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探偵犯罪公表推進委員会について 隠蔽捏造の上手な探偵の犯罪を白日の下に晒すために発足された委員会 http //sky.geocities.jp/ex26motion/top.html 探偵犯罪の被害にあわれている方はご自分のページを持たれて探偵の犯罪について知っている事を公表してみてはいかがでしょうか?少しは気分が晴れますよ
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作者:東野圭吾 初版:2000年X月X日 感想: 【1回目】 期間:2007年8月 日数: 探偵 東野圭吾
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名探偵村特殊ルール PHP仕様@ねこねこさん 1. 共有の一人が名探偵役になる(どっちが名探偵かは相談で)。初日必ずCO。 残りの共有は潜伏してもCOしてもよい 2. 名探偵が必ず吊り指定する。指定しなかったら名探偵に入れる(強制)。 3. 狼は名探偵を噛まない。噛んだらペナルティとして翌日COして吊られる。 4. 探偵が死んだら残りの共有が名探偵役になる。 共有が二人とも死んだら通常通りのゲームに移行する。 5. 吊り指定するので時間前に投票しないように。 吊り指定は何度でも変更可能で、一番最後の指定が有効になる。 6. 大文字を使っていいのは以下の発言だけ。 ・CO ・名探偵の発言 名探偵の吊り指示は必ず大文字 7. 名探偵が吊り指定する以外は通常通りのゲーム。 COしても偽COしても潜伏してもよし。 8. 役職名を入れ替えて呼称するとより雰囲気が出るが強制では無い。 共有(指示役) → 探偵 共有(相方) → 助手 占い師 → 捜査官 or 警察官 霊能者 → 鑑識 狩人 → 警備
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少年老い易く学成り難し、一寸の光陰軽んずべからず。 「光陰矢のごとし」 といえば、時間は一瞬のうちに通り過ぎてしまうものだからウカウカしてるとあっと言う間になくなってしまうものだ、というダラダラやボヤボヤを戒める意味のことわざだ。 実際若いうちは、時間なんていうものはあまり先見的に考えていなかったし空気と同じであって当然、気にするほどのものでもないと思っていた。 35歳といえば 「年をとった」 と言われたり 「まだまだ若いじゃないか」 と言われたりする微妙なお年頃なわけだが、最近俺も時間の有用性というものを真剣に考えるようになってきた。 きっかけなんて物は本当に些細な物で、ただ近所のパチンコ屋に入り浸っていたら元金割れてるわ、気づくと夜になってるわで、見たかったテレビ番組の終了に間に合わずただただヘコんだことが原因だ。よくよく考えると我ながら、本当にどうでもいい理由だと思う。 ともかく。そんなわけで俺は自分の生きてきた35年間の時間、つまり半生というヤツを振り返ってみる気になったわけさ。 いろんなことがあったよ。なんせ内容量が35年分だもの。 オギャーと生まれて義務教育というものを強制的に受けさせられ、厳しい受験戦争を斜めから見るように傍観しつつも、そこそこの県立高校に入学。高校卒業して後、専門学校に入学。様々な人たちとの出会い、別れがあった。甘酸っぱい思いでもあれば、ほろ苦い思いでもある。友人に裏切られたこともあった。200円貸したまま、結局返してもらえなかったりな。 その後、たまたまバイトで入った近所の興信所で探偵という職業を肌で実感。そこでの仕事に強い衝撃を受け、俺にはこの職業しかない!と唐突に思いつき、師匠の下で必死になって探偵作法ABCを学んだのだ。 今は無理だが、当時はしかるべき場所に届けを出してさえいれば誰でも簡単に私立探偵を名乗ることができた時代だったから、俺は師匠の下で学んだ知識経験をフル活用して、独立後がんばった。ガムシャラに働いて働いて、働きまくって。気づくと、そこそこ名の通った探偵になっていた。 思えば、あの頃が一番楽しかった時期かもしれない。余計なことを考える余裕もないような生活だったが、それでも好き勝手やって暮らしてたし、自分はきっと社会の役に立っているんだという抽象的で漠然とした達成感もあった。猪突猛進で、あまり世の中が見えていなかっただけかも知れないが。 しかし、そんなある意味充実していた日々も、突然終わりを迎えることになった。 友人の国木田がいなくなり、朝比奈さんが消えた。 そして、朝倉涼子も姿を見せなくなった。思えば今までの人生で、あれが一番こたえたことだったかもしれない。 そっから俺は、当時住んでいた町が、唐突に色彩を失ったテレビのように思え、夢うつつで泥沼の中に沈んでいくような心持のまま、倦怠感にひきづられてズルズルと生まれ育った田舎に帰ってきた。 それからずっと今まで10年間。惰性といってもいいくらいズルズルズルズル生まれ故郷で探偵をやってきた。 今の生活に不満足があるわけじゃない。今は今でいろんな楽しみや仕事の遣り甲斐も感じているが、なぜだろう。 あの日。10年前まで感じていた日々に比べれば、今はやけに目の前のガラスが曇っているように思える。 何がいけないとか、何がどう変わったということもない。同じことをやっているだけの日常だ。毎日毎日、あの頃となにも変わらない生活を営んでいるつもりさ。 なのに。最近、ふと気づくと、10年前のうら若き青年時代を回顧していることがある。 確かにあの頃には、今にない物がたくさんあったことは認めるが…… ────また。いつか。プラネタリウムに連れて行って あの引越しの日のワンシーンが、今でもまざまざと脳裏に浮かぶことがある。 あの町に戻りたいとは思ってないのに。まだ俺は、あの頃に未練があるんだろうか。 いや。これは年のせいなんだ。年とったら、昔の栄光ばかり追うようになりがちだと言うし。悔しいが、これはきっと年のせいなんだ。 そんなことを悶々と考えている俺の元へ、一通の封筒が届いた。 それはキョンと涼宮ハルヒの結婚式の案内状だった。 不意に、俺の視界の色彩が一段強くなったような気がした。 朝早く起き、ダラダラとした足取りで家を出た俺は、結婚式の招待状を手に新幹線に飛び乗った。 正直いってキョンはまだしも、涼宮ハルヒの顔がうまくイメージできなかった。あいつ、どんな顔してたっけ。実際顔を合わせたことがある時間はちょっとだけだし、ずいぶん昔のことだ。覚えていなくて当然か。キョンのヤツはきっと苦労人の顔になってるんだろうな。 などと考えながら列車内でペットボトルの茶を飲み窓外の風景を見ていると、またくらくらと眠気がやってきた。 「涼宮さんもですが、彼もなかなかの頑固者ですね。まったく。過去の悲恋を振り切るのに10年もかかったのですから」 式場の前で10年ぶりに出会った古泉一樹は、俺の脳内キョンの顔よりもさらに苦労人っぽくダンディーにふけていた。よくは覚えてないが、あのわがまま大王の腰巾着なんだ。そりゃ苦労もするわ。 聞くところによれば、古泉はあれから10年間、ずっと涼宮のお世話係をやってたらしい。なんという暇はヤツ。 「でも、それももうお役御免です。肩の荷が下りた思いですよ。これからは、彼女のお世話は旦那さんに全て一任することになりましたので」 晴れ晴れとした笑顔で、古泉は嘯いた。 「少し、寂しい気分でもありますがね。一人娘を嫁に出す父親の心境とでもいったところでしょうか。でもこれからは、僕は僕だけの人生を歩めるわけですし、涼宮さんは涼宮さんなりの幸せをつかんだわけですから。非常におめでたいことだと思います」 お決まりのにやけ顔で、古泉はそう言った。 ここだけの話、お前本当は、涼宮のこと好きだったんじゃないか? なんだかんだで14年間もあのわがまま女のお世話してきたんだろ。常人に勤めきれる役じゃないぜ。 「さあ。それはあなたのご想像にお任せしますよ」 それだけ言うと、古泉は俺の肩を軽く叩き、また後でお会いしましょう、とホールの方へ去っていった。 式場内に入る前に受付で芳名を書き、式場の職員らしき姉ちゃんにご祝儀を手渡した。ちなみに祝儀袋の中身はうちの近所のスーパーマーケットの商品券だ。どうせここにある祝儀袋の中身はどれを開けても似たり寄ったりの金額のピン札が入っているに違いない。だからこそ、是非この俺のご祝儀をジョークとして受け取っていただきたい。ひとりの昔なじみからの、ささやかな和みをプレゼントフォーユーだ。 会場に入ると、既にたくさんの人が集まっていた。あ、言い忘れていたけど、今日は洋式の結婚式場ね。 なんだかごくごく普通のリーマンっぽい人から、見るからに社会的地位を持っていそうな人まで様々だ。おそらく普通っぽい人はみんなキョンの来賓で、偉そうな人はみんな涼宮サイドの『機関』の人間なんだろう。 『機関』という言葉が妙に懐かしくて、口元がゆるんだ。 しかしまあ……見るからに知らない人ばかりだ。当然といえば当然だが。 ぶらぶらと自分の指定席を探していると、背後から誰かが俺の肩を叩いた。 振り返ると、そこには見覚えのある女性が立っていた。見覚えはあるのだが、それが誰なのかイマイチ明瞭でない。一応候補者の姿が頭に浮かんだが、その人物と同一人物であるという確信はない。 確信はないが、もしかしてお前、長門か? 「ひさしぶり。やっぱり、谷口さんだったのね」 どことなくあどけなさの残るショートヘアーの女性は、上機嫌の小動物を思わせる表情でくすりと笑った。 「全然かわってないんですもの。すごく分かりやすかった」 心底うれしそうにくすくす笑う長門を見て、俺はなんと返答してよいか分からず頭を掻いた。 俺の記憶には10年前の長門のイメージしかないものだから、それと今の長門との間にある大きなギャップが横たわっており、どうにも信じられず困惑していた。でもまあ何つぅか、10年も経つんだ。相変わらず小柄な童顔だが、これはこれで成長しているということが分かって少し安心したような気分でもある。 「どうしたの?」 いや、なに。俺の頭の中の17歳の長門を27歳現在に変換するのに手間取っただけだ。もう大丈夫。慣れたから。 「女性にむかっていきなりそれはないでしょ。でも、ふふふ、そういうところも、本当に変わってない」 そうか。最初こいつとの対応に困ったのも、これが原因だ。昔の長門はシャイなところがあってあまり積極的にしゃべったりしなかったし、聞こえるか聞こえないかのギリギリラインの音量だったが、今の長門(大)はそんな在りし日のシャイガールを思わせない普通の大人である。 お前は変わったな。と苦笑まじりに呟き、俺はようやく見つけ出した自分の席に腰を下ろした。 俺の席は、長門の席の隣だった。 「私ね。今度、独立して正式に私立探偵をやることになったの」 両手の指を絡ませながら照れくさそうにそう言う長門の横顔が、なんだか輝いて見えた。そう言えばこいつ、小説家になってプロレスラーになって探偵になるのが夢だって言ってたもんな。ドリームカムトゥルーってやつか。 小説家の方はどうか知らないが、この外見じゃプロレスラーにはなれていないようだ。当然か。 「さすがにプロレスは無理だったわ。残念。でも小説家の方は、実はまだあきらめてないんだ」 長門は少し照れたふうに肩をすくめてみせた。 本当によくやるよ。こいつは。俺はテーブルの上にあった水を一口飲み、嬉しそうに微笑む隣人から目をそらした。 こいつを見ていると、余計なことばかり思い出される。 「ねえ」 なに? 「それで、いつ連れっててくれるの?」 どこへ? 「どこへって。プラネタリウム。忘れたの? もう10年も待ってるんだけど」 ああ……。 悪い。 キョンと涼宮ハルヒの式は、何と表現したものか、非常に無秩序なランチキ騒ぎだった。 最初の方はまともで静粛で厳かに粛々と式次第に則って進行していたのだが、いかにも機嫌の悪そうな涼宮が途中で 「つまらない!」 とわめき始め、司会や新郎が必死になだめようとするも、一生に一度の花嫁衣装を振り乱し、大股でテーブルの上に足をかけてやたら楽しげに歌い始める始末。ヤケ気味の古泉もそれを援護して騒ぎ始めるから手のつけられない騒ぎになってしまった。 とうとう周りもそれにつられてテーブルクロスは剥ぎ取られ、声が飛び交う皿も飛ぶ。歌う踊るは序の口で、酔ったいきおいで寝ころぶ唸る。もう指定席なんて関係ない。椅子はあるけど立席状態。いやいや。タガが外れた群衆って面白いね。 新郎新婦の生い立ち、なんていう結婚式でありがちな退屈きわまりないウ○コ映像を延々と見せられるんだろうかとウンザリして来たんだが、これじゃ映像紹介どころか花束贈呈もありやしない。俺個人としてはしんみりしたのより、こっちの方が健康的でダンゼン好みだから、まったく不満はないがね。あはははは、もっとやれ! 一部泣きそうな顔したスーツ姿の人たちが退室するのが見えたが、そんなの関係ねぇ。新婦がノリノリで新郎は諦めているんだ。誰が迷惑することがあろうか。あ、式場の人が迷惑するか。まあいいや。一生に一度の恥のかきすてだと思えば、キョンのヤツも気が楽になるだろう。たぶん。 それよりも俺が驚いたのは、涼宮ハルヒは10年前に比べて年相応に成長を遂げているにもかかわらず、キョンの野郎は10年前とほとんど変わらない外見だったということだ。遠目に見ただけだから気づかなかっただけで、近くでみたらそれ相応という顔立ちになっているのかも知れないが、あいつは元からフケ顔だったからあまり違和感がない。 真っ赤な顔をして古泉が 「マッガーレ」 と言いつつへし折ったスプーンを投げつけてきたので、俺も日本酒というものをグイグイやって真っ赤な顔化し、「シネ」 と言ってスプーンを投げ返してやった。 聞くところによると涼宮ハルヒは下戸らしいのだが、素面のまま 「やあ」 「とお」 「てやあ」 「楽しいわ!」 とわめき散らしながら、酩酊した犬のように式場内を走り回っていた。よほど楽しいわ!と思っているのだろう。とんでもない花嫁である。 とうとう飲むだけでは飽きたらずリバースし始めた者まで出てきたので、そろそろついて行けなくなった俺は、皿の上からエビの尻尾をつかんでこそこそと式場から外へ出た。 ロビーに行くと、戦場から撤退した負傷兵のように式場から逃げ出してきた来賓たちが粛々とした面持ちでゆったりくつろいでいた。そうだよな。あれだけ騒いでいたら、まともな一般人はついていけないよな。 などと思いながら客用ソファーに腰をかけると、となりにキョンが座っていることに気づいた。 お前、新郎がこんなところで何をしているんだ……? 「さすがにあのノリにはついて行けなくなってな。しばらく休憩だ」 情けない顔でキョンは、後ろ頭をかきながら頼りなげに声をもらした。 新婦を置き去りにしてビバークとは、いい根性をした新郎である。お前、そんな体たらくでこれからの長い夫婦生活を乗り切っていけるのか? 「……そう言われると心配になってくる」 そんなので、どうして結婚するなんて気になんてなったんだろうね。独り者の俺にはそのへんの理屈が分からん。 「なんでだろうな。真面目に考えると余計に分からなくなってくる。どうして俺、ハルヒと結婚する気になったんだろう」 知るかよ。成田離婚はやめとけよ。偶然空から落ちてきた雷が頭上に直撃しないとも限らないぜ。 「でもな。滅茶苦茶なヤツではあるけど、あいつと一緒にいると、楽しいんだよな。疲れるけど、でもそれも含めて。10年前のあの事で沈んでた俺をずっと励ましてくれていたのは、あいつなんだ。ハルヒがいたから俺は立ち直れたし、ハルヒがいたから俺は自分を見失わずに済んだ」 俺は持っていたエビの尻尾にかじりついた。だんだんノロケてきやがった。 「あいつは俺を必要としてくれて、ずっと俺を励ましてくれたんだ。今度は俺が、あいつの傍にいて安心させてやろうと思ったんだ。ただ、それだけだ」 キミも僕もお互いが必要なんだから一緒に仲良くいましょうね、ってことか? ああ、エビうめぇ。 「俺、何かおかしなこと言ったか?」 いや。真面目な顔して愛は地球を救うとか言ってみたり感涙してみたりしてる連中よりはずっとマシなんじゃね? まあ独り者の俺が言ったって説得力はないが、結婚なんてのは忍耐だよ。耐えて忍んで自分と相手との距離を保って相互に手をとりあって生きていくことなんだ。だからお前、あれだよ。耐えて忍べなくなった連中が浮気したりだな、俺たち探偵のところへ相談にきたりするんだよ。 だから、最初から理想ばかり語ってない分、救いはあるんじゃね? まあ最初から理想の理の字もないって言うのも、寂しい話だが。 「理想ならあるさ。俺、ハルヒを幸せにしてやるつもりだ」 式場の方向から、なにやら怒声をあげながらブーケを振り回してこっちへ駆けて来る涼宮ハルヒの姿が見えた。ついに新郎がいなくなっていたことに気づいてしまったのか。 気づくの遅くね? 「やれやれ。またさわがしいのに見つかっちまったな」 手のかかる愛娘のかわいいイタヅラを嗜めるバカ親のような顔で、キョンはソファーをやおら立ち上がった。 「朝比奈さんにも、あいつのことよろしくって頼まれちまったしな」 キョンは横目で俺に微笑みかけ、ブーケの花束をひっちゃかめっちゃかにしてバラまきながら突っ込んでくる涼宮ハルヒの方へ歩き出した。 ま、せいぜい頑張れよ。忍耐だぞ、忍耐。慣れるより慣れろだ。 「また。10年後くらいに会おうぜ」 それも悪くはないな。と思った。 結局、式は当初の予定を派手に座礁させた挙句、会場全体をメチャクチャにかき乱し、半熟卵をダンボール箱に入れて振り回したような感じにブチ撒いて、疲労と騒乱の坩堝のうちに終了した。それでも、なかなか楽しい結婚式だったぜ。年に一度くらいなら、こんな式に出席するのもいいかもしれない。 「またあなたとは、どこかでお会いしたいものです」 と言って、帰り際に古泉が俺に引き出物を手渡してくれた。 そうだな。10年に一度くらいならそれもいいかもしれない。 俺の憎まれ口に苦笑する古泉に背を向けて会場を出た俺は、帰路の途中で引き出物を開けてみた。中には白い丸皿にまじって、うちの近所のスーパーマーケットの商品券が入っていた。 「谷口さん」 目の前に、引き出物の袋を持った長門が立っていた。 やあレディー。今日はよく会うね。 その引き出物の箱開けてみなよ。中にさびれた商店街の商品券が入ってるんだぜ。笑っちまうよな。 「今、ひま?」 チョコレートを買ってとねだる女の子のような表情で、長門がこっちを見ていた。 見慣れない町並みの中を、長門に連れられて歩いていた。しかし、なぜだろう。前にこの通りを歩いたことがあるような気がする。 あの角を曲がると、左手にコンビニがあったはず………って、ないか。そりゃそうだよな。初めてくる場所なんだから。 でも、なんでだ。初めてくるはずの場所なのに、ずっと前から見知っている所のような気もする。 こんな風景は見覚えがないのに。何故かここの空気は俺の脳漿を泡立てる。 「もう少しだよ」 俺の隣をてくてく歩く長門が、なにがおかしいのか、笑いをこらえるように目を細めて先を急ぐ。 「ここらへん。もうずいぶん変わっちゃったから」 やけに古びたタバコ屋の前を通りすぎる。あれ、今のタバコ屋……。俺、どっかで見たことがあるような。 「この町も。3年前に市町村合併で町名が変わって以来、ずいぶんあちこちが変わったから」 高架下を抜けて電柱を直角に曲がったところで、俺ははっとした。 ここは。 あはは。なんだ。何を考えてたんだ、俺は。 バカじゃねぇの? さっさと気づけよ。 「ようこそ。長門探偵事務所へ!」 満面の笑みで、長門は俺の前で仰々しく両手をひろげた。 そこには、小汚いボロっちい、バカみたいに薄よごれた木造建築二階建てのアパートが建っていた。 しばらく俺は、そのオンボロ建築を呆然と見つめていた。 なんだよ。まだ取り壊されてなかったのかよ。 10年前となにも変わらない光景が、そこに残っていた。 10年間。ずっと俺の頭にかかっていた靄が晴れ、すーっと光がさしこみ、セピア色だった油絵が3DフルCG画像に移り変わっていくように、リアルに厚みが増していく。 ちょっと笑えた。 長門。お前。まだここにいたのかよ。 お前だったらこんなところに拘らなくたって、もっといいところにだって事務所構えられるだろうに。50階建てマンションの最上階とかさ。 「そんなのイヤだよ。私には、必要ないよ。そんな事務所。私はここがいいの」 得意げな顔で、長門は錆びかけた階段を駆け上った。 「おかえり、兄貴」 足元の地面に、うっすらと見覚えのあるシミが残っていた。 そうだ。俺はここで、10年前長門お握手したんだ。トラックの狭い荷台の上から、俺はあいつに手を伸ばしたんだ。 「長門探偵事務所はまだ私一人しかいないから、正職員を随時募集中なんだ」 アパートの二階から、長門が俺に向かってまっすぐ手を伸ばしていた。 「給料は基本歩合制だけど、まかない付だよ」 俺に向かって差し伸べられた手が、ふらふら2,3度揺れた。まるで俺がその手を、握り返すのを催促しているように。 「コーヒーも、好きに飲んでいいよ」 俺は、なんだかその光景が、まるでブラウン管の向こう側の出来事のように思えて、すこし苦笑した。 「だから……だから、また一緒に………」 階上の長門が、ふるえるような目で俺を見つめていた。 馬鹿野郎。泣くようなことじゃないだろ。まったく。なんか俺が泣かせたみたいで、世間体が悪いじゃないか。 考えたら俺、今朝からずっと動きっぱなしなんだよな。新幹線降りてから式場まで歩きだったし式場ついたら着いたで新婦が暴れだすし、ようやく式が終わったと思ったら、今度はお前に連れまわされて。こんな小汚いところまで引っ張ってこられて。 ああ、疲れた。俺は客人としてここに来たんだ。コーヒーの一杯くらい出しても罰はあたらないと思うぜ。 俺は飄々とした足取りで階段を昇っていき、ぶらぶらしている長門の手をとって部屋のドアノブを握らせた。 俺に手を伸ばしても戸は開かないぜ。ドアノブをひねらないと扉っていうものは開かない仕組みになってるんだ。 うん。と長門は小さくうなづいた。 「また、昔みたいに2人で探偵事務所をやろう」 昔となにも変わらない大きな瞳を輝かせ、長門は前髪をかきあげた。 昔みたいにとは言っても。昔とまったく同じようにとはいかないだろうがな。 「でも、いいじゃない。それでも。時代は変わっても、変わらないものもあるでしょう」 その通りだ。と思ってショートカットの後に続いて敷居をまたいだ。 そうだな。このアパートだって10年前と変わらずあったんだ。こんな慌ただしい世の中にだって、ずっと変わらないものがあっても、いいよな。 10年前のトラックの荷台から、俺の中の時間はずっと停まっていた。それはこの町に時計を置き忘れてきちまったからだ。その置き忘れていた時計を、ようやく今、取り戻したように思える。 おっと。時計なんて小洒落た言い回しは、俺の柄じゃないな。端的に言えば、畢竟俺はずっとこの町に未練を残していたんだ。 厭なことのあった後だったからもうこの町にはいられないと思いここを離れたが、今なら分かる。それは間違いだったんだな。 俺はこの町に愛着を持っていたんだ。辛いことや苦しいことがあっても、そんなの比べ物にならないくらいの居心地の良さを。 だが俺は意識上でそれに気づかず、辛いことがあったからって、この町を捨ててしっぽ巻いて逃げちまった。まったくもってチキン野郎だよな。チキン南蛮だ。 長門にも、ずいぶん迷惑かけちまったようだ。 「ここが玄関。少し立て付けが悪いから気をつけて。こっちがトイレ。それで、ここがキッチン」 部屋に上がった長門が逐一部屋の中を紹介していく。知ってるよ。そんなこと。 事務所の中も、昔と同じままの姿で、昔と同じままのにおいだった。 過去の世界へタイムスリップをしたような気分になり、俺は引き出物の袋を床へ放り出して部屋の奥の探偵椅子に腰掛けた。 「ダメだよ、そこはもう、私の席なんだから!」 ぷりぷり怒りながら湯飲みを提げた長門が台所からやってきた。 そう言うなよ。10年に一度くらいは座らせてくれたっていいだろう。長門、お茶。 「私が社長なのに……まあ、いいか」 部屋の隅につんである本の山に目をやると、ずいぶんたくさんの法律関係の書籍があることに気づいた。 お前、あんなに法律の本かき集めて、どうすんの? 弁護士にでもなるつもりか? 「法律に疎いようじゃ、探偵なんてやっていけないじゃない。兄貴、そのへん大丈夫なの?」 訝しい物を見る目を向けるなよ。俺だってこの仕事やって長いんだ。法律には詳しいんだぜ。当たり前じゃないか。 「なんだか昔から、兄貴って頭が悪そうに見えてたんだよね」 ……もしやもしやと思っていたが、この野郎、とうとう口に出して言いやがったな。しかも本人を目の前にして。 いいだろう。やってやるよ。こうなったら法律合戦だ。そっち系の知識で勝負してやんよ。なにがいい? しりとりか? 山手線ゲームか? モノポリーか? 勝負形式はなんでもいいぜ。 「モノポリーって……。ずいぶんな自信だね、兄貴。いいよ。法律学科首席だった私がお相手してあげる」 面白いじゃないか。負けた方は、罰ゲームな。 「いいよ。罰ゲームくらい。負ける気はないから。勝負の方法は兄貴に任せるよ。なんでもどうぞ」 言うじゃないか。ますます面白い。それじゃ、こうしよう。 勝負はかけっこ! この先の公園に先に着いた方が勝ちな! よーいどん! 「あ! 兄貴ずるい!!」 ばたばたと慌しくアパートを飛び出した谷口と長門は、つかみあったまま夜の路地裏を駆けて行った。 半開きの部屋の扉が、風にゆれてぎいぎいと軋んでいる。 部屋の棚に立てられていた写真立が、かたりと倒れた。 誰もいなくなった部屋の中で、蛍光灯の明かりを受けながら、引き出物の袋がかさりと音をたてた。 静かな夜だった。 ~谷口探偵の事件簿 完~
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究極探偵 ■性別 男性 ■学年 学年外 ■所持武器 拳銃 ■ステータス 攻撃:10(+8) 防御:6 体力:6 精神力:3 FS(論理的飛躍):0 あなたを犯人です 発動率:秘 成功率:秘 範囲+対象:特殊 能力原理 シークレット キャラクタ説明 数いる探偵の中でも最も地道で論理的でプロフェッショナルな探偵。 探偵の中の探偵。 つまり警察。 警察官のだれか、ではなく、警察という概念である。
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鶴屋さんが銃をかまえて立っていた。これがアンチTPDDの効果なのだろうか。彼女の足が、爪先から足首へ、足首から膝へと徐々に上へ上へとフェーディングするように消えていく。 これで、全てが終わったのか!? 「まだ終わらないよ。谷口くん。アンチTPDDが涼宮ハルヒと同調して効果を発揮するまでにはまだ時間がかかるんだ」 すでに鶴屋さんの身体は、腰までが透明になっていた。彼女は勝ち誇ったように銃を足元へ向ける。 その延長線上には、涼宮ハルヒの身体が。 「もうやめてくれ!」 弛緩した古泉の身体を抱え、赤い血にまみれたキョンの悲壮な叫びも、鶴屋さんの動きを止めることはできなかった。 「みんな。これで、やっと。楽になれるよ……」 何かをふっきったように目を細め、誰へともなくそう呼びかけ、鶴屋さんはそっと顔をふせた。 消えていく中、顔を伏せ憂鬱気に眉をゆがめた未来人は、笑顔のまま涙を流し、涼宮を狙った銃の引き金を引いた。 確かに鶴屋さんはリボルバーの引き金を引いた。しかし銃声とともに弾丸が発射されることはなかった。 「鶴屋さん。もういいんですよ。それ以上、自分を追い詰めて、苦しまないでください」 か細い指が、リボルバーの弾薬に達する前の撃鉄をおさえつけていた。 徐々に掻き消えて行く鶴屋さんの背後に、朝比奈みくるが立っていた。 「もう十分ですよ。もういいんです。帰りましょう? 私たちの時代へ」 「……みくる」 朝比奈さんは赤子をあやす母親のように穏やかな表情で、鶴屋さんの肩に頭を乗せ、背後からその身体を優しく抱きしめた。 「離してよ、みくる。このまま元の時代へ帰るなんて、できるわけないじゃないか。私にはやらなきゃいけないことがあるんだよ」 「鶴屋さんも、本当はもうこんなことしたくないんでしょ? あなたは、優しい人ですから。人の命がどれだけ大切か、分かっている人ですから」 2人の身体は、もう腹部までが霧散するように消失していた。 「離してよみくる! 私は、みんなと約束したんだから! かならず世界をリセットするって。別の幸せな時代に生まれ変わってまた会おうって!」 鼻をすすりあげて肩をふるわせる鶴屋さんの頭を、朝比奈さんが慈しむように撫でてあげた。 「生まれ変わらなくたっていいじゃないですか。またあの世界で、みんなに会いましょうよ。鶴屋さんだって分かってるでしょう。あの世界だからこそ味わえない幸せもあるっていうこと」 「でも!」 朝比奈さんは、静かに頭をふった。 「ただいまって言ったら、きっとみんな、おかえりって言ってくれますよ」 「……でも」 「えらかったですよ。鶴屋さん。一人でずっとがんばってきたんですものね」 朝比奈みくるは涙で頬をぬらす友人の身体を強く抱きしめ、もう泣かなくてもいいんですよと囁いた。 もう、2人の身体は胸までが消えていた。アンチTPDDが完全に効力を発揮するまで、そう時間はかからないだろう。 「……かなわないな。みくるには」 朝比奈さんの手をとり、鶴屋さんはヤケ気味に微笑んだ。自暴自棄というよりは、開き直ったという感じだ。 「ごめんね。谷口くん。キョンくん。古泉くん。迷惑かけて」 俺は気がぬけて放心しかけていた脳みそを総動員して、古泉に目をやった。苦痛に顔を歪めながらも、古泉はキョンの肩を借りて起き上がっていた。どうやらあいつも無事のようだ。 ゆるやかにだが、徐々にアンチTPDDは未来人2人の身体を消し去っていく。 「ねえ、谷口くん」 鶴屋さんはもう、腕から先も消えている。古泉を撃ったリボルバーも、どうやら未来世界に強制送還されたようだ。 「金魚。大事にするよ。ちゃ~んと世話するから、安心してくれたまえ! 名前もつけてかわいがってるからさっ!」 大騒動の直後だというのに、この期におよんで金魚かよ。俺は少しおかしくなって苦笑いを浮かべた。 しばらく、俺と鶴屋さんは無言で見つめ合っていた。夏祭りの時から今まで、会うたびに俺を大事に引っ張り込んでくれた人だが、この人が相手だと、憎めないっていうか、まあいいかという大らかな心持になってくるから不思議だ。 「じゃあね。元気で長生きしておくれよ」 長生きしておくれって。定年退職した爺さまに子どもか孫か投げかけるような言葉はやめてくれよ。もっと気の利いたこといえないのかね。 「まあいいじゃないか。じゃ、ばいばい。ご先祖さま」 冗談とも本気ともつかないことを言って、鶴屋さんはゆらめく陽炎のように、部屋の中からふっと、消えてしまった。 「キョンくん、怪我はない?」 「ああ。俺は大丈夫」 「そう。よかった。鶴屋さんが気を遣ってくれたのかな」 「………」 「………」 「……あの」 「はい」 「……元気で」 「……うん」 「………」 「………」 「もう、行くのか」 「うん。もう、時間がないから」 「そう、か……」 「キョンくん」 「うん?」 「涼宮さんのこと、よろしくね」 「………」 「……じゃあ」 「みくる!」 「………あ」 「今まで、本当にありがとう! 俺、キミと出会えて本当に、よかった!」 「キョンくん……やっと名前で呼んでくれたね。うれしいな」 「………ああ」 「ばいばい」 「……ばいばい」 ぼうっとした顔で、キョンは朝比奈さんが消えた方をずっと見つめていた。 お互い伝えたかったことは、伝え合えたんだろうか。 俺が心配することじゃあないけどさ。 古泉は俺が引っ張っていくから。お前は、涼宮を担いでやれよ。 口ごたえするなよ。うるせぇよ、キョンのくせに。まったく。 涼宮を保護して帰ってから。あれから5日経った。 俺はというと、ずっとアパートの自室に閉じこもっていた。何もする気が起こらない。 ねばねばした思考の中で、ずっとあの日のことが回りつづけている。鶴屋さんの笑顔や床に寝そべる涼宮の姿、キョンの叫び声や古泉の倒れる様子。そしてすべてを包み込むように優しく現れた朝比奈さん。いろいろな出来事が、俺の頭の中で、鍋に放り込まれた食材のようにごちゃまぜになってグツグツ煮えていた。 ただ一つだけ、他の出来事とまざり合わず、強烈に俺の心につきささるように残っている想いがあった。 なぜ俺はさっさとアンチTPDDを作動させなかった。 余計な言い訳はしない。俺がやるべきことはただ一つだけ、あの部屋に踏み込んだ時点で屁理屈をこねず、アンチTPDDのスイッチを押すことだけだったはず。 アンチTPDDをさっさと作動させていたとしても、事態は何も変わらなかっただろうことは理解している。あれが発動したとしても、鶴屋さんが一瞬で未来へ帰ったわけじゃない。ヤケになった鶴屋さんは消える前に銃を取り出して涼宮を撃とうとしただろう。そして5日前と同じ結末を迎えていたことだろう。 だが何度思い返してみても、俺はやはりすぐにあの時、あの装置を作動させなかったことを後悔する。 結局俺だけが、あの日なにもできなかったんだ。古泉の拳銃、キョンの呼びかけ、鶴屋さんの笑み。全てのことに意味があるように思えるが、俺だけはそこにいる意味がなかった。アンチTPDDなんてスイッチを押すだけだから、誰が持っていてもよかったんだ。 俺がさっさとあれを使っていれば、少なくとも古泉が撃たれることはなかった。 鶴屋さんの懊悩が長引くこともなかった。 そうだ。結局のところ、俺はなにもできなかったんだ。鶴屋さんの心中を察してあげることさえ。 ずっと俺は、彼女の笑顔を見て、鶴屋さんは慈愛の人だの、優しい人だからきっと分かってくれるはずだだの、自分勝手な表面的なことばかり考えていた。本当は彼女も悲しくて苦しい思いをしていたのに、 鶴屋さんとは3度しか会ったことはなかったが、振り返ってみれば、彼女の内面に気づいてあげられる機会は何度かあったんだ。 何が 「人を見る目には自信がある」 だ。何もわかってないじゃないか。もし俺がTPDDを持っていたなら、すぐさま5日前にとんで行って、のうのうと勘違いしている俺自身の頭蓋骨に後ろから蹴りを入れてやりたい。 今となってはもう、全て過去のことだ。後悔したって仕方ない。 アンチTPDDのバリアは目に見えないが、きっと世界中に展開されて未来人のタイムトリップを阻止していることだろう。 もう鶴屋さんにも朝比奈さんにも会えないけれど。 これでよかったのか? 朝倉さん。 5日ぶりに太陽の下に出てアパートの階段を下りていると、駐輪場からこっちを見上げる長門と会った。 よう。ひさしぶり。しばらく見ないうちに、また大きくなって。 「………5日間も、どうしたの?」 返答に窮し、俺は結局なにも言わずに階段を下りた。何か気の効いたセリフでも言ってやろうと思ったが、やめた。モチベーションが足りない。 俺は手にしていた部屋の鍵をしばらく見つめた後、長門に投げて渡した。 「………兄貴、本当にどうしたの?」 怪訝そうな長門の視線がいやに痛い。なんだか悪いことをしているような気がして、俺は助手に背を向けた。 俺、これからちょっと田舎に帰るわ。その間、俺の部屋好きに使ってくれていいから。留守よろしく。金目の物はなにもないけど。あと、食料も。 「………郷里に帰る?」 背中ごしに長門の声が俺の胸に突き刺さる。どうも後ろめたくていけない。5日前のことは隠してるわけでもないんが……。 「………最近おかしいよ、兄貴。何か悪いものでも食べたの?」 ほっとけ。おかしいのは生まれつきだ。今に始まったことじゃないさ。 考えすぎだということは十分わかっているが、俺には鶴屋さんが、俺に助けを求めていたように思えてならない。 気づいてやりたかった。勘違いでもいいから。そして一言、彼女の気が楽になる言葉をかけてやりたかった。 俺、しばらく探偵を休業するから。後のことはお前に任すわ。 「………え?」 あっけにとられた様子で俺を見る長門にそれ以上なにも言わず、俺はバイクにまたがった。 ~つづく~
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(※これは谷口探偵の事件簿の続きです) 表通りに飛び出して、さあこれからどこへ行こうかと考えあぐねていると、ズボンのポケットにつっこんでいた携帯電話がブルブルと震え始めた。取り出してディスプレイを確認すると、キョンからの連絡のようだ。 『谷口か!? 俺だ』 どちら様ですか? 私は谷口さんという名前ではございませんが。私、中山といいます。番号をお間違えになったのでは? 再度、そのマヌケ面で番号をお確かめの上ナンバープッシュすることをお薦めします。それでは聞いてください。歌います。昭和枯れすすき。 『谷口で間違いないようだな。そっちに朝比奈さん行ってないか? いや、見かけなかったか?』 ちょうど良かった。俺もお前にそのことで連絡しようとしてたところだったんだ。こっちには来ていない。 『そうか。今朝から朝比奈さんと連絡がつかなくてな。心配になってアパートまで行ってみたんだが、いつの間にか部屋を解約して消えてしまってたんだ』 落ち着きのないキョンの声を聞きながら、俺は軽く舌打ちをした。間に合わなかったのか? 『心当たりは全てあたってみたんだが、足取りがまったくつかめないんだ』 まあ一度、冷静になれ。彼女の最近の様子をよく考えてみろ。何か変わった事はなかったか? たとえば山に行きたいって言ってたとか、お前とケンカして北国へ傷心旅行したいと言ってたとか。 『いや、変わった点は何もなかった……はずだ。とにかく、俺はもう少し町の中を探してみる。お前も探してくれないか?』 朝比奈さんのこととあっては、協力しないわけにもいかないな。別にお前のためじゃないぞ。俺が捜したいから探すだけだ。 キョンとの通信を切って、俺は走り出した。あいつとの会話の中で、自分が行くべき場所が一つに絞り込めた。 キョンは朝比奈さんのアパートにも心当たりのあるところにも、隈無くあたったと言った。神経の細かいあいつのことだ。打ち漏らしはないだろう。そして朝比奈さんともっとも付き合いの長いキョンが見つけられなかった以上、俺が彼女の手がかりなどつかめるはずもない。 ただ一カ所を除いては。灯台もと暗しというか、鈍いキョンのことだ。その一カ所までは気が回っていないに違いない。 頼むぜ、朝比奈さん。まだこの時代に居てくれよ。最後にお別れの挨拶くらい言ったってバチは当たらないと思うからさ。 キョンのマンションにたどり着いた俺は、無言でエレベーターに乗り込む。相変わらず、果てしなく機械的で無機質なマンションだ。あたたかい白熱灯の光も、やけに寒々しく感じられる。 イライラしながらエレベーターが指定の階に到着するのを待っていた俺は、扉が開くや、すぐに駆けだした。 俺が思いつく場所はもうここしかない。自宅にもキョンの心当たりの場所にも不在だったのなら、彼女の行きそうなところはここだけだ。ロマンチストな朝比奈さんのことだから、最後に愛しの彼の家に赴くということは想像できる。 高鳴る胸を抑えつつ、俺はキョンの部屋の前に立つ。鍵がかかってたらどうしよう。その時は仕方ない。今は考えてたって埒があかない。半ばヤケに近い気持ちで俺はドアノブに手をかけた。 開いた。すんなりと回ったドアノブに拍子抜けしたが、ありがたい。誰か中にいるようだ。頼む、キョン妹じゃなくて朝比奈さんであってくれよ。 俺が玄関で靴を脱ぐと、部屋の中からオルゴールの音色が聞こえてきた。 白いカーテンの編み目から、部屋の中へしみこむように差す陽の光が、朝比奈さんの背中に降りそそいでいた。クッションの上に腰をかけて膝を抱き、物憂げな彼女は、眠るような瞳で机上のオルゴールを眺めている。 暑い夏の日なのに、やけに部屋の中には冷気が漂っているように感じられた。 遠くから聞こえてくる蝉の鳴き声と、名前も分からないオルゴールの曲が室内に低くひびき渡っていた。 こんにちは、朝比奈さん。ご機嫌麗しく……ないようですね。 「谷口くん……。よかった。キョンくんじゃなくて」 光栄ですね。 「部屋のドアが開いた時ね、ちょっと驚いたの。もしかして、キョンくんが帰ってきたんじゃないかと思って」 あいつなら今頃、煮えくりかえった頭で町中を走り回ってますよ。あなたが自宅に来ているとも知らずにね。 朝比奈さんは抱いた両膝に、顔をうずめた。 「キョンくんには悪いことしたな。でも、彼に会ったら決心が鈍りそうだったから」 背を丸めて膝の上にあごを載せ、かわいらしい未来人はこちらを一瞥した。 「谷口くんがここにいるということは、もう事情は知っているんですよね」 ええ。あなたが世界を救うために妖精の国からやってきた魔法少女っていうあたりまでは知ってます。 俺は床に胡坐をかき、依然オルゴールを見つめる朝比奈さんの横顔を見ていた。 「世界を救う、か。見方を変えれば確かにそうですね。でも、皮肉だよね。未来を変革して消滅させることでしか、私たちの生まれ育った世界は救えないんですもの」 しばらく朝比奈さんと俺は座り込んだまま身動きひとつせず、ただただ黙り込んでいた。時間の流れがひどく遅くなった。 一度あがっていた雨が、また降り始めたようだ。 「私ね、本当は国木田くんよりも先に未来へ帰る予定だったの」 悲しそうに微笑み、朝比奈さんは俺に語りかけた。 「でも。なかなか踏ん切りがつかなくて。私ってけっこう優柔不断なんだよ。昨日はね。何もなくなった自分の部屋で一晩中、こうやってキョンに買ってもらったオルゴールを聴きながら、膝を抱えて悩んでたの。夜が明ける前に未来へ帰ろうって。でも、気がついたらこうして夜が明けちゃってたんだ。意志薄弱だよね。最後に一度だけ、彼に逢いたくなって、我慢できずにここへ来ちゃった。でも、彼は留守だった。良かった。これで良かったのよ。もし彼と会ってたら、私、未来へ帰れなくなってたかもしれないから」 俺個人としては、帰らなくてもいいんじゃないかと思うけどね。部外者の単純な意見だけどさ、俺は朝比奈さんの悲しむ顔なんて見たくないよ。 「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいです。でも、そうもいかないの。私が帰らないと、未来世界は本当に消滅してしまうかもしれないもの」 それが、朝比奈さんたちの未来世界の目的だったんじゃないですか? 膝を抱えたまま背筋をそらし、考え事をするように朝比奈さんは天井を見上げていた。 「私の目から見て、この時代はすごく幸せな世界だと思う。連日のように悲しいニュースとか社会問題とかが報じられているけど、豊かだし、平和だし。私、海外旅行とかしたことないから、この国に住んでいての意見ですけど」 まあ確かに現代は幸福な時代なのかもしれませんね。特に日本は。あまり意識しなくても食べ物は食べられるし、衣服も手に入る。よほどのことがない限り、生命の危機にさらされることもない。 それでもやっぱ、駄目な部分もたくさんありますよ。具体的にどうこうは言いませんが、恵まれた豊かさ自体が仇になっている面も、確実にあるわけだし。 「何でもそうですよ。長所があれば短所もある。短所があれば、長所もある」 よほどうぬぼれた人じゃない限り、人間は自分の長所よりも短所を挙げる方が得意だ。常に客観的に自分像を見ているわけじゃないから、自分のどんなところが良い点なのか判断つきづらいのだ。逆に他人のこととなると、短所も長所も大差なく見つけることができる。要は物事を客観的に見て、かつ相対的に判断しなけりゃ良いも悪いも分からないということだ。 「私はこの時代に来る前までは、自分の生まれ育った時代が嫌いでした。日々の生活を維持していくだけでも大変な毎日。過去の時代の話を聞くたびに、なんで今がこんな世界になっちゃったんだろうって思ってた。だから、困っているみんながこれ以上辛い思いをすることがないように、過去を変えようと決心してこの時代にきたの。でも、この時代で何年も生活しているうちに気づいたの。嫌いだ厭だと思っていたあの時代にも、やっぱり良いところはあったんだなって。辛いことが多すぎて見失いがちだったけど、楽しいこと嬉しかったこともあったことに気づいたの」 それで、未来へ帰ろうと決心したわけですね。 「そう。あんな世界でも、良いところもあるんだし。それを無視して全部無かったことにしたりしたら、悲しすぎるでしょ? 私を応援してくれたみんなには悪いけど。今はただ、あの世界が懐かしくて、恋しいと思えるようになったから。だから、私は決めたの。次にこのオルゴールが止まった時。私は未来へ帰るわ」 次第に曲のテンポが緩慢になっていくオルゴール。朝比奈さんも俺も、オルゴールのネジの回転を眺めていた。 「うぬぼれるわけじゃないけど昔、谷口くん、私のこと好きだったでしょ?」 唐突な朝比奈さんの問いかけに鼻から何か吹き出しそうになった。 な、なにを突然おっしゃられる。いやだなあ、あはははは。実はその通りです。……昔の話ですよ。 朝比奈さんは、年齢を感じさせない穏やかな笑みを浮かべた。 「私がこの時代に普通の女の子として生まれてたら、どうなってたのかな。やっぱり谷口くんや国木田くんと出会って、キョンくんと恋人同士になれてたのかな。私にとって、そっちの方が幸せだったのかな。なんてね。こんなこと言っても仕方ないことだとは思うけど……つい、思っちゃうのよね」 オルゴールはさらにテンポを落とし、ゆっくり透き通った金属音を奏でていた。 「最後に谷口くんが来てくれてよかった。笑って未来へ帰れるんですもの。やっぱり誰かにお別れの挨拶が言えるって、気持ちの整理がついて大事なことですね」 そう言ってもらえると、雨上がりの道を濡れながら走ってきた甲斐がありましたよ。 でも、やっぱり朝比奈さんがお別れを言うべきは俺じゃないっスよ。そう言って、俺はポケットから携帯を取り出し、送信済みメールの内容を映したディスプレイを朝比奈さんの方へ差し出した。 『おい三流探偵。朝比奈さん見つけたぞ早く帰ってこいボケ』 大きな音と共に、部屋のドアが乱暴に開かれた。朝比奈さんと俺が、玄関の方へ視線をやる。 そこにはズブ濡れになった三流探偵が息を荒げながら立っていた。 「やっと……見つけた………」 「……キョンくん」 2人に背を向け、部屋から出た俺は静かに扉を閉めた。ずいぶんと気持ちは落ち着いていた。俺がやるべきことはもう無いんだ。これ以上、谷口さんを頼ってくれるなよ。 少し目眩がした。俺は軽くかぶりを振り、廊下の壁にもたれかかった。 部屋の中からは、もうオルゴールの音色は聞こえてこなかった。 俺は何を考えるでもなく、呆っとした頭で、夕暮れ過ぎの公園でベンチに座っていた。未だに国木田と朝比奈さんがいなくなってしまったという実感がない。当然だ。ご両人が消えた現場を目撃していないんだからな。明日か明後日あたりに2人がひょっこり顔を出してドッキリでした~、とおどけた調子で嘯いてもおかしくはない。そんな心境だ。 俺は何もする気にならないまま、ベンチに居座っていた。もうかれこれ1時間は経つだろうか。もうすぐ、朝倉涼子との待ち合わせの時間だ。 たとえ何を言われようと、俺は厳粛な気持ちで受け止めるつもりだ。 俺がベンチにもたれかかってうとうとし始めた20時頃。芝生の植え込みの脇道から、シャツの上にベストを着てドライジーンズを穿いた朝倉涼子が現れた。 「ごめんなさい。待った?」 いや全然。俺も今きたばかり……っていう気分だ。 俺の隣に腰を下ろした朝倉涼子は、しばらくうつむいたまま自分の指先を見つめていた。 「もう、朝比奈さんには会ってきたの?」 ああ。会ってきた。最後に谷口くんに会えてよかたってさ。 「古泉さんから私たちのことを聞いていると思うけど、どこまで聞いたの?」 キミが地球の破滅を救うため、大宇宙連合軍の銀輪サソリ部隊から派遣されてきた女軍人ってあたりまで。 そう。と息をもらすように呟き、朝倉涼子は俺の手をとり、ペンライトのような円柱形の物体を握らせた。 「これを受け取って」 俺は渡された白光りするペンライトを、訝しむ目つきであらゆる角度から観察してみた。しかしどう見てもペンライトはペンライトで、せいぜい円柱形の端っこにスイッチらしき突起物があるくらいのことしか分からない。100円ショップの店先に並べられていても違和感のない安っぽいシンプルな金属棒だ。 何スかこれ。犬笛? 「私はこれをあなたに渡すため、過去のこの世界に来たの」 ……朝倉さん。それで、この赤外線ポインターみたいな棒はなんなんですか。 「それは、アンチTPDDという装置よ。私たちが時間移動をする際に使用する装置をTPDDというんだけど、そのTPDDを中和して無効化する。それがアンチTPDD」 そのまんまですね。原理はよく分かりませんが、分かりました。で、なぜ俺にこれを? 「それが、私のいた未来での既定事項だから。国木田くんは知らされていなかったと思うけど、朝比奈みくるがこの時代に現れることは、私のいた未来では決定されていたことなの。そして、彼女が自発的に自分のいた未来世界へ帰還することも」 朝倉涼子は申し訳なさそうな表情で言葉を続ける。 「私たちの未来世界では、朝比奈さんたちの未来世界がそれ以上この時代に干渉することはなかった。しかし今、この時代には朝比奈みくるに続く未来人が訪れている」 古泉の話を思い出す。俺の記憶が正しければ、それが縁日の日に会った、鶴屋さん。 「私たちのいた未来世界にはその鶴屋という人物が現れた記録がないから、彼女がどんな行動に出るのか、まるで分からなかったの」 朝倉涼子の声が次第に小さくなって行く。 不安なのだろう。 仮に俺が戦国時代にタイムスリップしたとしよう。明智光秀の謀反により織田信長が本能寺で没するのは誰もが知る歴史上の出来事だが、もしもその蜂起を事前に察知していた織田信長がそれを逆手にとり、裏切り者の明智光秀を討ちとったとしたら。それを俺が目の当たりにしてしまったら。おそらく俺は 「日本史の時間に習ったことと違うじゃん! 日本の未来はどうなるの?」 と不安になるだろう。 あ、いや、ならないかも。「ま、いいや。どうせ他人事だし」 と冷めた目で見てるかも知れない……。大河ドラマ観てないし。 しかしバッチリ不安になった人たちがいる。朝倉涼子たち未来人だ。 「このアンチTPDDを使えば、TPDDにより時間移動している未来人を元いた時間平面まで強制帰還させることができます。これで、朝比奈さんの後にやってきた鶴屋という未来人を元の時代へ強制移送させてもらいたのです」 朝倉涼子が熱意のこもった眼差しを俺に向ける。やめてくれよ、俺そういうのに弱いんだ。 でも、なぜ俺なんだ? 俺なんかに頼んだって、任務をまっとうできるかどうかも怪しいぜ。どういう人がその頼みに適しているのかは知らないが、俺よりも警察とか軍隊とか、特殊な訓練を受けてる人に頼んだ方がいいんじゃないか? 「体さえ鍛えておけば誰でもいいって言うわけじゃないわ。いろいろとあるのよ」 そのいろいろの条件に、見事俺が合致したわけだ。光栄ですね。ただ俺が頼みやすかったから頼んだだけかと思ったよ。 「私たちの世界では、過去の歴史にできるだけ干渉しないのが時間移動の掟なの。それがまかり通ったら、未来世界は混乱の坩堝になってしまうから。だから、嫌な役かもしれないけど、ぜひ谷口くんにお願いしたいの」 今にも泣き出しそうな声で、朝倉涼子は顔を伏せた。 「……ごめんなさい。私、勝手なことばかり言ってるよね」 「最初から私が仕組んでいたことだったのよ。国木田くんを通してあなたに会ったのも、この時のため。この時代に協力者を作り、アンチTPDDを託すためだったの。その後、偶然を装ってあなたのところへ訪れたのも、あなたを仲良くしてこのアンチTPDDを受け取ってもらいやすくするため。全部、下心があってやってたことなの。……谷口くんのこと、騙してたんだよ」 顔を伏せたまま、朝倉涼子は低くすすり泣き始めていた。 「……最低でしょ。私……」 いつの間にかあたりはすっかり夜になっていた。俺たちをとり巻く宵闇が、奇妙に心寂しくよどんでいた。 街頭のたよりなげな明かりが降り注ぐ。俺はアンチTPDDとやらを懐にしまい、朝倉涼子の頭に手を載せた。 俺は別に騙されたなんて思っちゃいないよ。下心? けっこうじゃないか。バッグがほしい指輪がほしいと猫なで声でおねだりする女に比べれば、ポケットペンを受け取ってもらいたかったから近づいたなんて、実にかわいらしい下心じゃないか。 それに、そういう女のわがままを許せてこその男の甲斐性なわけだが。 深い考えがあったわけじゃないが、俺は朝倉涼子の肩を抱き寄せた。驚いた様子で朝倉さんが顔をあげる。 もう何も言うな。このアンチPDFももらってやるから。ん? PDF? PPDF? なんだっていいや。もう返せって言ったって返さないからな。 「……ありがとう」 俺はしばらく朝倉涼子の肩を抱いていた。彼女もそのまま、身体を俺の腕にあずけていた。 アーミーナイフを扱うところを目撃したことがあるし、阪中邸の前で夜中にうろうろしている時に背中からフロントキックで吹っ飛ばされたこともあるから、もっとたくましいイメージだったんだが、彼女の身体は俺が思っていたよりもずっと小柄で、かよわかった。 やわらかいなぁ。いい香りもするし。クンクンしていいですか? 「バカ。いい雰囲気が台無しじゃない」 ところでもらったはいいけど、この棒、どうやって使うの? 鶴屋さんの近くでこの先のスイッチ押せばいいの? 「そのアンチTPDDは一番小さな物で、大した効力はないわ。そのアンチTPDDから10m以内の相手にしか効果が発揮されないし、5時間で電池が切れるわ」 10mって、全然意味ないじゃないか。しかも電池!? そんなん、あれだよ。鶴屋さんを無事に未来世界へ強制送還させられたとしても、TPDDですぐにまた過去へやって来るんじゃないの? 「そうよ。そのアンチTPDDはあくまでも子供だましの玩具にすぎないわ。でも、特定の条件下で使用すれば、その効力は全宇宙に広がり、数十年の間、維持され続けることになるの」 特定の条件下? 原発につっこめとか言うんじゃないでしょうね。 「そんなんじゃないわ。谷口くん、涼宮ハルヒと面識があるわよね。彼女の至近距離でそのアンチTPDDのスイッチを入れるの。そうすれば、涼宮ハルヒの力を利用し、全宇宙にアンチTPDDの効力が展開されることになるわ。そしてエネルギー源が涼宮ハルヒの能力にコネクトされれば、彼女の力が続く限りアンチTPDDは展開され続ける。つまり、未来からの干渉は一切なくなるということ」 そうだ。古泉に訊こうと思って、結局訊きそびれていたことがある。朝倉さん、涼宮ハルヒってのは一体何者なんだ? 古泉やキミの話を聞く限りでは、ただ者じゃないということは窺えるんだが。 「正確なことは、誰にもわからないわ。ただ、彼女には不思議な力が宿っているの。それは、偶然を呼び寄せる力」 偶然、か。最近やたらとよく聞くようになった単語だな。 「彼女の機嫌が悪くなると、なんの前触れもなく様々な事象が発生する。偶然としか思えないようなことがね。谷口くんも実際に経験済みでしょ? 未来の世界でも歴史の授業には冗談まじりに言われるのよ。涼宮ハルヒはフォルトゥナの化身なんだって」 まあ、確かに経験済みですけど。そんなワケの分からないエスパー漫画的パワーに地球の未来を賭けろといわれてもなあ……。しかもフォルトゥナって……。 「なによ。私の言うことが信じられないっていうの?」 俺の肩に頭をもたれかけていた朝倉さんが、憤然と眉をつりあげて俺の顔を見上げた。鼻先と鼻先がぶつかる距離だ。 そういうワケじゃないんですけどね。なんていうか、少女一人にそんな宇宙を牛耳るような能力があるとは思えないんですよね。そう思うのが、普通なんじゃない? 「それはそうだけど。ともかく、原理は分からなくてもいいじゃない。そういうもんだと割り切ってさ」 割り切るのは簡単だが、イマイチ納得できないんだよな……。納得もできないものに命運を預けるというのも、どうかと思うよ。 「責任転嫁だとなじられたら返す言葉もないけれど、私たちの世界の運命は、あなたとアンチTPDDに託したわ。後のことはお願いね、谷口くん」 目の前数センチでにこっと笑った朝倉涼子は、そっと俺に口づけした。 俺は朝倉さんの肩を強く抱いたままそっぽ向いた。赤くなんてなってないぞ。 「……ずっとこうしていたい気もするけど。私、そろそろ帰らなきゃ。するべきことは、全て終わったんだし」 朝倉涼子は、そっと俺の胸に手を置いた。 せめて、アンチTPDDがうまく発動するのを見届けてから帰る、ってワケにはいかないのか? 「うん……。私たち未来人は、許可無く自己都合で過去の世界にとどまるわけにはいかないの」 それじゃ、今夜いっぱいだけでも。いい店みつけたんだ。おごるからさ。一晩つきあってくれよ。 「そうなんだ。行きたいな。でも、無理なの」 朝倉涼子は額を俺の肩におしつけ、風の流れのように囁いた。 俺もそれ以上は、何も言わなかった。自分の都合を相手に押し付けたりしない。大人ってのも、けっこう大変なんだ。 「ちゃんとしたご飯を食べないとダメだよ。インスタントや外食ばかりは身体に毒だから」 ああ。 「コーヒーもブラックばかり飲んでないで、少しは砂糖いれなきゃダメだよ。身体に悪いから」 ん。 「仕事仕事でがんばりすぎちゃダメだよ。休むべき時には、ちゃんと休まないと」 わかってるって。 「寝る時はちゃんとベッドでね。床で寝てたら、風邪ひく元だから」 心がけるよ。 「財布を落としても、曖昧に済ませちゃダメだよ」 善処するよ。 「ええと、それから後言っておくことは………なんて。長門さんがいれば、私が心配することなんてないわね」 そんなことないさ。あいつはあれで結構、ぬけているんだ。まだまだ一人前として認めてやるわけにはいかないな。 長いようで、短い時間だった。いや、短いようで長い時間だったのかもしれない。 スズムシの声を聞きながら、しばらく俺と朝倉涼子は互いの背に腕をまわして抱き合っていた。 朝倉涼子の髪からは、なんとも言えない快い、心穏やかになれる香りが漂っていた。 すとん、と俺の腕の中から、支えを失って急落下するように、朝倉涼子の存在が消えた感覚があった。 スズムシの音色が一段と大きくなった。目を開けると、周囲に人影はなく、ただ一人、俺だけが暗くなった公園のベンチに座って、宙へ腕を伸ばした格好で座っていた。 ポケットに手を入れて立ち上がる。そこには、しっかりとアンチTPDDの感触があった。 まだ、俺の鼻腔には朝倉涼子の髪の香りが残っていた。一体なんの匂いなんだろう。と考えた。 結局考えてみても、鼻からその匂いが消え去る前に香りの正体がつかめることはなかった。 それが無性に悲しかった。 翌日。 何故か俺の事務所に2人の男がやってきた。見たくもなかった面だ。遠まわしな言い方をせずストレートに言えば、要するにキョンと古泉だ。 おかしな話だが、俺たち3人には2つの共通点があった。1つは目がウサギさんかっていうくらいに真っ赤なこと。2つ目は、髪がボサボサの寝癖状態だってことだ。 よう、キョン。いい男になったじゃないか。ええ? 「お前こそ、更に二枚目に磨きがかかったんじゃないか?」 いつもならボロクソに互いの特徴につっこむところだが、いかんせん今日の俺とキョンはまったく同じ状態のいでたちだ。相手に対する嫌味はそのまま自分に返ってくるわけだから、それ以上なにも言えないわけで。 ちなみに何故俺とキョンの目が赤くて髪が皇帝ペンギンなみにボサボサなのかと言うと、徹夜で夜を泣き明かしたからに他ならない。口外はしていないが、暗黙の了解というやつだ。 「はっはっは。お二人とも純情ですね」 唯一状況が違うのはこの古泉一太郎だ。こいつの場合は泣いてたわけじゃなく、ただ単に徹夜で疲労してるだけだ。 どうやらキョンに対して古泉が全ての事情を語ったらしい。どこまで話したのかは知らないが、昨日目の前で消えた愛しの彼女が未来人だったことくらいはキョンも納得しているに違いない。 「俺はなあ。朝比奈さんをヨーロッパ旅行につれて行ってやろうと秘密裏で計画を立ててたところだったんだよ。おかげで来月、妹とヨーロッパに行くことになっちまったんだぞ」 んなこと知るかよ。俺なんて朝倉さんに告白しようと思ってムーディーな店を探してた矢先の出来事だったんだぞ。昨夜なんてその店でヤケ酒飲んでたら、朝倉さんが座るはずだった予定の俺の隣の席に古泉が座ってたんだぞ。この哀しみがお前に分かるか? 「いやあ、照れますね」 照れんでいいわ、このボケ! 本当にイラッとくるな、お前のそのしゃべり方。狙ってやってるだろ? 「それよりも2人とも。何故ここに集まってもらったのか、分かっているのですか? 説明は済ませているはずですよ。もっと危機感を持ってください」 珍しく古泉が真剣な顔つきでそう言った。お前が余計なことを言うからだ。 「言ったでしょう。昨日未明、涼宮ハルヒが何者かによって誘拐されてしまったと。我々『機関』の者の目撃談によれば、例の未来人、鶴屋という女性の外見と一致します。非常にまずい事態です」 半分無意識に、俺はズボンのポケットへ手を入れた。そこには、朝倉さんの置き土産がちゃんと入っていた。 「涼宮さんの能力は未来人にさえも未知数です。ヘタに刺激を加えれば、一体何が起こるのか想像もつきません。今までは『機関』が彼女を保護してきましたが、今回のことは我々の失態です。鶴屋さんが乱暴な手段に訴えなければ良いのですが……」 涼宮の腰ぎんちゃく古泉、涼宮の想い人キョン、そして世界の運命を握る兵器を持った俺、谷口。この3名が、さらわれた涼宮ハルヒを救出するために出動するレスキュー部隊だという。 『機関』が勢力をあげて救出に向かえばいいだろうと思うが、あまり鶴屋さんに対して刺激を与えたくないのだろう。なんでもいい。俺としては、アンチTPDD。こいつが使えれば文句はない。 「徹夜の作業で、ようやく『機関』が相手の潜伏場所をつきとめました。手遅れにならないうちに、救出に向かいましょう」 「俺は行かないぜ」 壁に背をあずけたまま、髪を手櫛でとかすキョンがそう言った。おい、空気読めよ。 「俺はそんな気分じゃないんだ。俺がいてもいなくても関係ないだろ」 「あなたは……。それでもいいんですか? このままだと、朝比奈みくるや国木田さんのいた未来世界が消滅してしまうかもしれないのですよ?」 「よせよ……」 「あなたも、分かっているんじゃないですか? 涼宮さんが、そばにいてもらいたいと願っている人が誰なのか」 「やめろって。俺になに期待してるんだよ。ハルヒを助けるアンチなんとかって機械は谷口が持っているんだろう。谷口が行けばそれでいいじゃないか」 「あなたは、何も分かっていない」 「放っておいてくれよ! もうどうでもいいんだよ、未来なんて!」 キョンのセリフが俺の脳天に突き刺さる。未来なんてどうでもいい? 一瞬にして頭に血が昇る。カッとした勢いで、俺は無意識のうちにキョンの頬に拳を打ちつけていた。 キョンの身体が机の上の新聞を撒き散らし、もんどりうって倒れこむ。 「谷口さん!」 おいキョン、この野郎。なんだと? もう一度言ってみろ。 何か言いた気な顔つきで、キョンは口元を押さえたまま立ち上がったが、結局何も言わず俺を睨みつけるだけだった。 こいつの言いたいことは俺にもよく分かる。こいつと俺は、同じ境遇なんだからな。そりゃ俺だってヤケになって自分の殻に閉じこもりたいよ。その方が楽だしな。でもな。それじゃ解決しない問題だってあるだろう。特に今回は時間がないんだ。ここでもたもたしてたら朝比奈さんや国木田、朝倉さんに怒られちまうぜ。ここが一番気張るべき場面なんだ。 本当はキョンだってそんなことは痛いほど分かってるんだ。 おいキョン! 朝比奈さんがいなくなって、そんなに悲しいか!? 「悲しいさ!」 だったら泣くな! 涙をふけ! お前の心の中にある、正しいと思うことを貫き通せ! 「偉そうなこと言いやがって。お前こそ泣いてるじゃないか!」 泣いてるもんか! これは胆汁が逆流して目から分泌されてるだけだ! 俺はそういう体質なんだ! 「谷口! 朝倉さんがいなくなって、悲しいか!?」 悲しいに決まってるだろバカヤロー! 「谷口、歯ぁくいしばれ!」 ばっちこ────い! 俺の頬に脳をゆさぶるほどの衝撃がはしる。壁に背をぶつけ、わずかに肺がつぶれる圧迫感に苛まれるが、不思議と気分が晴れた気がした。 「……行こうぜ、古泉、谷口。ハルヒを助け出すんだ」 ああ。気合も入ったところで、行こうか。 ~つづく~
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仮面ライダーダブル&魔法少女第一話 風都探偵、別世界へ * 『仮面ライダーW 魔法少女のM/探偵のララバイ』 /01 四方における見渡す限りの天蓋は、太陽を包み込むようにして、灰色の砂塵に覆い尽くされていた。 都市の殆どは、流れ込んできた海水に埋没し、僅かに残った文明の名残である高層建築だけが数える程度に頭を覗かせている。 「彼女なら、最強の魔法少女になるだろうと予測していたけれど、まさかあのワルプルギスの夜を一撃で倒すとはね」 「その結果、どうなるかも見越したうえだったの」 暁美ほむらの黒髪が、流れるように烈風になびく。その顔は、感情を失くしたように凍り付いていた。 「遅かれ、早かれ結末は一緒だよ。彼女は最強の魔法少女として、最大の敵を倒してしまったんだ。 勿論あとは、最悪の魔女になるしかない。 いまのまどかなら、おそらく十日かそこいらでこの星を壊滅させてしまうんじゃないかな。 ま、あとは君達人類の問題だ。僕らのエネルギー回収ノルマは、おおむね達成できたしね」 キュゥべえは、さも人事のように呟くと尻尾を左右に振り続けている。 ほむらは、俯いた顔をもう一度上げ、奥歯を噛み締める。怒りも憎しみも通り越して、最後に残ったのは。 「戦わないのかい?」 「いいえ、私の戦場はここじゃない」 時間を撒き戻す。ほむらの胸に残ったのは、焼け爛れるように熱く、青白く燃え盛る炎のような使命感だった。 荒涼たる絶望の中で、それでも溶けきらない記憶がある。 何度でも、繰り返す。 何度でも。 ほむら出来ることは諦めないことだけなのだった。 希望も無く、出口のない迷路を歩き続ける。狂気に満ちたリングワンダリング。 もう、誰にも頼らない。 砂塵の舞う空の向こうには、濁った黒雲が奔馬のように駆け去っていくのが見えた。 オレが久しぶりに照井竜と顔を会わせたのは、相棒と再会した次の週の初めだった。 彼は公僕らしからぬ赤を基調としたライダースファッションに身を包み、 ティーカップに口をつけながら、長い脚を持て余すようにして突き出していた。 「左、仕事の依頼だ。受けてくれるな」 「久々だというのに、ご挨拶だな。しかも、相変わらずの超断定的口調。 それとキョロキョロしている所悪いが、フィリップなら風邪でダウンだ。 ……おい、無言で帰ろうとするんじゃない!」 「竜くん、竜くん。食後のデザートはいかがかなぁ」 自称、鳴海探偵事務所所長を名乗る鳴海亜樹子が頬を緩ませながら、 小皿に乗せた羊羹をついと突き出すのを見て、照井が立ち止まる。 「いただこう」 「って食うのかよっ!! ってか、それオレの三時のおやつに取っといたのに」 「翔太郎くん、ハードボイルドがセコイこといわないの。今月ピンチなんだから」 「おまえがいうんじゃない。無駄遣いばっかしやがって」 「話を続けていいのか、それともやめるのか」 オレは亜樹子と顔を見合わせると、幾分かの妥協と、世界の平和と、懐具合という俗物めいた悲しみを深く鑑みて、 極めて高度な政治的判断を下した。 「で、当然貰えるものは貰えるんだろうな」 「翔太郎くん、カッコわるー」 大人の対応といって欲しい。 「公費でな。とりあえず事件が県外にまで及んでいる。俺は早々風都を離れるわけにも行かない」 「んで、小回りの利くオレらを使おう、と。いったい、どんな事件なんだ」 「一昨日起きた集団自殺事件、知っているな」 「ん。ああ、ジンさんから聞いたが。自殺サイトがらみどうとか、あれは解決したんじゃなかったのかよ」 ちなみにジンさんとは、オレが懇意にしている風都署の刃野幹夫刑事である。騙され上手だが、根気強い昔気質のデカだ。 「表向きはな」 「表向き?」 オレと亜樹子の声がユニゾンする。照井はアイボリーのティーカップを指先で弾くと、眉を顰め話し出した。 「集団飛び降りを図った自殺者達は、表向きはネットの自殺サイトで知り合った、という点に不審は特に見受けられなかった。 警察に提出されたアカウントの履歴やチャットのログに改竄は見られない。 だが、これを見てくれ」 テーブルに放られた写真に視線を落とす。事件現場の一部なのだろうか、夜なので酷く暗い。 注意深く見ると、ビル屋上部の外柵部分に何かぼんやりと人影のようなモヤが映っているのが見て取れた。 「こっちは拡大したものだ」 「こいつは」 「うーん、なになに。見せて、見せて」 身を乗り出してくる亜樹子といっしょになって、その写真を見つめると、 明らかに人が立ってはいいと思えない場所に映っている少女の姿が確認できた。 「女の子、だよねぇ」 「だな」 荒い画像であるが、柵の向こう側に女性らしき人物が佇んでいるように見える。 女性と確認できたのは、服装と長く伸ばした髪からだ。 夜風に流れるようにしてなびいている。幾分特徴的なウェーブがかかっているようだ。 「しかし、照井よ。警察が一度事件性の無いものと判断したヤマを、普通はほじくりかえしたりしねぇ筈だ。理由があるんだろ」 「……自殺ではない、可能性がある」 「んだとォ!?」 「嘘、だって七人も死んでるんだよ、この事件。私、聞いてない!」 「手がかりがまったく無いわけではない。この風都の隣に位置する見滝原市でも、同様の事件が起きている。 もっとも、向こうの飛び降り自殺は単独なので、ほとんどマスコミですら報道はしていない」 「照井よ、おまえのことだから、もう何かしら掴んでるんだろう」 「ああ。監察医からの情報で幾つかの関連性を発見した。死亡者の誰もが、一様にして、不思議なあざが見つかっている」 「あざ」 「ああ。俺はそれらが、特に引っかかっている」 「ふーん、アザ、ね。実に興味深い」 「フィリップ!! 寝てなくていーのかよ」 話し込んで気づかなかったが、いつの間にやら相棒のフィリップが、 背後から割り込むようにして、事務机に並べられた写真を覗き込んでいた。 つい先程まで寝込んでいたのだろう、髪はボサボサで、目の下には薄っすらと隈が浮いており、口元は大きなマスクで覆われている。 けれども、見開かれた瞳は、獲物を見つけた猫科の猛獣の如く、貪婪にぎらぎらと輝きを放っていた。 「痣、聖痕。スティグマータ。古代より、人体に浮き上がったこれらに人類は意図的、 或いは連想的に何らかの解釈を施し憚らない。 その起源は、イエス・キリストが、ゴルゴタの丘でイスカリオテのユダに裏切りを受け、 磔刑にされた物と同種の傷が身体に現れる現象を指している。聖痕の定義には、幾つか諸説がある。この写真、実に興味深い」 「あらー、またはじまっちゃったよぉ」 「こいつが、フィリップのいうように聖痕かどうかはわからないが、ひとつ。あきらかに不審な点があった」 「どういうことだ?」 「この写真に写っている少女の首筋の痣を見てくれ」 目を細め、注意深くそれを眺めると、凝固した死体には不可思議なほど、その痣はぬらぬらと赤くぬめっているのが見て取れた。 「夜間、しかも光の当たりにくい場所でここまで鮮明に映るとは。 照井竜。この写真は発見されてまもなくのものなのかい?」 「いや、これらの写真は事件が起きてから数時間が経過してからのものだ。 投身自殺自体、風都郊外の営業されていないホテルで起きたものだからな。発見自体時間が経過している」 「ちょっと待てよ、これ事件があったすぐあとに撮ったものじゃないのか?」 「事件が起きた場所が見滝原管内と風都署の境界でな。それで余計に手間取った」 照井は、顔を歪め吐き捨てる言葉を切ると、眉をしかめ押し黙る。 深い沈黙の中、我関せず、写真に目を走らせるフィリップが強く咳き込んでいる。 オレの相棒は、座り込んだまま鼻を噛むと、しわがれた喉で、それでも声だけは弾ませながら、沈黙を破った。 「――検索を行うにも情報が必要だよ、翔太郎」 フィリップの口元。ふてぶてしい笑みが刻まれた。 亜樹子が相棒の肩を押しやりベッドへと戻そうとするのを横目に眺め、照井に視線を再び戻した。 「受けてくれるか、左」 照井の瞳が、鈍い鉱石のような強い光を湛えている。オレが断るなど微塵も思っていないだろう。 古来より、探偵が警察にさよならをいう方法は見つかっておらず、オレもまたその因習に縛られ続けている。 もっとも、探偵にたかる蚤が警察だとしたら、その蚤が居なくなってしまえば、 オレは自分が野良犬だってことも忘れちまうのだろう。 無言のまま椅子から立ち上がると、帽子掛けからソフトを取り、頭に載せた。 それが物語のはじまりの合図だった。 仮面ライダーダブル。 それは二人で一人の探偵。 ハードボイルドに憧れる心優しき半人前、左翔太郎と、 脳内に地球(ほし)の本棚と呼ばれる膨大な知識を抱える魔少年フィリップが、 仮面ライダーとなってガイアメモリ犯罪に挑む謎と戦いの物語である。 むずがるフィリップを無理やり寝かしつけると、看病を亜樹子に頼んで、オレはハードボイルダーを一路見滝原市へと走らせた。 無闇に聞き込みを行っても大して情報収集が捗るとも思えない。 特に、オレにとって見滝原は土地勘の無い街だ。風都と比べると、遥かにこの街の方が洗練されている。 都市のインフラには、実験的に施行された最新の技術が導入されており、まるでSF映画の中に紛れ込んだような気が幾分しないでもない。 それらを除けば、特に平和であり、ここには悪の匂いもドーパンとの気配も感じられなかった。 オレはマシンを停車させると、引き伸ばした写真にゆっくりと目を細め視線を落とす。 手がかりは、見滝原と名も知らぬ写真の少女、そして謎の痣。 まるで、雲を掴むような話だ。だが、フィリップの検索精度を上げるため、ここはなんとしても、ひとつふたつ手がかりが欲しい。 「どう見ても、学生だよなぁ」 オレの独り言が聞こえたのか、下校中の女子学生がいぶかしげにこちらを見つめた。 このような仕事をしていると、ほとんど人目が気にならなくなる。 ささやくような少女たちの声に眼をやると、気が逸れた。瞬間、風が吹いたのだろう。 持っていた写真が、ふいと飛んで、少女たちの前に舞い落ちた。 「あのぅ、これ落ちましたけど」 「おう、悪いな」 クイーンやエリザベスより明らかに幼い顔立ちの二人連れ、特に気の弱そうな少女が写真を拾いおずおずとこちらに差し出している。 「あれ、これマミさんじゃ」 「あ」 気の強そうなショートカットの子が、ポツリと漏らす。 髪をリボンでくくったかわいらしい感じの子が、 大きく口を開け押さえるようにして手をやったのを見て、オレは運命の女神にキスをしてやりたくなった。 「ちょっと待った。キミたち、この写真の子知ってるのか?」 「は、はい、えーとですね」 「バカ、まどかっ!」 ショートカットの少女が、叫ぶようにして遮ると、まどかと呼ばれた子は、眉を歪め一瞬泣きそうな表情になった。 二人は距離をとるようにして、オレからじりじりと離れると敵意をむき出しにして睨みつけてくる。 「あー、ちょっと待ってくれ。別にオレは怪しいものじゃないんだ。そう、ちょっと話を聞かせてもらっていいかな」 「――怪しくないって、めちゃくちゃ怪しいことこのうえ無いわ」 「だめだよ、さやかちゃん」 「おーい、ばっちり聞こえてるからなー」 「なんですか」 「さやかちゃん!」 「だいじょうぶ、まどか。ここは任せて」 さやかと呼ばれた少女が守るようにしてずいと前に出る。 オレはそこまで危険人物に見えるだろうか。少し悩んだ。 「まず、名乗らせてもらおう。オレは私立探偵の左翔太郎ってモノだ。 ちょっとした依頼でこの子が誰だか調べてる。協力してもらえると感謝するんだが」 「――あらゆる事件をハードボイルドに解決! 探偵 左翔太郎。風都風花町一丁目二番地二号? 隣の町ですね」 口に出して読み上げるんじゃない。思わず小突きそうになった。 ……文面変えるか。 「そ。ほら、全然怪しくないだろ」 「そうですねー」 人様を小馬鹿にしたような上がり調子の返答。 オレの鋼のハートは、再び強く傷ついた。 「さやかちゃん、だめだよ」 気の弱そうな少女が、オレの心を代弁するかのようにたしなめてくれた。少しだけ、感情の針が安定方向に向かって復元する。 この年頃の子は扱いにくい。時の流れを感じた。 「まあ、そう邪険にしてくれるなよ」 「……とりあえず、あたしたちが話せることはないです。この写真もなんか隠し撮りみたいで怪しいですし」 「おい、そりゃないだろう」 隠し撮りではない。かといって断ったわけでもないだろうが。 そもそも事件現場でウロウロしているところが、容疑者ないし関係者率を果てしなく高めているのである。 「失礼します。いこっ、まどか!」 「あ、さやかちゃん待ってよ」 「お、おい!」 手を取り合って駆け出す少女を追いかけようと、右足を伸ばした瞬間。 オレの視界の天と地が逆転した。 「あり?」 無様に地べたへ転がったのは、誰かに脚を掛けられたのだと、痛みと同時に気づいた。 痛みの余り目に浮かんだ涙をごまかしながら立ち上がる。 気づけば傍らには、去っていった少女たちと同じ制服を着た、髪の長い少女が初めからそこに居たかのように立ちすくんでいた。 腰まである長い黒髪をつややかに背へと流している。大きな瞳と、整った鼻筋が印象的な、いわゆる人目を引く美少女、というやつだ。 「まさか、今時脚が長すぎたから引っかかった、とかいうんじゃないだろうな」 少女の瞳がアイスクリームのように冷え切った。 「どこの誰かは知らないけど、彼女たちに近づくのはやめなさい」 「そりゃ、こっちの台詞だろ」 油断していた、とは思わない。事件の捜査中だし、ひととおりの格闘術は心得たつもりだが、まるで気配を感じなかった。 ソフトを目深にかぶり直し、視線を沈めた。 容易ならない、とオレの探偵魂がいっている。 「話があるなら、私が聞くわ。その写真の人物についてもね」 「上等じゃねーか。たっぷり聞かせてもらうぜ、この写真の子のこともアンタ自身のこともな」 少女は、肩で風を切るようにして前を歩く。 オレは、後ろ手でフィリップが作成した追跡型操作端末バットショットを開放して逃げ出した二人を追わせると、 後ろに従って場所を移動した。 ちょうど帰宅ラッシュにぶち当たったのか、市内の大通りはどこも家路を急ぐ人々で込み合っている。 目の前を行く少女は、背中を見せたまま悠然と足を進めている。 単なる余裕なのか、それとも先程オレを転ばせた方法に何か秘密でもあるのだろうか。 体格的には小柄であるし、まともに組み合っても負ける要素はどこにもない。 だが、それらを超越した何かを、コイツは持っているということだ。 少女の誘導に従って歩くと、次第に人気の離れた小道へと分け入っていく。 茜色の夕日が落ちきる直前に、ようやく人気の無い寂れた工場の裏手にたどり着いた。 「随分寂しいところを知ってるんだな。ま、ここなら邪魔は入りそうにないな。 さあ、この写真の人物について聞かせてもらおうか。えーと、オレは探偵の左翔太郎だ。君の名前を教えてもらおうか」 「その、必要は無いわ」 「は? ちょっと待てよ。どういう意味だよ」 「あなたが何故その写真の人物を探しているかどうかなんて興味ない。 これ以上首を突っ込まないよう、少々釘を差す為にここまで連れてきただけよ」 反射的に、唇の端がもつれるようにひきつる。 オレは苦笑を禁じえなかった。 少女に脅される探偵! マーロウもリュウ・アーチャーもサム・スペードもきっとオレのことを許さないだろう。 「なにがおかしいの」 「――は」 ひきつった笑いがそのまま、凍りつく。 彼女は、いつのまに取り出したのだろうか、ニューナンブM60のリボルバーを右手で構え、黒々とした銃口をこちらに向けていた。 ちょっと待て! 一瞬たりとも、目を離してはいなかったし、隙だって無かったはずだ。 まるで、魔法のように突如として出現した凶器を目の前にして、オレに出来ることといえば、 馬鹿みたいに開けた口をゆっくりと閉めることぐらいだった。 「お嬢ちゃん。イタズラもそのくらいにしておかないと、そろそろ怒るぜ」 「――どうぞ、ご自由に」 無慈悲に撃鉄を引き起こす硬質な音が耳朶を打った。 やばい、この子の方がオレよりハードボイルドなんじゃ。 「この街を出て、二度と鹿目まどかに近づかないというのであれば、命だけは助けてあげる」 「悪いがそういうわけにはいかないな」 「残念ね」 鈍い音と共に、銃弾が後方へと流れた。 少女の瞳。今まで何一つ揺るぎもしなかったそれが、僅かに戸惑いの色を見せたのを見た。 オレは後方を振り返ると、近づいてくる黒服の一団を見た、四・五・六・七、八人。見間違いようもない。 頭部全体を覆う、真っ白な肋骨を模したマスク。マスカレイド・ドーパントだ。 「なに、なんなの貴方たちはっ!?」 前方に気をとられていたせいか、彼女は後ろに回っていた奴らに気づかなかったのだろう。 少女は、背後から迫っていた二人の男にあっさりと組み伏せられると、地べたへと押し付けられるようにして顔を擦りつけた。 「おい、レディを乱暴に扱うんじゃねーよ」 オレは黒服たちから一斉に飛び掛られないだけの距離を保ちつつ、様子を伺う。 ところが男たちは、オレを無視した格好で、彼女だけに注意を払っているように見えた。 「暁美 ほむらだな」 一団の中から、一人の男が進み出ると、少女に呼びかけた。 返事は期待していなかったのだろう、リーダー格の男は首をしゃくると、 ほむらと呼ばれた少女を組み伏せていた男が、彼女の胸元へと腕を入れ何かをまさぐり出す。 「やめなさい、やめっ……やめてっ!!」 掲げるように男は、小さな卵のような装飾品を取り出すと、地面から顔を上げて抗うほむらの頭を踏みつけた。 「情報通り、身体を拘束すると魔法は使えないようだ」 男は肩に乗せた白い猫のような生き物に何事かを語りかけている。オレが、本当に驚いたのは、その猫が男の言葉に返答をしたからだった。 人間に言葉で。 「思った以上にスムーズに作業が完了したようだね」 「あなたはっ!!」 ちょっと、待て。あいつらは、動物と会話している。待て待て、おかしいのはオレなのか? それとも、この世界か? 「暁美 ほむら。君は規格外だ。これ以上勝手にうろつかれても、僕の計画に支障をきたす。 残念だけど、ここで退場してもらうことにしたんだ」 「キュウべえっ!! あなたは、どこまでっ!!」 「そう、怒らないでよ。彼らと僕の利害は一致した。財団Xはグリーフ・シードやソウル・ジェムが研究のために必要。 僕には君の排除を行う人手が必要だった。これは仕方がないことなんだよ」 「お願い、返して。それがないと、私、戻れないっ!」 「ごめん、諦めて。その代わり、僕がちゃんと、鹿目まどかを魔法少女にしてあげるから」 莞爾と微笑む。 「――あ、あああっ」 ほむらの理性が爆発したように弾けた。 頭を左右に振るって、恥も外聞も無く起き上がろうとするが、彼女の両肩を屈強な大の男が二人がかりで押さえつけている。 脱出は不可能。彼女の四肢は地面に縫い付けられたように微塵も動かない。 マスカレイド・ドーパントたちは、オレにはまったく興味は無いのか、宝石のようなものを回収し終えると、 ほむらをその場に置いたままゆっくりと遠ざかっていく。 リーダーらしき男の肩には、彼女が話しかけていたキュウべえという生き物がちょこんと座り込んでいる。つい、と振り向いたその生き物と目が合った。 その赤い目玉は、落ちかける夕日と同じように、濁った血の色をしていた。 「――たす、けて」 少女の声。最初に会った時感じた、巌のような不動さはなく、それは年相応のはかなく、か弱いものだった。 長い少女の黒髪。ほつれたその間から覗く、濡れた少女の瞳と視線が交錯した。 「助けて、左翔太郎」 「ようやく、オレの名前を呼んでくれたな――で、もういいか、フィリップ」 『待たせてすまない、翔太郎』 耳元に当てたスタッグフォンから、相棒の声が聞こえる。 オレは携帯を閉じると同時に、ほむらを押さえ込んでいた片方の男に回し蹴りを喰らわせ、 同時にこちらを向いた男の顔面に拳を突き入れた。 右手でダブルドライバーを腰に装着すると同時に、ジョーカーメモリを叩き込む。 『サイクロン!!』 『ジョーカー!!』 無機質な機械音が、辺りに木霊す。 悪党ども、もう遅いぜ。 「変身!!」 ――『CYCLONE/JOKER!!』 烈風が巻き起こると同時に、視界の向こう側が世界ごと変革される。 みなぎる力が、人間の限界をあっという間に振り切って、オレを瞬間的に無敵の超人へと造り替えた。 この地球における根源への叡智。 正義と悪の概念すら断ち切る、規格外のパワー。 仮面ライダーWだ。 「レディを泣かせるやつは、このオレたちが許さねぇ!!」 オレは一瞬でトップスピードに乗り切ると、反応の遅れたマスカレイド・ドーパントの一軍に真っ向から切り込んだ。 一人目の男の腰へと飛び蹴りを叩き込むと、向かい来るもう一人の喉首へと水平に手刀を突き入れた。 くの字に身体を折りたたむ男の腰を蹴りつけると、背中に殺気を感じる。 オレはそのまま振り向かずそのまましゃがみこみ、突っ込んでくる男を背中の上で滑らせ、 そいつの頭を両手で押さえ込み、勢いを殺さず地面へと卵をへし割るように叩き付けた。 「回収を優先しろ!」 リーダーらしき男が指示を飛ばしている。蜘蛛の子を散らすように駆けていく一群を睨みながら、オレは怒声を浴びせた。 「だから、逃がさねぇって!!」 銃撃手の記憶を内包したトリガーメモリを交換する。 『CYCLONE/TRIGGER!!』 逃げ惑うマスカレイド・ドーパントに向けて、トリガーマグナムをまとめてぶっ放す。 破壊エネルギーの弾をまともに食らった、男たちは、滅びの絶叫をあげながら世界から霧散していった。 「こいつらいったい」 『量産メモリだ。それより、最後の一人は』 唯一自我を有していたリーダー格らしき男だけは、健気にも立ち向かおうと、猛然と襲い掛かってくる。 所詮はそれも、蟷螂の斧。 「があああっ!!」 オレは、敵の正拳突きを左手で払うと、脇腹に右ひざを勢いよくぶち当てた。 ふらつく上体。右の親指を鳴らすと、空を見上げる。日はほとんど落ちかかっている。夜がもう、そこまで忍び寄っていた。 『詳しい話を聞きたい、メモリブレイクだ。翔太郎』 「いくぜ、フィリップ!」 『CYCLONE/JOKER!!』 トリガーメモリを外すと、オレはジョーカーメモリをマキシマムスロットにぶち込む。 ――こいつで終わりだ。 『マキシマム・ドライブ』 メモリのエネルギーがジョーカーアンクレットを増幅し、オレの身体は上空へと舞い上がる。地上には、対象を見失った哀れなドーパント。 怒りの鉄槌を受けるがいい。 『ジョーカー・エクストリーム!!』 オレとフィリップの叫びがユニゾンする。セントラルパーティーションが交互に分離して、必殺の蹴りがドーパントの身体を打ち砕いた。 男の身体から、破壊されたガイアメモリが排出される。 オレは変身を解くと、倒れ伏したままの男が握っていた宝石を拾い上げる。 それから、膝を突いたまま呆然としている彼女に向かってゆっくりと歩いていった。 「立てるか」 ほむらは無言のまま座り込んでいる。オレは、彼女に宝石を握らせてやると、膝を折って目線を下ろし、じっと目を覗き込んだ。 「な、なに?」 「か弱いレディ、涙を拭いたほうがいいな」 ハンカチをそっと差し出すと、少女は顔を真っ赤にして俯いた。 「――どうして、助けてくれたの」 「If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive」 「……やさしくなくては生きていく資格が無い? 今時チャンドラーなんて流行らないわ」 「オレは過去の世界に生きてるのさ」 人差し指でソフト帽を軽く持ち上げる。オレはその時、彼女が少しだけ微笑んだのを見逃さなかった。 Next /02
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とある岬。 倉田正明が階段を降りる。 そこに停まっていたのは、船だった。 中を調べると、爆弾が仕掛けられていた。 倉田「まさか、これは…… た、大変だ…… 巡査中倉田から、若狭保安部へ至急、至急! 四区岩場付近自爆用と見られる爆発物を積んだ可能性の高い舟艇1隻が……」 翌朝 キャスター「続いてのニュースです。海上保安庁は、舞鶴湾で見つかった不審船から、日本にはない部品のデータを……」 光彦「舞鶴湾って、ここですよね?」 コナン「ああ……」 元太「なんかあったのか?」 歩美「どうしたの?」 コナン「今朝、沿岸で不審船が見つかったんだってさ」 歩美「ん?」 元太「不審船って何だ!?」 園子「ほら、ガキンチョども。間を空けないで、ちゃんと前に進みなさい」 探偵団「はーい!」 蘭「ちょっとお父さん!」 小五郎「ん?」 蘭「保護者なんだから、ちゃんと子供たちを見ててくれないと……」 小五郎「うるせぇな。付き添いが必要だっていうから、来てやったのによ……」 蘭「イージス艦に乗れるなんて滅多にないことなんだよ。10倍以上の長男間だったんだから……」 小五郎「そいつが、馬券だったらよかったのにな……」 蘭「もう!」 コナン(ったく。どこに行ってもぶれねぇな、おっちゃんは……」 園子「っていうか、イージス艦って何なの?」 蘭「えっ? えっと……」 光彦「イージス艦とは、アメリカ海軍が開発した、武器システムを搭載した艦艇のことですよ」 元太「すっげー強え軍艦だよな?」 光彦「はい!」 園子「ずいぶんあっさりした説明ね…… 歩美ちゃんもそういうの興味あんの?」 歩美「ううん。でも、海好きだし。せっかく当たったんだもん!」 蘭「そうよね。滅多にできない体験だもんね! お父さんも競馬のことは忘れて……」 小五郎「わあってるよ」 コナン(この通信は……) コナンが列を離れようとする。 蘭「あっ、コナン君?」 コナン「僕、ちょっとトイレ」 蘭「早く戻ってきてよ。順番もうすぐなんだから……」 コナン「はーい!」 コナンはトイレに行き、通信に出る。 コナン「何だ? 博士」 博士「いやあ、新しく作った衛星電話の調子が知りたくなってのぉ……」 コナン「海上どころか、まだ船にも乗ってねぇよ」 博士「何じゃ。随分時間がかかっとるようじゃな」 コナン「ああ…… 今朝の不審船騒ぎでセキュリティチェックが厳しくなってるかも」 博士「なるほど……」 コナン「せっかく作ってくれたこの衛星電話も、今回は使わねぇほうがいいかもしれねぇな…… ところで、大阪での会合はうまくいったか?」 博士「ああ。哀君に手伝ってもらったからのぉ…… すごぶる評判じゃった……」 コナン「そっか。じゃあ、公開演習が終わったら合流できそうだな…… あっ、そろそろ列に……」 博士「ところで、ずいぶん待たされて、子供たちが退屈しとるんじゃないか?」 コナン「いや、別に……」 博士「よし、クイズを出してやろう!」 コナン「連絡してきた理由はそっちかよ?」 博士「イージス艦の『イージス』は、ギリシャ神話のゼウスが、娘のアテネに与えた邪悪を払う盾・アイリスからきておるのは知っておるじゃろ? そのゼウスが、悪魔ヒドラとの戦いで、その鋭い牙で身体中を噛まれたそうじゃ。しかしたった1ヶ所だけ噛まれなかった場所があったんじゃ。さぁ、それはどこでしょう?」 コナン「1.首。2.胸。3.腹。4.腰。だってさ…… 博士がどうしてもおめぇらに出題しろって言うからさ」 探偵団「うーん……」 蘭「ていうかコナン君、いつ博士とそんな話したの?」 コナン「えっ? さっきトイレに行った時にね……」 歩美「ねぇ、コナン君。わかんない……」 光彦「降参です」 元太「答えは何だ?」 コナン「答えは、4の腰」 歩美「どうして?」 コナン「神の腰で、噛み残しだってさ……」 元太「はぁ、何だよ。またダジャレか……」 係員「次の方は、参加ハガキを出して前へ出てください」 光彦「あっ、順番きましたよ!」 元太「待ちくたびれたぜ」 園子「こらっ、走るんじゃない!」 係員「手荷物をお持ちの方は、中身が見えるように蓋を開け、係員の前に置いてください。それと、携帯電話は艦内に持ち込めませんので、こちらでお預かりさせていただきます」 いよいよイージス艦が出港。 井上「本日は、海上自衛隊の航海演習に参加していただき、誠にありがとうございます。今日1日、艦内を案内させていただく井上です。よろしくお願いします! では、今回の航海演習の詳細を説明させていただきます。まずは、正面モニターの地図をご覧ください…… 赤く表示されている部分は、自由に見学していただける場所です。それ以外の通路や部屋には入らないようお願いします…… 詳しくは、お手元のパンフレットにも記載してあります。続いて、タイムスケジュールについて説明させていただきます……」 蘭「園子、今何時?」 園子「えーっとね……」 コナン「蘭姉ちゃん、時計は?」 蘭「故障したから修理に出してるの。その間は携帯を時計代わりにしてたんだけど……」 園子「没収されちゃったからね……」 光彦「よかったら、この時計を使ってください」 光彦は蘭に時計を渡す。 蘭「えっ? でも、光彦君は?」 光彦「僕は、デジカメに時計がついてますから、大丈夫です……」 井上「いいですか。船は時間厳守です!」 園子「だって。借りといたら?」 蘭「うん。じゃあ、ありがとうね。光彦君……」 光彦「はい! 防水加工ですから、潮風を気にすることありませんし、時間は電波時計ですからすごく正確ですよ」 元太「電波って何だ?」 光彦「えっ? 知らないんですか? 正しい時間を知らせる電波を、日に何回か受信する時計です」 園子「へぇーっ……」 光彦「ちなみにそれは、朝と夕方の5時に受信します」 歩美「受信って、どこからするの?」 光彦「えっ? それは……」 コナン「この辺だと、福島の電波送信所かな……」 歩美「へぇーっ……」 蘭「コナン君、ずいぶん詳しいのね……」 コナン「そ、それは新一兄ちゃんが……」 すると、轟音が鳴り響く。 歩美「な、何⁉︎」 蘭「何? この不気味な音……」 小五郎「何だ? 何が起こった⁉︎」 井上「落ち着いてください、大丈夫です。今の音は、注排水装置が、海水を大量に吸い込んだ時などに起きる音です」 蘭「ちょっとお父さん! 」 小五郎「ん?」 井上「落ち着いてお座りください。それと、口元の注排水弁が緩んでいるようなので、気をつけてください……」 一同「あははは!」 小五郎「いやあ、どうも×2……」 蘭「お父さん、お願いだから座って!」 コナン(ったく。でも、注排水であんな音がするもんなのか?)
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/02 私が誰かの好意を裏切ったのは初めてではない。けれどもこの時、確かに超えてはいけない一線を踏み越えてしまった気がした。 手にしたスタンロッドは青白い魔翌力と火花を散らしながら、ふるふると震えている。 目の前には、先程まで屈託無く笑っていた青年がうつ伏せに倒れていた。 探偵だと名乗っていた左翔太郎の背後から一撃を与えるには、余りにも容易過ぎた。 荒い呼吸がやけに耳につく。自分のものだ。 脂汗が額を伝って左目に入ると、軋んだように左目が痛んだ。彼の取り返してくれたソウルジェムをそっと握り締める。 この男は危険だ。 魔法少女以外の、いやそれ以上の強力な力。 私にはいちいち関わりあったり、人並みに興味を持ったりする暇はないし、必要も無い。 幸いにも、インキュベーターが連れて来た男たちは残らず始末されたようだ。 いや、まだ、ひとりだけ残っている。 「ひっ」 左翔太郎に撃破されたうち、一人だけ消滅せずに倒れている者がいた。 私は、起き上がろうともがく男に近づくと、手の中に顕現させたグロック17を見せ付け、 恐怖を煽るように銃口を向けたまま上下にゆっくりと揺らした。 男は四つん這いのまま無防備な背中を見せて、動かない両足を無理やり酷使しいざっていく。 まるで、ピンで張り付けられた虫けらみたいだ。 私は男の背中の中央を蹴りつけると存分に地べたの砂を食らわせ、おもむろに前方に回ってから顔面を容赦なく蹴上げた。 「ぎひいいっ!」 無言のまま、二度、三度とつま先を男の顔面中央にに突き入れる。 「痛い? でも、仕方ないわ。これは罰なのだから」 蹴りつければ蹴りつけるほど、自分の中のドス黒い感情が高まってくる。魔女を殲滅する時にはまったくなかったものだ。 「や、やべ、やべてくださ、ください」 「やだ」 男は両手で顔を覆って痛みから逃れようとする。 もはや腹の中のくぐもったむかつきは、自分でも誤魔化しようの無いくらい膨れ上がっていた。 頭の中で、今まで何度も繰り返してきた、まどかを失ってきた悲しみ、 自分の言葉を何一つ理解しようとしないみんなのこと。 それから、終わりの無い苦しみの道程。すべていっしょくたになって、胸の中で渦を巻いて激しく唸っている。 「いだ、いだぁい、びょ、びょういんへぇ」 男の覆面を無理やり剥ぎ取る。白い骨のような模様が描かれていたそれは、血反吐ど泥でぐちゃぐちゃの汚物に成り果てている。 仮面の下から出てきた顔を、凡庸な中年男性のものだった。 「答えなさい。あなたは、なに?」 「お、おれは、ざいだんえっくす、のものぉ、いぎぃいいいっ!! いだああああっ!! やべっ、やべてぇええっ!!」 前髪を毟るようにして引き絞り、俯きがちな顔を無理やり上げてやる。 「私に理解できるように答えなさい、といったの」 その時の私の顔は、鏡を見なくてもわかるくらい凶悪なものだったと思う。 男の話を総括すると以下のようになる。 第一に、私を襲った彼らは財団Xという組織であり、これらはこの待ちにソウルジェムとグリーフシードを求めてやってきたらしい。 第二に、彼らはガイアメモリという「地球の記憶」と呼ばれる、 事象・現象を再現するデータプログラムを収納させたメモリを使うことによって超人的な力を得ることが出来る、ということ。 つまり彼らは、ガイアメモリ研究の為に、魔法少女の力の要であるソウルジェムやグリーフシードを集めにやってきたらしい。 もっとも、このガイアメモリ、極めて特殊なもので適正者はほとんど居らず、 使用者の全てといっていいほどその強大な力によって精神を破壊されてしまう。 そういった意味では、左翔太郎は限定された適合者なのだろう。 なんというか、ほとんど理解できない世界だ。 私も魔法少女の力を知らなければ、こんなことは絶対に理解できなかったと思う。 今考えれば、知らないことがどれだけしあわせだったのだろう。 「これで知っていることは全て?」 「は、はぁい」 「そう、もうこちらに用はないわ」 立ち上がってグロックを構える。精薄者のように呆けた男の間抜け面を眺めながらトリガーを二回引くと、 9mmパラベラム弾が軽やかに発射。弾着。至極上手に両膝を撃ち抜くことに成功した。 絶叫と嗚咽を上げながらのたうつ男を尻目に、左翔太郎の傍らに移動する。 彼は、何の見返りも無く私を助けた。 それなのに自分は今、恩を仇で返そうとしている。 知らず、唇を噛み締める。鉄錆に似た血の匂いが口腔いっぱいに溢れた。 まどかのため。 まどかのため。 まどかのためなんだ。 呟くようにいい聞かせる。 この言葉こそが魔法の呪文。 彼のようなイレギュラーがいれば、財団Xのような輩が集まって来ないとも限らない。 銃把を持つ指先が、カタカタと震える。 命まで奪う必要は無い。 それにもう、とうに超えてしまったのだから。 引き返すことは出来ない。 ……そもそもこんなことを迷っている時点でもはや自分は人間の範疇に入らないだろう。 銃口が定まらない。調査だかなんだか知らないが、これ以上引っ掻き回されるのはもうたくさん。 もうたくさん。 何もかも。 大きく深呼吸をする。 引き金を絞る。 軽やかな音が、たんとひとつ鳴った。 「でき、ない」 気づけば、両手でグロックを握り締め、空に向かって銃弾を放っていた。 「私は、魔法少女じゃない、ただの魔女よ」 くたりと倒れこんだままの探偵の顔を覗き込む。 こんな時でもなければ、胸をときめかせていたのだろうか。間近で見た彼の顔は、すっきりとした目鼻立ちの二枚目だった。 落ちていた帽子を拾い、埃を軽く払う。私は、彼の顔の上にそれを乗せると立ち上がり、握り締めていた拳を開いた。 ガイアメモリとベルト。 この二つが無ければ彼も、首を突っ込んでくることも無いだろう。 「まったく。手癖が悪い」 自嘲がこぼれる。右手で、自分の左手の甲を叩くと、闇の中で小さく音が鳴った。 さよなら、おせっかいな探偵さん。心の中でもういちど呟き、その場を振り返ることは無かった。 またひとつ、自分の心を闇の中に押し込めた。 私はどうしてまどかを救いたいかを考えながら、帰宅した。 服は泥と汚れにまみれていたし、身体は泥のごとく、ぐずぐずに疲れきっていた。 ぼろきれのような身体を自宅に投げ込み、熱いシャワーを浴び、チンチンに沸かしたあたたかいミルクを飲むとようやくひとごこちついた。 それからまもなく、たえようの無い、罪悪感が今更ながら襲ってきて、ひとり身悶えする。 私は、テーブルの上に乗せた、左翔太郎の所持品を眺めた瞬間、衝動的にそれらを視界から消し去るように払い落とした。 彼が私を助けたのは、ただの優越感だろう。 そう思い込むことにする。男のことなどよくわからない。 私の知っている男子というものは、馬鹿で愚かで粗野で乱暴な人間未満の生き物だけだった。 彼は自分よりひとまわりは年上だろうか。父親の世代に当てはめるのは若すぎるし、学内の先輩後輩のくくりに入れるのは遠すぎる。 なんだか、いろいろ考えすぎた。たたでさえやることはたくさんあるのに、これ以上頭を使いたくない。 疲れすぎて、気分まで悪くなってきたようだった。 それでも、これから再び行動するには何か、おなかの中に物を詰めておかなければ、いろいろ支障を来たすだろう。 いざという時、おなかがすいてまどかを助けられませんでした、でお話にもならない。 私はまとめ買いしておいた菓子パンを二つほど無理やり喉に詰め込むと、それを野菜ジュースで流し込む。 頭に巻いていたタオルを外すと、櫛を簡単に入れて身支度を整えてから、再び家を出ようとした時、 一番会いたくないやつが、勝手に自室に入りこんでいるのに気づき、胃の腑に強烈な疼きを感じた。 「女性の家に勝手に入り込むなんて、真性下劣ね」 「助けた相手を騙まし討ちにかける君にいわれてもね。 それより、彼は結構頑丈みたいだよ。あの後、すぐに立ち上がって大騒ぎしてたよ」 インキュベーターが、部屋の隅に視線を走らせる。 何故だかとがめられたような気がしてひどく落ち着かなくなった。 私は無言で魔翌力を解放すると、散弾銃であるモスバーグM500を突きつけ、引き金に指をかけた。 「ミンチにされたいのかしら」 「こんなところで撃つつもりかい、 暁美 ほむら? ここを追い出されるのは君にとって時間のロスだろう。有意義な所作とは考えられない」 「先端のバヨネットが見えないの? この距離なら逃がさないわ」 いちいちこの生き物の言葉に腹が立つ。自分でも不思議なくらい感情のたかぶりが制動できない。 「いいね、その感情。僕にとっては、少なくとも君とあの男の接触は、エネルギー増幅にとても効率がいい。 どんどん、高ぶってもらいたいよ」 頭の回線が、まとめて焼き切れたように白熱した。 押し出すように銃剣を繰り出すと、尖った刃は狙いたがわずインキュベーターの左目から頭部を突き刺し、 部屋の畳へと赤黒い体液を撒き散らした。 「素晴らしい。 暁美 ほむら、君は優れた魔女に成れるよ、絶対に。僕が保障する」 インキュベーターは、左目を完全に破壊されているにも関わらず、淡々と言葉を繋いでいく。 私は喉元へと圧し上がってくる苦い水を無理やり飲み込んで、両手に力を一段と込めた。 苦しめ! 何度と無くまどかを傷つけた分まで。 苦しめ! 罪も無い人々を葬り去ったその咎を。 苦しめ! 私たちを騙してのうのうと過ごしている魂まで。 苦しめ! 苦しめ! 苦しめ! 白刃が完全にインキュベーターを押し割ると、部屋の中は、腐った臓物と薬品を攪拌したような悪臭でいっぱいになった。 ずたずたになった肉塊の前で荒い息をつく。 こわれた出来損ないのおもちゃを回収するように。 まったく同一のケダモノが、どこからともなく現れると、共食いをはじめ、やがてその行為にそぐわないかわいいげっぷ漏らす。 「困るなぁ、僕の身体を安易に壊されても。ま、安心してよ。 君があの男から所持品を盗んだことは黙っててあげるよ。 この世界にたいした影響は無い。君が、どれだけ邪魔をしたって、僕はまどかを必ず魔法少女にしてみせるよ。ノルマのためにもね」 「ノルマ……」 そんなものために、私は、私たちは。 気づけば、インキュベーターは目の前から姿を消していた。 畳に落ちた体液も全て回収されたのだろう、染みひとつなかった。 それからずっと私は前のめりに両手を畳に突いたままじっと姿勢を崩さず、自分が入ってきた部屋の扉を見続け、もう一度立ち上がった。 動きのあったのは次の日だった。 私は、まどかと巴マミ、美樹さやかが廃ビルに乗り込むのを見届けると、ゆっくりとその後に続こうと建物の影から身を乗り出した。 「暁美ほむらだな」 完全に油断していた。背後をぐるりと五人の男たちに囲まれている。 それは先日、工場裏で襲ってきた財団Xと同じ衣装を纏った怪人たちだった。 「ソウルジェムを渡してもらおうか」 ――まったく、本当についてない。 この男たちを倒してもグリーフシードを手に入れることは出来ないし、再び魔翌力の無駄遣いをすることになる。 私の能力を使えば逃げることはたやすい。だがそれは、同時に後方のまどかたちを危険にさらすことだった。 やるしかない。 先日の戦い方を見れば、彼らは肉体を強化しているあくまで人間の範疇に過ぎず、 その点は今まで戦ってきた常識の通用しない魔女や使い魔に比べれば、どうということのないものだった。 ソウルジェムから魔翌力を開放して変身すると同時に、唯一の力である時間操作の魔術を行使した。 距離を取って戦えば、彼らの能力は私にとって児戯に等しいものだ。 右手にモスバーグM500、左手にハンドガンを構えると、時間を縫いとめられたまま硬直している怪人たちに向かって引き金を絞る。 魔翌力を込められた銃弾は、神秘の力を内包しながら螺旋を描いて飛翔し、直前で静止。 ――再び時空制御を解いた瞬間、幾多の火線はその爆発力を開放させ、瞬時に四人の男を屠った。 最後に残った一人はワケがわからないといった様子で、一瞬うろたえる様子を見せたが、 覇気を振り絞ると、自分の首筋に小さな物を突き立てるのが見えた。 『ビースト!』 無機質な機械音。ガイアメモリだ。 男の口からほとばしる、うなり声を聞いて総毛立つ。 この男を一番最初に始末すべきだった。 男の姿は、鈍く闇の中で発光すると同時に、全身が青白く、まるで巨大な熊を模した怪物に変貌を遂げた。 その一瞬が明暗を分けた。 怪物が地を蹴って猛進する。左手の魔法盤を操作するのが遅れた。 いや、気づいたとしても到底間に合わなかっただろう。怪物の右腕。空を切り裂いて振られたと同時に、宙を舞っていた。 まとめてへし折られた肋骨が内臓を攪拌しながら、ばらばらに分解する。 とっさに痛覚を切った。意識を強く持て。 喉元にこみ上げる血の塊を飲み干すと、猫のように身を丸め、それから両足を突き出す。 かろうじて背後の壁との激突だけは防いだ。が、激突を和らげるため伸ばした右足の置き所が悪かったのか、完全に折れた。 痛みはほとんど感じない。だが、機能的にはマイナスだ。 スピードを失った。 この敵には、致命的。 もう一瞬、身をひねるのが遅れたら全身がミンチになっていたはずだ。そう思えばよしと、考えるしかない。 ヤツが私を殴り飛ばしたせいで、距離が取れた。 組み合えば、一瞬でこなごなにされるだろう。そして、ソウルジェムを回収される。 それが最悪のシナリオだ。 考えている暇は無い。 怪物は再び殺意を収斂させ、全力で殴りかかってくる。 私は時間操作の魔法を行使すると、時を止めた。 この敵はハンドガンでは到底倒せない、ならば。 建屋の脇に隠しておいた、とっておきを取り出す。 携帯式対戦車擲弾発射器、通称RPG-7といわれる無反動砲だ。 弾頭にありったけの魔翌力を込める。 時間に縫いとめられ、凍ったように立ち尽くした怪物に向け、引き金を絞り込むと、 銃器の後方から燃焼ガスが噴出し、弾丸は放物線を描き、敵の顔面直前で静止。 私が発射機を放り投げ飛び跳ねると同時に時間が再び息を吹き返し、爆炎が視界を覆ったのは同時だった。 ――やった。 安堵した瞬間、煙の中をゆっくりと動き出した大きな影が網膜に映りこむ。 「うそ、でしょ」 怪物、ビーストの顔面は確かに魔翌力と火薬を混合させた力で破壊されていたが、 まるで時間を巻き戻すかのように、その怪我はみるみるうちに復元されていった。 ほとんど反射的にハンドガンを取り出すと、狙いもつけずに撃ちまくる。 けれども、ヤツは小雨を振り払うかのように片手をかざし、弾丸を弾きながら一歩一歩近づいていくる。 ソウルジェムに視線を落とす。 濁りすぎている。 昨日から、想定以上に無駄な魔翌力を使いすぎたのだ。 このままでは例え、こいつを倒せたとしても、魔女になってしまう。 そんなのはいやだ。 承服できない。 来るな! 来るな!! 来るな!!! 「は――」 直前で停止した怪物が、左腕の大詰めを大きく振るうのが見えた。 死ぬ。 死んでしまう。 この距離ではかわせない。 例え、ソウルジェムが残ってさえいれば大丈夫だったとしても。 あの爪で真っ二つにされるのはいやだ!! 咄嗟に首をひねったのは奇跡だった。だが、左腕から身を逸らした直後、 敵の右足が、脇腹へと垂直に突き刺さるのを理解した瞬間、時間が跳んだ。 空を飛んでいるのか、地に伏しているのか。もう、そんなことはわからないくらい、強烈な一撃だ。 意識を急速に真っ暗な闇がすっぽりと包んでいく。 その中で、ただくっきりと私が救うべき少女の顔が浮かんだ。 終われない。混濁する世界の中で手を伸ばす。 掴み取る場所など無く、むなしく虚空を彷徨う。 「おい、大丈夫か!!」 力強い、大きな手が私の手のひらをしっかり握り締めていた。 「……ん、あ?」 気づけば、目の前には、あの力強い眼をした、あの探偵の顔が合った。 「お嬢さん、今夜の舞踏会はここでお開きだ」 抱きかかえられている。力が入らない。 頭の中はふわふわとしたまま、状況がうまく飲み込めない。 怪物を見る。どうやら彼は、バイクごとあの化け物に体当たりを食らわせ、その隙に私を抱き起こしたらしい。 「にしても、ビースト・ドーパントとは、またへヴィな展開だな」 青年、左翔太郎が自分のポケットを探る身振りをし、それから舌打ちを鳴らす。 ようやく得心がいった。このお人よし、左翔太郎は何も気づいていないのだ。 私が、奥の手を取り上げたことすら。 「ま、ハードボイルドな展開はいつものことだ」 「どうして」 左翔太郎は、指先で帽子のふちを軽く上げると、辺りを飛び回るコウモリのようなメカを示す。 「こいつに昨日から君が逃がそうとした二人を追跡させておいた。尾行は探偵の基本だろ」 「余計なことを」 「――どうやら、おせっかいは生まれつきなんでな。こいつばかりは似合わない」 「おせっかいなハードボイルド? 聞いたこともないわ」 頬が、小刻みにぴくぴく震えている。意外と気は短いようだ。 「だー、うるせーっ!! ああいえば、こういううぅ……っと。どうやら、敵さん律儀に待ってた、わけじゃないな」 怪物、ビースト・ドーパントは身悶えをするように頭を両手で押さえ唸っている。 「メモリの副作用……? 使いこなせていないのか。なら――」 彼への罪悪感を振り払うように、身体の軋みに歯を食いしばりながら、顔を上げた。 「おいっ、なにやってんだ」 ぐいと、遠ざけるように彼の肩を押して、ふらつく足で立ち上がる。 逃げまわることも出来ない。誰にも頼れない。彼女を救うと決めた日からずっと自分の足で立ってきたのだ。 たとえ、この身が朽ち果てようと、全てを打ち倒して、必ず絶望しか見えない運命を踏破する。 「その眼は意地でも関わらないで、って眼だな」 「わかってるなら、回れ右して。この街を去りなさい」 「そうはいかねーな」 「ああ、もおおおっ!!」 なんでこの男はここまで意地っ張り馬鹿なのだろうか。 本気で頭に来た。 「写真」 「は、写真って、この状況で……?」 「出す!! 早く!!」 「え? あ、はい」 くしゃくしゃになった写真をつまみ上げると、輪郭のぼやけた闇に浮かぶそれを指差し声高に叫ぶ。 こんな時まで、あの女は。本当に、いまいましい。 「その写真の女は巴マミ! あとは自分で調べて、依頼主に報告でもなんでもしなさ――い!?」 腕をつかまれたと同時に、彼はバイクに向かって走り出す。 「いったいなんのつもり!?」 「とにかく逃げるぞ!!」 逃げて、どうにでもなるものでもない。 まどかに降りかかる危険は、段階的に排除しておかなければならない。今の装備では、あの怪物の装甲を破るのは不可能だ。 私は、下っ腹に力をこめるとバイクに飛び乗って、国道の続く方角を示した。 「出して!」 「おい、いきなり乗り気だなっ!! んじゃ、まドライブと洒落込むか!」 彼は、バイクに乗り込むと、いきなり全開でアクセルを吹かす。 背後に、化け物の怒号。バックミラーに目をやると、殺意を身にまとったドーパントが、地を蹴立てて追跡してくる。 命を掛けたツーリングのはじまりだ。 景色が後方へとあっというまに流れていく。 私は、彼の腰に左手を回したまま右手でリボルバーを引き絞り、つかず離れず駆けて来るビースト・ドーパントを的にしていた。 「どこまで行くんだ!」 「あの、橋の下まで」 それにしても、後方の怪物はあの巨体で惚れ惚れするような速力を保っている。 改めて、ガイアメモリの恐ろしさを痛感した。 堤防を転がるようにしてバイクに乗ったまま駆け下りると、足の長い草むらを掻き分け、目的の場所までしゃにむに走った。 「なんとか、時間を稼いで」 「なんとかって、もうこうなったら、やぶれかぶれだっ! こいやっ、このドーパント野郎がっ!!」 わめき散らす彼を尻目に、目的の物を発見し、急いでブルーシートを引っぺがした。 キャリバー50。 ブローニングM2重機関銃だ。 現在でも、住友重工がライセンス生産を行っているそれは、夜目にも禍々しく、 その鈍色の砲身は出番を今か今かと待ち望んでいるように見えた。 重さは40キロ近い。だが、人間土壇場になれば、どんなことだって出来るものだ。 もう一度やれといわれても出来ないほど見事なまでに、私はそれを満身の力を込めて持ち上げると、手早く三脚へと、据え付けに掛かった。 「もういい! 戻って!!」 悲壮な顔で、駆け寄る左翔太郎の顔。 その背後に怪物の巨体が、夜空の月明かりに照らし出され、膨張するように殊更大きく見えた。 残りの魔翌力は、ソウルジェムの濁りを考えればほとんど余裕は無い。 それでも。 怖くない。 私は。 まどかのためなら、なんだってできる。 左腕に装着した円盤の歯車が作動し、世界の時間を凍りつかせる。 奥歯を噛み締めながら、トリガーを絞り込む。 天も裂けよとばかりに爆音が轟き、白煙が立ち昇った。その向こう側に、発射された無数の弾丸が怪物に向かって収束される。 同時に、時間が動き出した。 弾丸は、狙いたがわずにドーパントの頭部に向かって叩き込まれ、瞬時にひしゃげた肉塊を形成していくが、 それをものともせずに突進はゆるまない。 なんというリペア能力。破壊と同時に細胞分裂を繰り返し復元させているのだ。 怪物の拳が目の前に迫る。 死ぬ、の? 私は胸元のソウルジェムごと身体を破壊される幻視をぼんやりと思い浮かべながら思わず半目をつぶった。 だが。 衝撃は来ない。 恐る恐る目をそろそろと開ける。 「う――え?」 そこには両腕を交差させたまま、怪物の一撃を受け止めている、左翔太郎の背中があった。 「らあああっ!!」 交差を解くと前蹴りを放つ。 まともに喰らった怪物は、たたらを踏んで、数歩後ずさった。 「誰が、助けてなんていったのよ」 翔太郎は両腕をだらりと垂れ下げながら、じっとこちらを見ている。 ああ、きっと私の今の顔は見れたものじゃない。 怒りと羞恥心と、それから自分でも理解したくない感情で胸がいっぱいになってしまったからだ。 「――終わっちまったからな。照井に頼まれた依頼」 「い、らい?」 巴マミの調査のことだろうか。 「しかも、ほとんど理由のわからないままだ。アンタは何にも話してくれないしな。 オレは、今回ほとんど何もしていない。 こんなんで事件解決しました、なんていったらおやっさんにドヤされちまうし、 何よりオレ自身納得いかねぇよ」 どうして、どうして、どうして!? 「私は、もう誰にも頼らないって……」 「何でも一人でやる必要なんてどこにもない。 この世には完璧な人間なんて一人もいねえ。互いに支え合って生きていくのが人生ってゲームさ」 「あ、あああっ」 もう、俯いたまま顔を上げることは出来なかった。 彼から奪っていた、メモリとベルトを差し出す。私に出来ることは、両膝を突き心の底から彼に懇願するだけだった。 「……わかっていたのね、なにもかも」 「それが、ハードボイルドってやつだからな」 彼の口元が僅かに笑みを作る。素直に頭を下げることが出来た。 「まどかと、私を助けてください」 「――ってことだ、フィリップ。この追加依頼、問題ないな」 『ああ、僕にとっては望むところさ、翔太郎』 彼は携帯から手を離すと、ガイアメモリをかざして、ビースト・ドーパントに向き直った。 『サイクロン!!』 『ジョーカー!!』 「変身!!」 ――『CYCLONE/JOKER!!』 烈風が世界を切り裂き、そこに一人の超人が顕現した。 BACK /01 Next /03