約 1,235 件
https://w.atwiki.jp/ssdmset2/pages/129.html
(GK註) 本稿は第5試合:採石場 試合SSその1の第一稿です。 最終的に提出された試合SSでは、大幅な文字数削減が行われました。 * * * 「早く大人になれたら良いのに」 「大人になんかなりたくないと思っちゃうけれど」 幼馴染の少女は女主人の否定的な発言に目を丸くした。なぜ大人になりたくないのかと華奢な身体から伸びる腕を二度三度と振り回し、小さな握り拳を突きつけ親友の顔を睨み据える。きつく結ばれた唇は綺麗な「への字」を描き、僅か膨らむ頬は血色の良い朱色に染まっている。仕草から表情に至るまで実に子供らしいことだと、女主人は目を細めた。 「だって、やりたいことも出来なくてつまらないじゃない」 「でも格好良いでしょ」 小首を傾げた少女のなだらかな首筋、項(うなじ)がチラと目を惹く。女主人は少女の肩に手を伸ばし、幼子をあやすよう折り返った制服の襟を直してやる。継いで胸のリボンを整えようと伸ばされた腕は少女によって押し留められた。またそうやって子供扱いをしてと幼気(いたいけ)な少女は頬を一層に膨らませた。 「どうすれば早く大人になれるかなぁ」 「盛華は大人になっても子供っぽいまま変わらなそうだけれどね」 「あっ! 酷い!」 「そうね。少なくともタネのある西瓜を食べられるようになったら大人じゃないかしら」 「もう! またそうやってからかうんだから!」 幼馴染の名を呼び、からかい、その度に跳ね返る軽快な反応に、堪え切れず女主人は腹を抱えて空を仰いだ。目尻に溜まった涙で滲む視界に映るのは白一色の空。焦点も合わせられぬ無地のカンバスであった。大口を開け喉から吐き出された笑声は一面の「白」に向けて放たれ、残響も無く消えた。 空も地面も、地平に並ぶ山々も周囲に建ち並ぶ街並みも無く、床も天井も壁も無い、白色に埋め尽くされた世界。二人が居るそこは時の流れすらも曖昧な空間であった。虚無の中心から広がる女主人の声は、舞台に誤り置かれた書割の如く異質で明るい。 「御免なさい。御免なさいね。あんまり可笑しくって。でもね、本当に大人なんて良いものでもないのよ」 涙を指先で拭い、口元を手で隠し再び笑う。釣られ幼馴染も笑い出す。それはいつまでも続く二輪の花競べであった。女主人はまた思った――ああ、自分は夢を見ている、と。この白い世界は女主人にとって慣れ親しき寝床。日々折々、夜闇に童心を遊ばせる場所――変哲もない夢であった。 今や創作料理店の女店主がかつて一人の女学生であった当時、睦まじき親友と未来を語り合った記憶。その残滓が大人となった女主人の胸で煮詰め濾され、そこに少量の願望が浸され出来た透明なスープ。ここは飽きもせず女主人が啜る甘露に満ちた食卓であった。だが、こと今日に限っては、女主人はここに長く座す訳にいかなかった。 「大人って何なんだろう」 溜息と頬杖を同時についた幼馴染が掌で片頬を押し潰し、決まり文句を口にした。曖昧で半端な夢であれ、この可憐な花の隣を離れるのは、女主人にとって日常における全ての労苦と比してなお難事であった。だが、この日ばかりは夢幻に耽溺する以上の重大事が女主人にあった。 「そうね。私が思う大人って何か、帰ってきたら教えてあげるわ」 ここは夢の戦いに赴く前の、ただ儚い泡沫の夢。泡沫の慰みを永遠の歓びに、いつか明ける夜を醒めぬ瑞夢に変えるため女主人は歩き出さねばならなかった。 「御免なさいね。ちょっと用事を思い出しちゃって。すぐに帰ってくるから」 「ええ? いつも急なんだからぁ」 「ね。待っていてね」 「仕方ないなぁ。うん。それじゃいってらっしゃーい!」 世界から音が消える。目眩を起こしそうな「白」を背に浮かぶ幼馴染が手を振る。女主人は残像を引き摺り遠ざかる幼馴染へ小指を軽く差し伸ばし、虚空で指切りをした。そして微笑みを返す。それを最後に女主人の意識は夢の中からもう一つの夢の中へと沈んでいった。 * * * 何故ならそれは、社会――『地獄』を耳触り良く表した場所――の隷属者なのだから 濃緑色の山々が遠く近く重なり、山肌に並ぶ常緑樹に空を渡る雲が影を落とす。一幅の日本画を思わせる景観は、橙に燃える夕日が膨らみ揺らぎ急き立てられるように西の山へ姿を隠し一変した。白く煙る山並みは濃紺と黒の影絵へ。刻々と色彩を移ろわせていた空は今や一面の墨化粧となり、満月だけが温度の無い青白い光を山中に抉り出された採石場に差し落としていた。 月明かりを弾き煌めく黒の岩陰と濃紺の岩肌が、墨の乾き切っていない二色版画さながらの舞台。そこに睨み合う四人の人影が屹立していた。石切り場の角ばり巨大な花崗岩を背に立つ男が二人。森を背に立つ女が一人。その二点と併せ結び三角形を描く位置、森の中に立つ最後の一人の男。それは今、正に夢の戦いの最終幕が上がった瞬間であった。 「寂尊(じゃくそん)ッ! まず警官を殺れッ!」 開幕の音頭、第一声をあげたのは茂木箍一郎であった。彼は両手から勢い良く「焦燥」「悔恨」「疑念」といった感情を煙として吐き出し、血を溢れさせる左腿の痛みに耐えた。油断していたのか。伏兵も考慮していたつもりだった。そういった後悔も反省も後回しに、茂木は第一に為すべきこと、敵の打倒に頭を切り替えていた。 ここから先、夢の戦いの決着まで時間にして一分足らず。三発の銃弾と三振りの豪腕豪脚で終わりを迎えた。 「夢の戦い」。夢の中で命懸けの殺し合いを演じる、避けようの無い悪夢のようなそれは、勝者に「見たい夢を見る権利」を、敗者に「恐ろしい悪夢」を与えるという、都市伝説じみたものであった。実在を怪しまれていたそれに茂木が巻き込まれたのは、やはり何の因果も無い偶然でしかなかった。 「私達のデビューには丁度良い舞台だ。そう思わないか? 空海。いや――」 だが茂木は夢の戦いに巻き込まれた後、その災難に動じること無く、隣に立つ男へ声を掛けた。 「寂尊!」 「Aaow(ポーウ)!」 そこに立つ僧形の男こそは茂木の実験の産物。彼が比叡山延暦寺に赴き行った「脳死状態の男に感情を吹き込み再び蘇らせる」倫理の禁忌たる所業の忌み子。歌唱とダンスで80年代日本の仏教シーンを塗り替え続けた男、"三代目 J soul 空海"――またの法名(本名)を寂尊。 茂木と寂尊。彼ら二人は信念を引き継ぐ実験の果て、今や80年代日本を沸かせた伝説のアイドルグループ、ローラースケートを使い踊りと歌を同時に見せるパフォーマンスで一世を風靡したかの伝説的歌唱舞踏集団「EXILE」の魂をその身に宿す存在となり、二十一世紀を席巻する新たなムーヴメント、脳科学とダンスの融合を以って茶の間に家族団欒の一時を提供しようと企み、捨て身のドサ回りに日々を費やしていた。 言葉も思い出したように時々しか喋ること無く、古風なホラー映画に登場する怪人のようにツギハギだらけの血色悪い禿頭の老爺――寂尊のその外見が仇となり、二人の芸能活動は暗礁に乗り上げていた。それでも二人は「EXILE」である。諦めを知らず、信念に燃えて一日を暮らしていた。 その二人の志とは何ら関係の無い夢の戦いである。茂木にとって夢の戦いの褒賞はどうでも良い物であった。しかしながら、「寂尊と二人なら何でも出来る」を合言葉に芸能界へ科学のメスを走らせよう身として、科学者として、「実証」は重大事であった。 「二人なら夢の戦いにも勝てる――証明しましょう」 「Aaow(ポーウ)!」 斯くして茂木は夢の戦いに赴いた。足に履くは当然「EXILE」の正装たるローラースケート。寂尊もまた「EXILE」の初代猊下"J soul 空海"こと空海から引き継いだ一足を履いた。新たなシーンを切り拓く決意を込め過去の肩書を捨て、"三代目 J soul 空海"ならぬ一個人となった寂尊ではあったが、そのスタイル、意志、想い、信念、魂は確かに「EXILE」を継ぐ者であった。 「寂尊は前衛。私は後衛でブレーン役をする」 「Aaow(ポーウ)!」 「私が死にそうになったら人命最優先で」 「Aaow(ポーウ)!」 「イザとなったら寂尊は肉壁役を宜しく」 「ちょっと待っとくれ。ワシゃ齢じゃから肉体労働キツくて」 「黙れジジイ! ゾンビ化してりゃ痛みもないでしょ!」 およそ仄暗い月夜に血塗れの僧衣を纏いツギハギだらけの禿頭を光らせる皺だらけの老人が眼前に現れたらば腰を抜かさぬ者がどれだけ居ようか。両腕で胸を抱き、不安からか青ざめた顔で足取りも危うく採石場を歩いていた女主人は、フランケンシュタインの怪物との出会い頭に悲鳴をあげ腰砕けになっていた。 運動能力――並。左手を庇う動きが不自然――刃物を隠している。武器を所持しているからには破壊力のある魔人能力所持者の可能性――低。寂尊を攻撃する素振りは無かったので遠距離攻撃手段――恐らく無し。或いは敵対の意思が無いか。夢の世界で対戦相手との初対面時、岩場にへたり込む女主人を見て茂木はそう考えていた。 普段は破天荒な言動でお茶の間はおろかTV番組の共演者すら混乱と混沌の坩堝に追い落とす脳科学者、茂木であるが、そこは流石に脳科学者。巫山戯ていなければその頭脳は明晰であった。夢の戦いにおいても、脳が発する感情、身体に表れる脳からの命令を見逃さず情報分析し、初邂逅にして相手の戦闘能力を精確に把握していた。 ――もしも彼が戦場である採石場の洞窟に目を奪われ、 「まったく、洞窟といえば地底世界! 鍾乳洞! トロッコ! ドワーフのギルド! コレ必須事項でしょう?」 「Aaow(ポーウ)!」 ――地下神殿や地底世界を夢想し、 「わくわくドキドキ、ポロリもあるよ! の夢体験を期待して潜ってみれば無人とは! 嗚呼なんてこったい!」 「Aaow(ポーウ)!」 ――脳を活性化させる最高の要素、新体験を求めていなかったならば、 「伝説の聖剣も手に入らないですしアハ折り損のくたびれ儲けですよ! アーハン?」 「Aaow(ポーウ)!」 この夢の戦いも、日が暮れる前に決着がついていたかもしれない。 だが、その徒労も夢の戦いには無影響であった。少なくとも、茂木はそう判断した。何故ならば、茂木は女主人の傍へと姿を現し、間近で見る弱々しいその女には戦闘能力が無いことを既に確信していたからであった。これならば我々二人が負けることは無い。横に控える寂尊はこれで身体能力は高いのだ。 「貴女が女主人さん。どこかの店主さん? ゴメンねぇ、驚かせてしまいましたか」 「……あ、脳科学の……茂木先生? 道理で相手のお名前が……」 「イエス・アイ・アム!」 まして、相手が敵対行動の意思を持たないならば尚更である――茂木はそう判断していた。対戦相手が自分を知る人間であり、言葉遣いやこちらを見上げる所作から好意的な感情を脳が発していることも見て取れた。故にこの時までは穏便な形で夢の戦いを収める方向も視野に入れていた。だが―― 「あの、手を貸して頂いても? そちらの方に驚いてしまって」 「いいですともマドモアゼル――なんて言うと思ったかッ! アハッ! 茂木汁ブシャーッ!」 茂木は優秀な脳科学者であった。だから気付いてしまった。目の前の女主人が右手を差し出した時、脳科学者でなければ見逃す程度の僅かな差異だが、所作に攻撃の意思を含ませたことを。こちらに敵意を持って触れようとした以上、相手は接触型の魔人能力者である。 即座に茂木は差し出した右手から「疑心」を噴出した。そのまま車輪の力と煙の推進力で女主人から距離を取り、煙に咳き込む女主人に荒事を為すと即決した。 「……茂木先生! 何をいきなり」 「この世に格言あり! 『脳は全ての心の母』! ンンー良い響きだ。今考えたとは思えない出来の良さ!」 「Aaow(ポーウ)!」 「待ってください、私、争いごとは駄目なんです」 「なんと白々しい! アハッ!」 相手が勝ちを目指す意思を示す以上、きっちりと殺ることをやる。ついでに夢の世界などと珍しい事態なので面白そうな実験も併せて行う。 「夢の解明は脳科学の発展! 実験しよう! 夢を見ている脳を夢の中から観察だ!」 「Aaow(ポーウ)!」 「丁寧に開頭しましょう! いけっ! 寂尊!」 「Aaow(ポーウ)!」 こうして会話のドッジボールを終え、ここに茂木と寂尊と女主人、三人の夢の戦いの火蓋が切って落とされた。 開戦と同時――聴こえる音といえば三人の声しか無かった山奥の採石場に、乾いた破裂音が鳴り響いた。 「アハッ!?」 「Aaow(ポーウ)!?」 女主人から距離を取り、数瞬の間その動きを止めた茂木の隙を突いた一撃。それは避けられよう筈も無い。何せ、茂木にとって直前まで予想だに出来ぬ方角――夢の戦いの戦闘領域外である森からそれは放たれていた。茂木の左腿から夥しい血が滴り落ちていた。 「婦女暴行の未遂で現行犯逮捕だな」 ざわめく茂木陣営を尻目に、その男は大樹の陰から姿を現した。手には年代物の細長い狙撃銃。銃口から黒い煙が薄く立ち昇っていた。 「店主さん! 大丈夫ですか?」 「ええ。ええ。ありがとう! 川口さん!」 「お安い御用です!」 それは15年来、女主人の店の常連客となっていた男。ガンマニアが昂じて警察官になったという、川口と呼ばれたその男は奇しくも魔人警察官であり、昼間に女主人から夢の戦いの相談を受け、市民を護るのは警察の勤めと銃を引っ提げてこの戦いに飛び入り参加した最後の――第四の男であった。 そして、夢の戦いのルールには「同伴者の場外負けに関するペナルティが無い」事実に目をつけた女主人の案により、開戦から数時間、森に潜み場外からの狙撃作戦を展開していたのであった。 「痛いの痛いのトンデケーッ! そんでもって――」 茂木は両手から勢い良く「焦燥」「悔恨」「疑念」といった感情を煙として吐き出し、血を溢れさせる左腿の痛みに耐えた。油断していたのか。伏兵も考慮していたつもりだった。そういった後悔も反省も後回しに、茂木は第一に為すべきこと、敵の打倒に頭を切り替えていた。 ダメージを負った状況は芳しくない。だが女主人には接近しなければ良い以上、実質二対一。二人なら勝てる。 「寂尊ッ! まず警官を殺れッ!」 「Aaow(ポーウ)!」 森の陰から姿を見せた敵の脅威を認識した茂木は、寂尊に素早く指示を下した。森の狙撃手、川口も狙撃用の銃を放り投げ、ホルスターから拳銃を引き抜き迎撃姿勢を整える。 「来てみろ馬鹿野郎共! 俺の見せ場を作れよ!」 ここから先、夢の戦いの決着まで時間にして一分足らず。三発の銃弾と三振りの豪腕豪脚で終わりを迎えた。 互いの出方を伺う一瞬の静寂を破り、男達の影は同時に動いた。 「Aaow(ポーウ)!」 川口の拳銃が火を噴き、鋼鉄の牙が夜風を致死の螺旋に変え突き進む。だが牙は空を噛む。寂尊は掛け声も勇ましく、重力を感じさせぬ、かつ淀みなき、然して弾丸にも劣らぬ鋭さで背面へ向かって水平移動し、回避動作を終えていた。これこそ彼が世界を震撼させた驚異のローラースケート術――その名も「月面歩行」。 「Aaow(ポーウ)!」 第二の銃弾が間髪入れず放たれる。青白き月明かりの舞台に赤々と燃える火の槍が扱かれる。だが槍の穂先は届かない。月面歩行は予備動作も無い縮地術。血塗れの法衣が闇にはためき金糸が光を飛ばす。寂尊は禿頭を両手で一撫で。片膝を妖艶に折り曲げ、一糸乱れぬ直立姿勢で背面へと星の海を泳ぐ。それは正に往時のスターたる彼の姿。 「Aaow(ポーウ)!」 第三の銃弾が発射される。マズルフラッシュの照り返しで浮き上がった川口の表情に確かな焦りの影が彫り込まれていた。その一矢もまた夜の陰影に呑まれた。花崗岩の銀盤を踊る寂尊は地を蹴っていた。天高くへと。空を泳ぐが如く。月面宙返り――空海の名を継ぐ者が必修とする J soul ダンスの基本にして極意。既に距離を詰めていた寂尊は格闘技を修める者の弱点、頭上からの猛撃を放った。 ――坊主と警官。勝敗を分けたのは彼らの選んだ道の違いであった。川口は寂尊が跳んだと同時、即座に腰から警棒を引き抜いていた。空を舞い蹴る寂尊の脚を潜り抜け、刹那の後、伸び切った胴体を横薙ぎに切り払った。密着した状態ならば回避も不能。宙に浮かぶ影絵が二つに切り離され、黒い血飛沫を散らし冷えた大地へ転がった。 「そしてスターたる者――人の目を惹きつけてナンボじゃからな」 「アハッ! 寂尊サイコー! ナイス・デコイ!」 坊主の仕事は人死の後が本番とは誰が言ったであろう。川口は前方に転がる老爺の首が発した嗄れ声と、背後からの陽気な声を同時に聞いていた。 「アハッ! 寂尊サイコー! 茂木サイコー!」 その時既に川口の腹部には砲弾を受けたような風穴が開いていた。川口の瞳から生気が抜け落ち、膝から崩折れ倒れた。二人の物言わぬ死体を見下ろし、仁王立ちするは天然フラクタルパーマの巨影。全身を筋肉で膨張させ、ギリシャ彫刻も平伏す肉体美となった茂木箍一郎であった。 もし川口が寂尊の姿に気を取られていなければ、強烈なアハ体験ブーストを経て徐々に細身の科学者からゴリラの如き巨漢へと移り変わる茂木の姿に気付いていただろう。片足を痛めようと両手からジェット噴射させた憤怒の煙で急加速し、拳を打ち込んできた茂木の襲撃に対応出来たかもしれない。だが、どう仮定を重ねようとも起きた現実は変わらない。例えそこが夢の中だとしても。 「さて店主さん! 貴女の秘策も終わりですね! 勝負アリです。一分程遅くなりましたが実験の開始ですよ」 フラクタル頭の金剛力士像があらゆる感情を捨て去ったアルカイックスマイルを浮かべ月夜に立つ。その足元は羅生門。余りの光景に女主人は青ざめた顔を更に蒼白へと染めながら――覚束ない脚を震わせ、それでも冷や汗に濡れた喉でその言葉を放った。 「ええ。私には戦う術はありませんから。何も出来ません。ですが勝負ありです。……私の勝ちです」 「……アハッ?」 「ありがとう川口さん。痛かったでしょうけど。お陰で……私は勝てました」 「……えっ? ホントだ負けてる!? ワタクシ敗けちゃってる!? ウッソー!? ナンデ!?」 女主人と茂木はその時、明確に認識していた。女主人は自分が夢の戦いの勝者である事実を。茂木は己が敗者となった現実を。脳内で姿無き声が高らかに宣言したのだ。 採石場、夢の戦い。勝者、女主人――と。 茂木は変わらず混乱したままであったが、女主人の目から見れば至極単純であり当然の帰結であった。茂木が今、立っている場所は――川口が潜み銃口を構えていた場所は、採石場の外。夢の戦いの戦闘領域外であったのだから。 「それでは触りますね」 「アアーッ! 妙齢の女性が太腿を誘うように焦らすように撫でるッ! 貴女の想いが私の肌を粟立たせるッ!」 「あの……」 「あっ気にせず続けてどーぞドーゾ?」 疑問を残したままでは科学者としておちおち昼寝からも目覚められないと主張する茂木に、それではと女主人が胸を抱き続けていた両腕を初めて解いた。左手には果物包丁が握られ、白刃が鮮血で濡れ輝いていた。その血は他でも無い、女主人自身のもの。彼女の左手小指は第一関節から先、切り落とされ無くなっていた。指の付け根を紐で縛られた小指は赤紫に染まり、女主人が夢の戦いの始めから酷い顔色であった理由を雄弁に物語っている。 「これで思い出したでしょうか。茂木先生の脚を撃ったのは、私の指だったんですのよ」 女主人の右手が、指先が茂木の脈動する筋肉繊維に触れた。直後、茂木は目玉を抜け落とさんばかりに見開き肩を震わせた。女主人の能力が条件を満たし、茂木は全てを理解した。 「………………アハッ」 前装式の銃(マズルローダー)は、銃口に入るものであれば何であれ銃弾に変えると言われる。事実、過去の実験によりタバコの吸殻さえ射程内ならば充分な殺傷能力を得られることが証明されている。女主人は予め自らの小指の先を切り落とし、銃弾として川口に渡していた。その弾丸は狙い通り茂木の脚を撃ち抜き、その瞬間、夢の戦いに欠くべからざる必須要素を一つ茂木の記憶野から打ち砕いていた。 「ア、アハハハーー! アハ! アハァ! 分かりましたァーー! これは凄い! ナイス・アハ!」 「ええ。ええ。……私の能力で、『場外負け』のルールを忘れてもらいました」 薔薇は手折られたとて薔薇の名を失わない。余人ならばいざ知らず、花を愛で日々生きる女主人には――何事も花を優先する価値観の下に生きてきた彼女には、切り離された自分の指先もまた、変わらず己の指であった。 「こんなずるい勝ち方で御免なさい。茂木先生みたいにTVで活躍して、社会を自ら牽引する強い人には分からないでしょうけど、私みたいに弱い人間が四十も生きているとルールの穴ばかりが視えてしまって。そこを突いてしか生きられないものだから。私も茂木先生みたいに強い大人になれれば良かったのだけれど」 同伴者の場外判定の穴だけではない。今、女主人が指を切り落としたまま長時間意識を保てているのも自ら育てた植物から得た脱法ハーブの興奮作用のお陰であった。そのハーブの服用を管轄外だからと苦笑いで目を瞑った川口の行動も、彼が夢の戦いに積極的だったのは憚らず銃で人を撃てるためだからという理由も、女主人の勝利を築いたあらゆるものが大人の欺瞞により成り立っていた。 「何をおっしゃる! ナイス・アハ・アンド・ビクトリー! これできれいサッパリ! 思い残しナシ!」 それら全ては茂木にとって些末事であった。重度のアハ体験中毒者である茂木にとって、女主人に強烈なアハ体験をさせられた、それだけで万事が許せた。故に、彼が夢の戦いの感想戦で選んだ最後の行動は彼がTVで茶の間に届けるお約束。迷える者への激励であった。彼は両手でピストルのポーズを作り、女主人の未来を指した。 「店主さん、もっと自信を持って! 貴女は世界に一つだけのアハを咲かせられる! ご安心なさい。貴女の脳力は素晴らしい。そんでもって、たかが見たい夢のために指を切るだなんて、貴女の行動力に茂木、ビックリ! ナイス・アハ体験! 根拠のない自信を持て! それを裏付ける努力を貴女は出来る! アハッ! チャオ!」 脳内麻薬が最高にキマッたスマイルはプライス・レス。女主人を残し、茂木の姿は夢の世界から掻き消えた。 夢の戦いは終わり、採石場の姿も朧気に歪み闇に溶ける。消え行く世界で、残すは勝利の褒賞を求めるだけとなった女主人であったが――ことここに来て、彼女は強い思いで臨んだ筈の、夢の戦いの勝者への望みを口に出せずに立ち尽くしていた。 「ああ……でもどうしましょう?」 勝者の瑞夢は見たいだけ。望むならばいつまでも見続けられるという。女主人には自分というものが分かっていた。もし己が望む世界を夢見られたならば、恐らく二度と目覚めることは無いであろうと。 「私が目を醒まさなければ、店の花(あの子たち)は誰が世話するのかしら。お店も綺麗にしないと駄目になっちゃうし。私の情けない姿を警察の人達にも見せちゃうわね。寝たきりの私はどうなるのかしら。お客様もがっかりしちゃうかしら……」 現実を捨てるつもりであった。望む夢にいつまでも溺れられるならば本望と、夢の戦いを乗り越えた。 「駄目。駄目ね。本当に。大人って嫌だわ」 だが、茂木が女主人に残した言葉は今一度、彼女に現実というものの存在感を覚えさせてしまった。――或いは茂木の「疑心」が為した技か。 「折角、夢が叶う時なのに。今が夢を叶える時なのに。こんな痛い思いをしてまでやっと掴んだチャンスなのに。そんな時にまであれこれと考えちゃって。しがらみに縛られて。世間体なんか気にして。夢が叶うその時にまで、夢を叶えない為の言い訳ばかり考えちゃってるわ。ああ、本当に嫌。どうして私、こんな大人になっちゃったのかしら」 失血が酷くなったか、ハーブの幻覚作用がピークに達したか、女主人はこめかみを抑え膝を折った。口をだらしなく開き、舌を垂らし、うずくまったまま唸り声をあげ続けた。 「ああ……困るわ。困ったわ。どうしましょう……私は……」 不意に、糸が切れたように女主人の全身から力が抜け、顔面が消えかけの地面にぶつかる。岩と砂利と、口の中から滲み出た血の味を舌でねぶり、そこで彼女の身体はピタリと震えを止めた。 「――せいか」 譫言めいた不明瞭な言葉を何か一つ、彼女は呟いた。 「決めたわ。妖精さん」 女主人は身を起こし、膝を払い、立ち上がった。顔を丁寧に拭うと脳内に語りかける声に向かい、決然と宣言した。 「私の見たい夢は『大好きな花と好きなだけお喋りできる世界』よ」 それは夢の戦いに臨む前から抱えていた彼女の変わらぬ願い。 「私はもう、嘘は吐かないわ。もう二度と、あの日を繰り返さない。世間なんて知ったことじゃないわ。社会なんて知らないわ。私は私の夢を見るのよ。夢だってこと、忘れてやるわ。もう二度と私がやりそうにないことと一緒に、もう二度と思い出さないように忘れてやるわ。何も残さず、夢の中で幸せに暮らすの」 女主人が幻視する景色は15年以上前のあの日の記憶。全ての歯車が狂い、どうしようもなく彼女自身を社会構造から弾き出したパンドラの箱が開いた日。女主人は身を震わせ、決別する現実へ別れの弔問を叫んだ。 「幾千の針を呑む日を送ろうと、幾万の殴打を浴びせられる日を暮らそうと、分別があれば、自省が、自律があれば、社会を生きよう者ならそれが正しい解答だったのよ! 彼女を祝福し、あの人を言祝ぐ私は、あの日、確かに正しいことをしたわ! けれども、けれどもね! 私は彼女の頬へ祝福のキスを落とした時にあの人の事を忘れさせなかった! あの人を言祝ぎ握手を交わした時に彼女の事を忘れさせなかった! それが正しいことだから! だから私は……あの日に……嘘つきな大人に成り果てたのよ」 女主人の左手小指からは――嘘つきの証たる切り落とされた小指の断面からは、未だどれだけ抑えようと悔恨の涙が零れ、彼女の両手を真紅に染め上げていた。胸奥の鍵をかけた小部屋に隠し続けた醜さの塊、己が本音を余さず吐き出した惨めな女は顔を上げた。逆手に持った包丁を握る左手に力を込め、柄尻を右手で包む。 景色が溶け落ちる世界が一瞬、全ての時の流れを止めた。荒い筆致の油彩画の、中心に描かれた女主人はその時確かに蒼白の相貌に一際紅く艶めく唇をふわりと緩めていた。その唇から発せられた声音は童女のように柔らかく穏やかであった。 「ゆーびきーりげーんまーんうーそつーいたーらはーりせーんぼーんのーます――」 刃は過たず女主人の喉笛を刺し貫いた。 * * * 「ほらぁ! 起きてー起きてー!」 「……盛華?」 耳をくすぐる聞き慣れた声が女主人を夢の世界から掬い上げた。机に突っ伏し寝ていた女主人は驚いて上体を起こし、机の天板の凹凸を律儀に複写してしまった腕の痛みに一瞬顔をしかめ、しかし自分を覗き込む幼馴染の顔を間近に捉えるとすぐに眼尻を下げた。 「御免なさい。寝ちゃってたのかしら」 女主人は腕をさすりながら周囲を見渡した。都心から少し離れた山間のベッドタウン。そこに造られた新興住宅街の野趣溢れる緑地公園。その広場の一角に設えられたこの休憩所は、女主人と幼馴染と、二人の胸に秘す秘密基地であった。小手をかざし、日除けが作る日陰から外を眺める。真昼の明るさに瞳孔が収縮する音を耳奥に、白い世界が徐々に色を結ぶ。 綺麗に刈り揃えられた芝生は陽光を浴び暖かな大地の匂いを湧き立たせ、緩やかに波打つ緑の草原を仕切る木立を遠目に見やれば桜が葉の繁った枝を張り、光の粒が枝の隙間から幾筋も伸びている。天然のスポットライトに照らされ、幾何学模様に植え込まれたサツキやツツジが黄緑と深緑のグラデーションを作り、その迷路の陰を子供達の黒い短髪と伸ばされた白い腕が走り抜けていった。突然の小さな嵐に驚いた蝶が舞い上がり、木陰に隠れた。 このベンチは、長閑の概念を世界中の玩具箱から収集し整然と並べて魅せる精巧精緻のジオラマ鑑賞の特等席であった。特に、幼馴染と二人で並び座す時においては。幼馴染もまた隣で同様の思いを抱いていたのであろう。間延びした声で感嘆を言葉にした。 「いいお天気だねぇ」 「本当にね。これじゃあ眠くなっちゃっても仕方ないわよね」 「そうだけどー。今日はお店に入れた新しいお花を見せてくれるって約束でしょ?」 「ええ。そうね。そうだったわね」 女主人は立ち上がり、うんと声をあげて伸びをした。共に立ち上がり、身長差から斜めに親友を見上げる形となった幼馴染がその声につられ白い喉を晒して欠伸をし、慌てて口元を手で抑えた。顔を見合わせた二人は暫く黙り、やがて互いに笑い合った。 「それじゃあ、行きましょう」 「うん! よーし! しゅっぱーつ!」 肩は並ばずとも歩調を合わせ、二人は芝生を踏み分け並び歩きだした。段ボールをソリにして遊ぶ子供の突進を幼馴染が慌てて避け、傾いだ肩を女主人が支え、また互いに笑い合い小高い緑の丘の向こう側へ歩を進める。 「そうそう。約束といえば。大人って何だって話の途中だったわね」 「あれ? うーん、そうだったっけ?」 最後に、大切なことを思い出したと女主人は足を止め、小指を差し伸ばし指切りの仕草をしてみせる。眉根を寄せる幼馴染へ、女主人は花咲く笑顔を返した。幼馴染から大輪の白薔薇と賞賛されたその笑顔は、他の誰も知ること無い、常に唯一人の為に向けられるものであった。 「私にとって大人っていうのは――そうね。よく言うでしょう? アレよ」 「アレ?」 「――子供らしさが死んだ時、残された死体を大人と呼ぶのよ」 「何それぇ! 聞いたことないよー?」 「盛華はそれでいいのよ。ええ。ええ。やっぱり、貴女は大学を卒業しても変わらなかったわね」 「ちょっとぉ! よく分からないけど私を馬鹿にしてるでしょー!」 「そんなことないわよ。本当。本当よ」 肌を撫でるように吹く初夏の微風が幽かな音を立て草木を揺らす。緑の芝に銀色の彩が流れる。風に乗り、二人の姦しい声は丘の上から長く梢の葉を震わせ続け、やがて子供達の遊ぶ喧騒に紛れ消えた。人影の無くなった丘の上。葉陰に隠れていた一匹の白い蝶がひらひらと舞い降り、二人の残した花と土の薫りに誘われ丘の向こうへと姿を消した。 この後、女主人は夢の中でどう暮らしたか。花と戯れ過ごす世界で幸福を得られたか。いつか、夢の舞台裏で死に続ける己が死体の夢を見るか。きっと幸せに暮らしたと、或いはいつか目を醒ましたと信じてみたいかもしれない。だが、彼女の未来を追い続けるに、ここは余りに紙幅が足りない。
https://w.atwiki.jp/rokurei60/pages/279.html
前100|トップ|次100 51 :初代1◆zhFdGsjV7M:2006/01/01(日) 00 06 40 ID dZmjLdbH あけまして、おめでとうございます。 旧年中は、皆様のお力により、ここまでこれたことを深く感謝しております。 本年も、いろいろなことが、あるでしょうが、私、初代1の お遊びに、お付き合いいただければ、大変うれしく思います。 どうか今年も、旧年中と変わらぬお付き合いをお願いいたします。 2006年元旦 初代1より 52 :オーバーテクナナシー:2006/01/01(日)02 15 41 ID mKldEqoW 【聞こえる声】 さてさて、技術的に意味がある訳ではないですが「お正月」について教えておきましょう。 ネ申の世界では一年の最初の数日を「正月」と呼びます。 特に最初の日を「元日」。その朝を「元旦」と言い、これらをめでたい時期として祝う習慣があります。 また、これらの習慣や祝い事を総称しても「正月、お正月」と言います。 (なお、元々は「正『月』」と言うように一年の最初の月の事でした) こうした習慣の理由は人により、地方により色々言われて居ますが、おおまかには ・一年を区切りとして、前の年を無事乗り切れた事を感謝し、また次の年に向けて気持ちを改める。 ・冬至と重なる時期であるため、これから日が長くなり、暖かくなっていく事を祝う。 の二点が主です。 ま、祝い事ばかりやっている訳にもいきませんし、ネ申の世界の習慣を持ち込むのが良いのかどうか分かりませんが、 これからしばらくネ申々が浮かれていたり妙な挨拶をしたりすると思いますので、参考までに。 53 :オーバーテクナナシー:2006/01/01(日)03 04 21 ID 0HP8uBqP 原始人さん、ネ申のみなさん、明けましておめでとございます!ヽ(*´∀`)ノ 54 :ウズメ@中の人:2006/01/01(日) 09 30 19ID bkrS09dc あけましておめでとーヽ(‘ ∇‘ )ノ 55 :録霊60◆CcpqMQdg0A:2006/01/01(日) 11 50 53 ID 70JapCcs ▼・ェ・▼あけましておめでとうございます。▼・ェ・▼ 早速、教え初めいくだよ。 飛距離と威力からいっていまいち使い勝手の悪い弓を使って火をおこす方法、『弓ぎり式』を教えます。 ○用意するもの ・弓 ・長さ12寸程度の硬い木でできた棒 ・掌に収まるぐらいの大きさの木、もしくは石 ・柔らかい木で作った薄い板(厚さ1寸以下、幅7寸長さ1キュービット) ・麻の繊維 まず、薄い板の真中に硬い木を押しつけてまわして浅いへこみをつけます。 このへこみは、『火きりウス』といって、触れば分かる程度の浅さでかまいません。 そして、火切りウスから、板の縁まで溝を彫ってください。 このように加工した板を『火きり板』といいます。 次に硬い木でできた棒、『火きり棒』を弓の弦に二回巻きつけます。 火きり板を左足で踏みつけて固定し、火切りウスの上に火きり棒と弓が組み合わさった ものを乗せます。 平らな木片か石を火きり棒の上に乗せ、左手で押さえつけてください。 そして、右手で弓を前後にすばやく引くと、火おこし器と同じように棒が回転して 溝から熱い木炭の粉が吹き出てきます。 この熱い木炭の粉の上に麻の繊維を落とすと火をつけることができます。 (あらかじめ小枝や薪を用意しないとすぐ消えてしまいます。) 56 :あぼーん:あぼーん あぼーん 57 :オーバーテクナナシー:2006/01/02(月)06 47 29 ID vrZJE/KB あけましておめでとうございます 【原始人さんへ】 44 ロクロというのは円盤の回転を利用した、陶器を作る道具です 円盤の中心に軟らかくした粘土を置いて、円盤を回転させると粘土も回転します 回転している粘土に手指を当てたり、摘み上げたりして陶器の形を作ります。 ロクロを使うと綺麗な円形、薄くしかも均質な厚みを持った陶器を作る事ができます 58 :オーバーテクナナシー:2006/01/02(月)06 54 16 ID iaE5K080 ◇計算できない物質的財産の破壊 「日本の侵略戦争が中国に与えた財産上の損失も、莫大で驚くべきものだ」、 戦争中、日本軍はいたるところで、狂気のように公共や個人の財産を略奪し、 文化遺産を破壊し、鉱物・森林資源を採掘、伐採し、偽札を発行し、 軍事・民生施設を焼き払い、爆破し、中華民族の物質的精華は日本侵略者 によってほとんど全部奪い去られた、卞博士はこう指摘した。 この数年、抗戦時代の損失問題を研究し続けてきた卞博士は、当時、 直接戦禍にみまわれなかったチベット、新疆の両省クラス行政区を除き、 残りの省は全部または部分的に陥落するか、一部が戦場になり、多くの都市、 郷・鎮が日本軍の盲爆にさらされたとみている。 卞博士は、近年の研究結果で、全戦争期間中、中国が受けた直接の財産 損失は1000億ドル、間接的損失は5000億ドルに達することが明らか になったと語った。 「むろん、戦争状態という制約から、抗戦の損害調査は、時間的完全性 からも、空間のカバーという点からも、極めて不完全なものである」、 「日本の侵略戦争が中国に与えた巨大な物質的財産の破壊と壊滅ぶりに ついて、正確な回答をみつけるのは不可能に近い」、卞博士はこう語った。 そして日本の侵略戦争がもたらした大きな傷が、中国の近代化プロセスの 重大な障害になったことは、学術界で突っ込んで研究する必要があると強調した。 http //www.china-embassy.or.jp/jpn/zt/qqq115/t202631.htm 日本の侵略戦争は中国にどれだけの損害を与えたか 新華社解説 59 :録霊60◆CcpqMQdg0A:2006/01/04(水) 18 21 35 ID YQuume3g 鼠害対策に大きな高床式倉庫が作れないのなら、小さいものから作ってみましょう。 板などを渡して、物が置けるようにした道具を『棚』といいます。 今まで紹介した三角食卓、四角食卓、立ちかまど、食卓に机構造を 何個も作れば、棚になります。(立ちかまどの枠はすでに棚に近いですが。) 食卓から棚を作るときは、地面から立ち上がる棒の長さを伸ばせば、 大きい棚ができるかと思います。 四角く組まれている部分は木を添えて、斜めに渡して縛り強化してください。 あと、下の段ほど重いものを乗せたほうが倒れにくいです。 食べ物の保存についてですが、人の住んでいる家もしくは洞窟におくと腐りやすいので、 人の住んでいないところに保管しましょう。 また、地面から高いところほど湿気や土煙や鼠の害が少なくなります。 横木を棚の外側に組むようにすれば、鼠が上りにくくなります。 60 :47:2006/01/05(木) 04 37 33ID k6a5hg/6 直しておきますね。 |TTTTTTTTTT| | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| |~~~~~~~~~~~~~~| | ゚ 。゜ | | ゚、、、、゚ | | ミ・д・ミ | | |  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 暇人さん わたしも調べてみました。 バンテン牛って絶滅危惧種(とゆうか一旦絶滅したあと、クローンで復活?)みたいですね。 小型でおとなしいのは扱いやすいと言う点で利点かもしれません。 力が不足している点は和牛の体型が農耕・運搬用に使われているうちに変化していったように 人が関与することによる改良が期待できるかもしれませんね。(微々たる物かもしれませんが。) 61 :オーバーテクナナシー:2006/01/05(木)04 41 45 ID k6a5hg/6 直らなかった・・・。 長老ゴメンなさい(つд`;) 62 :オーバーテクナナシー:2006/01/05(木)11 55 35 ID trc+56yT 【聞こえない声】 農耕に不向きとはいえ、牛が確保できたのは大きいですね。 上手く繁殖できれば乳製品、牛肉、牛皮、骨の安定供給が可能ですし。 そういえば動物の靭帯って弓の弦に使えた気がします。 63 :ウズメ@原始人:2006/01/05(木) 13 16 16ID nBGvP726 4_627-633 海でも怪我する事があるから、あたいも覚えておくだよ 『低体温症』のとことかためになっただよ 4_636 温度を100等分とか、ちょっとピンとこないだね・・・『温度計』ってのの作り方を教えてほしいだ 4_638 応急処置の基本の4つはわかっただ・・・けど、やっぱり傷を縫うんだか?・・・(((((((゜Д゜;)))))) (原始人の持っている針は、現代の釘くらい太いらしい) 4_639 なるほどー、言われてみればその通りだね・・・そっちで作ってみるだ 血がいっぱい出ると死ぬのは経験上知ってるだ・・・体重の1/10だね 分数覚えただよ 4_640 な・・・なんかえれーむずかしー話だな~、長老の昔話くらい訳わかんないだ~~ 4_642 空気の中の酸素を吸ってるってことだね 何で人間は魚みたいに水の中で息が出来ないんだろーな~~・・・ 4_643、 4_648 『気体』『固体』『液体』はわかっただ で、結局煙は気体じゃないって事でいいんだか?・・・ 4_658-660 ~ちゃんっていうのは、小さな子供に言う事だよ 暇人ネ申さんもイスズみたいにあたいを子ども扱いするだね(つд`) ネ申さんの話を聞いてたら、あたいも子供欲しくなっただ・・・ 64 :ウズメ@原始人:2006/01/05(木) 15 45 36ID nBGvP726 7 萌えを感じるってなに? さすがネ申さんだけあって、きっとすごい感覚持ってるだね~尊敬するだ 『キャンプ織機』はなかなか良さそうだね 麻布を織っている女達に教えてみるだ 11-15 医学の基本ネ申さんと暇人ネ申さんはおんなじネ申さんだか? 窒息とか溺れた時の助け方とかすごくためになっただ 18-19 『弥生機』はけっこう複雑で難しいもんだなー・・・ 部品の数が多いけども、それぞれはそんな難しい形はしていないみたいだ ただ、『綜絖』というもんの説明がちょっと分かり難いだ 二本の棒の間にある糸を細い棒の糸で一本ずつ輪を作るように挟んで端を細い棒 ってとこ 細い棒の糸ってなんだろー?ナナッシならわかるかな? これはぜったい作ってみたいので、ナナッシに相談してみるだよ 23 声は聞こえないけど、ネ申さんの悲しみを感じただよ・・・ あたいネ申さんの事大好きだから機嫌を治して欲しいだ 至らない所は言って欲しいだ治すように気を付けるだよ・・・。゚(Pд`q゚)゚。 24 『床縛り』覚えておくだ 28-29 30女ネ申さん、おひさしぶりですだ 30女ネ申さんもあたい等からみたらりっぱに安産の神様ですだ 65 :暇人:2006/01/05(木) 17 35 38ID ryWwpHaS 60 62 バンテンの数を増やしつつ、数に余裕が出てきたら鋤を引かせて、 ついでに大型化を狙う感じが良さそうですねえ。 バンテンを大型化させるために、オーロックスとかけあわせるという手もあるっぽいです。 現在の乳牛の直接の祖先であるオーロックスは、いったん絶滅した後に、 オーロックスの遺伝子を持つ牛ばかりをかけあわせて、ほぼ復活させているようです。 これもバンテンと同じく、家畜に向いているようですが、めちゃめちゃでかい。 http //big_game.at.infoseek.co.jp/othermam/aurochs.html 鋤なんて余裕で引けそう。 原始人さん ・牛飼いについて 牛は青草をたくさん食べます。 だから毎日、草のある場所に放してやらなければなりません。 その場所の草が少なくなったら、次の日には別の場所に放してやる。 こういった作業をする人物が必要です。 作業自体は簡単な事ですから、子供にもできます。 これをする子供を『牧童』といいます。 http //www.shokoku-ji.or.jp/jotenkaku/treasure/index_02zenshukaiga/jyugyuzu/jyugyuzu_06kigyuukika.html 神の世界にはこういった絵がたくさんあります。 なんというか、「いいかんじの光景」の見本みたいなモンです。 66 :暇人:2006/01/05(木) 17 37 32ID ryWwpHaS ・『牧牛犬』について 牛の肉は美味しいので、ケモノに狙われやすいです。 今のように、力の弱いメスの牛と、子牛一匹しかいなければ、余計に狙われやすいです。 ですから牧童は、犬を連れて行くと良いです。 犬がいるだけでも、その匂いをケモノは嫌がります。 神の世界の有名な牧牛犬は、こんなんです。 http //www.healthyfood.co.jp/book/dog20.html 原始人さんの世界の犬とは、ぜんぜん違うと思います。 牧牛犬には、背が低くて、あまり大きくなくて、しっぽが短いものが良いのです。 牛に踏まれたり、蹴られたりしないようにです。 性格は元気で、走るのが好きで、よく吠えて、噛みあいっこの好きな犬が良いです。 ウロウロ迷ったり、言う事を聞かない牛に、噛みつきに走っていってくれるからです。 そういう犬ばかりを交尾させていくと、そういった犬が生まれやすくなります。 ・飼料について 牛二匹程度なら、基本は、村の外の青草で間に合うと思います。 だけど牛を丈夫にして、長生きさせたいなら、牛が毎日帰ってきた後に、次のものを食べさせましょう。 1.ひとつかみの塩 2.貝殻や骨を、細かく砕いたもの、ひとつかみ 塩はどんな生き物にも必要なものですが、牛は森や草原で生きているので、なかなか食べられないのです。 きっと舐めさせると喜ぶと思います。 貝殻や骨の粉は、牛の骨を丈夫にしたり、良い乳を出させるために必要なものです。 ただし、牛に対して、牛の骨の粉を与えるのは良くありません。 67 :暇人:2006/01/05(木) 17 38 05ID ryWwpHaS ・牛の手入れについて 牛は清潔に、きれいにしてあげましょう。病気を防ぐためです。 毎日、ブラシをかけてあげましょう。 血の流れが良くなりますし、皮膚が丈夫になるし、牛も気持ち良いから喜びます。 ブラシは人間の女性が使っているものよりも、固いものが良いです。 (数が増えてきたら、角を切ることも必要なのですが、これは今のところ道具が無いような気がします) 牛はとにかく何にでも利用できる生き物です。乳も肉も毛皮も骨も内臓も、糞さえも、捨てるところがありません。 神の世界では、今でも「牛をたくさん持っている人」がモテる国もあります。 大切にしてあげてくださいね。 68 :録霊60◆CcpqMQdg0A:2006/01/05(木) 21 44 07 ID 73sJaUYH 49 猫関連 この村の社会は、 ・母親に従う。 ・男の中で一番偉い者がいても、他の者たちは犬のように誰が誰より偉いというような明確な順位がなく、 ほぼ対等な関係(個々の力の差はもちろんある。) というように猫の社会に近いかもしれません。 ゆえに、猫がこの村の象徴の地位を得る可能性が高そうです。 (よく考えるとこの村の人々の名前の由来は、電子掲示板に生息する猫の名前が多いですね。) 貝 足を挟むような貝は、『二枚貝』(二枚の貝殻を持つ貝)の類かと思います。 ほら貝は、大きい『巻貝』(渦を巻いた先がとがった貝殻を持つ貝)から作るようです。 巻貝の身を取り除いて洗ったあと、貝殻の先のとがったところに小さな穴を開けてそこから息を吹き込むらしいです。 http //upload.wikimedia.org/wikipedia/en/thumb/7/7d/Horagai-conchtrumpet.jpg/220px-Horagai-conchtrumpet.jpg 69 :録霊60◆CcpqMQdg0A:2006/01/05(木) 22 01 13 ID 73sJaUYH イスズとワタツミとサンレイ イスズとワタツミのことわかっただよ。 ウズメさんと中の人ありがとうございます。 サンレイ殿とは、名前が似ていて他人のような気がしない。 ここで、未来技術村のネ申々の名前を海の民風に読んでみるtests。 聖女→ヒジリメ ANIOTASAN→ウゴキエメヅルカミ 30女→ミソメ 録霊60→フミビムソ 死者の代弁者→シビトノカワリワケノミコト レグルス→モモツケモノノオオキミノホシボシノミコ 暇人→ヒマビトノミコト 字面だけみると日本神話チックで偉そうに見えるかも。 70 :オーバーテクナナシー:2006/01/05(木) 23 15 24ID pFcuJwq2 266 名前:オーバーテクナナシー 投稿日:04/11/12 08 32 07ID 4ol/xPB/ 石油以上に活用範囲が広い植物があります。 それは大麻です。大麻。 http //www.taimado.com/sukuu.html 石油産業の陰謀により大麻取締法ができたぐらいだからな。 これで石油なくなっても安心。 みゃちぎゃいにゃい! 71 :オーバーテクナナシー:2006/01/06(金) 00 24 15ID peUSF45h 【聞こえない声】 70 大麻にそれほど多岐に渡る活用法があるとは…こりゃモラーラがひょっとするとひょっとするかもな 72 :オーバーテクナナシー:2006/01/06(金)01 20 06 ID eW8H5Y5K ウズメさん 魚が水中でも呼吸できるのは『エラ』という器官があるからです。 人間にはこれがないので水中で呼吸はできません。 (その代わり魚には肺がないので空気中で呼吸できません) エラはこんなやつ↓ ttp //www.kaikyokan.com/jyoho/03_01_29/03_01_29.html (この魚は『サンマ』です。上から3番目の絵の赤いのがエラ) 73 :オーバーテクナナシー:2006/01/06(金)01 31 50 ID Cn9xft7h 砂糖黍の絞り粕からラム酒がつくれるんだっけ? 74 :オーバーテクナナシー:2006/01/06(金)02 11 23 ID eW8H5Y5K 【聞こえない声】 ざっと調べたところによると世界最古の温度計って 17世紀にガリレオが作ったやつらしい。 いわゆる原始的な温度計って歴史上、存在しないようです。 ガラスも水銀もない現状で作れそうなのを考えてみました。 天秤を使って片方に重さ一定の何か、 もう片方に筒状の土器を吊るして釣り合うように水を入れます。 沸点に近い温度の水の水位と凝固点に近い温度の水の水位に印をつけて、 その間をいくつかに区切れば温度計になりそうな気がするのですが。 専門外で自信がないので嘘を教えないように内緒にしています。 (水の熱膨張率とか何とかを考慮してどの程度使える代物なのか わかる人いませんか?) 実際作るとしたら、 不純物の少ない水(というか常に得られる同じ成分の液体、蒸留水は教えればもう作れるはず) 歪みのすくないコップ状の土器(ろくろ待ち?) 正確な天秤 線分を等分するための技術 熱膨張の概念が必要になってくると思います。 労力のわりにわかるのは0℃から100℃までの気温と水温だけ……。 教えていいものかどうか迷いますね。 【ここまで全部聞こえない声】 75 :30女:2006/01/06(金)02 30 28 ID 7QDZcBhZ ウズメさん、こんばんは。 安産のネ申ですか。嬉しいです。 足をはさまれる貝というのはシャコ貝かもしれませんね。 貝の場合、2本ある筋肉の柱が殻を閉じる力を出しています。 足をはさまれたとき、石ナイフでこの柱を切ることができれば、殻が開いて逃げられるかもしれません。 録霊60さん ミソメですか。なんかかっこいい名前ですね。 ありがとうです。 74さん 温度計はその方法では難しいかもしれませんね。 天秤を使うのは、一定量のお水をいれるためかしら。 お水の場合は4度が一番体積が小さいので、うまく0度から100度までのメモリをつけることが難しいかもしれません。 次に水の温度による膨張は小さいから、観測しづらいですね。 現代の温度計みたいに水をためてそれを細い筒に導いてやれば、体積変化を大きく観測できるのですが・・・。 コイル状に金属を丸めて、それに針をつける手もありますが、金属自体がありません。 76 :aniotasan◆RtFjHNfLK6:2006/01/06(金) 14 57 34 ID F5HKmIo0 た・・・たたら・・・蟹・・・。 77 :レグルス◆e6c/lfGFwg:2006/01/06(金) 22 41 22 ID VC+Gm1LG 【聞こえない声】 69 私の名前だけややこしくてよくわからない…(笑) 78 :オーバーテクナナシー:2006/01/06(金)23 59 03 ID eW8H5Y5K 【聞こえない】 75 今は密閉容器が作れないので、重さを一定にしようと思って天秤にしました。 もともとこの温度計の精度に期待していないので メモリは10℃ごとくらい(12.5℃とか)でつけられれば上出来かなと。 それでも底辺をできるだけ小さくして、そのうえ内側にメモリをつけるとなると かなり高度な技術が要求されそうですね。 79 :オーバーテクナナシー:2006/01/07(土)00 27 44 ID FKSJuquN 【聞こえない呟き】 湿度なら毛髪湿度計ってのがあるんだがな…… 80 :オーバーテクナナシー:2006/01/07(土)03 45 46 ID 1/+AUFM6 45 ナナッシが沢山の品物と交換するというので これって、牛の母子の代金(?)をナナッシ個人が支払ったということ? ナナッシってひょっとしてかなりの富豪なんだろか? それと、公共事業って考え方はまだないんかな?牛の代金ならまだしも、 高床式倉庫の建設費用なんかはナナッシ個人じゃちょっとむりぽ。 81 :ろくろっくび:2006/01/07(土) 05 11 51 ID n2DXzO6L お絵かきしてみた。 画像サイズでかすぎ。 本当に使えるか、作れるかはわからない。ごめん。 82 :原始人@初代1◆zhFdGsjV7M:2006/01/07(土) 06 18 29 ID TdVMdkHQ 578 木の上で火を使っても、もえないだか? ふしぎかねー 580 ドーナツ型ってどんなかたちだかね? それと焼けた銅を手でつかむと、火傷すると思うだよ。 あと、つかむための道具の作り方もおしえてほしいだよ。 585 おにぎりとお弁当はわかっただよー。 遠くに狩りに行く連中は、干した肉やら、燻製やらをもっていくみたいだね。 筍とかプリミティヴライフとか、よくわからねぇことばもあるだけど だいたいわかっただよ。 シソは、このまえ山のほうでみたようなきもするだね。 586 熱くねぇと、だめなんでねぇか? 588 モラーラは、なかなかしっかりしたヤツだぞ。 すごく遠くに、いくときは、現地調達がきほんになるだよ。 水なんかは、朝早くに、葉っぱの裏をなめたりするだね。 83 :原始人@初代1◆zhFdGsjV7M:2006/01/07(土) 06 25 21 ID TdVMdkHQ 604-605 鋤とか、地面においておくと、けっこうふんずけたりするだからねー これはべんりかもしれないだよ。 それに、地面から離して物を置くと、泥がつかなくていいだね。 (中の人より:釘も組み木も使わずに、ここまで作れるとは思っていませんでした) 612 車輪と軸の間でがくがくいってるだねー 以上、前スレのはなしだよー 84 :オーバーテクナナシー:2006/01/07(土)09 47 10 ID yhB5suhF 82 ドーナツというのは丸の真ん中に穴の開いた輪っかの形をしたお菓子の事 プリミティヴライフってのは自然の中で生活する原始人さんのような生活のことじゃないかな 筍はがいしゅつ たけのこ=竹の子=筍 ですね、どれも読みは一緒 っていうか原始人は漢字読めるのか?読めてないはずだよね だったらおかしな質問だな 前にも橇は既出なのにソリが分からなかった事有ったけど、中の人もっと気をつけよーw 85 :オーバーテクナナシー:2006/01/07(土)13 44 48 ID 2ynDyaYV 【聞こえない】 そういえば何となく思い出したので書いてみる。 鉄腕ダッシュでやってたやつだけど。 井戸を掘るポイントの探し方。 鶏の羽を何本かと、土器を用意。 適当な地面に羽を挿して土器を被せる。 一晩放置。翌日羽が濡れていたら下に水脈の可能性あり。 86 :オーバーテクナナシー:2006/01/07(土) 20 15 23ID zl/da2j4 82 580 ドーナツ型ってどんなかたちだかね? それと焼けた銅を手でつかむと、火傷すると思うだよ。 あと、つかむための道具の作り方もおしえてほしいだよ。 なぜ焼けた銅を手で掴もうとしているのですか? 586 熱くねぇと、だめなんでねぇか? なぜ熱くないとだめだと思うのですか? 【聞こえない】 金属加工への第一歩に、鋳造と冷鍛で銅プライアを提案しようと しているのだけど、これって回りくどいステップなんだろうか? 87 :初代1◆zhFdGsjV7M:2006/01/09(月) 17 47 18 ID +oCz6Oez いま、陶器があつい!! 「そりゃ、カマドのなかだからなぁ」 っと、いうわけで、原始人的陶器の焼き方を見てみることにしよう。 1、まずは粘土つくり 村の赤土を一度水によく溶かし、適当に掘った穴の中にいれ、しばらく待つ。 水がひあがったら、上のきめ細かな部分だけを取り出す。 2、よくこねる 出来上がった粘土に少量の水を加えながら、よくこねます。 押し込むようにして、空気を追い出すのが、ネ申からのアドバイスでした。 3、形を作る ロクロなんてものは無いので粘土の塊を削ったり あるいは、ひも状にした粘土を積み重ねたり 最後に、取っ手をつけたり、藁縄で縄目をつけてみたりします。 4、乾燥 物置用の洞窟で、たっぷり4日乾燥させます。 雨が降ったら、やり直しです。 構造上の欠陥があったりすると、この時点で割れます。 5、焼く カマドで素焼きです。 つづく 88 :初代1◆zhFdGsjV7M:2006/01/09(月) 17 58 15 ID +oCz6Oez 焼いてる様子をみてみましょうか・・・ レンガつくりのかまどの中に、陶器が並べれれていいます。 もちろん床に、じかにおきます。 大小様々なものが20個ほどでしょうか? カマドの奥のほうに、隙間を惜しむように並べれれています。 並べおわったら、レンガを積んで、入り口を小さく絞ります。 外側に、土を盛るのも忘れません。 薪を足すための、顔の大きさ程度の穴だけのこして、閉じてしまいます。 まずは、乾燥した小枝を沢山入れます。そこに、火のついた松明を放り込みます。 火に勢いがついてきたら、腕の太さ程度の丸太をくべます。 こうして、まる2日、寝ないで火をたき続けます。 これで、素焼きが完了。 まだつづく 89 :オーバーテクナナシー:2006/01/09(月) 17 59 30ID WMA30Jtj ウホウホフホ? ウウホウホホホウウワアアウホオ 90 :初代1◆zhFdGsjV7M:2006/01/09(月) 18 07 20 ID +oCz6Oez 6、釉薬をぬる。 あらかじめ、水晶なんかで、地道に削っておいた 長石・珪石・石灰なんかを粘土と混ぜ、水を多めにした泥のようなもの 素焼きの陶器にぬりつけます。 素手で泥をつかんで、塗りこむだけです。 7、乾燥 再び、4日乾燥させます。 8、焼く 再び、素焼きと同じ手順で焼きます。 こうして、出来上がる陶器は全体の約5割 1度目の焼きで7割が残り 2度目の焼きで6割が残りますが 釉薬が綺麗につかないことがあったりします。 いろいろ、改善しなきゃならないことが多そうな気がしますねぇ 91 :オーバーテクナナシー:2006/01/09(月)23 01 55 ID rLxNH1eL 【聞こえない声】 釉薬は筆で塗るといいんじゃないでしょうか。 それと、乾燥の方法ですが 窯の中に入れて200度前後で強制乾燥させるという方法もあるそうです。 * どちらも「黒楽」というものを焼くときの方法です 92 :オーバーテクナナシー:2006/01/10(火)08 56 27 ID 070fA96V 陶器に熱心な所申し訳ないんですが、皆それほど陶器にばかり関心無いんじゃないかな? 意図的に金属開発を止めてまで拘る必要有る物なのでしょうか? たしかに金属はブレイクスルーになっていて一気に技術が発展してしまうかもしれない いつまでも原始時代を楽しみたい初代1さんにとっては止めておきたい所だろうけど こっち側からするとちょっと飽き始めたっていうか 意図的に止めてるのを知って離れていった人も何人か居るんじゃないでしょうか レス数が極端に減ったのを見ても明らかだと思います ここらで新展開とかでちょっとテコ入れが必要な時かもしれませんね 93 :オーバーテクナナシー:2006/01/10(火) 09 48 35ID Rk95yWC2 でも、陶器がロクにできない状態で金属加工っていうのもなんだか・・・ 94 :オーバーテクナナシー:2006/01/10(火)09 58 42 ID 070fA96V 93 坩堝の問題の事を言っているんですよね? しかし銅は陶器のまだ無い弥生時代以前に既に作られているし 鉄に至っては陶器の技術は必要有りませんよ 95 :オーバーテクナナシー:2006/01/10(火)20 50 10 ID 7hPw4Rve というか 陶器は供給が追いつかないので 成功率を上げたい との命題が前スレにあったような 他にも 丘の畑に水を運ぶ方法とか 初代1から 提示された命題には 解決されていないものが多い 96 :オーバーテクナナシー:2006/01/11(水)09 50 30 ID yJF/lDwx 陶器に関してはこちらのアドバイス不足のような言われ方をしているが 今の炉の改良案とか穴釜や耐火煉瓦を使った高温炉の建造案 釉薬不足に関しては入手しやすい材料の提案などされているのにどれもやっていない どちらかといえば原始人側の行動待ちで停滞していると言える そんな状況で「改善しなきゃならないことが多そうな気がしますねぇ」なんて言われても… 丘の畑に水を運ぶ方法だって水路延長とか井戸を掘るとか色々提案されているよ それに水利の悪い丘の上に畑を作るのが間違いで水路の下流側に作った方が良いと言われていたはず 土が悪いのなら土質改良の話もずいぶん前にあったはず そもそも水利の悪い場所に一気に水を運べる画期的な方法が有るのだったら現代の発展途上国の人間だって困ってない これだって解決していないと言うよりも原始人の行動と報告待ちで停滞しているだけでしょ 97 :オーバーテクナナシー:2006/01/11(水)21 38 33 ID x84+C/e4 96 >釉薬 植物の灰を使う方法は1300℃ぐらい出す必要があるので 1000℃ぐらいで十分なアルカリ釉薬でてこずっている環境では ちょいとむずかしいかも。 銅粉や亜鉛粉をつかったほうが、まだ現実的。 >井戸 聞こえない声で話している内容のことを 原始人に言っても無駄なんでは? 98 :オーバーテクナナシー:2006/01/12(木)05 17 12 ID ebL1y72R 92今更な話だけど 良いナイフって本当に凄く高いんだね… http //www.munemasa.co.jp/cgis/goodslist.cgi?genre_id=00000010 99 :92:2006/01/12(木) 09 07 36ID wpymnwVJ なんかずれたツッコミにいちいち答えてゆくうちにどんどん論点がずれて行くんだけど (こういうのディベートのテクニックか何か?まんまと引っかかってる自分もアレなんだけど) 要は 提案しても無視されている物がある 金属開発は故意に止められている 今までは発展がゆっくりなだけで(順番待ちみたいな感じで)近いうちに取り上げてくれるんじゃないかと 期待して待っていた人達も 故意に止められている事がはっきりした(明言された)事でがっかりして去って行ったりしてるんじゃないかと 思うんだけどそのあたりどうお考えでしょうか?ということ 100 :オーバーテクナナシー:2006/01/12(木) 09 57 14ID eoUvVxrP 故意に止めているのか? オレは1の検証ができてないだけだと読んだんたが 前100|トップ|次100
https://w.atwiki.jp/isekaikouryu/pages/1097.html
『明日の夜明け、町の西の外れで待ってる』 ミィレスのその言葉に、ソラリアの心は揺れていた。 ミィレスの誘いは考えるまでもなく「一人で来い」と言う誘いだ。 「ミィレスさん……私と同じ魔神……」 同種族の同胞とは言え、出会ったばかりの相手を簡単に信用して良いのだろうか。 だがこれは千載一遇のチャンスかもしれない。そう思うと、ミィレスを信じたくなってくるのだ。 「黒い月と言う所に行けば……本当に私、記憶を取り戻せるのでしょうか」 ソラリアは可能性を示されたのだ。記憶を取り戻し、タクトととの大切な何かを思い出す可能性を。 ミィレスは感情を取り戻したいと言った。それが本当なら、彼女もソラリアと同じ、可能性に縋っているのでは無いのか?ソラリアはそう思った。 もし黒い月に行くのに一人では無理な理由があるなら、ミィレスが自分を誘う事の説明も付く。 ソラリアが自分に都合の良い理論展開を考えていた時、宿のドアを叩く音が聞こえた。 「はい、どなたでしょう?」 「カイラです。少し良いですか?」 「はい……?」 夜、ソラリアの部屋のドアを叩いたのはカイラだった。 カイラが会ったばかりのソラリアに一体何の用があるというのか? カイラは理由を告げぬまま、ソラリアと共に宿を出て行った。 (ん?) しかしその光景を目撃した者があった。一人部屋で酒を飲んでいたエルだ。 (あれはソラリアとカイラ。こんな時間に一体?) 時刻はとっくに深夜と呼べる時間帯だった。 シエラとカイラの出来すぎた出会い。そしてカイラがソラリアを見た時に見せたあの表情。エルの背筋に嫌な汗が溢れ出た。 「あの、魔神について知っている事って」 「……」 カイラがこんな深夜に初対面のソラリアを呼び出せたのは、魔神について教えると誘い出したからだった。 ソラリアは今ミィレスの誘いに乗るか否か迷っていた。 それを判断する為の情報を少しでも欲しかった矢先、カイラの申し出は渡りに船だったろう。 勿論、カイラはミィレスの誘いの事など知らない。魔神の情報をダシに使ったのは、単に事前にソラリアが記憶喪失と言う情報を得ていたからに他ならない。 だが運命の悪戯か魔神とカイラの宿命か、二つの歯車は全くの偶然に、完全に噛み合ってしまったのだ。 「魔神……黒い月に居る悪魔」 「悪……魔?」 カイラは俯いたままゆっくりと語り出す。 それはあたかも、ソラリアに向けられた呪言のように、ソラリアの心に深く深く浸透して行く。 「精霊無しで魔法を使う、この世界の住人ではない存在。神と精霊に嫌われた世界の異分子。我々の天敵」 カイラの言葉にソラリアの中で昼間の光景がフラッシュバックする。 『私達魔神はこの世界の敵。居ればみんなを不幸にする』 ソラリアの中にミィレスの言葉が蘇る。 実感のなかった大げさなセリフが、今確かな真実味を持ってソラリアの中で再生された。 「あ……あぁ……」 ソラリアは後退りペタリと尻餅をついた。 信じたくなかった言葉が今、現実の物となったのだ。 それまで平和に暮らしていたタクト達が、何故急にこれ程過酷な運命に巻き込まれてしまったのか。 ソラリアにはその理由が今こそ分かったような気がした。 『もしかしてぜんぶ、わたしとであったせい?』 天地がひっくり返りそうな衝撃に、最早ソラリアは正気を保つ事は不可能であった。 焦点の定まらぬ瞳は虚空を彷徨い、すがるべき何かを探している。 だがカイラはそんなソラリアに、追い打ちをかける一言をかけるのだった。 「そして、私とシエラの両親の仇」 「ッ!!??」 ソラリアは目を見開きカイラを見返した。 カイラも真っ直ぐにその瞳を見返す。 カイラの瞳に嘘は無い。全て偽りなき真実だからだ。 古き言い伝えにこうある。「魔神の征く所、必ず戦乱の嵐が吹き荒れると言う」 その伝承の通り、魔神は、ソラリアは、周囲に戦乱と死を振りまく存在だったのだ。 己の意思とは不関係に、それが魔神に科せられた宿命、いや、呪いであるかのように…… 「あなたに直接怨みは無いけれど……シエラから離れてもらうわ。永遠に」 カイラは放心状態となったソラリアを見て、彼女がもう抵抗する力も気力も失った事を確認した。 「死んで」 そして翼腕を構え、心で風の精霊にカマイタチを願ったその時、何かが二人の間の闇を切り裂いた。 「っ!? 誰っ!?」 カイラが振り向いた先、宿の方向を見た時、そこに居たのは悲しそうな顔をしたエルその人だった。 「カイラ……」 「ダークエルフの!? くっ、着けられていたとは!」 カイラが目撃者を消すべく、起ったカマイタチをエルに向けて放とうとした時、エルの影から一番巻き込みたくなかった人物が姿を見せた。 「お姉ちゃん!」 「シ……シエラ……」 それはシエラだった。 エルはカイラがソラリアを連れだしたのを見た時、怪しいと思いシエラを連れて二人を追っていたのだ。 そして間一髪、ソラリアがやられる前に間に合った。 「どうして!? どうしてこんな事するの? 教えてよ、お姉ちゃん!」 「シエラ、私は――」 カイラがシエラに手を伸ばす。だがその翼腕が可愛い妹の肩を掴む事はなかった。 「シエラ下がれ! そいつは傭兵なんかじゃない、ファルコの手下だ!」 そう、エルがシエラを下がらせたのだ。 エルは思い出したのだ。ファルコの四元魔将はまだ一人残っていた事を。 そしてその者の名は、災厄を齎す者(テンペスター)と言った事を。 昼間見た翼竜と竜巻を起こす程の風の精霊術師との戦い。そんな使い手など、大陸にもそう居なかったからだ。 「シルフ!」 「くっ、風で矢の軌道を……!」 次に放った矢はカイラを狙って射った矢だったが、これはいともアッサリと風で防御される。 エルは唇を噛んだ。やはり正面から挑んでは実力が違いすぎるのか!? 「いかにも私はファルコ軍四元魔将が一人、風の魔将テンペスター・カイラ」 「四元魔将!?」 シエラが驚きの声を上げる。それもその筈、四元魔将とはファルコ軍で最強の称号を持つ軍団長だからだ。 その軍団長に何故、優しい自分の姉がなっているのだろうか。シエラには理解出来なかった。 「何故妹の友達に手を出そうとした! 何故妹を騙した!」 「こうするしかなかったのよ!」 エルは続け様に弓を射るが、その悉くが風に煽られて決して当たる事が無い。 エルは自分が手加減されて居ると感じ、またしても己の無力さに唇を噛んだ。 「シエラ、聞きなさい! 私達の両親はね、本当は殺されたの」 一方、カイラは防戦一方に見え、その実全く本気を出していなかった。エルと戦う事が目的ではなかったからだ。 カイラの思いはシエラを守りたい事、エルの思いもシエラを守りたい事。 何故同じ思いを持つ者同士戦わなければならないのか? それはきっと、エルの思いがカイラよりも純粋でないから…… 「遺跡探索者(ルーインエクスプローラー)だった私達の両親は黒い月に近づき、そして魔神に殺されてしまった」 「そ、そんなの……そんなの聞いてないよ! 殺されたって何!? どう言う事なの?」 エルはその話を聞き、弓を引く手を止めた。 シエラが本当の事を知りたがっている。この場にもう自分の役割は無い。 シエラに必要とされていないと思った時、エルの手から世界樹の枝で作った弓がスルリと地面に落ちた。 「魔神は世界の敵、遥か古代の負の遺産! 絶対に倒さなければならない!」 それを見てカイラはシエラに近づいた。 この場にはもうそれを止める者はいない。カイラはシエラの両肩を掴み、未だ地面にへたり込むソラリアに向けて叫んだ。 「そしてそのソラリアと言う娘が、現代に甦った魔神なのよー!」 ソラリアとシエラの視線が交錯する。だがソラリアはシエラの目を真っ直ぐに見る事が出来ない。 それは先程のカイラとの会話によって、ソラリアの心に後ろめたさが植え付けられていたから。 「ソラリンが、私のお父さんとお母さんを殺した種族の……仲間……?」 「わ、私……私は……」 ショックを受けるシエラに何か言ってあげたい。だがソラリアには何も返す言葉が浮かばなかった。 自分の事も分からない者の言う事など、一体どうして信じる事が出来ようか。 再びグラリと視界が回り、ソラリアはその場に倒れそうになる。そこにやっと異常を察知してやって来たタクトが、倒れるソラリアの肩を支えた。 「ソラリア! 一体どうしたんだ!? 大丈夫か!?」 「タクト……さん……」 タクトはソラリアを後ろから抱きしめた。 あんなに強いソラリアが、今は力を入れたら砕けてしまいそうな程儚く、か細い。 それ程までにソラリアの心は今、ダメージを受けていたのだ。 「確かに私はファルコの手先となった。けどそれは魔神に復讐する為。そしてシエラ、あなたをファルコと魔神から守る為よ」 それでもカイラは構わず続ける。シエラの瞳を真っ直ぐ見つめて、伝えるべき真実を全て、心まで伝える為に。 「私達は空のオルニトも地のオルニトも追われた。そのせいであなたには辛い思いをさせてしまったけれど……全てはファルコの仕組んだ事だったのよ」 ファルコの企み、魔神の恐ろしさ、全て妹に伝えて、そして共に手をとって戦う為に。妹を守り抜く為に。カイラはーー 「風神ハピカトルに見えない”空の死角”の軌道を進む、黒い月へ行った事があるのは私達だけ。だからあの男は――」 あぁ、しかし何と言う事か。 カイラはシエラに想いを、真実を全てを伝え切る事が出来なかった。 「えっ!?」 「あぁ!」 シエラの脇を抜け地面を焦がした一筋の光。 続いて漂ってくる肉の焼けた匂い。 「お――お姉ちゃーーーん!!」 シエラに崩れかかるように倒れたカイラの胸には、ハッキリと金貨大の風穴が空いていたのだった。 「くそ!」 これにはそれまで力なく立ち尽くしていたエルも反応する。 猛禽類の目を除けば、最も目が良い部類に属するエルの目でも、暗闇の中カイラを狙撃した相手の姿は、影も形も見つける事が出来なかった。 (い、一体何をされたんだ? 光……光の精霊魔法なのか?) 「お姉ちゃん! お姉ちゃーん!」 「動かしちゃ駄目だ! 早く医者のところへ――」 突然の事に慌てふためく一同。 シエラはカイラの胸の穴から溢れ始めた、どす黒い液体を止めようと手で押さえながら泣き叫び、タクトがそれを止めようとする。 エルは周囲を警戒しながらシエラに覆いかぶさり次なる攻撃から守ろうとしている。 一瞬にして混乱の坩堝と化したその場で、ただ一人冷静なのは以外にもカイラだけであった。 「私は……もう助からないわ……」 「そんな事無いよ! きっと助かるよ! 助かってくれなきゃやだよ!」 シエラの顔を撫で、落ち着かせようとするカイラ。 その一方で考えていた事は、誰が自分を攻撃したのかと言う事。 光――それはファルコとミィレスが得意とする魔法の属性。だがこの攻撃の瞬間、精霊の息吹は全く感じられなかった。 だとすると犯人は…… (これは……ファルコの精霊魔法じゃない……そうか、結局私も両親と同じように……) カイラは両親が死んだ日の事を思い出した。 ――あの時、お母さんお父さんはこんな気持ちだったのかな―― 不思議と犯人への怒りや憎しみは無い。いや無いと言うより、そんなものどうでも良くなってしまうのだ。 犯人や自分の事よりも、もっと遥かに大切な事が他にあるから。 「シエラ……逃げて……」 「嫌だー! 絶対やだーーー!!」 「シエラ……」 シエラの姿に昔の自分を思い出すカイラ。 もう自分の事は良いから早く逃げてよ。あなたさえ助かってくれるならそれで良いのに。そんな思いに反し、シエラは固くカイラを抱きしめて放さない。 そんなシエラが愛おしくて、大切で、涙が出るほど嬉しいのが悲しい。 カイラはシエラに何も言えなくなって、もうどうして良いか分からなくなって、そんな時、シエラのもう一人のお姉ちゃんがシエラをカイラから引き離した。 「何か……言い残す事は?」 「シエラを……頼みます……」 「分かった」 カイラはそれを聞いて、安心して目を閉じる。まるで、もう思い残す事は無いと言うように。 「お姉ちゃーーーん!!」 冷静になったタクトとエルの手によってカイラは医者の所へと運ばれていった。 その場に残ったのは、子供のように泣きじゃくるシエラと、呆然とただ虚空を眺め続けるソラリアだけだった。 「……」 カイラを担ぎ込んだのは、地球式医学を学んだと言う触れ込みの、怪しい街病院だった。 そこの廊下で、一同は暗い空気に包まれていた。 カイラは面会謝絶で、地球で医学を学んだと言う怪しい若い医者から手術を受けている。 ハッキリ言って生死不明の重体だ。 廊下の椅子で一言も喋らないシエラに対し、皆何と声をかけたら良いか分からずに居た。 「シエラさん、あの……」 そこで初めて口を開いたのは、以外にもソラリアだった。 もし万が一カイラが死ねば、シエラは天涯孤独となる。 その最悪の事態を考えた場合、根拠も無く下手に希望的観測を述べて励ますのは、返って悲しみを増大させる結果となる。 希望を持ちたい。だが希望が潰えた時、人はより深く絶望する。 きっと、シエラも姉に助かって貰いたい反面、心の何処かで覚悟を決めなければならないと思っているのだ。 だがその覚悟を持つ事自体、姉が助かる事を信じない事になるのではないか? そして非科学的な考えだが、姉が助かると信じ切れなかった為に、祈りが足りずに助からないかもしれないと言う思いもあるのだ。 ソラリアは自分が魔神で、人々に不幸を撒き散らす存在だと知ってしまった。 事の責任の一端は自分にあると思っているのだ。 だからシエラを少しでも励まそうと声をかけたものの、やはり何と言っていいかわからず、こうして再び黙ってしまったのだった。 だがこの事が、シエラに珍しい怒りと言う感情を呼び起こす結果となってしまった。 「……何で何も言わないの?」 「えっ」 シエラが椅子からゆらりと立ち上がった。 そしてそのままゆっくりとソラリアの前まで来ると、翼腕をだらりと垂らしたまま虚ろな瞳で話し出したのだ。 「あの時、精霊力を感じなかった……前にソラリンが魔法を使った時と同じだったよ」 「っ!?」 感情の籠らない声でそう言うシエラ。 いつもの明るく元気な声からは想像もつかない、ゾッとする程冷たく静かな声に、ソラリアは身動き一つ取る事が出来なかった。 (まさかミィレスさん? そんな、どうしてなの?) 幽鬼の如くソラリアの前に立つシエラを見て、エルは嫌な予感しかしなかった。 これから最悪の事態になる。戦闘種族であるダークエルフの感がそう告げて居た。 (やっぱりカイラは魔神に……ソラリア以外にも魔神がこの街に来て居たのか) 魔神には気配が無い。気配を消して居るとか気配が薄いとかではなく、初めからそんな物魔神は持ち合わせないのだ。 あの時、エルの視界の外からミィレスはカイラを正確に撃ち抜いた。 それはカイラが潜在的にマスターであるファルコの敵であった為か?いや、或いはもしかしたら、カイラと戦闘になりそうだったソラリアを守る為に…… エルはもう一人の魔神よ目的が分からず考え込もうとしたが、それを止めたのだ突然の怒声だった。 「お姉ちゃんはソラリンと同じ魔神にやられたんだよ! 私の両親だって!!」 「私は……私はその……」 その大声はシエラの声だった。 誰も見た事が無いシエラの怒り。もうこの先何が起こるのか、一番付き合いの長いエルにも分からない。 ただ一つ言える事は、今のシエラは何をするか分からないと言う事。 「ソラリンも魔神なんでしょ!? 何とか言ってよ! 何か言ってよぉ!!」 「もうよせシエラ!」 エルはシエラを後ろから羽交い締めにした。今やシエラの顔はソラリアに噛みつかんばかりに近づいていた。 エルがあと一瞬、動くのが遅ければシエラはソラリアに掴みかかっていたろう。 シエラの怒気はそれ程の物だった。 「お前が悲しいのはみんな分かってる! でも、これ以上は……ただの八つ当たりだ」 「う……」 そう、エルの言う通りだった。 シエラのソラリアへの怒りは完全な八つ当たり。そんな事誰もが、シエラだって分かって居た事だったのに…… 「うわぁぁぁぁぁん! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」 シエラはエルに抱きついて泣いた。 エルはシエラの頭を撫でながら、もう何も言わなかった。 エルがシエラを守り始めたのは、彼女のセンチメンタルだった。 そのセンチメンタルはシエラの実の姉が現れた事で崩れ去った。 今は違う。これからは、エルはシエラを大切な仲間として守るのだ。大事な友達だから守るのだ。 エルの中で何かが変わり始めた。 「ソラリア、行こう」 「タクトさん、私……」 どうして良いのか分からず、ただ下を向いていたソラリアを助けたのは、やはりタクトだった。 「今はそっとしておこう。時が経てば……シエラも分かってくれるさ」 「はい……」 ソラリアはタクトの優しさに素直に甘えた。 しがみ付いた腕は思っていたよりもずっと太くて硬く、それだけでソラリアは不安を忘れる事が出来るようだった。 「わあぁぁぁぁぁぁぁ……」 廊下に響くシエラの泣き声は、深夜まで続いた。 『あの時、精霊力を感じなかった……前にソラリンが魔法を使った時と同じだったよ』 宿に戻ったソラリアはベッドで今日起った事を思い返していた。 カイラ、シエラ、二人の姉妹を襲った悲劇は今も続いている。 (カイラさんを攻撃したのはミィレス……あなたなの?) そしてその悲劇をもたらしたのは、ソラリアと同じ魔神のミィレスだ。 ミィレスは何故そんな事をしたのだろうか?誰かに命令された?一体誰に。 そう考えてまず頭に浮かんだのはファルコと言うオルニトの神官だった。 だがその考えは矛盾している事にソラリアはすぐ気付く。 ファルコ軍の精鋭である四元魔将のカイラを、何故ファルコが殺そうとするのか。 『私達魔神はこの世界の敵。居ればみんなを不幸にする』 再び頭の中でミィレスの言葉がリフレインする。 あの時カイラはソラリアを殺そうとしていた。もしミィレスがカイラを攻撃した理由が、ソラリアをカイラから守るためだったら? (だとしたら、カイラさんがあぁなった原因の一つは、紛れもなく……) ソラリアは思う。自分が目覚めてからの戦いの連続を。 きっとこんな事普通じゃないんだ、と。 「世界の……敵」 スワンもミィレスもカイラも魔神の事をそう言っていた。魔神とは一体何なのか? 何故こんなに憎まれ、そして戦いを呼んでしまうのか。 考えても考えても答えは見えてこない。ただ一つ確かな事、それはソラリアが紛れもなく魔神であると言う事。 「シエラさんごめんなさい……カイラさん……エルさん……タクトさん」 その答えを見つけるには一つしか方法はない。だがそれは今まで共に戦って来た仲間への裏切りになる。 「みんな、ごめんなさい……」 それでもソラリアは答えを求めずにいられない。 自分が何なのか分からなければ、これ以上一歩も進めない気がするから。 (こんなに悲しいのに、シエラさんのように涙が出ない) ソラリアは自分の選択が自分勝手な選択だと分かっていた。罪悪感も孤独感もあった。 それでも、ソラリア黒い瞳からは、一滴の涙も流れ落ちないのだ。 「私は……悪魔なんだ……」 ソラリアは、そのまま静かに目を閉じた…… 「シエラ落ち着いたか?」 「うん……」 翌日の朝、シエラが落ち着きを取り戻したのは、カイラの手術が成功したとの報せを受けてからの事だった。 それまでエルはずっと、付きっ切りでシエラを落ち着かせようと頑張っていた。 シエラにとって今が一番辛い筈だ。誰かが支えてあげなければならない。それが今出切るのは自分しかいないとエルは思った。 「私、ソラリンに酷い事言っちゃった……」 一方、平静を取り戻したシエラは、自分が仲間に言ってしまった事を後悔していた。 「ソラリン、許してくれるかなぁ」 あの状況で、ソラリアがシエラに何か言える筈がない。 にも関わらず、ソラリアは何とかシエラを励まそうと思ってくれていたのに、その思いを完全に踏みにじる行為をしてしまったのだ。 こんな事をしたら嫌われて当然だとシエラは俯いた。 「きっと分かってくれるよ」 「エル」 そんなシエラをエルがまた励ます。ソラリアは心の優しい娘だ。それが分かっていたから、エルは二人は仲直りできる筈だと信じていたのだ。 だが事態は、エルが想像していたよりも遥かに悪い方向に進み始めていた。 「あれ? 居ない」 朝方宿に戻ったエルとシエラは、ソラリアに謝ろうと真っ先に泊まっている部屋に向かった。 しかしノックをしても反応がない。仕方なくドアを開けてみると、そこにソラリアの姿はなかった。 「もう起きてたのかな?」 「……そのようだ」 シエラがキョロキョロと部屋を見回す中、エルの目はもぬけの殻となったクローゼットを見ていた。 「そんな……ソラリン、私のせいで……私があんな事言ったから」 ソラリアはどこを探しても居なかった。 宿にも、宿の近くにも、三人で街中探し回ったが全く姿が見えない。 昨夜の事を考えれば、それは誰の目にも「出て行った」としか思えなかった。 「シエラは悪くない。誰も悪くない。悪いのは――」 再び宿に戻って結果を報告しあい、芳しくない結果に責任と罪悪感を感じて泣くシエラ。 それをエルが慰め、タクトがソラリアの行きそうな所はまだ無いかと必死で考えていると、窓の外から誰かが話しかけてきた。 「あ~まんまとしてやられちゃったね」 三人が一斉に声のした方を振り向く。 そこにはこれから葬式に出るのかと思うほど、全身黒尽くめで顔も見えない喪服の女性が立って、こちらを見ていたのだった。 「朝からデバガメみたいな真似して申し訳ない。私は元老院の聖騎士アルトメリア」 「聖騎士だと!?」 「嘘、本物? 本物の聖騎士!?」 素早く弓を構え臨戦態勢を取るエル。一方、噂でだけ聞いた事がある都市伝説めいた存在に、妙に浮き足立つタクト。 そんなタクトを殴って静かにし、エルはシエラを庇うように立ちアルトメリアに向き直った。 「で、スラヴィアの戦闘貴族にも匹敵すると言われる聖騎士様が、私らに一体何の用だい?」 「魔神を退治しに来た」 と、アルトメリアは事も無げに話した。 しかし実際ソラリアの戦いを間近で見た事のあるエルは、昨日の怪獣大戦争めいた戦いを見ても、聖騎士が魔神をすんなり倒せるとは思えなかったのだ。 いや、今はそんな事が重要なのではない。この聖騎士が、何を目的に昨日からちょっかいを出して来ているのかと言う事が大切なのだ。 その目的、何を知り、何をしたいのか。それを聞き出す必要がある。 エルは駄目元で顔の見えないアルトメリアに話を聞いてみる事にした。 「魔神の――ソラリアの事を知っているのか?」 「多少はね」 案外簡単に、エルの呼びかけにアルトメリアは答えた。 まるで待っていたかのような気軽さだ。これがこの聖騎士の性格なのだろうか? とにかく、アルトメリアは聞かれてもいないのに、エル達に情報を与え始めた。 「かつて魔神は聖剣を持つ聖騎士によって倒された。だが今はその聖剣も殆ど残っていないからね」 かつて魔神を倒す為、神が人に与えた兵器――それが聖なる剣『聖剣』だった。 そして現代に残る数少ない聖剣の所持者の一人が、アルトメリアが所属する聖騎士団の団長、スパイク=エンフィールドだった。 だがその彼とて、魔神と戦った事がある訳ではない。遥か古代から甦った魔神と、現代でも戦える者がいるのか? それは正直な所、やってみなければ誰にも分からない。 ただ、これまでのソラリアの戦績、そして発掘されて即ファルコの右腕となったミィレスの実力から考えて、人の身で太刀打ちできる者は殆ど居ないだろう。 「だから代わりに腕の立つ者達が聖騎士の役割をやっているって訳さ」 「ソラリンを殺すの?」 シエラは核心を突く質問をする。 そう、タクト達にとって重要なのはそこだ。ソラリアはタクト達の仲間だ。その仲間を殺すと言うのであれば、アルトメリアはタクト達の敵と言う事になる。 聖騎士と戦って勝てる見込みは殆どないが、それでも我が身可愛さに仲間を見捨てるような薄情者は、ここには一人もいない。 三人に緊張が走る。次のアルトメリアの返答いかんで、聖騎士と戦うか否かが決定されるのだ。 「そのつもりだったが……どうやら、ソラリアと言うその魔神は悪い奴じゃなさそうだね」 アルトメリアはそう言うと、表情が読めない三人に気遣ってかオーバーなジェスチャーでやれやれとやって見せた。 一安心した三人だが、アルトメリアの話はまだ終わらない。 「だがファルコとその右腕、魔神ミィレス……そして黒い月は許さない」 アルトメリアはやれやれのジェスチャーを止めて、片手の拳を握り締める動作をした。 聖騎士にしてもファルコは、そして魔神はそれ程忌むべき相手と言う事らしい。 ここに来てだんだんと、朧気ながらエルとタクトにはアルトメリアの目的が見え始めた気がした。 そこでタクトは更に突っ込んでみる事にした。 ソラリアと出会い、四元魔将と戦い、度々登場する『黒い月』と言う単語。 それが一体何なのか?タクト達はまるで知らないままだったからだ。 「カイラも言っていたがその黒い月ってのは一体何なんだ? それが重要なものなのか?」 「行けば分かるよ」 「何?」 アルトメリアはそう言うと、顔を覆っていた黒いレースをめくって見せた。 「その為に私はここに来た」 レースの下から出てきた顔は、まだ歳若い女の顔。それも地球人女性の顔だった。 日光が顔に当たり、アルトメリアは顔に火傷を負い始める。太陽光に弱い、それはスラヴィアン独特の特徴だった。 もともと与えられた神力が少なく、スラヴィアンとして最低ランクの力だった為、こうして太陽光への拒絶反応も比較的弱くて済んでいるのだ。 これがもし強力な神力を持った古い貴族だったなら、一瞬で石のように固まり、ものの数分で風化して自然に還る事だろう。 「シエラ=ウィンザード。黒い月へ至る道を教えてほしい」 「なっ――」 だがそんなアルトメリアとて太陽光に長く当たっていられる訳ではない。 シエラを見詰めるアルトメリアの顔は、その僅か数秒間で火傷を負い、女の顔がどんどん傷付いていった。 その光景を前にしてシエラは戸惑った。何故なら黒い月の事など、小さい時の事すぎてほとんど覚えていないからだ。 この聖騎士が自らの弱点を曝け出してまで、願い乞うような情報をシエラは持ち合わせていないのだ。 「アルトメリア=リゾルバの名において命ず。出でよワイバーン!!」 シエラがそうこう考えて居る内に、アルトメリアが昨日カイラと激戦を繰り広げた時に使役した翼竜を召喚した。 この翼竜に乗って飛んで行こうと言う事か。 「ソラリアも、もう一人の魔神とファルコと共にそこにいる筈だ。再び神魔戦争を起こさない為に……頼む」 辺りは早朝だと言うのに、昨夜に続き現れた翼竜に驚いた住民達が集まりざわめき始めている。 アルトメリアはそのざわめきの中、翼竜の上でシエラを誘うように手を伸ばしている。 「シエラ……」 「……」 ソラリアがどこに行ったかわからない。だがもし本当にソラリアが、ファルコやもう一人の魔神に連れられて行ったのだとしたら? その可能性は高いとエルとシエラは直感した。 このアルトメリアと行く事が、ソラリアを探す一番の近道かもしれないと。 『行こう! 黒い月へ!!』 シエラとエルの声が重なった。 「ミィレス……本当に黒い月まで行けば、私もあなたも失った物を取り戻す事が出来るの?」 「行ければ取り戻せる。絶対に」 ソラリアとミィレスは街の外に出た広野を飛んでいた。 目指すはファルコ軍の野営地、ファルコの下である。 「ミィレス……あなたも……」 ソラリアはミィレスの表情を窺った。しかしミィレスは相変わらず無表情のまま前を向いて飛行するばかりである。 ミィレスは心を失っていると言った。心を取り戻したいと。 心が無ければ悲しみや苦しみや罪悪感に苦しめられる事も無いのだろう。 しかしそれは同時に喜びや楽しみや感動もないと言う事になる。 何も感じない、それは死んでいる事と何が違うと言うのだろうか。 ソラリアはミィレスを可哀想だと思った。 「よく来てくれた、もう一体の魔神よ」 そしてとうとう着いたファルコ軍陣営で、ソラリアはファルコに出会った。 立派な体格に手入れの行き届いた翼。服は一目で良い物を着ていると分かる物で、首や足首や体の至る所に金銀宝石の飾りが輝いている。 これこそ、今までこの男がどれ程の村を襲い、奪ってきたかを証明する姿に他ならない。 ソラリアは目覚めてからの短い生の経験の中で、初めて嫌悪感と言う物を感じた。 「私はオルニトの神官ファルコ。私が君達を黒い月へ招待しよう」 「イエス、マイマスター」 「お願い……します」 ソラリアはその嫌悪感を抑えてファルコと握手を交わした。 この場で感情のまま握手を拒めば、ソラリアを連れて来たミィレスの立場を悪くする。 それに何より、ソラリアはみんなの事を裏切ってここまで来たのだ。今更立ち止まるわけにはいかなかったのだ。 「ふふふ……コマは全て揃った。後は行くだけだ」 ファルコが今までの失敗の繰り返しを思い出す。 カイラから聞き出した黒い月の軌跡から辿り着いた『門』には二つの鍵穴があった。 一つはミィレスの持つ鍵の剣で開く。だが鍵の剣はもう一本必要なのだ。 二本の鍵の剣を同時に回さなければ門は開かない構造らしく、また、鍵の剣の複製はドワーフ達の技術力を持ってしても不可能だった。 開門に失敗し、現れた門番三人に部隊を壊滅させられる事数回、ファルコが半ば諦めていた時、ソラリアの噂が耳に入った。 (私が魔神達の王となりオルニトを、いや、世界を手に入れる日も近い) 学者達の見解によれば、黒い月には魔神達が眠っていると言う。そして目覚める時を待っている。そこに最初に到達して、ミィレス同様自分がマスターだと言ってしまえば…… 「ふふふ……はーーーっはっはっはっはっ....」 ファルコは込み上げる気持ちを堪える事なく、高らかに勝利の笑い声をあげた。 異世界の空を漂う黒い球体型の建造物。その軌道はカオス理論によって算出した空の死角を縫って航行するように設計されている。 嵐神の力で浮遊している浮遊大陸オルニトとは違う原理で飛行するこの物体は、悠久の時をこうして過ごしてきたのだ。 「そうですか。ここに向かってくる者がいると」 その巨大球状物体の中、色取り取りで大きさも様々な灯りが灯る暗い部屋の中で、一人の女の声が響いた。 「本当ですか? もしそうなら我々が待ち望んだ時がついに……」 微かな灯りに照らし出される一人の女。その視線の先には光る窓のような四角い灯りがあり、その中で別の女が何かを話している。 「あの悲劇の日から幾星霜……早く、早く来て下さい。我らが主様……早く……早く……」 明るい窓が消え、部屋にはまた元の静寂が戻った。 まるで時が止まったかのような闇と静寂が支配する場所で、女は男の到着が待ちきれないように、その手を下腹部に伸ばすのだった。 ※異世界冒険譚-蒼穹のソラリア- ④ へ行く 独自色の強いシリーズだけど迷わず走り抜けるのは清々しい。このシリーズが世界観に合っているか?というよりもどうやればしっくり世界観に馴染むかを考えてしまうくらいの気持ちよさがあった -- (名無しさん) 2013-01-18 17 27 24 物語として最後はどういうゴールをきりたいのか一区切り終わって気になったんやな -- (名無しさん) 2013-01-18 21 52 45 最初は違和感があったがここまで通しで読むと作者の気合みたいなものを感じて清々しい -- (名無しさん) 2013-02-08 00 32 29 本来いるはずのない自分への懐疑と他者の運命を狂わせるという思いは今のソラリアには厳しい仕打ちでしょうね。状況も悪化し周囲の人が傷ついていくというのも読んでいて辛さが重いですね。ファルコの目論見と魔神の心が剥離していっているようにも感じましたがやはり結末は黒い月でとなるのでしょうか -- (名無しさん) 2015-12-20 19 41 07 名前 コメント すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/crackingeffect/pages/116.html
そして彼らは此処に降り立つ。 重き木霊は哀絶を奏で。 灰燼と骸は嘆きを湛え。 此処は退廃の夢に沈んだ異形都市。 血肉の雨が、降り注ぐ街。 ▼ ▼ ▼ その閑散とした通りにぽつんと建てられた大きめの邸宅は、昼光がさんざめく穏やかな午後の時間帯にあって、しかし何かを拒むかのように硬くその門戸を閉ざしているのだった。 白く清涼感を思わせるその邸宅は、個人の家屋ではなく児童福祉の法に従って運営されている孤児院だ。常ならば庭先や大きく開かれた窓の向こうからは就学していない子供たちの遊ぶ無邪気な声が、爛漫な雰囲気と共に辺りに広がっているはずである。だからこそ今この瞬間において、この孤児院が重い沈黙と閉塞感に包まれているという現状は、非常に奇異に見えた。 種を明かしてしまうなら、その理由は至極単純である。ここ一週間ほど鎌倉の街を騒がす不確かな噂どころではない、現実として行われた大規模な破壊行為が、孤児院のすぐ近くで巻き起こったのだ。 院長を務めるおばあちゃん先生と懇意にしていた名家のお嬢様が、この孤児院を訪れてから幾ばくか。もうすぐ朝が終わろうかとしていた時間帯に、その音はやってきた。 何かを爆発させ、大きなものが崩れ落ちるような音。工事の時に聞こえるようなものとはそれこそ次元が違う轟音が、一度ならず数えるのも億劫になるほどたくさん鳴り響いた。そして音が鳴る度に、建物自体が揺れ軋み埃が落ちてくるほどの激震が、孤児院を襲ったのだ。 この時点で、院に残っていた子供たちの多くは恐慌状態に陥り、年長の者に縋りついて離れなくなっていた。そも、この昼間の時間帯において院に残っている子供は、その多くが就学していない幼児であるか、あるいは心に傷を負った不登校児である。こうした非常時に平静に対応できるはずもない。宿直の職員は、必死で彼らをあやしていた。 その様子をキーアは、周りが感じている不安と同じように優れない表情で見つめていた。 【本戦が始まって半日。この段階で既に、か】 【うん……】 霊体化し傍に侍るセイバーの声ならぬ声に、キーアは力なく答えた。 キーアの様子が優れないのは近場で発生した破壊事故だけでなく、聖杯戦争が本格的に始まってしまったこと、そしてその戦火が自分たちの想定以上に急速に広がっている事実を、否応なく実感してしまったことに起因していた。 原因不明の轟音に際し、職員の一人が情報を得ようと点けたテレビからは、緊急速報が流れていた。 その内容は、材木座海岸付近の港町の一角が、大規模な竜巻にでも巻き込まれたかのように破壊され、多くの住民が死亡したというものだ。 現在では消防隊による救出活動と並行して、警察が緊急捜査と現場検証にあたっているという。通行も遮断され、その一角は半ば陸の孤島と化していると、テレビ画面に映し出された無機質な白文字は語っていた。 すわ災害か事故か、どちらにせよそれに遭遇したのは自分たちだけなのではと考えていた孤児院の住人は、そこで自分たちの所以外にも被害が出た地域があったことに驚愕した。しかも災難はそれだけに終わらず、通常の番組編成を休止して緊急特別番組を敢行したテレビによって、更なる事実が告げられた。 この鎌倉において、今日半日で発生した重大事件は『四つ』あった。うち二つは言うまでもなく、前述した港町の突風事故と孤児院近くの破壊事故である。しかし更にあと二つ、異常極まる破壊行為が鎌倉では起こっていたのだ。 一つ、鎌倉市街中央部、鎌倉駅東口方面にて大規模な火災と爆発事故が発生。現場は非常に危険で現在も人が立ち入れず、目撃者によれば「巨大な火柱が上がった」という。 一つ、数日前から相良湾沖に駐留する正体不明の戦艦が、ついにその沈黙を破って砲撃を開始。稲村ケ崎の住宅街及び電鉄線が車両ごと破壊されたこと。 これらの事故が一体何を意味するのか、およそ市井の住民では理解できるはずもないだろう。 しかし他ならぬ聖杯戦争の参加者であり、伝説に生きた騎士のサーヴァントを従えるキーアには、それが何によって齎されたのか理解できてしまっているのだ。 すなわちサーヴァント。聖杯が招く奇跡の恩寵を求め、この鎌倉を跳梁する幻想の産物たち。人の手の及ばぬ彼らによるものであると、キーアには分かっている。 だが、それ以上に。 キーアがここまで心を不安に染め、その表情を優れないものにしている理由の最たるものは、そんな聖杯戦争によって引き起こされた災害そのものではなく。 テレビに映る災害現場に集う一般市民たちの表情が、隠し切れない喜悦と興奮に染まっているのだという歪さでもなく。 つい先刻、この孤児院において親交を深めた"とある少女"に起因するものであると、彼女を見下ろすセイバーは知っていた。 【通常七騎で行われる聖杯戦争の定石を覆し、数十にも及ぶ英霊を競わせる此度の戦……半ば予想はしていたけど、どうやら此方の想定以上に戦火の広がりは早いらしい】 【セイバー、私達もやっぱり……】 【巻き込まれる、それは避けられないだろうね。現にこうして、すぐ近くにマスターが存在した】 セイバーの言葉が指し示すのは、言うまでもなく古手梨花のことだ。キーアに曰く、ドウメイやサーヴァントという単語を使い、見知らぬ男が急に現れたという。たったそれだけではあるが、彼女が聖杯戦争の関係者であることを証明するには十分すぎるほどの状況証拠が存在した。 先刻の砲兵との邂逅において、セイバーもまたその気配を現出させている。故に、ほぼ確実にこちらの存在は捕捉されていることだろう。悠長にしていられる時間は、極めて少ない。 【きみの命は僕が守る。かつて誓ったその言葉に嘘はない。けれどキーア、きみには選ぶ義務がある】 【義務?】 【そう。戦うか、戦わないか】 サーヴァントとは守護し戦うものだ。守護し戦うだけのものだ。だから、その力をどう振るうかを決めるのは、全てマスター次第。 キーアは自身に願いはなく、ただ生きて帰りたいと言った。誠実で優しく、そんな彼女だからこそ、セイバーは心よりの忠誠をキーアに誓ってはいるけれど。 彼女が一体どうしたいのか。それを決めるのは自分ではなく、彼女自身であるべきだ。 【僕が成せる範囲で、きみには全てが許されている。戦うことも逃げることも、あるいは歩み寄ることも。いずれにせよ、今ここで決めなければならない】 何故なら戦況とは刻一刻と変化していくものだから。聖杯戦争は容易にその参加者の命を食らい、奇跡へ至るための残骸としていく儀式だ。答えを出せないままでは、キーアに命はない。 【けど安心して。きみがどんな選択をしようとも、僕はそれに尽力しよう。決してきみを裏切ることも、危険に晒すこともない】 【……うん、ありがとう、セイバー】 言って、キーアは顔を上げて。 毅然とした表情で告げた。 【話してみるわ、リカと。彼女が何を望んでいるのかは分からないけど、でも何も知らないままじゃ駄目だもの】 【……了解した。ならばその間、きみのことを守るのは僕の役目だ】 頭に響くセイバーの声。そこには何の不純物も含まれておらず、清廉なまでの誠実さだけが伝わってきた。 それをキーアは、とても頼りに感じると同時に、何か尊いものを思った。それは例えば御伽噺の王子さまのような。正義に輝く、聖なるものであるとか。 ───ありがとう、セイバー。 心の中で感謝を告げる。面と向かっては、もう何度も言ってきたから。きっと彼は「当たり前のことだよ」と言って、困った顔をしてしまう。だから心の中でだけ。 キーアは椅子から立ち上がり、梨花の姿を探す。孤児院はそう広くもないから、きっとすぐ見つかるはず。 「……?」 と、そこでキーアは、自分のことを見つめる視線に気付いて。 ふと振り返る。そこには、怯えと共に何かを遠慮するかのような表情の小さな子供たちが三人、身を寄せ合ってこちらを見ていた。 「どうしたのみんな。何か私に」 用があるの、と。そう続けようとして。 「……キーアおねえちゃん」 ひしり、と。 抱きつかれてしまった。腰のあたりを三人に。見れば目元には涙を湛えて、今にも泣きだしてしまいそうなほどに。 えっ、と困惑してしまう。次いで、ああと納得することもあった。 「こわいよ、おねえちゃん……」 「みんなどうしちゃったの、せいせいは……」 「もうやだよ、こわいよぉ……」 心細いのだ、この子たちは。こうも立て続けに災害に見舞われて、大人たちも皆血相を変えて。 子供は大人が思うよりもずっと、周りの人を観察している。頼れる大人が慌ててしまえば、その気配は容易に子供たちにも伝播してしまう。 何が起こってるのか分からないけど、大人がみんな惑っている。 だから自分も惑うのに、その理由が分からないから尚更こらえようのない恐怖が沸き起こる。 そんな、子供たちが抱える不安というものを、キーアも感じることができたから。 「───大丈夫」 ふわり、と。 風に舞う清涼な外布のように、柔らかな動作で。 院の外で今なお囀る小鳥よりも、愛らしい声で。 キーアは縋る三人の子を優しく、優しく抱きしめた。 「きっと大丈夫よ。おばあちゃん先生もお姉さん先生たちも用務員のおじちゃんだって、みんなみんな頑張ってるんだもの。 先生たちが私たちに嘘ついたこと、駄目だなんて言ったこと、今まで一度だってあった?」 ううん、と微かに首を振る感触。それを見て、キーアは大きく破顔した。 「でしょう? だから信じて待ちましょう。大丈夫、先生だけじゃなくて、私だってついてるんだから」 だから安心して、と。告げるキーアの表情は、笑み。 光そのものである輝きを背に、彼女は笑っていた。 姿なく見守るセイバーは、そこに暖かいものを思った。木陰に差し込む陽だまりのような、そんな暖かさを。 やはりこの子には物憂げな顔よりも、こうした笑顔こそが似合う。 きっと、孤児院の皆はキーアの優しさにこそ惹かれたのだろう。今はもう落ち着きを取り戻した三人の子供たちを見て、思う。 彼女は決して居てはならない人間ではなかった。例え招かれざる異邦の異物であろうとも、それだけは胸を張って言えた。 そしてその想いは、これからも曲がることはないだろう。そう、決して。 少女の輝きに誓い、セイバーは一人、そう述懐した。 ▼ ▼ ▼ (やっぱり、慣れるようなもんじゃないわね) 吹き抜けになった二階から、階下のキーアたちを見下ろして、梨花はそうひとりごちた。 やはりというべきか、キーアを見る度に感じる苛立ちにも似た悪感情は、収まりも慣れることもなく梨花の心中に暗い影を落とすばかりである。 その感情が何であるのかを、梨花は知っていた。それは自分が手放し、二度と手に入らないものを持っている彼女への抑えきれない羨望と、それに付随したどうしようもない嫉妬の念なのだ。 彼女を見てると、どうも昔のことを思い出す。自業自得とは重々承知してはいるが、しかしそれが腹立たしくて仕方がないのだ。 【よいよたいぎぃ奴ぁのう。百も昔に失ったもんのことなんぞ、今に思っても仕方ないに決まっとろうが】 【うっさいわね馬鹿。そもそもあんた、さっき勝手に動いたのだってまだ詳しいこと聞いてないんだけど。一体何考えてんのよ】 【そがァなことは決まっちょるよ。俺ぁ何も考えちゃおらん、それがこの俺壇狩摩じゃからのォ。うははははははは!】 頭の中に響く無駄にでかい笑い声に、梨花は思わず顔を顰めそうになった。やはりこの男、自分とはまるで相性が悪い。本当ならば人生の内で1分と関わり合いになりたくない人種だ。 何せこの男、本当に何も考えてない。やることなすこと行き当たりばったり、どころか常識的に考えて自殺行為に等しいようなことまで平然とやってのけるのだから、見てるこちらとしては心臓に悪いという他ない。 先ほどだってそうだ。生前の知り合いだかなんだか知らないが、敵マスターの前にいきなり実体化など、仮にもサーヴァントのすることではないだろう。結果的にそのマスターとは同盟関係を結ぶことができたとはいえ、憤懣やるかたなしな思考になるのも仕方ない。 つくづく、サーヴァント失格な男である。 【まあ、それがあんたの勝ち筋だって言うんなら、私はそれに乗るしかないのは分かってるわ。不本意だけどね。それで、ここからどう動くの】 【さぁてのう。俺ァ反射神経の男じゃけぇ、どう動くかなんぞそん時になってみにゃあ分からんでよ。でもまあ】 そこで一度、狩摩は言葉を切って。 【探らせとった鬼面共が、さーばんと言うんを見つけてきおったわ。全く幸先がいい話でよ】 【それを早く言いなさい!】 思わず食ってかかってしまった。しかしそれも仕方ないことだろう。 何故なら敵サーヴァントの情報は聖杯戦争を勝ち抜くにあたって最重要と言っていい代物だ。敵の容姿、真名、扱う武器に能力の内容。何か一つでも分かれば何かしらの対策を打ち出せる。 ましてこちらは礼装や陣地の作成など、事前の準備が物を言うキャスターなのだから、そうした情報は何よりも大事にしなければならない。 【そいでじゃが、件のさーばんとゆゥ奴はの……】 【そのサーヴァントは……?】 そういうわけだから、梨花の顔も自然と真剣なものになる。自分の進退を左右するかもしれない話なのだ、当たり前である。 そんな梨花に、狩摩は意地汚い笑みを浮かべて。 【なんと、お前にそっくりじゃったそうでよ! うはははははは! お前みとうな陰気臭い餓鬼がもう一人たァぶち笑い種じゃのぉ! じめ臭うてかなわんわ!】 ……一瞬でもこいつに期待した自分が馬鹿だったようだ。 【……で、スキルや宝具は確認できたの?】 【ん? あぁそうじゃの。なんぞやたら"運"がいいゆゥとったわ。まあ俺ほどのもんじゃないんじゃろうがのォ。きひ、ひひひ】 爬虫類めいた双眸を細め、何がおかしいのか狩摩はひとしきり嗤う。 不気味、不審、ここに極まれりといった風情だが、梨花としてはもう慣れたものだった。こんなものに慣れたくなどなかったが、人間というものは存外に適応力が高いものである。要らない知識と実体験が一つ増えた瞬間であった。 ともかく、梨花は得られた情報を整理しておくことにした。正直情報量自体は少ないが、0であるよりは遥かにマシだ。 まず第一に、そのサーヴァントの外見は少女であったということ(自分に似ているというのは流石に戯言だろうが)。 そして、運がいいということ。キャスターに追加で聞いてみたところ、どうやらそのサーヴァントは「偶然性、それも自身に都合のいいことを意識的に発生させられる」力を持つらしい。他にも欠片のような空間障壁を展開する、空間転移を敢行するなど、その能力には列挙するだけでも頭が痛くなるほどに荒唐無稽で、だからこそそれが真実ならば相当な脅威であった。 およそ戦闘には向かない容姿、不可思議な術式を容易く行使する特異性。それらを考慮すると…… 【そのサーヴァント、多分キャスターよね】 【さァて、お前がそう思うんならそうなるじゃろ。お前ん中ではな。それが全てよ】 【馬鹿にしてるの?】 【いやいや、それが中々馬鹿にできたもんでもないけぇ。まァお前にゃ分からんことじゃろうがの】 【やっぱり馬鹿にしてるわね、あんた】 狩摩のたわ言は聞き流すとして、そのサーヴァントがキャスターであることは、まず間違いないだろう。 聖杯戦争は通常、同クラスのサーヴァントは重複しないという話であったが、どうやらここではそんな常識も通用しないらしい。魔術闘争なんて非常識の産物に、常識という言葉を適用させていいものか、それは分からないが。 【それで、言っておいた"陣地"ってやつはできてるんでしょうね】 【おう、できとるよ。急造のもんじゃが、まァ問題はなかろうよ。じゃけェそう心配すんなや、重ねた歳がそんならの顔に浮かびおるわ】 キャスターのクラススキルに、陣地作成というものがある。それは文字通り自陣営に有利となる陣地を作成する技能であり、地力で他のクラスに劣るキャスターに残された数少ない光明である。 梨花は前日から、狩摩にそれの作成を命じていた。そして意外なことに、この奔放に過ぎるキャスターは梨花の命令に唯々諾々と従い陣地の作成に努めたのだ。 そうして果たして、その陣地とやらは完成したのだという。 当初、梨花はその言葉を信じられなかった。というのも、所謂目に見える形でこの孤児院に変化点は存在しなかったからだ。 梨花としては、陣地というものなのだから、少なくともマスターたる自分には分かる程度には施設に変化があると思っていたのだ。しかし陣地と定めたこの孤児院において、昨日までと今日で一切の変わりはなかった。 だからこの質問をした時点では、梨花は狩摩が作成作業をサボったとばかり考えていたのだ。梨花の言葉がどこか棘を持っていたのには、こういった理由がある。 しかし、その予想はどうやらいい意味で裏切られたらしい。狩摩が嘘を言っていなければ、の話であるが。 【しかしまァ、お前もよいよたいぎぃ先行きじゃからのぅ。焦る気持ちゆゥんも分かるわ。俺とは無縁の感情じゃがの。 現にお前にとっちゃ頭の痛い話じゃろうよ。まァ、これだけは"間"ぁ悪ぅかった思うて諦めェや】 【は? いきなり何言って……】 【"来る"でよ】 その一言に、梨花は背筋が凍るという感覚を体感した。氷を入れられた、どころの話ではない。椎骨そのものを鷲掴みにされ、髄液の代わりに冬の真水を注入されたにも等しい悪寒が、背筋を走ったのだ。 狩摩の言葉に恐れを覚えたのではない。それは、彼が"来る"と評したものが、突如としてその気配を露わにしたものが、梨花にも確かに感じ取れたからだ。 孤児院の外、ここからおよそ百mほどか。そこに、何か"取り返しのつかない"ものがいるということが、理屈ではなく直感として分かった。 ドッペルゲンガー、という単語がある。 自己像幻視とも呼ばれるそれは、有体に言えば自分自身の姿を自分で見るという幻覚症状の一種だ。大抵の場合は精神、あるいは脳の障害に起因する錯覚でしかないが、そういた医学的に説明が付く事例もあれば、逆に医学的には説明不能な事例も存在する。 ある日突然訪れる「もう一人の自分」。二重写し、影、重なって歩く者。それらは時代も国も超越して、数多くの事例と「死の前兆」というモチーフが付随して語られる。 それを、何故か突然、梨花は想起した。理由は分からない。けれど、梨花は確かに感じたのだ。 ドッペルゲンガー、もう一人の自分。 そうした最も自分に近い、しかし最も遠い存在。そうとしか形容のしようがない何かが、そこにいるのだと───! 【きひ、きひひひひひ。来る、来るでよ。ぶち恐ろしかものがやってきおったわ】 狩摩は嗤う。口調とは裏腹の、何もかもを愉快がった嘲笑の笑みを絶やすことなく。 【"魔女"が、来おった】 睥睨して見つめる視線が、孤児院の壁を貫いて彼方を見据えたのだった。 ▼ ▼ ▼ かつて神稚児と呼ばれた童がいた。 七つまでは神のうち。数えで七歳を迎えるまでの稚児は人ではなく神や霊に近い存在である。そんな伝承がこの国にはあった。 乳幼児の死亡率が極めて高かった時代、子供は人と神の境界に立つ両儀的存在と見なされた。そして真実、それに相応しい生き残りがその地には存在した。 人の願いを無差別に叶える万能の現人神。人の数だけ存在する願いを、願いの数だけ現実とする"都合のいい神さま(デウス・エクス・マキナ)都合のいい神さま"。 その娘は人の姿をして、しかし決して人ではなく。世界の全てさえ左右できるほどの力を宿し。 しかし彼女自身が願うのは、本当にささやかなもの。 かつて正義の味方を目指した少年がいた。 大災害にて家族を失い、自身もまた冷たい死を待つだけの身であった彼は、そんな自分を救った男に光を見た。 当初はただの憧れだった。何も知らない子供のように、綺麗なものを見つめる少年のように。 そして想いは順当に受け継がれ、少年はその身に呪いを受けた。男の犯した過ちを、けれど間違いになどさせないという少年の誓い。 しかし彼はその果てに、正義ではなく人を選んだ。一を犠牲に全を救う正義ではなく、唯一の幸せのために世界の全てを切り捨てた。 神の子が願ったささやかな願い。人になりたいというその言葉を、彼は笑顔と共に受け入れた。 かくして正義に憧れた少年は、その味方となる権利を手放し。 今や悪の敵たる資格すら失って。 妹を救いたいと願うだけの少年は、世界の敵と成り果てたのだ。 先の戦いより数時間、士郎の肉体に蓄積された疲労は既に癒えていた。 拠点よりほど近い市街地にて発生した戦闘……より厳密に言うなら、自分から仕掛けたものであったが、それでも彼らは勝利を手にして戦場を後にした。三騎士たるランサーのサーヴァント、及び準サーヴァント級の規格外マスターを、非才の少年と暗殺者の少女という弱者の牙が打ち砕いたのだ。 幸いにして、彼らはその戦闘において負傷の類を負うことはなかった。故に彼らは戦闘可能な程度にまで回復すると、すぐさま次の行動に出た。兵は拙速を尊ぶという言葉の通り、生半な作戦を練るよりも、自分たちにはやるべきことがあるのだからと。 衛宮士郎が望むのは聖杯の獲得にして、世界の救済。より厳密に言うならば、「世界の救済のために犠牲にされようとしている妹に代わる奇跡」である。 そのためならば、彼は何をも犠牲にしようと構わなかった。聖杯戦争に関わるマスターは元より、それに巻き込まれる無辜の住人であろうとも、彼は一顧だにすることなくひた走ろうとしていた。 そして。 【アサシン、気配の出所は確かにそこで間違いないんだな】 【そうだ。気配は二つ、微かだが建物内に確認できる】 【二つ、か……厄介だな】 現在、士郎とアサシンは目下の標的を発見し、その威力偵察を行っていた。 目標は閑静な土地の通り面した白色の建築物。傍にある看板から、そこが孤児院であることが士郎には分かった。 なるほど、と納得するものがあった。異世界より召喚され、身分の保障すら与えられない今回の聖杯戦争において、マスターが取れる選択は限られている。 身分や戸籍を偽装するか、あるいはそうした相手から偽装身分を奪い取るか。そうした力も持たない場合は、素直に路上生活者として活動するか。 そうした観点から見れば、個人経営の孤児院はある意味うってつけではあった。若年層のマスターに限られるが、孤児として施設に紛れ込むことができれば戸籍や素性の問題に突っ込まれる機会も多くはなるまい。 しかしそんな与太な思考とは全く別のところに、士郎が危惧する問題があった。すなわち存在するサーヴァントの気配の数である。 アサシンに曰く、その孤児院にあるサーヴァントの気配は二つなのだという。これは非常にまずいと言えた。何故ならこちらは敵の足を引っ張り隙を突くことしかできない弱兵、正面からぶち当たったのでは万に一つの勝機もあるまい。 二つの陣営が一つ所に在る理由……同盟か、敵対か、それを知ることは士郎にはできないが、前者であった場合には根本的に作戦を練り直さなければならないだろう。 無論、後者であった場合には決裂の隙を突くだけの話だが。 【アサシン、お前は引き続き偵察を続けてくれ。動きがあったら教えてほしい】 【了解した、士郎】 念話でアサシンに命じて、士郎は一人双眸を細めた。強化された視界の先に映る孤児院の姿は、彼に一つのことを思い起こさせた。 (美遊……) 彼には救いたい者がいた。その者は神としてこの世に生を受け、神としての力を望まれ、人であることを許されなかった。 世界を救うために犠牲となるただ一人。その者は殺されるために生まれたのだと言われた。 士郎は、それを許すことができなかった。全を救うために一を犠牲にするという理論、彼が憧れた正義の男と同じ理屈を、しかし彼は受け入れることができなかったのだ。 その者の名を、朔月美遊。神稚児信仰の体現たる朔月家唯一の生き残りにして、今や一人の人間となった少女。 衛宮士郎に残された、世界にたった一人の大切な妹だった。 (待っていてくれ、俺は必ずお前を救い出す) 美遊もまた、孤児と言っていい身の上だった。だからだろうか、孤児院を見ているとそのことを思い出してしまう。 あそこに住まう子供たちも、恐らくは美遊と同じ年頃なんだろうか─── ふと湧き上がった思考を、士郎は冷酷に消し潰した。彼女を救うために悪となった自分には、もう許されないものだったから。 (だからこそ、立ち塞がる敵は総て討ち倒す。そこにどんな正義があろうとも……) 例えどれほどの正義があり、どれほど正当な大義名分が掲げられようと。 最低の悪たる自分には通じはすまい。一のために全を殺す自分には。 いずれ訪れるかもしれない機会のために、士郎はただ待ち続ける。 救うべき大切な者の影だけを、その瞳に映して。 正義の味方に焦がれた少年の面影は、最早どこにも残されてはいなかった。 正義の味方の男は言った。自身の生は、見えない月を追いかけるが如き暗闇の旅路であったと。 世界の敵の少年は言った。例え月が見えずとも、それでも人は星を仰ぎ見るのだと。 暗闇の中であろうとも、人は星に願いを託す。正しく在ろうと足掻いた男の生涯は、決して間違いなどではなかったのだと。 けれど、けれど─── 人が月を見ることができずとも。 月は人を見下ろしている。 正義も悪も嘲笑い、慈愛と侮蔑の視線で睥睨している。 今この瞬間も。 月は、人々を見下ろしている。 昼光に遮られ、暗闇が視界を閉ざし、星の輝きさえ届かぬ深淵の玉座から。 ───《月の王》が見下ろしている。 ▼ ▼ ▼ 「あら、一足遅かったみたいね」 破壊の限りを尽くされた市街地を見下ろして、少女のように可憐な、しかし暖かさの一切を感じさせない嘲笑の声が響いた。 声の持ち主は人ではなかった。黒き肢体をしなやかに躍動させ、黄金の瞳で全てを見通しながら、獣の口元を愉悦に歪ませている。 書割のように背景から浮き出た黒猫が、人の言語を解していた。 「混沌の坩堝と化した都市……そこで行われる人間たちの狂騒。醜いわね、とても醜い。けれど、いいえだからこそ、観覧の種としては見るものがある」 黒猫───奇跡の魔女がこの戦場に望むのは娯楽である。 彼女自身は知的遊戯を尊び、推理を愛し、他者の知性を嘲笑う魔女ではあるけれど。 だからこそ、その脳髄を満たす娯楽に関しては貪欲だった。愚かな人間と英雄などと持て囃されている愚者が手を組み殺し合うなどと、なんと暇の潰しがいのある趣向であろうか。 故に彼女は傍観者の地位に座りながら、そのゲーム盤を睥睨するのだ。将棋かチェスを観覧する淑女のように。 そして彼女は───新たな娯楽の種を見つけた。 この地よりほど近い場所にある、幼子を収容する白箱を視界に収めて。 そこに集う超常の者の気配を悟って。 奇跡の魔女は、残酷に冷酷に、弦月の形に笑みを歪ませた。 「ふふふ……楽しみだわ。どこのカケラか知らないけど、まさか"あの子"に会えるなんてね」 その声は。 その愉悦は。 遥か昔に置き去った"何か"を想うようで。 「待っていなさい、■■■■」 そこ名を聞き取れた者は。 少なくとも、この場には誰も存在しなかった。 【B-1/孤児院/一日目・午後】 【古手梨花@ひぐらしのなく頃に】 [令呪]三画 [状態]健康、苛立ち [装備]なし [道具]なし [所持金]子供のお小遣い程度 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯を手に入れ、百年の旅を終わらせる 0:魔女……? 1:キャスター……もうこいつについて深く考えるのは止めにするわ。 2:百合香への不信感。果たして本当に同盟を受けて良かったのか。 3:キーアに対する羨望と嫉妬。 [備考] ※アーチャー陣営(百合香&エレオノーレ)と同盟を結びました ※傾城反魂香に嵌っています。気に入らないとは思っていますが、彼女を攻撃、害する行動に出られません。 【キャスター(壇狩摩)@相州戦神館學園 八命陣】 [状態]健康 [装備]煙管 [道具]なし [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を楽しむ。聖杯自体には興味はない。 [備考] ※アーチャー陣営(百合香&エレオノーレ)と同盟を結びました ※彼は百合香へもともと惚れ込んでいる為、傾城反魂香の影響を受けていません。 ※孤児院を中心に"陣地"を布いています。 【キーア@赫炎のインガノック-What a beautiful people-】 [令呪]三画 [状態]健康、混乱 [装備]なし [道具]なし [所持金]子供のお小遣い程度 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争からの脱出。 1:梨花と一度、話してみたい。 [備考] 古手梨花をマスターと認識 【セイバー(アーサー・ペンドラゴン)@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ】 [状態]健康 [装備]風王結界 [道具]なし [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:キーアを聖杯戦争より脱出させる。 1 赤髪のアーチャー(エレオノーレ)には最大限の警戒。 2:古手梨花とそのサーヴァントへの警戒を強める 【B-1/高所の物陰/一日目・午後】 【衛宮士郎@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】 [令呪] 二画 [状態] 魔力消費(小) [装備] なし [道具] なし [所持金] 数万円程度 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争に勝利する。手段は選ばない。 1:孤児院への奇襲を仕掛けたい。しかしサーヴァントの気配が二つあることを憂慮。 [備考] アサシン(アカメ)とは数㎞単位で別行動をしていますが、念話・視覚共に彼女を捕捉しています。 【アサシン(アカメ)@アカメが斬る!】 [状態] 健康 [装備] 『一斬必殺・村雨』 [道具] 『桐一文字(納刀中)』 [所持金] なし [思考・状況] 基本行動方針:勝利する 1:士郎の指示に従い、孤児院の様子を探る。 【キャスター(ベルンカステル)@うみねこのなく頃に】 [状態] 健康、黒猫 [装備] なし [道具] なし [所持金] なし [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を楽しむ 1:面白そうなので観覧する。 [備考] ※『杜に集いし黒猫の従者』に綾名を護衛させています。 ※黒猫に変身した状態ではサーヴァントの気配を発しません。 BACK NEXT 026 獣たちの哭く頃に 投下順 028 陥穽 025 幸福の対価、死の対価 時系列順 BACK 登場キャラ NEXT 002 錯乱する盤面 キーア 029 死、幕間から声がする(前編) セイバー(アーサー・ペンドラゴン) 古手梨花 キャスター(壇狩摩) 010 穢れきった奇跡を背に キャスター(ベルンカステル)
https://w.atwiki.jp/compels/pages/363.html
海馬乃亜の二度目の放送の後。 灰原哀は、支給されたタブレットを無言で見つめていた。 画面が移すのは、無機質な参加者の名前の羅列。 そこに記された、江戸川コナンと、今しがた行われた放送で呼ばれた名前。 小嶋元太の名前が記載されていた。 (小嶋君が、生きている可能性は………) 若干18歳にして組織の科学者として抜擢された類稀なる頭脳で、灰原哀は考える。 海馬乃亜の死者の通達が、虚偽である可能性を思索する。 ふぅ、と息を吐く。 考えるまでも無い。分かっている。小嶋元太はもうこの世にいない。 これまで江戸川コナンを取り巻く事件の被害者たちや、姉である宮野明美の様に。 乃亜に集められた子供が全員ただの子供であれば、体格のいい元太は有利かもしれないが。 この場には大人どころか人智を超えた怪物が集っている。 そんな相手と、元太が出会ってしまったのなら、命を落とすしかなかっただろう。 元太は愚か、自分や江戸川コナンですら一時間後に生存しているか分からない。 この島はそう言った残酷で、弱肉強食の世界なのだから。 「……円谷君や吉田さんがいないだけ、マシだったと思うべきなのかしら」 何時もの冷静な灰原哀でいようと、心にもない台詞を言う。 何度経験したって慣れないし、嫌なものだ。 親しかった人間が死んでしまうというのは。 小嶋元太は、実年齢は離れていたけどそれでも友人で、仲間だった。 ──母ちゃんが言ってたんだよ。米粒一つ残したら罰が当たるってな! 命を救われた事だってあった。 帝丹小学校に通う一年生、少年探偵団の一人、灰原哀の掛け替えない人物の一人だった。 もし生きて帰ったら、この場にいない二人の仲間に何と言えばいいのか。 尤も、自分だって生きて帰れるなんて分からないけれど。 もう一度、大きく息を吐いて思考を切り替える。 (恐らく、この催しは『組織』が仕組んだものではないハズ…… となると、先ずは何とかブラックを抑えつつ、工藤君との合流を目指すのがベターね……) 組織の力は強大だ。 世界各国の財政界や医療・軍事産業に至るまで、強い影響力を持つ。 二十歳にも満たない小娘が研究する新薬のプロジェクトに湯水のように予算をつぎ込めたのも、灰原哀が恐れる組織の力の象徴。 でも、そんな彼等であっても自分が出会った参加者…メリュジーヌや絶望王、ナチスの少年等を捕えて殺し合いさせるのは不可能だろう。 この三人は、例えジンが1000人いようと殲滅して余りある力の持ち主なのだから。 彼等の様な『超人』が出会った三人だけと言うのも考えにくい。 よって、灰原哀が知る組織主導の催しの可能性はありえない。 もしかすれば、協賛くらいはありえるかもしれないが。 とは言え、自分の知る組織の情報から海馬乃亜の目的や、殺し合いの経緯、脱出の方法を導くのは難しいだろう。 となれば、後は絶対的にこの殺し合いを良しとしないであろう江戸川コナンや、他の参加者と情報を集めて脱出を目指す他ない。 だから、先ずは手近なところから。そう思い、隣で同じく端末を覗き込む少年に声をかけた。 「どう?貴方は知り合いがいたかしら?」 声を掛けられた、顔中痣だらけの少年、ドラコ・マルフォイはぶっきらぼうに答える。 「マグル如きの質問に答えてやる義理はないよ。 お前は物を知らない様だから教えてやるが、僕は魔法使いだ。それも両親とも純血の」 差別意識を隠そうともしない、慇懃無礼な返答だった。 哀は特に怒る様子もなく、その一言からマルフォイという少年をプロファイルする。 意味を伝えられた訳ではないが、マグルとは類推するに彼の様な特別な力を持つ存在ではない、普通の人間の事を指すのだろう。 成程、彼が自称の通り魔法使いなら、自分を下に見るのも無理はないかもしれない。 「魔法使いな事に誇りに持っているのは結構だけど、そんな態度じゃ長生きできないわよ」 「………………………」 だが、この島に居るのはマルフォイの言う“マグル”だけではない。 少なくとも彼よりも遥かに強い魔人たちが跳梁跋扈する地だ。 例え魔法が使えたとしても、戦力的には哀と比べても誤差でしかない。 ブラックの様な常軌を逸した強さでない限り、他の参加者と助け合わなければならない立場だ。 それは恐らくマルフォイ自身理解しているだろう。 それでも父や母から受けた教育と、魔法使い族としての誇りはそう簡単に捨てられない。 環境とは、そういうものだ。 「せめて、名前だけでも教えて欲しいわね。これでも私、貴方の命の恩人よ?」 だがしかし、せめて名前だけでも教えてもらわなければ色々不便だ。 これまでの指摘とは違い、じっとマルフォイと視線を合わせて、名前を尋ねる。 暫く彼は意地を張るようにそっぽを向いていたが、やがて根負けした様子で。 「……マルフォイ。ドラコ・マルフォイ」 「ドラコ君ね。私は灰原哀。よろしく」 ここで二人は漸く、お互いの名前を知ったのだった。 とは言っても、流れる雰囲気は和気を感じられる物では無く。 「ブラックが起きたら今後の事を話し合っておきたいんだけど、行きたい場所はある?」 「それを聞いて何の意味がある」 完全にマルフォイは意固地になっていた。 それは、ただ単にマグルに対する差別意識だけではない。 この島にいる知り合いが、穢れた血と蔑視するハーマイオニー・グレンジャーだけだったのも関与していた。 ハリーポッターがいないのは置いておいても、何故クラップやゴイルなどのスリザリン生がいないのか。 穢れた血と殺し合いなど、屈辱窮まる上、あの女なら恨みのある自分を殺しにかかってもおかしくない。 そうでなくとも、仲良く協力などまず間違いなくできはしない。 親しい知り合いがいないのは本来喜ぶべき事であるのはマルフォイも理解していたが、それでも憤懣やるかたない思いは消えなかった。 そんな不満が、こうして灰原哀へと向けられていたのだった。 「僕らが何を決めた所で、どうせ決定をするのはそいつだろう」 マルフォイの視線の先には、すやすやと寝息を立てるブラックの姿があった。 これには哀も言い返すことはできない。 彼女にとっても、幾ら方針を立てた所でブラックが否やと言えばそれに従う他ないからだ。 「…ブラックは理屈や道理は理解してる男よ」 反論を唱える哀の声は、小さな物だった。 無理もない、彼女もまた、ブラックの事は何も知らないに等しい。 これまで行動を共にした時に垣間見た僅かな情報を頼りにしている。 これまでのブラックは刹那的な快楽主義者に見えて道理や理屈を理解している男だ。 だが同時に理解した上で、それらのしがらみを気まぐれに蹴っ飛ばす側面もある。 彼に対して、絶対はない。だが、それでも。 「彼が納得する筋道を立てれば、全てではないにせよ此方の意図に沿った方向に誘導する事は───」 哀の言葉に、俄かにマルフォイが慌てた様子を見せる。 本人が直ぐ傍にいる状況で、利用する算段のような物を言うべきではない。 哀もそれは理解していたが、構うことは無かった。 どうせ自分程度の考えはブラックに隠しきれるものではない。 ならば堂々としている方が彼の趣味にあっているはずだ。 そう自身の中で結論付けて、マルフォイを納得させる言葉を述べようとした。 その後は次に向かう施設の事に話を戻す。向かう場所も既に決まっていた。 乃亜の放送で告げられた、追加された施設。そこに向かう事を提案するつもりだった。 直近にある、人理保証機関カルデアと言う、特徴的な名前の施設に。 だが、彼女が言い終わる前に、口を挟むものがいた。 「おい、お前ら」 特徴的なハスキーボイス。聞き間違える事もない。 間違いなく、ブラックの物だった。 だが、その声色はこれまでの芝居がかったトーンではなく、冷たいもので。 まさか気分を害したのか、と哀は彼の寝ていた場所を慌てて確認した。 「舌とお別れしたくなけりゃ口を閉じろ」 反射的に口を閉じる。同時に、哀は全身に強い圧迫感を感じた。 みえない巨人の手に鷲掴みにされている様だった。 圧迫感が強い浮遊感に変わったのは次の瞬間の事。 傍らを一瞥すれば、マルフォイも同じ状況になっているのが見えた。 浮遊感は二秒かからず霧散し、どっ、と音を立てて二人は大地に落ちる。 「随分冷えたモーニングコールじゃねーか、おい」 視線を上に向け、見上げてみれば欠伸をしながらブラックはさっきまで哀たちがいた場所を眺めていた。 誘われるように其方の方を見てみれば、巨大な氷塊が突き刺さっていた。 ブラックが超能力を行使しなければ、哀とマルフォイの二人はあっけなく刺し貫かれていただろう。 そして、そんな氷塊の奥に。 一人の少女が佇んでいた。麗しい、寝物語に伝わる姫の様な容姿をした少女。 事実月の姫と呼ばれた少女の姿が、そこにはあった。 「……何故」 少女が、口を聞いた。 そこに籠められていた感情は、混じり気のない疑念だった。 「何故汝は、人間と馴れ合っている」 それは元リィーナ姫、現魔神王にとって当然の問いであった。 勇者ニケを殺す為に追跡していた道すがら。 勇者と同等なほど、強く惹かれる気配を感じ取った。 その気配は、強かった。 ただ強いだけでなく、ある種の共感(シンパシー)のような物も、同時に感じられた。 元より勇者は実力的には何時でも殺せる程度の強さだ。 気づけば彼女は足を気配の方へと向けていた。 そして彼女は、同胞(はらから)と相まみえた。 「何だ、そんなもん一々気にして。人間に嫌な思い出でもあるのか?」 緋色の瞳に金の髪の少年。 彼はクツクツと笑って、魔神王の問いを煙に巻く。 魔神王にとっては一言で言って、理解不能だった。 人間の中に潜伏し、扇動し、争いを煽るなら理解可能だ。 魔神王もまた、依り代たるリィーナ姫を隠れ蓑として、ロードスを戦乱の坩堝に叩き込んだのだから。 だが、近場で矮小な人間2匹の話を盗み聞けば、既にこの同胞は正体を明かしているという。 そして、今しがたも自分の攻撃から人間2匹を守った。 ブラックと、人間から呼ばれていた少年が守らなければ、氷塊は人間2匹を反応すら許さず潰していただろう。 人間を利用しているにしても、同胞かつ、人間二匹とは隔絶した強さを誇る自分の不興を買ってまで守る理由など……… 「そうでもないぜ?荷物番ってのは結構馬鹿にできないもんだ。 少なくとも、身ぐるみはがされたお前は否定できないだろ?」 「…………」 思考を読んだかのようなブラックの言葉に、魔神王は押し黙ってしまう。 ブラックの指摘は、客観的に言って魔神王の痛い腹を突いていた。 勇者との戦闘の隙に、自動人形<ゴーレム>に荷物を持ち逃げされた彼にとっては。 「………些事はいい」 だが、支給品をすべて失ったとて、魔神王にとってそれは些末事でしかなかった。 ドラコン殺しという一級の獲物を失ったのは僅かに痛手ではあるものの、それぐらいだ。 身体能力、魔力、魂のへ直接攻撃以外に対する絶対的な耐性、変身能力。猛毒の瘴気。 どれをとっても、蒙昧な人間の子供を万の数並べたとておよびつく領域ではない。 例え無手であっても、優勝を目指すのに何の支障もない。魔神王にはその自負があった。 故に、ブラックの揶揄も一蹴した後、冷厳に命じる。 「我の軍門に下れ」 単刀直入に、魔神王は少年に告げた。 確信を持って言える。目の前の少年は、自分と同じ魔なる存在だ。 それは、間違いない。 上位悪魔<グレーター・デーモン>等目ではなく、魔神将でも彼と並べるには心もとない。 ともすれば、魔神王たる自分に匹敵するやもしれぬ超越者。 魔神王は人間を利用することはあっても協力するつもりは毛頭なかったものの。 目の前の少年は、少なくともこの場の人間を駆逐するまでは手を組んでもよかった。 単純に、戦力としても見る打算もあった。だが、それ以上に。 「我は人間どもに召喚され、数百年において魔界と物質界の狭間に虜囚となった。 だが…愚かな人間の王より解き放たれ、一国の姫の体を依り代に再起を果たした」 「………はぁ、それで?」 唐突に始まった自分語りに耳を傾けながら、ブラックが合いの手を打つ。 彼の反応の薄さを訝しく思いつつ、魔神王は続けた。 「我が受けた屈辱の日々を雪ぐには、人間どもの鏖殺をおいてあり得ぬ。 それに手を貸せ。汝の力があれば、より人間どもの悲痛に満ちた地獄を生み出せる」 これがもし吸血鬼や鬼種程度の魔族であれば、アーカードや無惨に行ったように即座に攻撃を仕掛け、しかる後に屈服か死を迫っていただろう。 とはいえ、不死王や始祖の鬼の再生力を前に千日手を悟り、提案は為されなかった訳だが。 しかして今魔神王が対峙するのは吸血鬼と同等以上の力で、人間の体を依り代とする… 恐らく吸血鬼よりもなお魔神王の近しい魔(デーモン)だ。 ならば、人間に味方した疑問の解消を兼ねて、ブラックに軍門に下ることを迫った。 己の中の魔神王(デーモン・ロード)としの矜持が、彼にそうさせた。 「………一つ聞いていいか?」 対するブラックの態度は、実に飄々としたもの。 背後の子供二人は、魔神王の殺気に体を引っ切り無しに震えさせ、怯えを見せているのに。 彼は臆する様子など全く見せず、魔神王に問い返した。 「お前は、人間を滅ぼしてどうしたいんだ?」と。 お前の最終的に目指す場所は何処にあると。彼はそう尋ねた。 尋ねられた魔神王は、僅かな沈黙の後、力強く答えを述べる。 「人を殺し、妖精を殺し、物質界を第二の魔界とする。 もう再度(にど)と屈辱を受けぬ……我等の新たな世界をこの手で築き上げるのだ」 魔神王は五指を広げ、ブラックの前へと翳し……そして何かを掴もうとするように閉じた。 人間の世界を、第二の魔界とする。 それが全ての魔神を率いる王としての、最後に至るべき地平。 種を背負うものとして、人類種の絶対的な厄災の具現として、そう宣言した。 それを聞いたブラックは、成程、立派だ。そう零したあと。 「でも悪いな、全く興味ねーわ。お前の話」 返した答えは、決裂だった。 「支配するのか滅ぼすのかは知らねーが、要は人間の今の位置にお前らが収まるだけだろ」 魔神王が目指す、人が駆逐され、魔神達が支配し、跳梁跋扈する世界。 それは魔神王にとって酷く退屈な世界に思えた。 配役を微妙に変えているだけで、筋書きは人の歴史と大差ない。 古来より人の営みを眺めてきた観測者であるブラックにとって、新鮮味のない景色と言えた。 「俺が見たいのは、その先の景色なんだ」 善悪を超越し、ブラックの手すら離れた混沌。 それが、彼が最後に至ろうとする終着点であった。 法も倫理も種も及ばぬ、生き残った者こそ善であり正義。 世界が文字通り転覆し、書き換わる瞬間。現世と異界(ビヨンド)の交差点。 その終焉と可能性の美こそ、彼を魅了してやまない大崩落なのだった。 「ま、それでもお前が俺を下に付けたいなら……分かるだろ?」 「お前が勝てば、協力でも人間の皆殺しでも、望むとおりに踊ってやるさ」 魔神王の提案を袖にしながらも、ブラックの表情は友人に向ける様な笑みだった。 それを見た魔神王は能面の様に感情を一切示さぬまま、ゆらりと両手を広げた。 ブラックの言は魔神王の提案を否定するものだったが、不思議と悪感情は無かった。 立場が逆であれば彼も提案を蹴っていただろう。 それを鑑みれば意味のない問答だったやもしれぬが……まだ目の前の不遜な青コートの少年を従える見込みが潰えたわけではない。 「───道理だな」 妖艶な笑みを浮かべ、全身に瘴気と魔力を滾らせて、魔神達の王は命じる。 自分が魔神<デーモン>達を従えていたのは血筋でも人望でもなく。 ただ純粋なる強さで従えていた。その威光を、今一度示す時だ。 「おい、お前ら」 戦意を露わにする魔神王を前にして。 ブラックは二人の従者を一瞥し、反論を許さないと言った様相で告げた。 離れておけ、と。 「今回は、お前らが傍にいたら邪魔だ」 語るブラックの視線は魔神王に向けられつつも、微妙な違和感を抱かせるものだった。 目の前の少女は、あのナチスの少年から自分達を守り抜いたブラックが、守り切れないと判断する様な相手なのか? それに少女に向ける意識9とするなら、残りの1割は近場の周辺に向けている様な… 指摘しようかとも考えたが、今にも戦闘を始めんとしている黒髪の少女を見て断念する。 詳細な力の強弱は分からないが、目の前の彼女もまた、放送前に出会ったナチスの少年に勝るとも劣らぬ怪物である。 少なくとも自分達がいては邪魔なのは確かだ。それだけは確信が持てた。 「逃げるわよ!ドラコ君!」 「マグルなんぞに言われなくても、分かってるさ!」 二人の超常者の背後では、二人の子供が避難を始めていた。 蟻の上で象がタップダンスを始めようとしている様な物だ。逃げなければ命はない。 哀がローブの袖を引っ張り離れようとするのを、振り払いつつマルフォイは食って掛かる。 しかし口では威勢のいい言葉を吐きながら、体は迷うことなく全力で逃走を始めていた。 何で出会って早々戦いを始めようとしているんだこいつら、脳筋なのか? そんな疑心が胸に浮かぶ物の、魔神王の威容を見れば口に出す勇気も即座に消え失せえる。 「……………」 逃げる二人の背に向けて、魔神王は無言で容赦なく氷の弾丸を連射する。 その瞳は、人が生ごみや害虫に向けるそれであった。 発射された氷は音の壁を超え、対物ライフルもかくやの威力と数で脆弱な人間二人に迫り。 その全てが、ブラックの念動力によって静止させられた。 「さっさと行け」 事も無げに二人を守ったブラックの表情は、ずっと変わらない。 見世物を見る観客の笑みだ。 その見世物が果たして傑作なのか、笑い見られる程度の駄作なのかは判断がつかないが。 やはり、この少年のは何を考えているのか良く分からない。 そう考えつつも、そんな彼に対して、静かに哀は一言だけ言葉を送った。 「かっこつけておいて、負けたりしないでね」 実に辛辣な物言いだったが、ブラックは笑みを深めるばかり。 お返しにちゃんと荷物番をしておけと告げて、道の曲がり角に消える二人を見送る。 そして、お荷物の二人が消えてから、改めて魔神王に向き直り、礼を言った。 「悪いな。待っててもらって」 「我は構わぬ。それよりも本当に良かったのか?あの人間二人を遠ざけて。 我に敗れた時の弁明としてはもう使えぬが」 「何だ。意外と冗談も言えるじゃねーか、おい」 言葉を重ねながら、大気が、大地が、震えるように揺れる。 少女と、少年。二人の存在に畏怖しているように。 魔神王の足元が凍てつき、凍結した地面は周辺をも飲み込もうと勢力を拡大させる。 だが、ブラックの前方十メートル程まで来た所で、見えない壁に阻まれた様に凍結が止まった。 「敗れる前に、その魂魄に刻んでおくがいい」 両手を、これから飛び立とうとしている鳥の様に広げて。 かつて月の姫と謳われた少女の肉体を得た凶星は、笑みを浮かべた。 見る者を凍り付かせる、昏く妖艶な笑み。 ブラックは紅い瞳を煌めかせ、それを見つめる。 「我は魔神王。全ての魔神(デーモン)の頂きに座する者だ」 その大仰な名乗りを聞いて。 少し考えた後、ブラックは青いコートをはためかせた。 そして、魔神王が行った名乗りに呼応するように、口ずさむ。 何時もの様に俺の名前を言ってみろ、とは言わず。自身の本当の名を。 「そうかい。俺は絶望王───お前らの──ま、友達になれるかはお前次第か」 その言葉が、開戦の合図となった。 凍結した冷気と、空間に瞬くスパークが、周辺を包み。 対峙した二人の王は、引かれあう様に激突した。 ■ ■ ■ 極寒の風が、無人の街並みを吹き抜けていく。 氷河期でも訪れたのかと錯覚しそうになる速度で大地と建物が凍てついていく。 凍土と化す街並みを、蒼い人の形をした疾風が駆け抜ける。 瞬きの間に数十メートルの距離を駆け抜け、不可視の力場が、襲い来る氷塊を砕く。 「ハハッ───」 氷河の最中で、絶望王は愉しげに笑った。 気温を示す電光掲示板が故障したかのように表示する気温を低下させていく。 それを尻目に、左右に付いた腕(かいな)を無造作に振るった。 振るわれる腕の動きに合わせて、周辺に会った民家が質量兵器に姿を変える。 コンクリートの躯体ごと引き抜かれた民家は、数十トンはあるその重量で以て敵対者に迫る。 「下らぬ」 最早人間に向ける重量ではないその殺意の弾丸を、相対する魔神王はそう評した。 絶望王が民家を土台から引き抜いたタイミングで対面するビルの外壁に手を突き、動じることなく殺意の砲弾を迎え撃った。 ヒュオオオという、豪雪地帯で耳にする、大気が凍る音が奏でられ、そして。 魔神王のビルの外壁を起点に生み出した氷柱は、民家を瞬時に凍らせた。 まるで衝突の衝撃すら凍らせたかとでも言う様に、氷柱は十メートルはある民家の飲み込んでいた。 灰原哀やドラコ・マルフォイがこの光景を目にすれば、眩暈すら覚えたかもしれない。 「怖い怖い」 だが、魔の王と相対する者もまた、遥か怪物。 少年のハスキーボイスが響くとほとんど同時に。 ミシリ、と魔神王の腕から音が鳴った。その後に、凄まじい衝撃がやって来た。 魔神王が自身が蹴り飛ばされたのだと認識したのは、衝撃がやってきてからだった。 少なく見積もっても数十メートルあった筈の距離を、敵手は一瞬の内にゼロとして。 そして、魔神王を蹴り飛ばしたのだ。民家を投擲する念動力に神速の如き移動速度。 瞬間移動(テレポート)というありふれた異能を発揮しただけで、ここまでの不条理を生む。 それが、絶望王と言う存在だった。 「…………」 常人ならば確実に挽肉に変わっている攻撃を受けてなお、魔神王は健在だった。 身を包む慣性が消失した時には既に肉体の修復を完了させ、大気中の水分を凍結させる。 彼の周囲に現れる氷の礫。その数は哀やマルフォイに撃った時とは桁違いの数だった。 数千を超え、数万。凍れる殺意が絶望王に向けて殺到する。 「またそれか。芸がねーな、おい」 キャッチボールで子供の投げたボールをキャッチする父親の様な。 そんな気の抜けた声と共に、氷の制御権が強引にもぎ取られる。 出力の高さだけではない。恐ろしいまでの精密動作性だ。 念動力の類はやろうと思えば魔神王にも行使できた、だがこの水準には到底及ばない。 異なる世界。中島から奪った記憶が鮮明に浮かび上がる。 「そうかな」 「うおっと!?」 静止した氷の弾丸が輝きを放つ。 次瞬、氷たちが次々に割れて、その中から閃光が弾けた。 鳥類や爬虫類が見せる卵の孵化さながらに、飛び出た閃光はその全てが矢となる。 <光の矢(エネルギーボルト)>という名の、初級呪文であった。 だが、それを数千数万の規模で放てるのは、ロードスにおいて魔神王以外にいないだろう。 無形の力そのものである光であれば、如何な絶望王の念動力でも止める事は不可能だ。 「いやー、少しビビった」 だが、たかが念動力一つ攻略されたとて、それで絶望王が動じる筈もない。 光の矢の初段が着弾する瞬間、彼の総身から蒼い炎が噴き出す。 噴き出された蒼き焔は一瞬で絶望王の周囲を焼き尽くし、光の矢を飲み込んでいく。 「まだだ」 光の矢は追撃の機転でしかない。 魔神王は前方に光の矢の弾幕を収束させ、炎の防御をそこに集中させる。 同時に、絶望王の背後五十メートルに氷塊と氷柱……否、氷山と氷槍を出現させる。 「<ハーベルシュプルング>」 つい先程勇者に発射した時よりも更に威力を強め。 数十トン……ともすれば数百トンはあるであろう氷山を、絶望王に向けて発射した。 「──ハハッ!やる気満々じゃねーか、おい!!」 絶望王の矮躯の百倍はある氷山を放たれて尚、健在。 念動力を操作し、笑う余裕すら彼にはあった。 氷が念動力によって破砕され、出力を上げた炎に飲み込まれる。ここまでは魔神王の想定内。 本命はこの後、作り上げた氷槍を、最高の硬度でぶつける! もしかすれば死んでしまうかもしれないが、その時はやむなしだ。 「<グラオホルン>ッッ!!」 力強い言霊の調べと共に、放たれる氷槍。 その速度は音の壁を突破し、マッハ3を記録していた。 人間であれば、到底太刀打ちできない一撃。認識すら許されず串刺しになっている。 絶望王とて、ただでは済まないだろう。 「当たればな」 再び絶望王の両の手から蒼い炎が生み出され、彼を包む様に、覆い隠すように広がる。 着弾の刹那の、一瞬のこと。 そのコンマ一秒後にグラオホルンは絶望王がいた座標を正確に穿った。 だが、しかし、貫いたのは彼が放った青い炎のみ。 それを確認した瞬間に、魔神王は<逆感知(カウンターセンス)>の魔法を使用。 絶望王の所在を索敵する。2秒で結果は出た。魔神王の上空50メートルに彼はいた。 「さて、あの街じゃできなかった事をしてみるか」 ぱちんと、指を鳴らして。空間を閉じ、世界を灰色に染め上げる。 彩を失い、灰色になった風景の中で、唯一元の彩と同じ輝きを放つ物が一つ。 朝陽を背に、絶望王は悠然と両手を広げる。 その威容に、魔神王をして思わず見入った。 正確には絶望王でなく、彼の背後の朝日を注視していた。 絶望王の為そうとしている事を予見し、まさか、と言う言葉が口から洩れる。 ────太陽光を、捻じ曲げる、だと………! 「焼き加減はどんなもんがいい?」 絶望の具現である少年は謡うように口ずさみ。 彼の手が振り下ろされるのと同時に、裁きの光が魔神王の上空で猛る。 大地を蹴り、全力で回避を試みるものの、天の光からは逃げられない。 太陽は誰に対しても、平等に降り注ぐものなのだから。 精密、緻密、綿密に練り上げられた裁きの炎が───魔王へと降り注いだ。 「はー、意外としんどいな。これ」 美しい肢体が真っ黒な炭の塊に変貌するのを眺めながら、絶望王は独り言ちた。 その頬には疲労を示す汗が一筋浮かんでいる。 疲れる割に、効果は今一つだったな。というのが今しがた行った攻撃の評価だ。 事実魔神王は既に焼かれた部位の再生を始め、べりべりと炭化した組織の下から瑞々しい少女の肌が現れようとしている。 如何な天の炎とて、魔神王の魂魄まで焼き尽くす事は叶わなかったのだ。 だが、流石に再生に手いっぱいになっている様子なのは確かだ。 「……こいつも試して見るかね」 そう言って何処からともなく現れる鍵剣が一つ。 王の宝物庫の鍵であるその宝剣を、絶望王は魔神王の再生の頃合いを見計らいつつ開帳しようとする。 物理的攻撃は効果が薄い様だが、ならこの蔵の中に入っている武具ならどうか。 何が入っているか絶望王も良く把握していないため数撃つ必要があるが、 掃いて捨てるほどある宝剣、魔剣の群れであればその内当たりを引き当てるだろう。 そう考え、宝物庫を開帳しようとした、その時の事だった。 絶望王の視界の端で、猛スピードで突っ込んでくる影が一つ。 「ふー……ここでか」 パーティの途中で飛び入り参加の客が来たホストの様に。 僅かな気だるさと喜色を顔に浮かべて、絶望王は念動力を発揮した。 彼が哀たちを逃がした理由が、この乱入者だ。 魔神王が現れ、問答を行っている時からその殺気は感じていた。 明らかに、此方を狙っている。それもかなりの実力者だ。 一対一ならば問題ない。 だが魔神王と戦いながらとなると、哀たちを巻き込まずに戦うのは厳しい相手と彼は見た。 乱入者は今迄好機を伺っていた様子だったが…絶望王が大技を放ち、消耗したと見られるこのタイミングを狙ってきた。 現れたのは、白銀の髪の少年。 それが殺意を籠めて、身の丈以上の大剣を此方に向けて振り下ろしている。 「よく来たな、兄弟」 中々いい奇襲だった。だが、気配の殺し方がまだ拙い。 恐らくは魔神王も気づきながら捨て置いたのだろう。 そんな事を考えながら、普段通りの軽口を叩いて。 絶望王は、敵意と殺意が籠められた大刀を念動力で止めようとする。その刹那。 「────!?」 違和感が生じる。 白銀の少年は強い。強いが自分の念動力ならばまず間違いなくその動きを止められる。 その見立てだった。だが、そんな絶望王の見立てに反して状況は進む。 大刀の動きを止める筈だった不可視の力場が、大刀に触れた瞬間消え去ったのだ。 まるで、刀が彼の念動力の力場を喰らったかのように。 結果、運動エネルギーは何の影響も受けず、そのまま絶望王に向かって突き進む。 (そうか、こいつ。この刀で───!) 防御されるのを見越しての攻撃だったのだ。 ニィ、と。鮫の様な歯を覗かせ、白銀の少年は笑みを浮かべた。 作戦の成功を悟った笑みだった。そして、短く一言、絶望王に告げる。 「力の強さに驕ったな」 嘲るようなその言葉が、絶望王の耳朶に吸い込まれるのと同時に。 鮮血が、空中に舞った。 ■ ■ ■ 伝わって来る戦いの余波だけで、気がどうにかなりそうだった。 闇の帝王やダンブルドアの様な化け物共を連れてくるなら、僕なんて必要ないじゃないか。 僕みたいなただの魔法使いは死ねと、そう言っている様な物じゃないか。 理不尽だ。理不尽に過ぎる。 理不尽に対する怒りが腹の奥で渦巻き、ドラコ・マルフォイはそれを抑える事ができなかった。 「おい!お前の持っている支給品に杖があっただろう!それを渡せ!!」 ランドセルの背負い紐に手をかけて、怒りを隠そうともしない形相で隣の女に命じる。 落ちついて。マグルの女であるハイバラアイはそう言ってマルフォイを宥めようとした。 だが彼の精神はエリスとの敗戦以降、メリュジーヌの襲撃、絶望王とシュライバーの来襲など休まる暇がなかった。 既に、彼の精神は限界を迎えつつあった。一言で言うなら、ヒステリー状態だ。 そのはけ口は、必然的に最も近く見下して良い対象へと向けられる。 「分かったから、落ち着いて。今の貴女は冷静じゃ───きゃっ!」 少女らしい叫び声を上げて、哀は大地に身体を投げ出す。 突き飛ばされたのだと理解したのは、軽く擦過傷が作られた自分の腕を見てからだった。 「……っ!お前がさっさと渡さないから悪いんだからな!」 マルフォイは擦りむき傷を作った少女を見てバツの悪そうな顔を浮かべる物の、 傍らに横たわるランドセルを目にすれば、すぐさまそれに飛びついた。 自分は一体何をやっているのか。 杖があった所で、メリュジーヌや絶望王たちに敵う筈もないのに。 行き場を失った恐怖心は、爆発的な攻撃性を生み出し、支離滅裂な行動を誘発するものだ。 涙が零れそうになるのを堪えて、必死にランドセルの中を探る。 兎に角、杖が欲しかった。杖があれば、少しは安心できる。 杖のない魔法使いの見習いなど、殆ど無力なマグルと変わらない。 そんな事、ブラック家の嫡子であるドラコ・マルフォイにあってはならないのだ。 「……!あった!!」 杖を引き抜いて、ようやく子供らしい笑みを浮かべる。 入っていた杖を最初に目にしたのは、偶然だった。 放送前に支給品の確認の為に哀はブラックの支給品を一通り取り出していたのだ。 それを目ざとくマルフォイは見逃していなかった。 この杖はブラックの支給品だが、奴は使っていなかったし、借りるだけ。 そう、借りるだけだ。 奴が戦っている間、これであのマグル女を護衛してやれば彼奴だって文句は無いだろう。 杖を手にした瞬間、ここまで散々足蹴にされてきた魔法使いとしての誇りが、戻って来た様な高揚感を覚えた。 それは実の所、杖があった所で何ができるのかという疑心を一切無視した逃避に近い物だったけれど。 でも、それでも今の彼を支えるのに必要な精神的防衛行為でもあった。 次話へ
https://w.atwiki.jp/kof15/pages/60.html
チームストーリー +のマークをクリックすると該当チームのKOF15参戦経緯、ストーリーが展開 + ヒーローチーム タン・フー・ルーの元へKOFの招待状が送付された翌日。 「此度の大会にワシは参加せんつもりでの」 開口一番に放たれた師匠の言葉に、シュンエイと明天君は目を丸くした。 「なっ...!? 何でだよ、じいさん!」 「えぇ~っ、じゃあ今回は僕達、不参加ってこと?」 眦を上げて憤るシュンエイ、そしてその隣で悲しそうに眉を下げた明天君に対し、タンは首を横に振る。 「いいや...今回は草薙京と組んで出場してみなさい」 「草薙京と?」 「そうじゃ。シュンエイ、明天君...おぬしらは前回の大会を経て精神的にも成長を遂げておる。今のおぬしらであれば、ワシ以外の格闘家とチームを組むこともできると思うてな。なに、これも修行の一環じゃ」 タンは航空券を二人へと差し出した。シュンエイと明天君は一枚ずつそれを受け取り、紙面に印刷された文字へと視線を注ぐ。そんな弟子二人の姿を見つめ、タンは目元をわずかに緩めたのであった。 「柴舟殿に話はつけておる。日本への旅路、気を付けて行くのじゃぞ」 「で、草薙京の代わりに何であんたが? 二階堂紅丸」 中国から日本に到着した直後、空港の入り口でシュンエイと明天君を出迎えたのは草薙京ではなく、彼とよくチームを組んでいる男ー二階堂紅丸であった。怪訝な表情をして立ち尽くすシュンエイ、その隣でうつらうつらと頭を揺らす明天君を見るや否や、紅丸は苦笑しながら肩を竦める。 「その草薙京は“別の用事”で手一杯らしくてな。代理を頼まれたんだよ」 「全ッ然、話ついてねぇじゃん...」 呆れ返るシュンエイに対し、紅丸は「同感だよ」と額を押さえた。 紅丸が京から代理の話を受け取ったのはつい昨日のこと。大門は柔道連盟での仕事が入り、京も“野暮用”とやらでどこかへ出かけており、今回のKOFは参加見送りかと考えていた矢先の突然の連絡だったらしい。 二人にそう説明した後、紅丸は改めてシュンエイと明天君へと向き直った。 「俺がチームメイトでも構わないだろ? お前らは他にアテなさそうだし」 「そうなんだけどさ。一度戦ったことがあるとはいえ...俺達はあんたのことはよく知らないし、それはそっちも同じだろ? もし...」 ーもし、俺の力が制御できなくなって、暴走でも始めたら... シュンエイはそう言いかけてから口を噤んだ。表情を曇らせながら俯くその姿に紅丸は眉を顰めたが、彼が何かを言う前に「ふわぁ」と大きなあくびが上がる。 「シュンちゃん、大丈夫だよ~」 枕を小脇に抱え直しながら、明天君は空いた手でシュンエイの服の裾を引いた。とろんと眠そうな目でシュンエイと紅丸を順番に見回した後、明天君は無邪気な笑みを浮かべてみせた。 「それにね、先生は修行のイッカンだって言ってたし~...僕ら、これから仲良くなればいいんじゃないかな? だからよろしくね、紅丸さん」 ニコニコと笑いながら手を差し出した明天君の姿を見つめ、シュンエイもまた肩の力を抜きながらぎこちなく笑った。 「...それもそうだな。よろしく、二階堂紅丸」 「ああ、よろしくな。シュンエイ、明天君」 三人で握手を交わす。その時、上空を飛行機が飛び立っていく音が響いた。シュンエイと明天君がふと視線を上げれば晴れやかな夕暮れの空と、飛んでいく機体の後ろに連なる飛行機雲が目に映った。 「じいさんに優勝の知らせを持って帰ってやろうぜ」 「えへへ、そうだね」 顔を見合わせて笑い合うシュンエイと明天君の肩をトンと叩き、紅丸は二人へと笑いかけた。 「さてと、チーム結成祝いも兼ねて何か食いに行こうか。俺の奢りだから、好きなの選びな」 「ほんとに!? ありがとう紅丸さん! じゃあね、僕、ワギューの焼肉食べてみたい!」 「おい明天、少しは遠慮しろって...」 「和牛、焼肉ねぇ。オーケイ、ちょっと待ってな」 シュンエイは眉を顰め、今にも飛び跳ねんばかりの表情で挙手をした明天君を肘で小突く。対して紅丸は二人の様子を気にする素振りもなく、慣れた手つきで店を検索している。しばらくして、彼はスマートフォンを二人の前に差し出した。 「この店とかどう? この前ダチと行ったけど味は悪くなかったぜ」 差し出された画面をスワイプしていけば、黒毛和牛と思しき艶やかな肉の盛り合わせや豊富なサイドメニューの写真が次々と現れる。シュンエイと明天君は思わず感嘆の声を上げてその写真を眺めた。 「す、すごいな。本当にいいのか?」 「気にすんなって。お祝いだって言ってるだろ?」 爽やかにそう言ってのける紅丸の笑顔には、年長者としてシュンエイと明天君にいいところを見せようと見栄を張っているような様子は欠片も無い。シュンエイは紅丸の顔から視線を逸らし、ぽつりと呟いた。 「意外だな...」 「ん?」 「あんた、派手だし軽薄そうに見えっけど。けっこう世話焼きなんだなって」 「ふふん、こういうギャップを世のレディは好むからね。モテるための秘訣さ」 その時、明天君が画面をシュンエイへ向けながら、興奮した様子で声を上げた。 「シュンちゃん見て見て! スイーツもいっぱいあるよ!」 「マジか! ...うわ、すっげぇうまそう...」 色とりどりのスイーツの画像に思わずシュンエイの表情が綻ぶ。年相応の無邪気さが垣間見えるその姿を見て紅丸はニヤッと笑い、料理に夢中な様子の二人の肩に腕を回した。 「へえ、甘いもの好きなんだな。今日は好きなだけ食っていいんだぞ、シュンちゃん♪」 「おい。飯を奢ってくれるのはありがてぇけど...ちょっと馴れ馴れしすぎないか、あんた」 「シュンちゃん照れてる~♪」 「からかうなって! たくっ...」 空港の入り口から遠ざかっていく三人の背を明るい夕日が照らす。 しかし、彼らはまだ知らない。この数日後、彼らが一人の少女と出会うことを。そして、それが今大会に忍び寄る災厄の序章であることを...。 + 三種の神器チーム 深夜。地下鉄の駅の構内、闇を湛えるトンネルから吹き抜けた風はその男のコートの裾を翻した。微かに乱れた前髪から覗いた鋭い目は、背後からヒールを鳴らして歩み寄る二人の女へと向けられている。 「ご機嫌如何かしら...八神庵」 「ククク...その様子だと、血の衝動にはまだ耐えられてるようだねぇ。つまらない」 マチュアとバイスーーオロチ一族の一員であり、亡霊の如く八神庵に付きまとう二人の美女はうすら寒く感じるほどの美しい笑みを湛えながら、タイルを数枚隔てた先で立ち止まった。 「言ったろう? 悪夢は始まったばかりだと。壊れた器から溢れ出た亡者は今も世界中を漂っているのさ」 「あなたの血が疼くのも、全ては絶望の先触れ...世界に入った亀裂は今もひび割れ、広がっているわ」 「何かと思えば...下らん」 構内にボウッと音が響いたかと思えば、電光掲示板の薄い光をかき消すように紫色の灯りが場を照らし出した。どこか禍々しくも、実直なまでの苛烈さを湛えたその炎を見たマチュアとバイスの目が細まる。 庵は紫炎に包まれた指を曲げ、ゆらりと振り返った。 「失せろ。さもなくばーこの炎で送ってやろう、地獄へな」 身を焦がさんばかりの殺意を一身に浴び、マチュアは満足そうに吐息を漏らす。一方、バイスはお気に入りの玩具を見つけた猫のようにニタニタと笑った。 肩の力を抜いた彼女らの背後で照明が点滅する。暗転する度、二人の姿が紫の灯りに縁どられ、その目がギラリと輝いた。 「アンタが悪夢の中で必死にもがく姿、特等席で見物させてもらおうか」 「どうか私達を失望させないで頂戴ね」 バイスがゆらりと身体を揺らし、マチュアが妖艶に身を乗り出す。そして、彼女らの指が庵をー彼の背後を指差した。 「運命の時はすぐそこよ...」 張りつめた緊張の糸を断つように、彼らの真横を轟音と共に回送車両が駆け抜ける。彼が睨んでいたその場所に、既に二人の美女の姿は無い。突風にあおられ、庵は髪とコートをはためかせながら、いつしか炎が消えた拳をゆっくりと握り込む。 庵の背後でカツンとヒールがタイルを叩く音が上がった。規則正しい足音は真っ直ぐに庵の背後まで迫り、静かな視線をその背中へと注ぐ 「ここに居たのね。随分と探したわ」 女の声に八神庵は振り返る。 凛とした声を紡ぐ女ー神楽ちづるは真っ直ぐに庵を見つめながら、その唇を開いた。 「三種の神器として今一度、私に協力してもらえますか? 八神庵...」 空は快晴、流れ行く薄雲を背に鳩の群れが飛び立っていく。 街の一角、都会の喧騒が薄らぐ公園にて一人の青年が佇んでいた。噴水の音を背に浴びながら、彼ー草薙京はチラッと腕時計に視線を落とす。待ち合わせの時刻まであと一分といったところで、バイクのエンジン音が閑静な木立の間に響いた。 「ごめんなさい。待たせたわね」 目の前で止まったスポーツバイク、そこからしなやかに下りる女性へ京は肩を竦めた。 「あんたにしちゃ遅い到着だな、神楽」 「交通事故で国道が封鎖されていたの。焦って随分飛ばしてしまったわ」 「おいおい、まさか焦り過ぎて法定速度を破っちまったなんて言うんじゃねぇだろうな?」 バイクに一度視線を寄越してから冗談めかして訊ねる京に対し、ヘルメットを外しながらちづるは柳眉を寄せた。 「そんなことする訳ないでしょう」 そう返答して彼女は一息つくと、打って変わって真剣味を帯びた視線で京の両目を見据えた。 「さあ本題に入りましょうか、草薙」 ちづるのその言葉を聞いた途端、京の横顔からも先ほどまでの茶化すような態度は消える。 雲が太陽にかかったのか、先ほどまで公園に降り注いでいた陽光の温もりが消えた。うすら寒さすら感じるような影が二人の上に落ちる。 「前回の大会で現れた謎の怪物“バース”...その中から復活したのは、我々が祓ったオロチの残留思念だけではなかった」 「ああ...こいつらの事だろ」 ちづるの言葉を受け、京は自身のスマートフォンを取り出した。 数日前にちづるから送られてきたメールに添付されていた一枚の画像。そこに映り込んでいるのは街中に溶け込む三人の男女――かつて京達がその手で倒し、封印したはずのオロチ一族の姿だった。 険しくなった京の表情を見つめながら、ちづるは眉を顰め、声色を落としながら言葉を続ける。 「あれ以降、オロチの封印に何者かの力が干渉し始めているわ。幸い、今はまだ八咫の力で跳ね除けられるほどのものではあるのだけれど...日に日に力を増しているように感じるの」 「それもこいつらの仕業だって?」 京がスマートフォンに映した画像を指差すと、ちづるは首を横に振った。 「いいえ、残念ながらそこまでは分かりません。ただ...オロチ四天王の力にしては何か異質に思えるわ。形容するなら、理そのものを変質させるような...」 ちづるは言葉を途切る。ひときわ強い風が吹き、木立からざわざわと葉擦れの音、遠くにはカラスの鳴き声が響いた。 「彼らが何を引き起こそうとしているのか、あるいは彼らもまた巻き込まれた側なのか...一体何が起きているのか、その真実を知るためにはあなたと八神の協力が必要なのです」 ふと雲間から陽光が差し込む。 ちづるは改まった様子で京へと向き直ると、その唇を開いて凛とした声を紡いだ。 「どうか三種の神器として今一度、私に協力してもらえますか? 草薙京...」 京はちづるから視線を逸らし、足元を睨み下ろす。 「たくっ、先祖がどうだとか役目がどうだとか俺には関係ねぇって言ってんだろ。それに、八神と仲良しこよしなんてゾッとしねぇな。絶対に嫌だね」 そこまで言い切ると、京は短い溜息を吐く。 「...って言いてぇトコだけど、そう言ったところであんたが諦めるとは思えねぇしな。今回だけだぜ?」 彼は顔を上げ、ちづるの視線を真っ向から受け止めた。嫌気で強張っていた顔は諦めとも呆れともつかない苦笑へと変わる。その様子に、不安で陰ったちづるの表情が晴れ、彼女の口元にも笑みが生まれた。 「ありがとう、草薙」 しかし次の瞬間には、京はくるりと彼女へ背を向け、声を上げた。 「ただ、手を組むのはいいけどよ。こっちにも条件があるぜ」 「条件?」 「面倒事が片付いた後、俺がやることに一切口出ししねぇなら考えてやるよ」 肩越しに投げ掛けられた京の言葉に、何故かちづるは一転して苦笑を浮かべる。そして、葉擦れの音にかき消されてしまうほどの小さな声で彼女は呟いた。 「...同じことを言うのね、あなた達」 「ん? 何か言ったか?」 「何でもないわ」 ちづるはバイクへ手を伸ばし、ヘルメットを抱え上げた。彼女はバイクを再び跨ぎながら京へと呼び掛け、彼は釈然としない様子ながらもその姿を見守る。 「分かりました。目的を果たした後ならば、あなた達の行動に一切干渉しないと誓いましょう。けれど、オロチの封印に干渉している脅威を排除するまでは...三種の神器としての使命を優先し、きちんと協力してもらうわよ」 「はいはい、“協力”ね。最低限の努力はしてやるよ」 気だるげな返事にひとつ眉を動かした後、ちづるは来た時と同じようにバイクのエンジンを鳴らしながら去っていった。遠ざかっていく彼女の背を見送った後、京は手にしていたスマートフォンに再び視線を落とした。 開かれているのは、先ほどのものとは別のメッセージ。送信者を示すスペースには“親父”と記されている。 「さてと...こっちの面倒事については、どうすっかね」 困り果てたかのような口ぶりに反し、彼の指はすらすらと一人の人物の電話番号まで辿り着く。 そして、その番号を迷わずタップすると、京はスマートフォンを耳元に当てながら歩き出した。 「もしもし、紅丸か? お前に頼みたいことがあるんだけどよーー」 + 餓狼チーム 夕暮れを迎えたサウスタウンの一角、客足が増え始めた頃合いのパオパオカフェに彼らは集合していた。 陽気なネオンが輝くバーカウンターから少し離れたテーブル席でテリー・ボガードとアンディ・ボガードは思わず連れ合いの男を見つめた。彼らが料理に伸ばしていた手を一瞬止めたのは、友人、ジョー・東がおもむろに提案したからであった。 今回の『THE KING OF FIGHTERS』に参加するにあたって、優勝の暁に達成したい目標を誓い合おう――彼の提案した内容は要約すればそういった事である。ジョーの性格を考えれば特に珍しい提案ではないものの、突然の申し出にアンディは微かに首を傾げる。 「誓いを立てるって...別に構わないが、何でまたそんなことを?」 「普通に参加して普通に優勝するだけじゃつまんねぇだろ? 負けられねぇ理由もできてモチベーションも上がるし、一石二鳥ってなモンよ!」 ジョーはそう言って不敵に笑った後、唐揚げを頬張る。そんな友人の姿を見、テリーもまた陽気に笑った。 「ジョーらしいな。いいぜ、乗った!」 白い歯を見せて笑うテリーと、その隣で同意を示すかのように好意的な笑みを浮かべているアンディを見、ジョーは満足そうに眉を上げる。彼はフォークを置くと、居ずまいを正しながら二人の方へ身を乗り出した。 「ヘヘッ、お前らなら乗ってくれると思ってたぜ! じゃあまずは俺の誓いだけどよ...」 「おっと、それ、今言う感じなのか?」 「あたぼうよ! いいか? 今回優勝したらだな...」 アンディの言葉に返答した直後、ジョーはしばらくフルフルと拳に力を溜め、気合の入った言葉と共に腰を浮かせながらガッツポーズを取った。 「俺はリリィにデートを申し込むぜ!」 かなりの声量で放たれたジョーの声がパオパオカフェの壁に反響する。他の客の視線も気にならないほどの熱量でこちらを見つめる彼の顔つきに、ボガード兄弟は合点がいった。そもそもジョーがこの事を提案した発端はここにあるのだろう。 「ああ、なるほど...それは気合が入るな」 「ハハハ。ジョーの恋路のためにも負けられないな、俺達も」 そう言ってアンディとテリーは顔を見合わせ、笑顔を浮かべる。 再び椅子へ腰を下ろしたジョーはジョッキに手を伸ばし、視線をアンディへと向ける。 「おっし!じゃあ次はアンディな!」 「俺!? 目標、目標か...」 アンディは顎に軽く手を当て、考え込んだ様子で口を開いた。 「不知火流の道場で日夜鍛錬を重ねているが、少し道場に籠り気味かもしれないな。さすがに長期間留守にするわけにはいかないけど、初心に立ち返って武者修行に出るのも悪くないか...?」 真面目に考え込む彼の向かいでテリーは頷いて見せる。 「武者修行、いいんじゃないか?」 「ただ、そうすると誰かさんがお前の名前を呼びながら追いかけてきそうだな~」 「ジョーは舞を何だと思って...いや、うん、否定できないかもな...」 ニヤッと笑ったジョーに対して眉を顰めたものの、その様子を想像でもしたのか、アンディの語気が弱くなっていく。アンディは小さくため息をついてドリンクを飲んだ後、今度はテリーに問いかけた。 「兄さんはどうする?」 テリーはほんの少しの間を置き、いつも通りの笑みでさらりと答える。 「そうだな。俺は世界一周してくるか」 「それじゃいつもと変わんねぇだろ!」 「確かに。まあでも、それでこそ兄さんらしいよ」 口角を上げるテリーに対し、ジョーはケラケラと笑った。そんなジョーの様子につられたのか、アンディもフッと口元を緩める。 三人ともいつも通りの調子ではあったが、いつも通りであるからこそ互いに安心し、信頼できるのだ。誓いがあろうとなかろうと、彼らの本質はいつまでも変わらず、これから先もずっと続いていくのだろう。 「そうだ。これは誓いとは別なんだが、大会が終わったらマリーや舞も誘って皆でビーチに行こうぜ」 「ああ、いいね! 是非とも俺達で優勝して、優勝祝いの休暇にしないとな」 「そんときゃ俺とリリィの仲も進展してるだろうぜ。ま、いい報告期待しててくれよな!」 外では日も沈んだのか、来店する客足が増え空いていた席に人影が増えていく。さらに賑わいを増す店の中で、三人の笑い交じりの話し声が溶け込んでいった。 + オロチチーム 悠久とも思える闇の中で彼らが見たのは、突如として現れた“亀裂”だった。 亀裂はたちまち広がり、中心がミシミシと音を立てて崩れ落ちていく。その隙間から覗くのは無数の光が瞬く世界。そこはまるで銀河のようでありながら、この世の理から外れた異質さを感じる空間だった。 薄皮一枚を隔てたかのように近く、しかし永遠にたどり着けないと直感するほど遠いその亀裂の向こう側から彼らが何かの気配を感じた次の瞬間、そこから無数の“手”が噴き出た。 無数の“手”の奔流は闇の中へなだれ込み、そこに揺蕩うばかりだった彼らを飲み込む。何かがひび割れ、崩れる音が響いたと思ったそのときー七枷社、シェルミー、クリスは共に見知った大地の上に倒れていた。 三人が目覚めてから数日後、彼らはカフェの片隅にて他の客と同じように穏やかな午後を楽しんでいた。 「やっぱり、僕らにあの光景を見せた張本人がどこかに居るわけだよね」 クリスはスマートフォンに視線を落としながら、テーブルの上に置かれたジュースへと手を伸ばす。 「そうね。ただの夢とは思えなかったし」 「俺達を復活させたい何者かの仕業...って感じじゃ無かったな。少なくともオロチ一族の誰かが起こしたことじゃなさそうだ」 シェルミーはつい先ほど購入したばかりの雑誌をテーブルの上に広げながら、社はできたてのサンドイッチを頬張りながら返答した。 クリスはストローから唇を離した後、グラスをコースターの上に置きながらのんびりと言葉を続ける。 「一瞬だったけど...かなり異質な力だったよね。別の地球意思の仕業って言われても納得しちゃうかも」 彼の言葉を聞き、社は口に運ぼうとしていたサンドイッチを止める。そして掴んだサンドイッチはそのままに、向かいでぼんやりスマートフォンを弄っているクリスへと目を向けた。クリスは社の視線に気づき、彼の目を見返した。 「確かにな。けど、そいつが何だって構わねぇだろ? 使えるなら利用してやるだけだ。“招待状”もこうして手に入ったことだし...な」 片手で豪華な封蠟が施された一通の手紙をひらひらと振りながら、社は不敵な笑みを浮かべて見せた。彼のその表情にクリスもつられて微笑する。 「社ったら、相変わらず単純だなぁ...けど、それもそうだね」 二人がそれぞれサンドイッチとスマートフォンへ視線を戻そうとしたそのとき、傍らで雑誌を読んでいたシェルミーが小さな声を上げた。 「あら?」 彼女は広げている雑誌を回して社とクリスの方に向けると、誌面の一部を指差した。 「社、クリス、これ見てみて。あの“手”、この子のコレに雰囲気が似てると思わない?」 シェルミーが弾む声色で示したのは、『THE KING OF FIGHTERS特集』と書かれた記事の隅だった。そこには前回のKOFにて撮影されたと思しき写真が掲載されている。被写体となっているのは大きな幻影の手を操る一人の少年だった。 「シュンエイくんですって。写真は粗いけど、けっこうカワイイ顔してるわね♪」 うっとりと頬に手を添えるシェルミーに対し、社とクリスは一度顔を見合わせた後で写真に視線を落とした。彼女の言う通り写真は遠くから撮影されているためか少し荒く、社は眉間にしわを寄せる。 「確かに雰囲気はそれっぽいが、こんな写真じゃなぁ...」 「大会で直接確かめればいいんじゃない?」 二人が返答すれば、シェルミーは笑顔を崩すことなく雑誌を再び手元に引き戻した。 「そうね。うふふ、楽しみが増えちゃった♪」 社は手に残っていたサンドイッチを口へ放り込み、そのまま目の前のアイスコーヒーへ手を伸ばす。クリスもグラスを手に取るが、氷がカランと乾いた音を立てたことに「あ」と短く呟き、店の中を巡回している店員へと声を掛ける。 「すみません、オーダーお願いします」 はーいと声を上げて歩いてくる店員を尻目に、シェルミーは雑誌の記事を熱心に眺め、一ページ、また一ページと捲っていく。 穏やかな午後の空気と店内に流れる冗長なBGMに大きなあくびを一つ漏らした後、社は身を乗り出して机を軽く叩いた。その物音に隣席の女子高生達も思わず振り返ったが、すぐに彼女らは視線を逸らして自分達の会話へと戻っていく。 「さてと、そろそろ新曲のこと考えっか」 彼の言葉にシェルミーが雑誌を閉じ、クリスがスマートフォンを机に置いた。 「ああ、そうだったね。脱線してごめん」 「復活ライブ、楽しみね~。三人でいい曲作りましょ」 そうして三人は日常へと溶け込んでいく。 隣の席で雑談に花を咲かせる女子高生も、向かいで新聞を読むサラリーマンも、眠たげに店内を巡回する従業員も、誰一人として彼らの会話の内容に耳をそばだて注目する素振りは無い。 そう、年の離れたただの友人同士に見えるこの三人が、人類の滅亡を望むオロチ一族であることなど誰が想像できるだろうか。 + 龍虎チーム 雲一つない快晴。燦々と陽光が降り注ぐ正午、サウスタウンのメインストリートに佇む男が二人。彼らは荷袋を肩に担ぎ、煌びやかに輝く店舗の看板を見上げている。 行列を成す店舗の入り口の上には陽光に照らされる“極限焼肉”の四文字が鎮座している。がやがやと口々に喋りながらメニューを覗き込む人々の列を遠巻きに、男の内の片割れーマルコ・ロドリゲスはごくりと唾を呑んだ。 「焼肉屋の経営の方は...超順調、のようですね...」 「ああ...」 記憶の中のそれよりも大きく、豪華になっている店舗をもう一人の男ーリョウ・サカザキは何とも言えない気持ちで見上げていた。不安とも、不満ともつかない。恥ずかしいことながら、リョウ自身、胸の内に浮かぶこの名状しがたい感情について整理できていないのだ。 修行でどれだけ雑念を振り払おうと、“極限焼肉”の文字を思い出す度に暗雲のようにわだかまる感情は悶々と沸き上がってくる。そしてその感情は今も確かにリョウの胸の内を曇らせていた。 リョウとマルコは店の脇にある従業員入口へと向かう。インターホン越しに名乗ればすぐに事務所へと通される。整然としたオフィスで二人を出迎えたのはリョウの父タクマ・サカザキ、そしてリョウの親友にして同門のロバート・ガルシアの二人であった。彼らはリョウとマルコの姿を見ると笑みを浮かべて立ち上がる。 「おお、リョウ、マルコ! 戻ったか!」 「ごっつ久しぶりやな二人とも! 迎えに行かれへんですまんかったなぁ」 ロバートはリョウへ歩み寄るとその肩を軽く叩いた。一礼するマルコの隣で、リョウもまた笑顔で返事をする。 「いや、いいんだ。親父とロバートも元気そうで何よりだよ。ユリはどこにー」 妹の姿を探そうとリョウが視線を動かしたそのとき、開かれたドアから疲れきった様子のユリ・サカザキが姿を現した。彼女は兄達の姿に気付いていない様子で、へろへろと部屋の中に入ってくる。 「お小遣いのためとはいえ、さすがに疲れるよ~...。ごめんロバートさん、今日も道場には寄れそうにないかも...」 「お疲れ様やで、ユリちゃん。極限焼肉の看板娘にも休養は必要や。仕事終わったらゆっくり休み」 「うん、そうする! 明日はお昼まで寝ちゃうもんね~...と、あれ? お兄ちゃん達、帰ってたんだ!」 ロバートの労いを受けて元気が戻ったのか、先ほどよりも背筋を伸ばしたユリはようやくリョウとマルコの姿に気付いたらしい。どうも焼肉屋のアルバイトに精を出しているらしいユリの様子に、リョウの胸の中で暗雲がもやもやと渦巻いた。 「ただいま。ユリも元気そうだな」 「まあね~。でも、ここしばらくバイトで忙しかったし、今はヘトヘトだよ」 いつの間に髪を伸ばしたのか、おさげを揺らしながら兄へ笑いかけるユリの姿を見ながら、リョウは「仕事の手伝いは何も悪いことではない」と内心で呟いた。そして、リョウはタクマとロバートへと振り返る。 「ああ、そうだ。ところで、修行の成果を確かめるためにもKOFに出場しようと考えているんだが、親父とロバートはどうするんだ?」 「今はこの先の経営を左右する重要な案件が来ておるからな、ワシは手が離せん」 さらりとそう告げたタクマの言葉にリョウの眉が僅かに下がる。しかし、本人含め、誰もそれに気づいた様子はない。タクマは腕組みをした後、ロバートに視線を向けた。 「ロバートよ、リョウと共に出場してこい! 極限焼肉の広報も忘れずにな!」 「押忍ッ!」 師匠の言葉に大きく返事をしてからロバートは改めてリョウに向き直り、口角を上げながら手を差し出す。 「ここんところ経営の手伝いで忙しかったさかい、そろそろ道場以外でも身体を動かしたい思っとったところや! 今回もよろしく頼むで、リョウ!」 「...ああ! 頼りにしてるぞ、ロバート!」 リョウは差し出された手を握り返した。固く握り合う手に安堵を覚えたのか、リョウの浮かべる笑みはいつも通りのものとなっていた。その表情を見て、マルコもホッと胸をなでおろす。 「ほな、あと一人やな。とはいえワイとリョウときたら...やっぱここはユリちゃんやろな」 「うんうん。ドーンと私に任せてよ、お兄ちゃん!」 ロバートの言葉を受けてユリが身を乗り出す。そんな妹の姿をリョウは笑みを消してじっと見つめた。 先ほどユリの言動を脳内で反芻し、リョウはしばらくの沈黙の後、低い声で返事をする。 「...いや。今回、ユリは置いていく」 「えっ...!?」 「へっ? なんでや?」 ユリとロバートは驚きで目を丸くした。タクマは腕組みを解かぬまま場を静観しており、マルコは一転して心配の視線をリョウやユリへと注いでいる。 険しい表情を解かないまま、リョウはユリへ訊ねた。 「ユリ、最後に道場で修行したのはいつだ?」 「えっと...た、たしか...二か月くらい前...」 「それで腕が鈍ってないとは言わせないぞ。KOFに出場するのは研鑽を積んだ猛者ばかりだとお前も知っているはずだ。断言する。今のたるみきったお前じゃ、誰一人として倒せない!」 「...ッ!」 ユリは酷くショックを受けたようだった。しかし、兄の言葉は図星を指している自覚があったのか、彼女は反論しようとしても言葉が出てこないようで、口を開閉させるのみであった。 しばらくわなわなと震えた後、ユリは絞り出すように声を上げる。 「ひどいよ...たるんでるだなんて...! そんなことないもん! お兄ちゃんのバカーッ!」 事務所から飛び出していくユリの背を見送るリョウの横顔を見、ロバートは得心したように軽く頷く。そして、親友の肩を軽く叩き、諭すように言った。 「負けず嫌いのユリちゃんのことや。心配せんでもちゃんと勘を取り戻してくると思うで」 「...」 リョウが返事の代わりに小さな溜息を吐くと、ロバートは首を傾げる。 「せやけど、ほんなら三人目はどないするんや? マルコか?」 指名にハッと身を強張らせたマルコの隣で、リョウは神妙な表情で考え込んだ。 「いや、一人心当たりが...」 開店前の札が下げられたバー・イリュージョンの店内、カウンターの奥でキングはグラスを丁寧に拭き上げていた。静かに開店の準備を進める彼女の耳に扉が開閉する音が届く。室内に入ってくる靴音へ、冷たい声で追い出そうと彼女は顔を上げる。 「開店前だよ...って、あんたかい。驚かせないでくれよ」 「準備中に悪かった。そこ、座っていいか?」 しかし、店内に入ってきた男がリョウだと気付くと、彼女は表情を和らげた。リョウは片手を上げて挨拶をしながら、バーカウンターの一席へと歩み寄ってくる。 「いいよ。何か飲む? 修行明け記念に一杯、さ」 「いや...」 向き合うように着席するリョウの真剣味を帯びた表情に、キングは不安そうに柳眉を顰めた。修行明けでこのような顔をすることは珍しく、何かあったのかいと声を掛けようと彼女がグラスを置けば、リョウは意を決したように顔を上げた。 「なあキング、折り入って話があるんだが」 真っ直ぐに目を見つめられ、キングはたじろぐ。 「な、なんだい、改まって」 「俺とお前は付き合いが長いし、気心も知れている。共にいて気が楽な相手だ」 リョウの言葉の真意が掴めず、キングはどぎまぎする。 「互いのことも熟知している。だから、俺はお前しかいないと思っているんだが...」 「あ、ああ...」 彼の表情は真剣そのもので、語る言葉に噓偽りはない。彼の性分からして何か極限流や格闘家に関することなのだろうが、しかしー“愛の告白”という可能性は否めないのではないか。意識している相手からの思わせぶりな発言に、どうしてもキングは期待を捨てきれず、頬を赤くしながら次の言葉を待った。 リョウはカッと目を見開き、バーカウンターに手を付きながら身を乗り出した。 「頼む! 今回は俺達と一緒にKOFに出場してくれ、キング!」 キングは溜息を吐き、バーカウンターに両手をついて項垂れた。期待した自分に呆れた故の行動だったが、リョウは「駄目なのか!?」と心配そうな声を上げる。 「いや、大丈夫よ。今回のKOFについては保留にしてたからね...舞なら自力で相手探せるでしょ」 そう言ってキングは緊張の面持ちのリョウへと笑ってみせた。 「それじゃあ...!」 「いいよ。あんた達と組むのも久しぶりだね、リョウ」 「ありがとう! 助かるぜ、キング!」 リョウは嬉しそうに笑い、がしりと武骨な手でキングの手を取った。固い握手を結びながら、キングは内心で鈍いヤツと呟いたのであった。 + ライバルチーム じりじりと焼けるような日差しの中、とある児童養護施設の門の内側から長身の男女ーハイデルンとドロレスが姿を現す。二人が敷地から路上へ出た途端、まるで早く立ち去れと催促するかのようにガシャンと鉄の門が閉じられた。 門の内側で職員が漏らした舌打ちに眉一つ動かさず、ハイデルンは懐からタブレット端末を取り出した。 「やはりここには居なかったか」 「ええ。それにしても...彼ら、随分と横柄な態度だったわね。“彼女”が逃げ出すのも納得だわ」 純金製の眼鏡フレームを指先で軽く押し上げながら、ドロレスは門の内側へと視線を向けた。ハイデルンは彼女の言葉に少し眉を顰め、先刻まで見聞きしてきた施設の内情を思い返す。 アポイントメントを取ったにも関わらず、まるで二人を面倒事の種のようにあしらう所長。遠くから聞こえてくる職員らしき大人の怒号。廊下ですれ違った子供達の曇った表情といい、少なくともここが子供にとって居心地のいい施設ではないことは火を見るよりも明らかだ。 いつの間にか己に注がれていたドロレスの視線には気付かないふりをし、ハイデルンは淡々と告げた。 「優先すべきは例の少女の捜索だ。施設の問題改善ではない」 その答えに対し、ドロレスは微笑を浮かべた。 「フ...そうね。けれど街は広いわ。捜索の宛てはあるのかしら?」 「侮らないで貰いたいものだ」 ハイデルンが歩き出すと、ドロレスはその後に続いた。 “南米で活動する新進気鋭のグラフィティアーティスト”、それが彼らの捜索対象だ。捜索対象が手掛ける作品は地元の若者に熱狂的な人気を誇っており、ソーシャルネットワークを通じてその人気は海外にまで波及し始めている。彼女は神出鬼没で、大人の裏をかくように街中に現れてはライブペイントを行い、警官が駆けつける頃には姿を消すという。 普通に考えれば、そのような相手を広い街中で探し出すのは困難を極めるだろう。しかし、“プロ”にかかれば話は別だ。 「この程度の足跡、追う事に何の支障もあるまい」 往来に集まる若者達の姿を遠目に捉え、ハイデルンはタブレットを再び懐へ収めた。 人だかりを作っているのは地元の十代の若者達のようだった。しかし、その中にはまだ十代にも達していない幼い子供の姿もある。彼らの誰もが熱狂した様子で歓声を上げ、口笛を吹き、目の前で鮮やかに吹き荒れる色彩を楽しんでいる。 そこでは鮮やかな黄色の上着をはためかせ、一人の少女が壁に向き合っていた。彼女は颯爽とガスマスクを装着し、軽快なステップで位置取りを変えながら壁面に両手のスプレー缶を向けてインクを噴射していく。一見すれば、彼女は才気と活力に溢れたごく普通のアーティストだろう。しかし、真に注目すべきは彼女自身ではなくー彼女の真上を飛び交う“手”だ。 「アマンダ、パス!」 少女はおもむろにスプレー缶を空中へ放り投げた。宙に舞い上がったその缶を、不思議なオーラを放つ紫色の“手”が素早くキャッチする。そして“手”は少女の手が届かない場所へペインティングを始めた。 確かにそれはシュンエイという少年が扱っていた幻影の手とよく似ている。彼と異なる点を上げるとするならば、彼女が扱う幻影の手は小ぶりで破壊力には乏しそうであること、そして己の意志を持っているかのように動くことだろう。 歩み寄るハイデルンとドロレスに気付いた観衆達から笑顔が消えるのと、彼女らが絵を描き上げたのはほぼ同時だった。 「君がイスラかね」 ハイデルンの呼び掛けに少女は振り返り、訝しげに目を細めながら口元を覆っていたガスマスクを外す。 「ンだよ...それがどうしたの? てかアンタら、誰?」 イスラが二人を案内したのは、人影も疎らな狭い公園だった。公園の隅にある遊具の傍で立ち止まると、彼女は不信感を隠す様子も無く、ジロリとハイデルン達を睨み上げる。 「THE KING OF FIGHTERSってアレでしょ、金持ちが開いてる格闘大会。前のヤツも見てたよ」 憮然とした表情で仁王立ちになるイスラの傍で、幻影の手ー彼女は“アマンダ”と呼んでいるらしいーがシャドーボクシングのように拳を構える仕草をした。好戦的な構えとはいえ、警戒心はあっても害意は無いことは分かる。 ドロレスと目配せした直後、ハイデルンはイスラの視線を真っ向から受け止める形で口を開いた。 「君には我々のチームメイトとしてこの大会に参加してもらいたい」 「何のために?」 「悪いが、今その問いに返答することはできない。君が我々の要請に応じるのであれば情報を開示しよう。しかし...大会に参加すること自体は、君にとっても利益があると思うのだがね」 ますます表情を険しくするイスラをハイデルンは静かに見守った。数歩離れた位置から場を眺めているドロレスもまた、値踏みするような視線をかの少女へと向けている。 しばらくの沈黙を挟んだ後、イスラは「足元見やがって」と不快そうに舌打ちをする。 「...確かに、優勝賞金があれば施設のガキンチョ達にいいモン食わせてやれるし、参加するだけで世界中にアタシとアマンダの名前を売れる。今のアタシらにとっては願ったり叶ったり...だけど...」 キャップのつばをクイッと指で下げ、イスラはいっそう低い声で唸るように返答した。 「胡散くせーンだよアンタら。信用できるワケねーだろ」 これ以上は喋ることもない、とでも言いたげに彼女はハイデルン達へ背を向けた。その隣でアマンダが二人へ「帰れ」とハンドサインを送る。 確かに彼女からすれば、突然見知らぬ大人が訪ねてきたと思えば同行を願い出てきたのだ。不信感を覚えるのも当然だろう。しかも彼女は環境のせいか、“大人”という存在に対して頑なな不信感を抱いている様子。年が近いレオナも今回の接触に同伴させるべきだったか、とハイデルンが考えたその時だった。 今まで沈黙を守っていたドロレスの声が公園に張りつめていた緊張の糸を切る。 「次の大会にあの少年...シュンエイが参加すると言っても?」 その言葉にイスラの両肩が強張った。公園の外へ向かって踏み出そうとしていた足を引き下げ、ゆっくりと彼女は振り返る。 「シュンエイって...ヒゲの爺ちゃんや眠そうなガキンチョと一緒に出てた、あのいかにも根暗でいけ好かねーカンジのヘッドフォン野郎? 何でアイツの名前が出てくンだよ」 先ほどの態度とは異なり、イスラの声色には微かな興味が含まれていた。それを見透かすように目を細めた後、ドロレスは眼鏡のブリッジを押し上げながら返答した。 「それは地球上でただ一人、貴女だけが彼と同じ力を持っているからよ」 「...ッ!」 「貴女もずっと気になっているのでしょう? 自分と同じ力を持つ少年のことが...」 目を見開きながら、イスラが二人の方へと向き直る。ドロレスの問いに対して返事は無いが、その両目に宿った驚愕の色、強張った表情の全てがその答えに等しかった。 短い溜息を吐いた後、ドロレスは鋭い視線でイスラを射抜きながら言葉を続ける。 「貴女達の“幻影を操る力”...そのルーツや秘密を知りたいと思ったことはない?」 「アタシと、アマンダの...秘密...」 「貴女が我々に協力し、十分にその実力を示したときには全てを教えましょう。約束するわ」 目を泳がせて動揺しているイスラの傍で、アマンダがおろおろと彷徨う。 どれだけの時間が経過したのだろうか。長い沈黙、公園の遊具が風を受けてギイギイと軋む耳障りな音がやけに大きく響く。離れた場所でボールを蹴っていた子供達がバタバタと公園から出ていった直後、俯いていたイスラがようやく口を開いた。 「...アンタらに協力したら、アタシ達がいったい何者なのか教えてくれンだよな?」 絞り出すようなイスラの問いに、ハイデルンは静かに答えた。 「協力要請に応じた報酬は必ず支払おう」 その返答を聞き、イスラは深く長い溜息を吐く。そして、迷いを振り払うように頭を振ると、体ごとハイデルンとドロレスへと向き直った。 「フン、別にアンタらを信じたワケじゃねーぞ。オトナなんて何も信用できねー...けど...」 イスラはキャップを指で軽く押し上げ、口の端を吊り上げる。その不敵な笑みが、ハイデルンとドロレスが初めて見た彼女の笑い顔だった。 「アタシをリーダーにするってンなら、乗ってやるよ!」 + 怒チーム 水平線の上に浮かぶ積乱雲を目指すかのように、艦艇が列を成している。どの国家にも所属せずに世界中を航行するそれは、ハイデルン率いる傭兵部隊の本拠地であった。 艦隊の中央に位置する空母、その船内のブリーフィングルームに彼らは居る。 「今作戦における我々の目標は“バース”...前回の大会で姿を現したあの怪物を完全に消滅させることだ」 暗い室内、データが投影されたスクリーンの前に立ち、ハイデルンはぐるりと一同を見回した。 上官に向かい合うように整列するのはラルフ、クラーク、レオナの三人。彼らはハイデルンに視線を合わせ、彼の口から語られる作戦内容に集中しているものの、見慣れぬ二人の客人に僅かな意識を割いていた。 「各地での重力波の観測結果に加え、協力者...ドロレス氏の有力な情報提供により、奴が再びKOFに出現するであろうことが予測されている」 協力者という言葉に差し掛かるとハイデルンはほんの一瞬だけ視線を隣の女性へと移した。ドロレスと紹介された女性は三人へ優雅に会釈してみせる。しかし、彼女が三人へ向ける目からは、まるで観察するような――悪く言えば値踏みするような様子が見て取れた。 「次の出現による被害は前回の大会を大きく上回るだろう。被害を最小限に留め、早期に奴を食い止める...それが今の我々に課せられた任務だ」 ハイデルンはそこまで言い切ると部屋の照明を点灯させる。室内に明るさが戻ると、張りつめていた空気も自然と柔らかくなっていくように感じられた。 正した姿勢はそのままに、サングラスの裏で目元を微かに緩めながらクラークは口を開いた。 「了解です。今作戦の重要性は理解していますが、しかし、まさか教官も前線に出られるとは」 「ああ。しかも教官のチームメイトが...」 同調するようにラルフも頷く。そしてその視線が部屋の片隅へと向けられた。 壁に背をあずけ、退屈そうに指を弄んでいた少女がハッと顔を上げる。彼女は威嚇するようにラルフを睨み返し、全身を強張らせた。 「おっと。こりゃ失礼、リーダーの嬢ちゃん」 まるで道端で鉢合わせた野良猫のような反応に苦笑しつつ、ラルフは視線を上官へと戻す。 一連の様子を眺めていたハイデルンは一呼吸置き、言葉を続けた。 「今作戦において“アンプスペクター”...イスラ及びにシュンエイの存在は極めて重要だ。前大会でシュンエイにその兆候が見られたように、バース再出現時に彼女らが力を暴走させる可能性は否めない」 ラルフとクラークの表情が引き締まった。入室してから一切の表情の変化が無かったレオナですら、上官の言葉にぴくりと瞼を動かす。 「ラルフ、クラーク、そしてレオナ。お前達の主な役割は大会の経過観察及びにシュンエイの監視だ。もし彼がその能力を暴走させた場合は鎮圧に当たれ」 ハイデルンが口を閉ざすと、室内がしんと静まり返った。 沈黙の中、レオナはバースの内部からオロチが現れたことを思い出す。草薙京、八神庵、神楽ちづるの三者の手によって祓われたという報告こそ挙げられていたものの、それで終わりではないことにレオナは気付いていた。 彼女の中に眠る呪われた血が今もなお疼いている。レオナは何度も血に抗い、戦い、時に暴走し、その度に隣にいる上官達に助けられてきた。今更、昔のように怯えるつもりも、負けるつもりも毛頭ない。 しかし、今回の衝動は“今までとは何かが違う”。その予感がレオナの胸の内に小さな不安の影を落としていた。もし予感が的中し、彼女自身が暴走してしまったら、任務の遂行に大きな支障をきたすだろう。少しでも不安要素があれば申告すべきだろうかとレオナが口を開こうとしたその時だった。 「ははぁ、なるほどね。そりゃまさに俺達が適任ってワケだ」 不敵な笑みを浮かべたラルフの声が沈黙を破る。彼は隣のレオナの肩を軽く叩きながら、大仰に頷いてみせた。 「任せといて下さい教官。暴走してるヤツを抑え込むのにゃ慣れてますんでね」 「違いありませんね。いつも通りに参加し、いつも通りに任務を完遂するだけです」 レオナの反対側で静かに頷くクラークの口元にも、やはりいつも通りの笑みが浮かんでいる。 彼らの様子を横目で見た後、レオナは再びハイデルンへと向き直った。彼女の口元には微かな変化が生まれている。それが笑みなのだと気付けるのは、彼女が信頼を置ける仲間と、彼女を見守り続けてきたハイデルンだけだった。 「...了解しました、教官」 飾り気のない、しかし実直な返答にハイデルンは静かに頷く。 「作戦中、決戦スタジアムから北方六十キロに位置する海上に艦隊を待機させる。各人、油断せず任務にあたれ。以上!」 「――はっ!」 最敬礼をし、毅然とした足取りでブリーフィングルームを後にする三人の部下の姿を、ハイデルンは信頼の眼差しで見守っていた。 + エージェントチーム サウスタウンの片隅に、人目を忍ぶように建つ一軒のバーがある。人影もまばらなその店内にはバーカウンターに並ぶ男女が一組。両者とも品の良い佇まいですらりと背が高く、指先の仕草一つすらも優美に感じられるような美男美女だった。 彼らが入店してから一時間は経った頃合いだろうか。話を切り上げた男が眼鏡のフレームの位置を指先で軽く整えるのを横目で見やった後、黒髪の美女は興味深そうに目を細めた。 「... それがあなたの欲しいものなのね?」 カウンターの上に置かれた写真を音もなく懐にしまいながら、若い男は静かに頷く。 「“これ”を入手するのはあなたでも厳しいでしょうが... 」 「あら、失礼しちゃうわね」 「もし何らかの形であなたの手元に届くことがあれば、個人的にお譲りいただけますか? 無論、報酬はきちんとお支払いいたしますよ」 彼がゆっくりと振り返ると同時に、二人の間に置かれたグラスの中で氷がカランと音を立てる。若い男が眼鏡越しに向ける視線に一つ笑みをこぼすと、美女は静かに席を立った。 「そうね。もし手に入ったら... ね」 彼女の言葉を聞き、男は口元に薄く笑みを浮かべる。美女は去り際にバーの片隅に置かれた装飾だらけのスツールを一瞥したが、特に気を引かれた様子も無くドアノブへと手を伸ばした。 「また会いましょうね。ハインちゃん」 そうして彼女ールオンはバーを後にする。残されたのはバーの入り口の扉に備え付けられたベルが鳴らす、カランカランという虚しい音だけだった。 陽光が燦々と降り注ぐ昼下がり、海鳥の鳴き声が心地の良い潮騒に乗って響いてくる。 彼女が来店してからかれこれ一時間が経とうとしている。汗が滲むような日差しのせいか、はたまたSNSで話題になっている店であるからか、若いカップルの来店が後を絶たない。特に海に突き出すように設けられたこのカフェテラスには客足も多く、顔を突き合わせてストローに口を付けるカップル達の話し声がひっきりになしに聞こえてきた。 手にしていたタブレットPCをテーブルの上に置き、ブルー・マリーは深い溜息をこぼした。 「駄目ね。これ以上は流石に尻尾も掴ませてくれないってことか... 」 彼女は同業者であるヴァネッサに呼び出され、待ち合わせ場所と指定されたこのテラス席を守り続けている。初めはオフのつもりで食事を楽しんでいたのだが、ヴァネッサから「ごめん、一時間くらい遅刻しちゃうかも」というメッセージが来てからは“時間潰し”として自身の仕事内容の確認に勤しんでいた。 マリーは自身のタブレットの画面に映り込んでいる一枚の隠し撮り写真を睨みつける。 前回のKOFから頭角を現し始めたハワードコネクションの新入り、ハイン。彼は何かの思惑を抱えてハワードコネクションに潜り込んでいる。ハワードコネクションにも気取られぬように動いている様子ではあるのだが、肝心の尻尾は掴めないでいる。 ここ数か月の間にマリーがようやく掴めたヒントは、この隠し撮り写真一枚であった。 「ハワードコネクションの目を掻い潜ってまで行われている密会、ね。ただの逢引とは思えないし... 」 そこにはサウスタウンの外れのバーで静かに飲み交わすハインと一人の黒髪の美女ーこれまたキム・カッファンの師匠・ガンイルの愛人として前回のKOFに顔を出した謎の女ールオンの姿が映り込んでいる。 「ルオン... 彼女はいったい何者なの?」 マリーが眉を顰めたその時だった。客席の間を縫うように見慣れた深紅の髪が視界に映り込む。 「マリー、お待たせ~! 遅れてごめんなさいね~」 「ちょっと、呼び出しておいて遅刻なんてー」 タブレット端末の電源を落としながら、マリーは苦笑で表情を塗り替えながら顔を上げる。だがその笑顔はヴァネッサの後ろを歩く人物を見て一瞬固まった。 ヴァネッサの背後に居たのはすらりと背の高い黒髪の美女。つい先ほどまでマリーが訝しげに睨んでいた写真の中の人物と同一人物だったのだ。ルオンはそんなマリーの胸中を知ってか知らずか、穏やかに微笑みながら手を振ってみせた。 「ごきげんよう。ええと、ブルー・マリーさん... だったかしら?」 「... ええ、そうよ。こんなところで会えると思わなかったわ、ルオン。正直驚いたもの」 マリーが笑顔で挨拶を返すと、ルオンも嬉しそうに目元を綻ばせた。 二人がそうしている間にヴァネッサは空いた椅子に腰を下ろしており、テーブルに置かれたメニューに手を伸ばしながらマリーへと声を掛ける。 「“協力者”を迎えに行ってたのよ。アナタにとっては悪い話じゃないと思うけど」 マリーはタブレット端末を鞄に戻しながら、ヴァネッサへ目を向けた。 「あら、あなたに仕事の話ってしたかしら? ヴァネッサ... 」 「勘違いしないで欲しいわね~。彼女の方から声を掛けてきたのよ?」 「そうなの。私、KOFでの楽しさやスリルがどうしても忘れられなくて。けど、あの人やキムちゃんは今修行で手一杯だし、気の知れない人とはあまり組みたくないでしょ?」 ルオンもまた席に着きながら、ヴァネッサが差し出したメニューを受け取っている。マリーは気取られないように観察したが、彼女の少し困ったような口ぶりや表情から真意は測り取れない。探るだけ無駄だろうかと一瞬諦めが頭によぎったその瞬間、マリーはルオンと目が合った。 「そこであなた達のことを思い出したの。女同士だし、人柄も良さそうだし、すぐに仲良くなれそうだと思って。特にマリーちゃん、あなたとは“話題”も合いそうだし、ね... 友達から色々教えてもらった噂もあるの。きっとあなたなら興味あると思うわ」 彼女がそう言って浮かべた微笑の奥には、あからさまに“裏”があった。まるで見せつけるような彼女の笑みにマリーの眦が微かに吊り上がる。 「そうね。何を企んでいるのか教えてくれるのなら、もっと仲良くできそうだけど」 マリーとルオンは笑顔で睨み合う。傍目から見れば意気投合した女同士だろうが、そこでは確かに悪意と不信と敵意で作られた見えない火花がバチバチと二人の間で弾けていた。 まるでその火花をかき消すかのように、二人の顔の間でヴァネッサは折り畳んだメニューを振る。 「まあいいじゃない。彼女、実力も申し分無いんだし。仮に裏があったとしても、私としては傭兵部隊の隊長さんに邪魔されず、ターゲットを監視できたらそれで十分。アナタもハワードコネクションの情報を横流ししてもらえたら万々歳でしょ?」 彼女は近くの店員を呼び止めて慣れた様子でメニューを注文すると、表情をやわらげたマリーとルオンへ交互に見やった。ヴァネッサが浮かべた笑みはいつもの気さくなものではあったが、二人に向けたその目だけは仕事の際にのみ見せる真剣な色を帯びている。 「まず私とマリーはルオンをKOFへ連れていく。大会が始まったらアナタ達は私のお仕事を手伝う。そして、大会が終わったらルオンと私は報酬としてマリーに必要な情報を支払う。必要なのはそれぞれの仕事を完璧に終えること... 二人とも、異論はないでしょ?」 彼女の言葉にルオンはにこりと微笑みを返し、マリーは渋々といった様子で頷いて見せた。二人の反応を見たヴァネッサは目を細め、満足そうに手を叩く。 「よし! じゃあ気が合う女同士、持ちつ持たれつでいきましょ~♪」 タイミング良くウェイターが料理を運んでくる。テーブルに次々とドリンクと料理が置かれていくなか、最後にドンと乗せられた大きなジョッキに視線を移し、思わずマリーはウッと表情をひきつらせ、ルオンは目を丸くした。 「すごい量。泡が溢れちゃってるわね... 」 「ちょっと、オフだからってまさか真っ昼間から... 」 「失礼ね~。ノンアルに決まってるでしょ~? ほらアナタ達もグラス持って!」 二人がそれぞれのグラスを手に取ったのを確認し、「チーム結成に乾杯」と笑顔でヴァネッサがジョッキを掲げる。ジョッキの淵から零れ落ちる白い泡に、チカチカと明るい陽光が煌めいた。 + スーパーヒロインチーム サウスタウンの通りに店を構える“バー・イリュージョン”。日も暮れかけてきた頃合い、OPENとプレートが下げられたドアが勢い良く開かれ、一人の艶やかな女性が店内へと踏み込んでくる。 「ちょっと聞いてよキングさん!」 見慣れた表情で聞きなれた言葉を告げ、そのままバーカウンターの一席に真っ直ぐ歩いてくる彼女を見やり、店長のキングは思わず苦笑を浮かべた。 「いらっしゃい、舞。またアンディと組めなかったって話かい?」 「そうなのよ! んもう、どうしてあれだけ言ってるのに、私とは一緒に組んでくれないのーっ!?」 差し出されたグラスの中身をグイっと飲み干すと、キングの親友である彼女ー不知火舞はカウンターに突っ伏した。彼女の恋人が兄や親友を優先してしまうのは毎度のことで、こうして彼女が憤って店に駆け込んでくるのも日常と化してしまっている。 舞が顔を上げたので、愚痴にキングが耳を傾けようとしたそのとき、先ほどと同じ勢いでドアが開く音がした。二人が振り返ればそこには不機嫌そうに眦を吊り上げているユリ・サカザキの姿があった。 「いらっしゃい、ユリ」 「あっ、ユリちゃん。ここ空いてるわよ」 舞が示した隣の空席にずかずかと歩み寄ると、ユリは椅子に座りながら二人へと身を乗り出した。 「ちょっと聞いてよキングさん、舞さん!」 彼女の剣幕に数秒前の舞のことを思い出し、キングは再び苦笑を浮かべる。 「お兄ちゃんったら私のこと“たるんでる”とか“腕が鈍ってる”とか言ってチームに入れてくれなかったんだよ!? 確かに最近焼肉屋さんのバイトで忙しかったのは事実だけど、やれるときには自主トレだってやってたのに! 帰ってくるなりそれってひどくない!?」 カウンターに両手を置きながら眉を吊り上げるユリを見つめ、舞は同情するように何度か頷いてみせる。 「それは確かにひどいわ。アンディにしてもユリちゃんのお兄さんにしても、私達の努力を軽く見すぎだと思うのよね。女の子は見えないところでめいっぱい努力してるんだから」 グラスを片手で握り締めながら真剣に語る舞の姿を、ユリは感銘を受けたかのような目で見つめていた。一呼吸を置いてから舞はグラスをトンとカウンターへ置き、熱意に満ちた瞳をユリへと向ける。 「ユリちゃん、こうなったらあなたの実力をビシッと見せつけるしかないわ! KOFという晴れ舞台でドーンとお兄さんにぶつけてやりなさい!」 「うん! 絶対にお兄ちゃんにギャフンと言わせてやるんだから! 舞さんもアンディさんにバビッと実力を見せつけちゃえ!」 舞とユリは固く手を握り合う。二人が同時に「そうと決まればキングさんー」と口を開きながら振り返ると、困り切った表情のキングと目が合った。彼女は少し気まずそうに目を伏せながら、舞とユリへ返事をする。 「あー、それだけど。今回は一緒に行けそうにない」 「え? 確かに一旦保留にして欲しいって聞いてたけど、何かあったの?」 「...実は、つい先日リョウからチームに誘われてね。あんた達なら人集めくらいワケないだろうし、真剣な顔するもんだから、ついオーケー出しちゃってさ」 だからごめん、と小さな声で謝ったキングに対し、舞とユリはしばらくぽかんと彼女の顔を見つめていた。そして二人は顔を見合わせー 「えぇーっ!?」 グラスが震えんばかりの驚きの声にキングも思わずビクッと肩を揺らす。 舞はひとしきり驚いた後、気が抜けたようなどこか嬉しそうな表情を浮かべ、カウンター越しにキングへ温かい視線を送る。 「なんだ、先に言ってくれればお祝い持ってきたのに。おめでとうキングさん! いい機会なんだし、ちゃんとデートの約束も取りつけなさいよ!」 「ちょっと、茶化すのはやめとくれよ。ロバートも居るし、チームとして組むだけなんだから...」 思わず頬を赤らめるキングを見つめながら、ユリは複雑そうな表情で頬を膨らませる。 「そんなの聞いてないよー! お兄ちゃんのバカって言いたいところだけど、キングさんとお兄ちゃんの仲が進むなら悪い気もしないし...複雑な乙女心ッチ...」 「ここはグッと我慢よユリちゃん! 友達としてキングさんの恋路を応援しましょ!」 「...そうだよね、キングさんがお姉ちゃんになるかもしれない絶好の機会だし!」 「だからあんた達ね...」 眉根を寄せて唸るユリの肩を叩きながら舞は熱の籠った声で諭す。そんな彼女の表情を見返し、ユリの表情もパッと明るくなった。完全に友人の恋路を見守る姿勢に入った二人に見つめられ、キングは呆れとも諦めともつかない溜息を漏らした。 一方その頃、店内の喧騒などいざ知らず、一人の少女がサウスタウンの通りに佇んでいた。清楚なワンピースにバスケットハットを目深に被ったいで立ちで、その目元は傍目からはうかがい知れない。日は既に暮れ、街のネオンが薄闇に映えるなか、彼女はバー・イリュージョンの扉の前で緊張しながら一枚の書類を握り締めている。 深呼吸の後、意を決したようにドアノブを握ると、少女は店内へと一歩踏み込んだ。 「あの、失礼します! こちらに舞さんとユリさんがいらっしゃると聞いたのですが」 彼女の良く通る声が店内に響く。カウンターで和気あいあいと喋っていた三人の女性が戸口へと振り返り、少女の姿を見るや意外そうに目を丸くした。 「アテナじゃないか。舞とユリならここに居るけど、どうしたんだい?」 キングはカウンター越しに舞とユリを示しつつ、少女ー麻宮アテナの姿をまじまじと見つめた。 日本でアイドルとして活動する彼女がなぜわざわざサウスタウンへ来たのかという疑問は尽きない。プロデューサーや師匠の鎮元斎はもちろん、彼女の兄弟弟子であり彼女の大ファンでもある椎拳崇の姿もないことから、お忍びで渡航してきたのだろうと推測できる。 アテナは帽子を外し、背筋を正して舞とユリへ向き直った。 「私、舞さんとユリさんにどうしても聞いてほしいお話があって...!」 彼女の熱意に満ちた目を見、舞はハッと何かに気づいたように息を呑む。そして、彼女の言葉を遮るように片手を上げた。 「みなまで言わなくていいわ、アテナちゃん」 その隣でユリもまた、腕組みをしながらウンウンと頷く。 「アテナちゃんの気持ち、手に取るように分かるよ...」 彼女らのリアクションを見てアテナは目を丸くする。 「もしかしてお二人とも...! そうなんです、実はー」 察されていると思えば気が楽になったのか、アテナが表情を和らげて言葉を続けようとしたその時だった。 タンッと小気味よく片手でカウンターを叩き、舞が勝気な笑みを浮かべて見せる。 「今回のKOFは私、ユリちゃん、アテナちゃんの三人で挑むわよ!」 「えっ? KOF...?」 アテナが目を白黒させているのにも気づいた様子はなく、椅子から立ち上がったユリもまた不敵な笑みを浮かべてみせた。 「可憐で優美で超強いスーパーヒロインチームの誕生ッチ! 世界中に私達の力を見せつけちゃおう!」 「あのそうではなくて...舞さん? ユリさん?」 「この面子なら優勝間違いなしね!」 訂正しようと恐る恐る呼びかけるアテナの姿は既に眼中にないのか、舞とユリは情熱とやる気に満ち満ちた表情で手を取り合っている。 困惑するアテナに対し、キングは苦笑して見せた。 「こうなったらもう腹括るしかないよ。その用事、大会が終わった後でも間に合うのかい?」 「は、はい...」 「じゃあ大会が終わってからゆっくり話すといいさ」 大会への意気込みを語り合っている舞とユリの姿を見、アテナはがっくりと肩を落とすのであった。 「うぅ、頑張ります~...!」 二人の隣の空席へ誘われるアテナに同情の視線を送りつつ、キングは新しいグラスに手を伸ばす。 勝気な舞に負けず嫌いなユリと同チームで戦うのは中々骨が折れるだろうが、付き合いも浅くないアテナであれば十分に努められるだろう。大会が終わったら労ってやろうと考えながら、キングはミネラルウォーターを注いだグラスを彼女の前に置いた。 + G.A.W. チーム モスクワの裏路地に心も凍てつくような風が吹き荒ぶ。人けもなく、星空の灯りしか差し込まないそのような場所に身を寄せ合って歩く二人の男性がいた。 片や、中年男性にしてはやや小柄な背丈。片や、熊と見紛うほどの筋骨隆々の大男だった。彼らが抱えている荷物は少なく、誰が見ても着の身着のままといったていであった。彼らの目の前で風に乗って飛んできた数枚の新聞紙がレンガの壁に張り付き、彼らは思わずその紙面へと目をやる。 ーKOFでのスタジアム倒壊は“予定調和”か? 過激な演出だと批判殺到! ー内部告発か、演出は全てアントノフ社長の独断と暴露! 過去の実績についても多くの疑問を...。 ーアントノフ、退任を表明! アントノフ・コーポレーション理事会、後任については...。 紙面を見てふるふると二人の男たちは震える。 大男が拳をレンガの壁に打ち付けると、新聞紙がその衝撃で剥がれて路地の奥へと飛んで行った。 「しゃ、社長...」 「社長ではなぁい!」 その叫びに小柄な男の方は伸ばしかけた手をハッと引っ込める。 「何がヤラセだ、何が...! そんな冷めること、この俺がするわけないだろうがぁ...!」 がっくりとその場に膝をついた大男こそ今世界中でー不本意にもー話題を集めている男、アントノフ・コーポレーションの元オーナー、アントノフその人であった。 彼が主催した『THE KING OF FIGHTERS』で突如出現した怪物は彼が何億も投じて建設したスタジアムを木端微塵にしてしまった。それでもチャンピオンと怪物の死闘は高視聴率を叩き出し、様々な損失を差し引いても大会は大成功したかのように思えた。SNS上でアントノフのヤラセ疑惑が浮上するまでは。 根も葉もない噂はたちまち世界中に広がり、アントノフが気づいた頃には取り返しがつかないレベルにまで炎上してしまっていた。その結果、彼は部下のヤコフとともに半ば夜逃げするような形でモスクワの裏路地を彷徨っている。 しばらく蹲っていたアントノフだったが、不意に首をゆるゆると横に振る。 「いや...まだ終わっとらん! またこの身一つでやり直せばええ話じゃないか!」 小柄な男、ヤコフは崩れ落ちるアントノフをしばらく見つめていたが、意を決したように口を開く。 「一つではなく二つですよ社長、いえ...アントン! 私はどこまでもお供します。昔からそうだったじゃあないですか」 「おぉ...ヤコフ...!」 二人は見つめ合い、互いに目を潤ませる。その脳裏に今までの思い出が溢れ出し、学生時代の記憶にまで巻き戻らんとしたその時だった。 大通りに面した細い通りからまだ幼い少年の声が響く。 「...チャンピオンのおじちゃん!?」 「そ、その声は!?」 そこに立っていたのは家族で家に帰る途中だったのか、両親から離れ、驚きの顔で二人を見つめている一人の男の子。KOFにてアントノフがその身を挺して庇ったミーシャ少年の姿だった。 ミーシャ少年の両親の口利きもあり、アントノフとヤコフはアパートの一室へ何とか滑り込んだ。固定電話が一本引かれているだけの質素な部屋だったが、極寒の大地シベリアにて腕一本で成しあがった経験のあるアントノフ、そしてその傍でずっと見守ってきたヤコフにとっては十分だった。 電話一本を元手に彼らは新たな事業を始めた。そう、それはー 「...っちゅー紆余曲折を経て、この団体を立ち上げたわけだな。とまあ、前置きは長くなったが」 指先で白いウェスタンハットの縁を軽く押し上げながら、アントノフはサングラスの奥で目を細める。それと同時に、葉巻を咥えた口角が二っと吊り上がった。 「ようこそ、ギャラクシー・アントン・レスリングへ! 歓迎するぞ、ラモン、キング・オブ・ダイナソー!」 大きく腕を開いたアントノフの背後には一枚の横断幕が掲げられてある。そこに描かれたロゴマークーギャラクシー・アントン・レスリングことG.A.W.の文字は今や“超新星のプロレス団体”として世界中が知る所となっていた。 彼らが立っているのはG.A.W.の社長室である。しかし、アパートの一室を事務所として改装しているため、社長室としての区切りは無いに等しい。振り返れば中古の事務机が並んでいるのが見えるような、そんな様相の室内だった。 しかし、ラモンとダイナソーからすれば、そういった空間であるからこそ居心地の良い事務所に思える。彼らは笑顔でアントノフの言葉に頷いた。 「おう! これからよろしく頼むぜ、社長」 「YOUと共に仕事ができて光栄だ!」 アントノフと握手を交わすラモンとダイナソーの姿を嬉しそうに見守っていたものの、ヤコフは僅かな心配を顔に浮かべながら二人へ問いかけた。 「しかし、移籍していただくのは我々としても大変ありがたいのですが...お二人ともメキシコで積み上げたキャリアがあったはず。よろしかったのですか?」 彼の質問に対し、ラモンと朗らかに笑いながら返答する。ダイナソーはその隣でどっしりと腕組みをし、真面目な表情で答えた。 「メキシコを離れたからって地元愛が無くなったわけじゃねぇさ」 「今の時代、もはやプロレスに国境はないからな。遠く離れていようとファンに私達の勇姿を送ることはできるし、逆も然りだ!」 ダイナソーの隣で「それに」とラモンが口角を上げる。 「あんたらが目指してるのは“ロシア一”じゃなくて“世界一”だろ?」 その言葉にヤコフは感銘を受けた様子で胸元に手を当てる。アントノフはますます口元の笑みを深くしたと思うと、窓ガラスが震えそうなほどの声量で笑い声を上げた。 「わっははははは! ますます気に入ったぞお前達!」 ラモンとダイナソーを交互に見やったかと思えば、アントノフは勢い良く天を指差した。 「だが違う! G.A.W.が目指しているのは世界一でもない...“銀河一”だ!」 サングラスの奥でキラキラと輝く、アントノフの少年のような曇りなき眼。その視線に射止められ、ラモンとダイナソーは顔を見合わせ、楽しそうに笑った。 「とりあえずだ。目標への第一歩としてKOFに出場するぞ! そしてチャンピオンの座を取り返すのだ...俺達三人でな!」 「いい~ねえ! そりゃ世界も盛り上がりそうだ」 「うむ! YOU、そしてこの団体の未来の為に、私も全力を尽くそう!」 「...てか恐竜、さっきからヒールっぽくないことばっか言ってねーか?」 「ムッ!? い、今はオフであるし、社長の前だ。何ら問題あるまい!」 シベリアの氷雪すら溶かさんばかりの情熱が彼らの中に宿っている。正真正銘、これがG.A.W.の第一歩になるのだ。熱く語らうアントノフ、ラモン、ダイナソーの姿を見守りながら明るく笑顔に満ち溢れた未来を想像し、ヤコフは微笑んだのであった。 + クロ―ネンチーム 兵士の手の内にあるデバイスには地元の人間も近寄らないような廃墟の空撮映像が表示されていた。 撮影されているのは雑草や木の根で不自然に盛り上がったアスファルトの道、その先に放置されているのはツタに覆われた廃屋だ。銀髪の若い女が小脇に買い物袋を抱きながら立て付けの悪い扉をノックすると、中からゆらりと一人のゴーグルをかけた青年が姿を現す。 デバイスを覗き込んでいた兵士はハッと息を呑み、押し殺した声で隣の兵士へと声を掛けた。 「この男が例の?」 「ああ。クーラ・ダイアモンドの誘拐犯だ」 そのとき、映像の中の青年がふと顔を上げ、ゴーグル越しに“こちら”を見た。 青年は右手を掲げ、その掌を映像越しの兵士達へと向けー 「おい、もしかして気付かれ...」 片割れの兵士がそう呟いた時には既に遅かった。激しい炎がスクリーンを覆った刹那、映像はざらついたノイズへと化した。偵察用ドローンが壊されたのだという結論に至ったのは、彼らがノイズを眺めて五秒が経過した後だった。 廃屋の扉を乱暴に閉じ、青年は近くのソファを勢い良く蹴りつける。銀髪の女ーアンヘルは彼の癇癪に動じる事もなく、買い物袋と焼け焦げたドローンの部品をテーブルの上に置いた。 「虫みてぇにウジャウジャ湧きやがって! 鬱陶しい奴らだぜ」 「ごめんごめん。尾行されてるなんて思ってなくてさー。一応拾っておいたよ、コレ」 「ンなゴミ、拾ってどうするよ...たくっ」 少しも反省していない様子で返答したアンヘルを睨みつけながら、青年は机の上のドローンの一部を拾い上げる。アンヘルは携帯食料のパッケージに被った煤を手で軽く払うと、突き刺すような視線をものともせず「うーん」と伸びをしながら訪ねた。 「足ついちゃったかもね。そろそろここも引き払うかにゃ?」 「チッ...。どうもこうも、そうするしかねェだろ...」 青年は苛立ち混じりにドローンの一部を背後へ投げ捨てる。 弧を描いて落ちたプロペラが乾いた音を立てるのと、古びた冷蔵庫の戸が開く音が響いたのは、ほぼ同時だった。 「あっ! クーラのアイス、もう無くなってる!」 氷の欠片ひとつ落ちていない寂しい空洞を眺めているクーラ・ダイアモンドの背後へ大股で歩み寄り、青年は苛立ちを隠そうともせず呼び掛けた。 「おい、クソガキ。ここはもう捨てる。大人しくついて来やがれ」 刺々しく威圧的な青年の声に一瞬ビクッと肩を震わせたものの、クーラはくるりと振り返ったかと思うと頬を大きく膨らませる。 「またお引越し? ずーっとそればっか。クーラ、もうやだよ!」 「それが人質の取る態度かよ」 「クーラ、ヒトジチじゃないもん。クーラの家出にお前たちが勝手についてきてるだけだもん」 「ほんと、ワガママしか言えないお子ちゃまはめんどくさいにゃー」 べぇーっと舌を出したクーラに背を向け、アンヘルは意地の悪い笑みを浮かべた。 「それとも袋詰めにしちゃう?」 「このまま動かねェつもりならな」 そのとき、不意にノイズ交じりのラジオから陽気なジングルが鳴り響いた。 「続報です。先日開催が発表された『THE KING OF FIGHTERS』について...」 クーラの視線が古びたラジオへと向けられる。それにつられたのか、青年もまたそちらへ目を向けた。 先ほどの反抗的な態度はどこへやら、不明瞭なアナウンサーの声に耳を傾けるクーラの横顔はどことなく寂しそうで、それを目ざとく見つけたアンヘルはニヤリと口角を上げた。彼女はスマートフォンに一枚の画像を映し、それをクーラの鼻先へと突きつける。 「さてと。肝心の保護者クンたちは、ちゃんと家出娘を迎えに来てくれるかにゃー?」 「...!」 目の前に突きつけられた画像を見てクーラは表情を強張らせた。監視カメラのデータを不正に抜き取ったかのようなそれには、猫背で歩く一人の青年の姿が映り込んでいる。サングラスのせいで目元の表情はうかがい知れないが、その口元は不機嫌そうに歪んでいるように見えた。 キュッと拳を握ったクーラを一瞥し、青年は嘲笑交じりに肩を竦める。 「来るなら予定通りぶちのめす。尻尾巻いて逃げるなら盛大に笑ってやるだけだ。 おいクソガキ、ちゃんと戦えよ。出来損ないのテメェでも最低限の戦力にはなるんだからな」 その言葉へクーラはムッとした表情で振り返った。しかし、何かを言い返す様子は無く、彼女は自身の荷物が詰まっているのであろう小さいリュックサックの方へと歩いていく。どうやら“引っ越し”に応じる気になったらしいクーラの様子を一瞥し、青年とアンヘルもまた数少ない荷物の方へと足を向けた。 「傭兵どもに踏み込まれる前に、とっとと離れるぞ」 「うぃーっす。次はもうちょい住みやすいとこにしたいにゃあ...っと?」 アンヘルはスマートフォンを懐に戻し、ふと何かに気づいたかのように顔を上げる。 しばらくこめかみに指を当てて考えていたかと思うと、彼女は完全に諦めきった様子で青年へ訊ねた。 「...そういえば、今のあにゃたの名前、何だったっけ?」 「また忘れたのかよテメェ。いいか、一度しか言わねェから今度こそ覚えとけよ」 青年はゴーグルの下で目を細める。不規則に点滅するオンボロ電球の光を反射し、その右手を覆う傷だらけの青いグローブが鈍色に光った。 「俺の名前はクローネンだ」 + K'チーム ー噓つき! クーラぜったいに許さないんだから! K'もおじさんも、大っ嫌い! 泣きながら自分の部屋に飛び込んでいったクーラに対し、「明日になれば機嫌も直る」と無責任に言ったのはどちらだっただろうか。何にせよ、K'とマキシマは選択を誤った。NESTSの残党狩りでどれだけ疲弊していようと面倒くさがらず、すぐその場で彼女に謝罪すべきだったのだ。 しかし、夜が明けた時には遅く、クーラはお気に入りのリュックサックと共に姿を消してしまっていた。 ひと気のない路地裏の奥、まるで隠れるように佇む建物の一室。各地を転々とするK'達のアジトの一つであるその中に彼らは居る。雑多な機材が積まれたリビングとも言い難いその部屋の中央、ウィップは険しい表情のままテーブルの上に写真を並べる。 「家出したクーラの足跡が掴めたわ...状況は全く好ましくないけどね」 ローテーブルを挟んだ向かい、ソファに並んで座っているK'とマキシマは彼女の刺々しい視線に晒されながら、写真に目を落とした。 そこに写っているのはクーラの腕を掴んでいる青髪の青年と、それを面白がるように笑っている銀髪の女だった。青年の目元はゴーグルに隠されているものの、友好的とは言えない態度でクーラを見下ろしている。 マキシマは困ったように短い溜息を吐き、K'は苛立たしげに舌打ちをした。 「NESTSの壊滅以降、目立った動きもなく潜伏していたと思えば...今こうしてアンヘルと組んでクーラを誘拐し、KOFにエントリーしている。残党と繋がっている線は薄いけれど、看過できない事態なのは確かだわ」 きりりと眉を吊り上げ、ウィップは二人へ言い放つ。 「今回アナタ達にはこの男ー“クローネン・マクドガル”への接触と捕縛、そしてクーラ奪還の任務についてもらうわ。つまり、私と共にKOFに出場してもらうってことよ」 「...了解、異論はねぇぜ。今回に関しちゃあな...」 写真の上に重ねるようにして彼女が置いたのは『THE KING OF FIGHTERS』の招待状だった。ウィップの目にはありありと「断る理由はないはずよね」という意思が見て取れる。そんな彼女に対してマキシマは降参するように肩を下げたが、K'だけは面白くなさそうにそっぽを向いた。 「あいつが勝手に飛び出したんだろ。何でわざわざ迎えに行ってやらなきゃなんねぇんだ」 彼の発言にマキシマは苦笑を浮かべ、ウィップは呆れたように溜息を吐く。 「おいおい相棒、そりゃ流石に通らんぜ。嬢ちゃんが家出しちまったのは俺達の責任なんだからよ」 「まったく、アナタね...」 「あの野郎がアイツを攫ったのも、わざわざKOFに出るつもりなのも...全部ただの挑発にしか思えねぇ。下らねぇ喧嘩をわざわざ買ってやる趣味なんてねぇよ」 そこまで言うとK'は腕組みをし、その口を堅く引き結んだ。ただの苛立ちだけではない、僅かな警戒を含んだ声色にマキシマとウィップも同意するように頷く。 「確かにその線も捨てきれんだろうし、正直俺としてもお前と同意見だよ。ただ、もし奴らの目的が俺達をおびき出すことだったとして、目当ての人物が最後まで現れなかったら癇癪を起こして大暴れしかねん気がしてな」 こめかみを指で叩きながら、マキシマは眉を顰めた。彼の言わんとしていることにK'やウィップには心当たりがある。崩壊する建物、空に響く二人分の歓声ー随分と昔の出来事ではあるが、しかし、彼らの中に鮮明に残っている記憶のひと欠片が思い起こされた。 ウィップは苦々しげに眉間を指で押さえ、唸るように言った。 「そうね。それに、今回は前の時とワケが違う。一般の観客や傍にいるクーラにも危険が及ぶ可能性がある以上、彼らの機嫌を損ねるわけにはいかないわ」 「...」 クーラの名前を聞き、僅かにK'の頬が強張ったのを目聡くも二人は見逃さなかった。無言のまま腕組みをする彼の肩をマキシマは軽く叩き、ウィップは諭すように声を掛ける。 「分かってるんだろ、相棒?」 「罠だと分かっていても行くしかないのよ」 「チッ...」 その舌打ちが諦めの意だということは、二人には容易に伝わった。 ウィップは肩の力を抜き、満足そうに机の上の招待状を拾い上げる。 「手続きは私の方で済ませておくわ。クーラの足跡について、また何かあれば連絡するから」 彼女はソファから立ち上がり、ぐるりと部屋を見渡してから二人へ言った。 「それと...この部屋、もう少し荷物を整理した方がいいわね。クーラが怪我したら大変だわ。それじゃあ」 玄関へと歩いていく彼女の背を見送るマキシマの隣で、K'は小さな悪態をつく。そんな相棒を横目で見た後、マキシマはゆっくりと立ち上がった。 「さてと、お姫様を迎えに行く前にたんまりとアイスを用意しなきゃな」 「...自分が食いてえだけじゃねぇのかよ」 キッチンに入って冷凍庫の中身を確認するマキシマへ呆れた視線を寄越しつつ、K'もまたソファから立ち上がる。彼はふと、机に残されたクローネン・マクドガルの写真に気づき、片手で摘まみ上げる。 「厄介事を持ち込みやがって」 鋼のグローブを自身のベルトのバックルに打ち付け、指先に灯した炎を写真に押し付ける。最後の一辺が灰になるまで、K'は肉食獣さながらの視線で写真を睨み続けていた。 + アッシュチーム ー思えば、その手を取ったことが全ての始まりだった。 物心ついた時には親もなく、厳しい砂漠の街で誰の手も借りず生きてきた。影の中で息を殺し、考えることは明日へ命を繋げることだけ。誰の視界にも留まらず、ただひっそりと息をしていた。 そんな幼少のククリにとって、彼女は人生で初めて己と目が合った存在であり、“運命”そのものだった。 「これからは私の元で学びなさい。さあ、おいで」 差し出された手を握り返したその時から、ククリは彼女の“弟子”になった。 ククリの師はアフリカの砂漠の奥地に住まう隠者だった。人々が忘却した伝承の唯一の語り部であり、大地の精霊の言葉に耳を傾け、時に人々に助言を行うシャーマンとしての役割を担っている。彼女の弟子としての生活は贅沢とは程遠いものの、命の危険も明日の食事も心配しなくてよいような穏やかなものだった。 ただ、師の眠くなるような授業だけは苦手だった。分岐点で無数に枝分かれする可能性の宇宙、枝分かれした宇宙を巡り均衡を保つ“魂の坩堝”、破壊と創造を司る“母神”ーククリにしてみれば伝承の内容はどれも眉唾物でしかなく、それを熱心に語る師の様子に辟易していた。瞑想の時間にしても、師が語る“大地の声”など聞こえた試しがなかった。 しまいに「こんなのに何の意味があるんだ」と文句を言えば、彼女は決まって穏やかに笑いながら同じ言葉を繰り返す。 「貴方もいつか運命を紐解くことができるわ」 そんな生活が終わりを迎えたのは、ククリが弟子入りして七年も過ぎ、すっかり背丈も伸びた頃だった。 内側から何かが突き破ってくるような衝動に襲われた直後、ククリは砂の力を発現した。発現しただけならばどれだけ良かっただろうか。砂嵐を巻き起こし、見境なく周囲から潤いを奪っていくその力は彼の意思に反して暴走を続けた。運悪く街へ出かけていた師が戻ってきたときには力の暴走も取り返しがつかない状態になっており、ククリは無我夢中で彼女に助けを求めた。 師は決意の籠った目で砂嵐の中に飛び込み、己の弟子を救ったーその命と引き換えに。 その時の記憶は曖昧で、ククリに思い出せるのは自己満足に塗れた実に胸糞悪い彼女の安らかな笑み、一昼夜かけて掘った墓穴の空洞だけだった。 しかるべき手順で師の亡骸を埋葬し終えた夜、ククリの脳裏にふといつかの授業で聞いた言葉が鮮明に甦った。 「“魂の坩堝”はあらゆる宇宙に繋がっており、多元宇宙からあらゆる可能性を収束しているというわ。しかし、それらは幻影としてしか感知できず、限られた才能の持ち主しか干渉はできない。私はこの才能を持つ者を“アンプスペクター”と呼んでいるわ。本来“魂の坩堝”や幻影はこちら側に現れることはないけれど、時空の歪み、アンプスペクターとの共鳴...そういったものを呼び水にして、こちら側へ姿を現すことがある」 弾かれるように家の書庫へと駆け込み、記憶を頼りにククリは必死で文献を探した。 机の上に巻物が幾重にも重なる。積み上げられた石板の重みに机の脚が軋もうが、ククリは無視して次々と文献を取り出しては机の上に放り投げた。 「肝に銘じておきなさい。もし“魂の坩堝”がこの世に現れたら、悪しき者を近づけてはいけない。その力はあまりにも危険なの...理論上、死者を甦らせることさえできる」 彼は乱暴に広げた書の一節を目にしてぴたりとその手を止める。 そこに記されている一文を食い入るように見つめ、ククリはゆっくりと師の言葉を反芻した。 「理論上...死者を甦らせることさえできる...」 皮肉なことに、今まで露ほども信じていなかった師匠の言葉だけが、ククリに残された可能性だったのだ。 それからは一秒のロスも許さず、目的のためにただひた走った。必要な情報を必死でかき集め、ようやく辿り着いたその終着点こそアントノフが取り仕切るTHE KING OF FIGHTERS...のはず、だった。 ククリが見つけたのは、“魂の坩堝”から復活したアッシュ・クリムゾンのみ。そこに居るはずの師の姿は無かった。 南仏のとある街中、大通りへ面したオープンテラス。 そこには身振り手振りを交えて早口でまくし立てる男がいた。 「今日に至るまでの血が滲むような努力も虚しく、残されたのは二束三文にもならない文献の山とアッシュ・クリムゾンのみ。幼かった俺に道を示しその命を賭して守ってくれた優しい師匠は予測落下地点のどこにも居らず、かくして俺は孤独に取り残されたのであった...と」 彼のフードを目深に被ったそのいかにも怪しげな風貌、そしてお世辞にも品があるとは言えない言葉遣いは華やかで上品な店の雰囲気にはあまりにもそぐわない。穏やかな午後のBGMとして耳に流れ込んでくる物語に耐えきれなくなった隣席の客は一人、また一人と店内の席へと引っ込んでいった。 そうして物語が終わった頃、テラスに残っているのは彼の向かいに座る少年と、その隣で眉を顰めながらも辛抱強く耳を傾けている上流階級の女性のたった二人だけとなってしまっていて、そんな二人にフードの男ーククリは大仰に腕を広げてみせた。 「ー以上、即興で考えた全世界が号泣すること請け合いの悲しく切ない俺様の物語だ。どうだ? 五秒で考えたにしては中々のクオリティ、我ながらよくできた内容だ。ハンケチが欲しければ貸してやろうか」 「アハハッ、結構面白かったヨ~♪退屈しのぎには丁度いい感じでサ」 「はぁ...」 食べさしのザッハトルテには手を付けず、スマートフォンを片手にへらへらと笑うアッシュ・クリムゾンとは対照的に、エリザベート・ブラントルシュは眉間を指で押さえながら深い溜息をつく。 前回の大会が始まる前、喪失感に打ちひしがれていたエリザベートに接触し、アッシュの記憶を思い出させたのはここに居るククリだった。彼はアッシュを復活させることと引き換えにブラントルシュ家の協力を求め、エリザベートは迷うことなく彼との取引を受け入れた。その結果、アッシュはこうして彼女の隣で何事もなかったかのように過ごしているのだが...。 「何だその溜息は。貴様が話せと駄々をこねるから俺は親切にも感動できる過去の記憶を捏造したんだぞ」 ククリが包帯に覆われた指をエリザベートへ突きつける。テーブルの上に砂がパラパラと落ち、それを見たアッシュが無言でザッハトルテの皿を手元に寄せた。 「あなたは私とアッシュの恩人。その大恩に報いるためなら、どこへなりとも共に向かう所存です」 エリザベートは険しい表情のまま低い声で告げ、自身に突きつけられた指を視界から外すように目を伏せた。 「ただ、なぜ私達にその手を差し伸べたのか...あなた自身の事情が気に掛かっただけのこと。どのような理由があれ、私もアッシュもあなたの事情を茶化すつもりはありません。そこまでふざけることも無いでしょうに」 憮然とした面持ちで手元のカップを見下ろすエリザベートと、堂々とした居ずまいを崩さないククリとを交互に見た後、アッシュは面白がるように口角を上げた。 「まあいいじゃん、ベティ。ボクらはククリんに力を貸して、ククリんはKOFで目的を果たす...でしょ?」 「おいクソガキ、勝手にセンス皆無の呼び名を付けるな。某ちんちくりんを思い出して不愉快だ」 「ああほら、ちょうど特集やってるネ」 ククリの抗議を無視し、アッシュはテーブルの上にスマートフォンを置いた。 報道番組が映し出されている画面の中に『THE KING OF FIGHTERS』の文字を見ればククリは口を閉ざし、エリザベートも気持ちを切り替えるかのように深呼吸をする。 「続きまして『KOF』に参加される選手への独占インタビュー! こちらの映像をご覧ください」 映像がスタジオから街頭へと切り替わり、インタビュアーと対面している一人の女性の姿が画面に映った。 「ドロレス選手はKOFに初参加とのことですが、どのようなお気持ちでー」 金のフレーム眼鏡を押し上げながらカメラに向き合う彼女の姿を見て、ククリの口元がわずかに強張る。 静かに立ち上がったククリに二人が気づいたのは、彼が普段よりも低い声で言葉を発したときだった。 「...俺様は急用を思い出した。と、いうわけで一足お先に失礼させてもらう」 ククリはそう二人へ言い残し、コートを翻して足早に店の外へと歩いていく。自分本位な彼の行動に眦を吊り上げ、エリザベートも続いて席を立った。 「待ちなさい! まだ話は終わっていません、ククリ!」 石畳にヒールを鳴らしながら彼の背を追うエリザベートの姿を横目で追いながら、アッシュはちらりと手元に鎮座するケーキの残りを見下ろした。 「さっきの話が“捏造”...ねぇ」 銀のフォークをその表面に突き立て、アッシュ・クリムゾンは静かに笑う。 「そういうコトにしといてあげるヨ♪」 誰へともなく低い声で囁くと、彼は最後の一欠けらを口に含んだ。 + 餓狼MotWチーム サウスタウンのとある一角、ごく普通の安アパートの一室。 昼下がりの陽光が窓辺から差し込む中、ソファにどっしりと腰掛けてレトロゲームのコントローラーを握り締めるテリー・ボガード、そしてキッチンの掃除を終えてエプロンを洗濯カゴに放り込むロック・ハワードの姿は互いにとってごく普通の休日の光景だった。 華やかなファンファーレと共にテレビ画面へ“CONGRATULATIONS”の表示が現れ、テリーが思わずガッツポーズをしたのと同時に、彼の背後で使い古されたラックがきしむ音が聞こえた。 ロックは掴んだジャケットの袖に腕を通しながら、養父へと振り返る。 「テリー。ちょっと出かけてくる」 「ん? ガールフレンドとデートか?」 ご機嫌な笑みのまま振り返ったテリーの冗談にロックは苦笑しながら肩を竦めた。 「からかうなよ。ちょっとした野暮用だって」 「そうか。お前なら大丈夫だと思うが、トラブルに巻き込まれないよう気を付けろよ」 そう言ってニッと笑ったテリーにロックも笑みを返す。彼はロックを子ども扱いしているわけではない。家族としてーたとえ血は繋がっていなくともー大切に思っているからこその言葉だ。そんな養父の存在はロックにとって憧れであり、陽だまりそのものなのである。 「テリーはアンディさん達と会うんだっけ?」 「ああ。ジョーからの誘いでな、ついでにパオパオカフェで飯でもどうかってさ」 テーブルの上に置かれていた家の鍵やスマートフォンを拾い上げながら、ロックは再びテレビへと向き直ったテリーの背中に呼び掛けた。 「じゃあ夕飯はいらねえな。俺も食って帰ってくるよ」 返事の代わりにひらひらと振られた手を確認し、ロックは自宅を出た。 アパートから離れ、昼のサウスタウンのメインストリートを歩きながらロックは今一度スマートフォンに送られてきた一通の電子メールを確認する。 「トラブルに巻き込まれないよう...か」 メールの差出人は義賊リーリンナイツーそのリーダーのB.ジェニーという女性からだった。何度か顔を合わせる機会はあったが、彼女の印象は悪人とはほど遠い。だが、善人というわけでも無さそうである。そんな彼女から送られてきたメールのタイトルは至って簡潔だった。 『KOFに向けてチーム結成のお誘い♡』 ロックはスマートフォンをパンツのポケットへ押し込むと、ボソッと呟いた。 「悪いな、テリー」 ベイエリアにひっそりと佇むそのダイナーは雑誌に取り立てられるほど有名ではないものの、近隣住民やトラック運転手が足繫く通うほどには人気のある店だ。“知る人ぞ知る”という言葉が似合う、年季の入った店の風貌に惹かれるバックパッカーは少なくないものの、店内の端のボックス席にいる男女を取り巻く空気は明らかに気まぐれで入ってきた旅行客のそれではなかった。 「牙刀さん。あなたと交わした約束は“あなたのパパの足取りと情報の収集”...だったわよねん」 不機嫌そうに眉間に深いしわを刻み、腕組みをするのは牙刀と呼ばれた拳法家の男。対して陽気な笑顔を崩さず、一方的に喋り続けているのはドレス姿の若い女だ。 明らかに訳ありな二人組に関わりに行こうとする客や店員はいないものの、同時に好奇心をそそる存在であるのも確かで、客の何人かは新聞を読みながらチラチラと視線を寄越していた。しかし、その視線が癪に障ったのか牙刀がギロリと睨み返してからは、誰もがその好奇心ですら命取りになりかねないと学んで知らんふりを決め込んでいる。 「...」 「長いこと待たせちゃったのは悪いと思ってるわよーん? けど、それだけの成果はあるつもり」 イルカのストラップが付いたUSBメモリを顔の横で振りながら、ブロンドの髪の女性ーB.ジェニーはパチンとウィンクしてみせる。牙刀は席についてから初めて閉じていた瞼を上げ、鋭い視線をそのUSBメモリへと向けた。 「あなたのパパの情報はちゃーんとこの中に...」 「さっさと渡せ」 牙刀が手を伸ばすよりも早く、ジェニーはUSBメモリを持った手を引っ込めた。空振りした牙刀の指が宙を切ると同時に、眉間のしわがますます深くなる。 「まだ、だ~め!」 「...何のつもりだ」 「調査に全面協力するとは言ったけど、情報を無償提供するなんて一言も言ってないわよーん」 「貴様ッ!」 サウスタウンのチンピラでさえ裸足で逃げ出すような形相で怒鳴る牙刀に睨まれようと、ジェニーが臆する様子はない。むしろ余裕を崩さず、顔の横でチッチッと指を振ってみせる。 「暴力なんてノンノン! 心配しなくても、ちゃんとこの情報はあなたに渡すわよ。報酬...としてね」 「報酬だと?」 苛立ちよりも怪訝が勝ったのか、牙刀の表情が僅かばかり緩んだことを見逃さず、ジェニーは満面の笑みでゆっくりと頷く。 「そうそう。あなた“たち”には協力してほしいことがあるのよねん」 含みのある彼女の言葉に牙刀が何かを言おうと口を動かしたときだった。 海風で少し錆びた扉が大きな音を立てる。その音にハッとジェニーは顔を上げ、入り口から店内を見回すロック・ハワードに大きく手を振ってみせた。 「噂をすれば...こっちよーん!」 声を掛けられたロックはジェニー達がいるボックス席へと視線を向け、何とも言えない表情をした。苦笑とも不信とも取れる顔をしつつ、それでも彼はそちらの方へと歩を進める。ジェニーが奥に詰めて座席を手で叩けばぎこちなく隣に座り、険しい顔の牙刀と笑顔のジェニーを交互に見比べた。 「メール見たんだけど、つまり...ここに居るのがチームメンバーってことか?」 「チームだと...? 貴様ー」 「そうそう。ハンサムボーイは飲み込みが早くて助かるわね~!」 牙刀が怒気を含んだ声を漏らす前にジェニーが陽気に声を上げる。そして、彼女はチラリと牙刀を見た。その視線は明らかに「詮索されたくないのなら事を荒立てないで」と訴えていたが、それは同時にー無謀にもー牙刀という男に無言の圧力と強制をかけることを意味している。彼女のうなじに冷や汗が伝っていたのをこの場にいる誰が気づいただろうか。 しばらく殺意すら籠った視線でジェニーを睨みつけていた牙刀だったが、諦めたように鼻を鳴らした。 安堵のため息を漏らしてすぐ、ジェニーは食器で散らかったテーブルの上をてきぱきと片付け始める。そして、立派な封蠟が施された封筒をその上に置く。庶民的なダイナーには場違いな雰囲気をまとった三通の封筒に自然と視線が集った。 「じゃーん! これが招待状ねーん」 ジェニーが言葉とともに腕を広げるのと、牙刀が机の上の招待状を一通拾い上げたのはほぼ同時だった。何も言わずに立ち上がった牙刀はそのまま招待状を懐にしまうと、ロックとジェニーをギロリと睨み下ろした。 「今はその口車に乗ってやろう...金も欲しければくれてやる。だが、もし取引を有耶無耶にするのであれば貴様の命は無いものと思え...!」 ギリリと拳を握り締めながらジェニーにそう吐き捨てると、彼は苛立ちも隠さずに荒い足取りでダイナーの出入口へと大股で進んでいく。「約束は守るわよーん!」と彼の背中に笑顔で手を振るジェニーは、訝しむような視線を送ってくるロックへと振り返った。 「彼、気難しいけど腕は確かよん」 「気難しいって問題か? メンバー間でのトラブルはごめんだぜ?」 「それは大丈夫! ちゃーんと話はついてるから、あなたは気にしないで!」 彼女のあっけらかんとした返事にロックはますます不安そうに眉を顰める。 「ま、でも彼ってあんな感じでしょ? だから最初はグリちゃんを誘おうとしたのよねーん。チョロ...じゃなくて親切だし、ムードメーカーだし。けど、事務所に連絡しても移籍しちゃったとか何とかで連絡つかなくてー。そこで目に留まったのがあなたってワケよん、ロック・ハワード♪」 朗々と語るジェニーを横目で眺めながら、ロックは机に届けられたばかりのコーヒーを口に運んだ。ジェニーの言葉が一区切りついたあたりでマグカップを机に置き、彼は怪訝そうに訊ねる。 「そこも気になってるんだけど、何で俺なんだ? 俺が応じる確証なんてあんたには無いはずだし、もっと誘いやすい奴もいただろ」 質問されるとは思っていなかったのか、ジェニーは目を丸くしてロックの顔をまじまじと見つめる。その視線に居心地悪そうにロックが顔を逸らすと、彼女は先程と同じように明るく笑ってみせた。 「んー、いい質問ねん。まず一つ目、これは簡単。あなたがメンバーなら勝算はバッチリだって、女のカンが告げたから! で、二つ目だけど...絶対に断らないって確信、あったわよーん? だって、あのテリー・ボガードと晴れ舞台の上で戦える機会、あなたが見逃すはずないもの」 今度はロックが目を丸くする番だった。しかし、ここまできれいに図星を刺されると笑えてくるもので、ロックは気の抜けたような笑い声を漏らした。そんな彼の様子にジェニーもにんまりと笑う。 「あなたも前回のKOFでのハプニングについて知ってるでしょ? 私はね、今回も何か起きるんじゃないかって睨んでるのよーん」 「それも勘ってやつか?」 「そう! 退屈しなさそうでしょ? あなたはテリー・ボガードと戦える。私はKOFをめいっぱい楽しむことができる。ウィンウィンの関係ってわけ♪」 ジェニーはそこまで言うと机の上の封筒を拾い上げ、ロックの手元へと差し出す。視線が合えば彼女はいたずらっぽくウィンクし、空いた片手で肩にかかった自身の髪を払いのけた。 「ってことで、今日から私達はチームねん! よろしく、ロック・ハワード」 ロックは封筒をその手で受け取り、彼女へ爽やかに笑い返した。 「...ああ」 + サウスタウンチーム サウスタウンを一望するように佇むギースタワーの高層階に位置する一室。窓の外に広がる絢爛豪華な夜景を眺め、王者の貫禄を漂わせながら椅子に腰掛けるギース・ハワードがそこにいた。 自身の支配する街を愉悦の表情で見下ろすギースの傍らに佇み、彼の右腕であるビリー・カーンは資料へと視線を落とす。 ビリーの手にした資料にはハイデルン部隊から諜報した様々なデータが記載されていた。そのほとんどが前回のKOFで姿を現した謎の怪物・バースに関する調査資料であり、今回もまたバースの再来を予見するような報告で締めくくられている。 「ハイデルンどもが“バース”と呼称しているあの化け物...。ギース様もヤツが今度こそ完全体となって現れるとお考えで?」 ビリーにそう問われれば、ギースは含み笑いを浮かべて肯定する。 「そうだ。しかしビリーよ、次はあれよりも面白いものが見れるやもしれんぞ」 「はっ...それは、どういう...?」 「バースはただの呼び水に過ぎん。機が満ちた今こそ、アレは...」 ギースが言葉を終えない内に、静かな部屋に笑い声が響く。 ビリーは来客用ソファに座る男へ鋭い視線を向けた。しかし、笑い声の主は傲岸不遜な表情を解くことはなく、さらに挑発するかのように目の前のローテーブルに踵を乗せる。 「クキキッ...わざわざ大金積んで何を依頼してくんのかと思えば、性懲りもなく新しいバケモノの見物かぁ? 相変わらず酔狂なオヤジだぜテメェは」 そう言って山崎竜二は正面からギースの目を捉えた。その悪意に満ちた挑発さえも真っ向から受け止めるギースの傍らで、ビリーは主への非礼を耐えかねた様子で眦を吊り上げた。 「ンだとテメェ...?」 ビリーが手にした棒で軽く床を叩くと、山崎は視線を彼へ移した。 「おいおい。下らねぇことで噛みついてくんじゃねぇよ、飼い犬野郎がよ。それとも何だ? ご主人様の前で二度と噛みつけないほどにブッ壊されてぇってか、エェ!?」 山崎の嘲笑交じりのその言葉が冗談の類ではないことはこの場の誰もが理解していた。殺意を滲ませながら蝮のような視線を送ってくる山崎へ、ビリーもまた殺意を隠すことなく棒を構える。一触即発のその空気に、出入り口で控えるリッパーとホッパーが思わず固唾を飲んだその時だった。 「ご両人ともお控えください」 二人の間に淀みない足取りで割って入ったのはハワードコネクションの新入りーハインであった。彼はビリーへ片手を上げて制し、反対側の山崎へ視線を送る。 「山崎様。あなたへご依頼したのは私の代理...“KOFにおけるギース様への同伴と護衛”でございます。契約金の支払いも既に完了しておりますので、これ以上軋轢を起こす言動を繰り返されるならば同伴拒否...ひいては契約違反とさせていただきますが」 口調こそ穏やかではあるものの、ハインの視線は冷え切っている。常人であれば身動きが取れなくなるほどの怜悧な視線だが、そのような視線で睨まれただけで一度火が点いた山崎竜二という男が引き下がるわけもないとこの場にいる一同が考えた時だった。 「ケッ、口うるせぇ野郎だぜ...」 ただそれだけ、山崎はつまらなさそうに悪態を零し、浮かしかけていた腰を再びソファに沈めた。 肩透かしを食らった様子で、ビリーは武装解除しながらギースへ問いかけた。 「ギース様...山崎を雇ったのはまだ理解できますが。今回、新入りを連れていかないのは何故ですか?」 「案ずるな。私が命じたのだ」 ギースは鷹揚に笑うと、一歩引いて部屋の窓際に佇むハインを見た。その視線を受けて彼は慇懃に一礼し、普段と変わらぬ様子で説明を始める。 「皆様がご不在の間、僭越ながら街の清掃をお任せいただくこととなりました。どうかご安心ください...皆様がお戻りになられる頃には、ギース様の不在を狙うゴミを私が全て片付けておきますので」 ハインの説明に特におかしな点はない。強いて違和感を上げるとすれば新人にしてはギースの信頼を得過ぎているという部分くらいだ。しかし、ハワードコネクションに拾われてからのハインの働きぶりを考えれば納得のいく範疇なのか、リッパーとホッパーは腑に落ちた様子で小さく頷く。ただ、ビリーだけが納得いかないとでも言いたげに彼を睨み返した。 ふとリッパーが腕時計に視線を落とし、ギースへと呼び掛ける。 「ギース様、そろそろ...」 「長く話し込みすぎたようだ。ハイン、客人を外までお送りしろ」 ギースは一言そう命じると、静かに椅子を回転させて山崎とハインに背を向けた。 「かしこまりました」 「支払われた金の分くらいは協力してやるが、テメェの部下共よろしく指図を聞く気もねェ。俺は俺で好きに楽しませてもらうぜ、ギース・ハワードさんよ!」 優美に一礼するハインに対して山崎は口の端を持ち上げるようにして粗野に笑い、コートを翻しながら悠々と部屋の外へと歩いていく。ハインは彼が扉の外へ踏み出すのを見届けてから、その後ろへと続いた。 二人が退室したのを見届け、ビリーはギースへ向き直って一礼する。 「お先に失礼いたします」 「うむ」 主人の返事を受け、ビリーは扉の方へと歩いていく。 そして、扉の両脇に待機する同僚二人へすれ違いざまに囁いた。 「あの新人から目を離すんじゃねぇぞ」 リッパーとホッパーは顔を見合わせ、すぐにビリーの後に続く。 扉が閉じられた音を最後に、静寂が部屋を包み込んだ。ひとつ息を吐いた後、ギースは椅子から離れて悠々と窓辺へ歩み寄る。 ガラスを隔てて燦然と輝くサウスタウンの夜景は、まるで黒い布地に宝石を散らしたかのようだ。 幾度となく様々な者がこの街に足を踏み入れ、我が物にせんと策謀を巡らせた。しかし、終ぞ誰もその野望を掴むことはなかった。 ー今、この街を見下ろすこの男を除いては。 「時は満ち、秘伝書の魔物が君臨する...か。だがそれも前座に過ぎん」 サウスタウンに住まう有象無象を見下しながら、ギース・ハワードは笑みを浮かべた。 「女狐に蝮...この街の魑魅魍魎を抱き込まんとするその野望、嫌いではないぞ。貴様の用意したこの喜劇、私の退屈を満たすに値するかじっくり見定めるとしよう」 + 裏オロチチーム 正午も過ぎ、太陽が高い場所へ昇ったのどかな昼間だった。広大な自然公園の一角で、そよ風と呼ぶには弱々しい空気の流れを肌身に感じながら、読書に耽る一人の男がいる。その牧師風の衣服に身を包んだ男は穏やかな表情でページをゆっくりと捲っていく。 昼過ぎの公園は人も疎らだ。だがしかし、人の気配が希薄だからこそ今の時間は男にとって心地が良かった。目を閉じれば青々と茂る木々、小鳥やリスなどの小動物の息吹が感じられる。いささか不自由な身の上ではあるものの、こうして自然の清らかな空気に包まれながら読書を楽しむのがこの男の現在の日課であり、ささやかなる息抜きでもあった。 不意に机の上に置かれたスマートフォンの画面が光り、その男は本からそちらへと視線を移す。着信音に設定されているクラシックが優雅に流れる中、通話通知の下に表示されている連絡先を確認すると、男は本に栞を挟んで静かにスマートフォンを手に取った。 「ご無沙汰しています。貴方から連絡してくるとは珍しい...お元気ですか?」 “彼”は「お前の意見を聞かせてくれるか?」と開口一番に言い放ち、男の返事も聞かずに語り始めた。 「黒い空間に、謎の亀裂...そこから這い出る無数の手ですか」 スピーカー越しに聞こえる声に耳を傾けながら、男は顎に手を添えて考え込む。 荒唐無稽な悪夢の部類にしか聞こえないような内容だが、軽い口調とは反しその声色は真剣で、その言葉の端々からはー“彼”にしては珍しくー微かに迷いが感じ取れた。 遠くの茂みで木の実を探す小鳥を視線で追いながら、男は静かに返答した。 「ええ、私もこの目で見ました。その正体について...私の推測を聞きたい、と? 確かにあの子は慎重な性格をしている。未知の存在に警戒心を抱くのも尤もでしょう。しかし、その言葉に過度な杞憂を抱くなど、貴方らしくもありませんね」 男が笑いを含みながら指摘すると、すぐさま「馬鹿にしてんのか」と“彼”の怒ったような声が返ってくる。男と“彼”の今の関係は赤の他人ほど浅くもなければ、“彼”の同居人や友人ほど深いものではないはずだ。しかし、それでも今の一言で“彼”の表情がありありと想像できるのが可笑しく感じられた。 「フフ。貴方とシェルミー、そしてクリス...復活して間もないとはいえ、傲りを捨てた貴方がた三人が揃えばその杞憂すらも“些細な事”。違いませんか?」 “彼”の短いうめき声が聞こえる。通信の向こう側では、“彼”は決まりが悪そうに渋面を作っているのだろう。数秒の間をおいて小さなため息交じりに「そうだな」という言葉が返ってくる。男の返答を聞いて少しは“彼”も気が楽になったのだろうか、先ほどよりもその声音は軽かった。 男は穏やかに微笑みながら手元の本のページを戯れに一枚捲り、再び口を開く。 「マチュアとバイスは八神庵の血に惹かれ、山崎竜二は一族の使命よりも己の欲望を満たす道を選んだ。そして、レオナ・ハイデルンは本来あるべき己の姿から目を逸らし続けている...今やオロチ一族の使命に忠実な徒は我々オロチ四天王のみとなりました。 しかし、それも摂理なのかもしれませんね。我々はオロチ一族という“全”であると同時に、一つ一つの意思を持った“個”なのですから。私も、シェルミーとクリスも、そして貴方も...」 静かに語る男の傍を、微かな風が吹き抜ける。 「地球意思オロチが一度目覚めれば、全てのオロチ一族がその在り様を取り戻すことでしょう。レオナだけではなく山崎竜二でさえも...。愚かな人類が滅び、平穏と活力を取り戻した楽園...この目で見てみたいものです」 先ほどよりも強い風が公園を駆け抜ける。木立がサワサワと音を鳴らし、草むらの中で木の実を啄んでいた小鳥がいっせいに顔上げて飛び立った。 「たとえ此度の戦いの結果が望むものでなかったとしても、焦る必要はないでしょう。我々は彼らと違い、こうして考える時間があるのですから」 男が穏やかに声を掛ければ、“彼”は考え込むように黙り込む。声が途切れれば、スピーカーの向こうからは車の行き交うエンジン音、通行人のざわめきまで鮮明に聞こえてくる。きっと、男の傍の木の葉擦れ、脇を抜けるそよ風や遠くで飛沫を上げる噴水の音も、“彼”の耳元に届いているはずだ。 しばしの沈黙を経た後、“彼”が再び言葉を発した。その問いに男は僅かに眉を上げた。 「...私の今後の活動、ですか?」 男は本から視線を上げ、数本もの木と生垣を隔てた遥か向こうーこうして穏やかに知己と通話をしている様子でさえ真剣な表情で睨んでいる一人の男へと目をやった。目が合えば、目深に帽子をかぶったその男は焦った様子で新聞紙を読むフリをして顔を隠す。慌ててインカム越しに上司へ助けを求めているのだろう。数時間後には別の人間が素知らぬ顔で交代しているに違いなかった。 「ご心配には及びませんよ。私は私の方で楽しませていただきますので...ね」 その返答に含まれた意図を汲み取ったのだろうか、“彼”は納得したように声を上げた後、からりと乾いたいつもの声音で「おう、了解」と返す。 全てはオロチのためにーその一言を男へと告げると、“彼”は一方的に通話を打ち切った。 静まり返った木立の下、『通話が終了しました』と表示された画面を見下ろすと、男は満足げに目を細めながらスマートフォンの電源を切った。 風上で葉擦れの音が聞こえたかと思えば、ビュウと吹きつけた一陣の風が男の身体を包み込むように通り過ぎていく。軽く紙面を抑えるだけであった男の指を押しのけるように、本のページはバサバサと音を立てて捲れ、物語はひとりでに進んでいく。 一度は凪いだはずだった。しかし、何の因果だろうか、彼らはこうして現世へと甦った。 それが何を意味するのかは天のみぞ知ることであり、男達に必要なものは究明ではなく信仰である。 今は離れた場所にいる同胞達への祈りを捧げた後、男ーゲーニッツは口元に穏やかな笑みを湛えながら、その視線を天へと向けた。 「風が...吹いてきましたね」 + サムライチーム 時空のはざま、別次元へと続く亀裂の向こう側でそれぞれ手を振る仲間達を見送り、ナコルルは小さく息を吐いた。視線を落とせば、淡い輝きを放つ自身の手が視界に入る。 次元や時空を超えるという行為は肉体に多大な負荷をかける。なぜなら次元や時空の超越は“理に反する”ことであるからだ。肉体という殻から解き放たれ、魂だけの存在となったナコルルだからこそ、影響を受けず旅を続けることができるのである。 ナコルルには聖なる精霊の力、つまり同行者を次元や時空の超越による悪影響から守るだけの力がある。しかし、力にも限度はあるため元の世界から長い期間離れることはできない。ナコルルは旅仲間達をそれぞれの世界に戻す決断を下した。友との別れに寂しさこそ伴うものの判断を後悔はしていないし、苦楽を共にした思い出は確かに胸の中に刻まれている。 彼女は己の両手をじっと見つめ、端正な顔に物憂げな表情を浮かべた。 「今度こそ悪しき神を討たないと。このままだと、何が起きるか...」 拳を握りこみ、彼女はしばらく瞼を閉じた後、決意に満ちた眼差しを時空の向こう側へと向ける。 その視線の先から微かに聞こえてくる波の音を頼りに、ナコルルは確固たる意志をその目に宿し、鷹のように飛び立った。 「大海も横断できるほどの頑丈な船ねぇ...」 出島の港に停泊する大船の甲板で、ダーリィ・ダガーは樽にもたれ掛かりながら言われたばかりの言葉を反芻する。船大工である彼女がふらりと異国の地を回るために旅に出ることはままあることで、こうして日ノ本に立ち寄っては、気まぐれに馴染みの顔に会いに行くこともよくある光景であった。 この夜、客人として彼女の前に胡坐をかく男もまた、「ダーリィ・ダガーが港にいる」という噂を聞いて風の向くまま船に立ち寄ったのである。 積み荷の木箱の上に座り込み、手持ちの酒瓶を傾けながら流浪の剣士ー覇王丸は頷いた。 「今まで使ってた船はこの前の大シケでやられちまってなァ。折角なら前よりも頑丈な船で旅がしてェと思ってよ。ダーリィ、お前さんなら作れるかい?」 覇王丸の膝元、なみなみと中身を注がれた盃を遠慮なく手に取ると、ダーリィは一気にそれをあおる。気持ちのいい飲みっぷりに覇王丸も口角を上げる。 ダーリィは樽の上にドカッと音を立てて座ると、拳で自身の胸を強く叩いた。 「ハッ、誰に向かって言ってんだ? あたしらが作った船をなめてもらっちゃ困るね。頑丈どころか、七つの海を百回渡ろうが大嵐に千回巻き込まれようが、底に穴すら開きやしねぇよ!」 彼女はそう言ってニヤリと笑ってすぐ、怪訝そうに目を細めながら身を乗り出す。 「それよりも覇王丸、船を注文するのはいいけど持ち合わせはあるんだろうね? 飲み友達だからってタダで請け負ってやるほどあたしもお人好しじゃないよ」 「悪ィが、今は持ち合わせがねェ。しばらく食い物に困らねェくらいには持ってたんだがよ、あの大シケのせいでパァだ。今頃、魚と仲良く海の底で暮らしてらァ」 苦々しげに覇王丸は肩を竦めたが、いつまで経ってもダーリィの眉間のしわが消えないことに焦りを覚えたらしい。苦笑から一転、彼は唸り声と共にパンと顔の前で両手を合わせた。 「...何とかならねェか? この通り!」 頭を下げる覇王丸をしばらく眺め、ダーリィはフッと笑みをこぼした。 「仕方ねぇなぁ。じゃ、うちの工房でしばらく働いて貰おうかね! 近ごろガラの悪い連中が島に立ち寄るようになってみんな困ってたんだ。あたし一人でも何とかできるけど、あんたも居るとなりゃあ島のみんなも心強いだろ」 「すまんなァ、恩に着る! しかし、あんたの故郷に立ち寄るのも久々だな。悪ガキどもは元気にしてるか?」 「悪ガキから爺ちゃん婆ちゃんまでみーんな元気さ! 前にあんたが遊びに来てから何も変わってないぜ」 二人の笑い声が甲板に響き、遠方で休憩していた水夫達もつられて陽気な表情となる。 そうして、彼らが寄せる波の音を肴に再び盃を酌み交わそうとした時だった。 覇王丸とダーリィのすぐ傍で月光を集めたような淡い光の粒が漂う。どんな夜光虫にも当てはまらないその光は驚く二人の目の前で一点に収束し、まばゆい光とともに一人の少女の姿を形どった。 「うおっ!?」 思わず目を覆った二人が瞼を上げると、一人の少女が光の粒を纏いながら甲板に舞い降りた。彼女は清廉な空気を漂わせる長い髪の少女ー二人がよく知るカムイの戦士、ナコルルであった。 「覇王丸さん。ダーリィさん。お久しぶりです」 覇王丸とダーリィは目を丸くしながら微笑むナコルルを見つめたが、すぐに強張らせていた肩から力を抜いた。 「風変わりな嬢ちゃんだとは思ってたが、まさか何もねェとこから出てくるとはなァ...」 「煙玉じゃないだけマシだね。アレ、たまにこっちまで吸い込んで噎せちまうんだよ」 近くの木箱を指さして「まあ座りなよ」とダーリィは言い、覇王丸は近くに置いていた土産物の中からナコルルの口に合いそうなものを探し始める。そんな二人を大人びた視線でじっと見つめた後、ナコルルは唐突に頭を下げた。 「覇王丸さん、ダーリィさん...どうか、私と共に時空を超え、悪しき神を討つ手助けをしていただけますか?」 きょとんとする二人に対し、ナコルルは丁寧に事のあらましを語り始めた。 この江戸の世から遠い未来、『けーおーえふ』という格闘大会が開かれること。その大会で生まれる闘志や気を吸収し、災厄を招こうとしている悪しき神が存在すること。悪しき神の内には暗黒神アンブロジァの邪なる力の欠片が宿っており、それをうち祓えるのはナコルルだけだということ。様々な次元を超えて心強い仲間と共に戦ったが、今一歩のところで取り逃がしてしまったこと。 全てを語り終えたナコルルは静かに胸の前で手を組み、祈るようにじっと二人の様子を見つめる。話を静かに聞いていた覇王丸はガシガシとこめかみを掻いた後、ダーリィと目くばせをした。 「なァ、ナコルル。俺達からお前さんに一つ訊きてぇことがあるんだがよォ...」 そう口を開きながら、覇王丸はどすんと木箱から下りた。同じくダーリィも腰を上げ、近くに立て掛けていた大鋸を軽々と掴み上げる。 覇王丸は不敵な笑みを浮かべながらダーリィと並び立ち、腰に下げている愛刀・河豚毒の柄を指で叩いた。 「その大会、強ェヤツはいるのかい?」 二人の異口同音にナコルルは一瞬の間を置き、自身も明るい笑みを浮かべる。 そして、二人へ手を差し出しながら、力強く頷いた。 「はい、もちろんです!」 + 矢吹真吾 「今日の修行はここまでじゃ!」 「は、はいっ!」 草薙柴舟のよく通る声が庭先に響き渡る。 彼の声が耳に届いた瞬間、矢吹真吾はぴたりと身体を止め、肺に溜まった空気を全て吐ききらんばかりに息をついた。修行が終わったと自覚した瞬間、砂埃と泥で汚れ切ったジャージに汗が染み込む何とも言えない不快感が一気に押し寄せ、真吾は慌てて置いていたタオルをつかみ取った。 十数歩離れた場所から弟子の様子を眺めていた柴舟は改めて真吾の泥だらけの全身を眺めた後、しみじみと言った。 「それにしても、真吾よ……この数年で随分と上達したのう」 この場に矢吹真吾という青年をよく知っている面々が居れば、柴舟の言葉に頷いたことだろう。 息は切らしているものの、今の真吾はしっかりと両足を地につけて立っている。以前の彼であれば地に倒れて一歩も動けなくなるほどの修行量を、今の真吾は難なく乗り越えることができるようになっていた。日々の基礎鍛錬、体力作りに費やした彼の努力は実りつつある。 「えへへ……炎の方は全然! ってカンジっすけどね」 照れくさそうに真吾は笑い、泥だらけになった指で頬を掻いた。言葉とは裏腹にその声音には喜色が溢れんばかりに滲み出ている。 柴舟はそんな様子の真吾を見つめ、ため息交じりに呟いた。 「今のお前を一目、京に見せてやりたいわい。あやつめ、タン老師からの依頼を人に押し付けおって。どこで何をしておるのか……」 前回のKOFから何があったのか、京はなかなか自宅に帰ってこないらしい。しかも、どうも柴舟の反応からするに、三種の神器としての使命に関わることであるらしい。何にせよ、真吾個人として心配こそすれ、数々の局面を乗り越えてきた彼に対する信頼も厚く、結局は「邪魔しないようにしよう」という結論に落ち着いたのだが。 そんな事情であるから、勿論、真吾はしばらく彼に会ってない。最後に会ったのはおそらく、草薙家に彼だけではなく二階堂紅丸や大門五郎も集まっていると話を聞いて駆け付けたあの日で……。 ふと、真吾はとあることに気づいた。 「……もしかして、俺の修行の成果、草薙さんに全っ然見てもらってないんじゃ!?」 よく考えれば、あの日も大門に修行の成果を見てもらいはしたものの、京との手合わせは叶わなかった。それどころか、何か喋り込んでいた様子だったので、下手をすれば視界に収めてもらってすらいなかったかもしれない。 その事に気づいてしまった真吾はしなしなと俯き、肩を落とした。柴舟に褒められた喜びもどこへやら、重くなった足取りでようやく家に辿り着いた時にはとっくに日暮れを過ぎてしまっていた。 「ただい……ん?」 玄関のドアを開く前に、ふと、郵便受けから突き出した封筒が真吾の視界に入る。 郵便物の取り忘れだろうか、さっき届いたにしても中途半端な時間だなと訝しげに手に取れば、それはまるでファンタジー映画の小道具のような古風な封蠟で閉じられている羊皮紙の封筒だった。隅には流暢な筆記体で宛先が記されており、目を凝らせば『シンゴ・ヤブキ』と読み取れなくもない。 ぺらりと封筒をひっくり返すと、そこには一文が添えられていた。 「えーっと、『KOF特別推薦状』……とっ、特別推薦状ぉ⁉」 慌てて封筒を開いて中身に目を通せば、そこには矢吹真吾を特別推薦枠としてKOFに招待したいという旨、それにあたっての出場条件が記されていた。 「俺がKOFに参加、って……」 真吾は目を閉じ、考えた。KOFという言葉で思い至る面々を瞼の裏に浮かべてみる。尊敬してやまない草薙京とその炎に始まり、様々な格闘家達の鮮烈な技、能力、そして三段の高笑いがよぎっていく。 しばしの沈黙を経て、真吾は青ざめてぶるりと身震いをした。 「いや……弱気になるな、俺っ!」 弱気を追い出すようにパァンと頬を叩き、真吾は封筒を力強く握りしめる。 「これはチャンスだ。大会に出て草薙さんに今の自分の全力を見てもらうチャンス! それに、大会後に草薙さんが俺に稽古つけてくれることだってあるかもしれない! いやっ、“かもしれない”じゃなくて、ある!」 自身への鼓舞は徐々に力強くなり、その力強い声色に反応して三軒先の犬がワンワンと鳴き声を上げ始めた。たちまち弱気を彼方へ押し流し、その目にメラメラと情熱の炎を宿しながら、真吾は閑静な住宅街の空へと吠え立てた。 「うおおおおおっ! 見ててくださいよ、草薙さ~~~んっ!!」 この直後、玄関から鬼の形相で飛び出してきた姉にスリッパで叩かれたのはまた別の話。 + キム・カッファン 雨上がり、雲の切れ間から差し込んだ光が鬱蒼と緑の茂る山中を照らす。 人も獣も寄り付かないような、切り立った断崖の上にその小屋はひっそりと佇んでいた。 長年に渡って使われ続けてきたのだろう、小屋の外観は雨風に晒されたせいであちこちが痛み、朽ちている。しかし、各所に見える修繕の跡は最近のものであり、積まれた薪の切り口は真新しい。 僅かな風で軋む扉の向こう側、荒んだ稽古小屋の中で静かに座す一人の男がいる。 天井から染み込む雨水がぽたり、ぽたりと音を立てて床で弾けるその空間で、巌のような静けさを纏い、その身を微動だにさせることない男の名はキム・カッファン。 瞼を静かに閉じるその面立ちは精悍であり、以前よりも頬が痩せ、目元に薄っすらと影が落ちている。武人として磨きがかかったと言えば聞こえはいいが、彼をよく知る者達が見れば口を揃えてこう言うことだろう。 げっそりしている、と。 前回のKOFが終わり、キムが師匠のガンイルと共にこの山に籠ってからどれだけの時が過ぎただろう。春が来て、夏が訪れ、秋となり、冬が過ぎていく。その間、野山に咲く花々の彩りであったり、青々と広がる葉の瑞々しさ、色づく紅葉に目を移したり、降る雪に感動したりなどという余裕は一切無かった。 ただ、生きるために必死だった。一年にも渡る過酷な修行の思い出が、キムの瞼の裏に駆け抜けていく。 「ほれ、懐かしいと思わんか? 初心に戻って登って来んかい、キムよ!」 山の急斜面の上からキムへ向かって大量の丸太を転がす、ガンイルの笑顔。 その言葉通り、彼に師事して間もない頃、キムはこの修行を経験していた。しかし、今回のものは当時に比べて量も速度も段違いだった。そのうえ、ご丁寧に地面には幾つもの罠が仕掛けられており、少しでも油断すれば足を取られて転倒してしまう。あの頃はまだ手心があったのかと感じる間もなく、キムは何度も丸太の下敷きになった。 「ここいらに凶暴な熊が住み着いて困っとるらしくてなあ。これも修行と思い、励めよ!」 凶暴な熊が闊歩する縄張りにキムを置き去りにしていった、ガンイルの笑顔。 麓の村に住む人々の平穏のためであれば、どれだけの強敵であっても我慢ができるというものだ。しかし、この戦いもまた過酷を極めた。人を襲う事に慣れた獣との戦いは三日三晩続き、昼も夜も周囲への警戒を怠れないという生活はキムの精神を削り続けた。 修行はそれだけではない。目が覚めたら両手両足を縛られて見覚えのない谷に転がされている事もあれば、ひたすら山麓から山頂まで岩を運ぶ事も、冬の川の中に腰を浸けながら素手で魚を取る事もあった。 ガンイル曰く、「元気にやっとると、わしの方から連絡はしとるぞ」とのことだが、この一年間、妻や子供達の顔を見ることはおろか、声を聴くことすらかなわないでいる。 テコンドーこそ世界最強の格闘技である、という考えは変わらない。むしろ、テコンドーに対する熱意も、師範として向き合い背負っていくことへの責任感も、この修行を通じてますます強まったのは確かだ。技も磨かれ、肉体も締まり、キムは確かに強くなった。 しかし、研鑽されるということは、裏を返せば削られて瘦せ細るということ。人並み以上の正義感と情熱を抱いているキムであったとしても、人間であることには変わらない。痛みを感じれば苦しみを覚えもする。 日に日に摩耗していくキムの傍で唯一変化のないものは、師匠の明るい笑顔と豪快な笑い声だけ。 つまり、「正直キツい」ということだ――...。 キムはゆっくりと瞼を開き、その双眸に鋭い光を宿しながら正面を睨みつけた。 彼の正面に置かれている古風な封蠟で閉じられている羊皮紙の封筒、その表には『KOF特別推薦状』と記されている。 「...ここで、終わらせなければ...!」 肺の底から絞り出すような一言と共にキムは封筒を拾い上げ、ぐっと握り締めた。 腰帯を締め、封筒を強く握りしめながらキムは稽古小屋の外へと踏み出した。 小屋の外に一歩踏み出せば春の訪れを示すような風がごうっと音を立て、土と雨のにおいを含んだ空気と共にキムのすぐ傍を駆け抜けていく。肺一杯に新鮮な空気を取り込めば、疲弊した精神が少しばかり癒されるような心地がした。 「下りるか、キムよ」 不意に背後から掛けられた言葉にキムが振り返れば、小屋の壁に背を預けるようにしてガンイルが佇んでいた。表情はいつものような明るいものではなく、真剣そのものだ。彼の視線はキムの手に握られた封筒に注がれており、何を言わんとしているのかは訊かずとも理解できた。 キムはガンイルへと向き直ると、その精悍な顔に爽やかな笑みを浮かべながら頭を下げる。 「師匠! この一年間、ご指導いただきありがとうございました! 私は今から下山し、KOFという舞台で修行の成果を試すこととします! どうかお元気で!」 決意と熱意が籠った弟子の言葉を聞き、ガンイルはしばらく黙って見守っていた。そして、何かに気づいたかのように一度だけ目を丸くしたかと思えば、その顔にニカッといつもの笑顔を浮かべる。 「開催時期を考えりゃあ、まだ猶予はあるじゃろ。なら、その期間にわしが手取り足取り見てやるわい!」 ガンイルの笑顔を見、キムの顔から血の気が引いた。僅かに口の端をピクピクと痙攣させながら、彼は必死に声を張り上げる。 「いえ、十分にご指導いただいておりますので! お心遣い感謝いたします!」 「遠慮するでないわ! もうちっとくらい稽古をつけてやろう」 「いえ、師匠もこれから巡業でしょう! 私のことはお気になさらず!」 「せっかくなら今からジョンもここに呼び寄せるか? ほれ、張り合いも出てくるじゃろ」 「本当にッ‼ お気になさらずッ‼」 二人の声が木々の合間をこだまする。春風ですらかき消せないほどの言い争いはしばらく山間に響き渡り、そこに住む動物達をビクッと怯えさせた。 山の上からはいつの間にか雨雲は過ぎ去り、透き通るような青空が広がっていたという。 + シルヴィ・ポーラ・ポーラ ――シルヴィ・ポーラ・ポーラは激怒した。 必ず、かの陰湿砂男のククリんを叱らねばならぬと決意した。 それは彼女が中国からフランスへ帰国して間もない日、昼間のパリの市中での出来事であった。 目玉ちゃんと散歩している最中、華やかなブロムナードに似つかわない後ろ姿を偶然見つけたのである。歩く度に砂を石畳に落としているその青年の陰気な後ろ姿は、シルヴィの旧知の存在であった。 無論、友達と出会えばコンニチハ。シルヴィは礼儀正しい女の子であるため、大手を振って挨拶をした。 「やっほ~、ククリん!」 「っ!?」 その声を聴くや否や、その青年――ククリは不意を突かれたかのように振り返り、シルヴィの姿を見るや否や露骨に嫌そうに口元を歪めた。 「貴様なぜここに……というか大声で喚くなちんちくりん!」 彼が憎まれ口を叩くのはいつものことであったので、シルヴィは意に返さず彼に駆け寄った。 「ククリんからのお届け物、ちゃんとミアンのとこに届いてたよ! 今はポーラが預かってるのだ。これこれ」 郵送された物品がちゃんと手元に届いたことを伝えるのは大切なことだ。シルヴィは鞄の中から使い込まれたスクラップブックを取り出して見せつけた。 ククリの口元はますます歪み、それこそ苦虫を嚙み潰したような様子であったが、シルヴィからすればただの照れ隠しのように感じられたのだ。今思えば、ここで友人の異変に気付かなかったシルヴィにも非はあったかもしれない。 「あのね、ククリんに会ったら訊きたいことがあって~……」 シルヴィはスクラップブックを開き、目当てのページを探し当てる。そこには乱雑に、しかしどこか切羽詰まった様子で書き留められた一文があった。その一文を目に映せば、やはりどこかうすら寒いものが背筋を滑り落ちていくような感覚があった。 そこに刻まれた文字を指でなぞり、彼女はククリの眼前に突き出す。 「この、『オトマ・ラガ』ってなあに? ポーラ、なんだか聞き覚えというか、見覚えというか、あるような無いような――」 返事はなかった。ただ、シルヴィはフードの影に隠れた彼の目が大きく開かれるのを見た。 驚愕、あるいは警戒だろうか。その表情は強張り、視線はスクラップブックとシルヴィの顔を捉えている。何にせよ、ここまで余裕のない様子のククリをシルヴィは見たことが無かった。 「お前、どこまで……」 喉につかえていた空気を押し出すように、ククリは言葉を吐き出す。そして、大きく深呼吸をしたかと思えば、シルヴィが思わず後退りしてしまうほどの勢いでズビッと指を彼女の鼻先へと向けた。彼が大きく腕を振った影響で砂が飛び散り、シルヴィの腰元の目玉ちゃんにパラパラと降り注ぐ。 「最後の忠告だからな耳をかっぽじってマイクロサイズの脳みそに刻め……“これ以上首を突っ込むな”! これは貴様に一ミリも関係のない話だ。痛い目を見たくなければお家でそのメダマチャンとオネンネしていろ分かったな!」 早口でまくし立てたかと思うと、ククリは脱兎の如く逃げ出した。その足はあまりにも早く、シルヴィが「はぐらかされた」と理解した頃には完全に視界から消えてしまっていた。 ここに来てようやく、シルヴィは確信を得たのだ。 ククリは何かを隠している。それも、恐らくは彼自身の今後を左右するほどの重大な内容を。シルヴィにとっての秘密結社ネスツのように、彼にとって重要で途方もない何かが身近に迫っているのだろう。 だが、それは友達であるシルヴィとミアンに分かち合える苦悩と苦難のはずだ。シルヴィはククリに頼られなかったという事が何よりも悔しく、同時に彼女らを頼らなかったククリに激怒したのである。 「……ってことがあったのだ。たしかにポーラはちょっぴり頼りないかもしれないけど、お話を聴くくらいはできるのに」 そして現在、街の片隅の喫茶店でシルヴィはククリへの愚痴を散々ぶちまけていた。 話し相手はイケメン格闘家のリサーチ中にSNSで知り合った同好の士であり、シルヴィよりも年上の素敵なお姉さん――シェルミーだ。ファッションデザイナーであるという彼女とは服の趣味に関する話もでき、何より目玉ちゃんを「かわいい~♡」と言ってくれる人でもある。今では、こうして都合が合えば度々オフ会をする仲にまでなっていた。 顔をしわくちゃに顰めながらグラスの底に溜まったソーダをストローで吸い上げるシルヴィを前髪越しに見つめ、シェルミーは頬に手を当てて小首を傾げた。 「確かに、友人に隠し事されるのは嫌ね。自分が関わってそうな事ならなおさら」 「ククリんだって同じことされたら絶対に嫌がるはずなのに……自分がされたらイヤなことを他人にしちゃいけませんってポーラが直々に教えに行きたいよう」 口をストローから離し、シルヴィは眉を下げる。 「ポーラ、ミアンとククリんと一緒にKOFに出たかったのに」 悲しげに俯くシルヴィの姿をシェルミーはじっと見つめていた。彼女はしばらく考え込むように顎へ指を添えた後、パッとその口元に華やかな笑みを浮かべて胸の前で手を叩く。そして、顔を上げたシルヴィに対し、一枚の封筒を差し出した。 「実は私も友人達とKOFに出場するんだけど、招待状の他にこんなものも貰ってて~♪」 古風な封蠟で閉じられている羊皮紙の封筒をシルヴィの手に乗せると、シェルミーは裏返してみるように言葉を添える。その言葉に従ってシルヴィが封筒をひっくり返すと、そこには一文が添えられていた。 「KOF……特別推薦状!?」 「残念ながら、特別推薦枠での出場だと運営側が編成したチームでの参加になっちゃうみたいなんだけど、大会に出場することはできるわ。お友達にお説教するチャンスになるかと思ったんだけど……どう?」 「はわわ! こんな貴重なの、ポーラが貰っていいの?」 「もちろん! 私はシルヴィちゃんが勝ち進められるって信じてるから」 明るく笑う彼女の言葉を受けて、シルヴィもまたつられるように笑顔になった。ニシシと歯を見せて笑い、受け取った封筒をポシェットの中へ大切にしまう。 「ありがとう、シェルミーさん! ポーラ、ククリんに説教するのはもちろんだけど、大会を勝ち上がってシェルミーさん達にも会いに行くのだ!」 「ええ、楽しみしてるわね~♪」 シルヴィはポシェットを閉じながらぎゅっと拳を握り込み、誰にともなく小さく頷いた。 “友達のために戦うシルヴィ・ポーラ・ポーラ”なんて、きっとかつてのポンコツシルヴィには想像もできなかっただろう。そんな今の自分がちょっぴり誇らしく、そして嬉しかった。 シルヴィは目玉ちゃんをそっと撫で、改めてその顔に笑みを咲かせる。そして、目の前に置かれていた食べさしのタルトへ再び向き直るのであった。 + ナジュド 師曰く、『次元の魔物』というものは人智を超えた存在であり、宇宙の創造から常に隣同士の場所でこの世界を監視しているらしい。 こちら側から目視できないその魔物についての伝承録は、太古から紡がれてきた人々の探求心と意地の賜物だ。前触れのない天変地異、世の理に反した異常事態。時に異能の力を用いながらもそういったものを追い求めた人々こそが、その力の片鱗、あるいは正体に迫り、後世に災いを残さぬように知恵を繋いできた。 そして、いつかそれが理を超えて世に現れたときには、アバーヤの力を用いて魔物を狩るのが正義の番人――つまり、ナジュドが果たすべき役割であった。 だが、長い歴史の中で次元の魔物という存在の伝承を紡いできたのはナジュド達だけではないという。 アフリカ大陸に広がる砂漠の奥深く、その魔物を死と再生の神として崇め、顕現を予知することに長けた一族の存在。 血ではなく智により後継してきた者達――その最後の足跡を辿るため、ナジュドはアフリカ大陸の奥地へと訪れていた。 オアシスの傍にひっそりと息づく集落、そこのとある民家にナジュドとガイドは足を踏み入れた。 「家主はかなり前に亡くなったそうだな。砂嵐に巻き込まれてしまったとか。気の毒に……」 家主の生前は手入れが行き届いていたのだろうが、今は床に砂混じりの埃が薄っすらと堆積しており、ここしばらく人が出入りした様子もない。 しかし、窓や扉は朽ちずに残っており、長年に渡って放置されてきたにしては妙に手入れされている印象を受ける。それも優しい近隣住民が手入れを続けてくれているのかと思えば納得できる範囲なのだが、ナジュドは引っ掛かりを覚えていた。 「無人なのかしら?」 彼女の問いかけにガイドはぐるりと部屋の中を見回し、悲しそうに頭を振った。 「隣の家の老人曰く、子供が家を継いだそうが……この様子じゃあな。しばらく誰もいなかったんだろう。だからこんなことに……」 彼の視線の先にはひっくり返されたかのように荒れている書架がある。空き家となってから泥棒に入られてしまったのだろうか。価値が高そうな書物は根こそぎ盗まれてしまったようで、床に落ちているのは石版や羊皮紙ばかり。そのいずれもひどく傷んでしまっていた。 ナジュドは一枚の写真を手に辺りを見回していたが、目当ての品が無いことが分かると小さくため息を吐いた。 「付き合わせてごめんなさい。それと、街に戻ってからでいいのだけれど……盗品の行方を追いたいの。情報屋を紹介してもらえるかしら?」 「お安い御用だ」 彼はそう言って笑い、荒れ果てた家屋に祈りの言葉を捧げてから出ていった。 ナジュドは彼の言葉を真似てから、改めて荒れた家の様子を眺めた。 「今は滅びた一族、その最後の大隠者が遺した手稿か……。彼らの無念のためにも、必ず探し出さないと」 師から受け取った一枚の写真を覗き込み、彼女は静かに眉根を寄せた。 一冊の手稿を追う旅路はナジュドにとって有意義な時間だった。 優秀なガイドがいい情報屋を紹介してくれたこともあり、大隠者の家から盗み出された書物の足跡を追うのはそう難しくなかった。幾つもの都市と店を経由し、その手稿が辿り着いたのはエジプトのアレクサンドリア。 細い路地の奥まった場所にひっそりと佇むその古本屋が、旅の終着点であった。 その店はどちらかというと雑貨店と呼ぶに相応しい外観をしていた。雑多に物が並べられた店内は狭く感じられるが、しかし、商品はいずれも手入れが行き届いていて、一つ一つを大切に扱っているのであろうことが分かる。 ナジュドが店内に足を踏み入れれば、品のいいテーブルに座って読書を嗜んでいた店主が顔を上げた。年配のその男はにこりと笑みを浮かべ、挨拶を返した。 「こちらの商品をいただきたいのだけど」 そう言ってナジュドは一枚の写真を取り出した。 年季の入った手稿を撮影したくたびれた写真を覗き込み、老店主は眉間にしわを寄せながら考え込む。そして、唐突に「ああ」と声を上げたかと思えば、ナジュドへ写真を返しながら小さく頭を振った。 「そいつはもう売れちまったね」 「売れた? まさか……」 アフリカの大隠者が残した手稿とはいえ、その意味を理解できない者にとっては無価値な代物だ。特にこの件はナジュドの師ほどの人物でしか知りえない伝承なのだから、それが売れたというのはにわかに信じ難いことだった。 次元の魔物を良からぬ事に利用しようとする者か、あるいは、眉唾物の民間伝承に惹かれた好事家か。何にせよ、誰がどのような目的のために手稿を入手したのかを把握しなければならなかった。 「その買い手がどんな人物だったか聞いてもいいかしら」 「男だよ。顔は覚えちゃない。何せフードで隠れていたからね」 「フードで顔を隠した男、ね……。他に特徴は?」 「そうさな。声の感じからして、若そうだったが……」 身振り手振りを交えながら喋るうちに記憶が蘇ってきたのか、店主は身を乗り出して言葉を続ける。 「思い出してきたよ。その男の服が妙に埃っぽくてね、指先まで砂まみれだったんだ。砂漠で転びでもしたのかって訊いてみたんだが……」 饒舌な店主の言葉を聞いて、思慮するナジュドの脳裏を掠めたのは一人の青年の姿だった。 目深にフードを被った怪しい姿に、その下から飛び出す暴言と礼節を欠いた態度。何より、彼の砂の異能力。彼が操る流砂と重なるように、アフリカの奥地の廃屋で見た砂埃がフラッシュバックする。 「早口で悪態を吐かれた、とか?」 ナジュドがそう訊ねれば、店主は大きく頷いた。 「自分が正当な所有者だとかなんとか喚き散らしてね。他の本を汚されちゃたまらないから、さっさと本を売って追っ払ってやったよ。まあ、あれは好事家でも学者でも、嬢ちゃんみたいな勤勉な学生でもなさそうだ。関わり合いにならないのが一番さね」 老店主は辟易の表情でぶつくさと先客の愚痴を零していたが、ナジュドの目を見て人好きのする朗らかな笑みを浮かべる。彼は小さく体を揺すり、周囲に陳列された古書の海をぐるりと見渡す。 「ともかく、そういうことさ。他に欲しいものはあるかい?」 ナジュドは老店主の視線につられるまま、店内を一望した。 様々な言語の古書をはじめとして、手作りと思しき木の彫刻、天井から吊り下がるガラスのランプに、壁にはタペストリー。用事を済ませたからといって立ち去るには惜しく思えるほど、この小さな古書店は魅力に包まれている。 彼女はしばらく考え込みながら一つ一つの商品に目を移し、そして棚の上段に飾られていた一本の香水瓶を手に取った。 「これはお幾ら?」 「お嬢さん、お目が高いね。安くしとくよ」 丁寧に商品を紙に包んで渡してくれた店主に一礼し、ナジュドは店を後にした。 路地を進んで角を曲がれば、くっきりと地面に落ちた薄い影の中へと彼女の身体が滑り込む。多くの人でごった返す表通りの喧騒もここには届かず、耳が痛くなるほどの静寂が辺りに満ちていた。 「魔物を前にしても動揺すらしなかったあの態度。何か秘密を抱えているものとは思っていたけど……ククリ、と言ったかしら。彼が大隠者の後継だったとは」 ナジュドの呟きも乾いた風に乗り、どこかへと消えていく。 「お師匠様の言った通り、あの大会が全てのカギになっているようね。まるで全ての運命が手繰り寄せられているかのよう……」 そう言って一度天を仰ぎ、ナジュドは息を吐いた。そして、アバーヤの内側に潜ませていたもう一枚の書簡――『KOF特別推薦状』と記された、古風な封蠟で閉じられている羊皮紙の封筒を取り出す。 闘士達の気を喰らい、次元の魔物は再び現れる。ナジュドが正義の番人として、とある青年が大隠者の後継者としてかの戦いに赴くように、様々な思惑と運命を抱えた者達が一堂に会することとなるだろう。 これは予感ではなく確信だった。 封筒を持つ手に力を籠め、ナジュドは一歩を踏み出す。アバーヤの裾を揺らめかせた彼女の後姿は、影の道の中へと溶け込んでいった。 + デュオロン 前々回の大会から疎遠となっていたエリザベート・ブラントルシュから便りがあった。 その手紙には、久しく音信不通であったことへの謝罪に加え、KOFが終わり次第、上海で『とある人物』に引き合わせたいという旨だけが美しい筆跡で簡潔に綴られていた。 文面からも伝わる相変わらずの几帳面さに、彼女と折が悪いシェン・ウーがぶつくさと文句を零す様が目に浮かぶようだ。 感傷に浸るような性格ではないと自覚しつつも、シェンとの出会いとなったこの街に自然と足が向いたのは、自身が思う以上に心残りというものがあったせいかもしれない。 摩天楼が林立する艶やかな上海の街の中心部、一人の青年が音もなく歩いている。 どこか哀しげな空気を纏った東洋的な風貌の美青年は、人目を惹く美貌ながらも、他者の視線が及ばぬ薄闇の中を誰に気付かれることもなく進んでいく。 影法師のように物静かなその美青年――デュオロンは、友人であるシェンと久々に再会の約束を取り付けていた。指定の時刻までには余裕があり、もっと言えばあのシェンがトラブルも遅刻もなく定時通りに来るとは思えないものであるから、時間潰しも兼ねて散歩をしているのだった。 だが、いくら歩けど、結論は出ない。 「……さて、どうしたものか……」 懐から取り出した封筒に視線を落とし、彼は小さく息を吐いた。 今現在、彼を悩ませている原因がまさにこの封筒だった。『KOF特別推薦状』と記された、古風な封蠟で閉じられている羊皮紙の封筒がデュオロンの元へ届けられたのはエリザベートの便りを受け取った翌日のことだった。 何も、KOFという大会そのものに気後れしているわけではない。むしろ、裏切り者である飛賊の長、他ならぬ実父・龍の足跡を突き止めるために二度参加した経験がある。 だが、その結果はいずれも芳しくなかった。一度ではなく二度も空振りに終わったのであれば、「今度こそ」などという希望は持つだけ無駄だろう。多額の賞金もデュオロンにとっては不要である。この封筒が届いたタイミングも妙に間が良く、それにすら薄らと疑念を抱いてしまう。 「今更、心惹かれるものなど……何も……」 幾度考え直しても、やはりデュオロンがKOFに参加する理由はない。 だというのに、何故かこの封筒を捨てきれないでいる。 ふと顔を上げれば、通行人たちが歩調を緩め、興味深そうに近くのビルの大型モニターへ視線を映している様子が見えた。 スピーカーから派手なジングルが鳴ったかと思えば、『Martial Mayhem KOF SPECIAL』と仰々しいテロップがモニターの中を横切っていく。 今回のKOFはスポンサー企業がついているからか、以前に増して報道特集が増えている。特別参加枠とはいえ、デュオロンの本職は暗殺者だ。乗り気になれないのはそういった部分が影響していた。 「続きまして『KOF』に参加される選手への独占インタビュー! こちらの映像をご覧ください」 映像がスタジオからフランスの大通りへと切り替わり、インタビュアーと対面している二人の男女の姿が画面に映った。 華やかな街並みを背に毅然と立つのはデュオロンもよく知るフランスの令嬢、エリザベート・ブラントルシュだ。その隣に立つ、顔をフードで隠した男は彼女のチームメイトだろう。 「ククリ選手は前大会に引き続いての参戦。そして、エリザベート選手も過去の大会に幾度か出場された経験がおありとのことですが……」 「ええ。此度の大会も、ブラントルシュの名に恥じぬ戦いをご覧に入れてみせましょう」 一点の曇りも感じさせない、エリザベートの凛々しい表情にデュオロンはすっと目を細める。 シェン、そして彼女と組んで出場した、かつてのKOF。あの大会は何かがおかしかった。デュオロンだけではなくあのシェンでさえ、不気味な違和感と喪失感にしばらく頭を悩ませたほどだ。 あの時、フィナーレの花火が打ちあがる中、赤いカチューシャを握り締めながら生気のない顔で何処へと歩み去っていく彼女の姿を鮮明に覚えている。チームとして残したのは至って普通の戦績だ。彼女の家名に恥じるような体たらくを晒したわけでもないというのに、あれきりエリザベートは自身の屋敷に籠ってしまっていた。 彼女に何があったのかは知らない。だが、今こうしてメディアの前に姿を現したエリザベートの表情を見るに、きっと彼女はそれを乗り越えられたのだろう。 知己の安否を確認できたことに満足し、デュオロンがその場を離れようとしたその時だった。 「今大会が初出場とのことですが……意気込みは?」 そのままモニターから離れるはずだったデュオロンの視線は、へらへらと笑うその顔にくぎ付けになる。 突き出されたマイクに応えるように、彼は画面外からひょっこりと姿を現した。その人を食ったような笑み、愛嬌と意地の悪さが同伴するようなそばかす面にはありもしない既視感があった。 「フフ、そうだネ。初出場でドキドキしてるヨ♪」 聞き覚えがあるはずもない声だった。だが、それを『おかしい』と認識してしまう自分がいる。 かつて覚えた奇妙な違和感と喪失感が脳髄を揺らす。眩暈にも似た感覚の奥で、忘れてしまった何かをあと一歩で思い出せるような焦燥感が募っていく。 ぐらりと姿勢を崩したデュオロンは壁に肩を擦るようにして身体を支え、再びモニターへと視線を戻す。そのとき、カメラ越しに彼と目が合った。 「――『アッシュ』だ……! アッシュ・クリムゾン……!」 その名前を口にした瞬間、デュオロンの意識が鮮明になった。 パズルのピースがかちりと嵌ったかのように、曖昧な記憶が塗り替えられていく。 「案外、昔の知り合いも見てくれてたりして? トモダチの期待を裏切らない程度に頑張ってみるヨ」 アッシュはそう言ってカメラに向かって手を振り、離れていく。目立たないようにしているフードの男にわざわざ絡みに行く彼から注意を逸らそうとするかのように、エリザベートが咳払いをしながらインタビュアーの隣へと戻ってきていた。 デュオロンは思わずふっと笑みを零し、そして、自身がいつの間にか握り込んでいた特別推薦状を見下ろした。 「……やはり、お前は食えぬ男だ……」 強く握りしめられたせいでしわだらけになった封筒を指で伸ばしながら、彼は音もなく踵を返し、夜の街へと消えていく。 その口元に仄かな笑みが浮かんでいたことを、その場にいた誰も、終ぞ見ることは叶わなかった。 + 四条雛子 あれは夏の日、ちょうど都内で開かれた格闘大会の決勝戦の日でした。 普段からのお稽古の成果が実を結び、無事に優勝を果たすことはできたのですが……私、少しだけ落ち込んでおりました。 それというのも、理由がございます。私が大会に参加するのは、みなさんに相撲の素晴らしさを知ってもらうためなのです。もちろん、力士として妥協することはございません。土俵に持ちうる全てをぶつけ、その結果として優勝を目指しております。 今回の大会ではその目標に相応しいだけの相撲を披露できたという自負があります。 ですが、一向に私たちの相撲部――その新入部員を見つけられておりません。 相撲にご興味を持ってくださったのか、セレモニーの後に記者の方からお声を掛けていただきました。その方たちを勧誘してみたのですが、色よい返事はいただけずに終わってしまいました。 そう、そのため、控室で紅茶をいただきながら、少しだけアンニュイな気分に浸っておりましたの。 そのような折に突然、扉がノックされたではありませんか。 「失礼いたします。四条雛子様、只今お時間よろしいでしょうか」 「はい、どうぞ~」 控室に訪れたのは、立派な黒のスーツを身に纏った二人のおじさまでした。 「社長が雛子様と二人でお話されたいと……」 差し出されたスマートフォンを受け取りますと、スピーカーから声が響いたではありませんか。 「先ほどの活躍、見せて貰ったよ。君のようなファイターを探していたんだ」 まるで歌劇のスタアのようで凛々しく毅然とした口調。張りのある女性の声です。 その声色や喋り方は記憶に新しく、私、ピンときました。彼女はアナスタシアさん。飛ぶ鳥を落とす勢いで世界に躍進してらっしゃる企業の社長さんです。 お父様からは面識があると聞いていましたが、もしかしたら、VIP席からご鑑賞なさっていたのかしら。 「君を一目見た瞬間に……ビビッときた! 卓越したセンス、洗練された技術。今日の主役はまさに君だ、ミス・ヒナコ!」 きっと通話の向こう側では喜色満面でいらっしゃるのでしょう。そう感じるほどに活力に満ちたお声が控室に響きます。 対面ではないのに、こうして伝わるほどです。きっと気さくで優しい方なのでしょう。 「まあ……どうもありがとうございますう~」 「こうして通話しているのは、君の才覚が私に提案を促したからだ。どうだ、ミス・ヒナコ。私が経営するスポーツクラブに移籍する気はない? スモウの振興に留まらず、専属ファイターとして君に様々な機会を提供することを約束しよう」 「ご心配には及びませんわ~。ご学友のみなさんと一緒にお稽古する楽しさに勝るものはございませんもの~」 「無論、その学友たちと共に来てもらっても構わない」 「あら~、こんなに熱心に相撲部のお話を訊いて下さるなんて……――はっ!?」 私としたことが、つい会話に熱中してしまい失念しておりました。 アナスタシアさんは相撲にご興味がおありのご様子でした。こちらから入部のお誘いをする場面であったというのに……ああ、雛子、まさに一生の不覚です。 「――しかし、この提案を実現する前に、条件を付けさせてもらいたい。ミス・ヒナコに例のものを!」 傍で待機していた黒服のおじさまが私に一枚の封筒を渡して下さいました。 その封筒は上品な装丁で、古風な封蠟が施されています。使われているのは羊皮紙でしょうか? 指触りが良くてサラサラします。 「裏側に記してある通り、これはKOFの特別推薦状だ。それさえあれば、君は私が推薦したファイターとして大会に参加することができる」 アナスタシアさんの言葉に導かれて封筒を裏返せば、そこには確かに『KOF特別推薦状』と記されております。 まあ、KOF。その言葉にめくるめく思い出がよみがえります。 舞さんやキングさん、ユリさん……それに、魔さん。みなさん、お元気でしょうか? 「君がこの大会で優秀な戦績を残し、世界に通用するに足るスモウ・レスラーだと証明できた暁には……先ほどの提案の実現だ。晴れて君と君の学友を我がアナスタシア・スポーツクラブに勧誘しよう!」 「ですから、移籍は困りますわ~。アナスタシアさんが相撲部に入部してくださるのでしたら、みんなで大歓迎いたしますのに~」 率直な感想を申し上げれば、アナスタシアさんが椅子から立ち上がる音が聞こえてきました。 「君の望みを叶えたくば、優勝を勝ち取ることよ! ミス・ヒナコ!」 明朗快活な応援を最後に、通話はぷつりと切れました。 静まり返った部屋の中で、私、じっくりと考えました。 この対話が意味するところとは、つまり――……KOFで優勝をすれば、アナスタシアさんが相撲部に入部してくださるということに他なりませんわ。 KOFにはきっと舞さんたちもいらっしゃる事でしょう。世界中のみなさんに相撲の良さを喧伝し、みなさんと再会し、そして新入部員をたくさん連れ帰る……考えれば考えるほど、魅力的で素敵なプランです。 私はその場で封筒から特別推薦状を取り出し、同意欄にサインいたしました。それを受け取った黒服のおじさまは礼儀正しい挨拶と共に控室を去って行かれます。 「では、優勝を目指して頑張りますう~」 まずは今晩のちゃんこ鍋から。私は胸が弾む心地でこの場を後にしたのでした。 + EXストーリー シュンエイ 前後左右も分からなくなるような闇の中にシュンエイは放り出されていた。 「ここは...何だ? どこだ?」 シュンエイの声は闇の中に吸い込まれ、響く前に消えていく。空間を探ろうと腕を伸ばせば、水の中に浮かんでいるかのようにあらぬ方向へ身体が漂うばかりだ。 黒、黒、黒ー光は一遍も差さないくせに、自身の身体だけははっきり見える。だが、それ以外のものは何も見えない。分からない。 「明天? じいさん?」 口から声を出そうと、返答はない。耳が痛くなりそうな静寂の中で、孤独と恐怖が加速していく。焦ってもがいても身体がふわふわと回転する感覚しか無い。 息が乱れ、心臓が早鐘のように鳴る。シュンエイの中の孤独と恐怖が限界を迎え、感情が迸るままに絶叫しようと口を開きかけたその時だった。 ピシッ。 闇の中に音が鳴った。気づけば、シュンエイの目の前に“亀裂”が現れていた。 亀裂はミシミシと音を立てながら、闇の上を広がっていく。さながら蜘蛛の巣のように走る白い亀裂に目を奪われていると、中心がパキンと崩れ落ちた。 「...?」 ひとかけらを皮切りに、亀裂の中央がパキンパキンと崩れ落ちていく。 その奥から顔を覗かせたのは、無数の光が瞬く世界。そこはまるで銀河のようでありながら、この世の理から外れた異質さを感じる空間だった。 キラキラと輝く向こう側の世界。その光景に、シュンエイはなぜか懐かしさを感じた。その光景に思わず手を伸ばすと、不意に耳鳴りが彼を襲った。キイキイミシミシと響く耳鳴りにシュンエイは顔をしかめるが、しばらくするとそれが“声”であることに気付く。何と言っているのか聞き分けようとシュンエイはその音に集中し、確かにそのメッセージを受け取った。 「ースベテヲ、ハカイセヨ」 “声”の意図を理解した瞬間、シュンエイの全身に悪寒が走った。胸の内、シュンエイの深い場所で強い力がうねるのを感じた。孤独、恐怖、絶望、悲しみ、怒りー感極まった時に突き動かす感情さながらの、恐ろしい衝動だった。 「や...やめろ...!」 耳を塞ごうと上げた手が空を切る。 「オマエハ、ハカイノチカラ。イカレ。カナシメ。オソレロ。キョウフセヨ。スベテヲ、ハカイセヨ」 亀裂の向こう側に何かが見える。球状のようにも、箱状のようにも、人型のようにも見える何かが。 「うるさい、黙れ...!」 「ハカイセヨ」 「が、あ...ァ...!」 “声”がガンガンと脳内を揺さぶる。胸の内で衝動が暴れる。どれだけもがこうとも、この空間において彼は孤独だった。その事実がさらに恐怖を煽り、怯えて小さくなった心は衝動に覆いつくされる。 苦痛にシュンエイが呑み込まれようとしたその刹那、亀裂の内側が輝いた。そして、赤と青の巨大な“手”が現れ、シュンエイの身体を大きく突き飛ばすー 「ーはっ! はぁ...はぁ...」 シュンエイが目を見開けば、見慣れた天井が視界に飛び込む。荒い呼吸を落ちつけながら身を起こすと、心配そうな顔をした明天君と目が合った。 「シュンちゃん...大丈夫? 昨日よりもひどいうなされかただったよ」 不安そうに枕を抱きしめる明天君の言葉を聞き、シュンエイはぼんやりと手元を見下ろした。 物心ついた時には既に、シュンエイはこの悪夢を見るようになっていた。 最初は暗闇の中を永遠に漂うだけの夢だった。ただそれだけ、と言えば聞こえはいいが、そこで感じる恐怖や孤独感は幼いシュンエイの心をひどく揺さぶった。悪夢で感じた不安を現実にまで引きずれば、力は暴走しシュンエイの手には負えなくなる。そんなシュンエイに「自身の力を抑え込むイメージをしやすいように」とヘッドフォンや包帯を与えてくれたのは恩師タン・フー・ルーだった。 しかし、ある時から悪夢の内容が変化するようになった。闇の中に亀裂が入ったのだ。亀裂は日を追うごとに広がっていったが、タンの教えやイメージによる感情コントロールの成果、そして何よりシュンエイ自身が成長したのもあってか日常に支障をきたすようなことはなかった。 少なくも、ここまで夜中にうなされるようなことも。 明天君曰く、シュンエイがうなされるようになったのはつい最近ー前回の大会で謎の化け物と対面した翌日かららしい。 シュンエイが夢の光景で覚えているのは亀裂が広がり切ったところまでだ。その先の出来事は目覚めると全て忘れてしまう。そのため、悪夢の内容が具体的にどういうものなのか、あの怪物と関わりがあるのかさえ明天君やタン・フー・ルーに説明することができない。 確実に言えるのは、ひどい苦痛を感じること。どうやっても同じ夢を繰り返し見てしまうことだけだ。 「KOFに出て、少しは成長できたつもりだったけど...この調子じゃあな...」 朝の鍛錬を終え、山道の中腹に設けられた水飲み場で顔を洗いながらシュンエイがそう呟くと、明天君は首をふるふると横に振った。 「弱気になっちゃだめだよ~、シュンちゃん。それに、もしシュンちゃんが昔みたいに暴走しちゃっても、僕と先生で...ううん、僕たちだけじゃなくて、テリーさんやアンディさん、京さんもいるし~...」 そう言いながら明天君は指を折り畳み、途中で数えるのをやめて大きく腕を広げる。 「みんなで何とかするから、安心して!」 シュンエイはしばらく親友の顔を見つめ、ふっと気の抜けたように笑う。 「そりゃそうか。ありがとな、明天」 「えへへ~。楽しみだね」 拳をこつんとぶつけ合い、二人の少年は再び階段を上り始めた。薄雲が周囲の山々にかかり、朝焼けが反射して淡い桃色に色づいていく。 「まあ、暴走する気なんてさらさらねぇけどさ」 「わかってるよ~。そのためにいっぱい修行したもんね、シュンちゃん」 涼やかな山の空気の中を明るい少年たちの声がこだました。 + EXストーリー イスラ イスラは物心ついた時から、その児童養護施設の門の内側で生活をしていた。 孤児、捨て子、様々な事情はあるものの、この施設に入っている子供達には外での居場所が無い。施設の門の前に捨てられていたという彼女もまたその一員だ。しかし、まだ幼い子供ではあったが、イスラはなぜ自分が捨てられたのか何となくその理由を察知していた。 イスラには他の子供とは違う“何か”があった。 目の前にある物を動かしたいとイメージすれば、そのイメージ通りに物が動くし、小さなものであれば宙に浮かせることだってできるし、念じるだけで触れずに壊せる。目に見えないその“何か”はいつも彼女の周りに潜んで、イスラの意思を汲み取ってくれるのだ。寝つきの悪い夜は頭をなでてくれたし、転びそうになれば身体を支えてくれる。 自身だけ触れられるその見えない“何か”を、イスラは“アマンダ”と名付けた。 だが、成長するにつれてその“何か”を持っている自分だけがおかしくて、持っていない周囲が普通なのだと彼女は理解した。そして、それが原因で両親が自分を捨てたのだと気付いてしまうほどには、彼女は賢しかった。 誰に何を言われるまでもなく、イスラは“アマンダ”を秘密にすることを選んだ。イスラの見えない友達は幼い子供故の空想癖として周囲の記憶の中で風化していき、イスラが七歳になる頃には誰もが忘れ去った。 「お前達よりもっと不幸な子供は世の中にごまんと居るんだ」 「ここで過ごせる分、ありがたいと思いなさい」 朝礼で集まった子供達に対し、大人達はいつも同じ言葉を吐き捨てる。 灰色の塀で取り囲まれたこの施設では、大人の言うことに従う子供はいい子で、言うことをきかない子供は悪い子だ。大人の期待通りに育った子供が優秀で、そうでない子供は劣等生の烙印を押される。 優秀な子供達は大人達が紹介する働き口に就職できるが、そうでない子供は一定の年齢を迎えると門の外に無一文で放り出されるー大人達が語った言葉がどこまで真実かは分からないが、その脅し文句を聞くたびに子供達は少しでも優秀ないい子になるために決意を改めた。 子供は大人が決めた時間割に沿って授業を受け、体を動かし、食事をして寝るという淡々とした日々を送るほかなかった。共用の談話室に置かれていたテレビで施設の偉い大人のメッセージは聞けてもその画面に娯楽映画やアニメが映ることは決して無かったし、塀の外から弾みで飛び込んできたボール一つすら大人は子供達から没収した。娯楽は人を怠惰にする毒だ、というのが大人の口癖だった。 そんな生活の中、十二歳の夏、イスラは自分の“趣味”を見つけた。 きっかけは年下の少年に犬の絵を描いてやったことだった。写真を思い返しながら描いた稚拙な犬の絵を見て大喜びする少年に気を良くして、次は猫、魚、鳥と色んなものを描いてみせた。動物から花、部屋の小物、みんなの似顔絵ー気づけばイスラは絵を描くことが好きになっていた。 彼女は大人の目を盗み、余った紙の裏、くすねたシーツの上、棚の裏の壁面と、色んな場所に色んな絵を描き続けた。時には“アマンダ”の力をこっそりと借りることもあった。 しかし、ある日、施設の職員の一人がイスラの絵に気づいた。日の出前にも関わらず子供達を叩き起こし、引き出しの中、ベッドの裏までひっくり返して彼女の描いた全ての絵を探し出した。イスラがどれだけ「やめて」と叫んでも、職員達は聞く耳を持たず、子供達はみな青ざめた顔で自分の持っていた絵を次々と大人に言われるがまま火にくべていった。 「こんなもの、お前達には必要ないものだ」 庭に焚かれた炎の前でその職員は冷たい言葉を浴びせてきた。 「お前達に必要なのは趣味でも娯楽でもなく勉強。常に成績優秀で大人を困らせない良い子であることだ。そうだろう? ええ? 返事は?」 「...」 イスラが怯えで身を強張らせようとも、職員の男は関係ないと言わんばかりに手に持った鞭を威圧的に鳴らす。 「黙ってれば許されるとでも思ってるのか? 恵まれないお前をここまで育ててやったのは誰だ!」 黙り込むイスラを睨み下ろしながら、彼は鞭のグリップを握り締めてその腕を振り上げた。 振り下ろされた鞭が眼前に迫ったその刹那、今まで抑え、我慢し、溜め込んできた感情がイスラの胸の奥から沸き上がった。それは普通の子供ではないから自分を捨てた両親、子供をいいように従えようとする横暴な大人達、彼らの自分に対する理不尽な振る舞いへの激しい憎悪だった。 「...ざっけンな...」 イスラが奥歯を噛みしめたと同時に、“アマンダ”が空中で鞭の先端を掴む。見えない何かに鞭を引っ張られた職員はそのまま姿勢を崩して転倒し、イスラの姿を驚愕の表情で見上げた。 彼女の感情に呼応するかのように、今まで見えなかった“アマンダ”の姿がゆっくりと形どられていく。鮮やかな紫色に縁どられた“手”が宙に浮かんでいる姿をその場に居る誰もが見つめていた。 「な、何だそれは...!?」 震える声を絞り出しながら、職員の男は“アマンダ”を指差す。彼のものだけではない、遠巻きに見ていた他の大人達、そして同じ部屋で過ごしたはずの子供達ですら奇異の視線でイスラと“アマンダ”を貫いている。だが、そんな事など気にならないほどイスラは怒っていた。 「カワイソウだとか、フツーだとか、イラナイとか、テメーらの都合だけで勝手に決めやがって...アタシらのことを何だと思ってンだ!」 イスラが一歩踏み出せば、彼は尻を引きずって逃げようとする。そんな男の脇をすばやくアマンダが掴み上げ、宙に吊し上げた。灰色の塀を背に、空中でみっともなく足をバタバタとさせるその姿をギロリと睨み上げ、イスラはゆっくりと腰を下ろし、脚に力を込めた。 「テメーらが言う“いいオトナ”になるくらいなら...」 力強く地面を蹴り飛ばし、イスラはその足を男の腹めがけて突き出した。 「アタシは一生コドモでいいッ!」 男のみぞおちに深く踵が食い込む。その勢いを利用し、イスラは男の身体を駆け上がった。空中に高く飛び出したイスラは灰色の塀の向こう側の景色を始めて目にした。 山の向こうから射す朝日が空に淡いピンクのグラデーションを描き、色とりどり鮮やかな屋根がその光を受けてキラキラと輝いている。どこまでも果てしなく広がる海、極彩色のその世界にイスラは心を奪われた。 職員の男が投げ捨てられる音が背後から聞こえたかと思えば、イスラの前に飛んできた“アマンダ”がその街並みを指差す。一緒に行こうー声は無くとも、友人がそう語り掛けてくれていることは手に取るように分かった。イスラは“アマンダ”へ微笑みかけ、小さく頷いた。 「うん、行こう...アマンダ!」 その朝、イスラは一対の“手”と共に、灰色の塀に覆われたその児童養護施設から飛び出した。 十二歳の夏、施設を飛び出したあの日からイスラはアマンダと共に平和に暮らしている。 身寄りも頼れる相手も居なかったが、案外どうにかなるもので、今は市場や料理屋でバイトをしつつ稼いだ金で画材を買っては街に作品を描いている。 街で絵を描いているイスラのことは瞬く間に子供の間で噂になり、物珍しそうに見に来た同世代の少年少女達ともすっかり打ち解けた。友人の一人がSNSでの広報を提案してくれてからはアーティストとしての活動も軌道に乗り始め、今では画材を買う金にもそこまで困らない。 一度、一緒に暮らしていた子供達が気になってあの児童養護施設の灰色の塀に近付いたことがある。施設の大人達はイスラを連れ戻そうとはしなかったが、子供達に美味しいお菓子をと言って差し出した金を横柄に掴み取ってそれきり音沙汰がない。恐らく、塀の中の子供達には届かなかっただろう。 施設から出たイスラのことを周囲の大人は不良少女だと後ろ指をさすが、気のいい同年代の友人達はイスラの趣味も、アマンダのことも馬鹿にはせず、むしろそれが彼女の長所であり個性であると捉えてくれる。彼らにとってイスラの絵は自由の象徴で、彼女の絵の下が子供だけの居心地のいい溜まり場なのだ。 「イスラとアマンダ、こんなにイケてんだからさ、他の国でも活動してみたら?」 描き上げたばかりのグラフィティの下で語らう友人たちの言葉に、イスラは照れくさそうに笑う。 「まあ、確かに海外で仕事はしてみてーけどさぁ」 「何かのイベントに参加してコネ作るとか、知名度上げてオファー待ちとか?」 「そーいえば、イスラとアマンダってケンカも強いじゃん? こういうのに出てみたら?」 「ん? K、O、F...?」 友人が突き出したスマートフォンに映っているのは格闘大会の中継映像だった。イスラは怪訝そうに顔をしかめてそれを覗き込みーそこに映った少年の姿に目を見張った。 ヘッドフォンを耳に掛け、洗練された中国拳法で相手を圧倒するその少年。彼の腕に時折重なる巨大なその“手”には見覚えがある。色も大きさも違うが、これはアマンダと同じものだとイスラは直感した。 「こいつのコレ、イスラとアマンダみたいじゃん」 「アマンダとは別でしょ? アマンダより大きいじゃない」 「うっわ、すご...地面抉れてない? 破壊力やっべー」 「シュンエイって子らしいぜ。俺達と同年代なのにスゲーな」 楽しそうに眺め、口々に感想を述べる友人達の声がイスラの耳の中で反響する。 画面の向こう側で相手を倒すその少年の姿。駆け寄る友人の男の子、少年を気遣う様子の優しそうな老人。年上の大人達に肩を叩かれ、髪をワシワシと掻きまわされ、迷惑そうなリアクションをしつつも満更でもない表情で顔を上げるその少年は幸福そうに見えた。 ー恵まれてンじゃん、アタシと違って。 一瞬でも脳裏によぎったその感想すら気に入らず、イスラはわざと大きな音を立てて友人達から離れた。 「...何がすげーンだよ、そんなヤツ。派手なだけだろ。アタシとアマンダの方が強ェし」 友人達は一瞬顔を見合わせ、「だよな!」と明るく笑う。そして彼らはいつもの調子で顔を突き合わせ、親や学校での愚痴や文句を語り始めた。 まだまっさらな壁へと向かい合いながら、イスラは帽子のつばをグッと下げる。ガスマスクで覆った口元が固く強張っていることに誰も気づきはしなかった。 「...いつかぜってー、ブッ飛ばす」
https://w.atwiki.jp/fantasylaboratory/pages/529.html
~~~第五章~~~ 数日の時が流れ、『国誕祭(デュクロス)』がやってきた。 ポン、ポン 今は二日目の正午過ぎ。常なら無色無音で打ち上げられている煙蓋弾も、今日は花火の代わりに空を彩っている。音は一際テンポを速め、赤青黄の薄い煙が風に流れて広がっていった。 修練場を囲むように。いつもは味気ない訓練の場が、今日ばかりは街中の注目を集めている。『国誕祭(デュクロス)』最大の催事(イベント)が始まる音に伴い、観客達の声が一際高く聞こえてきた。ここ、都市を囲む二重街壁の、南側内壁の上にまで。 風に乗って届く喧騒と、臨む陽気な雰囲気の街並みを、マニスは小塔の上から眺めていたが、やがて忍耐が切れたのだろう、小柄な見た目通りの騒がしさで、身の丈程もある釣鐘(つりがね)の周囲を回りはじめた。 「うわーんっ。なんでぼくらが今日の街衛(がいえい)なんだよー。『勇猛祭』みたいよー」 その声を背で聞きながら、社交場にそのまま出られそうな服装の青年は砂色の長い前髪を掻きあげた。整った顔立ちの寂しげな眼を、彼方の修練場に向けて。 「ああ、まだ見ぬ令嬢にご婦人方……今日という日に馳せ参じれぬ私をお許しください」 「昨日も色々あって、ぼくは飛行船ってのもまだ見てないんだぞー」 「なんだマニス、見てないのか。いやあ、プラズマルドのお姫様は噂に違わぬ美しさだったなあ」 「ずりーなー。あれ? ラディス、昨日は剥製神輿(シュラフ)組じゃなかったっけ?」 「あんなもの、一人ぐらいいなくなってもわかりゃしないのさ」 「お前らが普段からそんな調子だから、今日こんなことやらされてんだっ。愚痴ってないで真面目にやれっ」 そんな二人を、振り向きざまに一喝したのは、少年っぽさを残した顔に不似合いな苦労の色を滲ませている、彼らのリーダー格であるクランだ。面倒ごとを押し付けられるという意味で。 彼は太くも下がり気味の眉を寄せながら、一人だけ真面目に視線を街の外へと向けていた。見えるのは外側の街壁ぐらいなものなのだが。 彼の心労がいかほどのものか、気遣うつもりの欠片も見せず、ラディスは嘆(なげ)くように頭(かぶり)を振った。 「異国異郷の美女達がこんなところにお見えになる機会なんて、この祭の最中ぐらいなんだぞ。声をかけないでどうする」 「お前は年中女の子にちょっかい出してるじゃないか」 「ふ。それはそれ、これはこれ」 「なんだそりゃ……」 指で頭を支えるようなポーズを作るラディスを前に、クランは脱力の息を吐く。馬鹿な意見に賛同するような、掻き鳴らされる多弦の音を聞きながら。 「だって、せっかくのお祭なんだぞ。楽しみたいじゃないか。クランだって『勇猛祭』で一枚描きたいって言ってただろー」 「そ、そりゃ、そうだけど……」 背にしていたリュートを抱え、子供さながらに膨れたマニスの見上げる眼差しに、クランは声を詰まらせた。今でこそ成り行きで巡行士(ラウンド)などやってはいるが、彼の本当の夢は画家になることなのだ。『国誕祭(デュクロス)』ともなれば、『勇猛祭』でなくとも街の至るところにその題材は転がっているのだが、仕事のために余裕がない。本末転倒な現実を、真面目な彼は文句の一つも言わずに受け入れていた。 少なくとも、理性の上では。 「……俺たちがしっかりやらないと、街全体が危険に陥るんだ。そうなったら祭どころじゃなくなるんだぞ。個人的な欲求よりも大事なことなんだっ」 「そんなこと言ってもさ。見ろよ」 熱弁を振るうクランに対し、ラディスは親指を外に向ける。先に見える外壁と、だだっ広く静かな平地の緩衝域に。 「平和なもんだ。今日は鐘を鳴らす必要もないって。だからさ、ここは他の奴らに任せて、ちょこっとだけでも……」 ラディスの不謹慎極まる言葉は、最後まで続かなかった。遠くから聞こえた鐘の音に一つ遅れ、クランの腕輪が微(かす)かに輝き、 カンカンカンカンカンカンカンカン! 小塔に吊るされた警鐘が、彼らの真横で勢いよく鳴り出した。共鳴の作用を魔導の力で増幅された鐘の音は、緊急事態の連絡手段だ。 途端に、壁の左右と下方が騒がしくなった。ぱらぱらと人が行き交い、呼び合う声も聞こえてくる。 さすがに三人も慌てだした。 「なっ、ど、どこだ!?」 「狼煙(のろし)は、上がってないぞ……」 「外じゃないよ、街の方からだ!」 マニスが耳聡く指差した方向、件(くだん)の修練場の内部から、砂色の煙があがっていた。明らかに煙蓋によるものではない。 「おいおい、向こうかよ。封印の扱いにでも失敗したか?」 「なんでもいいじゃんっ。早くいこうよ!」 「馬鹿っ、なに言ってんだっ。俺たちの仕事は外からの街衛(がいえい)だぞ。持ち場離れてどうするっ」 「えー、いいじゃないか。バタバタしてるからバレないって」 「そういう問題じゃないっ」 「まったく、クランは頭固えなあ。そんなんで芸術家(アート)になんかなれるのかよ」 「じょ、常識の問題だ……」 クラン達が無益な言い争いをしている間にも、修練場に昇る砂煙は、さらに勢いを増していた。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ~~~第六章~~~ 時は少し遡(さかのぼ)る。 ディスクロードに生きる、戦う者たちの修練場は、久しぶりにその本来の姿を取り戻していた。 流血劇を売る闘技場の姿を。 土の地面に砂が撒かれた闘場で、重なりかけては離れる二つの影。身の丈程もある超剣(スペリオル・ソード)を繰(あやつ)る人間(ユージス)の闘士は、我が身の倍程もある牛頭の鬼人、ミノタウロスの猛攻を、避け、躱(かわ)し、受け流していた。時に地に伏し撥ね飛ばされ、満身創痍(まんしんそうい)になりながらも、男の闘志に変わりはない。猛攻に身を曝(さら)しながら、必殺の一撃を叩きこむ瞬間だけを耽々(たんたん)と狙っている。 一方的ながらも緊張感の伝わってくる戦いに、場内は興奮の坩堝(るつぼ)と化していた。天頂には硝子(ガラス)の張られた貴賓席。その下に広がる擂鉢(すりばち)状の観客席は人に満ち、歓声と狂乱から僅(わず)かに、しかし確かに震えていた。だが、気にしている者は誰もいない。今まさに最高潮の瞬間を迎えようとしている、闘場中央の動向に心奪われているために。 場内が一際沸いた次の瞬間、片膝をついた闘士の上に、牛頭鬼人(ミノタウロス)の拳が振り下ろされた。岩のような一撃を、寝かせた超剣(スペリオル・ソード)の腹が受け止める。 ガィン! 剣と拳の交差点から、鋼の悲鳴と衝撃が生み出された。闘士の姿はそのままに、牛頭鬼人(ミノタウロス)だけが腕ごと後ろに仰け反らされる。力の余波は交差した周囲の空間を歪曲させ、波紋のような跡を残していた。 だがそれも束の間の事。牛頭鬼人(ミノタウロス)が気を取り直したときには消え去っていた。 獲物である闘士の姿とともに。 牛頭鬼人(ミノタウロス)が頭を巡らせるより先に、その口から叫ぶような悲鳴が吐き出されていた。 後ろから膝に叩きつけられた一撃の痛みにより。 崩れながら振り返った牛頭鬼人(ミノタウロス)に、先とは逆の光景が襲い掛かる。 闘士が全身の力を駆使して振り下ろした超剣(スペリオル・ソード)の刃は、まっすぐに頭蓋(ずがい)へと落とされた。不快な骨肉の音が響くとともに、牛の頭は半分ほどの大きさに潰され。 そのまま永久に動かなくなった。 爆発的な大歓声が、勝者の上に降り注ぐ。惜しみない拍手を送りながら、ターニャも周りの観客達同様、思わず立ち上がっていた。短く大雑把に揃えた赤毛を、興奮で揺らしながら。 「すごい、すごいっ、すごいっスねー! あの巨体を瞬殺っスよ!」 「ま、超剣(スペリオル・ソード)の使い方は流石(さすが)ね。ちょっと時間かけすぎだけど、演出を考えての事なら合格点でしょ」 その隣には紫色の髪を肩口まで伸ばした少女。着ているものは庶民の服ながら、どこか気品を感じさせる佇(たたず)まいのルイーダは、冷静な評価を下そうとしながらも得意げになるのを抑えきれないようだ。『国誕祭(デュクロス)』を初めて目にする友人の様子が嬉しいのだろう。はしゃぐ大柄なターニャとの対比が微笑ましい。 後ろでは整えられていない黒髪に神経質そうな細面の青年が、控えめな拍手をしながら戦いの解説を行っていた。 「態勢を崩したのは誘いですね。振り下ろされた拳を受け止め撥ね返し、直後股下を抜けて背後に廻り、その勢いで半回転して脚を打つ。巨体相手の常套手段です。そうして相手の動きを封じ、間髪居れずトドメの一撃。見事ですね。超重武器の典型的な戦い方と言えるでしょう。私としては演出はして欲しくありませんでしたね。実戦では一対一という状況はあまり考えられませんし……」 家庭教師役のエドガーの言葉を、しかしルイーダはまるで聞いていない。ターニャとの会話の内容は、早くも次の対戦へと移っていた。 「次は他対他の集団戦よ。あなたぐらいの使い手にとっては学ぶことが多いはずだわ。特に乱戦での動き方なんかね」 「なるほどなるほど。勉強っス」 彼女達もディスクロードの斡旋所(ポート)に所属する巡行士(ラウンド)だ。祭の最中、しかも『勇猛祭』の間に仕事が割り当てられていないという幸運を、十二分に堪能しているところである。ルイーダの語った通り、『勇猛祭』の戦いは観客を楽しませるだけのものではない。実戦に身を置く者にとっても、学ぶべき事の多い教材(テキスト)なのだ。街に来てからまだ日の浅いターニャにとっては、まさに格好の催(もよお)しといえる。垢抜けない笑顔の彼女は、傍目(はため)には楽しんでいるだけにしか見えなかったが。 「おお、次の人たちが来たっスよ!」 闘場の両脇に開けられたそれぞれの扉から、趣(おもむき)の異なる数人の集団が現れた。一方は短い剣を掲げた漆黒の魔導衣で、もう一方は中央南部域によく見られる皮製の部品鎧(パーツ・アーマー)で統一されている。これまでとよく似た光景だったが、統率の取れた鎧姿の一団を見たルイーダは、僅(わず)かに眉を顰(ひそ)めていた。 「見かけない連中ね。エドガー、あなた知ってる?」 珍しく意見を求められても、その家庭教師も同様に、前面をぴったりと合わせた外套(マント)から、それだけ出した手を顎にかけ、首を捻(ひね)っているばかり。 「ふむ……いえ、私の知る範囲では面識がありませんね。祭に応じて招来された方々ではないでしょうか」 「ふぅん。大丈夫かしら。ディスクロードの名を落とすような戦い方だけはして欲しくないわね」 「あ、はじまるっスよ」 辛辣(しんらつ)なルイーダに比べ、ターニャは純粋に楽しそうだ。 眼下の闘場中央に両団の衆が並び、双方の代表が口上を述べる。黒衣の言葉が魔導の拡声により場内に響き渡ったその時、事は起きた。 「勇気ある者たちよ。諸君に試練を与えよう。巨悪を退ける力を世に示し、富と栄光をその手にっ!? な、貴様、なにごっ!?」 流れるようなその声を、前にした男が遮ったのだ。抜き放った刃によって。退いた黒衣を更に追い、数合の下に斬り伏せる。 彼の手に握られた、短い剣を奪い取り。 血線はそこだけに留まらない。動揺する他の黒衣達に、戦士の一団は襲い掛かっていた。 突然始まった殺戮(さつりく)の光景に、場内からは困惑と歓声があがっていた。客席の間から、一部が俄(にわ)かに動きだす。武器を構えた者たちが、闘場へと飛び降りていった。 「え、えっ、ええ? な、なんスか? これも演出っスか?」 「あんな意味のない殺戮(さつりく)を、勇猛祭で見せるわけがないわ。敵よ! わたし達も行くわ……?」 動き出そうとしたルイーダの足が、見やる先の動きで止まった。血に塗(まみ)れた闘場の中、凶行に及んだ戦士達が、囲み迫ってくる脅威を気にもせずに、奪った剣を振りかぶっている。 それは僅(わず)かな輝きを放った後、斜め上方に投げ放たれた。 魔獣を封じた小剣が。 煌(きらめ)く魔力の尾を引いて、まっすぐに突き刺さる。 貴賓の集う天頂席へと。 割れる硝子(ガラス)の音を中心に、悲鳴と混乱が広がっていく。鳴りだした鐘の音が、ますますその勢いを助長していた。 「しまっ、はじめから上を狙って!」 「えええ? なにが、どうなってるんスかっ!?」 「次の対戦相手の魔獣が貴賓席に投げこまれたんですよっ。まずいですね、名だたる名士が揃っていますよ、今回は。どなたかに怪我でも負わされたら……」 「くっ……」 ルイーダは舌打ち混じりに闘場に目を向ける。反抗する戦士団は、早々に駆けつけた守備隊と巡行士(ラウンド)たちを相手に立ち回りを演じていた。中央で円陣を組まれると、全てを押さえるのは用意ではない。ただでさえ、闘場からでは天頂席に行き着くまでに時間がかかるというのに。 上げた視線のその先では、草茶色の固まりが天頂席に取りついていた。次々と押し入るその様を見れば、決断するのは一瞬だった。 「ど、どうするっスか~」 「上に行くわよ。まだ役に立つわ」 問いに答えたルイーダの声に迷いはない。なにか言いかけるエドガーを置き去りにし、ターニャの手を引き走りだした。 「勇猛祭の番外編ね」 真剣な面持ちに、少しだけ不敵な笑みを滲(にじ)ませて。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ~~~第七章~~~ ガッシャーン! 魔力を宿した硝子(ガラス)の壁を、いとも容易(たやす)く突き破り、封印の小剣は天頂室の天井に突き刺さった。驚き騒然(そうぜん)とする諸侯達を、それぞれの護衛が引き下げる間にも、輝く尾を引く刃達は立て続けに天井を埋めていく。 束の間の沈黙の後、それは空間に歪みを生み出した。濁った波が球状に広がり、内に枯葉色の塊を孕む。熟した果実が落ちるように、それは姿を現した。形状はそのままに、大きさだけが人の身を超える程の蟷螂(かまきり)が。孵化(ふか)を思わせる勢いで、その群れは硝子(ガラス)のあった一面を埋めた。 「い、いったいなんっ!?」 最前で構えていた護衛の一人が、呟(つぶや)きを残してその場から消えた。 繰り出された、魔獣の鎌に引き込まれて。 喰われ上げさせられた悲鳴により、その場の全員がようやく理解したようだ。 悪夢じみたこの光景が、現実のものであることを。 気勢を上げ、腰の剣を抜き放つ護衛達に、迫る蟷螂(かまきり)が腕を振るう。足並みの揃わぬ防衛線は、半ば肉の壁だった。不規則な魔獣の攻撃を捌(さば)くには、剣一本の装備はいかにも頼りなく、護衛達は次々と引き抜かれていく。命を掛けた任務だとて、目の前で喰われていく同じ立場の者を見て恐怖を感じぬ者はいないだろう。徐々に防衛線は押されていく。 自然と、留(とど)まっていた者が突出して立つことになった。青みの強い紫色の長髪に瞳。長身に同色の導衣を纏(まと)い、短い杖を右手に下げた男は、プラズマルド王国が護衛長、シームルグ=フィア=レイゼン。悠然(ゆうぜん)と構える彼は当然、押し寄せる鎌にとっては格好の標的だ。近づいた二匹の両腕が、上下左右から襲い掛かる。 刹那の間に、シーマは手首の回転で杖を回す。 四肢を捉(とら)えるはずだった四本の鎌は、向かってきた勢いのまま彼の横を通り抜けて行った。蟷螂(かまきり)たちが戻した腕には、手元の鎌がすっぱりと斬り落とされている。確かめるようにそれを見る複眼ごと、二匹の頭部は上下に分かたれていた。 シーマが横に一閃させた、杖から伸びる水の鞭によって。 続けて放った水弾で、力をなくした蟲の体を天頂の場から吹き飛ばしながら、彼は周囲に呼びかけた。 「皆落ち着け。冷静に対処すればなんということはない。術士は後方から攻撃。前衛は防御に徹し、敵の前進を阻止するよう対応しろ」 言いながら手本を示すように、近づく一匹の腕を水鞭で斬り落とし、左の水弾で吹き飛ばす。 その行動に士気を鼓舞(こぶ)されたのだろう。引いていた防衛線は勢いを盛り返していく。前衛は一匹に対し二人ずつであたり、ひたすら迫る鎌を防ぎながら、後ろの術者が呪を紡(つむ)ぐまでの時を稼ぐ。 それでも次第に下がりながらも、全体の動きには統一された意思があった。徐々に、部屋から抜ける扉へと向かっていく。 そこから、金物混じりの騒がしい音が駆け込んできた。暗赤の部品鎧(パーツ・アーマー)に槍を構えた衛兵士(ガード)達が。 「皆様、ご無事で……!? こ、これは……」 「驚くのは後にして、そこにいるのを片付けてこちらへの道を拓きなさいっ」 「は、はっ! 前方、槍構えっ、かかれっ!」 甲高い命令の声に従い、動き出した衛兵士(ガード)たちは、多少の時をかけて貴賓達との間を遮っていた大蟷螂(かまきり)を駆逐した。駆けつけた援軍と拓けた道に、全員に微(かす)かな安堵の雰囲気が生まれる。 それを誘導した人物の気配を背に感じたシーマは、今だ迫る蟲(むし)の群れを相手どりながら、振り返りもせず声をかけた。 「姫、問題ありませんので下がっていてください」 「そうみたいね。体を動かせるいい機会だと思ったのに」 応じたのは赤い巻き髪の女性。プラズマルドの第三王女ロゼリア=グラン=バグナードだ。彼女は扇で口元を隠したまま、なぜかつまらなさそうに呟(つぶ)いた。水弾を放ちながら苦笑を浮かべ、シーマは少しだけその様子を窺(うかが)い見る。 横から、彼女に近づくものがあった。両手で槍を身構えた、赤い鎧の衛兵士(ガード)。相当の勢いだ。その意図に、気づいたときにはもう遅い。 「姫! 右……!」 「ん?」 キシィィン! 振り向いたローズの体と、突き伸ばされた槍が交差した。腹部を狙った鋭い穂先は、背の向こうに抜けている。先端に、朱の残滓(ざんし)を絡ませて。 凍りついたような沈黙を、シーマの叫びが即座に破る。 「姫!」 「なぁに?」 応えた声は先と変わらぬ、むしろ僅(わず)かに弾んだものだった。口元を扇で隠したまま、ローズは左手を引き上げる。握った銀のナイフの刃で、逸(そ)らした槍を絡めとって。 近づいた衛兵士(ガード)の顔を覗きこみ、にんまりと不敵な笑みを浮かべ、 「せっかく誂(あつら)えたドレスを傷物にしてくれちゃって。ちゃんと弁償してくださるのかしら?」 驚愕(きょうがく)の表情に、束ねた扇の一撃を叩きこんだ。 奇声を残して崩れ落ちた衛兵士(ガード)の姿を前にして、周囲の一部が動きを止めた。貴賓達に護衛達、そして他の衛兵士(ガード)達も。一幕の意味が理解できなかったためだろう。 誰かが声を発するより前に、衛兵士(ガード)の中からさらに三人が飛び出した。護衛達から距離のある、貴賓の一人へと殺到するように。 ローズの手にしたナイフの刃が、瞬時に小剣並の長さに伸びた。標的の前に立ち塞がろうとするその動きを、逆に察知していたらしい。三人の内、彼女の近くに位置していた一人が、立ち止まり向き直る。構える姿は堂に入ったもので、即座に崩せそうにはない。 「チッ……」 「噂通りのお転婆振りね、プリンセス?」 笑いを含んだその言葉が、どこから聞こえたのかを考える暇もなく。 突如生まれた灼熱の羽ばたきが、駆ける二人の衛兵士(ガード)を包みこんだ。 「くぉ!?」 「ぐあぁ……!」 炎と断末魔の叫びは一瞬。熱球の消えたその後には黒焦げの遺体が二つ、立ったままの姿で現れる。 今度こそ、周囲は沈黙に満たされた。 その中に、歩み出てきたのは一人の女性。赤銅色の長髪を揺らし、整った顔には妖艶な笑みを浮かべ、降りてきた白い鴉(からす)を伸ばした手の上に止めた。 一瞬の出来事に気を取られた眼前の敵を、瞬間で叩き伏せたプリンセスに、不遜(ふそん)ともいえる態度で対しながら。 「ドレスなら私がプレゼントさせて頂くわ。この不祥事の首謀者と一緒に、ね」 ローズもそれを真っ直ぐ受け止めた。口元は笑みの形を作ってはいたが、目の鋭さがそれをぶち壊している。絡む視線が見えない火花を散らしているかのようだ。 「……ご好意はありがたく承(うけたまわ)りますわ。リュミニア様」 「あら、光栄ね。私のことをご存知頂けているなんて」 リュミニア=ハミルトン=ブレイス。それが彼女の名だ。執政官が孫にあたり、彼女個人でも商工軍事の面に於(お)いて、現在都市で多大なる才覚を現している若き才媛。その風評は今や国の外まで知られる、ディスクロードの三大貴女が一人である。 「当然ですわ。お噂は常々お聞き致しておりますもの。『爆炎の淑女(ミス・エクスプロード)』のご活躍は」 にこやかなやりとりの端々(はしばし)に、緊張感が閃光のように走る。見ているだけで胃が痛くなりそうな雰囲気の中、当事者の二人だけが平然と構えていた。 「あまりその二つ名は好きじゃないの。リナと呼んでくださるかしら?」 「ええ……私も、ローズでかまいませんわ」 「ありがとう。それじゃ、お話は後でゆっくりとしましょうか」 「そうですわね。シーマ」 「はっ?」 背後のやりとりに気づかぬ振りをしていたシーマは、突然の呼びかけに間の抜けた返事を返した。気にもせず、ローズはそのまま言葉を続ける。蟷螂(かまきり)の群れを指差しながら、お茶のお代わりを頼むような気楽さで。 「やっちゃって」 「……それほど簡単にはいきませんが」 「やりなさい。私が粉砕してもかまわないのよ?」 睨(にら)みを利かせた眼差しで、ローズは腰の短杖(ワンド)をちらつかせる。 苦笑交じりの溜息を吐きながら一歩引き、シーマは呪を紡(つむ)ぎはじめた。構えた杖の先端が、青紫の光を宿す。 二人のやりとりを見ながらリナは密かに口元を緩め、衛兵士(ガード)達に向き直った。羽飾りをつけた兜の男に。 「さて、それじゃ。隊長さん?」 「は、はいっ。なんでありましょう!」 背筋を伸ばし、固い言葉を返す隊長に、リナの掛ける声はひたすらに柔らかい。 「貴方達の職務を全うする前に、隊員全員の身元と所在の確認をお願いするわ。今すぐね」 「は、いえ、しかし……」 「文句を言う人がいたら報告して。私が直々に容疑を晴らしてあげるから」 その柔らかな口調のまま、前に掲げた掌の上に、ボウ、と炎が立ち昇った。揺らめく朱色が照らしだした表情は、美しくも凄惨(せいさん)な予感を掻き立てる笑み。 隊長は知らぬ間に、伸びきった背筋が切れるかと思うほど姿勢を正していた。 「た、直ちにっ! 副長、隊全員の身柄を確認! 然(しか)る後他隊にも通達せよ! これ以上の失態は生死に関わると思えっ」 「は、はっ!」 迅速的確に下される号令を聞き、リナは満足気に頷(うなず)いた。不意にその表情が真剣みを帯び、巡らせた視線がローズの眼差しとぶつかる。敵愾心(てきがいしん)と尊敬の念を織り交ぜたような難しい眼と。間に見えない小さな火花を散らし、二人は互いに微笑(ほほえ)みあうと、それぞれの方向へと向き直る。 眼前に迫る怪異よりもよほど恐ろしいものを背に感じながら、シーマは完成させた呪を解き放った。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ~~~第八章~~~ 目が痛くなるほどの青空の下、ディスクロードの街の中を、異形の姿が列を成して進んでいく。 先頭には、竜と見まごう巨大な蜥蜴(とかげ)。間をおき八本足の巨象が、双頭の狼が、吼(ほ)える姿に構えた巨鬼が、その後にも延々と、人外の魔獣たちが順序良く並んでいた。並走する鼓笛(こてき)を従え、物見の人々の注目を集めながら、興奮と歓声の中を悠々と。 どの魔獣もボロボロに傷ついている。蜥蜴(とかげ)の頭は半分潰れ、象の腹には大穴が開き、狼には後ろの体がなく、巨鬼の四肢は左の足しか残されていない。度合いは後ろになるほどひどくなり、最後の方ではばらばらで、原型すら留めていなかった。 だが、それこそが彼らの誉(ほまれ)。『魔討宴』の締め括(くく)りに相応しい勇壮さ。剥製神輿(シュラフ)を担ぎ歩く者たちは、皆一様に誇らしげな表情で観客の声に応えていた。 陽気な音と声を伴い、人々は最後の盛り上がりを演出する。 終わる祭を惜しむように。 『魔討宴』の行列は、『フランドル』の門をくぐり、そのまま校庭を進んでいく。祭の期間に限っては学院も寛容だった。厳格(げんかく)を旨(むね)とする白き衣の修術士(ウェルト)たちも、この時ばかりは興奮した面持ちで周囲から声を送っていた。 今日までこの場に置かれていたプラズマルドの飛行船は、今は遥か空の上。 周回する異形の群れを、ローズは空から見下ろしているのだろう。校庭の中央付近から、青空を背にナッツほどの大きさになった白い船に目を向けたまま、リナはそんな感慨に耽(ふけ)っていた。 「祭もおしまいか……」 「でもでも、まだ『炎の舞』が残ってますよ。わたし、毎年これが一番楽しみなんです」 小さなその呟(つぶや)きに、木材を抱えたトリスが応えた。彼女の後ろからサリネアが、軽い驚きの声をあげる。 「え、トリスってば、いつから色気づいたの?」 「はへ? 火櫓(ひやぐら)で焼いた丸焼きがおいしいんだよ」 「……なんだ、食い気の方ね」 「さ、がんばって組んじゃおう!」 校庭の中央で櫓(やぐら)を燃やし、その火を食らい踊る『炎の舞』。夜祭の準備に意気揚々と、トリスは木材を運んでいく。サリネアも後をついていき、場にはリナとレジーナだけが残された。 魔術師(ウィザード)の先達に抱く、尊敬と畏怖以上の念からか、和やかな雰囲気の中にあっても、レジーナの声はわずかに固かった。 「『勇猛祭』で起きた騒ぎはどうなったのですか? リナさんが初動をとっていたとお聞きしましたけれど」 「大体ケリがついたんじゃないかしら。後始末はトニーに押しつけてきたから、どうなってるか知らないけど」 昨日修練場で起きた事件は、その日のうちに終息を迎えていた。『勇猛祭』の封印魔獣を強奪・開放し、その混乱に乗じての要人殺害する。これが犯人達の計画した大筋であった。あと一歩のところで失敗した原因は、不確定要素が大きすぎたためだろう。巡行士(ラウンド)の力は量りにくい。 ディスクロードの都市内で大規模な犯罪を起こすのは、その準備だけで発覚の危険がある。『勇猛祭』の戦士団に、衛兵士(ガード)内への潜入。そして、事を起こすまでの情報操作と、犯人達の行動は相応の組織力を予感させた。いずれ遠くないうちに調査で大勢(たいせい)が判明するだろう。 それよりも、リナは目前の祭を楽しむことに没頭していた。深めた笑みが実りあるものだったと語っている。 「私にはローズとの約束が先にあったからね」 「プラズマルドのお姫様、ですよね。どんな方でした?」 「いい子だったわよ。勝気で、才覚がある。力の使い方はこれからってとこだけど」 「……あの、お姫様、ですよね?」 遠慮がちな問いかけに答えた楽しげな笑みは、どこか食い違いを思わせるのだが、リナは一向に気にしていない。なにかを懐かしむように言葉を続けていた。 「私の昔に似てたかしら。勇名は聞いていたけど、ああいう場で出会えてよかったわ。楽しみが一つ増えたわね」 「そうですか、それは……大変そうな方ですね」 「なに?」 「い、いえ、別に……」 他意のなさそうな疑問符に、レジーナは僅(わず)かな怯えの言葉を返していた。 緩(ゆる)やかな沈黙、耳に程よい周囲の騒ぎを聞きながら、リナは彼方に目を向けた。白い船はもう見えない。 彼女はそのまましばらく空を見上げ、流れる雲を眺めていた。『魔討宴』の行列が『フランドル』を抜け去っていくまで。 遠ざかる鼓笛の音を聞きながら、リナは両手を上に向け、一つ大きく伸びをした。 「ま、いいか。これでしばらくはのんびり……」 結ぼうとした言葉が途中で切れる。ゆっくりと腕を戻しながら、リナはなにかに精神を集中させていた。その原因を見極めようと、レジーナも動きを止める。 日常の中で、不意に訪れた緊張感。雑音でまみれた聴覚が、ざわめきを促(うなが)す音を拾ってきた。 小さな振動と、鐘の音。 そうと気づき、リナが南の方へと目を向けた瞬間、外壁から煙が立ち昇り、街の中央塔から激しい警鐘の音が響き渡った。 突然の大音量は、周囲のざわめきすら掻き消すほど。慌(あわただ)しい最大級の警戒律動は、年に何度も聞くものではない。音に慣れている都市の住人達ですら、驚きを抑えるのに必死な様子だ。 それでも変わらぬ者もいるが。 「……できそうもないわね」 呆れ、諦めたような呟(つぶや)きの後、浮かべたリナの表情は、挑戦的な鋭い笑み。 一瞬、耳を劈(つんざ)くような鐘の音も忘れ、立ち尽くしていたレジーナの元に、トリスたちが駆け寄ってきた。 「ちょ、すごい音だよ。どうしよう、なにが来たんだろっ」 「わ、わからないけど、いきなり最大級の警鐘ってことは……」 「外壁破壊の恐れがある相手かも……」 「ええー! そんなの困るよっ。『炎の舞』はー」 「あのね、それどころじゃ……」 「もちろん、予定通りにやるわよ」 うろたえる三人の修術士(ウェルト)に向けて、リナは平然と言い放った。態度は常と変わらぬまま、雰囲気が自然と熱を抱く。 「やるって、でも……」 「ディスクロードで生きていて、この程度のことでおたついてどうするの。貴女達も魔術師(ウィザード)を目指すのならあらゆる状況に対して冷静でいなさい」 「は、はい……でも」 「一枚目を破られても内壁に到達させなければ街に被害はでない。緩衝域で止めるわよ。サリネアは外来と住民の避難誘導、レジーナは他の連中かき集めてきなさい」 「は、はい」 「わかりました」 言われ、二人は走りだした。それぞれの目的に向け、途中にいた者達を引き込みながら。 残されたトリスはまっすぐにリナを見つめていた。向けられた尊敬と憧れの眼差しを、しかしリナは意識もせず、彼女への指示を言い渡す。 「トリス、貴女、この辺の裏道には詳しいわね?」 「はいっ」 「大通りは避難路として人が北に流れるわ。南の門まで裏から通れる道を案内して」 「了解ですっ」 答え、駆けだした少女の背を、リナは少しだけ目で追った。途中、組みかけの櫓(やぐら)が映る。祭の熱気を燃やし尽くす最後の舞台は、放り出されどこか寂しげだ。 『爆炎の淑女(ミス・エクスプロード)』は一瞬だけ笑みを向け、 「お祭は、まだまだ終わらないみたいよ?」 燃える鴉(からす)を解き放ち、自らも宴の場へと向かっていった。 It ends for the time being... ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 野良用感想フォーマット 1、ディスクロードという街にどのような雰囲気を感じましたか? 2、多数のキャラクターがでてきましたが、気に入った、印象に残っているキャラはいましたか? 3、印象に残っている場面をひとつあげてください。 4、一本の計画だった事件が含まれていますが、流れは理解できましたか? わからなかった場合、どのへんでわからなくなったでしょうか? 5、文章的におかしい点などがありましたらご指摘ください。表現としてよくわからないなどでもかまいません。 6、この都市に参加させてみたいキャラクターなどあれば考えてみてください。 7、第二段の話を続けるならどのような話がよいですか? 8、他、苦情批判罵詈雑言なんでもご進言ください。 野良(--) すんません、あらためて換算したらページ数大きく逸脱してた(--;我慢して読んでやってください。 02/01 00 16
https://w.atwiki.jp/moedra/pages/55.html
険しい岩山の麓にひっそりと佇むように、小さな村があった。 まあ、どこの世界でもそうなのかもしれないが、大きな町から外れた辺境にあるこういった村には大抵若い男手が不足している。 この村もそのご多分に漏れず、辺りを見渡せばいるのは女子供に年寄りばかり。 もう村に残っている若い男は、俺を含めて10人にも満たなくなっていた。 だがこの村に若者が少なくなった原因は、恐らく世界中で見ても稀な部類に入ることは間違いない。 村から出ていった者の半数はより大きな稼ぎと仕事を求めて町へと移り住んでいった。 そしてもう半数は・・・村の背後に聳え立つ岩山の中へと消えていったのだ。 遠い昔から、この岩山には1匹のドラゴンが棲んでいるという言い伝えがあった。 まあ、どこの山海でもそうなのかもしれないが、大きな海や山には必ずと言っていいほどそこを古くから拠点としている主がいるものだ。 この岩山では、たまたまそれがドラゴンだったというだけの話だろう。 別に定期的に村を襲ってくるわけでもなければ、採集に山を登った村人達を食い殺していたというわけでもない。 いや、そもそも本当にドラゴンの姿を見たものは誰もいなかったのだ。 もちろんそう言われればことの真偽は確かめてみたくなるものだが、そんなことをしたところで普通はなんの得にもならない。 だが、そのドラゴンの言い伝えにはいかにも胡散臭い、そしていかにも魅力的な部分があった。 "たとえ1滴でもそのドラゴンの血を飲めば不老不死になれる" 正確には不老長寿ということなのだろうが、言い伝えは時に誇張されるものだ。 若さと力に憧れる若者達が、これに目をつけないはずはない。俺には絶対にそう言い切れる自信があった。 なぜなら、今まさに俺はその甘美な誘惑に負けて岩山への1歩を踏み出そうとしていたからだ。 村を出れば、そこはもう山道の一部。大勢の人間が暮らす町で健全な生活を求めて山を下るのか、本当にいるかどうかもわからない1匹のドラゴンに永遠の若さを求めて山を登るのか。 信じられないことだが、村からいなくなった若者達の取った選択肢はこのたったの2つだけなのだ。 そしてたった今、俺は山を登る道を選択した。 何人もの男達が夢とロマンを追いかけて通った道。そして、誰1人として帰ってこなかった道。 乾いた細かな砂を踏みしめる感覚を靴底に感じながら、徐々に細くなっていく山道を進んでいく。 急峻な岩山の胃袋の中へと通じる道なき道が、眼前にぽっかりと口を開けていた。 ここを越えれば・・・村からまた1人、若者が消えることになるかもしれない。だが、きっと目的は果たしてやる。 ドラゴンの血を採るための小刀を手に、俺は帰らずの道を踏み出した。 ドラゴンを殺すのが目的ではない。必要なら、ドラゴンに頼み込んででも血をもらえばよいのだ。 そのために荷物がかさばるような大きな武器など、持つ必要はなかった。 「ふぅ・・・ふぅ・・・」 ほとんど生命の感じられない殺風景な景色を眺めながら、急な坂道を少しずつ登攀していく。 1歩足を前に出す毎に人間の世界から遠ざかっているような気がして、俺はすでに孤独と不安に襲われ始めていた。 山を登り始めてから、もうすでに2時間が経とうとしていた。 俺の目の前に、絶望的な光景が広がっている。 山肌に張り出した肩幅ほどもない断崖絶壁の縁を、俺は壁に背をつけてそろりそろりと進んでいた。 もし足を踏み外せば、奈落の底には死が待っている。 ゴクリと唾を飲み込み、俺は慎重に次の足を踏み出した。 蹴り出されて崖から零れ落ちた小石が、音もなく遥か下界へと吸い込まれていく。 思わずその様子を目で追って、俺は恐ろしいものを見てしまった。 数百メートル下の地面に、白骨が残されていたのだ。 不運にも足を踏み外したその憐れな男は時速170キロで硬い岩の上に体を打ちつけ、恐らく原型を留めないほどに激しく砕け散ったのだろう。 誰も手を触れないはずの骨の残骸が、バラバラになって墓標を形作っていた。 山を登った者が辿った運命の一端を垣間見て、俺は途端に恐怖に襲われていた。 ようやく危険な綱渡りを終え、早鐘のように打ち続ける心臓を必死で鎮める。 それから先は、俺が想像していた以上に過酷な道のりだった。 至る所に白骨やまだ肉のついた男の死体が転がっていて、無事にドラゴンに出会えた者はいないのではないかと思える。 「ははっ・・・無事に出会えた、か・・・」 いるかどうかもわからないが、そのドラゴンでさえもしかしたら死をもたらす危険な存在なのかもしれないのだ。 だが、そこにも辿り着けずに朽ちていった若い命を目の当たりにして、俺はますますドラゴンの存在を強く願った。 これだけの危険を冒したというのに、もしドラゴンがいなかったら俺達はみんなピエロじゃないか。 そんな思いが脳裏を掠める。 さらに2時間程登っていくと、これまで登ってきた曲がりくねった細い道から、一転して視界が開ける。 もう、辺りには誰の亡骸すらも見つけることはできなくなっていた。 それはつまり、誰もここまで辿り着くことができなかったか、無事にドラゴンに出会って無事では済まなかったかのどちらかということだ。 しばらく行くと、向こう側の岩壁に大きな洞窟が見えてきた。 まさかあそこにドラゴンが・・・? 胸の中に期待と不安が一気に膨れ上がる。俺は足音を殺して洞窟に忍び寄ると、恐る恐る中へと足を踏み入れた。 奥に行くにしたがって日の光が届かなくなり、辺りが薄暗くなっていく。 「おお・・・」 100メートルほど奥まで進むと、丸い広場のような空間が開けていた。 洞窟の天井には直径1メートルほどの穴がいくつも空いていて、そこから太陽の光が幾筋も差し込んでいる。 自然が作り出した幻想的な美しさが、数々の死を見せつけられてきた俺の心を癒してくれた。 「ほう・・・人間がよくここまで辿り着けたものだな・・・」 その時、突然背後から声が聞こえた。 慌てて後ろを振り向くと、全身フサフサな体毛に覆われた真っ白なドラゴンが、広場の入口に立っている。 大きい・・・両手足を地面についているというのに、俺と同じ位の体高がある。 枯れた白色の大地に溶け込むようなその白いドラゴンは、感心すると同時に妖しい表情も浮かべていた。 「フフフ・・・気に入ったぞ・・・」 「う・・・うぁ・・・」 ヒュッと細められたそのドラゴンの眼に、俺は身の危険を感じた。 反射的に手にしていた小刀を構えるが、その圧倒的な巨躯と威圧感に腰が引け恐怖にガクガクと震え出す。 その瞬間、武器を向けられたドラゴンの目がキラリと嗜虐的な光を放ったのを、俺は見てしまった。 「それほどまでにして私の血が・・・永遠の若さがほしいのか・・・?」 ・・・言い伝えは本当だったのか!ドラゴンの口から漏れた言葉に、俺は思わず驚きの表情を浮かべた。 「フフフ・・・だが、そんなもので私を殺そうとするとは・・・勇気があるのか無謀なのかわからんな」 違う・・・俺はドラゴンを殺すつもりなんてない。たった1滴でいいから、俺は血が欲しいだけなんだ。 だが、血をくださいと言ってはいそうですかというわけには、どうやらいかないらしい。 いや、それどころかこの状況は・・・ 「フフフフフ・・・まあいい、やれるものならやってみるがよかろう・・・」 そう言うと、ドラゴンは首を左右に揺り動かしながらゆっくりと近づいてきた。 フラフラと顔が動いているというのに、その鋭い眼の焦点がピタリと俺に合ったまま動かない。 「あ・・・ああ・・・」 これは威嚇なのだ。いや、ドラゴンにはそのつもりはないのかもしれないが、明らかに俺を獲物として狙っていることを知らせるその動きに足が竦む。 「どうした?手にしたその刃を私に突き刺せば済むだけのことだろう?」 余裕たっぷりに、ドラゴンがにじりよってくる。こんなもので刺されたところで、痛くも痒くもないのだろう。 「う、うわああ!」 あまりの恐怖に、俺は腰を抜かしてその場に尻餅をついた。 小刀を脇へ投げ捨て、必死でドラゴンから逃げるように震える手足で地面を這う。 食われるとか殺されるとか、そんな理由のある恐怖ではなかった。 とにかく、この場を離れたい。ドラゴンを視界に入れるのも恐ろしかった。 だが、弱々しく逃げる俺の背後に巨大なドラゴンの気配がどんどん近づいてくる。 ガシッ 「ひ、ひぃぃぃ・・・」 巨大なドラゴンの手が片足を掴んだ感覚に、俺は完全にパニックに陥った。 ドラゴンから離れようと掴める取っ掛かりを探して中空に手を伸ばすが、そんな抵抗も空しくずるずるとドラゴンの方に足が引きずり込まれていく。 やがて、俺の背中にずっしりとしたドラゴンの凶悪な体重がかけられ始めた。 ミシッ・・・ミシミシ・・・ 象ほどもある体躯なのだ。優に数トンはあるであろうドラゴンの体が、少しずつ少しずつゆっくりと上にのしかかってくる。 ドラゴンが地面についている手足を離せば、あっというまにぺしゃんこにされてしまうだろう。 「た、助けてくれぇ・・・」 唯一自由の利く首と腕を暴れさせながら懇願するが、ドラゴンはお構いなしに俺の上に蹲った。 「ここまで無事に登ってくるとはさぞ骨のある人間かと思ったが・・・この程度で音を上げるとは情けない」 嘲笑のつもりなのか呆れているのか、頭上でフンと鼻を鳴らす音が聞こえる。 だが、ここまでしておいて一思いに殺されないのが逆に俺の不安を煽っていた。 「一体俺を・・・どうするつ・・・つもりなんだ・・・?」 肺が押し潰され、声が上手く出てこない。それを察したのか、ドラゴンが背中にかける体重を気持ち軽くする。 「まだ私の血が欲しいか?」 ドラゴンの問いに、俺はサッと血の気が引くのがわかった。返答を誤れば殺されかねない。 「ほ、欲しいと言えば・・・くれるのか?」 その言葉を聞くと、ドラゴンは突然起き上がった。 身を押し潰さんばかりにかけられていた重量が一気に消え去り、ゴホゴホと咳き込む。 ドラゴンは俺をゴロンとひっくり返して仰向けにすると、俺の両手を地面に押し付けた。 バンザイの姿勢で地面に縫い付けられた俺を見下ろしながら、ドラゴンが口を開く。 「フフフ・・・場合によってはな・・・」 場合によっては・・・それはつまり、俺の運命の岐路はまだ終わっていないということだ。 真意の見えないドラゴンの顔を見つめながら、俺は胸の内にわずかな希望が芽生えたのを感じていた。 「私の血を受けて永遠の命を得るか、数百年振りの私の食事になるのかは、後でお前自身に選ばせてやる」 ドラゴンはそう言うと、ニヤリと笑った。 「そんな2択なら、答えはもう決まってる」 「フフフ・・・果たしてそうかな?」 「お、俺にどうしろっていうんだ?」 何か、条件があるのだ。もしかしたら俺自身が自ら死を選ぶことも有り得るような何かが。 すると、ドラゴンは真っ白な尻尾を俺の両足にそれぞれグルリと巻き付けた。 そのまま、ゆっくりと足を左右に広げるように尻尾を張る。 バンザイの姿勢からX字型に体を広げられ、俺は何をされるのかわからぬままドラゴンの返事を待った。 「私に飼われることが、血をくれてやる条件だ」 「か、飼われる・・・?」 意外な言葉に、俺は思わず聞き返した。 一緒に暮らすということか?だが、それなら飼うとは言わないだろう。 「ここまで登ってきたお前なら、この岩山の道中がいかに険しいかは知っているな?」 「あ、ああ」 俺は岩肌の張り出しを綱渡りしてきたことを思い出して頷いた。いや、それだけじゃない。 人1人がやっと通れるような細い岩の隙間も抜けてきたし、岩壁を登ったりもした。 標高はそれほどでもないだろうが、険しさだけでいえば世界でも5本の指には軽く入る山だろう。 「では、私のこの体で山を下りられると思うか?」 有り得ないというように、俺は首を左右に振った。翼もないこの体で山を下りる? いや、崖から飛び降りても平気なら可能かもしれないが、ドラゴンは不老不死であっても不死身じゃない。 それはもちろん、俺がドラゴンの血を飲んだとしてもこの山を下りるのは難しいということだった。 「そう、下りられぬのだ。数百年もの間、私がどれほどの孤独を感じてきたか、お前には想像できぬだろう」 なるほど。つまり、このドラゴンは退屈凌ぎの相手を求めているということか。 「それは俺に一緒に暮らしてほしいってことか?」 ドラゴンがその言葉にピクリと反応する。 「暮らして欲しい、だと?勘違いするな、お前はただ私の好きなときに可愛がられるだけの存在になるのだ」 「お、俺をペットにでもするつもりか?」 「そうだが?」 あっさりと、ドラゴンが頷く。 「ふ、ふざけるな!犬や猫じゃあるまいし・・・俺をペットだなんて・・・」 「私から見ればお前も犬や猫と変わらんのだぞ?」 「う・・・」 確かに、それはそうだろう。俺には、このドラゴンに抗う術など全くないのだ。 命を握られたままドラゴンの機嫌を取って生きていかなくてはならないとしたら、確かにペットと変わらない。 「それに、お前は犬や猫がなぜ可愛がられるのか知っているか?」 「な、なぜって・・・」 「反抗的な物言いをしないからだ。主人に逆らえば酷い目に遭うということを知っている。お前はどうだ?」 悠然と、ドラゴンが俺を見下ろしていた。絶対に敵わないということはもう嫌というほど見せつけられたのに、人間としてのプライドがドラゴンへの絶対服従を拒んでいる。 「フフフフ・・・まあ、いきなり私に服従しろといっても無理であろうな」 俺の考えを見透かしたように、ドラゴンがしたり顔で呟く。 「あ、当たり前だろ!?いきなりそんなこと・・・うあっ!」 ドスッという音と共に、抗議の声を上げようとした俺の股間をドラゴンが巨大な足で踏み付けた。 そのまま、ズボン越しにグリグリとペニスを踏み躙られる。 「あ・・・うぁ・・・や、やめ・・・何を・・・」 フサフサの足でペニスを擦り潰される快感と恐怖に身を捩るが、両手足を封じられていては逃げようがない。 「決まっているだろう?私に服従を誓えるようにしつけをしてやるのだ」 ドラゴンはそう言うと、無防備な俺の股間を足でグシャッと鷲掴みにした。 「うわああ!や、やめろぉぉぉ!」 強引に味わわされる未知の快感に悲鳴を上げる俺の顔を、ドラゴンが薄ら笑いを浮かべて眺めていた。 「フフ・・・フフフフフ・・・」 ドスッドスッ・・・グリ・・・ズリ・・・グシッ・・・ 「あ・・・や・・・ああああ~~~~~!」 抵抗を封じられたまま股間に乱暴な快楽を叩き込まれ、俺は激しい屈辱に襲われた。 頭では必死で抗おうとしているのに、体の方が徐々に増幅する快感に痺れていく。 大きくも柔らかいドラゴンの足にペニスを執拗に踏み拉かれ、少しずつ射精感が込み上げてきた。 「く、くそぉ・・・こんな・・・あ、あああ~~!」 冗談じゃない。こんな・・・こんな強引な責めで果てさせられるなんて・・・ 「フフ・・・そろそろ限界だろう?」 ギチギチに張り詰めたペニスの感触を足の裏越しに感じているのか、ドラゴンが勝ち誇ったように笑う。 「ああ・・・た、頼む・・・やめ・・・やぁっ!?」 サワサワ・・・ 声を上げた瞬間、純白の体毛に覆われた足がペニスの上を左右に滑った。 先程までの激しい蹂躙から一転してじっくりとなじるような快感を与えられ、嬌声を上げさせられてしまう。 「まだわからぬようだな・・・」 「う・・・うあぁ・・・」 一体どうしろと言うんだ・・・こんなに必死に懇願しているというのに・・・ 「言ってもわからぬのならお前の体に直接教えてやるとしよう」 ドラゴンはそう言うと、俺のペニスを踏み付けた足に小刻みな振動を加え始めた。 「あ、あが・・・あがががががぁぁぁ!」 さっきとは比べ物にならぬ異常なほどの快感が一気に股間に流し込まれ、俺は耐える間もなく射精させられた。 ブシャッという音と共に、ズボンの中に生暖かい感触が広がる。 「フフフフフフ・・・・・・」 こ、こんなの・・・酷すぎる・・・ なす術もなく精を搾り取られ、わずかに残っていたプライドの欠片が粉々に踏み躙られる。 「は・・・ああ・・・」 快感の余韻に荒い息をつく俺に向かって、ドラゴンが笑みを浮かべながら問い掛ける。 「どうだ?」 「も、もう・・・好きにしてくれ・・・」 虚勢を張る気力すらも奪い取られ、俺はぐったりと体を弛緩させてそう呟いた。 「フフフ・・・いいぞ、大分素直になったではないか。ん?」 ・・・これが、絶対服従だというのか? 拒絶の声を上げることも許されず、ドラゴンの思うがままに弄ばれるのが・・・ 「では・・・そろそろ本番に移るとしようか」 「ほ、本番・・・?」 虚ろな瞳をドラゴンに向けながら呟くと、ドラゴンは足の爪を俺のズボンに引っ掛けた。そして・・・ ビリビリビリッ 厚い布地で作られているはずのズボンが、まるで紙切れのようにいとも簡単に引き裂かれる。 破れた服の隙間から、屈服の証に汚れたペニスがポロリと顔を出した。 それを見て喜んだドラゴンの膣がクパッと口を開け、股間に生えた真っ白な毛を左右に掻き分ける。 「うう・・・ま、まさか・・・や・・・」 だめだ、やめてくれとは言えない。言えばまた手酷い扱いを受けることになる。 「ん?何か言ったか?」 俺が反抗できないの知っていながら、ドラゴンがわざとらしく聞き返す。 「や・・・優しくしてくれ・・・」 それは、ドラゴンに完全な服従を誓う言葉だった。 「フフフ・・・よかろう」 ドラゴンは満足そうに笑うと、手に入れたペットを"可愛がる"べく体を沈み込ませた。 人間が完全におとなしくなったのを確認すると、私は地面に押し付けていた両手を離してやった。 地面に肘をつきながら人間の胸の上で両腕を交差させてその体を地面に押し付けると、誤って押し潰してしまわぬように全身でゆっくりと圧迫をかけていく。 「う・・・く・・・」 下半身までしっかりと地面に圧着して動きを封じると、うつ伏せの時とは違う息苦しさに人間が呻く。 「では・・・まずは味見させてもらうぞ」 私はそう言うと、人間のいきり立った肉棒に狙いを定めて腰を押し付けた。 本来なら巨大な雄のモノを受け入れるための膣が、人間の小さな肉棒を文字通り一飲みにする。 「は・・・ぅ・・・」 少しずつペニスが咥え込まれていく様子を想像していた俺は、一瞬にして熱く蕩けた肉襞に押し包まれる感覚に恐怖を感じた。 ズリュ・・・ズリュ・・・ ペニスを根元から揉みしだくように肉襞が蠕動し、初めて味わう無上の快感を擦り込んでくる。 味見とはよくいったもので、ペニスが扱き上げられる度に飛び出す精の残滓を味わうように、膣全体がグニュグニュと踊り回った。 「あ・・・ひゃ・・・う・・・・・・」 快感に身悶えようにも、ドラゴンの巨体がずっしりと俺の体を地面に押しつけていて全く身動きが取れない。 腕と、首と、そして膝がほんの少し動かせる程度だ。 だがドラゴンはそんなことは全く意にも介さず、容赦なく俺のペニスを快楽の坩堝へと引きずり込んでいった。 どんなに苦しくても、どんなに恐ろしくても、そしてどんなに激しい快楽に蹂躙されようとも、それを拒絶するような言葉を発することは許されなかった。 もし一言でも助けてだとかやめてくれなどと口走れば、この状況でどんな"しつけ"が行われるかは容易に想像がつく。 すでに2回目の射精感が込み上げてきていたが、俺に許されていたのは快感に悶える嬌声を上げることだけだった。 必死に射精を堪えようとしても、ドラゴンがほんの少し本気で俺を責めればそんな我慢などなんの役にも立たないだろう。 グチュグチュと断続的に翻されるその肉襞の動きに自分の無力を思い知らされ、俺は目に涙を浮かべながらドラゴンの顔を見つめていた。 「フフフ・・・なかなかかわいい顔をするではないか」 組み敷かれたペットの絶望の表情を楽しんでいるのか、ドラゴンがニヤニヤと俺の顔を覗き込みながら呟く。 ニュチュッ・・・クチャ・・・ 射精を堪え切れなくなるギリギリのところで、肉襞がチロチロとペニスを嬲るように蠢いていた。 「さて・・・私にどうしてほしいのだ?」 後ほんの一押しするだけで俺の意思とは関係なく精を搾り取れるというのに、意地悪な質問が浴びせかけられる。 俺の口から・・・とどめをさしてくれるように懇願しろというのか? 「う・・・うく・・・・・・」 それは、ペットとしての自覚を俺の骨の髄まで植え付けるための策略だった。 だが、答えを躊躇っている間にも射精の限界点をさまようペニスが耐え難い快楽に晒され、俺の理性を徐々に侵蝕していく。 「どうした・・・何も言わぬのならばずっとこのままにしてやってもよいのだぞ?」 「ひっ・・・頼む・・・と、とどめをさしてくれぇ・・・」 ドラゴンの脅しに屈服し、俺は体ばかりか心までもをドラゴンに捧げてしまった。 堕ちるところまで堕とされたという敗北感に、悔し涙がドバッと溢れ出す。 「よしよし・・・それでは望み通り、果てさせてやる・・・フフフ・・・」 グキュ、ゴキュゴキュゴキュ・・・ジュルルルル・・・ 「・・・・・・!」 激しく暴れ回った肉襞の一撃に、俺は声を上げることもできずに精を放った。 まるで勢いよく飛び出した精を飲み干すかのように、ドラゴンの膣がペニスを強烈に吸い上げる。 身も心もその手に落ちた俺を見下ろしながら、ドラゴンはうっとりと優越感に浸っているようだった。 お互いに歓喜の余波が収まると、人間としての尊厳を完膚なきまでに打ち砕かれた俺に向かってドラゴンは再び究極の選択を迫った。 「さて・・・もう1度聞くぞ。私の血を受けて飼われるか、今すぐ私の腹に収まるか、好きな方を選ぶがいい」 ・・・答えられなかった。こんな屈辱の生活を未来永劫続けるなんて・・・ だが、永遠の命を求めてきたのに自ら死を選ばされるというのも受け入れがたいものだった。 「フフ・・・答えられぬか・・・お前が選ばぬなら私の好きにさせてもらうことになるが、いいのだな?」 助けてと、喉まで出かかった言葉を必死で飲み込む。だが、何も言わなければ恐らく助からないだろう。 「お、お願いだ・・・血なんてもういらない・・・だ、だから、見逃してくれ・・・」 「・・・何?」 その返事に、ドラゴンの眼にキラリと危険な光が宿る。 「死ぬのは嫌だ・・・でも・・・こんな生活をずっと続けるなんて俺には耐えられないよ・・・だから・・・」 「私がそんなことを許すとでも思っているのか?」 「あんた・・・俺を食わなくたって生きていけるんだろ?なんでこんな・・・」 グリュッ 「ああっ!」 なんの予告もなく突然ペニスを搾られ、俺は首だけで仰け反った。 それと同時に、体中にかかる圧迫が少し増したような気もする。 「確かに・・・お前を食おうが食うまいが大した違いなどない。だが、お前は自分が何をしたか覚えておるか?」 「・・・え?」 俺が・・・何をしたか?そのドラゴンの言葉に、俺は今までの出来事を頭の中で繰り返した。 「お前は私の住み処に無断で侵入し、あまつさえ私に武器を向けたのだ」 「ぶ、武器って・・・あんな小刀・・・」 グルリと首を回し、地面に打ち捨てられている小刀に視線を走らせる。 「私がこんな状況にいなければ、お前など問答無用で食い殺しているところだ。寛大だとは思わんのか?」 いよいよ、俺は進退窮まった。冷静に考えてみれば、俺はドラゴンに小刀を突き立てて血を奪い、そのまま何事もなかったかのように帰ってくるつもりだった。 欲にかられて、俺はドラゴンのことを何も考えちゃいなかったんだ。 「あ・・・うぁ・・・」 「もう1度だけ聞くぞ。服従か死か、好きな方を選べ」 より直接的な表現を突きつけられ、俺は涙ながらに叫んでいた。 「こ、殺さないでくれぇ!!」 その返事に満足したのか、ドラゴンは不意に俺の口を自らの巨大な口で塞いだ。 ガリッという音と共にドラゴンが舌を噛み切り、滴り落ちた血を俺の口の中へと流し込む。 暖かくも甘い、不思議な味が口の中に広がり、俺は涙ながらにその秘薬を飲み込んだ。 ゴクリ・・・ 終わった・・・命以外の全てをドラゴンに奪い取られ、俺は絶望にガクリとうな垂れた。 「そう落ち込むな・・・従順にしていれば、悪いようにはせぬ・・・フフフ・・・」 そうは言ったものの、ドラゴンの顔には新しい玩具を手に入れた子供のように嬉しそうな表情が浮かんでいた。 「では早速だが・・・このまま続けるぞ」 「こ・・・このまま・・・」 全く休ませてくれる気配もなく、今まで緩められていた体の圧迫が再び強くなった。 「ぐ・・・ぅ・・・」 フサフサの毛が生えた柔らかい体とはいえ、じわじわと押し潰されるような感覚に再び恐怖がぶり返す。 「フフフ・・・お前はもう多少のことでは死なぬ体になったのだ。その意味・・・わかるな?」 それは、これからようやくドラゴンの本気の責めが始まるということだった。 生身の人間が受ければひとたまりもないであろうその快楽地獄を婉曲に予告され、背筋が冷たくなる。 グリ・・・グリグリ・・・ 「う・・・うむぐ・・・」 さらに、その暖かい毛布のような体で俺をすり潰すように、ドラゴンがグリグリと腹を擦りつけてくる。 く、苦しい・・・だが、ずっしりとした重量を遠慮なく擦りつけられるその感覚が妙に心地好くもあった。 「どうだ?」 「あふ・・・き、気持ちいい・・・」 「フフ・・・そうか・・・では、そろそろこちらの方もいくぞ・・・」 その言葉と同時に、クイッとペニスが舐め上げられる。 「あ・・・」 ビクンと快感に跳ねる俺の体を、ドラゴンがガシッと押さえ込んだ。 ゴジュッゴジュッゴジュッ・・・ 「う、うああああああ!」 その瞬間、ドラゴンの愛液に潤った膣壁が俺のペニスを根元から何度も何度も激しく搾り上げた。 なおもグリグリと押しつけられるドラゴンの柔らかい胸に顔が溺れ、必死でその下から這い出そうとドラゴンの体を押しのける。 「どうした?その程度の力では私の体を跳ね返すことなどできぬぞ・・・フフフ・・・」 恐ろしいほどの快楽で俺の力を奪い取りながら、ドラゴンは俺の背中に腕を回してギュッと抱き締めてきた。 その巨体から生み出される膂力で俺の顔を柔らかな白毛の海に深く沈めたまま、ドラゴンが胸を揺する。 「ぶ・・・う・・・」 適度に固いドラゴンの胸板が顔に押しつけられ、俺は息が詰まった。息苦しさが限界に達しようとした瞬間、一瞬だけ顔からドラゴンの胸が離れる。 「は・・・あ・・・」 深呼吸しようとして大きく息を吸い込んでいる途中で、再び顔がボフッと胸に押しつけられた。 グシュグシュグシュ・・・グリッゴリュッ 再び味わわされた息苦しさに追い打ちをかけるように、ペニスが蹂躙される。 「ん、ん~~~!ん~~~~~~~!!」 俺はバタバタと腕を暴れさせて爆発する快感と苦しみに暴れたが、ドラゴンは容赦なく俺を窒息させたままペニスを嬲り続けた。 「んは・・・はぁっ・・・うぶ・・・」 グシャッグシュズリュ・・・ 「む~~~~むぐ~~~~~~~!」 ブシュッビュルビュビュッ 何度も何度も窒息寸前で解放されながらペニスを弄ばれ、俺は朦朧とした意識のままわけもわからずに3度目の精を放った。 「はぁ・・・はぁ・・・あっ・・・はぁ・・・」 ようやくドラゴンの凶悪な責めから解放され、俺は遅れて襲ってきた射精の快感と息苦しさに大きな息をついていた。 「なかなか楽しかったぞ・・・」 ごっそりと気力と体力をもぎ取られ、もはやピクリとも体を動かすことができない。 いくら不老不死の体になったとはいえ、これ以上責められるのはさすがに命の危険を感じた。 もう許してくれと直接言葉で言えない代わりに、ドラゴンに懇願するような視線を向ける。 「フフフ・・・心配するな、今日はこのくらいにしておいてやる」 その言葉に、俺はふうっと安堵の溜息をついた。 ヌチュ・・・グボッ 「く・・・ふ・・・」 纏わりついた愛液と精を残らず扱き取るように、ペニスがきつく締めつけられたままドラゴンの膣から抜ける。 最後に加えられた一撃に、全身がじんじんと痺れた。 「疲れたのならそのまま眠るがよい。数分もすれば元通りに回復するだろう」 それを聞いて、俺はその驚異的な回復力に感謝しつつも戦慄を覚えた。 ドラゴンは、その気になれば1日中俺を貪り続けることができるのだ。 今はこうして穏やかに扱ってくれているが、もし逆らったりすればそんな罰を与えられても不思議はない。 返事をする気力も底をつき、俺は言われるままに目を閉じた。 ほとんど瞬きにしか感じないほどの間を置いて目を開けると、すでに辺りは夜になっていた。 どうやら俺はあのほんの一瞬で眠りに落ちたらしい。よほど疲れていたのだろう。 周りを見渡すと、ドラゴンはその巨体で入口を塞ぐようにして眠っていた。 やはり、どうあっても逃げるのは無理だろう。それに・・・俺にはもう逃げるだけの目的がなかった。 永遠の命を得る・・・そのために、そのためだけに、俺はこの峻険な岩山を登ってきたのだ。 だがいざそれを手に入れてみて、俺はこの上ない空しさに襲われていた。 この先何十年何百年と生きてみたところで、一体どんな達成感があるというのか。 限られた人生の中で大業を成す事が、人間の本当の意味での生き甲斐だったんじゃないのか? じゃあ、俺は一体何だ?死なない事になんの意味がある?答えはたった1つしかない。 永久に別れがこないということだ。 そう、俺の身も心も自由に支配しているこのドラゴンと、俺は永久に別れることができないんだ。 殺されはしない。傷つけられもしない。俺がドラゴンから与えられるのは、どういう形であれ快楽しかない。 だったら、俺の人生の目的はこのドラゴンを喜ばせること、満足させることなんだ。 もう、迷いはなかった。すっかり元気に回復した魂の抜け殻を立ち上がらせ、フラフラとドラゴンのもとへ向かう。俺の近づく気配を感じ、ドラゴンが目を覚ました。 「どうした・・・」 何と言えばいいのかわからなかった。言葉を選べずに立ち尽くす俺を見て、ドラゴンが首を傾げながら呟く。 「・・・まだ、足りぬのか?」 無言のまま、コクコクと頷く。生き甲斐が欲しかった。俺はドラゴンに受け入れて欲しかったんだ。 「フ、フフフフ・・・もう私に甘えることを覚えるとは・・・いいだろう、好きにするがいい」 そう言いながら、ドラゴンは仰向けに寝転んで大きな体を広げた。 その股間に入った割れ目が、左右にグバッと口を広げる。 甘える・・・俺はドラゴンに甘えているのか?いや、そんなことはもうどうでもいい。 俺は無我夢中で柔らかなドラゴンの体に飛び込むと、獲物を待ち焦がれる膣にペニスを捧げた。 クチュッ・・・ それを優しく受け止めるように、肉襞がフワリとペニスを包み込む。 フサフサの尻尾が体に巻きつき、ドラゴンが両手で俺を抱え込んだ。 暖かい・・・。うっとりするようなその気持ちよさに、俺は自ら腰を動かして快楽を貪った。 「フフ、せっかちな奴め・・・そう慌てなくとも、たっぷり可愛がってやるぞ・・・」 ニュルッ・・・クチュッヌチャ・・・ 「ふああ・・・も、もっと・・・」 幸せだった。永遠にこの快楽を味わえると考えただけで、不安や悩みが跡形もなく消し飛んでいく。 もぞもぞとドラゴンの体の上で身をくねらせながら、俺は最高の主人を得たことに、ペットとしての喜びを噛み締めていた。 完 感想 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/yukkuri_gyakutau9/pages/1409.html
#asciiart 173; 175;でくくるといい -- 名無しさん (2008-06-15 03 34 09) wiki立ち上げ乙 -- 名無しさん (2008-06-15 21 06 20) ロダ345抜けてるかも -- 名無しさん (2008-06-16 00 00 46) 今週から忙しくなるのでどなたか編集していただけると幸いです -- 管理 (2008-06-16 18 28 55) チルノ -- 名無しさん (2008-06-23 14 53 08) 書いてたの消えているけど、一覧の120から129までの数字ズレは直ってないので注意 -- 名無しさん (2008-07-15 10 32 50) \ちるの!/ -- 名無しさん (2008-07-19 23 54 35) Megalithあたりを使って環境を整えるっていうのはどうかね -- 名無しさん (2008-07-31 04 33 41) エルジアの科学力の結晶を使うのか… -- 名無しさん (2008-08-01 06 10 06) ゆっくりメーリンとゆっくりメーリン2の中身が一緒で、fuku1473がなく、ジャンルマークを見ると貼り間違えのようなので直しておきました。なにか勘違いしてたら済みません。 -- 名無しさん (2008-08-03 18 26 26) ttp //www8.atwiki.jp/yiukkuri_izime/pages/828.htmlは編集ミスです。管理人の方がいましたら、削除よろしくお願いします。 -- 名無しさん (2008-08-03 22 31 50) 3ページになっちゃいましたか。容量でかくて余計なテマかけさせて申し訳ないです>< -- アルコールランプ (2008-08-09 22 59 42) 色々頑張ってみましたが3つになりました。申し訳ない。容量は名目50kbまでと書いてありますが、実際はロダの表示で27kb位が限界です。リンクを貼ったりする関係で1ページにつき25kb位までが望ましいです。これを超えると申し訳ないと思いつつも分割させてもらってます。最後になりましたが、書き手の皆さんは頑張ってね!!! -- 名無しさん (2008-08-10 11 09 25) ちーんぽ! -- 名無しさん (2008-08-11 14 26 57) ゆっ?りしていってね!!! -- 名無しさん (2008-08-13 20 46 14) 新しいページ作成中に重くなったせいかページがバグってしまったようなので、数字を全角にして作り直しました。お手数ですが旧ページを削除の方、よろしくお願いします。 >虐めAAその14 -- 名無しさん (2008-08-15 10 05 18) 乙です -- 名無しさん (2008-09-14 04 12 41) http //www4.uploader.jp/home/gy/ が右メニューリンクに無い -- 名無しさん (2008-09-17 00 21 21) 右メニューは履歴だぞ。@、左右メニューの編集権限は管理者のみな。 -- 名無しさん (2008-09-17 00 46 01) メニューから新ロダへのリンク……忘れてましたw 加えておきますね。 -- 管理人 (2008-09-17 00 49 51) 加えました。 -- (管理人) 2008-09-17 00 58 08 左メニューSS一覧の下に いじめ1000(ttp //www26.atwiki.jp/yukkuri_gyakutai/pages/1560.html) の追加をお願いします -- (名無しさん) 2008-09-19 01 07 09 追加しました。ついでにどこかからインスパイアしてきて、メニューをいじりましたw 前のが良さそうなら戻しますのでお気軽にご意見ください。 -- (管理人) 2008-09-19 07 21 37 新うpロダのパスがわからん@@; -- (名無しさん) 2008-09-20 17 48 56 パスは毎度毎度、新参がスレで聞いてるので過去ログを読んでください -- (名無しさん) 2008-09-20 21 21 59 ゆっくりいじめ系748 ある動物型奇形妊娠がテキストモードに なっているようです。長さ的に問題なさそうなので移籍の際の 名残だと思うんですが、どうでしょうか? 確認をよろしくお 願いします。 -- (名無しさん) 2008-09-22 06 23 55 不具合ご報告ありがとうございます。 確認したところテキストモードでしたので、アットウィキモードに変更いたしました。 -- (管理人) 2008-09-22 07 37 19 新スレが立っていたようなので修正しておきました。 -- (名無しさん) 2008-09-23 21 16 54 虐めSS・一覧の慧音×ゆっくり系のところに、「ゆっくり奇々怪々(下)」が2つ(7番と9番)あるのは何故? しかも9番は重複してるし。 これはどう修正すればよい? -- (名無しさん) 2008-09-28 16 36 27 履歴見て間違え推理して修正した。 「ゆっくり奇々怪々」連番にしようとして「ゆっくろっく」の番号だけ変えて、 別の人が気付かず「ゆっくり奇々怪々(下)」を一覧に追加したと思われ。 -- (名無し) 2008-09-28 17 13 02 fuku2658.txt 08/09/24(Wed),18 08 50 までwikiに保管完了。 集中力が回復したらまた再開するかも。 ジャンルマークつけてないので、各作者がつけてくれると助かる。 -- (名無しさん) 2008-09-28 18 36 31 fuku2721.txt 08/09/28(Sun),19 06 02 まで保管完了。 もし保管漏れがあったら補ってくだしあ。 -- (名無しさん) 2008-09-28 21 55 21 乙。 -- (名無しさん) 2008-09-28 22 21 32 感想フォームつけ忘れや続き物リンク漏れ補っておいた 漏れあったら気付いた人頼む -- (名無しさん) 2008-09-29 19 52 16 ゆっくりいじめ系219 私が町長です。 ゆっくりいじめ系242 \ゆっくりだー!/前半 ゆっくりいじめ系244 \ゆっくりだー!/後半 ゆっくりいじめ系246 \ゆっくりだー!/エンディング ゆっくりいじめ系346 \ゆっくりだー!/ゆっくりは再びやってくる 前編 ゆっくりいじめ系358 \ゆっくりだー!/ゆっくりは再びやってくる 後編 ゆっくりいじめ系370 爆走!ゆっくりカー! ゆっくりいじめ系389 ゆっくりできるわけないだろ.現実的に考えて ゆっくりいじめ系400 ゆっくりできるわけがないだろ、現実的に考えて、 さわやかな鬼意山とゆっくり一家の安らぎ。 ゆっくりいじめ系517 ゆっくりしぬしかないだろ。倫理的に考えて ここから離れようと思ったのでこれらの作品の削除をお願いします。 作者 -- (名無しさん) 2008-09-29 21 08 26 ゆっくりいじめ系265 ゆっくりさせないだろ。常識的に考えて これも削除をお願いします。 作者 -- (名無しさん) 2008-09-29 21 39 07 削除要請対応いたしました。 -- (管理人) 2008-09-30 23 25 07 fuku2806.txt 08/10/05(Sun),16 44 39 まで保管完了。 見落としあったら補完よろしく。 -- (名無しさん) 2008-10-05 18 52 45 乙でございます。見る限り見落としないっぽいですよ。 むしろ……この前、私がやった時の見落としを発見しちゃいましたw どうにも私が追加すると毎回必ず保管し忘れがある気がする。 -- (管理人) 2008-10-05 23 18 20 SSが1000番を超えたようなので1250のページを追加お願いします -- (名無しさん) 2008-10-06 00 02 44 何か忘れてる気がすると思ったら……そう、それですよ! ご指摘ありがとうございます。 そんなわけでメニューに項目追加しておきました。 当面はまだ一覧で大丈夫でしょうが、ある程度たまったら ページ作って移動にて、と。 -- (管理人) 2008-10-06 00 23 49 初めましてこんにちは、今後よしなに。 さて、これだけ充実しているテキストに加え、 画像まとめも創設しては頂けないでしょうか。 ゆっくりいじめ画像は広範囲に散らばっており、 なかなか一箇所で数が取れないものですから。 御一考頂ければ幸いです。 では失礼致します。 -- (新参) 2008-10-07 07 35 14 たしか画像関係はwikiの規約に反するからできないって聞いた。 確か前に似たようなことでトラブルになったことがあるからできないと考えた方がいいと思う -- (名無しさん) 2008-10-07 07 59 28 画像まとめの件ですが本wikiには創設いたしません。 虐待画像はアダルトコンテンツに該当いたしますので、wiki利用規約により不可能です。 また、wiki外に画像まとめを創設する気も、私にはございません。 文章作品はともかく、画像につきましては「まとめ」を行う事の同意を、作者さんから得られておりません。 この手の創作スレまとめの通例といたしまして、文章作品はまとめられる前提で書かれ投下されると申しますか、虐待スレにつきましてもwikiが出来る前の作品は「収録だめなら言ってくれれば削除」と言う感じでwikiに掲載し、wikiが出来て以降は「投下したら収録される」と言う暗黙の合意が存在していると解釈できます。 さりながら、画像作品に関しましては「まとめ」が存在しない前提で描かれ投下されておりますので、描いたご本人の意思確認を行いませんと無断転載となります。 すでに描くのを止めた方もいらっしゃいますし、途中からの方針変更によって描くのを止める方が出る可能性が強く、また悪質な改変や、無断転載を幇助する事となりますので、画像まとめ自体に私は否定的な考えを持っております。と言うわけで、本wikiに画像まとめは創設いたしません。 -- (管理人) 2008-10-08 00 27 25 大変ご丁寧なご回答、よく分かりました。有難うございます。 今後もテキストを楽しませて頂きますね。 お手数をお掛けしました。失礼致します。 -- (新参) 2008-10-09 11 48 19 管理人へ wikiを小学生が見ているという書き込みがスレにあったので、 TOPに以下の文を追加したわけですが、無言削除合戦になりました。 Y/Nの管理側の立場を明示してくれると助かります。 このサイトにはざんこくなないようがあります。15才以下の人は見ないでください。 サイトへのアクセスはパソコンとサイトのりょうほうにきろくされています。 -- (名無しさん) 2008-10-14 19 17 41 トップページの編集履歴確認いたしました。どう見ても編集合戦ですね。 管理側の判断といたしましては、注意書きに関しましては今後明示するか否かを 皆さんとご相談させていただきたい、と言う形でございます。 つまり、現段階ではNOの立場です。 すぐに注意書きを明示しない理由ですが、まず第一にソースが2ちゃんのレス。 ぶっちゃけ「今、嫁と○○○○しながら書き込んでる」と書いたとしましても、 本当か嘘か見分けがつかないわけですから、レス一つでいきなり動くのも 早計であると私は判断いたしました。 しかしながら、扱っている内容が内容ですので、慎重に保険をかけるべきだとは 思いますので、今後どのような文面にするかなどをご相談させていただきながら、 注意書きを入れるべきか否かご意見お願いいたしたいと考えております。 なお、引用いただいた文面に関しましては……オール平仮名、残酷な内容と言い切っている、具体的年齢制限設けてる、アクセス記録自体はこのwikiには残らない、 この四つの理由から私としては賛成できかねます。 ぶっちゃけ「何で制限するか」の理由につきましては「残酷」とか、ストレートな表現を 用いますと、色々と問題が生じる恐れがありますので遠回しに「文学的に特殊な描写」など、 如何様にも取れる形として、具体的年齢制限につきましても「義務教育中の方には向かない」 と言う風に改めて、物凄い玉虫色の注意書きにするしかないと考えております。 このwikiは利用規約的にグレーゾーンなのですから、自ら色々とこうだと語っちまうと微妙なのです。 注意書きが必要というお考え自体を、私は否定いたしません。 どれぐらいこのwikiの作品が、多感な時期の青少年に影響を及ぼすか、判断は人それぞれ わかれるところだと思いますし。 必要であるとの認識は、間違っては居ないと思います。同時に、不要であるという認識も、 間違いではないと思います。 とりあえずは、どうすべきかを論じ合って行こう、と言うあたりで了簡なさっていただければ幸いです。 -- (管理人) 2008-10-14 22 20 01 とりあえず、wiki内でコメントフォーム増やして会議室作ろうかと思いましたが、 せっかくなので外部に掲示板借りてきました。 ttp //jbbs.livedoor.jp/otaku/11995/ 一応このwiki用の避難所ってことで、今のところスレとは特に関係ない ってな位置付けで認識いただければと思います。 注意書きの件の話し合い用スレッドは、下記の通りです。 ttp //jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/11995/1223991891/ スレは自由に立てられますので、なにか使いたい方はご自由にご利用下さい。 -- (管理人) 2008-10-14 22 49 47 fuku2978.txt 08/10/13(Mon),02 26 34 までwikiに保管完了です。数が多すぎるんで、とりあえずここまで。 続きは暇な人よろしく。 -- (名無しさん) 2008-10-15 23 37 27 保管作業お疲れ様です。 -- (管理人) 2008-10-16 21 51 25 fuku3068.txt 08/10/17(Fri),21 25 31 まで保管完了 -- (名無しさん) 2008-10-17 23 04 48 私の書きましたSS、fuku2973.txt「おねしょゆっくり」が保管されていなかったため、追加しました。 -- (cyc=めて男) 2008-10-17 23 29 05 作品wiki追加お疲れ様です。 現時点でロダにあるの全部保管済みですね……お疲れ様です。 早めにってことで、ゆっくりいじめ.1500用意しておきます。 あと、ざっと見て重複は消しましたが、ページ名変更や重複削除 他にもございましたら、お手数ですがご連絡お願いいたします。 -- (管理人) 2008-10-18 10 55 19 fuku3093.txt 08/10/18(Sat),23 19 30まで保管完了。 -- (名無しさん) 2008-10-19 00 08 20 作品保管お疲れ様です。 -- (管理人) 2008-10-19 01 00 14 虐めSS・一覧のページがだいぶ長くなったので、ちょっと形式を変えてみようかと。 虐めSS・一覧ページ無くして、ゆっくりいじめ系は250ずつ、 ジャンルものはジャンルものでまとめると言う形にしてみました。 使いづらいと思いましたら「早く戻せ!」と、ご遠慮なくご意見お願いします。 -- (管理人) 2008-10-19 10 42 57 ゆっくりもどさないでもいいよ! -- (名無しさん) 2008-10-20 02 35 17 ご意見ありがとうございます。 特に「使いづれぇ!余計な事すんなタワケが!」ってな、 悪い使用感の表明もございませんので、このままで行きます。 それに伴いまして、ちょこちょこ各所弄ったりしますが、 良い感じになると思う方向へ、案のある方は編集しちゃって いただければ幸いにございます。 -- (管理人) 2008-10-20 20 57 39 注釈入っててオドロイタ -- (名無しさん) 2008-10-20 22 50 06 これはいい注意書き。 -- (名無しさん) 2008-10-20 23 25 53 管理人様、おつかれさまです。 人物~動物の区分の間に「・」を入れてはどうでしょうか? -- (名無しさん) 2008-10-21 16 58 43 確かにこれはヘタなR-18ゲームなんかよりも影響ありそうですしね・・ -- (名無しさん) 2008-10-21 18 16 33 ご意見ありがとうございます。微調整がてら、昨日のよりも閲覧非推奨を 強く匂わす形にしてみました。不適切って言って判断を委ねるよりも、 推奨しない意志を表しておいた方が効果的かなと。 もっと良さそうな文案ございましたら、避難所の注意書きスレなどに よろしければご意見お願いいたします。 -- (管理人) 2008-10-21 20 07 09 fuku3143.txt 規制されてたのでここでうp報告。 -- (名無しさん) 2008-10-22 01 20 31 虐めSS一覧が左メニューのゆっくりいじめ.250の上から消えたままだけど 復活して欲しいです…前にはありましたよね? 自分で戻そうと思ったけど左メニューの編集はメンバーじゃないと出来ないようで。 -- (名無しさん) 2008-10-23 01 28 56 fuku3105 08/10/19(Sun),13 03 29 まで保管しました。 -- (名無しさん) 2008-10-23 02 11 01 保管お疲れ様です。 ちょっと上のコメントに書きました通り、ジャンルものと新着で縦に長くなりすぎたので 虐めSS一覧ページ廃止して、現行のゆっくりいじめ.数字と虐めSSジャンルものに 変更しましたが使いづらいですか。 前のは前ので、あれもかなり微妙ですので……ちょっと別の形にしますね。 -- (管理人) 2008-10-23 21 13 23 一覧復活させて目次付ける方向で調整してみました。 縦にずらずら長いのも、これなら改善できるかと。使用感が微妙でしたら、ご意見お願いします。あと、もっと良い感じになる改善案ございましたら、ご意見お願いいたします。 -- (管理人) 2008-10-23 21 38 11 調整お疲れまです、 個人的には全然使いやすいです、 -- (名無しさん) 2008-10-23 22 19 56 ゆっくりれみりゃ系いじめ57【樽】なんすけど、 一応ゆっくり虐待の方向で書いたのでゆっくりいじめに移しました。 れみりゃの方を削除したいんだけどどうすりゃいいんでしょう? -- (タカアキ) 2008-10-25 08 39 00 理由とともに「削除してちょ☆」と言っていただければいいのです。 そんなわけで削除しときましたw -- (管理人) 2008-10-25 09 26 16 メールにてご連絡いただきましたが、コメントにて公開レスさせていただきます。 予防規制の件は解除させていただきました。こちらでは、規制に該当しない程度の ちょいとテンション高いコメントだったそうで……誠に遺憾に存じます。 ずっとテンションあれぐらい高いのは少し困りますが、時々でしたら、こちらでは 全く問題ございません。テンション高い以外は、普通のコメントなようですし。 向こうは理由があまり詳しく公開されていませんので、予防規制につきましては、 今後はもうちょっと慎重に検討いたします。 -- (管理人) 2008-10-27 01 40 25 18禁作品の収録につきまして、新方式を試行いたしました。 作者さんのご協力が得られれば、外部に自前で18禁部分を保管していただき、 wikiからは注意書きページよりリンクという形にて収録いたします。 このたび容量が非常に大きい作品投稿がございましたので、従来通りの ロダ直リン方式ですと、200kbのファイルに直リンとなりますため、 ご好意で使わせていただいているロダへの負担が大きくなりそうですし、 せっかくなので抜本的に改めようかと。 容量がそれほど多く無い場合などは、従来方式も併用しようかとか、 とりあえずまだ今後どうするかは決めかねておりますが、 18禁を書く場合に作者さんが必ず自前で保管しなければならない、 と言うルールは特に定めない方向で考えております。 今回も、あくまで任意での自前保管です。 今後どのような方式とするかは、試しながら、ご相談しながらの予定です。 -- (管理人) 2008-10-27 22 33 29 年齢制限作品につきましては、「※年齢制限内容を含むため、本文は外部ページ」という注意文を 一覧などではタイトルの横に表示することにいたしました。 ワンクッション置いて外部の、ワンクッションへ行く前にも注意文を付与する形です。 -- (管理人) 2008-10-28 23 30 32 持ち出し禁止ルール適用について、現状にそぐわない点があるようですので 変更案を考えてみました。避難所にスレを立てましたので、ご確認の上で あちらにご意見いただければ幸いです。 ttp //jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/11995/1225666808/ -- (管理人) 2008-11-03 08 09 37 いじめ系1325が二個あるよ -- (ゆ) 2008-11-07 21 58 38 ご指摘ありがとうございます。後に追加された方の番号を変更しました。 -- (管理人) 2008-11-07 22 12 41 管理人さん申し訳ありません。編集を間違えてしまい余分なページを作ってしまいました ゆっくり昼メロ_01を、消してください。お願いします -- (名無しさん) 2008-11-08 07 39 58 管理人さん、大変申し訳ありません。 作品の重複があり、先に追加した ゆっくりいじめ系1425 ゆっくりだまし ゆっくりいじめ系1422 楽園への道程-前編- ゆっくりいじめ系1418 ゆっくり昼メロ_02 ゆっくりいじめ系1417 ゆっくり昼メロ_01 ゆっくりいじめ系1408 秘目 ↑の5つの番号がずれてしまった為、消してください。お願いします -- (名無しさん) 2008-11-08 10 43 50 大量収録ありがとうございます。お疲れ様です。 多少の重複とか番号間違いは、私もよくやるミスなのでドンマイですよ。 ページ削除対応いたしました。 -- (管理人) 2008-11-08 17 38 43 作者さんからの要望により、ゆっくりいじめ系1220のページ名を変更いたしました。 番号変えてねではなくページ名変更でしたら、全く手間じゃございませんので、お気になさらず。 メールでの要請でしたが、万一を考慮に入れて報告を兼ねて公開レスさせていただきました。 -- (管理人) 2008-11-09 10 51 51 ゆっくりいじめ系1338虐待ゆっくり上1 ゆっくりいじめ系1339虐待ゆっくり上2 の上記二つをゆっくりな人作品集に追加してください。 -- (作者) 2008-11-09 13 13 58 作品集追加漏れでしたか。失礼しました。 早速対応いたしました。ご指摘ありがとうございます。 -- (管理人) 2008-11-09 13 17 34 管理人様 以下の理由により、自分の製作したAAで当Wikiに収録されている物の削除をお願いします。 [理由] ○自分の作ったAAが荒らし他、心無い人に悪用されている現状に嫌気がしている為。 ○現在の虐待スレに常駐する意義が見出せない為。 [削除対象] ・素材用AAその1 ■産みかけ ■子ゆっくりの坩堝 ・虐めAAその1 ■ゆっくり川流れ ■ホッチキス ■はちみつ ・虐めAAその2 ■ゆっくりボクシング ■芥子団子 ■つねってぷっちん ■ゆっくりのかわいがりかた ・虐めAAその3 ■アリスのゆっくり劇場 恐怖!? ロシアン花占い ■アリスのゆっくり劇場 ハッハー!! 調教は地獄だぜ ・虐めAAその4 ■れみりゃ爆破 ■れみりゃ踏みつけ ・虐めAAその5 ■つかの間の幸せ ■お前達に産ませるゆっくりはいねぇ! ■自給自足 ■ゆっくりジャンケン ・虐めAAその6 ■いい気味だ。 ・虐めAAその7 ■ゆっくり引き裂いてね! ■大漁 ・虐めAAその9 ■こちらにあらかじめ調理したものがあります ・虐めAAその10 ■臭いケツにはおしおきが必要だな! の表情違いの方 ・虐めAAその12 ■ジェットストリームアタックをかけるぞ! ■お祝い事に、ゆっくり爆破 ・その他AAその1 ■ど畜生 ・その他AAその4 ■一本釣り ■釣り堀 ■飼われゆっくり 以上、宜しくお願いします。 -- (名無しさん) 2008-11-10 22 19 44 了解です。 すでにコピペされて広まっているAAにつきましては、残念ながら お力にはなれませんが、wikiからは削除いたします。 -- (管理人) 2008-11-10 22 27 09 fuku3485のマタニティゆっくりですが、作品が長く区切るのが難しいので作者様にお任せしてよろしいでしょうか? -- (名無しさん) 2008-11-14 04 19 57 ttp //www26.atwiki.jp/yukkuri_gyakutai/pages/2520.htmlに、作者さんからのページ名変更要請があったので新規に作成しました。 古い方?の消去をお願いします。 -- (名無しさん) 2008-11-14 10 27 40 ページ削除要請了解です。対応いたしました。 ページ新しく作ったりなどで、不要になったページご報告いただけますと、 スムーズに整理できますので非常に助かります。ありがとうございます。 -- (管理人) 2008-11-14 22 09 33 ゆっくりいじめ系1485 ゆっくりに自分の悪事を自覚させる 同じページが二つありますので削除お願いします -- (名無しさん) 2008-11-15 03 30 03 削除要請対応いたしました。古い方が作者さん自ら追加っぽかったので、 新しい方を削除いたしました。1485は欠番ということでw -- (管理人) 2008-11-15 09 59 52 虐めSS・作者別?を軽く整備いたしました。 10ページ以上作品あるのに、作品集がまだ無かった作者さんの作品集を作ったり、名前関係を。 抜けに気付きましたら、ご指摘いただくか追加お願いいたします。 また、個人作品集までは手が回っておりませんので、こちらもご指摘いただくか、 追加お願いいたします。 -- (管理人) 2008-11-15 10 03 53 過去ログ倉庫閉鎖のため、暫定的に過去ログページを作成いたしました。 今後もこの形で過去ログをwiki収録するかは今のところ未定です。 羊の羽さん今まで過去ログ倉庫の管理運営ありがとうございます。 -- (管理人) 2008-11-15 11 18 24 fuku4148.txtにつきましては、 「非東方キャラがモデルのゆっくり」が登場するため、ゲームキャラ板の本スレと、 そのまとめであるこのwiki向けの作品か判断が付かないため、wiki収録に つきましては見合わせとさせていただきます。 収録に当たっては、 ・本スレおよびこのwiki向けに書いたという作者さんからのお申し出 ・非東方キャラが元になっているゆっくりの取り扱い決定 この二点が必須と判断いたしました。 -- (管理人) 2008-11-15 16 49 53 重複してたので報告を ゆっくりいじめ小ネタ230 冬の夜? ゆっくりいじめ小ネタ231 そうでなくても親れいむが復讐するよね? ゆっくりいじめ小ネタ232 ゲスの行き着く先? -- (名無しさん) 2008-11-18 10 32 39 管理人さんじゃなくても、メンバーならページ削除出来ますから、しました。 やり方は編集画面で内容全消去してページ保存、これで削除可能。 ってかメンバーが削除対応ってNGでしたっけ? もしそうなら独断専行すみません。 -- (名無しさん) 2008-11-19 05 42 41 削除対応ありがとうございます。独断専行問題ありません。むしろ助かります。 -- (管理人) 2008-11-19 22 10 16 ちょっと荒れ模様っぽいので、念のため連続編集規制を下記のようにいたしました。 ・連続編集規制→各ページ履歴30回中10回同一IPで当該ページ一時的に編集規制。他ページ編集は可能。 普通にご利用いただく分には問題無い範囲と思いますが一応お知らせいたします。 -- (管理人) 2008-11-19 22 18 48 「新うPろだ2」が、イタズラかどうか分からないですが 同一の人が、しつこくUぷしています。 -- (名無しさん) 2008-11-22 13 16 20 ロダはロダ管理人さんの管理下ですね。 uploader.jpのロダはIP規制などの設定が出来ない仕様だと、 以前に愛での好きロダ管理人さんから聞いております。 イタズラならIP公開していただければ、wikiでは規制可能ですが ロダの方では仕様上IP規制などの処置は難しいと思います。 -- (管理人) 2008-11-22 13 23 22 未だに、「新うPろだ2」に釈尊さんの作品に上書きした様な画像がアップされています。 -- (名無しさん) 2008-11-22 20 22 25 名前を名乗るようになったのですが、今までの作品を作者別に入れてもらうように 申請するのはこのスペースでいいのでしょうか? -- (名無しさん) 2008-11-23 16 22 02 名前と作品言ってくれたらやりますよ。 -- (名無しさん) 2008-11-23 22 24 11 2008-11-23 16 22 02 自分で作者別に入れたら? wikiの編集分からないならここ?見ると良いよ。 分かり易く解説してくれてる -- (名無しさん) 2008-11-23 22 42 01 ちょっと私用で慌ただしく、最近あまりwiki見るのに長い時間がとれず申し訳ありません。 2008-11-23 16 22 02 こちらに書いていただいても、ご自分で作者別に項目作っていただいても、どちらでも大丈夫です。 wiki編集のやり方に自信が無い場合は、こちらに作者名と作品名をご記入いただければ、 どなたか編集作業できる方か私が作業いたします。 -- (管理人) 2008-11-24 10 44 41 大量規制の報告です。 メールにて、ゲームキャラ板のゆっくりスレに出没していた荒らしが規制された件を ご報告いただきまして、規制議論板のスレURLと規制IPをお知らせいただきました。 本スレおよび板荒らしは、このwikiになにか悪さしていなくても、2ちゃんねるで 規制されたのならこちらでも規制する方針で行きます。 以下が規制IPです。 2008年11月24日設定 softbank219190014040.bbtec.net(219.190.14.40) actkyo036141.adsl.ppp.infoweb.ne.jp(61.121.84.141) actkyo117104.adsl.ppp.infoweb.ne.jp(219.116.86.104) actkyo027016.adsl.ppp.infoweb.ne.jp(218.217.60.16) f70-243.knet.ne.jp(210.233.170.243) p6e2988.gifunt01.ap.so-net.ne.jp(218.110.41.136) actkyo008108.adsl.ppp.infoweb.ne.jp(61.124.235.108) 理由 メールにてご報告いただき、規制議論板のスレを確認させていいただきました。 本スレおよびゲームキャラ板の荒らしとして、2ちゃんねる運営が規制したIPです。 すでにこのwikiで規制しているIPもございますが、全部無警告にて一発で規制。 メールにてご報告ありがとうございます。 規制議論板はノーチェックでしたので、非常に助かりました。 -- (管理人) 2008-11-24 10 59 22 ええと、自信がないのでこちらにお頼みできますか? 名前:パロ饅 作品名・ もち (小ネタにも入っていない)せんとうすぃー2 ゆっくりいじめ小ネタ223 せんとうすぃー ゆっくりいじめ系1487 キノコのないドス ゆっくりいじめ系1477 れえざー ゆっくりいじめ小ネタ208 ゆっくりこうないえん2 ゆっくりいじめ小ネタ203 ゆっくりこうないえん ゆ虐 小ねた その他 ゆっくりの習性を利用してみた ゆっくりいじめ小ネタ195 実際ペット飼ってる人でもこんなのいるような ゆっくりいじめ小ネタ194 食べ物の恨みは・・・・・・ ゆっくりいじめ系1441 はいぶりっどまりさ ゆっくりいじめ小ネタ192 やってみよう何でも実験 罠 ゆっくりいじめ系1408 やってみよう何でも実験 ゆっくりいじめ系1399 ゆっくりと現代 ゆっくりいじめ系1379 ドスに纏わる二、三の話 ゆっくりいじめ小ネタ185 小ネタ ゆっくりいじめ小ネタ178 中立な話 ゆっくりいじめ小ネタ180 小ネタとちぇん ゆっくりいじめ系1323 あ 以上です。 -- (名無しさん) 2008-11-24 16 23 05 てけりりっとSS収録作業のお手伝いをさせていただきました。 それで幾つかご報告なんですが、 ・ゆっくりいじめ系1564 ぱちゅりーの失敗-3? →前作二本が投棄場にあったため、そちらに項目を設けて転載 ・ゆっくりいじめ系1564 しゃぶれいむ? →上記ぱちゅりーものを投棄場に移動させた後、番号の穴埋めのため作成。 ……したところ、小ネタの方に収録済みだった。 上記二つの削除のお手間をお願いしたいのですが…… 無能な働き者で申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。 -- (名無しさん) 2008-11-24 17 53 49 「新うPろだ1」のボブとありす合体.jpgは、人種差別問題に発展しないでしょうか? もし、コレ自体が海外の画像サイトにうPされでもしたら......... -- (名無しさん) 2008-11-24 18 50 26 2008-11-24 17 53 49 管理人さんではありませんが代わりに削除しておきました -- (akila) 2008-11-24 19 01 27 ゆっくりいじめ系1575 虐待ゆっくり下がゆっくりな人作品集に入っていないので、 追加をお願いします。 -- (名無しさん) 2008-11-24 22 14 59 2008-11-24 22 14 59 追加漏れ報告ありがとうございます 追加しておきました -- (名無しさん) 2008-11-24 23 59 16
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8045.html
前ページ次ページ確率世界のヴァリエール 確率世界のヴァリエール - Cats in a Box - 第十四話 前編 (どうしてこうなった) クロムウェルは船の上で考えた。 トリステインの西部、タルブへと向かう戦艦レキシントン号の上で。 運命には抗えない。 指にはまった『アンドバリの指輪』を見つめる。 生者の心を奪い、死者に偽りの命を与えるその力。 こんな物を得て、己は神にでもなったつもりで居たのか。 生者を意のままにし、死者の軍勢を率いるあの少女の形をしたモノ。 あの悪魔に比べれば、私は神どころか陳腐なまがい物でしかなかった。 あれに出会ったその時から、私は運命に捕らえられてしまったのだ。 いや、私自身があの悪魔に魅せられていたのか。 白いスーツに身をまとい、黒髪をなびかせた、あの死の化身に。 † 停戦会談破棄を伝える使者は昨晩、アルビオン王都ロンディニウムを訪れた。 皇太子ウェールズの暗殺から日も変わらぬうちに派遣された特使は 王党派全軍によるロンディニウムへの即時侵攻と、雌雄を決すべしという アルビオン王ジェームズ一世の意思をクロムウェルに伝えてきた。 「あっはっは、良かったのう。 向こうから来てくれるとさ」 ワインを傾けながらアーカードがからからと笑う。 円卓のテーブルの後ろで影がゆらめく。 「笑い事では、、笑い事ではありませぬ!」 クロムウェルが頭をかきむしる。 「ウェールズは「行方不明」になるはずだったのではありませぬか?!」 「予定ってのは狂うためにあるもんだよ?」 アーカードの対面に座った猫耳の少年がやれやれとつぶやく。 「なっ?! そ、それもこれも全部、、、!」 「ひっどいなあ、全部ボクのせいだっていうの?」 シュレディンガーはフォークに刺した鴨のオレンジソースがけを一口頬張ると 目を丸くしてアーカードを見つめた。 「うわ、おいし!」 「ふっふ。 そーじゃろー、そーじゃろー。 あの時はせっかくの手料理を食わせそこなったからの」 「シェフィールド殿!」 クロムウェルがテーブルを叩き、アーカードを睨み付ける。 「これでは、、約束が違います!」 「約束なんぞしとらんのー、単なる計画だ」 手の中のワイングラスがからり、と音を立てる。 グラスの中には始祖の秘宝、『風のルビー』と『水のルビー』が沈んでいる。 「どのみち王党派とは戦わねばならんのだ、大した違いはあるまい。 何より向こうには『虚無の魔女』はもう居らん。 のう?」 グラス越しにシュレディンガーへと笑いかける。 シュレディンガーはぷいとそっぽを向き、口を尖らせる。 「もっちろん! だーれがルイズの元になんか帰ってやるもんか」 「だとさ」 「し、しかし、脅威はいまやそれだけではありませぬ! こちらの計画を知った南のカトリック教徒どもはロサイスへ向かわず その全軍が王党派と歩を合わせ、このロンディニウムへと向かっています! ラ・ロシェールへの奇襲もトリステインに知れているやも知れませぬ! この先、この先どうすれば!」 「どうするもこうするも予定通りに戦争するだけじゃろ、戦争」 辟易としてアーカードが言う。 「こ、この上はシェフィールド殿よりガリアに、、!」 「あ? ウチのひげのおっさんがお前さんに話した計画は 「トリスタニアを攻め落とすに際してはガリア空軍を以ってこれを助ける」 これだけじゃ。 なに、ジェームズ王がこのロンディニウムに向かっておると言う事は ワルドはお前さんの手のものだと思われておると言う事じゃろ。 トリステインの方でもワルドの立てた計画を疑いこそすれ ガリアが噛んどるなんぞ思い付かんだろうし、ラ・ロシェールへの奇襲も 案外うまくいくんじゃないのん?」 「そんな、無責任な!」 「ここの責任者はお前じゃろ? 私はせいぜい高みの見物でもさせてもらおう。 あー、どうせならトリステインの方の戦いにでも行ってみるか。 そっちのが派手そうじゃし、何より魔女殿もおるしの」 黙々と料理を片付けていたシュレディンガーの手が止まる。 「なにアーカード、まだ諦めてなかったの?」 「無論」 短く答える。 アーカードはテーブルの上で手を組み、宙を見つめた。 「のうシュレや、「心を鬼にする」という言葉を お前は知っておるか?」 「ニホンのコトワザだっけ?」 シュレディンガーが眉間にしわを寄せ、昔の記憶をたどる。 「そうだ。 常ならぬ事態に対峙した人間が、常ならぬ決断と決意とを せねばならぬ時に使われる言葉だ」 「そっか。 まあ別に「心を鬼にする」っていっても 鬼みたいな悪いコトをするって意味じゃあないもんね」 「「鬼」は元より「鬼」であるのではない。 「人」が「鬼」に成って果てるのだ。 そして「鬼」とは、人に果たせぬ事を人が果たす為の 人を超えた意思であり、信念であり、執念であると思うのだ。 だからこそ私はそれを欲する、それが欲しい。 それ無くして虚ろなる私は「吸血鬼」足りえず、 単なる「血を吸う何か」でしかない」 「で、ルイズならその鬼みたいな信念を持ってるって? ま、確かに鬼みたいにワガママだしー、 鬼みたいに強情っぱりではあるけどね」 やれやれと猫耳と一緒に肩をすくめる。 「あーそうそう、ルイズといえば」 シュレディンガーがごそごそと服の下を探る。 「こいつは返しとくよ。 まったくとんだ疫病神だ」 よっこいしょと黒い鉄塊をテーブルの上に乗せる。 ガリガリとテーブルを滑ってきた巨大な銃をアーカードが受け止めた。 「ほう、そちらにあったのか」 その銃を感慨深げに手に取る。 「この体だと重心が軽くてな、片方だけではどうもバランスが悪かった」 懐からもう一丁、白銀に輝く同じく巨大な銃を取り出す。 『.454カスール カスタムオート』そして『対化物戦闘用13mm拳銃 ジャッカル』 二丁の銃を軽やかに構え、満足げに頷く。 「ふむ。 矢張りこうでなくてはな」 そのままクロムウェルに向き直ると、アーカードはニヤリと笑った。 「今回は特別じゃ。 加勢してやる」 「そ、それではシェフィールド殿が私をお守りくださるので?!」 「はっはっは、殺すぞ? 上(ロンディニウム)か、下(トリスタニア)かを選べと言うとるんじゃ。 まあ、どうしても私と一緒におりたいのであれば、、、 一番安全な場所に「匿って」やらんでもないがの」 アーカードが牙を剥いて笑う。 乱杭歯の向こうに赤黒い虚無が広がる。 「ヒィッ!」 クロムウェルが思わず悲鳴を漏らす。 「し、しかしトリスタニアを選ぶといってもロサイスまでは、、」 このロンディニウムで王党派とカトリックの挟撃に合うよりは まだしも勝てる見込みはあろう。 ラ・ロシェールを抜けトリスタニアに着きさえすればガリア艦隊の協力がある。 だが、肝心の降下作戦のための戦艦は全てロサイスにあり、 ここロンディニウムとロサイスの間にはカトリックが、あの狂信者集団がいる。 「ほう、前線にあって艦隊指揮をなさると申されるか。 いやいや、まことクロムウェル殿は司令官の鑑よのう!」 二丁の拳銃を懐にしまったアーカードはニコニコと席を立つと、 クロムウェルのえり首をむんずと掴んで有無を言わさず窓際まで引きずる。 「とりゃ!」 そのまま片足で窓を蹴破る。 吹き込んだ夜風になびく髪が、闇を吸い込みゆるゆると変質していく。 「その意気に免じ、この私が直々に送ってやろうぞ」 巨大な翼に姿を変えゆくその黒髪が一度、二度と大きく羽ばたく。 「ではシュレや、ちびっと行ってくる」 そう言うとアーカードは後ろで手を振るシュレディンガーに見送られ、 片手にクロムウェルをブラ下げて鼻歌交じりに月なき夜空へ飛び立った。 「♪ 小さーいー頃ぉ~は~ 神様がいて~、 毎ー日ゆーめを~~、、、」 † そしてそのままロンディニウムへと進軍するカトリック教徒たちの頭上を越えて ロサイスへ届けられ、明くる日の昼にはラ・ロシェールへと向かう艦上に居た。 司令官を迎えた艦隊の意気は上がったが、当のクロムウェル自身は 己の状況を未だに納得できずにいた。 やるべきことは明確だ。 トリステイン領内のタルブに降下、ラ・ロシェールを奇襲して トリステイン艦隊を殲滅し、そのまま王都トリスタニアに攻め上る。 ほかに選択の余地もなかった。 しかし、それでも。 いや、だからこそ。 運命には抗えない。 思えばこのレキシントン号も、あの『虚無の魔女』が一番最初に関わった船だった。 ようやく修復を終えたその艦上に自分がいる事に、深い因縁を感じざるを得ない。 クロムウェルは自分の指にはまった『アンドバリの指輪』をもう一度見つめ、 そして力なく笑った。 。。 ゚○゚ 「どうしたもんですかネー」 イスカリオテ機関長、間久部(マクベ)が髪をかきあげる。 その口調とは裏腹に、垂れた髪の奥の目は笑みに歪んでいた。 皇太子暗殺から一夜明けた正午。 サウスゴータとロンディニウムの中ほどにある森のそば。 「アルビオン解放戦線」から名を改めた「ハルケギニアカトリック武装蜂起軍」は ロンディニウムへの夜を徹した強行軍の中、しばしの小休止を取っていた。 アルビオンの民衆は長きに渡る内乱に倦み疲れ、その争いに大義名分を与える ものでしかないブリミル教とメイジ達への反感を火薬の如くに蓄積させていた。 そんな彼らの中にカトリックの教義は熱狂を以って迎えられ、今やその信徒は 十万にならんとし、蜂起軍の数も様々な勢力を併呑しつつ優に三万を超えていた。 その象徴である二人の聖女、その一人のティファニアは行軍に加わらず 信仰の中心地となったウエストウッド村に残り、信徒達をまとめている。 ハーフエルフである彼女は新たに信仰に加わる者たちへ例外なく驚きを与え 時には一時の警戒を招きもしたが、エルフを敵と教えた貴族たちへの反発と 何より誠実で献身的な彼女の姿がかえって信徒達の求心力となっていった。 そしてもう一方の聖女、『狂戦士(バーサーカー)』高木由美江は その圧倒的な戦闘力により武装蜂起軍を団結させる強力なイコンとなっていた。 特にその愛剣(その様な言われ方は由美江にとっては不本意だったが)である デルフリンガーの魔法殺しの能力は、メイジたちに使い捨てられてきた 魔法を使えぬ平民兵士達にとって、まさに貴族支配打倒の象徴と映った。 軍の中でも特に信仰心と戦闘力の高い者たちは『ウエストウッド聖堂騎士団』 として彼女に直接指揮をされ、その十字を掲げた黒ずくめのいでたちは 戦場にあってレコン・キスタ側の兵士達に強烈な畏怖を植えつけた。 その高木由美江は間久部機関長の傍らでもう一人の人格に体を預け、 自分は来るべき戦いに備えて眠りについていた。 「ど、どうかなさったんですか? 機関長」 「いやナニ由美江クン、あ、いや今は由美子クンか。 どーにもこーにも目指すロンディニウムから 当のクロムウェル氏の姿が消えたらしいんデスヨネー」 「そ、それって、レコン・キスタの方々との和平交渉のお相手が いなくなった、ということでしょうか?」 「ワヘイ、デスかぁーっはっはぁ」 この期に及んでそんな発想が出てくる由美子の平和主義ップリに 間久部は思わずがっくりと頭を垂れる。 二重人格とは聞いてはいたものの、これほどまでとは。 この世界にちょくちょくと顔を出すようになって数ヶ月がたつが 未だに由美江と由美子の二人のギャップに慣れる事は出来ない。 (ま、この由美子クンがいればこそ、由美江クンもあのおっとりとした ティファニア嬢と上手くやっていく事が出来ているんだろうがネェー) 「フン、レコン・キスタの司令官が敵前逃亡とは、何ともしまりのない結末だ。 この分では俺の働き甲斐も無さそうだな」 二人の横で黙々と愛銃ソードオフ・M1ガーランドの手入れをしていた ルーク・ヴァレンタインが間久部の顔も見ずに鼻で笑う。 初夏だというのに白のスーツに白いコート、流れるような金髪を 後ろに束ねたその姿は、身にまとった常人ならざる気配と相まって 寄せ集めの軍勢の中でもひときわ異彩を放っていた。 個人での陽動や暗殺を主な任務とするルークは前線での戦闘には 殆ど関わらず、吸血鬼であるという事も知らされてはいなかったが、 影に日向にティファニアを見守り、隙さえあれば由美江と殺し合いを 始めようとするこの色白眼鏡の美男子が人外の存在だろうという事は 信徒達の間では暗黙の了解となっていた。 「それはあの、良い事です、、よね? ルークさん」 由美子相手では食指も動かぬらしく、ルークはただ肩をすくめる。 「いやいやソーとは限らりませんよー、ミスタ・ヴァレンタイン。 向こうにはかのアーカード氏がいるらしいじゃあないデスかあ?」 間久部の発したその名前にルークの手が止まる。 「その「ミスタ」ってのは止せ、ケツが痒くなる。 アーカードは確かに問題だが、シュレディンガーの話だと そもそも向こうに加勢するとは限らん。 大体ヤツとて身一つでこの世界に来てまだ日も浅い、 アレの死の河とて良くて一万になるならぬの筈。 ロンディニウムの貴族派残存兵力を足しても 王党派と合わせればこちらの方が数は倍する。 それに、アーカードがその領民達を戦場に解放したその時は、、、 今度こそ、俺がヤツの心臓を止めてやるさ」 眼鏡の奥で理性を保っていた真紅の瞳が、凶暴な歓喜に歪んだ。 † 「起きて下さい」 かつてこの国の王城だったハヴィランド宮殿。 クロムウェルをロサイスに送り届けたアーカードは、 ロンディニウムに戻るとその宮殿上部の寝室で たっぷりと食らい、たっぷりと眠った。 その食い散らかした残骸の中に、ローブをまとった女性が立っている。 その目は吸血鬼特有の赤い光を放っていた。 「シェフィールド様、起きて下さい。 面白いことになっていますよ」 眠りに落ちていたアーカードが鼻をひくりと動かし、目を覚ます。 丸一日以上眠っていたらしい。 ひとつ伸びをしてぺたぺたと窓辺に進み、カーテンを引き開ける。 雲間に隠れた天頂の太陽の近くに、二つの月が浮かんでいる。 日食が、近い。 視線を水平に移してから、アーカードは初めてそれに気づいた。 「ほお!!」 ロンディニウムを囲む城壁のそばに、二隻の戦艦の姿がある。 戦艦はゆっくりと回頭し、その砲列を今まさにハヴィランド宮殿に 向けつつあった。 城壁の外では既に展開された両軍が開戦の時を待っている。 「あんな隠し玉があったとはのう!」 貴族派の空軍戦力はほぼ全てがトリステイン攻略へと向かっている。 王都防衛の竜騎兵部隊が次々と飛び立っていくが、司令官の不在は 指揮系統に混乱を招き、兵達は統率された行動を取り得ずにいる。 「はは、いいぞ」 二隻の戦艦から一斉に砲火が上がる。 「 戦 争 の 時 間 だ 」 着弾の轟音と衝撃とがハヴィランド宮殿を揺さぶった。 地上でも砲撃を契機に双方の軍勢が敵陣へと突撃を開始していた。 鬨の声と剣戟とが遠くここまで響いてくる。 まるで宝物を見つけた子供の様に、アーカードの目が歓喜に輝く。 懐へ手を差し入れると、ローブの女性へ指輪を放る。 始祖の秘宝、『風のルビー』と『水のルビー』。 今のアーカードにとっては限りなくどうでもいいものだ。 「クロムウェルの方はどうなりましょうか」 「知らん」 眼下に繰り広げられる光景を見つめたまま、アーカードが短く答える。 「大体クロムウェルが首尾よくトリスタニアまで辿り着いたとして、 あのおっさんが「自分の娘」が留学しとる国を攻撃するとも思えん」 「シャルロット様、ですか」 「今はタバサと名乗っとったよ。 向こうはぜんぜん覚えておらんかったがの。 もっとも、国元でこの姿で会った事は無かったか」 アーカードは手を広げ、少女の形をした自分自身の体を眺める。 「シェフィールド様は、どうなさるので?」 「その「シェフィールド」という名前は、お前にやる」 後ろに立つ女性が小さくため息をつく。 「では、今後は何とお呼びすれば」 「アーカード」 振り返りもせず、ぎちりと頬を引き上げて答える。 「いろいろ試したい事もあったからな。 ちと遊んで帰る、と 「シャルル」 に言っておけ」 アーカードは窓を蹴破ると血と硝煙と鉄の臭いを大きく吸い込み、 歓喜の大哄笑を上げて戦火の空へ身を躍らせた。 † 「敵陣は混乱の極みだ! 次弾、砲撃準備急げよ!」 「敵竜騎兵を近づけるな! 左舷弾幕を厚くしろ!」 王党派が隠し持っていた虎の子の戦艦二隻。 甲板を怒声が飛び交い、兵士達が慌ただしく駆け回る。 その一隻、戦艦レパルス号の甲板―――。 一人の兵士が、ぞくり、と氷の様な気配を感じ思わず後ろを振り向く。 視線の先には同じく息を呑み甲板の中央を見つめる仲間の姿があった。 爆音とどろく戦場の中で、その場にいた全員が無言で一点を見つめる。 そしてそれは当然のように、空からゆっくりとそこに降り立った。 兵士は、ある「噂」を思い出していた。 その噂はこの内乱が始まった時から、否、もしかしたらそれ以前から 兵士達の間に囁かれていたものだった。 それは、真白い少女の姿かたちをして戦場に現れ、 けれど、少女では、ましてや人などでは在り得ず、 しかし、敵味方の区別無く。 いわく――― ―――血を啜るという。 いわく――― ―――魂を喰らうという。 聞いた時には馬鹿げた与太話だと一笑に付した。 事実、そんな話など聞いた端から忘れていた。 今、その与太話の「それ」が眼前の「これ」だと瞬時に理解した。 自分だけでない、ここにいる皆が感じている。 「恐ろしい事になる」と。 この化け物を倒してしまわないと「恐ろしい事になる」と。 少女の姿をした「それ」に、全員が殺到した。 銃弾が、魔法が、剣が槍が斧が次々とその五体に撃ち込まれ、 焼き焦がし、斬り刻み、「それ」を肉片へと変えていく。 艦外の戦闘は忘れ去られ、絶叫と恐慌だけがその場を支配した。 だが。 撃ち尽くし、焼き尽くし、斬り尽くした時、 絶叫は絶句に置き換わり、恐慌は絶望に浸食されていく。 声なく立ち尽くす兵士達の前で、その肉片が、骨片が、服さえもが 溶けて流れて赤黒い血流に変わり、蛇の様に渦巻いて人の姿を形取る。 真白いスーツに黒髪をなびかせた少女の姿を。 復元したばかりの口元から小さなピンク色の舌がこぼれ、唇を舐める。 少女はまだ鼻から上の無い顔で、ゆったりと皆に微笑む。 真白い手袋をした両手が懐に差し込まれ、巨大な二丁の拳銃を取り出す。 左手には白金の銃、右手には黒金の銃。 アーカードは両手を広げ喜びに満ちた表情を浮かべると、 出来上ったばかりの目を見開き満足げに周囲を睥睨した。 「兵士諸君 任務御苦労 さ よ う な ら 」 ただただ一方的な虐殺の場と化した戦艦レパルスの横で、 戦艦オライオン号の甲板上へもその恐慌は感染しつつあった。 「何が、何が起こっている、あの艦上で、、」 「判らん! くそっ、とにかく陛下をお守りしろ!」 「何だ? レパルスの黒いあれは何だ?!」 ―――得体の知れない何かがレパルスの艦内を蹂躙している。 「あれをオライオンに近づけるな!」 ―――それだけはオライオンの艦上からも見て取れた。 「駄目です、レパルス号の通信途絶!」 「陛下、こちらは危険です!」 国王ジェームズ一世は、しかし動こうとはしなかった。 「いまさらこの場を逃れて何になろう」 確証は無かった。 しかし心静かに確信していた。 (あれが、朕の死であるか) 老王はゆっくりと手にした王杖を振り上げ、 戦艦レパルスへ向かってかざす。 傍らに立った司令官が驚きながらも兵に指示を出した。 「?! ほ、砲撃用意! 目標、戦艦レパルス号!!」 その声に兵士達も一瞬の放心の後、すぐに指示を実行する。 「取り舵いっぱい!」 「急げ! 全砲門開け!」 「、、、陛下」 その声にジェームズ一世は静かにうなずく。 王杖が振り下ろされ、司令官が叫んだ。 「撃て!!」 「全弾命中! 全弾命中!」 味方艦への打撃に悲痛な歓声が艦内に湧き上がる。 しかしそれはほどなく、困惑と畏怖とに変わっていった。 オライオン艦上の全兵士が見守る中、 黒煙を上げる戦艦レパルスは ずるずると這い蠢く赤黒い巨大な何かに包まれていく。 「、、、冗談だろ」 「次弾装填急げ、、、早く、早く!!」 もはやそれ自体が赤黒い何かに変質しようとしているレパルスが、 低い軋みを上げつつゆっくりとその船首をオライオンへと向けた。 「?! こちらにぶつける気か!」 「退避!退避!」「駄目です、間に合いません!」 「魔法だ! 何でも良い、魔法を奴に、、、!!」 狂乱の坩堝となったオライオン艦上で。 かつて戦艦レパルス号だったモノが眼前に迫る中、 アルビオン王国国王ジェームズ一世はその人生の最後につぶやいた。 「、、、ウェールズ、すまんな」 遠く響く轟音と爆炎とがロンディニウムの天空を揺るがせた。 † 「オイオイオイ、どうなってんのよアレは?!」 向かってくる敵の首を右手の日本刀で刎ねつつ、由美江は ゆっくりと墜落していく友軍の残骸を唖然として見上げる。 「どうも何も、誰の仕業かなんぞ判り切ったことだろう?」 ルークが鼻で笑いつつ、顔も向けずに後ろの敵の頭を射抜く。 ついでに横なぎに振るわれた日本刀の一撃を 造作も無くしゃがんでかわす。 「お前の半分がテファの親友である事に感謝するんだな。 でなければ今すぐ蜂の巣にしてやっている所だ」 銃口を由美江に向けたまま斬りかかってきた敵兵を蹴り飛ばす。 「はンっ! やってみろっつーのよこのへっぽこフリークス!」 蹴り飛ばされてきた敵兵を左の剣で叩き潰すと、由美江は周囲を見渡す。 『おい相棒、俺ぁ金槌じゃあねーんだぜ? せめて斬れよ』 悲しげにつぶやくインテリジェンスソードには目もくれない。 「集まれ!」 由美江の号令に百人程の黒ずくめの集団が周囲に陣を張る。 ハルケギニアカトリック武装蜂起軍の中でも選りすぐりの 狂信者集団、『ウエストウッド聖堂騎士団』。 十字を掲げた彼ら全員が、由美江の刀が指し示すその先を見つめる。 「敵陣に落ちますな、シスター」「件の吸血鬼と言えど、あれでは」 ―――私は ヘルメスの鳥――― 「否、来るわ」 ゆっくりと土柱を立ち上らせ敵陣へと吸い込まれていく 巨大な二つの塊を眼光鋭く睨みつつ、由美江が答える。 ―――私は自らの 羽を喰らい――― 「さて、仕事だ。 せいぜい囮になる事だな」 ルークの足元から黒犬獣がせり上がり、彼自身を飲み込むと そのまま影の中にどぷりと消え去る。 ―――飼い 慣らされる――― 「黒禍が、来る!!」 二隻の戦艦が敵陣に墜落したその衝撃が、数瞬の間をおいて 由美江たちに叩きつけられる。 大地を揺さぶる振動と、吹き付けられる熱風と粉塵の中で 由美江は知らず笑みを浮かべていた。 「河が来る、死の河が。 地獄が踊り、死人が歌う」 墜落の衝撃だけが理由ではなかった。 襲い来る猛烈な予兆、いや狂兆に心と体を絡め取られ 敵も味方もその動きを止めていた。 黒煙と炎に包まれた残骸の中から、何かがあふれ出た。 赤黒いそのそれは、奔流となり、濁流となり、 そして激流となって周りの全てを飲み込んでいく。 そしてその中から、『死の河』の中から。 死者の、群れが。 現れたそれは、騎兵だった。 それは歩兵だった。 それは工兵だった。 それは竜騎兵だった。 ドットメイジが、ラインメイジが、トライアングルメイジが、 スクウェアメイジが、神官が、平民が、貴族が、商人が、 猟師が、農民が、遊牧民が、トリステイン人が、ガリア人が、 ロマリア人が、アルビオン人が、ゲルマニア人が、東方人が、 傭兵が陸戦兵が砲兵が水兵が憲兵が砲亀兵が火のメイジが 風のメイジが土のメイジが水のメイジが衛士が銃士が聖堂騎士が 風竜が火竜がオーク鬼がトロル鬼がオグル鬼がコボルド鬼が ミノタウロスがエルフが、呼ぶべき名も無きものたちが―――。 死者の王の領民たちが、その領地から這い出でた。 「全周防御!! 全周防御!!」 「方陣だ!! 方陣を組め!!」 「何だ!! 何が、、、」 「何が起きている?!」 恐怖に駆られた生者が叫ぶ。 まもなく死者の側へと転じる者達が。 「死だ、、、」 由美江が言葉を噛み締める。 「死が、起きている、、、!!」 怖がる事は無い、恐れる事は無い! 自らもかつて、「これ」の一部だったのだ。 左手のルーンが唸りを上げて輝きを増す。 「いいなあ!! あれ!!」 遠くの丘から双眼鏡で戦局を眺めていた間久部が喜色満面に叫ぶ。 「欲しい!! 素晴らしい!!」 戦艦の残骸を押しのけ現れた巨大な皮膜がロンディニウムの空を覆う。 めりめりと広がるその翼は生者も死者をも暗闇の中に塞ぎこめ、 ゆっくりと伸び上がるその首は二つの月をも喰らわんとする。 小山の如きその巨躯が死の河の内から顕現した時、ハヴィランド宮殿の 屋根の上でルークは引きつった笑みを抑えられずにいた。 体長100メイルを優に超える、歳振りし火竜が大気を震わせ咆哮する。 「あんなものまで、、あんなものまで喰ったのか!」 古竜の巨体がロンディニウムの城壁を難なく打ち砕く。 死の河は既に城壁を超え、市内へと雪崩れ込んでいる。 それはもはや、戦争といえるものではなかった。 敵も味方も、平民も貴族も、武器持つ者も持たぬ者も、 生きとし生けるもの全てが有象無象の区別無く。 「こんな事があるものか! あってたまるか!!」 どう考えても多すぎる。 死者の群れは溢れ留まる事を知らず、今や郊外の戦場はもとより ロンディニウム全域をすら飲み込まんとしている。 少なく見積もっても優に30万は下るまい。 奴とてこちらの世界へ来てまだ数ヶ月のはずなのだ。 古竜が大きく息を吸い、巨大な火球を吐き出す。 否。 こちらの三人がたまたま同時期に召喚されただけ、だとするならば。 アーカードまでもが時期を同じくする必然性は無い、とするならば。 有象無象が塵芥と吹き飛ばされ、立ち昇る火柱は天をも焦がす。 その光景を見下ろすルークの脳裏にシュレディンガーの声が蘇った。 この世界での再開以来、あの猫は事ある毎にウエストウッドを訪れては 昼食をご馳走になる代わりにティファニアに茶飲み話を披露していった。 そうだ、自分と主人とが平行世界に迷い込んだという話だった。 他愛ない冒険譚の中で、シュレディンガーは何を語っていた? 使い魔たちが召喚された時を分岐に、平行世界の相違が生まれていた、と。 けれど一部の相違は、自分達が召喚される前から在るようだった、と。 だが、それさえも他の使い魔が召喚された時に生じた相違だったとすれば。 そう、アーカードがこの世界に召喚された時に生じた相違だったとしたら。 もし、そうだとしたら。 5年か? 10年か? それとももっとか。 「奴は、、奴は何時から ここ<ハルケギニア> にいる!?」 † 燃え盛り黒煙を上げる、墜落した戦艦の残骸の上。 アーカードはそこに座り、足を組んで嬉しげに遠くを見やる。 「存外に粘る! ふふ、そうでなくてはな、そうであろうとも!」 混沌の中央、死者と生者との狭間には由美江率いる黒衣の集団、 『ウエストウッド聖堂騎士団』が陣取り、防波堤となっていた。 「さて」 瓦礫の上に立ち上がると、両手の銃を指揮棒のように構える。 アーカードの足元、瓦礫の丘の下に死の河が沸き立つと、 数十、数百の杖持つ影が次々と立ち現れる。 新たに現れた死者の群れは一斉に様々な形の杖を掲げ、 しかし一糸乱れぬ統率で朗々とルーンの詠唱を始めた。 「単一意思に支配された千人のメイジによる同時詠唱。 さしずめ 千角形<キリアゴン> スペル とでも名付けるか」 最初に反応したのは水系統のメイジ達だった。 前線のはるか後方に現れた尋常ならざる死者の群れ。 彼らの唱えるルーンが何をなそうとするものなのかに気付いた時、 この魔女鍋の底のような混沌のさ中で、いよいよ己の気が触れた のではないかと我を疑った。 しかし数瞬の戸惑いの後、彼らは声の限りに絶叫した。 「奴らを、奴等を止めろ!!」 「いや、もう遅い! 何処でも良い、身を隠せ!!」 そこには既に王党派も貴族派も無かった。 死者と、死から逃れんとする者とがいるだけだった。 「土のメイジはトーチカを作れ!」 「平民を守れ! 早く!!」 戦場の中央に大気が凝り、渦を巻く。 空を覆わんばかりの雲塊が現れつつあった。 高らかな死者たちの詠唱に合わせて、 遥かな高みの白い渦は放電を伴って凝集されてゆく。 そしてその収縮が頂点に達したとき。 「来るぞ!!」 絶叫とともに戦場に高温の暴風が吹き荒れた。 逃げ損ねた者の皮膚がただれ、膨れ上がり、 生きながら蒸し焼きになっていく。 「頭を出すな! 息を吸うな!」 ある者は城壁の瓦礫に、ある者は同胞の死体に埋もれ 必死に灼熱の突風をやり過ごす。 「終わった、のか?」 「いや、、今の熱風は氷結魔法の副産物だ。 単なる放熱現象に過ぎん」 その単なる副産物に焼かれた者たちが累々と転がる。 風のやんだ戦場で、男たちはゆっくりと立ち上がった。 「あれ、見ろよ」 促され、空を仰ぎ見る。 まもなく食に入ろうとする太陽と二つの月の横に。 三つ目の月が生まれていた。 水晶を削りだして造られたかの様なその天上の球体は、 距離感も判らぬ程の彼方で陽光を浴びて煌いた。 「何て、、何て美しい、、、」 知らず、涙が溢れてくる。 その月が高く澄んだ音を響かせ、ひび割れる。 生まれたばかりの月から光のしずくがゆっくりと漏れ落ちてくる。 こぼれ出たその光の一つを受け止めようと、男はそっと手を伸ばした。 全ての音が消えた世界に、アーカードの声が鳴る。 「では逝くぞ。 千角形<キリアゴン>スペル エ タ ー ナ ル フ ォ ー ス ブ リ ザ ー ド 」 月からの光のしずくが長さ5メイルを超える氷柱だと気付いた時、 男の体は既に氷柱に貫かれ、否、押し潰されていた。 地獄が、降り注いだ。 † 「おお、遅かったのう」 「おまえは、、、おまえは一体何なんだ」 舞い落ちる氷柱群が奏でる荘厳な交響楽曲を背に、アーカードは振り返る。 二つの月がゆっくりと太陽を飲み込んでいく。 闇が世界を飲み込んでいく。 「どうした? 千載一遇、万に一つ、那由他の彼方の好機だろうに」 「化け物め!」 ルーク・ヴァレンタインが牙を噛み鳴らす。 「『あの方』を騙るな! 俺が死の河と分かたれるまで、『あの方』は共に死の河に在った。 お前は『あの方』じゃあ無い。 お前はアーカードでも無い。 お前は吸血鬼ですら無い。 お前を滅ぼす好機だと? 笑わせるな。 お前は死すら持たない。 お前は賭すべき何物も持ってはいない。 お前は、お前はただ人を真似るだけの人もどきに過ぎん!」 アーカードは悲しげに肩をすくめる。 「やれやれ、非道い言われようじゃのう」 周囲に渦巻く阿鼻と叫喚の混声合唱はいつしか途絶え、 曲目はついに終盤を迎えていた。 闇に包まれた白銀の世界から、赤黒いものがにじみ出て来る。 幾千幾万の魂が、命が、そして死が。 小さな体が黒髪と、血と、影と溶け合い闇そのものへ変じる。 死の河が再び眼前の少女の内へと帰ってゆく。 もはやルークになす術は無い。 目の前に在るのは死の河の主ではない。 主を求め彷徨う死の河そのものなのだ。 「ならばこそ、、、 命を賭して何かを成すために、私は命が欲しい。 死を恐れず何かを成すために、私は死が欲しいのだ。 お前ならば、分かれ。 ルーク・ヴァレンタイン」 死の河の中央で全ての滅びを飲み込んでゆく少女は ルークをただ正面から、静かに見つめていた。 その静かな眼差しはしかし、哀願の、懇願のようだった。 死ぬ為だけに死を望む死の化身。 その時、その瞳が、ふいに固まり大きく見開かれた。 その顔が、弾かれたように東の空に向けられた。 「、、、来た」 少女の声は歓喜に打ち震えている。 「は は は は は は ! ! 開く、、、 『虚無』が開くぞ!!」 哄笑とも咆哮ともつかぬ狂喜の声をあげ、黒い翼を天に伸ばす。 「ワンコはもう少しだけ貸しておいてやる」 にやりと笑った後、引き絞られた弓矢のように暗い空に飛び去っていく アーカードの姿を、ルークはただ立ち尽くして見送った。 † 由美江が目覚めた時、生者も死者も、そこに何も残されてはいなかった。 戦場にはただ一人、自分だけがとり残されていた。 デルフリンガーの力を以ってしても、それが限界だった。 皆を守ろうとして守れず、力を使い果たし倒れた自分の上に覆いかぶさり 微笑みながら凍り付いていった男達の顔を思い出す。 (御然らばですシスター、いずれ辺獄<リンボ>で) その顔が今、白く変わり果てて由美江を囲んでいた。 日食は終わっていた。 由美江は自分を庇い氷像と化した同胞達の下から這い出し、 見渡す限り墓標のように乱立した氷柱群を眺める。 低く煙るもやの向こうには、輝く廃墟と化したハヴィランド宮殿が見える。 恐るべき力で周囲の全てを侵食していた凍結の力は失われ、 あちこちで氷柱が音を立てて崩れだしていた。 惨劇を覆い隠すように、白銀が陽光を受けてきらめく。 抑えきれぬ衝動が、体のうちに激しく渦を巻いてゆく。 氷原の中で、左手のルーンの熱さだけが空しくその身を焦がす。 由美江は虚空に絶叫した。 「殺す、、、 殺して殺(や)るぞ、 ア ー カ ー ド ! ! !」 † 前ページ次ページ確率世界のヴァリエール