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被った帽子の位置を、鏡と隣に置いた母の写真を交互に見ながら直す。 「…ん、こんなもんかな」 もう一度鏡の中の自分と、母の写真を見比べる。 「うん、いい感じ」 そう言いながら、こなたは満足そうに頷いた。 ピンク色の花があしらわれた、白くて大きな帽子。父の部屋を掃除してるときに見つけたそれは、母の形見の品だと聞かされた。『欲しいのなら、持っていっていいぞ』その父の言葉に、こなたは迷わず頷いていた。 鏡の中の自分を確認し、クルッと一回転してみせる。帽子にあわせて買った白いワンピースがふわりと舞った。 そのワンピースの裾がクイクイと軽く引っ張られる。こなたが見下ろすと、娘が親指を咥えながらこなたを見上げていた。 「ごめんごめん、ちょっと待たせちゃったね」 こなたは謝りながら娘を抱き上げた。 「よし、しゅっぱーつ」 そう宣言し、こなたは娘と散歩に出るために玄関へと向かった。 - 命の輪に問う - 娘を乳母車に乗せ門を出たところで、こなたは見知った顔に出会った。 「おや、かがみ」 「ういす」 片手を挙げて挨拶してくるかがみに、こなたは少し考えてからこう答えた。 「主人がいつもお世話になってます」 言いながら丁寧に礼をする。 「…いや、別に世話してないけど…」 かがみが呆れたようにそう言うと、こなたはまた少し考えてこう言った。 「ご主人様がいつもお世話になってます」 「いやいやいや、変な風に言い直すな…今から散歩?」 「うん、そうだよ。この辺りを少し回ってくるから、用があるなら中で待ってていいよ」 かがみは少し考えて、答えた。 「散歩、付き合ってもいいかな?今日は特に用があって来たわけじゃないし」 かがみの言葉に、こなたは微笑んで頷いた。 「…なにかな?かがみんや」 歩き始めてからしばらくの間、自分をまじまじと見つめてくるかがみに、こなたはそう聞いた。 「いや、ホント馬子にも衣装だなって…あんたそう言う格好も出来るのね」 「失礼だなぁ」 かがみの微妙な評に、こなたが不満げな表情を見せた。 「あはは、冗談よ。よく似合ってるわよ…格好だけ見てると、どっかのお嬢さんに見えるわ」 「お嬢さんねえ…母親っぽくは見えない?」 まだ不満そうにしているこなたが、かがみにそう聞いた。 「母親ねえ…背と体格が足りないかしら」 「そこに触れますか…」 こなたはがっくりと肩を落として、ブツブツと何かを呟き始めた。 「…雰囲気は母親っぽくなってるわよ」 「え、そう?…えへへ、ありがとう」 かがみのフォローに急に機嫌を直し、こなたは鼻歌など歌いだした。 「単純ねえ…」 かがみは呆れたようにため息をついた。 「ん?どうしたの?」 急にこなたがそう言って、乳母車を覗き込んだ。乳母車の中では、こなたの娘が何かを言いたそうにむずがっていた。 「…こっちに行きたいの?うん、じゃあ今日はこっちにしようか」 「え?今ので分かるの?」 かがみの目から見れば、赤ん坊がただぐずってるようにしか見えなかった。 「うん、なんとなくだけどね…ほら、機嫌よさそうだよ」 こなたに促されてかがみが乳母車を覗くと、たしかに赤ん坊は機嫌良さそうに微笑んでいた。 「はあ…大したものね」 かがみが感心したように呟く。 「ふふふ、母親っぽい?」 こなたがニヤニヤしながら、かがみにそう聞いた。 「こだわるわねえ…そうね、今の見てると、ちゃんと母親してるみたいね」 かがみがそう答えると、こなたは満足気に頷いた。 「なんでまた急にこんな格好しだしたのよ」 かがみが、こなたの被ってる帽子をクイクイと引っ張りながら、そう聞いた。 「こらー引っ張るなー」 こなたが文句を言いながら、帽子を押さえる。 二人が知り合った高校の時分から、こなたは活発な服装を好んでいた。私服は全部ズボンで、スカートなど制服かアルバイト先のコスプレ喫茶での衣装くらいでしか見たことなかった。 「この帽子、お母さんのだったんだって。それで、格好も帽子に合わせてみたんだよ」 こなたは、かがみがずらした帽子の位置を、片手で直しながらそう言った。 「家にあるお母さんの写真でね、こんな格好してるのがあったんだ。だから、ちょっと真似してみようと思ってさ」 そう言った後、こなたは小さくため息をついた。 「わたしはさ、お母さんを写真の中でしか知らないからね。だから、格好くらいしか学べるものが無いんだよ。子育てのことはお父さんに色々教えてもらえるけど、それはやっぱりお父さんであって、お母さんじゃないんだよね」 そこまで言ったところで、こなたは恥ずかしそうに頭をかいた。 「あー、わけわかんない事言ってるよね。最近考えること多くて、頭ん中ちょっとごちゃごちゃしてるかも…」 そのこなたを、かがみは少し苦笑しながら見ていた。 「確かに言ってる事は分からないけど、言いたいことは分かるわよ…なんて言うか、今のこなたは頑張ってるわね」 「頑張ってる?わたしが?」 かがみの言葉に、こなたが首を傾げる。 「うん、頑張ってる。頑張って母親やろうとしてる…それだけはちゃんと伝わってくるわよ」 そう言ってかがみは、こなたに微笑みかけた。それを受けて、こなたはまた恥ずかしそうに頭をかいた。 しばらく歩いた後、二人は目に付いた公園に寄って一休みすることにした。 ベンチに二人並んで腰掛ける。こなたは、乳母車から出した娘を抱きかかえていた。 ワンピースの胸元にあるリボンを掴もうとして、手を伸ばす娘を目を細めて見ているこなた。その様子を見ているかがみは、自然と自分の顔が綻んでいくのを感じた。 幸せそうだ。本当にそう思う。 そして、不思議な感じを覚える。高校の時は色々と馬鹿なことしてた彼女が、今は一児の母だ。 あの頃には思い描くことさえなかった光景。目の前にあるそれは、自分にとってはとても遠いものに思えた。 「…ねえ、こなた…母親ってなんなのかしらね」 「これはまた、難しい質問だね…」 こなたの問いに、こなたが困った顔をした。 「あ、いや、深い意味は無いんだけどね。その、なんて言うか…あんたがこうやって母親やってるのが不思議な気がして…」 「んー…」 こなたは少しの間、眼を瞑って考えていた。そして、目を開けて答える。 「分かんない」 「…そう」 「さっきさ、わたしが頑張ってるって言ってくれたよね」 「うん、言ったけど…」 「分からないから、頑張れてるんだと思う。自分なりにさ、お母さんってのがなんなのか…」 こなたはそこで言葉を区切って、娘の頭を撫でた。 「この子にとっての、ちゃんとした母親になれるかなって…分からないところを探りながらだから、頑張れるんだと思う」 「…うん」 高校の時と、背や顔立ちは全く変わってないのに、時折感じるこなたの大人びた雰囲気。かがみにはそれが羨ましくあり…少々、妬ましくもあった。 「…可愛いよね」 こなたはそう言いながら、娘の頭を撫で続けている。 「この子見てるとさ、頑張りはきっと報われるって思うんだ…喋れるようになってさ、『ママ』とか言ってもらえたら…最高に萌えれると思うんだ」 カクンとかがみの肩が落ちる。 「娘に萌えるなよ…」 「えー、普通萌えるでしょ?こんなに可愛いんだから」 そう言うこなたの顔は、いつもの人を食ったような笑顔だった。 「いや、普通の感覚がおかしいって…」 かがみは、心底呆れたようにため息をついた。 「ところでかがみ」 「ん?」 「そう言う事に気が向くって事は、今の彼氏と上手くいってるって事なのかな?」 これ以上は無いというくらいニヤニヤした顔つきで、こなたがかがみにそう詰め寄る。 「そ、そんなんじゃないわよ…か、関係ないでしょ」 「三人目だもんねえ。そろそろ決めたいよねえ」 「う、うるさい!どうでもいいでしょ!ほら、もう十分休んだでしょ!行くわよ!」 顔を真っ赤にして立ち上がり、そのままドスドスといった効果音が聞こえてきそうな足取りで歩き出すかがみ。 「…頑張れ、マイフレンド」 こなたはそう呟きながら、娘を乳母車に乗せる。 「さ、次はどっちに行こうか?」 そう娘に問いかけながら、こなたは乳母車を押して歩き出した。 - 終わり -
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そういうわけで、バトンをいただきました。 これから投下される作品は、先ほどとは逆に、『青鈍空』の作者が『ダメな子ってなんですか?』を我流にアレンジしたものです。 ええ、アレンジ元の『ダメな子ってなんですか?』という作品ですが、 やはり第十一回のコンクール、お題が私ということもあり、私視点の作品となっています。 ですが、作風チェンジを明確にするために、あえてそれを変えてみたとのことです。 どうなるのでしょうね。 それでは、木の根の下にうずめられたかがみさんにそっと祈りを捧げつつ、 「ダメな子ってなんですか?」アレンジ作品:「ダメな子」をお楽しみください。 午後も六時を回り、夕暮れ時の日差しが、くすんだ白色の廊下を少し幻想的な橙色で飾る校舎。 その三階の廊下を、整然とした歩調で歩く一人の少女がいる。 ゆるやかなウェーブのかかった桃色の髪に、レンズの綺麗に磨かれた黒縁の眼鏡。 高良みゆきだ。 彼女は今、月一回開かれる定例の委員会を終え、クラスの教室に戻っているところだ。 というのも、彼女はここ陵桜学園高等部の3年B組で、委員長を務めているのだ。 容姿端麗・成績優秀・温厚篤実と、完璧超人の条件をきちんと備える彼女だから、 委員長に立候補してクラスの誰もが賛同したのも当然だろう。 彼女の腕には、委員会で使われた資料を丁寧にまとめた、薄いピンク色のクリアファイルが、 まるで赤ん坊を扱うかのような丁重さで抱えられている。 彼女は自分の教室の扉の前に着く。 戸締りの行き届いていることから察するに、クラスメイトは皆ほとんど帰ってしまったようだ。 一息つき、彼女は扉を開けようと窪みに手をかけた。 と、誰かの声が聞こえた。 教室の中からのようだ。 みゆきは扉を開ける手を止め、隙間から中の様子を覗いてみた。 すると三人の少女が見えた。 みゆきはその顔を見て、すぐさま誰かを判別できた。 泉こなた・柊つかさ・柊かがみ。 三人ともよく見知った友人だ。 泉こなたと柊つかさはクラスメート。 柊かがみは隣のクラス・C組で委員長をやっている。 四人の性格にはかなりの差異があるが、相性は不思議と良く、 昼休みには毎日四人で机を囲って弁当を食べるほどの仲良しグループである。 しかしその様子が、何だか普段とは違う。 皆がばらばらの位置に、ばらばらの格好でいるのだ。 泉こなたは黒板に寄りかかり、その何も書かれていない板面をぼんやり見つめている。 柊つかさは自分の席に座り、机に肘をつきながら何かをぶつぶつ呟いている。 そして柊かがみは、そんな様子にはまったく無関心なように、窓から上半身を乗り出して外を眺めている。 みゆきは不可思議な顔を浮かべつつ、扉をガラリと開く。 三人が一斉にみゆきに注目する。そのタイミングがあまりにぴったり揃っていてみゆきは思わずたじろいだ。 「あ、みゆきさん」 先に声をかけたのは泉こなただった。 「あ、えっと……」 みゆきが反応に窮する。 と、今度は柊つかさが歩み寄ってきた。 「ねえ、一緒に帰ろ? ゆきちゃん」 つかさはそうみゆきに願い出る。みゆきは困惑した表情を浮かべる。 「邪魔つかさ」 泉こなたが、黒板に寄りかかったまま声を荒げ、棘を刺す。 つかさはぴくりとも反応せず、みゆきの顔を見つめる。 「はあ……」 その様子を横目で傍観していた柊かがみは、若干わざとらしく溜息をつき、再び窓の外に向き直る。 みゆきはなお困惑する。 一時の沈黙が教室を流れる。 やがて痺れを切らしたのか、こなたが黒板を離れ、自分の席へ歩いた。 つかさとかがみがそれを尖った視線で観察する。 机の掛け具から鞄をむしり取ったこなたは、ドスドスと床を蹴りながら歩き、 みゆきの前に立つつかさに肩をぶつけ、そのまま無言で退場していった。 誰かが舌打ちする音が聞こえた。 再び沈黙が流れる。 しばらくして、今度はつかさが席に戻り、静かに鞄を取った。 そしてみゆきの横を通り過ぎると、さよなら、と小さく挨拶し、そそくさと退場した。 それに続いてかがみも、窓枠に寄りかけていた体を起こし、じゃあねと挨拶して足早に帰っていった。 取り残されたみゆきは、しばらく呆然としてその場に佇んでいた。 七時半。太陽はすっかり沈み、月が街を照らしている。 自宅に帰り着いたみゆきは、ただいまの挨拶もせず、リビングの椅子に深く腰をかける。 テーブルには小さなマグカップ。 純白のカップからは、澄んだ深紅色のホットティーが淡く湯気を立てている。 「はあ……」 ティーを一口飲み、溜息をつく。 どうにか、仲直りはできないものか。 みゆきは案じる。 一番いいのは、自分が何か手を加えたりすることなしに、自然とこじれが解消される場合。 策を立てて実行する自信が無いというのもあるが、力技で不自然に人間関係の形を歪めるというのが嫌だからだ。 細工をしないというのであれば、正面きって思いの丈をぶつけるという手もあるかもしれない。 しかしこれを即座に使うことは憚られる気がする。 いい案が浮かばない。 すると、玄関のチャイムが鳴った。 母・高良ゆかりが出先から帰って来たらしい。 「おかえりなさい」 「ただいま。ちょっと遅くなっちゃった」 苦笑いしてそう弁解するゆかりの手には、褐色の紙袋が提げられている。 「料理作るちょっと時間ないわね~。出前でもいいでしょ?」 ゆかりが言う。みゆきはまたか、というような、少し呆れた顔をする。 夕飯が出前で済まされるのは、この家庭ではいつものことだ。 「何がいい?」 「私は何でもいいですが」 「それじゃお寿司にしない? お昼にテレビ見てたんだけどね、すっごくおいしそうでね~」 そう言うやいなやゆかりは、テーブルのすぐ傍にある電話の受話器を持ちダイヤルを押す。 みゆきはやや間延びした顔をした。 ゆかりののんびりした調子に、今まで張りつめていた心がいくらか解放されたのだろう。 完璧超人の母親がこんな風であることを、みゆきの友人はそろって不思議がる。 みゆき自身は自然にそれを受け止めてはいるが、 例えば洗濯を忘れて、びしょ濡れのままの制服を着せられたときや、 掃除を長期間怠って、ゴミ場にGのつく虫を群れさせたときは、 流石に疑問がわいた。 出前の注文を済ませたゆかりは、みゆきの向かいに座り、例の紙袋から中身を取り出し、 出てきた箱のふたを開けた。中には十枚ほどの煎餅が入っていた。 ゆかりは徐にその袋を破り、食べ始める。 「あの、夕飯前だと思いますが……」 「え~、いいじゃない。だって食べたいんだもん」 みゆきの指摘にも構わず、平然と煎餅をほおばり続けるゆかり。 みゆきはまたも呆れた顔になった。溜息を一つつく。 少しの間をおいて、みゆきが口を開いた。 「あの、お母さん」 「ん? どうしたの」 実は、と言ってみゆきが今日の出来事を話し始める。 ゆかりはあらあら、と呑気に相槌を打ちながら話を聞く。 傍目に見たら、本当に同情しているのか、あるいは単なる機械的な動作なのかわからない。 「……それで、どうすればいいかと悩んでいたのですが」 みゆきはゆかりの顔をじっと見る。 ゆかりは構わず、のんびりした調子で答える。 「そうねえ、困ったわねえ」 「はい」 「あのねえ、子はナントカ、ってあるじゃない。夫婦円満の秘訣がどうたらっていうの」 みゆきは首を傾げる。 「『子はかすがい』ですか?」 「それそれ。あれなんでだと思う?」 「どうして子どもがいると夫婦円満につながるのか」という質問。 なぜ今、そんなことを問うのだろうか? みゆきはまた首を傾げる。 「そうですね……かわいいからでしょうか?」 「う~ん、まあそれもあるかしらねえ。あのね、子どもってとっても手がかかるじゃない」 「? はい」 みゆきはまたも首を傾げる。 こんなに頻繁に首を曲げる動作を強要されたら、いつか首の骨が折れるかもしれない。 「だからほら、夫婦喧嘩なんてやってる暇ないのよ」 「はい……ああ、だから夫婦円満というわけですか」 「そうそう」 ゆかりが微笑む。 彼女の言う論理を、みゆきはそれとなく把握する。 時々こんな真面目なことを説くのも母だ。 「あの、それはどう関係があるのでしょうか?」 「え? えっと、何だっけ~」 ゆかりはまたのんびりした調子で、猫のようにした手を口に当て、物を思い出そうとする。 まったく、私説を語るはいいが、締まりきらない。 みゆきはまた呆れたが、ふと、母の言わんとしていたことを理解する。 そう、あの三人が喧嘩をしている暇もないほど、何か手を煩わせることをすればいいのだ。 子はかすがいの例に照らし合わせるならば、自分は「子」で、あの三人が夫婦というわけだ。 「あ、そうそう思いだした」 ゆかりが突然口を開く。 「あのね、つまり、みゆきがダメな子になればいいのよ」 再度の再度、みゆきは首を傾げる。そろそろ首を通る脊髄が縮れているかもしれない。 「ダメな子、ですか?」 「うん」 みゆきは考える。 なるほど確かに、自分が“ダメな子”になり、周りからフォローが必要になるように振る舞えば、 上手い具合に三人が喧嘩している暇を無くすことができるかもしれない。 しかし具体的に、“ダメな子”というのはどういう性格のことを言うのか。 “ダメな子”とは何か。 どう振る舞えば、三人の仲をより戻すことができるのか。 そのとき、ピンポン、とインターホンが鳴った。 寿司が届いたようだ。 「あ、来たわね。は~い行きま~す」 ゆかりが席を立ち玄関へと向かう。 テーブルに置かれたかじりかけの煎餅を見つめながら、みゆきは“ダメな子”になる方法をじっと考えていた。 やがて何か思いついたのか、よしと納得すると、まだ残っていた紅茶を一気に飲み干した。 翌日。「ダメな子作戦」スタートだ。 みゆきは始業時刻ギリギリで、急いだ様子で教室に入ってきた。 こなたとつかさが同時に注目するが、お互い同じ所を見ていると気づくや否や、それぞれ視線を逸らした。 みゆきが慌てて席に着く。 「おはよう。ゆきちゃんけっこう珍しいよね? こんなぎりぎりに来るの」 つかさが不思議そうな顔でみゆきに話しかける。 「はい、ちょっと」 「夜更かしでもしたの?」 みゆきはうーん、と考える仕草の後、答えた。 「はい、深夜の3時くらいまで……」 「えっ!?」 つかさが口を大きく開けて驚く。 同時に、その後ろで机に突っ伏していたこなたの腕が、ぴくんと動いた。 実のところこの言葉は嘘で、みゆきは夜11時には床に就いていた。 「ダメな子作戦その1」というべきか。 「なんでそんな遅くまで?」 つかさが不安そうな表情で聞く。 みゆきはまたも間をおいて答える。 「少し夢中で考え事をしていたら……」 「考え事?」 「はい」 みゆきは即答する。 つかさはどことなく落ち着かなさそうに、おろおろする。 その後ろでこなたの腕がまたぴくりと震えた。 そのときちょうど、担任の教師が扉を開け教室に入ってきたところで、 つかさはまた後でと、自分の席に戻った。 その様子からするとまだ落ち着いていないらしい。 こなたは突っ伏していた顔をむくりと上げると、何かいたたまれないように眉間に皺を寄せていた。 みゆきはそれを横目に確認する。 どうやら作戦1は成功のようだ。 ふと一息つき、さらに作戦を続けた。 一限の授業中。 「高良? おーい、もしかして寝とるんか?」 教師が声をかける。 みゆきはシャープペンシルを左手に持ったまま、ぐったり項垂れている。 ぼそぼそ、と教室中にざわめきが広がっていく。 真面目で優等生の委員長が居眠りをしていれば、クラスメートが騒ぐのも無理はないだろう。 もちろん、みゆきは本当に寝ているのではなく、寝たふりをしているだけだ。 「ダメな子作戦その2」。 今朝時刻すれすれで教室に入ってきたのも相まって、 つかさとこなたはみゆきが本当に寝ていると錯覚し、目を丸めていた。 「だいじょーぶか? おーい高良。どないしたんや」 教師は再び声をかけ、みゆきの席に歩み寄る。 みゆきは顔を俯かせたまま、返事をせず、気付かないふりをする。 「あー黒井センセ、そーいやみゆきさん夜遅くまで起きてたって言ってましたけど」 こなたが口を開く。 つかさは一瞬怪訝な顔をこなたに向けかけるが、すぐにみゆきの方に視線を戻した。 「あの、保健室に連れて行きます」 つかさがそう口火を切る。みゆきの頭がぴくんと動く。 「ん? ああ、そうやな。よろしく頼むわ」 教師が承諾する。 みゆきは不意ながら、心配するつかさに手を取られ、一階の保健室まで送られた。 予想以上のフォローを受けてしまったが、まあ良いだろう。 授業終了のチャイムが鳴るまで、みゆきは保健室のベッドの上で、次なる策を整理していた。 休み時間。 養護教諭に礼を済ませたみゆきは、保健室を出、隣のクラスへかがみと話しに行った。 「あ、かがみさんすみません」 「あ、みゆき。どうしたのよ?」 かがみが少し驚くように返事をする。 普段、こうしてかがみの元に話しに来るのはこなたくらいのものだから、みゆきが来るのは珍しいのだ。 みゆきが言う。 「実は、お恥ずかしいのですが、英語の教科書を自宅に置いてきてしまって……」 「ええっ? ずいぶん珍しいわね」 「はい、申し訳ないのですが……」 「まあ、貸してあげるけどさ」 かがみは英語の教科書を手渡す。 実際は、みゆきは教科書を忘れたのではなく、あえて持ってきていないだけだ。 「ダメな子作戦その3」。 すみません、とその教科書を受け取ると、みゆきはさらに続けた。 「あの、重ねて申し訳ないのですが、宿題を写させてもらっても……」 「ええっ!? 宿題まで!?」 「はい」 「……はあ、それじゃあ、はい」 かがみは呆気にとられながら宿題の解いてあるノートを手渡す。 今まで提出物の類はきちんと仕上げていたみゆきが突然これとは、驚きも相当なものだろう。 みゆきはありがとうございます、と丁寧に一礼してノートを受け取り、さらに踏み切る。 「……あと、もう一つ、黒井先生の授業ノートを後ほど貸していただいても……」 「……ホント大丈夫? なんか風邪でも引いた?」 「あ、いえ、そういうわけでは……」 「んー……まあ、わかったけど」 みゆきはまたありがとうございます、と謝辞を述べると、自分の教室へ戻っていった。 かがみは呆然とした表情で、教室の窓ガラス越しに廊下を歩くみゆきを目で追っていた。 昼休み。 「今日相当眠そうだねえ?」 授業の終了と同時に、こなたがみゆきに話しかける。 「あ、いえ……」 「ホント、今日だいじょーぶ?」 「あ、はい、ちょっとダメな感じなだけで……」 こなたの問いに、みゆきは髪を撫でながら答える。 こなたはやや不安を帯びた表情だ。 「んー……あれ、みゆきさんお弁当は?」 「それが、忘れてしまいまして」 「えっ?」 こなたは素っ頓狂な声を出す。 当然、弁当を持参していないのも作戦のうちだ。 「ダメな子作戦その4」。 こなたは取り直して言う。 「んまあいいや、そんなら学食でも行こーよ?」 「ええ、そうしたいところですが……お金持ってきてないんです」 「ええ!?」 こなたはさらに驚く。同時に若干眉が歪む。 「いやー……そんなら、奢るよ」 「申し訳ないです。それではお言葉に甘えさせていただきますね」 みゆきは語調を崩さず言いきる。 こなたは険しい表情で、何かを考えるように、目の前の虚空を睨んでいた。 「ふう」 放課後、一通りの作戦を終えたみゆきは、深く溜息をつき、一人自分の席に座った。 指を弄び、考える。 上手くいっただろうか。 三人のまごついた挙動を見る限り、おそらく自分の異変に気付かせることは成功しただろう。 自分が“ダメな子”になる、という目的は達成されたわけだ。 しかし、それが三人の仲直りにつながるのか。 よく考えてみれば、自分が皆に世話を焼かせるように振る舞ったとしても、三人が協力して助けようと考える保証はない。 自分の異変に気がついたところで、多分あの子はたまたま調子が悪いだけで、すぐ元に戻るだろう、 と楽観視して終わりという可能性だってあり得る。 それでは何の成果もないばかりか、自分は演技によって友人を騙した上、迷惑をかけただけの悪人だ。 「みゆきさん、ちょっといいかな?」 声がかかり、みゆきは神妙にしていた顔を上げる。 目の前に立っていたのはこなただった。 その後ろで、つかさとかがみも、こちらを向いて立っていた。 みゆきはその様子を見て、あることに気がついた。 皆、どこか表情が冴えない。ばつが悪いという感じだ。 さらに、昨日まで三人の間に立ちこめていた険悪な雰囲気が、全く感じられない。 「……ごめん」 こなたが静かに切り出す。 みゆきは眉を顰めた。 こなたの言葉の意味を測りかねたからだ。 どういう意味なのだろう? みゆきが返事に迷っていると、つかさとかがみも続けて口を開いた。 「ごめん」 「ゆきちゃんごめん」 みゆきはますます困惑する。 なぜ、今自分は謝られているのだろうか? 謝るとしたら、迷惑をかけて回った自分の方ではないか。 「やっぱあの、すっごく気にしてたんだよね?」 こなたが言う。みゆきが首を傾げると、かがみが言い直すように続けた。 「ほらさ、私達さ、昨日すごく喧嘩してたじゃない。それで今日あんな不調だったんじゃないかなって。 昨日すごく遅くまで考え事してたんでしょ?」 みゆきはようやく、顰めていた眉を開いた。 なるほど。 自分は今日、三人の手を煩わせようとして、“ダメな子”を演じた。 それがどうも、三人には、昨日の喧嘩を心配し過ぎた結果ダメになってしまった、というふうに捉えられたらしい。 予想外の結果だ。いや、予想以上だ。 友人の異常を放っておけないあまり、三人は嫌悪の感情を踏みつぶして、意気投合したのだ。 なんと深くつながり合った仲なのだろう。 考えていた成り行きとは少し違ったが、まあ結果オーライだ。 「ごめん、ホントに」 つかさがまた謝る。 いえ、と言いかけて、みゆきは改めて三人の顔を見る。 三人とも、いたたまれなさそうに、視線を落としている。 まるで悪さをして、教師の前で立たされている児童みたいだ。 なんだか可笑しくなった。 「……いえ。仲直りされたのなら、私は何も」 みゆきは安堵を含めた笑顔で、そう言った。 四人一緒の帰り道、流石に三人に罪を着せすぎたと反省したみゆきは、 今日の自分の振る舞いの真相を明らかにした。 三人の反応は様々で、つかさは安堵し、かがみは呆れつつ苦笑い、そしてこなたは笑い通していた。 誰も自分を咎めなかったことが、みゆきには意外だった。 みゆきは一つ疑問を残していた。 今日自分は、演技をし、三人の心を痛ませることで、仲を取り戻させた。 しかし本来は、そんな良心の呵責に助けられずとも、ただ自分が“ダメな子”になり皆に気苦労をかけることで、 自然に仲直りさせるはずだったのだ。 つまり自分の演技は“ダメな子”としては不十分だった。 では結局、“ダメな子”とは何だったのだろうか? 四人それぞれ家路に分かれ日も沈んだ頃、一人家に到着したみゆきは、ただいまの挨拶をしてリビングへ上がった。 マグカップに並々ホットティーを注ぎ、テーブルの椅子に腰を掛けると間もなく、聞きなれた声がした。 「あらおかえりなさい、みゆき。あのね、今日も出前で、よかったりするかしら?」 みゆきはもはや呆れることもできず、平坦にはいと答える。 「あ、そういえば、あの子たち、元通りになった?」 「あ、はい、なんとか」 「それじゃ今日はお寿司にしましょっか、おめでたいしねー」 昨日も食べた、という突っ込みを無用だと感じたみゆきは、何も言わずにティーを一口すする。 そのとき、ふと、あることに気が付いた。 ああ、なるほど。 みゆきは納得し、頭の中で手を合わせた。 そう、件の疑問の答えは。 みゆきは、まだカップに十分な嵩を残した、深紅色の紅茶をじっと見る。 その揺らめく水面には、夕飯前だというのに残り物の煎餅をおいしそうに頬張っている、 知る限り一番の“ダメな子”の姿が映っていた。 コメント・感想フォーム 名前 コメント 上手いですね。 -- 名無しさん (2012-12-20 19 35 31) おもしろかった -- CHESS D7 (2009-08-16 18 30 29) 二つの作品。 みゆきの作品を作るうえでかなり勉強になった。 元作品のアレンジだけあってすっきりした 表現になってる。GJでした。 -- 名無しさん (2009-08-16 17 41 03)
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感動系統の作品についての感想がありましたらこちらにお書きください。 一言でもいいのでお気軽にどうぞ。 作品名は、正式なページ名を[[]]で囲ったものを記入してください。 名前 感想 すべてのコメントを見る ID pvTDdxk0氏:命の輪の誇り 命の輪最新作素晴しかったですwww このシリーズは本当に作品の1つ1つがどれも素晴らしく本当に読んでいて気持ちいいですwww この才能・・・少しでいいから分けてください(爆) 母親がいないからこそ、自分の娘には絶対に母親としていてあげたいと思うこなたの心意気は本当に強い感銘を覚えました まさに理想の母親像ですね -- (名無しさん) ID IsnPOI.0 氏:大人になる つかさももう大人になったんだね・・・俺とっても嬉しいよ・・・(←何様やねんwww) 最初つかさが「ウザい」って台詞を言った時はかなりショックだったけど、蓋を開けてみると姉妹に絆を上手く表現してる素晴らしいSSでしたwww -- (名無しさん) ID ugiLDNI0氏:その日娘は 父の日を彩る素晴らしい作品でしたwwww 俺もこんな父親になりたいwwww -- (名無しさん) ID sSqYstI0氏:約束(ページ1) 久しぶりに感動しましたwwww これ公式で映像化してほしいですwwwww -- (名無しさん) ここのお話はどれも感動するものばかりです! 結構泣きました(T^T) -- (壁使い) ID kIQ7CcA0氏:命の輪は変わる 命の輪シリーズの久々の新作ですねwwww 今までの命の輪シリーズでは話題にもならn・・・もとい、登場しなかったみさおとあやのコンビをピックアップした中々の良作でした きっとこの2人なら義理の姉妹となっても決して関係が変わる事はないでしょうなwww 後、みさお不採用確定ですねwwwwと、なると、やっぱみさおはニーt(ry -- (名無しさん) ID vtqLC2YnO=ID DaIr8zezO氏:タイトル不明 やべぇ涙腺が・・・こちらもニコニコ動画のMADで知りましたwwwMADの方も是非ご覧くださいwww それにしても、同じ理由で8回も入院ってwwwwもうそうじろうに救いは無いねwwww http //www.nicovideo.jp/watch/sm2078531 ※ニコニコ動画のアカウントがないと見れません -- (名無しさん) ID G2cdPTco氏 そこにいた彼方 ニコニコ動画のMADでこの話を知りましたwwwwMADの方もオススメなので是非ご覧ください http //www.nicovideo.jp/watch/sm3140301 ※ニコニコ動画のアカウントがないと見れません -- (名無しさん) ID PR3Bu7Li0氏:白らっきー☆ちゃんねる 多分アニメにおける黒設定も演技だろうから、あきらの王国におけるあきらが素のあきらだと思うよ あきらって本当は白石を心から尊敬してると思うよ・・・アイドルって常人では考えられない重圧を抱えてる事が多いんだから それを中学2年生の子がそれに耐えてるんだから凄いと思う アニメのあきらは嫌いだったけど、このSSのおかげで印象変わった -- (名無しさん) ID 8aQt3JyZ0氏:タイトル不明2 なんだかんだ言っても柊姉妹の事を一番理解しているのはこなたなんだねwwww -- (名無しさん)
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今日はみんなで、勉強会をかねてこなたん家にお泊りをすることになった。 こなたはいつも通り私に愚痴をこぼしながらノートに落書きみたいな文字を書き、つかさはうとうとしながらも必死に目をこすって頑張っている。 みゆきは私もちょっとわからなさそうな問題をまるで小学生の足し算でもするような勢いでこなしていた。正直、もっと努力しないとみゆきには追いつきそうもない。 みんなでご飯をよばれて、みんなでお風呂に入って、みんなで勉強して。 こういうのって何かいいわよね。 みゆきはいつも11時には床についている、という言葉どおり真っ先に眠りに落ち、つかさは勉強疲れからみゆきの後を追うようにしてすっと寝てしまった。 私はというと、先に寝た2人に極悪非道ないたずらをかまそうとするこなたを抑えるので精一杯。ったく、あいつは小学生か! でも、何だかんだでこなたが先に寝てしまい、私だけが一人、寝そびれてしまって。 ったく、アイツがあんな暴れまわるからそれを抑えてた私まで目が覚めちゃったじゃない!オマケに気の赴くまま暴れまわったこなたは先に寝ちゃうしさ。 でも、そんな時だった。 うめき声が聞こえる。何かが這い上がってきそうな呻き。 背筋が震える。気持ち悪い。何これ。 「アタシ、オタクじゃ、ない、もん‥‥‥」 うめき声が止まった。その代わりに耳に忍び込んできた言葉は、普段のアイツとはかけ離れすぎで想像もつかないような言葉。 こなた。 自分のことを「オタク」だと自称し、日頃からその名に恥じぬオタクっぷりを発揮しているアイツの言葉だった。 「なんで、ただ、漫画が、すきなだ、け‥‥なのにぃ‥‥みん、な‥‥待って、ぇ」 隣の布団を見る。 歪む顔。苦しそうな声。 それは普段こなたが見せない闇の部分だった。 「ひどいよ、あた‥‥し、なん、でぇ、なのっ」 過去の記憶。つらい経験だったんじゃないかな、って思う。 「待ってよ、まって、誰‥‥か、さみし、よぉ、なん‥‥で」 聞いてる私まで泣きそうになってきた。だって、コイツ本当に悲しそうな顔して話すんだもん。 ‥‥そうだよね、こなただって最初からこんなにオープンな「オタク」じゃなかった筈。 だって人に嫌われるのは誰だって怖いと思うし、増してや子供の頃にそんな迫害を受けてしまったら一生モノの精神障害だって起こしかねないと思う。 こなたの強さがなかったら、いまの「こなた」はここにいなかったんじゃないかな。 周りの目を気にせず、堂々と自分の好きなものを「好き」と言える強さ。そう考えるとこなたって案外凄いのかも。 そう思うと、急にいつも見ているコイツのことがいとおしくなってきた。まだ苦しそうにぶつぶつ言ってるこいつの頭をなでてやる。やっぱり寝ぼけたままだ。 でもどうしたことだろう、コイツの顔を見ているとだんだん眠くなってきて。 何にせよチャンスだ。このまま寝てしまおう。 「オタク、じゃない、って‥‥言ってる、じゃん‥‥‥かがみんっ!!!」 「私かよ!!?」 私はまた眠れなくなった。 井戸端会議は続く。
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ゆめ[夢] ①睡眠中に,体験しているかのように感じる現象. |はかないこと.→~のまた~ ②将来の‐理想(希望)。とりとめのない空想。 (デイリーコンサイス国語辞典より) 私の夢って何だろう。そんな漠然とした疑問を私が持ち始めたのは、私が彼女たちの夢を初めて聞いた時からだった。 明けない夜が来ることはない Ⅰ. あれは高校3年生の秋、確か木曜日だったと思う。担任の黒井先生は或るホームルームの時間に、私たち生徒に1枚の紙切れを配った。ツルツルした白いB5のコピー用紙の表題は“進路希望調査票”。その文字を目にした瞬間、私は軽い目眩を覚えた。提出期限は来週火曜日まで。行きたい大学と学部を5つまで書いて提出せよとのことだ。要するに自分の夢(さて、夢とは?)を考えてそれに合った大学を書けということである。 ホームルームを終えて、私はかがみとつかさ、みゆきさんに尋ねた。 「みんな決まってんの?」 「当たり前だ、一応法学部で進学希望よ」 「私は医学部で進学希望を出しますよ」 「私はちゃんと料理の勉強をしようかなって思ってるんだ」 「はぁ……かがみは弁護士志望かぁ……みゆきさんは医師?つかさは調理師?」 「そうね……私は弁護士かどうかは分からないけど、法曹界に入りたいのは確かよ」 法曹界か。私はダークグレーのレディースのスーツをビシッと着こなして堂々と法廷に立つキャリアウーマンのかがみを妄想して萌えた。特に意識していたわけでもなかったのに、何故か髪型はツインテールから長い1本のポニーテールに変わっていた。昔はともかく今のかがみは意外とポニーテールの方が似合うと思うのだが、ツインテールの由来を知っているが故にかがみには今まで言い出せずにいる。 「私は外科医になりたいと思っています。昔お世話になった先生がいて、ずっと憧れていましたから」 なるほど、そういうきっかけがあってみゆきさんは医師を志したわけだ。ブラックジャックみたいな名外科医になるんだろうか、ああもちろん合法の、だが。 今の世の中、ナース服コスプレなんてのは次元を問わず世間に溢れかえっていると言ってしまって差し支えないだろうが、考えてみたら白衣コスなんてあんまりお目にかかったことがないような気がする。 確か昨年のことだったが、生物の実験の時間に、制服の上に染み一つない白衣をまとったみゆきさんは、無駄に色彩の強い陵桜学園のセーラー服だけを着ている時よりも博学さに磨きがかかっているように思われた。着る人の職業を記号として表すのが制服だと現代文の授業に出てきたが、むしろみゆきさんの白衣は彼女の魅力を引き出してくれるだろう。 「私は……自分の料理で人を笑顔に出来たらいいなって。美味しそうに料理を食べてくれてる顔を見るだけで、すごく頑張れるんだよ」 確かに、ゆーちゃんがうちに来てからは一時期より頻度はやや減ったとはいえ、私も日常的に料理をする立場だからその気持ちはよくわかる。 長いトックブランシェを目深に被り、先ほどのみゆきさん同様に真っ白いエプロンをかけて同じく真っ白い調理服を着こなし厨房に立てば、つかさはもうヨーロッパのどんなコンクールに出ても金賞を取れそうである。美人シェフとしてテレビで取り上げられたら、私たち3人が友人代表として絶対出演してやるんだ。かわいらしい実力派料理人と、やり手の弁護士と、評判のいい名医と、あと、何だろう。 私は将来、一体何になっているのだろうか。考えたこともなかった。前に見たアニメに、文化祭の前日が繰り返されるとか、夏休みの2週間を延々とループし続けるといったシナリオがあったけれど、私もまた同じように高校生活が永遠に続いていくものだと、根拠もなく思い込んでいたのである。 それではピーターパン・シンドロームそのものではないか。自分はいつまでも大人にならない少年のようにモラトリアムな時間を過ごし続けることで未来を回避したいという幼稚な考えに浸かって生きてきたのだと、みんなの夢を聞いた私は悟ったのであった。 私の夢って何だろう。そんな漠然とした疑問を私が持ち始めたのは、私が彼女たちの夢を初めて聞いた時からだった。 返す言葉も立場もなかった私がそれから彼女たちと何を話して、何を思いながら家に帰ったのか、私はもう覚えていない。 Ⅱ. 夢とは一体何で、一体どうやって決めるのか。そんなことを明確に知っている人はいるのだろうか。今思えば黒井先生に聞けば良かったのかもしれないが、でもやっぱり「適当に決めた」だの「気がついたら教師になってた」だの、いい加減なことを言われそうな気がする。そう考えれば私の判断――お父さんに進路についての相談を持ちかけるという選択は至極真っ当で、それは他の家の常識がまず通用しない泉家においても例外ではなかったらしい。少なくとも私はそう考えたいと思う。 その日、晩ご飯を食べ終わった私は、さも何事もなく平然とした様子を装ってお父さんに話しかけた。 「お父さんってさ」 「ん?」 「進路どうやって決めたの?」 「進路なぁ……迷ってるのか?」 「うん、何やったらいいか分かんないんだよね……」 せっかくお父さんにバレないように表情も声色も入念に取り繕って話しかけたつもりだったというのに、あっさり見抜かれてしまったらしい。このお父さんには何もかもお見通しなのだろうかと思うことがたまにある。 「ん、まあそんなこったろうと思ったよ。お父さんも別に大したことなかったしさ」 「そうなの?」 「ああ、一応志望校決めたのは今のこなたよりは早かったけど……まあ、でも大した差はないかな。ちょうど高3の夏休みだったと思うけど」 「お父さんも早く決めるように発破かけられたわけ?」 「いや、明確に決めるように促されたことはないけど……ちょっと進路決めるきっかけがあったんだよ」 「へぇ……きっかけ、ねぇ」 私には未だにそのきっかけが訪れていないのだが。 「ああ、その時の担任の先生がな、平塚先生って国語の先生だったんだけど……ヨイショするつもりはないけど、素晴らしい先生だった。ただのいい加減な性格の俺に、文学の何たるかを懇々と語り聞かせてくれたよ。普通の先生なら嫌になって俺のことなんか放っておくもんなんだけどさ。 まだ大衆文学しか知らなかった俺に、本当の、本物の文学とは何なのかを教えてくれたんだ。何時間も、何日もかけてな。仕事だってあっただろうし、俺にだって本当は勉強しろって言わなきゃいけない立場だったのにさ。 だからさ、夏休みが終わった時に自然に決心したよ。俺はこの平塚先生みたいに、本当の文学の面白さや素晴らしさをより多くの人に伝えたいってな。だから、絶対に国語教師になって、生徒たちにあの頃の自分と同じ素晴らしい体験をさせてやりたいと思った」 「それで小説書き始めたわけ?」 「まさか。そんなすぐに小説が書けたら、みんな小説家になってるよ。前にも言わなかったかな……お父さん、昔教師を志してたって。高校生になっても文学なんて全然分からない自分に後悔したりもしてさ、子供たちにはもっと幼いうちから質の高い文章に触れて欲しいと思ったから、小学校の国語の先生になろうって」 「でも結局教師にはならなかったじゃん。それはなんで?」 「そりゃあ、今の仕事やってるからだけども……大学入ってから、目の色が変わったように色々読んだよ。愛とは何なのか、人間は何のために生きるのか、その答えが知りたかったから教養過程で哲学も勉強したし。スタンダールの『赤と黒』で人間の欲望について考えたり、ドストエフスキーの『罪と罰』みたいな歪んだ思想も目にすることになった。後々にうっかり大賞取ってプロになってから原稿落としそうになった頃は、サン=テグジュペリの『夜間飛行』でプロの厳しさを学んだ。日本の小説だったら……夏目漱石は入門者向けの『吾輩は猫である』は大爆笑したし『坊っちゃん』も楽しかったけど、『こころ』は高校の授業はもちろん大学生になっても何度読んだってわかったような気がしないし。『明暗』は未完だったのに、今の恋愛小説より遥かに味わい深くて素晴らしい小説だと思った。芥川龍之介には世の中の虚しさや人間の醜さを教わったし太宰治には……」 「お、お父さん?」 正直、今の作家の半分以上は全然分からない人たちだった。アニメのキャラクターの方がたくさん覚えていそうな気もするが、お父さんはそっち方面だってちゃんと覚えているから恐れ入る。 「ああ、ごめん、久々につい熱くなったなぁ……要するに、文学と言えば純文学のことだった時代があったってことを知ったんだよ。今はもっとくだらないのも素晴らしいのも、いろんな本が出てるけどさ。 でもそんな世の中だと、なかなか面白いと思う小説には出会えないから、ここらで一念発起して自分が素晴らしいと思える小説を書いてみよう!って思ったんだよな。それで、ついでに応募してみたらアッサリ大賞。もちろん運もあったんだろうけどさ。 とにかく、プロにならないかって言われて、俺もけっこう迷ったよ。でも後先考えない身の振り方はできないから、教員免許取るまで待ってもらって、それからデビュー。 だから、実はお父さんは別に昔の目標通りの人生を生きてるわけじゃないさ。そんなのは何かの拍子に変わってしまうことだってあるからな。でも何も目標がなかったら、どっちに向いて歩けばいいかも分からんだろう?そうじゃなくて、途中で方向転換するにしても、やっぱり自分が今どこを向いて歩くかくらいは決めとかなきゃいけないってこと。別にきっかけは何だっていいんだよ。 例えば、こなたはなんで今文系に進んだ?」 「うーん、かがみ達が文系行くって決めたから私も、って感じかな」 「まあ、そんなもんだよな。お父さんだって数学ⅢCと物理の授業が嫌で文系にしたんだぞ?あとかなたについて行ったっていうのもあるけど」 「ウソぉ?そんな適当に決めてたの?」 「ああ、本当だよ。文系って意外とそうやって理系から逃げてくる人は今でもいるだろ?」 それはみさきちのことを言っているのだろうか。いや一般論だよね、と私は思い直した。 「ま、お父さんだってあんまり偉そうなこと言えるクチじゃないけど、とりあえず今現在どこに向いて進みたいかってことは決めとかなきゃならんしなあ。あ、そうだ」 「ん、なに?」 お父さんは急に話を変えた。私もそれを追う。 「例えば今のアニメって、アニメの放送だけじゃなくてCDとかグッズとかフィギュアとかとんでもない数が出てるだろ?俺たちはそれに見境もなく投資してるわけだけど」 「うん、確かに色々とお金使ってはいるよね」 「そのお金、一体どこに行ってしまったか知りたいと思わないか?どうやって俺たちオタクから儲けを出してるのか、どんな商品がどれくらい売れたらどれくらいの利益が出るのか」 「おおっ!!それは投資家として是非とも知りたい!」 言われてみれば何も知らないまま大金をつぎ込むのはあまりに惜しい!これは勉強すべきかもしれない。 「だろう?じゃあ、どんな商品を出してどんな風に宣伝すればファンの心を掴めるかも勉強してみたいか?」 「どうやったら大ヒット商品が企画できるかとか?」 「そうそう、近いな。俺たちオタクがどんな手段で騙されてるか、楽しませてもらってるか、全部分かるぞ」 これは面白そうかもしれない。何も考えずに闇雲に投資するよりも遥かに。 「じゃあ経済学部か経営学部かな。そこら辺をお勧めしとくよ」 「そっか、ありがとね」 「いやいや、まあ、たまには親らしいところも見せとかなきゃな。いつまでもこなたに娘離れ出来てなーい!なんて言われちゃたまらないからさ」 ニヤッと笑いながらそう言うお父さんの顔を、私は直視することが出来なかった。少しだけ、お父さんを見直したかもしれない。 Ⅲ. ほんの僅かな自分の未来像が見えてきた。普通に考えればお父さんの話は説得力に欠ける話だったのに、不思議と自分の中に一筋の光が差し込んだような気がした。 「ゆーちゃーん、今ちょっといいかな?」 「ん、いいよっ」 私はもう1人の家族であるゆーちゃんに、恥を忍んで話を聞いてみることにした。自分より年下でまだ1年生のゆーちゃんが私より先に志望校を決めていたりしたらもっと落ち込むかもしれないけれど、ここはもう腹をくくることにしよう。 「ゆーちゃんはもう志望校とか決めた?」 「いやいや、実は全然考えてないんだ。まだ高校入って半年しか経ってないし、今から大学受験のことばっかり考えてるのも面白くないし……でも今のところ文学部に惹かれてるかなぁ。どうしたの?」 「いやあ、今すっごく進路に迷っててさ。自分が何やったらいいのか、まだ全然分かんないんだよね」 言った自分が思うのも何だが、えらく大層な物言いである。 「ゆーちゃん確か絵本作家になりたいんだったっけ?」 「うん、そうだよー。こないだ田村さんに初めて絵本作ってもらったのもお姉ちゃん見てくれたよね」 「うん、氷姫の本だよね。ゆーちゃんとみなみちゃんがモデルになってるやつ」 「そ、そんなんじゃないってば!」 ゆーちゃんが顔を真っ赤にして反論してきた。あんまりからかうと肝心なことが聞けなくなりそうな気がしたから、私は一言お詫びを入れてから、ゆーちゃんの夢についての話を聞くことにした。 絵本作家っていうか、今から考えれば童話作家っていった方が正しいかな、と前置きして、ゆーちゃんはゆっくりと話し始めた。 「私たちが小さい頃にさ、石川の実家の方に『しょうぼうじどうしゃじぷた』って絵本があったの覚えてる?」 「えーと、オンボロのジープが火事の時に活躍する話だっけ?」 「そうそう。普段は小さなじぷたよりも他の最新型の消防車や救急車ばっかり注目されてるのに、山火事になったら誰も火を消せなくって。でも狭い山道を駆け上がれるじぷたは大きな山火事を消して人々を救うことが出来た、っていうお話なんだけどね」 「あったねぇ。昔ゆーちゃんあの本大好きだったの覚えてるよ」 「うん、今でも好きだよ。もっと大きくなって分かったんだけど、私、小さくて非力なじぷたと自分を重ね合わせてたみたいで。誰にだって得意なことや人より優れてるところがあって、それを磨けばみんなの役に立てるんだって、ずっと信じてた。 だからかな、じぷたのことを思い出すと、身体が弱くてみんなと同じことが出来ない自分のコンプレックスが少し和らぐような気がしたんだよね。絵本のおかげで励まされたっていうか、助けられたっていうのかな。自信がついたよ」 「そうなんだ……」 「だから私は、まあ、絵本で子供たちを救うなんて御大層なことは言わないけど、でも絵本を通じて少しでも子供たちの力になれたらいいな、って思ってる」 そう答えるゆーちゃんの大きくてくりくりとした碧[みどり]色の瞳は、大きな自信に満ち溢れていて、私はそのまぶしさに目がくらんだ。思わず部屋の奥に視線を外すと、勉強机の片隅には、普通あまり女の子が好みそうにないジープのモデルカーが置かれていた。 私が、これといって特別なことが出来るわけでもない私が、生まれて初めて守りたいと思った存在だったゆーちゃん。いつの間にか、彼女は自分だけの夢をしっかりと見据えることが出来るようになっていたらしい。まだ将来の夢さえも満足に決められないような私よりも遥かに先を行っているじゃないか。 ゆーちゃんが大きく成長したことが私は嬉しかったけれど、ただ喜んでいるばかりではない愚かな自分に気付いて私はものすごく気分が悪くなった。こんなことを考えている場合ではないのに。 私は、参考になったよ、とゆーちゃんにお礼を言って自室に戻った。案の定、というべきか、さっきよりも心なしか身体が重かった。 Ⅳ. 自分の部屋のベッドに寝転がって、私は壁掛け時計を上下逆さまに見た。4時35分?いや、10時過ぎといったところか。木曜日の10時台なんて見る番組なかったよなあ、と私はつぶやいた。このままで居ると風呂にも入らずに寝てしまいそうだったので、私は勢い良くベッドから跳ね起きた。 スクールバックの中のクリアファイルから件[くだん]の“進路希望調査票”を取り出して勉強机の真ん中に置き、私はこないだ買ったLAMYの黄色いシャーペンを片手に(アニメのキャラクターが使っていて人気が出た奴だ)、そいつとにらめっこしてみる。 こいつはきっと、向き合う相手によって態度を豹変させるのだろう。かがみ達のような確固とした希望・願望のある人間に対してはまるでその意思表明をさせてくれるかのように振る舞うくせに、私みたいな曖昧な人間にの前は徹底して立ちはだかろうとする。 一応ある程度の社会保障があるとはいえ、世の中というのは本当によく出来ている。時代が変わって新しい職種が登場しても所詮はノーミル・ノーミール、すなわち働かざる者食うべからず、なのである。そりゃあ株やら何やらで儲けている人もいるけれど、それにしたって元金つまり資本金が何百万もいるわけだし、勉強もしなきゃいけない。しかもリスクの方が大きいうえに日常生活でも株価が気になって仕方がないというのなら、株で食べていくというのも実は精神的に大変なのかもしれないと思う。 宝くじに当たりたい、と以前みさきちは言っていたが、3億円もの大金を手に入れてしまったらみさきちでなくとも正気を保てなくなる自信はある。以前そんなドラマもあったが……とにもかくにも、不健全な方法でお金を稼ごうという心構えそのものがいけない。真剣に考えねば、と私は再びこの厄介な対戦相手に向き直った。 私のやりたいことは何なのかというよりも、私が自分自身をどうやって活かせるかを考えないといけない。自分のやりたいことが世の中に仕事として用意されていると思うな、とよく言われるように。 だからこそ私は迷っているのだ。自分の長所というものが分かっていない。そういうところは自己PRの苦手な古典的な日本人そのものだな、と思った。 私は自分の部屋にある電話の子機を手にとって、使い慣れて覚えてしまった番号にダイヤルした。まだ夜も遅くないから、怒られはしないと思うけど。 『もしもし?』 「ああ、かがみ?遅くにごめん、今大丈夫?」 『大丈夫よ。どうしたの?珍しいじゃない、こなたからかけてくるなんて』 「いや、進路希望に迷っててさぁ、何書けばいいか分かんないんだよね」 『やっぱりか……アンタのことだから、何書くんだって思ってはいたけど』 「うん……みゆきさんは聖人君子すぎて逆に何か諭されそうだし、つかさはあんなんだし」 『アンタ、せめて建て前でもマシなこと言いなさいよね。まあいいわ、どうしたのよ。洗いざらい話してみなさい』 「いや、自分のやりたいことがまだ見つからない以上、自分の何を活かして職に出来るかなぁなんて考えてたんだけどさぁ、どうも見当たらなくて」 『なんだ、もっと酷いかと思ったらもうそこまで到達してたのね』 「え?」 『もっと根本的なところから説教しなきゃなんないかと思ってたけど、そこまで来たんならもうほとんどゴールよ』 「え?なんで?」 『じゃあ聞くけど、社会経験がロクにない私達が今すぐに何かの職に就けると思う?』 「いや、思わないけど……」 『でしょ?それでいいのよ、高校生なんて所詮そんなもんなんだから。何を伸ばせばいいか分かんないっていうんならね、逆に選択肢を広げるために大学を目指すっていうのはどう?』 「選択肢を広げる?」 『そうよ。“選ばれなかったなら選びに行け”なんて本末転倒な妄想を押し付ける気はないけどね、就職試験や面接で何度も合格すれば、それだけ未来だって選べるんだし。選ばれるに相応しい大学に入って、選ばれるに相応しい人間になるために自分を磨く。それがこなたが大学でやるべきことだと思うわ』 「自分を磨く、かぁ……」 『そう。難しく考えなくてもいいのよ。私も力になるから、まずは自分が一番見聞を広げられそうで、あと就職の行き先が一番バリエーション豊富な学校と学部、考えときなさい』 「うん、分かった。こないだもらってきたパンフレットいくつか見てみるよ」 『じゃあ、また明日ね。予習もちゃんとやっときなさいよ。じゃあお休みね』 「うん、わざわざありがとね。お休み」 向こうが何も言い残していないことを確認して、私は電話を切った。そうか、選択肢か。ならば私の知っている限りでは……。 私は進路希望調査票にシャーペンで薄く大学名と学部名を書いてみた。明確な志望校を決めかねているからこそたくさんもらってきた大学のパンフレットをもう一度読み直してみた。この学部なら私の選択肢がぐんと広がると思った学部をいくつも下書きして、私は進路希望調査票を再びクリアファイルに挟んで片付けた。 人生の中でいつ変わるともしれない“未来”について決めるなんて、馬鹿馬鹿しいことだとは分かっている。でもこの世の道理に昏い人間は、一応にしても目の前を照らしてくれる物がないといけないのだと倫理の時間に言われた。仏教の考え方らしいが。 今の私が何になりたいか、何をしたいかが分かっていない以上、いざ行動を起こしたくなった時に学歴も知識もないのではこの社会では使い物にならない。人から選ばれ期待されないようでは夢もへったくれもないし、夢で飯なんて食えやしない。かがみが言いたかった真意は正直分からないけれど、私は勝手にそう解釈してしまうことにした。 そうだ。人生はいくらだって変えられるし、何かを始めるのに遅すぎるなんてことはあんまりない。でもあまりに回り道ばかりしているわけにもいかないのだ。やり直しの効く人生だからこそ、出来ればやり直さず後悔もせずに生きよう。そう思えば自然とラクな気持ちになってきた。少なくとも私に限って言えば、一直線に決められたレールを歩くだけが人生ではないのだ。 うん、これでいい。私は浮気症で、一つの目標を目指してまっすぐ生きることはまだできないけれど、だからこそ私は誰かに選ばれ求められたらそれにいつだって応えられるような人間にならなきゃいけない。大学とは本来自分を磨き上げて有能な人物にしてやるべく通うところで、、就職で高学歴を得るためだけに行く場所ではないのだ。 自分を磨く。スポーツ漫画やバトル漫画に出てきそうなよくあるそのフレーズと未来の私自身に、私は何故か期待感を隠せないでいた。 窓の外では、夏の終わりを告げる鈴虫が鳴いて、自分たちがその手で掴み取る未来に向けての、長い戦いの始まりを知らせている。
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とあるクリスマスイブ 窓から見上げる空は晴れ。ホワイトクリスマスとはいかないようだ。 今日一日は、普通に家事をしてすごした。 夫は、今日は仕事で帰ってこない。クリスマスイブに仕事がないようでは将来が不安だという職業であるから、これは喜ぶべきことなのだろう。 子供でもいれば、親子でクリスマスパーティでもやるところなんだけど。 「そろそろ赤ちゃん欲しいかな?」 そんなことをつぶやいてみる。 夫が明日帰ってきたら、調理専門学校で鍛え上げた腕前で、二人だけの遅めのクリスマスパーティをしよう。 そして、夫に相談してみよう。来年は、三人でクリスマスパーティがしたいって。 そこから見渡せる夜景は、クリスマスイブにふさわしく綺麗であった。 穴場のデートスポット。周囲には人もほとんどいない。夫に寄り添って、一緒に夜景を眺める。 母が経営する料理教室の講師業務を早々に切り上げて、今日は夫とデートだった。 夫は幼馴染の親友の兄で、交際は小学校のときから続く長いものだった。だから、結婚したとて特に何が変わるでもなく、恋人気分よろしくデートに出かけることが多かった。 子供でもできれば、さすがに違ってくるのだろうけれども。 それは天の授かり物であるから、自然のなりゆきに任せるつもりではある。 夫と顔を見合わせる。言葉にはしなくても、以心伝心。その場をあとにする。 これから、ちょっと豪華なレストランで食事をして、そして、ホテルで一晩を過ごす予定。 とある高級レストラン。 「ああ、なんつーか。私らにはこんなとこは似合わないよなぁ」 そんな台詞とともに、フォークで刺したステーキを口に入れる。 「おお、うめーなぁ」 「なんつーか、もう。雰囲気台無しっスね」 高校時代の陸上部の後輩にして、今は交際相手である彼氏が呆れたようにそう言った。 「どう考えても私らには場違いだろ。いつもどおりジョギングデートでよかったんじゃね? 今日はなんかあったか?」 「どうせ雰囲気とかは期待してませんでしたから、単刀直入に行きますよ。これ、受け取ってください」 彼氏が小箱を突き出した。 「なんだべ?」 小箱を開けると、そこには指輪が入っていた。 「定番どおり、給料三か月分っス」 「ええっと……」 いまいち頭が悪いので、その意味を飲み込むまでには時間がかかった。 その飲み込んだ意味を念押しするように、彼氏はこう言った。 「結婚してください」 「私でいいのかよ?」 「そうでなければ、こんなことはしませんよ」 彼氏にまっすぐに見つめられて、さすがに顔が赤くなってくる。 「ああ……じゃあ、こっちこそ、よろしくってことで……」 なんというか……雰囲気も何もあったものではないが、二人にはそれがお似合いであった。 「そんなリア充たちのクリスマスイブを尻目に、ゲーム対戦で夜を明かす女二人であった」 ナレーション風の台詞に、すかさずツッコミが入る。 「誰に言ってんだ、おまえは」 「いやぁ、なんとなく。今度書くラノベのネタにでもならないかなぁってね」 テレビ画面の中では、二人の分身が激しい技の応酬を繰り広げていた。 「イブをゲーム対戦で明かす女二人が主人公のラノベなんぞ、読みたかないわ!」 「意外と世の男性諸君にはウケるかもよ?」 「おまえはもう帰れ」 「ひどいなぁ。イブの寂しいウサちゃんのために、こうして来てあげたというのに」 「おまえは、単にウチでだらけたいだけだろが」 幼いころからオタクなこの来訪者は、グッズを詰め込んだ紙袋を両手一杯に持って、この一人暮らしの家に押しかけてきた。 本日限定クリスマスグッズとやらをごっそり買いこんできたという話だった。 「よっしゃー、五連勝!」 「うぬぬ、格ゲーじゃかなわん。次はパズルゲームよ!」 「はっはっはっ、何でもかかってきたまえ」 こうして、オタ女と半オタ女の夜はふけていく。 終わり コメント・感想フォーム 名前 コメント
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~姉妹喧嘩~ あれ?ここはどこだろ? なんで私、こんなところにいるの? ~~~~~ 「ちょ、ちょっとくらい、いいじゃないの!」 「だめだよ!それはこなちゃんに頼まれて作ったんだもん!私のがいいって言ってくれたんだもん!」 「な、何も泣くことないでしょ!?クッキーの一つやふたt・・・」 「お姉ちゃんのバカぁー!」 ~~~~~ そうだ、私、お姉ちゃんとケンカしたんだっけ。 それで、泣きながら家を飛び出して・・・。 でも、ここどこ?ウチの神社に似ているけど、なんか違うな・・・。 「おねーちゃん!なにやってるの?」 「うわぁっ!」 振り向いたらちっちゃな女の子が私のスカートの裾を引っ張ってる。 ちょっと勝気で強気な釣り目と腰の辺りまでおろした薄紫色の、私と同じ髪の色をした女の子。 あれ!?私この子知ってる!この子・・・ 「お、お姉ちゃん!?」 「あはは、変なおねーちゃん。おねーちゃんはおねーちゃんの方だよ!あはは」 え?え?どういうこと!?何が起きてるの!? でも、でも、絶対間違いないよ!すごくちっちゃいけどお姉ちゃんだよこの子! 「ね、ねえ、あなたの名前は?」 「はい!わたしの名前はひいらぎかがみです!もうすぐ幼稚園にはいるの!」 えーーーーーーーーーっ!? ~少女と少女~ 「じゃ、じゃあ、か、かがみちゃんは今いくつ?」 お姉ちゃんのこと名前で呼ぶのってあんまり無いな。 私が「お姉ちゃん」って呼んだら、かがみお姉ちゃんしか振り向かないし。 う~ん、頭がこんがらがって来たよ。でも、こなちゃんが貸してくれた漫画にこんな話もあったよね? そのうちきっと戻れるよね? 「おねーちゃん聞いてる?」 「え!?な、なんの話だったかな~?あははは」 「だからね、わたしのいもうとのつかさに似てるねって言ったの。 つかさはねおっちょこちょいで、恥ずかしがり屋さんで、それで、それで・・・」 そ、そりゃあ、似てるよね~、本人なんだし・・・。 今はいつぐらいなんだろう?たしか幼稚園にもうすぐ入るって言ってたよね? この頃のことあんまり覚えてないな~。 気がついたらいつもお姉ちゃんと一緒だったしね。あれ?そういえばなんで”私”ここにいないんだろう? 「ねえ、おね・・・じゃないや、かがみちゃん。つかさちゃんはどうしたの?」 「つかさは今びょーいんにいるの・・・」 「病院!?」 ちっちゃなお姉ちゃんの顔が曇っていく。 私どうしたんだろ?怪我?病気? 「グスッ、グスッ、あのね、おねーちゃん、つかさはね、つかさはねもうすぐ死んじゃうの!」 「は?・・・・・・・・・・・・・・・・なんですとーーーーーっ!?」
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※断崖の町ガト 全景 こなた「そういえばゆーちゃん、なんであんな所にいたの?」 ゆたか「うーん……考え事しながら散歩してたらいつの間にか、かなぁ」 みなみ「気をつけて……またあんなことになったら困るから……」 ゆたか「うん。迷惑かけてごめんね」 こなた「考え事して迷子になるなんてみゆきさんみたいだねぇ」 そんな話をしながら私たちは町に戻る。 そうそう、町の名前はドミナって言うらしいね。 入り口のゲートに英語でしっかり「Domina」って書いてあった。 これまたご都合主義ってヤツ? その後、3人で手分けしての町中大捜索が始まった。 もちろん捜すのは私たちの知り合い。つかさたちやひよりん、パティ、もしかしたら黒 井先生もいたりするかもしれない。 ……だけど、丸一日費やしても収穫はゼロ。元の世界に戻る手がかりも見付からない。 このままドミナに滞在していても状況は変わらなさそう、そんなわけでリュオン街道の 先にある断崖の町ガトへとやって来たのだ。 断崖の町ガト。 その名前の通り、巨大な断崖に作られた町。 ゆたか「すごいね……あんなところにも建物があるよ」 町の入り口からでもはっきりと見える。 突き出た岩場に立派な寺院が建てられている。先端こそそれなりの広さがあるけど、寺 院と崖を繋いでいる橋の部分がすごく狭い。 こなた「なんか今にもボキッといっちゃいそうだね」 みなみ「不思議ですね……何かで支えられてるわけでもなさそうですし」 ちなみにあれが寺院だって知ってるのはドミナで人に聞いたからなのでした。 こなた「とりあえず――見て回ろっか。そんな広いわけでもなさそうだし」 2人を連れて町の中へ入っていく。 急な坂が結構多くて危ないかも……ゆーちゃんとか特にね。 みなみちゃんがフォローしてくれるから心配は必要なさそうだけど。 こなた「……おろ?」 誰かが道端に倒れてる。あの全身緑は……草人? だったっけ。 ドミナにもいた、発言が子供っぽかったり不思議ちゃんっぽかったりする種族(?)だ。 見た目はみんな同じなんだけど色んな場所にいるらしいんだよね。 ゆたか「どうしたのかな……大丈夫ですかー!?」 ゆーちゃんが駆け出して、草人のそばにしゃがみ込む。 それとほぼ同時に、坂の上から女性が走り寄ってきた。 全身白ずくめの服に、顔も白い布で隠している……町の入り口でも見かけた衣装。 多分、あの寺院に仕えている(?)修道女さんだと思う。 - 岩壁に刻む炎の道 - 修道女「もし、どうされました?」 草人「お、おなかが、痛いの……」 倒れるぐらいの腹痛ってのも……。 つかさ「どんだけ~」 とか言われそうじゃん、うん。 修道女「あの、手を貸していただけますか?」 修道女さんは草人に肩を貸そうとしている。 さすがにそれを黙って見ているわけにいかないから私も反対側から草人を支えてみる。 修道女「とりあえず、そこのお店で休んで行きましょう。さ、がんばって歩いて」 草人「うん……いたいよ~」 坂を少し上ったところの武器防具屋。そこまで連れてくのね。 心配そうな顔の2人に見守られながら、ゆっくりゆっくりと歩いていく。……が。 草人「う、うっ……もう、ダメ……」 こなた「え」 プルプルと肩が震えだす。超ヤバそう……あぁ! 草人「誰かなんとかしれ~~~~~~!!!」 こなた「おあっ!?」 いきなり叫び出し、私たちの手を振り払って猛スピードで走っていってしまった。 なんとかしれ、って……。 修道女「大丈夫かしら……?」 みなみ「放っておけない……追いかけないと……」 ゆたか「う、うん。そうだよね」 呆然とする修道女さんを尻目に、私たちは草人を追いかけて坂を駆け上がる。 上りきった先は……うわ、道が分かれてる。 完全に見失ってしまったみたいだ。 こなた「どっち行ったかな……」 ざっと見回しても緑色は見当たらない。 でもその代わりと言うかなんと言うか、赤い装束の人が立っている。 こなた「ちょっとすいませーん」 ???「ん、何――」 振り向いたその顔は……ってあれ!? こなた「みさきち!?」 みさお「ちびっ子!」 やっぱり私たち以外にもこの世界に来た人いたんだ。 んー……しかしまさかここでみさきちが出てくるとは。 こなた「いやぁ全然ノーマーク……だって背k」 みさお「そういうこと言うのはこの口か~?」 こなた「ほっへひっはうあ!」 ほっぺ引っ張るな! って言ったつもりなんです。 ゆたか「日下部先輩、草人がこっちに来たはずなんですけどどっちに行きましたか?」 みさお「あー……そっちのテラスに行ったゾ」 あー解放された……結構思いっきり引っ張られたなもう。 みさお「オマエらどっか他の町から来たのかー?」 こなた「そだよ。ドミナからね」 みさお「へー。3人だけか?」 こなた「うん……って草人追いかけないと。みさきちも来たまえっ!」 みさお「お、おう……」 テラスに着いたけど――ああ、いた。 さっきとはまた別の修道女さんと話してるみたいだ。 草人「おなかが痛いの。なんとかして」 修道女「お腹が? 見せてみて」 ゆたか「なんか、もう大丈夫そうだね……」 みなみ「……多分」 こなた「じゃあ……みさきち、どれくらいここにいたの?」 みさお「ん? ここ来たのは1週間ぐらい前だなー」 な……1週間? 私がこの世界で目覚ましたの昨日なのに……。 みなみ「その前は……別の所にいたんですか?」 みさお「おう。ジオってとこになー」 こなた「ジオ? どこそこ」 みさお「でけぇ塔横切って、ミンダスって遺跡抜けた先。あやのもそこにいるぞ」 おぉ、峰岸さんまでいるのか……周りの人たちみんなこっちの世界に来てるなぁ。 ……けど、かがみもつかさもみゆきさんもまだ見付かってない。 こなた「そのジオってとこには峰岸さんだけ? 他に知り合いいないの? かがみとか」 みさお「ウチらも捜したんだけど全然。んで他の所も捜そうってことでこっちに来たんだ」 そもそも、かがみたちがこっちの世界に来てるとは限らないのか。 見付からないことを喜べばいいのか悲しめばいいのか……よくわからない。 もちろん目の前で顔見れば安心するんだけどねぇ……。 草人「いや~~~~っ」 こなた「え――のわっ!?」 突然の出来事だった。 叫び声を上げながらさっきの草人が駆け抜けていく……。 修道女「ププは高価なのに。利用しないなんてもったいないわ」 草人と話していた修道女さんが呟く。 ププ……プランド? ゆたか「あのー、何かあったんですか……?」 修道女「え……ああ、あの草人の腹痛の原因が回虫ププだったのよ」 ゆたか「ププ?」 修道女「万病の薬になる虫なのよ。取り出す時に少し痛いから我慢してねって言ったんだ けど、痛いのは嫌って逃げていっちゃったわ……あ、ルーベンスさん」 修道女さんがみさきちに目を向けた。 こなた「るーべんす?」 みさお「なんかこっちだとこう呼ばれてんだよなぁ。なんでだろ」 修道女「寺院の炎のことでお話があるんですが……いいですか?」 みさお「おう――ちびっ子たちはこれからどうするんだ?」 こなた「じゃ私たちはまたあの草人追いかけるよ。ほっとくわけにもいかないし」 修道女「でしたら、良ければテラスにもう一回来るように伝えていただけませんか?」 みなみ「わかりました……それでは」 一礼して、また走り出す。 なんでお腹痛いのにあの草人はあんなスピードで走り回れるんだろ……。 分かれ道に戻ってきたけど、やっぱり完全に見失ってしまっていた。 こなた「ゆーちゃんたちは街の方探して。私あっち行くから」 ゆたか「うん。行こ、みなみちゃん」 手分けして捜索。私が向かったのは寺院だ。 いやホントに怖いよこの橋……冗談抜きでボッキリいっちゃいそうだもん。 そろそろと渡りながら、寺院を見上げる。 外観はなんだかやたらと刺々しい。 センスは微妙な気がするけど、太陽を背にするとやけに荘厳に見えるから不思議だ。 ていうかこういう所って入り口に守衛とかいるものだと思ってたんだけど誰もいない。 寺院だから誰でも気軽に参拝できるように……とかなのかな。 草人はいた。 寺院に入ってすぐ、祈り場のような所。 瞑想している修道女さんの周りをぐるぐるぐるぐる回っていた。 すごく……邪魔そうです……。 修道女「おやめなさい」 草人「おなかいたいの~! ププ、なんとかして!」 修道女「心を静めるのです。体全体で世界を感じなさい。そうすれば痛みなど感じません」 草人「なおして~~~」 修道女「あなたも瞑想なさい。心を解放なさい。全ては、気の持ちようです」 草人「誰か助けて~~~!!」 こなた「あ、あぁっ! 待てぇ!」 再び猛ダッシュで逃げていく草人……。 あー、黙って見てないで止めればよかったよ。 そうして三度分かれ道へ。 ゆーちゃんたちも戻ってきていた……けどだいぶ息が上がっている。 坂ばっかりだしね……私も正直ちょっと疲れてきた。 こなた「ゆーちゃん大丈夫?」 ゆたか「ちょ、ちょっときついかも……休んでもいいかな」 こなた「おっけー、無理しなくて大丈夫だよ」 ゆーちゃんが壁にもたれかかり、みなみちゃんもその隣に立つ。 こなた「みなみちゃん、ゆーちゃんお願いね」 みなみ「はい……草人はテラスの方に走っていきました」 こなた「ま た テ ラ ス か。じゃ行ってくるよ」 2人を置いてテラスへ走る! ……ホント振り回されてるよ今日は。 テラスには相変わらずみさきちと修道女さんがいる。 そして――2人の足元に倒れた草人。へんじがない、ただのしかばねのようだ? と思ったらバッと起き上がり、またまたこっちへ走ってくる! 草人「オニ~~~ッ!」 こなた「あ、こら待てぇっ!」 咄嗟に首根っこを捕まえようと手を突き出す……けど、草人はそれを見事に回避! 相変わらず衰えないスピードでテラスから去ってしまった……。 こなた「ま、また追いかけるのコレ……」 もーヤダ。 修道女「ほら、逃げられちゃったじゃないですか」 みさお「でもなぁ……怪我させるってコトだろ? ちょっとなぁ」 そういえば回虫ププを取り出すとか言ってたっけ。 どういう方法かは知らないけど、みさきちが渋るってことはけっこー痛いのかな。 修道女「……やっぱり私、ププを手に入れます」 みさお「やるなら1人でやれよ。私は嫌だかんな」 修道女「つめたいのね。草人が死のうが関係ないと?」 え? いきなり話が飛躍した? みさお「死ぬって……そこまでして必要なのかよそれ!?」 修道女「必要よ。生死の瀬戸際に立ってる人がいるから」 みさお「ププを手に入れるためなら何してもいいってのかよ! 草人だって生きてるんだ ぞ!」 修道女「だったら、あんたがどうにかしてくれるの?」 みさお「なっ……」 修道女さんの口調が変わった。みさきちも気圧されてる。 なんだろ、この嫌な感じ……。 修道女「私が求めることがあんたに出来るの?」 みさお「な、何言ってるのかわかんねーよ!」 修道女「……やってみせなさいよ。ほら!」 みさお「え――」 嫌な音が聞こえた。 みさお「あ……ぁ……」 みさきちが、お腹を押さえながらがくりと膝をつく。 修道女さんの左手に光るそれは……何? いや……わからないフリをしてどうするんだ私。あれは……そう、ナイフ。 刺された? みさきちが、修道女に? こなた「み……みさきち!」 修道女「近づかないで。殺しちゃうわよ」 こなた「っ……」 本気、だ。 みさきちの苦痛に歪む顔は演技なんかじゃない。 あの修道女はきっと私が近付いたら容赦なくみさきちを……。 修道女「核は傷つけてないわ。私の言うことを聞けば核には手出ししない」 みさお「か……く?」 修道女「簡単なことよ。痛いでしょ? 今ここで涙を流してみせなさい」 涙……? 意味がわからない。……意味がわからない! 修道女「どうしたの? 泣けないの?」 痛ければ人は泣くはずなのに、みさきちは涙を落とさない。 泣くのを我慢してるとか、そんなレベルの話じゃない。はたから見てたってわかる。 あいつの目はこうなることをわかりきってる目だ! 修道女「無理なのね。残念だわ……さよなら、ルビーの騎士」 そう言い捨てて、修道女がみさきちの胸のあたりをまさぐって何かを手に取る。 赤い、石だ。ゆーちゃんやみなみちゃんの胸にあったような、あれだった。 修道女「ルーベンス……『希望の炎』、確かにいただいたわ」 こなた「希望の炎……? みさきちに何したの!?」 修道女「何も。核を奪われた珠魅は死ぬ、それだけね」 こなた「死ぬ、って……」 珠魅? その石が核? 核を奪ったら死ぬ? 言ってることが全然わからない。 みさきちはその珠魅ってやつなの? だったら……何が、どうなるって!? 修道女「あんたもラピスラズリと真珠の珠魅を連れてるみたいだけど。あまり珠魅に関わ りすぎると石になっちゃうわよ」 ラピスラズリと真珠。間違いない、ゆーちゃんたちのことだ。 こなた「みさきち、死ぬの……?」 修道女「そうよ」 あっさりと、あいつは認めた。 修道女「それじゃあね。珠魅と一緒にいる以上、また会えるとは思うわよ」 こなた「……! 待てええええっ!!」 槍を掲げ、私は駆けていた。 みさきちを、友達を手にかけたあいつを逃がしたくない! だけど。 こなた「え――」 あいつはテラスから、空に向かって飛び降りた。 急いで崖下を覗き込んだけど……いない。 消えた? 逃がし……た? すぐ近くでうつ伏せに倒れているみさきちに視線が移る。 こなた「みさきち……みさきち!」 抱き起こし、肩を揺する。 胸にぽっかりと空いた無機的な空洞がすごく痛々しかった。 みさお「ちびっ子……あやののとこ、行って……」 こなた「わかってる! 死なないでよみさきち!!」 みさお「はは……無理っぽいなぁ……」 こなた「嘘だ……」 みさきちの体が赤い光に包まれて。 こなた「嘘……」 ぱん、とはじけるように……消える。 腕にかかっていた重みも霧のようにかき消えてしまった……。 友達が、死んだ。 こんなわけのわからない世界で、核を奪われたからなんて意味わかんない理由で。 目の前で。 ……死んでしまった。 ???「ややっ!」 後ろで声がする。 振り向いた先にいたのは――着崩れしたスーツに探偵帽、パイプをくわえたネズミ。 ネズミ「遅かったかぁ~~~!!」 ……誰? ネズミ「貴様がサンドラだな! 正体はわかっておる! 頭のヘンな棒、取れ!」 こなた「……」 冗談に付き合う気分じゃない……。 腰を上げ、無視して歩き出そうとした瞬間、ネズミが大声を上げた。 ネズミ「逃げる気か! 貴様の目の前でルーベンスさんが亡くなったのを見ておるんだ!」 何? なんなのこいつ……私がみさきちを殺したって言いたいの? こなた「……奇遇ですね」 ネズミ「な、何の話だね……」 いらつきが募る。思わず、口をくっと結ぶ。 こなた「私もたった今、友達が目の前で死んだんです」 ネズミ「何を――」 こなた「目の前で友達が殺されたって言ってるんですよ!!」 ……叫んでからはっと気付く。 ネズミの後ろ、テラスの入り口の所にゆーちゃんたちが立っていたことに。 ゆたか「お姉ちゃん……」 みなみ「先輩……今のは?」 こなた「……みさきちが殺されたんだよ。修道女に」 ゆたか「え……」 2人が唖然とする。……そうだろうね。こんなこといきなり言われても困るよね。 ネズミ「そうか、修道女に変装していたのか……くそっ、逃してなるものか!」 みなみ「あ、あの……あなたは……?」 ネズミ「ワシか? ワシはボイド警部である」 みなみ「警部……」 ボイド「宝石泥棒サンドラを追っているんじゃ。……そうか、ルーベンスさんはお嬢さん のご友人だったか……失礼した」 そうだ、みさきちのことをルビーの騎士だとか言ってた。 胸の宝石……あの核とか言うのを狙ってるってこと? ボイド「寺院に宝石泥棒サンドラの予告状が来ていたのだ。『希望の炎をいただく』と。 ワシはてっきり癒しの寺院の炎のことかと思っておった……まさか、ルーベンス さんの核が狙いだったとはな……」 宝石泥棒サンドラ。 それが、みさきちを殺した修道女の正体? ボイド「ルーベンスさんが珠魅だとワシが気付いておれば……くそぉっ!!」 こなた「警部。珠魅って……何なんですか?」 考えてみれば、さっきから意味不明な単語が羅列され続けている。 ゆーちゃんとみなみちゃんも珠魅ってのがどういうものなのか知らないはずなんだ。 ボイド「胸に核の輝きある限り生き続ける、不死の種族じゃ。珠魅の核は他の生き物にと っての心臓そのもの。核が傷つけば命が削られる」 こなた「みさ……ルーベンスも?」 ボイド「ルーベンスさんは核が隠れる服を着て、珠魅であることを隠していたようじゃな。 宝石泥棒、ヤツがそのことに気付くのが早かった……」 みなみ「……その宝石泥棒というのは?」 ボイド「価値のある宝石ばかり盗む泥棒じゃよ。……ここ最近、珠魅の核を執拗に狙うよ うになったんじゃ」 ゆーちゃんたちの胸に埋め込まれた核を見つめる。 むき出しの石ひとつに命が委ねられている……か。 そして、その命を宝石泥棒とやらは狙っているんだ。 ボイド「なんとしてもヤツを捕まえねばならん」 ゆーちゃんも、みなみちゃんも、みさきちも珠魅。 他にもこの世界に知り合いがいるとして、その人たちが珠魅である可能性はきっと高い。 確証のないただの勘だけど、そんな予感がする。 だったら……野放しにしておくことなんてできない。 こなた「協力させてください」 みなみ「……出来る限りのことはします」 ゆたか「わ、私も……」 ボイド「おお、ありがとう! ……しかしお嬢さん方も珠魅のようじゃな。くれぐれも用 心してほしい」 ゆたか「はい……」 とは言っても……どうすればいいんだろう。 ボイド警部の言い方だと変装が得意みたいに聞こえるし、崖から飛び降りて姿をくらま すなんて人間離れした芸当までやってみせた。 先に珠魅を探し出して、現れた所を捕まえる……くらいしか思い浮かばない。 そんなことを考えていると、警部が呟いた。 ボイド「ワシはヤツがまだ、この辺りにいると思っている。何か引っかかるんじゃ……」 こなた「何かって?」 ボイド「うーむ……経験から来る勘というヤツかの。ワシは街の中を調べてみる。君たち は町の周辺をお願いしたい」 みなみ「……わかりました」 警部に背を向け、足を踏み出す。 と、背後から声がかけられた。 ボイド「お嬢さん、珠魅のお二人を頼んだぞ!」 こなた「……わかってます!」 そう、わかってる。 あんなこと、二度とさせるもんか。 町の入り口に戻ると、反対側に伸びる道の先を見つめる修道女がいた。 ……ここの修道女、外見が全く同じなせいで全然見分けがつかないんだけど。 こなた「あのー、すいません」 修道女「あ、はい? 何でしょう」 こなた「こっちに様子が変な修道女が来ませんでしたか?」 修道女「様子が変……って言うのかしら。やけに急いで修験の道を登っていった子がいた けど」 ゆたか「その人、宝石泥棒なんです! ……人が、殺されたんです」 修道女「まあ……困ったわ、修験の道は寺院の関係者以外は立ち入り禁止なのに」 いや、困るところはそこじゃないって……。 これが平和ボケってやつなの? みなみ「宝石泥棒を捕まえたいんです……通らせていただけませんか」 修道女「そうね……あ、ダナエ様」 いつの間にか私たちの後ろにネコむすm……じゃない、獣人? が立っていた。 もしかして宝石泥棒が変装しているんじゃ、なんてことも少しだけ思ったけどそれ以上 考えるのはやめた。 人を疑うのは……嫌いだ。 ダナエ「何かあったの?」 修道女「はい、実は……」 修道女が事情を説明し、ダナエさんがこっちに向き直る。 ダナエ「私はダナエ。寺院の僧兵です。修験の道は通っていただいて構いません」 修道女「で、ですがダナエ様」 ダナエ「大丈夫、司祭様には私から言っておきます」 修道女「……わかりました」 話のわかる人で助かった……と、私は息をついた。 みなみ「ご迷惑をおかけして……すみません」 ダナエ「気にしないでください。それより早く捜しま――」 草人「誰か助けて~~~~~!!!」 ……突然現れた草人が修験の道に消えていく。 うん、すっかり忘れてた。 ゆたか「葉っぱ、落ちてる……」 本当だ。体から抜け落ちたのか、草人の走った跡に葉っぱが転々と落ちている。 こなた「……草人追いかけながら探そうか」 ゆたか「お姉ちゃん」 ゆーちゃんが話しかけてきたのは、葉っぱをたどりながら道を走っている時だった。 こなた「ん? あ、疲れたならペース落とすよ?」 ゆたか「ううん。あのね……お姉ちゃん、大丈夫かなって」 こなた「……大丈夫じゃないよ」 目の前でみさきちが殺されて大丈夫なわけがない。 多分、あと少しでもあのままだったら泣いてたと思う。 ボイド警部やゆーちゃんたちが来て……気が紛れたってのは少し違うけど。 こなた「でも今はあいつを捕まえることだけ考えないと。でしょ?」 ゆたか「……うん」 やがて私たちは修験の道を抜けた。 滝を左手に見ながらさらに歩き、塔のようにそびえ立つ岩山を登っていく。 鳥の巨大な巣の下でついに道は途切れていた。 修道女「私が、治してあげるわ」 草人「ほんと……?」 修道女「ええ……」 いた。草人も一緒だ。 草人「むぎょっ!」 殴られでもしたのか、草人がどさりと倒れる。 そこまでだ悪党っ! こなた「宝石泥棒!」 修道女「ちっ……!」 追い詰めた! 逃げ場なんかない、さっきみたいに飛び降りようにも遥か下に滝が見えるだけ! ボイド「見つけたぞ! サンドラッ!!」 遅れてボイド警部も到着した。逃走劇はもう終わりなんだ! ボイド「もう逃げられん!おとなしくお縄につけ!」 修道女「私は誰にも捕まらないわ!」 ボイド「こんの……この期に及んで何を言うかと思えば――ん?」 突然、太陽が隠れた。雲なんてほとんどない天気なのに? 天を見上げた瞬間、その理由がわかった。 この巣の主だと思う。巨大な鳥が上空を飛んでいる! 修道女「また会いましょう、皆さん」 宝石泥棒がそう言ってカギ爪の付いたロープを真上に投げる。 ……って、まさか!? こなた「ま、待てぇっ!」 急いで駆け寄る……けど、遅かった。 あいつの体が宙に浮き上がる……! ボイド「カンクン鳥かァ~ッ!」 巨鳥が空に消えていく。宝石泥棒を背に乗せたまま。 みなみ「そんな……」 逃げられ、た……。 草人「にょ!?」 静寂を破ったのは起き上がった草人だった。 にょ……って、どこの店の看板娘ですか。 草人「あれれ……おなか、いたくない……」 回虫ププを取り出したら草人が死んでしまうってのは嘘だったと、そういうこと? 草人「うわ~い!なおった~!」 ボイド「はしゃぐな、たれバカ!」 耳からプンスカと煙を噴き出しながら、ボイド警部が草人をひっぱたく。 草人「ぎゅむぅっ!」 ボイド「珠魅が、また一人……殺されたんじゃぞ」 そう。 結局、残ったのはみさきちが宝石泥棒に核を奪われて死んだという事実だけ。 それだけだった。 ボイド「宝石泥棒サンドラ……ワシが必ず、必ず! お前を捕まえてみせるぞっ!」 警部が、巨鳥が消えた空の向こうを見ながらそう誓った。 ゆたか「お姉ちゃん……私……」 ……ゆーちゃんが私の胸にすがって泣き出す。 震える頭を撫でながら、私も警部と同じように誓う。 ――絶対に捕まえる。捕まえてみせる。こんなこと、続けさせてたまるか。 ゆーちゃんの目から涙がこぼれ落ちることは、ついになかった。 - 岩壁に刻む炎の道 - おわり
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ななこ先生と「あいつ」ネタ ―卒業式後の校舎の屋上― ふーやれやれ、終わったんやな、これで さっきは教室で泣くところやったわ ん?あれ、泉達やないか? 「つかさ~卒業しても会えなくなるわけじゃないんだからさ~そんな泣かないでよ~」 「でも、ヒックこなちゃんヒックうぇぇぇ~ん」 「でも、いつも顔合わせる訳ではなくなりますし…すこし寂しくなりますね…」 「みゆき…なら、寂しくなったらあたしの携帯にでも電話しなさいよ!いくらでも話相手になってあげるから!」 「かがみさん…」 「じゃ、あたし寂しいからかがみに電話毎日かけるー♪」 「こなた!オマエは自重しろ!」 卒業か… そういや、同級生のあいつら今なにやってんのやろ? 「黒井センセ、なにやってんですか?こんなところで?」 んは!桜庭センセ! アンタこそなんでこんなトコに! 「あー、あいつらいなくなって人寂しくってな。一人寂しく泣こうかな?と思ってさ…黒井センセもか?」 そんなところや と、言いたいトコやけど うちは… …ゴォォォ… 来た「あいつ」や うちは「あいつ」を待ってたんや 「なんだ?自衛隊の戦闘機?しかも4機も?」 「ねぇ、ゆきちゃん?またあの時の飛行機が…」 「うお!今度は4機も来て…」 バサバサバサ ヒュバリバリバリバリ… 「「「「うひゃあああ!!」」」」 「なんですか?コレ?花びら?」 「何すんのさぁ!あの飛行機!」 「…もしかして私たちの卒業を祝って?」 「ふわぁ…なんか雪みたいできれいだねぇ…」 見たか!卒業祝いの花びら爆弾じゃ! 《こちらエンジョイフライトよりななこさんへ!こんなんでいいのか?オーバー》 「あいつ」から無線入る あたしはこう答える トランシーバを手に取りうちはこう答える 《上出来や!》 って ここはとある居酒屋 例によって俺、ななこさんにまた引っ張ってこられまして… ななこさんってばもう酔っ払ってるし 受け持ちの生徒達の進路がうまい感じにいって祝杯ってトコなんだろうけど… でも、呑み過ぎです、ななこさん! もう何呑んだか数えるのも面倒臭いです!いや、マジで! 「あいつら卒業するんやなぁ淋しくなるわぁ…」 …そうでしょうね とりあえず水頼みましょう水 「うち、あいつらの門出を祝うためになんかしてやれないかなぁ…」 いえ、あなたの『卒業おめでとう』って心からの一言がなによりの… 「そや!こないだの花束飛行機から落とすの!それと似たようなのでけへんか?」 はい?なに言ってんすか?ななこさん? 「その話!乗った!」 え?うそ?なんでこの人ここに? 「は?誰やアンタ?」 「こいつの乗る機体整備をやってる者だ!ところでお嬢さん?アレを応用して花びらをばらまくってのはどうかね?!」 「それ、採用や!」 あの、君たち? 「面白そーじゃん?俺らも参加すんよ?フライトリーダーはオマエな?」 「おー!いいね、いいね♪頼むぜ『エンジョイフライト1』?」 「ばらまいてやんよ!花びらをよ!ウケケ…白いのがいいなぁん?桜みたいな薄い桃色も捨てがたいかな?」 ちょ、なんで先輩達まで!! 「いや、オマエが美人教師と呑んでるって聞いて飛んできただけだか?」 …えーと、俺、どうすりゃ… 「まぁええやん!うちらから送る手向けっちゅーこって!頼んます!!みなさん!」 ザッ 「「「「「イエス!レディ!!」」」」」 …なんかななこさんにみんな敬礼してるし…ノリノリだし… こうして「卒業祝い花びら爆撃作戦」が発動されたました…
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母親と言い争うなど、何時以来だろう。みゆきはそんなことを考えながら、道を歩いていた。 いくら考えても、思い出せない。そもそも、今まで言い争ったことなどあっただろうか? そんな事を思い出しても、今の状況が変わるわけじゃない。みゆきは首を振り、考えるのを止めた。そして、周りの景色を見る。 見たことはあるが、見慣れない景色。みゆきはこの辺りが、こなたの家の近くだと思い出した。 何も考えずに電車を乗り継いたら、無意識のうちにこんな所に辿り着いていた。 友達に頼りたい。そういう気持ちでもあったのだろうかと、みゆきは思いながら道を歩いていた。 ふと、前の方になにかが落ちているのが見えた。 よく見てみると、それは犬のようだった。アスファルトに横たわったまま、動かない。その犬の子供だろうか。子犬がその身体を懸命に舐めていた。 死んでいるんだ。車にでも、はねられたのだろうか。みゆきはなぜか、その犬から目を離すことが出来ないでいた。 母と娘と - みゆきの側を、何人かの人が通り過ぎていく。だが、誰一人犬の死骸に目をやる人はいない。 みゆきも見ているだけで、特になにかをしようとは思わず、心の中で手を合わせてその場を離れようとした。 ふと、みゆきは視界の端に見知った顔を見つけた。その方を見ると、さっきの犬の死骸の傍に、友人の泉こなたが立っていた。 そして、こなたはなんの躊躇も無く犬の死骸を抱き上げると、そのまま普通の足取りで歩き出した。その足元を子犬がすがりつくように付いていく。 みゆきはそれに驚き、思わずこなたの後を追いかけた。 こなたがやってきたのは、とある公園だった。その隅の方の、木が生い茂る場所へと向かう。 遊具などがある場所からは見えない、少し開けた場所。こなたは犬の死骸を丁寧に地面に置くと、その場に穴を掘り始めた。 そして、ある程度の深さの穴が出来上がると、こなたはそこに犬の死骸を入れ、手を合わせてから土をかけ始めた。 完全に埋まりきると、こなたは今度は服のポケットから木の棒を取り出した。よく見てみると、どうやらアイスの棒らしく、アタリと書かれた文字が見えた。それを墓標代わりに突き立てると、こなたはもう一度手を合わせた。 「…みゆきさん、別にこそこそする必要は無いと思うよ」 そして、みゆきが隠れている木の方を向いて、そう言った。 「ばれていたんですか…」 仕方なくみゆきは、木の陰からこなたの前へ姿を現した。 「うん、ばればれ。みゆきさん、尾行下手だね」 ニヤニヤしながらそう言うこなたに、みゆきは照れくさそうに頬をかいた。 「あの…泉さん、その…これは…」 そして、みゆきは聞きずらそうにしながら、こなたと今作った犬の墓を交互に見比べた。 「似合わないことしてる?」 「えっ…あ、いや、そんな事はけして!」 こなたの言葉に、みゆきは慌てて目の前で両手を振った。 「ま、普段のわたし見てると、そう思うのも仕方ないかもね」 「…い、いえ…その…すいません…」 恐縮して縮こまるみゆきの肩を、こなたは軽く叩いた。 「ま、気にしない気にしない」 「…はい」 みゆきは姿勢を正すと、改めてこなたが作った墓を見て、そしてこなたの方へと視線を戻した。犬を拾い上げる時も、ここへ来て墓を作るときも、こなたは何一つ躊躇することなく行動していた。 「泉さん。随分と手馴れていたようでしたが…前にも何度か同じようなことを?」 みゆきはその事が気になり、こなたにそう聞いた。 「周り、よく見てよ」 こなたは、答える代わりにそうみゆきを促した。 「…あ」 みゆきが周りを見渡してみると、たくさんの墓が見えた。石だったり、木だったり、日用品だったり、墓標に使われているものはばらばらだったが、全て今こなたが作ったような簡素な墓だ。 「この辺はさ、住宅地だから、ペット飼ってる人って多いんだよね」 驚くみゆきに、こなたが声をかける。 「その分、捨てる人も多くてね…結構事故とかで死んでるの見かけるんだ。だから、こうしてお墓を作ってるんだ」 「あの…これ全部、泉さんが…?」 「ううん。わたしが作ったのはまだ少ないよ。ほとんどはお父さんと…お母さん」 こなたの口から出たお母さんと言う言葉に、みゆきは少しドキリとした。 「これ始めたの、お母さんなんだって。そんで、お母さんが死んでからはお父さんがやってて、中学くらいからわたしもするようになったんだ」 自分の知らない亡き母を思ってか、こなたは少し遠い目をしていた。 「お母さんがね、何でこう言う事やってたんだろうって。同じことやったら、お母さんのこと少しでも分かるかなって、そう思ってね」 「…なにか、分かりましたか?」 「うーん…まだまだってところかな?」 照れくさそうにそういうこなたを、みゆきは少し羨ましく思えた。 「今日、母と喧嘩をしました…」 そして、そんな事を口走っていた。 「みゆきさんとゆかりさんが?珍しいね…」 目を丸くしてそう言うこなたに、みゆきは頷いて見せた。 「泉さんの話を聞いて、それくらい母を思えれば、喧嘩などしなかったのではないか…そう思いました」 溜息をつく。胸の奥から、ひどくもの哀しい感情が湧き出してくる。 「わたしも、母を失えばそのような気持ちになれていたでしょうか?」 「冗談じゃない」 「…え」 聞いたことの無いこなたの冷たい声に、みゆきは身を震わせた。 「そんな事、絶対にない」 こなたは怒っているようだった。眉間にしわがより、いつもの余裕のある表情は消えていた。 「…す、すいません…」 「失えば分かるかもしれないけど、失ってからじゃ遅いんだよ」 思わず謝るみゆきを無視し、こなたは言葉を続けた。 「失わなくても分かるかもしれないし、失っても分からないかもしれない。失わなければ絶対に分からないって事はないし、ましてや…分かるために失うなんて、間違ってる」 そこまで言って、こなたは自分の顔を両手で覆い隠した。 「…ごめん。ちょっと偉そうだった」 「いえ、わたしこそ迂闊なことを言ってしまって…すいませんでした」 お互いに謝りあい。その後、少しの間二人は無言で立っていた。 やがて、こなたが手を顔から離した。そこには、いつも通りのこなたの表情があった。 「さて、わたしはそろそろ行くよ」 そう言って、こなたは足元にいる子犬に顔を向けた。 「この子の飼い主を探してあげないとね」 「飼い主、ですか…?」 「うん、お父さんが仕事柄結構顔が効くからさ、以外と見つけやすいんだよ」 こなたはそう言いながら子犬を抱き上げた。 「じゃ、みゆきさん。また学校で」 「い、泉さん」 別れの挨拶をして踵を返すこなたの背中に、みゆきは思わず声をかけて引き止めてしまった。 「ん、何かな?」 こなたが首だけをみゆきの方へ向ける。 「え、えっと…その…あの…」 みゆきは言い難そうに、口の中でモゴモゴと何かを呟いていた。 「…すいません…なんでもありません」 そして、そのまま言葉を閉じてしまった。こなたはそんなみゆきの様子に、笑顔を向けた。 「うん…じゃ、また明日」 そう言って、こなたは手を振って歩き出した。 「…わたしも、帰りませんと」 みゆきはそう呟いて、自分の帰るべき家に向かって歩き出した。 みゆきが自分の家に着いたころには、日はすっかり落ちていた。門限なんてものは決められてはいなかったが、何の連絡もなしにこんな時間に帰宅するなど、初めてのことだった。 「…ただいま戻りました」 家のドアをゆっくりと開け、呟くように小さく帰宅の旨を告げる。まさか自分がこんなコソコソと家に入ることになるなんて…と、みゆきは少し後ろめたい気持ちになっていた。 「おかえり、みゆき」 しかし、あっさりと母のゆかりに見つかってしまう。 「遅かったわね。少し心配しちゃったわよー」 「…お母さん」 今朝の喧嘩のことなど無かったかのように普通に話す母に、みゆきは安堵と不安を同時に感じていた。 「さっきね、こなたちゃんから電話があったわ」 「え?」 「ちょっと長く引き止めちゃったから、帰るの遅くなるかも。ごめんなさい…って」 「それ、嘘です」 みゆきは思わずその事を否定していた。 「泉さんが、引きとめたわけじゃありません。わたしが勝手に居ただけです」 「あら、じゃあどうしてこなたちゃんはあんな事を?」 「それは…」 どうしてだろう。みゆきには分からなかった。不用意な発言でこなたを怒らせてしまったのに、何故自分をかばう様な真似をしたのだろう。 その疑問は、目の前の母にも言えることだった。今朝はあれほど激しく言い争っていたのに。家を飛び出して、遅くまで帰ってこなかったのに。何故、怒らないのだろう。 「…分かりません。泉さんも、お母さんも、何を考えてるのかわたしには…二人とも、わたしが怒らせたはずなのに…」 そう言って、みゆきは俯いてしまう。それを見たゆかりは、顎に人差し指を当てて少し考える仕草をした。 「みゆきは、少し重く考えすぎね」 「…重く?」 そして出た母の言葉に、みゆきは顔を上げた。 「今朝のことなら、わたしはもうなんとも思ってないわよ。アレくらいの口喧嘩なんて、若い頃はよくやってたしねー」 「そ、そうだったんですか…」 本当に軽いゆかりの口調に、みゆきは少し気が抜けるような感じがした。 「…あの、泉さんに会った時のことなんですが…」 そして、みゆきは無性にさっきの事を聞いてほしくなった。 「おもしろい子ね。こなたちゃんは」 みゆきの話を聞き終わったゆかりは、微笑みながらそう言った。 自分にとって不快な話もあったというのに、何故そんな表情が出来るのか、みゆきには分からなかった。 「…あの、やはりわたしは重く考えすぎてるのでしょうか?」 「そうねー…こなたちゃんにとってそれは、ホントにお母さんの真似をしてたってだけの事じゃなかったのかな」 ゆかりはそう言いながら、顔の前で指をクルクルと回し始めた。 「だから、その事を重く考えすぎて、みゆきがみゆき自身を傷つけるようなこと言ったから、怒ったんじゃないかな」 「…わたしが、ですか?」 「うん。みゆきは、わたしが死んじゃっても平気?…だったらちょっとお母さん泣いちゃうけど」 「え、いや、そんな事は…お母さんがいなくなったら、悲しいです…」 「…悲しいことが分かってるのにあんな事いったから、こなたちゃんは怒ったんじゃないかな」 みゆきは言葉を失った。単純な…本当に単純なことだったんだ。そんなことも分からない自分の迂闊さに、みゆきは少し腹が立った。 「だから、そんな重く考えすぎるみゆきには、子犬の飼い主は少し荷が重いわよ」 「え?ど、どうしてそれを?」 予想外のゆかりの言葉に、みゆきが焦る。詳細に話したとはいえ、その事は言ってないはずだった。 「最後。こなたちゃんを引き止めたのは、その事を言うためだったんでしょ?…でも、決心がつかなかった」 「…はい」 「それで良かったのよ…こなたちゃんも、言われればきっと止めてたでしょうしね」 みゆきはしばらく何も言えなかった。 「こなたちゃんは、いいお友達ね」 そのみゆきに、ゆかりが優しくそう言った。 「…はい。教えられることが、とても多いです」 「また、そんな堅いことを…教えられるってのなら、みゆきからの方が多いわよ。きっと」 「そう…でしょうか」 「自分を軽く見すぎるのも、みゆきの悪い癖かしらね…さ、そろそろお夕飯の準備しなくちゃ」 「え、今からですか!?」 みゆきが驚くと、ゆかりは首をかしげて壁の時計を見た。 「あら…もうこんな時間だったのねー」 そしてのん気にそう言って、みゆきの方を見る。 「今日はもう店屋物でいい?」 「…はい、それでいいです」 ゆかりの言葉に、みゆきは脱力感を覚えながら答えた。 「あ、お母さん」 そして、聞きそびれてたことがあるのを思い出し、みゆきは電話へ向かうゆかりの背中に声をかけた。 「なにかしら?」 「あの…どうして、わたしが子犬の飼い主になろうって思ったのが、分かったのですか?」 「分かるわよ、それくらい。誰よりも長くあなたを見てる…お母さんだもの」 それもまた、単純な答えだった。 夜、寝るために布団に潜り込んだみゆきは、明日の朝こなたにどう言おうか悩んでいた。 今日のことを謝ろうか、それとも礼を言おうか。 どちらも何か重いような気がして、みゆきは別の言葉を探した。 「…泉さん、昨日の子犬の飼い主は見つかりましたか?」 うん、これが良い。自分の呟きに満足したみゆきは目を閉じた。 終 - コメント・感想フォーム 名前 コメント こなたに諭されるみゆきというのは新しいですね(そうでもないか)。GJ -- CHESS D7 (2009-08-31 19 06 18) こなたとみゆきの会話に共感するものを感じました。 -- 名無しさん (2009-08-26 19 55 51)