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舞い踊る、白鳥の乙女達(中編) 一見すると、それはミサイルにしがみついた鳥というフォルムであった。 白鳥の“スヴェン”と隼型の“ファルケン”、百舌鳥型・“ビルガー”。 これが“Valkyrja”進化の最終形として私が考えついた、追加武装だッ! 三羽の鳥はレーザーで“天使達”を威嚇しつつ、各々の主へと寄り添う。 「“SSS”着装!“Valkyrja・Skjald-maer・Phase”へっ!!」 『な、何?晶ちゃんのお手製かな?……い、一度下がってっ』 「う、うんっ!何アレっ?!」 次の瞬間“SSS”は分解されて、姿を現したばかりの“Valkyrja”に 接続。伝承に伝わる“白鳥の乙女”をイメージした姿へと変貌させる。 その手には、棺桶風コンテナミサイルランチャーと剣、そして……槍。 音叉の様な形状の槍、と言えば神姫に詳しい諸兄には察しも付こうな。 先に動いたのは、その槍を振ったクララだった。穂先から、音が響く! 「逃がさないよ……“ミストルティン”、常若の力を殺いで!」 「うぁ……ぁあ!?な、何?ブースターの出力が、落ちる……?」 「って言うか、なんだかフラフラ……こ、このっ!」 「気をしっかり持ってっ!この音に惑わされちゃ、ダメッ!!」 「……足が止まった、今だよ」 ジャミングスレイヤー“ミストルティン”。第四弾・ジルダリアの槍を 参考に私が作った、音波攻撃武装である。音圧で攻撃するだけでなく、 元来の武装と同じく神姫の制御機能をジャミングする事が可能なのだ! 本家本元のジルダリアには若干劣るが、これでも妨害には有効である。 効果を見計らって、ロッテがミサイルランチャーを上下に割り開いた。 「“ギャッラルホルン”、彼女らの決定的な敗北を……えいっ!」 「うぅ……って何このミサイル!?このっ、って黒いッ!?」 「え、煙幕弾!だめ、離れないと視界がとれないよ?!」 「ティニア、そう言ってもさっきのがまだ……うーっ!?」 「突っ込んでも、大丈夫ですの。援護します!」 “ギャッラルホルン”と称されるミサイルコンテナには、ロッテ愛用の 煙幕弾が大量に搭載してあるのだ。黒い帳によりアーコロジーの天蓋は 闇に覆い尽くされ、その中途にいた“天使達”が暗黒に藻掻き始める。 重力設定の都合もある故、拡散には時間が掛かる。絶好のチャンスを、 アルマは見逃すことなく飛び込んでいく。雷を纏った刃を構えてなッ! 「“ノートゥング”の一撃、この状態でかわせますかっ!?」 「きゃ、あああぁぁぁぁあっ!?」 『ティニアッ!!?』 “ノートゥング”とは、とどのつまりスタン機能を備えたクレイモア。 だがシンプル故に色々と扱いやすく、打撃力も非常に高い逸品である。 上昇する出力を全て上乗せして、装甲ごと相手を叩き斬る事も可能だ。 そして事実その様に、“天使”の一人は切り伏せられた。ゆっくりと、 月面へと一人が落着していく。この時点で3対2と有利だ。だが……! 「迂闊に飛び込んじゃったのは、失敗ですよ!」 「あ……」 煙幕が晴れた時、アルマの前にはキャノンランサーの砲身があった。 ティニアとやらの位置を覚えていたミラ……か?が、接近したのだ。 今だ完全に闇が払拭されない現状で、傍目にはイリンとやらの位置は 完全に見えなくなっている。だが、度胸を付けたアルマは怯まない。 そう、ロッテが戦っていた時。アルマも己と戦っていたのだからな! 「……一つ、いいですか?」 「なんですっ?」 そっとアルマは指摘する様に、“左手”の人差し指を立て話し出した。 だが、それと同時に“SSS”から変じた“右肩”の防壁が展開する。 それは……無数のマイクロミサイルだ。それは正確に、後ろへ飛んだ! 暗闇の奥に潜んでいた天使を燻り出すには、十分な威力を持っている! 「えっ!?うわあぁぁぁっ!!」 「貴女達は、コンビネーションが完璧すぎます……!!」 「イリンッ!!な、なんでバレたの!!?」 「さっきロッテちゃんを掴まえた時も、ぴったり点対称でしたから」 「くっ……!」 同型である“天使達”のシンパシーは、三姉妹の非ではないだろう。 但し完璧すぎる同調は、こういう隙を産み出す事にも繋がっていく。 だからこそ私は、その手の調整プログラムをアルマ達には使わない。 訓練と実戦の中で積み上げ構築した、体感的なコンビネーションこそ 真に役立ち、強さを発揮する“絆の力”と言える物なのだからな!! 「これで、貴女達は分断されました!」 「後は一人ずつ、ボクら個人が……」 「お相手を務めさせてもらいますのッ!」 空中にいるミラと、アルマに叩き落とされたイリン・ティニアの位置は 大分離れている。合流を阻止する為に、ロッテとクララは落下している 二人の前に躍り出て、一対一の戦いを望んだのだ。同時に“SSS”は 願いに応える様に、展開して真の姿を見せる。追加武装としての姿だ! 全くフォルムを変えた三人を前にして、一歩も“天使達”は退かない。 それでこそ私の従姉……に仕える神姫達だと言える。見上げた闘志だ! 「妹を傷つけた以上、手加減はしないわよ!」 「それでいいです。あたしも全力でいきますから!」 「く、姉様の従妹の神姫だって手加減しないわよッ!」 「……それはボクらも同じ。さあ、決着を付けよう」 「強そうなのはわかるけど、私達も負けられないッ!!」 「大丈夫、勝つのはわたし達ですの!」 ──────どちらが真の“戦乙女”か、決着だよ……! 次に進む/メインメニューへ戻る
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現(いまどき)の神姫──あるいは祭 世間では、物の見事にお盆である。一般の人々は行楽の時だろうが、 接客業となれば暇か忙殺か、どちらかしかない。さて、私・槇野晶が MMSショップ“ALChemist”を置く秋葉原はと言うと、表通りを中心に 何処から集まったのか……とボヤきたくなる程の混雑を見せている。 「と言っても分かってるんだよ、マイスターもさっき行ってきたもん」 「これクララや、人の思考を勝手に継ぎ足すでない……とはいえ、な」 「ぁ、あぅぅう……鳳凰杯の比になりませんよぉ~……有明と幕張~」 「アルマお姉ちゃん、すっかり熱がこもっちゃってますの~……もう」 「やむを得まい。日中“行軍”して、これから店を開けるのだしな?」 そう。今年は久しぶりに、皆を連れて“祭典”へと行く事にしたのだ。 察しのいい諸兄なら分かるだろう、欲望渦巻く夏冬二回の“アレ”だ。 ……相変わらず殺人的な熱さと臭気だった。エアコンは有ると言うが、 あの大群衆だ。熱気を醒ますには、とても出力が足りんな。物見遊山が 主目的だったので、敢えて人混みは避けたのだが……それでもキツイ。 オマケにコスプレ等と勘違いされて写真を強請られたのも、頂けんな。 「事前事後の風呂、クリーニングに給水……毎回行く者の気が知れん」 「カメラさんを蹴り倒さなかったのは、良心が働いた為でしょうか?」 「……単純に、全力で薙ぎ倒す為のスペースが無かっただけなんだよ」 「でもマイスター、今回はわたし達が居る事で大分違ってましたの♪」 「有無。神姫があの界隈でどう扱われているか、妙に気になってな?」 ロッテのみならずアルマとクララをも擁して、敏感になってきたのだ。 今回“祭典”に私がわざわざ出向いた理由の一つは、それなのだが…… お約束の自作書籍類も、いかがわしい系統の本はそう多くなかったな。 と言っても、その手の本が集中する三日目は完全にスルーしたのだが。 妙に人気があったのは、マオチャオを題材にした小説本だったか……? 「今年は幕張で、玩具展示会もあったもんね。神姫も新作一杯だよ」 「うむ……第七弾・第八弾の試作型が、コンパニオンをするとはな」 「でも、そっちもハシゴするのはハードでしたよマイスター~……」 「そう言うなアルマや、なかなか可愛らしい連中だったじゃないか」 「わたしは、あの限定マオチャオさんが一番気に入りましたの~♪」 人気だったとは言え本は買わなかった……荷物を増やしたくないのでな。 だが気にはなるので、通販を実施するならばそちらを利用しようと思う。 それより、早々と抜け出して赴いた幕張もなかなかの物だった。神姫達を 扱う“EDEN”主催の共同ブースでは、様々な趣向が凝らされていた。 その最たる物こそ、新作の神姫達数名による“自己紹介”だったのだな。 『こんにちわなのにゃー!暑い中、有明から来た人もいるにゃー!?』 『こら、マオ。飛ばしすぎッ……オーナーの皆様初めまして、凛です』 『にゃー達は、今日ここで先行発売してるリミテッドタイプなのだ!』 『ってマオ!あの娘は神姫でしょ!すみませんでした、オーナーさん』 『気にしないで下さいですの~♪マイスターはこういうの好きですし』 リペイントとマイナーチェンジを施された第二弾の神姫二人は、私達を 出汁にして見事ギャラリーを沸かせた。その後、まるでモデル達の様に 最新作の神姫が己の一芸を披露しながら、特設ブースに出てきたのだ。 無論神姫の体格を考慮して、ブース上部には拡大用モニターも完備だ。 『俺様、お前、マルカジリーッ!なんて事はしないぞ、幾ら寅でも』 『い、いたいぃぃ~……こほん、でもウチらは合体もこなしますえ』 『第六弾が合体なら、私達は変形を主軸に勧めます。私、アークと』 『私、イーダです。地上戦ではこのスピードと機動性が武器ですよ』 『ちょーっと待った!ボクらも忘れてもらっちゃ困るね、飛鳥に!』 『小官はムルメルティア!軍事的要素を最大限活かして戦います!』 『ほう、今後も新機種が続々登場するのか……勉強は怠れぬな……』 とまあ、漫才なのか模擬戦なのか分からぬ掛け合いに始まり、己の躯と 武装を十分に見せつける為のファッションショー的イベントもあった。 掛け合いには居なかったEX版の面々も、ここでは存分に輝いていた。 圧巻は、ツガル二人による激しいダンスだ。限定版の青い娘もいたぞ。 そしてその横で、常設展示として新機種の紹介をしていた二人が……! 『あ、マイスター!こっちのエウクランテとイーアネイラは凄いです!』 『……如何ですか、レーシングカーや高級外車を彷彿とさせるこの躯は』 『ふふふ。黒と紅の妖しい魅力、このクールなボディペイント。そして』 『え!?あ、あぁぁ……イーアネイラさん、胸が増量されてますの!?』 『お~っほっほっほっ!そう、限定版らしく更に美しく更に華麗にッ!』 『……ボクらにはマイスターが付いてるから、悔しくなんかないんだよ』 『ぷ、プレッシャーを掛けるな三人とも!しかし、これは誰の企画だ?』 あの黒い限定版の姿は、今でも忘れられぬ。嫉妬の炎が神姫センターで 更に巻き上がるのも、そう遠い未来の物語では無さそうだな……有無。 そう言う訳で、半日使って“現(いまどき)の神姫”を探ってきたのだ。 決して入念に見たという訳ではないのだが、アンテナ感度は実にいい。 今後の創作活動にも、意欲が益々かき立てられるという物だ!まずは、 秋冬モデルの“Electro Lolita”を作り上げる所から始めるか、有無! 「実にいい収穫だった。お前達も、存分に見聞きして感じただろう?」 「はいですの♪マイスターの創作意欲がある内に、お手伝いしますの」 「まあ待て。風呂あがりでバッテリーが切れかけているだろう、皆?」 「あ……そう言えば。でもマイスター、お店は手伝わなくても……?」 「何、疲れていても半日位なら一人でこなせる。デザインもするしな」 「……そう言う事なら、ボクらは十分“お昼寝”させてもらうんだよ」 ──────現(いまどき)の神姫は、未来に向けて何処へ行くのかな? メインメニューへ戻る
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叡智、輝いて──あるいは梓の日常 Σはつまり……あっ、気付かなくてごめんなさいなんだよ。ボクは、 犬型神姫のクララ……と言っても、この姿じゃ全然説得力無いかな? 今ボクは人型神姫インターフェイス・HVIFを装着して、学習塾の “一応塾”って所に、女子高校生・槇野梓として通っているんだよ。 「講義をおわーるッ!はい君達、次の時間まで自習しなさーい!」 「……ん。相変わらず、金鉢先生のは歯応えがある授業なんだよ」 「ん~……ねえ、もう出ていいでしょ?はぁい皆、そして梓さん」 「そっちも結構お疲れみたいだね、ジュピジーの“綺羅”さん?」 「あら分かる?神姫だって、ずっと同じ姿勢は大変なのよね……」 隣の友達が持つバッグから這い出してきたのは、種型神姫の綺羅さん。 この塾では、神姫等の“ホビー”を持ち込んでも講義中に使わなければ お咎めはないんだよ……流石に、ボク自身が神姫の姿で塾生になるのは 一蹴されちゃったけど。でもそれはある意味、仕方がない事だもんね。 「にしても、やっぱ人間の学問って面白いわよねー聞いてるだけでも」 「……そう?神姫でそれを活かせる機会は、あまり多くないんだよ?」 「そうよ!メカメカしい種のアタシでも、色々と知る悦びはあるの!」 「その変換は危険なんだよ……ともかく、物事を知る事自体が好き?」 「そうねー……うん、そう!自分のまだ見えない世界が分かるのよ!」 敢えて意地悪な振りをしてみたけど、彼女の本音を引き出す為だもん。 そしてこれは、少なくない姉妹達──神姫が持っている願望なんだよ? 勿論“人間の世界なんか関係ない”って言うスタンスの娘も多いけど、 ボクが実家……MMSショップ“ALChemist”と、この“一応塾”で触れた 神姫の中では、凡そ6:4の割合で積極派が多かった計算になるもん。 「秋葉原は、知り合いにも結構逢えるし。黙ってるのは辛いけど!」 「知り合い?……神姫センターにも近いもんね。バトルはするの?」 「アタシは防御力がどーだとか言うけど、あんまり興味ないかなー」 「……マスターの倭さんも、あんまりバトル派じゃないみたいだね」 そのマスター・倭未来さんは、一生懸命英単語学習ゲームで学習中だよ。 流石に塾内では構ってあげられないみたいだけど、綺羅さんは綺羅さんで “勉強”を楽しんでるし、このコンビに取り立てて問題はない……かな? そして、バトル重視ではなくファッション重視みたいなのはその服装から 分かるよ。汎用肌色素体に換装して“TODA-Design”の服を着てるしね? 「あ。ねーねー梓さん!アンタん家、MMSショップなのよねッ?!」 「……そうだよ、よく調べたね綺羅さん?お姉ちゃんが経営してるよ」 「だって、“TODA-Design”にも並ぶ可愛い服作ってるって評判よ!」 「それ聞いたら、お姉ちゃんは『む、それは照れる』って喜ぶね……」 「自分の家なのに知らないのー?三月から、ちょっと話題なんだから」 時々ネットは見るけど、ボクらは余り評判のリサーチをしないんだよ。 そもそも経営してる晶お姉ちゃんが、世間の目を気にしない人だもん。 だから、それだけ密かな評判があるというのは……ちょっと驚きかな? ……お姉ちゃんに帰って報告したら、照れ笑いを浮かべて喜ぶかもね。 「前の鳳凰杯だっけー?あそこで限定版売ってたそうじゃない、いーなー」 「……売れ残りが一セット位はあるから、今度持ってくる?綺羅さん用に」 「えっ、いいの!?ありがと梓さん!アタシのケチなマスタ……痛ッ!?」 「こら!人に集るんじゃありません綺羅ッ!梓さんも甘やかしちゃダメよ」 「え゛~!?いいじゃないせっかくくれるって言うんだし。ね、梓さん!」 知らず知らずヒートアップする綺羅さんを止めるのは、常にマスターの 倭さん。今もやっと英単語ゲームから目を離して、綺羅さんを小突く。 結構騒がしくてケンカばかりだけど、ボクには仲良しに見えるんだよ。 決して“マイスター(職人)”の側だけでは知覚しきれなかった、神姫と 人の関係。それを知る“勉強”に、このHVIFは有用なツールかな。 「構わないんだよ。“フィオラ”を着てもらえば宣伝にもなるから」 「……本当商売人ね、貴女達姉妹は。お姉さんが職人さんだから?」 「かな。晶お姉ちゃんの側にいると、色々とボクらも学べるんだよ」 「気苦労だけじゃないといいんだけど……本当、真面目ね梓さんは」 「物を学ぶって態度は、常に真摯な物だって思うからね……人生も」 「いっつも堅いねー梓さん。でも何故か面白いのよね、変なの……」 『貴女仙人?』ってツッコミを受けるけど、真理の一面だとは思うもん。 特に、ボクら神姫が人間の……具体的に言えば別の文化を学び取る上で、 真面目な志を欠かしてはいけない……と一体の神姫なりに考えるんだよ。 だってボクらを産み出した存在であり、ボクらの側にあるのが人だもん。 パートナーか主か或いは別の仲か、それぞれの神姫で異なるけどね……? 「兎に角、高いのをただでもらう訳に行かないし。今度何処か行く?」 「……ファーストキッチンのガーリックバターポテト、プラスαだよ」 「はぁ。貴女へのお願いってなんでもそれで片づくんだから……ねぇ」 「……貴女もっと欲張らないでいいの?って言いたいのかな、倭さん」 「神姫じゃ参考にならないけど、なんかそういうのは淡白かなアタシ」 機先を制されて黙る倭さんと、的確な感想を言う綺羅さん。これも二人の 一面なんだよ。そう。本当は神姫であるボクも、物質関係の欲望は希薄。 服飾や武装をもらって喜ぶ神姫は多いけど、人間程欲深くはないんだよ? むしろ神姫は、何もないが故……周りと触れ合い“心”を満たしたがる。 そっち方面で言えば、物質社会が発展した人間よりもずっと欲深いかな? 「そんな人間もいたっていいかもね。もちろん神姫だっていていいもん」 「だねー、その方が面白いし。でさ、取引成立したんならいいでしょ!」 「しょーがないわね綺羅は……じゃあ、今度お願いね梓さん?ってヤバ」 「ほら席に着けぇ!そろそろ講義を始めるぞ、全員フィルムを出すッ!」 渋々倭さんの鞄に戻る神姫の綺羅さん。また後でねー、と手を振る彼女に ボクも軽く手を振って、筆記用のフィルムスクリーンを取り出すんだよ。 「……ねぇ、そんな淡白で将来何になりたいとかあるの?梓さんって」 「敢えて言えば、大事な人の支えに……かな。お金は別にいいんだよ」 「それなのに塾ねぇ……つくづく変わり者なのね、っと続きは後でね」 「そこ私語禁止ッ!いいか、学問は力こそパゥワァーで──────」 ──────学びたくて学び、尽くしたくて尽くす。普通の欲望だよね? メインメニューへ戻る
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ウサギのナミダ ACT 1-23 □ 「雪華さんとの対戦、受けてください……お願いします」 「なぜだ? 今俺たちがバトルしたって……ろくなことにはならないぞ」 「だって、こんなチャンスは滅多にないじゃないですか……秋葉原のチャンピオンと戦うなんて」 そういうおまえは、なんで今にも泣き出しそうな顔してるんだ? なんでそんなに必死そうなんだよ。 「お願いします、マスター……お願いします……」 何度も俺に頭を下げて頼み込むティア。 ティアが相手とのバトルを望むなんて、滅多にないことだ。 だからこそ、理由が分からない。 なんでそんなに雪華と戦いたがる? 東東京地区代表という肩書きが、ティアにとってそんなに魅力的だとは思えないのだが。 「……走れるのか?」 「はい」 結局、折れるのは俺の方だった。 肩をすくめ、ため息をつく。 ティアがそういうのならば仕方がない。 まだもめている、三人の客分の一人に、俺は声をかけた。 「……クイーン」 「なんでしょう」 「俺たちは……知っての通り、ティアの出自のことで、世間からも白眼視されているような状況だ。 ……そんな俺たちとでも、戦えるのか?」 そう。俺たちと戦うだけでも、彼らに迷惑がかかる可能性がある。 それを考えれば、すでに全国大会の代表を決めている神姫と、気安くバトルをすることなどできない。 取材されて、俺たちと対戦したことを白日の下にさらすなどもってのほかだ。 俺はそう思っていた。 だが。 「彼女の出自とバトルに、何の関係があるというのです?」 雪華は即答した。 彼女は噂や風聞で神姫を評価していない。ただ、バトルあるのみ。その姿勢こそが雪華の強さなのか。 「……わかった。対戦を受けよう」 俺の言葉に、ギャラリーがざわめく。 高村と三枝さんも、驚いたように俺を見た。 「ただし、条件がある。 そっちの事情があるにせよ、やはりマスコミの取材は受け入れられない。そこで……」 俺はこんな条件を提示した。 まず、この対戦について、一切記事にしないこと。俺とティアに対するインタビューはもちろん拒否だ。 ただ、何もなしでは三枝さんが困るだろうから、バトルの記録は許可。 また、高村たちへのインタビューなどは俺に拒否する権利がないので、記事にしない限り好きにしてもらえればいい。 妥協案ではあるが、三枝さんとクイーンの両方に面目が立つだろう。 それから、バトルのフィールドは俺が指定する。もちろん廃墟ステージだ。 「この条件が飲めるなら、対戦してもいい」 「わかりました。すべてあなたの指定通りに」 雪華の即答に、三枝さんと高村が泡を食った。 「ちょっと、雪華、相談もなし!?」 「何か不都合でも? 完全拒否よりも十分な譲歩案だと思いますが」 「でも、記事にできないっていうのは……」 「彼らはそれが困ると言っているのです。 それに、記事にするだけなら、先ほどの『エトランゼ』とのバトルで十分でしょう」 むむむ、と唸って、三枝さんは渋々承諾した。 一方の高村は、その様子を見て、先ほどの落ち着いた笑みを取り戻している。 すると、今度はギャラリーの方から声が上がった。 「おい、黒兎! クイーンとのバトルにステージの指定をするなんて、失礼だと思わないのかっ!? しかも、廃墟ステージなんて、黒兎得意のステージじゃないか! 卑怯だろ! そうまでして勝ちたいのかよっ!?」 声は、『ブラッディ・ワイバーン』のマスターのものだった。 最近、奴は何かと俺に突っかかってくる。何が気に入らないというのだろう。 ギャラリーも大半が、ワイバーンのマスターの意見に賛同して、俺にブーイングを送ってくる。 だが、何も分かっていないのは連中の方だ。 クイーンとそのマスターの意図を理解していれば、そんなことは言わない。 「……廃墟ステージの指定に、何か依存は?」 「ありませんよ? というか、僕たちの方から廃墟ステージでのバトルを提案するつもりでしたから」 笑顔の高村の言葉に、俺は頷く。ワイバーンのマスターは顔を引きつらせた。 高村たちは、ティアが廃墟や都市ステージでないとパフォーマンスを発揮できないことを知っている。 唯一無二の戦い方をする神姫とのバトルこそが望みなのだ。 そのパフォーマンスを遺憾なく発揮できるステージでなければ、彼らにとっても意味はない。 俺のステージ指定に反対するはずがないのだ。 高村の一言に、ギャラリーたちは口を噤まざるを得なかった。 俺の後ろでくすくすと笑っているのは、ミスティだろうか。 「これでいいでしょう。『ハイスピードバニー』のバトル、しかと見せてもらいます」 芝居がかった口調で、クイーンの雪華は俺とティアに言った。 「わたしも、負けません……!」 静かに言ったティアの言葉に、俺は驚きを隠せない。 かつて、これほどに闘志を燃やしているティアを見たことがない。 ティアの心境にどういう変化が起こっているのか。 ティアの台詞に、雪華は不敵な笑みを浮かべていた。 俺と高村は、バトルロンドの筐体を挟んで着席した。 ギャラリーから歓声が上がる。 そのほとんどが、クイーンへの声援だ。 やれやれ。これじゃあ、どちらがホームでどちらがアウェーかわからない。 今日の俺たちは完璧に悪役だった。 ならば、それでもかまわない。とことん悪役を演じてやろうじゃないか。 俺はバトルロンドの筐体に武装をセットアップしていく。 ティアをモニターするモバイルPCも開いた。 指示用のワイヤレスヘッドセットを耳に装着する。 久しぶりだった。この緊張感、久しく忘れていた。 準備をする俺の後ろに、ギャラリーが立った。 久住さんと大城、それから四人の女の子たち。 「いいのか? 俺の後ろで」 俺が言うと、みんながみんな頷いていた。 「言ったろ。俺たちはお前の味方だ」 「わたしはあなたの側につくって宣言しちゃったし」 久住さんに至っては、肩をすくめながらそんなことを言うので、俺はびっくりしてしまった。 四人のライトアーマーのオーナーたちは、久住さんの味方らしい。 味方がいてくれるのはありがたいことだ。 久住さんが、不意に険しい表情になって、俺に囁いた。 「気をつけて……クイーンは並の武装神姫じゃないわ」 「……そりゃあ、仮にも全国大会選手なんだから……」 俺の言葉に、久住さんが首を振った。 「もうなんて言ったらいいのか……次元が違うの」 俺は怪訝な顔をしたと思う。 久住さんの言葉は要領を得ていない。 彼女にしては歯切れの悪い答えだった。 ミスティが続ける。 「そうね……わたしたちの得意の距離に踏み込んで、真っ向勝負で、逃げなくて、こっちはあらゆる手を尽くして……それであしらわれた、って言ったら分かる?」 「……は?」 にわかには信じがたい。 身内びいきを差し引いても、ミスティは全国大会レベルの選手と互角に戦えるだけの実力がある。 アーンヴァルの飛行能力で、徹底的にミスティの弱点を突いたならともかく、ガチンコ勝負であしらうなどとは、想像もつかない。 だが、久住さんとミスティはまったく真剣な顔をしていたし、大城も虎実も頷いている。女の子たちも真面目な顔で、冗談にしてくれそうな雰囲気ではなかった。 俺も、海藤の家で、雪華のバトルは見た。 あのときの手並みも鮮やかだった。 しかし、あのバトルはアーンヴァル同士の空中戦だったから、参考にならない。 俺は戦慄する。 もしかして、とんでもない化け物を相手にするのではないのか? 「ごめんなさい。参考になるようなこと、言えなくて……」 「気にすることないよ。とんでもない相手だってことがわかっただけでも十分さ」 悔しそうな顔をした久住さんに、俺は笑いかけた。 すると、久住さんはちょっと驚いた。 「……なにか、あった?」 「なんで?」 「先週みたいに思い詰めてなくて、なんだか……ふっきれたみたい」 「ああ」 彼女はまだ知らないのかもしれない。今日の朝の報道を。 久住さんがきっかけを作ってくれたおかげで、今俺はこうして笑えている。 「だとしたら、久住さんのおかげだ」 俺が言うと、久住さんは驚いた顔をしたあと、視線をそらしてうつむいた。 ……何か悪いことを言っただろうか。 彼女の肩で、ミスティがほくそ笑んでいるのが見えた。 俺は不可解な思いに捕らわれながらも、筐体の向こうを見た。 高村が準備をすませ、こちらを見ている。 「相談は終わりましたか?」 俺はティアを見た。 「ティア、いけるか?」 「はい。大丈夫です」 ティアの返事はいつもよりもしっかりとしていて、緊張していた。 このティアの心境が、バトルにどんな影響を及ぼすだろうか? それが少し心配ではあったが。 俺は高村に告げる。 「準備OKだ。……始めよう」 「それでは」 双方のアクセスポッドが閉じて、筐体と神姫がリンクする。 スタートボタンを押す。 ファンファーレと共にディスプレイにフィールドが表示され、対戦者の名前が重なる。 『雪華 VS ティア』 バトルスタートだ。 ■ 廃墟を吹き抜ける砂塵。 いつものフィールド。得意のフィールド。 わたしはメインストリートを巡航速度で走る。 久しぶりのバトルロンドは懐かしい感じがする。 再びここに戻ってこられるとは思ってもいなかった。 今日の相手はとびきりの対戦者。 このバトルは、わたしにとっては大きな、そして唯一のチャンスだった。 だから、マスターに無理を言ってまで、対戦を受けてもらった。 わたしは、今日の対戦者に感謝しなくてはならない。 わたしを助けてくれたこと。そのときはバッテリーが切れていたので、覚えてないけれど……。 そして、わたしと対戦してくれること。 風が巻いた。 わたしの頭上を、高速で何かが駆け抜けていく。 攻撃を警戒していたけれど、ただ追い越していった。 そして、上空で優美にターンすると、わたしと向かい合う位置で、空中で静止した。 わたしは、武装した相手の姿を見て、声を失う。 美しい。 そして、圧倒的な存在感。 基本の武装はアーンヴァル・トランシェ2だけれど、細かいところが異なっている。 羽は鳥を思わせる形状の機械の羽。 捧げ持つ武器は、長大な黄金の錫杖。 気流に舞い上がる銀髪が大きく広がっている。 まるで光の粒子をまとっているかのよう。 その姿は、まさに天使。 いまならわかる。 彼女がなぜ『アーンヴァル・クイーン』と呼ばれるのか。 その堂々たる姿は、まさしく天使の女王と呼ぶにふさわしかった。 それに比べればわたしなんて、地を飛び跳ねる小さな兎に過ぎない。 「待ちこがれていました。貴女との対戦を」 白き鷹のごとき神姫は、子兎のようなわたしにそう言った。 「……なぜですか。なぜ、わたしと、なんですか」 「貴女の独自の装備と技を、身を持って感じたいからです」 それだけ? たったそれだけのために、わざわざ遠くまでやってきて、わたしと戦いたいというの? 全国大会も制覇しようという武装神姫が? わたしにはわからない。 雪華さんにとっては、それほどの価値があるようだけど、わたしはそうは思わない。 わたしなんかと戦って得るものがあるなどとは到底思えなかった。 けれど、このバトルは、わたしにとってはチャンスだった。 そう思って、自分を奮い立たせる。 わたしは小さな兎なのだとしても。 戦ってみせる。……そして勝つ。 「ならば……真剣勝負です、雪華さん!」 「望むところです、ティア!」 雪華さんとわたしの、戦いの輪舞がはじまった。 次へ> トップページに戻る
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第壱話 キーンコーンカーンコーン×2 国立学校法人・東都大学の構内に午前の講義が終わった事を知らせるチャイムがなる。 「はい、それじゃあ来月までにレポートの方を提出してください。テーマは「冊封体制と列強帝国主義の比較」です。これを出さなきゃ単位はあげません、よって進級できません」 中年の教授が課題を説明して文学部史学科東洋史専攻の午前の講義は終わった。 「さてと、今日の講義はもう無いし、これからどうしようか」 「いよぅ、同志よ。今はお暇かい?」 帰り支度をしながら考え事をしていた優一は声をかけられた。 今時風にまとめ上げた髪型に雑誌から丸々取ってきたようなファッション、顔つきはジャニーズ事務所に今からでもオーディションにでも行けそうな・・・、いわゆる「イケメン」である。しかし、その人物の本性を知っている優一からしてみればこれでやっとプラスマイナスがゼロになる。 「何だ拓真、言っておくが美少女フィギュアは買わないからな」 優一はそのイケメン、御堂 拓真に否定的な返事をした。実は彼、いわゆるアキバ系だ。 「おいおい優一、オタクに「フィギュアを買うな」は死活問題だぞ。どうせ暇ならサークルに来ないか?姉貴や由佳里ちゃんも来るってよ」 「ふむぅ、それじゃあご一緒させてもらおうかな。それとレッドもいるのか?」 「ったぼーよ、かく言うお前もアカツキちゃんはいつも一緒だろう?」 「私とマスターはいつも一心同体です!」 「それを言うなら以心伝心だろ」 カバンの中から出てきたアカツキに優一は的確なツッコミを入れた。 「おーやっぱりいたか。こんにちはアカツキちゃん。それとどっちもハズレだぞ」 「ハーイアカツキ、ご機嫌いかがかしら」 拓真の上着の胸ポケットから彼の神姫、騎士型のモルドレッドが出てきた。 「拓真さん、レッドちゃんこんにちは。話は聞かせてもらいました。すると、無頼さんもメリッサちゃんもいるんですね」 「そう言うことだ。ささ、行こうぜ」 「はい」 ―十分後・サークル棟内部・神姫同好会部室― 東都大学は他の大学の類に漏れず武装神姫のサークルがある。優一と拓真が所属している「神姫同好会」もその一つだが、初戦は同好会で、活動費用は全員で負担している。 「姉貴ー、クロ連れてきたぞ」 「ご苦労だったな我が弟よ」 部室の一番奥のいすに座った女性が拓真からの報告を受ける。パッチリとした切れ長の二重まぶたにすっきりとした目鼻立ち、髪の毛は焦げ茶のロングヘアーで何も飾り付けはしていないが、よく手入れされている印象を受ける。早い話が「べっぴんさん」だ。彼女の名は御堂 春香(みどう はるか)、拓真の姉であり、この同好会の会長も務めている。 「こんちわっす春香さん。由佳里はまだみたいですね」 「ああ、ゼミで少し遅くなると連絡を受けた所だ。どうせヒマだし、一戦どうだ?無頼もかまわないだろう」 「拙者は主殿の命に従うまでのこと、拒否はせぬ」 傍らに座していた春香の神姫・侍型の無頼も乗り気のようだ。 「ここで引き下がるのは俺の筋に反しますし、良いでしょう。受けて立ちますよ。行くぞアカツキ」 「はい」 実を言うとアカツキは無頼とあまり戦ったことが無く、しかも少ない試合の中で全て負けている。それも無頼本来の戦法が使われたのは一度もない。 「今回ばかりは拙者も本気で征かせてもらうぞ、アカツキ殿もそれでよかろう」 「こちらこそ、全力で征くよ」 今回のバトルフィールドは「円形闘技場」、ローマにあるコロッセオをモチーフにした最もシンプルかつ最も腕が現れるステージである。 アカツキと無頼は既に初期配置に着いている。 今回アカツキはリアウィングを装備していない。その代わりにヴァッフェバニーのバックパックをスラスターとして背中に、アークの後輪を両足に取り付けてランドスピナーとしている。左腕にはシールドではなく、どこぞの戦闘装甲騎からぶんどってきたスタントンファーを装備しており、右手にはビームサブマシンガン持っている。それ以外はいつもと同じだ。 対する無頼は胴と胸、腰回りは紅緒のデフォルト装備だが、左肩に装備されたシールドにはデカデカと「無頼」の文字がペイントされている。手には黒光りする太刀が握られており、左腕には刀の操作に支障が無いよう速射砲を装備している。対抗するつもりかどうかは知らないが、アカツキと同様にランドスピナーを装備している。 「今回は制動刀か・・・、アカツキ、間合いをよく考えて行くんだ」 「わかりました。無頼さん、行きます!」 「先手は譲ろう。いつでも来い!」 天使と武者、紅白が今、ぶつかろうとしていた。 第弐話へ とっぷへ
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{イリーガル・レプリカ迎撃指令} アンダーグラウンドの夜。 小道や裏道を途方もなく歩く。 あれから神姫センターから出て、俺の腕時計が10の所に時針指し示した頃、溜息をつく。 「ご主人様、そんなに気を落とさないでください。まだ始まったばかりじゃないですか」 「そう言ってもなぁ…」 右肩に座り、フル装備したアンジェラスは俺の事を気付かってくれてるみたいだ。 心遣いは嬉しいのだが…正直、時間を無駄にしてるような気がしてどうしようもない。 それに元気が無い理由は他にもある…。 そして何故こんな無駄な事をしてるのかと言うと、時間をさかのぼること2時間と30分前。 ☆ 「諸君、我々のこの町にイリーガルの神姫が何体か出現した情報が入った。諸君も知ってるとうりに、これはイリーガル・レプリカ迎撃指令と酷似しているものである」 薄暗い神姫センターの受け付け近くにある電光掲示板にデカデカと書かれてあった。 スピカーも横についてるので音声も流れている。 誰の声だが知らないが大人の男の声だった。 オーナー達は全員、その電光掲示板を注意深く見ていたので、俺もヒョッコリと見てみた。 「敵の数は10万体以上、詳細不明、オーナーも詳細不明、たた明白な事はイリーガルの神姫達によって我々人間のオーナーと神姫が被害を受けている事。酷い被害の時は死人が出ている」 ヘェ~、この町で起きてるのか。 たまにしか来ないから情報が少ないだよなぁ。 でもこの町にもでたか。 イリーガル・レプリカ迎撃指令…。 2037年××月、所属不明の神姫による襲撃行為が頻発。 この事件はかなり深刻の問題になってきているらしい。 そこでこの事態を解決するべく、『MMS管理機構・日本支部兼アジア地域統括支部』は登録している全オーナーに迎撃を依頼した。 なんでも、ターゲットの正体がMMS管理機構に保管されていたイリーガルAIデータを、どこぞの馬鹿野郎がハッキングして盗んだらしい。 しかもタチが悪い事に、犯人はイリーガルAIデータを複製し、別素体に移植しちまったという。 ほんでもってこの始末だ。 全くもっていい迷惑だぜ。 「被害はかなりの額にもなっていて、死人の数も増える一方…この町では前代未聞の事件だ」 神姫を使った殺人かぁー。 あんまり聞いて良い気分にならない話だ。 「このままでは、こちら側がやらればかりである。そこで諸君達に検討したい。この事件を我々の手で解決しようではないか!イリーガル・レプリカ迎撃し、見事に犯人を倒す事が出来れば、それなりの報酬がMMS管理機構・日本支部兼アジア地域統括支部から献上さえてもらえるはずだ!!」 報酬と聞いて『ウオオオオォォォォ!!!!』と叫ぶアンダーグラウンドのオーナーの常連さん達。 償金稼ぎじゃあるまいし、やる気が減る。 結局は金で動く奴等か…。 「エントリーしたい者は受け付けで登録できる。では諸君、健闘を祈る!」 それっきり電光掲示板は電源が切れたかのようにプッツリと画面が真っ黒になり、再起動したのかいつも通りの武装神姫の情報を報せる電光掲示板に戻った。 他の周りに居たオーナー達は受け付けの所に行き、我先にさっきへと償金のために登録している。 俺はそんな欲にまみれた野郎共を見ながら迷っていた。 登録するべきか登録しないべきか…。 「お前はどー思う?」 「私ですか?…正直、分かりません。でも登録するもしないのも、ご主人様の意志で決める事なので私は何も言いません。私はご主人様の意志に従うまでです」 アンジェラスは淡々と言う。 神姫としてはある意味まともな返答だが、俺的には不愉快極まりない発言だった。 何故ならアンジェラスの言ってる事は人任せと同じ事を言ってるのだから。 もっと悪く言えば『私は貴方の命令をなんでもききます』とか『私の意志は貴方の物』とか『私は貴方の奴隷です』こうなる。 少し極端過ぎたかもしれないが、少なからず当て嵌まるはずだ。 折角、自分という『意志』とか『自我』を持っているのだ。 そんな俺の命令に従うだけの神姫なんて、神姫侵食に犯された神姫と同じじゃないか。 更に言うなら、人間の命令をきくそこら辺にある機械と同じ。 「ご主人様?」 「………」 「ご主…ヒィッ!?」 アンジェラスは俺が黙っていたので顔色を伺ったみたいだ。 そして俺の顔を見て恐怖を感じ驚いたのだろう。 多分、今の俺の表情は自分でもかなり恐い顔してるはず。 この際だからアンジェラスに一言だけ言ってやった。 「二度と『絶対服従、俺の意志に従う』みたいな事を言うな」 ドスが効いた声で言うとアンジェラスは俯きながら『…はい』と元気無く答えた。 そして俺は受け付けに行き償金稼ぎの登録した。 アンジェラスが二度とあんな言葉を口にしないで、と悲痛な思いながら…。 ★ そして今に致る。 今までのいきさつで俺が元気を無くしている理由が解ると思う。 全くもって面白くない話さぁ。 「?どうかしましたか、ご主人様??」 「…帰ろうか。調子が悪いし、敵はこなさそうだ」 「…そ、そうですね。なんかご主人様、気分悪そうですし」 「………」 俺は無言のまま愛車がとまっている駐車場に足を向けた。 ホントに、今日は憂鬱な…日だ…。
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赤い月が天窓に浮かぶ屋敷の広大なエントランスにて、銀色の輝く番犬が月光に照らされて鋭利な牙を光らせた。 その牙の先には床から壁から角から天井からと縦横無尽に跳び回る黒色と紫色の不躾者。 不躾ながらも一筋縄では往生しない実力者であるらしく、青いツインテールの彼女は既に何本もの番犬の牙から逃げ切っている。 されとて犬達の戦意は意気揚々と怖れず止まらず諦めずの精神を以て不躾者を仕留めてみせんと空を切った。 金属同士が鎬を削り合う際の荒い音が西洋風の屋敷の中で舞い踊ってはそそくさと舞台の外へ立ち去る。 既に何百と繰り広げてきた無骨な音の舞踏会は、しかし一人の役者と力不足によって台無しにされようとしていた。 ほんの僅かな隙、それこそ高名な評論家であっても見逃すであろう奇跡の隙間を番犬の一本が通り抜ける。 不躾者が自身の失態に気付いた時にはもう遅く銀色をした牙に腕一本を噛みつかれてしまう。 不意に受けた攻撃に反射的に動きを止めてしまった時にはもう遅く、番犬達の操り手であるメイドが静かに語り掛ける。 「殺人ドール。」 ミニスカートのメイド服を着たハウリンの宣言と共に服の袖から十本ほどの銀製ナイフが跳び出す。 少しの間ハウリンの傍に浮かんでいたナイフは、やがて犬の手を借りる事も無く独りでにストラーフへと襲い掛かる。 全てのナイフはその肢体を突き刺し刃の銀の光が暗闇に溶けていたフブキ型武装の黒と紫の色を明確に照らす。 本来なら今の一撃で決まっていたのだが、そうならなかったのはストラーフがナイフの一部を弾き飛ばしたからだ。 対戦相手の冷静な判断に敬意を称しつつもしかしながらハウリンは手を止めずに同じ技で雪崩れの如く押し崩しに掛かる。 「殺人ドール。」 十本の番犬が再び襲い掛かる。 さながら影の悪魔を仕留めんとする銀色の光弾にストラーフはハウリンを見据えたまま後ろへと跳んだ。 バックステップを踏んだ程度でナイフは避けられない、後ろへと跳んだのは前へと進む為だ。 鉤爪のような形をしているフブキ型のフットパーツと屈指の強力を誇る副腕であるチーグルを以て屋敷の壁に着地する。 そしてほんの一瞬、両脚と副腕を屈ませて、ほんの一瞬でも十分に溜まり切る力を解放し思い切りハウリンへと跳び掛かった。 だがそれは先に放たれた技であるナイフの群れの中へと踊り込む事を意味している。 そんな事は常々承知しているストラーフは必死の覚悟と共に素体の両腕で急所となる頭部と胸部のみを守る。 右目を貫かれようとも喉元を食い破られようとも腹部を刺し穿たれようとも太腿を噛み千切られようとも止まらない。 二体を隔てる距離が神姫一体分となりハウリンを射程距離に捕らえたストラーフは副腕を振り上げる。 「デモニッシュクロー!」 例えナイフを無尽蔵に貯蓄している不可思議なハウリンであってもこの必殺の悪魔の爪は避けれず防げない。 そう確信して放っていたのだがその爪がメイド服を切り裂く寸前、ハウリンの姿が忽然と消えた。 「!?」 瞬間移動や超スピードといったチャチな類では一切無く何の前触れも無く居なくなった。 一人その場に残されたストラーフは何が起きたのかすらも理解出来ず周囲を見渡しハウリンの姿を探す。 だがどこにも居ない、そう思っていた矢先、彼女は、ストラーフの後ろに居た。 「ようこそ私の『世界』へ。そして、永遠にさようなら。」 「なっ…!?」 ストラーフは下方向を除く百八十度全方位を優に百を超える無数のナイフに囲まれている事の気付く。 催眠術や超スピード等チャチな物では断じてない現実にハウリンは終わりを告げた。 「幻葬「夜霧の幻影殺人鬼」!」 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァ!」 嵐の様なナイフが我が一番ナイフだと言わんばかりの猛烈な勢いでストラーフへと殺到した。 百を超える凶器に囲まれつつもストラーフはその眼の希望を夜闇に沈ませる事無く全身全霊を以て拳を振るい弾き飛ばす。 それでも尚、一本のナイフが肩に突き刺さり、一本のナイフが胸に突き刺さり、一本のナイフが副腕の接合部を破壊する。 「粘るわね…なら、駄目押しにもう一本!」 ハウリンが手を翳すとその手に何処からともなくナイフが現れる。 親指と人差し指で弾くように投げられたナイフは先行しているナイフをかい潜ってストラーフへと向かう。 ストラーフは先ずそれを弾き飛ばそうとし腹を殴ったが何故か奇妙な方向へと跳ねてそのままストラーフの頭部へと突き刺さった。 弾き飛ばされる事を計算に入れてナイフを投げたのか、そうだとすれば神業的な投擲技術である。 頭部を貫かれ両腕の動きが止まり抑制を失ったナイフに襲われ玩具の海賊船長の様な姿になったストラーフは崩れ落ちる。 だが崩れ落ちる寸前、手に持っていたハンドガンが火を吹いてハウリンの右肩を貫く。 完全に力尽きたストラーフのポリゴンの像が掻き消える瞬間にはあれほどの数のナイフは全て何処かへと消え去っていた。 勝者として一人残ったハウリンにジャッジマシンが祝福の判決を下す。 『ウィナー・サクヤ』 「最期まで勝利を望んでいたのね。貴方のその勝利への執念、このサクヤ、認めましょう。」 撃ち抜かれた右肩を抑えながらもメイドのハウリン、サクヤの姿が消え、そして誰も居なくなった。 …。 …。 …。 『刃毀れも大分ここに慣れてきたわね。』 バトルを終え、意識を現実世界の素体へと取り戻したイシュタルへと向けられた、サクヤの第一感想がそれだった。 黒野白太とイシュタルが今利用しているページは公式大会に出られない様な色物神姫とそのマスター達が集まる場所である。 偶然にもその場所の存在を知った黒野白太は一度そこでのバトルを覗いて以来、刃毀れというHNを使い色物神姫達との対戦を繰り広げていた。 今回の対戦相手、ハウリン型のサクヤは色物神姫達でも比較的穏やかな人物であり何度も戦っている強敵(とも)である。 そんな彼女にとって知り合いの成長と言うのは例えインターネットの回線を通しパソコンのモニター越しにしか知らなくとも嬉しいものらしい 『まぁ、もう百回は戦って負けてますからね。嫌でも慣れますよ。』 『大抵の神姫やそのマスターはここの連中と一度戦っただけでトラウマになるんだけど。負け慣れているのね。』 『ちょっとカッコ付けた台詞を言った後で結局負けた事もありましたから。そんじょそこらの敗北じゃ僕の心は傷付きませんよ。』 『それって竹姫葉月との戦いの時でしたっけ?』 『知ってるんですか?』 『御嬢様がテレビで見ていたのよ。』 『あぁ、成程。』 そう言えばあの大会の場にテレビカメラらしき物が回っていたような気もする。 黒野白太は眼中にしていなかったがあの大会には竹姫葉月以外にも高名な神姫プレイヤーがいたのかもしれない。 『でも、どんなに負けてもカッコ付けるのを止めない、そんな貴方に惹かれる人や神姫も居るのじゃないかしら。』 『居るとすればとんでもない根暗ですよ。僕、ファンレターとか一枚も貰った事ないですし。』 『貴方、手紙とか貰っても絶対に返さないでしょ。』 『勿論ですとも。ファンは自分の気持ちを伝えたくて手紙を送るのだから別に返さなくてもいいでしょう?』 悪い方向に歪みが無い黒野白太にサクヤは「やれやれだわ。」と扱いに困る子供を見る年上の女性のように優しく微笑む。 『それにしても前もその武装を使っていたわね。気に入ってるの?』 『ストラ・クモの事ですか。』 『ストラ・クモ?』 『初めはクモをイメージして組み立てたんです。ストラーフ型・クモ武装。だから僕は略してストラ・クモと呼んでいるんです。』 『実際の動きはバッタよね。ストラ・バッタにした方がいいんじゃないかしら。』 『その辺りちょっと気にしてるんですよ。後、ストラ・バッタじゃなんかカッコ悪いから嫌です。』 彼等が言う武装とはフブキ型の防具に初代ストラーフのリアパーツであるチーグルを組み込んだ武装の事である。 副腕で壁や地面を殴りつけて出す瞬発力と的確に相手の弱点を狙う柔軟性に重きを置いており急加速と急停止を繰り返す事で相手の撹乱させる戦法を主としている。足場となる物が多い屋内や障害物が多いステージでは無類の優位性を発揮し床と言う床を壁と言う壁を跳び回る姿は正にバッタと呼んでもいいだろう。 尤も黒野白太本人は初めはそういった特性に気付かず「クモっぽい」という理由から組み立てたものなので実際の性能がどうであれクモと呼ぶ事に固執しているのだが。 『でも、中距離から一気に近付いて斬りつけるのは僕好みの戦法なんです。機動力は低いから今回みたいにガン逃げされると厳しいですけど。』 『移動スキルや広範囲攻撃スキルで補うのはどう?』 『それは考えたんですけどストラーフ型ってSP低いから移動に使うと攻撃の方が疎かになるですよ。』 『ならチーグルは止めてFL017リアパーツを入れたら? グリーヴァと一緒なら高威力なスキルも発動出来るでしょう。』 『スキルは魅力的ですけど、あれ、重いんですよ。単純なパワーもチーグルに劣りますから瞬発力も下がりますし。』 『成程。良く言えば一長一短、悪く言えばままならないってことね。』 『そう言う事です。それでも今の武装を使っているのはヴィジュアルがクモっぽいからですよ。』 『動き方はバッタなのに?』 『あれは、バッタみたいな動きをするクモです。』 頑なにクモだと言い張る黒野白太であったが、ふと、デスクトップの向こうからくすくすと笑うサクヤの声が聞こえてきた。 『どうしたんですか?』 『今更だけど、貴方って普通よね。』 『普通?』 『そう。あの武装がいいかな、この武装がいいかな、なんて悩むなんて、まるで普通の神姫マスターじゃない。』 『そう言えばサクヤさんの武装はずっとメイド服とナイフですよね。時々魔法使ってきますけど。』 『むしろここではそれが普通よ? あらかじめ一つか二つ置く武装を決めて、それを重点に究める。沢山の武装を買うよりも一つの武装を改造した方が安上がりで済むし。』 『そのくせ、ここの人等は欠点無いですからねー。接近戦も格闘戦も銃撃戦も制圧戦も空中戦も海中戦も全てこなす上で何者も勝てない長所を持っている。サクヤさんも含めて異常者揃いですよ。』 『はっきり言うわね。否定しないけど。でも私達から見たら貴方の方が異常なんだけどね。』 『そりゃまぁ貴方達にとって僕の異常が普通ですし。』 『そういう意味じゃないわ。異常な武装を使う私達に普通の武装の貴方は勝とうとしている。普通なら異常には勝てないって諦めるはずなのに。実力差が分からない程、貴方は馬鹿ではないでしょう?』 『いや、だって勝ち負けに普通とか異常とか関係無いじゃないですか。』 『関係有るわよ。だって貴方、私達に一度も勝った事ないじゃない。』 『関係有りませんよ。普通が異常に勝てないって誰が決めましたか? 普遍が特別に勝てないって誰が決めましたか? 勝つ方が勝つ、それだけです。』 『じゃあ貴方はまだ私達に勝つつもりなの?』 『当たり前です。んでもってその時は今まで見下しやがった貴方達を指指して全力で笑ってやります。』 『性格悪いわね。じゃあその時まで私達は貴方を笑っていてもいいのかしら?』 『どーぞどーぞ。僕は特に気にしませんし。』 あっけらかんと言う黒野白太であるが、サクヤは笑わなかった。 『やっぱり貴方は充分に異常だわ。…勝利なんて何の価値も無いだろうに、何でそんなものを求めるの?』 『僕は勝ちたいだけの武装紳士です。勝ちたいから勝つ、それ以外に意味はありませんよ。』 『イシュタルも同じ意見なの?』 サクヤに話を振られてそれまで黙っていたイシュタルが返事をする。 『私はマスターのようには考えてはいないな。勝利だけでなく敗北にもまた価値があると思っている。それに私達が君達に勝つ日は無いだろうとも思っている。』 『じゃあ何で刃毀れを止めないの? 勝利以外は無価値だって言う刃毀れにとってここでの戦いは無意味じゃないの?』 『私が神姫だからだ。マスターは私の勝利を信じている。それが例え幼子の夢のような無根拠のものであっても、それに答えるのが神姫というものだろう?』 武装する神姫、武装神姫、その在り方は、ただひたすら、勝利を望むマスターの為に勝利を。 イシュタルの答えにサクヤはハッとなったようだった。 『驚いたわ。貴方達にもちゃんとした絆があるね。勝利で結びついた絆が。』 『果たしてそれを絆と呼んでいいのかと疑うがな。私のマスターは格闘技はやってないし手先は器用ではないし頭も良くし友達も居ないからバトルの大体は私は任せだ。むしろ無能とも言っていい。』 『うっわ、ひど。事実だから別にいいけど。』 『それでも私は貴方達に絆があると見るわ。確かにそれは歪ではあるけれどね。』 『サクヤさんはどうなんですか? 貴方のマスターと会話した事ないんですけど。』 『私には御嬢様がいるけど、御嬢様はマスターではなくオーナーね。人間じゃ私への指示が間に合わない。』 『サクヤさんですらもですか。サクヤさんですらそうなら、ここの利用者は皆、そうなのかもしれませんね。』 『そういう意味でも貴方達は異常なのかもね。マスターと神姫が一緒になって戦う普通の武装神姫。…ちょっとだけ羨ましいわ。』 『でも僕は適当に武装させたり指示出してるだけですし、イシュタルは勝手に動いているだけなんですけどね―。そのせいで結局は勝てませんし。』 『でも刃毀れはイシュタルを信じているんでしょ。』 『…まぁ、マスターが神姫を信じてやらなくて誰が信じてやるんですか。べ、別に勘違いしないでよね! ホントはイシュタルの事なんて何とも思っていないんだから!』 『男のツンデレって気持ち悪いわね。』 『同感だな。』 『言わないでください。自分でも本当に面倒臭い性格だって自覚しているんですから。』 神姫二体から罵倒されパソコンのデスクトップに向かってがっくりと頭を垂れる(一応)神姫マスター、黒野白太。 『でもハッキリ言って、僕が貴方達に勝てる可能性は零ではないと思っているんですよ。』 『あら、どうして?』 『ハッキリとした根拠は無いんですけどね。最強の武装はあるのかもしれませんが、無敵の武装は無いと思っているんです。何事も一長一短と言う一般論ですね。』 『私にも短所はあると言うの?』 『ありますよ。サクヤさんのナイフの量は確かに脅威ですけど所詮はナイフです。剣や銃弾で直接的に弾いたりするのではなく、爆風などで間接的に吹き飛ばせばいいのではないのでしょうか。』 『…成程。まぁ、間違ってはいないわね。』 『付け加えれば貴方達にはマスターが居てイシュタルには僕が居る。これもまた大きな違いです。』 『バトルにおいて人間の指示を聞くよりも神姫が自分で考えて動く方が効率がいいわよ?』 『それはそうですけどね。でも状況に対する柔軟性は僕達の方が上だと思っています。イシュタルが思いもよらなかった戦術に僕が気付くかもしれません。その逆も然りです。』 『でも貴方、無能じゃない。』 『一寸の虫にも五寸の魂です。』 『うちのマスターは自分が凄いと思っている誇大妄想野郎だからな。』 『イシュタルって容赦無く刃毀れを罵倒するわよね。』 『こんな奴を尊敬しろと言う方が無理だろう。』 『そのくせ刃毀れの為にバトルする事に迷いは無いと。』 『残念ながら私は刃毀れの神姫だからな。私が人間だったら知り合いにすらなりたくなかった。』 『イシュタルのLove度は-255です、はい。』 『カンストしてるのね。マイナス方向に。』 等と、和気藹藹と(だがこの中に人間は黒野白田一人しかいない)雑談をし、途中、サクヤが胸元から金色の懐中時計を取り出し、時間を見た。 『もうこんな時間。そろそろおゆはんの支度をしなくちゃ。』 『あ、そう? じゃあばはあーい。』 『出来たらまた今度、料理のレシピを送ってくれ。サクヤの料理は本当に上手い物が出来るからな。』 『分かったわ。それじゃあね。』 パソコンのモニターの向こうから、サクヤの姿が消えた。 それを確認した黒野白太もまた表示されていたページを閉じデスクトップに表示されているアナログな時間表示を目にする。時刻は約六時四十三分、窓から差し込んできた黄色味を帯びた光が満腹神経が刺激され内臓が言葉には出さずとも空腹を訴えかける。 立ち上がった黒野白太に合わせてイシュタルは彼の右肩に飛び乗って座った、そこが彼女の指定席であるからだ。 「じゃあ僕達もそろそろ夕御飯にしようか。今日は何作るの?」 「親子丼とごぼうのサラダ。昨日、卵が安かったからな。」 「分かった、じゃあ僕は親子丼の方を作ろうかな、サラダの方は任せたよ。」 「前みたいに弱火で加熱してしまい卵を発泡スチロールの屑みたいにしてしまわないようにするなよ。」 「分かってるって、強火で一気に、だよね。」 トントントンと小刻みの良い音の後に、ジュウジュウとフライパンが働く悲鳴の音が部屋に響いた。 神姫がマスターを見下し、神姫が罵倒し、神姫が戦い、神姫が勝利し、神姫が料理を考え、神姫が調理をする。 武装だとか戦法だとか実力だとかは普通なのかもしれない、けれどこういう日常も充分に異常で、けれど悪い物ではないと黒野白太は考えていた
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とある日の三河家 目を覚ますと何やら違和感が。はて、なんでしょうこれは?あ、お早う御座います。結です。 体機能に異常はありません。手足も問題なく動きます。 んー、でも何か違和感があるのです。 「・・・あっ」 手をグッパ、グッパとしていて気が付きました。本来犬型の手は黒いのに今動いている私の手は肌色です。昨日言われていた「考え」とはこの事だったんですか。何ともはや仕事が速いですね。 「ん?」 と言う事は・・ 「・・・・・・!!!」 自分の体を見下ろし数秒、狼狽します。クレイドルの上で全身肌色の私が寝転がっているんですから仕方ありません。寝る前に着ていた寝間は横に畳んでありそれを引っ掴んで即行で着ます。 あー、吃驚しました。 冷静さを取り戻すとクレイドルを文鎮代わりにしているメモを見付けます。 『昨日言っていた通り体の外装を交換した。一応以前の外装は保管していあるから問題があるようなら帰宅後言うように。後一応裸なんだし下着を用意しておく』 メモの横に包装されたままの神姫用下着が置かれていました。 「ありがとう御座います。ご主人」 メモに向かって一例を。でも出来れば寝ている時にタオル掛けておいて欲しかったかも・・・ いつもの巫女服に着替える前、下着を付けます。 が、袴なので下はいいとしても上は少々不釣合いのようです。薄布とはいえ白小袖では浮いてしまいます。ここは今まで通りサラシを巻いておきましょう。最後に白足袋を履いて時計を。 「えぇ!?」 時刻は午前10時、いつもの起床時間より4時間も遅いです!急いでお勤めをせねばなりません! 一路境内へと走ります。 「寝過ごしました!すいません!」 境内を掃除されていた奥さんに謝罪をして竹箒を手にします。 「お早う。話は聞いてるわよ、ゆっくりしてなさい」 「お早う結さん。今日は休む事がお勤めだ」 宮司さんも箒を手に拝殿前にいらっしゃりそのままご夫婦で掃き掃除を続けられます。 「ですが・・・」 「「ダメ♪」」 さて、何をしましょう。お勤めはお休みとなりましたし盆栽は今のところ手を加えられませんし。 「トレーニングしますかね」 体の確認も兼ねて軽めのものをこなすとしましょう。 仕込みを抜いて剣の型を始めます。 上段に構えてから唐竹、逆風、袈裟懸け、右切上、左薙ぎ、逆袈裟、左切上、右薙ぎ、最後に腕を引いて刺突へ。剣術に於ける最も基の型を続けます。 「ふむ」 どうやら間接や稼動部のメンテもして頂いたようです。手足は滑らかに、昨日までよりもより軽快な動きが出来ています。 調子に乗って逆手での連撃まで練習してしまいました。 お昼まで練習を続け一旦休憩をと公園へ向かいます。 「ふぅ」 ベンチに腰掛一服を。そういえばこう何も無くのんびりするのは久々な気がします。いつもならお勤めや盆栽の手入れなどしていますしね。 「にゃぁ」 「あっ、こんにちわ」 公園から来たのはご近所の猫サスケさんです。この方飼い猫なのに野良達を束ねているのですよ。しかもご老人方に人気なのです。日がな一日ここでのんびりしている姿が癒されるのですね。自分より大きなその体を撫でているだけでなんともゆったりできるので私もファンだったりします。 そんな彼をモフモフして過ごすのも良いものです。 昼過ぎ、ご主人が帰宅されました。 あれ?今日は平日なのにどうされたのでしょうか? 「今日はお早いですね」 「半休。それより体はどうだ?」 「問題なく。寧ろ調子が良いくらいです」 満足そうに頷かれ鞄から神姫センターの袋を出されます。 「それは?」 「今日は何日だ?」 えっ、確か三月の10日・・・・あっ! 「思い出しました」 「自分の誕生日くらい覚えておけ」 そうなのです。今日は私の誕生日でした。厳密にはこのお宅に来た日なのですけどね。宮司さんご夫婦がその日を誕生日とされたのです。 自分事とは言えそれを忘れていたとはお恥ずかしい限りで。 「周りの事には敏感なくせにな」 「面目ないです」 カラカラと笑うご主人と共に部屋に戻りました。 自室で例の袋を開けると出てきたのは一着の服でした。 「思えば巫女服以外着てない気がしたからな」 「とても嬉しいです!」 それを中から取り出します。そっと後ろを向くご主人、紳士ですね。 朱袴と白小袖を脱いで側に畳み新しい服を手にします。藤色の矢絣のお召しに海老茶色の袴と何ともハイカラな組み合わせ、私の好みを熟知されています。更にはいつもの足袋と黒塗りの駒下駄と皮のブーツの二種類を選べるのですよ。 「ご主人」 「ん、似合うぞ」 その一言に何とも言えない幸福を味わいます。「嗚呼、何と幸せな事か」とね。にやける自分が容易に想像できますが笑顔を止める事など無理なのです。新しい服というもの勿論ですけど何よりプレゼントされたという事が嬉しいのです。自身のオーナーからなのですから尚更なのですよ。 「ほれ、ニヤニヤしてないで出掛けるぞ」 「あ、はい。只今」 ご主人の肩の上にて景色を眺めつつ会話を楽しみます。 「ところでどこに行かれるのですか?」 「特に目的地はないな。散歩だよ」 「成る程。それもいいですね」 どこへともなくブラブラと、ゆったりとした時間は穏やかで何気ない会話も楽しくて。ただの散歩にもこんなに幸福はあるものなのですね。 「あれだな、お前がウチに来てからもう2年か」 「ですね。早いものです」 のんびりとご近所を散策しつつ会話は過去の日へと。 春先に私はここに来ました。 オーナー登録を済ませた私が見たのは暖かな陽日と穏やかな境内の風景でしたっけ。 「ここがご主人のお住まいなのですね」 「ん。後両親と近所の野良、お前もな」 宮司さんご夫婦との挨拶に始まり神社を案内して下さいました。そしてお昼、私にとって重要な事が起こります。 「こんにちわ」 「おー、早かったな」 大学をお休みした直子さんがいらっしゃいます。手にした大きなトートバックには何やら着替えらしきものが見えていました。 「取敢えず上がってくれ。もう少し辺りを回ってくるから」 「はい。そうそう、こっちの二人も起こしておきますね」 境内を出てご近所を散策します。「近所くらいは知っておけ」との事で。 少し歩けば秋葉原の電気街、反対側に向かえば住宅地、道を2、3本交えるだけで景色はガラッと変わるのでとても楽しかったものです。更に小さな商店街では私達同様に神姫を連れた方を沢山見かけました。皆楽しそうで印象的でしたよ。それに空気がなんだか暖かくて。 「大体こんなとこかな。把握できたか?」 「はい」 目覚めたばかりでまだまだ感情表現が薄く気の利いた応えが出来ませんでしたね。 一通りの散策を終え帰宅するとそこには直子さんが。 「只今戻りました」 「お帰りなさい」 ご主人の肩から見たその姿は境内の雰囲気と相まって落ち着けるものでした。来訪時の私服から着替えた直子さんは白の着物に朱色の袴、巫女の出立で淑やかでした。その姿に私は何かを感じます。 「あ、あの、そのお姿は?」 「うん?巫女よ。神社のお勤めをする女性の事ね」 ただ境内を掃除しているだけだった筈なのに私は深く感銘したのです。そして、 「ご主人、唐突ではありますがお願いが御座います!」 「ちゃんとしたのは後で造ってやるから暫くはそれで我慢してくれ」 「勿体無いお言葉です!ありがとう御座います!」 奥さんの趣味たる手芸の技術をもって私は巫女服に袖を通したのです。家事でお忙しいでしょうに快く誂えて下すッた奥さんと着替えた私を神前にて祈祷を捧げて下すッた宮司さんには心よりのお礼をしたのは言うまでもありません。勿論ご主人もですよ。 「それじゃ次は私の番ね」 「お願いします!」 ご主人の肩をお借りし直子さんのご指導を頂戴します。 効率の良い掃き掃除の仕方からお勤め全体の流れ、特に塵の積もり易い場所や社務所での手順に参拝の仕来り等々、細かなところまで丁寧にご教授頂いたのです。更には宮司さんから木々の手入れの仕方を、奥さんから家事全般の教えを。 「ウチにも巫女さんが居てくれると助かるわ」 「だな。バイトさんだけでは厳しい時もあるしな」 「精一杯励まさせて頂きます!」 深々と頭を下げ今後のお勤めの意気込みを示しましたよ。 「好きな事するのも肝心だ。でも偶には付き合えよ?」 苦笑のご主人を覚えています。 「勿論です。私は武装神姫でオーナーはご主人なんですから。本来のバトルも誠心誠意、粉骨砕身の決意です!」 「ああ。でもま、バトルも楽しみ優先で行こうな。「好きこそモノの」ってやつだ」 「はい!」 その後春音さん、綾季さんとのご対面をし夜には祝賀となったのでした。 「思えば中々に長い期間たったのですね。光陰矢の如しですね」 「だな。それから10日後だったな初陣は」 「はい。覚えていますよ」 私は少し苦笑します。 境内の掃除や手水舎の準備は最初は手間取ったものです。 そんな日常も少しずつ慣れ始めた頃、私は始めて神姫センターに赴いたのです。 日頃ご主人の帰宅後にトレーニングを積み重ねていた私は犬型の基本装備を何とか使える程度にはなっていたました。 「次の金曜日休みだから行ってみるか」 「はい」 その時はまだこの近辺のレベルも知らず初陣に心躍らせていましたっけ。 当日。 午前というのもあって比較的空いているいる時間帯にセンターを訪れていました。 「・・・スゴイですね」 「だなぁ」 バトルの様子を大きなスクリーンで見ていた私達はその迫力に圧倒されていました。思えばこの時点で気負っていたのかもしれません。踊っていた感情は形を潜め代わりに緊張が押し寄せてきていました。 「ま、初陣だし胸を借りるくらいで行けばいいさ」 「は、はい」 解そうとして下さるご主人の声は聞こえていても私の中は「勝たないと!」と思うばかりでした。 そして私は負けました。それはもう一方的な敗北、正に惨敗でしたよ・・・ 筺体を離れテーブルにて私は落ち込んでいました。 「気にし過ぎ。最初から巧くなんていかないものだ」 「ですが流石にアレでは・・・」 自身の情けなさに暗くなる一方でしたね。 その後も数回バトルをしましたが結果は明白、私は本当に「武装神姫」なのか?と思う程のものでしたよ。 翌日からはお勤めの合間を縫ってはトレーニングに励みました。 只々我武者羅に。でもそれは素人の考えでした。巫女とバトルの二束の草鞋な私は何度もバッテリー切れを起こしては皆さんにご迷惑をお掛けしました。その度に心配されていたにも拘らず無茶もしました。終いには折角頂いた巫女服を損傷するまでに至ります。 「・・・・申し訳ありません・・・」 「服はいいのよ。それよりもあまり無茶ばかりするもんじゃないわよ?」 「そうだぞ。一朝一夕で実力は高くなんてならんさ、少しずつでも続ける方が余程効率も良いし何より負担もすくない」 修繕して頂いた巫女服を着た私は益々落込んでいきました。どうしてこうなんだろう?なんて自分は不甲斐ないのだろう?と。 ある日有給休暇で家にいらっしゃったご主人に私はお願いしました。 「ダメだ」 「何故ですか!?」 「これ以上無理してみろ、それこそ壊れるぞ?」 「ですが・・・私は武装神姫です。バトルに重きを置いていると自負しています。なのにこんな実力では・・・」 トレーニングの増加を進言した私、何も判っていませんでした。 「確かにお前はバトルをメインで考えていた。でもな、その前に体壊したら本末転倒だろう」 「・・・」 言葉を返しはしませんでした。でも表情に表れていたようで。 「なら3日だ。3日だけ試させてやる」 「ありがとう御座います!」 困った表情のご主人が印象的でした。 それから3日間、私はお勤めを休みトレーニングに明け暮れました。 格闘技、投擲、射撃。全ての武装を片っ端から使い的を射るだけのものです。それでもほんの少しは武器の特性を覚えては行きましたがとても効率的とは言えないものでした。簡単に言ってしまえば無駄骨です。何か一つを極めんとしていれば結果は変わっていたかもしれませんがその時は只「覚えれば使える」と勘違いしていたのです。 約束の期日が過ぎいよいよバトルとなった土曜日。 「勝ってきます」 「・・ああ」 あれ程の修練をしたのだ、負けるわけがない!そう思っていましたよ。 でも現実は厳しかったですね。 たった一撃、しかも有効打とは言い難い攻撃が当たっただけでした。 終った・・・・ 私はリセットされるのだろうと覚悟しました。オーナーの意向に背きこの有様では言い訳もできません。 「ま、気にするな」 ご主人の言葉に気遣いを感じましたが私はもうダメでした。 テーブルの上へたり込み宙を傍観していましたっけ。 私は勝てないんだ。努力してもダメだった。もうバトルはしないでおこう。そんな事ばかりがAIを埋めていきました。 その時です。あの方にお会いしたのは。 「お前さん。一歩って小さいと思うかい?」 湖幸さんです。 それ以後は以前お話した通りです。 師匠の教えに今までを思い返し反省しましたね。そして皆さんに謝りました。穏やかに微笑まれる皆さんを鮮明に覚えています。 「あの時は本気で焦ったな。ここまで思い詰めるとは思わなかったし」 「お恥ずかしい限りです。今思い出すと・・・いえ、恥ずかしいので止めておきます」 カラカラと笑うご主人。私は赤面して俯きます。なんで恥ずかしい事とかって忘れないんでしょう? 過去の話に花を咲かせ、笑ったり、照れたり。何気ない会話を楽しみ続けました。 日が傾き始めた頃私達は神社へと戻ります。 夜はお祝いと豪勢なお食事を頂きました。何とも恵まれ過ぎな自分が申し訳ない気がします。 今年で二回目の私の誕生日、より絆を感じれるこの日、とてもとても幸せでした。 「でも忘れてたけどな」 「ぁぅ~」 現在装備 巫女服 ×1 仕込み竹箒 ×1 玉串ロッド ×1 御籤箱ランチャー(改) ×1 灯篭スラスター ×2 リアユニット賽銭箱 ×1 前へ 次へ
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世に一人しかいない、あなただから エルゴから帰ってきた私達は、シャッターの前で待っていた常連客の 応対を終えて、預かった“ツガルタイプオプション付きハウリン”の チェックをしている。研鑽中の情報処理技術も総動員しての作業だ。 その傍らでは私服のロッテが心配そうに、眠る神姫を見つめている。 ちなみにこの神姫、昨日買われていったばかりなのだが、有無……。 「ふむ。むぐ……むむ、これはどうにも深刻かもしれんな」 「マイスター。この娘は治せませんの?火器管制システム」 「うむ。論文で読んだ事も、日暮に聞いた事もあるのだが」 「だが~……?だがってどの事なんですの、マイスター?」 「所謂あれだ、“ワン・オブ・サウザンド”という奴だよ」 銃器職人の伝説であるそれは、千挺に1つの偶然の産物を意味する。 微細な部品加工時のミスや、手作業による部品同士の相性。これらの 様々な偶然により、量産品にも拘わらず通常を凌駕する性能を持った “神様の贈り物”の一挺を“ワン・オブ・サウザンド”と呼ぶのだ。 マイスター(職人)と名乗るなら、他業種の職人に関する伝説も必須! 「論文は、神姫版“ワン・オブ・サウザンド”の存在を示唆し」 「で、日暮さんはその証言をしてくれた、という事ですの~?」 「うむ、なかなか理解が早いなロッテ。流石私の“妹”だッ!」 「えへへ~……で、えと。そうなると、この娘がソレですの?」 私は肯くしかなかった。神姫版のそれは“オーバーロード”と言われ、 CSCとコアの相性による後天性と、部品加工の段階で起こる先天性の 二種類を持つという。だが、どうもこの娘は……両方に該当する様だ。 しかも“オーバーロード”は、良い事ばかりの当たりクジ等ではない。 “ワン・オブ・サウザンド”は持ち主に不幸をもたらしたと言うが…… “オーバーロード”は知性を持つ神姫自身に、多大な不幸をもたらす。 「この娘の場合は、火器管制システムが別系統に宛われている様だ」 「別系統……それってなんですの?ひょっとして白兵機能ですの?」 「わからんが、それはないな。駆動系の出力効率もどうも鈍い……」 私もロッテも、言葉がない。何せ現状では、バトルに出られないのだ。 ツガルタイプオプションの長所である射撃装備は現状では煙も出ぬし、 かといって白兵装備を握っても、このままでは押し切られて敗北……。 初めからバトルを無視するユーザーには何でもない話なのだが、今回は バトルを好む常連だけに、この“初期不良”は参っている様子だった。 一応はこの“ALChemist”も販売店である故、既に交換に応じている。 「マイスター……このままじゃこの娘は、どうなっちゃいますの?」 「返品してしまえば、パーツレベルで解体されてリサイクル……か」 「そんなの、そんなの可哀想ですの!産まれてきただけなのにっ!」 「無論!“HOS”系のソフトを使えば問題は防げるが、それもな」 「ああいうのを使うのも、なんだか可哀想ですの……人形みたいで」 ロッテの言葉を滑稽と思うか?だが彼女らは、既に人間と変わらぬ。 無機物の15cmにも満たない躯とは言え、人と同じ思考ができるのだ。 そして“プロテクト”を外された彼女らは、自由な心さえ確立する! そんな彼女らを“人形”と嘲笑できる奴こそ、既に人ではないッ!! ……少し熱くなったがともかく、私達に返品する気はなかった訳だ。 動きを画一化する市販の戦闘制御プログラムも、無論考慮にはない。 「うむ……“HOS”自身は、事件とその後の風評被害もあるし」 「マイスターなら、きっとその辺もなんとか自作しちゃいますの」 「……そこまで読んでいたかロッテよ、この娘は本当に良い娘だ」 「だって、どうなってもわたしはマイスターの“妹”ですの~♪」 正規品をそのまま使うのは、余程の事がなければ私はしない性格だ。 だが、彼女に出来る事は何か?それを掴まなければ、何も始まらぬ。 だからこそ私は荷札を書き始める。宛先は……株式会社東杜田技研。 もう片手では“Dr.CTa”宛てのメールを入力する。とどのつまりは、 彼女らに解析を依頼するのだ──この“オーバーロード”の正体を。 「そう言えば、この娘はマスター登録されちゃいましたの?」 「一度な。だが交換の段階で停止し、正規手順で解除したよ」 「それならこの娘は、私の妹かお姉ちゃんになりますの~♪」 まあ自然とそうなるだろう。返品もせず元のオーナーの所にも帰れぬ。 となれば居場所は、他に引き取り手がなければここ以外にはないのだ。 しかも“オーバーロード”……未来を考えれば、ずっと面倒を見たい。 傲慢かもしれぬが、神姫に関わる私だからこそ出来る……最善の手だ。 「ではロッテと同じ様に、この娘にも名前を与えねばならぬな」 「はいですのっ!お店から一文字もらって“クララ”とか……」 「クララか。有無、良い名前だ。戻ってきたら、呼んでやろう」 「了解ですの♪クララ、もう暫く我慢してくださいですの……」 ……“ロッテ”も店名から拝借したのだが、彼女には後で説明するか。 ともあれ、私は眠っている“クララ”をそっと緩衝剤の上に横たえた。 傷が付かぬ様、布でくるんでやるのも忘れない。明日にでも発送だな。 結果として大損となったが、この際は儲けよりも私達の魂を尊重する! 「さてと……今度はロッテの番。エルゴで調整した“アレ”だ」 「はい♪早速プログラムを入れて、自己調整してみますのっ!」 「手塩に掛けて、お前を大事に育ててやるからな……ロッテよ」 「はいっ。今度からクララも一緒ですの、マイスター……ん♪」 「う゛……面と向かって言うな、不意打ちすりすりも禁止ッ!」 ──────大事な大事な、私の“妹達”。願わくばずっと側に。 次に進む/メインメニューへ戻る
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猛り狂いし、地を灼く竜(前編) その日、私・槇野晶は神姫達が目覚める前から大忙しであった。何しろ、 彼女らが重量級ランクに挑む日なのだ。リサーチしたデータと自己鍛錬の 経験……そして私自身と彼女らの“技術”が、勝敗の全てを握っている。 ノウハウなど存在しないも同義。正直、全員未知の荒野へ旅立つ気分だ。 ならば、出来る準備を可能な限り行うしかない。それが明暗を分けるッ! 「充電完了、システム起動──ふぁ……おはようございますですの~♪」 「む、起きたかロッテ。アルマとクララも、起こしてやってくれんか?」 「はいですの!マイスター、寝ないでずっと準備していましたの……?」 「……仮眠は少々取ったが、結構ギリギリだな。しかし頑張らねばッ!」 そして朝日を迎える内に、前日まで練習尽くしだった“妹”達も次々と 目覚めてくる。それと前後して、“プルマージュ”の最終調整も完了。 本来は“アルファル”も同時使用出来るのだが、今日は敢えて使わぬ。 “プルマージュ”に皆が慣れているか、その力を引き出せるかが肝要。 それを見極めてからでも、決して遅くはないはずだ……という訳でッ! 「よし、皆着替えと洗浄は終わったな?忘れ物も……有無、無しッ!」 「“プルマージュ”達も、コンテナでちゃんと寝てるから大丈夫だよ」 「それじゃ皆、行きましょう?……あたし達の、新しいステージにっ」 「はいですの~♪どんな姉妹達がいるのか、今から楽しみですの~♪」 コンテナの増加で更に巨大化した、キャリアを引っ張りつつ店を出る。 旅行鞄風のコレに、神姫達の武装パーツは無論の事……着替えや相棒の “アルファル”と“プルマージュ”が、更には各種電装機器や充電用の 小型バッテリーまでも搭載されている訳で……流石にデカくて重いッ! 「ふぃぃ……流石に私の背丈に迫る勢いの荷物、骨が折れるな……」 「どうせなら駆動系付けて、マイスターが乗っちゃえばいいんだよ」 「それも手だが、アキバの雑踏では些か危険だろう……だが、ふむ」 「乗れないにしても、モーターで車輪の動きを支えられませんか?」 「電気自転車みたいな感じですの。あ、付きましたのマイスター!」 そんな他愛もない雑談で辛さを紛らわせつつ、神姫センターへ入店する。 流石にこの時期ともなれば、空調は暖房か……快適だな。私はマフラーを 外し、“妹”達のコートも脱がせる。その下にあるのは、“フィオラ”。 あくまでもエントリーは“可憐・華麗”に。その拘りは貫きたいのでな! 「バトルの申し込みは先程終わらせた。誰が一番に来るかは分からぬ」 「い、一番にあたしが来る可能性もあるんですね?……緊張しますっ」 「確率三分の一だから、そこまで気張らなくてもいいと思うんだよ?」 「そうですの~♪対戦相手が何時見つかるかの方が、心配ですの……」 『槇野晶さん、アルマの対戦相手が見つかりました。オーナー席へ~』 「ひゃいっ!?あぅぅ……やっぱり一番でした。気合、入れないとっ」 なんだかんだでアルマは緊張しているのだろう。私は彼女を抱き上げて、 優しくエントリーゲートに降ろし、アルマの武装ケースをサイドボードに 差し込む。リサーチした寸法通りに、箱はピッタリと収まった。完璧だ! 「大丈夫だ。私達が見守っている……存分に、蹴散らしてこいよっ!!」 「は、はいッ!恥じない戦いを、してきます……じゃ、行ってきます!」 私達三人の笑顔に見送られて、アルマはゲートの奥へと降りていった。 彼女の意識は、ヴァーチャルフィールドへと遷移し……戦いが始まる! しかし、見守っていた私は……重要な事実を告げなかったのだ。迂闊! 『アルマvsガルラ、本日の重量級リーグ第4戦闘、開始します!』 「で、出番ですね……」 『なお、ゲートより神姫は高速射出されます。衝撃に備えてください』 「──────へ?」 「そう言えば……アルマ、開始と同時にファフナーを呼ぶのだ!」 「は、はいぃぃっ!?」 『3……2……1……GO!!』 「きゃ、ああぁぁぁぁ~っ……!?」 そう、重量級ランクでは目方のバラツキが大きくなりがちである。故に、 神姫達はリニア射出により、ゲートから一定速度で強制排出されるのだ。 開始時の相対距離をある程度一定に保つ事で封殺を防ぐ、等の名目でな。 だが生身でそれを受ければ、障害物や床に激突してしまうのだ……むう。 「ひゃあぁ……ファフナーッ!?」 『グルル……グルォォォオンッ!!』 「きゃっ!?ふぅ、た……助かりました」 しかし気の利く様になった“相棒”が、即座に彼女をピックアップする! そこへ、近くの岩山から対戦相手となる神姫の声が響いた。今回は誰だ? 「無様ね。貴女、この戦場は初めてなのかしら?」 「ッ!?貴女が対戦相手のガルラさん、ですね?」 「そう、苛烈なる鳥の女帝……それが私、ガルラ!」 少々ナルシストの入ったその神姫は、“神姫パーツ流用組”らしかった。 来年発売の限定バージョン・エウクランテ及びイーアネイラを意識した、 黒と紅に彩られた第五弾のリペイントパーツ。更に、それを覆う様にして 全身に纏ったティグリースとウィルトゥースの装備……頭部は、禍々しい アレンジのバイザーに覆われており、口と金のポニーしか見えぬ作りだ。 だが改造パーツとは言え、その娘は紛れもなく公式パーツを用いていた! 「ふぅん。通常ランクでは一応セカンドなのね、貴女……?」 「お陰様で……でも、そんな“常識”が通用しない事は弁えてます」 「そう。なら話が早いわ……ここでの流儀、見せてあげましょうッ!」 「手合わせ、願います……行きましょう、ファフナー!」 『“W.I.N.G.S.”……Execution!』 『グルォォォォォォンッ!!!』 “朱天”由来の大剣を振るう鳥の女王を目の前に、アルマは怯まない。 “フィオラ”から追加パーツ付きの“シルフィード”に姿を変えた上、 ファフナーの背中に己の太腿から下を“合体”させた。これが、第一の 戦闘形態。竜騎士の型……“ドラグーン・シルエット”である!付属の “センチュリオン”と“ティンクルスター”を携えて、彼女が構えた。 「なるほど、騎乗型なのね……しかし、その程度見飽きたわ!」 「あたし達を、普通に見ない方が良いですよ……参りますッ!!」 『グルォォォオンッ!!』 ──────竜の騎士として、誇り高くあろうね。 次に進む/メインメニューへ戻る