約 6,956 件
https://w.atwiki.jp/h_session/pages/7750.html
NIGHT WIZARD The 2nd Edition Character Sheet TXT Ver1.2 キャラクター名:郭龍陽 二つ名:Full Arms プレイヤー名:幽霊 種族:人間 ワークス:高校生 年齢/性別:17/男 髪の色:黒 瞳の色:灰色 肌の色:黄 身長/体重:175㎝/65㎏ ウィザードクラス:龍使い 3LV 耐久力成長+3、魔法力+1 スタイルクラス:ディフェンダー 4LV 耐久力成長+3、魔法力+1 属性:〈地〉/〈地〉総合レベル: 7LV CF修正値:2 プラーナ 内包値:8 解放力:2 基本能力値 ベース 成長値 現在値 基本能力値 ベース 成長値 現在値 【筋力】 13 -- -- 【知力】 5 -- -- 【器用】 6 -- -- 【信仰】 7 -- -- 【敏捷】 5 -- -- 【知覚】 8 -- -- 【精神】 12 -- -- 【幸運】 7 -- -- 戦闘値 ベース クラス修正 特殊 総合 未装備 装備 最終戦闘値 【命中】(器用+知覚)÷2 = 7 3/ 2 -- -- 12 -1 【命中】 11 【回避】(敏捷+知覚)÷2 = 6 2/ 0 -- -- 8 -4 【回避】 4 【攻撃】(筋力+器用)÷2 = 9 4/ 2 -- -- 15 23 【攻撃】 38 【防御】(筋力+信仰)÷2 = 10 4/ 4 6 -- 25 34 【防御】 59 【魔導】(精神+幸運)÷2 = 9 0/ 2 -- -- 11 3 【魔導】 14 【抵抗】(敏捷+幸運)÷2 = 6 0/ 0 -- -- 6 -1 【抵抗】 5 【魔攻】(知力+精神)÷2 = 8 0/ 0 -- -- 8 +3 【魔攻】 11 【魔防】(知力+信仰)÷2 = 6 0/ 3 6 -- 15 25 【魔防】 40 【耐久力】 = 38 6/ 6 -- -- 50 0 【耐久力】50 【魔法力】 = 20 1/ 1 -- -- 22 ー1 【魔法力】21 【行動値】(筋力+敏捷+知力+信仰)÷3= 10 0/ 0 -- 7 17 -9 【行動値】 8 【移動力】 ベース 特殊能力 未装備 装備 最終値 (未装備状態【行動値】)÷10+1 = 2 -- 2 -- 2Sq ■ライフパス 出自:一族の継嗣 特徴:一族の力/1シナリオに1回【幸運】ジャッジの達成値に+1 生活:結社の一員 特徴:組織の力/あなたは組織ひとつのコネクションを得る。 コネクション/関係 絶滅社/同志 稲神 アカリ/友人 --/-- ■特殊能力 名称 :SL: タイミング : 判定値 :難易度: 対象 : 射程 : 代償 :効果 汎用 : : : : : : : : 《月衣》 :-: 常時 :自動成功: なし : 自身 : なし : なし :所持品を隠せる。マイナーアクションで飛行できる。(代償:1D6MP) 《月匣》 :-: 常時 :自動成功: なし : 自身 : なし : なし :月匣を展開できる。 《伝家の宝刀》 :5: 常時 :自動成功: なし : 自身 : なし : なし :100万+100万*5v以下のアイテムを取得する 《財力》 :-: 常時 :自動成功: なし : 自身 : なし : なし :プリプレイ時に50+2d6*10万vを入手 《伝家の術式》 :4: 常時 :自動成功: なし : 自身 : なし : なし :100万+100万*4v以下の魔法を取得する ■ディフェンダー 《カバーリング》 :1: オート :自動成功: なし : 単体 : 至近 :2MP、1C:ダメージロールを代わりに受ける 《物魔防御力UP》 :1: 常時 :自動成功: なし : 自身 : なし : なし :【防御】と【魔防】+CL+2 《レンジドカバー》 :2: オート :自動成功: なし : 自身 : なし : 1P :カバーリングの射程+SL 《代償軽減:防御魔装》 :5: 常時 :自動成功: なし : 自身 : なし : なし :魔法力修正をSL*3点減少 《多重魔装:防御》 : : 常時 :自動成功: なし : 自身 : なし : なし :防御魔装を2つ装備することができる ■龍使い 《竜炎》 :2: マイナー :自動成功: なし : 自身 : なし : 3MP :素手による物理攻撃の【攻撃】ジャッジの達成値+「SL*2」、火の魔法D 《気功》 :2: オート :自動成功: なし : 自身 : なし : 3MP :プラーナによる達成値修正1D6+2。シナリオ2回 《竜爪》 : : 常時 :自動成功: なし : 自身 : なし : なし :素手の「攻撃修正」にCL+5 《墜竜》 :1: メジャー : 命中 : 対抗 : 単体 : 武器 : 3MP :風の魔法D、対象が飛行状態時、攻撃+10、1ダメージ以上を与えると狼狽 《雷竜》 : : メジャー : 命中 : 対抗 : 単体 : 武器 : 3MP :対象の防御ジャッジの達成値-10 《竜尾》 : : オート :自動成功: なし : 単体 : なし : 2C :1Rに1回、1ダメージ以上を与えた直後に使用、狼狽、放心、捕縛からいずれ ■アイテム特殊能力 《コマンドワード》 : : オート : : : : : :「重装甲!!」で、BT零式を即座に装備する。 《増設オプションラック》 : : 常時 : : : : : : 箒オプションの一つを必要スロット1として扱う。 《アンチマジックフィールド》: : 常時 : : : : : : 魔法ダメージを6点軽減する 《竜王撃》 : : オート : : : : :1P、10MP : ダメージ適用直後に使用。敵は同じダメージを受ける。1シナリオに1回 《龍使い専用箒》 : : 常時 : : : : : : 龍使いのみ装備可能、素手として扱う。 《アンラック》 : : 常時 : : : : : : 幸運ジャッジー5 《データファイル》 : : 常時 : : : : : : メモリ領域を持つアイテムを所持していなければ使用できない。 《禁断の知識》 : : 常時 : : : : : : 魔法力+10 《メモリ領域》 : : 常時 : : : : : : メモリ領域を条件とするアイテムを装備、使用できる。 《エアストラグル》 : : 常時 : : : : : : 行動値ジャッジに+2、タイプ機動なら+3 《あのエンブレムは!》 : : メジャー : : : : : : 自分のGL以下のエネミー一体に狼狽を与える ■魔法 魔法記憶容量[【知力】+総合レベル]:12 名称 :LV:種別 : タイミング : 判定値 :難易度: 対象 : 射程 : 代償 :効果 キュア :1:治癒(-): メジャー :【魔導】:15 : 単体 :1Sq : 3MP :バットステータスを一つ回復 ヒール :1:治癒 (-) : メジャー :【魔導】:12 : 単体 :1Sq : 2MP :HP回復。【治癒力】3 : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : ■武装/魔装 重量上限[【筋力】+総合レベル]:23 魔法装備可能レベル合計[【知力】+総合レベル]:12 名称 :種別 :部位 :重量/LV:命中:回避:攻撃 :防御 :魔導 :抵抗:魔攻:魔防 :耐久力:魔法力:行動 :移動: 射程 :備考 ドラゴンブルーム :武器(箒) :両手 : 6/ : -1: 0:+21: +4: +1: 0: 0: +3 : 0 : 0 :-2 : 0: 0:龍使い専用箒 輝明学園改造制服 :防具 :衣服 : 2/ : 0:+1: 0: +2: 0: 0: 0: +2: 0 : 0 :+1 : 0: 0: ブルームテクター零式 :防具 (箒) :上半身:14/ : 0:-2 : 0:+17: 0: 0: 0: +5: 0 : 0 :-1 : 0: 0: クリスタライザー :防御魔装(地): : / 5: :-2 : +2 : +9: : 0: 0: +3: : -4 :-3 : : : ファーサイドシールド :防御魔装 : : / 5: : 0: : +4: : : :+14: : -4 :-3 : : : 外道祈祷書 :[[その他]] : : 1/ : :ー1: : -2:+2 :ー1:+3:ー2 : :+10:-1 : : : パワーブースタ :付与魔装 : : / 2: : : : : : : : : :ー3 : : : :所持可能重量+3 : : : / : : : : : : : : : : : : : : : : : / : : : : : : : : : : : : : : 合計 : : :23/12:ー1:-4 :+23:+34: +3: -1:+3:+25: : ー1: -9: : : 武装/魔装 ■所持品 月衣収納上限[【筋力】×2+GL]:31 名称 :重量:効果 0-Phone : 0:携帯電話 Mugen-kun : 0:クレジットカード スマート0-Phone : 0:最新型携帯電話 ウィザードレスキュー : 1:重傷者を延命させる、魔法の宝石 幸運の宝石 : 0:Fを打ち消す幸運のお守り タンデムシート : 1:箒用の二人のり用のシート : : ■箒&装着箒オプション ブルームテクター零式 (Type:機動 スロット:3/3 重量:14) AMフィールド発生装置 重量3 スロット1(増設オプションラックの効果適用)効果:アンチマジックフィールド スタビライザー 重量2 スロット2 効果:エアストラグル O-Radio、重量0、スロット0 かこいいパーツセット、重量0、スロット0 ステッカーエンブレム 重量0、スロット0 効果:あのエンブレムは! タンデムシート 重量1 スロット1 効果:ふたり乗り カスタムデータ ハイチョバムフレーム搭載(重量1)、ハイコートジェネレーター搭載(重量1)、カグヤフローター搭載(重量1) ドラゴンブルーム (Type:白兵 スロット:1/4 重量:6) 手加減機構 重量1 スロット1 効果:非致傷システム ■設定 【ハンドアウト2=喪われたモノ、亡くしたモノ】 キミは絶滅社所属のエージェントだ。 キミは先日の任務で相棒であった同僚を喪った。 彼女の名は稲神アカリ。 キミは彼女の最後を確かに看取ったはずだ。 だが、キミは彼女が以前赴任したとある地方都市で姿を発見されたこと。 そして、彼女が通り魔のように人を襲っているという噂を耳にする。 【セッションコネ】 名前:稲神 アカリ(いながみ あかり) = 関係:友人 or 同士 設定:絶滅社所属のエージェントの少女。彼女とキミはバディとも言える関係だった 中国出身の拳龍氏の流れを組むウィザード一族出身で、絶滅社にスカウトされたのを機に修行の一環として、 絶滅社で出会った少女、稲神 アカリとバディを組み世界各国のエミュレーターがらみの事件に介入していた。 そして、今回、死んだはずのバディが古巣で通り魔をやっているとうわさを聞きつけ、今回の事件に介入することを決意する。 郭 蓮花とは従兄妹どうしで絶滅社にスカウトされるまで兄妹同然に育てられる。 そのため今でも、実の妹と同等かそれ以上に可愛がり心配しているが、それが身内の情から来るものか、下心からくるものかは不明。 なお、二つ名のFull Armsは稲神 アカリとバディを組んでいた時に呼ばれていたチーム名である。 ■経験点消費履歴 獲得経験点100点 消費経験点100点 汎用特殊能力取得数:10 伝家の宝刀5LV:600万v ドラゴンブルーム (390万v)、AMフィールド発生装置(120万v)、ハイチョバムフレーム(70万v)、かっこいいパーツセット(グリーン)(10万v) 手加減機構(7万v) 伝家の術式4LV:500万v クリスタライザー(160万V)、ファーサイドシールド(290万v)、パワーブースタ(10万v) 財力 常備化アイテム ブルームテクター零式(280万v)、外道祈祷書(240万v)、スマート0-Phone(39800v)、タンデムシート(2万v)、スタビライザー(30万v) カグヤフローター(180万v)、ハイコートジェネレーター(220万v)、O-Radio(1万v)、ステッカーエンブレム(20万)、ウィザードレスキュー(10万)、幸運の宝石(10万) ■成長履歴 GL2 ディフェンダー 《レンジドカバー》2LV取得 GL3 ディフェンダー 《代償軽減:防御魔装》2LV取得 GL4 ディフェンダー 《代償軽減:防御魔装》2LV取得 GL5 ディフェンダー 《多重魔装:防御》、《代償軽減:防御魔装》1Lv取得 リビルド GL6 龍使い 《竜炎》、《墜竜》1Lv取得 GL7 龍使い 《竜尾》、《雷竜》1Lv取得
https://w.atwiki.jp/kenkyotsukaima/pages/50.html
謙虚な使い魔~アンドバリの呪縛~ 上空のアルビオン艦隊へと向かって行く中、ルイズは手にした光る祈祷書の中に文字を見つけた。 空白のページにルーン文字が浮かび上がっていた。 ブロントの左手に書かれたものと似た、古代文字がページを埋めるように現れたのだ。 古代ルーン文字の授業で習った事を思い出しながら、ルイズはたどたどしく文字を読み説いていった。 序文。 これより我が知りし真理をこの書に記す。 この世のすべての存在は、虚ろを宿る。 四の系統はその虚ろに干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。 その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す。 ブロントはシルフィードに指示を出し、ぐんぐんと『レキシントン』号へと近寄るように飛ぶ。 「用心じゃ。そろそろ相手も我等の存在に気が付いておる」 「艦隊の魔の手がのぶて来ている以上、艦砲射撃からはのげられない。このままじゃ下の奴らは全弾受ける羽目になる。迷っている時間が惜しいだろ」 ルイズは静かに高なる鼓動で、さらにページを捲る。 神は我にさらなる力を与えられた。 四の系統が影響を与えし虚ろは、虚ろなる闇より為る。 神が我に与えしその系統は、四の何れにも属せず。 我が系統は虚ろなる闇に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。 四にあらざれば零。 零すなわちこれ『虚無』。 我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん。 「きゅ、きゅい~」 『レキシントン』号に近づいてきたので、シルフィードが不安げに鳴く。 一隻で空を覆い尽くさんばかりの影は圧巻であった。 「ブロント、艦の注意を惹き付け、地上の者達のために時間を稼ぐつもりなのであろう?」 「ほうお前はなかなか解っている様だな」 「ならば、あの巨艦の左舷前を飛ぶが良い」 「ちょとシャレならんしょそれは……?危険に晒すなら本人に断ってやれよ」 ブロントはバシバシとシルフィードを手のひらで叩く。 シルフィードの方は「嫌だ!」と示すように首を横に振る。 「今あの巨大艦は地上軍に攻撃を加えるために砲弾を装填しておる。しかし、その砲弾を飛竜に当てる事は至難の業じゃ」 「そうか」 「そして、このような艦では竜騎兵に接近されし時は、同じく竜騎兵を出撃させるか……散弾に込め直すのが定石じゃ」 ブロントは片眉をあげた。 「ほう。動きをコントロールしさらに時間までコントロールしていることにも気付かせずにタイムアップさせる事になる」 「そう言う事じゃ。今、王軍を射程距離に捉えておるこの巨大艦はそれで時間を稼ぐ事できるじゃろう。しかし、他の艦もその距離を詰めてきておる。それらが配置についてしまえば流石に全ての艦を止められる術はない、困ったものじゃ、のうルイズ?」 イージスは敢えてルイズに話をふる。 こんな時でも、ルイズは祈祷書をめくる手を止める事ができず、祈祷書に目が釘付けになる。 これを読みし者は、我の行いと贖罪と器を受け継ぐ者なり。 またそのための力を担いし者なり。 志半ばで倒れし我とその同胞のため、『世界の終わりに来る者』を『聖地』に封じるべき努力せよ。 『虚無』は強力なり。 また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。 詠唱者は注意せよ。 時として『虚無』はその強力により命を削り、器に潜みし虚ろなる闇を増幅させる。 したがって我はこの読み手を選ぶ。 たとえ資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。 選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。 されば、この書は開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。 初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン』 「まさか……伝説、伝説の系統じゃないの!?……でも始祖ブリミル、あんたヌケてんじゃないの?この指輪がなくっちゃ祈祷書は読めないのに、その読み手とやらも……注意書きの意味がないじゃないの」 はたと気づく。読み手を選びし、と文句にある。という事は……。 よくはわからないが、自分がその選ばれし読み手なのか? 今までルイズが呪文を唱え、爆発し、『失敗』だと思ってきたものも、実はここに書かれた『虚無』だったのではないのか? 信じられないけど、そうなのかもしれない。 とにかく今は他に自分が出来る事はない。 試してみる価値はあるかもしれない。 ルイズの頭の中が、すぅっと冷静に、冷やかに、冷めていく。 先程眺めた呪文のルーンが、まるで何度も交わした挨拶の様に、滑らかに口をついた。 「おや、詔の一つでも詠めるようになったかの?」 「……イージス、あんたもしかして、この事知っていたんじゃないの?」 イージスの高笑いがする。 「ほっほっほ、風が強くて良く聞こえなかったぞ?それより詔が出来上がったのであらば、早速聞かせて貰おうかの?」 「イージス、あんたって……まったく、デルフの言うとおりね。まあ、いいわ。伝説やら神楯を名乗るあんたがそう言うのなら、ここは騙されてやるわ。本当に伝説かどうか見てやろうじゃない!」 ルイズは息を吸い込み、目を閉じた。 それからかっと見開く。 『始祖の祈祷書』に書かれたルーン文字を詠み始める。 精神が研ぎ澄まされ、ルイズの視界から不必要な情報が排除される。 眼前に並ぶ『レキシントン』号の砲門も、ルイズ達を発見し甲板から騒ぎ立てるアルビオン水兵達も、地上に並ぶアルビ オン軍も、それに迫るトリステイン王軍も。 ルイズは浮かび上がる呪文を朗々と詠み上げる。 「姫殿下!前に出過ぎすぞ!お下がりくだされ!」 馬を駆けるマザリーニ枢機卿は、王軍の先頭を疾走するアンリエッタ王女のユニコーンに追いつこうとしたが、マザリーニが乗る馬は激しく息を切らせるばかりで、ユニコーンとの距離が縮まる気配すらない。 訓練された軍馬でも、幻獣ユニコーンの健脚に敵う筈がなかった。 城を出撃してからというもの、トリステイン王軍はろくな休憩も取らずに、一晩中駆け抜けた。 通常の行軍であれば、定期的に小休止を挟むものだが、止まらずにどんどん進んで行くアンリエッタを放っておいて、のんびり小休止を取れる筈がなかった。 だがそれ以上に、狂信的とも言えるアンリエッタの気迫によって近衛隊や王宮の貴族達はぐいぐいと引っ張られ、定石である小休止を取る事すらみんな失念していた。 砂浜に陣取るアルビオン軍が視界に入った時から、アンリエッタは冷静ではなくなっていた。 いや、出撃した時から、自分の感情に身を任せ、冷静ではなかったのかもしれない。 アンリエッタはちらりと空を仰ぐと、並ぶアルビオン艦隊を確認した。 まだ砲撃してくる気配がない。 地上の敵陣を見れば、数で言えば王軍の倍程もあった。 そして、そのアルビオンの先陣を飾るのが装備を統一してない各種傭兵隊だった。 トリステイン王国内で集められたと思われる傭兵達は、金のためならば容赦なく王女にでも刃を向けるだろう。 (わたくしが築きあげた信頼は悉く奪い去られたというのに、敵は金子でその信頼をいとも簡単に手に入れている。わたくしは一体何をもって人を信頼すれば良いのでしょうか……) 単騎で突出したアンリエッタに気付いたのか、先陣の傭兵達がわらわらと群がり、弓を構える。 アンリエッタはユニコーンを止め、素早く杖を構えた。 <ウォーター・シールド>を唱え、正面に水の壁を作りだす。 次の瞬間、矢がアンリエッタを狙って降り注ぐ。 厚く張られた水の壁が矢を飲みこみ、一瞬にして矢の塊になる。 外れた無数の矢が砂浜に突き刺さり、ザァッと音を立てる。 「急げ!姫殿下をお守りせよ!『水』メイジ!『風』メイジ!ええい、誰でも良い!早く殿下のもとへ!」 離れた後方から叫ぶマザリーニの声が聞こえる。 アンリエッタはようやく今戦地に立っているのは自分一人だけであった事に気がついた。 今この場で自分を守ってくれる者は自分しかない。 後方にいる『仲間』も、本当に『信頼』できる者はいるのだろうか? ここにこうしてついてきた貴族達も、ただ自分達の名誉を守るためではないのだろうか? 次の矢に備えアンリエッタは、水の壁を作り直す。 (ウェールズ様、貴方もこの様な孤独の中でも勇敢に戦ったのですか?わたくしはこうして自分が傷付かない様に、自分を守るだけでも精一杯だというのに……) 水の壁を維持するため、他の魔法が詠唱できず、守り一辺倒で、水の壁で自分自身を閉じ込める事しかできないアンリエッタは戦場の真ん中で酷く孤独に感じた。 自分が傷付かない様に、王宮で人形の様に振舞っていた自分と何も変わっていないのではないか? 「姫殿下!右に敵分隊が!」 「えっ!?」 アンリエッタの右方向には弓を構える傭兵が数人立ち並ぶ。 前に張られた水の壁の死角から射るつもりなのだろう、実際に前方以外は無防備であった。 だが、右に水の壁を張る訳にもいかない。 そのためには水の壁を張り直さなければいけないが、その隙がまったく無い。 「殿下ーッ!」 マザリーニが叫ぶ、しかし近衛隊を含め、間に合わない。 無情にも傭兵達が射掛け、 アンリエッタの横から数十本の矢が迫りくる。 「ウェールズ様……今より、貴方の下に参ります……」 アンリエッタはそう呟き、そっと静かに目を閉じる。 突如、背後から風が吹き、それがアンリエッタを包み込む。 懐かしい感じがする、暖かい風だ。 「クアッ!」 バサバサと翼をはためく音がする。 アンリエッタはそろりそろりと目を開けると、目の前には黒鷲がユニコーンの頭に上に器用に立ち、アンリエッタに会釈をしていた。 自分の周りに張られた<エア・シールド>が矢を全て弾いてくれたのか、どこも怪我をしていない。 「待ち合わせに随分と遅れてしまったようだね」 背後から聞きなれた声がした。 「……あ、………あ」 そんな筈はない、自分は死を目前にして夢を見ているのだろうか? サク、サク、サク。 砂を踏む音がアンリエッタのすぐ傍まで近寄って来る。 恐る恐るアンリエッタは振り向くと、そこには泥汚れにまみれ、橙色の眼鏡をかけた、愛しの彼が立っていた。 「ああ……!まさか、……ウェールズ様!」 「ハハハ、そのウェールズっていうのやめてくれないか?これからは……そうだな、ハルケギニアを翔ける一陣の蒼い風『ウェントゥス』とでも呼んでくれ」 ウェントゥスは軽く冗談言って茶化しつつも、手にもった杖で、砂塵を撒き上げながら迫りくる矢の雨を風で吹き飛ばす。 「ウェールズ様!ああ、ウェールズ様ぁあ!」 アンリエッタはユニコーンから飛び降り、ウェントゥスの胸に飛び込む。 ウェントゥスは杖を持たぬ片腕で、そっとアンリエッタを抱きしめる。 「ああ、そんな!わたくしは夢を見ているのかしら!ウェールズ様、生きてらっしゃったのですね!」 アンリエッタはウェントゥスの肩に顔をうずめる。 「いや、ウェールズ・テューダーは確かにアルビオンで死んだ。しかし、彼から君にと言付かっている。『このウェールズ・テューダーは誓う、永久にアンリエッタを愛する事を、そして死後も君を愛し続けると』!」 アンリエッタの目から涙がはらはらとこぼれた。 「ああ、なんという事でしょうか。どれだけその言葉を待ち望んだことか……」 「すまなかったね、アン。君を不幸にすると思い、君の想いに応えられず、ぼくは臆病にも逃げ続け、傷つけてしまったね」 「なにをおっしゃるの。その言葉だけで、わたくしは幸せです!」 「それを聞いて、この風のウェントゥスは安心したよ!この様な簡単な事を行う勇気をなぜ今まで持てなかったのか!」 「クアッ!」 黒鷲がウェントゥスを嘴で突っつき、ここが戦場である事を注意する。 「ああ、わかっている。敵軍は未だに健在だ。空は友が何とかしてくれているようだが、こちらは私達で何とかせねばならんからな」 「ウェールズ様……」 アンリエッタが想い焦がれた再会だったが、依然危険な戦地に赴いている事には変わらなかった。 せっかく会えたというのに、ここで死によって二人は別れてしまうのか? 不安が頭によぎると、アンリエッタは身震いをした。 「なに、心配ないさ。私にいい考えがある」 そう言って、ウェントゥスは屈託のない笑顔を浮かべる。 その眩しい笑顔を見て、アンリエッタは感極まって涙があふれ出る。 ウェントゥスはそっとアンリエッタの手を取ると、杖を持つ自分と手と合わせた。 「風の吹く夜に!」 ウェントゥスが囁いた言葉は、人目を忍んでこっそり会う時、お互いに呼び掛けるために取り決めた合言葉だった。 「水の誓いを!」 ウェントゥスの意図を察したアンリエッタは涙を拭い答えた。 「ウェールズ様!わたくしの詠唱に合わせて!」 「いいですとも!」 アンリエッタは『水』、『水』、『水』のトライアングルスペルの呪文を唱え、ウェントゥスも『風』、『風』、『風』の呪文を唱え、アンリエッタの詠唱に合わせる。 近衛隊を引き連れ、ようやく駆けつけたマザリーニは驚愕した。 アンリエッタが突然現れた青年と共に、水と風の六乗を詠唱していた。 水の竜巻が二人の周りをうねり始めていた。 トライアングルメイジ同士と言えど、このように息が合う事は珍しい。 殆ど無いと言っても過言ではない。 しかし、王家の血同士ではそれが可能であると言われている。 王家のみ許された、ヘキサゴン・スペル。 「あのお方はもしや……うわっ!?」 黒鷲がマザリーニの馬に飛び乗り、首を横に振る。 それ以上は口にするなとでも言いたげだ。 「……何はともあれ、この場を打開する可能性があるものが何者であろうと気にしておる場合ではないな。近衛!姫殿下の詠唱が完了するまで、何としても二人を死守するのだ!」 アンリエッタの下に駆けつけたメイジ達が、アンリエッタとウェントゥスの周りに魔法の防壁を張り巡らし、地面を揺らしなだれ込むアルビオン軍を押しとどめるために炎や風の魔法で牽制する。 アンリエッタとウェントゥスを中心として、白い砂が舞い上がる。 二人の詠唱は干渉しあい、巨大に膨れ上がる。 二つのトライアングルが絡み合い、巨大な六芒星を竜巻に描かせる。 津波のような竜巻だ。 この一撃を受ければ、大軍とて、ひとたまりも無いだろう。 上空ではルイズ達を乗せたシルフィードはイージスの指示に従い、『レキシントン』号を挑発するように、大砲がぎりぎりで狙えない死角を飛び回った。 『風と雷を操る魔物』が現れた、と驚いた水兵達は砲弾を対竜騎兵用の散弾に変え、撃ち落とすチャンスを見計らったが、これがなかなかどうして、射程範囲に飛び込む直前に青い風竜は身を翻す。 ブロントは呪文を唱えるルイズが振り落とされない様に、しっかりとその体を支えている。 その時である、イージスが叫ぶ。 「ブロント!後ろから魔法じゃ!」 ブロントは咄嗟にデルフリンガーを抜き放ち、半身だけ振り返り、デルフリンガーを突きだす。 槍の様な烈風がデルフリンガーに吸い込まれていく。 「おおぅ!おでれーた!突然だったもんで、何か知らんが吸いこんじまったぜ!お?相棒、やっと俺様の出番ってか!よっしゃ!待ちくた……」 ブロントはシャコン、と音を立ててデルフリンガーを鞘にしまう。 背後に一騎の竜騎兵が、烈風のように向かってくる。 ワルドであった。 ワルドは風竜の上でニヤリと笑い、叫ぶ。 「ガンダールヴ!やはり貴様か!流石は我が宿敵と言ったところだな!竜騎兵隊を一騎で殲滅したその腕は褒めてやろう!」 ブロントは弓を構え、不快感を表しながらワルドに答えた。 「勝手にライバル視するなオレの圧倒的なスキルの前におまえの命は長くない」 ワルドをめがけて、ブロントは矢を放つが、ワルドは風の魔法によってその矢をいとも簡単に叩き落とす。 「残念だったなガンダールヴ!空で貴様の力も発揮できまい!」 ワルドは<エアブレイク>を唱え、突風にてシルフィードのバランスを崩す。 シルフィードがぐらりと揺らいでも、ルイズは何事もないように呪文を唱え続ける。 エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ 「お前がただにバカだと思うぞ?バカか?」 ブロントは次々と矢を放つ。 しかし、ワルドは全て魔法で撃ち落とす。 「夜襲であれば、この私も撃ち落とせただろうな。しかし今ではそれはもう無理だ!貴様の矢が尽きた時が貴様の伝説も尽きる時だ!」 「バカが移るもういいからバカは黙ってろ」 オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド ルイズの中で、リズムがめぐっていた。 古代ルーンを詠唱するたびに、リズムが強さを増し、体の中でうねっていく。 神経は研ぎ澄まされ、ワルドが放つ雑音はすでに一切耳に入らない。 自分の中で、何かが生まれ、行き先を求めてそれが回転していく感じがする。 いつも、ゼロと蔑まれ、魔法の才能がないと言われ続けた自分……。 そんな自分の、これが本当の姿なんだろうか? ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ ブロントも、ルイズの詠唱する呪文を聞いて、心が昂る。 左手が熱く滾り、そこから一つの技が頭に流れ込む。 <サイドワインダー> ブロントは目を光らせ、矢を構える。 矢羽根の片側を指で解し、力一杯に弦を引き絞る。 弓を持つ左手がバチバチと激しく火花を放ち、木が焦げる臭いがした。 ギーシュがローゼンボーゲンに掛けた<固定化>の魔法がそろそろ限界なのだろう。 「じゃあなカス猿」 矢が飛び放たれたと同時に、弓はぽっきりと折れてしまった。 「それで終わりだな!ガンダールヴ!」 ワルドは風の魔法で矢を撃ちおとそうとする。 しかし、最後にブロント放った矢がいつもと違い、まるで蛇のようにうねり、曲線を描いて迫って来る。 まるで意思を持っているのか、回転する矢はワルドの風を避ける。 「何だこの矢は!くそ、間に合わん!」 ワルドは咄嗟に自分の乗る風竜の手綱を強引に引っ張り、傾ける。 風竜の体を盾にするが、矢の勢いは止まらず、竜の首を貫通して、そのまま矢がワルドの肩に食い込む。 ワルドの風竜は悶え、ワルドは苦痛に顔をゆがめた。 「おのれ、ガンダールヴ!!」 翼を広げたまま絶命した風竜は、吼えるワルドを乗せてそのままゆっくりと滑空するように墜落していった。 ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル……! 上空で、永い詠唱の後、呪文が完成する。 ルイズは、その瞬間、己の呪文の威力を、理解した。 その魔法は巻き込む、全ての人を。 自分の視界に映る、全ての人を、己の呪文は巻き込む。 破壊すべきは何か。 ルイズは顔を上げ、目を見開き、目の前に立ちはだかる戦艦『レキシントン』号を見る。 ルイズは己の衝動に準じ、宙の一点をめがけて、杖を振りおろした。 「……デル・ウォータル!」 「……デル・ウィンデ!」 手を繋ぎ合わせたアンリエッタとウェントゥスが同時に詠唱を完成させる。 膨れ上がった巨大な水の竜巻がうねりながら砂浜に展開したアルビオン軍に襲いかかる。 通常の魔法と比べ物にならないほどの大きさなのに、驚く程に速い。 白い砂をまきこみ、白く輝く水の竜巻が次々と敵兵を飲みこんで行く。 見た事も無い強大な魔法に恐れをなしたアルビオン軍は逃走を試みるが、足元の砂に足を捕われ、竜巻を避ける事ができない。 上空の『レキシントン』号から様子を眺めていたボーウッドはうねる竜巻を見て驚愕する。 「あれは……ヘキサゴン・スペル!?あれは確か王家同士でなければ……。まさか、ありえぬ。いや、しかし、それしか考えられぬ。王権は……王権はまだ健在なのか!?」 ボーウッドの声が震える。 「ミスタ・ボーウッド、どういう事かね!?」 突然地上軍が劣勢に追い込まれている状況に、クロムウェルはうろたえる。 その時、青い風竜が横切り、ボーウッドは杖を構える少女の姿を見た。 次の瞬間、上空に光の球が現れた。 まるで小型の太陽の様な光を放つ、その球は膨れ上がる。 そして、空を浮かぶ艦隊を包んだ。 さらに光は膨れ上がり、視界全てを覆い尽くした。 誰もが咄嗟に目を瞑った。 目が焼けると、錯覚するほどの光りの球であった。 光が晴れた後、艦隊は炎上していた。 旗艦『レキシントン』号を筆頭に、全ての艦の帆が、甲板が燃えていた。 ぐらぐらと揺れる艦の中、ボーウッドが怒鳴る。 「被害報告!」 「全マスト破損!船体随所に火災!墜落します!」 「水兵!早急に閣下をボートに乗せ避難させるんだ!」 「アイ・サー!」 水兵は命令通り、クロムウェルを避難用のボートまで引っ張って行く。 ボーウッドは船長の帽子を被り直し、呟く。 「まったく、トリステインの空には一体何が潜んでいるというのだ……」 そして声を張り上げ、水兵達に命を告げる。 「総員!退避できる者はボートに乗り込め!無理な者は対衝撃態勢を取れ!」 「やったわ!本当に……本当に伝説の系統だったのね!」 ルイズは周りを見渡すと、全ての艦が炎を上げて墜落していくのを見た。 どさり。 後ろに座るブロントがルイズに寄りかかって来る。 「ちょ、ちょっとブロント。やめなさ……」 何か様子がおかしい、ブロントの顔色が悪い。 そして頭を抱え込み、かすかに震えている。 「あんた!その顔色……どうしたっての!ブロント?ブロント!」 「……いィ…。頭が……ッ!」 ブロントの顔が苦痛に歪む。 「ねえ、イージス!ブロントどうしちゃったの!?」 「……大丈夫じゃ」 イージスは淡々と答えるが、ルイズにはそう思えない。 自分が何かしたからか?ルイズは心配になって色々考えを張り巡らせる。 「約束……を、ねえ……さ……」 ブロントはそう呟いた後、ぐったりとする。 ルイズはペシペシとシルフィードの首を手で叩く。 「お願い、下に降りて。寺院の所でいいわ!」 「きゅい!」 シルフィードは短く返事すると、寺院に向かって滑空していった。 墜落していくアルビオン艦隊を、マザリーニ枢機卿は茫然と見つめていた。 地上のアルビオン軍も、その半数以上が水の竜巻によって空に打ち上げられていた。 単純に兵数で言えばこれでようやく互角といった所だろう。 しかし、二つの奇跡を見せつけられ、アルビオン軍は戦う意思を砕かれているはずだ。 その時、マザリーニは空を横切る青い風竜を見つけた。 マザリーニは大声で叫んだ。 「諸君!見よ!敵艦隊は滅んだ!伝説のバハムートによって!」 「バハムート?伝説の竜だって?」 王軍に動揺が走る。 「さよう!あの空飛ぶ翼を見よ!あれはトリステインが危機に陥った時にあらわれ、敵をその閃光を持って滅ぼすという、伝説の竜王、バハムートですぞ!各々方!始祖の祝福我にあり!」 するとあちこちから歓声が漏れ、すぐに大きなうねりとなった。 「うおおおおおおおおーッ!トリステイン万歳!バハムート万歳!」 王軍は一気に砂浜を駆け巡り、うろたえるアルビオン軍に突撃する。 マザリーニはアンリエッタとウェントゥスに歩み寄る。 一晩中戦い続けたウェントゥスが砂の上で、手を付けて座りこんでいる。 ウェントゥスの身体を心配したアンリエッタが何やら水の魔法で甲斐甲斐しくその疲れを癒してあげている様だった。 マザリーニはウェントゥスの前に立つと、一礼する。 「この度、加勢して頂き感謝致します。ウェール……」 ウェントゥスは息を切らせつつも、手をかざし、マザリーニの言葉を制する。 「誰かと勘違いしているようだが、私はただの通りすがりの風、ウェントゥスだ」 「しかし……」 マザリーニは、ウェントゥスに魔法をかけるアンリエッタの顔を見た。 いままでアンリエッタに仕えた人生の中で、マザリーニが初めて見る表情だった。 なるほど、とマザリーニ大体の事を察した。 「いえ、このマザリーニ、貴方様と良く似た誰かと勘違いしておったようだ」 「心遣い痛み入る。ところで聞いても良いか枢機卿?」 「なんでございましょう、ウェントゥス殿?」 「トリステインに、伝説の竜王など本当にいるのかね?」 マザリーニは首を横に振って、悪戯っぽく笑う。 「真っ赤な嘘ですよ。ですが、目の当たりにした光景が信じられず、誰もがその判断力を失った。この私とてそうです。しかし現実に艦隊は墜落し、あのように竜が舞っているではござらぬか。ならばそれを利用せぬ法はない」 「抜け目がないな。だが、使えるものは何でも使う。政治と戦の基本だな」 ウェントゥスはにっと笑い、立ちあがり、身を整える。 「ああ、私はもう大丈夫だ。ありがとう、アンリエッタ」 「このまま行ってしまわれるのですか?アルビオンとの戦がもう始められてしまった今、貴方の亡命を受け入れるぐらいは……」 アンリエッタはマザリーニに視線を送ると、マザリーニは頷く。 「敵は外ばかりではない、王国内に潜む虫を吹き払うには、今のままが都合いいのでね」 「ですが……」 「君は今日から人々の前に立ち、光の中へと導くトリステインの王になるのだから。影から君を支える、背中を守る者も必要だろう?何、姿は見えずとも、風はずっと君と共に」 ウェントゥスは自分の胸を指差し、そしてその指でアンリエッタを指差す。 アンリエッタはぎゅと自分の水晶光る杖を握りしめる。 「……ええ、わかりましたわ。いつの日か、このアンリエッタが、風の貴方と共に陽の下を歩ける事を願いつつ、待ちますわ。ですが、あまり待たせないでくださいまし、行かず後家と笑われ、年老いるのもわたくしとしても不本意ですから」 マザリーニはそれを聞いて眉をひそめ、軽く笑う。 「それは困りましたな。ウェントゥス殿にはゲルマニア軍一つ分の働きをして頂かないと釣り合いませんな」 「ハハハ、それは手厳しい」 マザリーニは自分の馬に跨り、アンリエッタに声をかける。 「殿下」 「何でしょう?」「何だね?」 アンリエッタとウェントゥスが同時に答える。 「オホン……『姫』殿下。此度の戦、勝利を飾るのに大将がいなくては様になりませぬ。これより、勝利を掴みに行きましょうぞ」 「ええ、今、参ります」 アンリエッタはユニコーンに跨ると、一陣の風が吹く。 振り返ると、ウェントゥスの姿はもう無く、砂浜に残る足跡だけだった。 (ウェールズ様、わたくしに、一国の『王』として立つ力をくださいまし……) 砂浜から離れた林の中で、ワルドは目を覚ました。 「ここは……?」 立ちあがろうとした時、風竜にとりつけられた鐙が足に絡まり、地面に倒れる。 「おお、子爵!起きたかね!」 ワルドは見上げると、顔を覗きこんでくるクロムウェルの姿があった。 「閣下、どうしてここに?」 強く打ちつけたのだろうか、ワルドの胸が刺す様に痛む。 「余一人が乗ったボートがここまで流れ着いてね、敵地の中で孤立してどうしたものかと思っていた所、子爵の姿が見えたのでね。今からその風竜を蘇生するのでな、少し降りてもらえないかね?」 ワルドは鐙から足を外して、事切れている風竜から降りる。 ふと自分の肩を指で触れてみるが、傷が綺麗にふさがっている。 クロムウェルが指輪で治したのだろうか? その左手の指輪がキラリと光ると、風竜がびくびくと動いたと思ったら、何事も無かったかのように立ちあがる。 その光景を目の当たりにしたワルドの胸がズキンと痛む。 (チカラヲ……チカラヲウバエ……) 声がワルドの頭の中でこだまする。 「さあ、子爵。余をアルビオンまで護衛してくれたまえ。今回は敗北を喫したが……子爵?どうしたかね、まだ治しておらぬ傷があったか?」 ワルドは杖を抜き、冷たい声でクロムウェルに問う。 「いえ、ところで閣下、ボートに乗って来たのは一人だと言いましたな?」 「うむ、何せ急な事だったのでな。余一人乗せて、あの水兵はボートを切り離してしまったからな。子爵がこうして偶然にも居合わせたのは、実に幸運だったよ」 「幸運?それはどうだろうな」 ワルドがふっと、閃光の如く杖を振り上げ、風の刃をクロムウェルに向けて飛ばす。 その瞬間、クロムウェルの左手が斬りおとされ、腕口から鮮血がほとばしる。 「ぎゃぁああ!!し、子爵!な、何を!」 クロムウェルは右手で血が流れ出る左腕を抑える。 ワルドは不気味な笑みを浮かべ、落ちた左手を拾い上げる。 そして血がまみれた指から指輪は外すと、ごみの様にクロムウェルの左手を落とす。 「自分の秘書の言う事を聞くべきだったな。早々にこの私の心を指輪で支配してしまえば良かったものの」 「がっ……し、子爵!聞いていたのか!?」 「クロムウェル、貴様が虚無を担う者と信じて従っていたが、ただのペテン師とわかればもうその必要は無い。後は利用できる力は利用させて貰うだけだ」 クロムウェルの顔が苦痛にゆがみ、青ざめる。 「ま、まて。余は……いや私はただ……」 「ふむ、誰にでも使いこなせるとあの女は言っていたが、困ったな、どうやって発動すればいいものか」 ワルドは指輪を自分の指に嵌めて色々試みているが、何か使用するための条件でもあるのか。 「クロムウェル、この指輪の使用方法を教えろ」 その言葉には何も感情が込められていない、淡々とした口調だった。 「そ、それはできぬ!」 ワルドは笑みを浮かべる。 「そうか、まあ良い。直にその考えを改める事になるだろう」 ワルドはピュッと杖を突きだすと、それをクロムウェルの右腿に突き刺す。 クロムウェルの絶叫が響き渡る。 「不相応な力を手に入れてしまった自分を呪うのだな」 林からこの世とは思えない悲痛な叫びが続く。 そして数分後、辺りはとてもとても不気味な静寂に包まれた。 「ほう、首が落ちても復活させられるとは。中々素晴らしい力だ」 ワルドの左手に嵌められた指輪がキラリと光る。 横たわったクロムウェルがむくりと置きあがる。 「これはこれは子爵、御機嫌よう」 「挨拶はいい。これから、アルビオンまで送るが、今まで通りに振舞え。貴族議会にいらぬ疑惑を持たれても面倒だ」 「ええ、子爵のためならば是非も無し」 クロムウェルはニコニコとして、風竜に跨る。 「閣下、お忘れ物です」 ワルドは今まで通り、クロムウェルに向けていた口調に戻る。 地面からクロムウェルの左手を拾い上げると、それをクロムウェルに放り投げる。 「おお、すまぬな。忘れてしまう所であった」 クロムウェルは、手の切り口を自分の腕口に当てると、それが瞬く間にくっついていった。 ワルドは高笑いを上げながら風竜にまたがる。 「フハハハハハ、そうだ!これが求めていた力だ!いや、まだ足りないな!必ずや『虚無』の力すら手に入れて見せるぞ!」 第24話[前編] 「追憶の風に抱かれて」 / 各話一覧 / 第25話 「黄昏の恋人たち」
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8845.html
前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第八十九話 たったそれだけのこと 大蟻超獣 アリブンタ 友好巨鳥 リドリアス 高原竜 ヒドラ 磁力怪獣 アントラー 海獣 サメクジラ 宇宙海人 バルキー星人 古代超獣 スフィンクス さぼてん超獣 改造サボテンダー 登場! 最初は、なにもできないと思っていた。 わたしは、エルフの母とアルビオン大公だった父の元に生まれ、幼くして両親をなくすと、人目を避けて森の中で暮らしてきた。 そう、わたしはハーフエルフ。人間とエルフのあいだに生まれた半端者……人からは恐れられ、エルフからは蔑まれる存在。 だから、わたしが誰なのかは誰にも知られてはいけなかった。そうしなければ、この世界では生きていく保障すらないと、 両親に代わってわたしの面倒を見てくれたマチルダ姉さんはきつくわたしに言いつけた。 でも、たったひとりで暗い森の中で隠れ潜んでいられるほど、わたしは強くはなかった。 いつからか、わたしは戦争や災害で親を失った子たちを引き取って育てるようになった。 たまたま森の中をさまよっていた子や、マチルダ姉さんが拾ってきた子。森の中の道を通った人買いの馬車から、姉さんと いっしょに助け出した子たちなど、ひとりひとりのことをよく覚えている。 彼らはみな、わたしのことを本当の親のように深く慕ってくれた。 けれど、みんながわたしを慕ってくれるのはなにも知らない子供だから。彼らもいつかは大人になり、知らなかったことを知るようになる。 そのとき、みんなは変わらず自分のことを慕ってくれるのか……わたしはみんなを愛しながらも、いつか訪れるそのときに怯え続けていた。 わたしは実はとても虚しいことをしているのではないのか? こうして森の中に隠れ続けて、逆に子供たちを森の中に閉じ込めている だけではないのだろうか? マチルダ姉さんも、わたしのために人生を無駄に使ってしまっているのではないのか? わたしはいったい、 この世界の中でなんのために存在しているのだろうか? 眠るとき、答えの出ない自問の繰り返しに何度も枕を濡らした。 でも、世界はわたしの思っていたよりも大きく、この世に隠れ場所なんかないように、運命はわたしの周りで動き出した。 最初は、ふらりとやってきた旅の人、ジュリさんとの出会いだった。 わたしたちの住むウェストウッド村を襲った、巨大な怪物・怪獣と超獣。そして、ウルトラマンの戦い。 それは、外の世界に漠然とした憧れしか抱いてこなかったわたしに、とてつもなく大きな衝撃になった。 外の世界は、わたしなんかの想像をはるかに超えて大きくて広い。サイトさんやルイズさんたち、マチルダ姉さんが連れてきてくれた 新しいお友達との触れ合いを経るうちに、わたしの外の世界へのあこがれは大きくなっていった。 でも、そのときはまさか自分が世界の命運を左右するほどの運命を背負っていることなどは、夢にも思わなかった。 わたしにはエルフがもっとも恐れるシャイターンの力、『虚無』の系統が宿っている。それが、わたしの持って生まれた宿命。 突然持たされた、この大きすぎる力……きっと、わたしだけだったら重圧に押しつぶされるか、理解さえできずに呆けているしか できなかっただろう。 だけど、ルイズさんたちが教えてくれた。この力は、滅亡に向かって走っている世界を救うために必要なんだって。 だからわたしは来た。母の生まれたこの国へ……わたしが誰なのかを知るために、わたしのなすべきことを知るために。 そして、みんなは凄惨な戦いにおびえていたわたしになすべきことを教えてくれた。 みんなを助けたい。わたしをなんの抵抗もなく受け入れてくれた友達を。それにトリステインでわたしを待っていてくれる みんなの下へ一人前になった姿で帰るためにも。 サイトさんは、いざとなったらおれが守ると言ってくれたけど、あの人にはわたしなんかよりずっと守るべき人がいる。 テュリュークさんがくれた、ふしぎな青い石が手の中で光っている。大昔のエルフの英雄が残していったという、きれいな石。 始祖ブリミル……わたしの遠いご先祖さまが残した本といっしょに、もしも本当にふしぎな力があるなら、わたしに勇気を貸して。 わたしにみんなの言うようなすごい力があるなら、それを使うのは今! 振り返った過去との決別を誓い、ティファニアは流れるような呪文とともに杖を振った。 光芒……彼女がこの世に生を受けてから、その身に蓄積してきた膨大な魔力が一気に解放される。 虚無の初歩の初歩の初歩。しかし、心優しく人を傷つけることを嫌うティファニアにその魔法は相性が悪く、本来ならば 使いこなすことはできないとされてきた。 しかし、戦う決意をしたティファニアはあえてその呪文を唱える。決意と覚悟は力となり、ティファニアの生涯一度限りの 超魔法がアディールを襲う悪魔たちを照らし出した。 『エクスプロージョン!』 光が世界を包み、闇の結界に包まれていたはずのアディールが一瞬昼間のように明るくなった。 虚無の光は杖を振ったティファニアを中心に、あまねくすべてを貫いた。神々しさとも違う、不思議だが生きているような 優しい輝きは、それを見たすべての人々に一生忘れ得ない記憶を植えつけた。 〔テファ、とうとう虚無の魔法を使ったのね……〕 かつて自分が使ったものと同じ輝きを見て、ルイズはティファニアの覚悟を知った。始祖の祈祷書を用いて、自らの力を 開放することは、ただの少女としてひっそりと生きていける道を完全に捨てるということになる。それでも、彼女は小さな肩に 背負うには大きすぎる力を振るうことを選んだ。ならば、もう他人がその選択に口を差し挟む権利はない。 閃光は、まさしくティファニアの心の火ともいうべき太陽となり、ほんの数秒の短い寿命の中で奇跡を起こして消えていった。 鏡のような海の上に、島のごとき不動の姿を鎮座させる東方号。甲板で戦っていたギーシュやミシェルたちが、目を覆うような 光芒が去った後に目の当たりにしたのは、ほんの十数秒前と同じ場所にいるとは信じがたい光景であった。 「ち、超獣は? いったい、どこにいったんだ?」 首をちぎれんばかりに振っても、今の今まで東方号を沈めようと怪力を振るっていた超獣オイルドリンカーの姿は霞のように 消え去っていた。 いや、そればかりではない。エルフたちを無数の触手で襲っていたタコ怪獣ダロンも影も形もなくいなくなり、その海面には 同じように呆然としたエルフたちが何十人も浮いている。 「お、おれたち、助かったのか?」 サメクジラのいた海面にはわずかな気泡のみが残り、バルキー星人に追われていたコルベールも魔力切れを起こして わけがわからないといわんばかりに自分の杖を浮き輪代わりにして立ち泳ぎをしていた。 不可解なことはそれだけではない。大火災に見舞われ、焼け野原と化そうとしていたアディール市街の炎は息を吹いた ろうそくのように白煙を残して消え去り、崩れた瓦礫に阻まれて焼け死にかけていたエルフは、目をしぱたたかせながら 道の真ん中に大の字に寝転んだ。 だが、なによりも驚くべきこと。そして数々の謎の答えは、ウルトラマンAとその周辺にあった。 アントラーとアリブンタ、二匹の強豪怪獣と超獣を相手取り、苦戦を余儀なくされていたエース。受けたダメージも軽微で なくなり、時間も経過してカラータイマーが赤く点滅を始めていたころに虚無の光は彼らを貫いた。 かつてルイズが使ったときは、幽霊船怪獣ゾンバイユに風穴を空けて致命的なダメージを与えたエクスプロージョン。 そのときのものは収束して炸裂したようだったが、ティファニアの使ったものは自らを中心にしての拡散型の爆発だった。 この光はヤプールによって封じられた闇の結界の中のすべてを貫き、彼女の願った奇跡を現出した。 アントラーとアリブンタは人形のように崩れ落ち、全身を痙攣させて口から泡を吹いている。それだけではなく、スフィンクスと サボテンダーもまた、大きなダメージを受けたらしく地面に倒れこんで起き上がる気配がない。しかも驚くべきことに、 ヒドラとリドリアスには一切の影響はなかったようで、むしろきょとんとしている様子がかわいらしくもあった。 〔こいつが、テファの虚無魔法かよ。なんて威力だ〕 〔すごい……わたしが使ったエクスプロージョンの何倍……始祖ブリミルの使ってたオリジナルに匹敵するか、それ以上かも〕 〔しかも、街や人には一切の被害を与えずに超獣のみを倒すとは。これは、私でも到底できん〕 才人、ルイズ、それにエースは打たれた体を押さえながら、倒された超獣たちを見下ろして驚嘆した。 だが、ティファニアの最初で最後のエクスプロージョンの炸裂は、ヤプールの超獣軍団を一撃のもとに無力化したのみならず、 さらなる奇跡をもおまけとして残していった。 〔ん? そういえば北斗さん、なんか体が楽になったような〕 〔なに? こ、これは! エネルギーが回復している〕 なんと、危険レベルまで減少していたエースのエネルギーが一気に全快まで跳ね上がっていた。カラータイマーは青に 戻り、受けたダメージもほとんどなくなっている。 ”これも、テファの魔法の力なの? だが、エクスプロージョンは攻撃の魔法のはず!? いや、テファならばもしかして” エクスプロージョンの効果としてはありえない力に、ルイズはとまどった。しかし、同じ虚無の担い手ゆえにひとつの 仮説が頭の中に浮かんでくる。エクスプロージョンは使い手の狙った対象物のみを破壊できるという、奇跡的な効力を 有する魔法なのだが、それが実は狙った対象物を破壊ではなく『変質』させる効果だったとしたら? もしくは、巨大すぎる 魔力の暴発が、魔法の力は心の震えに左右されるという法則に従って、エクスプロージョン自体にイレギュラーを 発生させたとしたら? 答えはわからない。しかし、眼前の現実はまさしく奇跡としかいいようのないものであった。 ヤプールの超獣軍団は無力化され、火災は鎮火され、エースの体にはエネルギーが満ちている。それを実現させたのは、 ティファニアのアディールにいるすべての人たちを助けたいという願い。そのシンプルで、それであるがゆえに強い祈りは 膨大な魔力の衝撃波となって、アディールに災いをなすもの、すなわち超獣はおろか火災などすべてに対して襲い掛かった。 その結果、街で暴れていた超獣は大きなダメージを受け、街の炎はかき消されてしまった。そして、エクスプロージョンの 直撃を至近で浴びてしまったオイルドリンカーとダロンは、文字通り消滅させられてしまったのだ。 〔さらに、私の体に満ちる力は、彼女のこの街を守りたいという意思がプラスに影響したがゆえか。とてつもないものだ。 これほどの超能力を有する種族は、宇宙全体を見渡してもそうはいないだろう……だが〕 ウルトラマンAは感嘆したが、手放しに喜ぶことはしなかった。振り返り、東方号のある方向を見つめる。 恐らく、これほどの力の解放を人の身でして、本人が無事であるということはないだろう。しかも、これが終わりではなく 始まりにすぎないことをエースは知っていた。 だが、助けることはできない。きっと、ティファニアにとってこれから訪れる難題は、彼女の人生最大の壁になるだろう。 それを乗り越えるには、彼女自身の本当の決意と勇気以外に頼れるものはない。エースの金色に光る眼は白煙を貫いて、 この奇跡を起こし、これからさらなる奇跡を呼び込まなくてはならない使命を背負った少女を見守った。 アディールの海に傷ついた体を横たえる東方号。その頂上部で、エクスプロージョンにすべての精神力を使い果たし、 魔力の抜け殻のようになったティファニアが力なく崩れ落ちた。 「ティファニア! だいじょうぶ? しっかりして」 「あ……ル、ルクシャナさん。だいじょうぶ、ちょっと疲れただけだから」 ティファニアは、倒れこもうとしたところを受け止めたルクシャナの腕の中で弱弱しく笑った。ルクシャナは、慌ててエルフの 治癒の魔法をかけるが、ティファニアの顔には大粒の汗が浮き出し、息は肺病にかかっているかのように激しく荒れている。 「やっぱり無茶だったのよ。使い方もわかってない魔法を、無制限に発動させるなんて、悪くしたら死んでいたかもよ!」 始祖の祈祷書の序文には、虚無の魔法はときには命を削ることもあるゆえに使い方に注意せよと、わざわざ警告があるという。 それを、自分の系統に沿うこともない呪文を無制限に解放した日にはどうなっていたか。普通の魔法でさえ、反動で体調を崩したり、 耐え切れずに死亡する例もあるというのに! 「っとに、蛮人ってやつはどいつもこいつもバカばっかりなんだから! ほら、水薬よ、飲める? しっかりしなさい!」 「……ありがとう。やっぱり、ルクシャナさんは優しい人ですね」 「っ! バ、バカ、こんなときになに言ってんのよ。いいから早く飲みなさい。少しだけど、体内の水の流れを整えてくれるわ。 あとはもういいから、あなたは休んでなさい」 ルクシャナの診るところ、ティファニアは今すぐにでも入院が必要な危険度だった。とにかく精神力はおろか、生命力までもが 著しく失われていて、まるで虚無魔法に命を食われた残骸のようだ。少なくとも数日は絶対安静にしなくては、彼女は自らの 生命の鼓動すら保てるかどうか。 だがティファニアは、普通の人間なら意識が混濁してまともにしゃべることすらできなくなってきているはずなのに、はっきりとした 強い意志をその瞳に宿らせ、毅然とした口調でルクシャナに言った。 「ルクシャナさん、お願いがあるんです。わたしのやるべきことは、まだ終わってないんです」 「あなた、まさか……死んでもいいの!?」 「大丈夫です。まだ、あとちょっとだけならがんばれるから……お願い、これはわたしにしかできないことなんです」 ティファニアはルクシャナの腕に抱かれながら、片手で彼女の襟首を信じられないほどの強さで掴んで頼んだ。 もう、どこにもそんな力は残されてはいないはずなのに……ルクシャナは意を決すると、ティファニアの体を抱え上げた。 役割を失った始祖の祈祷書と杖は、鉄の床の上におもちゃのように転がっている。しかし、なんの魔力も持っていないはずの バラーダの輝石だけは、まるでティファニアをはげますように、強く握り締めた彼女のもう片方の手の中で光り続けていた。 超獣軍団の無力化により、非現実的なまでの静けさに包まれているアディールとその洋上。そこに、少女の年幼く聞こえる 声が響いたとき、市民たちの視線はあますところなく、声の源泉たる鋼の巨城の頂点に注がれた。 「アディール市民の皆さん。いいえ、サハラに住むネフテスのエルフの皆さん、わたしの声が聞こえていますか」 風魔法で増幅された澄んだ声。それは、呆然自失としていた人々に自我を取り戻させ、同時に彼らのすべては鋼鉄の 塔の上に女神のように金糸の髪をなびかせて立つひとりの少女を見た。 「みなさん……えっと、わ、わたしはティファニアといいます。だ、大事なお話があるので、どうか聞いてください」 ここで、聞いていた市民たちの陶酔感もしくは緊張感はある程度の低下をした。塔の上に立つ女神のような、造物主の 贔屓を一身に受けているような美少女の口から流れたのは、戦乙女の鼓舞のような美々しき旋律ではなく、厳しい教師に 答案を手渡しするときの女学生にも似た弱弱しい声だったからだ。 しかし、少女は逆に数万というエルフたちの視線を一身に浴びるという緊張の極で身を固めながらも、手を貸そうとする もうひとりの少女の手を断って自分の足で立ち、言葉を続けた。 「わたしたちは、サハラの西にある人間たちの世界、ハルケギニアにあるトリステイン王国から平和のための使者として来ました」 ざわめきが海上、陸上を問わずに起こった。彼らの誰一人として想像もしていなかった言葉……いや、過去幾千年にも 渡って武力を持っての侵攻のみを繰り返してきた人間に対するエルフたちの認識には、平和を求めてというもの自体が 欠落してしまっていたのだ。認識のないものになど、気づけるわけがない。 想像の埒外からの呼びかけに、エルフたちの注目はいやがうえにも上がる。東方号の仲間たちは、そんなテファの姿に、 もう止めようがないと無言のままで見守っていた。 「今、ハルケギニアとネフテスを含む、この世界は滅ぼされようとしています。その敵は、異次元人ヤプール。この世界の 外から来たという、自らを悪魔と呼ぶ恐ろしい力を持った侵略者です。すでに、ハルケギニアではヤプールの操る巨大な 怪物の群れ、超獣が暴れまわり、このネフテスでもヤプールの侵攻はもはや隠れようもありません」 どよめきが大きくなり、市民たちは口々にティファニアの言ったことを反芻した。 実は、ネフテスの市民たちのかなりの割合は、このとき初めてヤプールや超獣の名を聞いたのである。ヤプールは、 竜の巣での戦いなどを通して、自らの正体と目的を何度もエルフたちに語っていたが、評議会は市民にパニックが 起こるのを防ぐために、その事実を軍内部にのみとどめて、市民には断片的な情報しか与えてこなかった。 「ヤプールは、ハルケギニアとネフテスの両方をいっしょに滅ぼせるだけの力を持っています。対抗するには、どちらか 一方だけの力ではとても足りません。そこで、トリステインのアンリエッタ姫さまはわたしたちに命じて、長年続いた ハルケギニアとネフテスの争いを終わらせようとしているのです」 一気に、ティファニアは目的の要点をしゃべりきった。そこまでで、ティファニアはさらに大きく疲労して、後ろに倒れこみかけて ルクシャナに背中を支えられた。 やはり、立っているだけでも相当つらいはずなのに。しかも、元々引っ込み思案で人前に出ることすら苦手なくせに…… だが、ティファニアの消耗など度外視して、エルフたちの動揺は大きかった。 初めて聞く敵の存在と、世界全体の危機という彼らの尺度を大きく超えた敵の存在が、人間を相手には無敵を誇ってきたことと、 何者にも侵されずに今日まで繁栄を誇ってきて安穏に慣れきっていた彼らの頭上に、まさしく雷鳴となって降り注いだのだ。 「まさか、そんな……」 「信じられない……」 それぞれがつぶやいた言葉は百人百色あれど、内容はほぼその二言に集約されていた。 証拠はまさしく眼前にある。アディール防衛の部隊は戦力の大半をすでに失い、空軍の主力艦隊は一隻残らず撃沈。 水軍もほとんどの鯨竜艦を沈められ、残っているのは旗艦以下数隻のみ。エルフたちが信じてきた無敵神話は完全に 崩壊して、目の前には残酷な真実のみが転がっている。 が、それでもエルフたちは人間たちと手を組もうというつもりにはなれなかった。 「ふざけるなよ! 自分たちが危なくなったからって、我々に泣きついてくるとは図々しい。お前たちの世界がどうなろうと 知ったことか、さっさと滅ぼされるがいい! 蛮人ども」 そうだそうだと、多くのエルフたちが共感して叫んだ。数万の罵声の嵐にさらされるティファニアの姿に、見守っていた ギーシュやエレオノールらは怒りを覚えたが、ビダーシャルやテュリュークはわかっていた。これが、エルフと人間との あいだにある溝、こうなることは最初からわかっていた。 だが、ティファニアはあきめなかった。 「みなさん! みなさんが、人間を憎む気持ちはわかります。ですが、その憎しみこそがヤプールの思惑通りなんです。 なぜなら、ヤプールは人間やエルフ、この世界に生きるすべての種族の怒りや憎しみ、そんな暗い心を糧にして強大になる 悪魔なんです。ですから、わたしたちが憎しみ合う限り、ヤプールには絶対に勝つことはできないんです!」 「な、なにを馬鹿な!」 それこそ信じられないと、市民たちはティファニアの言葉を受け入れなかった。ヤプールの本質は、まさに悪魔と呼んで 差し支えないものだが、それを理解するのは常識では難しい。だが、そこへテュリュークとビダーシャルが助け舟を出してきた。 「市民諸君、テュリュークじゃ。そのお嬢さんの言ったことは、すべて正しい。わしはかねてより、この世界で起きている異変の 兆候を知るために、蛮人の世界へ使いを送っていた。そのビダーシャルくんが、かの地で見聞きしてきたことは、まさしく 伝承にある大厄災にも匹敵する凶事だったのじゃ」 「ハルケギニアでも、蛮人の軍隊がヤプールを迎え撃っているが、その劣勢は抑えようもない。聞くところ、ヤプールが ハルケギニアにはじめて姿を現したころは、一回につき一体の超獣を出して攻めてくるのがせいぜいだったそうだが、 今はこうして平然と数十体の軍勢を繰り出してくるようになっている。ヤプールは今でも際限なく強くなり続けている。 それは、精神力が魔法の力に変わるのと同じく、ヤプールは世界中に満ち満ちる憎悪を無限に食い続けているからだ」 評議会議長と議員の言葉に対しては、さすがに疑う者はいなかった。が、憎悪を喰らって強大化し続ける、それは 比喩ではなく悪魔そのものでしかない。そんなものに対してどうしろというのか、どよめく市民にティファニアはもう一度言った。 「みなさん、ヤプールはこの世界の歪みそのものなんです。何千年にも渡って、西と東に分かれて争い続けてきた よどんだ世界の空気が、ヤプールという悪魔に住みよい場所を作り上げてしまっていたんです。人間を憎む理由は、 みなさんにあるでしょう。それでも、どうかやり直してみてはもらえませんか!」 血を吐くような必死の訴えに、今度は罵声の嵐は起こらなかった。だが、人間を憎むエルフの蒸留生成物のような男、 エスマーイルは一歩の妥協もなく叫んだ。 「黙れ! さんざんサハラを侵しておいて、今さら和睦などと虫が良すぎる。だいたい、その理屈で行けば蛮人が この世から消滅したほうがよいではないか。第一、貴様は何者だ? なぜエルフが蛮人の味方をする!」 その質問に対して、ティファニアは一拍の間をおいた。ある意味では、それは市民たちすべてのエルフが最初から 疑問に思っていたこと。テュリュークやビダーシャルは知っているが、ティファニアのことは誰も知らない。だが、 ティファニアの正体を明かすことがどうなるのかは、先のファーティマの件からも容易に知れている。 それでも、ティファニアの目から覚悟は消えなかった。 「わたしは、ハルケギニアでエルフの母と人間の父のあいだに生まれました。わたしの体には、ふたつの種族の血が 半分ずつ流れています。わたしは、ハーフエルフです!」 躊躇もどもりも一切ない。真っ向から、エルフのもっとも忌み嫌う存在の正体を明かしたティファニアの気迫が、このとき 確かにアディール全体の空気を支配した。エスマーイルすらも、罵声を喉が通るまでに一呼吸の休憩を必要とした。 「ば、なんと! 蛮人の汚い血が混じった、この世でもっとも恥ずべきハーフエル!」 「それは違います!」 エスマーイルの罵声をさえぎったティファニアの鋭い声が、彼女に発せられようとしていた無数の罵声をも消滅させた。 「わたしは確かに、エルフと人間、どちらにも属さない異端な存在です。そのために、ハルケギニアではわたしは長い間を 人間から隠れ潜んで生きてきました。けれど、外の世界に出たとき、多くの人がわたしを受け入れてくれました。そして、 ハーフエルフだからこそ、わたしは人間とエルフのふたつの種族を見て考えてきました。エルフと人間、そのどちらも 心を持つ存在としては価値に差などありません!」 「なんとおぞましいことを! 大いなる意志の恩恵すら知らぬ蛮族が、我ら砂漠の民と同等とは侮辱もはなはだしい」 「それは思い上がりです! 兄弟でも兄と弟はまったく違う存在であって当たり前なように、違うということに優劣を つけて自分を偉く見せようとするのは誤りです!」 言葉を剣と盾にしてのエスマーイルとティファニアの激闘は、その威圧で割って入ろうとするすべてを封じ込めた。 あれが、ほんとうにあのテファなのかと水精霊騎士隊や銃士隊、普段の彼女を知る者は例外なく思った。いつもの、 温和で天然な少女の顔はなく、苛烈で気迫に満ちた戦う人間としての強さが溢れている。まるで、彼女の両親が この世ならざる時空から見えない力を与えているような、そんな馬鹿げた空想さえ信じたくなる光景は、まだ終わらない。 「あなたにひとつ尋ねます、あなたの言うように仮にこの世から人間がいなくなって、エルフだけの世界になったとして、 そこにあるのは理想郷ですか?」 「むろんだ! 我ら砂漠の民は、大いなる意志の加護のもとで世界に敢然たる光を満ち満ちさせるであろう!」 それは、ビダーシャルやテュリュークが何度説得しようとしても変わらなかったエスマーイルの狂信、そのものであった。 だが、ティファニアは呆然と見守るエルフたちの前で、狂信の波動を真っ向から受け止め、跳ね返した。 「いいえ、あなたの妄想は決して誰も幸福にすることはないでしょう」 「なんだと!」 「エルフによって統一された世界、そこには確かに人間との争いはありません。ですが、戦うべき相手がいなくなったとき、 あなたたちの憎しみは消えてしまうのですか? パンをこねたこともないあなたが敵を失ったとき、あなたは何ができると? そして、戦うことしか教えられなかった人たちに、戦いが終わった後であなたはなにをしてあげられるというのですか?」 エスマーイルの顔から血色が引いた。戦って勝つ、それは当然のことだ。だが、戦いが終わった後のことを考えるのは 勝つことよりも実はずっと難しいのだ。なぜなら、人は戦いが終わった後は戦い以外の方法で生きていかなくてはならない。 戦争が終わった後で、多くの兵士が戦場での心の傷から平和に適応できずに苦しみ続けていることから、権力者は目を逸らす。 そして、憎しみによって束ねられた結束はそれがなくなったときに、人のあいだに何も残さない。外に向かっていた 攻撃の衝動はたやすく昨日までの友に向かい、残されたものを奪い合う泥沼の争いがまた起こる。さらに、エスマーイルの ような力の信奉者は上意下達を万人に求め、従わない者は力で押さえつけるしか方法を知らない。地球でも、幾多の 英雄や革命家が勝利の後に味方に見捨てられたり裏切られたりして、みじめな末路を遂げているのだ。 「あなたは、ハルケギニアを手に入れられればそれでみんな満足すると思っているのかもしれませんが、それではただの 強盗と同じことです。盗賊を褒め称えることが、エルフの正義なのですか!?」 「いいや、我らには蛮人を許すことなどできない大義がある。シャイターンの門を開け、我らを滅ぼそうとする悪魔が 蛮人たちの中にいる限りはな!」 ついにエスマーイルは切り札を切った。エルフと人間の戦乱の根本原因である聖地を巡る問題。これが解決しないがために、 ふたつの種族は血みどろの争いを果てなく続けてきた。 シャイターンの脅威がある限り、エルフに安息はない。エスマーイルは、これで虚飾と露呈してしまった自らの大義名文を 回復できると確信した。 しかし、ティファニアは一呼吸を置くと、穏やかに口を開いた。 「あなた方の言う虚無……シャイターンの力が、あなた方を滅ぼすことはありません」 「なに! なんの根拠があってそんなことを!」 「それは、わたしが虚無の担い手。シャイターンの末裔だからです」 「なっ!?」 絶句、エスマーイルだけでなく、ほかのエルフたちはおろか、経過を見守っていた仲間たちも同じように言葉を失った。 まさか、エルフにとって最大の禁忌である虚無の事実までも明かしてしまうとは……けれど、ティファニアに後悔はなかった。 それは、たった今言ったことだけではなく、未来に対しても。 「先ほど見せた光の魔法、あれが虚無の魔法のひとつ、エクスプロージョンです。ですが、わたしはこの力を人間とエルフの 戦いに使うつもりはありません」 「く、口約束ではなんとでも言える! その言葉が真実だという保障はあるか!? 百歩譲って真実だとして、我々は知っているのだぞ。 悪魔は同時に四人現れると! 貴様ひとりが黙ったとして、ほかが同じだということがあるのか!」 エスマーイルの怒声は当然のことであった。エクスプロージョンの威力を見れば、彼女が虚無の担い手であると信じざるを得ない。 そこに潜在的な恐怖心と敵意が生まれて発露する……しかし、ティファニアはかんしゃくを起こした子供をなだめるように、 怒りを受け止めて受け流そうと穏やかさを保って語った。 「もしも、他の虚無の担い手があなた方を攻めようとするのであれば、わたしは命にかえてもそれを阻止します。わたしの友人に、 もうひとり虚無の担い手がいますけれど、彼女も同じ思いです。わたしたちはこの力を望まずして手に入れましたけれど、 たとえ過去になにがあったとしても、わたしたちは争いを大きくするためにはこの力は使いません」 「だまされるものか! 蛮人は卑怯で、嘘つきだからな。その約束を、保障できるというのか!」 「……あなたは、どうしても、わたしたちを信用できないというのですね」 「当然だ!」 ティファニアは悲しげに目を伏せた。それは森に住んでいたころ、親を失って引き取ってきた幼い子供を夜寝かすときにぐずるのを あやしたときにも似ているが、ずっと悲しそうに見えた。 子供は多少ひねくれてもぐずってもいい。そうしながら世の中がどうなっているのかを身を持って体験し、できることとできないことを 覚えて人に譲ることや異なる意見を受け入れることができるようになっていく。だが、若いうちにそうした世の中の複雑さと矛盾の 構造を受け入れられないまま成熟した大人は、世界に自分を合わせるのではなく、自分の論理に無理矢理周りを合わせようとして 他者との軋轢を生んでいく。それは、個人的なレベルでいうなら頑固者や偏屈で通るが、そこに権力や思想が混じるととたんに 他者を正義の名の下に無理矢理併合して、逆らう者は悪にしか見えない狭隘な狂信集団を生んでいく。 エスマーイルの昔になにがあったのかはわからない。しかし、多感さを覚えられず、未成熟なまま人格が固定されるような 極端な安逸さか逆境に満ちた淡色な育ち方をしたのは想像にかたくない。そうして自我が肥大化し、人格を傲慢にしたところへ、 選ばれた砂漠の民というプライドと、それを汚す蛮人を滅ぼせというエルフの中に蓄積していた不満が亡霊のように取り付いた結果、 誕生したのが鉄血団結党党首という狂信者の王なのであろう。 不満をもてあましていた若いエルフや、社会から拒絶されていたファーティマには、シンプルで感情的なエスマーイルの 思想は受け入れやすく魅力的に見えたのも仕方がない。しかし、理性を麻痺させて感情に走るのは気持ちいいことだろうが、 それは絶対にいけないのだ。 誰もが、ティファニアとエスマーイルの議論を見守っている。それはそのまま、エルフと人間の代表のぶつかりあいに見えた。 しかし、ティファニアは気づいた。エスマーイルは、いわば実体を持たない怨霊。いくら戦っても、言葉の剣はすり抜けるだけで 相手には届かない。怨霊を消せるものは、ただひとつだけだということに。 深く息を吐き、ティファニアは言葉の向く先を個から全へと変えた。 「アディールのみなさん、みなさんにとってシャイターンの力、虚無が怖いものだということは、それを振るったわたしも わかりました。こんな力が、もし間違ったことに使われたらと思うと、すごく怖いです。それに、大きな力が手を取り合うことに 邪魔になるのであれば、かえって無いほうがいいですよね……ですから、わたしも捨てる覚悟をします。聞いてください、 虚無の魔法を担い手が受け取るには、この始祖ブリミルの残した祈祷書が必要なんです。それを、みなさんに預けます」 どよめきが海の上に流れた。と、同時にティファニアたちのいる防空指揮所にテュリュークとビダーシャルが上がってきて、 始祖の祈祷書を拾い上げて、掲げて言った。 「これが、主の言うシャイターンの秘宝じゃな。むう、確かにこの世ならざる力をこれからは感じる。これを預かれば、 シャイターンの力の覚醒はこれ以上は確実におさえられるじゃろうな。だが、おぬしは本当によいのか? それほどの力、 使いこなせば、この世にかなわぬ願いはないかもしれないのだぞ?」 「かまいません。もしも、わたしたちが危険だと判断されたら、遠慮なくそれをこの場で焼き捨てていただいてもかまいません。 その代わりに……」 虚無の力の源泉、そのものを代償に出すというティファニアの決意に、仲間たちは強く打たれた。ティファニアは、 ルイズに勝手なことをしてしまってすまないと思うけれど、ルイズならきっと許してくれるだろうと、なぜか安心できていた。 虚無の祈祷書はエルフの手に渡り、これで今後新しい虚無の呪文を担い手が覚えることはない。しかし、 虚無の魔法などより、もっと必要なものがあるのだ。 「よかろう、これはわしが預かる。諸君! シャイターンの末裔は、我らにひざを屈したも同然になった。それでもまだ、 不満が残るのならば言うがよい!」 テュリュークの声が流れ、エルフたちの中にこれまでで最大のどよめきが流れた。 エルフにとって最大の恐怖要素である虚無がなくなる。それはエルフにとっての悲願であったと言っていい。だが、 それで解決するほど両種族の問題はたやすくはない。エスマーイルはもちろんのこと、大勢のエルフたちが、いままで 蛮人たちが我々になにをしてきたのかと怒鳴りかけてくる。 しかも、エスマーイルを相手に時間をかけすぎたために、敵が次々と復活してきたのだ。 「きさまらきさまらきさまらぁ! よくもやってくれやがったな、もうゆるさねえ。今すぐ皆殺しだぁ!」 海中からバルキー星人が現れ、東方号に向かってバルキーリングを振り回しながら迫ってくる。さらに、サメクジラも 浮上してきて、ゆっくりながら東方号に向かい始めた。海中に逃れたおかげで、エクスプロージョンの一撃を軽減して しまっていたのだ。 再び悲鳴が海上に響き渡る。それのみならず、地上でもアントラーやアリブンタ、ダウンしていた超獣たちがしぶとくも また起き上がってきはじめたではないか。 〔まだ死んでなかったの!? こいつら、せっかくあとちょっとってとこだったのに!〕 〔超獣が空気を読むわけもないよな。仕方ねえ、第二ラウンド開始だ!〕 敵も弱体化しているとはいえ、まだこちらの倍の数がいることに変わりない。ウルトラマンAは超獣どもが海へ 向かわないよう、ヒドラとリドリアスとともに、その身を挺して立ち向かっていく。 しかし、陸上の敵にエースが向かうということは、海上のバルキー星人とサメクジラがノーマークにされてしまうと いうことでもある。東方号に、もはや手加減するつもりのない怒り狂ったバルキー星人が迫る。 けれども、エースは信じていた。人間とエルフの持つ底力を! 「きゃああーっ!」 「死ねぇーっ!」 バルキーリングの金色の一閃が、焼け焦げた星人の邪悪な容貌のままにティファニアのいる東方号頂上部に 襲いかかる。ビダーシャルやルクシャナがカウンターを唱えようとするが、とても食い止めきれる重量ではない。 だが、邪悪な一撃の前に、若者たちが傷ついた身を挺して立ちふさがった。 「水精霊騎士隊、命振りしぼれぇ!」 「分散してはダメージは通らない。みんな、頭を狙うんだ!」 「我らのティファニア嬢のピンチ! くたばれこの野郎ぉーっ!」 ギーシュを先頭に、ギムリの掛け声で水精霊騎士隊は残った精神力を振り絞って魔法を放った。後先考えない 全力全開の炎や雷、氷やかまいたちなどごちゃまぜだが、どうせどう逆立ちしたところでコルベールのような大魔法は 使えない未熟者ぞろいのヘタクソばかり、なら後先など考えるだけ無駄というものだ。 レイナールの指示のもとでの集中砲火がバルキー星人の頭を爆破し、コルベールによって大きく傷つけられた様が より醜く焼け爛れて、星人は意識が遠のき始めたのかよろよろと後退した。しかし、バルキーリングだけは手放さずに、 なおも逆襲を図ろうとする。だが、そこへ思いもよらぬ追撃が襲い掛かった。 「ぐわっ!? なんだこれは! 竜巻? ぐぉぉぉっ!」 「砂漠の民のことも、忘れてもらっては困るな」 「エルフどもか! この程度のものぉ。なんだっ! か、体が凍っていくぅぅ!」 竜巻でずぶぬれにされたバルキー星人の全身に凍結魔法がかけられ、巨体がまるで氷の彫像のように変わっていく。 彼らも自分たちの半分も生きていない子供が、信じられないほど勇敢に戦う姿を目の当たりにして、己の全力をこの数分で 燃やし尽くす覚悟を決めたのだ。 ろうそくは燃え尽きる前にきらめきを増す。今は嫌な意味合いの言葉だが、それで戦えるなら戦えないよりはるかにいい! 「ティファニア! このバカどもの相手はおれたちにまかせろ! 君は、君のやりたいことを残らずやってしまいたまえ!」 少年たちの、明るすぎるくらい輝いた笑みの数々がティファニアを奮い立たせた。 バルキー星人は氷付けにされ、サメクジラは再び主人の命令を失って目標を見失った。が、そんな状況が何分続くものか、 人間もエルフも精神力は一気に削りつくし、どうあがいてもすぐに底をつく。そうなれば……いや、馬鹿馬鹿しいことだ。 水精霊騎士隊は勝手に自称していた昔から、馬鹿の馬鹿による馬鹿の集まりだったのだ。 命そのものを盾にした彼らの奮闘によって、ほんのわずかな安全が保障されたティファニアは、息を整えて自身の 使命と向かい合う。すでに戦う力は無くとも、もっと大きな力が言葉に宿ると信じて。 「みなさん、見てください! エルフと人間が力を合わせることは、こんなにもたやすいのです。生き物に優劣なんて、 ほんとうはあるはずはありません。恐れないでください、わたしたちも最初はそうでした」 必死に呼びかけるティファニアの叫びと、協力して星人に挑む人間とエルフの姿は次第に市民たちの心に染み渡っていった。 しかし、それでもエルフたちの心を覆う疑念の壁は厚い。お前たちはよくても、ほかの蛮人どもが同じだといえるのか。 安心させたところで裏切るつもりではないのか。あれだけ狂ったように聖地を攻めてきたお前たちが、そう簡単にあきらめられるのか。 当たり前の質問が次々と浴びせかけられる。 詭弁では回避できない魂の叫び、それに対してティファニアも心からの答えを返した。 「みなさん、みなさんの言うことはもっともです。確かに、人間とエルフのあいだにある溝は、この一日で埋めきれるほど 小さくはありません。きっとこれからも、多くの問題が立ちふさがり、皆さんを怒らせてしまうような人間が次々と来ることも あるでしょう。ですが、人間たちもみんな一生懸命なんです。みなさんにとってのシャイターンの門が、人間たちにとっての 聖地であること、それが皆さんは許せないんでしょう。けれど、思い出してみてください……」 ティファニアは、そこでいったん言葉を切って皆を見渡した。その目には、エルフと人間の過去と、そして未来がおぼろに映っていた。 「自分にとって当たり前なことが、人には全然当たり前じゃなかったりしたこと。自分にとってとても大切なものが、人には まったくつまらないものだったりしたこと……そんなこと、これまで一度もありませんでしたか?」 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8310.html
前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第二十九話 嵐の前夜祭 ゾンビ怪人 シルバック星人 登場! 地球で言えば十一月に相当するギューフの月、トリステインは最大の活気に包まれていた。 「トリステイン万歳! アンリエッタ姫殿下、万歳!」 「アルビオン万歳! ウェールズ新国王に乾杯!」 首都トリスタニアには着飾った人々であふれ、街並みの窓にはトリステインとアルビオンの旗が雄雄しくはためいている。 この日、トリステイン王国のアンリエッタ王女と、再建なったアルビオン王国の若き国王ウェールズ一世との 婚礼の儀、その前夜祭がとうとう始まろうとしていた。 国内のあらゆる行事や祭事も中止となり、当然魔法学院もその期間は完全休校。生徒たちも貴族としての 責務を果たすために、総出で式典に参列することになっている。 ルイズも、カトレアに力を借りてようやく完成させた詔と始祖の祈祷書を持っておっとり刀で駆けつける。 目指すは、トリステインとアルビオンの玄関口、港町ラ・ロシュールである。魔法学院の生徒たちは トリステイン代表の一員として、明日アルビオンからやってくるウェールズ国王のお召し艦を出迎えるという 大役を預かっているのだ。 ほかの生徒たちとともに、ルイズは学院がチャーターした馬車で三日をかけてラ・ロシュールについた。 そこでルイズたちは、すでに街中を包んでいる喧騒に目を丸くして馬車を降りたのである。 「うわぁ、もうこんなに人が集まってるなんて!」 街並みを一見しただけで、とてつもない数の人が集まってきているのが見て取れた。以前訪れたときの、 ひなびた港町という印象はすっかり失せて、街中に世界各国から集まってきた観光客や、商売をもくろんで やってきた商人たちがごった返している。 「いやあ、これは平時のトリスタニア以上じゃないかな」 「ざっと二、三万人はいるんじゃないか。おれ、こんなに人間が集まってるの見るの初めてだ」 後続の馬車から降りてきたギーシュたちも、ラ・ロシュールのあまりの賑わいぶりには圧倒されている。 岩山を切り抜いて、平時は三百人くらいしか住民がいない殺風景な街並みの様子はどこにもない。 今では、もとからある建物にはすべて人が入り、廃屋だった場所もなんらかの商店へと生まれ変わっている。 また、街の外には街道を縫うようにして旅籠や土産物屋が急造されて軒を連ねている。商人のほかにも 芸人や見世物屋台、旅の説法師などがよりどりみどり。それでもあぶれた人々はテントを張ったり、 小屋を建てたりして、まるでラ・ロシュールの街が十倍に膨れ上がったかのようなとてつもない賑わいだった。 馬車駅に全員の馬車が到着すると、引率の教師たちは生徒たちに告げた。 「では皆さん。ここでいったん解散にします。夕食の時間までは自由行動としますが、魔法学院の生徒と しての自覚をもって行動するように、以上!」 あっけにとられながらも、生徒たちは馬車駅から街中にあるホテルへ向かうために歩き始めた。でも、 ごったがえしている街中では、貴族であろうと道を譲られることはほとんどない。やってきた生徒たちは あっという間にバラバラになって、ルイズと才人たちも、ギーシュやキュルケなど見知った面々とだけ いっしょになって、人々をかきわけて進んでいく。 そうして街中へと歩を進めていくと、才人にとって、もはや懐かしくも耳に染み付いた声が呼びかけてきた。 「おーいサイト! サイトじゃないか」 「あっ、ミシェルさ……姉さん!」 振り返ったとたんに手を握り締めてきた義姉に、才人も満面の笑みで応えた。 「久しぶりだな。元気だったか?」 「おかげさまで、毎日ルイズの雑用しながら楽しく過ごしてますよ。姉さんも、お元気そうで」 才人が答えると、姉さんと呼ばれたことでミシェルはうれしそうに笑った。見ると、警備任務の途中だったと 見えて、後ろには見知った銃士隊の人たちもついている。彼女たちは、才人の姿を認めると、自分たちは 目配せをしあって一歩下がった。その様子に、才人は王宮での姉弟三人で胴上げされたときのことを 思い出す。二人とも、前に比べて少し髪が伸びていた。 「わたしも、あれ以来このとおり、元気にやってるさ。ところで、お前またミシェル”さん”と言いかけたろ?」 「あ、やっぱりバレてました? ごめんなさい」 「いいさ、習慣ってものはなかなか変えられないものだ。わたしも、変わるまでにはずいぶん遠回りを してしまったことだし……とにかく、会えてうれしいぞ」 苦笑いしながらごまかした才人と、笑ってそれを許したミシェル。そんな彼女の笑顔に、才人も胸の奥から 充足感が湧いてくるのを感じた。以前の、目を離したらどこかに消えてしまいそうな儚さに代わって、 春の野花のような明るさと力強さに満ちている。この笑顔を取り戻すために自分の力が役に立ったのだ。 そうして才人とミシェルが親しく話していると、後ろからキュルケやギーシュたちも出てきた。みんな、 才人が「姉さん」と呼んだことに注目している。 「サイト、きみいつのまにそんなきれいな姉を得たんだい?」 ギーシュの疑問ももっともであった。というより、才人とミシェルの関係を推理することができる者が いるとしたら、それは現世の者ではあるまい。才人は、ハルケギニアでの身分の後見人として、 ミランという名字をもらったことを簡潔に説明した。 「なるほど、そういえば先日銃士隊のアニエス隊長がやってきたとき、コルベール先生とそんな話をしてたなあ」 そのとき、才人は偶然学院を留守にしていたのであいまいにうなずいておいた。ミシェルは、ギーシュや キュルケたちを見て「お前たちも久しぶりだな」と話しかけている。その気さくで陽気な様子に、キュルケや タバサはともかく、王宮で会って以来のギーシュなどは本当に同じ人かととまどったほどだ。 「ところで、姉さんがいるということは、アニエス姉さんもここに?」 まだ、「姉さん」という呼称には照れくささがあるものの、そう聞くとミシェルはそのとおりだとうなずいた。 「ああ、銃士隊もここの警備に狩りだされてな。姉さんは、いや、隊長は港の本部で指揮をとっている」 「へえ、大任ですね」 「陸戦に限っては、銃士隊はもうトリステイン最強と誇ってもよいからな。それだけじゃないぞ、上を見てみろ」 言われたとおり、首を上に向けてみると、空にはぽつぽつと、ごまをふったような黒点がいくつも 旋回しているのが確認できる。 「ようやく再建がなった各魔法衛士隊の幻獣たちだ。これだけの式典だ、どこから何者の妨害が 入っても対応できるように万全の布陣を敷いている。それに、入場者のチェックにも魔法だけでなく、 貴族に対しても身体検査や犬を使った確認まで徹底しているのさ……アルビオンの轍を、踏むわけには いかないからな」 最後の部分を小声に変えたミシェルの言外に匂わせた意味に、才人だけでなく、ルイズやキュルケや タバサ、あのときアルビオンにいた者たちは一様につばを呑んだ。 アルビオン王国の深部が蚕食され、ウェールズまでもが傀儡に変えられていた事実は記憶に新しい。 むろん、このことは公にはされていないけれども、トリステイン、アルビオン両国ともに過敏になっていて 当然のことであった。ミシェルも、以前ワルドに刺された古傷を、苦笑いしながらなでている。 港も今日は船の入出港はなく、関係者以外の立ち入りは厳禁されている。周辺の空域にも、 トリステイン空軍の艦艇や、手だれの竜騎士やグリフォン、マンティコア隊が配置され、万一の事態に 備えて蟻一匹見逃さぬ、厳重な警戒網を敷いていた。 「ただのお祭り騒ぎじゃ、ないってことか」 「当然よ。祭典や式典のときっていうのは、暗殺者にとって絶好の機会ですもの、いくら警戒厳重にしても しすぎるってことはないでしょう」 うかれ気分に冷や水をかけられたような才人にルイズが釘を刺した。レコン・キスタや不平貴族の 残党、その他国内の混乱をもくろむ者たちにとって、トリステインの要と同盟国の元首を同時に 抹殺できるこの機会は二度とないだろう。 実を言えば、魔法学院の生徒たちがウェールズ国王を船から出迎えるということにも、護衛の意味合いが 込められている。少年少女ばかりとはいえ、メイジが数百人もいるところを襲うような無謀な暗殺者はまずいない。 恐れるとなれば、生還を期さずに死なばもろともと自爆を試みるやからだが、そうして心配していてはきりがない。 いきなり、責任重大だということを自覚させられたギーシュは身震いした。 「ううむ。も、もしものときはトリステインの貴族として、この身を盾にして陛下をお守りせねば」 「せいぜい頑張ってね。首は無理だけど、手や足なら千切れてもくっつけてあげるから」 から元気を張るギーシュをモンモランシーが冷やかして、ギーシュが「そ、そんなぁ」とへこむのも、 今では見慣れた光景であった。 すると、情けなさそうにしているギーシュの肩をキュルケがぽんと叩いた。 「まあ安心しなさいよ。いざとなったら三年生もいるし、あたしやタバサが助けてあげるからさ」 「ちぇ、トライアングルは余裕があっていいねえ。君たち、もう少し男性を立ててくれないかね?」 「そういうことは、ミスタ・ジャン・コルベールくらいになってから言いなさい。ああ、あのとき危険を省みずに 飛び込んできた勇姿といったら! いままで見過ごしていた自分が恥ずかしいわ」 祈るようなポーズで天をあおぐキュルケに、ルイズとモンモランシーは呆れた調子で顔を見合わせた。 「また始まったみたいね」 「しかも今度はミスタ・コルベール。前にふられた男たちに同情するわ」 キュルケの”微熱”という二つ名を思い出した二人は、ついていけないわねと同調した。 一方で才人も、ガンダールヴではなくなってるので昔ほどの働きは望めないけれど、いざとなったら 頑張りますと胸を張る。 しかし、そうしてまかせてくれと意気をまく才人たちに、ミシェルたちは複雑な笑みを見せた。 「気持ちは受け取っておこう。だが、本当に万一のときには我々本職に任せて、お前たちは とりあえず自分を守ることを考えろ」 「そんな! 平民を守るのがきぞ」 真っ先に反論しようとしたルイズの口元にミシェルの手が伸びて、その先の言葉を押しとどめた。 そして、同じように納得できないと顔をしかめているギーシュやキュルケなどの顔も見回すと、 教え諭すように語った。 「わたしも、銃士隊の副長、それ以前にもいろんな人間の死と向き合ってきた。いちいち数えては いないが、目の前で死体になった人間の数は三桁を下るまい。貴族は国のために命を賭し、 貴族は平民を守る。魔法を使えるお前たちが、使えないわたしたちより役に立つのは確かだろう。 しかしな、この世の中にはもう一つ、『死ぬのは歳の順』というきまりがあるんだ」 「歳の、順?」 「ああ、お前たちと会う前のことだが、うちに一人、お前たちと同じくらいの隊員がいた。わたしなんかより ずつと明るくて器量がよくて、剣士としても才能があった……でも、そんなやつも初陣のオーク退治で あっさりと死んでしまった……生きていたら、わたしなどより副長にふさわしかったかもしれん」 憂えげに独白するミシェルの悲しげな横顔は、ルイズたちから覇気をもぎとっていた。 「覚えておいてくれ。誇りや使命のために命を賭けるのも間違いなく尊いことだ。でも、年上の 人間にとって、年下の仲間が自分より早く死んでいくことほど悲しいことはないんだ」 多くの死を目の当たりにしてきた者であるからこそ、彼女の言葉には重みがあった。時には部下に むかって「死ね」と同義語の命令を下さなければならない立場だからこそ、無益な犠牲は何より嫌う。 同時に、若い人間から先に死んでいくことから、戦争というものがいかに愚劣な行為かがわかるだろう。 もちろん、”万が一”という事態が起きたときに一番危険なのはアニエスやミシェルたち銃士隊なので、 才人は心配そうにミシェルを見た。 「ええっと……無理は、しないでくださいね」 「おいおい、無理をするのが我々軍人の仕事なんだ。あまり無茶はいわないでくれ。でも、お前のことだ、 わたしや姉さんだけでなく、銃士隊の誰が戦死したって号泣してくれるんだろう。そんなんじゃあ、 気が気じゃなくておちおち死んでられないさ。なあ、お前たち」 ミシェルが振り返ると、彼女についてきていた二人の隊員も気恥ずかしそうにうなずいた。 戦いの中で死ぬ覚悟をつける、というのは軍人として特に珍しいことではない。が、そんな覚悟とは 別件に生きる欲求……いや、生きる義務感が芽生えてくるのはなぜなのか? 例えるのは難しいが、 幼子を持つ親が、どんなに過酷であろうとも仕事を投げ出さないようなもであろうか? 「やれやれ、柄にもなく説教臭いことをしてしまったな。こういうことは大方隊長に押し付けたいのだが」 「アニエス姉さんなら、「ひよっこは下がってろ!」の一喝だと思いますよ」 「かもな」 二人は顔を見合わせて大いに笑った。気を張る必要がなくなったからか、ミシェルは本当に明るくなった。 そういえば、ルイズやアニエスも出会ったばかりのころはほとんど笑わなかった。やっぱり、女の子は 笑っているときが一番美しい。そういえば、なんだかんだ言っても面倒見のいいところは、姉のアニエスに 似てきているかもしれない。 ミシェルはそうしてギーシュたちに、「まあそういうことだ。急がなくても死に場所なんてものは めぐってくるときはくる。焦らずに出番は年長者に譲っておけ」と切り上げた。それ以上話すことも できたけれど、若者は長話は聞かない。心の隅に軽く止めておいてもらうだけでも、今はそれでよかった。 それよりも、ミシェルには話したいこと、話したい相手が目の前にいるのだから。 「話を戻すが、警備は我々軍が責任を持ってするから、お前たちは気兼ねなく楽しむといい。ただし、 騒ぎを起こしたらお前たちでも容赦なくしょっぴくぞ」 「はい、気をつけます」 「よし。それでまあ、固い話はおいておくとしてだ……な」 そこで、ミシェルは軽く間をおくと才人の目の前でじっと彼の目を見つめてきた。 才人は、はてなと頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるような怪訝な表情をする。 なんだろう? おれなにかしたかな? と、才人は思い当たる節がない。だが、ミシェルは才人に いきなり抱きつき、才人の頭を脇の下に入れて、がっちりとヘッドロックの姿勢に持っていった! 「お前ってやつは! 学院に帰ってから今日まで一度も会いに来てくれないじゃないか! わたしが どれだけ寂しかったと思ってるんだ!」 「あいててて! ちょ、ギブ! すいません! おれにもいろいろ事情があって」 「うるさい! 私は仕事を抜けられなくて、待つしかなかったというのに。それに、このあいだは学院が 三連休に入るっていうからもしかしたらと期待して、信じてたのに! お前はなにか? 釣った魚には エサはやらないって奴なのか!?」 と、それまで我慢していたうっぷんが爆発したミシェルは思いっきり才人を締め上げた。才人にも一応、 ルイズの詔をいっしょに考えなきゃなかったりと言い分はあるのだが、女心に理屈が通じると思う奴は バカの一言で片がつく。 「すみません! 会いに行かなかったことは謝りますから、許してください」 「そうはいくか! ここで会ったが百年目だ。それに、お前はまだそんな他人行儀なしゃべり方で! よーし、謝る気があるんなら、今日は一日手伝ってもらおうか」 「ええっ!? で、でも……」 「なんだ、姉さんが苦労してるときに黙ってるなんて薄情な弟だな、お前は」 才人としても、銃士隊の手伝いができることはやぶさかではない。ガンダールヴの力はなくなってるので、 警備の役には立たなくても、猫の手も借りたい状態では雑用でもなんでもあるだろう。また、ミシェルの 言うとおりに、ろくに会いにもいかずに寂しがらせてしまった罪悪感もある。「好きだよ」と言ってもらった あの日のこと、その思いは重々承知していたはずなのに…… ギーシュたちが唖然としてる前で、気持ちが定まらない才人はズルズルと引きずられていった。 が! 才人がこういう状況になって、そのままただですんだことはない。そう、こんな状況を見てルイズが 黙ってるはずはないのだ。才人の手をつかんで、力の限りに引っ張りあげる。 「この! 離しなさいよ! あんたはなに人のものに勝手に手を出してるの!」 「姉が弟を連れて行ってなにか悪いのか? 貴女こそ、家族の触れ合いに手を出さないでもらえるか?」 ミシェルも一歩も引かずに、ルイズの頭に一気に血が上る。 家族ぅ!? 冗談じゃない、才人を家族に入れるのは自分のほうだ! 「調子に乗るのもそのへんにしておきなさいよ。久しぶりだっていうから大目に見てあげてたら。いいこと! サイトは頭のてっぺんから足の爪の先までわたしのものなのよ!」 久しぶりに、ルイズのやきもちが燃えた。才人と恋人宣言をしてからこれまで、才人とのあいだに入ってくる 女のことを意識しなかった分、反動とばかりにすごい腕力が発揮される。男の才人の力でも、全然敵う ものではない。 それを見ていた友人たちは、三角関係と呼んでいいのか適切ではないかもしれないが、だいたいの 事情を理解すると、それぞれらしい反応を見せた。 ギーシュは、「サイトも隅におけないなあ」などと、まるで不肖の弟子を見るようにうなずいた。 モンモランシーは、才人のどこにあれだけ好かれる要素があるのかと首をかしげる。 キュルケは、「情熱ねぇ」と感心し、タバサはいつもどおりそ知らぬ顔。 総じて、じっくりと観察している。 だが、見世物にされているほうはたまったものではない。 「ぐぁぁっ!?」 ほぼ大岡越前状態である。違うのは引っ張っている二人とも離すつもりがないということだけ。 ギーシュなどは「うらやましいものだ」と口を滑らせてモンモランシーに足を踏まれているけど、当の本人は それどころではない。 「お、おい! おれを殺す気かあ!」 「なに言ってるの、大事なあなたを死なせるわけないじゃない。でもね、わたしのものはわたしのもの、 だからあんたはわたしのものなの」 独占欲丸出しでムキになるルイズ。 「日中サイトを独占してるくせに、少しはこっちに還元しても罰は当たらないんじゃないかな? サイトだって、 たまには息抜きも必要だろうに」 ミシェルのほうも負けてはおらずに、今日こそ才人をと執念を見せる。なお、ミシェルの部下の隊員たちは、 止めるどころか「がんばれ副長!」と応援している。こういう方面では、学院の女子も銃士隊もなんらの 差もありはしないようだ。 レオとアストラに袋叩きにされているアトランタ星人のように、才人はルイズとミシェルの二人に挟まれて、 右に左にと引っ張りまくられた。しまいには、ミシェルが才人の頭を抱きかかえて、ルイズが才人の足を ねじ上げるせいで逆エビ固めのポーズとなり、才人の背骨がミシミシと軋み声をあげる。 そんな才人を見ても、誰一人仲裁にも入らないのは見慣れた光景であるからだけではない。いや、 むしろ止めたら才人に悪いと思っているからで、それは。 「死ぬ死ぬ! 死ぬって! でも、ちょっといいかも……」 よーく観察したら、ホールドされている位置関係で、ミシェルの胸が才人の顔にもろに押し付けられていた。 窒息寸前だというのに本能というものは悲しいものである。ようやく解放されたときには、才人は十回近く 咳き込んだ後でルイズに蹴り飛ばされるはめになってしまった。 「まったく、このエロバカ!」 「そうはいっても、これは男の不可抗力といったところで」 抗弁してもルイズに聞く耳がないのはいつものことである。まるで簡単にへし折れるギャンゴの回る耳のようだ。 イカルス星人とまではいかなくても、フック星人くらいの耳はあってほしいと才人は思った。 むろん、ルイズの怒りは才人だけにとどまらない。ミシェルにも、当然ながら食って掛かった。 「あんた! 調子に乗るのもいいかげんにしなさいよ! サイトに助けられて、その気持ちもわかるわ。 でも、恩義を傘に人のものに手を出そうだなんて最低よ。サイトはね、わたしを好きだって言ったんだから」 「知っているさ。けれど、人を好きになる権利は誰にでもある。貴族のお前が平民のサイトを好きになったように、 私もサイトのことが好きだ。今なら胸をはって、心から愛していると言える。お前のほうこそ、サイトの気持ちを 知っているならもう少し親密にしてやれない? お前にはまだどこかサイトのことを、主人と従者、あるいは自分の 持ち物のように扱う風があるように見える」 ミシェルの指摘に、ルイズはぐっとなって一瞬言葉を詰まらせた。 「それは……貴族には、それなりの体裁を整えなきゃいけないことも多いのよ!」 「体裁か、私も元は貴族……いや、今は貴族に戻ったか。だからわかるが、私の父と母は、家にいるときは 貴族など関係なく明るく優しかった。今の仲間たちとなんら変わらないようにな。それに、お前の友達は少しも 体裁など気にせずサイトとつきあっているようだが」 ルイズはぐぅの音も出なかった。そのとおりだ、今では才人の貴族の友人で、貴族らしく肩を張っている 人間など一人もいない。一番近いところにいながら、一番才人を遠ざける態度をとっているのは他ならぬ 自分自身なのだ。 むろん、ルイズももっと素直になれたらいいと思っている。一度だけだが、才人に好きだとも言った。 しかし、長年積み重ねてきたプライドや、身に染み付いた貴族の慣習はすぐには変われない。変わりたいと 思っても、その度にそれらが出てきて邪魔をしてしまう。そんな葛藤が顔に出たのか、ミシェルは今度は 穏やかな声色でルイズに言った。 「それがお前のやり方だというなら、それもいいんだろう。サイトも、そんなところが好きなようだしな?」 「え!? おれ? いや、そりゃまあ……」 唐突に視線をぶつけられた才人はとまどったが、まんざらでもないような様子にミシェルは笑った。 「本当に、一番にサイトに会えなかったのが悔しいよ。ミス・ヴァリエール、わかってると思うが、こんな 物好きな男、手を離したら二度と現れないぞ」 「わ、わかってるわよ、それくらい!」 「なら、もっと努力することだ。サイトの優しさに甘えているようじゃ、いつか後悔することになる。もしも、 お前がサイトを不幸な目に合わせるようなことがあれば、私は決して許さない。力づくでも、私はサイトを 奪っていく」 ミシェルの目は、冗談でもなんでもなく本気だった。ルイズは、その気迫に息を呑み、彼女の本気には 自分も本気で向き合わないとだめだと思った。 「あ、あんたなんかにとやかく言われる筋合いはないわ! サイトと、こ、こここ……恋人になったのは わたしのほうなんだから! だから、サイトに手を出すなら、わたしが許さないんだから!」 それが、ルイズのミシェルからの宣戦布告に対する回答だった。そばで聞いていたギーシュや モンモランシーは、あのルイズがここまで!? と、仰天し、当の才人はルイズが恋人と呼んでくれたことに 正直に感激して涙を流していた。 そして、ミシェルはビシッと自分を指差しているルイズを見返すと、なぜか満足げに微笑んで。 「それはだめだな。サイトよりいい男なんてそうはいないよ。私をあきらめさせたかったら、さっさと結婚まで 持っていくことだ。それにな……」 と、ミシェルはルイズの耳元に唇をよせると短くつぶやいた。 「姉として、弟に悪い虫がつかないように見張らなきゃいけないからな」 「このっ!?」 抗議しようとするルイズをよそに、ミシェルは悠々と背を向けて去っていく。でも、単純なルイズが怒ったように ミシェルに二人の恋路を邪魔しようとかいう悪意はない。むしろ、気を抜くなとはっぱをかけているのである。 表面上は順調なように見えても、大貴族と平民、まだまだ二人の先にふさがるであろう障害は多いに違いない。 しかし、こうして人を気遣う余裕も、少し前の彼女ならとてもなかったであろう。 内心の切なさを表情には出ないようにしながら、ミシェルは人生最大の恩人であり思い人の顔を見て思った。 ”サイト、今でも大好きだよ。でも、やっぱりお前はミス・ヴァリエールといるほうが楽しそうだな。寂しいが、 私はお前の姉で充分だよ……” 好きな人がそばにいるから、それだけで満足だ。恋人でなくてもいい。ただ、あなたのそばにいられるだけで、 私は幸せなのだよ。 「副長、そろそろ……」 「おっと、そうだな。じゃあサイト、非番になったら遊びにいくからな」 ミシェルはそう言うと、部下を引き連れて任務に戻っていった。才人は手を振って見送り、ルイズは 「来なくてけっこう!」と、塩をまきそうな剣幕だ。 さて、早々に親しい顔と対面して意気を大きくあげた才人だったが、その後は少々怖い眼差しを 送ってくるルイズのおかげで、祭りの雰囲気を楽しむどころではなくなっていた。ギーシュたちは 痴話げんかの巻き添えはごめんだと、いつの間にか人ごみの中に消えてしまっている。 薄情者たちめ! 心の中で叫んでも、結局才人のテレパシーは誰にも届くことはなかった。 その後、ほかの生徒たちは学院で予約したホテルにまずは直行し、荷物を置いた。馬車旅はけっこう 揺られるので思ったよりも疲れるものだ。一方、ルイズはその前に港に向かうと、国の役人に始祖の 祈祷書と完成した詔を提出した。 「それでは、よろしくお願いします」 「承りました。それでは詔のほうは実行委員会のほうへ送付いたしますので、ヴァリエール嬢の詔も 審議され、選ばれた巫女はトリスタニアでの式典開始の際に発表されます」 これで、後は運を天にまかせるのみである。ルイズは、ほかの巫女候補がどんな詔を考えたかは 知らないけれど、ちぃ姉さまといっしょに考えた詔が落選するはずはないと心に強く祈った。 けれど、それで立ち去ろうとしたところ、役人に呼び止められたルイズは始祖の祈祷書を返されて告げられた。 「お待ちを、始祖の祈祷書のほうはそのままお持ちください。祈祷書はラ・ロシュールから途中の 町々で人々に祝福を与え、巫女候補の者たちによって運ばれていくことになっておりますので、 ヴァリエール嬢にはその最初の一人になっていただきます」 「わかりました。喜んで承ります。神のしもべとして、立派に大役をはたしてごらんにいれますわ」 思わぬ大役をおおせつかったルイズだったが、一切の躊躇なく一礼して拝命した。 才人は、そういうルイズの『貴族の責務』というところをまだ完全に受け入れられたわけではないけれど、 今回はせいぜい聖火リレーのランナーのようなものだろうと軽く考えて、特に文句はつけなかった。 さて、一足遅れでホテルにチェックインした二人はとりあえず荷物を下ろして人心地ついた。 敏腕秘書のロングビルが結婚式の予定が立ってすぐに予約をとっていてくれただけはあり、 部屋を取れていない生徒は全校生徒の中で一人もいなかったのはたいしたものである。 二人が一夜を過ごすことになったのは、それらのホテルの中で一番立派な『女神の杵』亭だった。 もっとも、上等な部屋は最上級生にとられてしまっていたので二人が泊まるのはルイズの 部屋とあまり差のない個室だった。 「はふう」 ベッドの上に祈祷書の入ったカバンを置くと、ルイズはごろりと横になって息をついた。同時に、 才人も二人分の着替えを詰めたバッグを床に置く。以前の旅の経験があるので、今回は必要最低限も 最低限に抑えられていて、バッグひとつですんでいた。 「ご苦労さん。これでひとまず、今日やることは終了よ」 「そりゃ助かる。じゃ、とりあえずおれらも下に降りてメシにしようぜ」 「はぁ、あんたはほんとに物言いがはしたないところは治らないわねえ。いい、紳士淑女というものは……」 と、ルイズがご高説を述べようとしたところで、彼女のおなかがきゅううとかわいい音を立てた。 「……遅れたから、もうみんな引き上げて食堂はすいてるでしょう。いくわよ」 「G・I・G」 実を言うと、ルイズも空腹を我慢していたのだった。 『女神の杵』亭の食堂は、貴族が使うだけあって広々としてなかなか立派なものであった。テーブルには 純白のクロスがかけられ、食器は銀製である。その中で小さめの席をとった二人は、向かい合って 少し遅めの昼食をとった。 しかし、日本にいたころも外食といえばせいぜいファミレス程度の才人には高級ホテルのマナーなどは さっぱりわからない。そのため、食事を始めて早々に、才人はルイズ直伝のテーブルマナー講座を受けることになった。 「サイト、ワインを飲む前には口を拭きなさいよ。それから、食器に音を立てさせたらだめよ」 「はいはい、わかりましたよお嬢様」 ルイズの講習は、さすがに母親があれなのでとても厳しいものだった。おかげで、せっかくのご馳走 だというのに思うように食べられない。 「おい、そんなに細かくやってたら冷めてしまうぞ」 「だったら一度で覚えなさいよ。今日は二人だからいいけど、そのうちなにかのパーティなんかに 出たときに無作法で恥をかくのはわたしと、ひいてはヴァリエール家になるのよ。いい機会だから、 この際基礎はみっちり教えておいてあげるわ。それとも、二人そろってお母さまのレッスン受ける 勇気があるの?」 「ご教授、お願いいたします……」 エレオノールの二の舞はまっぴらなので、才人はぶつくさ言いながらも従った。 でも、正直をいえばルイズは才人といっしょに二人きりで外で食事する機会などは最近なかったから、 内心うれしくてしょうがなかった。なにせここには普段邪魔するうるさいのが一人もいないのだ。 ナプキンでさりげなく隠しても、ついつい口元がにやけてしまう。 しばらくすると、才人のテーブルマナーも一応は見れるようになってきた。肉をナイフで切り刻み、 フォークで口元まで運ぶのは地球となんら変わらない。やがてそこそこ腹も膨れてきた二人は、 自然と結婚式のことに話題が向いていった。 「ところでルイズ、慌しく出て来たけど、この結婚式はこれからどうなるんだ?」 「なんだあんた、そんなことも知らずについてきてたわけ? 相変わらずのんきというか。しょうがないわね、 じゃあこのわたしが、優しく! 親切に! わかりやすく! 説明してあげるから感謝しなさい」 「遠まわしにバカと言われているような気がするが、まあいいや。よろしく頼む」 才人からの気のない拍手を受けて、ルイズは得意げに胸をはって解説をはじめた。 式のざっとした予定は、ラ・ロシュールからトリスタニアへのパレード。次にトリスタニアでの婚礼式典と、 三日間におよぶ各種行事、それから両夫婦によるアルビオンまでのパレードと、ロンディニウムでの 祭りとなり、実に一月近くをかけた壮大な結婚式となるわけだ。 それらの予定を説明された才人は改めて感心すると同時に、両国がこの式典にかけている意気込みを 知って、その凄みに身震いさえ覚えた。 「金かけてるなあ」 「まあね。ヴァリエール家もかなり出資したそうよ。でも、ヤプールの襲来以来、トリステインにはいつまた 襲ってくるかわからない超獣に対する恐怖心が巣食ってるし、アルビオンは内乱からようやく国を 立て直したばかり。ここは、国庫を圧迫してでも国民の不安感をぬぐわないといけないのよ」 「……おれには政治はわからねえが、自分の結婚式まで利用しなきゃいけないなんて、姫さまも気の毒だな」 「そうね。王族の責務とはいえ、つらいわよね。でも、ずっと願い続けたウェールズさまとのご結婚だもの、 姫さまが不幸なわけはないじゃない。みんなで喜んであげなくちゃ」 「そうか……そういや、そうだよな!」 少し陰鬱になっていた才人は、ルイズの言葉に心の中のもやを祓われたような気がした。こんなとき、 いつでも前向きなルイズのはげましは大きく力になる。第一、これは祭りなのだから楽しまなくては損だ。 大きく息を吸い込み、背伸びをした才人はルイズにこれからの予定を尋ねた。 「今日は前夜祭だから、ホテルにチェックインしたらあとは特に予定はないわね。さあてと、ところでサイト、 あなたの世界ではお祭りがあったらどうするの?」 「なあルイズ、街を歩いてたらさ、パイやソーセージの屋台があったんだけど、お前腹減ってないか?」 そう言うと、才人は横目でルイズの横顔を見つめた。するとルイズも、視線だけをこちらに返してきて、 二人は同時にニヤリと笑った。 「か、勘違いしないでよね。これはあくまでお祝い、遠慮したら姫さまに対して無礼になるわ。貴族たるもの、 いついかなる場合においても、礼節をわきまえ、平民の模範になるように心がけないといけないわ」 「よし、じゃあ明日までホテルで休んでるか?」 「サイトぉ……」 「冗談だよ。じゃ! 今日は夕食をキャンセルして楽しむか?」 「わかってるじゃない!」 祭りの魅力に抗することのできる子供は少ない。普段何かと意見の食い違いの多い二人も、このときばかりは 完全な意見の一致をみた。 学院のクラスメイトたち、キュルケとタバサ、ギーシュとモンモランシーはとうの昔にどこぞに遊びに 出かけていって影も形もない。見えはしなくてもほかの生徒も同様であろう。第一、ここでじっとしたら 後々一生後悔するという、確信めいた予感があった。 季節は冬に入り、あっという間に日は落ちて真っ暗になる。だが、ラ・ロシュール近郊は大量の明かりで 埋め尽くされて、不夜城のようにその夜君臨し続けていた。その明かりの中で、生徒たちだけでなく 教師たちも、日頃の垢を存分に落として楽しんだ。 見世物や菓子の屋台、踊りや歌のステージ。生徒たちはただの子供になって、その中ではしゃいでいる。 さらに、中にはもっと楽しいところもないではなかった。 が、それらの内容については彼ら自身の名誉にも触れる恐れがあったと見え、なにをしてきたかに ついては大半の者が口を閉ざした。が、深夜になっても帰ってこない生徒を教師が探し回ったり、 なぜかパンツ一丁でホテルに戻ってきた馬鹿者が怒鳴りつけられたあげく、貴族らしからぬ鉄拳制裁を 受けさせられた光景もちらほら見かけられたことから、目撃者は大体の想像はついたようである。 才人もルイズに無理に飲まされた酒のせいで警備の衛士に捕まりそうになり、危うくミシェルに 助けられたりした。さらに、その後は今度は酔いつぶれたルイズに引きずりまわされて、気がついたら 二人揃って銃士隊隊舎のベッドで寝かされていたりした。当然、その間自分が何をしていたかの記憶は 一切残っておらず、運んできた銃士隊員たちも口を閉ざしていた。 悲喜こもごも、楽しい思い出もろくでもない思い出も一緒くたに、一生残る記憶を築き上げていく。 そういうものも祭りの風物詩といえばそうである。 しかし、平和と幸福を祈る祭典の陰で、騒乱と悲嘆を望むものの目論見は着々と進行しつつあった。 夜もふけ、月も隠れた漆黒の闇の中を、ガリアからトリステインへと向かう空中船が一隻あった。 船の名は『シャルル・オルレアン』号。ガリア空軍の主力である両用艦隊の旗艦であり、全長 百五十メイルの巨体と、二百四十門もの大砲を備えた威容は、ハルケギニア最強の戦闘艦の 称号を欲しい侭にしている。 しかし、その巨艦の体内は、いまや惨劇の場と化していた。 「うわぁっ!? な、なんだお前たちは!」 「ば、バケモノ!」 「ミ、ミイラだ! ひええ」 船内のあちこちに突然何の前触れもなく異形の者達が出没し始めた。そいつらは、干からびた茶色い 皮膚をし、まるで生きているとは思えない生気のない姿で、うめくような声をあげながら船内をさまよう。 そして、生きた人間を見つけると、口から灰色の怪光線を放って襲い掛かり、それを浴びた人間は 蝋人形のように体色を失って倒れていった。 船内は逃げ惑う人間でパニックになり、追い詰められた者は容赦なく餌食にされていく。そんな中でも、 軍人として鍛えられた船員たちの中には、手に手に槍や杖を持って立ち向かっていった勇敢な者もいた。 だが。 「こ、こいつら不死身なのか!」 「ま、魔法が効かない。そんな」 「よ、寄ってくるな。助けてくれぇ」 ミイラたちはあらゆる攻撃を受け付けず、逆に手向かってきた兵たちをことごとく餌食にしていった。 船内は阿鼻叫喚のちまたと化し、絶叫と怒号は船の隅々まで響き渡っている。 そんな地獄の叫びを、シェフィールドがマストの頂上に立って冷たく聞き流していた。 「チャリジャめ、得体の知れない奴だが、確かにあいつの持ってくるものは役に立つわね。魂を吸い取る、 屍の亜人の軍勢とは恐れ入るわ」 感心したようなシェフィールドのつぶやきが、惨劇のすべてを物語っていた。船員たちを襲っているミイラは、 シェフィールドが運んできてばらまいたものだったのである。屍の元の名はシルバック星人、元々は 外宇宙のシルバック星に住む理知的な宇宙人であったが、彼らは宇宙船で移動中に”ある事故”に会って 全滅し、その屍だけが人を襲う怪物に変化してしまった者たちだった。 シェフィールドは、船内から響いてくる悲鳴を、耳を塞ぎもせずにそのまま聞き、口元に薄笑いを浮かべた。 「この船のクルーたちには、かわいそうなことをしたと思うけれど、まあ運がなかったと思って諦めなさい。 ジョゼフさまのゲームの駒としてこの船は役立つんでね。ジョゼフさまの大望の捨て石になれることを 栄誉として、エサになりなさい」 すべてはジョゼフのため。主に喜んでもらうためなら、シェフィールドにとってこんな船の一隻や二隻、 惜しくなどはなかった。 船内からの悲鳴はしだいに乏しくなり、魔法の炸裂する振動も伝わらなくなってきた。『シャルル・オルレアン』は、 その威容をそのままにして、所有者を生者から死者へと変えたのである。不気味な沈黙が甲板を支配し、 唯一の生者となったシェフィールドは、マントをひるがえすと空を見上げた。 「さて、じゃあそろそろ逃げないとわたしも危ないね」 ぽつりとつぶやき、シェフィールドはエイ型のガーゴイルを呼び寄せて飛び乗った。黒色のガーゴイルに乗った 黒衣のシェフィールドの姿は、闇に溶け込んで、闇夜のカラスかコウモリを思わせる。 そうして、五千メイルばかり『シャルル・オルレアン』号から距離をとったシェフィールドは、いったんガーゴイルを 止めて振り返った。『シャルル・オルレアン』は、内部であんな惨劇が起きているとは思えない姿で、舵の おもむくままにゆっくりと航行を続けている。 ふと、舷側から一艘のボートが切り離され、次いでふわりと浮き上がって母船から離れていくのを シェフィールドは見た。生き残った船員が、救命ボートに命からがら乗り移って脱出したのだろう。 だが、シェフィールドは追いもせずに、むしろ哀れむようにそのボートを見た。そしてその数秒後、 ボートの上空、雲の中から怪光線が照射されて、浴びたボートは木の葉のようにまっ逆さまに墜落していった。 「終わったね……いえ、これが始まりかしら……トリステインにアルビオン、ジョゼフさまと私からの 黒い花束、確かにお送りいたしましたわよ」 『シャルル・オルレアン』号に向かって、巨大な影がゆっくりと降下していき、包み込んでいった。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8836.html
前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第八十八話 わたしが生まれてきた意味 タコ怪獣 ダロン 宇宙同化獣 ガディバ 大蟻超獣 アリブンタ 友好巨鳥 リドリアス 高原竜 ヒドラ 磁力怪獣 アントラー 海獣 サメクジラ 宇宙海人 バルキー星人 オイル超獣 オイルドリンカー 古代超獣 スフィンクス さぼてん超獣 改造サボテンダー 登場! ウルトラマンAは、その生涯において五指に入るような激戦を、いままさに始めようとしていた。 エルフの都、アディールを襲うヤプールの超獣軍団。かつてエースやウルトラ兄弟を苦しめた多くの強豪の蘇ったものたちは、 ヤプールの強烈なマイナスエネルギーの波動に当てられて、圧倒的な凶暴さでこの地のエルフを根絶やしにしようとしている。 それに対して、立ち向かうのはエースひとり。 一体でさえ、ウルトラ戦士と互角以上のパワーを持つ悪魔たちに対して、今のエースにはこれまで支えてくれた人間たちもなく、 まさに孤立無援の四面楚歌。だが、それでもエースは完全なる闇の中の太陽となるために戦いに望む。 まずは、肉食の蟻と宇宙怪獣が合成して誕生させられた大蟻超獣アリブンタが相手だ。エルフの少女の血をすすろうとして 妨害され、怒るアリブンタにエースは立ち向かう。 「ヘヤァッ!」 アリブンタと組み合ったエースは、渾身の力でその突進を食い止めた。身長五十七メートル、重量六万二千トンのアリブンタの 突進を止めたことにより、エースの全身のウルトラ筋肉が張りあがり、エースの立つ学校の校庭の土が跳ね上がった。 〔さすが、パワーアップさせられているな!〕 かつて戦ったアリブンタよりも数段上の力に、エースは前のままのつもりで挑んでは危険だと気を引き締めなおした。これも、 強大化したヤプールのマイナスエネルギーゆえか、力負けするほどではないが空腹でこのパワー、絶対に倒さなくてはいけない。 だがその前に、餓えたアリブンタがエサとして狙うエルフたちを守らなければと、エースはまだ大勢のエルフの子供たちの 残っている学校を見下ろして決意した。 「ジュワァァッ!」 組み合った姿勢から、渾身のウルトラパワーでアリブンタを頭上高く持ち上げる。 〔とにかく、こいつを学校から遠ざけなくては!〕 ウルトラリフターでアリブンタを担ぎ上げたエースは、戦場を移すべくアリブンタを放り投げた。巨体が宙を舞い、学校から 数百メートル離れた無人の通りに地響きをあげて背中から落ちる。その衝撃たるや、アディールの基礎となる埋め立てた 大地が沈没するのではないかと思われたくらいだ。 見事に舗装された、コンクリート敷きのような道路を駆け、エースはアリブンタに突進する。 「トォーッ!」 助走をいっぱいにとったジャンプキックが炸裂し、起き上がってきたアリブンタが再度吹き飛ばされる。タケノコが二本背中に 生えているような巨体がビルディングに似た建物に突っ込んで粉塵を巻き上げ、起き上がってきたときの逆襲に備えるべく エースは身構える。 だが、エースの出現にヤプールは敏感に反応していた。街の一角が崩れて、灰色の砂煙が土中から噴煙のように吹き上がる。 〔こいつはっ!〕 エースの眼前で、地中から巨大なハサミのアゴを持つ甲虫が浮上してくる。才人は叫んだ。 〔アントラーだ! くそっ、いきなり二対一かよ〕 リドリアスに押さえられていたはずのアントラーの出現に才人は唇を噛んだ。地底を通って、いきなりエースの目前に 来たのは偶然ではあるまい。恐らくヤプールは、どの超獣のところにエースが現れても複数で対処できるよう狙っていたに違いない。 〔落ち着け、どっちみち多勢に無勢は覚悟の上だ。ほかの超獣もやってくる前に、勝負をかけるぞ!〕 〔おうっ!〕 〔ええっ!〕 どっちみち、ウルトラ戦士に長期戦は不可能なのだ。この街にいる超獣怪獣は、現在のところだけで七体。そのうち スフィンクスとサボテンダーはヒドラとリドリアスが押さえてくれているが、同時に相手どれるのはせいぜい二体までが限界だ。 それも、一体はあのアントラーとあってはこの時点ですでに余裕はまったくないと言っていい。 〔いくぞ! お前たちの好きには絶対にさせん〕 アリブンタとアントラー、二匹の蟻地獄怪獣を相手にエースはひとりで立ち向かっていく。 「ヤアァッ!」 大アゴで噛み付いてきたアントラーの攻撃を大ジャンプで避け、降下してきて背中にキックを叩き込む。 次いでアリブンタは口から白色の霧を吹き出してきた。それを浴びた建物が一瞬のうちにボロボロになって溶けていく。 蟻が体内に持ち、外敵などに対して使用する蟻酸という酸の仕業である。ただの蟻なら噛まれたら腫れる程度で済むこの酸も、 アリブンタのものは鉄でも一瞬で溶かし、人間ならばあっというまにガイコツに変えてしまうほどの強烈さを持っているのだ。 〔だが、当たらなければ危険はない!〕 自分に向かってきた蟻酸の霧を、エースは両手を合わせた先に吸い込んでいく。 『エースバキューム!』 いかなる毒ガスをも無効化できるエースの技に、一度見せた攻撃は通用しない。 さらに、エースは蟻酸を吐き切ったアリブンタの顔を目掛けて、伸ばした右手の先から三日月型のエネルギー光弾を発射した。 『ムーン光線!』 連続発射された三日月の弾丸はアリブンタの顔面に次々と当たり、牙や複眼に少なからぬダメージを与えた。 一時的に感覚を失ってもだえるアリブンタ、普通ならここで追撃をかけるところなのだが、その隙を埋めるようにアントラーが 大アゴを振りかざして迫ってくる。エースはその牙を受け止めて、真っ向から食い止めた。 〔パワーの勝負なら負けはしないぞ!〕 挟み切ろうと力を込めるアントラーと、逆に押し返そうとするウルトラマンA。ウルトラマンの骨の強さは人間の五千倍、間接は 三重に強化されているといわれ、超筋肉が生み出すウルトラパワーを十全に引き出して、どんな巨体の怪獣を相手にしても 壊れることはないという。 「ヘアァッ!」 アゴを受け止めた状態からのキックがアントラーの腹を打った。のけぞるアントラーだが、やられるときにその反動で エースも反対方向に吹っ飛ばした。 エースとアントラー、それぞれが背中から石造りの建物に倒れこんで、子供が積み木を組んだもののように崩壊させる。 だが、街の崩れる様を見て、エルフたちはエースに非難の声を浴びせた。 「ばっかやろーっ! 私たちの街を壊すな。暴れるならよそでやれバケモノども!」 「そうだそうだ! 死んじまえ、この悪魔どもめ!」 エースは心の中ですまないと詫びた。怪獣を食い止めるためには仕方がないとはいえ、彼らにとっては自分たちの街が 破壊されていることには違いないのだ。気をつけてはいても、狭い街路だけで戦うのは無理がある。無人とはいえ、ウルトラマンと 二匹もの怪獣超獣の対決は、すでに街の一区画を瓦礫の山に変えていた。 けれど、守るべき人たちから非難を浴びせられることには、特に才人とルイズには堪えた。人のためにやっているのに、 それが通じないむなしさは若い二人にはつらい……けれど、エースはそんなふたりに諭す。 ”ふたりとも、この世の中には誰にも褒められなくても、大勢の人のために毎日を一生懸命働いている人が大勢いるんだ。 そんな人たちは、名誉や見返りを求めているわけじゃあない。ただ毎日の、普通で平和な日々をみんなが送れるようにと 願って、ときには嫌われたりしながらもがんばっている。そんな人たちを、君たちは見たことがないかい?” 才人は考えた……思い出すのは、父と昔遊園地に車で遊びに行ったときに、その途中父が一時停止違反で白バイに 捕まって違反キップを切られたことがあった。そのおかげで、遊園地に着くのが遅れてしまって、そのときは子供心に警察を 恨んだのをよく覚えている……けれど、今になって思えば、あのときキップを切られて嫌な思いをしたおかげで、父は交通法規に 気を使うようになり、今日まで無事に過ごしてきた。 もしもあのとき、白バイに会わずに、父がその後も安全を軽視する運転を続けていたらどうなっただろうか。 ルイズも思う。小さい頃、メイドや執事にさんざん小言を言われて彼らをうとましく思い続けてきたが、それは自分のためを 思ってのことではなかったか。ただ報酬が目当てであれば、貴族の子供のかんしゃくにさわるようなことはしなかっただろう。 使命感や善意を、無知ゆえに反感を持って迎えてしまったことは自分たちにもあった。まさしく無知の怒り……そして、 彼らエルフのほとんどはウルトラマンの存在そのものを知らないのだ。それを思えば、罵声の百や二百がなんだろう。 けなされたくらいで、別に身が削れるわけではないだろう。 「テヤッ!」 学校に向かおうとするアリブンタの前に、エースは正面から立ちふさがる。 今は理解してもらえなくてもいい。けれど、かけがえのない命だけは絶対に守りぬかなくてはならない。それが、 ウルトラ戦士の誇りなのだ。 だが、志だけでは人は救えない。 海に追い出されて漂うエルフたちを救おうと着水した東方号。しかし、エルフたちは人間の船に乗ることを拒絶し、 怒りと憎しみの矛先をそのまま人間たちにぶつけてきた。 「この、汚らわしい蛮人どもめ! アディールの美しい海を汚しおってからに」 「西の地だけでは飽き足らず、とうとうサハラまで侵略に来たか。お前たちの蛮行の数々、忘れると思うか!」 「私の父はお前たちが侵略してきたときに死んだのよ。よくも、シャイターンの信奉者どもめ」 東方号の甲板で、ビダーシャルたちわずかな穏健派を挟んで、アディールの市民たちの悪罵の数々が人間たちに降り注ぐ。 そのいずれもが、戦士でもないただの市民たちから発せられ、エルフの一般層に自分たち人間がどう思われているのか 知らしめさせられて、人間たちは心を傷つけられた。 (バカ野郎たちめ、せっかく助けに来てやったのに。この船に乗らなきゃお前ら助からないんだぞ) 心の中でそう叫びたい欲求が強くなっていく。特に、貴族の子弟として誇り高く育ち、この任務にも強い使命感を持って 望んできていた水精霊騎士隊は強い屈辱感を味わっていた。 「こいつら……ぼくらは世界の平和を守るために命がけで戦ってるんだぞ。それなのに、この言い草はどうだ!」 罵声にかき消されて聞こえないが、誰かがつぶやいた言葉が水精霊騎士隊の胸中を包み隠さず表現していた。 ギーシュが歯軋りしながら薔薇の杖を握り締め、ギムリが靴のかかとで甲板を蹴った。 ほかにも、つばを吐き捨てようとして思いとどまる者、杖に『ブレイド』の魔法をかけようとして、その手を自分で押さえる者など 彼らの我慢は限界に近づいていた。 「ちくしょう」 甲板に立つエルフの誰かが投げた物が人間たちの頭上に落ちる。水精霊騎士隊はわずらわしそうにそれを払いのけ、 銃士隊は身じろぎもせずに無表情のままで体で受け止める。 (あなたたちは何故怒らないんだ?) 水精霊騎士隊の少年たちは、水筒やペンのインキをぶちまけられても顔色ひとつ変えないミシェルたちを見て思った。 そして、師匠筋に当たる彼女たちとの差を思い知る。いくら普段は大人気ない態度をとっていても、戦場となったときの 悠然さはどうか。感情を押し殺すのが精一杯の自分たちには、とてもできない。 なにを言われようと、絶対に手を出してはならない。それを自分たちに言い聞かせ、ギーシュたちは我慢する。 だが、人間たちの無抵抗を、エルフたちは好意的には見なかった。さすがに評議会議員や騎士団のいる前で魔法を 撃つような無謀な者はいなくとも、表だって言い返すことのできない人間たちへの暴言はエスカレートしていく。そして、 人間たちの意向を知って、なんとか彼らを受け入れさせようと説得を続けるビダーシャルやテュリュークの言葉も、 人間を無条件で敵とみなすエスマーイルに邪魔されてしまう。 「市民の皆さん! 悪魔の言葉にだまされてはなりませぬぞ、奴らが我ら砂漠の民にしてきた暴挙と侮辱の数々を 思い出すのです。我らの正義は、シャイターンの信奉者どもをこの世から抹殺し、真の平和をもたらすことにあるのです」 「エスマーイル……貴様の頭には、それ以外の言葉が詰まっておらぬのか。馬鹿が」 もはや説得する気もうせたとばかりに、ビダーシャルは嘆息とともに吐き捨てた。 口を開けば、オウムのように蛮人憎しの罵声しか出てこないあの男とは話すだけで気がめいってくる。確かに、言っていることの 一部は正鵠を射ているかもしれない。この数千年の人間とエルフの戦いのほとんどは人間側から仕掛けてきて、エルフは 防衛戦をおこなったのみで、勝者であっても被害者意識のほうが強い。その繰り返しで、エルフ全体に人間への敵意が 熟成されてきて、人間がいなければという考え方が主流になってきたのも事実だ。 いわば、エスマーイルは数千年にわたるエルフの無意識下に沈殿してきた負の遺産の代弁者なのだ。よって、彼の 指揮する鉄血団結党が大きな支持を受けるのも当然といえば当然、溜め込まれたものは吐き出される先を求めるのが 道理なのだから。 「私が、もう三十ばかり若ければお前の言葉に酔えたかもしれんがな……しかし、何も考えずに怒りと憎しみに身をゆだねる お前のやり方のどこに、選ばれたる者の資格がある? それでは、蛮人はおろか獣の思考ではないか」 そもそも、平和のために戦争しようということ自体が矛盾しているではないか。お前は勝てばいい、我々は勝てると 主張するに違いないが、仮に人間を皆殺しにした後で、本当に平和と幸福が来ると思うのか? 得た土地の分配や、 功績の大小をめぐる争いが起きないと言えるか? 戦死者の遺族への保障や、大量の人員を失った商業・工業が 立ち直るのにどれだけかかると思う? それらすべてを、お前はまかなえるのかエスマーイル? きっとお前はためらうことなく「できる」と答えるのであろうな。 ビダーシャルがあいだにいるおかげで、ギリギリ破局だけは迎えずにいるエルフと人間たち。 だが、貴重な時間を無駄にした取立てを、運命の女神は冷酷に命じてきた。 「超獣だぁーっ!」 奇策で撃退しただけの超獣たちが、いつまでもおとなしくしているはずはなかった。オイルドリンカーが海中から巨大な 頭を浮き上がらせ、サメクジラの立てる航跡が沖合いを高速で旋回する。 そして、バルキー星人も東方号に激突された胸を左手で押さえながらも、怒りをあらわに海中から起き上がってきた。 「てめぇらぁぁ! よくも俺さまをコケにしてくれやがったなあ。ぶっ殺してやる!」 宇宙剣、バルキーリングを振りかざしてバルキー星人が迫り来る。東方号の甲板に上がっていたエルフたちは、悲鳴を あげて危険な海に飛び込んでいき、水精霊騎士隊と銃士隊は迎え撃つ体勢をとった。 「くそっ! やっぱりくたばってなかったか。エルフたちがおとなしく従ってくれたら、船を動かすくらいはできたのに」 「たわけ! うぬぼれるな。貴様らいつからそんなに偉くなった? 助けに来て、”やっている”つもりになるなど百年早い。 身の程をわきまえろ、使命の重さを勘違いするな」 ミシェルに怒鳴られて、ギーシュはひっと肩をすくめた。そして、頭を冷やして敬礼した。 「申し訳ありませんでしたぁっ! っと、じゃあ親愛なる水精霊騎士隊の諸君、そのぶんの怒りはあっちにぶつけるとしようか。 なあに、奇策はもうないけれど、人間死ぬ気になればなんとかなるものさ」 「だといいけどねえ。隊長、真っ先に戦死なんてしないでくださいよ。そんなになったら、ぼくら生き残ってもミス・モンモランシに 殺されますからね」 「その点については心配いらないさ。薔薇を散らせる権利があるのは美しい乙女と昔から決まっている。それに、ぼくは 嫉妬深いからね、親友とはいえ女の子を人に譲るなんて我慢できないのさ」 「隊長、あんまり欲深いと天罰が下りますよ」 「それは問題だな。死神が美人だったら交際を申し込むが、もし男だったら殴り飛ばしてしまいそうだ。そうだ君たち、 じいさんの神さまの加護はみんなにくれてやるから、代わりに美人の悪魔と美少女の死神はぼくがもらうよ。いいね?」 やれやれと、水精霊騎士隊から呆れた声が流れた。この期に及んでもギーシュの根っこはギーシュでしかないらしい。 けれど、下手に勇ましい文句を聞くよりは安心できる。つまらないジョークの言えるうちは、まだ生きている実感があるというものだ。 わずかな魔法や飛び道具を使って迎え撃つ水精霊騎士隊と銃士隊。だが、そんな抵抗をあざ笑うように、怒れるオイルドリンカーの 火炎が東方号の甲板をあぶり、バルキーリングが東方号の翼を打ち砕いた。 「う、右舷四番エンジン損傷! せ、先生、このままじゃあ!」 「反撃だっ! 東方号がやられたら全部終わりだぞ! ミス・エレオノール、ここは頼む。私も出る」 「ミスタ・コルベール!? 待ちなさい! あなたなんかが出て行ってなにになるっていうの!」 迫り来るバルキー星人とオイルドリンカーに対して、コルベールは愛用の杖と身ひとつで飛び出していった。艦橋から フライの魔法を使って飛び降り、高角砲の丸い防盾の上にひらりと降り立つ。そして、目を細めて、超獣と星人を相手に 必死に防戦を続けるギーシュたちを見つめた。 「ミスタ・グラモン、それにみんな。見事な戦いぶりだ、私は君たちのような勇敢な生徒を持ったことを誇りに思うよ」 コルベールは戦争が嫌いだ。無益に無意味に人が死んでいき、死んでいった者たちはすぐに忘れ去られてしまう。 貴族はそこに誇りを見出し、美しく死ぬことを美徳としているが、コルベールに言わせれば残される者たちの悲しみを 無視した自分勝手な言い分でしかない。 けれど、たとえば家に侵入した強盗から我が子を守らなければならないときのように、あえて戦わねばならないことが あることもコルベールは知っている。しかし、自分の半分も生きていない子供たちが大義のためとはいえ、死んでいくのは あまりにも惜しすぎる。 「教師が生徒を差し置いて生き残るわけにはいくまい。船長としては責任放棄だが……ま、元々私の柄ではなかった ということか……やれやれ、何歳になっても主体性を持てないな、私は」 自嘲して、コルベールは杖を上げた。軍人だった頃に磨いた攻撃の魔法、もう二度と人間に対しては使うまいと封印してきた この力だが、今は自分にこの力が残っていることを感謝する。 そのとき、オイルドリンカーの吐いた高熱火炎がギーシュたちを真っ向から襲った。石油化学コンビナートを一瞬で大火災に 包み込んだ真っ赤な悪魔の舌が、少年たちをからめとろうと迫り来る。 だが、覚悟を決める暇もなく呆然と立ち尽くしたギーシュたちの後ろから、同じくらいすさまじい火炎が飛び、オイルドリンカーの 火炎を押し返した。 「無事かい、君たち?」 「コ、コルベール先生!」 少年たちは度肝を抜かれた。彼らがいまだかつて見たことがないほどのすさまじい火炎は、コルベールの杖から発せられていた。 呆然と見守る生徒たちの前で、コルベールの火炎はオイルドリンカーの火炎を押し返し、さらに口内にまで逆流して爆発した。 「やった!」 口の中で爆発を起こされて、オイルドリンカーはよろめいて倒れこんだ。いかに超獣とて体内への攻撃にはもろい。初代の ベロクロンはエースのパンチレーザーを口内に喰らい、体内の高圧電気胃袋を破壊されて大ダメージを受けたのが敗因となっている。 オイルドリンカーは吸収した石油や石炭などの燃料に着火して吐き出すことで火炎放射をおこなっているから、恐らく体内の 石油袋に火炎が到達したに違いない。人間で言えば胃に穴が空いたようなものだ。その痛みは想像を絶する。 コルベールは次いで、バルキー星人を見上げて杖を振った。バルキーリングを振りかざし、東方号ごと叩き潰してしまおうとする 星人に対して、コルベールの杖の先で巨大な火球ができあがる。 「あ、あれは『フレイム・ボール』!? し、しかし」 ギーシュは我が目を疑った。それは、火の系統の一般的な攻撃魔法のフレイム・ボールに違いないが、火球の大きさがまるで そのレベルの代物ではない。前にトライアングルメイジのキュルケの使ったものを見て、その大きさと炎のうねりの激しさに 驚嘆したことがあるが、コルベールのそれはキュルケのものの二倍はゆうにある。 無言のままで、コルベールは火球をバルキー星人に向かって投げつけた。星人は一直線に向かって飛んでくる火球を軽く 避けようとしたが、フレイムボールには使い手の意思である程度のホーミングをできる特性がある。外れると思った瞬間を 狙った方向転換は星人の意表を突き、顔の左半分を炎で包み込んだ。 「グオォォォォッ!」 効果は絶大であった。バルキー星人の金色に輝くマスクは激しく燃え上がり、海水を浴びせて消した後も黒いこげ痕になって 火炎の温度が通常のものを大きく超える高温だったのが読み取れた。 ”先生、すげえ……” 水精霊騎士隊はもちろん、銃士隊や、怪我の治療に当たっていたモンモランシーたち女生徒もコルベールの魔法の威力に 呆然として舌を巻いた。あの、普段変な研究ばかりしていて、そうでなくても抜けているあの先生が、こんなに強かったなんて。 「さあ来い、ヤプールの使い走りども! お前たちなどに、私の生徒は指一本触れさせはせん!」 「うがぁーっ! 許さねえ、ぶっ潰してやる!」 怒り狂ったバルキー星人の手が伸びるのを、コルベールは小さな火炎弾を連続で飛ばしてしのいだ。さらに、東方号の甲板から 海面に飛び降りると、そのまま海面をフライの魔法で飛びながら『ファイヤーボール』などで攻撃をし始めた。高位のメイジでも 難しいと言われるふたつ以上の魔法の併用をおこなった戦法に、生徒たちはすでに尊敬の念さえコルベールに抱いていた。 しかし、見た目の華麗さとは裏腹に、コルベールに余裕の色はなかった。 「追ってきたな、単細胞め。やれやれ、また柄にもなく大見得をきらされたが……まあ、最期くらいはかっこうをつけてもいいか」 平然としたふうにつくろってはいるが、すでにコルベールは自分の持てる魔法を使うための精神力の半分以上をすでに消費していた。 無理もない、超獣の火炎を押し返し、星人に打撃を与えるなどといったこと自体がすでに人間技を超えている。あれはすごいように 見た目だけは見えるが、熟達の技で精神力を過剰に消費して作り出した……いわば、リミッターを意識的に外した力技にすぎない。 それに、なによりもここは海の上。火の力を強める媒体は一切存在せず、火の存在を許さない水が大量にあふれている、火の メイジであるコルベールにとっては地理的に最悪の環境である。むろん、フライを常に使い続けなくては海に沈んでしまうことも 絶対的に不利と言わざるを得ない。 「もってあと数分か……地獄へのキップは切ってやれんが、しばらくは私の下手な舞踏につきあってもらうよ」 願うことは、少しでも星人が東方号から遠ざかること。そうすれば、あの聡明なミス・エレオノールや、機転に優れた生徒たちのこと、 なにかよい方法を見つけ出してくれるかもしれない。なんだかんだ言っておいて押し付けることになるが、ダメ教師のわがままが 悪口でも生徒たちに語り継がれて残るなら、それもよいと思った。 バルキー星人の額のランプから放たれるバルキービームが海面で爆風を起こし、コルベールに水の砲弾が叩きつけられた。 左腕が、意思に反してだらりと垂れ下がる。 「折れたか……まあいい、杖を振るうには右腕一本あれば上等だ」 すでに捨てる覚悟を決めた命、痛みなどどうでもよく感じる。コルベールは、バルキー星人を東方号からも海上に漂うエルフたちからも 離れた場所へと誘導していった。途中、まばらに漂っていたエルフの何人かと目が合う。皆、嫌悪や恐怖、よくても好奇心といった 感じの視線で、コルベールを助けようとする者はいない。 が、それでもいいと思う。命はなににも増してかけがえがない。矛盾するようだが、その信念だけは守って死ねるのだから。 「コルベールせんせーい!」 生徒たちは遠ざかっていくコルベールを見て、彼の悲壮な覚悟を理解していた。あんな足場さえ定めない無茶な戦いを 続けていたら、スクウェアクラスのメイジでさえあっというまに精神力を使い尽くしてしまうことは自明の理だ。先生は船を 守るために自ら囮になろうとしている。 しかし、叫ぶ以上にできることはなかった。火炎を吐く能力こそ失ったものの、オイルドリンカーが巨体そのものを武器にして 体当たりをかけてくる。また、サメクジラも一頭の鯨竜艦を血祭りにあげ、邪魔な黄色い汁を押し流してしまおうと渦を作り出す。 激しく波打つ海と、オイルドリンカーの攻撃に、東方号は立っていられないほどの激震に襲われた。 「うわぁぁっ!」 「おのれっ! 貴様らの好きにさせてたまるか」 水精霊騎士隊、銃士隊、さらにビダーシャルたちエルフの騎士団も反撃を試みる。だが、やはり外からの攻撃ではミサイルにも 耐えられる超獣の皮膚は貫けない。それどころか、激しく動揺し、甲板を洗う波から自分を守るために手すりや銃座に掴まるだけで 精一杯なありさまだ。 超獣オイルドリンカー、ドキュメントZATではヤプール撃滅後に最後に残った超獣であり、宇宙大怪獣アストロモンスに捕食されて 倒された弱い超獣のように言われているが、その破壊力は超獣の名に恥じずにすさまじい。 エルフたちは、攻撃を受ける東方号を「ざまあみろ」とばかりに眺めている。エスマーイルも、最後に残った鯨竜艦の艦橋で、 狂ったような高笑いをあげていた。 しかし、ヤプールは常に絶望を与えることを忘れていない。お前たちにも悲嘆の声をあげてもらおうと、異次元のすきまから 魔手を放ってきた。 「ククク……いけ、ガディバ」 海中に進入した黒いもやのような宇宙生命体は、海底をはって一匹の現住生物と同化した。遺伝情報を書き換え、一気に 巨大化させると、海上に閃光と白い波を立ち上げて現れる。全身に数十本の触手を生やし、らんらんと輝く赤い目を不気味に 光らせた、緑色のグロテスクなタコの怪獣が! 〔あいつは……タコ怪獣ダロン!〕 遠目でその出現を確認した才人はうめいた。 ダロン、ドキュメントUGMに記録される怪獣の一体である。海に住むタコが突然変異で怪獣化したものと言われ、 あの吸血怪獣ギマイラに操られて80と戦ったことがある。しかし、タコ怪獣というものの、タコの特徴である足の数は 八本どころではなく、少なく見積もっても二十本以上あり、同じタコ怪獣である大ダコ怪獣タガールと比べても原型を 残さない変質はただの突然変異とは考えがたい。これは、はっきりとした証拠はないが人間怪獣ラブラスと同じく ギマイラの力で強制的に変異させられたのだとする説が有力である。 その説が正しいのだとすれば、ヤプールは同じことをガディバを使って再現したのだということになる。超獣を次々と 生み出せるヤプールのこと、ガディバの数さえ揃うのであればたやすいであろう。 〔まずいっ! これじゃ、海は陸より危険じゃないか〕 陸と海でそれぞれ三体ずつ、それでも海は東方号がいる分、わずかなりとて逃げ場があると思っていたのに、海に 四体とはいくらなんでも多すぎる。これでは、逃げ場がどこにもないばかりではなく、街から逃れてきたエルフたちが ひしめいているだけ危険すぎる。 やむをえない、ここはアリブンタとアントラーを放置することになっても、海へ向かうべきか。海に漂うエルフたちを狙って 暴れ始めたダロンと、撃沈されそうな東方号を見てエースは苦渋の決断を下した。 だが、飛び立とうとしたエースを、そうはさせじとアントラーが首を上げて虹色磁力光線を放ってきた。 「ヌオォォッ!?」 磁力光線はウルトラマンをも引き寄せ、エースは飛び立つことさえできずに地面に叩きつけられた。 これでは、この二体をどうにかしない限りこの場から動くことさえできない。まさしく蟻地獄のように、一度捕らえた獲物は 決して逃がすまいと、アントラーは巨大なあごをギチギチと鳴らし、アリブンタは口から蟻酸の混じった唾液を垂らして 石畳の道から白煙をあげさせる。 そして、それだけならば戦場の常として覚悟の決めようもあったろうが、現実はさらに才人とルイズの心を折ろうとしてくる。 空に残ったエルフの竜騎兵の残存と陸上部隊が狂ったように魔法をぶつけてきた。超獣と怪獣と、ウルトラマンに。 「アディールを、守るんだぁーっ!」 「悪魔どもめ、死ねぇーっ!」 炎や風の刃が、無差別に降りかかってくる。それはエースに痛痒を与えるようなものではなかったが、彼らの憎しみに 満ちた敵意の視線が、若者たちの心を削った。 ”おれたちは敵じゃない” そう叫びたかった。しかし叫んでも無駄だということもわかっていた。 攻撃はがむしゃらに続き、スフィンクスとサボテンダー、さらに二体をおさえているヒドラとリドリアスにも攻撃が加えられる。 生物兵器である二大超獣は攻撃の打撃にも平然と耐えた。しかし、怪獣であるヒドラとリドリアスにはそこまでの防御力はない。 魔法の炸裂によってヒドラの体から赤い血が滲み出し、リドリアスが悲痛な声をあげる。しかも、エルフたちは彼らにとっては 当然に、しかし自らにとっては最悪の選択をこの場においてくだした。 「あっちの二匹が弱ってるぞ! 先に仕留めてしまえ!」 馬鹿な! その二匹はお前たちを助けようとしているんだぞと、才人とルイズは悲鳴をあげた。 確かに、彼らにとっては同じ怪獣に見えるだろう。しかし、少し、ほんの少しでいいから冷静な目で客観的に見れば、 ヒドラとリドリアスは街を守りながら戦っていることに気づけるだろう。それすらも、戦闘で興奮した彼らには贅沢な注文かも しれないが、彼らは目に見える世界を仲間を落とされ続けたショックで単色に塗り固め、異物をすべて排除しようとしていた。 そう、異物をすべて。 「死ねぇ、仲間たちの仇だぁぁっ!」 〔やめろ、おれたちは敵じゃない!〕 ウルトラマンAに向けても、少なからぬ攻撃が降り注ぐ。憎しみは彼らを戦士から獣に変えてしまった。 アントラーとアリブンタ、さらにはエルフたちからも攻撃され、ウルトラマンAは四面楚歌の中で苦しめられる。 彼らには、悪気はない。けれども、愚行とは決して悪意からのみ発せられるものではなく、正義感や信念、勇気や愛から どうしようもない過ちが生み出されることもあってしまう。助けに来たはずのウルトラマンAや人間たちを逆に攻撃し、 自らの破滅を加速させているエルフたちの姿を見て、ヤプールは高笑いを続けた。 「フハッハッハハ! どこまでも愚かな連中よ。塵あくたに等しい下等生物のくせに、この世の頂点などとうぬぼれたむくいが このざまよ。貴様らが、我々の家畜として生かされてきたことにまだ気づかないとはな。ウルトラマンAよ、貴様が救おうとした 者どもに殺されるならば本望だろう。今日が貴様の命日だ、フハッハハハハ!」 悲劇こそ最高の喜劇、絶望こそ至高の味と、ヤプールは異次元空間の中で多数の仲間たちと狂気の笑いのフルコーラスをあげる。 超獣以上に、エルフたちに攻められて苦しむエース。そして、オイルドリンカーとサメクジラによって木の葉のようにもまれる 東方号と、ダロンの触手によって小魚のように逃げ惑うアディールの市民たち。 絶対的な大兵力を背景に、人間とエルフの不和につけこんで全滅をはかるヤプール。悲鳴と断末魔がいくつもこだまし、 無限の未来をもっていたはずの命が次々と奪われていく。 だが、それでもかけがえのない命をひとつでも救おうと、戦士たちはあきらめない。 ウルトラマンAがアントラーに押さえ込まれているのを見たアリブンタが、逃げ遅れていたエルフたちを餌食にしようと動き出した。 アリブンタは女性の血液、それもO型の血液のみを好んで吸血する。先ほど目に付けていてエースに邪魔された少女を再び 食おうと、建物を押しつぶし、街路樹を踏み潰して、逃げる少女をアリブンタは追い詰めた。 「た、助け、誰か……」 腰を抜かし、仲間たちからも置いていかれてしまった少女を、アリブンタはよだれを垂らして見下ろした。 餓えている……ギラギラ光る複眼はそう言っていた。生き物にとって、飢えを満たしたいという欲求はなによりも強い。 絶対に助からない。少女は本能的にそう悟った。牙をむき出し、超獣が迫る……だが、その瞬間。 「デャアアッ!」 寸前で、飛び込んできたエースが割り込んだ。両腕を伏して盾となって覆いかぶさり、アリブンタの攻撃を受け止めた。 「グッ! ヌォォッ!」 だがその代わりに背中にアリブンタの攻撃をもろに受けてしまった。アントラーを振り払い、駆けつけてくるにはこれしかなかったといえ、 防御することもできない直撃の痛みはやはり並ではない。 手を突いてかばったエルフの少女は、ちょうどエースの胸元の下あたりで腰を抜かしたままでいる。彼女は恐怖に染まりきった顔で、 「バケモノ、バケモノ」と唱え続けているが、エースは彼女に一言だけ語りかけた。 「逃げろ」 「えっ……?」 「逃げろ、早く」 少女は、耳に響いてきた声が、目の前の巨人が放ったものだとわからず、一瞬困惑した。当然であろう、見たことも聞いたこともない 相手から自分たちと同じ言葉で話しかけられる……想像してみるといい、イエティやサイクロプスに日本語で流暢に「こんにちは」と あいさつされたら、大抵の人間は驚くであろう。 少女は、声が巨人の発したものだということは理解した。が、幼い脳の許容量を超える出来事の連続にまともに動くことができず、 そのままへたり込んでいると、巨人は苦しむ声といっしょに優しげな声を彼女に送った。 「……立てるかい? 立てたら、走って早く行きなさい。振り返らず、さあ!」 少女ははじかれたように立ち上がると、一心不乱に駆け出した。命が助かったことを喜ぶ間もなく、泣きながら走る。 だが、彼女はひとつだけ禁を犯した。振り返るなと言われていたのに、どうしてか振り返って後ろを見た。そこでは、銀色の巨人が 怪物の前に立ちふさがって、懸命に押しとどめていた。 「ありがとう……」 そして、東方号でも若者たちは絶望の中で必死に希望にしがみついていた。 オイルドリンカーの怪力で右の翼をもぎとられ、今にも横転転覆させられそうな東方号の上で、人間とエルフはそれでも戦っている。 「うわぁっ! 落ちるぅぅぅ!」 「バカめ! 掴まれ!」 甲板から転落しそうになった少年を、ひとりのエルフの騎士が受け止めて引き上げた。 「す、すまない」 「フン、勘違いするな。蛮人なんぞどうなってもかまわんが、犬猫でもいっしょにいると多少は情がうつるだろう」 下手な言い分であったが、助けられたほうも助けたほうも、それ以上の言葉は無用だというふうに共に戦いに戻った。 オイルドリンカーに攻撃魔法を放ち、サメクジラの接近を少しでも抑えようと周辺の海を凍結させる。焼け石に水でしかないことは 誰もがわかっているが、かといって絶望してどうなるというのか? 絶望すれば、万に一つの可能性もない。泥まみれになっても生き延びて、喉笛に喰らいついてでも敵を倒せ。はいつくばって 神に助けを請ういくじなしは、この船には誰一人としておらず、彼らの中には自らの身が危険だというのに機銃にしがみついて ダロンを攻撃し、触手に捕まったエルフを助けようとしている者もいる。 けれども、それらはまさに象に立ち向かう蟷螂の斧……けなげに見えて、まったくの無益……それでも、若者たちには、 戦い続けることをあきらめさせないたったひとつの”武器”があった。 武器とは、なにも直接敵を傷つけるものだけとは限らない。それは心の中にあるもので、人はそれを勇気と呼ぶ。 そして、勇気がただの武器と違うのは、それが自分以外の誰かの勇気につながることなのだ。 いまにも撃沈されてもおかしくない東方号。そこで、この激戦の渦中にあって、敵からも味方からも存在をほぼ忘れられていた 少女が、戦う力などまったくなさそうな細腕を震わせながら、東方号最頂部の防空指揮所に立っていた。 「これが、アディール……お母さんの、生まれた街」 街を、戦場を、戦う仲間たちを見下ろすティファニアの眼には大粒の涙が浮いていた。いつか、訪れられたらと夢見ていたが、 まさかこんな形で訪れることになるとは、運命とはなんと残酷なのだろうかと思う。 「あなた、大丈夫? やっぱり……」 「ありがとうルクシャナさん。わたしは、だいじょうぶ。だいじょうぶ、だから」 浮遊の魔法で艦の動揺から守り、ここに連れてきてくれたルクシャナが心配そうに声をかけてくるのに、ティファニアは 気力を振り絞って強く答えた。 そう、ティファニアはもう、戦う覚悟を決めていた。その手には、母の形見の杖と、ルイズが残していってくれた始祖の 祈祷書が握られ、指には水のルビーが輝いている。 「ティファニア、ほんとうにできるの?」 「ルイズさんは、もしわたしに戦う決意があるなら祈祷書は応えてくれると言いました。ほんとうはすごく怖いです…… でも、みんなも怖いはずなのに戦ってるんです。ですからわたしも……わたしだってもう、お母さんがいなくなったときみたいに、 クローゼットの中で震えているだけの自分ではいたくないんです!」 人はいつまでもゆりかごの中にはいられない。ティファニアは、森の中に隠れ潜んで、おびえ暮らしていただけの自分に決別を誓った。 「お願い、始祖ブリミル。わたしに、ほんとうに世界を動かすほどの大魔法使いの血が流れているなら、今こそ力を貸して。ご先祖さま!」 ティファニアは、以前ルイズがそうしたように祈祷書を開き、空白のページに目を光らせる。 すると、水のルビーに呼応するように白紙に光のルーン文字が現れた。 『序文。これより、我が知りし真理をここに記す……』 ルイズが受けたものと同じブリミルの遺言と虚無の啓示、続いて祈祷書に今ティファニアがもっとも必要としている魔法の呪文が浮き上がる。 だが、祈祷書は呪文を授けるのと同時に、意思あるもののように、ひとつの警告をティファニアに与えた。 『使い手に警告する。虚無のうちにも、いくつかの系統がある。しかして、この呪文は、君の系統には本来合わないものなり。使えば、 君の蓄えた力は失われ、二度と放つことはできなくなるかもしれない。その覚悟をもちて、選択せよ』 この魔法は生涯一度限り。そう警告する祈祷書の言葉に、ティファニアが見せたのは迷いない笑顔だった。 「ありがとうご先祖さま。でも、惜しくはないよ。だって、今のわたしにはもっと大事なものが、守らなきゃいけないものがあるから。 わたしはきっと、このときのために生まれてきたんだと思うから!」 浮かんだ魔法の呪文を唱えながら、ティファニアは杖を振り上げた。 ルーン文字の言葉が躍るごとに、彼女が生まれてから今日まで蓄えてきた魔法力が法則に従って解放され、巨大な渦になっていく。 最初から、加減などするつもりはない。はじめてできた友を、母の故郷を、これから友達になれるかもしれない人たちを救えるならば、 この命を擦り切れさせてもかまわない。 いまやティファニアは魔力の太陽にも等しい。その、ひとりの人間が持つには不相応すぎる、まさしく神か悪魔に相当するような 莫大な力の波動にルクシャナは震えた。 「これがシャイターンの……力!」 あるものは神と呼び、あるものは悪魔と呼ぶ力。伝説にうたわれる最強の魔法が今、無限の光芒とともに解き放たれた。 『エクスプロージョン!』 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6894.html
前ページ次ページゼロの黒魔道士 「――始祖の祈祷書には『虚無』と書かれておりました。姫さま、それは本当なのでしょうか?」 ルイズおねえちゃんが話した内容は、奇妙なものだった。 『水のルビー』が『始祖の祈祷書』と反応して光を放ち、新たな呪文を浮かび上がらせたんだって。 それが、『エクスプロージョン』。 『ホーリー』とかと同じぐらい白く清らかな光に、『ジハード』よりも強く恐ろしいまでの破壊力を込めた魔法。 しかも、あれだけの混戦の中を、目標を1つ1つ分けて破壊できるというとんでもなさ。 どれだけのMPを支払っても、こんなことをやりおおせることはできないと思うんだ。 これが伝説の『虚無』ってことなら、伝説になるのも当然だと思う。 なんか、虚無って、すごいなぁ…… ゼロの黒魔道士 ~第四十五幕~ 女王に祝福と忠誠を 「ご存じ、ルイズ?始祖ブリミルはその三人の子に王家を作らせ、それぞれに指輪と秘宝を遺したのです。 トリステインに伝わるのが貴女の嵌めている『水のルビー』と始祖の祈祷書」 「ええ――」 そんなに大事なものをルイズおねえちゃんに預けたんだ…… よっぽど、信頼してるのかなぁ? 「王家の間では、このように言い伝えられてきました。始祖の力を受け継ぐものは、王家にあらわれると」 ってことは、ルイズおねえちゃんは……? 「私は王族ではありませんわ」 「ルイズ、何をおっしゃるの。ラ・ヴァリエール公爵家の祖は、王の庶子。なればこそ公爵家なのではありませんか」 ルイズおねえちゃんがハッとした顔になる。 よく事情は分からないけど、ルイズおねえちゃんが伝説の『虚無』の力っていうのを使えても不思議じゃないみたい。 なんか、ますますすごいことになってきたなぁって思うんだ。 「貴女も、このトリステイン王家の血をひいているのですよ。資格は十分にあるのです」 そう言ったあと、お姫さまがボクの左手を取ってしげしげと眺めてこう言ったんだ。 「この印は、『ガンダールヴ』の印ですね? 始祖ブリミルが用いし、呪文詠唱の時間を確保するためだけに生まれた使い魔の印」 呪文詠唱の時間確保……ってことは、ボクはルイズおねえちゃんを守るための力を持ってるってことかな? なんか、この左手の模様が、もうちょっと誇らしくなった気がするんだ。 「では――間違いなく私は『虚無』の担い手なのですか?」 「そう考えるのが、正しいようね」 それは、伝説の力ってことで、ものすごいことだけど、お姫さまの顔は沈みっぱなしだったんだ。 「これで貴女方に勲章や恩賞を授けることができなくなった理由は分かるわね?ルイズ」 「……え?ど、どうして、なの?」 ボクには、ちっともわからなかったんだ。 「大きすぎる力は、余計な争いを生む――ですわね」 「そう、『虚無』の力は一国でさえ持て余すほどの力。 その秘密が知れたら、私利私欲のために利用しようとする者が必ず現れ、躍起になるのは目に見えております」 言われてみて、なるほどって思ったんだ。 ダガーおねえちゃんの召喚獣の力は、母娘同士を争わせるひどいことになっちゃったし、 大きすぎる力って、あまり喜ばしいことなんかじゃないのかもしれない。 「だからルイズ、誰にもその力のことを話してはなりません。これは、私と、貴女と、貴女の小さい使い魔との秘密よ」 「――おそれながら姫さまに、私の『虚無』を捧げたいと思います。 神は、姫さまをお助けするために、私にこの力を授けたに違いありません!」 お姫さまと同じように沈んだ顔で静かに話を聞いていたルイズおねえちゃんが、 拳をギュッとにぎって、お姫さまを真正面に見据えて言葉をつむぎだしたんだ。 「いえ――いいのです。母が申しておりました。過ぎたる力は人を狂わせると。 『虚無』の協力を手にした私がそうならぬと、誰が言いきれるでしょうか? ですから、貴女はその力を一刻も早く忘れ、二度と使ってはなりませぬ」 「私は、姫さまと祖国のために、この地からと体を捧げたいと常々考えておりました」 お姫さまに否定されてもなお、ルイズおねえちゃんがことばを続ける。 それはきっと、ルイズおねえちゃんの決意、みたいなものだと思ったんだ。 「しかしながら、私の魔法は常に失敗しておりました。ご存じのように、ついた二つ名は『ゼロ』。 嘲りと侮蔑の中、いつも口惜しさに体を震わせておりました」 だからこそ、意地を張ったり、がんばってきたりしたんだと思う。 でも、そんながんばりだって、きっと単純な理由だったんじゃないかなぁって思うんだ。 「しかし、そんな私に神は力を与えてくださいました。私は自分が信じるもののために、この力を使いとうございます。 それでも陛下がいらぬとおっしゃるなら、杖を陛下にお返しせねばなりません」 大切な人達を、ただただ守りたいって思うから。 だから、精一杯、がんばってきて、悔しい思いをして、ここまで来たんだろうなぁって思うんだ。 ボクとルイズおねえちゃんは似ている。 ボクは臆病だったから、ルイズおねえちゃんは魔法が使えなかったから、 そんな悔しさが、きっと、後々の覚悟や決意につながってくるんだろうなって思うんだ。 だから、ルイズおねえちゃんのこの覚悟は、とってもうれしいものに感じられるんだ。 そして、ボクももっとがんばらなきゃって思う。 「分かったわ、ルイズ。貴女は、今でも――一番の、私のお友達。 ラグドリアンの湖畔でも、貴女は私を助けてくれたわね。私の身代わりに、ベッドに入ってくださって――」 「姫さま」 ガシっと抱き合う二人は、ほんと仲良しって感じがしたんだ。 「――相棒よぉ、娘っ子達、毎度毎度大袈裟すぎめぇか?」 「んー……いいんじゃない?なんか、友情って感じがして」 デルフはあくびしたそうに言うけど、こういうのって、本当にいいと思う。 『友達だから』。そういうのを恥ずかしくもなく言えるって、かっこいいことだと思う。 「これからも私の力になってくれるというのねルイズ」 「当然ですわ、姫さま」 「ならば『始祖の祈祷書』はあなたに授けましょう。しかしルイズ、これだけは約束して。 決して『虚無』の使い手だということを、口外しませんように。また、みだりに使用してはいけません」 「かしこまりました」 「これから、貴女は私直属の女官ということに致します」 話がとんとん拍子で進んでいく。 お姫さまが隅にあった羊皮紙にサラッと杖をふると、 なんとなくかしこまった感じの書類が一枚できあがる。 「これをお持ちなさい。私が発行する正式な許可証です。王宮を含む、国内外へのあらゆる場所への通行と、 警察権を含む公的機関の使用を認めた許可証です。自由がなければ仕事もしにくいでしょうから」 それを小脇に抱えて、うやうやしく一礼をするルイズおねえちゃん。 ボクも、慌ててそれにならった。 「貴女にしか解決できない事件がもちあがったら、必ず相談いたします。 表向きは、これまでどおり魔法学院の生徒として――と、言わなくても、貴女なら大丈夫でしょうね」 優しい笑顔を作って、ルイズおねえちゃんからその後ろのボクに今度は視線を移す。 「これからも、ルイズを、私の大切なお友達をよろしくお願いしますわね。小さき優しい使い魔さん」 「うん、分かったよ!」 言われなくても当然だけど、でも、よりがんばろうって気になった。 今までみんなに助けられた分、いや、それ以上になるぐらい、がんばろうって思ったんだ。 「――あぁ、そうですわ!早速、最初の任務をお願いしてもいいかしら?」 早速、何かがあるみたいだった。 「何なりと!姫さまのためなら地の果てだって行きますわ!」 「そんなに遠くまで行かなくて結構よ、ルイズ」 眉をちょっとだけしかめて苦笑いするお姫さまは、再び羊皮紙に杖をふって、何かの手紙を書き上げたんだ。 「これを、ヴァリエール公爵にお渡し願いたいの」 「私の父に、ですか?」 それをルイズおねえちゃんに渡す。 ルイズおねえちゃんのお父さん?どんな人、なのかなぁ? 「そう。今、信用できる方って、少ないですから」 少し、溜息をつくお姫さま。女王さまの仕事って、やっぱり大変みたいだ。 ダガーおねえちゃん、大丈夫かなぁ……? 「政権を新たに立て直すに当たって、今までの財政や貴族そのもののあり方見直しする必要があります。 アニエスの登用もその一環でしてね。ですので、公爵のお力もお貸し願えないかと―― 第一線は退かれたとはいえ、まだまだ影響力がおありですし、清廉潔白で知られておりますから」 難しいことはよく分からないけど、お姫さまががんばるために、ルイズおねえちゃんのお父さんの力が必要っていうのは分かった。 「なるほど。――しかしお言葉ですが、そうしたことなら、父を直接王宮に呼び寄せても良いのでは?」 「ある程度秘密裏に、ですのよ。頭の硬く、腐りきった方々には、か弱い娘が政治に四苦八苦してる方がお望みでしょうし」 ……?油断、させるってことなのかなぁ、悪い人たちを?お姫さま、色々考えてるなぁ…… 「――姫さま、案外楽しんでませんか?」 「あら、これでも、僅かな楽しみを見つけるのに苦労してますのよ?」 でも、確かに楽しそうだった。お姫さまって、これぐらいタフじゃないとできないのかもしれない。 「引き受けてくださるかしら?」 「もちろんですわ!父も、体の動く内に姫さまのお役に立てることを光栄に思うはずですわ!」 「それでは、お願いね?」 「「はいっ!」」 ルイズおねえちゃんと一緒になって返事をする。 ルイズおねえちゃんのお父さん、か……どんな人なんだろ? ピコン ATE ~異端者共の巡礼~ ロマリア連合皇国の歴史をまとめてしまえば、『何度も小競り合いを繰り返した後、始祖の名を使って無理矢理1つになった』 という具合に、身も蓋もない文章でくくられてしまう。 しかし、このハルケギニアにおいて、始祖ブリミルを讃えるブリミル教は絶対無比の存在であり、 ブリミルの弟子の一人である聖フォルサテを祖王とし、 ブリミルが没したとされるロマリアは聖地に次ぐ重要な場所であり、 少ない国力をその信者の求心力によって十二分に補い、 我が物顔でガリアの南はアウソーニャ半島に聖者の長として君臨していた。 すなわち、この地の王でもある教皇に逆らうことは異端であり、 異端とはすなわち、このハルケギニアでの生を否定することであった。 「――あ~、なんっか腹立たしい!」 「――分からぬではない。が、口に出してどうする?」 そんな国家の首都、宗教都市ロマリア、神官共の言葉を借りるなら『光溢れた土地』にあって、 不敬なる大小二つの影が、大通りの脇に突っ立って会話をしていた。 感情豊かに怒れる少女と、それをたしなめる青年。 兄妹、あるいは年若い親子といったように見える二人だ。 共に綺麗なブロンドで、肌を言えば陶磁器のように白く透き通っている。 それが、周囲に合わせ、元は白かっただろう薄汚れたローブで全身を覆っている。 美の神とやらがおわすなら、もったいないことだと嘆いたことだろうか。 「臭いし、汚れてるし!ほんっと嫌な感じ!」 「言ってもしょうがあるまい。それとも、騒ぎでも作るつもりか?」 少女がイライラしながら指摘するとおり、ロマリアの街は酷い有様だった。 山奥の魚市場のごとく、腐った匂いと目であふれていた。 ここには救いを求める信者は山のようにやってくるが、 仕事と呼べる仕事はなく、信者たちは配給のスープに群がって1日を過ごすだけ。 それを見て笑うのは、実のならない議論を交わすだけの神官共。 自分たちだけは『光溢れる』の字通りに煌びやかに着飾っている。 光と影、この街では、その境目がわかりやすい形で提示されていた。 「これじゃ血を吸う気にもなれないの!」 「間違っても、吸うのではないぞ。ここは、我々を快く迎えない者達の巣だ」 その二人は、その光にも影にも属していなかった。 あえて言うならば、闇、だろうか。 始祖のご威光とやらが全く届かない、漆黒の闇。 「我らには、約束があるからな。ここでなるべく騒ぎを起こすなという」 そう感情を排除した声で言う青年。 そのローブの奥に、すらりと長く延びる陶磁器の破片が垣間見えた。 エルフ。特徴はその長い耳。 それはハルケギニアで最も恐れられる、ブリミル教の敵。 「でもでも、イライラしてくるんだもの!あいつら見てると!」 そう子供らしい撥ねる声で文句を言う少女。 その尖らせた口に、鋭利な刃物の切っ先が垣間見えた。 吸血鬼。特徴はその白い牙。 それはハルケギニアで二番目に恐れられる、人間共の敵。 よりにもよって、ここ、ブリミル教のお膝下で、異端中の異端、敵の中の敵が2体、 大胆不敵にも大通りの片隅で呑気な会話を繰り広げているのだ。 白いローブで、それぞれの特徴である長い耳や太陽に弱い肌を隠してあるとはいえ、 正体を知られれば、聖堂騎士隊が最上級の武装でもって排除しにくる存在であるにも関わらず。 「それにさぁ、ビダおにいちゃん。エルザ、退屈なんだもん。――たかだか偵察、なのにさぁ」 エルザと自称した吸血鬼がベェーッと舌を出して不満を訴える。 彼女にとって、この仕事は退屈極まりないのだ。 別に暴れられるわけでもなく、主食である血液を大量摂取できるわけでもなく、 ただ『ロマリアの状況を見てくる』この仕事は、根が少女そのものである彼女には退屈極まりなかった。 「気分が悪いことは認めよう。だが、それと仕事とは別の話だ」 やや不服ではある、ということを言外にこめ、ビダおにいちゃんことビダーシャルがつぶやく。 エルフである彼が『打倒エルフ』『聖地奪還』を標榜とする宗教の本拠地にいて気分がいいわけがない。 だが、彼とて任務の重要性が分からぬほど無能ではなく、むしろエルフの中でも慧眼の持ち主として知られた存在であった。 何時かは分からないが、いずれ技を交えなければならなくなるやもしれない相手。 その相手の懐の内を己の目で見るということは、重要な任であることは間違いなかった。 しかし、である。 いくら蛮族を下に見ており、このハルケギニアに来て不快な思いを幾度となく抱いた彼ではあっても、 ここに来たときほど胸糞が悪くなることも無かった。 ここでは、光の名を借りた蛮族の教えが、同族の屍をじわじわと貪り尽くす光景を生みだしている。 いかな蛮族とはいえ、このような陰惨な絵は好んで見たいとは思わぬものだった。 不衛生な大通りに貧民となった蛮族共があふれ返り、それに薮蚊がたかっている。 ビダーシャルも何度か刺された。 ローブの奥なので、かこうにも耳を隠さねばならず、仕方なく被った布の上からポリポリとかきながら、 不遇なる蛮族共を見ていた。 「――やれやれ、お二人とも、こちらにいらっしゃったのですか?」 銀髪のローブの男がゆるゆるとした足取りで異端な二人に近付いてきた。 クジャよりはやや見劣りはするものの長く鮮やかな銀髪に、ナイフのような切れ長の目が似合う美男子である。 「大通りで目立つ場所な上に、陽も高うございますのに。お二人の豪胆さは理解致しかねます」 貴族仕えの給仕のごとく、丁寧で流麗な口上は、聞く者に不快感を抱かせぬよう計算されつくされたものである。 「あ、トマおにいちゃん!終わったの?」 「えぇ、どうにか終わりました。何より、終わりませんと帰ってこれません」 トマおにいちゃん、と呼ばれた男は小さな微笑みを湛えてそう答える。 少しばかり疲労はしているが、一仕事を終えた男特有の良い表情をしていた。 「――情報は?」 「クジャ様はどうやられたのですかね?私めでは『これ』が精いっぱいでして」 そう言って差し出したのは、灰色になった紙片。 だがその色は、よくよく見れば、無数の黒い点が白紙に踊ることによって作り上げられていた。 さらに詳しく見れば、その点の1つ1つが文字であり、言葉であり、意味をなす文章であることが分かる。 それが掌ほどの紙片一面を満たしている。 「――細かいな」 エルフの男は蛮族の器用さに感心した。 エルフも手先が器用な種族として知られている。 それは編み物等の素朴な工芸品に表れている。 だが、今手にしたような紙片、このように文字を限られた空間に詰め込むということを、 精霊の力や蛮族の魔法を借りず成し遂げるなど、そう簡単には信じがたい。 「隠し持ちながら写しましたのでね。バレますと厄介ですし。いやはや、流石に時間がかかりました」 手首をブラブラとさせて“疲れた”というジェスチャーをしながら、 自身が器用である証拠を見せ付けた男が答える。 「これで全部か?」 「最新のものだけで精いっぱいですよ。昔のものまで探っておりましたら、いくら時間があっても足りません」 「曖昧な仕事は好まぬが、ジョゼフならば十分と言うであろうな」 それでも、かなりの情報量が集まったことになる。 外見で蛮族でないことがバレる恐れや、ディテクト・マジックで正体が判明する危険性を考え、 この男に潜入させたのは正解だったと見える。 「っん~!じゃ帰ろっか!ここって息がつまるし!」 エルザが両手を天に掲げて伸びをする。 結局、自分たちが暴れる必要が無かったことに若干の不満を覚えつつ、あくびを1つ。 この分だったら護衛に吸血鬼とエルフという組み合わせは不必要だったのではないか、ということを考えながら。 「もう、でございますか?少しぐらいは休ませていただきたいのですが――これは?」 ビダーシャルが少しばかり高級そうな紙を懐からチラッと見せる。 少なくとも、こっちの紙は灰色になるまで書き込まれてはいない。 せいぜいが短い1文ぐらいだ。 「イザベラからの書状だ。『偵察ごときに何をしてる。急ぎ戻れ無能共』だそうだな」 「うわ。エルザ、カッチーんって怒っちゃうな、それ!手紙だけはえっらそうにさぁ……」 「――ま、仕様がありませんね。主の命は絶対ですし」 この3人は、北花壇騎士団の補佐、という形で雇われていることになっている。 所属としてはややこしいが、国が人を動かすにはそれなりに名目が必要なのだ。 そのありがたくない名目のため、ガリア王ジョゼフの娘、つまりタバサの従姉妹にあたるイザベラが彼らのボス、ということになる。 「トマおにいちゃん、言葉づかいがかたいよ!生意気デコ娘いないんだしさ、もっと気楽に行こうよ!」 「そうおっしゃられましても――」 「いいの!わたしが許す!こっちまで息がつまるし!つか息抜きしないと血、吸っちゃうぞ~!」 子供っぽい悪戯な目で、トマおにいちゃんを見るエルザ。 青年はやれやれとため息をついて、伸ばしていた背筋をやや猫背気味にした。 「――ったく、ガチでダリぃべ?あのデコンパチがよぉ~…… こちとら平民よ?変態パンツマンと同じ働きできるかっつの!普通にうざデコいわ、あのアマ……」 見事な変わりぶり。先ほどまでの懇切丁寧な雰囲気は消え失せ、路上でイキがっている若者の姿に成り下がる。 「フフフ、やっぱトマおにいちゃん、そっちの方がよっぽど『らしい』よ!」 「ふぅ――やめてくださいよ。ごろつきは卒業したんですから。今はこちらの言葉づかいが素の私です」 再び、背筋を伸ばし、どこに出してもそう恥ずかしくはない貴族の付き人に戻る。 器用なのは手先だけではなく、全身が器用らしい。 彼、トマおにいちゃんことトーマスは、なんやかんやで貴族と付き合ってきた期間が長い平民の1人だ。 彼の父が今は亡き王弟、オルレアン公のコック長を務めていたことから、ラグドリアン湖近くの屋敷に幾度となく出入りし、 今はタバサと名乗るシャルロットお嬢様と平民ながら親しくしていた間柄なのだ。 手品が得意で、いつもシャルロットお嬢様を喜ばせる快活な少年だった。 そんな彼の運命を変えた出来事は4つほどある。 1つ目はかの有名な“無能王”ジョゼフによるオルレアン家の取り潰し騒動。 この事件により、オルレアン家の使用人も散り散りになり、路頭に迷ったかつてのコック長もすぐに他界。 トーマスは野良犬のように日々を暮らす毎日だった。 求めては奪い、襲われては殺す、そんな獣のような日々。 2つ目はそんな人獣の世から救われたということだ。 単純に、元来から持つ手先の器用さと度胸を買われただけだし、 拾われた先にしたって、イカサマカジノを経営し私腹を肥やす屑だった。 トーマスに読み書き礼儀作法を教えたとはいえ、それもカジノの給仕兼用心棒をさせるためだけだ。 とてもじゃないが救われた、とは言い難い。 それでも、トーマスを路傍から救った屑に、若きトーマスは感謝し、一生を尽くすつもりだった。 例えそれが、どんな汚れ仕事につながるものだったとしても、だ。 3つ目は、皮肉にも、かつての主にそれが壊されたことだ。 北花壇騎士団の騎士として、カジノを訪れたかつての主、シャルロットお嬢様ことタバサ(とその従者)の手により、 彼の居場所はボロボロに崩された。イカサマは暴かれ、増えた資金は元の持ち主に返された。 しかし、それを恨むことはない。 彼はどちらの主も好いていたし、所詮、ごろつき上がりの平民であることを意識していたからだ。 だから、屑諸共懐かしき薄汚れた通りに放り出されても、絶望はしなかった。 4つ目は、再びそんな状況から救いだされたことだ。 どこからか、彼らの所業と手並みを聞きつけた、彼以上の銀髪の持ち主が彼らの目の前に現れたのだ。 レストラン脇の、ゴミ捨て場の代理肉を漁る彼らを。 彼の主であった屑は、商才と弁舌を見込まれオークションハウスに雇われた。 そしてトーマスは、再び、器用さと度胸を見込まれてちょっとした汚れ仕事を手伝わされている、というわけだ。 一応はお偉い様方に仕えている身なので、言葉づかいや動作は細心の注意を払っているが、 必要とあれば汚れ役はお手の物という不良らしく振る舞うのはいとも簡単だった。 「え~。いいじゃん、アウトローなトマおにいちゃん!そっちの方がいいと思うよ?」 「エルザ様、ご容赦を。身よりなき平民は生きることすら困難なのですよ。ここハルケギニアでは」 駄々をこねる吸血鬼の少女をやんわりたしなめるトーマス。 その言葉には実経験に裏打ちされた響きがこもっていた。 アウトローには、野良犬には未来は無いのだ。少なくとも、ここハルケギニアでは。 「その辺、人間って不便だよね~。やっぱり、屍人になった方が気楽なんじゃない?」 屍人は、吸血鬼の傀儡だ。血を吸われ、吸血鬼の言いなりになる存在。 「それは丁重にお断りさせていただきます、エルザ様」 流石に、操り人形になるぐらいなら、貴族にこき使われる平民の方がいい。 トーマスは笑顔でエルザの申し出を断った。 「行くぞ」 仕事を終えればすぐ帰る。ビダーシャルはあくまでも淡々としていた。 「ねぇねぇ、やっぱり血、吸わせてよ!ここ2週間ぐらい我慢してたんだし!」 帰りの道中、エルザがトーマスに抱きつく。 その姿は幼馴染のお兄ちゃんに抱きつく可愛い少女そのものだった。 「ご容赦を、エルザ様――」 「え~?ケチ~!直接じゃなくてさ、首からピューって出してくれたの、マグで1杯でいいからさ!」 ただ、その口から出るのは少女としてはかなり異質であったが。 「マグ1杯も出しましたら、平民の身では命の危険がございまして――」 「新鮮なのが飲みたいの!死んだのからとか、紛い物からじゃなくて!」 「そう申されましても、私ではいかんとも――」 「いいじゃん~!ほら、ピュッと出してよ!あなたの熱いのが飲みたいの!」 「や、やめ、おやめくださ、やめやがれこんちくしょ平民なめんな!?」 じたばたと体を絡ませ暴れる2人を見て、ビダーシャルが珍しく感情豊かにため息をつく。 「気楽なものだな――痛っ」 彼としては、早急にこの居心地の悪い街を抜け出し、 別の吸血鬼、薮蚊にかまれた場所を思いっきりかきむしりたくてしょうがなかった。 おまけに顔の横をが甲虫の類が高速度で横切り、爪か羽で引っ掻かれた。 手当したいところだが、ローブを脱ぐわけにもいかない。 全く、この蛮人の聖なる街とやらはやはりエルフには優しくないと見える。 虫の一匹すらエルフを嫌っているのだ。 精霊の力を、自然の力を信望するエルフの身として、ビダーシャルはほんの少し寂しい気持ちになった。 「ほ、ほら、ビダーシャル様が血を流してますからっ!?」 「あ、ほんとだ――美味しいかなぁ?」 「――飲むなら、帰ってからにしてくれ」 騒がしい不信心者共は騒がしいまま街を出た。 前ページ次ページゼロの黒魔道士
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7367.html
前ページ次ページ絶望の街の魔王、降臨 「I love working for Henrietta(アンリエッタが大好きな)」 『アイラヴウァーキンフォアンリエッタ!』 「Let me know just who we are?(俺が誰だか教えてよ)」 『レッミーノゥジャストフーウィーア゙ー!?』 「1,2,3,4 Tristain magic corps(トリステイン魔法部隊)」 『ワンツースリーフォートリィステインマジッコー!』 「1,2,3,4 We love magic corps(愛してる魔法部隊)」 『ワンツースリーフォーウィーラヴマジッコー!』 「My corps(俺の部隊)」 『マイコー!』 「Your corps(お前の部隊)」 『ユアコー!』 「Our corps(俺達の部隊)」 『アッワコー!』 「The magic corps(魔法部隊)」 『ザマジッコー!』 少年達は走る。トリステイン風に改編されたラニングカデンスを歌いながら。 先頭には『王宮から派遣された教導隊』の隊長。そして生徒の列を囲むように教導隊員が走っている。 生徒達の中には目が虚ろだったりする者もいるが、更なるペナルティを恐れて気力で走っている。幾つかの班に分けられ、チームから脱落者が出たら一人につき十周のペナルティ。団体責任の恐ろしさをその身に刻んでいる。 そんな様を遠くから──寮の一室から──見つめている影があった。キュルケとタバサだ。 「体力が無いのは判るけど、一日中走るのはどうなのかしら。それに、あの歌は何なの?」 PT! PT! と叫ぶ男子生徒達。貴族なら絶対に言えるはずはないが、意味を知らなければ関係無い。要は雰囲気なのだ。それはどこか宗教的なものをキュルケに感じさせた。 「…………」 タバサは返事を返さず、黙々と本を読みふける。 「それに、あっちはあっちで何かしてるし」 学院外周を這い回るミミズのような人の列から眼を離し、塀の中の広場を見る。数人が二人を囲んで座り、囲まれた二人は激しく動き回って、隙あらば素手で襲い掛かる。ギーシュとマリコルヌ、それに何人かの名も覚えていない男子生徒だ。 ルイズ達が学院を離れている間、思うところがあったらしく見よう見まねで訓練していた連中だ。あの短期間の割にはそれなりに体力がついたらしく、こうして次のステップに移行しているのだ。こころなしか、マリコルヌが少し痩せたように見える。学院外周マラ ソンも、自主訓練組の中で最下位ながらも完走している。 そこから少し離れたところでは、スコップを持った生徒が深く長い穴を掘っている。ペナルティを受けずに完走した奇跡のチームが、戦場の命綱である塹壕を掘っているのだ。 「学院はいつ軍隊になったのかしら」 確かに、それは紛れもない軍事訓練だった。訓練メニューはジルが提案し、それをウェールズ経由でアルビオン貴族達に教え、彼等は生徒に訓練を施す。 「ジルもいないし……どうしようかしら」 ジルはこの訓練に参加していない。彼女の教え子であるギーシュは、日々淡々とジルに与えられた訓練メニューをこなしていた。訓練中は砂鉄の入った50kgの背嚢を背負い、早朝の50リーグマラソン、各種筋トレ、格闘訓練。時々、手合わせをするくらいか、 ジルが干渉するのは。 「こんな時にも関わらず、コルベール先生は……」 研究小屋から煙が昇っている。彼がそこで何かをしている証拠だ。 キュルケは彼を軽蔑していた。彼女が誇る、何よりも攻撃に特化している火の系統を、土の補助であると言わんばかりに使い、その術を研究しているのだ。この前も妙な機械を教室に持ってきて総スカンを喰らっていた。そして気弱でヘタレで、同じ火の使い 手として恥ずかしい、そう思っていた。ぼーっと見ていると、煙突から上る煙が濃くなり、やがて火山の様に火を吹くが、いつものことだ、誰も気にしない。 「まあいいわ。ジルとルイズが帰ってくるまでの我慢よ、我慢」 退屈は、いつもからかう相手であるルイズがいないのと、愛しいジルがいないのが原因だ。男が全員訓練に駆り出されていなければ暇のつぶしようもあるが────いま時間があるのは女子だけだ。授業は全て中止、暇を持て余した女子は大多数が寮塔 にひきこもっている。百合に覚醒はしているが、ジルが男より(ある意味)たくましくりりしいからであって、誰でもいい訳ではない。 「何があったのかしら?」 城で随分待たされ、ジル達が戻ってきたと思ったら『先に帰れ』。 下手に逆らって王族に睨まれるのも嫌なので大人しく従ったが、あれから何等の連絡もない。来たのはどこかの軍人貴族達がわらわらと。男子生徒が集められ、すぐに訓練が始まった。 「また厄介事を頼まれてるんじゃないでしょうね」 窓の外に向けて呟く。蒼髪の少女からは返事はなく、ページをめくる音すら聞こえない。振り向くと、 「あ、サイレント」 ジルは宝物庫を漁る。明らかに価値のありそうなものは無視して、見覚えのあるものだけを探す。それらは既に山になっており、その扱いの酷さに案内した衛士は蒼くなっていた。メイジの彼には雑然と積み上げられたガラクタにしか見えないとはいえ、ここに ある、即ち、これらはまがりなりにも国宝なのだ。 「こんなものね」 一ヶ所に集められた金属と木の塊。それらは確かに禍々しい。なんてことのない、平民が使うただの銃だ、何も恐れることはない。そのはずなのに。 「さ、運んで」 数百年前から伝わる『朽ちぬ台車』に載せて、それを衛士に示す。平民とはいえ、王女の勅命により動いている者の命令に反すると言うことは、即ち王女の命に反すると言うこと。 せめてもの抵抗と言わんばかりに、返事もせずに衛士はそれに従い、ジルは一人残される。 「こんなとこにもあるとはね」 誰もいないのを確認すると、ジルは宝物庫を振り返る。視線の先には錆びた鉄の箱。どこかでは四次元BOXとか呼ばれていたらしい。不思議だが、便利極まりないもの。 ジルはその蓋を開け、中から小さな箱を取り出す。アルビオンの宝物庫にあった金銀財宝、その中にやたらとキラッキラ光るものがあった。まるでキーアイテムの様に。 しかし、それはニューカッスルでは使える場所はなかった。そしてジルの勘では、これは仕掛けのキーアイテムではない。鳴らないオルゴール、恐らくこれは、何か他のものと組み合わせて使う、魔法的なもの。或いは、魔法による何かが隠されている。気には なっていたが、今まで取り出せる暇がなかった。 取り敢えずこれは保留にする。今は、アンリエッタ親衛隊に渡す銃器の確保が最優先だ。ニューカッスルから勝手に回収した宝物は後でウェールズに返しておくことにして、その時ついでにこのオルゴールの事も訊いておこう。そう結論を下す。 「さて、次は倉庫ね」 仕掛けの前で安息室に忘れ物をしたのに気付く、なんて間抜けは多分しないと高をくくり、オルゴールをアイテムBOXにしまってから、次の目的地に向かう。 「AKがあるといいんだけど」 1949年から60年以上に渡り使われ続けている、カラシニコフ式突撃小銃47年型、それとそのヴァリエーションを探す。扱い易く整備が簡単、火力・威力共に申し分なく、頑丈で信頼性が高い。旧ソヴィエト、現ロシアのみならず、あらゆる国で様々なヴァリエー ションやコピー品が造られ、そしてこれからも使われ続けるであろう、人類史上最高傑作の銃。 この世界に於いては、これでもかなりのオーバーテクノロジーの塊だが、相手は魔法という反則技を連発するのだ。これくらいのチートは許されなければ、銃士隊は常に苦戦を強いられるだろう。 それに────ジルは思い出す。ニューカッスルの一室に封印されていたコートの巨漢。もしかすると、最悪ああいった化物とも戦わねばならない可能性もある。7.62mmや5.56mm程度では、散々叩き込んでやっと気絶させるくらいしかできないが、足止め程 度はできる。剣であれば────殴られてジ・エンド。 ……まさか、ね。 そう思いつつも、悪い予感は消えない。 「お待ちしておりました」 扉の前の男がジルに声をかける。朝、城の前で別れたケイシーだった。つまり、ここが最後の倉庫。 「ご苦労様。早速開けてもらえるかしら?」 「は」 巨大な扉には不釣り合いな程に小さな、しかし、それでも普通の鍵に比べればかなり大きな鍵。それを扉に突き刺し、回す。相応の重苦しい音を立てて鍵は解放され、扉は開かれる。まるでどこかの洋館か地下施設か、その扉にジルは既視感を覚える。 「ねえ」 と、ジルはケイシーに問う。 「何でしょうか?」 「なんでハルケギニアの貴族って────」 その奥に鎮座していたのは、明らかにおかしいもの。ガラクタの山の中に、これでもかと言うほど、自己主張する大きな箱。 「物騒な物を集めたがるのかしら?」 バイオハザードマークとアンブレラのロゴつきの、コンテナ。 結局AK-47・AKM・AK-74シリーズだけでは数は揃わず、RPKやガリルなどのコピーやヴァリエーションで代用することになった。 「石造りの建造物の内部では、銃声で耳を痛める確率が高いわ。跳弾で自分や味方が負傷することもあるの」 「は!」 それでも幾つか足りなかったので、Kar98KやM1903などのボルトアクションライフルでその穴を埋めた。今ジルの管理下にある銃で、扱いが容易なのはそれくらいしかなかった。西側の銃もあったが、どうしても予備パーツの量──AKシリーズのジャンクは他に 比べかなり存在した──や整備性などで劣る。近代の銃に慣れない彼女達に、やたらと複雑なM4やG3を使わせるとなると、教育にかなりの時を要するだろう。それこそ、月単位で。アンブレラのコンテナの中身など論外だ、あんな超兵器、ハルケギニアの技 術レベルでどうやって運用しろというのだ。 「いい? レシーバーのカバーを取り付けて……そう、それを元に戻すの」 「これですね?」 だが、AKシリーズやボルトアクションライフルは、そこまで扱いが難しい物ではない。むしろ簡単と言えよう。訓練開始から三時間、既に分解整備の講習が終わっていた。 「じゃあ、実際に撃つわよ」 『は!』 ガシャガシャと、初弾を装填する音がジルの周りで起きる。 「合図したら、セミオートで一発ずつ撃つのよ。まずは慣れることから」 『了解!』 アンリエッタ親衛隊は、素直にジルの言葉に従う。ソヴィエトの上層部が兵士を信用しなかった故に右側に付けられたセレクタがセミになっているのを確認して、 「Fire」 ────案の定、7.62mmの反動を制し切れなかった何人かが姿勢を崩したり倒れたりする。一人一人の間隔はかなり空けてはいるが、もしフルオートなどで撃ったら悲劇が起きただろう。低性能な黒色火薬を使うマスケット銃に慣れた彼女達に、トリプル ベース火薬を使う近代銃はかなり反動が大きく感じられるだろう。おまけにAK-47は曲銃床だ。 「倒れた者は伏射姿勢に」 『コピー!』 慣れさせるのが目的なのだから、射撃姿勢はより安定していた方がいい。いずれは土のメイジが作った鉄の像を相手に射撃訓練をさせるが、今はこれくらいしかできない。 「全弾撃ち尽くしたら待機」 サイドアームとしてハンドガンを渡してはいるが、いかんせん数が少ない。いや、あるにはあるが、フェイファー・ファイアアームズやS W謹製の化物リボルバーが木箱に詰め込まれているのを見たときは、流石のジルも呆れた。こんなものを戦場で撃てるのは、 レオンかゲームやドラマの中のフィクションでしかない。自分のことは棚に上げて。 「リロード」 『アイ、リローディン!』 マガジン、ベルトリンク、クリップ。比較的簡単な構造で、予備部品の多いものを選んだのだが、どうしても統一はできない。部品の互換はないし、いずれは修復できないものがちらほらと出てくるだろう。少なくとも、バレルやチェンバー関係は供給する必要が ある。弾薬もジルに依存し続ける訳にはいかない。 精度を度外視して土のメイジに作らせるか────いや、ギーシュやシュヴルーズの錬金は全く精度が無い。まるで鉄を粘土の様に手で成形している、そんな印象がある。全部全く同じに見えるワルキューレも、近くで見れば粗悪なつくり──とはいっても、 ハルケギニアではそれなりの精度だ──だと判る。こんなものでは精度どころの話ではない、爆速の高い装薬を使う近代銃では暴発しかねない。黒色火薬と球状弾丸を使うマスケット銃だから許されるのだ。AKがいくらパーツの精度が悪くても確実に動くとし ても、流石に限度がある。 コルベールに依頼してあるものの、優秀ではあるが人員が少なすぎる。エンジンの原型のできそこないや、基本的な数学・物理学、材料工学、鍛造技術、etc... 数えればきりがないほどの研究をたった一人で抱えている。シュヴルーズやロングビルにも協力するよう頼んではいるが、ロングビルは秘書と諜報で三足の草鞋を履くことになり、シュヴルーズは練金分野でしか使えない。オスマンに協力を頼んだが、教員に は積極的に研究に参加してくれそうもない。アンリエッタにトリステインの最高研究機関であるアカデミーと協力できないかと相談してみたが、アカデミーはロクな研究をしていないという。宗教が技術の発展を阻害しているいい例だった。 「腕のいい技術者……あ、もしかしたら」 もし今、ジルを見ている者がいたとすれば、その頭上に『!』マークを視認できただろう。妙な効果音に反応した何人かがジルを見るが、既にエクスクラメーションマークは消えていた。 全員がある程度撃ちまくって、そこでジルの意識は思考の海から浮上した。 射撃訓練で、狙撃に向いていそうな者、支援に向いている者、突撃・突入に向いている者に分け、それぞれに最適な銃を与え、撃ち方を教えた。それが今日の結果だ。 今のジルは色々と忙しい。帰る術を探す、そのために動いているはずが、とんでもなく遠回りになっている。洋館や街の仕掛けを解くのとは、レベルが違う。アークレイもラクーンも、脱出する方法はあった。だが、ここは異世界。 「ヴァレンタイン教官、少し、お話が」 アンリエッタに渡す書類を書きながらボーッと思考していた頭が、誰かの声で引き戻される。この声は親衛隊な隊長、アニエスだ。 「何かしら?」 ジルは平民の食堂で書類を書いていた。他に机と椅子のある場所を知らなかった──或いは、貴族の部屋で使えなかった──ので、こうしてきわめてオープンな場所で作業をしていた。どうせ、内容はそんなに秘密にするような事ではない。 「私と手合わせ願いたい」 教官に反抗したり、模擬戦したがるのはどこの世界も同じ。大抵は返り討ちに遇い、或いは派手に砲撃を喰らって撃墜がパターンである。有名だが稀な例として、トイレで部下に射殺されることもあるが。 「いいわよ。いつ、どこでする?」 「今から、練兵場はどうです?」 「Ok」 次の日、アニエスは必要以上にジルに従順だった。時折、憧れる様な眼でジルを見ていた事に、何人かは気付いたという。 アニエスに訓練メニューを伝え、しばらくは基礎を続けさせる。銃の扱いに慣れ、次のステップに移行できるまでは。しかし、この世界で連発銃は珍しいし、命中精度もケタ外れに高いので、今のまま出撃してもそうそう負けるようなことはない。そもそもAKは比 較的低い命中精度を補うための高火力なのだ。『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』理論だ。 とりあえず科学技術を発展させるために、学校と研究所の設立をアンリエッタに提言したが、財政難で却下された。次のアルビオン反乱軍に対する戦争への準備で国力の少ないトリステインは火の車だという。 「ですので……わたくしはゲルマニアに嫁ぐことは未だ覆りません。かの国と軍事同盟を結ばなければ、トリステインは終わりです」 どうあがいても、そんな金は無い。だが。 「ウェールズはいるのかしら?」 「ええ、ウェールズさまだけ、報告に戻られていますが……」 「いくわよ」 「え?」 手を引かれ、強引に部屋から出され、ウェールズの部屋まで引きずられていく。 「ウェールズ、ちょっと来て」 ウェールズの部屋で、更に一人増える。 「ここは……」 ウェールズはともかく、長年城に住んでいたアンリエッタすら知らない場所。やたらと見つけづらく難解な仕掛けの先に、その部屋はあった。 「この城もたぶん、ジョージ・トレヴァー建築よ。仕掛けがなかったらおかしいわ」 王城をうろついていたジルが感じたもの、それはアークレイの洋館との共通点だった。石像の眼がキラキラ光っていたり、いかにもなくぼみがあったり、壁に不自然な切れ込みがあったり。 「いろいろな場所に隠し通路や隠し部屋があるわ。後で教えてあげるから、もし賊に襲われるようなことがあれば、使うといいわ……と、それよりも。これを見てくれるかしら?」 ジルが、次の部屋の扉を開く。安息室特有の『絶対的な安心感』がそこにはあった。 「ん? な、こ、これは!」 ウェールズが驚愕の声を上げた。 「知っておられるのですかウェールズ様?」 「ニューカッスルに置いてきた財貨か!」 整理されず、ただ雑然と積み上げられている金銀財宝・美術品・貨幣。その中に幾つか、ウェールズの見覚えのあるものがあった。 「敗走するなら、敵には何も与えちゃいけないわ。食糧は燃やしたし、城は潰した。一応、全部あるわ。慌ただしくなる前に、本来の持ち主に返しておこうと思って」 ニューカッスル城跡には、瓦礫と反乱軍の死体しかない。王党派兵士が仲間の遺体を船に運び、ジルが様々なものを回収し、そして全てを破壊したからだ。 「敗走……」 誰もがその場の空気を読んで言わなかった一言。それはウェールズの心をちくちくとなぶる。 「それで、どうするの? アルビオン王国の再建に必要でしょう?」 「いや、アンとジルで使ってくれ。アルビオン王国はもう亡国だ。それに再興しようにも、反乱軍にトリステインが負けたら元も子もないからな」 少しばかり悲しそうな顔で、ウェールズは決断した。 「Ok.じゃあ、ついでに」 サイドパックをごそごそと漁るが、それは見つからない。 「あ」 思い出したようにジルが錆びついた大きな鉄の箱から、何かを取り出す。 「バルブハンドルじゃないんだから……」 珍しくばつの悪そうに呟きながら、手のそれを差し出す。 「始祖のオルゴール! 全部というからまさかと思ったが……」 「知っているのね。だったら、使い方を教えてくれないかしら。どうも気になるのよ」 キラキラと必要以上に自己主張するアイテムは、たいていが重要なものだった。そしてジルの勘が告げていた。 「いや、判らないんだ。そもそも本物かどうかも怪しいのでね」 「一緒に似たようなものが伝わってない? 始祖ゆかりの物とか場所とか」 これは組み合わせて使うもの。時計塔の鍵やクロノスギアを手にした時の感覚が、このオルゴールにもあった。 「むぅ……」 ウェールズは考え込むが、一向にその閉じたまぶたが開かれる気配がない。 「……ああ、ありますわ! 風のルビーが!」 「それがあった! いや、完全に失念していた」 ウェールズが右手を差し出す。その中指に、宝石のついた指輪がはめられていた。 「アンリエッタがしている指輪と似ているわね。それも風のルビーかしら」 「いいえ、これは水のルビー。始祖の祈祷書と共にトリステインに伝わるものですわ」 ジルの口の端がわずかに上がる。 「近いうちに、それも見せてもらえないかしら?」 「何があるのですか? 国宝ですから、そう簡単にはお見せすることができませんので、相応の理由が無ければ……」 「無理なら、その内容を教えてもらえないかしら」 「いえ、それが、お教えすることができないのです」 「祈祷書に書かれていることじゃないの。そうね……異様に重かったり、メダルが入っていたり、白紙だったりとか、そういった特徴よ」 その言葉は、何故かアンリエッタを驚かせた。 「な、何故それを!?」 「え?」 「なんだって?」 ジルが提示した『例え』は『重い』『メダルが入っている』『白紙』。 「もしかして、異常に重くて、メダルが入っていて、白紙なのか?」 ウェールズの勘違いは、しかしジルが手に入れたことのあるアイテムの中にあった。最後の書(上・下)。大鷲のメダルと狼のメダルがそれぞれに入っており、それぞれが対のキーアイテムだった。 「いいえ。白紙なのです」 『白紙の本』。ただ本棚の空いたところに差すだけのキーアイテム。しかし、国宝をそんな風に扱うのはあり得ない。たとえ高価な美術品を仕掛けに使うトレヴァーも、まさかそんな事に使ったりはしないだろう。 「鳴らないオルゴールに白紙の本……」 共通点は、役立たず―――― 「ルイズだわ。足りない鍵は多分、ルイズ、いえ、虚無の使い手だったのよ」 『な、なんだってぇぇぇぇぇ!?』 あまりのトンデモ理論に、王族二人は今まで発したことのない叫びをあげる。 「まだ確証はないのだけど、そうだとすると説明がつくのよ。私が、人間が召喚されたのも、『ガンダールヴ』のルーンが刻まれているのも、ルイズの系統魔法が爆発するのも」 ルイズの爆発は、あらゆる面で他の攻撃魔法より遥かに恐ろしい。キュルケのファイアボールと比較した場合、同じ呪文でも有効殺傷範囲・威力共に非常に高い。魔法の発動と同時に目標が何の前触れもなく爆発するのだから、事前に知っていても避け ることさえ難しい。余談だが、ジルはこれを『レーザー兵器みたい』と評する。 と、対人殺傷能力及び対物破壊能力に関して右に並ぶもののないルイズの爆発だが、これほどの威力と効果範囲を持つ戦術破壊魔法が、普通のメイジと同じ精神力の消費で放てるものか。精神力なんて曖昧なものにエネルギー保存則を無理矢理適 用して考えてみると、同じファイアボールでも、キュルケとルイズでは消費する精神力が数倍ほども違うのではないのだろうか。変換効率が違うと考えて、たとえ消費が同じであったとしても、ルイズとキュルケではキャパシティにかなりの差があるだろう。何せ 放っておけば一日中バカスカ魔法の練習をするのだ、尋常な量の貯蔵量ではない。 ならば何故、この膨大な精神力を持っているのか。タンクが大きい理由は、放出が多いから。放出が大きい理由は、それだけの大出力が必要とされる魔法があるから。イコール、伝説の虚無系統。伝説と謳われるくらいだから、その威力たるや、系統魔法と は比べ物にならないだろう。比例して、消耗も莫大なものになる。 ここで、爆発の原因が判る。その馬鹿でかい蛇口から垂れ流される精神力は、系統魔法ごときの呪文で制御できる代物ではない。ルイズが意図してその量を極端に小さくすればあるいは可能かもしれないが、精神力を正しく使う術を知らない彼女には無 理な話。結局、.50BMG弾をリベレーターで放つような状況になり、暴発。 といきたいところだが、仮定と予想が多すぎて穴だらけの理論。アンリエッタとウェールズは信じたようだが、デタラメではないにしろ不確定。ルイズのキャパが馬鹿でかいのと、もしかしたら虚無かもしれないという仮定と、虚無とルイズの魔力に関する想像で 立てられた戯言に過ぎない。カヴァーストーリーならぬ、カヴァーセオリーだ。 本当は、『伝説の虚無』という単語でオルゴールと祈祷書、ルビー、そしてルイズという要素がぴったりはまった、そんな感覚が理由だった。ジルが喚ばれたのはルイズが虚無だったから、ならばルイズが虚無に目覚めれば、その虚無の魔法で元の世界に戻 れるかもしれない。そう考え至り、先程のトンデモ理論で二人を納得させ、手っ取り早くオルゴール、祈祷書、ルビーを借り受けルイズに渡してしまおうと考えたのだ。 「もし、ラ・ヴァリエール嬢が虚無だとしたら……」 「ゲルマニアと同盟をせずとも、レコン・キスタに対抗できますわ! いえ、それどころか、アルビオン奪還も夢では……」 「ウェイト」 浮かれる二人を、冷たい眼で見据えながら、ジルはそれを制した。 「ルイズを生物兵器として使って、レコン・キスタを駆逐してアルビオンを奪還する。その先はどうなるのかしらね?」 アンリエッタが一瞬で青くなる。どうやら、その先が想像できたらしい。対してウェールズはきょとんとしている。質問の意味が理解できないようだ。彼はどちらかというと軍人で、政治はそこまで得意ではない。内政はそれなりに上手くできるが、外交は恐らくダメ なタイプだろう。 「取らぬ狸の皮算用だけど、もしルイズが虚無だったとして、アルビオンを奪回するなら、二種類のパターンに分けられるわ。大々的に『こっちには虚無があるぞ』と喧伝した場合と、『何か非常に強力な兵器』で殲滅する場合。前者はハルケギニアの崩壊、後 者はルイズが壊れる危険があるわ」 「こちらに虚無があると大々的に宣伝した場合、レコン・キスタは正当性を失います。虚無の使い手は即ち始祖の直系ですから、その発言力は非常に大きいのです。しかし、もしロマリアに知れたら、聖女に祭り上げられて聖戦の引金になるでしょう。暗殺の可 能性もあります」 「ルイズを兵器扱いしたら、戦争神経症になりかねないし」 ルイズを兵器扱いする。それは即ち、ルイズにジェノサイドを実行させるということに他ならない。今まで戦場や殺戮とあまり関係なく育ってきたルイズにいきなりそんな任務を与えるということは、彼女に狂うか壊れるかの二択を与えるということだ。 「それに、まだ虚無と決まったわけじゃないの。どっちにしろアルビオン内乱にルイズを投入できないけど」 「しかし、ルイズが虚無だった場合、トリステインに大きなカードができることになりますわ」 「使い方を誤れば世界ごと心中しかねない切り札ね。さて、じゃあどうする? ルイズにルビーとオルゴールを渡してみる?」 二人の答えは同じだった。 前ページ次ページ絶望の街の魔王、降臨
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3551.html
前のページへ / 一覧へ戻る / 次のページへ 始祖ブリミル降臨暦6242年、年末はウィンの月、第一週マンの曜日、軍港ラ・ロシェールにて。 遂にトリステイン・ゲルマニア連合軍は、史上稀に見る大艦隊に乗り込み、アルビオン侵攻を開始した。 出征を前に、両国の首脳と司令官から手短に演説と激励がある。 まずは、トリステインの女王アンリエッタ。喪服を纏い、傍らにはウェールズ皇太子の棺を置いている。 「……この大戦は、ただの戦にあらず! 卑劣なる『国王殺し』クロムウェルの政権を倒し、 ウェールズ皇太子のご遺体を祖廟にお帰しして、アルビオン六千年の王統を弔うための戦い! また、ここにおられるブラウナウ伯爵は、ゲルマニアの貴族にして、教皇聖下の側近でもあられる方。 彼が参戦するという事は、ロマリア皇国もその聖なる権威を持って、 アルビオンの邪悪な簒奪者どもを討伐する意思を示したという事です!」 女王の紹介に、ブラウナウ伯爵が敬礼する。 「で、あるならば! 我らはハルケギニア大陸を共和制の暴風から守り、 始祖ブリミルの定めたもうた、聖なる共同体の秩序を防衛する『神の盾』であります! おお、勇士諸君よ! 諸君に神と始祖ブリミルのご加護、豊かにあれ!!」 「「AMEN!! AMEN!!」」 烏合の衆であった6万の大軍は、聖なる使命に気を引き締め、戦意を高める。 続いてゲルマニア皇帝アルブレヒト三世、マザリーニ枢機卿、ド・ポワチエ将軍、ハルデンベルグ侯爵の訓辞。 一応ガリア以外の諸国が参戦しているが、主導はやはり『聖女の王国』トリステイン。 となれば、これは『白の国』アルビオンを、トリステインの青地の旗で染め替える戦争でもあるのだった。 「では諸君、我らも行こう、雲の上なるアルビオンへ! かの地に真の『千年王国』を築き、万民を救済する計画のために!!」 「「AMEN!! AMEN!!」」 松下率いる『千年王国教団』の精鋭も、メシアに鼓舞されて出征する。 かくして、ここにトリステイン・アルビオン大戦の第二幕は上がったのであった。 ラ・ロシェールの『世界樹桟橋』から、総数500隻を超える大艦隊が浮かび上がる。 戦争終結はアルビオン全土の制圧まで。その間、ラ・ロシェールとタルブが後方支援を行う。 両国の首脳陣は、出征を見送ると、各々の首都へ帰っていった。ウェールズの棺も一旦トリスタニアに戻る。 さて、松下とルイズは自前のフネから、旗艦たる竜母艦(空母)『ヴュセンタール』へ移る。 トリステインの切り札『東方の神童』及び『虚無の担い手』として、軍議に参加するのだ。 甲板士官のクリューズレイが出迎え、狭い艦内の奥にある会議室に案内する。 一番上座に座るのは、四十過ぎの美髯の将軍。 「ようこそ、お二方。我が軍の旗艦『ヴュセンタール』へ! ご活躍は聞き及んでおりますぞ。 改めまして、総司令官のオリビエ・ド・ポワチエです。今後ともよろしく。 こちらは参謀総長のウィンプフェンに、空軍指揮官のラ・ラメー伯爵。 それにゲルマニア軍司令官の、ハルデンベルグ侯爵です。他、多数の将軍・参謀らが集っています。 教導士官のボーウッド卿は、ただいま艦隊の視察に当たっておられます。ブラウナウ伯爵も一緒だそうで」 「よろしく、諸君」 「よ、よろしくお願いします」 「はは、まあ楽にして、お座り下さい。ミスタ・マツシタにミス・《虚無(ゼロ)》」 「ミス・ルイズ・フランソワーズと呼んであげて下さい。彼女を兵器扱いしてはいけない」 「いや、これは失敬。ミス・ルイズ・フランソワーズ、お許しを。 ……では、ひとまず軍議を始めてしまいましょうか。議題はこれですな」 皺の深い小男、ウィンプフェン参謀総長が司会役となり、配られた資料を読み上げる。 「ええ、アルビオンまではラ・ロシェール空港からフネで約半日、大艦隊ですのでまあ、夜半には着きます。 そこで上陸作戦を敢行するわけですが、目的地となる大型の軍港は二つ。 アルビオン最大の軍港ロサイス、これは大陸の南部にございます。地図ではここですな。 もう一つ、この規模の大艦隊が上陸できるだけの空港となりますと、やや遠回りして、 北部にあるこのダータルネス港しかありません。スカボローは狭すぎます」 アルビオン大陸の、長方形の地図をウィンプフェンが指差す。南北600リーグ、東西は120リーグほどか。 「最短距離でなら、ロサイスを正面から強襲するのが早かろうが」 「敵もそれなりの準備をしておりましょう、こちらの被害も大きくなりますぞ。 長途来た我々には、補給線を確保するとともに、首都ロンディニウムに着くまで軍の消耗を抑える必要もあります」 「風石にも、火薬にも限りがある。二分して一方をダータルネスに向かわせ、そちらに敵をひきつけている隙にだな」 「その囮は、当然トリステインがやるのでしょうな?」 「何ィ? 共同作戦に決まっとろうが、侯爵」 「トリステインとゲルマニアでは、話す言葉も指揮系統も大いに違いますものでなァ」 なんと、連合軍は未だに上陸地すら決まっていなかった。 ラ・ヴァリエールとツェルプストーの争いに代表されるように、始祖以来続くトリステインと新興国ゲルマニアは、 本来は水と油、いや『水と火』の関係なのだった。よく連合軍などできたものだ。 どうやら上陸作戦の障害は、いまだ有力なアルビオン艦隊に対する錬度の高くない自軍、 そしてダータルネスへ敵を吸引する欺瞞作戦の不備、の二点であるようだ。 松下とルイズは口を閉ざし、両国将軍達の論争を呆れ顔で見ている。なんとも凡将揃いの大軍なのであった。 と、そこへカンカンカンカンという警鐘の音が鳴り響く。伝令兵が会議室に走りこんできた。 「敵襲! 敵襲です!!」 「なんと、もう迎撃に来おったか。空中で艦隊を待機させていたか?」 「い、いえ将軍、襲ってきたのは人間ではありません!!」 「あァ?! 野良竜でも出たか?」 「いいえ、『悪魔』です」 ぐにゃり、と伝令兵の顔が醜悪に歪み、背中から大きな黒い皮翼が生える。 尻からは長い蛇のような尻尾が伸び、口から炎の玉が吐き出された! 「うおっ!?」 「閣下、危ないっ!」 士官が咄嗟に『水の槌』を放ち、ド・ポワチエを狙った炎を掻き消す。 「ケケケ、命拾いしたな。けどよ、もうこのフネは俺たちのものさ!」 「こいつは……ダンテの地獄第八圏第五濠『汚職収賄の濠』に棲む、低級鬼神のマラコーダ(邪悪な尻尾)か。 俺たち、ということは、他のマレブランケ(悪しき爪)の連中も来たのか?」 「そーだよぉ、『東方の神童』さまぁ!! バルバリッチャにカニャッツォ、 スカルミリオーネにカルカブリーナ、ついでに阿呆のルビカンテ! その他もろもろ、愉快な仲魔が勢揃いさ!」 マラコーダは、ぶばっと黒い屁をこくと、その煙に紛れて姿を消す。 甲板に飛び出すと、雲霞のような悪鬼(デーモン)の大群が、このフネに飛び降りてくるではないか! 彼らは地獄の獄卒マレブランケと、空中に潜む妖怪グレムリンだ。 一体一体はせいぜいオーク鬼程度の強さだが、数が尋常ではない。フネは大混乱に陥る。 「ここが旗艦だ、こっちに来い! よォし、てめえら地獄の悪鬼よ、人間どもをぶっ殺せ!」 「ひひひ、いざ、奴らをイナゴのように食い荒らしちまえっ!」 《朝になると、東風がイナゴの大群を運んで来た。イナゴは、エジプト全土を襲い、エジプトの領土全体にとどまった。 このようにおびただしいイナゴの大群は前にも後にもなかった。イナゴが地の面をすべて覆ったので、地は暗くなった。 イナゴは地のあらゆる草、雹の害を免れた木の実をすべて食い尽くしたので、木であれ、野の草であれ、 エジプト全土のどこにも緑のものは何一つ残らなかった》 (『モーセの十災・イナゴの災い』:旧約聖書『出エジプト記』より) 《噛み付くイナゴが残した物は、移動するイナゴが食らい、移動するイナゴが残した物は、若いイナゴが食らい、 若いイナゴが残した物は、食い荒らすイナゴが食らった》 (旧約聖書『ヨエル書』第一章より) 空中で悪鬼の指揮を取っているのは、ベリアル配下の小悪魔・こうもり猫とマラコーダだ。 グレムリンは兵士や竜に取り憑き、火薬を暴発させ、フネの操縦を誤らせる。 マレブランケは大きなフォークを振り回し、兵士を突き刺し、掬い上げては甲板の外へ放り投げる。 空賊よりタチが悪い。哄笑と羽音と断末魔が響き渡る。 「な、なんだ、これは!?」 「アルビオンが操る『悪魔』、いや『悪鬼』どもです。 なるほど、渡ってくる途中で叩けば、にっちもさっちも行きませんな」 「感心せんでいい! な、なんとかしたまえ! きみも『悪魔使い』だろう!」 「そうですな。ルイズ、きみの持っているバッグの中に、小さな金属の壷がある。それを出してくれないか」 「ご主人様に命令するなっ! ……こ、これね」 「命令ではない、依頼だ。では、ぼくはこの網を取り出して、と」 松下は、魔法のかけられた投網を取り出し、呪文とともに天へ投げ上げる。 すると網はパアッと広がり、フネ全体を包み込んだ。 再び呪文を唱えると、悪鬼だけが網にかかり、その網が見る見る縮んでいく。 遂に網は何百という悪鬼ごと、金属の壷に吸い込まれてしまった。松下はきゅっと壷に蓋をする。 「これでよし、と。天網恢恢、疎にしてなんとやらだ。残りの掃討は竜騎士に任せよう。 さ、方々、軍議を続けましょうか……」 「「は、はい! マツシタ伯爵!!」」 《(イエスは)シモンに「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。 シモンは「先生、私たちは夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。 しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。 漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。 …(彼らは)二艘の舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。 …すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる」 そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った》 (『シモン・ペテロの弟子入り』:新約聖書『ルカによる福音書』第五章より) 結局、連合軍の上陸作戦は次のようなものとなった。 連合軍の主力は、このままロサイスへ向かう。ただし、ゆっくりと。 一方ダータルネスへは、松下とルイズと『千年王国教団』の兵が向かう。 そして、『虚無の魔法』で敵軍の増援をダータルネスへ引き付けておき、油断したロサイスを叩く。 紛糾の末の、ベターな作戦であった。ルイズの提案という点を除けば。 「まさか、きみが作戦を立案するとはな。しかも、それが通るとは」 「あんたばっかりに活躍させないわよ。私だって『虚無の担い手』なんだし。 この『水のルビー』の指輪を嵌めて『始祖の祈祷書』をめくったら、いい呪文が浮かんだのよ」 『虚無の魔法』か。松下には『祈祷書』を読めないが、今ルイズが使えるのは、爆発と解呪だけのはず。 ……いや、タルブでは松下と同一の呪文を唱え、協力して『地獄の門』を開けたのだった。 「……そういえばエロイムエッサイムとか、タルブでの戦いの時の呪文や、 ラグドリアン湖での『ヘカス・ヘカス・エステべべロイ』はこちらのルーンではないぞ。 『東方』のヘブライ語やギリシア語、あるいは古代エジプト語でも書いてあるのか?」 「知らないわよ、そんなの。あんたを召喚したときは、以前読んだ魔法書にそういう呪文があったから、 必死に唱えてみただけだし。『祈祷書』に浮かぶのは確かにこう、こんな文字だった気はするけど、 呪文は直接頭の中に響いてくるの」 ルイズは、メモ帳代わりの羊皮紙にさらさらと文字を書く。 ……これは、『エノク語』だ。16世紀末に英国の神秘主義者ジョン・ディーが発明したとされる、 架空のオカルト文字だ。始祖ブリミルとは、一体……? 「それに、呪文を唱える前のトランス状態の時、こんな言葉も聞こえたの……」 《我は始祖、ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ。 我が知りおきし真理をこの書に記す。資格なき者はその真理を知ることあたわず。 この世の全ての物質は、小さな粒より成る。四大系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめるなり。 神が我に授けたまいしは、さらなる小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしむる力なり。 四にあらざれば、これを『零(ゼロ)』、すなわち『虚無』と名づく。 これを読みし者は、我の行いと理想と目標とを受け継ぐ者なり。またそのための力を担いし者なり。 志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。 虚無は強力にして詠唱は長きにわたり、時として命を削る。汝、心せよ……》 「……ってね。我ながらよく覚えているものだわ、『虚無の担い手』だからかしら」 「……ふぅむ……」 ともあれ、わずか3隻の『千年王国艦隊』は、夜陰に乗じて北のダータルネスへ急ぐ。 しかし、敵も簡単にはアルビオンへ近付かせない。 「おおっ、メシア! 敵の警戒線に接触し、哨戒カラスが我々を発見した模様! 竜騎士がやってきます!」 「よし、『魔女のホウキ』部隊出撃だ! 竜の翼を狙い、撃ち落せ。日ごろの訓練の成果を見せろ! ただし、なるべく生き残ることを優先しろ。ルイズとぼくは一番早い風竜でダータルネスに急行する!」 「了解!!」 ホウキ部隊が手に手に杖や銃を構え、竜騎士と戦う。小さな艦隊からも砲撃が始まった。 ダータルネスまで、距離にして数百リーグ。そこへ到達できるのは二人だけでよく、あとは援護に回る。 快速船で飛ばしても片道丸二日以上はかかるところを、数時間でぶっ飛ばす。 風竜の能力を最大限まで引き出す、『神の右手』ヴィンダールヴだからこそ出来る芸当であった。 やがて、眼下にダータルネス空港が見えてきた。 ルイズは防寒具にくるまり、呪文を呟きながらトランス状態に入っている。松下は、それを無言で見守る。 ブリミル。ぼくの記憶が正しければ、北欧神話の原初の巨人ユミルの別名の一つだ。 まさかその本人ではあるまいが、ルーンだの世界樹だの、この世界には北欧神話と似たような要素が多い。 なぜ、エノク語? 物質の小さな粒とは、原子か素粒子か? そういえば、この世の初めは大きさが『ゼロ』にほぼ等しい極微粒子で、そこからビッグバンが……。 「アパラチャノ・モゲータ!! 実質に等しき大いなる幻よ、この空間に漂うべし! 虚無の魔法の初歩の初歩、『幻影』!!」 ルイズの叫びとともに、空間の『極微の粒』がゆらぎ、白い雲の中から巨大な幻影が現れる。 先ほどまでいた、60隻の連合艦隊の立体映像だ。 「おおっ」 これには松下も驚いた。圧倒的な迫力で、本物と見分けがつかないではないか! 「よし、この幻影に紛れて、全速力で離脱する!」 だが、ダータルネスを防衛する竜騎士たちは、風竜に跨ってぐんぐん近付いてくる。 「マツシタ! このままでは、追いつかれるわ!」 「ならば、この壷を使ってしまおう。トペ・エト・ラリリ、トロトペ、タッ!」 松下が先ほどの壷に呪文を呟き、蓋を開くと、雲霞のような悪鬼どもが出てくる。 その目は虚ろで、足には例の網の糸が絡みつき、敵と味方の判断もつかない。相討ちになり、次々と墜落する。 悪鬼どもが竜騎士を足止めしているうちに、松下たちは離脱に成功した。 「これで、アルビオン軍が騙されてくれるといいのだがな」 「はああ、疲れたわ。早く戻りましょう、マツシタ」 その頃ロサイスでは、敵の守備艦隊と連合軍主力による砲撃戦が始まっていた。 轟音、雷火! 木片と肉片が飛び散り、フネ同士が激突して軋む。焼き討ち船が突撃し、爆発する。 アルビオンは三列縦隊を組んで善戦するが、包囲陣を突破するには、やや戦力差がある。 「よおし、我がゲルマニアの誇る火砲の威力、思い知るがよい!!」 興奮するハルデンベルグ侯爵。一斉に連合艦隊の大砲が炸裂し、囲まれていた敵艦が轟沈する。 「わはははは、やはり戦場はいいのう! この轟音、硝煙と血肉の香り、たまらんわい! そおれ敵の空兵ども、総員玉砕せいっ!! わははははは」 その隣に、すっと小柄な黒髪の男が立つ。 「では、私も砲火をお目にかけましょう。火の国ゲルマニアとロマリアの同盟、成れり! 『ヒンデンブルグ』号、空対空ミサイル『サイドワインダー』発射!!」 「「了解! 『サイドワインダー』、発射!!」」 ちょび髭のゲルマニア貴族、アドルフ・ヒードラー・フォン・ブラウナウ伯爵の命令の下、 彼の率いる軍団のフネ『ヒンデンブルグ』から、細長い円柱状のものが何本も射出される。 それらは逃げ回る竜騎兵やフネを蛇行しながら追いかけ、至近距離で爆発した! 「お、おお伯爵、アレは?」 「我々『薔薇十字団』の最新技術で作られた、特殊飛行兵器『サイドワインダー』です。 まぁ、火薬の詰まった巨大な鉄の火矢を撃ち出すようなものですな。 先端部に魔法技術を使用しておりまして、動き回る標的にも確実に命中いたしますぞ」 「おほっ、また当たりよった! 素晴らしい!」 侯爵は、玩具を見た子供のようにはしゃぐ。ブラウナウ伯爵も、面白そうに目を細めた。 「うふふふ、ご所望ならば、六本セットからお売りしましょうか? 値段はこれほどで済みますよ」 「おお、案外安いではないか。よし、わしの侯国で予約注文させてもらおう」 「お買い上げありがとうございます、ハルデンベルグ侯爵。今すぐ手配いたします。 我々の新兵器はまだまだありますから、じきにお見せしましょう。実戦の場でね」 死の商人が笑う。戦争は戦争によって栄養を取る、この軍拡の原理はいつ、どこの世も変わらない。 『ヒンデンブルグ』号には、鈎十字(ハーケンクロイツ)の軍艦旗がはためいていた……。 (つづく) 前のページへ / 一覧へ戻る / 次のページへ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5463.html
前ページ次ページSnakeTales Z 蛇の使い魔 「私が詔を?」 「うむ。アンリエッタ姫殿下直々にお願いされてのう。 どうじゃ?無理にとは言わないが。」 ここは学院長室。 二人の人影はルイズとオスマンである。 二人の間には国宝である『始祖の祈祷書』。 話があると呼び出されて頼まれたのは、王家の結婚式に参加し、そこで詔を詠んで欲しいというものだった。 無論、結婚式というのはアンリエッタのもの。 詔の草案についても考えて欲しいとの依頼だ。 「ミス・ヴァリエール、王族の結婚式に立会い、そこで詔を詠みあげるなど普通なら一生に一度もないものじゃ。 本当に名誉な事だよ?受けてはくれんかのう。」 たしなめるように語るオスマン。 ルイズもそれ程嫌ではなさそうで、断ろうとは思っていないようだ。 「もちろん、お受けしますわ。」 古い友人が自分を頼ってくれている。 少し前ではそんな事は考えた事もなかったことに気がついた。 その頃は自分が魔法が使えない事にもっとも苦しんでいた頃だった。 今も魔法が使えない事が歯がゆく感じた事はある。 だが、使えないなら使えないなりにやれる事があると、『あいつ』に教えられた。 それに頼ってくれている人がいるならその頼みを断りたくはなかった。 「快く引き受けてくれるか。よかったよかった。姫も喜んでくれる事じゃろう。 …おお、そうじゃ思い出した。君に手紙がきておるよ。」 祈祷書とともに渡された一通の手紙は、ルイズにとってとても嬉しいといえるものではなかったそうな。 げんなりした表情で手紙を見つめる。 ―請求書― なんど見てもそう書かれている。 見間違いではない。 「……どうしよ。」 この前の任務で破壊してしまった『女神の杵』の修理費の請求が来たのだ。 高い。高すぎる。 そりゃ、宿一軒、全壊させたわけではないが、破壊したのだから修理費だって高い。 当然、自分だけで払える額じゃない。 「……はぁ。」 深くため息をつく。 親に頼ることは出来ない。 頼れば原因を追求される。極秘の任務であるが故話せない。 理由を話せないのに金など貸してくれようか。 そして、姫に直談判と言うこの手。 まず使えないだろう。公式な支援が当てに出来るのなら、そもそもルイズたちにこの任務を頼まない。 スネークなら「割に合わない仕事だな。」とか言い出しそうだ。 「自分で何とかするしかないか。」 金の工面―なんとも頭の痛い話だ。 お小遣いでどうにかできるレベルじゃないだけに、アルバイトの必要がある。 「うえー。」 とりあえずうなり声を出すが状況は変わらないっ……!! 非情……!あまりにも非情な現実っ……! 金を持たないこと……それはこの世で一番の罪悪らしい。 「どうした?変な声出して。」 ちょうどそのときスネークが帰ってきた。 この使い魔はいったいどこで油を売っているのだろうか? 「……お金を稼ぐにはどうしたらいいの?」 スネークが目を丸くする。 「貴族でも金に困るんだな。」 「なに貴族に夢見てんのよ。貧乏な貴族なんて五万といるわ。 ましてや子供なんてなおさらよ。」 「そうなのか。」 ほう、と納得したような声を出すスネーク。 なんかむかつく。 公爵令嬢が金に困っている時点で普通じゃないことを察して欲しい。 「で、どうしたらいいかな?」 「俺がわかるとでも思うか? この世界のアルバイトなんてわかるはずもなかろう。」 このオヤジ使えない。 だめだ。やっぱり自分しか頼りにならん。 「使えないわね。」 「……そこまで言うことないだろう。」 あ、少し傷ついてる。 意外とナイーヴなんだなぁ。 「本気じゃないわよ。」 「……気にしてない。」 沈んだ声で言っても説得力がないわ。 「ごめんってば。」 「大丈夫だといっている。」 そうだった。スネークは負けず嫌いだったんだ。 なんだか子供みたい。 「あー、どこかに宝物とか落ちてないかなぁ。」 「そんなうまい話があるわけないだろう。 現実的に考えろ。地道に働くのが一番だ。」 「わかってるわよ。」 ちょうどそのとき、どこで聞き耳をたてていたのか知らないが、キュルケが部屋に飛び込んできた。 「話は全て聞かせてもらったわ!人類は滅亡すr…じゃなくて、宝探しに行くわよ!」 「盗み聞きはいい趣味とはいえないぞ。この年の貴族には盗み聞きが流行ってでもいるのか?」 息をはきながらスネークが冷静に答える。 そういえば、スネークが声を上げるほど驚いたのを見たことがない。 そんな状況、とても見たくはないが。想像するだけでも恐ろしい。 「流行ってるわけないじゃない。で、どういう意味?宝探しって?」 キュルケの手には小汚い紙が握られている。 どうやら宝の地図らしい。 「……信用できるの?」 「さぁ?」 無責任なのものだ。 「まあもしかしたら本物があるかもしれないわね。 あたったときの利益はでかいわよ。」 「時間の無駄だろう。」 「あんたは黙ってなさい。 ……面白そうね。行ってみようかしら。」 スネークが頭を抑えてため息をつく。 頭痛がしてきた、とか聞こえたがそんなことはお構いなしにキュルケとルイズは話を進める。 「で、いつから行くの?私達だけ?」 「え~、ちょっと少なくない?タバサも誘いましょう。」 まるで「放課後どこ行く?あ、わたしクレープ食べたい!」みたいなノリだ。 さすがに不安になるスネーク。 「あ~。二、三質問しても良いか?」 「どうぞ?」 「第一に、出席日数とか大丈夫なのか?」 ルイズとキュルケが顔を見合わせる。 そして、全く何を言っているのかといった表情でルイズが返答した。 「そもそも私は素行は悪くないし、成績だって悪くないわよ。……実技以外は。だから問題ないわ。」 「そうよ。私だって筆記は勿論、実技だって悪いはずがないわ。少しくらい休んだって問題ないわよ。」 キュルケがその豊かな胸を張る。 ルイズも負けじと胸を張るがいかんせん迫力がない。 いや、足りないのはボリュームだな。 「そうか。それを聞いて安心した。 それじゃ二つ目の質問だ。 キュルケ、その宝がある場所っていうのは街の近くにあるのか?」 「そんなわけないじゃない。」 わかっていた返答だ。 仮に街の近くにあるのだとしたら、すでに誰かが取りに行っていることだろう。 「そこで三つ目の質問だ。 食事はどうするつもりだったんだ?」 「「……あ。」」 二人の美少女がそろって間の抜けた声を出した。 厨房 普通、ここに貴族が来ることなど滅多にない。 だが今日は普通ではないようだ。 美しい桃色の長い髪をなびかせて、貴族の少女が厨房を訪れる。 「ごめんください。」 突然の貴族の来訪に水を打ったように静まり返る厨房。 その変貌に少々面食らったのは貴族の少女―ルイズだ。 なんだか悪いことをしている気分になる。 「えっと…シエスタって娘、いるかしら?」 「あ、私です。」 黒髪のメイドがおずおずと手を上げる―シエスタだ。 「あなたね。いつも使い魔がお世話になってるわ。ありがとう。」 「い、いいえ!そんなたいした事はやっていません。」 何をされるのかと身構えていたのでこれでは肩透かしを食らった気分だ。 面と向かって貴族に感謝されるという経験があまりないため不思議な感覚だ。 「それとね、悪いけどちょっと頼みたいことがあるの。」 「なんですか?私に出来ることなら何でも言ってください。」 「えっとね、いやだったら断っていいのだけど……。」 頼みごとをシエスタに伝え、おずおずとシエスタの顔をうかがう。 なんと、輝く笑顔だ。 「そういうことなら、お任せください! マルトーさん、しばらくお休みを貰います!」 「お、おう……。」 ものすごい剣幕に何も言い返せないマルトー。 このやり取りを見てルイズはスネークの紹介したメイドを連れて行くことに若干不安を覚えたという。 「おう若いの。暇そうだな?」 中庭で、退屈そうに座っていたギーシュにスネークが声をかけた。 「否定しないね。 この年の男子なんて常に面白そうな事を求めているものさ。」 物憂げにため息をつくギーシュ。 「そいつは残念だな。 そういえば、ルイズたちは宝探しに出かけるらしい。お前はそういうのに行かないのか?」 「誘われてもいないからね。ところで、君は行かないのかね?」 「ああ、残念ながらな。」 「男性が誰もいないのはさすがに不安だ。陽気なピクニック気分じゃないか。 誰か男をつけてやってくれ。」 「ああ、そこでお前に頼みがあるんだが。 さっきお前は陽気なピクニック気分といったな。」 「……まさか。」 はっとするギーシュ。 どうやらこっちの思惑に気がついたようだ。 だが時すでに遅し。 もうスネークの罠にはまった後だった。 巨大な煙突に空き地に詰まれた木材。 ここはアルビオン空軍工廠の街、ロサイス。 革命戦争と呼ばれる先の内戦時からここは王立の空軍の工廠であった。 赤レンガの大きな空軍の発令所には誇らしげに『レコン・キスタ』の三色の旗が翻っている。 そこに停泊する巨艦―『レキシントン』号だ。 全長200メイルにも及ぶその巨躯は現在、雨よけのために布をかぶせられてはいるが、 その荘厳さは覆われず、むしろ周囲の目を引いている。 その視察に訪れているのはアルビオン皇帝、オリヴァー・クロムウェル。 今日も秘書であるシェフィールドを従えての訪問だ。 「ほう。なんとも大きく、頼もしい艦ではないか。 このような船があれば、われらの大志を果たすことなど造作もない。そうは思わんかね、艤装主任?」 「はっ!身に余る光栄であります!」 かしこまって答える艤装主任、サー・ヘンリー・ボーウッド。 彼は革命戦争の際に、レコン・キスタ側の巡洋艦の艦長を務め、 その功績が認められ現在の任を任されることになったのだ。 彼はこのまま『レキシントン』号の艦長に就任するだろう。そういう伝統がアルビオンにはあった。 「見たまえ。あの大砲を。 あの新兵器はアルビオン中の錬金術師を集めて作らせた長砲身の大砲だ。」 感情のこもらない無機質な声で説明するクロムウェル。 「当初の設計ではトリステインやゲルマニアの戦列艦の装備するカノン砲の射程の、 おおよそ一.五倍の射程を有します。」 「そのとおりだ、ミス・シェフィールド。」 シェフィールドはマントを身に着けていない。 これはメイジではないことをあらわしているのだが、妙に冷たい雰囲気をかもし出している。 東方からやってきたそうだが、それだけでこんな空気を纏えるのだろうか? 「ですが、本当にこの新兵器を結婚式の出席につんでいくのですか? 下品な示威行為と取られてしまう可能性が……。」 「おっと、君にはまだ『親善訪問』について話していなかったか。これは失敬失敬。」 クロムウェルが二、三ボーウッドに耳打ちする。 たちまち青ざめるボーウッド。 「そ、そのような破廉恥なマネが許されるわけがありません!」 「許す許さないではないのだよ。これは軍事行動の一環だ。」 事も無げに言い返すクロムウェル。 ボーウッドの顔に血が上る。 「不可侵条約を破るおつもりですか!?このアルビオンの長い歴史において条約を破り捨てたことはありません!」 激昂してわめくボーウッド。 だが、クロムウェルの眼を見て、言葉を失った。 鋭く、冷酷なまなざし。 ただの政治家や、司祭がこんな目つきができるはずがない。 言い表すなら『強者』の眼。 他者に何も言わせぬ、蛇のような圧倒的威圧感。 この身にまとわりつく恐怖。 そう、これぞまさしく毒蛇だ。 音もなく忍び寄り、喉元に食らいつき、獲物に冷たい毒を流し込み仕留める。 この男を蛇と言わずして誰を蛇と言おうか。 「はて、君はいつ、政治家になったのかね? それ以上の政治批判は私が許さぬ。これは議会が決定し、私が承認したことなのだよ。 議会に逆らうと言うとどうなるか、君にも理解できるだろう? 彼らの意思は国民の総意なのだよ。」 クロムウェルの毒牙がボーウッドの胸に突き刺さる。 クロムウェルの言葉しか聞こえない。心に直接話しかけられているかのようだ。 頭に上った血が足まで下りてきた。 寒い。身体が震える。目を合わせていられない。 「どうかしたかね?顔色が悪いじゃないか。 具合が悪いのだろう。今日はもう休みたまえ。」 ボーウッドはただ黙って頷くことしか出来なかった。 前ページ次ページSnakeTales Z 蛇の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6039.html
前ページ/ゼロの使い/次ページ 瓦礫一つ、動くもの一つ無い、ニューカッスル城跡地に三体の鉄像が立ち尽くしていた。 しばらくすると、鉄像が徐々に元の姿に戻っていった。 「驚きましたね。」 「ああ、まさかワルドが自爆するとは・・・」 「そうじゃなくて、あれほどの大爆発の中で生き残った事に驚いたんですよ。」 あの時、マホカンタでは間に合わぬと判断したメディルが鋼鉄変化呪文・アストロンを唱えたお陰だった。 後、0.1秒判断が遅ければマホカンタを使用しているメディルはともかく、他の二人は城の者と運命を共にしたであろう。 「あれは自爆ではない・・・恐らく何者かに爆破させられたのだろう。」 「では、ワルドの他に文と私の命を狙う刺客がいたと?」 「そう考えるのが妥当だろう。傭兵や山賊の一件と言い、奴一人で全てをやったとは思えぬ。」 「とにかく、ここを離れましょう。その刺客が確認に来るかもしれません。」 「さっきも言ったが、僕はここで死ぬ。だから君たちは・・・」 ウェールズは台詞を言い終わることができなかった。 背後から突き出された槍に、心臓を貫かれ、断末魔すらあげる事の出来ぬまま即死したからだ。 「念の為来てみれば・・・道連れにすら出来ぬとは、つくづく役に立たぬ男だ・・・」 槍の主が、得物を死体から引き抜く。そいつは傭兵と山賊を雇ったあの髑髏の騎乗兵だった。 すかさず、メディルが五指爆炎弾を見舞うが、華麗な槍捌きによって、全て弾かれた。 「いきなり、メラゾーマ5発とは随分な挨拶じゃないか。」 「貴様が、もう一人の刺客か。」 「いかにも。呪いのかかった金貨で傭兵と山賊をけしかけたのはこの私だ。」 「よくも、皇太子を・・・!!」 ルイズが失敗魔法を放とうとするのを、メディルが制す。 「止せ。お前の適う相手ではない。」 メディルは無意識のうちに悟った。間違いなくこいつはワルドより格上。 1体1ならともかく、主を守りながら勝てるかどうかは五分五分だった。 「そうそう。私はたださっき吹っ飛んだ役立たずの尻拭いに来ただけなんだ。そしてそれはもう済んだ。 私が君たちと戦う理由は無い。」 「文はどうする?」 「さっき、上層部から連絡があってねぇ。もう文は要らぬと仰りだ。」 「ほう。」 「まあ、私自身が戦う理由は無い・・・だけだがね。」 言われて、メディルはようやく気づいた。いつの間にか周囲が紫色の霧に覆われ、そこから骸の兵士や 中身の無い血まみれの甲冑の群れが這い出してきていることに。 「我が名は死神君主・グレートライドン。冥土の土産に、覚えておいてくれたまえ・・・」 それだけ言い残して、グレートライドンの姿は消えた。 「どうするメディル?」 「この霧、恐らくこの近くで冥界の入り口が開いたのだろう。」 「それって・・・」 「恐らくこの亡者どもは無限に湧いて出るはず。相手にするだけ無駄だ。」 「じゃあ・・・」 「答えは一つ。ルーラ!」 しかし、不思議な力でかき消された。 「やはりそう甘くは無いか。・・・なんてな。」 メディルは手近な魔物にマホカンタをかけた。 「ルイズ、皇太子の死体と私の服の裾を掴め、早く!!」 「わ、わかった。」 言われるがままにするルイズ。 「生憎、着地がうまく行くかどうかは運次第だ。バシルーラ!!」 先程の魔物にかけたバシルーラが、跳ね返ってくる。 その結果、三人はニューカッスル城跡を脱出することに成功したのだが。 「この後はどうするの!!?」 「柔らかい場所か、海上か、その辺飛んでる船の上に落ちることを祈るしかない。ルーラはまだ発動できないんだ。」 「いやあああああああああああ!!!」ルイズの絶叫がアルビオン領空に木霊した。 ルイズ達が一生に一度しかしないであろう、スカイダイビングをしている頃、 アルビオン大陸軍港施設・ロサイスの一室に司祭姿の細い男が玉座に座っていた。 「閣下。」 馬に乗った死神君主が、その男の元へやってきた。 「君か。皇太子はどうした。」 「心臓を一突きに。他2名は取り逃がしましたが・・・」 「冥府の入り口まで開いておきながら・・・か?」 「あのメディルと言う男・・・かなりの切れ者のようで・・・」 「そうか。それにしても、子爵で作った花火は美しかったな。遠くからでも良く見えたよ。」 「皇太子一人吹き飛ばせない、完全な娯楽専用の花火でしたがね。」 「まあ、あれだけ綺麗ならあのお方も満足なさるだろう。それより・・・」 「分かっております。その準備を兼ねて、この世とあの世を繋げたのですから。」 「楽しみだな。トリステインが血と炎に染まる日が。」 「全く持ってその通りで。制圧の暁には閣下はまず何をなさるおつもりで?」 「・・・トリステインにはそれは美しい姫がいるという。ぜひ一度食したいと思っていたのだ。」 「相変わらずですね。百人もの美女を食べておきながら・・・」 ルイズ達は幸運にも、トリステイン国近海に不時着(落下直前、メディルが硬化呪文スクルトを連発し衝撃を和らげた)した。 彼曰く、岩場などの硬い場所ではアストロンを使う予定だったとの事。 事ここに至って、ようやくルーラが使用可能となり、ルイズ達は海水と海藻にまみれたまま、 死体を引っさげて姫に謁見と言う、トリステイン始まって以来の暴挙を成し遂げた。 死体を見せ、事の仔細を説明すると、姫は壊れたかのように号泣し、天もまた、惜しみない涙を流した。 1時間ほど泣いただろうか。ようやく涙の収まったアンリエッタが言った。 「ごめんなさい・・・つい取り乱してしまって・・・手紙奪還の件、有難うございます。 褒美にそなたが望むがままの地位を与えましょう。皇太子の遺体はわが国で手厚く葬ることに・・・」 「とんでもない。私はただ、友人の頼みを聞いたに過ぎません。」 「僭越ながら、姫様に申し上げたい義がございます。」 「何でしょう。」 「姫様はゲルマニアに嫁ぐべきではありません。」 「何故ですか?」 「最愛の男が目の前にいるのに、何故ですか?はないんじゃないか、アンリエッタ。」 ルイズとアンリエッタ、メディル以外は聞き覚えの無い声に、その場にいる者は皆振り向き、目を見開いた。 確かに死んだはずのウェールズ皇太子が立って喋れば誰でもそうしたであろう。 「どどど、どういう事!!?」 「どうもこうも無い。私の魔法で生き返らせたのだ。」 「だって、あれは・・・」 「一部を除き人は無理。確かに私はそう言った。しかし、幸運にもウェールズはその一部だったのだ。」 「一部の人間ってどういう定義で決まるの?」 「黄泉の国から舞い戻るほどの強い意志、または神や精霊などの何らかの助力。 どちらかを持ち合わせた者のみは蘇生が可能だ。」 「でも、いつの間に・・・もっと早く復活させたって・・・」 「愛しの姫の前に来れば、皇太子の死の淵から生還しようとする意志は強くなるだろうし、 敵には皇太子が死んだと思ってもらったほうが好都合だ。 そう判断し、王室へ戻り次第蘇生を行うはずだったのだが、姫が泣き出したお陰で、 タイミングを逃し、30分待っても泣き止む気配が無いので、復活させたが、 皆姫に気を取られていて気が付かなかった。で、今ここに至るわけだ。」 「ミスタ・メディル、その術で、我が王党派の者達の復活を依頼したいのだが・・・」 「残念だがそれは無理だ。あの爆発で全員、跡形も無く消滅してしまったし。時間も経ちすぎた。 灰や消し炭となった者、死後一時間以上経った人間はいかに私とて救えない。前述の助力を持つ者は時間に関係なく死体と意志さえあれば蘇生出来るが、 残念ながら、あの城の者達にそういう物は感じられなかった。 あの城の者達の毛髪でも肉片でもいいから、死体の一部があれば姫が泣き止む前に蘇生出来たかもしれぬのだが・・・」 「そうか・・・やはり叶わぬ願いだったか・・・」 「でも、良かったですね。姫様。」 「ええ・・・でも・・・」 「なりませぬぞ、姫!」 突如口を挟んだのは民から鳥の骨と呼ばれているマザリーニ枢機卿であった。 「一通の手紙でさえ、危うく国を危機に貶める所だったのに、事もあろうに・・・」 「この場の全員が口を閉ざし、皇太子は外部から見えぬ所で・・・ たとえば地下牢や隠し部屋で生活していただく。これならばどうと言うことはあるまい。」 「ききき、貴様。一国の姫に、不倫しろとでも言うつもりか!!?」 「敵から身を隠すためとはいえ、地下牢は勘弁してもらいたいな。」 「不倫しろといった覚えは無いし、さほど長い時間隠れていろという訳でもない。」 「どういう事?」 「間もなく、レコン・キスタが攻め込んでくるだろう。そもそも政略結婚の発端は奴らを倒すため、 同盟を結ぶしかなかったから。逆に言えば、奴らを倒せば晴れて堂々と結婚できると言うわけだ。」 「そんな簡単に倒せるわけが・・・」 「私なら倒せる。否、倒して見せる。」 「枢機卿殿、彼は緻密な策を用い、ワルド子爵を死闘の末、打ち負かしたのです。」 「他にも城一つ吹き飛ばす爆発から守る術を使ったり、凄まじい嵐を吹き飛ばしたり・・・ 正に彼の実力は桁外れです。国一つと戦わせても決して引けをとらぬはずです。」 「マザリーニ。私からも頼みます。私の友人とその使い魔を信じてやってはくれませぬか?」 使い魔、公爵の娘、皇太子、そして主君の眼差しに流石の枢機卿も折れた。 「では即刻、軍議に移るとしましょう。」とウェールズが切り出す。 「そうですな。敵の兵力は?」とマザリーニ。 「少なくとも5万。しかし、トリステイン侵攻の際はさらに多くの兵を率いてくるでしょう。」 「我が国の兵では太刀打ちできぬ。メディル殿に頼るしかないか・・・」 「ルイズ、ミスタ・メディル。ちょっと・・・」 二人は君主に言われるがままに、一冊の書の前に来た。 「これは始祖の祈祷書。指輪を嵌めた特定の者のみ、読めると言われています。メディル、あなたのルーンは始祖ブリミルの使い魔の物。 すなわちルイズ、あなたは始祖の使い魔の後継者を呼び出したと言えるのです。」 「なるほど。そのルイズならその書を読めるかも知れぬと。」 「はい。ミスタ・メディルの力を疑うわけではありませんが、保険は多いに越したことはありません。 あわよくば、この書にはこの戦を左右することが記されているかもしれないのです。」 「わかりました。」 返事と共に、書を手に取り、ゆっくりと読み上げるルイズ。その手には水のルビーが嵌められていた。 現段階で祈祷書から得られた情報はルイズが失われた虚無の使い手であり、彼女の爆発は失敗ではなく 虚無の初歩の術・爆発によるものであったこと。 そしてルイズは初歩の魔法『爆発』を覚えた。 「それはさておき、この度女王陛下のお耳に入れておきたいことが。」 「何ですか?」 「実は―」 「何と、そのような。」 「従わぬようなら国家反逆罪で処刑すればいいでしょう。」 「しかし、それは・・・」 「私も黙ってやるつもりでしたが、姫様の仰った通り、準備は多いに越したことはありません。」 「・・・分かりました。後ほど部隊を派遣します。」 「さて、これでお前と私はこの国の命運を左右する存在となったわけだ。」 「そんな・・・」事の重大さに、流石のルイズも腰が引けているようだ。 「人間とは死ぬ気になれば、誰かの為ならば、我ら魔族にも勝ることがある・・・認めたくは無いがな・・・」 その時ルイズは、使い魔の仮面の中に切なげな表情を見た気がした。 「ごめんなさい・・・」 「・・・謝る事は無い。お前が魔王様を殺したわけではないし、そもそも先に手を出したのは我らだ。 予想外の結果に終わったとは言え、戦と言うものの真理だと割り切っている。」 以前の自分では到底考えられぬ言葉に、彼は少しだけ自分の変化を自覚した。 ―ここへ来てまだ、数日しか経っていないと言うのに、随分といろんな目にあい、丸くなったものだ。我ながら。 前ページ/ゼロの使い/次ページ