。今は治療に集中させて下さい」 じたばたと弱々しく暴れるアグリアスを、半ば力ずくで押さえて、 ラムザは右手から白魔法を放射し始める。 「少し痛いかも知れません。我慢して下さいね」 「ひ、人の話を…聞けっ!私を無視、するなっ!」 熟練した白魔法の使い手は、高位の回復魔法を 傷口に集中して施すことにより、かなり短時間で修復することができる。 一介の白魔導師では、傷を負った者の体力を応急的に回復させる、 下位の白魔法しか使うことができないが、重傷を負うことが 日常茶飯事であるラムザの隊においては、戦闘の場に出る者は、 ほぼ全員高位の白魔法を義務的に修めていた。 「アグリアスさん。大丈夫ですか?」 「い…痛くない!痛く…ないから…構わず続けろ…」 強引に胸の治療を始められ、小声で恨み言を呟きつつも、 アグリアスは観念して、従容とラムザの白魔法をその身に受けていた。 口では痛くないと訴えていても、顔には苦悶の 表情がありありと浮かんでおり、額には汗が滲んでいる。 無理な荒治療は、それ相応の負担を患者の体にかける。 ラムザの白魔法によって、アグリアスの心臓の痛んだ箇所や 壊れた組織は着々と修復されているはずだが、 鍛えようのない体内で起きる、急激な臓器の復元は、 大きな苦痛を伴なってアグリアスを責めさいなんでいるはずである。 本来ならば、麻酔が必要なほどの規模の治療を、 アグリアスは持ち前の精神力をもってして、歯を食いしばって耐え抜く。 ラムザは、右手でアグリアスの心臓を治療しつつ、同時に左手で 別の回復魔術をアグリアスに施す。 暗殺者たちとの戦闘や出血で、極度に疲弊し、 衰弱している彼女の体力を回復させるためである。 全身を包む暖かな光に、アグリアスの表情がほんの少しだが 和らいだ。 治療に伴なう痛みの峠も越したようで、少しずつアグリアスの 表情は安らかなものとなり、体調も快方に向かいつつあった。 「アグリアスさんをここまで追い詰めるなんて、 あの2人も大したものですね」 「ああ…強かったな。何度も…死ぬかと思ったよ…」 虚ろな眼差しで彼方を遠望するアグリアスの脳裏に、 先ほどまで身を投じていた死闘の記憶が蘇る。 手に残る、暗殺者たちを殺した嫌な感覚。 慣れたものだが、人を殺した後の、形容しがたい 不快な感情が、かすかにアグリアスの心を煙っていた。 『わたしも、ここで君と降りることにする』 セリアは、死ぬ前に、確かにそう言った。 妙に澄んだ、無垢で、少女のような声だった。 全てを受け入れて、死を、在るべきものとして迎えていた。 恐らくあれは、自分の隣に、常に自身の死を置いて生きてきた人間。 自分の命を失うことも、他人の命を奪うことも等価とし、 自分の死と、多くの死に埋もれて生きていたのだろう。 そんな、血と闇にまみれた拷問のような人生を、自分から降りた。 先に逝った、仲間と一緒に。 アグリアスが、終わらせた。 「…なあラムザ。…お前、この戦いの中で… 死にたいって…思ったことってあるか…?」 「何ですか。やぶからぼうに…」 「…別に…。何となく、聞いてみただけだ」 「昔はしょっちゅう思ってましたよ。 今でも、たまに死にたくなります」 「…酷いリーダーもいたものだな。 皆の前で言うなよ。引っぱたかれるぞ」 「あはは。他言はしないようにお願いしますよ。 僕達の旅は、死に呪われた旅です。 歩いてきた道にも、これから進んでいく道にも、 仲間と敵の屍がたくさんたくさん転がっているような… そんな旅なんです。 そんな呪いの旅を長く続けているんだから、 そりゃ死にたくもなりますよ」 「…そうだな。辛い旅と、戦いの毎日だ」 「人の命を奪って、仲間の命を使って、先に進んでいく。 自分は正義なのか、それとも悪なのか、分からなくなって 何度も悩みました。今でも、はっきりとした答えは出ていません」 子どものような幼さを残した童顔のラムザは、 無邪気に笑って淡々と話した。 アグリアスは、ラムザとは目を合わさずに、ぼうと、遠くを見ていた。 「怪物の攻撃をもろに食らって、もう動けないくらいに ボロボロにされた時も、地面に這いつくばりながら よく思いましたよ。 もういい。ここで死のう。 ここで降りてしまおう、って」 「………」 「でもね、そんな時に必ずみんなの顔が頭に 浮かぶんですよ。 僕の隣を一緒に歩いてくれる、みんなの顔が。 そして思うんです。 もう少しだけ、頑張ってみようって。 だから、僕がこうして生きて、ここまで やってこれたのは、本当にみんなのおかげなんです」 「そうか」 アグリアスは、すっと瞼を下ろした。 目を閉じれば、瞼の裏の暗闇に、これまでの道程が鮮やかに蘇る。 多くの敵をその手で屠り、命を奪い、返り血に染まる日々。 そんな中で、突然、永遠に去っていく仲間達。 血塗られた、呪いの旅だ。人々と世界を救うためとはいえ、 降りてしまいたくなるような、過酷で非情な旅路。 だがそこには、信じられるものがあった。 己の命を賭しても惜しくない、情熱があった。 信じて身を預けられる、仲間の姿があった。 「…私も…もう少しだけ、頑張ってみようかな」 ほんのりと紅い顔で、照れくさそうにアグリアスは呟いた。 「殺し屋2人を抑えておいてくれなければ、僕はたちまち 死んでいるところでした。 頼りにしてるんですからね。アグリアスさん」 子どものように朗らかに笑うラムザに、アグリアスは 不覚にも漏らしてしまった己の台詞にいたたまれなくなり、 恥ずかしさが急にこみ上げた。 「そ…そういうお前は頼りないな…!隊の長だっていうのに…! 私が死に掛かってまで取り巻きの2人を仕留めたのに、 お前ときたら、銀髪一人も倒せずに!」 ラムザの正視に耐えられず、頬を紅く染めたアグリアスは、 目を閉じて、プイとあさっての方向に顔を向ける。 「あははー…。それを言われると面目次第もありません」 ラムザは笑いながら困ったような顔をして、ポリポリと頭を掻く。 ラムザは決して弱いわけではない。戦闘能力は、 隊の中でもトップクラスに位置する。 レーゼの、聖竜の血族故に常軌を逸した身体能力や、オルランドゥの、 何人の追随も許さない至高の剣技のような、目立った派手さは持たないものの、 剣の腕は一流で、魔法も黒白問わずにかなりの高位まで扱える、 近距離・遠距離の戦闘をそつなくこなす万能型の戦士である。 そんなラムザが苦戦し、ついに打倒に至らなかったのは、 敵のエルムドアが、ラムザに勝るとも劣らない凄腕の剣客だったからである。 超重量級の長物を自在に駆使し、巨大な刃圏で ラムザを追い詰めたエルムドアは、付け入る隙をほとんど見せない かなりの手錬であった。異常な膂力によって振るわれる長物の 威力は、剣で完全にガードしたラムザを体ごと後方に弾き飛ばすほどである。 それに加えて、エルムドアが、厄介な難敵だった理由は、 ラムザと交戦中の只中に、次々と何も無い空間から刀を 召喚しては武器として扱っていたことにあった。 そのような刀は、侍が一般に扱う片刃の刀と変わらないもので、 エルムドアが最初に手にした異様な長物とは較べるべくもない 変哲のないものであったが、エルムドアはそのような侍刀を 宙空から取り出して左手に納めては、刀に宿る魂を引き出し、 ラムザを剣の間合いの遥か外から攻め立てた。 標的の肉体を直接破壊する、衝撃波に似たものや、 動きを呪縛する、死者の怨念を刀から放出し、 ラムザの間合いの遥か外から、次々と射出する。 刀に宿る魂が尽きて、刀身が崩壊すれば、 新たな刀を宙空から召喚し、即座にそれに持ち替える。 財に飽かせた刀の物量攻撃に加えて、 エルムドアが右手に携えた超長物は、常識では考えられない 剣の間合いを実現し、ラムザの攻撃を寄せ付けない。 エルムドアの懐に飛び込み、ラムザが決定打を叩き込めなかったのは それ相応の理由があった。 「アグリアスさん。胸の治療が終わりましたよ。 応急処置的なものですけれど、 とりあえずはこれで安心です」 「ああ。すまないな。おかげでずいぶん楽になった」 死人同然だった、雪のように白い肌は鮮やかな血色を 取り戻し、顔色は健康な人のそれと遜色がないほど、 ほのかな桜色を取り戻す。 ラムザの施した集中治療が功を奏し、壊れかけだった アグリアスの心臓が修復され、力強く脈を打っている証だった。 ラムザはそのまま、優しく右手をアグリアスの頬に添える。 「わっ! な、なんだ? 何をするつもりだ…!?」 「頬の斬り傷の治療ですよ。早目に治癒させないと 傷痕が残ります」 「あ、ああ…。そういえば顔も斬られたんだったな…」 胸の激痛や、半壊した右手の激痛にまぎれて忘れていたが、 アグリアスの頬には痛々しい斬り傷が刻まれていた。 やすやすと斬り殺せるはずのアグリアスを、あえて生かして、 こんな傷を残して死んだセリアの真意は、よく分からない。 もともとあの2人に関しては、不明な点が多すぎる。 闇に喰われた心は、今際のきわにほんの少しだけ、 人間らしい温かみを取り戻したようではあるが、 何を思ってこんなことをして逝ったのかは、今となっては知る術もない。 ラムザの手から、春の日差しのような、心地よい暖かさを伴なって、 白魔法が施される。 アグリアスは、頬に添えられた手から伝わるぬくもりを 感じながら、従容としてラムザの治療を受けていた。 「知っているとは思いますが、白魔法で傷口を 治療しても、ほんのわずかですが、跡が残ります。 完全に元通りとはいきません。 残念なことですが、受け入れてください」 「…お前が気にすることじゃない。 元々命を張って、この戦いに臨んでいるんだ。 どこに、どんな傷が残ろうと、大した問題じゃない」 「はあ。さすがです。アグリアスさん」 「…何だ。さすがって。私は、これでもれっきとした女だぞ…」 「じょ、冗談ですよ!本気にとらないで下さいよー」 どこまでも澄んだ碧眼に、静かな怒りを灯すアグリアスの 眼光に、ラムザはたじろいで困り顔の笑みを浮かべる。 心臓の損傷に較べて遥かに浅い頬の傷は、 ほんのわずかな時間で治療が終わった。 アグリアスの頬には、よくよく目を凝らさなければ気づかない 程度のかすかな傷痕が残っている。 このかすかな傷痕が、アグリアスが今日身を投じた 死闘の名残であり、儚く散っていった2人の殺し屋が、 確かにこの世に生きていたという証となる。 脳裏に焼きついた、セリアの最後の優しい笑顔を 思い出しながら、甘んじてこの傷を受け入れようと、 アグリアスは思っていた。 「右手の治療に移りますが、指が三本、完全に折れています。 治療しても、しばらくは剣を握れないでしょう。 胸の傷の本格的な手当もありますから、 アグリアスさんには傷が完治するまで、静養してもらいます。 それまで、しばらくの間戦いはお休みですよ」 「…仕方ないだろうな。皆の足は引っ張りたくない。 そうさせてもらうよ」 「傷の本格的な手当は…ルナにやってもらいましょう…。 …ルナは…まぁ…その…ちょっとアレな感じですが、 腕は確かですよ」 「……あいつの世話になるのか…」 医学と白魔法の知識の探求を至上の喜びとし、 人の不幸は蜜の味を地で行く少女、ルナ。 煌びやかな銀髪と、冷たい色の碧眼を備え、 純白の法衣を身にまとう、外見だけは天使のような白魔法使い。 ただしその心は、限りなくどす黒い。 陰で残虐非道な人体実験を嬉々として行っている、といった 黒い噂の絶えない、ラムザの隊筆頭の問題児である。 ただし、医者としての腕前は超一流。 "白い悪魔"の通り名で恐れられるルナの治療を 受けるというのは、アグリアスをして恐怖に陥れるほどである。 ラムザはアグリアスの右手にそっと手を添えた。 刺激しないように、極力優しく触れたつもりであっても、 アグリアリスは苦痛の表情を浮かべる。 本来の、しなやかな女性らしい指を備えた アグリアスの右手は、見るも無残な有様になっていた。 「ふふ…。酷いものだ。ボロボロだな。醜いだろう」 自嘲の笑みを薄く浮かべ、ぼうとした様子で右手を見やる アグリアス。事実、指はあらぬ方向に折れて、爪ははがれかかり、 血に塗れた酷い怪我であり、気の弱い者が見れば卒倒する かもしれないような右手であった。 白く、可憐なアグリアスの左手と較べれば、なるほど 今の右手は彼女の言うとおり、醜いのかもしれない。 「いいえ。勇敢に強敵と戦った、勇者の勲章ですよ」 ラムザは微笑みを浮かべながら、回復魔法を施す。 暖かな光に包まれて、アグリアスの右手は少しずつ修復されていく。 心臓を治療した時と同じように、右手の治療は大きな痛みを伴なった。 そんな激痛の程をまるでうかがわせずに、アグリアスは 静かに瞼を下ろし、従容としてでラムザの治療を受けていた。 ラムザの言葉が、アグリアスの心を優しく満たしていた。 温かなラムザの台詞が、アグリアスが今日、歯を食いしばって 命を賭けたことの報いとなる。 部屋の中には、つい先ほどまで繰り広げられていた 死闘激闘の爪痕が刻み込まれ、床や壁には至る場所に 斬撃や爆撃の跡が残されている。 人々の常識の埒外にある、いわば異界の部屋に残されたのは、 一組の男女。2人はただ静かに、そこに居た。 声一つ無い、静寂に包まれた空間。 壁に背を預け、女騎士は緩やかに傷ついた手を差し出して、 男の騎士はそれを恭しく手にとり、無言で慈しみ、そして静かに癒す。 それはまるで、何物にも屈しない、凛とした王女と、その御前にかしずき、 主の手をとって、忠誠を誓う騎士の姿を表しているかのよう。 命と身を捧げたはずの主ラムザに、逆に仕えられているかのような この格好は滑稽であり、アグリアスは可笑しくなって内心で苦笑する。 やわらかく瞼を下ろし、その身を眼前の主に委ねるアグリアスは、 陽だまりの中に静かに座り、陽の光とその暖かさを、 その身にゆったりと受けているような、穏やかで、満たされた顔をしていた。 「アグリアスさん。手の治療が済みましたよ」 「うん。ご苦労だったな。中々心地よい時間だったぞ」 いかめしい顔をして、おごそかにそうラムザを労ったアグリアスは、 かんばせこそ麗しい女性のそれでありながらも、持ち前の凛とした 雰囲気も相まって、案外貫禄のある気配をかもし出す。 偉そうな様子のアグリアスに、ラムザは思わず吹き出して、 ことさら恭しく礼をする。 「お気に召して頂けたのなら、光栄でございます。 我が姫君、アグリアス様」 アグリアスは笑う。 高嶺にひっそりと咲き誇る、凛とした花のような印象を 他人に抱かせる、常に毅然としたその顔を、今この瞬間にだけ ほころばせ、無垢な少女のように、ころころと笑った。 彼女の顔を彩る、爛漫とした笑顔。 白銀の季節、冬の寒気のくさびから解き放たれ、 命の息吹を唄い、春の野に咲き乱れる、一面の花々。 そんな情景を思い起こさせるような、華やかな笑顔だった。 2人が微笑む合う中、部屋の入り口からようやく、 オルランドゥ、レーゼ、ベイオウーフの3人が駆けつける。 3人とも、目立った外傷もなく、無事なようだった。 「…おい」 「…はい?」 「いつまで私の手を握っているつもりだ。 馴れ馴れしいぞ」 そう言ってアグリアスは、ラムザと結んだ手をすげなく 振りほどき、まだ痛みが残る右手を強引に左手の二の腕に乗せ、 胸の前で腕を組み、プイとあさっての方向に顔を向ける。 当人にもよく分からない気恥ずかしさで、アグリアスの頬は ほんのりと桜色に染まっていた。 走り寄る3人の仲間を、アグリアスは静かに見つめて、 やわらかく微笑んだ。 fin
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/47.html
「それじゃあ隊長ぉ、あとはお願いしますね~」 そう言い残すと、アリシアは奇妙な笑みを浮かべ千鳥足で自分の部屋に戻る。 「あ!無防備だからって変なことしちゃダメですからねぇ、あははは~」 ラヴィアンもワインのボトルを抱えながら上機嫌でアリシアの後を追う。 2人の後ろ姿を溜め息で見送ると、ラムザは階段を降り酒場へ向かった。 店を閉めることができずにいた困惑顔のマスターに頭を下げると、 マスターは少し安堵の表情を見せ、テーブルに突っ伏している最後の客に目をやる。 「だいぶ飲んでたようだからねぇ」 ラムザは申し訳なさそうに再び頭を下げる。 その横で、まるで無関係を装うかのように、安らかに寝息を立てるアグリアス。 再び溜め息が出そうになるのを堪えてやさしく声を掛けるラムザ。 数刻前のことである。 ラヴィアンとアリシアに誘われ酒場に来たアグリアス 「騎士たるもの泥酔し醜態を晒すなど…」と、 普段は嗜む程度しか酒を飲まないはずのアグリアスだが、 酔った上司を一目みたいという、2人の部下の屈折した好奇心に圧倒された。 「一口ぐらいなら、いいだろう」 そう言うアグリアスのグラスに絶え間なくワインを注ぎ続ける2人。 いつしか酒場は、たがの外れたアグリアスの説教部屋と化し、 まもなくオヴェリア教の聖地となり、やがてラヴィアンとアリシアの恋愛道場となった。 ようやく酒場が静けさを取り戻したのは、話題がアグリアスの恋愛に及んだ時だった。 「ラムザ隊長のことどう思ってるんですかぁ?」 「隊長を見る時の目が恋する乙女って感じですからねぇ、うふふ」 ラヴィアンとアリシアが唐突に核心を突いてくる。 むしろ2人が上司を泥酔させたのは、この答えを聞くためと言っても過言ではない。 しかし、当のアグリアス自身もその答えを見出せずにいた。 彼女がラムザに特別な感情を寄せるようになったのはライオネル城での一件からだ。 ドラクロワ枢機卿の本性に気付き城を脱出したアグリアスは、 強風とともに打ち付ける冷たい雨に晒されながら必死で逃げた。 あの時、寒さと疲労で感覚の無い手足を動かしながら彼女の心はラムザを求めていた。 ラムザの屈託のない笑顔、信念を貫き通そうとする眼差し。 裏切りと欺瞞で溢れた世界でも、それだけは信じることができた。 たとえ宇宙の法則が乱れ、カオスを越えて終末が近づこうとも、 不変であり続ける確かな思い…。 「ああん!黙ってちゃわかんないですよぉ~」 「はっきりさせちゃいましょうよ、ね?」 酩酊した2人の声で現実に引き戻される。 アグリアスはだいぶ酔いが覚めてきたようで、先刻までの喧騒も嘘のように感じられる。 「もちろん大事な仲間だが、それ以外の感情はない」 時候の挨拶のように定型化した返答で受け流した。 その答えに不満気な表情を見せるラヴィアンとアリシアを放って置いて、 アグリアスは再び思いを巡らす。 ラムザはどのような女性が好みなのだろう? 明朗快活な女性なのだろうか?それとも可憐で慎ましい女性か? 少なくとも不器用で無骨な女性ではないことは確かだろうな。 そう思うとアグリアスは自嘲気味に笑い、考えるのを止めた。 ラムザには自分なんかよりも相応しい女性がいるはず。 結論に辿り着いたところで睡魔がアグリアスを襲う。 ほとんど意識のないアグリアスの腕を自分の首の後ろに廻し体を支えると、 ラムザは今一度マスターに頭を下げながら階段を上った。 途中で誰かに見られるならば誤解を招くと思い、妙な緊張感でアグリアスの部屋に向う。 幸い誰にも合わずに部屋の前に着き、アグリアスに声を掛けるが応答はない。 アグリアスと2人きりになることも久しくなかったせいか、 ラムザも幾分気分が高揚している。 ドアノブを廻して扉を開けると、ほのかに香るシャンタ-ジュの匂い。 女性特有の甘く切ない香りに戸惑いながらも、 部屋の奥にあるベッドにアグリアスを寝かせ毛布を掛ける。 「っん?うぅん」 ラムザが毛布を掛けると寝返りとともに甘美な声が漏れた。 アグリアスは祈りを捧げる修道女のように顔の前で手を組み、両目を閉じている。 彼女の柔肌は、沈む夕日が無音の雪原を染め上げるかのごとく彩り、 口唇は、春の訪れを告げる花のように鮮やかに映える。 窓から注ぐ月の光が悪戯に彼女を包むと、体の起伏に淫らなアクセントをつけた。 純粋無垢な表情と妖艶な体は、危ういところで均衡を保ち、 それは繊細で壊れそうな彼女の心そのものを思わせた。 ラムザは無意識のうちにアグリアスの艶やかな口唇に吸い込まれる。 既に寝込みを襲うという背徳感は、ラムザの理性を引き止めるどころか、 欲情を増進させる要因のひとつとなっている。 結局、理性と欲望の壮絶なせめぎ合いに決着を付けたのは、 アグリアスの首筋から香る甘い誘惑のシャンタージュだった。 シャンタージュは鼻腔を抜け、いくつかの脳内物質に形を変えると、 的確に思考を狂わせる波長を出し正常な判断を困難にさせた。 ラムザの脳は大義名分を得た将軍のように、 自己の正当性を高らかに主張し、全軍に突撃の号令を出す。 口唇と口唇の間は、互いの吐息がかかるかどうかの距離にまで達し、 床にだらしなく伸びた二つの影がもう完全に一つのものになりかける。 その時、アグリアスの大きな瞳がラムザの円らな瞳を捉えた。
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/24.html
朝になって貿易都市ドーターに到着した異端者一行は連日の強行軍に疲れ果てていた。 貸し切った小さな安宿に入るなり殆どの者が食事も採らずにベッドに倒れ伏し、そのまま夢も見ない程の深い眠りに落ちていく有様。 起きているのはラムザとラッド、アグリアスの三人だけになってしまっていた。 しかし、スケジュールの都合上、ドーターに居られるのは明日の早朝まで。 隊の長たるラムザは、今日中に物資の補給やら何やらといった雑事を片付けておかなくてはならない。 「遅くても昼までには戻ります」 そう言ってアグリアスに留守を頼むと、ラムザはラッドを伴って街の中心部の市場へ買出しに出かけて行った。 アグリアスが宿の小さなロビーに置いてあるソファーで目を覚ました時、壁にかけられた古めかしい時計は午後一時を指していた。 しまった、いつの間に眠ってしまったのだろう。 ラムザは寝ていて下さいと言ってはいたが、何せ今の自分達は異端者として終われる身、留守中にも何が起こるか分からない。 疲れが溜まっていたとはいえ、留守を任されていた自分がついウトウトしている内に眠ってしまっていたなどとは不甲斐無い。 頬から口元にかけて冷たいものを感じて手をやると、よだれが垂れていたので慌てて口を拭った。 まったくもって情けない…… こんな姿を誰かに見られでもしようものなら そこまで思ってふと気がつく。ラムザとラッドはまだ帰って来ていないのだろうか? ラムザとラッド、そしてムスタディオに割り当てられていた部屋のドアをそっと開けると、ムスタディオ一人がうつ伏せになって寝息を立てていた。 ラムザによだれを垂らした自分の寝姿を見られていた可能性が消えた事に胸を撫で下ろすアグリアス。 その一方で急に目が醒めていくのを感じる。遅くても昼までには戻ると言ったラムザ。 何かがあったと見るべきか。それともまた道に迷いでもしたか。 ドーターの市場にはまるで迷路の様に複雑な部分があり、以前も買出しに行ったメンバーの帰りが遅くなった事があった。 ラムザも過去に何度か市場で迷った為に、そうした部分には入り込まない様に気を付けている筈なのだが…… アグリアスはラヴィアンとアリシアとを乱暴に叩き起こすと、寝ぼけ眼の二人に事情を説明して留守を任せた。 他の面々も起こそうと思ったのだが、皆死んだ様に眠っていたので起こすのは気が引けて止めた。 ラヴィアンとアリシアが起きていれば、それでいいだろう。 多分、途中で彼らに会って引き返して来る事になるだろうと思うのだが、万が一という事もある。 まだ少しぼんやりとしている二人に警戒する様に言いおいて、アグリアスは愛剣をつかんで街の中心部へ向かった。 街の中心部は区画整理があまり進んでおらず、諸々の商品を扱う店が軒を連ねて混沌としており、 むしろ中心部から離れれば離れるほど整然としている感がある。 宿からここまでは一本道。彼らに会わなかったという事は、おそらく二人ともまだこの混沌の中にいるのだろう。 アグリアスは周りを見回しながらゆっくりと雑踏の中に足を踏み入れた。 一時間も歩き続けた頃だろうか。焦りと苛立ち、その背後に去来する薄暗い暗雲の様な不安が心中で膨らんでいく。 額に汗をにじませたアグリアスがキョロキョロと落ち着かない様子で首をめぐらせていると、 見渡す限りの人の頭の波の上、アグリアスの視界の隅に特徴ある癖毛がとらえられた。ラッドがいつも被っている帽子も。 ……二人とも無事で良かった。やはり迷っていたという事か。もう買い物は終わったのだろうか。まったく世話の焼ける…… 人の波をかき分ける様にしてラムザと思しき癖毛の見えた辺りに歩を進める。 しかし、アグリアスは急に立ち止まった。そこにいたのはラムザとラッドだけでは無かったのだ。 アグリアスは近くの露天商のテントの影まで下がり、そっと様子を伺う事にした。 雑踏の端、半ば朽ちた石垣にもたれかかっているラムザとラッド……そして見知らぬ女が談笑していた。 女はアグリアスと同じか少し上くらいの歳であろうか。飾り気の無い濃紺のワンピースに絹のショールを羽織っており、 商家の若女将然とした印象を受けたが、その顔立ちと雰囲気は妙に艶っぽく、どことなく周囲からは浮いていた。 アグリアスは何か見てはいけないものを見てしまった様な気がして、ますます出て行き辛くなってしまった。 しばらく見ている内にラッドがおもむろにラムザと女に手を振って踵を返し、雑踏の中に消えていく。 女はにこやかに手を振り返してラッドを見送った。ラムザもそれに倣う。 ラッドの姿が見えなくなると、二人は再び向かい合って何事かを話し始めた。終始笑顔の絶えない、随分と楽しい会話をしている様だ。 アグリアスの胸中に怒りとも罪悪感ともつかない複雑な感情の波が渦を巻き始めたが、その一方で不安が頭をもたげる。 あの女は一体誰? あの女と話し込んでいた為に遅くなっていたというのかッ。人が心配して来てみれば何という…… 「おい」 突然背後から声をかけられてアグリアスの心臓は胸の内側に当たったのではないかと感じる程飛び上がった。 恐る恐る振り返ってみれば、荷物袋を背負ったラッドが呆れた顔でアグリアスを見返していた。 「な、なんだラッド、ビックリするじゃないか」 「ビックリしたのはこっちだ。なんかこっち見てる怪しい奴がいると思ってコッソリ後ろに回ってみりゃ、一体何やってんだよ」 「え、いや、その、お前達の帰りが遅いから心配して見に来たら……」 ラッドが頭をかいて苦笑いする。 「ああ、そうか。思ったよりだいぶ時間が経ってたのか。済まなかった。そんなに時間が経ってるとは思わなかったよ。 ところで、迎えに来たのはいいけど何でコソコソ影から俺達を見てたんだ。ラムザは気付いてなかったけど、バレバレだったぜ」 「あ、いや…… 見知らぬ御婦人とい、一緒だったものだから、その…… 」 アグリアスはなるべく平静を装って喋ろうとしていたが、その努力は徒労に終わっていた。我ながらしどろもどろだ。 察しの良いラッドは笑いを噛み殺しながら、どう切り出したものかを考え始めた。 「……あの女が誰か気になったんだな? 」 「別に。えっとそれよりも早く宿に戻らないと! ラムザも呼んで…… 」 顔を紅潮させてたどたどしく言葉を紡ぐアグリアスを手で制して、ラッドは語気を強めてもう一度言った。 「あの女が誰なのか気になるんだろう? 」 「あぐ…… 」 「でなきゃ隠れてコソコソ様子を伺ったりはしないもんな」 余裕たっぷりに言い放つラッドを見て、アグリアスは観念した。うつむいて静かにコクン、とうなづく。 ラッドはわざとらしく長い咳払いなどをしてアグリアスを少し焦らしてから口を開いた。 「アグリアスにも分かり易い様に結論から言おう」 アグリアスは妙に含みのあるその言葉にカチンと来たが、おとなしく言葉の続きを待った。 「あれはラムザの初体験の相手だ」 初体験の相手、という言葉がアグリアスの中で意味を成すまで数秒か、十数秒か、とにかく少し時間がかかった。 「……ほら、丁度そこの雑貨屋で偶然バッタリ会ったんだ。二年ぶりくらいになるのかなあ、つい話が弾んじゃってさ」 「二年、前……」 「そう、俺とラムザがガフガリオンの元で傭兵をしていた頃さ。ラムザは確か十八くらいだったかな。 俺達はその時、ウォージリスで成金織物商の屋敷の警護の仕事を請け負っていたんだ。 ある晩、酒の席でラムザがまだ女を知らないってのを俺がからかってたら、それを聞いたガフガリオンが 俺様の部下なら女ぐらい知っておかンとな!とか言い始めて、そのままみんなで娼館へ行ったんだ」 ガフガリオンは馴染みの娼館へ着くと、ラムザにエルザという名の女をあてがった。 ガフガリオンいわく「ここで一番の女」とかで、「本当は俺が抱きたいンだが、今晩は譲ってやらンとな!」と言いつつ 自分は新顔の若い娘と小部屋に消えて行った。ラッドも好みの娘を選んで小部屋へ向かう。 部屋に入る前にチラリとラムザの方を見やると、あてがわれた女に手を引かれて小部屋へ連れ込まれる所だった。 「エルザは確かラムザよりも五ツか六ツくらい年上だったのかな、ラムザはそれはもう丹念に筆おろしされたらしいよ。 やたらと“可愛い~”とか言われててさ。女顔で童顔の奴は得だよなー。 まあそれはともかく、あのエルザって女は商売上の接客態度っていう以上に、気立てがよくって優しい所のある女だったよ。 ラムザは初めての女があれで本当に良かったんじゃないかな」 昼間から往来で不謹慎な、と思いつつもアグリアスは何故か妙にドキドキしながらラッドの卑猥な思い出話に耳を傾けた。 「ラムザはそれからも何度かその娼館に行ってはエルザを指名していたらしい。 エルザが休みだったり別の客を取ってたりした時には、他の女の子を選ぶでもなくションボリして帰って来た。 何とも純情な話じゃないか? 実るでも無いだろうに、娼婦に恋煩いだ。 それからしばらくして当時の雇い主だった成金が熱病で急死したもんだから仕事が突然無くなった。 それで俺達はすぐに次の仕事を探して別の街へ移動する事になった。その娼館とも、エルザともそれっきり。 顔には出さなかったけど、あの時のラムザは落ち込んでいたな。どこまで純な奴だ、って思ったけど」 アグリアスは複雑な気分だった。 ラムザとあの女の過去を想像すると嫉妬を伴った不快を覚えるが、初めての相手に純な入れ込みを見せるラムザの 健気さは我が事の様に嬉しくもなった。その健気さをこちらに向けろ! と言いたくなる。 「そのエルザにこんな所でバッタリ出くわしたもんだから、俺達ビックリしちゃってさ。 エルザがラムザの事を覚えてて、声をかけて来たんだ。あの癖毛はやっぱり、って……あ」 ラッドがアグリアスの肩越しを凝視して急に固まったので、つられてその視線を追ってみると 「……あああッ!? 」 女がラムザ覆いかぶさる様にしてキスをしていた。ラムザは驚いて目を見開き、体を強張らせている。 が、徐々にラムザの体が弛緩して目がトロンとしていく様をアグリアスはハッキリと見た。 その間十秒くらいだったろうか。女は体を離すと、何事も無かったかの様に笑顔でラムザに小さく手を振り、雑踏の中に消えた。 ラムザは放心して、ぼんやりと手を振り返すので精一杯の様子だ。耳まで真っ赤になっているのがここからでも見てとれる。 ラムザはおずおずと口に手をやり、女の去って行った方向を呆けた顔で見ていたが、急に我にかえったのか不意に辺りを見回した。 そして一瞬視線が交差し、目が合う。 「ええっ!? アグリアスさん…!? 」 「あ、ああ……」 ラッドがチッと舌打ちする。もしかするとちょっと面倒な事になりそうだ。こういう場合は早目に退散するに限る。 「じゃ、俺、先に帰るわ。後は二人でお話してね」 そう言ってラッドはそそくさと人ごみに紛れて姿を消したが、アグリアスの耳には届いていなかった。 ラムザがモジモジしながら一歩一歩アグリアスに近づいて来る。アグリアスはそれを正視出来ずに目を逸らした。 「……今の……見てたんですか? 」 アグリアスの前に立ったラムザが小さな声で問うてくる。アグリアスは少し逡巡した上で正直に言った。 「……うん。ちょっと前から。それにラッドが来て、あの、色々言ってきて……」 色々、の内容を具体的に口にして言う事も出来ず、アグリアスは言葉を濁した。 「じゃあ、あの人が誰なのかも……その、知ってるんですね? 」 ラムザが上目使いでアグリアスを見た。しかし、アグリアスはまだラムザに目を合わせる事が出来ない。 黙ってうなづくアグリアスを見て、ラムザはポツリポツリと話し始めた。 二年ぶりの再会は、やはり全くの偶然だったらしい。ラムザの特徴ある癖毛を女は、エルザは忘れてはいなかったのだ。 エルザはラムザ達がウォージリスを去った後に結婚してドーターに引っ越しており、既に子供が一人いるという。 当時のラムザの純情ぶりをからかうラッドを交えて、思い出話が弾んでしまい(この時、アグリアスのこめかみがヒクついたのを、ラムザは見逃さなかった) ついつい遅くなってしまったと、申し訳無さそうにラムザは謝った。 「……最後の、アレは何だ。その、再会の約束でもしたか」 ラムザの話を静かに聞いていたアグリアスが、この時になってようやくラムザの目を見て言葉を発した。 自分でも声のトーンが沈んでいるのが分かる。別にラムザの恋人でも妻でもないのに、私は、こんな…… 「いえ、その逆です。多分もう会う事は無いから、って、いきなり」 そう言ったラムザの声はむしろ明るさを帯びてきていた。 ラムザはガフガリオンの言葉を思い出す。“この女はここで一番の女だ” 今ならそれが分かる様な気がした。 その女を自分の始めての相手としてあてがってくれたガフガリオンの、いわば親心にも似たその気持ちも。 「あんなにヒョロっとした頼りない感じのコだったのに、ちゃんと生き延びて、すっかりオトコの顔になっちゃって……」 エルザはそういうと突然ラムザを抱きしめて濃厚なキスをし、そして別れ際にじゃあね、と一言だけ残して行ってしまった。 彼女の言葉通り、もう僕らが会う事は無い。偶然再び出会って、少しだけ立ち止まり、またそれぞれの流れの中に戻ったのだと思う。 「本当に、それだけですよ。僕はもうそんな子供じゃないですから」 そういったラムザの顔は、どことなく急に大人びてアグリアスの目に映った。アグリアスの胸の奥で、キュウっと何かが絞られる様な感触があった。 「心配かけてしまって本当にごめんなさい。ラッドは……先に戻って寝たのかな。僕らも戻らないと。アグリアスさん、ちゃんと眠れてました? 」 「え? あ、ああ」 ちゃんとどころか、よだれまで垂らして眠りこけていた事を思い出してアグリアスは赤くなった。 行きましょう、と言って荷物の詰まった皮袋を背負い上げると、ラムザは市場に背を向けて歩き始めた。 アグリアスはしばらくの間、何かを確かめる様に市場にひしめく人の波を見渡していたが、やがて踵を返し、ラムザのもとへ走って行った。 (完)
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/72.html
アグリアス 「豊作だな。くくくくく……抜くときに傷物にしては台無しだ。慎重に慎重に……」 ズブッ…… アグリアス 「素晴らしい出来だ。 脱脂綿に種を埋め込んで、水と日光を絶やさない。 育てるだけなら誰にでもできる。 しかし、わたしは品種改良と生育環境の研究を重ね、ついにここまでのものを栽培するに至ったのだ。 この艶、適度な弾力、手に馴染む心地よい質感、反りは美しいカーブを描いて天使の止まり木を思わせる。 これだ。ついに完成したぞ! これぞ究極のアホ毛だ! おっと、いつまでも手に持っていては傷んでしまう。 観賞用の台に載せて、と……うっとり……」 ラムザ 「アグリアスさん」 アグリアス 「ふふっ。眺めているだけで声が聞こえてくるとは、我ながらどうかしてる…………おわっ! ラムザ! いつからそこに!」 ラムザ 「さっきから呼んでたんですけど。あれ? 今なにか隠しました? バナナ?」 アグリアス 「なんでもない! なんでもないのだ!」 ラムザ 「そんなに慌てなくても……すいません。詮索する気はなかったのですが」 アグリアス 「いや、その、そう謝られると困ってしまう。すまんが出直してくれないか。少々立て込んでいてな。」 ラムザ 「じゃあ、またあとで」 アグリアス 「ふう。とりあえず危機は脱したようだ。 しかし本物を目の当たりにすると、やはり細かい粗が目についてしまう。まだまだ研究の余地があるということだな。 アホ毛の道は奥が深い……」 あとがき 「わたしとしたことが取り乱してしまった。変な誤解をされてなければいいのだが」 「アグリアスさん慌ててたなあ。 はっ! ひょっとしてあれはバナナ型大人の○もちゃ!?」 とラムザがあらぬ誤解を抱くオチも考えたが、品がないようなのでボツにした
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/41.html
ふう、とアグリアスがため息をつく。 ――私としたことが…。 憂鬱そうに頭を抱えてテーブルに肘をつくアグリアスは、昼間の出来事を反芻していた。 相手の陰陽士に混乱させられ、あろうことかラムザに深手を負わせてしまった。 正気を取り戻したときに見たものは、自分の剣で傷ついた、左腕を押さえるラムザの姿。 「くそっ」 抑えたつもりだったのだが、意志に反して言葉が声に出てしまう。 苛立ちを抑えられないアグリアスに、誰も声をかけられなかったのは、無理のないことであった。 そんなアグリアスの背後に近づく、一人の女性。 「だーれだ?」 彼女はそんなアグリアスの両目を手で隠し、声色を変えて話しかけた。 「…メリアドール」 低く、そしてはっきりした声でアグリアスは答える。そうしてゆっくりと振り向いて、 声の主――メリアドールに向き直った。 「あら、よく私だってわかったわね」 不機嫌そうなアグリアスに、メリアドールはおどけてみせる。 「…嫌味でも言いに来たのか」 「そうね、よく冷静に答えられたわね、って思ったわ」 「…ッ」 癪に障ったのか、アグリアスがメリアドールを一瞥して背を向ける。そんな彼女にメリアドールは 意外だったのか、小首をかしげて見せた。 「頭に血が上ってるみたいだし、掴み掛かって来るんじゃないかと身構えてたんだけど」 「…お前を責めるのは筋が違う」 混乱させられたとはいえ、ラムザに怪我を負わせたのはアグリアスに他ならない。 「でも、自分自身を責め続けても仕方のないことだと思うわ」 「悪いのは私だ」 先刻と同じようにテーブルに伏せながら淡々と答えるアグリアス。 「そういうの、潔いって言うのかも知れないけど…拍子抜けしちゃうわ」 「それを言うなら、私こそもっと罵声を浴びせられるものだと思っていたんだがな」 「悪いけど、私、弱い者いじめはしない主義なの」 「…ふ、そう…だな。私は弱い者だ」 強がりを言う普段とは違う自嘲的なアグリアスに、メリアドールもどうしたらいいか、と、 誰ともなしに肩をすくめている。 「アグリアス。解っているんだろうけど、あなたがそんな風に自棄になっててもしょうがないわ」 「…そうだな。すまない」 素直に謝るアグリアス。言葉ではそう言っていても、彼女の背中は相変わらず重い空気を放っている。 メリアドールも、そんなことはない、とか反論してくると思ったところをまた予想に反した答えが 返ってきたために、次の言葉が思い浮かばない。 そんなアグリアスの背後に近づく新たな人影が、唇に人差し指をたてて、メリアドールに 喋らないよう促している。 そうして、先ほどのメリアドールと同じように、『彼女』はアグリアスの両目を手で隠す。 「だーれだ?」 その声に、アグリアスが覚醒する。 今、伏せっているはずの、ラムザの声。そして両目に当てられた手袋はおそらく、いや、間違いなく ラムザのもの。 「ラ、ラムザ!?」 慌ててアグリアスは後ろを振り向いた。しかし、そこにいたのは…。 「ぶぶーー。私ですよ」 ラムザの手袋をはめたアリシアだった。その後ろではラムザが悪戯っぽい笑みを浮かべている。 見ればラムザの左腕には添え木がされていた。ラヴィアンの魔法で治そうとしたものの、治癒の途中で 魔力が切れたらしく、完治とは行かなかったようなのだ。 「ふぅむ。こんな手に引っかかるとは、やはりアグリアス様は本調子ではないようですねえ」 腕を組んで頬に手を当て考える仕草をするアリシアに、アグリアスは思わず掴み掛かっていた。 「…アリシア! お前はラムザを診ていろと言ったはずだ!」 ものすごい剣幕で詰め寄るアグリアスに、慌ててラムザが口を挟んだ。 「ああアグリアスさん、アリシアを怒らないでください。僕がやろうって言い出したんですから」 「な、ならばなおのこと、お前は大事をとってじっとしているべきだろうが! それとも、 そんな怪我を負わせた、私がそんなに嫌いなのか!」 その言葉に、今度はラムザが口を尖らせる。 「そっ、そんな小さなことでそこまで嫌ったりするつもりはありませんよ!」 「小さいだと! お前は相変わらずお前自身がどれほど大事か理解していない!」 「貴方だってそうじゃないですか!」 そのラムザの一声に、アグリアスが動けなくなる。 「僕のせいでそんなふうに思い詰めているところを見るのはつらいんです」 「だが…私のせいでお前は…」 「いいじゃないですか、命あっての物種です。この腕だって治らないわけじゃないんですから」 そう言って、動きがぎこちない左腕をさするラムザ。 「すまない…」 そうして、アグリアスはまた俯いてしまう。しかし、どこかしら安心したような、そんな 穏やかさも滲ませていた…。 そんな二人のやりとりを尻目に、アリシアが不意に愚痴をこぼし始める。 「それにしても、アグリアス様って現金ですよねー?」 「む?」 「折角メリアドールさんにお願いしてアグリアス様に元気を出してもらおうと思ったのに、 あんまり効果がないんですもん」 「そうね、やっぱり殿方のほうがいいのかしらね?」 同じく二人のやりとりを一部始終眺めていたメリアドールが、さもありなんと言ったふうに うんうんと頷いている。 「なっ…何を言うかお前たち!」 勿論そんな色気づいた話を聞き流せるような余裕はアグリアスにない。 「あ、赤くなった。赤くなってますよね!」 「へーぇ、隅に置けないじゃない?」 「べッ、別にそういった意味はない!」 「そうなんですか? ちょっと残念…」 「あ、いや、そう言うことじゃなくてだな…!?」 慌てて必死になって弁解しているところにラムザに追い打ちをかけられ、なおもアグリアスが 泥沼にのめり込む。 そんなアグリアスの背後に近づく、一人の女性。 「だーれだっ」 もにゅ。 「うーん。なかなか…見た目より大っきいわねえ」 彼女はそんなアグリアスの両目を…ではなく。 「…レーゼ殿…」 「はぁい?」 レーゼはアグリアスの両胸を、しっかり揉んでいたのだった。 「いったい何をしているんですかぁッ!」 「えええ? だって、アグリアスったらむすっとしちゃって、全然可愛くないんですもの。 ちょっとお茶目してみただけじゃない?」 「他人の胸を揉むのがお茶目ではないでしょうッ!!」 「そう? やらない?」 「え? …えーと…」 「一般的では…ないかも…」 いきなりレーゼに話を振られて、戸惑うアリシアとメリアドール。 「ラムザッ! なんだその間抜け面はッ!!」 「えっ? あ、その、すみませんッ!」 そして矛先は惚けていたラムザにも向けられる。そこで思わず謝ってしまうラムザも 人がいいというか気が小さいというか。 「お前たち…揃いも揃って私をなんだと思ってるんだ! そこに直れッ!」 いつの間にか、アグリアスの背中からは重い空気が消え、その代わりに紅蓮の炎が見えている。 「あらあ、もしかして立ち直るのを通り越して怒っちゃった?」 「ちょ、ちょっと、どうすんのよッ」 「わ、私は用がありますのでこれでッ!」 「あっ、ずるいわよアリシア! 私もーッ!」 「ええー! 僕を置いていかないでくださいよーッ!」 「待て貴様らーーーッ!」 * * * 「んむっ」 なにやら騒々しい。 「んむううっ」 なにやら怒鳴ってる声が聞こえる。 「ふむむむむぅ~っ、いったい何が起こってるのぉ~?」 重い両目を無理矢理こじ開け声のする方を確認する。そうして枕を抱えたラヴィアンが、 そのドアを開けてみてみると…。 「レーゼ殿! 貴公は遠慮がなさすぎるッ!」 「はい、ごめんなさい」 「アリシア! お前はラムザを診ていろと言ったな!」 「はい」 アグリアスが数人の前で大声で説教を繰り広げていた。アリシアやらメリアドールやら、年上のレーゼまで アグリアスの前に正座させられている。 「ラムザ! 怪我人は大人しく休め!!」 「はい…」 「メリアドール! お前は空気を読め…お、おお、ラヴィアン。起こしてすまな」 「うるさい」 ゴっ。 ラヴィアンの手にした枕が、枕とは思えない音をたててアグリアスに直撃する。 「きゅう…」 あえなくダウンするアグリアスに一同呆然。 「ん、静かになった」 ラヴィアンが目をこすりながら、 「寝ゆ。おやひゅみ」 と言って、自室に帰っていくのを、ラムザたちは戦々恐々としながら見送っていったのだった。 * * * そして翌朝。 「おはようございます! ラヴィアンさん!」 「おはようございます!」 「昨晩は治療して頂いてありがとうございました!」 レーゼやラムザたちがラヴィアンに頭を下げていた。あのアグリアスでさえも、そうである。 「なあ、なんかあったのか?」 「さあ…?」 男たちは皆不思議そうにそのやりとりを眺めている。 「あの、ラヴィアンさん、なにかしたんですか?」 「…ううん、知らない…っていうか、なんでアグリアス様まで頭を下げてくるんだろう…」 おそるおそるラファがラヴィアンに声をかけるも、本人も昨晩のことは寝ぼけて覚えていないらしく、 やはり不思議そうに、そして皆の行動に戸惑っていた。 ラヴィアンがその真相を知ることはきっとないだろう。そして翌晩からうるさく騒ぎ立てる者が減った 理由もまた、知ることはきっとないだろう…。 ラムザ隊の夜は、どこまでも静かだったそうである………。 おわり
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/98.html
ある朝、食堂に行き、メンバーと挨拶を交わす。 しかし、そこにアグリアスさんの姿がない。アリシアとラヴィアンもだ。 「ムスタディオ、アグリアスさん達は?」 「さぁ、今日はまだ見てないぜ」 「ふ~ん、ラファ。君は知らない?」 「アリシアさんとラヴィアンさんなら今朝、会いましたよ?」 「珍しいなぁ~、あのアグリアスさんが寝坊なんて」 なんて話をしていたら、食堂の入口に二つの影―――ラヴィアンとアリシアだ が、様子が変だ。アリシアはいつも以上にニコニコしている。対してラヴィアンは眉を下げ困った顔をしている。 「二人とも、おはよう」 「おはようございます、ラムザ隊長!!」 「お、おはよう、ございます」 「アグリアスさんは?」 「隊長なら一緒に――」 「アリアシア、私から話すわ。隊長、見て頂きたいモノが…」 「ん?ラヴィアン何抱えてるの?」 「驚かないで下さいね☆」 何が嬉しいのかアリシアは上機嫌だ。 ラヴィアンがゆっくりと抱えているモノを見せた。 「ぉ、おはょぅ…ラムザ」 「ええぇーっ!?」 驚くなと言われても無理である。 なんと抱えられているモノ――いや、者は小さなアグリアスだった―― 「んー、どうしたラムザ?うおぉ!?」 「アグリアスさん!?」 「皆、あんまり大きい声は…」 「おぉぉ!?アグ姉が小さくなってる!!」 「なんと!これは一体…」 「きゃー、かわいい☆アグリアスさんどうしたんですか?」 「でしょでしょ!さっすがラファちゃん~☆」 「もぅ、アリシア!喜んでる場合じゃ――」 「あぁ、もぅ、うるさーい!!」 ――驚嘆と好奇の的にさらされる事、30分。 相変わらず好奇の的にさらされてはいるものの、大きい声をあげる者はいない。 「大丈夫ですか?アグリアスさん」 「あぁ、大丈夫だ。…が、少し耳が痛い」 「でも、一体どうして―」 「それは、私から説明します」 ラヴィアンの説明によると、それは昨日の事―――― アリシア・ラヴィアンが儲け話から戻ってきた。 メンバーが増えた事で、資金繰りに行き詰まった一行は、この数日、それぞれ資金繰りに奔走していた。 「アグリアス隊長、戻りましたー」 「アグリアス様、只今戻りました」 「うむ、ご苦労」 「骨董商の護衛って意外と大変なんですね。たった2日間なのに3回も盗賊に襲われましたよぅ」 「それだけ、イヴァリースの治安が悪いということだな」 「ですね。まぁ、報酬の他に珍しい物を貰いましたけど」 「ん?何を貰ったんだ?」 「旧文明の技術で作られた箱です。なんでもドーターの闇市で手に入れた品で、骨董商が言うには[古]の頃の物だとか」 「ほぅ。その話が本当ならかなりの値打ち物じゃないか。何でくれたんだ?」 「そういった物を買うのは教会か機工士くらいで、あまり値が付かないらしいですよ?」 「じゃあムスタディオにやろう。中には何が入っているんだ?」 「さぁ・・・まだ確認してません(怪しそうなので)」 「中身の確認くらいしておいた方が良いだろう」 パカッ 「む?」 「どうしました、隊長?」 「いや、何でもない―――ふむ、中身は何も入っていないようだな」 ただの箱のようなのでラヴィアンに放って渡す。 「確かに何も入ってないですね―って隊長ぉ!?」 「アグリアス様が、小さくなっ!?」 「わ、わ、わっ!一体どうなってるんだ!?」 「私に聞かれても…と、とにかく、アグリアス様、落ち着いて下さい」 「ねぇ、ラヴィアン、このまま隊長が消えちゃったりして…!!」 「アリシア!変に不安を煽ること言わないでよ!!」 「き、消える!?私がか!??―このまま、消えてしまったら…こんなところで……しかも、まだラムザに―――イヤァァー!!」 現在の大きさになるまで急速に縮んだアグリアス。 その後、ラヴィアンがエスナを使ったり、端からアイテムを使ったり、アリシアが小さくなったアグリアスを見て喜んでも元には戻らなかった。 「―――で、いろいろ試してみたんですが…結局駄目でした」 ラヴィアンの話を聞いて事情はわかった。 でも、エスナやアイテムで解決できないとなると―― 「私の故郷でもそう言った術は聞いた事無いです」 「人をドラゴンにする魔法なら知ってるけど、小人にする方法は知らないわね」 他のメンバーに聞いてはみたが、やはり同じ答えが返ってきた。 「でもよ~、消えなくて良かったなアグリアス」 「うるさいぞ、ムスタディオ。…指で人を突っつくんじゃない、バカ者!!」 う~ん、どうしよう……でも、びっくりしたな~。どうすれば元に戻るんだろう?あぁ…でも、アグリアスさん……か、可愛い ちょうど手のひらと同じくらいかな?ムスタディオに抗議の声をあげながら両手で指を払い避けたり、走って逃げたり…まるで小動物のようだ…… あぁ~、かわいいなぁ。いつものアグリアスさんも良いけど、これも良いなあ~………触るとプニプニしてるのかな?………僕も触ってみようかな? ラムザが触ろうと手を動かした時― 「いい加減にしろ!!」 アグリアスは小さなセイブザクィーンを一閃し、ムスタディオの指に切りつけた。ムスタディオに50のダメージ!! 「ぎゃー!痛てぇぇー!!」 「もぅ、何やってるですかー。はい、ケアル~」 「昨日のアリシアみたいね」 「私は切り付けられてませんよ?」 「そうね。その代り、不動無明剣くらったけどね」 …やはりアグリアスさんは、アグリアスさんだ。良かった触らなくて―― そんな中、沈黙を守っていたオルランドゥ伯が口を開いた。 「昔読んだ文献に、小人にする魔法-ミニマムというのがあったそうだ。当時、小人の状態でしか入れない部屋もあったらしい」 「う~、まだ、痛えぇ。魔法銃と似ている構造があるから同じような方法で魔法を封じ込めておいたんだな」 「ということは、やはり魔法ですか」 「うむ。だが、ミニマムは大崩壊以前の魔法。使える者はもうおらんだろう」 「あ~、そういえば」 「何かしってるの、アリシア?」 「関係ありそうな話、2つ知ってますよ。 1つは、東方の国の話で、推理ものです。特殊なポーションを飲まされて小さくな――」 「それは違う」 「何も文末食ってまで否定しなくてもいいじゃない、ラヴィアン」 なによー とアリシアは抗議の声を上げている。 「アリシア、もう1つは?」 「もう1つも、やっぱり東方の国の話なんだけどね。生まれた時から小さい男がウチデノコヅチというアイテムで大きくなるって言うはなし」 「ああ、そういえば聞いたことがある。確かイッスンボウシとか言う話だったよね」 「だが、あれも大昔のはなしだよな。そのウチデノコヅチがまだ現存してるかは謎だぞ?」 「だけど、今上がった話の中では一番現実的だ」 「じゃあラムザ隊長、あの骨董商に聞いてみましょうか」 「箱をくれた骨董商?」 「そう、あの骨董商いろいろ知ってそうだし。ウチデノコヅチが大昔のものなら何か知っているかも知れませんよ。餅は餅屋です」 「そうね。何よりこんな事になったのも、元はといえばアイツのせいじゃない?こんな箱くれなければ!!」 「ホントよね!私たちが何したって言うのよ!! 確かに荷台にある高そうな壺壊したけど―」 「そうよ!!私は石像の腕をもいだけど、あんなに頑張ったのに酷いわ!」 ラヴィアン…アリシア………