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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 夏の日差しを遮る森の中を走る川辺の近くに、腰を下ろした女性と少女がいる。 腰まで届く黒い長髪を持つ異国情緒漂う巫女服の女性が、となりにいるピンクブロンドの少女に何かを話している。 貴族らしい身なりをしたピンクブロンドの少女はその話を真剣な面もちで聞いており、時折驚いているのかハッとした表情も浮かべていた。 一種の風景画とも思えるその光景には、女であってもついつい足を止めてみてしまうに違いない。 しかしここは近隣の村人でも滅多に入ってこない秘境の様な場所であり、今の二人を目にする第三者が現れる可能性は低い。 だからこそだろうか、二人は時間を忘れたかのように会話を続けていた。 「成る程…それで、その大女とやらを捜してここまで歩いてきたのね」 数分後、巫女の話を聞き終えたピンクブロンドの少女――カトレアが耳にした話を纏めるかのように呟く。 まぁ、そうかもね。特にいう事も無い巫女はそう返してから空を見上げてフゥと一息ついた。 「本当参ったわよ。自分が誰なのかも知らずにいきなり襲われたんですから」 マジで堪らないわ。空を見上げて喋る巫女に対し、カトレアは少し怪訝な表情を浮かべている。 「…少し聞くけど、怖くないの?自分の記憶が無いって事に」 「えっ?」 昨日の経緯をちゃんと聞いていた彼女の質問に、巫女は数秒ほどの沈黙を入れてから答えた。 「…確かに不安になるけども…今ここでジタバタしたって何も変わらないし、しょうがないじゃない。 それにふとした拍子で戻るかもしれないんだから、今はそれ程焦ってないわね」 暢気すぎる巫女の言葉にカトレアは少し呆れたような表情を浮かべて首を横に振った。 きっと自分と相手に明確な゛違い゛がある事に気が付いたのか、次にこんな言葉を口にする。 「私なら記憶が無くなった瞬間びっくり仰天よ。だってそうでしょう?ある日突然、頭の中にあった事が全部消えてしまうのよ。 自分の名前や年齢に好きな食べ物と嫌いな食べ物、今まで積み重ねてきた苦楽の混ざった思い出といった…大切な事全て それらが砂の城みたいに跡形もなく全部消えてしまったと思えば……とてもじゃないけど、私には……――――あら?」 そんな時であった、議論を交わす二人の間に涼しげな仲裁役が割り込んできたのは。 木陰と枝に遮られて肌を焼く日差しは入ってこず、代わりと言わんばかりの緑風が枝の間を通り抜けて彼女たちの体に吹きかかる。 「今日の風は随分優しいのね。私暑いのは苦手だから助かるわ…」 風に気づき一人楽しそうに呟くカトレアの顔から、呆れの色がフッと消え去り嬉しげな表情に変わる。 こちらに話していた時とは段違いに優しい笑みを浮かべるカトレアの言葉に、巫女は同意するかのように無言で頷く。 目を細めて嬉しそうな様子を見せる彼女を見ていると、気のせいかこちらも喜ばしい何かが心の底から浮き出てくる。 「やっぱり迷い込んで正解だったわね。色々と悪いとは思っちゃうけど、こんな良い場所にたどり着けたんですから」 森や山なんかの自然は人に対して危険なものだと知っとるけど、こうして恵みを与えてくれるものなのね。 彼女は劇場の役者のセリフみたいな言葉を巫女に聞かせながら、スッと頭を上げて空を眺め始める。 説教に近い助言を受け賜った巫女は気難しそうな顔で「へ~」と感心したような声を上げつつも、 「悪い事言ってるかも知れないけど、この人の護衛さんとか御付は今頃大変な思いをしてるわよ」 とまぁそんな言葉を返すと、自分よりも先に彼女が話してくれた時の事を改めて思い出す。 彼女、カトレアはここから遠い所にある領地から遥々やってきた貴族なのだという。 本当なら遠出などもってのほかと家族に言われるほど体が弱いらしいのだが、そこはうまく説得できたらしい。 彼女自身外の自然や動物と触れ合うのが好きであり、家族の本に従者や護衛達もそれは理解しているのだという。 身体が弱い彼女の遠出を、家族が心配はしつつ許可を出したというのを聞くと色々良くない事を考えてしまう。 (まさか先が短い…何てことは無いわよね?多分) これまでの経緯を話してくれるカトレアを見て、巫女は口に出せる筈も無い事を思ってしまう。 楽しげに話すカトレアに横槍を入れるような事などできず、その時の彼女はただただ黙って聞いていた。 本当の目的地はまだまだ遠く、この近くの村で長旅で疲れた足を休める為に一泊したらしい。 そして朝食後の散歩でついてきた護衛とはぐれてしまい森の中を歩くという事態を経て、今に至るのだという。 ◆ 「そうよねぇ?もう少ししたら村の方へと戻ろうかと思ってるけど…何とかなるわよね?」 毒が入った相手の返事にカラカラと笑いつつ平然と言ってのけたカトレアに、巫女はついつい苦笑してしまう。 人というのはこういう状況に陥ると不安定になり、最悪ネガティブな方向に思考が進んでいくものだと…彼女は思っていた。 しかし目の前にいるピンクブロンドの美女には暗い所など一切なく、むしろ太陽の様に光り輝いている。 一体どのような生き方をすればこんなにも明るくいられるのだろうか? 巫女はそんな疑問を感じながらも、それを知らないカトレアは空を見ていた顔を下げてまた喋り始めた。 「護衛の人たちには悪い事しちゃったわ。まさか私が消えるなんて思ってもいなかっただろうし」 「だったら最初から用心深く散歩してればいいじゃないのよ」 瞬間的な突っ込みにカトレアは笑顔を浮かべつつ、その顔を俯かせる。 その時になって巫女は気が付く。気のせいか、彼女の笑顔に少しだけ暗い陰りが見えていた。 「でもね、正直こういう体験はしてみたいと思ってたのよね」 森で迷う事が?その疑問を口に出した巫女に、カトレアは軽く頷きながらも喋り続ける。 「さっきも話したけど、私は生まれつき身体が悪いから…ほとんど外に出たことが無かった。 外から来るお客人とはあまり触れないようにと言われて育ってきたから、幼少の頃は家族と召使の顔しか見たことなかったのよ。 だからいつも外の世界にあこがれていて何時の日か――――まだ立っていられる内に自分の足で歩いて散歩するのが昔の夢だったわ。 幼少の頃と違って大分前から遠出も出来るようになったし…あぁでも、こんなに遠くまで来たのはこれが初めてかしら」 数年前まで寝たきりだった人が語るような話に、巫女は何も言わずに黙っている。 まるで彼女の口から出る言葉を耳で拾い、ほぼ空っぽの状態である頭の中に詰め込んでいるかのようだ。 そんな巫女の姿を横目で見つめながら、カトレアは尚も離し続けていく。 「…ずっと前にね、風景画を載せた本でタルブという村の風景を目にしたことがあるの。 葡萄のワインで有名な村でね、毎年旬になると王都やトリステイン中の街だけではなく、色んな国に運ばれていく。 だからかしら、本の中に乗っていた絵画には見たことも無いくらい広大な葡萄畑が描かれていたのよ。 豊穣の秋を象徴するような丸くて青い一個の葡萄粒が寄り集まって巨大な房となり、それらが一本の木に沢山出来ている。 木だって一本だけじゃない。暇潰しにベッドの上で数えてみても、数えきれないほど葡萄の木が描かれていたの。あれには本当に驚いたわ」 矢継ぎ早、という言葉が似合うくらいに捲し立てて喋ってはいたが、巫女はある異変に気が付く。 楽しそうに話す彼女の顔から、玉のような汗が薄らと出始めていたのだ。 いまの季節的に汗が出てもおかしくはないが、日陰にいて風に当たっている今の状態でこんな汗が出てくるのは少しおかしい。 恐らくそれは本人も気づいているのだろうが決してそれを悟られず、そして相手に気を使わせないように喋り続けている。 「今は夏だけど…私は、見に行きたいの…。秋に大勢の人々に幸をもたらすその畑を…。 自分の領地からすごく離れてるし、本当なら竜籠で行けば良かったのだけれど…今はこうして地上にいるの。 でも馬車に乗ったおかげで良い思い出ができたわ。目新しいモノが沢山見れたし色んな人たちとも会えて…――そして」 貴女みたいな、凄く興味深い人にも会えたわ。 最後に一言、そう呟いた直後であった。静かに地面を見つめていた両目が見開かれたのは。 巫女がそれに気づいたときには、カトレアは咄嗟に両手で口元を押さえた後に、苦しそうに咳き込みだした。 「ゴホ…ッ!ゲホ…ッ!ゴホ…ッ!!」 「ちょっと、アンタ…!大丈夫なの?」 「大丈夫…いつものゴホッ…事、だから…ゲホ…」 苦しげに喋るカトレアにそんな事ないじゃないと思いつつ、巫女は確信する。 最初の話から察して、やはりカトレアの身には何か良くない病が幼少の時から寄生しているらしい。 咳だって普通の人間がするようなものではない。何も知らない巫女ですら明らかに異常としか思えないくらいひどいものだ。 流石に座ってはいられないと思った彼女は腰を上げるとカトレアのすぐ横で膝立ちになり、とりあえずは背中をさすり始める。 しかしそれでマシになるという事は無く、それを無視するかのように更に悪い方向へと進んでいく。 「ゴホ…カハ…ッ!」 辛そうな咳き込みの最中であった。カトレアの口から赤く小さな水滴が、指の合間を縫って飛び出した。 まるで葉っぱに付着した雫を振り落すかのように散り、パッと地面に落ちる。 彼女がそれを吐き出す瞬間を見ていなかった巫女であったが、足元を見て何が起こったのか察する。 「ちょっとちょっと…!アンタ本当に不味いじゃないの?」 先程までの冷静さが何処へと消え去り、慌てた様子で咳き込み続けるカトレアに話しかける。 それに対し喋れぬが聞こえているのだろう、カトレアは苦しそうな表情で頷いて見せる。 大丈夫と言いたいのだろうが…口の端から血を垂らしながら咳き込む人間など、誰が見ても異常アリと判断するだろう。 無論その傍にいる巫女も同じ考えであり、すぐさま行動に移そうとスクッと立ち上がった。 しかしふと何かを思ったのか、足元で咳き込み続けるカトレアに向けて喋りかける。 「ねぇ、そんなに酷いなら何か薬でも持ってるの?」 彼女の質問に、口を押さえるカトレアは言葉ではなく首を横に振って答える。 今も充分危険だが、このまま何もせずに放置すれば…予期せぬ危機に遭遇した巫女は小さな舌打ちをしてしまう。 そんな時だ。カトレアが咳き込むのを我慢しつつ、荒い息をつきながらも言ってきた。 「村…村に戻れば…薬があるの…ゲホッ!」 ほんの少ししか喋れずとも、しっかりとアドバイスを聞けた巫女であったが、それでも事態は解決していない。 彼女が言う村とは、きっと旅の最中に止まっている宿屋がある場所の事だろう。 恐らくそれ程離れていない場所にあるのだろうが、何も知らない巫女がその村の居場所など知らない。 幸い体力には自信があるのでカトレアを背負って森の中を彷徨っても、目的地へ直行できるワケが無い。 カトレアが道案内してくれればまだ可能性はある。しかし今の彼女にそれを任せるのは多少キツイものがある。 そこまで考えた所で、巫女はふとカトレアの方を見やる。 最初の一回目以降に血は吐いてないらしく、咳は続いているが素人目から見てヒドイものではない。 ここで自分の考えている事を実行して村までの道案内をしてくれれば、一人で行くよりも遥かに直行できる可能性が高まる。 ならばここで立ち止まる必要は無い。動けるうちに動いて村へ行くしか他にすることは無い。 巫女は一人決心し、その事を苦しそうなカトレアに話そうとした―――――――――その直後であった。 鳥の鳴き声と葉と葉がこすれる音と、多少暑い木漏れ日に包まれた森の何処かから異音が聞こえてきた。 まるで喉を悪くした犬の遠吠えの様な、人の耳に不快感しか残さないそれは、二人の耳にも入ってくる。 そして続くようにしてもう一回聞こえてくると、それに遅れまいとかするかのように連続して聞きたくも無い遠吠えが森の中に響き渡った。 こんな真っ昼間にも関わらず、騒音をまき散らす異音の゛正体゛に二人は嫌な何かを感じた。 「な…何なの、犬…にしては何か変な感じがするわ…」 突然の事態に目を丸くしてそう言ったカトレアに対し、巫女は目を細めて異音を聞いていた。 彼女は知っていた。この異音の゛正体゛が何なのかを。 多くの事を忘れてしまった頭の中に入っている昨夜の出来事の一部で、それを耳にしている。 見た目どころか価値観すら人と違うあのバケモノたちも、今聞こえてくる音と似たような叫び声を上げていた。 そう、カトレアに語ることすらやめた程…むごたらしく始末した犬頭の怪物たち―――奴らの鳴き声そのものである。 「こんな天気の良い日に騒ぐなんて、よっぽどこの私に退治されたいようね」 一人呟いた巫女の言葉に、カトレアがハッとした表情を浮かべて顔を上げる。 その時の彼女が見た巫女の顔は、水面下で渦巻きながら並一つ立てぬ湖面の様な静かな怒りに満ち溢れていた。 いつどこでどういう風に聞いたのかは忘れてしまったが、ニナはこんな言葉を聞いたことがあった。 「お伽噺に出てくるような人の言葉を喋れる優しい動物さんはね、お話の中だけにしかいないんだよ」 誰がそう言ったのか覚えていないが、最初にそれを聞いた彼女は何でとその人に聞いてみた。 そうする事が自然だと思っていたし、それを言ってくれた人も同じ思いを抱いてたようで、嬉しそうに話してくれた。 「私たち人間が言葉を使って喋れるのは、この世界を作っていくうえで必要な事だからなんだ。 もしも動物たちが私たちと同じ言葉を喋れたら、生きていくうえで彼らを狩る僕たち人間とはきっとケンカするだろう?」 森や山を壊すな、俺たちの仲間を殺すな…ってね、茶目っ気を隠さぬ態度でその人は言った。 一方のニナも矢継ぎ早に三度目の質問をする。ならもしもこの世界に喋れる動物たちがいたら…ケンカになっちゃうのかな? ニナの言葉を聞いたその人は一瞬だけ目を丸くさせた後、数秒ほど唸ったのちに返事をした。 「そうかもしれないけど。きっとそれは…ニナの考えている様な動物さんとは全く違うと思うんだ」 何で聞いてみたところ、その人は苦い物を食べてしまったような表情を浮かべてこう答えてくれた。 「もしも現実に喋れる動物がいたとしたら、それはもう…怖い話に出てくる怪物になってしまうからだよ」 その人の言葉が正しければ… 今自分たちの目の前に現れた犬たちは、まさしく怪物と呼べる存在に違いない。 幼く、大切な記憶の多くが頭から抜け落ちてしまった少女は、ふとそんな事を思った。 「小さな人間よ。大人しく、何もせずにただ私の質問に答えろ。従うならば首を縦に振れ、さぁ」 あまり整備されていない真昼の林道の真ん中で腰を抜かしているニナに、多数いる亜人たちのうち一匹が話しかけてくる。 人の言葉を流暢に喋るソイツは、世間一般の呼び方では゛コボルド゛と呼ばれる存在だ。 ただそれなりの値段と分厚さを誇る図鑑に載っているような、犬頭の二足歩行の亜人とは少し違った所があった。 体そのものは周りで棍棒や槍を持って唸り声を上げるコボルド達と変わりないが、身に着けている物が大きく違う。 茶色の毛に包まれた背中を守るようにして、生臭さが漂う熊皮でできた外套を羽織っている。 そしてその右手で器用に持っているのは他のコボルド達とは違い、メイジが持つような気の杖であった。 棍棒としても充分な凶悪さを誇るそれには血でも塗っているのだろうか?外套とはまた別の不快な臭いが漂ってきていた。 だがその二つを差し置いてニナの目が優先的に向いた先にあったのは、そのコボルドが頭に被っている゛頭蓋骨゛である。 元は大きな狼や野犬のモノだったのであろう頭骨は、下あご部分だけを外した状態で付けているのでコボルドがどんな目をしているのかまではわからない。 不思議な事だが、それだけでも何故か目の前の亜人がコボルドでない何かになってしまったかのような不気味な違和感を、ニナは感じてしまう。 後ろに控えるコボルドたちはまだ犬の頭が見えるだけに動物らしさが残ってはいるが、頭蓋骨を被っている奴だけはどうにもそういう風には見えない。 幼いニナにはそいつが冥府からやってきて、死者の魂を掻っ攫って消えてしまう死神としか思えないのである。 ちょっとだけ怖い絵本やお伽噺だけの中だけにしかいない架空の存在が、コボルドの体を借りて顕在してきたかのような異様な存在。 それを目の前にして腰を抜かしているニナは、自分の後ろで押さえつけられた老人の言葉は耳に届いていなかった。 「に…ニナ……」 軽量ながらも三匹のコボルドに乗られている彼は苦しそうに呻きながらも、ニナに声を掛ける。 しかし放心状態の少女にその声は届かず、代わりと言わんばかりに背中のコボルド達がグルルと唸る。 下手な事をすれば殺す、と彼らの言葉で言っているのか、ニナの前に立ちふさがるコボルドがふと「まだ手を出すな」と呟いた。 喋れなくとも意味は分かるのか老人の背の上と周りにいる亜人たちは唸り声を上げるだけで、地面に付した老いぼれを血祭りに上げることは無い。 その様子を見てあの頭蓋骨を被った奴がリーダー格なのだと老人は直感したが、それで状況が好転するワケでもない。 真昼間だというのにこんな災難に巻き込まれるとは…。老人は心の中で毒づきつつ、今に至るまでの経緯を思い出す。 村を出てからニナを自分の家に置いて、戸締りをしっかりした後にこの森で迷い込んだという貴族さまの捜索を手伝う筈であった。 しかしどうだろうか、村を出てから数十分ほど歩いていた時…突如茂みの中から犬頭の亜人たちが跳びかかってきたのである。 森で生まれ育ったおかげで自然と鍛えられてきた老人であっても、小柄であっても一度に何匹ものコボルドに襲われてはひとたまりも無かった。 ニナだけは幸いにも跳びかかられはしなかったが、今の状況が安全などと口が裂けても言えぬ状況に立たされているのが現実だ。 そんな時だ、一向に口を開かぬニナの前に立つリーダー格が、再度口を開く。 「小さな人間よ、もう一度言うぞ。我の言う事に従うか?従うならばすぐにでも頷くのだ」 何もしゃべらない事に苛立っているのか、頭骨を被るコボルドが急かすように聞いてくる。 ニナよりも少し大きめの亜人の質問はしかし、眼を見開き呆然とする少女の耳に入るがそれを言葉として認識できない。 いつも耳にする森のざわめきや風の音を聞き流す時の様に頭の中をスッと通り過ぎ、何処か人知れぬ場所へと消えていく。 故に二度目の質問に対してもニナは何一つ言葉を返すことなく、じっと目の前のコボルドを見上げていた。 「…何一つ喋らぬとは強情な。…まぁいい、丁度二人いるのだから…」 ―――人一匹消えたとしても構わぬか。 リーダー格が言葉の最後にそんな一言を付け加えると、その背後から獰猛な唸り声が聞こえてくる。 何かと思い這いつくばった老人が顔を上げると、リーダー格の後ろからバカに体格の良いコボルドが一匹歩いてきた。 周りの仲間たちと比べても一回り少し大きいヤツは、その手にこれまた凶悪そうな肉切り包丁の如き鉈を握り締めている。 使い続けて碌に手入れもしていないのか、血錆びに塗れて刃こぼれも酷いその外見は呪われた武器にしか見えない。 人間や同じコボルドはおろか、やりようによってはオーク鬼すら殺せそうな雰囲気が、その鉈から発せられていた。 「お、おいお前ら…一体何をするつもりだ?」 「何、そう難しい事ではない。お前たち人間がどれほど生きることに執着しているのか、試そうと思っているだけだ」 呻き声に近い老人の質問にリーダー格がそう返すと、鉈を持ったコボルドが見せつけるように右手の獲物を軽く一振りする。 まるでこの刃に殺された者たちが三でいるかのような空気を切り裂く音が、周囲に響き渡る。 それを耳にしたリーダー格を覗くコボルド達が、小さな声で嬉しそうに鳴き始めた。 彼らは理解していた。これから何が起ころうとして、その代償に誰が゛犠牲゛となるのかを。だからこそ喜んでいた。 ――――――そんな時だ。獣達の悪臭が漂うこの道に、手荒な緑風が吹いてきたのは。 ここに漂う負の何かを含め、全てを更に持ち上げ消さんとする風に続いて゛彼女゛は森の中からやってきた。 動物で例えるならば、正に草原を一直線に駆け抜けていく狼とも言えるだろう。 それは誰の目にも――ニナや老人、そしてリーダー格を含めたコボルド達でさえ…近づいていた゛彼女゛の気配に気づけなかった。 全てが起こった時にはコボルド達にとって何もかも手遅れであり、また一瞬で状況を把握する事などできない。 「待ちなさいっ!この犬頭共っ!!!」 静かな林道を騒がすコボルド達の唸り声を、覇気と勢いに溢れた゛彼女゛の声が掻き消してしまう。 まるで不可視の力を声に纏わせていたかのように、コボルド達が一瞬だけ怯んだ。 単に驚いただけなのかもしれないのだろうが、少なくともその瞬間は゛彼女゛にとって最大のチャンスとなる。 声が聞こえてきたと同時に林道を囲う木々の合間から異国情緒漂う服を纏った黒髪の女性が、地面を蹴って跳びかかってきたのである。 まるで飛蝗と見間違えんばかりの高さまで飛んだ黒髪の女―――゛彼女゛は、五メイル程飛んだ所で足を地面に向けて落ちてくる。 部下たちよりも早くに気を取り直し、左右上下と辺りを見回していたリーダー格が゛彼女゛に気づいたが、その時にはもう手遅れであった。 軍用と見間違うほどに立派な革のブーツの底が軽い音を立てて地面に着いたと同時に、黒髪の女が右腕を勢いよく横に振るう。 片足立ちの状態の彼女が降り立った場所はリーダー格と鉈を手に持つ大柄なコボルドのすぐ近く。 一メイル程もない距離で、彼女は服と別離した白色の袖を付けた右腕を、何の遠慮も無く自分出せる力でもって攻撃する。 いち早く気づいていたリーダー格は咄嗟に後ろへ下がったが、彼の後ろにいた鉈持ちのコボルドは哀れにもその腕の餌食となった。 太い喉に女のラリアットが直撃したコボルドは、ギャイ!という低い悲鳴と共にでかい図体を大きくよろめかせ、その場で仰向けに倒れる。 その際に手に持っていた血錆びに塗れた鉈が離れ、コボルドが倒れたと同時にその刃先が湿った林道の土に突き刺さる。 とりあえず最初の一撃を決めた女は間髪入れずに足元の鉈に目をやり、それを手に取ろうとした直前。 女の右腕から逃れていたリーダー格のコボルドが、動揺さが見え隠れする声色で叫ぶ。 「ム…何だ貴様は?今の今までどこに隠れていた!」 間一髪で攻撃を避けていた亜人の言葉に、女は答えるよりも先に今まで上げていた左足を地面に着ける。 右足を下ろした時と同様の軽い音と共にブーツの底が地面につくと後ろを振り返り、ふと目の前でニナへと視線を向けた。 黒みがかった赤い両目が足元で腰を抜かす少女を見つめると同時に、その少女の口から小さな呻き声が漏れる。 「あっ…!あう…」 湿った気配の声は命乞いを意味するのか、それとも幼い故に曖昧な死への恐怖に怯えているのだろうか? そんな少女を見下ろす女にはわからなかったものの、少なくとも何かにおびえている事だけは理解していた。 時間にして二秒ほど見下ろした後、彼女は顔を上げてニナの後ろにいる老人と、その上にいるコボルド達に目をやる。 突然の奇襲に呆然としていた亜人たちは女に睨みつけられるとビクッと体を震わせ、無意識に手に握る獲物を構えた。 その直後だ。今まで穏やかな流れで吹いていた風が暴力を振るう不可視の鎚と化して、奴らを殴りつけたのは。 老人の上と傍にいたコボルド達はその鎚で死にはしなかったものの、無様な悲鳴を上げて吹き飛ぶ。 手にしていた武器も彼らの頭上へと舞い上がり、持ち主たちとほぼ同時に地面に叩きつけられる。 「なっ…?」 「あなた達、早くこっちへ…!」 何の被害も無かった老人が目を見開き驚いていると、黒髪の女が出てきた林道から女性の声が聞こえてきた。 ニナを助けてくれた女性とは違い優しさがありながらも何処か苦しそうな呼びかけに、老人はスッと首をそちらに向ける。 そこにいたのは右手で杖を構え、左手で口を押えたピンクブロンドの令嬢風の女性だった。 どうやら手に持った杖を見る限り、コボルド達を吹き飛ばした風の鎚は彼女が作り出したのだろうが、どうも様子がおかしい。 老人の今いる場所から見てみると、顔に浮かんでいる表情は何かを耐えているかのように苦々しい。 その時、颯爽と現れてコボルドに奇襲を仕掛けた黒髪の女が老人に向かって言った。 「女の子の方は私が絶対に助けるから、アンタはカトレアのいる茂みまで走って」 リーダー格のコボルドと対峙する彼女の言葉に、老人はハッとした表情を浮かべて周囲を見やる。 自分の背に乗っていたコボルド達は風の鎚で吹き飛ばされて地面で伸びており、未だ立ち上がる事が出来ない。 巻き込まれていない連中も突然の奇襲で怯んでいるのか、地面に付したままの老人に近づくヤツは一匹もいない。 厳しい森の中で生きてきた彼の体力ならすぐにでも立ち上がり、カトレアと呼ばれた少女のいる所へ走ることなど簡単であろう。 しかし共に同伴し、今も尚命の危機に晒されているニナを放っておくワケにはいかなかった。 まだ付き合いは短いが、記憶を失い実質的に天涯孤独となってしまった少女を見捨てて一人隠れる事など…誰ができようか? 見ず知らずの他人に後の事を任せ、一人勝手に逃げて隠れるのならば、この老体に鞭打って抵抗してみようじゃないか。 老人は黒髪の女の言葉を振り払うかのように首を横に振って素早く腰を上げると、自身の体に久々の気合を入れるために拳を鳴らす。 今もな身体を鍛えるかのような生活をする彼にとって、それくらいの事は欠伸が出るくらいに造作も無い事だ。 皺の多い顔には絶対的な決意に満ちた表情を浮かべたその姿は、とても老人とは思えぬ雰囲気を放っている。 その気配を背中越しに感じた黒髪の女は、軽いため息をついた。 (老いても尚戦意を失わぬ古代の戦士とは、彼の事を言うのかもね…) 一人寂しく例えながらも、黒髪の彼女は一人呟く。 「まぁその分、私は前の方に集中できるから良いけど…――良いんだけれど――――いてもいなくても同じかもね」 誰にも聞こえぬくらいの小声で何気に毒のある事を言った後に、スッと腰を低くして身構える。 目の前の不届きな化け物どもを蹴散らして少女を救い、この林道一帯の平和を取り戻すために。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん ルイズ・フランソワーズにとって、今体験している不可思議な出来事は一生忘れられないだろう。 別の世界で巫女さんをしている霊夢を召喚してからというものの、色々な事があった。 ギーシュの決闘騒ぎやフーケ退治、挙げ句の果てには戦争中の他国にまで行く始末。 しかもその出来事の全てに霊夢も関わり、いつの間にか全部霊夢が片づけてくれた…気がする。 そして全てが終われば霊夢は学院の外へ飛んでいき、気が向けば自分の部屋にいてお茶を飲んでいる。 きっとそんな光景は、いずれ終わるだろうと。ルイズは思っていた。しかし… (だからといって、これは不可思議を通り越して摩訶不思議ね…) ルイズは心の中でそう呟き、大きな溜め息を盛大についた。 今彼女は霊夢の家――――つまりは博麗神社…の外れにある社務所の居間にいた。 先程寝かされていた部屋と同じような感じの造りをしており、初めて見る物である。 居間の丁度真ん中には大きな机が置かれており、その周りには座布団が三枚ほど敷かれている。 そしてその座布団に崩し正座で座っているルイズの他にはきちんと正座で座っている霊夢と、先程からルイズの顔を見てニヤついている紫がいた。 数分前――― 先程の自己紹介の後、まず紫はルイズに色々と話したいことと聞きたい事があると言った。 ルイズは紫の能力と不気味な笑顔をみた後では強気な態度は出せず、コクリと頷くことしかできなかった。 頷いたルイズを見た紫はウンウンとひとり頷くと二人を連れて居間へと移動した。 それほど長くもない廊下を歩いている最中に、窓から外の景色を見ることが出来た。 まず最初に目に入ったのが、見たことのない造りをした建物であった。 あんな形の建物はハルケギニア中何処を捜したって見つかりはしないだろう。 「アンタ、何を見てるのかと思えば私の神社を見てたのね」 ルイズの後ろにいた霊夢は、窓から自分の神社を見ているルイズに気づいたのか、さりげなくそう言った。 一方のルイズは、聞いたことのない単語にキョトンとした。 「ジンジャ…って何よ」 「う~ん、なんと言ったらいいか。とりあえずアンタたちで言う教会みたいな所かしら」 霊夢はそこまで言った後、何かを思い出したのだろうか。「そういえば、しばらく見てないわねぇ…」と呟いていた。 彼女の呟きが何なのか判らないルイズはとりあえず肩を竦めるともう一度窓から外の様子を見ることにした。 その時になって気づいたことは、まだ外は薄暗いがどう見ても夜中でなく明け方の時間帯であるという事だった。 (私が意識を失ったのは夜中だから…もしかしたら五、六時間ぐらい過ぎてるのかしら?) そんな事を思っていると、今まで黙っていた紫が突然ルイズに話し掛けてきた。 「突然こんな所へ連れてきて申し訳なかったわね。本当ならもっと時間を掛けて接触しようと思ったのだけれど… 時間が無かったから少し予定を変更して、博麗の巫女と一緒に無理矢理連れてくることにしましたの。」 クスクスと笑いながらそう言う紫を見て、霊夢は呆れた表情になった。 「全く、それならそうともっと早く来れなかったの?アンタぐらいならすぐでしょうに」 「あら?随分と買いかぶられているようですね。所詮私の力は境界を操る゛程度゛なのよ」 「よく言うわねぇ…」 紫の言葉に霊夢は肩を竦めつつも移動し、居間に到着した。 この間わずか一分ぐらいであったが、ルイズにとってはその一分が少しだけ長く感じられた。 居間へついた三人の内一人(霊夢)は、最初から居間に座布団が敷かれている事に目を丸くした。 (おかしいわね…召喚される前には座布団を三枚敷いてた覚えは無いんだけど) 不思議そうに座布団を見つめる霊夢を見て、紫はテーブルの右側に敷かれた座布団に座りつつも霊夢に説明した。 「心配ご無用。藍に敷いておくよう言っておいたのよ。『向こうの世界』で随分のんびりしてたからね」 紫の言葉を聞いた霊夢は安心したのか「あっ、そう」とだけ呟き、左側の座布団に座った。 そして残った一枚は先に座った二人から見れば上座の位置に敷かれている。 ルイズは二人が座ったのを見て、崩し正座ながらも残った一枚に座る事にした。 そして時間は今に戻る――― 紫はルイズが座ったのを確認すると口を開いた。 「まずは、貴方に聞きたい事が一つあるのだけれど、よろしくて?」 そう問いかけた紫の言葉に、ルイズは不安そうな顔で頷いた。 「そう。じゃあ最初に聞くけど、貴方が霊夢を召喚したのね?」 うっすらと笑顔を浮かべつつ紫はそう言い、ルイズはその質問に対し、どう言おうか迷った。 先程の隙間――つまりは紫の能力――を見た限り、相手がタダ者では無いことは確かである。 そんな未知の相手を前に、下手なことを言えばどんな目に遭ってしまうのかわからない。 (それに…自己紹介の時に人攫いが趣味って言ってたし…) どう答えようかと悩みつつも心の中でそう呟いた時、突然紫がクスクスと笑い、ルイズに向かってこう言った。 「フフフ…人攫いと言ってもそんな無闇に人を攫うような事は致しませんわよ?」 「―――!?」 その言葉にルイズは驚きを隠せず、目を見開くとビクッと体を震わせた。 一方の霊夢はそんな二人のやり取りを見て、何が何だかわからず首をかしげる。 「どうしたのよ突然驚いちゃって…?」 「別に何でもないわ霊夢。ただこの娘、考えることが全部表情に浮かんじゃうだけよ」 霊夢にそう言った後、驚くルイズに「で?質問の答えは…」と言った。 ルイズは目を見開いたまま先程の質問に答えた。 「ぇ…え、ぇ…そう、私よ。私がレイムを召喚したのよ。は…春の使い魔召喚の儀式でね」 「使い魔の召喚…ね。だとするとアレは不慮の事故って事かしら?」 思い切ってそう言った後、紫は真剣な顔つきになると手に持っていた扇子を机に置いた。 一方のルイズは「不慮の事故」という言葉を聞き、首をかしげる。 それを見た紫の口元に笑みが浮かび上がり、口を開いた。 「どうやら意味がわからないようね。まぁこれから色々と説明するから、その合間に話すことにするわ。」 紫はそう言い、ルイズにここは一体何処なのか、そして今どういう状況になっているのかを話しはじめた。 ◆ 紫の丁寧な説明を聞きつつ、私は驚くことしかできなかった。 まず最初に伝えられたこと。それは、ここが「ハルケギニアとは全く違う異世界」だという事。 当然私は驚愕したのだが。驚く暇すら与えず紫はこの異世界について淡々と説明し始めた ここは幻想郷と呼ばれているところで。人間…それに「妖怪」という聞いたこともない種族や「妖精」といった伝説上の存在が住んでいるらしい。 彼らはこの幻想郷でしか住むところが無く。回りから大妖怪と一目置かれる紫がこの世界を創ったというのだ そして博麗の巫女である霊夢がその世界を結界(私も何度か見てきたあの光の壁みたいな物)で覆い、守っていると言うことも。 私はその説明を聞いたとき、自分の目の前にいる紫が人間ではなく「妖怪」と呼ばれる存在なのだと気づいた。 (でも…今になって思い出してみると。あの変な隙間とか不気味な笑顔で人間じゃないって気づけたんじゃないのかしら?) そんな風に心の中であの裂け目の中の目や不気味な笑顔を思い出し、ブルッと体を震わせた。 しかもこの世界を創造したと言っているのだ。もはやそれは妖怪というより神に近い存在では無かろうか。 更に今まで私の部屋で一緒に過ごしてきた霊夢はその世界を維持する結界を張っているというのだ。 私の世界で例えれば、始祖ブリミルとロマリアの教皇に謁見しているのと同じ事である。 (イヤでも…この二人ってそれ程堅苦しい性格には見えないし…何より始祖ブリミルに失礼ね。 どっちかというと名のある土地の領主様とそこの治安を守る腕利きのメイジとの会合ってところかしら?) そんな風に考えている私の心を読んでか、紫はクスクスと笑いつつ、説明を再開した。 次に紫が話したことは、私の行った召喚の儀式で霊夢が私の世界に喚ばれてしまったという事。 結果、幻想郷全体を覆う「博麗大結界」が不安定な状態となり、幻想郷崩壊の危機に陥ったというのだ。 つまりは、今目の前にいる霊夢は、この世界の中枢と呼ばれる存在なのだ。 その話を聞いた私は、自分の顔色がどんどん悪くなっていくのを直に感じていた。 「もしかしたら私は、この世界の住民に…大変なことをしちゃいました。…ってところ?」 私は自分の顔が青くなっていくのを自覚しつつ、確認するかのように紫に向かってそう言った。 何せ今目の前にいるのはこの世界の中枢とも呼べる存在が二人もいる。霊夢はともかくきっと紫はかなりご立腹に違いない。 そんな風に思いつつ、私はどんどんと顔色を悪くしていく最中…紫は言った。 「別にあなたが悪いとは私は言ってないわよ?むしろ好都合だったわ」 「……えっ?―え―え、えぇ~…?」 てっきりキツい罵声が飛んでくると覚悟していたルイズは拍子抜けしてしまった。 拍子抜けするのも無理はない、何せこの世界の創造者は怒りもせず、更には好都合だと言ったのだ。 「好都合?ちょっとどういう事よ紫、私にはサッパリなんだけど」 ワケがわからないのは霊夢も同じだったようで、顔を顰めている。 「まぁそうよね~。私にとっても降って沸いた偶然なのだから。まぁ話しておいた方が良いかしら?」 そう言うと紫は良くわかっていない霊夢に説明をした。 少女説明中――――― 寄せ鍋(ヨシェナヴェ)でも食べながら待っていてください。 「…ふーん。妖怪達の生活向上ねぇ」 紫からの説明を一通り聞いた霊夢は興味が無いと言いたげな表情でそう言った。 一方の紫は霊夢とは真逆に嬉しそうな顔である。 「えぇ…。あの世界を調べていく内にわかったのだけれど、向こうの技術は幻想郷と相性が良いのよ」 「だから今回の件は無かったことにするって事ね。私は別に良いけどレミリアとかはどうなのよ?」 霊夢の言うとおり、レミリアのようにプライドがあって尚かつ自らの住処を荒らされるのを良しとしない者が黙っているはずが無いのだ。 今回のことを許せば貴方達の生活はもっと良くなりますよ、と言って素直にはいそうですかと言うワケがない。 幻想郷に住む妖怪達にとって此処でしか住む所が無いのだ。 しかし、霊夢の質問に紫はその顔に微笑みを浮かべつつ言った。 「流石の私もあの娘の説得には骨が折れそうだったけど何とかなったわ。 後のことはもう一度会ってみなければわからないけど…まぁ多分何とかなるわね。」 紫はその言葉でふぅ…と一息つくとルイズの方へと向いた。 何が何だかわからず、今まで置いてけぼりだったルイズは何故か身を強ばらせてしまう。 ◆ ガリア王国―― ハルケギニア大陸のほぼ中央に位置するその国は人口約1500万人を抱える魔法先進国である。 日々職人達が様々なマジックアイテムを作成しているのだ。 中でも人形作りに関しては特筆すべき所があり、各国から届く注文の手紙は絶えない。 平民達も満足した生活が出来ているその国の宮殿は首都リュティスから離れた所に建てられていた。 ヴェルサルテイルと呼ばれる宮殿の中に青いレンガで作られたグラン・トロワという宮殿がある。 そのグラン・トロワの一番奥の部屋には、この国の王がいた。 その男の名はジョゼフ。現ガリア王国の国王である。 青みがかかった髪と髭に彩られた顔は、見る者をハッとさせるような美貌に溢れていた。 均整のとれたがっしりとした長身が、そんな彫刻のような顔の下についている。 今年で四十五になるのだが、どうみても三十過ぎにしか見えない若々しさ。 そのような美髯の美丈夫は自らの寝室に一人の女を招き入れていた。 黒い艶やかな髪が特徴的なその女は、あのシェフィールドだった。 「あなた様の指示を受け、クロムウェルが神聖アルビオン共和国の初代皇帝となるようです」 シェフィールドは、クロムウェルやボーウッドの前でとった時とは180度違う態度でジョゼフにそう報告した。 その報告に満足したのか、ジョゼフはその美しい顔に微笑みを浮かべると口を開いた。 「どうやら、世界は俺の読み通りに動きつつあるな」 誰に言うとでも無くジョゼフはそう呟きつつ、部屋の真ん中に設置されたテーブルの上に置かれている一本の杖へと目を向けた。 騎士が使うようなレイピア型のそれには、どす黒く変色した゛血゛が大量にこびり付いている。 ジョゼフはその杖を手に取ると既に固形化している血液を指先でツンツンとつついた。 「確か、これをやってくれたのは…トリステインの元子爵、だったかな?」 「ハイ。今現在は重傷を負い寝たきりの状態ですが後一週間もすれば回復するとのことです」 シェフィールドは淡々と報告しながらも、ジョゼフの顔をジッと見つめていた。 その報告を聞いたジョゼフはウンウンと頷きつつ、手に持っていた杖をシェフィールドに手渡した。 「良し、その子爵には俺の財布で新しい杖を買い与えてやろう。これ程の偉業は無いからな」 「了解しました。して、この杖…もとい付着している血液は゛実験農場゛に送れば宜しいのですね」 言いたいことを先にシェフィールドに言われてしまったのか、ジョゼフは目を丸くした。 「さすがは余のミューズだ。もう心を読まれてしまったか!」 大げさに驚いているジョゼフを見て、シェフィールドは薄笑みをその顔に浮かべた。 「そうでなければ。貴方様の使い魔として生きてゆけませぬ」 「相変わらず可愛い奴だ!とにかく、それぐらいの量なら科学者共の力で充分作れるだろう」 ジョゼフはそう言うと窓の方へと近寄り、遙か空の上にある双月を仰ぎ見た。 「俺は作り出してやろう。埋もれた歴史の墓場に佇んでいた伝説の存在を…」 そう言った瞬間、ジョゼフはバッと両手を広げ大声で叫んだ。 「そして今の時代をその伝説で壊してやる!俺がこれから指してゆくゲーム盤の上に潜ませてな!!」 ◆ 「さてと、次は貴方に聞きたいことがあるのだけれど…」 その言葉に、ルイズはとりあえず頷いた。 「まずはあなたがさっき言ってた春の使い魔召喚の儀式について質問だけど。それには一体何の意味があるのかしら?」 これが本題だと言わんばかりに興味津々な眼差しで紫はルイズに聞いた。 突然そんな事を言われたルイズは戸惑いつつもその質問に答えた。 「あれは、私たちが二年生になる為の必要な行事よ」 「成る程…進級行事というわけね。それで、使い魔を召喚したその後は?」 少し机から身を乗り出し、紫は更に詳しい説明を要求した。 「そのあとは…召喚した使い魔によって今後の属性を固定し…それぞれの専門課程へと進むのよ グリフォンや風竜の子を召喚したら『風の属性』の専門課程へ。サラマンダーを召喚したら『火の属性』の専門課程。という風に」 そこまで聞いた紫は満足したかのようにウンウンと頷いた。その顔はまるで昔話を聞いて喜ぶ子供のようである。 「成る程、貴方の世界ではそういう行事があるのね。聞いてて飽きないわ」 更にその後、紫からの質問が何度か行われた。 貴方が住んでた世界は一体どんな所で、どんな国があるのか。 どんな種族がいて、どのようにして暮らしているのか。 マジックアイテムのような特殊な道具はあるのか。 製鉄や造船などの技術がどれくらい進んでいるのか。とか等々c… 座学においてはタバサと一、二を争うルイズは数々の質問に、とりあえず知っている限りの事を教えた。 そんなこんなで軽く一時間が過ぎ、(ルイズにとって)長い長い質問攻めは…突然腰を上げた霊夢によって終わりを告げた。 二人のやり取りの合間に淹れてきたお茶を眠たそうな顔で飲んでいた霊夢の表情は、真剣なものになっている。 紫の質問に答えていたルイズはどうしたのかと霊夢の方へと顔を向けた。 一方の紫も、ルイズの゛記憶゛の一部からでしか見れなかった異世界の話を楽しんでいたのだが、ふと霊夢と同じく表情を変えた。 しかしその表情は真剣な顔つきの巫女とは違う。面白い物が見れるといった感じである。 一体何なのかとルイズはキョトンとしたが、辺りを見回してもおかしい所は何もない。 ルイズは首をかしげつつも霊夢の方へと顔を向けたその瞬間―― 「ハァッ!」 キ イ ィ ン ッ ! ! 威勢の良い霊夢の声と共に金属特有の甲高い音が直ぐ傍から聞こえてきた。 突然のことにビクッと体を震わせつつルイズはその音の方へと視線を向ける。 そこには、いつの間にか青白い結界を張っている霊夢がいて――その結界にはナイフが刺さっていた。 ナイフと言ってもかなりの大きめの物である。刺さればかなりの深手を負う事間違いなしである。 ただ、その刃先はルイズ本人には向いてはいない。 霊夢が結界を張っていなければ丁度彼女の頬を掠って背後の壁に突き刺さっていただろう。 「ひっ…ひぇぇ……」 気づかぬ間に自分のすぐ傍に刃物があった事に気がついたルイズは気を失ってしまった。 「はぁ~…全く、相変わらず手の込んだ事をするわね。挨拶ならもうちょっと工夫しなさいよ」 霊夢は気絶したルイズを見て溜め息交じりにそういうと結界を解除し、そのナイフを手に取った。 そして部屋の中を見回し、いつの間にか開いていた窓に気づくとそちらの方へとナイフを投げ捨てた。 放射線を描きながらナイフはそのまま外へと飛んでいき、勢いよく地面に刺さった。 それから間もなくして、メイド服を着た銀髪の女性が突然現れ、地面に刺さったナイフを抜きそれを手に持っていた鞘に収めた。 鞘に収めたナイフを腰に差すと、メイド服の女性、咲夜は窓からこちらを睨み付けている霊夢に話しかけた。 「どうせ貴方が防ぐと思ってしたまでの事よ。それに直撃もしなかったと思うし」 平然と言う咲夜に霊夢は嫌悪感丸出しの態度で返事をした。 「だったら刃物なんか投げないで頂戴。壁に刺さってたらどうしてくれたのよ」 「それは面白そうね。当たったら何か景品でもくれるのかしら?」 「はいはいそこまでにしときなさいな。戦いたいのなら後にしなさい」 霊夢の横からちらりと顔を出した紫が突如二人の会話に割り込んだ。 咲夜は肩をすくめながらも今度は紫に話し掛ける。 「私は別に戦いたくはないわ。ただお嬢様から一足先に軽い挨拶をして来いって言われただけよ」 「成る程…やっと交渉が成立したと思ってたけどまだ根に持ってるようねあの我が侭お嬢様は」 「何なら今ここでお嬢様の開放できない怒りを貴方にぶつけても良くってよ?」 少し危なっかしい会話の最中、今度は霊夢が割り込んできた。 「ちょっと紫ー。ルイズが気絶してるんだけど」 霊夢はそう言うと気を失って倒れているルイズの頭を小突きながらそう言った。 咲夜も近づいて窓から覗き込み、本当に気を失っているのを見て「あらら、子供には刺激が強すぎたかしら」と呟いた。 あの後、霊夢は気絶したルイズを再び客間へと移し、寝かせることにした。 咲夜はレミリアが今夜にでもルイズへ挨拶しに来ることを伝え、そさくさと帰ってしまった。 「ホント、あっという間に帰っていったわね」 紅魔館へと飛んでいくメイドの後ろ姿を神社の境内から見ながら、霊夢はポツリと呟いた。 同意と言わんばかりに横にいる紫も頷き、口を開いた。 「そのようね…さてと、私も一旦帰ることに致しますわ」 紫はそう言うと隙間を開きその中へ入ろうとしたが、思い出しかのように突然こんな事を言ってきた。 「そうそう霊夢、結界の事について話したいことがあるから今夜辺りにもう一度来るからそれだけ覚えておいて頂戴」 それだけ言うと紫は隙間の中へとその身を入れ、その隙間もまた消滅した。 結果、一人神社の境内に取り残された霊夢は溜め息をつき、頭上にある空を仰ぎ見た。 薄暗いが、いつも見慣れている幻想郷の空を見て、霊夢は幻想郷へと帰ってきた直後の出来事を思い出していた。 ◆ ルイズと一緒に幻想郷へと戻ってきた直後 紫はすぐに霊夢へ結界の異変について一通りの事を話した。 霊夢がいなくなって暫くした後、まるで白紙に描かれた絵の上に更に絵を描いたように、結界の上に未知の力が覆い被さったという。 調べてみたところ、霊夢を連れ去った召喚ゲートとよく似た性質だったという。 その未知の力が、驚くべき事に幻想郷を覆う博麗大結界を浸食しているらしい。 「大結界を飲み込んでるって…それじゃあ全部飲み込んだらどうなるのよ」 紫と共に境内に佇みながら霊夢はそんな質問をした。 一方の紫は、いつになく真剣な表情で、こう答えた。 「こんな事は私にとっても今まで生きてきて初めての事だわ…つまり」 「つまり…?」 霊夢は首を傾げた。 「私にも予測がつかない、という事よ」 とりあえずは応急処置と言うことで浸食されていた部分を元通りにする作業が始まった。 結界に小さい穴が空いたり、結界が脆くなってしまうのは良くあることである。 そんな部分を見つけるたびに修復する紫(最近は藍に任せっきりだが)。そして結界を創り、補強する博麗の巫女の手に掛かれば… 浸食してしまった部分を元に戻す作業は、わずか四時間で済ますことが出来た。 紫だけでも結界を直す事は可能だが、下手にそんな事をすれば結界は崩壊していただろう。 こうして、たった四時間を費やしとりあえずは未知の力から博麗大結界を守ることに成功した。 ◆ 「…まぁ応急処置だけだったから、ついでにあちこち補強するんでしょうねぇ」 あぁヤダヤダ、と呟きながら霊夢は大きな欠伸をした。 そういえば今日はまだ寝てなかったな~と思いつつ社務所へと戻り始めた。 「久しぶりの布団…あぁはやく横になりたいわ」 眠たそうに目を擦りながらそんな事を呟き、また一つ大きな欠伸をかました。 それから大体四時間が経過しただろうか。 太陽もようやく顔を出し、布団で横になっていた霊夢も起きて朝食(久しぶりの和食)を食べた後。 社務所の縁側で途中からやってきた二人の知り合いと一緒にお茶を飲んでいた。 未明頃に考えていた事など、すっかり記憶の片隅に追いやって談笑している。 「…そんなこんなで、今も寝てるというワケよ」 霊夢は横でお茶を飲んでいる二人に、今までの出来事もとい思い出話を丁度語り終えたところであった。 「ふ~ん。つまり、そのルイズとかいうのは異世界があるのを知ってビックリして気を失ったというワケか」 いつも被っている帽子を傍らに置いてある魔理沙はお茶を飲みつつもそう言った。 魔理沙の言葉に、隣にいたショートヘアの少女――アリス・マーガトロイド(以後アリス)―が突っ込んだ。 「あんた全然霊夢の話聞いてなかったでしょ?どう聞いてもメイドの挨拶が原因でしょうに」 ◆ 霊夢が幻想郷に帰ってきたことは未だに多くの者が知らない。 知っているのは八雲紫やレミリア、それと紅魔館で話し合っていた者達だけである。 当然部外者であるアリスや魔理沙は霊夢が帰ってきた事等全く知らなかった。 それなのに何故、この二人が偶然にもこの神社へ一目散に来たのだろうか。それに対し魔理沙が勝手に答えてくれた。 「どうだアリス、霊夢はやっぱり帰ってきてたぜ。この賭は私の勝ちだ!」 霊夢を指さしながら嬉しそうに言う魔理沙とは正反対に、アリスは不機嫌であった。 「ふぅ…全く、お陰で昼食を奢る羽目になっちゃったわ。ま、とりあえずおかりなさい。とでも言っておこうかしら」 どうやら、魔理沙の運勢がただ良かっただけらしい。 結果、魔法の森に住む普通の魔法使いと人形遣いは紫と咲夜の次に霊夢と顔を合わせた。 ◆ アリスのさりげない突っ込みに、魔理沙はコロコロと笑った。 「確かにそれもあるが、ホラ何だっけか?確か外の世界から来た大抵の人間も幻想郷に来たらすぐに気絶するんだろ」 それと同じようなもんだぜ。と言った直後、ふと横の方から写真機のシャッター音が聞こえてきた。 外の世界では゛古物゛と呼ばれている写真機はある程度流通している幻想郷では少し珍しい音である。 更に、人里から充分離れたこの神社でシャッター音を鳴らす者を、三人は良く知っていた。 「いやはや、聞き慣れた声が耳に入ったので飛んできてみれば…これは正に一大ニュースですね」 元気そうな声の主はそう言いいつつ首からぶら下げていた写真機から手を放す。 白いブラウスに黒のショートスカートは、一見すれば魔法学院の制服とよく似ていた。 黒髪のショートヘアがよく似合う頭の上には小さな赤い帽子(いわゆる天狗帽子)を被っている。 何よりもまず目にはいるのが背中から生えている黒い翼であった。 幻想郷ではまずもってそんな翼を生やしているのは、「鴉天狗」と呼ばれる者達だけだ。 「よぉ文。相変わらずこういう事にはえらく速いんだな」 「あっ、魔理沙さんじゃないですか!それにアリスさんも…こんなところで出会えるなんていやはや、奇遇ですねぇ」 魔理沙は微笑みつつ片手を上げつつ、神社にやってきた鴉天狗に挨拶をする。 次いで文と呼ばれた鴉天狗も人を喜ばせれる笑顔で魔理沙とアリスに挨拶した。 「誰かと思ったらアンタか、一体何の用よ?」 一方の霊夢はというと、半ば呆れた感じで目の前にいる鴉天狗に声を掛けた。 「いえいえ、私はただ風の噂で貴女が゛異世界人゛と一緒に帰ってきたというのでつい…あぁ、後コレを」 丁寧な口調で鴉天狗――射命丸 文(以降 文 )――はそう言うと左手に持っていた新聞をポイッと霊夢の方へ放った。 ほぼ反射的にその新聞を受け取った霊夢はしかめっ面になった。 「ちょっと、何勝手に放り投げてるのよ」 「貴方がいなかった時の文々。新聞です。どうぞ読んでみてください」 嬉しそうに言う文に勧められ、霊夢は嫌々新聞を広げ最初に目についた記事のタイトルを読んだ。 「紅魔館一同、来るべき日に備えて戦闘訓練…―――って、何よコレ?」 デカデカと新聞の一面を飾るタイトルと槍を持った紅魔館の妖精メイド達の写真を見て霊夢は驚いた。 紫の話を聞き幻想郷が結構大変な事になってたと知っていたが、まさか自分がいない間にこんな事があったとは全く知らなかったのである。 (まさかレミリアの奴、本気で異世界にまで行くつもりだったのかしら?) そんな事を思っている霊夢の隣から新聞を見ていた魔理沙はつい先々日のレミリアを思い出して目を細めていた。 「あぁ~そういえばこんな事もあったわね。あの時は本当に戦争が起きるのかと思ったわ」 一方のアリスはというとまるで他人事のようにそう言いお茶を啜っている。 「でしょでしょ?さてと、折角お会いしたことですし一つお話を聞かせて貰ってもよろしいでしょうか?」 その時、ふと誰かが霊夢に声を掛けてきた。 「あら?なんだか社務所の方が騒がしと思ったら…随分とおそろいの様ね」 その大人びた雰囲気の声に霊夢は顔を上げると、予想通り永遠亭の薬師である永琳がいた。 彼女の後ろには弟子の鈴仙・優曇華院・イナバ(以降 鈴仙)がおり、赤十字が目立つ白い薬箱を両手で抱えている。 「あら、お久しぶり。永夜異変の時以来じゃないのかしら?こうやって顔を合わすのは」 「久しぶり。…というのは貴女の物理的視点から見ればでしょう。私はもう何百回も貴女の顔を見てるわ」 永夜異変以来に見た永琳と鈴仙の姿に霊夢は素っ気ない挨拶を送った。 一方の永琳は良くわからないことを言い、ふと辺りを見回した後霊夢に話しかけた。 「ねぇ、貴女と一緒にやってきたという異世界の少女は何処にいるのかしら?周りには知ってる顔しかいないんだけど」 「ルイズの事…?それなら奥の客間にいるけど――まずは先に何をするのか聞かせて貰いたいわね」 そう言って疑いの眼差しで睨み付けてきた霊夢に、優曇華は後ずさったが一方の永琳は涼しげにこう答えた。 「疑ってるようね?私はあの吸血鬼と違って痛い目に遭わしてやろうなんて思っちゃいないわ。ただ八雲 紫から軽い検査をしておくよう頼まれただけよ」 霊夢は薬師の口から出た大妖怪の名前に目を細めた。 「紫が?なんか怪しいわね。…でもまぁ、特別変な事しなけりゃあ私は何も言わないけどね」 先程文が渡してくれた新聞を見た所為か霊夢は少し永琳を疑っていたが、それはただの勘繰りすぎだったようだ。 「ご理解感謝致ししますわ。じゃ優曇華、後の方はよろしく頼むわ」 「あ、はい。わかりました」 巫女の了承がとれ、永琳は自分の弟子である鈴仙に検査をしてくるよう指示した。 鈴仙は丁寧に縁側で靴を脱ぐと薬箱を抱えて客間の方へと歩いていった。 自分の弟子が行ったのを見届けた後、永琳は魔理沙の横に座り霊夢の顔を見た途端、大きな溜め息をついた。 「…全く。幻想郷は大変だったというのに朝からお茶を飲んで談笑しているなんて、暢気な巫女さんねぇ」 永琳の口から出たその言葉に、霊夢は一瞬だけ目を丸くしたのだが、すぐに反論した。 「私だってただ紅茶とか飲んでぐーたらしてたワケじゃないのよ。色々大変だったんだから」 霊夢はそう言いつつ、ハルケギニアでの出来事を思い出そうとしたが、突如魔理沙が割り込んできた。 「どうせその大変な事だって、お前はタダ見てただけなんだろ?」 ワルドやギーシュとの戦いを思い出そうとして妨害された霊夢はムッとした表情になった。 「何言ってるのよ魔理沙、むしろ見てたのはルイズの方よ。本当あっちの連中はそれなりに強かったんだから」 ま、もうこれで終わりだけどね、と呟いた後お茶を飲もうとしたが、今度は永琳が話し掛けてきた。 「貴女、もしかしてこれでめでたしめでたし。とか思ってるんじゃないでしょうね?」 「―――――――――――は?」 緑色の渋い味がする液体が後一歩で口にはいるという時に耳に入ってきたその言葉に、霊夢はキョトンとした。 そんな霊夢の表情を見て、永琳は呆れた表情をその綺麗な顔に浮かべると霊夢にこう言った。 「今夜にでも教えられると思うけど。多分もうしばらくは向こうの世界で過ごす事になるわよ」 カチャン! 永琳がそう言った後、ふと横から甲高い音が聞こえた。何かと思いそちらの方へ顔を向けると… 湯飲みを取り落として割ってしまったのにもかかわらず、キョトンした表情のまま硬直した霊夢がいた。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 「みんなー、昼食よぉ!」 のどかな昼食時を迎えようとしているウエストウッド村に、ティファニアの声が響いた。 その声を聞き、彼女の自宅の周りに建てられている他の小屋から子供達が何人もやってくる。 子供達は森との境界が曖昧なティファニアの家の庭へ、ゾロゾロと吸い寄せられるように集まってきた。 設置されている椅子に子供達が全員座るとティファニアはテーブルの上に料理を並べ始めた。 どうやら今日の献立は鶏肉のクリームシチューと白パンのようだ。 料理を並べ終えたティファニアは席に着き、子供達と軽い食前のお祈りをした後、食事を始めた。 お腹が空いていた子供達はスプーンを手に取ると目の前にある皿に盛られたシチューをガツガツと食べていく。 ティファニアはそんな子供達を見て軽く微笑むと、自分の向かい側に座っている霊夢に視線を向けた。 霊夢は周りにいる子供達の声に顔を顰めることなく、シチューを口の中に運んでいく。 子供達はそんな霊夢を見て何が面白いのか、何人かが笑っていた。 やがて数十分経った頃には子供達は昼食をペロリと平らげ、途端にティファニアにじゃれつき始めた。 「おねーちゃん!遊んで遊んでぇ!」 「こ、こらあなた達…今日はお客様が来てるのに…。」 ティファニアが困った風にそう言うと、白パンを食べようとしていた霊夢がティファニアに言った。 「あぁ、私のことは気にしなくても良いわよ。」 霊夢はそう言うと手に持ったパンを千切ることなくそのままかぶりつき、一気に噛み千切った。 もしもこの食卓に貴族がいたとしたら、霊夢に『食事のマナーがなっていない!』と怒鳴っていただろう。 「でも…まだ私は食事中だし、せめて私が食べ終わってからね?」 ティファニアは申し訳なさそうに子供達にそう言った直後――― ズ ボ ッ ! いきなり誰かがティファニアの胸に顔を埋めた。 その人物は、霊夢をロシュツキョウ呼ばわりした少年、ジムであった。 突然の彼の行為に周りにいた子供達は驚き、ついで霊夢も目を丸くしてしまった。 「うわぁ~…テファお姉ちゃん、ママみたいだぁ…。」 胸に顔を埋めていたジムは満足そうに呟き、ティファニアの顔が真っ赤になった。 「何を言うのよジム!!変な事はやめなさいっ!」 そう怒鳴るものの、ジムは一向に胸の間から顔を出さなかった。 正午だというのにこんなショッキングな光景を見せられた子供達はゲンナリとし、うち何人か「いつもの事だよな…」と呟いた。 「…?いつもの事って、毎日あんな事してるの?」 その言葉を聞いた霊夢はジムを指さしながらその子供へ話しかけた。 「えっ…?う、うんいつもの事なんだよ。ジム兄ちゃん、もう十歳なのに…。」 話しかけられた子供はウンザリしたようにそう呟くと大きなため息をついた。 ◆ 幻想郷にある大きな湖のほぼ中央にある離れ小島の上に紅魔館という大きな洋館がある。 まるで侵入者を拒むかのような場所に建てられたこの館には世にも恐ろしい悪魔の眷属、『吸血鬼』がいる。 かつては幻想郷を舞台に縦横無尽に暴れ回ったこともあり、今では妖怪達との契約で当時より大分おとなしくなってしまった。 それでも、以前に幻想郷を紅い霧でつつむという『紅霧異変』を起こしたことで再びその驚異を知らしめる事となったのである。 紅魔館の廊下は無駄に大きい。 掃除するにも大人数でしなければいけなく、多数の妖精メイド達が掃除用具片手に廊下を飛び回っている。 そんな廊下の真ん中を、威風堂々と歩く一体の吸血鬼と一人の人間がいた。 「全く、霊夢がいなくなってからどうもそわそわして落ち着かないわね。」 紅魔館の廊下を、メイド長を連れて歩きつつ、そう呟く者はここの主であり運命を操る程度の能力を持つ吸血鬼、レミリア・スカーレットであった。 かつては幻想郷で暴れ回り、さらには異変すら起こし博麗の巫女と戦った彼女は一見すればただの少女である。 だがしかし、その背中には自身の身長よりも大きい蝙蝠のような翼が生えている。 「そう言うお嬢様は、いつもと変わりないように見えるのですが。」 レミリアの後ろにいた銀髪の少女がさらりと言った。 彼女の名前は十六夜 咲夜。この紅魔館の瀟洒なメイド長で、この紅魔館に住み込みで働いている唯一の人間だ。 時間を操る程度の能力を持っており、更には空間をも操ることが可能である。 一応ナイフ投げと手品が得意で、ナイフ投げだと二十間離れた場所に居る頭上に林檎を載せた妖精メイドの額に当てることなど造作もない。 「あなたにはいつもと変わりなく見えても、今の私は本当に今の幻想郷の現状が不安なのよ。 今日の昼食や夕食が喉を通りそうにないぐらいにね?」 レミリアは咲夜の方へ顔を向けるとそう言った。 そう言われた咲夜は、その通りなのかも知れないと思った。 今朝早くにあの八雲紫がここ紅魔館でレミリアを含めた何人かで話し合いをしていた。 それが終わり、話し合いをしていた部屋から出てきたレミリアの顔は何処か青ざめていた事を思い出した。 ついでに、朝食を食べた後に落ち着きがなさそうに羽をパタパタと動かしてグルグルと部屋の中を回っていた事も思い出した。 まぁその事は置いておくとして、要は今のレミリアは本当に落ち着いていないという事だ。 そう考えた咲夜は、一度だけ頷くと口を開いた。 「そうですか、では今日のおやつのブラッドソース入りのティラミスと紅茶は出さないでおきますね。」 その言葉にレミリアはぴたりと足を止める、後ろにいる咲夜に顔を向けた。 「…咲夜、今日のおやつは図書館の方に三人分持ってきてね。あの白黒もいると思うから。」 相変わらず、前言撤回を良くするお嬢様ねぇー…と咲夜は心の中で思った。 紅魔館の地下には大図書館が存在している。 そこには古今東西ありとあらゆる書物が保管されているのだ。 誰にでも読める普通の本から、一部の者にしか読めない魔法や妖術、錬金術について書かれている本、ページを捲ったら呪われる曰く付きの本まで幅広くある。 何よりも一番の特徴は、その図書館があまりにも『大きすぎる』という事だ。 例え、人生を幾万回繰り返そうがここにある全ての本を読破することは不可能に近い。 そんな図書館の一角で、一人の『人間』の少女と一人の『魔女』が椅子に腰掛け黙々と本を読んでいた。 テーブルには読み終えた数々の書物が二つの小さな塔を築いており、その中に紛れて魔法使いが被るような黒い帽子があった。 その帽子の持ち主である少女は、まるでファンタジー小説の中に出てくる魔女みたいな黒白の服を着ており、その上に白いエプロンをつけている。 彼女の名前は『霧雨 魔理沙』。魔法使いが職業の普通の人間である。 魔女の方はというと、見た目からして人間の少女よりかは少し年上に見える。 紫色のリボンと太陽と月を模した飾りをつけた白いナイトキャップを頭に被っており、ゆったりとしたワンピースの上に前の開いたローブを身に纏っていた。 藤色の髪は腰まで伸びており、アメジストの様な色の瞳を持っていこの魔女の名前は『パチュリー・ノーレッジ』という。 魔理沙とは違い人間ではなく、魔女という一つの種族に属している。 パチュリーの一日は読書と魔法の開発に費やされている。 新しい魔法が生まれると魔導書に書き込み、本を増やしていく。 ただ体力が非常に弱く、身体能力は普通の人間にすら劣る。 また喘息持ちであるということもあるためか余程の急用でなければ館の外へ出るということはない。 一方の魔理沙は年相応の活発敵でやんちゃな性格の少女である。 彼女の家は魔法の森にあり、その事もあってか魔法に使う材料の化け物茸があちこちに生えている。 良く森を散策しては地道に茸を摘み取ったり、幻想郷では見かけることがない物―――例えば道路標識など――を家に持って帰っている。 また良く他人の本や物を「借りてくぜ。」の一言で許可無く持っていくこともあるが本人はあまり罪悪感を覚えていない。特に本類に関しては。 魔理沙は良くこ紅魔館に来ては本を読み、気に入った本があれば家に持って帰る。 今日もまたこの二人は向かい合って座り読書をしていた。 パチュリーはいつものように眠たそうな表情で本を読んでいる。 魔理沙の方はというと、いつもとは違いどこか気むずかしそうな顔をしていた。 そんな彼女が気になったのだろうか、ふとパチュリーが声を掛けた。 「どうやらもの凄く疲れが溜まってるようね。…まぁ大体察しは付くけど。」 話しかけられた魔理沙は本から目を離し、パチュリーの方へ顔を向け口を開く。 「…数週間ぐらい人捜しでずっと外飛び回ってたら誰でもこうなるぜ。」 疲れた風にそう言った魔理沙は本を閉じて机に置くと盛大なため息をついて椅子にもたれ掛かった。 紫を除き、霊夢がいなくなったのを最初に確認したのは魔理沙であった。 霊夢が光る鏡(召喚ゲート)に飲み込まれてから翌日、博麗神社へと立ち寄った彼女は霊夢がいない事に気が付いた。 この時間帯ならいつも縁側に座ってお茶飲んでいる彼女の姿はなく、一応神社の中も捜したがその姿は見えなかった。 買い物にでも行っているのかな、と思った魔理沙は一度神社を後にし夕方になってからもう一度神社を訪ねた。 ところが、夕方になっても霊夢は神社の何処にもおらず、流石の魔理沙も何かあったと悟った。 (こりゃタダ事じゃないな…。ひょっとすねとまた何か異変でも起こったのか…?) だとしたら霊夢が一日中神社にいないのも理解できる。 ならばこうしちゃいられないと思った魔理沙は箒に跨り幻想郷中を飛び回った。 だけども、何処にも異変と思えるモノは無く霊夢の姿も見つからない。 夜中の丑三つ時を過ぎたときには流石の魔理沙も眠くなってしまい、一度自宅へ帰る事にした。 その翌日、玄関に置かれていた文々。新聞に書かれていた記事を見た、魔理沙は無意識にこう呟いた。 「おいおい、エイプリルフールはとっくに過ぎてるぜ…。」 何せ【博麗の巫女神隠しに遭う!】というタイトルがデカデカと書かれていたら幻想郷の住人なら誰だって驚くに違いない。 更に巫女が居なければ幻想郷が潰れてしまうと言う事を知っている者なら尚更驚く。 その記事を見た魔理沙は「神隠し」という言葉を聞いて即座にあの胡散臭いスキマ妖怪を思い出した。 (まさかあいつの仕業か…?だとしてもどういう風の吹き回しだ?) あれ程幻想郷を愛して止まない妖怪がどうしてここを維持するのに必要な博麗の巫女などを攫うのだろうか? そんな疑問が頭の中に渦巻いていたがとりあえず善は急げと言うことで、魔理沙は急いで八雲紫の住んでいる場所へと向かった。 しかし、あの紫は住んでいる場所はそうカンタンにたどり着ける場所ではない。 その為魔理沙は、何か手がかりは無いかとこの図書館へと足を運び――今へ至る。 「全く、手も足も出ないとはこういうことだな…。」 魔理沙が一人呟いた時、後ろから足音が聞こえてきた。 誰かと思い二人が後ろを振り向くと、そこにはレミリアがいた。 「あらレミィ、珍しいわね。ここ数週間は見ていなかったわ。」 パチュリーが挨拶代わりにそう言うと、レミリアはそれに手を軽く振って応えた。 「確かに、ここに足を運んだのは大分久しぶりといったところかしら。まぁ今日はちょっとした事を話そうかと思ってね。」 レミリアは一つあったイスを手元に寄せてそれに腰掛け、パチュリーも再び本に視線を戻す。 魔理沙も軽く手を振ってレミリアに挨拶をした時、突然後ろから声を掛けられた。 「あらあら、随分お疲れの様子ね。」 その声に多少驚いた魔理沙は思わず後ろを振り向くと、トレイを持った咲夜がそこに佇んでいた。 「なんだ咲夜か。お前のお陰で寿命が二、三年縮みそうだぜ。」 「あらそう、ならこれから貴方が来るたびにこういうドッキリをしてみようかしら?」 咲夜が冗談かどうかわからない風にそう言うと瞬間、テーブルの上にあった大量の本がパッと消えてしまった。 しかしこの場にいる誰もがそれに驚くことはなく、咲夜はテーブルの上に本日のデザートを並べ始めた。 ◆ 昼食が終わったウエストウッド村の広場では子供達が追いかけっこをしていた。 その様子をティファニアは窓から見つめており、霊夢はイスに座って食後のお茶を飲んでいる。 先程までティファニアにまとわりついていたジムは満足したのか今は男の達と一緒に木登りをしていた。 笑いながら遊ぶ子供達は、まるで森の中を嬉しそうに飛び回っている妖精のように見えた。 「身寄りのない子供達を集めてね、みんなで暮らしてるのよ…」 ティファニアは元気に駆け回る子供達を眺めながら、ポツリと呟いた。 「で、あんたが身の回りの世話と食事を作っている分けね?」 丁度お茶を飲み終えた霊夢はティーカップをテーブルに置くとそう言った。 霊夢の言葉にティファニアはコクリと頷くと話を続けた。 「それでね、昔の知り合いが生活に必要なお金を送ってくれるの。ついでに時々そのティーカップのような豪華な品も付けてね。」 ティファニアの言葉に霊夢は今更ながら、テーブルに置いたティーカップが売ればかなり高値で売れそうな物だと分かった。 他にもちゃんとしたレンガ造りの暖炉やしっかりと取り付けられているドアを見るに、その『知り合い』というのはかなりの金持ちのようだ。 だがそれ以上の事には霊夢は興味を持たなかった。 ―――――――その時。 「キャァー!」 「出たぁっ!!」 「ウワッ!!」 「化け物だっ!!」 突如外から子供達の叫び声が聞こえティファニアは思わず席を立ち、霊夢は目を細めた。 一体何事かと思っていると、ドアを開けて外で遊んでいた子供達が家の中になだれ込んできた。 「どうしたのあなた達!?」 ティファニアは床にへたり込んでいる子供達に近づき何があったのか聞いた。 「も、森の中にとても大きな牛の化け物がいたの…後、手には巨大な斧を持ってた。」 金髪の女の子が目に涙をためながら肩で呼吸しながらティファニアにそう言った直後、外から子供達の悲鳴が聞こえた。 ティファニアが慌てて窓の外から様子を見てみると、木に登っていた男の子達が木の上で固まりガタガタと震えていた。 その中にはティファニアにかなりの好意を寄せていた少年のジムもいる。 どうみても冗談には見えないその様子に、ティファニアは不安を感じた。 「あぁ大変…!すぐに助けないと!」 彼女はそう言うとすぐさまドアを開けて外へ出て行った。 彼女に取り残された子供達は、唯一この場で年齢の近い霊夢に近寄った。 「ちょ、ちょっと…。」 当の本人は少し困惑しながらも、子供達を追い払うということはしなかった。 そんな事をするよりも、今は村の外にちらほらと現れている異様な気配を察知するのに集中していた。 ついでテーブルの方へふと目をやると、一本の杖が置かれているのに気が付いた。 外へ出たティファニアは一目散にジム達がいる木の下へと向かった。 「テファお姉ちゃん!」 木の上で泣いていたジムは木の下へやってきたティファニアを見て安心した顔を見せた。 「もう大丈夫よ。さぁすぐに降りてきて。」 その言葉に男の子達はノロノロと木の上から降りてきてはティファニアに抱きついていく。 最後にジムが木から降りたのを確認するとティファニアはもう一度辺りを見回した。 村の中には子供達が言っていた『牛の化け物』はおらず、鬱蒼とした大木が群生している村の外はよく見えない。 とりあえずはこの男の子達に何を見たのか聞いてみることにしたティファニアは一番近くにいたジムに話しかけた。 「一体何があったのジム?みんなは化け物がどうとk――」 ウ ル ゥ オ ォ ォ オ ォ オ ォ ォ オ ォ ォ … ! ! その瞬間、もの凄い叫び声と共に木が倒れる音が聞こえてきた。 ハッとした顔になったティファニアは後ろを振り向き、そこにいた化け物を見て驚愕した。 身長は約2.5メイルもあり、見る者を圧倒させる程の立派な筋肉が体中に盛り上がっている。 右手には今丁度この場にいるジムと同じ大きさの手斧を持っており、その斧で足下に転がっている大木を切り倒したのだろう。 何よりその化け物の頭部は正に『牛』そのものであった。比喩や冗談では無く、正真正銘の牛頭の人間である。 縮こまっているティファニア達に槍のように真っ直ぐ向けている角はニスでも塗ったかのように黒く光り輝いている。 ハルケギニアに生息している亜人達の中でも吸血鬼と翼人を抜き、エルフの次に危険視されている怪物。 ある程度の知能と恐ろしい程の体力を持つ『ミノタウロス』と呼ばれている亜人が、今ティファニア達の目の前にいた。 「な…何あれ…?」 ティファニアは斧を片手にこちらを睨み付けている牛頭の化け物を見て唖然としていた。 彼女はミノタウロスについては全く知らないが、あの化け物からとんでもない殺気を感じていた。 ミノタウロスはその大きな足で村と外の境界線である柵を蹴り飛ばし、村の中へ入ってきた。 荒い息音を口からだし、ティファニア達を凝視しているミノタウロスの目は何処か違和感があった。 水色に薄く発光している瞳は、『まるで誰かに操られている』ような虚ろな印象を見る者に与える。 村の敷居へ入ってきたミノタウロスを見て子供達が悲鳴を上げると同時に、ミノタウロスが叫び声を上げて歩き始める。 ティファニアは咄嗟に腰の方へ手を伸ばすがいつもならある筈の『杖』の感触がないことに目を見開いた。 (しまった…!杖は何処かに置いたままだったんだわ…) そんな後悔も既に遅く、ミノタウロスはもう間近に迫っており、叫び声を上げつつ斧を振り回して周りの物全てを破壊しながら近づいてくる。 せめて子供達でも逃がしたいが、その子供達は全員腰を抜かしておりとてもではないが逃げてもすぐに追いつかれてしまうだろう。 ならばとティファニアは怯えている子供達の前に立ちはだかった。 ミノタウロスは彼女の直ぐ傍でその足を止めると、人間とは比べものにならないほどの巨大な左拳を振り上げた。 もうここまで。と感じたティファニアは瞳を閉じようとしたが、体が思い通り動かず逆に思いっきり見開いていた。 人間いざという時には死の恐怖に怯えつつも両目はキッチリと開いているときもあり。今のティファニアこそ正にそれだ。 拳を思いっきり振り上げたミノタウロスは叫び声を上げて拳を振り下ろそうとした直後―――その拳が突如爆発した。 ティファニアやその後ろにいた子供達には、最初何が起こったのか分からなかった。 ただミノタウロスが黒煙に包まれた左手を押さえ悲鳴を上げているのはすぐに理解した。 そんなとき、ティファニア達の後ろから誰かの声が聞こえてきた。 「本当、私がいる時だけに限ってこういうタチの悪そうな奴が出てくるのよね。」 余裕を含み、されど目の前の化け物に対して油断をしていない響きの声。 聞き覚えのある声にティファニアは後ろを振り向き、そこにいる少女を見て驚いた。 「あ、貴方は…。」 ティファニアはそう呟き、最初に出会ったときとは違う雰囲気を発している少女に驚きを隠せなかった。 緑一色に染まっている森に覆われた村の中では非常に目立つ紅白の変わった服を着こなし、赤色の大きなリボンを頭に付けている。 その手にはある程度の装飾を施された細長い杖を握りしめており、しっかりとした足取りで此方の方へやってくる。 しかし、ティファニアが驚いたところは…赤みがかかった黒色の瞳から発せられる気配であった。 今まで感じたことのない――あの母を殺した騎士達を怯ましてしまうかもしれない程の凄みを、目の前にいる霊夢は発していた。 「ま、そういうのは退治すればすむ話だけどね。」 霊夢はそう言い捨てると右手で懐からお札を取り出し、それをミノタウロスへ向けて投げ放った。 ◆ ――――とまぁ、私と一部の連中は紫が作った隙間をくぐって無事その世界へ乗り込み、霊夢を連れて帰って…ハイお終いってわけよ。」 レミリアはその一言で話を終えるとティーカップの中に入っている紅茶(稀少品入り)をゆっくりと飲んでいく。 数分前――――デザートタイムの始まりに伴いレミリアはこの場にいる全員に今朝紫達と話し合った事を喋っていた。 次々と吸血鬼の口から出てくるこの異変の真実に、この場にいる三人はまさか…と思い。様々な反応を見せてくれた。 咲夜の場合は、「それなら見つかるはずありませんね。」と心配していないような感じでそう言った。 パチュリーの場合は、「異世界ねぇ…。とすると私がまだ読んだことのない本があるのかしら。」と霊夢のことなどどうでもいいという感じである。 そして魔理沙はというと… 「出来れば私が行きたかったぜ。だってさ?幻想郷やその外の世界とかいう場所とは違う世界があるって知ったら誰でもワクワクするだろ?」 と、みんな大して危機感を感じているという事はなく、レミリアも『予想通りの返事』を聞けて満足していた。 まぁ霊夢の事だからその異世界とやらでも暢気に過ごしながらかつ幻想郷へ帰る方法を探している最中だろう。 今回の異変の真実がまだわからなかった時は誰もが不安になっていたが一度真実を知れば、霊夢のことを知っている人間は安堵してしまう。 途中、レミリアが話していた「幻想郷を覆う結界がおかしくなっている」という事も、霊夢が帰ってくればあっという間に解決してしまうだろう。 やけに明るい雰囲気に包まれた図書館の中で、ふと魔理沙が冗談交じりでレミリアにこう言った。 「それにしても、紫とお前がその世界へ乗り込んで霊夢を連れて帰るのはいいがお前が行くと大変な事になりそうだな。 もしかしたらお前さんの事だ、向こう百年は草木が生えない大地を幾つも作るかもな?」 そう言った魔理沙は何が可笑しいのかクスクスと笑い始め、それにつられてレミリアと咲夜も微笑んだ。 まるで無邪気な子供の様に微笑んでいるレミリアは、まだ笑っている魔理沙にこう言った。 「スゴイわね魔理沙、今私の考えている事をズバリ言い当てるなんて。」 レミリアの言葉に魔理沙は笑い飛ばしたが、その表情は変わらない。 やがて笑い声も段々と小さくなり魔理沙はレミリアの血の色にも似た瞳を見つめ、彼女が冗談を言っていないことに気が付いた。 「れ、レミリア…?」 「幻想郷に居を構えている私にとって、幻想郷は私の庭同然なのよ。」 流石に魔理沙も雰囲気から察してレミリアの言葉に冗談が混じってないことに気が付いた。 パチュリーは再び本のページに目を戻し、咲夜に至っては顔に浮かべた微笑みが何処か異常なモノに見えてくる。 レミリアはイスから腰を上げるとゆっくりと、だけどしっかりとした歩みで魔理沙の傍へ近寄り、耳打ちした。 「あなたは許せるかしら?他人に自分の庭を飾るのに一番大切な物を勝手に奪われ、尚かつその庭を守るレンガに落書きをするような下衆共を。」 そう言い放つ吸血鬼の瞳のは先程よりも紅く、そして禍々しく輝いている。 まるで幾千万もの人々の血を搾り取ってそれらを全てゴチャ混ぜにしたような色をしていた。 ◆ 一方そのころ、ウエストウッドの森では一つの戦いが起こっていた。 人を襲う異形の者達を狩る霊夢と迷宮に潜む怪物ミノタウロスとの戦いが―― 「ハッ!」 宣戦布告として霊夢が投げつけたお札は何の迷いもなくミノタウロスの方へ飛んでいく。 ミノタウロスの方はそのお札を右手に持っていた斧で切り払った。 切られたお札は爆発を起こしたが、驚くことにその斧には傷一つ付いていなかった。 今こそ反撃といわんばかりにミノタウロスは叫び声を上げ、霊夢とその後ろにいるティファニア達の方へ突進を始めた。 「み、みんなはやくこっちへ…!」 化け物がこっちへ来ることに気が付いたティファニアはハッとした表情になるとすぐに子供達を連れてその場から逃げ出した。 ティファニア達が逃げた事を確認した霊夢は、すぐさま飛び上がりミノタウロスの突進をかわした。 かわされてしまったミノタウロスはそのまま霊夢の後ろにあった藁葺きの家に激突した。 今度は御幣を振り回し大量の菱形弾幕と左手に持ったお札をミノタウロスに向けて放った。 結果、お札と弾幕同士が反応して大爆発を起こしてしまい辺り一帯は爆煙に包まれた。 流石にやりすぎたのか、煙が晴れた後には地面に生えていた草が綺麗サッパリ無くなっていた。 ミノタウロスによって壊された藁葺きの家も木っ端微塵に吹き飛んだが、肝心のミノタウロスはムクリしその体を起こした。 霊夢が軽く舌打ちすると、その舌打ちを聞いたミノタウロスがうめき声を上げて上空にいる敵へと顔を向けた。 その顔―――もといミノタウロスの瞳を見た霊夢はすぐに目の前の牛頭の様子がおかしい事に気が付いた。 (あのボーッとした瞳…どうみても誰かに操られてるわね。) 一体誰があんな馬鹿みたいに頑丈な化け物を操っているのかはどうでもいいが、非常に面倒である。 術によってはあまり痛覚を感じさせないようにも出来るからどんなに攻撃を仕掛けても操られている相手に大ダメージを与えるのは難しい。 (まぁいいわ。どっちにしろこの一撃で…) 霊夢は一旦素早く着地するとスペルカードを出そうと懐をまさぐっていた時、 ――――ナウシド・イサ・エイワーズ… ふと、緩やかに歌うような声が後ろから聞こえてきた。 その声を聞いた霊夢はまるで憑きものが落ちたかのようにハッとした顔になると後ろを振り返る。 ―――――ハガラズ・ユル・ベオグ… うしろにいたのは、細い杖を握っているティファニアがいた。 一体どうしたのかと聞きたかった霊夢だが、なぜかこの『詠唱』を邪魔する気は起こらなかった。 ――――ニード・イス・アルジーズ… (なんだかわからないけど、段々と気分が良くなっていくわ。) 先程まであった戦意をすっかり無くしてしまった霊夢は、自然とティファニアの口から出てくる言葉に耳を傾けていた。 それと同時に、彼女の左手の甲がボンヤリと鈍く光り文字のようなモノが浮かび上がってくる。 ―――――――ベルカナ・マン・ラグー… その言葉と同時に、ミノタウロスは振り上げていた拳を二人目がけて振り下ろそうとし、 ティファニアもまた勢いよくミノタウロスに向けて杖を振り下ろした。 ◆ ラ・ロシェールの街から少し離れたところにある桟橋――― 日は大分前に沈んでおり、夜空には一つとなった月が浮かんでいる。 『スヴェルの夜』と呼ばれる今宵はいつもより騒々しく――――そして物騒であった。 「こっちだルイズ、ついてこい!」 杖の先を周囲に向けて誰もいないことを確認したワルドは後ろにいるルイズを連れて階段を上り始める。 枯れてしまった古代樹から作られた『桟橋』は夜のためか人影一つ無かった。 ルイズは肩で呼吸をしながら一生懸命走ってワルドの後を追って階段を上っている。 老朽化を始めている木の階段は体重を掛けるたびにギシギシと軋み、壊れるかも知れないという不安感を募らせている。 やがて途中にある踊り場まで来た二人は一度足を止め、辺りを確認した後ルイズはワルドに話しかけた。 「まさかレコン・キスタの刺客があんなに沢山来るなんて…流石に予想もしていませんでしたわ。」 ――事は数十分前に上る。 「出航は予定通り明日の早朝だ。今の内に荷造りをしておこうか。」 「わかりました子爵様。」 明日はアルビオン行きの船が来るということで、ルイズとワルド子爵は泊まっていた宿で荷造りをしていた。 ルイズがアリンエッタから預かったアルビオン王族派のウェールズ皇太子へ送る手紙を懐へしまったとき、それは起こった。 ふとワルドが開けっ放しにしていた窓へ目をやった直後、窓の外から一本の矢が飛んできた。 飛んできた矢はそのままテーブルに刺さったが、瞬時に二人はある程度予想していた事を思った。 「レコン・キスタの刺客がやってきた!」 一体どうやってこの任務を知られたのかはわからないが、ばれてしまっては仕方がない。 二人は荷造り途中の荷物を放棄すると、必要最低限のモノを持って宿の裏口から出ようとした。 しかし、下りた先の一階には…いつの間にか物騒な獲物を持った傭兵達が何人もいた。 まさかとルイズは思ったが、その傭兵達が二人の姿を見てきた瞬間攻撃してきたのだからあれは全員レコン・キスタの刺客だったのだろう。 なんとかワルド子爵が強力な魔法で全員を撃退することに成功し、裏口から外へ出たのだがそれから桟橋につくまでの間に何度も襲撃された。 一体どれだけの金額を払ったら、あれ程大量の傭兵達を雇えるのだろうか想像しにくい。 そうしている内に刺客の数も減っていき、桟橋に着く頃には誰にも会うことはなかった。 「よし、あと一息だルイズ。もう少し上ればアルビオン行きの船がある筈だ。」 ワルドの言葉にルイズは頷いて再び階段を上ろうとした瞬間、後ろから足音が聞こえてきた。 誰かと思いワルドが後ろを振り向くと、黒い影がさっと翻りワルドの頭上を飛び越えてルイズの背後に立った。 その正体は、白い仮面を顔に被っている男だった。 「後ろだルイズ!」 ワルドがそう叫んだ瞬間、仮面の男は一瞬にしてルイズを抱え上げた。 「えっ…?キャア!」 ルイズが叫んだのを合図に、男が軽業師のようにそのまま地面へ落下するようにジャンプした。 すぐワルドは、すぐに杖を引き抜きルイズを攫ってそのまま逃げようとする男へ向けて振り下ろした。 既に唱えていた『エア・ハンマー』が男に直撃し、その衝撃で掴んでいたルイズを手から離してそのまま地面へと落下していった。 間髪入れずにワルドがさっとジャンプし、ルイズをキャッチすると素早く呪文を唱えた。 すると風の塊が二人を包み、踊り場の方へと押し戻してくれた。 「あ、あ…ワルド子爵。」 一体何が起こったのかわからなかったルイズは少し唖然としながら目の前にいる男の名を呼んだ。 ワルドはそんなルイズを安心させようと彼女のピンク色の綺麗な髪を軽く撫でた。 「安心しろよルイズ、僕のルイズ。悪い賊は僕が全て退治してやったさ。」 その言葉でルイズはハッとした顔になり、安心したのか大きくため息をついた。 ついで、今自分がワルド子爵に俗に言う「お姫様だっこ」をされているのに気づき、顔を赤らめた。 「あ、あの…助けてくれたことは感謝しますけど、一人で歩けます。」 「本当に大丈夫かい?まぁ君が言うならそうだろうけどね。ところで、手紙の方は大丈夫かい。」 ワルドはそう言いつつルイズを地面へ下ろし、ルイズはすぐに手紙がちゃんとあるか確認した。 やがて一通り調べた後、手紙が無事だとわかりワルドの方へ顔を向けコクリと頷いた。 「よし、じゃあ急ごう。ここももう安全じゃあないみたいだ。」 「は、はい…!」 ワルドはそう言うと先頭をきって階段を上り始め、ルイズもそれに続いた。 幼馴染みの後をついて行く彼女の頬は林檎のように赤く、正に恋する乙女そのものだった。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 陽が丁度真上に差し掛かって一時間ほどがすぎた時間帯… 授業へと赴き人気の無くなった女子寮塔の廊下を、大きなトレイを持ったシエスタが靴音を響かせて歩いていた。 トレイの上にはサンドイッチやリヨン風サラダにフルーツとチーズ、そしてメインのローストポークのスライスが皿に盛られてのっている。 皿の数からして二人分の昼食は、恐らく彼女の行く先に居るであろう二人――霊夢と魔理沙の為に作られた料理であった。 「まったく、今日は何でして来なかったのかしら…」 シエスタはそう呟きながら、あの二人の姿を思い浮かべた。 今日は良いブタが手に入ったからと腕によりを掛けて料理長のマルトーがローストポークを作ったのだ。 ゲルマニアの料理であるソレはおいしく仕上がり、本場ゲルマニアのローストポークを食べているような感じであった。 生徒達も美味しそうに食べていて、特にゲルマニア出身の女子生徒が料理長の事を褒めちぎっていた。 貴族嫌いで名の通っていた料理長もこれには嬉しかったのか、顔を緩ませていたことは鮮明に覚えている。 だがシエスタにとって一番気がかりだったのは、いる筈の二人がその場にいなかった事である。 いつもなら生徒達と共に入ってきて、二人の席となった出入り口傍の休憩所で食べていた筈だ。 だが今日に限っては何時になっても来ず、とうとう昼食の時間が終わってしまった。 シエスタは何かあったのかと思い、とりあえずルイズに聞こうとした。 だがそれはうまくいかず、ルイズは生徒達と共に授業の方へ出かけてしまった。 結局、その場に残ったのはテーブルの上に置かれた昼食と、困り果てたシエスタとマルトーであった。 「手つかずのモノを処分するのもなんだしな…シエスタ、ちょっと部屋の方まで持っていってくれねぇか?」 マルトーは一切手が付けられていない自分の料理を見て、困った顔でそう言ってきた。 確かに、二人が゛昼食を食べる暇もない゛くらいに゛何か゛をしているのかもしれない。 もしかしたら部屋にいないかも知れないが、その時はその時である。 そうして大きなトレイに二人分の昼食をのせて、シエスタは女子寮塔までやってきた。 いつも夜食や洗濯物を持ってここへ訪れるシエスタを含めた給士達にとって、寮塔の長い階段などどうってことはない。 ここでの仕事は、一年も勤めていれば自然と精神や体力を高めてくれるのである。 「ここか…」 シエスタはルイズ達二年生の部屋がある階で足を止め、踊り場から廊下へと入った。 一定の間隔を保って取り付けられたドアの先には、女子生徒達のプライベートが隠れている。 それはシエスタ達にとって知ってはならない事であり、知る必要のないことである。 しばらく廊下を歩き、シエスタはようやく目的の…ルイズの自室へとつづくドアの前で足を止めた。 そしてコンコンとドアをノックくした後、中に居るであろう二人に声を掛けた。 「レイムさん、マリサさん!いますか?昼食を持ってきましたよ」 ハッキリと、爽やかな声でそう言ってしばらくして数秒――声が返ってきた。 「…もしかしてその声は…シエスタかしら?」 太陽のように元気で快活なその声は、霊夢の声であった。 知っている人の声を聞き、シエスタは安堵の表情を浮かべると共に口を開く。 「レイムさんですか?食事をお持ちしましたが…」 「食事…そういいえば今は何時かしら…ちょっと今時計が見れないのよ」 「時間ですか?…今は丁度13時半ですが」 霊夢の言葉に、シエスタは思わず首を傾げながらも懐の懐中時計に目をやり、ドア越しに答えた。 給士という仕事上時間は常に気にしなければならないので、こうして自前の時計を持っている者もいる。 シエスタから今の時刻を聞き、ドア越しに霊夢の疲れたような声が聞こえてくる。 「そうか…もうそんな時間なのね。大分眠ってたわね…で、アンタが昼飯を持ってきてくれたの?」 「眠っていた」という言葉に、シエスタは思わず安堵の溜め息をつきそうになった。 しかし溜め息をつく前にまずは用件を伝えねばならぬと思い、頭を軽く横に振ってから口を開いた。 「はい。一応マリサさんも含めて二人分の食事もお持ちしたのですが…マリサさんもそこにいるんですか?」 「いるわよ。まだ起きてないけどね。――それより、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど」 霊夢の言葉に、シエスタは首を傾げる。 「?…手伝った欲しいこと…ですか?」 「えぇ。ちょっと困った事になっててね…」 少し戸惑っているかのような霊夢の声に、シエスタはまたも首を傾げる。 「困った事…ですか?」 「まぁね。だからちょっと部屋に入ってきて貰いたいんだけど…」 「部屋に…ですか?別に構いませんが…」 霊夢の言葉にシエスタは疑問を抱きつつも、部屋に入ることにした。 本当に困っているのならば助けぬ道理はないし、何より持ってきた昼食を部屋に入れなければならなかった。 しかし、ドアを開けた先に広がっていた光景はシエスタの想像を斜め上くらいまで超えていた。 「では改めて、失礼しま――――…ってキャア!!どうしたんですかコレは!?」 優しい性格のシエスタは困っている人を無視する筈も無く、ドアを開けて部屋の中に入り――悲鳴を上げた。 それに次いで、『ブラブランと体を揺らしている霊夢』が気怠そうに言った。 「どうしたもこうしたも…とりあえずこんな感じよ」 やや広いルイズ部屋の右端で、なんとあの博麗霊夢が『逆さ吊り』にされていた。 本来外套を引っかける為のフックに引っかけられたロープで体をグルグルとで縛られ、ミノムシのようにブランブランと揺れている。 何者にも自分の態度を変えず、自由に生きているいつもの霊夢からは想像も出来ない姿であった。 一体何がどういう事で、彼女がこんな姿をさらしているのか、シエスタには理解できなかった。 「ひ…ひどい!一体誰がこんな事を…」 体を震わせながらも決してトレイを落とさないシエスタの言葉を返そうと、霊夢は口を開く。 「実はルイズのヤツに―――とりあえずコレ外してくれない…そろそろ頭が痛くなってきたわ」 「ど、どうやってです。なんか私の力じゃ刃物があっても無理な気がするんですが…?」 見た目からしてギュウギュウ…と負と怒りの感情で縛ったような縄を見て、シエスタは言う。 その言葉を聞いた霊夢はズキンズキン…と痛む頭に顔をしかめつつ、ふと幻想郷から持ってきた自分の鞄に目をやる。 「シエスタ、その料理をテーブルに置いてあそこにある鞄の中から白い包みをひとつ取ってくれない…ちなみに小さい方ね」 霊夢の言葉に、シエスタはベッドの側に置いてある大と小ひとつずつの旅行鞄の存在に気が付いた。 彼女の言葉からして、小さい方が霊夢の私物なのだろうが、大きい鞄は見たことが無い物であった。 一瞬この部屋の主であるルイズの物かと思ったが、そのルイズの旅行鞄はちゃんと鏡台の側に置いてある。 (だとすると…あの大きな鞄は…マリサさんの鞄かしら) シエスタはつい先々日くらいに、魔法学院にやってきた黒白の自称゛魔法使い゛の霧雨魔理沙を思い出した。 ★ 以前、街で助けてもらった時に霊夢の知り合いとして紹介された霧雨魔理沙。 なんでも学院長の話によればルイズの命の恩人でもあるらしく、今はこの部屋で長旅の疲れ(?)を癒してるんだとか。 そしてシエスタにとっても、魔理沙は自分の事を助けてくれた恩人であった。 学院長に紹介された後もシエスタと顔見知りである給士達やコックと親しくなり、暇なときは色々な事を話してくれる。 ただ゛魔法使い゛を自称しているから、料理長のマルトーとは仲良くなれるりだろうかと心配していたが、それは杞憂に終わった。 何せ焼きたてのビスケットを皿に入れて持ってきたマルトーが、ニコニコと笑顔を浮かべながら魔理沙に話し掛けてきたのだから。 「ようシエスタの恩人。ちょっとビスケットを焼いてみたんだが一枚喰ってみねぇか?なかなかイケるぜ?」 シエスタを含め、その場にいた食堂の者達は驚いた。あの魔法嫌いで名の通った料理長が、゛魔法使い゛に笑顔で接したのである。 この光景を、今までぶっきらぼうな顔しか見てこなかった生徒達や教師が見たら目を丸くしていたであろう。 きっとシエスタをチンピラから救ったこともあるかも知れないが、マルトーは少しだけ気になる事を言っていた。 「オレに思い出させてくれた無愛想なガキがいたんだよ。貴族も平民も…根っこは同じ人間だってな。 違うのは呼び方だけ。もしその呼び方だけで相手を差別してたら、性根の腐った人間になっちまうって」 マルトーは、何処か目覚めた顔でそう言っていた。 ☆ そんな事を思い出していると、ふとある事に気が付いた。 (あれ…マリサさんも部屋にいるってレイムさん言ってたけど…どこにいるのかしら…) 先程魔理沙の分の昼食も持ってきたと言った際、霊夢は彼女もこの部屋にいると返していた。 しかしドアを開けてみると、部屋の中には霊夢だけがいた。それも異様な姿をして。 おかしいな…?とシエスタが思ったとき、霊夢が声を掛けてきた。 「…?どうしたの?」 「え?…い、いや…なんでも…――あ、…ち、小さい方の鞄ですよね…すぐに開けます」 霊夢に促され、今自分が何をすべきか思い出したシエスタはそう言うと、手に持っていたトレイをテーブルにゆっくりと置いた。 カチャカチャと食器同士が触れる音を聞きながらも、シエスタはの視線は完全に霊夢の方を向いている。 今の霊夢の姿は、シエスタにとっては『現実では有り得ない光景』であった。 (一体あれはどうなって…あんなスゴイ状態になったのかしら…) シエスタは心の中で呟きながら、逆さ吊りにされた霊夢の姿をその目に焼き付けていた。 それでも長いこと勤めていれば体が慣れていくのだろうか、余所見をして料理を落とすと言うことだけはしなかった。 トレイを置き終えたシエスタ軽く深呼吸をした後、ベッドの側に置いてある小さな鞄に近づき、シエスタはあれ?と首を傾げた。 (何だろう…この鞄…見た覚えがないのに…何処かで見た覚えがある…) シエスタはこの時、二泊三日程度の旅行が出来るこの鞄に覚えのない既視感を感じた。 それはまるで、今まで通ったことのない道を、何処かで通った事があると感じたような違和感…。 一体これは何なのだろうかとシエスタは手を止めようとしたが、すぐにハッとした表情を浮かべた。 (とりあえず…今は考えるよりレイムさんをなんとかしないと) 自分の背後で大変な事になっている霊夢の為に、シエスタは僅かな違和感を頭の隅に押しやり、鞄を開けた。 旅行鞄の中に入っていたのは着替えと、茶色や緑の大小様々な包みが入っていた。 着替えの方は霊夢がいつも着ているものと似たようなデザインをした巫女服が、何着も入っている。 しかし、その着替えを見た瞬間――シエスタの時間が止まった。実際に止まったわけではないが。 普通、着替えというものは色んな服を用意する。それは平民も貴族も同じだ。 貴族達なら様々な色やデザインのドレスを何十着も、平民ならば色やデザイン違いの質素な服を何着も…。 しかし、この鞄の中に入っていた霊夢の着替えは、いつも彼女が着ている紅白の巫女服であった。 リボンも――服と別離したあの白い袖も――いつもの彼女が身に纏っている物全てが、似たようなデザインをしていた。 それを見たシエスタの頭の中に、――――『どうしようもない悲しみと無常感』という言葉が浮かんできた。 まるでそれは、もう帰ってこない親兄弟の横たわる棺の蓋にカギを掛ける時のような、涙の出ない悲しみ…。 泣きたくて泣いても、もう戻ってこないから泣かない。…という見せ場のない意地。 表面は気取っていても、心の中にあるオアシスはすっかり枯れ果てて…涙すら出てこない無常感。 棺を穴に入れて、その上に土を被せていく時の――心から喜怒哀楽が一気に失せていく喪失感。 それらが一纏めになってシエスタの心の中に入っていき、彼女の目から無意識に――――「シエスタ、大丈夫?」 耳を通り、鼓膜の先にある頭の中に、霊夢のハッキリとした声が響いた。 「あ…―――――…はい?」 突然のことに目から出かけていた゛何か゛は急いで引っ込み、シエスタは間抜けそうな声を上げて霊夢の方へ顔を向ける。 そこには逆さ吊りにされた霊夢が体を無意味に揺らしながらも、ジト目でシエスタを見つめていた。 「アンタ熱でもあるんじゃない?今日はやけにボーっとしてるけど」 何処か呆れた調子ながらも、シエスタの身を心配するかのような物言いに、彼女は首を横に振った。 「いえ、何も…―それより白い包みでしたよね?待っててください、今探しますから」 霊夢の素直ではない優しさ(?)に微笑みつつも、シエスタは鞄の中にあるはずの白い包みを探す。 先程何かを感じた着替えに視線を移したが、今はもう何も感じられなかった。 一体あれは…と首を傾げていると、鞄の右上端のスペースに白い長方形の包みが幾つも入ってあるのに気が付いた。 その白い包みは幾つかあり、紙製品でも包んでいるのか他の包みと比べればかなり薄い。 「レイムさん、白い包みっていうのはこれの事ですか?」 シエスタはそう言いながら鞄の中から包みを一つ取り出し、霊夢に見せる。 「あぁそれよそれ。その中からお札を一枚取って私の体を縛ってる縄に貼り付けてちょうだい」 「オフダ…?」 霊夢の口から出た聞いたことのない言葉に首を傾げつつも、シエスタは包みを剥がす。 中には赤いインクで変な記号が幾つも描かれた長方形の白い紙が何十枚か入っていた。 シエスタは不思議そうな表情を浮かべつつも一枚を手に取り、霊夢の体を縛っている縄にギュッと押しつけ、手を離す。 すると奇妙なことに、紙はピッタリと縄に貼り付いていた。糊など使っていないにもかかわらず。 シエスタがちゃんとお札を貼ってくれたのを確認し、霊夢はシエスタに話しかける。 「助かったわシエスタ。じゃあちょっと離れててくれない?この縄を吹き飛ばすから」 「ふ、吹き飛ばす?」 霊夢の口から出たお礼の言葉ととんでもない言葉に神妙な表情を浮かべつつ、シエスタはそのまま後ろに下がる。 そのまま後ろに下がってベッドの側にまでシエスタが下がったところで、霊夢は目を閉じて詠唱を始めた。 メイジが魔法を使役する際に発するような詠唱と似てはいるが、シエスタの耳ではその言葉が何を意味しているのかわからなかった。 やがて詠唱を始めてから数十秒が経過したとき、縄に貼り付けたお札がカッと光り輝いた瞬間、勢いよく『爆ぜた』。 否、『爆ぜた』というより『消え失せた』という言葉が適切だろうか。 ボン!という音と共に霊夢の体を縛っている縄がはじけ飛び、部屋中に飛び散った縄の破片は床に落ちる前に消滅した。 ともかく、霊夢の自由を奪っていたルイズの縄は見事消滅し、晴れて霊夢は自由の身となり―― ドサッ! 「イダッ…!!」 ―重力に従い、床に叩きつけられた。 「ちょ…レイムさん!大丈夫ですか!?」 「あ、あんたにはコレが大丈夫に見えるワケ…?」 何もすることなく落ち、今度は冷たい床に寝そべった霊夢の側に、シエスタが慌てて駆け寄った。 見たところ全然大したことはないのだが、自分で縄を解いて(?)自分から床に落ちた霊夢は、苦しそうな表情を浮かべている。 思いっきり足の小指を過度にぶつけたときのような痛々しい表情の霊夢が発した苦言に、シエスタはどう返そうか迷った。 (大丈夫ですよ、大した怪我にはなってません……とか…とりあえず手当てでも…とか?) どっちを言えばいいのかイマイチ良くわからないシエスタと痛がっている霊夢に、背後から何者かが声を掛けてきた。 「お~お~仲が良いぜ二人とも。…この私に見向きもしないでイチャイチャしてるとは」 女の子ではあるが、何処か男っぽい口調に雰囲気。その声に聞き覚えがあった二人はそちらの方へ顔を向ける。 二人の視線は大きなクローゼット――いや、正確には戸が開きっぱなしのクローゼットの中――に注がれた。 そこには、霊夢と同じく体を太く丈夫な縄でグルグルとキツく縛られ、拘束されている黒白の魔法使いがいた。 先程気になっていた疑問が今になって解消されたシエスタは恐る恐る、その魔法使いの名を呼んだ。 「マリサ…さん?」 「あぁそうだよ魔理沙だよ。…ところで、私もちゃんとこの縄を吹き飛ばしてくれるんだろ?」 二人のやりとりを、クローゼットの中から見ていた魔理沙の言葉には、何処か悲哀が漂っていた。 ◆ それから一時間後。 「ふ~…やっぱりマルトーの作った料理は格別だぜ。ありがとなシエスタ!」 シエスタの持ってきた昼食を食べ終えた魔理沙は、食後の水を一杯飲んでから感想を述べた。 その顔はクローゼットの中に閉じこめられていた一時間前とは大分違い、生気が籠っている。 「ご馳走様。悪いわね、わざわざ持ってきてくれるなんて」 一方の霊夢は魔理沙とは対照的に冷めた表情を浮かべていたが、言葉には感謝の念が篭もっていた。 最も、どちらが好感触かと百人に聞けば間違いなく百人全員が魔理沙の方へ票を入れるだろうが。 「いえいえ、私はただマルトーさんに頼まれて持ってきただけですよ。お礼ならあの人に言ってください」 シエスタは直球の魔理沙と遠回りの霊夢にお礼を貰い、僅かに頬を赤らめながら食器の片づけを始める。 魔理沙はそんなシエスタの顔を見て何か気づいたのか更に追い打ちを掛けるかのように、口を開く。 「そうか、じゃあ今日の昼食は味がいつもより良かったのはシエスタが持ってきてくれたお陰だな」 突然魔理沙の口から出たそんな言葉に、シエスタの顔はポッと朱に染まり、彼女の方へ顔を向ける。 女性、それもまだ二十代にも満たない少女であるが、シエスタは一瞬だけ魔理沙を異性と認識してしまった。 それが何故なのかはわからないが、けどシエスタはそんな考えは良くないと思い出来るだけ平静を装いつつ礼を述べる。 「あ…ありがとうございます」 なんとか口から絞り出せたお礼の言葉を聞き、魔理沙は軽く笑った。 「ハハッ、何でお前がお礼を言うんだよ。私は何もしてないぜ?」 「アンタってホント、変な言葉がポンポンと口から出てくるわね」 自分の口から出た言葉の意味をイマイチ理解できていない魔理沙に、霊夢がさり気なく突っ込みを入れた。 食事が終わった後、シエスタが食器をトレイに戻してテーブルを拭いている最中彼女はある事を聞いてみた。 「あのー、すいません。レイムさん、マリサさん…お二人に聞きたいことがあるんですが」 「ん?」 「何かしら?」 唐突なシエスタの質問に、霊夢と魔理沙はベッドの上からキョトンとした表情を浮かべた。 二人してベッドの上にいるわけだが、している事はそれぞれ違った。 魔理沙はただ単にベッドの上に座って、幻想郷から持ってきていた本を読んでいる。 霊夢は自分が持ってきた鞄の中にあったあの白い包みを取り出し、何かを探しているようだ。 大量にある白い包みの中身であるお札を一枚ずつ丁寧に確認し、また白い包みに戻している。 魔理沙はともかく、何か忙しそうな事をしている霊夢の事を思い、シエスタは素早く質問を投げかけた。 「つかぬ事をお聞きしますが…あの、その…どうしてお二人はあんな姿に…」 何処かオドオドと恥ずかしそうに喋るシエスタに、二人はつい一時間前の事を思い出した。 シエスタの質問に答えたのは、魔理沙であった。 彼女は鬼の首を取ったかのような笑顔を浮かべ、霊夢の顔を見つめながら言った。 「あ~、あれか…あれは霊夢が一番の原因だよ。全く、このトラブルメーカーめ」 最後の一言を霊夢に向けて言い放つと、すぐさま霊夢が反論に出た。 「ちょっと魔理沙。何でアタシが諸悪の根源って扱いされるのよ?理不尽すぎるじゃない」 トラブルメーカーという扱いに怒ったのか、霊夢は魔理沙の物言いに嫌悪感丸出しの表情を浮かべている。 「だってそうだろ?お前があのお菓子を食べなきゃ、こうしてシエスタが昼食を持ってくる必要が無かったわけだし」 「それならルイズが諸悪の根源じゃないの。責任転嫁もいい加減にしなさいよね」 「ルイズ…?やっぱり…ミス・ヴァリエールが貴女達に何かしたんですか」 いきなりルイズの名前が出たことに、シエスタは霊夢が最初に言っていた事を思い出しつつ聞いてみた。 「まぁね。ルイズのヤツ、ちょっとお菓子に手を出したくらいでこの仕打ちとは…全く酷すぎるわ」 霊夢の言葉を聞き、シエスタは何があったのか理解し、少し苦笑しつつ言葉を返す。 「レイムさん、人のお菓子に手を出すのは駄目だと思いますけど…」 シエスタがそう言った瞬間、霊夢は元から鋭くなっていた眼を更に鋭くさせ、こう言った。 「たかが菓子一つでこの仕打ち?全く、器量の小さい貴族様だことね。それじゃあ結局食べずじまいで腐らせるのがオチよ」 逆さ吊りにされたのを余程根に持っているのか、霊夢は恐れもせずに言ってのけた。 その言葉にシエスタは目を丸くしたが、魔理沙は苦笑いしつつ霊夢の言葉に感想を述べた。 「流石貧乏巫女と呼ばれてるだけあるぜ。その日暮らしって雰囲気がいかにm…―「悪かったわね。勿体ない性格してて」 魔理沙の言葉を遮るかのように、誰かがそう言った。 最初魔理沙は霊夢の声かと思って言い返そうとしたが、その口が動くことがなかった。 口が動く前に、いつの間にかドアを開けて部屋に入ろうとした人物に目が入り、軽く驚いたからである。 ドアの開く音は三人の会話に紛れて聞こえなかった所為か、まだ魔理沙しか気づいていないようだ。 「げげ…ルイズ」 何も知らずにびっくり箱を開けたときの様な表情を浮かべた魔理沙と彼女の口から出た名前に、二人は後ろを振り向く。 そこには、開きっぱなしのドアの前で顔をうつ伏せたまま佇んでいるこの部屋の主、ルイズがいた。 予想だにしていなかった人物の登場に対し、二人の反応は対照的であった。 「は?…あれ、何でアンタがここにいるのよ。授業じゃなかったの?」 霊夢はいつもと変わらぬペースで顔を見せぬルイズにそう言った。 「え…?あ!ミス・ヴァリエール!?…い、いつの間に?授業はどうなされたので…」 対してシエスタは驚愕の表情を浮かべ、居るはずのない人間がいる事に驚いていた。 「ちょっとね、忘れ物があったから取りに戻ってみれば…なんとまぁ、言いたい放題じゃないの」 怒気を含んだ声でそう言いつつ、ルイズはゆっくりと顔を上げていく。 まるでそこだけをスローモーションにしているかのようなルイズの動きに、自然と三人は何も言わないでいる。 「でもアンタの言い分も一理あるわね…。いくら大切に保管していても食べ物は食べ物。いずれ腐っちゃうわ」 表情一つかえずに話を聞いている霊夢に向けてそう言ったとき、ようやくルイズは顔を上げて、目の前にいる三人の姿を見回した。 その顔にはハッキリと怒りの色が浮かんでいる。それは下級貴族が裸足で逃げ出すほどであった。 「あの…ミス・ヴァリエール…ものすごく怒ってるように見えるんですが…」 「あぁ、怒ってると思うぜ」 平民であるシエスタはルイズの表情を見てか体を震わせており、魔理沙の方も苦々しい笑みを浮かべていた。 「はぁ…それで、何か話でもあるのかしら?」 しかし霊夢だけは怖いとすら感じていないのか、いつもの無愛想な表情でルイズに話し掛けた。 それがいけなかったのか、溜め息交じりの言葉にルイズの眉が大きくピクンと動き、声を荒げて言った。 「っ…!何よソレ?人が大切にしてるお菓子を勝手に食べてその態度は! 大体ねぇ、アンタは遠慮って言葉を知らないの!遠慮って言葉を!」 もはや叫び声にも近いルイズの訴えに対し、霊夢はめんどくさそうに応えた。 「うるさいわね…私だってそう何でも食べるワケじゃないわよ。たまたまそこの戸棚に目が入ったから取っただけじゃない」 反省の色が見えない霊夢の言葉にとうとう我慢できなくなったのか、ルイズはとうとう腰に差していた杖を引き抜いた。 「だからっ!それがっ!遠慮が無いっ…て言ってるでしょうが!」 霊夢はルイズの手に握られた杖を見て、こちらも負けじと懐に手を伸ばして身構える。 恐らく服の下には針かお札でも入っているのであろう。 もはや一触即発という状況を見て、流石の魔理沙も身の危険を感じ始めた。 「これは…ちょっとヤバイかもな」 魔理沙の言葉を耳にしたシエスタはハッとした表情を浮かべると、すぐさまルイズの方に近寄った。 そして今にも杖を振り上げようとしたルイズの右手を取り押さえ、ルイズの説得を始めた。 「落ち着いてください、ミス・ヴァリエール!ここで暴れたらお部屋が大変なことに…」 「ちょっ…何すんのよ!?離しなさいってば!」 シエスタは杖を持っていたルイズの右手を無理やり下ろしてなんとか彼女を宥めようとするが、当の本人は怒り心頭である。 大事に取っておいたお菓子を食べられたのはそりゃ悔しいだろうが、そんなに怒ることなのか? シエスタはそんな疑問を抱えつつ、これからどうやって彼女を落ち着かせようか迷い始めた。 一方の魔理沙は、懐に伸ばしていた霊夢の手を掴もうとしたが、その前に霊夢の方が先に手を抜いた。 出てきた左手に何も持っていないことを確認した魔理沙はホッと一息ついた時、霊夢が何も言わずに歩き始めた。 横にいた魔理沙を一瞥もせずにツカツカと、靴音を床から響かせて。 「おっおい霊夢!一体何処に行くんだよ」 「何って…ちょっと気分転換に外でも行こうかなーって思っただけよ」 霊夢の思わぬ行動に、魔理沙は驚きつつもなんとか止めようとする。 「いや、お前措外に行くって…何言ってんだよ。まずはルイズに謝るのが先だろ?」 「だったらアンタが謝ればいいじゃない。アンタもあのクッキー食べたんだから」 しかし魔理沙の言葉には意も介せず霊夢はそう言ってのけると、窓を思いっきり開けた。 地上からかなり上の階に作られたルイズの部屋は窓からの風通しが良く、サラサラとカーテンがひとりでに動いている。 「じゃあ行ってくるわ。大丈夫、夕食時には帰ってくるから」 窓の縁に足をかけて飛び立つ前に一言だけ伝言を残した霊夢はそう言って、勢いよく飛び上がった。 魔理沙が急いで窓から身を乗り出した時には、もう霊夢の姿は何処にもなかった。 「おい、霊夢…あぁもう…。すまん二人とも、すぐに帰ってくるぜ!」 魔理沙は苦虫を踏んでしまったかのような顔でシエスタとルイズにそう言うと、愛用の箒を素早く手に取った。 一方の二人は何が何だから良くわからず、シエスタはキョトンとした表情を浮かべている。 「えっ…?え、えっと…マリサさんはどちらへ?」 「あの無責任な紅白を連れ戻してくる。なぁに、夕食前には戻るぜ」 箒を手にした魔理沙はそう言うと開きっぱなしの窓の前で箒に跨った瞬間、それは起こった。 「うっ…」 「きゃっ…!」 ブワッと魔力の気配を僅かに感じられる風が周囲に舞い、シエスタとルイズは思わず目を背けてしまう。 そして次の瞬間、魔力の込められた箒は魔理沙を乗せたまま浮かび上がり、窓の外へ勢いよく飛び出していった。 今度はシエスタと少しだけ怒りを忘れたルイズが窓から身を乗り出したが、魔理沙の姿はもう何処にも見あたらない。 後に残されたのは、呆然としているルイズとシエスタだけであった。 ★ その日は、夏だというのにとても風が涼しかったと今でも覚えている。 弟と一緒に夕涼みがてら、グラン・トロワの裏庭で昆虫採集をしていた。 そこはちゃんと整備されているものの、ちょっとした森もある。 兎やリスなどといった小動物を放し飼いにしていて、小さな池も作られていた。 ちゃんと裏庭と外を隔てる丈夫な壁と見張りの騎士達の手で、小さなオレ達は守られていた。 「おーい!見つけたよ兄さーん!」 夏用の軽い生地で出来たブラウスを着た弟のシャルルが、遠くからオレを呼んでいた。 丁度その時、オレは珍しい羽を持った蝶を追いかけていた。 しかし弟の声にオレが一瞬だけ視線を外したとき、その蝶はいなくなっていた。 一体何処に行ったのかと辺りを見回しても、目に映るのは自分の回りを囲う木々だけ。 仕方なしにオレは溜め息をつき、弟の声に導かれてそちらの方へ向かった。 「兄さん見てよ!ホラ、このカブトムシ!」 年相応の笑顔を浮かべる弟の手には、一匹の大きなカブトムシが握られていた。 自らの強さを示しているのか、頭から一本の大きくと長い角が生えていた。 「おぉスゴイなシャルル!こんなにデカイのは初めて見たぞ!」 オレは素直に驚愕し、自分のことのように喜んだ。 「でしょでしょ!向こうにある大木に貼り付いていたところを、僕が魔法で捕まえたんだ!」 そういって弟はカブトムシを持っていない方の手で地面に置いていた大きな杖を手に取る。 自分たちより何倍も大きいそれは、父親から貰った先祖伝来の物である。 「そうか…お前はやっぱり、オレより魔法の才能に優れているなシャルル」 オレは弟の方を力強くバンバンと叩きながら、笑顔でそう言った。 幼少から魔法の才能に恵まれなかったオレがそんな事を言うと、どうにも自分を卑下している気分になる。 それを察したのか、弟は優しい笑みを浮かべてこう言ってくれた。 「そんな事ないさ、兄さんだってきっと…僕よりも素晴らしいメイジになれるさ」 弟の口から出たその言葉は涼しい風と共に、空へと飛んでいった。 ★ ―――i下、陛下。到着しましたぞ陛下」 「…ム?」 ふと頭の片隅から声が響き、ジョゼフは目を覚ました。 ゆっくりと自分の目に映る光景はグラン・トロワの裏庭ではなく、竜籠の中であった。 空中で揺さぶられているかのような感覚を味わえる荷車の中には、ジョゼフの他に護衛の騎士が一人ついている。 そして意識がドンドンと覚醒していくと共に、さっきのアレは夢なのだと認識し始めた。 「夢か…フン、このオレがあの頃の夢を見るとはな…」 「…そろそろ着陸します、ベルトを着用して下さい」 ジョゼフが自嘲するかのようにひとり呟くと共に、騎士が言った。 それに従って備え付けのソファに付いているベルト着けた後、窓から外の景色を眺める。 窓から見えるそこは、ガリアの領地サン・マロンにある軍の私有地であった。 海に沿って作られている街から離れた一角に、そこはある。 下級貴族が持てるような大きさの土地の中にレンガと漆喰で出来た土台の上に木枠と帆布でくみ上げられ、円柱を半分に切って寝かせたような建物が幾つもある。 敷地内や出入り口には何百人もの衛兵達がおり、検問も厳しく許可無き者は貴族であっても容赦なく追い返されてしまう。 例えガリア王国の政治に深く関わる者や軍の将校であっても、事前の連絡と身分証明が出来なければ同じように追い返される。 そんな機密性の塊であるような場所にやってきたジョゼフには、それなりの理由があった。 「報告書には、護衛にあたっていた衛兵二人と焼却炉担当の作業員一人…それに研究員三人を含めて死者が六名との事です」 窓の外を眺めているジョゼフの耳に入っているのかどうか疑わしいが、騎士は手に持った報告書を見つめながら言った。 ジョゼフと騎士を乗せた竜籠はドンドンと高度を落としていき、敷地内にある発着場に降り立った 籠を運んでいた竜達は仕事が終わって休みたいのか、ギャアギャアと鳴きもせずにおとなしくしている。 次いで詰め所の中から四人ほど衛兵が出てきて、竜達を宥めつつハーネスの取り外しに掛かった。 そしてしばらく中で待っていると、詰め所の中から新しく出てきた衛兵が荷車のドアを開けて言った。 「ようこそ゛実験農場゛へ。所長と゛複製実験゛の担当者方がお待ちです」 ▲ 「今回の件につきましては…全くの想定外としか、言いようがありません」 冷たい空気の漂う会議室の中に、白髪が目立つ頭を掻きむしりながら、老齢の所長が苦しげにそう言った。 この事務室は、゛実験農場゛の中央に建てられた大きな施設の中にある。 そこは此所の全責任者である所長を含めた何人かの研究員達が働く場所であり、寝るところであった。 その施設の中にある小さな会議室には、王であるジョゼフと゛実験農場゛幹部。そして…゛複製実験゛の担当者達が居た。 ジョゼフを上座にその他の者達は壁に沿って置かれた椅子に腰掛けており、渡された書類を流し読みしている。 そして最新製のマジックアイテムで十分に冷えた部屋の中で汗をかいている゛実験農場゛の所長は、ゆっくりと説明を続けていく。 「゛試験体゛を作るにあたってモデルとなっていた゛見本゛の保管には、細心の注意を払っておりました… 冷凍保管庫の警戒レベルは常に最大にして、衛兵にもアイス・アローを常備させて…内外のアクシデントに対し常に見張っていました。 …゛事故゛が起こった昨日も、処分することになった゛見本゛を焼却するため冷凍保管庫から焼却炉に移送する際には、見張りを増員して…」 僅かにその体を震わせながら、所長はそこで一旦説明するのを止める。 それを見計らっていたかのように、今まで黙っていたジョゼフが口を開いた。 「だが゛見本゛は暴走して特注の焼却炉を破壊、被害者が出たうえにみすみすトリステイン領内に逃げ込んだと報告書には書いておる。 これは最悪の事態を想定できなかった゛実験農場゛に不備があるのではないか?」 ジョゼフの言葉に、部屋にいた゛実験農場゛の関係者達は身を震わせた。 下手をすればようやくありつけたこの仕事をクビにされるのだから当然ともいえる。 ※ 数年前、キメラを用いたとある実験で絶望的なミスをした彼らは失脚し、何年も路頭を彷徨った。 録に食事も食べれぬ生活を送っていたある日、ガリア王ジョゼフからの直々の召集令が送られてきたのである。 それは、自分たちが失脚する原因となった研究所の欠点を元に新しく作られた゛実験農場゛への配属命令であった。 伝えられた内容は、以前自分達の行っていたキメラ実験の再開と画期的な軍事兵器の開発だった。 「もし貴様等が余の満足する物を作れれば今後の生活を保障してやる。だが失敗は許さんぞ」 玉座に座るジョゼフは、何を考えているのかわからない表情でそう言っていた。 下級貴族の生まれでガリア人ではなかった研究者達にとって、喉から手が出るほどの好待遇である。 その場に居た研究員達は全員それに賛同し、゛実験農場゛の幹部となった。 それから後の仕事は、正に彼らの天職とも言えた。 人員と予算に対して文句はなく、実験や研究に使う素材やマジックアイテムも短期間で用意してくれる。 時折ジョゼフの秘書であるという黒髪の女や、ジョゼフ王自身が極秘で視察に来る事もあった。 研究の方も滞り無く進み、正に順調で何の問題もなかったのである。 一週間ほど前に通達された…゛複製実験゛の指令が来るまでは。 ※ 所長は額から流れる汗を拭うこともできず、ジョゼフの目の前で淡々多と言い訳を述べる。 「とりあえず゛原液゛は今も保管されていますし゛試験体゛も体自体は完成していつでも感情抑制の実験に入れます。…ですから――」 「もう良いもう良い!このような実験には何かしらの異常事態はつきものだ。それに何より、過ぎた事ならば仕方がないではないか」 しかし、ジョゼフは突如として所長の言い訳を、右手を激しく横に振ることで中断させた。 その後所長がハッとした表情になって喋らなくなるのを確認した後、ジョゼフはゆっくりと右手を下ろす。 「本来なら処罰ものではあるが、今この研究は大事な局面に差し掛かっておるからな。 人員削減はしたくないし、お前たちの今後の働きで今回の事は無しにしてやろう 逃亡した゛見本゛については余が手を打っている。安心して今後の研究に励むと良い」 ジョゼフの寛大なる言葉に所長を含めた研究員達はホッと胸をなで下ろし、頭を下げた。 それを見て満足そうに頷いたジョゼフは、キッチリと閉じられた窓から見える空へと視線を向けた。 初夏も間近に迫る季節のおかげか空は澄み切っており、白い雲が風に乗ってゆっくりと動いている。 (トリステインか…面白い。今年は色々と楽しい事があって余も退屈せんな) ジョゼフはその顔に笑顔を浮かべつつ、空を眺めていた。 その笑顔はまさに、大好きな玩具を親に買って貰った子供が浮かべる様な笑顔であった。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん ルイズは今、もの凄く混乱していた。 嫌な夢から覚め、起きたばっかりに鼻を打ち付けた直後アンリエッタ王女が部屋を尋ねてきたのだ。 この国の者じゃなくても国の頂点に立つ者が自分の部屋を尋ねてきたら誰しもルイズみたいに目を白黒させる。 急いで膝をついたルイズを見たアンリエッタ、申し訳なさそうに口を開いた。 「あぁルイズ、あなたならば私の前で膝をつかなくとも…」 「ひ…姫殿下!こ、今夜は如何なる御用で下賤なる私の部屋へといらしたのですか?」 ルイズのかしこまったような感じの声を聞き、アンリエッタは寂しそうな顔をする。 「顔を上げてルイズ!そんなにかしこまらないで頂戴!私たち二人の仲じゃないの!?」 アンリエッタは悲痛な声でそう言うとルイズを無理矢理立たせた。 ルイズも流石に昔の幼なじみということで観念したのか、緊張していた顔を綻ばせた。 「お久しぶりですね、姫さま。」 「えぇ本当にお久しぶりねルイズ。お互いこんなに成長して…昔のように泥だらけになって遊ぶことも出来なくなったわ。」 そう言ってアンリエッタとルイズは思い出していた――― 幼い頃中庭を飛び回っていた蝶を捕まえようと走り回り、お召し物が泥だらけになってまで追っかけ回した…… そしてその後、従徒のラ・ポルトに叱られ、二人共おやつ抜きにされた事も― 「あは…本当に懐かしいですね。」 「えぇ、本当に…懐かしいわね、ルイズ・フランソワーズ。」 昔のことを思い出したルイズはそう言って微笑んだ。 子供の頃は二人とも、将来の道とか考えず無邪気に遊んでいた。 ふわふわのクリーム菓子を取り合って喧嘩したり、ドレスの奪い合いの際アンリエッタのパンチがルイズを気絶させたこと。 それ等は全て、ルイズとアンリエッタの中では思い出と化し、二人をあの頃へと逆戻りさせた。 やがて大きくなって行くにつれ、ルイズは魔法学院へ―アンリエッタは王宮へお互い別の道を歩み始めた。 離れていた時間の分だけ、ルイズは昔のことを思い出し、どんどん微笑んでいく。 一方で微笑んでいるルイズとは真逆にアンリエッタの顔は憂鬱な物となっていた。 まるで後数日であの世へと旅立ってしまうような…そんな感じを醸し出している。 「ホント…あの頃は何の悩みもなく、毎日が楽しかったわ…。」 「姫さま…?どうかしたのですか。」 ルイズはアンリエッタの顔をのぞき込んだ。 そんなルイズを気遣ってか、アンリエッタは精一杯顔を明るくしようとするが…逆にもっと暗くなってしまった。 だがしかしそれに気づくこともなく、彼女は幼なじみにこれからの事に関する事を伝えた。 「実は私…近い内にゲルマニアの皇帝と結婚することになったのよ。」 ルイズはアンリエッタの口から出てきた言葉に即座に反応し、驚愕した。 「えぇ!あ、あのゲルマニアのこ、皇帝とけけけけ、結婚ですか!」 ゲルマニアと聞き、隣にいるキュルケを思い浮かべ、ルイズは信じられないという風な顔をする。 「あんな実力主義者と利害の一致で出来た野蛮な国に姫様が嫁ぐなんて…。」 少々言い過ぎかも知れないが間違ってはいないので誰も咎めることは出来無い。 ◇ ここで少し説明を入れてみよう。 ゲルマニアは長きにわたるハルケギニアの歴史の途中で生まれた国である。 ガリア、ロマリア、アルビオン、そしてトリステインと比べればその歴史は余りにも浅い。 そして特徴的なのが「力か金があれば平民でも領地が持て、貴族になれる。」という事である。 常に新しい道を進んで歩むゲルマニアはそれで国力を蓄え気づけばガリアと肩を並べるほどの大国となっていた。 だがそんな実力主義をトリステイン等の貴族達は「メイジでなければ貴族であらず」と、厳しく批判した。 まぁ最も、それが原因でトリステインは国力を上げれず小国として収まっているのであるが…。 では、ここら辺でこの話は置いておくとしようか。 ◆ 「しょうがないのです…何せ今はとんでもない事になっているのですから…。」 アンリエッタはそう言い、ベッドに腰を下ろしてため息をついた。 今回のゲルマニア皇帝との婚姻は、とある事情で決定が下されたのである。 「とんでもない事…?一体それは…何なのですか?」 ルイズはがアンリエッタに問うと、彼女は口を開き、事情を説明しだした。 ―――ガリア、トリステイン、アルビオン。 三つある王権の内一つであるアルビオンでどうやら貴族達による内乱が起こったらしい。 王党派の者達は死にものぐるいで抵抗しているらしいが多勢に無勢で、近いうちに滅ぶと王宮の者達は言っているようだ。 そして王党派が倒れればアルビオンの貴族派の者達は間違いなくこの小国へ攻め込んで来るに違いないと予見したらしい。 アンリエッタはそれを聞き、仕方なく枢機卿やその他の者達の薦めでゲルマニアの皇帝へ嫁ぐ代わりに同盟を結ぶことになった。 「なるほど…その様な理由で婚姻を結んだのですか…。」 ルイズは納得したようにそう言うとイスに腰掛け、大きなため息をついた。 かつて自分と共に遊んだ少女は、政治の道具と化していたのだから。 最初の時とは打って変わって沈痛な雰囲気の部屋でアンリエッタがふと口を開いた。 「でもその同盟が、もしかしたら私のたった一つの過ちで潰えるかもしれないの。」 「なっ…!?」 彼女の口からでた言葉にルイズはイスから素早く立ち上がった。 一体アンリエッタはどんな過ちをしたのだろうか…? ルイズはアンリエッタの傍によると彼女の横に座り、肩を掴んで顔をのぞき込んだ。 「それは一体どんな過ちなのですか?教えてくださりませんか…姫様。」 彼女の言葉にアンリエッタはハッとした顔になると両手で顔を覆ったた。 「あぁ今私はとても危険なことを言おうとしたわ…私にはもう信用できる人物があなたを入れて数人しかいないというのになんて事を!!」 アンリエッタはそう叫ぶとそのまま床に崩れ落ちた。 そんな幼馴染みを見たルイズはアンリエッタを優しく抱きしめた。 「姫さま、どうかこの私めに聞かせてください。私たち友達でしょう?その絆を今確かめずに何と致します!?」 取り乱すアンリエッタに、ルイズも半ば叫び声のような感じでそう言った。 幸い部屋の壁はちゃんとした防音仕様のため、聞こえることは無い。 それを聞いたアンリエッタは少しおとなしくなるとルイズの手を借りて立ち上がり、再びベッドに座り込んだ。 ルイズも一息つくと椅子に座ると、アンリエッタは喋り始めた。 「正直、これは私自身が片づけるべき問題…そんな事の為に他人を使いたくは無いと思ってるの。 けど…もう今の私にはどうしようも出来なくなってしまって他の誰かに頼まざる得なくなったわ。 …先程話していたアルビオンとの内乱、その二つの派閥の内王党派に属するプリンス・オブ・ウェールズ。 その彼に、ある「手紙」を送ったことがあるのよ…。使いようによっては、ゲルマニアを憤慨させるほどの力を持った。」 ルイズはそれを聞き、目を見開いた。 ウェールズ…その人物は現アルビオン王、ジェームズ一世の息子。 アンリエッタとは血縁上、従姉妹に当たる人物でもある。 ルイズも一度、ラグドリアンの湖で行われたパーティーで顔を見たことがあった。 パーティー自体は三年前の事ではあるが当時のルイズも美しいとさえ思った程の美男子だった。 そんな華麗な皇太子にしたためた、「ゲルマニアを怒らせるような手紙」とは一体どんな内容が書かれているのだろうか。 ルイズはそれが少し気になったが、アンリエッタの表情を見ているとどうもそれが聞き難い。 「そして、貴族派の者達の手にその手紙が渡るよりも早く…誰かがその手紙をウェールズ皇太子から受け取らなくてはならないの…。 戦場と化している白の国に単身乗り込み、尚かつ私を裏切るという行為をしない忠誠心を持った者を…。」 そこまで聞き、ルイズは全てを悟った。 もしかすると…アンリエッタがこの部屋に来た理由、それはもしかして…。 「では、この重要機密を聞いた私は…アルビオンへと行き、手紙を取ってくるのですね?」 ルイズの言葉を聞いたアンリエッタは一瞬ポカンと口を開けたが、すぐに気を取り直すように頭を横に振るとスクッと立ち上がった。 自然とルイズも席を立ち、地面に膝をつくと頭を下げた。 アンリエッタは一度目を瞑り、決心したかのように開けると口を開いた。 「ルイズ・フランソワーズ…、この私アンリエッタ・ド・トリステインからの仕事を引き受けてくれないかしら?」 ルイズは今この瞬間、幼馴染みとしてではなく、王女としてのアンリエッタから重大な任務を言い渡された。 ◇◆◇ 「はい、どうぞ。」 シエスタは、丁度良く冷えたタオルをジーッと天井を見つめている霊夢の前に差し出す。 それを霊夢は手探りで受け取るとタオルを鼻の上にかぶせるとシエスタにお礼を言った。 「有り難う、助かったわ…。」 霊夢は軽く鼻を押さえ、なるべく鼻血が出ないように四苦八苦している。 先程までお風呂に入っていた霊夢は色々頭の中で考えていたせいか、いつの間にか鼻血を出してしまっていた。 とりあえずルイズの部屋へ帰るよりも、まずは鼻血を止めようと乾いた服を急いで着て近くにあった厨房へと寄ったのだ。 「ハッハァッ!レイム、お前ボーッとし過ぎてのぼせちまったんじゃないのか?」 「アンタにはそう見えても、私も結構色々考えてるんだけどね…。」 霊夢の近くにいたマルトーが頭に被っていた帽子を机に置いてそんな事を言った。 それに対し霊夢は少し苦虫を潰したような顔をして返事をする。 だがそんな顔も厨房の灯りを消し、暗くなった厨房の奥へと入っていくマルトーの目には届かなかった。 「でも凄いですよね、自分でお風呂を作るなんて…というかあんなに簡単に作れるとは思いませんでした。」 霊夢の横に座っているシエスタが感心したように呟いた。 シエスタ達学院で働く平民や衛士達のお風呂といえば、ほぼサウナと言って良い代物である。 それから少しして、霊夢の鼻血も大分引いてきた時。 厨房の奥に入っていたマルトーが一本のワインボトルとコップを両手で大事そうに抱えて戻ってきた。 「さてと…明日の仕込みも全て終わったし…酒を嗜む時間とするか!」 そう言ってマルトーは机に置いていた自分の帽子の横にそのボトルを置きイスに座った。 やっと頭を下げれるようになった霊夢がそのボトルの中身を見て目を細める。 「就寝前に一杯とはね…伊達に料理長とかやってないわけね?」 霊夢のその言葉にマルトーはガハハと笑うと口を開いた。 「当たり前だ!それに、風や水の魔法が使えるメイジ共はいつでもワインが飲めるよう部屋に置いてんだ。 それに比べ俺達給士なんかは夜中にこっそりバレないよう飲んでるんだぜ?」 「ふ~ん…じゃあ私も一杯頂こうかしら。丁度何か飲みたかったところだしね。」 「おぅよ、じゃあ待ってろ。コップをもう一つ持ってくるぜ。」 マルトーはそう言うともう一度厨房の奥へと消えていった。 シエスタはそれを見て呆れたようにため息をついてそのボトルを見つめた。 「全く、マルトーさんたら…夕食用のワインを飲んでるのがバレたら言及どころじゃ……って、あれ…?これってまさか……ウソォ!!」 ボトルの銘柄が目に入ったとき、シエスタは驚きの余り大声を上げて立ち上がってしまった。 そして厨房の奥から戻ってきたマルトーを見て、ボルトを指さしながらシエスタはマルトーに言った。 「マルトーさん、一体何処からゴーニュの古酒なんか持ってきたんですか!?うちの学院にはなかったはずでしたけど!」 「ハハハ!なぁに、この前貯めていた給料持って街に出かけたらよぉ…丁度市場でそいつが売られていたから買ったワケよ!」 「ごーにゅ…?なんか変な名前の古酒ねぇ。」 「まぁ名前はともかくとして結構美味だ!さぁさぁ今夜は飲むぞ!」 ◆◇◆ 「では…、明朝にでも出発し、アルビオンのウェールズ皇太子にこの手紙を渡す。 そして次に姫さまが皇太子にへと宛てられた手紙を受け取って欲しいということですね?姫さま。」 ルイズは先程アンリエッタが急いで書いた手紙を手に持ったまま向かい合ってイスに座るアンリエッタへ問う。 アンリエッタは小さく頷くと、真剣な表情でルイズに言った。 「えぇ、旅のお供には私自身で選抜した者を一人だけ付けます。その者ならばちゃんとあなたを守りきることが出来るでしょう。」 ルイズはそれを聞き頷くと、席を立ち部屋のドアをなるべく音を立てず、少しだけ開けた。 それから廊下に誰もいないのを確認するとドアを一度閉め、此方を見つめているアンリエッタに頷いた。 「では、そろそろ私も自分の部屋に戻ることにします。此度の任務の成功祈っているわ。ちなみに、この話は他言無用で御願いします。 例え親しい者であろうとも絶対にこの事を言ってはなりません。よろしいですね?」 アンリエッタは念を押してそう言い席を立つと、部屋を出ようとする。が、ふと足を止めた。 「姫さま…?」 「忘れていたわルイズ、これをあなたに託しましょう。」 アンリエッタルイズの方へ顔を向けると右手の薬指に嵌めていた指輪を引き抜き、ルイズに手渡した。 台座部分には綺麗な水色のルビーが入っており、美しく輝いている。 「母から貰った「水のルビー」です。道中、路銀の事で悩むならば遠慮無くこれを売り払っても構いません。」 「う…売り払うだなんてそんな事、出来ませんよ。」 「いいのよルイズ、私からせめてもの贈り物として受け取って。」 ルイズはそれを聞いてとんでもないと指輪を返そうとするがアンリエッタその手を受け止め押し戻した。 渋々ルイズは受け取ると表情を引き締め、直立した。同時にアンリエッタも真剣な面持ちで口を開く。 「今回あなたに託した任務にはこの国の未来が掛かっています。是非ともそれを忘れず取り組んでください。 ルイズ・フランソワーズ。先程渡した水のルビーが、あなたをアルビオンの猛き風から身を守ってくれるでしょう。」 ルイズはその言葉に腰に差していた杖を抜き、それを掲げてこう呟いた。 「姫殿下に変わらぬ忠誠を、ヴィヴラ・アンリエッタ。」 アンリエッタは満足したように頷くと踵を返し、ドアノブを掴もうとしたが、ふとその手が止まった。 「そういえばルイズ、貴方はもう二年生なのよね?」 「え…?まぁ、はいそうですがそれが何か…。」 「今まで気にならなかったけど、貴方の使い魔は何処にいるのかしら。」 「いっ…!?」 ルイズはその言葉にギョッとすると冷や汗が出そうになった。 「二年生に進級するには使い魔を召喚しなければいけないのでしょう?なら貴方が二年生になったということは貴方は使い魔を… 貴方、昔良く失敗魔法ばかり出してお母様に怒られていましたね。やはり人間成長するというもの…」 そんなルイズとは裏腹に、アンリエッタの口からはどんどんと言葉が飛び出してくる。 今ルイズが召喚した霊夢は入浴してくるといって部屋から出たままだ。 だが、今この部屋にいなかったのはある意味良かっただろう。 もし部屋にいたら、きっと遠慮の無い発言をアンリエッタに投げかけていたに違いない。 あるいは無視を決め込んでいたかも知れない… 「い、今私の使い魔はそ…外に…。」 ルイズは必死に作り笑顔をしながら言った。 運良くアンリエッタはその作り笑顔には気づくことはなかった。 「あら、そうだったの?この目で見たかったけど…残念だわ。じゃ、また逢える日を…。」 「……はい、この任務。必ず成功させて見せます。」 アリンエッタがそう言い、ルイズがそれに答えるとアンリエッタは部屋を出て行った。 ◆ やがて時間も過ぎ、太陽がいよいよ顔を出そうとしている時間帯。 学院の正門近くに植えられている草むらに一匹のジャイアントモールがひょっこりと土の中から顔を出していた。 このジャイアントモールの名はヴェルダンデ。れっきとした使い魔である。 そのヴェルダンデが土から顔を出してから数分が経った後、草むらをかき分け自分のご主人様がやってきた。 明らかに可笑しいデザインのシャツを着込み、ナルシスト的な雰囲気をこれでもかと放つ金髪の男子生徒である。 彼は両手になにやらモゴモゴと蠢く革袋を抱えており、ヴェルダンデがそれを見て目を輝かせた。 「やぁヴェルダンデ。今日もお腹を空かせているね。待ってろよ、今すぐ腹一杯喰わせてやるよ。」 ヴェルダンデの主人、ギーシュ・ド・グラモンはそう言うと袋の口を閉めていた紐を解き中身を地面にぶちまけた。 そこからやけに大きめなミミズがどばどばと地面に落ち、クネクネと地面を這い回っている。 ミミズの大群を見たヴェルダンデはヒクヒクと鼻を動かすと口を開きミミズの群れにかぶりついた。 ギーシュはそんなヴェルダンデの姿を見てウンウンと満足そうに頷くと、ヴェルダンデの傍に何やら光り輝く物を見つけた。 それは色とりどりな宝石や鉱石であった、ギーシュは何十個もあるそれの内一つの鉱石を手に取った。 『土』系統のメイジである彼にはこれら全て上質な素材であり、ヴェルダンデは良き協力者である。 「これは中々良い代物じゃないか、良くやってくれたねヴェルダンデ!」 ギーシュはそう言うとヴェルダンデに抱きついた、ヴェルダンデ自身もそれを悪く思わずヒクヒクと鼻を動かしている。 そんな風にヴェルダンテとギーシュが抱き合っていると、ふとヴェルダンテが顔を別の方へと向けた。 「ん?どうしたんだいヴェルダンデ…。」 ギーシュがそんな風に尋ねるとヴェルダンデは鼻を正門がある方向へと動かしている。 何かと思い、ギーシュは草むらをかき分け、顔だけ出して何があるのか見てみることにした。 ギーシュの目には、大きな旅行用鞄を手に持ったルイズが正門前に佇んでいた。 彼女の傍には、本来居るはずの自分を負かした霊夢がいない事に気が付く。 「あれはルイズの奴じゃないか…一体どうしたんだ?旅行用の鞄なんか持って。」 まさか退学?かと思ったが思い当たる節はあるものの…それ程酷くは無いはずだ。 それに霊夢が近くにいないのは一体どういう事なのだろうか…? ギーシュがそんな風に考えていると、ふと朝靄がかかった空から一匹のグリフォンが舞い降りてきた。 よく見るとその背中には羽帽子を被った貴族を一人乗せており、グリフォンが着地したと同時に乗っていた貴族もグリフォンの背から降りた。 スラリと伸びた体に無駄のないプロポーション、そして羽織っているマントにはグリフォンを形取った刺繍。 それは間違いなく魔法衛士のグリフォン隊が愛用するマントだ、ギーシュは思わず声を上げそうになった。 (グリフォン隊の衛士がこの学院…というよりルイズにいったい何の用があるんだ?) 途端にギーシュは興味津々になり、今まで以上に気配を殺しながらその様子を観察し始めた。 ルイズと向き合うように地面に降りたグリフォン隊衛士は何か言いながら頭に被っていた羽帽子を取った。 そこから現れたのは、長い口ひげが凛々しい精悍な顔立ちの若者であった。 ギーシュははその顔を見て、今度は立ち上がりそうになったがそれをなんとかして堪えた。 ルイズはその顔を見て頬を僅かに赤く染めると嬉しそうに話しを始めた。 彼にはとても信じられなかった、あのルイズが…まさかあんな出世街道まっしぐらの男と親しいだなんて… その後二人が何か話し合った後、グリフォン隊衛士はグリフォンに跨ると旅行鞄を手に持ったルイズへ手を差し伸べた。 ルイズはその手を恥ずかしそうに掴み、グリフォンの背中に乗ると、グリフォンはあっという間に学院とは反対方向の、朝靄が漂う森の中へと消えていった。 やがて辺りは呆然としているギーシュと嬉しそうにミミズを食べている自分の使い魔しかいない。 まるでルイズとあの男が最初からただの幻想だったようにさえ思えて。 だがギーシュはちゃんと見ていた、あの男の顔を…素晴らしい才能を持ったあのグリフォン隊隊長を。 「ま、まさかあのルイズが…ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド殿と親しい間柄だったなんて…。」 ギーシュは目を丸くし、信じられないといった風に呟いた。 ◇ 今朝、博麗 霊夢は起きて直ぐに隣で寝てるはずのルイズがいないことに気が付いた。 昨晩はマルトーと一杯…のつもりが何杯も飲んでしまい結局ほろ酔い気分で寝巻きに着替えてベットに入った。 その時のルイズはベッドの中で寝息を立てて寝ていたのはちゃんと記憶の中にある。 「一体あいつ何処に行ったのかしら…。」 霊夢はそんな事をぼやき、ベッドから出て窓を開けた。 今日は朝靄が掛かっているためか、窓越しに見える朝日の輪郭も曖昧でハッキリと分からない。 とりあえず霊夢は以前掃除の際クローゼットの中から見つけた余計なフリルがない寝巻き―ルイズは「なんで買ったのかわからない」と言っていた。――を脱いだ。 下着姿になると丁寧にたたんでテーブルの上に置いていた自分の服を手に取り、それに着替える。 いつもはあるはずの洗濯物は今日に限って無く霊夢はとりあえず顔を洗おうと水汲み場に行こうとした時、ある事に気が付いた。 「鏡台の近くにあったあの大きな鞄…あった筈よね?」 いつもルイズが旅行用にと買い、鏡台の近くに置いていたあの鞄が無くなっているのに気が付いた。 霊夢はそれに疑問を感じたが、まぁ何処か別の場所に置いたのだろうと思う事にし窓から身を乗り出すとそのまま水汲み場の方へと飛んでいった。 ◆ その頃、学院長室にはオールド・オスマンとコルベール…そしてアンリエッタ王女がいた。 オスマンとコルベールの二人は朝早くアンリエッタに起こされ、ルイズが受けた任務の事を聞いてからずっと沈黙していた。 だが、ふとオスマンが大きなため息をつくとアンリエッタの方へ顔を向け口を開く。 「ふぅむ…まさか我が校の生徒がそんな危険な任務に就くなどとは…この老いぼれは思いもしませんでしたわ。」 「ですがあの娘には古き良きヴァリエールの血と、私への深い友情があります。 それに、ワルド子爵は王宮での唯一の信頼できる者であり彼女の婚約相手です。私に出来ることは成功を祈ることだけです。」 アンリエッタが申し訳なさそうに言うと、次いでコルベールが喋り始めた。 「それ程言うからには王宮内では相当な事になっているでしょうか?噂では色々と不穏分子がいると聞きましたが…」 「えぇ…今回のアルビオンに現れた反乱分子『レコン・キスタ』は貴族だけで国を支配しようと言う者達の集まり。 忠誠よりお金を愛する者どもには丁度良い拠り所でしょう。」 アンリエッタはそう言い終えると傍らに置いていた白い包みをテーブルの上に置いた。 「それとこの本を…学院に寄贈しようと思いまして。」 それに興味を示したコルベールはその包みを解き、その本を手に取り、怪訝な表情をした。 「この本はいったい何なのですか?見たところ、文字のようなモノが書かれていますが…。」 本の表紙にはこのハルケギニアに住む者にとっては見たことのない『文字』が書かれているのだ。 「以前私が幼い頃にアルビオンへ赴いた時に記念にと取ってきた物です。この通り表も中も見たことのない異国の文字で書かれておりまして…」 ペラペラとページを捲るコルベールにアンリエッタは説明を入れた。 やがて最後のページまでくるとコルベールはパタンと本を閉じ、再びテーブルの上へと置いた。 「それと何やら悪魔に似た形の者や異形の絵も描かれているのです。特に大した思い出もないので、好きにしても構いませんよ。」 そう言い終えた直後、ドアの外から見張りをしている衛兵の怒鳴り声が聞こえてきた。 (…だから無理だと言ったら無理だ!この部屋に入るにはちゃんとした許可が…グエッ!) 何かを強く叩いた様な音が聞こえた後、霊夢が御幣片手にノックはおろか挨拶すら無しにドアを開けて部屋に入ってきた。 アンリエッタは部屋へ入ってきた霊夢がメイジが一見すれば細長い杖の様な形をした御幣を持っているのに気づき、急いで水晶の付いた杖を向ける。 「何者!?この王女の目の前で無礼な真似働くことは……」 「はぁ?何言ってるのよ…役者にでもなりたいわけ?まぁそれよりも…」 霊夢はまるで狂言者を見るような目でそう言い。アンリエッタはその言いぐさに心底驚愕した。 今までそんな言葉で話しかけられたことが無かったからだ。 一方でオスマンとコルベールはというと霊夢の姿を見て「なんでここにいるの?」と、言いたげな目をしている。 霊夢はそんなオスマンの方へと顔を向け目を鋭くさせると口を開いた。 「ちょっと、ルイズの朝食どころかなんで私の朝食もないのよ? 給士から聞いたら「学院長の命令でして…」って言われたからわざわざこんな所まで来る羽目になるし…。」 霊夢に警戒していたアンリエッタはふと少女の口から出た親友の名前にハッとした顔になり、少女に話しかけた。 「ルイズの名前を知ってるのね貴方?ということはルイズの友達か親友のお方かしら…?」 「イヤ、あんな奴の友達になった覚えは微塵もないわ。」 霊夢はそう言うとアンリエッタの方へと鋭く光る瞳を向けた。 アンリエッタはその瞳を見て、口の中に溜まっていた唾液を思わず飲み込んでしまった。 先程の王女に対するものとは思えない言動と言い、今まで見たことのない気配を発する瞳を見てうら若き王女は目を丸くする。 「貴方は一体…」 アンリエッタは平静をなんとか保ちつつも霊夢に自己紹介を促した。 「私は博麗 霊夢。何の因果かルイズに召喚の儀式とやらで否応無しでこんな所に呼び寄せられた被害者よ。」 「ハクレイ…レイム?…ひょっとしてあなたがルイズの使い魔……キャッ!」 「使い魔にもなった覚えも無いわ。どいつもこいつも私を見たら使い魔使い魔って…。」 迂闊にもアンリエッタがそう言うと、霊夢は愚痴をこぼしながら遠慮無く自分の身長より少し高めの御幣の先でアンリエッタの頭を叩いた。 それを見た他のコルベールはこれ以上ないと言うほど驚くと、急いで霊夢の御幣を持ってる方の手を掴んだ。 「いけませんミス・レイム!この御方は先王の形見であるアンリエッタ姫殿下ですぞ!そんな無礼なことをしたら…」 「あんりえったぁ…?あぁ、ひょっとしてコイツが昨日シエスタの言っていた…」 一人納得した霊夢は御幣を下ろし呟くとアンリエッタは叩かれた場所さすりながら口を開いた。 「どうやら私を見るのは初めてのようですね。私はアンリエッタ・ド・トリステイン、この国の姫殿下であり、ルイズ・フランソワーズの幼馴染みよ。どうかお見知りおきを…」 アンリエッタはそう言うと優雅にお礼をしたが、霊夢はそれを白けた目で見ていた。 「な、何をしているのです!ホラ、あなたも頭を下げてください!」 「何で私がそんな事するのよ?あっちが勝手にしただけじゃない。」 コルベールはそんな霊夢を見て更に目を丸くすると急いで霊夢へ耳打ちをする。 だが霊夢は自分が悪くない風にそう言うとアンリエッタは頭を上げて二人へ話しかけた。 「いえいえ気にしなくても良いですよ。そもそも人間が使い魔になるという事が可笑しいものですよね。とても酷いことを言ってご免なさい。」 「あっそう。…全く、ルイズの奴もとんだ変わり者の幼馴染みを持ってるわね…って、ん…!?」 アンリエッタの言葉に霊夢はうんざりしたようにそう言うとテーブルに置かれていた本に気が付き、驚愕した。 霊夢はその表紙に書かれていた『文字』を見て急いで本を手に取った。 アンリエッタとオスマンはその時、霊夢が真剣な目つきで本のページをどんどん捲っていく。 ページが捲っていく度に霊夢の顔はどんどん険しくなり始め、そしてバタン! と大きな音を立てて本を閉じると再びテーブルに置き、アンリエッタの方へ顔を向けた。 「この本って、何処で手に入れたの?」 「………あなたには、その本に書かれた文字が読めているのですか?」 「まぁね……で、私はこの本を何処で手に入れたのか聞いてるんだけど?」 「何ですって!?」 「何と…!」 霊夢の質問にアンリエッタは質問で返すが。霊夢はそれにあっさり答えた。 その答えに、オスマンとコルベールは驚いたが霊夢は一度同じ質問をアンリエッタに投げかける。 アンリエッタは一瞬躊躇うような表情になるが首を振ると霊夢の質問に答えた。 「この本は子供の頃に、アルビオンの…確か、ニューカッスル城で手に取ったような記憶が…。」 「そう、アルビオン…ね。」 霊夢はそう言うとさっさと部屋を出て行ってしまった。 机に置かれた異国の文字で書かれた本――それは今のところ霊夢にしか読めないだろう。 転生を繰り返す家系の者によって作られた幻想の存在や神秘の秘境を明確に記した本。 ――それは、霊夢のいた場所では「幻想郷緑起」と呼ばれる物である。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 骨董品クラスの壺や小さな額縁に飾られた自作の肖像画や勲章。 本棚には小型の金庫やチェス盤、数々のマジックアイテム。 部屋の隅にはトリステイン王国の国旗を持った国軍騎士の鎧。 丁度真ん中には大きな縦長机にそれに寄り添うかのように二つのソファが置かれている。 そして、傾いている太陽から発せられる緋色の光が窓から差し込みこの学院長室を更に古く見せていた。 「さてと、では今からおさらいをしてみるとしようかのぅ。」 嗄れてはいるが、威厳のある声でそう言ったのは窓側に置かれたデスクに膝をついているオールド・オスマンであった。 いまこの場にいるのはオスマンを含めたルイズ・ド・ラ・ヴァリエール、教師のミスタ・コルベール、キュルケ・ツェルプストー、タバサ…そして博麗 霊夢の6人である。 オスマンは学院長机の椅子に座り、後の5人は全員ソファに腰掛けていた。 「えーっと…ミス・ロングビルは土くれのフーケであり、それをミス・レイムが倒したという事じゃな?」 「ハイ。ミス・ヴァリエールを人質に取られても動じる事はありませんでした。」 コルベールはそう言うと霊夢の方へ視線を向けた。 フーケを自分の勘違いで見事倒し、ルイズを人質に取られても何処吹く風の巫女は先程出された紅茶を飲んでいる。 オスマンは立派な顎髭を手で扱きながら霊夢をじっと見つめていた。 以前『遠見の鏡』でギーシュとの決闘を見たとき、ある程度のやり手だと見ていた。 (しかし、この様な少女が30メイルのゴーレムと土くれのフーケを倒すとはな…。) 観察するようなその視線に気が付いたのか、霊夢がオスマンの方に顔を向ける。 「何ジロジロ見てるのよアンタ?」 「ば、バカ!アンタ学院長になんて言い方を…。」 年上に対する言葉だとは思えないその言い方にルイズが見逃すはずもなかった。 立ち上がろうとしたルイズはしかし、それよりも先にオスマンが宥めた。 「よいよいミス・ヴァリエール。怒り過ぎてはミスタ・ギトーの様な大人になってしまうぞ。」 学院長の優しい慈悲の言葉にルイズは思わず反論しようとしたがその眼光から溢れ出る気配に思わず竦んでしまい、 平然と紅茶を飲んでいる霊夢をただただ睨むだけとなった。 大体一息ついたところでオスマンは再び口を開いた。 「さてと、フーケの件に関しては良くやってくれた。と、言いたいところじゃが…? いくらなんでも学院を無断で抜け出すのはいかんよ?3人とも。」 オスマンはそう言うとコルベールから聞かされたルイズ達が無断で学院を抜け出した事を話題にし始めた。 タバサがビクッと一回だけ体を小さく震わせ、他の二人も額に小さな冷や汗を浮かべる。 そもそも霊夢を除いた生徒3人が抜け出した理由は「宝探し」という名目の為なのだ。当然許されるわけがない。 この学院は、生徒に対する処罰は甘い方であるがそれでもお金持ちの子供にはきつい物だ。 例に出せば課題や親の呼び出し、説教、謹慎などがある。だが貴族の子弟達が苦手なのが「掃除」なのだ。 以前ルイズがさせられていた教室掃除や廊下、トイレの掃除、一番きついのが各広場の草むしりである。 たかが掃除など、貴族なら魔法を使えばいい。と言いたいところだが魔法などは一切禁止。全て自力でこなさいと駄目なのだ。 ルイズ達も処罰には掃除関係が来るだろうと腹を括っていたがそれは無駄足に終わることとなった。 「本来なら、ヴェストリの広場の草むしり――と言いたいところじゃが…。聞けば破壊の杖を最初に見つけてくれたのはお主等らしいのぅ? 盗まれた学院の財宝を確保してくれた代わりに厳重な処罰として、王宮に今回の事を報告するだけにしておこう。」 優しい口調でオスマンはそう言うとホッホッと嗄れた喉で笑った。 その言葉を聞いた3人はお互い顔を見合わせ小さく微笑んだ。 生徒達の喜ぶ様を水を差すようにオスマンはゴホン、と大きく咳をすると再びルイズ達の方へと体を向けた。 「喜ぶのはいいが、そろそろ自室に戻って今夜の準備でもしていなさい。 なんせ今夜はフリッグの舞踏会じゃ。女の子はちゃんと時間を掛けて準備せんとな。」 そう言いオスマンは壁に立てかけていた杖を手に取り、短いスペルを唱え扉に向けて振った。 『風』の魔法によって扉はひとりでに開き、五人の退室を促していた。 コルベールとルイズ達生徒の四人は頭を下げ霊夢それに伴い席を立ち、部屋から出ようとしたが、 「あぁ、ミスタ・コルベールとミス・ヴァリエール。それにミス・レイムには話したい事があるから残っていてくれ。」 咄嗟にオスマンが思い出したかのようにその言葉を投げかけた。 指名されなかった後の二人の内キュルケが顔だけをヒョコッと出した。 「ルイズ、ちゃんとしたドレスを着てきなさいよ?」 挑発とも取れるキュルケの言葉に喧嘩っ早いルイズはすぐに食い付いた。 「わかってるわよ!あんたの際どいドレスより素晴らしいのがあるんだから!」 案の定いつもの調子のライバルを見てキュルケは軽く微笑むと駆け足で女子寮塔の方へと戻っていった。 やがて足音も聞こえなくなり、扉の傍にいたコルベールがドアを閉める。 そしてオスマンの方へと体を向けて不安と期待が入り交じったような顔で学院長に話しかけた。 「オールド・オスマン。話とはまさかアレの事を…?」 コルベールの言葉にオスマンは重々しく頷くとルイズと霊夢の方に視線を向け、口を開いた。 「さてと、話したいと言うことは…ミス・ヴァリエール。君が召喚した少女のことについてじゃ。」 「え?レイムの事についてですか?」 ルイズはその言葉にビクッと反応した。 今まで霊夢には学院長と会わせた事は無い。いったい何なのだろうか? 「コイツ、何かやらかしましたか?」 ルイズはそう言って霊夢を指で指した。 「なんか私が前科者みたいな言い方ね…。」 ルイズの言葉に霊夢は素早くそれに突っ込んだ。 しかしルイズの質問に対しオスマンは首を横に振り否定の意を示す。 「いんや、彼女は別に何もしておらんぞ。ただ―――」 「ただ?なんです?」 途中で言葉を詰まらせたオスマンを待つかのようにルイズが首を傾げて問う。 オスマンは軽くため息を吐くと霊夢の左手の甲を指さしてこう言った。 「――彼女の手にある筈の使い魔のルーンは何処じゃ?」 「―――えッ…!?」 その言葉を聞き、数秒の間を置いて驚愕したのはコルベールであった。 何せ彼は直接霊夢の左手の甲に伝説の使い魔『ガンダールヴ』のルーンが刻まれていたのを目にしたからだ。 「そんな馬鹿なっ…し、失礼!……」 コルベールは言いながら霊夢の左手の甲をチェックし、驚いた。 契約したとき彼女の手の甲に焼き付いていたガンダールヴの刻印は跡形もなく消え失せている。 「ほ、本当に無い…一体コレは…?」 「ちょっと、いつまで掴んでるのよ。そんなにアタシの手が珍しいの?」 霊夢はそう言うとコルベールの手を振り解き、オスマンの方へ刺すような視線を向けて口を開いた。 「アンタ、何か知ってるでしょう?使い魔のルーンが何たらといい…ルイズも同じようなことを言ってたわよ。」 その言葉を聞き、唖然していたコルベールは真剣な顔でルイズの方へ向き口を開く。 「ミス・ヴァリエール。君はこの事を前から…?」 あまりにも真剣な態度で聞かれたため、ルイズは少し堅くなりながらも話す。 「は、ハイ。私がコイツを最初に部屋へ連れてきたときに確認しました…。でも、契約はちゃんとしました。」 ルイズの言葉に、オスマンとコルベールは頭を捻るとため息をつき、霊夢に話しかけた。 「では、まず君に話すとするか。まずは…君の左手の甲についている筈のルーンから教えなければいけない。」 そこからオスマンの説明が始まった。 使い魔は主人との契約の際、体の何処かに刻印を付けられるということ。 コルベールの話では霊夢にはその刻印が左手の甲についていたという…… 「しかし、君の左手の甲に付いていたと思われるルーンは別格じゃ。根本的には変わらないがのぅ?」 オスマンの「別格」という言葉を聞き、霊夢は首を傾げた。 「根本的にって…何がどう違うのよ?」 「まぁ待ちなさい、今からその事について話すのじゃ。ミスタ・コルベール、その棚にある本を。」 「あ、ハイただいま。」 そう言いながら棚から一冊の分厚い本を取り出したコルベールはそれを学院長机に置き、ページをパラパラと捲り始めた。 断片的ではあるがルイズが見たところ、どうやら始祖ブリミルについて書かれた古い書物らしい。 所々シミや欠けた所もあり、保存状態はすこぶる悪いものである。 やがてページを捲っていたオスマンの手は、『始祖の使い魔達』という項目で止まった。 右から順に『ガンダールヴ』、『ヴィンダールヴ』、『ミョズニトニルン』の名前と軽い説明文が記されている。 オスマンは『ガンダールヴ』の項目を指さすと二人に説明し始めた。 「君に記されていたというルーンはこの神の左手と言われた『ガンダールヴ』のルーンじゃ。」 それを聞き霊夢もページを覗き見るがちんぷんかんぷんで全然読めない。 ルイズも最初は何が何なのか全然分からなかったが、段々と理解し始めた。 「ガンダー…ルヴ?…えぇ、ウソ?」 「そのガンダールヴとか言うのは…どういう効果があるの?」 とのあえず霊夢がオスマンにそう質問すると彼は口を開いた。 「このルーンを持つ物は、例えドが付くほどの素人でもいかなる兵器と武器が使えるらしいのじゃが…」 その言葉を聞き、ルイズがもの凄い勢いでオスマンに近寄った。 「……っ!?、ということはオールド・オスマン…私の使い魔は…私の使い魔はもしかすると…!?」 ルイズのそんな反応を待っていたかのようなオスマンはカッ!と目を見開くと叫ぶ―― 「そう…『虚無』の使い魔であり、ありとあらゆる武器を使いこなす伝説のガンダールヴ!! ……の筈だが。」 が、最後はまるでしぼんだ風船のような感じの声で呟いた。 二人は霊夢の方へと一斉に視線を向け、ため息をついた。 一方のルイズは、その事に安堵して良いのか落ち込んだら良いのかわからなかった。 突然投げかけられた二人分のため息と視線に霊夢はキョトンとした顔になる。 「なによ?その残念そうな顔は。私が何かした?」 オスマンは二、三度顔を横に振ると再び席を立ち、棚に置かれていた一本の太刀を手に取った。 「……まぁ、とりあえずは確認せんとな?ルーンが無いだけ…という事もあるかも知れんし。」 そう言うとオスマンは霊夢の近くに来ると、彼女の前に両手に持った太刀を差し出した。 「この太刀を手に取ってくれ。それだけでいい。」 霊夢はそんな事を言うオスマンを怪訝な顔で見たがとりあえず見た感じ大丈夫そうだったのでその太刀を手に取った。 そして鞘から抜いた刀身を見て苦虫を踏んだような顔をして呟く。 「……随分と酷いわねぇ。」 彼女は剣に関しては余り詳しくはないが素人の目でも見て分かるくらいにソレは刃こぼれと錆びに覆われていた。 かつては白銀色に輝いていた刀身は見る影もなく焦げ茶色になっていて、下手に振るとあっさりと折れそうなくらい、弱々しく見えた。 太刀を手に持った霊夢に何も起こらないのを確認したオスマンは再び大きなため息をついた。 「ふぅむ…やはり何も起こらな―― 『おいコラ!誰が酷いだって!?』 突如オスマンの声を遮り、男の怒声が学院長室に響いた。 ルイズは突然のことに辺りをキョロキョロとしていたが霊夢の方はジッと手に持っている太刀の鎬を見た。 「……まさかこの剣が喋った?」 霊夢がポツリとそう呟くと、ひとりでに太刀の根本部分がカチカチと動き、再びあの声が聞こえてきた。 『おうよ、何せ俺はインテリジェンスソードだからな!』 若干怒り気味だが、何やら嬉しそうな太刀の言葉に霊夢は目を丸くしていた。 「インテリジェンス…?何よソレ。」 「つまりは喋る武器の事よ。価値はそれほどでもないけど昔からある武器なの。」 声の主が誰だかわかったルイズは霊夢アドバイスをした。 幻想郷には変わったマジックアイテムや道具などたくさんあるがそんな場所に住んでいる霊夢でもこんなのは見たことがなかった。 『おぅ、よく知ってるじゃねぇか!』 大声で喋るインテリジェンスソードの持っている霊夢は鬱陶しそうな顔をする。 生意気なこの剣をどうやったら黙らせることが出来るのか考えているとふとコルベールが視界に入った。 「ねぇコルベール。」 「なんですか?」 「コイツ、どうやったら黙らせれるの?」 その質問を聞き、コルベールはインテリジェンスソードを指さした。 「えーっと、それを売っていた武器屋の店主の言葉では…鞘に入れたら黙るとか…。」 彼がそう言い終えた直後、再びあのインテリジェンスソードが喋り出した。 『聞いて驚くな?俺はインテリジェンスソードの中でも一際輝くデルフリン―― チン! 綺麗な金属音と共に、お喋りな太刀は鞘に納められ何も言わなくなった。 それを見て霊夢は満足そうな顔をするとインテリジェンスソードを乱暴に学院長机の上へと置いた。 「コレを買った奴は相当な物好きね。何の目的でこんなのを―『オイオイオイオイ!!名前は最後まで聞けって!』 やっと黙ったと思っていたインテリジェンスソードはしかし、勝手に鎬部分だけが鞘から出てきて再び喋り始めた。 『俺はデルフリンガー。お前ら人間達よりも遙かに長く生きてるインテリジェンスソードの一つさ。 だが人間とは違って動けない俺たちにとっては人との会話は唯一の娯楽なんだ。だからさ、鞘に収めるのはやめ― 更に喋ろうとしたデルフリンガーを、霊夢は素早く手に取り… チン! 鎬の部分が鞘に納められ、デルフリンガーは博麗の巫女によって再び黙らされた。 「うっさいわね、。あんたの声は大きすぎるのよ。」 霊夢はそう言うとデルフリンガーをコルベールに突き返した。 コルベールがそれを受け取ったのを確認すると霊夢はオスマンの方へと顔を向けた 「確かめたかった事ってこれだけ?」 オスマンは軽く頷くと口を開いた。 「あぁ、そうじゃ。」 「ならもうルイズの部屋に帰るわね。色々あって疲れたから…。」 霊夢はそう言うとルイズを置いて踵を返しドアを開けて出ようとした。 しかし、そんな霊夢をオスマンが思い出したかのように止めた。 「あぁ、待ってくれ。一つだけ質問させてくれんか?」 オスマンの言葉に霊夢は手を止め、まだ何かあるのかと言いたそうな表情をオスマンに向けた。 「…何よ?」 「君は…これから先、ミス・ヴァリエールをありとあらゆる危機から守ってくれるか?」 オスマンの質問に、霊夢は考えるそぶりも見せずこう即答した。 「そうねぇ、一応私の見える範囲なら守ってあげるわ。…それじゃ、先に帰ってるわよ。」 霊夢は最後の一言をルイズに向けて言うと退室した。 霊夢が退室した後、残された3人はただただ沈黙するだけだった。 コルベールは霊夢の冷たい態度に唖然としており、オスマンは気まずい顔を…そしてルイズは、今更ではあるが嫌な顔で溜め息をついた。 「ま、まぁミス・ヴァリエール…世の中は限りなく広い、ああいう人格の人間もいるんじゃ…。」 オスマンはそんな慰め言葉をルイズに投げかけたがいかんせん反応がない。 多分召喚して以来、あの性格に悩まされているのだろう。 「…失礼します。」 ルイズはそう呟くと、そさくさと退室した。 ルイズもいなくなり、学院長室には二人だけとなった。 「オールド・オスマン。心配だとは思いませんか?」 「心配…とは?」 コルベールの言葉にオスマンは首を傾げる。 「ミス・レイムの事ですよ。見たところミス・ヴァリエールとは少々険悪な雰囲気が出ていると私は思います。」 その言葉を聞き、オスマンは顎髭を数回扱くと口を開いた。 「君はまだまだ若いのぅ…髪は無いのに若いのぅ。」 「!?っ…と、突然何を言い出すかと思えば…無礼ですぞ!」 突然頭の事を言われたコルベールは頭を押さえて叫んだ、 「そういう意味ではなく、まだまだ人を見る目が若いという事じゃ。さっきのは冗談さ。」 それはウソだ。と、思いつつコルベールはオスマンの言葉に耳を傾けた。 「確かに見た感じ、相性が悪いとは思うが…別にかなり酷い。というレベルじゃあない。 もしもの時には、あの子―ミス・レイムはミス・ヴァリエールをきっとあらゆる危機から救ってくれるだろう。 別に彼女がその気じゃなくとも、結果的にはそうなるかも知れん。 何より、不思議とあの瞳からは嘘を言っている様には思えんのじゃよ…」 オスマンはそういうと右手を地面に下ろし、足下にいた自身の使い魔を手のひらに乗せた。 「だけどワシは、そういうタイプよりモートソグニルのようなモノが好みじゃが。 …さてと、君も退室して構わないぞ。今日は君もパーッと飲みたまえ!何せ年に一度の舞踏会じゃからのぅ。」 「はぁ…では、失礼いたします。」 コルベールはオスマンに頭を下げると、デルフリンガーを持ったまま部屋を出た。 オスマンは彼が去ったのを見届けると使い魔の顔に耳を近づける。 それからすぐに相づちを二、三回うつと不満そうな顔をしてナッツを2個モートソグニルに与えた。 「う~む…ドロワーズを履いていたとはな…。だからあんな平気で空を飛んでいたのじゃな。いやはや…」 オールド・オスマン学院長―― 彼はやはり、れっきとしたカリスマを持つ素晴らしき変態であった。 「あぁーもぉ…。とんだ骨折り損だったわ。」 霊夢は大きく欠伸をしながらルイズの部屋目指して女子寮塔の廊下を歩いていた。 せっかく舞い込んできた美味しい情報はあっさりと乱入してきた盗賊に潰れてしまい、 その盗賊をボコボコにしてスッキリしたのでまぁ良かったがその分かなりの疲れが体に溜まっていた。 何やら先程、今日は舞踏会だとか言っていたのだがどうしようか霊夢は今悩んでいた。 飲み会などは嫌いではない、むしろ好きな方ではあるが、疲れている今は柔らかいベッドで一寝りして疲れを取り除きたい。 しかし寝る前に一杯飲んでから寝るのも良いと考えており、 霊夢はどちらにしようか考えながら薄暗い廊下を歩いていると奥からふとボソボソと話し声が耳に入ってきた。 (…よ、私は…知っ…。) (でも、キ……が持ち込んで…) 声からして女性ではあるが何を言っているのかわからない。 こんな所で良からぬ事を企んでいるのか。と霊夢は思いながら声の方へと近づいていく。 やがて声の発信源がルイズの部屋の入り口だという事に気が付いたと同時に、誰が喋っているのか理解した。 その正体は、霊夢に背を向け声を小さくして口論していたキュルケとタバサであった。 一体何事かと思い霊夢はすぐに声を掛けようとしたがその前に口を開いたのはキュルケだった。 「それにこうやってこっそり置いてた方が誰が送ったか分からないじゃない……?」 両手に銀細工の箱を抱えたキュルケがそう言ったがタバサは首を振る。 「彼女は見たところ勘が鋭いと見る。素直に差し出した方が良い。」 タバサの言葉にしかし、キュルケは首を振った。 「でもでも…あの子すごく怒りそうなんじゃない…?」 そろそろもう良いかと思った霊夢は、こちらに背を向けて話していた二人に声を掛ける。 「ちょっと、誰が怒りっぽいですって?」 「えっ…?うひゃっ!!」 キュルケは素っ頓狂な叫び声を上げると、手に持っていた箱を落としてしまい、 コロコロと床を転がる羽目になった箱は丁度霊夢の足下で止まった。 「?…何よコレ。」 「あっ…それは…。」 霊夢の問いにキュルケは箱に手を伸ばしたが素早く霊夢がその箱を取った。 それを見たキュルケは数歩下がってタバサの傍に寄ろうとしたがタバサもまた後ろに下がる。 「中に何か入っているけど…。」 中身が何故か気になる霊夢は怠そうな目でキュルケに尋ねた。 それに対しキュルケは少し悩んだそぶりを見せた後、口を開いた。 「実はそれね…今日迷惑かけたお礼として渡そうかと思って。」 箱を軽く振りながらそう呟く霊夢に、少し落ち着いたような感じでキュルケはそう言った。 「お礼…?まさかびっくり箱とかじゃないでしょうね。」 霊夢は怪訝な顔をしながらもその箱の蓋に手を掛けた。 「違うわよ…なんていうか、そのぉ…。」 キュルケはそんな霊夢の顔を見て悩んでいたとき―― 「その中には地図に書かれていたマジックアイテムが入っている。」 ポツリと、タバサがそう呟いた。 同時に、霊夢も蓋を開けて箱の中身に入っていた『縄』を見た。 その瞬間、ギクリと体を震わせたキュルケは踵を返してそさくさと自室へと帰っていった。 タバサはそんな友人と箱の中身を見たまま固まっている霊夢を一瞥し、自室へと戻った。 一方の霊夢は箱の中に入っていた『お宝』を見て硬直していたがバッと顔を上げると箱をその場に叩き捨て、目を鋭く光らせた。 急いで自室に戻ってきたキュルケは鍵を『ロック』の呪文で閉めると椅子に座って頭を抱えていた。 キュルケは最初から、『境界繋ぎの縄』というマジックアイテムなど信じていなかった。 大抵の宝の地図に書かれている名前は大げさな物であるがご丁寧にもあの地図には大層な説明まで書いていた。 しかも埋まっている場所も近く、あの時こそチャンスだと思いルイズ達を誘ったのだ。 思いの外あの霊夢もそれに乗ってくれた。 だけど、どうやら霊夢はアレが紛い物だと知らなかったに違いない。 じゃなければ廊下から漂ってくる良からぬ気配など感じないのだろう。 使い魔のフレイムも不安そうに部屋をグルグルと歩き回っている。 (どうする…今回ばかりは素直に謝ろうかしら?じゃないとやばそうだし。) いつものキュルケならそんな事を思いはしないが、フーケとの戦いを見て流石にアレ怒らせたらは不味いと感じていた。 そんな風に悩んでいる突如扉から小さな破裂音が響いてきた。 咄嗟に杖に手に持ち扉の方へと向けた瞬間、ドアがゆっくりと開いた。 部屋の出入り口に立っていたのは、御幣を左手に、お札を右手に持ち、体から何やら嫌な気配を出している霊夢であった。 彼女から出てくる気配に圧倒されたのか普通主人の前に出て威嚇するはずの使い魔は情けなくもベッドの下に隠れている。 キュルケもイスに座ったまま口をあんぐり開け硬直していた。 (キャ~、ツェルプストー大ピンチー!…なんて言ってる場合じゃないわn――― キュルケがどうしようかと頭の中で考えようとしている時には既に遅く―― ――霊夢の素早い蹴りがキュルケの額に直撃していた。 ―――――― ルイズの部屋に入り口に投げ捨てられている一つの箱――― その中からは一本の縄が出ていた。両端には小さな持ち手があり、十歳ぐらいの子供には丁度良いサイズの物であった―― 遊び道具としても、運動器具としても役立つそれは―― 「境界繋ぎの縄」でなく、「なわとび」と呼ばれている。 今夜行われるフリッグの舞踏会は食堂の上の階にある大きなホールで行われる。 テーブルクロスの上に並べられた数々の山海珍味、高級なワイン。 生徒や教師達は皆華やかな衣装に身を包み、今宵の宴を楽しむ。 舞踏会ということだけあって、皆ダンスに夢中であるが中には例外もいる。タバサが正にそれである。 「あなたって本当に良く喰うわね…。」 額に包帯を巻いたキュルケが小皿に盛られた肉料理をフォークを突っつきながら横でサラダを食ってる友人を見て呟く。 幸いあの蹴りは気絶だけで済んだがさっきからジンジンと痛む、もし機会があるならあの紅白に一矢報いてやろう。 そんな事を思いながらキュルケはタバサが食べているサラダへと視線を向ける。 「ハシバミ草」と呼ばれる植物をメインにしたそれは、タバサ以外に指で数える程の者しか食べていない。 そのハシバミ草を食べようなんて考えるのは変わり者だけ。と豪語する程不味いらしいので当たり前と言えば当たり前だろう。 自分の友人がそんな物を美味しそう(?)に食べているのを見てついついこんな事を聞いてしまった。 「ねぇタバサ、それって美味しい?」 「普通に美味しい。」 キュルケの質問にタバサは手の動きを止めてポツリとそう呟き、再びハシバミ草を口の中に入れ始めた。 本当なのかどうかわからないその様子にキュルケはただただ苦笑いをするだけとなった。 「やけに不機嫌そうだけど、どうしたのかしらツェルプストー?」 そんな時、ふと後ろから声を掛けられ、聞き覚えがあったキュルケはすぐに振り返った。 予想通りそこにいたのは、綺麗な純白のドレスに身を包んだルイズが腰に手を当て突っ立っていた。 振り返ったキュルケの顔を見たルイズは、顔をキョトンとさせた。 「あれ…、その額の包帯はどうしたのよキュルケ?」 「どうしたもこうしたも無いわよ。あの紅白に蹴られたのよ…全く。」 キュルケは嫌みっぽくそう言うとそっぽを向いた。 「大体、10の内9がハズレの地図なんか信じる方が悪いのよ。それなのにアイツったら…問答無用で私の額を蹴ったのよ。」 「…そういう事は先に言っておいた方が良かったんじゃないの?あぁ、そういえば聞きたいことがあるんだけど…。」 キュルケにそう突っ込んだルイズは、キュルケに質問を投げかけた。 「何よ?」 「レイムの奴が何処にいるか知らない?あいつ、部屋にいなかったし。」 その質問に、キュルケは首を傾げて答えた。 「さぁ…知らないわね…タバサは?」 「さっきバルコニーにいるのを見た。」 タバサはそれにスラッとそれに答え、顔をバルコニーの方に向けた。 一方、場所は変わってバルコニー ホールと比べここには人はおらず、寒い夜風が吹きすさんでいる。 そんな場所で霊夢はただ一人ベンチに腰掛け、ホールから勝手に拝借したワインを飲んでいた。 酒の肴は無く、ただボンヤリと双つの月を眺めグラスに入ったワインを口に入れる。 そんな時、後ろから誰かが声を掛けてきた。 「こんな所で何辛気くさそうに飲んでるのよ?」 振り返ると、そこにいたのは立派なドレスで着飾ったルイズがいた。 「何って…寝る前に一杯飲んでおこうと思ってね。」 霊夢は顔を向けずルイズに素っ気なくそう言うとクイッとワインを飲んだ。 空になったグラスを口から離し、一息入れると視線だけをルイズに向けた。 「で、何の用よ?」 「別に、ただ何処にいるのか探してただけよ。」 ルイズはそう言うと霊夢の横に座ると、手に持っていたグラスにワインを入れ、飲み始める。 しかし、ルイズはお酒には余り強くなく、むしろ弱い方なのでチビチビとしか飲めない。それを見て霊夢が口を開く。 「なにチビチビ飲んでるのよ。もうちょっとガバッと飲んだら?」 「私はお酒に弱い方なのよ。ほっといて頂戴。」 ルイズの言葉に霊夢は軽く笑うと手に持っていたグラスにワインを注ぎながら喋り始めた。 「今回は踏んだり蹴ったりだったわ…まさかただの縄一本の為にあんな苦労したなんて…。」 そんな霊夢の愚痴を聞き、ルイズはグラスを口から話すと口を開いた。 「でも丁度良い運動にはなったんじゃないの?フーケも倒して国の治安維持にも貢献出来たし。」 しかし霊夢は不満そうな顔で首を横に振るとこう言った。 「私はそんなのに興味は無いわよ。ただ幻想郷に帰れるかも知れない情報が都合良く舞い込んだから行っただけ。 もしも最初からあの地図がデタラメだと知ってたら疲れることは無かったのに…。」 ルイズはその言葉に微笑むとこう言った。 「フフッ、丁度良いじゃない。この世界の詐欺商法の一つをしっかりとキュルケが教えてくれたんだから。」 「そんなのを学ぶ暇とアイツを叩く暇があるなら、アタシはお茶でも飲んでた方がずっと有意義だわ。」 霊夢はそう言うとグラスに入っていた残りのワインをグイッと口の中に流し込んだ。 「まぁとりあえず今はお茶よりお酒ね。」 ―何せ今日は舞踏会なんだから。 ルイズはそう言うと再びグラスに口を付けてチビチビと飲み始めた。 それを見た霊夢はフッと微笑むともう一度グラスにワインをつぎ足した。 ―酒一杯にして人、酒を呑み。 酒二杯にして酒、酒を呑み。 酒三杯にして酒、人を呑む。 こんな月の綺麗な日は酒を呑むのには丁度良いけど、 呑みすぎると翌日には悪夢を見ることになるので程々にしましょう。 「モンモランシィ~~…もういっぱぁ~…イ゛ィ゛ッ!!?」 「アンタは飲み過ぎよ!!」 「だ…だからって空のワインボトルで殴らないでくれぇ~…。」 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん ドアを開けて部屋に入ってきたのは、この部屋の主であるルイズであった。 彼女は手に先程の授業で使用した教科書を出入り口の側に置いてある小さな台に置き、二人の方へ近づいていく。 「あらマリサ、あんたレイムと一緒にお茶を飲んで……た…」 ルイズの口から出た言葉、魔理沙と霊夢の間にあるテーブルの上に置かれたクッキーを見て、言葉が止まる。 既に何枚かが開かれた箱の中から取り出され、うち一枚の片割れが魔理沙の手の中にあったのも、見逃さなかった。 勘が鋭い霊夢はルイズの様子が豹変したことに怪訝な表情を浮かべたが、魔理沙はそれに気づかないでいる。 「おぉルイズ!もう次の授業か?次は耳を引っ張ったり殴ったりしないでくれよな」 ペチャクチャと喋りながら体が止まったルイズの側へと近づき、新たに箱から取り出したクッキーを一枚差し出す。 ルイズはというと、差し出されたクッキーに視線を向きながら抑揚のない声で、魔理沙に質問してみた。 「ねぇ魔理沙…このクッキー入りの箱は…何処で―――誰が―――見つけて――勝手に開けたのかしら?」 ルイズの質問に、魔理沙はすぐに応えた 「ん?あぁさっきそこの戸棚を開けた霊夢が見つけたんだよ。それで丁度いいお茶菓子だって…」 「私、ちょっと外でも飛んでくるわ」 良くも悪くも口の軽すぎる魔理沙の喋っている最中、霊夢は席を立った。 ここにいては危険だ―――長年の戦闘経験から、ここにいては面倒くさいことになると感じ取ったのである。 席を立った彼女はそのまま早足で歩いて窓から飛び立とうとしたが、ルイズの方が速かった。 霊夢が逃げようとしたのを感知したルイズは、すぐさま近くにあった箪笥の中から、乗馬用の『特殊な』縄を取りだした。 小さく、可憐なルイズには全く似合わないその縄を、彼女は勢いよく振り回し始めた。 数秒も経たずに縄はフュンフュンと空気を切り裂くような音を部屋中に響かせる。 一方の霊夢は窓の方にたどり着いたが鍵が掛かっており。その時点でもう霊夢の敗北は確定していた。 一秒― 「とりゃ!」 勢いのあるルイズの声と共に、振り回していた投げ縄を霊夢の方に向けて飛ばした。 二秒―― 窓の鍵を開けて逃げようとした霊夢の背中に―に、縄の先端が当たった。 三秒――― 瞬間、縄がボゥッ…黄色く光り輝くと、まるで大蛇の如く縄が霊夢の体に巻き付いた。 四秒―――― 「クッ…!」 魔力の篭もった縄に体を拘束された霊夢は、自分の霊力を使って縄を解こうとしたが、時既に遅かった。 五秒――――― 霊夢の体が縄に巻かれたのを瞬時に確認したルイズは懐に手を忍ばせ、ある物を取り出した。 「あぁ…っ!?それ私の…!」 ルイズが何を取り出しのか見ていた魔理沙が目を見開いた瞬間、ルイズはそれを投げた。 六秒―――――― 「でッ…!!?」 投げられた゛物゛は、一寸も狂うことなく、隙を見せていた、霊夢の――額に命中した。 七秒――――――― ゴ チ ン ! ! 金属から造られたそれは、霊夢の気を失わせるのには丁度良かった。 コン!カラカラ…と投げた物が床に落ちてコロコロと何処かへ転がっていく中、ドサッと倒れる音も聞こえてきた。 流石の博麗の巫女もあれにはたまらなかったのか、情けない表情を浮かべて気絶していた。 ここまで、七秒。僅か七秒である。 「うぉっ…あの霊夢がいともカンタンに…っていうかルイズ、いつ私の八卦炉を盗んだんだよ?」 倒すべき存在を倒し、一息つこうとしたルイズの耳に魔理沙の質問が飛び込んできた。 そちらの方へ顔を向けると、いつも笑顔を浮かべているような彼女が驚きの表情を浮かべている。 だが無理もない、何せあの博麗霊夢がたった一瞬の隙だけで、この様な目にあってしまったのだから。 「盗んだですって…?人聞きの悪い。私はアンタが殴られた時に手から落としたコレを、拾っただけよ」 いつの間にか自分の足下に転がってきたミニ八卦炉を手に取りながら、ルイズはそう言った。 ルイズの言葉に、魔理沙はその時の事を思い出した。 (そういや確か…気を失う直前に八卦炉が手からポロリと滑り落ちたような気が…) 心の中で魔理沙が思い出した時、ルイズは一息ついてこう言った。 「それに…゛盗んだ゛のは貴女と霊夢の方じゃないかしら、マリサ?」 「は?どういう事だよルイズ。私は盗みなんかしないぜ」 ただ借りてるだけさ。と最後に一言付け加えるが、ルイズはそれを気にせず話を続ける。 「私ね、部屋のあちこちに特別な日に食べたいお菓子を幾つも部屋に置いてるのよ」 ニコニコと爽やかではあるが、何処か不気味な雰囲気漂う笑顔を浮かべつつ、ルイズは喋る。 「しかもそのクッキーはね…私が一番特別だと思う日に食べたいと…と、取っておいたやつなの」 段々とルイズの笑顔が邪悪な雰囲気を帯びていくのを感じた魔理沙は思わず後退ってしまう。 その邪悪さは、以前紅魔館で見たレミリアの笑顔と比べれば可愛いモノだが、それでも十分に怖いものであった。 「あ、あ~…な、なんだ?私はその…食べただけだぜ」 魔理沙は言い訳でも言おうとしたのだろうが、それが火に油を注ぐ事となった。 「へ、へ、へ~…あ、あ、アンタは食べたたただけなのねね…わ、私のたたた大切なおおか菓子を、を…!」 先程よりも邪悪さが増していくルイズの雰囲気に、魔理沙は悟った。 (あ~、駄目だコリャ。背中を見せたら確実に酷い目に遭うな…) 丁度自分の背後に愛用の箒があるのに気が付いている魔理沙ではあったが、逃げる気は失せていた。 いま箒を手にとっても跨る前に捕まってしまう。そして今窓の傍で気絶している霊夢の二の舞になる。 ましてやミニ八卦炉も奪われている手前、退路は完全に断たれたも同然である。もう自分に逃げ場は無い。 たった一つの道は、目の前にいるこの少女を倒してドアから逃げるしかない。 (そうと決まれば…善は急げだぜ!) 覚悟を決めた魔理沙は、キッと鋭い笑みを浮かべ―――ルイズに突撃した。 勝率などわからない、わからないから魔理沙は突撃の道を選んだ。 霊夢もそうしていたであろうし、魔理沙の知っている幻想郷の好戦的な奴等も同じ答えを出していたに違いない。 自分が勝つと信じてやまない者達は、どんな危機的状況に陥っても僅かな希望があればそれに縋り、必勝の策を編み出す。 勝つか負けるかわからない――だからこそ戦うのだ、自分の勝利を信じて。 ピ チ ュ ー ン ! ――しかし、だからといってやる気満々の敵に突っ込んで勝てるとは限らない。 『自分のパンチより、ルイズのアッパーの方が速かった』という事が読めなかった魔理沙は、呆気なく撃沈した。 ◆ その頃、トリスタニアのチクトンネ街は―――― いつもは夜型の人々で賑わうここは、朝方と昼は大分落ち着いている。 それでも人の入りはあり、ブルドンネ街と同じく露天商達が道ばたで商売を始めていた。 仕事帰りの人々を誘惑する夜中のお店は朝方にはその看板を下げ、グッスリと眠っている。 彼ら、彼女らは朝に寝て午後から仕込みと掃除を始めて夕方頃の開店に備えての準備に入るのだ。 そんな店はここチクトンネ街に星の数ほどあるが、その中でもかなり異色な店が存在していた。 ウエイターは女の子達ばかりなうえ、とても魅力的な服を着ており、貴族からも賞賛の声を度々聞く。 「女の子達がステキだった」とか「チップを出すのに夢中で財布の中身が無くなった」等々…色々と評価してくれている。 『魅惑の妖精亭』。それがこの店の名前であった。 ※ シャコシャコシャコ… 「あしゃ~はやっぴゃり~ねみゅい~もよ~…♪」 店長スカロンの娘であるジェシカは、店の裏口で歯を磨きながら何処か現実味のある歌を口ずさんでいた。 裏口のある通りは閑散としており、目立つモノといえばご近所の店が裏口に出しているゴミを漁る野犬と野良猫、それにカラスだけだ。 主に人間の食べ残しを狙う彼らはこの時に限って争うことなどせず、お互いのルールを守っている。 この場面だけを見れば、人間と比べて大分秩序を保てているのは間違いない。 ハルケギニアの各所にある第三諸国などでは、畑の作物や家畜の奪い合いが原因で戦争になっているところもある。 それを考えれば、動物の方が第三諸国を治める王達よりかは大分利口だ。 だが、ジェシカはそんな光景に目もくれず、歯ブラシを口に入れたままボーッと空を見上げていた。 隣接する建物と建物の間から見える空はかなり太い一本の線として見えている。 陽が当たらない薄暗い通りとは対照的に白い雲が右から左へと流れ、サラサラと緩やかな初夏の風が肌を撫でる。 この時間帯、朝食を食べ終えた人々が仕事の為に各々の勤務場所へと足を運ぶ。 飲食店や雑貨屋、ブティックに本屋、石切場に魚の養殖場(食用、観賞用の淡水魚だけだが)等、様々である。 しかしジェシカやスカロン、そして店の女の子達を含めた夜中のお店で働く人々は、ゆっくりとベッドで疲れを癒す。 ジェシカ自身も、今は寝る前の歯磨きをしており、決して仕事へ行く前の慌ただしい歯磨きではない。 故にこうして途中で手を止め、雲の流れる爽やかな朝の青空を眺めているのであった。 しかし、その時間は表の通りからやってきた女性の声で台無しとなった。 「やぁジェシカ。寝る前の歯磨きをしてるのか?」 「…うっ!…ムグ…ムグ……ぷはっ!」 いきなり声を掛けられたジェシカ聞き覚えのある声を耳にし、思わず口にくわえた歯ブラシを吐き出しそうになった。 しかしそれをなんとか堪えて数秒間無呼吸に悶えた後、口から歯ブラシを取り出すという選択を選ぶ。 歯ブラシを持っていた右手で持ち手を掴み、そのまま一気に口から出したところで、止まり掛けた呼吸を再開する事が出来た。 「はぁ…はぁ…アンタねぇ、前もそうやってアタシを驚かそうとしたわよね?」 もう少しであの世の花畑と河岸が見えるところだったジェシカは、目の前で穏やかな笑みを浮かべる女性に苦々しく呟く。 「そうかな?あの時は私に気づいているものだと思って声を掛けたんだがな…ちゃんと料理の載ったトレイも受け止めただろ?」 しかし女性はそんな苦言など何処吹く風で、まるで旧友と若い頃の思い出を語っているかのような感じで言った。 女性の服装は足首まで隠した長い黒のズボンに白いブラウスと変わっており、その上に若草色のローブを羽織っている。 一昔前の女性ならわかるものの、この時代では女性のような服装は時代遅れもいいところだ。 しかし女性の肌は珠のように白く顔もジェシカや店の女の子達に負けず劣らず…いや勝っていると言って良い。 陽の光に当たって輝いている麦の如き金髪をボブカットにしており、遠くから見ればただの好青年として見えてしまう。 だが一歩近づいてそれが女だとわかれば、何処か不思議な魅力を感じてしまう。 それは男性だけではなく、女性もまたその魅力に惹かれるのである。 「はぁ…それで、今回は五日もあの子だけ置いて何処に行ってたっての?」 あまり悪いようには見えない笑みを見せられたジェシカは、呆れた様子でそう言った。 「まぁそう言うなよ。あの子だってちゃんと客室の掃除をしてくれてるだろ。…それに土産も買ってきたし」 それに対し女性は冷静に返しつつ、背負ったバッグを地面に下ろし、中を漁り始める。 ジェシカはその言葉にムッとなってしまうが、まぁいつもの彼女だと思って軽い溜め息をついた。 二人の言う『あの子』とは金髪の女性と共にいた、まだ十代にもなっていない栗色の髪が眩しい女の子のことである。 ※ 数週間前、ここの店長でありジェシカの父であるスカロンが二人を連れてきた。 聞くところによると女性はかの東方の生まれで、今はハルケギニアの各地を旅しているらしい。 様々な大国や小国、山々や平原を歩き渡り、しばらくはこのトリステインに身を置くことにしたのだという。 まぁ治安が比較的良く、戦争や領地をめぐっての小競り合いも滅多に無いこの国は、体を休めるのには丁度良いところだ。 しかし、いざ宿を探してみると間が悪かったのか、何処も空き部屋が無いという時にスカロンと知り合ったそうだ。 ちょっとばかしその場で話し合い、店の仕事を手伝って貰う代わりにお店の上の階にある部屋に泊まらせる事となった。 「初めまして、―――と申します。以後迷惑にならないようこのお店の仕事を手伝って行きたいと思います」 東方の国の生まれ故かハルケギニアでは聞かない奇妙な名前と律儀な物腰に、ジェシカを含めた店の者達は彼女に拍手を送った。 その拍手に女性は嬉しそうな笑みを浮かべると、後ろにいた少女を自身の前に出し、自己紹介を促した。 「は、はじめまして…――と申します。よろしくおねがいします…」 女性と同じく、東方の生まれと思われる奇妙な名前とその暗い雰囲気が漂う自己紹介の後、ジェシカがその子に質問した。 「よろしくね――ちゃん。ところで、ここは店の中だけど…帽子は外さないの?」 何処か空気の読めてないジェシカの発言に、素早く金髪の女性がフォローを入れた。 「すいません。この子はちょっと皮膚が弱くて室内でも帽子を被っているよう、祖国の医者から言われているもので…」 どこか胡散臭いものが漂ってはいるが、ジェシカやスカロン達は彼女の言葉をとりあえずは信じることにした。 この様な場所で店を開けば、自分の過去を酷く忌み嫌う者達がふらりと寄ってくるものだ。 ある者は過去を一時の間忘れるために飲んだくれ、またある者は新しい人生を探しに足を運ぶ…。 きっと彼女らは後者なのだろうと思い、とりあえずは『魅惑の妖精亭』に新しく入ってきた二人を手厚く歓迎した。 ※ 「それじゃあ、私は部屋に戻るとするよ」 「はいはーい!今日も早いんだからさっさと寝なさいよね~…ふぁ~」 一階の酒場でジェシカと別れた後、金髪の女性は二階へと昇り、一番奥にある客室へと足を運んだ。 ここ『魅惑の妖精亭』は一階部分がお店で、二階の方は家のない従業員達の部屋と幾つかの客室がある。 客室の方は、酔いすぎて家に帰れなくなった客を入れるところで、店の人気もあって使用頻度は高い。 そして当然の如く賃貸料があるので、店的には儲かっているらしい。 想像して欲しい。気持ちよく飲んでベロンベロンになって意識を失い、気づいたら見知らぬ部屋のベッドで寝ていた。 慌てて外に出てみるとその顔に笑顔を貼り付けた店の女の子が、一枚の紙をもって口を開く。 「おはようございます。お部屋の賃貸料をいただきに来ました」 自業自得であろうが、冷たい夜の路上に放り出されるより大分マシだろう。 そんな事を思っていると、気づけばもう二階の一番奥にまでたどり着いていた。 すぐ横には客室に繋がるドアがあり、それを開ける前に女性はポツリと呟く。 「五日か…まぁちゃんとお金も置いておいたし払ってくれてるだろう」 あの娘はネコだが、ネコババするような娘ではない。と心の中で付け加え、ドアを開けた。 すんなりと開いたドアの先にいたのは、彼女を主と慕う可愛い少女が待ってくれていた。 「お帰りなさい!藍さま!」 年相応の元気な声に、彼女は柔らかい微笑みを浮かべた。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん その日はせっかくの休日でありながら、トリスタニアは暑かった。 まるで街に漂う全ての空気が熱を持ったかのように、初夏の熱気が街中に充満している。 更に、貴族や平民など大勢の人々が各所にある狭い通りを行き交う所為で、時間が経つごとに街全体の気温はどんどん上がってゆく。 今日の最高気温もそこに関係してくるのだがそれは三割の内ほんの一割程度で、残り二割に人が関係している。 更に熱気は地上だけにとどまらず、白い雲が浮かぶ青空へと上昇して屋上で涼もうと考えていた者たちにもその牙を容赦なく突き立てる。 結果、トリスタニアという街そのものが巨大な共用サウナへと変貌していた。 大勢の人が集まる場所というものは、良い事も悪い事も同時に生まれてくるのだ。 人々は熱気漂う街の中で、もうすぐ厳しい夏がやってくるのだと改めて実感した。 だからだろうか、まだお昼にもなってない時間帯の中、街の各所に設けられた噴水広場や井戸に大勢の人々が足を運んでいた。 ある者は自宅の桶や空き瓶を持ってきて井戸の水を汲み、またある者は豪快に頭から水を被って涼しんでいる。 広大な土地と未開の森を開拓し、偉大なる文明を広げていった人々の象徴たる人口のオアシスは、今まさにその役割を全うしていた。 しかし、彼らは知らないだろう。 自分たちのすぐ傍に、『貴族とその従者』だけが快適に涼める『店』があるという事を… そして、その場所には異世界から来た二人の少女と彼女たちを呼び寄せてしまったメイジがいるという事も。 ◆ 「外は暑いわね」 目にもとまらぬ速さで脳裏を過った言葉を、霊夢はポツリと呟いた。 「あぁ。暑いな。確実に」 それに答えろ。とは言わなかったが律儀にも魔理沙は答える。 まるで心の底から゛暑い゛という存在にうんざりしているかのような口調で二人は゛暑い゛をという言葉を口から出したが、その割には涼しそうな表情を浮かべている。 それどころか、平民や年金暮らしの下級貴族達が座った事の無いような高級ソファーに腰を下ろしていた。 もしもここが熱気あふれる大通りなら、このソファーは座った者の尻を蒸し焼きにする拷問゛器具゛ならぬ拷問゛家具゛に変わっていただろう。 しかし、そんなソファーにゆったりと腰を下ろしている二人とその顔を見れば、ここが外よりも気温がずっと低いという事を文字通り゛肌゛で実感できる。 この部屋には今゛風゛と゛水゛の魔法で作られたマジック・アイテムによって、寒くならない程度の冷気が天井を中心にして部屋中に漂っている。 そのマジック・アイテムは一度起動させると周りの空気を冷たくするのだが範囲こそ小さく扱いも難しいうえ、オマケに一個当たりの値段もそこそこ高い。 使えれば便利なのだがその反面、使いこなせなければ正に『宝の持ち腐れ』と言える代物だ。 しかし、ある程度腕の立つメイジがいればコントロールは意外と容易で、王宮や魔法学院などの一部施設では夏に欠かせぬマジック・アイテムとして使用されている。 今ルイズたちが訪れた店もそんな場所の一つであり、二人は天井からの冷気にありがたさを感じていた。 「…それにしても、涼しい部屋ってのは良いものだな」 「まぁ、外が結構暑くなってるから尚更よね」 魔理沙とそんな会話をしながらも、霊夢は人々が行き交う通りを窓越しに見つめている。 そこから見える人々は四方から襲う熱気に汗を流しつつ、忙しそうに通りを歩く。 時折他人同士が肩をぶつけてもどちらかが謝る事は無く何事もなかったかのように歩き去っていく。 暑いのにも関わらず外で露天商が声を張り上げているのか、窓を伝わって通りの喧騒がボソボソと聞こえてくる。 ゛幻想的゛な幻想郷の人里では見れそうにない゛近代的゛なブルドンネ街の通りは、゛幻想的゛住人である二人にとっては目新しいものだった。 「しかしアレだな、こんな涼しい所にいるとホント外が暑そうに見えるんだな」 魔理沙の言葉に霊夢はただ頷きながら、ルイズがこの『店』を選んだことには感心していた。 ※ 二人が今いる場所、それはブルドンネ街の通りに店を構える所謂『貴族専用家具専門店』と呼ばれる店の中にある休憩室であった。 以前タバサが持ってきたハシバミ茶が原因でティーポットを捨てることになったルイズは新しいのを買うために、霊夢と魔理沙を伴ってここを訪れたのである。 「今日は折角の休日だし、街へ行ってこの前捨てたティーポットを買い替えに行くわよ」 朝食が終わった後、ルイズはそう言って部屋で寛いでいた霊夢達を指差した。 突然の事に二人は目を丸くしたが、デルフは思い出したかのように刀身をカタカタと音を立てて震わせた始めた。 『へへ、そういえばこの前レイムの奴が実験して使い物にならなくなっ…―――』 ガチャッ! カタカタと刀身を震わせながらこの前の「ハプニング」を語ろうとしたデルフは、霊夢の手によって無理やり鞘に納められて黙らされた。 「あんた、私のこと馬鹿にしてるんなら次は砕いてやるからね?」 霊夢の言葉に対し何か言いたげそうに刀身を震わせるが、以前ルイズがしたようにその場にあった縄でデルフをぐるぐるに縛り上げる。 そうするとただただ震える事しかできなくなったインテリジェンスソードを、クローゼットを開けて勢いよく中に放り込んだ。 そしてガタガタと大きく震えるデルフを中に入れたままクローゼットをパタンと閉めたところで、霊夢はフゥーと一息ついた。 あのハシバミ茶の騒動からちょうど一週間…。 デルフが思い出したかのようにあの時の事を蒸し返そうとするたびに霊夢に縛られ、クローゼットに閉じ込められていた。 大体一日に平均二回くらいは二時間ほど閉じ込められ、デルフもそれ自体を楽しんでいる様な感じがあった。 こちらに背を向けて一息ついている霊夢を見つめていた魔理沙は、ふとルイズに声を掛けられた。 「マリサ、アンタは今日どうなのよ?」 「う~ん、そうだな~…特にこれといってしたいって事はないしなぁ…まあ、今日はお前に付き合う事にするぜ」 そう言って魔理沙はルイズのとの外出をすんなりと了承したのだが霊夢は… 「今日は一段と増して暑いから遠慮しておくわ」と言ってそっけなく断った。 いつもならここで「じゃあデルフと一緒に留守番よろしくね」と言ってルイズは魔理沙と一緒に部屋を出るのだが…その日は違った。 何故かルイズがしつこく食い下がり「お日様に当たらないと頭からモヤシが生えてくるわよ」とか変な脅しを霊夢に掛けたのである。 いつもとは違うパターンに目を丸くしつつも「それなら全部引っこ抜いてモヤシ炒めにして食べるわ」と霊夢はクールに返した。 しかし、それでも餌に食いついた魚のようにしつこく「一緒に来なさい」と言い寄ってくるルイズに、霊夢は怪訝な表情を浮かべながらもついに降参した。 「あ~…もぉ、うっさいわね~!じゃあ行けばいいんでしょう行けば?」 元からルイズと言い争うつもりは無いし、その日は何をするかまだ決めてもいなかった。 「全く!行くって言うのなら最初からそう言いなさいよね!余計な時間をくっちゃったじゃないの」 ルイズは不機嫌そうに言って出かける準備を始めたので、他の二人も準備を始める。 といってもルイズとは違い霊夢は単に身なりを整え、魔理沙は箒を持つだけなので大した事はしていない。 (一体今日はどうしたっていうのよ。こんなにも暑いから頭がどうかしちゃったのかしら) 霊夢はいつもと何処か違うルイズに対して心の中でそんな事を思いつつ身なりを整え終わると鞄を開けた。 そして着替えであるいつもの巫女服と寝間着と一緒に入れられているお札と針が入った小さな包みを一つ手に取ると、それを懐に入れた。 最後にパンパンと懐をたたいた後、同じく鞄の中にしまっていたスペルカードを三枚ほど手に取った。 ここへ来てから殆ど使っていないスペルカードを見て、霊夢は何処か懐かしさを感じた。 どうせ街に行くだけなんだけどね…。心の中で呟きつつももしもの事を考えて、お札や針と同じように懐へとしまった。 ※ その後、魔理沙の提案でシエスタも連れて行こうという事になったが(彼女曰く「この前、クローゼットから助けてくれたお礼」)生憎彼女の方も街へ行っていて不在だった。 まぁシエスタの件はまた今度という事で三人もそれぞれ別の方法(ルイズは馬で魔理沙は箒、そして霊夢は空を飛んだ)で街をへ向かい、そしてこの店へと足を運んだのである。 店に入ったルイズはそのまま奥へと通され、魔理沙と霊夢は従者として扱われこの休憩室で待っていた。 きっと今頃、ルイズは店の奥でカタログと展示品相手に睨めっこをしつつ、自分の部屋に迎え入れるティーセットを探しているところだろう。 しかし何故霊夢と魔理沙はルイズと別行動なのかと言うと、それにはワケがあった。 ■ それは今から三十分も前の事…。 店に入った時、従者は休憩室で待つのが当店の規則です。と店の人間に言われたからである。 確かに一部の゛貴族専用の店゛ではそのような原則があり、基本平民である従者は別室で待機するのが定めであった。 ルイズと違いトリステインの暑さに慣れていない二人は体が少し疲れていたこともあり、その言葉に従っておとなしく待つことにした。 来店する貴族の従者が待機するこの部屋には来客用のソファーが二つ、部屋の真ん中に置かれている長方形のテーブルを挟むようにして設置されている。 そして部屋の出入り口から見て右のソファーには魔理沙が、左のソファーには霊夢が座っていた。 この部屋にはそれ以外の家具は無く、閉まっている窓の近くに置かれている観葉植物がその存在を主張している。 その観葉植物というのが実に不気味であり、土の入った大きな植木鉢から斑点がついた大きくて長い葉っぱが五、六本飛び出しているという代物だ。 植物というよりかは、まるで突然変異で巨大化してしまった雑草のような観葉植物であった。 紅魔館で観葉植物などを見せてもらった事がある二人であったが、少なくともこんな不気味なモノは置いていなかった。 「何かしらこれ?気味悪いわね」 「これは…アレだな?多分秘薬を作るための薬草だろ」 初めてこんな観葉植物を見た二人は、一体何なのかと不思議に思った。 そんな時丁度良く気を利かせて飲み物を持ってきてくれた店の人間に、魔理沙があれは何かと聞いてみたところ… 「あれは、サンセベリアです」 「サンセベリア?」 「え、何?山菜?」 「サンセベリア。ハルケギニア南方の乾燥地帯に生えている植物で、夏の訪れと共にこの部屋に飾るんです」 難聴かと疑ってしまうかのような霊夢の聞き間違いを訂正しつつ、眼鏡を掛けた店の人間はそう教えてくれた。 そして説明を終えた彼が部屋を後にしてから三十分が経ち、今に至る―――― ■ (何がサンセベリアよ、あんな葉っぱだけの気味悪い植物よりヒマワリとか植えなさいよね) 霊夢は心の中で観葉植物に毒づきながら、先程給士が持ってきたアイスレモンティーを一口飲む。 紅茶の香りよりも少し強いレモンの味がツ~ンと口内に広がり、それに慣れていないのか霊夢は僅かに顔をしかめる。 (何よコレ?レモンの味が強すぎてお茶になってないような気がするんだけど) まるでジュースみたいね。霊夢が心の中でそう呟いている時、魔理沙は同じく給士が持ってきたアイスミルクティーをグビグビと飲んでいる。 それこそ文字通り。まるで仕事帰りの一杯みたいに薄茶色の液体を飲み干す姿からは、とても゛高貴な貴族の従者゛とは思えない。 まぁ実際には二人ともルイズの従者ではないので、別にそういう風に振る舞わなくてもいいのだろう。 「ふぅ~…まぁなんだ、こんな所で飲むのも中々良いじゃないか」 アイスミルクティーを飲み干した魔理沙は開口一番そう言って、グデ~ンとソファーにもたれかかる。 今この部屋には二人以外誰もおらず、いたとしてもこの国で名高いヴァリエール家の従者には何も言いはしない。 それに、魔理沙自身がそういった作法の世界とは無縁な生き方をしているので誰かがどうこう言ってきても気にしないだろう。 相変わらず何処にいてもくつろぐ奴だ。霊夢はソファーの感触を存分に楽しんでいる黒白を見て改めてそう感じた。 一方の霊夢はというと、しっかりと姿勢を正してソファーに座っており、育ちの良さが伺える。 しかし外見が不幸にも、このハルケギニアではあまりにも奇抜過ぎた。 もしも彼女が淑女的な人物であっても、何も知らない者たちが見れば道化師か何かだと勘違いされるだろう。 顔を顰めたままの霊夢が半分ほど減ったアイスレモンティーの入ったコップをテーブルに置いたとき、唐突に魔理沙が話しかけてきた。 「そういえばさぁ、さっきからずっと気になってたんだが…」 「何よ?」 「この部屋が涼しいのって、絶対あの水晶玉のおかげだよな」 魔理沙の口から出た゛水晶玉゛という言葉に霊夢は「あぁ、そういえば」と頷いて、天井を仰ぎ見る。 少し白が強い肌色の天井に取り付けられた頑丈そうなロープに吊り下げられた大きな籠があり、その中には青い水晶玉が入っていた。 平均的な成人男性の頭部と同じ大きさを持つその水晶玉こそ、前述したマジックアイテムであった。 最も、魔理沙がいま気づいたのに対して、霊夢は部屋に入ってすぐにそれが何なのかある程度わかってはいたが。 強すぎずまた弱すぎもしない冷気は微かな魔力と共にそこから放出され、下にいる二人の体を寒くない程度に冷やしている。 ついさっきまで暑い外にいた事と、店の者が持ってきてくれたドリンクのおかげで少女たちは極楽気分を味わっていた。 このまま何もしていなければルイズが戻ってくるまで、この小さな空間にできた楽園で涼むことができるであろう。 ただ。霊夢とは違い、魔法使いである魔理沙はどうしてもあのマジック・アイテムが気になってしょうがなかった。 「…あの水晶玉、なんか気になるな。っていうかあれは私に調べてくださいって言ってるようなもんだな」 ソファーで寛いでいた魔理沙はまるで当然のことだと言わんばかりの言葉を呟くと立ち上がり、軽く背伸びの運動をした。 今行っている背伸びの運動を終えた黒白が何をするのかする前に気づいた霊夢は、目を細める。 「言うだけ無駄なんでしょうけど。まぁ程々にしときなさいよね」 嫌悪感が含まれた霊夢の忠告に魔理沙は白い歯を見せて笑うと体操を終え、自身が履いている靴へと手を伸ばす。 霊夢の履いている茶色のローファーと比べ泥土の汚れが目立つ黒のブーツを、魔理沙はいそいそと紐をほどいて脱ぎ捨てる。 持ち主の足から離れたそれは脱いだ持ち主の手によってソファーの傍に置かれる。 「好奇心に勝るモノ無しってヤツだぜ」 魔理沙は自信満々にそう言って、今度は白い靴下をはいた足でテーブルの上に乗った。 マジックアイテムに不調が起こった際の為かテーブルの上に乗って爪先立ちをすると、天井から吊り下げられている籠を手に取れるのだ。 そして不幸(無論店にとって)にも魔理沙はそれに気づき、今まさにそれを実行しようとしていた。 厳選された素材で作られたトリステイン製のテーブルに飛び乗ったという少女は、きっと魔理沙が初めてであろう。 今の光景を店内でティーポットを探しているルイズと店の人間が見れば、目をひん剥いて気絶すること間違い無しだ。 その後…怒り狂ったルイズが怒りの表情を浮かべて杖と乗馬用の鞭を武器にして、魔理沙を追い駆けまわす姿も容易に想像できる。 今この場にルイズがいない事を、魔理沙は有難く思うべきだろう。 「さてと、まずは…」 何処から調べようかと、いざ手を伸ばした…その時であった。 突如、二人の耳に「カチャリ」という金属めいた音が飛び込んでくる。 その音に気づいてふと手を止めた魔理沙は、その音の正体が何なのかわからぬまま――軽く後ろへ跳んだ。 まるで足元に迫ってきた長縄を避けるかのように跳ぶと同時に後ろに重心をかけ、背後のソファーへとその身を沈める。 時間にして僅か二秒という早業をしてのけたものの、それを成した魔理沙本人はどうしてこんな事をしたのかと疑問を感じた。 しかしその疑問は、「カチャリ」というドアノブを捻る音と共に部屋へと入ってきた少女の姿を見て、自己解決した。 「待たせたわね。買う物は買ったし、ここを出るわよ」 ドアを開けた者――ルイズは部屋に入ってきた開口一番にそう言った。 それに対し二人はすぐに頷いた。何事もなかったかのように。 「?…何で靴なんか脱いでるのよ?」 「足の中が汗で蒸れてたから冷やしてたんだ」 そんな二人のやり取りを横目に、霊夢は呆れたと言わんばかりにため息をついた。 ◆ 時刻は間もなく、午前十一時に迫ろうとしていた頃。 トリスタニアの気温は朝と比べて少しだけ上がっていた。 肌で感じれば少し暑くなったと思う程度であったが、街の大通りなど人気の多いところはかなり暑くなっている。 しかし、それと同時に気休め程度に吹いていた風の勢いが強まり、自然からの涼しい祝福を肌で実感できるようになった。 外の暑さに慣れたのか、露天商で働く者たちは自前の樽に入れた水を飲みながらも、精一杯声を張り上げて客を呼び寄せようとしている。 屋内にいる者たちは窓や扉を開放して風を入れ、室内に溜まった熱気を追い出そうとしていた。 街の外れにある工房や石切り場などで働いている者たちは街よりも風の恩恵を受けて、皆口々に感謝の言葉を呟いていた。 そして街が活気に包まれる中、それとは全く無縁の場所が街の郊外にある旧市街地であった。 一部では゛幽霊の住処゛と呼ばれる程になったそこからは、人の気配が殆ど感じられない。 職や財産を失った浮浪者たちは、汚れてはいるが地上よりかは幾らか涼しい地下水道へと退避していた。 例え地上で野垂れ死にしたとしても、寄ってくるのは人の味を知った犬猫やカラスだけであろう。 そんな場所に…゛かつて゛は教会として使われた廃墟が、他の廃墟と肩を並べるかのように建てられていた。 かつては始祖ブリミルを崇める聖なる場所として、この街に住む人々に祝福を与えていた。 しかし今は、罅割れた外壁から這い出てくるかのように生えてきた蔦によって見るも無残な廃墟へと姿を変えている。 この教会にいた聖職者たちは、もう十年近くも前に建てられた新しい教会に移り住み、誰一人この教会だった建物を訪れることは無い。 その外観の気味悪さから浮浪者たちは他の建物を選び、教会は荒れるに荒れていた。 しかし今日は始祖の思し召しか、一人の青年がこの廃墟を訪れていた。 彼の白い肌とブロンドヘアーは燦々と輝く太陽に照らされて、まるで芸術品のように美しく見える。 ここが祈りの場として使われていた頃は大きな鐘が吊るされていた鐘塔に上った彼は、望遠鏡を使ってブルドンネ街の様子をのぞいていた。 その姿には、まるで御伽話に出てくる王子様が結婚相手を街の中から探しているかのような、魅力的な雰囲気が漂っている。 確かにその例えは間違っていない。青年は今その手に持つ望遠鏡で三人の少女達を見つめているのだから。 一人は御伽話に出てきそうな魔法使いのような姿をしており、頭に被っている黒いトンガリ帽子は若干だが周囲の人々から浮いている。 黒と白のドレスとエプロンは迫り来る夏季を考えてか、その外見とは反対で涼しそうだと青年は思った。 その右手には箒を握っており、もう少し老ければ無数のカラスと蟲たちを手足の様に操れる魔女になるかもしれない。 もう一人はトリステイン魔法学院の制服と黒マントを身に着け、一目で貴族のタマゴとわかる。 気高きプライドが見え隠れする鳶色の瞳には、周囲から襲い来る熱気にうんざりしたと言いたげな色が浮かんでいる。 彼女の髪の色は誰よりも目立つピンクのブロンドヘアーで、見る者が見れば彼女の体内にある血統の正体を知って頭を下げるであろう。 最後の一人はハルケギニアには珍しい黒髪であったが…それよりも彼女が身に着けている紅白の服は、あまりにも奇抜であった。 白い袖は服と別離しており、望遠鏡越しにもスベスベだとわかる腕と綺麗な腋をこれでもかと言わんばかりに周囲に晒している。 普通の女子なら赤面になるだろうが、黒髪の少女はもう慣れっこなのか平然とした表情を浮かべた顔と赤みがかった黒い瞳で空を見つめていた。 頭に着けている大きな赤色のリボンと共に、もはや゛周囲とは違う゛という次元を跳躍し他の誰よりも目立っていた。 もはや奇跡としか言えない変わった容姿の三人を望遠鏡越しに覗きながら、青年はその内の一人に狙いを定める。 それは、最初に望遠鏡にその姿を捉えた黒白の少女――ルイズたちと一緒に店から出てきた魔理沙であった。 「へぇ~…あれが彼女の言ってた゛トンガリ帽子゛の子か」 青年―ジュリオはひとり呟いて、望遠鏡をうっかりして落とさないようにその手に力を込める。 折角この眼で見る事の出来た゛イレギュラー゛を『望遠鏡を手落とした』という有り得ないミスで見逃すという事は、今の彼にとっては一番つらい事であった。 しかもようやく見つける事の出来た゛盾゛と数年前から目をつけていた゛トリステインの担い手゛と一緒にいるのだ。これほど貴重な瞬間は滅多に無いであろう。 「彼女を監視ついでに学院で働かせたのは成功だったね。でなきゃこんなの拝めることは無かったよホント」 ジュリオは望遠鏡越しにルイズたちを見ながら、自分の部下兼フレンドである女性の事を思い浮かべた。 彼女には学院にいる゛トリステインの担い手゛であるルイズと゛盾゛の霊夢を監視するために、学院で給士として働かせている。 トリスタニアから片道三時間もかかる場所に建てられた学院である為、誰かをその学院へ送るのが最も最適な方法であった。 給士程度なら役所で渡された書類一枚を見せれば即時採用されるので潜り込ませるのは非常に容易だった。 そして今朝…。 彼女から届いた手紙のおかげでで゛トリステインの担い手゛と゛盾゛に…新しく部屋の住人となった゛トンガリ帽子゛の三人が街へ来るという事を彼は知った。 その時宿泊しているホテルのテラスでアイスティーを嗜んでいた彼は、口に含んだアイスティーを吹きかけた程驚いたのは記憶に新しい。 一歩手前でなんとか飲み込んだ後、彼は冷静さをすぐに取り戻して手紙に書かれた文字を一字一句丁寧に読み始めた。 手紙には新しいティーポットを買いに行くという事とそれを買う店の場所…そして監視に最適な場所まで丁寧に書いてくれていた。 ジュリオは彼女の徹底した仕事ぶりに、心底感心した。 その後、部屋に置いていた監視用の望遠鏡を片手にホテルを出て旧市街地へ急いで向かい、今に至る。 「なるほど…見れば見るほど、御伽話とかで出てきそうなメイジだな」 望遠鏡越しにルイズと何やら話をしている魔理沙を覗きながら、ジュリオは幾つのか疑問を覚えた。 服はまだ良いのだが、頭にかぶっている黒のトンガリ帽子はいささか流行の波に乗り遅れているなと感じた。 丁度今から二十年前くらいにあれと同じようなタイプの帽子が流行ったと聞くが、今となってはあんな帽子を被るのは゛当時゛20代や10代だった者たちが主である。 無論今でもトンガリ帽子を愛する貴族はいるが、最新の流行ファッションがすぐにカタログに載せられるこの時代では少数である。 今望遠鏡で覗いている黒白の彼女ぐらいの年齢の子なら、流行ファッションには非常に敏感だ。 そんな子供が時代遅れとも言えるようで言えない曖昧な帽子を被るものだろうか。 何かしら理由があるのかもしれないが、自分が彼女ならあんなに大きい帽子じゃなくて、もっと小さいものを選ぶだろう。 ジュリオは心の中で思いながら、乾き始めた上唇をペロリと舐める。 それが一つ目の疑問である「トンガリ帽子」。そして二つ目の疑問は「右手に持つ箒」であった。 トリステイン魔法学院にいる彼女からの情報では、有り得ないことにあの箒を使って空を飛んだのだという。 『箒を使って空を飛ぶ』 その発想は、元は軍が幻獣をまともに扱えない下級メイジ達に飛行能力を与えるという思想から生まれた。 それはハルケギニア大陸の各国に広まり、記録を辿れば今から五十年も前の事にもなる。 しかしいざ実際に乗ってみると、箒に掛ける魔力の調整や箒であるが故の耐久性の低さがまず最初に目立った。 ガリアなどでは専用の箒を開発したとも聞くが、同時期に行われた軍用キメラの開発に予算を取られてお蔵入りになったのだという。 結局、各国ともに「程度の低いメイジは馬で十分」という昔ながらの考えに落ち着き、計画は失敗のまま終了した。 そして現在、今ではそんな事があったという事実を知る者も極めて少ない。 もしも彼女が゛この世界゛の人間であるならば、それに乗るどころかそんな事実すら知らないであろう。 今では『箒に乗って空を飛ぶメイジ』という存在は、絵本や小説といった空想の存在になってしまっているのだから。 (――しかし、彼女が゛盾゛とおなじ゛場所゛から来たというのなら…話は変わるけどね) ジュリオが心の中でそう呟いた瞬間、予想だにしていなかったアクシデントが彼の゛背後゛で発生した。 「あらあら、朝からやけにご執心ですこと」 そのアクシデントは、まずは声となって彼に囁いてきた。 声からして女性であるが、その声はジュリオが初めて耳にしたほど綺麗なものであった。 まるで風の女神の歌声の様に、澄んだ声である。 彼がそう思うほどその声は美しく、そして怖ろしいとも感じた。 望遠鏡を覗いていたジュリオは、最初はその声を単なる゛気のせい゛で片付けようとした。 きっと風の女神が明るいうちから覗き見をしている僕をからかっているのだ―――と。 しかし――本当にその声が゛気のせい゛ではなく自分の背後に誰かががいるのなら――――…そいつは、人間゛じゃない゛。 それは比喩ではなく文字通りの意味で、人間の常識では決してその存在を証明できない゛何か゛だ。 彼はその道の人間ではないが、望遠鏡を覗いている間は自分が無防備になるという事は自覚していた。 トリスタニアはそれなりに治安は整っているがここは旧市街地である。浮浪者のほかにも犯罪者やそれと同等の者たちの居場所でもある。 こんな真昼間に襲ってくるという事は無いであろうが、可能性は決してゼロではない。 肝試し気分で夜中にここへ足を運んだ若者たちが何十人も行方不明にもなっているという噂もあるほどだ。 それを知っているうえで、ジュリオはこの教会を選んだ。 ここら辺は日中の間、人気が無いので誰かに見られる心配もない。 それに、彼が今いる場所はある意味もっとも安全な所なのだ。 鐘を打ち鳴らす為に作られたこの鐘塔の出入り口はただ一つ、床に設置された扉だけだ。 扉を開けると下の教会へと続く古めかしい鉄梯子があり、それ以外の出入り口は全くもって見当たらない。 それに蝶番が丁度良く錆びており、扉を開け閉めする際には物凄い音を鳴らす。 つまりは、誰かが来ればドアの開く音でわかるしそれを聞き逃すほど彼の耳は悪くない。 しかし、先程の声が聞こえる直前――ドアを開くような音は一切しなかった。 まるで最初から、ずっとこの場所にいたかのように。 つまりこの声の主は―――人間ではないのだ、文字通りの意味で。 「………」 突然の声にジュリオは何も言わずに望遠鏡を下ろし、慎重に身構えてから後ろを振り返った。 その顔には、先程夢中になっていた楽しみを奪われた子供が浮かべるような、幼い嫌悪の色を浮かべて。 しかし、彼の背後には女の声を発したであろう存在と思しきモノは、どこにもいない。 ただ自分の視界に映るのは、夏色に染まりつつあるこの国を綺麗に見せる青い空と白い雲だけ。 ジュリオは無意識に目をキョロキョロと忙しなく動かして辺りを伺うが、声の主らしきモノは何処にもいない。 念のため手すりから少し身を乗り出して外の様子も見るが、そこから見えるのはかつて最大の栄華を持っていた廃墟群だけで何もいない。 やはり、ただの気のせいだったのか?――と、ジュリオがそう思った時…。 「でも…遠くから覗き見をするくらいなら、あの娘たちにもっと近づいてみなさいな」 今度は、背後ではなく耳元であの声が囁いてきた。 瞬間、ジュリオは目を細ると勢いよく振り返り、それと同時に持っていた望遠鏡も勢いよく振りかぶる。 まるで角材の様に扱われた望遠鏡はしかし、背後にいたでろあろう存在を叩くことはできなかった。 手ごたえは無く、ただブォン!と空気を勢いよく薙ぎ払う音だけがジュリオの耳に入ってくるだけであった。 咄嗟に繰り出したカウンターが、単なる空振りで終わったことに、彼は悔しさを感じる事は無かった。 「幻聴…じゃないだろうね。絶対に」 ジュリオの呟きに応えるかのように一瞬だけ風の勢いが強まり、彼の髪を撫でつける。 先程の声や望遠鏡を振るった時のそれとは違う、くぐもった風の音が耳に入ってくる。 「風が強くなってきたな…」ジュリオはそう言ってその場でしゃがみ込み、床の扉をゆっくりと開けた。 錆びついた蝶番の音は、まるで死にかけた老婆の悲鳴のようで、先程聞いた声と比べれば余りにも醜悪であった。 扉を開けた先には梯子があり、それを下りていけば廃墟と化した教会の中へと続いている。 教会の中は薄暗く、昼間だというのに不気味な雰囲気を醸し出している。 扉を開けたジュリオは眼下に見える教会の床を凝視しながらも、梯子に手を掛けようとはしない。 それから三十秒が経った後…ふと彼は後ろを振り返り、口を開いた。 「アンタが誰だったのかわからないけど…。まぁ、良い話のタネとアドバイスをくれたことに感謝しておくよ。何処かの誰かさん」 これは置いといてあげるよ。彼は最後にそう言って、右手に持っていた望遠鏡をその場に置いてから梯子を降りて行った。 今の彼にはもう望遠鏡は必要なかった。高いものではあるが必要になればその都度買いなおせば良い。 彼はもう、遠くから彼女たちを監視しようとは考えていなかった。 気づかれない程度に傍へ寄り、近いうちに彼らと接触してみよう―――と。 だが゛上の連中゛はその提案に対して慎重論を掲げてくるであろう。『今はまだ監視に徹する時だ』という少し芝居が入った言葉と共に。 無論、ジュリオもその事は不服ではあるが重々承知していた。 相手がもし゛普通の人間゛なら、監視を十分に行い接触するべきに値する存在かどうか見極める必要がある。 しかし…今回の相手はそれが通用しない――彼は無意識のうちにそう思った。 根拠らしい根拠は見当たらないが、彼の脳裏に不思議とそんな考えが浮かんできたのである。 ただ遠い安全圏から覗くだけでは彼女達の事を詳しく知ることなどできない。 むしろ、距離を置けば置くほど彼らの姿は遠くなりいつの日か見えなくなるのではないか? ならばいっそのこと、近づけるところまで近づいてみた方が、ずっと有益なのではないだろうか? それが正しい事なのかどうかはわからないが、ジュリオはこれが一番の最善策だと心の中で信じた。 梯子を降り、浮浪者たちに荒らされた薄暗い教会の中を歩く彼はその顔に、好奇心が含まれた笑顔が浮かべていた。 それは人が持つ感情の中では最も罪なモノであり、そして人を更なる存在へと昇華させる偉大なモノである。 「好奇心は人を滅ぼすっていう言葉があるけど…好奇心が無い人間なんて只々つまらないだけですわ」 先程までジュリオがいた鐘塔の屋根の上に佇む、人ならざるモノ――八雲紫は呟く。 その手に彼が置いて行った望遠鏡を持って昼時の喧騒で賑わうブルドンネ街を、ひとり静かに見つめながら。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん トリステイン魔法学院の警備を務めている学院衛士隊には幾つかのグループが存在する。 夜間や授業中の時間帯に学院内の警備をするグループと宝物庫などを見張る精鋭グループ。 そして外部からの侵入者を見つけるために学院の出入り口や城壁の上で一日を過ごすグループ。 これらを全て合わせれば約七十人程の規模を持つ学院衛士隊の者達ではあるが、これらを大きく二つに分ける事が出来る。 それは、「朝から夜まで働く者達」と「夜から朝まで働く者達」だ。 魔法学院の一角には、小さな宿と同じ大きさ程度の二階建ての宿舎が二つ存在する。 一つはコックや給士たちが寝泊まりするための場所で、食堂の近くに建てられている。 そして二つめは学院の警備をする衛士の宿泊施設であり、夜中になっても未だに一階の明かりがついていた。 一階には待合室や食堂、不審者を入れる為の牢屋などがあり、そこにいは何十人もの衛士達がいる。 仲間同士酒を呑んだり自分たちの持ち金を賭けて博打をしたりと、夜の時間を満喫している。 彼らは皆夜間の仕事につく者達であり、既に昼夜逆転生活が身体に染みこんでいた。 一方、明かりのついていない二階には衛士達が寝る為の部屋がある。 そこでは明日の朝早くからの仕事に備えて何人かの衛士達が寝息をたてていた。 ◆ 「おーい、お楽しみ中悪いがそろそろ交代の時間だぞー!」 ポーカーや酒を飲んでいた数人の衛士達の耳に、そんな言葉が入ってきた。 何人かがそちらの方へ目をやり、声の主が自分たちと同じ場所で寝泊まりしている同僚のものだと知って微笑む。 「もうそんな時間か…おいお前ら!交代の時間だ!さっさと準備しろよ」 隊長と思われる身体の大きい衛士は手に持っていた酒瓶をテーブルに置くと壁に立てかけていた槍を手に取りつつ大声で叫んだ。 それを聞いて他の隊員達も手に持っていた酒瓶やトランプカードを手近な場所へ置き、それぞれの獲物を持ち始める。 何人かは怠いだの面倒くさいだの、と愚痴を漏らすがそれでもテキパキと動いて外へ出る支度を済ませた。 「じゃ、まだ向こうにいる連中に返ってくるよう伝えといてくれよ!」 「わかってるって!」 そんな会話一言二言交えた後、宿舎にいた衛士達は皆武器を持ってそれぞれの仕事場へと行った。 後に残ったのは交代を伝えに来た衛士一人と、それ以外では二階で寝ている仲間達だけである。 二階で寝ている同僚達は朝の仕事があるから起きないので、実質この宿舎には警備の衛士が一人しかいない。 男は一人取り残されたような気分を味わいつつも、何か酒と美味しいつまみは無いかと辺りを見回した。 周りにあるテーブルの上には、同僚達が食い散らかしたチーズや白パン、ワインの空き瓶などが散乱している。 ここが給士やコック達の宿舎ならば散らかした者は大目玉を食らっているが、ここは衛士達の宿舎。 家事を知らぬ男達で溢れたこの建物では、何年も前から見慣れた光景と化していた。 衛士は空き瓶はあれど、手を付けていないワインが無いことに苛立って舌打ちをしてしまう。 そんな時、数日前ぐらいに給士達が差し入れにと持ってきてくれたワインの入った樽を思い出した。 「くっそ…あるとしたら裏口だな…」 男は一人呟きつつもテーブルに置かれていたコップを手に取り、裏口の方へと向かった。 裏口には衛士の言ったとおり、大の大人一人分ほどの大きさの樽が置かれていた。 樽のラベルには【タルブで作られた最高の赤ワイン】という文字が書かれている。 そのラベルの真下には小さなマジックアイテムが貼り付けられており、冷たくて白い霧が放出している。 これは戦争の際、将校や兵士達の食料や飲料水、ワインを保管する容器や袋の温度を保つ為に製作されたものだ。 簡単な魔法が扱えるメイジだけでもこのマジックアイテムを起動させる事ができ、大変便利な物である。 これと似たような物で少し広い空間を冷やすというマジックアイテムがあるが、性能を比べるとユニコーンとボルボックス程の違いがある。 それ程の高級品がこのような場所で見れるという事は即ち、この魔法学院がどれほど名高い所なのかを証明している。 「おっほ!あったあった!!」 衛士は飛び上がらんばかりに喜ぶとそさくさとワインの入った樽へと近寄る。 そしてコップを足下に置くと樽の上についた取っ手を手に持ち、勢いよく上へと引っ張った。 普段から鍛えられてい衛士の腕力によって子供一人を隠せる程の大きさを持つ樽の蓋が取れた。 衛士は手に持った蓋を裏向けにして地面においた後、再度コップを手に取り樽の中に入っている液体をくみ取る。 樽の中に入っていた赤ワインは宵闇の所為か、どす黒い色に見えたが衛士は気にもしない。 コップに入った赤ワインを見てゴクリと喉を鳴らし、衛士はそれを一気に口の中に入れ、飲み込んでいった。 「―――プッ…ハァ!!!…やっぱり仕事が終わった後の一杯ってのは、最高だなぁ!」 アルコールが一気に体内にまわったのか、衛士は頬を赤く染めながら嬉しそうに叫んだ。 やはり人間、苦労の末に飲めるお酒を相手には太刀打ちできないものだ。 だが彼は知らない。 仕事の後の一杯を、宿舎の屋根から見つめている黒い異形の姿に… 同時刻、トリスタニアの郊外の一地区――――― ゴーストタウンと化したこの地区には深い深い闇が辺りを包んでいる。 唯一の明かりといえば浮浪者達が作った焚き火だけであり、貧弱なものであった。 この地区に住んでいる者達は社会から見放された者達である。 彼らはここに長く住みすぎたせいか夜行性の動物と思えてしまうほど夜目が利くようになってしまった。 そうなってしまえばかえって明かりなどは視界を遮る障害物となり、暗いところを好んで歩くようになってしまう。 そしてそんな連中ほど、常人では聞くことの出来ない恐ろしい情報を知っているものだ…。 ◆ 「お恵みを…どうか。この目の見えぬ老いぼれに金貨の一枚でも…」 人が通りそうにないゴミが散乱した古びた路地裏の端で、一人の老人がボロボロのスープ皿を掲げてひとり呟いてる。 顔を隠すほどに生えた白い髯はボロ雑巾のように薄汚れており、漂ってくる臭いも普通ではない。 両目の色は言葉通り、病気か何かで失明してしまっているのか鈍い真鍮色となっている。 そんな生きているのか死んでいるのかもわからない老人が人気のない裏路地で一人寂しくスープ皿を掲げる。 普通の人間ならば近づくことはおろか、視線をそちらへ向けることすら躊躇うに違いない。 綺麗なところで育った人間は綺麗なところにしか行けず、仮初めの真実しか見る事が出来ないのだ。 「お恵みを…お恵みを…」 今夜もまた、誰も来ぬというのに老人は一人空しく皿を掲げるのであろうか? 否…今日に限ってその老人の前で、二人の美女と一人の男が立ち止まった。 3人とも同じフードを被っており、その顔を隠している。 最も、闇が深い今夜では被っていてもいなくても同じなのだがもしもの時に備えてのことだ。 3人の一番後ろにいた女性がツカツカと前に出てくると、懐から金貨を5、6枚取り出した。 「恵まれぬ老人よ、始祖に代わり申してこの私が祝福を授けましょう」 女性はそう言った後、老人が掲げるスープ皿の中に金貨を落とした。 チャリンチャリン、と景気の良い音を響きながら皿の中に入った金貨の音を聞き、老人の体は歓喜に震える。 「お、お、おぉ…何処の何方か存知はせぬが…あなた様は始祖よりも慈悲深い御方じゃ…」 ロマリアの神官や聖堂騎士が聞けば異教徒とわめき立てるであろう老人の言葉に、三人もある程度同意した。 清く正しく生きる者達が床をはいずり回って暮らし、逆に畜生の道を歩む者達が贅の限りを尽くして暮らしている。 前者の世界で暮らす者達はともかく、それよりも下の者達にとっては、神を崇めることに何の価値も見いだしてはいない。 唯一崇拝するものは、温かい服と食事とベッド――ただそれだけである。 「ならば老人よ、出来るのであらば私たちをある場所をへとご案内していただけないだろうか?」 フードを被った男性は、スープ皿から取り出した金貨を懐に入れている老人へ話し掛ける。 男の体はいかにも戦士という体格の持ち主で、コボルドを素手で殴り殺せそうな感じであった。 老人は男の言葉を聞いて体を一瞬だけ強ばらせたものの、落ち着いた口調でこう答えた。 「わたしは浮浪の身です…。今日の寝床さえまだ確保できておりませぬのに…」 その言葉に、今まで黙っていた二人目の女性が口を開いた。 「いいえ、貴方は知っている筈です。この世に忘れられた学者の居場所を…」 そこまで言った直後…ビュウッ!と強い風が吹き、三人の被っていたフードをはぎ取った。 フードの下に顔を隠していた三人の正体は…アニエスとミシェルであり、そして二人の上司である隊長であった。 ◆ トリステイン魔法学院の男子寮塔と女子寮塔には一つずつ事務室がある。 塔の一階に設けられたその部屋には学院で勤務する教師達が交代で部屋の中で寝泊まりをする。 二人の教師が部屋に入り、もしもの時に備えてここで待機しているのだ。 しかし部屋が一階に設けられている所為か、上階の部屋にいる生徒達が何をしているのかという事は全くわからない。 それでも、万が一の自体を想定しているためかこの部屋にはいつも教師が二人以上いた。 その日もまた、いつも通り二人の女性教師が部屋の中にいた。 最も、一人はベッドで横になって寝ておりもう一人は部屋の中で本を読んでいた。 部屋の明かりは仕事机の上に置かれたカンテラ一つだけであり、なんとも頼りない灯りであった。 「やれやれ…こうも暗い夜だと何かが出そうでイヤになるわね…」 読んでいた本を机の上に置き、ひとり呟きながら教師は窓から外の景色を見つめた。 彼女の言うとおり、月明かりがない所為か外はとても暗く、一メイル先の景色すら見えない。 その後、彼女は何日か前に読んだホラー小説の内容を思い出して身震いした。 「うぅ…こういう時に限って変な事が起こるのよね…」 冗談を交ぜつつそう呟いた瞬間、ふと手元から奇妙な音が聞こえてきた。 チリン…チリン… 鈴の音に聞こえるその音をに彼女は一瞬だけ体をビクリと震わせたが、 すぐにその音の正体が何なのかを思い出し、安堵の溜め息をついた。 それは仕事机の上に置かれた手のひら程のサイズしかない小さな小箱で、特に変わったところはない。 しかしこれでも立派なマジックアイテムの一つであり、センサーのようなものである。 使い方は簡単で、この小箱の中に入っているいる小さな緑色の玉を置いておきたい場所に置く。 それだけしていれば、玉を中心にかなりの広範囲で特殊な音波が出る。 その音波に何か人間ほどの物体が引っかかれば即座に小箱が反応して音を出す――といったものだ。 (もしかすると警備の人かしら?でも早すぎるような…) これまでもずっと人間にだけ反応していたマジックアイテムに、教師はふと疑問を抱いた。 一応生徒達の寮塔にも警備の衛士達が巡回するようになっている。 その時は事務室にいる担当の教師に一声掛けた後、教師を一人連れて塔の各階の廊下やトイレを見て回る。 しかし、警備に来る時間はいつも深夜の1時頃だというのに、時計を見てみるとまだ夜の10時もまわっていない。 おかしいなと思ったとき、ふと彼女は上の階で寝ている゛筈゛の生徒達を思い浮かべた。 (まさか、生徒が夜中に抜け出そうとしてるのかしら…) この魔法学院では基本、消灯時間後に部屋から出る事は禁止とされている。 しかしここの生徒達の中にはそんな規則知るもんかと言う風にこっそりと部屋を抜け出す者が多い。 大抵の生徒達はフライの魔法を駆使して部屋から出るのだが何割かの者達は律儀に塔の出入り口を使う者もいる。 当然事務室には教師達がいるのだが大抵は居眠りしているため生徒達に気づかないのだ。 そして今夜も又、教師達はとっくに寝てると思って誰かが堂々と一階へ下りてきたのであろう。 「もしそうだとするならば…ちょっとした大目玉を喰らわしてやらないとね…」 本来なら尊ぶべきである教師をバカにするような生徒達の行動に、彼女は怒りを露わにした。 席を立ち、テーブルに置いていたカンテラの持ち手を握り、ドアの方へと向かう。 まだ音が出始めて数十秒も経ってはいないので、最悪塔の出入り口で犯人の顔を拝むことは出来るはずだ。 規則に反する行為を行おうとした生徒の顔は一体どんなものかと想像しながら、彼女はドアを開けた。 驚いたことに、゛生徒と思われる゛黒い人間サイズの゛何かが゛ドアを背にして突っ立っている。 一瞬だけ目を丸くしたものの、すぐに目を細めてその陰に向かって大声をあげた。 「コラァ!!一体こんな真夜中に何処へ出歩こうと…」 そう叫びつつも彼女はカンテラを体の前に突きだした。瞬間――――― ギィエェエエエッエェェェェッェェェエエエエッエェェェッ ! ! ! ゛人間だと思っていた゛影は奇声を上げ、振り向き様に教師が突きだしていたカンテラを思いっきり叩き飛ばした。 ◆ 一方、ルイズの部屋―――――― ―――…エェェエエェェェ…! 「!?」 突如下の階から聞こえてきた人とは思えぬ奇声に、霊夢は勢いよく立ち上がった。 顔は真剣そのものであり、どう見ても寝ぼけているとは思えないような表情を浮かべている 先程まで睡魔に勝てずコクリコクリと頭が上下に動いていたのが嘘のようだ。 「予想はしてたけど、やっぱり人が一番迷惑するような時間帯に来るわよね。ホント」 自分の勘が的中したことと、これで明日は寝不足になること間違い無しという事に苛立ちを覚えつつ呟いた。 そして、先程の奇声が聞こえてから数秒後…小さいながらも今度は女性の悲鳴が聞こえてくる。 先程の奇声よりかは大分小さいものの、今の霊夢の耳にはその悲鳴がちゃんと聞こえていた。 霊夢は舌打ちをするとすぐさま壁に立てかけていた御幣を手に取り、次にテーブルに置いたお札を掴んだ。 次いで常に隠し持っている針もちゃんと数に余裕があるのかを確認した後、窓を開けて飛び立とうとした。 しかし、床を蹴っていざ窓の外へ飛び出そうとしたとき、霊夢の体がピクリと止まった。 誰かに見られている感じがする…――――。 ふと背後から誰かの視線を感じ、霊夢は咄嗟に後ろを振り返った。 霊夢の後ろにあるのは大きなベッド未だにグッスリと眠りこけているルイズと魔理沙がいる。 他には誰もおらず、部屋の中を暗闇が支配しているだけだ。 「気を張りすぎて勘違いでもしたのかしら…?」 霊夢は首を傾げつつそう呟いた後、今度こそ窓から身を乗り出してそのまま飛び上がった。 深い闇が鎮座する空中で霊夢は一体姿勢を整えた後、悲鳴が聞こえた場所へと一気に急降下していった。 霊夢がいなくなった後、部屋のドアから解錠するような音が聞こえてきた。 アンロックの魔法を掛けられたドアは音を立てつつもすんなり開き、そこにいた人物の姿が露わになる。 廊下に取り付けられた照明を背後から照らされたそのシルエットは、身長の低い少女であった。 右手には自分の身長よりも古めかしくて大きい杖を持っており、存在感をアピールしている。 しかしそれを見る者は誰もおらず、ルイズと魔理沙は部屋のドアを開けた無礼者の事など知らずに熟睡していた。 部屋のドアを開けた者は、霊夢が下へ降りていった事を確認した後、音を立てずにドアを閉めた。 ガチャリ、とドアの閉まる音が静かな部屋に響き、次いでひとりでに鍵が閉まった。 ドアを閉め、一人廊下に佇む少女はゆっくりと寮塔の出入り口へと歩き出した。 この階にいる生徒達は皆寝静まってしまったのか、それとも聞こえていなかったのか。 どちらかは知らないがその少女以外に、先程の奇声を聞いて廊下へと出ている者は一人としていない。 しかしそれは、今廊下をゆっくりとした歩調で歩く少女にとって好都合ともいえる。 何せこれから少女の行おうとしていることが他人に見られれば… ここに居ることはおろか、自身や親、身の回りの人の命すべてが危険に晒される可能性があるのだから 少女―――タバサは空いた手の人差し指でクイッと眼鏡を持ち上げる。 眼鏡越しに見えるその瞳の色はいつもの彼女が浮かべているような色をしてはいなかった。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん