約 1,440,760 件
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/117.html
窓の外を、しとしとと小雨が落ちている。 ライオネル城下に繋がる街道そばの小さな宿場町、さらにその外れの宿にラムザ一行は潜伏していた。 明日には王女オヴェリアが軟禁されているであろう、ライオネル城に潜入を行わなければならない。 既に、ライオネル城下には騎士アグリアスの部下であるアリシアとラヴィアン、そして機工士のムスタディオが潜伏して、侵入の下準備をしている。本命であるラムザとアグリアスは、翌日の陽が落ちてから行動を開始する予定だった。 騎士アグリアスは、割り当てられた部屋で1人王女オヴェリアの無事を神に祈っていた。 近衛として、また忠誠を誓った臣下としても、今、自分やオヴェリアが置かれている状況は看過できないものだ。 (ドラクロワ枢機卿の邪悪な野心に気付かんとは… 近衛騎士としてあるまじき失態だ… オヴェリア様、必ずお救いして差し上げます…!) 何度誓ったか分からない誓いをあらためて胸に刻みこみ、アグリアスは立ち上がってベッドに腰掛けた。 (ラムザ・ベオルブ、か…) 王女オヴェリアの事が頭から離れると、代わって浮かび上がってきたのは、自分たちのリーダーである優しげな表情をした青年の顔だった。 彼がベオルブ家の御曹司であると知ったのは、つい先日のことだった。アグリアスも騎士である。武門の棟梁たるベオルブ家のことは勿論良く知っていたが、出奔した末末弟が彼だとは、夢にも思わなかった。 「しかし、剣の腕は一流、部下を惹きつける魅力もある。なるほど、確かに天騎士の血は引いていると見える」 これまでの戦闘で垣間見た、ラムザの剣士としての強さ、人間としての魅力を思い出して、アグリアスは納得するように頷いた。 「ラムザ・ベオルブ、か…」 今度は口に出してみて、アグリアスは自分でも不思議なくらいラムザのことを考えている自分に驚いた。 なぜ、こうも自分は彼のことが気になるのだろう? 勿論、オヴェリア様をお救いする同志として信頼しているのは確かだ。だが、それにしたって自分は彼のことばかり考えている。 アグリアスが額に手を当てて悩んでいると、扉をコンコンとノックする音が聞こえた。 顔を上げて誰何の声を出すと、やや躊躇いがちに「僕です、ラムザです…」という声が聞こえた。 悩んでいる本人が尋ねてきたことで、内心かなりドキリとしながらも、アグリアスは快くドアを開けた。育ちの良い彼は戸外に立って用を済まそうとしたが、アグリアスにはそれがひどく違和感のあることに感じられて、渋る彼を強引に部屋に招きいれた。 「すみません、お休みのところを…」 「いや、そんな事は無い、楽にしてくれ。…ところで用件はなんだろう?」 なぜか高鳴る心臓を宥めつつ、アグリアスは努めて冷静に尋ねた。 ラムザは勧められた椅子に腰掛けると、静かに語り始めた。 「一言、お礼を言っておきたかったんです。 あの時、ゴルゴラルダ処刑場での戦闘で僕がベオルブ家の一員だと判ったときに、アグリアスさんは真っ先に僕を信じてくれました。 友と離別し、肉親に欺かれた僕にとって、あの時のアグリアスさんの言葉は、嬉しかった… 力が湧いてきました。 自分を信じてくれる人が居る事が、こんなにも勇気をくれることを始めて知りました… 改めてお礼を言わせてください」 そう言うと、ラムザは深々と頭を下げた。 胸の鼓動が、ドキンと高鳴るのを感じる。 アグリアスは慌ててラムザに駆け寄ると、彼の身体を掴んで無理やり上を向かせた。 「待て、頭を上げてくれ…ッ 礼を言うのは私の方だ。私だけでは、1度たりとは言えオヴェリア様をお救いする事など出来なかった。そして、またこうしてオヴェリア様の為に動く事が出来るのも、ラムザ、貴公のおかげだ。 オヴェリア様を憂う貴公の言葉に、私は心打たれた。同志は1人ではないと、私の方こそ救われたのだ…ッ」 「アグリアスさん…」 ラムザとアグリアスは、瞳を合わせて見詰め合った。今のイヴァリースは、誰もが信じられない世の中になっている。そんな中で、心を許しあう事の出来る相手がいる事が、2人にとって何よりも嬉しかった。 しばらく無言で見詰め合っていたが、ラムザの瞳に写った自分を見て急に恥ずかしくなったアグリアスは、戸惑うように視線を外した。 ラムザもそれに合わせて、慌てて視線を外した。 「ぼ、僕が言いたかった事はそれだけです… 長居しては申し訳有りません、これで失礼を…」 そう言って立ち上がるラムザの腕を、アグリアスが「ま、待てッ」と叫んで掴んだ。 「アグリアスさん…ッ?」 驚いたラムザがアグリアスを見て言うと、アグリアスは頬を真っ赤に染めて俯いた。 「すまない、ラムザ… その、明日は、ライオネル城に潜入せねばならない。恐らく、ガフガリオンも待ち構えている事だろう」 下を向いたままぽつぽつと語るアグリアスに、ラムザは戸惑うながらも「はい…」と返事した。 「もしかして、落ち着いて貴公と話が出来るのも、これで最後かもしれない…ッ」 「そんなことッ!」 「聞いてくれ!」 思わず否定しようとしたラムザを、アグリアスは強く制した。 「そういう風に思ってくれないか…? 今のこの瞬間が、最後かもしれないと… それならば、何をしても許される気がしないか…?」 ラムザはアグリアスが何を望んでいるのかをようやく理解できた。 「一夜だけの契りで良い… 未練を残したくないんだ…」 顔を上げて、再びまっすぐにラムザと視線を合わせると、アグリアスはそっとラムザの肩に手を回した。ラムザも覚悟を決めたようにアグリアスの視線を真っ直ぐに受け止めると、同じ様に肩に手を回して、スッと顔を寄せた。 2人は不器用に口付けを交わすと、縺れるようにベッドに倒れこんだ。 情熱的な口付けを何度も繰り返して、ようやく2人は口唇を離した。 「アグリアスさん…」 愛しそうに呟いて、ラムザがぎゅっとアグリアスの身体を抱きしめると、アグリアスがおずおずと言った口調で告白した。 「ラムザ… その、恥ずかしいのだが。私は、まだ処女なのだ… 優しくしてもらうと、助かる…」 これ以上無いくらい頬を真っ赤に染めたアグリアスが可愛くて、ラムザは優しく微笑んで「大丈夫です…」とアグリアスの髪を撫ぜた。 「痛くないように… 一生懸命がんばります…」 ラムザは逸る身体を何とか抑えて、ゆっくりとアグリアスの服を脱がせ始めた。薄暗い部屋の中に、真っ白なアグリアスの裸体が顕わになった。それは、目が眩みほどの美しさだった。 「綺麗です… アグリアスさんの身体、とても綺麗です…」 完璧すぎるアグリアスの裸体に、ラムザは圧倒された。 金髪面長の凛々しい顔とは裏腹に、アグリアスの肉体は女として成熟しきっていた。 剣技で鍛えられた肉体は美しくも引き締まったボディラインを形作り、にもかかわらず、女性の象徴たる乳房はたわわに実っており、形良い乳首がツンと上を向いていた。 そんな肉質な身体を持った美女が、恥じらいを帯びた表情でベッドに寝ているのだ。男として興奮しないわけが無かった。 「もう、我慢できません…」 ラムザは急いで着ている服を脱ぎ捨てると、押し倒すようにアグリアスい覆いかぶさり、先ほどとは全く違う、吸い付くような口付けを交わした。 「ぢゅ、ぢゅ、ぢゅう…」 「ぢゅぱ、ぷはッ! ラムザ、そんなに吸われると… あッ、そこはッ!」 口唇を離してアグリアスが抗議すると、ラムザは責める場所を変えて、アグリアスの乳首を口に咥えると、ここも激しく吸い上げた。 「そんな、そんな所を…ッ 敏感なんだ、そこは…」 ぞくぞくと背筋を走る快感に、アグリアスは思わず吐息を漏らした。敬虔な女性騎士であるアグリアスは、自慰すらも行った事が無い。突然の異性からの刺激で、未開発の身体が過剰な反応をしていた。 「無理、だ…ッ 早く終わらせてくれ…」 「駄目です。もっと楽しみましょう、アグリアスさん」 あっさりと降参したアグリアスとは正反対に、ラムザのほうは余裕のある口調で答えた。年上の騎士を責める行為は、妖しい支配感となってラムザを動かしていた。 ぢゅ、ぢゅ… ちゅぱ… 子猫がミルクを啜る様に、ラムザはさんざんにアグリアスの乳首を舐めねぶった。アグリアスはもう声すら上げられず、顔を手で押さえて小刻みに震えていた。 「ここも、弄って差し上げますね…」 ラムザがアグリアスの耳元で囁き、なんだろう、とアグリアスが訝しむと、突然、股間にひんやりしたラムザの手が添えられた。 「待ってくれッ」 「待ちません」 ラムザは、処女らしくぴっちりと閉じたアグリアスの女性器を指で丹念になぞると、指をVの字に開いて、痛くないようにゆっくりとアグリアスの女陰を開いていった。 にちゃぁ… 「…アグリアスさん、これは?」 「嫌だ嫌だ嫌だッ!」 アグリアスは恥ずかしさのあまり泣きそうになった。丹念に乳首を刺激されたせいだろうか、アグリアスの秘所は充分過ぎるほどに潤っていた。 「凄い…」 指についた愛液を驚いたように見つめると、ラムザは未だ恥ずかしくて顔を見せられないアグリアスの手をそっとどかすと、赤い顔で睨みつけるアグリアスに優しくキスをした。 「もう、準備は良いみたいです。アグリアスさん、貴女の処女を頂きます…」 「ああ、貴方に捧げる。貰ってくれ…」 アグリアスが覚悟を決めたように目を閉じた。ラムザはもう1度キスをすると、既に痛いくらいにそそり立っている己の男性器をアグリアスの秘所に宛がうと、ゆっくりと腰を進めて沈みこませていった。 「ッ! くぅ…」 「だ、大丈夫ですか、アグリアスさん…!」 未開通の膣道をメリメリと押し開かれ、覚悟していた以上の激痛にアグリアスは思わず声を上げた。 しかし、驚きで動きを止めてしまったラムザに弱々しく微笑みかけると、「大丈夫だ… 全部、全部入れてくれ…」とはっきりと訴えた。 「…わかりました。ゆっくり進めますから、痛いでしょうが、耐えてください…」 ラムザも覚悟を決めると、再びゆっくりと腰を進め始めた。 ズッ、ズッ、と男性器が膣内を蹂躙する痛みを、アグリアスは歯を食いしばって耐えた。痛みは想像以上のものだったが、不思議と耐えることが出来た。自分を貫く力強い男性器が、なぜだか頼もしく、嬉しく感じられた。 ゆっくり進めていたラムザの男性器が、膣内で抵抗を感じて止まった。これが処女膜なのかと理解すると、ラムザは真っ直ぐアグリアスと目を合わせた。そして信頼するようにアグリアスが1つ大きく頷くと、ラムザは一気に腰を打ち付けた。 「あぐ!」 アグリアスが悲鳴を上げておとがいを反らした。結合部から破瓜の血がタラタラと流れ落ちる。 男性器をアグリアス奥深くに挿入したまま、ラムザは優しくアグリアスを抱き寄せてキスをした。口唇を離すと、痛みに堪えてアグリアスがにっこり微笑んだ。 「1つに、なれたんだな…」 「はい、全部入りました…」 「よかった…」 満ち足りたように呟いて、アグリアスはラムザの頬を撫ぜた。 「後は、好きにしてくれ… もう、この身体は貴方のものだ。殿方は果てないと終わらないと聞く。きちんと最後までしてくれ」 「でも、痛みが…」 「気にしないでくれ。むしろ、気にされるが辛い…」 言葉からアグリアスの覚悟か伝わって、ラムザはコクリと頷くと、ためらいがちに腰を動かし始めた。 始めはゆっくりと… しかし、段々早く。アグリアスが慣れるのを待ってから、ラムザは猛然と腰を打ちつけ始めた。 「ああッ ラムザッ 凄い… 激しい…!」 さすがに快感を得てはいないようだが、愛しいラムザに身体を蹂躙されて、アグリアスは支配される悦びに打ち震えた。自分の身体で、あんなにも気持ち良さそうになっている。それだけでアグリアスは充分だった。 一方のラムザも無事ではなかった。全身が強く引き締まっているアグリアスは膣内の締め付けもすばらしく、まれに見る名器だった。一突きする毎にラムザの官能は確実に高まっていき、そろそろ限界が近かった。 「はぁはぁ、アグリアスさん、そろそろ… 外に、出しますから…」 アグリアスの身体を慮ってラムザがそう言うと、アグリアスは長い脚を回してラムザの腰をがっちり固定した。 「ア、アグリアスさん…!」 「外に出すなんて、嫌だ… 膣内に、膣内に出してくれ…」 その瞬間、アグリアスの膣内が恐ろしい勢いでうねった。無意識のその行動にラムザは我慢の限界に達し、諦めたように男性器を膣内深くに突き込んで、己の精を解き放った。 「ああ、わかる、わかるぞ… ラムザがいっぱい出している… こんなに、熱い…」 子宮の上の下腹部を撫ぜながら、アグリアスはうっとりと「ここに、ここに…」と呟いた。 「うッ…」 ラムザがズルズルと男性器を引き抜くと、アグリアスの秘所からとろりと一筋精液が流れ落ちた。 「あッ…」 アグリアスが気付いて指で拭うと、それは破瓜の血が混ざってピンク色をしていた。 「フフ、いっぱい出したんだな…」 アグリアスがからかうように言うと、荒く息を吐いたラムザがばったりとアグリアスの横に倒れこんだ。 「すごく、気持ちよかったです… アグリアスさん…」 呆然とラムザが呟くと、アグリアスの頬がかぁと赤くなった。 「馬鹿者…」 ぷいとそっぽを向くと、いまだ膣内深くにあるラムザの精液を感じた。 「これは、孕んだかもしれんな… こんなにたくさん出すから…」 軽く非難めいたセリフを言ってみたが、ラムザから反応は無かった。むー、と不満げに振り返ると、そこには満ち足りた表情のラムザが、気持ち良さそうに寝ていた。 「おいおい…」 苦笑してラムザの前髪をそっと触ると、くすぐったそうにラムザが呻いた。 「可愛いな、貴方は…」 笑いながら、アグリアスは自分の中にしっかりとした活力が宿ったのを感じた。使命は必ず果たす、騎士の誓いにかけて。 「そして、貴方も守る。この純潔を証として」 そっと呟くと、アグリアスはそっとラムザにキスをした… END
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/65.html
爆発の直撃を受けたときも酷い有様だったが、 アグリアスの今の状態は、それにも増してさらに酷い。 全身に力が入らず、腕は剣を満足に支えることが できないほどに震えている。腕の震えにつられて、膝まで笑い出していた。 もはや、自身の体重を支えられないほど体がボロボロに なっている証である。 めまいと吐き気に襲われる中で、少し気を抜けば即座に気絶… 場合によってはそのまま死ぬかも知れないことは、本能的に察しがついた。 揺らぐ視界の中央に立つセリアは、足元に転がる、 血だまりの中に沈むレディの骸を見つめていた。 相変わらず、人形じみたその顔には表情も何も浮かばずに、 彼女の目には、夜の砂漠のように冷たく乾ききった色しか宿っていない。 右手は壊れて使い物にならず、あまつさえ死にかかっている アグリアスが、目の前の万全の状態のセリアに勝つ見込みは、 どう考えても少なすぎる。 両者共に万全の状態で戦えたのなら、剣の地力が上である アグリアスが勝つであろうが、現実は常に非情で過酷だ。 アグリアスが生還できる可能性は、ほぼゼロに近かった。 ならば刺し違えてでも、セリアはここで倒さなくてはならない。 ここでセリアを止められなければ、ラムザが殺される。 自分など、ただの戦闘要員の一人にすぎない。 代わりはいくらでもいるが、隊のリーダーたるラムザは唯一無二の人間。 断じて、失うわけにはいかない。 「(死なば諸共…)」 アグリアスは、左手の剣柄をゆるゆると大きく引き絞り、 切っ先を正眼の高さに構えてセリアをにらみ据える。 アグリアスの採った剣の型は、防御を捨てた、捨て身のカウンター型。 己の死を前提にした、死してもなお敵を殺さんとする執念の剣である。 これから死のうという時にも、アグリアスの心は乱れなかった。 命を捨てる覚悟など、とうの昔に済ませてあるからだ。 ここで死んでも、本望であるとアグリアスは思っていた。 命とは、目的を果たすために使うべきものであり、 ただ生き永らえたところで、目的も目指す場所ももたずに、 死なないために生きているような人生に、意味などない。 セリアを殺して、ラムザを生かす。 その代償が自身の命であるのなら、そう悪い条件ではない。 永く身を投じてきたこの戦いの結末を、この目で見届けられないのは 残念であるが、こればかりは仕方の無いことだった。 セリアも両手の侍刀を構え、アグリアスを殺すべく前傾姿勢をとる。 次の一撃で、決着がつく。 セリアの手に納まった2振りの刀が、薄暗い部屋の中で かがり火の光を映して、妙に白く、眩しく輝いていた。 冷たく光る刀身を、美しいと、なぜかアグリアスはぼんやりと 思っていた。 刀を振りかざし、セリアがアグリアスに迫る。 アグリアスは、生き残ろうとは最初から思っていない。 ここで、セリアを殺せるのなら、死んでも構わなかった。 セリアの繰り出した、風斬りでうなる白刃が、アグリアスを刃圏に捉える。 はなから命を賭した、カウンター狙いのアグリアスは、後手に回って、 セリアを絶命しうる剣戟を見舞う。 ところが、セリアの剣の軌道と、狙った場所は、 アグリアスが予想だにしないものだった。 刹那の驚愕がアグリアスの胸中を駆け抜けたが、 体は自然にセリアの動きに応じ、当初の目的を遂行するために動いた。 生まれた日から背負ってきた全てをのせた刃と刃が交わり、 互いの道程が刹那の間に交錯し、一方のそれが、儚くついえる。 アグリアスとセリア。 2人の血が、床に広がった。 アグリアスの頬に、一筋の斬り傷が刻まれていた。 傷から溢れ出る鮮血が、ぱたぱたと床に零れ落ちる。 女の貌に刀傷など、魂を直接斬り刻まれたようなものであるが、 それでも致命傷には程遠い、軽傷でしかないものであった。 油断無く左手の剣の切っ先をセリアに向け、 残心するアグリアスの頭を一つの疑問が支配していた。 「(何故…こんな真似をした…? 殺そうと思えば、簡単にできたはず……)」 傷を負いながらも生きているアグリアスに対して、 セリアは致命傷となる斬撃を、その身に刻まれていた。 斬られた首からは、とめどなく赤黒い血が噴出している。 あの出血量では、もはや助かる見込みもなかった。 そんな自明の理が、理解できないはずはないのに、 セリアは、まるで全てを悟ったかのように、そこに静かに佇んでいた。 最後の時がもう間近だというのに、セリアの無機質な 表情には、少しの変化もなかった。 暗い目で、アグリアスの顔を…顔の斬り傷をじっと眺めている。 そして、視線を両手の侍刀に移し、少しだけそれを 見つめた後に、すっ…と、2振りの刀を床に落とした。 戦いを、殺し合いを放棄した証だった。 刀は床に落ち、澄んだ音を立てて、動かなくなった。 強い眠気に襲われているかのように、セリアの瞼は勝手にとじて、 その度に、セリアは瞼を上げる。失血死寸前の状態だった。 そしてセリアは、斬り口から吹き出す血に、そっと、右手を添えた。 そこから流れ出す、命の温かみを確かめるかのように。 やわらかく瞼を下ろし、かすかに笑ったような表情をした。 漆黒の夜空に瞬いては儚く消える、流れ星のような微笑みだった。 セリアは最後に、ぽつりと呟く。 「わたしも、ここで君と降りることにする」 そう言い遺して、セリアは両膝を折り、血だまりの中に倒れ付した。 しばらく剣を構えたまま、セリアが本当に死んだことを確認すると、 アグリアスは片膝を床について、荒い呼吸に肩を上下させる。 本当に、死ぬ寸前だった。今こうして生きていられるのは、 奇跡以外の何物でもない。 アグリアスは安堵の息を思わず漏らし、気を抜いた途端、 「………ッッ!!」 おびただしい量の血が、アグリアスの喉をついて吐き出された。 つんのめって吐血を繰り返すアグリアスの傍に、新たな血だまりが 次々と作り出される。 レディに何をされたのか、アグリアスが知ることはもうできないが、 左胸が灼けるように激しく痛む。 無防備な体の内側に、強力な酸をぶちまけられたような感覚である。 「…う…ぐっ…くっ…」 激痛に喘ぐアグリアスは、上半身を支えられなくなり、 床に倒れ付しそうになって、思わず右手で体を支えてしまい、 更なる痛みに全身を蝕まれた。 右手の指のうち、親指、人差し指および中指の骨が砕け、 本来ありえない方向に指が捻じ折れている。 薬指と小指も無事では済まず、傷だらけの上に爪がはがれかかっていた。 指は、人が生きていく上でなくてはならない大切で繊細なものである。 そのため、指は痛みにかなり敏感であるように出来ている。 その性質を利用して、指と爪の間に針を刺し込んだり、 生爪をはいだり、指の骨を折るといった拷問方法が一般に採られる ほどである。 痛み以外の感覚が無い右手の損壊は、影を縫う手裏剣の呪縛から 脱出するために支払った代償である。 高い買い物ではあったが、指が消し飛ばなかったのは僥倖だった。 あの爆発の威力からすれば、そうなってもおかしくなかったが、 指は何とか、5本とも手のひらについている。 骨は折れても、時間をかければ元に戻る。 指自体を失っていれば、もう右手で剣を握ることさえ不可能だった のだから、不幸中の幸いである。 しかし、そんな幸運をも帳消しにするほどの胸の激痛が、 絶え間なくアグリアスを責めさいなむ。 いつ終わるとも知れない吐血を繰り返し、アグリアスの口の中は 血の鉄さびの味で満たされて、それだけで吐き気を催させた。 怪我をするのは、珍しいことではない。 重量級の攻撃を受け流せずに、肋骨が何本か砕けたこともあるし、 腕や脚も何回か折れている。 打撲、擦過傷は日常茶飯事であったし、痛みには慣れている つもりではあったが、今回のように、繊細な手先がグシャグシャに壊れ、 その上内臓系に深刻なダメージを負うというのは、 共に初めての体験であり、両方ともかつてないほどの 苦痛をアグリアスにもたらした。 アグリアスが知る由も無いが、レディが死にぎわに放った息根止は、 アグリアスの心臓を破裂させることこそ叶わなかったものの、 大きな損傷を心臓に与えたのは確かだった。 即死させることはできなくとも、レディが遺した死の刻印は、 じわじわとアグリアスの心臓と命を蝕み続け、このまま放っておけば、 アグリアスはいずれ確実に、心不全で死亡する。 理解を超えた直感が、アグリアスの脳裏を去来し、 まもなく死ぬであろう己の運命を本能的に察知しつつも、 アグリアスは、壊れかかった己の体も顧みず、 左手に持った剣を支えに、震えながらよろよろと立ち上がる。 未だエルムドアと戦っている、ラムザの加勢に向かうために。 エルムドアの異常な膂力によって繰り出される長物の斬撃を、 ラムザはその手の騎士剣で受けるも、威力を殺しきることは叶わず、 後方に体ごと弾き飛ばされ、靴底と床を摩擦させることで体を止める。 「セリア。レディ。 死んだか」 長物を構えながら、エルムドアは何の感慨ももたない様子で呟いた。 ラムザがはっと見やれば、血の海に沈む2人の殺し屋の死体と、 所々が血に汚れたアグリアスが、ふらふらとラムザ達に近寄ってくるのが 見て取れた。 「2人がかりで1人の女も仕留められないとは… 不甲斐ない。 死んで当然だな」 冷徹にそう吐き捨て、懸命に歩み寄るアグリアスを一瞥し、 その美貌に刻まれた傷跡に、エルムドアは憎々しげに歯噛みした。 「女を殺し損ねるのみならず、あまつさえ 命令違反…度し難い醜態だ。 消えろ。 恥晒し者どもめ」 そう言ってエルムドアの剣が仄かな光をまとい、長物を一閃させると、 刀身から放たれた剣気はセリアとレディの屍骸に直撃し、 2人の死体は音も無く崩壊し、砂のようになって、いずこへと消え去った。 「やれやれ。無能な部下をもつと苦労する。 君の仲間は優秀なようだ。羨ましい」 この期に及んで、エルムドアは笑顔を浮かべてラムザと アグリアスの2人に話しかける。 「仕切りなおしが必要なようだ。 私も手駒を2つ失い、彼女もどうやら命が危ないらしい」 アグリアスは努めて平静を装い、健気に剣を構えているが、 見る者が見れば、彼女が著しく消耗しているのは明らかだった。 「彼女の健闘に敬意を表し、ここは私が引くとしよう。 君の仲間を、まとめて連れてきたまえ。 私も全力をもって、それを叩き潰す。 地下で待っている。そこで、決着をつけよう」 エルムドアの手の長物がふっと消え、その直後に、 エルムドア自身もまた、幽霊のように実体がおぼろとなり、 その場から消え去った。 部屋の中からエルムドアの気配が消えたのを確認すると、 アグリアスは糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。 心身ともに、もう限界を超えて酷使していたのである。 そもそも、不完全版とはいえ、レディの息根止の直撃を受けて、 その後に立って歩けるアグリアスの体力と精神力が、 常軌を逸していたのである。 ラムザは即座に剣を鞘に納め、アグリアスに駆け寄った。 「アグリアスさん!大丈夫ですか!?」 うつ伏せのまま動かないアグリアスは、上半身がゆるく上下 していることから息はまだあることは伺えるが、危篤状態で あることは、医学の心得がない素人目にもはっきりと見て取れる。 ラムザは細心の注意を払って、うつむけのアグリアスを、 そっとあおむけに起こす。 「…う…あ…ら、ラムザ…?」 薄く目を開けたアグリアスは、喋ることさえも億劫そうにしていた。 口元に血を滲ませ、顔色は蒼白になりつつある。 「アグリアスさん!大丈夫ですか!?」 「…ば、…馬鹿かお前…。み、見て…分からんのか。 死にかけ…なんだ…よ」 そんな皮肉めいた言葉を吐いて、アグリアスが咳き込む。 鮮血の飛沫は、ラムザの衣服にも黒々とした染みを形作った。 アグリアスの顔には痛ましい斬撃の跡が刻まれ、 右手の指は見るも無残に半壊していたものの、 それ以外は目立った外傷もない。 しかし、アグリアスの疲弊具合は尋常ではない。 とにかく、応急処置を施さなくては彼女が死ぬ。 「少しの辛抱です。我慢して下さいよ」 ラムザはそう言って、返事を待たずにアグリアスの肩と 膝の下に両手を差し入れ、そのまま抱き上げた。 意識もおぼろであるはずなのに、アグリアスはこの時だけ なぜか急速に覚醒し、大声を上げた。 「ば…!馬鹿!この馬鹿!な、何をするんだ! あ、歩ける!歩く!自分で歩く!離せっ!」 「何言ってるんですか!死にかけだって、さっき自分で 言ったくせに!」 蒼白だった顔をほんのり紅く染めて、のろのろもたもたと 腕の中で暴れるアグリアスをよそに、ラムザは安全な場所を探す。 エルムドアは地下で決着をつけるなどと言っていたが、 それは嘘で、不意打ちを仕掛けてくる可能性も考えられる。 部屋が一望でき、さらに部屋の入り口をも監視できる 位置が治療場所として望ましい。 その条件に合った場所を見つけ、ラムザはアグリアスを 抱きかかえたままそこに走り、アグリアスをそっと降ろして 背中を壁にもたれかけさせた。 「…ひ、人が、動けないのを…いいことに… や、やりたい放題やって…!ひどい奴…! い、いいかっ!? 誰にも…言うなよ! 誰にも!」 「はいはい。誰にも言いませんよ。 …アグリアスさん、やたら元気ですけれど、 本当に死にそうなんですか…?」 「あ…あ…当たり前だっ…!重症だ…!」 怒りと恥辱で顔を赤くしながらそう言って、 アグリアスは再び咳き込み、わずかに吐血する。 元気なように見えても、重傷を負っているのは間違いない。 「どこを怪我したんですか?右手が酷いのは分かりますが、 それ以外は特にそれらしい怪我は見当たりませんが…」 「…胸…だ。あの殺し屋の片割れに…何かを…された。 左胸が…焼けるように…痛む…」 「アグリアスさんの服には何かの攻撃を受けたような 痕跡が見られませんが…打撲か何かでしょうか?」 「分からない…。首を掴まれて…一瞬…気絶したと思う。 そ、その間に何か…された。打撲かも知れないし… そうで…ないのかも…」 「分かりました。とりあえず、患部を見てみないことには 治療方法が分かりません。 痛む箇所をじかに見せてください」 ラムザはナイフを取り出して、アグリアスの眼前に近寄った。 「……? お、お前…ソレで…何する…つもり…だ…?」 「何って…ナイフでアグリアスさんの服を裂いて、 痛む箇所を見せてもらうつもりですけれど」 「…!!! ば、馬鹿! 何…考えてるんだ!! ふざけるな…! この…変態…!! 犯罪者!」 「ちょっ…お、落ち着いて下さい!暴れると傷が広がります!」 「み、見損なった…!見損なったぞ、ラムザっ…! 動けない女…を…もてあそぶなど…悪趣味にも…程がある! は、恥を知れっ!恥を!」 ボロボロになった右手を振り回し、血を吐きながら じたばたと足掻くアグリアスを見て、「強い人だなぁ」と、 ラムザは半ば呆れながら思っていた。 アグリアスの被害妄想…というよりも思い込みが強いことは いつもの事だったので、ラムザは特にうろたえる様子も見せず、 淡々と応対する。 「誤解ですよ。アグリアスさん。決して変な気持ちで 服を切るわけではありません。 患部を見なければ、対処方法が分からないから やむを得なくさせてもらうのです。 おかしな真似は一切しないと誓います。 ラムザ・ベルオブの名と誇りにかけて、誓いましょう」 ラムザの真摯な態度と眼差し、アグリアスはようやく平静を取り戻す。 すっかり紅く染まった顔をちらりちらりとラムザに向けて、ぽつぽつと アグリアスは応える。 「……ほ、本当…だな…? 変な事をしたら…刺す…ぞ…? お前の…護衛役…辞めるぞ…?」 「本当ですよ。約束は、絶対に守ります」 「……信じてやる…さっさと…済ませろ」 その5へ
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/88.html
入院生活が始まってから3週間目・・・ 今、日記をスタンドの明かりを頼りに書いている さて、最近は酷い目にばかり合うみたいだ 先週の直腸検温以来、アグリアス先生はあの行為に新たな世界を見せたようで検診の際は直腸検温をされている そして僕もあの感触によって興奮を覚え始めt・・・ ラムザ「・・・やめよう。こんなことを日記に書いてたのがばれた日には・・・」 ???「ばれた日には?」 ラムザ「特に今はラヴィアンさんやアリシアさんに何されるかわかったもんじゃない」 ラヴィアン&アリシア「私達がどうかしましたか?」 ラムザ「うわあぁぁぁぁぁ!!な、なんで居るんですか、お二人とも!?」 アリシア「見回りですから」 ラヴィアン「上に同じです」 ラムザ「見回りってワザワザ個室に入ってくるもんなんですか!?」 アリシア「いや~、ラムザ隊ty・・・じゃなかったラムザさんが何か書いてたので気になって・・・ね、ラヴィアン♪」 ラヴィアン「そうそう♪さてそれじゃ、早速見せてもらいましょうかねぇ、アリシア♪」 ラムザ「ひゃぁぁぁぁぁぁ・・・」 暫くお待ち下さい・・・-------------------- ・・・それから1時間ほど経ったが僕は未だに解放されては居ない・・・ ラヴィアン「なるほど・・・あの検温にアグリアス先生は大ハマりっと」 アリシア「まぁ、好きな男子が恥らう姿に興奮を覚えると言うのには私も同感だけど・・・」 ラヴィアン「ここまではまるとは・・・ねぇ?」 アリシア「それにラムザさんも満更じゃないみたいですしねぇ~」 ラムザ「そ、そんなことは・・・」 などと言っていると突然個室の天井灯が輝いた ラムザ「あ、アグリアス先生!」 アグリアス「ラヴィアン!アリシア!見回りから戻ってこないと思ったら!」 アリシア「あ、アグリアス先生!丁度良かったです♪」 アグリアス「何が丁度よかったです♪だ!仕事をサボるなとあれほど言っているだろうが!」 そう言ってアグリアス先生は手を振り上げるとゴチーーーーーーーン!!っと音がしそうなくらい痛そうな拳骨がアリシアさんとラヴィアンさんの脳天に落とした ラヴィアン「いたーい」 アリシア「暴力反対です・・・アグリアス隊tyじゃなかったアグリアス先生」 アグリアス「黙れ!もう一発ずつ貰いたくなければさっさと見回り業務にもどれ!」 アリシア&ラヴィアン「「は~~い」」 そうしてとぼとぼと去っていく二人を見送ってから、アグリアス先生はこちらを睨みながらお説教を始めた アグリアス「大体、君はいつも言っているが他人に流され安すぎる!もっと威厳を持て!自分の意思を持て!」 ラムザ「す、すみません・・・」 アグリアス「むっ・・・ま、まぁとにかく私が言いたいのはもうちょっとNOと言えるように努力しろということだ」 ・・・なんでだろう、この人と接しているとアグリアスさんを思い出す アグリアス先生とアグリアスさんは別人のはずなのに・・・失礼だよなぁ などと考えていたら アグリアス「聞いているのか!!」 っと怒鳴られ更に3時間ばかり説教をされた後、額に早く治るおまじないだとキスをしてくれた その柔らかい感触が何だか嬉しくて今夜は良い夢が見られそうだ アリシア「ところでいつになったらラムザ隊長は私達の正体に気づくのかしら?」 ラヴィアン「さぁ?あの方も変なところで鈍いから・・・退院日まで気づかないに「赤チョコボのテリヤキソース和え」かなぁ」 アリシア「じゃぁ、私は退院しても気づかないに「キングベヒーモスのレアステーキマッシュポテト和え」ね」 アグリアス「お前達、私の目の前で賭け事をするとは良い度胸だな・・・?」
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/129.html
誕生日記念 空気なんか読まない 貿易都市ウォージリスのとある宿屋。入り口には、「本日貸切」の札がかかっていた。 一階の食堂から、陽気な笑い声が響いていた。 道行く人も、その陽気な騒がしさに興味を惹かれて立ち止まる人が多かった。 「今日は何かやってるのか?」 「何でも結婚のお祝いらしいよ」 人々は、宿を見上げてそう話すのだった。 夜も更け、宴もひとり、またひとりと酔い潰れて、そろそろお開きとなりかけた頃。 アグリアスはレーゼに連れられて、控え室となっている部屋に入った。 レーゼは手際よくドレスを脱がせ、髪飾りやアクセサリを外すと、 「じゃ、これに着替えて」 と、レースをたっぷりと使った豪勢な白い下着をアグリアスに渡した。 「これを……着るのか……?」 普段から華美なものをあまり身に付けないせいか、アグリアスは下着を手にしてひどく戸惑った。 「着るの」 レーゼはにべもない。 「愛しの王子様に見せるのよ。どこにでもあるようなもので済ませるつもり?そんなのダメよ」 「う、うむ……」 赤面しながら、渡された下着を身に付ける。少し派手すぎはしないだろうか……。 アグリアスから、結婚の話を聞いたとき、本当に嬉しかったのよ。 だって、あんなに大変な戦いの中、それでも信じあって、やっとここまで来れたんですもの。 私たちもそうだったから、あなたたちの思いは良く分かるつもりよ。 だから、私にあなたのお世話をさせてちょうだい。ベイオにもラムザのお世話をさせるわ。 レーゼはこう言って、アグリアスの世話役を買って出たのである。 レーゼに髪を結い上げてもらって、言われるままに深い蒼のナイトガウンをまとったアグリアスは、 普段の彼女の姿からは想像もできないほどの変身ぶりだった。 「うん、これで完璧」 にっこりとレーゼは笑った。これならラムザもイチコロよね。 「何だか……自分で無いような気がする」 恥ずかしそうにもじもじするアグリアス。自分の格好が似合っているのかどうだか分からないようだ。 「とっても素敵よ、アグリアス。でも、ちょっとだけいいかしら」 「何だ」 「その騎士言葉、どうにかならない?」 「こ、これは……もう染み付いてしまっているものだから……その」 「まぁ、あなたらしくていいとは思うけど、ね」 ランプに照らされた部屋の中は、戦友たちから贈られた花や祝いの品でいっぱいだった。 テーブルの上には、上等の葡萄酒とグラスがふたつ。横にはユリの花が飾られていた。 部屋の中には、邪魔にならないほどに香が焚かれていた。 この部屋で、今晩、ラムザと過ごすのだ……。 こんなに緊張したことはない。今すぐにでも逃げ出したいくらいだ……。 「それじゃ、私はここまでよ」 部屋のドアの前で、レーゼが言った。 「あ、ああ……ありがとうレーゼ」 そう言うアグリアスの表情は仮面のように硬い。 「……緊張するのは分かるけど、それじゃラムザも幻滅しちゃうわ」 レーゼはくすくす笑った。 「大丈夫よアグリアス。とっても自然なことなの。何も考えないで、自然に任せてればいいのよ」 「そ、そうか……」 「……今日まで守ってきた純潔を、愛する人に捧げる、女にとって生涯に一度しかない、とても大事な日よ。……頑張ってね」 「あ、ああ……」 アグリアスは首まで真っ赤にしてしまう。レーゼはそんなアグリアスを見て、にっこり笑って部屋を後にした。 私も、初めてベイオと結ばれた日は、あんなだったな……。 部屋の向こうから靴音が近づいてきた。 (来た……!) 身を固くして、アグリアスは身構える。それはまるで戦闘中のようでもある。 ドアがノックされて開き、ベイオウーフに連れられて、ラムザが現れた。 「すみません、お待たせして」 「あっ、ああ……いや、いいんだ……」 ラムザの顔を見たとたんに、頭の中は真っ白になってしまった。 恥ずかしさと緊張で、何を言っていいのか、どうしたらいいのか分からなくなってしまう。 「では、僕はこれで」 「ありがとう、ベイオウーフさん」 ベイオウーフは一礼して、部屋のドアを閉める。そして、部屋にはラムザとアグリアスのふたりだけになった。 しかし、ふたりともしばらく立ったまま、お互いの出方を窺っていた。これではどうにもならない。 「……座りましょうか」 「あ、ああ……」 ふたりは椅子に座った。ラムザもアグリアスも、緊張で表情が固い。そして、また探りを入れるように黙ってしまう。 ふっと、ラムザが表情を崩して、 「やっぱり、ダメですね。緊張しちゃって、何喋っていいか分からなくて」 と言って笑った。 「綺麗です。アグリアスさん」 「あ、ありがとう……」 嬉しいのと恥ずかしいのとで、真っ赤になってしまうアグリアス。 「……飲みましょう。これ、ムスタディオがランベリーまで行って買ってきてくれたんですよ」 ラムザの笑顔に少し緊張がほぐれて、アグリアスもやっと笑顔を浮かべた。 「それじゃ、乾杯」 「乾杯」 ちん、とグラスを鳴らして、真紅の葡萄酒を飲み干した。 「美味しいですね」 「ランベリー産の葡萄酒は軽くて飲みやすいからな。……お前は弱いんだからあまり飲みすぎるな」 「分かってますよ」 やっぱり、お姉さんみたいなところはそのままなんだな。ラムザはそれがおかしくて笑ってしまった。 「何がおかしい」 「いえ、別に」 僕が好きになった人は、こういう人なんだ。 「……ラムザ」 少しの沈黙の後、アグリアスが緊張した面持ちで言う。 「わ、私を……選んでくれて、本当に嬉しい。ありがとう」 言おう言おうと、何度も練習した言葉だった。やっと、言うことができた。 ラムザは微笑んで、アグリアスの手を握った。 「僕こそ……僕の想いに答えてくれて、嬉しいです。本当にありがとう」 アグリアスもその手を握り返す。 「愛してる……ラムザ」 「愛してます、アグリアス……さん」 そこまで言って、ラムザは急に照れくさそうに笑って言った。 「さん、はもうおかしいですよね」 「……私達らしくていいじゃないか」 アグリアスも笑って言った。私も、当分の間、騎士言葉は捨てられそうにないからな。 見つめあい、吸い寄せられるように、互いの唇を重ねた。 しばしの間の後、唇を離す。アグリアスの甘い吐息がラムザの鼻をくすぐった。 「ラムザ……」 上気したアグリアスの顔は凄絶なほどの色気を放っている。 ラムザは衝動を何とか押さえ込みながら、ガウンにそっと手をかけた。 ガウンが下ろされ、純白の下着姿が現れる。そして、ラムザに抱きかかえられて、ベッドへ誘われた。 「ラ、ラムザ……その……私……初めてだから……」 ラムザは微笑んで、 「なるべく、優しくしますから……」 そう言って、アグリアスに口づける。ラムザの手が、優しくアグリアスの体を抱きしめる。 私はラムザに抱かれ、今夜ひとつになる。 夢のように、幸せなこと。 できれば、この幸せが、このまま終わらないで欲しい―― 「お疲れ様、ベイオ」 食堂に入ってきたベイオウーフに、レーゼは熱いコーヒーを手渡した。 「ああ、ありがとうレーゼ」 宿の食堂は、宴の後の静けさ。そこかしこに、グラスや皿が散乱し、酔い潰れて寝てしまった者が転がっている。 「いい宴だったわね」 「ああ。あのふたりも、とても幸せそうだった。世話役をやってよかったよ」 「私も苦労の甲斐があったわ」 ふたりはコーヒーを飲みながら、時々2階の様子を窺う。 「……あのふたりには、幸せになってもらわないとな」 「私達の恩人だもの、ね」 レーゼはベイオウーフに寄り添った。 「ねぇ、覚えてる?私達が、初めて結ばれた日のこと」 「……覚えてるよ。忘れないさ」 ベイオウーフが少し照れくさそうに答えた。そして、レーゼを抱き寄せて口づけする。 ラムザ達のものとは全く違う、互いが互いをを求める熱く激しい口づけ。 「……あのふたりに当てられちゃったの?」 「そうかもな」 「うふふ。私も、よ」 レーゼはベイオウーフの首に手を回して言った。 鎧戸の隙間から、朝の光が漏れていた。目は覚めていたが、気だるい。 横には、まだ夢の中のラムザがいる。 昨夜を思い出すと、体の奥が痺れて熱くなる。 まだ生々しいその感触を思い出して、アグリアスは赤面した。 ラムザの寝顔はあどけなさがまだ残る、子供のような寝顔だった。 (こんな寝顔をして……) 昨夜のラムザは、いつものラムザとは別人のような「男」だった。 ラムザは、初めてではなかった。 詮無いこと、とは思うけれど、ラムザがどこでこのようなことを覚えたのか、想像しては嫉妬してしまう。 私と出会う前の傭兵時代だろうか。それとも、貴族の子弟として、教育されたのだろうか。 でも、それでもいい。 ラムザは、私を選んでくれた。今日からは、私だけのラムザ、ラムザだけの私となったのだから。 「ん……」 ラムザがうっすらと目を開けた。アグリアスはその顔を覗き込んで、 「おはよう……あなた」 と呼びかけた。それは、アグリアスにだけ許される、ラムザの新しい呼び名。 「ああ……。おはよう……アグリアス」 ラムザは微笑みながら、妻となった人の名を呼んだのだった。 今日から、ふたりで同じ道を歩いて行く。 曲がりくねって、平坦な道ではないかもしれない。けれど―― いつまでも、その道が途切れることなく続きますように。
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/135.html
「え~。でもさぁ、彼、ちょっと引っ込み思案じゃない?」 「分かってないなぁ~。だからアタシが何とかしなきゃって思うんでしょ?」 「あ~分かる~!母性本能、だっけ?」 きゃっきゃと楽しそうにお喋りする3人。女3人寄ればかしましい、とはよく言ったもの。 白魔道士のマリアン、話術士のスザンヌ、弓使いのバイオレットだ。 「こら、手が止まっているではないか。そんなことでは日が暮れてしまう」 隣で鎧の手入れをしているアグリアスが見かねて注意する。今日の武具の手入れの当番はこの4人なのだ。 「お喋りするな、とは言わんが、仕事はしっかりこなせ」 「は~い」 「頑張りま~す」 「え~んまだまだ終わんないよ~」 返事も軽い。やれやれ、とアグリアスは鎧に意識を戻す。 「そうだ、アグリアスさんは、恋人とかいます~?」 突然マリアンが質問する。思わず鎧の留め金を掛け違えるアグリアス。 「な、なんだ急に!」 「だってアグリアスさんって素敵だし~。恋人の一人か二人くらい、いるかな~と思って」 「ひ、一人二人……!」 顔を真っ赤にしてアグリアスがうろたえる。もともとこういった話題に全くと言っていいほど免疫がない。 さらにはその超真面目な性格である。 (そ、そもそも、恋人とはひとりだけの存在ではないのか!全てを捧げられる相手こそ、そうではないのかっ!) そう言いたかったが、そう言葉にすること自体が恥ずかしいのである。 「ね~。アグリアスさんって素敵よね~」 マリアンは隣のスザンヌに同意を求める。 「うんうん!女のアタシから見ても、ばっちり合格点よね。ちょっと口惜しいけど」 「アカデミーとかでもモテたんだろうなぁ~。羨ましい~」 横からバイオレットが口を出す。 「知ってます?アグリアスさん。隊でも、アグリアスさんのファンって多いんですよ~」 「親衛隊隊長はムスタディオよね」 「あとはブルーノとかニルソンとかも」 「え~っ!ブルーノってちょっといいなって思ってたのに~。ショック~」 「そうそう、あいつ、ロングヘアの子が好きなんだって」 「そうなの?髪伸ばそうかなぁ~」 だんだん騒がしくなってくる。3人はアグリアスのことなどお構いなしに話を始めてしまった。 アグリアスは真っ赤になって、うつむいて鎧をいじっているしかなかった。 鎧の手入れは全く進まない。 「そういえば、ラムザ隊長って恋人いるのかな?」 バイオレットが言い出す。 びくっとアグリアスが反応する。一番聞きたい話が期せずして飛び出してきたからだ。 うつむいたまま、全身を耳にして3人の話に集中する。 「いないんじゃない?でも、隊長のこと好きな人は多そう」 「カッコイイもんね~。憧れちゃう」 「クールな感じだけど、気配りがすごいのよ~。この前アタシ声かけてもらっちゃった」 (ラムザは人気があるのだな……。しかし、ラムザのことを思う者とは誰なんだ……) 「隊長のこと好きそうな人か~。メリアドールさんとかそうかも。隊長を見る目が違うもの」 「あ~分かる~。普段厳しいのに、隊長の前だとちょっと雰囲気変わるよね~」 (メ、メリアドールか……確かに、最近ラムザのそばにいることが多いな) 「ラファちゃんもじゃない?あの子、隊長と一緒にいること多いのよ~」 「でも隊長の恋人、って言うにはちょっと子供すぎない?」 「一途な感じの子よね。ああいう子にころっと逝っちゃう男も多いかもよ~」 (そ、そうだ。ラファはまだ子供だから、ラムザが特別に気を配っているのだ。ラムザはそういう優しさがあるのだ) 「まぁ、隊長は隊のことで忙しいし、恋人作ってる暇なんてないのかもね」 「そうね。アタシ達で何かお手伝いできればいいんだけど……」 「アタシ達はアタシ達の仕事を頑張ることよ」 (そ、そうだな……ラムザは忙しいのだ。恋などにうつつを抜かしていたりはするまい。私がしっかり支えなければ) 「でもさ~、隊長、時々ぼーっと見てることがあるのよ」 (何をだ……) 「ね~。あれだけ分かりやすいと、ねぇ」 (……?) 「それに、その相手も、ねぇ」 くすくす笑い声がする。 はっとアグリアスが顔を上げると、3人が顔を揃えてアグリアスを見てにやにや笑っていた。 「隊長が見てるのは、アグリアスさん!!!」 3人が声を揃えて叫ぶ。アグリアスの顔がぼん、と真っ赤になる。 3人は、アグリアスが仕事をしているふりをして話を聞いているのを知っていたのだ。 そして、アグリアスがラムザのことを想っていることも。 知っていた上で、ラムザの話を出したのだった。 きゃはははっと笑い声が上がる。 「隊長が好きなのは、多分だけど、アグリアスさん!」 「おめでとう~アグリアスさん!」 「カップル成立~!いやっほう~!」 「ええい!く、くだらないことを言ってる暇があったら仕事をしろっ!」 たまらずアグリアスが裏返った大声を上げる。 「は~い!」 「あ~あ、怒られちゃった」 「うふふっ、照れちゃって~。アグリアスさん可愛い~」 3人は笑いながら仕事に戻る。 だが、頭の中はラムザでいっぱいのアグリアスの仕事は、やっぱりはかどらないのであった。
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/142.html
「隊長、これ、落し物みたいですよ」 そう言って白魔が持ってきたのは、だいぶくたびれた人形だった。 布と革、毛糸で作られた、素朴で可愛らしい人形。黄色の毛糸で作られた長い髪は三つ編みになって、 革で作られた服はどうやら騎士服を模しているようだった。 (これって……アグリアスさん?) 「ああ、分かった。これってどこに落ちてたんだい?」 「昨日泊まった宿の部屋です。宿の主人が見つけて届けてくれたんですよ」 「誰の部屋だったか分かるかな」 「アグリアスさんの部屋だったと思います。多分アグリアスさんの物だと思いますけど……」 そこまで言って、白魔はくすっと笑った。 「アグリアスさんにも、可愛いところがあるんですね。こんな可愛い人形を持ってるなんて」 その日の夜、野営のテント。 「アグリアスさん、よろしいですか」 「ん?ああ、ラムザか。構わない。入ってくれ」 「失礼します」 テントに入ってきたラムザが手にしている人形を見て、アグリアスはあっと声を上げた。 「そ、それは!」 「アグリアスさんの物でしょう。昨日泊まった宿に落ちていたそうです」 ラムザは両手で大事そうに人形を持って、アグリアスの前に差し出した。 「ああ、確かに私の物だ……大事な物なんだ。すまない、ありがとう」 アグリアスは壊れ物でも扱うように、そっと人形をラムザから受け取ると、そのままじっと人形を見つめた。 その瞳はキラキラと輝いていた。 「……本当に大事なものなんですね」 「ああ。そうだ。何かのはずみで、荷物の中から落ちてしまったのだろう。 気をつけてはいたのだが、申し訳ないことをした」 アグリアスは、人形についてしまった埃や汚れを丁寧に手で払っていた。 「……この人形は、オヴェリア様のお手製なのだ。私を模して、作って下さった」 オーボンヌ修道院。 「アグリアス、これが何か分かる?」 オヴェリアはにこにこと笑って、手に持った人形をアグリアスに見せた。 「これは……私、ですか」 「ええ、そうよ。アグリアスを作ってみたのよ。今回のは特別に可愛くできたわ」 「……恐れ多いです」 アグリアスは微笑んで、オヴェリアの差し出した人形を見つめていた。 辺境の修道院暮らしの退屈しのぎにと、オヴェリアが始めたのが手芸だった。 編み物、パッチワーク、人形作り。特に熱中したのが人形作りだった。 猫や犬、鳥などの動物、シモン先生やシスター、護衛のナイトたち、そしてアグリアス。 決して上手ではない。けれど、暖かなぬくもりの感じられる作り。 作っているオヴェリアも、作品を貰ったその人も、自然と笑顔になれた。 「……思えば、あの頃はオヴェリア様もよくお笑いになっていた。オヴェリア様にとって、 もっとも安らいでいたのが、あの頃だったのかもしれない」 人形を見つめながら、アグリアスは言った。 「この人形は、そんな思い出のある人形なのだ」 「そうだったんですか……」 「ああ……もう、二度とは返らぬ日々の思い出だ」 ふと、アグリアスの目が遠くを見る目になる。 「……人が、幸せに暮らすことが、何と難しい時代になったことか。 出来得るならば、その闇を払う剣となりたいものだな」 誰に言うともなく、アグリアスは呟いた。 それは権力闘争の渦中にある主、オヴェリアの境遇を嘆いたものだろうか。 「……少し喋りすぎた。感傷的になってしまったな。ともかく、すまなかった。 届けてくれた者に、感謝すると伝えておいてくれないか」 ふっと息を吐いて、アグリアスは微笑んだ。 「分かりました。もう落としたりしないようにしましょう」 ラムザはいたずらっぽく茶化した。 「ふふっ、分かっている」 アグリアスの微笑が苦笑に変わった。 その夜、天幕の中で眠るアグリアスの横には、あの人形があった。 アグリアスの寝顔は、安らかに微笑んでいた。 オヴェリアと過ごしたあの頃の夢でも見ているのだろうか。 おしまい
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/122.html
城内に怒号が飛ぶ。銀髪鬼と恐れられるエルムドアの一撃が、アリシアに致命傷を負わせたためだ。 それを見逃さず彼の部下であるレディが彼女の周りに残る敵を焼き払おうと 魔術の詠唱に入る。 皆がその場を離れ、起死回生を狙うなか、怒りに我を忘れたアリシアの上司が取り残される。 「アグリアスさん!」 彼女の名を呼んだ青年、ラムザが見せた表情をエルムドアは見逃さなかった。 そのままさらなる追撃を仕掛けてくる。 追撃に気がついたアグリアスが剣をふるより早く、エルムドアは彼女に接近すると 右手で剣をなぎ払い、左手で素早くアグリアスの細い首を捕らえた。 常人ならざる力が彼女の首に襲いかかるが、アグリアスは諦めない。 必死に抵抗し腰に隠していたナイフをエルムドアの腕につきたてた。 が、エルムドアは動じない。 脳に酸素を送る主要な血管、気管を封じられ何秒アグリアスがもつか試している。 次第に彼女が青ざめていく事を確認すると胸元からハンカチを取り出しアグリアスの顔に押しつけ、同時に首をしめつけていた左手をゆるめる。 アグリアスがハンカチごしに息を吸うのを待っているのだ。 「彼女を離せッ!」 ラムザが怒号ともにエルムドアに挑むが、その目前を魔法の炎が阻む。 ラムザがとどまって炎が消えた頃にはアグリアスからは力が抜け、だらんと腕がたれさがった頃だった。 「随分この女にご執心だな?」 エルムドアは興味深げに気を失ったアグリアスを眺めると、彼女の腰をもち、腹を肩に背負いあげる。 「こっちには気にも止めなかったのにね。かわいそうに。」 レディはぴくりともしないアリシアを蹴りつけるとエルムドアに歩みより突き刺さったナイフを引き抜く。 「良いことを思いついたよ、ラムザ君。」 エルムドアは大袈裟に手を広げ 「君を私のちょっとした研究所に招待しよう。一人で来い。その方が君のもっといい表情が見れそうだ…。」 と続ける。腕の傷はみるみる塞がり、エルムドアはそれをチラリと確認すると ラムザに見えるようにアグリアスの尻に手を滑らす。 「服を破いたこの女にもお仕置きが必要そうだしな。」 「彼女になにをするつもりだ!」 ラムザの焦りをはらんだ叫びにエルムドアは満足そうに微笑み、 挑発するように柔らかい曲線に指を這わせる。 「そう、その顔だ。そこで君のそんな苦痛に歪んだ顔を見せてくれたまえ!」 エルムドアは満足そうに身を翻すとステンドグラスを突き破り外へ飛び出す。 すかさずレディとがあとを追いエルムドアを支えて空へ飛び立つ。 「待てッ!」 ラムザは追おうとするが駆けつけたアイテム師に咎められ足を止めた。 「隊長!アリシアさんが先です!」 「ッ!…ごめん…。」 ラムザはその場でかぶりをふり 「ごめん、アリシアさん…。僕は…。」 とそのまま言葉を失いうなだれる。 「北だ。やつら北に向かってる。」 ラムザに代わってエルムドアの飛び去った方角をムスタディオが報告しラムザの肩を叩いた。 隊員全員がラムザの心情を理解し、それ以上責める者はいない。 鉛の止め具を失ったステンドグラスが重力に耐え切れずに断続的に落ち、それだけが戦場の余韻を残していた… 娘達の泣くような声でアグリアスは意識を取り戻した。吸わされた薬のせいか 頭痛がしたがそれでも頭をもたげると首に抵抗がかかり、起きあがる事はできない。 首をしめられたからではなく、首を含めた体のいたるところに拘束具がはめられ、寝椅子の様なものに固定されているからだった。 一糸纏わぬ裸体の上から縛り上げられた拘束具はそのままでも息苦しさを伴うものだったが、ただの拘束部屋や拷問部屋にしては不気味な雰囲気を漂わせている。 アグリアスは自分が横たわったような姿勢でその椅子に磔られているのだと気がつくとかろうじて見渡せる範囲で素早く辺りを見回し状況を確認する。 石畳の狭い部屋にはたくさんの小さな扉と鏡が付き、それは天井等にも備え付けられている。アグリアスからみて正面の壁は一面大きな鏡で彼女のあられもない姿を映し出していた。 アグリアスの足は大きく広げた状態で固定され、鏡を使わなくても彼女から自身の折り曲げられた膝がみえるくらいだった。 アグリアスは裸体はもとより誰にも見せた事のない恥部を大映しにする鏡に躊躇したものの、すぐに彼女の意識を取り戻させた娘達声の主を探して鏡に視線を走らせた。 先ほどよりも娘達の声は数が増え、悲鳴のようなものから歓喜の叫びまで様々だったが少しずつアグリアスの方に近づいてきている。 鏡から見える情報から察するに、自分の右手側は一面鉄格子でどうやら螺旋状の地下牢獄らしいとアグリアスは気がついた。 向かいの独房にも小さくだが娘が裸で同じような椅子に固定されているのが見えたからだ。 地下の方から少しずつ娘達の悲鳴とあえぐ息遣いが増え、それはじわじわと近づいてくる。 この声の主の娘達が全員自分と同じように拘束されているのだとしたら…。 アグリアスはそこまで考えると、背筋に走る悪寒と言い知れぬ恐怖に震えながら、 地下牢の底の様子がわからないか伺う。 ずるっ― 自分が固定されているすぐ近くで物音がする。 アグリアスははっとして物音のする方にある、正面の小さな扉を凝視する。 なにかが扉の向こうで作業しているらしい。 かすかにぺち、ぐちゃ、と音をたてている。 スピコデーモンか?アグリアスは戦場で対峙した経験もある、そのイカの化物を思い出す。 彼らは全身が白い粘膜で覆われ、イカ同様吸盤のついた触手を持った生き物でありながら 人と同じように衣服を着、魔法を操るが、醜悪な上に知能はイカよりすこしある、ずるがしこい生き物だ。 アグリアスがそこまで思い出すと、すぐそばから娘の声が上がった。 「嫌ッ!止めて!止めてよ!」 真下の房の娘だろうか、ぎし、ぎしと椅子を揺らしている音やなにかが唸るような音も聞こえる。 「イヤッ!もうやめてぇっ!」 そこまで聞き取ってアグリアスは思わず身を固くした。やはり拷問やただの監禁目的の部屋ではない! アグリアスは鏡を使って向かいの部屋を確認すると大きく広げられた娘の秘部に壁から繰り出され器具が挿しこまれてゆく最中だった。娘に挿し込まれたそれはゆっくりとピストン運動を繰り返しており、娘は必死に抵抗しつつもされるがままにされている。 戦場とは違う種類のおぞましい光景にアグリアスはぞっとして身を固める。 (では、この扉の向こうで行われてる作業は…!?) 「いい声で鳴くだろう?」 不意に声をかけられアグリアスはびくんと体を震わせて辺りをみるとエルムドアが不敵な笑みを浮かべて通路に立っていた。 「ささやかな私のたのしみなのだよ、気に入ったかね?」 エルムドアの頭の先から爪先まで舐めるようにのびる視線にアグリアスは羞恥心で耳まで真っ赤になる。 「な、何をするつもりだ!」 「おや、声に興奮してしまったのか?」 噛み付くように強がるアグリアスをエルムドアは鼻で笑うと格子の外にあるレバーを引く。 がしゃん、という機械音と共にアグリアスは椅子ごとエルムドアの方へ回転してしまう。 ぱたたっと水滴が床に落ちる音がし、エルムドアはそれを一瞥すると格子から手を差しこみ指先でアグリアスの入り口でくりくりと円を描く。 「えっ?ひあッ…?!」アグリアスは未経験の感覚に恐怖を覚え身をよじるが逃げられない。 「もうこんなに手袋が染みているぞ…?」エルムドアが蜜で濡れた手袋で そのまま指先を奥へねじこもうとする。 アグリアスが反射的に体を硬くして目をつぶると指は糸を引いて離れた。 「なんだ?期待したのか?」 エルムドアはそう吐き捨て指先から体液の滴る手袋をちらつかせた。 アグリアスはキラキラと光る糸が手袋と自分の秘部を繋いでいるのを見て自分がどうかしてしまったのではないかと恐怖し、何も言い返せない。 エルムドアの背後では先ほどの娘が身体を弓なりに反らし自ら腰の動きを壁から繰り出されたものに合わせ、うわずった声で喘いでいる。 「はじめる前からよく薬が効いているようだ、心配せずとも君もすぐああなる。」 薬、という単語にアグリアスは毒のようなものを想像するが、おそらくもっと陰湿なものだろう。 意識を失っている間に何をされたのかはわからなかったが、それ以上は考えたくも無かった。 生かされている以上、きっとラムザをおびき出す材料に使われてしまう…。 エルムドアはアグリアスの狼狽を楽しそうに眺めながら、まだ体液で糸を引く手袋をその場に丸めて捨てる。 と、壁の向こうで物音をたてていた何か…スピコデーモンが正面の小さな扉をあけ、顔を覗かせる。 「そろそろヒルをなじませておけ。もうじき開演だ。」 エルムドアはスピコデーモンに指図するともう一度レバーを引きアグリアスをスピコデーモンの方へ向ける。 アグリアスは扉から見えるスピコデーモンとそれが用意している器具を目の前に不本意にもガタガタと震えた。 それは己の手首程の太さの器具で機械特有の唸りをあげて震えており、器具は全体的に凹凸がある上に、先端は鏃のようにくびれたあとまた張る形をしている。 しかも生きているかのようにぴくぴくと動いていた。 アグリアスは動かしうる箇所をばたつかせて少しでも拘束が緩まないかともがくが、そうこうしている内にスピコデーモンはいいつけどおり「なにか」の用意をすすめている。 いくつかある触手の8割は皮袋から巨大なヒルのようなものをつまみ出すのに使われ、 2割はエルムドアが投げ捨てた手袋を拾い上げて、しゃぶるのに使われている。 スピコデーモンはつまみあげたヒルのようなものをアグリアスの胸元に放り投げると、別の場所から 白濁した液体の入った大きなシリンダーを取り出し、器具に取り付け始める。 「嫌だッ!!来るな!!」 アグリアスは体をよじってそのヒルを落とそうとするがヒルは無数の触手を持っており、 振り落とされるどころか、役割があらかじめ決まっていたかのように分かれ、アグリアスの双方の乳房を覆い、触手を絡ませた。 残されたもう1匹も器用に暴れるアグリアスの腹を這うと、下半身の恥丘に覆いかぶさる。 恥丘に至ったヒルの方は遠慮なくその触手でアグリアスの蕾をいたぶると、 反射的にあふれ出る愛液をすすりだした。 「あぅ…っ!?」 ヒル達の陵辱が始まりアグリアスの体は意思とは無関係にがくがくと腰を震わせ、 もうアグリアスが思うようには動かなかった。 スピコデーモンはそのころあいを見計らうと袋の中からひときわ大きいヒルを取り出し、 アグリアスの口に押し込んだ。 「ひぃ…ンッ!!」 ヒルはすばやくアグリアスの口内に触手を這わすと歯や舌にからみつく一方でしきりに喉の奥のほうまで侵入し、何かを冷たいものを流しこむ。 アグリアスはヒルを噛み切ろうと試みたが強い弾力ではじき返され、 結局は流し込まれた何かを吐き出すこともできずにそのまま飲み込まされた。 冷えているはずなのに体内の粘膜に触れると火のように熱いそれを 吐き出さねばと懸命になっているにもかかわらず、拘束された体がそれを許さない。 飲み込まされた「何か」の効果はすでに現れてきていた。 恐怖と反射的な反応しかなかったはずの体が経験したことの無い快感を訴えはじめたのだ。 押し殺しても漏れる甘い声に反論するように いやだ、こんなのは違う、まやかしの感覚だ、とアグリアスの意識は最後までもがいていたが 玉のような汗が吹き出て、次第に視界の焦点があわなくなっていく。 体にこめていた力が抜け、口に収まっていたヒルがアグリアスから離れる。 アグリアスはぼうっと虚空を見つめたまま無抵抗になり、ヒル達だけが活発にアグリアスの体を弄んでいた。
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/74.html
ある日、ラムザ一行の食卓にマインドフレイアの活け造りが現れた。 ゲテモノ好きの(と言うと怒る)アリシアが腕によりをかけて作ったのだ。 食糧難の事情から蛙も蛇もモンスターも調理してきたラッドの手解きもあって、 その晩の夕食はとても楽しいものとなった。 が、さすがにマインドフレイア丸ごと一匹はボリュームがありすぎましたので、 あまり味のよろしくない頭部を残して生ゴミ処分といたしました。 夜が更け、皆が寝静まった時刻、アグリアスはふと尿意を覚え、 同室のアリシアとラヴィアンを起こさないよう注意しながら、そっとトイレに立ちました。 コン、コン。 礼儀正しいアグリアスは、もう夜分だというのにわざわざトイレの戸をノックします。 当然、こんな時間に返答があるはずもなく、アグリアスはノブを掴みました。 コン、コン。 ところが、トイレの内側からノックが返ってきたのです。 恐らくアグリアス同様、夜更けにトイレに来た何者かが使用中で、 まさかこんな時間にトイレでかち合うなどと想像していなかったため、 アグリアスの丁寧なノックに驚き、返事が送れてしまったのでしょう。 そう納得したアグリアスは、中の人が出てくるまでしばし待つ事にいたしました。 廊下の窓から射し込んでいた月明かりが雲にさえぎられ、 そしてまた雲が途切れて月明かりが再び廊下を照らすほどの時間が経ちましたが、 先に入っている方は一向にトイレから出てくる気配がありません。 耳をすませる、などといった下品な真似はしておりませんが、 用を足すためにどうしても出てしまう音というものがまったく聞こえないのも奇妙。 不審に思い、アグリアスは再びノックをしました。 すると今度はすぐに返事のノックがされます。 ずいぶんと長い用の様子で、アグリアスは自分の用の焦りからではなく、 親切心からこのように声をかけました。 「もし、ずいぶんと長くおられるようですが、お加減でも悪いのですか?」 コン、コン、とノックの返事がありました。 しかしそれでは「はい」「いいえ」のどちらなのか解りかねます。 どうしたものかと困ってしまったアグリアスですが、粘り強く訊ねました。 「失礼ですが、例え人気のない時間でも、 一人で長時間トイレを独占するというのはいかがなものでしょう」 コン、コン。またです。返事をする気があるのかないのか、ノックで応えるだけ。 さすがのアグリアスも、胸にほんの少しの苛立ちをつのらせました。 もう少し強い語調で言ってやるかと思いましたが、 ノック以外まったく反応をしないという奇妙な行動が不安を誘います。 「声で返事をできない事情でもあるのですか?」 コン、コン。やはりノックで応えてくる。これは肯定の意なのだろうか。 (もしや声が出ないほど具合が悪く、ノックするのが精いっぱいなのでは?) そう思い至ったアグリアスは、強めに戸を叩きました。 「もし、もし、大丈夫ですか? 失礼ながら、開けさせていただきます」 ドアノブを回し、戸を引くと、どうやら鍵がかかっていないらしく、 すんなりと開いてしまいました。 アグリアスはすぐさま人の姿を探しましたが、トイレの中は空っぽです。 まさか、誰かのイタズラだったのでしょうか? しかしイタズラにしても、どうやればこんな真似ができるのか見当もつきません。 「奇妙な事もあるものだ」 いぶかしがりながらも、そろそろ下の方がつらくなっていたアグリアスは、 戸を静かに閉めて、鍵をかけ、寝巻きとパンツをおろして、トイレに座ります。 コン、コン。 すると、外からトイレの戸を叩く音。 「……入っている」 あまりにもできすぎたタイミングに、アグリアスはわずかな警戒心を作ります。 コン、コン。 「入っている、もうしばし待ってくれ」 そう言いながら、アグリアスはトイレから立ち、パンツをはき直しました。 ドン、ドン。戸を叩く力が強くなります。 「入っていると申しているだろう。もう夜も遅いのだ、静かにせぬか」 ドンドンドンドンドン。 やはり悪意あるイタズラを何者かが行っているのだ。 アグリアスは右手を強く握り、左手でトイレの鍵をはずします。 瞬間、バタンと勢いよく戸が引かれました。 咄嗟に両の拳を構えますが、人の姿はやはりありません。 しかし人がいるとするならば、開いた戸の裏側の小さな空間に隠れているのでしょう。 そんな小柄な人間は、仲間内ではラファくらいしか思いつきません。 「ラファ……か?」 こんなイタズラをする娘ではないと承知していながらも、確認のため問います。 返事はありません。 じりじりとアグリアスは歩を進め、ぬるり、足元に嫌な感触が。 どうやら水で濡れているようで、しかも妙に粘性があるように思えます。 いったい誰のイタズラか! そう思いながら、確認のため顔を下に向けます。 人間の頭ほどの大きさの何かが、足元で蠢いていました。 窓から射し込む月明かりは、再び雲に隠れてしまって、 足元にいる物がいったい何なのかよく解りません。 ともかく人間ではない事は確かであったため、蹴りつけてやろうとしました。 ところが足元のそれは突如、アグリアスの顔面にヌルヌルとした液体を放ちます。 「ぐぷっ!?」 視界をさえぎられ、アグリアスはのけぞりました。 いったい何をされたのか、さすがの彼女も混乱に陥り、尻餅という醜態をさらします。 「いったい、何だ……!」 素早く立ち上がろうとした瞬間、足首をヌルリとした物が絡め取ります。 そのおぞましい感触に、アグリアスは悲鳴を押し殺しました。 そのおぞましいものはアグリアスの白い足首を這い、すねを通り、太ももにまで至ります。 チラリと見た影は、とても足の入ったズボンに入ってこれる大きさではなかったというのに! 「ひぃっ、うぁあ!」 たまらずアグリアスは悲鳴を上げました。 太ももから、足の付け根にまでやってきたそれは、今度は上半身にまで這い上がろうとします。 あまりの気色悪さに涙をこらえながら、アグリアスは寝巻きの中のそれを引っ掴むと、 トイレの中に投げ込んで、すぐさま流してしまいました。 『……イア……! ……イア!』 流れていく水音に混じって、人間の発音ではないおぞましい声が聞こえました。 それの意味する所など、とても理解できようはずがありません。 ただ、どうしようもなく恐ろしい、人智の範疇を超えた存在である事は確かなように思えます。 「助かった……のか……」 心地よい安堵感のせいか、アグリアスの下腹部はほんわりと温かくなりました。 その温かさがあまりにも気持ちいいので、うっとりとしたアグリアスはそのまま意識を手放してしまいます。 翌朝。トイレの前で寝小便を垂れて、顔と髪を黒く汚したアグリアスを発見したラムザは、 大慌てでアグリアスを起こし、すぐお風呂に入るよう指示しました。 それから彼女の部屋に忍び込み、アリシアとラヴィアンが起きないように気を配りながら、 アグリアスの着替えを持ってお風呂場へと行きました。 こうして何とか面目をラムザ以外に保つ事ができたアグリアスは、 昨晩の出来事を寒々とした様子で語り聞かせます。 ラムザも、お漏らしをした言い訳にしては、あまりにもアグリアスが怯えているので、 これは真実なのだろうとうなずいて、その正体を思案します。 これで怪異が終われば、この時限りの不思議事ですんだでしょう。 しかしラムザ一行が旅する先、毎夜毎夜、仲間の誰かがそのおぞましいものに襲われるのです。 噛んだり引っ掻いたりと、直接傷をつけるような真似はしてきませんが、 あまりの恐ろしさに皆恐々としてしまいます。 ところがある晩、レーゼがそのおぞましいものを引っ捕まえました。 正体は身体が4分の1ほどしかないマインドフレイアです。 粘性のある液体を垂らしながら這い回ったり、墨を吐いて目をくらませたり、 触手で撫で回すなどして嫌がらせをしてきたのは、 すべてラムザ達に身体の大部分を食われた恨みを晴らすためでございました。 ドラゴンだけでなく通常モンスターをも従えようと魔獣語をセットしていたレーゼは、 その事情を見事に聞き出し、どちらが強者でどちらが弱者かを叩き込み、 見事にそのマインドフレイアを屈服させたのでした。 「ちなみにこの子の名前はゴンザレスと言うそうよ」 JOIN UP! ゴンザレス マインドフレイア レベル99 その晩、食べ残してもいいようにとマインドフレイアの丸焼きが振舞われましたとさ。 しかしこれで安心してはいけません。 ほんのわずかな頭部だけから蘇ったゴンザレスです。 触手の一欠けらでも残そうものなら、ゴンザレスは何度でも蘇るさ!
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/60.html
屈辱的な姿を幾たびも衆目に晒されたことによる精神陵辱と、 元々の倦怠感とあいまってすっかり憔悴した様子のアグリアスは、 まるで生きた人形のように二人のされるがままになっていた。 レーゼによって首に百八の数珠をかけられ感想を問われるも、返事を返す気すら起こらない。 「一発芸。修行僧アグリアス」 メリアドールが腹を抱えてゴロゴロと床を転がり 「似合う似合う!アグリアスの禁欲的なイメージと絶妙にマッチしてる!」 二人の笑い声をどこか傍観者のように聞きながら、アグリアスはただ この時が早く過ぎ去ることだけを祈った。 「夕ご飯の支度ができましたよー」 隊員の一人がアグリアスのテントにやってきて、夕飯ができたことを告げた。 聞きなれたその言葉が、今のアグリアスにとっては天使の囁きのようにさえ聞こえた。 「あれ?もう夕飯?楽しいことをしてると時間が経つのが早いなぁ」 「アグリアスもお疲れのようですし、夕飯の支度も整ったそうなので わたし達はこれにて失礼しますね」 「夕飯は後で残ったものを適当に持ってきてあげるから。 じゃあまた明日ね~」 「………」 あー遊んだ遊んだと呟きながらテントを後にする二人を無言で見送って、 アグリアスは暗闇の中に独り残された。 次の日もメリアドールとレーゼはお見舞いと称して アグリアスで遊ぶためにテントに来訪し、散々身動きの取れない アグリアスをイジり倒した。 「これでも食べて元気だして」 メリアドールがアグリアスの大嫌いなトマトを目の前に差し出した。 普段は匂いをかぐだけでも嫌悪感を抱くトマトだが、 その赤い色と赤い果汁がどうしても…今意思に反して体が 求めている血液を彷彿とさせてしまい…食べたくないのに反射的に食べてしまう。 不味いと思っていたトマトも、こうした極限状態で食べてみると 意外に美味しいと思うから不思議だった。 「こういう辛い時には眠って時をやり過ごすのが一番ですよ」 レーゼは紐の先に赤い木の実をくくり付けたものを左右に揺り動かし始めた。 「催眠術です。単調な振り子の運動を見つめ続ければ、 そのうち退屈になって眠くなりますよ」 その原理は間違ってはいないと思うが、紐の先の赤い実が トマトの時と同じように血を連想させ、アグリアスの意思に反して 勝手に首が振り子の動きに合わせて動いてしまう。 「私で遊ぶなーー!!」 今できる唯一の抵抗も、二人の笑いを誘う以外の効果はない。 メリアドールもレーゼも別に悪気があって遊んでいるわけではなく、 普段は共に剣や武術の鍛錬の良き相棒として認め合い、信頼し合っている仲だ。 しかし今のアグリアスは普段の彼女――己の腕と強さのみを頼りにし、 凛とした佇まいと人形のように整った顔立ちを備えたアグリアスは どこか神聖不可侵といった印象を与え、常人の手の届かない高嶺に ひっそりと咲き誇る、硝子で出来た一輪の花を思わせる――とはあまりに かけ離れた、どこにでもいるただのひ弱な若い女に過ぎず、その上 彼女を彼女たらしめていた、何者にも屈しない純粋が故に美しいその強さは 鉄鎖という現実的でつまらない道具に束縛されてしまっている。 普段のアグリアスを一流の戦士として知っている二人だからこそ、 普段の彼女とのギャップをことさら面白く感じてしまい、千載一遇の この機会に乗じてアグリアスを遊び倒さないと気がすまないのだった。 夕飯の時を伝える天使の降臨を、アグリアスは今日も待ち望まなければならなかった。 ルナが街に向かってから三日、少しずつアグリアスの容態は 悪化していった。脈が常に速く、呼吸も荒い。意識は朦朧とし、 仲間の呼びかけにもぽつりぽつりと億劫そうに応えるだけだ。 こうなってメリアドールとレーゼもさすがにアグリアスで遊ぶことを自重し、 たまに彼女のもとを訪れては普通の土産を渡し、励ましの言葉を掛ける程度にしておいた。 熱で茹だったような頭で、アグリアスは漠然と考える。 一定時間おきに訪れていた吸血衝動…その間隔が少しずつ 短くなっている。人の血が吸いたくてたまらなくなっている。 喉はどんなに水を飲もうが渇きが癒されることは無く、 その渇きを癒しうる唯一の水は人の血液のみ。 半ば眠ったような人間としての意識と倫理観を 人ならざるものが少しずつ蝕み、取り込まれていくのを感じていた。 それでも長年に渡って修行と実戦で鍛え上げてきた精神力は、 吸血鬼としての心の侵食を多少は食い止めていられるらしい。 まだ隊員達と人として会話することは可能だが、それもいつまで続くか分からない。 この際ルナから手渡された自殺幇助薬の使用も考慮に入れておいた方がいいかも知れない。 少しずつ人外の存在になりつつある自分に恐怖しつつ、 そんな時に心に唯一浮かぶのはラムザの存在だった。 彼と同じ戦場を駆け抜け、共に剣の腕を磨き、幾たびの 絶望と死線を共に乗り越え、同じ場所で同じ季節を過ごすうちに… いつしかラムザに憧れを抱くようになった自分に気が付いた。 誰もが絶望と死の恐怖に呑まれ、動けなくなった現世に現れた地獄――― アグリアスさえも剣折れ力尽き、倒れ伏す傍ら… ラムザは独り剣を構え、強大な悪魔に立ち向かっていった。その背中を…ただ美しいと思った。 その感情は胸を締め付け、時に酸っぱく時に甘い幸せな思いだった。 初めからその恋心を彼に伝えるつもりなどなかった。 密やかに胸の中で愛しみ育て上げた想いの花は…時を経て静かに散らせるつもりだった。 彼と同じ青い空の下で、同じ時を過ごせるだけでよかった。それ以外は何も望まなかった。 それなのに…今はラムザをかつてないほどに恋しく思ってしまう。 自分の痛みを、苦しみを、気持ちを理解して欲しい。救って欲しい。 激しい切なさにさいなまれる中、テントの外からラムザの声が聞こえてきた。 ラムザがテントに入ってきた途端、 それまでグラグラと揺らいでいた視界が急速に正常に戻り 白濁していた思考が一気に沈静していった。 しかしこの状態は、少し前の健康だった頃とは何かが違う。何かがおかしい。 「わざわざ来てくれてありがとうラムザ。嬉しいよ」 微笑みながらそんなことを平然と言い放った後、理性が疑問を訴えた。 「(私は何を言っている…!?)」 こんな朗らかにラムザに語りかけるなど、未だかつて一度も成功したことはない。 「思ったよりも具合が良さそうで安心しました。 もうすぐルナが帰ってきますね。きっと治療法を見つけてくれるはずです」 「そうだな、そうだといいな。今回は私の不注意でこんなことになってしまい 済まない。私が血を吸われなどしなければ旅が滞ることもなかったし、 お前が私を助けるために…自ら兄上に引導を渡すことも無かったはずだ」 「いえ、気にしないで下さい。今まで一緒に戦ってきた仲じゃないですか。 水臭いですよ。兄のことは…僕自身が逝かせてあげて、よかったと 思っているんです。兄も満足して逝けたと思っています」 「そうか…優しいんだな。お前は」 アグリアスの自制心に反して、次から次へと勝手に言葉がついて出てくる。 しかもそのどれもが、今まで言いたくとも恥ずかしくて言えないような、 胸の内の想いを直接吐露するような発言だった。 酒に酔って発言が大胆になるような現象とは似ているようで違う。 まるで別人が体を勝手に操って会話をし、冷静な自分がそれを離れた場所から 眺めているような感覚だ。 恋心を伝えられなくとも構わない。せめて彼と自然に話しをしたい。 そんな淡い願いを抱いていても、どうすればいいのか見当も付かなかった。 戦闘時以外では気恥ずかしくて何を話せばいいのか分からなかったし、 優しくされると無意味に反発し、逆に優しくしたいのに冷たく当たってしまう。 こんな風に、自然に朗らかに、素直になって彼と話しをしたかった。 諦めかけていた夢が唐突に叶い、アグリアスは当初感じた違和感のことなど忘れ、 半ば夢見心地でこの自動会話に興じていた。 「なあラムザ…1つ頼みがあるんたが…」 「? 何ですか?」 「服の中に虫がまぎれ込んだみたいなんだ。取ってくれないか?」 「…え…えええ!?」 顔を赤らめ、たじろぐラムザ以上に、アグリアスはパニックに陥っていた。 「(虫など服の中に入っていない!嘘を言っている!)」 アグリアスの動揺をよそに、体は勝手に会話を続ける。 「くすぐったくてしょうがないんだ。早く取ってくれ」 「あぁーーその…しかしですね?アグリアスさんは女性な訳ですから… 男の僕が服の中をまさぐるというのは色々と問題が…」 「別に問題などない。早くやれ」 「ええ~~っ!?」 普段の毅然とした様子のアグリアスからかけ離れた発言に、 ラムザはただただ困惑する以外に無い。 「それとも何か?私みたいな女には手も触れたくない…と。 お前はそう言いたいのか?」 「い、いえいえそんな事は…!アグリアスさんは…その… 綺麗な方ですし…」 「ふふ…ありがとう。ラムザ。嬉しいよ。 だが口だけなら何とでも言える。態度で示してこその誠意じゃないか?」 「そ…それはそうですが…。 …メリアドールかレーゼにやってもらうというのは駄目ですか?」 「駄目」 「あ…う…」 何だ…?何なんだこの会話は…?先ほどまでの心温まる会話から一変、 これではまるで猥談…。いや、この際会話の内容はどうでもいい。 こんな会話をさせて、ラムザに服の中をまさぐらせようとしているのは 何が目的なんだ…?何かに体を乗っ取られ、気が付けば口だけでなく 体全体の自由さえも奪われている。 ラムザは自分でない誰かと会話している。それを伝えなくてはならない。 しかしその異常事態を伝えることはかなわず、あたふたとするだけでどうしようもない。 そうこうするうちに、頬を紅潮させたラムザがおずおずと近づいてきた。 「右腕のひじあたりにいるぞ。早く取ってくれ。 胸や腰の辺りに移動しないとも限らない」 「!! …そ、そうですね…。し、失礼します…!」 ラムザは顔を真っ赤に染めながら、右腕の袖口から手を差し込む。 こんなにも近い距離にラムザがいる。その事実だけでも卒倒しそうなのに、 その上服の中に手を入れられて…アグリアスは気恥ずかしさで 頭がどうにかなりそうだった。 そんな中、ふとラムザの首筋が目に留まった。 「ア、アグリアスさん…虫らしきものは見当たりませんが…」 「ああ。肩の方に移動しているぞ」 「そ、そうですか…」 ラムザはいるはずのない幻の虫を探し続け、アグリアスの顔に 注意が向いていないばかりか、首周りがまるで無防備の状態。 今ならたやすく…。 突然、今まで明瞭だった思考にもやがかかり、 未だかつて無い強烈な吸血衝動が襲ってきた。 動悸が激化し、呼吸が早くなる。重度の酩酊状態のような、 歪む世界、歪む思考の中で、血への欲求のみがアグリアスの全てを 支配しようとする。 血…血…血…他の誰でもない…ラムザの血! 血が欲しい…!愛するラムザの血をこの身に受け入れ… どうしようもない、抗いがたいこの渇きを潤おしたい! 光に吸い寄せられる蛾のように、アグリアスの顔はゆらゆらと ラムザの首に近づいていく。恍惚とした表情で…。 アグリアスはすっと目を閉じ、そっと唇をラムザの首にあてがった。 「えっ…!?」 突然首に触れた、柔らかく、温かい感触にラムザはハッとする。 そんな驚いたラムザの声に、アグリアスは急速に覚醒し、今自分が 何をしようとしたのかを理解した。 「ア、アグリアスさん…?今何を…?」 呆然自失のアグリアスに、問いかけるが、アグリアスからの返答は無い。 彼女の頬を、一筋の涙がつたって零れ落ちた。 「……出て行け…」 低く、くぐもった声が静かに響いた。 「…行け…!ここから出て行け!私に近寄るな!」 突拍子も無い発言以前に、ラムザは彼女の涙に唖然としていた。 アグリアスが涙を流す…これは天地がひっくり返る前触れだろうか? 「出て行けと言っているだろう!もう私から離れてくれ! こんな私を…見ないでくれ…」 静かに涙する彼女に背を向け、ラムザは言われたとおりに テントを出て行く。 「ごめんなさい」 悲しい顔で、そんな言葉を言い残して。 ふたたび独りになったアグリアスは、感情を暗い淵へ、静かに沈めていった。 次の日の夜。 空には金色の満月が昇り、ほの明るさが闇を照らしていた。 「おいーっす。夕ご飯もってきたよー」 メリアドールが残飯を片手にアグリアスのテントに入る。 アグリアスはうつ伏せになっており、メリアドールの声にピクリとも反応しない。 「ご飯持ってきたって。夕飯だよ夕飯」 アグリアスの頭をぽんぽんと叩き、返事を待つが一向にアグリアスは 起きようとしない。 「おいコラ、起きろよ。食べるもの食べなきゃ」 アグリアスの頬をぺちぺちとはたく。 アグリアスは冷たくなっていた。闇の中なので分からないが、 肌の色は死人同然に白くなっている。 闇の中で、ぶちん…と何かが引きちぎれる音が響いた。 闇の中から伸びる白い手が、メリアドールの顔を掴んだ。 血の気を失った白い顔…それでも瞳だけは血のような赤い色に染まっている。 「私をおちょくるなと…何度も言っておいたはずだろう?」 「え…?」 二の句を継げさせず、みぞおちに一撃を加えてメリアドールを 昏倒させた。 今まで足を拘束していた忌々しい鉄鎖を引きちぎり、 気絶しているメリアドールの佩剣を奪い取ってから、 アグリアスは五日ぶりに自分の足でテントの外を歩いた。 夜風が頬をなで、空に輝く満月が美しい、気持ちのいい夜だった。 実に清々しい気分だった。歌でも1つ歌ってみたい良い気分だった。 己を縛り付けていた数々の暗鬱な思いは微塵も残さず消え去り、 高揚とした気分で夜の野を踏みしめる。 ラムザに会いたい。会って昨日の非礼を詫びたい。 そして血を思う存分吸って、この素晴らしい気持ちを彼と分かち合いたい。 ラムザのテントへ向かう途中、何人かの仲間と出会った。 彼らはアグリアスの進行を邪魔しようとしたので、 仕方なく適当に相手をしてやった。今まで共に戦ってきた仲だ。 アグリアスも鬼ではない、できるだけ傷つけないように、優しく気絶させてやった。 上機嫌で歩を進めていると、闇の中にぽつんとレーゼが佇んでいた。 「やあレーゼ。いい夜だな」 「ええ、そうですね。でも、こんなことになって残念です」 「私はまるで残念に思っていないが?とても良い気分だ。 力もあふれ出すようだし、体の調子もとても良い」 「それは結構なことですね。仲間の誰かは殺しましたか?」 「バカを言うな。大切な仲間だぞ?ちょっと眠ってもらっただけだ」 「それを聞いて安心しました。もしも仲間が殺されていれば… わたしは友人を手に掛けなければならないところでしたので」 「手に掛ける?なぜ私がお前に殺されなければならないんだ? まぁいい。失せろ。レーゼ。私が用のあるのはラムザだけだ」 「止まりなさい。アグリアス。これ以上前に進むと力ずくで捕縛しますよ」 アグリアスは肩をすくめ、ためらわずに前進した。 瞬間、アグリアスの体が宙に浮いた。 今のアグリアスにも視認できない速度で足を払われ、 地面に落下するのを待たずに、わき腹に大砲を思わせるような衝撃が浴びせられた。 アグリアスは宙を吹き飛び、大木に激突して地面にずり落ちた。 この時、木の枝にアグリアスの髪が引っかかり、結われた髪が解かれた。 月の光を吸って濡れたように光る金色の長髪が夜風に揺れる。 何本かへし折られた肋骨が内臓を傷つけ、思わず血を吐き出した。 吐血した血が髪に染み入り、金色を赤黒色染める。 右手を支えに立ち上がろうとするが、うまくいかない。 よく見れば、右腕のひじから先があらぬ方向を向いている。 わき腹に一発入れられた時、同時に右腕も折られたらしい。 仕方ないので両足を使って立ち上がろうとするが、これもうまくいかない。 よく見れば、両足ともへし折れている。足払いの際に折られたらしい。 「ごめんなさいね。剣でも抜かれたら面倒だから、右腕は先に封じさせてもらいました」 竜族の末裔レーゼはドラゴンの化身。 必然膂力、瞬発力、体力共に人間を遥かに凌駕する。 剣の達人、魔法の達人が混在するラムザの隊において、 純粋な肉体の強さでレーゼを上回る者は存在しない。 「痛いでしょうが、我慢してください。本当はもっと 軽い怪我で済ませるつもりだったのですが… 人間の体はもろいので、力の加減が難しくて。 後で回復魔法を施して治療しますよ」 「そいつは気を遣わせて済まなかったな。 だが私はもう人間ではないから、手加減は無用だぞ」 瞬時に右腕、肋骨、損傷した内蔵と両足を復元させ、レーゼの右足首を掴んで立ち上がった。 手足をへし折られた人間がその場で立ち上がる… 有り得ない事態にさしものレーゼも虚を衝かれ、一瞬アグリアスに宙吊りにされた。 アグリアスはレーゼの足首を掴んだまま、力任せに地面と周囲の樹木に 何度もレーゼの体を叩き付けた。いかにレーゼの肉体が頑強であっても、 今のアグリアスは彼女に勝るとも劣らない怪物である。 レーゼは成すすべなく沈黙した。 「お前はキングベヒーモスよりも丈夫だから、 これくらいどうってことはないだろう?しばらく眠ってろ」 アグリアスは片手一本で軽々とレーゼを宙吊りにし、 意識を失っている彼女に微笑みかけると、ポイとレーゼを放り捨て、 再びラムザを探し始めた。 その間にも仲間達の足止めを食らったが、今のアグリアスの前には 全くの無力だった。元々隊の中でもトップクラスに強い彼女が極限まで強化されたのだ。 他の隊員に彼女を止められる道理はない。 一人、二人と蹴散らすうちに、ようやく目当てのラムザが現れた。 「こんばんはラムザ。昨日は取り乱したりして済まなかったな。 お前の血が吸いたいがためにあんなことになったんだ。許してくれ」 「………」 ラムザは無言で剣を構える。そんなラムザを見取り、アグリアスは破顔した。 思い出したように佩剣に手をかけ、鞘から剣を引き抜いた。 「うん。そうだな。せっかくメリアドールから借りてきたんだ。 一度くらいは使ってやらないと、あいつも怒るだろうな」 月下に映える、透けるほどに白い肌と燃えるような紅い瞳… 金糸を思わせるほど繊細ですべらかな髪は、所々が血で穢れている。 銀色に光る長剣を携えたアグリアスはどこか幻想的で、 この世のものとは思えなかった。 ある人は彼女を悪魔と呼び、またある人は彼女を天使と呼ぶだろう。 「歯ごたえのない奴ばかりで退屈していたんだ。 少しは私を楽しませろよ」 ラムザが渾身の一撃を見舞い、アグリアスがそれに応じて剣戟を振るう。 剣の断末魔の悲鳴が轟き、柄から切断された刃が地面に突き刺さる。 勝負はたったの一撃で決着がついた。 ラムザの剣が、アグリアスの斬撃によって“斬られた”のだ。 剣で剣を斬る、という神業をさも当たり前のように放った後、アグリアスは嘆息する。 「遅いな。止まって見えたよ」 呆然とするラムザを力ずくで押し倒し、ラムザの両腕を両手で押さえつけた。 「この時を…ずっと待ち望んでいた気がするよ」 ラムザは必死に両腕の拘束を振り解こうとするが、 まるで万力に挟まれたようにびくとも動かない。 「私の気持ちを…私の願いを…ずっと伝えたかった。 ラムザ。お前が好きだ。愛している」 どうすればこの絶望的状況を打開できるか。必死に考えを 巡らせていたラムザの耳に届いたアグリアスの言葉。 瞬間世界は停止し、アグリアスの澄んだ紅い瞳とラムザの瞳が宙で交差する。 「知っていたか?私はずっとお前を見てきたんだ。 仲間としてでなく、一人の異性として。 お前を愛すること。お前に愛されること。ずっとそれを願っていたんだ」 彼女が吸血鬼になっていることなど、ラムザの意中から消え失せた。 なぜなら彼女は、ラムザはおろか今まで他の誰にも見せたことの無い、 穢れを知らない少女のような無垢な笑顔をしていたのだから。 「私の気持ちを知って欲しかったのに、どうしても伝えることが できなかった。ただ恥ずかしかったからじゃない。 思いを伝えてしまったら、私を私たらしめる何かが壊れてしまう。 お前の傍にさえ居られなくなるかもしれないことが怖かったんだ」 「………」 「私は人間を辞めたがな…まるで後悔していないんだ。 こうしてお前に胸の内を告白できるようになったんだからな。 以前の私なら、どうせ誰にもお前への気持ちを知らせることなく 墓の中まで持ち込んでいたんだろうな」 無邪気にアグリアスは微笑む。その無垢な笑顔に、 ラムザはいつしか恐怖を忘れている自分に気が付いた。 「この身は…この命は世界を正すために捧げるものだとずっと考えていた。 だが、お前と出会っていつしか考えが変わった。 世界のためじゃない。お前を護るために、私の命を使おうと思うようになったんだ。 お前が歩む道を切り開くための、剣になりたいとずっと思っていたんだよ」 「…こんな僕のためにそこまで思っていただいて…うれしく思います。 …ですが…僕の存在を尊重してくれるのなら…僕を解放して下さい。 僕まで血を吸われてしまっては、この部隊は崩壊します。 アグリアスさんを人間に戻す希望も失われます」 「それはできない相談だな」 アグリアスの顔が、ラムザのすぐ目の前まで近づいた。 あとほんの少しで、唇と唇が触れ合う、 お互いの吐息を肌で感じられるような距離。 絹糸よりもなお艶やかで、月の光を浴びて煌めく金色の髪が、 ラムザの胸元に滝のように流れ落ちた。 「言っただろう?今の私には世界などどうでもいい。 この部隊が解散しようが破滅しようが知ったことではないんだ。 欲しいのはただ1つ…ラムザ、お前だけなんだから」 あまりに純粋が故に狂気を孕んだその眼差しを、ラムザは 魅入られたように見つめ返す以外に成す術が無い。 「ここまで誰の血も吸わず、必死に喉の渇きを 我慢してきたのは何のためだと思っている? 他の誰でもない。お前の血で、心と体の乾きを同時に癒すためだよ。 愛する男の血というものは一体どれほど甘美な味がするんだろうな。 正直、楽しみで楽しみで堪らないよ」 小さい舌でちろりと舌なめずりをする。 「…僕は楽しみじゃありません。痛いのは嫌いです」 そんなラムザの答えに、アグリアスは大笑いした。 「バカ。教えておいてやるが、吸血鬼に血を吸われる時には もの凄い快感が全身を巡るんだぞ。 アレを上回る快楽などこの世に存在しない。賭けてもいいぞ」 それは性行為よりも?と内心疑問に思ったが、 アグリアスに尋ねたところで無駄のような気が直感的にしたし、 聞いたら聞いたで彼女の怒りを買って、この場で絞め殺されかねなかったので そんな疑問は胸のうちだけに留めておいた。 「さて、と…。 心の準備はできたか?私はもう我慢の限界だ。 何せ一週間分の我慢だからな。腹一杯吸わせて貰うつもりだが、 致死量まで吸ってお前が死んでしまっては元も子もない。 ヤバそうだったら遠慮せずにちゃんと知らせろよ」 「………」 目を閉じてラムザの首に口を寄せるアグリアスに、 ラムザは最後の抵抗を試みた。 「アグリアスさん」 「…何だ。せっかくいいところだったのに」 「アグリアスさんみたいな立派で綺麗な女性が僕みたいな人間を 愛してくれて…とても嬉しく思います。お世辞ではなく、本当に。 でもここで世界の危機を放り出して、旅を止める訳にはいかないんです! 僕のために命を賭けてくれているみんなの為にも。 僕のせいで死んでしまったティータやザルバック兄さん… 今もどこかで苦しんでいる大勢の人たちの為にも… 僕は世界を救う日まで、絶対に負けられないんです!」 ラムザの言葉をきょとんとした様子で聞いていたアグリアスは 苦笑を漏らした。 「アグリア…」 唐突に、唇を重ねられた。 訴えるべき言葉はアグリアスの突然のキスによって奪われてしまった。 ほんの数秒の、唇を重ね合わせるだけの淡い口づけ。 柔らかい感触と、かすかに感じる彼女の吐息。彼女の香り。 ラムザはその感覚に陶然とし、一瞬思考が真っ白になった。 唇を離したアグリアスは、頬を赤く染めてぽつりと呟いた。 「お前のそういうところが…好きなんだ」 熱を帯びた紅色の眼差しに、ラムザは何も言い返せなかった。 「いいから黙って私のものになれ。世界も仲間も、過去も未来も、 何もかも関係ない。それらは全て無意味だ。 私とお前…二人の今。必要なのはそれだけだ。 私を受け入れ、私を感じてくれ。私もお前を受け入れたい」 今度こそラムザの返答を待たずに、アグリアスは一気にラムザの 首筋に顔を近づけた。 「大好きだ。ラムザ」 最後にそう言って、アグリアスは唇を首筋にあてがった。 その3へ
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/137.html
「今日は特に暑いわね」 時刻は昼時を過ぎた頃、市場が開かれている広場は今日一番の賑わいを見せていた。 そんな中で文字通り日蔭者となっているシュガリーとアグリアスは市場を退屈そうに見つめている。 いつの間にか一つ増えた日傘にすっぽりと収まっているアグリアスが額の汗を拭った。 「今はもう春か?それとも夏?」 「そんなの私が知った事じゃないわよ。そもそもこの村にそんな概念は無いしね」 手で生温かい風をおくりながらうんざりとした顔でシュガリーはそう告げた。蒸し風呂状態となっているアグリアスの身体からは 遠目越しに見ても湯気が沸いているのが確認できた。 「鎧ぬがないの?死ぬわよ」 「…」 どこか遠い眼でアグリアスは、向こうの世界たる市場の中心を見つめている。返答がないアグリアスを見かねたのか、 シュガリーは手にした如雨露でアグリアス目がけて水を投げかけた。打ち水がわりだ。 「あぐぅ!騎士たるもの不埒な…」 「あー、はいはい」 シュガリーは説法めいたアグリアスの言葉を受け流した。このやりとりももはや指では数え切れないほど行われたのだ。 ラムザ達がこの村を訪れてから何日、いや何カ月が経過したのか。もはや本人たちも村人も知りようはない。 だが宿屋では相も変わらず毎晩のように宴が催されていた。最近の隊のメンバーは村の中で気の合う者同士で飲みあうようになり、 誰彼かまわず騒いでいた当初の宴の姿勢は、時を経るにつれて微細な変化を見せていた。ある朝、既に日課となりつつある朝食を 摂りに階下へ降りたら、居間でまだ語らいを続けていた者がいたほどだ。アグリアスは隊の者どもをひっ捕らえると、すぐに拳骨をお見舞いした。 隊長、痛いですよー、 と酒臭い飲兵衛が泣きついてきたが、アグリアスは素知らぬ顔をして二人を部屋に帰したのだった。 「ラムザとはあれからうまくいっているの?」 シュガリーの言う、あれからとは、いつかシュガリーとマウリドがアグリアスに対し恋の指南を行った時のことである。 アグリアスは急いで首を横に振った。顔に付着していた水が飛沫となりシュガリーに容赦なく襲いかかった。 「それは駄目よ。そうね、今晩デートにでもお誘いなさいな」 「で、デート!」 聞きなれぬ言葉を耳にしたせいか、勢いよくアグリアスが立ちあがった。 アグリアスもシュガリーに対してマズラというアドバンテージを有しており、シュガリーの言葉に応酬することは十分に可能なのだが、 目の前の言葉に翻弄され上手くそのカードを切る事が出来ない。 「教会のてっぺんに登って夜景をプレゼントするの。入口の裏手に確か錆びた階段があったはずよ。私は怖くて上ってないけど」 笑顔でシュガリーは告げた。 「だ、だが…」 「…今のままでいいのかしらね。ラムザの周りには魅力的な女性が多いわよねえ」 アグリアスの脳裏に、小憎たらしい笑顔を浮かべる神殿騎士と、女から見ても可愛げのある天動士の微笑む姿が浮かんでは消えた。 「…その代わり、あなたが誘ったんなら、私も誘うわよ…」 呟かれた言葉に、アグリアスは驚いてシュガリーを見た。 シュガリーは顔を熟れトマトのように赤くして俯いている。暑さのせいではないだろう。 そんなシュガリーの姿を見て、アグリアスが思わず頷いてしまおうかと思案する前に、 いつもの通り気前の良い客が訪れた。 「こんにちは」 「あ、あら。いらっしゃいマウリド。さあさあ」 照れ隠しからか、シュガリーは急いで横から椅子を引っ張り出して彼女に勧めた。 マウリドはそんな彼女の様子に気づいているのかいないのか、ニコニコと太陽にも負けない輝かしい笑顔をふりまいている。 そんなシュガリーの横で、アグリアスは静かに微笑んだ。 その時、 ふと傘の切れ間から見えた“何か”に、彼女は思わず日傘の中から飛び出した。 「どうしたのよ。ムスタディオが裸踊りでも始めたの?」 シュガリーは目を合わせることなく、目の前の庭園を慈雨で潤わせながら大した期待を込めずに尋ねた。 「雲が…」 「え?」 「雲が、出ている」 アグリアスの眼前には、果てが見えない程の真っ青な大海原が広がっていた。その中心には、 煌びやかな光を放った巨大なクラーケンが居座り、灼熱を振りまいている。そんな状況下で、まるで命知らずともとれる、 小振りの白いボートがふらふらと、しかし確実に怪物に近づいていくではないか。 「雲ぐらいどうもしないわよ」 期待して損をした、そう言外にこめながらシュガリーは頭を後ろの樽の山に乗せた。 アグリアスは未だに空を眺めつづけている。 「そういえば、最近は雲ひとつない快晴ばかりの天気でしたよね?」 マウリドの言葉に、アグリアスは神妙に頷いた。アグリアスの記憶が正しければ、この村に来てからまだ一度も 快晴以外の天候になっていない。 昼夜ともに雲一つ出ず、昼は太陽が、夜は満月が支配する世界。 そんな光景に慣れかかっていただけに、形は小さいながらも確かに存在する雲に、アグリアスは静かに体を震わせた。 まるで酒の酔いが体全体に回るかのように、アグリアスの体を急速に“現実”という何かが駆け巡って行った。 「今日はこの村に伝わる文字を教えてしんぜよう!」 宿屋から比較的近い、開けた農地の上にラムザ、マズラ、ムスタディオ、ラッドそしてマドーシャスは立っていた。 「どうでもいいが、どうして俺がいるんだ」 ポリポリと頬をかきながらムスタディオはラムザに訊ねた。 「ムスタ、暇じゃないか」 「お前な…そうだけどさ。」 その言葉にムスタディオはがっくりと肩を下ろした。二日酔いの抜けきらない体は本人の思っている以上によく弾んだ。 「まあまあいいじゃねえか。二人よりは三人、三人よりは四人さ」 ムスタディオの隣にいたマドーシャスという青年が両手を叩きながら明朗快活にそう述べた。 このマドーシャスという男、機構に精通しているという点でムスタディオと気があった。容姿はまるでムスタディオの兄貴分と言った具合で、 精悍そうな顔つきのマドーシャスと、紙風船のような顔とよく評されているムスタディオとの間には決定的な差がある。 「話がわかるね、流石はマドーだ」 笑顔でマズラはそう感想を述べた。親から無理やり着させられた白の木綿服を窮屈そうに身にまとっている。 「どうでもいいが日蔭とかないのか?この陽じゃ、土と心中しそうだ」 額の汗をぬぐいながら、ラッドはそう告げた。 するとラッドの言葉に呼応したかのように、ラムザ達の視界が瞬間、薄暗くなった。 「おー、日陰になったねえ」 頭上を通る分厚い雲の層は一過性に過ぎなかったが、横を見上げると次々と雲の艦隊が陽に押しよせている。 地上の気温もいくらか落ち着きを取り戻すに違いなかった。 ラムザは暫くの間雲を見上げたままでいた。何故か、酷く懐かしい感を覚えたのだ。 「おほん。それでは、これよりマズラ講師による言語講座を始める。こら、そこ。ラムザ君。先生の顔は空にはないぞ」 手に持った木の棒を振り上げながらマズラは熱弁をふるい始めた。 ハミサイダル・ガッドで用いられている文字は、違いはあれど、畏国文字とは根本的な部分で合致していたため、 ラムザたちは比較的簡単に文字を描写し始めることができた。 「このように…そう。僕の名前はこうなる」 書き方は違えど、文字としての全体像は相似している。頭の中でミミズが這うような文字を思い浮かべながら、覚えたてのラムザは、 見よう見まねで自分の名前を地面に刻んだ。書き終えて周りを見ると、他の二人はマドーの指導の元、地面と激しい睨みあいをしていた。 「そろそろ上がろう。このままだと日射病でどうにかなってしまいそうだ」 不意にマドーシャスがそう提案した。田んぼの地面に一心不乱に文字を書き連ねている光景は傍から見たらとても奇妙だ。 全員は久方ぶりにお互いの顔を見やり、初めて相手と自分が汗だくであることに気付いた。 「確かにそうだ。ああ、近くに大木があるんだ。そこで日陰ぼっこをしようや。ああ、宿からキンキンに冷えたミルクを持ってこよう」 発起人であるマズラが夢見心地の表情でそう述べ、本日の講義は終了した。 市場にはアグリアスとマウリドがぽつんと取り残されていた。 店主たるシュガリーは現在、教会への礼拝及び自由時間のため外出中だ。他の者に店を任せることなど普通ならば考えもつかないが、 “どうせ誰も来ないし”という言葉一つで三者は三様に納得した。 事実、アグリアスはシュガリーと出会ってからずっと重きをこの店に置いているが、マウリド以外の訪客を見かけた事が無かった。 店主がこのような有りさまなのだ。本人と顔見知りでなければ、よほどこの店に足を運ぶ事はないだろう。 そして、今も珍客は訪れない。 「暇ですね」 マウリドの言葉にアグリアスは苦笑しながらも頷いた。すぐに沈黙が店を包み込む。 アグリアスはこのマウリドという少女があまり得意ではなかった。笑顔を絶やさずにいるが、その実、 何を考えているのかてんで知れないのである。 「アグリアスさんのいた所は、ここと同じ平穏な場所なんですか?」 アグリアスは首を横にふった。 そして、畏国内には領地を統べる貴族の王が存在し、市民とは絶対的な差が存在している状況を説明した。 「へえ。そうなんですか。住みにくい世界なんですねえ」 大よそ他人事のようにマウリドは大げさに驚嘆した。仕方がない、とアグリアスは思った。 マウリドの笑顔はそこでほんの少し、狂気に歪んだ。 「アグリアスさんはそんな世界を変えようとは思わないんですか?」 アグリアスはその質問の内容に少々面食らった。 「暴虐の限りを尽くす貴族の大部分は既に戦争によって死に絶えてしまったんだ。 そんな貴族を扇動し切り捨てた、戦争を蜂起させた奴等がどこかに存在する。私たちはそんな敵を追っている。 詳しくは言えないが、世界を恐怖と混沌に変革しようとする奴等だ」 アグリアスはこれまでの旅路を振り返った。 ドラクロワ枢機卿に始まり、バリンテン大公、ゴルターナ公そしてラーグ公までもが自らの私利私欲のために聖石、争いを欲し、結果死を遂げた。 今、畏国は荒廃している。その機に乗じて教会が畏国全土を、いや全世界を支配しようと画策している。 打ち砕かなければいけない。奴等の思い通りにしてはいけないのだ。 しかし、私たちはこのようなところで一体… 「違いますよアグリアスさん」 マウリドの言葉に、アグリアスは深い渦の只中にあった意識を戻した。 「あなた方がどれだけ苦労されたのかは多少なりともわかりました。けど、私が訊きたいのは別のことです」 マウリドはそこで一旦言葉を切り、いつも通りの清楚な笑顔を振りまいた。 「貴族と平民は同じ人間ですよ。貴族の家畜では決してない平民が、どうして貴族から無残にも物品を搾取され、 ただひたすら奪い続ける事が許されるのでしょう。 そんな支配階級が浸透する世界を、あなたは野放にし続けるんですか?」 アグリアスは冷汗三斗の思いをした。それもそのはず、少女はそのような事を笑顔のままで話しているのだ。 無邪気とは何か違う。 「努力はしているんだ。そのような者たちの気持ちは痛いほど…」 アグリアスの言葉を遮り、マウリドは、ぴょん、と椅子から跳んだ。 「アグリアスさん。あなたは“神の奇跡”を信じますか?」 アグリアスは戸惑いを隠せない。 「何を、何を言っているんだお前は」 「“神の奇跡”を信じるのは弱い人間だけ。誰かがそう言っていたわ」 突如、鈍い音が広場にこだました。 広場の中心を歩いていた老婆が突然うつ伏せで倒れたのだ。 手にしていたバスケットから、果物があちらこちらに四散していく。 「!!大丈夫ですか!!」 椅子から立ち上がり、アグリアスはすぐに老婆の元へ駆け寄った。日射病ではなさそうだ。 腹部を抑えたままピクリとも動かない。 「おいマウリド!!宿に走って私の仲間に状況を説明してくれ!!隊の中に治癒士がいる!!」 はて、マウリドはきょとんとした表情でアグリアスを上から見つめた。 「どうして?どうしてそのお婆さんを助けるんですか?」 アグリアスは驚嘆よりも寧ろ激高した。 「ふざけるな!!御老体が苦しんでおられるんだ!!」 「人の命がかかっているんだぞ!!」 畳みかけるアグリアスの言葉を、しかしマウリドは丁寧に首を横に振った。 「私たちは皆“神の子”です。もちろん、そのお婆さんもです。 つまり私たちは神と近い立場にいることになるのです」 朗々とマウリドは語り始める。何事かと事態を静観していた周りの人々も、 マウリドの言葉にじっと耳を傾けている。 「神は苦しんでいる人を助けてくれますか?神は貧困にあえぐ家庭にパンを恵みますか? 神はお互いが抱く憎悪を等しく取り払ってくれますか? 神は、私たちは、干渉しないんです。そのお婆さんを助けることはできません。 そうして私たちの意義が、神の定義が保たれるのです」 マウリドの演説が終わった途端、静まり返っていた市場はそれを合図にしたかのようにいつもの活気を取り戻した。 中心にいるアグリアスと老婆を抜いて。 通行人は彼女等を避けて通る。見えていないわけではない。姿をその視界に捉えながらも、まるで道端に咲く名もない花を見る要領で、 大した感情を抱かずに通り過ぎていく。 「何を言っている!同じ人間だと言ったのはお前自身じゃないか!!」 商人の甲高い売り声が響く中、アグリアスは声を張り上げてそう叫んだ。 市場は一向に静まることを知らない。 「勘違いしてはいけません。そのお婆さんと私たちは同じなのです。勿論、この村にいる時点であなたも同じですが。 第一、いつの日だったか、付き添っていた子供が階段から転落したことがありました。 その時、私たちと同じ立場にいたのはそのお婆さんです。今度は自分の番が来たときっと思っていますよ」 信じられない面持ちでアグリアスは周りを見渡した。商人が、通りすがりの村人が、一度こちらを見て、 そして何事も無かったかのように日常へ戻っていく。 アグリアスは唇を噛んだ。そして、無言で老婆を肩に背負った。 今一度、市場を見渡す。 穏やかな空気がそこには流れていた。 「“神の奇跡”など、おこるはずないんですよ!」 後ろからそう叫ぶ声に続いて笑い声が聞こえたが、 アグリアスはその声を頭の中で振り払うと、一心不乱に来た道を駆けだした。 アグリアスが宿屋に着いたのは数刻の後だった。居間に辿り着き、起きぬけの治癒士に老婆を見せたとき、 既に老婆は猫のように丸まったままで、その瞳を決して開けはしなかった。 遺体は宿屋の夫妻が荷台で教会まで運んでいった。 まるでジャガイモを荷台に積む要領で、荷台で運ばれていく死体を、 マズラはやりきれない表情で見つめていた。 そんな彼の表情にアグリアスは気付く余裕は既にかけらも残っていなかった。 彼女の中でのマズラ達は冷酷で狂気にまみれたものへと変貌を遂げていた。 「アグリアス姉ちゃん…」 マズラの言葉に、アグリアスは目を閉じて首を横に振る。そして無言で宿へ戻っていった。 マズラは蜃気楼があがる道に一人残された。 手にしていたミルクから、杯についた雫が途切れることなく地面にしみ込んでいく。 天気は下り坂へ向かう気配を見せていた。 「あら、アグリアスは?」 シュガリーが市場に戻った時には既にアグリアスの姿はなく、 そこには朗らかな笑顔を浮かべたマウリドが待ちかまえていた。 「隊の皆と話があるんだって言って、戻って行ったよ」 「あらそう」 暗い表情でシュガリーはアグリアスのすわっていた位置に、どかりと身を下ろした。 「蝋燭が、一本消えていたわ」 ポツリとシュガリーは告げた。 「そうなの」 笑顔でマウリドはそう告げた。シュガリーは言葉を発することなく、目の前の庭園をじっと見つめている。 「まだ慣れないのね。人の死に」 マウリドがシュガリーを牽制した。 それに対してシュガリーは反論する。 「だって、おかしいじゃない。人間なのに、同じ人間なのに。マズラもそう言っていた」 「何度も言っているでしょう。この村では、私たちは皆“神の子”なんだよ」 マウリドはその言葉を繰り返し使った。 沈黙が二人の周りを覆う。 マウリドはにわかに立ちあがり、目の前に広がる庭園に足を踏み入れた。 その中、花壇の中ですくすくと育つ一片の花を、マウリドは静かに摘んだ。 「今日はこの花を。押し花にでもしようかな」 「それは…エンドウの花?」 シュガリーが尋ねる。 嬉しそうにマウリドが頷いた。 「うん。 花言葉は、そうね。 “永遠に続く楽しみ”」 その4へ