約 2,067,582 件
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/77.html
第十話/ /第十一話*② 第十一話 執筆者:CHU 曰く――幾多の大企業の本社ビルが置かれ、常に権謀術数が渦巻く坩堝。 曰く――他者を少しでも出し抜き、甘露にありつこうとする狸共の巣穴。 あらゆるシェルター都市を凌駕した堅牢な都市防衛機能――最早要塞とも呼べるレベルのそれを備えたエデンタイプコロニー。それがこの〈エデンⅠ〉だ。 グローバルコーテックスもまた、他の巨大軍需企業と相違無く〈エデンⅠ〉に本社を置いている。 そのコーテックス本社ビルの地下三階から地下九階は、『自衛と自社占有利益の確保』を標榜する《特殊技術戦力開発局》の研究棟となっている。完璧な防音処理が施された研究棟の一室で、今まさに密談が始まろうとしていた。 一人は青いロングコートに身を包んだ若い風貌の男――グローバルコーテックス専属レイヴンのスワローだ。 そしてもう一人は、特殊技術戦力開発局の局長であるディタ・エイジアだった。 本来、秘匿回線を用いれば『直接会う』必要はどこにもない。高度に量子暗号化された通信は、傍受される恐れもほぼ無い上、何より直接出向く労力も省けるのだ。にも関わらず、スワローはこういったミーティングの際に、相手方に直接出向く手法を執っていた。 有り体に言えば、スワローのナンセンスな行動は全て趣味だった。そうしたいから、単にそうするのである。 ただ、相手の都合を良く踏まえているため不満が出ることは稀で、むしろ女性相手には受けが良かった。 ディタもまたその一人である。 湯気の立つコーヒー(容物は実験用のビーカーだったが)を丁度二人を間仕切るように配置されたテーブルに置き、ディタが割合上機嫌な声色で口を開く。 「こうしてわざわざ会いに来てくれたのはいつ以来かしら?最近は新人のオペレーターさんにご執心な様だから――会えて嬉しいわ、スワロー」 「ボクもだよディタ。確か前に会いに来たのはICS導入実験の時だったかな?……いや、その前にディナーをご一緒した方が先か」 スワローが宙に視線を彷徨わせながら記憶を遡り応えた。 二人は仕事上の付き合いだけではなく、プライベートでも男女の付き合いがあった。 コーヒーで口を湿らせながら、ディタの目がスワローの左腕に向けられる。 「あら、怪我はもういいのかしら?」 先の作戦――クレストの新型ACとの交戦によって、スワローは重傷と言って差し支えない傷を負った。 異常速度による戦闘機動をGキャンセラー無しで行ったことに加え、ICSの特性上、機体ダメージの幾らかがパイロットにフィードバックされてしまうためだ。 スワローをガレージで出迎えたスタッフの中に、医療チームと担架が用意されていた事を考慮すれば、今ここにスワローが何食わぬ顔で座って居る方が異常なのだ。 常人なら良くて意識不明の重体、普通は死んでいてもおかしくはないダメージだった。 本来ならば包帯でミイラのようにぐるぐる巻きにされ、病室のベッドで絶対安静にせねばならない程の損傷を、スワローは一週間で完治してみせた。 それはこの男に施された強化手術に依る恩恵だった。 骨格の八割をセラミックとチタンの複合強化骨格に置き換え、体内にある何百億ものナノマシンが代謝機能や自然治癒力を数十倍にも高めている。内臓も全て人工器官に変え、強化筋繊維があらゆる衝撃に対して強い抵抗性を発揮している。 そういった、真っ当な人間としての生を捨て去った代償に得た報酬だ。 スワローは昨日までギプスで固められていた左腕をぐるりと回して見せる。 「この通り。もう大丈夫だ」 「そう、なら良かったわ」 ディタもスワローの身体の事は重々承知している。要するに彼女なりの軽口だった。 お互いに軽い挨拶を済ませ、仕事の顔付きになる。 口火を切ったのは、つい昨日発生した〈エデンⅣ〉へのパルヴァライザー進攻についてだった。 「既に貴方の耳にも届いていると思うけど、昨日の早朝に〈エデンⅣ〉が統制されたパルヴァライザーの襲撃を受けたわ。丁度アリーナの予備大会決勝中だったこともあって事態は相当深刻なようね」 「そのようだね。ボクもコーテックスのお偉方に引っ張りだこだったよ。どこのセクションもてんやわんやの大騒ぎ。寝る間も惜しんで報告書に目を通さなくちゃならなかった」 「あらあら、妬けるわね。大した人気じゃないの色男さん?」 「茶化さないでくれよディタ。鎮圧したとは言え、重軽傷者死亡者合わせて二六〇人――死亡者の内レイヴンは二名。都市機能は完全に麻痺し現在も復旧作業中。外壁には巨大な風穴が開けられて、これに至ってはまだ手付かずだ。コーテックスにとって今回の襲撃は、致命とも言える計り知れない損害さ」 「大変だったのは良く分かっているわ、ごめんなさいね。でも、貴方の関心は別の所でしょう?」 スワローは痛い所を突かれたといったように大仰に肩を竦めた。 「っま、その通りさ。今回の一件で幾らの損失額が出ようが余り興味は無い。それよりもパルヴァライザーを指揮していた『赤いAC』。……ボクにはこちらの方が重要だ」 多数の目撃証言から、今回の襲撃を統率していたとされるACの存在が明らかになっていた。 「【ナインボール】――恐らくAI機体だろうがね。パルヴァライザーを指揮していたことに間違いは無い」 「だとするとやはり統一政府が……?」 「断定しても問題は無い……と思う。一応ボクもお偉方にはそう報告してある」 【統一政府】――既に形骸化していると目されているが、各巨大軍需企業やコーテックスなどの依頼仲介企業を、名ばかりではあるが統括管理する組織だ。 五年前のジシス財団解体の際、プロトタイプネクストである【ナインボール・セラフ】と量産型ナインボールを持ち去ったとされている。 「でも相手が統一政府にせよ理由が不明のままだわ。コーテックスに『NEXT』の臭いを嗅ぎつけたにしても、〈エデンⅣ〉は無関係だもの」 ディタの言い分もまた然りである。 コーテックス社が多大な出資をして都市の利権を一人勝ちしているとは言え、〈エデンⅣ〉に暗部は無い。 対立する企業ならともかく、統一政府に狙われるような理由は見当たらない。 それ故、今回の襲撃事件には謎が多いのだ。 すると、そこまで黙ってビーカーの縁を見つめていたスワローが口を開き、思っても見ない事を言い出した。 「……案外、居るのかもしれない」 「え?」 「〈エデンⅣ〉に生体CPUが居るかもしれない」 「ち、ちょっと待ってスワロー。順序立てて説明して」 言うに事欠いて何を言い出すのか、この男は。 ディタは困惑した。 「〈エデンⅣ〉に生体CPUが居るとすると、今回の襲撃の辻褄が合う。統一政府はその生体CPUを狙ったのだろう」 「でも〈エデンⅣ〉で旧世代施設なんて発見されてない――」 「そうじゃないよディタ」 スワローは苦笑しながら、弟子に教えを聞かす賢者の様に根気よく語った。 「旧世代施設があり、そこから発見されたわけじゃなく、既に誰かが他の場所から入手したと考える。つまり匿っているんだ。匿えるだけの地位と力を持った誰かが」 「……それなら確かに説明は付くわね。そしてある程度、その『誰か』は絞れるとは思う。……でも根拠はあるの?」 それが問題だった。 スワローが今言った事は、机上の空論――根拠の無い眉唾話かもしれないのだ。 「南方にミラージュ社領アディオン地域があるだろう?そこで頻繁に【赤いAC】が武力介入している」 「それは知っているけど、本件と一体どんな関係があるというの」 「その【赤いAC】が出没しているアディオン地域のケレト大断崖で、新しく生体CPUが発見されたそうだ」 「なっ……!」 スワローの語る、その計り知れない情報価値に絶句する。 生体CPUは、あらゆる軍事関係機関が、喉から手が出る程渇望しているものだ。 その存在を巡り、いつ戦争が起きてもおかしくはない。 そして、その生体CPUが発見されたという場所に【赤いAC】が武力介入している――。 「これらの要素を全て偶然で片付ける程、ボクはお人好しでは無いつもりだ」 「あ、貴方の言う通りなら、……ええ、確かに全て符合するわ。でもそんな情報一体ドコから……?」 「なあに、古いツテからの情報さ。――ただ、信用の置ける筋であるのは間違いない」 スワローに気取った様子や、からかっている様子はない。 「ボクは〈エデンⅣ〉に生体CPUが居た、もしくはまだ居る可能性は高いと見る。何故なら、そう考えるのが一番自然だからさ」 そう言ってコーヒーに口を付ける。 ディタには目の前に座るこの男が、幾年月を経た本物の賢者の様に映った。 「コーテックスが貴方を必要としている理由――何となく解る気がするわ」 両手を上げながら、ディタが自嘲気味の笑みを見せた。 「買い被り過ぎさ」 泰然としているスワローであったが、心中は穏やかではなかった。 今まで表舞台には姿を見せなかったその統一政府が、今回の一件の裏で糸を引いているらしい。 どうにもきな臭い話に、スワローは言い知れぬ悪寒を感じずにはいられなかった。 二人は簡単に近況報告を終えると、いよいよ本題に入った。 内容は勿論クレストのパルヴァライザーもどきについてである。 「戦闘データを見る限り、先日貴方が交戦したクレストの新型にネクスト技術が使われているのは間違いないわ。ただ外装がパルヴァライザーに似ていたというのが気掛かりなのよね…」 コホンと一つ咳払いをして、ディタがコーヒー入りのビーカーを弄ぶ。 「ここからは私の推論だけど…」 「構わないよ。聞かせてくれ」 「可能性としてはまず情報の誤認狙い。ネクスト機体ではなく、あくまでもパルヴァライザーの系譜と見せ掛けるため――言ってみれば隠蔽ね。……まあ、貴方にはあっさり看破されたようだけど」 スワローの頭に戦闘中のライラの様子が浮かんだ。 「ふむ、確かにボクの可愛いオペレーターはパルヴァライザーだと勘違いしてたね。ネクストがどういったものか知らない人間からすれば、アレをパルヴァライザーと見間違えるのも無理はない」 「ええ、だから可能性としてはこれが一番高いと思うの。万が一目撃者が出たとしても、良く分からないがパルヴァライザーの改造機だろうと解釈させることで、本質を見えなくさせることが出来る。ネクスト技術はそれだけ秘中の秘ってことね。私達の【ARROWS】だって同じことが言えるのだから。」 確かに【ARROWS】は本来中量二脚だが、捨脱可能な増設装甲を取り付けることで重量二脚機体としてカムフラージュしてある。 「ボクもそれは思い付いたよ、確かに理には適っているからね。ただ君の言い方だとまだあるみたいだけど?」 対面に座るディタを見やる。 いつもの不敵な姿はなりを潜め、自信なさげに言い澱んでいた。 「君の意見なら何でもいいさ。聞かせてくれ、ディタ」 スワローに促され、渋々といった面持ちで考えを述べ始めた。余程確証の持てない話を口にするのは嫌らしい。 「…可能性は低いと思うけど、マルチハイブリッドなのかもしれないわ」 「どういうことだ?」 耳慣れない単語である。 思わず聞き返していた。 「クレストの新型は、パルヴァライザー・ネクスト技術・ノーマル技術、この三つが融合した機体かもしれないの。…ああ、ノーマルというのは我々ネクスト研究者の造語で既存ACのことね」 かつて古代の技術と現代の技術が融合した、既存のあらゆる兵器をも凌駕する機体が開発された。 もっとも、機体は強奪され、現在は行方知れずだが。 ただスワローやディタにとっては馴染み深い機体である。その機体――それは、 「馬鹿な、それではまるで――」 「――新しいナインボール、とも言えるわね」 ただし、とディタが付け加える。 「その可能性は低いと最初に言ったわ。ナインボールの開発は、各分野最高の技術を持った研究者が揃って初めて成し遂げられたの。いくらクレストの技術が優れているとしても、独自の力だけでは不可能なはずよ。」 クレスト如きに自分が携わったAMSやIRSと同等の物が造れるはずがない――ディタからはそういった自信が伝わって来る。 結局結論を出す根拠は自分の力量とプライドに依るのだろう。 そのことにスワローは苦笑するが、ディタの能力を高く評価しているのも事実だ。 彼女の意を汲み、ひとまずこの案件はここまでとする。 「分かった。では先日の報告は以上だ。また何かあれば追って連絡して欲しい。ボクはこれから新人の試験に立ち会わなければならないのでね、準備があるため失礼するよ」 席を立とうと腰を浮かすと、ディタに呼び止められた。 「あっ、ちょっと待ってスワロー。こちらから通達がまだあるのよ」 ディタはデスクの引き出しから一枚のデータディスクを取り出し、それをスワローに手渡しながら努めて事務的に告げる。 「【ARROWS】には今ICSが組み込んでありますが、これをAMSに換装しての起動実験を行います。そのため、現在【ARROWS】は換装作業中につき使用は禁止。換装作業の間は【ベルフェゴル】を使用して下さい。それと、脳波増幅装置を埋め込むのと、AMSの負荷を低減するために、……貴方の脳と脊髄神経に強化手術も行います。実験の詳細や手術の日程もその中に明記してあるので必ず目を通しておいて下さい」 そこで一旦切り、申し訳無さそうに目を伏せた。 「生体CPUが居たらこんな手術必要ないのだけれど。ごめんなさいスワロー……。また貴方を人間では失くしていってしまうわね」 「構わないさ。あの子を失った時、僕自身が決意したことだから」 そう言って顔を近付け、ディタの頬に優しくキスをする。 だがディタの表情は暗いままだ。 研究者としての責務と、人としての良心の呵責に板挟みになり、苛まれているのだろう。 だからスワローはこう言うのだ。気にするなと意を込めて。 「なら、今度また飲みに付き合って欲しいな。それで恨みっこ無しとしよう。ね?」 片目を瞑りおどけてみせる。 そしてようやくディタの顔に笑みを作ることに成功した。 「ええ、そんなことで良いならいくらでも」 フフッと、微かな笑い声が聞こえた。正に微笑という程度のものだったが、美女の笑顔は何よりにも勝る報酬だ。 「よし、決まりだ。ボクはもう行くけど、楽しみにしててよ。旨い酒の店を探しておくからさ」 席を立ちディスクをコートのポケットに入れる。 頭は既に仕事のために切り替えた。 「それじゃ行ってくる」 「いってらっしゃい。私も楽しみにしてるわ、スワロー」 片手を上げて応え、部屋を出る。 次の仕事――新人レイヴン試験の詳細を頭に浮かべながら、コーテックスの廊下を社有ガレージに向かって早足で歩く。 浮ついた気持ちは既に無く、この切り替えの早さも、レイヴンがレイヴンたる所以である。 →Next… ② コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/162.html
⑬*⑭/ /第十四話 ノウラは既に、事実関係の大半を知り得ていた。 だからこそ、当事者達からの直接の言葉などは無為に等しきものであると断じ、代わりに彼らに告げるべき事実を告げる為に、次の口を開いた。 「──我々一族は、貴君等に多くの叡智を与えた。貴君等、統一政府が衰退した人類の復興の一助となり、賢明な統治者として君臨するであろう事を、望んだからだ」 ノウラは語る。自らの身体に流れる、何世代にも渡って受け継がれてきた血筋を。自身の一族が統一連邦政府と共に在り続けてきた過去を。彼らが今回の件──【エデンⅣ騒乱】で、人類の今後の在り方を確実に変えてしまう失態を犯した事を、彼ら自身に思い知らせる為に。 「貴君等の先達の遺した遺産を見誤り、貴君等は自ら王道を踏み外した。──末路は、自らが語れ」 十数時間前──【エデンⅣ騒乱】の引き金を引いた政府一派の暴走を、賢人会議は止める事が出来なかった。──正確には、黙認したのだ。統治者としての権勢が徐々に衰退していく中、それに焦燥を感じていたが故に彼らは致命的な過ちを犯した。 結末として、閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】の都市機能の大部分を破壊したに留まらず、数百人の一般市民の死者とそれを遥かに上回る数千人の負傷者を出した。事態の真相の片鱗は【エデンⅣ】の管轄企業体であるグローバル・コーテックスも把握し、また、他の支配企業へも情報が伝播しつつある。 ──過ぎた叡智を、過ぎた手段で求めようとしたが故、統一政府は致命的な過ちを犯した。 最早、この後にやって来る世界情勢の混迷期の潮流を押し留める事はできはしない。 ──統一連邦の時代は、間もなく終わりを告げるのだ。 その末路を、統一連邦の失陥という形で来るべき時期に自らが露呈しろ──ノウラはそう言ったのだった。 絶望感にも似た退廃的な空気が仮想議事堂を包み込む中、ノウラの対面に位置して来賓椅子に静かに座る統一連邦の長である老人が、僅かに口を動かす。 「齢一世紀──老いた我々を捨て置き、ノウラ、お前は、過ぎたる叡智を何処へ連れて行こうという?」 歴史そのものと言っては過言でない程、統一連邦と共に一世紀という時間を過ごしてきた老人は言う。賢人会議の中では理事会議長のみが、ノウラの血筋──統一連邦に多く協力してきた学者一族の最も古い記録を直接知る人物である。ノウラもその名のみしか知らぬ、一族の始祖である曾祖父の姿を、対面の老人は一世紀も前の時点で顔を合わせている。 老醜染みたその面白みのない問いに対し、ノウラは僅かに口許を吊り上げて歪んだ笑みを創り上げた。 「──我々が望むは、世の安寧。貴君等では、其れを成し得なかっただけの話だ」 酷薄に努め、且つ極めて冷淡な口調でノウラは宣告する。古い石像のように固い表情を一同に介した賢人達が並べるその中に在って、唯一苦笑の笑みを静かに浮かべる者がいた。向かって右側の位置座標の来賓椅子に腰かける男は浮かべていた笑みを即座に隠し、双眸をノウラへ向けた。互いの視線が、僅かに交錯する。 ノウラは来賓椅子から腰を上げた。それを追うように理事会議長が言葉を投げかける。 「その為に、お前は世界を戦乱に招き込むつもりか──」 「引き金を引いたのは、統一政府──貴君等だろう。分水嶺を勘違いするべきではないな。では──」 終幕の言葉を自ら紡ごうとした瞬間、ノウラを中心とする全周囲に視覚化された膨大な量の情報群が出力された。眩い光源を伴う羅列情報群は忙しなく明滅しながら出力と削除を繰り返し、その光景にノウラは小さく嘆息した。傍らに立つメイヴィスに視線を送ると同時、全周囲で周回していた羅列情報群が一斉に霧散──代わって理路整然と形式立てられた電子防性プログラムの羅列情報群が緩慢な速度で周回出力を開始する。 「──最早、貴様等如きに我々は止められんよ」 それが、彼ら賢人会議への最後の言葉となった。それを待っていたメイヴィスは仮想空間への接続態勢を解除し、ノウラの位置座標が消失。周囲の景色が一瞬完全な闇の深遠に落ちた後、数秒のデジタル処理を経てノウラの意識構造は現実へと帰還した。 控え目な光源の照らし出す無機質な設備空間内を一瞥し、ノウラは頭に装着していたヘッドマウントディスプレイを取り外した。傍らに立っていたメイヴィスが手を差し出し、その手を取ってノウラは席から立ち上がる。 「大丈夫ですか──」 「ああ、仔細ない。お前のおかげでな?」 「過分な言葉です、ノウラ──」 どんな状況にあっても一切態度を崩さない書記官の佇まいに息をつきつつ、ノウラは若干疲労のたまった肩を揉んだ。 最後に安全保障理事会が仕掛けてきた電子攻勢──かなり周到に組み上げられた攻撃プログラムであった事はノウラも容易に理解していた。恐らく、自身達にとって最悪の結末が語られた場合、ノウラの意識構造をその場で即破壊する腹積もりだったのだろう。 そんな統一政府の暗愚な性質をよく知っていたノウラは、専属書記官であるメイヴィスを連れだち、彼女に直接電子防衛に当たらせたのだ。彼女の技術力であれば、選任安全保障理事会直属の情報技術部門──電子戦術対応部の電子攻勢など、赤子の手を捻るようなものだった。 メイヴィスが傍のデスクに置いたパソコンのディスプレイを注視し、 「ノウラ、外部から通信要請です。──理事会議員、マルティン・ローゼンタール氏です」 「──接続しろ」 「分かりました。ホログラム通信で出力します」 そう言い、メイヴィスがコンソールを素早く叩いて接続処理を完結させる。通信設備のみが置かれた無機質な空間内、ノウラの眼前にデジタル映像体が構築され、やがてそこに見覚えある男の構造体が現れた。 先程、仮想空間内で最後に視線を交えた人間だ。 政治的分野においてノウラにとって非常に古い知己であるその男──マルティン・ローゼンタールは、顎に蓄えた髭を撫でた後、ダークスーツのポケットに手を収めた格好で口を開いた。 『……時期は早まりそうだな』 「──それは、どうか。奴さんも一枚岩には見えなんだが?」 『振りだけだろう。此方の事ならば、心配は無用だ……』 「ならば私は問わん──。統一連邦内での今後の対応は、其方の采配に一任するとしよう……」 ノウラのその提案に、マルティン・ローゼンタールはおどけるように軽く肩をすくめて見せる。統一連邦政府内における彼の勢力の立場上、十数時間前に統一政府の起こした【エデンⅣ騒乱】に彼は関与していなかった。もしも関与していたのなら、【エデンⅣ騒乱】は何らかの形で回避できたはずである。 『有史史上、例の無い試みか──我々も踏み外さんよう、互いの足元を見ておかねばな?』 そう含みを持たせた言葉をマルティンは残し、軽く手を上げて別れを意図する。そして、極めて短い会話のみでホログラム通信は終了した。 わざわざホログラム通信で直接話を交わす必要はない。彼がそれをしてきたのは、単なる意思確認と社交辞令の類だろう。彼が述べるべき事柄は、専用ネットワークを通じて中間報告書が手元に送られてくる手筈になっている。 彼のデジタル映像体が消失した座標の空白をしばし見つめ、ノウラはメイヴィスを連れだって手狭な設備空間を後にした。 「──スリーパーからの成果は?」 「掛けられた最後のプロテクトが中々、堅牢のようです」 「成程──」 埃の積もった連絡通路を慣れた足取りで進み、ノウラとメイヴィスの後に薄く埃が舞い上がる。非常用階段から複数階下った先の階層に無尽に伸びる連絡通路の最奥部に設えられた一室の前へ、ノウラは到着する。 扉の前の哨戒兵に目線で指示し鈍重な隔離扉を開かせると、鼻腔をつく異臭が流れ出てきた室内へとノウラは臆する事無く踏み込んだ。光源の絞られた薄暗い室内、その中央に立つ数人の屈強な男達に「空けろ」と言い、ノウラは彼らに囲まれて尋問椅子に座らされていた一人の男の前に立った。 ひどく殴打された顔面から滴った流血がまだ若い男の衣類を赤黒く濡らし、そいつはノウラの気配に気づいて醜く腫れ上がった顔を上げる。 「時間が惜しい。手短に済ませろ──」 「わかりました」 同調したメイヴィスが動き、拘束状態に在る男の後背へ回り込む。その行動に気付いた男が俄かに抵抗の動きを見えるも、尋問官の一人が男の頭を鷲掴みして強引に挙動を封じ込んだ。 メイヴィスが軽く頷き、ポーチから取り出したウェアラブルコンピュータを起動、それを介して接続用コネクタを自身の頚部と男の専用ジャックに接続する。 メイヴィスが男の機械化電子脳に電子介入を直接開始し、それに伴って男の挙動が硬直したように停止した。 その奇なる光景を視界に収める中、腰元のポーチに差していた携帯端末が振動し、ノウラはそれを取り出す。小型の投射型ディスプレイを出力し、その中に見覚えのある青年の顔が現れた。 『──まだ途中だが、一応特定はできたぞ』 「ほう……、それで?」 短く先を促すと、ディスプレイの中のハルフテルは手元のコンソールを操作し、データファイルをノウラの携帯端末へ転送する。そのデータファイルを解凍してディスプレイに出力し、その映像付き詳細情報を一瞥した。 『──プライマルアーマー機構だと、断言して良いだろう』 「そうか……。よもや、此れほど早く実戦投入してくるとはな──」 『ああ。だが、然程憂慮すべき事態でもないんじゃないか?』 「どういう事だ──」 『記録映像をよく見てみろ……』 そう指示され、ノウラはタッチパネルに触れて一個の映像ファイルを再生した。映像にはミラージュ社純製のAC機体を模したネクスト兵器の姿が在り、その周囲を半透明の白緑色の膜が還流していた。 十数時間前、【エデンⅣ騒乱】の渦中で此の未確認機体と交戦した自社の契約戦力【AC】が記録したものでありる。契約戦力──ゼクトラが至近距離から撃ち放ったと思しき射突型物理ブレードは、その敵性機体が周囲に還流させる分厚い膜に完全に遮られている。 一拍あまりの空白を挟み、その膜によって守られていた敵性機体のカメラアイにセンサー類の再起動を示す光源が溢れ、その違和感にノウラは今しがたハルフテルの言った言葉との関連性に気付いた 「──まだ、未完という事か?」 『出力機構のエネルギーの大半を、同機構へ回している可能性が高い──つまり、環流制御技術に関しては未完成の域を出ていないという事だ。本来なら、たかだか数年程度で完成する代物じゃないからな』 「──そうか。だが、安堵するには少々重大な事実だな」 『まだ言うべき事はあるが──時間がないんだろう? 此方も報告書を纏めておく。好きな時にでも取りに来てくれ』 ハルフテルのその言葉がそのままの意味を指しているのならば、ミラージュ社が実戦に先行投入してきたネクスト兵器にはまだ言い足りないことがあるらしい。ノウラは言葉に出さず、代わりに軽く頷いて携帯端末での映像通信を解除した。 ポーチに端末を指し直し、ついでにソフトパックから紙巻煙草を一本抜き出して咥える。 「──お前達にとって、憂慮すべき事態は既に超過しているようだ」 ──三年前のジシス財団解体以後、統一政府が最も恐れてきた可能性。 財団解体と共に分散した旧世代の兵器技術が、各支配企業によって何れは実用化されるであろう未来。 世界情勢を席巻する兵器災害に対する要として開発研究されてきたネクスト兵器が、自己利益を求める者達によって自らに牙を剥く事が何を意味しているのか。統治組織として著しい形骸化を重ねて来ていた統一政府は、それを重々承知していた。 それに対する抑止力を保持する為だけに、統一政府は都市をひとつ丸ごと巻き込んで【エデンⅣ騒乱】という惨禍を演出した。ネクスト兵器に対抗できる兵器もまた、ネクスト兵器を置いて他には存在しない。そして、対等ではなく抑止力としての絶対的優位性を持つネクスト兵器の開発を統一政府は迫られていたのだろう。ノウラは、【エデンⅣ騒乱】の最中で、統一政府が執拗に求めていた対象の存在から、そんな因果関係を推測していた。 財団崩壊後、統一政府に手を貸して従来の抑止力──ナインボール・コピーの開発計画に関与していたからこそ、その次に彼らが迎える統治危機がどんなものであるかが、ノウラには手に取るように察知する事ができた。 統一政府が手に入れようとしている絶対的抑止力としての兵器価値を持つ戦力── 「──ナインボール・セラフ、か……」 そう呟いた時、メイヴィスによる強制的な電子支配下によって身体機能を簒奪されているはずの男の瞼が、僅かに動いたような気がした。 元々は、グローバル・コーテックス【エデンⅣ】支社の通信技術部所属の通信技官──というのが、この男の表向きの素性である。実際は、この男が【エデンⅣ騒乱】のお膳立てを内部から進めた元凶の一人──統一政府が複数送り込んできた潜伏工作員であった。 十数時間前に都市防衛戦闘が収束し、統合司令部内の第一種戦闘態勢が解除された直後の隙を狙い、この男は施設の人気のない連絡通路でノウラを背後から刺殺しようとした。 統一政府の関与を疑い始めた時点で既にその可能性にも思考を及ばせていた為、ノウラがその潜伏工作員を逆に無力化する事は難儀な話ではなかった。 ネクスト研究を行う組織として、ひとつの独立勢力として統一政府の動向を確かめたかったノウラは、潜伏工作員をターミナルスフィアが直轄管理する形骸企業の施設へ移送──必要な情報を絞り取れるだけ絞りとった。 統一政府と過去に密接な関係性を持ち、現在は独立勢力として旧世代技術分野の発展に著しい影響力を持つターミナルスフィア──その長を務めるノウラは、統一政府にとって非常に邪魔な存在だったのだ。【エデンⅣ騒乱】が成功しようとしまいと、最終的に統一政府の送り込んだ潜伏工作員はノウラを殺すつもりだった。 電子介入によって搾取した情報の中には、統一政府の狙った旧世代の凍結資材──公式には存在すら確認されていない生体CPUの詳細すらも載っている。通信技術部に潜伏する中で、生体CPUの正確な所在を把握したのだろう。しかし、どこで生体CPUの存在を知ったのかどうかについては、その情報はまだ眼前の男から搾取できていなかった。 最も強固なプロテクトプログラムが最後に展開されており、それを無効化する為に現在、メイヴィスが直接電子制圧を試みているのである。 ノウラは安易な推測を述べないが、もし最も整合性のある可能性を考えるとしたら、 ──統一政府と過去に接点を持っていた人間が、生体CPUの近くに居たとしたら? 尋問椅子に座る男の方へ視線を移したのと、男が宿す眼に変化が現れたのはほぼ同時だった。 それまで虚ろな色しか宿していなかった双眸が激情を湛えた獰猛な色にがらりと変わり、ノウラはその劇的な変化に目を見開いた。 潜伏工作員が電子処理脳に展開させていた電子防性因子は此れまでの尋問段階で既に駆除されており、現在はメイヴィスによって身体機能も含めて完全な制圧下にあるはずなのだ。 それを行っているメイヴィスの方を見やると、彼女は僅かな驚愕の感情を切れ長の双眸に映し出している。 そして男が野獣のような表情に変貌したかと思うと、恐ろしく低いうなり声を上げながら手足を縛っていた拘束縄を強引に引き千切った。 それと同時、電子干渉を受けたらしいメイヴィスが男の後背へ弾き飛ばされる。 手首足首からの出血をも無視する男は覆い被さるように抑えにかかった尋問官の兵士達を跳ね退け、ノウラ目がけ両腕を突きだして突進してきた。 両手の爪先が首筋に届く刹那、ノウラは脇に立っていた尋問官のホルスターから自動拳銃を抜き取り瞬時に発砲した。くぐもった銃声が狭い室内に響き、胸部に至近距離から銃撃を喰らった男が前のめりに倒れ込む。 鮮血をぶち撒けながらうつ伏せになった男はそれでも止まらず、這いずってノウラのもとへにじり寄ろうとし、ノウラはその男の双眸を見た。 自身の意識を失い、野獣のような攻撃衝動に支配された眼── ノウラは足元にまで近づいてきた男の後頭部に銃口を突き付け、引き金を引いた。 「──……」 指揮系統を完全に失った男の体がごとん、と床に伏せ、そいつが完全に沈黙した事を確認する。 一瞬で騒然となった室内、複数の兵士が男の身体を囲み、既に死体へと変わっている事を念入りに確認する。ノウラは手に握った自動拳銃を持ち主の尋問官へ手渡し、その光景を離れた場所で見守っていたメイヴィスに歩み寄った。 「何があった、メイヴィス?」 「──カウンター性エマージェンシー・プログラムです」 発動の際に発生した僅かな隙に、電子攻勢を受けたらしくメイヴィスは接続状態に在るウェアラブルコンピュータから調整用補整プログラムを自らの電子処理脳へインストールし始める。 「一撃を喰らうとは、お前らしくないな──」 「かなりの手練のようです──しかし、あのプログラムは……」 自身に一撃を喰らわせたカウンタープログラムに、メイヴィスは何かしら思い当たる所があるらしい。彼女の素性の片鱗は統一連邦に求める事も出来る為、あっても可笑しくはない話だろうとノウラは思った。 死体からこれ以上の情報を抜き出すことはできない。 ノウラは手頸に嵌めた腕時計に目線を落とした。 既に事態は急速に動き始めている。 統一政府自身が引き金を引いたのだ。 最早、今後加速する潮流は誰にも止められない 止められないのなら、その流れに乗らねば淘汰されていくのみ。 「機構会議がそろそろ始まる──行けるか、メイヴィス」 「ええ、問題ありません」 20分後──グローバルコーテックス【エデンⅣ】支社主導による機構調整会議が開催される。 長らく、この計画に賛同した者達が望み臨もうとしてきた一つの極点の始まりが、其処に在る。 * AM03 25── 機構調整会議の開催上として設けた仮想空間には、既に招聘した傘下企業の代表等が集っていた。仮想空間への映像体のアップロード後、今回機構調整会議の緊急開催を決定したコーテックス支社長のエウヘニアは初期の位置座標から一歩踏み出す。 自然背景を模した空間映像は緑に溢れ、小川の静涼としたせせらぎがこの空間に集うものの心の緊張感をいくらかでも和らげてくれる。 傍に立つ秘書官の女性がエウヘニアに近づき、軽く耳打ちした。 「既に大半の信任を得ています。残りの者も、この審議次第だと……」 「そう、わかったわ──」 涼流の岸辺の方々に集まる企業代表達の注目の視線を受けながら、エウヘニアは水辺まで歩み寄る。水底で小魚達が鈍色に煌めく様子を一時見下し、それから静かに待っていた参加者たちの方を振り返った。 小さく、しかし長く息を吸い込む。 「諸君に集まってもらった経緯は、既に承知の事と思うが──我がグローバルコーテックス【エデンⅣ支社】の今後の進退についてだ」 淀みなく、今回述べるべき事柄に触れる。流石は百戦錬磨の企業代表達と見るべきか、その重大な案件を前にしていずれもが研ぎ澄ました雰囲気を湛えて静かに佇んでいる。 エウヘニアは続ける。 「──約百年前の大戦後、我々支社グループは衰退した人類社会の復興の為に、コーテックス本社と協同して尽力してきた。しかし、五年前、世界情勢を席巻した兵器災害以降、本社は徹底的な中央集権化を推進し、傘下企業を直接統合するばかりか、武力侵攻を行ってまで自社権益の確保に走りつつある。その様な本社の暴走を喰い留め、グローバルコーテックスを在るべきものとするために我々【エデンⅣ支社】は今日の繁栄を築いてきたはずだった。──しかし、どうか。今回の騒乱に際して本社は我々【エデンⅣ支社】の被った被害規模を把握しているにも関わらず、何ら有効な支援策を講じようともしていない。──本社は我々を恐れていたのだ。我々一同が崇高な理念と志を持って、グローバルコーテックスの繁栄に勤めてきたその事実、我々が企業グループの権益を簒奪するのではないかと。だからこそ、本社は支援復興策を講じず、我々支社グループが経済管轄企業として充分に衰退するのを傍観しているのだ……」 静かな口調で、しかし強い意志をこめてエウヘニアは言い切った。そして、今後のグループ一同の進退を問う言葉を次に紡ぐ。 「私は狂言を好まない。此処に集ってくれた志在る諸君らに、忌憚無く問おう── ──我々の新生、分離独立は可能か?」 その、堅固な意思を確かめる言葉に、一同は変わらず研ぎ澄ました表情を持って受け止める。 この場に在って、異を唱える者はいない。 「──よろしい。我々グローバルコーテックス【エデンⅣ】支社は、今後本社経営管轄下からの実質離脱を計る。然るべき機会を持って我々支社グループは分離独立──グローバルコーテックス改め、独立後企業体名を、【グローバル・アーマメンツ】として新生する──」 * 『──【グローバル・アーマメンツ】として新生する──』 そう締め括られた言葉を、ノウラとメイヴィスは仮想空間内の離れた位置座標、小川は上流の岸部からしかと耳にしていた。機構調整会議へ非公式という形での招待をエウヘニアから受けていた為である。 「動き始めましたね、ノウラ」 「──我々は進むぞ」 混迷の時代への潮流を、誰もが明確な意図を持って早めようとしている。 ──【エデンⅣ騒乱】は、閉鎖型機械化都市一つを巻き込んだ未曽有の大惨禍として、その後の戦争史に名を残すこととなる── * ──【エデンⅣ騒乱】勃発から約二時間後 AM09 55── 「──安全圏離脱を確認。機体制御態勢を第一種戦闘態勢から第三種広域警戒態勢へ移行処理します──」 閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】から遠く離れた帰還領域への到達と同時に、アンヘラが機体制御態勢の移行処理を完結する。第三種広域警戒態勢への移行に合わせてAMS接続負荷が不意に軽減され、頭の中に直接圧し掛かっていた重圧が消失した解放感にアンヘルは胸中で小さく息をついた。 足りないAMS適性のいくらかをアンヘラを通じてごまかしAMS接続を実現しているとはいえ、機体制御に最低限必要なAMS接続ですら搭乗者の心身負荷はかなり高い。生命の安全を保障された機動試験ならばともかく、そうでない実際の戦場では負荷効率は著しく悪化してしまう。 「申し訳ありませんでした、アンヘル様──」 「気にするな……」 此方の接続負荷による身体損耗についてアンヘラは言及したらしいが、それについて咎める術をアンヘルは持ち合わせていなかった。機体制御システムの根幹である統合制御体との仲立ちをする重要な要素として、アンヘラは最大限の支援態勢を尽くしていたのだ。それは直接AMS接続を介していたアンヘルが最もよく理解していた。 数十キロに渡って伸びていた廃棄軍事ラインの終着点に到り、統合制御体に軽く語り掛けて地上へ直結する連絡通路に進路を取る。最低限の警戒灯が灯る連結通路を巡航機動で疾走する傍ら、 「──何故、排撃しなかったのですか?」 咎めるような口調ではない、しかし、心底理解しかねると言ったような僅かな抑揚を含んだ言葉。 その問いに対する返答を簡単に口にする事はできない。アンヘルにとってそれは難しいものだった。 だからこそ、アンヘルは偽りなく簡潔に述べた。 「──友だからだ」 共に長い年月を戦場で過ごしたかつての戦友だったから。 閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】が未曽有の騒乱劇に見舞われていた中、グローバルコーテックスを中心に構築されていた防衛ネットワークシステムにアンヘラは直接電子介入していた。その中で、ナインボール・コピーの撃破が報告され、その時点でアンヘルは元来与えられていた任務の消失を確認、基幹基地への帰投を意思決定した。 地下核部で交戦した友に別れを告げる直前に、その報告と意思決定をしたから見逃した──そう言えば自分にとっても彼女にとっても詭弁になることは違いなかった。そして、アンヘル自身がそう述べる事を許さなかった。 その一瞬の空白による逡巡を天秤に掛けたことは、疑いようがない。 しかし、数十分前のあの戦場に際して、アンヘルは願った。 最も親しく戦場を駆け抜けてきた友との別れが、こんなモノであって良いはずはないのだと。 かつていくつもの死線を潜り抜けてきた戦友達の始末を、自身の手で行うと決めた以上、相見える者が何者であろうと眼に付いたならば、即座に葬るつもりですらいた。 自身の退路を断つ為に、偶然に故意を含めてネクスト兵器まで持ち出したのだ。 ──だが、友はその彼我の戦力差からやって来る死の瞬間を、互いの生命が天秤に乗る局地にまで運びこんだ。 死に損ねた兵士としての己と友──綺麗な死に様を今更望んだ訳ではない。 しかし、彼女とはもう少しこの螺旋の中で戯れたい──アンヘルはそう思ったのだった。 アンヘルの駆るネクスト機体【カルディナ】が連絡通路の終結点へ到着し、それを先行して確認していたアンヘラが隔壁扉を開放。巡航速度をそのままにアンヘルはカルディナの機体を地上へ滑り出させた。 周囲一面に広がる荒野──しかし到る箇所に兵器の残骸と思しき金属片が埋没し、その錆びた姿を曝していた。 ──古い戦場か その荒涼とした景色を視界に収めつつ、広域警戒態勢にあるレーダーで友軍の派遣した機体回収機の接近を捕捉する。 見渡す限り何処までも続くその光景を見つめ、やがて地平線の果てからやって来る回収機の機影を肉眼で捉えた時、アンヘラが口を開いた。 「──では何故、殺そうとしたのですか?」 「──かつて、友だったからだ」 成すべき夢想の為に切り捨てねばならない、過去の重圧。 螺旋から永久に抜けられないのなら、下るか上るかを選択せねばならない。 お前はどうだ、ファイーナ── 第十三話 終 →Next… 第十四話 コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/xbox360score/pages/2222.html
Sacred 3 項目数 45(37+2+2+2+2) 総ポイント 1180 (100+45+45+45+45) 難易度 ★★☆☆☆ 1000Gまではcoop利用で30時間程度から可能 ※コンプリートには海外アカウントが必要 なお、バグ回避の為"Perfectionist,Veteran"解除まではDLCを導入しない事 Welcome to Ancaria Complete the Rank 1 mission Rank1ミッションをクリアする 15 Journey s End Complete all Rank 2 missions すべてのRank2ミッションをクリアする 15 Sacred Ancaria Complete all main missions on Legend difficulty すべてのメインミッションを難易度Legendでクリアする 30 Sacred Savior Complete all main missions on Deity difficulty すべてのメインミッションを難易度Deityでクリアする 90 Skilled Culture Max out any culture s Combat Arts, Skills, and Equipment trees いずれかのキャラクターでCombat Arts,Skills,Equipmentツリーのすべてを最大まで強化する 15 Perfectionist Max out all cultures Combat Arts, Skills, and Equipment trees すべてのキャラクターでCombat Arts,Skills,Equipmentツリーのすべてを最大まで強化する 30 Overprepared Unlock all item upgrades すべてのアイテムアップグレードをアンロックする 90 In a Blink of an Eye Defeat something big with only one hit using a smart bomb Smart bomb を1度だけあてて大きな敵を倒す 30 Ding! Get a level up レベルアップする 10 Regular Reach level 10 with any character いずれかのキャラクターでレベル10に到達する 15 Experienced Reach level 30 with any character いずれかのキャラクターでレベル30に到達する 30 Veteran Reach level 50 with any character いずれかのキャラクターでレベル50に到達する 90 Couch Party Complete one main mission in local co-op mode いずれかのメインミッションをローカルco-opモードでクリアする 15 Party Like It s 1999 Complete all main missions in local co-op mode すべてのメインミッションをローカルco-opモードでクリアする 30 On the Line Complete a main mission with three other players いずれかのメインミッションを4人co-opモードでクリアする 15 Online Master Complete all main missions with three other players すべてのメインミッションを4人co-opモードでクリアする 15 Leading by Example Complete a main mission as the top scorer in a game with three other players いずれかのメインミッションを4人co-opモードでプレイし、スコアで1位を獲得する。 30 Tons of Damage Achieve the highest multiplier in a damage run DamageRunにおいて、最高倍率の獲得する 15 Who You Gonna Call? Break the shields of all ghostly orbs and destroy them in a single phase 1フェイズ中に、すべてのゴーストオーブのシールドを壊し、倒す 90 One For All Use your Battle Prayer 10 times Battle Prayerを10回使用する 15 Bodyguard Interrupt five enemies while they are targeting other players 他のプレイヤーを狙っている敵5体を倒す 15 Medic! Revive every other player in a single mission with three other players 1ミッション中に、他の3人のプレイヤーを蘇生する 15 Speak No Evil Stop the Unspeakable Evil Unspeakable Evil を止める 15 Group Hug Kill 8 Grimmoc-sized enemies with one attack 1度の攻撃でGrimmocサイズの敵を8体倒す 30 Arts Training Use your Combat Arts 80 times in N Aquali during a single playthrough N Aqualiを1周するまでに、Combat Artsを80回使用する 15 Judge, Jury, Executioner Execute 5 enemies in a row 5体の敵を連続で処刑する 30 Too Close Die from an explosive destructible 爆発物によって死亡する 15 Multi Culti Complete a mission with four characters from different cultures in co-op mode 4人co-opモードにおいて、全員異なるキャラクターでいずれかのミッションをクリアする 15 Untrollable Kill a Troll without getting hit by it in single player mode シングルプレイにおいて、トロルから攻撃を受けずに倒す 30 秘密の実績 Zane s Bane Defeat the final form of Zane within 30 seconds Zaneの最終形態を30秒以内に倒す 30 Tap Water Complete Khorad Basin with the Well purity at 70% or greater 泉のゲージを70%以上残して、Khorad Basinをクリアする 15 Sophia s Blood Complete Icecreek Sanctuary with the Seraphim SeraphimでIcecreek Sanctuaryをクリアする 15 Sea Dog Complete Vorios with the Safiri SafiriでVoriosをクリアする 15 Vive la Résistance Complete Greyveil with the Ancarian AncarianでGreyveilをクリアする 15 Cool as Ice Complete Enigmar Fortress with the Khukuri KhukuriでEnigmar Fortressをクリアする 15 Ashen to Ashes Defeat Zane Zaneを倒す 15 Girls Night Out Complete a mission with four female characters in online co-op mode いずれかのミッションを4人co-opモードにおいて全員女性キャラクターでクリアする 15 追加DLC Malakhim Hero (製品同梱DLコード or $2.99) 45 Vengeance of the Fallen Complete Braverock with the Malakhim MalakhimでBraverockをクリアする 15 The Shadow Lord Reach level 50 with the Malakhim Malakhimでレベル50に到達する 30 追加DLC Underworld Story (製品同梱DLコード or $4.99) 45 Purged Defeat the Black Seraphim Black Seraphimを倒す 30 The Cleansing Complete all side missions of Underworld Story Underworld Storyのすべてのサイドミッションをクリアする 15 追加DLC Orc of Thrones $2.99 45 Ancient Roots Complete Khorad Basin with the Orc 15 A Free Orc Reach level 50 with the Orc 30 追加DLC Orcland Story $4.99 45 Grim Demise Kill Gragon 30 A New Beginning Complete all side missions of Orcland Story 15 ●Tap Water ミッション Khorad Basin の最後は敵が毒樽のようなものを背負って攻めてくるので、真ん中にある泉にそれらを近づけさせないようにするというもの。 画面上部に泉の体力ゲージが出るので、これが終わりの時点で70%以上残っていれば解除。co-opでやるほど簡単 ●One For All/Bodyguard カウントが正しく行われない事があるようだが、オンラインcoopをしていれば気にせずとも解除される。 自分のレベルだけが極端に高い場合はBattle Prayerゲージが溜まりづらいので注意。 ●難易度クリア 上位難易度をクリアしても下位の物は解除されない。 ●ローカルcoop ボス戦後にゲストインさせれば楽。 ●4P coop関連 ゲストも対象のため最低2人での解除が可能 その際にはローカルcoopでのミッションクリアも行ったと判断される模様。 ●Skilled Culture / Perfectionist 最速で行うには、ラストミッションのみcoopでクリアし難易度Deity解放 Legend - Icecreek最初の"ゴーレムを倒す・マップに戻る"を繰り返しLV20以上まで上げる。その後はDeityにて同作業。 Moneyは手頃なサブミッションを繰り返して稼ぐ サクッとクリアできる腕があるならGLOOM VALEだと効率が良い XP,MoneyどちらもキャラクターLV、ブロックLV2(SPIKEWALL)と整っているなら雑魚無限沸きポイントでブロック放置も可能。 ●Overprepared Legend以下とDeityの全サブイベントを回す必要がある。 ※Deityの★マークミッションは除く オンcoopで乱入した場合、敵を殲滅した時点で獲得なのでクリアしただけでは無効。 ●Who You Gonna Call? 解除には最低でも二人は必要で、ソロは現実的ではない。 Seraphimを使い、範囲を強化したJudgmentで大オーブのシールドを消しつつ、DivineAuraでダメージを与えて消していくと楽。 レベルに対して難易度が低すぎると、DivineAuraでオーブごとボスも倒してしまう場合があるので注意したい。 ※DLC関連 特典コードの入力は海外タグのみ通る。 1 海外タグでDL→日本タグでプレイ 2 最初にDLCのマラキムを使った このどちらかが原因なのか不明だが、マラキムでLv50に到達してもThe Shadow Lord(マラキムLv50実績)は解除されず、Veteran(誰でも良いのでLv50実績)の方が解除されただけ。 また、それ同様にVengeance of the FallenやThe Cleansingもクリアしているのに解除されない。 バグなのか上記が原因なのか要検証 ●Underworld Story/Orcland Story 本編より1ミッションが長く、雑魚・ボスともに手強いので注意
https://w.atwiki.jp/wiki5_hks/pages/98.html
DV, PRED, IPRED の重ね描き plot.ipred - function( tab, ID="ID", DV="DV", IPRE="IPRE", layout=c(3, 3), xlab="Time (hr)", ylab="Concentration (ng/mL)", ... ) { tab.plot - rbind( data.frame(type=rep(1, nrow(tab)), ID=tab[,ID], TIME=tab$TIME, Y=tab$DV), data.frame(type=rep(2, nrow(tab)), ID=tab[,ID], TIME=tab$TIME, Y=tab[[$PRED]]), data.frame(type=rep(3, nrow(tab)), ID=tab[,ID], TIME=tab$TIME, Y=tab[,IPRE]) ) res - xyplot(Y ~ TIME | factor(ID), tab.plot, type=tab.plot$type, layout=layout, xlab=xlab, ylab=ylab, panel=function(x, y, subscripts, type=type) { panel.xyplot(x[type[subscripts]==1], y[type[subscripts]==1], col.symbol=1) panel.xyplot(x[type[subscripts]==2], y[type[subscripts]==2], type="l", col.line=1) panel.xyplot(x[type[subscripts]==2], y[type[subscripts]==3], type="l", col.line=4) }, ... ) res } plot.ipred(tab[tab$MDV==0,], ID="SID", ylab="Plasma concentration (ng/mL)")
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/94.html
③*④/ /第十三話 ――ガレージに戻って武装を整えるしか手が無いな。 ミランダにガレージへの最短ルートの検索を頼もうとしたその時、嫌な予感がしてアリスを庇いながら咄嗟にフルブレーキングする。 直後、目の前で大爆発が起き、路面を大きく抉り返し、爆風と瓦礫がブリューナグを震わせる。 背後に迫る無機質な殺気を感じ、振り向くと、そこには1機の赤いACが立ちはだかっていた。 ――やはりな、とうとう現れやがったか。 「ナインボール・・・コピーか」 ―ナインボール・コピー― 統一政府がイレギュラーと認定したレイヴンを抹殺するために暗躍する、ネクスト技術を取り入れたAC。完全自律制御で、オリジナルよりもデチューンされているとはいえ、既存のACを凌駕する性能を持っている。 「な、ナイン・・・ボール、ですって?有り得ません!ソリテュードがイレギュラー認定されるなど!!」 さすがのミランダもナインボールの登場に動揺を隠せない。 しかし、ソリテュードは驚くほど冷静だった。 ――なりふり構っていられなくなったって事か。それともこれも計画の範囲内なのか・・・。まあ、そんなことはどうでもいいか。 ナインボールは己の獲物を仕留めるべく、パルスライフルを構えながら腰を落とす。 「いや、ナインボールの狙いは俺じゃない」 「え・・・?」 状況を飲み込めないミランダを置き去りにしてブリューナグとナインボールの戦いの火蓋が切って落とされた。 ナインボールはマイクロミサイルを射出し、弾幕と共に突っ込んできた。 こうなれば、もう機動戦は避けられない。アリスを左腕で抱きかかえながら、右腕の武器だけで迎え撃つ。 エクステンションの迎撃ミサイルがマイクロミサイルをたたき落とす。 後退しながらパルスライフルの速射で応戦するものの、狙撃仕様にしていたためFCSも長距離様でサイトが狭く狙いづらい。 その上、ナインボールの機動力は尋常ではなく、軽量二脚やフロートも軽く凌駕する速度でこちらを撹乱してくる。 「クソ、当たらない!」 圧倒的不利というよりは話にならない、と言った方がいいだろう。 パルスライフルを撃ち尽くしてしまえば、残る武器はブレードのみ。 運良く当てられたとしても、射程重視のロングブレードでは一撃で切り伏せられまい。 有効打を与えられないまま、パルスライフルの残弾は急速に減っていく。 ナインボールは左右に急速に切り返しながら、マイクロミサイルでこちらを揺さぶりつつ様子を窺っているようだったが、突如ミサイルでの攻撃を止め、一直線に突っ込んできた。 「っ!まずい!!」 全速で後退しながら、少しでも速度を稼ぐため迎撃ミサイルをパージし、パルスライフルをトリガー引きっぱなしでナインボールに叩き込むが、多少の被弾などものともせずナインボールもパルスライフルで攻撃してくる。 こちらに有効な攻撃手段が無いと判断し、一気にケリをつけるつもりなのだろう。 ナインボールのパルスライフルは試作品なのか、見たこともないシルエットで、弾速も威力も桁違いだった。 凄まじい弾幕を前に避けきれず、ついに被弾する。 エネルギー弾なので衝撃はあまり無いが、装甲が焼け焦げ、機体温度が急上昇する。 『AP70%に低下』 「何っ!?」 AIの告げる事実に耳を疑う。 ほぼ100%あったAPが、たった数発の被弾で30%以上削られた。 「化け物め!」 残弾が0になったパルスライフルをパージし、回避に専念するが、猛烈な弾幕にその身を徐々に削られていく。 危機的状況は変わらず、悪化の一途をたどるばかりで打開策が見出せない。 「レイヴン!今、救援を向かわせています。どうにか持ちこたえて!!」 ミランダの悲痛な声が耳に響く。 そんなミランダの思いも裏切るようにAIは事実を淡々と告げる。 『AP50%に低下。左腕、破損。ブレード使用不可』 エネルギー供給装置が破損したのか、ブレードそのものが破壊されたのかは分からないが、大した違いは無い。 とうとう打つ手が無くなった。いくら腕に自信があっても、武器がなければ戦えない。 ――俺も、ここまでだったってことか?結局俺は誰も護れないのか・・・。 体も機体もまだ動く。だが絶望的な状況は変わらない。 自然と体から力が抜け、視界がぼやけるような感覚に襲われる。 その時、不意に胸元に違和感を覚えた。 視線を下げると、そこには俺のパイロットスーツをきゅっと掴みながら澄んだ赤い瞳で見上げてくる一人の少女が居た。 その瞳は俺を真っ直ぐに見詰めている。俺を信じるように。それを見て俺は自分を恥じた。 ――なんてバカだ。護るべき人がすぐ傍にいるっていうのに。 再びコントロールレバーを握る手に力を込め、ディスプレイをキッと見据える。 ――そうだ、諦めるのは死んだ後でいいじゃねぇか! ソリテュードの心の消えかかっていた闘争心に再び火が灯る。 「アリス。悪いが、支えていられなくなった。俺はこれから全力でヤツに挑む。だからアリスも全力で俺にしがみ付いていてくれ」 俺の言葉にアリスも力強く頷く。 「うん、がんばる。だからソリッドも、がんばって」 「ああ、当たり前だ。コイツを倒して二人で一緒に帰ろう」 アリスが俺の体に回している手に力が込められるのを感じてから、操縦に全神経を集中する。 ――武器がないなら、調達するまでだ。だが、どうするか・・・。 断続的なブーストによる左右の切り返しと、短いオーバード・ブーストを織り交ぜながらナインボールの熾烈な攻撃をやり過ごす。 武装をほぼ全てパージしてしまったことにより、機動力だけは上がっている。 被弾も幸い左腕が破損したに留まっているため、回避に支障は無い。 ――このままでは、ジリ貧だ。なんとかして・・・ん?あれは・・・ 回避しつつ思考を巡らすソリテュードの目に入ったのは荷物運搬用の業務用エレベーターであった。 このエレベーターは地下の商業・工業用リニアの路線に繋がっており、自動でコンテナや運搬車両を運び、地上へ搬出できる造りになっている。 この運搬システムはエデンⅣに入っている企業なら共同で運用できるようになっており、グローバルコーテックスも、その例に漏れていない。 それを見た瞬間、ソリテュードの脳裏に閃きが走った。 ――コイツを使えば、いけるか!?確かアレを購入して、まだコンテナに入れっぱなしだった筈だ。ヤツに唯一対抗できる武器が。 一縷の望みに掛け、迷うことなくミランダに回線を開く。 「ミランダ、単刀直入に聞くぞ。俺のガレージから、コンテナに入ったACパーツを企業共有の業務用エレベーターを使って地上に搬出できるか?」 俺の突拍子もない質問に少々面食らいながらも、冷静にミランダは答える。 「え?ええ、可能ですが・・・。搬出先を指定して下されば、運搬用リニアの路線を使用して搬出できる筈です。しかし、今までにそういった使用は例が無く・・・」 「できるんなら、やってくれ!ガレージの倉庫にミラージュのコンテナが1個ある。この前、業者から購入してリニアで搬入してそのままだから、話が早い筈だ。違約金だろうが追加料金だろうが、いくらでも払うから大至急頼む!俺はこんな所で死ぬわけにはいかない!!」 「了解しました。大至急手配します!」 俺の気持ちを察してくれたのか、力強く答えてくれるミランダ。 「頼む。搬出先は・・・」 「それには及びません。こちらでレイヴンがいる最寄りのエレベーターを検索して搬出します。それまで、持ちこたえて」 「ああ、持ちこたえて見せるさ」 希望が見えてきたことで余計なことを考える必要が無くなり、操縦はより精度を増していく。 だが、それでも圧倒的不利な条件は覆らない。 『AP30%。機体損傷度、増加しています』 「くっ・・・」 さっきよりは被弾の頻度は低下したものの、全て避けられるほど都合のいい話は無く、徐々に追い込まれていく。 しかし、ナインボールはパルスライフルでの攻撃を突然止め、距離を取った。 何事かと思った次の瞬間、背筋が凍りついた。 ナインボールは左肩のグレネードキャノンを展開し、砲口をこちらに向け、発射態勢に移っていた。 一撃でも直撃すれば、撃破は免れない。 回避しようにも、周りを高いビル群に囲まれた商業区画では上手く回避行動が取れない。 パルヴァライザーの時とは逆の立場になり、窮地に立たされる。 ――まずいぞ、どうする! グレネードキャノンが火を噴こうとしたその時、ナインボールの後方から超高速の弾丸が轟音とともに飛来する。 咄嗟の回避行動を取ったナインボールに続けざまに多方向からのミサイル弾幕が襲い掛かる。 「ソリッド!今よ、逃げて!!」 ミサイルを回避しようとするナインボールにライフルとマシンガンの追い打ちをかける黄色の重装四脚AC。 ファンロンは立ち止ることなく、器用に切り返しながら連続砲火をナインボールに浴びせかける。 「メイファ、手を出せば狙われるぞ!お前一人じゃ勝てない、逃げろ!!」 「できる訳ないでしょ、そんなこと!」 ナインボールは驚異的な機動力でファンロンからの攻撃を悉く回避するが、積極的に反撃してこない。 「この、バカにして!」 ライフルとイクシード・オービットで攻撃を絶やすことなくレールキャノンを連続で発射するが、そのどれもが避けられてしまう。 その機動力にメイファは戦慄した。 「なんてヤツなの、有効射程圏内なのに掠りもしないなんて」 それでも、ソリテュードが離脱する時間を稼ぐため、攻撃の手を緩めることなく立ち向かっていく。 ――私はまだ、あの時の恩を返してない。だから今度は私がソリッドを助けなきゃ! 決意を胸に赤いACを見据え、全神経を集中して攻撃を加え続ける。 「コイツ!ソリッドとアリスちゃんから離れろっ!!」 その執拗な攻撃に、ナインボールはファンロンを障害と認識し、突如攻撃を加えてきた。 今まで回避するだけだったのが一転、苛烈な攻撃を開始したナインボールを前にファンロンは後退を余儀なくされる。 「くっ、まず!」 ファンロンの機体構成は火力と機動力に優れる反面、防御力はあまり考慮されておらず、コアや腕部は軽量級のパーツを使用しているため撃たれ弱いという欠点がある。 ブーストで後退しつつ、自分を追ってくるナインボールにライフル、マシンガン、イクシード・オービットの高密度射撃を見舞うが、怯むことのない赤い機体はファンロンとの距離を詰め、パルスライフルでその装甲を剥ぎ取っていった。 「きゃあっ!う、嘘でしょ、これでも止まらないなんて!?」 圧倒的な力の前に、瞬く間に追い詰められるファンロン。 機体は既にボロボロで装甲は焼け焦げ、右腕は肘から吹き飛ばされ、左腕のマシンガンはエネルギー弾の直撃を受けて爆散し、ミサイルも接近されすぎて撃てず、レールキャノンも近すぎて狙えない。 既に満身創痍で満足に動くこともままならないファンロンにナインボールは無慈悲にブレードによる止めを刺した。 前方右脚部を焼き切られ、閣座するファンロン。 「メイファ!」 「ご・・・めん、ね。役に、立てなくて・・・。アリスちゃん連れて、逃げて」 「バカ野郎!ンなことできるか!!」 「メイファおねえちゃん!」 しかしナインボールは閣座したファンロンにそれ以上、追撃を加えることなく再度ブリューナグの方へ向き直る。 戦闘能力を失った敵にこれ以上無駄弾を使う必要は無い。機械ゆえの合理的な判断だった。 ファンロンがブリューナグと反対方向へ後退したことにより、かなりの距離が離れていたが、それでも逃げ切るには十分な距離とは言えない。 メイファはまだ生きている。今なら無事に助け出せるかもしれない。 だが、それを実現させるにはナインボールを倒して自分が生き延びなければならない。 ソリテュードの胸を焦燥感が襲う。 ――ミランダ、まだなのか!?メイファが命がけで稼いでくれた時間が・・・ 無駄になってしまう――そう思いかけた時。 「レイヴン、指定のコンテナが間もなく到着します!場所は現在位置の右後方すぐの所にあるエレベーターです。見えますか!?」 ミランダの声に弾かれる様に機体を巡らせると、さっき見たエレベーターの搬出口が視界に飛び込んできた。 「確認した。今すぐ向かう!」 「搬出口は自動的に開放されます・・・只今到着しました!」 ミランダの言葉通り、エレベーターの搬出口のゲートが開放され、ドーリーに乗ったコンテナがせり出てきた。 それを見て、ソリテュードはオーバード・ブーストを起動し、一気に距離を詰める。 だが、ブリューナグに再び狙いを定めたナインボールが、もうすぐそこまで迫っていた。 ナインボールはブリューナグを仕留めるべくグレネードキャノンを展開し追い縋ってくる。 ――間に合うか!?いや、間に合わせて見せる!! コンテナが目前に迫り、ロック解除のパスコードを送信すると同時にブリューナグの右腕を伸ばす。 が、次の瞬間、ソリテュードの視界は白い閃光に包まれ、一拍遅れて轟音と衝撃が激しく体を揺さぶった。 ブリューナグとコンテナ、エレベーターの周囲は黒々とした爆煙に覆われ周囲の視界は遮られる。 束の間の静寂が辺りを包み、もうもうと立ちこめていた煙が徐々に薄れていく。 ナインボールは目標の沈黙を確かめるため、ブリューナグの残骸があるだろう爆発の中心点に近づこうとした。 しかし次の瞬間、煙を掻き消しながら蒼い光弾が閃き、ナインボールの右肘から下をパルスライフルごと吹き飛ばした。 その高性能AIでさえ予測しなかった事態にナインボールは慌てたように距離を取るが、それを許さぬかの如く、続けざまに2発の蒼い閃光が直撃し、ぐらりとバランスを崩す。 煙を吹き飛ばしながらフルブーストで躍り出たブリューナグの右腕には巨大なレーザーライフルが握られていた。 ―WH04HL-KRSW― ハイレーザーライフル、通称カラサワ。設計者の名前が冠されたACの歴史に名を残す名銃。高い機体負荷と引き換えに得られる火力は絶大で、これだけで戦況を覆す能力がある。 敵を追い込むための武器であるパルスライフルを失ったナインボールは、グレネードキャノンを直撃させようと左右に切り返しながら距離を取るべく後退を試みるが、ブリューナグのカラサワによる追撃を受け、急速に動きを鈍らせていく。 ――逃がすか!一気にケリを付けてやる!! 確かな手ごたえを感じ、ソリテュードはナインボールを攻め続ける。 さっきまで防戦一方だったのが嘘のようにカラサワの高出力レーザーはナインボールの装甲を貫いていく。 しかし、これには理由があった。 カラサワの性能が優れているのはもちろんだが、ソリテュードには幾つかの幸運が味方していた。 まず一つ目は、グレネードキャノンの直撃を免れたこと。 砲弾はエレベーターの搬出口に直撃し、ブリューナグにダメージが及ばなかったのだ。 そして、二つ目はエレベーターの搬出口が破壊されたことによって、派手にまき上がった爆煙が煙幕代わりになりナインボールに誤解を与え、時間が稼げたこと。 そして最後はアリスの手によるものだった。 カラサワを装備して今まさに打って出ようとした時、アリスは俺を制するように右腕をくいと引っ張った。 「どうして止めるんだ?これならヤツに対抗できる」 「うん、でもそれだけじゃ、だめ。FCSのサイトはんいがせますぎて、ソリッドとこのこがついていけてない。これじゃ、ナインボールにあたらない」 アリスの的確な発言に正直、面食らってしまった。 「あ、ああ。だが、こればっかりはどうしようもない。後は腕で何とかするしか・・・」 「ううん、だいじょうぶ。こんどは、わたしがおてつだいするばん。このコンソールからシステムにアクセスできる?」 アリスが何をする気か分からないが、正直モタモタしている時間は無い。 だが、俺はこの少女に託してみたいと思った。今この瞬間、運命を共にしている者の熱意を無碍にしたくは無い。 「ああ、できる筈だ。コンソールにタッチパネル式のキーボードがある。それを使ってアクセスできると思うが、どうするんだ?」 「うん、じかんがないからせつめいできないけど、FCSをかきかえて、サイトはんいとロックそくどをはやくするの」 アリスの突拍子もない発言を聞いて耳を疑う。 「なっ!?そんなことできるわけが・・・」 「できるよ。だってわたし、せいたいCPUだもの」 「アリス・・・」 その言葉を聞いて、胸が締め付けられるような思いがした。アリス自らそんな風に言ってほしくは無かった。しかし同時に、それは自分の身勝手なエゴだと認識する。 そんな俺の心を見透かしたようにアリスは微笑んだ。 「わたし、もっといろんなことがしりたい。ソリッドやメイファおねえちゃん、ミランダさんにいろんなこと、もっとおしえてもらいたい。いろいろべんきょうして、みんなみたいに、なりたいの。だから、ナインボールをはかいするための、おてつだいするの」 そうしてアリスは俺の膝の上からコンソールに向かい、パネルを操作し始めた。 「ブリューナグ、ごめんね。きもちわるいかもしれないけど、がまんしてね」 自分のぬいぐるみに話しかけていたように優しく語りかけると、まるで何度も操作したことがあるような手際でシステムを呼び出した。 そこから先は夢でも見ているかのようだった。 少女の繊細な指先が精密機械のように超高速で正確にキーボードを叩き、瞬く間にFCSが書き換えられていく。 そして、戦闘システムが一旦フェイルし、再起動した瞬間、俺は自分の目を疑わざるを得なかった。 あれだけ狭かったサイトがディスプレイほぼいっぱいまで広がっていたからだ。 「う、嘘だろ・・・?」 「ロックきょりは、すこしみじかくなったけど、サイトはんいとロックそくどは、はやくなってるから」 そうして、アリスは再び俺にぎゅっとしがみ付いた。 「ソリッド、あいつをやっつけて」 アリスの努力と期待を裏切る訳にはいかない。 俺自身も意識を集中する。準備は整った。後は実行するだけだ。 「ああ、任せておけ」 そう言って、レーダーに表示されている方向に向き直り、薄れゆく煙越しにナインボールをロックオンすると同時にトリガーを力強く引いた。 白いACと赤いACが、まるでダンスでも踊っているかのように激しい機動戦を展開する。 凄まじいブーストの風圧で、商業ビル群の窓ガラスが吹き飛んでいく。 ナインボールは少しでも被弾率を低下させるため、空中での機動を展開していた。 通常のACよりも余裕のあるジェネレーター出力を持つナインボールは、普通では有り得ない滞空時間を実現し、自在に空を舞う。 そして、空中からの強烈なグレネードキャノンをブリューナグへ放つが、ソリテュードは巧みにこれを回避する。 ナインボールは規格外の性能を持つが、実体弾兵装の弾薬自体は既存の標準のものを使っているとソリテュードは見抜いていた。 グレネードキャノンの弾速は速い方だが、光学兵器と比べればその速度は劣る。 タイミングさえ誤らなければ、フルブーストの回避機動で十分避けられるのだ。 対するソリテュードの方はアリスの恩恵によるサイティング能力の大幅な向上により、ナインボールを捉え続けていた。 しかし無駄弾は撃たず、向こうが攻撃を仕掛けてくる時の僅かな隙を狙って確実に命中弾を当てて行く。 ここまでの戦闘で、既にソリテュードは10発もの命中弾をナインボールに与えていた。 通常のACであれば大破、重量級やタンクでも大破寸前のダメージを与えられているはずであるが、ナインボールは所々の装甲を吹き飛ばされつつも、動きはまだまだ衰えてはいなかった。 ――クソっ、一体どんな装甲してやがるんだ。 胸中で毒づくが、それとは裏腹に思考は冷静だった。 残弾カウンタに目を向けると、残り21発。ほぼ半分を撃ち切ったことになる。 ――命中率は50%といったところか。ヤツに対してこの数値は上等だが・・・全弾撃ち切るまでに沈黙させることができるか微妙だな。やはり接近してコアを撃ち抜くしかないか・・・。 しかし、それには大きなリスクが伴う。 ソリテュードは接近戦を避け、こちらの有効射程を保ちつつ、ここまで戦ってきた。 武器はもうカラサワしかなく、ブレードも破損しているため、近づかれれば圧倒的に不利になる。 一番危惧するべきは相手のブレードによる攻撃だった。 ブレードを受けてしまった場合、衝撃による硬直で、一瞬身動きが取れなくなってしまい、そこを至近距離からのグレネードキャノンで狙われれば確実に撃破されてしまう。 ――今仕掛けるのはまずい。残弾が10発を切るまでは・・・ん!? 戦略を纏めかけていたソリテュードの目に、それまで空中を飛び交いつつグレネードキャノンを連射していたナインボールからマイクロミサイルが射出されるのが映った。 「チッ」 既に撃ち切っていたと思っていたマイクロミサイルの牽制に思い描いていた戦闘のイメージを崩され苛立つ。 ――やはり一筋縄ではいかないな。 マイクロミサイルといえど、現状の残りAPで直撃を食らえばひとたまりもない。 全弾回避するため、それまで封じていたブーストジャンプで上空へ飛び上がりミサイルを引き付ける。 ミサイルの束が目前に迫ったところでブーストをカットし、自由落下による急激な軌道の変化でやりすごす。 続けて放たれていた第二波はオーバード・ブーストを起動し、無理やり引き離した。 回避する間もナインボールから目を離さず、狙いを定め続ける。 ――ミサイルに泡を食っているところを狙い撃つ算段だろうが、そうはいくか。 未だ滞空し続けるナインボールの足元に潜り込むように路面を滑走し、グレネードキャノンの射角から逃れつつ、無防備な胴体にロックする。 「これでどうだ」 コアを撃ち抜くべくトリガーを引こうとした瞬間、赤いシルエットが視界から掻き消えた。 「何っ!?」 ナインボールは瞬間的にオーバード・ブーストを起動し、あろうことかブリューナグの背後に回り込んだ。 ――ちくしょう、なんてヤツだ! 咄嗟に旋回し、レーダーの示す方へ視界を巡らすと、そこには自分を見下ろしつつ完全に捉えたナインボールがグレネードキャノンの砲口をこちらへ向けていた。 その姿は死を運ぶ悪魔を連想させる。 直撃を覚悟し身構えたその時、轟音が鳴り響いて赤いACがぐらりとその身を震わせた。 何事かと思ったソリテュードの視線の先に、満身創痍ながらもレールキャノンを構えるファンロンの姿が見えた。 ファンロンは完全に機能を停止していた訳ではなく、閣座しただけであり、前部右脚を破壊され歩行不可能だったものの、残る3つの脚部で機体をなんとか立ち上げ、レールキャノンによる最後の一撃を放ったのだ。 「ソリッド・・・そいつ、ぶっ殺し、て」 薄れる意識を全身全霊で繋ぎ止め、必中の一撃を放ったメイファはゆっくりと暗い闇に落ちていった。 「メイファ!しっかりしろ!!」 呼びかけに応えないメイファを気にかけつつも、今はナインボールを仕留めることに全力を注ぐ。 ここでヤツを倒さなければ、メイファの努力が無駄になってしまう。 背部にレールキャノンの直撃を受けたナインボールは、急速に高度を下げていく。 今の一撃で、ブースターの片方を破壊され、十分な推力を得られなくなったためだ。 ――しめた、チャンスだ! 迷うことなくフルブーストで落下予測地点まで距離を詰める。 そして、ナインボールが着地する寸前の隙を突いて、脚部を狙い3発のレーザーを撃ち放った。 ほとばしる3発の蒼い閃光は赤いACの機体を掠め、装甲を焼き焦がしていき、最後の1発が右膝関節を直撃する。 その直後、着地したナインボールは突然右側に大きくバランスを崩し、膝をつく様な形で停止した。 着地寸前に破損した右膝関節に着地の衝撃が加わり、完全に破壊されたためだった。 閣座したナインボールを前に、ソリテュードは努めて冷静に照準を合わせる。 「これで、終わりだ」 コアをロックオンサイトに収め、トリガーを引こうとした瞬間、ナインボールのカメラアイが妖しく光った。 只ならぬものを感じた直後、ナインボールの背後に不気味な光が灯るのが目に飛び込んできた。 ――まずい! 敵の意図を瞬時に理解し、咄嗟に後退を試みたソリテュード目掛けてナインボールはオーバード・ブーストを起動し、赤い弾丸と化して突っ込んでくる。 捨て身の特攻。人間同士の戦いならば相討ちになるが、機械であるナインボールは目標をどのような形であれ、撃破できれば勝ちなのだ。 一切の迷いのない特攻にソリテュードは恐怖を感じた。 目前に迫る赤いACは燃えるようなオレンジ色のブレードを展開し、ブリューナグを断ち切らんとその腕を振りかぶる。 ――しまった、予測できていたのに! 死をも覚悟したソリテュードの胸に、ぎゅっとしがみ付いてくる体温が伝わり、心と体を踏みとどまらせる。 キッとディスプレイいっぱいに映し出されるナインボールを見据え、フルブレーキングをかけると同時に、左半身を突き出し迎え撃つ体制を取った。 光の刃が展開された左腕が振り払われる瞬間、ナインボールのカメラアイと自分の視線が交差するような錯覚に襲われる。 直後、激しい衝撃がコクピットを襲い、体を揺さぶった。 視界の端に、ブリューナグの左腕が吹き飛ばされていくのが映る。 衝撃でシェイクされた脳が意識を刈り取り、視界をぼやけさせるが、それでも冴え冴えと映る赤色を逃すことなく、右のコントロールレバーを強く握る。 白いACと赤いACは互いに敵へ止めを刺すべく必殺の武器を構える。 共に零距離。逃れられる道理は無い。 もはや両足で立っていられなくなったナインボールは、確実に命中させるために膝立ちの状態でグレネードキャノンを構え、その砲口をブリューナグのコアへ向ける。 が、それよりも速く、ブリューナグの右腕に握られるカラサワの銃口はナインボールのコアの真中を捉えていた。 人間の決死の判断と機械の合理的な判断。 そのどちらが正しいのかは永遠に分からない。 しかし、この瞬間だけは人間の思いが勝った。 「くたばりやがれ!」 激しい衝撃音と共に蒼い閃光はコアを貫き、赤いACは二度と立ち上がることは無かった。 ソリテュードはブリューナグを閣座したファンロンの横に着け、機体から降りると、ファンロンのコクピットハッチにある外部エジェクトレバーを操作して、外からコクピットを強制開放した。 「メイファ、無事か!?」 メイファは気を失い、首をうな垂れていたが、ソリテュードの呼びかけにゆっくりと顔を上げた。 「ん・・・ソリッド?どうして、ここに・・・」 少し朦朧としているようだが、意識はあるようだ。その様子にソリテュードは心底安堵した。 「そりゃ、ナインボールを倒したからに決まってるだろ」 「たお、した・・・。じゃあ、終わったの?」 「ああ、全部終わった。俺たちの勝ちだ」 俺の言葉にほっとしたように顔を緩めるメイファ。 「よかった・・・、そうだ、アリスちゃんは無事?」 本当に心配していたのだろう、さっきよりもはっきりとした口調で聞いてくる。 「ああ、大したケガもしてないし、大丈夫だ。今は眠ってる。相当疲れたんだろうな」 「そう、よかった」 「お前の方こそケガはないか?」 「ん、もしかしたら肋骨が2~3本折れてるかもしれないけど、他は平気っぽい」 表情を見る限り、必要以上の無理をしているようには見えない。機体がこれだけ損傷していて、この程度のケガで済んだのは僥倖だろう。 「そうか、よかった」 「心配してくれるんだ」 何が嬉しいのか、顔をほころばせるメイファ。 ヘルメットを取り、鮮やかな赤い髪が広がると、ふわっと女性の柔らかな匂いが香った。 「当たり前だろう、助けに来てくれた知り合いに死なれたら寝覚めが悪い」 メイファの女性らしさを目の当たりにして、思わず目を逸らしてしまう。 「んふふ、ありがと。嬉しい」 素っ気ない態度を取っている俺に、見透かしたように花のような笑顔を向ける。 そんな仕草を見て、不覚にもどきりとし、気まずくなって頭を掻く。 コイツの前だとどうも調子が狂う。 目を逸らした先には、赤々と炎が立ち上り、ついさっきまで死闘を繰り広げていたACをこの世から葬り去っていた。 ナインボールを撃破し、メイファの安否を確かめるためファンロンに近づいたとき、突然自爆したのだ。 機密保持のための処置なのだろうが、もしあの自爆に巻き込まれていたらと思うとゾッとする。 何処かに行方を暗ましているハスラーワンの亡霊の残滓を見つめながら、今回の戦いを振り返る。 考えること、やることは山積みだが、今は休息して地盤を再構築するのが先決だ。自身が反省すべき点も数えきれない。 「ねぇ、ソリッド」 目を閉じ、そんな事を考えていた俺をメイファの声が引き戻す。 「ん?」 「私、役に立てた?」 先ほどとは違い神妙な顔つきでメイファは聞いてきた。 何故、今さらそんなことを聞くのだろうか。 「ああ、お前が来てくれなかったら、確実に殺られていた」 「ホント?」 「嘘ついてどうする。今回は本当に感謝してるよ」 「そっか・・・」 そうして、また普段の明るい顔つきに戻ったと思った途端。 「じゃあ、ごほうびちょうだい」 そう言って、今度は悪戯っぽい表情へと変わる。ホント、よく表情が変わる女だ。 「はぁ?なんだよ、ごほうびって」 俺の問いには答えず、静かに目を閉じて、わずかに柔らかな唇を突き出すメイファ。 ――ったく。男である以上、後に引けねぇじゃねえか。 そう思いつつ、彼女の望みを叶える。 昔のように優しく唇を重ねると、当時の思い出が俄かに甦る。 全く、今日は何て日だ。 遠くから、ヘリのローター音が近づいてくる。コーテックスの救援部隊だろう。 「メイファ、悪いが一旦離れるぞ。アリスを他の人間に知られる訳にはいかない。俺はこのままガレージまで帰還する。後日、個人的に礼をしに行くよ」 「うん、期待して待ってるね」 悪戯っぽい笑みを浮かべるメイファに俺も口元を緩ませて応える。 「ああ、期待しとけ」 ファンロンからブリューナグに乗り移り、アリスを起こさぬよう膝の上に乗せて機体を立ち上げる。 するとタイミングよくミランダが通信を入れてきた。 「レイヴン、お疲れ様です。今回は色々なことがありましたが、まずはゆっくり休んでください。シャオランのメディカルチェックは手配済みです。ファンロン回収はこちらで引き受けますので、レイヴンはガレージへ帰還してください」 「ああ、頼んだ。後は任せる。それと、ありがとうミランダ。君の支援が無ければ勝てなかった」 俺の謝礼にミランダは柔らかな笑みを浮かべる。 「いえ、オペレーターとして当然のことをしたまでです。レイヴンをサポートするのが私たちの役目ですから」 その言葉を聞いて心強いものを感じつつ、ガレージへの帰路へつく。 長かった一日は、これにて終焉を迎えた。 膝の上で可愛らしい寝息を立てる少女の髪を優しく撫でつつ、ソリテュードも暫しその羽を休めるのだった。 第十二話 終 →Next… 第十三 コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/153.html
④*⑤*⑥ つまり、今はそういう事態という事だ。 グローバルコーテックス支社内部には、その規定が発動した際に統合司令部として機能する施設が設けられており、ターミナルスフィアも招集令を受けて現在その指令機能を移転中なのだろう。 レイヴンであると同時に事務所所長であるノウラは、その陣頭指揮を取る為に出向しなければならないため、今回レイヴンとしての仕事をこなすのは若干の無理がある。 そうでなくともノウラの本業はレイヴンではないため、そこまで彼女に望むのは酷だとファイーナは軽く考えた。 「そこまで期待はしないさ。それよりノウラ、此れを観ろ──」 ファイーナは戦術支援AIに指示して予め編集保存していた先ほどの映像ファイルを、ノウラの下へ転送した。メインディスプレイに出力した通信映像に映るノウラは、左頬を人差し指でかく真似をしてみせる。 『ふむ、やはりナインボールか──』 「その口振りでは、其方からも目視できたようだな」 『まあな。一瞬だったが、コレで確信が持てたよ』 商業区画に拠点がある事務所から空路で移動中だったのなら、都市天蓋部が崩落するという未曽有の事態を目撃していたとしても何ら不自然はない。となれば、そこから侵入してきた旧世代兵器群と“赤い亡霊”について見えていたのも道理として成り立つはずだ。 「ノウラ、お前はどう見る──?」 『つい先ほど、【バラハ03】──リサからも提供報告があったんだが。状況判断により要点のみを言うが、──旧世代兵器群を含めて、統一政府の差し金である可能性が濃厚だ』 「なるほど、な──」 『さほど驚きはないようだな。既に織り込み済みか』 そう言ってノウラは満足げな表情を浮かべながら、口許に咥えていた紙巻煙草を挟んだ指をこちらに向けて見せる。驚きがないのはファイーナにとっては当然だった。──つい十分ほど前に、勢力源を異にすると思われる統一連邦の強襲部隊から実力行使を受けたのだから、当然可能性のひとつとしてあの“赤い亡霊”との関連性は認めていたのだ。 ノウラにその前後詳細について伝えているつもりはなかったが、彼女の言うように別の情報源──恐らくリサも近い状況下に遭遇したのかもしれん──から同様の可能性に行き着いたのだろう。 となると、残る疑問は── 「究明についてはノウラ、お前に任せる。もうすぐ当該戦域に到着する、後はよろしく頼む」 『了解した。──ファイーナ。この戦場、お前にとっては懐かしいかもしれんな? 十分に気をつけろよ』 「心配するな、ノウラ──カット」 その意思を聞いた戦術支援AIが回線接続を解除した。残った疑問についてもそのデータをファイル化して転送した後、コクピット内に再び静寂が戻り、ファイーナは意識を切り替えてセンサー群が出力する情報とレーダー画面を注視した。 ファイーナが指定を受けた防衛戦域──商業区画には既に集合した味方部隊の反応が多数あり、それに対して圧倒的な質量差で迫る敵性動体反応がレーダー上に蔓延していた。 戦況は言わずもがな──進入源不明の敵対勢力の侵攻は止まず、危機的状況に在り。 彼我の差といっていいその状態を覆すには、敵対勢力にとって不測の事態を演出しなければならない。 ファイーナは機体制御を巡航機動から強襲機動へ移行し、機体速度を倍加的に跳ね上げた。 搭載兵装の状態をメインディスプレイに出力し、試験型兵装が搭載される前の標準兵装に戻っている事を確認する。 幹線道路上直線距離にして約200メートル──恐らく狭域索敵態勢下にあるレーダーの一歩外側にある。ファイーナは機体搭載のオーバードブースト・システムの起動準備を完結し、操縦把付随の起動スイッチを押しこんだ。敵対勢力にとっての不測の事態──それはレーダー上で動体反応を捕捉してから、此方の機動展開を予測される前に強襲攻撃で先制を取ること。ファイーナは迷わずそれを実行し、後方ノズルから吐き出された高出力の青白い噴射炎が軽量二脚型であるゼクトラの機体を圧倒的な推力をもって押し出す。 有視界内前方に対AC用パルヴァライザーの攻撃を受け、一方的に後退に追いやられている友軍AC機の機影を捕捉。右腕搭載の射突型物理ブレードの射出準備を済ませ、強襲機動態勢を移動したままそこへ突進した。 追撃を続行していた一機のパルヴァライザーが友軍ACへ決定打を負わせる刹那、そこへ最大強襲推力を持って介入──右操縦把のトリガーを引き絞った。 強装炸薬の炸裂に合わせた強襲推力と共に射出された長大な杭は、不気味な光を宿したパルヴァライザーの頭部を側面から過たず撃ち貫く。強装炸薬の再換装結実を戦術支援AIが伝え、メインブースタを最大出力で吹かすと共に再度トリガーを引いた。過剰威力による徹底的な破壊を受けたパルヴァライザーが被弾の衝撃によって吹き飛び、路面を滑走しながら高層ビルに突っ込んでいった。そこを中心に大きな爆発が生まれる。 各部ブースタを吹かして機体を転回させ、複数車線の広い幹線道路上に停止した。前方有視界内に対AC戦闘に特化した多数の戦闘用パルヴァライザーが、突然の奇襲攻撃にその侵攻を止める。 ふむ、ひと先ずは成功といったところか── ゼクトラの背後に辛うじて後退した数機のAC機体のうちの一機が通信をよこしてきた。 『増援かっ──?』 「お前達はこのまま後退し、戦線を確立しろ。此処は私が引き受ける──」 ゼクトラの機体に強襲姿勢を取らせ、戦術支援AIが前方に捕捉したパルヴァライザー群を瞬く間に解析、詳細情報をアップロードする。 純粋兵力にして一個小隊規模──正面からやり合うには少しばかり頭数が多いが、やってやれない事はない。最初の強襲攻撃が成功した時点で、旧世代兵器群の機体性能水準は既に推し量れている。 『単機でやる気か。無茶な真似はよせ、俺達でさえ──』 ファイーナはその明らかに冷静さを欠いた狼狽の声を遮った。 「一人でいい。さっさと退がるんだ、二度は言わん」 その有無を言わさない鋭い言動に歴戦のレイヴン達ですらも口を閉じた。ファイーナの傍から見れば、常軌を逸してるとしか思えないその言動に返す言葉がなかったのかもしれない。あるいは他の可能性か。 その心中はどうあれ、ゼクトラの背後にいた計四機の味方機体は、ファイーナの指示に従って速やかに後退を始めた。 それでいい。この侵略劇は未だ序章の段階だろう。此処で下手に戦力を消耗する必要性はどこにもない。ファイーナが任された商業区画の作戦領域は統合司令部が置かれている広域防衛区域の目前に在り、今回の防衛戦闘の要となる場所である。一歩でも戦術判断を間違えて戦力を消耗しようものなら、それは速やかなエデンⅣの失陥をすら意味しかねない。 ──ただ、ファイーナにとってこの戦闘は遍く在る戦場のひとつに過ぎないものだったが 味方機が後退を完了した事に焦燥を感じでもしたのか、前方に停止していたパルヴァライザー達が進行陣形を取って再び進軍を始める。 「さあ、戦ろうじゃないか。ガラクタ共が──」 ノウラの言った通りだった。この戦場は懐かしいにおいがする。 五年前、未曽有の兵器災害が全世界を襲い、数千万とも言われる人類がその命を落とした。 その頃、自身は企業連合軍主戦力を安全圏にまで逃す為に戦い、そして部隊と共に── だが、あの頃に比べれば何と言うことはない。 ぬるい戦場だ。そう思いつつも、ファイーナの意識は激しく猛っていた。 戦場でしか生きる事の出来ない自身に、戦って生きる事の喜びを感じさせてほしかった。 そうして生きてきた生涯を実感させてほしいのだ。 「くれぐれも、簡単に終わってくれるなよ」 口許を大きく歪めて呟き、ファイーナはコンソールを叩いて火器管制システムを転換、背部兵装の垂直爆雷投下型ミサイルのコンテナを稼働展開する。 侵攻部隊がブースタを吹かして一気に攻勢を仕掛けてきたのを見計らい、ファイーナは背部コンテナから垂直ミサイルを連続射出した。同時にフットペダルを踏み込み、最大推力でメインブースタを踏み込む。頭上数十メートルでミサイルの弾頭が炸裂し、その中に格納されていた計数千発の小型爆弾が空域一杯に拡散する。 頭上に展開した無数の熱源に一瞬侵攻部隊の統率が乱れ、ファイーナはその隙を見逃さなかった。 数千発に及ぶ小型子弾の全ての落下軌道を戦術支援AIが視覚情報としてメインディスプレイに出力し、その下でようやく迎撃態勢を取ったパルヴァライザーに対して、短機関砲による集中掃射を浴びせかける。 敵性目標の機動力のみを削ぐ事に専念して脚部関節に損傷を与え、すぐさまその後背に迫っていた別機を捕捉対象に切り替える。センサー群が後方に置き去りにしたパルヴァライザーの接近を感知したが、ファイーナはそれを敢えて無視した。 補足目標に対して先と同様の精密射撃を喰らわせた直後、関節部を破損しながらも至近に迫ったパルヴァライザーがゼクトラのコア背部にレーザーライフルの砲口を突き付けた。 零距離からの光線がコアを貫くかに見えた刹那、頭上から高速落下してきた拡散子弾の一発がパルヴァライザーの頭部に直撃して爆発を起こした。続けざまにさらに数発の子弾が接触爆発してパルヴァライザーの機体を破壊する。 予測通りの現実に満足しつつ、さらに強襲機動を継続した。子弾一発一発の威力は分厚い複合繊維装甲を持つ兵器群などにとってはとるに足らないものだが、それを立て続けに喰らい続ければ話は別になってくる。加えて幹線道路の上空にはそれが数千発、漆黒の豪雨となって地上に迫って来ていた。 空中機動を行おうにも上空が使えず、後退しようにも広範囲に渡って落下する子弾の群は周囲百メートル以上に及んでいる。パルヴァライザーを主力とする侵攻部隊に残されている脱出経路は既になきに等しかった。 ファイーナは五感神経を極限にまで研ぎ澄まし、赤々しい爆炎の海に呑み込まれゆく幹線道路の中を搭乗機のゼクトラを駆って駆け抜けていく。 ──数千発にも及ぶ高密度の子弾による落下爆発の嵐が収まるまで、単純時間にして僅か十数秒だった。メインディスプレイに表記されたガイドラインに従って落下軌道を全て避けたゼクトラは、ほぼ無傷で戦域を切り抜けた。その背後には関節部を破壊されて機動力を失った所に子弾群による連続爆発を受けたパルヴァライザーの群体が、ぶすぶすと黒煙を上げながら焼け焦げた路上に伏していた。 その中でも辛うじて機体制御を継続する複数機のパルヴァライザーを捕捉し、通常歩行で近づくとファイーナは至近距離から短機関砲の銃撃を頭部に撃ち込んでいった。 「敵性動体、すべて消失。レーダー制御を広域索敵態勢へ移行します」 敵性動体反応がレーダー上から全て消えた事を戦術支援AIが報告し、コンソールを叩いて機体状態を細かくチェックするが目立った損傷は一切なく、搭載兵装群の稼働率にも問題はない。 此れで味方部隊による防衛戦線確立まで、いくらかの時間は稼げただろう。しかし、まだまだ十分ではない。統合司令部による現場指揮が機能し、駐留兵力が一個の軍事力として防衛戦闘を展開し始めるまで、まだ時間はかかるはずだった。 侵入源は未だ不明だが、旧世代兵器群はまだまだ侵攻をやめないだろう。 ファイーナのその見立て通り、間もなくして戦術支援AIが、 「広域索敵レーダーに動体反応、多数。此方へ向かってきます」 先ほどの侵攻部隊はエデンⅣ側の戦力規模を計る為の、威力偵察部隊と言ったところか。これは単機でも殲滅することができたが、広域索敵レーダーに反応のある敵対勢力の主力部隊は広範囲にわたって進軍を始めている。 後方へ後退した味方AC機体も、その対応を迫られることになるだろう。 やがてゼクトラの立つ幹線道路の防衛戦線前方に無数の機影が現れ、カメラアイがそれらを捕捉して有視界に拡視界で映し出す。 「世の果てにはまだまだ遠いぞ、貴様ら──」 かつて数年前に押し寄せた数万から成る旧世代兵器の軍勢──特に思い出したくもない過去に訪れた世の果ての記憶がファイーナの意識を燃え上がらせ、そして凄惨な表情を作らせる。 ファイーナは、ゼクトラの左腕部に携えた短機関砲の砲口を跳ね上げた。 AM07 55── * AM07 53── 致命的な戦火は、生き残ろうとするモノの真価を試し、その意図を引き摺りだす。 この都市を知らぬ者が眼下の惨禍を目の当たりにしても、此処が人類最後の安楽地であるとは到底気付かないだろう。 「了解した──ファイーナ。此の戦場、お前にとっては懐かしいかもしれんな? 充分に気をつけろよ」 それを此方からの最後の通信内容とし、ターミナルスフィア非公式戦力であり現在、事務所への依頼通達を受けて該当戦域へ出撃中のレイヴン・アザミとの回線を解除した。 複数機のガンシップの編隊によって護衛されながらコーテックスビルへ向かう大型輸送ヘリの中で、ノウラは膝の上に置いたラップトップパソコンのディスプレイを注視する。着込んだ複合繊維質のコートの懐からソフトパックを取り出して紙巻煙草を咥えると、対面シートに腰を下していたメイヴィスが擦過させたオイルライターを遣し、それにあやかって先端に火を点した。 「ナインボールとはな──メイヴィス、お前はどう見る?」 濃紺色のダブルボタンスーツに身を包み込み、同じくラップトップパソコンを用いて統合司令部への指揮系統参入に伴う書類作成に当たるメイヴィスに尋ねた。細長のタイトな眼鏡の奥に宿る灰色がかったブルーの瞳がノウラの方へ向き、 「前後推移から考えるに、ナインボール・コピーでしょうね」 「その確度と論拠は?」 その問いを受けてメイヴィスはキーボードに走らせていた指の動きを止める。 「82,85%。──私達が創ったのです。違いはありません」 意地の悪いことを訊かないでください、というような形容しがたい笑みをメイヴィスは浮かべてみせた。つい先ほど、当該戦域へ急行中のアザミが転送してきた映像データの解析情報をディスプレイに羅列表記していく。 【エデンⅣ】の天蓋部が大きく崩落した貫通痕より侵入してきた“ナインボール”──かつて紅い亡霊と呼ばれていたものの機体塗装データ及び駆動パターン、稼働センサー群反応をメイヴィスが即座に吟味した所、それがかつてターミナルスフィアの技術開発部が手掛けた産物であるという結果が導き出された。 ノウラは大した意味はなかったが軽く肩をすくめ、口許で転がしていた紙巻煙草を指に挟み込む。 「つまり、統一政府という線がやはり濃厚か……」 ──三年前、支配企業群が共同出資運営していた技術開発系組織【ジシス財団】は、技術簒奪を狙う企業同士の内紛によって組織的解体に追い込まれた。その際、統一連邦政府は財団で開発研究されていた最重要兵器開発要綱【ネクスト】に関連する複数資材を奪取した。 それから現在に至るまで、統一政府が秘密裏に運用している【紅い亡霊】の劣化品は、当時奪取された関連資材から着想を得て製造されたものである。 試験型ネクスト技術を導入し、それら機能を人工知能によって機動制御させることを実現した完全なる無人機──ナインボール・コピー。 ジシス財団解体後、独自のネクスト兵器開発で暗礁に乗り上げていた統一政府に故在って出向し、高性能型人工知能の開発分野を担当したのが当時のターミナルスフィアであり、設計を手掛けた中核人物がノウラその人とメイヴィス、そして隷下の技術者集団【エンシェント・ワークス】だった。 ナインボール・コピーの運用理念は導入技術の実用性を求める為だけに採用され、結果的に旧世代兵器群の攻勢に対して圧倒的な戦火を上げた。 世間的に──それでも非公式的に過ぎないが──知られている“赤い亡霊”に関する神話はそこに端を発しており、その大半が兵器災害による被害規模が膠着し始めた二年前以前までの事である。 ナインボール・コピーの実用性が確認された後、組織運営の都合上ノウラは統一政府との技術提携を解消し、それ以降前者とターミナルスフィアがネクスト開発に関係して積極的な接触を取ることはなかった。 ──遺失技術文化社団【ターミナルスフィア】にも、組織としてそろそろ始動せねばならないプロジェクトが待っていたからである。かつての財団発足に携わり、他の支配企業と同様隷下の技術者達を派遣して解体までの数年間に培われた技術情報──ターミナルスフィア個人にしても、それを野放しにする理由はどこにもない。 通信終了後続けて転送されてきた提供報告を把握し、その中のひとつに保存されていた映像ファイルの中にきわめて見覚えのある長身の男と精緻極まる技巧人形のような顔立ちをした少女──ソリテュードとアリスか──の姿を見咎め、ノウラは必然的にひとつの可能性に行き着くことができた。 「ふむ。統一政府も、よくよく無茶が好きなようだな。それでこの様か──」 そう忌々しげに呟き、ノウラはノブに手をかけてドアノブをスライドさせた。硝煙の濃い匂いの交る突風が機内に一瞬巻き込み、ノウラは乱れた自身の黒髪は掻き梳いた。 眼下に広がる、人類最後の庭園という栄誉を冠された都市の惨状──。 整然と林立する超高層ビル群の遥か下層、不完全な闇に落ちた地上部で激しい火線が行き交い、その戦火の拡大は留まるところを知らないようだった。既にいくつかの超高層ビルは侵略によって火災に見舞われ、轟々と内部から黒煙交じりの炎を吹き上げている。 エデンの各空域でも侵攻部隊と防衛戦力の航空兵器同士が戦火を交え、赤々しい火球が至るところで発生していた。 「──連邦の都市管理局とは無関係のようだが、さて……」 統一連邦エデンⅣ直轄都市管理局の連邦法該当規定を発動し、駐留軍総司令部が作戦指揮を公に取っている当たり、侵攻勢力とは無関係という見方をして問題はないだろう。 仮にどこかの一派が独断専行で今回の騒乱を引き起こしたとして、そいつらの存在自体は旧世代兵器群の武力侵攻という致命的な混乱が隠れ蓑となり、その存在が明るみでることはないはずだ。 ──エデンⅣに潜伏している生体CPUの奪取が目的として、なぜこの時期なのか? ──どこから奴らはその存在を知った? 常に状況の先を読む為、職業病の一貫として思案に耽りかけていたノウラにメイヴィスが声をかけた。 「ノウラ、コーテックスビルまで残り二分です」 「──ああ。見えてきたな」 ノウラはレール部分に足をかけて身を乗り出し、輸送機部隊の進路上に在る一際巨大な複合産業建築物群──グローバル・コーテックスエデンⅣ支社ビルを視界に映し出した。 既に建築物自体の防衛機構も発動しており、ビル各所から防衛用の大口径艦載砲や対空迎撃用機関砲、誘導ミサイルシステムなどが配備されている。もしも人類最後の楽園であるエデンⅣの外壁が破られた時、最後の要として残されるのが、グローバルコーテックスの要塞の如き守りだった。 その時、輸送機のパイロットがヘッドセットのマイクを通じてノウラに狼狽めいた言葉を出した。 『広域索敵レーダーに動体反応多数。──旧世代兵器群です!』 その報告を耳にした時、ノウラは既に旧世代兵器群と思しき航空戦力が八時の方角から接近してくる様子を肉眼で捉えていた。先ほどまでその方角で交戦していた防衛戦力の全ては圧倒的な質量差の前に壊滅させられたらしく、炎に包まれた残骸が丁度地上へ向けて落下してゆく最中だった。 「迎撃陣形を取れ。接近される前に撃破しろ」 ノウラの冷静な指揮指示にパイロットも安堵したらしく、命令を復唱する。輸送部隊を護衛していた複数機のガンシップが八時の方角に展開して迎撃隊形を整え、機体搭載の35ミリ航空機関砲による弾幕掃射を始めた。大気を切り裂く轟音が周囲へ伝播し、続いて固定ポッドから数十発に及ぶ大型ロケット弾が射出され、前方空域に巨大な火の海を演出した。 『レーダー上、動体反応尚も多数。止められません──!』 今の一連の迎撃戦闘で前衛の航空戦力は殲滅したようだが、すぐに現れた増援勢力が火炎の中を突き破って突進攻撃を仕掛けてくる。高密度の迎撃射撃をガンシップが展開するが、それでも圧倒的な質量差で迫るそれらを寸秒程度すら止められない。 『動体反応尚も接近、突破されます──』 弾幕を搔い潜った旧世代兵器群がガンシップのすぐそばまで迫り、パイロットは既に自分の死でも覚悟していたのだろう間切り声を上げる。 しかしノウラは、 「焦るな。ほら、増援のお出ましだ──」 ノウラが視線を変えてみていた先──コーテックスビル空域防衛網から誘導ミサイルの群列が高速飛来し、眼前に迫っていた旧世代兵器群を側面から全て叩き落とす。その一瞬の隙に発射源であった味方増援の空戦特化型MT部隊が、輸送部隊の前に割って入る。 空戦MT部隊の指揮官からと思しき通信要請が入り、パイロットに回線開放を指示した。 『此方、GCエデンⅣ陸軍第三四機械化部隊だ。遅れてすまない』 「此方、ターミナルスフィアだ。増援、礼を言う。統合司令部現着までの間、掩護を頼む」 空戦MT部隊は迅速に広範囲にわたって迎撃陣形を展開し、正面から迫りくる新たな旧世代兵器群に向けて迎撃戦闘を開始した。その苛烈な様子を視界の隅に残し、ノウラは統合司令部への急行をパイロットに指示する。 MT部隊の防衛戦闘が功を奏したらしくその後まもなくしてターミナルスフィアの輸送部隊はコーテックス空域防衛網に進入、コーテックス統合司令部管制室からの指示に従って複合産業建築物群の間を飛行し、ビル上部に設置されていた広大な敷地の着陸ポートへ順次輸送機を着陸させた。 メインローターが生む突風が収まらぬうちに機内から着陸ポートへ足を下ろし、速やかな指揮系統の確立をメイヴィスに指示すると、彼女は頷いて別機に搭乗していた情報技術班を招集、出迎えに来た統合司令部の使者に案内されてビル内部へと向かっていく。 その様子を見送り、ノウラはすぐ傍の着陸ポートの縁に歩み寄り、そこから一望できる眼下の凄惨な戦場に臨んだ。短くなった吸殻を放り捨て、新たな紙巻煙草を取りだして咥える。蛇革の愛用のオイルライターを擦過させ、吹きつける突風に消されぬよう速やかに先端に紅点を灯す。 肺腑に紫煙を深く吸い込んで糸のように細く吐き出した時、背後に感じ慣れた古い知己の気配を感じた。あえて振り向く事無くその人物が隣にやってくるのを待って、ようやくノウラは視線を横に向けた。 「お久しぶりです、──グアルディオラ社長」 その名を呼ばれたグローバルコーテックスエデンⅣ支社長──エウヘニア・ベルグラーノ・イ・グアルディオラは口許に淡い笑みを浮かべてはいるものの、僅かに気後れするような微妙な表情をしていた。その表情を目の当たりにしてノウラ、軽く口許を歪める。 「状況が状況だわ。古い知己の常でお願い、イアマール──いえ、ノウラ?」 古い知己であるが故に、エデンⅣに事務所機能を移転してきた5年前以降直接顔を合わすこともなかった彼女のその頼みに応じ、仕方なくノウラは態度を崩した。 「──すまない、エウヘニア」 「統合司令部の指揮機能確立は急ピッチで進められているわ。戦線確立までには、何とか間に合いそうかしらね」 「さすがだな──御上が手練だと、下も仕事が早い」 「私が現役だったのは25年も前の話──貴女に比べれば、私なんて素人の域よ」 そのどこかむずがゆさを覚える称賛にノウラはあえて返事を返さず、紫煙を吹かした。傍に佇むエウヘニアも自前の嗜好品である葉巻を咥える。 「今回の騒乱、貴女達はどう見ているの?」 「──ただでは終われんだろうな。どの推測も可能性の域を出てはいない」 「構わない。今は要点のみを言って……」 忌憚なく問いかけるエウヘニアの言葉に、やはりこの女は私と違って一流の政治家なのだなとノウラは胸中で感嘆した。眼下の戦場の光景を一風景として見やりつつ、ノウラは一時思案してから、 「──統一政府による手管の可能性が、現在は濃厚だ」 その発言に予想通りというかなんというか、エウヘニアは葉巻を挟み込んだ指で軽く額を押えて見せた。 「どこか、心当たりでもあるのか?」 「ええ、さっき少しね──。統合司令部はあっち、其処で少し話しましょう?」 突風の吹き付ける野ざらしの場所で長々と話をすべきでもないと考えなおしたのだろうエウヘニアはそう促し、ノウラはその場に吸い差しの煙草を落としてかかとで踏みつけた。 その時、数機から成る輸送ヘリが機動装甲車を牽引して着陸ポートに降下し、着陸してきた。輸送機及び装甲車に貼りつけられている部隊章はターミナルスフィア直属の軍事力──先ほど作戦に参加していた【バラハ01】のものだった。 機動装甲車後部の開放されたハッチから次々と兵士が飛び出して資材を持ち出し、一時遅れて【バラハ01】の情報技術班が関連資材を持ちながら出てきた。 そして、最後に【バラハ01】の指揮官であるガロと同じく作戦に臨んでいたリサの姿を見咎めると、二人も此方の姿を視認し、ゆっくりとした歩調で近づいてきた。 「──作戦は完結。新規作戦【セント・シルヴィナ】の発動に準拠し、俺もすぐに出撃する。構わんな?」 「ああ。部下を連れていけ。既に機体はコーテックスの指定ハンガーに搬入してある」 「了解──」 部下のガロと短いやりとりを交わし、彼がすぐに部下を連れてその場を去った後、右手に立つリサの佇まいを一瞥した。彼女自身は無傷ではあったが、純白のタイトスカートは煤に塗れ、各部は銃弾が掠めたのだろう無残に切り裂かれていて、何ともまあといったところだが、下手な言い方をすれば扇情的と言えなくもなかった。 「ご苦労だったな、リサ」 「いえ。統合司令部へ出向し、オペレートを開始します」 「その前に着替えろ。私のロッカーに服がある。適当に見繕ってから来い」 「──分かりました」 鋭い眼光を一切崩さない彼女は短く返答を返し、ノウラが乗って来た輸送機の中へ姿を消した。 一連の様子を見守っていたエウヘニアの方へ振り返り、先を促す。足早に進むエウヘニアの後を追って着陸ポートを後にし、周囲を警護達に囲まれていくつもの連絡通路を抜けた末、厳重なセキュリティロックがかかった扉の先へ入る。 既にそこでは都市全域から招聘を受けた軍事勢力が共同して指揮系統の構築にあたり、その中にターミナルスフィアの面々の顔も無論ある。 軍事分野における電子技術の最先端が集約された司令部施設は、室内中央の投射型メインモニターとエデンⅣ都市全域を模した三次元マップに各司令機構からの提供情報が表記されるようになっており、それを中心して同心円状に各司令部の専用ブースが設けられている。その一階と吹き抜けで直結している二階部分にも同様のスペースがあり、既に一部機能し始めている指令機構からの提供情報がメインモニターに次々と舞い込んで来ていた。 エウヘニアに連れられて主通路から内郭階段を上り吹き抜け二階の統合司令部最高議長のワークブースの手前、吹き抜けに面した欄干部で立ち止まった。窓硝子からのぞく事の出来る室内には。既に膨大な量のファイル文書が持ちこまれており、情報技術員達が整理業務に奔走している。 ワインレッドを基調とした見事な装飾のスーツを着こなすカルディナは、内ポケットからウェアラブルモニターを取り出してノウラに差し出した。手渡されてすぐに起動した画面を注視した。 そこには航空戦力部隊が撮影したと思しき地上映像が映し出されており、そこでグローバルコーテックス所属のAC機体が敵性勢力と交戦している最中だった。なんてことのない、現在外部で展開中の戦闘のひとつだと思ったが、ノウラはコーテックスのACが相手にしている機体を見咎め、エウヘニアの言葉の心中を察した。 「貴方が到着する直前の映像よ──。既に我社のレイヴンが一機、撃破されています。確信はなかったけど、貴方の推測通りなら、これは実に忌々しき事態だわ……」 ──コーテックス所属のACを相手にしていた敵対勢力の機体、全身に鮮血を浴びたような塗装を施されたその既存ACに極めて近い機体は、現場にいる者にとっては全くもって知覚外の機動力を使いこなしている。そして、ノウラが画面を見始めてからわずか数十秒足らずでコーテックスのACは致命的な損壊を受け、その場で炎を吹き上げながら路上に崩れ落ちた。 「此れを知っているものは?」 「撮影した航空戦力と技術情報部、それにオペレーター部門の担当者と私だけ。現在、二部が共同して追跡に当たっているわ。全く、なんてことになったのかしら」 返したウェアラブルモニターをしまうエウヘニアは、厳しい表情を作る。 既にグローバル・コーテックス陣営の主戦力にまで被害が及んでいるとは、統一連邦も目的遂行の為には何事も厭わないつもりのようだ。そこに、今回“赤い亡霊”を送り込んでいた勢力の根本的体質が反映されているとノウラはそれとなく見立てを立てた。 ヘッドセットからメイヴィスの無線が入り、ノウラは欄干越しにターミナルスフィアが機能確保の作業をしている専用ブースを見下ろした。 『指揮機能確立、完了しました。全戦力への状況動発指令は此れを随時可能です、ノウラ』 「わかった。各通常戦力にオペレーター支援を配備し、即座に状況を開始しろ」 『了解。AC戦力はどうしますか?』 「ヤツらは個々で構わん。──其れを嫌うからな」 そう言い切ると、専用ブースで代理として陣頭指揮を執るメイヴィスは略式敬礼で了解の意を示し、コンソール作業に戻った。隣に佇むエウヘニアに視線を戻し、 「心配せんでも、この騒乱を鎮圧すれば、我々が求める限り自ずと事態は明るみになる。今は、この状況を乗り切る事を最優先に考える事だな」 「そうね……。ノウラ、貴女がこの場に居て本当に助かるわ」 「身分不相応だな。では、私も状況を開始します」 最後に互いの立ち位置を明確にするため、略式敬礼を交わして踵を返した。連絡通路から内郭階段を降りメイヴィスが代理指揮を執る専用ブースへ足を踏み入れる。既に膨大な量の戦況資料が舞い込んで来ているコンソールに腰を下ろした。 『此方【シックフロント】、此れより当該戦域へ向けて出撃する』 「此方コントロール、了解。気をつけろ、ガロ。──もしもの場合は、分かっているな?」 『問題ない。状況を開始する──』 →Next… ⑥ コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/79.html
②*③/ /第十二話 着地の音は雨に紛れ、掻き消えていく。 雨粒が装甲を叩く音が、やけに大きく聞こえた。 「言い忘れたが、君にはオペレーターがついていないのでね、ボクがサポートすることになる」 『了解』 「早速ターゲットが出てきたぞ。数は四」 【ベルフェゴル】のレーダーが、坑道から出て来る機影を捉えていた。 「好きにやればいい。君の力を見せてくれ」 そう言ってスワローは【ベルフェゴル】を戦場を俯瞰しやすい高台に移動させる。 「ラフ、グレイ機の機体AIと同期しろ」 【了解――同期完了】 これであちらの機体情報がダイレクトに届くようになった。 同時に【ベルフェゴル】を索敵モードに変更。情報処理能力に特化させる。 そこでようやく異変に気付いた。 敵を示す熱源が、予想されたデータより遥かに大きい。 その理由はすぐに判明した。 ――坑道から姿を現した機影は、工作用機械ではなく、逆関節MTだったのだ。 スワローは共有回線ではなく、ライラとの直通回線で問い掛ける。 「何かまた話が違ってるけど」 『……そのようですね。どうします?試験を中止しますか?』 スワローは少しだけ逡巡したが、すぐに首を横に振る。 「……いや、続けよう。そもそもMT程度あしらえないようでは困る。それにイレギュラーは付き物だからね」 『分かりました。では引き続き監督をお願いします』 「任せてよ。見てるだけは得意だ」 『……』 (さあ、お手並み拝見といこうか) ライラからの無言の圧力を受け流しながら、グレイの動きに注視する。 (ボクのパートナーに相応しいかどうか、見定めさせて貰おう) 『好きにやればいい。君の力を見せてくれ』 そう言い残し、迷彩が施された紅墨の機体が離れていく。 グレイはいよいよか、と気を引き締めた。 決して裕福とは呼べない家族を支えるため、自分はレイヴンを志した。 何度となくシミュレーターで訓練を重ね、やっとこの時が来た。 ――絶対にこのチャンスを掴んでみせる。 気合いを入れ直していると、オンボロ機体に積まれたオンボロAIが報告を入れてきた。 【AIりんく、カンリョウ。べるふぇごるト、ドウキシマシタ】 それは機体AI同士を同期したというものだった。 ――憧れのレイヴンが、自分を見てくれている。 その事が、否が応でもグレイの気を高揚させた。 (ヨォッシ!行くぞ!) 肉眼でも既に敵の姿が見えていた。 逆関節のMTが四機、こちらに向かって来ている。 (あれが低い戦力レベルか……。まだ大物が居たりするのかな) グレイは火器管制を立ち上げ、MTの一機に照準を合わせた。 自分が置かれた状況に変化があったことには気付いていない。 しかし、グレイの意図する違いは別の所にあった。 (サイティングが遅い…。実機とシミュレーターでは勝手がこうも違うのか!) データのやり取りであるシミュレーターと、命のやり取りである実戦。その違いだ。 だが勝手の違いに戸惑ってはいられない。 一時停止ボタンなんて、現実には存在しないのだから。 (悩んでなんかいられない、行くぞ!) ブースターのアクセルをドカンと踏みつけ、MTに向かって突進する。 トリガーを引き絞り、小型ミサイルを一斉に吐き出した。 雨によって誘導性が阻害され、何発か外れたようだが、ミサイルの直撃を受けたMTが派手に煙を吹き上げ、爆発四散する。 イメージ通りだ。ちゃんと出来る。 そのことがグレイを波に乗せた。 『一機撃破。その調子だ』 敵も倒れた味方を見て発破をかけられたのか、ライフルで応射してきた。 スワローの戦況報告も話半分に、操縦桿を倒して左に切り返す。 だが、良好とは言えないブースター性能である。 避け損なった弾丸が、装甲の幾らかを削り取っていった。 【キャクブヒダン、ソンショウケイビ】 「クソッ、避け切れなかったか!」 悪態をつきつつも、的確にブースターを吹かせ、敵MTとの間を詰める。 グレイの機体を扇状に取り囲んでいた左端の敵に狙いを定め、サテライトと呼ばれる円機動で敵MTの右側面へ周り込む。 旋回性能の低いMTでは、旧式とはいえACの動きにはついて行けず、脆い横腹を曝し出してしまう。 そこを見逃さず、胴体部に向け右腕部のライフルをフルオート射撃で叩き込んだ。 灼熱した弾丸の直撃を受け、MTが横倒しに倒れる。 エネルギータンクに引火でもしたのか、弾痕から吹き出した炎が逆関節の機体を包み込んだ。 『二機撃破。やるじゃないか』 スワローの賛辞に気を良くしたグレイは、地に臥し燃え盛る機体を飛び越え、三機目のMTに襲い掛かる。 だが、炎に視界を遮られたため、敵への注意が散漫なってしまう。 その結果、敵のロックに気付けず、肩にロケット弾の直撃を許すことになった。 「うあッ!」 強い衝撃がコックピットを揺さぶる。 初めて体験するナマの被弾に、グレイは身を固くして硬直する。 大きくバランスを崩した機体は後退を余儀無くされた。アラートランプが一斉に点灯するのが視界の端に映る。 【サワンブヒダン、ソンショウカクダイ】 態勢を立て直す間も無く、追撃のミサイルが二発迫って来た。 (落ち着け、落ち着け、落ち着け!ギリギリまで引き付けて…逆に切り返す!) グレイは、機体を一旦バックダッシュさせ態勢を立て直すと、ミサイルと相対速度を合わせ、着弾寸前で真横に機体をスライドさせる。目標を見失ったミサイルは、そのまま地面に当たり、泥と煙を撒き散らした。 「っおし!」 シミュレーターで何度も練習してきた技術だ。本番でもちゃんと体が反応してくれた。 しかし回避は上手くいったものの、敵MTと距離が離れてしまった。今度はそう易々と接近させてはくれないだろう。 (どうする?また攻撃を掻い潜るのはリスキーだぞ) そこでグレイは一つのシステムの存在に思い至る。 【オーバードブースト】――言わずと知れた、ACの超高速機動だ。 (シミュレーターでは何回か使ったけど、いきなり使いこなせるのか?それも実戦で) 迷いはあったが、悩んでいる時間が無かった。 (……やるしかないか) グレイは機体を建築の陰に寄せ、エネルギーの回復を待つ。 「オーバードブースト、用意。起動のタイミングはこちらが指示する」 【リョウカイ、おーばーどぶーすと、すたんばい】 その間も、敵からの攻撃は続いていた。 ライフルとミサイルとロケットの雨が、グレイの隠れた建築を揺さぶっている。 降ってくる建造材の破片をその身で受け止めながら、グレイは機を待っていた。弾丸の風雨が治まるその一瞬を。 程なくしてその時は訪れた。 マガジンの交換に掛かるその一瞬だけ、攻撃が止まったのだ。 「今だ!オーバードブースト起動!」 その言葉と共に、機体をジャンプさせ、盾にしていた建築物を飛び越える。 機体の背部に噴射炎の翼が生え、そして文字通り、弾丸のように機体を弾き出した。 「…………ッ!!」 Gキャンセラーでも中和し切れない、横殴りの重圧に、骨格が軋み、シートに身体が押し付けられる。 予想以上の猛烈なGに息が詰まる。 だが、それらを歯を食いしばって耐えた。 チャンスはこの一瞬しかないのだ。 敵MTとの相対距離が瞬く間にゼロになる。 「ッりゃああアアアアアアアア!!」 グレイはオーバードブーストを敵の目前で切ると、その加速を全て乗せた゛飛び蹴り゛を雄叫びと共に敵MTに見舞う。 金属同士が擦れ合う壮絶な音が響き、機体の重量が全て乗った一撃が、MTの前面装甲を粉砕し、数十メートル後方へぶっ飛ばした。 そして慣性の法則によって、グレイの機体は最後の一機の真横で停止した。敵MTはもう手が届く範囲だ。 口の中に鉄の味が広がる。 今の衝撃で口の中を切ったのだろう。 だがそんなことは無視出来る。 グレイは最後の一機に向き直る。 敵もグレイの『奥の手』に呆気に取られ、構えが遅れていた。 そしてその一瞬が致命的だった。 グレイは左腕にブレードの光刃を現出させ、思いきり振り抜いく。 大した出力ではなかったが、MTの装甲を貫くには十分過ぎた。 装甲と建造材を一緒くたに切り裂かれたMTが爆発し、鉄屑と化す。 雨粒を蒸発させていたレーザーブレードが消失し、辺りに静寂が訪れる。 「いてて…ッ。でも…これで、終わり、だよな…ッ」 グレイが荒い息を吐きながら、レーダーを確認する。 他に動くものは無かった。 ヘルメットを外して垂れてきた鼻血を拭っていると、スワローの楽しんでいるような、呆れているような声が聞こえてきた。 いや――これは、笑いを堪えているのだろうか? 『無茶をするねェ、君も。ははっ、自分からじゃ見えないだろうけど、機体の左足のフレームが歪んでいるよ』 ああ、それでか――。 グレイは納得した。 モニターに映る周りの映像が傾いているのだ。相当乱暴な挙動だったらしい。 『いやいや、天晴れだよ。兎に角、どうやら配備された戦力はこれで全てのようだ』 スワローの言葉に頷く。 そう、これで終わりのはずだ。 だからグレイは、スワローの次の言葉を聞いた時、耳を疑ってしまった。 『これで後は、坑道内に残る人間を殺すだけになった』 「……え?」 言っている意味が良く分からない。 (殺す?誰を?なぜ?どうして?) ――誰が、誰を殺す? 『ブリーフィングはちゃんと聞け、グレイ・ジェファーソン。試験となる依頼の内容は不法占拠者の排除――』 いつの間にか鼻血は止まっていた。 鼻血の代わりに、冷たい汗が腋を伝う。 『不法占拠者がMTパイロットだけと思ったかい?――そんなわけはない。むしろこれからが本番だよ』 「で、でも彼らにはもう戦う術がありません!……そうだ、降伏、降伏させましょう!」 『投降は認められない。そう言っておいたはずだ』 「でも……!」 尚もグレイは食い下がる。 不法占拠者とはいえ、元は普通の労働者。 家庭があり、大事な家族がいるはずなのだ。 「俺には……、出来ません」 その命を奪うような事は、グレイには出来なかった。 『そんな有り様ではレイヴンにはなれない』 「……」 『君には守るべきものがあるんじゃないのか?』 「……」 スワローの言葉が突き刺さる。 脳裏を故郷に住む両親や弟達がよぎる。 自分は何のためにレイヴンを志したのか――。 『……敵前逃亡と見なすぞ?』 「俺は――」 グレイがそう言い掛けた時だった。不躾な闖入者が現れたのは。 『ンダぁ?テメェら。俺様の根城でナニしてやがる!』 スワロー達の共有回線に割り込む形で、酒に灼けたダミ声が怒鳴り込んで来た。 『西方より接近する機体を確認しました。ACです』 ライラが簡潔に報告を入れる。 『機体データの照合完了。武装集団《センターバック》旗機【ライノサラス】です』 「…何だと?」 スワローは眉を顰めた。 記憶が確かならば、《センターバック》を率いる頭目の名はアルタム・コアドミラ。 パースよりも更に北方の領域で、盗賊のような事をして名を響かせており、その首には統一政府によって懸賞金が掛けられているはずだ。 「賞金首が廃鉱に何の用だ?それより、ここにはミラージュに雇用されていた労働者が居たはずだ」 『労働者ぁ?……ああ、あのピーピーうっせぇ雑魚共か』 アルタムの声に、嘲るような笑いが混ざる。 『“ワレワレのケンリ”だか何だ知らねえが、やかましかったからよ、ぶっ殺してそこら辺に埋めちまったな』 「……成る程ね。ようやく合点がいったよ」 スワローの疑念が氷解していく。 事前情報と違う敵の戦力も、労働者の人数としては多すぎる生体反応も、これで全て説明が付く。 何処からか流れ着いたアルタムら《センターバック》の一団が、元々パースを占拠していた労働者達を殺害して居着いたのだ。 『……それよりテメェら、俺様のいねー間に、随分と派手に暴れてくれたらしいじゃねえか、オイ』 アルタムの気配が剣呑なものに変わり、隠しようのない殺気が溢れ出す。 だが、スワローはアルタムを無視してグレイに話し掛ける。 「良かったなグレイ。君の仕事は、どうやらこの親切な人達が済ませてくれたようだ」 『……俺様を無視するたぁいい度胸じゃねえか。テメェ、どうやら死にてぇらしいな!』 アルタムの語気が、鼻息に比例して荒くなる。 見え透いた挑発だろうが、構わずノってしまうタイプだった。 『スワロー、どうします?あちらはやる気満々みたいですけど』 「どうせ怨みを買うようなら、ここでスッパリ断ち切った方がいいだろうね。――撃破するよ」 『了解しました。敵ACは典型的な重装甲・高火力・低機動です。特に左腕部のシールドによって、物理防御力は侮れません』 「ふむ。長期戦は不利だけど、こっちはグレネードだけじゃ決定力に欠けるね。まあ仕方無し。――ラフ、機体の同期を解除。戦闘モード起動させろ」 【了解、AIリンク解除。システム、戦闘モード、起動】 索敵機能などに回されていた演算性能が、機体制御に戻って来る。【ベルフェゴル】が本来のスペックで再起動した。 スワローはFCSを立ち上げ、武装のセーフティを外していく。その間僅か三秒余り。慣れたものだ。 「グレイ、この依頼、報酬という形で君に手元に入る現金は無い。だが、君には想定敵以上の戦果を見せて貰ったからね、これはその特別なご褒美だ」 『え?』 「AC同士の戦闘というものを見せてやる。君は下がっていろ」 『は、はい』 スワローの雰囲気もまた、得体の知れない物に変化していた。 妖気のようなモノを感じ、グレイは左脚部を引き摺りながら、機体を下がらせる。 グレイが十分に下がったことを確認すると、アルタムの機体【ライノサラス】に向き直った。 「さて、お待たせしたようだねゴリラ君。どこからでも掛かって来たまえ」 『……ぶっ殺す!!』 アルタムの怒号と共に、【ライノサラス】の肩から強烈な光が放たれた。 だが、満足にロックオンもされていない弾に当たるスワローではない。 脚部の性能だけでジャンプすると、今まで【ベルフェゴル】の居た空間を、高圧のプラズマが灼き焦がした。 回避した姿勢のまま、ビル五階程度の空中に静止した【ベルフェゴル】から、グレネードが立て続けに撃ち出される。 射出時の反動すら、姿勢制御に使う全く無駄の無い洗練された挙動。並外れた反動制御技術の成せる技だ。 撃ち下ろすように射出された榴弾は、吸い込まれるように【ライノサラス】に着弾し、己の身に宿した火力を、余す所無く炸裂させた。 爆音と共に煙が舞い上がる。 「さてさて、どんなものかな」 建ち並ぶビルの一つに着地したスワローは、【ライノサラス】が居た空間を凝視した。今の攻撃程度で仕留められるとは、微塵も思っていない。 雨が煙を押し運ぶと、そこには盾を構えた【ライノサラス】が、さしたる損傷もなく鎮座していた。 (……やはり無駄に硬いな) 『ハッハァー!効かねーなァ、そんな豆鉄砲じゃよォッ!!』 お返しとばかりに、【ライノサラス】から大量の小型ミサイルが放たれる。 スワローはこれを避けようともせず、右腕部に持ったマシンガンで全て撃ち落とした。 『……チッ、やってくれるぜこの野郎』 アルタムが吐き捨てるように言った。 生死と名誉を賭けた決闘の火蓋が切って落とされた。 火線の交差が繰り返され、【ベルフェゴル】のマシンガンやショットガンが【ライノサラス】を捉えるものの、堅牢な装甲に阻まれ、満足なダメージが通らない。 しかし、【ベルフェゴル】もその機動力を遺憾なく発揮し、【ライノサラス】の猛攻を全て回避していた。 互いに決め手を欠くまま、時間だけが過ぎる。 スワローは焦れていた。 (想像以上に装甲が厚いな) 【ベルフェゴル】に積まれた総火力の内、既に六割を消費している。弾切れ、という最低な結末が思い浮かぶ。 (正面から幾ら叩いた所で効果は薄いか。……正面からなら?) その時スワローに天啓が閃いた。 (正面はタフだが、背部は随分とおざなりだな) 【ライノサラス】の一番厄介な実シールドも、前面にしか展開は出来ない。つまり背後からの攻撃には弱いのだ。 だが、そんな事はアルタムも分かっているだろう。そう簡単に背を見せる真似はしない。 現に、スワローがどんな仰角を付けて撃ち込んでも、アルタムは的確に反応し、シールドで防いでくる。 (だからこその、この手だ) 久しぶりに感じる歯応えのある敵に、スワローは身震いした。 湧き出したアドレナリンが全身を駆け巡る。 今、間違いなく、自分は充実している――! 「ラフ、オーバードブーストスタンバイ。加減速の出力制御はボクがやる」 【了解。オーバードブースト、レディ】 こういう時、ラフはアナンタと違い煩く言って来ない。 オーバードブーストの出力制御など、常人には到底不可能な芸当だ。 マスターコードを使わなければ、アナンタはきっと命令を実行しないだろう。 だが【ベルフェゴル】の機体を任されたラフは、そういった無茶な命令もすぐに実行してくれる。 こんな所からも、設計したアーキテクトの異常さが窺えた。 「さあ行くぞ。これで、終幕だ」 スワローは起動スイッチを押し込み、オーバードブーストの最大速度で突撃した。 アルタムも、スワローがオーバードブーストで突っ込んで来ることは予測出来ていた。 確かに、オーバードブーストの加速力は驚異的だが、その分機体の制御が割を食い、単純な軌道しか取れなくなる、云わば諸刃の剣だ。 相対速度も相俟って、正面からの攻撃を回避するのが極端に難しくなる。 そこをアルタムは狙っていた。 「墓穴掘りやがったな!これで仕舞いだ!!砕け散れェッ!!」 裂帛の気合いと共に、最大出力のプラズマが【ベルフェゴル】に襲い掛かった。 スワローの視界を、蒼いプラズマが覆い尽くす。 着弾するかと思われた刹那、スワローは背部ブースターの輻射スリットを強制的に閉じ、代わりに脚部バーニアを全開にする。 当然バランスを崩した機体は、脚部を先行させ、仰向けに倒れ込む。 天を仰ぎ見る格好になった【ベルフェゴル】の僅か数十センチ上を、プラズマの光弾が通り過ぎて行く。 プラズマを回避し、倒れ込むコンマ数秒の間に、背部のメインブースターを再点火し、転倒を回避。同時に、逆上がりでもするかの様に脚部を蹴り上げ、【ベルフェゴル】は『倒立』しながら宙に舞った。 『なあッ!?』 余りの非常識な光景に、アルタムが驚愕の声を上げる。 そのまま回転しながら【ライノサラス】を飛び越えた【ベルフェゴル】は、最後に片側のブースターだけを使い、半身を捻って華麗に着地した。 目の前にはガラ空きの【ライノサラス】の背中。 スワローは両手の火器を【ライノサラス】の背部に押し付け、言った。 「これがボクの奥の手でね。チェックメイトだ、ゴリラ君」 『このッ、悪魔め…!』 「その通り、――そしてさようなら」 零距離から放たれた赤熱する鉄火が、【ライノサラス】のコアを破壊し尽くした。 「すごい……」 グレイは、眼前で繰り広げられた光景に、目を奪われていた。 スワローが今やったことは、『ACによる』伸身後方宙返り一回捻りだ。 そもそもACという兵器は、重力に対して足を向けることは出来ない。 いや、今それが実際にやってのけられたのだから、そういった動きも可能なのだろうが……。 兎に角、スワローのやった機動は、神憑り的な制御技術の成せる技だった。 『敵機、完全に沈黙しました。搭乗者の死亡を確認…。お疲れ様、スワロー』 「ああ、帰還する。輸送機をまわしてくれ」 あれだけの戦闘だというのに汗一つかかず、スワローがライラに指示を出す。 『了解しました。近くで待機させていましたので、五分程度でそちらに到着するものと思われます。坑道内に残る武装集団は放っておくのですか?』 「そうだ。依頼は不法占拠者の排除。武装集団の相手をしろとは言って無い」 『それもそうですね』 「そういうこと。――ああ、グレイ」 スワローがグレイに投げかける。 「君の力は見せて貰った。だが、まだ君の意思を聞いてはいない」 『…はい』 「今回は不測の事態でうやむやになったが、甘い考えではこの先生き残ることは出来ない」 『……はい』 「改めて問う。君は無抵抗の人間でも撃つことは出来るか」 『……撃ちます。撃って、みせます』 少しだけ間があったが、グレイはしっかりとした声で答えた。 人の命と金を秤に掛ける。 それが出来ると、自分の口で言ったのだ。 「よろしい、ならばコーテックスは君を歓迎しよう。新たなレイヴン、グレイ・ジェファーソン」 『はい!』 今度は力強く頷く。 自分の目指した舞台に、やっと立つことが出来た。 甘えは捨てよう。 このまま、幕を下りるつもりは無いのだから。 いつか成り上がり、目の前に立つこの男よりも高みへ登ってみせる。 決意を秘めた瞳で空を見上げる。 いつの間にか、雨は止み、雲の切れ間から光が差し込んでいた。 輸送機のパイロットには、機体の左脚部について散々突っ込まれた。 他にも、余り整備士を泣かせるような真似をすると、整備士ブラックリストに名前が載ってしまうだの、輸送機のパイロットと懇意になると、ピンチの時素早く駆け付けるだの、だから俺を宜しくだの、色々な「助言」まで頂いた。 グレイが帰りの輸送機に揺られながら、スワローのオペレーター(ライラという名らしい。スワローはお気に入りだとも言っていた)から送られて来た、コーテックス社の依頼斡旋ガイドなるものに目を通していると、スワローから秘匿回線で通信が入った。 何だろうと思い、依頼斡旋ガイドをデータファイルに戻し、応答ボタンに指を掛ける。 『やあ、今日はご苦労だったね』 「いえ、こちらこそお世話を掛けてしまって……」 『まあ、それは置いておこう。実は新しくレイヴンとなった君に、耳寄りな提案があるのだよ』 スワローは内緒話でもするかのような装いだ。 「はあ、一体何でしょうか?」 耳寄りな提案とは何なのか。 『近頃、新しくレイヴンとなっても、経験の浅さを突かれ、命を落とす雛鳥が増えている』 「はあ」 『そこで我々コーテックスでは、そんな日の浅いレイヴンの生存率を少しでも上げるために、専任の講師とでも言うか、教導者の斡旋も始めたんだ』 「えっ?」 その教導者とは、もしや……? 『君さえ良ければ、教導者の下でレイヴンとしての修行をしてみないかね?勿論無料とは行かないが』 「ちなみに幾らくらい……?」 『うーん、明確な額は、教導者が付く期間によって変わるから何とも言えない。ただ、君が受ける依頼の報酬から二、三割が天引きされることになるけどね。…どうかな?』 グレイにとっては願ってもみないことである。 高みに一歩でも早く辿り着けるのならば……。 「は、はい!是非宜しくお願いします、スワローさん!」 『そうか、なら良かった。じゃあ教導者が決まったらまた連絡するから』 「えっ」 『ん?』 「スワローさんが教えてくれるんじゃないんですか」 『ボクが?まっさかー』 ハハハと、スワローが笑って否定する。 『ボクはこう見えて忙しいからね。教導者として時間を割く暇が無いのさ』 「えっ、でも――」 『じゃ、決まったら連絡するから。毎度ありー』 「えっ、いや、あの」 そう言って強引に通信は切られた。 「そんなぁ……」 盛大な肩透かしを食らったグレイは、コックピットの中で、只々うなだれるしかなかった。 第十一話 終 →Next… 第十二話 コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/154.html
⑤*⑥*⑦ 含みを持たせた言葉にガロが冷静な返答をよこす。 中央メインモニターに都市全域への戦力配備状況が次々と舞い込み、統合司令部の指揮機能確立に従って戦線が徐々にではあるが、確立しつつある。 「此れからが本当の戦場だ。──貴様らが何を望んでいるのが、ゆっくり教えてもらう事としよう」 かつて自らが与えた叡知を使い統一連邦は何を求めているのか、この騒乱の終わりの時にどんな結末が用意されているのかを想起し、ノウラは口許を大きく歪めた。 AM08 05── * ──その戦闘は後に【ナヴラティロヴァの惨禍】と呼ばれ、30年以上に渡って戦争史に語り継がれる事となった。 『──完全な奇襲及び殲滅戦闘だ。目に映る者全てを逃すな、徹底的に蹂躙しろ』 無線を介した部隊指揮官のその声に、作戦に投入されたレイヴン達は各々返事を返す。 青白い光を放つメインディスプレイ下のコンソールに指を走らせ、強襲殲滅型に調整の施した搭乗機の機体制御態勢を第一種広域警戒態勢から第一種戦闘態勢へ移行する。 急場仕立てで用意された機体のコクピット内は埃の据えた臭いが酷く、慣らされていないシートは座り心地が悪い。搭載されている戦術支援AIもかなり旧式のもので、女性のプログラムヴォイスは割れていた。しかし、今はどうでもいい事に関して文句を垂れる状況ではなかった。 周囲は最も暗い時刻の闇夜に呑まれ、周囲で出撃命令を待つ友軍機の機影すらまともに視認できない。有視界索敵は困難であると判断し、夜間戦闘支援システムを起動した。投射型メインディスプレイに出力されている有視界が暗緑色に染まった時、再び無線を通じて部隊指揮官が口を開く。 『状況は最早詰み切った。総員、出撃──』 その号令が伝えられ、荒涼地帯に鎮座する軍艦の亡骸の影に待機していた強襲部隊は移動を開始した。その部隊の前衛として急造機体をブースタ噴射で進ませ、暗緑色の有視界前方に目標地点を捕捉する。 頭上を友軍の航空戦力部隊が追い越し、その数分後、先制攻撃としての重爆撃が制圧目標である要塞都市に対して加えられ始めた。広大な敷地面積と堅牢な防衛体制を持つ要塞都市に向けて、無数の誘導ミサイルが降下し、それを迎撃ミサイルシステムと高射砲群の弾幕が出迎える。 眼前の都市上空部にいくつもの火球が産まれ、それらの下降に従ってついに都市全域へ誘導ミサイルの戦火が齎された。瞬く間に要塞内部の各所で火の手が上がり、ようやく出撃してきた敵航空戦力が空中で交戦を開始する。混乱に紛れて荒涼地帯を縦断していた強襲部隊に航空戦力が接近し、それを旧式レーダーが捕捉。 『敵航空部隊に構うな、突出するぞ』 そう言うと指揮官は強化推力機構であるオーバードブースト・システムを起動、背部ノズルから高出力の噴射炎を吐き出して先行増速した。それに続いて後続機もオーバードブーストを起動し、上空から降り注ぐ弾幕の中を突出していく。大地に突き刺さった火線が粉塵を散らし、運悪く致命打を受けた友軍機から順にその場で爆散していく。それでも強襲部隊は止まらず、それらを置き去りにして進んでいく。 この作戦で、止まる事は許されていなかった。 一度走り出したら、全てを燃やし尽すまで止まってはならない── それが、この戦場の前線に取り残されたレイヴン達の可能性だった。 自分を含め、もとより国籍も社籍もない無色の烏達の集まった部隊だ。これからどういう戦闘を全うしようが、それを言い咎める者は居はしない。そして、そうしなければ彼ら自身が生き残れないのだ。 強行突出の中で六機が大地に散り、その犠牲を払って強襲部隊は要塞都市の外郭部全容を肉眼で捉えた。既に秘密裏に接近していた工作部隊によって仕掛けられた爆薬が外郭部を吹き飛ばし、一際大きな轟音が周囲を突き抜ける。大型掘削機が貫通痕に残った瓦礫片を取り払い、瞬く間に三ヶ所の侵入経路が構築される。 『全機止まるな。このまま都市内部へ進入、各機殲滅戦闘を開始しろ。幸運を祈る。そして願わくば、また会おう──』 まるで遺言とも取れる言葉を指揮官が残し、彼の機体が真っ先に外郭部に空いた貫通痕へ突入していく。 さらに三機、友軍機が突入までに破壊される。AC機体一機がようやく通れるほどの貫通痕をギリギリで通過し、都市内部へと進入した。 その時、否応なく実感した。 嗚呼──今、自分は死地を迎えるのだと── 市街地で展開されている戦闘は既に初めから死線を迎えており、自分は奥歯を噛みしめるとフットペダルを大きく踏み込んだ。 陽が二度上ったその日の夕刻、後に【ナヴラティロヴァの惨禍】と呼ばれる事になる戦闘は終結した。 参戦した主戦力、45人のレイヴン達によって要塞都市は完全に制圧され、非戦闘員二万人を含む敵対軍勢力は殲滅された。 戦闘終息の時を迎えたレイヴンは、わずか6名だった── 30年後──閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】── AM07 42── 営みの軌跡が灼け墜ちていく──。誰が咎められるというのか。醜くも、また美しくもなく、ただそれは我々の生み出した産物を我々の生み出した産物が蹂躙しているというだけの事実に過ぎないのだ。 果てに迎える物が全てを無価値としてしまう灰だというのなら、我々がその是非を問う事は無為以外の何物でもない。 我々はそれを前にして、何も問えはしないのだ。 『──多数ノ動体反応、接近』 旧式も甚だしい戦術支援AIが戦況報告を極めて機械的な声で発した。ラヴィは原型を留めない残骸となって燃え盛る匡体が散らばる幹線道路を視界全面を意識しながら、メインディスプレイ上のレーダーを同時に注視した。 理路整然としていながらも多重都市構造によって複雑な市街形態を形成する商業区画の各方面から、ラヴィの現着現場に向けて数十の熱源反応が急速接近してきていた。動体反応は各個で動いているように一見して映るが、其処にはある規則性と一切乱れない規律性が介在しているのをラヴィは一瞬で見抜いた。 「増援か──」 レーダー上で目視できる反応数は14機──純粋兵力にして機動分隊規模の機影を確認しながらも、ラヴィは彼我の戦力差に対して一切の焦りを抱いてはいない。搭載センサー群が収集する情報群とレーダー上から推測できる要素を吟味した結果、その14機から成る増援勢力がAC戦力である事を最悪、且つ不可避の可能性として挙げる。自身が搭乗する四脚機体──バーンアウトの機体状態をディスプレイで確認、ラヴィはフットペダルを踏み込んで隔壁前道路から手近な幹線道路へと滑り込んだ。頭上を多重型幹線道路と複雑に絡み合う摩天楼が埋め尽くし、区画全域の大停電状態にある地上は正しく闇の深遠に落ちていると言えた。 夜間戦闘用システムを稼働中の暗緑色の有視界に意識を払いつつ、前方多方向から突出してくる動体反応の状況をレーダーで逐次更新していたが、有効戦闘射界へと動体反応が侵入した瞬間、レーダー上から全ての動体反応が消失した。 その突然の事態にラヴィは眉を顰めてみせた。搭載センサー群の幾つかも機能不全を起こし、ディスプレイ上に[- Seach Error -]の警告メッセージが次々と出力される。 「ECM攻勢──慎重だな……」 複数の搭載電子機器が同時に機能不全を起こす理由としてそれ以外の可能性はなく、また、接近機動からECM展開までの手際の良さを鑑みるに、相当な場数を積んだ練達の戦闘部隊なのだろうとラヴィは行きつく。 動体反応を捕捉する手立ては有視界索敵と当てにならない電子索敵装置、圧倒的な戦力差を前に普通ならば諦めざるを得ないだろう。 しかし、ラヴィは動体反応捕捉から消失までの僅か十数秒の間、対向し得る手立ての欠片を見出していた。 火器管制システムを両腕部兵装へ固定維持し──主兵装である右腕武装のグレネードライフルに意識を傾注する。レーダー反応消失からの経過時間は24,5秒──思考をフルに回転させて状況のシミュレーションを行い、経過秒数が31,5秒に達した瞬間、ラヴィはフットペダルを大きく踏みつけてメインノズルから噴射炎を吐き出し、バーンアウトの機体を発進させた。ビルの影から飛び出して迷いなく向かいの影へ入り込み一区画先の車道へ機体を滑り出させる。 隠密機動を持って接近してきていた動体反応のうちの一つ──一機のAC機体とほぼ正面から対峙、グレネードライフルのトリガーを絞る直前、有視界に捕捉した敵性動体はラヴィにとって感嘆とも言える判断速度でビルの影に滑り込んでいった (やはり腕がいい──だが、些か直線的、といったところか……) 前方右舷へ姿を潜ませた目標は追わず右腕兵装の射撃態勢を維持したまま発進、機体を後進させて右舷同区画へ入り込む。 それは戦術支援AIの行う所の戦況計算と定義するにはあまりに不定形であり、少なくともラヴィにとっては意識的にやっている類のものではない。予知や予測ではなく、ラヴィの身体に刻みこまれた決して消える事のない、戦場の経験則が彼を正しい戦況へと運ばせているといっていいだろう。 その経験則は、ラヴィを現戦域に留まらせるつもりはなかった。ラヴィは投射型メインディスプレイに商業区画の 全域詳細を模した3Dマップを出力した。 「ふむ──」 遮蔽物を最大限に利用した市街戦を展開するにしても、致命的なECM環境下と明白な戦力差の前では此方が先に消耗し切る可能性が非常に高い。ならばそのあらゆる不利な複合要素を覆し、戦況をイーブンに出来る戦域を自ら選べばいい。 其処に最適な場所をマップから検索出力して最短かつ最適なルートマップを表示、ラヴィは迷いなくメインブースタを吹かした。ナビゲートシステムから外れたルートを意図的に選択肢、現区画を飛び出した。 機能復旧の見通しが立たない搭載センサー群は変わらずエラーメッセージを出力し続けている。魔天楼が頭上に林立する幹線道路を最大推力で前身し、前方120メートルに肉眼で目視できる交差路手前の角へ急速転回した。人工の要害として盾になるビルの影に紛れて正規進路であった交差路を迂回し、その間際に其処でラヴィの通過をアンブッシュしていた動体目標を有視界に捉えた。 しかしラヴィは自ら先制を加えるような真似はせず、そのまま素通りして再び人工の迷宮の中へ紛れ込んだ。 搭載センサー群による情報収集に頼らずとも、敵性動体群の動向を的確に把握する術がラヴィには備わっていた。先ほど隔壁設備前で交戦した強襲型MT部隊──帰属組織を示す部隊章などが見当たらない所属不明部隊であったが、殲滅するまでの手合わせの中でラヴィはその部隊の身元についておおよその推測を立てていた。 その手合わせの時と同様、ECM環境下に身を溶け込ませてラヴィを追う未確認AC部隊もまた、非常に洗練された戦術展開を行っている。ラヴィがECM環境下に曝されても的確に目標を捉える手腕である事を確認する手腕を持ち、また、迎撃展開に最適なポイントへルートマップに頼らず移動しようとしている事も既に把握している。 相当に練達の精鋭戦力に違いない、ラヴィは推測していた。ただ、其処にはおおよそラヴィがこれまでにくぐり抜けてきた戦場で対峙してきた敵対勢力──大手傭兵仲介企業帰属や根無し草のレイヴンのような泥臭さは一切伴っていない。 戦術展開の速度や配分、そして何よりも戦場全域を包み込む異様に無機質な気配が、敵対勢力の何たるかを伝えてきていた。 「450メートル──、来るか……」 指定現場までの直線距離は450メートル、既に軌道幹線道路に機体は乗っているためこれ以上の有効な回避行動は必然的にとれなくなる。ラヴィは前方直線道路の左右で待ち受けているであろう敵性動体数を数え、戦術支援AIに指示してオーバードブースト・システムの起動プロトコルを進行させる。 フットペダルを大きく踏み込んでメインブースタから高出力の噴射炎を吐き出し、バーンアウトの鈍重な機体を最大推力で押し出す。軌道幹線道路の六番交差路を過ぎた時、ラヴィの推測通り、過ぎ去り際の有視界両端に動体目標が二機、映り込んだ。肉眼捕捉から間髪入れずブースタを調整噴射して機体を後方へ転回させ、ラヴィはグレネードライフルのトリガーを引いた。後背から牽制射撃を行うべく飛び出してきていた動体目標二機目がけて榴弾が飛翔し、牽制射撃の弾幕に被弾して路上を一際大きな火球が埋め尽くした。時間にして数秒足らずだが、それでも後方からの追撃を遅らせる事が出来る。その大きな機会を生かす為、操縦把上部のスイッチを押し込んだ。オーバードブーストシステムが起動し、専用の後方ノズルから吐き出された過剰推力が時速500キロでバーンアウトの機体を押しだした。後方の牽制射撃の失敗を見越してさらに前方に待機していた二機の動体目標の間を切り抜けて置き去りにし、複数の車道合流点となる軌道幹線道路へ進入。 『熱源反応、急速接近。地対地ミサイルデス』 後方搭載カメラの有視界から把握した戦術支援AIが多数の熱源反応──地対地ミサイルの接近を報告し、ラヴィはバーンアウトの機体を左右へ振りまわす。いくつかのミサイル弾頭が軌道を著しく反らして左右の建築物へ衝突、大規模な爆発を起こして瓦礫片を周囲へ撒き散らす。 『熱源反応、サラニ14基捕捉──』 後方道路の空域全てを埋め尽くすミサイルが接近し、最早機体のみでの回避行動は不可能な物量が押し迫る。その時眼前に軌道幹線道路の終着点が飛び込み、ラヴィはオーバードブーストの前進推力を強引に跳ね上げた。後方から急追してくるミサイル群を従えてそのまま前方の広大な空間へ飛び込むと同時、オーバードブーストシステムを機能解除、その場で機体を転回。バーンアウトを正面に迫るミサイル群と対峙させる。余剰推力によって高速で滑走を続ける中火器管制システムを背部兵装と左腕兵装へ転換、連装型榴弾射出砲を前方展開した。さらに内部保機兵装も準備し、激しく流動する有視界の中に迫るミサイル群を捕捉、ラヴィは背部グレネードキャノンから二発の大型榴弾を射出、同時に内部保機兵装及び左腕兵装の腕部携帯型無反動砲からもロケット弾を撃ち放った。ミサイル群の前列に飛び込んだ榴弾が派手に炸裂して後続のミサイルを巻き込み、路上周囲十数メートルに在った建築物を強大な爆圧で吹き飛ばす。加えてそこへ進入したロケット弾の焼夷弾頭が誘爆して可燃性ジェルを飛散させ、周囲一帯に数千度の炎を撒き散らした。 対炎熱装甲を持たない機体では到底乗り越えられない、超高温の炎の海が前方軌道幹線道路にたゆたい、その境界線を越えて飛び込んで来ようとする動体反応は見受けられない。 その事実を確認してから、ラヴィは自身が飛び込んだ広大な施設空間を見渡した ──商業区画第8ターミナルエリア。 理路整然にして複雑怪奇な都市形態を持ち、それに合わせて同様の構造となった数十の交通形態が共有する交通施設の要衝のひとつである。多くの幹線道路やリニアレールが合流する場所でありその為だけに一区画分が各ターミナルエリアに用いられている。周囲には乗り捨てられた自動車やリニアモーターが鎮座している。適度な遮蔽物と回避機動、及び目視戦闘を行うに十分な広さである。 各兵装の次弾装填の完結を確認した時、前方数十メートルに広がっていた炎の海が不意の轟音と共に弾け飛んだ。続けざまに数発の爆発が響き、砕片と共に赤々しい炎が周囲へ散らばっていく。飛散した炎が散乱し、周囲の大気が醜く歪曲した幹線道路の奥から、そいつらは現れた──。 十四機から編成される未確認AC部隊──最前衛の一機が飛散した炎の残り火を踏み砕き、一糸乱れぬ統率力を持ってターミナルエリアへと進入してくる。 その無機質な気配は、まるで戦場の死神のようであった。 やが十四機のAC部隊は前方に二重横列重体を形成し、約数十メートルの間合いを隔てて停止した。 そして最前衛の一機からオープンチャンネルで通信要請が入る。 なんと行儀のよいものだと胸中で頷き、先の一連の攻防に対する称賛も含めてラヴィは回線を接続した。 『何とも手際の良いものだな、レイヴン──?』 ひどく落ち着きのある、悪く言えば機械じみた声だった。 「エスタブリッシュメントにしては中々やるものだよ、お前達も……」 『野烏如きがそんな言葉を吐くとは……』 随分と賢しげな言葉をのたまうその側面から、前衛機に搭乗しているのだろう指揮官格のパイロットの気質を推し量ることができた。しかし、ラヴィの意識の方向は其処ではなく、パイロットの吐いたその言葉の意味に向いていた。 「──随分と古い身の上を語ってくれるのだな」 その要点のみを端的に表現した返答を聞き、発声音からまだ若年だと推測できる指揮官は素直に関心の声を上げる。 『全く、光栄な事だ。──貴君の様な死神と、こうして戦火を交える機会に恵まれたのだからな?』 ターミナルスフィアへ参入する以前のラヴィの記録を直接知る者は、すでに少ない。五年前に発生した兵器災害では多くの人類が死滅し、それ以前に関する戦場の記憶などは多くが保存文献などを残して人々の記憶から抹消されている。ラヴィがフリーランスのレイヴンとして戦場に在ったのはそれ以前の話であり、一連の交戦から此方の身元を割り出したとしても、それ以前の記録について知る者はなかなかいないはずだった。 その言葉に対しては返答を遣さず数秒の空白のみが過ぎると、再び指揮官格の男が言葉を紡ぐ。 『──とはいえ、此方にも規律は在る。速やかに武装解除し、投降するのであれば生命の保障は利くが?』 慇懃とは程遠い口調にラヴィは軽く口許を歪めた。投降するよりもなによりも、統一政府の精鋭部隊が何故この混乱に乗じてエデンⅣへの武力行使を仕掛けてきたのか、その事について軽い興味を抱いていた。 だが、それも先方が応えなければ無意味な話であり、またそういった類の問題はノウラのような人間が担うべき仕事に過ぎない。その分水嶺を理解していたが故に、ラヴィは、 『笑わせるなよ、──灼け堕ちろ』 それはラヴィからの明らかな宣戦布告。その言葉に応じて、横列隊形を取っていた敵性目標が同時に戦闘態勢へと移行する。戦術支援AIが既に整理出力してきていた敵性部隊の詳細情報は把握済みであった。 ──統一連邦政府標準規格のアーマードコア兵器。その機体性能については、長く戦場に居座り続けているラヴィにとっては特筆すべきものはなかった。 両手に操縦把を握り込み、ラヴィはかつて死神の眼と呼ばれたその双眸に獰猛な戦意を滲ませた。 AM07 55── * 手足が自分の物だと、夢に見る意識が自分の物だと、そう確信できた頃には五日が経っていた。 目を覚ました時に傍に立っていた、気崩した黒スーツを着こんでいたその男は言った。 『アンタは運が良い。また、戦場に戻れるんだからな……』 AM08 25── 『敵性目標、沈黙──。当該戦域の全敵性動体の沈黙を確認』 搭乗機体【シックフロント】搭載の戦術支援AIが、自らプログラム生成して設定した女性の合成音声を発して周囲戦況を更新する。 閉鎖型機械化都市商業区画──特にグローバルコーテックス支社周囲の戦域は強固な防衛戦線が展開され、ガロと同じく依頼を受けたかなりの数のレイヴンが作戦に投入されていた。その為に、彼我の兵力差で侵攻にかかってきていた旧世代兵器群を相手取りながらも、一機の戦力的消耗すらなく該当戦域の第二次制圧を完了した。だが、既に侵攻勢力の第三波が接近しており、周囲へ展開して散らばっていた友軍戦力が統合司令部の召集に応じて防衛戦域へと再び集う。 統合司令部によって構築されているデータリンクを通じ、友軍部隊の展開状況を確認。作戦遂行に当たって致命的な損傷を受けた機体はまだない。しかし、第三波を切り抜けた時、どの程度の戦力が残っているかを考えると其処はガロにとっても疑問だった。 商業区画該当戦域に投入されているAC機体は十機──今回の騒乱に参戦したAC戦力の半分近くに当たる。その十機中半数はグローバルコーテックス専属のレイヴンであり、彼らは恐らく作戦遂行不能になるまで戦闘行為を続行するだろ。だが、他はどうだろうかとガロは考えた。 他のAC戦力は閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】に駐留する独立勢力のモノであり、その大半は素性の知れない有象無象だ。何機かはエデンⅣで主催されているコーテックスアリーナでも見かける名だが、それでもアリーナ下位に過ぎない。 戦力を以下に温存して第三波を乗り切るか──それが次の戦闘の要諦になってくるだろうと見たてを立てたところで、ガロはようやく自身が最も素性の知れない類の人間だという事に気付いた。端から見れば自身も独立勢力の一レイヴンに過ぎない。 コンソールを叩いて機体状態を確認する傍ら、僅かに自嘲の笑みを浮かべた。 支社建築物群周囲の空域防衛網を飛行中の広域偵察機から転送されてくるレーダー情報をメインディスプレイに出力し、商業区画外の敵性目標の動向を戦術支援AIに収集させる。都市内部全域は無論の事、どうやら都市外部シェルター周辺でも戦闘行為が散発しているらしい。商業区画には第三波の後方に、第四波第五波の攻勢反応が展開しており、区画全域が動体反応で紅く染まっているといえる。 他の管理区画はそれ程でもないのかと思っていたが、興行区画の一点にのみ動体反応が異常な密度で集中している箇所があった。 「何だ此処は──」 その赤く染まった動体反応の渦中に一機、友軍機反応を捕捉する事ができた。どうやら敵性反応は全てその友軍機に向けて侵攻しているようであり、その異様な光景にガロは眉をひそめた。 まるで、その友軍機が興行区画の敵対勢力を全て引き寄せているように見える。 そう自分で言葉にしてみて、ようやくあり得ない話ではない可能性にガロは自分が言っている事に気付いた。 (まさか、生体CPUが其処に……) 出撃前にメインシステムへノウラから転送されてきたデータファイルの件に思考を巡らした。自身がラヴィを増援によこした先で、不明襲撃勢力と交戦していたアザミ──その傍に何故か居合わせていたのが、コーテックス帰属のランカーレイヴン・ソリテュードという男と、その存在を公式に確認されていない凍結資材の生体CPUだった。 ノウラはそれら幾つかの事案に関して安易な推察を述べはしなかったが、今回の騒乱について最悪の可能性を考えるならば、恐らく彼女でなくても、早かれ遅かれその事実関係に行き着くだろう。 コーテックスアリーナ施設からの脱出を図る際に旧世代兵器と接触したリサも、その事実関係について信憑性の在る報告をしてきていた。 ──旧世代兵器群をエデンⅣ失陥の混乱材料に、統一連邦内の不明勢力が武力行使を仕掛けてきた。 その目的が何であるか、アザミからの報告事項から鑑みれば予測するに難くない。 有機体戦術支援機構──生体CPUの簒奪── 何故この時期に、この規模を持ってなのか、それは迎撃勢力である此方側には現時点では知るべくもない。 ただ、この騒乱の鎮圧が失敗した時、どういった結末をエデンⅣが迎えるかについては想像力を働かせなくとも分かる。 第二種狭域索敵態勢で稼働中のレーダーが、外周経済区画へ侵入してきた侵攻勢力第三波の機影を捕捉する。統合司令部から速やかな排撃命令が通達され、ガロは戦術支援AIに指示してレーダー展開を第一種戦闘態勢へ移行させた。 侵攻勢力の純粋兵力は大隊規模から成る対機動兵器戦用個体のパルヴァライザー──単純な兵力比では第二波とは比べ物にならない増援である。 恐らく第三波防衛戦闘からが、この騒乱の本番といえるだろう。そうなれば、誰も無傷では済まされない。つまり、今回の統合司令部主導による防衛戦闘は最初から一定量の人的消耗を視野に入れたものであり、それをわずかにでも軽減する為にエデンⅣ全域から駐留勢力の素性を問わずAC戦力が招集された。 それであっても、この都市に押し寄せる数千以上の鋼鉄の波を押しとどめられるかどうかは今後の状況次第によるが…… 興行区画はセントラルタワーに異常集中している侵攻兵力の質量とその原因も憂慮すべき事実だが、それと比較して劣らない物量の旧世代兵器群が、コーテックス支社へ向けて商業区画を侵攻してくる。 騒乱鎮圧の失敗──其れは閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】を実質統治してきたグローバル・コーテックス支社の失陥、そして同時にエデンⅣという人類最後の庭園そのものの陥落をも意味する。 ──それが統一政府が最後に望む今回の騒乱の結末であり、すべてが灰に葬られる事で統一政府の事実関係も消え去ることになるだろう。そうまでして彼らを果断に踏み切らせたのが何なのか、ターミナルスフィアに長らく関与してきたガロにはある程度の推測が経っていたが、それを敢えて思考の海から追い落とした。 今は眼前に迫る死の影に向きあわねばならないのだ── 『敵性部隊第三波、前衛個体を捕捉しました』 戦術支援AIの報告に沿って視点を動かし、区画設備の緊急照明群によって照らし出された待機中の航空施設から滑走路の方を見やった。粉砕した設備防壁の瓦礫を踏み砕き、青白い眼光をカメラアイに湛えた極めて人型に近い群影が通常歩行で迫る。 『統合司令部より現場各機へ、現在商業区画第五避難ラインより一般市民の避難誘導を通常歩兵軍が展開中だ。地下シェルターへの避難が完了するまで、敵第三波の侵攻を食い止めろ』 その指令にレイヴンが各自返答を遣す。つまり、いくら戦力消耗を招こうともAC戦力は決して防衛ラインを割って退避する事は許されないことを意味している。 人型機動兵器:アーマードコアに乗って戦場に臨み始めてから、ガロは既に二〇余年が経つ。その中で経てきた戦場と今回は比ぶべくもない。遍く在る戦場の一類に過ぎない。死地に臨む事に慣れるとはどうしようもない話だが、ガロには最早他の道で生きる場所が残っていないことを自らが良く悟っていた。 だからこそ、それを良しとしなかったのであれば──かの財団から放逐された際にノウラの誘いに乗らず、戦場の一線から引退できたのだ。 とどのつまり、自分は戦場という世の最前線と果てに取り置かれたどうしようもない人間なのだ── 市街戦闘に当たって各レイヴンに、明確な戦術展開は通達されていない。だが、戦場を日頃の常とする人種であるからこそ彼らは、そういった事態にあっても最大限の戦果を発揮する事を求められるのだ。そして、失敗しない限りその要求にこたえるのが烏の名を持つ兵士達の特質だった。 搭載センサー群から得られた情報によると、敵性部隊の主武装は市街戦に適した実弾兵器群である。 搭乗する機体【シックフロント】は閉鎖環境下における射撃戦、特に前衛戦闘を主眼に置いており機体構造中外部装甲に優れている。搭載兵装──右腕のリニアライフルと左腕レーザーライフル、及び背部兵装のミサイルコンテナの使用状況を確認。継続戦闘に仔細なく、ガロは一瞬の逡巡もなく管制塔の影からシックフロントの機体を飛び出させた。 →Next… ⑦ コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/songsdata/pages/213.html
- predia(プレディア) 1:2011年1月26日「Dia Love」 pre-dia 2:2011年7月20日「Dream Of Love」 pre-dia 2:2011年7月20日「きみみたいに」 pre-dia 3:2011年11月23日「ハニーB」 pre-dia 3:2011年11月23日「HEY BOY」 pre-dia 4:2013年4月17日「Crazy Cat」predia」 pre-dia 5:2013年8月27日「Hey Now!!」 pre-dia 1:2014年8月6日「壊れた愛の果てに」predia 2:2014年12月17日「美しき孤独たち」predia
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/161.html
⑫*⑬*⑭ その直後、兵士が手を輸送車の方向へさし出す。それに従ってコーテックス士官に背を向けた時、傍に歩み寄ってきたらしい別の兵士が僅かにトーンを下げた声で言った。 「ナインボールの沈黙が確認されました──」 「了解。我々は所定通り、区境界部に防衛戦線を構築する」 そんな短いやりとりを最後に耳にし、ノエラは兵士のエスコートで着いた輸送車両へベランジェと共に乗り込んだ。車内には他の何処かで保護されたのだろう一般市民の先客が数人おり、場所を選んで何れからも離れた席にノエラは腰をおろした。それから間もなくして輸送車が発進し、微弱な震動が足元から伝わってくる。 胸元に仕舞い込んでいたディスクを抜き出し、それを手に包みこむ。 背中を壁に預けてぐったりとしたベランジェが、その様子を見ていた。 「本当に、ヤバいもの撮っちまったんだな……。大丈夫なのか?」 「わかんないわよ。ただ、此れはしばらく私が預からせてもらう。いいわよね?」 「好きにしろよ。ただ、下手はするなよ」 幸いにしてベランジェは、それほど自身の雇用先である社に対しての忠誠心が強い訳ではなかった。彼のその融通の良さが、ノエラが彼と長い付き合いである一助ともなっている。 ──ナインボールが沈黙? 破壊された? 誰に──ブリューナグと黄龍に? 確かに、最後に見た状況ではナインボールは既に致命打を受けていてあの後、ブリューナグが撃破したのだとしても何ら不自然ではない。 ノエラの投げかける疑問は、其処ではなかった。 先ほど襲いかかってきたパルヴァライザーの不可解な行動が、いまいち納得のできない謎としてノエラの脳裏に燻っていたのである。 あの様子は明らかに異常だった。もし何もなければ、ノエラとベランジェはあの時点で蜂の巣になっていてもおかしくなかったはずである。それに加え、ガンシップ部隊の攻撃をも無視してパルヴァライザーが脱兎の如く逃げ始めていた自分達を追いかけようとしていたのも疑問だった。 ナインボールが撃破されたのは、その前後数十秒以内だとして── そこまで考え、どう考えても現時点では憶測の域を出ない可能性に思考を巡らそうとしている事にノエラは気づいた。そのイタチごっこのような思考をシャットアウトし、ベランジェと同様に背中を壁に預ける。 誰かが明言した訳ではなかったが、ノエラはこの騒乱が間もなく終わるだろうという事を、何となく察していた。 複合ビルへ戻った後に待っている仕事の事を考えるのはとりあえずとして、ノエラは自身がようやく手に入れた手がかりであるディスクをポーチの中へ滑り込ませる。 やっと見つけたのだ── AM09 38── * AM09 32── 『左前脚部ニ焦熱性損害、機体損耗率15,5%ジョウショウ──』 光学兵器による最後の攻撃は左前脚部の外部装甲を削り取ったが、此方への損傷はそれのみだった。 自らが放った二発の大型榴弾によって破砕、応対機動をすら取れなくなった敵性動体の傍へバーンアウトを寄せる。何の因果か14機中最後まで残ったのは、二時間前に最後通牒を寄こしてきた部隊指揮官の機体であった。外部装甲は全て剥れ落ち、推力機構も損壊している敵性動体がバーンアウトの眼前に片膝をつき、それでも尚右腕部を持ち上げる。駆動系機構に異常があるのだろう右腕部は細かに振動し、携えた光学兵器の射出口が左右に忙しなく動いている。 レイヴンとして降伏の道を選ばず、最後まで抗戦の意を貫こうとするその姿に浅く息をつくと、ラヴィはバーンアウトの右腕部が搭載するグレネードライフルを持ち上げた。 が、自らが手を加える前に耐久限界を超えた敵性目標の右腕部が肘関節から粉砕し、その場に轟音を立てて落下する。大破しながらも辛うじて機能を保つカメラアイと視線が交錯、その時眼前の敵性目標から通信要請が発信され、ラヴィは戦術支援AIに、繋げ、と短く指示した。 『──老兵相手に、この様とは、笑い話にしかならんな……』 「その笑い話を聴く者は、おらんよ……」 ラヴィの切り返しに、通信先のレイヴンが乾いた笑い声をあげる。その後、ガスライターか何かを擦過させる音が回線を介して届いた。 『──20年程前に私は、アルベニスであるレイヴンを見た。単機で何十機もの機動兵器を撃破していったその様は、まるで戦場そのものの様で、ソイツの通った後は焼跡しか残っていなかった……』 20年程前──ラヴィはアルベニスという名の土地に記憶があった。ミラージュ社経済管轄区に隣接する統一連邦政府の領土である。その頃ミラージュ社は支配圏の拡大の為に世界各地で武力を行使していた。確か、アルベニスはその煽りを受け、当時統一連邦とミラージュ社の武力衝突の戦火に巻き込まれていた。 『私は、あのレイヴンのようになりたいと、願った。──どうやら、それは叶わないようだが』 空白の一時が流れ、 『──幻影が最後の相手になってくれた。まあ、そんな終わり方も悪くない』 その数秒後、膝をつきながら最後まで此方にカメラアイを向けていた機体が、自ら爆散した。吹き飛んだ機体の砕片と爆風がバーンアウトの外部装甲を叩く中、黒い噴煙を巻き上げながらその下の炎の中に姿を消した機体の名残りを見送る。 ──自爆、か。 彼らがこの騒乱から生還する手立ては、任務の成功を置いて他になかったのだろう。部隊章や製造番号などを一切削り落した所属不明機として戦闘に臨んだ以上、関連情報の漏洩は絶対に防がれねばならない。 自爆という道を選択した時点で、この騒乱に統一政府が何かしら公式に出来ない意図を持って介入してきたという可能性が濃厚となった。 その推移に関しては、ノウラが何かしら把握しているかもしれないだろう。 小さな爆発を何度も起こしながら炎の中に姿を消していく残骸を、メインディスプレイに映る有視界に見つめていた時、別の通信要請がバーンアウトに入る。 『此方ターミナルスフィア、統合司令部です。──聞こえますか?』 「──此方【バーンアウト】、聞こえるぞ」 その言草から察するに、先ほどから何度か通信要請を試みていたようだ。先ほどの機体の自爆に伴って、広域に渡って展開されていたECM環境が解除されたのだろう。此方が所属不明部隊と交戦していた間の時間推移については、辛うじて把握していたらしく、 『当該戦域での戦闘は既に始まっています。急ぎ向かってください』 「了解。此れより、当該戦域へ急行する──」 統合司令部付の通信技官からの指示を受け、ラヴィは轟々と炎を吹き上げながら消えゆく残骸を残し、バーンアウトを依頼現場である当該戦域へと急行させた。 「中々、つまらんものだよ……」 AM09 35── * AM09;34── ジェリーは圧倒的だった── もしも戦場で敵として相見える事があるなら、自分は互角に戦えるだろうかという疑問すら脳裏を過る。遥か前方へ突出し、ほぼ単機で前衛戦闘を展開するジェリーの姿を見て、ヴァネッサはそう考えた。彼は生命の安全がある程度保障されている人為的な戦場──アリーナプログラムでも非常に優秀である事を、内外に知らしめている。 しかし、一切の生命の保障が効かない戦場に解き放たれた彼は、それ以上のものだった。 攻撃性に突出した戦術スタイルは変わらないが、人が生きる場所としてある種極限状態の戦場の中に身を置く彼は、其処こそが自身の本来のいるべき場所であると顕示するように、より苛烈な戦闘行為を展開する。 彼は本当に、兵士として望まれる全てを備えた者なのだ── ジェリーの戦闘機動に呼応し、ヴァネッサはラピッドタイドが持てる限りの搭載武装で自身の役目を果たす。自分ではどうにもならなかった軽量二脚型のパルヴァライザーとジェリーが戦火を交える。至近距離での乱戦の様相を呈した戦域の中、ヴァネッサは他の旧世代兵器群を相手に立ち回っていた。 崩落した幹線道路の先に重バリケードを構築した防衛部隊が攻撃掩護を行い、頭上を地対地ミサイルの群列が通り過ぎていく。 防衛戦闘は苛烈さを極め、ラピッドタイドは補給部隊による弾薬供給を受けられる状況になく、弾薬数はその大半を消費していた。 前方右舷から突進を仕掛けてきた旧世代兵器を捕捉──背部リニアキャノンを使って頭部を粉砕、背後に続いていた二次目標に致命打を喰らわせる。 周囲に展開する旧世代兵器群の位置情報を常時戦術支援AIに把握させ、常に弾薬消費の効率性を意識しなければあっという間に弾薬が底をついてしまう。 そうなれば、私は唯の彼のお荷物だ── それだけはまっぴら御免だった。 致命打を受けてその場に崩れた二次目標の旧世代兵器を、ラピッドタイドの外部装甲で強引に弾き飛ばす。 激しく流動する有視界の中、パルヴァライザーと交戦するジェリーの機体【ブルーマーレ】の後背に別の旧世代兵器が忍び寄り、ヴァネッサはリニアキャノンの砲弾をそいつへ向けて撃ち放った。コア部を側面から撃ち抜かれた敵性動体がそのまま吹き飛び、幹線道路の縁を乗り越えて落下していく。 『すまない、ヴァネッサ──!』 オープン状態の回線を通じてジェリーが叫び、直後彼は薙ぎ払ったレーザーブレードの刀身で交戦中のパルヴァライザーの左腕を斬り飛ばした。続けて至近距離から撃ちこんだ短機関砲の弾幕が背部グレネードキャノンの砲身を叩き折り、たまらずパルヴァライザーがその場から緊急離脱する。 両者の間に数十メートルの間合いが生まれ、すぐ傍のブルーマーレがオーバードブーストシステムを起動して追撃しようとした直後、ヴァネッサは戦域の明らかな変化に気付いた。 グレネードライフルの砲身を向けていた旧世代兵器が不意に戦闘機動を停止したかと思うと、周囲に展開していた他の旧世代兵器群もほぼ同時に一切の動きを止めたのだ。 その異変に気付いたジェリーもオーバードブーストによる強襲機動を中断、ブルーマーレの機体を路上に停止させた。 『……一体どういう事だ?』 ジェリーのその困惑は、ヴァネッサも同様だった。 此処まで一切の手を緩めず侵攻を継続してきていた旧世代兵器群が数機のみならず、すべてその戦闘行為を停止している。その奇怪な光景に、ヴァネッサを含め小首を傾げた。 指揮系統を失ったかのように沈黙を続ける旧世代兵器群は、各々のカメラアイを不規則に明滅させている。 その自分の思考に改めて気づき、ヴァネッサは考えた。 侵略勢力の指揮系統が、何所かで破られた──? ジェリーが交戦していた対AC特化型のパルヴァライザーも機動を停止しており、その事からその機体も戦闘指揮を受ける尖兵でしかないという事が分かる。 ヴァネッサは思ったことを、素直に口にした。 「誰かが、頭を潰したの──?」 『かもしれない。でも、旧世代兵器に、頭があったなんて初耳だぞ?』 世界情勢を席巻する従来の旧世代兵器群には、本来ならば頭と呼べる指揮系統は存在しない。逆に言えば、すべての主だった旧世代兵器群が指揮系統であるとも考えられるが。 それこそ、旧世代兵器それぞれの製造元である兵器プラントをはじめ、旧世代遺跡の設備機能を完全に破壊でもしない限り、彼らが今の現状のように停止する事などは一切あり得ない。 もし可能性があるならば、そう言う事になるのだろうが。 ──エデンⅣが騒乱に見舞われてからまだ二時間程度しか経過していない。その時間推移を鑑みると、どうしてもその可能性を信じる気にはなれない。エデンⅣ圏内に旧世代遺跡なんて代物があったのなら話は別だが。 真相は何であるにせよこの事態を逃すはずはなく、重バリケードの先の防衛部隊が地対地ミサイルを連続射出し、放物線を描いたその群列がそれぞれ捕捉した標的に向けて着弾していく。 先ほどとは違いあっけないほどに旧世代兵器群が撃破されていく中、ジェリーが交戦していたパルヴァライザーの頭上に数基の地対地ミサイルが急速降下していく。 それは安堵か、あるいは慢心だったのか── 何れにしろ、次の一瞬にヴァネッサは反応を遅らせた。 パルヴァライザーのカメラアイが一際強く発光したかと思うと、予備動作を省略してブースタ機構から最大出力の噴射炎を吐き出した。数十メートルの間合いを一瞬で詰み切り、ヴァネッサは予備態勢で提げていた右腕部を跳ね上げる。しかし、その前にパルヴァライザーの構えた短機関砲の砲口がラピッドタイドのコア部を捉える。 他の旧世代兵器群を撃破され、此れ以上の進行は無理だと判断したのだろう。せめてもの道連れに、難敵であるブルーマーレよりも与し易いラピッドタイドを選択したのだ。 ──やられる 理性の外側で覚悟し迫りくる絶望に目を見開いた時、ラピッドタイドの真正面へブルーマーレが飛び込んできた。凄まじい突進推力で突っ込んできたパルヴァライザーとブルーマーレが衝突し、その衝撃で双方の機体片が吹き飛ぶ。しかしブルーマーレはその衝撃を受けて弾き飛ばされる刹那、メインノズルから噴射炎を吐き出して強引に上昇した。ブルーマーレの機体を巻き込んだパルヴァライザーが後方へ過ぎ、接触による僅かな衝撃がラピッドタイドを揺らす。サブカメラに映る後背の様子を出力しつつ、ヴァネッサは急いでラピッドタイドを180度転回させる。 ブルーマーレとパルヴァライザーが零距離で絡み合い、同時に撃ち放った短機関砲の弾幕が両者の外部装甲を削り飛ばす。互いの搭載兵装の性質差がその時顕在化し、瞬間的な集弾量に勝ったパルヴァライザーの弾幕がブルーマーレのコア部を破壊、誰から見ても分かるように撃ち貫いた。 「ジェリー……!」 ブルーマーレのカメラアイが歪に明滅し、しかし機体制御を失う寸前にパルヴァライザーの頭部を鷲掴み、そのまま短機関砲の砲口を押し付けて吹き飛ばした。制御機能を失ったパルヴァライザーが唐突に停止し、その間際にブルーマーレは辛うじてブースタを吹かし離脱した。 機能停止したパルヴァライザーが幹線道路の断崖から落下し、その下に広がる闇の深遠へと埋没していく。ブルーマーレが慣性のままに断崖ギリギリで着地、機体を停止させた。 致命的な被弾を受けた外部装甲は無残に焼け焦げ、その様相からブルーマーレがそうして立っている事すらヴァネッサには驚愕であった。 『間一髪ってヤツ、だな……』 「ありがとう──……、ジェリー?」 気遣う彼の台詞に何かしらの違和感を感じたヴァネッサは、彼の名を呼ぶ。接続状態の回線から、弱々しく咳き込むジェリーの呻き声が届いた。 「怪我をしたのねっ? 救援をすぐに呼ぶわ……!」 戦術支援AIに指示して増援部隊に救援要請を行おうとした時、有視界に映るブルーマーレの機体が大きく傾しぎ始めた。その先には何もなく、ただ先ほどパルヴァライザーが落下していった闇の深遠が口を広げている。 そんな── 『折角、此処まで来たのになあ・……。ヴァネッサ、すまなかった……』 彼は既に自身が辿りつく末路を受けて入れているかのような穏やかな口調で言う。搭乗者の機体制御を受けないブルーマーレの機体が慣性のままに空中へ投げ出され、不意にラピッドタイドのカメラアイが映し出す有視界の中から姿を消した。 「ジェリー……!」 ヴァネッサのその叫びに対する答えはなく、数秒後接続状態に在ったブルーマーレとの回線が不意に切断された。搭載センサー群が断崖下層部からの爆発音を捉え、その詳細情報をディスプレイに出力している。 第一種狭域索敵態勢のレーダーに、敵性動体反応は見当たらない。ヴァネッサはコンソールを素早く叩いてハッチの開放プロトコルを完結した。 その時、統合司令部から通信掩護を行っていたリサが、 『馬鹿な真似は寄せ、ヴァネッサ──!』 彼女のその制止も聞かずヴァネッサは開放されたハッチからコクピットを飛び出し、ラピッドタイドの機体を伝って路上へ飛び降りた。巨大な空薬莢が転がる路面を走り、ブルーマーレが姿を消した断崖の縁から遥か下層部をのぞく。 小さな、ごく小さな光が闇の深遠の底に在った。それを見咎め、ヴァネッサは唇を堅く引き結ぶ。 互いに同じレイヴンを目指し、そしてそれを叶えた間柄──レイヴンとして戦場に望む以上、何時か、どこかで、どちらかが命を落とすかもしれないという事などは覚悟していた可能性に過ぎない。 ただ、それでもこんな結末は──。 「早すぎるよ、こんなの──……」 遥か下層へ落下したブルーマーレの残骸が起こす炎上の光を視界に収め、ヴァネッサは眼頭が熱くなるのをぎゅっと堪え、そして終ぞ涙を流すことはしなかった。 対岸の重バリケードから増援部隊の機動兵器群がブースタ推力を用いてヴァネッサの頭上を通り過ぎ、先ほどまで熾烈な防衛戦闘が行われていた幹線道路へ降り立つ。増援部隊が速やかに反転攻撃を開始し、ヴァネッサは崩れそうになる膝を必死に保ち、その場から踵を返す。 今は、耐えろ── ラピッドタイドの機体外部タラップをよじ登り、開放状態のハッチから再びコクピット内へ身体を滑り込ませる。開閉プロトコルを完結してハッチを閉鎖、ラピッドタイドの機体を前線砲口へ転回する。 「ごめん、リサ──」 『……安易な行動は、速やかな死を招くぞ。──すぐに応対機動を開始しろ』 酷薄とも取れるリサのその冷徹な言葉が、今のヴァネッサには非常に有り難かった。 今は騒乱の真っ只中なのだ。彼女の言う通りだった。 AM09 38── ──2時間後、当該戦域における第一種戦域制圧を完結。 ──約6時間後の午後3時34分、エデンⅣ圏内における都市防衛戦闘、収束。 * ─── EpilogueⅠ ─── AM10;05── 『──えるか? 此方はGCNのエクトル・アレギ、現在商業区画第43外周隔壁にいる。……どうやって回線を維持してるだって?……横にいる焼死体の無線を借りてんだよ。でなきゃイサーク、後方付のテメェの所まで無線届かねえだろうが。 こっちは酷い有様だぜ、逃げ遅れてりゃ今頃俺も瓦礫の下で蒸し焼きになってる所だった。──ああ、第43外周隔壁の生存者はなしだ。俺のジープもやられたんで、今徒歩で地下からそっちへ向かってる。彼此小一時間、無傷で生き延びてる自分が奇跡みたいだ──て、何だよ?……──統合防衛軍が戦線を展開? 嘘だろ、どうやってあの状況から盛り返したってんだ。──まあ、それが本当なら今の俺はかなりツイてるって事になる。──無線は此処までだ、そろそろ通信技術部のハイエナに嗅ぎ付けられるだろからな。其方へは50分後に合流する事になる、迎えを宜しく頼むぜ──』 AM11;45── 『──地上戦力の陸戦MT部隊が突進していきます! 現在商業区画第22区では第四種制圧戦闘が進行中であり、逃げ場を失いつつある侵攻勢力が隔壁部へ追い詰められているようです。アレは──戦術空爆部隊です、たった今、上空をグローバルコーテックス陸軍の戦術空爆部隊が縦断しました!どうやら此処で徹底的に敵戦力を削ぐようです──』 PM13;03── 『此方興行区画──逃げ場を完全に失った旧世代兵器群が、戦線を確立した防衛部隊に対して無意味な突進攻撃を繰り返しています。──あ、また三機、敵戦力が攻囲網へ攻撃を仕掛けたようです──が、やはり防衛部隊の応対射撃に撃破されました。既に友軍の増援部隊も多数合流しており、このまま戦況が進めば戦闘の収束は間もなくであると予測されます──』 PM14;58── 『──どうやら、最後の敵戦力が防衛部隊によって排除された模様です。心なしか、現場の緊張した空気も和らいでいるようです。後続の増援部隊が此れから制圧戦域へ進入、広域哨戒作戦へ移行する見通しです──』 PM16;21── 『此方興行区画第5避難施設前、エレナ・ベルティです。現在第5避難施設には約二万人の市民が戦火を逃れ、地下に身を隠しています。現在、統合防衛軍の救援及び工作部隊によって最低限の都市機能の復興が急がれていますが、現在の所電力供給が再開される見通しは立っていません──』 PM18;37── 『アレをご覧下さい──! 此処は自然森林区第87エリアです。先に行われた激しい戦闘の飛び火が保護森林地帯へ燃え移り、約10時間が経過した現在も尚拡大延焼を続けています。この10時間で喪失した森林面積は、推定で七平方キロ―メートルに及ぶものとされ、複数ヶ所で延焼を続ける火災に復興部隊の消火活動も難航を余儀なくされています。保護森林地帯には絶滅危惧第一種に分類される動植物が多数生息しており、今回の大規模火災による天然保護資財の損失額は天文学的数値に及ぶものと──』 PM19;11── 『──酷いスモッグです。防衛戦闘の渦中に曝された科学薬品工場の出荷が貯蔵薬品を焼いており、付近一帯に有害性煙霧が拡大しています。同区画には兵器製造工場なども林立しており、引火等によって断続的な爆発音が区画一帯に響いています。また、主要製鉄工場の溶鉱炉の融解により漏出した溶鉱によって火災が発生、大規模な都市火災が各所で拡大している模様──』 PM22;03── 『グローバルコーテックス統合司令部の公報事務官が午後2215分より、此処メディアセンターホールで記者会見を行う予定です。恐らく、第一種非常事態宣言の解除が主な内容と推測され、これによってエデンⅣの治安機能は一通り正常化するものと見られますが、都市機能の復興活動は今だ難航しており、此れからグローバルコーテックスの復興手腕が試される事になりそうです──。またグローバルコーテックス本社は今回の一連に関して具体的な復興支援策の提案を避けており──』 * ─── EpilogueⅡ─── ──【エデンⅣ騒乱】収束から約11時間後 AM02 45── 嘗ては母星とも呼ばれた地球を、其処から望む事が出来た。技術的栄華を極めた人類の遺した、希望の残滓。それが今、現代に生きる我々の眼に見えている事が、かつての人類が分水嶺を遥かに超越した技術を有していた何よりの証左となっている。 広大──無尽とも言える暗い深遠の海、嘗て母星と呼ばれた"地球"の姿を望む事の出来る仮想空間内に、25人の賢者達と、ノウラは一同に介していた。 招聘日時の規定時刻まで数分余り──最初に記録出力された位置座標から一切動かず、ノウラは時間がやって来るのを、唯寡黙を通して待っていた。他の賢人達も同様か、其々が言葉を交わすような姿はなく、位置座標に記録出力した来賓椅子に腰かけている。 素性を知らぬ者同士ではないはずだが、この致命的とも言える沈黙の重さが、この仮想空間に集まっている者達が後に直面する現実の重大さを物語っている。ノウラは、そう確信を持って解釈している。 肘掛を用いての頬杖を保ったまま、傍らに立つ専属書記官──メイヴィスの方へ僅かに視線を傾ける。意識せねば瞬く間に周囲の闇に溶け込みそうな黒い彩色のスーツを着込む彼女も同様、初期の位置座標から一歩足りとも足を動かしてはいない。しかし、眼前に展開している多数の投射型ディスプレイに更新出力され続ける情報群に彼女は視線を走らせていた。その作業の傍らノウラの思わしげな視線に気づいたメイヴィスが、同じくノウラの眼前に出力している投射型ディスプレイにメッセージを送信する。 ──自律性有害因子第一類及び第五類、捕捉 その規定報告を戻した視線の先のディスプレイの中に確認し、ノウラは特段動きを見せる事もなく視線を適当な方向へ投げた。目まぐるしく出力展開するディスプレイ映像に気づく者は二人の他に居らず、ただ明確な意図もなく動静を見守る賢人達の視線が仮想空間内を行き交っている。 高度に暗号化した配列信号に加え、空間構造を構築している先方へ直接欺瞞プログラムを随時打ち込んでいる為に、メイヴィスとノウラの眼前の視覚情報群は完全に透過状態に在り、それを感知できる者がいるはずもない。 ただ、その沙汰の外とも言える所業を顔色一つ変えずに遣り遂せる専属書記官のメイヴィスへの意図として、ノウラは小さく息をついた。 直後、向って対面の位置座標に目視情報が出力構築され、数秒後其処には来賓椅子に腰かけた高齢の老人の出力構造体が現れた。 それまで洞察紛いの視線を交わしていた賢人達の視線が、一斉にその老人の方へ向けられる。老人の身体は老木の枝木のように酷く瘦せ細っており、生命維持用のチューブ類が身体の各部に刺し込まれている。 しかし、落ち窪んだ眼窩に収まる薄灰色の双眸は頑健な意思を湛え、些かの衰えも知らぬ程に鋭利であった。 重鎮達が一同に介する仮想空間内の空気が瞬時に破裂しそうな程の緊迫感に包まれ、それまで曲りなりにも若干の余裕を含ませていた賢人達の表情が一様に切り替わる。 仮想空間内へ出現したその老人は緩慢な動きで周囲を見回し、一瞥した後改めて対面の来賓椅子に腰かけるノウラと視線を交わした。 老獪と呼べる境地など遥かな昔に踏み越えてきた老人と視線を交える中、ノウラは表情の一切を変えず唯、悪寒を催す程の圧迫感を受け流す。暫く、といっても数秒程の交錯が過ぎ、やがて老人が最初に切り出した。 「──話を、訊こう」 衰えた身体と同じく、酷く皺枯れた声音。しかし双眸に宿るものと同様、頑健な意思が其処に介在している事を、この場にいる誰もが直感的に理解していた。 そして老人の発したその言葉が何処に向けられたものなのか、選任安全保障理事会議事堂に招聘された重鎮──統一連邦政府の賢人達は周囲を確かめずとも、理解している。 ノウラは頬杖を解き、組んでいた足の上に手を置く。そして、選任安全保障理事会議長、つまり統一連邦政府の頂点に立つ権力者である老人の言葉に、返答の為の口を開いた。 「──貴君等に、弁明は請わない」 その言葉こそ、最初に在りき。 統一連邦が十数時間前に起こした件──その一連の詳細について、核心を知るであろう者達から情報の提供を求める必要性は、此方にはないという意思表示。 ノウラは短く簡潔に、しかし、此れ以上ない冷徹な宣告をした。 →Next… ⑭ コメントフォーム 名前 コメント