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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん ルイズ、霊夢、魔理沙の三人がトリステインの森で手痛い体験をしてから暫く後の虚無の曜日―――― その日は朝から用事があると言ってルイズがひとり街へ赴き、魔理沙もキノコ探しにと森へ出かけた。 今ルイズの部屋にいるのはルイズに召喚されて使い魔になってしまった霊夢と、やけにお喋りなデルフだけであった。 ◆ ―――最近、日差しが強くなったような気がする。 霊夢はそんな事を思いながら、開きっぱなしの窓から外の景色を見る。 魔法学院の一室から見える開放的な蒼い空に覆い被さるかのように、巨大な雲が浮かんでいた。 それは俗に「入道雲」とも呼ばれる存在で、夏の訪れを知らせてくれる入道だ。 「そういえば、もうすぐ夏の季節なのよね…」 霊夢は誰に言うとでも無く呟くと、テーブルに置かれた緑茶入りのコップを手に持った。 開けっ放しにされた窓から入ってくる光に目を細めながら、霊夢はコップに入った冷茶を一口啜る。 緑茶に混ざって入っている幾つもの小さな氷がコップにぶつかるガラス細工のような音が、熱気が微かに漂うルイズの部屋に響く。 キンキンに冷えた冷茶と一緒に氷も二、三個ほど口の中に入れ、バリボリとくぐもった音を立ててかみ砕いてゆく。 そして口からコップを離すとハァと溜め息をつき、ふと天井を見上げる。 つい一週間ほど前までは窓を開けなくても良かったのだが、この頃から窓を閉めてると自然に体から汗が出てくる。 トリステインは比較的寒い土地であるが、いざ夏の訪れると急に暑くなるという厄介な場所であった。 それが原因か、最近になってからハンカチで汗を拭う者達を見かけるようになっていた。 「…やっぱり突然連れてこられただけあって、夏の訪れも突然なのね」 『へへ、それでうまい事言ったつもりか?』 ひとりでに口から出た霊夢の呟きに、ベッドの上に置かれたデルフが勝手に答えた。 まるでダメ出しするかのようなインテリジェンスソードの言葉に霊夢は目を細めつつ、ベッドの方へ目を向ける。 以前はやかましいからとルイズと霊夢に蹴飛ばされたり縄で縛られた事があったこの剣も、今は前ほど煩くはなくなった。 喋りたいときはベラベラと喋ってくるが、そこには以前のようなやかましさは無い。 いつものように魔理沙と話していたり、時には今のように霊夢の言葉に一々突っ込んでくることもある。 ルイズはそんな剣にいつも厳つい視線を送っているが、蹴り飛ばすようなことは滅多にしなくなった。 彼女自身、デルフのアドバイスが今まで忘れていた大切な事を思い出してくれたと自覚しているのだろう。 『いつも思うんだけどよ、お前さんは狂言回しや役者にでもなりたいのかね?』 自分の言葉に霊夢が反応してくれたのが嬉しいのか、デルフは鞘から露出した刀身を震わせながら言葉を続ける。 デルフのからかい言葉に霊夢は自分のアゴに手を添え、自らの将来について真剣に考えるかのようなポーズをとってみせた。 「そうねぇ~、もし巫女としての務めが終わるのなら…………とりあえずアンタの考えてること以外の事をしてみたいわね」 霊夢の口から出た「将来の夢」を聞いて、デルフは『ひでぇ』と呟いた後に言葉を続ける。 『なんでぃそりゃ?このオレっちが真剣に考えてやったっていうのに』 「アンタの場合は体の方が真剣だから、頭の方が真剣じゃなくなったのよ」 おせっかいなデルフにそう言いながら霊夢は手に持っていたコップをテーブルに置き、次いでその隣に置かれた湯飲みを手に取る。 コップを持った時と違い何処か慎重そうに湯飲みを両手で持つと口に近づけ、中に入った熱い緑茶をゆっくりと啜る。 静かにズズズと音を立てながらお茶を飲む彼女の姿は、西洋の雰囲気漂うこの世界とはあまりにもミスマッチし過ぎていた。 「ふぅ…やっぱり冷たいのもいいけど、熱いお茶もまた格別ね」 湯飲みから口を離した霊夢はそう言いながらなんとも嬉しそうな表情をその顔に浮かべた。 例えればそれは、しばらく働かなくても不自由なく好きに暮らせる財産を手に入れた人間が浮かべるすのような幸せな表情。 そんな例えとはまるで無縁な過疎神社の巫女である彼女が、それよりももっと幸せそうな表情を浮かべている。 もしもその顔をルイズが見たら驚くであろうが、きっと彼女のことをある程度知ってる魔理沙や幻想郷の住人達ならこう思うだろう。 「よくもまぁ、お茶を飲むだけでそんな幸せになれるなんて。相変わらず暢気だなぁ…」と。 湯飲みをテーブルに置いたとき、デルフが話し掛けてきた。 『なぁ霊夢、少し聞いて良いか?』 「ん?何よ」 デルフの質問に首を少しだけ傾げつつ、霊夢は暇つぶしにと耳を傾ける事にした。 しかしその質問の内容は、デルフでなくとも先程彼女がとった行動を見たら誰だって投げかけるだろう。 何せ今霊夢がコップと湯飲みを置いたテーブルの上には、熱い緑茶が入った急須と冷茶の入ったポットが置かれているのだから。 ハルケギニアはもうすぐ夏の季節を迎えるが、この部屋だけは未だに春と初夏の間を行き来していた。 『どうして熱いお茶と冷たいお茶を、交互に呑む必要があるんだよ』 恐らく十人中八人が彼女に聞きそうなその質問に、霊夢は当たり前と言わんばかりにこういった。 「交互に飲むからこそ、美味しくかつ二つの味を楽しめるのよ?」 得意気な顔で冷静かつ明確にそう答えた時…部屋に二つある出入り口の内の一つであるドアが開く音が耳に入ってきた。 ドアを開けて入ってきた人間は霊夢がそちらへ顔を向ける前に、自分が何者なのかを知らせた。 「よう霊夢とデルフ。今帰ったぜ!」 部屋の主であるルイズとは違う快活な声を上げて、声の主である魔理沙が部屋に入ってくる。 その顔や首筋には汗が滲み出ており、外が結構な気温になっている事を物語っていた。 『おぉ魔理沙か…って何だ、随分と汗だくじゃねぇか?』 「あぁこれか。いやぁ珍しいキノコや薬草とか捜してて森の中を飛び回ってたらこうなってな…」 デルフの言葉に答えながら、魔理沙は左腕で額の汗を拭った。 相変わらず白と黒を基調にした服であったが、霊夢の巫女服とは違い所々デザインが変わっていた。 夏の季節に向けて生地の薄い半袖ブラウスの上に、黒色のサマーベストを身に着けている。 短くなったスカートに合わせて白いエプロンも小さな物になっており、以前より少しだけ可愛らしくなっている。 唯一変わらないのは頭に被っている帽子であるが、それ以外の箇所は正に『夏服』となっていた。 「おかえり…と言った方が良いのかしらね?」 一足早い夏の熱気で汗をかいて帰ってきた魔理沙に、霊夢は自分の言葉に疑問を覚えながらも言った。 「だろうな。ここは神社じゃないし」 魔理沙はそう言いながらドアを閉め、右手に持っていた箒をクローゼットの傍に立てかけた。 彼女の相棒ともいえる箒は幾つか傷ができているものの、常に手入れをしているお陰か古びた印象を見せていない。 箒を手から放した彼女はふう、と一息ついてからポケットからハンカチを取り出して首筋を流れる汗をササッと拭き取った。 その様子を見ていた霊夢は、思った以上に気温が上がっているのだと感じた。 「それにしても急に暑くなったよなホント…幻想郷の夏も暑いがこっちと比べりゃまだ良い方だ」 「そうかしら?私はあんまり動いてないから良く分からないわ」 「そう言うと思ったぜ。お前は一年の半分くらいは、神社の縁側でお茶を飲みながら過ごしてるもんな」 霊夢と話しながらも左手に持っていた小さな革袋をベッドの傍に置くと、霊夢の向かい側に置かれたもう一つの椅子に腰掛けた。 そして頭に被っていた帽子を脱いで膝に置くと、テーブルに置かれた急須とティーポットに気が付く。 「…なぁ霊夢」 「何よ」 「これってどっちがアタリなんだ?…それとも、両方がハズレなのか?」 『イヤ、そんなのはねぇから』 魔理沙の言葉に、霊夢よりも先にデルフが突っ込みを入れた。 「んっ、んぐっ…ん……ッハァ!」 ルイズの部屋に、気持ちの良さそうな魔理沙の声が上がる。 コップに注いだ冷茶を飲み干した彼女の顔は、喜びで若干にやけている。 まぁ汗だくになりながら森の中を飛び回ったのだから無理もないであろう。 「やっぱり思いっきり汗をかいた後の冷たい飲み物ってのは美味しいぜ~…」 僅か数秒で空っぽになったコップをテーブルに置いた魔理沙は、体の重心を前に傾けてグテッとテーブルに突っ伏す。 その様子を見ながら湯飲みに入った緑茶を啜っていた霊夢は、ふと窓の外の景色へと視線を移した。 幻想郷のそれと負けないくらいに澄み切った青い空を背景にして、巨大な入道雲が浮かんでいる。 その空の下には自分たちの塒である魔法学院の外壁と、そこを囲むようにして何処までも続くかのような森が見える。 (そういえば、以前あの森で変な怪物に襲われたけど…もうあれから結構経つのよね) 学院の外にある森が目に入った霊夢はふとあの時の事を思い出し、左肩を一瞥する。 あの怪物に襲われ不覚にも一撃を喰らってから、既に数日もの時間が経過していた。 つけられた傷はあの毒を含めて、ルイズが持っていた水の秘薬のおかげで綺麗サッパリに消えていた。 まるで最初から無かったかのように…という言葉がピッタリと似合うほどに傷は無くなっていた。 以前も背中を青銅のゴーレムに強く殴られたときも、あのクスリのおかげで後遺症もない。 (なんというか…流石魔法の世界ね。あんな切り傷と毒まで治してくれるんだから) 霊夢はそんな事を思いながら、頭の中で数日前の事を思い出し始めた。 ◆ 魔理沙がキメラを倒した直後の姿を見て目を瞑った後、私が再び目を覚ましたのは翌日の未明であった。 その時はまだ毒が僅かに残っていたのか体は少し気怠かったが、それ程苦しくもなかったのは覚えている。 無機質で一定のリズムを奏でる時計の音に耳を傾けながら、私はゆっくりと目を開けた。 もう見慣れてしまった天井が目に入ってきたと同時にふと視界の左端に明るい何かが映る。 何かと思いいつもより重たく感じる目を動かすと、まず目に入ったのが魔理沙の背中であった。 私に背を向けて椅子に座っている彼女は、鬼火や幽霊のようにゆらゆらと動くカンテラの灯りを頼りに本を読んでいるようだった。 時折ページを捲る音も聞こえているので起きているのは起きているのだろう。 私は魔理沙の背中に向けて声を掛けようと口を開いたが、うまく言葉が出ない。 「…っう…く」 ちょっと頑張って喉から出した声は、まるで墓場から蘇った亡者の如き呻き声であった。 それでも気づいてくれたのか、魔理沙は私の方へと顔を向けてくれた。 最初はキョトンとしていた彼女も、私の顔を見てすぐに笑みを浮かべた。 「おぉ、何だ霊夢か。てっきり学院を根城にする悪霊が出たのかと思ったぜ」 「そんなヤツがいるなら、とっくに私が退治してるわ」 先程上げた声をネタにして冗談を言った彼女に対し、私は苦笑いの表情と言葉で返してやった。 その言葉を聞いた魔理沙は満足そうにうんうんと頷いた。 「は!そんな表情とセリフが出るんならルイズの言ったとおり、もう大丈夫だな」 魔理沙の口から出たこの部屋の主の名前を聞き、ふと私は足の方に何かが乗っかっているのに気が付く。 ふとそちらの方へ視線を向けると驚くことに、ルイズが私の足に頭を乗せてグッスリと眠っていた。 いつもの服を着ている魔理沙と違いネグリジェを纏い、その上にタオルケットを羽織っている。 更に私の体に掛かっているのが分厚い毛布という事もあり、その寝顔は安らかであった。 「なんていうか…どうしてこうなったのかしら」 私は見ていて妙にムカついてくる程安らかな寝顔を浮かべるルイズを見ながら、ひとりでに呟く。 その言葉に答えるかのように、イスに座った魔理沙が得意気にこれまでの経緯を話してくれた。 魔理沙の話が正しければ、どうやらつきっきりで看病したかったとのことらしい。 部屋に置いてあった水の秘薬を使い傷の手当てをした後、そのまま私の事を見守っていたのだという。 食事は魔理沙に持ってきて貰い、風呂に入るときは魔理沙に看病を頼んだりと… 「…で、私が風呂から帰ってくると今の恰好で寝てたから毛布を掛けたんだよ」 魔理沙は最後にそう言って、説明を終えた。 話を聞くだけではどうにも信じられないが、まぁこうしているのだから事実だと思って良いのだろう。 私はすーすーと寝息を立てているルイズを見て、そう思った。 「…というか、毛布をかけるならベッドに運ぶぐらいしてあげなさいよ?」 「いや~、もしかしたら途中で起きるかなーって思ってはいるんだがなぁ」 さりげない私の突っ込みに、黒白の魔法使いは悪気のない笑顔を浮かべてそう言った。 ◆ (あれからもう暫く経つのね) 霊夢は傷が出来ていた所を優しく撫でつつ、回想を終える。 (本当、時間って暇なときほど早くなるような気がするわ) 彼女は心の中で呟きつつ、窓から見える外の景色をジーッと見つめていた。 あれから数日が経ってはいるが、魔理沙はいつもの如く平常運転であった。 偶に箒と革袋を持って外に出かけては得体のしれない薬草やキノコを取ってきたり本を読んだり、霊夢やルイズ達とお茶を飲んでいる。 学院内の人間関係も相変わらず良好で、最近はコルベールやシエスタたちの方へちょくちょく顔を出したりしていた。 一方のルイズはというと、ほんの僅かだけ優しくなったように思えた。ほんの僅かだけ。 全体から漂う雰囲気自体はまだツンツンとしているが、それでも他人と接するときには優しさが垣間見えるようになった。 デルフの方もあれから縛られる事もなくなり、以前にもまして機嫌が良くなっている。 取っていたお菓子を霊夢たちに食べられてしまい、怒り心頭だったルイズにアドバイスしたおかげもあってかその扱いは大分良くなっていた。 偶に口を滑らせて霊夢やルイズに投げられたり叩かれたりはしているが、そこは以前と変わりない。 魔理沙が森でキメラを倒した日から随分と時間が経っているものの、あれ以来身の回りで怪しい事は何も起こっていない。 ただ、霊夢が倒した虫キメラの事に関しては学院内でちょっとした゛怪事件゛ということで話題になっていた。 ※ 霊夢が学院内に現れたキメラを倒した日から翌日… 衛士たちが全員気を失っているところを給士が見つけた事と、その衛士たちの宿舎で学院の教師が一人気絶していた事。 そして、女子寮塔の事務室が何者かによって滅茶苦茶に荒らされ、その部屋の前で当直を務めていたミセス・シュヴルーズが気絶していた事。 計三つの゛怪事件゛が知らぬ間に起こっていた事が発覚したのである。 教師達はすぐさま衛士や事務室にいた同僚から事情聴取をしたのだが、誰一人気絶する直前の出来事を覚えていないのだという。 また何かを盗まれたという形跡も無く、被害があったのは女子寮塔の事務室だけという不自然性。 この不可思議極まりない事件を学院側は王宮に報告するかどうか今も議論の最中なのだという。 そして、この魔法学院という一種の生活空間内で起こった怪事件に心躍らされた生徒達の間で、数十種類の的はずれなうわさ話が飛び交った。 ある者が学院に貴族くずれの賊が侵入したという話しをすると、ある者は夢魔がやってきて学院を飛び回ったという話で対抗する。 そんな感じで、突拍子もない話が伝言ゲームのように生徒たちの間で移動していた。 しかし…彼らの説はあまりにも的はずれで、誰も真実に辿りつくことはない。 学院で゛ゼロ゛と揶揄される少女の使い魔が、人を襲う怪物を退治したという真実に。 そして、少女の恩人として学院で暮らす事となった黒白の少女が使い魔と同じ世界から来た異邦人だという事にも。 ※ 「…やっぱり、平和にお茶を飲めることが一番大切なことね」 霊夢はひとりそう呟き、再び湯飲みを口もとに近づけようとしたが、ある事を思い出した彼女はその手を止める。 それは今の今まで記憶の底に沈んでいたたった一つの疑問であった。 彼女は口もとに近づけていた湯飲みをテーブルに置き、向かい側に座る魔理沙へ向けて話しかけた。 「ねぇ、魔理沙。少し聞きたいことがあるんだけど?」 突然自分の名前を呼ばれた魔理沙は目を丸くしつつも、霊夢の方へ顔を向ける。 そして目の前にいる巫女が、さっきとは打って変わってちょっと真剣そうな表情を浮かべているのに気が付いた。 「なんだよ霊夢?そんな顔して私に聞きたいことがあるだなんて…」 「まぁ聞きたいことが一つだけあるわ」 最初に一言だけそう言うと霊夢は一呼吸置いてから、脳内の疑問をそのまま質問に変えてこう言った。 「この前の森で怪物を退治した後、誰が私たちを学院まで連れてきたのよ?」 霊夢の口から出たその質問に、魔理沙は数秒ほど黙った後キョトンとした表情を浮かべた。 「あれ?お前に話してなかったっけ?」 「話って何よ?それ自体初耳だわ」 まるで自分一人だけ置いてけぼりされたような感じがした霊夢は、魔理沙の言葉に突っ込んだ 何処か冷たさが見える彼女の言葉に、魔理沙は苦笑いで返しつつポン、と手を叩いた。 「…あぁそうだ、お前が目を覚ました後に話そうとかな~って思ってたんだよ」 「だったら何で話してくれなかったのよ」 まるで噛みついてくる野良犬のように突っかかってくる巫女に、魔理沙はいやいやと手を振りつつ話を続ける。 「いや~だってあの時のお前はなんかボーッとしてたし、また後にしようか…って思ってそのまま眠って…」 「忘れたってワケ?」 魔理沙が言おうとした最後の一言を霊夢が代弁する。 彼女の顔には、怒りよりも若干の呆れたと言いたげな雰囲気が漂っている。 「まぁそうなるな」 霊夢の冷たい視線に、魔理沙はポリポリと頭を掻きつつそう言った。 その顔には霊夢とは違い薄い笑みを浮かべている。どうやら反省の意思は無いらしい。 まぁいつもの事だと思いつつ、溜め息をついてから霊夢は再度口を開く。 「まぁ、アンタの事だからそんなので怒りはしないけど――……ん?」 彼女が言い終える前に、ふとドアの方からノックの音が聞こえてきた。 一瞬ルイズが帰ってきたのかと思ったが、それはないと否定する。 この部屋の主である彼女が、普通自分の部屋のドアをノックするという事はないだろう。 じゃあ一体誰なのかと首を傾げていると、腰を上げた魔理沙がそのままドアの方へと歩いていく。 「はいはーい!どちらさま…って…」 そしてドアノブを捻り、躊躇いもなく開けるとその向こうにいた相手と顔を合わせた。 「あぁお前か!丁度良い所で来てくれたぜ」 丁度いいところで来てくれた?黒白の口から出た言葉に霊夢は更に首を傾げそうになった。 魔理沙とドアの向こうにいる誰かが一言二言ほど言葉を交えた後、彼女が霊夢の方へとその顔を向ける。 「まぁお前も顔くらい知ってると思うが、コイツが森の中にいたあたし達を助けてくれたんだよ」 そう言って魔理沙は右手でドアを開き、その先にいた少女の姿をさらけ出した。 印象的な雰囲気漂う眼鏡にボーッとしたような表情は何処か冷たさを感じる。 左の手で分厚い本を抱え、右の手で自身の身長より高い杖を持っている。 身長はかなり低い方で、魔理沙と比べてもかなりの差があった。 そして何より目にはいるのが、青空のように爽やかな水色のショートヘアーだ。 まるで雲一つ無い空の色をそのまま髪の毛に移植したかのような輝きは、もう芸術といっても良い。 霊夢は知っていた、この特徴が全て当て嵌まる少女の名前を。 「あんたは確か…タバサ、だったかしら?」 確認するかのような霊夢の言葉に、タバサはコクリと頷き――部屋の中へと足を踏み入れた。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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【登録タグ .JP G Free ichigo む 岸田教団&The明星ロケッツ 曲】 【注意】 現在、このページはJavaScriptの利用が一時制限されています。この表示状態ではトラック情報が正しく表示されません。 この問題は、以下のいずれかが原因となっています。 ページがAMP表示となっている ウィキ内検索からページを表示している これを解決するには、こちらをクリックし、ページを通常表示にしてください。 /** General styling **/ @font-face { font-family Noto Sans JP ; font-display swap; font-style normal; font-weight 350; src url(https //img.atwikiimg.com/www31.atwiki.jp/touhoukashi/attach/2972/10/NotoSansCJKjp-DemiLight.woff2) format( woff2 ), url(https //img.atwikiimg.com/www31.atwiki.jp/touhoukashi/attach/2972/9/NotoSansCJKjp-DemiLight.woff) format( woff ), url(https //img.atwikiimg.com/www31.atwiki.jp/touhoukashi/attach/2972/8/NotoSansCJKjp-DemiLight.ttf) format( truetype ); } @font-face { font-family Noto Sans JP ; font-display swap; font-style normal; font-weight bold; src url(https //img.atwikiimg.com/www31.atwiki.jp/touhoukashi/attach/2972/13/NotoSansCJKjp-Medium.woff2) format( woff2 ), url(https //img.atwikiimg.com/www31.atwiki.jp/touhoukashi/attach/2972/12/NotoSansCJKjp-Medium.woff) format( woff ), url(https //img.atwikiimg.com/www31.atwiki.jp/touhoukashi/attach/2972/11/NotoSansCJKjp-Medium.ttf) format( truetype ); 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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 「貴方達!無断で学院を抜け出すなどして!!駄目ではありませんか!」 ハルケギニア大陸のトリステイン王国。 その一角にある森の真ん中に出来た空き地でコルベールが正座しているルイズ達に説教していた。 右から順にルイズ、キュルケ、タバサと並び顔を地面の方に向けてジッとこらえている。 先ほどコルベールが怒り出して説教を初めてから五分くらい経過していた。 親からの折檻をまともに受けたことがない貴族の子ども達にはかなり辛い物である。 その様子を霊夢とシルフィードは小屋の傍でじっと見ていた。 霊夢は学院の生徒ではないため折檻されることは免れている。タバサの使い魔でもあるシルフィードも同じだ。 彼女は隣にいるシルフィードを背もたれ代わりにし、じっと説教に耐えるルイズ達を見ていた。 やがてコルベールの説教は開始から六分経過というところで終了に至った。 やっと解放された三人は大きく深呼吸をし、肩の力を抜いた。 「さてと…次にあなたに質問ですが…一体ここで何をしていたのですか?」 コルベールは霊夢の方に顔を向けると質問を投げかけてきた。 「ちょっとした調べ物よ。あぁ、情報を持ってきたのはそこのキュルケね。」 霊夢はキュルケを指さしながらそう言うとコルベールはキョトンとした顔になった。 ◆ 「つまり…。あなた達は暇でしょうがないから宝探しにやってきたと?」 「そ、そうですミスタ・コルベール…」 小屋の入り口でルイズから詳しい話を聞き、コルベールは暗い小屋の中を見渡す。 確かにこの様な暗い場所ならちょっとやそっとの場所に隠したら並大抵には見つからないだろう。 「しかしあなた達の宝探しは見逃せませんな。どうして無断でこんな事をしたのです?」 「そ、その…この地図に書かれている宝はなんでも凄い力を持っているそうで…。」 キュルケはそう言うと懐にしまっていた地図を取り出しコルベールに見せた。 コルベールは地図を受け取るとそれを広げ、詳細を確認する。 「……ふむぅ、その者が望んだ場所へ行けるマジックアイテムとな。私も少し見てみたい気もする。 確かに小さい頃にこういう事をしていれば将来のためになるかもしれない。だが、そういうのは休みの日などにしなさい。わかりましたか?」 ルイズ達は「ハイ」と呟き項垂れてしまった。コルベールはそれを見た後小屋の中へと入っていった。 霊夢はとりあえずもう一度小屋の中に入ろうとしたとき、中からコルベールの叫び声が上がった。 叫び声を聞いたルイズ達は小屋の中に入った。するとそこには腰を抜かし尻もちをついているコルベールがそこにいた。 「どうしたの、足に古釘が刺さった?」 本当なら冗談ではすまない事を霊夢が言うとコルベールは机に置かれているモノを指さした。 「あ…あ、あ、あなた達…これを何処で?」 机の上には黒光りする箱が置かれており、言いようのない重厚感を醸し出していた。 箱を見た霊夢はあぁ、これ?と言い、説明した。 「さっき床下からそれを見つけたのよ。早速開けようと思った矢先アンタが来て…。」 霊夢の言葉を聞きコルベールは大きなため息をついた。 「い、いや…開けていないのですね…良かったぁ~。」 「一体この中に何が入っているのよ?よっぽど大事そうな物に見えるけど。」 霊夢が興味深そうにそう言うと机の方に近づき、箱のフタを思いっきり開けた。 中に入っていたのはこれまた霊夢やルイズ達が見たことのない奇妙な代物であった。 それは緑色の円柱であった。材質は金属類に見える。 幻想郷には時折外の世界から流れてくる物もある、以前には白黒のボールなんかもあった。 しかし今目の前にある筒は霊夢が生まれてこの方見たことがない物である。 「これは一体何なの?」 霊夢の質問にコルベールは破壊の杖をあちこち調べながら答えた。 「マジックアイテムの一種で、『破壊の杖』と呼ばれる物です…。でも、まさか私の生徒がとっくに見つけていたなんて…。」 コルベールはそう言うと安堵の表所を浮かべた。 それに異常がないことを確認すると、すぐさま蓋を閉め、コルベールは『破壊の杖』が入った箱を腋に抱えた。 大事そうに抱えているコルベールを見て、入り口の方でジッとしていたキュルケが口を開いた。 「ミスタ・コルベールはどうしてそんな物を探していたんですか?」 「これは仕事ですよ?決してサボりではありません。というかまだあなた達はいたんですか?早く帰りなさい!」 タバサはともかくとしてキュルケとルイズはそれに不満なのか、あう~と呻き、コルベールに食い下がった。 「あう~、でもレイムが―――イタッ!?。」 駄々をこねる傍に寄ってきた霊夢がルイズの頭を引っぱたいた。 「先生が言ってるんだからアンタたちは帰りなさい。後は私一人で探すから地図は置いていってよね。」 「あ…アンタ、部屋を貸してあげてるのによく私の頭を――――」 ド ゴ ォ ォ ォ ン ! ! ! ! ! 突如外の方からもの凄い音が聞こえてきた。 小屋の外近くにいたルイズ達は思わず声を上げ、コルベールに声を掛けた。 「み、ミスタ・コルベール!外に巨大な…ゴーレムが!?」 それを聞いたコルベールは窓から外の様子を見た。 外には30メイルもの大きさを誇るゴーレムが馬車の荷車部分をまるで玩具のように片手で掴んでいた。 「なんだと…いかん、あそこはミス・ロングビルがいた場所じゃないか!!」 コルベールがそう叫ぶとゴーレムがこちらの方に顔を向け、手に持った荷車を投げつけてきた。 咄嗟に霊夢は近くにいたルイズの腰を掴み、小屋の外へと勢いよく飛び出した。 コルベールもタバサとキュルケに急いで出るように指示し、自身もマジックアイテムが入った箱を抱え、急いで小屋から出た。 投げられた荷車は見事小屋に激突、勢いもあってか凄まじい音を立てて小屋は倒壊した。 咄嗟に身を伏せたコルベール、キュルケ、タバサ達は体の上に材木や泥土が降り積もるだけで済んだ。 最も悲惨な目にあったのは霊夢に掴まれていたルイズだった。 空中へと逃げたた霊夢はルイズを掴んだまま飛んでくる障害物を華麗にかわした。 霊夢は平気であったがしかしルイズはそうもいかなかった。 「ちょっ…!?落ちるっ……てうわぁ!!」 ルイズがもう少し年をとってれば後日、腰痛と関節痛で悩んでいただろう。それほど激しい動きであった。 障害物の波が終わった後、霊夢は腰を掴んでいた両手をパッと離した。 解放されたルイズは地面に横たわった。 「もう、二度とこんなのは御免だわ…。」 その後立ち上がったコルベール達が心配そうな顔で二人の方へと近づいた。 「二人とも、大丈夫か!?」 「えぇ、全然余裕よ。けど…あっちのデカ物は逃がしてくれそうにないわね。」 霊夢はそう言うと背負っていた筒を地面に下ろし、左手で懐に入っている札を取りだして後ろを振り返る。 後ろではあの荷車を投げたゴーレムが大きな地響きをたててこちらに近づいてきていた。 先程の攻撃から考えればあのゴーレムのパワーは凄まじいであろう。 「全く…一体誰があんなのを作ったのよ?」 「あれは恐らく、土くれのフーケの仕業に違いない。」 霊夢の言葉にコルベールが即座に答えた。 「フーケぇ…誰それ?」 聞いた事のない名前を聞き、霊夢はコルベールの方へ顔を向けた。 「トリステインを差騒がせている盗賊さ。風の噂ではかなりの土の使い手だと聞いたが…噂通りとはこういうのを言うのだろうな。」 「要は物盗りって事?それならあの大きさはどうなのかしらねぇ?」 霊夢が暢気そうに呟くとコルベールも今まで下げていた杖をゴーレムの方へと向け、手の中に汗が溜まるのを感じた。 キュルケとタバサも杖を取り出しゴーレムの方へと向けようとするが前にいるコルベールに制止される。 「ミス・タバサ。君の使い魔でミス・ツェルプストーを連れて学院へ戻りなさい。そしてすぐに学院長に救援をよこしてもらうよう、頼んでくれ。」 その言葉を聞き、タバサは数秒間考えた後、コクリと頷くと口笛を吹いた。 口笛を聞き、上空に避難していたシルフィードが鳴き声を上げタバサ達の許へと降りてきた。 素早く背に跨ったタバサを見て、キュルケはゴーレムとシルフィード両方を見比べ、結果シルフィードの背に跨ることを選んだ。 それを見たコルベールは頷くと、ゴーレムを鋭い目で凝視している逃げるようにも言った。 「レイム、君もミス・ヴァリエールと一緒に逃げてください。ゴーレムは私が引きつける。」 しかし霊夢は首を横に振ると一歩前へと歩み出た。 「そうしたい所だけど今回はそうもいかないわ、だってそのフーケとやらが…」 そう呟くと霊夢は後ろにある潰れてしまっている小屋を頭の中で思い浮かべる。 「折角の手がかりを潰してくれたのよ。」 霊夢はそう言うとコルベールが制止する前に飛び上がり、ゴーレムの方へと向かっていった。 突如前に出てきた霊夢を敵と認識したゴーレムは右の拳を素早く振り下ろした。 「単純な攻撃だわ、性能はあのギーシュとかいうのが出してたのと大差ないわね。」 その攻撃を横へ飛んで避けた霊夢は余裕満々にそう言うと持っていた札を空振りしたゴーレムの右手へと投げた。 一直線に飛んでいく札はゴーレムの腕に着弾したと同時に大きく爆ぜ、それが一気に連続して続いた。 攻撃をまともに食らった右腕はしかし、大したダメージはなかったがまだ霊夢の攻撃は終わっていない。 次に左手に持った札を扇状に飛ばし、ゴーレムの胴体に直撃させる、がこれもまた大した効果は得られていなかった。 「でも防御力は並じゃないかぁ……よし。」 ならばと霊夢はゴーレムの顔付近にまで一気に飛んでいくと一枚のカードを懐から取り出した。 それは『スペルカード』と呼ばれる物で、幻想郷での決闘ルール「スペルカードルール」に用いる技や契約書の総称である。 主に『弾幕ごっこ』という人妖同士の決闘で使われる物だ。ちなみに霊夢自身もこのスペルカードには一枚噛んでいる。 だがそれはあくまで幻想郷の中でのルール、ここハルケギニアではスペルカードは必要のない物だ。 しかし霊夢は、あくまでスペルカードルールに従いフーケのゴーレムを倒すと心の中で決めた。 最も霊夢自身、まさかこんな異世界で使う羽目になるとは思ってもいなかったが…。 ―霊符― ―――『夢想妙珠』― それを発動したと同時に霊夢の周りに赤、青、緑、黄色といった様々な色をした大きな光弾が現れた。 地上にいた二人はその光景に目を丸くした。 「み、ミスタ・コルベール…!あれは一体なんですか!?」 ルイズは色とりどりの光弾に釘付けになりながらもコルベールに聞いてみた。 「わからん、あんなのは今まで見たことがない!あれは先住魔法とでも…?」 コルベール自身もあの様な魔法は見たことが無く、適当にそう答えることしかできなかった。 そして、今まさに飛ばんとしているシルフィードの背に跨ったタバサとキュルケも目を丸くしていた。 「た、タバサ…アレ見てみなさいよ。」 タバサはずれた眼鏡を直すことも忘れ、未知の力に驚愕していた。 今まで多くの強敵と裏で戦ってきたタバサではあるがあのような力は見たことがなかった。 出現した夢想妙球はふわっとした感じで浮きつつも、素早くゴーレムの所へ突っ込んでいった。 避ける暇もなく、一発二発と色鮮やかな光弾がゴーレムに直撃し、ものスゴイ砂塵を巻き起こした。 その砂塵は全てゴーレムの体を構成している岩が、破壊力抜群の光弾によって砕けて出来たモノである。 霊夢が手に持っていたスペルカードを懐にしまい直した後、砂塵が風に吹かれて空へと舞い上がっていく。しかし―― 「ん…――――――っ!?」 突如ボロボロの巨大な右腕が霊夢を掴んだのだ。 砂塵が完全になくなった後にあったのは、体中がボロボロになったゴーレムが健全として立っている。 少し足りなかったと霊夢が思っていると、ゴーレムの体が盛り上がり傷つけられた部分が直っていく。 (コイツ…自己再生とはまた…。) 自己再生自体は基本珍しくもない、それなりに力のある妖怪なら造作ないことである。 やがて数秒も経たぬうちにゴーレムの体は無想妙珠を喰らう前の状態になり、霊夢を掴んでいる右手を思いっきり振り上げる。 その次にこの無機物の塊が何をするのかすぐに断定した霊夢は少しだけ目を丸くする。 「あちゃ~、ここから思いっきり叩きつけられたら流石にやばいわね。」 暢気そうにそう呟いた直後、霊夢を掴んでいたゴーレムの右手の甲を巨大な氷の矢が切り裂いた。 突然の攻撃にゴーレムは咄嗟に右手の力を緩めてしまい、霊夢はすぐに脱出した。 どうやら先程氷の矢を放ったのは、目の前にいるシルフィードの背に乗ったタバサであった。 彼女は霊夢が脱出したのを確認すると此方の方へ近づいてくるゴーレムの右手に遠慮のない弾幕を浴びせる。 弾幕と言ってもただ単に氷の矢――ウィンディ・アイシクルを多数出現させて飛ばすだけである。 ただそれでも効果があり、ゴーレムの右手は氷の矢に切り裂かれ、あっという間にボロボロになってしまった。 だがそれもつかの間であり、ゴーレムの右手はまたもや再生をし始めている。それを見たタバサは顔を微妙に顰めた。 それを横で見ていた霊夢も同時に顔を顰めている。 「キリがない…。あの光の弾よりも更に威力の高い攻撃が必要…あなた、もう一度打てる?」 ふと、タバサがそう呟き霊夢の方へと顔を向けた。 さしずめ先程のスペルカードよりも威力の高いものを期待しているのだろう。 「そうねぇ…、確かにまだ強力なのがまだあるけど使うのは少し勿体ないし…ちょっとアレを試しに使ってみようかしら?」 霊夢が苦笑しつつもそうぼやくと地上に置いてきた黒筒を思い浮かべる。 どうして「アレ」がこんな異世界にあるのかはよく知らないが丁度良い。 今すぐにでも使えるし、何より神社に置きっぱなしにしているのよりずっと良い物なので持ってきた甲斐があった。 「ちょっと置いてきた自分の武器を取ってくるから、アンタ達はあれを足止めしてくれない?」 霊夢はキュルケ達の方へと顔を向け、ゴーレムを指さしながら言った。 キュルケはあの巨体を見て一瞬だけ嫌そうな顔をするが杖をゴーレムの方に向けた。 「う~ん、しょうがないわね。一分だけよ?」 「もう魔力の残りがない、なるべく急いで。」 続いてタバサも下ろしていた杖をゴーレムの方に向け詠唱を開始する。 そんな二人に霊夢は軽く手を振ると急いでコルベールとルイズが居る場所へとすっ飛んでいった。 「おぉレイム、良く無事だった!」 地上へと降りてきた霊夢を見て少し安心しているコルベールを無視し、 彼女は先程の黒筒の中に入っている「アレ」を取り出そうとして、いまこの場に残っている後一人がいないことに気が付いた。 「あれ?ルイズは何処言ったの?」 コルベールも霊夢の言葉でそれに気づき、辺りを見回した。 そして自分の足下にあった箱の中身が消えているのに気が付き、更にルイズが今どこにいるのか知った。 「え…?…おぉっ!?大変だ、ミス・ヴァリエールがあんな所に!」 「ハァー…ちょっとアイツ、何やってるのよ?」 「何をしているんですか、ミス・ヴァリエール!こっちへ戻ってきなさい!!」 阿呆としか思えないその行動に霊夢は戦いの場にも拘わらずため息をついて呆れた。 一方のコルベールは暢気な霊夢とは反対に声を荒げ叫ぶ。 コルベールが指さした先にいたのは、ゴーレムの足下で学院の財宝である『破壊の杖』をブンブンと振り回しているルイズがいた。 一方のルイズは、いつ踏みつぶされるかも知れない恐怖をこらえて一生懸命『破壊の杖』を振り回していた。 「この…この!名前に杖が付いているならちゃんと魔法を出しなさいよコレ!」 ルイズは先程の霊夢のスペルやタバサ達の戦いを見て、自分も杖を手に戦おうとした。 しかし、さきほど小屋から脱出した際に何処かへ吹っ飛んでしまったのかルイズの手元には無かった。 仕方なく、先程コルベールが言っていた『破壊の杖』を無断で拝借し、危険を承知でゴーレムの足下までやってきたのである。 いつもなら魔法の代わりに爆発したりするのだが、今回はそれすら起こらない。 だがルイズは諦めず、壊れたように詠唱を続け破壊の杖を振り回す。 「なんで…なんで何も起こらないのよぉ!!」 やがて堪忍袋の緒が切れたのか、ルイズは涙目になりながら破壊の杖を荒々しく足下に投げ捨てた。 ルイズは嗚咽を漏らしながら、その場にペタリと座り込んでしまった。 (結局、私はゼロのルイズなの…?結局は……。) 「もう駄目…魔力が無い。」 「こっちもそろそろ終わりそうね…たくっ!あの紅白は何やってるの…?」 タバサとキュルケの力もほぼ無いに等しく、ゴーレムは殆ど無傷であった。 二人の攻撃は凄まじかったがゴーレムの再生能力はそれらを全て凌駕している。 当然空中で戦っている為、今ルイズが何処にいるのか知らない。 魔力が切れるのを待っていたのか、ゴーレムはシルフィードをその手で執拗につかみ取ろうとし始めた。 「シルフィード、離脱して。」 主の命令にシルフィードは素直に従い、素早くその場から離脱した。 やっと安全になったと思い、杖を戻したキュルケは地上にいるゴーレムの足下を見て驚いた。 なんとそこにあのルイズが杖みたいな物を足下に置いて蹲っていたのだから。 上空にいる二人もそれに気づいた時、ゴーレムもやっとこさ足下にいたルイズに気づいたのか、片足をゆっくりとあげ始めた。 だれがどう見てもゴーレムがルイズを踏みつぶそうとしているのは明確である。 コルベールは杖を向け詠唱しようとする。が、間に合いそうにもない。 キュルケも残り僅かの魔力を振り絞りなんとかルイズが逃げれる時間を作ろうとしているがゴーレムの動きは速かった。 ブォン!と風の切る音と共に上げられていた大きな足を地面にいるルイズ目がけて勢いよく下ろした。 轟音、衝撃と共に大きな土埃が辺りに飛び散り、土埃の所為でコルベールは詠唱を中止し、ローブで己の身をかばった。 間に合わなかった!!――――彼が強くそう思ったとき、ふと何かが落ちてきた。 コルベールの頭に直撃したソレは、先程横にいた少女が持っていた『黒筒』だったらしい。 大した痛みがなかったのはその『筒』に『中身』が入っていなかったからだ。というよりその中身も大して重くはないが。 そして、その筒を背負っていた少女も何処へと消えていた。 ルイズは、ゴーレムに踏みつぶされる瞬間に閉じていた目をゆっくりと開けた。 顔を伏せていた所為かまず最初に見えたのは粗い土であった。 ゴーレムが右の足を上げた時、ルイズはやろうと思えば逃げられていたのではあるが腰が抜けてしまっていた。 蛇に睨まれた蛙の如く動けなかった彼女は踏みつぶされる直前に目をつぶり、天国に逝けるよう始祖に祈った。 しかし、自分は生きているようだ。なんせ体は重いし、それに妙に暑いのでどうやら死に神の鎌からは逃げられたらしい。 ルイズはゆっくりと顔を上げ、自分に背中を見せていた相手を見て驚いた。 滑らかな黒のロングヘアー、一見すると大きな蝶にも見えてしまう赤リボン。 脇部分を露出させた大胆な紅白色の異国風の服を着た少女…。それは間違いなく博麗霊夢その人であった。 「全く、アンタが一番役に立たないんだから先に逃げなさいよ…。おかげで余計なことをする羽目になったわ。」 前にいる霊夢は面倒くさそうにそう言った。 ルイズは立ち上がり、辺りを見回してみると青い障壁がゴーレムの足を食い止めていた。 「あ、有り難う…ってあら?」 霊夢にお礼を言おうとしたルイズは彼女が左手に何かを持っている事に気が付いた。 「それって……杖なの?」 そう、霊夢は左手に「杖」を持っていた。 しかし、それはルイズが見たこともない一風変わった「杖」だった。 霊夢の慎重よりも長く、細い「杖」は黒一色に塗られ、綺麗な光沢を放っている。そして一番の特徴とも言えるのがその杖の先端部分だった。 先端には薄い純銀の板の装飾が施されており、太陽の光に反射してキラキラと光り輝いていた。 それは、このハルケギニアには無い装飾で、「紙垂」と呼ばれる物であった。 ルイズは何故かは知らないが思わずそれに目を奪われてしまった。どこか神聖な雰囲気を漂わせるそれに。 そんなルイズに気づいた霊夢がその「杖」の柄で彼女の額をトンッ!と勢いよく小突いた。 「イタッ!」 脊椎反射でルイズは額を抑えながら後ずさった。 「何ぼーっとしてるのよ。さっさと逃げてくれない?じゃないとアンタも平気で巻き込むわよ?」 霊夢は左手に持った杖…否。「御幣」をゴーレムの方に突きつけると、未だに痛がっているルイズにそう言った。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん トリステイン魔法学院で行われたフリッグの舞踏会から約一週間が過ぎた。 勉強もこれからだという時期なのに魔法学院の生徒達はあの時が忘れられず、この教室でも何人かがそのときの思い出を話していた。 ある者は恋人が出来たとか、とても美味しい酒やご馳走を楽しめた等々色々だった。 そんなホンワカとした雰囲気の中、ただ一人ルイズだけが何かを考えているような表情でイスに座っていた。 フリッグの舞踏会があったその日からルイズの頭の中には学院長のある言葉が残っていた。 それは春の使い魔召喚の儀式で喚んでしまい、今では使い魔ではなく居候と化している霊夢へ放たれた言葉であった。 ――――君に記されていたというルーンはこの神の左手と言われた『ガンダールヴ』のルーンじゃ。 ―――そう…『虚無』の使い魔であり、ありとあらゆる武器を使いこなす伝説のガンダールヴ!! 学院長はハッキリとそう言った。ガンダールヴなら私でも知っている。 大昔にかの始祖ブリミルと共に東にある『聖地』へ赴いたという始祖の使い魔の内一人。 ありとあらゆる武器と兵器を使いこなしブリミルの盾となった。 そしてそのルーンが、霊夢についている『筈』らしいが… ―――馬鹿言わないでよ!それにアンタの左手にルーンが刻まれてるでしょ?それが使い魔の証拠… ―――そんなの何処にも無いけど? ――…え?嘘、なんで!? 最初に自室へ連れて行ったときにはちゃんとキスしたはずなのにルーンが左手の甲から消え失せていた。 だからそのときにきっとガンダールヴのルーンとやらも消えてしまったのだろう。 ミスタ・コルベールはそのルーンをスケッチしたそうだが…今となってはもう関係ない。 (というよりも…私が伝説の『虚無』の担い手のわけがないし…。) そう、ガンダールヴを召喚できるのは『虚無』の系統を操れる者と言われている。 『虚無』事態は既に歴史の彼方に消え去り、本当にあったのかさえ良くわからない。 ルイズがそんな事を考えていると、一人の教師が突然ドアを開けて入ってきた。 と同時に、今まで喋っていた生徒達も黙ってしまい全員緊張した顔で教壇に注目する。 入ってきた教師はミスター・ギトー。 黒い長髪に漆黒のマントと、いかにも絵本で悪役として出てきそうな姿をしている。 体に纏っている雰囲気は冷たく、生徒達どころか給士や衛士、教師達からもあまり人気が無い。 現にルイズ達の学年を初めて見たときにも「今年は不作だな。」と馬鹿にしていた。 ギトーは教壇に立つとゴホンと咳払いをし、生徒達を見回す。 そして一通り確認し終えると、満足そうに頷き口を開いた。 「…では授業を始める。皆が知っての通り、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ。」 ギトーは軽く自己紹介をすると、怠そうな顔で教壇の方を見つめているキュルケへと視線を向けた。 教師の視線に気づいたキュルケはハッとした顔になると先程の態度を誤魔化すかのように軽く咳払いをする。 「ふむ…突然だがミス・ツェルプストー。この世で最も最強の系統を君は知ってるかね?」 「え?」 突然の質問に、一瞬だけ言葉に詰まってしまったがすぐにいつもの得意げな顔になるとキュルケはその質問に答えた。 「簡単ですわミスター・ギトー。伝説と豪語されている『虚無』とやらじゃないんでしょうか?」 いつものように小馬鹿にした感じでキュルケはそう言ったが、ギトーはそれを首を横に振って否定した。 「君はいつからミスタ・コルベールの様な学者になったのだ?私は現実的な答えを求めているのだよ。」 馬鹿にするつもりが、逆に馬鹿にされてしまったキュルケは少しだけカチンときた。 「それはすいません…なら答えは『火』ですわ。全てを燃やし尽くせる威力とその情熱は如何なる存在にも匹敵します。」 『微熱』の二つ名を持つ彼女らしい答えに、ギトーは唸ったが…すぐに口を開いた。 「確かに、『威力』だけを考えればあながち間違ってはいないが。残念ながらそれは違う。」 ギトーはそう言うと腰に差していた杖を勢いよく引き抜き、キュルケの方へ顔を向けた。 「試しに、この私に『火』の魔法で攻撃してみたまえ。」 その思いがけない言葉に、キュルケどころか他の生徒達もギョッとした。 「どうしたミス・ツェルプストー?君は『火』系統が得意では?」 もはや挑発ともとれるその言葉に、キュルケが黙っていられるはずが無かった。 「火傷どころか、退職騒ぎになるような状態になっても知りませんわよ?」 キュルケはそう言うと胸の谷間から杖を引き抜き、ギトーの方へと向ける。 しかしギトーはそれには動じず、鼻で笑うと更に言葉を続けた。 「面白い、今まで私に挑んできた『火』系統の生徒達も君と同じようなことを言っていた。」 それを聞いたキュルケは目を細め、いつもの小馬鹿にしたような笑みを消し詠唱を開始した。 ある程度詠唱をすると杖を軽く振った。すると目の前に差し出していた右手の上に小さな火の玉が現れた。 次いで更に詠唱をしていくとそれに伴い火の玉も大きくなっていき直径1メイルほどの大きさとなった。 他の生徒達はそれを見て慌てて机の下へと隠れた。 あの大きさともなると爆発したときの範囲はルイズの失敗魔法並である。 キュルケは深く深呼吸をすると右手首を回転させ、胸元にひきよせると思いっきり火の玉を押し出した。 唸りを上げて飛んでくるソレをギトーは避ける動作すら見せず杖の先を火の玉に向けると剣を振るようにして薙ぎ払う。 直後、烈風が舞い上がり火の玉がかき消えた。と同時にギトーは疾風の如くキュルケの元へと駆け寄る。 キュルケが気づいたときには既に遅く、ギトーの足払いにより体勢を崩し、そのまま地面へと仰向けに倒れた。 ギトーは杖を戻し、軽く呼吸をすると頭だけを出して様子を見ていた生徒達の方へと体を向けた。 そして舞台の上に立った大役者のようにおおげさに腕を上げ、何か言おうと口を開こうとした時―――― 「 あ や や や や ! 失礼いたしますぞ!」 突然ミスター・コルベールがもの凄い勢いでドアを開けて教室に入ってきた。 その体に纏っているローブにはレースの飾りや刺繍が躍っており、頭には馬鹿でかいカツラをのっけていた。 コルベールは早足で教壇の所にまで来ると軽く咳払いをし、辺りを見回した。 突然の乱入者に活躍の場を奪われ唖然としていたギトーはハッとした顔になるとコルベールへと詰め寄った。 「どういうおつもりですかミスタ・コルベール?今は授業中です。」 詰め寄ってきたギトーに対しコルベールは陽気な口調で返事をした。 「おぉミスター・ギトー!すいませんが今日の授業は全て中止ですぞ!」 コルベールの口から放たれた言葉は周りの生徒達にも伝わり、ざわ…ざわ…と辺りが少しだけ騒がしくなる。 それから数秒おいてからコルベールはウンウンと頷くと怪訝な顔をしているギトーを放って説明をし始めた。 「えー皆さんに嬉しいお知らせがありますよ。」 もったいぶった調子でそう言うとエッヘンとのけぞった、しかしその拍子に頭からカツラが取れてしまった。 「なんと今日はトリステインの花であるアンリエッタ姫殿下がこの魔法学院の視察に――」 だがそれに気づいていないのかコルベールは両腕を振り上げながら説明を続けた。 それを見て今までざわついていた生徒達の間からクスクスと小さな笑い声が聞こえてきた。 やがてそれは他の生徒達へと伝わり、大きな笑い声となっていく。 「―その為今日は各自歓迎のための準備…え?ホアァ!?」 笑い声に気づいたコルベールはふと足下を見てみると自分が頭に乗せていたカツラがあるのに気が付いた。 思いの他驚いているコルベールへ向けて、タバサがポツリとこう呟いた。 「――滑りやすい。」 その瞬間、タバサの顔に咄嗟にコルベールが投げたカツラが直撃した。 場所は変わり、トリステイン国内のとある山奥。 太陽が出ているのに空を覆うように生えた大木の所為で森全体がとても薄暗く、不気味な雰囲気を出している。 こういう場所は狼や野犬、そしてある程度の知能を持った恐ろしい人外にとっては快適な場所なのだ。 そんな危険な場所を大きな篭を持った女の子が自分の腰ほどの高さもある雑草だらけの山道を歩いていた。 この地方を管轄している領主もこんな山奥に道を作ろうとはしないので荒れ放題である。 篭には少女の好物である蛙苺と呼ばれる野苺が沢山入っていた。 家を出るとき、両親からは森の奥には入ってはいけないときつく言われていたが、以前に内緒でココヘ来たことがあったので気にしなかった。 …村の近くに生えているのは酸っぱかったが、きっとこの山奥に生えているコレはおいしいに違いない。 少女はそんな事を思いながら自分の家がある村を目指し歩いていた。 その姿を、草むらで身を隠しじっくり観察している人外達がいる。『オーク鬼』である。 オーク鬼の姿は二本足で立っている豚―――という例えがピッタリと当てはまっている。 でっぷりと太った大きな体には狼や鹿から剥いだ皮を纏っていて、首には荒縄で人の頭骨で作った首飾りを下げていた。 身の丈は2メイル、体重は人間の優に5倍とかなり厳つく、手には大きな棍棒を握りしめている。 このオーク鬼達は自分たちの巣へ帰ろうと、ふと人間の匂いがしたため近づいてみたら丁度良い餌が目に入ったのだ。 主に鹿、兎などの草食動物や人間すら食べるオーク鬼達は、小さな子供が大好物という困った嗜好を持っている。 オーク鬼達は全部4匹おりその内一匹がフゴフゴ…と鼻を鳴らすと後ろにいた残りの3匹は頷き、ゆっくりと草むらをかき分け、少女に接近し始めた。 流石は厳しい大自然で生きる者達、一匹たりと音を出す者はおらず気配を殺し、獲物へと近づく。 篭を両手で持っている少女はそれに気づかず、鼻歌を口ずさみ始めた。 今頃彼女の頭には家で美味しい美味しい蛙苺を食べている自分姿を思い浮かべているに違いない。 オーク鬼達は尚もゆっくりと近づき、後2メイルという所にまで差し掛かった直後――― ―――― ボ ン ッ ! 突如空からもの凄い速度で飛んできた「紙」が草むらに隠れていた一匹のオーク鬼の体に直撃し、爆ぜた。 少女は足を止めてキョトンとした顔になり後ろから聞こえてきた爆発音に何事かと後ろを振り返った。 「キャアッ!お、オーク鬼!!」 今まで気づかず自分の後ろにいた恐るべき人食い鬼がいたことに悲鳴を上げた。 攻撃を受け、地面に突っ伏しているオーク鬼の頭は見事真っ黒に焦げており、ピクリとも動かない。 少女はそのオーク鬼が死んでいることに気づかず早くここから逃げなければと思い、篭をその場に投げ捨てると脱兎の如く村の方へと逃げていった。 そんな少女を逃がすまいと一匹のオーク鬼が立ち上がる。 「プギィ!……ギャッ!?」 しかしその直後、今度は空から飛んできた一本の針が立ち上がった絵オーク鬼の右目を刺した。 オーク鬼は甲高い悲鳴を上げながらもその針を抜こうとするが、あの紙が目をやられたオーク鬼に目がけて飛んでくる。 ただ今度は照準が狂ったのか、それは直撃はせず地面に当たり、直後爆発を起す。 爆発の衝撃で近くにいたそいつは吹き飛ばされ、そのまま道の外れにできた急斜面を転がり落ちていった。 残り2匹となったオーク鬼達は素早く立ち上がると目標を上空にいると思われる敵に視線を向けた。 直後、空から一人の少女がオーク鬼達目がけて飛んできた。オーク鬼達は怒りの叫び声を上げて棍棒を振り上げ迎え撃とうとする。 少女は地面まで後5メイルというところで、両手に持っていた紙を勢いよく二匹に投げつけた。 投げつけられた紙は地上にいた残り二匹へと飛んでいってその内一匹だけ直撃し、そのオーク鬼もまた最初の奴と同じく黒こげとなった。 最後の一匹はその紙を運良く棍棒で薙ぎ払う事に成功した。 代わりに棍棒が爆砕したが接近戦で人間に負けたことがない彼にとっては何の問題にもならない。 オーク鬼は綺麗に着地した少女に駆け寄ろうとしたが、直後に少女は左手に持っている「杖」をオーク鬼へと向けた。 今更杖を抜いても詠唱する暇など無い。メイジとも何度も戦闘経験がある彼はそんな事を思いその大きな拳を振り上げた。 「―――夢想封印。」 少女がポツリと呟いた瞬間、目の前にあの紙が大量に現れ、 オーク鬼は自慢の拳で攻撃することも出来ずその紙の弾幕によって削り殺される事となった。 「ふぅ…こんな所かしらね。」 オーク鬼を倒した少女、霊夢は一人そう呟いた。 「それにしても、何処にでもこんなのはいるものね…ホント、イヤになるわ。」 霊夢はそう言うと黒こげになったオーク鬼の死体を一瞥する。 暇つぶしにと空中を散歩をしていた彼女は豚によく似た妖怪が棍棒持って今にも人を襲おうとしていたので退治した。 勿論オーク鬼達は妖怪という分類には入らないかも知れないが、霊夢から見ればこういう連中は全て妖怪に当てはまる。 それにこれが初めてということもなく、以前にも外へ出たときに何度か遭遇し撃退している。 ある時はこの様に襲われそうになっている人を助けたり、森の中で休んでいる時などには野犬なんかが襲いかかってきた。 野犬や狼等動物の類は軽傷程度の攻撃で済ましているが、こういうオーク鬼のような人外は完膚無きまでに叩きのめしている。 とりあえず散歩に戻ろうと霊夢は踵を返し空へ飛び上がろうとしたとき、ふと何かが目に入った。 それは先程襲われそうになった少女が持っていた蛙苺の入った篭だった。 食欲をそそる赤色の小さめのソレが篭から零れるほど入っていた。 「篭…の中に入ってるのは苺かしら?」 霊夢は篭の中から外へこぼれ出ている蛙苺を1個を手に取るとパクッと口の中に入れ… 「……酸っぱい。」 途端、言いようの無い酸味が口の中いっぱいに広り、顔を顰めた。 どうやらまだ熟していなかったらしい。 クウゥ~~… しかも食べ物を口に入れたせいか小腹まで空いてきた。 可愛く鳴る腹の音に霊夢はやれやれ、と肩を竦めた。 ――再び場所はトリステイン魔法学院へと変わる。 その学院の正門の周りでは学院中の生徒達が整列していた。 この時間帯は皆授業中だというのに誰一人それをとがめる者はいない。 どうして生徒や教師達がこんな事をしているのか――答えは今正門をくぐって学院に入ってきた馬車にあった。 無垢なる乙女しか乗せないと呼ばれるユニコーンにひかれた馬車が入ってきた途端、生徒達は手に持っていた杖を一斉に掲げた。 小気味の良い杖の音を出しながら皆が皆その馬車に尊敬と憧れの念が混じった瞳で見つめている。 馬車はオスマンが佇んでいる本塔の玄関先の近くで止まると召使い達が素早くじゅうたんを敷き詰めた。 傍にいた衛士は大きく息を吸うと、大声でこう言った。 「トリステイン王国王女!アンリエッタ姫殿下のおなーりー!!」 その言葉を待っていたかのように馬車の扉が開き中から誰かが姿を現した。 しかし――生徒達はその「王女」という言葉に似つかわしくない姿を見てポカンとする。 それは坊主が被るような丸い帽子をかぶり、灰色のローブに身を包んだ年老いた男だった。 髪もひげに既に白く、指は鳥の骨にそっくりであった。その男はマザリーニ、という名前を持っている。 彼はまだ四十代であるが、枢機卿としての長い長い激務や他人を蹴落とし合う国の政事が彼をこの様な姿にした。 その様なエピソードを持つマザリーニに対し、生徒達の内何人かが馬鹿にするように鼻で笑う。 平民の血が混じっているという噂があり、その為貴族は愚か平民達にすら支持されていないのである。 マザリーニの登場により、辺りは気まずい雰囲気になったが…馬車の中から今度は綺麗なドレスを身に纏った少女が出てきた。 年は17。すらりとした顔立ちと薄いブルーの瞳と高い鼻が目を引く美少女であった。 その姿を見た生徒達はその場の雰囲気を一気に変え、辺りを完成を包む。 少女は軽く微笑むと生徒達に向かって小さく手を振り、更にそれが歓声を激しくさせた。 そう、その少女こそがトリステイン国王王女、アンリエッタなのであった―― 生徒達が王女の登場により気分が高揚している中、たった一人だけが白けた目でそれを見ていた。 「あれがトリステインの王女?まだまだ子供じゃない。」 そう言ったのは後頭部に小さなたんこぶが出来ているキュルケであった。 授業でミスター・ギトーにやられたのがよっぽと応えたのか、気分が高揚しないまま参加したのだ。 そして隣では騒ぎなど気にも留めず、立つどころか座って本を読んでいるタバサがいる。 「……本当、あなたって周りの事はどうでもいいというか、相も変わらずね。」 キュルケはそんなタバサを見てポツリとそう呟くと目だけをキュルケの方へ向け…直ぐに本へと視線を戻した。 そんな友人を見てキュルケは怠そうなため息を吐くと隣にいるルイズへと視線を移す。 「ねぇヴァリエール、あなた程でも無いけどあの王女様はまだまだ子供―――ってあら?」 ルイズの顔には僅かに赤みが入っており、いつもの彼女の顔ではないことに気が付き少し言葉を詰まらせた。 キュルケは急いでルイズの視線を追うと、そこには羽帽子を被った立派なグリフォンに跨っている衛士がいたのだ。 ぼんやりとした表情のルイズとその衛士を交互に見比べると、今まで喜怠そうだったキュルケの顔から笑みが戻り始める。 そして口元を大きく三日月形に歪ませ、手で口元を隠し含み笑いをするとボソッと心の中でこう呟いた。 (もしかしたら私、ヴァリエールの一目惚れ…ひょっとしたら初恋の瞬間に立ち会っちゃったかも。) そんな歓迎ムードな学院で一つの激闘が繰り広げられている場所があった。 「おい、クロステーブルはちゃんと敷けたか!?」 「ティーポットの替えって何処にしまってあったっけ?」 厨房ではシェフや給士達が鍋や皿を相手に大格闘していた。 今回アンリエッタ王女はここで昼食と夕食を取る。その為厨房の者達はセッティング等で忙しいのである。 学院お抱えの料理人達は日頃鍛えている腕を奮って料理を作り、給士達はそれを盛りつける皿を準備する。 給士の一人であるシエスタは、純白のテーブルクロスを両手に抱え食堂の中を走っていた。 ここで働いてから月日はかなり経っていたため、しっかりとして足取りで走っていた。 ただテーブルクロスの所為で足下が見えなくなっており、その為に地面に転がっていた石ころに気づかなかった。 「ふぅっ…ふぅっ……あぁっ!」 案の定石ころにつまずいたシエスタはテーブルクロスを咄嗟に放り投げ、大理石とキスすることになった。 数秒おいてから、シエスタは小さなうめき声を上げ鼻を右手で押さえながら立ち上がる。 そしてよく考えればせっかくの綺麗になったのが台無しになってしまったと思い、ため息をついた。 「あぁ~…やっちゃったなぁ…ってあれぇ?」 そんな事をぼやきながら瞑っていた両目を開け、地面に落ちている筈のテーブルクロスが無いことに気が付いた。 一体何処かと思い、辺りを見回しているとふと後ろから声を掛けられた。 「あんたの探してる物って…これかしら?」 振り返ると、そこには頭からテーブルクロスを被った誰かがいた。 背はシエスタよりも少しだけ低めで頭から白い布を被っているとお化けのようだ。 声はまだ幼さが残っており、「少女」と言う言葉がピッタリと当てはまる。 「あっ!すいません、私ったら…。」 誰だか分からないが失礼だと思い、急いでテーブルクロスを取った。 「前を見るのは良いけど、ちゃんと足下見て走りなさいよ。」 そして…頭から被っていたのがヴァリエールに召喚された霊夢だと知った。 嫌そうな表情になっていたが、すぐにいつもの表情に戻ると彼女は辺りを見回した。 つい先程まで森の上空を飛び回っていたのだが、少し小腹がすいたため何かつまむ物は無いかと学院に戻ってきたらこの騒ぎようである。 「随分と忙しそうね、また宴会か何かでもする気?」 「あぁ、実は今日アンリエッタ王女が視察をかねてここでお食事をするんです。だから準備に追われていて…」 「アンリエッタ王女…?誰よソレ。」 シエスタの口から発せられた聞いたことのない名前に霊夢はキョトンとした顔になる。 「え、知らないんですか?この国の王女様で、とっても綺麗なお方なんです。 もし顔を見たいのなら今は学院本塔の中を見学中の筈ですから行ってみたらどうです?」 では、私はこれで。と最後に言い、シエスタはテーブルクロスを抱え廊下の奥へと走り去っていった。 (王女、ねぇ…まあどうでもいいか。別に会っても何か起こるわけでも無いし。) それより今は何か食べるものはないかと王女に全くの興味を示さない霊夢は厨房へ足を進めた。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん トリステインから丁度馬で二日くらい掛かる距離に、ラ・ロシェールという『港町』がある。 港町でありながら辺りを頑丈な岩山に囲まれ、既に枯れてしまった世界樹の木が生えているだけの寂しいところだ。 何処にも海や川と言ったモノはないが、それでも世間では『白の国』と呼ばれるアルビオンへの入り口の役目も果たしている。 人口三百人と規模は小さい街ではあるがそれでもアルビオンと行き来する人々で常に街は賑わっているのだ。 建物は木造ではなく全て岩から削り出され、それ等は全て『土』系統のスクウェアメイジ達が作り出した努力の結晶なのである。 今の時間は深夜であるがラ・ロシェールの町は賑わっており、特に酒場などでは今も尚灯りがついている。 鎧を着こなし、槍や剣を背負った傭兵達が安そうな酒瓶片手に酔っぱらいながら道の真ん中を堂々と歩いていた。 彼らは全員アルビオンの王族派に雇われ、形勢不利と見てここへ逃げてきた者達である。 傭兵達にとっては雇い主を見捨てて逃げるということは別に恥じることではない、彼らは名誉より金と命が大事なのであるから。 共和制万歳!と叫びながら酒をあおる彼らを、空から見つめている黒髪の少女がいた。 「学院からここまで大分時間が掛かったけど…大分暗くなったわね。」 黒髪の少女、霊夢はそういうと真下にあった建物の屋根へ降り立った。 別に町の各所にある休憩所のような場所でも別に良かったが、 道にはあのように女なら小さくても良い、とか言いそうな奴らがうじゃうじゃいるのでこうして屋根伝いに移動しているのだ。 それに宿屋に泊まろうにも、霊夢はお金とかそういうものは一切持ってきていない。 では霊夢が何故この様な学院からかなり離れたこんな場所に来ているのかというと、それにはわけがあった。 「それにしても、なんでこんな異世界に幻想郷緑起があったのかしら?」 霊夢はポツリと呟き、今日の朝方に起こった出来事を思い返していた……。 ちょっとした事情で学院長室に来たところ、アンリエッタというルイズの幼馴染みと出会った。 その時、彼女がアルビオンという国で手に入れたという本が霊夢の言う『幻想郷緑起』だったのである。 ◆ 『幻想郷緑起』とは……死んでは生まれ、死んでは生まれを繰り返す稗田の者によって書かれた幻想郷に関する本である。 妖怪、そしてそれを退治する者達、幻想郷の土地などが詳しく書かれている。 その歴史は古く、今では「現代向け」―霊夢はその言葉の意味が理解できていない――という名目で誰でも読めるような本になっている。 最も霊夢自身は少し読んでいる程度でそれ程興味を示していなかった。 だが、流石にこんな月が二つあるような異世界でお目に掛かるとは思っていなかったのだ。 そういうわけで、今霊夢は幻想郷緑起があったというアルビオンという国を目指しているのである。 ちなみにそこへどうやって行けば良いのかは聞いていないが…まぁなんとかなるだろう。という考えでここまで来たのである。 ◆ 「それにしてもこの町はやたらと騒がしいわね。」 ラ・ロシェールの町は深夜になってもあちこちの建物から灯りは絶えない。 特に今はアルビオンから逃げてきた傭兵達が酒場で騒いでいるため尚更それに拍車を掛ける。 しかもそいつら全員が血気盛んなため時折罵声、怒声に混じって銃声なんかも聞こえてくるのだ。 幻想郷の人里にも此所と似たような場所はいくらかあるがこの町よりかは危険ではない。 「それに随分と物騒だし。早く出て行きたいわ…。」 霊夢はため息まじりにそう言って辺りを見回すと、ふと西の方に巨大な何かがあるのを見つけた。 それは暗闇の所為でハッキリとはしないが、まるで『木』のように見えた。それもかなりの大きさの。 その巨大の木の枝には木の実の様な物体がぶら下がっている。 だけどよく見てみると、どうにも「ぶら下がっている」というより「浮いている」様に見える。 「何か怪しいわね、あの木は。」 霊夢がそう言うと、下の方から何やら男の達の声が聞こえてきた。 「よぉ、お前さんもアルビオンからここまで逃げてきたのか。」 「おぉジャックか、あんな土から離れた大陸で死ぬのはまっぴら御免だからな。」 どうやら店の外で話しているらしく、『アルビオン』という単語が霊夢の興味に触れた。 何かと思い、霊夢は屋根の上から少し顔を出し、ひっそりと耳を傾けた。 「全く王族派の連中め、安く見やがって。俺たちは兵器じゃねぇんだぞ。」 「その気持ちはわかるぜジャック、いくら対メイジに強い俺たちでも限界はあるからな。」 「そういえば、アルビオンへ行く前はここから見える港を、『金を呼ぶ大きな豆の木』ってよんでたよな俺たち…。」 「だけどいざアルビオンへ行けばそこへ待ってたのは俺たちの棺桶ときた。全く冗談じゃないぜ?」 そこまで二人の話を聞いた霊夢は顔を上げて再び遠くに見える木を見つめた。 先程の話から個人的に推察してみるに、どうやらアレは『港』らしい。 霊夢が知っている港とは似てもにつかない形だが…先程男が言っていた「金を呼ぶ大きな豆の木」という言葉。 豆の木かどうかはわからないが少なくとも「大きな木」といえばあれくらいしか思いつかないのである… 「まぁでも、怪しいとは思っていたし。丁度良いから行ってみようっと。」 そう暢気に言うと霊夢はフワッと空中に浮かび上がり、大木の方へと飛んでいった。 ◆ 先程彼女が佇んでいた屋根の上に二人の男女が現れ、のんびりと「港」を目指して飛んでいく霊夢を見つめていた。 一人は黒いマントを着込み、顔には白い仮面を被っている男であった。手には黒塗りの長い杖を持っている。 「あいつか?お前を難なく倒したという者というのは。」 「えぇ、あいつのお陰で額が今も尚痛くて堪らないわ。」 仮面の男に聞かれ、隣にいた暗緑色のローブを羽織った女は額を抑えながら悔しそうにそう言った。 「ハハ、どうやら大分手痛い目に合わせられたようだな。」 それを見て仮面の男は女を嘲笑うかのように体を小さく揺らすとそう言った。 女はそんな男の言葉を聞き、少し怒ったような口調で話しかけた。 「お前さんはアイツの強さは半端じゃないって事を知らないのさ。」 「ふぅん…つまりは、やってみなくては分からないと言うことか…?」 男は冷ややかにそう言うと踵を返し、何処かへ行こうとする。 「…どこへ行くつもり?」 「俺はちょっとお上からの命令であの娘を倒す手筈となっている。」 女はその言葉に、怪訝な顔をする。 「お上から…?それに倒すってどういう意味よ。」 「俺に聞くな、ただお前さんを倒したという少女の話を聞き、更にその少女がアルビオンへ来ると聞いた幹部共が俺にそう命令したのさ。」 男は心底ウンザリしたようにそう言うと女も呆れた様な顔になる。 「何よソレ?怪談話を信じて魔除けの聖水を部屋にばらまく子供と一緒じゃないの。」 「まぁ今は内の組織もピリピリしてるからな。さてと、では俺はあの少女を追う。お前さんは予定通り明後日の襲撃に備えておけ。」 男はそれだけ言うとバッと屋根から身を乗り出し、町の中へと素早く消えていった。 ◆ ―――場所は変わり、霊夢が居る場所から大分離れた所にある宿屋「女神の杵亭」。 数ある宿屋の中でもここだけは一際豪華な造りであり、当然泊まる客も貴族ばかりである。 その一室には、ルイズが天蓋突きベッドに腰を下ろしカップに入ったお茶飲んでいた。 ヘッドの傍にある鏡台の上にはアンリエッタ王女からアルビオンのウェールズ皇太子への手紙が入った封筒が置かれていた。 ルイズは今一度ソレを見て、ため息をつくと音を立てずにお茶を啜り口の中に入れた。 今ルイズは悩んでいた。別にこの任務を何故受けてしまったか、ということではない。 それは何かというと、学院に置いてきてしまった霊夢のことであった。 アンリエッタからは、いかなる者にこの事を話してはいけないときつく命令されていた。 だからルイズも余り親密な関係ではない霊夢には話すつもりは無かった。 それからワルド子爵と共にグリフォンに跨り、たった一日でこのラ・ロシェールに来てからあることを思い出した。 (霊夢の奴は多分私が居なくても別に平気だと思うけど…。そういえばとっておいたあの御菓子、棚の中に入れたままだったわ!) ルイズは霊夢を召喚する前、部屋の彼方此方に何かおめでたい事があった時にと取っ手置いた高級菓子を置いているのだ。 こちらがまともな食事と寝言のを提供する代わりに、霊夢は部屋の掃除をしてくれている。 ただ、そのときに保存している御菓子が見つかってしまうのは少しまずいのだ。 霊夢のことだ…きっと「丁度良いお茶菓子を見つけた。」とか言って食べてしまうに違いない。 ルイズは今にしてもっと別の所に隠しておけば良かった…と後悔していた。 勿論ルイズは霊夢が今この町にいるという事は当然知らない。 そんな風に一人悩んでいると、ふとドアからノックの音が聞こえてきた。 誰かと思い立ち上がりドアを開けるとそこには同伴者であるワルド子爵が立っていた。 手には二つのグラスと一本のワインボトルを乗せたトレイを持っている。 「やぁルイズ、ちょっと下へ行ってワインを貰ってきたよ。これから一杯どうだい?」 微笑みながらそう言うあこがれの人にルイズは思わず頷いた。 ワルドが部屋にはいるとルイズはドアを閉め部屋の左側にあるソファへと腰掛けた。 次いでワルドもトレイをテーブルに置き、ボトルの蓋を開けて中身をグラスに入れる。 血のように赤い色をしたワインは艶めかしく輝いている。 「ルイズ、君はこの少ない方のグラスを飲みなさい。」 ワルドはそう言い、少ししかワインが入っていない方のグラスをルイズに手渡した。 「子爵様、私昔のようにお酒に弱くなくなったのですよ。」 ルイズの言葉にワルドはチッチッと指を振った。 「ウソは良くないよミ・レィディ?君は今でもお酒に蜂蜜や果汁を垂らしていると聞いているんだ。」 「ヒドイですわ子爵さま、乙女の秘密を探るなんて。」 「それは誤解だよルイズ、君のことを愛しているからこそ…より一層君のことを調べたくなってしまうのさ。」 霊夢のような貴族社会とは全く縁がない人間が聞けば我が耳を疑ってしまうような言葉をワルドはさらりと言ってのけた。 しかし、貴族社会の中で生きてきたルイズは蜂蜜よりも甘い口説き文句に頬を真っ赤にさせてしまう。 それからしばらくの間ワルドとルイズは甘い甘い時間を楽しんでいたが、ふとワルドがある話題を出してきた。 「ねぇルイズ、あの時の事を覚えているかい?」 「…あの時の、事ですか…?」 ワルドの言葉にルイズはワインを飲みながら首を傾げた。 「そうさ、君がまだ小さかった頃に親同士が決めた婚約の事を…。」 ルイズは突然のことに口に含んでいたワインを吹きそうになったがなんとかそれを堪えてうまく飲み込むと返事をした。 「ゴホッ…は、はい。勿論今でもしっかり覚えていますわ。」 その応えを聞き、ワルドは頷くとまるで昔の事を思い出すかのように天井を仰ぎ見た。 「そうか、今までずっと覚えていてくれたんだね。…嬉しいよ。」 ワルドはそう言うとルイズの体を軽く抱きしめながらも言葉を続ける。 「僕は父が死んだ後、困難な仕事をこなしてグリフォン隊の隊長という位にまで出世できた。 なにせ、家を出るときに決めたのだからね…。」 「決めたって…何をですか?」 最後の言葉にルイズは首を傾げた。 ワルドはルイズの華奢な体を抱き留めている腕の力を少し緩めると一言、こう呟いた。 「――――立派な貴族となって、君を僕の花嫁として迎えに行くってね。」 ◆ 霊夢は飛び立ってから数分して、『大樹』もとい『港』へとたどり着いた。 ひとまず根本の方へ着地した彼女の目の前には完成してから何百年も経っているかのような木造の階段が幾つもある。 後ろを振り返ると吹き抜けホールのような造りの空洞になっており、他にも人が座るためのベンチやイスなどが設置されていた。 「野槌辺りが気まぐれで造った…とかじゃないわね。」 天井からつり下げられ、自身には読めない文字が幾つも記されている鉄製のプレート見て霊夢は冗談まじりに呟く。 「どうやらここへ来たのは正解ね。もしかしたら何か良い情報が見つかるかも…。」 霊夢はそう呟くととりあえず目の前にある見た目からして一番新しそうな階段を上っていった。 だけどやはり見た目だけだったらしい。階段がギシギシと軋む音を立てている。 途中でボキッと折れて吃驚するのはイヤなので、仕方なく飛んでいくことにした。 どんどんと上へ飛んでいくと、霊夢は枝にぶら下がってプカプカと空中に浮いている木の実――否、『船』を目にした。 ただそれは霊夢が知っている船とは違い、側面には翼が取り付けられている。 それに興味を引かれた彼女はひとまずその階で降り立つと遠くからその船を見上げた。 彼女の傍にある鉄製のプレートにはこの世界の文字で『アルビオン大陸行き』と書かれている。 「ふ~ん、船に翼ねぇ…。」 霊夢は関心があるのか無いのか良くわからない感じにそう言った直後… 「悪いがお前はそのアルビオン行きの船に乗ることは一生無い。」 後ろから男の声が聞こえ、霊夢は何かと思い振り返った。 だが彼女の背後にあるのは大小様々な木箱が無造作に積み重ねられているだけ。 そこには人の姿は見えない、いるのは精々ネズミぐらいだろう。 「…?何かしら今の声…それにアルビオンというとやっぱり――――――― ―!?」 不思議そうに霊夢が首を傾げた瞬間、横からもの凄い殺気が伝わってきた。 霊夢は背負っていた御幣を手に持つとひとまず上の階目指して飛び立った直後… ド ン ッ ! 「……グゥッ!!」 突如殴るかの様に風の塊が体に直撃し、空中にいた霊夢はなすすべ無く地面に叩きつけられた。 それは『風』系統では代表的な攻撃魔法であり訓練次第で人を殺す事すら出来る『エア・ハンマー』であった。 だがこれでくたばる博麗の巫女ではなかった。霊夢は痛みを堪えて立ち上がると『エア・ハンマー』が飛んできた方へと視線を向ける。 灯りがついておらず真っ暗なホールから黒いマントを羽織り、顔に白い仮面をつけている男が現れた。 「ほう、大分威力を押さえて放ったが…貴様を気絶させるには少し威力が無さ過ぎたか?」 男は右手に持っている杖を弄くりながら余裕たっぷりにそう言った。 「アンタ誰よ。ここで人を後ろから攻撃するような奴と知り合った覚えはないけど?」 霊夢は御幣を左手から右手に持ち替えると空いた左手で懐から針を取り出し、勢いよく投げた。 仮面の男は自分目がけて飛んでくる針へ向けて杖を向けた。 すると今度は男の目の前で小さな竜巻が生まれ、まっすぐ飛んでいた針は案の定その竜巻に突っ込んでいった。 次に男は杖を勢いよく振ると竜巻がフッと消え失せ、あとには勢いをなくし地面に転がっている針だけが残った。 「なるほどな…この対応の速さ、それなりに戦いの経験はあるようだな。」 仮面の男は何故か満足げにそう言うと霊夢に向かって走り出すと、手に持っている杖が青白く輝き始めた。 『エア・ニードル』――杖自体を魔法の渦で細かく震動させてその力で相手を刺す魔法。 霊夢は正面から正々堂々突っ込んでくる相手に対し、容赦なくお札と針で構成された小さな弾幕を飛ばした。 仮面の男はその弾幕をジャンプすることで回避すると、そのまま霊夢の背後へと降り立った。 そのまま背中越しから霊夢の胸を貫こうとしたが瞬間、男の目の前から彼女の姿がフッ…とかき消えた。 「なっ…!?」 「こっちよ、突撃馬鹿。―――『夢想妙珠』」 仮面の男が突然のことに驚くと上の方から霊夢の声が聞こえてきた。 男が上を向くと、そこにはいつの間にか空中に浮遊していた霊夢がスペルカードを右手に持っていた。 攻撃させる暇すら与えず霊夢は上空からスペルカード宣言をし、多数の光弾を放った。 大小様々な光弾が此方へ向かってくるのを見た仮面の男は舌打ちすると咄嗟に横っ飛びで避けようとしたが…… 多数の光弾は、まるで男が横へ飛んだ所を見たかのように滑らかな動きで男の方へ迫ってきた。 (何!た…弾が俺の後ろをついてくるだとっ!?) 霊夢の放つ弾幕の特徴である『追尾』はある程度の回避行動などではそうやすやすとは振り切れない。 回避行動をし終えたばかりの男の側面に全ての光弾が直撃した。 その衝撃で吹っ飛んだ男は木箱が無造作に置かれていたスペースへと落ちていき、何箱か壊してようやく男はノックダウンした。 戦いが終わったと感じた霊夢は念のためにと持っていた針をしまうと、地面へ降り立った。 先程大量の木箱があった場所には――箱の中に入っていたのだろうか…―割れたボトルの中に入っていたエールにまみれた仮面の男が倒れていた。 「知ってる?弾幕ごっこで最初から弾幕の中に突っ込むような奴は、余程自分に自信があるか…ただの『馬鹿』だって事を。」 霊夢は倒れている男に冷たくそう言うと足下にあった杖に気づき、それを思いっきり踏みつぶした。 哀れにも悲痛な音と共にも真ん中から折れてしまった黒塗りのソレを、霊夢は軽く蹴飛ばし男への方へやる。 「アンタ一体だれよ?最初に言ったけど私はアンタみたいな奴は知らないわよ?」 霊夢は手に持った御幣の先で男の額を小突きながらそう言った。 「俺もお前と会うのは初めて…イヤ、一度会った気がするな―――」 額を小突かれながらも男はそう言った瞬間…突如男の体がフッとその場から消え失せた。 突然のことに少し驚きながらも霊夢は辺りを見回すと、西側の大きな窓からあの男の声が聞こえてきた。 「おい小娘、貴様が何の目的で西方のアルビオンへ行くか知らないがやめておけ。 どうやら私よりも更に上にいる者達は貴様を敵視しているらしい。奴らはかなり本気になっている。 もしこの警告を無視してアルビオンへたどり着いたとき、我ら「レコン・キスタ」が貴様の身を滅ぼすだろう!」 その声を最後に辺りは再び静かになり、後に残ったのは霊夢と木箱の破片だけであった。 一人の残された彼女は数秒の間を置いてから、大きなため息をついた。 「ハァァ~……どうしてこう、私の周りに厄介事が幾つも出てくるのかしら。」 霊夢はうんざりしたような感じでそう言うと御幣を背中に背負い先程男の声が聞こえてきた窓の方へと顔を向ける。 この町へ来てからずっと気になっていたのだが…西の方角辺りから何やら嫌な気配が僅かながら漂ってきているのだ。 ―――それも人間には出すことが出来ない「人外」特有のおぞましい気配が…。 妖怪達が多く暮らしている幻想郷に住んでいる霊夢はその気配を何度も感じ取ったことはあった。 ロクな知能を持ち合わせていない下等妖怪の巣や、幻想郷の奥地にある「ひまわり畑」…。 (あぁでも、今感じているのはあの向日葵畑よりかは大分マシね…。) 霊夢は一人心の中でつぶやくと西の方角をジッと見つめた。 「先程の男の言葉といい、この気配といい…どうやらアルビオンとやらは西の方角にありそうね。」 そう言うと霊夢は飛び立とうと――せず、近くにあったベンチへ横になった。 今の今まで意識してはいなかったが、今になってあの空気の塊を喰らったときのダメージがやってきたのだ。 まるで全身筋肉痛のような痛みは霊夢の顔を少し苦しそうなものに変えている。 「服の下に羽織っている結界用のお札…変えておいた方が良さそうね。イタタタ…」 霊夢は常に、とは言わないが服の下に巻いているサラシには結界符を貼っている。 これによりもしも弾幕ごっこの際に胴体に被弾しても多少のことならば致命傷にはならない。 先程の『エア・ハンマー』もこれのおかげで威力を半減できたのだ。 ただ、攻撃を喰らうたびに結界符もどんどんとその威力を弱めていき、終いには消滅してしまう。 いつもならばすぐに新しい結界符に貼り替えいるのだが―― 「そう言えば、ここに来てからそんな事をした記憶がないわね…。」 霊夢は一人そう呟くとゆっくりと目を閉じ、少ししてから小さな寝息をたてて眠りについた。 今すぐにでもアルビオンに飛んでいきたいのは山々だったのだが、生憎彼女の体には疲労とダメージがたまりにたまっていた。 人間誰しもそういう時は案外あっさり眠れるもので、れっきとした人間である彼女もまたその例に漏れないのである――――― 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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無重力sinker 原曲:G Free 作詞:ichigo 編曲:ルシュカ 収録:OSUSHI PROJECT ① 歌詞 一瞬だけの真空が作るほろ苦い記憶の中で 美しいカタチで落ちる琥珀色の雫みたいに 無重力の中で君の重みだけ感じられるならそれでいいから サテライトの矛盾がふたりを近づける 気圧の低下だって関係ない 壊れる寸前でとどめてくれたら 君の疑問だって飲み干すから 沈む有機体の欠片追いかけて回るみたいだ 無重力の淵で君を浮かばせて笑ってくれたらそれでいいから パラダイムの弊害でふたりは遠ざかる 普遍の感情なんて関係ない 離れる感覚で教えてくれたら 君の思想ごと抱きしめるから サテライトの矛盾が ふたりを近づける 気圧の低下だって関係ない 壊れる寸前でとどめてくれたら 君の疑問だって飲み干すから
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 霊夢が部屋から出て行った後、ウェールズもしばらくしてパーティーに戻ろうと部屋を出て廊下を歩いていた。 こちらを空から睨み付けている「レキシントン号」の砲撃で壁のあちこちにヒビが入っている。 城の中ですらこのような凄惨たる状況なのによく今まで持ち堪えたな、とウェールズは一人思った。 やがてパーティーで騒いでいる者達の声が聞こえてきた時、ふとウェールズは懐にしまっていた手紙を取り出した。 それはつい数時間前にルイズから受け取ったアンリエッタの手紙であった。 ウェールズは白い封筒を暫く見つめ、誰もいないのを確認すると封筒を開けてもう一度読み始めた。 手紙の下の隅にはトリステイン王国の印である百合の花押があり、王家の者が直々に書いたことを証明している。 最初にこの手紙を自室で読んだとき、ウェールズは苦悩したのだ。 それ程にこの紙に書かれた内容は彼の心を揺さぶったのである。 手紙の内容はアンリエッタが持つウェールズへの恋心についてであった。 彼女はゲルマニア皇帝との結婚が間近に迫っていたが、正直に言うと嫌なのだという。 それでも彼女は自分がただの政治の道具だという事を自覚はしていたが、それでも不満はあった。 彼女は軽い挨拶文の次にそんな事を書いていた。 次にアンリエッタはウェールズに亡命を勧める言葉を書いていた。 愛する者を残し、一人過ごす女性の寂しさを知らないのかという事を…。 正直ウェールズはこの文を読んでいて不覚にも涙がこぼれそうになったのだがなんとか堪えた。 ウェールズは出来ればアンリエッタのもとへ行きたかった。そして共に笑いたかった。 しかしこの戦いが全てを引き裂こうとしているのだ。もうどうしようもない状況なのだ。 もしもこの手紙が今よりもっと早い時期に届いていれば、ウェールズもそれに従っていただろう。 トリステインへと行き、事の重大さを伝えればトリステインが援軍を送ってくれていたはずだ。 だがそれももう出来ない、もはやアルビオン王家とそれに付き従う者達は敵に追いつめられて背後の崖に転がり落ちるしかないのだ。 (それとも、敵に一太刀浴びせて死ぬか…だな。) 心の中でそう呟いたとき、ふと後ろから足音が聞こえてきた。 すぐに手紙を封筒に戻し懐にしまい直すとウェールズは後ろを振り返った。 そこにいたのはピンクのブロンドヘアーが真っ先に目に入る少女、ルイズだった。 「どうしたんだい、ミス・ヴァリエール?」 「実はその…レイムを捜していまして。」 ルイズが言った聞き慣れない名前にウェールズは一瞬だけ怪訝な顔をしたが、すぐに元に戻った。。 「レイム…?あぁあの少女のことか、仮眠室に泊まりなさいと言ったのだけど…帰ってきてないのか?」 仮眠室はルイズが今夜寝泊まりする部屋の隣にある、ウェールズの自室からもそれ程離れてはいない。 だからもうとっくに部屋に帰っているころだろうと思っていたが…。 「いえ、少し話したいことがあるから何処にいるのかと思って捜していたのですけど…。」 そう言うルイズの顔は段々と赤くなっていくのに気が付き、ウェールズはクスッと微笑んだ。 「フフ、どうやらワルド子爵のプロポーズを受け取っていたようだね。おめでとう。」 ウェールズの言葉に、ルイズの頬がポッと紅潮した。 「なっ…ななななな、何を言うんですかウェールズ様、そんな――――」 バ チ ン…! その時、突如別の場所から変な音が聞こえてきた。 まるで空気を膨らまし、一気に弾けさせるようなその音にウェールズは目を鋭くした。 「うぇ…ウェールズ様、今の音は一体…?」 不安そうな表情でルイズがウェールズに話し掛けた。 「今の音はライトニング・クラウドだ…もしや敵の間諜か!」 ウェールズはそう言うと杖を抜き、音が聞こえてきた方向へと走り出した。 ルイズもハッとした顔になり急いでウェールズの後を追った。 二人がたどり着いた場所は中庭のすぐ近くであった。 ウェールズは後ろからついてきたルイズをすぐ隣に待機させると聞き耳を立てた。 ルイズは「誰かいたんですか?」と言おうとしたが、ウェールズがそれを手で制止した。 「静かに…誰かが喋っているようだ。…これはワルド子爵の声だ。」 その言葉にルイズは少しだけ驚いた、まさかワルド子爵は敵と戦っている…? 声が小さいのか良く聞き取れなかったが、そう思った瞬間…自信満々な声がルイズの耳に届いた。 それは、小さな小さな彼女の無垢な心を切り裂く威力を持っていた。 「好きに言えよ。どっちにしろ僕は君を殺し、ルイズを利用してレコン・キスタの一員として世界を手に入れるんだ。 ルイズと形だけの愛を結び、あの娘の体内に秘めた力を使いレコン・キスタは世界をその手中に収めるのさ!!」 え? え? え ? ルイズを利用する、つまり私を利用するって事。 それに形だけの愛?あんな熱烈な言葉はただの台本のセリフだったわけ? ルイズの行動は素早かった。 半ば突き飛ばすような形でウェールズより前へ出て中庭へと入り――そしてまたもや唖然とした。 体中から薄い煙があがり、足をガクガクと奮わせているがそれでも尚立っている。 赤みがかかった黒い瞳は尚も力強く、ワルドを睨み付けていた。 そんなボロボロの姿になってまで相手を睨み付ける霊夢へワルド子爵は震動している杖を彼女へ突き刺そうとした。 「――――――― ッ ッ ッ ッ ! ! ! ! 」 言葉にならない声と共にルイズは杖を振り下ろした。 何の呪文を唱えたかはわからないが、結果にしろそれは霊夢を助けることとなったのである。 そして時は現在に戻る―――― 双月の光が照らす中庭で、ワルドは顔を真っ青にしていた。 (なんてことだ、よりにもよってルイズに見られてしまうなんて…。) もしもウェールズやルイズ以外の連中なら問答無用で殺したのだがルイズは殺してはいけない。 ◆ 数週間前…。 クロムウェルの秘書であるシェフイールドという女からとある任務を言い渡された。 『ルイズの体内には、本人さえ自覚していない未知の『力』を宿している 絶対に殺してはならない、生け捕りにしてレコン・キスタに連れてこい 恐らくアンリエッタがルイズに対し何かの任務を与えるようだ そこを狙って自身は護衛としてルイズに同伴し、うまくこちら側に引き込め。』 当初自分はその言葉に半信半疑であったが、良く考えれば確かにそうかもしれないと今更ながら感じてしまう。 ルイズは確かに他のメイジとは違い、発動する魔法が全て爆発となってしまう。 自分がまだ若い頃にその魔法を見たときはたんなる失敗魔法かと思ったが、今考えれば…あれこそルイズの持つ『力』なのだ。 思いもしない場所が爆発するというのは人間や動物に対して有効な攻撃であり、精神的ダメージも狙える。 もしもあの爆発を意のままに操れるとしたら、それこそ並の魔法よりか遙かに凶悪である。 そしてワルドは最もレコン・キスタに近いこの宮殿でルイズを我がモノにし、レコン・キスタに献上しようと画策していたのだ。 しかし、いよいよ任務開始という時にさらなる指令がシェフィールドを通じて入ってきた。 『ルイズの傍には紅白の変わった服を着た黒髪の少女がいる。 そいつもまたルイズとは違うが未知の力を使い、お前が勧誘したフーケを倒している。 恐らく今回の作戦に関して確実にレコン・キスタの驚異となる可能性がある。 貴殿はもてる力を持って、その少女を排除するか生け捕りにし、レコン・キスタを守れ。 これはレコン・キスタ幹部一同からの重大な指令である、心して掛かるのだ。 尚、生け捕りにした場合は秘書官であるこの私に渡すように。』 その指令に、ワルドは少し大げさなのでは…と思っていた。 しかし、フーケとラ・ロシェールの町で合流し、紅白の少女「霊夢」についての話を聞いて目を丸くした。 話に寄ればその少女は『フライ』では真似出来ないような高度な飛行能力を持っているらしい。 更には巨大な光弾を出したり瞬間移動(当初ウソかと思っていた。)をしたりするというのだ。 とりあえず、自らの力に絶対的自信を持つワルドは自分の『遍在』に相手をさせることにした。 結果…ワルドは霊夢への評価を180度変えることとなった。 呆気なく『遍在』を倒した後、霊夢はシェフィールドの言ったとおりアルビオンへと向けて飛んでいった。 まさか船や風竜を使わずして簡単にたどり着けるわけがないと思ったワルドはまたしても驚くこととなった。 なんといつの間にか『イーグル号』の中に霊夢がいたのである。 (ま、まさか…あの時ブルドンネ街でルイズの傍にいた少女だったとは…。) 顔には出していなかったが、内心ワルドは驚愕していた。 そして完璧に油断してはいけない相手として霊夢を認識し、不意打ちをすることにしたのだ。 不意打ちならば一撃で葬れる可能性があり尚かつ自分は暗殺に長けている。 (僕は閃光のワルド、この世に僕ほど素早い者は存在しないのだ!) しかしその過信はあっさりと崩れ、今のような状況に至る。 ◆ ウェールズはワルドの方へ杖を向けつつも霊夢の傍へと寄った。 「ミス・レイム、大丈夫か?」 「まぁなんとか…ってところかしら。」 先程ライトニング・クラウドを喰らった霊夢はと言うと、受けたダメージがほんの少しだけということもあって既に立ち直っていた。 それもこれもワルドが思い切り見開いた目でルイズを見つめていてくれたおかげである。 見つめられているルイズはと言うと、涙ぐんだ目で思いっきりワルドを見つめていた。 霊夢はその光景を見つつも暢気に肩を軽く回しながらウェールズに話し掛けた。 「ねぇ、一体何がどうなってるの。あの男にいきなり不意打ちを喰らっただけでアンタたちまで来るなんて。」 「え?まぁ詳しく説明している暇はないが、実はミス・ヴァリエールとワルド殿は明日結婚する予定で…。」 ウェールズのその言葉を聞き、霊夢は目を細めるとワルドの方へ顔を向けた。 そして頭の中で先程言っていたワルドの言葉を思い出し、嫌な気分になってしまった。 「要は自分の欲望のためだけに他人を利用しようとしてたわけね…。」 霊夢の口から出たその言葉に、ワルドが即座に反応した。 「いや、違う!僕は自分の夢が叶えられればその後にルイズを愛す――」 「アンタ、変な嘘をつく暇があるなら素直に逃げたらどう…?」 ワルドの言葉を遮り、霊夢が呆れながらもそう言った瞬間、ワルドの足下が突如爆発した。 爆発のショックで吹き飛ばされたワルドは地面に叩きつけられ、すぐに起きあがった。 起きあがったとき、目の前にはいたのはルイズであった…充血した目で強く睨み付けているルイズが。 「自分の夢が叶えられれば私を愛する…ですって?」 ルイズはポツリそう呟くと、一歩足を前に出す。 「ワルド子爵…貴方は鶏のように三歩歩いたらさっき言っていた事を忘れてしまうようですね。」 更にもう一言呟くと、ルイズの体がプルプルと震え始めた。 ワルドは本能的に身の危険を感じ、後ろへ下がろうとしたが背後には用水路がありこれ以上は無理だ。 逃げ場が無いことを知ったワルドはならば屋根に飛び上がろうと呪文を唱え始めるが、それより先にルイズが杖を振り下ろした。 「 形 だ け の 愛 な ん て 私 は い ら な い の よ ! 」 その叫びと共に閃光がほとばしり、ついでもの凄い爆発と共に中庭は煙に包まれた。 ルイズの放った爆発をまともに喰らったワルドは勢いよく用水路に突っ込んだ。 反射的に結界を張っていた霊夢は爆発を喰らうことはなかった。 ウェールズも結界の中に入っていたため、ただただ突然の爆発に目を丸くしていた。 煙が晴れた後、爆発を起こしたルイズは杖をしまい用水路の方をジーッと睨み付けていた。 そして、ホールで未だにパーティーを楽しんでいる貴族達はというと、 飲んだり食ったり踊ったりで忙しいのか、外からの爆発音に気づく者は誰一人いなかった。 ◆ 一方、ニューカッスル城の前に布陣しているレコン・キスタの陣では…。 「一体どういう事なのですか?我々はそのような命令は承っていませぬが…。」 レコン・キスタ軍の将であるボーウッドは今目の前にいる先程シェフィールドの口から放たれた言葉に目を丸くしてそう言った。 対してシェフィールドはそんな彼に冷たいまなざしを向け、もう一度口を開く。 「とにもかくにも、これはクロムウェル殿からの命令よ。今すぐニューカッスル城を攻撃しなさい。」 繰り返し言われた秘書官からの言葉に、ボーウッドは眉を顰める。 ★ ――――事は時を遡り、ほんの少し前。 クロムウェルの秘書官がボーウッドに用があると言ってやって来た。 ボーウッドはその時、同僚であるホレイショや士官達と一緒に飲んでいたところである。 そんな時に用事とは何事かと思ったが、レコン・キスタ指揮官の秘書を追い出すのは失礼かと思い、彼女と会うことにしたのだ。 シェフィールドはボーウッドが顔を出したのを見て、早々に口を開いた。 「緊急命令よ、配備された新型の大砲でニューカッスル城を攻撃。その後全軍を動員して王族派を殲滅しなさい。」 そして時は今に戻る―――――― ★ 秘書官から伝えられた突然の指令に、ボーウッドは疑問に思っていた。 何故なら現在ニューカッスル付近で展開している部隊だけでもあの城はすぐに落とせる。 王族派に荷担する者達も残り僅かであるし、城壁は遠距離からの砲撃でボロボロなのだ。 そんな風前の灯火同然の城をなんでわざわざ今から攻撃を行う必要があるのか… 軍人ならば与えられた命令には素直に従うものだが、これはあまりにも突然すぎた。 しかし、命令は命令である。ボーウッドはそれに素直に従うことしか出来なかった。 「…了解しました。では暫しお待ちを、――――――伝令!」 ボーウッドはシェフイールドに敬礼をし、すぐさま伝令を呼び出した。 ◆ 再び場所は変わってニューカッスル城。 裏切り者だったワルドをとりあえず吹き飛ばしたルイズは怒っていた。 二年生になってから、良いことなんて指で数えるほどしかない。 霊夢の所為で怒って痛い目に遭わしたくても逆にこちらが痛い目に遭うこともあった。 更には遠慮無く自分を人質としてとっていたフーケを攻撃したり、皇太子に礼儀を払わない。 そしてなによりも、今まで片思いだったワルド子爵に裏切られた事が何よりも屈辱であった。 人を平気で利用とした男の許に嫁ぐなんて事はまっぴら御免である。 今中庭には霊夢とルイズの二人だけであった。 ウェールズはというとこの事を知らせるべく詰め所の方へ行ったきり戻ってこない。 霊夢の方は何故だか知らないが先程からずっと空を見上げている。 もしも彼女がこの場に来ていなければ自分はあの男と結婚していただろう。 そう思った途端にルイズはお礼が言いたくなってしまった。 いざ口を開こうとしたとき、彼女の左手の甲に何かが刻まれているのに気が付いた。 それはボンヤリとしていてハッキリと見えない。 しかし、見る者が見ればそれは使い魔のルーンだとわかる。無論、ルイズは見る者の方である。 「ちょっとレイム、左手のソレって…!」 ルイズはそのルーンを見て驚いてしまった。 何せ今まで全然現れなかった使い魔のルーンが今にして出てきたのである。 コントラクト・サーヴァントから少し時間をおいてから使い魔のルーンが刻まれる…勿論そんな前例は聞いたことがない。 「いきなり何よ?少し驚いたじゃないの。」 自分の名を呼んだ少女を嫌な目で睨み付けながら霊夢はそう言った。 「こっちの方が驚いたわよ!左手のソレ…使い魔のルーンじゃないの!」 ルイズのその言葉に霊夢はハッとした顔になると自分の左手の甲を見やる。 「え…?あぁ、やっぱりこれってそういうモノだったのね。」 うんざりしたかのように霊夢がそう言ったとき…! ド オ オ オ オ オ オ ォ ォ ン ! その直後、何処からかもの凄い音が聞こえた。 ついで中庭から見える城壁が砲弾によって木っ端微塵に吹き飛ばされた。 城壁の破片は勢いよく四方へ飛び散り、その内の何個がルイズ達の方へと飛んでくる。 霊夢は反射的にルイズのマントを掴み、勢いよく跳躍した。飛んできた破片は二人の後ろにあったベンチを砕く。 更には妖精が放つデタラメな弾幕のように幾つもの小さな破片が遠慮無しに飛んでくる。 霊夢は常識では考えられないような飛行テクニックでソレを避けていく。ルイズが付けているマントを手に掴んだまま。 しかし、勢いに耐えきれないのか、マントが嫌な音を立てて破れていく。 「ちょっ…!マント…マントがぁ!」 マントの異常に気づいたルイズは貴族の証を破られたくないとヒステリックな叫び声を上げた。 それに気づいたのか否や、ふと霊夢がマントを掴んでいる手の力を緩めた。 するり、とマントが霊夢の手から離れ、それを付けていたルイズは木から落ちる林檎のように地面へ落下していく。 しかし今のルイズには始祖からの祝福が送られていた為か、幸いにも比較的地面が柔らかい所に落ちることが出来た。 誰かが土でも耕していたのかは知らないが、怪我だけは免れたルイズは起きあがり口の中に入ってしまった土を吐き出した。 小さくて可愛い唇から出る黒い土を吐いている名家の三女をよそに彼女を落とした巫女が降りてきた。 ようやく全ての土を吐き出したルイズは霊夢の方をキッと睨み付けた。 「ちょっとレイム!!掴むならもっとマシなとこ…ろに…。」 先程の事に対する文句を言いつつ霊夢の方へ近づいたルイズは、彼女の『脇腹』を見て思わず言葉を失う。 ―――博麗霊夢は疲れていた。今まで感じたことのない程の疲労感を体にため込んでいた。 だからこその結果かも知れないが、霊夢を知っている者達が今の彼女を見たら目を丸くするだろう。 『あの紅白がどうしてこんな事に…』と。それにまだ知り合って一ヶ月少しのルイズですら目を丸くしているのだ。 それ程にも博麗霊夢という人間のイメージは凝り固まっており、それが変わることは殆ど無い。 人間であるからこそ、体調不良というモノは厄介でもれなく体の動きも鈍らせてくれる。 そして…ルイズを掴んでいた事により、結果的に霊夢は『怪我』してしまう事になった。 「何よ…そんなに他人が怪我するところって…見ていて楽しいものかしら…?」 霊夢は『自分の脇腹に出来た切り傷』を右手で押さえながら、唖然としているルイズに向けてそう言った。 恐らく避け損なった破片が彼女の脇腹を切り裂いたのだろう。傷は深くはなく浅い方である。 しかし、流石に出血はしており傷口を押さえている右手の間から血が流れ落ちていることに霊夢は気が付いた。 仕方なくも頭に付けている赤いリボンをすぐにほどくと、細長い布になったリボンをササッと脇腹に巻いて包帯代わりにした。 とりあえず応急処置だけは何とか済ました直後、何処からか声が聞こえてきた。それも大勢の。 「レコン・キスタの攻撃だわ…!」 声を聞いて我に返ったルイズがそう叫ぶと、今度は魔法が飛び交う音や剣戟が聞こえてきた。 遠くなく、近くでもないその音にルイズはガタガタと震え始めた。 戦争や決闘、殺し合いとはほぼ無縁なところで生きてきたルイズには全く初めての体験であった。 フーケと戦った時には一対多数ということもあり、それ程恐怖は沸いてこなかった。 しかし今回はワケが違うのだ。今自分にすり寄ってくるのは本物の殺し合いなのだ。 そんなルイズを見てか、霊夢は少し緊張した面持ちで声を掛けた。 「何ボーッとしてるのよ?ここで震えてても意味無いわよ。」 霊夢がそう言った瞬間、背後の用水路から凄まじい音と共に水柱が立った。 何かと思い二人は振り返ったが、そこには何もいなかった。 その時、頭上にある屋根の上からもう聞きたくもない男の声が二人の耳に入ってきた。 「う~む、どうやらレコン・キスタは計画を大幅に変更したらしいな。」 ずぶ濡れになり水滴を垂らすマントと羽帽子そして被っている白い仮面をもぎ取り、男はその顔を二人に晒した。 その男は、先程ルイズが用水路に吹き飛ばしたワルド子爵であった。 なんとか溺死する前に水中から脱出した彼は顔に付いている水滴のお陰かいつもより輝いて見えている。 そのお陰で彼が元々持っている格好良さを更に引き立てていた。 正に「水も滴るいい男」という言葉は正に今のワルド為にあると言っても過言ではない。 突然現れたワルドに霊夢は半ば呆れながらも言葉を投げかけた。 「全く、程度が低い奴ほど倒してもすぐに沸いてくるわね。」 どんな人間でもカチンとしてしまうような辛辣な言葉を霊夢はサラリと言ってのけた。 しかし、ワルドの方はというと少しだけ眉をしかめるだけに終わり、霊夢に話し掛けた。 「これは酷い言いようだ。しかし怪我人はおとなしくしていなければ怪我は治らないよ。」 ワルドの言葉に霊夢はチラリと脇腹に巻いた包帯代わりのリボンを一瞥した後、ワルドの方へ視線を戻した。 「余計なお世話よ。それとも何?アンタが私の治療代を肩代わりしてくれるの。」 「いや、治療代は払えないが葬式代は僕が払うよ。二人分のね?」 ワルドはそう言うとバッと跳躍し、何処からともなくやってきたグリフォンの背中へと華麗に着陸した。 当然のように臨戦態勢を取ろうとした霊夢であったが突如、横にいたルイズが悲鳴を上げた。 思わずルイズの方へと顔を向けると、彼女の視線の先には鎧を着込んだ男達がいた。 彼らは皆一様に、銀の鎖や先端や柄に刃を付けた杖を持っており、霊夢達の方へと杖を向けている。 霊夢はそんな屈強なレコン・キスタの兵士達を見て「やれやれ…。」と呟き、背負っていた御幣を手に取った。 ルイズもいつの間にか足下に転がっていた自分の杖を手に取り敵に向かって呪文を唱えようとした。 しかし、詠唱が完了する前に霊夢がルイズの杖を取り上げると思いっきり放り投げてしまう。 突然の事にルイズは驚いたが、そんな彼女に遠慮無く霊夢が冷たい言葉を投げかけた。 「さっさと逃げなさいよ。あんたが呪文を唱えたらこっちにも被害が及ぶのよ。」 その言葉を聞いたルイズは怒りで顔を真っ赤にすると大きな声で言った。 「何よ!怪我人のくせに偉ぶっちゃって!私も貴族よ、杖を持って戦えるのよ!」 ルイズはそう言いながら中庭の出入り口まで飛んでいった杖を取ろうと走り出す。 それを見たレコン・キスタの兵士達はそうはさせんと火の玉や氷の矢を飛ばしてきた。 自分に降りかかろうとする魔法にルイズは足を止めてしまい頭を抱えてその場でしゃがんでしまう。 しかし、彼女の柔らかい肌に凶暴な魔法が直撃する前に霊夢はお札を飛ばし、それで魔法を一気に相殺した。 ついで左手に持っていた御幣を一振りし、大きな菱形の弾幕を敵兵の方へと飛ばす。 数々の戦地をくぐり抜けた彼らはこれまで見たことのない弾幕に驚き、怯んでしまうがそれが命取りであった。 その場に伏せるか横へ避けるかすればかわせていたその弾幕に直撃した兵士達は紙細工のように吹っ飛んだ。 ルイズは顔を上げ、霊夢が敵を倒してくれたことに気づくとお礼を言う前に杖を坂時に中庭から出て行った。 この場にいる敵をとりあえ倒したのを確認した霊夢は一息つこうとしたが、脇腹から鋭い痛みが走った。 痛みで顔を歪めつつも脇腹を見てみると、さっきもよりも出血が酷いものになっていた。 どうやらリボンでは包帯の真似事は出来なかったようだ。 「おっと、どうやら傷が痛むようだな?せっかくだから楽にしてあげよう。」 その時、頭上からワルドの声が聞こえ、霊夢は咄嗟に上空へと顔を向けた。 グリフォンの背に跨っていたワルドは杖を振り下ろし、杖の先端から電流が飛び出してきた。 霊夢は急いでスペルカードを取り出し、強力な弾幕を発動させた。 ――――神霊「夢想封印」 物理法則を無視した光弾が霊夢の体から現れ、上空にいるワルドへと殺到する。 ワルドが発動した『ライトニング・クラウド』は夢想封印を発動した際に出来た衝撃波のようなものによってかき消されていた。 (何だと!?ライトニング・クラウドを消滅させるなんて…しかし!) 驚愕のあまり一瞬だけ怯んだワルドではあったが、すぐに気を取り直しグリフォンの手綱を握った。 自分の元へと飛んでくる光弾を睨み付けるとさっとグリフォンを横へ動かしその光弾を避けた。 避けられた光弾は物理の法則を無視して旋回すると今度はワルドの背中目がけて飛んでくる。 ワルドは軽く息を吐くと今度はグリフォンを上昇させ、またしても光弾を避けた。 二度も避けられた光弾は追尾することはなく、運悪く近くを飛んでいたレコン・キスタの竜騎士とその火竜に直撃した。 凄まじい閃光と何かがぶつかる音が聞こえた後、ボロ雑巾になった火竜『だったもの』がクルクルと回りながら地面へと落ちていった。 竜騎士の方はと言うと無事に脱出できたのかレビテーションの呪文を唱えゆっくりと降下している。 それを見たワルドは少しだけ冷や汗を流したとき、横から霊夢の声が聞こえてきた。 「何ボーッととしてるのよ。」 霊夢がすぐ近くにまで来ていたことに今気が付いたワルドは咄嗟に跳躍をした。 直後、空を飛んで(普通に飛んでたら傷は痛まない)ここまで来た霊夢の鋭い蹴りが空気を切った。 「むぅっ…。」 攻撃がかわされた事に霊夢が眉をしかめている一方、跳躍したワルドは彼女の背後へと降り立った。 霊夢の背後へと移動したワルドは気づかれる前にすぐさま『エア・ニードル』の呪文を唱えると杖を震動させ――――突いた。 疲労と怪我の所為で集中力がほんの少し鈍っていた霊夢はその攻撃を受けるハメになった。 「かはっ…――。」 霊夢は右胸を貫かれ、これまで感じたことのない激痛に目を見開いた。 ワルドはうまくやれた事に喜ぶと、霊夢に耳打ちする。 「如何なる強者でも疲れていれば必ず隙が生まれる。来世までこの言葉は取っておくと良い。」 そう言った後、ワルドは杖を一気に引き抜き、ついで右胸に開いた穴から赤黒い血が出た。 ほぼ瀕死の一撃を喰らった霊夢は背中の糸を切られた人形のように用水路目がけて落ちていく。 そして冷たい水の中へ落ちようとしていた瞬間、もう殆ど何も見えない瞳が捉えていた。 ―――杖を片手に、落ちゆく霊夢をキョトンとした顔で見つめているルイズが。 空から落ちてきた少女が水面に叩きつけられた直後、杖を手に中庭へ戻ってきたルイズは悲鳴をあげた。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 日暮れの時が迫りつつあるチクトンネ街。 その一角でルイズと魔理沙の二人は、予想だにしていなかった相手と鉢合わせになっていた。 花も恥じらう美女の姿をしたその者は異国情緒漂う白い導師服に身を包んでおり、周囲に場違いな雰囲気を放っている。 彼女の名は八雲紫。霊夢と魔理沙の故郷である幻想郷の創造者で境界を操る程度の大妖怪だ。 「久しぶりね二人とも、元気にしてたかしら?」 まるで故郷で旧友と再会したかのような気軽さでもって、紫は目の前にいる二人へ話しかける。 本来ならこのハルケギニアにいないであろう彼女を前にして、ルイズは恐る恐るといった感じで返事をする。 「ユカリ…一体何の用かしら」 「別にコレといった用事はありませんけど、アレといった用事で少し足を運んでみただけですわ」 まるで尋問のようなルイズの質問を、暖かい笑みを浮かべる紫はワケのわからない言葉で返した。 ルイズ自身後ろにいる魔理沙や今この場にいない霊夢とは違って付き合いが短いせいか、その言葉の本質をすぐには見出せない。 しかし、あまりにも深く考えすぎるとこの妖怪の手中に嵌ってしまうようが気がするので、敢えて考えないようにしていた。 そしてここ最近、霊夢や魔理沙にデルフと言った厄介すぎる連中と同居し始めた所為かルイズ自身の沸点は少しだけ高くなっている。 おかげで、ある程度ワケのわからない事を聞いても言われてもあまり怒る気にはなれなくなっていた。 「じゃあ言うけど、アンタの言うアレといった用事は…霊夢の事よね?」 一月前なら不機嫌になっていたであろうルイズは冷静な表情と気持ちでもって、二度目の質問を投げかけてみる。 思いのほか怒らなかったことに、紫は「あらあら?」と不思議そうなモノを見る目で首を傾げた。 「流石にあの二人と暮らしていると、一々怒るのにも飽きてしまったのかしら?」 以前彼女に杖を突きつけられた紫はそんな事を言いつつ自身の右足をスッと動かし、一歩前へ進み出る。 飾り気はないものの綺麗に手入れされた黒のロングブーツの底が石造りの地面を軽く叩き、景気の良さそうな音が周囲に響く。 街の喧騒と比べればあまりにも儚すぎるそれは、あっという間に聞こえなくなってしまう。 ただ単に生まれ、何も生み出さずに消えた音の事を気にする者はおらず、その一人であるルイズが返事をする。 「言っておくけど、これでも結構我慢してる方なのよ。そういう風には見えないのかしら?」 怒るのに飽きたという紫の言葉に対して返された彼女の言葉には、僅かではあるが怒りの念が滲み出ていた。 その念から並の妖怪を退ける何かも出ていたのか、紫はヤレヤレと言わんばかりに肩を竦める。 「その様子だと色々あったようですわね。私から見れば、まずまずといった所ね」 何がまずまずといった所なのかは知らないが、それでもルイズは突っ込まない。 地面に腰を下ろしている魔理沙とは違いジッと佇んで身構えており、その姿は人見知りの激しい猫そのもの。 正に動かざること山の如しな今のルイズの態度につまらない何かを感じてしまったのか、紫はフゥとため息をついた。 「…何よそのため息?アタシは何もしてないんだけど」 しかし偶然にも、残念なモノを見た時の様な反応がルイズの癪に障ったらしい。 思わず顔を顰めた彼女を目にして、咄嗟に右手で口元を隠した紫は目を細め「ふふふ」と小さな声で笑う。 「別に何もありませんわ。ただ、目の前の貴女が水で固めただけの砂の城だとわかって安心しただけですのよ」 「は…?砂の城…?…水で固めた…どういう意味よ」 先程のため息とは一変して楽しそうな雰囲気漂う彼女の言葉が、またしてもルイズの耳に入る。 言葉の意味がよく分かっていないルイズの怪訝な様子に、笑顔を浮かべる紫自身がその答えを告げた。 「水で固めた砂の城は中々崩れないけど、その気になれば赤子の手足でも簡単に壊れてしまうものよ」 「つまり?それと私に何の関係があるっていうの?」 これが最後の質問だと言いたげな嫌悪感を放ち始めたルイズに、紫はトドメの一言を放つ。 「今の様に突けば突くほど、面白いくらいに反応を見せてくれるわね。貴女という人は」 「な――――……あ!」 叩いて蹴って崩れてしまう、砂の城みたいにね。最後にそう付け加えて彼女はその口を閉じる。 それを聞くまで何を言われているのか理解できなかったルイズは、今になって気づいてしまった。 自分が今の今まで、言葉を使ってからかわれていたという事に。 からかわれないようにと自然に気を付けていたのにも拘らず、気づかぬ間に彼女のペースに嵌っていたのである。 それを理解したと同時に沸々と心の底から小さな怒りがゆっくりと湧きあがり、ついでその両手がゆっくりと震え始めた。 「あらら、思ってたよりも随分溜まってたのかしら。手が震えていますわね」 そして追い打ちともいえるその一言に、ルイズの怒りがその一部をさらけ出してしまう。 「よ、余計なお世話よ!」 今まで頑なに閉じていた口を開けてそう叫んだ彼女は、慣れた動きで腰にさした杖を手に取った。 幼少の頃から使ってきたソレの先端が、風を切る音とともに紫の方へと向ける。 何の迷いもなく向けたそれはしかし、持ち主の手が震えている所為かそれと連動するかのように小刻みに動いている。 だがその震えは恐怖からくるものではなく、怒りからくるものであった。 そんな時であった、ルイズの後ろから魔理沙の声が聞こえてきたのは。 「お、何だ何だ?今から派手で面白そうなモノが見れる気がするな」 今まで黙っていた魔理沙が杖を抜いたルイズを見て、興味津々と言いたげな表情でもって呟く。 その姿はまるで、路上で行われる大道芸を見れることにドキドキしている子供そのものである。 彼女の声に気づいてか、ルイズと対峙する羽目になった紫はその視線を魔理沙の方へと向けた。 「今から私が大変な目に遭いそうだというのに、随分したたかにしているわねぇ」 「何を今更。お前ならあのインチキじみたスキマでどうとでもなるだろう」 「あらひどい、まるで私のスキマが何でも出来るみたいじゃないの?」 「そうか?私が見てきたものだと並大抵の事はできたような気はするが?」 そんな二人の会話をしている間にも、怒り心頭となってしまったルイズは詠唱を行っていく。 鋭く細めた両目でもって自分を睨みつけてくる彼女に対して、紫は至極冷静であった。 まるでずっと遠くで大暴れしているハリケーンを見つめるかのような、物見遊山な雰囲気がある。 一方の魔理沙も山の時の様にルイズを止めることなく、その場に腰を下ろしたままルイズの詠唱を見物している。 霊夢を探してここまで走ってきて疲れていた事もあるが、別に紫とは特別親しい間柄でもない。 何より、ルイズの使う魔法を拝めるチャンスがようやく舞い込んできたのだ。 この三つの理由のおかげで魔理沙は立ち上がる事もなく、楽しそうにルイズの背中を見つめている。 そして詠唱を終えたルイズはというと、震えが止まった右手で握る杖を振り上げ… 「エア・ハンマー!」 と覇気のある声でそう叫び、勢いよく振り下ろした。 瞬間、紫とルイズの間でパッと閃光が走り―――爆発が起きた。 本来なら風で出来た不可視の鎚となるはずだった魔法は、周囲を巻き込む衝撃波と煙幕に変わったのである。 爆発の威力自体はそれほど無かったが、それを引き起こした張本人とその後ろにいた魔理沙にとって只事ではなかった。 「うわ、な…うぅっ!?」 全く予想していなかった事態に直面した彼女は、ルイズの近くにいた為かモロにその衝撃波を喰らってしまう。 灰色の煙幕と共にやっきてたソレに、魔理沙は思わず左腕で顔を隠して凌ごうとする。 着ている服や右手に持っていた帽子がバタバタと揺れ、露出した肌を容赦なく撫でて通り過ぎていく。 それから五秒ほどして衝撃波も無くなり、周囲には煙だけが不気味に漂っている。 「あ~、アレか。空気を叩いて爆発させた……のか?」 薄くなっていく煙の中で魔理沙は冗談交じりにそう呟いて立ち上がり、ルイズの方へと目を向ける。 爆発の威力自体はさほど大したものではなかったおかげで、彼女が被った被害は微々たるものであった。 服やマントに破けた所は無く、自慢のピンクブロンドや白い肌にも傷一つ付いていない。 もっとも魔理沙より至近距離にいた為か所々煤けており、まるで工場の煙突から出る黒煙の中を通って来たかのような姿だ。 「ケホ…ケホッ!」 そしてルイズはというとつい煙を吸ってしまったのか、左手で口を押えて咳き込んでいる。 咳き込む彼女の後姿を見つめていた時、魔理沙はふと紫の事が気になった。 スッと頭だけを動かしてあの大妖怪が立っていた場所を見てみると、案の定その姿は消えている。 最初からそこに存在して無かったかのように、何の痕跡すらも残さず。 「ケホッコホッ……あれ?ユカリの奴は何処に行ったのよ」 魔理沙に続くかのように咳が止まったルイズも気づき、煤けた出で立ちのまま目を丸くする。 ついカッとなって唱えてしまったし「エア・ハンマー」は見事に失敗し、爆発魔法へと変異したのだ。 ここ最近、授業でも日常でも魔法を使っていなかった事もあってかルイズ自身も驚いてしまい、咳き込んでしまった。 「まさかあの爆発で木端微塵…って事はないわね」 杖を持っていない方の手で顔についた煤を拭きながら、そんな事を呟く。 あの爆発が大したものではないと彼女自身も理解できるほど、思考に冷静さが戻っていく。 (ムシャクシャしてやった…ってのはこういう事なのかしら) 死んだとは思えないが先程まで自分をからかってきた相手が目の前から消えたことに、怒りという名の刀身が鞘に収まる気がした。 それを体の内側で感じていた時であった、上の方から紫の声が聞こえてきたのは。 「結構な爆発でしたわね。ちょっと驚いてしまいましたわ」 ルイズと魔理沙がそれに反応して頭上を見上げた瞬間、目の前の空間に横一文字の線が現れた。 まるで先端が少し太めの羽ペンで引いたかのようなソレが、ジッと空中で静止している。 現実とは思えない光景を目にしたルイズはハッとした表情を浮かべ、その場から数歩後ろへ下がった。 下がる間にも頭上からは尚も紫の声が聞こえてくる。人ならざる者の妖美なる声が。 「何もない所から爆発の力を引き出す程の魔力、中々の代物ね」 その言葉と共に細い線の真ん中が突如パカッと開き、中から一本の手が飛び出してくる。 ついで、二本目の手も同時に飛び出して来たかと思うとそのまま上半身まで抜け出てきた。 ルイズや魔理沙とは違いその服に傷や煤は付いておらず、新品同然といっても過言ではないだろう。 「でも未だ扱いきれてないせいか、コントロールはイマイチといった感じかしら?」 空中に出来た一本の線――スキマから上半身を出している紫は、後退るルイズへとその目を向ける。 「正に癇癪玉と言って良い様な貴女を、今の霊夢がいる場所へ行かせるのは危険極まりないわ」 眼下の少女へ向けてその言葉を放った紫は、不敵な笑みを浮かべていた。 この言葉の後に彼女がどのような事を喋り、どのような行動を移すのか予想するかの様に。 自分の最大の敵は、自分自身である。 その言葉をどこで知ったのか、霊夢自身あまり覚えていない。 自身が何時の頃にどのような経緯で、そしてどんな媒体から得たのか。それすら忘れてしまっている。 物心ついた時には既に、頭の中に入っていた様々な知識の中の一つとしてこの言葉がこっそりと入っていたのだ。 しかし。そんな言葉に拘るような性格をしていない彼女にとって、あまり役に立つ知識ではなかった。 彼女が日々考える事は今日一日をどのようにして過ごそうか、何で神社にまともな人間が参拝しに来ないのか。 幻想郷の平和を維持する博麗の巫女にしてはあまりにもふしだらな事を、お茶を飲みつつ暢気に考えているのが霊夢であった。 だが…今日に限って、彼女の脳内に一つの言葉が浮かんでいる。 自分を見つめ直し、生き方を変えようともしない博麗霊夢には似つかわしくないその言葉が。 「自分の敵は自分…ねぇ」 トリスタニアの繁華街から少し離れた公園の中。 ルーンが刻まれた左手が不自然に光っている霊夢はひとり呟きながらも、四メイル先で佇む゛もう一人の自分゛を睨みつけている。 不機嫌さを隠そうともしない彼女の視線の先には、文字通り二人目の゛レイム゛がいたのだ。 紅白の服や白い袖に赤いリボン。肌や髪の色にその顔立ちや瞳の色に青白く光るその左手まで。 まるで鏡に映りこんだ自分自身のように、生き写しやそっくりさんというレベルでは済まないその姿。 その全てが全く同じ過ぎるあまり、不気味な印象を周囲に漂わせている。 最も、周囲には霊夢以外の人はいないので大した意味は無いのだが。 だが…その印象を感じている唯一の人間である霊夢にとって、目の前のレイムは非常に苛立たしい存在であった。 ルイズによってこのハルケギニアに召喚されて以降、彼女は色々な相手と戦ってきた。 学院の生徒から魔法使いの騎士といった人間や、野犬から得体の知れない合成生物。 そして人間などあっという間に踏み潰せる巨大なゴーレムまでその種類は幅広く、そして一応は勝利している。 それ等を相手にしていた時の彼女は、今よりも大分落ち着いていたし冷静であった。 常に自分がどう動けばいいのか考慮し、相手がどの様な手を打ってきても対処できるよう構えておく。 幻想郷で度々起こる異変を解決し、時には凶暴な妖怪と戦う博麗の巫女にとってそれは当たり前の事。 我を忘れて攻撃すれば致命傷を喰らいかねないし、逆に相手が冷静ならば罠に嵌ってしまう可能性もある。 歴代の巫女と比べて一番ヒドイと評される彼女であっても、戦いの時は常に冷静であれと心がけている。 どのような相手を前にしてもペースを崩さず落ち着いた気持ちで対応し、自分のペースを忘れずに戦ってきた。 しかし、今目の前で佇む相手はこれまで目にしてきたどんな相手よりも、腹立たしい気持ちを感じていた。 まるで鏡に映った自分が自分とは違う意思を持ったようなソイツに、今の霊夢は憤っている。 人には決して分からないであろう、自分がしないような事をしているもう一人の自分を見るようなある種の不快感。 例えるならば禁酒を始めた自分の目の前に突如、酒を嗜むもう一人の自分が現れた…と言えば良いだろうか。 普通ならば決して有り得ないであろうが、今の霊夢が直面している状況は正にそれであった。 自分と似た姿を持ちながら、自分とは絶対的に違う何かを含んだ歪な存在。 そんな存在を前にして珍しくも、霊夢は自身の体から拒絶にも近い嫌悪感を放っていた。 こんなモノを目にするのは不快だ。今すぐ消し去ってやりたい―――という意思と共に。 「何処の馬鹿が仕組んだのかは知らないけど…悪趣味にも程があるわね」 ただいま不機嫌キャンペーン中の彼女はそんな事を呟きながら、右手をゆっくりと頭上に掲げていく。 まるで届きもしない太陽を掴もうとするかのような右手は、三枚のお札を握り締めている。 そして一度目を瞑って軽く深呼吸したのち、その手を勢いよく振り下ろす。 瞬間。握っていたお札が手から離れたと同時に、まるで自我を持ったかのように偽者へと突撃した。 風を切る音を出しつつ迫りくる紙切れに対し身構えた偽者は、左手をスッと胸の前まで上げる。 奇妙な事にその左手は青い光に包まれており、誰が一見しても異常だという言葉を漏らすほかないだろう。 まるで鬼火のように妖しい光を放っているソレでもって、もう一人の霊夢は迫りくるお札を受け止めようとしているのだろうか? 遅くもなくかといって速くもないお札は、四メイルの距離を僅か三秒の時間を使って通過し、偽者の方へと突っ込む。 当たれば二度目の直撃になるであろうその攻撃に対し、偽者は青く光る左手を振った。 まるで水平チョップのようにして振られた光りの尾を引くその手は、飛んできたお札と見事衝突する。 先程ならそのまま左手に貼りつき、妖怪や幽霊が苦手な゛ありがたい言葉゛が籠った霊力を周囲にばら撒いていたそのお札。 しかし… そのお札以上に不可思議な光を放つ左手の前では、単なる長方形の紙も同然であった。 水平チョップの要領で振られた偽者の左手が、霊夢の投げつけたお札と衝突した瞬間。 霊力の籠った゛ありがたい言葉゛が書かれた三枚の紙は、いとも容易く引き裂かれたのである。 まるで障子に張られた薄い紙を子供がイタズラで破くように、たった一瞬で紙屑と化す。 邪気を払う霊力や゛ありがたい言葉゛も、単なる紙くずに付与されていては何の意味もない。 文字通り力を奪われた元三枚のお札は塵紙となって、偽者の前でヒラヒラと地面へと舞い落ちる。 それを見ていた霊夢は軽い溜め息をついてから、服と別離した左袖の中へと右手を伸ばす。 「何でアンタの左手が光ってるのか大体分かったけど、私の方の原因が分からないのはどうも癪に来るわね」 対峙してからまだまだ五分も経ってもいないが、相手の攻撃方法(?)が何なのか霊夢は既に理解していた。 彼女の偽物の左手は濃密な霊力に包まれており、青白い光となって目視できている。 そして余りにも力が濃いせいか盾と矛…つまりは攻防一体の武器と化してしまっているのだ。 (あんなに強いと、そりゃお札も破れるわな) 左手がそのまま武器となっている自分の偽物に対し、心底面倒だと言いたげな霊夢は心の中で呟く。 先程は成功した自分の攻撃が防がれたのにも関わらず、その体からは新たに余裕の雰囲気が伺える。 相手の攻撃方法がある程度分かった以上、対処法はあっという間に思い浮かべられるのだから。 まだ手札が残っている可能性は否定できないものの、その手札を出す前に潰すのだから問題は無い。 不快な程に瓜二つな偽物をどのように対処するか既に考えた霊夢は、それを実行する前に一つだけ聞きたい事があった。 彼女は知りたかったのだ。自分をここまで導いた゛何か゛の正体を。 折角の休日だからとルイズや魔理沙と一緒に街へ赴いた今日という日。 サプライズのつもりで買ってもらった服の事について、街中のレストランで話をしていたのがついさっきの事。 素直になれないルイズに自分の意見を述べようとしたところで、思わぬ横槍が入ったのだ。 突然周りの音が聞こえなくなり、それに便乗するかのように光り出す左手。 この世界で伝説と呼ばれた使い魔のルーンが刻まれたその手は、今もなお輝いている。 そして自分の身に降りかかった出来事を冷静に対処しようとしたところで、妨害が入ったのである。 音が聞こえなくなった耳に入ってくる、博麗霊夢自身の声。 口からではなく自分の周りから聞こえてきたその声に、あの時の彼女は驚いた。 更に追い打ちをかけるかの如く現れた謎の女性と、「奴を追え」というノイズが混じった謎の声。 博麗の巫女である自分とよく似たその女性は霞の様に消え去り、ノイズ混じりの声は男性とも女性でもなかった。 その声に導かれるかのようにここまでやってきた霊夢は、自身と全く同じ姿をした存在と対峙している。 ブルドンネ街のレストランからここに来るまでの原因となった謎多き出来事、そして辿り着いた先にいたもう一人の自分。 あまりにも不可解過ぎる出来事の真実から正しい答えを探すことは、非常に困難であろう。 しかし霊夢は、その答えを自分の偽者へと聞こうとしていた。 ここまで自分を連れて来たのはお前か?それとも別の誰かなのか? そして、お前をけしかけたのは誰なのか…ということも。 「アンタ。一体何の目的があってやってきたのかしら?…っていうか、何で私の姿をしてるのよ」 右手を左袖の中に入れたまま投げかけた霊夢の質問に対し、意外にも偽者は反応する。 しかし…それは言葉としてではなく、首を横に振るだけであった。 言葉が無くとも相手の言いたい事が理解できたのか、霊夢は澄ました表情で肩をすくめる。 「まぁ、簡単に言うワケ無いわよね…。何となくそんな気がしてるから期待もしちゃいなかったけど」 ここぞと言わんばかりに、彼女は自分と同じ姿をした存在へ嫌味な言葉を容赦なく投げかける。 もしもこの光景を第三者が見ていたら、とても奇妙な光景だと思う事は間違いないだろう。 しかし。偽物であっても霊夢の姿をしていた所為か、一方的に文句を言われるのはキライだったらしい。 本物が呆れた表情で毒づいてから数秒後、偽物がゆっくりとその口を開けて呟いた。 「―――…いわ」 「………ん?何よ?岩?」 虫の羽音程小さくはないソレに本物が気づくのには、数秒ほどの時間を要した。 自分の文句より小さすぎる偽者の声に気づいた霊夢は、怪訝な表情を浮かべる。 もしかしたら何か思い出しかのと勝手に思い、右手を左袖の中に入れたまま次の言葉を待ってみる事にする。 二度目の言葉は、霊夢が予想していた範囲内の時間で偽者の口から出てきた。 ただし、それを耳に入れたと同時にまたも自分の期待を裏切られたと勝手に落胆することとなったが。 「…わからないわ。何もかも」 まるで自分自身に言い聞かせるかのような言い方に、霊夢はまたもため息をつきたくなった。 今までこの世界で戦ってきた敵と比べて変わっていたから何か知っているかと思ったが、それは過剰評価だったらしい。 「あっ、そう。じゃあ言いたいことはそれだけ?他に言いたい事があるのなら手短に述べなさい」 もうすぐ夕食の時間だから。最後にそう付け加えて、左袖の中に入っていた右手をスッと引き抜いた。 服と別離している袖の中から出てきた右手は、四本の細い針をしっかりと掴んでいる。 裁縫や針治療に使うとも思えない程の長さを持つそれを、霊夢やその周りにいる者たちは「退魔針」や「封魔針」と呼ぶ。 その名の通り妖怪退治などで使う武器の一つで、妖怪だけではなく実体を持たぬ幽霊相手にも一応刺すことは出来る。 他にも普通の人間や動物相手なら普通に凶悪な武器として使えるのでお札より幾らか便利なのは確かだ。 唯一の欠点を挙げれば、お札と違って使った後の手入れが面倒な事と補充しにくいという事だけだろうか。 つまり二つの短所にさえ目を瞑れるのなら、非常に使い勝手のいい武器なのだ。 「本当にわからないのよ…。自分が誰で、アンタがどんな名前なのかも……」 霊夢が手にした針の方へ目を動かしつつも、偽者は独り言を呟いている。 身構えた体勢のままじっと相手の武器を見つめる姿は、正に戦士そのものと言ったところか。 いつでも戦えるという偽者とは対照的に、一方の本物はこれから戦うという意思を見せていない様に見えた。 まるで街角に佇む暇な若者のように、一見すれば体の力を抜いているかのような雰囲気が伺える。 こうして見比べてみると、本物夜も偽者の方が強そうに見えるのは火を見るよりも明らかだろう。 しかし本物である霊夢の体からは外見とは真逆である怒りの気配を放っており、近寄り難い雰囲気を漂わしている。 一方の偽者も並々ならぬ雰囲気をまき散らしており、一触即発としか言いようのない状況。 どちらか一方が攻撃を始めてしまえば取り返しのつかない、所謂冷戦状態と言っても過言ではないだろう 「でも、自分の中にある゛怒り゛が導くままにここへ来て――――…私と瓜二つのアンタと出会った」 「瓜二つって言いたいのはコッチの方なんですけど、それはどうなのかしらねぇ?」 まるで劇に出てくる役者のセリフみたいな言葉に突っ込みを入れながら、霊夢は針を持つ手に力を入れた。 既に針全体の霊力は通っており、このまま投げて命中すれば致命傷を与えられる。 仮に相手が普通の人間だったのならば、単に刺さるだけだがそれでも接近して一撃を与える事はできるだろう。 (どっちにしろ早く片付けないと。…全く、何だって今日はこんなにも面倒事が多いのかしら) 霊夢は心中で愚痴を漏らしながらも、ここに来る羽目となった原因は何だったのか考えていた。 突然耳が聞こえなくなった事に、今まで光らなかったルーンが突如として光った事。 自分の声が自分の耳に入ってきた事や、博麗の巫女みたいな姿をした女性の幻影まで見てしまった事。 そして男とも女とも断定できない、ノイズ混じりの声が聞こえてきた事を思い出したところで、霊夢はふと思い出す。 女性の姿が掻き消えて少なからず動揺していた時、あの声が聞こえてきた。 その後、まるで声に導かれるようにしてここまでやってきたのである。 そこまで思い出し終えた時だ。霊夢の脳内で一つの結論ができあがったのは。 (もしかして…あの声の主が、私をここまで連れてきた張本人?とすると、ソイツが…) ―――――幻想郷に未曾有の異変をもたらしたっていう、黒幕なのかしら? 霊夢がその様な結論を下した直後であった、彼女の偽者が突如地面を蹴って跳躍したのは。 地面を覆う雑草を幾つか吹き飛ばし、飛蝗の様に跳びあがったレイムを霊夢はハッとした表情で見上げる。 彼女と同じ姿をした偽者は霊力で光る左手を振り上げた姿勢のまま、本物の方へと落ちて行く。 もしもこのままジッとしていれば振り下ろし左手に脳天をチョップされてしまうだろうが、それを受け入れる霊夢ではなかった。 「人が考え事してる最中に攻撃してくるなんて、とても出来の酷い偽者ね!」 こちらへ向かって落ちてくる偽者へ他人ごとではない言葉を投げかけつつ、霊夢は右手に持った針を投げつける。 襲いかかってくる相手が何なのか、一体何が目的なのかも未だわからない。その相手が何もわからないと言っているのと同じように。 ただ一つ。自分を殺しに掛かってきている事は確かだと、絶対的な確信を得ることは出来た。 夕刻の時が間近に迫りつつあるトリスタニアの一角。 歴史と伝統で飾られた街から離れてしまった公園で、戦いがはじまった。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん ―その時の事は今も尚覚えていて、時には眠っているときにさえあの光景が夢としてよみがえる。 銀の降臨祭の前日、その日私と母はとある事情で父の友人宅で過ごしていた。 薪をくべられた暖炉の中で炎がまるで生きているかのように動き、部屋の中を暖めてくれる。 窓から外を見れば空から降ってくる白い雪が地面や木の上に積もり、辺り一面は銀世界であった。 まだ小さかった私はイスに座ってくつろいでいた母の横に座り、古ぼけた壊れたオルゴールで遊んでいた。 最初このオルゴールを見つけ、試しに開けてみたがウンともスンともいわなかった。 その後、秘宝と呼ばれていた指輪を嵌めて遊んでいたある日のこと… ちょっとした弾みで間違ってオルゴールの蓋を開いたところ、鮮やかな音楽がオルゴールから聞こえてきた。 少しギョッとしたものの、その音色を聞くと何故か懐かしい感じがして安心するのである。 そして今日もオルゴールが奏でてくれる音楽は私の耳を癒し、心地よい気分にさせてくれる。 母はそんな私を突然抱き上げると膝の上に自分を乗せ、頭を優しく撫でてくれた。 私のよりも少し大きく、細くて…そしてとても暖かい母の手の感触は今も忘れていない。 自分が顔を向けると、母が優しく微笑んでくれた。 ―――――それが、最後に見た母の笑顔であった。 今思えば…きっと母は自分の末路を予想していたのだろう。 「―――!――――――?」 「――――――!?―――――――!!!」 「―――――!!」 突然、ホールの方から何やら騒ぎ声が聞こえてきた。 何事かと思い、私がホールへと続くドアの方へ顔を向けた直後――――― 今まで背中を丸めて昼寝をしている猫の様に静かだった母が自分を乱暴に抱き上げたのだ。 突然のことに私はビクッと体を震わせ涙目になってしまう。 「い…イタイ!お母さん何するのっ!?」 私の悲痛な声に母は何も言わず、部屋に隅に設置されていたクローゼットを開け、その中に私を押し込んだ。 いきなりの豹変ぶりに私は思わず泣きそうになったがその前に母が私の口を手で押さえつけ、言った。 「いい『 』?貴方はまだ小さい、だからまだもっとこの世界の素晴らしさを知らなければ行けない…。 私はその全てを貴方に教えてあげることはもう出来ないけど――――」 その時、部屋の外から何やら叫び声に混じって魔法が飛び交う音まで聞こえてきた。 魔法の音に交じり、何かが倒れる音も聞こえてきた。 母はハッとした顔になると私の額にキスをし、クローゼットを閉めてしまった。 そしてその瞬間、ドアが開く音と共に足音が私の耳に入ってくる。 この時は何か急ぎの伝言でもあったのだろうかと訝しんだけど、それは違った。 私はクローゼットの外から聞こえてきた男の声を聞いて震え上がった。 「間違いない―――エルフだ。」 それは私が生まれてこの方初めて聞いた、憎しみが篭もった声であった。 まるで憎しみの念を凝縮し、それを体に無理矢理押し込まれたような者が発しているような声…。 男の声に恐怖した私は、肌身離さず持ち歩いていた父の杖を両手で持つとギュッと握りしめた。 それから数秒してから、華麗で清楚な母の声が直ぐ傍から聞こえてきた。 聖職者のように杖を握りしめて震えている私を励ますかのように… 「なんの抵抗も致しませぬ、私たちエルフは争いは望ま…」 だが、母の言葉を遮るかのように男の怒声が私の耳を突いた。 「ほざくな化け物め!やってしまえ!」 次いで聞こえてきたのは母を襲う激しい魔法の音。 薄いクローゼットのドア越しに聞こえてくるのは詠唱する男達の声と何かを切り裂く音。 死ぬまで私を気遣ってくれたのか、母は泣き叫ぶようなことはしなかった。 それから数十分…もしかするとたったの数十秒かも知れない。 魔法の音がふと途切れ、誰かがクローゼットの方へと近づいてきた。 足音に混じって鎧が擦れる音も聞こえるから、きっと母を殺した連中の者だろう。 やがて足音はすぐ私の目の前まで来ると聞こえなくなり、――――――――そこで目の前が真っ暗になった。 ◆ 「ん…、うぅん…。」 夢から覚めた私は目を開き、二、三回瞬きをするとゆっくりと上半身を起こし、ため息をついた。 (あの時の事を夢見るなんて…。) 私はうんざりしたように心の中で呟くと、ふと辺りを見回す。 どうやら、うっそうと生い茂る森の中で寝ていたようだ。 足元を見てみると篭が転がっており、その周りには色鮮やかな木の実が転がっている。 ソレを見た私はある事をすぐに思い出すことが出来た。 自分が木の実拾いの帰りにもの凄い音を聞いてそちらの方に近づいていった事。 そこで見知らぬ人間に見つかってしまい、その際に帽子が頭から取れて…それで耳を見られて――――― 「どうやら起きたようね。」 ふと声を掛けられた私は後ろを振り向き、そこにいた人物を見て目を丸くした。 後ろにいたのは黒い髪に見たことのない紅白服を着た少女であった。 その年相応な少女の顔と、それに対立するかのような年齢的に不相応な白けた瞳を見た途端、私は思い出した。 帽子を落ちた事に気がついた私はとりあえず帽子を手に取り立ち上がろうとした。 だけど、石か何かに躓いてしまい体勢を崩して後ろに倒れて目の前が真っ暗になって――― 全てを思い出した私は『耳を見られてしまった』という事に焦りを感じた。 母から受け継がれたこの耳はこのアルビオン大陸だけではなく、その下にある世界で暮らす人々に畏怖の対象として見られている。 力なき者なら恐れおののいて逃げてしまうが、力を持つ者なら間近いなくその耳の持ち主を『殺す』であろう。 よく見ると杖を右手に持っているメイジには違いない。 私の母もこの耳の所為でメイジ、というより貴族達に殺されてしまい、私はそうなるのを怖れてこの森の中で暮らしている。 これから起こるであろう結末に私は恐怖の余り動くことも出来ず、少女の方へと顔を向けた。 彼女は先程と同じように白けた目で此方をジッと見つめており、私はその目を見て少しだけ驚いた。 その瞳には私の『耳』に対する怒りや殺意、そして怖れの色は一切見えない。 (まさか…この人は私の耳を見て何も感じていないの…?) 「ねぇ、少し聞きたいことがあるんだけど。」 少女が口を開き、鈴のように綺麗で、だけど何処か冷たい響きを持った声で私に話しかけてきた。 「あ、はっ…はい!?…こ、ここはアルビオンのウエストウッドっていうところだけど…?」 突然話しかけられた私はビクッと体を震わせ、過剰に反応してしまった。 一方の少女も、『アルビオン』という言葉を聞いて納得したように頷いている。 「成る程、ここがアルビオンってわけだったのね…。」 彼女は一人そう呟くと、すぐに私の方に顔を向け、話しかけてきた。 「でも――――なんでそんなにビックリしてるのよ?」 私はその言葉を聞いて、今確信した。 ―――――ああ、この人は私を全然怖れてはいないのだと。 「……だ、だって貴方みたいに私を怖れない人は初めて見るから…。」 それでも、まだ油断は出来ないと思った私は恐る恐るそう言った。すると彼女は… 「なんで何もしてこないアンタを怖がらなきゃいけないのよ。」 と、めんどくさそうに言った。直後――― ぐぅ~… 彼女の腹部から何処か悲しげな音が聞こえてきた。 それを聞いた私は少しだけ唖然し、数秒おいてから口を開いた。 「あの…お腹が空いてるなら、何か食べるものをあげるけど…?」 ◆ 幻想郷 迷いの竹林――――― そこは人里から見て、妖怪の山から反対側に位置に広がっている。 一度入れば地面の僅かな傾斜の所為で斜めに生長している竹の所為で常人ならすぐに平衡感覚を狂わせる。 妖獣なども好んで住み着いている危険な竹林の中に、『永遠亭』という大きな屋敷が存在している。 見た目は伝統的な日本家屋ではあるが、築数ヶ月くらいしか経過していないかと錯覚するほど古びた様子を見せない。 そんな奇妙な屋敷に住んでいるのが、人里との交流を殆ど持たない者達と多数の兎達である。 永遠亭は外見と同じく、屋敷の内装も正に歴史ある日本家屋の造りである。 しかし、とある一室だけは雰囲気がまるで違っていた。 床、天井、壁は全て白色に統一されており、置かれているデスクには多数のビーカーやフラスコが置かれている。 他にも外の世界で言う顕微鏡みたいな物もあり、部屋を見ればそこの主がどんな人物なのか大体見当は付きそうだ。 その部屋の主人である八意永琳は椅子に腰掛け、背もたれに身を任せ何やら考え事をしていた。 だいぶ前に、文々。新聞で『博麗の巫女が幻想郷から失踪!』という記事がデカデカと載ってあった。 その記事を見たときはまさか捏造か?とは思ったがすぐにその考えは人里での薬売りから帰ってきた優曇華の報告で否定されてしまった。 どうやら白黒やあの紅魔館の瀟洒なメイドといったあの巫女と関わりがある者達がせわしなくあちこちを飛び回っているらしい。 話を聞いた永琳は輝夜にこの事を報告したところ―――― 「その事なら今知ったばかりよ。」 ――――文々。新聞に目を通しながらそんな返事を返してきた。 適当な返事ではあるが、輝夜が今回の異変に心の中で冷や汗を流している事を知っている永琳は何も言わなかった。 博麗の巫女が幻想郷から失踪、つまりは『博麗大結界』の崩壊を意味している。 もし幻想郷が消えれば、幻想にしか住めない者達には破滅の一択しかあるまい。 それに永琳や輝夜にとって此所は、『月』の追っ手から隠れるのに最適な場所でもある。 その後、優曇華や竹林に古くから住んでいるてゐに情報を収集するよう命令を下した。 だが、先に行動している者達同様、有力な情報は何一つ掴めなかった。 それから何日か後、今日の朝早くに八雲紫の式から紅魔館で話があるから来いと言われた。 本来なら永遠亭の主である輝夜が行くべきなのだがその事を輝夜に伝えたところ―― 「面倒くさいから代わりに行ってこい。」 ――とあっけなくそう言い返してきたので、とりあえずは代わりに行くことにした。 しかし、外では未曾有の異変が現在進行形で進んでいるというのに輝夜はと言うと外のことなど知らんぷりである。 だけど――恐らくはもう理解しているのだろう。 「このまま無駄なことをやっても幻想郷崩壊は時間の問題」だと言うことに。 …と、まぁそんなこんなで永琳が代わりに行ったものの、その時に八雲紫の言った言葉は強烈であった。 博麗の巫女が何処へ行ってしまったのか特定できたこと―― 幻想郷を覆う結界が全く別のモノになってきているということ――― そして、時が来れば巫女がいるその世界へ乗り込むということ――― 流石幻想郷の創造主であり、境界を操る妖怪だとこの時ばかりは思った。 他の者達より遙かに格上の情報を持っていて、更にはもう解決の目処も立っている。 正に賢者というのはああいう者の事を言うのである。いささか胡散臭いのは唯一のキズであるが。 それからすぐに永遠亭へと戻り、この事を輝夜に報告したところ―――― 「あの巫女を救うのはいいけど、アイツの事だからその世界をついでに滅茶苦茶にするかもね。」 という、何やら物騒な事を言ってきた。 まぁ確かに、八雲紫は幻想郷を愛しているというし腹いせぐらいにそんな事はするかもしれない。 巫女を攫ったという『ソコ』がどんな場所かは知らないが、間違いなくある程度は地獄絵図となるだろう。 と、そんな事を思いながら自分の研究室へと戻ってきた永琳はふとある考えが頭の中をよぎった。 (それにしても、幻想郷の住人を連れ去るなんてねぇ…。) 以前永夜異変の後に八雲紫からここにいれば月の追っ手から隠れる必要は無いと言われていた。 それ以降は永遠亭の住人達もやけに外へ飛び出していくことが多くなっている。 最近は輝夜が何やら博覧会を行う気でいるらしい。とか等々… まぁその話は置いておくとして。問題は「幻想郷の一角を担う博麗の巫女を連れ去った者の力」である。 連れ去られた博麗の巫女とは一戦交えたこともあり。弾幕ごっこではあったが、ある程度しか歯がたたなかった。 まぁ一応とある事情で自分の力はある程度セーブはしていたが、もし全力で言ったとしても後一歩と言うところで負けてしまうかも知れない。 それ程にも彼女は強力無比、どんな存在にも縛られず、必要とならば今日の味方を撃つ無慈悲さ。 故に最強であり、故にどんなものも彼女に干渉できない。 (そんな博麗の巫女を攫う程の力を持つ者なんているのかしら…。) 何に考えなければ答えは自ずと出てくる、無論―――それは否だ。 だがしかし、普通に考えるのではなく【逆】に考えるともうひとつの答えが浮かび上がってくる。 「博麗の能力すら凌駕する力を持った者がいるとでも…。」 その答えを否定することは簡単なようでそうもいかないのである。 (その答えだと結界の事もある程度納得が付きそうね。) 今回八雲紫が話した結界の変異も恐らくは博麗の巫女を攫った者の仕業なのだろう。 紫がこう言っていた「霊夢を攫っていった鏡と同じ術式を感じる」と。 一体何処の誰かは知らないが優しいことをしてくれる―と思った。 その優しさが仇となったとは思ってもいないのだろう。 ただ、永琳には一つだけ気になることがあった。 博麗の巫女を連れ戻すためにそこへ乗り込むのは良い、しかしもしそこでもめ事があった時―― (巫女をいとも簡単に連れ去るような強力な力の持ち主相手に勝てるのかしらねぇ?) 少なくともあのスキマ妖怪がそう簡単にやられるという事はなさそうだが… そこまで考えた永琳は一息つくと目を瞑り、数分してから彼女の口から寝息が聞こえ始めてきた。 ◆ アルビオン大陸にあるレコン・キスタの本陣――― 丁度陣の真ん中に設置されている大きなテントの中で、二人の男女が話をしていた。 「では、奴はもう既にこの大陸に侵入していると言うことですか?」 男の方は年齢三十代半ば。丸い球帽をかぶり、緑色のローブとマントを身につけている。 一見すると聖職者の身なりではあるが、坊さんにしては妙に物腰が軽い。 高い鷲鼻に、理知的な色をたたえた碧眼の男の名前は、オリヴァー・クロムウェル。 このレコン・キスタの指揮官ではあるが、元は一介の司教にすぎなかった。 その彼が敬語で話しかけている女性は軽そうなクロムウェルとは反対に、どこか重々しい雰囲気を纏っていた。 腰まで伸びた髪の色は黒く、肌の色は妙に白すぎるという感じがする。 黒いローブを身に纏っているこの女性の名はシェフィールド。クロムウェルの秘書である。 しかし、腕を組んで偉そうに指揮官から話を聞く秘書など恐らくはいないだろう。 指揮官であるクロムウェルはそれを咎めようとはしなかった。 「ええ、大陸の真下にある王族派が使っている隠し穴を通ってね。」 「あ、あの抜け穴を…ではやはりその者は王族派の味方…?」 シェフィールドの言葉にクロムウェルは恐る恐る質問した。 「いいえ、穴の中に待機させておいたコイツが追跡したけどそんな感じじゃあなかったわ。もっとも、追跡の途中で見失ってしまったけど。」 彼女は歯痒そうにそう言うと懐から一体の小さな人形を取り出し、テーブルに置いた。 この人形は「アルヴィー」という種類のモノで、自立して動くことが出来る魔法人形である。 大抵は人形劇やオモチャ、家の飾り付けに使うモノではあるが。彼女はどうやら変わった使い方をしているようだ。 「恐らくは個人の目的でこの大陸へやってきたと思うけど…そうとも言い切れない。」 テーブルに置かれたアルヴィーはカタカタとひとりでに動き出すと、ヒョコッと立ち上がり、そのまま何処かへと走り去って行った。 しかしシェフィールドはそれを気にすることなく再びクロムウェルとの会話を再開した。 「このアルビオン大陸にいるのは間違いないことだからとりあえずは私がアルヴィーと亜人を使って虱潰しに捜していくほかあるまいわ。」 シェフィールドはそう言うとドカッと指揮官用の椅子に腰を下ろし、大きな欠伸をした。 「ではでは、私は何をすればよいのでしょうか?」 一方のクロムウェルはと言うと無礼な態度をとっている秘書に怒ることなく、むしろもみ手をせんばかりの勢いで寄ってきた。 「お前は今まで通り指揮官をしていなさい。用があるなら此方から話しかけるわ。」 シェフィールドはそんな彼を鬱陶しそうな目で睨み付けながらクロムウェルに言った。 それを聞いたクロムウェルは何度も彼女に頭を下げそさくさとテントから出て行ってしまった。 クロムウェルがいなくなった後、一人っきりになれたシェフィールドは椅子の背もたれに身を任せた。 トリステインにあるブランド会社に特注で造らせたこの椅子の座り心地を試そうとしたその時、 今まで疲れていた感じがあったシェフイールドの顔が突然喜びに満ちあふれた。 「おぉジョゼフ様!」 シェフィールドはそう言うと椅子から勢いよく腰を上げ、その場で直立をした。 まるで目の前に、彼女にしか見えない『誰かが』と話しているような感じがし、妙な不気味さを醸し出している。 恋する乙女のような顔をしていたシェフィールドであったが、途端に泣きそうな表情になった。 「申し訳ございません、件の『巫女』は見失ってしまいました。ですが、このアルビオンに来ていることは間違いありません。」 独り言にしては、やけに現実味のある感じでそう言ったシェフィールドは、しばらくしてからまた嬉しそうな表情に戻った。 「わかっております!必ずやこのシェフィールド、【出来損ないのガンダールヴ】を捕らえて見せましょう!」 シェフィールドは右腕を空高く上げ力強くそう叫ぶと、ササッとテントから出て行ってしまった。 外へ出る瞬間、彼女の額に刻まれた『ルーン』が力強く輝いていた事に気づいた者はいなかった。 ◆ 誰かの噂話の対象になっている時にくしゃみがでるという言い伝えがある。 一回の時は良い噂、二回の時は悪い噂、そして三回だと惚れられているという。 「くしゅっ、くしゅっ!」 金髪長耳の少女の横を浮遊していた霊夢はふと、クシャミをした。 突然のことに霊夢は少し目を丸くし、咄嗟に手で口を押さえてしまう。 「…?どうしたの。」 そのくしゃみを横から聞いた金髪の長耳少女は怪訝な顔になった。 「何でもないわ、ただのクシャミよ。」 霊夢は少女の方へ顔を向けると大丈夫と言いたげに手を横に振ってそう言った。 少女は肩をすくめると再び歩き始め、霊夢もそれに続く。 事は数分前――――霊夢が腹の虫を鳴かせた直後へと遡る。 自分の腹が鳴る音を聞いた霊夢はふと昨日から食事にありついていない事を思い出した。 しかし時既に遅く、言いようのない空腹感が彼女の体を襲い始めていた。そんな時… 「あの…お腹が空いてるなら、村で何か食べるものをあげるけど…?」 狭い穴の中をくぐり抜け、こんな森の中へと出てきて初めて出会った人間(?)である長耳の少女がポツリとそう言ったのを霊夢は見逃さなかった。 「本当?」 霊夢の言葉に少女は小さく頷いてもう一度口を開いた。 「うん。けど、一つだけ約束して欲しいことがあるの。」 少女はそう言うと自分の長い耳を指さすと恐る恐るこう言った。 「…?、その耳がどうしたのよ。」 「この耳の事だけど、他の人に言わないでくれないかしら?」 少女はそこまで言うと口を閉じ、霊夢の返事を待ったがそれは直ぐに帰ってきた。 「大丈夫よ、どうせ私の言う事なんて誰も信じないから。」 ―――――その言葉を聞いて安心した少女は霊夢を連れて行くことにし、今に至る。 かれこれ歩き始めてから十分、目の前に森を切り開いて造られた小さな村が見えてきた。 藁葺きで造られた小さな家が数十件ばかり建っており、いかにも世間から忘れ去られたといった感じが伺える。 「ここはウエストウッド村っていうの。最も、村というよりは孤児院に近いけど…」 少女が苦笑しつつそう言った直後、村の入り口から大勢の子供達がこちらに向かってきた。 大小取り混ぜて、色んな顔があった。金色の髪、赤毛の子など髪の色もさまざまである。 「おかえりおねぇちゃん!」 「怪我はなかった?」 「おいしそうな木の実は採れた?」 子供達は小走りで霊夢――の横にいる少女の方へ一斉に寄ってきた。 皆元気旺盛で、隣にいる霊夢のことなどお構いなしでった。 (成る程、孤児院って言っても案外間違いでもなさそうね。) 霊夢は先程の言葉を思い返し、一人納得すると少女が群がる子供達を制止した。 「あ、あなた達…食事の準備をしてくれない?今日はお客さんが来ているから。」 『お客さん』という言葉を聞いた子供達は今になって霊夢の存在に気づき、一斉に彼女の方へ顔を向ける。 「ロシュツキョウだぁー!」 「はぁ?」 突然十歳ぐらいの男の子が霊夢を指さして叫んだ。 流石に霊夢も突然の事に素っ頓狂な声を上げてしまった。 「…こ、こ、こらジムッ!何失礼な事を言っているの!?」 「だってティファ姉ちゃん…あんなに堂々とワキをさらけ出してる服を着てるなんて可笑しいだろう!」 少女は顔を赤くし、ジムと呼ばれた男の子の頭を軽く叩いた。 一方のジムも叩かれた頭をさすりながら少女に言い返す。 「全くもうこの子は……あ、そういえば自己紹介がまだだったわ。ご免なさい。」 少女は思い出しかのようにそう言うと霊夢の方へ体を向きなおった。 「私の名前はティファニア。皆からはテファお姉ちゃんって呼ばれてるのよ。」 少女――――――ティファニアは絹のように繊細な金髪を揺らしながらそう名乗った。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 初夏の陽が暮れるまで後もう少しという時間帯のトリスタニア。 その王都にある旧市街地で、霊夢とルイズたちの戦いが始まっていた。 得体の知れぬ怒りだけで自分を殺そうとする薄気味悪い自分の偽者との、通算三回目となる戦いが… 「クッ…!」 振り下ろしたナイフを結界で弾かれたもう一人の゛レイム゛―――偽レイムは、その体を大きく怯ませる。 一度跳び上がってからの攻撃だったおかげか二メイル程吹き飛び、背中から地面に倒れてしまう。 「悪いけどそろそろ夕食時だし疲れてるから、速攻で片付けるわよ」 当然それを見逃す彼女ではなく、右手に持つ二本あるナイフの内一本を、左手で握り締めながら呟く。 錆が目立つソレを持った左手の甲には、ルイズとの契約で刻まれた使い魔のルーンが懸命に光り続けている。 そのルーンは、始祖ブリミルという偉大なるメイジが使役していたガンダールヴという名を持つ使い魔の証。 ありとあらゆる武器と兵器を使いこなして主を守る矛となり、盾となった伝説の存在だ。 (今まで滅多に光った事なんか無かったけど…今ならどうかしら?) 昼頃から光り続けるそれに一途の願いを込め、霊夢はナイフを握る左手に力を入れる。 瞬間、ゆっくりと光り続けていたソレに命が入り込むかのように、一瞬だけ眩く輝いた。 それに気づいた霊夢が目を見開かせると同時に、地面に倒れていた偽レイムがゆっくりと立ち上がる。 右手のナイフを逆手に持ち替え、じっと佇む霊夢へと再度突撃を仕掛けようとする。 結界のせいで距離を取らされたが、本物以上の身体能力を持つ偽レイムにとって大した影響はない。 すぐに腰を低くし、錆びに塗れた刀身を霊夢のわき腹に刺そうと考えた瞬間―――――― 「レビテレーション!!」 突如、右の方から鈴の様な声を持つ少女の叫びが耳に飛び込んできた。 その声に動き出そうとしていた足が止まり、一体何なのかと振り向こうとした直後、足元の地面が爆発する。 あまり大きくも無い爆発音とともに地面の土煙が舞い上がり、偽レイムの視界を一時的に遮断した。 何の前触れもなく起こったアクシデントに何も見えなくなった彼女は突撃も行えず、その体制を大きく崩してしまう。 偽レイムは自分の攻撃を一方的に阻止された事に対し、何の躊躇いも無く舌打すると、煙の向こうから少女の怒鳴り声が聞こえてきた。 「わ、私だって戦えるの!ただ…ぼ、傍観してるだけじゃな…ないわよっ!?」 多少噛みながらも何とか言い切った少女の声は不幸か否か、敵に居場所を教える事となる。 優先的に排除しようと決めたのか、整備されていない道路をブーツで擦りつつも、彼女は右の方へと目を向けた。 ほんの十秒ほどで消え去った土煙の向こうにいたのは、偽レイムへと杖を向けるルイズであった。 細い体を小刻みに震わせながらも、彼女は自分が召喚した巫女と同じ姿をした存在に攻撃を加えたのである。 「ヒッ…」 そして攻撃の際に舞い上がった煙が消えた時、相手の視線が自分の方を向いたのに気付き、その口から小さな悲鳴を上げてしまう。 鳶色の瞳を丸くさせたルイズは端正な顔に恐怖の色を浮かべ、ナイフを手にした偽レイムと対峙する。 彼女の目は今もなお赤く光り続けており、それを見続けているだけで足が震えてくるような錯覚に襲われてしまう。 そんな相手に首を絞められ、死の淵に立たされた彼女であったが、それでも逃げるという選択肢は頭の中に無い。 恐怖のあまり流しかけた涙をと堪えるように目を無理に細め、杖を持つ手には更なる握力と精神力を注ぎ込む。 体中から掻き集めた精神力は右手を通して杖に入り込ませると同時に、口を動かし呪文の詠唱を行う。 ヴァリエールというこの国の名門貴族の末女としての生を授かり杖を持たされてから、何百回と行ってきた事だ。 既にその顔からは恐怖が拭い取られ、目の前の相手に断固負けはしないという気合が籠っている。 その呪文を聞いてまたあの爆発が来ると察したか、偽レイムが攻撃態勢に入る。 獲物に跳びかかる直前の猫の様に腰を低くし、逆手に握るナイフを後ろへと隠す。 そうしていづても動けるようになった直後、短い詠唱を終えたルイズが杖を振り上げた。 オーケストラの指揮者が持つタクトと酷似したソレを振り下ろせば、またあの爆発が来る。 ならば下ろす前にトドメをさす。今が好機と判断してか、身構えていた偽レイムが地面を蹴って接近しようとした。 ――――――しかし。 「アタシって、そんなに人の話を聞かない人間だって思われてるのかしらねぇ?」 そのブーツで地面を蹴り飛ばし、一気にルイズへと近づこうとしたその直前。 気怠さを隠す気配も無い言葉を放った霊夢が、偽レイムの左肩に遠慮も無く一本のナイフを突き刺した。 「ガッ!?」 気づいたときにはもう遅く、熱いとも言える激痛に偽レイムはカッと目を見開き、その場で大きくよろめく。 それでも戦えるのか、接近を許してしまった霊夢にせめてもの一撃をお見舞いしようと左手に持つナイフを大きく横に振った。 しかしそれは読まれていたのだろう。まるでスキップするかように小さく跳躍した霊夢は、その一撃を難なく回避する。 茶色の靴が地面を三回叩いた時には、霊夢は先程まで佇んでいた場所に戻っていた。 「レイム!」 時間にして五秒の間に助けられたルイズは、恩人の名前を呼ぶ。 しかしそれに応える素振りを見せない霊夢は面倒くさそうな表情のまま、空いた左手でポリポリと頭を掻いている。 「流石に二回も刺したら動きが鈍るかと思ったけど…痛みに鈍いんじゃ酷いくらいに面倒だわ」 右手に持つ最後の一本を左手に持ち替つつも、彼女は敵が健在であることに多少の辟易を感じ始めてしまう。 彼女の視線の先にいるのは、自分と同じ姿を持ちながらも、自分以上に凶暴な戦士だ。 肩に刺さったナイフをそのまま放置している偽レイムは、息を荒げつつも既に攻撃体勢を取り直していた。 加勢として失敗魔法を放ったルイズも、この位置にいたらまずいと察したのか、霊夢の方へ近づこうとする。 「ウ…グッ…!」 やや早歩きで移動する間、偽レイムは肩に刺さったナイフをそのままに呻き声を上げていた。 呼吸も乱れているのか、体全体が上下に動くかのように揺れてもいる。 しかしまだまだ戦えると宣言したいのか、その目でもって霊夢をジッと見つめている。 睨まれている彼女は特に身構えてはいないが、体から漂う気配からは緊張感が混じっていた。 何時相手が動き出すのか分からぬ状況の中で慎重に移動したルイズは、ようやく霊夢の傍へとたどり着く。 多少なりとも身構えたままのルイズは、相手を射抜くような視線を逸らさず、そっと口を開いて喋る。 「一体何が起こってるのよ…全然理解できないんだけど」 まるで誰かに質問するかのような喋り方に、隣にいる自分が話しかけられているのだ霊夢は気づく。 いつ攻撃を再開してくるかも知れぬ敵を見据えたままの彼女は、肩を竦めながらもそれに答える。 「それは私の方が聞きたいところよ。もうこっちは疲労困憊まであと一歩っていうのにさぁ」 「本当かどうかは分からないけど今のアンタの顔見ると、はいそうですか…って言いたくなるわね」 連続して降りかかる厄介ごとに辟易してしまった気分を隠さぬ返事に対し、ルイズは肯定的な言葉を送る。 それどころか、気怠そうな彼女に同意するかのごとく小さく頷いてみたりもした。 思えば霊夢と出会ってから今に至るまで、確実に五本指に入るくらいの異常な日であるのは間違いない。 今まで光る所を一回だけしか見なかったルーンの発光や、彼女のそっくりさんに殺されかけたりもした。 自分と魔理沙が見いぬところで同等…もしくはそれ以上の体験をしているであろう霊夢の苦労は、その顔を見ればある程度わかる。 夜遅くまで王宮で働き、朝早くに領地の視察を命じられてしまう哀れな下級貴族。 繊細すぎる彼の心は盛大な音を立てて壊れていくのを感じ取り、叫ぶ。始祖よ!この私に休息をお与えください――――と 疲労の色が濃ゆく滲む彼女の顔を見ながら、ルイズは脳内で小さすぎる寸劇を鑑賞していた。 もはや過労死まで五秒前という寸前の状態に苦笑いを浮かべつつも、思い出すかのようにハッとした表情を浮かべる。 今は妄想を思い浮かべるのではなく、もう一人のレイムをどうにかする時間なのだ。 そうして現実へと戻ってきたルイズは霊夢の横に立ちつつ、杖の先端をゆっくりと偽レイムに向ける (とりあえず目の前の敵…を片付けたらお疲れ様とでも言ってあげようかしら) 自分以上の苦労を背負背負っている同居人へ、ルイズはとりあえず程度の同情心を抱いた。 「まぁまぁこれは、随分とごちゃごちゃとした展開になってきたじゃないの?」 一方そこから少し離れた場所で、イレギュラーのキュルケは能天気そうに二人の霊夢を見つめている。 ルイズよりも前に首を絞められていた魔理沙は彼女の後ろで蹲り、未だに元気を取り戻せない。 最初と比べ多少なりとも回復はしたが、苦しそうに咳き込み続ける姿は何処か痛々しいものがある。 そんな彼女の前で平和そうに佇むキュルケであるのだが、これから先どうしようかと内心悩んでいた。 当初の予定としては、こんな廃墟へと足を踏み入れようとしたルイズを問い詰め、何があったのか聞く筈だった。 しかし今の状況を見れば、すぐに只事ではないと゛何か゛が起こっているのだと察せる。それも現在進行中で。 (どうしようかしらねぇ…飛び入り参加した私はどう動けば良いのか分からないわ) 魔理沙と交代するようにルイズが首を絞められた時に持った自分の杖は、未だ手中にある。 傷一つ無く、かといって新品でもない使い慣れたソレは、まだこの場で一度たりとも魔法を放ってはいない。 メイジにとって己の半身とも言える杖を手に、キュルケは自身の体に力を込めていく。 それと同時に、今の自分がどう行動するべきなのかも決めていた。 とりあえずルイズと左手が光ってる゛レイム゛に味方をし、血だらけの゛レイム゛と戦うか。 逃げる事はしないが、とりあえず手出しするのは危険だという事で様子見と洒落込むか。 二つの内一つしか決められぬ選択だが、キュルケはもう答えを決めていた。 否、彼女の性格を考えればどれが答えなのかはすぐに分かるであろう。 (色々とややこしい事になりそうですけど、知れそうなことを知らないまま過ごすのは不快ですわ) もう後戻りはできない。自分へ向けてそう言い聞かせるような決意をした、後ろから声が聞こえてきた。 声の主が自分の後ろにいる魔理沙だとすぐに気づいたキュルケは、軽い動作で振り返る。 「ゴホッ…よぉ、何だか騒がしいなぁ?…ゲホッ!」 そこにいたのは、地面にうつ伏せた姿勢から右手だけで体を支えつつ、上半身を軽く起こした魔理沙であった。 一、二回ほど小さな咳を混ぜつつも聞こえてくる快活な声は、ほんの少しだけ苦しそうに見える。 「あら、無理しなくても良いですのよ?何か本物かもしれないレイムが来てますし」 「かもれしれないって、曖昧…過ぎるだろ。もうちょっと…見極めてから、言ってくれよな…?」 無理をしているのではないかと思ったキュルケは、今の状況を手短かに伝えつつまだ休んでろと遠まわしに言う。 だが気遣いは無用と返したいのか、彼女の言葉に魔理沙はニっとその顔に笑みを浮かべながらも返事をする。 元気そうな笑顔を浮かべたいのだろうがまだ完全に回復してないのか、何処か苦々しい。 痩せ我慢しているという事が見え見えな彼女の姿を見て、キュルケはヤレヤレと言わんばかりに肩を竦める。 (類は友を呼ぶというモノかしら?あれじゃあ何時死んでもおかしくないわね) 物騒な言葉を心の中で呟いたとき、霊夢達の様子を見つめていた魔理沙がアッと声を上げる。 何かと思い振り返っていた頭を前に戻した直後、二対一の戦いが再び激しくなったのだ。 暫しのにらみ合いは、偽レイムが体を動かした事によって終わりを告げる。 先程の様に地面を蹴飛ばした彼女は、何とか視認出来る速度もって突撃を仕掛けてきたのだ。 右手に握る武器の先端をの真っ直ぐと、目前にいる二人へと向けて。 その内の一人であるルイズがハッとした表情を浮かべて杖を構えるよりも先に、彼女の隣にいた霊夢の動く。 相手が突き出してくる錆が目立つ刃先は、自分の胸を目指してくる。 「よっ…と」 それに気づいた霊夢は結界を張ることはせず、左手に持ったナイフをスッと構えた。 まるで自分の宝物だと言って他人に見せるかのように、錆びついたソレを軽い感じで目の前まで持ち上げる。 ルイズはその事に気づいてか、目を丸くして驚いたが…その口を開いて問いただすことは出来なかった。 「どうし――きゃあ…っ!」 彼女が喋ろうとした瞬間、それなりの速度で突っ込んできた偽レイムの攻撃を、霊夢はナイフ一本で防いだのである。 金属同士が勢いよく衝突することで僅かな火花が散り、ついでノイズ混じりの甲高い音が周囲に響く。 二人の傍にいたルイズはその音に驚き、悲鳴を上げて耳を防ぐ。 それで両者の争いが止む筈が無いことは当然であり、それどころか益々酷くなっていく。 両者共にゼロ距離ともいえるくらいに近づいており、互いに押し合う錆びた刀身が、嫌な音を奏でる。 武器を握る手が小刻みに震えるたびに刀身すら揺れる光景は、正に死霊が踊っているかのようだ。 しかしこの鍔迫り合い、以外にも短い時間で終わりを迎えそうであった。 一見すれば互角に見えるが、受け止めた直後と比べ霊夢の足がゆっくりと後ろへ下がり始めている。 対して偽レイムの方は慎重に前へ前へと進んでおり、どちらが有利なのかは陽を見るより明らかだ。 (やっぱ腕力は向こうが上ってところか、段々キツクなってきたわね) 下手すれば即死していたであろう攻撃を防いだ霊夢であったが、内心では愚痴を漏らしている。 さっきから頭の中に呟いている声に従い武器を拾ったものの、何も変わったような気がしない。 ルーンが伝承通りのモノならばありとあらゆる武器を使いこなせるらしいと聞いたというのにだ。 「無理せず結界でも張った方が良かったかしらね?」 「そんな事を言う暇があったら、相手を押し返しなさいよっ!」 無意識の内に口から出たであろう彼女の言葉に突っ込みを入れたルイズが、杖を振り下ろす。 両者がナイフ越しに睨み合っていた隙をついて詠唱を終えいたようだ。 「レビテレーション!」 先程と同じ呪文を力強くハッキリと叫んだ瞬間、偽レイムの足元に鋭い閃光が走る。 だが相手は本物と同じで、何度も引っ掛かるような人間ではないらしい。 ルイズの魔法が来ると察したか、傷だらけの体の重心を右へと傾け、ついで足もそちらの方へ動かす。 地面に食い込まんばかりに力を入れていた両足はあっさりと動き、流れるような動作で偽レイムは移動した。 結果、足元で発動し彼女を吹き飛ばす筈だった失敗魔法は、ルイズと霊夢に牙を向ける。 「ちょっと、わ…っ!」 「あぁっ…!」 威力こそ小さいが、爆発で舞い上がる土煙のせいで、霊夢は反射的に目を瞑ってしまう。 彼女の隣にいたルイズも同様であり、二人仲良く寂れた道路に蓄積していた煙を浴びる事となった。 両者共に目を瞑って咳き込む姿はマヌケにも見えてしまうが、今の状況では酷いくらいに場違いである。 何故なら、土煙をやり過ごした偽レイムにとって、この煙は予期せぬ好機を運んでくれたのだから。 爆発が来ると読んで先に目を瞑っていた彼女は、閉じていた瞼をサッと開ける。 灰色の絵具を三、白色の絵具を二で割ってできあがったような色の煙幕が、辺りを包んでいる。 爆発自体はさほど大したものではなかったが、爆風だけが強かったせいだろう。 まるで山間部に出る濃霧の如く濃ゆいソレは、彼女の視界をこれでもかと言わんばかりに殺している。 このままじっとしていれば土煙は自然に晴れるだろうが、生憎そんな悠長にしている暇は無い。 煙が消え去る事は即ち自分と同じ姿を持つ相手と、その隣にいた少女の視界も戻る。 そうなってしまう前に、今の状況を利用するのだ。怪我を負ってしまった自分が二人の相手に勝つために。 「この馬鹿っ…ゲホ……ッ何人の…邪魔してんのよ」 全てを一時の間隠す煙の中から、声が聞こえる。 何故か知らないが私と同じ姿を持ち、私自身が倒さなければいけない黒髪の少女、霊夢。 咳き込みながらもハッキリとした声で怒鳴る彼女に、鈴のように繊細でありながらも激しい声の主が反論する。 「コホッ…コホッ…うるさいわね!アンタが変な事して…ケホッ、危機に陥ったから助けただけじゃないの!?」 まだ会ってから数分も経たないであろう桃色のブロンドが眩しい少女。 一目見ただけでも彼女はどこか名家の生まれなのだと思ったが、それが勘違いだと思わせるくらいに性格が激しい。 今みたいに怒鳴る事もあれば、いきなり攻撃してきたうえに武器らしい杖を向けてきたのだ。 挙句の果てに自分を霊夢と勘違いしてか、彼女の名前を連呼してきて一人で泣きそうになっていたのは覚えている。 このままではヤバいと思い最初に近づいてきた魔法使い同様に首を絞めたのだが、流石にアレはやり過ぎた。 軽く投げ飛ばしていれば霊夢にナイフを投げつけられる事も無かったし、文字通り手痛い傷も受け――――――あれ? ――――――霊夢って、誰だっけ? 数分前の事を思い出した私は、霊夢という名前に対しそんな疑問を抱いてしまう。 以前にも、そうずっと前に何処かで聞いたことのあるのだ。変わっていると思ってしまうその名を。 霊夢。神仏との関わりが深い言葉を名前に使うような人間は、おそらく一人しかいないであろう。 その一人しかいないであろう名前を持つ少女が、今自分の目の前にいる。 ―――じゃあ、彼女が霊夢ならば…私は誰なのか? 何故霊夢を倒さなければならず、それどころか自身の体に渦巻く゛怒りの感情゛の原因となっているのか。 それよりも優先的に知りたいのは、記憶喪失と言われても仕方のない事であった。 自分の思いを他人に話して頭を打ったかと心配されても仕方ないし、別に話す必要もない。 他者の力を頼りにしなくとも、私は生きていけるのだから。今も、これられも… それなら、何で霊夢という他人の名前にこうも引っ掛かってしまうのだろうか? 無意識の内に脳裏を過る自身の疑問に自答している最中、私は過ちを犯したことに気が付く。 傾き始めていた頭を急いで上げると、辺りを覆っていた土煙が薄くなっており、すぐ近くにいるであろう敵の影が見える。 くだらない事に貴重な時間を使った。思っている以上にボケている自分に苛立ちつつ、身を構える。 本当なら煙が濃い間に決着を決めたかったが、今ならまだ間に合うかもしれない。 いつ折れても仕方がない程刀身が錆びたナイフを持つ手に力を入れ、腰を低くして突撃の体勢に入る。 攻撃への手順を踏んでいく間にも煙は晴れていくが、向こう側にいる相手は未だ口論を続けている。 そのまま続けていて欲しい。せめて、自分が貴女たちを殺せる距離に接近できるまで。 若干血なまぐさい願いを頭の中でぼやきつつ、いざ参らんと足を動かそうとした瞬間―――風が吹いた。 陽が暮れつつも未だ街中に残る熱気を吹き飛ばすかのような、一陣の突風。 背後から吹いてきた自然の息吹きは彼女の体を怯ませはしなかったものの、土煙には効果があった。 周囲の光景を隠していた煙は、まるでその役目を終えたかのように初夏の空気と共に舞い上がる。 その結果、つい一分ほど前に考え付いた偽レイムの作戦は呆気なく瓦解した。 「ちょ…っ、アイツまた攻撃を…ルイズ!!」 煙の外にいた二人の内一人であるキュルケが、目を丸くして叫ぶ。 ルイズの起こした爆発の生で状況を把握できなかった彼女は、口論を続けるルイズたちへ注意する。 しかし、こんな所で始まった言い合いに夢中になっているのか全く気付いていない。 「はぁ、私の妨害に来るのなら大人しく学院に帰ってくれれば良かったのに」 「うるさい、このお茶巫女!アンタこの私にどれだけ心配させたら気が済むのよ?」 熱を帯びたルイズとは対照的に冷たい霊夢も、今は相手との会話にご執心のようだ。 まだ戦いは終わっていないというのに、もう全てが片付いたと言わんばかりに腕を組んでルイズと向かい合っている。 一応左手にナイフを握っているが、相手はすぐに動けるよう腰を低くしている。 今の二人は、狼の目の前で血の滴る生肉を振り回す愚者そのものだ。 これでどちらかが致命傷を喰らったとしても、油断していたお前が悪いと言えるだろう。 「おいおい…あんなときに口喧嘩とか、ルイズも霊夢も暢気な奴らだなぁ」 地面に座り込み、少し荒い呼吸を繰り返す魔理沙がその顔に苦笑いを浮かべつつ、そう言った。 そして、彼女の言葉にキュルケは多少の同意はしたのか、顔を前に向けたまま「さぁ」と言って肩を竦める。 あぁお前もか。魔理沙はそう言いたげな笑顔を浮かべると、偽レイムの方へ目を向ける。 場違いな争いを行う二人とは反対に、自分の知り合いとよく似た姿をした敵の動きは止まっていた。 腰は低くしたままではあるが、もはや煙とも呼べない土の粒子が舞う空間の中で、ルイズと霊夢を凝視している。 これは流石に不味いなと思った魔理沙であったが、同時に相手の様子に異変が出始めたのに気が付く。 「なぁおい…、あいつ、何かおかしくないか?」 魔理沙の口から出た言葉にキュルケはキョトンとした表情を浮かべ、彼女と同じ方向へ目を向けようとする。 口論を続ける二人へと向けていた瞳がゆっくり左へと動いていく―――その最中であった。 錆びついたナイフの刀身を、砕かんばかりに地面へと叩きつける激しい音。 不気味だと思えるくらい青白く発光する、痛々しい切創が残る左手。 まるで獲物を跳びかかる狼の様に、地面を蹴り飛ばす右足。 キュルケと魔理沙の目では、赤い影だと見えてしまったほどの瞬発力。 「ッ…!?」 そして、自分とルイズに急接近する嫌な気配に、霊夢がハッとした表情を浮かべるよりも早く、 接近を許してしまった偽レイムが、勢いよく殴り掛かってきた。 先程まで無表情だったとは思えない程、憎悪に満ちた表情を浮かべて。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん