約 67,607 件
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/200.html
ここで手違いが生じる。 李提督にとっては、海大校に対する指示で自分の任務が終わったと思いこんだこと。 肝心の海大校は、通信管制を無視した党から送り込まれてきた莫大な通信への返答に手一杯になったこと。 最悪なことに、艦隊から離れて独立遊撃隊として通商破壊にあたる別働隊から敵輸送船団発見の報告がこの時入ったことは、後々まで海大校を後悔させることになる。 遊撃隊の位置はソコトラ島の沖合。 アデン湾から侵入する敵艦隊の哨戒も兼ねている。 そこからの通報だ。 「ソコトラ島沖合、艦種不明。一隻はタンカーと思われる」 それが遊撃隊からの報告だ。 ただ、“本当”にタンカーならその腹の中の油が敵に堕ちることだけは避けたい。 幸い、タンカーは遊撃隊から発進した航空機の攻撃可能なポジションにいる。 遊撃隊の指揮権は、提督から自分に移っていることもある。 だから、大校は“別働隊に”命じた。 ―――航空隊は、各個に攻撃に移れ。 いつもの命令だ。 命じられた航空隊は、航空管制官の命令通りに戦うことになる。 本当に、いつものことなのだ。 それに、今の彼の敵は目の前の書類だ。 提督から命じられた報告や、党幹部を満足させるためだけに求められる現在状況の報告―――しかも、党の定めた形式と時間を厳守する必要のある―――頭の痛い敵だ。 だが――― 「本当にいいんですか?」 通信管制官の一人がしつこくそう聞いてくる。 提督の命令通り、日本軍接近の報告を、波風立てないように準備していた大校は、その管制官を見ることもなく怒鳴った。 「いいと言っているだろう!いつも通りだ!武器使用自由、全力で叩けっ!」 「り、了解―――大校の命令と判断します」 管制官は震える声で命じた。 「艦隊司令部より紅6へ、攻撃を許可する。対艦ミサイル使用自由」 「―――おい」 紅6 対艦ミサイル。 その名にひっかかった中佐は、文面を書く手を止めた。 嫌な予感どころ騒ぎではない。 しらずに、声が震えてしまう。 「貴様―――今、どこに命令を出した?」 「ですから」 管制官の顔を見て大校は青くなった。 それは、日本軍に向かった部隊と通信を続けていた管制官だった。 「攻撃命令を発しました。大校の命令で」 「馬鹿者ぉっ!」 紅6は日本軍に向かいかけ、管制官からの撤退命令に断固抗議しつづけていた空母航空隊のコールサイン。 対艦ミサイルは、言うまでもないだろう。 「間違いないな?」 隊長はジャミングのひどい通信記録を、部下に確認を命じつつ、自らも耳で確認した。 「艦隊司令部は、攻撃を許可しました」 「録音、しっかり保存しておけ?。―――日本軍を叩くっ!」 「了解っ!」 「ミサイル接近っ!数10っ!」 レーダー担当の木村が悲鳴に近い声をあげた。 「墜とせっ!」 “鈴谷(すずや)”に設置されているML(マジックレーザー)砲が火を噴いた。 抜けるような青空に、光が走った後に白煙の柱が生まれた。 「FGF、全展開しますかっ!?」 「まだ早いっ!ML(マジックレーザー)だけで十分だ。余計なエネルギーを消費するな!生きて帰れなくなるぞ!?」 「はいっ!」 「うわ……すごっ」 戦闘機が編隊を組んで接近する。 戦闘機を間近で初めて見たさつきはしきりに感心するだけだ。 チカチカチカチカッ! “鈴谷(すずや)”の舷側にあるランプが激しく点滅を開始したのはその時だ。 緑の点滅と赤と黄色の3色。 「何?」 「警告です」 教えてくれたのはさつき騎のMC(メサイアコントローラー)、愛沢中尉だ。 「国際法規定のFGF(フリーグラビティ・フィールド)警告です」 「何でそんなもの出すんです?」 「FGF(フリーグラビティ・フィールド)は目に見えません通常航行時には、接触しないように警告する必要があります」 「今、戦闘中ですよ?」 「これでぶつかったら、向こうが悪くなるんです」 「―――成る程」 「バカ者っ!」 同じ頃、海大校は李提督から大目玉を食らっていた。 「誰が攻撃しろと命じたっ!飛行隊には戦闘停止を命じろっ!飛行艦だ、メサイアを搭載してはずだぞ!?」 「間に合いませんっ!」 そんな口論に近い会話を続ける二人の後ろで、艦長が手に持つ金属の筒が火を噴いた。 迎撃されたミサイルが光と煙の球に変わった。 ズズン……ッ!! 遠くで爆発音が響く。 もう恐怖感すら感じない美夜は木村に訊ねた。 「都合、これで何発目だ?」 「48発目ですっ!」 「その数、四方八方から―――よく撃つ」 対艦ミサイルは決して安い代物ではない。 それを48発だ。 感心する以外にない。 いい加減、あきらめてくれないだろうか。 美夜は内心でそう願っていた。 だが――― 「艦長、二宮中佐からです」 「―――私……えっ!?」 美夜はインターホン越しに伝えられた情報に思わず驚いてしまった。 「今度は爆装してきたぁ!?」 空母“天津”の艦橋から運び出されたのは、李提督と海大校。 その頭部からは血を流し、力無く手足を伸ばしている。 死んでいるのだ。 「―――党は小日本と戦えと命じられた」 張艦長とその部下が銃を手に艦橋から送り出される二人の死体を見送る。 「その命令に従えない敗北主義者は、我が国には要らない」 艦橋の通路から放り出された死体が海に消えていく。 「Su-30飛行隊の収容急げ。対艦ミサイルが効かないなら、爆撃にて出撃しろ」 それから一時間後。 中華帝国軍の爆撃を試みた機すべてが空母に引き返してきた。 全機生還だ。 「畜生っ!」 パイロットの一人が、キャノピーを叩いて降りてきた。 「何てザマだっ!」 パイロットは、即座に機体の下、パイロンを取り付けているハードポイントを見た。 「―――くそっ!」 翼下の10個あるハードポイントは、一つ残らずきれいに破壊されていた。 「たった一通過だぞ!?それでこれかっ!?」 ガシャンッ! ハードポイントに、そのパイロットが触れようとした時だ。 コクピットの近くですごい音がした。 パイロットがその音に驚いて後ろを見ると、機体の破孔から金属の棒が1本地面に落下していた。 何だ? パイロットは、その金属の棒が何か、即座にはわからなかった。 「中尉―――よく無事でしたね」 駆け寄ってきた顔なじみの整備兵に気づき、彼はその金属の棒の正体を訊ねた。 整備兵は言った。 「機関砲の銃身ですよ。敵の攻撃が砲を撃ち抜いたんです」 「そんな馬鹿な!俺は敵艦に1万程度しか接近していないぞ!?そんなまぐれが!」 「まぐれじゃないですよ。自分は経験がありますけど……メサイアの攻撃ってのは、それくらい正確なんですよ。中尉」 「……」 「中尉、これが初陣でしたっけ?」 「……ああ」 「ならよかった。メサイア相手に生きて帰ることが出来ただけでもハクが付きますよ」 Su-30部隊が去った後は、静寂のみが支配する航海が続く。 ラピス島まではもうすぐだ。 「中華の脅威は去った……か?」 「私、しばらくラーメン食べたくない。中華って言葉見るだけで吐き気がする」 「同感だな」 「美奈代、いい機会だからダイエットしなよ」 「うるさいっ!それにしても」 美奈代はそれが疑問だった。 「こんな所に何で中華帝国軍が?」 「哨戒ですよ」 牧野中尉が答えた。 「敵が米軍の進出を怖れている証拠です。もしかしたら、我々を米軍と誤認したのかもしれません」 「―――ってことは?」 「“鈴谷(すずや)”の警戒レーダーは捜索範囲が狭いです」 牧野中尉の言葉に、コンソールを操作する音が混じる。 「ラピス島まで、我々の出番ですよ?」 「敵は一体?」 「ここまで来るなら敵は空母機動部隊。そのお腹にはとっておきの厄介者が入っているはずです」 「厄介者?」 「はい」 コンソールパネルを操作する牧野中尉は、ちらりと通信モニター上の美奈代を見た。 「このフネを地上から蒸発させることの出来る厄介者です」 「やっと落ち着くことが出来るな」 比較的平然とした様子の宗像は手すりに寄りかかった。 入港を開始した“鈴谷(すずや)”の背後では、米海軍空母“シャングリラ・テキサス”が補給艦から燃料を受け取っている。 米艦隊と帝国海軍の艦艇50隻。 海兵隊と陸軍部隊を含めれば10万近い兵力が、このラピス島に集結している中だ。 喧噪はあるものの、それでも十分のどかというべき空気が美奈代達を包む。 爆音を轟かせながら、“プレステ2”が“鈴谷(すずや)”上空をフライパスしていくのを、美奈代達は甲板でのんびりしながら見守るだけ。 海軍がEUに貸しを作る意味で派遣している飛行艇だ。 「―――ねぇ」 甲板に大の字に転がって、その様子をぼんやりと眺めていた美奈代がぽつりと言った 「“アレ”には、どうやったら乗れるかな」 「“アレ”?」 美奈代は無言で遠ざかっていく“プレステ2”を指さした。 「PS2ですか?」 「メサイア操縦資格じゃ無理かな」 「無理無理」 さつきは笑った。 「戦車兵に潜水艦操縦させるようなもんだよ」 「……そうか」 「ここが気に入っちゃったんでしょ」 「……うん」 美奈代は「うんっ」と伸びをした。 「青が一杯の―――なんて言うのかな?こんな広くて、どこまでも行けそうな……吸い込まれそうな―――上手く言えないけど、とにかくそんな世界……私は好きだ」 「この戦いが終わったら」 美晴は悪戯っぽく笑った。 「南方県の事務官にでも転属希望出したらどうです?パラオやグアムあたりで」 「―――悪くないけど」 美奈代は小さく笑った。 「あの飛行艇のパイロットを目指したいな」 「本気?」 さつきはあきれ顔だ。 「海軍のシゴキはきついよ?」 「私は―――」 美奈代は、もう遠ざかってしまった飛行艇が飛び去った方角を指さして、 「この“青い世界”を自由に飛べる、あの“飛行艇”っていうのに乗ってみたいだけだ」 「PS-2は綺麗なデザインですもんね」 美晴は笑った。 「それなら美奈代さん、民間のパイロット目指した方がいいですよ。PS-2の民間版は、八式飛行艇と一緒に、東亜航空の南方航路路線で就航してますし」 「……そうか」 そっちもあったか。 美奈代はそう思ったが、 「やめておけ」 そう言ったのは宗像だ。 「人の命は重いぞ。下手をすれば、重みで翼が折れる」 「それでも」 美奈代は海の向こうを指さした。 「ああいうのより、よっぽど私の趣味には合う」 「ジェットよりプロペラ―――デジタルよりアナログな泉にはお似合いだな」 宗像は笑って美奈代が指さした海の方を見た。 黒い点が10以上、こちらに向かってくる。 ぽつりぽつりと、黒い点は時間を経るごとに増えてくる。 「―――待て?」 「ん?」 「今日、発進した戦闘機があったか?」 「宗像ぁ、あるわけないじゃん」 さつきは首を横に振った。 「ラピス島は戦闘機離着陸出来ないもん」 「じゃあ、アレはなんだ?あれ、スホーイだぞ」 皆が立ち上がって海を見たその瞬間、 サイレンが鳴り響いた。 「高度を上げろっ!」 無線機に怒鳴るのは、中華帝国海軍空母“天津”攻撃隊長呉大尉だ。 迫り来る島と無数の船舶を前に、彼は歓喜するよりむしろ驚愕していた。 「こうも簡単に取らせるかっ!?」 米軍の機動部隊が集結している海域に、何の抵抗もなく入り込めたことが、呉大尉には信じられない。 「一体こりゃ?」 すでに爆撃の射程に入ったというのに、未だに対空砲さえ上がってこない。 まぁいい。 余計なことを考えるな。 俺達ゃ、爆弾を落とせばいいんだ。 それで帰ることが出来る。 つまり、これは天佑だ。 呉大尉は自分をそう言い聞かせた。 「いけっ!」 呉大尉は、パイロンに吊した爆弾を敵めがけて投下した。 ズズゥゥゥンッ! “鈴谷(すずや)”の上空をSu-30が通過する衝撃が走り、美奈代達は半ば吹き飛ばされて甲板に転がった。 「な、何っ!?」 後一歩で甲板から海に落ちるところだった美奈代は、驚いて空を見上げた。 「見てわからないのか?」 宗像だ。 「教えてやろう。これは空襲というのだ」 「いや、そういうことじゃなくて」 美奈代が驚いたのは、こんな事態でも平然としていられる宗像の神経であり、同時に――― 「宗像ぁっ!」 「なんだ?」 「どさくさに紛れて何してるっ!―――きゃんっ!」 「うむ―――85のBと見た」 抱きすくめる要領で、美奈代の胸をわしづかみにする非常識さだ。 「違うっ!」 美奈代はムキになって怒鳴った。 「これでもCはあるっ!」 「む?それは違う。絶対カップが合っていないはずだ」 「二人ともっ!」 反論しようと口を開いた美奈代を止めたのは美晴だ。 「現状、わかってますっ!?」 「すまん」 美奈代達が立ち上がろうとした途端――― ズンッ! 「きゃっ!?」 爆発音に、思わず美奈代は甲板に伏せた。 空母と“鈴谷(すずや)”の構造物が邪魔でわからないが、どこかに被害が生じたのは間違いない。 恐る恐る顔を上げた時、その視界に紅蓮の色を含んだ黒い柱が映る。 「やられたのは!?」 「あっち―――米軍の方っ!」 「何で反撃しないんだ!?」 「するのは私達ですよっ!」 「ちっ!総員搭乗っ!」 ―――ついていない。 米第9任務部隊司令官ジョージ・キャンベルは部下の肩を借りながら、内心でそう毒づいた。 さっきまで質素だが、きちんと整理整頓が行き届いていた感のあった室内は、惨憺たる有様だった。 窓ガラスは全て砕け、窓から侵入した爆風が調度品のすべてをひっくり返し、風に流れて入り込む煙が呼吸さえ困難にさせる。 何より、負傷したり、死んで床に転がる将校の死体は目も当てられない。 その光景を目の当たりにする自分もまた、体中に痛みが走る。 「提督―――ご無事で?」 副官のリー大佐がキャンベル提督の額にハンカチを当てながら訊ねる。 「大したことはない―――何が起きた?」 「中華帝国軍の奇襲です」 「……最悪だな」 キャンベル提督がそう思うのも無理はない。 この場に居合わせたのは、日英米三軍の司令部同士。緊急の会合中だった。 議題は――― ラピス島周辺における、レーダーの使用不能、通信障害が発生。 これだ。 原因に関する見解は一つ。 狩野粒子。 レーダー上と、通信における障害程度なら、粒子レベルは低い。 問題は、狩野粒子が何故、この海域で確認されたか。 ―――原因はともかく、現実の事態に対処すべきだ。 ―――両軍共に、哨戒機を上げ、警戒に徹する。 会合は、そんな軍人らしい現実主義的な結論で終わろうとしていた。 その時、こう言ったのが誰だったのか、キャンベル提督は思い出せない。 ―――狩野粒子を中華帝国軍が使ったものなら、笑えませんな。 ―――全くだ。一体、連中はどこから狩野粒子を手に入れたんだ? (笑えなかったな) キャンベル提督はため息一つ、頭を強く振ると、自力で立ち上がった。 「チンクも、絶妙なタイミングで仕掛けてきたな」 「提督」 副官の一人、ハスラー大佐がキャンベル提督に進言した。 「本気で、そうお考えですか?」 「ん?」 「魔族軍の侵略と呼応するが如きタイミングで近隣諸国へ武力侵攻。さらに、この狩野粒子を前にして……」 「君は―――」 「自分は断言します。連中は、魔族軍とつながっています!」 「根拠は?」 「根拠!?」 ハスラー大佐は、上官に怒鳴った。 「周りを見てくださいっ!これで十分でしょう!」 ハスラー大佐の指さした先には、このラピス島までの航海を、その苦楽を共にしてきた司令部のスタッフ達のなれの果てが転がっていた。 「チンク共がこんなことしなければ、こいつらは“こう”ならずに済んだ!第一、我が軍はまだ宣戦布告すらしていない!中立宣言国ですよ!?」 「……っ」 「中華帝国軍が接近するタイミングで、この辺一帯が狩野粒子に汚染された!中華帝国軍が散布したと宣言して世論が信じればそれでいいんですよ、提督っ!」 「……とりあえず」 提督は答えた。 「政治的な話はペンタゴンとホワイトハウスに委ねよう。私の権限は国と国民から任された艦隊の範囲に限定されている」 「全ては、提督の報告にかかっています―――ホワイトハウスが、世論が我々に報復を許すか否か」 「善処しよう」 「安全が確保されるまで、シェルターに入ってください。今、艦隊に戻るのは危険です」 「その前に艦隊に対空戦闘を命じろ。メサイア隊は全騎戦闘態勢」 そこまで言いかけたキャンベル提督の声を遮ったのは、日本から送り込まれてきた飛行艇部隊を束ねる有馬司令の怒鳴り声だ。 「対潜警戒怠るなっ!」 壁にかかっていた電話相手に、それまでの温厚さは微塵も感じることは出来ない。 「水中から来られたらアウトだぞ!それから、“鈴谷(すずや)”を上げろっ!空襲が終わったら送り狼をさせるんだ!」 日本語がわからないキャンベル提督には、彼が何と言っているかわからない。 ただ、 タイセン。 ケーカイ 職業柄、キャンベル提督が知っている数少ない日本語の語彙にその言葉があった。 アリマは対潜警戒を命じた。 何故? 狩野粒子。 その存在が念頭にあったキャンベル提督は、その理由に即座に思い当たった。 彼は部下への命令を追加した。 「全艦、ソナー警戒。対潜兵装は即時発射可能にしろ、何隻か、対潜任務のため環礁から出せ。最悪―――」 提督は空襲の続く窓の外を睨んだ。 「アトミック爆雷の使用を」 「し、しかしっ!」 「“あれ”の使用は、大統領から私に一任されている」 「潜水艦相手にですか?」 「ジャック。メサイア隊を攻撃に出せ。それから君」 キャンベル提督は狼狽する副官をあきれ顔で見た。 「それは、地中海で我が軍が、何にどんな目にあわされたか分かった上での発言か?」
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/187.html
●“鈴谷(すずや)” 艦長室 「斬艦刀は使えるみたいね」 夕食後、斬艦刀に関する報告書を読み終えた美夜は、前に座る二宮へ、ウィスキーの入ったグラスを差し出そうとしてやめた。 「これからしばらくは―――飲酒出来ないわね」 「禁酒の中東圏ですからね」 「関係ないと思うけど……紅茶でいい?」 「コーヒー」 「紅茶になさい。胃に来るわよ?教え子の2騎撃破の申請、認められたんだっけ?」 「そう!」 二宮はそれまでの渋い顔はどこへか、満面の笑みを浮かべた。 「魔族軍メサイア初撃破は長野大尉だけど、複数連続撃破はあの子が初めてなの!戦闘記録を見たけど、踏み込みから武器の使い方、最初から最後まで文句の付けようがなかったっ!」 「……親ばか」 心底嬉しそうな二宮の顔を見て、美夜は笑いをかみ殺すのが精一杯だ。 「そう言えば―――もう一人の秘蔵っ子だけど」 風間祷子のことだと、二宮はすぐに見当をつけた。 「何かわかった?」 「旦那(あのくそやろう)経由の情報だから確かだと思う」 紅茶に口をつけた美夜はソファーの背にもたれかかった。 「あっちもアフリカに送られていた。配属先は開発局直属の特務隊」 「特務隊?」 「ええ。“笠置”。知ってる?開発局が保有する実験艦」 「……速度60ノットの高速艦だったわね。確か、人類最速とか」 「そう。“笠置”を母艦にしてモザンビーク付近に展開しているけど、そこで新型の性能調査中とか」 「……」 「問題は、新兵をそんな所に送り込んできたことだけじゃないの」 「えっ?」 「その部隊……」 美夜はソーサーに乗せたティーカップを二宮の目の前に置いた。 「天皇護衛隊(オールドガーズ)なのよ」 「なっ!?」 天皇護衛隊(オールドガーズ)は、天皇を護衛することのみを任務とする最精鋭部隊だ。 二宮は、危うくティーカップを落とすところだった。 「な、なんで!?」 「ダンナもさすがにそこまでわからないらしいけどさ……元所属でしょ?心当たり、ないの?」 「……実は」 二宮は、長野での演習のことを美夜に話した。 「その新型騎……天皇護衛隊(オールドガーズ)主導で建造されたんじゃないの?」 「……いや、それはない」 二宮が首を横に振ったのは根拠がある。 あの演習の時、監視に来ていたのは麗菜内親王の護衛隊、内親王護衛隊(レイナ・ガーズ)だった。 あの騎の主導権を天皇護衛隊(オールドガーズ)が握ってるなら、内親王護衛隊(レイナ・ガーズ)が介入する余地はないはずだ。 「さすがに笠置は足が速いわ」 二宮の困惑に気づかないのか、美夜は言った。 「アフリカにもう到達していて、部隊出撃回数は10回以上―――教え子のスコア、気になる?」 「スコア?」 二宮は目を丸くした。 「あのボンクラちゃんがスコアを獲得したの!?」 「あんたね……仮にも教官がそんな愛称で」 「風間候補生、怪我してない?おうち帰るって泣いてない?」 「どういう心配してるのよ」 「ガーズのオヤジどもにセクハラされてないかしら―――あーっ!もうお嫁に行けない体にでもされていたら!」 「……まぁ、素行不良中年全開オヤジ共の集まりだからねぇ」 「でしょう!?」 二宮は膝を叩いた。 「あんないろんな意味で危険な連中の所に、私の娘を送り込むなんて耐えられないわ!」 「スコア48騎」 激高する二宮に、美夜は言った。 「……は?」 二宮は意味が分からない。 「昨日6時時点でのその子のスコアよ」 「……48?シミュレーターの結果?」 「実戦よ」 美夜は眉をひそめた。 「初陣で18騎を血祭り。あまりの活躍に、ガーズの連中、今じゃ“姫さん”って傅(かしづ)いているそうよ」 「……あの子が?」 「そう」 美夜は頷いた。 「あなたのアヒルの子は、白鳥どころか、不死鳥にでもなったみたいね」 ビーッ! 美夜のデスクでインターフォンが鳴った。 「私だ」 美夜が受話器を取る。 相手は副長の高木だ。随分困惑した声をしている。 「司令部から緊急?」 その内容を聞く美夜の手からティーカップが落ちた。 「……わかった」 強ばった声で、美夜は頷いた。 「本艦には当面、直接の影響はないだろう。司令部は作戦継続を指示しているんだろう?……クルー達には明日、私から説明しよう。それまでは箝口令を敷け。明日、0700にハンガーへクルーを集合させろ……うん……頼む」 ハァッ。 美夜の口から盛大なため息が出た。 「どうしたの?」 部屋の掃除道具入れから雑巾をとってきた二宮が、床を拭きながら訊ねた。 「あなたらしくもない」 「……してやわれた」 「何を?」 カップが割れていないことを確認し、床にひろがった紅茶の海を丹念にふき取る二宮は、床だけに意識を集中している。 「国連軍司令部が爆弾テロでやられた」 「……えっ!?」 「6時間前だ。それと3時間前」 「……」 「中華帝国軍が近隣国境線を突破した」 ●ベトナム 第8防空ミサイル基地 ベトナムの空を守る基地が炎上していた。 対空ミサイルが爆風にへしゃげ、ロケット燃料がタンクごと燃えていた。 生き残った兵士達が必死に消火しようとするが、一度火のついたロケット燃料はそう簡単に消えてはくれない。 「だ……だめです!」 生き残った通信装置に、兵士が苦しげに報告する。 「ミサイルが―――ぐっ!?」 ズンッ! 破損し、炎上を始めていたミサイルがついに爆発。 兵士は跡形もなく吹き飛ばされた。 「くそっ!」 その光景を司令部のビル―――今となってはビルの残骸だが―――から見ていたのは、基地司令のグエン大佐だった。 自分の基地が、部下と共に焼かれていく。 表現のしようのない怒りが体を駆け回っていく。 「レーダーから報告!海からの攻撃です」 副官の報告に、グエンは怒鳴った。 「そんなことはどうでもいい!」 ズズンッ! また別なミサイルが爆発した。 「どこの攻撃だ!」 「国境防衛隊は中華帝国軍と交戦を開始!」 「……くそっ!」 怒りのあまり、ガラスがすべて割れたサッシに、グエンは手近なものを投げつけた。 あらい息のまま、グエンは一人呟くように言った。 「ベトナムが灰になるぞ……チンクめ!!」 ●中印国境線 「早期警戒機より警報!“赤兎(せきと)”多数、チョモランマを突破した!」 「多数って、何騎だ!?」 「100以上!」 「100!?」 「……情報入った!修正っ!200!200を越えている!」 「こっちは30騎だぞ!?何をどうしろというんだ!」 ●北京 紫禁城 「奇襲は各地で成功しています」 「―――そうか」 鷹揚な態度で頷くのは、中華帝国の摂政だ。 「モンゴルはウランバートルを制圧。政府首脳部を捕縛に成功。無条件降伏文書及び帝国への国家編入宣言を出させます」 「アフリカと東南アジア方面はどうか」 「アフリカは、旧アンゴラ及びナミビアへメサイア大隊を派遣済み。ヨーロッパの白豚共の駆逐にかかります。 また、中東はペルシャ湾に展開した精鋭特殊部隊が米帝海軍基地を強襲しております」 「……今のところ、戦果はどの程度だ?」 「艦艇3隻大破、弾薬庫及び燃料庫の破壊に成功。基地機能は喪失しております」 「よろしい。東南アジアはどうか」 「ラオスとタイは反応弾により沈黙。ベトナムは機甲部隊がサイゴンまで侵攻。特殊部隊がフエの王族の捕縛に成功」 「……インドもか?」 「前線のメサイアはほぼ全滅。“赤兎(せきと)”による掃討作戦が開始されつつあります」 「アメリカや日本、ロシアは?」 「すでにロビイストが押さえてあります。日本は、アメリカが動かなければなにも出来ません」 「よろしい」 摂政は満足そうに頷いた。 「これだけの戦果ならば、陛下にもきっとご満足いただけるだろう。総書記に言っておけ―――しくじりは死を意味するとな」 「はっ」 ●帝国海軍小松航空隊基地 「可動全機は、スクランブル体勢のまま待機だっ!」 「総員非常呼集っ!寝ているヤツはたたき起こせぇっ!」 「警務隊はすべての小銃に弾込めろっ!基地への出入りは原則禁止だっ!」 整備兵とパイロット達があわただしく動き回り、ブンカーからSu-35IJが引き出される中、別な編隊が離陸しようとしていた。 「司令」 「―――うむ」 管制塔に入った柏少将は、その光景を厳しい表情で見つめていた。 在職30年近く。少なくとも娘が生まれてからの19年間、訓練以外でこの光景を見たことがなかった。 副官である黒田中佐が報告する。 「303が対ミサイル迎撃戦闘装備で出動待機中。306はすでに上がっています。防空隊、臨戦態勢」 「もう一度」 柏司令はため息混じりに言った。 「もう一度、状況を説明してくれないか?どうにもこう矢継ぎ早に事態が変わると、私の老いた頭では理解が追いつかない」 「はっ」 黒田は咳払いの後、上官に報告した。 「本日未明、中華帝国が近隣諸国へ向け侵攻を開始。侵攻の理由は、自国民及び自国に属する民族の保護。すでにアフガニスタン他、ほとんどの国は首都陥落」 「早いな」 「メサイアとヘリ主体の空中機動部隊、それと、民間船舶を偽装した海軍揚陸部隊による完全な奇襲です。何より、満足な装備のない近隣諸国では、あの人海戦術は止められません」 「帝国政府の対応は?」 「政治屋連中(ながたちょう)に満足なことが出来ると思いますか?」 黒田は肩をすくめた。 「口先では政治家主導なんてご大層なこといいますが、せいぜいが霞ヶ関(クソども)にお伺いを立てるのがやっとでしょう?」 「……」 柏司令は肩をすくめた。 「幸い、都築国防相の権限でデフコン2が発令されて現状があります。君塚外相はロシア帝国大使を呼び、ロシアの対応を確認」 「どうなった?」 「ロシア帝国は、中華帝国の膨張を望まない―――その言質を得ています」 「中露のタッグ相手だけは回避出来たか」 「不幸中の幸いです。モンスーン級メサイアのコピー問題で国境戦争の一歩手前だったのも幸いしています」 「ロシアからの中華帝国への攻撃は?」 「ありません」 「……」 最初から期待していなかったらしい。 柏は当然、と言う顔で頷くだけだ。 「アメリカも、抗議するのが関の山だろう?」 「ヨーロッパ各国も、です」 黒田は不快そうに頷いた。 「国債をはじめ、世界経済の決定権は今やあの国にあります。債権者にケンカを売る債務者はいないでしょう」 「ましてやこの国では……」 深いため息と共に、柏は訊ねた。 「首相は?」 「後援会や支持団体と未だにゴルフ中とか」 「いいご身分だ」 「確かに―――おう」 黒田が部下から紙片を受け取った。 「大韓帝国は中華帝国支持を表明。それと、台北を出港した中華帝国海軍機動部隊が南シナ海に展開。現在、バシー海峡は完全に海峡封鎖されています」 「我が国への侵攻はないと思いたいが……」 「残念ですが」 黒田は首を横に振った。 「大韓帝国からのミサイル攻撃で、対馬レーダーサイトに大打撃が生じています。現状、陸軍が対馬へ増援部隊を送り込んでいます」 「那覇レーダーサイトが攻撃を受けました。1時間前です。30分後、那覇航空隊所属の対潜哨戒部隊が潜水艦1を撃沈。音紋から大韓帝国帝国の攻撃型と断定されています」 「……他レーダーサイトからの通報は?」 「いまの所、帝国領内に侵攻する航空機及びミサイルは確認されていません」 「確認されたらもうアウトだよ」 柏司令は、その厳つい肩を揺らせて笑った。 「撃ち落とすのが、我らの義務だがね」 司令達の見上げた空。 それは、いつもと同じ、抜けるような蒼穹の空。 いつも見上げてきた空だ。 「この空を、血で汚すのは避けたいものだな……」 柏司令は、ポツリとそう呟いた。 その日以降、世界は激変した。 後にそう呼ばれる日。 中華帝国軍による近隣諸国への武力侵攻。 そして、無関係に近いアメリカや周辺国を含めた無差別に近い電子戦。 これらが開始された日だ。 武力侵攻を受けた国が被害をより大きくし、それ以外の国の対応が遅れた最大の理由。 それが、電子戦闘専門の兵力数万を擁する中華帝国軍電子戦闘師団による電子戦闘攻撃。 彼らによって、念入りに準備された電子戦闘用ウィルスやハッキング、その他、あらゆる手段が用いられた攻撃が世界中を襲った。 先進国で特に被害を被ったのは、日本だ。 こうした攻撃に対して無防備に近い日本は、中華帝国軍が後に“拍子抜けした”と語ったほど、あっけなく国家としての機能を停止した。 公共機関や施設のサーバーやコンピューターをあらかた破壊され、町中では信号機すら動かない有様。 変電所に仕掛けられた爆発物の影響もあって、家庭への電力供給ですらストップ。 全国の7割近い世帯が24時間以上電力供給を受けることが出来ない事態に陥った。 36時間後に、政府があわてて海外とのインターネット回線を物理的に切断した後も、それを待っていたように、中華帝国軍は日本国内からの攻撃に切り替えた。 留学生を装って配置していた電子戦部隊が、ようやく復旧しかけた企業や政府へ攻撃をしかけ、予め用意してあったサーバーからのウィルス散布に切り替え、執拗に攻撃を継続する。 欧米でも類似の事態が発生したのは言うまでもないが、日本政府と企業が、非常手段として、すべての業務においてパソコンとサーバーの使用を禁止したのは、事態発生から実に150時間後のことであり、当然ながら世界で最も遅い結果となった。 その間隙を突き、中華帝国軍のメサイア“赤兎(せきと)”と“帝刃(ていば)”が、次々と国境を突破、隣国に侵攻する軍の先陣を切り、あらゆる敵を薙ぎ払う。 街を住民ごと焼き払い、抵抗する兵士を踏み殺す。 片鱗も躊躇もない攻撃の後、戦車や装甲車、そして兵士達が続く。 中華帝国という赤い竜は、虐殺と略奪、そして暴行の嵐を世界中に吹きちらかした。 侵攻の中心は歩兵部隊。 彼等は、メサイア以上の破壊をもたらした。 すべてを略奪し、女を犯し、殺す。のは、むしろ彼等の仕事だ。 中華帝国軍の侵攻を受けた街から命がけで逃げ出し、その中華帝国軍の暴虐の一部始終を撮影したテープを世界に配信したのは、米国のジャーナリストだ。 抵抗する女を犯しながら酒を飲み、銃を乱射する兵士達。 赤ん坊を銃剣で串刺しにして放り投げる兵士。 燃えさかる街。 あちこちに転がる死体。 銃声と女の悲鳴がこだまする廃墟と化した街。 その光景は、あまりに残酷過ぎるとして、ほとんどモザイク処理してようやくテレビに流せた程であった。 そして、それ故に、そのインパクトは各国に計り知れない衝撃をもたらした。 ―――中華帝国討つべし! 世論はそう動いたが、経済界を中心に、政府や社会上層部はまるで知らん顔を決め込んだ。 この振る舞いを非常識だと避難する前に考えてみて欲しい。 今、この地球上に住む以上、避けて通りづらいことがある。 中華帝国製の服を着て 中華帝国製の靴を履いて 中華帝国製の食い物を食べ 中華帝国製の玩具を子供に与え 中華帝国製の部品で動く車に乗り 中華帝国製の道具で仕事をして 中華帝国製の布団で眠る。 そして、いや、不可能に近いことは一つだ。 近隣にゴキブリと中国人がいない地域に住むこと。 これだ。 ここで言う人とは誰のことか? この世界に住んで、中華帝国を非難する人々のことだ。 世界は中華帝国に依存しきっている。 かの国にケンカを売れば、国内の中華人達が暴動を起こし、国内の物流は止まる。 食料も、衣類も、何もかもが止まる。 そうなれば国境を封鎖されたのと同じだ。 世論の主張通り、対中戦争になれば、一瞬で経済は崩壊する。 財界はそれが骨身にしみている。 それが目先のことしか考えられない、自らの無自覚の結果だと反省もなく、火消しのために政府やマスコミに無視や静観を強制した。 特に酷い反応を示したのが、米国だ。 世論がどう言おうが、経済的に依存する中華帝国が対米債権を一度に放出するような事態を受ければ、米国経済は破綻する。 そのカードをちらつかせる中華帝国ロビイスト達に、米国政府は屈した。 自由と民主主義を標榜する米国がこの事態を前にしたこと。 それは、遺憾と懸念の意を示すだけ。 東南アジアで女子供が強姦され、奴隷として扱われても、米国はその程度しか動かない。 米国の関心はむしろ、中華帝国の持つ対米債権の行方そのものだ。 対米債権をもって米国は沈黙すると最初からわかっていた中華帝国は、侵攻作戦開始から数日ででアラビア海、インド洋、アラフラ海、黄海、 太平洋、東シナ海、南シナ海の7つの海を制圧してのけた。 「規模の大小はあれど、これほど短期間に7つの海を支配した国は他にはいない」と、かつて7つの海を支配したイギリスの新聞記者が嫉妬と軽蔑を込めて書き上げた通りだ。 “鈴谷(すずや)”がアラビア海ではなく、アラビア半島横断を命じられたのは、この中華帝国軍との交戦を避けるためだった。 中華帝国侵攻の報に触れた途端、そう理解しなかった者は、“鈴谷(すずや)”にはいなかった。 すでにアラビア海は中華帝国軍の空母部隊が我が物顔で遊弋(ゆうよく)している。 空母に核兵器を持つ中華帝国軍に対抗出来る海軍力を持つ国は、アラブには存在しない。 まるでその姿を隠すようにアラビア海をゆっくりと航行する“鈴谷(すずや)”のハンガーデッキに集められた美奈代達“鈴谷(すずや)”乗組員を前に、平野艦長が訓辞を始めた。 「近衛軍は、この状況に至って、ようやく、本作戦の中止を決定した」 ―――やっぱり。 皆がそんな表情をする。 「事態が切迫しており、とてもこちらまで手が回らなかったというのが、司令部の言い分だ」 平野の額に青筋が走っているのを、美奈代は確かに見た。 「嫁が艦長を務める艦に対し、私は悪くないという弁明と、すべては中華帝国のせいだと思えという理不尽な言い分だけを……安否や労いの言葉さえなく、わざわざ暗号電文で送ってきた薄情者の亭主とは帰国次第、離婚することとして―――だ」 離婚。 美夜の斜め後ろに立つ二宮の顔が、その言葉を聞いた途端に少しだけ緩んだのを、美奈代達は見逃さなかった。 それに気づかない美夜は、ハンガーに集められた乗組員を前に、平野は背後に容易した巨大な世界地図を指示棒で叩いた。 赤く染まっている所は報道を聞く限りでは中華帝国の支配地域だと、美奈代達にもすぐ見当がついた。 「現状、米国は中立を宣言しているが―――」 指示棒がインドネシアに触れた。 インドネシア周辺は真っ赤に染まっている。 「インドネシアは開戦当日に首都ジャカルタに反応弾攻撃を受け、無条件降伏。近隣諸国も人海戦術の結果、中華帝国に占領されるか、反応弾を怖れて中華帝国の支配下に入った。―――そして」 バンッ!! 平野の持つ指示棒が叩き付けられたのが、オーストラリアだ。 「白人の誇りさえ忘れたこのクソ共が、ついさっき、よりにもよって中華帝国支持を表明した!ニュージーランドとかいうオマケも一緒にな!」 「……」 それがどういう意味をもつかは、美奈代にもわかった。 太平洋とインド洋を遮る壁のように存在するインドネシア。そしてその壁の終わりを担うオーストラリア大陸。 それがすべて中華帝国の支配地域になったのだ。 ここを敵国である日本に属する美奈代達が生きて通れるとは思えない。 美夜は続ける。 「マラッカ海峡とその迂回路を完全に中華帝国に抑えられた格好だ。このままでは中東からの石油輸入が途絶え、我が国は経済的に枯死することになる」 「……」 「しかも、中華帝国は中東の石油を狙い、すでにペルシャ湾に揚陸艦隊を派遣している」 (うちの国も) 美奈代は思った。 (それくらい、段取りよく動けたらいいのにな) 「すでに20万の軍隊がサウジアラビアに上陸。連中がまず抑えたのは、海水淡水化プラントだ。サウジアラビアは水資源に乏しく、必要な水の多くを海水淡水化プラントで生み出している。プラントを抑えられるとはすなわち、水を抑えられたこと、ひいては国家国民の生殺与奪権を握られたことにもなる」 「……」 「現在、サウジアラビア軍がプラント防衛及び奪還のため死力を尽くしている所だ」 「これに対し、海軍力で本来勝るであろう米軍は、先の魔族軍水中部隊との交戦及び、中華帝国軍からのテロに近い奇襲攻撃を受けて壊滅的打撃を被っている。米軍の影響力が及ぶのはバーレーンの周辺だけだ。 おかげで“鈴谷(すずや)”は、この砂漠のど真ん中で、行くことも出来ず、退くことも出来ない。 何しろ、アラビア海に出たら中華帝国海軍が相手になる。アフリカに戻れば魔族、ペルシャ湾横断を目指せば、我々の相手は中華帝国かアラブ近隣諸国か、はたまたラムリアース帝国……いずれにせよ、選択肢にならない」 「……」 美奈代達は、茫然自失になって美夜の話を聞いていた。 アフリカからやっと逃れてきたというのに、今度は人類相手に出口のない状態に陥るなんて、何の冗談だというのだ? 「我々は当初の予定通り、バーレーンに向かう」 美夜は言った。 「地元ベドウィンでさえ通わぬこの砂漠が、我々の隠れ蓑だ。 想定される航路は約2100キロ。 “鈴谷(すずや)”はこれ以降、低速でゆっくりと、時間をかけて向かう。 これ以降、我々にとっては、接近するすべてが敵だ。 各員は、対空監視を怠るな。瞬きする間も惜しみ、空と砂漠に注意を払え。 バーレーンに到着次第、我々は補給物資を受領し、次の作戦に移る。 それまでに、状況が何らかの好転を見せることを祈るしかないが、好転云々の前に、生きてバーレーンにたどり着けねば話にならない。 各員は、鉄の意志をもって任務にあたり、万事において最善を尽くせ―――生きて祖国に生還するために!私が晴れて離婚届にハンコを押せるためにっ!!」
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/199.html
中東での利権を、中華帝国の行動を黙認することで確保しようとした米国の目論見は完全に崩れ去った。 この混乱に終止符を打ったのが、アメリカ大統領、ジョージ・バラマの急死である。 公の報道はこうなっている。 某日深夜、ジョージ・バラマ大統領は、ホワイトハウス内のバスルームで倒れているのを、様子を見に来たバルモア夫人によって発見された。 死因は心臓発作。大統領は心臓に持病を抱えており、連日の激務により、最近では疲労を訴えることが多くなっていた。 ただし、「バルモア夫人の強い希望」により、検屍の類は一切されず、大統領の遺体は、家族だけの密葬の後、火葬によりこの世から消えた。 バルモア夫人はの後すぐにアメリカを離れ、フランスのニースに隠棲したが、夫人が、生活費の名目で中華帝国からかなりの金額を極秘裏に受け取っていた事実もある。 中華帝国にとって助けとなる決定打を打ち出せなかった大統領に対する報復により暗殺されたと、まことしやかに囁かれるのも無理はない。 彼の死因が、本当に心臓麻痺による死亡だったのかは、永遠に闇の中だ。 そのバラマの後釜になったのが、副大統領のジェームズ・タイラーだ。 彼もまた、親中派の一人と目される一人であり、中華帝国からバラマの後継者として期待された人物だった。 二選を目指し、志半ばで倒れたバラマの後任として大統領選挙に出馬することを表明した彼だったが――― 出馬表明の翌日、シカゴで暗殺された。 犯人は中国人によって仕事を失ったと主張するヒスパニック系の移民。 背後からサタデーナイトスペシャルの22口径3発を脳に受けた“タイラー候補”は、初演説ではなくその無惨な死体で翌日の朝刊の一面を飾った。 時間的に後継者を選択する余力を失った与党・民政党に、野党連邦党が送り出したニコラス・J・ベネット大統領候補を止めることは出来なかった。 実は、このベネットというギリシア移民の子孫を、中華帝国は理解しかねていた。 経済的にも中道的な発言を繰り返し、右派なのか左派なのか判然としない、日和見的な態度を繰り返すせいで、大統領候補でありながら、対するバラマに全く歯が立たないだろうと囁かれ続けた存在だ。 この男が大統領に就任したら? その図式を、中華帝国は描くことが出来なかった。 むしろ、就任こそあり得ないと切って捨てる程度がふさわしい程度の認識しか持ち合わせていなかったともいう。 それが、中華帝国にとって最大の誤算であり、最大の悲劇の原因を生み出すことになる。 ベネットが対抗馬なしを理由に大統領に就任したのが、EU軍のバクダッド制圧の日だ。 このままでは世界戦争になる! この最悪の事態を回避する手腕を、世界がベネットに期待していた。 新大統領は事態の収拾を目指す国際会議を提唱した。 中華帝国が、駐米大使の偉をホワイトハウスに送り込み、大統領となったベネットとの接触させたのは、その協力を求めたからに他ならない。 先のバラマ同様の尊大な態度を崩さない偉に対し、ベネットは全く動じることなく、やんわりとした態度ですべてを受け流し、狐につままれたような顔をした偉をあっさり追い返した。 それでも偉は、自分の威圧でベネットをうち負かしたと本国に報告した。 ―――彼はバラマ以上に人形として有益でしょう。 CIAが諜報した偉の報告は、そんな感じでまとめられていた。 何をどうしたらそう思えるのか。 偉が本気でそう思っていたことは、後の関係者の証言からも明らかだ。 その偉を、翌日には青天の霹靂が襲うことになる。 場所は中東。 アラビア海に浮かぶ沖縄県ほどの小さな島。 名をラピス島という。 その地理的条件と、大型艦艇が多数接岸出来る港を持つことから、歴史ある中継貿易の拠点として繁栄した英国の植民地だ。 アラビア海の制海権を掌握した中華帝国軍にとって目の上のたんこぶに等しい存在だが、紅海を喪失したことで、英国海軍が十分な艦艇を送り込めないことを、中華帝国軍も熟知しており、あえて無視していた所だ。 ここに、米軍はバーレーンに向かう途中の艦隊を停泊させていた。 “鈴谷(すずや)”は、そこにさしかかろうとしていた。 事態は、そこから始まる。 “鈴谷(すずや)”がラピス入港を目前にして航行を続けている。 「美奈代、美奈代っ!」 長旅により、ついに食事から麺類が消えた食堂で、ハム定食と鯖缶定食のどっちを食べようか迷っていた美奈代を、興奮気味の声が招いた。 窓際に立ったさつき達だ。 何人か、乗組員達も興味深げに外を眺めていた。 「どうした?」 「ほらほらっ!」 美奈代が窓をのぞくと、そこには“鈴谷(すずや)”と平行して飛行す緑のバケモノが2機いた。 ずんぐりとした機体にプロペラが6つ回っている。 機体のサイズはメサイアよりはるかに大きい、空を飛ぶ様はまさに“バケモノ”だ。 しかも、その翼には大きな日の丸が描かれている。 「随分と大きいな」 「八式飛行艇ですよ」 美晴が私物の一眼レフのデジカメを構えながら言った。 「八式?」 「往年の名機、二式飛行艇の後継機です。半世紀かかって、すべての性能でようやく二式を越えることが出来た、現代の名機です」 「ふぅん?」 美晴は熱心にそう言うが、美奈代はピンとこない。 ただ、“大きいのが飛んでいる”程度にしか思えない。 翼幅48メートル、最高速度550キロ、偵察時の航続距離は9500キロに達する飛行艇は他には存在しないとはいえ、機械音痴の美奈代にとって“飛べば皆同じ”程度の認識しかない。 しきりに“乗ってみたい”を繰り返す美晴とは違う。 「それで」 美奈代は窓から顔を離した。 「連中、何でこんな所飛んでいるんだ?」 「国際貢献の一環ですよ」 「?」 「哨戒部隊を送り込むことで、EU軍に恩を売り込みたいんですよ。私達がヨーロッパルートを使えるのは、哨戒部隊の展開があってこそです」 「……感謝すべきか」 美奈代はそうつぶやくと、飛行艇に敬礼した。 「くそっ!」 受話器をアームレストに戻した美夜の口から舌打ちが漏れた。 「艦長?基地司令部は何と?」 「警戒任務にメサイアを回せ。その一点張りだ」 美夜は苦々しげに言った。 「基地司令はかなりの頑固者だ」 「哨戒ですか?」 「ミサイルの哨戒迎撃任務だ」 「ああ、それならメサイアは適任ですが―――」 副長はそこまで言ってようやく言葉の意味が理解出来た。 「つまり!」 「ラピスに反応弾が撃ち込まれる公算大。日本軍も警戒任務上、協力願いたし。言い分はそういうことだ」 「海軍がすでに飛行艇を派遣しているとは―――驚きでしたな」 「海軍の方がしっかりしているってことさ」 美夜は小さく微笑んだ。 「ラピス島からなら、中東の原油輸出再開が果たされた場合、あらゆる意味で警戒する拠点として申し分ないからな」 「では、我々はどうします?」 「明日には米艦隊の追加も入る。敵の狙いはそこだろう」 「大陸間弾道弾?」 「大陸間弾道弾なら、防空司令部からの通報一発で済む―――水と食料、任務終了後の休養、その辺が交換条件かな」 ●中華帝国軍空母“鞍山” 「日本軍だと?」 ―――ラピス島沖合にて航行中の飛行艦を確認。 その報告を受けた中華帝国海軍第四機動艦隊司令李提督は食事の手を止めた。 「はい。輸送タイプ1。随伴艦なし」 「……近衛騎士団(インペリアルガーズ)か」 李提督は壁の海図を見た。 「目的はラピス基地での補給か?」 「間違いないでしょう」 副官の海大校は顔色一つ変えずに頷いた。 「放っておいても構わないんだがな」 「現在、最も近い日本軍は、偵察部隊だけです。いかがなさいますか?」 「ここで我々の存在は明らかに出来ない。針路を変更しよう。本国からは?」 「現場の責任有る判断により善処せよ。ただし、無用の混乱は避けよ」 「有り難いお言葉だ……」 李提督は茶をすすると、席を立った。 「一々我々から仕掛けることで、我々の存在を暴露する必要もないだろう」 「党もその判断のようです」 海大校は頷いた。 「日本軍撃滅は現在の我々の任務ではありません」 「そうだ」 制帽を正しながら李提督は楽しげに頷いた。 「今の―――な」 「はい。今の、です」 「よろしい。手出しは無用。必要なら接触回避の手段を厭うな」 「了解です」 海大校は提督との打ち合わせを済ませ、艦橋に戻ろうとした。 甲板からは航空機の発艦音が轟き渡っている。 「―――ん?」 海大校は足を止めた。 発艦命令は出ていないはずだ。 それなのに何故? 海提督はすぐ近くの艦内通話の受話器を取った。 「飛行管制か?この発進は何だ?」 「“天津”から上がった航空隊が!?すぐに引き返せっ!」 艦橋に怒鳴り込んできた李提督は顔を真っ赤にして怒鳴った。 「艦長!誰がこんな命令を出した!」 艦橋で目を丸くしているのは、張艦長だ。 「で、ですが」 何故、自分が怒鳴られているのか全く分からない。 艦長はそういう顔をしていた。 「日本軍ですよ!?」 「自分の任務をわきまえろっ!現在においての艦隊の任務は哨戒だろうが!」 「しかしっ!」 姿勢を正した張艦長は叫ぶが如き声を張り上げた。 「小日本撃滅は、党から命じられた至上任務の一つでありますっ!」 党―――中華帝国における唯一の政党。皇帝支持者の集まり、“王政党”のことだ。 皇帝の権限をかさにやりたい放題、今回の開戦も皇帝の意向ではなく、党の判断によるとまことしやかに語られている。 その権限は、逆らえば中華帝国国内では生きていけない程。 当然、彼ら軍人にとって絶対服従の対象だ。 実際の所、海外大使館勤務も経験した李提督は、王政党のやり口は嫌ってはいたが、軍人である以上、その名には逆らえない。 対する張艦長は、軍人としてより党員として出世したような人物だ。 党の名を出せば全てが沈黙する。 党の正しさが全てに優先する。 それを地で主張して出世レースに勝ってきた、軍人としてはむしろ危険な人物だ。 「……艦長」 李提督はなだめるような声で艦長に告げた。 「我が国は、日本に対して正式な宣戦布告をしていない。ここで勝手に奴らを攻撃したら、日本に我が国に対する宣戦を許す口実を与えかねないのだ」 「し、しかしっ!」 「日本に対して宣戦布告していないのは、党の方針だ。その方針に横やりを入れるつもりか?」 「そ、それは……!」 艦長は狼狽しつつ、ようやく思いついた反論を答えた。 「すでに大韓帝国は」 「日本の経済力を甘く見るな。韓国は資産を凍結され、わずか数日で経済が破綻したんだぞ?同じ目を我が国にあわせるつもりか?」 「し、しかし……っ!」 「小日本だなんだの、敵を舐めてかかると痛い目に遭うぞ中佐。軍人たる者、常に敵を侮るな」 提督は真顔でそう諭した。 何しろ、日本は反応弾保有国だ。 互いに反応弾でつぶし合いになることなんて考えたくない。 何より、その口実を自分が作ったなんて御免被る。 「―――海大校」 李提督は、脇に控えていた海大校に命じた。 「攻撃部隊の撤退を確認するまで飛行隊の指揮を任せる。それと、本国にこの事態を報告しろ。いいか?絶対に本国を刺激しないように、報告の文面には気を付けろ」 「本国が攻撃命令を下したら?」 「―――その時は話は別だ」 「絶対に命じますっ!」 艦長は怒鳴った。 ―――狂信者。 その目は、彼がそういう存在だと告げていた。 「このタイミングこそ、党が与えてくれた千載一遇のチャンスです!」 「党から与えられた命令は哨戒任務だっ!ここで我が艦隊の位置を暴露することは、党の命令に反しているぞっ!」 「―――っ!」 「これは艦隊司令としての厳命だっ!交戦は認めない、さっさと部隊を引き上げろっ!航空隊の指揮権及び艦隊の交戦権が私にあることを忘れるなっ!」
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/206.html
●ボルネオ島 米軍上陸地点 仮称「フォックスロット」海岸付近 上陸用艦艇で埋め尽くされた海から陸にはい上がった海兵隊のAAV7装甲兵員輸送車部隊がエンジン音をまき散らしながら砂浜を走る。 その横では、揚陸艦から続々と戦車と海兵隊員が吐き出されつつある。 「第一班は戦車の後に続け!」 「第二班、右へ展開!第三班は俺についてこいっ!」 「斬り込み隊の仇討ちだ!」 「応っ!」 斬り込み隊として先に上陸、死体さえ回収出来なかった戦友達の仇討ちを心に誓う隊員達は、戦車に続いてランプから飛び降りると、ついにボルネオ島の砂浜に降り立った。 戦艦の艦砲射撃はすでに止んでいる。 海岸から見える限り、あらかたの施設が叩かれ、あちこちから黒煙が高々と上がっているように見える。 中華帝国を思わせるモノは何一つ存在しない。 海兵隊員達が見たボルネオ島は、むっとする熱気が体にまとわりつき、何か得体の知れないモノが焼ける、吸い込むだけで肺が爛れそうな、そうでなくても吐き出したくなるような、恐ろしい臭いを運ぶ黒煙に満ちあふれた最低の世界だ。 本来の青い海、青い空、緑に満ちあふれた大地という、神に祝福された世界ではない。 いつ砲撃が飛んでくるか。 どこに狙撃手が潜んでいるか。 地雷が埋まっているんじゃないか。 考えるだけで精神がどうにかなってしまいそうな中、海兵隊員達の視線は、一度ならずとも必ず“それ”に向かう。 グレイファントム達。 自分達を守ってくれる神像さながらに立ち並ぶグレイファントム達に視線を送るだけで、不思議な勇気を与えてくれる。 ―――戦場における神とは、グレイファントムのことだ。 誰が言い出したことかは知らないが、否定する者はそう多くない。 その存在感だけで、この世に降り立った“戦の神”は自分だと、グレイファントムは見る者に信じさせてしまう。 ―――大丈夫だ。 その姿を横目に見ながら、海兵隊員達は、自然と自分に言い聞かせる。 ―――“アイツ”がいる。だから、俺は生きて帰ることが出来る。 そう、言い聞かせることが出来るのだ。 グレイファントム達はゆっくりと移動を開始。 すでに前衛に出ている部隊の後を追う。 「聞けクソ共!」 小隊指揮官達が部下を怒鳴った次の瞬間だ。 ギィィィィィッッッ!! 背筋が寒くなるような音があたりに響く。 「伏せろっ!」 海兵隊員達は、その音が何だか知っている。 さっきまで散々聞かされた音だ。 訓練通りでなくても、彼らはとっさにその場に伏せた。 ズンッ!! ズンッ!! 鼓膜が破れそうな音。 背中の肉がそぎ落とされそうな勢いで突き抜けた衝撃波。 遅れて走った熱風。 その中で、海兵隊員達は、その光景を見ていた。 ゆっくりと移動を開始したグレイファントムの3騎小隊のど真ん中で恐ろしく巨大な爆発が発生。 グレイファントム達が一瞬にして爆煙の中に消え去った光景を。 呆然とする海兵隊員達が次に見たのは、奇妙な格好で倒れ伏すグレイファントム達のなれの果てだった。 「じ、ジャップのご、誤射か?」 「違う」 小隊の新米兵士の呟きを、小隊指揮官である古参の黒人軍曹は聞き逃さなかった。 伏せた時にヘルメットが外れたことさえ気づいていない新米兵士へ転がっていたヘルメットを放り投げた軍曹は言った。 「“コンゴ”級なら近すぎる」 「じゃあ」 ヘルメットを抱きかかえるようにして受け取った兵士は、あわててヘルメットを被った。 中に入り込んだ砂が頭に降りかかった。 顔をしかめてヘルメットを脱いだ彼を無視するように、軍曹は部隊に命じた。 「一番近い砲撃孔はどこだ!」 「あそこです!」 一人が10時方向を指さした。 何両の戦車が巻き込まれたのか。浅いクレーター状態の穴の周囲には、原型を止めないほどに破壊された戦車の残骸が転がっている。 距離は200メートルほど。 若干起伏のある地形が、爆発の衝撃波から自分達を上手く守ってくれたなんて複雑なことは、ハイスクールでさえ出ていない軍曹にはわからない。 ただ、彼が爆撃や砲撃によって開いた穴について知っていることがある。 ―――一度開いた穴に再び砲弾や爆弾が落ちることはない。 それは、彼の経験に基づいても証明されていた。 だからこそ、彼はそれに基づいて部隊に命じた。 「あの穴に移動するぞ!」 「単なる誤射でしょう!?」 移動を開始した軍曹の後ろを、先程の新米兵士が慌てて追う。 「銃が砂を被っていないかチェックしておけ。終わったらコンドームで銃口を塞いでおけ」 軍曹は言った。 「砲撃はしばらく続くぞ?これは誤射じゃねぇからな」 彼らが砲撃孔にたどり着いたその時から、 ギィィィッ―――ズズン! ギィィィッ―――ズズン! ギィィィッ―――ズズン! 海岸には無数の艦砲が飛来しだした。 「司令部!艦砲を止めさせろっ!」 「敵はずっと後方だぞ!」 これが日本軍の戦艦部隊の誤射だと判断した指揮官達は通信装置で必死に司令部と交信を試みる。 その間にも、狼狽する兵士達の周囲で、艦砲射撃の着弾と、それに伴う爆発が連続して発生し続ける。 一発の爆発で、グレイファントムや戦車が粉々に砕かれ、付近にいた不運な兵士達と共に破片となって周囲に降り注ぐ。 「ジャップめ!どこ狙ってやがる!」 「やめさせろっ!」 「司令部!艦砲支援をどこに要請しやがった!」 砲撃が止んだのは、最初の着弾から10分後。 後続の上陸は一時停止。海岸付近では、上陸のタイミングを逸した上陸用舟艇が立ち往生している。 数発、海岸近くの海面に飛来した砲弾が高い水柱をあげたせいで、砲撃から逃れようと舟艇達が列を乱したせいだ。 海岸では砲撃から逃れるべく海兵隊員が組織的に、あるいは個人で勝手に右往左往した結果、部隊間の連携どころか、部隊内部の連携でさえ寸断された状態に陥っていた。 きっとホワイトハウスにでもおうかがいを立てているんだろう司令部からは海岸線の確保と、すでに移動を開始した前衛部隊に合流しろという、上陸当初からの指示が通信機に入るだけだ。 あまりに同じ事ばかり繰り返す通信に業を煮やしたある小隊指揮官が、「司令部の連中、テープを流して女と飲みに行ったに違いない」と毒づいたとしても、誰も文句さえ言えなかった。 上陸作戦に際して適切と選ばれた広い海岸は、海に接する範囲も広いが、奥行きもかなり広い。 先日、グレイファントム達がひっかかったメサイア用塹壕のさらに先、敵が潜んでいるとされ、砲撃の的になった小高い丘まで余裕で2キロはある。 海岸の砂はおそろしく細かく、気を付けていないと足場がとられる。 後続の部隊がようやく上陸を開始し、すでに上陸した後、砲撃のせいで動きを止められた先発の部隊がその針路を塞ぐ格好になった。 ―――前進せよ 司令部からは借金の督促同然にそんな命令が飛んでくる。 それが司令部の命令なら、それに従うしかない。 指揮官達はとにかく自分の部隊をまとめ、前進を開始した。 戦車の大半は既に砂浜を抜け、メサイア用塹壕を迂回するルートをとっている。 徒歩で移動する海兵隊員達だけが未だ砂浜を抜けられない。 偽装された塹壕やトーチカに潜んで米軍の攻撃に耐えていた中華兵達の放った砲火が彼らに襲いかかったのは、その時だった。 ズダダダダダッ―――!! 「敵襲っ!」 「どこだ!どこから撃っている!」 「狙撃兵だ!」 「違う!空からだ!」 突然の銃声、悲鳴を上げることもなく倒れる隊員達。 生き残った兵士達は、再び混乱の中に叩き込まれた。 中華帝国兵が作った塹壕やトーチカは、徹底して海岸側からはそれと判断出来づらいように工夫されていた。 それだけに、海岸に上陸した海兵隊員達にとって、ほんの少し海岸から進んだ所に中華兵達がいるなんて想像さえ出来なかった。 「馬鹿な!」 指揮官は混乱する部下を怒鳴った。 「ここは阻止線の中だぞ!」 ―――お袋の腹の中より安全 ある海兵隊指揮官は、阻止線の中、つまり、今の彼らの立ち位置をそう評していたし、隊員達もそれを信じ切っていた。 だが、それが油断という彼らの悲劇を産み出す元凶となった。 海岸に伏せる彼らめがけてトーチカから放たれる濃厚な集中砲火が降り注ぐ。 海岸のゆるい砂は逃げまどう海兵隊員達の足をもつれされ、その逃げ足を遅くする。 火線になぎ倒される米兵達によって、海岸は今や死体の山だ。 少しでも頭を上げれば吹き飛ばされる恐怖が走る。 吹き飛ばされなくても、恐ろしくて頭を上げようという発想そのものがわかない。 今や海兵隊員の中で立っている者はいない。 皆が海岸の砂浜にしがみついて、この銃火の嵐が去るのを待つしかない。 弾を避ける楯になるなら、戦友の死体まで使うしかなかった。 「塹壕を掘れっ!」 誰かが叫ぶと、隊員達は脱ぐか戦死者の被っていたヘルメットで必死に砂浜を掘ろうとする。だが、 「くそっ!何だこれは!」 砂質のせいで隊員達が命がけで掘る穴は、端から埋まってしまう。 ある隊員は、泣きながら穴を掘る戦友をちらと見た。 ―――向こうの方が深い。 ふとそう思った次の瞬間、その戦友が頭を吹き飛ばされ、脳漿と血をまき散らしながら穴の上に倒れ伏した。 隊員は、その戦友の死体の傍まで這っていくと、死体を突き飛ばして穴を掘り続けた。 その穴を掘っているのが、自分で3人目だということを、彼は知らない。 人がやっと入ることの出来る穴が掘れたのはかなり長い時間が過ぎた後だ。 安心感から息が切れ、ふと見上げた向こうから何かが飛んでくるのを、彼はただぼんやりと見つめるしかなかった。 「前進しろっ!」 彼らを追い立てるように迫撃砲弾まで飛来した。 狙いは上陸用舟艇。 無蓋の舟艇の中に飛び込んだ砲弾が、容赦なく兵士達を切り刻み、舟艇の中を阿鼻叫喚の地獄絵図に変える。 砲撃が弾薬箱に命中した舟艇は一瞬で沈む。 それでも舟艇部隊は海岸を目指す。 海岸に部隊を吐き出せば彼らの仕事は終わる。 終われば、彼らはこの地獄から逃れることが出来るのだ。 だが――― 「軍曹!」 シュルツ軍曹は、横にいたマーク一等兵に肩を叩かれた。 マークは引きつった顔で空を指さした。 軍曹は空を見た。 青い空に星が瞬いていた。 星? ―――違う。 軍曹は、星の正体が何かを理解して青くなった。 それは、自国軍が世界各地で敵兵女子供構わずに撃ち込んだ恐怖の嵐。 「MLRSだ!」 もう遅い。 こんな場所に撃ち込まれたらもう終わりだ。 軍曹は思わず首から提げていたロザリオを握りしめた。 ―――これから、無数に近い子爆弾が自分の周りで炸裂し、自分はこの祖国から遠く離れた場所で挽肉にされるんだ。 ―――くそっ!神様っ! 軍曹は神へ何と祈りを捧げて良いのか迷う間に、“それ”は彼らめがけて襲いかかった。 艦砲とは違う奇妙な飛来音があたりを支配する。 そして―――爆発音。 「軍曹っ!」 ロザリオを握りしめた姿勢で目を固くつむった彼は、再びマークに叩かれて目を開いた。 無事だ。 自分も部隊も―――無事だ。 「ふ、不発か?」 「違いますよ!」 マークは泣き出しそうな顔で海岸を指さす。 そこにはランプが開いた上陸用舟艇が停まっている。 海兵隊員が勢いよく飛び出してくる―――はずだ。 「ん?」 様子がおかしい。 誰も出てこない。 「今の攻撃は」 マークは言った。 「俺達じゃなくて、舟艇を狙ったんですよ」 やっと、恐ろしくゆったりとした、千鳥足に近い歩調で一人の海兵隊員が顔を出した。 全身が血まみれで性別さえわからない。 ランプ半ばまで歩いて、力尽きたように海に落ち、そのまま浮かんでこなかった。 それだけで、中がどんな有様か聞かずともわかった。 そのうち、何かに引火したんだろう。何隻もの舟艇の中で火災が発生し始めた。 盛大な松明、もしくは死体焼き場となりつつある舟艇の炎を見ながらマークは呟くように言った。 「あ……ありゃダメです」 「くそっ……貴重な人手を」 戦車部隊が血相を変えて舞い戻ってきたのは、すぐのことだ。 トーチカめがけて無茶苦茶に近い発砲を繰り返し、片端からトーチカを潰していく。 海兵隊員達が沈黙したトーチカに這い寄ると、中に手榴弾を放り込み、直後に小銃をその中へ乱射する。 数名の中華兵の死体が転がる中、隊員達はトーチカの中へと飛び込んで生き残りを捜す。 「誰もいない!」 一文字に掘られた穴を材木で補強し、遮蔽物で偽装しただけのそのトーチカには、機関銃一丁と無数の空薬莢、そして三人分の死体が転がっているだけだ。 あとには何も残っていない。 「爆発物はない」 床を調べていた隊員が言った。 「壁にも金属反応はないから大丈夫だ」 安全な場所を確保出来たおかげで、隊員達はその場に思わずへたり込んだ。 「馬鹿な」 隊員達は周りを見回した。 周囲には、仲間しかいない。 敵が、どこにもいない。 死に物狂いで攻めるハメになったこのトーチカだというのに。 戦車砲の爆発で頭をやられたんだろう、妙に臭い死体だけだ。 「まさか……たった三人で俺達をここに釘付けにした?」 「馬鹿な」 薬莢を調べていた別な隊員が言った。 「口径が違う。間違いなく、ここでは他の銃も使われていた」 「じゃあどこに!」 うち続く緊張に、思わず殺気だった声を荒げる。 「死体にでも聞け」 その隊員がにべもなく言った途端――― ズンッ!! トーチカの外から、そんな音がした。 このトーチカを砲撃した戦車の砲塔が吹き飛び、砲塔跡から盛大な炎と煙が上がっていた。 「地雷だ!」 トーチカの外にいて、その光景を見ていた隊員が言った。 「地雷にやられた!―――この辺一帯、地雷原だ!他も酷いことになっている!」 隊員は、興奮気味に何かを話そうとしたが、 パンッ! 隊員はその音を残して永遠の沈黙に入った。 「狙撃兵だ!」 トーチカの外でそんな声がした次の瞬間。 中華帝国軍の攻撃が再び始まった。 「トーチカに入れっ!」 その号令と前後して外にいた隊員達が続々とトーチカに入る。 攻撃は、トーチカの背後から襲ってきた。 それまで沈黙していたトーチカが、突然発砲を開始したのだ。 「どういうことだ!」 「知るかよ!」 隊員達はトーチカの中から応戦する。 一人の隊員が射撃ポジションを求めたが、床に転がる死体が邪魔だった。 「どけっ!」 彼は死体を蹴飛ばした。 死体がゴロンと音を立てて転がる。 その動きにあわせて、細いワイヤーが宙を舞った。 ドズンッ!! 腹に響く音がして、目の前のトーチカが吹き飛んだ。 米兵の肉片がトーチカの天蓋に降り注ぐ音を聞きながら、中華兵達は歓喜の声をあげる。 「脳なしの米兵め!」 「ざまあみろっ!」 米兵は、その物量で押しまくる戦術からして、正攻法で勝てる相手ではない。 米兵と比較して数十年の格差で装備に劣る中華兵が米兵とまともに戦うためには、頭を使う必要がある。 朱少将が着目したのは、海岸の地質と、この島に放棄されていた鉱物資源採掘ロボット達だ。 海岸の地質は地下2メートルまでは砂質だが、その下はかなりしっかりした地質であることが判明している。 そして、 ―――どんな土地でも穴を掘り、坑道を作り上げることが出来る。 鉱山で捕まえた日本人技師はロボットをそう説明した。 地質とそこに穴を掘るロボット。 朱少将は、躊躇うことなくそのロボットで地下陣地を構築する工事に取りかかった。 その結果がこれだ。 全ては朱少将の作戦通りに進んでいる。 二度に渡って米兵を阻止しつつある。 俺達は、勝とうとしている! ―――朱少将は智将だ。 兵士達は心酔にも似た感情で米兵達が吹き飛んだトーチカを見る。 一カ所ではなく、何カ所でも同じようにトーチカに逃げ込んだ米兵達が殺されているのは明らかだ。 米兵はトーチカに近づこうとさえしない。 不意に、目前のトーチカから旗が上がった。 中華帝国旗だ。 友軍兵士が誇らしげにトーチカから旗を振るっている。 トーチカを友軍が奪還した証拠だ。 戦車が近づいてくるなり、トラップを仕掛けて重火器すべてを即座に坑道に移動し、壁に偽装した坑道入り口を塞ぐ。 米兵がトーチカを占領した後、壁に仕掛けられていたトラップが作動し米兵は即死する。 その後、坑道から出た中華兵が再びトーチカに入る。 単純だが、確実な方法だ。 地上を這い蹲る米兵を、安全な地下を移動しつつ、中華兵達は翻弄する。 米兵にとって悪夢となった戦いの主役が登場したのは、このトーチカの攻防の後だ。 戦いの趨勢を決めた主役の名は、97式93mmサーモバリック弾ランチャー。 気化爆弾は、従来の火薬による爆発ではなく、霧状に散布された燃料(爆薬)と、空気が適度な比率で混合されることで発生する爆発的な燃焼効果により、高い破壊、殺傷効果が期待出来る兵器である。 半径50メートル以内の兵士を無差別に殺傷する能力と、車両内部までを一瞬にして酸欠状態にしてのける特性が、海岸の海兵隊員を―――例え戦車や装甲車に乗っていたとしても変わらない―――容赦なく殺傷した。 米軍は米軍呼称“フォックスロット・ビーチ”からの攻撃を断念し、上陸部隊は即座に海上へ撤退を開始。 上陸作戦参加約5千名。生還者350名。 海兵隊史上最悪の敗北となった戦いがこうして終わった。 米軍呼称“フォックスロット・ビーチ”。 戦後、その名で呼ぶ者はいない。 米軍呼称“フォックスロット・ビーチ”。 そこは、こう呼ばれている。 俗称“ハンバーガービーチ” 隊員達がトラップと砲撃、そして気化爆弾によって文字通り挽肉にされたことを皮肉った呼び名だ。 司令部は、ボルネオ島の海上封鎖と、フィリピンに待機していた戦艦主体の打撃部隊、そして航空部隊の動員を決定した。 目的を、占領ではなく、中華兵の殺傷という単純な目的に切り替えたのだ。 ただ、今は、今のみ、海兵隊員達の戦いは終わった。 だが、忘れてはならない。 戦いを終えた。 それは、海兵隊だけの事だ。 海兵隊が全滅したことで予定を大きく狂わされた司令部は、“赤兎(せきと)”達のゲリラ的攻撃に翻弄され続けた阻止線担当部隊、つまり、前衛に出た戦車隊とグレイファントム隊への撤退命令を出しこそねた。 その結果――― 阻止担当部隊は中華帝国軍の包囲網に、完全に孤立した。 当然、その中には美奈代達が含まれていた。
https://w.atwiki.jp/english_anime/pages/517.html
いまは新サイトで活動をおこなっております
https://w.atwiki.jp/fukudai3/pages/3.html
更新履歴 取得中です。 ここを編集
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/205.html
「ち、ちょっと待て……?」 美奈代は自分の周囲を見回して青くなった。 「完全に包囲されています!数10!」 どういうわけか、美奈代は都築が相手にしている1騎を除いた敵10騎に、一瞬のうちに包囲されていた。 理由は簡単だ。 塹壕に飛び出した1騎の“赤兎(せきと)”と斬り結んだ都築騎の“鳳龍”だったが、まるで“赤兎(せきと)”に翻弄されているかのように、塹壕から離れ、奧へ奧へと動いていったのだ。 “赤兎(せきと)”3騎を切り倒した所でそれに気づいた美奈代は、そのがら空きの背にぞっとするほどの危険性を感じ、都築騎を追った。 その結果がこれだ。 すぐ間近では都築騎がいまだしつこく追ってきた“赤兎(せきと)”としのぎを削っている。 なら自分は都築に助太刀するか? 否。 そんなことしている余裕はない。 都築が追った“赤兎(せきと)”は逃げたのではない。 通信が通じないと判断し、後詰め部隊に直接増援を求めに動いたのだ。 当然、そこには後詰めの部隊がいた。 美奈代は、そのまっただ中に飛び込んだのだ。 “赤兎(せきと)”達が、美奈代騎を取り囲んでいる。 1対10。 どう考えても、マトモに勝負を挑むだけムダなレベルの戦力差だ。 今更、間違えましたは通じないだろう。 「だっ、脱出は!?」 普通、こういう時、一番最初に考える対処方法を美奈代が口にしたのも当然なのだ。 「不能!」 牧野中尉は言った。 「私だけでしたら脱出装置で可能ですが、自爆装置作動しますよ!?」 「“さくら”も!」 精霊体ですら言った。 「マスター!自爆するなら、エンジン、エジェクトしていい?」 「薄情者ぉっ!」 ピーッ! 背後から2騎、同時に斬りかかってきた。 「都築っ!貴様ぁっ!」 一騎と押し合いになっている都築は全く頼りにならない。 返事すらない。 「2騎、5時6時方向!」 「ちいっ!」 美奈代は自分から急速後退をかけつつ、シールドと斬艦刀の切っ先を後ろへ向けた。 ガンッ! まさか敵が自分から飛び込んでくるとは予想していなかったのだろう。 振りかざした青龍刀を振り下ろすタイミングを逸した“赤兎(せきと)”達の腹部装甲に、同時に斬艦刀とシールドのエッジがめりこみ、2騎の脚が衝撃に宙に浮いた。 ズンッ―――ズシャッ 美奈代はエモノを敵の腹から引き抜いた。 それが始まりだった。 美奈代は飢えた狼同然に、“赤兎(せきと)”達に襲いかかった。 反応が遅れた“赤兎(せきと)”の胴を横薙ぎの一撃で切断、その切っ先を、真横の騎に起きた惨劇に狼狽する、別な“赤兎(せきと)”の胸部装甲の隙間に叩き込む。 「何っ!ば、ばかなっ!」 「隊長殿がっ!」 さすがに肝を潰したのは、“赤兎(せきと)”の騎士達だ。 中華帝国の精鋭達4騎が、剣を交えることもなく潰された。 そして、先程の2騎が大地に崩れ落ちるよりも早く、メサイアは動いた。 「に、日帝の騎は悪魔か!?―――ヒイッ!」 横に薙ぎ払う長剣の一撃をかろうじて避けた“赤兎(せきと)”の騎士だったが、真っ正面から放たれたシールドのエッジアタックまでを避けることは出来なかった。 グシャッ! グギャッ! 何かが壊れる音と、蛙が潰されたような音を残して、騎士と共に“赤兎(せきと)”が吹き飛ばされた。 「あ、悪魔だっ!白い悪魔だっ!」 「に、日本軍は死に神だっ!」 騎士達からは恐怖の叫びが聞こえて来る。 「ど、同時に行けっ!」 誰かが叫ばなければ、彼らは武器を捨て逃亡したろう。 もう、彼らには恐怖はあっても戦意はなかった。 持っているモノと失ったモノ。 それを逆転したのが、そんな一言だ。 「同時なら何とかなるっ!」 美奈代騎から最も離れた騎からの声。 それが、騎士達を地獄へと導く。 この地に降り立った死に神は、まだ獲物が足りませんと―――。 「お、応っ!」 美奈代騎から見て、左斜め正面と右斜め後ろの騎が同時に動いた。 左斜め正面の騎が槍を突きだし、左斜め後ろの騎が青龍刀で襲いかかる。 槍の切っ先が、メサイアのがら空きの胴に吸い込まれようとしている。 ―――殺った! 槍を繰り出した騎士は、勝利を確信した。 だが――― ガッ! 「何っ!?」 メサイアは、騎体を最小限ひねるだけで槍を回避。 あまつさえ、繰り出した槍を掴むと、力任せに引っ張った。 「しまったっ!―――うわぁぁぁっ!」 出力差が違いすぎる。 グンッ! 槍を繰り出さした勢いに、敵騎のパワーが加わった“赤兎(せきと)”は、槍と共に後ろに放り投げられた。 その先には――― 「避けろっ。黄っ!」 その叫びは遅かった。 彼の槍は、後ろから襲いかかろうとしていた仲間の“赤兎(せきと)”の胸部装甲を貫通した。 「黄ぉぉぉっ!」 騎士は味方騎に突き刺さった槍を手放そうとしたが、 ザンッ! 気づいたときには、斬艦刀が、彼を騎体ごと切断していた。 「畜生っ!」 生き残った3騎は自暴自棄同然の突撃にかかった。 剣を並べ、3騎同時の突撃で串刺しにしようというのだ。 「仲間の敵だっ!」 「死ね、小日本(シャオリーベン)!」 「消えろ悪魔っ!この世からっ!」 黄騎に突き刺さった槍を引き抜いたメサイアが彼らの視界に迫る。 ―――キュイッ メサイアは、左手で槍を構えると、左の騎に襲いかかった。 「この程度!」 左の騎を駆る騎士が青龍刀を振り下ろして槍をうち払う。 青龍刀を振り下ろしきった途端――― メサイアは、急加速をかけ、相互の間合いを一瞬で詰めた。 「―――ひっ」 騎士は、慌てて青龍刀を構え直そうとしたがもう遅い。 ガンッ! エッジアタックをモロに喰らった“赤兎(せきと)”はくの字に曲がって吹き飛び、すれ違い様に真ん中の騎が胴を薙ぎ払われ、上下二つに分離させられた。 「―――なっ!?」 動きが早すぎる! 目を見開くのは、最後に生き残った騎士。 彼は逃げるために騎体を旋回させようとした。 だが、それより早く、斬艦刀の一撃が、彼の騎に襲いかかってきた。 「……か、各部異常……なし」 震えを通り越して、涙声になった牧野中尉が言った。 「後は……都築准尉が相手する1騎のみ」 「……ぜぇ、ぜぇ……」 その間、美奈代は、肺に無理矢理空気を送り込む要領で、肩で息を続ける。 言葉が出てこない。 自分がやってのけたことが理解さえ出来ていない。 その横では、“さくら”がびっくりした顔で美奈代を見つめていた。 「ま、牧野中尉……ゲホッ……い、生きてます?」 ようやく喋れたのはそんな言葉だけ。 それでも、喋れるだけ奇跡だと思う。 「生きてますけどね……。正直、どう言っていいんでしょう……こういうの」 足下は“赤兎(せきと)”の残骸だらけ。 まるで集団戦闘の跡さながらだ。 だが、間違いなくこの敵を残骸にしてのけたのは、この娘ただ一人だ。 「10騎を……30秒かかってませんよ?どこのアニメですか」 「き、騎士のスピードなら、この程度……」 「ひ、非常識です」 美奈代が何かを言い返そうとした時だ。 ギャンッ! 都築に襲われていた“赤兎(せきと)”がついに力尽きた。 まるでメサイアそのものが悲鳴をあげたような音を立てた“赤兎(せきと)”は、騎体の半ばまでたたき割られ、動きを止めた。 「次っ!」 “赤兎(せきと)”が倒れる音を聞きながら、都築は怒鳴るが、 「何がだこのバカっ!」 美奈代はたまらず怒鳴った。 「一人でんなマネしてる間に、私が何騎相手にしたと思ってる!」 「あ?」 都築が見ると、周囲は“赤兎(せきと)”の残骸で埋め尽くされていた。 「おいっ!俺の獲物は!?」 「10騎だぞ!?1対10だったんだ!」 肩で息をする美奈代が半泣きになって怒鳴る。 「グスッ……。一斉に私めがけて襲いかかってきたんだ!滅茶苦茶怖かったぞ!?どうしてくれる!貴様は全く!」 「俺を放っておいてスコア10騎だと!?」 「問題はそこか!?」 怒鳴るというか、突っ込んだ格好になった美奈代騎の背後で、連続した大きな爆発が発生した。 「な、何?」 もうもうと立ち上る黒煙は、かなり大規模な攻撃であることを告げていた。 「艦砲攻撃です」 牧野中尉が言った。 「で、でもあっちって」 「着弾点は、上陸地点です」 「海軍の誤射ですか?」 「まさか」 牧野中尉は否定した。 「いくらなんでも、そこまでマヌケではありません」 「じゃあ―――」 「落下から見て攻撃は山の向こうからです」 美奈代は、間近にそびえる山を見た。 標高は数百メートル。 そう高い山ではない。 また、新たに爆発が発生した。 「艦砲の支援、求めますか?」 「それもいいんですけど」 牧野中尉は言った。 「金剛隊はもう移動する時間です」 「そんな!」 「他上陸地点もかなり苦戦しているんです。艦砲射撃支援は、全部隊が渇望している。中華帝国も死に物狂いですからね」 「二宮教官達は?」 「通信つながらず」 「―――ちっ!」 美奈代はチラリと横に立つ都築騎を見た。 「都築」 「やるしかねぇだろ」 都築はコクピットで、開いた左手に右手の拳を叩き付けた。 「戦艦沈めたなら勲章モノだぜ」 「やれるか?」 「やるさ」 「信じられないが―――牧野中尉。一気に山を越えて斬り込みます。いいですか?」 「やってみましょう」 牧野中尉は、騎体のブースターに火を入れた。 「さくら―――いくわよ?」 「はいっ!」 「あ、おいっ!ちょっと待てっ!」 都築の声を残し、美奈代騎は一気にブースターを開いて、山を飛び越える機動に出た。 ―――そして、自分のうかつさを本気で呪った。 美奈代は、山の向こうに、大口径の砲兵陣地があると判断していた。 砲兵陣地を強襲、これを殲滅する。 美奈代は自分の目標を、そう判断していた。 相手は砲兵陣地だと。 だが、都築は言っていた。 「戦艦沈めたなら勲章モノだぜ」 何故、都築が「戦艦」という言葉を用いたか、美奈代は何も考えず、都築に聞こうともしなかった。 その結果がこれだ。 山を飛び越した美奈代が見たモノ。 それは、だだっ広い平原に陣取る“鉄のフネ”だった。 “鉄のフネ” 即ち、軍艦だ。 灰色に塗装された船体が美奈代の目の前で移動している。 「な……何で?」 美奈代は目を疑った。 フネは水に浮かぶものだ。 陸を移動するものではない。 「准尉っ!」 牧野中尉の鋭い警告が飛び、“征龍改”はブースターを開くと、山の谷間に飛び込んだ。 向こうも、山越えに飛び出してきた美奈代騎に十分な対応が出来なかったらしい。 幸いにも美奈代騎が山の谷間に騎体を沈める間、フネからの攻撃は一発も飛んでこなかった。 「な、何ですか!?アレは!」 美奈代がコクピットで思わず大声で牧野中尉に訊ねた。 「艦名不明。艦形状、ライブラリーに照合なし」 牧野中尉は言った。 「現物は―――私も初めてみました」 「いくら何でも、なんで地面にフネがいるんですか!?」 「―――陸上戦艦」 「は?」 「陸戦艇(ランドバトルシップ)ともいいます。飛行艇のような完全な浮遊装置ではなく、FGF(フリーグラビティフィールド)を応用したホバー移動で陸上、水上お構いなしに走行可能の艦船です」 牧野中尉は思いだしたように言った。 「……また、座学で寝てたことが発覚しましたね」 「一々覚えていないだけです!」 美奈代は泣きそうになって怒鳴った。 「何で一々、私が忘れていることを、寝てた寝てたって!」 「本当のことでしょう?」 「ううっ!」 ズンズンズンズンズンッ! 山の斜面で連続した爆発が発生した。 その陸戦艇が、何かを狙って発砲したらしいことは、美奈代にも容易に想像がついた。 着弾で吹き飛ばされた土砂が容赦なく降り注いでくる。 「おい泉っ!」 都築の“鳳龍”が美奈代騎の横に滑り降りてきたのは、その時だ。 “鳳龍”が、砲撃を連れてくるような、そんな錯覚さえ起こしてしまう。 「あ、アブねぇ!」 敵の狙いは都築騎だったらしい。 「大丈夫か?」 「それはこっちのセリフだ!」 都築はくってかかった。 「強行偵察だけで済むだろうが!」 「……え?」 「えっ!?じゃないだろう!」 美奈代の素っ頓狂な声に、都築は思わず怒鳴った。 「まだ戦艦の有効射程だ!戦艦に叩かせればいいだろうが!」 「だ、だけど通信が」 「後退して通信つなぐって考えがどうしてわかない!」 「……すみません」 「くそっ!何で俺は……」 「……え?」 「なんでもねぇよ!」 美奈代の目の前で、都築騎が動き出した。 「ね、ねぇ、ちょっと!」 美奈代が止めようとするが、都築は言った。 「さっき、メサイアを3騎確認した。俺が引きつけるからお前は下がれっ!」 「な、何なのよ……」 美奈代は頬が赤くなるのを抑えられなかった。 都築がこう呟いたように聞こえたからだ。 ―――何で俺は、こんなの好きになっちまったんだ。 美奈代の目の前で、さくらがニマニマと、まるでチェシャネコのような表情をしている。 その表情から、どうやら聞き間違いではないらしい。 そう判断した美奈代は、まるで恥ずかしさから逃れるように、美奈代はブースターを開き、谷間から飛び出した。 ……何も考えずに。 ズンズンズンズンッ!! 谷間から飛び出した途端、待ちかまえていたように美奈代騎を陸戦艇の砲火が包み込んだ。 命中弾こそ出ていないが――― 「くっ!」 牧野中尉は、上昇を諦め、急速降下に切り替えた。 それが幸いした。 美奈代騎の上昇コース。山頂から若干下付近に、陸戦艇の主砲弾が着弾した。 タイミングを間違えれば―――考えたくないオチがついただろう。 「……正解だったわね」 背筋を流れる気持ち悪い汗を感じながら、牧野中尉はそう呟いた。 「泉准尉の悪運が移ったかしら」 「何か言いましたか?」 美奈代は背部にマウントしてあった速射砲を取り出した。 35ミリガドリング砲が軍艦相手に聞くのかは、試してみるしかない。 「中尉―――相手の武装は?」 「どう見ました?」 「37ミリ機関砲……いち、に」 「……6門です」 目をつむって飛んで来た火線の数を思い出そうとした美奈代に、牧野中尉は言った。 「両舷併せて推定12門。25ミリ砲もかなり積んでいますね」 「プラス40センチ砲?……でも、40センチにしては破壊力が」 「残念―――60センチ臼砲(きゅうほう)です」 牧野中尉は言った。 「60センチ!?」 「ええ……カール自走臼砲(きゅうほう)の後継モデルを参考にしたんでしょう。何しろ、陸戦艇そのものが、ドイツの―――きゃっ!?」 美奈代は“征龍改”を急速移動し、その一撃を避けた。 谷間めがけて高角度で臼砲(きゅうほう)を放ったらしい。 砲撃は初弾で谷間に飛び込んできた。 砲弾は美奈代騎がいた辺りに見事に落下、辺りを跡形もなく吹き飛ばした。 美奈代は知らないが、この時発射された60センチ臼砲(きゅうほう)の砲弾は一発約2トン、高性能火薬500キロが入った代物だ。 ―――敵の砲術長は、いい腕をしている。 美奈代は素直に感心した。 臼砲(きゅうほう)の射撃がどの程度難しいかは知らないが、さっきの砲撃といい、その技術は申し分ない。 何だか、それが恐ろしくもったいない、そんな気分になった。 「―――中尉っ!」 美奈代は、そんな気分から逃れようとするかのように、怒鳴った。 「あいつを仕留めますっ!」 「ど、どうやって!?」 「やってから考えますっ!」 「そんな無茶な!」 美奈代は、牧野中尉の意見をそれ以上聞かなかった。 聞く前に、美奈代は“征龍改”を突撃させていた。 中華帝国陸軍陸上戦闘艇“玄武”級ネームシップ“玄武”。 それが、美奈代の目の前にいる艦の名である。 全長220メートル。後部甲板に飛行甲板があり、ヘリやVTOLの運用が可能。 メサイアの移動ベースとしても申し分ない輸送力を持つ。 元は中華帝国で飛行艦を運用する海軍によって、新型飛行艦として開発されたが、飛行システムの不具合から、完成してみたらホバー移動のみ可能という、飛行艦としては致命的な欠陥品だった。 試験も中止され、岸壁に放置されていたものを、広大な大地を防衛する陸軍が、高い走行性能と陸上の移動手段としては破格の輸送力に着目し、海軍からスクラップとして譲り受けた後、“飛行艦ではなく陸戦艇だ”と主張し、同型艦の独自開発と運用を開始したという、いわくつきの代物だ。 「3時方向、メサイア1、接近しつつあり!」 陸上では的になりかねないことから、低く設計された艦橋の上。装甲板が張り巡らされた防空艦橋で見張りが叫ぶ。 砲塔旋回と射撃警告それぞれのブザーが入り交じってその叫び声をかき消す。 船体前面に設置された40センチ砲塔がゆっくりと右舷に旋回、照準を合わせた。 ズンッ! 鼓膜がどうにかなったんじゃないか。 本気でそう思うほどの砲声をあげ、40センチ砲が火を噴いた。 船体が砲撃の衝撃で大きくぶれる。 メサイアの背後、かなり遠くで爆発が発生した。 「砲撃遠いっ!」 艦橋で着弾を確認した艇長は怒鳴った。 「近すぎて主砲では無理だ!それ以外の砲で仕留めろっ!」 「―――くっ!」 飛び来る機関砲弾の嵐に襲われた美奈代は、騎士としての反射能力だけで飛来する砲弾を回避するハメになった。 「こっちに満足な対艦攻撃装備がないからってぇっ!」 ギュインッ! ギャンッ! 機関砲弾がメサイアをかすめる、背筋の寒くなるような音がレシーバーに次々と入ってくる中、美奈代はオレンジのアイスキャンディーにしか見えない砲弾や、目の前で発生する爆発を全てかわしきった。 メサイアを世界最強の兵器へと押し上げたのは、まさにこの時見せた美奈代のような、騎士の反射能力を、メサイアが機械として反映させることが出来るからに他ならない。 騎士こそがメサイアであり、騎士故に、メサイアは世界最強なのだ。 メサイアの前に、いかなる重武装を施した要塞然とした存在であろうとも、全くの無力であることが今、証明されようとしていた。 「畜生!当たれっ!」 「バケモノがぁっ!」 兵士達が必死に撃ち出す砲弾をメサイアはすべてかわしてしまう。 「弾種切り替えろっ!弾種を近接信管に!」 怒りのあまり、艦橋のヘリを殴った砲術長は叫ぶ。 「着発信管なんて使うな!相手は戦車じゃないんだぞ!」 もし、この陸戦艇を運用しているのが海軍なら、少しだけ状況が違ったかもしれない。 陸軍兵士達がこの陸戦艇で想定していたのは、戦車であり、機関砲は接近する戦車を破壊するための存在として位置づけられている。 航空機を撃ち落とすための近接信管の使用は例外的扱いだ。 何しろ、機関砲は海軍からのお下がりで、手動操作する代物にすぎず、高速移動する物体に対する対空砲として使える代物ではない。 だが、この近接信管を最初からメサイアに使用していたら、かなりのダメージを与えることは出来たろう。 兵士達が対空砲の射撃を停止し、弾薬を交換するその間に、美奈代騎は玄武の懐に飛び込んだ。 右手に装備した35ミリ機動速射野砲の至近射撃が、艦の構造物を滅茶苦茶に引きちぎる。 それまで美奈代達に向けて砲弾を放っていた機関砲達は、兵士達と共に挽肉にされた。 兵士達の呆然とする顔。 恐怖にひきつる顔。 泣き出す顔。 美奈代は、その全てを見た上で、彼らめがけて引き金を引いた。 罪悪感とか、恐怖感とか、そんなものは何もなかった。 ただ、機械的に引き金を引いた。 美奈代自身、そこには一切の感情は、なかった。 兵士達が砕かれる光景の後、美奈代は斬艦刀を構えながら“征龍改”をジャンプさせ、艦橋に飛び乗った。 自重数百トンというメサイアの重量で艦橋が一瞬で潰れる。 美奈代は、騎体が沈み込む中、騎体のバランスをとると、35ミリバルカン砲を玄武めがけて叩き込んだ。 軍艦とはいえ、35ミリ砲弾の雨を浴びることは想定されているはずばない。 艦中央の機関部冷却システムが破壊された玄武はつんのめるように急停止し、内部の熱の出口を失った機関部から、得体の知れない音が響き始めた。 その音を聞いた美奈代は、再び騎体をジャンプさせると、35ミリ砲の残弾を、玄武への土産とばかりに乱射した。 美奈代騎が大地に降り立った時、玄武はその姿を、立ち上る黒煙へと変化させていた。 「戦果としては申し分ないですね」 牧野中尉がねぎらうように言う。 「陸戦艇1、メサイアがじゅう―――」 ピーッ! 突如、コクピットに鳴り響いた警報。 牧野中尉の鋭い声。 「砲弾飛来警報っ!」 スクリーンが一瞬、真っ白になった次の瞬間――― 空気の壁に叩き付けられたような衝撃が美奈代を襲った。 激しくシェイクするコクピットの中。 美奈代は意識を失った。
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/202.html
反攻に出た米軍の第一目標になったのは、スマトラ半島とボルネオ島だ。 熱帯雨林が生い茂り、象からニシキヘビまで生息する豊かな自然に恵まれたこの一帯は、交通の要衝、マラッカ海峡と共に地下資源の宝庫としても知られている。 それだけに双方には、すでに中華帝国軍から大量の部隊が送り込まれている。 米軍は、その資源を島ごと奪還すべく、フィリピンとラピス島から機動部隊を送り込んだ。 フィリピン方面からの攻略部隊には、同盟国たる日本から送り込まれた部隊も混じっていた。 空母赤城と葛城主力の空母打撃部隊、戦艦金剛級4隻で編成される砲撃打撃部隊。 隣国がすでに敵国という日本にとって、これほどの戦力を派遣すること自体が、一種の賭けに近い。 その穴埋めとして―――いや、実際は米軍より最も投入を期待されたのが、メサイア部隊。 つまり、美奈代達だ。 美奈代達がどういう方法でスマトラ半島を突破したか? それはもう、奇跡としか言いようがなかった。 美夜自身、“鈴谷(すずや)”の戦没を覚悟した作戦を決行した。 何か? サイクロンだ。 サイクロンが発生している間は、例え軍用機といえど、容易には航空機が離発着出来ないことをいいことに、アンダマン海で偶然発生し、ジャワ海に動くサイクロンの中に入り込み、操舵手の死に物狂いの操艦でスマトラ上空を突破するという、冒険小説並の作戦を決行したのだ。 結果、完全無傷で敵上空の突破に成功した“鈴谷(すずや)”は攻略部隊に合流を果たした。 サイクロンが過ぎ去った後の、どこまでの青い抜けるような空を、真綿が浮かんでいるような純白の雲が流れていく。 エメラルドブルーの海面が、陽光を優しく照らし出す。 そんな中―――。 キュィィィッ―――ズンッ! キュィィィッ―――ズズンッ 背筋が寒くなるような音の後、腹に響き、鼓膜がどうにかなりそうな音が響き渡る。 美奈代の目の前。 “鈴谷(すずや)”の開かれたメサイア発艦用ハッチの向こう側。 上陸地点、コード“ジュノー”海岸は、この音と共に黒い悪魔のような爆発が連続して発生している。 発生源は、40センチ砲8門を搭載した戦艦―――正確には戦闘砲撃支援艦「金剛級」4隻の艦砲だ。 「全体としてはすでに上陸に成功はある」 「主力C中隊は敵と接触、剣火(けんか)を合わせつつあり」 「B中隊はどうした!」 「A中隊前進!他の部隊に後れをとるなっ!」 通信機には英語で様々な会話がダイレクトに飛び込んでくる。 爆発音。 様々な兵器の動作音 殺し合う人間の生の声。 立ち会った世界に悪酔いしそうになった美奈代は、軽く頭を左右に振った。 呼吸を整えようとするが、どうにも息が荒くなる。 水が欲しいが、どうしようもない。 心臓の鼓動が爆発しそうなくらい高まっている。 「小隊各騎」 突然、通信機に入った二宮の声に、美奈代は背筋がビクッとなった。 「はっ!」 「これより発艦を開始する」 ―――来た! 美奈代は死刑判決を受けた囚人の気持ちがわかった気がした。 死ねと言われるのは、こんな感覚なんだろう。 「状況は見ての通りだ」 ―――冗談だろう。 美奈代は首をすくめた。 何しろ、今や海岸線は艦砲支援によって、黒い壁が一面に立ちはだかっているのだ。 あそこに突っ込めというのか? 冗談じゃない。 「二宮より泉」 二宮は、発進直前になって、突然美奈代を名指しで呼んだ。 「こちら泉」 応答しつつ、美奈代ははっきりと二宮からロクなことはいわれないだろうと予測した。 いつものことだ。 「我々の上陸地点は“ジュノー”海岸のポイント“フォックスロット”だ。お前は私の後ろについてこい。いいか?離れるな?」 「り……了解」 後ろについてこい。 どうでもいいことに聞こえるが、美奈代ははっきりと、自分がその言葉にカチンと来たことを自覚した。 ―――お前は不安だから、私の後ろについてこい。 そう、言われた気がしたからだ。 見返してやる。 そう、心に誓う美奈代の目の前で、二宮騎が発艦しようとしていた。 一方、ここで米軍を出迎えるのは、中華帝国第三方面軍第82機甲師団だ。 その師団長である朱少将は、米軍上陸地点の様子をモニター越しに眺めていた。 砲撃の激しい振動でカメラが揺すぶられ、何が映っているか判りづらいが、もう慣れた。 この様子では、前線の兵士達は塹壕に籠もるしかないだろうなと、朱少将は考えた。 ただ、無駄な行動は、砲弾の破片や爆発の衝撃波で損害を増やすだけだ。 今は、それでいい。 「日本軍の砲艦が出てきましたな」 参謀がコーヒーの入ったカップを手渡ししてきた。 「政治屋共はともかく、さすがに軍人は骨があるな。同業者として喜ぶべきか嘆くべきか」 「対艦攻撃装備はまだ使うべきとは思っていません。現在展開中の部隊は、橋頭堡を築くための斬り込み隊にすぎません。本隊上陸時の上陸舟艇用に備えておくべきかと」 「斬り込み隊相手に本気になっていいかな?」 「勿論」 参謀は肩をすくめた。 「切り込み隊の大出血で攻略を諦めてくれればおめでとうです。何より、無傷で敵を内地に誘い込めば、消耗するのは我が軍の方ですが、それにしても」 参謀は憮然として言った。 「40センチ砲32門の報復は勘弁して欲しいです」 「全くだ」 朱少将は、小さく笑って頷くと、モニターを切り替えた。 別なカメラからの映像が入る。 前のカメラより500メートル後方の陣地からの映像だ。 画面一杯に、真っ黒い闇が広がっている。 「一体……?」 朱少将は首を傾げざるを得ない。 「日本軍は、砲弾に何を詰め込んだんだ?」 爆発するたびに恐ろしく濃い暗闇が立ちこめる。 報告によると、目視、レーダー、赤外線……とにかく観測兵器の全てが役に立たないという。 「不明ですが」 参謀は言った。 「はっきりしたことは、あの“闇”の向こうでは、米軍が上陸しつつあることです」 「参謀として」 朱少将は頷いた。 「あと、どれくらいで米軍は前進を開始すると思う?」 「そうですな」 参謀は少し考えた。 「上陸開始からして……時間的な転換点は」 参謀は腕時計をチラと見て、 「10分です」 そう、答えた。 「それより早ければ無謀、遅ければ無能です」 参謀の言うとおりになった。 きっかり10分後。 “闇”の向こうで信号弾が上がった。 色つきの煙幕と閃光で命令を伝えるのだが、それは“闇”をはるかに越えた高さで炸裂したため、中華帝国側陣地からも丸見えだった。 「敵に動き!」 前線指揮官の一人は、塹壕から双眼鏡で信号弾を確認した。 撤退信号なはずはない。 ここで打ち上げられる信号は一つだけだ。 「各員備えろっ!メサイアが来るぞ!」 「さぁいくぜっ!」 米軍グレイファントム部隊の上陸時点での任務は、橋頭堡の確保だ。 上陸地点の前に出て、後続の機甲部隊や歩兵達の上陸ポイントへの敵メサイアや航空機攻撃の阻止役とも言う。 その彼らが前に繰り出す。 主力部隊―――正確には上陸部隊司令部(えらいさんたち)が、やっと強襲揚陸艦から追い出され、重い尻を海岸に乗り上げ、上陸が一段落したこと。 そして、艦砲射撃支援が最終弾着を迎えたこと。 つまり、もうここに彼らが待機する理由はなくなった。 様々な要因が、グレイファントム達を待機命令から解き放ち、前へと駆り立てた。 彼らは漆黒の闇に向かって突撃していく。 「きゃぁっ!」 「なっ!?」 通信機に、そんな声を耳にしたクルツ中尉は、不意に、斜め前方を移動していたイーサン中尉騎の右腕が吹き飛ぶ光景に出くわした。 腕が後方に引きちぎられたように吹き飛んだかとおもうと、今度は左足の膝装甲付近に爆発が走り、イーサン騎はバランスを崩して横転した。 「イーサンっ!」 「く、くそっ!」 イーサンは何とか立ち上がろうとするが、脚を破壊された以上、もがくのが精一杯だ。 「大丈夫か!」 「俺のことは放っておけ!」 イーサンは通信機越しに野太い声で吠えた。 「貴様こそ前に出ろっ!」 「し、しかしっ!」 他の僚騎が、彼らの横をすり抜けて闇の中へと飛び込んでいく。 クルツはイーサン騎を一瞥すると、 「後で逢おうぜ!」 そう言って、騎体を闇へと向けた。 闇の向こうにいる敵を倒すために。 イーサン騎の仇を討つために。 だが――― 敵は闇の中から襲いかかってきた。 オレンジ色に輝く物体がクルツ騎を―――いや、グレイファントム達に一斉に襲いかかったのはその時だった。 「なっ!?」 漆黒の闇からの敵は、クルツ騎の左腕を根本から引きちぎった。 「砲撃っ!?」 まずいっ! クルツは舌打ちした。 左腕をやられた以上、シールドがない! 楯を腕ごと失い、バランスまでも失いかけた騎を必死で操作するクルツ中尉の目の前。 スクリーン一杯に、オレンジ色の光が迫りつつあった。 高価な電子兵装の塊であるグレイファントムの上半身がまともに吹き飛ばされた。 「誰の騎だ!」 闇の中へと入る直前、その光景をちらと見た騎士が怒鳴る。 「クルツ騎!」 「くそ、あの野郎!」 「ヴィット大尉!」 MC(メサイアコントローラー)が怒鳴る。 「シールドを構えてくださいっ!闇の向こうからの砲撃が―――」 ガンッ!! ヴィット大尉はその衝撃で、首の骨が折れたと思った。 それほど激しい振動が彼を襲い、彼は意識を失った。 頭部MCL(メサイア・コントローラー・ルーム)付近に直撃弾を受け、MC(メサイアコントローラー)はMCL(メサイア・コントローラー・ルーム)ごと爆死。騎体は大破したことを、彼はこの時点では知る術すらなかった。 シールドに激しい衝撃を幾度も感じながら、闇を抜けたグレイファントム達の運命もまた、過酷だった。 闇を抜けた先。 そこは本来あるべき南方特有の強い日射しに照らされた光の世界。 ボコボコに変形し、使い物にならなくなりつつあるシールドを構えたグレイファントムの騎士達は、突然の浮遊感に襲われた。 「なっ!?」 もんどり打ってグレイファントムが地面を転がる。 それも一騎や二騎ではない。 何騎ものグレイファントムが同じような目に遭わされた。 砲撃地点の前方少し前にあったメサイアサイズの塹壕に落ちたのだ。 「くそっ!」 落下の衝撃で故障した各部からの警報が鳴るコクピットで、マックス大尉が、やり場のない怒りを爆発させていた。 彼の騎は大の字になって塹壕の下に転がっていた。 こんな目に遭わせてくれた敵以上に、こんな無様な醜態をさらしている自分自身が許せない。 「畜生のコンコンチキのクソッタレのマザーファッカー!」 落下のショックはシートが吸収してくれたが、怒りばかりはどうしようもない。 ガンッ! 激しい音と共に、何かが落下してきた。 どこのマヌケが――― 自分のことを棚に上げ、音がした方角を向いたマックスの視界に入ってきたのは、垂直に落下して砲塔がへしゃげた戦車だ。 しかも一両や二両ではない。 軽く20メートル近くの落下だ。いくら戦車でも無事では済まない。 特に、中の戦車兵達は――― 「畜生めがっ!」 マックスは騎体を無理矢理操作して立ち上げ、速射砲を準備した。 まだ撃てる。 「マーク、セドリック、返事をしろっ!まだ図々しく生きているヤツがいたら、誰でもいいっ!ラードック、モーリスっ!応答しろっ!」 「カークスですっ!」 「イーリッド、生きてますっ!」 通信機に生き残った騎士達の声が入る。 「よしっ!」 マックスは心の底から満足したという顔で頷いた。 「集まれっ!借りを返すぞっ!」 「了解っ!」
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/207.html
「まずは勝利を」 参謀が朱少将にグラスを手渡した。 グラスを受け取った朱少将が軽くグラスを掲げて見せ、参謀が無言で頷くと互いにグラスを傾ける。 戦闘が終了し、すでに夜の帷が降りている中、兵士達の志気は最高潮に達していた。 世界最強と称えられるアメリカ軍相手に上陸を阻止。 メサイア35騎、戦闘車両56両、海兵隊員5千名。舟艇12隻。 それが、たった一日で米軍が支払った上陸作戦失敗の対価であり、中華帝国軍の戦果だ。 未曾有の勝利はすでに中央政府によって国内全土、いや、全世界に喧伝されている。 ラジオから流れてくる脚色まみれの戦果報道を聞く兵士達は、ニュースの時間の度に歓声を上げたとしても、誰にも文句は言われたくない。 「しかし」 グラスを置いた参謀は、ため息混じりにデスク上の書類と地図を見た。 「第一波を阻止したに過ぎません」 「……うむ」 「サーモバリック弾はすでに底を尽きました」 「……」 「補給線はすでに米軍によって寸断されています。本土からの補給艦到達の見込みさえありません」 「……花火のようなものだったか」 朱少将は握った拳をパッと開く仕草の後、苦笑した。 「本土の軍司令部に要請は?」 「10分単位でやってます」 「それでメドが立たないか」 「軍司令部は」 参謀は固い声で言った。 「我々が全滅した後に、新たな部隊を派遣。それで穴埋めするつもりかも知れません」 「……」 「それで―――米軍が止められると、本気で信じているのでしょう」 「……島内に潜んでいる米軍の残党はどの程度だ?」 「確認されている限り、グレイファントムM16タイプが12騎、日本軍の形式不明騎が10騎程です。米軍の残存部隊と共にG地点、仮称“パパイヤ山”の山腹に潜んでいます」 「我が方のメサイアは?」 「第3502メサイア大隊の“赤兎(せきと)”30騎、先程、到着した第3309メサイア大隊“帝刃(ていば)”24騎」 「大盤振る舞いだな」 「簡単なことです」 参謀は苦笑しつつ頷いた。 「壊滅した第3302メサイア大隊との交代として第3309メサイア大隊が予定通り到着しただけなんです。夜明けと同時に、両大隊は残存部隊掃討に出ます」 「連中にとっては悲劇―――か」 朱少将は、チラと参謀を見て、 「勝てるか?」 「これだけの戦力でも、五分を維持出来るかどうか」 参謀は断言した。 「“帝刃(ていば)”とM16は世代が違いますからな。メサイアの性能差ははっきりしています。最悪なことに、両大隊には実戦経験はありません」 「連中を突破された挙げ句、メサイアに暴れられては―――」 朱少将は、背筋にイヤな汗が流れるのを止められなかった。 「玄武を潰されたのは痛いですな」 参謀は、グラスを片づけると、従兵にコーヒーを持ってくるように命じた。 「連中の仇討ちもしてやりたいが」 私は砂糖抜きでいい。今晩はそんな気分だ。と、朱少将が従兵に告げる。 「海岸で上陸部隊を阻止する戦法がとれなければ、我が軍に勝ち目はありません」 「また来るだろうか?」 「私なら―――」 参謀は窓の外、またたく星の世界に視線を向けた。 「飛行艦を派遣して空から叩きます」 「はやり―――そうだろうな」 「山林地帯」 参謀は視線を戻した。 「ゲリラ戦に向けた体勢の構築は進んでいます。山林地帯は、狩野粒子の影響が低いですから、対飛行艦用ミサイルランチャーも撃てるはずです」 「後は―――補給か」 「国が我々を見捨てなければ、我々は最悪でも生きてこの島から逃れることは出来ます」 「私の権限で、いかなる犠牲を払っても補給線をつなぐよう、軍司令部に要請してくれ。さもなければ」 「さもなければ?」 その問いかけに、朱少将は楽しげに肩をすくめた。 「次に攻撃を受けた時点で、部下まとめて降伏してやるとな」 「歯ぁ食いしばれっ!」 ガツンッ!! 美奈代がコクピットを降りた時、すぐに耳に入ったのはそんな音。 都築が長野大尉に殴られた音だ。 「都築ぃっ!」 吹き飛ばされた都築の胸ぐらを掴んだ長野が怒鳴る。 「誰がこんな馬鹿げたマネしろと教えたっ!」 メサイア3騎撃破の殊勲を挙げたとはいえ、都築の教官も兼ねていた長野はカンカンだ。 独断で部隊を離れ、敵の包囲網に落ちたこと。 部隊がその救援のために脱出のタイミングを逸した挙げ句、こうして孤立していることを考えれば、殊勲なんてないに等しくなる。 弁解の余地さえない大失態だけが残るのだ。 「教え子にそんなことされた俺は、情けなくて涙が出てくるわ!」 「で、ですけど!」 「男が言い訳するなっ!」 ガンッ! どうしようかとオロオロする美奈代の背後。 ポンッ。 美奈代の肩を叩いたのはMCL(メサイア・コントローラー・ルーム)から降りた牧野中尉だ。 「お疲れさまでした」 「―――あの」 美奈代が必死に都築と長野に視線を送る。 ―――何とかしてほしい。 視線でそう訴えるが、 「ああ」 牧野中尉は平然と言った。 「親子の会話です」 「親子?」 「親鳥とヒナ鳥の―――ほら」 「こんの―――大バカ野郎っ!」 ガンッ! また都築が殴られた。 「バカな子ほど可愛いっていうじゃないですか。特に、長野教官みたいなタイプは」 長野の説教にかける熱意というか執念というか、不思議なオーラさえ感じた美奈代は、その言葉を、何だか否定出来なかった。 「そ、そういうものなんですか?」 「二宮中佐にとってのあなた同様」 牧野中尉は穏やかな顔で言った。 「長野大尉が一番眼をかけていたのが、都築准尉ですからねぇ」 「あの―――二宮教官は?」 「米軍のところです」 山腹の地形を活かし、周囲から見えづらい場所に片膝をついた状態で待機するグレイファントム達。 損傷はほとんどないのが唯一の幸いだ。 その足下で、米軍側メサイア部隊指揮官と打ち合わせが終わった二宮は、その場を辞した。 隊長はアメリカ大統領警護騎士団第202メサイア大隊所属ミッキー・マーカス少佐。 背の高い白人男性。 白人の歳はよくわからないが、二宮とさほどは違っていないはずだ。 尖った顎に高い鼻。総じて整った顔立ち。 長い足。 ―――とりあえず、さすがに男性としては合格点だな。 歩きながら、二宮はミッキーを品定めした結果を頭の中ではじき出した。 「……したかないか」 二宮はチラリとメサイアの脇に停車しているTAC(タクティカル・エア・カーゴ)に視線をむけた。 ほとんどの車体が、砲撃を受けたのだろう、無惨な破孔に彩られているが、もっと無惨なのは、その周囲に寝かされている負傷兵達だ。 赤十字が書かれたTAC(タクティカル・エア・カーゴ)周辺が臨時の野戦病院らしい。 野戦テントに薄く赤十字の書かれた下は灯火管制のせいではっくりと見ることは出来ないが、苦しみに耐えるうめき声が、まるで二宮を包み込むように聞こえてくる。 野戦病院に入りきらず、道ばたに寝かされている兵士達の多くは、血まみれの包帯を巻かれ、力無くぐったりと横たわっている。 その何名かは、四肢のどれかが欠けている。 肌の色から、すでに死んでいることがはっきりしている兵士も少なくない。 戦場特有の腐ったチーズのような臭い―――死臭が立ちこめ、死肉を求めて蠅が集まり始めていた。 死体袋に入れられた兵士が一人、二宮の前を運ばれていった。 負傷兵と死体にあふれた野戦病院。 入ったことのある者でなければわからない―――この世の地獄。 二宮は、死体袋に敬礼すると、その場を立ち去った。 二宮は部隊に戻った。 待機命令中の騎は、米軍部隊の横に片膝尽きの状態で待機している。 エンジンはアイドリング状態のまま。静かなジャングルの闇夜に魔晶石エンジン特有の低い重低音が響く。 「しみるんだ!もう少し優しく!」 「我慢しろ!」 ケミカルライトの灯りの下、ようやく長野の怒りが静まったらしい。両頬が真っ赤に腫れ上がった都築に美奈代が薬を塗っていた。 「大金星だな。泉」 その声に弾かれたように美奈代は立ち上がって敬礼した。 「わ、私、代わりにやる」 横にいたさつきが美奈代から薬を受け取った。 「あ、あの……」 都築は命令違反でここまで殴られた。次は自分だという自覚がある美奈代は、どんな罰が下るか内心恐々として二宮の言葉を待った。 「陸戦艇1にメサイア13―――これでトリプルエースか」 「……は?」 「1対10の戦闘に勝利したというのは―――本当に驚くしかない」 「……」 二宮は手にしていたPDAの画面を見ながら唸るように言った。 「他の連中も十分すぎる戦果……か」 「あ……あの」 「ん?」 「じ、自分は命令に」 「ああ」 二宮は何でもないという顔で言った。 「泉の分まで都築を殴って良いと長野大尉に言ってある」 「―――へ?」 背中越しの都築の視線が恐ろしく痛く感じられる。 「それとも、私に殴られたいのか?」 「い……いえ」 「弾薬は?」 「35ミリ速射砲、残弾ゼロ―――自分の騎で使用可能な火砲はありません」 「都築」 「―――“鳳龍”は元から火砲積んでませんよ」 「……使えないな」 理不尽だ! 美奈代は内心、そう怒鳴りたい気分だったが、どうしようもない。 「救援は?」 「“鈴谷(すずや)”が来てくれると?」 「来てさえくれれば」 美奈代は、米兵達の集合地点に視線を送った。 風に乗って、時折、苦痛に呻く負傷兵達の声が聞こえてくる。 嗅いだだけで吐き出しそうな臭いに、吐き気を抑えるのがやっとだ。 「彼らは助かります」 「中華帝国軍が見逃してくれると思うか?」 「……いえ」 「とりあえず、明日の日没までの救援はないと思え。ミーティングを行う。総員集合」 「はいっ!」 「現在、我々は完全な中華帝国側の包囲網の中にいる」 時刻は20時を少し回っていた。ケミカルライトの灯火で地面に広げた地図を照らしながら、二宮が状況を説明する。 「我々の現在位置は、米軍呼称“ミシシッピ川”沿いの谷間に近い扇状地。見ての通りのジャングルだ。 ここの谷は急傾斜のため山越えの強襲を受ける心配はないし、艦砲も恐らくはない。上空からの空爆を心配するのは、明日の夜明け以降。 谷間に入るルートは3つだ。 米軍呼称ルート66―――つまり、ミシシッピ川沿いに走る国道両面。 米軍は、このルートしか見ていない」 二宮の持つ指示棒が谷間にそって走る道をなぞった。 「どうするんです?」 さつきが訊ねた。 「国道沿いで敵を迎え撃つんですか?」 「それだけでは単なる消耗戦になる。それに」 二宮は地図を再び指示棒で突いた。 「我々は米軍と行動を共にしない」 「えっ?」 「米軍側から“丁重に”お断りするとのことだ」 「……私達」 その言葉の意味がわかったのは、美晴だ。 「つまる所、信じられていない?」 「その通りだ」 二宮は頷いた。 「……」 否定出来ない美奈代は黙った。 「我々はこれを幸いにして、勝手にやることにする」 「撤退ですか?」 「都築、もう一回、長野大尉に殴られてこい」 「か、勘弁してください」 「我々は米軍支援のため、後方攪乱につく。敵戦力を可能な限り引き裂き、米軍側の負担を軽くする」 美奈代は二宮の言葉に思い当たる節があった。 「メサイアでゲリラ戦を?」 「その通りだ」 少し嬉しいという顔で、二宮が美奈代を見た。 「我々は部隊を分散させ、各地に出没するだけでいい」 「戦闘は?」 「その辺に潜んでいるというだけの未確認情報は、お前達が考えているよりずっと戦力を長時間に渡って引き裂くことが出来る」 「……はぁ」 ピンとこない美奈代は首を傾げるだけだ。 「米軍が無視した細い谷間を通っていく。メサイアなら一騎がようやく通れるサイズだ。おそらく、地雷かセンサー類が仕掛けられているだろうが、“幻龍(げんりゅう)”なら中華帝国製センサーなぞ怖れる必要もない。よしんばひっかかっても、それで敵を攪乱させることも出来る」 「作戦決行は?」 「夜明けの1時間前―――各員、コクピットに戻って仮眠をとっておけ」 二宮は言った。 「目覚められる眠りのありがたさを、身をもって味わっておくんだ」
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/191.html
ズンッ! ズズンッ!! 幾重にもガードされたコクピットの中でさえ、腹に響く振動と音に襲われる。 何の装備もなしに外にいたいとは思えない。 当たらないと理屈ではわかっているものの、美奈代は不安げに空を眺めた。 青い群青色の空を、白い飛行機の軌跡が幾本も走っていた。 「当たってねぇ!」 振動が終わるかどうかのタイミングで怒鳴ったのは、都築だ。 「何やってやがるんだ、露助のヘタクソ共め!」 「わめくな都築」 長野が舌打ち一つ、教え子をたしなめた。 「成層圏からの確率爆撃では、この程度だ」 「そんないい加減な!」 ―――無理よ。 美奈代も、口にこそ出さなかったが、長野の言葉に同意した。 狩野粒子のせいで、アフリカの空ではレーダーが使い物にならない。 精密誘導装置なんて動きもしない。 爆撃機自体も、低高度で侵入しようものなら、地上から狙い撃ちにされて、目標に到達さえ出来ない。 魔族軍の弓兵部隊の攻撃が到達する最高高度は約1万メートル。 一発命中すれば重爆撃機でさえ粉砕する魔族軍の攻撃。 高度3千メートル以下の命中率は50%を遙かに越える。 そんな条件下での爆撃に期待する方がどうかしているんだ。 1万メートル程度からの爆撃を試みればどういうことになるかは、世界最高爆撃機B-52を投入して非撃墜率98%という、南米解放戦争におけるアメリカ空軍戦略爆撃部隊の悲劇を考えればわかる。 レシプロ戦略爆撃機としては世界最大であるTu-95を擁するロシア空軍の爆撃編隊が、高度1万5千という非常識な高度からの空爆を余儀なくされているのは、そのためだ。 「命中率5%……ですか」 レシーバーに、美晴がつぶやく声が聞こえた。 「……税金の無駄遣い」 「だいぶに風に流されたな」 二宮は何でもないという顔で言った。 「ついさっき、南風が北風に変わったばかりだ。爆撃コースに入る前に風が変わってくれれば……」 「じゃあ、どうするんです!?」 都築がくってかかった。 「支援もなしにやれってんですか!?露助共の空爆の他に何か支援は!?」 もうもうとした白煙を上げる爆撃跡は、本来の爆撃目標点の遙か数キロの彼方だ。 たかが数キロではない。 爆撃において、誤差1キロは1光年より遠いのだ。 「そう興奮するな」 長野は落ち着き払った声で言った。 「俺たちが配置されているのは第三線だ。第二線までが食い破られるようなことでもなければ、今日の所は出番はない」 「で、ですけど」 都築は不満げに答えた。 「それでも破られたら?」 「生き残れ。そういうものだろう?」 「……はっ、はい」 不承不承頷いた都築の前。敵と対峙する最前列のレオニダス達は、丘の斜面をうまく利用して敵からの直接照準による攻撃を避けていた。 丁度、歩兵達が敵陣地を攻撃するのによく似ている。 土嚢に守られた機関銃座やトーチカで待ちかまえる防御側に対して、遮蔽物に隠れて攻撃のタイミングを計る攻撃側という図式は、メサイアサイズの巨大な塹壕と土塁に守られた魔族軍陣地と、わずかな丘陵地形を利用して隠れるラムリアース帝国軍という目の前の光景と全く同じだった。 丘を迂回すれば、あとは魔族軍陣地まで遮蔽物は何もない、丁度、丘の陰になる場所に、ラムリアース帝国軍は、整然とレオニダス達を配置している。 そのレオニダス達が手にするのは、戦棍(せんこん)や戦鎚(せんつい)といったいかつい殴打用武器とシールド。 剣や槍といった精悍な武器を持つメサイアはいない。 「よく覚えておけ」 長野は言った。 「結局、メサイア同士の戦闘なんて言っても、やることは歩兵の殴り合いと変わらないってことを」 「……」 長野教官が言いたいことを、美奈代はその武器で何となく悟った。 無意識につばを飲み込むその目の前。 レオニダス達が手にした武器をしっかりと構えた。 突撃の体勢に入ったのだ。 丘に張り付くようにして魔族軍陣地を見張っていた指揮官騎のレオニダスの肩部から信号弾が打ち上げられた。 「来るぞっ!」 二宮の怒鳴り声にあわせたかのように、レオニダス達が一斉に魔族軍陣地めがけて突撃を開始した。 丘の陰から飛び出し、一斉に魔族軍陣地めがけて駆け出す。 ズドドドドドドォォォォォッッッッ―――!! 巨大な滝が流れているような錯覚さえ覚える爆音が周囲の音の一切を消し去る。 空高くまで真っ白になる土煙が立ち上り、大地がふるえ始める。 数百トンある騎体が、ともすれば小気味よい程、揺れる。 メサイアの集団戦闘時に発生する特殊な地震―――戦闘地震(バトル・アースシェイク)というのがこれだと、美奈代はようやく理解出来た。 「戦闘地震(バトル・アースシェイク)、現在、震度4」 牧野中尉の声も、心なしか震えていた。 「中尉は」 美奈代は訊ねた。 「戦闘地震(バトル・アースシェイク)の経験は豊富ですよね?」 「バカ言わないでください」 牧野中尉は言った。 「戦闘地震(バトル・アースシェイク)が発生するのは、50騎以上の集団戦闘とされています。そんな規模での戦闘経験者なんて、世界中の騎士やMC(メサイア・コントローラー)探しても、そうはいませんよ」 「そういうものなんですか?」 美奈代はどうにもピンとこない。 アニメだって、ロボットが戦闘すれば数十騎がぶつかり合うものではないか? 「とりあえず、よく見ておいてください」 牧野中尉が美奈代の疑問を無視する形で言った。 「我々も、下手すればあの中に入るのですから」 レオニダス達が、魔族軍メサイア(メース)、ツヴァイ達とぶつかり合う。 その光景を、美奈代達は食い入るように見つめていた。 しかし――― 「な……何……これ……?」 それまで、美奈代はメサイア戦というものを、何か特別で、崇高で、貴重で、かけがえのない儀式のように思っていた。 メサイア戦に関するテキストは、精神論的な表現を多く用いて、読む者にそんな思考を半ば強要していたし、。教官達もメサイアと騎士の気高さを強調する中で、メサイア戦とはそういうものだと語っていたのだ 美奈代は、それをまともに信じていた。 気高き騎士達が世界最強兵器たるメサイアを駆ることは、騎士と生まれた者の至高の栄誉であり、その戦いぶりは世界中の全ての勇者に勝ると。 だが…… 現実は――― 美奈代の空想を遙かに越えていた。 まるで煙幕でも焚いたかのような土煙の中。 ガギィィィンッッ!! 一騎のレオニダスが、ツヴァイの巨大な戦斧をまともに喰らって騎体を真っ二つにされた。 その戦斧が振り切られるタイミングを計っていたかのように、ツヴァイの背後からレオニダスが跳び蹴りを喰らわした。 避け損なったツヴァイがバランスを崩して大地に倒れた所を、他のレオニダス達がよってたかって戦棍(せんこん)や戦鎚(せんつい)で殴りまくる。 動かなくなった所で武器を奪った一騎が、まるで試すようにツヴァイの後頭部めがけて戦斧を振り下ろす。 また、別な場所では、戦斧をかわしたレオニダスが、背後からツヴァイの腰や腕に抱きつき、その動きを止めた所へ四方から戦鎚(せんつい)で襲いかかる。 一対一の正々堂々という言葉は、その戦いの中にはない。 「何よ……これ」 美奈代は唖然としながらその光景を見ていた。 美しくのなければ、崇高でもなんでもない。 戦い。 そう呼ぶにはあまりにも俗すぎる。 美奈代が見たメサイア戦とは、イメージしていた光景とはまるで違った。 全高30メートルの巨大なロボット達が繰り広げる殴り合い。 そういう光景でしかなかった。 「これが戦場です」 牧野中尉は言った。 「候補生が戦いにどういうイメージを持っていたかは知りませんが、戦場なんて、こんなものですよ?」 ツヴァイの戦斧が横薙ぎに走り、レオニダスの首がモロに吹き飛んだ。 その背後から忍び寄ったレオニダスが、別のツヴァイから奪ったのだろう戦斧で脚をなぎ払う。 他のレオニダス達が、脚を失ったツヴァイに襲いかかる。 「戦いというより……」 美奈代は言った。 「これじゃ集団リンチです」 「経験が?」 「ありません」 「―――じゃあ、ここでクイズです」 牧野中尉は言った。 「ラムリアース帝国軍が、これほどの規模でメサイアを投入した意味は何でしょうか?」 「え?」 突然の質問に面食らった美奈代だったが、それでも律儀に答えた。 「ですから……アフリカの解放」 「0点だったら―――お嫁にいけなくなりますよ?」 「何ですか?」 「ヒントは、敵の損傷カ所です」 「敵の……?」 美奈代は目を凝らして戦場を見た。 背後からタックルを喰らったツヴァイが大地に転がり、待ちかまえていたレオニダス達に袋だたきにされる。 「1分間したら、答えを教えてくださいね?」 主な狙いはツヴァイの右腕だ。 牧野中尉がカウントダウンを開始した直後、美奈代は、ようやくそのことに気づいた。 美奈代の見る限り、撃破されたツヴァイで、右腕が無事だった騎はいない。 つまり……。 「……武器の奪取」 「はい正解♪」 牧野中尉は楽しげに答えた。 「少し残念でしたね。あと3秒で、楽しい世界に行けたのに」 「楽しい……世界?」 「ええ。淫靡で卑猥な倒錯の世界」 「結構です」美奈代は言った。 「そんな宗像の世界に行きたいとは思いませんから」 「すごい言い分ですね」 「第3小隊沈黙っ!」 「後詰めの第6小隊をDポイントへ向かわせろっ!」 カーメン大佐は顔を真っ赤にして、指揮所の中で怒鳴った。 まるで檻に放り込まれた獣さながらに、指揮所の中をうろつき歩き、軍靴の音だけを無駄に響かせる。 「敵の数はともかく、単独の戦闘能力はこっちの方が上のはずだ!」 怒鳴ってみても、その答えは彼自身がわかっている。 メース部隊のクセだ。 メース使いという職種に属する者は、規則に縛られる集団戦闘より、個々人が持つ技能を自由に駆使出来る戦いを好む傾向が強い。 対メース戦闘自体が、一対一の個々の戦いを基本とすることも、それを助長させている。 つまり、戦いが個人プレーに偏るのだ。 メース使いは、個人の技量が戦闘の単位になると信じて疑っていない。 個人の技量を駆使して、優雅に戦い、そして華々しく敵を倒すことこそ、己が使命だと。 そう、信じているのだ。 特に、戦闘未経験者は……。 「バカ共めがっ!」 カーメン大佐は、それがどれほど戦場で無意味で有害な発想か骨の髄まで味わっている。 「相手が、自分達の発想に素直に従うと本気で信じているのか!?」 そう。 誰だろうと、一対一の戦いを求めても、応じる義理はないのだ。 「戦場で行われるのは戦いだ!」 カーメン大佐の前。 戦況を告げるスクリーン上で、新たに一騎のツヴァイの反応が消えた。 「戦闘であって決闘じゃないんだぞ!」 ツヴァイの反応が続々と消えていく。 「ええいっ!」 カーメン大佐は怒鳴った。 「部隊を後退させろ!」 「た、大佐!?」 「第3地区を放棄する!部隊を隣接する第6区画に後退させろ!それと、擱座した騎はすべて爆破処分しろ!」 「まだ!」 副官の一人が怒鳴った。 「メース使いが戦場に残ったままです!」 「人類風情に敗北した恥を、死んで償わせて何が悪い!」 交戦開始から約10分後。 魔族軍陣地のあちこちから信号弾が打ち上げられ、魔族軍メサイア部隊が後退を開始した。 ラムリアース帝国軍の勝利が確定したのだ。 勝利の鬨の声をあげる光景はない。 擱座したツヴァイ達から武器となりそうな装備を探すレオニダス達がいるだけだ。 ツヴァイが腰に下げていた剣を、あるいは戦斧を、とにかく使えそうな武器とわかるや、身内であるはずのレオニダス同士が奪い合いを始める光景があちこちで始まった。 ラムリアース帝国軍の通信は受信出来ないが、もし聞こえたらそれはすさまじい罵りあいだろう。 ―――まるで火事場泥棒だ。 美奈代は嫌悪感を感じるその光景をまともにみたいとさえ思わなかった。 擱座した騎体を蹴り飛ばし、あるいは足蹴にして背後に武器が隠されていないか調べあげるレオニダス達に、敵に対する敬意があるとは思えない。 ラムリアース帝国軍メサイアの振る舞いが、騎士としてのそれとさえ、思うことが出来ない。 「ひどいな」 誰かのぼやきが聞こえた。 レオニダスが、戦斧を握ったまま倒れたツヴァイから戦斧を奪おうと、右腕に戦棍(せんこん)を叩き付けている。 「……教官、あいつら本当にラムリアース帝国軍ですか?」 ラムリアース帝国は、騎士の発祥地とされる国だ。 それ故に、ラムリアース帝国の騎士となれば、騎士としての気位はかなり高く、同じくらい、誇り高いことで知られている。 その騎士がこんな振る舞いをすることを、驚かずにいられないのは、どうやら美奈代だけではなかった。 「武器を奪うという意味では」 二宮は自嘲気味に笑った。 戦斧をようやく奪ったレオニダスが、試すようにツヴァイの残骸にその戦斧を振り下ろした。 「……我々も同じだろう?」 「……っ」 美奈代はちらりと横の長野教官騎が持つ手斧を見た。 横のさつき騎と美晴騎の持つハルバードに、自分の他、皆が持つ剣もまた……。 「我々も、連中同様―――」 「教官っ!」 怒鳴ったのは都築だった。 「あれ!あそこで擱座したメサイアの物陰!」 都築騎が指さす先には横倒しになって擱座したツヴァイがいた。 頭を潰され、右腕を失ったツヴァイ。 問題は、そのツヴァイの腹部だ。 ハッチが小さく開かれ、その下にはしきりに周囲を見回す兵士の姿があった。 30代半ば位の男性だ。 「ラムリアース帝国軍じゃ……ない?」 二宮も、その見慣れない黒い戦闘服に見覚えはなかった。 ラムリアース帝国軍の騎士が着用する戦闘服は、迷彩色を施されていた。 「あれ……魔族じゃないんですか?」 ツヴァイの腹に潜り込むようにして隠れるその兵士を、二宮はズームでとらえた。 二宮も、魔族を初めて見た以上、それが本当に魔族なのかわかるはずもない。 ただ、彼がおびえていることだけは、わかった。 「噂だと、角があるとか」 「私、しっぽがあるとか聞いたけど」 皆が、好き勝手なことを言い出した。 「どうします?」 長野はそれに加わることなく、事務的に訊ねた。 「ラムリアース帝国軍に通報しますか?」 「そう……ね」 通報してとらえられた彼がどうなるか。 それはあまり考えたくなかった。 「唯」 二宮がMC(メサイア・コントローラー)に呼びかけたその瞬間―――。 目の前が完全にホワイトアウトしたかと思うと、激しい爆発音と衝撃が走った。 ズズズンッッ! 「なっ!?」 ビーッ! ビーッ! 戦闘地震より激しい衝撃と爆発音が騎体を襲う。 ドスッ! ドスンッ! ビュインッ! レシーバーにひっきりなしに意味不明な音が入り続ける。 騎体に激しく何かが連続してぶつかる振動が伝わる。 騎体のありとあらゆる警報が鳴り響き、騎体の状態を示すステータスモニターは真っ赤だ。 美奈代達にとって、とどめになったのは、MC(メサイア・コントローラー)達の警告だ。 「放射線及び中性子警報!」 「反応弾?」 「―――そうだ」 二宮は硬い表情のまま答えた。 「TNT火薬換算で約15キロトン。ウラン・タイプか、プルトニウム・タイプかは不明だ。幸い、メサイアのコクピットは耐熱耐爆に加え、対放射線、対中性子防御は完璧だ。原子炉の中に放り込まれても被爆することはない。安心しろ」 美奈代達女性騎士はそう言われつつも青い顔をしている。 「……生まれてくる子供が心配というセリフは、戦争が終わってからにしてくれ。コクピット内部で人体に影響するレベルの放射線障害は、記録(モニター)上、確認されていない」 「……心理的には大変ですが」 「他に質問は?」 「ら、ラムリアースは」 言いかけて、言葉を詰まらせたのは山崎だ。 フランケンシュタイン並の顔に、2メートル近い巨体を小さくさせている山崎自身、自分の質問が愚問に属することはわかっている。 “鈴谷(すずや)”に帰還した自分達の騎の状況を思い出せば、それで足りるのだ。 「知りたければ教えてやる」 二宮は肩をすくめた。 「全滅だ」 「……」 「いくらメサイアでも、その足下で15キロトンの爆発があってはひとたまりもない。第二線に配備されていた連中を、第一線に投入したのが致命的だったな。世論からは、部隊の前進命令が犠牲を増やしたと叩かれるだろう」 「しかし」 山崎は尚も訊ねた。 「一体、どうして魔族軍が反応弾を?」 「そんなこと」 二宮は笑いながら言った。 「知りたかったら魔族軍に聞いてくれ」 「特殊爆弾?」 ―――エチオピア戦線でメース部隊が全滅した。 その報を受けたユギオは、急遽訪れた司令部でカーメン大佐からそう聞かされた。 「そうです」 カーメン大佐は頷いた。 「先のアフリカ占領戦において、人類が大量に使用した“例の爆弾”です」 「人類が使用したのか?」 「そ、それが……」 美奈代達が真実を知ったのは、思ったより早かった。 エチオピア高原に向かう部隊へ物資を運ぶ補給ルート、別名“ジブチ・ルート”を移動していた補給部隊が、助けを求める東洋人の男数名を保護したのは、作戦が始まる数日前のことだ。 すでにメサイア部隊は上陸を完了し、エチオピア高原へのルートを確保していた。 補給部隊は、最前線へと放棄されたハイウェイを移動中に、彼等と接触した。 補給部隊の車列の前に飛び出してきた彼等は、魔族に襲われたのか、傷だらけの体をボロボロの服に包んでいた。 保護された時点で、重度の脱水症状を引き起こしており、すぐに国連軍の野戦病院に保護された。 メサイア部隊に物資を届ける補給部隊でさえ、徒歩で移動するはずはないから、アフリカにおける人類の生き残りかと思われた彼等だが、一切、自分達について語ろうとせず、頑ななまでに会話を拒み続けた。 当初は、極限状態におかれた結果による、精神的な影響で、他人と会話を拒んでいるだけとされたが、看護兵の目を盗んで互いに談笑しているのを、薄い壁越しに聞いた隣室の傷病兵が通報した。 会話はどうも、中国語らしい。 折しも中華帝国が勢力を拡大している最中だ。 事態を重く見た軍医達は憲兵隊と諜報部門に通報。 諜報部員が、彼等の会話を盗聴器で盗み聞きして、彼等の会話が中国語で行われていることを確認した。 彼等は、周囲に中国語がわからないだろうとタカをくくっていたのが災いした。 互いに階級で呼び合う程度なら、偵察部隊のなれの果てとして、捕虜収容所にでも送る程度で済む。 ところが――― 問題はその会話に出てくるキーワードだ。 反応弾。 起爆装置。 取り調べは、憲兵隊ではなく、諜報部が行った。 “国に帰れば殺されるだろう?なら、アメリカで暮らしてみないか?” そう耳元でささやかれた彼等は聞きもしないことまでベラベラと喋った。 自分達は、中華帝国軍特殊戦略部隊の兵士達である。 アフリカには、沿岸部から上陸艇を使って上陸した。 目的は、アフリカが失陥する10年前、某軍高級官僚が管理する軍需系輸出会社が不正取得し、不正に輸出したことが判明したミサイル兵器の回収である。 10年も整備せずに放置すれば使用不能になるはずだとする諜報部に、米国市民権をちらつかされた彼等は反論した。 欲しいのはミサイルではない。 元来、あのミサイルは失敗作で、発射と自爆の区別がついていない程度の代物だ。 問題は、その弾頭だ。 放棄された場所はすでに分かっていた。 だから、我々は命令を受けてその弾頭部分の回収に来た。 幾多の苦難と闘いを経て、ついにミサイルと接触した我々は、即座に解体を実施し、無事に完了する一歩手前で妖魔に襲われ、命からがら逃げ出してきたのだ。 以降、我々はお前らの捕虜になってやる。だから、ジュネーブ条約に基づく処遇を要求する。ありがたく思え。 「……つまりだ」 ここまで語った二宮は首を左右に振った。 「開戦前、中国人はアフリカのどこぞの国に、軍からちょろまかしたミサイルを売りつけたわけだ。 それが今頃になって発覚した。 それに驚いた中華帝国政府は、極秘のうちに弾頭部を回収し、証拠隠滅をはかろうとして、失敗した」 「あいつら、アホですか?」 都築は椅子にふんぞり返るように座りながら顔をしかめた。 「なんで、そんな厄介な代物を売りつけたんです?」 「売りつけたというより、間違って売ったというのが本音らしい」 「……はい?」 さすがに都築の目が点になった。 「面白い話だから、私も最初は信じられなかったが、聞くか?」 都築は無言で頷いた。 「その問題の軍官僚殿は、ミサイル運搬兵器をミサイルごとちょろまかしたわけだ」 「……はぁ」 「おそらく、そいつとその一味は、その弾頭が通常弾頭だろうとタカをくくっていたのだが」 「違ったんですか?」 「書類の上では通常弾頭、しかも解体廃棄の書類までついていた。その書類を偽造して、まだ使える兵器として、アフリカのどこかに売りつけようとした」 「き、きったねぇ」 「さすが中国人だとは思わないか?」 「真面目に商売してる連中に失礼ですよ。それは」 「……すまん。話を戻すか……さて、この解体と廃棄の書類はどこから出たと思う?」 「へ?……そいつの上層部?」 「少しはアタマがよくなったか?都築」 「よけいなお世話です」 「アタマが人並みになった都築クンの言うとおり、書類は上層部の一官僚が偽造したものだった。こいつは、さっきの官僚に輪をかけたワルだったようだな。廃棄されるミサイルに問題の反応弾頭を搭載して、全部をまとめてスクラップとして海外に持ち出そうとしたんだ」 「……は?」 「中華帝国政府の調べでは、書類上、廃棄される予定だった、つまり、海外に横流しされたミサイルは全部で20発。全てに反応弾頭が搭載されていたそうだ」 「質問」 片手をあげたのは宗像だ。 「今回、爆発した弾頭は?」 「その内のたった1発に過ぎない」 「何故、爆発したのです?弾頭を叩いた程度で起爆するとは思えませんが」 「……今回、捕まったアホ共のせいだ」 二宮は苦々しげに、深いため息と共に言った。 「このアホ共め。EU軍の専門技術者に解体方法を聞かれたら起爆方法を答えたそうだ」 「起爆……方法?」 「ああ……つまり、このアホ共は核の専門家を気取っているが、所詮は上層部におだてられて専門家を気取る連中で、ウランは元は液体で、中華帝国の特殊技術があって初めて固体になったとか、殴れば爆発するかと答える使い捨てにされた哀れな存在に過ぎない。 中華帝国政府は、回収を名目に、何も知らない兵士を送り込んで、実際には反応弾を起爆させて、証拠隠滅をはかろうとしたんだろう」 「そんな……」 「ひ、ひどい」 「下っ端というのは、どこの国でも同じ扱いさ。とにかく、起爆出来る状態で妖魔に襲われた連中は、ミサイルをほったらかしにして逃げ出して捕虜になった。弾頭は何も知らない魔族が回収。そのうちの一発が、どういう経緯か、あの陣地に運び込まれていた。 そして、それが―――ドンッ」 二宮は握った手を、ドンッ。という声と共に離した。 「それで」 二宮の子供じみた仕草に反応さえしなかった宗像は訊ねた。 「残り19発は?」 「教えてやろうか?」 二宮のその顔は、皮肉と悲しみがない交ぜになった、言いようのない色を浮かべていた。 「―――何発使われたか」 「悪くない戦果だね」 デスクの上に書類を置いたユギオは、嬉しげに微笑みながら、デスクの上で組んだ手の上に顎を載せた。 「何年ぶりだろうね。君たちが勝ったという報告を受けたのは」 「お戯れを」 引きつった顔を、精一杯笑顔に作り替えたのは、ユギオのデスクの前に立つカーメン大佐だ。 本気でぶん殴ってやりたいが、立場的に出来ない彼に許されるのは、そのイヤミを聞かされることと、何か理由をつけて、後で副官でもぶん殴ってウサを晴らす程度だ。 「各地で人類側メース部隊が壊滅的な損害……か」 「今回の使用で計15カ所で戦果をあげていますが」 「残りが?」 「エチオピアでの一発を加えて16発が使用されています」 「人類側は、残弾の数は知っているんだろうか」 「そりゃそうでしょう」 カーメン大佐は肩をすくめた。 「元は人類の代物ですからね」 「……ふむ」 「まさか、もうどこからか、仕入れているんですか?総帥」 「本気でやってみようかと思っている」 ユギオはふと思いついた様子で言った。 「残りは?」 「4発ですが……実は」 「ん?何か問題でも?」 「……全部、爆発しないんです」 美奈代がやっと眠りについた所をたたき起こされたのは、時間的にはエチオピア高原での核爆発から3日目のことだった。 ラムリアース帝国軍は半ば意地になってエチオピアを支配下に置いているが、肝心のメサイア部隊が投入時点の10分の1にまで激減した状態では、満足な戦闘は期待出来ない。 美奈代は、寝る前にようやく増援のメドがついたと聞いた。 「緊急事態が二つある」 二宮の瞼もかなり重たそうだなと、美奈代は思った。 「一つは、イエメンとオマーンが中華帝国に対して同盟を申請した。 つまり、アラビア海でEU軍に味方する国が無くなった。 また、トルコ帝国や中東各国もこれに同調する動きを見せている」 美奈代達は思わず顔を見合った。 アフリカで戦争をしているのに、中東が敵である中華帝国に味方したら、美奈代達は両側が敵になる。 「目下の我々にとって、これはどうでもいいことだ」 腫れぼったい顔で、二宮は書類をめくった。 「国際情勢が、世界を二分する世界大戦へと動くなんて、子供でも最初からわかっていたことだ」 「……」 「EUと支援国への原油の禁輸措置?やれるもんならやってみろ。自滅するのはお前らだ……アフリカの後はアラビア半島を焼け野原にしてやる」 「あの……教官?」 「眠い……いいか?これを言ったら私は眠る。誰も起こすな?」 「は、はい?」 「米軍経由の情報だ。魔族軍の核兵器使用に、連中も余程関心があるのか、それともこの辺で恩を売りつける方がいいと思ったのか……とにかく、米軍の軍事偵察衛星がついに捉えた」 二宮が黒板に貼り付けたのは、拡大された白黒写真だ。 「―――む?」 写真を前に、二宮はしばらく考えてから言った。 「……逆さまだった……よし」 「どこですか?それ」 あくびをしながら都築が訊ねた。 「池だか湖だかみたいですけど?」 「タナ湖だ」 「タナ湖?」 「青ナイル川の源流に位置する湖だ。水深は15メートル程度だが、面積は3千平方キロとかなりのものだ」 二宮は別な写真を貼り付けた。 「ここは、ナイル川の源流であり、ここからの水は、最大でナイル川の3分の2に達する。米軍はある方面からの情報を元に、ここに魔族軍の陣地があることを突き止めた」 スカンッ! 室内にいい音が響いた。 途端に悲鳴を上げて額を抑えたのが、美奈代とさつきだ。 その足下には割れたチョークが転がっている。 「タナ湖の西岸の拡大写真。今から6時間前だ」 かなり精密に映し出されたその写真には、長細い物体と、人らしき物体が数体、映し出されていた。 「この細長いのが、中華帝国軍の長距離ミサイル“東風”のミサイルケースで、人は全部魔族軍のメサイアだ。ミサイルケースは“東風”独特なそれなだけに、間違えようがないそうだ。私にはわからないがな」 「それで、こいつら」 「タナ湖で爆発されてみろ」 二宮は言った。 「タナ湖の水源が放射能で汚染されることになる。そして、それはつまり、そこから流れる水が汚染されることをも意味する。 エジプトやスーダンといった青ナイル川一帯が放射能に汚染されれば、綿花に牧畜、小麦の栽培に至る全ての沿岸部での生活、産業に壊滅的な打撃となるだろう。 これまで、水源地帯を反応弾の攻撃から除外してきた……いや、アフリカそのものを奪還することにつとめてきた国連軍の努力は水泡に帰しかねない」 「……」 「“そんな大げさな?”とか思っているだろう?だが、物事というのは、ほんの小さな出来事から、致命的な被害へとつながるものだ。今回の中華帝国政府高官の武器横流しが、何年もたってから、人類のために戦う我々に被害をもたらしたように」 「……」 「現在、各地で使用された反応弾により、EU軍の動きは止まっている。戦力を再編成して、再び、かつ、速やかに攻勢に出なければ、アビシニア作戦は完全に行き詰まる。 そうなればもう終わりだ。 アフリカ大陸の次の支配者には、魔族か中華帝国政府以外の選択肢がなくなるだろう」 「……それで」 宗像は冷たく言った。 「経緯はともかく、我々に核弾頭を奪還せよと?」 「その通りだ」 宗像は堅い顔で頷いた。 「核弾頭は、タナ湖付近の洞窟に運び込まれたことは、3時間前の偵察で確認されている。カシム大鍾乳洞だ」 二宮は、手元のノートパソコンを操作して、スクリーンに画像を表示させた。 「全長26キロ。長さはそれほどではないが、メサイアが出入り出来るほどの巨大な迷路状態になっている―――アフリカが平和だったら、お前達の戦闘訓練で使用したい作りだ」 「こんな所、他にないでしょう?」 美奈代はあきれ顔で言った。 「メサイアで室内戦闘をやれというんですか?」 「以外と知られていないが、皇居の地下は、こんな感じだぞ?」 「……へ?」 「EU軍からの要請に基づき、貴様等は、明日の1600をもってこの地下洞窟に侵入する。目的は核弾頭の奪取だ。各員の健闘に期待する―――以上だ」