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第110話 鎌石村大乱戦 開幕 ~守りたい者の為に~(前編) 俺はただ許せなかった。 こんなか弱そうな少女をこんなになるまで痛めつけて殺してしまうなんて…。 弓を取り出す為に地面に横たえた名も知らぬ少女の亡骸は、何故だろう? どこか安堵した様な表情で眠っていた。 今際の際にこの子が掠れた声で呟いた言葉 「ジャック、ジャック…。最後にお前に会えて嬉しいな……。 私、恐かったんだよ……一人は恐かったんだよ……」 「…私はお前と……」 この子とジャックと呼ばれた人物との関係は全く知らない。 それでも、この子のジャックに対する想いは伝わってきた。 死ぬ寸前に出てくる名前だ。きっと、この子にとって大切な人だったんだろう。 そして、最期の言葉は本当に、今にも消えてしまいそうな微かなものだったけど、その言葉はしっかり俺の元に届いていた。 ―――共に歩きたかった。 彼女は確かにそう言っていた。この二人の歩む道はどういう訳か、どこかで違えてしまったんだと俺は思う。 それでも、生きていれば…生きてさえいれば、また同じ道を歩む事だって出来た筈なんだ。 こんなところに集められなければ、こんなところで殺されなければきっと…。 だから俺はルシファーを許しはしない! たとえこの身体が朽ちようとあいつに一矢報いてやる。 この子を殺した奴だって同罪だ! 守りたかったモノ、また掴み損なっちまったけど、だからって何もせずにいるなんて俺は嫌だ。 この子の最期を看取った者として、ジャックって奴の代わりに俺がこの子の仇をとる! それが、俺がこの子にしてやれるせめてもの弔いだから。 ■□■□■□■□■□■□■□ やれやれ…。 あんなに熱くなっちまって、あの様子だと今度はまた駄々をこねて 「この子の仇を討ちたいんだ! 頼む! 力を貸してくれ!」 なんて言うに決まってる。 まったく、俺の身を隠す絶好の場所だと思ってたんだが、どうもうまく行かないみたいだな。 隣を見やると、アシュトンの奴も呆れて物も言えないって感じの表情でチェスターの奴を見てるしな。 さて、どうしたもんか? わざわざ危険な所にノコノコと出て行く気なんか無いんだけどな。適当に慰めてさっさと菅原神社を目指したい。 正直こんな女の子を、ここまで穴だらけにして殺してしまう様な奴等とは係わり合いになりたくないってのが本音だしな。 改めてこの少女の亡骸を眺めていると、ふと気になる箇所が目に止まった。 この子の手が、手の甲まで血で真っ赤になっている。 溢れる血を押さえようとしたとしても、手の平が血まみれになるだけで、手の甲までそうはならない。 そう、これはまるでこの子が人体を素手で突き破ったとしか思えない血の痕。 こんなか弱そうな少女がそんな真似出来るのか? とも思えるが、十賢者の中には子供の容姿をしたサディケルや、ただの爺さんにしか見えないカマエルってのもいたからな。 見た目だけで判断するのも良くないな。 さて、ここで一つ仮説を立ててみよう。 この女の子は実はゲームに乗っていて、誰かを襲撃し、その戦闘の末この様な状態になったのだとしたら…。 戦った相手も無事には済んでいまい。 つまり、そいつらの支給品を奪うチャンスって事だ。 率先して他の参加者から支給品を奪うってのは、殺し合いに乗っていないというポーズをとっている以上今は出来ない。 だが、この子の仇を取ろうって流れなら、ゲームに乗ってるなんてこいつらには思われないだろう。 それに正直手持ちのアイテムはまだ心細い。 仮にこの子を殺した奴等が元気でも、チェスターやアシュトンを囮にして逃げる事も出来る。 リターンとリスクを考えればリターンの方がでかい。 「なぁ、アシュトン、ボーマンさん…」 ほれ来た。だが、それは俺の望んだ流れでもある。 「あぁ、皆まで言うな。俺もこの子を殺した奴等が許せない。仇を取ってやろう」 「ボーマンさん…」 チェスターの奴め、涙が出るほど嬉しいか。 アシュトンの方は俺の答えに更に唖然としちまっているが、 このパーティーでの意見は決まった様なもんだ、こいつも付いて来ざるを得まい。 ■□■□■□■□■□■□■□ はぁ~。僕って本当についてない。 てっきり堅実派なボーマンさんは、チェスターの提案を却下してくれると思ったのに。 「アシュトンも来るよな?」 「…」 僕としてはこんな女の子の事なんて放って置いて、早く菅原神社に行きたいんだけどな。 でもそう言った所で僕の意見なんか聞いてくれないんだろうし…。 それに、よく考えたら前の放送から今までの間に新しい首輪を手に入れてなかったんだ。 そう考えると、この子を殺した奴らの所に行くのも悪くない気がしてきたなぁ。 「わかりました。行きましょう」 そうだ、プリシスの一番になるにはもっともっと首輪を集めないといけないんだよな、多少の嫌な事は我慢しなくちゃ。 結局僕達はこの子の仇討ちをすべく北東を目指した。 理由は簡単だ。あの子の血の痕が点々とそっちの方角に続いているからだ。 間違いなくこの先に女の子を殺した奴らがいる。 歩き出してしばらくたってから放送の時間が来た。 「ククク…ご機嫌いかがかな、諸君? そんな風に始まった第3回目の放送。 目下僕の関心はプリシスとクロードの安否だけ。 14名の名前が呼ばれる中どうやら二人とも無事でいてくれたみたいだ。 その事にギョロとウルルンも安堵の息を漏らしている。 やっぱり僕達は一心同体なんだね、この二人も僕と同じ様にクロードとプリシスの無事を喜んでくれている。 これからもよろしくね。僕達三人が揃えばどんな辛い事だってきっと乗り越えられるんだから。 ■□■□■□■□■□■□■□ (やはりうまくはいかないか…) 放送を聴きながらギョロは溜め息を漏らした。 (運よく今回の放送でプリシスの死が知らされたのなら、 うまい事アシュトンを誘導して再度狂戦士に戻ってもらおうとしたのだが…。 今アシュトンの奴は、プリシスと生き残る事が出来たなら自ら命を絶つつもりでいる。 誰かの為に命を捧げる。確かに話として聞けば美談として語られる事であろう。 アシュトンとしても愛する者の為に死ねるのならば満足だろうさ。だが、それでは俺は困るのだ。 別に俺はプリシスの為に死んでやるつもりなど毛頭も無いのだからな。 幸いこいつらは見ず知らずの女の為に戦うつもりらしい。 ここで時間を浪費してくれれば、その間にプリシスが死亡してくれる可能性も上がるというもの。 だが、こいつらの仇討ちとやらが終わったのなら手を打たねばならないな…さて、どうしたものか) アシュトンとプリシスの再会を何としても阻みたいギョロは策を練り始めた。 ■□■□■□■□■□■□■□ (ちっ、意外としぶといな) 犠牲者の名前の中にクロード、プリシスの名前が無い事にウルルンも溜め息を漏らした。 (少し寄り道をするみたいだが、約束の場所まで残り僅かだ。 この寄り道の間に死んでくれていればいいのだが…。いや、希望的観測はよそう。 奴等はそれなりに腕が立つ。それはアシュトンと共にあいつらと戦ってきた俺も良く知っている。 人間にしては見所のある奴らだったが…。仕方が無い。我等の前に立ちはだかるのなら…) ほの暗い殺意を胸にウルルンは放送の続きに耳を傾けた。 ■□■□■□■□■□■□■□ 放送を聴きながら俺は舌打ちを漏らした。 (くそっ、さっきまでの目的地に支給品の配布だと? 聞いてねえぞ。 まったくこんな事ならチェスターの言う事を蹴っておくんだったな。 だが今更やっぱやめようぜってのが通じる状況でもないしな…) ふと隣を見ていれば怒りに打ち震えるチェスターの姿が、 そして逆の方向を向けばどこか安心した様子のアシュトンが立っている。 「くそっ、ジャックって奴も…」 なんてチェスターが呟いている。誰だよ? ジャックって。 (まぁ、いい。こうなったら是が非でもあの女の子を殺した連中から支給品を巻き上げてやる) 「絶対あの子の仇を取ってやろうぜ! ボーマンさん! アシュトン!」 (はいはい、わかったわかった。まったく、クロードを憎んでいたかと思えば今度はあの子の仇ってか? 本当に忙しい奴だな。まぁ、アシュトンみたいに非協力的なのよりはいいか。 派手に動いてくれた方が協力するにしても逃げるにしても動きやすいからな。せいぜい張り切ってくれ) 地図に禁止エリアとその時間を書きつつ、支給品の置かれる場所にも一応丸をつけておいた。 この禁止エリアの配置だと、役場の方の支給品の回収は微妙なラインだな。 C-5とD-4が禁止エリアだが、D-5からC-4に移動さえ出来れば回収出来そうなんだが…。 禁止エリアに足を踏み入れた瞬間ドカンの可能性だってある以上自分で試すのは躊躇われる。 それとなくチェスターにでも入ってもらって、安全が確認できたら役場の方は行ってみるか。 ■□■□■□■□■□■□■□ 二人の男が横たわるその脇で一人の少女が佇んでいる。 彼女の名前はソフィア・エスティード。彼女は今、泣き腫らした瞳で夜空を唯々見上げていた。 そんな彼女の瞳に忘れ得もしない男の姿が、月明かりを遮る様に闇夜に出現する。 「ルシファー…」 少女はその男の名を口にするとその目を伏せた。 これから始まるのは6時間前より今までの間に死んでしまった人間の名が呼ばれる言わば定時報告。 その中に確実に含まれているであろう青年の事を思い出し、その目を伏せたのだった。 頑張ると、強くなると誓ったのに、それでも涙が零れそうになる。 案の定呼ばれた青年の名前。あれほど涙を流し、とうに枯れ果ててしまったと思っていたのに再び流れ落ちてしまう。 加えて呼ばれてしまった者の名の中にミラージュ・コーストの名もあった。 とても気が利く人で、一緒に戦った女性陣の中でお姉さん的な存在の優しい人だった。 そして、傍らで眠るクリフの大切なかけがえの無いパートナーでもあった人。 今彼は眠っている。いずれ知らせなければならない彼女の死の事を思うと目の前が真っ暗になる。 それでも彼女は絶望したりしなかった。 何故ならば、彼女は約束をしたから。 諦めたりはしないと、幾度となく自分を守ってくれた青年に誓ったから。 その誓いの証ともいえる、首にかかる指輪を通したネックレスを強く握り締める。 弱気になり始めた心に勇気の灯がともるのが感じられる。 少女は変わりつつあった、守られるだけの自分から。泣いてるだけで何もできなかった自分から。 だから彼女は立ち上がる。 武器を持ってこちらに迫って来る3人の男達の前に立ちはだかる。 守られてばかりいた姫君が、今初めて自分の意志だけで杖を取る。守りたい者たちへの想いと共に。 ■□■□■□■□■□■□■□ 「ひでぇ…」 少女の血の痕を頼りに歩いていたチェスターは、目の前に広がる光景を見てそう漏らすしかなかった。 その一角は完全なる焦土となっていた。 所々に大地に刻まれた、抉る様な傷跡と、なぎ倒された木々は、どこか失われた故郷の最期の姿に似ている。 その焦土の先に人影が見える。 一人は自分と同じ位の歳の少女。そしてその傍らには傷だらけの衣服を纏い横たわる二人の男の姿。 (間違いないあいつらだ…! あいつらがあの子を!) 弓を握る手に自然と力がこもる。矢筒から取り出した矢を装填し、その人影へと歩み寄る。 もう少しで射程内に入ろうかという所で、俺達の行く手を遮る様に少女が言葉を放った。 「止まって下さい。私は今この人達の治療をしています。殺し合いに乗っていないのなら、 武器を収めて手を貸してくれませんか? もし殺し合いに乗っているのなら…」 (そうか、この子は偶々この場に来てしまって傷だらけの男達を見つけて介抱してたんだな) 「君! そいつらから離れるんだ! 俺達はゲームになんか乗ってない! 乗っているのはそこの二人だ!!」 「なっ、何を…?」 「俺達は見たんだ。あっちの方で全身血塗れになった、金髪を左右二つに分けてる女の子を! 俺達はその子をあんな殺し方をした奴らをやっつけてやろうと」 俺が目の前で死んでしまった子の容姿を口にすると、この女の子は小さく息を呑み一歩後ずさった。 その瞳には怯えの色が映っている。 「だからそこを退いてくれ! 抵抗できない奴を殺すのは気が進まないけど、 それ以上にあの子をあんな目に合わせたこいつらが俺は憎い!」 「退きません! この人達は…私が守ります! 殺し合いに乗っていないと言うのなら、せめて私達を放っておいて下さい!」 (どうしてだ? 何でこの子はこいつらの肩を持つんだ?) どうやってこの子を退かそうかと思案していた俺の横からアシュトンが一歩前に出て、苛立たしげに口を開いた。 「うるさいな、君。退いてって言っているのが判らないのかな? それとも、その人達の仲間なの?」 「そうです! この人達は私の事を何度も守ってくれた大切な人達ですっ! そして、私が守らなくちゃいけない大切な人達なんです!」 (なんだって? 俺はてっきりこの女の子とこいつらは無関係だと思っていたのに…、という事はそれって…) 「そう…。じゃあもう一個質問。さっきチェスターが言っていた女の子を殺したのは君達?」 「…。はい。私達はその子と戦いました…。そして、その戦いでこの二人はこんなにも傷ついてしまった…」 「聞いたかい? チェスター? あの子を殺したのは彼女達なんだって…」 「うそだろ? 君みたいな子がどうして!?」 だってそうだろ? 気丈に武器を持って俺たちと対峙しているけど怯えているじゃないか。 必死に叫ぶその声が微かに震えているじゃないか。 それなのにこの子がさっきの子を? 「もういいだろチェスター? 僕達はさっきの女の子の仇を取りに来たんだよね。 そして、目の前にその仇がいる。戦うには十分な理由じゃないかな?」 その言葉を聞いて、目の前の女の子はまた一歩後ずさる。 怯えた表情をこちらに向けるが、首にかけたネックレスを握り締めると意志を宿した澄んだ瞳でこちらを睨み返してきた。 「待ってくれ! アシュトン!」 そんな少女に向かって歩み始めたアシュトンの肩を掴む俺。 不愉快そうな表情のアシュトンが振り返って睨みつけてくる。 あまりにも冷たいその眼差しに、思わず気押されて息を呑んでしまう。 その手を横からボーマンさんが退ける。 「チェスター、思い出せ。あの子の死に様を。あんな惨たらしい殺し方をするなんて尋常じゃない。 あいつらはあの子を含めてここで殺すべきなんだ!」 「でも…でも!」 「別に君が手を出さないならいいよ…。僕がやるから」 そう言って飛び出したアシュトンの肩を再度掴もうとした俺の手は空を切った。 ■□■□■□■□■□■□■□ (来たっ!) 今にも逃げ出してしまいたい弱い自分を押し殺し、迫りくる双龍を背負った青年に牽制の紋章術を放つ。 本来なら術師が一人で剣士に抵抗するのは困難である。 無防備な詠唱時間の間フォローしてくれる仲間がいて初めて戦えるのが術師だ。 だが、ソフィアの生きる時代では、いくつかの紋章術は普段よりも莫大な精神力を消費する事で、 その詠唱を破棄して術を行使できるようになっていた。 放った『ファイヤーボール』が青年の行く手を遮るべく飛来する。 迫る火の玉をバックステップで交わし、それでも自分に追尾してくる火の玉を切り落とすと彼は煩わしげに呟いた。 「何? 邪魔する気? だったら君から殺すよ?」 (怖い、逃げたい) 金龍クェーサーのそれに勝るとも劣らない、剥き出しの刃を思わせる殺気を向けられソフィアはそう思った。 それでも彼女は逃げなかった、自分の後ろにはずっと守ってくれた人達がいる。 ここで逃げ出してしまえばこの人達の死を意味してしまう。 「ギョロ!」 青年が背負った龍を嗾ける。彼の背中にいる赤い方の龍は、その口から体の色と同じ紅蓮の炎を放った。 避ける事も出来たが背後には彼らがいる。だからソフィアはその炎を真っ向から打ち落とした。 『イフリートソード』 またも詠唱を破棄して放った紋章術は炎の魔人を召喚する『イフリートソード』 呼び出した炎の魔人は手にした大剣でギョロのブレスをかき消すと、返す剣を上段にアシュトンに迫る。 その一撃を手にした剣に紋章力を込めて受け止めたアシュトンだったが、重たい一撃に吹き飛ばされてしまった。 「くぅ! 炎の威力は彼女の方が上か…。頼んだよウルルン!」 着地した体勢のままもう一匹の龍に語りかける。 蒼い体皮の龍が全ての動きを止めるかの様な氷結の息を放つ。 放たれた絶対零度のブレスが炎の魔人を氷漬けにしてソフィアに迫った。 『リフレクション』 何とか間に合った防御魔法による障壁と、身につけていた『アクアリング』のおかげで大したダメージは受けなかった。 精々防壁を突き破った氷の粒がソフィアの肩口を掠めて切り傷を作ったぐらいだった。 戦闘経験の乏しいソフィアにとっては十分に痛い傷ではあったが、 今まで戦ってくれたルーファスやクリフの傷を思うと弱音を吐くわけにはいかない。 『レイ』 三度放つ詠唱破棄による紋章術。 本来なら、直ぐにでも精神力が枯渇してしまいそうな勢いで術を行使するソフィアだが、 偶々支給されていた『フェアリィリング』のおかげでまだ戦い続ける余力が残されていた。 彼女の紋章術によって地面に描かれた魔方陣より無数の光線がアシュトンに向かっていく。 その場に踏ん張り紋章力を込めた『アヴクール』でその熱線を可能な限り逸らしていくアシュトン。 捌ききれなかった一筋の光線がアシュトンの脇腹を掠める。 「痛っ、これじゃあ近づけない!」 ■□■□■□■□■□■□■□ 「苦戦してるじゃないかアシュトン。加勢するぞ」 そう言うと正に疾風の様な速さでアシュトンを横切り、ソフィアに迫るボーマン。 一瞬ボーマンの俊足に驚いたアシュトンだったが、彼が履いている靴を見て納得した。 俊足ウサギとでも言うべき生物バーニィの脚力を宿したその靴は、身につける者に同様の脚力をもたらす代物だ。 『ライトニングブラスト』 迎撃の為に放たれた電撃をその速力を生かし潜り抜ける。拳打の間合いまで詰めたボーマンが拳を振り上げた。 「悪いなお嬢ちゃん。せめて苦しまない様に一撃で!」 反物質を加工して作り出した手甲『エンプレシア』を装着した拳で渾身の力を以って少女にその拳を突き出す。 『プロテクション』 放った『ライトニングブラスト』が回避されるや否や、直ぐに詠唱を開始した呪紋が物理的衝撃を防ぐ障壁を形作る。 ボーマンの放った拳はガキィ!と音を立て紋章力の防護壁によって防がれた。 「か、堅え!」 その強固さに思わずそう漏らしてしまうボーマン。 『グロース』 このまま受け止め続けるわけにもいかないソフィアは筋力強化の呪紋を自身にかけ、力いっぱいグラップロッドで殴りつけた。 思わぬ反撃を受けたボーマンはガードするのも間に合わず、腹部を殴打され後方に大きく殴り飛ばされた。 なんとか空中で体勢を立て直し着地に成功するボーマンであったが、予想以上の威力に膝を突いてしまう。 「威勢よく飛び出した割には情けないですね、ボーマンさん」 そんなボーマンを皮肉るアシュトン。 (ちっ、アシュトンの癖に言うようになったじゃないか) 「うるせえ! こうなりゃ同時に仕掛けるぞ!」 ■□■□■□■□■□■□■□ (今度は同時に!?) とにかく進行を阻止しなければならない。広範囲の紋章術を選択し、すぐさま発動させる。 『ロックレイン』 迫り来る二人を阻む様に岩の群れによるカーテンを作り出した。 雨霰と降り注ぐ岩石に進軍する足を止め、回避に専念する襲撃者達。 これでしばらくは足止め出来そうだが、このままではいずれ押し切られてしまう。 いくら『フェアリィリング』の効果があるとはいえソフィアの精神力は無尽蔵ではないのだ。 (誰か…誰か助けに来て…!) つい弱気になり、そんな事を思ってしまうソフィア。 術の効果が切れ、岩石による驟雨から開放された二人が再度こちらに迫り来る。 (くっ、距離を開けないと…) 『アースグレイブ』 砕けた岩石により視界の利かない二人に対し、大地より作り出した巨大な槍を以って弾き飛ばす。 「はぁ…、はぁ…」 ソフィアの精神力は残り僅かになってきていた。 その証拠に彼女の瞳は虚ろになり、あまりの疲労からか肩で息をしている。 (助けを待っているなんて駄目! そうよ。私はルーファスさんと約束したんだから。 絶対に諦めないって。絶対にっ、絶対に二人を守って見せるんだから!) 「今のは痛かったな…。でも、もう満足したよね? いい加減死んじゃえよ!」 龍を背負った方の青年が怒りを露に、双龍のブレスと共に突撃を仕掛けてきた。 回避という選択肢の取れないソフィアは残り僅かとなる精神力を振り絞る。 『ディープフリーズ』 ブレスと自分との間に紋章力によって生成される氷柱を作り出し、炎のブレスを受け止め、氷のブレスを弾いた。 しかし、ソフィアには一息つく間もなかった。 アシュトンは氷柱を切り刻むと、舞い落ちる氷柱の欠片を浴びながらソフィアに斬りかかる。 『プロテクション』 その斬撃をかろうじて受け止めたソフィアだったが、視界に映った光景に思わず叫びを上げてしまう。 「駄目ーーーーっ!!」 そこには、アシュトンに気を取られている隙にクリフへと詰め寄るボーマンの姿があった。 ■□■□■□■□■□■□■□ (へっ、悪いな。嬢ちゃんが頑張るからいけないんだ。このまま正面からやりあったって泥沼だからな。 先にこいつから仕留めさせてもらうぞ! それに、守ろうとした者を失った奴の脆さってのは、俺もよく知ってるからな…。こいつの後を直ぐ追わせてやるよ!) この速度で交差気味に拳を打ち付ければ、無防備な相手なら致命傷となる。 振り上げた拳を叩き付け、手応えを感じたボーマンであったが、 打ち付けた拳から発せられた音は拳打による鈍い音ではなく、金属同士がぶつかり合う甲高い耳障りな音だった。 「おいおい…。起き抜けにいきなりご挨拶じゃないか!」 「ちっ!」 ボーマンの一撃は寸での所で目を覚ましたクリフに拠って阻まれていたのだ。 「クリフさん!」 復活したクリフの姿を見て、この様な状況にも拘らず安堵の表情を見せるソフィア。 クリフは横になった体勢のまま足を突き出し、襲撃者を蹴り飛ばす。 続けてすぐさま起き上がると、ソフィアが攻撃を受け止めている相手に殴りかかった。 ソフィアの防護壁に止められていた剣を引き、クリフの一撃をその刃で受け止めるアシュトン。 拳と剣がぶつかり合い闇夜に火花が瞬いた。 瀕死の重症からの復活直後にも拘らず、その押し合いを制したのはクリフだ。 クェーサー戦終了後から懸命に治癒術を施していたソフィアのおかげである。 「痛っ、まだ体が痛みやがるぜ…。状況は? って聞くまでもないな。 すまないな、肝心な所で寝ちまってたなんて。たった一人で頑張ってくれてたんだろ…。ありがとよ」 周囲の状況を見渡し、何があったか悟ったクリフがそう漏らせば 「ううん! 私ずっと守られてただけだもん。 これからはルーファスさんの為にもめげないって決めたから、だから、こんなの全然へっちゃら!」 ソフィアは嬉しさの余り、涙を浮かべながらも微笑みで返す。 「ルーファス? そういや何でソフィアの後ろでルーファスの奴が寝てるんだ? それに、クェーサーは? っとまぁ先にこいつらを追っ払わないとな!」 自分が力尽きた後何があったか知る由もないクリフだったが、 湧き出る疑問を振り払い自分達と対峙している二人を睨み付け拳を構える。 「はいっ!」 (ふっ、俺が寝てる間に何があったか知らないが随分と頼もしくなったじゃないか… これなら安心して背中を預けられるぜ!) 力いっぱい大地を蹴り駆け出したクリフの背後には、朗々と歌うように詠唱を始めたソフィアがいた。 ■□■□■□■□■□■□■□ 『エンゼルフェザー』 賛美歌の様な詠唱を終えたソフィアが紡いだ紋章術は、最上級の補助効果を誇る天使の抱擁。 クェーサー戦の傷と疲労によって鉛の様に重かった体が軽くなるのを感じる。これならば思う存分戦える。 (先ずはあの足の速いオヤジからだっ) 得意のクロスレンジまで距離を詰め、渾身の右ストレートを放つ。 共に繰り出す拳が正面から激突し、その衝撃から砂煙が立ち上った。 (腕力はそんなに自慢じゃないみたいだな、このまま押し切る) ぶつけたままの拳を力任せにねじ伏せ隙を作る。 (もらった!) しかし、そこで異変に気付いた、異常な量の木の葉が自分を中心に渦を作りながら舞っているのだ。 『リーフスラッシュ』 舞い散る木の葉が視界を塞ぎ、その隙を突いてもう一人の敵が背後に立っていた。 「しまった」「もらったよ!」 真一文字に薙がれた剣閃に対処しきれない。腕の一本ぐらいは覚悟するかと思ったその時、 『ライトニングブラスト』 こちらの危機を救うべくソフィアが電撃呪紋を放った。 双龍の男は直撃を受けながらも、まだ痺れの残る体で振り返り、手にする大剣を虚空に奔らせる。 「邪魔ぁ、しないでよっ!」 不思議な輝きを放つ刀身が真空の渦を形成し、巻き起こした剣風が風の刃となりソフィアを襲う。 『リフレクション』 回避は不可能と悟ったのか、直ちに防壁を展開するも、全てを防ぐ事は適わずその身を切刻まれてしまった。 「くっ」 いずれの傷も深いものではなかったが、思わず膝を突いてしまうソフィア。 それを好機と見たのかオヤジの方が疾風の俊足で以って彼女に肉薄する。 余りの速さに防御魔法の展開もままならない。忽ちゼロにした間合いから唸る拳を繰り出そうとしている。 「させるかっ!」 側面より迫り体をひねりつつ、打ち下ろし気味の回し蹴りを見舞う。 振りかぶった腕をガードに回し、こちらの攻撃によるダメージを軽減させると、 更にインパクトの瞬間に飛ばされるよりも先にその方向へステップをいれ、ダメージを抑えやがった。 派手に吹き飛びはしたものの、そのダメージは最小限に留まっている様だ。 (ソフィアへの攻撃を阻めたが、あのオヤジやりやがる…) 「大丈夫かっ? ソフィア」 「はい」 彼女を気遣う言葉を送りながらも合図を送る。 「余所見をするなんて、余裕じゃないかっ!」 闇夜を切り裂く白刃が背後より襲い掛かった。 何とかその攻撃を受け止めて強引に押し返し、弾いた剣に依ってガードの甘くなった脇腹目掛け鞭の様に撓る回し蹴りを直撃させる。 蹴り飛ばした相手に追撃を仕掛けるべく間合いを詰めようとしたが、今度はオヤジが立ちはだかってきた。 顔面目掛けて放たれた拳を受け流し、その隙を突いて槍の様な中断蹴りを見舞う。 その一撃を身を翻すことで回避したオヤジが即座に反撃に移る。回転の勢いを活かした上段後ろ回し蹴りが俺を捉えた。 強烈な一撃に思わず意識を失いそうになるも執念で繋ぎ止め、お返しにと右腕より繰り出す剛腕でオヤジの体を串刺しにする。 くの字に体を折り曲げ悶絶している所に追撃を入れようとした所でまたしても邪魔が入る。 今度は龍の方だ。 ソフィアの補助紋章のおかげで接近戦において二対一の状態であるにも拘らず優勢なのだが、相手も中々にやる。 一朝一夕では先ずありえない程に互いの動きを把握した上で、どちらかに生じた隙をもう片方が埋めてくる。 そして、ソフィアの掛けてくれた補助呪紋の効果時間も切れ、優勢だった戦況がひっくり返された。 次第に二人のコンビネーション攻撃に押され始めたが、何も二人で戦っているのはあちらだけではない。 守るべきだった少女は、いつしか頼れる相棒になっていたのだから。 『エクスプロージョン』 先程の合図より始めた詠唱を完成させ、ソフィアが大爆炎の術式を発動させる。 ソフィアの紋章力が作り出した火球は、まるで小型の太陽を思わせる熱波と光を放ちながら膨れ上がり、周囲の空間を灼熱地獄へと変貌させる。 絶妙なタイミングで放たれた紋章術だったが、対する相手は予想以上に強敵であるらしい。 どうやら、しばらくソフィアの呪紋が来てない事から、デカイ一撃を狙っていると読まれていた様だ。 こちらの退避に併せて深追いする事をせず、その場から退避していた。 ソフィアを守る様に彼女の前に立ち、再度構えを作る。 (今回も厳しい戦いになりそうだ…) ■□■□■□■□■□■□■□ 第109話← 戻る →第110話(後編) 前へ キャラ追跡表 次へ 第103話 チェスター 第110話(後編) 第103話 ボーマン 第110話(後編) 第103話 アシュトン 第110話(後編) 第103話 ソフィア 第110話(後編) 第103話 クリフ 第110話(後編) 第103話 レナス@ルーファス 第110話(後編)
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舞波が男の子だと知ったのは、千聖のときと違って偶然だった。 一人でレッスンが終わるとそそくさと着替えに向かう舞波をみては、これは何かあるなと勘付いた私は彼を追ってロッカーへ向かった。 千聖も着替えを覗かれたことで、他のメンバーにもバレていったみたいだけど、バレて当たり前だったのだ。 皆、着替えは同じ部屋を使用するのだから、バレない方が奇跡に近い。 千聖みたいに気をつけているようでつけていない子はともかく、舞波はしっかりいていたから余計に驚いたと思う。 私と目があった瞬間、彼の顔から血の気が引くのをみた気がした。 みてしまった私は私で気まずく思いながらも、立ち去ることもできずに声をかけていた。 「や、やぁ~偶然だねぇ~。あははは、一人で何してるのかなぁって気になってつけてきちゃったんだよね」 こんな緊迫した場面でぽんと言い訳が思いつくわけもなく、本当のところを話すしか出来なかった。 私の言い訳を聞いて、舞波は口をアルファベットのWに似た形にして、困ったねぇと呟いた。 困ったねぇ、と言いつつも顔はそれほど困ったようにはみえなかったから、実に冷静な子だったのだろうな。 「桃子、落ち着いてきいてね。どこから説明しようかな。僕、実は男なんだ。びっくりするよね」 普通なら驚かずにはいられない告白も、この時の私には千聖という前例があった。 あまり驚かずに済んだのは助かったのか、舞波はゆっくりと今までのことで語りだした。 ←前のページ 次のページ→
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前へ そんなわけで私は、夕方まで舞波さんにお屋敷周辺を案内してもらうことになった。 「まずはお屋敷の中ですけど・・・これ、良かったら。広いから最初は迷っちゃうと思うので」 「・・・助かります。」 それは可愛らしいイラスト付きの手書きの地図だった。デパートの案内表示みたいに、各階の部屋の位置が一目でわかるようになっている。 私の方向音痴ぶりを、昨日今日で察して書いてくれたんだろう。 「何か、すみません。」 「いいんですよ。私、こういうの書くの好きなんで。」 そうは言っても、これは5分や10分で書けるものじゃない。私だったら、適当に点と線だけ使ったわかりづらい地図で済ませちゃうところだろうに、本当に親切というか・・・。 「・・・そういえば、さっき旦那様が私を雇う許可をくださった・・・って、旦那様は今いらっしゃらないんですか?」 舞波さんに連れられて、各階を案内してもらっている最中、何気なくそう聞いてみた。 「ああ・・・、そうですね。まだ説明してなかった。」 舞波さんはキョロキョロとあたりを見回すと、柱の影に私を手招きで呼び寄せた。 「旦那様は出張がとても多いお仕事をなさっているから・・・あまりこちらには戻ってこられないんです。めぐさんも、多分知ってると思うんですけど・・・ほら、あの、製薬で有名な」 そう言って舞波さんが出した会社の名前は、とても有名なものだった。多分、私の家にある常備薬なんかもそこのだった気がする。 「旦那様はそこの副社長様でいらっしゃって。」 「ええっ!!!」 思わず出た大声を、両手で口を押さえることでやり過ごす。 そんな、まさか。考えられん。でもこんな大きいお屋敷を立てるだけの財力があるわけだし・・・でも、旦那様ご本人を目の前にしていないからか、何だか現実味がない。 「旦那様は現場主義というか・・・本社で仕事をこなすより、全国の工場を定期的に見て回ったり、各地の会議にもなるべく参加なさりたいというお方なので。奥様と、千聖様の弟様と2人の妹様もご同行なさっています。」 「そんな!どうして千聖ちゃ・・・様だけ?かわいそうじゃない。」 「うーん・・・それは、そうですね。ただ、お屋敷で暮らすことを選んだのは千聖お嬢様ご本人ですから。」 「え・・・」 舞波さんは廊下の奥の窓まで移動すると、外を指差した。 「ちょっと見えづらいかもですけど」 その指が示す方向を辿ると、こげ茶色の尖がった屋根が二つ、突き刺さってくるかのようにそびえ立ってるのが見えた。ここは4階だから、2階立てぐらいだろうか。 「あそこは、学生寮なんです。」 「学生・・・」 「昨日、めぐさんが行かれた学校の、ですよ。」 ――・・・・・・え? 「・・・・な、な、な、な」 「何で知ってるかってことですか?ふふ、自分でもよくわからないんですけれど。なんかそうなのかなって思って。」 舞波さんは肩をすくめた。 「気持ち悪かったらごめんなさい。」 「い、いや、全然。キモイとかじゃなくて、びっくりして。」 私の答えに、舞波さんはまたふふっと笑って八重歯を覗かせた。 「私、昔から、妙に勘がいいっていうか・・変に気が付きやすいところがあって・・・・で、学校でも・・・・・・あ、ごめんなさい。私の話は別に関係なかったですね。めぐさんは話しやすいからつい。次行きましょう、今度は寮を案内しますから。」 「あ・・・はい」 私がびっくりしている間に自己完結してしまった舞波さんは、またきびすを返して廊下を引き返していった。慌ててその背中を追いかける。 「・・・で、さっきのお嬢様の学校の話に戻るんですけど。お嬢様は、森を抜けたとこにあるあの学校に通っています。」 「はい。」 階段を下りる途中、また私達はひそやかな声で会話を始めた。 「お嬢様は寂しかったんだと思います。各地を転々とする生活じゃ、なかなか深く分かり合える友達を作ることも難しいかったでしょう。それで、中学生になると同時に、こちらへ戻ってきたようです。 お嬢様ご本人は、そのことを岡井家の決まりだなんておっしゃってますけど・・・旦那様はすごく反対されていたようですし、きっとお嬢様が押し切ったのではないかと。」 「家族といるより、友達が欲しかったってこと・・・?」 「そうですね。・・・ただ、やっぱり普通にお友達を作るというのは難しいみたいで。・・・これだけすごいお嬢様だと、生徒さんたちもどう接していいのかわからないんでしょうね。長く居る寮生さんたちも、まだとまどっているくらいですから。」 ――そんな事情があったとは。甘えんぼうだのワガママだのと散々なことを思っていたけれど、あの小さい体の中に、そんな葛藤を抱えていたとは想像できなかった。 「はぁ・・・」 重めのため息がこぼれた。 「ん?」 「いや・・・なんか私、ちっちゃいなって思って・・・視野が狭いなって」 決め付けとか、思い込みはダメだってわかっていても、どうも私は思いやりに欠ける。 「そんなことないですよ、めぐさんは優しいと思います。それにね、お嬢様にも、最近やっと友達が・・・あ、噂をすれば」 お屋敷の玄関をくぐって、裏にある小さな庭を横切る途中に、敷地の外を誰かが横切るのが見えた。 不審者?と思ったら、舞波さんはいつもどおりののんびりした顔で「舞さん」と呼びかけた。 「舞さん、こんにちは。」 一度は反応がなかったものの、舞波さんの何度目かの呼びかけに、垣根の隙間から大きな二つの目が覗いた。 「うおっ」 思わずのけぞる私を尻目に、舞波さんは垣根の前まで歩いていって、そのまま話し続ける。 「千聖お嬢様なら、お屋敷におられますけれど。お呼びしましょうか?」 「・・・別に。たまたま通りかかっただけでしゅから」 嘘嘘。ここはたまたま通りかかれるような場所じゃないでしょー。なんて、舌足らずなその声に心の中で突っ込んでみる。 「でも、舞さんがいらしたって知ったら、お嬢様お喜びになりますよ」 「っ・・・どうせ、ちしゃとは舞波さんがいればそれでいいって思ってるんだからいいでしゅっ」 そのカミカミな声の持ち主は叫ぶようにそういうと、垣根に体をぶつけながら去っていってしまった。 「うーん。嫌われちゃったなあ。」 舞波さんはおでこを掻きながら戻ってきた。 「今の・・・?」 「あぁ、さっき言った、お嬢様のご学友の舞さん。学年は違うけれど、とても気が合うみたいで。でも私がいると、あんまり遊びには来てくれないみたい。避けられてるのかわからないけど。」 いや、それは多分嫉妬・・・。まあ、人の人間関係について私がとやかく言える立場じゃないから、黙っていることにしたけれど。 「今日はお顔見れなかったけど、舞さんはとても賢くて、綺麗な顔立ちのお嬢さんですよ。またすぐ遊びに来ると思うんで、その時に挨拶でも。・・・では、寮へ参りましょう。」 「はいっ」 今日は祝日だから、この時間でも寮生さんたちは居るらしい。ちょっと緊張する。あんまり、変にこっちの事情とか探ってくるタイプの人たちじゃないといいんだけど・・・。 敷地の中とはいえ、一応寮とお屋敷の間には塀があって、鍵がなければ行き来できないようになっているみたいだ。 舞波さんが金色の鍵を取り出して、ドアを開ける。ギイイッと錆びた音が響く。私は目を閉じて深呼吸した。 「あれ?舞波さんだ。」 「どうも、こんにちは。」 ちょうど入口のところに誰かいたらしい。おそるおそる目を開け、2人の声のする方へ目を向ける。 「あっ!!」 長い黒髪。意思の強そうな眼差し。目も鼻も口も完璧に整った、和風な美人顔。なぜかまばゆい全身ピンクジャージ。 そこにいたのは、私が昨日フェンス越しに会話を交わした美少女だった。 次へ TOP
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前へ 「あっ・・・あの、私、覚えてます?あの・・・」 思わず興奮して話しかけると、美人さんはずいっと顔を近づけてきた。 顔近っ!でも目を逸らしたら負けのような気がして(何がだ?)、至近距離で私たちは見つめあう。 しばらくするとその目力が少し和らいで、ちょっとだけ口角が上がったように見えた。 「・・・あー!」 「思い出してもらえました?」 「あ、あー、あ、あの、うーん。・・・アハハ。」 ――そうですか、覚えてないんですか。 「ほら、昨日私、校庭を覗いていて・・・」 「・・・あー!」 「思い出してもらえました?」 「あ、あー、あ、あの、うーん。・・・アハハ。」 どうやら見かけによらず、かなりの天然さんのようだ。鋭かったはずの目がふにゃっと和らいで、人懐っこい笑顔が現れた。 「あら、面識がおありだったんですか?」 「はい。・・・でも覚えていらっしゃらないみたいですけど。とかいってw」 「いやー、私実は学校でもニワトリ生徒会長なんて呼ばれてて。そのこころは、3歩歩いたら全部忘れちゃうから。とかいってw」 「「ぷっ」」 ゆるゆるなやり取りが当人ながら面白くて、私と美人さんは顔を合わせて笑いあう。 何か、同世代の子とこんなやりとりをすることが久しぶりで少し面映い。この人が近くに住んでいてくれてよかったな、なんて思った。 「えっと、紹介します。こちらは矢島舞美さん。この寮に住んでいらっしゃいます。高等部の2年生で、先ほどおっしゃってたように、学園では生徒会長もなさっています。」 「へー!」 「まあまあ、私は何にもできないんですけど。副会長とか、生徒会のメンバーにいっつも“頼むよー!”なんて突っ込まれてるし」 そういって照れくさそうに私の肩をばしばし叩く。・・・痛いがな。 「で、こちらが村上愛さん。お屋敷でメイドとして働くことになったので、今日は皆さんにご挨拶を。」 舞波さんにうながされて、私は咳払いをひとつ。昨日鏡の前で練習した“貞淑なメイドスマイル”を披露しつつ「よろしくお願いします」と微笑みかけた。 「あははははは。こちらこそよろしくお願いします。」 ――なぜ笑う。 「ところで舞波さん、お嬢様は?」 「えと・・・調子がお悪いみたいで。お部屋で休まれてます。」 「そうなんだ。私まだお嬢様と話すの緊張しちゃうんで、今朝勇気を出してランニングに誘ってみたんですけど、顔近すぎた上に噛みすぎて何言ってるかわかんなかったみたい。怯えた顔して逃げられちゃいまいました。あはは」 「うふふ。また誘って差し上げてください。お嬢様は外遊びが大好きなので。」 ――たしか、舞波さんは一週間くらいここでメイドさんを居るといっていた。ということは、舞美さんよりお嬢様と密に接している期間は短いはずなのに、完全に立場が逆転している。 「・・・それじゃ、私ちょっと走ってくるんで。愛さん、舞波さんまた今度。」 「はぁい。」 なんだか掴みどこのない人だ。さわやかに笑いながら、舞美さんは林道のほうへ走っていってしまった。 「よかった。舞美さんとは早く仲良くなれそう。」 独り言半分でそうつぶやくと、舞波さんは「それはよかったです。」とえくぼを見せて笑った。 「いなくなる前に、めぐさんにお友達が出来たら私も安心。」 「・・・・・・え?いなくなるって、誰が?」 「あれ?ごめんなさい、言い忘れてたかも・・・ 私、あと1週間でここを出て行くんです。」 「えーっ!!!」 驚いて大声を上げてみるものの、なるほど確かにそれなら合点がいく事もある。 お嬢様は、大好きな舞波さんが出ていく事を喜ぶわけがない。私がお屋敷で働くとなると、引き止める理由に使えそうな“従業員不足”は解消されてしまう。それで、私はあんなに拒まれたのか。 「・・・ちょっと、急ですね。」 「はい。あ、でも引継ぎ事項はすべて終わらせますから。」 「いや、そういうことじゃなくて・・・」 “舞波ちゃんがいればそれでいい”そこまで言っていたお嬢様が、あと1週間で気持ちの整理をつけることなんてできるだろうか。昨日今日の様子じゃ、とても難しいことのように思える。 かつて私が雅の言葉を残酷に断ち切ったように、いざとなったら舞波さんもお嬢様を自ら遠ざける?でも舞波さんは私なんかとは違って、思いやりにあふれた人だ。そんな強硬手段で、お嬢様を傷つけるようなことはしそうにない。 「千聖お嬢様のことでしたら、大丈夫です。」 「えっ・・・」 私が思考の迷路に迷い込みかけていると、舞波さんがそっと肩に手を置いた。 「といっても、まだ全然納得はしてくれてないんですけど。」 「舞波さん・・・」 「でも、私がいてもいなくても、大丈夫なお嬢様になってもらわないと。」 「舞波さんが、いなくても・・・・?」 心臓を、乱暴にわしづかみにされたような感覚。 だって、それは、私が雅に投げつけた言葉と・・・ 「めぐさん?大丈夫ですか?顔色・・・」 「大丈夫。寮の中の案内お願いします。本当、なんでもないから」 きっと舞波さんは、私が何かに動揺していることぐらいお見通しだと思う。それでも私は、何でもないと虚勢を張ることでしか、この今にも溢れそうなそうな思いを食い止めることができない。 「・・・そうですか。では、中へ。気分が悪くなったら言ってくださいね。寮生さん、1人なので。」 「はい。」 大丈夫、大丈夫。 こうやって何かしらやることがあるほうが、気が紛れるというもの。動揺をポーカーフェイスで隠しながら、私は舞波さんに促されるまま、寮の中へと入っていった。 次へ TOP
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前へ だけど、その後舞波さんとゆっくり話す機会は、なかなか訪れなかった。 ベテランのメイドさんが1人、風邪で休暇を取ったため、見習い中の私まで即戦力として扱われるほど、てんてこまいになってしまったから。 急遽作り直されたシフトでは、私が昼謹で舞波さんが夜勤。・・・私たちに課せられた仕事は、お嬢様の、専属のお世話。 といっても、舞波さんを説得するという件を私がばっさり断ったあの日から、お嬢様は「もう構わないで」と言い、めっきり部屋の外に出なくなってしまったから、実質他のメイドさんたちのお手伝いが主になっているけど。 お嬢様の部屋には専用のトイレもお風呂もあって、冷蔵庫には十分な食料の蓄えがあるから、別に閉じこもっていても大きな問題はないらしい(閉じこもってること自体問題だと思うけど・・・) 「よくあることだから気にしないで」と他のメイドさんたちは言うけど、引きこもってしまった原因の大本であろう張本人としては、気がかりで仕方ない。 「お嬢様、村上ですけど。少しお話をしませんか? 「・・・もう、いいの。千聖に構わないで」 ドアの外から声をかけても、覇気のない声で拒絶されるだけ。ワガママで小生意気だった数日前が嘘みたいだ。 「はぁ・・・」 ため息をつきながら、庭の掃除でもしようかと玄関に向かう。すると、寮との区切りになっている門扉のあたりから、何人かの話し声が聞こえてきた。 「・・舞美さん。と、愛理さん。」 「あー、メイドさん。こんにちは」 手を振る舞美さんにつられるように近づいていくと、二人の影に、もう1人いた。 「・・・どうも」 「・・・・こんにちは」 大きな目が印象的な、萩原さん。中学1年生。お嬢様のお友だち。・・・先日、私がお嬢様と激しくやりあってるのを目撃して、指差し付きで私を非難した気の強い子。舞美さんや愛理さんにはわからないだろう、ビミョーな空気が私たちの間を通り抜ける。 「・・・お嬢様、どうですか?」 「あいかわらず、お顔も見せてくださらなくて。舞波さんでも、お部屋の中に入る事はできないみたいです」 「そうですか・・・。舞ちゃんも、今は会いたくないって言われちゃったみたい。」 「別に、メイドさんにそんな話・・・」 萩原さんは、目が合う寸前、私の視線から逃れるように顔を横に向けた。 「私たちもなるべくお屋敷を訪れるようにしますから、もし何かあったらすぐに教えてください。これ、私と愛理のメアドなんで」 「あ・・・はい。それじゃ、あとでメールするんで・・・。では、仕事があるのでこのへんで」 舞美さんから受け取った紙をポケットに入れて、会釈と同時にお屋敷の中へと引き返した。 こんな状況でなかったら、仲良くなりたかった人からメアド教えてもらえたなんて、嬉しい事なのに。今後しばらく、主な連絡事項となるであろう、お嬢様の顔を思い浮かべたら心が沈んだ。 「・・・あれ、村上さん?お庭の掃除は?」 「今、寮の方たちが使っているんで、また後で。なんか仕事探してきます」 考えのまとまらないまま、足の赴くままに歩き続けた私は、気がつくとまた、3階奥――お嬢様の部屋、の前に来ていた。 うーん。そりゃ、今一番気がかりなのは、この部屋の中だけど。 何せさっき拒絶されたばっかりだし、いくら神経図太いと言われる私でも、さすがに1日に二度も拒まれるのは心臓に悪い。 かといって、今何か他の仕事をやったとしても、どうせ上の空でろくなことにならないような気もする。 (よーし・・・) 私はひとつ咳払いをすると、軽く拳を作ってドアをノックしようとした。・・・その時。 バタン!! 「うわっ」 向こう側からドアが開く大きな音とともに、体全体を強い風で吹き飛ばされるような感覚が走った。思いっきり走ってきたお嬢様のタックルをくらったと気づいたのは、お尻から床に叩きつけられた時だった。 「いたたた・・・」 よっぽど勢いがあったのか、反対側の壁に背中をぶつけた。一瞬呼吸が詰まる。 一方、お嬢様は、私に馬乗りになったまま微動だにしない。正直、お尻が痛いし乗っかられると重いんだけど、やっと数日ぶりに出てきてくれたところを、下手に刺激したくない。 “お嬢様は、スキンシップは好まれない方だから” 引継ぎの際、舞波さんがそう言ってたことを思い出す。 それじゃ、こんなにしがみついてくるのはかなりレアなことなのかもしれない。 どうしたもんかと思い、とりあえずかるーく背中を撫でてみる。薄手の部屋着の下で、心臓がものすごく早く律動しているのが手のひらに伝わってきた。 「お嬢様」 名前を呼んでみると、その小さな体全体がビクッと跳ねた。同時に、私の肩を掴む手に力が篭る。 「痛いよ、お嬢様」 宥めるように髪を撫でると、お嬢様はゆっくりと顔を上げた。・・・思ったとおり、顔中が涙に濡れて、ぐしゃぐしゃになってしまっている。 「何か、ありました?」 話しかけても、お嬢様は呆然とした顔で首を振るだけ。普通の泣きかたと全然違うのは、様子を見ていてわかる。正直、どうしたらいいのかわからなくて、私もパニックになりそうだった。 だけど、今のお嬢様がすがれるのは、私しかいない。そう思うことで何とか冷静さを保ちながら、私は極力優しい口調で問いかけた。 「大丈夫ですよ、お嬢様。私、あの、あんまり口は良くないほうですけど・・・秘密は守れるんで」 ヒックヒックとしゃくり上げる音を抑えるように、お嬢様は喉を押さえて、私の顔をジッと見た。ある意味天敵のようになっている私に、ここまで縋らなければならないなんて、一体・・・ 「お嬢様?」 「っ・・・」 お嬢様の口から、動物が弱った時みたいな小さな声が漏れた。だけど、それは言葉にはならなくて・・・苦しそうに、苛立たしそうに、お嬢様は何度も私の胸を叩いてきた。 「いたた・・・落ち着いて、お嬢様。どうしたんです」 いつもは何かにつけ「命令よ!」とか言ってキーキー騒ぎ立てるお嬢様なのに、黙って涙を流し続けるお嬢様に、私は違和感を覚えた。 のどがヒクンと動く。口も結ばれてはいない。魚みたいに、パクパク開閉を繰り返している。なのに、言葉だけが・・ 「まさか、お嬢様、声が・・・・」 ****** 「・・・お医者さん、何て?」 メイドの部屋に戻ってきた舞波さんを、私は強引に引っ張って自分の隣に座らせた。 あの後、さらに激しく嗚咽を繰り返すお嬢様を抱きしめ続けていると、いきなり舞波さんが現れた。驚きはしなかった。舞波さんの不思議な力のことは、もう疑う余地がなかったから。 きっと私より、舞波さんがついていたほうがいい。そう判断して、お嬢様を舞波さんに託し、私は主治医さんを呼びに行った。そして今、舞波さんがやっと戻ってきたというわけだ。 「器官に異常はないそうです。精神的な疲労が原因かもしれないって。あまり睡眠も取っていなかったようで、今はお部屋でお休みになっています」 「精神って・・・」 その原因はもうはっきりわかっている。なのに、舞波さんはやっぱりいつもどおりの顔をしていた。そのことが、私を無性に苛立たせた。 「舞波さん・・・もし、舞波さんがここを発たれる日までに、お嬢様の声が元に戻らなかったらどうする?それでも、出て行くんですか?」 「・・・ええ、そうですね」 「ちょっと、本気で言ってるの、それ」 自分から引き出した答えなのに、私はカッと頭が熱くなって、思わず舞波さんの肩を揺さぶった。 「あんなことになって、声も出せなくなるぐらい傷ついて、それでも舞波さんは何にも思わないの?いいじゃん、少しぐらい滞在期間延ばしたって。何が変わるっていうの?全然理解できない。このまま治らなくなったらどうするわけ?」 次へ TOP
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前へ 「ねえ、いつまで書いてるの、それ。」 「きゃんっ!舞ったら、抱きつかないで!もう、せっかちなんだから。もう少し待っていて頂戴。大切なお手紙なのよ。」 「・・・ふんっ」 「むふふ」 おやつをお部屋に持っていくと、手持ち無沙汰な萩原さんが、お嬢様にちょっかいを出して怒られ、不貞腐れてベッドに寝転がるという子供のような行動に出ている最中だった。 萩原さんがお嬢様のお部屋に遊びに来てはや30分。そこから放置プレイが始まっているらしい。 いつものツンツンおすまし顔が、ヤキモチで子供みたいにくしゃっとゆがんでるのが面白い。ニヤニヤ笑いながら見ていると、すぐに「何か用でしゅか」なんてにらみ返してくるのはご愛嬌。 まあ、いつまでもこの状態じゃ、そのうち手がつけられなくなるぐらい爆発するかもしれない。そう思って、私はお嬢様に声をかけた。 「お嬢様、お忙しいところ恐縮ですが、おやつを持ってきたので召し上がりませんか?今日はお嬢様の大好きな焼きりんごです。焼きたてのほうがおいしいですよ。」 「あら、村上さん。・・・そうね、いったん休憩にしましょう。舞、お三時にしましょう」 「・・・」 さっきまでの阿修羅怒りの面はどこへやら、噛み殺しきれない嬉しさを表情ににじませながら、萩原さんがソファまで歩いてきた。 「ちょっと、千聖まるごと1個食べるわけ?そんなんだから顔が大福みたいに」 「まあ、ひどいわ舞ったら!りんごはいいの!果物なんだから!」 相変わらず、仲のよろしいことで。 2人の会話はお互いに容赦なくて、それでいて思いやりも感じられるから面白い。お嬢様は本当にいい友達を持ったな、と思う。 とはいえ、痴話げんかをうだうだ聞いているのもなんだし、私はそろそろ退散しようかと立膝の体勢を崩した。 「あ、そうだわ村上さん。」 その時、お嬢様がちょんちょんとメイド服の袖を突付いてきた。 「今ね、私が書いてるお手紙のことだけれど‥」 「・・・舞波さん?」 先回りして、ズバリ言い当てると、お嬢様は目を丸くしてケラケラ笑い出した。 「村上さんったら、超能力でもあるのかしら?私、まだ何のヒントも差し上げていないのに。」 「ふっふっふ。私はお嬢様のことなら何でもお見通しですよ。とかいってw」 こういう言い方をすると、萩原さんがぶーたれるのはわかっている。案の定、また不機嫌モードになって私をにらんでくるのが面白くてたまらない。 萩原さんのリアクションがわかっていてこういう物言いをするんだから、私はいじめっ子か。℃Sか。あるいは煽り厨か。我ながらいい性格をしてるなぁと思う。 「最近、いろいろな出来事がありましたからね。そろそろ、舞波さんにお手紙を出すころかと思ってました。」 「ええ、そうなの。さゆみさんのことだけでも、とても長くなってしまいそう。メールも便利でいいとは思うけれど、やっぱり大切なことは手書きの文字のほうが私は好きだわ。 舞波ちゃんもこの前、ご自分で撮った写真の絵葉書をくれたの。とっても綺麗で嬉しかったわ。」 「舞波さん、センスが良いですからね。」 「・・・ごちそうさま。舞宿題やってなかったから、今日はやっぱり帰る」 私たちが舞波さんの話で盛り上がっていると、萩原さんはおもむろに立ち上がって、早足で部屋を出て行った。 「萩原さん・・・お嬢様、私もちょっと失礼します。」 私はあわてて、その後姿を追いかけた。 「ちょっと、萩原さん。ごめん、からかいすぎた?」 いくら私がおちょくり好きとはいえ、本気で怒らせたり悲しませたりしたいわけじゃない。でも振りむいた萩原さんの表情には、怒りよりも落胆が感じられた。 「・・・別に、村上さんは関係ないです。」 一応、私が横に並ぶまで足を止めてくれて、二人並んで廊下を歩き出す。 「舞波さん?」 黙ってうなずく仕草1つとっても、凹んでいるのがものすごく伝わってくる。萩原さんは普段は結構ポーカーフェイスだけど、お嬢様が絡むとあっというまにキャラ崩壊してしまう。 「・・人間関係に、勝ち負けや優劣を持ち込むのはナンセンスだってわかってるけど。でも、・・・・・やっぱり、敵わないんだなぁって。」 「萩原さん・・」 「舞はすぐに千聖のことを怒らせるけど、舞波さんはそんなことなかった。舞波さんといる時の千聖は、いつも優しい顔で笑ってた。 ――蒸し返したくないけど、村上さんだって覚えてるでしょ?ほら、千聖は舞波さんのこと好きすぎて、あんなことにまで・・・」 「――ストップ。その話はやめよう。」 片手をずいっと萩原さんの前に突き出すと、何となく察してくれたのか、「うん」と短くうなずいて黙り込んだ。 「ごめんね。あんまりディープな友情の話とかするとさ、個人的なこととかいろいろ思い出しちゃって。」 「・・・ふーん。鬼軍曹にもいろいろあるんだね。まあ、今日のことは忘れて。ヤキモチとかダサいから。じゃ、さよならー」 誰が鬼軍曹だ!と言い返す前に、萩原さんはとっとと寮の方へ戻ってしまった。 「舞波さんかぁ・・・」 もうずいぶん、顔を見ていないけれど・・・元気にしているだろうか。 “舞波ちゃん” “舞波ちゃん、こっちに来て。” 目を閉じて思いを馳せると、お嬢様のはじけるような明るい声が耳によみがえってくる。 満面の笑みで、自分より少しだけ背の高い女の子の両手を取って、力強く走り出すお嬢様。 それは、私が初めてお嬢様と舞波さんを見た時の光景だった。 次へ TOP
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前へ 「パーティーの後、千聖以外の家族・・・旦那様たちは、仕事が押しているとかで、ここには立ち寄らずにまた出張に出られてしまって。最初は日帰りのつもりでここに立ち寄ったんですが、結局こうして住まわせてもらって、今に至ります。 両親も驚いてはいましたが、ずっと家に引きこもっているよりは、環境を変えてみるのはいいかもしれないと賛成してくれて。何より、お嬢様からかなりの説得があったみたいなんですけれど」 「なるほど・・」 「長くなっちゃった。ごめんなさいね」 舞波さんは大きく伸びをすると、ブランケットから這い出して、「お茶、入れてきます」と部屋を出て行った。 手持ち無沙汰になった私は、とりあえずケータイを取り出して、いつのまにか地元の友達から来ていたとりとめのないメールに目を通した。 返事でも打とうかなと思ったけれど、あんまり気分が乗らない。あれだけ衝撃的な話を聞いた後、いきなりのほほんとした気持ちになるのは難しい。 「・・・ちっちゃいなぁ、私。」 ため息とともに、自分らしくもない独り言が漏れた。 イジメや不登校は、小・中学校の頃に、よそのクラスの話として聞いたことはあった。 だけど私はこういう性格だからターゲットにはならなかったし、不思議とそういうことが起こりにくい学級にいたから、ピンとこなかった。 正直、いじめられるのは立ち向かわないから、不登校は甘えてるからなんじゃないかって意識を持っていた。 でも、舞波さんのように、人を傷つけない代わりに自分を傷つけて、結果的に動けなくなってしまう人もいる。それを弱さとは呼べない気がする。 大体、みんながみんな私のような直情型の性格だったら、毎日血みどろのバトルでそれこそあっという間に学級崩壊になるだろう。 自分の境遇のことにしたってそうだ。 私はたしかに、大きな挫折を一気にいくつも味わって、どん底の気分を味わっていた。 でも、私にはこうしてつながりを切らないでいてくれる友達がたくさんいる。こじれているものの、何かあれば助けてもらえる距離に、両親がいる。 この仕事だって、自分で望んでお母さんも支援してくれた。・・・全然、恵まれてるじゃん。 「・・・お待たせ、めぐさん。ジャスミンティーでいいかな?」 「あ・・・ありがとう」 とりとめないことを延々考えていると、舞波さんがお盆を持って戻ってきた。 「今日はこの後、就寝までに予定あります?」 「えーと、特にはないですけど・・・」 「それじゃ、お茶飲んだらお風呂入りに行きませんか?メイドは共同浴場なんですけど、この時間なら貸切状態ですよ。」 「・・・そうですね。じゃあ、準備するんで」 直前にあんなヘビーな話をしていた人とは思えないような、とても落ち着いた振舞い。むしろ、私のほうが動揺しているみたいだ。 「お風呂の時、中学校の話とか聞かせてもらえますか?一度も通っていないから、部活の話とか授業の話も聞いてみたいです」 「もちろん。・・・舞波さんも、いろいろ教えてくださいね。胸がおっきくなる秘訣とか」 「やーだ、めぐさんたら。ウフフ」 ――こんな話、してる場合じゃないと思うんだけどな。 目を合わせて笑いあいつつ、私は小骨がひっかかったような違和感をいつまでも拭い去れないでいた。 翌日。 朝食を取り終えた私は、まっすぐ3階のお嬢様のお部屋へ向かった。 「お嬢様、村上です。今、よろしいでしょうか。ちょっとお話が」 「あら・・・大丈夫よ、入って。」 昨日あれだけやりあった後だ。少しはしおらしいところを見せようと、鏡の前で練習した“貞淑で清楚なメイドスマイル”を浮かべつつ、そっとドアを開けた。 「おはようございます、村上さん。」 「あ、ど、どうも」 部屋の中には、お嬢様だけじゃなく、数日前に顔を合わせた舞美さんが一緒にいた。汗びっちょりな自分のことはさておいて、舞美さんはお嬢様の小さな頭をタオルで優しく撫でつけていた。 「ランニングに行ってきたのよ。楽しかったわ」 「村上さんも今度、一緒にどうですか?とかいってw」 「・・・いや、遠慮させていただきます。」 朝っぱらから好き好んで走るなんて、ちょっと考えられん。中学のテニス部の朝練でさえだれていた私をみくびらないでほしいものだ。 2人は会話は少ないものの、さわやかに微笑みあったりしていい感じだ。こんな和やかな空気の中に、今から自分が爆弾をぶちこむのかと思うと、少々気が滅入る。 「村上さん、それで、お話というのは?」 「あ・・はい、ええと」 今、話してもいいものか。舞美さんの方をチラッと伺うと、「あ、私は大丈夫ですよ。」なんて言われてしまった。いや、そうじゃなくて。 「昨日の、舞波さんの件かしら?でしたら、舞美さんもある程度はご存知だから平気よ」 「そう、ですか。」 どうやら、私が心を入れ替えて“協力します”と言うものだと思っているらしい。お嬢様はまったく曇りのない子犬みたいな瞳で、私の返答を待っているようだった。 「私なりに、よく考えて出した結論です。・・・・私は、舞波さんを引き止めることはできません。昨日、舞波さんとお話して、私はむしろ、舞波さんの決断を支持したいと。そう思っています」 瞳が見開かれて、信じられないものを見るかのような視線を私にぶつけてくる。 「どうして・・・」 掠れた声が、心に引っかかって痛い。だけど、ここでこの話を終わらせることはできないことぐらい、わかっている。 「私が、舞波さんのことを好きだからです。舞波さんとはまだほんの少ししか接していませんが、とても誠実で、優しい方だと感じました。お嬢様が舞波さんのことを、お傍に置いておきたいと願う気持ちもよくわかります。」 口を挟もうとするお嬢様をさえぎるように、私は夢中でしゃべった。舞美さんの手が、震えるお嬢様の肩に添えられた。 「そんな思いやりのある方が、大好きなお嬢様を置いて、ここを去られるというのは、生半可な覚悟ではないと思うんです。どうして出て行くのか、その理由まではわかりませんが・・・それでも私は、舞波さんを応援したいです。だからお嬢様も」 「もう、いいわ」 「聞いてください、お嬢様」 「やめて。わかったから。お願い、もうやめて」 それは昨日、私と激しくやりあった人物とは思えないほど、弱弱しくて儚い声で、私は思わず口ごもってしまった。 「あ、あの・・・な、なんか、飲みもみっものとか!持ってきいぃましょうか!」 押し黙ってしまった私達を気遣ってくれているのか、舞美さんが激しく噛みながら、この場に似つかわしくないようなテンションの高い声を出した。 「・・・舞美さん、ありがとう。私、大丈夫ですから。学校に遅れてしまうわ、寮にお戻りになって。」 「お嬢様・・・」 「ごめんなさい。一人にして」 お嬢様は抑揚のない声で独り言のようにそう呟くと、ふらふらした足取りで踵を返した。そのまま、胎児みたいな体勢でベッドに潜り込んで、もうピクリとも動かなかった。 ――どうしよう、傷つけてしまった。 自分の言ったこと、考えたことが間違っているとは思わない。だけど、もっと他に、柔らかい言い方というものがあったかもしれない・・・ 「村上さん」 どうしようもなくて立ち尽くす私を、舞美さんが目線で促した。対処方法がわからないから、ここはひとまず引き下がろう。 「失礼いたしました」 「・・・・」 そっとドアを閉めた瞬間、お嬢様のしゃくりあげるような声が聞こえた気がした。 「・・・あの、多分、大丈夫ですよ」 「え?」 「お嬢様、たまーにお部屋に閉じこもってしまうことがあるみたいですけど・・・気が済んだら元に戻りますから」 舞美さんは寮に、私はメイドルームに戻る途中、ずっと無言だった舞美さんは、唐突にそうしゃべりだした。 「そう、かな」 「何か、あの、あんまりくわしいお話の内容はわからなかったけど、村上さんの言ってることが変だとは思わなかったし。 舞波さんはいい人だから、お嬢様が寂しがるのはわかるけど・・・・私も、お嬢様のこと、好きなんだけどな。愛理や村上さんもいるし、一人ぼっちになるわけじゃないのにな」 「舞美さん・・うん、そうだよね。私も、それを伝えたかったんだけど、言いそびれてしまった。」 「難しいねぇ」 舞美さんは少し寂しそうに笑いながら、「じゃあ、私はここで」と軽く手を振って走っていった。さわやかで、迷いがないその姿勢に、私は勇気付けられて、少しだけ元気を取り戻すことができた。 もう一度、舞波さんとゆっくり話そう。 決意を新たに、私は前を向いて歩き出した。 次へ TOP
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前へ さすがにお屋敷ほどではないけれど、その学生寮の内部はものすごく広かった。 1階が食堂とロビー、2階が学生のお部屋。吹き抜けになっているから、2階の部屋は壁に面して配置されている。静かで、清潔で、まるでテレビで見たことのある“隠れ家的ホテル”のような佇まいだ。 「すごーい・・・」 私があの学校に通っていたなら、ぜひとも住んでみたかった。といっても、家からここまでの距離を考えると、絶対両親に反対されるだろうけど。 「本当、私も初めて見たときはびっくりしました。でもこんな素敵な寮なのに、入寮希望者はあんまり集まっていないみたい。 この辺はわりと交通の便も良いですし、入寮しなければ通学できない人は少ないんでしょうね。そもそも、寮があること自体知らない生徒さんも多そうですけれど。」 「・・・そりゃもったいない。」 「ふふふ、同感です。」 正面玄関の向かいに位置する大きな階段を上りきって、舞波さんが正面のドアをノックする。 「はーい。」 中からのんびり目な声と一緒に、スラッとした肢体の女の子が顔を出した。 「こんにちは。今少し時間ありますか?」 「あ、大丈夫ですよ。・・・こちらは?」 「はじめまして。これから岡井様のご邸宅で働かせていただくことになりました、村上と申します。」 「・・・あー、そうなんですか!なるほど。ケッケッケ、よろしくお願いします。私は鈴木愛理といいます。」 何がなるほどなのかわからないけれど、愛理さんはくねくねしながら握手を求めてきた。 白くて柔らかい手。小奇麗な服装に、ふんわりのんびりした雰囲気。 千聖お嬢様とはまた違うけれど、この人も結構なお嬢様なんじゃないかって何となく感じた。 「もう、舞美ちゃんには会ったんですか?」 「はい、さっき下で。ランニングに出られたみたいですけど、お嬢様を誘ったらふられてしまったそうで。うふふ」 「あらー。私も昨日、オリジナルのカッパギャグを思いついて披露したら、なんか涙ぐまれてしまいました。ケッケッケ。なかなか難しいですよね。」 ――カッパギャグって何。舞美さんといい、この寮の人たちは、お嬢様と仲良くしたい気持ちはあるものの、気づかいのベクトルがおかしいような・・・。 「せっかくだからもっと仲良くなりたいとは思うんですけどね。なんか会話が続かないっていうか、いつも変な感じになっちゃう。せめて、クラスが一緒だったらなぁ」 「クラス・・・?え、もしかして、お嬢様とタメ、じゃなくて同い年なんですか?」 「そうですよ。」 マジですか! 背がちっちゃくて言動も子供っぽいお嬢様とは対照的に、愛理さんは背は高いし落ち着いているから、むしろ自分と同い年ぐらいかと思っていた。 舞美さんとは別の意味で掴み所のない、けれど大人っぽい愛理さんと、直情型で子供っぽいお嬢様じゃ、こういう縁がなければ友達グループもまったく違うような二人だと思う。たしかに、距離を縮めるのには時間がかかりそうだ。 「そうだ、お嬢様のクラスの子から授業のノートを預かってるので、渡してもらっていいですか?」 会話が途切れたところで、愛理さんは玄関脇に置いてあるバッグをゴソゴソ探って、「お願いします。」と私にノートを差し出してきた。・・・そっか、お嬢様は不登校というわけではないから、いずれ復学するときのために、勉強はしておかなきゃいけないんだ。 「お預かりします。」 「あ・・・舞波さんは、これ。どうもありがとう、とても面白かったです。あとこっちが、私のおすすめの1冊。」 「あら、いいんですか?嬉しいな。読んでみたかったんです、これ。」 続いて、舞波さんには小説を数冊。表紙をチラ見すると、“幕末ナントカ攘夷志士がどうのこうの”と小難しそうなタイトルが踊っていた。・・・私じゃ絶対読まないな。 「では、そろそろおいとましますね。」 「あ、はーい。村上さん、これからどうぞよろしく。」 「あ、こ、こちらこそ。」 帰り際、また愛理さんは「ケッケッケ」という独特の笑いで送り出してくれた。 こうして、寮生さんとの顔合わせは恙無く終了した。 「ふんふんふん♪」 「なんか、楽しそう。舞波さん。」 お屋敷へ帰る道すがら、舞波さんは鼻歌を歌いながらにこにこ笑っていた。どちらかというと大人しいイメージだったのに、ついにはスキップなんてし始めちゃって。 「この本、読んでみたかったから。楽しみで。ふふん♪」 そう言って目の前に差し出してきたのは、さっきの“幕末ナントカ”という本。 なるほど、好きなものを目の前にすると、かなりテンション上がっちゃうタイプなのか。 「愛理さんとは、読書仲間なんです。寮の小さいお庭で読書会開いたり。愛理さん、感想が独特で面白いんですよ。 私、歴史の本が好きで。舞美さんも高等部の教科書をコピーして見せてくださったりするんですけど、マイナーな人物の評論ページだったりして、セレクトが独特なんです。うふふ。 本当、皆さん優しくて居心地がいいです。お嬢様だって、高価な書物を取り寄せてくださったり・・・」 「・・・・なのに、どうして出て行くんですか?」 楽しそうなところ申し訳ないけれど、私はたまらず口を挟んだ。 「ここの人たち、本当に良さそうな人ばっかり。今日少し接しただけでも伝わってきました。それなのに、いなくなるんですか?それに、あんなに舞波さんを慕っているお嬢様のことは?逃げちゃうんですか?」 舞波さんの鼻歌が止んで、小動物みたいにくりんとした瞳が私を捉える。 「・・・ごめんなさい。言い過ぎました。」 こんな、責めるような言い方をする権利はないのに。私は気まずくてそっと視線を外したけれど、舞波さんは迷いのない顔で、まだ私を見つめ続けているようだった。やがて、ゆっくりとその唇が開いていく。 「・・・私がここを出て行くことは、お嬢様への恩返しなんです。」 「え・・?」 「ちょっと、うまく言えないんですけれど。でも、大好きだから、別れなければいけないことってあるでしょう?」 ――あぁ、そうか。 舞波さんと接するたびに、チクリチクリと胸を刺していた痛み。次々に甦ってくる、雅に投げつけた言葉。 この人は、私に似ているんだ。 「めぐ・・・」 「ごめん、今日はもう帰ります。親にも話さなきゃいけないし。」 「・・・わかりました。めぐさんのお荷物、持ってきますから、ここで待っていてください。」 何も言わないで、お屋敷に引き返してくれるのがありがたい。 私は大木にもたれかかって、ひそやかにため息をついた。 似ている、といっても、私は自分の心を守るために雅を突き放そうとしたわけで。 行動は似ていたとしても、その動機はまったく違う。考えれば考えるほど、自分のふがいなさと対峙させられて胸が苦しい。 それでも、不思議とここから逃げ出したいとは思わなかった。あの学校から近いこの場所で、親元を離れて働くことで、何かを得たい。その気持ちは変わらない。 「すー、はー、すー、はー」 “めぐ、本当カッとなりやすいんだから。そういう時はねー・・・” それは雅が教えてくれた、気持ちの落ち着け方。目を閉じて、深くふかーく深呼吸。それは今でも私に有効な方法で、再び瞼を上げるころには、心臓のどきどきも収まっていた。 「めぐさん。」 ――なんて空気の読める人なんだろう。ちょうどそのタイミングで、私のバッグを抱えた舞波さんが小走りでやってきた。・・・傍らにお嬢様を連れて。 「バス停までお送りしましょうって、お嬢様が」 「えっ!」 思わずまじまじと顔を見つめると、「誤解しないでちょうだい、お散歩のついでよ。」なんて言いながら、ぷいっと横を向いた。 「それでは、参りましょうか。」 舞波さんを挟んで、右にお嬢様、左に私。 相変わらず舞波さんに話しかけることに夢中なお嬢様だけれど、送ってくれようという気持ちが嬉しくないはずがない。 まだまだ私が考えなきゃいけない問題は山積みだけれど、大丈夫、なんとかなる。根拠はないけど。 「両親を説得して、また明日、必ず来ます。ていうか、今日中に連絡しますから。」 私は高らかにそう宣言すると、2人を追い越して林道を走った。 こんな私にも、やっと“明日”の目標ができた。少しだけ心が軽くなった気がした。 「めぐさんたら、バス停はそっちじゃないわ!待って!」 追いかけてくるお嬢様の声が耳に心地よくて、私はさらにスピードを上げた。 次へ TOP
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前へ 「だいたいねー、君たちはもぉに対するリスペクトが足りてないんだよね!」 別荘の食堂。 海辺から戻った私たちは、千聖に着替えを借りて、そのままティータイムに誘われた。 さっきネタにされてしまったももは、ぶーぶーと口を尖らせながら、執事さんお手製のメープルスコーンにかじりついている。 「だって、ももちゃんなのに。千聖とそんなところで共通点があるなんて、想像ができなかったのよ。ウフフ」 「ちょぉ、それ褒めてないでしょ。絶対もぉのこと珍獣扱いしてるでしょ!」 「あら、違ったんですか?とかいってw」 「もう、メイドさんまで!嗚呼、なんて可哀想なプリンセスピーチっち・・・なぇ、舞波?」 「あははははははは」 「ムキーッ!!」 ももの大爆発に、食堂に笑い声が弾ける。 ふと、私の隣に据わっている、私服に着替えためぐぅさんと目が合って、どちらともなくエヘヘと照れ笑いを交わした。・・・こちらも、すごくお久しぶり。 「舞波さん、御無沙汰してました。元気そうでよかった」 「いえいえ、めぐぅさんこそ。ますます大人っぽくなられて」 そう返すと、めぐぅさんのクールな口元がヒクッと引きつった。 「・・・私、舞波さんに“年上かと思った”って言われたの、昨日の事のように覚えてますからね」 ――あらら、さすがの記憶力。 「でも、めぐぅさんはすごく大人っぽかったから。落ち着いていて、ふわふわしてた私とは大違いでうらやましかったんですよ」 「あら、そう?何か、舞波さんの言葉だと素直に入ってくるわ。嗣永さんに同じこと言われたらちょっと・・・とかいってw」 「ちょっと、今もぉ関係なかったでしょー!」 ああ、何かめぐぅさん、明るくなった。 出会った当所から、年に似合わない聡明さとオーラを放出していたけれど、そこに柔らかさが加わった感じ。 私も千聖もそれぞれ問題を抱えていたあの頃、はっきりそうとは言わなかったけれど、めぐぅさんも何かに思い悩んでいる様子だった。 思い人がいるのかな?なんていつもの直感みたいなので思っていたけれど、もしそうであるなら、きっと2人の関係に、嬉しい変化が生じたということなんだろう。 ふと、いつか、そんなお話も聞いてみたいななんて思う。努めて、あまり人と係らずに生活してきた私にとっては、自分でも意外に感じてしまうような願望だ。 「ふふ」 「また舞波笑ってるー!」 「もものことじゃないよ、あはは」 ただ話しているだけで、自分自身の変化を感じさせてくれる友達。 私は素敵な人達に支えられて生きている。何気ない日常の中で、そんなことを感じさせてくれる。 「舞波ちゃん、本当に笑顔が増えたのね」 なんだか嬉しいわ、なんて千聖はつぶやく。 このタイミングで、私の心を見透かしたかのような千聖の発言。思わず顔が綻んでしまう。 「・・・何か、私よりずっと、千聖のほうが不思議な力を持ってる気がするなあ」 「まあ、千聖が?考えたこともなかったわ。でも、舞波ちゃんがそう言ってくれるなら、そうなのかもしれないわね。・・・それで、千聖にはどんな力があるのかしら?」 ――千聖の力。欲しい言葉を素敵なタイミングでくれる。話してるだけで、安心させてくれる。 その神秘的な色の瞳で、人の心を裸にしてしまう。 「面白いね、千聖」 「まあ、千聖が面白いの?よくわからないわ」 「あはは、そっか、うん」 ――そして、そんな自分の魅力に全然気がついていないことこそ、ある意味千聖の一番不思議な“力”なのかもしれない。 千聖の周りに集まってくる誰もが、その魅力に引き寄せられているんだろうに。 生きてるだけで、誰かの力になれるなんて。私の自慢の友達ときたら、やっぱり只者じゃない。 「・・・お嬢様、そろそろ」 しばらくの歓談の後、めぐぅさんがふと柱時計に目を遣った。 「ええ、そうね」 言葉少ななコミュニケーションだけれど、2人はお互いの意思を確認しあえたらしい。同時ぐらいに椅子から腰を浮かす。 その慣れた感じのコミュニケーションに触発されたように、私の口も無意識に動いていた。 「よろしく伝えておいてもらえるかな?」 「え?」 言ってしまってから、あららまたやっちゃったと気がついた。 どうも、好きな人達の前だと油断してしまって、この早合点とも言えるような力を披露してしまう。 「・・・さすが舞波さん!」 「そうね、ウフフ」 そして、そんな唐突すぎる私の意図を、瞬時に読み取ってくれるお二人さん。 「まだ、私は会わないほうがいいかなって」 「まあ、残念だわ・・・。でも、舞波ちゃんがそう言うのなら、そうなのでしょうね」 「でも、私が勝手にそう思ってるだけだから、叱ったりしちゃだめだよ」 そんな私たちの会話を、しばらく首をかしげながら横で聞いていたもも。 「・・・あー、そういうことね。ふむふむ」 こちらもさすがの察しのよさで、「行ってらー」なんてひらひらと千聖とめぐぅさんに手を振ってお見送り。 やがて2人の足音が遠ざかり、階段をタンタンと上っていく音が聞こえたところで、私はくるりとももの方へぶりかえった。 「「じゃあ、帰ろうか」」 声が揃って、2人同時にぷっと吹き出す。 「絶対そう言うと思ったんだー」 「あはは、タイミング合ったねー」 ももは本当にすごい。頭がよくて、勘もよくて。 「1時間34分」 「ん?」 「・・・前に千聖に会った時より、今日は長く、一緒にいられた」 その何の脈絡もない私の言葉に、ももはスッと目を細めて軽くうなずいてくれた。 「2人の約束事なの。お互いに成長できたって思えたときに、会おうねって。 私も進路に関してようやく気持ちが定まってきたところだし、千聖も、そう・・・ほら、慕ってくれる年下の子ができたり、変化が生じている時期だったのかな」 大きな窓の外に目を向けると、もう太陽は夕日へと変化して、室内を淡い朱色へと変化させていく真っ最中のようだった。人恋しいような、うっすら寂しいような・・・もう少し喋りたい。そんな気持ちが湧き上がってくる。 「私、千聖のことが大好き」 「うん、もぉもだよ。 千聖には何度も助けてもらってるもん。あの子、そんな気、全然ないんだろうけど」 適当に人に合わせたりなんかしないももの、殊更はっきりとした声で告げられたその思い。 こういう、直球な思いを話してくれるのは、珍しい事のように感じる。 千聖を通じて、また1つ、人の心の大切な場所に触れられたような気がする。 ――そう、これもきっと、千聖の魔法。 「もも、1駅歩けるかな?私の話、ももに聞いて欲しいな」 「うん?」 言葉にしないでもわかりあえるって素敵だけれど、言葉にするからわかりあえるっていうのも、それはそれでいいことなんじゃない? 「バイバイ、またね。千聖、めぐぅさん」 ステンドグラスとキノコの総力の、かわいいドアをそっと開けて、なんとなく忍び足で外へ出る。 次は2時間?はたまた15分?私たちの逢瀬の時間は、お互いの成長のバロメーター。 お別れのすぐ後だっていうのに、今度会う時の、千聖の変化がすでに楽しみになってしまっている。 「うふふ、それじゃ、歩こっか!これからのアイドルはぁ、体力づくりも必要でぇ(ry」 波の音をBGMに、ももと方を並べて歩く。 「・・・もも、突然なんだけど、私って、昔宇宙人だったみたい」 私のいきなりの発言を受け、スッと真顔に戻り、その後すぐににっこり笑うもも。・・・ああ、千聖だけじゃない。私の周りには、素敵な魔法使いさんが、まだまだいたようで。 「最初はあまり、良い意味じゃなかったと思うんだけど、今は結構気に入ってるかも。・・・千聖が、素敵だって言ってくれたからね」 「へー、それで、舞波のどの辺が宇宙人なの?」 過去のこと、現在のこと、未来のこと。 包み隠さず話せる友達の存在が、また私を変えていく。 夏の夕暮れ、オレンジと朱色の中間色に染められながら、私のほっぺたはいつになく綻んでいた。 次へ TOP
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前へ うーん、嫌われちゃったなぁ。 去っていくちびっこたちの背中を見つめながら、軽くため息をつく。 どうも、私は昔から初対面の人に快く思われない傾向があるみたいだ。 中途半端に、物事がわかってしまうこの“能力”が、不安にさせてしまったりするのかもしれないな。 もう少し、学習しないと。まだまだ人間としての修行が足りていないな、うん。 「もう、遥ったら。ごめんなさいね、舞波ちゃん。初めての場所に来て、少し落ち着かないのかもしれないわ。」 「あはは、気にしないで」 少しほっぺたを赤くしている千聖。そんなに怒らなくたっていいのに。私を気づかってくれてるんだなあ。相変わらず、そんな繊細な心遣いは全然変わっていない。 しばらく会わないうちに、千聖はずいぶん大人びた外見になった。 1年ぶり・・・ぐらいかな。背丈は変わってないけれど、落ち着いた雰囲気をまとっている。 「千聖、美人になったねえ」 そんなことをしみじみ言うと、その可愛らしい耳が真っ赤に染まる。 「何を言ってるの、もう。からかうのはやめてちょうだい」 「うん、でも本当に。大人になったんだね」 「ふがふがふが」 褒められるとパニックになっちゃうの、昔からの癖だったね。 可愛くて優しい、私の大切な友達。 今日、此処に来たのは、心が弾むような予感に導かれての事だったけれど・・・その直感を信じてよかった。 だって、千聖に逢えたと言う事は、今は私たちの“約束”が許されるタイミングだったということに他ならないから。 「なぁーに青春しちゃってんの、もぉも仲間にいれてよー」 「青春?何かしら、千聖はただ、舞波ちゃんとお話をしていただけなのよ」 「それが青春なんだよ、わかってないなあ。うふふ」 あのちょっと気難しめのももが、目じりを下げて笑っている。 もももまた、千聖のことを本当に大切に思っているのだろう。嬉しい事だ。 噛み合わない2人の会話なのに、すごく楽しそうで、その漫才のようなやりとりに、こっちもほっぺたが緩んでしまう。 もう、人見知りで、私の手だけを必要としていた頃の千聖じゃない。 ももの話だと、千聖には最近、“妹”を名乗る下級生のファンもいるぐらい人気者だとか。 さっきの子・・・はたぶん違うな。妹という地位を望むようなタイプではなさそう。舞ちゃんの雰囲気に近い。 私は千聖の寂しがりの子犬のような、愛らしい表情が大好きだったけれど、今の千聖の、年下の子を慈しむ穏やかな瞳もまたいいと思う。 顔を合わせていない間の、千聖の変化が愛しい。昔からずっと、千聖は私の太陽。 「うふふ、舞波嬉しそう」 「そうかな?」 「うんうん。だっていい顔してる」 ももは私たちの過去にあった出来事を、何も知らない。 千聖と私が昔からの友達。ただそれだけの情報しか持っていないはず。 私はももにだったら、自分のことをなんでも話してもいいと思っている。初めて会ったときから、そんな気持ちを抱いていた。 でも、ももは何も聞いてこない。だから私もまだ何も言わない。 それでも、彼女のぱっちりととぼけた目は、きっと何もかもお見通しなのだろう。非現実的なことだけれど、なぜか確信を持ってそう思える。 多分私は、もものそういうところに、自分と同じ面を見出しているのだろう。だからこそ出会ってすぐに心を許せて、すぐに友達になれたような気がする。 「御挨拶、遅れてしまったわね。ウフフ・・・お久しぶりね、舞波ちゃん。お変わりないかしら?」 物思いにぼんやり耽っている私の顔を、千聖が覗き込んで笑う。 「うん、見てのとおり。元気でやってるよ」 「お手紙に書いてらしたけれど、史学を学べる大学を受験するのね。 何かお手伝いできることがあれば、いつでも声をかけて頂戴。舞波ちゃんのお役に立てたら嬉しいわ」 「うふふ、舞波なら絶対、優秀な歴史研究家になれると思うなぁ。それでぇ、その暁にはリボンフリル(ry」 ああ、面白いな。 私と千聖、私ともも。それぞれと友人関係であるものの、私にとっては全く違う状況で友達になった2人だったから。 人の縁ってつくづく不思議なものだと思う。自分の大好きな友達が、自分を介さずに深い縁で繋がっているのを見るのって、なんだか楽しい。 「まさか、ここで舞波ちゃんに会えるなんて思わなかったわ。嬉しい」 「ちょっとー、もぉもいるんですけどー!」 「あら、ももちゃんは千聖の家にもよく遊びにみえるでしょう?ウフフ、そういえば執事から聞いたわ。ももちゃん、千聖も寮の皆さんも留守にしている時にいらして、1人でベリータルトを3個も召し上がっていかれたのでしょう?」 あら、懐かしい話題。寮生さんといえば・・・ 「皆さん、元気?舞美さんにも愛理さんにもしばらく会ってないなあ」 「ウフフ、相変わらず。舞美さんは、千聖たちの通っている学校の系列の大学に進学しているの。体育学部よ。 それからね、愛理は生徒会の副会長に就任して・・・」 さっき、年下の女の子たち相手に、お姉様っぽく振舞っていたのとはまた違う、はしゃいだような声もまたいい。 外見はどれほど大人びても、その小さい子みたいに純粋でまっすぐな心は健在のようだ。 千聖が元気に、楽しそうに過ごしている。その事実がただ嬉しい。 「あ、話変わるけどさ、舞波はさー、ここ、前にも来た事あるの?」 ふいに、ももからそんな質問が飛んだ。 「うん?」 「まーね、今日の日帰り旅行は研究活動の一環だから、歴史上の史実を検証するためにこの場所を選んだっていうのはわかるんだけどさー、別にそんな、すっごいメジャーな史跡があるわけでもないじゃない? 舞波が好きな・・・室町後期らへんだっけ?その辺りとの関連性も薄いし」 ――おお、さすがもも。人をよく見ている。 千聖のほうをチラリと見ると、軽く微笑してうなずいてくれる。 そうだよね、別に隠すようなことでもないし、と私は口を開いた。 「私、前に千聖のお家でお世話になっていたことがあって」 「うん、前に言ってたね。学校お休みしてた時期でしょ?」 「そうそう。・・・で、ここにも連れてきてもらったんだよね」 海の方へ顔を向けると、青く澄んだ波間に、まだあどけなかった千聖のはしゃぐ姿を思い出す。 「なんだか懐かしいわ。・・・そうね、あの頃の私にとって、此方は今よりも更に特別な場所だったから。 舞波ちゃんが初めてなのよ、別荘にお招きしたお友達は」 「へー、でもなんで、その特別の場所に、舞波を招待しようと思ったの?」 今日のももは、いつもよりやたらと口数が多い。あまり、人に関心がないタイプなのかと思っていたけれど・・・。それだけでも、ももにとって千聖が特別だっていうのがよくわかる。 「わからないわ。でもあの時、舞波ちゃんなら、いいって思えたの」 不思議ね、と千聖は微笑する。 潮風に靡く髪の隙間から見える瞳は、今度は年齢よりもずっと大人びて見える。 誰にもつかめない、千聖の神秘的な二面性。 「そういうの、あるよね。理屈じゃなくて、この人ならって思えるの。ももは、ない?」 「んー、でももぉはアイドルだからぁ、みんなに愛を振りまいてぇ、みんなから愛を(ry」 ――あ、なんか心当たりあるのかな? わかったようなわからないようなことを言うときは、ちょっとテレが入ってる証拠。・・・私か千聖が関係あったりするんだろうか。だとしたら、なんだか嬉しいな。 「・・・舞波ちゃんと知り合う前。ちょうど、中学生になった頃ね。両親の元を離れて、この場所にも当分こないと決めて、いったん屋敷に戻ったの。 最初は、自分の意思で行動をしている喜びに満ちていたわ。でも、すぐに、何ひとつ自分の思うとおりにはいかないことに気がついた。 友達の作り方はわからない、外出は許可がない限り出来ない、寮に入ってくれた舞美さんとも愛理とも、上手に接することができない・・・。ウフフ、お2人にだから言うけれど、私、それが辛くて、当初は毎週のようにこの海辺の別荘へ帰っていたのよ」 「そっか・・・」 懐かしい思い出のように話しているから、そう気を使うこともないんだろうけれど、胸の痛くなる話だ。 千聖は気持ちを溜め込んでしまうから、そう、私も追いつめてしまったことがあったな。あれは、良くない判断だった。そりゃあ、結果的には・・・ 「舞波ちゃん」 よっぽど妙な顔をしていたのか、珍しく千聖が私の手をそっと握った。 「いやだわ、そんな悲しそうなお顔をなさらないで。ただの昔話よ。 ・・・それでね、別荘に着いたらまずこの海へ来て、一人でわんわん泣いていたのよ。ここはひと気もないし、波の音で泣き声は掻き消されるから、安心できたの」 「・・・あー、ちょっとわかるなぁ。もぉも、そういう場所あったよ。家の近所の公園なんだけどね、あのタコさん滑り台の中が、もぉの泣き場所なわけですよ。 おかーさんに叱られた時とか、初めて弟とのケンカで負けた時とかね。・・・みんな、自分の安らげる場所を持ってるもんだよね。 んま、もっともアイドルは人前で泣いちゃいけないからぁry」 ももの話を聞きながら、私と千聖は、ちょうど同じタイミングで顔を見合わせた。そして、同時にふふふと笑う。 「あははは」 「ウフフフフ」 「ちょっとぉー、今いい話してたでしょ!何で笑うんだよっ」 ――これは私の“能力”ではなく、友達同だけの以心伝心というやつだろう。 こんな風に、何も言わなくてもお互いの心がわかるというのはやっぱり素敵だなと思う。 今日、会えて良かった。こんな些細な事でも、何度でもそう感じられる。 「ねー、2人だけで通じ合うのやめてよねっ」 「ごめんごめん、あははは」 「だって、だって、ももちゃんたら。ウフフ・・・ねえ、毎波ちゃん」 それで、私たちは笑いを堪えながら、口を揃えていった。 もも(ちゃん)が、普通の話をしてるのがおかしくて、と。 次へ TOP