約 2,067,572 件
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/91.html
第十一話/ /第十二話*② 第十二話 執筆者:クワトロ大尉(偽) コロニー『エデンⅣ』の居住区画。 現在の時刻は午前7時過ぎ。 いつもならば会社や学校へ向かうサラリーマンや学生が、せわしなく行き来し、活気づいているはずのメインストリートは混乱の渦に巻き込まれていた。 本来なら人工とはいえ燦々と降り注いでいるはずの朝日は見る影もなく、エデン4の高い天蓋は不吉な闇を落としている。 その混乱の最中、悲鳴と怒号が支配する闇を切り裂くように一人の男が、人々の流れと逆行しながら駆け抜けていく。 向かう先は居住区画と商業区画の間に位置する興行区画。 避難警報が発令されている現場そのものに全速力で走っていく。 グローバルコーテックス所属のレイヴン、ソリテュードは滅多に見せない焦りの表情を浮かべていた。 ――まずいことになった。 彼を焦燥させる理由は唯一つ。 護るべき対象が、自分の手から離れてしまったということだった。 ――やはり止めておくべきだった。 心の中で毒づくも、それは現時点において何の意味もなさない。 焦る気持ちを抑えつつ、目的地へ向かい疾走する。 ソリテュードの手には、高機能携帯端末が握られていた。 端末のディスプレイにはエデンⅣのマップが表示されており、そこにはGPSシグナルの発生源と、そこへ至る最短ルートのナビゲーションが示されている。 そのGPSシグナルの発生源こそが、彼の護るべき対象。 ソリテュードが個人的に保護している生体CPU『アリス』の居場所だった。 万一の事態に備え、あらかじめアリスの体にGPS発信とバイタル送信機能を持ったナノチップを打ち込んでおいたのだ。 多少気が引けたが、四六時中傍で護ってやることができない俺にとって仕方のない処置だった。 ナノチップ自体は人体に無害だし、子供に内緒で埋め込んでいる親も多くいるのでそれほど珍しいことでもないのだが。 安否の確認と避難の指示を出したかったが、原因不明の電波障害によって、彼女に持たせていた携帯端末に通話しても繋がらないのだが、GPS機能だけは奇跡的に機能しているのは不幸中の幸いと言える。 ディスプレイに表示されている情報を考慮すると、少なくともまだ無事のようだ。 しかし実際に万一の事態が起こりうるとは予想外だった。 想定していたとはいえ、この体たらくだ。認識が甘かったと言わざるを得ないだろう。 「チッ!」 自分自身への苛立ちの舌打ちをしながら、更に足を速める。 そう、悪い予感はしたのだ。 早朝、アリスが珍しく一人で外出したいと言ったあの時。 戦場に長く身を置いている者が持ちうる、危機に対する直感。 それを彼女に対する感情が無視してしまった。 アリスに少しでも人間らしくあってほしいという、戦士としての俺ではなく、普段は封殺しているはずの人間としての俺の感情が。 ――甘かった。 自宅マンションからそう遠くない興行区画にある公園への散歩くらい大丈夫だろう、などと考えた自分に腹が立つ。 そして何よりも最悪なのは、この混乱の元凶が古代兵器のパルヴァライザーだということ。 「クソッ!なんだって今日に限って!!」 無意識のうちに独白が漏れる。 何故こんなにもイラついているのか。 今日の俺は雑念が多すぎる。 そうまでして俺はあの子を失いたくないのだろうか。 誰かを護れなかったことなど、今に始まったことではないはずだ。 人間の無力さなど嫌というほど思い知ったのではなかったか。 だが、それでも――― そこで思いだしそうになった過去の記憶に蓋をした。 強く眼を閉じ、意識を集中する。 再起動だ。 余計な思考をカットオフ。 眼を見開き、戦士としての思考と貌を取り戻す。その眼は獲物を仕留めんとする猛禽類そのものだ。 ここはもはや戦場。 ならば今あるべきはレイヴンとしての自分であって、無力な人間としての自分ではない。 愛機は無くとも、死を運ぶ魔鳥として戦場を駆け抜ける。それが今の俺のあるべき姿だ。 落ち着きを取り戻し、改めて周りを見回すと、混乱でごった返していた人の群れはいつの間にか消え去り人影はまばらになっていた。 ほとんどの住民がシェルターへの非難を完了したのだろう。残る人々も最寄りのシェルターへ入ろうと、わき目も振らずに自分の進行方向とは反対へ走ってゆく。 ――好都合だ。 この混乱のなかで多少荒っぽい手段を取ったとしても怪しまれることはないだろうが、人目に付かないに越したことは無い。 再び携帯端末に眼を落とす。 シグナル発生源は先ほど見たときよりも僅かではあるが移動していた。 バイタル表示画面を確認すると、心拍数が少し上がっている。これはアリス自身も移動しているということだろう。 マップ表示を見ると、どうやら居住区画の方面へ向かっているようだ。 アリスの進行方向と自分の位置を考慮すると、居住区画と興行区画を隔てる隔壁設備へ向かうのが、確保できる最短かつ最も確立の高いルートだろう。 事実、携帯端末のナビゲーションもソリテュードがイメージしたルートとほぼ同じ道のりを表示していた。 ソリテュードの頭上を戦闘ヘリの編隊が轟音とともに掠め飛んでいく。 グローバルコーテックスのエンブレムを付けた戦闘ヘリは興行区画へ最大戦速で飛び去って行った。 「コーテックスの自衛部隊か、急いだ方がよさそうだ」 携帯端末に表示されているルートを瞬時に頭へ叩き込み、アリスの元へ急ぐ。 ひとしきり走った後、目標としていた隔壁設備のすぐ手前までたどり着いた。 少し乱れた呼吸を、深呼吸で整える。 兵士としての十分な訓練と日ごろのトレーニングの恩恵で、すぐに万全のコンディションを取り戻す。 ここまで、ほぼ全速力で走ってきたにもかかわらず、ソリテュードは体に疲れなど微塵も感じていなかった。 このくらいでへたばってしまうようではレイヴン失格だ。 ACの操縦というのは一般人が思っている以上に過酷で、対AC戦ともなると凄まじい体力を消耗する。 だが、一対多数のAC戦をものともしない凄腕レイヴンは正規の訓練を受けた歩兵など比べ物にならないほどの強靭な肉体と体力、戦闘能力を持ち合わせていた。 呼吸を整え終わったソリテュードは腰のホルスターから、9mm弾を使用する大型自動拳銃を抜き払った。 ソリテュードの戦士としての勘が、ここから先は危険だと直感する。 スライドを力強く引いてチェンバーに弾丸を送り込み、いつでも即応できる状態を整えた。 神経を研ぎ澄ませ、辺りを注意深く窺いながら携帯端末に表示されるシグナルの発信源を目指す。 先ほどからシグナルは移動しておらず、アリスは立ち止っているようだった。 隔壁設備は、普段であればエデンⅣの住民認証カードを使って一般ゲートから出入りすることが出来るが、エデンⅣ全域で原因不明の停電が起こっている今ではシステムがダウンしてしまって使えないのかもしれない。 隔壁設備までたどり着くと、ソリテュードの予想どおり、一般ゲートはシステムダウンのため封鎖されていた。 せわしなく明滅する警告灯が、それを如実に表している。 深夜のような深い闇を赤い光が照らしだす様は一種の不気味さを含んでいた。 アリスの反応は、この隔壁設備の向こう側。 出てすぐに面する大通りの真ん中から全く動いていない。 一瞬、怪我をして動けないのではと不安になったが、バイタル表示は安定しているので、その可能性は低いだろう。 ともかく、向こう側へ行けなければ話にならない。 無駄だと思いつつも、一般ゲートに備え付けられているカードスロットやコンソールを操作してみるが、案の定、電力が通っていないため、どうしようもなかった。 だが、こういう事態に備えて、非常ゲートが設置してあったことを思い出す。 携帯端末を検索モードに切り替え、非常ゲートの位置をサーチすると瞬時に検索は終了し、位置を特定する。 どうやら、ここから左側約150mの地点に設置されているようだ。 迷うことなく非常ゲート前へと急ぐと、そこら周辺は物が散乱し、嵐が過ぎ去った後のように荒れていた。 推測するに避難する住民が殺到し、このような状態になったのだろう。 しかし、肝心の非常ゲート自体は閉鎖されてしまっていた。 俺がたどり着く前に、すでにあらかたの避難は完了していたようだから、周囲に避難民は居ないと判断した政府職員が閉鎖したのだろう。 ゲートを調べてみると、扉自体は閉められていたものの、電力に頼らない手動式のタイプで、ロックも掛っていなかった。 イラスト方式で操作手順を解説するパネルを見ながらゲートを再び解放する。 そこでアリスがこちら側に来られない理由に気付いた。 操作に必要なレバーやハンドルの類が、ほぼ全て成人男性ではないと届かない位置に設置されている。 150cmにも満たないアリスでは手を伸ばして背伸びをしたところで届くはずもない。これでは開けようにも開けられないだろう。 手早くゲートを解放すると、狭苦しい簡素な造りのトンネルを抜け、反対側の興行区画へと続く扉の前までたどり着く。 はやる気持ちを抑えながらゲートを解放し、銃を構えつつ隔壁設備のすぐ横に面する大通りへと躍り出る。 一度、周囲を見回すが人影は見当たらない。 「待っていろ、アリス。今行く」 精神集中のための深呼吸をひとつすると、大きく開けた車道の上を全速力で駆け抜けていった。 乗り捨てられた車が所々に放置されている車道をひとしきり走って行くと、程なくして、ソリテュードの目に見慣れたシルエットが飛び込んできた。 可愛らしいフリルドレスに身を包み、ウサギのぬいぐるみを抱きかかえた少女が車道の真ん中にぽつんと立ちつくしていた。 ――良かった、間に合ったか。 足の速度を緩め、安堵のため息を吐こうとしたソリテュードは次の瞬間、再び全神経を研ぎ澄まし、解こうとしていた戦闘態勢を維持する。 そこに居たのはアリスだけではなかった。 見慣れぬ人影を認めたソリテュードは足を止め、咄嗟に乗り捨てられた車に身を隠し、様子を窺う。 すぐに向かっていかなかったのは、そこにいる人物がアリスに危害を加えようという雰囲気ではなかったからだ。 こういう場合、状況を良く確認しないと、逆に窮地に立たされることが多い。 ここからアリスがいる地点までは約15m。 身を隠しながらアリスの前に立つ、もう一人の人物を見る。 停電は復旧したとはいえ最低限の電灯しか点いておらず、未だ暗いので顔はよく分からないが、そのシルエットを見ると、どうやら女性のようだ。 細身ではあるが背は高い。俺と同じくらいか、若干高いかもしれない。 しかし、ソリテュードを驚かせたのは性別ではなく、その女性の物々しい姿だった。 中折れ式のグレネードランチャーにサブマシンガン、各種グレネード弾、ナイフ。 よほど訓練された兵士でなければ、あそこまで多様な武器を効率よく扱えないだろう。 ――政府軍か?しかし、それにしては軍人らしくはない。だとすれば・・・ 考えられる可能性。 この非常事態に単独で動くことのできるスキル。 そして、その佇まいと雰囲気。 間違いなく同業者。レイヴンだ。 眼を凝らして、注意深く女性レイヴンの顔を窺うと、その顔には見覚えがあった。 ――あれは、確か・・・ そうだ、ジェイスンに調べてもらったターミナル・スフィアの主要メンバーのリストに載っていたレイヴン。 「アザミ・・・ノウラの右腕とも言えるヤツがどうしてこんな所に」 だが、彼女がターミナル・スフィアの人間ということが分かると同時にソリテュードは少なからず焦燥感を覚える。 もしやこの混乱を利用して、実力行使に及ぶつもりか? いや、慎重なあいつらが、そんな短絡的な行動を取るとは思えない。 しかし、このままでは埒があかないのも事実だ。 それに今の俺の最優先事項はアリスを保護することだ。 奴らの都合なんて知ったことではないし、アリスをこの手で保護した後で聞けばいいことだ。 だが、迂闊に飛び出すのは危険だ。 彼女はランカーではないが、実力派のレイヴン。その力量は確かなはず。 相手の力を予測しつつ、自分の戦力を確認する。 自動拳銃と予備のマガジンが2つ、携帯用小型ハンドグレネードにナイフと最低限しか持ってきていない。 しかし、アザミはまだ俺が近づいていることに気付いていないようだ。 ならば、奇襲が一番有効な手段だろう。 拳銃をデコッキングレバーでハーフコック状態にしてからホルスターに収め、腰の後ろに付けている大型のシースナイフを鞘から抜き払い、逆手に構える。 気配を殺し、足音をたてないようゆっくりと、しかし確実にその無防備な背中に迫って行く。 その姿は闇夜に紛れ、獲物を仕留めんとするフクロウのようだ。 ソリテュードはアザミを有効射程圏内に収めると、ナイフを振りかぶり、腰を落として自身の体のバネを最大限に活かした跳躍で一足の元に襲い掛かる。 スローモーションのように相手の背中が近づき、獲物を引き裂く爪のごとき一閃は、まさに食いつかんとする寸前で空を切った。 視界に収めていたアザミの体は幻のように掻き消え、一瞬のうちに左側面に位置する歩道をブーツの底から煙を上げながら滑走していた。 そのしなやかかつ素早い身のこなしは豹やジャガーのような猫科の猛獣を思わせる。 最大のチャンスであった奇襲は失敗に終わったが、この程度は予測済みだ。 いや、むしろこれくらいの反応はしてもらわないと面白くない。 久しぶりに手ごたえのある相手を前にして、普段は心の奥底に仕舞っている闘争心に火がつくのを感じる。 意識せずニヤリと不敵な笑みがこぼれるのを隠せない。 ソリテュードは通常の人間では有り得ない様な動きを見せる相手を見失うことなく、瞬時に追撃態勢を取る。 アザミの視線が咄嗟の回避行動によって自分を収めていないのを見逃さなかった。 体勢を一足で立て直し、ナイフを順手に持ちかえつつ、オーバード・ブーストを彷彿とさせるような速度で一気に距離を詰め、相手の右脇から左肩にかけて薙ぎ払う。 しかし、仕留めるつもりで放った一閃は、またも空を切る結果となった。 彼女もまた俺の追撃が来ることを予測していたのだろう。体勢を立て直すのと同時に上体を逸らし、回避しつつ腰に装備していたナイフを抜き払い、ほぼ零距離の一撃をガラ空きになった俺の脇腹に向かって突き出してきた。 その致命傷につながる相手の一撃を前にして、ソリテュードは驚くほど冷静だった。 ――いい判断だ。そうこなくてはな。 だが俺とて、その程度は読んでいる。 踏み込んだ右足を軸にして、ナイフを薙ぎ払った体の動きを推力に利用し、こちらも零距離からの強烈な蹴りをアザミの横腹に見舞う。 瞬間の交差は、回避行動を取ったことで、一瞬遅れたアザミが蹴りを食らう形となった。 が、吹き飛ばすつもりで放った蹴りをその場で食い縛られたのはソリテュードにとって予想外だった。 ――コイツを耐えるとは、ならばっ! ほぼ密着状態からナイフを再び逆手に持ちかえつつ、右腕を彼女の喉元目掛けて振り抜く。 しかし再度、必殺の一撃は彼女の迎撃によって阻まれる。 凄まじい速度で切り上げられたアザミのナイフによる一閃は、火花を散らし俺の手からナイフを弾き飛ばした。 ――やるな、やはりただ者じゃない。 得物を失った以上、残された有効な手段は最接近しての組み手しかない。 そう判断したソリテュードは迷うことなく更に間合いに踏み込んだ。 同時に頭の中でアザミの戦闘能力を奪うための動きをイメージする。 今までの交戦から推測されるアザミの戦闘能力と自身の戦闘経験を基に、それは瞬間的に構築され、体は寸分の違いなくイメージをトレースする。 自身を狙っていたナイフが握られる右腕の手首を素早く掴むと、力いっぱい内側へ捻りこみ、攻撃手段を封じ込める。 その細腕に握られていたナイフは力なく落下し、軽く乾いた音を響かせた。 互いの息が掛るほどの超至近距離から渾身の右フックをこめかみへ見舞うべく、腕を振りかぶる。 だが拳を放つ直前、アザミの右腕を封じ込めている自身の左腕に違和感を覚えた。 瞬時にそちらへ目を向けると、アザミは俺の拘束から逃れるべく腕を振りほどこうと、フリーになっている左手で俺の左手首を鷲掴みにしていた。 手首に食い込む指先の異常なまでの圧力に思わず顔をしかめる。 それは明らかに人間のものではなかった。 ――っ!まずい、これでは逆に反撃される。 危機を察したソリテュードは即座に攻撃を中断し、間合いから離脱するため零距離から再度、アザミの腹部を蹴り上げた。 今度は防御態勢を取れずに蹴り飛ばされ、宙に浮いたアザミは、それでもそのまま倒れることなく俺の肩を土台にして、跳躍するような形で宙返り反転をし、大きく距離を開けて体勢を崩すことなく滑走しながら着地する。 アザミのブーツから煙が立ち上り、合成ゴムの焼けた臭いがツンと鼻腔をくすぐる。 先ほどの右手の握力、俺の攻撃をことごとく耐えきる耐久力、あの瞬発力と敏捷性。 ――間違いない、体の大部分を義体化している。 そう考えつつ、ホルスターから拳銃を抜き、ハーフコック状態のハンマーを上げ、アザミに狙いを定めるのと、彼女がサブマシンガンを構えてこちらに銃口を向けるのはほぼ同時だった。 ようやく巡ってきた膠着状態を逃すことなく、今までじっと俺たちの戦いを見ながら一歩も動こうとしなかったアリスを手招きで呼び寄せる。 すると、それを待っていたかのようにトテトテと俺の横まで駆け寄ってきた。 視線を逸らすことができないため、表情は窺えないが、安心したように寄り添ってくるのを肌で感じる。 小さな体温を感じながら、ようやくアリスを自分の手の内に収められたことに安堵しつつ、緊張状態を解くことなく戦闘態勢を維持する。 むしろここからが本番だ。 明滅を繰り返す隔壁設備の警告灯が自分たちの周辺をせわしなく照らす。 そこで、今まで朧げだったアザミの容貌をはっきりと見ることが出来た。 女性にしては短い髪型と、眼をひく白い髪。そして俺を睨みつける鋭い目つきは女性よりも先に歴戦の兵士を意識させる。 やはり噂通りの実力の持ち主のようだ。 沈黙が続くかと思われたが、先に口火を切ったのはアザミの方だった。 「ランカーレイヴン・・・ソリテュードか―」 特徴的なハスキーヴォイスが、より彼女を印象付ける。 その冷徹な口調からも、この緊急事態に少しも混乱していないことが窺えた。 ――やはり向こうも俺の事を知っていたか。まあノウラの部下であれば当然だろうが。 こちらも彼女の真意を確かめるべく口を開く。 「互いに初見の筈だがな。雇い主に連絡を取る前に、君から説明を受けたいものだな。―ミズ・アザミ?」 相手の真意が分からない以上、単刀直入に聞くしかない。 少なくとも彼女がアリスを追ってここまで来たのは確かだろう。 だが俺にとって重要なのはアリスを追ってきた、その理由だ。 この混乱に乗じてのターミナル・スフィアによるアリスの奪取であれば、それは到底看過できるものではない。 しかし、あの組織の性質上、それは考えにくいというのもまた事実だった。 最悪の場合、彼女と交戦を続けなければならないが、できればそれは避けたかった。 アリスを一刻も早く安全な場所に避難させたいのが最大の理由だが、状況的にも戦力的にも、こちらが不利なのは明らかだ。 拳銃を突きつけつつ、アザミの表情を窺う。 彼女は一切表情を崩すことなく、少しの思案の後、重い口を開いた。 「・・・此方はエデンⅣ連邦治安法内事交戦規定に基づき軍事行動中だ。ミスター・ソリテュード、其方の所有物については行動中に保護対象と認定、当該行動を展開していた。此方からの説明は以上だ・・・」 一切の無駄を排した簡潔明瞭な状況説明。 こちらと話し合いをする姿勢を見せつつも、先ほどの戦闘時よりは軟化したとはいえ、それでも並みの兵士ならばすくみ上がってしまうような殺気をサブマシンガンの銃口と共にこちらへ突きつけてくる。 その彼女の佇まいは傍らにいる少女よりも、よほど機械じみていた。 ――なるほど。確かにターミナル・スフィアは独自の軍事力を有しているし、パルヴァライザーの襲撃ならば動かない道理がないか。・・・しかし、所有物とはな。彼女もノウラと同じく、アリスを人間扱いしていないらしい。まあ、当然と言えば当然か。 アリスを物扱いされたことにどこか複雑な思いを抱くと同時に、それが今は余計な雑念だと認識して意識的にその感情を脇へ追いやる。 どうも最近、アリス絡みの事に対して余計な感情が働いていけない。 一瞬とはいえ気を緩めた自分を引き締めつつ、現状を打開するための思考を巡らす。 彼女が優秀な兵士であるのは、もはや疑いようが無い。 ものの数分交戦しただけだが、この期に及んで嘘を吐く様な人物ではないことは確かだ。 それに、アリスの奪取が目的ならば、彼女の能力を持ってすれば容易に実現できただろう。 にもかかわらずアリスを目前にそうしなかったのは、少なくともそれが目的ではなかったからだ。 ならば相応の対価を払って引き下がってもらうしかないだろう。 ――しかし・・・とんだ災難だな。あのマダムに借りを作ってしまうとは。 「・・・コレの身元は私が引き受ける。貴君の彼女に対する配慮、感謝しよう。現在、都市全域に第一種警戒態勢が発令中だ。事務所の方へは後日追って、再び挨拶に足を運ばせてもらうとする。コレで異存はあるまい?」 これが俺の最大の譲歩だ。これ以上、交戦を続けるのは互いの本意ではないし、ターミナル・スフィアに対価を払うとなれば、それは俺からの古代遺跡に関する直接的な情報提供以外に成立しない。 アザミはソリテュードの言葉を聞くと、しばらく思案した後、突きつけていた殺気を今度は明確に軟化させ、サブマシンガンの銃口を静かに下ろした。 それを見たソリテュードも拳銃をデコッキングすると共に狙いを彼女から外す。 二人の戦士による殺気で凍てついていた周囲の空気が弛緩し、奇妙な静寂が辺りを包む。 この混乱の最中、ここだけが切り取られたように何故か無音に近かった。まるでそれが必然であるかのように。 それは嵐の前の静けさに似ていた。 しかし、その異変に気付けというのは、つい先ほどまで命のやり取りをしていた人間に対して、いささか酷なものであった。 ただ一人の例外を除いては。 ――やはり、優秀な人間は飲み込みが速くて助かる。 こちらも殺気を軟化させ、ようやくこの場を収束できたことに安堵していると、不意に上着の裾が小さな力で引っ張られるのを感じた。 視線をそちらへ巡らせた瞬間、俺は驚かざるを得なかった。 普段から滅多に表情を変えないアリスが、この上なく不安そうな怯えた顔で俺を見上げていたからだ。 「どうした、アリス?」 「・・・くる。さっきから、だれか・・・。わたしを、うばいに・・・」 か細く、拙いその口調はいつも以上に頼りないものだった。 アリスのただならぬ変化に危機感を感じ、周囲を警戒しようとしたその時。 カン―― 静寂を打ち破るような硬く乾いた音が響き、その直後、辺り一帯は鋭い閃光と耳をつんざくような爆音に包まれた。 ――閃光弾だと!? 咄嗟に腕で眼を覆い、視界を奪われるのだけは回避できたが、耳に響く爆音だけは防ぎようがなかった。 鼓膜を破らんばかりの大音響に顔をしかめる。 平衡感覚を司る聴覚器官が一時的とはいえマヒし、軽い眩暈を起こすが、裂帛の気合で踏みとどまり、すぐに意識を回復させた。 だが、その瞬間が致命的な隙となってしまった。 閃光弾が何者かによって投げ込まれた直後、ソリテュードの後方に位置する隔壁設備のガレージから高機動MT数機が滑り出て、その内の2機がソリテュードとアリスを目掛けて疾走してくるのとソリテュードが意識を回復させたのはほぼ同時だった。 後方からの機動兵器の駆動音に気付いて振り返るのと同時にソリテュードは自分の判断ミスを呪う。 閃光弾が炸裂する瞬間に、自分の腕で顔を覆うのと同時に空いた左手でアリスの顔の前に手をかざして視界を護ったのはよかったが、爆音によって一時的とはいえ意識が遠のき、アリスを自分の手から離してしまった。 結果アリスは孤立し、アリス自身も爆音の影響で動くことすらままならない。 アリスの手を取って、こちらに引き戻そうと腕を伸ばすが、寸でのところで腕は空を切る。 少女の小柄な体はMTのマニュピレーターに攫われ、その身を捕らわれてしまった。 「アリス――!」 ――クソッ、なんてバカだ! アリスを奪われたことに、やり場のない憤りを相手と自分自身に感じつつも、冷静に状況を分析する。 こういう時に焦れば、それこそ取り返しのつかない事態になる。 正体不明のMTは全部で5機。 強襲用の軽量型MTは俺とその場に残っていたアザミを取り囲むように陣形を組んだ。 そして何故かアリスを攫った機体までもが俺達を取り囲んでいた。 ――何故逃げない?俺達を始末する気か。目標を確保したことで油断しているな。だが、その油断こそがお前らの敗因だ! ソリテュードは自分より遥かな巨体と力を持った鋼鉄の巨人を前に臆することもなく攻撃態勢を取る。 携帯用小型ハンドグレネードのうち、光学センサーをマヒさせる機能を持つフラッシュグレネードを投げようと身構えた瞬間、視界の端に何かが動く気配を感じた。 そちらに眼を向けると、アザミがアスファルトを砕くほどの驚異的な脚力でアリスを攫ったMTに飛び掛かり、アリスを捕らえている右腕関節部に向かってグレネードランチャーぶっ放した。 衝撃力に特化した拡散衝榴弾を使用することによってアリスへ被害が及ぶリスクを最小限にすると共に関節部のアクチュエーターやケーブルにダメージを与えマニュピレーターの機能を低下させる。 それはアリスを奪還するのに、この場で取ることのできる最良の判断と行動だった。 アザミは素早い身のこなしで、拘束力の緩んだMTのマニュピレーターから瞬時にアリスの身体を抜き取り、そこから華麗に跳躍して地上へと降り立った。 その一瞬の出来事に謎のMT集団はおろか、ソリテュードまでもが呆気にとられてしまった。 自分も似たようなことをしようと考えてはいたが、あそこまで鮮やかに、そして瞬時にやってのけられると、さすがに言葉を失う。 ――驚いたな、まさかあれほどの力を持っていたとは。 などと、緊急事態であるにも関わらず、不覚にもそんなことを考えていた俺の耳に印象的なハスキーヴォイスが響く。 「ソリテュード、走れ!」 アザミの声で我に返り、MTの足元めがけて飛び込むくらいの勢いで全力疾走する。 が、敵もいつまでも呆けているつもりはないらしく、捕獲対象をあっさり取り返されたこともあってか俺とアザミに猛烈な攻撃を浴びせかけてきた。 耳をつんざくような轟音と共に弾丸の雨が降り注ぐ。 対機動兵器用のガトリングガンなど、掠っただけでも致命傷だ。 俺達を取り囲むMTのうちの1機の足元に滑り込むと、幸運なことにすぐ目と鼻の先にビルとビルの合間にある小さな路地が眼に入った。 「くっ・・・この!」 立ち止ることなく、全身の力を足に降り注ぎ一心不乱に疾走して路地へと飛び込んだ。 路地の入口が数発の弾丸で砕かれるが、それ以上の追撃は無い。 どうやらヤツらの目標は、あくまでアリスとアザミであるらしい。 MT相手に牽制にもならないと思いつつ、拳銃とハンドグレネードを構えながら、そっと路地から外の様子を窺う。 →Next… ② コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/158.html
⑨*⑩*⑪ 変わらず抑揚を欠いた言葉。しかし、ガロはその口調の裏側に僅かな焦りの介在を感じ取っていた。 統合制御体がファントムヘイズとの近接対峙を前に、機体制御態勢の速やかな移行を推奨する。 「知らんだろうな。貴様が世界の裏側でのんびりとしている間に、この地上世界は大きく変容した──」 意思判断し、左腕部に携えた適合兵装を持ち上げる。それに合わせてファントムヘイズも狙撃銃の銃口を動かした。長鑓を思わせる長大なひとつの銃身を基軸とし、レールシステムの搭載によって多種兵装の搭載を可能にした実働試験機体:マルシアの為のみに製造された大型の適合兵装。 『貴様に見せてやる。この五年間、世界がどう動いたのかをな──』 その言葉を最後とし、一方的に通信回線を解除。 統合制御体に指示し、機体制御態勢の速やかな移行を指示する。 その間際、再びハルフテルが最後に言い残した言葉が脳裏をよぎった。 ──悪ければ、それはアンタの速やかな死を意味している その言葉通りだった。機体制御システムと搭乗者を物理接続する事によって、従来の機動兵器とは一線を画す戦闘能力を発揮するネクスト兵器は、本来AMS適性を持つ搭乗者一人のみで制御するものではない。 だが、それこそがエンシェントワークスが推進するネクスト研究の本質だった。 ──生体CPUを一体切り刻んだ 狂っている。そうでなければ辿りつけない場所を、彼らは目指しているのだ。 旧世代ですら成し得なかった境地へと、ネクスト兵器を持って行こうとしている。 モラルも既存の理念も何もかもを置き去りにして、彼らは生み出そうとしている。 ──彼らが望む、真のネクスト兵器を ──何故、志願したか? ──戦場から降りられなくなった兵士に残された道だったから? ──その礎になることが望みだったのか? ──私は ──戦場で生きる事でしか、自分を認められないのだ。 ──この計画の末に、きっとその終わりが待っているはず。 一瞬瞼を下した後、迷いなくコンソールキーを叩いた。 『AMS接続制御態勢、第一種戦闘態勢へ移行します──』 ──理性が灼かれ、溶け出した。自らの願いを戦場で達する為に、私は彼女と一体となった。 溶けゆく意識の中、私の外側で誰かが獣のような咆哮を上げた。 それは、私だったかもしれない。もしかしたら、一体となった"彼女"だったかもしれない── 行こう── AM09;33── * AM08;50── 街が灼け堕ちていくその光景は、決して気分の良いものではない。 住み慣れた古郷を幾度も失ってきた私には、それが耐えられないのだ── ──止められない ヴァネッサの脳裏にそんな焦燥感が過り始めたのは、興行区画で戦線確立の為の防衛戦闘に武力介入し始めてから一時間ほどが過ぎた頃だった。 無尽蔵とも言える兵力差で迫りくる旧世代兵器群の侵行は大きな波となって第三波、第四波ととめどなく続き、途中からヴァネッサはそれを数える事を止めていた。旧世代兵器群の進撃を辛うじて遅らせる事しかできず、反転攻撃の為の戦線確立などは望むべくもない。そして、ヴァネッサの焦りを一層増長させていたのは前方から迫りくる旧世代兵器群の潮に対し、後方でまだ避難誘導により弾雨の中を搔い潜りながら地下シェルターへと一心不乱に逃げ往く一般市民の群だった。 今回の騒乱自体が旧世代兵器群による一方的な奇襲攻撃に端を発していた為、エデンⅣ全域に戦火が拡大するまでに避難シェルターへ退避できた一般市民はおそらく、全体の三割にも満たないはずだ。辛うじて退避に成功したのは主権企業をはじめとする各政財界の官僚や重鎮達のみで、危機管理体制などが行き渡っていない一般市民レベルなどは出動軍の避難誘導を頼って徒歩でシェルターまで向かうしかない。 その一般市民の誘導数が膨大な数に上って後方防衛ラインで衝突し合い、それが返って戦線確立の妨げとなりつつあるのが、現在の戦況の致命的な箇所だった。 興行区画は二十四時間体制で昼夜関係なく栄えるエデンⅣの一大都市区画であり、その集約人数の割合は他区画と比較すべくもない。それが仇となったのだ。 戦線確立のための後退戦闘もまともに行えず、いたずらに友軍戦力のみがじわじわと消耗していく。 現にたった今、興行区画の防衛戦闘に当たっていた友軍AC部隊のうちの一機が旧世代兵器による攻撃で決定打を受け、前線から急速離脱していった。 「また一機やられた……! 後方避難誘導はまだ終わらないのっ?」 『急くな、ヴァネッサ──。増援部隊の到着まで堪えるんだ』 広域防衛区画からのその増援部隊も、後方の混乱に邪魔されて当該戦域への到着がいつになるかは分からない。戦況は確実に悪化修正されているといえる。 決定的な打開策が見当たらない今、最悪の可能性だけが頭の中で反芻される。 「──! 危ないっ」 前衛に展開し、正面の敵の攻撃に囚われていた友軍機の右舷に別の旧世代兵器が姿を現し、ヴァネッサはその敵性動体に向けて右腕兵装であるグレネードライフルの榴弾を撃ち込んだ。 「突出してはダメ、早く下がって!」 『す、すまん──。だが、これではキリがないぞっ……』 搭乗機体である重量逆脚型の機体をラピッドタイドと同一ライン上へ下げながら、グローバルコーテックス帰属のそのレイヴンは、他の例と同じように焦燥感を滲ませた言葉を吐く。 「増援部隊がすぐに到着する。それまでこの防衛ラインを維持するのよ」 統合司令部から通信技官として、戦術支援に当たってくれているリサの言葉をそのまま繰り返す。だが、実際にはその間にも確実に友軍戦力は消耗され続けており、一方的なダメージレースとなる展開は避けられない。 確実に忍び寄る死の影に、誰もがその戦域から遠のきたかった。 しかし、ヴァネッサは震える奥歯をぎりっと噛みしめて抑え込み、操縦把を握り込み直す。無尽蔵に思える敵性兵力にも必ず限界がある。そこまで耐え切らなければこの騒乱を生きて、生き延びることは難しいだろう。 同一ライン上に展開する友軍機と連携して前方から迫り来る旧世代兵器群の侵攻を何とか押しとどめ、その間にも地上に展開していた通常戦力部隊が戦火の煽りを受けて吹き飛ぶ。 瓦礫片と共に飛散した肉片交じりの血雨がラピッドタイドの外部装甲を叩き、ヴァネッサはその光景にわずかに目を細めた。 左腕部と背部の多砲身式回転機関砲で高密度の弾幕を張っていたが左腕部機関砲の残弾数が尽きた。補給部隊の作業用MTが予備弾倉を抱えてラピッドタイドの機体に取りつき、砲身と機体付随のマガジンラックにそれぞれ弾倉を補給する。 『此方補給機、装填を完了した──!』 「助かった、サンキュー──」 その直後、短い悲鳴と共に作業用MTからの無線が途絶える。機体のすぐ傍で起こった爆発を搭載センサー群が捉えたことから、MT機が攻撃の余波を受けて爆散したのだと気づいた。 「ちくしょうっ……!」 作業用MTを一瞬で吹き飛ばしたと思しき旧世代兵器の四脚型パルヴァライザーを捕捉、背部兵装のリニアキャノンを展開、即座にトリガーを絞る。強化推力を与えられた徹甲弾がパルヴァライザーの頭部を過たず消し飛ばす。が、機能停止したその残骸を踏み越えて後方から旧世代兵器群が押し寄せる。 『止むを得ん、防衛ラインを後退するぞ』 「それじゃあ一般市民に被害が及ぶ可能性があるわ……」 『では他にどうするというのだ。我々が此処で撃破されては、護れるものも失ってしまうんだぞっ』 当該戦域のAC戦力の中で便宜上指揮機体のような役割を担っていたコーテックスのレイヴンが、若干の冷静さを欠いた声で言う。しかし、その言葉は戦場に臨む者としての説得力に満ちた声であり、ヴァネッサも異議を申し立てはしたものの同種の人間である事に変わりはなく、それ以上の追及はできなかった。 今此処で、戦力消耗を少しでも遅らせなければ、増援部隊の到着まで防衛ラインをすら守り切ることはできない。 『此方フロント、此れより防衛ラインを後退する──』 指示に従い、友軍機同士で後退支援を行いながら幹線道路上を移動、インターチェンジ付近まで後退した時、其処に駐留していた地上後衛部隊と接触。 指揮機のレイヴンが外部拡声器を用いて、インターチェンジで防衛ラインを構築していた一般部隊に後退を促す。 『お前達も早く下がれ、此処も突破されるぞ──』 その逼迫した声に押されて一般部隊が下がり始めるのもそこそこに、幹線道路上に構築された重バリケードを破壊して友軍機が進入、その時ウエストインターチェンジ方面から装甲輸送車の部隊が此方へ向かってきた。 『逃げ遅れか、急げ──!』 その声が聞こえたのかどうかは分からないが、装甲輸送車はインターチェンジのカーブへ速度を緩めず曲がり込む──しかし、破壊した重バリケードの隙間を縫って飛び込んできた榴弾の弾幕が路上に着弾し、その衝撃波が前衛の装甲輸送車を容易く吹き飛ばした。鋼鉄の匡体が横倒しになって路上を滑走し、その事態に巻き込まれた後続車両が次々と玉突き状に衝突を起こす。 「追いつかれた──」 今しがた後退してきた進入口に早くも追いついてきた旧世代兵器の侵攻部隊が現れ、インターチェンジへ向けて迫撃戦術を展開し始める。友軍AC機が一斉に迎撃弾幕を張るが、それをすり抜けた榴弾群が重バリケードからインターチェンジ内へ降り注ぐ。 走行不能になった輸送車から降り、徒歩での避難を始めていた一般市民と兵士達が榴弾の爆発に巻き込まれて爆煙の中に消え去り、友軍機もまた榴弾による損傷を負う。 「私達が防ぐから、早く市民の避難掩護をお願い!」 悲鳴と断末魔が行き交う地上の様子を視界の隅に収め、ヴァネッサはラピッドタイドの機体を重バリケードの突破口前に移動させた。侵攻部隊の軽い弾幕を分厚い装甲で弾いていなし、御返しとばかりに多砲身式回転機関砲による一斉掃射を浴びせかける。 その文字通り捨て身を賭したヴァネッサの行動に呼応した友軍機達が、重バリケードの上から応対射撃を取り始める。バリケードから一歩突出したラピッドタイドに旧世代兵器群の攻撃が集中し、それを脇から友軍機達が叩き潰す。重戦車であるが故の分厚い外部装甲が幸いし、ラピッドタイドは正面からの被弾にも何とか耐える事が出来た。 『市民の避難距離を稼いだ、下がるぞ──』 コーテックスのレイヴンが指示し、先行して周囲の友軍AC機を下がらせる。そして、最後まで最前衛に残っていたヴァネッサに無線を遣し、 『レイヴン、スイッチだ──』 ヴァネッサの後退戦闘を支援すべく指揮機のレイヴンが代わって前衛へ突出し──その交差の隙を、運悪く旧世代兵器群に突かれてしまった。 その一瞬の隙の間に飛来した徹甲弾が指揮AC機の頭部を粉砕し、その破砕片がラピッドタイドの装甲に降り注ぐ。機体制御を著しく搔き乱され、そこへさらに数発の砲弾が食いついて指揮機の左腕部その他、外部装甲を吹き飛ばしていく。 『くそ──君は早くいけ!』 「でも、貴方はっ──?」 応対姿勢を継続しながら後退するラピッドタイドの前に立つレイヴンは、致命的な被弾を自ら甘んじて受け止め、両背部に搭載した連装型ミサイルコンテナを展開する。 『俺はコーテックスのレイヴンだ。与えられた任務は全うする──幸運を、レイヴン』 ──その言外に含まれた意図にヴァネッサは口許を手で覆った。 旧世代兵器群の追撃がさらに指揮ACの機体に致命打を与え、後退推力をすら失ったレイヴンは至近距離に迫った旧世代兵器群に向けて背部コンテナから大型ミサイルを連続射出した。 ──インターチェンジを含む周囲施設を大きく揺るがす爆炎が前方幹線道路を呑み込み、巨大な噴煙が立ち上る。決死の応対攻撃を行った指揮ACの機体もその爆発に呑み込まれ、その姿はラピッドタイドからは一切確認できない。 『──今のうちに早く下がれ、ヴァネッサ』 リサのその冷静さを欠かない指示にヴァネッサはようやく気を取り戻し、フットペダルを踏み込んでラピッドタイドをインターチェンジから幹線道路後方へ進ませる。 ラピッドタイドの後退を待っていた友軍機がそれに合わせて応対機動を再開するも、その情報を搭載センサー群で捕捉したのだろう、赤々しく燃え上がる爆炎の向こう側から旧世代兵器群が一斉に突出を展開してくる。 「そんな──」 旧世代兵器群は各々の機体を炎に包まれながらも、それには一切構わず追撃戦闘を継続。実弾兵器群による弾幕がラピッドタイドの外部装甲の上を跳ねまわり、徐々に機体損耗率が上昇していくのを戦術支援AIが無機質なヴォイスで報告していく。 やっぱり、止められない──けれど── 一切の怖れを知らず他の感情をも持ち合わせていない旧世代兵器群は、正確な数値判断から導き出される合理的行動に従い、味方機がその場に崩れ落ちようと構わずそれらを踏み越えて侵攻してくる。そんな容赦のない敵を相手に、絶対的に不利な状況下では長く持つはずもなかった。 だが、其処で継続戦闘を放棄する事だけは、ヴァネッサの猛る矜持が一切許そうとしなかった。 ──10年前、先生もそうやって私達を護ってくれた かつての前例があり──その彼女が事実として遣り遂せてくれた。その実力が伴っていない中で自ら速やかな死を所望するのは愚行以外の何物でもない。しかし、それが間違っているとは思うな── 自ら師と仰ぐ彼女は、ヴァネッサにそう諭した。 ふと、ヴァネッサは行き着いた── 「そっか。此処が、私の──」 私の、死線か── 戦場の一線に在り続けるのなら、何れ誰もが直面する時。少年兵の時分だった頃から、そんなモノには慣れ親しんできた。あの頃は恐ろしくすらなかった。護るものが何もなく、ただ自身が憎むモノ全てを灰に変えてしまうだけでよかった。 護るモノが在ると、人は恐れを抱くのだ。 此処は、先生のおかげで生まれ変わった私の、初めての死線── 後方を先行後退する友軍機から届く弾幕がラピッドタイドの周囲を飛び過ぎ、旧世代兵器群の前衛機を破壊すると共にラピッドタイドの後退を同時支援する。 『ぐあ──……!』 その悲鳴と共に友軍機が路上へ崩壊し、その傍をラピッドタイドで通り過ぎる。両脚部と片腕を粉砕されて移動能力を失った友軍機を落下爆雷群が襲い、外部装甲を焦がす。 旧世代兵器群の侵攻速度が確実に増し、それに合わせて友軍部隊も次々と撃破されていく。インターチェンジを出てから数分を待たず、その頃に後退戦闘を継続していたのはラピッドタイドを含めて三機のAC機のみとなっていた。 搭載兵装の弾薬消耗率が30%に近づき、応対戦闘に用いていた主兵装を機関砲群から背部兵装のリニアキャノンへ換装。一撃必殺の砲弾が狙い通り前衛のパルヴァライザーを撃破、しかし後方から瞬く間にスイッチしてきた二機のパルヴァライザーが背部に搭載したコンテナから地対地ミサイルを垂直発射し、計十二基から成る弾頭がラピッドタイドの頭上を越えて後方へ飛んで行く。 一拍後、後方から轟いた崩壊音を搭載センサー群が捕捉、後方視界用のサブカメラから転送されてきた映像をメインディスプレイに映し出した。 後退進路の高架幹線道路が崩落し、そこから奈落の底の闇がのぞいていた。其処にいた二機のACは辛うじて回避機動をとったらしいが、致命的な損壊を受けて分断された幹線道路の先で機能を停止していた。 「分断された──」 崩落距離は目測で約55メートル──爆発の衝撃派に巻き込まれて崩落距離が伸びたのだろう。旧世代兵器群が前方百数十メートルに迫り、ヴァネッサはブースタ用フットペダルに足をかけようとし、そこで踏み込むのを躊躇した。 『増援部隊が間もなく到着する、耐えろヴァネッサ──!』 リサが珍しく感情を表出させた口調で言う。統合司令部のヴァネッサから転送されてくる広域索敵レーダーに、自機後方から複数の動体反応が接近してきていた。 操縦把を握り込みなおし、崩落した幹線道路の断崖ギリギリまでラピッドタイドの機体を近づける。 重戦車型機体にも基本、強化推力用のブースタ機構は搭載されている。しかし、それらは緊急機動用の推力機能として扱われる事が多い。その為長距離移動用や巡航用機能としての調整は成されておらず、極めて短距離でしかブースタ機構は使用できない場合がほとんどである。 ラピッドタイドもその例に漏れず、実働試験の際にブースタ機構を用いた時の最大航続距離は僅かに直線距離50メートル程度であった。 ギリギリだが、行けない距離ではないかもしれない。後退飛行中に応対行動を行いながらでないと渡り切れる可能性は低く、しかし、射撃反動や被弾による推力低下を鑑みると、ブースタ機構を用いる選択肢はどうにも無理があった。 リニアキャノンによる精密な遠距離砲撃で一体一体を確実に撃破──計5,6機を前方に沈め、増援部隊の到着が残り約二分に迫っていた時だった。 ──旧世代兵器群の攻撃が不意に止み、やがて奴らの群列が左右に別れて中央から一機の機影が姿を現した。 軽量二脚型を模り、両腕部マニピュレーターに既存の実弾型機関砲とレーザーブレードと思しき発振機構を備えたパルヴァライザー──。 戦術支援AIに詳細解析を進行させるが、データバンクから当該情報は検出されなかった。 「まさか、新型機──。此処でそんな隠し玉を出してくるなんて……」 取り捲きの旧世代兵器群は一切の進撃行動を停止しどうやら待機状態へと移行しているようであった。どうやら、新型機と思しきパルヴァライザーの戦術展開を邪魔しないためであると、ヴァネッサは推測した。 相手から先制攻撃を行う予備動作は見受けられない。その分増援部隊の到着までの時間稼ぎにはなるだろうが、その事実を旧世代兵器群が捕捉していないはずはない。 その事に疑問を呈した瞬間の事だった。まるで空間を切り貼りするかのようなブースタ推力でパルヴァライザーが正面から突進を仕掛け、ヴァネッサは一拍遅れて応対射撃を取った。 左腕部の短機関砲で牽制の意味合いを含んだ弾幕を張り、それに紛れて精密に狙いすましたリニアキャノンの砲弾を撃ち放つ。強化推力を得た砲弾は狙った頭部へと吸い込まれていくが着弾の刹那、パルヴァライザーは圧倒的な機動力で事も投げに強化推力の砲弾を回避して見せた。 (なんて早さなの──他とはまるで違う!) それはこれまで相手にしてきたパルヴァライザーとは全く性質を異にしていると、ヴァネッサは直感した。これまでの敵は圧倒的な兵力差で迫ってきはしたものの、いずれもが突出性のない画一的な機能であった為になんとか数機の友軍ACのみで対応する事が出来た。 だが、これは違う──! これまでのパルヴァライザーとは違う、そいつだけ全く桁違いの高性能な戦術判断AIを搭載しているとしか思えないほどの戦術展開能力である。 制圧射撃を旨とする高密度火力で圧倒しているつもりが、それを最大限の機動展開で回避し、残りは外部装甲のみで弾いていなされる。ものの数秒で距離を目前にまで詰められ、背部から展開した大型グレネードキャノンの砲口がラピッドタイドを捉えた。 重装甲による高度な防弾能力を持つラピッドタイドとはいえ、度重なる被弾で消耗した外部装甲ではどこまでその攻撃を無力化できるか分からない。もし当たり所が悪ければ── そんな可能性が脳裏をよぎった時、こちらを完全に捕捉したパルヴァライザーが背部大型グレネードキャノンから榴弾を射出した。 「くそ──!」 まっ直ぐに飛来してくる榴弾の直撃は避けられないと直感的に悟ったヴァネッサだった──が、外部装甲に衝突するその刹那、後方上空から不意に一筋の光線が榴弾を巻き込んで眼前の幹線道路上へ突き刺さった。 圧倒的熱量で焼かれた榴弾が誘爆し、わずかな破片が軽くラピッドタイドの外部装甲を叩く。 『増援部隊が到着したぞ──!』 続けて、 『遅くなってすまない、ヴァネッサ──』 リサとは異なるその声に驚いて言葉を発しようとした時、ひとつの機影が頭上を通り越してラピッドタイドとパルヴァライザーの間へ降り立つ。──クレスト社純製パーツで構成された純白の軽量二脚機体、それはたった数時間前にアリーナ予備大会決勝で対戦した知己のものだった。 「ジェリー……!」 『戦況が芳しくないって聞いてね。統合司令部に直接掛け合って許可してもらったんだ』 「──怪我は大丈夫なの?」 その気づかいにジェリーは搭乗機体ブルーマーレの右腕を軽く持ち上げて見せる。 『そんなにひどくはなかったよ。──それよりも行けるな、ヴァネッサ?』 先行して現場合流したブルーマーレに続いて広域防衛区域から派遣されてきた通常部隊が到着し、分断された幹線道路の先に重防衛用バリケードを構築し始める。 『──追加部隊もすぐに到着する。此処までよく戦ってくれたな──ありがとう』 獰猛な意思を湛え、ジェリーはブルーマーレの機体に突進体勢を取らせる。 『一気に押し返すぞ』 その最も古い戦友の言葉にヴァネッサは口許に淡い笑みを浮かべ、操縦把を改めて握り込んだ。 「ええ。やりましょう──」 ──まだ、生きて戦える AM09 25── * AM09 15── 【Client Kelly Altman──地下核部に不正侵入した旧世代兵器群の排撃、及び当該戦域の第二種武装制圧】 素性の定かでない不定勢力であっても、依頼に仔細ないと判断すれば受諾し業務履行は此れを全うする。一部例外はあるにせよ、基本的にはフリーランスの傭兵であるファイーナは、自らにその活動領分を課していた。 商業区画当該戦域の第六次防衛戦闘までを単機で完結した後、ファイーナは戦線確立に成功した増援部隊に継続作戦を一任、自らは戦域を離脱して現在搭乗機体のゼクトラを新たな作戦領域へ向けて疾駆させていた。 統一連邦政府駐留軍からの依頼業務はこの騒乱がエデンⅣ存続という形で無事終息した場合、当該戦域を作戦途中で離脱した事実から依頼不履行となり、発生報酬の減額はおそらく避けられない。 だがその不名誉を差し引いたとしても、第六次防衛戦闘の最中に舞い込んできた不定勢力からの緊急依頼に応えねばならない理由がアザミにはある。 状況が状況である為、不定勢力からのその緊急依頼をアザミは受諾するつもりは毛頭なかった。 ──が、その依頼ファイルの受信先、ファイル文書の文末に加えられていた古い言葉を見咎めた時、その判断はアザミの中で180度転換することとなった。 緊急依頼の送信された受信媒体はアザミが平時使用する業務アドレスではなく、かなり以前に継続使用を破棄しそのまま放置していた個人アドレスのひとつであった。それは五年前よりも以前──ミラージュ社陸軍は機械化空挺部隊に所属していた頃の専用個人アドレスであり、それを現在に至っても記録している人間は本人を除いてごく限られている。 その事実へ瞬時に行き当たった時、アザミは浅く息をついた。明らかな偽名──或いはワークネームを騙るクライアントは過去の素性を深く知る何者かであり、アザミの鋭利な直感はその存在が覆面依頼を持って自身を誘っていると悟ったのである。 そして、依頼詳細の文末に添えられた言葉を見た時、クライアントがかつて非公式のうちに抹消されたミラージュ社の五年前の致命的な汚点を知る者であり、それがかつての身内の誰かである事に気付いた時点で、アザミは当該戦域の制圧戦闘に区切りがついた時点で速やかに戦線離脱する事を逡巡なく判断していた。 添えられた言葉は、かつての帰属部隊──機械化空挺部隊【レッド・シーカーズ】が共有していた唯一無二の標語── 「ノウラの通り、唯では終われんな……」 統合司令部で陣頭指揮を執るノウラと最後に無線通信を行ったのは約90分程前だが、その時既に彼女はこの騒乱が唯では終わらないであろう事を示唆していた。 ──人類最後の庭園と謳われた絶対要塞の閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】へその広域警戒網をすり抜け、大胆にも都市天蓋部に大穴を空けて侵入。続いて製造元が未確定である紅い亡霊の武力介入──彼女は統一政府との関連性を疑い、この騒乱終息までの間に判断材料を収集して何らかの行動を起こすつもりらしい。 その矢先に、この緊急依頼だった。もしクライアントの素性が推測通りならば、騒乱終息後の事後事態は混迷化を深めるだろうとアザミは思考を巡らす。 この騒乱の暗部は、表面的に見るより遙かに深い場所にある── 今だ明白にならない事態推移の中、アザミの豊富な経験則は常に彼女へそう伝え続けている。 その最も深く暗い部分へとクライアントは誘おうとでも言うのか、依頼場所へのルートマップも添付しておりそれの事実詳細を戦術支援AIに解析させた後、アザミは一部改変を加えたルートマップに則って作戦領域へと進行していた。 途中、商業区画他戦域で防衛戦闘に当たるAC部隊と接触したがそのまま戦域を素通りし、一直線に向かう。アザミが単機で制圧した当該戦域はまだマシな方らしく、他の戦域は思ったより戦線確立に苦戦しているらしかった。 ──それも無理はないか。都市全域から戦力をかき集めたとはいえ、大半は有象無象と変わらん エデンⅣ防衛に当たって統一連邦管理局は、都市内部に駐留するAC保有勢力の全てに依頼を投げかけた。無論、エデンⅣ最大の企業体であるグローバルコーテックスからもAC戦力が派遣されてはいる。しかし、それをしても多くはアリーナ下位ランクや予備ランカーのレイヴンであり、加えて独立勢力系の有象無象が多く参加していては、そう防衛戦闘が上手くいくはずないというのが、軽く考察したアザミの結論である。 商業区画当該戦域を抜けて移動を開始してから約15分後、アザミは隣接する工業生産区画の重隔壁施設を有視界前方に捉えた。下降する幹線道路の直線上に重厚な造りの隔壁扉が聳え、其処を基点として両区画を分断する隔壁の高度限界の先からは、赤々しい炎と黒煙が噴き上がっていた。 侵入した敵性勢力が工業設備に手を出した為に、火の手が上がったのだろう。都市天蓋部へ向けて立ち昇る災禍は単純な火災規模で片づけるには大き過ぎ、その事から工業区画が受けている被害の甚大を容易に窺い知る事が出来る。 アザミはフットペダルを強く踏み込み、正面に高く聳える重隔壁扉へ向けてゼクトラの機体をブースタ推力で進ませた。幹線道路の下り坂を弾丸の様な早さで駆け下りる最中、前方右舷の角から一機の四脚型パルヴァライザーが滑り出してゼクトラの進路上を完全に塞いだ。この後に及んでも、侵攻の手を一切緩めようとしない旧世代兵器群の徹底振りに軽く息をつく。眼球動作に追従したフレームシステムが敵性目標を捕捉、同時に左腕兵装の短機関砲を跳ね上げてバースト射撃による牽制射撃を撃ち込む。 持ち前の重装甲でその軽い弾を弾いたパルヴァライザーが背部グレネードキャノンの砲身を前方展開、その光景を冷えた視線で追いながら、戦術支援AIにオーバードブースト・システムの起動を口頭指示した。 直後、前方拡視界に捉えた敵性目標の得物の砲口が轟然と火を噴く。そのタイミングを計っていたアザミは大きく吹かしたブースタ推力で射線上から真横へ移動、操縦把上部カバーを弾き上げて中の起動スイッチを押し込んだ。 開放された背部大型ノズルから高出力の噴射炎が噴き出し、圧倒的な速度を持ってゼクトラの軽量機体を前方へ弾き出す。その感じ慣れた強いG負荷を身体に受け止めながら瞬く間にパルヴァライザーの頭上を通過、転回される前に単純距離にして百メートル近い間合いを取る。 最優先すべきは作戦戦域への速やかな到着であり、無駄な接触戦闘やそれに伴う弾薬浪費は抑えるべきである。その為、アザミはパルヴァライザーの追撃が背後から迫ってもオーバードブーストを解除せず、そのまま隔壁境界に急速接近した。 戦術支援AIの情報処理を介して隔壁制御システムへアクセスしようとした直前、何をした訳でもなく重隔壁設備が自らその扉を両側へ押し開く。そのあまりにタイミングの良すぎる事態に、右腕兵装の短機関砲を開いた隔壁扉の隙間へ向けるが、其処から何者かが飛び出してくる様子は一切ない。 狭域索敵態勢のレーダーにも動体反応は見られなかった。 残り百数十メートルに迫った所でオーバードブーストを解除、ゼクトラの機体を背後へ急速転回させる。充分な残余推力を用いて幹線道路上を滑走しつつ、背後から追撃してくるパルヴァライザーに対していつでも応対射撃を取れるよう短機関砲を突き付けながら、そのまま隔壁扉の隙間へ機体を滑り込ませた。 そしてまたもやそれを確認した隔壁設備が起動し、追い付かれる前に閉鎖を完了した隔壁扉がゼクトラとパルヴァライザーの前に完全に立ち塞がった。 警戒灯が激しく明滅する重隔壁設備内に侵入したアザミは、動体反応の見当たらない設備内を速やかに移動して大型資材運搬用の昇降機を発見すると、そこの昇降台へゼクトラの機体を搭載させる。戦術支援AIへの口頭指示を思いとどまり、しばし待っているとアザミの予測通りに、昇降機はアザミ以外の機器制御指示を受けて自動起動、警報音がひとしきり鳴り響いた後、地下への下降を開始した。 ゆっくりと昇降台が下降していく中、アザミはその奇妙なエスコートに歪んだ笑みを浮かべた。 「此方の接近は常時把握済みという訳か──」 作戦領域となる当該戦域は都市地下核部──その存在を知る者自体が限られている閉鎖空間である。 それを知っている事と先に言葉にした事実と併せてエデンⅣの内部事情にある程度詳しい事から、此処まで諸々の設備制御システムに介入するに際して、かなり手練の電子情報技術員を運用している可能性を読み取れる。 既に外部データリンクは切断してあるが、干渉工作の痕跡がないかどうかを戦術支援AIに解析処理させた結果、幸いというべきか機体制御システムに異常は発見されなかった。元より、機体制御システムには高性能の電子防衛システムが標準搭載されている為、先方が余程のハッカーでもない限り発見できないという事はない。 『想定作戦領域、約30秒で到着します──』 →Next… ⑪ コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/93.html
②*③*④ これで多少は掛かるGが軽減される筈だ。 セントラルタワーを目指し、興行区画のメインストリートを疾走していくと、横道から1機の四脚型パルヴァライザーが滑るように姿を現した。 パルヴァライザーは両肩のレーザーキャノンの砲口をこちらに向けるが、それよりも速く高速徹甲弾がパルヴァライザーの頭部を射抜いていた。 ソリテュードはスナイパーライフルによる精密射撃でパルヴァライザーを一撃で沈黙させる。 閣座する機体を横目にセントラルタワーを目指しながら、先ほどのパルヴァライザーの挙動に少なからず違和感を覚える。 何というか、機動が甘いような気がする。 もちろん一撃で仕留めるつもりだったが、あそこまでまともに食らうとは思っていなかった。 違和感は拭いきれなかったが、目的地であるセントラルタワーが目前に迫っていたため、思考を脇に追いやる。 ゆっくりとスロットルを絞り、徐々に減速する。普段ならこのままジャンプしてタワーの頂上を目指すのだが、今回ばかりはそうもいかない。 一度停止すると、エネルギープールが十分に回復するのを待ってから、ジャンプによる垂直上昇に移行する。 セントラルタワーはエデンⅣの中でもひと際大きい建造物で、アリーナと並ぶ興行区画のシンボルの一つになっている。 その高さもエデン随一で、頂上付近にある展望室からはエデン全域が一望できる。 屋上には複数のヘリポートが設置されており、ACが乗ってもびくともしない堅牢さを誇っていた。 眼下にはエデンの街並みが広がっており、そこかしこでパルヴァライザーとACやMT、その他兵器群が交戦している。 暗闇を人間と機械の戦火が禍々しく染め上げる。 その様子は地獄を照らす篝火のようだ。 レーダーで敵の位置と分布を確認し、一番数が多い方面へと機体を向ける。 パルヴァライザーは全て同一の方向から放射状に各地域へと侵攻しており、その中心と思われる場所は他とは明らかに違う点があった。 エデンⅣをすっぽりと覆う巨大な天蓋がそこだけ大きく穿たれており、そこから皮肉にも本物の朝の陽光が零れ、辺りを神々しく照らしていた。 あたかも、そちら側が本当の楽園であると主張するかのように。 ――どうやら、あそこから侵入したようだな。だが、ミランダが言うとおり、増援はないようだ。特攻兵器も入ってきていないようだし、これならなんとかなるか・・・。 目標を確認し、両手に持ったスナイパーライフルを構え、狙撃態勢に移行。 長距離FCSが、こちらにまだ気付いていないパルヴァライザーを素早く捉え、ソリテュードは静かに、しかし力強く右のトリガーを引いた。 強力な炸薬火薬によって撃ちだされた高速徹甲弾が遥かに離れた距離など無かったかのように飛来し、パルヴァライザーの無防備な頭部を穿つ。 着弾と同時にターゲットを変更し、別のパルヴァライザーをサイティングすると、すぐさま左のスナイパーライフルが火を噴き、パルヴァライザーは何の抵抗もできないまま沈黙する。 過去に多くのパルヴァライザーと交戦し、古代遺跡を沈黙させた実績を持つソリテュードは、パルヴァライザーについての情報と構造を熟知していた。 パルヴァライザーもACと同じく頭部のカメラアイやセンサーに外部情報収集の大部分を依存しており、そこを破壊されると著しく機能が低下する。 また自律兵器であるため、搭載されたCPUによって稼働するのだが、そのメインCPUが頭部に収められていることが多く、頭部を丸ごと吹き飛ばされてしまうと機能を停止してしまう。 つまり、頭部をピンポイントで狙える状況と貫通あるいは吹き飛ばしてしまえる武装があれば、パルヴァライザーを比較的容易に沈黙させることができる。 通常ではAC並みか、それ以上の機動力をもつパルヴァライザーに対して、そのような戦術を取るのは難しいが、今回のような限定的な状況とソリテュードの腕前が、それを可能にしていた。 ACの装甲をも撃ち抜くスナイパーライフルの高速徹甲弾はパルヴァライザーのカメラとセンサー、メインCPUを易々と貫いてゆく。 ライフルよりも長いリロード時間を短縮するために2丁構えで交互に射撃する。 高速徹甲弾のつるべ撃ちはパルヴァライザーを次々と沈黙させ、大群は成す術もなく降り注ぐ弾丸の雨にその身を貫かれていった。 途中、偵察と情報収集が目的の小型の飛行型パルヴァライザーがこちらに接近してきたが、素早く武装を切り替えミサイルの連続射出で返り討ちにする。 6機来襲してきた内、半数くらいは潜り抜けてくるかと思っていたが、その全てがミサイルの直撃を受け、墜ちて行った。 その様子を見て、さっき感じた違和感が再びよぎる。 ――やはりコントロールが甘い。インターネサインに使役されたパルヴァライザーはもっと動きがいい筈だ。増援が来ないことも考えると、コイツら・・・遺跡から生み出されてここまで来たんじゃないのかもしれない。 だとすれば、数に反して手ごたえが感じられないのにも説明がつく。 自分を過小評価するわけではないが、ここまで容易く撃破できるというのはいささか虫が良すぎる。 射程圏内の敵を一掃したことで、手を止めて思考を巡らせていたソリテュードは突然のアラート音で我に返る。 ――ロックされている!? レーダーロックの照射を受けている方向へ視線を向けると、いつの間にか第二波が迫っていた。 慌てることなく照準を合わせ、迎撃する。 動きは依然として変わらなかったが、今度はさっきよりも数が多い。 ライフルの残弾カウンタに目をやると、すでに半分を撃ち切ってしまっていた。 ――まずいな、このままではジリ貧だ。 格納武器でパルスライフルとブレードも搭載してきたが、それだと機動戦をせざるを得なくなる。それだけはできれば避けたかった。 残弾が1/3を切ったところで、ようやく第二波を片づけることができたが、レーダーを確認した瞬間、ソリテュードは息をのんだ。 「な、に・・・!?」 レーダー上の敵は自分の周囲を取り囲むように表示されており、現実もそれと同じだった。 セントラルタワーを中心に、エデンⅣ全域のパルヴァライザーが集結しているのではないかと思わせるくらいの数だった。 想定外の事態に驚きを隠せないソリテュードだったが、今まで黙っていたアリスが自分のパイロットスーツをギュッと握っていることに気付き、冷静さを取り戻す。 「くる・・・また、くるよぅ。わたしを、うばいに。いや・・・あそこには、もどりたくない」 すがり付いてくるアリスの背中を左手で撫でつつ、近づいてくるパルヴァライザーを優先的に迎撃する。 ――何なんだ、コイツら!・・・まさか、パルヴァライザーの目的もアリスだっていうのか!? 焦らず確実にパルヴァライザーを撃破していくが、数が多く対応しきれない。 こちらへの砲火も激しくなり、残弾も心ともなくなってきた。 ――まずい、このままでは! そこへ緊迫した様子のミランダの通信が入ってきた。 「レイヴン!敵に囲まれています!!このままでは押し切られてしまいます。そこから退避してください!」 「ああ、どうやらここを維持するのは困難のようだ。どこか敵勢力の手薄な場所はないか探してくれ」 「すでに検索済みです。商業区画方面へ退避してください。あちらは、ほぼ掃討が完了しています。早く!」 「了解。助かる」 射撃を止め、怯えるアリスへ語りかける。 「アリス、今からオーバード・ブーストで緊急回避する。かなりのGが掛るが我慢してくれ」 俺の言葉にアリスは顔を上げ、 「うん、だいじょうぶ」 そう弱々しく答えた。 アリスが投げ出されないよう、左腕でしっかり体を抱き留め、オーバード・ブーストを起動する。 ブリューナグの背部に搭載されているオーバード・ブーストのハッチがバクンと開き、4基のブースターノズルが顔を覗かせる。 独特の起動音と共に機体が前方へと投げ出され、光の翼を背にブリューナグは闇を切り裂くように空へと舞った。 浮遊感が体を襲い、興行区画のビル群を飛び越えてゆく。 エネルギーが底を着く直前にオーバード・ブーストを解除、慣性と落下スピードを利用して滑空し、商業区画の入口の大通りへとブーストを断続的に吹かして軟着陸する。 これでかなりの距離と時間が稼げた筈だ。 エネルギー回復を待ちつつ、興行区画と商業区画を繋ぐメインストリート上で迎撃態勢を整える。 パルヴァライザーは機械だ。だから無駄というプロセスを極力排除しようとする。 しかも、今回は相手にとって数で押す集団戦なので、最短距離を侵攻してくる可能性が高い。 なので、このメインストリートを選択すると踏んだのだ。 左右を高いビル群で囲まれたこの場所なら、興行区画の方面から来る敵の迎撃にのみ集中すれば良く、しかもパルヴァライザーに回避するスペースが無いので、こちらが有利になる。 また、後方に退避スペースもあり、左右からの攻撃をさほど気にする必要もないので、迎撃戦には打ってつけの場所だ。先ほどの激戦が嘘のように静寂が辺りを包む。 呼吸を整え、気持ちを落ち着けつつ、アリスへ目を向ける。 「大丈夫か、どこか痛いところは無いか」 髪を撫でつつ、自分の胸元で縮こまっていた少女へと問う。 「うん、へいき」 「そうか、もう少しの辛抱だ。ヤツらを仕留めたら、家へ帰ろうな」 そう言うと、意識せず笑みがこぼれた。 それにアリスも微笑みながらこくんと頷き、応えてくれる。 「よし」 もうすぐ迫ってくるだろうパルヴァライザーを迎撃するイメージを頭に思い描いているとミランダから再び通信が入った。 「レイヴン、そちらへ先ほどのパルヴァライザー部隊が向かっています。しかし、そのうち半数はコーテックスのACが迎撃しています。そちらへ到達できるのは半数に満たないでしょう。ですが、依然レイヴンが一人で相手をするには数が多すぎます。ですので、コーテックスのランカーレイヴンを増援として派遣しました。到着するまで持ちこたえてください」 「了解。パルヴァライザーの残数はあとどれくらいだ」 「すでに各地域で掃討が完了しつつあります。こちらへ向かってくるパルヴァライザーを撃破すれば、エデンⅣ全域での掃討がほぼ完了するでしょう。あと少しですレイヴン」 敵残数が残り少ないということと、増援が来るということに多少の安堵を覚えたソリテュードは、この戦いを終わらせるべく再度、意識を集中しコントロールレバーを握りこむ。 「パルヴァライザー部隊、商業区画の手前に差し掛かりました。間もなくこちらに到達します。増援が到着するまであと少しです、持ちこたえてレイヴン」 ミランダの通信を聞き、レーダーへ目を移すと、さっきよりは数が大幅に減ったものの、それでも今の状態のまま一人で相手をするには少々厳しい数のパルヴァライザーが押し寄せてくるのが見て取れた。 残弾カウンタを確認すると右腕のスナイパーライフルは7発しか弾が残っていない。 左腕のスナイパーライフルも13発と余裕が無かった。 加えて先ほどとは違い、同高度で複数の目標を同時に相手にしないといけないので、こちらから一方的に攻撃することはできない。 機動力の高い四脚型パルヴァライザーを複数相手にするとなれば、さすがに急所をピンポイントで狙うのは困難だ。 なので、必然的に撃破するのに数発の弾丸を消費することになる。 加えて遮蔽物が無いため、攻撃を受けないようにするには後退しながら長射程を活かして迎撃する以外に手段が無い。 それがこの場所の唯一のウィークポイントだった。 ――そこまで上手話はないよな。さて、問題は最初の攻撃でどれだけ撃破できるかだが。 接近されれば不利になる。そうされない為には敵が密集している時にまとめてダメージを与えるのが効果的だが、生憎グレネードの様な広域で爆散するタイプの武装が無い。 ――いや、待てよ。密集しているところにミサイルを連続射出して残り全弾叩き込めば誘爆効果でダメージを与えられるかもしれない。 ミサイルはスナイパーライフルに比べるとロックに多少時間がかかる。 後退しながら戦わなければならないので、ミサイルは序盤で使い切ってしまった方がいい。 それに弾幕効果も見込めるだろうから、時間稼ぎにもなる。 戦い方が纏まったところで、タイミングよくパルヴァライザー部隊の先頭集団が姿を現した。 やはり集団戦法でこちらを追い詰めようと、密集して近づいてくる。 予め切り替えておいたミサイルで集団の先頭に位置するパルヴァライザーをロックする。 ロック完了と同時に後退しつつ有効射程ギリギリのところでトリガーを引き、ミサイルを撃ち放つ。 ミサイルは接近してくるパルヴァライザーと相対的に距離を急速に縮め、先頭にいた機体は回避しようにも閉所で密集しているため動くことができず直撃を食らい、紅蓮の炎に包まれ爆散した。 そのミサイルとパルヴァライザーの爆発は隣接する他の機体に決して少なくないダメージを与え、動きが鈍る。 ――狙い通りだ。この隙に少しでも動きを止める! 同じ要領で別の機体にサイティングしてロックし、ミサイルを次々と連続射出してゆく。 誘爆効果でパルヴァライザーは次々と撃破され先頭集団はあっという間に瓦解した。 だが、後ろに控える別の集団が鉄屑と化した仲間を躊躇いもなく踏み越え、こちらに迫ってくる。撃ち切ったミサイルをパージし、慎重に狙いを定め、相手の射程圏内に入られる前にスナイパーライフルで迎撃する。 頭部や胴体部分のジェネレーターを狙い撃つが、やはり一撃で沈黙しない機体もあり、残弾は急速に減っていった。 ついに右腕のスナイパーライフルが弾切れとなり、即座にパージして格納しておいたパルスライフルに持ち替える。 パルスライフルで牽制しながら、左腕のスナイパーライフルで止めを刺してゆくが、視界に入るパルヴァライザーの数よりも残弾が明らかに下回っていた。 「クソっ、やはりそう上手くはいかないか」 愚痴をこぼしても状況は変わらない。徐々にソリテュードの心に焦りが芽生え始める。 とうとう左腕のスナイパーライフルも弾切れとなった。 最後の弾丸は先頭のパルヴァライザーの頭部を吹き飛ばしたが、それでもまだ多くの機体がその後ろに控えていた。 パルヴァライザーは頭部のセンサーを妖しく光らせ、にじり寄ってくる。 左腕のスナイパーライフルもパージし、ブレードを取り出す。 迫り来るパルヴァライザーを見据え、接近戦を覚悟したその時、ブリューナグの背後から雷鳴のような轟音が響き、一閃の光弾が複数の機体をなぎ倒していった。 「ソリッド、下がって!」 突如現れた第三者の声に弾かれる様に反応し、フルブーストで後退する。 後退するブリューナグの横を黄色いシルエットが駆け抜け、入れ替わるようにパルヴァライザーの前に立ちはだかった。 現れた黄色の重装四脚ACは肩に搭載されたレールキャノンでさらにパルヴァライザーをなぎ倒してゆく。 しかし、それでもパルヴァライザーは前進を止めない。 距離が徐々に詰まってくると、今度はもう片方の肩に搭載されたデュアルミサイルに切り替え、エクステンションの垂直式連動ミサイルと共に多方向からの弾幕を展開する。 自分達を取り囲むようなミサイルの雨に成す術もなく大半のパルヴァライザーは撃破されていったが、それでも3機が弾幕を潜り抜け重装四脚ACに肉薄しようと接近してきた。 だが、重装四脚ACはそれに臆することもなく、マシンガンタイプのイクシード・オービットを展開し、近づいてきたパルヴァライザーを腕部のマシンガンとライフルを合わせた高密度射撃によって蜂の巣にする。 近づいてきた最後の1機をジャンクへと変えた重装四脚ACはこちらへ向き直ると、映像での通信を要請してきた。 ソリテュードは先ほどの声とACの姿を見て、誰が救援に来たのか既に見当がついていたが、それでも要請に応えて回線を開いた。 ディスプレイに通信用ウィンドウが開いた途端、底抜けに明るい声がコクピット内に響いた。 「やっほー、ソリッド。どうやら無事みたいね。私が来たからには、もう大丈夫!このシャオランさまにどーんと任せて!!」 ディスプレイに映し出された若い女性レイヴンはヘルメット越しでも分かるほど顔立ちの整った美人だった。鮮やかな赤い髪が目を引く。 彼女はグローバルコーテックスのランカーレイヴン、シャオラン(小蘭)。 機動力と火力を両立させた重装四脚ACファンロン(黄龍)を駆る腕のいいレイヴンだ。 アリーナでのランクはBクラスで現在2位。 その美貌と持ち前の明るい性格がメディアに受けが良く、アリーナの花形レイヴンとして活躍している。 俺がプライベートで付き合いのある数少ない友人の一人だ。 そしてミランダと同様、アリスの存在と正体を知る数少ない人物でもある。 「メイファ・・・お前な」 さっきまでの緊迫した空気が嘘のように弛緩していった。 最近忙しくて会っていなかったが、コイツの底抜けに明るい性格は相変わらずのようだ。 しかしミランダのヤツ、よりにもよってシャオランを増援によこすなんて。 まあ、他のレイヴンにアリスの存在がバレないようにというミランダの配慮なのだろうが。 そんな俺の思いをよそに、シャオランは異様に高いテンションのまま話を続ける。 「やだー。レイヴンネームじゃなくて、まだ本名で呼んでくれるの?」 『きゃー』なんて両手を頬にあてながら、わざとらしく照れるリアクションをするシャオランを見て自分が彼女を本名で呼んでいたことに気付いた。 「うるさい。今のは咄嗟に出ちまったんだよ。まったく、相変わらず緊張感がないなお前は」 数少ない友人が救援に来たことにより、俺まで緊張が緩んでしまったようで、ついいつもの調子で話してしまった。 どうも今日は調子が狂いっぱなしだ。 ちなみにシャオランは本名をシャン・メイファ(香美花)という。 俺の言葉にメイファは子供のように頬を膨らませる。 「むー、ひどーい。せっかくミランダさんにご指名を受けて急いで助けに来てあげたっていうのに。ふん、いいよーだ。助けに来たのはソリッドのためだけじゃないんだから」 そう言うと、メイファはディスプレイ越しに目線を少し下げ、俺の膝の上にちょこんと座っている少女に話しかけた。 「きゃー!アリスちゃん、久しぶりー!!もう、相変わらずぷりちーなんだから。でも大丈夫、怪我してない?」 そんなテンション激高のメイファを前にして、アリスはいつもと変わらない調子で応える。 「うん、だいじょうぶ。メイファおねーちゃん、きてくれて、ありがとう」 いや、アリスも知り合いのレイヴンが救援に来たのが嬉しいのか、微笑んでいた。 そんな普段は滅多にお目にかかれないアリスの笑顔を見て、ますますテンションが上がるメイファ。 「あーん、もう、ラブリー!!今すぐぎゅーってしたいわ。ねえソリッド、私と変わってよ」 「バカ言ってねえで、周囲を警戒しろよ!まだ終わっちゃいねえんだぞ」 俺がそう言った時には既にメイファはレイヴンの顔に戻っており、機体をパルヴァライザーが侵攻してくる方向へと向けた。 「分かってる。後続部隊、確認。どうやらこれで最後みたいね。機数7。さっさと片づけちゃいましょうか」 こちらもレーダーで確認する。メイファの言うとおり、今レーダーで表示されているパルヴァライザーがこちらに向かってくる最後の部隊のようだ。 「7機か、多いな」 「そう?これくらいなら私とソリッドで楽勝だと思うけど。あ、でもそうか。アリスちゃんがいるんじゃハデな機動はできないわよね。なら私に任せて。これくらい、ちゃちゃっと片づけちゃうから。でも援護射撃くらいしてくれると嬉しいかな」 「ああ、了解だ。すまん、今回はお前に頼ることになる」 強がることはせず、素直にそう伝えた。今の俺に有効な手段が無いのは事実だ。 「いいって、私とソリッドの仲じゃない。一時は特別なカンケイだったんだから」 そう言って、ウィンクをかましてくるメイファ。 「だから、そういうコトをこういう状況下で言うなって」 「んふふ、テレちゃって」 コイツと一時期恋人関係にあったことは、俺の気の迷いとしか言いようが無い。 まあ、俺もまだ青かったし、若気の至りということか。 ちなみに余談ではあるが、俺の事をソリッドと呼び出したのはメイファが先で、アリスもいつの間にかそれを真似して俺をそう呼ぶようになった。 さらにどうでもいい事だが、アリスの服をゴスロリファッションにしたのもメイファの仕業だ。どこからともなく突然手に入れてきてメイファが勝手に着せたら、以外にもアリス自身がその服装を気に入ってしまったのだ。 おかげで、ただでさえ手に入りにくいフリルドレスを買い揃えるハメになり、出費がかさんだことはいうまでもない。 メイファのファンロンを前衛にした攻撃態勢を整えたところで、最後のパルヴァライザー部隊が迫ってきた。 視認できる距離ではあるが、まだパルヴァライザーの射程圏内には入っていない。 だが、こちらはファンロンに搭載された長射程と凄まじい弾速を誇るレールキャノンがある。 すでにキャノンは展開されており、独特のエネルギー充填音と共に砲身に青白い電気の帯が走る。 「射程に入ったわ。いくわよ!」 メイファの声と共に、凄まじい電荷を帯びた弾丸が雷鳴のごとき轟音を響かせながら射出され、先頭にいたパルヴァライザーは回避する間もなくその身を射抜かれる。 パルヴァライザーを撃ち抜いた弾丸は威力を少しも衰えさせることなく、その後ろに控えていた機体の装甲を穿ち、ジェネレーターをごっそりと抉ったところで役目を終えた。 「残り5機。ああもう、チャージングがもどかしいわね!」 メイファは左腕のマシンガンで牽制射撃をしながらレールキャノンのエネルギーを再充填させる。 レールキャノンの唯一の欠点はエネルギーのチャージに時間がかかることだ。ゆえに接近戦には向かない。 一度に2機の僚機を失っても躊躇うことなくパルヴァライザーは侵攻してくる。 自律機動兵器の恐ろしいところは、人間のように迷ったり躊躇ったりすることが一切ない所だ。目的を達成するべく機能停止するまで破壊行動を続ける。 距離がだんだんと詰まってきたので、ファンロンと共に後退し、距離を稼ぐ。 レールキャノンの攻撃が有効なのはこれくらいの距離が限界だろう。 ブースト機動で後退しつつ、じりじりと迫るパルヴァライザーを見据えていたメイファはディスプレイの端にcharge completeの表示を認める。 「チャージ完了、いっけえぇぇっ!」 メイファは有効射程ギリギリのところで、迫ってきた2機のうち一番突出していたパルヴァライザーを狙い、トリガーを引いた。 レールキャノンの一撃はパルヴァライザーを易々と貫いて木っ端微塵にし、その右隣にいた機体は、爆風のあおりを受け左半身に大きなダメージを負う。 その瞬間を見逃さず、ソリテュードは装甲が吹き飛んでフレームが剥き出しになったパルヴァライザーの左側面にパルスライフルの速射を浴びせかける。 パルヴァライザーは、たった数発のエネルギー弾で内部機構を悉く破壊され抗うこともできぬまま沈黙した。 「残機3。あと少しだ」 「ナイスフォロー!さっすがソリッドね」 「機動戦は無理でも、これくらいはなんとかなるさ」 「オッケー、じゃあラストは派手なのお見舞いしてやるんだから!」 そう言うとメイファは機体を更に後退させ、俺もそれに続き、距離を保つ。 メイファが何をするつもりか大体予想できたので、パルスライフルによる牽制射撃で時間を稼ぐ。 パルヴァライザーは自分たちの戦力が減ったことで警戒し始めたのか、追撃速度は落ちていた。 ――好機だ、これを逃す手は無い。 メイファもそう判断したのだろう。予想通り、ファンロンは俺のブリューナグの少し前で停止し、デュアルミサイルと垂直式連動ミサイルを展開する。 直後、射出音の多重奏と共に敵から見れば自分たちを覆い囲むかのようなミサイルの弾幕が残りのパルヴァライザーに襲い掛かった。 レーザーでミサイルの迎撃を試みるも満足に撃ち落とせず、その身を焼かれるパルヴァライザー。 もはやこれまでと判断したのか、3機は共に中破しながらも最後の突撃を仕掛けてきた。 しかし、こちらはそれすらも予測済みだ。 メイファのファンロンは既にイクシード・オービットを展開しており、彼女の止めの十八番であるライフル、マシンガン、イクシード・オービットの同時射撃による弾丸の嵐がパルヴァライザーを襲う。 嵐が過ぎ去った後には3体の奇怪なオブジェが鎮座していた。 「ふう、一丁上がり。前みたいにはいかないんだから」 「俺の出る幕なんてほとんどなかったな」 「当たり前でしょ。救援される側に活躍されちゃったら私の立つ瀬がないじゃない」 「まあ、そりゃそうだが。しかし今日は色々な人間に借りを作っちまったな。返すのが大変だ」 実に3人もの人物に大きな借りができてしまった。しかも全員女性というのがやりづらい。 むむ、と眉根にしわを寄せていると、メイファはにまっと、含みがあるような笑顔を見せる。 「私への個人的報酬ならデート1回でいいわよ。もちろん費用は全額ソリッド持ちで」 「なんでそうなるんだよ!大体、別れた男とデートなんてするか普通!?」 「私は別れたって思ってないんだけどなぁ。じゃなければ、今でもソリッドの家に遊びに行ったりしないって。まあ、アリスちゃんが心配っていうのもあるけど・・・って、ちょっとアリスちゃんどうしたの、大丈夫!?」 今まで笑顔だったメイファの表情が急に緊迫したものになる。 その反応を見て、胸元のアリスに目を向けると、さっきとは比べ物にならないくらい怯えた様子で小さな体を震わせていた。 「どうした、アリス!おい、大丈夫か!?」 アリスはおずおずと顔を上げると弱々しく答えた。 「くる・・・なにかわからないけど、すごくいやなのが」 そして、それを証明するかのように緊迫したミランダから通信が入る。 「レイヴン、そちらに所属不明のACが向かっています。通常では有り得ない驚異的な速度です!戦闘能力も既存のACを凌駕しており、既に2名のコーテックスのランカーレイヴンが撃破されています。すぐにそこから離脱してください。時間がありません、早く!」 ミランダの言葉を聞いて、ソリテュードは一つの可能性に行きついた。 統一政府の組織が、今回の件を引き起こした張本人なら、こちらへ向かってくるACは一つしかない。 ブリューナグに搭載された長距離レーダーは既に機影を捉えていた。自分との距離がみるみる詰まり、一直線にこちらへ向かっているのが分かる。 「レーダーで確認!な、なにコイツ。オーバード・ブーストでもこんな速度出ないでしょ!?」 メイファも明らかに困惑していた。 ――今の状態で戦っても勝てる相手じゃない。だが、逃げ切れるか・・・。 そう思いつつも、素早く行動を開始する。 「メイファ、お前も離脱しろ。こちらから手を出さなければ襲ってくることは無いだろう。狙いは俺だけだ」 言いながらオーバード・ブーストを起動する。今は逃げるしかない。 「あ、ちょっと・・・!?」 メイファの返事も聞かぬまま、前方からの強烈なGと背中からの加速度に板挟みになりながら商業区画のメインストリートを駆け抜ける。 →Next… ④ コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/265.html
第十五話*②*③ 「恥ずかしながら、まったくもってその通りだ……他の部位の修理は大体済んでいるんだが、右腕は丸ごと無くなっちまってるからな、どうしようもないのさ。おまけに自分の身体の怪我も完治したワケじゃねぇのにエデンⅣ防衛にもなんだかんだで駆り出されるし、ツイてねぇよ……」 「そんなわけで、ウチで修理をすることになってんだ。運のいいことにパーツの在庫がある、なんとかなるだろ。それに俺たちはこのままトラキアに戻るから、ついでに乗せて行くことになったわけだ。 納得したか坊主?」 と、ショーンが突然マイの背中を叩きながら訳知り顔で顔を出した。 「ってなわけで、ゼオはシーアの基地制圧完了を見計らってからウチのガレージに寄って、それから作戦に参加ってことになるわけだ。これで満足したか?」 まだ完全に納得したわけではない、とでも言いたいような渋い顔のままだったが、マイは仕方なく頷いた。 「ブリーフィングは以上だ。 作戦開始は本日〇〇〇〇時、開始三〇分前にもう一度ここに集合しろ。解散!」 シェルブの一声とともに、戦闘要員がすぐさま部屋を出て戦闘準備に取り掛かかり始めた。 仲間たちが駆け足で準備に取り掛かる中、シーアはゆっくりとした歩調のまま、自室に辿り着いた。 扉を開けると同時、ベッドに倒れこむ。 横になったまま、手探りでサイドボードの引き出しから鎮痛剤の入ったペン型注射器を取り出し、右の首筋に打つ。 動く度に、右半身が軋む。関節の違和感と痛みが治まらない。 強化手術『らしき』ことをされてから一年以上もまともに調整を行っていないのだから、何かしらの支障が出ても不思議ではない。それどころか、AC操縦以外で身体に負荷を掛ける事が多々あった。ACの操縦をするためだけの調整がされているはずの自分の身体にとって、それらは大きな外乱になる。予測されていない以上、その対策が施されていないのは当然だ。 「仕方が無い、か……」 このことを知っているのは、医務室のアリーヌ女医のみだ。他の者に余計な心配はかけたくないという思いから、エイミにさえ隠している。 鎮痛剤が効いて痛みが引いてきたところでベッドから身を起こし、作戦の準備に取り掛かった。 小規模とはいえ、敵基地を制圧する任務である以上、用心するに越したことはない。規模と状況に合わせて、最適な武装で望むべきだ。 それも、単純にACで基地を全て破壊してしまえばいいというわけでもない。一部の敵組織しか正体が分かっていない現状では、できるだけ多くの情報が欲しいところだ。基地内に潜入し、内部から敵の司令系統を崩していく必要がある。 まず、ACの装備だ。 シェルブとの打ち合わせでは、まず自分が補給車に偽装したAC輸送車で機体に乗ったまま待機する手筈になっている。そして緊急で補給部隊が派遣されたことを(キースの情報によって)知った敵部隊が襲撃してきたところで、その部隊を殲滅。それが完了し次第、マイ達の護衛する本命の補給部隊が出発する。 そして自分は先行して旧中継基地に潜入・制圧して、残りの敵組織の情報をできるだけ手に入れ、そのままエデンⅣへ向かう。 つまりは自分で敵部隊を陽動し、基地内の敵を減らすということだ。 敵の数と位置をより正確に把握する必要から、まず肩のレーダーは欠かせないだろう。イリヤを後部座席に乗せて戦闘することを考えれば、遠距離戦が安全であるのは明白だ。 従って右腕、左腕の武器を変更しないとなると、もう片方の肩武器は装弾数の多いものが好ましい。しかし、チェインガンでは射程距離が短い上、爆発物が一つもないことになる。敵部隊にACがいることを想定するならば、マイクロミサイルが妥当だろう。エクステンションはいつも通りステルスユニットで問題ない。 自分の携帯端末で変更する機体武器を指定し、ショーンの端末にデータを送ってから、シーアは自身の装備確認を始めた。 普段から携帯しているマシンピストルにサプレッサー用のアタッチメントを取り付け、右脚のレッグホルスターに収める。 予備マガジンは全てロングタイプで、ツールバッグに八本入れた。 タクティカルベストには、自作の焼夷手榴弾と多目的ナイフ、そしてポケットには救急医療セットとピルケースを入れた。 その他に必要なものが揃っていることを確認してから、バックパックの内容物を確認する。今回の任務に必要なものは全て揃っていた。 そしてバックパック背面の武器ラッチにショットガンを固定し、予備のドラムマガジンを入れてバックパックのジッパーを閉めた。 一通りの準備を済ませて部屋を出ようとした時、エイミが部屋に入ってきた。 「あ、シーア、もう準備できたの?」 「ああ。オレの方の準備はできたから、ガレージでショーンの手伝いでもするさ。他の連中の準備はどうだ?」 「予定よりも早くこの街を出ることになったから、補給が完全には済んでなくてスタッフは困惑してるみたい。港町に寄ってからトラキアに帰るって話はしてあるから、もう撤収作業を始めてると思うわ。でも、作戦開始までに間に合うかしら……」 確かに、予想よりも物資の少ないこの街での補給は困難だっただろう。正直、このままトラキアに戻れる程の余裕はない。港町でもう一度補給をするのは確実だ。どれ程の期間滞在することになるのかはまだ分からないが、二日間は滞在することになるだろう。 万が一、自分が戻る前にトラキアに向かうことになっても、トラキアの航空輸送機を迎えに寄越すかもしれないし、ショーンと作成した増設ブースターもある。それさえあれば、おそらくは自力で戻ることも可能なはずだ。 ……動作試験もしていないモノを試すつもりは更々ないが。 「ショーンとオレの発注した部品類は諦めていい、それよりも食料を最優先だ。ACの調整が終わり次第、そっちを手伝う。それよりも話がある」 部屋の扉をロックし、外から人が入れない状態になったことを確認してから、エイミに今回の作戦の裏の内容を打ち明けた。 「今回の作戦のうち、重要なのはソグラトの補給部隊護衛じゃない。オレの方だ」 「……どういうこと?」 怪訝顔で、エイミが次の言葉を待つ。 「さっきのブリーフィングの通り、オレは旧補給基地を制圧するが、その後リヴァルディには戻らない。エデンⅣに向かう」 その言葉に、エイミは驚きを抑えずにはいられなかった。 「どうして!? あなたはミラージュに指名手配されているかもしれないのよ? それなのにどうしてあなたが向かう必要があるの!?」 当然、予想していた反応ではあった。だがそのあまりの慌てぶりに、罪悪感を覚える。 「イリヤを連れてエデンⅣのターミナル・スフィアに向かう必要があるんだが、オレ以外に適任なヤツがいないんだ、仕方ないさ」 「イリヤまで連れて行くの!? どうして……?」 「シェルブの提案で、イリヤを狙っている連中……主に企業だが、今後邪魔をされないように取引することになった。それで、その取引材料がイリヤ自身と、オレの情報ということだ」 「……だから、あなたが行くの?」 エイミの心配そうな顔を見ると、シーアはいつも激しい罪悪感を覚える。 関係なかったはずの彼女を、自分の問題に巻き込んだという、罪の意識。 ナーヴス・コンコード社内でも優秀なオペレーターであっただろう、エイミの人生を大きく変えてしまったという事実。 家族からも、友人からも、表の世界の全てからも切り離してしまった。 全て、自分に責任がある。 彼女の人生の全てを狂わせてしまった自分は、その責任を負わなくてはならない。 今更、自分に何ができるのか。彼女の為にできることが、自分にあるのか。 何度考えても答えは見つからず、迷い続けて今に至る。 それでも、未だに答えは見つからない。わかったことは、ただ一つ。 「誰にも言うな、用が済んだらすぐに戻る。……だから、そんな顔はしないでくれ……」 「……わかった、待ってる」 彼女の不安要素は、全て抹殺する。自分の全てを賭けてでも。 ――自分にできる事など、それ以外には残されていないのだ―― ―AD109/07/23 二三 三〇― 「時間だ。作戦の詳細確認、及び状況報告を始める」 作戦開始三十分前、ブリーフィングルームの空気は張り詰めていた。 既に配置に着いている者もいるため、昼間のブリーフィング時よりも人が少ない。 「作戦は予定通り決行する。まず、シーアが補給車両に偽装したAC輸送車で先行して敵部隊を陽動、殲滅する。それを確認次第、ソグラト補給部隊と護衛部隊がエデンⅣへ進行、同タイミングでシーアが旧中継基地の制圧を開始する。護衛部隊は迎撃態勢で常に周囲に警戒しておけ。特にポイント・イエローからの襲撃が予想される。狙撃機が出てくる可能性も十分にある、動きを止めないようにしろ。詳細は以上だ。次、状況報告」 シェルブの合図で、エイミがモニターに地形情報と各勢力の状況を出力した。 「現在、キースによって周辺の街に対してソグラトより補給部隊が進行中という虚偽情報を流しています。 イエロー1には異常ありませんが、イエロー2の一部で不審な動きが見られます。 数機のMTが起動しているようです。 また、スコープアイの制圧予定であるレッド1においては非常に活発な動きが見られます。 予測ではおそらく十数機のMTがいると思われますので、十分に注意して下さい。 以上です」 エイミからの報告を聞いて少しばかり思案してから、シェルブが再び口を開いた。 「……レッド1からの敵が漏れてくると面倒だ、先に仕掛けさせろ」 「え?」 シェルブの発した言葉の意味がよく分からず、エイミが戸惑う。 「場所は分かっているんだ。 こっちから出向いて、一気にカタをつけろ。 シーア、聞こえたな?」 『了解だ。 敵MTを潰してから制圧に移る』 シェルブが時計を見ながら、通信機に呟く。 「作戦開始まで残り三〇分もないが、間に合うか?」 『向こうの支度が済んでいれば、だな』 その一言で、通信は切れた。 通信回線が切れていることを確認し、輸送車の中でシーアがイリヤに最後の確認を取った。 「イリヤ、耐衝撃服に問題はないか?」 「細かいことを言えば、着心地が嫌ね」 いかにも不機嫌そうな気乗りしない声で、耐衝撃服を身に纏ったイリヤが不満を口にした。着心地の問題は分からないが、一目見れば服のサイズが合っていないことは明らかだった。 「仕方ないだろう、それしかないんだ。一応は女性用のフリーサイズらしいが、もう一回り小さい方がいいみたいだな」 戦災孤児を保護することがあるリヴァルディならば、子供用の耐衝撃服もあるかと思っていたのだが、よく考えてみれば子供に耐衝撃服が必要な状況などほとんどない。従って市場における需要は低く、故に非常に高価なものになる。当然、そんなものをいくつも購入するほどの余裕はリヴァルディにはない。厳密に言えば購入はできるが、それ以外に必要なものが多すぎて、そこまで手が回らないというのが本音だ。 「機能を阻害するような点は無さそうだな。ヘルメットの方は大丈夫か?」 「それが、どれも大きすぎて丁度いいサイズがなかったわ。これが一番小さいサイズみたいだけど」 言いながら、小脇に抱えていたヘルメットをイリヤが被る。 シーアが両手でヘルメットを掴み、そのまま上に引き上げると、ヘルメットは何の抵抗もなくあっさりとイリヤの頭から抜けてしまった。 「これは逆に首が危ないな。仕方ない、ヘルメットは諦めるか」 「そもそも、私がこんなものを着る必要はないはずだけど。私はあの兵器のために作られた……」 「それ以上言うな」 怒声交じりのシーアの言葉に、俯きかけてたイリヤがはっと顔を上げた。 「……マイも言ったはずだぞ、自分をパーツ扱いするな。もっと自分を大事にしろ」 間を置いて、イリヤが口を開く。 「貴方が言えたことかしら? 貴方こそ、もっと自分を大切にするべきね」 「……何故そう思う?」 「機体を見れば、それくらいわかるわ」 言いながら、イリヤはシーアの背後で立膝で待機している巨躯を見上げた。 夜闇を身に纏ったかのような、深い蒼と黒に包まれたシーアの愛機〈フィクスブラウ〉は、搭載された高性能戦闘支援AI〈アルフ〉によって、ジェネレータを起動待機状態にしてシーアとイリヤが乗り込むのを待っていた。 「何度見ても不思議……というより、複雑な子ね。冷静だけど熱っぽくて、忠実なのに我侭で、優しいのに狂暴で……初めてなのに、懐かしくて。まるで……同一性を失っているかのよう」 「自己同一性を失っている……解離性障害、か」 機体がそんな感情を持っているなど、自分には到底思えない。感情があるとしたら、アルフの方だ。それなら普段から余計な口を挟むことや生意気な点もあって、よくわかる。 だが、イリヤの言うことも理解できないわけではない。 この機体は、矛盾している。設計時に考えていた事とはかけ離れたものを抱えているし、本来の目的から大きく逸れたことも、数え切れないほど行ってきた。 だから、コイツは自分だ。これまでに幾度の死線を越え、事実死にかけた事もある。 進むはずの道から逸れて、進めば進むほど目的地から離れていく。 理解しているはずなのに、それでも前に進むしかない。 気付いてみれば目的など、とうの昔に失っていて。 自分がどこにいるのかさえ、全く分からない。 迷走している。だが、止まるわけにもいかない。ただ、走り続けるしかない。 それはつまり、自分を見失っているのではないのか、と。 「……存外、間違ってないのかもな」 シーアは一瞬、自嘲気味な笑みを浮かべてから、一度ゆっくりと瞬きをして普段の調子に戻った。 「時間が押してる、行くぞイリヤ」 バックパックを機体のシート後ろのトランクスペースに収納し、ヘルメットを被ってからシートに座る。イリヤも同じようにして、後部座席に座った。 「シートベルトを締める前に、シートの下から送気マスクを出して着けておけ」 「だから、私には必要ないと……」 「用心するに越したことはないんだ、言う通りにしろ」 言いながらシーア自身もシートの下から送気マスクを取り出し、ヘルメットの頬側の金具にマスクのフックを取り付けて固定する。 この送気マスクは、通常のACには搭載されていない。通常のACを遥かに超えた速度を叩き出せるフィクスブラウを乗りこなすには、その速度に比例した加速Gに耐えなければならない。いくら操縦に慣れようとも、身体の調子によっては意識が朦朧とする場合もある。そのような不測の事態に備えて、シーア自らの手で戦闘機用の送気マスクのユニットを丸々コクピットに搭載したのだった。 イリヤがマスクを装着したことを確認して、天井のコックをひねりコクピットハッチを閉鎖する。そして、アルフに指令を出す。 「待たせたな、アルフ。起動しろ」 『了解。ジェネレータ起動、策敵を開始します』 シーアとイリヤを乗せた輸送車は、既にオートパイロットでエデンⅣ方面、正しく言えば旧中継基地へ向かっていた。補給部隊の出発時刻を作戦開始時刻としているため、リヴァルディ内で任務の最終確認をするよりもずっと早く、もうシーアとイリヤは出撃していた。 『レーダーに複数の反応あり。識別信号なし、目標の敵MT部隊と思われます』 レーダーには赤い点が六つ表示されている。まだ輸送車内であるため、敵影を確認できない。 だが、レーダー上での動きを見れば、大体の予測は可能だ。 三機が少し前に出て、その後ろに二機。そこから若干離れた位置に、もう一機が隠れている。 この時点で、大まかな編成は把握できる。三機が前線への強襲機、その後ろの二機が支援、一番後ろは味方への連絡を兼ねたバックアップだろう。セオリー通りではあるが、まったくの素人による配置ではない。ある程度の知識はあるのだろう。 とすれば、かつてはどこかの軍などに所属していたのだろうか。それとも少々知識のある程度の者なのだろうか。 これ以上思案しても、相手に動きがなければ特定はできない。それに、相手の予定通りに事が運ぶと不利になる可能性もある。 最も、自分がここにいる時点で相手にとっては想定外だろうが、それ以前に相手が動く事を許容出来ない理由がある。 ――気に入らない―― それがたとえ一瞬でも、相手の予定通りに進むのは、我慢ならない。戦況を最初から自分に有利な状況にするためには、相手を掻き乱すのが一番だ。 どんな手段を使っても構わない。 ただ、戦況を握るのが――常に、自分であれば。 「戦闘を開始する。イリヤ、何かあったらすぐに言え」 「こっちは気にしないで平気よ。それより、そっちこそ手伝いは必要ないの?」 「特に必要ない。アルフ、始めるぞ」 『了解。全システムを通常戦闘モードへ移行します』 ジェネレータが甲高く唸り、出力が上昇する。応じて機体温度が上がりラジエータが冷却液の循環を開始、さらに冷却ファンが回転を始める。 システム、オールグリーン。 シーアはコンソールを叩いて輸送車のコントロールへとアクセスし、後部ハッチを開いた。 天井部にぶつからないよう中腰で機体を起こし、両脚部を蹴りだす。 機体が勢いよく輸送車から飛び出すと同時、大出力のOBが作動して機体の進行方向が強制的に前方へと切り替わり、輸送車の陰から飛び出した。 そして次の瞬間、一番手前にいたMT三機のうち、二機が火を噴いていた。 運良く生き残った一機が慌てて右腕のライフルを構えるが、闇色のACは一瞬でその頭上を飛び越えていた。 不意を突かれた前線の二機を見た後方の支援機が、すぐに迎撃しようとライフルを構える。だがそれよりも速く、闇色のACは左右に分かれていた二機の間に着地していた。 二機の支援機は側面からの攻撃に対応しようと急旋回し、火気管制による敵機捕捉にかかる時間も無視して慌てて発砲する。 瞬間、闇色のACが再び加速する。敵の支援機が慌てて発射した弾は的を外れ、その向こうにいる味方機へと命中した。しかし、まだ完全には機能を停止していない。 そこへ追い打ちを掛けるように、右旋回して敵を捉えたフィクスブラウは、右手のスナイパーライフルを発砲した。弾丸は狙い通りに敵の胴体に直撃し、ジェネレータが損傷を負って爆発した。 敵機の爆散に構わず、シーアは機体をそのまま右へと旋回させてもう一機の手負いの敵を捕捉し、発砲する。再び爆発。 支援機を片付けたところで生き残っている強襲機を捕捉、OBを起動し、一瞬で敵機へと迫る。 接敵を感知した敵MTが、ライフルを乱射する。闇色のACは、その悉くを回避しながら敵機の右側から死角へ潜り込む。そして着地したその場で急旋回しながら、左腕のレーザーブレードを振るった。 敵MTが、背後から逆袈裟に斬り裂かれる。高熱の刃は薄い背部装甲を引き裂き、ジェネレータを貫いて前面装甲まで真っ二つにしていた。 瞬間、敵機が原型を留めきれずに爆発、破片を撒き散らす。だがそれすらも置き去りにして、フィクスブラウは残る最後の一機へと突進した。 最後の一機が必死で逃げる。だがそれも虚しく、フィクスブラウは敵機の背後を捉え、左手のアサルトライフルを発砲した。放たれた弾丸が敵MTの両足を破損させ、敵機は転倒して動きを止めた。 シーアはフィクスブラウを停止させ、両腕のライフルを敵機へと向けた。同時に外部スピーカーのスイッチを入れ、敵機の搭乗者へ警告する。 「MTを降りろ。従わなければ殺す」 喉元にナイフを突きつけるように、ただ事実のみを冷酷に告げる。その口調は一切の猶予を感じさせず、それを感じとったMTのパイロットは言われた通り、機体を降りた。 「手を頭の後ろに組んで地面に伏せろ」 敵パイロットは言われた通り、地面に伏せる。シーアはそれを確認してからコクピットハッチを開放した。 「イリヤ、ここから動くなよ。あと音も立てるな」 「わかってる、おとなしくしてるわ」 ハンドガンを手に、シーアが機体を降りる。敵は伏せたままだ。銃口を向けたまま敵に近づき、腰のベルトに挟んであったハンドガンを取り上げる。入念にボディチェックをしたが、他に武器は持っていないようだった 「仲間に通信を繋いで応援を呼べ。 全員だ」 「は?何を言って……」 「黙れ。 お前はオレの言った通りに行動すればいい。さっさと繋げ」 MTのコクピットへ連れて行き、通信機を操作させる。もちろん、銃口は敵の頭に突きつけたままだ。 「オレの言った言葉を、お前はそのまま復唱する。いいな?」 「わ、わかった……」 敵パイロットは銃口をこめかみに押し当てられながら、震える手で通信機を操作して、やっとのことで回線を開いた。 『こちら管制室だ、味方の識別信号がお前以外は全員途絶えてるぞ、何があった?』 敵パイロットの耳元でシーアが呟き、敵はそれをそのまま自分の口で言葉にする。 「補給部隊の連中、護衛を引き連れていやがったんだ。応戦したが、残ったのは俺一人だけだ、機体もこれ以上の戦闘には耐えられそうにない」 『何だと!? それで、敵部隊の編成は?』 「残りはMT一機だけだ。今はこっちを追うつもりはないらしいが、すぐに応援を寄越してくれ。あの分だと増援を呼んでいる可能性がある」 『了解だ、すぐに応援部隊を送る。 それまで持ちこたえろ』 「ああ、頼……」 ドンッ と、狭いコクピット内に、通信機が壊れる音が響いた。 「上出来だ。よくやった」 シーアはハンドガンを右足のホルスターにしまいながら、操縦席で固まっている敵の肩を叩いた。 敵パイロットは操縦席で全身の力が抜けたかのようにぐったりとしている。 「通信機と一緒に操縦系も壊れてるだろうが、後は自分でなんとかするんだな。 死ななかっただけ、運が良かったと思え」 シーアはそういってコクピットを降り、機体へ戻る。 敵パイロットはただ、自分の耳元で容赦なく銃を発砲された恐怖で、動けなかった。 フィクスブラウに戻ったシーアは、すぐにレーダーを確認した。 読み通り、多くの敵MTがこちらに向かって来ている。 「うまくいったようだな。アルフ、何か連絡はあったか?」 『いえ、特にありません。それよりもレイヴン、こちらに向かってきている敵MTの総数は二二機です』 「了解だ。 イリヤ、飛ばすぞ」 「いつでもいいから、気にしないで平気」 シーアはイリヤの言葉を聞きながら右手の親指で操縦桿のスイッチを押し込み、エクステンションのステルスユニットを起動した。 敵のレーダーに捕まらないだけでなく、FCSの目標捕捉機能すらも妨害することで、作動中は一切自機を捕捉されない。 展開したステルスユニットに紫電が奔ると同時、両足のペダルを深く踏み込むことでコアのOB機構が展開、高出力ブースターにエネルギーが流れ込む。 そして臨界に達した瞬間、甲高い作動音と共に、機体が前方へと一気に押し出される。 しかし、その進路は敵の拠点である旧中継基地の方向ではなく、先程の戦闘が行われた場所から西の方角だった。 正面から相手をしてもいいが、撃ち合いになった場合に数で勝る敵部隊は、少々厄介だ。それよりも、側面か背後から一気に急襲した方が効果的である。 正面から対峙しても、ステルスユニットを起動していればかなり有利に動けるが、使用時間には限度がある。 先程の戦場が自機の射程範囲ギリギリになる位置で岩陰に機体を隠し、機体システムを一旦停止させる。 「アルフ、レーダー停止。ジェネレータ出力をカメラと右腕武器の分だけに絞れ」 『了解。低電力モードで待機します』 次第にジェネレータの駆動音が小さくなり、コクピット内の計器の光も最低限必要な物を残して消えていく。 夜闇が周囲を飲み込んでいく。岩肌の目立つ山間に漂う、ただひたすらの静寂。 その中で爛々と光る、紅い目。その輝きはまさしく、夜行性の猛禽が獲物を狙う目のそれだ。 獲物が隙を見せるのを、じっと待つ。敵の増援が到着し、味方機の残骸を見れば、周囲を警戒するのは当然のことだ。だがその状態こそが、こちらにとって好機でもある。 狙うのは、警戒行動の中の緊張感と共に抱く、僅かな『不安』と、『恐怖』という感情。それは、自らの命を絶ってしまう爆薬に等しく――故に、一度火が点いた瞬間に自らを失ってしまう。しかし、戦場にいる者ならばその発火点は高く、普通の事では動じない。 だが、肝心の火元がその発火点を容易く上回る程の高温の爆発なら、どうだろうか。 炎が背後の味方を焼き尽し、自らの視界を埋め尽くす。その光景を見て、どれ程の人間が自らを見失わずにいられるだろうか。 レーダーへの反応は皆無であり、気付いた時には既に回避不可能な距離からマイクロミサイルが殺到している。 悲痛な叫び声が、通信機越しに味方に伝わる。その声は幾度も聞き慣れていなければ、恐怖によって自己の崩壊が誘発される。 そして敵MT部隊には、死神の誘いを聞きなれたパイロットは存在しなかった。 正確な狙撃によりコクピットを貫かれた者、マイクロミサイルによって機体ごと爆散した者、そして高熱の刀身により引き裂かれ、蒸発した者。全てが例外なく、二度と動かぬ鉄屑と肉片にされていた。 圧倒的な力によるそれは、もはや戦闘というべきものではなく、一方的な狩り――蹂躙という言葉が、何よりも相応しかった。かつて自分が見た、あの光景のように。 「大体片付いたか。アルフ、敵の進攻経路は記録できたな?」 『データは処理済みです。サブウィンドウのマップに反映します』 マップに敵の進攻経路が上書きされ、同時に敵に気付かれにくいと予想される、こちらの侵攻ルート候補をアルフが表示する。 中継基地は山間の谷間に位置しているため、敵に視認されずに近くまで辿り付けるのは、左右いずれかの山の外側を沿う形となる二つのルートだけだった。 「……もっと外側を大回りするルートはないのか?」 『これ以上の外回りの場合、右は短時間ですが飛行して岩壁を超える必要があります。左は遮蔽物が少ない為、偵察部隊がいた場合は視認される可能性が非常に高いと思われます。 レイヴンが敵拠点に侵入する以上、推奨ルートのどちらかが妥当であると考えます』 確かにアルフの言う通り、自分が侵入することを考えれば、敵拠点との距離は短い方が好都合だ。 それも出来るだけ、物陰に身を隠しながら進める道がいい。 「仕方ない、右ルートを基本に手を加えるか」 衛星写真による地図を拡大して、機体を降りてからの侵攻ルートを組み立てていく。基地まで辿りつくことさえできれば、あとはどうにでもなる。 「シーア、そう簡単に侵入できるものなのか? 入口に見張りがいたらどうする?」 侵攻経路を作成していたシーアに、イリヤが問いかけた。その問いに、手を止めずに答える。 「まぁ、普通はそうだろうな。 だが、いた所で大した問題にはならない」 侵攻経路の構築を完了し、機体をアルフの推奨ルートの通りに進ませながら、再び口を開く。 「基地を取り返しに行くのに、わざわざ招待状は必要ないだろう?」 声はあくまで冷静なままに、その口角は僅かに上がっていた。 その考えが、自分の想定内でしかないことを嘲るように。 「とりあえず、敵のMT部隊は大体片付いたはずだ。他に脅威になるものはないだろう」 言いながら、リヴァルディに回線を繋ぐ。 「エイミ、敵のMTは大体片付いたぞ。これより敵拠点内部に侵入、基地の奪還を開始する。そっちも始めてくれ」 『わかったわ。……気をつけて』 「心配しなくてもこの程度、すぐに終わるさ」 それだけ言って、回線を切る。他に言うこともないだろう。 『レイヴン、もうすぐ指定ポイントに到着します』 「ああ、到着したらすぐに始める。イリヤ、俺が戻るまでここを動くなよ」 「特に動く必要もないから平気よ。リヴァルディから連絡があれば伝えるわ」 「そうしてくれ。 三〇分以内に戻るが、それまでにオレから連絡がなければリヴァルディに連絡して、すぐに帰艦しろ。 アルフ、問題ないな?」 『オートパイロットに異常はありません。戦闘にでもならない限り、確実に帰艦できます』 「それでいい」 目標ポイントへの移動をアルフに任せて、シーアが準備を始める。 と言っても、狭いコクピット内ではタクティカルベストの確認程度のことしかできなかった。 ハンドガンと弾倉を、再度確認する。 そうこうしている内に、機体が指定した目標ポイントに到着した。 周囲に敵は確認できず、電波障害も特にないことを確認して、コクピットハッチを開放した。 「アルフ、指定座標にいつでもミサイルを発射できるようにしておけ。 合図はこっちから出す」 『了解しました』 指示を出しながら、パイロットスーツを脱いでタクティカルベストを着用し、バックパックを背負う。 「現時刻より、旧中継基地の制圧・奪還作戦を開始する。 イリヤ、緊急で何かあった場合はすぐに連絡しろ、俺と繋がらない時はリヴァルディにだ。 わかったな?」 「それくらい、言われなくてもわかるわ。 大丈夫よ」 イリヤが若干呆れたような顔をしたのを見て、シーアは機体を降りた。 敵の拠点まではそう離れていないが、細心の注意を払いつつ、木々の中を進む。 右目は赤外線式の暗視モードに切り替え済みで、センサー等にもすぐに気付ける状態だ。 万が一、敵と交戦になっても、視界が確保できていれば動きやすい。 だが、そんな心配も杞憂に終わり、何の問題もなく旧補給基地の目前まで辿り着いてしまった。 塀はよじ登れそうな高さだが、その上部には有刺鉄線と高圧線が張り巡らされている。 補強された痕跡も外側からでは見られないが、表面の状態から考えると、占拠後も放置されていると考えていいだろう。 爆薬で吹き飛ばせそうだが、いきなり敵に感づかれるのはやりにくい。 施設内部までは事を荒立てずに侵入したいところだ。 そう考えて、茂みの中から門を見る。 赤外線センサーの設置は見られない。 地面に感知式のセンサーがある可能性を考えたが、門番が一人見張っていることから、その存在は否定できる。 問題は、門に取り付けられている監視カメラをどう誤魔化すかだ。 カメラを停止させれば、不審に思った敵は確認に来るだろう。 そこで門番がやられていれば、確実に敵は警戒する。 ならば、どう攻略するか…… ――いや、違う。 なぜ過程を気にしたのか? シェルブに悪い癖だと注意されたからだろうか? ――いや、それすらも無駄な思考だ。 自身に要求されているのは『制圧と奪還』という結果のみ。 ならば、そのプロセスを問われることはない。 あの場に長く身を置くことで、甘えが生じたのだろうか? だとしても、自身の役目を忘れかけていたのは恥ずべきことだ。 ――自分の役目を思い出せ。 一切の甘えは許されない。 自分自身が許さない。 既に自分は一度死んでいる。 だが、生き返ってしまった。 その結果、犠牲者を増やしてしまった。 その償いは、未だ済んでいない。 だからこそ、自分はどんな場にいようと贖罪を続けなければならない。 汚れるのは、自分だけでいい。 罪が常に己を苛む、その苦しみに絶えながら生きている自分にこそ、その役は相応しい。 どれほど怨まれようとも憎まれようとも構わない。 作戦を遂行する。 自分に要求さえれるのはただ、それだけだ。 余分な思考を切り捨て、ピルケースから直径2センチほどの赤い玉を口に入れてから、バックパックの銃をラッチから取り外す。 構えたのは〈RM-ASG5〉という名のフルオートショットガン。 二四〇メートルの有効射程を持っている。 監視カメラ程度ならば、発射される一二ゲージ弾の一撃で粉砕できる。 もちろん、その横にいる門番の頭さえも。 ダットサイトを右目で覗く。 二秒で目標に狙いを定め、引き金を引いた。 放たれた散弾が監視カメラを粉砕し、音を立てる。 その音に驚き、壊れたカメラを見る門番。 そして、その額に赤い光点が突き刺さる。 その瞬間、門番の頭が吹き飛んだ。 頭部を失った身体が背中から地面に倒れる間際、シーアがその横を走りぬける。 施設の入口の扉には、監視カメラも門番もいない。 そのまま、施設内部へと滑り込む。 正面の通路に人はいない。 左右も同じく、人の気配はない。 監視カメラも見当たらない。 まだ、気付かれていないのだろうか? だとしても、いずれは門のカメラの異常に気付いて確認に来るだろう。 シーアは手近な部屋を見つけると、すぐにその扉の横まで忍び寄った。 ショットガンをバックパックのラッチへ戻し、サプレッサーを取り付けたハンドガンを右脚のレッグホルスターから引き抜く。 右手でハンドガンを構えたまま、左手で一気にドアを押し開く。 ……だが、中には誰もいない。 無論、それは好都合なことである。 部屋のドアをギリギリまで閉め、僅かに通路が見える状態にして、人が来るのを待つ。 その間に、部屋の中を見回す。 一目でわかったのは、やはりこの補給基地は古いものであり、設備全体が現在の水準に比べて若干見劣りするものである、ということだ。 今シーアのいる部屋は非常に小さく、ちょっとした物置のようなスペースだったのだろう。 だが、構造事態は割としっかりしている。 空気循環用のダクトは狭く、大人が入れるスペースは無い。 柱もしっかりしているが、壁は若干薄い。 この程度ならば、携行している爆薬で簡単に穴をあけることができる。 あとはこの基地のどこに司令部があり、どこに配電盤と緊急用の発電装置があるのかさえ分かれば、制圧は時間の問題だ。 そう思案を巡らせていたところに、足音が聞こえた。 一人だけ。 それも、特に急いでいる様子ではない。 ――これなら、行ける 変わらず、足音は一人分だけが響いている。 息を殺し、ハンドガンをホルスターに収めて腰のツールバッグに手を伸ばし、中のワイヤーを掴む。 ドアの隙間から僅かに差し込む電灯の光が一瞬、遮られる。 再び光が差し込む刹那、ドアを開け放ち、相手の背後から右腕を首に回した。 すぐさま右手に掴んでいたワイヤーを左手で引き抜き、右手でツールバックから伸びているワイヤーと交差させて、両手を引く。 相手の首にワイヤーが食い込み、絞まる。 「動くな。 抵抗するなら、このまま殺す」 自力で解けないと察した敵が必死でもがき、右肘を突き出してくる。 が、シーアは右腹部への衝撃を無視して右腕でがっちりと敵の首を押さえ、その状態で左手を引いた。 「工事用の牽引ワイヤーだ、人の手で切れるような物じゃない。 大人しくしろ」 ギリギリまで締め上げてから、声が出る程度にワイヤーを緩めと、首を絞められた男は咳き込みながらようやく声を出した。 「……お前は誰だ、こんなところに何の用がある?」 「質問するのはお前じゃない、オレの方だ」 再びワイヤーを締め上げ、そのまま先程まで隠れていた部屋に連れ込んでから、ワイヤーを緩める。 「この基地の司令室と配電盤、それと補助電源の場所を言え。 素直に教えれば殺しはしない」 「誰が教え……グッ……!」 従わなければワイヤーを締める。 それだけのことだ。 どちらが優位で、どちらが不利なのか。 それをきちんと理解させなければ、機密を口に出すことはない。 もちろん、かなりの訓練を積んだ者ならば拷問で口を割ることもないだろうが、目の前の男からは、そういった雰囲気は感じられない。 ならば、このまま続けた方が手っ取り早い。 そう考え、シーアはワイヤーを握ったまま、男を床にうつ伏せに倒す。 左足で男の首の根を踏みつけ、ワイヤーを左手に持ち替えて右手でホルスターから拳銃を引き抜き、男の眼前に突き出す。 「もう一度聞いてやる。 司令室と配電盤、補助電源の場所を言え。 言わないなら、お前に用は無い」 男の後頭部に銃口を向ける。 あとはトリガーを引くだけの状態だ。 ゆっくりと、しかし確実にトリガーにかかる指に力を込めていく。 「待て! 言う、言うから勘弁してくれ!」 「……言え」 銃口を男の頭に向けたまま、男が話し出すのを促す。 「……司令室は地下一階だ。 配電盤は地下三階、補助電源はその下の階にある」 男が息を荒げながら場所を吐く。 だが、男の額から、汗が流れ落ちるのを見て、シーアは男の右膝にハンドガンを向けて、トリガーを引いた。 男が痛みを訴える前に、ワイヤーを締め上げる。 「嘘じゃないだろうな?」 「ほ、本当だ、嘘じゃ……」 言い切る前に、左膝を撃ち抜く。 弾丸は五・八ミリ徹甲弾。 小型でありながら貫通性能に特化しており、最高水準のボディアーマーですら、当たり所が悪ければその装甲を貫くことさえある。 当然、人体なぞ安々と貫通する。 男の両膝は既に、歩行が困難な状態だろう。 貫通性を高めた結果損なわれたマン・ストッピングパワーも、正確な射撃さえ出来れば威力を補える。 両膝の痛みは相当なものだろう。 「……まぁ、お前がどう答えようが、最終的な結果に変わりはない。 お前達は全員、ここで死ぬ。 それだけの話だ」 言いながら、今度は背中を撃つ。 「ま、待て、話が違うぞ! アンタ、殺しはしないって……」 男の顔が、動揺と危機感で歪む。 それを見たシーアが、口端を吊り上げて、笑みをこぼした。 「これから死ぬ奴に対して、わざわざ本当のことを言う必要はないだろう? いくらお前が何を言おうが、信用性が一〇〇パーセントになることはない。 用済みなんだよ、お前は」 必死の形相でこちらを見る男の男の頭部に、銃口を向ける。 「わ、悪かった! 本当のことを言うから許してくれ、頼む!」 「なら、さっさと言え」 最初からここまでやるつもりだったシーアにしてみれば、ここまでは茶番に過ぎない。 最初の一言で信用する愚か者が、一人でここまで来るわけがない。 そう呆れつつも、男の口を割らせる。 「司令室は施設最上階の一五階で、配電盤と補助電源は地下一階にある! これで勘弁してくれぇ!!」 「そうか。 そうだ、ついでにお前らのMTや装甲車の止めてある駐機スペースの位置も教えてくれ、行き方もな」 「地下2階が通路になってて、そこから真っ直ぐ進んで階段を上がったところにある! だから、命だけは……」 嗚咽交じりに男が告げ終えた直後、左手のワイヤーを離し、頚動脈を絞める。 若干の抵抗の後、男の意識が完全に落ちた。 これで、攻めるポイントは把握できた。 あとは単純に、これまで通りやればいい。 ――ナーヴスに恐れられた『暗殺者』の実力を、見せてやろう―― →Next… ③ コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/152.html
③*④*⑤ 敵性目標は高密度火力で此方を釘付けにしつつ、通常歩行で距離を詰めてきている。 手堅く此方を粉砕するつもりか── 豊富な搭載火力を当てにした単純ではあるが、しかし、地形を有効に利用した確実な攻略法である。 いつでも応対射撃に出れるよう構えながら、左手で腰元のポーチをまさぐるがそこには既にハンドグレネード類は収まっていない。先ほどパルヴァライザーと交戦した時に使い果たしてしまっていた。 センサー群で集約した情報を吟味した上で対向戦術の確立を図ったが相手の電子機器を麻痺させる装備もなく単純火力ですら劣性である現状で、戦況を覆すだけの要素は考えうる限りでは見当たらなかった。 (単純機動での強襲成功率は34,5%──厳しいな) 強化内骨格である自身の身体機能を用いて正面からの強襲攻撃を試みた所で、相手の集中弾幕を被弾覚悟で搔い潜ったとしてその後殲滅できる可能性は極めて低い。 つまり、ヴァネッサと同様現戦域を切り抜ける手打ちは、ないという事になる。 ──手のうちようがない 「──だと? ……馬鹿馬鹿しい」 そんな事を無意識のうちに考えている事にようやく気づき、リサは自分でもわかるくらいに口許を歪めてみせた。何も全員が無傷で生き残る方法を選ばねばならないという話ではない。 戦場に臨む者の価値は、其々著しく異なる。 私と──そう、ヴァネッサがそうだ── 彼女は望まれて、生き残る義務がある。 決死覚悟とは言わない、しかし、手足の一本や二本はくれてやる覚悟で臨めばあるいは。 他者が自身を見ているのなら、自分は今恐ろしく凄惨な表情を湛えているのだろう。 リサは一瞬だけ瞼を下ろし、そして自動小銃の銃把を握り直した。初動の予備動作を省いて先手を打てるよう、下肢部のアクチュエータ機構を最大稼働率で準備待機させる。 空間を吹き荒ぶ弾幕に飛び込む機会を計っていた時、リサにとって不測の事態を搭載センサー群が捉え、次の瞬間には機関砲の弾幕がぱたりとやんだ。 「なんだ──?」 続けてセンサー群に状況を解析させ、そこからパルヴァライザーが戦闘態勢を解除している訳ではないが、発砲の一切を停止している事を確認した。その不可解な展開にヴァネッサも困惑しているらしく、後ろの二人に至っては無条件に「助かったのか」というような表情をしていた。 相手に戦闘の意思が、しかも不意な形で無くなってしまい反撃の出鼻をくじかれたリサは直に確認すべく鉄柱の影から顔をのぞかせた。不気味な青白い光が宿るカメラアイは此方の一挙手一投足を追尾し、両腕部兵装の機関砲もそれに合わせて駆動しているが、それ以上の動きはないようだった。 ヴァネッサに向けてハンドサインを送り、リサは鉄柱の背後から姿を晒した。 「何の真似だ、貴様──」 此方も下手に相手を刺激しないよう銃口を下げ、しかしいつでも射撃体勢に入れるよう準備しながらパルヴァライザーの前に立つ。 その時、電子処理脳内の通信回線野に奇怪な周波数が流入し、リサはその不快な負荷に僅かに眉をひそめた。解析するまでもなく発信源が眼前のパルヴァライザーであると確信していたリサは、電子警戒態勢を維持し回線を接続した。 すると、 『予ソク目標、セッ触──。タイショウ、捕ソクプログラム検サク──』 ひどく拙いものだが言語としての理解は可能だった。しかし、リサにはパルヴァライザーの言う言葉の意味に思い当たるものがなかった。続けて眼前の巨体が述べた言葉は、 『プログラム、起ドウ不可──。カク定率、64%。対象ヲユウキ体センジュツシ援キコウと認定不可──』 ──ユウキタイセンジュツシエンキコウ、だと? 「有機体戦術支援機構──。貴様、遺物を求めて来たというのか?」 眼前のパルヴァライザーは、その問いに対する回答を持ち合わせていないようだった。 有機体戦術支援機構、そんなモノは無論、此処にはいない。 其れをモデルとした被造体は此処にいるが── 「──ふふ。紛い物に釣られたとは、旧世代兵器の名が泣かんか?」 その不毛な嘲りの言葉を理解したのかどうかは分からない、しかし、パルヴァライザーはリサを不意に排除対象とみなしたのかカメラアイに激しい光を宿し、若干下げていた両腕部兵装を跳ね上げた。 「下がれ、【バラハ03】──!」 不意に届いたその声に反応し、前方への強襲姿勢に入っていた下肢部の出力方向を転換し、後背上方へ大きく跳躍した。後方回転気味に空を舞う中、地上に向いた視界を数発のグレネードが縦断し、その奇襲に反応できなかったパルヴァライザーがそれらの攻撃をまともに受ける。 後方へ軟着陸して振り返ると、完全武装の班規模から成る兵士達が非常口前に展開していた。 彼らは迅速に動いて前衛へ突出し、爆炎の延焼によって炎に包まれているパルヴァライザーに向け立てつづけにグレネードを撃ち込んだ。その隙に鉄柱の影に隠れていたヴァネッサがノエラとベランジェを押して離脱し、リサの元へ合流する。 「──【バラハ02】、増援か」 「【バラハ02】は既に現場に到着している。急げ」 非常口へ向かおうとしたリサを班長が一時呼び止めた。 「君が、ウチに入って来るという新人レイヴンだな。君の教導役が待っているぞ。全く、こんな日が初仕事とは災難だったな」 最後は半ばぼやきの入った班長の言葉を聞き流し、リサはヴァネッサと二人を非常口の向こうへ行くよう促す。兵士の一人が背中に背負っていた装備──大口径の対物ライフルを譲り受け、スリングを肩にかけ直して非常口の縁に足をかけた。 その時、耳を劈くばかりの悲鳴とも呼べない機械音が響いた。背後を振り返ると、止まぬ爆発と爆炎に身を焦がされていたパルヴァライザーが機体各部を破損させながらも、前進を強行しようとしていた。 班員に戦線の後退を指示し、班長がリサへ向かって叫ぶ。 「既に昇降機も到着している。後は降りるだけだ、先に行け!」 その言葉に弾かれるようにリサは非常口の奥の連絡通路を駆け抜け、既に昇降機に乗り込んでいた三人の姿を確認した。制御盤に兵士が一人降り、そいつが持っていた単発式グレネードライフルを半ば強引に受け取る。 「行動班が見えたら降下を開始しろ。待つ必要はない、いいな?」 返事を待たずに踵を返し、行動班が後退してくる非常口出口で射撃体勢を取る。間もなくして行動班が応対射撃を展開しながら迅速に後退し殿の班長が走り出てきた所で昇降機がゆっくりと最下層への降下を開始する。 「止まらずにとび降りろ、行け!」 「すまん──!」 班長とスイッチで出口付近にとどまり、狭い連絡通路を破壊しながら突進してくるパルヴァライザーを正面に見据える。 「生憎だが、貴様に乗車のチケットはないんだ。此処で果てていけ」 射撃制御をフルオートに切り替えた長大な銃身を持つ対物ライフルを片腕に構え、それに合わせてリサは義眼制御を近接射撃態勢へ移行──後方への移動を開始しつつ引き金を絞った。 強化内骨格機能で反動を強引に抑え込み、脚部関節に銃弾を集中させ進行速度を遅らせようと試みるが、パルヴァライザーはそれでも歩みを止めようとせず連絡通路内壁を突き崩しながら非常扉に迫る。 センサー群で把握していた昇降機は階下10メートル付近まで降下している。縁から身を躍らせる直前、リサは右腕に構えていたグレネードライフルを非常口上部に向けて発砲した。着弾によって発生した瓦礫が崩壊し、非常口を粉塵と共に瞬く間にふさいでいく。グレネードライフルをその場に放り捨て、リサは縁に足をかけて降下した。眼下十数メートルを全速力で降下中の昇降機を捉え、乗員達が空けたスペースへリサは器用に軟着陸した。 「とりあえず足止めはした。現場までの時間は?」 「5分だ。各自装備状態を確認しろ」 行動班に目立った損耗はなく、班員達は落ち着いた様子で指示に従い各自の装備状態の確認作業に映る。 ターミナルスフィア直下の機械化強襲部隊──【バラハ01】は各支配企業で腕利きだった百戦錬磨の戦場帰還兵から構成されており、その手腕は確かなようだった。 ヴァネッサも弾切れになった自動小銃をその場に捨て、班員の一人から新たにターミナルスフィア正規兵装である自動小銃とその他兵装各種を受け取っている。 赤毛のリポーターのノエラは既に班長に大胆にも近寄り、先ほど釘を刺したにも関わらず取材活動を始めている。昇降機の隅で所在なさ気に立っていたベランジェの視線に気づき、リサはそちらへ首を回した。 「さっきの──。あんた、もしかして強化人間か?」 「珍しい物でも見たようだな。戦場にはごく有り触れた代物に過ぎんぞ」 「すごい──始めて見た」 そう言うベランジェの青白い顔はどことなく感嘆の表情を宿している。そんな彼の様子をそれ以上視界に留めることなくリサも自らの兵装状態を確認。対物ライフルの稼働状態の確認をし終えた時、 広域警戒態勢へ移行していたレーダー機能が此方へ向けて接近してくる動体反応を捕捉した。 「来るぞ──。これは──動体反応多数、潜入用小型個体だ!」 リサのその声に反応した行動班が一斉に銃口を上空へ向けた。吹き抜けのぽっかり空いた上部に狙いを定め、数秒の後そこに一機の小さなシルエット──潜入工作に特化した翅虫のような形態の小型パルヴァライザーが姿を現した。そしてそれに続き、視界上部を十数機の同型機が現れる。 「通風ダクトを抜けてきたようだな。先の奴が呼び寄せたか──時間は?」 「3分だ。此処で持ち堪えるぞ。各員、各個迎撃態勢を取れ!」 班長のその命令と同時に上空へ向けて銃火が煌き、無数の火線が吹き抜け上部へ向けて飛来。それに呼応するように無数に湧き出した小型個体群が降下行動へ移る。 致命的な損傷を負った小型個体から順に吹き抜けを落下し、飛び散った残骸が昇降機の搭乗台に飛散する。そんな仲間たちの損害などを侵攻群は気に止める事もなく唯無機質な光を宿して降下姿勢を維持してくる。圧倒的な質量差から上空の敵性反応が減少する様子はない。 「残り一分で着くぞ。各員離脱準備だ!」 班長がそう叫んだ時、頭上を埋め尽くす小型個体群のシルエットの裂け目に見えた空白からリサは"ソレ"を目視した。 「あくまで諦めんか──」 非常用扉の瓦礫の下に封じ込めたはずのあの対人用パルヴァライザーは、機体装甲を剥離させ各部から黒煙を上げながらもなお、吹き抜け内壁部に脚部を引っ掛けで甲虫の様な機動で猛然と迫って来た。 破損した両腕部兵装の機関砲の代わりに背部内蔵型の榴弾射出砲を展開し、パルヴァライザーはそれを連続射出した。 リサは最高稼働率で機能していたセンサー群を全て射撃管制に傾注し、小型個体群の上方から迫る榴弾の飛来機動を精密補足、両腕に構えた対物ライフルの引き金を絞った。 弾頭部に正面から着弾した銃弾が榴弾を誘爆させ、次々に赤々しい火球が頭上部に広がる。その爆発に巻き込まれた小型個体群の何機かが火炎の中に呑み込まれていく。 その直後、昇降機の降下速度が低下しアリーナ地下駐機場への到着を軽やかな電子音が告げた。小型個体群を追い抜いたあのパルヴァライザーが内壁部からその巨体を弾き飛ばし、空中から自由落下で迫って来る。昇降機前面のゲートがオープンし、 「総員離脱、離脱しろ!」 何人か出た負傷兵に肩を貸しながら行動班がゲートから外部へ走り出ていく。ヴァネッサもそれに続いて離脱した。 応対射撃を殿で行ないながら最後まで残っていたリサもゲートに走ろうとした時、視界の隅にあのベランジェとかいう痩せ男が昇降機内へ走り戻るのが見えた。 「カ、カメラが……!」 「この、馬鹿もんが──」 ハンドカメラを辛うじて拾い上げたベランジェの襟元を片手でひっぱりあげ、リサは脚部アクチュエータ機構を最大稼働率で出力、その場から大きく跳躍した。ゲートから地下駐機場へ強引に飛翔し、ゲート正面に射撃横列を取った現着部隊──【バラハ01】の全容を目視した。 中央に立つ【バラハ01】の指揮官、頑健な体格を湛えたガロの鋭い相貌と一瞬視線が交錯する。彼らの頭上を飛び越えた直後、ガロが無感情に「撃て」と短く言い切った。それと共に射撃横列を組んでいた部隊員達は一斉に制圧射撃をはじめ、ちょうど昇降機に降り立ったあのパルヴァライザーが集中弾幕をもろに受ける。 続いて携行型グレネードによる追加攻撃が浴びせられ、昇降機設備内が完全に火の海と化していく。ゲート内から吹き出す業火の奥で旧世代兵器達が灼け堕ちていく様子を背後を見やっていたリサは、片手に吊るしていたベランジェをその場に放り捨てた。 徹底的な殲滅攻撃の後、ようやくガロが「撃ち方止め」と言った。不気味なほどに統率のとれた部隊員達がぴたりと制圧射撃を停止し、残響音が駐機場内を反響して溶け込んでいく。 ヴァネッサにその場にいるよう言い残し、リサは片手に提げた対物ライフルの引き金に指をかけたまま【バラハ01】の横合いからゲート前まで歩み寄った。 轟々と吹きつける高温の熱風がリサの肌を撫で、その奥で黒焦げの残骸になり果てていた旧世代兵器群の中のひとつが動いたのを見逃さなかった。 そいつは同志の残骸を押し退け、また自らも炎に身を焼かれながらゲートを潜って駐機場内に踏み出す。多脚部は既に機能不全を起こして奇妙な動作音を上げ、全身を焦がす炎はそのモノの機体装甲を無慈悲に溶解させていく。 「お前、御苦労だったな──」 炎の中で弱々しく明滅するカメラアイと視線を交錯させた。足先数メートルまで接近してきたそのパルヴァライザーに銃口を突き付け、リサは一瞬の空白の後トリガーを引き絞った。 耐久限界に達していたパルヴァライザーはものの数発の銃弾のみで頭部を破損し、断末魔の様な機械音を残してその場に崩れ落ちていく。旧世代の遺産が燃え尽きていくその様子をしばらく見届け、リサは踵を返した。 「──【バラハ03】及び【レジェス57】、現着した」 「此れより出撃準備を完結する。こっちへ来い」 速やかに移動を開始した【バラハ01】に続き、ヴァネッサとおまけ二人を伴ってリサは駐機場入り口付近の搬入機材の元へ歩み寄った。 ──【バラハ01】が外部から搬入した機動装甲車四台と、大型の輸送車が鎮座する傍で現場指揮官のガロを中心として部隊員が緩い円陣隊形を取る。輸送車の荷台上には、アリーナ運営委員会の予備待機ハンガーから搬出してきた重戦車型AC機体──ヴァネッサの予備機体であるラピッドタイドが主人の帰還を待っていた。 「事態は火急だ。司令部は緊急即応コード:22-033を正式認証、第一種戦闘態勢を新規確定。──午前0700未明、閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】にパルヴァライザーを主力とする旧世代兵器群が侵入した。発生源及び侵入源は不明。連邦法内事交戦規定第一項による統合司令部の発動に伴い、ターミナルスフィアは一時グローバルコーテックス本部指揮下に入る。作戦付与コードは──【セント・シルヴィナ】。現在敵対勢力は都市群を武力侵攻中。我々ターミナルスフィアは通達指令に準拠し、都市防衛戦闘を展開する。──戦線確立が急務だ」 「案の譲というところか……」 「戦力展開基準は各分隊長が確認、出撃準備完結後、速やかに作戦開始だ」 要点のみを抽出してガロは言い切った。緊急即応コードが発令されていた時点で何となく最悪の可能性は予測していたが、正にその通りと言えた。その号令と共に部隊が速やかに動き出し、リサの電子処理脳にも転送されてきた作戦要綱のデータファイルを解凍解析した。速やかに情報詳細を把握し、ヴァネッサにそれを伝える。 「ヴァネッサ、お前は予備機体に乗って商業区画の該当戦域へ急行だ。既に共同兵力が先行して防衛戦線を展開している。詳細座標は機体制御システムへ直接転送する。私は統合司令部へ出向するが、それまでは指令車内からオペレートする。初仕事だが、行けるな?」 「うん、大丈夫だよ。案内よろしく、リサ?」 ヴァネッサが搭乗するラピッドタイドはあくまで予備機体である為、リサの構造意識を転送制御可能な戦術支援プログラムがインストールされていない。事態は火急の為、今回は統合司令部からオペレーターとしての責務を務める事を選択した。 どの道、ヴァネッサはいつか独り立ちせねばならない。いつもそばにいるという訳にはいかないのだと、リサは自分を納得させた。輸送車の荷台上からタラップを駆け上がり、ヴァネッサはハッチを開口してコクピット内へその身を滑り込ませる。 「さてと……。あの二人は──」 行動部隊が作戦開始と共に移動するのなら、その道すがらであの二人を最寄の避難シェルターへ送らねばならない。そう考えてリサは周囲に視線を巡らした。ノエラとベランジェの姿はすぐに見当たったが、彼らはいつの間にか少し離れた場所に在るジープに乗り込んでいた。 リサは思わず、 「どこへ行くつもりだ、お前達」 後部座席にいたノエラが此方を向き、大人の笑顔を持って軽くウィンクしてみせる。その前でベランジェが「知らんぞ」とかなんとか呟きながらエンジンをかけた。 「さっきは助けてくれてありがと。私達は仕事があるからこれで。せっかく知り合いになれたんだし、また後日にでも事務所へアポとりに行くわ。じゃあね─♡」 などと赤毛のノエラは余裕綽々の笑みのままのたまい、ベランジェの後頭部をぱしっと叩いてジープを発進させた。ジープはそのまま駐機場から地上へ直結する車道に乗ってしまい、リサが制止する間もなく嵐のようにその場から行ってしまった。 「なんなんだ、あいつらは……?」 とりあえず面倒がひとつ済んだと思うことにして、彼らは自分の意思で出て行ったのだからそれ以上追うような真似はしなかった。かわって自身の作戦行動を開始すべく、指令機能を持つ機動装甲車に後部ハッチから乗り込み、速やかにコンソール前の席に着く。ヘッドセットを装着してコンソール機能を起動し、予備機体ラピッドタイドに通信要請を行った。 「こちらオペレーター・リサ。聞こえるか、ヴァネッサ」 『こちらラピッドタイド、感度良好。ラピッドタイドを起動、機体制御を第三種準備待機態勢から第一種戦闘態勢へ順次移行。機体駆動機構、冷却機構群、出力機構群異常なし。各戦術支援プログラム、稼働状態良好。搭載兵装、の最大運用効率に変動なし──オールグリーン』 「通常型戦術支援AIによる機体制御補正プログラムの新規設定を完結。戦術支援体制オールグリーン」 『了解。機体コード:ラピッドタイドの起動を確認』 メインモニターに管制支援機であるラピッドタイドの推移機能を全て出力し、最後にコクピット内のヴァネッサの姿を映し出す。コンソールを叩いて輸送車の荷台タラップを作動させると共に、ヴァネッサはラピッドタイドの機体を地上へ下した。キャタピラを小気味よく旋回させ、既に移動態勢を整えた車輌隊の最後尾へつく。 「地上到達後、該当戦域へ急行し共同勢力と合流しろ。我々車輌隊は統合司令部へ出向し、其処で指揮系統を構築する」 『了解──』 間もなくして車輌隊が移動を開始し、妨害勢力もなく地上へ到達する事ができた。そしてすぐにリサは、機動装甲車が発砲を受けた被弾音を聞き、コンソールに外部付随カメラからの視界を出力する。 「これは──エデンⅣの名が泣けるな」 興行区画の外の様子はエデン──楽園という名からは程遠い様相を呈していた。そこかしこで火線が吹き荒び、戦線確立を実行しようと先立って派遣されてきたのだろう対応戦力群が侵攻部隊と交戦している。 幹線道路の対向車線をグローバルコーテックスの部隊章をつけた車輌隊が交差し、地獄へとまっしぐらに向かっていく。 『此方ラピッドタイド、此れより該当戦域へ急行する』 「了解。こんな情勢だ、充分に気をつけるんだぞ、ヴァネッサ」 『もう、心配性なんだから。お母さんは一人でいいの、じゃあね』 そういって年相応に頬をふくらませて見せ、ヴァネッサは進路を変更して車輌隊とは反対側の幹線道路を当該戦域へ向かって進んでいった。 「母さん、ね──」 彼女の無意識のうちに言い残したその言葉に、あの子も年相応に可愛い所があるものだと、リサは頬杖を着きながらにやけてみせた。そのタイミングを計っていたかのように内部周波数から通信要請が入り、コンソールを叩いて回線を開いた。 『此方コントロール、ノウラだ。ヴァネッサは出撃したか?』 「はい、たった今。我々も現在、統合司令部へ急行しています。──ノウラ、いくつか報告事項があります。其方へ転送します」 電子処理脳の記憶野から当該情報を圧縮化し、ノウラのコンソールへ転送する。暫くといっても数秒程度だったがノウラは冷静な口調を持って返答をよこした。 『成程──なかなかに面白い可能性だな。此れが事実だとするなら、この騒乱は一筋縄では終われんぞ』 「……楽しそうですね、ノウラ?」 ノウラと、彼女が当時率いていた技術者集団の手によって生命の根源から別たれ、リサは彼女と共に十年の歳月を過ごしたが、それを経てなお彼女という人間の本質は一切理解できないでいた。 それは原始的な不安に近く、彼女は本当に人間なのだろうかという猜疑すら招きこむ。 リサの問いかけにたいしてノウラは明確な返答を返さず、ただ、不可解な笑い声を小さく立てただけであった。 『リサ、お前はお前の責務を全うしろ。十年前、その為に私はお前を産んだのだからな』 「分かりました──。命に代えても、ヴァネッサを護ります」 『それでいい。回線を一時閉鎖、現着合流次第、統合司令部経由で指揮機能の構築を開始する』 「了解。カット──」 回線接続が解除され、リサはいつの間にか堅くなっていた表情をほぐす為にワーキングチェアに背を預けて息を深くついた。 共に戦場に生まれ、戦場に育ち、戦場に生きる──それ以外に道はない。 ますます激しさを増す戦火に、此れから幾重もの死線が待ち受けているであろう事を確信し、リサは身を起してコンソールに身を走らせた。 AM07 45── * AM07 47── ──誰かを護ろうとするのなら、その者の死を畏れるな その言葉は実体のない陽炎として、脳裏に貼り付いた記憶のひとつだった。 致命的な戦火は留まる事無く激しさを増し、【エデンⅣ】は最早戦場となり果てていた。 兵器災害以降、生き残った人類最後の楽園とまで言われた閉鎖型機械化都市は、その内部への武力侵攻を旧世代兵器群に許し、戦線確立もままならず一方的な防戦に追い込まれつつあった。 搭載センサー機能が収集する情報群を戦術支援AIが整理して投射型メインディスプレイに次々と出力し、戦域状況が瞬く間に更新されていく。専用ガレージからの出撃直後に確認した通達依頼の詳細により、ファイーナは搭乗機体【ゼクトラ】を最大巡航推力で商業区画の当該戦域に向かわせていた。 ターミナルスフィア事務所を通じて出撃依頼を出してきたのは、閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】に駐留する統一連邦の軍事力──統一連邦第四駐留軍であった。一方的な奇襲を持って侵入してきた旧世代兵器群を迎撃し、反転攻撃に出る為の戦線を確立する事が、ファイーナを含め他のレイヴン達に通達された依頼である。 旧世代兵器群とエデンⅣ防衛戦力が都市全域に入り乱れて交戦するという致命的な戦況下でそれを実践する事は、通常戦力では困難を極める。その為に、統一連邦軍はエデンⅣに駐留する全てのAC勢力に声をかけたのだろう。多額の出費を強いられることは違いないだろうが、それでも人類最後の楽園である都市を護り切れるのであれば安すぎる代償である。 その事について口を出すような部分はなかったが、ファイーナは統一政府に関して別に疑問を抱いている部分があった。それはつい数分前に目撃した光景であり、記録したその映像情報を改めてメインディスプレイに出力する。 閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】の天蓋部を外側から破壊して進入してきたパルヴァライザーを主力とする侵攻部隊が瞬く間に都市全域へと拡散し、それに続くようにして最後にそのシルエットが現れたところで映像を停止させた。──機体各部は既存のACのものとして見慣れたものだが、その特徴的な機体塗装と佇まいはファイーナの意識に最悪の事態の可能性を想起させる。 「まさか、あんな怪物が出てくるとはな──」 ナインボール──兵器災害発生以前から、その名を冠したAC機体の存在は軍関係者の間で広く知られていた。実体の伴った都市伝説として、当時ミラージュ社専属AC部隊の兵士として所属していたファイーナも幾度となく聞き及んだ事がある。 曰く、世界秩序に反旗を翻した異端分子を排除する紅い亡霊であると── しかし、五年前に兵器災害が発生してから数年後、紅い亡霊と言われた存在はその名を残して消息を絶った。その前後の事実関係については、ターミナルスフィアの知己であるノウラから直接聞き及んでいる。 彼女は支配企業群が共同出資運営していたというある技術開発系財団に外部特別顧問として関与し、其処で紅い亡霊と直接接点を持っていたのだ。事の顛末に関して多くを語ろうとはしなかったが、その後暫くして【赤い亡霊】はその姿と役目を変えて再び表世界に、都市伝説として現れ始めた。 世界秩序に反旗を翻した異端分子を排除する【紅い亡霊】として── 世界秩序に反旗を翻した最悪の異端分子としての【紅い亡霊】として── メインディスプレイに出力している停止映像の"ソレ"がどちらなのかは、ファイーナ個人の推測では判然としない。その事実関係について気がかりなのは確かだったが、ファイーナには個人のレイヴンとして果たさねばならない仕事が今はある。 当該戦域まで残り数分と迫った時、本機に通信要請が入りファイーナは戦術支援AIに指示して回線を接続させた。 『此方コントロール、ノウラだ──緊急即応コード正式認証により、オペレーション:セント・シルヴィナを発動。其方の戦況推移を報告しろ』 「此方【ゼクトラ】──受諾依頼の指定詳細に準拠し、当該戦域へと移動中だ。司令部機能はコーテックス・ビルへ移転中か?」 『ああ。現在、輸送機で商業区画中央部のコーテックス支社へ急行中だ。統合司令部との指揮機能構築のため、私は戦線に出られん』 ──エデンⅣ連邦法で制定されている内事交戦規定第一項によれば、事態が火急の場合都市機能の確保維持を最優先事項とし、駐留軍事力の指揮機能は全て統合司令部によって一元化されると在る。統合司令部の最上級機構は【エデンⅣ】最大の支配企業体であるグローバル・コーテックス支社が担い、便宜上の都市統治組織である統一連邦の都市管理局が内事交戦規定第一項の発動をした場合にのみ、実現するものである。 →Next… ⑤ コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/150.html
第十三話*②*③ 兵器開発部の連中は、そういうイメージが重要だとも言っていた。搭乗者其々でイメージは異なり、それに合わせて統合制御体は意思判断の反映解釈を複雑化させていくのだと。 ──つまり、過去の経験に裏打ちされた意思判断が、自身によるネクスト兵器の制御技術の根幹となっているのである。 二度目に吹かした追加推力によって前方展開中の二機の目標との距離を瞬時に詰み切る。まともな迎撃態勢を取る事すらできずに隙を曝し出した二機の胸部に其々砲口を突き付け、至近距離からの掃射攻撃で胸部を吹き飛ばした。搭乗者の即死によって機体制御を崩した機体が明後日の方向に突撃銃の弾幕をばら撒きながら、路上に地響きを立てて斃れる。 死の間際、搭乗者達は無意識に呪っていたかもしれんな。 地下トンネルという閉鎖空間の中で、真正面から唯のAC機体が突っ込んで来ていたという事実を額面通りに信用していた事を。 撃破した機体が黒炎を吹き上げながら爆散し、その轟きを背後に受け止めながらさらに前方を目指して通常速度を跳ね上げる。 「前方ターミナルエリアに主力部隊が集結、迎撃態勢を展開」 メインブースタを大きく吹かして地下トンネルの終着点へ滑り込み、大きく開けた地下空間へ滑り出すと同時に機体を宙空へ増速浮上させた。直前まで機体が疾走していた場所に複数の敵機による集中掃射が着弾した。粉砕された路上の破片が粉塵と共に巻き上がり、下方から機体を呑み込む。 各部ブースタを微調整しながら吹かして瞬時に粉塵の中から離脱し、集中掃射を浴びせかけてきた前方の迎撃部隊を有視界に捕捉。目標詳細を瞬時に解析したアンヘラが諸情報をインナー・ディスプレイに表記する。 「敵部隊主兵装、三七ミリ多砲身式回転機関砲【SDT-022】です」 離脱した所を待ち受けていたとばかりに見舞ってきた同兵装の弾幕をサイドブースタを適宜吹かしながら後背へやり過ごす。だが、間髪入れずに迎撃陣形後方に待機していた計三機の重量型二脚機が、展開していたミサイルコンテナより垂直発射型ミサイルを連続射出した。 補足対象を前衛機から切り替え、急速接近してくる地対地ミサイルの群影を有視界に捉える。 サイドブースタを大きく踏み込んで飛行進路を転換し、前方数射線から飛来するミサイル群を回避。此方を見失うことなく旋回し、後方から追い縋って来るミサイル群の反応をセンサーで確認したと同時、更に射出されたミサイル支援が前方の迎撃部隊からさらに接近してくる。 統合制御体に強く語りかけ、各種センサー群の稼働を最大効率にまで跳ね上げてインナー・ディスプレイに情報群を出力。前後計一二基のミサイル群の接近を捕捉し、挟撃攻勢の中で双方に相対するように機体を展開した。 既に統合制御体によって軌道予測を完結した後背のミサイル群には構わず、右舷前方から飛来するミサイル群のみを有視界に捉え、フレームシステムによって最前衛で飛来するミサイルの弾頭を捕捉。 左腕挙動を自動制御に切り替え、左舷後方から接近するミサイル弾頭を捕捉させる。メインディスプレイに[- Mark On -]のメッセージが表記され、同時に操縦把付随の引き金を絞った。 左右其々に一発の銃弾のみを撃ち放ち、それらは補足した弾頭に過たず着弾。直後、前衛のミサイル群が派手に爆散して至近距離に赤々しい火球を産み、それが後続のミサイルを次々と誘爆させていく。 両脇に渦巻く炎の海を有視界の隅に抑えつつ第一種戦闘索敵態勢に移行済みのレーダーで敵性部隊の展開状況を把握し、メインブースタを一度吹かして火炎の海の中から飛び出した。 赤銅色に染め上げられたターミナルエリアの中、前方に散開陣形を展開する敵性部隊の一機が展開していたグレネードキャノンの砲口が此方へ向けられているのを肉眼で捕捉した瞬間、耳を劈くような砲声と共に大口径の砲弾が飛来した。 「──!」 明確な意思判断を待たず、しかし脳裏に浮かんだイメージのみでサイドブースタを最大推力で踏み込む。砲弾の強襲を目視して尚、爆発的な瞬間推力を与えられたカルディナの機体はそれを事も無げに回避してみせた。 左腕火器管制を背部兵装へ転換し、長大な砲身を携える榴弾射出砲を前方展開すると共に連続してメインブースタを吹かす。敵性部隊後方支援機をロックサイトに捕捉し、左の操縦把付随トリガーを引き絞る。 突進推力を充分に乗せた砲弾が地上目がけて飛来し、回避機動を取る間もなく砲弾の直撃を受けた後方支援機が轟々と炎を吹き上げながらその場に倒壊した。 「敵性勢力、残り五機──機動態勢による迎撃陣形を展開しています」 アンヘラの的確な状況報告通り、後方支援機の片割れを崩された五機の残存部隊が密集隊形を解いて機動力による散開型の迎撃陣形を取り始めていた。 その極めて鈍重な機動に図らずも口許を歪めてしまう。 ──鈍いものだな 各部ブースタを微調整しつつターミナルエリアの地上に強着陸、間断なくサイドブースタを吹かして急速展開し有視界内に入る限りの敵影を捕捉。右舷最前列の目標を単独捕捉し、先行して突進機動を仕掛ける。此方の展開機動を察知した左舷三機の敵影が同時に支援射撃を行ってきたが、別段慌てる事もなくブースタを連続噴射して文字通り突風の如く弾幕掃射を振り切る。激しく流動する有視界の中で右舷の目標を再捕捉し、フレームシステムに発生する僅かな着弾ラグを手動で修正、トリガーを引いた。捕捉目標が鉄屑と化していく様子を変らず流動する有視界の隅に置き捨て、全周囲から吹き荒ぶ火線の中を疾走していく。 機体周囲を次々と逸れていく砲弾の嵐を見慣れた景色として認識しつつ、左舷展開中の目標二機の間にメインブースタを吹かして踏み込み、両腕部兵装の突撃銃の銃口をコア部に突き当て、直接瞬間火力を詰め込んだ。 中近距離を移動する敵影をレーダーで確認し、その場から急速離脱する。一拍遅れて敵機の重突撃銃による放火が後背部の大気を切り裂き、有視界左舷奥で背部ミサイルコンテナを展開していた後方支援機を捉えた。フレームシステムによる捕捉を待たずに左腕突撃銃を斉射し、後方支援機の右脚膝関節部を粉砕。制御バランスを崩された機体が前のめりになり、指令キャンセルが間に合わず至近距離から地上へ射出されたミサイルが爆発し搭載元の機体を巻き込んだ。 サイドブースタを大きく吹かして浮上すると共に後背部に迫っていた砲火を引き剥がし、残り一機となった敵機の全貌を有視界の中央に捉える。既に味方の攻撃支援もなくなった目標は背部兵装のロケットコンテナを展開、ハッチを開放した。 瞬時に解析出力された情報がインナーディスプレイに現れ、そこからロケットコンテナの兵装種が同時発射型のマイクロロケットである事を把握。 メインブースタを最大推力で踏み込み、右背部兵装へ火器管制を転換。 数十発のマイクロロケットが敵機背部のコンテナから同時発射され、メインディスプレイ上の戦術支援システムが無数の警告メッセージを叩き出す。そのけたたましい警告音を嘲笑し、兵装転換が完結した右背部兵装である対重兵器用散弾銃をマイクロロケットの弾幕に向けてばら撒いた。 僅か一発で前方十数メートルに迫っていたロケットの群勢はその全てが撃ち落とされ、巨大な爆炎が有視界全域を埋め尽くす。メインブースタを最大推力で踏み込んでその爆炎を突き破り、その先で呆然と停止していた最後の一機を捕捉、至近距離から散弾の雨を喰らい付かせた。機体各部に致命的な損耗を被った目標が前身から黒煙を吹き上げながらその場で膝を折り、機能停止する。 その眼の前に軟着陸した所で、兵装火器管制を両腕部へ移行した。 第一種戦闘索敵態勢にあるレーダーに敵影の反応を捕捉し、通常歩行でその方角に向き直る。 カメラアイがその敵影を捉え、有視界に拡大主力した。先ほど左脚部を射抜いて自爆した後方支援機が、機体全身を爆ぜさせながらも辛うじて動いていた。膝からへし折れた左脚を立て、何とか上半部を持ち上げようと滑稽にもがく敵機を肉眼で目視しながら、通常歩行でゆっくりと歩み寄っていく。 そして至近距離にまで接近した所で、右腕搭載の突撃銃の銃口を装甲が剥げたコア胸部へ押し当て、何ら逡巡もなく撃ち貫いた。 「全敵性勢力の沈黙を確認──。第一種戦闘態勢は此れを継続維持。機体装甲摩耗率0,25%、各兵装消耗率3,5%、作戦継続に支障ありません」 アンヘラの戦闘経過報告を聴覚の隅で聞き受けながら、レーダー上に自機以外の反応がなくなったことを改めて確認し、そこでようやく小さな息をついた。 「AMS負荷数値、12,75%上昇。過剰負荷数値の8,5%を移転処理します。第一種戦闘態勢、尚も継続維持可能です」 「了解──。初の実戦単機戦闘にしては、互いに上々のようだな」 「完璧な戦果です。作戦を継続しましょう」 特段喜びの表情を見せる訳でもなく、後部座席のアンヘラはあくまで無表情を崩すことはない。あくまと言わず、彼女は感情を表すこと自体ないのかもしれないが。 今回、ミラージュ社より与えられた任務はこの先に在る。 関係機関からの事前リークにより得られた情報をもとに、統一連邦政府の一派が閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】への武力侵攻を非公式に企てているという事実を、ミラージュ社の情報部が先日掴んだ。 それによれば統一政府の一派は旧世代兵器群を用いて公に混乱材料を投げ込み、その騒乱に紛れて【エデンⅣ】が秘匿保持しているある重要資材を奪取しようとしているとの事だった。 それは統一政府は無論、ミラージュ社を含む支配企業全てが血眼になって求めている旧世代の遺産であり、それを統一政府に先を越される前に奪うのが、今回"我々"に与えられた任務だった。 重要資材──それが何なのかはよく知っている。インナーディスプレイに映る"前例"である彼女の姿を見やり、すぐに視線を逸らした。 ミラージュ社が唯一保有している技術試験部隊の実動試験機体"カルディナ"と我々が出撃を要請されたのには、それなりの理由がある。 今回、統一政府は重要資材の奪取を確実なものとする為に、旧世代兵器群の侵略という隠れ蓑の他に、ある保険を用意してきていた。 我々の業界に関与する者ならば誰もが知り得ている都市伝説──統一政府が保有する"過去の亡霊"達。 統一政府が送り込んできたその過去の亡霊が重要資材の奪取にかかるとなれば、ミラージュ社もそれに相応する戦力を持って阻止せねばならない。 統一政府主導で今回の騒乱が起こされるのならば、その混乱に紛れて亡霊の一機や二機を殲滅した所で、ミラージュ社が損害を被ることなどはない──そう上層部は判断したらしい。 そう言った経緯で我々は、派遣を決定された。 だが我々は──少なくとも私は、私自身の意思判断でこの地へ赴いてきた。そう確信している。 「第一種戦闘態勢はこれを維持。現戦域を離脱後、都市地下核部へ移動。──其処で、"友"を持つ」 「"友"──。何方ですか──?」 彼女の無垢なその問いに返答を遣すことはしなかった。代わりに、AMS接続を介して言葉にせぬ感情を示し、それを敏感に感じ取ったアンヘラは短く、「了解しました──」と言った。 "友"──。 歳月として言葉にしてみれば五年──あの頃で残っている最後の記憶は、見渡せる限りの全てが灼け堕ちた戦場だった。その残滓は戦場の一線に在り続けている自身の意識に焼き付き、五年という歳月を経てなお当時を思い出す者の心を痛く蝕む。 総勢数万の友軍を生かして安全圏へ離脱させる為、死地に取り置かれた60機の捨て駒部隊── 数日後、作戦終了まで生き残ったのは私を含めてわずか数人。 自身は母体組織であるミラージュ社に戻り、私を除いた他の者は全てミラージュ社を去って行った。 その"友"の一人が、閉鎖型機械化都市であるこの【エデンⅣ】で生存している。それは単なる噂に過ぎなかった。だが、理性の外側で確信していた。 全ての灼け堕ちた戦場の中で姿を消した"友"が──彼女が生きている。 彼女が本当にこの都市に存在し、今回の騒乱に"レイヴン"として現れたなら、自身はすぐに気づくだろう。"友"とは戦場で長い年月を共に過ごした。その程度は分かる。そして、彼女は必ず最後まで生き残る。 互いに違え過ぎた生き方に、今更その是非は問わない。 その時を迎える為、其処で"友"を待つと決意していた──。 「アンヘル様──。未確認勢力が一機、此方へ急速接近中です」 アンヘラのその言葉に埋没しかけていた意識を引き戻し、統合制御体に語りかけてすぐにインナー・ディスプレイに情報群を出力した。 「これは──。成程、本物の亡霊の使いか……」 この騒乱が醸し出す血の匂いに魅かれて、どうやら本物の亡霊もその使いを寄こしてきたらしい。 「機体駆動音及びその他解析情報から推測──未確認勢力、ネクスト兵器です──」 アンヘラがそう報告して間もなく、第一種戦闘索敵態勢にあるレーダーに表示されていた未確認機反応は北東の方角にあるターミナルエリアの運搬口から、ネクスト兵器特有の高い推力を持って滑りだしてきた。 その特徴的ながらも極めて見覚えのあるシルエットに軽く口許を歪め、通信回線をオープンで開く。 「成程……。亡霊共も騒乱の惨禍に魅かれて来たらしいな、──ファントムヘイズ?」 かつてジシス財団が支配企業群によって共同出資運営されていた頃、北欧某地のマーフア技術研究所で最初期に試験開発されたプロトタイプネクスト・ファントムヘイズは、カルディナと数百メートルの間隔を保って対峙する。そして、オープン回線に応えるように通信回線が接続された。 回線先から五年振りの声が届く。 『アンヘル──"グレイエンバー"の燃え滓が、此処に何の用だ?』 その言葉にアンヘルは口許を小さく歪めて笑んでみせる。ファントムヘイズの専属搭乗者として長らく兵器開発要綱に関わり、財団解体時にかの亡霊と共に姿を消したもう一人の離反者──そいつは全く持って何も変わっていなかった。 「変わらんな、お前は──」 AM07 53── 原始から初めて別たれた時、彼女は── 「お前に機会をやろう──」と、言った。 私は、それが私の何を指しているのか、その時に悟った── 与えられた私の生命が、何の機会を得たのかを── AM07 20── 「外から見ている。表に出るのはどうも苦手でな」 「うん。じゃあ、また後でね」 予備大会決勝の狂騒とは裏腹に落ち着いた表情のヴァネッサが、資材運搬用の昇降機で上昇していく様子を見送る。その小柄な少女の姿が見えなくなる直前、特定回線を通じて通信要請が入り、それを電子処理脳で受信したリサは回線を開いた。 『此方【バラハ01】──。所定を完結、此れより制圧業務に移行する。其方は?』 「──【バラハ03】、同様です。当該目標を捕捉。此れより制圧業務を展開します」 アリーナ施設外周部で同作戦に当たる【バラハ01】との定例通信規定をクリアし、昇降機が最上部まで到達した事を上昇稼働音の停止から確認。周囲で各々事後処理に当たるアリーナ運営委員会の職員達の姿を視界の隅に収めながら、リサは踵を返した。 今作戦──アリーナ予備大会を妨害する武装勢力の排除──については、アリーナ運営委員会における一般事務レベルには一切その事実関係が知らされていない。 詳細を把握しているのはグローバル・コーテックスの一部門とアリーナ運営委員会直属の私設部隊のみであり、実力部隊としてターミナルスフィアが自ら戦力を派遣した。 【バラハ03】──リサに与えられた任務は、既に内部潜伏を果たしていると推測される独立勢力の刺客を捜索及び捕捉し、要態勢に応じて是を無力化する事であった。先ほどリサと共に往き過ぎた連絡通路を道通りに遡り、二つ目の連絡通路の角を曲がった所で、そこに在った喫煙所に立ち寄った。 その喫煙所には既に先客がおり、委員会の事務員らしい濃恢色のスーツに身を包んだ壮年の男が紙巻煙草を持って一服していた。 灰皿ボックスを挟んで向かい側に近づき、自らもまた純白のダブルボタンスーツのポケットからパッケージを取り出した。嗜好品として愛用している紙巻煙草を抜き出し、備品の燐寸を過擦させて先端に紅点を点す。 地上施設の喧騒から遠く隔離された作業用連絡通路は静けさに満ち、先端の燃え差しが燻らせている燃焼音すらリサは耳にする事ができた。薄くすっきりとした味わいが特徴的な紫煙を肺腑へ浅く流しこみ、さほど時間をかけずに吐き出す。味わいと同じ性質をもつ紫煙は当たりを僅かな時間だけたゆたい、そのまますぐに何処かへと溶け込んでいった。 「癖のない味だな。オルメーダ──『エチェベリア』かね?」 居合わせた壮年の男性が発した言葉に対し、視線を向けずに自身の意識のみを向ける。此方に顔を向けてきていた訳ではないから、リサが吹かした紫煙の香りから紙巻煙草の銘柄を推測してみせたのだろう。 リサは平淡な態度を装い、片腕を組んだ立ち姿で再度紫煙を燻らせる。 「──ええ。よくご存知ですね」 「同地方の生産品は稀少だからな」 男性は短く補足する。意図的に省略された格好だが、リサには男性の言わんとしている事は軽く思考を巡らすだけで理解できた。オルメーダ地方とは、閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】から南方へ遠く下った大陸東海岸部で縦横に延びる山脈地方一帯を差す。 オルメーダ地方は元々ミラージュ社系列の傘下企業体が領土の大半を保有していたが、五年前に始まった未曽有の騒乱──兵器災害によって経済管轄下から除外された。そんな身の上の地方は世界各地を見渡せばいくらでもあり、オルメーダ地方も言わば取るに足らないそんな一地方のひとつである。 ──ともかくオルメーダ地方には現在に至るまで現住民が僅かながら居住しており、彼らが生産する煙草は同地方の経済根幹となっている。生産量は当然ながら限られている為、遠く離れた場所──たとえば【エデンⅣ】まで輸入させるにはそれなりの代価と時間が必要となってくる。 稀少品であるが故に、返って分かり易いものだ──男性はそう言いたかったのであろう。 リサはその壮年の男が宿す性質を探り、彼が中々に聡明な人物であると考えた。 「貴方も良い煙草をお持ちのようですね。──『アベラルド』、中々手に入る物ではありませんよ」 「これは流石。定期輸送便で輸入されてくる品のひとつでね、月一しか入ってこないんだが。少ない楽しみの一つだよ」 男性が口許で転がす紙巻煙草も詳細などに関しては、リサが吸う『エチェベリア』とはさほど大差のないものである。嗜好品としては大変稀少な部類に入る品であり、それをこんな場末の喫煙所で遠慮なく吸っている所から見て男の"表上の"社会身分を計り知ることができる。だが、その点に限って言えば、それは大変な失策だとリサは判断した。まだ半分以上が残っている燃え差しのエチェベリアを脇の灰皿ボックスにねじ込み、改めて両腕を組み直す。淀みのない静寂が連絡通路一帯に降り、その奥かどこかから僅かに地上施設からわき上がる観客の歓声がフィルターがかかって届く。 「──聡明ついでに、この場は大人しくして貰えると助かるんだがな」 リサは敵意を内包せず、しかし与えられた任務を全うする一人の兵力としての言葉を男性に投げかけた。 口許で紙巻煙草を旨そうに転がしていた男性はその言葉に反応したらしく、若干驚いたような気配をよこしてくる。それから間をおかずして男性も若干短くなった吸い差しの紙巻煙草を灰皿に投げ捨てた。 「そういう君も中々のものだな。──これでは、【カラトラヴァ】とやらも程度が知れるものだ」 男性は先ほどの柔和な姿勢とは豹変し、リサと同じく精錬された兵士としての口調を持ち出す。 ──男が口にした【カラトラヴァ】が、今回コーテックスが主催する予備大会の妨害工作を実行しようとしてきている武装勢力であった。既に詳細は把握していたが、男は外部からカラトラヴァに雇いこまれた人間である。 施設内での内部工作に失敗しようが、雇われの人間ならば死んだ所で大した損失にはならない。 愚かな独立勢力が考えそうな姦計だと、リサは胸中で嘲笑した。 煙草を捨てたとは言え、壁にもたれかかるだけの姿勢は変わらず維持されている。が、男がその中から放つ明確な敵意の介在をリサは五感すべてで感じ取り、こちらの予備変動を察知されないよう応戦態勢へ身体機能を移行する。 リサの身体機能は白兵戦術における奇襲強襲及び威力偵察等、単独戦闘に最適化した強化内骨格兵装をほぼ全身に施術している。 男が先行態勢に入る前にその一類である前腕部内蔵兵装へ意思伝達し、強襲ナイフを前腕部から滑り出させた。肉厚の刀身を携えた得物の柄を握り込み、最大稼働率で出力したアクチュエータ機構を用いて予備動作を省いた先制を敵性目標の頚部へ滑りこませる。 得物は予測軌道通りに正確な一撃を見舞った。が、リサはそれを確認して尚、気を緩めることはしなかった。 「中々──。しかし、些か急ぎ過ぎのようだな」 男は指二本で蚊でも捕まえるかのような具合で刀身を受け止めていた。その姿勢を維持したままスーツの懐からソフトパックを取り出し、紙巻煙草を咥える。緩慢な動作の一連をリサが見届けたのは、その最中でリサに搭載されている感知センサー群が男の素性を即座に解析したからだった。 有視界に情報映像を出力するデジタルディスプレイに解析情報を出力し、男の詳細を瞬時に把握した。 「──似た者同士という訳か?」 「其れを容認する程無粋ではないつもりだよ。君のような若い身空の娘が、こんな職についているとはな……」 その達観したような壮年の男の言葉にリサは胸中で自嘲を強く含んだ笑みを浮かべた。その心中の変化を鋭く察したのだろう敵性目標と認定したカラトラヴァの刺客は、眉を軽く吊り上げてみせる。 右腕のアクチュエータ機構を最大効率で出力して握られた得物を強引に引き抜くと共に後方へ跳躍、そのリサの挙動に刺客は一瞬たりとも遅れることなく追随してくる。連絡通路の床上を滑走しながら着地したリサに、敵性目標の蹴りつけた喫煙ボックスが飛来し、視界を瞬く間に埋め尽くす。狭い連絡通路内での機動力による回避機動をリサは除外し、空いた左手を堅く握り込んで目前に迫る匡体を弾いた。 側面を大きく凹ませた匡体が勢いそのままに壁へ叩きつけられ、その影に迫っていた壮年の男がすぐ迫る。撹乱攻撃をいなされる事は予定の範疇だったのだろうと思わせる笑みを湛え、その両手には携行性を重視した薄型の強襲ナイフが其々握られている。 強化内骨格による余剰推力を乗せた突進攻撃を一歩引いて避け、その次に繰り出された頚部への切り払いを自身の得物を使っていなす。強化内骨格体でも補足し切れないと“思われる”急所へ応酬を繰り返し、数合ほどを軽く切り結び合う音が連絡通路に甲高く響く。 ハンガー施設に直結する進路とは別の連絡通路を渡ってその突き当りを目視した所で、敵性目標はその豊富な経験判断を活用してリサよりも一手早く動いた。 攻撃に合わせたステップの中にこれまで隠していたフェイントを多重に繰り入れ、それに一瞬ながらも翻弄されてしまったリサは直後の射突に反応が間に合わず、左手で強引に刀身を鷲掴んでしまった。刹那の間だったが互いの視線が交差し、間髪入れず男は左手に構えた刀身を頚部に向け突き入れる。 (ち──) その突き払いを身を屈めて回避した時、リサは完全に自身が後手に回った事を自覚し、それによって敵性目標への意識が僅かにでも遅れたことを呪った。 左手で掴んでいたナイフはそのままだったが敵性目標の男は自らの得物から手を放し、それによって姿勢制御が崩される。屈めた身体を後方へ退こうとしていた此方の挙動を的確に予測した男が、大胆にも大きく踏み込んで懐に入り込み、リサの首を掴んだ。 強化内骨格処置によって総重量は100キロ超に及ぶ彼女の身体が一瞬ではあったが宙に押しとどめられ、続いて繰り出された腹部への蹴りがリサの身体をいとも簡単に吹き飛ばした。 疑似痛覚は元より遮断していたが、身体が否応なく後方へ弾かれ突き当りの壁が背中に迫っているのをセンサー群が計測して伝達してくる。全身のアクチュエータ機構を総動員して姿勢制御率を浮上させ、軌跡反回転して壁を足場に身体を着陸させた。 「ほう──」 男の心底感嘆したような呟きを聴覚が捉え、とどめを刺すべく跳躍して追い縋ってきていた男を視界に捕捉。これ以上の交戦は作戦進行の上で意味がないと判断し、リサは足場を蹴りつけて側方へ跳躍した。同じく壁を足場に敵性目標が方向転換する刹那、リサは純白のタイトスカートから覗くすらりとした美脚を水平に持ち上げ、最大出力で稼働させた上で逡巡なく薙ぎ払った。 容赦なく肩から蹴りつけられた敵性目標が反対側の壁を粉砕し、床に降り立ったリサに一拍遅れて崩れ落ちる。ポーチから拘束用テープを取り出し、男の両腕を後ろ手に巻き付けて床に転がした。 武装解除された男を視線の隅に収め、電子処理脳から通信回線を開く。間もなくして回線が開かれ、 「此方【バラハ03】──当該目標を制圧、これを無力化した」 『此方【バラハ01】──了解。此方も当該目標を制圧。移送終了次第、作戦推移は此れを第二種戦闘態勢へ移行。──当該目標を移送の後、此方からの連絡を待て』 「了解。──アウト」 短いが必要充分な報告事項のみのやり取りを終え、強化内骨格のシステム群に意識を巡らせて身体状態を細かく確認していく。蹴りつけられた腹部内臓機能に目立った損傷はなし、各アクチュエータ機構群は此れを冷却処置完了。通常時機能に弊害なし。身体損耗率──0%。 デジタルディスプレイに出力した報告事項を完結し、リサは足元に転がした男を見下ろした。意識は途絶えていなかったのだろう、男は口許に苦い笑みを浮かべながら此方を見上げる。 「私も焼きが回ったという事か──」 「さあな。それを思い返す時間は此れからたっぷりとあるだろうさ」 ──【バラハ01】が制圧した本隊とは別に、ヴァネッサの命を狙って先行潜伏していたこの男の身柄は、然るべき事後処理を経てグローバル・コーテックスの安全保障部へ引き渡される。エデンⅣ最大の企業体を敵に回して不逞を働いた者の末路がどういうものか、男もそれを分かっているだろう。 エデンⅣ圏外に活動拠点を置く独立武装勢力【カラトラヴァ】も、妨害工作の失敗を知ったとなれば慌てて店仕舞いの準備を始める事だろうが、その時には既にグローバル・コーテックス直下の企業正規軍によって活動拠点もろとも焦土と化しているはずだ。企業利潤を害する単純勢力には、支配企業共は一切の容赦をしない。 それを失念していた事が、【カラトラヴァ】にとっての最大の失態だったといえる。 ──この男が任務を失敗した時に備えて外部待機していた本隊勢力の方も、既に其方に対応して派遣されたターミナル・スフィア派遣の対応戦力【バラハ01】によって制圧されている事は、先ほどの通信で確認済みだった。 【カラトラヴァ】の妨害工作は、完全に失敗した。 「その様子では、本隊の方も失敗したようだな」 「お前の雇い主達は、実に粗末だったよ」 「ふむ…・…。──すまんが、煙草を一本頂戴出来んか」 自らの死期を悟っているからなのかどうかは判然としなかったが、リサはその要求に応えてやることにした。しかし、うつぶせの男が嗜好している煙草のソフトパックはスーツの懐に在る。どうしたものかと一瞬考えていると、 「君の物で構わんよ」 男への警戒態勢を維持したまま、スーツの懐からケースを取り出して一本抜きだす。近くで膝を折り、男に咥えさせた煙草に燐寸で火を点した。 →Next… ③ コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/kidscindy/pages/9.html
カーブの接線上の点、というモード 取り消し ハイライトに関する概論 直線のモード 座標軸その他 パラメトリックグラフ 長さを角度にコンバートする グラフ上の点 接線 直線とグラフの交点 多項式のグラフ 3点で決まる円 直線を加える 点を加える テキストに関するメモ 線分の両端に関するメモ 線分の両端に関するメモ2 線分の両端に関するメモ3 線分の両端に関するメモ4 線分の両端に関するメモ5 線分の両端に関するメモ6 クリッピングモードの使い勝手 軌跡 軌跡へのスナップ 円のインシデント 3点を通る円 プレゼンテーションモード スライドアニメーション 見えなくする(invisible) 直線上の動点に関する軌跡 自動定理証明機能(直線が点を通る) 自動定理証明機能(円が点を通る) 円のクリッピング Redo(進める) テキストを選択できるようにする シートの消去ができるようにする 円と直線、円と円が接する場合を自動証明する グラフの接線 拡大・縮小 拡大・縮小・invisibleのUNDO グラフモードの廃止と軌跡モードへの統合 印刷 関数、テキストへの数値はめ込み 以下未決: 円錐曲線モード グラフ上の点のアニメーション アニメーションの一般構想 パラメトリック直線族 軌跡の自動判定 5点で決まる2次曲線? パラメトリック直線族の包絡線? PS出力? グラフと直線の交点? グラフと円の交点? パラメトリックカーブ? 陰関数?
https://w.atwiki.jp/legion_acv/pages/21.html
Reccomend Asemble(お薦めアセンブル) ARMORED CORE for Answer ※これぞ!!というガチアセンはもちろん、ネタ機体まで気軽に投稿して下さい。 2脚 逆関節 4脚 タンク ミッションお勧めアセン 2脚 NEXT Name S.T.A.L.K.E.R Image HEAD CORE ARMS LEGS FCS GENERATOR MAIN BOOSTER OVERED BOOSTER SIDE BOOSTER BACK BOOSTER 03-AALIYAH/H 03-AALIYAH/C 03-AALIYAH/A 03-AALIYAH/L INBLUE GN-SOBRERO SO4-VIRTUE KB-JUDITH SB123-SCHEDAR BB11-LATONA R ARM UNIT L ARM UNIT R BACK UNIT L BACK UNIT SHOULDER UNIT R HANGER UNIT L HANGER UNIT PILOT MR-R102 03-MOTORCOBRA SAPLA - 09-FLICKER - - MakedOne レギュレーション1.40に合わせた機体 高速で対象をサテライト移動し弾丸をバラ撒く 隙を見て接近 閃光弾を放ちつつ「SAPRA」をお見舞いする スピード重視のためエネルギー管理に難あり タンク相手には滅法強いが、すぐに息切れする NEXT Name Image HEAD CORE ARMS LEGS FCS GENERATOR MAIN BOOSTER OVERED BOOSTER SIDE BOOSTER BACK BOOSTER - - - - - - - - - - - R ARM UNIT L ARM UNIT R BACK UNIT L BACK UNIT SHOULDER UNIT R HANGER UNIT L HANGER UNIT PILOT - - - - - - - - NEXT Name Image HEAD CORE ARMS LEGS FCS GENERATOR MAIN BOOSTER OVERED BOOSTER SIDE BOOSTER BACK BOOSTER - - - - - - - - - - - R ARM UNIT L ARM UNIT R BACK UNIT L BACK UNIT SHOULDER UNIT R HANGER UNIT L HANGER UNIT PILOT - - - - - - - - 逆関節 NEXT Name Image HEAD CORE ARMS LEGS FCS GENERATOR MAIN BOOSTER OVERED BOOSTER SIDE BOOSTER BACK BOOSTER - - - - - - - - - - - R ARM UNIT L ARM UNIT R BACK UNIT L BACK UNIT SHOULDER UNIT R HANGER UNIT L HANGER UNIT PILOT - - - - - - - - NEXT Name Image HEAD CORE ARMS LEGS FCS GENERATOR MAIN BOOSTER OVERED BOOSTER SIDE BOOSTER BACK BOOSTER - - - - - - - - - - - R ARM UNIT L ARM UNIT R BACK UNIT L BACK UNIT SHOULDER UNIT R HANGER UNIT L HANGER UNIT PILOT - - - - - - - - 4脚 NEXT Name Image HEAD CORE ARMS LEGS FCS GENERATOR MAIN BOOSTER OVERED BOOSTER SIDE BOOSTER BACK BOOSTER - - - - - - - - - - - R ARM UNIT L ARM UNIT R BACK UNIT L BACK UNIT SHOULDER UNIT R HANGER UNIT L HANGER UNIT PILOT - - - - - - - - NEXT Name Image HEAD CORE ARMS LEGS FCS GENERATOR MAIN BOOSTER OVERED BOOSTER SIDE BOOSTER BACK BOOSTER - - - - - - - - - - - R ARM UNIT L ARM UNIT R BACK UNIT L BACK UNIT SHOULDER UNIT R HANGER UNIT L HANGER UNIT PILOT - - - - - - - - タンク NEXT Name Image HEAD CORE ARMS LEGS FCS GENERATOR MAIN BOOSTER OVERED BOOSTER SIDE BOOSTER BACK BOOSTER - - - - - - - - - - - R ARM UNIT L ARM UNIT R BACK UNIT L BACK UNIT SHOULDER UNIT R HANGER UNIT L HANGER UNIT PILOT - - - - - - - - NEXT Name Image HEAD CORE ARMS LEGS FCS GENERATOR MAIN BOOSTER OVERED BOOSTER SIDE BOOSTER BACK BOOSTER - - - - - - - - - - - R ARM UNIT L ARM UNIT R BACK UNIT L BACK UNIT SHOULDER UNIT R HANGER UNIT L HANGER UNIT PILOT - - - - - - - - ミッションお勧めアセン ミッション特化用アセンです。対戦では使えません。 【01号機】Regulation 1.40 NEXT Name 低予算で高火力的なアレ。 Image HEAD CORE ARMS LEGS FCS GENERATOR MAIN BOOSTER OVERED BOOSTER SIDE BOOSTER BACK BOOSTER - - - - - EKHAZAR-FCS GN-SOBRERO - - - - R ARM UNIT L ARM UNIT R BACK UNIT L BACK UNIT SHOULDER UNIT R HANGER UNIT L HANGER UNIT PILOT ER-O200 ER-O200 CP-48 CP-48 フレア系 無し 無し 貴方 起動レーザー(ER-O200)と一連ロケ(CP-48)という弾が低単価で高火力な武器を積んだアセン。 身体はその時点で自分が扱いやすいもの。但し、腕は“EN武器適正”を優先。 個人的には足は軽量~軽めの中量までがお勧め。例→SOLUH-LEGS、白栗、ありゃー FCSがエクハザなのは並列性能を重視しなければならない為。詳しい事は聞いてね。 フレアはミサ避け出来ないのであれば絶対に乗せる事。 GENは…あればGN-SOBREROがいい。容量よりも出力をメインに。 【02号機】Regulation 1.00 NEXT Name 対AC戦用アセン Image HEAD CORE ARMS LEGS FCS GENERATOR MAIN BOOSTER OVERED BOOSTER SIDE BOOSTER BACK BOOSTER - - - - EKHAZAR-LEGS YELLOWSTONE03 - - - - - R ARM UNIT L ARM UNIT R BACK UNIT L BACK UNIT SHOULDER UNIT R HANGER UNIT L HANGER UNIT PILOT - - DEARBORN03 DEARBORN03 MUSKINGUM02 無し 無し 貴方 オーダーマッチまた対ACミッションで猛威を振るう機体。弾薬費がかさむのは秘密。 取り合えずクリアして、COOPでSを取る時等はこれに頼っていいかも。 Regulation 1.00下に於いては、公式ミッション救済措置として名高いBACK UNIT『SALINE05』も猛威を振るう。 【03号機】Regulation 1.15 NEXT Name ブレオンだお Image HEAD CORE ARMS LEGS FCS GENERATOR MAIN BOOSTER OVERED BOOSTER SIDE BOOSTER BACK BOOSTER - 047AN02 - A11-LATONA - BLUEXS - S04-VIRTUE - - - R ARM UNIT L ARM UNIT R BACK UNIT L BACK UNIT SHOULDER UNIT R HANGER UNIT L HANGER UNIT PILOT LB-ELTANIN EB-0700 ACB-0710 - - 無し 無し 貴方 恐らく二順目の途中からやっと使えるようになるアセン。 これは結構金に関係なく猛威を振るう。 オンの野良では何を勘違いしてかこれが最強機体だ=とか思ってるヤツが居るので注意。 自分が相手に向かっていくので、被弾率は高め。相手の射角外からブレードホーミングする事を心がけたい。 EN管理が重要な機体なので、Regulation 1.15以外で用いる時は追加ブースターの『ACB-0710』を外して堅実にいくのも有り。 Regulation 1.15下ではENが無限なのでGENERATORはKP出力、重量を見比べて選ぼう。 コメント 名前 コメント シャア専用高機動ゲルググを使えばホワイトグリントあたりまでならオーダーマッチを進められるぞ!(キリッ -- 若さ故の過ちを犯したD・ソンネン (2011-07-10 22 44 31) 以下、広告
https://w.atwiki.jp/sugawara/pages/107.html
その他のTips WEBrikを使う方法。 script/server -e production 3000番ポートでアクセスできる。 Gitレポジトリの準備 git clone --bare /path/to/original オリジナル側からPushする git push /path/to/clone master プラグイン vendor/plugins にファイルを置く。 データベースのマイグレーションが必要な場合 rake db migrate_plugins RAILS_ENV=production Graphs http //www.redmine.org/wiki/redmine/Plugin_List Code Review http //www.r-labs.org/projects/show/codereview ゴンペルたん http //chocoapricot.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/redmine_3_ca3c.html 史上最高のチーム All Time Team http //daipresents.com/weblog/fujihalab/archives/2009/05/redmine-all-time-team-plugin.php
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/160.html
⑪*⑫*⑬ 理論的には実現可能だとその技術概念のみが、かの財団存続時に提唱されていた、とノウラがいつか言っていた。そして、こうも。 ──そんなモノが実用化されれば、現存する地上兵器は全て無意味になるだろうな プライマルアーマー機能──軍事転用されたコジマ粒子の新たな可能性の形── 一瞬の空白だった。その間に、その白緑色の膜に守られていたネクスト機のカメラアイに一際強い光源色が宿り──アザミはその空白を掴み損ねた。 弾き上げられた二挺突撃ライフルの砲口が至近距離で煌き、致命的な反転攻撃をゼクトラは被った。 間断なく浴びせ掛けられる弾幕が機体各部を吹き飛ばし、ブースタ逆噴射による緊急後退の最中に左脚部関節部を撃ち抜かれたゼクトラが機体を傾しがせ、その場に片膝をついた。その間にも飛来する弾雨が外部装甲を切り裂き、ゼクトラの頭部と左腕部を破壊、短機関砲の銃身が被弾して誘爆する。コア胸部にも同様の弾幕が押し寄せ、その衝撃でコクピットが大きく揺さ振られる。破損した機器群が火花を上げながら弾け、そのうちのひとつがアザミの側頭部を強打した。 ──弾幕が止んだのは、どれくらい後だったか。頭部を強打しながらも意識を気丈に保っていたアザミは、コンソールに手を伸ばした。辛うじて機能している戦術支援AIに機体状況を解析させる。 機体損耗率89%、第一戦闘態勢の継続維持は此れを不能── ノイズの走るカメラアイを前方へ向けると、其処には変わらずほぼ無傷で佇むネクスト機体の姿があった。 落下し切った子弾群による残り火が周囲に散在して設備空間内を照らし出し、さながら此処は地獄の果ての底のようだとアザミは思い、口許に諦観の笑みを浮かべた。 通信要請が入り、戦術支援AIに口頭指示して回線を繋ぐ。 しかし、互いに何らかの言葉を投げかける事はなく僅かな静謐の後、通信要請を行ってきた当の敵性目標が機体を転回させた。機体が向く方向には、一本の連絡通路の入口がある。 そこでようやく、アンヘルが言葉を寄こしてきた。 『再び戦火を交える事としよう、友よ──』 「──随分な矛盾だな。私を、殺しに来たんだろう?」 『我々"残り火"は、何れも共存を望んでいない……。お前はどうだ──』 「──構うなよ。私はどうだって良いんだ、あんな事はな……」 『だが、"残り火"の最後が潰えるまで我々は、誰も彼もを追い続けるだろう……』 若干の沈黙が降り、その後、 『──死ぬなよ、ファイーナ』 その言葉を最後に、アンヘルは自ら通信体制を解除した。 最後のその言葉──アザミは得心した。やはり私達は、最早決別した者同士だという事をアンヘルは伝えたのだ。この場は去るにしても、アンヘルの私闘の末にアザミを殺すのは、自身以外にないのだと。 そう静かに受け入れた時だった。 設備空間の内壁が外部から不意の轟音と共に吹き飛び、膨大な量の粉塵がその場所を中心に舞い上がる。聞き慣れない駆動音と共に一機の機動兵器が噴煙を突き破って姿を現した。 カメラアイを傾けてその機影を視認し、アザミは頭のどこかに残っていた記憶を揺り起こしてその機体と照合する。 ──実働試験機体、ガロか? そう見当たりをつけた時、今しがた介入してきた機体から通信要請が新たに入った。 『此方【マルシア】、ガロだ──。大丈夫か、アザミ──』 既にこの戦域を去ろうとしていたアンヘルがネクスト機の頭部のみを動かし、実働試験機であるマルシアの姿を捉える。当該戦域の現状を見ればガロでなくとも大体の察しはつく。事実、ガロは一言も言葉を発する事なく不意に実働試験機の搭載兵装を跳ね上げ、アンヘルに向けて搭載兵装群のひとつである多砲身式機関砲を唸らせた。 その突発的な攻撃をアンヘルの搭乗するネクスト機体は、瞬間的にブースタ機構を吹かして回避し、同時に機体転回を済ませると最大推力で連絡通路へ瞬く間に離脱していった。 ガロが巨躯を備えた実働試験機を追撃に向かわせようとしているのをアザミは察知し、彼に静かに、しかし強く諭す。 「──追うな、ガロ」 そう言うと、ガロは実働試験機の後方ノズルから吐き出していた噴射炎を止ませた。持ち上げている搭載兵装は連絡通路に突き付けたまま、通信回線を通じて言葉を投げかけてくる。 『あの機動──まさかネクスト機か? よく生きていたものだな』 「すこし、火遊びをしていただけさ──」 そう言い、アザミはゼクトラの半壊したカメラアイをアンヘルの去って行った連絡通路に向けた。回線の向こうでガロが救援部隊の派遣を社に要請したという報告を耳に入れながら、連絡通路の奥の闇を注視する。 ──"グレイエンバー"の残り火は、誰も彼もを追い続ける 「──その為に戻ったのか、アンヘル……」 AM09 37── * AM09 34── 自分が何処を眺めているのか、最早そんな事もはっきりと感じられない ただ極限にまで削り落された意識の中、不要な感情を一切排した獣の様な闘争心だけが、相手を睨み付けている。 第一種戦闘態勢による過度の接続負荷は、実働試験型ネクスト機体【マルシア】の搭乗者であるガロに深刻な意識弊害を齎し、機体自体の継戦能力の有無に関係なく彼自身の身体が悲鳴を上げていた。 ──最初のAMS接続時の負荷を乗り切ったとして、持てる時間は二分足らず。 第一種戦闘態勢移行からの時間推移は既に二分に迫っている。しかし、ガロはそれでも一切止まろうとしていなかった。弊害である接続負荷によって剥き出しになった根源的な攻撃衝動である闘争心が、ガロ自身の正常な意識を蝕み、接続解除という緊急手段を思い出させない。 鼻腔の血管が破れて溢れだす流血にも構わず、ガロは操縦把を握り締め続ける。 有視界内の宙空を無尽に飛び回って回避機動を取り続ける敵性動体──ファントムヘイズを捕捉し、左腕部適合搭載兵装の35ミリ多砲身式回転機関砲を唸らせる。 その圧倒的な弾幕射撃をファントムヘイズは奇跡的な回避機動で搔い潜るが、ガロの灼熱した意識は既に次の戦術展開へ向いていた。 過度の接続負荷による激痛と悲鳴とも取れない呻きを抑え、既にまともに介在していない意思判断──本脳とも言える其れを汲み取った統合制御体が、マルシアの機体にその情報を反映する。 レールシステム式適合兵装の搭載火力を複数同時展開、主兵装である多砲身式機関砲の弾幕射撃の最中、そこへ更にグレネードライフルと軽装型地対空ミサイルによる追加攻撃を放つ。 圧倒的と呼んで相違ない火力がファントムヘイズの全方位から強襲を仕掛け、ついに追いつかなくなった応対射撃の隙間から射出榴弾が侵入した。ファントムヘイズの外部装甲を着弾した榴弾の爆発が吹き飛ばし、其処へ更に複数の射出榴弾が喰らい付く。 度重なる致命的な攻撃に対して機体制御を崩すも、ファントムヘイズは攻撃態勢を崩さず右腕部に携えたスナイパーライフルを最大限に活用して後続から迫る地対空ミサイルを撃墜。 近接信管式の榴弾が自動炸裂して火球の壁を作り、ガロは宙空へ向けてマルシアを突進させた。 マルシアの外部装甲はあらゆる実弾兵器をも無力化すべく堅牢に作られ、それは通常の機動兵器ならば移動能力に致命的な欠陥を及ぼすものである。 しかし、マルシアに搭載された大型ブースタ機構はそのリスクなどものともしない機動力を齎す。事実、マルシアの機体は背部ノズルから吐き出された噴射炎によって強引に浮上、時速1000キロオーバーの強化推力によってファントムヘイズとの間合いを一瞬で詰み切った。 自ら火球の壁を突き破ってその先のファントムヘイズと肉薄、レールシステム式適合兵装から大きく突出した砲身を持つ主兵装の方向を頭部へ突き付ける。 圧倒的火力の弾幕が頭部を撃ち砕くかと思われたが、ファントムヘイズはサイドブースタを最大推力で吹かし満身創痍の機体をマルシアの後方右舷へ弾き出した。 即座に機体を転回、後退を試みるファントムヘイズへ貼り付くように追従する。同じプロトタイプネクストとはいえ製造元が異なった結果が此処に如実に表れていた。彼我の差とも言える機動力によって、ファントムヘイズが応対射撃を取るよりも遥かに早くガロは意思判断した。右腕部適合兵装のレーザーブレードから高出力の刀身を発現させ、それをファントムヘイズの機体右舷に向けて斬り払った。 蒸発も同然に機体右舷の外部装甲と右腕部を失ったファントムヘイズが不意にオーバードブーストシステムを起動。追撃すべく統合制御体に語りかけようとした時、ガロは自身の口許から赤黒い液体が流れ出たことに気付いた。それに伴って機体制御態勢が急激に不安定化、統合制御体が負荷数値の急激な上昇を伝える。 マルシアの機体を辛うじて地上へ降下させ、オーバードブーストによって連絡通路付近まで間合いと取ったファントムヘイズの機影を有視界に捉える。 投射型メインディスプレイに出力のデジタルウォッチは02;45を指している。 ──限界か 負荷数値は身体機能の耐久限界に達し、此れ以上の第一種戦闘態勢の継続維持は自身の生命に深刻な影響を与える事を統合制御体が報告してくる。 灼熱する意識と赤く染まった有視界の中、ファントムヘイズが不意に戦闘機動を停止したマルシアを見咎める。そして一時が過ぎ、中破と呼ぶには深刻な損害を被ったファントムヘイズは後方ノズルから噴射炎を吐き出して戦域から離脱していった。 統合制御体に強く意識して語りかけ、第一種戦闘態勢を解除、機体制御態勢を第三種広域警戒態勢へ固定維持する。灼熱していた意識が急速に冷めていき、それに伴って麻痺していた全身の痛覚が覚醒し始め、ガロはその覚えのある痛みに若干眉を顰めた。 「互いに生きた、か──」 ファントムヘイズの去った深遠の闇を見つめ、ガロはいつか昔の誰かを脳裏に思い出していた。 戦場の果てに残った末、最後に生きる場所を違えた誰か── ファントムヘイズと自身、どちらがどちらの影かは分らない。 だが、彼は間違いなく立つ場所を違えた己と、ガロは強く意識できた。 たかが数時間とはいえ高密度に続いた戦闘の中でぼろぼろになった心身を見咎め、ガロは浅い息をつく。 この騒乱が残すであろう禍根の可能性に思考を巡らそうとした時、第三種広域索敵態勢のレーダーが近隣区域に二機の動体反応を捕捉。搭載センサー群が解析捕捉したその内の一機は、連邦管理局から依頼を受けて出撃したターミナルスフィア戦力の一人であるアザミの搭乗機体だった。 動体反応の挙動と搭載センサー群が収集する戦域情報から、どうやら二機の動体反応は交戦状態にあるらしいと予測できた。 その戦域情報ではかなり苛烈な交戦が展開されているようであり、ガロは一時、とはいっても数秒足らずだが思案を巡らし、その戦域への武力介入を迅速に判断した。 過度の接続負荷によりAMS接続に必要な脳機能を消耗してはいるが、第一種戦闘態勢より一段階下の戦闘態勢を適宜維持すれば何とか継戦行為は可能だった。 統合制御体のシミュレーションシステムも、第二種戦闘態勢での継戦闘行為は34%で随時可能という結果が出力されている。 直線距離で介入戦域へ急行すれば、所要時間は一分もない。 ガロは速やかに機体制御態勢を第二種戦闘態勢へ移行、再び脳部にかかった鉛の様に重い接続負荷を無視して統合制御体に語りかける。左腕部適合兵装を介入戦域直線上の内壁へ突き付け、其処へ向けて総火力を撃ち込んだ。やがて崩落した内壁の向こうに連絡通路の空洞が出現、其処へマルシアの機体を突進させた。 AM09 36── * AM09 25── 興行区画、商業区画隔壁付近── 一度食いついたら、死なない程度に死ぬ気で食らいつけ── 生前、深酒に酔った父が一人娘との酒の席で言った一言だが、ノエラは十四年前に聞かされたその言葉を今でも鮮明に覚えていた。 その席の三年後、彼女の父はある戦場へ取材に赴いた際に戦闘中行方不明となり、十年以上が経過した現在でもその遺骨は発見されていない。 家庭を顧みずに戦場へふらふらと出かけていった彼を周囲の親族は、侮蔑の入り混じった眼でいつも冷ややかに見ていた。しかし、ノエラにとっての父の記憶はそれ程悪いものではなかったし、取材活動から我が家に帰ってきた時には、彼は父としての役目をしっかりと果たしていたと憶えている。 そんなノエラが三年前にグローバルコーテックス隷下の民放局付きジャーナリストになった時、一部の親族は彼女が十年以上も前に死んだ父の後を継いでしまったのだと、大層嘆いた。 形式上は継いだといっても言い返せないが、別に継ぐ程の意志が父に在った訳ではなかったし、気付いたらその道を歩んでいたという程度のものでしかない。しかし、老年を迎えた母は彼女のその選択を祝福し、彼女が父によく似ていると言った。 ああ、やはり私はれっきとした父の娘だったのだと、ノエラはその時にようやくその事実を誇りに思う事ができた。 グローバルコーテックスの本社機能が収容されている閉鎖型機械化都市【エデンⅠ】から【エデンⅣ】に派遣されてきて以来だから、【エデンⅣ】の生家に暮らす母と姉弟達とは二年以上顔を合わせていない。最後に此方の消息を伝える手紙を送ったのも一年近く前の為、そろそろ実家の方は自分が死んだと思っているのではないかと、ノエラはそう考えて口許の淡い笑みを浮かべた。 ──今度、一度帰ってみてもいいかな 「ベランジェ、あそこよ。二六階の駐車スペースなら、さっきのストリート方面を観れるわ!」 その指示に運転席でハンドルを握るベランジェが了解、と短く応え、路上に放置された大量の自動車の隙間を縫った先の十八階インターチェンジから産業ビル内部へとジープを小気味よく滑り込ませた。 蛍光灯の瞬く駐車場内部を路面の地上標識に従って抜け、上階層へ直結する螺旋通路をベランジェの操る軍用ジープが猛速度で駆け上がっていく。休日の趣味は専らドライブとだけあって彼の運転技力は同僚達の中でも優れており、だからこそノエラは相棒である彼の隣に安心して腰を下ろすことが出来ている。 最も、興行区画のアリーナ施設から此処までたどり着く中、ベランジェは幾度か断末魔のような絶叫を上げては歩道に乗り上げたり高速で蛇行運転をかますなどしてくれたが。 同僚とはいえ、ベランジェとは局内での配属部署内での役割が正確には異なる。彼はグローバルコーテックスが主催するアリーナプログラムの取材活動が中心の内事報道課であり、ノエラは外部、主に武装地帯での取材活動をする外事報道課である。ベランジェは戦場の一線での取材経験が圧倒的に不足しているため、今回のように突発的に起こった騒乱に対して冷静な対応が遅れているのも無理はないと、ノエラは理解していた。 しかし、派遣日程の遅延からアリーナプログラムの取材班に合流したが故に、この騒乱の現状の仲でベランジェを足として使えたことはノエラにとってかなりの幸運と言えた。 やがて二十六階の階層表示板の下を通り過ぎ、ベランジェがハンドルを小気味よく切ってインターチェンジ出口へとジープを向かわせる。不規則に明滅する蛍光灯が照らし出すガラ空きの駐車スペースを縦断し、産業ビル外部へせり出た駐車スペースの縁へベランジェはジープを停車させた。 ドアの上を身軽に飛び越え、首元で揺れる双眼鏡を手で抑えながら外部駐車スペースの欄干部へ走り寄る。携行用ハンドカメラを起動したベランジェが隣に追いつき、欄干の向こうで一望できる景色にレンズを向けた。 焦げ臭い臭気が鼻腔を突き、しかしその極めて嗅ぎ慣れた臭いを無視して区境界のメインストリートの方へ視線を向ける。密集して林立する産業ビル群の各地から黒煙と炎が吹き上がり、地上と上空の相方でとめどなく火線が行き交う光景を目にし、ノエラは口にこそ出さなかったが厳しい表情を顔に浮かべた。 その致命的な惨禍の中、視線を向けていたメインストリート方面から一筋の閃光が閃く。 「あそこだわ、ベランジェ!」 ノエラの指差した方向へベランジェが追従する。ノエラも其処で首に提げた双眼鏡に眼を押し付け、閃光の疾った方向へ望遠レンズの倍率を急いで合わせる。 そして再び、恐ろしく強い光量を伴った青白い閃光が産業ビルの影に旨い具合に隠れたストリートから走る。やがて産業ビル群の高層構造体が途切れ、そこで漸くノエラは双眼鏡を介して臨む視界の中に、目的となる彼らを目視した。 「アレは、ブリューナグ……!」 メインストリートである幹線道路上で一進一退の攻防戦を展開している二機のAC機体の一方を見咎め、機体の構造的特徴から白いそのAC機体がグローバルコーテックス帰属のランカーAC【ブリューナグ】であるとすぐに気づく。内事報道課でないとはいえ、グローバルコーテックス帰属のレイヴンについては予備ランカーまでその詳細を全て頭に叩き込んである。 隣のベランジェも早々に気付いていたらしく、しかし彼の視線はブリューナグが交戦中の機体──ACと思われる赤い機体に向いていた。 「あの赤いの──。あの動き、ACじゃ在り得ないぞ!」 ベランジェのその言葉に改めて気づくまでもなく、ノエラもまたブリューナグが相手にしているAC機体を目にして、自分の目を半ば疑っていた。 「──ナインボールは、普通のACじゃないというの……」 ノエラはその赤い機体の名を独白のように呟く。アリーナ施設から脱出してしばらく興行区画の戦況取材に回っていた時、ちょうど走行中だった幹線道路下層部を疾走していたその赤い機体を目撃していた。ノエラはそれを見て、ベランジェに後を追跡するよう指示したのだ。 自身がナインボールと呼んだ赤い機体がグローバルコーテックスの所属でないのは無論、今回エデンⅣの防衛戦闘に当たっているAC部隊の中にも含まれていないことを、ノエラは分かっていた。 自身で直接眼にしたのは今回が初めてだが、ノエラは以前にもその赤い機体を見たことがあった。 その赤い機体──ナインボールはコーテックスランカーのブリューナグと同等か、それ以上の勢いで攻勢を展開している。ブリューナグが片腕に携える光学兵器の閃光を悉く回避するその機動力は圧倒的という他なく、その機体性能は従来のAC兵器に備わっている性能規格を大きく凌駕している事に疑いようがない。 凌駕──恐らくそんな程度の温いものではない。 機体構造こそ従来の部品から構成されているように見えるが、機体展開能力は明らかにAC兵器のそれではなかった。次元が違う──それでも双眼鏡の先の視界の中で、ブリューナグは神憑りともいえる戦闘機動を展開し続けている。 ノエラの呟きに対し、ハンドカメラを覗き込む視線を維持したままベランジェが問う。 「何か知ってるのか、ノエラ……?」 「少し前、レイヴンズアークの知り合いから聞いたのよ。──あの機体、ナインボールの事を」 改めてその赤いACの名を口にしたのみで、それ以上の背景事実を彼に伝える事をノエラは躊躇い、結果的に言葉を紡ぐ事はしなかった。 ──ナインボール。 業界内でグローバルコーテックス社と熾烈な権益競争を展開する大手傭兵仲介企業【レイヴンズアーク】に、ノエラは至極個人的な人脈を持っていた。そう遠くない以前、レイヴンズアークへ業務交渉会議の取材活動へ出向した際、ノエラは人脈の一人である知己と会い──ナインボールと称されるモノについて聞き及んだ。 統一連邦軍事力の中、上位機構である統一政府が保有する完全に独立した軍事力。 発足から一世紀が経過しその歴史の中で形骸化を重ねながらも、なお世界統治機構としての存在性を謳う統一連邦政府の切り札。 ノエラもおいそれと口にする事はかなり憚られたが、彼女はそこで漸く自身の父が最後の取材活動で残した遺品である写真の中にいた一つのAC機体が、ナインボールという名である事を知ることができた。 「ベランジェ……。私達、ヤバいもん撮っちゃったかもしれないわよ……」 かの機体は公に知られてはならない存在だと、アークの知己は口を酸っぱくして言っていた。軍事方面でこそ、ナインボールという統一政府の兵器は圧倒的な抑止力である脅威として広く、それでも非公式に知られるにとどめられている。 難しい考え方をしなくても、自身達が今眼にしている光景がどういう価値を持っているのか、ノエラには背筋を冷や汗が流れるほど分かっていた。 本来ならば撮影記録を抹消、撮影機材も何もかも全ての痕跡を消しさるべきである。 ──だが、ノエラには簡単にそう出来ない理由があった。 消息不明になった父の遺した写真がそれである。写真自体は彼の死後暫くして生家に届いたものであり、写真の裏には父が消息不明になる数日前の日付が書き記されていた。 親族は誰もが、父は何れそうなる人間だったと、口を揃えて言った。 一人娘のノエラは、父が最後に送り付けてきたその写真に何の意味が込められているのか、知りたかった。だから遺品として共に埋葬されるはずだったその写真だけを密かに抜き出し、自身の手元に置き続けてきたのである。 父が今も生きているかもしれないなどという下手な願望はない。しかし、消息不明となった末の彼の軌跡をその一枚の写真からいつか辿れるのではないか、そうノエラは長年思い続けてきたのである。 ──世界秩序を乱す危険因子を粛清する存在・ナインボール。その存在は公には知られてはならず、それを過度に知った者は同様に排除される──。 ノエラは心のどこかで、その世界秩序の暗部に父の軌跡があるのだと確信している。 一枚の写真と都市伝説じみた存在でしかなかったその存在が今、ノエラの眼前に姿をさらし、そして敵対するAC機──ブリューナグを追い立てている。 ブリューナグが片腕に構える光学兵器を斉射するも、そのいずれもが赤いAC──ナインボールへの決定打には直結せず、ついに間合いを詰めたナインボールがブリューナグの後背部へと滑り込んだ。 三年と少しとはいえ既にいくつかの大きな戦場での取材活動を経験してきていたノエラにとって被写体の死は珍しいものではない。それでも同じグローバルコーテックスの人間として、次に予想された最悪の結末に目を見開いた時だった。 上空でグレネードキャノンを展開していたナインボールの後背を、地上から駆け上がった一筋の青い火線が襲う。後背部のブースタ機構を撃ち抜かれたらしいナインボールが機体姿勢を崩して急速に降下していく。 地上のメインストリートへ双眼鏡を向けると、若干離れた場所に三つ足で立つ四脚型ACの姿があった。どうやらあの機体がブリューナグの窮地を寸での所で救ったらしい。 「あの機体、コーテックスの【黄龍】だぞ、ノエラ」 ベランジェが口にした【黄龍】というのが今ブリューナグを救った四脚型ACの機体コードである。彼の注釈じみた独り言の後に思い出したが【黄龍】を駆るレイヴンのメイファも、コーテックスアリーナで名を知られるトップクラスランカーの一人である。 ブリューナグがレーザーライフルから三発の青白い閃光を、ナインボールの落下に合わせて撃ち放つ。有効な回避機動も取れず容易くその攻撃を受け、内最後の一発がナインボールの膝関節を捉えた。 二機のトップクラスランカーによる瞬間的な連携により、着地と共にナインボールが路上へ膝関節を崩す。 「すげえ──」 ベランジェが感嘆の声を漏らしそれに胸中で同調し、双眼鏡の向こうに望むメインストリート上でブリューナグが各座したナインボールに光学兵器の砲口を突き付ける。 苛烈な戦闘の終幕が目の前に訪れるかに思われた刹那、欄干から身を乗り出していたノエラとベランジェの頭上に覆い被さる大きな影が現れた。 首を回すよりも前に背後から奇怪な動作音が聞こえ、ノエラはベランジェの身体を自身ごと横合いへ突き飛ばした。華奢な体つきとはいえ大人一人分の体重を受け止めたベランジェが、「うえっ」と何か胃の内容物でも吐くようなうめき声をあげる。ノエラは一足先に素早く立ち上がり、今しがた自身の居た場所に現れた驚異を目の当たりにした。 「嗅ぎ付けられたっ……?」 青白い眼光を宿した四つ足の旧世代兵器──対白兵戦用のパルヴァライザーが立ちふさがる。大型の機動兵器ではなくあくまで蹂躙用に調整されたその機体は、マニピュレーター式腕部に多砲身式回転機関砲を持ち、その砲口を此方へ突きつけるべく、奇怪な動きで脚部を転回する。 カメラアイに捕捉される前に急いでベランジェを引き摺りあげ、彼の背中を押してキーを差しっぱなしのジープへ走らせる。 「早く走って、逃げるわよ!」 自身が踏みつけたおかげで咳き込むベランジェを強引に急きたてた時、彼はあろうことか右手に持っていたハンドカメラをその場に取り落した。即座に踵を返そうとしたが同時にパルヴァライザーのカメラアイと視線がぶつかり、ノエラは慌ててジープへ向かった。 ベルトを装着するのも惜しかったベランジェがアクセルペダルを踏み込み、発進寸前のジープへ文字通り飛び込む。弾丸の如く弾きだされたジープの後に、パルヴァライザーの放った本物の弾丸が撃ち込まれた。 続く機銃掃射がインターチェンジへ向けて発進したジープを追撃し、追いついた数発がジープの外殻に弾痕を穿った。被弾の衝撃に車体が震動した直後、不意にパルヴァライザーの機体が強い電流でも流れたかのように硬直した。青白く発光するカメラアイが不規則に明滅し、それに合わせて機銃掃射も止んだ。 「どうしたのかしら──」 そう口にした時、機動を停止していたパルヴァライザーの外部装甲が剥がれ飛び、衝撃を受けた機体が大きくのけ反る。 その事態に驚いたノエラは慌ててベランジェの後頭部を叩き、 「待って待って、止まって!」 事態を呑み込めないながらも言葉を受けとったベランジェがブレーキを踏み込み、ジープが数メートルほど横滑りしてから停車する。ノエラは外部駐車スペースの上空を振り仰いだ。 「コーテックスの航空部隊──、私達ってツイてるみたいね」 数機で編成されたガンシップ部隊が此方へ向けて急速接近し、どうやらその内の一機の搭乗戦力が先ほどパルヴァライザーに向けて遠距離狙撃を喰らわせたらしい。実際、もう一発の砲弾が放たれパルヴァライザーを更に横合いへ吹き飛ばす。 地面にハンドカメラが無傷で落ちているのを見咎め、ノエラはベランジェの耳元で叫ぶ。 「あのカメラを回収したいの、行って!」 「無茶言うなっ。近づいたら撃たれるぞ──」 当のパルヴァライザーは被弾の衝撃で離れた場所にまで吹き飛ばされ、機体姿勢の立て直しを図っている。今ならば行けると強く踏んでいたノエラは、 「アンタ、あの映像がどんくらい値が張ると思ってんのっ。あんたの給料十年分でも足んないわよ!」 その言葉に眼の色を変えたベランジェがどうなっても知らんぞ、とかなんとか呟きながら思い切りよくアクセルペダルを踏み込み、全速力でハンドカメラのもとへジープを向かわせる。 視界の先でパルヴァライザーが機体姿勢をほぼ取り戻す中、ノエラはドアの上から身を乗り出し地面に転がるハンドカメラを拾い上げた。 「取ったわ、行って!」 速度もそのままにベランジェがハンドルを切る。完全に立ち直ったパルヴァライザーが何故か接近してくるガンシップを無視し、ジープ目がけて機銃掃射を加えてきた。 助手席で頭を出来る限り低くしながら螺旋通路へ入り込むと同時に、執拗に続いた追撃が止んだ。 どうやら、ガンシップ部隊との直接戦闘へ入ったらしい。 「俺、生きてるか……?」 青ざめた顔でそういうベランジェの前のフロントガラスは被弾によってクモの巣のようなヒビが入っている。 「ちゃんと首繋がってるわよ。心配ならミラーで確認してみなさい」 冗談めかして言った後半の台詞の通りミラーで自分の顔を確かめるベランジェに、浅く息をつく。その傍らノエラは自身の手に収めたハンドカメラを起動、記録映像が保存されている事を確認すると取り出し口から記録媒体のディスクを抜き取った。腰元のポーチから別の記録ディスクを取り出してセットし直す。 やがて元来た道を下り、十八階インターチェンジから幹線道路へとベランジェがジープを向ける。幹線道路へ飛び出した時、予想通り待機していたコーテックス地上部隊の光景にノエラは軽く肩をすくめた。 兵士の一人が停車誘導を行い、それに従ってベランジェが脇道にジープを停車させる。下車指示に速やかに従って何処ぞへと誘導される中、歩兵部隊がインターチェンジから内部へ侵入していく様子を見送る。 やがて一台の装甲車の傍へと案内され、その場にいた部隊指揮官と思しき年季の入った顔の士官と顔を合わせる。 「怪我はないかね?」 「お陰さまで、大丈夫でした。ありがとうございます」 「現在都市全域に第一種広域避難指示が発令中だ。君達はあそこで何をしていた?」 これまた予測通りの質疑応答にノエラは胸中で薄く笑み、腕章と併せてワイシャツの中にしまっていたプレスカードを持ち出した。 「GCNの報道員です。避難指示については知っていました。其処から先は、独自判断により行動していましたが」 やがて産業ビルの上層部を見上げ、 「何か、撮ったかね?」 「いいえ。特に其方の不都合になるようなものを撮影したつもりはありませんが」 ノエラは父譲りの鋭い観察眼を持っていた。だからこの時、コーテックス士官の壮年の男が保つ無表情の奥に、此方の真意を探るような動きがあったのを察知する事ができた。 「撮影記録は機材を含め接収させてもらう。君達には申し訳ないがね? 何か質問は?」 「いいえ」 ベランジェにも目配せして彼がバッグに詰め込んでいた撮影機材一式を傍にいた兵士に渡させた。ノエラも手に持っていたハンドカメラを丸ごと手渡す。 「これで全部か? 随分と少ないな」 「事態が事態でしたので、他の機材は殆ど途中で壊れました」 「そうか。君達は輸送車に乗ってくれ。コーテックス複合ビルのシェルターまで連れて行ってあげよう。撮影機材は後日の保障を約束するよ」 「感謝します」 →Next… ⑬ コメントフォーム 名前 コメント