約 6,956 件
https://w.atwiki.jp/alonsodeleyva/pages/76.html
※イエス・キリストって馬小屋で生まれて磔になった神様くらいしか知らない人向け(それは私だ)の超ウルトラざっくりです。 イエス・キリストエピソード 聖書旧約聖書 新約聖書 聖書の印刷と翻訳 巡礼路ヴィア・ドロローサ(苦難の道) 聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラへの道 カトリック教会とプロテスタントの違い金儲けは罪のカトリック教会 金儲けは勤勉のプロテスタント イエス・キリスト イエス・キリストはキリスト教で 唯一の神様 です。 「イエス= ナザレのイエス (紀元前4年頃-紀元後30年頃)」「キリスト= メシア(メサイア) :救い主:聖油を塗られた者」。 よく聞く「ジーザス(Jesus)」はイエスの英語読みです。 wikipedia #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (【共通の画】最後の晩餐.JPG) Leonardo da Vinci 画「 The Last Supper 」(1495-1498年: Santa Maria delle Grazie ) +聖油を塗られた者ってなに? 聖油は神聖な香油で、塗ると「聖なるもの=最も神聖な人=神に選ばれた者」になるそうです。 ふつーの人がコレを作っても使ってもダメダメ。 あと 蘇合香 、 シケレテ香 、 楓子香 、 乳香 (東方三博士がイエスにプレゼント)のお香も、 振り香炉 にいれて焚いたり、体に塗ったりして使用。 wikipedia これらをきよめて最も聖なる物としなければならない。すべてこれに触れる者は聖となるであろう。あなたはアロンとその子たちに油を注いで、彼らを聖別し、祭司としてわたしに仕えさせなければならない。 ~出エジプト記30章29-30節~ #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (イエス・キリスト_聖油.JPG)予言者サムエルに聖油を注がれる羊飼いの美少年 ダビデ (その後イスラエル王になった) 聖油の成分 液体の 没薬 (ミルラノキ属の木の樹脂) 聖所のシケルで500シケル 東方三博士がイエスにプレゼント 香ばしい 肉桂 (シナモン) 聖所のシケルで250シケル におい 菖蒲 (または 大麻草 ) 聖所のシケルで250シケル 桂枝 聖所のシケルで500シケル オリーブ油 1ヒン +父と、子と、聖霊は三位一体 よく聞く「父と、子と、聖霊」はぜーんぶ同じ神様(三位一体)です。「神様=父=子=聖霊」だけど「父≠子≠聖霊」。とにかくそーゆーもん。考えるな感じろ♥ ヤハウェ (ヘブライ語:יהוה:YHWH)は旧約聖書に登場する神様のこと。 ヤーウェ、エホバ…読み方はいろいろ。気軽に呼んではイケナイ神聖四字なので、日本語の呼び名は主(しゅ)。 wikipedia #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (イエス・キリスト_三位一体.PNG) 父 父なる神 ・「天におられるわたしたちの父よ」ってくらいだから、天に住んでる神様。・イエス・キリストのトコにも登場。 子 神の子イエス・キリスト ・処女の聖母マリアから生まれた人間。だけど神様。 聖霊 鳩、風、息… ・イエス・キリストが昇天した後、みんなのトコに登場する神様。・聖霊パワーで聖母マリアは妊娠。・イエス・キリストのトコにも登場。 +超ざっくりな系図 旧約聖書はもともとが ユダヤ教の聖書 なので、ユダヤ人(カナンに移住した古代イスラエル人)がメインです。 天地創造からスタートしたら縦長になっちゃいました。 ちなみに日本人も 三大人種起源 (セム:黄色人種の先祖、ハム:黒人種の先祖、ヤペテ:白人種の先祖)の末裔だそうで。へー。 古事記では、日本を創造( 出産 )した神様は イザナギ とイザナミのご夫婦。第一子は淡路島だそうで。へー。 wikipedia #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (イエス・キリスト_系図.PNG) エピソード マタイによる福音書、ルカによる福音書…によって違う場合があるけど、ここではまぜまぜ。 聖書地図 +登場場面は世界三大宗教の聖地エルサレム エルサレム(イスラエル)は、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教の聖地。 ユダヤ教(嘆きの壁:エルサレム神殿の外壁)、イスラム教(岩のドーム:予言者ムハンマドが昇天した場所)もあります。 ビミョーな場所。 wikipedia #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (イエス・キリスト_エピソード(ローマ帝国).PNG)絶賛成長中のローマ帝国(20年) 1世紀はローマ帝国が占領。11~13世紀はキリスト教の十字軍がたまに占領。16世紀はイスラム教のオスマン帝国が占領。 21世紀はイスラエルが首都と主張。 wikipedia #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (イエス・キリスト_エピソード(地図).PNG)イスラエル(1世紀) +降誕~幼少時代の超ざっくりなエピソード #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (イエス・キリスト_エピソード(東方三博士の礼拝).JPG)ヒエロニムス・ボス作『東方三博士の礼拝』 受胎告知 天使ガブリエルは神様に頼まれて、ナザレのマリアに「神の子イエスを身ごもる」とお知らせ。マリアは大工ヨセフの婚約者で、その後ふつーに結婚。 処女懐胎 聖母マリア(ナザレのマリア)は処女のままご懐妊。キリスト教では「処女のままご懐妊=神の子=神性」が重要!とにかくそーゆーもん。聖徳太子も観音菩薩がお母さんの口から入ってご懐妊って伝説アリ。とにかくそーゆーもん。 キリストの降誕 クリスマス 聖母マリアは、ベツレヘムの馬小屋でイエスをご出産。ベツレヘムに行ったのは住民登録のため。宿が混んでたので馬小屋(牛とロバの小屋)に宿泊? 東方三博士の礼拝 公現祭 旧約聖書(ミカ書5章2節とかあちこち)には「新しい王キリストの誕生」が予言されてる。イエスの誕生を知った占星術の学者達は、ベツレヘムへ行って乳香、没薬、黄金をプレゼント。 幼児虐殺 「新しい王キリストの誕生」で俺の地位ヤバイ!と考えたユダヤ(イスラエル)のヘロデ大王は、2歳以下の男子を殺害。天使のお告げを聞いた両親とイエスは、エジプトに避難してセーフ。ヘロデ大王が死んでから、ナザレに戻って平和に生活。 +洗礼~宣教活動の超ざっくりなエピソード 説教しに行くイエスに出会って、くっついて行ったのが十二使徒。最初に従ったのは、ガリラヤ湖で漁をしてたシモン・ペトロ。 他にもいっぱいイエスの 使徒 (弟子)になってます。 #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (イエス・キリスト_エピソード(イエスの変容).JPG)ルドヴィコ・カラッチ作『イエスの変容』 イエスの洗礼 主の洗礼 ヨルダン川に行って、ユダヤ教徒に洗礼活動中(罪の赦し)の預言者ヨハネから洗礼を受ける。天がひらけて「イエスこそ自分の子であーる」と神の声が聞こえる。 荒野の誘惑 ヨルダン川から帰ると、聖霊に荒野連れて行かれる。ここで断食しながら40日間滞在。悪魔からいろいろ甘い誘惑されたけど負けない。そして聖霊の力に満ちあふれてガリラヤへ帰った。 山上の垂訓 ガリラヤのアチコチで病人を癒し、悪霊を払う。この評判を聞いた群集が集まって来たので、とある山に登って、弟子達と群集に「汝の敵を愛せよ」「敲けよ、さらば開かれん」…っとアレコレ語る。 イエスの奇跡 「水をワインに変える」「パンを増やす」…の奇跡をやって、自分がキリストだってコトを実証。 イエスの変容 主の変容 シモン・ペトロ、ヨハネ、ゼベダイの子ヤコブを連れて、とある山(タボル山)でお祈り。そこで出会った預言者モーセと預言者エリヤとお話しながら、白く光り輝く姿を披露。披露したのは、これから受ける苦難でみんなの信仰する心が折れないように希望を与えるため。 +受難~死の超ざっくりなエピソード イエスは「エルサレムで捕まって処刑されるのであーる。3日目に甦るのであーる」と予告してから、エルサレムに行ってます。 あとエルサレムは 過越祭 (ペサハ)が始まるトコ。 ユダヤ教三大祭りの1つで、エジプトで奴隷になってたユダヤ人を モーゼ が脱出させたお祝い。紅海を杖で真っ二つにしたアレ。 この一週間は聖週間(カトリック)、 受難週 (プロテスタント)。曜日がリンクされたのは2~3世紀頃から。 #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (イエス・キリスト_エピソード(磔刑図).JPG)アンドレア・マンテーニャ作『磔刑図』(左:盗賊、中:イエス、右:盗賊) 日曜日 枝の主日 近所の村で借りた子ロバに乗ってエルサレムに到着。旧約聖書(ゼカリヤ書9章9節)には「子ロバに乗って新しい王キリストがやって来る」が予言されてる。みんな木の枝(大歓迎の印)を道に敷いて「ホサナ、ホサナ(今、救ってください)」と大騒ぎ。 月曜日 宮清めの日 エルサレム神殿に行って、利益をむさぼってる商人達を叱って追い出す。 火曜日 論争の日 熱烈大歓迎のイエスにご立腹な祭司長達が、「コイツを陥れてやるぜ!」とイエスに勝負。イエスは祭司長達から意地悪な質問されたけど負けない。っていうか、ケチョンケチョンにして怨まれる。その後、オリーブ山に行って「エルサレム神殿の破壊と終わりの日」を 弟子達に説教 。 水曜日 香油の日 ベタニア村でのんびり。食事してると、壺を持った女(マグダラのマリア?)がやって来て、頭にお高級な香油をかけられる。弟子達の「むしろ売って施せ」のツッコミに、イエスは「むしろ香油で葬式の準備してくれてGJ」と喜ぶ。そんな最中…ユダは、こっそりエルサレムに行って「むしろイエスを引き渡す」と祭司長達に約束。 木曜日 聖木曜日 ユダヤ教の過越祭1日目。十二使徒と一緒に 最後の晩餐 しながら「この中の一人が裏切る。おまだ!ユダ!」と予告。ちなみに献立は、無酵母パンと葡萄酒。場所はマルコ(ペテロの弟子)の実家2階? 食後、ゲツセマネの園で 「処刑こえー」と祈ってる と、ユダが連れてきた 祭司長達に逮捕される 。ちなみに弟子達はイエスを見捨てて逃亡。ユダは罪悪感にさいなまれて自殺。 大祭司カヤパの官邸で裁判 。祭司長達は「コイツを有罪にしてやるぜ!」とヤル気マンマン。裁判官はユダヤ属州総督ピラト(ヘロデ大王が死んだ後、ユダヤはローマ帝国の直轄領)。「君は神の子キリストか?」「はい、そうです」神を冒涜したと死刑判決。 金曜日 聖金曜日 茨の冠を被り、十字架を背負って 市中引き回し 。ゴルゴタの丘で 十字架に磔 。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ(神様、なんで私を見捨てたんですかー!)」と叫んで息絶える。アリマタヤのヨセフ(弟子)がイエスの遺体を引き取って、香油で清められた亜麻布に包んで 墓地に埋葬 。 土曜日 聖土曜日 ユダヤ教の安息日。誰かが「そういえば、ヤツは3日後に甦るって言ってたなぁ」と思い出す。弟子達が死体盗んで「甦ったぁ」と自作自演されたらヤバイ!っと、ピラトはイエスの墓地に番人を配置。 +復活~昇天の超ざっくりなエピソード #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (イエス・キリスト_エピソード(復活).PNG)16世紀に描いたらソッコー異端審問な『復活』 日曜日(3日後) 復活祭 早朝マグダラのマリア達が墓地に行くと、ゴゴゴーっと天使が降りてお墓の蓋(大きな石)を開ける。 お墓が空っぽ 。天使の「イエスが甦ったよー♥ガリラヤで会えるよー♥」にみんな大喜び。 その後 ガリラヤに行った十一使徒(除くユダ)は、指定された山で復活したイエスに再会。イエスの兄弟ヤコブ(異母兄?実弟?)、使徒達、信者達も再会してる。 40日後 昇天日 十一使徒が集まって食事してると、復活したイエスが現れる。「父と子と聖霊との名によって、すべての国民にバプテスマ(洗礼)をしなさーい」と言った後、 天に昇って 姿が見えなくなった。 50日後 ペンテコステ ユダヤ教の五旬祭(シャブオット)。十二使徒(新たにマティアが参加)や大勢の人が集まる部屋に、突然ゴゴゴーっと大きな音が!火の玉みたいのが頭上に現れて、部屋が聖霊で満たされて、アレコレで、みんなポッカーン。シモン・ペトロが「イエスが父から聖霊を受けて私達に注いでる♥」と説明。3000人が洗礼を受ける。 聖書 聖書はキリスト教の教典(神様や聖人の説教が書いてある本)、正典(教徒が従うべき基準が書いてある本)。 旧約聖書と新約聖書がある。 wikipedia #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (聖書_ジュネーヴ聖書.JPG)英国国教会で大人気だったジュネーヴ聖書/旧約聖書(1560年) 聖書ってけっこうな厚みなんですねー。ビックリ! ジュネーヴ聖書は、クォート判(218×139mm)、大きなフォリオ判、持ち運べるオクタヴォ判とサイズもよりどりみどり。 お値段は16世紀後半の新約聖書で、低賃金労働者の1週間分以下だそうです。 +聖書は大切、あと祈祷書も大切 祈祷書は「祈祷・礼拝・儀式のやり方」が書いてあるハウツー本です。 内容は時代によって多少変化。 代表的な 主の祈り 「天におられるわたしたちの父よ」も祈祷書に記載。2000年までは「天にまします我らの父よ」です。 wikipedia #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (【共通の画】祈祷書.JPG)英国国教会の 祈祷書 (1596年:ロンドン) ついでだからナイジェルやビセンテが祈ったかもしれない主の祈りを。2人の声で聞いてみたいっっっ! カトリック教会(ラテン語) 英国国教会(1559年) カトリック教会と日本聖公会 Pater noster, qui es in caelis Our Father, which art in heaven, 天におられるわたしたちの父よ、 sanctificetur Nomen Tuum; hallowed be thy name; み名が聖とされますように。 adveniat Regnum Tuum; thy kingdom come; み国が来ますように。 fiat voluntas Tua, thy will be done, みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。 sicut in caelo, et in terra. in earth as it is in heaven. Panem nostrum cotidianum da nobis hodie; Give us this day our daily bread. わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。 et dimitte nobis debita nostra, And forgive us our trespasses, わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。 sicut et nos dimittimus debitoribus nostris; as we forgive them that trespass against us. et ne nos inducas in tentationem; And lead us not into temptation; わたしたちを誘惑におちいらせず、 sed libera nos a Malo. but deliver us from evil. 悪からお救いください。 ヴルガータ聖書にはナシ [For thine is the kingdom,and the power,and the glory,for ever and ever.]…1559年版はナシ 国と力と栄光は、永遠にあなたのものです。(三位一体を讃える 頌栄 ) Amen. アーメン 旧約聖書 旧約聖書は 古代イスラエル人 が古代イスラエル人のアレコレな出来事、神様と古代イスラエル人の契約を書いた本。 オリジナルはヘブライ語・アラム語。 キリスト教では「(神様とキリスト教徒の)古い契約」って扱い。 wikipedia wikipedia (古代イスラエルの歴史) こちらはカトリック教会が採用してる旧約聖書の内容。 (*)はプロテスタントが採用してない書。桃色はユダヤ教やイスラム教も採用してる書。 あと列王記?列王紀?どっちが正解なんでしょ? とりあえずwikipediaの列王記を採用しました。 モーセ五書 創世記 出エジプト記 レビ記 民数記 申命記 歴史書 ヨシュア記 士師記 ルツ記 サムエル記 上/下 列王記 上/下 歴代誌 上/下 エズラ記 ネヘミヤ記 トビト記(*) ユディト記(*) エステル記 マカバイ記1~2(*) 知恵文学 ヨブ記 詩篇 箴言 コヘレトの言葉 雅歌 知恵の書(*) シラ書(*) 大預言者 イザヤ書 エレミヤ書 哀歌 バルク書(*) エゼキエル書 ダニエル書 小預言書 ホセア書 ヨエル書 アモス書 オバデヤ書 ヨナ書 ミカ書 ナホム書 ハバクク書 ゼファニヤ書 ハガイ書 ゼカリヤ書 マラキ書 新約聖書 新約聖書はキリスト教徒がイエス・キリストのアレコレな出来事、神様とキリスト教徒の契約を書いた本。 オリジナルはアラム語(ヘブライ語かも)・ギリシア語。 キリスト教では「(神様とキリスト教徒の)新しい契約」って扱い。 wikipedia 桃色はイスラム教も採用してる書。イスラム教では イエス・キリストも預言者 の1人です。 福音書 イエス・キリストの生涯と死/復活の記録 マタイによる福音書 マルコによる福音書 ルカによる福音書 ヨハネによる福音書 歴史書 初代教会の歴史 使徒行伝 パウロ書簡 使徒パウロ(新約聖書の著者の1人)が書いた文章 ローマ人への手紙 コリント人への手紙1~2 ガラテヤ人への手紙 エペソ人への手紙 ピリピ人への手紙 コロサイ人への手紙 テサロニケ人への手紙1~2 テモテへの手紙1~2 テトスへの手紙 ピレモンへの手紙 ヘプル人への手紙 公同書簡 その他の文章 ヤコブの手紙 ペテロの手紙1~2 ヨハネの手紙1~3 ユダの手紙 黙示文学 予言者の文章 ヨハネの黙示録 聖書の印刷と翻訳 カトリック教会の公用語はラテン語です。 F&B時代のカトリック教会の公式聖書は神学者 ヒエロニムス (347–420年)がラテン語に翻訳した ヴルガータ聖書 。 公式聖書以外は使っちゃダメです。 #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (聖書_聖ヒエロニムス.JPG) Pieter Coecke van Aelst 画「Saint Jerome in His Study」(1530年頃:ネーデルラント) 15世紀 活版印刷 が発明されると「エライ聖職者しか持てなかった聖書」が「誰でも持てる身近な聖書」になります♥ とはいえフツーの人はラテン語なんて読めない。 ってことで、お次は翻訳だ!プロテスタントは翻訳に積極的だけど、カトリック教会は誤訳を心配して批判的っぽいです。 wikipedia スペイン語訳の聖書 Biblia Alfonsina 1280年頃 カトリック教会の聖書。カスティーリャ王アルフォンソ10世の宮廷用にカスティーリャ語に翻訳。 Biblia de Casiodoro de Reina 1569年 プロテスタントの聖書。ルーテル教会(ルター派)の神学者カシオドロ・デ・レイナが翻訳。カシオドロはもともとヒエロニムス会の修道士で、バーゼル(スイス)に亡命してる。 Biblia de Petisco y Torres Amat 1825年 カトリック教会の聖書。ヴルガータ聖書から翻訳。スペイン語訳の最高峰。 Biblia Nácar-Colunga 1944年 カトリック教会の聖書。スペイン初の公式聖書。 英語訳の聖書 ウィクリフ聖書 1380年 カトリック教会の聖書。オックスフォード大学の教授ジョン・ウィクリフがヴルガータ聖書から翻訳。無許可でやっちゃったので1408年発禁。死んでるウィクリフも異端者に認定。 大聖書 1539年 英国国教会の聖書。王ヘンリー8世が公認した、イングランド初の公式聖書。 ティンダル聖書 (無許可でやって発禁)にヴルガータ聖書の翻訳を補完。各教会に置いたのでみんなが読める。盗難防止のチェーン付き。 ジュネーヴ聖書 1560年 英国国教会の聖書。ジュネーヴ(スイス)に亡命した神学者ウィリアム・ウィッティンガムが翻訳。簡潔で説得力ある文章、地図・挿絵・注釈もあって分かりやすく、大聖書より人気。大量生産したのでみんなが持てる。ウィリアム・シェークスピアも愛用。注釈がカルヴァン派っぽいけど、女王エリザベス1世は黙認。 ドゥエー=ランス聖書 1582年 カトリック教会の聖書。 ドゥエー英国大学 (フランス)の亡命カトリック教徒がヴルガータ聖書から翻訳。 欽定訳聖書 1611年 英国国教会の聖書。王ジェームズ1世が公認した、イングランドの公式聖書。カルヴァン派っぽいジュネーヴ聖書じゃマズくね?っと新たに翻訳。 巡礼路 巡礼は聖地に訪れて、神様とのつながりを感じながら信仰を深めること。 キリスト教の三大巡礼地は、ヴァチカン市国、エルサレム(イスラエル)、サンティアゴ・デ・コンポステーラ(スペイン)。 ヴィア・ドロローサ(苦難の道) ヴィア・ドロローサはエルサレムでイエスが十字架を背負って総督ピラト官邸から刑場のあるゴルゴダの丘まで歩いた道です。 イエスの生誕地 聖誕教会 (パレスチナのベツレヘム)はエルサレムのご近所。 wikipedia 総督ピラト官邸 1 ピラトに裁かれる 2 有罪に定められ、鞭で打たれる 通路 3 最初に倒れた場所 4 悲しむ母マリアと出会う 5 キレネ人シモンがイエスを助ける 6 ベロニカがイエスの顔を拭く 7 二度目に倒れた場所 8 イエスがエルサレムの婦人たちに語りかける 9 三度目に倒れた場所 ゴルゴタの丘(聖墳墓教会) 10 衣服を剥ぎ取られる 11 十字架が立てられる 12 イエスの死 13 十字架の下の母マリア 14 イエスの墓 聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラへの道 聖ヤコブ(スペイン語:サンティアゴ)は、十二使徒の1人ゼベダイの子ヤコブ。イスラエルで布教活動中に殉職。 9世紀ここで彼の遺体が奇跡的に発見されたそうです。 wikipedia 聖ヤコブが埋葬されてるのがサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂。 煙出してブンブン振り回す玉は、重さ80kgの世界最大 振り香炉 。ブンブンは40kg分の炭と香が入って、最高時速80km/hのど迫力。 700年前から始まった儀式で、その始まりは巡礼者の悪臭消しという乙女心を破壊する説でした。 wikipedia #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (巡礼路_聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラ(大聖堂).JPG)大聖堂 #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (巡礼路_聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラ(香炉).JPG)香炉 カトリック教会とプロテスタントの違い なるほどー!っと思ったのがこちら。 カトリックとプロテスタントの根本的な違いとはなんでしょうか? 教会の言い分が至上とするのがカトリック 聖書の言い分を至上とするのがプロテスタント 金儲けは罪、教会に金を出せ、ってのがカトリック 金儲けは勤勉、ニートは死ね、ってのがプロテスタント ~ Yahoo!知恵袋さんより ~ 金儲けは罪のカトリック教会 カトリック教会の考え方は、貧しい人達は神様の心にかなってる。だから教会や教徒が貧しい人達に手を差し伸べるのは、ふつーに当たり前なコトです。 聖書のドコを採用してるのかは分かりませんが、金儲けは罪、教会に金を出せっぽそうな一文を。 だれも、二人の主人に仕えることはできない。の超ざっくりなお話 だれも、二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない。 ~マタイによる福音書6章24節~ #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (金儲けは罪_マンモンと奴隷.JPG)サーシャ・シュナイダー作『 マンモン (「強欲」の悪魔)と奴隷』 二人の主人は神様とお金のコト。 もちろんこの世は、お金がナイと生きていけないし、一生懸命働いて得たお金は尊いのもです。オケです。 ダメダメなのは「もっと欲しい」「儲からないコトは嫌」「なんか名誉も欲しくなってきた」…どんどん欲深くなるコト。 お金儲けを人生の目的にしちゃいけないよ。 お金に仕えちゃいけないよ。 自分が持っているものばかりを見つめていて、神様に背を向けちゃいけないよ。 +うっかり儲かっちゃったら寄付の超ざっくりなお話 カトリック教会では、信仰と 善行 が救いをもたらす。真の信仰は主観的な信仰ではなく必ず善行をともなう。 だそうです…ムズカシイ。 もうちょっと分かりやすい言葉を探したところ、欲望を捨てて他人を助ければ神様に認められて天国に行ける。でした。 wikipedia イエスは彼に言われた、「もしあなたが完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。 ~マタイによる福音書6章21節~ #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (金儲けは罪_慈悲の七つのおこない.PNG)ピーテル・ブリューゲル作『 The Seven Acts of Charity 』(17世紀) ある日、お金持ちのボンボンな青年がイエスに質問しました。 青年「永遠の生命をゲトするにはどうすればいいですか?」 イエス「殺すな、姦淫するな、盗むな、ウソつくな、親を敬え、隣人を愛せぢゃ」 青年「もうやってます。あと何すればいいですか?」 イエス「財産を貧しい人々に施して、天に宝を持つのぢゃ。そしてワシに従うのぢゃ」 青年はあきらめてスゴスゴと帰りました。 イエスは弟子達に言いました。 「お金持ちが天国に入るのはムズカシイものぢゃ。お金持ちが神の国に入るより、ラクダが針の穴を通る方が簡単なのぢゃ」 +こーゆー金儲けは神様も怒るの超ざっくりなお話 聖週間の「宮清めの日」の出来事です。 そして彼らに言われた、「『わたしの家は、祈の家ととなえらるべきである』と書いてある。それだのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしている」。 ~マタイによる福音書21章13節~ #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (金儲けは罪_神殿から商人を追い払うイエス.JPG) エル・グレコ 作『殿から商人を追い払うイエス(Jesus Driving the Merchants from the Temple)』 イエスは過越祭が近づいたエルサレムに行きました。 このお祭りには全国から大勢の人々がやって来てきました。 神殿の境内には、献げ物(牛・羊・鳩)を売る商人と両替する商人がいました。 みんな神への献げ物と神殿税を払え! ってコトになってたからです。 礼拝と祈りのための神殿なのに、祭司は「礼拝する人々の便宜をはかる」と口実をつけて、商人と共謀して利益を得ていました。 これを見たイエスは、縄で鞭を作って羊や牛を境内から追い出しました。 両替人のお金をまき散らしました。テーブルもひっくり返しました。 金儲けは勤勉のプロテスタント プロテスタントの考え方は、労働は神聖な義務。貧しい人達を誰でも彼でも救済するってコトは怠惰(ナマケ者)の原因です。 聖書のドコを採用してるのかは分かりませんが、金儲けは勤勉、ニートは死ねっぽそうな一文を。 働きたくない者は、食べてはならない。の超ざっくりなお話 実際、あなたがたのもとにいたとき、わたしたちは、「働きたくない者は、食べてはならない」と命じていました。 ~テサロニケの信徒への手紙二3章10節~ #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (カとプ_金儲けは勤勉(浮浪者).JPG)通りで罰せられる浮浪者(1536年頃:イングランド) ズバリな一文なので、これを実践したイングランドの 救貧法 の超ざっくりなお話です。 王ヘンリー8世は1536年救貧法の素を決定。 働けない人(病人、老人、子供)には衣食の提供を、働かない人(浮浪者、乞食)には鞭打ち刑と強制労働を義務づけました。 女王エリザベス1世は1597年救貧法(1601年改正)を決定。 枢密院の救貧監督官が国民から救貧税を徴収。国が貧しい人々の面倒を見る福祉制度です。 働けない人は援助、働かない人は強制労働させる懲治院送り。ほぼ強制収容所で、そーとー過酷だったみたいです。 ついでにゆりかごから墓場まで(cradle-to-grave)は 1945年イギリス総選挙 で勝利した労働党のスローガン。 救貧法を廃止して手厚い社会保障を決定。 国家財政の負担増加、国民の勤労意欲低下で財政圧迫。イギリスは大変なこと(英国病)になってしまいました。 ※ものすごーくお世話になったサイト。詳細はこちらをご覧下さい。 iChurch.me(アイチャーチ・ミー):三十番地キリスト教会 牧師の書斎
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7238.html
前ページ次ページジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア 54.探求者たるもの アニエスがヴァルハラ、もしくは月影の国へ逝きかけている頃、ルイズはアカデミー近くの草原にて、 呪文を繰り返し唱えていた。爆発が起こったかと思えば辺り一面が白銀に染まり、 それに驚く間もなく、嵐と見まがう大きな竜巻がいくつも発生しだす。 「疲れた?」 「平気!」 物に釣られたルイズの精神力はあり余っている。いつだってそういう状態ではあるが、 やる気になっているからか、更に凄いのだ。 髪をかきながら、その場で錬成したイスに座っているエレオノールは、 同じく錬成した机に置かれてある羊皮紙に、何かを書いている。 伝記や伝説、特に神様がどうの、始祖がどうのといった物語にしか存在しない「虚無」の系統。 ちゃんとしたデータが全く無いので、とりあえず「虚無」の使い手はどのように系統魔法を使えるのか、 エレオノールはそこから調べることにしたのだ。 「……予想以上ね」 力をコントロールしきれていないのか、見慣れた爆発こそ起こすものの、 ひとたび成功すればその力はスクウェアの遙か上を行く。 エレオノールは全く信じていない神に感謝した。 とても面白い研究対象を提供してくれてありがとう、と。 「あとは祈祷書の解析ができれば……」 祈祷書の中身が分かって、ルイズが唱えることができたなら、 「虚無」の系統は再びこの地に蘇る。 失われた系統の復活、なんと素晴らしき響きだろうか! 別に名声を得たいとかそんな理由ではない。 研究者として真理の探究をしたいと思う気持ちがエレオノールを高ぶらせている。 エレオノールは今まで妹たちのために時間を費やしてきたが、 もう自分のために時間を費やしても良いよねと思った。 もちろん、本来の仕事をほっぽり出しているのだが大丈夫。 元々スクウェアクラスは、一つの国に四系統がそれぞれ二人か三人ほどしかいない。 アカデミーとしては彼らに実験の協力を願いたいことも多々あるが、 大抵気むずかしく、断られることが多い。 そんなところに全ての系統がスクウェア以上に扱えて、基本的に断らない、 というより喜んでその身を貸し出す身内の妹が現れたらどうするだろう。 よろこんでその子が使えるかどうか調べといてと言うに違いない。 最後の手段として家名を出すという方法もある。アカデミーの体質が変わってから、 ヴァリエール家がスポンサーの一つになっているのだ。 「ところで、ミス……」 私は何をすればいいのでしょうか?隣の地べたに座るマーティンが小さな声でたずねた。 エレオノールはあ、と気の抜けた声をあげる。すっかり忘れていた。 研究者は、自分のこだわること以外はすぐに忘れてしまうのだ。 「え、ええ。ところで、ずっとルイズを見ていたあなたに聞きたいのだけれど」 「なんなりと」 「いつもあんな感じなのかしら?」 「いわゆるスクウェアクラスの呪文以外は、大抵失敗します。 ですが、「錬金」のようなスクウェアクラスに対応する呪文は、 あのように成功しますね」 黄金の草が辺りを輝かせている。エレオノールは思わず笑った。 「錬金で作られた鉱物とか宝石類の価値が暴落するでしょうね。妹ながら末恐ろしいわ」 「ですが、ルイズはそんなことをするつもりはないでしょう」 率直な感想だった。自分の力を知ってから、ルイズは自信を持てるようになった。 自分の力の凄まじさに振り回されてはいるが、決して人を不幸にするために使う気は無い。 まだ立派な貴族にはほど遠いが、その卵にはなっている。マーティンはそう考えている。 「おだてたら調子に乗る子なのだけれど。あなたのようなしっかりした人がいてくれるなら安心そうね」 自分よりずっと年上の男を見て、エレオノールはそうこぼした。 ルイズからは元々メイジで、色々あって司祭になったと聞かされていた。 なにかもめ事でも起こして俗世から身を退いたのだろう。 そう想像していたが、どうしてなかなか信頼のおけそうな人物だった。 単純にシロディール人特有の才覚がそう見えさせているだけだが、 エレオノールがそれに気付くはずもない。 「まぁとりあえず一通り呪文の効果は書き記したし、日も暮れてきたわね。 とりあえず、今日はここまでにしましょうか」 エレオノールはルイズを呼ぶ。一旦調査を終えてみんなでアカデミーに帰っていった。 「ちょっと驚いたどころの話じゃないわね。まさかあそこまで凄いだなんて」 夕食を取るエレオノールは、ニヤニヤしながら今日のことをカトレアに話している。 食堂のテーブルには姉妹三人が仲良く座っていた。マーティンとシエスタは、 使用人の部屋で夕食を取っている。 「姉さまったら、ずいぶんと嬉しそうね。ルイズが魔法を使えるようになったの、そんなに嬉しいの?」 「違うわよ。ルイズの系統が凄いって言っているの」 「ふうん……ねぇルイズ。あなたが眠っているとき、姉さまに魔法が使えるって言ったら……」 「あ、こら!」 顔を赤くするエレオノールに途中でさえぎられる。カトレアはやはりころころと笑った。 「聞いたとき、姉さまはなんて言ったの?ちいねえさま」 「それはね……」 「いや、やめて!」 カトレアはやはり笑っている。いいおもちゃを見つけたらしかった。 「姉さまがこう言っているから、本人から聞いてね」 「……つねるわよ」 ルイズは恐れおののきながら、ゆっくりと首を縦に振った。 「よろしい。まぁあなたもちゃんと貴族らしくなれてほっとしたわ。まぁ問題もあるのだけれど」 「まだちゃんと使えないけれど、たくさん練習しますわ!今までの分も」 「いや、そこじゃないでしょ……」 「へ?」 エレオノールはルイズの耳元に顔をよせた。アカデミーの使用人たちが周りにいる。 「あなた「虚無」なの。分かる?「虚無」の系統よ」 ルイズはコクリと頷いた。 「一つ聞きたいけど、このことはどれだけの人が知っているの?」 「姉さまたちとマーティンと、タルブの村の人たちのいくらかに、そこに居合わせた友達くらい。 みんな口は堅いから大丈夫よ」 エレオノールは眼鏡をあげてまたたずねる。 「学院の人たちには?」 「何も。だって、それでおべっか使われたりされたら嫌ですもの。私はメイジとして認められたいの」 「あら、まぁ。成長したのね」 マーティンの言っていたことはあながち間違いでもないらしい。 昔の妹だったら間違いなくこれを言いふらしていたに違いないだろう。 それほど、認められることに必死になっていた。 それに比べると、今はとても落ち着いているようにも見える。 妹の成長を嬉しく思いながら、エレオノールは念を押す。 「まぁ、あなたもそれの何たるかは多少なりとも知っているでしょう? ハルケギニアの大抵の国は、始祖が神より授かった奇跡である魔法、それを使える人を貴族としているの。 そんな世界で、伝説の系統が見つかったなんておおやけになってみなさいな。 面倒なことになるわよ。調査なら私が楽しいだけだから良いけれど」 「……」 神より授かった、と言われてルイズは何とも言えない気持ちになった。 祈祷書によるとブリミルは神から力を奪ったらしい。 どうやって奪ったのかは知らないが、今のブリミル教の言葉よりも、 それが真実を語っているような気がしてならない。 いや、むしろそれを隠すために今のブリミル教やそれを信じる国々ができたのではないだろうか? 「ルイズ?どうしたの」 下を向いて深刻な顔で何か考えるルイズを、カトレアが心配そうに見つめている。 「あ……なんでもないのちいねえさま。姉さま、一つ質問していい?」 「なにかしら?」 「平民に杖を持たせたら、魔法、使えるようになるの?」 エレオノールの体は固まった。ルイズを見る視線は何とも言い難そうで複雑なもので、 とりあえず一息ついて、自分を落ち着かせて再びルイズを見る。 「……やぶからぼうにどうしたの?」 「祈祷書に書かれていたことが、今のブリミル教の言っていることと違うの。 魔法の解釈だって、ブリミル教の教えとは違う気がして」 「始祖がこの地にやってきて6000年以上経つのよ。主義主張が変わってもおかしくはないわ」 「でも、聞きたいの」 やけに真剣な眼差しのルイズに、エレオノールは頭をかいて一つため息をついた。 「とりあえず、食事を済ませてから。私の研究室で話してあげる」 これはつねって終わらせてよい話ではない。きちんと話そうとエレオノールは思った。 とりあえず、また和やかな夕食の時間となった。 アルビオンの地下奥深く、白い大理石のような石で造られた遺跡の中に足音が響く。 その足音は二つだけ。アクアマリン色のウェルキンド石に照らされているのは二人。 備え付けの燭台から放つ青白い光に、黒いローブを着たマニマルコと、 それなりに派手な格好のイザベラが照らされている。 「さっきの、すごかったねぇ。いきなりトゲトゲの付いたのがこっちに来るんだもの」 「……そうだな」 マニマルコは不愉快だった。遺跡に罠はつきものだが、 深部にたどり着くまでに、スケルトンを全てダメにされたことが腹立たしかったのだ。 私の作ったスケルトンが、ああも簡単に壊されるとは。 ぶつぶつとマニマルコは歩きながら苛立たしげに呟いていると、 自分のローブの裾をイザベラが引っ張りだした。 その表情から察するに、どうやら何度も声をかけていたらしい。 「あっち」 指をさしている方向には扉が見える。いかにも何かありそうな、他のものとは違う装飾が施されていた。 「……ふむ」 扉に手をかける。鍵はかかっておらず、すんなりと開いた先から白く輝かしい光があふれ出す。 ウェルキンド石よりも希少で、白く、そして通常よりも遙かに大きなヴァーラ石が天井から吊されていた。 ウェルキンド石と共に、古代のシロディールを支配していたエルフが使っていた物が何故ここにあるのか? 考えても仕方ない。マニマルコはとりあえず扉から辺りを見渡す。 部屋の中は密室でそれほど大きくはない。天井は少し高く、中程に立つ四つの柱で仕切られた中央に、 ヴァーラ石が吊されている。白く輝く星の石の真下には銀色の台座が備え付けられていて、 その上を人の頭ほどはある黄金の球体が浮かんでいた。 「なんだ、あれは」 マニマルコが部屋の中に入り台座に近づこうとすると、突然青い閃光がどこからかマニマルコに放たれた。 うかつだった、罠か。そう思う間もなくマニマルコの近くに閃光が突き刺さる。 稲妻は大きな音を立てて霧のように消え去った。 「マニマルコ!」 イザベラがあわててマニマルコに駆け寄った。マニマルコが無事を伝えると、 魔法が放たれた辺りをざっと見回す。何故か、懐かしい腐敗臭がした。 「……その青い髪は人か?だが、何故精霊の力が使える?」 柱の影からしわがれていて、どこか冷たさを感じさせる声が聞こえた。 マニマルコは納得したような、さらに疑問が増えたような声で呟いた。 「こんな所で同輩に会えるとは、やはりこの地はエルノフェイなのか?」 遙か昔、エルフはエルノフェイと呼ばれる大地からタムリエルに移住したと伝えられている。 いくらかのウッドエルフやハイエルフたちによると、それは神の国エセリウスのことで、 故に自分たちはエイドラに近い存在である、と主張している。 そこにはボロボロの赤いローブを纏い、大きな杖を持つミイラが浮かんでいた。 魔法力がその周りに雲散し、緑色のオーラとなって噴出している。 眼球が存在しない顔を向ける様は、大抵の冒険者を震え上がらせるだろう。 その力は強大で、冒険者にしてみれば、できれば会いたくない相手。 正しく最強のアンデッドであるリッチがそこにいた。 「汝ら去ね!例えサーシャとあの男の血を受け継ぐ者であろうとも、この地に入ることは許されぬ。 霊峰の指を無視してなお留まろうとするのであれば容赦はせん!」 激しているリッチは杖を向けてマニマルコたちを威嚇している。 マニマルコは、冷めた目でそれを見ていた。 「死霊術師が墓守か……」 それは奴隷か、愚かな古代の王共がやることだろうが。マニマルコは杖を向けて威嚇するリッチに怒りの目を向ける。 体を変えてもなお生きる彼の目的はただ一つ、真理の探究である。 メイジが善や悪といった「どうでもいいこと」を考慮して研究するかどうかを決めるのが大嫌いな彼にとって、 今目の前にいるリッチは、存在そのものが許せない。 「真理の探究を忘れた愚かな先祖よ!お前の魂は、俺が有効に使ってやる」 長い黒髪が妖艶な、美しい女性の体から魔法力がほとばしる。 それに呼応するように、イザベラが両手から炎を出しながら口をつり上げて笑う。 「最近戦いがなくて暇でさぁ……派手にいくよぉぉぉ!!」 「待て、イザベ――」 爆裂と破砕する音が辺りにこだまする。リッチに確実に当てたはずの炎の塊が、 どういうわけかイザベラに当たったのだ。全身にひどい火傷を負ったイザベラは、 叫びながら辺りを転がり回っている。 リッチとはメイジがその力を持ったままアンデッドと化した存在であり、 そのため魔法に対する耐性が非常に高く、時には魔法そのものを跳ね返してしまうこともある。 マニマルコはとりあえず魔法耐性上昇の呪文を唱えようとしたのだ。 なにせ相手は6000年前のエルフ。自分もリッチとはいえ、古代のエルフの魔法力に敵うはずがない。 強敵との戦いは、まず能力を上げる魔法を唱えることが勝利の秘訣である。 「いたい、いたい、いたい、いたい」 「哀れな」 リッチは全身に火傷を負い、肌を真っ黒に焦がしたイザベラを見て悲しそうに首を横に振った。 どうやら好戦的な性格ではないらしい。 「分かったであろう。人間の皮を被りし者よ、今すぐにその人間を連れて去ね」 「やはり、お前は愚かだ」 マニマルコはせせら笑ってリッチに答える。リッチはマニマルコに杖を向け、 脅すようにうめいた。 「いたいよう、いたいよう……」 泣いているイザベラの体が音を立てて治っていく。回復の魔法ではなく、 死霊術特有の力で自己修復している。焼けただれた皮膚があり得ない早さで元に戻っていく。 「その娘も既に俺と同じだよ」 「なんと……外道が!」 その一言に、マニマルコは怒りを露わにする。 「道を外したのはお前だろう!命題たる真理の探求を忘れ、この地で年月を無駄に過ごしたお前に言わる筋合いはない!」 「そんなものより、守るべきことがあると知った!それは――」 マニマルコが大声で笑い、リッチの言葉を遮る。 「当ててやろうか。愛か友情か、それとも憐憫の情か……くだらん、全て一時の愚かな気の迷いにすぎん!!」 「否!それこそ我が守るべき理由、この「ミョズニトニルン」があの男に従った理由なり!」 リッチの手から炎が現れる。マニマルコに向かって投げつけようとしたその時、 その腕を誰かが掴んだ。 「いたいんだけどさぁ……もの凄く痛いんだけどさぁ……」 額に青筋が浮かぶイザベラが、そのまま勢いで腕をへし折った。 リッチが驚いていると、目を真っ赤にして憤怒の表情のイザベラが叫んだ。 「いたいんだよぉぉぉぉ!」 「ぬぅぅっ!」 リッチへ次の一撃を決めようとイザベラは感情のおもむくがままに腕を動かす。 その一撃はリッチの鳩尾を砕いたが、その程度で活動を止めはしない。 「哀れな娘よ……そうまでして力を求むるか」 「あわれ、だってぇ?」 イザベラがリッチの胸ぐらをつかんだ。怒りが消える気配も無く、 素に戻って思い切り叫んだ。 「わたしはあわれなんかじゃない!!わたしはエレーヌよりも上手に魔法が使えるようになったんだ! もう誰にもわたしを笑わせない誰にもおろかだとおもわせないだれにも……」 イザベラの憔悴しきった表情を見てようやくリッチは気が付いた。この娘は自らではなく、 そこにいる人間の体に入ったエルフによって、人間をやめさせられてしまったことを。 リッチはマニマルコに吐き捨てるように言った。 「このような、このような娘に術を施すなど……」 「質が良くなった。悪くない選択だろう?ミョズニトニルン」 自分の額が見える位置まで、マニマルコは近づいた。リッチに眼球があれば、目を丸くして驚いただろう。 「まさか、まさか!いかん、お前のような輩にこの地を、約束の地を」 リッチは力の限りもがき、魔法を放つがイザベラの力には全く効かない。 マニマルコがとても楽しそうに歌でも歌うようにささやく。 「イザベラ、もう壊してかまわん。それでは後は我々に任せてくれ。愚かしき先任者よ」 リッチの体は破砕され、その魂は天に昇ろうとする。 「ああ、聞きたいことが山ずみだった。しばらく俺の側にいてもらおうか」 だが救済が訪れることは無いだろう。蠱の王は謎の部屋と、その鍵を握る魂を手に入れた。 夕食は終わり、後は寝るだけとなったルイズたち。 エレオノールは、自分の研究室にルイズだけを呼んでさっきの話をすることにした。 「……そうね。大昔から平民への魔法が使えるかの調査は法律で禁止されているわ。 ちなみに、ゲルマニアでは建国した時から元平民が杖を所有することを原則として禁じているわね。 上の位になれたら持ってもいいみたいだけど、不可能でしょうね。 あの国は夢を売り物にしているけど、その中身は結構悲惨みたいよ?」 ゲルマニアでは成り上がって貴族になれる。とても魅力的で甘い話だが、 そんなにうまい話があるはずもない。自由に階級移動ができるということは、 自分の位を上げるよりも、下げる方が簡単だということだ。 「つまり、そういうこと」 「じゃ、じゃあ、平民も……」 「多分使えるんじゃないかしら。試したことはないけれど」 「どうして?」 男の貴族が近所のきれいな平民を囲ったりするのは、ルイズでも聞いたことがある。 そうして生まれた子供やその子供は、やはりメイジとしての能力を持つのだろうか。 「それをおおやけにすると、あなたが「虚無」だっていうこと以上に大変なことになるからよ。 いくら私が研究者だと言っても、ちゃんと分別するだけの脳みそはあるわ。 あなたのことが分かっても、まぁあなたが祭り上げられるだけで済むけど、こっちはそうはいかないの」 ルイズはきょとんとした。 「でも、平民たちが魔法を使えて便利になるだけじゃないの?姉さま」 エレオノールは頭をがくっと下げる。ここか。ここがネックか。エレオノールはルイズのダメな所をまた見つけた。 正論すぎるのだ。確かにどちらかと言えば正しいのだが。 「そりゃ、平民たちは大喜びよ。別に貴族になれなくたって、 魔法が使えるって分かれば色々な仕事が楽になるのだから。 揉めたりはするでしょうけど些細なものよ。 貴族に逆らって良いことがないのは分かっているでしょうし。 問題は地方領主とか僻地に住んでいる貴族たちや、 色々あって貴族をやめさせられたメイジよ」 ルイズはまた首をかたむけた。ああ、とエレオノールは額に手を当てる。 やっぱりこの子は知識に基づいている。現実的な悪いところが見えていない。 「いい、ルイズ。やっかいごとを起こすのは下々の人間じゃなくて、知識階級の人間よ。 みんながみんな、王家に心から忠誠を誓っているわけじゃないの。 魔法が実は誰でも使えるものでした。だなんて分かったらそんな連中が何をしでかすか分かる?」 「……わかりませんわ」 実際、さっぱり分からない。ルイズは今までずっと魔法を使いたいと思って生きてきたこともあって、 魔法の恩恵ということは人一倍理解しているが、それがもたらす影響については、 あまり分からないのだ。 「平民たちを上手く利用するでしょうね。ただの兵士にするよりも、 メイジになる方が簡単で強いし、お金もそこまでかからないわ。 それでそいつらを組織して、王家に取って代わろう、なんて奴がいると思うのは私だけかしら? 少し冷静に考えれば平民だっておかしいと思うのだけれど、甘い話には誰でも引っかかるのよね」 こほんと咳払いして、エレオノールが勇ましく歌うように口ずさむ。 「平民の魔法の使用は王家が法律で禁じていた。悪い王家は君たちを苦しめるだけだ、今こそ変革の時、 共に自由を掴もうではないか。こんな馬鹿げた話でも繰り返し聞いていると、 その内なんの疑いも持たずに信じてしまうのよ」 案外人って単純なのよ。エレオノールは真剣な表情で聞いているルイズにそう言った。 「そうして方々の平民に魔法を教えて、王家やその周りの大貴族を中心に反乱を起こすように仕向けるの。 平民たちは自分たちが世界を変えるとか思っているだろうけど、単に踊らされているだけ。 彼らだけで王軍に勝てるとは思えないし、もし反乱が成功したとしても、 王家の権利を欲した連中が平民に多少なりともそれらを渡すと思う? 最終的にそいつら同士で仲違いを起こして、ハルケギニアはさらに血にまみれるでしょうね」 理想はもろくも崩れ去り、残るは利権を貪る醜い者たちのみ。権力争いなんてそんなものである。 隙あらば牙を向ける輩は、どこにでもいるものだ。 ルイズはそんなことになるだなんて考えもしなかった。 「魔法が平民に伝わることは、 ハルケギニアの各地で争いが起こるきっかけになることは間違いないでしょう。 レコン・キスタとか目じゃない規模のね。一番怖いのはロマリアよ。 魔法は神の奇跡で、選ばれし者のみが扱えるって教えていたのはあの国じゃないの。 実は嘘でしたなんて分かったら、信者が減るどころか平民が怒るわよ。 それでトチ狂って聖戦とか言い出したら、この世界終わるわね」 そこまで言われて、ルイズはようやくはっとした。でも、どうしてだろう。 なぜ本当のことが明らかになっただけで争いが起こるのだろうか。 「なにか言いたそうね」 エレオノールは自分が言いたいことは伝わったらしいと感じた。 ルイズは下を向いてたずねる。 「どうして、みんなが使えるようにしただけでそんなことになるの?便利なのに」 しょんぼりしているルイズの頭をなでて、エレオノールは呟くように答えた。 「便利な力を神様からもらった力だといって崇めさせたからよ。 今の世の中は魔法が使えるかどうかで全てを決めてしまっているの。 だから今更使えるようになりました、とか言ったらてんやわんやの大騒ぎになるの。 平民は平民として生きるのが幸せなんだから、魔法が使えなくたっていいんじゃない? 私は使える側の人間ですから、そう思いますけれどね。あなたは……」 そのままエレオノールは何か言おうとして、口を閉じる。少し間をおいて、 ルイズに優しく語りかけた。 「あなたは自分で考えなさい。 悪いと思ったら、それをどうするか考えて。ただ、魔法が使えると広めるだけなら、 今の方が誰にとってもマシということだけは覚えておくのよ」 ルイズはなんとも言えなさそうに頷いた。 国は人がいなくちゃできん。だが、上に立つ者がいなければ国にはならん。 そこまで考えて、お前は上に立つ者をやっているのかね?あの老人に言われた言葉を思い出す。 きっときれいに考えるだけでは、全然やれない。ということだったのだろう。 全く考えていないんだわ、私ったら。ルイズはとぼとぼとエレオノールの研究室から出て行った。 前ページ次ページジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1487.html
珍しくコルベールがきょろきょろしている。 何かを探しているようだが、ルイズには全く関係のないことだった。 暫く無視していたが、ナランチャに話しかけているのを見て、少し興味が湧く。 しかし話しかけない。 続いてナランチャ、コルベール、シエスタが話し始める。どうも妙な面子だ。 ルイズは隠れて様子見をすることにした。いつの間にか隣にはタバサとキュルケまでいる。 「で、その竜、ってヤツを見に行くと」 「いや、飛ばせたいんだよね、やはり!」 コルベールはハイテンションだ。口調がいつもと違っている。 よく言えば研究熱心な人、悪く言えば壊れている人。 「じゃあ、私についてくるって言うことで、いいですか?」 「おーう」 「何やってんの?ついてくるって何?」 「あ、ルイズか。……ルイズ?え?お前も来たいの?タルブ村」 タルブ、という頻繁には聞かないものの、知っている地名が出てルイズはさらに事情を問いただす。 事の発端は、異世界の『車』などの話をしてくれたナランチャと一緒に、コルベールがタルブ村の『竜』を見に行くという。 コルベールはまだナランチャが東方から来たと思っているので、やはりその『竜』のことについても聞きたいのだろう。 実際は、ナランチャにそんな知識などないとも知らずに。 当のナランチャは即答で承諾していた。 その後シエスタが休暇に実家――タルブ村に行くというので、さらにシエスタも加えて一緒に行こう、ということになったのだが。 「シエスタ、4人追加」 「ええええええ!?」 ルイズ、タバサ、キュルケ。おまけのギーシュ。 まさかこれだけ大人数になると思っていなかったシエスタは、嬉しいやら悲しいやら。 移動はもちろんシルフィード。 内心ガクブルでシエスタも乗り込む。 ルイズはまた震えている。下を見るなとあれほど……、ナランチャは学習能力のなさに呆れている(お前もだよ) ギーシュも下を見ている。 身を乗り出している様を見て……ナランチャの野心が目覚めた。 「落ちろ!カトンボ!」 「うわあああああ!?」 某・何故動かん!?MSに乗ってた人の声で叫ぶナランチャ。 その所為で途中ギーシュが落下した。誰も気づく事はなかった。(コルベールさえ) 徒歩でボロボロのギーシュと、傷一つないシルフィード組。 なんと言ういじめ。これは間違いなく学園全体の問題。 「そういや、竜ってさぁ……見た目はどんな感じなんだ?」 「ええと……とても羽ばたけないような翼と、鉄で作られてるって事ぐらいならわかります。『竜の羽衣』って言うんですよ」 その証言からでも十分分かる。直感だが――恐らく『飛行機』だろう。 それが自分の世界の物かどうかは分からなかったが。 「元々、二匹竜は居たそうです。一匹はどこかへ消えちゃったらしいんですけど、もう一匹はおじいちゃんが乗ってました」 「飛べるか?」 「いえ、もう飛べなくて……それなのに、前は飛べたっておじいちゃんが言うものですから、変人だとか言われた時も。それ以外じゃ至って真面目だったんですけどね」 苦笑しながら、シエスタは言う。 コルベールは「絶対に飛ばせて見せますぞ!」と意気込んでいるが。 「もう一匹はどうなったんだ?」 「日食の中に消えたとか……はっきりはしません」 ――日食。 それがナランチャの頭に記憶された。 もしかしたら、それが元の世界へ戻るヒントかもしれない。 僅かな希望を見出せた事と、もし帰れた時のことを考えると、心臓の鼓動が早くなってくる。迷いもあるのだろうが。 これは――そうだ。 ミスタとジョルノがアッー!しているところを見て以来だ。(誤解) 未だにトラウマである。 その隣にはここまで祈祷書持ってきて、『考える』『頭をオーバーヒートさせる』を同時にやっている『ゼロ』が居た。 覚悟?そんなものありませんよ、ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから。 「着いた」 「あ、あんた……まったく味気なかったこととギーシュのことは気にしてないのね」 その頃にはやっと皆が落ちたギーシュに気づいていた。 まだ壊れたポンコツロボットみたいに喋るルイズだが、言語は普通である。 問題はその棒読みとも言える発音であった。 「仕方ないだろ、シルフィードが馬より速いし……後腹減ったからさっさといくぞ」 「あんたそれ、理由とは言わないと思うんだけど……」 「きゅいきゅい!(ちょ、ちょっと嬉しいのね!)」 シルフィードも、空腹だからこそ急いだという事をタバサ以外は知らない。それでも重すぎて一日かかったが。 おかげでここに来るまでに持ってきた食料は全て食い尽くした。殆どタバサとナランチャの胃袋の中である。 一方、森を抜け、何とかここまでたどり着いたギーシュは、異常に逞しくなっていた。 「あ、あの、ギーシュ?」 キュルケが凄く語尾を上げて問う。 「ガンホー!ガンホー!ガンホー!」 「や……やりすぎたぜウォークライ……ッ!」 ナランチャは嘆いていた。元ネタ?「やりすぎのウォークライ」で検索してちょんまげbyアンリエッタ ああ、我らのギーシュは、シルフィードから過酷な森に突き落とされる(主犯ナランチャ共犯タバサ)ことによって、死をも恐れない最強の戦士に変貌してしまったのです。 こんなのギーシュじゃない。ということで蜂の巣の刑に決定しました。 今、全ての元凶は草原に寝っ転がっています。 コルベールは、着くなりシエスタに『竜』の場所への案内を求め、それをシエスタも快く承諾した。 せっかくなので全員で行く事に。 見て損はないだろうと考えたからであるが。 「何コレ」 目の前にあるのは、まさしく飛行機であった。 が、この世界の住人には、確かに理解されないだろう。 「こ、コレが飛ぶの?ナランチャ……」 「あ、ああ。ま、間違いねぇけど」 「『固定化』をかけられているようだね。劣化はほぼ見られないな」 ぺたぺたと表面の質感を確かめるように触るコルベール。 なんとなくナランチャも触る。 ひんやりした、いかにも金属っぽい感触の後に、脳に流れ込んでくる『情報』。 (ああ、これか……『ゼロ戦』?……ガソリンがないのか) ガンダールヴのルーンの効果であろう。 対して驚く事もなく、その竜の羽衣――『ゼロ戦』を考えるような瞳で見つめた後、燃料タンクを開ける。 予想通り、燃料は殆ど残っていないが、かすかに残ったガソリンが、独特の匂いを醸しだしていた。 「……コルベール」 「なんだね?」 「飛ぶかも知れねー」 「な、なんと!?本当かねそれはァァッ!」 耳をつんざく様な叫び声を上げるコルベール。興奮しすぎである。後頭部に飛び膝蹴りを一撃入れると暫く黙った。 見たところ、それほどの損傷はない。 なら、燃料と少しの修理で飛ぶはずだと、ガンダールヴのルーンを通して入る情報は語っている。 「石油……が、必要かな。採れるかどうかは分からねーし、ガソリン作れるかどうかもわかんねーけど、ほれ」 「これは?」 「そのガソリン、だ。それを手本にして、そうだな、この燃料タンクいっぱいに入れれば完全なんだけど」 タンクは結構大きい。 もし、これいっぱいにガソリンを作って入れるとしたら、この世界ではかなりの手間がかかるはずだ。 言い留まって、結局、『半分でもいいや』とは言わなかった。 元の世界へ帰るために、どれだけ必要かがわからなかったから。 そう言っても、差し支えはない。 「シエスタの話じゃ、日食に飛べば帰れるかもしれない、らしいな」 ルイズの時が止まった。ドーンッ。 なんと言う、運命の悪戯であろうか。 日食が起きるのは――実は数日後。ナランチャはもちろん知らない。 つまり、その時が最後だ。 脳裏に駆け巡るのは、召喚してからの一日一日の風景だった。 しかし、自分に止める勇気があるのか? 最初の頃の、帰りたがっていたナランチャの姿を思い出し、少し胸を痛めた。 思えば、最初の落胆っぷりは凄かった。 平民を召喚など、前代未聞。 やはり自分はゼロなのか、そう思ったときもあった。 しかし、その少年は強かったのだ。体調不良から最初は苦戦したが、最後はギーシュを『得体の知れない力』――スタンドで打ちのめした。 その後も彼は快進撃を続けている。 土くれのフーケの撃破、ワルドを撃破。どちらも上位ランクのメイジであった。 いつしか、信頼を抱いていた。 だが、それ以上の何か。 自分にも分からない意思が、自身の片隅に眠っている気がする。 だから、迷った。彼も、ルイズも。 数時間後、竜の羽衣は、金と引き換えに竜騎士隊によって運ばれる事になったが、そのための出費は結構痛かったという。 コルベールはさっさと帰ってしまった。研究したくてたまらないようだ。 その日の夕暮れ時。シエスタの手によって作られた「ヨシェナヴェ」が振舞われた。 村名物のシチューと言うことらしい。 くれぐれも某料理人のスタンドが入っているとか思わないように。 「美味いッ、ディ・モールト美味いぞッ!」 「うんまあァー―いッ!ハーモニーっつーぐぼっ!?」 「黙んなさいよ」 ギーシュはコメントの途中で爆発を喰らった為再起不能。 全員が絶賛していた為、シエスタも素直に喜んでいた。 はしばみ草も入っていたが、特に気にならない。 (タバサのイデ料理とは大違いだぜ) それを口に出していたら、タバサは1ヶ月の間失踪している所だった。 とは言え、あのタバサのはしばみ料理。 口の中に広がる小宇宙の神秘は、ヤバイ。本当に。 「それより、ナランチャ……」 「んー?」 「本当に、帰るのかい?」 「………」 復活したギーシュの一言で、全員が押し黙る。 タバサが何かを堪えているが、隣のキュルケが机に突っ伏してぷるぷる震えていたため、インパクトのスケールで負けて気づかれなかった。 「帰るな」 「君君ィ。日食が数日後なのは知ってるかい?」 「ハァ!?マジかよッ!」 ナランチャはショックと同時に喜びを感じていたが、罪悪感が後から押し寄せていく。 ルイズが無言のまま食事をしているのは、恐らく自分の所為だ。 日食がほんの数日後だという事を知らずに、軽く言っちゃった自分が悪いのだ。 大体ナランチャは日食と言うものがどういうものか知らず、何時起きるかなど全く知らなかった。 まあ、その時になったら何とかなるだろう、と言う感じだった。 「あー、そ、その、ルイズ?き……聞こえてる……かな?」 「……聞こえて、るわ」 この瞬間――ナランチャは確信した。 今の自分は…… 蛇に睨まれた蛙 地雷原に迷い込んだ人間 網に引っかかった魚 腹をすかせたライオンの目前に縄で縛られて放置された人間 波紋を打ち込まれた吸血鬼 ビグザムと対峙するボール 零距離でツインサテライトキャノンを撃たれるコルレル タバサVSギーシュ ルイズVSギーシュ キュルケVSギーシュ ナランチャVSギーシュ これら全てに当てはまるのだと。 今夜は泊まる事になっている為、夕食の後は各個自由行動を取ることに。 また女性を誘惑しようとしていたギーシュは、キュルケに燃やされていた。 ナランチャは叫ぶ。 「燃えるゴミは月・水・金ッ!」 そして蜂の巣へ…… 何事もなかったようにギーシュをシルフィードの尻尾にくくりつけて飛ばせ、果てしなく続く草原に、ナランチャは座り込む。 その向こうに見える太陽をボーっと見つめ、ため息を吐いた。 再度、自身に確認をする。 自分は、死んだのだと。 その自分が帰ってもいいのか、と。 この世界で出来た仲間を置いて、本当に行ってもいいのか、と。 だが、帰りたいのもまた真意。 帰りたい、帰りたくない。その狭間に、ナランチャはいた。 「………何してるの?」 「ルイズ……か」 不意に掛けられた声に反応して、振り向く。 いつものように桃色の髪をなびかせて、ルイズは現れた。 その顔からは怒りは見られない、自分と同じ迷いが感じられた。 黙って隣に座らせてやる。 偉く、自分が憎たらしくなった。 無知なのにもかかわらず、なんの気遣いもなくあんなことを言ったことを悔いた。それなのに、今はこうやって、2人でただいることしか出来ないのだろうか。 「……帰るの?本当に」 こんなことも、聞かれてしまうと言うのに。 答えたくない。 しかし、包み隠せるとも到底思えない。 「……そう、だな」 言い切ってから、心臓が跳ね上がる感触を味わう 「そう」 「………」 気まずすぎる。ルイズの顔は思いっきり沈んでいた。 ナランチャも沈黙するしかない。 ここまで重い雰囲気は、この世界に着てから一回も味わったことのないほどの、重圧。 「じゃあ、私も連れて行ってくれる?」 ナランチャはずっこけた。 そのド低能な頭で考える。え?え?とか混乱しつつも。 そして、結論はといえば、『拒否』であった。 そうなれば、ルイズは親友にも会えなくなるし、故郷に二度と帰れなくなるかもしれない。 それを気遣っての事だったのだが、やはり言いにくい。 「う……あ」 「……どうなの?」 どんどん詰め寄られる。 ナランチャの顔を覗き込むルイズ。 「や……そ、そりゃあさ……お前も友達が居るだろ?ここから恋人とか作ったりするのに、俺んとこ来たら……じ、自分で決めるべきだと思う……ぜ?」 「……ふぅん。誤魔化している様にしか聞こえないわね」 図星であった。 「で、でもさ……流石にあっちで友達恋人作れるわけは……」 「つ……作れるわよ、両方」 「……もしかして、お前……」 「べ、別にアンタが好きってわけじゃ……」 「いや、もしかして当初の頃のわがままを発揮して無理やり友達とか作るのか、って言いたかったんだが」 ルイズ レベル16 精神 1/1 →自爆 消費SP1 奇跡 愛 激怒 誘爆 戦慄 「あぎッ……」 「ほほう……って、嘘だよ嘘ーッ。お前のことだから、別に気にしねーよ。勢いで言っちまったんだろ?」 「う、ううう、うんうん」 ルイズは誤魔化せたと思って安堵する。このときばかりはド低能に感謝した。 この後、暫く談笑する余裕も見せたので、いつの間にか先までの雰囲気はなくなっていた。 その数分後、空からギーシュが降ってきた。シルフィードが、尻尾につけたギーシュが鬱陶しくなったので強引に叩き落としたのである。 星になったギーシュ。君の事は2日間忘れない。 しばらくのあいだタルブの村に在住するシエスタの見送りを受け、彼らはあっという間の旅を終える。 軽くなってご機嫌のシルフィードは飛ばしに飛ばし、行きより早く帰ることが出来た。 まだ居たいなどと言う意見を無視して、タバサとキュルケの独断による帰宅(?)であるが……。 ルイズは詔も考えなければならないので必死である。 ちなみにまだ一文字も思いついていない。 「んぐ……む……ぼんっ」 「またか」 祈祷書に書き込む前に、ルイズは既にバイツァ・ダストの術中である。1時間ごとに爆発していた。 いや、手首を狙われたりはしないのだが、決まって一時間たつと爆発する。 そして20分ベッドに寝転び。 また考え始め、一文字も思いつかずに爆死。指にはまった水のルビーに破片が飛び散りそうで恐い。 (『アンリエッタから貰った』byナランチャ 本当に売るつもりであったが、帰れる希望が出てきた為譲る) 何をしているのやら、というナランチャの哀れみの目をものともせず、考え続ける。 その内、幻覚として文字が見え始めたが、また爆散。 「……ルイズ、お前はよくやったよ。俺が誇りに思うほど立派によ」 「ぷすぷす……ぼんっ」 次の日の授業は、全く頭に入らなかった。 今までもこんな事が会ったが、最大級。もう、何があったかさえ忘れた。 いつものようにルイズの先をナランチャが行く。 コルベールのガソリンを錬金することについては、石炭などを利用してそれなりには進んでいるようである。 そう、いつものことだ。 コルベールが研究に打ち込み、ギーシュがまた二股をして、キュルケがからかって来て、タバサが無言で本を読んでいる。 いつまでも続くような光景から、もうすぐナランチャが消えるのだろうか。 それでいいかと問われれば、良くないと答えるだろう。 止めたい。だが、あれは確かに彼の意思だ。 本来、余程の事でなければ、人が人を強制するなど、やることではない。 これはルイズにとって『余程の事』に当たる。だが、ナランチャを止められるとはどうも思えなかった。 彼は「普通の学校に行って、普通に過ごすのもいい」と言ったこともある。 故郷の料理を食べたいとも言っていた。 人の生き方を否定する事が、ルイズには出来なかった。 そうだ、死んでいたところを救う事になったとは言え、『こちらが勝手に』召喚したのだ。 帰るのなら、せめて、綺麗さっぱり、未練も残さずに帰らせたいと思った。 気づけば夜になり、ナランチャは隣の床で寝ている。 自分のベッドが、自分の涙で濡れているのに気づくまでは、それほど時間を要さなかった。 年が近くて、気が会う面もあった。 バカな事をやっていたが、それでも、功を奏してムードメーカーとなっていた。 そろそろ、別れ時なのか。 祈祷書を握りしめ、ルイズは眠りに着いた。 To Be continued ...
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4231.html
前ページ次ページゼロな提督 トリステイン魔法学院図書館。 そこには始祖ブリミルがハルケギニアに新天地を築いて以来の歴史が詰め込まれている、 と言われている。本塔の大部分を占める図書館は、高さ30メイルの本棚が壁際にずらりと 並んでいる。その光景は壮観であるのだが、フライを使えないルイズとヤンには困り種でも ある。 その本塔図書館の中でも教員にしか閲覧が許されない重要文書管理区画『フェニエのライ ブラリー』。かつてコルベールは、この区画で発見した書物『始祖ブリミルの使い魔達』か ら、ヤンのルーンがガンダールヴのそれと同一だとオスマンへ報告した。 だが、フェニエのライブラリー内をオスマン・コルベール・ロングビルが飛び回っても、 ルイズとヤンが上から渡された所蔵書籍をひっくり返してみても、今回はさしたる成果は上 がらなかった。 「う~む、ダメじゃ。結局何もわからずじまいじゃな」 本の背表紙を眺めるオスマンの諦めの言葉に、コルベールも本を閉じる。 「ですなぁ・・・いくら調べても、虚無とその使い魔について、御伽噺程度のことしか書か れていませんぞ」 ロングビルはパラパラとめくっていた本をポイっと投げ出した。 「結局、虚無がどんな魔法なのか、手がかりがどこにあるかすら分からずじまいですわね」 ヤンは床に寝っ転がってしまった。 「は~…でも、ビダーシャルは『かつて何度も虚無が揃いそうになった』て言ってたから、 虚無の使い手はこの6千年の間、何度も存在したはずなんだ。そして、虚無の量と『門』の 活性度が比例するなら、この数十年かつてないレベルで活性化してるなら、数十年前から虚 無の使い手が存在するはずなんだよ。それも複数で。彼の言う事が全て正しいとするなら、 最大で4人だね」 ルイズはテーブルの上に広げた書物の山に、のへ~っと体を投げ出してしまう。 「でも、結局『虚無は伝説です』ってことがわかっただけかぁ…ねぇ、あんたのルーンをも う一度見せてよ」 「ん~、これかい?」 めんどくさそうにヤンは手袋を取り、ルーン文字が書かれた手の甲をルイズに向けた。 「結局、一番の手掛かりは、それじゃない?」 本棚の上の方を飛んでいたオスマン達もふわりと舞い降り、寝っ転がったヤンが掲げる左 手をまじまじと見つめる。 「ガンダールヴ、かぁ・・・」 誰ともなく呟く。 第十三話 ときのかなた ヤンは『門』を封じるため『虚無』を追う事にした。 聖地の召喚ゲート『悪魔の門』が『虚無』の力で開かれたものなら、同じく『虚無』の力 で封じれるはず、と睨んでの事だ。 さて、それでは『虚無』とは何なのか、というところから始めたのいだが…即座にヤンは 困った。彼には図書館の本棚の下の方しか手が届かない。ハシゴを持ってきても、せいぜい 数メイル。 その上、彼の図書館使用許可は学生閲覧可能範囲まで。『フェニエのライブラリー』には 入れない。 そんなわけで、ヤンはロングビルとオスマンに相談してみた。二人ともヤンが予想する 『大災厄』は想像も出来なかったが、ビダーシャルが告げた聖地の姿には漠然とした不安を 感じていた。また『始祖ブリミルの使い魔達』を発見したコルベールも、ロングビルに笑顔 でお願いされると、二つ返事でOKしてくれた。 そんなワケでヤンが『虚無』を追う決心をして三日目の放課後になったのだが、結局大し たことは分からなかった。 ――始祖ブリミル。 正式なフルネームは、「ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ」。 虚無の魔法を扱い、強力な使い魔達を従えていた。ハルケギニアでは神と並んで崇拝され る伝説の偉人。その姿を描写する事は畏れ多い事とされており、大陸に多数存在する礼拝用 の始祖像は「両手を前に突き出した人型のシルエット」という曖昧な姿のみで再現が許され ている。 聖地に降臨した、との伝承を信じるなら、6千年前に『門』を通過してヤンの世界から来 たことになる。もちろんヤンはそんな人物は知らない。知っていても、おとぎ話の類だった ことだろう。もしかしたら、ハルケギニアとも古代地球とも異なる世界から来たかも知れな いし、単に聖地周辺で生まれただけかもしれない。 現在ハルケギニアに存在する4王家、トリステイン・アルビオン・ロマリア・ガリア、 これらはその力を受け継いだ3人の子供と1人の弟子の子孫。ただし始祖が用いた虚無の 使い手は確認されていない。 ブリミルの使い魔の一人がガンダールヴ。その本来の役割は敵を倒すことでなく、虚無と いう強大な力を発動させる為に長い詠唱を行う間、無防備になってしまう主を守ること。 あらゆる武器を自在に扱える使い魔、という記述から推測されるに、人間用の作り出す武器 を全て使いこなすことが出来るらしい―― なお、ヤンは現在に至るまで本格的な戦闘をした事がない。また、ルイズはじめハルケギ ニアの誰も、ヤンが「首から下は要らない」とまで言われた人とは知らない。なので、彼は 常々「僕が銃を撃っても当たらないのさ!」と言ってはいるが、謙遜か、彼なりの冗談だと 思われている。いくら鈍くさそうな冴えない中年男でも、平民出の軍人が剣も銃も使えない など、常識外れの極みだから。 ヤンもぼんやりと自分の左手を見上げている。 「ともかく、伝承が正しいなら、ガンダールヴというのは僕と同じ人間か、少なくとも体格 の似た亞人だったようだ。でないと弓とかナイフとか人間用の武器が使えないからね」 ぃよっこらしょ!と体を起こしながら彼は視線を左手の甲からルイズへ移した。 そしてその場の全員が、ルイズへ視線を集中させる。 「だとすると…じゃなぁ」「うん、そうですわよね…」「どうも、そう考えるのが自然ではあ るのですぞ…」 ルイズは大人四人に見つめられながら、じっとり汗に濡れた手を握りしめた。 「それじゃ・・・ヤンを召喚した私の系統って、虚無になっちゃうんだけど・・・」 慌ててオスマンがしぃっと口に人差し指を当てる。ルイズも慌てて口を手で塞いだ。ロン グビルやコルベールも周囲を見渡す。 夕方の図書館には誰もいない。本の虫のタバサも今日は来ていなかった。 虚無の再来。軽々しく口にするわけにはいかない一大事だ。 ヤンは頭髪の寂しい教師を見た。 「あのー、ミスタ・コルベール」 「何ですかな?」 実のところ、ヤンはあまりコルベールに良い印象を抱いていない。自分を使い魔にせよと ルイズに命じた張本人。立場上しょうがないし、根は誠実な教師と分かっていても、納得は 中々難しかった。 だからといって、その事でコルベールを忌避するほどにはヤンも大人げなくは無い。 「魔法が全部爆発する原因とか、前例とかについては?」 尋ねられたコルベールは残念そうに首を振った。 「全くわからんのですよ…恥ずかしながら。まず前例がありませんし、調べても何故なのか さっぱり…」 ヤンはオスマンを見るが、白髪の老人も首を横に振った。 「トリステインの歴史上、そのような魔法の失敗例は無いのじゃ。もしあれば、絶対に記録 なりなんなり残っとる。『家の恥』として、学院はおろか世間にも出さなかったなら、話は 別じゃが」 オスマンは、単に推測を語っただけだが、ルイズはやっぱり視線を落としてしまう。慌て てオスマンはゥオッホンと誤魔化し、ヤンもさりげなくルイズの隣へ来る。 次いでオスマンに尋ねたのはロングビル。 「では、虚無の可能性を考えませんでしたか?4系統に属さないなら、残るは『虚無』だけ ですが」 学院長は、今度は肩をすくめた。代わりに答えたのはコルベール。 「無論、その可能性も彼女が入学した当初から考えました。ですが、それこそ全く分からん のです!なにせ、この三日間調べた通りです。虚無がいかなる魔法なのか、呪文はどこに記 してあるのか、もはや時の彼方なのです。そして、軽々しく『虚無』を口に出すわけにはい きませんでした。 なので、ミス・ヴァリエールが魔法を爆発させるのは失敗なのか系統のせいなのか、手掛 かりすら掴めませんでしたぞ」 ルイズはガックリして机の上にへばってしまった。 オスマンも、よいしょっと椅子に腰掛けながら学院長としての知識を披露する。 「トリステイン王家には、『始祖の祈祷書』というものが伝わっているそうじゃ。現物は見 た事はないが。 六千年前、始祖ブリミルが神に祈りを捧げた際に詠み上げた呪文が記されている、と伝承 には残っているものでの」 瞬時に体を起こしてパァッと明るくなるルイズへ、オスマンは手の平を向けた。 「まぁ、この手の伝説の品には、よくあることでのぉ。一冊しかないはずの、その祈祷書… わしは各地で幾つも見た事があるんじゃ。 内容は、もっともらしいルーン文字を並べ立てただけで、どれもこれも紛い物じゃ。金持 ち貴族、地方の司祭、それぞれに自分の書が本物と主張しちゃおるが、一つとして内容が一 致せん。 その各地の『始祖の祈祷書』を全部集めれば、図書館が出来るほどじゃぞ」 オスマンの語る無慈悲な事実に、ルイズは再び本の山の中へヘナヘナと崩れていく。 「そんなぁ…それじゃ、失敗でも虚無の系統だとしても、どっちにしても私は相変わらず魔 法が使えないままじゃないのぉ~」 まぁまぁ、とヤンがルイズの肩に手を置く。 「ところで、トリステイン王家の『始祖の祈祷書』ですが、どうにかして見る事は出来ませ んか?」 ヤンの頼みに、オスマンはやっぱり首を横に振った。 「そりゃあ無理じゃ。真贋が不明とはいえ、あれは王家の秘宝じゃ。軽々しく見れる物じゃ ないぞ。 それと、あれはトリステイン王族が婚姻の儀を執り行う際、立ち会う巫女が使用する物な のじゃ。選ばれた巫女が書を手に持ち、式の詔を詠み上げる習わしでの」 それを聞いたロングビルが首を捻る。 「では、今回の姫殿下の婚儀では、誰が巫女を?」 今度はオスマンが首を捻る。 「ええと、確かモット伯がいってたんじゃが…クルデンホルフ大公国の…ああ、そうじゃ、 ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフとかいうたかの?その姫君が選ばれたそ うじゃよ」 「あらやだ、ゲルマニア生まれの成金じゃないの」 顔をしかめたのはルイズ。 「ああ、なるほど…」 と頷いたのはコルベールとロングビル。 「?」 何を納得したのか分からなかったのはヤン。そんな彼にコルベールが教師らしく講釈をし だす。 クルデンホルフ大公国。 初代大公が先代トリステイン王フィリップ三世より大公領を賜り、新興した国家。 軍事・外交ではトリステイン貴族として王政府に依存しているが、名目上とはいえ独立国 である。席次ではヴァリエール家にも引けを取らない。何より経済力が有名で、借金してい るトリステイン貴族も少なくない。 クルデンホルフ大公国の大公家親衛隊として編成された竜騎士団、空中装甲騎士団(ル フト・パンツァー・リッター)を有す。その強さはアルビオン竜騎士団に次ぐとされる。 「…名前からも分かるとおり、ゲルマニアとの縁も深い大公国ですので、今回の婚儀では巫 女として相応しいことでしょうぞ」 と説明されて、ヤンも「ふ~ん」と納得した。 「いずれにせよ、じゃ…既に祈祷書は大公国へ送られているじゃろうが、虚無の呪文なんか 書かれていたら、婚儀の度に巫女に持たせるなんてせんじゃろ」 ごく当然なオスマンの言葉に、皆ウンウンと頷く。 5人が本の山に埋もれている所へ、入り口から司書の女性がやってきた。 「お取り込み中、失礼します。学院長、王宮よりモット伯が参られたそうです」 「はて、こんな時間に珍しいの。すぐ行くと伝えてくれ」 「分かりました。ですが、ミス・ヴァリエールとミスタ・ウェンリーとの面会も求めておい でです」 ルイズとヤンは顔を見合わせた。 「僕をアルビオンへ!?」 学院長室の入り口に立つヤンは、目の前の怪しい雰囲気を持つモットの言葉に、敬語も忘 れて聞き返してしまった。 だが整いすぎたカールが特徴的な口ひげを生やした中年のメイジは、特にその事を気にす るでもなく話を続けた。 「うむ。お主は先日枢機卿へ自分で進言したそうではないか、『急ぎ戦力の確認が必要』 と」 「え、ええと、はぁ、それは…確かに」 ヤンはモット伯の言葉に目を白黒させてしまう。確かにアルビオンの現戦力確認を勧めた のは本当だが、それはあくまで意見を言っただけ。自分を派遣してくれなんて意味では決し てない。 そんなヤンの困惑を知ってか知らずか、赤いマントに七三分けな貴族は話を続けた。 「無論、お主が先月トリステインに召喚されたばかりの異邦人であることは知っている。こ の国ですら右も左も分からぬのに、いきなり遠い異国など…というところであろう? 実際、アルビオンへ行った所で、内戦前とどこがどう変わったか、など分かるはずもない しな」 「え、ええ…まぁ」 ヘンな眉毛ともみあげにしては、意外と気の付く人だなぁ…いや見た目は関係ないか、な んてどうでもいい所に気が行きつつも、黙ってモット伯の話を聞く事にした。 「だから、別に強制ではない。ミス・ヴァリエール」 「は、はい!」 ヤンの一歩右前に立つルイズは直立不動で返事をした。 「枢機卿からの言葉です。彼はあなたの使い魔であるゆえ、あなたの意思に反してまで派遣 することはない、とのこと。彼の意見も聞いた上で決めて欲しい、と。 ただ、私見ですが、ミス・ヴァリエールと彼の実力に期待しての人選と思います。先日の 枢機卿への進言、中々の深慮遠望ゆえ王宮でも同意する者が見受けられるとか。恐らくこれ は、見識を深める機会として欲しい、という意味かと」 「はい!承知致しました!」 元気よく快諾するルイズに、モット伯は爽やかに笑った。 いや、爽やかな笑い声ではあるのだが、顔だってなかなかの美形だが…七三わけの頭に、 華麗にカールしすぎた眉尻・髯の先・もみあげが、全てを台無しにしている…ヤンには正直 ハルケギニアと美的感覚がずれているとか、流行廃りは世の常ということを差し引いても、 そうとしか思えなかった。 「いやはや、さすがヴァリエールの名に恥じぬ気迫ですな。ですが明日の昼に再び学院へ来 るゆえ、その時に返事を頂きたい。もしお受けして下さるなら、そのまま出立になるでしょ う」 「はい!」 「では、私はまだ学院長との話があるので」 ルイズは勢いよく、ヤンは不承不承という感じで礼をして、二人は秘書用机につくロング ビルの視線を受けながら学院長室を後にした。 「へぇ~、それじゃアルビオンに行くのねぇ」 「ええ。良い機会なので、是非とも浮遊大陸を見ておこうと思うんです」 ルイズの部屋で学院長室での話を聞いているのはキュルケ。鏡台の前に座り、どうにか飲 めるレベルにまでなったヤンのお茶を飲んでいる。 壁に立てかけられたデルフリンガーも鍔を鳴らす。 「んでよ、命じられたのはヤンだろ?なんで娘ッコまで荷物まとめてんだ?」 服やらナイフ類やらを袋に詰め込んでいくヤンの横では、ルイズがクローゼットから下着 やら旅行用のコートやらを取り出していた。 「決まってるじゃないの!ヤンは道が全然分からないじゃないからよ。あたしは昔、姉さま 達と旅をした事があるから、地理は明るいわ」 しゃべっている間にもクシに手鏡に、どんどん荷物が増えていく。 「つっても…歩いて旅したわけでも、お前さんが馬車を操ってたわけじゃねぇだろ?」 「そうよねぇ。しかも、内戦終結したばっかで、相当危険だと思うんだけどねぇ」 そんなデルフリンガーとキュルケの疑問は、あーどーしよ!これもいるかな、あれもいる かなぁ…と頭を悩ますルイズには届かなかった。 チラリとキュルケが視線をずらすと、ヤンが苦笑いする。 「大丈夫だよ。アルビオンの地理に詳しくて、腕利きの人に心当たりがあるんだ。少なくと も、僕とルイズだけで行く事はないよ」 床にどんどん荷物が山積みされていくルイズの部屋に、コンコンとノックの音がした。 「はーい、どなたですか?」 と言ってヤンが扉を開けると、そこには暗い顔のシエスタと、彼女を連れてきたらしいロ ングビルがいた。 次の日、お昼休みの学院長室ではモット伯がルイズ達の承諾の返事を聞いていた。 ついでに、シエスタをヴァリエール家が引き取る、との宣告も。 「と、言うわけで。シエスタはヴァリエール家三女ルイズと、その使い魔ヤン・ウェンリー の専属メイドにさせて頂きますわ」 ぐぬぬ…と悔しさで呻くモット伯だったが、さすがにヴァリエール家の威光に逆らえるワ ケも無し。そして、目の前の机の上にドンッと置かれる金貨の詰まった袋にも。 平民の若く美しい娘に目を着けると自分の屋敷に買い入れ、夜の相手込みのメイドとし て雇っていると裏で評判なスケベ中年貴族モット伯。彼の野望と欲望は、自らが頼みとして いた金と権力の前に敗れ去った。 結構な大金を前にしつつ、モット伯は動揺を隠し威厳を保ち続けていた。 「やむを得ません…しかし、ヴァリエール家の姫殿下御自らが、このような大金をつぎ込む ほどに入れ込まれるとは…果報者の娘ですな」 「あら、そのお金は私のではありませんわ。ヤンのポケットマネーですの」 ルイズの後ろで右手を胸に当て深々と礼をするヤンを指さされ、今度こそモット伯は動揺 が隠せなかった。 「う、うむ。そういえばお主は、ダイヤの斧で王宮より大金をせしめていたな?」 「はい。ですので今回のアルビオン行も自費で行こうかと思います。…ですが、私は本来こ のような手段をとりたくはなかったのですが…郷に入りては、と思う事にします」 口の端が引きつるモット伯の軽い嫌味は、ヤンに軽く流されてしまった。同時にモット伯 は、ヤンの歯切れが悪い語尾を捉えたりはしなかった。 「そう、か。まぁ、よいとしよう。 ところでアルビオンまでの足だが、こちらで竜騎士を呼んでおいた。身分証明書とアルビ オン政府への身元保全依頼書も、ここに準備してある。 だが平民一人で行くわけにもいくまい?よければアルビオンでの道案内と警護を兼ねて 人選を」 「いえ、私も参りますわ!」 と、話を遮り杖を掲げるルイズ。 モット伯はひっくり返らんばかりに仰天してしまった。 「お!お待ち下さい!!…ご存じでしょう?アルビオン内戦が終結したばかりなのです。そ のような焦臭い場所に、あなたをいかせるなど」 「ご配慮痛み入ります。ですが、こちらでアルビオン出身の優秀なメイジを依頼しておきま したの」 と言ってルイズが振り向いた先では、ロングビルがにこやかに微笑んでいた。 お昼の太陽が少し傾いた頃、学院正門には若い風竜を連れた、少年と言えるほど若い竜騎 士が待機している。 そして旅装束に着替えたルイズとロングビル、そして黒服に白手袋で背にデルフリンガー を背負ったヤンがいる。それを見送るのはモット伯に、オスマンとコルベールとキュルケ、 そしていつの間にやら現れたタバサ。 そして更に彼等の横には、やっぱり旅装束のシエスタがいた。 シエスタは深々とルイズとヤンに礼をした。 「本当に、本当にありがとうございました!これからはミス・ヴァリエールとヤンさんに、 一生懸命仕えさせて頂きます!」 「当然よ。全身全霊をもって忠義を示しなさい」 「ハイッ!頑張ります!」 心からの感謝と共に頭を下げられて、ルイズも悪い気はしない。鼻高々で反っくり返って いる。 そんなルイズへシエスタは控えめに、しかし熱い視線を向ける。 「ですので…その、お二人にお供して、私もアルビオンへ…」 そんなシエスタのお願いは、ヤンの横に振られる首に跳ね返された。 「ダメだよ、今のアルビオンは内戦が終わったばかりで、かなり危険だと思う。とても一般 人の女性を連れて行ける場所じゃないよ」 「あうう…」 ヤンの言葉にシエスタはがっくり。対してロングビルはニッコリ。 「そう言うわけですので、アルビオンでのお二人の事は、私にお任せ下さい。故郷の知人を 頼って行けば安全に旅が出来ますし、私も少々魔法が使えますから」 微笑みと共に言ってるハズのセリフ。なのに、ロングビルから微妙に冷たい気が立ち上っ ているのを、その場の全員が感じていた。 そしてシエスタもニッコリ笑った。微妙に引きつった口元で。 「そうですね。ミス・ロングビルがいれば安心ですわよね」 「もちろんですわよ。ミス・ヴァリエールもヤンさんも、私が守って見せますわ」 シエスタの引きつった笑顔を向けられるロングビルは、笑顔が冷たい。 「でも、心配ですね。ヤンさんって素敵だから、どこかの悪い虫が狙ってくるんじゃないか なって」 「大丈夫よ、そんな悪い虫も蹴散らしてあげますから。アルビオンへ言ってる間、あなたは 気兼ねなく故郷のタルブで休暇を取って下さいな」 学院のメイドからルイズ・ヤン専属メイドになったが、アルビオンへは危険なので連れて 行けない。丁度良いので、その間、休暇を出す事になったのだ。 「ですけど、その悪い虫が、トリステインから既に取り付いているんじゃないかと、もう心 配で心配で…」 「そーんな心配はしなくていいんですよ。ちゃーんと帰りには、タルブの村へ寄ってあげる からねぇ」 「あらあら、お土産を楽しみにしていますね」 「あらあら、あんたにはアルビオン名物、魚のフライでも買ってきてあげようかしらねぇ、 たっぷりと」 「うわぁ、嬉しいです!あれ、不味くて体に悪いって評判なんですよね!」 「良く知ってるじゃないかぁ!あんたのために、たっくさん買ってきてあげるわ!」 「うふふふふ、期待して待ってますわ」 「おほほほほ、あんたなんか助けるんじゃなかったって思えてきたよ」 笑顔で殺気をぶつけ合う二人は、既に周囲の人々から見て見ぬふりをされていた。 オスマンにコルベール、キュルケとタバサが、ルイズとヤンに旅の無事と再会を誓う言葉 を掛けている。 「二人とも、無茶してはならんぞ。命あってのことじゃからな」「ミス・ヴァリエール、ミ スタ・ヤンも、体には気をつけるのですぞ」「ルイズ、夜盗なんか来たら、あんたの失敗魔 法で吹っ飛ばしちゃいなさいよ!」。そして無言で杖を掲げるタバサ。 「安心なさい!このルイズ様の実力、アルビオンの逆賊共に見せつけて来るわ!」 「まぁ、危ない場所には行かないつもりだからね。何事もなく帰れるように気をつけるとす るよ」 ヤンの言葉に、背中の長剣がかみつく。 「いや!安全な場所でぬくぬくしてたって敵情視察にはなんねーぜ!ちったーヤベェ場所に も行けよな!そしたら俺を」 「ぜーったい使わないからね」 「使えー!」 門の外で彼等のやりとりをじーっと見ている若き竜騎士は、この人達ホントに大丈夫なん だろうか、と一抹の不安を感じていた。 風竜へ乗ろうと踵を返したしたルイズを、モット伯が呼び止めた。 「念のために伺いますが、どうしても行かれるのですか?」 「もちろんですわ」 ルイズの目に迷いはない。 モット伯は、諦めの溜息とともに懐から封書を出した。 「分かりました。では、これをお持ち下さい。ヴァリエール公爵からのお手紙も入っており ます」 「父さまの!?…もしかして、私が行くのを見越して…」 目を丸くするルイズに、怪しい姿の伯爵は優しく微笑んだ。 「ええ、もちろんです。この一件が講じられた時から、公爵はあなたがアルビオンへ行くと 言い出すであろう事は気付いておりました。もし勢いだけで無茶をするようなら止めて欲し い、と依頼されていたのです。ですが、オスマン氏が推薦するアルビオン出身メイジがいる なら、よしとしましょう。 お父上からの言伝です。『世界を見てきなさい、そして必ず無事に帰ってきなさい』との ことです」 「父さま…」 ルイズは、ヴァリエール公爵からの封書を胸に抱きしめた。 ルイズとロングビルとヤンは、騎乗した風竜に学院上を何度か旋回してもらった後に、南 の空へ旅立った。シエスタもついでに、ということでラ・ロシェールまで同乗する事になっ た。 キュルケとタバサは風竜が飛び去ったのを見送って戻っていく。モット伯も馬車で学院を 去っていった。 だがオスマンとコルベールは南の空を見上げたまま、なかなか動こうとはしない。 コルベールは、隣のオスマンに聞こえるかどうかという小声で呟いた。 「恐らくはハルケギニアの各王家に伝わっているであろう、虚無の手掛かり…まぁ、見つか りはせんでしょう」 「じゃろうな。こんなあっさり見つかるくらいなら、6千年も伝説とされてはおらんじゃろ て」 ルイズとヤンが今回のアルビオン行を引き受けた真の理由――アルビオン王家に伝わる はずの虚無を追う。見つかる見込みはほとんど無いにしても、とりあえず行ってみたいとい うのがルイズとヤンの希望。それにヤンにしてみれば、浮遊大陸なんてあり得ないモノを見 れる絶好の機会だ。 二人とも、これを逃す気は無かった。 だが、そんな理由とは関係なく、残った男と老人の顔は暗かった。 「・・・のう、コルベールよ」 「なんですかな?」 「今夜は、一杯付きあわんか」 「いいですね。飲み明かしましょう」 何故に二人とも表情が暗いのか、お互いに聞くまでも無い事。 「我らの女神に、乾杯!」「くたばれ、ヤン・ウェンリー!」 二人のやけくそな叫びが、夜遅くまで響いた。 若い竜騎士が操る風竜の上には、ルイズとヤンとロングビル。シエスタは、かなり渋って いたが、予定通りラ・ロシェールでタルブ行きの駅馬車に乗った。 そして彼等はそのままアルビオンへ向かっている。 「うわああああ、本当に大陸が飛んでいるう・・・」 ヤンは開いた口が塞がらない。 「驚いた?」 ルイズがヤンに言った。 「うん…こんなの、見た事無いよ… と、言うか…何故だ、どうしてなんだ!あり得ない!どこかに重力制御装置でも埋まって るんじゃないのかー!?」 「何よそれ。とにかく、落ち着きなさいよ」 ルイズに肘で突かれたものの、ヤンは全く落ち着く様子はない。 例え彼がいた宇宙の、帝国と同盟の総力を結集したとしても、地球のイギリスに匹敵する 大陸を重力圏内、大気圏内で恒久的に浮遊させるなど、出来るはずがない。いや、やればで きるかもしれないが、絶対にやらない。意味がない。 だが、彼の目の前では、それが起きていた。何の意味があってか知らないが、実行されて いた。意味を考える事自体が無意味なのかも知れない。地震や台風と同じく自然現象の一つ なのか、それとも精霊のきまぐれか。 とにもかくにも、アルビオンは浮いていた。 雲の切れ間から、黒々と大陸が覗いていた。大陸は、遙か視界の続く限り延びている。地 表には山がそびえ、川が流れていた。 ヤンは口をポカンと開けて、間抜けのように呆然としていた。 「おいおい、シャキッとしろよ!」 背中のデルフリンガーの言葉にも、何の反応もない。 普段よりさらにぼんやりしながら目の前の大パノラマに目を奪われるヤンに、ロングビル が得意げに解説を始めた。 「驚いたようね。あれが『白の国』アルビオンよ。トリステインほどもある大陸が、主に大 洋の上を彷徨ってるの。大陸から落ちた水が霧になって大陸の下半分を覆うから、『白の 国』の別名が付けられた、と言われてるの」 そんな解説も右から左に流れるかのように、ヤンはアルビオンを凝視している。 大陸の下半分を覆う霧が雲となり、ハルケギニアを潤す雨となる…いつもなら脳裏に焼き 付けるはずの知識が、全然頭に入らない。 彼は、ルイズに思いっきりつねられるまで、アルビオンを眺め続けた。 第十三話 ときのかなた END 前ページ次ページゼロな提督
https://w.atwiki.jp/darthvader/pages/34.html
ハイパ~ベイダータイム 175 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/18(月) 03 01 14.15 ID VYsc/m080 ハリアーの轟音は、まだ朝ぼらけの中にあった学院の生徒を一人残らず叩き起こした。 タバサもその例外ではない。 目を覚ました彼女が枕もとの眼鏡をかけ、窓の向こうに視線を向けると、竜の羽衣が中庭の 地面から浮き上がり、ハルケギニアの誰も見たことがない加速力で雲間に消えていくのが 見えた。 ベッドから跳ね起き、身支度を整えるタバサ。 出し抜けに、部屋の扉が乱暴に開いた。 見るまでもなくわかる。キュルケだ。 タバサはマントを羽織りながらキュルケに向かって頷くと、窓を大きく開けた。 主人の意を汲んだ使い魔が、合図の口笛より先に既にその下に待機していた。 28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 01 53 50.94 ID XQ0GhEZs0 「なんてスピードなの! シルフィードでも追いつけないなんて!」 吹きすさぶ風に負けじと、キュルケが声を張り上げた。 地上三千五百メイル、足元に下層雲が広がる目もくらむような高空を、タバサの駆る風竜の シルフィードが飛行していた。 空気の澄み渡った上空では彼方まで見渡せるため、タバサたちは遥か前方を飛ぶハリアー を辛うじて見失わずにいられた。 シルフィードはきゅいきゅい、と一声鳴くと、さらに増速した。既にその速度は時速五百キロを 超えている。 しかし、それでも両者の距離は開く一方である。 31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 01 56 11.83 ID XQ0GhEZs0 そして、既に豆粒よりも小さくなったハリアーからオレンジ色の光が放たれたかと思うと、次の 瞬間にはその姿が掻き消えていた。 タバサたちは追いつくのを諦め、速度を若干落としつつ同じ方角に向かうことにした。 その針路から、ベイダー卿の目的地は予想がついている。 つい二週間ほど前に訪れた小村……タルブの村だ。 34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02 00 10.59 ID XQ0GhEZs0 「うおー、ほんとに飛んでやがる! こりゃ速えな! まるで矢のようだぜ!」 邪魔にならないよう操縦席の脇に横たえられていたデルフリンガーが、興奮したように騒いだ。 「僕はこの何十倍もの速度で飛ぶ機体も操縦したことがある」 機体の動作を一つ一つ確認しながら、ベイダー卿は少し誇らしげに言った。やはり空を飛ぶの は爽快だ。 へえ、とデルフリンガーが感嘆の声を漏らした。 「まったく、相棒の元いた世界とやらは、ほんとに変わった所だね」 37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02 02 52.66 ID XQ0GhEZs0 そろそろ頃合か――ベイダー卿はそう考え、アフターバーナーに点火した。 ノズルから炎が吹き上がり、機は一気に時速1000キロメイル近くまで速度を上げた。 機体がわずかにきしむ。加速度が体にかかり、ベイダー卿はわずかに呻いた。 彼にとってはこの程度の加速度は苦痛ではなく、むしろ心地よい。 ……だが、同乗者にとってはそうではなかったようだ。 「う、わ、きゃああああぁぁぁぁぁッ!!」 機が加速するのと同時に、座席の後部からけたたましい悲鳴が上がった。 49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02 10 07.92 ID XQ0GhEZs0 「乗り心地はどうだ、マスター?」 加速を緩めながら、振り向きもせずにベイダー卿は背後に向かって声をかけた。 果たして、悲鳴の主はルイズであった。加速が緩むまで、コクピット後部に新設された座席の 下で丸まり、体にかかる途方もない重圧にどうにかして耐えようとしている。 「あああ、あ、あんた、わたしがいるのわかって今のやったの!?」 ようやくショックから立ち直ったのだろう、ルイズは安定を取り戻したコクピットの中で腰を浮か すと、震える声でわめきながら、シートからはみ出たベイダーの頭部をぽかぽかと叩いた。 61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02 19 45.01 ID XQ0GhEZs0 ベイダー卿はコクピット内を改造し、ハルケギニアで使い道のないアビオニクスの大部分を 取り払っていた。 その分だけ空いた後部スペースには座席が設けられ、急ごしらえながら複座機の体裁が整 えられていたのであるが、無断で乗り込んだルイズはとりあえずその下に隠れていたので ある。 「僕を欺けるとでも思ったのか」 絶え間なく降り注ぐルイズの拳を意に介した様子もなく、ベイダー卿は嘯いた。 「ほ、本気で死ぬかと思ったんだから! あ、あんた、ご主人様をな、なんだと思ってんのよ!」 よほど怖かったのだろう、ルイズはもはや反泣きである。 それでも強気の姿勢を崩さない辺り、さすがは気位の高い公爵家の娘と言えた。 64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02 25 52.82 ID XQ0GhEZs0 「して、その“ご主人様”はなぜこの機に乗り込んだのだ?」 いきなりの核心を突く質問に、ルイズの手がぴたりと止まった。 ベイダーは黙って操縦桿を握っている。その沈黙はしかしながら、返答を促しているかのよう でもあった。 「そ、それは……」 ルイズが口ごもる。彼女とベイダーは、ハリアーの前で口論の末に別れたはずである もとよりルイズは、明確な目的があってハリアーに乗り込んできたわけではない。 ただ、このところずっと引きずっているもやもやした思いを見極めたかった。あるいはむしろ それをぶつけてやりたかったのかもしれない。 そうして気がついたらコクピットにかかるはしごに手をかけていたのである。 それに、その時のルイズにはかすかに予感めいたものがあったのだ。 ――このまま行かせたら、二度とベイダーに会えないかもしれない、と。 74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02 34 14.50 ID XQ0GhEZs0 それなのに、この期に及んでまだルイズは素直にそう口にすることができなかった。 「きき、決まってるじゃない。あんたこれから戦場に行くんでしょ? せ、戦場に使い魔だけを向かわせる貴族なんて聞いたことがないわ。どうせあんた、止めても聞きやしないだろうし」 ベイダーは黙って聞いている。ルイズは初めて体験するジェット戦闘機の乗り心地に軽い眩暈 を覚え、シートに座り込んだ。 そして、深呼吸してからまた口を開く。 「だ、だからこうやってついてきてあげたんじゃない! 忘れないで! あんたはわたしの使い 魔なんだからねっ! だから勝手なことは許さないの! いい? こうなったからには、あんた の使命はご主人様であるわたしを戦場でしっかり護衛すること! アルビオンの竜騎士に落 とされでもしたら、許さないんだから!」 嵐のような勢いでそうまくし立ててから、ルイズは再度大きく息を吸い込んだ。 もやもやした思いは晴れるどころかますます大きくなって、その小さな胸を内側から圧迫して いた。 78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02 37 43.70 ID XQ0GhEZs0 「わかった。撃墜されたりはしないから、安心するがいい。……少し揺れるぞ。座席のベルトを 締めておけ」 ベイダーは前方を見つめたまま、何一つ異論を差し挟まなかった。 その物分りの良さがまたルイズの神経を逆撫でしたが、彼の言うとおり機体が大きく右にロー ルしたため、彼女は慌てて指示に従った。 ベイダー卿はラダーペダルを踏み込みながら操縦桿をさらに右に倒した。 後部座席のルイズが、また盛大に悲鳴を上げる。 二人を乗せた機体は、右に旋回しながら急降下した。 雲を突き抜けた先は、戦場だった。 82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02 39 41.28 ID XQ0GhEZs0 ラ・ロシェールの街に立て籠もったトリステイン軍の前方五百メイル、タルブの草原に敵の 軍勢が見えた。 アルビオン軍だ。 三色の『レコン・キスタ』の旗を掲げ、悠々と行進してくる。 生まれて初めて見る敵に、ユニコーンに跨ったアンリエッタは震えた。 その震えを回りに悟られないよう、アンリエッタは目を瞑って軽く祈りを捧げた。 敵は草原を進んでくる三千の上陸軍だけではない。 視線を上方に転じれば、巨艦『レキシントン』号を旗艦とする大艦隊が隊列を整え始めていた。 トリステイン軍に舷側をさらす形の単縦陣。 砲撃戦の構えだ。 89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02 44 58.56 ID XQ0GhEZs0 アルビオン軍の艦が次々に砲門を開いた。 灼熱の砲弾が巨大な慣性重量を乗せて自軍めがけて飛んでくる。 着弾。 何百発もの砲弾が、ラ・ロシェールに立て籠もったトリステイン軍を襲った。 岩や馬や人が、いっしょくたになって舞い上がり、飛び散る。 圧倒的な力を前にして、味方の兵が浮き足立った。 岩山を削って造られた要害に立て籠もっているという安心感は、一瞬の内に吹き飛んだ。 恐怖に駆られ、アンリエッタは叫んだ。 「落ち着きなさい! 落ち着いて!」 近くに寄った枢機卿のマザリーニが、アンリエッタに耳打ちした。 「まずは殿下が落ち着きなされ。将が取り乱しては、軍は瞬く間に潰走しますぞ」 91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02 49 31.76 ID XQ0GhEZs0 マザリーニが発した伝令で、トリステインの貴族たちが岩山の隙間の空にいくつもの空気の 壁を作り上げた。砲弾がそこにぶち当たり、砕け散った。 しかし、何割かはやはり飛び込んでくる。 そのたびにあちこちで悲鳴があがり、砕けた岩と血が舞った。 マザリーニは呟いた。 「この砲撃が終わり次第、敵は一斉に突撃してくるでしょう。とにかく迎え撃つしかありませんな」 アンリエッタが緊張で乾いた唇を湿らせる。 「勝ち目はありますか?」 マザリーニは、砲撃によって兵の間に動揺が走りつつあるのを見届けた。 姫に続けとばかりに出撃したが……人間の勇気には限界がある。 しかし、忘れていた何かを思い出させてくれた姫に現実を突きつける気にはなれなかった。 「こちらの地の利を考え合わせれば、五分五分……といったところでしょうな」 その言葉とは裏腹に、マザリーニは痛いぐらいに戦況を理解していた。 敵は空からの絶大な支援を受けた三千。対する自軍は、砲撃で瓦解しつつある二千。 勝ち目は、ない。 96 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02 56 48.27 ID XQ0GhEZs0 右に大きく傾いた機体のキャノピー越しに、ベイダー卿は眼下のタルブの村を見つめた。 先日見た、素朴で、美しい村は跡形もなかった。家々は黒く焼け焦げ、どす黒い煙が立ち 昇っている。 草原はアルビオンの軍勢で埋まっていた。 雲霞の如き大軍が、我が物顔に草花を踏みつけてラ・ロシェールの方角に行進していく。 そしてそんな彼らの自信を裏打ちし、士気を鼓舞しているのは、上空に控える大艦隊であった。 98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/23(土) 02 58 37.63 ID XQ0GhEZs0 二週間前の、祝宴の席を抜け出した夜を思い出す。 マントに顔を埋めて泣いたシエスタの頬の感触が、シートにあずけた背中に蘇る。 機械で満たされた胸腔に、雷雲のような怒りが広がっていくのがわかった。 その脳裡で、泣き腫らした目でシエスタが浮かべたあの笑顔が、幾度となくフラッシュバック した。 マスクの中の瞳が、金色に染まった。 その目が、こちらに向かって上昇してくる何匹ものドラゴンを捕捉する。 「皆殺しだ」 ルイズさえもゾッとするような声で、ベイダー卿は呟いた。 60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 14 26 20.76 ID 8o0wSeUN0 「一騎とは、なめられたものだな」 急降下してくる竜騎兵を迎え撃つため、自分の竜を上昇させたアルビオンの騎士が呟いた。 その視線の先に、雲間からこちらに向かってくる竜の姿があった。 ずいぶんと見慣れないかたちの敵だ。 横に伸びた翼は、まるで固定されているかのように羽ばたきを見せない。 しかも、聞き慣れない爆音を轟かせている。 あんな竜、ハルケギニアに存在していただろうか? しかし……、どんな竜だろうが、アルビオンに生息する『火竜』のブレスを食らったら、ただで はすまない。瞬時に翼を焼かれ、地面に叩きつけられることだろう。 彼はそのようにして、既に二騎、トリステインの竜騎兵を撃墜していた。 「三匹めだ」 唇の端を歪めて、急降下してくる竜騎兵を待ち受ける。 しかし火竜に指示を出すわずかの間に、敵の竜は想定の何倍ものスピードで距離を詰めて いた。瞬きのたびに倍加騒音に、彼の騎乗する竜がぎゃんぎゃんと鳴いて身をよじる。 彼がそれをなだめようとした寸前、竜の頭部に風穴が開いた。 何事か理解する間もなく、彼自身の頭も三十ミリ機関砲弾を喰らって吹き飛んだ。 65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 14 30 54.29 ID 8o0wSeUN0 最初の正面反航戦で、ベイダー卿は機を巧みに操って、火竜のブレスの射程の遥かに手前 から、四人の竜騎士をそのドラゴンごとしとめた。 機関砲の装弾数は決して多くはないので、二、三発のバースト射を確実にドラゴンと乗り手 双方の急所に叩き込む。 四匹の竜がバラバラと落下し、機首を起こしたハリアーが頭上を通過していった時にも、残り の竜騎兵は何が起こったのか把握できていないようだった。 ベイダー卿はエレベーターとラダーを同時に操作し、上昇しながら機体を旋回させると、墜落 していく味方を呆然と見ていたアルビオン竜騎士隊の背後に回りこみ、速度を緩めながら 砲撃を浴びせた。 二十発足らずの弾丸で、残りの八騎が屠られた。 72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 14 36 25.18 ID 8o0wSeUN0 「十二騎の竜騎兵が三分足らずで全滅だと!?」 艦砲射撃実施のため、タルブの草原の上空三千メイルに遊弋していた『レキシントン』号の 後甲板で、トリステイン侵攻軍総司令官サー・ジョンストンは伝令からの報告に顔色を変えた。 「敵は何騎なんだ? 百騎か? トリステインにはそんなに竜騎兵が残っていたのか?」 「サー、そ、それが……、報告では、敵は一騎であります」 「一騎だと……?」 ジョンストンは、呆然と立ち尽くした。 伝令の兵士の報告はまだ続く。 「そ、それに、報告によれば十二騎のお味方が落とされたのは、あくまでも接近する敵を探知 してから三分。接敵から数えれば十数秒とのことです」 ジョンストンは今度こそ言葉を失った。 75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 14 40 57.27 ID 8o0wSeUN0 「続いて五騎、右下からあがってくる」 デルフリンガーが、いつもと変わらぬ調子で告げる。 「わかっている」 ベイダー卿は短く答え、機首をそちらに巡らせた。 それは、もはや格闘戦と呼べるものではなかった。 竜騎士が跨る火竜の速度は時速およそ百五十キロ。 ベイダーの駆るハリアーはその四、五倍のスピードで機動を行っている。 止まった的を撃つようなものである。 スターファイターの操縦の名手として名を馳せたベイダー卿にとっては、なおさらだ。 ベイダー卿は難なく竜騎士たちの背後を取り、正確無比の砲撃を加えた。 三騎の竜騎士が真っ逆さまに落ちていった。 77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 14 43 36.82 ID 8o0wSeUN0 驚いているのはアルビオンの竜騎士たちだけではなかった。 「すすす、すごいじゃないの! 天下無双と謳われたアルビオンの竜騎士が、まるで虫みたい に落ちてくわ!」 機体にかかる加速度はルイズの体を右に左に揺さぶったが、それでも彼女は歓声を上げた。 「当たり前だ、娘っ子。こいつははっきり言って、最新式の銃の弾よりも速え」 「なんであんたが偉そうなのよ?」 得意げに解説を加えるデルフリンガーに、ルイズは口を尖らせた。 「相棒、次は左だ。十騎ばかり来やがったぜ」 すっかりサポート役気取りのデルフリンガーである。 「わかっている」 ベイダー卿は短く答えると、また操縦桿を倒した。 ルイズがまた派手な悲鳴を上げた。 81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 14 48 45.57 ID 8o0wSeUN0 「全滅……だと」 最後の数騎の竜騎士は戦意を失いバラバラに逃げ惑っていたが、彼らもまた、甲板上から 指揮を取るサー・ジョンストンの見守る中、一騎ずつしとめられていった。 この目で見るまでは信じられなかったが、確かに敵の竜はハルケギニアの常識を超えた速度 で飛び回っている。目で追いきれない程だ。 撃ちかた止めの命令を出したわけでもないのに、いつの間にかラ・ロシェールに対する艦砲 射撃は止んでいた。 『レキシントン』号でもその指揮下にある僚艦内でも、将兵たちは皆この突如として現れた謎の 竜に見入っていた。 地上に目を向ければ、タルブの草原を行進中だった陸兵も浮き足立っているのが見える。 味方の竜騎士が次々に撃墜され、時折その頭上に巨大な竜の死体が降ってくるのだから、 無理もない。 ハリアーの途方もない機動力と耳をつんざく爆音は、早くも戦場全体の注視を集めていた。 86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 14 55 25.95 ID 8o0wSeUN0 ジョンストンは呻いた。 元々彼は軍人ではない。皇帝クロムウェルの側近だというだけで司令官に抜擢された、いわば お飾りである。 しかしながらそれでも、竜騎士隊全滅の責任を問われたら、政治的打撃は免れない。 そこに、伝令が飛び込んできた。 「報告します! お味方の竜騎士隊、正体不明の敵との戦闘で全滅!」 ジョンストンはその伝令兵を殴り飛ばした。 「見ればわかる! ワルド子爵はどうした! 竜騎士隊を預けたワルドは! あの生意気な トリステイン人はどうした! 奴も討ち取られたのか!」 伝令の兵士は殴られた頬を押さえながらよろよろと立ち上がった。 「損害に子爵殿の風竜は含まれておりません。しかし……、姿が見えぬとか……」 「裏切りおったな! それとも臆したか! どうにも信用がならぬと思っていたが……」 すっと手を出して、『レキシントン号』艦長のボーウッドがそれを制した。この作戦の実質的な 指揮を取っているのは彼である。 「兵の前でそのように取り乱しては、士気にかかわりまずぞ。司令長官殿」 88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 14 59 05.81 ID 8o0wSeUN0 激昂したジョンストンは、矛先をボーウッドに変えた。 「何を申すか! 竜騎士隊が全滅したのは、艦長、貴様のせいだぞ!貴様の稚拙な指揮が この結果を招いたのだ! このことはクロムウェル閣下に報告する! 報告するぞ!」 ジョンストンはわめきながらつかみかかってくる。 ボーウッドは杖を引き抜き、ジョンストンの腹に叩き込んだ。 白目を剥いて、ジョンストンが倒れる。 初めから眠っていてもらえばよかったな、とボーウッドは思った。 それから、心配そうに自分を見つめる伝令兵に向かって、落ち着き払った声で言う。 「竜騎士隊が全滅したとて、本艦『レキシントン』号を筆頭に、艦隊はいまだ無傷だ。そして、 ワルド子爵には何か策があるのだろう。諸君らは安心して、勤務に励むがよい」 ボーウッドはそれから、対空戦闘用の散弾を用意するように指示を出した。 96 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 15 05 59.31 ID 8o0wSeUN0 「あ、あれは一体……」 アンリエッタは震える声で呟き、傍らのマザリーニを仰ぎ見た。 先ほどラ・ロシェール上空を通過していった見慣れぬ形の竜が、アルビオン軍の竜騎士隊を 瞬く間に壊滅させたのである。 マザリーニも首を傾げる。 「あのような幻獣は見たことがありませんな。対空警戒を行っていた兵の報告によれば、尾に 『ゼロ』と書き付けられていたとか」 「ゼロ?」 アンリエッタは眉をひそめた。どことなく引っかかる単語だ。 そして、突然襲ってきた馬鹿げた連想にハッとする。 「アカデミーの開発した新型マジックアイテムかと思いましたが、そうでもないようですな」 淡々とそう告げるマザリーニをよそに、アンリエッタは妙な予感めいたものを覚えていた。 一月前に彼女の危機を救ってくれた幼馴染が学院でどう呼ばれているかは、彼女の耳にも 入っている。 (でも、まさか、ね……) アンリエッタは淡い期待を必死に打ち消そうとした。 だがそれは、藁にもすがりたい状況の彼女の胸中から、なかなか消えてはくれなかった。 110 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 15 14 37.39 ID 8o0wSeUN0 機体の中で揺さぶられるルイズは、怖くて泣きそうになった。 やっぱり、来なきゃよかったかしら? と恐怖が心をつかもうとする。 唇をぎゅっと噛み、『始祖の祈祷書』を握り締めた。 『竜の羽衣』の性能だけではなく、それを操るベイダーの技量も大変なものだった。 我が物顔に草原の上空を飛び回っていたアルビオンの竜騎士たちはあっという間に掃討された。 だがそれでも、敵はまだいくらでもいる。はっきりいって多勢に無勢である。 いつまでもこうやって優位を保っていられるとは思えなかったし、いつ艦砲射撃の的になるか わからない。 それなのにベイダーは淡々と操縦をこなしている。 歴戦の戦士を思わせるその落ち着きぶりが小憎らしい。 なによ、とルイズは思った。 (なによなによなによ! 怖がってるわたしだけがバカみたいじゃないの。それに……自分 ひとりが戦ってるような顔しないでよ。わたしだって戦ってるんだから!) 116 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 15 20 43.90 ID 8o0wSeUN0 とはいえ、今の自分はまったくすることがない。いつも大体そうだが、なんだか悔しかった。 とにかく恐怖に負けては始まらない。 ポケットを探り、ルイズはアンリエッタからもらった『水』のルビーを指にはめた。その指を握り 締める。 「姫さま、ベイダーとわたしをお守りください……」 そう呟き、右手に持った『始祖の祈祷書』を左手でそっと撫でた。 結局、詔は完成しなかった。馬車の中で考えようと、手に持っていたのである。 そうだ。姫の結婚式に出席するために、自分たちは魔法学院の玄関で馬車を待っていたので ある。それなのに、いつの間にか戦争をしている。 運命とは皮肉なものだわ、ぼんやりとそんなことを考えながら、『始祖の祈祷書』を開いた。 ついでだから、始祖ブリミルにも自分たちの無事をお祈りしておこうと思ったのだ。 その瞬間、『水』のルビーと『始祖の祈祷書』が光り出した。 118 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 15 23 29.06 ID 8o0wSeUN0 ベイダー卿は操縦桿を前に倒してエレベーターを下げ、草原を進むアルビオンの軍勢目がけて 機を急降下させた。 竜騎士隊を全滅させた謎の敵が突然向かってきたため、アルビオン軍の隊列が乱れた。 ベイダー卿は加速しながら敵軍の直上で機首の下げ幅を緩め、機関砲を浴びせながらその 頭上を通過した。 運悪くそのライン上にいた兵士たちは、あるいは本来対人用ではない機関砲の弾を喰らって 五体を引き裂かれ、あるいは亜音速の機体が巻き起こす突風に吹き飛ばされた。 アルビオン軍の隊列がざぁっと二つに割れた。 ハリアーが上空で旋回してまた戻ってくるのを見て、将兵の多くが恐怖に駆られた。 122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 15 25 59.22 ID 8o0wSeUN0 ベイダー卿は二度目の対地攻撃を行ってから、ちらっと後ろを見た。 この一方的な虐殺行為に、ルイズが何か言うかと思ったからだ。もっとも、文句など言わせる つもりはなかったが。 険しい顔をしているかと思ったルイズは、しかしながら周囲の状況などまったく見ていないかの ようであった。。 『始祖の祈祷書』を広げ、食い入るようにそのページを睨んでいる。 相変わらずの急加速と急制動の連続なのに、今は悲鳴を上げることもない。 その様子が少し引っかかったものの、ベイダー卿は操縦桿を握り直した。 機関砲の弾にはもう余裕がない。今のような真似はもうできない。 128 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 15 30 57.65 ID 8o0wSeUN0 二度にわたって隊列を引き裂かれたアルビオン軍は、混乱の極みにあった。 陸軍同士の戦いだけなら、今ラ・ロシェールに立て籠もるトリステイン軍が打って出れば間違い なく勝てるだろう。 だが、それはできない。上空に控える艦隊をどうにかしない限り、遮蔽物のない草原ではトリス テイン軍はただの的でしかない。 ハリアーは、草原の上空をラ・ロシェールに向かう『レキシントン』号に機首を向けた。 「相棒、親玉だ。雑魚をいくらやっても、あいつをやっつけなきゃお話にならねえが……」 「コーホー」 ベイダー卿は無言だ。 「やれるのか?」 「フォースが共にある」 それで十分、とでも言うかのような口調だった。 その刹那、『レキシントン』号の右舷が光った。ベイダー卿は咄嗟に操縦桿を右に倒した。 唸りを上げて飛んできた無数の小さな鉛の弾がハリアーの機体を掠めた。 130 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 15 33 26.48 ID 8o0wSeUN0 「面白い」 ベイダー卿が、機をさらに接近させる。 間髪を入れず飛んでくる散弾を、曲芸のような操縦技術で次々と避ける。 「わかっちゃいたけど……、相棒はアホだね。だけど俺も、こういうの嫌いじゃないぜ?」 ハリアーは弾幕を掻い潜って甲板上空に躍り出た。 そのまま、艦尾から艦首までアフターバーナーを吹かして一気に駆け抜ける。 目視と手動に頼らざるをえない対空砲火は、その動きにまったく追従できなかった。 「ははっ! 向こうの兵士ども、傑作な顔してやがったぜ」 デルフリンガーが軽口を叩いた。 136 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/24(日) 15 36 04.58 ID 8o0wSeUN0 ハリアーは背後から追いかけてくる散弾を回避しながら高度を上げ、今度は上方からアプロ ーチを試みることにした。 一度目の接近で、『レキシントン』号の真上には大砲の向けられない死角があるのがわかった。 甲板上にホバリングしながらありったけの機関砲を撒き散らせば、かなりの損害を与えられる だろう。 だが、上昇から下降に転じようとした矢先、ベイダー卿はフォースの警告を感じ取って機体を 左にロールさせた。 その翼の先端を、緑色の光弾が掠めていった。 その出所を目で辿れば、雲間から一騎の竜騎士が、烈風のように向かってくる。 特徴的な羽帽子に髭。手綱と杖を握る右手は金属の義手。 そして左手には、本来このハルケギニアに存在するはずのないブラスター銃……。 ワルドであった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2385.html
タルブ村を襲撃する新生アルビオンの竜騎士達。 その先頭に立つのは、死んだはずのワルド―― 一体何が起こっているというのだろうか。 姫殿下は無事なの? トリステインはどうなってしまうの? 分からない事が多すぎる。 でも今は、目の前に居る人たちを助けなけなきゃ―― 宵闇の使い魔 第弐拾話:目覚めの時 虎蔵と別れたルイズ達は、空の竜騎士達に発見されないように慎重を期しながら、逃げ遅れた村人を救助して回っていた。 キュルケが燃え盛る火をコントロールし、タバサが風と氷で消火する。 マチルダが大地を、家の壁を削っては崩れ落ちた家屋に取り残された村人を助け出す。 一度は《破壊の杖》を巡って対立していたとは思えないコンビネーションである。 ルイズだけが何の力にもなれずに、悔しさを募らせる。 だが今は不用意に、無理に何かを成そうとするべき時ではない。 ルイズにもその程度の分別はあった。 「拙いわ。また、一騎こっちに来る――」 「またかい――――しつこい奴らだねぇ」 見張りをかって出ていたルイズの警告に、マチルダが作業を中止して土壁を偽装する。 一行は汚れるのも構わずにその影に身を潜めた。 ルイズは肌身離さず持っていた《水のルビー》を指にはめると、それを反対の手で包み込むように祈る。 メイジが四人も居て情けない話だとは思う。 こうしている間にも、火や煙によって命を落とそうとしている人が居るかもしれないのだ。 出来る物ならば、竜騎士達を追い払って救助に専念したい。 だが、空を陣取る竜騎士は三騎。 それも、名高きアルビオンの竜騎士だ。 どう転んでも、この四人で勝てる相手ではない。 竜騎士がブレスで崩れかけていた納屋を破壊すると、また別の方向へと飛んでいった。 徹底して行わないで居る理由は不明だが、ルイズ達にはありがたかった。 更に、暫くすると三騎全てが村の外れへと一目散に飛んでいってしまう。 救出作業はやりやすくなったが―――― 「拙いね。トラゾウの所に向かったか――――」 「嘘――助けに行かなきゃ!」 マチルダの呟きにルイズが物陰から飛び出そうとするが、彼女のマントをタバサが掴んで引き止めた。 抗議の視線を向けるルイズに向かって、タバサは遠い空の一点を示した。 其処には、三騎の竜騎士達がホバリング状態で留まっている。 「――――加勢する様子は無い」 「どういう事だい。アイツがやられているとでも言うのか――――」 「それは考えにくいわ。四対弐で圧倒していたのよ?」 マチルダの危惧にルイズはびくっと肩を揺らすが、キュルケがそれを抱きしめるようにして宥めながら反論する。 キュルケの言葉は誰もが納得する所であるが、そうなるとあの三騎の行動が謎だ。 敵味方、情報、思惑が様々入り乱れている。 結局、彼女たちは一刻も早く村人の救助を終えて、虎蔵の元へと駆けつけるという選択肢しかないのだった。 暫くの後、森の中から村の青年が彼女らの元へと駆け寄ってきた。 森に逃げた村人たちが合流して、全員の無事を確認したということを伝えにきてくれたのだ。 これで彼女たちの役目は果たせた。 「貴族様方も、早く森へ!」 「いいえ。私たちにはやる事があるわ。村の皆には、平原とは反対方向にできるだけ離れるように伝えて頂戴」 訴えかける青年に、ルイズが土や煤で服だけでなく顔すらも汚したままで答える。 貴族の子女にあるまじき格好であるが、その姿は紛れも無く、彼女が望む貴族そのものであった。 「しかし! 幾ら貴族様とはいえ、竜騎士には――――」 「えぇ。私達では勝てない――――でも、私の使い魔が。仲間がまだ戦ってるのよ。置いて逃げることは出来ないわ」 「――解りました。伝えます。ご無事で!」 食い下がる青年に、ルイズがぴしゃりと言い放つ。 すると流石に青年も納得したようだ。 最後にそう声をかけて、一目散に森の方へと走っていった。 これでタルブ村の人々については、それなりに安心して良いだろう。 後は虎蔵を助けに行くだけだ。 しかし、その瞬間。 その場の全員が、村の外れ――――恐らくは虎蔵とワルドが戦っている辺りに強大な気配を感じ取った。 それに続いて強烈な突風が吹き荒れる。 軽いルイズやタバサでは吹き飛ばされそうなほどの、物凄い風だ。 「きゃっ!」 「――ルイズ!?」 タバサは風系統の術者として風を感じ取っていたのか、皆より一足早く身を伏せて難を逃れた。 しかしルイズは間に合わずに、吹き飛ばされそうになる。 キュルケが何とか捕まえて、強引に地面に引きずり倒した。 「大丈夫?」 「えぇ、ありがとう――――助かったわ――」 「これで何とか――――けど、これじゃ近づく事も出来やしないね」 マチルダが口惜しそうに舌打ちしながら土で防風壁を作り出す。 おかげで何とか体勢を整えることが出来るようになったが、 ルイズは風に吹き飛ばされるという前代未聞の経験にまだ目を白黒させていた。 タバサのような空を高速で飛びまわる竜騎士でもない限り、なかなかできる経験ではない。 ふと地面を見ると、キュルケに地面に引きずり倒された拍子にバッグから《始祖の祈祷書》が飛び出してしまっていた。 慌てて拾うルイズ。破れている様子は無い。 ほっとしてバッグに戻そうとしたのだが、止まぬ風がバサバサと強引にページを捲った。 「えッ――――なに、これ――――」 するとどういう事だろうか。 白紙であった筈のページに、うっすらと文字が浮かび上がっているのだ。 状況も忘れて見入ってしまう。 其処に書かれていたのは、伝説の《虚無》について。 ルイズの指にある《水のルビー》を含む、《系統の指輪》と、 《虚無》使いの資格をもって初めて解読することが出来る仕掛けが施してあったのだ。 ルイズは周囲の轟音すら耳に届かなくなったかのように熱心に読み続ける。 風と空の変化に気を取られていたキュルケたちは、ルイズのその様子に気付くことは無かった。 一方、虎蔵とワルドの戦いを上空から監視していた竜騎士達はそこで起こった現象に呆然としてしまっていた。 遍在による四方からの面攻撃。 回避不可能な必殺の一撃。 《閃光》のワルドの実力を甘く見ていたと痛感せざるを得ない、鮮やかな手並みである。 だが、スクウェアクラスのメイジと渡り合う謎の男はそれを耐え切った。 いや、耐え切ったという表現が適切なのかも解らない。 《エア・ハンマー》によって巻き起こされた土煙の中から現れた男は、化け物と呼ぶに相応しい姿へと変化していたのだから。 「や、奴は何者なのだ――――それに、なんなんだこの風はッ!」 「《閃光》の魔法などではないぞ、これは。まさかあの男が起こしているとでも言うのか?」 「――――まさか、先住魔法」 吹き上げてくる強い風のなか、なんとか高度を維持させながら僚友と怒鳴りあう竜騎士達。 彼らの眼下では、両者の戦いが再開していた。 だが、その展開はあまりにも一方的である。 今までとは比べ物にならない速度で民家の上の遍在に肉薄した男が、右手の爪で遍在を貫いた。 そのまま腕を振り嫌うと、遍在は真っ二つに裂かれ、消滅した。 一瞬の出来事である。 瞬きも出来ぬ間に遍在の一体が倒されていた。 それだけでも驚くべき事であるのに、民家の上からワルドを見下ろす男の背中には――――なんと黒い翼が生えていたのだ! 「翼! 奴は翼人か! くそ、翼人の先住魔法が此処までの物だと? 聞いたことも無いぞ!」 「だが目の前で起こっていることは事実だ! 報告に戻って、待機中の小隊を全て出させろ! すぐにだ!」 僚友の怒鳴り声を受け、一騎の竜騎士が限界速度で艦隊方向へと飛んでいった。 残る二体も、出来るだけ高度と距離を取って二人の戦いの監視を続ける。 ワルドの援護に入ろうという気は起きなかった。 二騎とはいえ火竜を操る竜騎士が援護に入れば、状況は変わるかもしれない。 頭の片隅で理性はそう叫んでいるのだが、身体が動かないのだ。 言い知れない恐怖のような物を感じているのだ。 もっとも、彼らは知る由も無いことではあるが、その反応は至極まっとうな物であるといえる。 謎の男――虎蔵は元の世界でのとある事件の折に、低気圧として顕現した異形のものを取り込んでいる。 その結果、彼は幾つかのリスクを負ったものの、自らを低気圧の主として気圧現象を操る術を得ていた。 つまり、今の虎蔵は自然現象そのものであるといえる。 太古より人は自然の中に神を見た。 それは魔法として様々な奇跡とも呼べる現象を日常に感じ得るハルケギニアの民とて、大差は無い。 自然によって恵みを受けながら、自然によって全てを失うこともある。 文明を発達させる以前の人々は、正しく自然によって生かされ、殺されていたのだ。 遺伝子に刷り込まれた本能的な畏怖。 それが竜騎士達の身体を支配しているのだ。 「これが先住魔法だというのならば、聖地奪回など出来る物か――――」 竜騎士の口から零れ出た言葉は、正しく彼の本心であった。 その間にも、ワルドの遍在が一人、二人と消されていく。 もっとも、ワルドとて唯やられるばかりではなかった。 のこる遍在と絶妙な連携を取って次々と攻撃を仕掛けている。 風を、電撃を次々と放っては虎蔵に命中させている。 普通ならば"殺し過ぎている"程の過剰攻撃だ。 だが、風による攻撃は右腕に吸い込まれるように散らされ、電撃は服を焦がしこそするが、大きくダメージを与えている様子は無い。 反対に、虎蔵が右腕を大きく振る。 すると、大地を、建物を鮮やかに切り裂きながら、不可視の刃が遍在に襲い掛かった。 非常な低圧によって生み出される窮奇現象である。 遍在は回避すら出来ずに、細切れにされて消滅した。 ごくりと、自らが唾を飲み込んだ音で竜騎士は我に帰った。 拙い、このままではワルドがやられるのは目に見えている。 慌てて援護に向かおうとしたその時、ワルドは《ウインド・ブレイク》を地面に叩き込み、 土煙を巻き上げてから《フライ》で空へと飛び上がった。 風に煽られ十分なスピードは出せていないが、直ぐにその元へ彼の風竜が飛んできた。 風竜はワルドをその背に乗せると、大慌てで艦隊の方向へと逃げ出していく。 「ッ――――逃げるか。だが、正しい判断だと言わざるを得んな!」 「遅すぎた気もするがね! 我々も追うぞ!」 二騎の竜騎士も、恐怖を振り払うようにワルドの後を追いかけていった。 その少し前、ルイズたちは未だにマチルダの作った防風壁の陰に隠れていた。 キュルケが自らの髪とタバサを抑えながら空を見上げる。 「――――酷い空ね。嫌な色をしているわ。それにあの渦――――何がおきているの」 どんよりとした不吉な空で、雲が渦を巻いている。 双月どころか、青空すら見ることが出来ない。 こんな不吉な空を見たのは、キュルケに限らず全員が初めてであった。 「まったく。本当に如何しちまったんだい。こいつは――――」 「空の上なら兎も角、地上でこれだけ風が強いなんてね」 「―――-上はもっと凄い」 タバサがキュルケに抑えられながら、遠い空――タルブ平原の上空をを指差した。 ラ・ロシェールを向けて展開しているアルビオンの艦隊が互いに接触しないように右往左往しているのが見える。 フネはひっくり返らないように、味方のフネと接触しないようにするだけで精一杯のようだ。 もはや、新生アルビオン自慢の艦隊も役立たずである。 「けど、この調子ならあいつらも――――」 マチルダの言葉どおり、虎蔵とワルドの戦いを様子見していたと思われる竜騎士達も突風に翻弄されていた。 一騎は暴風が吹き始めて暫くの後、艦隊の方へと飛んでいったが、二騎が相変わらず何かを監視するように残っているのだ。 だが、彼らの煽られ方を見ると、上空だけではなく虎蔵達の居る筈の地点からも風が吹き上げているようだ。 一瞬、この突風がワルドの魔法かとも考えたが、即座に否定する。 幾らスクウェアと言えども、これほどの広範囲に風を巻き起こすことは出来ない。 ならば、一体何が起きているのだろうか。 しかしその瞬間、別の竜騎士が飛び上がっていくのが見えた。 「あれは、子爵?」 「みたいだね――――逃げていくのか?」 タルブ村を襲撃していた最後の竜騎士。 すなわち、ワルドは監視していた二騎の竜騎士達には目もくれずに、一目散に艦隊の方へと飛んでいく。 その二騎の竜騎士達も慌ててそれに続いた。 「ッ――――アレ、見て」 しかしその時、タバサが普段のフラットな声色とは異なり、かなりの緊張を含んだ様子でキュルケの袖を引っ張った。 逃げていくワルド達から、再び先ほどの方向へと視線を向ける。 すると其処には、黒の翼を生やし黒衣の人影が吹き荒れる暴風をものともせずに浮いていた。 威風堂々たるその様子は、この場に吹き荒れる風の主のようにすら見える。 いや、恐らくその通りなのだろう。 その姿には、だれしもにそう思わせる迫力があった。 特に、背中の翼とはまた別に肘から羽が生えたかのような、不可思議な右腕。 遠目にはよく見えないにも関わらず、其処からこの暴風が巻き起こっているようにすら見えるのだ。 そしてそれは―――― 「翼人? いえ、あの格好は――――ダーリン!?」 「嘘だろ、アイツ――翼人だったってのかい?」 「解らないけど、でもあんな格好をしているのはダーリン以外に見たこと無いじゃない!」 そう、どう見ても虎蔵である。 凄腕の剣士が奇妙な術を持ち出し、更には翼まで生やしてきたのだ。 異世界――虎蔵の住んでいた世界は一体どんな魔境だというのだろうか! 虎蔵はばさりと翼を羽ばたかせては、逃走する竜騎士を追いかけ始める。 だが、反対にアルビオン艦隊からは竜騎士の大群が飛び立ち始めていた。 十騎は優に超える。もしかしたら二十騎は居るかもしれない。 恐らくは最初から虎蔵の様子を監視していた竜騎士達は、この現象を引き起こしているのも虎蔵であると判断したのだろう。 その彼を打ち倒すために、大規模な戦力を向けてきたのだ。 「拙い、幾らなんでもあの数は――――」 「トラゾウ――――タバサ、お願いが――」 そのあまりの戦力に、マチルダの口から絶望の声が漏れる。 幾ら虎蔵でも、多勢に無勢だ。 キュルケが心配そうに、最近では呼ぶことの無くなった彼の名前を呟く。 そして、真剣な表情に切り替えてタバサに視線を向けた。 そう、彼女はシルフィードに乗って援護に向かおうというのだ。 タバサもそのつもりだったのか、こくりと頷いた。 すぐにシルフィードが隠れていた森の中から飛んでくる。 どういう訳か、竜騎士達の竜とは異なり比較的スムーズに飛んでいた。 キュルケはそれを見ると、マチルダへと視線を向ける。 「ミス・ロングビル。ルイズを頼むわね」 空の上から、シルフィードに乗りながらの先頭となると、土系統のマチルダには攻撃手段が少ない。 マチルダ自身もそれを重々承知しているため、あぁ、と頷いた。 だが―――― 「お姉さま! あの人なら心配は要らないわ。この一帯を、あの人の風が支配しているんだもの! 風を捉えることも出来ない竜に乗る奴らになんか、負ける筈が無いわ! きゅいきゅい!」 シルフィードが喋った。 タバサは眉を顰め、キュルケとマチルダが呆然とシルフィードへと視線を向けた。 「あ、喋っちゃった。ごめんなさいお姉さま」 人語すら操る高い知能を持つ竜。 韻竜。 それこそがシルフィードの本当の種である。 タバサは面倒事を起こさないためにそれを隠していたのだ。 だが、此処に居るのはキュルケにルイズ、そしてマチルダ。 マチルダはまだ多少疑問があるのだが、皆仲間だ。 ガーゴイルだといって誤魔化すよりも、さきに問い詰めたいことがあった。 タバサは皆にシルフィードのことをさらっと説明すると、すぐさまシルフィードへと話を向けた。 「説明して」 「きゅい! 私も詳しくは解らないのね。でも、辺りの風からも、あの空の渦からも、あの人の気配を感じるのね。きゅいきゅい!」 「――――となると、この現象はアイツが引き起こしているってことかい」 「きゅい! 多分そうなのね。凄い事なのね! あの人元々普通の人間っぽくない匂いだったけど、 こんな正体だったなんて思わなかったのね! きゅいきゅい!」 タバサやマチルダの問いに、シルフィードはやや興奮した様子で答える。 人間よりも遥かに自然と近しい種である風韻竜として、虎蔵の起こしている現象に興奮しているようだ。 「ルイズ、貴女――本当にとんでもない人を召喚したわね――」 キュルケはそう呟きながら、無数の竜騎士と交戦を開始した虎蔵を眺めた。 距離があってよくは見えないが、無数の魔法やブレスが飛び交う中を虎蔵は縦横無尽に駆け回り、次々と竜騎士を落としていく。 何度か攻撃を喰らってしまっている様だが、動きに陰りは無い。 多少心配ではあるが、確かにたった一騎で援護に行っては足手纏いになってしまうかもしれない。 だが、その時になってキュルケがようやくルイズの異常に気付いた。 地面にしゃがみ込んだまま、一心不乱に白紙の《始祖の祈祷書》を読みふけっていたのだ。 「ルイズ! 貴女、さっきから黙ってると思ったら何してるのよ! ダーリンが、貴女の使い魔が凄いことしているのよ! そんな白紙なん――か――――」 興奮した様子でルイズに虎蔵の活躍を見せようとするキュルケ。 だが、言葉は尻窄みになっていった。 ルイズの目が、あまりにも真剣だったためだ。 彼女は何時だって真剣な様子で講義を受けていた。 それは根が真面目であることも、魔法が実践できないことへの反骨芯もあっただろう。 だが、今はそういった物ではない。 同学年の中で、自分がルイズをもっともよく見ていたという自負のあるキュルケには解った。 「キュルケ。貴女には、これ――白紙に見えるのね」 「え、えぇ――――何処から見ても。ちょっと、ルイズ。貴女には何か見えるとでも言うの?」 「――――《虚無》について書かれているわ」 ルイズの言葉に、マチルダがぎょっとした様子で視線を向ける。 タバサも、それほど大きくは無いが表情に変化があった。 仕方が無いことだとは思う。 しかし―――― 「この本は王家から渡された物で、この指輪は姫様から頂いた物なの。 白紙に見えるのは、《虚無》使いの資格を持つ者が指輪をはめた時にのみ、中身が見れる仕掛けが施してあるみたい」 「じゃあ、なにかい。お嬢ちゃん、アンタが《虚無》の使い手だって?」 「――――私だって、信じられないけどね」 マチルダの突込みにも、ルイズは虎蔵のように肩を竦めて答える。 本を落とせば、今も文字は見えている。 『――初歩の初歩の初歩。《エクスプロージョン》』 これ以外のページには文字は出ていなかった。 これだけの厚さの本で、数ページしか使っていないとは考えられない。 ならば、今の実力ではこの魔法しか使えないということなのだろうか? どちらにしても、《エクスプロージョン》なる《虚無》は使える。使えるに違いない。 そしてその為の呪文は、一度見ただけですらすらと頭に入ってきた。 もはや《始祖の祈祷書》を見ることなく詠唱できることだろう。 「――――本当なのね?」 「えぇ」 キュルケの問いに、ルイズは正面から――身長差から見上げるようにはなるが――見つめた。 キュルケはその曇りの無い瞳を見ながら、色々な事を思い出していた。 学院教師の誰一人として解くことの出来なかった、ルイズの"失敗"の原因。 前例の無い"人間"の、それどころか"異世界"の――――強力すぎる使い魔。 どちらも、普通のメイジというにはあまりにも特異過ぎる。 それは彼女が《虚無の系統》だからなのだとしたら? 「――――ありえなくは、無いか」 「キュルケ!」 「ちょっと、本気かい――――?」 暫くルイズと見詰め合った後に、彼女の言葉を信じるといったキュルケ。 マチルダは信じていないようであったが、 「まぁ、そんな事もあるかもしれないが――――なんにせよ、今は見守るのが最良の選択だよ」 といって肩を竦めて、再び虎蔵の戦いへと視線を戻した。 マチルダは、虎蔵自身の強さに十分な信頼を置いている。 であるから、虎蔵に任せておけばあの竜騎士は倒しきると思っていた。 故に、仮にルイズが《虚無》を使えるのだとしても、今は何もする事が無い。 そう考えたのだ。 だが、ルイズにはそのつもりは無かった。 マチルダもキュルケもタバサもトリステインの人間ではない。 だが、自分は違う。 この国の貴族なのだ。 ならば、戦える力があるのならば―――― 「タバサ。お願いがあるの」 「――――何」 既にいつもどおりの、平坦な調子で返事をするタバサ。 しかし、《虚無》使いだと言うルイズの事を疑っている様子は感じられない。 信じている、といったわけでも無さそうだが。 「私を――――あそこに連れて行って」 そういってルイズが指差したのは、虎蔵が次々と竜騎士を屠っているその向こう。 砲撃も出来ずに突風に煽られるままになっているアルビオン艦隊が居るあたりだ。 タバサに頼むということは、未だに興奮した様子で「やった、また倒したのね!」と叫んでいるシルフィードに乗せろということだろう。 「貴女はこの国の貴族ではないわ。だから、本当ならばこんな所で命をかける必要は無いのは分かっている。 でも、私一人じゃ、あそこまでたどり着くことも難しいの。だから、お願い。力を貸して」 「ちょっと、ルイズ――――あんな所に行って何をするって言うのよ! 仮に《虚無》が使えたって!」 ルイズの無茶苦茶な頼みに、キュルケが大声を上げて割り込んできた。 無理もない。 キュルケにしてみれば、タバサは一番の親友だ。ルイズも。 本人同士はなかなか口にしないだろうが。 それが、わざわざ意味も無く戦場のど真ん中に飛んでいくといっているのだ。 タバサも僅かに首を傾げる。 危険だというのは、まぁ良いとしよう。 艦隊の様子を見る限り、満足な対空砲撃は来ないだろうから、シルフィードの機動性と自分の魔法を駆使すれば、 あそこに近寄ることはそれほど難しいことではない。 虎蔵が敵の注目を集めている今ならば尚更だ。 だが、その危険を冒してまで何をすると言うのか。 「――――何をする気」 故に、問う。 単刀直入に。 ルイズは、一点の迷いもなく答えた。 「あのフネを沈めるわ――――《虚無》なら出来る。そんな気がするの」 《始祖の祈祷書》を胸に抱いて、力強く。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2315.html
「・・・ズ。ルイズーッ。起きてよ。もうこれしか氷が無いけど元気になってよ!」 「・・・キュルケ・・・ここは?」 塔の中みたいだけど、みんなは?そして、プロシュートは? 「塔の一階よ。さあ早く戻りましょ、タバサが時間を稼ぐのにも限界があるわ」 キュルケが上に行こうと階段に進む。 「・・・いかない」 「なんですって?」 キュルケが足を止め振り返る。 「もう・・・どうでもいいわ」 キュルケがわたしを鋭く睨みつける。 「プロシュートは・・・わたしの事なんかどうでもよかったのよ」 「このままだと、ここにいる全員が死んじゃうのよ。 それでもいいって言うの?」 うるさいわね・・・。 「もう、どうだっていいのよ。わたしの知ったことじゃないわ」 キュルケは黙って、わたしを見つめ続ける。 「そう・・・。ルイズ、あなたにとってプロシュートは一番じゃ無かったのね」 「・・・なんですって」 これだけは聞き捨てならない。 「あなたにとって本当に彼が一番なら、あんな操られている奴の言う事なんか 気にしないわ。なのにそれを信じて不貞腐れて、それこそ生きていた彼に 対する侮辱だわ」 ! 「フハッ、フハハハハハハハハッ。何を腑抜けていたの、わたしはッ!!」 そうよ!プロシュートがあんな事、言うはずが無い! まったく、それを鵜呑みにして落ち込んでいた自分が恥ずかしいわ。 「立ち直ったようね」 キュルケがニヤニヤと笑みを浮かべていた。 「わたしを励ましてくれたの?」 いつも見ていて腹が立つ笑みも気にならない。 「まさか!思った事を言ったまでよ」 そう、その不敵な態度こそキュルケよ。 「行きましょうか。プロシュートを倒しに」 わたしは杖を顔の前に掲げた。 「ええ、行きましょうか。プロシュートを倒しに」 キュルケも続けて杖を掲げた。 「「杖にかけて!」」 わたしたちは上に戻るために階段を上る。 「キュルケ、走っちゃだめよ」 「ええ、わかってるわ」 踊り場に一人の老人が倒れていた。 「放っておきなさいよルイズ。プロシュートを倒せば全員助かるんだから」 この服に薔薇の杖・・・ 「ギーシュじゃないの?」 「あらホント生きてたのね、プロシュート相手に」 そんな気はしたけどホントに生きていたのね・・・そういえば・・・ 「ねえキュルケ。わたしはプロシュートに掴まってたと思うんだけど、 どうやって助かったのかしら?」 「ギーシュが大変だわ!すぐ氷で冷やさないと」 あからさまに話を逸らしたわね。 「ちょっと答えなさいよ!すごく重要な事よコレ」 キュルケは顔を逸らし自分の体を抱きしめる。 「・・・・・・よ」 「何?よく聞こえないわ」 「体当たりよ、体当たり!文句ある?」 は? 「いや、無いけど、よく助かったわね」 「そうね彼も『えっ?』て顔してたわ。もうあんな真似、二度としないわ」 「ありがとうキュルケ。でも体当たりとわね」 「だって、しょうがないじゃないの。私の『火』はプロシュートの『力』と相性が 悪すぎるんですもの」 「確かにそうね。フフッ、いや馬鹿にしてんじゃ無いのよ」 「き・・・君たち・・・僕を忘れないでくれたまえ」 ギーシュが擦れた声で助けを求めてくる。 「えっ?ああ、そうね」 わたしは溶けてちっぽけになった氷の欠片をギーシュに押し当てた。 シュパアアアアァ 「ふう、助かったよルイズ」 若返ったギーシュがポーズを取り髪をかき上げた。 なんだか髪が薄くなってるのは気のせいかしら? 「わたしたちと別れてから何があったの?」 ギーシュが腕を組み天井を見上げる。 「・・・そう、僕は時間稼ぎの為ワルキューレたちに武器ではなく盾を持たせた。 なにしろ兄貴は傷がすぐに治るのだからね、倒そうなんて思わなかったさ」 「適切な判断ね」 「その後は、ワルキューレがブッ飛ばされて僕もそれに巻き込まれ窓から 転落・・・レビテーションで何とか助かったと言う訳なのだよ」 「ふーん」 よく見るとギーシュの顔や手には切り傷がいくつもあった。 「そして君たちと合流しようと走っていたら気を失ってしまったというのだよ。 いや、体温を上げてはいけない事をすっかり忘れていたよ」 はっはっは、と声をあげて笑うギーシュ・・・あんた凄いわ。 「さて、今から兄貴を止めに行くのだろう?『対策』とやらは分かったのかね?」 「ええ任せてよ!プロシュートを倒してみせるわ」 「ほお、オレを倒すと言うのか?」 プロシュートが上から勢い良く飛び降り目の前に着地した! 「くっ!」 マズイ!こんなに近くじゃ呪文を唱える時間が無い! 「えいっ」 わたしもプロシュートと同じ様に踊り場から飛び降りる。 わたしに続きキュルケとギーシュも一緒に飛び降りてきた。 「少しでいい、時間を稼いでちょうだい」 「うむ、わかった!」 ギーシュが薔薇の杖を振るうと一体のワルキューレが出現する。 だけど、グレイトフル・デッドの一撃であっけなく胴体に穴が空く。 わたしは、その隙に呪文を唱える。 体の中に波が生まれてきた。 はじめての感覚・・・これがリズムが生まれるってやつなの。 その波がさらに大きくうねりだす。 「ディスペル・マジック」 プロシュートは咄嗟に掴んでいたワルキューレを目の前に差し出した。 ワルキューレが鈍い光に包まれ元の花びらに戻っていく。 「防がれた!」 「もう一度だ、ルイズ!」 ギーシュが叫ぶと同時に杖を振るう。 しかし、今度は何も起こらなかった。 「精神力が足りないってヤツか?追い詰められたムダなあがぎしやがって」 プロシュートは、こちらに向かって飛び降りる。 「いいえ兄貴。魔法は成功しています・・・『油』を連金する事は」 「何ッ!!」 プロシュートが着地した途端ズルリと滑りスッ転んだ。 やるじゃないギーシュ。プロシュートに一杯喰わせるなんて! 「何をしているッ。もう一度だ、ルイズ!」 気を取り直して呪文を唱える。 「忘れたのかッ!オレにはグレイトフル・デッドがあるという事をッ!」 グレイトフル・デッドが、わたしに迫る。 「ディスペル・マジック」 狙いは倒れているプロシュート本人。しかしグレイトフル・デッドが目の前に 立ち塞がり防御の姿勢をとった。グレイトフル・デッドは鈍い光を放つがその まま、わたしは掴まりプロシュートも立ち上がった。 「掴んだッ!これで学院のヤツ等は皆殺しだ!!」 「やはりガードしたわね・・・いや、あなたは動けなくてガードせざるをえな かった・・・未確認の情報・・・スタンドのダメージイコール本体のダメージ だということを。まったく、ギーシュの簾金した『油』に救われたわ」 プロシュートの体から以前ワルドに斬られた傷が浮かび上がる。 「バカな!」 プロシュートの体から力が抜け前のめりに倒れていく。 「ルイズゥゥゥッ! ゴバッ!!」 プロシュートを倒した。 体が軽くなっていくのが分かる。 グレイトフル・デッドが解除され、みんな助かった。 なのに何故わたしは泣いているの? わたしは偽りの命の炎が消え動かなくなったプロシュートの側に立った。 開いたままの目を閉ざそうと手を翳したとき心底信じられないものを目にした。 「・・・ルイズ?お前か?」 弱弱しく、消え入りそうな声だったが、まぎれもなくプロシュートの声であった。 「プロシュート・・・ごめんなさい、わたしのせいであなたを死なせてしまった」 「違うな・・・オレは、お前のダメージが自分のダメージになる事を知っていた。 それを承知で・・・お前を守りきれなかった・・・オレの責任だ・・・」 なんで・・・なんでそんな事が言えるの?わたしを責める事も出来るのに・・・ 「違うわ。わたしがあなたの言うことを聞いていたら・・・魔法を使わなければ!」 「・・・ルイズ・・・『たら』『れば』は・・・無しだぜ・・・」 「?・・・何?何が言いたいのプロシュート!」 「『たら』『れば』・・・そんな言葉は使う必要は無いんだ・・・ なぜなら、オレやオレ達の仲間は常に・・・殺るか、殺られるかだ・・・ そこには・・・『たら』『れば』・・・もしもの話は存在しねえ・・・ だから・・・後悔しないように自分自身の全てを懸けて・・・戦うんだ・・・ ルイズ・・・お前も・・・そうなるよなぁ・・・オレの言ってる事わかるか?・・・ ええ・・・おい」 心で理解できるけど・・・それを納得しろというの?・・・ 「・・・わかったわプロシュート。もう後悔しない!全てを受け止めるわ! それが、わたしの『覚悟』よ!」 「・・・それで良い・・・それで・・・ゴブッ」 口から大量の血を吐き出した。もう、ここまでなの・・・ 「ルイズ・・・オレはお前を襲った時・・・実験と言ったが本当は陽動だ・・・」 陽動? 「・・・新生アルビオンの艦隊が・・・タルブ村方面からトリステインを襲う」 「信じられない・・・だって不可侵条約が結ばれているのに」 「・・・忘れるな・・・ヤツ等は革命を起こした・・・連中だぜ・・・」 じゃあ、わたしたちは何の為に手紙を取り戻したって言うの? プロシュートの死は? オリヴァー・クロムウェル・・・あのクソ野郎・・・ 「・・・どうやら・・・ここまでのようだ・・・意識がヤバクなってきた・・・」 「待ってプロシュート!待ってよーッ」 「・・・アリーヴェデルチ!(さよならだ)」 「プロシュート?・・・プロシュートオォオオオオォ」 ポフッ ポフッ ポフッ 妙な音がしたので振り返るとワルドが拍手をしていた。 「ワルドッ!」 「まさか、ここまで上手く事が運ぶとはな。しかも始祖の祈祷書まであるでは ないか。そうかルイズ、君が巫女に選ばれたのだね。おいおいおいおい 何なのだこれは、あまりにも出来すぎているではないか!」 上機嫌に饒舌なワルドに違和感を覚える。 「状況が理解できて無いの?陽動は失敗したわよ」 「ハハハ。陽動など無くとも特に支障は無い。僕の本当の目的は君だよ 僕のルイズ」 どうも話が噛み合わない。 「何を言ってるの、生獲りも失敗に終ったわ」 「生獲りでは無い。僕の思惑は君の成長にあったのだよ。 なぜ襲撃に、この場所が選ばれたのか。なぜ君は襲撃と同時に目が覚めた のか。なぜ最初に逃げた時、彼は上に行ったのか。そう全て僕の手の中に あったのだよ。命を懸けた戦いが君を成長させると信じて」 「そんな・・・そんな事の為に皆を巻き込んだっていうの?」 「その通りだよ僕のルイズ。さて、すまないがそこを退いてくれないか 彼に用があるのでね」 「一体何の用?プロシュートは死んだわ。もうそっとしてあげて」 「閣下に再び命を与えてもらう。彼には、まだまだ働いて貰わなければ ならぬのでね」 プツン 「ワルドォォォオォォォォオォッ!!」 「ファイアーボール」 キュルケの呪文がワルドを襲う。しかしワルドは突然の炎を杖を使いキュルケ に撥ね返す。自分の炎を浴びたキュルケは気を失ってしまった。 「スクエアの僕に不意打ちなんぞ効くか」 何事も無かったかの様にワルドはこちらに向き直した。 「ワルド、お前、お前、お前ーッ!」 「どうやら素直に退く気は無いようだね」 「当たり前よ。お前は絶対に許さない!」 「よかろう。ならば決闘だ、表に出たまえ。」 マントを翻し表に向かうワルドの後を追うわたしをギーシュが止める。 「無茶だルイズ。相手は魔法衛士隊の隊長なのだよ」 「ねえギーシュ。貴族の資格って何なのかしら?」 「こんな時に何を・・・魔法が使える事に決まっているじゃないか」 「違うわギーシュ、魔法を使える者を貴族と呼ぶんじゃない。 敵に後ろを見せない者を貴族と呼ぶのよ!」 「ワルド。生獲りに拘っていたお前が決闘だなんて、どうゆうつもりよ?」 「別に殺してしまっても再び命を与えれば良いのだ。 君が手に入る予定に変りは無い」 「・・・もはや、お前に何も言うことは無いわ」 以前ギーシュとプロシュートが決闘した広場で、わたしとワルドが決闘する事 になるなんて。 「ルイズーッ!」 上からシルフィードに乗ったモンモランシーが声をかけてきた。 「モンモランシー、タバサ、無事だったのね」 シルフィードからモンモランシーとタバサが降りてきた。 「はいこれ、大切な剣なんでしょ。もう老化の心配は要らないのよね?」 「ありがとうモンモランシー。ええ心配ないわ」 モンモランシーが差し出したデルフリンガーを受け取る。 「よう貴族の娘っ子。今からあのメイジとやり合うのかい?」 「ええ、その通よデルフリンガー。皆は手を出さないで、これは決闘なのよ」 わたしは、この場にいる全員に告げ、皆から離れワルドと対峙する。 「さっそく始めましょうか。もたもたすることも無い・・・ 一瞬でカタをつけてあげるわ」 「ああ・・・君は、その『剣』を使うのかい?」 わたしはデルフリンガーから手を放す。 「おい、貴族の娘っ子!?」 「当然!『杖』を使うわッ!祖先から受け継ぐ『杖』ッ!それが流儀ィィッ!!」 わたしは杖を構える。 デルフリンガーが地面に倒れた瞬間が合図となりワルドが詠唱を開始する。 なるほど、だから外に出たのね。わたしの使う呪文は決まったわ。 ウル・スリサーズ・アンスール・ケン・・・ 「ヤベーぞ貴族の娘っ子『カッター・トルネード』だ!」 知ってる。 ギョーフー・ニィド・ナウシズ・・・ 「死ぬぞ、貴族の娘っ子!」 あれじゃ死なないでしょ。 エイワズ・ヤラ・・・ これだけでは勝てないので使える呪文がないか片手で祈祷書を開く。 浮かび上がる呪文『エクスプロージョン』(爆発)。 今の気持ちをそのまま表す呪文・・・気に入ったわ。 ユル・エオー・イース! 「祈祷書を読み上げての決闘とは舐められたものだな僕のルイズ!」 馬鹿の相手は必要ナシ。 「『ディスペル・マジック』」 ワルドのカッター・トルネードが鈍い光を放ち消滅した。 「??なにが起きたと言うのだ?僕のスクエア・スペルが?」 「わたしが何から何まで親切に教えると思うの?」 「君の系統『虚無』は命を操る系統では無いのか?」 ワルド、お前は情報に踊らされる節があるわね。 「お喋りは、ここまでよ」 わたしは呪文を詠唱する。 エオルー・スーヌ・フィル・ヤンサクサ 「もう一度カッター・トルネードを・・・だめだ同じ結果に・・・ それに精神力も・・・ならば、ユビキタス・・・」 ワルドも呪文の詠唱を始める。 オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド ディスペル・マジックを唱えた時とは比べ物にならない力のうねりを感じる。 この呪文・・・直感だけど何かヤバイ・・・わたしは詠唱を中断した。 しかし五体に分身したワルドの中心に光が生まれ、どんどん広がっていった。 「こ・・・この光はッ・・・うおおおおお・・・」 呪文を止めた・・・はずなのに・・・どうして? 光が収まると、ワルド達の姿は無かった。 「勝ったの?」 「いいや、勝つのは僕だよ」 後ろから声をかけられた。 ボロボロのワルドが一人、目だけはギラギラと輝いていた。 「サイレント?」 いつの間に後ろに回り込まれたというの? 「不正解、単に気配を消しただけだ。これで僕の勝利は確定した!」 「へえ、どうしてかしら?」 「簡単な事だ。この『距離』なら君の詠唱より僕の攻撃の方が早い」 「なるほど完璧な作戦ね。不可能という点に目をつぶればね。情けないわね だからトリステイン貴族は口だけだって言われるのよ『マンモーニ』のワルド」 ワルドの言葉を鼻で嗤う。 「『閃光』のワルドだッ!」 顔を真っ赤にしながらワルドが一直線に跳躍してきた。 「もらった!ブッ殺してやる。くたばれッ、ルイ・・・」 「ウル・カーノ」 目の前の爆発がワルドを襲う。 「ぐはッ!?」 「『ブッ殺してやる』。そのセリフは終わってから言うものよ、ワルド」 煤だらけのワルドは倒れたままピクリとも動かなかった。 「勝った!」 わたしは杖を掲げ宣言する。 「凄いじゃないかルイズ!スクエアのメイジに勝つなんて」 「すごく立派よ、ルイズ。もう、貴女を馬鹿になんて出来ないわね」 ギーシュとモンモランシーが、わたしの勝利を共に喜ぶ。 「喜ぶのはまだ早いわ。新生アルビオン艦隊を何とかしないと」 早くタルブ村に行かないと。 わたしはキュルケに膝枕をしているタバサに目を向ける。 「ねえタバサ、わたしに借りがあるって言ってたわよね。シルフィードで タルブ村まで連れて行ってくれない?」 タバサは無言で、わたしの後ろを指差した。 何事かと思い振り返るとワルドの姿が無かった。 「空」 タバサが呟く。 上を向くとグリフォンが飛んでおり、その足にワルドを掴んでいた。 「ファイヤーボール」 爆発はグリフォンの手前で起こる。思ったよりもスピードが速い。 「逃した・・・使い魔の方が、よっぽど優秀じゃない」 人の事いえないか・・・ 「今、ワルドの事は良いわ。タバサ、タルブ村まで連れて行ってちょうだい」 「わかった」 ギーシュが前に出てきた。 「僕も行くよルイズ」 「ギーシュはこの事を姫さまに知らせてちょうだい。」 「そ、そうか。わかった、任せたまえ」 「お願いタバサ」 タバサは頷くとシルフィードに命令する。 「タルブ村まで」 オリヴァー・クロムウェル・・・今まで好き勝手にしてくれたけど 今度はこちらがお前を利用する番よ・・・ わたしの・・・いや、わたしたちの栄光の為に 偉大なる使い魔 完
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1166.html
悲恋! 精霊への誓い その② 「スタープラチナ!」 「エア・カッター!」 白金の拳と烈風の刃が交錯し、承太郎の指の付け根から甲にかけて浅く切り裂かれた。 生身の拳で受けていたら手のひらが真っ二つになっていただろう。 ウェールズのエア・カッターを合図に、周囲のアルビオン貴族達が魔法を詠唱する。 彼等が口にするルーンを聞きキュルケとタバサは即座に防御のための魔法を唱える。 敵は精神力を温存するつもりらしくドットの魔法で少しずつ弱らせる戦法を取り、一個の生命であるかのように動く彼等の連携は反撃を許さない。 「どうしたジョータロー。僕を引き裂くんじゃなかったのか?」 柔らかな微笑みのままウェールズは風の魔法を放ち、承太郎のスタープラチナをわずかずつだが傷つけていく。 敵が多すぎる、連携が完璧すぎる。防御で手いっぱいだ。 ウェールズは承太郎の間合いを見切っているのか、スタープラチナ・ザ・ワールドの射程距離に入ってこない。 時間の止まった世界では風の魔法は意味を成さないが、時が再始動した瞬間威力は元通りになる。 時間を止めて突っ込んだら、風の魔法が承太郎の抜けた穴からルイズ達を襲う。 そんな中キュルケの火球が一人の敵を焼き倒し、攻略の糸口が見つかった。 承太郎、ルイズ、タバサはキュルケの援護に回り、キュルケが一体ずつ確実に敵を焼き殺していく。 が、三体ほど倒した頃に雨が降り出してきた。それは一気に本降りに変わる。 咄嗟にキュルケは一か八かウェールズに火球を放つが、アンリエッタが水の壁を作り出してそれを防いだ。 「雨の中で『水』には勝てません。ルイズ! このまま立ち去ってください!」 形勢は一気に決まった。水のメイジがいるアンリエッタのいる敵側の優勢に。 だがここで計算外の戦力が突然叫んだ。 「俺を抜いて、鍔で魔法を受けろ!」 自信に満ちたその発言に、承太郎は素早く声の主、デルフリンガーを抜いた。 そしてウェールズの放ったウインド・ブレイクを唾で受ける。 だが『受ける』事は失敗した。 なぜなら、風はデルフリンガーの唾に『吸い込まれた』からだ。 「何ッ!? これは……」 「いやぁ思い出した思い出した。水の精霊が言ってたガンダールヴとか、俺の本当の姿とか、いやー思い出してみると、俺ってすごいね。伝説だね」 錆びだらけのデルフリンガーが光ったと思うと、あらゆる汚れが吹き飛んて輝く刀身が現れた。 さらに不思議と敵の攻撃で受けた傷の痛みが消え、身体が軽くなるのを承太郎は感じた。 「魔法は全部俺が吸い込んでやる! そんでもって『虚無の担い手』! こいつ等が動いてるのは『先住』の魔法だ! 何とかするのはお前さんの役目だぜ!」 「わ、私の役目ったって……さっきからエクスプロージョン使ってるけど、全然効果ないし……どうしたらいいのよ!」 「知らね。でもお前さんが何とかすんの。虚無使えるんだからがんばれ」 「がんばれったって……虚無?」 そこでルイズは始祖の祈祷書の存在に思い当たり、慌てて取り出しページをめくる。 突如現れたエクスプロージョンの詠唱を思い出す。 現状を打破できる虚無の魔法が、あるのだろうか? あった。 何もなかったページに現れたのは『ディスペル・マジック』の詠唱。 「ジョータロー! 時間稼ぎ、よろしく!」 「やれやれ……任せな。スタープラチナ・ザ・ワールド!!」 ルイズは世界が反転するような感覚の中、祈祷書に書かれたルーンを読み始める。 そして承太郎は時の止まった世界の中、虚無の詠唱に精神を昂らせながら、敵の放った魔法をデルフリンガーで吸収して回る。 「何だ……? 身体が軽い、このスピード……スタンド並だ!」 「なになになになに!? 何だこれ!? 人も魔法も雨も全部止まってる!?」 魔法を吸い込みながらデルフリンガーが困惑の声を上げる。 どうやらこいつも時の止まった世界を認識しているようだ。 「さすが自称伝説。そして今さらながら理解したぜ、ガンダールヴの真の能力を」 今まで承太郎が使ったガンダールヴの力は、破壊の杖と竜の羽衣の使い方を得る事と、竜の羽衣の操縦する能力を発揮する事くらいだ。 剣などの武器を握った時、まさか身体能力が向上するとは思ってもみなかった。 スタンドだけでなく本体のパワーが並外れている事の恐ろしさは、宿敵DIOのおかげで重々承知している。 自分達に向けられていた魔法をあらかた吸い込むと、時は再始動した。 「えっ!?」 「消えた……?」 自分達が迎撃しようとしていた魔法が突如消滅し、キュルケとタバサは目を丸くした。 一方ウェールズは突如承太郎が立ち位置を変えている事に気づき、ワルドを倒した謎の能力の仕業かと理解する。 「アンリエッタ。王家の力を彼等に見せて上げよう」 しかし慌てる事なく、ウェールズは詠唱を開始する。同様にアンリエッタも。 水の竜巻が二人の前でうねりを上げた。 トライアングルの水系統メイジによる『水』『水』『水』 トライアングルの風系統メイジによる『風』『風』『風』 トライアングル同士といえどこのように魔法を重ねるなど不可能に近い、しかし選ばれし王家の血が可能にする、神業的な呼吸で生み出される魔法。 水と風の六乗という脅威の威力を持つ、王家にのみ許されたヘクサゴン・スペル。 トライアングルが重なり巨大な六芒星を竜巻に描かせる。 津波のように強大なそれは、まさに城でさえ飲み込み粉砕するだろう。 「デルフ。あれも吸い込めるか?」 「あー、ありゃ無理だね。さすがに規模がデカすぎらぁ。 おめーさんこそさっきのアレで何とかできないの?」 「水の竜巻か。多分無力化できるだろうが、ルイズ達がまともに喰らっちまうな」 承太郎はヘクサゴン・スペルとルイズ達の間に立ち、デルフリンガーを構えた。 「やれやれ……しかしおめーがルイズ同様、俺の世界で動けるなら何とかなるかもな」 「うん? 何する気だい?」 「黙ってあの魔法を吸い込め」 「無理だって。吸い込んでる最中におめーさんごと吹っ飛ばされちまわぁ」 「俺があの魔法を無力化する。その時がチャンスだ」 ヘクサゴン・スペルが完成し、巨大な水竜巻が疾風怒濤の勢いで襲い掛かる。 この大きさ、この速度、この威力の前では、人など虫けらに等しい。 だが承太郎は微塵も臆する事なくデルフリンガーを構えて腰を落とした。 水の竜巻が迫り、承太郎の眼前まで迫った瞬間――世界が静止した。 「スタープラチナ・ザ・ワールド……時は止まる」 天から降る雨の一粒までも視認できる世界の中、承太郎は水の竜巻にデルフリンガーを握った腕を突っ込んだ。 「こいつはおでれーた。確かにこれなら一方的に吸い込めるわ」 「お喋りする暇があったら早く吸い込みな。あまり長い事止めてられないんでな」 静止した水竜巻がデルフリンガーの唾の口へと渦を描いて吸い込まれていく。 しかし水竜巻はあまりにも巨大、吸い込む速度を見て承太郎は間に合わないだろうと悟った。 自分が止められる時は2~3秒程度。 だがその間にルイズの詠唱が完成した。 「限界だ。時は動き出す」 承太郎とデルフリンガーを水竜巻が襲おうとした瞬間、白い光が音も無く広がり水竜巻を飲み込む。 すると水竜巻は次第に弱まり小さくなっていく。 それをデルフリンガーは全力で吸い込んで、承太郎はスタープラチナで水竜巻の残滓をガードした。 光はルイズ達に攻撃していた敵をも包み、そしてウェールズとアンリエッタをも内包し、光が収まった時には水竜巻は消え失せ偽りの生命で動いていた死者は次々と倒れた。 だが……一人の死者が、再び立ち上がる。 「ジョータロー……ラ・ヴァリエール嬢……ありがとう」 「……ウェールズ、まさか」 「おかげで、愛しいアンリエッタを守る事ができた」 彼は、泥の中に倒れていたアンリエッタを抱き起こし、汚れを拭った。 するとアンリエッタも目を開く。 「ウェールズ様……」 「アンリエッタ。終わってしまった生命は、決して戻らない。 どんな魔法だろうと、先住や虚無の力だろうと……。 だからこれは、水の精霊が起こしてくれた気紛れ、あるいは奇跡だと思う」 ウェールズが力を無くし、倒れそうになるのを逆にアンリエッタが支える。 「い、今治癒の魔法を……」 「無駄だよ、僕はもう死んでいるんだ。最後の頼みを聞いてくれるかい? 君と初めて出逢った、あのラドクリアンの湖畔に行きたい。 そこで君に約束して欲しい事があるんだ」 シルフィードから降ろされたウェールズは、アンリエッタの肩に身体を預け、ゆっくりとした足取りで浜辺へと向かった。 空が白み、朝の訪れを知らせている。 湖がそのわずかな光を浴びてキラキラと輝いた。 この湖畔で、夜にしか逢瀬を重ねられなかった二人が、初めて目にする光景。 美しさに感動しているアンリエッタに、ウェールズはささやく。 「この場所で、もう一度、誓って欲しい事がある」 「おっしゃってください。ウェールズ様のためなら、何でも誓いますわ」 「僕を忘れて、他の男を愛すると誓ってくれ。 ラドクリアンの湖畔で、水の精霊の前で、君のその誓約が聞きたい」 「無理です。嘘を誓うだなんて、できません」 「お願いだアンリエッタ。じゃないと、僕の魂は永劫にさまようだろう。 君は僕を不幸にしたいのかい? 時間が無いんだ。僕は、もう……だから……」 「だったら誓ってくださいまし。わたくしを愛すると誓ってくださいまし。 今なら……今なら誓ってくださいますわね? それを誓ってくだされば、わたくしも誓います」 「誓うよ」 迷いの無い口調でウェールズは答えた。 それを聞き、アンリエッタは震える声で誓う。 「……誓います。ウェールズ様を忘れる事を、他の誰かを愛する事を」 ウェールズは満足そうに微笑んだ。 「ありがとう。……僕を水辺へ運んでくれ、そこで誓うよ」 「はい……。この一瞬だけでいい。あなたがわたくしを、 愛していると誓ってくだされば、私はその一瞬を永久に抱いて生きる事ができます」 そう言いながら、アンリエッタは水辺へと歩を進める。水は冷たく、悲しげだった。 「……ウェールズ様?」 誓いの言葉を待ちきれないアンリエッタが声をかけるが、ウェールズは満足気な笑顔のまま瞳を閉じていた。 「意地悪な人。最後まで、誓いの言葉を口にしてくださらないのね」 アンリエッタの頬から流れ落ちたそれが、ラドクリアンの水の量を一滴だけ増やした。 アンリエッタが魔法でウェールズの遺体を湖の沖へ運び、沈めるのを、承太郎達は水辺からやや離れた場所から見守っていた。 その光景を見て、承太郎は拳を握る。 ウェールズの命を侮辱したクロムウェル……レコン・キスタ……。 決して許せないと承太郎の怒りが燃える。 ゼロ戦はもう直った。だが東へ行くのは後回しでいい。 ウェールズの名誉のため、タルブの村人のため、ルイズやシエスタを守るため。 戦うと、誓約の水精霊に承太郎は誓った。 彼がその誓いに、自分の意思に疑問を持つのはもう少し先の事である。 第四章 誓約の水精霊 完 ┌―――――――┘\ │To Be Continued └―――――――┐/
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1782.html
特に何も無い毎日が過ぎていった。大盗賊が襲撃してきたりすることはなく、王女が訪問してきたりすることもなく、どこぞに冒険に出かけるようなこともない。極めて平和な日々が続いていた。それに不満があるわけではない。 しかし、そこに大きな満足もない。いや、ほんの数ヶ月前までなら彼はそれに満足していたのだ。授業を適当に聞き流し、昼休みや放課後には女子にちょっかいを出してみる。本命にばれやしないかというスリルにゾクゾクしながらなんてことのない日々を送っていた。 だが、もう以前の彼ではない。世界はそんな生ぬるいものではなく、いつか襲い掛かってくることを知っている。それなのにどうして学院という籠の中にいられるというのだ。時間はあるようで、ない。戦わなければいけないときは、前兆なくやってくる。そのときのために強くなりたい。 敗北を知り、彼はそう思うようになった。 「決闘だ!」 「あんたいきなり何言ってんの?」 キュルケが馬鹿にするような声で言ってやった。ルイズも呆れた目でギーシュを見た。 「だから決闘を申し込むんだよ。受けてくれるかい?」 「誰によ」 この場にいるのは先にあげた二人とシエスタ、そしてンドゥールである。この四人で何をしていたかというと、またあいかわらず魔法の練習だ。爆発の余波を受けていた おかげで真っ黒になったルイズはシエスタから濡れ布巾を受け取り顔をぬぐう。 「まさかンドゥールとやるの?」 「その通り!」 「やってあげてンドゥール」 ルイズがそう言うと、ンドゥールは懐から手袋を取り出し、投げた。それは丸めてあったので空気抵抗が弱く、ひゅるひゅるとギーシュの顔に向かっていった。そして当たる直前、その手袋に向かって水が突き上げた。 ギーシュは背筋が寒くなった。その手袋はなんかやばい。彼はとっさに後ろに下がった。すると、彼の少し前に落ちるはずの手袋が突如動き出して喉元に掴みかかってきた。 「ぐえええ!」 水が詰まった手袋に首を絞められた。ギーシュは暴れるも水の力は強く、手袋は離れない。声が出ないので魔法も使えない。 つまり、どうしようもないということである。 決着。 「というかだね、始めの合図も何もなしに仕掛けるのは反則だと思うんだよ。だからあれは僕の」 「負けよ」 「負けね」 「負けです」 「うん。そうだね」 アハハと乾いた笑いをしてギーシュは水を飲んだ。いまはちょっと小休憩、ルイズも精神力はともかく体力が限界に近かったので食事を摂っている。 疲労があるので食べやすい一口サイズのサンドイッチだ。 「それで、いきなり決闘なんてどうしたの?」 「いやだね、その、アルビオンではフーケに負けてしまったからね。今度は勝てるように鍛えようと思ったんだ。それで本とかを読んだりしてて、次は実戦だと、ね」 「相手が悪いわ。ダーリンが手加減してくれたのもわかるでしょ? もうちょっと実力が近い相手と戦いなさいな」 容赦ない言葉。しかし、それは事実。ギーシュは涙を堪えた。 「しかしだね、他のものと決闘しても普通の魔法ぐらいしかやってこないじゃないか。 もっとこう、こっちが驚くようなことをする相手じゃないと」 「なんで?」 「ガチンコでやりあっても仕方ないじゃないか。裏を掻くようなことをしないとフーケのように実力がはるか上の相手には勝てないだろ?」 「なるほどね」 彼の言うことももっともである。キュルケも実戦の経験、といってもちょっとした喧嘩のようなものであるが、単なる力押しで勝ったのは相手が弱く、馬鹿なときぐらいだ。時には頭を使わなければならないときもある。ギーシュはフーケとの戦いで魔法以外を使うことを知ったのだろう。 「それじゃあ、あんたこの子とやってみなさいな」 キュルケが言ったこの子とは、シエスタ、ではもちろんなくルイズのことであった。 「ちょ、正気かい? 君、ルイズは、その」 「成功率ゼロよ。でもねギーシュ、やりようによっては彼女はあんたに勝つかもしれないわよ」 「なんか腹立つわね。その通りだけどゼロゼロ言わないでよ」 「ルイズ、君はやる気なのかい?」 「当たり前よ。舐めてんじゃないわ。シエスタ、離れてちょうだい」 ルイズはまだ乾いていない髪をゴムで縛り、上着を脱いだ。煤で真っ黒になるため安いマントを羽織っていたのだ。 「さあ、始めましょう。負けは杖を落としたらでいいわよね」 「ああ、まあ、いいよ。けど本当にやるのかい?」 「くどい! さっさと構えなさい」 ギーシュはルイズの剣幕に押され、杖を懐から抜いた。だが、彼は心の中でこの決闘にまったく乗り気ではなかった。それは相手が女性だということもあるが、明らかに力が弱いということが大きな原因だった。大体強くなりたいために決闘を申し込んだのだ。弱いものイジメをしたいためではない。 しかし、彼は気づいていなかった。これとまったく同じ状況に以前遭遇していたことに。 そのとき完膚なき敗北を喫したというのに。 「ワルキューレ!」 まず手始めとして、いつかのように自慢のゴーレムを生み出した。 だが本気ではない。 たったの一体だけだ。 爆発が起こった。それはワルキューレを軽々と吹っ飛ばした。 失敗には違いない。しかし、威力は十二分にある。ギーシュはようやく本気で掛からなければいけないと、理解した。 「すまないルイズ。僕は君を舐めていたよ」 「不愉快ね」 「ああ。これからは全力だ」 詠唱し、杖を振った。すると今度は四体のゴーレムが生まれでた。それぞれ手には短めの棒が握られている。 「行け!」 先ほど倒されたものも起き上がり、合わせて五体ものゴーレムがルイズへと襲い掛かっていった。シエスタが悲鳴を上げるが、ンドゥールもキュルケもルイズ本人も動じることはなかった。 爆発が起きる。ゴーレムが吹っ飛んだ。一体ずつとはいえ詠唱は速く、ゴーレムは近づくことができない。正面からは。 「きゃあ!」 ルイズが羽交い絞めにされた。後ろに振り返ると、ギーシュのゴーレムがそれをしていた。前方に意識を集中させ、背後から忍ばせていたのだ。 「降参したまえ」 「い、や、よ」 ギーシュに応じず、彼女は魔法を唱えた。今度の爆発は超小規模で、ルイズを押さえているワルキューレの肩で起こった。それをさらにもう一度することで、拘束は簡単に解かれた。おまけに止めとばかりに 頭と胴体を爆発で抉る。 「さあ、いくわよ」 ルイズは走り出した。その進行を止めようとギーシュはまだ動けるワルキューレを向かわせた。だが、それすらも爆発で吹っ飛ばされる。これは彼女なりの成長である。 最近の練習のおかげで爆発の規模を調整することと対象を選択することがかなり細かくできるようになったのだ。 「食らいなさい!」 ルイズが杖を振るう。ギーシュは腕で守りを固めたが、無意味。爆発は彼を吹き飛ばした。 「ぐあっ!」 地面に転がる。全身が痛みに呻いていた。馬鹿と鋏は使いようとはよく言ったものだなあ、と、ギーシュは思いながら身体を起こす。と、彼の目に走り寄ってくるルイズが見えた。 このままでは敗退、それは嫌である。三連敗など情けない。ギーシュはどうすべきか頭を悩ませ、逆転の方法を思いついた。 「降参なさい!」 彼の目の前にやってきたルイズがそう命令した。彼女を見上げながら、ギーシュは言ってやった。 「い、や、だ、ね」 「――ッア、」 ルイズの腹を青銅の棒が突いていた。それはギーシュの手に握られている。 彼は土の中に錬金でそれを作り上げていたのだ。 「僕の、勝ちだ!」 そして彼はそのままルイズの杖を弾き飛ばした。くるくると宙を舞い、あとは地面に落ちるだけ。完全な勝利、だと彼は思った。しかしルイズは、勝利を逃すのが我慢ならなかったのか頭が興奮していたのか、おもむろにギーシュをぶん殴った! 「オラァ!」 「へぶ!」 さすがにその反撃は想定できなかった。ギーシュはまともに顎に食らい、杖を放して地面にぶっ倒れた。と、ルイズの杖も地面に落ちた。 「勝ったわ! ちい姉さま、私やりました!」 「いい、いや、ちょっと待ちたまえ! 杖を放したのは明らかに君が先だったじゃないか! これは僕の勝利だ!」 「何言ってるの。勝負は先に杖を地面に落としたほうが負けって決めてたじゃないの」 「そうは言ってもだね、君が殴りかかってきたときにはもう勝負がついてたんだ。 潔く、敗北を認めたまえ」 「潔く? あんたが負けたのよ。あ、ん、た、が!」 「いいや、君だ。勝ったのは僕だ。君が負、け、た、の、だ!」 「違うわ。勝ったのは私。わ、た、し、よ!」 「ぼくだ!」 「わたしよ!」 口論は続くよどこまでも、というわけにはいかないのでキュルケは軽い炎を浴びせてやった。 「落ち着いたかしら。二人とも」 ルイズとギーシュはこっくりとうなずいた。シエスタが急ぎ濡らした布巾を渡す。 結構見た目は悲惨なことになっているがダメージは軽いものであった。 「で、ダーリン、この勝負はどうだった?」 「引き分けだろう」 『そんな馬鹿な!』 「私もそう思うわ。納得しなさい。大体勝ち負けを争うのは二の次でしょ。違う?」 ルイズは口を尖らせ、ギーシュはうつむいた。その通りなのだ。こんな小さなことで争っているのではない。なんとか胸のむかつきを二人は抑えた。 「にしても、二人ともよくやったわよ。強い強い」 「私はあんなもんじゃないもの。手加減してやったんだもん」 「それを言うなら僕だって。わざわざ羽交い絞めしてやったんだぞ。本当ならあの時点で勝負はついていたんだ」 「あら、それを言ったら最初の爆発であんたをぶっ飛ばしてもよかったのよ?」 「なんだと?」 「なによ」 「また口論?」 『イイエソンナコトハアリマセン』 二人は息がそろっていた。 「でもやっぱり修行するにしても全力を出せないんじゃあちょっと問題ありよね」 「そうだな。互いの命を取らないという約束があれば腕は鈍らなくても上達するには 時間が掛かる。アルビオンでのような戦いができればそれに越したことはないのだが」 ンドゥールの言葉にルイズとキュルケ、ギーシュがないないと手を振った。あんなものが何度もあれば修行云々どころの話ではなくなってしまう。 「でも、それに似たようなことならできるわ。ちょっと待ってて」 キュルケはそう言ってその場から離れていった。そして数分後、彼女はどっさりと紙束を持ってきた。 「なんなのそれ」 「これはね、宝の地図よ」 「……また怪しいものを持ってきたね君は」 ギーシュの言葉は全員の心を代弁していた。そんな宝の地図なんていうものは九割九分偽物と決まっているのだ。森林で一枚の葉っぱを探し出すようなものである。 「そんなもの、大抵亜人の巣の奥に宝石が眠ってるとかそんなのだろ?」 「そうよ。だからいいんじゃない」 ギーシュはキュルケの真意がわからなかった。しかし、ンドゥールは理解した。 「その亜人とやらを退治するのが本当の狙いということか」 「正解。さすがダーリン、話が早いわ。チューしましょいだ!」 「寝言は寝て言いなさい」 キュルケの額をルイズが杖で突いたのだった。先は尖っているので痛みはある。キュルケは涙目になりながらも改めて説明した。 「宝探しのついでに亜人と戦って経験を積みましょうってことよ」 「ああ、なるほどね。それなら決闘よりは有効だろう。よし、行こうじゃないか。 亜人退治に」 話はとんとん拍子に進み、シエスタもついて行くと言い出しどうせだからタバサも呼ぼうとなり、大所帯で冒険に出かけることになった。ルイズも最近は訓練と学業だけの生活だったので気晴らしができることが嬉しく、ちょっとわくわくしながら荷を纏めていた。だが、その最中に学院長に呼び出されてしまう。 「何の御用でしょうか?」 学院長室にルイズが入る。中にはオスマンがおり、口にくわえていたパイプを取って声をかけた。 「よく来たの。先日はご苦労じゃった。疲れは癒せたか?」 「は、はい。もう大丈夫です。それで、」 「ああ、呼び出したのは他でもない。アンリエッタ王女に関してのことじゃ。このたび公式に発表されることじゃが来月、王女とゲルマニア皇帝の結婚式が執り行われる ことになった」 喜ばしいこと、とは一概に思えない。ルイズはあの勇敢なウェールズ皇太子を知っている。姫君は彼を愛していたのだ。その人物が散った矢先に好きでもない男と結婚など。ルイズの脳裏に愛しいアンリエッタが思い浮かんだ。 少しも笑ってない。苦しくなった。先ほどまでの心の躍動は消えていた。 オスマンは顔を曇らせているルイズを見やり、思い出したように一冊の本を差し出した。 「これは?」 「始祖の祈祷書じゃ」 それは王室に伝わる伝説の書物。なぜそんなものを、とルイズが尋ねるとオスマンは説明してくれた。 なんでも王族の結婚式では貴族から選ばれし巫女が『始祖の祈祷書』を手に、式の詔を詠みあげる習わしがあるという。その巫女に、ルイズは姫から指名されたのだ。 「その、詔は」 「おぬしが考えるんじゃ」 「わ、私がですか!?」 「そうじゃ。ま、草案は王宮の連中が考えるじゃろうがの。だが名誉なことじゃぞ。 王女自らが示してくださったのじゃ。普通の貴族では式に立ち会うこともできんのにの」 ルイズはアンリエッタのことを思うと胸が締め付けられた。彼女のためなら嫌だとはいえなかった。 「わかりました。謹んで拝命いたします」 「そういうわけで、いけなくなったわ」 ルイズはいざ出発しようとしているキュルケたちに向かって言った。事情を説明すると、彼女らもさすがにそれじゃあ仕方ないかと納得してくれた。肝心の巫女が行方不明になっていては結婚式の段取りに問題が生じる。 学院でじっとしていなくてはいけないのだ。 「それじゃあ、その、ンドゥールさんはどうされるのですか?」 「そうねえ。私としては来てもらいたいんだけど」 「だ、そうだ。ルイズ、俺はどうしたらいい?」 いきなり問われて、ルイズは困った。別にンドゥールがずっとそばにいる必要はない。十分働いてくれたのでここいらで羽を伸ばさせてあげたほういいかもしれないし、亜人と戦いにいくのに彼女らだけではいささか不安。トライアングルが二人にドットが一人とはいえ、魔力が切れてしまえば全員ただの人。 そうなったときにンドゥールがいれば守れるかもしれない。 だから、行かせるべきかもしれない。 「ンドゥール、あなたはどうしたいの?」 「そうだな。どちらでもいいが、強いて選ぶとするなら外へいくほうがいい。いまだに俺はここのことをよく知らないのでな」 その言葉にルイズの胸にぽっかりと穴が開いた。 「そう。なら、行ってきて。ちゃんとキュルケたちを守りなさいよ」 「わかった」 ルイズの心を切ないなにかが走りいく。 あれ、どうしたのかしら、これは。 翌日、ルイズは朝日とともに起き上がり、服を着替えて寝癖を直す。そうしてベッドに座り、チコチコと時計の音を聴いて時間を待つ。だが、いつになっても使い魔は入ってこない。 これじゃあ朝食に遅れてしまう、と思ったときに気づいた。 「そっか、いないんだ」 ルイズは小さく呟き、マントを羽織って部屋を出た。始祖の祈祷書をもつことも忘れない。肌身離さず持ち歩かなければならないのだ。とぼとぼと床を見ながら食堂まで歩いていき、時折彼女はハッとなって後ろに振り向いた。けれどもそこに背の高い男はいない。そのたびに違和感が生まれる。 歯車が噛みあっていないような。 食堂で祈りを捧げ、朝食を取り、今度は教室に歩いていくのだがそのときにも何度も後ろを振り向いた。だがいない。当たり前のはずなのに、なんだか気分が悪い。あの音が聞こえないからかもしれない。 ンドゥールの規則正しい、杖の音が。 教室でいつもの席に座り、授業を受けてもまともに集中することができない。 そばにンドゥールがいない、それだけでなにかがおかしい。 「ミス・ヴァリエール、聞いていますか」 「あ、はい。大丈夫です」 「本当ですか? なら――」 そのときの教師はルイズに問題を出した。それを彼女はすらすらと答えた。 授業は聞いていなくともとっくに予習していたのだ。 その日の授業が終わり、風呂にも入ってルイズは自室に戻った。ばったりとベッドに倒れこみ、ごろごろと回ってから起き上がる。 「ンドゥール」 名前を呼んでも返事はない。この部屋にいるのは自分だけだ。いつも藁束の上で耳を澄ましている男はいない。元々彼とは話すこともほとんどなかった。静けさも何もかわらない。ただ、自分の部屋が異様に広く見えていた。 あの男がいない、それだけ。 それだけであるが、ルイズの心には途方もない寂しさが広がっていた。まるで世界でたった一人しかいないような気分であった。いや、それは真実でもあった。 彼女はゼロのルイズと蔑まれ、いつしか殻に閉じこもるようになっていた。それが、ンドゥールの出現で変わった。 彼女の生活に入り込んできたあの男は静かに殻を壊し、外の世界へ連れ出してくれた。そのぶんフーケやワルドといった危険が迫ったが、彼が守ってくれた。 そして、気づかぬうちに孤独からも救ってくれていたのだ。そのことに気づくと、ルイズはベッドに潜り込み、毛布に包まった。そして名前を呼んだ。 ンドゥール、ンドゥール、と。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/807.html
前ページ次ページとある魔術の使い魔と主 ルイズが始祖の祈祷書に浮かび上がった内容を読んでいる間、当麻は残りの竜騎兵を倒していた。 二十いるアルビオンの竜騎士隊も、シルフィードと当麻の連携により無惨にも全滅と化した。 天下無双と謳われたアルビオンの竜騎士でも、韻竜と竜王の前には歯が立たない。 残るは本家、絶対に忘れることのない、アルビオンへと上陸するさいに見かけたあの巨大戦艦。その船の下では、港町ラ・ロシェールが攻撃を受けている。 「あれを倒さなきゃ、どうやら終わらないようだな」 しかし、どうすればあれを倒せるのだろうか? こちらの武器は竜王の顎一つのみ。今までは同じ大きさでの戦いであったが、今回のはスケールが違う。 そんな状況での当麻の策は、敵艦に乗り込んで内部から破壊するという、シンプルな案であった。いや、それ以外にいい方法が浮かばなかった。 当麻達が潜り込もうと、近付いたその時、 敵の艦隊の右舷側がフラッシュのように光った。 瞬間、シルフィードが再び直角に移動方向を変えた。 当麻達がいた場所に無数の鉛の弾が通過する。シルフィードの咄嗟の判断がなければ、今頃死んでいたに違いない。 心臓の鼓動が大きくなる。ここにきて、生死の境にいるのだと実感した。 ちっ、と当麻は舌打ちをする。どうやら敵はこちらの存在をちゃんと認識しているようだ。 一拍置いて、再び鉛の弾が当麻達目がけて発射される。 しかし、シルフィードの持つ速さを利用し、避ける事だけに集中すれば、なんとかやり過ごせる。 やり過ごせるのだが、それだけだ。目標である敵艦に乗り込む行為をする為の手札が圧倒的に不足していた。 (何か……) 歯を食いしばり、シルフィードが懸命に自分達の寿命を伸ばしている間にも、必死に考えを巡らす。 (何か、こっちの手数を増やす、何かがあれば!!) ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。 初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン』 ドクン! とルイズの鼓動が一段と大きくなった。そしてエクスプロージョンの呪文が浮かび上がる。 あまりの急展開にルイズは思わず笑いそうになる。 ここまで読めるなら、読み手として文字が読めるのなら、きっとこの呪文の効力が発揮されるのではないか? だって、今まで失敗だと思われた魔法は毎回爆発していたのだ。では、なんで毎回爆発していたのか? 失敗して爆発した例が他にあったのだろうか? それが四系統に属さない『虚無』の力であったら? 当麻が以前いった通り、本当に自分には隠された力があったのならば? これほど笑ってしまう話、ルイズには体験した事がなかった。 「ねえ、この指輪を使って初めて読めるなんてどこのパズルよ。あんたもヌケてるのね」 自分にもあったのだ。この戦況を変える事のできる切り札が。 熱していた頭の中が、ゆっくりと、ゆっくりと冷めていく。心拍数、血液循環、筋肉、骨、体のありとあらゆる組織が落ち着きを取り戻す。 エクスプロージョンという名の呪文のルーンが、すらすらと頭の中に入ってくる。 まるで、それを望んでいたかのように、それを待ち侘びていたかのように、理解していく。 ここまできたら、やろう。いや、やらなければならない。 今もどこかでこの戦争の行方を心配している姫様の為に。 こんな自分を守ってくれる、大切な大切な使い魔の為に。 そして、今まで秘められた力に気がつかなかった自分の為に。 さぁ、始めよう。 この日、この時、この場所で、新たに生まれた物語を。 ―――ゼロのルイズの物語を!! 上下左右と激しく動くシルフィードの体の上で、ルイズは腰をあげた。 「ととっ」 「なっ……おい、ルイズ?」 両手を広げて、バランスを取りながら、当麻の横を通り過ぎる。 そして当麻の開いた足の間にある小さな空間にちょこっと座り込んだ。 驚く当麻に対して、ルイズは半信半疑のような口調で応えた。 「あのね……もしかしたらわたし、選ばれちゃったかもしれない。多分、だけど」 「はい?」 「いいから、あの巨大戦艦に近づけて。このまま何もしないよりは試した方がマシだし、ほかにあの戦艦をやっつける方法はなさそうだし……。 ま、やるしかないのよね。わかった。とりあえずやってみるわ。やってみましょう」 ルイズの独り言のような口調に、当麻は唖然とした。しかし、わかった事はある。 ルイズにはこの戦いを終わらせる方法を持っているのだと。 「なんつーかよくわからんけど、とりあえず近づければいいんだな!?」 「そうよ! 早くやる!」 当麻は竜王の顎を封印した。こいつの能力が幻想殺しも受け継いでいる為、いざ呪文を発動した時打ち消してしまったら元も子もない。 といっても…… 砲撃。砲撃の嵐であった。 ある一定の距離以上に近づいたら、鉛の弾が襲いかかってくる。 左舷ではラ・ロシェールへと砲撃が行われている。よって左から攻めても無理。 そして当麻の視界には、艦の真下にすら大砲が装備されていた。つまり下からも無理である。 「そう言われても……穴がないぞ!?」 「それをなんとかするのがあんたの仕事!」 んな無茶な!? と泣きたくなるが、なんとかしなきゃ始まらないのだ。 (左、下、右がダメなら……ッ!) 残すは上しかない。当麻はシルフィードに命じて、高度をさらに上げた。 『レキシントン』号の甲板が見える。そしてそこには先程散々苦しめられた大砲が一つもなかった。 おそらく、ここならば安全に事を運べる場所であろう。 ルイズは立ち上がる。主役の登場と言わんばかりのように。 「わたしが合図するまで、ここを回ってて」 ルイズは目を閉じ、最後の祈りを込めた。大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出す。 再び目を開き、始祖の祈祷書にかかれた文字を詠み始める。 ゆっくりだが、確実に間違いのないように紡がれる。 これでなんとかなるか? と当麻が安心したその時、 ゾクリ、と背中を悪寒が駆け抜ける。 バッ、と振り返る。そこには、烈風のように迫り来るワルドの姿があった。 完璧に虚を突かれた。 「くっそ……!?」 回避すべきか? 否、ルイズが呪文に集中しているのだ。邪魔するわけにもいかない。 そもそも向こうは最高速度、逃げ切れるわけがないので却下。 ならば、迎撃するしかない。幸いな事にブレスを吐いてくる様子はなく、ワルドが風の槍を片手に持っているだけである。 あれで、自分達を串刺しにするのであろう。 敵の攻撃を防ぎ、尚且つ相手を一撃で倒す。どこかミスったら全てが水の泡となる。一度っきりのチャンスである。 残り数百メートル。人間の脚力でさえ数十秒足らずでたどり着く距離。 「これで終わりだ!!」 「う……ォぉぉぉおおおおお!!」 これしかなかった。限りなく成功率の低い奥の手。 当麻は立ち上がり、恐怖に怯える事なく、平常心を保ちながら、 文字通り飛んだ。 右手を前に突き出し、ワルドの風の槍を大気へと還元する。そして、そのままワルドの乗る風竜へとダイビングした。 誰もがやろうとは思わない。上空三千メイルで、迫り来る竜に飛び乗るなど不可能に等しい。 それでも、少年はやり遂げた。奇跡でも偶然でもなんであろうと、少年の命は、まだ続いている。 常識はずれともいえる当麻の行動にワルドは驚愕を覚えた。 その驚愕が、当麻に時間を与える。 「とりあえずあんたは『フライ』があるよな?」 ワルドははっとなり、杖を振ろうとしたが、 「空の旅を満喫してくれ」 当麻の拳の方が先に振り抜かれた。 呪文を詠唱する度、言葉を紡ぐ度、リズムがルイズの中を循環する。どこか懐かしく感じてしまうリズムだ。 それが長ければ長くなる程、強くうねっていく。自分の世界に閉じこもり、辺りの雑音は耳に入らない。 体の中で、何かが精製され、それが場所を求めて回転していく感じ。 誰かがそんな事を言っていた。 そうだ。自分の系統を唱える時に感じるであろうこれ。 だとしたら、この感覚がそうなのだろうか? 裏側の自分が表に出たような気分をルイズは覚えた。 体の中のに、波がどんどん大きくなってきて、外求めて暴れだす。 当麻がルーンの力によって従えた風竜から再びシルフィードへと乗り移る。 ルイズが足でトン、とシルフィードを叩いた。それが合図となり、『レキシントン』号目がけて急降下を始める。 目をさらに大きく開いて、タイミングを間違えぬよう細心の注意を払う。 『虚無』と呼ばれる伝説の系統。 あの破壊の本から放たれたような威力をもっているのだろうか? それは誰も知らないし、自分も知らない。 伝説の彼方にある魔法を現代へと持ち込んだのだから。 長い長い詠唱を終え、呪文が完成した。 その瞬間、全てを理解した。 このまま放てば、全ての人を巻き込む。間違いなくほとんどの人間が死ぬに違いない。 一瞬だけ悩んだ。殺すべきか否か。 しかし、答えは決まっていた。自分の視界一面に広がっている戦艦『レキシントン』号。 この戦いを終わらせる為、杖を振り下ろした。 同時、光の球があらわれた。太陽のような眩しさをもつ球は、膨れ上がる。 そして……、包んだ。 上空にある、全ての艦隊を包み込む。 それだけでは終わらない。さらに膨れ上がって、見るもの全ての視界を覆い尽くした。 誰もが目を焼いてしまうと思い、つむってしまう程光り輝くそれ。 そして……、光が晴れた後、上空の艦隊全てが炎によって包まれていた。 ルイズは力尽きたのか、体を当麻に預けた。当麻も全てが終わったのだと思い、力が抜けた。 下では、トリステイン軍がアルビオン軍に突撃をかましていた。上空からの支援を失ったアルビオン軍は、勢いにのったトリステイン軍には立ち向かえない様子であった。 もう、ルイズ達のやるべき仕事は終わったんだ。 「今日は……疲れたわ」 なにかをやり遂げたような、満足感が伴った感じだった。 「ああ……そうだな」 当麻もまた同じである。 「早く降りましょ」 ルイズの提案に、当麻は無言で返す。シルフィードがゆっくりと高度を下げていった。 シエスタは、弟たちを連れておそるおそる森からでた。トリステイン軍が、アルビオン軍を撃退したという噂が森に避難していた村人の間に伝わったのだ。 確かに草原にはアルビオン兵の姿はない。あったとしても、それは投降してきた兵である。 先程まで続いていた轟音が嘘であるかのように静かだ。 上からばっさばっさと羽を羽ばたかせる音が聞こえてきた。 思わず見上げる。 願っていた少年がそこにはいた。 ヒーローのような少年がそこにはいた。 約束を守ってくれた少年がそこにはいた。 シエスタは嬉しさのあまり涙を零し、駆け寄った。 ようやく太陽が、オレンジ色へと変わっていった。 前ページ次ページとある魔術の使い魔と主