約 67,607 件
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/201.html
同じ頃、 大型輸送艦隊の中では、詰め込まれたメサイア“グレイファントム”達が目覚めようとしていた。 「なんてザマよ!」 モニターやスクリーン、そして計器類の光が走るコクピットの中でそう喚いたのは、ステラだ。 本国へ戻った途端、ハワイでメサイアごと輸送艦に押し込められた彼女もまた、他の乗組員や騎士同様、数週間ぶりになる明日の上陸を楽しみにしていた矢先だった。 この騒ぎでは上陸はお預けだろう。 「こちらステラ・コールマン!ハッチ開けてっ!」 「こちら発艦司令所だ!メサイア使用許可は下りていない!」 「このままフネごと一緒に沈めっていうのっ!?」 「―――今、許可入った!」 直立不動の体勢で搭載されているグレイファントムの頭上でハッチが開かれる。 油圧でゆっくりと開く仕組みのハッチは、まるで亀の歩みさながらに遅く、たまらずステラは――― 「邪魔よっ!」 ベキィッ!! グレイファントムの左腕でハッチを殴り飛ばしてしまった。 「こらっ、ステラっ!」 ハッチが海面に落下する音を聞いたイルマが怒鳴る。 「あーあっ!あなたこれ、給料から天引きされるわよ!?」 「恐いこと言わないでよっ!必要な措置でしょ!?こちらステラ、緊急発進のため、すべての発進シークエンスを省略するっ!」 「ステラっ!始末書は書けよ!?」 発艦司令所の士官もステラに怒鳴った。 「発艦司令所よりグレイファントム全騎。ハッチ解放次第、自力浮揚開始許可!」 「サンクスっ!」 重力力場の理論を用いた一種のブースターを吹かしながら、グレイファントムが甲板上に出る。 甲板上に設置されていたウェポンラックが開き、ステラはそこから90ミリ速射砲を引き出した。 「敵はどこっ!?」 すでに対空砲が全艦から盛大に打ち上げられている。 「右っ!」 「右?」 ピーッ! ステラは右を振り向き様、コクピットに響いた接触警報の意味を即座に悟ることが出来た。 スクリーン一杯に、炎上しながら迫ってくるSu-30が映し出されていたのだ。 速射砲で撃墜するヒマはない。 「うそぉぉぉっ!」 ドンッ! 鼓膜がどうにかなりそうな爆発音と、シェーカーの中に放り込まれたような衝撃がステラ達を襲う。 とっさに構えたシールドにSu-30の体当たりをまともに喰らったステラ騎は、一度海面まではじき飛ばされた。 そのまま落下しなかったのは、イマラのブースターコントロールが絶妙だったからとしか言い様がない。 「な、なんてことしてくれるのよぉっ!」 ステラは騎体を甲板に再び降ろすと、辺りを見回した。 「い、一体、何がどうなって―――?」 グレイファントムの目から見たラピス島基地は酷い有様だ。 滑走路は爆弾で穴だらけで、車が何台かひっくり返っていた。 青い空も、今では黒い煙に覆われている。 そんな中、ステラ達の輸送艦の間近では、爆撃をまともに喰らい、真っ二つにへし折られた別な輸送艦が、舳先を天に向けて沈もうとしている。 さらにその隣。 もう一隻、輸送艦が激しく炎上していた。 艦の構造物のあちこちで走る爆発は、艦内に残っていた弾薬が激しく誘爆を繰り返している証拠だ。 最近の輸送艦は乗組員がほんの数名だとステラは誰かに聞いていた。 だから、乗組員が脱出出来ればいい。 そう思っていた。 だが――― ステラはモニターをズームさせてその輸送艦を見て青くなった。 炎上しているのは、物資輸送艦じゃない。 兵員輸送艦だ。 兵士達が炎と煙に巻かれ、甲板から次々と海に転がり落ちていく。 艦の横腹にまともに爆弾を受けたらしい。 もうもうと立ち上る煙の中、大きく抉られた艦体が見て取れる。 艦自体が受けた被害からして、艦内にいた兵士達は無事ではないはずだ。 「……神よ」 全身を炎に包まれ、まるで踊るように海に飛び込んだ兵士を見たステラは、思わず首から提げたロザリオを握りしめた。 その直後、輸送艦のボイラーに海水が侵入したんだろう、艦の後部、煙突の下あたりから今までで最大級の爆発が発生。 煙突を含む艦上部構造物が、甲板にいた兵士達を巻き込んで根こそぎ吹き飛んだ。 「……っ」 「ステラ」 呆然とするステラに、殺気だった声のイマラから通信が入る。 「敵空母の位置が判明したわ」 「どうするの?」 「今、この海域にある飛行艦は一隻だけ。インペリアルガーズの、“スズヤ”ってフネ」 「それが?」 「―――“スズヤ”は敵空母艦隊に殴り込むわ」 「私達は?」 「飛んで帰ってくる位のことは、このグレイファントムにも出来るでしょう?」 ハッチが開き、グレイファントム達が次々と甲板に出てくる。 「成る程?」 その光景を見たステラは、楽しそうにコントロールユニットを握った。 「お手伝いくらいは、させてもらえそうね」 ●中華帝国海軍空母“天津” リュールカ・サトゥルン製AL−31Fターボファンが唸りを上げ、Su-30の着艦フックがワイヤーに噛みついた。 着艦は成功だ。 甲板要員達が一斉に駆け出し、所定の作業に入る。 その光景を、張艦長は艦橋で満足げに見守っていた。 「まずは目出度いですな」 艦長にそう声をかけたのは、現・艦隊参謀長の毛中佐だ。 「うむ」 張艦長は、ふりかえりもせずに頷いた。 「浮遊機雷にひっかかって沈没した連中の穴埋めを我々がしてやったのだ」 「まさに」 毛中佐は、参謀としての能力ではなく、王制党と上官に媚びる“幇間(たいこもち)”として政治的に出世してきた人材特有のそつのなさで言った。 「艦長の決断があったからでしょう」 「艦長」 飛行甲板士官が一礼の後、報告した。 「攻撃隊の損害がまとまりました」 「どの程度だ?」 「参加60機、未帰還6。中破4、小破12―――小破機は24時間以内に前線に戻せます」 「12時間で終わらせろ」 「はっ」 「毛中佐。本国には報告したのか?」 「はい。戦果撃沈10、大破15、基地滑走路を完全破壊」 「よろしい」 張艦長は再び頷いた。 「レーダー誘導による対艦ミサイルが使用出来なかったのは返す返すも残念だな」 「地磁気の乱れによる障害かと思われます」 「それさえなければ」 張艦長は顔をほころばせた。 「もっと中央を驚喜させることが出来たろう」 「今頃、我々の報告を受けて?」 毛中佐も楽しげに笑う。 「中央軍事委員会は、も涙を流して喜んでいるだろうさ」 張艦長は、自分達に迫り来る存在を、全く知らなかった。 “涙を流して喜んでいる”だろう相手は、空母“天津”によるラピス基地襲撃の報を受け、むしろ青くなっていた。 「誰が攻撃命令を下したか!」 王制党党中央軍事委員会主席、江党総書記は緊急会議の席上、居並ぶ委員会の重鎮めがけて怒鳴った。 「今、ジュネーブで我が国とEUがどんな会議をしているかわかっていたのか!」 中央軍事委員達は一様に黙った。 江総書記の言わんとしていることはわかる。 何しろ、現在、ジュネーブでは早期終戦を求めるEU相手に我が国の外交官達が有利な交渉を進めている最中。 実行支配地域であるモンゴルや東南アジア一帯、そして長年の懸案であるチベットまでを含んだ広大な地域の中華帝国支配を承認させる一歩手前との報告を受けたばかり。 あとは、外交官達の最終的戦果を受け、祝杯を挙げるだけだったのに……。 それが――― ラピス港空襲。 米軍に被害甚大。 この報告がジュネーブを駆け抜けた途端、米国とEUは、まるで事前に申し合わせていたかのように、会議の席を蹴った後、それぞれの大使館に引き上げた。 以降、中華帝国との一切の交渉に応じようとはしない。 第四艦隊の空襲が与えたのは、米軍への打撃ではない。 自国外交への致命的な打撃だ。 「現時点において」 外交部代表の黄大臣は言った。 「欧米が我が国の要求を呑む可能性は限りなくゼロです」 「元からだろう」 江総書記は自嘲気味に歯を見せて喉で笑った。 笑い声が出てこない。 「元からゼロのことをやってのけようとした―――どこぞのバカが愚かなことさえしなければ!!」 どんっ! 江総書記は机に拳を振り下ろした。 江総書記にとって、状況は最悪だ。 元来、アフリカで発生した未曾有の混乱に乗じ、かねてよりの悲願東南アジア征服に乗り出した時は、十分な勝算があった。 スエズを失い、アフリカを越えることが出来ない欧州。 世界最大の米国債負担率を楯にすれば沈黙するしかない米国。 共に怖れるに足らない。 何より、目先のバケモノ共をどうにかするだけで手一杯のはずだ。 つまり―――怖れる物がなにもなくなったのだ。 そう判断した。 だからこそ、彼は判断した。 これは、代々の王朝がなしえなかったアジア全域を支配する一大帝国に発展させる絶好の機会だと。 東南アジアに我が軍の攻撃を止めることが出来る兵力は存在しない。 経済的に依存する国からの経済制裁は怖れるに足らない。 もし、そんなことをすれば干上がるのは奴らだ。 奪うだけ奪い、破壊するだけ破壊し、混乱が一段落した所で、占領を既成事実として欧米に認めさせるだけでよい。 連中の世論が何と叫ぼうと、実際に占領している既成事実こそが全てだ。 チベットでさえ我が国から奪えない欧米なぞ怖れるに足らない。 後はどうとでもなる。 東南アジア占領こそ全て。 それさえ出来れば、我々の勝ちだ。 彼はそう判断したからこそ、全軍の8割を動員した大博打に打って出たのだが―――。 「―――これが結果か?」 総書記の口から出たのは、そんな言葉だった。 「梁君……これが、君の言った結果か?」 「……」 「答えろっ!」 「……軍事的には勝っています」 梁総参謀長は冷たく言い放った。 「すでに東南アジアのの8割が、我が軍の占領下にあります。少なくとも、私の計画通りには進んでいます」 「計画通り……だと?」 「―――ええ」 梁総参謀長は、隣に座っていた海軍司令員に気の毒そうな視線を送った。 「第四艦隊は勇み足でしたな。現在、艦隊司令部を指揮しているのは政治部に属する一派でしたな」 「政治部が誘導したというのか!?」 「だまれっ!」 激高して席を立った軍政治部長を、江総書記が一喝した。 「今更、あんな艦隊の責任なんてどうでもいいっ!問題はこれからだ!」 「―――紫禁城の軒先にぶら下がりたくなければ」 梁総参謀長は言った。 「“この戦争は貴様等のものだ”―――陛下はそう仰せでしたな。“そうです。全責任は私めが―――戦果は陛下がお取りになればよいのです”」 それは、紫禁城で江総書記が切った大見得だ。 「少なくとも、その中に我々は入っていない。陛下も責任はすべて総書記にあるものと見ているでしょう」 「―――っ!」 まるでゆであがったように顔を真っ赤にする江総書記を無視するように、梁総参謀長はタバコに手を伸ばした。 「―――ふぅっ。閣下、ここまで来たのです。そのまま続ければよいのです」 「どうやってだ」 「ですから」 喋るも煩わしい。 そう言わんばかりの声を、梁総参謀長は紫煙と共に吐き出した。 「欧米とより有利な立場で和平を結ぶまで戦えばよいのです」 「―――出来るのか?」 「勝算はあります」 梁総参謀長は灰皿にタバコをねじこんだ。 「隋第二砲兵司令員」 「―――はっ」 梁総参謀長の声に、隅に座っていた小柄で陰湿な印象を受ける男が立ち上がった。 「例の件、江総書記にご報告しろ」 「はい」 隋がファイルを広げた。 「欧米の軍事力は、我が軍より数段優れているとされますが、これはあくまで電子装備の話に過ぎず、逆に言えば、これさえなければ欧米と我が軍は肩を並べることが出来る―――いえ、数で勝る以上、我々に有利です」 「……」 「そして、欧米軍が魔族なる物共に敗北したのは、まさにこの電子装備が使えなかったからに他なりません」 「……」 「幸い、我が軍の兵器がその影響下でも動くことは、アフリカ各国軍の戦闘記録からも明らかです」 「―――何が言いたい」 「つまり」 隋はファイルをめくりながら答えた。 「人為的に、そんな状況を作り上げればよい―――そういうことです」 「―――馬鹿な」 江総書記は、隋の言葉を一笑に付した。 「あれは未知の電波妨害兵器だと聞くぞ?そんなものをどうやって―――」 「手に入れることは出来ます」 梁総参謀長が隋に代わって答えた。 「……貴様?」 「入手ルートは確保している―――そう言ったのです。閣下」 ―――続けろ。 梁総参謀長は隋にそう命じた。 「はっ。それを爆撃機及び弾道ミサイルに搭載。戦域に大規模に散布します。これにより、例えいかなる最新鋭兵器でも、連中は使用することが出来なくなります」 「……そ、そんなことが……梁総参謀長……き、君は一体?」 「入手ルートは合法と言えるでしょう―――続いて今後の戦闘兵器についてですが――」 第四機動艦隊は結局、インダス川河口付近まで逃げ込んだ。 インダス川は河口現在、中華帝国軍の支配下にあり、空母を擁する第二艦隊もまた、ここに展開していた。 空母2隻と地上からの攻撃の危険性が加わったことで、美夜は追撃の中止命令を余儀なくされた。 翌日。 華僑の発行している新聞には、第四艦隊の戦果が華々しくかき立てられている反面、経済系新聞は、ジュネーブ会議の停滞が経済界に与える影響について悲観的な記述を羅列している。 「……馬鹿げている」 カッチ湾に浮かぶのは、中華帝国第二機動艦隊の獰猛達。 急激な経済発展を背景に、爆発とまで言われた程急激な経済発展を遂げた中華帝国海軍の空母保有数は、今や世界最大。米国12隻に対して24隻を誇る。 通常動力型の護衛空母まで含めればその3倍だ。 その中で最も巨大な空母。 “天津”級3番艦“長江”の艦橋に陣取るのは、艦隊司令黄提督だ。 背は低いが、筋肉質のがっしりとした体格の持ち主で、鋭い眼光と共にいるだけで威圧感を感じさせる強者だ。 いかなることがあっても弱音を吐いたことがない黄提督が、そんな言葉を吐いたことを、艦隊参謀長は内心意外に思った。 新聞をゴミ箱に放り込んだ黄提督の手の中には、本国から送られてきた通信が握りしめられている。 「提督?」 参謀長は思いきって訊ねた。 「本国は何と?」 「―――前進だ」 「前進?」 「ああ」 黄提督は従兵の持ってきたコーヒーを飲みながら言った。 「万難を排し、前進に前進を重ねよ。軍事委員会の許可なく停止することを禁ずる―――派閥で出世する御方は言うことが違う」 「中央委員会は、狂ったんですか?」 参謀長は自分の口から出た言葉を慌てて飲み込もうと口元を押さえた。 恐る恐る見回した艦橋に政治将校がいないことを、彼は神に感謝した。 「―――安心しろ」 黄提督は苦笑しつつ言った。 「私も同感だ―――それで?」 「恐縮です。外交団とオーストラリアとの交渉は話がついたそうです」 「“モスキート”……“スピットファイア”……か」 フゥッ。 黄提督は、眼下に広がる甲板に並ぶSu-30を見つめながらため息をついた。 「一応、我々と第四艦隊は本国帰還命令が出ている」 「帰還?」 「ああ……これからは、最新鋭戦闘機が使い物にならなくなるから、本国へ戻せ。代わりにプロペラ機を送る。そのための輸送が任務だ……全く、何の冗談だ」 「ミサイルが使えない以上、図体ばかりデカイジェット戦闘機に意味はありません。VT信管がある以上、対艦戦にも使えませんし」 「対地攻撃任務が主眼となることはわかる……だが」 「狩野粒子散布戦は、第二砲兵隊が実施中。東南アジアからオセアニア一体―――魔族軍の散布まで含めれば、南半球全域で、ICやLSIはもう二度と使い物にならないでしょう」 「よくこの国が認めたものだ」 「認めたと、思いますか?」 「……魔族軍の仕業にしたというんだろう?やめろと言ってくれ」 黄提督は苦笑いしながら言った。 「俺達の職場を狭くするな」 「木製機を生産することで」 参謀長は言った。 「国内の木工業者に、また、ジェット戦闘機の数十分の一という低価格で済む通常型戦闘機でさえ、国内の金属、金属加工……その他、数えていたらキリのない業者に仕事を与えることになります」 「……俺の実家は電気業者だ」 「お気の毒です」 「……生産は進んでいるのか?パイロットは」 「パイロットの養成は急ピッチで進んでいます。また、各工場で連日生産される戦闘機及び爆撃機の数はすでに1万機近くに達していると聞きます。我が国に重工業拠点を移動していた欧米では、束になっても我が国の生産能力には追いつきません」 「……飽和攻撃……か」 ―――パイロットは消耗品じゃないぞ。 黄提督は天井を仰いだ。 「……それで」 「わかっている」 それ以上を言い淀む参謀長に、黄提督は力無く頷いた。 「米軍が動く」 「……はい」 その放送が全世界に流れたのは、この日の正午のことだ。 黄提督も、その映像は見た。 テレビに映し出されたのは、スーツ姿の男女が並ぶ集会。 ―――違う。 米国議会だ。 そして今、壇上に立つの金髪の小太りの男こそ、J・ベネット―――米国大統領だ。 ベネットは壇上で静かに語り出した。 「本日、アメリカ合衆国は何の予告もなく、計画的に空と海から中華帝国の攻撃を受けた。 しかも、我がアメリカ合衆国が平和への熱意と希望を捨てずに、彼の政府を相手に誠意を持って交渉を続け、アジアに和平をもたらさんとする交渉の最中にである。 中華帝国軍の航空部隊が大挙して、友好国にして、快く港の使用を許してくれた親愛なる同盟国、イギリス基地にあった我が国の艦隊を爆撃した。 そして、我が艦隊および英国基地に対して重大な打撃を与えた現在にあってもなお、中華帝国政府からは、この事態に関して、満足のいく説明は何もない。 既存の外交交渉を続けることは無用であった。 我が国は、全世界規模の危機に際して中立を宣言することで、我が国に対する軍事行動はないものと信じていた。 だが、中華帝国に対する信頼は、中華帝国自身の手によって覆された。 中華帝国軍が南太平洋まで進出していたのは、まさに中華帝国とその支援国が、我が軍を狙い、以前よりこの海域に、軍事力を展開していた証拠にほかならない。 今、ジュネーブにおいて行われている和平交渉に一縷の希望をつないだ我が国の努力は水泡に帰した。 その期間中、中華帝国政府は、真相を隠し平和の継続への期待を表明して米国を欺き続け、友好国諸共、だまし討ちした。 ラピス基地への攻撃は、米国陸海軍に多大なる被害を与えた。 残念ながら非常に多くのアメリカ人の命が失われたのだ。 すでに中華帝国軍による残虐なる仕打ちにより、東南アジア各国でも、米国の同胞が殺されたと報告されている。 中華帝国軍は、インドを攻撃した。 中華帝国軍は、ベトナムを攻撃した。 中華帝国軍は、ビルマを攻撃した。 中華帝国軍は、インドネシアを攻撃した。 中華帝国軍は、シンガポールを攻撃した。 中華帝国軍は、平和を願う国々を攻撃した。 中華帝国は、インド洋から太平洋にかけての全域にわたる奇襲攻撃をおこなったのである。 過日より続く魔族軍の攻撃に乗じた卑劣なる攻撃は、中華帝国がみずからを語っている。 米国民はすでに世論を形成しており、国家の安全にとってそれが何を意味するか十分に理解している。 陸海軍の最高司令官として、私は軍に対しあらゆる防衛策を命じた。 そして、我が国の国民は決して我々がやられっぱなしの国民ではないことを忘れてはならない。 我々は、この計画的な侵略に打ち勝つのに、いかに長い期間がかかろうとも絶対的勝利を得るまで全力をもって戦い抜くであろう。 私はこの卑劣な行為によって再び我が国が危険にさらされないために、議会と国民の意思の判断が下されんことを確信する。 中華帝国の敵対行為は現実のものとなった。 私は、わが国民、わが領土、そして我々の権益が重大な危機にさらされている事実を見て見ぬふりをすることはできない。 私は国民と共に重大なる決意で立ち上がり、神の加護の元、勝利への道を歩むだろう。 私は今議会に要請する。 中華帝国は、卑怯にも一方的に攻撃を仕掛けてきた。 よって、本日只今より、アメリカが、中華帝国とその支援国と戦争状態にあることを議会は、ここに宣言していただきたい」 大統領の演説が終わり、議会は割れんばかりの拍手がわき上がった。 このベネットの宣言を最も重大なダメージを受けたのは、北京のこの人物だろう。 「総書記っ!」 椅子に崩れ落ちた江総書記を、側近の秘書官達が抱き起こす。 「……」 口をパクパクと開くのが精一杯の江総書記の口に、秘書官が水を流し込んだ。 「―――ふ……ふざけたことを!」 江総書記は怒鳴った。 「何だこの演説は!まるで―――まるで我が軍が攻撃することを知っていたような口振りではないかっ!」 「総書記っ!」 部屋に駆け込んできた政府高官が泣きそうな顔で総書記に告げた事。 それは、中華帝国の経済的な死を意味していた。 「……」 「ど、どうなさるんです?」 「ど……どうするって言われても」 江総書記は呆然とした顔で、何度も弱々しく首を横に振った。 「こんなの……どうしようもあるものか」 「お見事でした大統領」 議会での演説を終え、ホワイトハウスに戻る車内、ワーナー大統領特別補佐官が隣に座る大統領をねぎらった。 「ふん……大したことはない」 大統領は楽しげに車窓を眺めながら言った。 「想定通りだ」 「対中華帝国経済制裁法は議会の9割の賛成で成立しました」 ワーナーは声色一つ変えずに言った。 「やはり、先日の国連爆破テロ容疑で、中華系ロビイストのかなりを予備拘束していたのが聞いたのでしょう」 「中国人と、その支援者達の抱える米国債がいくらだったかな?」 「およそ6千―――いえ。8千億ドルは見込めます。滅亡したアフリカ各国分まで含めれば、我が国は発行済み国債の7割を帳消しに出来ました。そして、この関連法案の成立により、中華系企業の資産を没収できます。戦費はもう考える必要さえ有りません」 「素晴らしい」 大統領は楽しげに笑った。 「借金はカードにもなるというだけだよ―――見たまえ」 大統領が窓の外を指さした。 ワーナーが窓の外を見ると、そこには着飾った東洋人の姿があった。 体に合わないことが明白なスーツと時代遅れのヘアスタイル。そしてどこまでも慇懃な態度の集団が、街路のモニュメントにまたがって遊んでいた。 この街でああいう連中がどこの出身か、ワーナーも知っていた。 「何か?」 「どこの国の出身だと思う?」 「中国人でしょう」 「明日から、ああいう連中がこの街でどうなるかと思うとワクワクしてこないか?」 「はっ?」 「滅亡したアフリカに加え、今度は中華帝国とその支援国向けの発行済み国債を合法的に帳消し出来るんだ。これは我が国の経済建て直しにおいては、千載一遇のチャンスだ」 「……はっ」 ワーナーは言った。 「ところで大統領」 「中国人が泣きついてきたか?」 「あれは事故だ。ここですべてを帳消しにしなければ、全面戦争だと恫喝していますが」 「だから売りつけた国債を帳消しにして、関係を清算してやったんだろうが。これ以上のテロを阻止するんだ。各地での中国人とその協力者の監視を強めろ。議会と政府関係からの排除を最優先に」 「世論の誘導を含め、お任せ下さい。それと、海軍からですが、極東方面の主力部隊がハワイから発進します」 「……アフリカ、南米の事態」 大統領の顔が曇る。 「すべてフェイクだと一笑に付した結果がこれだ」 「……は?」 「何でもない。忘れてくれ」 「……南太平洋方面軍司令官からは、極東方面の戦力を回せとの要請が」 「却下だ」 大統領は言った。 「しかし」 ワーナーは今ひとつ、納得出来ないという顔になった。 南太平洋、つまり、パナマ以東を制圧する任務につく部隊とは別に、極東方面、つまり、日本にメサイアなどの戦力を集中するよう、急遽大統領命令を下したのは、目の前の大統領本人だ。 ワーナーにさえ何一つ説明もなしに突然布告された大統領命令に、ワーナー自身も困惑していた。 「これから戦闘が予想されるのは南太平洋です。極東に戦力を集中させると、下手にチンク共を刺激します」 「極東方面軍の相手は、中華帝国軍ではない」 大統領は苦笑混じりに言った。 「人類でさえない」 「―――まさか!?」 ワーナーはその言葉の意味を即座につかんだ。 「魔族軍が、極東へ!?」 「確証は、ある」 「……」 「南太平洋に戦力を回している余裕はない。必要とあったら」 大統領は、親指で自分の首を切るマネをした。 「……はっ」 ワーナーは頷いた。 「戦略ミサイルが使えるうちでしたら」 「南太平洋の司令官に言ってくれ―――報復は、派手にやれと」
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/208.html
夜の帷が白く染め上げられていく。 川面を白い靄が走り、梢から羽ばたいた鳥達が軽やかな歌声で新たな一日の始まりを告げる。 そんな中、朝靄をかき分けるようにして川を移動するメサイア達の中に、美奈代がいた。 二宮は「メサイアが一騎ようやく通れる」と言っていたが、実際の所は2騎が並んで通れる広さがあるところがほとんど。 情報部はいい加減だから困る!と怒りっぱなしの二宮と美奈代が前衛を担当し、後衛に長野がついていた。 眠い。 美奈代は心底ゆっくり寝たいと思いながら、重い瞼と格闘していた。 「センサーの反応なし」 牧野中尉が事あるごとに話かけてくれるが、有り難いような迷惑なような、美奈代には何とも言えない。 メサイアのコクピットはシートすら満足にない設計だ。 シートの代わりになるのは腰部固定装置だけ。 ソファー顔負けと賞賛されるMCL(メサイア・コントローラー・ルーム)内部のMC(メサイアコントローラー)用のフローティングシートとは訳が違う。 コクピットで寝ろというのは、立って寝ろと命じられたのと変わらないのだ。 おかげで睡眠不足も甚だしい。 ―――これで戦ったら絶対死ぬ。 美奈代には、その自信があった。 「宗像より二宮教官」 通信機に宗像の声が入る。 一体、どうしたらそんな平然としていられるのか教えて欲しかった。 きっと、MC(メサイアコントローラー)と一緒に寝たとかいうとんでもない理由が帰ってくるだろう。 「チームは私と早瀬でよいのですね?」 「いい」 二宮が言った。 「柏と山崎、都築は長野大尉と組め」 ―――あれ? 美奈代はそこで気づいた。 私は? 「泉は私とだ」 「―――へ?」 美奈代は思わず素っ頓狂な声をあげた。 「私と教官……ですか?」 「イヤか?」 「め、滅相もない」 「とりあえず、隊列はこのまま―――全騎、注意しろ。センサー類がまともに作動していない」 その言葉に、美奈代はセンサー系統を表示する戦術モニターを見た。 いくつものセンサー類がブラックアウトしているのにようやく気づいた。 「敵のジャミングかもしれない。気を付けろ」 「泉准尉」 牧野中尉が言った。 「極めて濃い霧です。ジャミングもあって前方の様子がわかりません。注意してください」 「了解」 美奈代は目をこすると言った。 「斬艦刀、準備願います」 それから3分ほどで谷間の半ばまで来た。 谷川の流れが、大きく、くの字に曲がる所。 谷から転げ落ちたんだろう。 出っ張った大岩が邪魔でメサイア1騎がようやく通れる幅しかない。 ザン ザン ザン 歩く度に、メサイアの脚部が水を切る音が響く。 ザン …… ザ……ン ザ…………ン 「……あら?」 不意に騎体の移動が停まったのは、牧野中尉がこっそりレーションの封を切った時だ。 センサー類は異常を捉えていない。 「どうしました?」 「……しっ」 モニター越しの美奈代は人差し指を口元に当てた。 「……」 美奈代が視線をさまよわせ、頭部保護のヘッドユニットにセットされているイヤホンを耳に押し当てる。 ―――音だ。 牧野中尉は、美奈代が何をしているのか、それでわかった。 メサイアの耳が拾ってくる音は、自騎から発せられる音と、後続の騎の音がせいぜい。 他の音は谷間を走る川の激しい流れの音でかき消されてしまう。 牧野中尉も、耳を澄ませてみたが、何も判らない。 ただ、騎体がそっと斬艦刀を背部に格納し、光剣に切り替えたのだけはさすがにわかる。 武装 光剣 モード キル 出力 アイドリング 備考 最大出力即時待機 抜刀こそしないものの、スイッチ一つですぐに光の刃が伸びて相手を倒すことが出来る体勢がとられている。 一体、美奈代が何をしようとしているのか、牧野中尉にはわからない。 救いを求めるように、精霊体の“さくら”を見るが、“さくら”自身もわからないという顔で首を横に振った。 スクリーンの向こうは、濃い霧ばかりの世界。 川岸の岩以外、何も見えない。 「……あの?」 どうしました? 牧野中尉がそう問いかけた直後だ。 グンッ! 弾かれたように騎体が動いた。 「―――えっ?」 左腕が何かを掴み、無理矢理重い物を引っ張ったような感覚が走る。 そして、右腕が動いた。 騎体が、濃霧の中から何かを引っ張り出した。 そんな感じだ。 何を引っ張り出したのか、牧野中尉はすぐにわかった。 霧の中から現れたのは、自分の騎に腕を掴まれた“帝刃(ていば)”だった。 胸部から背中にかけてを光剣に貫かれた“帝刃(ていば)”の眼から光が消えた。 光剣が引き抜かれ、“帝刃(ていば)”が力無く崩れ落ちようとする。 美奈代騎が動いたのは、その時だ。 撃破した“帝刃(ていば)”を担ぎ、一気に谷を曲がった。 ズガンッ! ―――バッシャァァァンッ! “帝刃(ていば)”同士がぶつかり合う音がして、一騎の“帝刃(ていば)”が川面に転がった。 美奈代騎は躊躇せずにその“帝刃(ていば)”を踏みつけると、光剣を頭部に突き刺した。 光剣の熱が容赦なく“帝刃(ていば)”の頭部装甲と、その中身を溶解させる。 光剣が貫通した感触を感じた美奈代は、即座に光剣を消した。 辺りは濃霧。 光を消すと数メートル先がわからなくなる。 光剣に貫通された“帝刃(ていば)”のMCL(メサイア・コントローラー・ルーム)に開いた破孔から川の水が流れ込んでいく音でさえ、川の流れにかき消されてしまう。 「……」 美奈代は、じっとスクリーンの向こう側を食い入るように見た後、呟くように言った。 「敵は2騎……後続なし。二宮教官」 「……」 通信モニター上の二宮は、ポカンとした顔をしていた。 「二宮教官」 美奈代にもう一度、名前を呼ばれ、ようやく自分が呼ばれていることに気づいた二宮は、やや裏返った声をあげた。 「あ、ああ!私!?」 「このまま、移動を継続しますか?」 「え?……そ、そうね」 二宮はとってつけたような声で言った。 「このまま移動しましょう……谷を抜けたら、分散して移動。それでいいわね?」 「了解です」 “帝刃(ていば)”を踏みつけ、美奈代騎が移動を開始した。 ●ボルネオ島 米軍呼称“ルート66”A地点 ガンッ! 鈍い金属音が響く。 グレイファントムのメースが“赤兎(せきと)”の胸部装甲に命中した音だ。 “赤兎(せきと)”の動きが鈍る。 メースの打撃がコクピットにまで達した証拠だ。 「よしっ!」 ミッキーがコクピットで歓声を上げた。 「とどめっ!」 振り下ろしたメースが“赤兎(せきと)”の頭部装甲を粉砕し、“赤兎(せきと)”は大地に倒れた。 「セラ、次は!?」 「2時方向、グレッグ騎が押されています」 「よし」 ミッキーの右前方で斧同士でしのぎを削っている騎がいた。 「グレッグ!そのままでいいっ!」 「すまんっ!」 ミッキーのメースが“赤兎(せきと)”の脇腹に命中し、“赤兎(せきと)”の姿勢がくの字に歪む。 グレッグ騎の斧がその顔面を捉えたのは、その直後だった。 「ふぇぇっ……焦ったぜ」 「貸しにしておく」 「了解だ―――指揮官(コマンダー)」 グレッグ騎が不意に動き、斧をミッキー騎めがけて―――いや、正確にはその背後めがけて投げつけた。 ミッキー騎の真後ろで斧を胸部装甲にまともにくらい、斧を振り下ろそうとした姿勢のまま、“赤兎(せきと)”が後ろへ倒れた。 「ミッキー、利子はついてないだろうな?」 ●ボルネオ島 中華帝国軍司令部 「“赤兎(せきと)”隊、被害甚大」 「後退命令を出せ」 朱少将は言った。 「可動機はすべてだ」 朱少将はシートにもたれかかり、深いため息をついた。 「……世代の違いとはいえ」 倍する戦力を持ちながら、“赤兎(せきと)”隊は一方的に倒されたとしか言い様がない。 グレイファントム達を相手に撃破の戦果が挙がっていてないのに、大破騎が投入戦力の3割に達している。 司令官として、これ以上の損害は看過出来ない。 戦いはまだ続くのだ。 徒に貴重な戦力を浪費すべきではない。 「本土からの返答は?」 「飛行艦隊が重い腰を上げてくれました」 参謀は言った。 「この島の鉱物資源を、飛行艦で安全に運びたいというのが本心でしょうが」 「戦場に空荷で来る馬鹿もおるまい」 朱少将は参謀からコーヒーを受け取った。 「負傷兵は集めておけ。本国へ後送する。それと」 コーヒーの香りに満足げな笑みを浮かべた朱少将は、参謀に訊ねた。 「メサイアが確認されたというのは、どこだ?」 「はっ」 参謀は島の地図を指さした。 「島東南部。偵察隊が発見しています。近くでは島北東部でも」 「回せるメサイア部隊は?」 「夕刻までお待ち下さい」 参謀は言った。 「本国から教導隊が到着します」 「教導隊?」 怪訝そうな朱少将に、参謀は自信げに答えた。 「“帝剣(ていけん)”の運用部隊です」 ●ボルネオ島北東部ジャングル 時折、中華兵に見つかるように動くだけでいい。 中華兵が時折思いついたように小銃を発砲するが、メサイア相手では豆鉄砲にすぎない。装甲を傷つけることさえ出来ない。 その前に当たらない。 美奈代は島の北東部でそんなことをしていた。 モグラ叩き。 その任務をそう評したのは、精霊体の“さくら”だ。 「ねぇマスター」 騎体をジャングルの中に潜ませた時、“さくら”が訊ねた。 「この後、どうするの?」 「この後って?」 「この島、いつ出ていくの?」 「今、二宮教官が洋上に出て“鈴谷(すずや)”と通信を試みているが……」 美奈代が戦況モニターに目をやると、二宮騎が戻ってきた。 ジャングルの上空すれすれを飛んで音もなくジャングルの中へと潜り込むという、恐ろしいほど高い操縦技術の手本を見たような気がした。 「つながったぞ」 二宮の声はどことなしに嬉しげだ。 「日没と同時に、ここに来る」 その言葉に、美奈代は時計を見た。 日没までの時間は3時間30分 「ここへ?」 「オトリだ」 二宮は言った。 「我々が通過したルートを通って別動の米軍のTAC(タクティカル・エア・カーゴ)部隊が兵士達の救出に向かう。“鈴谷(すずや)”はその間のマト担当だ」 「……被害……担当艦」 ゴクッ 美奈代は自分の口から出てきた言葉に思わず唾を飲み込んだ。 戦闘において一方的に被害を受け持つことで友軍を有利にする、それが被害担当艦だ。 艦が沈むことで、戦闘に勝利する人柱に近い立場だ。 「よく平野艦長が認めましたね」 それが、信じられない。 乗組員千人の命を預かる身が、あまりに軽率にしか見えない。 「あいつが認めたんじゃない」 二宮は言った。 「認めさせられた―――いや、それさえ違う」 「……」 「“命じられただけ”というのが正しいな」 「そんな!」 美奈代は目を見開いた。 「命じられたら、部下と一緒に死ぬとでも言うんですか!」 「泉」 二宮はため息混じりに言った。 「軍隊だけではない。組織の中間管理職とはそういうものだ。自分が望む望まないお構いなしに仕事を押しつけられる。部下と共に死ぬし、時に部下を殺す」 「……私」 美奈代は言った。 「そんなんなら、一生ヒラで結構です。組織になんか加わりたくないです」 「フン……お前はヒラでは済まないよ」 「え?」 「お前は絶対、私を越えるからな」 通信モニター越しに自分を見つめてくる二宮の声は、不思議と自信に満ちあふれた誇らしさが滲み出ているように見えた。 それは思い上がりかも知れない。 そう思った美奈代は、コンソールを見る振りをして視線を外した。 ―――二宮教官が、私のような問題児を評価してくれているはずがない。 そう思う。 ―――だけど それでも、 ―――もし、そう思ってくれているなら、何という嬉しいことだろう。 そう思えてしまうのだ。 「“鈴谷(すずや)”の上陸地点はここなんですか?」 美奈代は不思議なほどはやる心を抑えながらそう訊ねた。 「ああ。このジャングルの上空を移動することで敵を引きつける。先に海上で別れた米軍のTAC(タクティカル・エア・カーゴ)が正反対の方角で動くことになる」 「なら皆を集合させますか?」 「ポイントCでのランデブーが3時間後だ。30分もあれば十分だろう。そこでいい。というか、下手な通信は逆に危険だ」 「そ……そうですね」 「我々の任務はこの北東部に敵を誘い出すこと。そのためにやることがある」 「米軍が相手にしている敵を背後から叩く?」 「その通りだ」 二宮は楽しげに頷いた。 「ここに誘い出し、後は頃合いを見て撤退。今夜は、“鈴谷(すずや)”でゆっくりシャワーが浴びられるぞ」 二宮の楽しげな声に、美奈代も顔がほころんだ。 「楽しみです」
https://w.atwiki.jp/kannko/pages/635.html
№ ステージ名 ~説明文~ 第1弾 サッポロード 通常ゴールは簡単かと思います。隠しゴールもあるので見つけて下さいね 第2弾 危険な海 はい、危険な海です。隠しゴールが3個もあるんで探しだして下さい。 あああ コメントフォーム てすと -- フレア (2012-08-17 20 34 49) いただきマンボウ -- N (2012-08-17 20 36 58) ああ -- もこすたみち (2012-09-16 20 07 45) サッポロード隠しの方が簡単 -- もこすたみち (2012-09-17 16 59 05) サッポロ-ドw 名前に吹いた -- もっちー (2012-10-04 21 24 36) サッポロードどうやっていくの? -- ラグアス (2013-09-28 15 09 16) サッポロード難しい -- てんぷら (2014-06-14 14 40 16) 危険な海が難しいです。 -- srs (2014-06-30 17 57 50) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/215.html
「人類側のフネだと?」 この環礁の水底に潜んでいたのは、太平洋方面部隊のシュナー少佐達だ。 環礁の最も深い場所。 かつての爆心地のクレーターの中に潜む魔族軍巡航艦“シナベール”から発進した魔族軍水陸両用型メース“カプラーヌ”のコクピットでその情報を聞いた。 その後ろには2騎のカプラーヌがついている。 「はい」 “シナベール”の管制官がモニターの向こうで頷いた。 「先程上空を通過したメースの母艦と思われます」 「ただ通過するだけか?」 「コースを変針しました。環礁上空を旋回する模様」 「変針?」 ―――しまった。 シュナー少佐は、内心で共に出撃した部下の人選を後悔した。 シュナー少佐騎の後ろを移動するカプラーヌを操縦するのは、部隊で最も経験の浅いルサカ軍曹なのだ。 ―――戻そうか? シュナー少佐が躊躇したが、今更どうしようもない。 下手に戻せばそれだけで敵にこの場に潜んでいることを察知されかねない。 何しろ、相手は上空を旋回している。 妙な動きをするだけで、ここに潜んでいることが分かってしまう。 「―――ルサカ」 「はっ、はいっ!」 緊張しきった上擦った声が通信機に入る。 モニターがシナベールの管制官から、若い青年士官に切り替わる。 北方部族の出身だろう、浅黒い肌をしたあどけない顔が、突然上官に声をかけられておびえていた。 「な、何でしょうか!?」 「間違ってトリガーを引かなかったことは褒めてやる」 シュナー少佐は噛んで含めるような口調で言った。 「ルサカ。現在、我々がここに潜んでいる理由を言って見ろ」 「は、はいっ!」 ルサカは答えた。 「南米方面から弓状列島へと進む場合の中継基地として環礁を使用する下準備。そ、それと、弓状列島に送り込んだ特別部隊が任務を終了するまでの待機」 「まぁいいだろう」 シュナー少佐は頷いた。 レシーバーに入った、ルサカの安堵のため息は聞かなかったことにした。 「どちらにしろ、我々はここで目立つワケにはいかん。この環礁は魔力バランスを著しく欠いているため、人類が近づかない好条件の場所であり、そのために我々の待機場所にも指定された場所だ。いいか?訓練中に人類の艦と接触して沈めたあの失態を、ここで繰り返すことは許さん」 「は……はい」 「アミラント」 シュナー少佐はもう一騎を駆るアミラント中尉と通信をつないだ。 「ルサカを見張っていろ」 「了解―――ルサカ。いいか?火器の全安全装置をかけておけ」 「し、しかしっ!」 「少佐に殺されたいのか?」 「は……はい」 ルサカはコクピットのコンソール脇にある火器管制装置の安全装置をかけながら、内心で泣きたいほど悔しがった。 シュナー少佐が言う訓練中の失態―――あれはルサカに言わせれば、まさかあんな所に、水の中を進む人類側のフネがあるなんて予想も出来なかっただけだ。 フネと接触し、即座に撃沈したのはむしろ褒めて欲しい。 なのに、報告した途端、一晩腫れが引かなかったほど殴られた。 あんまりだ。 ルサカは内心で思った。 絶対、ここで良いところを見せて、少佐達を見返してやろうと。 「上空警戒態勢のまま、潜望カメラ深度50まで上がる」 カプラーヌの頭部から有線カメラが音もなく射出され、その一部が海面から出た。 コクピットスクリーンに上空の様子が映し出される。 「……あれか」 モニターにはっきりと映し出されているのは、まさに上空を飛び去ろうとしている飛行艦の姿だ。 その甲板上には、メース達の姿も確認出来る。 「……連中、こんな所で何を?」 シュナー少佐にはそれがわからない。 弓状列島の門(ゲート)解放失敗からかなりの時間が過ぎている。 今更、まさか自分達を追いかけてきたとは考えられない。 人類の同士で殺し合っていることは想像出来なかった。 スクリーン一杯に腹を見せた飛行艦が遠ざかっていく。 「……よし」 海中に潜むカプラーヌの中、シュナー少佐は安堵した。 このまま通り過ぎてくれればそれで良い。 この環礁から出ていってくれ。 それだけでいいんだ。 だが――― 「―――ちっ!」 シュナー少佐の目の前で、飛行艦が針路を変えた。 まだここに居座るつもりだ。 「少佐」 ルサカが言った。 「どうするんですか?」 「何もするな」 シュナー少佐は言った。 「こっちが何もしなければ、連中も危害を加えることはない」 「……し、しかし」 「耐えられなければ操縦を切って海底に沈んでいろ。後で引き上げてやる」 「訓練監視用のMSF(魔力飛行偵察ポッド)が被弾した?」 「はい」 オペレーターが頷いた。 「二宮騎が接触しました」 「……あのバカ」 美夜は思わず頭を抱えた。 「あのポッド1基いくらすると思って」 「飛行は可能です」 「データを転送してポッドは破棄しろ」 「転送が不可能です。それに、ポッドの回収は絶対命令です」 「……わかった。該当するポッドを下げろ。待機中の予備ポッドを出せ」 「はい」 予備ポッド。 その球形の飛行物体は、人類から見れば一目で偵察用ポッドであることがわかる。 だが、魔族はそうではなかった。 飛行艦から突然、出現した得体の知れない、球形の物体――― 「飛行砲台だっ!」 気の遠くなるような長い時間、海中に潜んで、攻撃を禁じられたいらだたしさと、いつ敵に攻撃されるかの恐怖感に板挟みにされていたルサカはとっさにそう叫ぶと、メースのコントロールユニットを握りしめた。 途端――― バンッ!! 右腕のクローに仕込まれていたML(マジックレーザー)が火を噴いた。 「馬鹿野郎っ!」 自分が何をしたか? その判断をルサカが理解するより先に、シュナー少佐の罵声がルサカの耳を打った。 「何をしている!」 「ルサカっ!安全装置はどうした!」 「……えっ?」 ようやく、自分が何をしたのか理解が及んだルサカは慌てて火器安全装置を見た。 安全装置はレバー式になっており、すべて安全装置作動中を示す緑に――― 違う。 ルサカは青くなった。 一つだけ、レバーが中途半端な位置で止まっていた。 つまり、かかっていなかった。 「……なっ!」 「アミラント!」 シュナー少佐は怒鳴った。 「ここであのフネを仕留める!シナベール、聞こえるか!?」 「こちらシナベール」 「人類側の通信を止めろ!ここで仕留めて情報を隠滅するっ!」 「了解」 「い、いまの何ですか!?」 美奈代は艦の左舷を抜けていったオレンジ色の光を見て、誰と言わずにそう訊ねてしまった。 「海中からの攻撃っ!」 牧野中尉が答えた途端、“鈴谷(すずや)”の甲板が震え、“鈴谷(すずや)”が急速に高度を上げた。 「どこっ!?」 美奈代は甲板ぎりぎりまで“征龍改”を移動させ、海面をのぞき込んだ。 ML(マジックレーザー)が突き抜けた海域が、小さく白く泡立っているのがわかる程度だ。 美奈代はとっさに30ミリ機動速射野砲を海面にむけた。 「無駄です」 牧野中尉はそう言って美奈代を止めた。 「こんなもの、海中に撃っても効果は期待出来ません」 「じゃあ、“鈴谷(すずや)”が?」 「メサイア母艦の“鈴谷(すずや)”には元から対空用ML(マジックレーザー)しかありません」 牧野中尉は冷たく言った。 「よく見てください。対艦装備もないのに、対潜装備があるわけないじゃないですか」 「……で、ですけど」 「すぐに武装変更命令が出ます」 牧野中尉が言った途端、 「二宮より各騎」 二宮から通信が入った。 「武装変更―――ビームランチャーを装備し、海面を狙え!」 「どこからの攻撃だ!」 “鈴谷(すずや)”艦橋に美夜の鋭い声が飛んだ。 「艦直下の海中です!深度不明!」 オペレーターの城下美芳(しろした・みよし)中尉が答えた。 「先程の至近弾ML(マジックレーザー)の照合―――ライブラリ該当なしっ!」 ほぼ全ML(マジックレーザー)を網羅しているはずのライブラリに該当がない。 第一、水中から発射可能なML(マジックレーザー)なんて聞いたことがない。 水中から撃てば、水と大気でML(マジックレーザー)そのものが消滅してしまう。 じゃあ何が? 美夜は、たった一つだけ心当たりがあった。 「―――っ!」 自らが出した答えに、美夜は一瞬、言葉を失った。 美夜の出した答え。 それは―――魔族軍。 しかも、艦の真下だ。 「艦長?」 フェルミ博士は平然とした顔で訊ねた。 「この艦に対潜攻撃兵器は?」 「―――ありません」 美夜は顔を強ばらせたまま答えた。 「飛行艦に爆雷を搭載する馬鹿がいるものですか」 「―――ふむ」 フェルミ博士は思案げに顎を撫でた。 「―――では、どうするんです?」 「高度上げろっ!操舵、Z字航行開始。機関、出力最大、FGF(フリー・グラビティ・フィールド)戦闘展開。砲術、海面方向に対してジャミング散布―――トラックと通信出来るか!?」 「通信不能っ!短波、長波、レーザーまで、強力なジャミングを受けていますっ!」 「―――っ!」 艦橋の外では、甲板に待機してたメサイア達が巨大な砲を担ぎ上げて両舷に並ぼうとしている。 突発的な事態だというのに、艦全体の動きに無駄はない。 むしろ予定されていたことのように整然と事が運んでいく。 艦長としては当然だが、それでも美夜はそれが頼もしく、また嬉しい。 「成る程?適切な対応だ―――いい艦(フネ)に乗れた」 矢継ぎ早に出される命令に、フェルミ博士は一々頷いた後、丁度、艦橋に入ってきた紅葉に命じた。 「偵察ポッドを全て出したまえ。戦闘データをとる」
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/210.html
●ボルネオ島 米軍呼称“ルート66”A地点 ガンッ! 鈍い金属音が響く。 グレイファントムのメースが“赤兎(せきと)”の胸部装甲に命中した音だ。 “赤兎(せきと)”の動きが鈍る。 メースの打撃がコクピットにまで達した証拠だ。 「よしっ!」 ミッキーがコクピットで歓声を上げた。 「とどめっ!」 振り下ろしたメースが“赤兎(せきと)”の頭部装甲を粉砕し、“赤兎(せきと)”は大地に倒れた。 「セラ、次は!?」 「2時方向、グレッグ騎が押されています」 「よし」 ミッキーの右前方で斧同士でしのぎを削っている騎がいた。 「グレッグ!そのままでいいっ!」 「すまんっ!」 ミッキーのメースが“赤兎(せきと)”の脇腹に命中し、“赤兎(せきと)”の姿勢がくの字に歪む。 グレッグ騎の斧がその顔面を捉えたのは、その直後だった。 「ふぇぇっ……焦ったぜ」 「貸しにしておく」 「了解だ―――指揮官(コマンダー)」 グレッグ騎が不意に動き、斧をミッキー騎めがけて―――いや、正確にはその背後めがけて投げつけた。 ミッキー騎の真後ろで斧を胸部装甲にまともにくらい、斧を振り下ろそうとした姿勢のまま、“赤兎(せきと)”が後ろへ倒れた。 「ミッキー、利子はついてないだろうな?」 ●ボルネオ島 中華帝国軍司令部 「“赤兎(せきと)”隊、被害甚大」 「後退命令を出せ」 朱少将は言った。 「可動機はすべてだ」 朱少将はシートにもたれかかり、深いため息をついた。 「……世代の違いとはいえ」 倍する戦力を持ちながら、“赤兎(せきと)”隊は一方的に倒されたとしか言い様がない。 グレイファントム達を相手に撃破の戦果が挙がっていてないのに、大破騎が投入戦力の3割に達している。 司令官として、これ以上の損害は看過出来ない。 戦いはまだ続くのだ。 徒に貴重な戦力を浪費すべきではない。 「本土からの返答は?」 「飛行艦隊が重い腰を上げてくれました」 参謀は言った。 「この島の鉱物資源を、飛行艦で安全に運びたいというのが本心でしょうが」 「戦場に空荷で来る馬鹿もおるまい」 朱少将は参謀からコーヒーを受け取った。 「負傷兵は集めておけ。本国へ後送する。それと」 コーヒーの香りに満足げな笑みを浮かべた朱少将は、参謀に訊ねた。 「メサイアが確認されたというのは、どこだ?」 「はっ」 参謀は島の地図を指さした。 「島東南部。偵察隊が発見しています。近くでは島北東部でも」 「回せるメサイア部隊は?」 「夕刻までお待ち下さい」 参謀は言った。 「本国から教導隊が到着します」 「教導隊?」 怪訝そうな朱少将に、参謀は自信げに答えた。 「“帝剣(ていけん)”の運用部隊です」 ●ボルネオ島北東部ジャングル 時折、中華兵に見つかるように動くだけでいい。 中華兵が時折思いついたように小銃を発砲するが、メサイア相手では豆鉄砲にすぎない。装甲を傷つけることさえ出来ない。 その前に当たらない。 美奈代は島の北東部でそんなことをしていた。 モグラ叩き。 その任務をそう評したのは、精霊体の“さくら”だ。 「ねぇマスター」 騎体をジャングルの中に潜ませた時、“さくら”が訊ねた。 「この後、どうするの?」 「この後って?」 「この島、いつ出ていくの?」 「今、二宮教官が洋上に出て“鈴谷(すずや)”と通信を試みているが……」 美奈代が戦況モニターに目をやると、二宮騎が戻ってきた。 ジャングルの上空すれすれを飛んで音もなくジャングルの中へと潜り込むという、恐ろしいほど高い操縦技術の手本を見たような気がした。 「つながったぞ」 二宮の声はどことなしに嬉しげだ。 「日没と同時に、ここに来る」 その言葉に、美奈代は時計を見た。 日没までの時間は3時間30分 「ここへ?」 「オトリだ」 二宮は言った。 「我々が通過したルートを通って別動の米軍のTAC(タクティカル・エア・カーゴ)部隊が兵士達の救出に向かう。“鈴谷(すずや)”はその間のマト担当だ」 「……被害……担当艦」 ゴクッ 美奈代は自分の口から出てきた言葉に思わず唾を飲み込んだ。 戦闘において一方的に被害を受け持つことで友軍を有利にする、それが被害担当艦だ。 艦が沈むことで、戦闘に勝利する人柱に近い立場だ。 「よく平野艦長が認めましたね」 それが、信じられない。 乗組員千人の命を預かる身が、あまりに軽率にしか見えない。 「あいつが認めたんじゃない」 二宮は言った。 「認めさせられた―――いや、それさえ違う」 「……」 「“命じられただけ”というのが正しいな」 「そんな!」 美奈代は目を見開いた。 「命じられたら、部下と一緒に死ぬとでも言うんですか!」 「泉」 二宮はため息混じりに言った。 「軍隊だけではない。組織の中間管理職とはそういうものだ。自分が望む望まないお構いなしに仕事を押しつけられる。部下と共に死ぬし、時に部下を殺す」 「……私」 美奈代は言った。 「そんなんなら、一生ヒラで結構です。組織になんか加わりたくないです」 「フン……お前はヒラでは済まないよ」 「え?」 「お前は絶対、私を越えるからな」 通信モニター越しに自分を見つめてくる二宮の声は、不思議と自信に満ちあふれた誇らしさが滲み出ているように見えた。 それは思い上がりかも知れない。 そう思った美奈代は、コンソールを見る振りをして視線を外した。 ―――二宮教官が、私のような問題児を評価してくれているはずがない。 そう思う。 ―――だけど それでも、 ―――もし、そう思ってくれているなら、何という嬉しいことだろう。 そう思えてしまうのだ。 「“鈴谷(すずや)”の上陸地点はここなんですか?」 美奈代は不思議なほどはやる心を抑えながらそう訊ねた。 「ああ。このジャングルの上空を移動することで敵を引きつける。先に海上で別れた米軍のTAC(タクティカル・エア・カーゴ)が正反対の方角で動くことになる」 「なら皆を集合させますか?」 「ポイントCでのランデブーが3時間後だ。30分もあれば十分だろう。そこでいい。というか、下手な通信は逆に危険だ」 「そ……そうですね」 「我々の任務はこの北東部に敵を誘い出すこと。そのためにやることがある」 「米軍が相手にしている敵を背後から叩く?」 「その通りだ」 二宮は楽しげに頷いた。 「ここに誘い出し、後は頃合いを見て撤退。今夜は、“鈴谷(すずや)”でゆっくりシャワーが浴びられるぞ」 二宮の楽しげな声に、美奈代も顔がほころんだ。 「楽しみです」 美奈代騎と二宮騎の作戦は、正直、無駄に近いものとなっていることを、日米両軍で知っている者はいなかった。 中華帝国側、朱少将は、すでに米軍の残存部隊に対する攻撃は貴重な戦力の浪費と見なしており、「撤退するなら勝手にしろ」というスタンスだ。 すでに中華帝国側の米軍残存部隊への攻撃は停止している。 米軍も撤退の通信を受け取っており、負傷兵のTAC(タクティカル・エア・カーゴ)への移乗準備と、TAC(タクティカル・エア・カーゴ)に搭載出来ない兵器や機密文書の処理が進んでいる。 状況は悪くない。 日没まであと1時間。 夕日が眩しい。 金色に染まるジャングルの中、美奈代達はただ、“鈴谷(すずや)”の到着を待っていた。 「もう少しで長野大尉達も到着する」 二宮騎からそんな通信が入った。 すでに敵の攻撃はない。 敵の集結地点はここからかなり離れているし、その方面からの侵入はセンサーで感知出来る。 センサーに反応はない。 「この島ともこれでおさらばだな」 「米軍は、この島を放棄するんですか?」 「違う」 二宮は笑って言った。 「中華帝国は、このままなら降伏するよ」 「―――えっ?」 「連中の補給線を止めた上で小さく叩く。小出しに戦力を使わせれば連中の物資は底を突く」 「……」 「泉。補給線が切れるっていうのは、お前が想像しているより遙かに怖いことだぞ」 「―――はい」 補給線が断たれる恐怖。 そう言われても実戦経験の浅い美奈代には、どうしてもピンと来ない。 ただ、バカみたいに頷くだけだ。 「米軍はこれから制海権と制空権を奪取に動く。後は空から空爆で中華帝国を叩く。こうなればほとんど一方的な戦いになる」 「うまくいきますか?」 「行ってもらわねば―――」 ピーッ! 「熱源っ!」 「何っ!?」 ズンッ!! 二宮騎のMC(メサイアコントローラー)、青山唯中尉の警告。 二宮の驚いた声。 そして、二宮騎が吹き飛ぶ音。 それを美奈代はすぐには理解出来なかった。 目の前で半身を吹き飛ばされた二宮騎が、ゆっくりとジャングルの中に倒れようとしていた。 「泉准尉っ!」 美奈代より早く現実に立ち戻ったのは牧野中尉だ。 彼女の鋭い怒鳴り声が、茫然自失の美奈代を無理矢理に現実に引き戻した。 「―――な、なんですか!?今の!」 「大口径ML(マジックレーザー)の狙撃!」 牧野中尉は引きつった声で言った。 「ま……まさか」 「二宮教官は!」 「バイタル反応正常……せ……センサーに反応なし?そんなバカ……な」 牧野中尉の意識は、敵攻撃に備えたエネルギー感知モニターに集中していた。 ログを見ても、何の反応もない。 「魔法反応まで……ど……どうやって?」 「中尉っ!」 ギンッ! 美奈代の声と、鋭い戦闘機動で、牧野中尉は我に返った。 「て、敵は!」 「センサーに反応なしっ!」 「じゃあ、アレはなんですか!?」 牧野中尉が見たスクリーンに映し出される3騎のメサイア。 重装甲をまとった“歩く要塞”さながらの騎だった。 それは、牧野中尉が見たことのない騎だった。 即座にライブラリーが開かれるが、 「不明っ、該当騎なしっ!」 そう答えるしかなかった。 「い……一体!?」 美奈代達は知らない。 中華帝国側の参謀が言った“帝剣”。 否、それさえ違う。 目の前にいるのは――― 「おそらく、中華帝国側の試作メサイアです」 牧野中尉はそう結論づけた。 「エンジン出力、その他の反応、“帝刃(ていば)”や“赤兎(せきと)”とは比較になりません」 パワースペックは間違いなく“帝刃(ていば)”の倍では効かないだろう。 フレーム反応も最新型だろうことを示している。 あの厚さの重装甲が本物なら、実剣は通らない。 牧野中尉はデータがとれていることを確認しながら、背筋を震わせた。 「こ……こんなの量産されたら!」 厄介じゃ済まない! その声が上がる前に、3騎は動いた。 「准尉っ!後退を!」 牧野中尉は叫ぶ。 データがない敵と斬り結ぶことが如何に危険か知っている牧野中尉の判断は正しい。 だが、 「教官を見殺しにする気ですか!」 美奈代にとって、敵が何だろうと、ここで逃げることは出来なかった。 二宮教官を助ける。 それこそが、美奈代の全てだったのだ。 迫り来る敵は長い柄に斧を付けたハルバードを振りかざす。 対する美奈代騎は斬艦刀を抜刀。 戦いの火ぶたが切って落とされた。
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/197.html
●アフリカ 某所 門(ゲート)付近に展開した輸送艦隊のランプが開かれ、妖魔達が列をなして乗り込んでいく。 物資運搬用の車両が砂塵をあげて駆け回っている。 「急げっ!」 「ぼさぼさしている奴は置いていくぞ!」 士官達が殺気だった声を上げる。 「搬入出来る物資は全て積み込め!人類にくれてやる理由はない!」 「……正直」 そんな光景を一望出来る小高い丘の上。 民間軍事会社“イシス”から送り込まれたユム中将は、苦々しげに見つめていた。 空は気象操作によってここ数日、暗い雲で一面覆われている。 そんな天気のせいでもないだろうが、高い背を白い軍服で包み、カイゼル髭を生やした昔の海軍将校さながらの外見を誇る彼の顔には、明らかな疲れが見て取れる。 目の前で、彼の部下達がやろうとしているのは、10年間多大な犠牲の元、守り続けてきたアフリカ大陸からの撤退なのだ。 勝利もなにもない。 敗北に敗北を重ね、それでもなお、戦い続けてきた彼等は、司令部からの紙切れ一枚、撤退命令一つでこの地を放棄しようとしているのだ。 彼はそれを指揮しているのだ。 それだけに――― 「この命令は受け入れがたいものがあります」 それが本心だ。 「……ま、そうでしょうな」 硬い表情のまま頷くのはユギオだ。 「しかし、これが最も効率的なのです」 「……我々は」 ユム中将は手にした指揮杖を掴む手に力を込めた。 「さほどに無力でしたか?」 「……人類の共闘者が」 ユギオはその問いかけに答えなかった。 「予想以上に頑張ってくれた。すぐ近くまで軍を進めてくれたのです。ここで我々が血と資金を浪費するより、彼等に後を託す方が効果が望めるのです」 「この大陸で、この日を迎えるために、一体、私の部下が何万、犠牲になったかわかった上での発言ですか?」 「リームトスの英雄と呼ばれた閣下の発言とも思えませんね」 ユギオは言った。 「あなたの勤務する“イシス”は、利益を追求する民間会社です。主義主張や、兵隊の意地によって戦いを続ける存在ではありません。あなたとも、そういう雇用契約のはずだ」 「……」 ユム中将の目の前で、輸送艦がよろめきながら離陸を開始した。 舞い上がった砂塵の嵐が地上の他の妖魔達の姿をかき消してしまう。 「戦争における効率と利潤を追求するのが、あなたの務めです。つまらない意地で、会社に損害を生じさせるのはあなたのすべき事ではない」 「……正直」 ユム中将は答えた。 「いろいろと言いたいことはありますが、ここで言うべきではありますまい」 「……どうも」 「して?」 ユム中将は訊ねた。 「我らが心強いお味方でいらっしゃる、その中華帝国軍というのは、どの辺にいらっしゃるのです?」 アフリカからの魔族軍の突然の撤退。 それは、魔族軍残存部隊への最終攻撃作戦を意味する、アビシニア作戦第四段階開始の半日前になって確認された出来事だった。 順調に攻略作戦が推移した場合、魔族軍が立てこもるだろう場所は、EU軍司令部にもあらかじめ分かっていた。 作戦の開始数ヶ月前から、魔族軍自身が半径数十キロを越える一大塹壕陣地を構築し始めたからだ。 そこは、どんな気象学者にも理由が分からない、半径50キロにわたる雲のカーテンがかけられた“クラウド・フィールド”―――魔族軍の門(ゲート)付近から西へ100キロの地点。 塹壕構築の見本として保存したい。 これは芸術だ。 ドイツとフランス双方の工兵隊長が絶賛した程の塹壕陣地が完成したのは、第二段階の攻略半ばのことだ。 第三段階がすでにスタートした時点で、EU軍は全軍に動員をかけ、この陣地攻略に向けた準備を始めた。 対する魔族軍も、各地の陣地を放棄し、ここに集結を開始しつつあった。 連日、EU軍参謀部では、発狂者や自殺者が出るほど模擬戦闘シミュレーションが繰り返され、そのデータを元に、攻撃手順が厳密に定められた。 アフリカに送られた補給物資は、各集積所に山のように積み上げられていた。 総兵力60万がアフリカの土を踏んだ。 全ては、第四段階。 この陣地攻略のためだ。 そう。 この陣地攻略とはすなわち、 史上空前絶後の一大陣地攻略戦。 そう呼ぶにふさわしい代物だったのだ。 勝利すればしたでよし。 敗北したところで、それでもよい。 戦うことこそに意義がある。 EU軍司令部には、戦う前からそんな空気が生まれていた程、人を熱狂させる規模の作戦となるはずだった。 所が、EU軍は歴史に残るべきその戦いを前に――― 「敵に逃げられただと!?」 そういうことになった。 “消滅” マスコミは、魔族軍を“撤退”したと報じなかった。 “消滅”した。 そう報じた。 この表現ほど、EU軍にとって、目の前で起きたことを適切に表す表現は存在しない。 何しろ、数日間、魔族軍陣地の上空を覆っていた雲が晴れた後には、魔族軍陣地は全て痕跡すら残っていなかったのだ。 撤退なんて生やさしいものじゃない。 消滅という言葉以外に、表現のしようがなかった。 「一体、我々は魔族軍に勝利したのか?それとも見捨てられたのか?」 魔族軍陣地跡に立ったEU軍総司令官ハンス・E・ミューゼル大将が、そう困惑した顔で語ったというが、まさにその通りだった。 EU軍には、勝利したという実感はこれっぽっちも存在していなかった。 そして、その翌日にはEU軍を新たな問題が襲った。 この作戦のために投入した兵力の処遇だ。 余剰に近い大兵力をそのまま撤退させるのか? 現場での2日間の混乱と、4日間に渡る国家首脳レベルの会議が、この問題のためだけに費やされた結果、ヨーロッパ各国首脳は声明を発表した。 「我がヨーロッパには、未だ脅威が存在する」 後にミュンヘン宣言と呼ばれる宣言は、その一言から始まった。 「かつて13世紀、ヨーロッパを窮地に追い込んだタタール人の恐怖が、再び我々に襲いかかろうとしている。 文明を破壊し、人々が営々として築き上げてきた全てを焦土と化し、奪い、殺し尽くしたタタール人。 多くの都市が彼等の略奪と虐殺としてこの地上から消え去ったことは、歴史が教えている。 彼等が人類に与えた罪は、はかり知ることが出来ない。 彼等の罪、そして、彼等の暴虐を、我々は過去の出来事として忘れようとしていた。 だが、それは歴史の闇から突然に現れた。 すでに、アジア、中東、世界中が彼等によって攻め落とされ、多くの罪なき人々が殺され、或いは奴隷となっている。 このまま彼等の暴虐を放置することは、我々の滅亡を意味しかねない。 彼等をヨーロッパに近づけてはならない。 彼等を中東から駆逐し、アジアに叩き返さねばならない。 我ら文明の指導者たるヨーロッパは、そのために武器をとらねばならない」 大凡、そんな趣旨だ。 かつて一大帝国を築き上げたモンゴル人と中国人を同一視する辺りはどうかという意見はあるが、かつて中国人は、モンゴル軍の主として工兵部隊に属し、バグダッド周辺の灌漑施設を破壊しまくった過去がある。 バグダッド周辺の環境悪化の一因が彼等にあることを考えれば、大凡間違いとも言い切れない。 西欧人にとって中国人とモンゴル人を区別しろという方が無理だ。 すでにサウジアラビアの首都バーレーンは陥落し、王族はヨーロッパへ亡命。 トルコ帝国を始め、中東方面の大半の国が中華帝国に恭順している。 これにより、中東からの原油の対欧州向けの輸出は実質停止。 中華帝国はEU全体に対する対話を完全に拒み、各国の個別交渉によるEUの切り崩しに動いていた。 中華帝国が中東において強く出られたのは、トルコを同盟に取り込み、地中海のEUの動きをけん制出来たこと、そして、アフリカの魔族軍を警戒するがあまり、EU軍が中東に軍を進めづらいという判断があったからだ。 今、その脅威がアフリカから消えた。 中東の原油資源確保のため派遣された中華帝国軍は25万。 彼等に、EU軍は狙いを定めようとしていた。 ●“鈴谷(すずや)”艦長室 「―――正直な話」 美夜は言った。 「一番びっくりしたのはEUじゃなくて、中華帝国の連中でしょうね」 「まぁ、ね。それにしても」 二宮は船窓の外を眺めた。 舷側の航行灯が赤い点滅を続けていた。 「航行灯の灯りが、こんなにきれいだったなんてね」 「―――そうでしょう?」 頷く美夜の顔は、どことなく嬉しげだ。 「―――まぁ、しばらくのことだけどね」 船窓の向こう、ヘッドライトの列が走っていく。 EU軍が移動しているのだ。 「中華帝国の連中、何か言ってるの?」 「いろいろオドシはかけているみたいよ?」 美夜はクスクス笑った。 「もう制海権も制空権もないに等しいけど」 「先にネをあげた方が負けってことね」 「そういうこと」 美夜はサイドボードからウィスキーのグラスを取り出した。 「どう?」 「いただくわ……それにしても」 ウィスキーが注がれる間に、二宮は続けた。 「あの子、どうするの?」 「フィアのこと?」 コクン。 二宮は無言で頷いた。 「……気にするな。という方が無理よね」 「MCR(メサイア・コントローラー・ルーム)からの単独コントロールで戦闘機動かましたなんて、ありえない」 「……ええ」 二宮が言う通りだと、美夜も思う。 「元候補生にして総隊長経験者に言うのもなんだけど、MC(メサイア・コントローラー)は結局の所、人間で言えば体と感覚器を司る大脳。対する騎士は運動を司る小脳。大脳たるMC(メサイア・コントローラー)が小脳を兼ねるなんて、ちょっと信じられない」 「厳密には違うというべきでしょうけどね」 美夜は苦笑しながら言った。 「言いたいことはわかる。でもね?真理」 グラスに口を付けた美夜は、諭す様な口調で言った。 「今、私達に必要なのは―――戦力よ」 「ターゲット、距離2600。こちらフィア・ツヴォルフ騎。射撃、開始します」 甲板に寝そべった“幻龍改(げんりゅうかい)”が大型の狙撃砲を構える。 目標はアデン湾の岩場にペンキで書かれた×印。 フィア騎の横には弾着観測のため、染谷騎が片膝の体勢で待機している。 「こちら“鈴谷(すずや)”司令部。ツヴォルフ騎へ。射撃許可」 「了解」 「レコードだって!」 さつきが興奮気味に言った。 「スゴイよあの子!」 「着弾範囲が2メートル?ML(マジックレーザー)でもあるまいに」 宗像もあきれ顔だ。 一人、面白くないという顔をするのは美奈代だけだ。 「あれなら安心だな」 「嫌っ!」 美奈代達が通路にさしかかったところで、そんな怒鳴り声が響き渡った。 「絶対にイ・ヤッ!」 フィアの怒鳴り声だ。 「わかってくれ、フィア!」 相手は染谷だと、その声でわかった。 美奈代達は、思わず互いの顔を見合うと、そっと通路の角に近づいた。 通路の角の向こう側。 困惑する染谷と、顔を真っ赤にしているフィアがいた。 「何で!?どうして!?」 フィアはその愛らしい瞳に涙まで浮かべ、肩で息をするほど怒っている。 「私、言われた通りに狙撃した!頑張ったもん!艦長だって成績認めてくれたでしょう!?」 「だから!」 染谷も珍しく感情的になっている。 「君を戦場に連れて行くわけにはいかないんだって!」 「だからどうして!」 「よく考えて。フィア!」 染谷はフィアの細い肩を両手で抱きしめるように押さえた。 「君は立場がわかっていないんだ」 「わかっている!私はあのメサイアっていうのを動かせる!私は“メース使い”の能力あるから、あんな精霊体と同調することなんて簡単なんだから!」 「そういうことじゃくて!」 染谷は、一度、天井を仰ぎ見てから言った。 「君は間違いなく、魔族に狙われている」 「そんなの関係ないでしょう!?私は瞬と一緒にいたいの!瞬が側にいなければ、私の時間は動かないの!」 「僕は君を危険に曝したくないんだ!」 染谷は、そっとフィアを抱きしめた。 「好きな子に危険な思いをさせたくない」 「……あの女はいいの?」 「誰のことかは聞かないよ。大切なのは君だけだ」 そう、耳元で囁く染谷の声を聞いた美奈代は、突然、その場を走り去った。 ―――きっつ~い。 ―――ちょっと……いくらなんでも。 それを見送ったさつきと美晴が、小声でそう言い合うのも無理はない。 誰のことかは、皆が知っているのだ。 そんな彼女たちの前で、染谷は言った。 「君が一体、何者で、どうして魔族が君を狙っているのかは聞かない。誰にも言うつもりもない。だけど」 「―――だって」 フィアは悲しそうな眼で言った。 「それを知ったら……」 「……」 「―――瞬は絶対、私を愛してくれなくなるから」
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/198.html
ドンッ! 「のわっ!?」 ドアから飛び出してきた美奈代にもろにぶつかったのは都築だ。 「痛ってぇ~っ」 ぶつかったショックで、後頭部をモロに壁にぶつけた都築は、ぶつかった相手が美奈代だと知って、怒鳴ろうとしたが―――。 「て!……って」 その顔を見た途端、都築の毒気が全て抜けた。 美奈代は泣いていた。 涙を流しながら、都築の前から逃げ出そうとしていた。 「―――待てよっ!」 都築はとっさに美奈代の腕を掴んだ。 「ど、どうしたんだよ!」 「かっ……」 ヒック! しゃくり上げた後、美奈代は怒鳴った。 「関係ないでしょう!?離してっ!」 「落ち着けって!」 乱暴に都築の腕を振り払おうとするが、都築の方が力は強い。 逃れられるものではなかった。 逆に抱き抑えられてしまった。 「何が起きた!」 その胸に抱きしめられたせいだろうか。 それとも、単にそれが我慢の限界だったのか――― 「―――っ!!」 美奈代は、都築の胸の中、大声で泣き出した。 泣くだけ泣いた。 自分の中で、何かが終わったことを。 何も出来ずに、何かが終わってしまったことを。 美奈代が痛い程思い知らされた結果だ。 そして――― 都築は、美奈代が泣き続ける間、ずっと美奈代を抱きしめていたが……。 「落ち着いたか?」 「……」 美奈代は無言で頷いた。 「……ならいい」 まるで軽く突き放すように美奈代から離れた都築は、そのままどこかへ消えていった。 その晩。 美奈代は体調不良を理由に夕食に出てこなかった。 染谷が薄情だと怒りをあらわにするさつき達が、この夕食の席で聞いたことは二つ。 一つは、狙撃能力を買われたフィアが、艦防衛のために狙撃砲付きの“幻龍改(げんりゅうかい)”に搭乗することが決定したこと。 もう一つは――― 都築が、染谷をぶん殴って営倉に送られたことだった。 ●サウジアラビア米軍陣地 目の前の光景に青くなっているのは俺だけじゃない。 こんなの、冗談じゃねぇ! ロバート・キャッチャー中尉は、自分にそう言い聞かせ、無線めがけて怒鳴った。 「司令部!機甲部隊が出現したぞ!あれは敵か?」 ●サウジアラビア駐留軍司令部 「こっちに砲を向けてているなら敵に決まっているだろうが!」 駐留軍司令官デビット・クラークソン中将は部下の報告に怒鳴った。 「暑さで脳みそがくさったのか!?」 「し、しかしっ!」 参謀長が反論した。 「うるさいっ!必要なことだけ報告しろ!敵の装備はどの程度だ!?中古戦車に恐れを抱く必要がどこにある?」 「それが……」 参謀長と参謀達が互いに顔を見合った。 自分の上官が、全く現状を把握していないことを、その言葉で知ったのだ。 この目の前の人物は、このサウジアラビアに中東の貧国が攻め込んできた程度の認識しか持っていないのだ。 「エリア36の第691大隊からの報告では、チャレンジャー2。同じくエリア75の第683大隊からはレオパルド2」 「……何だと?」 クラークソン中将は、懸命に頭を働かせて訊ねた。 「どこの部隊だ?この辺でレオパルドを装備した国はトルコ……」 「EU軍です。閣下」 参謀長は語気を強め、言った。 「我々の目の前に展開しているのは、EU軍なのです!」 「……っ!」 さすがにクラークソン中将の顔色が青くなった。 欧米が武力を持って相争う事態―――それは「世界大戦」と呼ばれるあの赤色戦争以来の事態だ。 そんなことになったら……。 冗談じゃない。 しかも、そうなるか否かは、自分の判断にかかっているのだ。 もっと、冗談じゃない! 「閣下!」 通信兵が通信文を手に敬礼した。 「EU軍ヨーゼフ・ミュラー大将より通信です」 「……読め」 「はっ……しかし」 「何をためらう」 「はっ」 通信兵は通信文に目を落としながら言った。 「……発EU軍司令部 宛ヤンキー共 本文。“どけ”。以上です」 ……クックックッ。 クラークソン中将は歯を食いしばって喉の奥で笑った。 その目は血走っていた。 「どけ?だと?」 声が震えていた。 「しかも……私はテキサス人だぞ?レッドリバーから北側の連中と私を同格に扱うとは……」 「……閣下?」 恐る恐るという感じで声をかけた参謀長に、クラークソン中将は言った。 「参謀長」 「はっ」 「文明国らしい回答をしてやれ」 ●アメリカ合衆国 ワシントンD.C ホワイトハウス 「悪夢だ」 大統領は、疲れ切った顔で執務椅子に身を沈めた。 「……なんてザマだ」 世界に冠たる大国アメリカ合衆国。 その最高司令官たる大統領の口からはき出されるのは、国民を鼓舞する演説ではない。世界最強の軍隊を動かす命令でもない。 失望のため息だ。 「一体、何がどうしてこうなった……?」 比喩すべき対象に困る程の劇的な変化が、世界に訪れたのだ。 変化のまず第一は、中東の親中国家の崩壊と、中華帝国軍の中東からの撤退開始だ。 EU軍はアフリカで使用しなかった兵力を移動させ、紅海を越えて中東に侵攻する動きを見せたことは先に述べていた通りだ。 その中でも、最も過激な行動に出たのは、親EUの立場にあったラムリアース帝国軍だ。 彼等は半ば奇襲に近い方法でトルコの国境線を突破。 世界最強クラスのメサイア部隊と魔法騎士部隊による首都アンカラに対する強襲攻撃により、トルコをわずか1日で無条件降伏に追い込み、自らの支配圏にトルコを組み、同盟国であるEU軍を通過させた。 地中海からトルコを通過することが可能になったEU軍は、これに呼応してシナイ半島に上陸。わずか3日で現地を制圧。 地理的に、ヨーロッパからの攻撃に対する防壁を任されていたトルコを失ったことで、イラクはアナトリア半島とザグロス山脈の2方向からEU軍とラムリアース帝国軍を相手にすることを余儀なくされた。 オイルダラーの国とはいえ、資金を全て軍事力に回しているわけではない。 バグダッド周辺は2日でメサイアによって制圧された。 これ以降、中東の親中国家は、満足な抵抗もなくEU軍に蹂躙されるに任せることになった。 彼等の頼みの綱である中華帝国軍は、ペルシア湾周辺に展開する米軍を楯にEU軍の追跡をかわし、アラブ首長国まで後退、EU軍はそれを追撃していたのだ。 そして、その追撃の先には米軍が展開していた。 EU軍からは“どけ”という命令に近い通信に対して、クラークソン中将曰く“文明国らしい回答”である中指を立てるジェスチャーで返すことで、対立は決定的となった。 EU軍が本気で米軍とぶつかりあう覚悟があることは、その布陣でわかる。 兵力差は圧倒的だ。 陸軍中東派遣軍からは、増援を求める要請が矢継ぎ早に送られてくる。 だが、海軍の大西洋艦隊からは大西洋の主要ルート全域がEU軍によって抑えられていると報告が入っている。 兵力を送りたくても送る手段がない。 「クラーク補佐官」 ジョージ・バラマ大統領が、目の前に立つ男に声をかけたのは、椅子に座ってからかなりの時間が経過した後だった。 「関係国から?」 「EUからは72時間以内の中東から撤退を要求されています。撤退の動きが無き場合は……」 「……我が親愛なる中華帝国(イエローモンキーども)は」 「……」 駐米大使に顎で使われてきたバラマ大統領から出た“イエローモンキー”という蔑称に、補佐官は眉を動かした。 「どうした?」 瞑目する大統領は、ただ、補佐官からの回答がないことにだけ反応した。 「……回答は何もありません」 補佐官は答えた。 「中華帝国軍は、わが軍の施設・物資まで用いてアラビア海めざして移動中」 「大国と名乗るクセに……」 バラマは肩をすくめて見せた。 「義務と負担を求められた途端、三流国を自称する……手のかかる女と一緒だ」 「……」 「クラーク。君も経験はあるだろう?生意気に男女平等を唱える女に限って、都合が悪くなればこういうのさ。“私は女だもの”。 奴らはオンナだ! タチの悪い、悪辣で計算高いクソアマ共だ!」 バンッ! バラマは執務机を平手で叩くと立ち上がった。 「我々は、そんな腐れ雌にとっつかまったアホな雄だ!」 「……」 唖然とする補佐官の前で、大統領は大声で怒鳴った。 「財布を掴まれて、どうしようもなくなった、人生の敗北者だ!」 ドカドカと音を立て、落ち着きを失った様子で歩き回るバラマは、何度も深呼吸を続ける。 「さっき、あの偉の野郎が来たが、もう私は会わないぞ!EUと中華帝国の間を、うまく泳ぎ切ってやろうなんて考えた、私が浅はかだったんだ!」 ピタッ バラマの足が止まった。 「クラーク」 「はっ」 「君は昨日、面白いことを言っていたな」 「……は?」 「極東の話だ」 「……ああ」 補佐官は頷いた。 「情報ソースは確実です」 「間違いないんだな?」 「大金さえ積めば、魔族軍の情報さえ金額次第で」 「機密費を使い、有益な情報を得るんだ。アフリカで失った利権を、極東で帳消しに出来るはずだ」 「日本ですか?」 「あんな借金だらけの島国に価値はない」 バラマは手を横に振った。 「“それ”を口実に、ユーラシアで利権を獲得するんだ。情報を集めるだけ集め、ペンタゴンと協力して、至急プランを練りたまえ」 「ま……まさか!」 補佐官は目を見開いて、大統領を見た。 薄ら寒くなるような笑みを浮かべる大統領の意図を、補佐官はその職務上、もとめられる能力で正しく読みとったのだ。 「た、対中戦線を……?」 「考えてみれば」 クックックッ……。 バラマは笑った。 「馬鹿げたほど単純なことだ」 その後、何かを言いかけたバラマが崩れ落ちた。 胸を押さえ、その場にうずくまったのだ。 「閣下!」 補佐官が慌てて駆け寄る。 「だ……大丈夫だ」 バラマは苦しげな顔で、補佐官に手を振った。 「君はさっきのことを実行に移せ。それと―――バルモアを呼んでくれ」 バラマが執務椅子に座ったのを見届けた補佐官は、一礼して執務室を出た。 それが、彼が見た生きたバラマの最後の姿だった。 一晩営倉にぶち込まれた都築は、翌日の朝には営倉から出された。 取り調べに当たった美夜曰く、「ガキの色恋沙汰に関わっていられる程、軍隊はヒマではない」そうだ。 元来、美奈代をその気にさせた後、あっさりとフィアに乗り換えた染谷が悪い。 そう言われても、染谷自身が否定は出来ない。 ―――違う。 染谷こそが、反論する権利さえ持たないのだ。 ―――優秀な模範生だが、それだけだった。 二宮の人物評価もまた辛辣だった。 最も期待されていた候補生が女性問題を引き起こしたとあっては、黙っていることは出来ない。 指揮官として人物的な信頼を失った以上、染谷に部隊長を任せることは出来ない。 否。 部隊に置いておくことそのものが危険だという二宮の判断もあり、染谷はフィアと共に、ヨーロッパ経由で補給物資を運んできた輸送艦で、一足先に日本へ送り返された。 実質上の更迭だ。 ―――女性問題で更迭されたようなものだ。 ―――染谷の軍人としての将来は終わった。 二宮達、教官の意見は辛辣だ。 優秀として将来を期待され、見限られた者ほど惨めな者はいない。 宝石のように大切にされる立場から、ゴミ同然に見捨てられる。 その惨めさは、味わってみなければわからない。 輸送艦に移乗する染谷達を見送った者は、誰もいなかったのは、その証拠のようなものだ。 せいぜい、フィアがいなくなったことを嘆く男性整備兵が大量にいた位だ。 何より、皆が去る者を構っている状態ではなくなっていた。 アフリカ奪還成功からずっとアフリカ近郊で待機を命じられ続けた“鈴谷(すずや)”に、ようやく指令が下ったのだ。 曰く――― 「インド洋を突破し、本国へ帰還せよ」 遠回しな自決命令下る。 美夜が艦長日記にそう書き残したのも無理はない。 輸送艦を改造しただけの飛行艦に、単独で敵が制海権と制空権を持つ空域を、数週間かかって移動し、生きて帰ってこいなどと言う方がどうかしているのだ。 だが、その背後には、実は重大な世界情勢の変化があったことを、どうか理解して欲しい。 EU軍によるアフリカ奪還からの10日間。 それは、美奈代達がアフリカ上空で干されているだけでは終わらなかったのだ。
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/213.html
●3日後 レイテ島沖合 “鈴谷(すずや)” 南米からほとんど休養もなしで航海と戦闘に明け暮れた“鈴谷(すずや)”に、ようやく補給艦“能登”が接触した。 “鈴谷(すずや)”より大型の補給艦が、洋上でドッキングアームを伸ばして、“鈴谷(すずや)”とドッキング。 そのまま平行して航行する光景は、ちょっとした見物だ。 飛行し続ける飛行艦同士を伸ばしたアームで接続。その状態で物資や人員の行き来を可能にするには、速度、高度、あらゆる条件を双方の艦が満たし続けなければならない。 ちょっとしたきっかけでドッキングアームが外れでもしたら、中の物資や人員は、アームごと“不可視の海”に叩き込まれ、原子の塵と化してしまう。 飛行士ながらの飛行艦同士の補給は、それほど高い操艦技術を要求されることなのだ。 「“鈴谷(すずや)”と“能登”両方のMC(メサイアコントローラー)さん達がデータリンクして動かしているんだって」 飛行艦同士が一糸乱れぬ平行を見せる、その航行技術に半ば感動していた美奈代にさつきが言った。 「この間、MC(メサイアコントローラー)さん達、ずっとSCL(シップ・コントローラー・ルーム)の中詰めっぱなしで、少し可哀想だけどね」 「まぁ……みんなのためだから少し我慢してもらうしかないような気も」 ドッキングアームのハッチが開き、双方の行き来が開始された。 外からはわからないが、中が物資や人員の搬送エレベーターになっているドッキングアームからは、“能登”が積み込んできた様々な物資が“鈴谷(すずや)”へと送り込まれる。 「知ってる?“鈴谷(すずや)”のMC(メサイアコントローラー)って、私達とかわんないんだって」 「へえ?」 「たしか榊心(さかき・みこと)少尉とか聞いたなぁ。食堂で見たことあるけど、かわいい女の子だよ?」 「女の子がこんな飛行艦扱うのかぁ」 ドッキングアームに入りきらない大型物資を運ぶキャリアが能登を発艦したのを眺めながら感心したように頷いた。 「すごいな。機会があったら顔くらい見ておきたいなぁ」 「でね!?」 待ってました!と言わんばかりにさつきが目を輝かせた。 キョロキョロと辺りを見回すと、美奈代に小声で言った。 「その子に……宗像がフラれたって」 「へぇ?」 突然の言葉に目を丸くしたかと思うと、美奈代の目には野次馬根性丸出しの光が宿る。 「詳しく聞きたいな」 「うん♪実はね?」 そんな会話をする二人の真下。一機のTAC(タクティカル・エア・カーゴ)が“鈴谷(すずや)”に着艦しようとしていた。 ●“鈴谷(すずや)”ハンガーデッキ 「程度は申し分ないわね」 “能登”へ運び込むために大型TAC(タクティカル・エア・カーゴ)へ移し終わったばかりの緑のメサイアの残骸。 その頭部を見上げる場所で、そんな声をあげたのは白衣を羽織った背の低い女の子。 赤毛のショートカットにクリッとした目が可愛らしい。 名を津島紅葉(つしま・もみじ)という。 近衛では中佐という破格の待遇を与えられている。 「―――で?」 「こっちだ」 横に立つ坂城が親指で指さしたのは、検証のため装甲を外されたメサイアの腕。 メサイアの動力部―――電磁筋肉が丸見えだ。 「へえ?」 飛行艦内の無重力に慣れているらしい。理系には珍しいほど機敏な動きで床を蹴った紅葉は、手助けもなくメサイアの腕部にたどりつくと、白衣が汚れるのも気にせず電磁筋肉の中に顔を突っ込んだ。 「―――どう見る?」 「E Gの」 あちこちを触りながら、紅葉は答えた。 「EMS22-308Gね。見通者(シーカー)仲間のDr.プーキシンが、借金返済のために作ったヤツ。よく出来た作品だから覚えている」 「よくわかるな」 坂城は事前に何も言っていない。それでも何一つ間違うことなく紅葉は答える。 「……さすがというべきか」 「こっちはイギリス……こっちのセンサーピンはドイツ……あっちこっちで盗んできた代物でしょうね。こりゃ、建造費高いのか安いのか」 紅葉はようやく腕部から顔を出した。 「肩部装甲のフローシステムはラムリアースから盗まれたヤツ。手配回っているからはっきりわかる。あっちこっちにシリアルナンバーを削り取ったり、何か偽装した痕跡がある。メサイアのパーツなんて戦略物資の最たるものだから」 「……あの国のこった。闇マーケットとでも繋がってんじゃねぇのか?」 「あの国そのものが、闇マーケットだもん」 紅葉は笑って答えた。その視線の先には、修復や整備を受けるメサイア達がいた。 二宮騎は右脚部を根こそぎ吹き飛ばされ、“能登”が運んできた交換パーツの組み付けが始まっていた。 「で?私にわざわざTAC(タクティカル・エア・カーゴ)使ってまで見に来いって誘ってくれた、面白いモノってのは?」 「こっちに保存してある」 それは、メサイアの残骸が山積みになっている大型TAC(タクティカル・エア・カーゴ)の横に停止していた、一回り小型のTAC(タクティカル・エア・カーゴ)。 ペンキが劣化しているのか、ペンキがあちこちで剥げかけている巨大な筒がそこに横たわっていた。 「何しろ、X線を通さねぇから中の構造がわかんねぇ」 「……でしょうね」 紅葉は強ばった声で言った。 「これは―――こんなところで実物拝むなんて思わなかったわ」 「ん?」 「アフリカ戦線で魔族軍が使っていた大型砲よ。まともに喰らったメサイアが蒸発したって報告、読んだことがある」 「やっぱり、出所はそっちかい」 筒の横に転がされているのは、その直撃を受けた美奈代騎のシールドや二宮騎の装甲が参考用として積まれている。 分厚いメサイアのシールドが、まるで熱であぶられたプラモデルのように溶けている。 整備生活30年近い坂城も、メサイア携帯用ビーム系兵器の攻撃で装甲がこんな風になったなんて、聞いた試しがなかった。 「原理が応用出来れば、ML(マジックレーザー)分野での革新的結果が残せるわ」 「出来るかい?」 「やってみる」 紅葉は筒にとりついた。 触った手にひやりとした感触が走る。 「問題は」 その感触に、思わずポツリと呟いた。 「コイツを私がコピー出来るかね」 ●ボルネオ島中華帝国軍陣地 鼓膜が破れそうな音と、口を開けば舌を噛みそうな程激しい振動が支配する世界。 空爆を受ける世界とは、大凡そういうものだ。 米軍の猛烈な反撃は、鉄の嵐という言葉を具現化した形で行われた。 上陸用舟艇から発射されるロケット弾攻撃。 艦の種類を問わない艦砲射撃。 昼夜を問わない爆撃機による空爆。 地下陣地を駆使して死に物狂いの抵抗を見せていた中華帝国軍だったが、火炎放射装備のグレイファントム部隊の前には為す術もなかった。 戦闘開始から3日。 中華帝国軍は、すでに沿岸部陣地を放棄。 ボルネオ島の山間部への移動し、少数によるゲリラ攻撃に戦術を変更していた。 一方、米軍は中華帝国軍が潜んでいるとおぼしき場所に容赦なく絨毯爆撃を続け、グレイファントムを投入し、将兵をジャングルごと焼き払った。 中華帝国軍将兵は、戦闘と呼ぶにはあまりに一方的な戦況の中、米兵を震え上がらせる程の戦いを見せた。 導火線に火のついた爆薬を背負い、全身に銃弾を浴びながら米陣地へ飛び込んだ少年兵や、戦死者の山に数日間潜んで米軍の後背から攻撃を仕掛け、倍する戦力の米軍と差し違えた部隊などは枚挙に暇がない。 昼夜を分かたず、死を怖れず、果敢、いや、狂ったように攻撃してくる中華兵、そして彼らがジャングルの中に仕掛けた様々なトラップに、米軍兵士達は心身ともに追いつめられた。 肝心のグレイファントム相手にでさえ、中華兵達は生身で立ち向かったのだ。 火炎掃射のため接近するグレイファントム。 その予想針路にあるタコツボや砲撃孔に水を入れておき、グレイファントムが近づくとその孔に身を潜める。 グレイファントム達の熱源探索にひっかからないための工夫だ。 そして、その巨大な脚が近づくなり穴から飛び出してグレイファントムの脚に踏みつけられる。 背中に背負っていた高性能爆薬がその代償として、グレイファントム達の足を吹き飛ばす。 突然この攻撃を喰らい、ショックで火炎放射装置のトリガーを引き、前方を移動していたグレイファントムを火達磨にしたケースもある。 あるいは、対戦車ランチャーを火炎放射装置にむけて発砲。一瞬で火葬された騎も一騎や二騎ではない。 最も弱いはずの歩兵が、世界最強のグレイファントムを喰う。 苦肉の策として、前進するグレイファントムの周囲を歩兵が守るに至っては、グレイファントムは、米軍将兵にとっての守護神の位置から引きずり降ろされ、単なる兵器に落ちぶれることを余儀なくされた。 米軍再上陸作戦開始から一週間が経過。 負傷を理由に後送される米軍兵士の内訳は精神的異常者―――つまり、発狂したり精神に何らかの障害を生じたと判断された者が、肉体的負傷者の2倍に達した。 それだけで、中華兵達がどれほどの戦いぶりを見せたかがわかるだろう。 その中華兵達達を率いた朱少将は、すでに陸戦艇を降りていた。 朱少将達司令部スタッフに銃を向けてまで降ろした陸戦艇艇長以下、陸戦艇乗組員は、海岸に上陸する米軍上陸部隊に対する阻止砲撃を敢行。 日米両軍の航空隊数十機を撃墜し、グレイファントム6騎、戦車25両、数百名の海兵隊員達を吹き飛ばし、第一次上陸作戦を失敗に追い込んだ代償として、戦艦と砲撃部隊の集中砲火を浴び、乗組員全員が戦死した。 “赤兎(せきと)”や“帝刃(ていば)”達も可動騎はすべて米軍陣地に斬り込み、擱座(かくざ)した騎から、手近なグレイファントム達に抱きつくなどして、米軍を巻き添えにした壮絶な自爆を遂げて逝った。 脚をやられるなどして稼働しない騎はML(マジックレーザー)砲台として戦闘に参加。 集中砲火を浴びて倒れて逝った。 すでに、中華兵達には弾薬も食料も医薬品も、何一つ残されていなかった。 戦闘開始から10日目を過ぎた辺りから、ジャングルの動植物を食べ、毒に当たって死ぬ兵士が続出。 それでもなお、米軍に投降した兵士は数える程しかいない。 投降するフリをして、米兵に隠れたところで手榴弾の安全ピンを抜く兵士ばかりが目立った。 おかげで米兵は蠅の集った中華兵の死体にまで銃撃を加えてからでなければ恐ろしくて近づけない。 動く中華兵は例え投降の意志があったとしても、撃ち殺す。 そうしなければ、自分が殺されるという恐怖感が先に走るのだ。 部隊からはぐれた挙げ句、空腹に耐えかね、食べ物を求めてジャングルをさまよっていた少年兵が、今、米兵達に取り囲まれていた。 跪かされ、両手を掲げた少年兵は、まだ歳の頃は18程度だろう。 ボロボロの軍服から見える白いうなじが痛々しい。 「殺さないで」 少年兵は泣きながら懇願した。 「死にたくありません」 言葉が違う。 通じるはずがない。 それでも、懇願するしか、少年兵に出来ることはなかった。 涙に歪む顔を覗き込む米兵達の顔には何の感情も浮かんでいない。 その中の一人が、顎で少年兵をしゃくった途端――― バンッ! バンバンバンッ! ジャングルの中にそんな音が響いた。 両手を掲げた大の字の姿勢で、少年兵の死体が兵士達の輪の中に転がった。 銃弾を浴びて穴だらけになった軍服から血が噴き出し、ジャングルを血で染める。 「―――おい」 くわえタバコを少年兵の死体に放り捨て、軍靴で踏み消した兵士が隣にいる兵士に声をかけた。 少年兵と年端は変わらないだろう若い兵士は、上官である人物の声に弾かれたように反応した。 「はいっ!」 「銃剣はつけているな?」 米兵達は、時にナイフや先端を鋭く削っただけの即席の槍だけで襲ってくる中華兵に対応するために、小銃に銃剣を装着していた。 「はい」 「―――やれ」 若い兵士は、何を命じられたかわかっている。 上陸してからというもの、死体に出会うたびにやらされている。 最初こそ、その手に走る感触に気絶しそうにさえなったが、今では何とも思わない。 兵士は小銃を構えると、少年兵の死体を数回、刺した。 心臓と肝臓を中心に数回。 米兵達の言う、死体チェック。 本当に死んでいるか、銃剣で突き刺して調べるという代物だ。 もし、何かの間違いで少年兵が生きていたとしても、これで致命傷になるはずだ。 「終わりました」 少年兵の死体に深々と刺さり、血まみれになった銃剣を引き抜いた兵士は報告した。 「―――よし」 新しいタバコに火を付けた兵士は、何でもないという顔で死体を一瞥し、 「移動するぞ」 そして、少年兵を刺すことを命じられた兵士に言った。 「ジャック、“耳狩り”をしてからついてこい」 「はい」 ジャック。 そう命じられた兵士を除き、他の兵士達は移動を開始する。 残された兵士は、小銃から銃剣を引き抜くと少年兵の耳を掴んだ。 中華帝国軍がかくもあっさりと敗北した理由。 それははっきりしている。 補給だ。 米軍が南シナ海の補給路を破壊した。 これに対し、中華帝国軍司令部は満足な対応をとらなかった。 朱少将が熱望した補給は、最後まで満足に行われなかった。 補給の代わりに司令部が朱少将に命じたのは、地下資源の予定通りの納入だった。 地下資源補給のノルマを達しないなら、補給はないと思え。 補給線を断たれ、輸送手段も失った朱少将達に司令部はそう言ってのけた。 再三に渡る補給要請はすべて握りつぶされた。 そして、米軍上陸阻止失敗の報告を受けた司令部は、朱少将の更迭と地下資源採掘施設の全ての破壊を命じて来た。 敗北の責任を現地司令官の朱少将一人に負わせ、ボルネオ島の資源を敵に渡さないための措置だった。 米軍上陸開始から12日目 朱少将はジャングルの中にあった洞窟で自決。 自らの意志ではない。 命令によるものだ。 洞窟の周囲は、負傷兵や戦死者の死体にまじって、まだ動ける兵士達が飢えと闘っていた。 周囲に米軍の姿はない。 弾薬切れ、燃料切れ、修復不能―――補給一つでどうにでもなりそうな理由で、彼らは米軍と戦うどころではなくなっていた。 米軍の重爆撃隊がこの洞窟付近を空爆し、グレイファントム達が周囲を焼き払ったのが丁度14日目。 米軍はこの日正式にボルネオ島の占領を宣言。フィリピンから東南アジアへと通じる反撃ルートをようやく開くことに成功。 対する中華帝国軍は、インドネシアにかなりの戦力を割かれる結果に陥った。 実はこの日――― 北京ではちょっとした動きがあった。 中華帝国軍補給部門の軍官僚6名と民間海運会社の幹部25名が逮捕されたのだ。 容疑は、ボルネオ島守備隊に対する補給物資の横領及び横流し。 食料150トン、武器弾薬2個師団分を搭載した大型コンテナ補給艦“成都605号”及び同“大興301号”が軍司令部命令によって海南の軍港を出港したのは米軍上陸作戦の前。 続いて“広西705号”が出港。 その後も数隻が守備隊向けに補給物資を書類上は輸送していた。 帳簿上の結果は―――米軍の攻撃により沈没。 全ての物資が朱少将達の元に届いていれば、ボルネオ島守備隊将兵はあと1ヶ月は戦え、戦況は大きく変わっていただろうという点で、米中の研究家の意見は統一されている。 それほどの物資の輸送を担当したのが、軍の依頼を受けた“長福海運”だ。 補給担当の軍官僚と海運会社は結託してボルネオ島守備隊向けの物資を洋上で別の船舶に載せ替え、船舶は、途中で、あるいは任務達成の後、帰途に攻撃を受けて沈没したとして軍から補償金を受け取った。 沈没していないのに沈没したと虚偽の報告をした船は、艦名を塗り替えて船籍名簿に別な船として記載、即座にベトナムなど東南アジア方面の別業務に就かせた。 再三に渡る補給が届かないのは補給線が断たれているせいだ。 朱少将達はそう思っている。 一方、少なくとも何割かの物資は届いていると報告を受けている上層部は、物資不足は朱少将の焦りによるものという補給部門の虚偽報告を鵜呑みにし、地下資源が届かないことに苛立ちを募らせていた。 補給要請はすべて補給部門の軍官僚によって握りつぶされ、その補給物資は彼らの私腹へと消えた。 結果としてボルネオ守備隊は文字通りの玉砕に追い込まれ、中華帝国軍の東南アジア方面の作戦手順に致命的な影響が生じた。 それが、皇帝に告げられた事態の“真相”だ。 だが…… 考えてみて欲しい。 軍官僚とはいえ、補給部門のスタッフが再三に渡る補給要請を完全に握りつぶすことが出来たのか? 横流しで得た利益の7割が戦後もどこに消えたのか、その流れがようとして掴めないのは何故か? オーストラリア軍と中華帝国軍が両端から攻める形でインドネシアが完全に両軍の支配下に置かれた日、軍官僚達は 家族諸共、火刑台に消えた。 彼らは、一切の真相を口にすることもなかったが、多くの国民はわかっていた。 この事件の黒幕がどういう連中かを―――
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/193.html
その頃、フィアは艦内の通路にいた。 まだ“鈴谷(すずや)”が輸送艦の指定を受けていた時分は、その辺が休憩スペースだった頃の名残で、通路の一区画だけが広くなっており、採光のため大きくとられた窓からは夜の帳が降りるアフリカの雄大な景色が楽しめる。 フィアが艦内をうろついている最中に見つけたお気に入りの場所だ。 ―――狭い部屋は嫌いなの。 ―――何故? ―――だって ―――だって? ―――牢屋みたいじゃない。 ―――牢屋?だって、君はもう…… ―――あんなちっちゃい窓しかないなんて、牢屋じゃない。 ―――船の窓は、みんなあんなものなんだよ。 ―――そ、そうなの? 最初に入れられた鉄格子入りの部屋から移された最初の日。 ここを見つけて、窓から見える世界に見入っていたフィアに声をかけたのは、探しに来た染谷だった。 ―――あんな狭い窓から世界を見ていたら、本当の世界まで狭くなるわよ? ―――それは違うよ。 と、彼は言った。 ―――世界を狭くするんじゃない。 ―――この広い世界で迷わないように、わざと狭くするんだ。 ―――目標になる部分だけに絞って、わき目もふらず。 彼は、自分の両手を顔の両側に添えて見せた。 ―――そうすれば、どんな広い世界でも迷わない。 ―――目指す場所だけ見えているから。 バカみたい。 そう思った。 そこが目標だなんて、誰が決めたの? だから、私は言ってやったんだ。 ―――あなたの目標って、何? ―――なんだろうね。 彼は苦笑しながらそう答えた。 その屈託のない笑顔が、私に言わせたんだ。 ―――私、なってあげようか? ―――えっ? ―――あなたの目標に。 私は言ったんだ。 ―――私だけを見なさい。 彼に、言ったんだ。 ―――私があなたの目標。この広い世界でどんなに迷っても、帰ってこれる母なる港、あなたのしとね。それが私よ?覚えていてね? そこまで思い出して、フィアは顔に血が上るのがわかった。 今更ながら、何という大胆なことを言ったんだろう。 恥ずかしくてたまらない。 今日のキスだって、本当に瞬が心配だっから、脇目も振らずにその胸に飛び込んだんだ。 だけど―――だけど!! 「―――っっ!!」 フィアは顔を押さえてその場にうずくまってしまった。 私はなんて言う大胆な女の子なんだろう! いくらライバルのあのブスから瞬を引きはがすためだとはいえ、瞬にしてきたことだけ思い出せば、まるで恥知らずの娼婦じゃない! 違う! 娼婦以下の恥知らずな痴女だ! 今のところ、瞬は私を受け入れてくれているけど、一体、駿は私をどんな女の子だと思っているんだろう! 心配だ! 心配すぎるっ! 「―――おい」 突然、背後からかけられた言葉に、フィアは飛び上がって驚いた。 自分がどんな悲鳴を上げたかさえ定かではなかった。 「……楽しいな」 美夜だった。 「あ……こ、こんばんわ」 窓に張り付いて挨拶するフィアに、美夜はちょっと微笑んで小さく会釈した。 「何だ。最初の頃にはずいぶん警戒されていると思ったが」 「だっ……だって」 フィアはぷぅっと頬をふくらませ、そっぽをむいた。 「こ、怖かったし……何もわかんなかったし……」 「そうか」 隣、いいか? そう断って、美夜はフィアの横に立つと、無言で船窓から夜景を眺めていた。 艦内放送が始まったのは、その時だ。 飛行艦の単調な時間の推移の中ではストレスも貯まる。 だから、食後のこの時間に、艦内に音楽を流すことにしている。 美夜が艦長になる前からの伝統だ。 静かなピアノの調べと、艶めかしくさえある歌手の歌声を、フィアと美夜はただ黙って聞いていた。 「……あの」 フィアも、相手がこの船で一番偉い人物だと知っている。 「今の、なんて歌ですか?」 「―――ああ」 美夜はちょっと笑って言った。 「Fly me to the moon―――私を月へ連れてって」 「……」 フィアは不意に歌い出した。 「Fly me to the moon 私を月へ連れてって Let me sing among those stars 星達の間で歌わせて Let me see what spring is like On Jupiter and Mars 木星や火星の春を私に見せて」 「……ほう?」 美夜はかなり驚いた。という顔でフィアを見た。 「きれいな歌声だな」 「ありがとうございます」 「……」 「……」 「……?」 「……続きは?」 「……ああ」 続きの歌詞を思い出し、フィアは小さく笑った。 「この続きは」 「続きは?」 「駿のベッドで」 「……は?」 「生きて帰ってきたご褒美にとっておきます」 「……そうか」 美夜は苦笑しながら頷いた。 「あの甲斐性なしのどこがいいのかわからないが」 「ムッ―――瞬は!」 フィアが言いかけた瞬間。 ドンッ!! 爆発音がして、艦が激しく揺れた。 艦内の照明が消え、赤い予備電源がともる。 「きゃっ!?」 宙に浮いたフィアを抱きかかえた美夜は、腰の艦内通信装置を手にした。 「平野だ!何の騒ぎだ!?」 「敵襲ですっ!」 副長の高木が艦橋で美夜に答えた。 「敵メサイア数4、本艦に向けて接近中!―――はいっ!」 美夜の指示を受け、高木は怒鳴った。 「FGF(フリー・グラビティ・フィールド)、即時全周囲展開!“伊吹”機関部の出力は全てそっちへ回せっ!」 バンッ! 機関部を狙った一撃が、空中で消えた。 「ほう?」 エーランドはその光景を前に顔を楽しげに緩めた。 「重力防御か!」 部下の騎も艦橋や船体めがけて砲撃を続けているが、全て艦に届く前に無力化されている。 「全騎、攻撃を対重力防御壁用弾頭へ切り替えろ!」 「何とか逃げられそうか?」 フィアに部屋へ戻るよう命じた後、美夜はすぐに艦橋に入った。 「FGFで防御だけは出来ていますが」 高木は顔をしかめたままだ。 「こっちからも反撃出来ません」 「―――やむを得ないな」 いわば魔力によって展開された楯であるFGFは、魔法だろうが実体弾だろうが全て防御出来る万能の楯だ。 しかし、万能過ぎて身内の攻撃までを無力化してしまう。 FGFを展開している間は、敵も味方も何も出来ることといえば、お祈りする位だ。 「最大戦速発揮、ジブチのEU軍に救援信号を出せ」 「し、しかし!」 「元々、ジブチ上空でも十分支援出来る算段だったんだ。それに、万一の際はジブチに戻ることは、染谷達も知っていることだろう?」 美夜はインターフォンをとると言った。 「艦長より整備!メサイアは出せないのか!?」 「そいつは無理だ!」 インターフォンに怒鳴りかえしたのは坂城だ。 その背後では装甲を外され、フレームが丸見えになった二騎のメサイアが並んでいた。 「完成まで、あと120時間はかかるぞ!文句ならぶっ壊した奴らに言ってくんな!山科のを!?それならさっさと言ってくれ!早く終わるぞ?コクピット調整に6時間だ!沈むのが早いか、コクピット調整が終わるか?そんなこと、俺が知るか!」 艦が激しく揺れた。 「周囲の雑音にかまうな!野郎共っ!さっさと仕事続けろっ!」 「―――きゃっ!?」 通路に押し出されるようにして、ハンガーデッキに飛び出してきたのはフィアだった。 誰もが自らの任務に集中して、フィアに構っている余裕なんてどこにもない。 「あ……あれ?」 フィアは、自分が道を間違えたことを知った。 ここは知っている。 あのメサイアとかいう兵器の格納庫だ。 2騎のメサイアがあちこちから火花をあげながら整備を受けている。 でも――― フィアは床を蹴ると、宙を舞った。 「どうして!」 その2騎とは別に、さらに奥で1騎がほったらかしになっている。 フィアはその騎の側で整備兵を捕まえた。 「どうしてこの騎は動かないの!?」 「しかたないんだよ!」 突然の闖入者に驚きながらも、若い整備兵は言った。 「操縦システムが故障していて、下半身が動かないんだ!」 「何よそんなの!」 フィアは、そのメサイア―――“幻龍改(げんりゅうかい)”を睨み付けた。 無言で立つ“幻龍改(げんりゅうかい)”は、フィアに何も答えない。 整備兵に手を引かれ、フィアは再び床に降り立った。 「嬢ちゃん!」 その整備兵はフィアに言った。 「ここ、危ないから!安全な場所へって……お、おいっ!」 その整備兵の前で、フィアは再び床を蹴ると、“幻龍改(げんりゅうかい)”の方へと流れていった。 「整備班長っ!」
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/186.html
飛び込んでくる敵に対して、美奈代騎は、フェンシングの突き技と同じ要領で半身を前に出し、斬艦刀を片手で突き出した。 そして、斬艦刀の切っ先が敵騎の装甲にめり込んだのと同時に柄から手を離した。 突き技の衝撃で、斬艦刀を折らないためだったが、そのまま騎体を半回転させた所を敵騎はその勢いのまま駆け抜ける。 美奈代は、その背中めがけて容赦なくシールドのエッジを叩き付けた。 「―――ぐぅっ!?」 騎体パーツがバラバラに粉砕される中、騎体が地面に叩き付けられる衝撃に、エーランドは歯を食いしばって耐えた。 「こ、こんな―――」 騎体はもう動かない。 スクリーンはすべてブラックアウト。 操作系はどこかショートしたらしく煙が出ている。 「こんなデタラメな話があってたまるか!」 エーランドは、脱出装置を作動させた。 緊急救難信号が発信され、開閉操作が効かなくなったハッチが吹き飛ぶ。 密封されていたコクピットに太陽の光と空気が流れ込んでくる。 「―――ここまで私に恥を掻かせるとは!」 チュインッ!! 毒づきながらコクピットの外に出たエーランドの手元で何かが弾けたのはその瞬間だ。 「何だ!?」 手を思わず引っ込めた。 まだ爆発は起きていない。 だが、何かが弾けたのは確かだ。 「ん?」 パンッ! チュインッ! 何かが弾けた場所を確かめようとかがんだ所を、何かがかすっていった。 黒い、小さな塊だった。 それが、高速で自分めがけて飛んできた。 弾けたのはその塊だと、エーランドは理解した。 飛ばして来た相手を求め、周囲を見回したエーランドは、自分の騎が擱座した場所がどこかようやく理解した。 自分を撃破した敵騎の前、自分が倒した敵の真横だった。 仰向けに倒れたその騎の胸部装甲が開かれ、そこから上半身を出したパイロットが、こちらめがけて右腕を伸ばしている。 その手に掴んだモノが、どうやら金属の塊を打ち出す武器だ。 エーランドはそこまで理解すると、即座に行動に出た。 一息で、武器を持つ相手の所まで跳躍、その腕を掴んだのだ。 相手が、再びあの金属の塊を打ち出す余裕をエーランドは与えなかった。 右腕を掴んで、相手をねじ伏せたエーランドは、その時初めて相手が女性であることに気づいた。 「―――女?」 自分を睨み付けてくるのは、エーランドにとっては妙齢の女性。 その女性の口から何事か言葉が漏れる。 “離せ”とでも言っているんだろうが、エーランドにとってはどうでもよかった。 「まぁいい」 エーランドは喉で笑うと、相手の右腕を抑える腕に力を込めた。 グッ 「うっ!」 女は、うめき声を上げ、武器を掴む力を失う。 エーランドは、女から武器を取り上げ、そして言った。 「安心しろ。私は女は殺さん」 武器を取り上げられてもなお、戦う意志を瞳に浮かべる女に、エーランドは小さく吹き出した。 「夢見が悪いからな」 女がエーランドに飛びかかってきたのはその時だ。 だが、エーランドの一撃が女を襲う方が速かった。 みぞおちに入った一撃で女は力なくエーランドの腕の中に崩れ落ちる。 「―――活きのいい女だ」 クイッ。 みぞおちの痛みに必死になって耐える女のあごを掴んだエーランドは言った。 「また逢おう」 そして――― 「二宮教官っ!」 “征龍改(せいりゅうかい)”から降りた美奈代が駆け寄ってくる。 美奈代の手には自動小銃が握られていた。 「ご、ご無事ですか!?」 敵騎を擱座させた美奈代にとって誤算だったのは、敵騎のパイロットが二宮を人質にしたことだ。 なにがどうしたものか。 それとも魔族とはそういうやり方をするのかわからないが、二宮の最後の抵抗をねじ伏せた魔族は、二宮をその場にねじ伏せ、動きを止めた。 コクピットの中に入りこんだため、二人が何をしていたかはわからない。 ただ、二宮を巻き込む危険性が高すぎ、美奈代達は、何も出来なかったのは確かだ。 おそらく、時間にして数分とたっていないだろう。 その間、二宮を人質にとられた美奈代には恐ろしく長い時間が過ぎた気がした。 すべてを終わらせたのは、海からの攻撃。 重迫撃砲と思われる攻撃が連続して美奈代騎の周囲に落下する。 シールドを構え、防御姿勢をとる間に、海岸から突如、得体の知れないフォルムのメサイアが出現。 その手の中へと、魔族は消えていった。 美奈代がコクピットへ潜り込んで体勢を整え直すよりも速く、敵は海へと消えていった。 もし、敵が美奈代騎を狙っていたら、美奈代は確実に死んでいただろう。 「二宮教官っ!」 何故か呆然として口元を指で抑える二宮に呼びかけるが、二宮はまるで反応しない。 ただ、顔を赤くして、ぼんやりとしているだけだ。 「教官っ!?」 美奈代はその肩を激しくゆすった。 「……泉」 「はい!」 「……頼みがある」 「な、なんですか!?」 「……私が」 どこか焦点のあわない目をした二宮は、美奈代に言った。 「私が、あの魔族と何をしていたか、忘れてくれ」 「わ、忘れるもなにも……」 美奈代は困惑した顔で答えた。 「私、何も見えていませんよ!」 「そ……そうか」 二宮は安堵したという顔でため息をついた。 「それならいい」 「あの―――教官?」 「忘れろ」 二宮はそう言うと、コクピットに潜り込んだ。 唖然としてコクピット前に立つ美奈代に、コクピット内部から二宮が届いた。 その声は、軍人としての、そして教官としての声でしかなかった。 「泉―――ベルゲはどうなっているか?」 「人類の新型兵器……か」 カーメン大佐がスクリーンの向こう側でうなるような声を上げた。 「エルプス系魔法の応用技術であることは間違いありません」 エーランドの横に立つ女性士官が、書類片手に言った。 司令部から派遣されてきたマイナ技術大尉だ。 「物質の原子レベルでの結合を崩し、原子崩壊させることで物質そのものを破壊します。騎体の損傷痕に、エルプス系魔法独特の痕跡があることから明らかです」 「実体系武器では対抗出来なかったと?」 「武器がその役割を果たしません」 マイナ技術大尉は言った。 「エルプス系魔法の前で実体系兵器及び防御は一切無意味です」 「……そうか」 カーメン大佐は、数回、小さく頷くと言った。 「マイナ技術大尉を信じよう。エーランド少佐には悪いことをした」 「いえ」 エーランド少佐は、その外見故か、若干気障に見えるほど優雅に敬礼した。 「マイナ技術大尉がヒートサーベルを持ってきてくれました。同じ過ちは繰り返しません」 「当然だ」 「……」 数分後。 相次ぐメースの喪失をねちねちといびるカーメン大佐との通信を終え、瞑目して落ち込んだエーランドの横。 そこでは、マイナ技術大尉が表情を変えずにエーランドを見ていた。 人形のような美しく涼しげな容姿をしたマイナ技術大尉は、金髪の貴公子然としたエーランドの横に立つとちょっとした似合いだな。と、その様子を眺めていたシグリッド大尉は思った。 「?……ああ」 その視線に気づいたのか、エーランドはマイナ技術大尉に向き直った。 「すまなかったな。大尉」 無理に笑ってみたつもりだが、ぎこちないだろうとエーランドは自身でそう思った。 「いえ」 マイナ技術大尉は、愛想笑いを浮かべることさえなく、手にした書類をエーランドの前に突き出した。 「ツヴァイ4騎と、関連武装の受領書類です。確認の上、サインを願います」 エーランドは無言で書類を受け取る。 何故か一瞬、顔を引きつらせ、一番上の書類だけを自分のポケットにねじ込むと、二枚目にペンを走らせた。 「その……マイナ技術……大尉」 受け取った書類を確認したマイナ技術大尉は、引きつった顔を崩せずにいるエーランドに言った。 「騎体と部下を失ったことに関する始末書と進退伺いを3時間以内に提出してください。それと、一枚目に挟んでおいた、損害賠償と罰金の件ですが、お支払い方法はいかがなさいますか?」 エーランドは悲しげな顔をしながらも、精一杯胸を張って答えた。 「もちろん、漢(オトコ)らしく現金一括払いだ!」 「……低金利のクレジット会社、紹介しましょうか?」 「いらんっ!」 ●“鈴谷(すずや)”艦橋 「残念なことになったわね」 「……そうね」 美夜と二宮の目の前で炎上を続けるのは、エーランドが放棄したメース、ツヴァイだ。 騎体の鹵獲(ろかく)を狙ったが、仕掛けられていた自爆装置が作動。 騎体は一瞬にして炎の中に消えた。 火葬を前に、敵騎の秘密がわかると期待していた面々には失望の色が走る。 「よっぽど私達に騎体を渡したくないみたいね」 「……そうね」 「……」 「……」 「……真理?」 「何?」 「敵と、何があったの?」 「……何も」 「……そんなにいい男だったんだ」 「何のこと?」 「今、顔に出たわよ?」 ●“鈴谷(すずや)”教官室 「ひでぇもんだ」 長野は、書類をデスクに放り投げると、コーヒーを飲もうと椅子から立ち上がった。 コーヒーメーカーの横に置かれたインスタントコーヒーの瓶を掴むと、中身を慎重に確かめた。 日本から持ってきたお気に入りのストックは、残り1本。 それでさえ、残りは瓶の半分にも満たない。 「……シャレにならねぇ」 「誤字脱字、ありましたか?」 長野のぼやきを聞いて声を上げたのは、長野の隣のデスクでパソコンを動かしていた美晴だった。 「いや?」 長野はコーヒーを淹れながら首を横に振った。 「損害が大きすぎると思っただけさ」 口ではそう言いながらも、長野が顔をしかめたのは、二宮がまとめた“伊吹”生存者に関する報告書を読んだからだ。 富士学校から派遣されたのは教官・候補生が31名、教員は12名とMC(メサイア・コントローラー)が19名となっている。 この数で、自前の“征龍改(せいりゅうかい)”6騎と、正規部隊から回されてきた“幻龍改(げんりゅうかい)”12騎を運用する。 さらに第二中隊から派遣され来た“幻龍改(げんりゅうかい)”6騎、騎士とMC(メサイア・コントローラー)、それぞれ6名ずつがこれに加わっていたが……。 「今や半分も残っていねぇとはな」 そう。 彼等の半数以上が“伊吹”と運命を共にしたことになる。 22騎存在した騎体に至っては10騎しか存在しない。 “伊吹”から引き出して修復した騎を加えて10騎なのだ。 長野は、生き残った騎体の割り当てに関する書類の作成を命じられていた。 “征龍(せいりゅう)”は元々第七分隊が使うことになっているし、今更使用者たる候補生の人選を変更して、セッティングを変えるくらいなら、第七分隊に使わせた方がいいと、長野は判断していた。 余談ではあるが、どうにもパソコンが苦手な長野は、柏美晴に代筆を依頼していた。 美晴に頼んだ理由は、長野曰く、彼女が候補生の中で最もキーボードの入力が速いと定評があることと、何よりMC(メサイア・コントローラー)に頼むと高くつきすぎるからだという。 それにしても……。 コーヒーカップに口を付けた長野は、二宮でさえ怒りを通り越してあきれたという出来事を思い出した。 “伊吹”で奇跡的に生還した3人組のことだ。 山科教官とその教え子2名。 第三分隊隊長の都築と副長の山崎だ。 何故生き残ったのか。 その報告は、長野でなくても顔をしかめるしかないものだった。 “伊吹”被弾の時。 候補生達は出撃騎搭乗者とそうでない者に分けられ、後者はブリーフィングルームで待機を命じられていた。 だが、そのいずれにも山科教官達の姿はなかった。 壮行会の際、山崎教官の深酒につきあわされた都築と山崎共々、二日酔いでドクターストップがかかっていたからだ。 素行不良で問題教官扱いされることが多かったとはいえ、そのおかげで彼らは命拾いしたことになる。 どういう皮肉か、長野にはわからない。 それに対して、さすがだと長野でさえ感服するのが、出撃部隊にいながら生還した第一分隊長の染谷だ。 染谷は“幻龍改(げんりゅうかい)”に搭乗し、池田大尉の背後、第一分隊二番騎につけてハンガーデッキで待機していたところで“伊吹”の被弾に遭遇した。 発艦準備中のフライトデッキ内部に飛び込んだ一撃は発艦待機中のメサイアを吹き飛ばし、メサイアが積載していた広域火焔掃射装置(スイーパーズフレイム)を破壊した。 広域火焔掃射装置(スイーパーズフレイム)から発生した消火困難な火災を含む爆発は、ハンガーデッキからフライトデッキへの進入経路までを一瞬のうちに、乗組員や騎士、そしてMC(メサイア・コントローラー)ごと破壊した。 元来、弾薬や可燃物には事欠かないハンガーデッキだ。 爆発は爆発を生み出した。 激しい衝撃により、染谷騎は他の騎が搭載していた弾薬の爆発に巻き込まれ擱座した。 他の教官や候補生達の騎も、ほぼ全騎が似たような状況、もしくは破損した騎の下敷きになって動かすことが出来ない有様だった。 メサイアに搭乗したままでは艦内から出ることが出来ないと判断した染谷は、教官である池田大尉に騎体放棄の許可を求めたが、池田大尉は染谷達にかまうことなく、自分だけ強引に“征龍改(せいりゅうかい)”で脱出を試みた。 結果は、池田大尉は妖魔の群れに襲われて死亡したのだが、反面、その後の染谷の行動は優等生の典型的模範例を示していた。 まず、MC(メサイア・コントローラー)と共に騎体を放棄し、ブリーフィングルームも含め、負傷者だらけとなったハンガーデッキを駆け回り、まだ動ける者達をまとめると、彼らと共に、負傷兵達を安全な場所へ移した。 デッキ内部にあふれたリキッドやオイルが引火すれば自分たちが危険になると判断したのも染谷が一番速かった。 ハンガーデッキに侵入した妖魔達から逃れるため、生存者と共に居住ブロックへ逃れ、たった一カ所のエアダクトを除き、すべての通気口と通路を閉鎖し、籠城の構えを指揮したのも染谷だった。 生存者達が、池田大尉のように逃げ出していれば妖魔達の餌食は避けられなかっただろう。 すべては染谷候補生の英雄的な決断力と行動力によると、二宮は報告書をまとめている。 長野も否定はしない。むしろ肯定的にとらえている。 そこまで考えて、長野は美晴に訊ねた。 「染谷候補生はどうしている?」 美晴はコーヒーを受け取りながら意味ありげな笑みを浮かべた。 「お忙しいと思いますけど?いろいろと」 「?」 ●“鈴谷(すずや)”第3層通路 グイッ! 「きゃっ!?」 ハンガーデッキからの帰り道。 候補生同士の打ち合わせを終えた美奈代は、部屋に戻る途中、突然、通路の角から飛び出した腕に手首を掴まれた。 何だと思うヒマさえなく、真っ暗な部屋に放り込まれた時には遅かった。 ガチャッ。という音を、背後で聞いた。 「なっ?」 振り返った美奈代が見たものは、ドアの前に立つ金髪の少女だった。 日本人ではマネ出来ない、その西洋人系特有の容姿。 “金色の妖精”という言葉が脳裏に浮かんだ。 そのあまりに美しい少女は、すでに艦内で知らない者はいない。 美奈代は、目の前の相手について、フィアという名前と、自分にとって個人的に好ましくない相手だという認識だけは持っていた。 「あの……」 「―――お願いってわけじゃないんだけど」 美奈代の言葉を遮るように、やや敵意をむき出しにた声で、フィアは言った。 正直、フィアの声を初めて聞いた美奈代は思わず後ずさった。 (こ……声まで可愛いなんて) 外見だけでなく、声まで愛らしいなんてあんまりだ。 美奈代は、女として自分が負けていることを、嫌でも自覚させられた。 神様、私、何かしましたか? 「……聞いているの?」 ドアを背に美奈代を睨みつけるフィアにそう言われ、神様に文句を言いに逝った美奈代は、現実に戻った。 「え?うえええっ!」 「……」 その素っ頓狂な声に、一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべたフィアは、美奈代に言った。 「これ以上」 その声色で、暗闇の中でも、美奈代にはわかった。 この子は、私を嫌っている。 でも―――どうして? フィアはそんな美奈代の心境に構うことなく言った。 「―――瞬(しゅん)に近づかないで」 瞬。 染谷瞬(そめや・しゅん)。 それは、美奈代にとって意中の男性の名だ。 「なっ?」 「瞬は私のものよ」 フィアは勝ち誇ったような、むしろ美奈代を哀れむような表情でドアノブに手をかけた。 「彼……優しくしてくれるの」 ●“鈴谷(すずや)”食堂 「そんなものは」 コーヒーを飲みながら美奈代の話を聞いていた宗像は、表情さえ変えずに言った。 「ハッタリだ」 「で、でも……」 美奈代は、染谷がフィアに気に入られていることを理由に、その身の回りの世話を命じられているのを知っている。 フィアを“語り石”に運ぶ際、フィアをコクピットで守っていたのが染谷だった。 あの戦いの中、自分のために必死になる染谷の姿に、フィアが惚れたというのが実情らしい。 「あの染谷にそんな甲斐性があるなら」 宗像は、落ち込む美奈代に手を伸ばし、その腹のあたりをなでた。 「お前の“ここ”は大変なことになっているぞ?」 「なっ!?」 「ふむ……すでに大変なことになっているな」 宗像が美奈代のお腹の肉をつまんでいる。 「レーション食べ過ぎたな。スカート、大丈夫か?」 「ち……ちょっと心配だ」 「全く」 美奈代の腹から手を離し、クックックッ……喉を鳴らして笑う宗像は、尊大なまでにゆったりと落ち着き払った様子で美奈代に言った。 言葉と態度に、不思議な威厳を感じる。 「お前の悩み事といえば、どうしてそう子供じみているんだ?」 「だ……だけど」 「恋のライバルからケンカ売られて?それだけで負けたとでも?」 「……」 「―――あの容姿だから、無理もないとは思うが」 「……そういえば、宗像は」 おや?と思った美奈代は宗像にたずねた。 「あの子には手を出そうとか、考えないのか?」 「外人は専門外だ」 宗像は言った。 「私は……そう、日本人形のような女の子は大好物だが、西洋人形はどうにもダメだ」 「……はぁ」 「菓子は和菓子に限る。日本人としてそう思うだろう?泉」 「……まぁ」 「……ずいぶんと生返事だな」 「和菓子と女の子を同列に語られても……返答に困る」 「全く……美意識のない奴だ」 その日の夕方。 “鍵”を乗せた飛行艦が針路を変えたという報告を、エーランドが受けたのは、食堂でのことだ。 トレイに乗った夕食を目の前に、エーランドは報告を聞いていた。 そのエーランドの前では、マイナ技術大尉がさっさと食事を始めている。 「予想針路は?」 船の生活で数少ない楽しみである食事をお預けされたエーランドは、厳しい士官としての表情を維持したまま、報告にきたムブナ中尉に訊ねる。 その間も、マイナ技術大尉の食事が止まることはない。 「情報では、ホルムズ海峡経由でドバイに入る予定でしたが」 「違うのか?」 「はい。ソコトラ島から北東へ針路をとっていたのですが、針路を真北にとりました」 「真北へ?」 マイナ技術大尉の持つフォークが、エーランドのトレイに伸び、チキンの照り焼きに突き刺さった。 「―――ぐっ!」 「何かお心当たりが?」 「いや―――続けてくれ」 「はっ。このままでは1時間後にアラビア半島に上陸します」 「敵の目的は何だ?」 マイナ技術大尉が、エーランドのトレイに伸びた。 「……実は」 ムブナ中尉が言いづらそうな表情になった。 マイナ技術大尉が、空になったトレイをエーランドの前に戻した。 「どうした?」 腹は減るが、それよりもエーランドの関心は、敵の動きにあった。 自分達が追跡していることを察知して針路を変えたというのか? ムブナ中尉は答えた。 「……実は、現在、インド洋に展開中の水中戦隊を含む全部隊に、一時的なインド洋から撤退及びアフリカ大陸への帰還命令が出ました」 「撤退?」 「はい」 ムブナ中尉は頷いた。 「理由はわかりませんが、人類が何か、大きな行動に出ると」 「何だそれは?」 「末端の我々にはわかりません」 「司令部は我々に何と?」 「人類側の電波情報に注意しつつ、追撃を続行しろ……と」 ●“鈴谷(すずや)”艦橋 「いい加減にしてくださいっ!」 美夜を夕食に誘いに来た二宮は、艦橋に入った途端に飛んできた美夜の金切り声に思わず飛び上がった。 一体、何を怒られたのかわからず、目を点にする二宮の前で、艦長席から立ち上がった美夜が顔を真っ赤にしてスクリーンを睨み付けていた。 「毎回毎回、どうしてそんな無茶ばかり!」 「これは命令だ」 スクリーンの向こう側。 そこは、アラビア海から遠く離れた東京だ。 一体、顔面に筋肉を持っているのかさえ疑わしい仏頂面を浮かべるのは、作戦部の田辺部長だ。 彼の後ろには、東京の夜景が映されている。 何故、東京タワーなのかはわからないが、少なくとも近衛軍飛行艦隊司令部が、東京タワーに近い場所に存在しないことだけは、二宮も知っている。 その目の前で、背景が次々と変わる。 春の富士山が映える田子の浦と近衛軍にどんな関係があるのかは、さらに知らない。 お祭りの山車に近衛が関係しているとは思えない。 日本を遠く離れた飛行艦乗り達への精一杯の配慮。とでも言うつもりだろうが、二宮には、怪しい外国人が日本を騙るためにでっち上げた背景としか考えられない。 「“鈴谷(すずや)”は針路を変更し、アラビア半島を横断、バーレーンに向かえ」 「何故、ホルムズ海峡経由ではないのですか!」 美夜は顔を真っ赤にして怒鳴る。 「この“鈴谷(すずや)”の貧弱な武装で、ただでさえ政情不安定なアラビア半島を、活きて横断出来ると?“鈴谷(すずや)”に沈めというんですか!?」 「作戦部は“鈴谷(すずや)”に対し、隠密行動をとることを命じる」 「飛行艦に隠密行動なんてとれると本気で考えているのですか!?副司令を出してくださいっ!」 「副司令は会議中だ」 「今度はどこの料亭です!このままなら“鈴谷(すずや)”は―――」 「……アラビア海は明日から嵐だよ。平野艦長」 脅し文句を言いかけた美夜をとがめるように、田辺部長は言った。 「嵐?」 美夜は、田辺部長の映るメインモニター横の気象情報ディスプレーを見た。 「……サイクロンは」 「違う」 田辺部長は、その太い猪首を横に振った。 「嵐が吹くのだ」 「……は?」 「本来なら、バーレーンさえ……いや、バーレーンこそが危険なのかもしれない」 「……?」 怪訝そうな顔をする美夜に、作戦部の部長は続けた。 「しかし、すでに補給物資はバーレーンに納入されている。現地米軍基地で受領してもらうしかない。“鈴谷(すずや)”をどう動かすかは、それからだ」 「……一体?」 「これは一般回線だ。平野艦長」 田辺部長は、何かを振り切るような顔で、そして強い口調で美夜に言った。 「これは厳命である。“鈴谷(すずや)”はバーレーンの米軍基地ににて物資補給後、現地にて別名あるまで待機せよ」 「……」 「―――もう一度、言わせる気か?」 「わかりました」 美夜は敬礼した。 「“鈴谷(すずや)”はこれより変針、アラビア半島を横断し、バーレーン米軍基地へ向かいます」 「……幸運を祈る」 艦長席に乱暴に座ると、背もたれにもたれかかり、美夜は歯を食いしばる。その肩は小刻みに震えていた。 「一体……司令部は……何を……」