約 2,067,572 件
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/78.html
第十一話*②*③ コーテックスの社有ガレージは本社施設の地下に備え付けられている。 地下に張り巡らせられたリニアなどの交通機関を利用しやすくするためだ。 もっとも、これは一般的な貸ガレージにも言えることである。 スワローはガレージの入口に取り付けてあるセキュリティーにIDカードを滑らせ、十六桁にも及ぶ暗証コードを空で打ち込む。最後に指紋と虹彩認証をパスすると、やっとドアロックが解除された。 ガレージに足を踏み入れると、赤外線センサーで人の入室を感知した照明が、自動でガレージ内を照らし出した。 只広いガレージ内には三機のACが立ち並んでいる。 一つは【ARROWS】――コーテックスの試作ネクストだ。 近日中に行われる換装作業のためか擬装装甲が外されており、専用の武器もこの間のクレスト新型戦で破壊されたため、ハードポイントには何も取り付けられていない。 ディタは使用禁止と言ったが、これで出撃は実際問題不可能だ。 もう一つは擬装装甲が施された【ARROWS】と全く同じ外見のAC。 スワローはこれを指して【アロウズ】と呼ぶ。 フレームに内部パーツや武装に至るまで全て企業の既製品で構成された、正真正銘紛れもない普通の機体だ。 本来、何らかの理由により【ARROWS】が使えない場合はこの機体を使う。 だが現在は、熱暴走を起こしかけていた【ARROWS】のコンデンサー改修のため、ジェネレーターが外され動力源が無い状態だった。 すぐに体を悪くするじゃじゃ馬な妹のために、身を粉にして働く姉のようだ。 そしてもう一つ、ブルーシートが掛けられた機体がガレージの最奥にあった。 コーテックス社がスワローに貸し与えたカスタムメイドAC――コーテックス強襲型type-A、機体コード【ベルフェゴル】――かつてスワローが使い、数え切れない戦果をもたらした機体だ。 シートを固定していたワイヤーを外すと、その全貌が曝し出される。 墨地に紅の迷彩が特徴的な中量二脚。 武装も封印した当時のままだった。 「お前をまた使うのは御免だったがな、そうも言っていられなくなった」 スワローは鋼鉄の巨人を見上げながら一人ごちた。 広大とも言えるガレージには、簡単な医療器機が置かれたメディカルルームと、機体の詳細表示やアセンブリが一括して行えるコントロールルームが併設されている。 スワローが【ベルフェゴル】を起動させるためコントロールルームに向かうと、ポケットの携帯用通信端末が鳴った。おそらくライラからだろう。 折り畳み式の端末を開けディスプレイを見ると、案の定ライラからだった。 「やあライラ、どうしたんだい」 『おはようございます。そろそろ作戦時間ですので、そのご連絡を』 コントロールルームのスツールに腰掛け、コンソールを操作し機体の詳細を表示させる。片手は端末を耳に宛てがったままだ。 『二時間後にレイヴン試験担当官として出撃です。機体チェックは宜しいですか?』 「ああ、今している所だよ」 先日の依頼(報酬は何故かきっちり振り込まれていたのであれでも依頼となる)から、ライラのスワローに対する呼び方が〈レイヴン〉から《スワロー》に変わっていた。 彼女もそれなりにスワローの力量を認めたようである。 「チェックと装備の換装に一時間程掛かりそうだ。終わり次第こちらから連絡するよ」 『もう……。余り時間に余裕はありませんからね?時間厳守でお願いしますよ』 やはり釘を刺された。確実に自業自得だったが。 コンソールパネルを操作し、外部から【ベルフェゴル】のOSを起動させる。 ラフと名付けられた機体AIが自己診断プログラムを走らせ、スワローの手元に己のスペックを事細かに表示させていく。 「分かってる、時間には必ず間に合わせる」 『しっかりお願いしますよ、貴方は試験官なのですから。それでは失礼します』 そう言って通信は切れた。最後まで念を押されっぱなしだ。 端末をポケットに戻しながら苦笑した。 やれやれ、と呟きながら自分の仕事に向かう。 確かに時間が押していた。 機体のデータチェック――完了。 機体各部――オールグリーン。 弾薬――不備無し。 問題は無い。完璧だ。 次に装備の変更に取り掛かった。 今回の仕事は直接スワローが戦闘するわけではない。あくまでも新人の力量を見定めるのが目的だ。 主兵装である右手の重マシンガンに変更は無し。 左肩部のマルチミサイルとエクステンションを外し、高性能レーダーを積む。 更に左手のバーストハンドガンをショットガンに変えて重量の安定を図る。 最後に右肩部のレーザーキャノンを軽量型グレネードキャノンに変えれば完了だ。 この作業は全てオートメーションで行われる。そのため、この大幅な装備変更も十五分程度で完了した。 ACの最大の長所である優れた互換性と汎用性は、こういった所にも支えられている。 時計を確認すると、作戦開始までは一時間半もある。 身支度する時間も充分にあった。 スワローはコントロールルームを出ると、メディカルルームに向かった。 メディカルルームには簡単なロッカーが置いてあり、彼はいつもそこでパイロットスーツに着替えていた。 メディカルルームを足早に横断し、ロッカーに辿り着く。 ロッカーを開け、上着のコートを几帳面にハンガーに掛け仕舞う。 ブラウンのウールセーターと白いコットンのシャツ、さらにベージュのスラックスも同様に仕舞い、インナーだけの姿になった。 齢五十を過ぎているとは思えない程に若々しく張りのある肌――。 これも二十年前に受けた強化手術の副産物だった。 人体の老いを司るテロメアに異常を来し、通常減るだけのテロメアを体内で合成供給するようになったのである。 しかし、投薬手術の副作用によりホルモンバランスが崩れ、朝目が覚めてみれば乳房が出ていることもあった。 それら全てが彼の背負った業であり、超人となった代償なのだ。 スワローは医療器機のキャリーからハイジェッター(無針注射器)を取り出して具合を確かめる。――問題無い。 次に薬棚を見渡し、NSAID系鎮痛剤とベンゾジアゼピン系トランキライザーの薬瓶を取り出した。 どちらも出撃前には必ず服用しなければならない、彼の身体に対する枷だ。 慣れた手付きでハイジェッターに薬液を充填し、左肘の裏側辺りの皮膚へ注射口を押し付け一息に注入する。 圧縮空気の軽い音が響き、注入された薬液が浸透していくのを実感する。 「ふぅ――」 完治したとは言え、まだ若干感じていた肌の引きつりや掻痒感などが引いていく。 コンディションもこれで万全。後は出撃するだけである。 薬棚に瓶を片付けると、ロッカーからパイロットスーツを取り出し袖を通す。 空色のスーツを身に纏うと、意識に一筋の線が通るのを感じる。それは弓に張った弦と良く似ていた。 「さて、行くか――」 弓に張る弦の如く、意識を極限まで研ぎ澄ます。 己を唯一の猛禽とするために――。 【ベルフェゴル】のタラップを上り、身体をコックピットに滑り込ませる。 開閉レバーを閉め、シートに身を沈ませると、体がその身に馴染んだ行動を無意識の内にトレースする。 計器類のスイッチを全て入れ、半分眠っていた機体AIを叩き起こす。 外部操作によりスリープモードで待機していた【ベルフェゴル】が、本格的に眼を醒ました。 【メインシステム――通常モード、起動】 無機質な男性の機械音声がコックピット内に響く。 その声を聞いた瞬間に、心の奥底に沈んでいた過去が、死霊の如く襲って来た。 かつては手足の様に駆使し、幾度となく死線を潜り抜けてきたこの機体。 栄光と羨望に彩られた記憶の中に深く食い込んだ、大切な人を失った悲愴の痛み。 助けられなかった自分の無力感。 その全てを噛み締め、咀嚼し、顔を上げた。 「フラーネ――ボクはもう一度飛ぶ。そして君との約束を守ってみせる」 過去から目を背けるのは終わり。 過去に捕らわれるのも終わり。 過去を受け止め、未来を見据えた燕は決意を新たに飛翔する。 思い耽るのを止め、ライラに連絡を入れるために通信回線を開く。 試験開始の時間まで一時間十五分ほどだ。 二回のコール音の後、オンラインを示す緑色のサインランプがメインモニターの左下に点り、【voice only】の表示が出る。 「ボクだ。こちらの準備は完了した。いつでも出撃出来る」 『了解しました。作戦の詳細確認を開始します』 ライラの返答と共に、メインモニターに一人の青年の顔写真が映し出される。 『受験者の名前はグレイ・ジェファーソン。試験依頼の内容はポイントN66-183―鉱山都市パースに居座る不法占拠者の排除。依頼者のミラージュ社からは【投降を認めず、殲滅を以て達成とする】との通達です』 ポイントN66-183を含む北方の領域では、資源採掘のためにパースのような鉱山都市が数多く存在するが、パースは採掘状況が思わしくなく、既に廃棄が決定されている都市である。 しかし、労働者にとって採掘業は生活を支える大事な収入源であり、生きるためには枯れた鉱山だとしても掘り続けなければならない。 恐らくは解雇されたことに対する抗議なのであろう。 抗議行動を続けることで、もう一度働き口をせしめようといった魂胆か。 だがミラージュは冷静で、労働者達が思うより冷酷だった。 『不法占拠者の戦力ですが、工作用機械を改造した程度のものです。はっきり言ってAC戦力を投入する程の相手ではありません』 それも当然である。 新人試験用に特別に回して貰った依頼だ。 本来ならばMTで妥当なレベルであり、歩兵でも十分達成可能な依頼だった。 「それでボクは何をしていればいいのかな」 詳細を聞けば聞くほど簡単な内容だ。 自分がすべきことなど何も無いように思えた。 『特に何も――と、言いたい所ですが、万が一にも受験者が逃亡しないように監視していて下さい』 「りょーかいりょーかい」 流石に軽すぎるスワローの態度が気になったのか、ライラが念を押してきた。 『……本当に理解していますか?グレイ・ジェファーソンが逃亡したならば、その始末まで請け負うのが貴方の今回の仕事です』 「分かっているさ、勿論ね」 『それなら結構です』 人を殺すことに慣れていない者は、往々にしてその状況下に置かれた場合、恐慌状態に陥る。 コーテックスにも敵前逃亡の前例が無い訳ではなかった。 明確な弱者は必要ない。それが世界の選択である。 『以上で作戦の詳細確認を終了します。移動は戦術輸送ヘリで行いますので、地下リニアモールからエアポートに向かって下さい』 運搬用地下通路とガレージを隔てる隔壁が開く。 「了解した。こちらスワロー、――【ベルフェゴル】、出撃する」 二、三回フットペダルの感触を確かめると、一気に踏み込み、加速した。 大推力のブースターが機体を華麗に弾き出す。筈だったが、 「…ぅおっと!?」 勢い勇んで飛び出したはいいものの、バランスを崩して壁に激突しそうになった。 なった、というよりは、右肩部装甲が壁を擦り、盛大に火花を散らしている。 慌ててブレーキを掛け減速しようとすると、逆にブレーキが掛かり過ぎてつんのめりそうになった。 「おぅぁ!?」 危うく転倒しそうになったが、ブースターのベクトルを上に向け、ショートジャンプすることで回避した。 だが、低い天井の通用路内だったため、頭部パーツが天井に激突してしまう。 狭い通用路内に鈍い音が響き渡った。 【AP99%に低下】 すかさず機体AIが絶妙なタイミングで要らない報告を入れてくる。 スワローは、このAIに対して殺意が湧くのを確かに感じた。 『どうかしましたか?まさか敵?』 「き、キサラギの生体兵器が潜り込んでいたんだよッ。もうだいじょうぶ、大丈夫だ」 ライラが怪訝に聞いてくるが、まさか素直に『コケそうになって頭をぶつけた』とは口が裂けても言えない。顔を真っ赤にしながら咄嗟に嘘をついた。 濡れ衣を着せられたキサラギにとってはいい迷惑である。 『〈エデンⅣ〉が襲撃された事といい、最近はコロニー都市と言えど油断出来ませんね……。警備局に警戒レベルを上げるように打診しておきましょう』 「そ、そうだね…。あ、あははは……」 自分の操作ミスにより、これからまた一段と仕事が増える警備局に心の中で頭を下げながら、スワローは機体の操縦に修正を加えていた。 (すっかり忘れてたな…。コイツ、馬鹿みたいにじゃじゃ馬だったっけ) 【ベルフェゴル】の操作性は、安定性など度外視のピーキーさである。 初めて乗った時など、設計したアーキテクトをぶん殴ってやろうかと思った程だ。 胸中で悪態をつきながら、エアポートに繋がる運搬用貨物リフトに機体を乗せる。 上に到着すれば、そこはもうエアポートだ。 (やれやれ…。通信が音声のみで助かったな) 今の無様な醜態をライラに見咎められたのならば、どんな説教が飛んでくるか分かったものではない。 スワローは胸を撫で下ろすと、リフトの昇降キーを押し込んだ。 コーテックス社のエアポートはそれ程規模の大きなものではない。 辺りを見渡すと、目当ての輸送機はすぐに見つかった。 機体ハンガーにACを繋留したクランウェルが一機、発進を今か今かと待ち望んでいた。 スワローは輸送機下に機体を移動させ、ハーネスでしっかりと機体を固定する。 輸送機のパイロットにはライラからゴーサインが出だのだろう。 【ベルフェゴル】の搭載を確認すると、クランウェルは鉱山都市パースに向け飛び立った。 二機のACを載せたクランウェルが、雲海の上を滑るように飛ぶ。 地表の様子は雲に遮られ良く見えない。 気象情報によれば、パース一帯は雨模様らしい。 『パース到着まで四十五分程です』 「そうか、分かった」 スワローが一眠りでもするかと、シートをリクライニングしようとした時、通信が入った。 発信者は同乗のAC――つまりグレイ・ジェファーソンからだった。 パネルを操作し、回線を繋ぐと、先程ブリーフィングで見た青年の顔がメインモニターに映し出される。 『はじめまして、グレイ・ジェファーソンと申します。スワローさんですよね?お会いできて光栄です!』 こうして声を聞くと、利発で明るい性格なのだと分かる。 人懐っこい外見と相まって、自然と良い印象を受けた。 「こちらこそグレイ・ジェファーソン。君の試験を担当するスワローだ。ボクのことを知っている口振りだけど?」 ここ数年は表立って動いた事は無い。 グレイがスワローを知り得る様な事は無いはずなのだが。 『はい!兵器災害の被害が広がり始めた時、俺が家族と一緒に住んでいた街が特攻兵器に襲われたんです。でも、たまたま近くを哨戒中だったACが特攻兵器から街を守ってくれて……。それでその時街の近くに来ているレイヴンを調べて、貴方の名前を知ったんです』 そんな事もあったかな、と記憶を辿る。 だが当時は似たような依頼や任務が多すぎて特定は出来なかった。 グレイが言う街を救ったレイヴンは自分なのかも知れないが、スワローにとっては取るに足らない事物だった。 『それで俺、貴方に憧れてレイヴンになろうと思ったんです!』 モニターに映る青年は、英雄に会えて興奮冷めやらぬといった面持ちである。 だが正直な所、自分が英雄視されるような人物でないことは、スワロー自身が一番良く分かっている。 若者特有の幻想を否定するのも面倒なので、特に何も言わずにいた。 それに試験が始まれば、この無知で無垢な青年も嫌でも思い知ることになる。 "レイヴン"というものの本質を――。 『パース上空に到着しました』 ライラから報告が入り、「いつでも行ける」と合図がでる。 スワローはグレイに試験内容を告げるため、再び回線を開いた。 「さて、グレイ・ジェファーソン。君に課せられた依頼を確認しよう」 『――はい』 スピーカーからは、若干緊張したグレイの声が聞こえてくる。 機体は既に戦闘モードに移行している。 メインモニターには人懐っこい青年の顔ではなく、これから戦場となる鉱山都市パースの全景が映し出されていた。 「内容は鉱山都市パースを不法占拠する集団の排除。坑道に立て籠もっているようだ。投降は認められない。必ず殲滅しろ」 『はい』 「敵の戦力レベルは低い。君が使うその第一世代の古臭い機体でも十分だろう」 『はい』 「ボクは近くで監督するが、君が危険に陥ろうとも、手助けは一切しない」 『分かっています』 「結構。……この依頼を達成したならば、君はコーテックスアリーナの予備ランカーとして登録され、晴れて《レイヴン》となる」 『――はい!』 「よし、では作戦を開始する」 その言葉と共に、輸送機とACを繋いでいたハーネスが外れ、雨に煙るパースへと、二機のACが解き放たれた。 →Next… ③ コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/282.html
本編十六話*②* ③ マイはリナリアと名乗った少女の手をとり、共に簡素な照明が照らす艦内通路を歩む。少女の手は小さく繊細であり、僅かながら冷えている。歩みにややぎこちなさがあるのは、緊張のためだろうか。 マイは立ち止まり、少女に向き直る。 「それじゃ、改めて……俺はマイ――マイ・アーヴァンク。よろしくな」 「は、はい……。リナリアです……」 硬い動きでお辞儀をする少女。制動のはっきりした動作ゆえに、その勢いに負けて少女の頭部に乗っていた白磁の帽子が零れ落ちる。栗色の長い髪が扇状に揺れる。 マイは帽子が地に落ちる前に掴み取る。 「あ――」 「――ふー。何とか落ちずに済んだ。はい、これ」 マイは薄蒼色のリボンが小さく備え付けられた帽子を、少女に手渡す。少女――リナリアは栗色の髪を押さえ、俯きつつも言葉を紡ぐ。 「あ、ありがと……ございます」 途切れ途切れの小さな声でお礼を口にする少女。少女は帽子を手に取り、目深く被りなおす。マイは少女の小動物のような仕草を見て、出会ったばかりの頃のシルヴィアを思い出す。 リナリアと名乗った少女は、ソグラト付近に存在する旧補給基地を襲撃した「シーア・ヘルゼン」によって保護された少女である。 シーアが遭遇した状況というものが極めて奇異であるため、救出当時から今に至るまで、少女の身の上は誰もが知りえていない。 さりとて、それを問いただすには、リナリアの置かれた状況には緊迫したものがあった。また年齢もまだ幼いこともあり、そこら辺の問題は先送りとされた。 サンドゲイルの専属医であるアリーヌが言うところでは、少女の身体に怪我の類はないとされている。身体に僅かに残る緊張状態も、あくまで緊迫化した環境内に長期間置かれたことによる心と身体の硬直状態なのだろう、というものであった。 リナリアを保護することは、サンドゲイルにとってもまたひとつの活動だ。サンドゲイルはACを用いた遊撃傭兵部隊ではあるものの、戦災孤児を保護するという活動も行っている。 アーセナルハザードが発生して以来、地球上での紛争は激化の一途を辿っている。そうした中で企業間の戦闘行動による間接的作用、あるいは余波によって帰る家を失う者も少なくない。あるいは保護者が企業に属し、それ故に保護者を失うことで孤児となるものもいる。また、旧世代兵器による襲撃も、その孤児の発生に一役買っていた。 こうして生まれた孤児を、サンドゲイルは保護し、傭兵都市トラキアに立てられた孤児院に収容しているのである。 マイは少女を連れつつ、自身の過去を思い出す。 戦いの余波で失われた家族と家。何もかもが焼き払われ、未だ猛々しく炎上する街。陳腐ながらもこの世の終わりという言葉が的確と言えるほどの情景。 広がる景色は夕焼けよりも赤く染まっていた。現実味のない光景を前にしても、絶望は一切感じられないでいた。 一夜が明け、当たり前のように現れた朝陽が悲劇の光景を浮き彫りにした。動かぬ家族の姿に、慟哭の涙を流した。子供でしかなかった自分はただ泣く事しか出来ずにいた。 そんな崩壊した街中に現れたのが妙齢の男性だ。自身もボロボロになりながら、血だらけになりながら、それでも自分の手をとってくれた一人の男。 血と泥で汚れながらも、その硬い笑顔は眩しいものがあった。その男こそが現在のサンドゲイルのリーダー――シェルブ・ハートネットである。 マイは再び、リナリアへ視線を送る。 自分と少女の境遇は似て異なるものではあるが、それでも孤児であることに変わりはない。ならば、少女が自由な生を得ることが出来るまで、自分が保護しなければならない。 ――俺がやらなきゃダメなんだ。俺がやるべきことなんだ。 マイは内なる覚悟を持って、艦内の案内を開始した。 * リナリアをサンドゲイルで保護してから、既に一週間ほどが経過した。 「リナリア、走ると転ぶぞ!」 「大丈夫だよ。早くいこ、マイお兄ちゃん!」 「ま、待てって!」 シェルブはリヴァルディの廊下より響き渡る声音を聞き、歩みを止めずに物思いに耽る。 マイが傍につくようになって以来、リナリアは何をするにもマイの後を追うようになった。声音も明るくなり始めており、躍動感に満ちている。 リナリアはマイのことを兄のように見ているらしく、今ではマイのことを「マイお兄ちゃん」と呼び、慕っている。 少女はさながら雛のようにマイと行動を共にしている。そのような微笑ましい光景がここ最近、リヴァルディには齎されている。 艦橋に戻り、世界情勢の情報を閲覧していたシェルブは、自身の携帯端末に着信がきたのを知る。連絡主はアリーヌだ。受話機能を確立すると、端末越しのアリーヌがリナリアの件について伝えたいことがあるので、至急医務室に来てほしいとの旨を伝えられた。 シェルブはレイヴンとしての感覚、より有体に言えば戦場に身を置くものが持つ直感が脳裏によぎったのを感じた。人によればそれは胸騒ぎとも定義できるだろう。 シェルブは医務室へと赴く。センサーが動体に反応し、自動扉が開放。消毒液特有の香りが流入する大気の流れに連れ添い、鼻を突く。 シェルブ・ハートネットは室内へと歩み入る。シェルブは室内で待ち受けていた二人の人物、その取り合わせにやや驚きを覚える。 医務室で待ち受けていたのはアリーヌだ。室内には主であるアリーヌ以外に、別の人間が座していた。サンドゲイルの整備士であるショーン・ハワードである。 「よぉ、来たかボス」 「ショーンか。何故お前がここに?」 「まぁ、コイツを見ろよ。アリーヌ、さっきの画像を出してくれ」 ショーンはアリーヌへ言葉を投げかけ、シェルブに対し、ディスプレイを見るよう顎で差す。 アリーヌが医務室にある端末を操作し、数多あるファイルの中から一つの画像を選択し、ディスプレイ上に表示する。 「はい、これよ」 表示されたのは電磁波測定によって人体内部を投射した画像だ。表示されたのは人体の部位における脚部だろう。 皮膚とその境界線、そして骨部分が色合いの濃淡の違いで分けられている。 「リナリアの透過画像だ。アリーヌ、例の部分を拡大してくれ」 アリーヌが端末を捜査し、画像の一部分を選択。徐々に拡大させていく。 その画像の中、淡白な色合いの中に不審な黒点が表示される。専門的知識を持たないシェルブは、それが何であるかを断定することは出来なかった。 「これは何だ?」 「盗聴器と電波送信を兼ねた通信機だ」 「なに……?」 ショーンの言葉を受け、シェルブは目つきが細まる。その二つの言葉が意味するところの重大さを認識し、シェルブは驚愕を覚えた。 その二種の装置が意味することは一つだ。サンドゲイル内で得た何かしらの情報を発信し続けているということである。 「周囲に飛び交う電波に情報を差し込んで送受信を行うっていう、特殊な装置だ。一見するとわかんねぇし、受信機で拾ったところで専門の機械とアルゴリズムを解析出来るソフトがないと見つからない代物だ。中々手が込んでやがるぜこれ」 「どうしてわかった?」 「シーアの野郎が少し、意味深なこと言っていてな。俺もそれとなく観測していたんだが、まったく引っかからなかった。それで杞憂だと想っていてそのままにしてたんだが……。見つけたのはたまたまだ。通信機の修繕中、送受信のテスト起動をした時のことさ」 ショーンは腕を組みなおし、続ける。 「ノイズレベルの信号だが、何だかキレイ過ぎるノイズに見えてな。適当に解析ソフトにぶち込んでみたら案の定、不可思議な情報を獲得した。解析ソフトがないから、不審な電波情報の域を出なかったがな。その後にアリーヌがちょうどこの件を伝えてきてな。それで合点がいったのさ」 「なるほどな……」 「今回の検診は、あくまであの子の心の状態が落ち着いたからやっただけのもの。実際、あの子は拒絶をしなかったわ。ここにある機器見つかる程度のものなら、あの子自身がこの事を知っていれば拒絶するはず。拒絶しても、それはそれで不自然だけどもね」 アリーヌが流麗な長髪を耳にかけ直し、事の次第を伝える。長い脚を組みなおし、自身が持つ考察内容を口にする。 「つまり――リナリア本人が感知せぬところで、これが埋め込まれたということか?」 「自然に考えれば、その可能性が高いわね」 シェルブは黙して、一連の事柄の整理を行う。 既にリナリアを保護して一週間以上が経過している現状、今からその根源を絶ったところで手遅れであることは揺るがないだろう。 「取り出せるものではあるのか?」 「不可能ではないけども……、ココでやるのは余りオススメできないわね。それに――」 「その不信を形にしてしまうのもまた、難儀だな」 「そうね……」 どのような形にしろ、この事柄、リナリア本人は無論のことながら、サンドゲイル全体にも少ない衝撃を与えるだろう。その衝撃は不信感、疑心暗鬼へと変じ、それは波紋となって組織内を病のように伝播する。 そうなってしまえば、組織は内側から蝕まれ、瓦解する可能性さえ生じてくるだろう。 問題なのは、何から何まで不明瞭なことだ。誰が、何の目的で、何処へ向けて情報を発信させるように仕向けたのか。その全てが不明瞭なのである。 そこにリナリア本人が一枚噛んでいる――とは到底思えたものではないが、その可能性もゼロではないのだ。確認が出来なければ、リナリアがスパイでないという事象さえも確立することが出来ない。 「何はともあれ、だ。リナリア本人がウチをどうこうしようとしている、とは思えねぇのは確かだな。そんなタマじゃねぇだろうよ。けど、それはどっちだろうが同じことじゃねぇか? 元々単独でやる意味がない以上、コレの裏には必ず何か潜んでるだろ」 「ソグラト……いや、さらにその裏か?」 「そこまでは堂々巡りだからお手上げだ。けど、これだけは言える。リナリアにコレを仕込んだ人間は、何かしらの目的のためにサンドゲイルを狙っているってことだ。これは面倒だぞ、シェルブ」 「お前の言うとおりだな」 現状、裏に潜む何かを突き止めることは叶わない。だがそれでも、現状で確定できる情報が唯一ある、と整備士は語る。 それは確実なる敵対者が存在し、かつ勝利するための算段を得るために情報の会得を行っているということだ。つまり、近い内にサンドゲイルは襲撃を受けるということである。 「どうするの、ボス?」 * マイはリナリアを連れて食堂へと向かっていた。 この一週間、マイはリナリアに付きっ切りで世話をしていた。事情がある場合のみ、シルヴィアやエイミに手伝ってもらっていた。そういった例外を除き、マイは生活のほとんどをリナリアと共にしていた。 一週間という時間が長いようにも思え、短いようにも感じる。リナリアは見違えるように明るくなり、今では孤児達の中心にいるほどである。 「マイお兄ちゃん、今日は何を食べるの?」 笑顔満ちる表情は、リヴァルディに来たばかりの頃とは異なる様だ。だがこの明るい表情こそ、少女が本来備えていたものなのだろう。 「そうだなぁ。もう豆料理は飽きたし……今日は西欧州料理なんかがいいな」 「それじゃ、私もそれにする!」 「え。本当にいいのか?」 マイは意地の悪い笑みを浮かべる。その意図が把握できず、リナリアは首を傾げる。 リナリアには兄がいたと、マイは聞いていた。旧世代兵器の侵攻により母親と兄を失ったそうだ。唯一の父親もまた、ソグラトで命を失っていた。 リナリアはマイのことを自分の兄に重ねてみていた。そのことをマイは聞き及んでいるのは、リナリア自身から口にされたからである。 マイ自身、その接し方に当初は気恥ずかしいものがあったものの、今は幾分慣れていた。慕ってくれていることには変わりはないのだ。ショーンやアリーヌに冷やかされるようなことが幾度かあったものの、それはある意味、周りから認められているとも言えることだろう。 マイとリナリアは食事を載せるプラスチック製のプレートを持ち、それぞれ料理を載せていく。 テーブルへ着席し、料理を見るや否や、リナリアは呻き声を漏らす。 「うっ……」 マイが選択したのは、並々と魚介類が投入された西欧州の海鮮料理だ。煮込まれているとはいえ、小さな魚がまるごと入っているというのは、初見ではかなり堪えるものがあるだろう。ましてや子供ならば、その生々しさに屈することも少なくない。 「ははははっ! だから言っただろ? いいのか、って」 「うー……。んもう、意地悪っ!」 「はは、ごめんごめん。こうやってさ……、こうして……」 マイは食べやすいように小魚を切り分けていく。 スープで煮込んだ魚は柔らかく、刃物を使わずとも切り分けることが可能だ。リナリアのプレート内にある魚、その身を潰さないよう、解体していく。 香辛料が効いているため、魚特有の臭みは生じない。芯まで味をしみ込ませた魚は実に美味だ。だが味はともかくとして、その外見を受け入れられないという者は多いだろう。 マイはその外見が気にならないよう、魚を細かく切り分けていく。 「これならいいだろ?」 「うん……。ありがと、マイお兄ちゃん」 そのような微笑ましい光景を離れた位置から見る少女が一人いる。シルヴィアである。 シルヴィアはエイミと共に食事を取りつつ、しかし視線はマイとリナリアの二人へと注がれている。食が進んでいる様子はない。 シルヴィアは視界の端にある明るい光景を見やり、溜息をつく。 「……はぁ。あの二人仲良いね……」 「そうね。なんだか本当の兄妹みたい」 「本当の――か」 シルヴィアは侘しい声を発する。嫉妬を交えた負の感情は一転して、寂しさで満たされていた。 「寂しい、シルヴィ?」 「……別に」 「ふふ、顔と言葉が合ってないわよ」 「そう……だよね……」 シルヴィアは食欲が出ずにいた。それでも食事をせねば活力は出ず、無理やりにでも料理を頬張っていく。 シルヴィアは視線を転じ、食堂全体を見渡す。シルヴィアとてサンドゲイルに所属している人たちは多くの面々、その全てを把握しているわけではない。だが一度見かければ、例え深くは知らずとも面識を覚えるものだ。 だが、食堂の内に一度も見たことのない三人組がいるのを見咎める。接しているのはシェルブだ。 「あれ、あの人達――って」 シルヴィアの言葉を遮るかのよう騒がしく現れたのは、子供達の集団だ。孤児達の一団が一斉に流入してくる。その最後尾にはいるのは黒衣を纏う隻眼の男。 サンドゲイルに所属する人物の一人――アハトである。 ――うっ……。 シルヴィアはアハトの存在を見咎め、思わず口の中の入ったリゾットを飲み込んでしまう。喉に強烈な圧迫感を覚え、胸を小さく叩く。 静かに歩みを進め、子供達の後を追うアハト。その体躯は長身痩躯であり、靡く髪は刃のような銀色。片目は白磁の眼帯で覆われ、物々しい黒衣を身に纏っている。 他者の存在を拒絶するかのような、ある種の圧力さえ感じさせる装いだ。シルヴィアはアハトの雰囲気を苦手としていた。むしろ怖いという印象さえ、抱いていた。 ソグラトの一件で、アハトが自分とマイの窮地を救ってくれたのは事実だ。その恩もあってか、多少の恐怖は拭えたものの、それでも未だなお正面から一人で相対するのは難しい。 物々しい服装や無口な態度から怖さを感じたのかといわれれば、そうではないだろう。それよりも恐れを感じるのは、時折覗く、濡れた刃のような雰囲気か。 子供達から慕われているということは、悪い人間ではないのだろう。そうでなければシェルブが受け入れるはずもない。サンドゲイルのリーダーであるシェルブが受け入れたということは、彼は信頼に足る人物であると仮定してもいいはずである。 近くまで歩み進めたアハト。片瞳だけで見下ろし、問いかける。 「――あれは?」 アハトが静かに示しているのはシェルブと相対している、見慣れぬ三人組みのことだ。エイミはアハトの問いかけに答える。 「ソグラトの件で移動手段を失った家族だそうよ。ほら……私達のせいも少しあるし……。こちらとしても……ね?」 「……そうか」 * 廊下を音もなく歩く男が一人いる。刃のような銀髪を揺らす人物。威圧的な黒衣を身に纏い、白磁の眼帯で片目を覆っている。他者を寄せ付けない雰囲気の男の名はアハト。サンドゲイルに所属する人物の一人だ。 アハトの前方では、孤児達が右往左往しつつ歩んでいる。お互いがお互いを小突き合いながら、笑みを絶やすことなく食堂を目指している。 戦地で見捨てられた孤児達は、今ではこうして仲間と共に笑い合いながら生活している。それは子供がかくあるべしという姿だろう。 アハトは硬い表情のまま、片眼だけとなったその瞳で目の前の光景を見据え、自身を振り返る。 意味なき復讐を終え、数多の人物を犠牲にし、そしてそれ以上に多くの人を殺めた。返り血が滴るその生涯に、存在意義は一切ないだろう。 そのような自身の物語に己で終止符を打つというのも、また一つの方法であった。だがそれに異を唱えた者がいた。自身と同じく、生体研究所で身体を改造された人物だ。 さながら詩人のように謳う彼女は、終止符を打つことを否定した。その理由は単に、つまらないから――という子供染みた内容であった。 『君は生まれたばかりの赤子なのだよ。故――君は次に童子を目指したまえ。高きにある何かを求めてその手を伸ばし、その脚で未地を駆けるのだ。案ずることはない。一度死んだというのなら、君を縛る楔は既に存在しないのだ。素直に生きれば良い。そのようなつまらぬ判断で、私の楽しみを奪わないで欲しい。では――始まりの鐘を打ち鳴らそうか。新しい物語の幕開けである』 旅の楽人を称する彼女、自身と同じく生体改造を施された女性――フィリーネ・ユーヴェルリートはそう言い残した。故に自分は第二の人生を送ることを決意した。 果たしてそれが他者から許されることなのかどうかは、判断が難しい。その命題に「決して許されない」と勝手に断定させてしまうのもまた、自分の罪から逃げようとする自分勝手な行動とも取れるだろう。 罪と咎の狭間で漂う己にこのような平和な一時を得る資格がないというのなら、その時は確実に訪れる。だが――。 ――今はこれでいい。これでいいのだろう……。 忘れるな。何もかもを忘れるな。殺めた人も、犠牲にしてきた人も。その全てを失われぬよう記憶に留める。恨みを込めた視線、投げかけられた呪いの言葉。その全てを刻み留めておく。 それ故に、今、この目の前で繰り広げられる童子のじゃれ合いはかくも尊く、美しい。眩しく、瞳を逸らしたくなるような光景である。 「アハトおにいちゃん、はやくー」 「――あぁ。すぐ行く」 アハトは孤児達を追い、食堂へと足を進める。視線の先、食堂に見慣れぬ人物達がいるのを見咎める。片目の視線だけでその対象を捉える。 男女を含めた三人組の一団だ。そのうち二人は女性であり、残り一人が男性である。女性二人には外見から年齢差を推察することが出来る。片方は妙齢の女性であり、年齢は三十代前半ほどか。もう一方は反して、十代後半を思わしき少女である アハトは近くで食事をしていたエイミに問いかける。 「――あれは?」 「ソグラトの件で移動手段を失った家族だそうよ。ほら……私達のせいも少しあるし……。こちらとしても……ね?」 「……そうか」 両親と思わしき、大人の男女。その脇に小さくたたずむのは、白磁の長い髪が美しい少女――のような外見の人物である。髪が時折扇のように優雅に広がる。身に纏うには、血の如き真紅のドレスだ。麗しいと共に狂的な装いにも見える。 アハトはその人物等とシェルブとの会話を拾うため、それとなく耳を澄ます。 「ソグラトを出たらいきなりこんなことに……。荒野に放り出されたとあって途方にくれていたところでした」 「その件については、我々にも責任の一端があるだろう。部屋は用意してあるから、寛いでくれて構わない。足りないものなどは遠慮することなく、言って欲しい。出来る限り用意しよう」 「ありがとうございます」 「では部屋へと案内しよう。マイ――」 シェルブに呼ばれたマイは、シーアが救出したとされる少女――リナリアに別れを告げ、渡航者である家族の一人――白髪の少女を連れて艦橋から退出する。 二人の去り際――正確には白髪の少女の姿をアハトは見つめる。少女の姿に違和感を覚える。それがどういった違和感なのかを突き止めようと、その動きを細かく見聞していく。 ――重心か? いや、それとも……。 そのような思考を知ってか知らずか、近くを歩いていたショーンがアハトの視線の先に気付き、己が予想を口にする。 「どうしたアハト? さては――ああいう娘が好みだったりするのか?」 笑いを込めた冗談交じりの言葉を受け、アハトはショーンに視線を向けることなく沈黙を継続する。ショーンがその沈黙に対して罪悪感を覚え、取り繕おうと慌て始める。 ――いや、気のせいだな。 銀髪の男は自身が感じた違和感のようなものが杞憂なものであると判断し、思考を打ち消した。 * マイはサンドゲイルで保護した白髪の少女を連れ、リヴァルディ内に存在する空き部屋を目指す。 渡航者の三人のうち、両親はシェルブとの対談があるとのことだ。彼等の一人娘だけがマイの後についていた。 少女の名はラトラ。乳白色の長い髪は、老いによるものではない。さながら深雪を塗されたような、気品さえ感じさせる美しさだ。反して、身に纏っているのは真紅の婦人礼服だ。その色合いの対比は極端であり、しかし少女が纏うことで妙なる統一感を示していた。 マイは少女――ラトラを連れて部屋を紹介する。 「この部屋を使っていいってさ」 「まぁ、広いのですね。このような広いお部屋をお借りしても宜しいのですか?」 ラトラと名乗った少女が両手を組み合わせ、感嘆の言葉を口にする。女の子らしい柔らかな仕草である。 「親方が良いって言っていたからね。サンドゲイルは人の流入も多いけど、同時に出て行く人も多いから。今はけっこう部屋が余ってるのさ」 「本当にありがとうございます」 「何かあったら遠慮なく呼んで。通信機の番号、教えておくよ」 「貴方は――優しいんですね」 白髪の少女が柔らかく微笑む。乳白色の髪の奥に潜む、氷蒼色の瞳に添えられた信頼の視線で送られ、マイは動揺する。 「あぁーいや……。優しくなんかないよ」 「ふふ……」 口元を小さく隠し、微笑む少女。ラトラの笑い方は、マイにとっては初めてのものだ。これほど女の子らしさを感じさせる微笑みを、マイは終ぞ見たことがなかった。 マイは動揺を押し隠し、ラトラを連れて艦内の案内を始める。渡航者の少女――ラトラは戦艦リヴァルディが珍しいのか、くるくると表情を変えていく。 その表情は明るいものの、仕草は所々で柔らかい。マイはラトラがシルヴィとは対照的な女性であると感じた。 医務室、作戦会議室、AC格納庫などを案内し終えたマイは、次にリヴァルディの艦橋へと向かう。 「それで、ここがリヴァルディの艦橋だ。ここから外の景色が一望できるよ」 「あら……ここは遠くまで見えますね」 少女は踊り舞うかのように艦橋を右往左往する。少女が移動するだけで、無機質な艦橋は華やかなる舞踊会場の如き様相へと変異する。 その麗しい光景に、艦橋にいる皆々が振り返る。艦橋の端で景色を眺めていた栗色の髪の少女――リナリアもまた、例外ではなかった。 「あ、マイお兄ちゃん!」 マイの姿に気付いたリナリアが声を上げ、マイとマイが連れている少女――ラトラの下へ駆け寄る。 「ここにいたのか。あ、この子はしばらくリヴァルディに滞在することになったラトラ」 「あ、あの……始めまして。リナリアです」 「始めまして。ラトラと申します」 リナリアの緊張を残したお辞儀に反して、ラトラが優雅にお辞儀を返す。マイは目の前の光景に、どことなく小動物同士が相対したかのような、そんな感想を抱いた。 そうして二人が手を握り合う。対照的な二人の色彩。背丈のほどはラトラのほうが高い。さながら、姉妹のような印象を与えた。 だが二人が手を握りあったその瞬間、異変は生じる。リナリアの体勢が崩れ、白磁の礼服が風に泳ぐ。地面へと吸い込まれ始めたのを留めたのは白髪の少女――ラトラであった。 ラトラは転倒しかけたリナリアを抱きこみ、リナリアのこめかみにガンメタリックに輝く銃が突きつけられる。一瞬の出来事にマイは一切、何も出来ずにいた。今、目の前の光景が一体何の意味をもたらしているのか、戸惑う。 その異質なる光景の意味を把握し、艦橋に静けさが増す。その場にいた者が皆、自然と黙す。 「感謝するよ、リナリア。まさか君がちゃんとこうして生きているなんてね」 ラトラが発した声は、今まで発していた高い少女然とした声ではない。男性にしては些か高く、しかし少女とするには低い音程を伴った声音だ。中性的ということもできるだろう。 マイはその光景とラトラが持つ銃に動揺しつつも、努めて冷静に問いかける。 「ラトラ、これはどういうことだ?」 「どうも何も、こういうことさ」 艦橋に二人の男女が入り込んでくる。少女の両親と名乗った男女二人だ。二人がその手の内に携えているのは、自動小銃である。その光景の意味を、艦橋にいる皆が把握する。 「反応が途絶えたから、事と次第によっては完全制圧を試みようとして乗り込んだはいいが、まさかこんな体の良い人質がいるなんてね。僕等は祝福されているようだ」 「人質だって……?」 「言葉どおりの意味さ、マイ・アーヴァンク」 ラトラと名乗っていた人物が唇の端を上げ、笑みを象る。今まで見せていた好意を含んだ麗しい笑顔ではない。半ば狂気さえ湛えた笑みを浮かべる少女。否――目の前の人物は真にただの少女なのか? マイは再び少女――と思わしき人物にその名を問う。 「お前は誰だ?」 「僕は――ミラージュ社特務工作班・第一班所属――カイ・ラタトスク」 少女と思わしき人物が名乗りを上げる。その意はミラージュ社所属の工作員。 「さて――僕は君達に命じよう。君達が所持している生体演算装置――もしくは有機戦略体機構とも言ったかな? それを僕等に提示したまえ」 「生体演算装置?」 「アスセナ基地で手に入れた、異様に綺麗な人形がいたろう? それを出したまえ」 マイはその言葉に、一人の人物を思い浮かべる。 ――イリヤのことか。 合点がいき、息を呑む。ソグラトの件に続いて、再びミラージュはイリヤ奪取のための部隊を組織したのだろう。 だが、イリヤを差し出すことは出来ない。不可能な理由はただ一つ、この場に存在し得ないからだ。 「それは――出来ない……」 不可能という言葉をどう捉えたのか、白髪の少年は氷蒼色の瞳を不機嫌そうに細める。 「――へぇ。ということは、それは死体になることを望む――ということでいいのかな?」 狂気を帯びた少年の瞳。死体になることを望むのか、と問うているように思えるが、その実は異なるだろう。その瞳は明確に、引き渡したところで命の保障はしない、というのを危うさを感じさせるものだ。 「そう難しい選択じゃないだろう?」 カイはリナリアに突きつけた銃口を下げ、おどけたような仕草をとり、言葉を続ける。 「この艦内にいるのは一〇〇人ちょっとかな? それを助けるためにたった一人を差し出すだけさ。簡単な計算だよね。一人を生贄すれば、みんながハッピーエンド。それとも何? 僕等のために犠牲になってくれ、って言葉にして言うのが怖かったりするのかい?」 「無理なんだ。……もうここにはいない」 「――は?」 苦渋の選択の末に吐露した言葉。その言葉を意味することを瞬時に把握できずにいた白髪の少年――カイは呆けた声を出す。 「この艦にはもういないんだ……」 「なにそれ、面白くないよ。大体嘘吐くならさ――」 「お前が捜し求めているもの、イリヤならエデンⅣのターミナル・スフィアへと送った」 会話を遮ったのは、サンドゲイルの中心人物シェルブ・ハートネットだ。 「――対象〇〇一、サンドゲイルのリーダー――シェルブ・ハートネットだね。それは本当かい?」 「真実だ。スフィアとの交渉は既に終わっている」 「へぇ。てことは何、君ら、アレを他人の手に渡したわけ?」 「真実を言えばそうなるな」 シェルブは動揺することなく、毅然とした声音で答える。それはこの危機的状況下にあってなお冷静さを失わないという、歴戦の勇士であって始めて出来ることだろう。 この状況で黙すのは危険と言える。半ば命の取捨選択を握られている状態である以上、握り手の要求に答えなければ、その場でその命が奪われかねない。 「お前の求めるものはない。だから――」 「だから、何?」 「だから手を……引いて欲しい」 マイは万感の想いを込めて、カイを見据える。 「ふふ……あはは……」 少女の装いをした少年――カイが、押さえ込むように笑い出す。リナリアを抱き寄せた手で小さく口元を押さえる仕草は、その装いに正しく、少女然とした麗しい姿である。 僅かな微笑みの後、白髪の少年は堰を切ったように笑い出す。 「あははっ! いいね! すごくいい手だよそれ! 最高じゃないか!」 見目麗しい、童女のような外見を持つ少年が明るく、狂気的に笑う。 「はは……、人からモノを盗んでおいて、もうありません? 他の人に渡しちゃいました? 見逃してください? あはははは…………ふざけるなよ糞がッ!」 白髪の少年は麗しい外貌を歪ませ、激昂を露にする。リナリアのこめかみに突きつけていた銃、その銃口を少女の脚へと押し付け、留まることなく引き金を弾く。 雷鳴の如き銃声が鳴り響き、次いで少女の悲鳴が上がる。白磁のワンピースドレスが鮮血に染まっていく。滴り落ちる血流が小さな血溜まりを形成する。 白髪の少年はリナリアに太ももに手を這わせ、その鮮血を拭い、舐め取る。少女然とした装いのカイが行うことで、ある種の倒錯的な光景を演出している。リナリアは嗚咽を漏らし、痛みの余り涙を流す。 マイは目の前で起きた光景に駆け出そうとするも、視界の隅に捉えた自動小銃の銃口を見咎め、踏みとどまる。深い憤りは黒光りする銃口によって押さえつけられた。 「はぁ……、何なの君等。人からモノを盗んでおいてさ。よくもまぁ、そんなことが言えたもんだね」 「……くっ」 「正気を疑うね。まさかアレの価値がわからないわけないよね。むしろ理解したからこそ、自分達の下あったらまずいから、他人にあげちゃったとか、そんなところ?」 「イリヤは……モノじゃないんだ……!」 「どうでもいいよそんなの。どっちにせよ、君等が盗人である事実に変わりはないしね。ってことはさ、君等は僕等に何の償いもしないことになるよね。じゃあここで――代価を払ってもらおうか」 突きつける銃口の強さが増したのか、その痛みに怯む、嗚咽を漏らすリナリア。それが意味するところに、次に齎されるであろう惨劇を予感し、その場にいたもの全てが凍りつく。 「あぁ、君がここで枯れ死んでしまうのは、そこの男――マイが原因なのさ。恨むなら彼を怨んでおくれ。それじゃ――」 「やめろ!」 「――なぁ、マイ・アーヴァンク。僕等はあの時――アスセナから帰る君に、こう伝えたはずだよね。何か見つけましたか――って」 「――っ!」 「そして君はこう答えた。何も見つけてはない――と。これに間違いはないよね?」 「――あぁ……」 マイとカイの会話を受け、シェルブは意図せずマイに視線を送る。 「マイ、お前――」 マイは不吉な視線に唇を噛む。拳を強く握りこむ。 「そして僕等は、君達の中に生体CPUがいることを確認した。これに間違いはない。てことはさ、君はクライアントに嘘の報告をしたわけだよね?」 「マイ、そういうことだったのか?」 マイはシェルブの問いかけに、拳を握り締める。シェルブの落ち着いた声音が返ってことの深刻さを示しているようにも思える。 「結果的に――そうなる……」 「てことはさ、この状況も、何かもが君の責任というわけさ」 「ぐっ……」 「君の責任だよ、君の」 マイは強く噛んだ唇から血が流れ出るのを感じ取る。イは痛みと憤りを押さえ込み、己が心中に打ち立てられた決意を言葉として露にする。 「――俺が責任をとるから、だからその子を――」 「へぇ。なら君が代わりとなるかい?」 「あぁ――」 カイがこみ上げる笑いを抑えるかのように、小さく笑う。 「そうかい。いやいや、痛々しい英雄っぷりだね。だ、そうだよ、リナリア」 「マイ、お兄ちゃん……?」 リナリアは脚の痛みに涙を浮かべながらも、己を救ってくれる人物に向けて声を発する。儚く、脆ささえ感じるその声に、マイは精一杯の優しい表情を象り、微笑を返す。 「あぁ、それと――。これは今回の件での僕からの最後のお礼だ。受け取っておくれ」 「は、はい……。――え?」 カイがリナリアの首に装着させたのは、冷えた金属光沢を放つ機械装置である。簡易ディスプレイには数値が示されている。 カイが円輪の縁にあるスイッチを押し込む。簡易的な警告音らしきものが響き、次いでディスプレイ上の数値が一六から一五へと転じる。それがどんな意味であるか、この場にいた全ての人物が把握し、騒然となる。 怒号と悲鳴が飛び交い、その合間を警告音のような音が無慈悲に響いている。少年は軽やかに口笛を吹く。既に数値は十を示している。 「あと九秒――だね」 カイは邪なる笑みを浮かべながら、リナリアの背面を足蹴にする。脚を銃弾で打ち抜かれたリナリアは受身を取ることも出来ずに、その場に倒れ伏す。 その装置の数字が示す意味を理解したマイは、足早に少女の下へと駆けつけ、その首輪を掴み上げる。金属製の機械首輪をはずそうと試み膂力を込めるも、その反動で痛みを感じたリナリアが顔を顰める。 指の入る隙間はほとんどなく、如何程膂力を込めたところではずれる気配はない。耳元に飛び込む、カウントダウンを示す音が次第に大きく、反してゆっくりと響く。 「くそ……、くそ……!」 マイは憤りの言葉を吐きつつ、必死の思いで装置の取り外しを試みる。次いでマイが感じたのは衝撃だ。突如、思いもよらない人物から押し出されたマイは、尻餅をつく。 マイは刹那の後、リナリアに突き飛ばされたということを知覚する。視線の先には、血に染まる白のワンピースドレスを着込む少女の姿がある。 涙に塗れた瞳で笑みを象り、そして――。 「マイお兄ちゃん、ごめんなさ――」 マイはその笑顔を前に再び駆けようと試みるが、背後から首根っこを捕まれ、圧倒的な膂力によって引き戻される。時の経過がゆったりと感じられる中、マイはリナリアの笑顔を明確に記憶する。 瞬間、轟音が轟いた。 →Next… ③ コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/151.html
②*③*④ 「……良い味だ。こういった物が無くなっては、財産の損失だな」 立ち上がった所でもう一本抜き出した紙巻煙草を口許に咥え、先端に紅点を点した。何度か紫煙を吹かして静かな時間が過ぎた後、同じく紫煙を地べたで味わっていた男が切り出した。 「──生け捕りの割には、随分と迷いのない立ち回りだったな?」 「妙な言い回しだな。何が言いたい」 片頬を地べたに付けた格好のまま、壮年の男は何らかの意図を宿した鋭い視線をこちらに上げてみせる。その相貌に姦計といえる感情はなく、ただ、此方への純粋な問いかけのようにリサには感じ取ることができた。そして正にその通り、男はその言葉を口にしてみせる。 「なに、唯の問いだよ。──どうにも君は、見慣れない種類の人間のように思えてね」 その男の言葉は、彼という人間がこれまでに渡って来た世の凄惨さそのものを反映しているようであった。 「……そうだな。護るべき者を護り通す為には、私は何事も厭わん」 「まるでそれが、往来自身に課せられた使命のように言うのだな?」 「──その通りだ。お前が今一度彼女を狙うというのなら──」 その後を言うことはしなかった。 「──私が終ぞ通る事の無かった線か」 男はリサの振る舞いの意図を理解することはできても、その全容を掴むことができないのだろう。 十年前、私は彼女の育ての親によって同じく、生み出された。彼女に与えられたものが、男の言う使命であり、リサはそれを全うするのならば、何事を犯すことも厭わない。 護るべき者──ヴァネッサに害をなす者は逃さない。それが例え、己の原始だとしても── 引き継ぎを担当する事後処理部隊の到着を待ち、連絡通路で待機していたリサはその時、搭載機能のセンサー群が捕捉した何らかの情報に気づき、それらをデジタルディスプレイにアップロードした。 ──施設情報に変動? 詳細を求めようとシステムに働きかけた時、それは起こった。 ぶつん── 視界が一瞬で暗転し、何が起こったのかを瞬時に解析した。 連絡通路の電灯が全て同時に停電し完全な暗闇に落ちた中で、リサは義眼の機能状態を通常状態から夜間戦闘支援システムへ移行。視界に濃緑色の光源が満ち、連絡通路の全容を再び映し出す。 足元に転がしていたはずの男が、システム起動までの一瞬の空白をついて立ち上がり、その姿は連絡通路の先の曲がり角へ消えようとしていた。 「くそ──」 前腕部内蔵機構から得物を再び滑り出させ、即座に追跡すべく走り出した瞬間、極めて短い断末魔と共に嵐の様な轟音が響き、視界前方を眩い火線が横断した。 走り出していた足を本能的にその場に押しとどめ、同時に停電していた連絡通路の電灯が再び明かりをともす。アリーナ施設の予備電源が起動したのだろう。 リサは連絡通路前方で起こった不意の事態とその光景を目視し、目を瞠った。瞬間火力にして数百発の銃弾による弾幕が吹きすさんだのだろう、連絡通路の壁は無残なまでに崩壊し、先ほどまで相対していた男の残骸と思しき肉片が床上に散乱していた。 (敵──何者だ……?) そう認識しセンサー群による索敵を開始する中、曲がり角の奥から重厚な金属質の足音が接近してくる。男を木端微塵に吹き飛ばした元凶がやがて角から現れ、その全貌をリサの方へ向ける。センサー群が解析を完了して詳細情報を出力し、リサは、 「コレは──……」 連絡通路の全幅に及ぶ巨体を持つその機械は、青白い光源を宿したカメラアイをリサの方へ向ける。武装一体式の腕部には先ほど男を吹き飛ばしたと思しき多砲身式回転機関砲が携えられており、冷却処理を受けて砲身から蒸気を立ち昇らせていた。 こちらを捕捉したそいつのカメラアイに一際明るい光源が宿り、リサはそのカメラアイに明らかな敵意の内在を垣間見た。腕部が持ち上がり、多砲身式回転機関砲の砲口が付きつけられる直前、リサは瞬間的にその場から前方へ跳躍した。 寸での所で捕捉状態を解除された機関砲の砲火が頭上で吹き荒び、照準補正によって被弾する前にリサは未確認機体の懐から四脚部の前膝部を足場とし、更に胸部に手をついて方向転換、連絡通路の角を曲がって疾走した。上半身部をぐるんと転換させた未確認機が瞬時に反転し、機関砲の弾幕がリサの後を追い縋って来る。背中に食らいつかれる前に前方の角へ飛び込み、直後、砲弾の集中火力が連絡通路を突き抜けた。 「パルヴァライザーだと……?」 改めて口にしたその名称に、リサは事実に変わりようがないながらも疑念を含ませた。機体特徴は明らかに同兵器のそれであり、室内戦及び対人戦闘用に調整された実弾兵装とその機体規格から疑いようはない。 だが、リサがその存在を疑うに至った理由はそこではなかった。 「何故、此処に──」 現場状況から推測しても有力な可能性は何も湧いてこない。リサはその事に若干の焦燥を覚えながらも、現状況を打開すべく行動を開始する。 腰に下げたポーチの外ポケットから対電子障害手榴弾を二つ取出し、それと共に脳部搭載のセンサー群の稼働状態に傾注する。壁を背にした連絡通路の先から続いていた集中掃射が不意に闇、硝煙の香りが強く漂う連絡通路の中をパルヴァライザーが耳触りな足音を立てて接近してくる。 有効障害圏へ侵入してきたのをセンサー群が捕捉すると共に、リサは左手に握っていた二つの種榴弾を連絡通路へ投げ入れた。間髪入れず砲火が反応し、誘爆した種榴弾によって周囲に甲高い破裂音と鈍色の煙幕が飛散する。電子障害によってセンサー群及びレーダーに機能弊害を被った事を確認し、リサは義眼の単純視力のみで角から飛び出した。煙幕の中を迷いなく突き進み、その奥で機能弊害により進行速度の鈍っていたパルヴァライザーに飛びかかる。まともな迎撃を受けることもなく背部へ回り込み、頸部に強襲ナイフの刃先を突き立てた。装甲板を強引にはがし取り、その中に在った接続ジャックを確認。ポーチから伸ばした物理コードを接続ジャックに挿入、自身の頚部の接続ジャックに片方の端子を接続した。 脳部システムを総動員し、パルヴァライザーのAIシステムに電子攻勢を開始。ものの数秒でシステム全域をダウンさせ、機体制御を完全な制圧下に置いた。四脚部を力なく下げて機能停止したパルヴァライザーの後頭部をぽん、と叩く。 「──さて、教えてもらおうか」 制圧下に置いたメインシステムに更なる介入を展開し、パルヴァライザーの行動記録をデータバンクから引き抜きにかかる。メインシステムとは別に自律稼働する防衛プログラムが展開されており、そのいくつかがリサの仕掛けた攻勢プログラムに対して迎撃態勢を取って来たが、慌てることなく処理事項を経ていく。 最後の防衛プログラムを破壊し、大した手間をかける事もなくデータバンクへ侵入、最も新しい行動記録情報を抽出し、それをデジタルディスプレイに出力した。 「──地下核部からの侵入……。何所の遺跡からやってきた?」 情報に更なる精度を求め、データバンクの各部へ電子介入を展開しようとした時、文字通り不測の事態がリサを襲った。停止していたパルヴァライザーのカメラアイが明滅しながら激しい光源を灯し、奇怪な起動音と共にその機体を立ち上げる。取りついたリサを振り払うべく上体を激しく揺さぶり、リサは接続コードを解除してその場から離脱した。 「制圧下から逃れるとは……。──お前、誰に造り直された?」 リサはそう問うたが、パルヴァライザーは無論、それに応えることはしない。データバンクから最後に抽出した情報通りの問いだった。完全に此方を殲滅対象と認識したらしいパルヴァライザーが有効時間の切れた煙幕の中を進み出し、リサはその場からひと先ず離脱すべく連絡通路を置くへ走り始めた。 複雑なステップを踏んで後方から迫る弾幕を最大限回避し、前方自動ドアをくぐり抜けてその先の空間へ飛び出す。施設外上部に直結稼働する資材運搬用の昇降機設備が目に入り、背後から迫りくる砲火の轟音を耳にしながら稼働設備へ走り寄る。 その時、電子処理脳が通信要請を受信した。 「此方【バラハ03】、聞こえるぞ──」 『此方【バラハ01】、作戦推移レベルを更新する。第一種戦闘態勢は此れを維持、統括指令レベルは緊急即応コード:22-033へ移行だ。分かったな?』 「了解。此方も既に類似勢力の襲撃を受けている。此方は現在施設内部を移動中、【レジェス57】との接触合流を試行中。【バラハ01】との合流ポイント及びそれまでの所要時間は?」 『アリーナ地下駐機場へ現着合流せよ。現在交戦接近の為、所要時間は10分前後になる──』 通信を交わす互いの口調は至って平淡なのものではあるが、内容に関してはその限りではなかった。【バラハ01】の指揮官であるガロが口にした緊急即応コード:22-033の系列番号を耳にし、リサは軽く口許を歪めて見せた。 ──先ほどの停電と言い、どうやら施設内のみの事象ではないようだな。 「了解。【レジェス57】と合流後、地下駐機場へ急行する」 「此方【バラハ01】、了解。尚、【レジェス57】へ通常外事依頼が来ている。追って送信する、確認してくれ。アウト」 通信回線の解除を指示し、生憎出払っていた昇降機の制御盤に指を走らせて最高出力での降下を指示した後、それの到着を待たずリサはその場から吹き抜けの上層部へ向けて跳躍した。壁に剥き出しになった鉄骨の骨組みを足伝いにして小気味よく移動し、その傍ら【バラハ01】から送信されてきたデータを開く。 転送元にはターミナルスフィア所長、ノウラの直刻サインが刻まれている。 その羅列情報をデジタルディスプレイ内で瞬時に解読した直後、眼下から幾筋もの火線が噴き上がって来た。 「しつこいものだな──」 両腕部に携えた機関砲を持ち上げながら、追跡を諦めようとしないパルヴァライザーは甲虫を思わせる四脚を使ってほぼ垂直の壁を高速でよじ登り始めた。強化内骨格によって壁伝いに跳躍するリサへ瞬く間ともいえる速度で猛追し、周囲の壁に着弾した砲弾が弾け火花を散らす。 リサは大腿部内蔵兵装の起動を指示し、両方の大腿部機構からスライドして出てきた45口径自動拳銃を握った。頭上を意識しつつ、跳躍の最中に反転し両手に構えた得物を眼下のパルヴァライザーへ突き付け、引き金を絞った。 甲高い銃声が機関砲の砲声に紛れて吹き抜けの壁に反響し、フルオート射撃によって高密度に吐き出された銃弾が過たず目標の頭部カメラアイへ着弾する。 奇怪な動作音を上げたパルヴァライザーがその場で一瞬猛追を止めたが、直後にはその程度の被弾など何でもなかったかのように追撃を再開し始めた。実際カメラアイへの被弾は大した損傷をすら与えていなかったようである。 「こんな軽い弾では効かんか──」 そういった時、既にリサは自身の脳部に搭載されているセンサー群が昇降機上方からの接近反応を捕捉していた。左手の自動拳銃を再び大腿部ホルスターへ戻し、代わりにポーチの外ポケットから人差し指大の円筒形をしたグレネードを抜き出す。上部ダイヤルで効力範囲を調節し、鉄骨を足場に跳躍してから間髪入れずそれを下方に迫っていたパルヴァライザーに向け放り落した。 機関砲から吐き出され続ける弾幕を奇跡的とも言える軌道ですり落ちて行った種榴弾がこつん、という妙に可愛げのある音を立てて頭部に接触、直後、破裂したグレネードの中から目標のカメラ機能を完全に麻痺させる光源が溢れだした。 効力範囲のど真ん中でフラッシュを浴びたパルヴァライザーはカメラ機能を瞬時に再展開したが、その時には既に眼前に最大速度で降下してきた昇降機の床下が現れていた。離脱すべくその場から跳躍するであろう事を既に先見していたリサは、右手に残していた自動拳銃を昇降機のワイヤー部分へ向けてバースト射撃した。集中的に被弾したワイヤーが鈍い破裂音を立てて断裂し、支えを失った昇降機が吹き抜けの壁と衝突を繰り返しながら宙空へ放り出される。 そしてそれは丁度その空域へ離脱していたパルヴァライザーを巻き込み、そのまま押しつぶす勢いで下層部へと落下していった。その様子を見送りつつリサは鉄骨を最後に一度大きく踏みつけ、ターミナルエリアの縁へ降り立つ。 「所詮は単純機械に過ぎんな……」 最下層部から届くおそろしく低い激突音を聞き届け、リサは踵を返してターミナルエリア奥の扉から外部へ飛び出した。 ──アリーナ施設の外部は、混乱の極みと言って良い様相を呈していた。 アリーナ観戦に興じていた観客達が施設エントランスから潮の様に溢れ出し、周囲を人々の波が無秩序に衝突し合う。悲鳴と怒号が入り混じり逃げ惑う一般人達の姿は戦場のソレであり、リサはその途切れぬ光景を視界に収め続けながらアリーナ施設前へ走り寄った。後方から押し寄せてくる観客に押し倒された人間の悲鳴が足元から聞こえたがそれに構うことなくエントランス脇まで辿りつき、作業用開口扉のドアノブに手をかけた。過剰出力でアクチュエータ機構を機能させ、堅固な閉鎖状態に在るドアを強引にこじ開け、施設内郭部に延びる螺旋階段を数段飛ばしで駆け上がっていく。離れた場所から届く警報アナウンスの反響する連絡通路を走り抜け、広大な施設内部を一望できる内郭通路へ飛び出した。欄干に手をついて身を乗り出し、眼下の光景に目を細める。 義眼制御を捜索態勢へ移行し、逃げ惑う観客達の混乱が衝突する施設内の何処かにいるはずであるヴァネッサの姿を探す。 「既に内部にも侵入していたか……」 眼下の広大な観戦ブース空間で何度も発生する観客達の潮の発端を捕捉すると、そこには既に侵入していた対人用パルヴァライザーが猛威を振るっていた。先ほど対峙したパルヴァライザーが使用していたのと同種らしき実弾兵器を周囲を逃げ惑う観客達に向けて無秩序に浴びせかけている。 その存在と砲声から観客達の恐怖心を一層増長し、アリーナ施設地下に在るはずの避難シェルターの存在を忘れて観客達は我先にと外へ逃げ出そうとしている。 観戦ブース空間中央に敷設された大画面モニター下の昇降機には既にヴァネッサの姿はなく、代わりに細切れになった人間と思しき肉片がばら撒かれていた。 アリーナ運営委員会直下の施設警備部実行部隊の隊員達が観客の避難誘導に当たっているが、その声すらも混乱の悲鳴に呑み込まれ効果は全くない。 攻囲陣形を展開した部隊と各パルヴァライザーが、未だ観客達が逃げ惑う施設内で交戦を始め、一層の発砲音が混乱を切り裂く。その中の一発がリサの方へ飛来し、紙一重で頬を掠め背後の壁に弾痕を穿った。 義眼制御に合わせて展開していた強化聴覚が特定情報を無秩序に行きかう生命音から拾い上げ、リサはその方角へ視線を向けた。 「見つけたぞ──」 負傷した警備部の隊員か誰かから接収したのだろう自動小銃を片手に持って逃げ惑う観客達の避難誘導に当たるヴァネッサの姿を確定補足し、リサは欄干を足場に眼下の観戦空間に身を躍らせた。 慣性のままに降下しながら姿勢を整え軟着陸と同時に全速力で疾走、人垣の間を縫うように駆け抜け数秒の内にヴァネッサのもとへ辿り着いた。 全くもって不足の事態に遭遇しながら、一兵士としての責務を果たすべく独断で避難誘導に当たっていたヴァネッサがリサの姿を見咎め口許に安堵の笑みを浮かべる。 「リサ──!」 「怪我はないな、ヴァネッサ?」 「私は大丈夫だけど、如何してパルヴァライザーが……?」 「分らん。だが、事務所の方で事態の把握が進行中だ。移動するぞ、来い」 方角を容易に見失うほどの観客が行き交う周囲に視線を巡らせ、アリーナ地下施設は地下駐機場に直結する連絡口を探索。程無くして北東120メートル先に入口を発見し、その方角へ向けて走り出した。 「待ってリサ、まだ観客の避難が──」 「そんな事を悠長にしている暇はないぞ。お前にはレイヴンとしての責務を果たしてもらう、所員としての初仕事だ」 振り返らず背後を着いてくるヴァネッサに向かって言う。一瞬の空白の後研ぎ澄まされた気配が背後から届き、ヴァネッサがレイヴンとして意識を瞬時に切り替えたことを確認する。 周囲で発砲音が交錯し、視界右手の方から弾幕が吹きすさんだ。後背から被弾して粉々に吹き飛んだ観客や警備部隊員の肉片が周囲に飛び散り、血雨がリサの純白のスーツを叩く。 その事には構わず、リサは足元に転がって来たブルバップ式自動小銃を拾い上げ、銃把にくっついていた隊員の右手を引き剥がす。ぽっかりと空いた空白部分で人間の残骸を踏み砕くパルヴァライザーのカメラアイと視線が交錯し、瞬時にリサは背後のリサと一瞬だけ視線を交わした。 それのみで充分だった。 リサの意図を的確に理解したヴァネッサが自動小銃を構えつつ前方へ突出し、一目散に連絡口へと向かう。その援護をするべくリサは自動小銃を構え、ヴァネッサの背後を全力で走りながら引き金を絞った。 強化内骨格によって規格外の安定性を得た銃弾が過たずパルヴァライザーのカメラアイへ着弾し、その衝撃にパルヴァライザーが不快極まりない機械音を上げる。 そのわずかな隙の間にヴァネッサは連絡口へ到着し、壁を背にしたヴァネッサが援護射撃に出る。文字通り一足跳びで連絡口へ飛び込み、スイッチでヴァネッサが先に地下への連絡階段を降りる時間を稼ぐ為、応対射撃を取ろうとした時、 「何やってんの、早く来なさいこのノロマ!」 「ちょ、無理言うな。なら機材運ぶの手伝え──て、おわっ?」 アリーナ予備大会を取材に来ていた報道陣らしい男女の二人組がリサとパルヴァライザーの間を横切り、遅れた男の方が足元の肉塊に躓いてその場に派手に転倒した。担いでいた機材が破損する切ない破壊音が響き、一時その男女の間でのみ空気が停滞したのをリサは感じ取った。 「置いてくよ、ベランジェ!」 「ま、待ってくれって──げっ」 空回る足を持ち上げようとしていた男がその動作を硬直させる。リサの銃口が捉えているパルヴァライザーが、男の方にカメラアイを向けたせいだった。パルヴァライザーは男女両方に両腕部の機関砲を向ける。 行動判断まで刹那の瞬間もなかった── しかし、眼の前の死の光景に目を瞑るつもりだったリサよりもはるかに早くヴァネッサが動いていた。限りなく身を低くした姿勢でヴァネッサが壁の後ろから飛び出し、牽制射撃をしつつ男の方へ走り寄って行く。 「ちっ、変わらず無茶な真似をする。あの男の影響か……?」 先ほど決勝戦で敗退した知己の男の事を僅かに意識し、リサは自動小銃アンダーバレルのトリガーに指をかけた。射出された躑弾が過たず着弾し、赤々しい爆炎がパルヴァライザーの頭部を包み込む。 その様子に呆気に取られていた男の腕をヴァネッサは強引に掴み上げ、同時に女の方へも声をかけた。 「立って! 貴女もこっちへ早くっ」 その声に弾かれた女が浮ついた足取りでリサの方角へ走り、その後ろをヴァネッサに背を押される格好で男が付いてくる。ヴァネッサとリサの牽制射撃によって男女の二人組が連絡口へ辿り着くが、彼らに一息つかせる間もなくリサは、 「先に降りろ!」 有無を言わさない鋭い口調で指示し、それに反論する余裕もなかったのか男女は連絡階段を慌てて降りて行く。ヴァネッサに彼らの後を追わせ、リサはアンダーバレルの弾倉に残っていた最後の一発をパルヴァライザーへ向けて発砲し、残弾が全て切れた自動小銃をその場に放り捨てて三人の後を追った。 頭上から届く混乱の狂騒が次第に遠のく程度に連絡階段を下りた先の踊り場に居た三人に追いつき、リサは階上を警戒しつつ大腿部内蔵機構から自動拳銃を抜き出した。 「全く、面倒なものを背負い込んだものだな……?」 「無視する訳にもいかないよ」 床にへたり込んでいる男女の傍に立ち、マガジンの交換を手際よくこなしたヴァネッサが言う。既に知己としての付き合いも十年を越え、互いの面倒に対するやりとりは互いの間で飽いていた。 ただ言葉には出さないつもりだったが、リサの任務は事務所から依頼通達が舞い込んでいるヴァネッサを地下駐機場へ無傷で連れて行くことであり、その足枷となるような一般人の二人が付いて来る事に若干の渋りを持っていた。既にヴァネッサが取る行動については見当がついていたが、あえてリサはそれを言葉にした。 「それで、どうするつもりだ」」 「どうするも何も、二人を安全な所まで連れて行かなきゃ。リサ、お願い」 そう言うヴァネッサの表情には既に決意が滲み出ており、しかし、それを見なくともリサがヴァネッサの協力要請を拒絶する理由はどこにもなかった。 非常な困難に対するその強靭な意志こそが現代を生き抜くために不可欠なものであり、ヴァネッサはそれを誰に教わることもなく備えている。 そしてそれを彼女に自覚させた者──ノウラたっての要望でもあったがそれ以上に、リサはヴァネッサという存在の為に彼女を護り通すことを堅く誓っていた。 「貴方達、大丈夫?」 「え、ええ。さっきはありがとう、助かったわ……」 息はいまだ若干上がっているものの既に立ち上がったスレンダーな体格に印象的な赤髪の女が、ヴァネッサに返答を寄こした。男の方もそれを見て壁に手をつき、立ち上がる。 「私はノエラ・ヴィスマルカ。GCN(グローバル・コーテックス放送局)のリポーターよ。こっちは──」 「はあ、はあ……僕はベランジェ。彼女の同僚だよ、宜しく。さっきは本当にありがとう……」 本心に違いないだろうその感謝の言葉にヴァネッサが軽く会釈し、「気にしないで」と言った。かなり憔悴しているようだがベランジェという名の男は、此処から移動する分には問題ないようだった。 「貴方、ヴァネッサね。予備アリーナ決勝戦、見事だったわ。コーテックス本命のジェリーを破っちゃうなんて」 「予備大会は終わった。取材をしたいのなら、この場を切り抜けてから事務所を通してくれないか」 職人技の如き素早さで首元に提げていたマイクを持ち、こんな状況下にも関わらず取材態勢に入っていたノエラをリサは鋭く窘めた。 電子処理脳からネットワークアクセスを完結し、アリーナ施設の詳細情報をアップロードする。 「此処からさらに八階降りて移動だ。油を売っている時間はない、行くぞ」 地下駐機場へは今いる連絡階段を更に八階降り、整備区画を抜けてその奥の搬出用大型昇降機から降りる事で直接到着できる。 前衛を自ら勤め後ろに三人がしっかりついてきている事をセンサー群で確認、ヴァネッサとノエラの小さな会話を的確に拾う。 「あの女性は?」 「あー、ええっと。彼女はリサ、私のオペレーター」 正確にどう答えたものかと一瞬小首を傾げたであろうヴァネッサが言う。それだけで短いやりとりは終わったが、リサは胸中で小さくため息をつき、自動拳銃を構えなおして階下への移動を急いだ。 八階下まではさしたる敵性障害もなくものの数分で辿りつくことができた。 身体搭載のレーダー群を稼働して狭域警戒態勢を展開しつつ、施設運用の為に稼働中の変電設備が唸り声を上げる薄暗い整備区画の中を小走りで進んでいく。 デジタルディスプレイに出力したルートマップでは昇降機は先頭に立つリサから最短距離にして230メートル前方にあった。このままいけるか、と僅かな期待を抱くと同時、搭載センサー群が区画外に浮上した動体反応を捕捉し、リサは警戒態勢を跳ね上げた。ハンドサインを送り、それを見たヴァネッサが後方の二人をストップさせる。ほの暗く狭い連絡通路に飛び出した施設機材の影に身を顰め、リサはセンサー群の稼働率を最大展開で出力した。 嗅覚が鉄格子製の床の下から染み出す作業油の粘った臭いを捉え、鋭敏化した聴覚が幾重にも交る稼働音の中から区画外より接近する動体反応の動作音を正確に追跡する。 「ちっ、易々とは通らせてくれんか……」 続いてハンドサインを送り、ヴァネッサが首肯する。最後尾にいたノエラの後ろを前衛にヴァネッサが回り込み、最短距離となる進路を迂回して別の連絡通路を進行路に再設定し直した。 変わって最後尾についたリサは一つ前のひょろっこい体格をした男、ベランジェとか言うカメラマンが手に携えていた録画中のハンドカメラを見咎め、極めて声をひそめ、 「電源を切れ。その餌に食いつかれたいのか?」 「す、すまない。すぐに消すよ」 獰猛な肉食獣に耳元でも唸られたかのような怖れっぷりでベランジェは慌ててハンドカメラの電源を落とした。 再設定した進行路での最短距離は約550メートル。現在いる第二整備区画から第三整備区画を横断し、その先から大型資材出入用通路を渡っておくの非常用扉から搬出用昇降機の施設空間へ合流しなければならない。 長い道程だが、かといって容易に諦めるのはばかげている。 極力足音を落として進んでいたが、センサー群が動体反応の急速接近を感知し、リサは大きく舌打ちした。 「発見されたぞ。ヴァネッサ、走れ!」 その言葉に前衛を務めていたヴァネッサが後ろの二人組を前へ押し出し、全速力で走り始める。ルートマップ進路上にセンサー群を最大効率で展開し、瞬く間に状況が更新されていく。 更新情報から出入用通路までの距離が数十メートルであると把握した直後、後方八時の方角から雷鳴と呼ぶにはあまりに荒々しい砲声が轟いた。精度を欠いてはいるが高密度に特化した弾幕が吹き荒び、周囲の施設資材を無秩序に破壊していく。跳弾と弾幕が飛び交う連絡通路の中を身を屈めて疾走し、ヴァネッサが一足先に蹴り明けた作業用扉の先から漏れる光を捉え、背後を振り返りつつ牽制射撃を行う。 リサの視界内に、破壊された施設機材の隙間からのぞく青白い不気味な光が飛び込み、その全容を見るまえに作業用扉の先へ身を投げ出した。 大型レールが敷設されている資材出入用通路でまたも転んでいるベランジェとそれを立ちあがらせようとしている、ヴァネッサとノエラを見咎め、 「止まるな、非常用扉まで走れ! 追い付かれるぞ!」 その言葉から数秒の間もなかった。非常用扉を中心とする周囲の壁が高密度火力によって強引に撃ち破られ、内側から砕片を巻き込みつつレーダー上を急速接近してきていた動体反応がその姿を現した。 その巨体がレール上に着地し、大きな振動が通路内を伝播する。 「あのパルヴァライザーか、しつこいものだな……」 通常の対人用機体と比較してひときわ大きいそのパルヴァライザーは先ほどリサが交戦し、昇降機をぶつけさせて突き落したあの機体だった。 多少の破損は被ったらしく、外部装甲の各部が無残に拉げて動作系機構がむき出しになっている。カメラアイの発光パターンからも、その機体が同一機体である事は疑いようがなかった。 壁を吹き飛ばした多砲身式回転機関砲がぐるんとその砲身を展開させ、リサはその場から跳躍した。砲火が煌く刹那、前方を全力疾走で走っていた三人を纏めて横合いへ弾き飛ばし無理やり鉄柱の後ろへ隠れさせる。その瞬間、背後から独特の発砲音が響き、リサは間髪入れずそこから跳躍した。砲弾の一発がリサのタイトスカートを裂き、しかし機動を止めることなく向かいの鉄柱の後ろへ飛び込む。 「ちっ──」 弾避けの鉄柱は耐久に優れ簡単には撃ち崩されはしないだろうが、構造上一本道でしかない連絡通路では充分な戦闘機動が取れない。目的進路の非常用扉は視界前方の奥、約25メートル先に目視できるがそこへの到達は非常な困難を迫られるだろう。 対面のヴァネッサの方を見やると、彼女の奥に押し込まれた非戦闘員の二人はこれ以上ないくらいに身体を縮めていた。特に男のベランジェとか言う方は硬直した顔の色が恐ろしく青ざめていた。火線が走る空間を挟んでヴァネッサと視線を合わせると、無為に焦ってはいないだろうが彼女は首を小さく横に振る。 「向こうは頭打ちか──」 →Next… ④ コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/kyouhunoyakata/pages/20.html
レッドライス RED RICE (レッドライス (本名:森﨑匠) 神奈川県藤沢市生まれ 1976年1月9日-) 湘南乃風のリーダー A型 RED RICE(レッドライス、本名:森﨑匠、1976年1月9日 - )は、レゲエグループ・湘南乃風のリーダーであるレゲエミュージシャン。 神奈川県藤沢市出身。血液型A型。 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/yequalrx25/pages/28.html
京都競馬場 1925/12/01 帝室御賞典(G1) 2016/04/29 京都3200 東京 牡4 シンデレラガールズ OPテーマ「Shine!!」発売前夜 Shining☆ニコ生 東京 牡3 第1回 (16.04.05) 三森すずことアニソンパラダイス東京 牝4 原紗友里 ショタコン疑惑まとめ その6 【ショタ屋】 東京 牡3 第131回 アニソン・アカデミー 葵S 16/05/15 京都1200 京都 牡3 Redo/鈴木このみ 「Re:ゼロから始まる異世界生活」 阪神競馬場 鳴尾記念(G2) 16/05/16 阪神2000 諾 牡5 『ペール・ギュント』第1組曲 作品46より 第1曲 「朝」/作曲:エドヴァルド・グリーグ 園田競馬場 兵庫県を舞台とした作品一覧 兵庫県出身の人物一覧 園田3歳特別(D2) 16/05/04 園田1870 阪神 牝3 あおい・さおりの新番組(`・ω・´) 第252回(2016.03.23) 宮崎 牝3 一分一秒君と僕の/HoneyWorks meets スフィア 映画「ずっと前から好きでした。 ~告白実行委員会~」ED 大井 牡3 チョコレート革命/みみめめMIMI 兵庫大賞典 16/05/05 園田1870 園田 牝4 西明日香のデリケートゾーン! 第1回放送(2015.10.5)
https://w.atwiki.jp/satwithyou/pages/88.html
RED STONE Market Rate - RED STONE 市場相場 アイテムの相場サイトです。勉強しないと^^; RED STONE Unique Item RSのU・DXUの詳細サイトー めっちゃ見やすいっす
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/161.html
⑫*⑬*⑭ その直後、兵士が手を輸送車の方向へさし出す。それに従ってコーテックス士官に背を向けた時、傍に歩み寄ってきたらしい別の兵士が僅かにトーンを下げた声で言った。 「ナインボールの沈黙が確認されました──」 「了解。我々は所定通り、区境界部に防衛戦線を構築する」 そんな短いやりとりを最後に耳にし、ノエラは兵士のエスコートで着いた輸送車両へベランジェと共に乗り込んだ。車内には他の何処かで保護されたのだろう一般市民の先客が数人おり、場所を選んで何れからも離れた席にノエラは腰をおろした。それから間もなくして輸送車が発進し、微弱な震動が足元から伝わってくる。 胸元に仕舞い込んでいたディスクを抜き出し、それを手に包みこむ。 背中を壁に預けてぐったりとしたベランジェが、その様子を見ていた。 「本当に、ヤバいもの撮っちまったんだな……。大丈夫なのか?」 「わかんないわよ。ただ、此れはしばらく私が預からせてもらう。いいわよね?」 「好きにしろよ。ただ、下手はするなよ」 幸いにしてベランジェは、それほど自身の雇用先である社に対しての忠誠心が強い訳ではなかった。彼のその融通の良さが、ノエラが彼と長い付き合いである一助ともなっている。 ──ナインボールが沈黙? 破壊された? 誰に──ブリューナグと黄龍に? 確かに、最後に見た状況ではナインボールは既に致命打を受けていてあの後、ブリューナグが撃破したのだとしても何ら不自然ではない。 ノエラの投げかける疑問は、其処ではなかった。 先ほど襲いかかってきたパルヴァライザーの不可解な行動が、いまいち納得のできない謎としてノエラの脳裏に燻っていたのである。 あの様子は明らかに異常だった。もし何もなければ、ノエラとベランジェはあの時点で蜂の巣になっていてもおかしくなかったはずである。それに加え、ガンシップ部隊の攻撃をも無視してパルヴァライザーが脱兎の如く逃げ始めていた自分達を追いかけようとしていたのも疑問だった。 ナインボールが撃破されたのは、その前後数十秒以内だとして── そこまで考え、どう考えても現時点では憶測の域を出ない可能性に思考を巡らそうとしている事にノエラは気づいた。そのイタチごっこのような思考をシャットアウトし、ベランジェと同様に背中を壁に預ける。 誰かが明言した訳ではなかったが、ノエラはこの騒乱が間もなく終わるだろうという事を、何となく察していた。 複合ビルへ戻った後に待っている仕事の事を考えるのはとりあえずとして、ノエラは自身がようやく手に入れた手がかりであるディスクをポーチの中へ滑り込ませる。 やっと見つけたのだ── AM09 38── * AM09 32── 『左前脚部ニ焦熱性損害、機体損耗率15,5%ジョウショウ──』 光学兵器による最後の攻撃は左前脚部の外部装甲を削り取ったが、此方への損傷はそれのみだった。 自らが放った二発の大型榴弾によって破砕、応対機動をすら取れなくなった敵性動体の傍へバーンアウトを寄せる。何の因果か14機中最後まで残ったのは、二時間前に最後通牒を寄こしてきた部隊指揮官の機体であった。外部装甲は全て剥れ落ち、推力機構も損壊している敵性動体がバーンアウトの眼前に片膝をつき、それでも尚右腕部を持ち上げる。駆動系機構に異常があるのだろう右腕部は細かに振動し、携えた光学兵器の射出口が左右に忙しなく動いている。 レイヴンとして降伏の道を選ばず、最後まで抗戦の意を貫こうとするその姿に浅く息をつくと、ラヴィはバーンアウトの右腕部が搭載するグレネードライフルを持ち上げた。 が、自らが手を加える前に耐久限界を超えた敵性目標の右腕部が肘関節から粉砕し、その場に轟音を立てて落下する。大破しながらも辛うじて機能を保つカメラアイと視線が交錯、その時眼前の敵性目標から通信要請が発信され、ラヴィは戦術支援AIに、繋げ、と短く指示した。 『──老兵相手に、この様とは、笑い話にしかならんな……』 「その笑い話を聴く者は、おらんよ……」 ラヴィの切り返しに、通信先のレイヴンが乾いた笑い声をあげる。その後、ガスライターか何かを擦過させる音が回線を介して届いた。 『──20年程前に私は、アルベニスであるレイヴンを見た。単機で何十機もの機動兵器を撃破していったその様は、まるで戦場そのものの様で、ソイツの通った後は焼跡しか残っていなかった……』 20年程前──ラヴィはアルベニスという名の土地に記憶があった。ミラージュ社経済管轄区に隣接する統一連邦政府の領土である。その頃ミラージュ社は支配圏の拡大の為に世界各地で武力を行使していた。確か、アルベニスはその煽りを受け、当時統一連邦とミラージュ社の武力衝突の戦火に巻き込まれていた。 『私は、あのレイヴンのようになりたいと、願った。──どうやら、それは叶わないようだが』 空白の一時が流れ、 『──幻影が最後の相手になってくれた。まあ、そんな終わり方も悪くない』 その数秒後、膝をつきながら最後まで此方にカメラアイを向けていた機体が、自ら爆散した。吹き飛んだ機体の砕片と爆風がバーンアウトの外部装甲を叩く中、黒い噴煙を巻き上げながらその下の炎の中に姿を消した機体の名残りを見送る。 ──自爆、か。 彼らがこの騒乱から生還する手立ては、任務の成功を置いて他になかったのだろう。部隊章や製造番号などを一切削り落した所属不明機として戦闘に臨んだ以上、関連情報の漏洩は絶対に防がれねばならない。 自爆という道を選択した時点で、この騒乱に統一政府が何かしら公式に出来ない意図を持って介入してきたという可能性が濃厚となった。 その推移に関しては、ノウラが何かしら把握しているかもしれないだろう。 小さな爆発を何度も起こしながら炎の中に姿を消していく残骸を、メインディスプレイに映る有視界に見つめていた時、別の通信要請がバーンアウトに入る。 『此方ターミナルスフィア、統合司令部です。──聞こえますか?』 「──此方【バーンアウト】、聞こえるぞ」 その言草から察するに、先ほどから何度か通信要請を試みていたようだ。先ほどの機体の自爆に伴って、広域に渡って展開されていたECM環境が解除されたのだろう。此方が所属不明部隊と交戦していた間の時間推移については、辛うじて把握していたらしく、 『当該戦域での戦闘は既に始まっています。急ぎ向かってください』 「了解。此れより、当該戦域へ急行する──」 統合司令部付の通信技官からの指示を受け、ラヴィは轟々と炎を吹き上げながら消えゆく残骸を残し、バーンアウトを依頼現場である当該戦域へと急行させた。 「中々、つまらんものだよ……」 AM09 35── * AM09;34── ジェリーは圧倒的だった── もしも戦場で敵として相見える事があるなら、自分は互角に戦えるだろうかという疑問すら脳裏を過る。遥か前方へ突出し、ほぼ単機で前衛戦闘を展開するジェリーの姿を見て、ヴァネッサはそう考えた。彼は生命の安全がある程度保障されている人為的な戦場──アリーナプログラムでも非常に優秀である事を、内外に知らしめている。 しかし、一切の生命の保障が効かない戦場に解き放たれた彼は、それ以上のものだった。 攻撃性に突出した戦術スタイルは変わらないが、人が生きる場所としてある種極限状態の戦場の中に身を置く彼は、其処こそが自身の本来のいるべき場所であると顕示するように、より苛烈な戦闘行為を展開する。 彼は本当に、兵士として望まれる全てを備えた者なのだ── ジェリーの戦闘機動に呼応し、ヴァネッサはラピッドタイドが持てる限りの搭載武装で自身の役目を果たす。自分ではどうにもならなかった軽量二脚型のパルヴァライザーとジェリーが戦火を交える。至近距離での乱戦の様相を呈した戦域の中、ヴァネッサは他の旧世代兵器群を相手に立ち回っていた。 崩落した幹線道路の先に重バリケードを構築した防衛部隊が攻撃掩護を行い、頭上を地対地ミサイルの群列が通り過ぎていく。 防衛戦闘は苛烈さを極め、ラピッドタイドは補給部隊による弾薬供給を受けられる状況になく、弾薬数はその大半を消費していた。 前方右舷から突進を仕掛けてきた旧世代兵器を捕捉──背部リニアキャノンを使って頭部を粉砕、背後に続いていた二次目標に致命打を喰らわせる。 周囲に展開する旧世代兵器群の位置情報を常時戦術支援AIに把握させ、常に弾薬消費の効率性を意識しなければあっという間に弾薬が底をついてしまう。 そうなれば、私は唯の彼のお荷物だ── それだけはまっぴら御免だった。 致命打を受けてその場に崩れた二次目標の旧世代兵器を、ラピッドタイドの外部装甲で強引に弾き飛ばす。 激しく流動する有視界の中、パルヴァライザーと交戦するジェリーの機体【ブルーマーレ】の後背に別の旧世代兵器が忍び寄り、ヴァネッサはリニアキャノンの砲弾をそいつへ向けて撃ち放った。コア部を側面から撃ち抜かれた敵性動体がそのまま吹き飛び、幹線道路の縁を乗り越えて落下していく。 『すまない、ヴァネッサ──!』 オープン状態の回線を通じてジェリーが叫び、直後彼は薙ぎ払ったレーザーブレードの刀身で交戦中のパルヴァライザーの左腕を斬り飛ばした。続けて至近距離から撃ちこんだ短機関砲の弾幕が背部グレネードキャノンの砲身を叩き折り、たまらずパルヴァライザーがその場から緊急離脱する。 両者の間に数十メートルの間合いが生まれ、すぐ傍のブルーマーレがオーバードブーストシステムを起動して追撃しようとした直後、ヴァネッサは戦域の明らかな変化に気付いた。 グレネードライフルの砲身を向けていた旧世代兵器が不意に戦闘機動を停止したかと思うと、周囲に展開していた他の旧世代兵器群もほぼ同時に一切の動きを止めたのだ。 その異変に気付いたジェリーもオーバードブーストによる強襲機動を中断、ブルーマーレの機体を路上に停止させた。 『……一体どういう事だ?』 ジェリーのその困惑は、ヴァネッサも同様だった。 此処まで一切の手を緩めず侵攻を継続してきていた旧世代兵器群が数機のみならず、すべてその戦闘行為を停止している。その奇怪な光景に、ヴァネッサを含め小首を傾げた。 指揮系統を失ったかのように沈黙を続ける旧世代兵器群は、各々のカメラアイを不規則に明滅させている。 その自分の思考に改めて気づき、ヴァネッサは考えた。 侵略勢力の指揮系統が、何所かで破られた──? ジェリーが交戦していた対AC特化型のパルヴァライザーも機動を停止しており、その事からその機体も戦闘指揮を受ける尖兵でしかないという事が分かる。 ヴァネッサは思ったことを、素直に口にした。 「誰かが、頭を潰したの──?」 『かもしれない。でも、旧世代兵器に、頭があったなんて初耳だぞ?』 世界情勢を席巻する従来の旧世代兵器群には、本来ならば頭と呼べる指揮系統は存在しない。逆に言えば、すべての主だった旧世代兵器群が指揮系統であるとも考えられるが。 それこそ、旧世代兵器それぞれの製造元である兵器プラントをはじめ、旧世代遺跡の設備機能を完全に破壊でもしない限り、彼らが今の現状のように停止する事などは一切あり得ない。 もし可能性があるならば、そう言う事になるのだろうが。 ──エデンⅣが騒乱に見舞われてからまだ二時間程度しか経過していない。その時間推移を鑑みると、どうしてもその可能性を信じる気にはなれない。エデンⅣ圏内に旧世代遺跡なんて代物があったのなら話は別だが。 真相は何であるにせよこの事態を逃すはずはなく、重バリケードの先の防衛部隊が地対地ミサイルを連続射出し、放物線を描いたその群列がそれぞれ捕捉した標的に向けて着弾していく。 先ほどとは違いあっけないほどに旧世代兵器群が撃破されていく中、ジェリーが交戦していたパルヴァライザーの頭上に数基の地対地ミサイルが急速降下していく。 それは安堵か、あるいは慢心だったのか── 何れにしろ、次の一瞬にヴァネッサは反応を遅らせた。 パルヴァライザーのカメラアイが一際強く発光したかと思うと、予備動作を省略してブースタ機構から最大出力の噴射炎を吐き出した。数十メートルの間合いを一瞬で詰み切り、ヴァネッサは予備態勢で提げていた右腕部を跳ね上げる。しかし、その前にパルヴァライザーの構えた短機関砲の砲口がラピッドタイドのコア部を捉える。 他の旧世代兵器群を撃破され、此れ以上の進行は無理だと判断したのだろう。せめてもの道連れに、難敵であるブルーマーレよりも与し易いラピッドタイドを選択したのだ。 ──やられる 理性の外側で覚悟し迫りくる絶望に目を見開いた時、ラピッドタイドの真正面へブルーマーレが飛び込んできた。凄まじい突進推力で突っ込んできたパルヴァライザーとブルーマーレが衝突し、その衝撃で双方の機体片が吹き飛ぶ。しかしブルーマーレはその衝撃を受けて弾き飛ばされる刹那、メインノズルから噴射炎を吐き出して強引に上昇した。ブルーマーレの機体を巻き込んだパルヴァライザーが後方へ過ぎ、接触による僅かな衝撃がラピッドタイドを揺らす。サブカメラに映る後背の様子を出力しつつ、ヴァネッサは急いでラピッドタイドを180度転回させる。 ブルーマーレとパルヴァライザーが零距離で絡み合い、同時に撃ち放った短機関砲の弾幕が両者の外部装甲を削り飛ばす。互いの搭載兵装の性質差がその時顕在化し、瞬間的な集弾量に勝ったパルヴァライザーの弾幕がブルーマーレのコア部を破壊、誰から見ても分かるように撃ち貫いた。 「ジェリー……!」 ブルーマーレのカメラアイが歪に明滅し、しかし機体制御を失う寸前にパルヴァライザーの頭部を鷲掴み、そのまま短機関砲の砲口を押し付けて吹き飛ばした。制御機能を失ったパルヴァライザーが唐突に停止し、その間際にブルーマーレは辛うじてブースタを吹かし離脱した。 機能停止したパルヴァライザーが幹線道路の断崖から落下し、その下に広がる闇の深遠へと埋没していく。ブルーマーレが慣性のままに断崖ギリギリで着地、機体を停止させた。 致命的な被弾を受けた外部装甲は無残に焼け焦げ、その様相からブルーマーレがそうして立っている事すらヴァネッサには驚愕であった。 『間一髪ってヤツ、だな……』 「ありがとう──……、ジェリー?」 気遣う彼の台詞に何かしらの違和感を感じたヴァネッサは、彼の名を呼ぶ。接続状態の回線から、弱々しく咳き込むジェリーの呻き声が届いた。 「怪我をしたのねっ? 救援をすぐに呼ぶわ……!」 戦術支援AIに指示して増援部隊に救援要請を行おうとした時、有視界に映るブルーマーレの機体が大きく傾しぎ始めた。その先には何もなく、ただ先ほどパルヴァライザーが落下していった闇の深遠が口を広げている。 そんな── 『折角、此処まで来たのになあ・……。ヴァネッサ、すまなかった……』 彼は既に自身が辿りつく末路を受けて入れているかのような穏やかな口調で言う。搭乗者の機体制御を受けないブルーマーレの機体が慣性のままに空中へ投げ出され、不意にラピッドタイドのカメラアイが映し出す有視界の中から姿を消した。 「ジェリー……!」 ヴァネッサのその叫びに対する答えはなく、数秒後接続状態に在ったブルーマーレとの回線が不意に切断された。搭載センサー群が断崖下層部からの爆発音を捉え、その詳細情報をディスプレイに出力している。 第一種狭域索敵態勢のレーダーに、敵性動体反応は見当たらない。ヴァネッサはコンソールを素早く叩いてハッチの開放プロトコルを完結した。 その時、統合司令部から通信掩護を行っていたリサが、 『馬鹿な真似は寄せ、ヴァネッサ──!』 彼女のその制止も聞かずヴァネッサは開放されたハッチからコクピットを飛び出し、ラピッドタイドの機体を伝って路上へ飛び降りた。巨大な空薬莢が転がる路面を走り、ブルーマーレが姿を消した断崖の縁から遥か下層部をのぞく。 小さな、ごく小さな光が闇の深遠の底に在った。それを見咎め、ヴァネッサは唇を堅く引き結ぶ。 互いに同じレイヴンを目指し、そしてそれを叶えた間柄──レイヴンとして戦場に望む以上、何時か、どこかで、どちらかが命を落とすかもしれないという事などは覚悟していた可能性に過ぎない。 ただ、それでもこんな結末は──。 「早すぎるよ、こんなの──……」 遥か下層へ落下したブルーマーレの残骸が起こす炎上の光を視界に収め、ヴァネッサは眼頭が熱くなるのをぎゅっと堪え、そして終ぞ涙を流すことはしなかった。 対岸の重バリケードから増援部隊の機動兵器群がブースタ推力を用いてヴァネッサの頭上を通り過ぎ、先ほどまで熾烈な防衛戦闘が行われていた幹線道路へ降り立つ。増援部隊が速やかに反転攻撃を開始し、ヴァネッサは崩れそうになる膝を必死に保ち、その場から踵を返す。 今は、耐えろ── ラピッドタイドの機体外部タラップをよじ登り、開放状態のハッチから再びコクピット内へ身体を滑り込ませる。開閉プロトコルを完結してハッチを閉鎖、ラピッドタイドの機体を前線砲口へ転回する。 「ごめん、リサ──」 『……安易な行動は、速やかな死を招くぞ。──すぐに応対機動を開始しろ』 酷薄とも取れるリサのその冷徹な言葉が、今のヴァネッサには非常に有り難かった。 今は騒乱の真っ只中なのだ。彼女の言う通りだった。 AM09 38── ──2時間後、当該戦域における第一種戦域制圧を完結。 ──約6時間後の午後3時34分、エデンⅣ圏内における都市防衛戦闘、収束。 * ─── EpilogueⅠ ─── AM10;05── 『──えるか? 此方はGCNのエクトル・アレギ、現在商業区画第43外周隔壁にいる。……どうやって回線を維持してるだって?……横にいる焼死体の無線を借りてんだよ。でなきゃイサーク、後方付のテメェの所まで無線届かねえだろうが。 こっちは酷い有様だぜ、逃げ遅れてりゃ今頃俺も瓦礫の下で蒸し焼きになってる所だった。──ああ、第43外周隔壁の生存者はなしだ。俺のジープもやられたんで、今徒歩で地下からそっちへ向かってる。彼此小一時間、無傷で生き延びてる自分が奇跡みたいだ──て、何だよ?……──統合防衛軍が戦線を展開? 嘘だろ、どうやってあの状況から盛り返したってんだ。──まあ、それが本当なら今の俺はかなりツイてるって事になる。──無線は此処までだ、そろそろ通信技術部のハイエナに嗅ぎ付けられるだろからな。其方へは50分後に合流する事になる、迎えを宜しく頼むぜ──』 AM11;45── 『──地上戦力の陸戦MT部隊が突進していきます! 現在商業区画第22区では第四種制圧戦闘が進行中であり、逃げ場を失いつつある侵攻勢力が隔壁部へ追い詰められているようです。アレは──戦術空爆部隊です、たった今、上空をグローバルコーテックス陸軍の戦術空爆部隊が縦断しました!どうやら此処で徹底的に敵戦力を削ぐようです──』 PM13;03── 『此方興行区画──逃げ場を完全に失った旧世代兵器群が、戦線を確立した防衛部隊に対して無意味な突進攻撃を繰り返しています。──あ、また三機、敵戦力が攻囲網へ攻撃を仕掛けたようです──が、やはり防衛部隊の応対射撃に撃破されました。既に友軍の増援部隊も多数合流しており、このまま戦況が進めば戦闘の収束は間もなくであると予測されます──』 PM14;58── 『──どうやら、最後の敵戦力が防衛部隊によって排除された模様です。心なしか、現場の緊張した空気も和らいでいるようです。後続の増援部隊が此れから制圧戦域へ進入、広域哨戒作戦へ移行する見通しです──』 PM16;21── 『此方興行区画第5避難施設前、エレナ・ベルティです。現在第5避難施設には約二万人の市民が戦火を逃れ、地下に身を隠しています。現在、統合防衛軍の救援及び工作部隊によって最低限の都市機能の復興が急がれていますが、現在の所電力供給が再開される見通しは立っていません──』 PM18;37── 『アレをご覧下さい──! 此処は自然森林区第87エリアです。先に行われた激しい戦闘の飛び火が保護森林地帯へ燃え移り、約10時間が経過した現在も尚拡大延焼を続けています。この10時間で喪失した森林面積は、推定で七平方キロ―メートルに及ぶものとされ、複数ヶ所で延焼を続ける火災に復興部隊の消火活動も難航を余儀なくされています。保護森林地帯には絶滅危惧第一種に分類される動植物が多数生息しており、今回の大規模火災による天然保護資財の損失額は天文学的数値に及ぶものと──』 PM19;11── 『──酷いスモッグです。防衛戦闘の渦中に曝された科学薬品工場の出荷が貯蔵薬品を焼いており、付近一帯に有害性煙霧が拡大しています。同区画には兵器製造工場なども林立しており、引火等によって断続的な爆発音が区画一帯に響いています。また、主要製鉄工場の溶鉱炉の融解により漏出した溶鉱によって火災が発生、大規模な都市火災が各所で拡大している模様──』 PM22;03── 『グローバルコーテックス統合司令部の公報事務官が午後2215分より、此処メディアセンターホールで記者会見を行う予定です。恐らく、第一種非常事態宣言の解除が主な内容と推測され、これによってエデンⅣの治安機能は一通り正常化するものと見られますが、都市機能の復興活動は今だ難航しており、此れからグローバルコーテックスの復興手腕が試される事になりそうです──。またグローバルコーテックス本社は今回の一連に関して具体的な復興支援策の提案を避けており──』 * ─── EpilogueⅡ─── ──【エデンⅣ騒乱】収束から約11時間後 AM02 45── 嘗ては母星とも呼ばれた地球を、其処から望む事が出来た。技術的栄華を極めた人類の遺した、希望の残滓。それが今、現代に生きる我々の眼に見えている事が、かつての人類が分水嶺を遥かに超越した技術を有していた何よりの証左となっている。 広大──無尽とも言える暗い深遠の海、嘗て母星と呼ばれた"地球"の姿を望む事の出来る仮想空間内に、25人の賢者達と、ノウラは一同に介していた。 招聘日時の規定時刻まで数分余り──最初に記録出力された位置座標から一切動かず、ノウラは時間がやって来るのを、唯寡黙を通して待っていた。他の賢人達も同様か、其々が言葉を交わすような姿はなく、位置座標に記録出力した来賓椅子に腰かけている。 素性を知らぬ者同士ではないはずだが、この致命的とも言える沈黙の重さが、この仮想空間に集まっている者達が後に直面する現実の重大さを物語っている。ノウラは、そう確信を持って解釈している。 肘掛を用いての頬杖を保ったまま、傍らに立つ専属書記官──メイヴィスの方へ僅かに視線を傾ける。意識せねば瞬く間に周囲の闇に溶け込みそうな黒い彩色のスーツを着込む彼女も同様、初期の位置座標から一歩足りとも足を動かしてはいない。しかし、眼前に展開している多数の投射型ディスプレイに更新出力され続ける情報群に彼女は視線を走らせていた。その作業の傍らノウラの思わしげな視線に気づいたメイヴィスが、同じくノウラの眼前に出力している投射型ディスプレイにメッセージを送信する。 ──自律性有害因子第一類及び第五類、捕捉 その規定報告を戻した視線の先のディスプレイの中に確認し、ノウラは特段動きを見せる事もなく視線を適当な方向へ投げた。目まぐるしく出力展開するディスプレイ映像に気づく者は二人の他に居らず、ただ明確な意図もなく動静を見守る賢人達の視線が仮想空間内を行き交っている。 高度に暗号化した配列信号に加え、空間構造を構築している先方へ直接欺瞞プログラムを随時打ち込んでいる為に、メイヴィスとノウラの眼前の視覚情報群は完全に透過状態に在り、それを感知できる者がいるはずもない。 ただ、その沙汰の外とも言える所業を顔色一つ変えずに遣り遂せる専属書記官のメイヴィスへの意図として、ノウラは小さく息をついた。 直後、向って対面の位置座標に目視情報が出力構築され、数秒後其処には来賓椅子に腰かけた高齢の老人の出力構造体が現れた。 それまで洞察紛いの視線を交わしていた賢人達の視線が、一斉にその老人の方へ向けられる。老人の身体は老木の枝木のように酷く瘦せ細っており、生命維持用のチューブ類が身体の各部に刺し込まれている。 しかし、落ち窪んだ眼窩に収まる薄灰色の双眸は頑健な意思を湛え、些かの衰えも知らぬ程に鋭利であった。 重鎮達が一同に介する仮想空間内の空気が瞬時に破裂しそうな程の緊迫感に包まれ、それまで曲りなりにも若干の余裕を含ませていた賢人達の表情が一様に切り替わる。 仮想空間内へ出現したその老人は緩慢な動きで周囲を見回し、一瞥した後改めて対面の来賓椅子に腰かけるノウラと視線を交わした。 老獪と呼べる境地など遥かな昔に踏み越えてきた老人と視線を交える中、ノウラは表情の一切を変えず唯、悪寒を催す程の圧迫感を受け流す。暫く、といっても数秒程の交錯が過ぎ、やがて老人が最初に切り出した。 「──話を、訊こう」 衰えた身体と同じく、酷く皺枯れた声音。しかし双眸に宿るものと同様、頑健な意思が其処に介在している事を、この場にいる誰もが直感的に理解していた。 そして老人の発したその言葉が何処に向けられたものなのか、選任安全保障理事会議事堂に招聘された重鎮──統一連邦政府の賢人達は周囲を確かめずとも、理解している。 ノウラは頬杖を解き、組んでいた足の上に手を置く。そして、選任安全保障理事会議長、つまり統一連邦政府の頂点に立つ権力者である老人の言葉に、返答の為の口を開いた。 「──貴君等に、弁明は請わない」 その言葉こそ、最初に在りき。 統一連邦が十数時間前に起こした件──その一連の詳細について、核心を知るであろう者達から情報の提供を求める必要性は、此方にはないという意思表示。 ノウラは短く簡潔に、しかし、此れ以上ない冷徹な宣告をした。 →Next… ⑭ コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/281.html
第十五話/ /第十六話* ② 第十六話 執筆者:宮廷楽人・タカ坊 -Non omnia possumus omnes.(私達は皆、全てをこなせるというわけではない)- サンドゲイルが所持する陸上装甲艦――リヴァルディ。その艦内に毛細血管のように張り巡らされている鈍色の廊下を足早に走る青年の姿がある。その駆けようたるや、一心不乱の一言に尽きるもの。脇目も振らずに、些かも我が身を労わることもなく走り抜けている。 一定の音階を続けて響かせる足音は、打ち付けるように強い。金属壁で囲まれた廊下の内側に反響している。嘆きの声音を思わせる音律は、青年の心の動揺を反映してのものか。 青年の名はマイ・アーヴァンク。この陸上装甲艦「リヴァルディ」を根城とする遊撃傭兵部隊――サンドゲイルに所属する傭兵の一人である。 マイは自身を追いかける存在を知覚するも、それに頓着することなく走り続ける。乱れる呼吸を整えることすら忘却し、自室へと飛び込む。 部屋の主が帰ったことを感知したことで、部屋内に淡白色の照明が灯る。室内の明度に反して、マイの心の中は月の覗かない、深夜の如き暗雲に包まれていた。 マイは自身の心中に渦巻いている言葉に出来ぬ何かを感じ取る。行き場を失ったそれは、濁り混じった血潮の流れとなり、心の内側を延々と巡り回っている。 その何かは吐露される瞬間を今か今かと待ち望んでいる。しかし、不定形なそれは一向に形づくことはなく、指向性を持つことを拒絶する。その何かは明確な意味をなす言葉に形成されぬまま蓄積されていく。 マイは己が心中に渦巻く憤りの感情を言葉に出来ず、またそれをどうやって出力すればいいのかわからないでいた。 そうして内に累積する感情の土砂が徐々に身体を蝕んでいく。暗い衝動に突き動かされたマイは、硬く握りこんだ拳を壁面へと叩きつけた。 鈍い音が短く鳴る。その衝撃に拳骨が痛む。 「畜生、俺は……俺は……」 不定形な感情がただ、憤りの言葉となって吐露される。 ふら付く身体、その背面に壁面が接触する。今の今まで身体を懸命に支えていた脚がとうとう力を失い、身体は壁面に沿ってずり落ちていく。身体が地につき、冷えた床面が心中に渦巻く熱を奪っていく。その冷たさは、自身に冷静さを取り戻すよう促しているようにも思える。 旧ナルバエス地方に存在する旧世代遺跡――アスセナ。既に廃棄されて久しい施設より救出した――No,00と名乗る少女を、遺失技術文化社団――通称・ターミナルスフィアに預ける。が今回の一件である。 スフィアとの間に結ばれた協定は、スフィアが持つ技術資材を各組織に提供する際に、サンドゲイルに対する武力行使の停止を要請するというものだ。 ターミナルスフィアへこのような内密な交渉ができたのは、サンドゲイルのリーダーであるシェルブ・ハートネットが持つ独自のコネクションにあった。 半ば独断に近い形でシェルブはこの交渉を行ったものの、それは決して正面からの非難に値するものではない。むしろ組織を預かる身である以上、組織の安寧を保つためのこの行動は賞賛されて然るべきなのだろう。 シェルブの判断は決して傲慢などではない。責任ある立場にある者ならば、なべて備えているべき教訓の一つだ。そうである以上、シェルブを咎めることなど出来はしない。 例え少女――イリヤを救出したのが自分であり、またその責を負うという覚悟があったとて、責任者はそれを汲み取る義務はないのだ。 マイは順次、思考をまとめていく。勢いの余り食って掛かったものの、イリヤをサンドゲイルで保持し続けるのが危険なのは、充分に理解できることだ。 純粋に各種企業からのみ狙われるのであれば、幾らかマシと言えるだろう。だが事と次第によっては、企業はその組織規模を最大限に利用する。そしてあらゆる手段、あらゆる手法を利用し、対象――つまり自分達を追い詰める。それが今後、都市レベル、あるいは民間レベルにまで到達する可能性さえ充分にありえるのだ。 そうなってしまえば、一傭兵部隊でしかないサンドゲイルはこの広大な地上において安息の地を失うことを意味する。シェルブが不可解なほど多数の組織へのコネクションを持っているのは事実だが、それで抗いきれるものではないだろう。 また今回の件において考えるのならば、イリヤを保持し続けるのは、そのコネクションをフルに利用しても不可能であることを意味している。故に譲渡という手段である。 仮に企業の考えが目的のために手段を選ばない領域へと迫ったとしたのなら、サンドゲイルは終息の一途を辿るのは確実だ。 サンドゲイルの拠点である傭兵都市――トラキアとて、安寧を約束する地とはならない。トラキアは自由傭兵の聖地。そこを根城にしているのはほとんどが傭兵――すなわち同業者だ。それは味方であると同時に、時として宿敵という立場へと変わることを意味する。彼等は依頼があれば昨日の友とて切り捨てる非情さを持っている。 ミラージュが追撃の手を止めぬというのなら、トラキアにいる傭兵達もまた、皆例外なく刺客へと変異する。それが傭兵というものだ。 イリヤをサンドゲイルで保持し続けるという行為は、あわよくば生き残れるという生易しいものではない。サンドゲイルが小規模程度に留まる組織である以上、イリヤを保持し続けるというのは明確な破滅を意味している。 手段と方法で抜けられる底の浅い洞穴などではない。暗雲満ちる洞穴を中にありて、引き際を弁えずに前進するのは愚行の極みだ。奥地に座するのは袋小路。引き返す手法を見失えば、そこには躯になるまでの時間しか残されていない。 さりとて、如何ほど無謀な手段であろうと、その無謀に対して我が身だけで挑戦するというのならば話は異なる。その求道、己が責だけで負うというのならば、誰も咎めたりはしないだろう。 だがサンドゲイルは個ではなく群――すなわち組織だ。曲りなりにも組織である以上、単独で安易な行動をとることはできない。ましてやそれが周囲を巻き込むものだとするならば、それは万人が皆往々にして静止を試みることだろう。 マイは根底で今回の件が仕方のない選択であることを理解していた。サンドゲイルが直面したこの危機には、三つの選択肢がある。だがその実、選ぶべき対象は一つしかない。 皆を犠牲にすることが出来ない以上、イリヤ一人を手放す他はない。その手放すという手段の中でも最善なのが、ターミナル・スフィアに預けるというものだ。それもまた確実性の有るものではないものの、今、イリヤとサンドゲイルの双方に提供できる精一杯の安全策なのである。 マイはその事実を理屈で理解し、しかし自身の根底にある感情部分が痛烈な反発を示しているのを感じた。 理解は出来た。さりとて、一切の納得は出来ないのである。己が内に渦巻く心情を言葉に直すというのなら、それが一番的確だろう。 ――どうすればいいんだ。俺は何を選択すればいいんだ……。 どの選択肢が正解なのかはわからない。イリヤ一人に全てを押し付けることが本当に正しいことなのか。あるいは決して正しいものではないのか。だが、それが今、自分達がイリヤに対して出来る最善の策であるのは確かだ。 生まれては消え、消えては生まれていく思考の混濁。思考は決して脱出できぬ円環を回り続ける。 さながら、無為なる行動に気付いていない家畜のように。 * サンドゲイルに所属する少女――シルヴィア・マッケンジーはその矮躯を懸命に扱い、打ち付ける床音を反響させる鈍色の廊下を直向に走っていた。 シルヴィアは前方を走る青年――マイに追いつこうと必死で廊下を駆ける。だが両者の空隙は一向に縮まる気配は見せない。その差はむしろ大きく開くばかりである。 それもまた当然か。矮躯である少女の肉体と青年の体躯とでは、根本的な歩幅そのものが異なっている。それは必然として、決定的な走破距離の差を生み出すことに繋がるのである。故に追いつこうと必死になろうと、追いつくことは決して出来ない。 少女の体躯で我武者羅に走ったところで、その差を埋めることはできない。シルヴィアの努力は空しく、両者の間を満たす空間は加速度的に広がるばかりである。 いくつかの角を曲がっていく内に、シルヴィアはマイの姿を完全に見失う。しかし、シルヴィアは分岐する廊下の一方を迷うことなく選択し、再び足早に駆け出す。 シルヴィアは確信を持って、マイが向かったであろう場所を目指す。 反響する床音は軽やかで、反して不揃い。シルヴィアはその律動が、ある種の焦燥を物語っているのだと感じる。 シルヴィアはマイの部屋の前へと到着する。乱れる自身の呼吸に気付き、深呼吸することで一つ、呼吸を整える。次いで部屋の内側から拳を打ち付けるような音を、シルヴィアの聴覚が拾った。その打音は、部屋の主の心情を何よりも雄弁に物語っている。 小さく握りこんだ拳で扉を叩こうとして、シルヴィアはその動作を留める。 ――会って、それで何を言えばいいんだろう……? シルヴィアは黙し、そして心象を見据える。 果たして、自分は何を思ってマイの後を追ったのか。追わなくちゃ――という衝動が心中に満ち、その衝動に突き動かされていつの間にやら走り出していた。 だがその衝動はいったいどこから来た感情なのか。それは義務感によるものか、あるいは相手のことを想ってのことなのか。それとも自分の想いを満たすためだけの、偽善的な行動なのか。 シルヴィアはシェルブから事前に、イリヤをターミナル・スフィアに引き渡すという件を聞き及んでいた。そしてシェルブはマイがこの件について強い憤りを覚えるのは確実だと言葉を吐露した。 故にマイのフォローをして欲しいという旨を、シェルブは不器用ながらも伝えてきたのである。シルヴィアはシェルブにいつもの強面の中に混じる、優しい父親としての表情を垣間見た。無論のことながら、自身はそれを快諾した。 その時、自分は軽い安堵を覚えた。イリヤを連れ歩くことで、今後もソグラトの一件のような事件がある可能性はある。戦う覚悟があれど、戦わないにこしたことはない。 だがその安堵は果たして、イリヤを守り続けながら戦うという過酷さが避けられたことから齎されたものなのか。あるいは――マイを独占できるということを想っての安堵なのか。 皆々が組織サンドゲイルの存続に関して考えを巡らせている中、自分は邪なる想いを僅かにでも抱いていた。 知覚しなければ無視することが出来た感情も、一度目に付けば離れなくなる。写真の隅にいようとも、その異質さ故に存在を誇示し続けるかの如くである。 シルヴィアは自分の中に生まれ出た邪なる想いを感じ取る。自己嫌悪が激しさを増し、葛藤と安堵の狭間を漂う。 その呵責の内に、如何程の時が経過したのかはわからない。それは清流のように永遠のように思え、そして石火の一瞬のように短い出来事のようにも感じた。 何の脈絡もなく、目の前の自動扉が開け放たれる。シルヴィアは流入する空気量の変化により、一角の風を感じる。僅かに揺れる前髪。 空圧式開閉機能がもたらす音と共に現れたのは、部屋の主であるマイである。 「あ、マイ……」 「シルヴィ……。――何か用か?」 「その、だいじょうぶ?」 「――あぁ、うん……」 「そっか……。あ――」 シルヴィアは去ろうとするマイを引き止めようと振り返り、手を伸ばしかける。しかし、あと少しでその身体に触れられるというところで、その小さな手は触れることを止めてしまう。 何か、触れてはいけないような、触れようとしたら払われそうな、そんな光景が脳裏によぎる。 音もなく歩むマイの背中を、シルヴィアは憂いと共に見送ることしか出来ないでいた。 * 自室より出でたマイは、思考を途切れさせることなくリヴァルディ内を移動していた。視線は自然と伏目がちなり、満足に周囲を見据えようとはしなかった。 それ故、道中にて艦内廊下にて、反対側から歩む人と衝突しそうになることが幾度もあった。 中にはこちらの表情を見て心配の言葉をかけてくれるものもいたが、それに対して自身はただ「大丈夫だ」と曖昧に答えることしか出来なかった。心配の声音を聞かせてくれたのが誰であったかは、既に忘却してしまった。 己が想いに頓着することなく、足はゆっくりと歩み続ける。己が役目はただそれだけであると、そう黙して語るかのようである。 マイは簡素な照明に包まれた広大な空間に出でる。反響していた足音はいつのまにやら消え失せ、次いで鳴り響くのは重低音を伴いながら稼動し続ける、数多の機械装置だ。 工業用照明を反射する、鈍い金属光沢の空間。視線の先に機械仕掛けの脚部を見咎め、次いで視線を上昇させていく。 人型機動兵器――アーマード・コア。シェルブのAC――ツエルブ、シルヴィアのジルエリッタと並び、自身のAC――蒼竜騎が聳え立っている。 クレスト社製パーツ特有の直線的で堅固な意匠の愛機は、語ることなく、黙して立ち続けている。マイはその足元まで歩み、暗蒼色の機体を見上げる。 ――相棒、お前は……どう思う? 蒼暗色の騎兵は沈黙を保つ。こちらの問いかけに対して応えはしない。それが問いかけに対する呆気なのか、もしくは自身に対する信頼なのかは、その鉄の仮面から推して図ることは出来ない。 マイは蒼竜騎の沈黙に、ソグラトの一件での行動を咎めているような無言の圧力を感じとる。 蒼竜騎の足元では、ACの修繕作業に従事している一人の男がいる。その人物は移動の要たる脚部機構を切り開き、手に数多の道具を用いて接している。サンドゲイルの専属整備士――ショーン・ハワードである。 視界の端に捉えたのだろうか、接近する他者に気付いたショーンが作業を中断し、顔を上げる。 「よう、どうしたマイ。浮かねぇ顔だな」 ショーンはいつもの気の抜けた笑みで相対する。 そのいつもどおりの表情に毒気が抜かれる。しかし、ショーンのその表情とおどけた態度は、ある意味でこちらの意図を汲み取っているようにも思える。 「――ショーン。あんたも、あの件は仕方ないことだと思うか?」 「――あー……そうだなぁ」 その件か、と言葉を漏らす。ショーンは油に汚れるレンチを持ち直し、思案するよう腕を組む。 「まぁ――荷が重いのは確かだな。たかが一傭兵部隊が大企業と敵対できるわけがねぇからな」 「そう……だよな。仕方がないことだよな……」 「仕方がねぇことさ。どうしようもねぇことさ。ただよ――」 ショーンは視線を上げる。その視線の先にはアーマード・コア――蒼竜騎が聳え立っている。 「俺は、仕方がない――っていう言葉が嫌いだよ」 ショーンは先ほど自分が言った言葉とは、相対するような言葉を放つ。その言葉にはいったいどういった意味が潜んでいるのか、マイは一時、惑う。 「俺はエンジニアだからな。技術職ってのは相反する二つの要素があったとしても、それをどうにか両立できないものかと試行錯誤を繰り返すもんだ。片方が立てば、もう片方が立たない――何てのはココじゃよくあることさ。けどよ、どっちかしか選択できません、って言われて「はい、そうですか」って素直に言っちまうわけにはいかねぇのよ。わかるか?」 「エンジニアだからか?」 「そう、エンジニアだからだ。まぁ、職業病みてぇなもんだな」 「けど、どうしても二つの要素が両立できない、なんてこともあるんだろ?」 「そりゃ――な。万事うまくいくわけねぇし、どう考えても成り立たないことだってあるさ。ただ、基本的には一見すると……ってだけだよ。出来ないように見えるのは当たり前さ。だって今まで誰も試してないんだからな」 相反する二つの要素がある。だがそれらの両立が不可能に見えるというのは、むしろ当然なのだと整備士は語る。 その所以は、今まで誰も試していないから。誰かが試したというのなら、その通りにやれば事は成功するのまた当然だろう。 両立することが出来ないのは、その理論が確立されていないからだ。だからこそ出来ないと人は断定させてしまう。 「前例があるなら誰も悩みゃしねぇよ。その通りにやれば成功するじゃねぇか。前例がないから、今まで誰も試してないから出来るかどうかがわからねぇのさ。けどよ――その無理難題はよ、今まで俺とだって接したことがねぇ。それもまた前例がないというのなら、出来たりするかもしれねぇだろ?」 ショーンが子供のような邪気のない笑みを浮かべる。機械油で汚れた作業着とあいまってか、その姿は泥遊びに興じる子供のようにも見える。 中年男性の語る、夢想の如き言葉。だがそれはある意味で、人としてあるべき姿なのかもしれない。 その挑戦する姿勢はさながら幼子のようなものだ。世の中には未知なるものが数多ある。その未知なるものに対して、本来は誰もが幼子のように純粋に挑戦できたはずである。 だが人は成長するにつれて、挑戦の意思を自然と失う。世界を知ることで、自身を知ることでその試練が不可能であると、心の中で断定させてしまう。 それは知恵を備えることで、失われたものだ。無知なる純粋さとは愚かと無謀さを備えるが、同時に恐怖を感じないことでもある。未知なる試練に対して、恐怖を感じないのならば、その者はありとあらゆる試練に打ち勝つことができる可能性を所持している。 挑戦は難しであり、成功もまた難し。だが挑戦しなければ、成功は生じる可能性すら失われる。 目の前の整備士は、今もなお、幼子のような挑戦を続けているのだろう。 「そりゃ失敗もするさ。けど技術ってのは試行錯誤と実験実践の積み重ねだ。理路整然と理論を並べても、実際やってみたら成り立たない理論もあるし、逆に無理そうな理論でも、実際やってみたらなんとかなることもある。これだけ理論が確立している世の中だってのに、やらないことには何もわかんねぇもんだよ」 やってみないことにはわからない――。それは至極当たり前の言葉でありながら、それを挫けることなく実行し続けるのはどれだけ大変なことか。 成功すれば憂いなどないだろう。だが、人は必ず失敗するものだ。そして失敗も立て続けに起きれば、心は自然と折れてしまう。 「ま、実際、割りを食うのはいつもそれを使うお前等だけどな。これでもちぃーとばかしは悪ぃとは思ってる」 ショーンは罪意識の大きさを親指と人差し指の間に満ちる空間で再現を試みる。 「まぁともかく――よ」 ショーンが工業用レンチを手の内で一度回転させ、その先端部分をこちらへと向ける。 「一見して仕方がねぇと思えることにも、ちょいと挑戦してみろよ。お前、てんでダメだったACの整備記録だって、ある程度理解できるようになったじゃねぇか。今回の件も同じだ。何か下手なこと考えて燻ってるってんなら、頭の中をグルグル回してないで実行してみたらいい。案外、やってみれば何とかなるかもしれねぇぜ?」 「そう――だよな。ありがとうショーン。少し気が楽になったよ」 「いいってことよ。そんじゃよ――」 ショーンは手に持つ汚れた工業用レンチを放り投げる。マイは緩やかに迫る整備道具を取りこぼすことなく、手に取る。 「手伝え。ちったぁ気も紛れるだろ」 「あぁ――」 ――そうだ。答えが出ないというのなら、せめて、今、自分が出来ることをこなそう。 -Certa amittimus dum incerta petimus.(不確実な存在を追い求める余り、確実な存在を失ってしまう)- エイミ・ツザキが接しているのは、長い栗色の髪を持つ幼い少女である。少女の名はリナリア。シーア・ヘルゼンがソグラト付近に存在した旧補給基地攻略の際に救出した少女である。 その体躯と顔つきは未だ年幼いものだ。その外見から推して図るに、年齢の程は十と二、あるいは三といったところだろう。 初対面の時の少女は、その年齢らしからぬ野暮ったい軍服であったものの、今や可愛らしい服装へと転じている。 少女が纏うのは上衣とスカートが一体化した――所謂、ワンピースドレスと呼ばれるものである。格式高い装飾は一切なく、煌びやかさもない子供向けの白磁の装いだ。然るにそれは、少女が持つ年相応の可愛らしさをより一層引き出すこととなった。 独立傭兵部隊であるサンドゲイルは、傭兵稼業の傍らで戦場孤児の保護も行っている。こうして数多の戦災孤児を抱えるということは、衣食住の場を提供するという意味でもある。 食と住は拡張しやすく、また子供の体躯からさほど大きな問題とはならない。反して衣服に関しては、子供の成長の速さというのが問題となる。幼子とて、一年もの月日がたてばその体躯は大きく変化する。その成長度合いに合わせた物が、必然と必要になる。 時と場合によってはありあわせの衣服を材料にし、新たな衣服を作り上げることもあった。少女が着ているワンピースもまた、エイミが空いた時間を用いて縫い直したものである。 エイミは少女の視線の高さに合わせるように身を屈み、少女の衣服の微調整を行う。 「どう? きつくない?」 「はい、大丈夫です……」 白磁の衣を纏う少女は、やや俯きつつ小さな声で答える。その視線の角度と声量から、エイミは少女――リナリアの緊張が未だ解れていないのを感じ取る。 エイミは少女を救出した状況に関して、シーアから簡易的ではあるものの説明を受けていた。故に事情は既に察しており、リナリアの反応は当然のことだと考える。 戦場の中で一人放置されるという恐怖は計り知れないものだ。自分達が少女を救出したという立場だったところで、その恐怖感をすぐに忘れさせるような作用はない。すぐさま心を開くことができるとは限らないものだ。 だがさして急ぐ必要はない。まずは安堵させることが最優先だとエイミは思う。少女の身の上の詳細を知るのは、そうしてからでも決して遅くはない。 こちらが焦って聞き出そうとすれば、少女は不安を感じることだろう。そしてそれは心の負担にもなる。 急いては事を仕損じる――とは、自身の国の諺だ。ただ静かに待ち続ければ良い。そうすれば、語り合う場面は自ずと訪れることだろう。 「いつまでもあんな服じゃ可愛くないからね。それじゃ、行こうか」 衣服の調整を終えたエイミは、リナリアの手を優しく取る。少女の手を引いて、医務室の個室から退出する。 個室を出ると、そこには二人の人物が待機していた。扉の開閉音を聞き、二人の人物が顔を向ける。 一人はやや強面とも取れる顔付きの中年男性である。その大柄な肉体も手伝ってか、威圧的な雰囲気は少なからず存在する。しかし、それは有る意味で父親のような雰囲気と捉えることもできるだろう。彼こそ、サンドゲイルのリーダーであるシェルブ・ハートネットである。 もう一方は妙齢の女性だ。氷蒼色の瞳が妖艶なる大人の女性の魅力を放つ、白衣を纏う麗しき婦人。サンドゲイルの医療を司るアリーヌである。 「ご対面ぇーん♪」 その魅力を解放するかのように、エイミは自分の身の前に少女を立たせる。その大げさな対応に少女は恥ずかしがるように、顔を俯かせる。 「ほう」 「あら、可愛らしい。とても似合ってるわ」 二人は短いながらも、感心の声音をあげる。 少女の装いに華美な装飾は一切なく、至極単純なものだ。小さな薄蒼色のリボンが腰部に備え付けられている。それが静かな装いの中に一つ、確かな存在感を示していた。さながら雪化粧の中で咲く小さな春花のようである。 「身体のほうは特に問題はないのか?」 シェルブはサンドゲイルの専属医であるアリーヌに視線を送り、少女の容態について問いかける。 「えぇ、身体的にはね。まだ多少の緊張状態は見られるけれど、しばらくすればそれも落ち着くでしょう」 「そうか」 「彼女はどうするの?」 「そうだな――」 シェルブは腕を組みつつ、考える。視線の先には、リナリアと会話を試みるエイミがいる。小柄な少女の視線の高さに合わせるように身をかがめる様は、淑やかなる母親のそれを髣髴とさせる。 現状、サンドゲイル内において、手の空いているものはそう多いわけではない。ソグラトで起きた一件における事後処理は無論のこと、補給物資の運搬、振り分けなど、新しき土地へ向かう前にやっておきたいことは山ほど存在する。 そのような中において、比較的手が空いており、またこのような境遇の少女と接しやすい人物となると限られてくるだろう。 最適なのは女性であり、また柔らかな対応が出来るエイミ・ツザキだ。だが数少ないオペレーターであるエイミを少女の世話の専属にするのは難しい。あくまで補佐という面で担当させるのが望ましいだろう。 エイミ以外ではシルヴィアか、あるいはマイか。シェルブはしばしの思考の後、やはり一人の人物に一任するという結論を出す。 シェルブは通信端末を取り出し、一人の少年へと連絡を行った。 * マイは手元の作業を淀みなく続け、頭の片隅で此度の件についての詳細を思案する。サンドゲイル――シェルブ・ハートネットの判断の正否を己の内に問う。 支配企業の一つ――ミラージュ社は、サンドゲイルがイリヤを抱えているという情報を既に掴んでいた。ソグラト市街での強行奪還作戦はそれを決定付けるものだ。そして市街という状況下でありながら奪取に踏み切るということは、形振り構っていられない状況であることも示している。 そこには一つの疑問がある。ミラージュは何故、サンドゲイルがイリヤを連れていたことを知っていたのか。どこかで情報が漏れていたというのだろうか。 あのような作戦を実行するリスクは、ミラージュとて理解はしているはずである。リスクが伴う以上、確実性のある情報を得ていたということだ。 ――施設最下層部で、何か発見されましたか? アスセナ施設で、ミラージュの通信技官に問われた言葉が、今になって蘇る。 イリヤが一体何者であるか、その詳細は未だにわからない。だが、ミラージュがあれほど強行的な姿勢を示してまで作戦を行うということは、イリヤはそれほど重要な存在なのだろう。イリヤが語る生体CPUという言葉。それが一体何を示すのか。 サンドゲイルが選ぶことが出来た方法は主に二つ。一方はミラージュにイリヤを引き渡すこと。もう一方はサンドゲイルで保持し続けることだ。 ミラージュは決して諦めない。正確にはどこにも諦める理由がないと称したほうがより良いか。ミラージュ社がこの世界を支配する企業の一つである以上、一組織でしかないサンドゲイルでは抗いきれるものではない。つまりそれは、ミラージュからすればサンドゲイル、あるいはスフィアの交渉に屈する理由がないことを意味する。 前者の方法――素直にミラージュへ引き渡す。この場合、イリヤがどう扱われるかはわからない。籠の中の鳥の如く、愛でるわけではないだろう。イリヤの存在が本人が言うところの「企業にとって価値あるもの」とするならば、彼女は研究的資料として利用されると推察できる。 それに引き渡したところで、サンドゲイルの安全が保障されるとは限らない。イリヤの存在を抜きにしても、ミラージュはサンドゲイルを疎んじている。今更イリヤを引き渡したところで恒久的な安寧を約束するとは限らない。 ソグラトでの一戦はミラージュの「交渉の余地なし」という強い意志をも内包しているだろう。交渉を行おうという意志が少しでもあるのなら、ミラージュとてあれほどの強行的な姿勢をとらないはずだ。 一組織と交渉するぐらいならば、後顧の憂いを取り除く意味でも殲滅してしまったほうがよい――というのが、ミラージュの判断なのだろう。 では転じて、後者の方法――すなわちサンドゲイルがイリヤを匿い続けたら場合、それはどうなるか。 サンドゲイルが持つ正式な拠点は、地中海付近に存在する傭兵都市――トラキアのみだ。対してミラージュは全世界に拠点を持つ大企業の一つ。仮に毎度送り込まれるミラージュの部隊を体よく裁ききれたとしても、一企業と一部隊では地盤となる組織規模が違いすぎる。戦いがジリ貧になるのは、火を見るより明らかだ。 そして現状、イリヤの情報を得ているのはミラージュ社だけだが、時の経過次第では各種企業に狙われる恐れさえある。大きな後ろ盾を持たないサンドゲイルに対し、各企業は憂いなく攻め立てることが出来るだろう。 そうなった場合、自分達は例え生き残ることが出来たとしても、この地上で安息の地を失うことになる。 どちらの手法を選んでもイリヤの無事は確実ではない。だからこそ、シェルブは自身が持つコネクションを利用し、より良い第三の手法――ターミナル・スフィアに預けるという方法を選択した。 サンドゲイルが選択できる二種の方法にシェルブのコネクションを利用した一種の方法、合計で三種の方法がここに存在する。そしてこの三種方法の中にありて、最も安全である確率が高いのはスフィアに預けることだ。正確には、前者二種が確実な破滅を齎す以上、第三の方法しかないと言えよう。 その確率が如何程低かろうと、零の確率よりは少しでも確率のある方を選択するのは自然なことだ。 どの判断が正しいのかはわからない。恐らくどれも方法として間違っている。けれど、ある意味でその全てが正解だ。全てを救う方法、万人が納得できる唯一の答えが存在しないのならば、最も重要視すべきものを優先し、優先度の低い項目を斬り捨てる他はない。 その斬り捨てる対象がイリヤとて、同じことである。 マイは確定した事柄に対する考察を終える。次いで、自身の内に満ちる憂いに目を向ける。それは旧世代遺跡――アスセナ、イリヤを救出したあの場所での、ミラージュの言葉である。 ――施設最下層部で、何か発見されましたか? マイはその時、問いかけたミラージュの通信士に対して「何も発見できなかった」と答えた。そういった類の特殊な技術、機構は何も発見できていないという意味であり、そこに偽りの意味はない。 だが、その特殊な技術・機構そのものがイリヤそのものだったなら、その真偽は覆る。 また、アスセナ施設からイリヤを救出したことに関しても、サンドゲイルの面々に対して多くは語っていない。 その事実を思い返すに、全身が冷えていく。あるいはそれらの事実の全てが結びつく、何かよからぬ事象を励起させてしまうのではないだろうか。 暗雲満ちる思考を断ち切ろうとするかの如く、鳴り響く携帯端末の着信音。マイは思考の海から引き離され、携帯端末をポケットから取り出す。 ディスプレイ上に表示された名前はサンドゲイルのリーダー――シェルブ・ハートネットだ。 「親方……?」 件の事もあり、マイは出づらいと感じる。さりとて、このまま無視を決め込むわけにもいかない。 先ほどの件と此度の件が違うものとして、感情を処理しなければならない。分別を持って判断しなければならないだろう。 マイは端末を取り出し、受話を選択する。 『マイか』 「親方、何か用?」 『作戦会議室に来い』 「――何でだ?」 『お前に頼みたいことがあるからだ』 「頼みたいこと……?」 用件があることは予想できていたものの、それが頼みごとであるとは、マイは予想していなかった。マイはやや腑に落ちないものを感じたものの、断るわけにもいかず、承諾の旨を伝える。 マイは蒼竜騎の整備を中断し、シェルブに呼び出されたという旨をショーンへと告げ、格納庫を後にする。 格納庫に隣接されている簡易更衣室に飛び込み、シャワーを浴び、私服へと着替える。手馴れた流れで作戦会議室へと急ぐ。 目的地へと到着したマイは、扉の前で一つ深呼吸し、呼吸を整える。思考の一切を切り替え、一歩踏み出す。扉のセンサーが動体に反応、自動扉が開放される。 「親方、頼みたいことって?」 「来たか」 豪壮なる体躯の男――シェルブ・ハートネットが振り返る。室内には医師のアリーヌ、通信士のエイミ、そして――。 「その子は……?」 白のワンピースドレスに身を包む、小柄な少女がいる。シルヴィよりもさらに一回り以上、背が低い。 少女は俯いており、またつばの広い帽子をかぶっているためか顔付きの程は一切わからない。そのため見知った人物なのか、そうでないのかは判断が付かない。 薄蒼色の布帯が色彩鮮やかであり、一際目を惹いた。 「この子の名はリナリアだ。先日、シーアが旧補給基地を制圧した際、救出した娘だ」 「あの時の子か」 「マイ、この娘に艦内の案内を頼む」 マイはシェルブを見やり、次いで白百合色の少女を見る。少女の僅かに見上げた顔から、上目遣いの小さな瞳が垣間見える。翠緑の瞳が小動物のようにこちらを覗いている。 マイは再びシェルブを見やる。いつもの力強い視線からは、あまり多く情報を得ることは出来ない。 ――気を紛らわせようっていう気遣いか……。 「まぁ、いいけど……」 マイは承諾の旨を言葉にする。エイミは身を屈め、少女と視線の高さを合わせる。 「よかったね、リナリア。それじゃお姉ちゃんは仕事に行かなきゃならないから、これからはあのお兄ちゃんについていって」 「……あ、その……」 「心配しなくても大丈夫よ。優しい人だから。ね?」 エイミはしゃがんだ状態のまま、マイへと視線を投げかける。その期待の視線にどう答えていいものか、マイは惑う。 「どうだろうな。まぁ、努力はするよ。それじゃ――」 「うん。それじゃお願い、マイ。いってらっしゃい、リナリア」 マイは少女に手を差し出す。 少女は立ち止まり、両手を合わせ、視線を右往左往させる。そうして僅かな迷いのうちに再び視線を伏せ、帽子の下から上目でこちらを見据える。 差し出された手を見た後、こちらへと視線を送り、一瞬だけ目と目が合う。視線が交差したことに動揺したのか、再び視線を伏せてしまう。その挙動に釣られて揺れ、波立つ白磁の衣服。 そうして数多の迷いを乗り越え、少女はゆっくりと手を差し出す。マイはその一連の仕草に栗鼠(リス)のような印象を受けた。 少女が口を開き、小さくか細い声で、しかし明確な勇気を添えて言葉を紡ぐ。 「あ、あの……。よろしく……お願いしますっ」 「うん。よろしく」 * マイはリナリアの手をとり、共に医務室を退出していく。 シェルブは去り行く二人の姿を見て、過去を思い起こす。思えばここに来たばかりのシルヴィアも、あのように常に不安に憑かれ、自分以外の存在に対して疑念と不安を抱いていたものである。 それを今のように天真爛漫、躍動感溢れる少女――あるいはシルヴィアが本来備えていたであろう性格を引き出したのは、他でもない、マイであった。 「マイ、大丈夫かしら……」 エイミは頬に手をあて、不安の言葉を吐露する。マイが此度のスフィアとの交渉に対し憤りを抱いていたのを、エイミもまた明確に感じていた。 それを致し方ないことだと、割り切る他はない。全てを解決するような都合の良い答えがないのならば、幾らかの要素を斬り捨てた上で「何かひとつ」を選択しなければならない。 だが、全員が全員、それを効率よく割り切れるというわけではない。ましてやイリヤとの距離が近いマイは、なお一層深い憤りを感じているはずである。 心配に感じるエイミとは対照的に、シェルブの表情は僅かではあるが、平時より柔らかい。 「あいつはそれほど弱いわけではない。ただ不満を感じているだけだろう。感情があるのならば、憤りを覚えるのは正しい在り方だと俺は思う。それでもその陰鬱に飲まれてしまう可能性がないわけではないが……」 「そのために、あの子を任せたのですか?」 「あぁ。気晴らしというわけではないが。何かがきっかけになればいいと思う。マイにも、リナリアにも――」 シェルブは期待の言葉を口にする。 勇士は勇士であるが故に、常に理想的な判断を下してきた。戦場に長くいるというのは、銃弾飛び交う戦渦の中で生き残る術を得ているということである。極単純な実力が必要となるのは論じるまでもない。だが、より重要となるのは戦況を見極める目と判断だろう。 だがその判断が常に成功を収めているとは限らないというのもまた、事実である。それでも生き残れたのは、半ば幸運もあるのだろう。 此度のシェルブの判断は前回の――シルヴィアの性格を取り戻した、というマイの成功例を踏まえた上での判断だ。 判断し、選択するというのは現代事象において行えることである。過去の出来事に対してその選択肢を選んだことを後悔するというのは、とどのつまり参照できる情報――材料があるからに他ならない。 参照できる材料があるからこそ「あの時こうしておけばよかった」といった後悔を生む。それは過去の事象に対しての働きかけである。 現代の事象において、ありとあらゆる選択肢の中で、その選択肢が最適であるか判断する術は、基本的には存在しないといっても過言ではないだろう。現在進行で生じている迷いに対して迫られた選択もまた、過去の事象との照らし合わせと自身が得た経験との組み合わせによって最適な選択を行っているに過ぎない。 歴戦の勇士たるものであっても、それに変わりはない。参照できる情報が人よりも多い故により良い方法を選択できるに過ぎず、その判断に絶対成功というものは存在しないのである。 結果的に最適の判断かはわからない。だが、現状において最適と思われる選択肢だったのは揺るがないだろう。例えそれが後の悲劇に繋がるものだとて、それを参照する術は、この段階では存在しなかった故に――。 →Next… ② コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/184.html
第十三話/ /第十四話/ /第十五話 第十四話 執筆者:ユウダイ・ユウナ 店内には客の姿はない。だが、マスターは気にせずカップを磨く。客がいないときはいないときで、その静かな時間を彼は好んだ。娘は所要で出かけているため働ける人間は彼しかいない。人を雇うことをしないのは、娘と一緒に経営することが楽しみの一つであり、その一時が幸せだからだ。しかし、娘はあるレイヴンのオペレーターも兼業しているため、依頼があればオペレーターの仕事をするために家を留守にする。それでも、彼は止めることはしなかった。娘の生き方は娘が決めること、強制することではない。彼女の“本当の父親”の遺言を尊重してのことだった。カランと入り口の鐘がなり、客が来たことを認識すると、いつも通り「いらっしゃい」と声をかけようとした。だが、言えなかった。久々に会う女性がそこにいたからだ。 「久しいな。」 その様子を悟ってか、女性から声を掛ける。マスターもようやく現実を認識してか、口を開いた。 「最後にあったのは・・・娘の父親の葬儀以来・・だな。」 それが意味することはなんなのか、マスターは無論のこと女性も理解していた。 「レナには・・・まだ話していないのだろう?」 「ああ。真実を言ったら、娘はオペレーターとしてもやっていけなくなるだろう・・・・。」 マスターにとっても、この”真実”は胸が痛むことだった。彼にとっても、本当の父親の死を未だに忘れていなかった。女性もまた同じ思いだった。口に出さずとも、胸の内にあるわだかりや憎悪がとても強いものであると両者は理解していた。だからこそ、レナには真実を伏せているのだ。憎しみを抱くのは自分たちだけで、子供の将来を無駄にしたくないという思いからである。 「・・・ユウには・・会わなくていいのか?」 「アンジェから話は聞いている。それだけでも私は満足だ。セルゲイも・・・きっと・・・・。」 ユウとレナは、狙撃AC追撃の任務から外れ新たな任務に就いていた。狙撃ACの追撃は引き続きアンジェが担当している。ユウの今回の任務はあるコロニーへの物資を輸送する車両の指定ポイントまでの護衛である。その任務を行うために彼らはある地下都市に来ていた。依頼者はこの地下都市の管理者であるため、整備施設はもちろんのこと都市内で自由に使えるパスポートも発行されていた。これは、アンジェがサンドゲイルを通じて地下都市の管理者と話をつけたことで、ここまでの待遇をえているのである。任務までは数日余裕があるため、ユウとレナは久々の余暇時間を満喫していた。レナは今日がチャンスと言わんばかりにファッション関連の店を廻っていた。ユウはそれに付き合わされている現状である。 (まぁ・・女の子だからな・・・・) いろんな店に飛びつては試着したりじっくり眺めたりと、年頃の女の子となんらかわりないその様子を見て、ユウは安心感を感じつつ心のどこかで不安を感じていた。 (自分にも年頃の行動みたいなのができるんだろうか・・・。) 考えても答えは見つからず、レナに対し自分はどうあるべきか・・・その連鎖が頭を駆け巡る。 「お、可愛い娘じゃない。少年さん、ちょっと借りるわよ」 ふと、レナとは違う別の女性の声で我に返ったユウは、その主を見た。困り顔のレナをよそに、その女性は獲物をみつけたといわんばかりの満足そうな表情を浮かべていた。上場を飲み込めず、どう答えればいいのかユウは困惑した。 「じゃ、ちゃんと返すからしばらく借りるわよ~。」 そう言いながら、女性はレナの手を引っ張りファッション街の人ごみに消えた。完全にペースに乗せられていため、銃を構えるどころか警戒することすら怠ってしまった。ただ、彼女が敵対する精神がないというのは、最後の方のやりとりで感じ取ったため安堵する。ここの街の人かな・・・とも考えたが、首から自分達が持っているようなパスポートをかけていたことから部外者であるのは間違いないだろう、とユウは読んだ。彼はここに来る理由をもう一度整理した。・・・一番の目的は任務の遂行である。だが、それ以外にもここに来た理由があった。それはグローバルコーテックスとよばれる、レイブンズアークとは別のレイヴン管轄組織に所属するレイヴンとの親善アリーナに参戦するためである。今回の試合は、ユウのランクもグローバルコーテックスの基準で審査されているらしい。レイブンズアーク換算でいけば下位ランクであるユウではあるが、政治的陰謀などが多く見られるアークでは実力はランクの基準にはならない。対してグローバルコーテックスは実力をランクの基準にしているとユウは事前に聞いた。となると、自分の対戦相手も自分と同等かそれ以上の実力を持つレイヴンであるのは明白であった。となると、あの女性もその親善アリーナの関係者であるのはほぼ間違いないだろうとユウは結論を導き出した。 「またメイファの悪い癖がでてしまったなぁ・・・・」 今度は男の声だ。振り返るとゴスロリファッションの少女を連れた男性が呆れ顔で、レナ達が向かった方向を眺めていた。 「あなたは?」 「君の仲間を連れていった女性・・・メイファの知人だよ。すまんね、彼女・・・年下の少女を見るとどうも・・・。俺はソリテュード。君と同業者かな、ユウ・ダイ君。」 「なぜ私がレイヴンだというのを知っているのですか?」 「君の父上はグローバルコーテックスでも有名だからね。伝説的なトップランカー、セルゲイ・ダイの息子で彼の遺伝子を継ぐトップランカーの素質を持つレイヴン・・・そうグローバルコーテックスでは君の事が宣伝されている。」 好印象な宣伝をされていると言うのは初耳だった。アークではセルゲイの息子というだけであって、他のレイヴンの影に隠れつつあった。 「高い実力を持ってるのも知っているよ。今回の親善アリーナも楽しみにしている。」 と、笑顔でソリテュードは話す。 「この娘は?」 「アリス」 少女が答える。どことなく“普通の人でない”雰囲気を持っていたが、彼と一緒にいる姿がとても板についていた。もとより、普通かそうでないかを気にしていないユウはアリスと呼ばれる少女が、何らかの形で生み出された特別の存在であろうとも普通に接しようと思っているし、それが信念であった。しかし、彼女がまとっているゴスロリファッションはソリテュードの趣味とはとても思えないと考えたユウは、不安から来る寒気を感じた。その不安は見事に的中し、メイファと呼ばれる女性が戻ってきた。その後ろには状況が飲み込めず、あたふたしているレナ(と思われる女性)が付いて来ていた。 「約束通りちゃんと返しに来たわよ。」 そういってレナを前に差し出すと、レナは顔を赤くして恥ずかしそうに体をもじもじさせる。いわゆるメイド服をまとったレナの姿に、ユウもドキッとし持っていた物を落としてしまう。ソリテュードは深くため息をしながら苦笑いを浮かべ、アリスは落ちたユウの荷物を綺麗にまとめて彼に手渡す。 「い・・いつまで見てるのよ!」 耳まで赤くしたレナが、なおももじもじしながら言うがユウはユウで状況が飲み込めず呆然と立ち尽くしていた。 「メイファ、初対面の相手にそれはいくらなんでも失礼だぞ?」 「だってかわいかったんだもの。衣服代はソリッド持ちね。」 「なんでだ!」 「“あの時“のご褒美!」 「まだ物足りないのか・・・かんべんしてくれよ・・・。アリスにもなにか買ってあげないといけないのに・・・・。」 2人のやりとりを横に、ユウはようやく我に帰った。 「とりえず・・・レナ、落ち着こう・・・・。」 「落ち着けるかー!」 レナの右ストレートがユウのみぞおちにクリーンヒットし、ユウはその場にうずくまる追撃の回し蹴り。その様子をソリテュードとメイファもしっかりと見ていた。さすがのメイファもやり過ぎたかなと思ったのか、苦笑いを浮かべた。だが、その重い空気を打ち破ったのは思いもよらない、されど予想できそうな人物だった。 「ふふふふふふ」 アリスが笑った。重い空気が一気に消し飛び、レナは優しくアリスを抱きしめる。アリスも抵抗することなくそれを受け入れた。なぜだかわからないけど、アリスを見るとレナは優しさで包みたくなるような感情に駆られた。どことなく、自分と近い存在だと心のどこかで感じているのかもしれない、そう思いながらアリスの髪を撫でる。 「私はレナ・・・・よろしくね、アリスちゃん。」 「うん」 満面の笑みでアリスはそれに答える。その様子を見ていたユウはレナの優しさを再認識した。 珍騒動があったものの、宿泊先に戻ったユウとレナは夕食をとった。先程のメイド服は親交の印としてメイファから譲り受けた。戸惑いつつも、どこか嬉しいような表情でそれを受け取っていた。レナに殴られた箇所に若干の痛みを感じるユウではあったが、辛いほどではなかった。 「こんな日もあるんだね・・・。」 一連の騒ぎに疲れたのか、どこか物静かな表情で食事を口に運びながら言うレナ。あれだけ連れ回され、赤面騒ぎまでされたら疲れもするだろうな・・・・とユウは思う。実際問題、ユウ自身も今日の出来事はつかれていた。ただ、悪い気分ではなかった。グローバルコーテックスのレイヴンと知り合え、親交を深めれた。そう考えると、今回の疲労はいい対価だろうと思った。 「食べ終わったらシャワーでも浴びて寝ようかな・・・。」 「それがいいよ。明日も早い。」 「そうだね」 今日最高の笑みで答えるレナ。食事を終えて、それぞれの部屋に戻る2人。ユウは部屋に戻ると、携帯端末で今日であった2人のことを調べた。疑いなどという負の感情ではなく、純粋にレイヴンとしてどれほどの戦果を上げているかを調べたかった。同業者としての興味本位ではあるが、情報を仕入れておけば戦場で出会った時にいろいろと便利だろうと思っているからだ。特に味方で出会った時に、相手の動きを把握しておけばそれに合わせて戦術行動を取ることが可能となる。しかしユウは一抹の不安を消せないでいた。例の狙撃ACの存在であった。アンジェの報告によると、先日の輸送車襲撃は単なるブラフである可能性があるというのだ。つまり、そのACは別の何かを狙って行動していることになる。その何かがわからない以上、下手に動けないため「シャドームーン」の装備の変更も容易にはできない。狙撃ACが万一オールラウンダーとしての性能を有していた場合、通常装備であるSPEC1でもぎりぎりだからだ。射撃が苦手な部類に入るユウにとって、射撃特化機よりもオールラウンダー機を相手にすることの方がリスクは大きい。かつてビクティムというレイヴンの罠にはまり、彼のACと戦闘した際にオールラウンダータイプのAC故に持久戦に持ち込まれた挙句、多数の罠に陥り敗北している。その時は近接戦闘特化のSPEC-2を使用していたことが相乗効果となっていた。それらの経験から、オールラウンダータイプと戦うときは必ず戦力分析を行うようにしているのだ。窓から見える夜景をユウダイは眺めた。 「アークとコーテックスの交流戦・・・・勝手なことをしてくれる。」 薄暗い会議室、4人の男が明日行われる交流戦について話していた。その中にはびくティムの姿もあった。彼らはかなりの権力を有している。 「例の輸送車を襲撃させたACを雇っております。今回の対戦カードはソリテュードとユウ、それらも踏まえた上でビクティムは動いた。彼に取ってユウダイは宿敵である。だが、ビクティムは正々堂々とユウと戦うという気持ちは全くなかった。彼は謀略やわなと言った類が好きである。戦いに美学をもとめるというより、敵を罠に陥れそれに苦しむ姿を楽しみながら自ら止めを刺すことに美学を感じている。そんな感情や、それを実際に行動に移す能力が彼をアークの上位ランカーに押上げ、さらにはアークの上層部とのつながりを得て、彼らと同等の権力を手に入れて、挙句には企業共同開発のナインボール・オニキスの開発スタッフにまで抜擢された。アークの腐敗を懸念するレイヴンも多くおり、それが故にコーテックスに所属を変えたり、どこにも所属せずレイヴンを続ける者もいた。だが、後者のほとんどは粛清され生きて帰ってきたものは少ない。その粛清は基本的にはナインボールが行っているが、一部はオニキスに組み込む戦闘データ収集のためビクティムが行っているものもある。彼の乗るAC「スローター」は2種類あり、元々搭乗している物とオニキスのテストパーツを使用した物で現在は後者に搭乗している。彼の性格と後者のスローターは非常にマッチしており、これまで多くのレイヴンを葬ってきた。今回は別のACを雇っているので、スローターを出すことはないがビクティム自身は自らの手でユウを葬りたいと言う願望があった。それを達成させるため、雇ったACにはユウの“大切な物”を奪えという命令を出している。その大切な物を奪うことでユウを誘い出し、自らの手で、かつユウにとって一番屈辱的な方法で葬るためのシナリオが動き出した。 アリーナ内は歓声と熱気に包まれている。狭苦しいコックピットの中でも、ユウはそれを感じることができた。アークではこのような経験はめったに無い。有名ランカーやトップランカー同士のカードであればアークも盛り上がるが、低ランクのレイヴンが関わるカードはそうそう盛り上がるのではない。対する今回のカードの熱気である。もともとミッション達成率の高さや実力の高さは雑誌等で評価されており、今回の交流戦のために滞在した街でも大々的に今回の試合が宣伝されていた。それも相まって今までにない緊張に襲われていた。勝ち負けは関係ないにしろ、それでも今回の緊張は任務以上の重みを感じていた。 『いつも通り、それで大丈夫よ。』 レナからの通信は、彼にとって緊張を和らげる一番の薬だなと思う。任務前や試合前に必ず声をかけてくれる彼女の優しさがあるからこそ、ユウはこれまで生き抜いてこられた。むしろ、彼女がいなければ生き抜くことは出来なかったと断言出来る。それだけユウにとってレナはかけがえのない存在になっていた。高まる歓声の中、ACを指定位置へ歩かせる。正面にはソリテュードのACが相対していた。カウントダウンが始まりいよいよ試合開始と言う瞬間、唐突にアリーナ内が停電する。突然の停電に観客たちは騒然となった。 「トラブルか?」 トラブルにしてはタイミングが良すぎた。偶然にしてはタイミングが良すぎる。それだけ考えれば原因は明白だった。 「敵襲か・・・。レナ!」 レナに迎撃することを伝えようとしたが、返事が帰ってこない。通常、アリーナにトラブルが起きても、レイヴンとオペレーターとの通信システムだけは生きるようになっている。レイブンにとってオペレーターはある種の命綱と変りない。それ故、アークもコーテックスも通信システムの改良には特に力を入れていた。だが、現状としてレナからの返事はない。通信システムそのものはグリーンであることから、レナになんらかのトラブルが起きたということだろう。 「目的は彼女か・・・・。」 歯を噛みしめる。ここまで段取りのいい方法で苦しめることが出来るのは一人しかいない。この敵襲の首謀者が誰なのか、ユウは把握した。と、射撃警報が響きわたりペダルを踏みレバーを思いっきり左に倒す。シャドームーンはそれに応え、ブーストをかけながら左にホバリングし攻撃を回避する。第2波、第3波と次々に弾丸が迫り、そのたびに回避に専念し攻撃に転ずることが出来ないでいた。 「例の狙撃型ACか・・・。まさかこの状況で・・・・。」 ソリテュードのことが気がかりだが、彼は彼で別のなにかと交戦しているらしいことがレーダーで確認できた。互いにシステムを戦闘モードに移行させているため、IFF上では友軍同士として認識されている。そのため、誤射などの心配はない。しかし、様々な考えが頭に過ぎり、ユウはいつも通りに戦えないでいた。レーザーブレード以外は試合用に使われる特殊な弾薬であり、通常戦闘ではダメージを狙うのは至難の業だった。それも相まって、ユウは余計に焦りを感じる。 「このままでは・・・。」 これ以上敵の攻撃に付き合うわけには行かなく、レナの安全を速く確認せねばならないため、意を決しレーザーブレード以外の武器を全てパージする。そしてOBを起動させ、敵がいると思われる場所めがけシャドームーンを加速させる。案の定、加速させた正面に狙撃型ACがいた。シャドームーンがレーザーブレードを構え、そのまま左腕を振り上げる。空気を斬る音と共に、狙撃型ACの胴を真っ二つに斬り裂いた。 《敵AC撃破。ターゲット残り5》 「まだいるか・・・・。」 AC以外にもMTがかなり入り込んでいたのだろう。ソリテュードがいたからこそ、数をすぐに減らせた。だが、彼がいなければ袋叩きにあっていたのは間違いないだろう。シャドームーンはOBを再び起動させ立て続けに5機のMTを斬り捨てる。すぐさまレナを探そうとするが、レナが招かれている特別席には彼女の姿はなかった。 「レナ・・・・・。」 怒りのあまり、コンソールパネルを叩いた。そして悔しさのあまり、涙を流した。 第十四話 終 →Next… 第十五話 コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/freedomk/pages/16.html
https //twitter.com/jiyu33/status/750608457783390208 このWikiは法的措置(IP開示?)による危険に晒されており、書き込むと個人情報が晒されたり裁判に巻き込まれたりする危険があります このような不当な弾圧は許せません そこで、ページを書き換えて名誉棄損やプライバシー侵害という言いがかりの根拠を無くすとともに、以下に新Wikiを作りました http //www65.atwiki.jp/freedomk2/ 新Wikiはコピー自由です どんどん拡散してください 卑劣な情報の隠蔽を許すな ↓↓以下、拡散推奨↓↓ SNS http //twitter.com/jiyu33 https //www.facebook.com/jiyu333 勤務先 http //atmedia.jp/ ブログ http //jiyu.lol/ 言論プラットフォーム(笑)での小学生並みの言論(犯罪行為を助長するものもあり) http //agora-web.jp/?s=%E5%B0%8F%E5%AE%AE+%E8%87%AA%E7%94%B1 現在は東京都世田谷区に潜伏中らしい 発見情報求む