約 83,017 件
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2415.html
44 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 30 53 ID IF2Ju81M 4年前 「ねぇ、絆って何なんだろう」 「前にも言っただろ、実在しない夢さ、ただの下らない夢」 「けれど、人は夢を見ずにはいられなくて」 「利巧とは思えないね。夢は破れるもの。太陽目指して飛ぶだなんて蛮勇で死んだイカロスの昔話、知ってるでしょ?」 「蝋の羽のギリシャ神話」 「そう」 「夢が破れるのは、怖いよね」 「ま、自ら進んで体験したい結果では無いけれどね」 「それでも、何で人は夢を、絆を求めるんだろう」 「それは、きっと……」 45 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 31 13 ID IF2Ju81M 現在 俺が考えているのは、きっと最良の手段では無い。 むしろ、最悪の手段だ。 誰一人として幸福にならない、むしろ確実に俺達4人が揃って不幸になる。 そんな、たった1つのさえ無いやり方だ。 けれども、例え不幸になったとしても。 例え友を不幸にしても。 それでも伝えたいことが、あるから。 問いかけたい、ことがあるから。 どうにかしたい、ことがあるから。 だから、俺は俺を止める。 俺を止めて、敵になる。 『主人公(ヒーロー)』と戦い、倒されるために。 旧高級マンション『パレス・アテネ』 現廃屋 埃っぽく、無機質な建物の中、永遠と思えるほど延々と続く螺旋階段を、正樹と葉山は昇り続ける。 「これで建物の大半は探したな。高層マンションとして作られただけあって、さすがに一苦労だぜ」 「そだねー!」 多少グッタリしたような正樹に対して、朱里は踊るように階段を昇る。 ステップを踏むたびに、制服の黒いスカートがヒラヒラと舞う。 「……っつても、収穫はデカかったけどな」 「へ?」 確信の感じられる正樹の言葉に振り返る朱里。 「ホラ、ココって無人の建物のクセして、1階の辺りとか、局所的に俺らのと違う足跡があったり、ピンポイントでキレーだったりしてただろ?」 「って言うと?」 「最近、ココに出入りしてる誰かがいるってことだろ。ソレがみかみん達なのか、それとも何の関係も無い、ただのホームレスか誰かなのかまではわかんねーがな」 「いや~、とんだところに名探偵も居たもんだ!」 「こんなの推理でも何でもねーよ。ホームズ探偵なら出入りしている奴の身長体重出身地まで言い当ててる所だぜ」 「それじゃ、誰かがいるかもしれないね。―――これから探す、最上階に」 螺旋階段の上を見上げ、朱里は言った。 「まーた1部屋1部屋覗くことになるのかと思うとゲンナリするけどな」 「あ、それは無いよ!」 ヒラヒラと手を振る朱里。 「このマンションの最上階は『ロンドフロア』って言って、フロア丸々1つが1世帯分になってるんだってー!1家族が1フロア広々独占できるってわけ!元々はそれを売りにする予定だったらしいよ!」 「高級ホテルみてーなモンか。つっても、ンな部屋買う位なら、俺なら一戸建ての家にしてーけどな」 「あっはー!なら、どちらにせよこのマンションはお先真っ暗だったって訳かー!」 私に似てる、と朱里が小さく続けたのを、聞く者はいなかった。 「……ま、何ともいえねーけどな、俺の庶民感覚だし」 「でも、それがこうして日の目を見る、っていうか人目を見たのは良いことだったのかもねー!」 「……さぁ、な」 そんなことを話しているうちに、2人は螺旋階段を昇り切った。 「んじゃ、開っけるよー!」 背を向けたまま、そんな風に態々勿体を付けて、朱里はドアを開く。 長年鍵が開け放たれていた他の部屋と違い、こっそりと朱里がカードキーをスライドさせたことに、正樹は気が付かない。 「さ、入って入ってー!」 「……」 自分の部屋みたいに言うなよ、と言いたいが言うことができない正樹。 迂闊な一言でどんな目に会うか分からない。 彼は、朱里のことが怖いのだ。 正樹が『ロンドフロア』に足を踏み入れると、ドアをしめる朱里。 「……キレーだ」 「アタシが!?」 「……つーか、部屋が」 彼の言う通り、埃まみれで汚れていた他の階と異なり、ここだけは奇妙なほどに綺麗に掃除されていた。 「そりゃあ、勿論」 えへん虫、と朱里は何故か胸を張り、 「私とまーちゃんの愛の巣になる場所だもん!」 と言った。 その意味を理解するのに、9.8秒かかった。 それが、正樹の絶望までのタイムだった。 46 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 31 59 ID IF2Ju81M 「……は?」 自分でも滑稽に思うほど間抜けな声が、正樹の口から洩れた。 「……まさか、お前。最初っから俺をココに呼ぶつもりで……?」 「ピンポーン!やっぱ、まーちゃん才能あるよ、名探偵の!……それで、何で今までアタシの気持ち分かってくれなかったのかなぁ」 朱里の声にどこか寂しげな、しかし威圧的な音が混じる。 「ひっ……!?」 思わずきびすを返し、ドアノブに手をかける正樹。 しかし、どれだけ力を込めてもドアが開くことは無く、ただがちゃがちゃという音を立てるだけだった。 「あー、駄目だよ駄目駄目全然駄目。外も中もオートロックに改造してもらったからね!」 がちゃ、がちゃがちゃがちゃ 「正直、さ。今まで参ってたんだよね。どれだけ話しかけても何をやっても、まーちゃんアタシのこと避けて、御神千里の影に隠れてるんだもん!」 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ 「ウン、言わなくても分かるよ、照れてるだけだよね!でも、乙女は我慢弱いんだよね。だから、まーちゃんここに来てもらったの!強引にでも私のになってもらうために、ね」 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ 「あ、大丈夫だよ!ちゃんと御神千里たちはココにいるから!アタシは嘘吐かないもん!でも、まーちゃんが会うことはないだろうけど、ね」 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃが―――― 「ねぇ、さっきから話しかけてるのに何後ろ向いてるの?」 ドアノブを一心不乱に回し続けていた正樹の手を強引に取る朱里。 「ちゃんと、目を見て話そう、よ!」 そして、強引に振り向かせ、正樹の体をドアに押し付ける。 「う……あ……」 拒否権を認めない朱里の視線に、うめき声を上げるしかない正樹。 「そんなに怖がんないでよ、怖いことなんて何も無いんだからさ」 ス、と朱里の細い手が正樹の頬を撫で、首筋から襟元を伝い、ワイシャツのボタンにその指がかかる。 「愛してるよ、まーちゃん」 そう朱里が囁きかけた瞬間。 轟音が響いた。 47 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 32 33 ID IF2Ju81M ガッシャーンと何かが砕けるような派手な音と共に、バタンと乱暴にドアが開かれる音。 誰が開いたのか、正樹はすぐに知ることになった。 「みっきー!?」 こちらの方に走り寄ってくる相手、緋月三日に向かって朱里が驚いたような声を上げる。 それも道理だろう。 彼女の衣服は裸同然に乱れ引き裂かれ、肌にはいくつもの切り傷や殴られた跡があり、何より目には涙を浮かべ、顔は恐怖にひきつっている。 「ちょ、おま、出てくるなって言ったでしょ。って言うか何が……」 「助けて!!」 朱里の言葉を遮り、三日は彼女の胸に顔を埋めて叫んだ。 「助けてください、朱里ちゃん!!」 「え?ちょっとどういうこと!?」 尋常ならざる三日の態度に、さしもの朱里も狼狽する。 同じく正樹も困惑しながらも、朱里がこう言う『普通っぽい』リアクションを取ったことに、心のどこかで場違いな安堵を覚えた。 それよりも、と正樹は考えを切り替える。 三日の姿は、あまりにも痛々しかった。 これではまるで――― 「…助けてください、朱里ちゃん。…助けて。…あの人から」 「何があったってぇのよ一体!?」 聞き返す朱里の頬にも冷や汗がつたっているのが見える。 なぜなら、三日の姿はまるで―――暴行の後そのものだったから。 「何があったの!?何をされたの!?」 恐らくは半ば答えを予想しながらも、朱里は叫ぶ。 「…言えません。…言えないんです。…女の子として。…言えない位、本当に酷いことを。…本当に酷い、裏切りを。…あれは、あれではまるで……」 「よぉ」 三日は、最後まで言葉を続けることは出来なかった。 「…ひ!?」 彼女の後ろに、もう1人の影が現れたから。 「…ひあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」 奇声を上げて、部屋の隅へと逃げる三日。 「まったく冷たいモンだねー。今さっきまでよろしくやってた相手に向かってさー。ま、どうでもいーけどー」 そう気だるげに語るのは、正樹と同じ夜照学園高等部男子制服を半裸同然に着崩した、長身の少年、御神千里。 しかし、その手にはナイフが握られ、見慣れたはずのその表情(カオ)には笑み1つ浮かばず、睨みつけるような鋭い目つきをしていた。 「……みかみん?お前、みかみんだよな?」 鋭利な眼付の少年に向かって、葉山は恐る恐る呼びかけた。 「やっほー、はやまん。お久しぶり。ココ悪党ばっかだねー。俺も含めて、さー」 手の中のナイフを弄びながら、そう言ってわらった御神千里は、まるで全てを見下すように歪に嗤った。 48 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 33 08 ID IF2Ju81M 「アンタ……」 相手を斬り捨てんばかりに剣呑な目つきを千里に向ける朱里。 「あの娘に何したのよ……!?」 部屋の隅で震える三日の代わりとばかりに叫ぶ朱里。 「ナニしたのってのは、これまた最高で最良で最上級の問い方だねー。ま、勿論―――」 ナイフをヒラヒラと振りながら、ニィと笑みを深くする千里。 「お前の想像通りのことと、それよりもっと酷いことに決まってるわけだけどねー」 千里の言葉を受けた朱里の瞳が驚愕で見開かれる。 「御神……」 いつの間にか朱里の手に握られたスタンガンがバチバチという音を立てる。 「千里いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい……!!!!!」 怒りにまかせ、千里に向かって、朱里は一直線に飛びかかる! しかし、 「よ、っと」 スタンガンが千里に触れる直前、朱里の体が回転する。 「がは!?」 フローリングの床に背中から叩きつけられる朱里。 スタンガンを持って真っ直ぐに伸ばされた腕から、朱里を千里がものの見事に投げ飛ばしたことに、一番最初に気が付いたのは正樹だった。 「あー、やーっぱり」 床の上の朱里を見下し、鋭い目つきで千里は言った。 「お前、弱いだろ。ナイフなんざ、使うまでも無い位」 そう言って無造作に手の中のナイフを放り捨てる千里。 「アンタ!!」 侮辱するような言葉に、スタンガンを持って跳ね起きる朱里だったが、結果は先ほどと同く床に叩きつけられるだけだった。 「ああ、いや。弱いと言うと少し違うか。場慣れしてないし喧嘩慣れしてないのか。殴られたことはあっても殴ったことはないとか。それをお前も分かっていたから、俺をさらった時は事前準備をしていた訳なんだろうけど、何なのさ、今の体たらくは?」 「ゆう……かい?」 千里の台詞に怪訝な顔をする正樹。 「そ、ゆーかい。愉快じゃなくてねー。コイツら、お前を連れ出すためだけに俺をボコッてこんな所に無理矢理連れてきたんだぜ?酷い話だよなー」 何でも無いことのような口調で千里は言った。 「だから……か?」 「あ?」 「そいつらに酷い目に遭わされたから、仕返しにこんな酷いことをしてンのか?」 「こんな酷いこと?」 正樹の言葉に、きょとんとしたような顔をして、周囲を見渡す千里。 「ああ、違う違う。そーゆーんじゃないんだわ。この誘拐はきっかけではあるけど理由じゃ無い」 「じゃあ、何で……?」 「分かったから」 全てを見下すような、酷薄な嘲笑を浮かべ、千里は即答した。 「コイツらは、もう『駒』として使えないってことが」 千里が何を言っているのか、正樹には一瞬分からなかった。 「こ、『駒』?」 「そ、友達役という『駒』。俺が学園生活を平穏無事に居心地良く過ごすために利用する『駒』。でも、こんな目に遭わされる『駒』は要らないしねー」 からからと嗤う千里。 その姿は、どこか朱里に似ていたが―――朱里よりももっと酷くて非道だった。 「みかみん……お前、正気かよ?」 「正気だよー。正気で本気で合理的に、当り前に他人を利用して、使えなくなったら処分してるだけー」 「処分……?」 「欲望と暴力でー、人間としてー、再起不能にするってことー。ホラ、俺ってキチンと潰してから捨てるタイプだし、ペットボトルも人間も」 わけが分からない。 意味が分からない。 何もかもが分からない。 つい数日前まで、あれほど正樹に親身になってくれた人間が、まるで人間をモノのように扱うなんて。 「何で……どうして……変わっちまったんだよ!?」 困惑と驚愕とどうしようもないもどかしさを、正樹は千里にぶつける。 「変わったって。いやいや、元からだよ」 正樹を見下して、千里は言う。 「元から俺は人間なんか信じちゃいない。お前のことも、ソイツらのことも。誰一人信じちゃいない。お前と初めて会った中等部の頃と、根っこの部分は欠片も変わっちゃいない」 正樹が初めてであった頃の千里。 悲しいまでに孤独なのに、頑なに他人を拒絶していた少年。 「いや、まぁ、他人の『使い方』って奴は覚えたかなー。てきとーに付き合って、てきとーに馴れ合って、てきとーに利用する。使ってみると意外と便利なモンだね、他人ってさ」 あまりにもあっさりと言い放たれる言葉に、二の句を告げない正樹。 49 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 34 24 ID IF2Ju81M 「……ざけるな」 床の上から、声が聞こえる。 「ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」 朱里が再度、床の上から跳ね起き、スタンガンを振り回す! 「るせぇよ」 振りあげられた腕を取ろうとする千里に、朱里は鋭い蹴りを放つ。 入った! 「とでも、思ったー?」 振りあげられた片足を受け止め、千里はたった一本で朱里の身体を支えるもう片方の脚を払う! 「がは!?」 再度床に叩きつけられる朱里。 「いー加減、落ちろよ」 その蹴り足に、千里は腕を絡めてあり得ない方向に締めあげる! 朱里の脚から、ごきり、という嫌な音が聞こえた気がした。 「……!!」 声が出そうになるのを反射的に抑える朱里。 「へー。悲鳴を上げないんだ、偉い偉い」 そう言って、極めていた朱里の脚を無造作に手放す千里。 そして、その脚の膝関節の上に自分の足を乗せる。 「やっぱ、脚とか潰されたら選手生命絶たれるのかな、水泳って」 そう言って、千里はグッと足に体重を乗せた。 「ぃたあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」 断末魔の如き悲鳴を上げる朱里に、思わず目をそむける正樹。 「目を逸らすな、刮目しろ」 その言葉は、朱里に向けられたのだろうか、それとも、正樹に向けられたのだろうか。 それとも、誰にも向けられていないのだろうか。 「に、しても馬鹿だよなー、お前も。態々突っかかってくるから余計痛い目見て。何でンなことした訳?」 朱里を見下して、千里は言った。 「……んないわよ」 息も絶え絶えになりながらも、片足を引きずるような有様になりながらも、朱里は何とか立ち上がった。 気力で、想いで、立ち上がった。 「私にも分かんないわよ、そんなこと」 そう言って、再度スタンガンを構え直す。 「でも、でもねぇ!あの娘とはお互い利用し合う為に友達になって!一緒に互いの恋の為に悩んで、泣いて、頑張って!今までそうしてきたから!あの娘のそう言う姿、見てきたから……!」 目に力を込めて、自分を奮い立たせるように朱里は言う。 「どう言う訳か、あの娘の想いを裏切ったあなただけは許せないのよ!!!!!!!!!!!!」 もう一度、無謀な突貫を決める朱里。 「きっかけは互いの利害からだったけれども、一緒にいる時間が重なりすぎて、いつしか大切な物になっていて―――ってことか。それはまた素晴らしく……」 そう言って千里は朱里を迎え討ち、 「下らねぇ」 その攻撃を、その想いを一蹴した。 頭から床にたたきつけられ、激痛で手放したスタンガンは何処かへと転がって行く。 「友情だの、愛情だの、そんなのは目にも見えない不確かな物だろうが。相手の気まぐれ次第で、いつ裏切られるとも知れない、いつ断絶されるとも知れない代物じゃねぇか。そんなもの、所詮は夢幻で、無為で、無意味だ」 床にたたきつけられた朱里を見下し、千里は嘲り笑う。 「だーから、他人なんて打算で利用するのが一番利口だ」 「御神、千里……アンタ……!」 痛みをこらえ、起き上がろうともがく朱里。 「だからさぁ……」 脚を無造作に振りあげる千里。 「いー加減、落ちろっつってるだろー?」 朱里の腹部に、千里は躊躇なく脚を振り下ろす! 「ぎいいいいいいいいいいいいいいやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」 朱里の悲鳴が部屋中を震わせた。 「まったく、中途、半端に、丈夫だから、嫌なんだよね、スポーツマン、ってのは!」 ゴッ、ゴッと嫌な音が聞こえてきそうな勢いで、一切の情け容赦なく朱里をなぶる千里。 「お、おい……みかみん……」 千里に向かって、恐る恐る声をかける葉山。 「あー、はやまん?」 いたぶる脚を止め、葉山の方に目を向ける千里。 「明石も三日もこのまま壊しちゃうけど、別に良いよね?」 まるで、『弁当にピーマン入れちゃったけど別に良いよね?』というのと同じようなノリで千里は言った。 50 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 35 00 ID IF2Ju81M 「別に良い……って、いや……」 「あー、まぁ何となくノリで殺しちゃったりしそうだけどさ、それはそれってコトで」 そう言って、ゴッと朱里をなぶる千里。 「いや……」 「って言うかさー、壊しちゃった方が良いよねー、お前的にも。三日は嫌いで、明石は怖いんでしょー?イヤなモンと怖いモンは、あるよりも無い方が良いでしょ?」 確かに、三日にも朱里にも、正樹は何度となく恐ろしい目に遭わされた。 酷い目にも、遭わされた。 だから…… だけど…… でも…… 「たすけて……」 千里に嬲られ続ける朱里の瞳が、正樹に向けられていた。 「たすけて、まーちゃん……」 それは、心からの懇願だった。 17年間共に過ごしてきた幼馴染からの。 「いや、駄目だろ、それ」 はっきりと、正樹は言った。 「あ、そう。まぁ、お前が何言おうが、俺はこいつら壊しちゃうから関係無いんだけどね?」 「させねーよ、ンなこと」 『これまで』を知っているだけに、話すことさえ恐ろしかった、意見することさえ恐ろしかった、対峙することさえ恐ろしかった相手に、正樹は宣言した。 「コイツは、俺が壊させねぇ」 しっかりと立ち上がり、拳を握りしめ、正樹は宣言する。 「そうかい。なら、やってみなよ、葉山(ヒーロー)!」 朱里から脚を離し、千里は正樹に蹴りを繰り出す! 「がぁ!?」 あまりにも躊躇なく繰り出された蹴りを諸に受けた正樹は、広い玄関先から一気に吹き飛ばされ、更に広いリビングと思しきスペースまで吹き飛ばされる。 「ホラホラ、どーしたよ。壊させないんじゃなかったのかー?」 そんな正樹に向かって悠然と近づいてくる千里。 「うっせーよ。武士の情けで、一発だけ受けてやっただけだ」 そう言いながら、靴下を脱ぎ捨て、フローリングの床の上に立つ葉山。 リビングとはいっても、入居者がいないままに倒産したため、物の無い広々とした空間だ。 (まるで、バスケットコートの中だな) 痛みを押さえながら、場違いな感想を抱く正樹。 けれども、バスケットコートならば、バスケ部である正樹のテリトリーだ。 やりようは、ある。 「一応言っとくけど、『話し合いで解決しよう』なんてバカな事考えてないだろーね?話し合いほど相手の意見と心を折るのに非効率的な手段は無いよ?」 リビングに足を踏み入れ、嘲笑を浮かべながら千里は言った。 「分ぁってるって」 千里に応じ、アクション映画のようにクイクイと挑発的に手招きをする正樹。 「来いよ」 その仕草に、千里は鮫のように狂悪な笑みを浮かべる。 「じゃ、遠慮なく」 と、言い終わるよりも早く、ドン、と正樹の間合いまで踏み込み、身体の大きさを活かした豪快な蹴りを見舞う千里。 しかし、その蹴りは空振りに終わる。 「そら!」 蹴りの瞬間、がら空きになったわき腹に、正樹の拳が叩きこまれる! 「っつ!?」 思いもよらぬ反撃に、軽く距離を取る千里。 「と、と、と。驚いたなー、別に喧嘩に強い設定無かったろ、お前」 「お前にだけは言われたくねーし、ンな設定も生えてねーよ。バスケの動きの応用しただけだ」 「確かに、お前からボール捕れた試し無いからねー」 「ボールが取れねー奴が攻撃いれられっかよって話だ」 コートの中の正樹は、とても機敏な動きが出来る。 それを闘いに使えば、蹴りを空振らせ、隙を作るのは容易だ。 機敏な動きで相手を翻弄し、攻撃(ポイント)を入れる。 それなら、正樹の得意分野だった。 「まさか、バトル展開の役に立つとは思わなかったけどな」 加えて、今までの千里の戦い方は基本的に受け身だった。 あくまでも、相手に仕掛けられてからリアクションを取り、ダメージを与えていた。 先ほどのように自分から仕掛ける戦い方は、むしろ不得手! 「同感。でもさ……」 再度、千里は距離を詰め、膝蹴りを放つ。 そして、正樹はそれをギリギリのラインで避け、拳打を入れる。 しかし。 51 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 35 39 ID IF2Ju81M 「全っ然痛くないんだわ」 正樹の拳は、千里に片手で受け止められていた。 「何でか、分かる!?」 問いかけながら、正樹の頬に拳を叩きこむ千里。 「知るか!大体こちとら人殴ったことだって……」 「そう言うことじゃ、無いんだ、よ!!」 反対の頬をぶん殴る千里。 「軽いんだよ!お前の拳が!それに、拳に乗ってる想いがさぁ!!」 「想い!?」 殴り返しながら聞き返す正樹。 「そう!俺は俺のエゴの為に闘ってる!殴ってる!でもお前はどうだ!?所詮ただ一時の同情心に流されてるだけだろう!?」 「同情……?」 千里の拳にカウンター気味にパンチを振るいながら、正樹は言う。 「そうだ!どうせ、殴られる明石に同情心を煽られたんだろう?俺が手を引きゃ、また怖がって避けて癖にさ!!」 「ちが……」 「だったら何だ!」 正樹を殴りつけ、千里が叫ぶ。 「何だ何だ何なんだ!?お前にとって、『明石朱里』ってのは!?体張ってまで守る価値のあるモンなのか!?」 正樹の拳を受けながらも、叫びと共に千里は拳を振るい続ける。 「答えろよ!答えてみろよ!葉山正樹!お前にとって明石はどんな存在なんだ!?」 千里の想いの全てが乗せられた、文字通り渾身ならぬ渾心の一撃。 ―――お前も仲良くするのだ~!――― 千里のアッパーを顎に受け止め、吹き飛ばされながらも、正樹は思う。 ―――正樹のバカー!――― 朱里のことを。 ―――『縁日マスターのまーちゃん』と言われただけはあるね!!――― 朱里との思い出を。 ―――ねぇ正樹、アレやろ!じゃなくてたこ焼き買お!――― 朱里への想いを。 ―――じゃあ二択!――― どうして今まで忘れていたのだろう。 ―――まーちゃん――― 朱里との楽しい日々を。 ―――正樹――― 朱里との、かけがえの無い日々を。 ―――正樹!――― だから、自分にとって、明石朱里とは――― 「……幼馴染だよ」 フローリングの床に叩きつけられながらも、正樹ははっきりと答えた。 「家族を除けばどこの誰よりも長い時間を過ごした、家族よりもどこの誰よりも大事で大好きな幼馴染だよ!」 床の上にしっかりと立ち上がり、正樹は叫んだ。 「それで文句あっか!!」 正樹は渾身で渾心の一撃を、千里に見舞う! その一撃を、想いを受け止め、千里は膝をついた。 「答え出すのが遅ぇんだよ、馬鹿野郎」 「悪ぃ……」 千里の表情は良く見えなかったが、正樹には彼が満足げな笑みを浮かべているように思えた。 52 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 35 55 ID IF2Ju81M その光景を見ていた者があった。 それは、痛みをこらえ、ゆらゆらとリビングに脚を運んでいた明石朱里だった。 その手には、どこかに転がったスタンガンに代わり、千里の持っていたナイフが握られている。 「……御神、千里いいいいいいいいいいいいいい!!」 膝を付き、隙だらけになった彼の背中にナイフを突きたてる朱里。 「……あ」 グラリと倒れる千里。 「千里くん!?」 今まで蹲っていた三日の悲鳴が響く。 「あは、あはははは……やった。やってやったわ……。これでみっきーの仇は討った……。糞野郎の御神千里はいなくなったわ……」 ナイフを片手に、虚ろな笑みを浮かべる朱里。 「千里くん!!千里くん!!しっかりして下さい!!」 ボロボロの筈なのに、随分と元気そうに走り寄った三日が、心底心配そうに千里の体を揺する。 「……ゴメン、三日」 擦れ声で、千里が口を動かす。 「俺、ピンピンしてる」 千里の言葉に、場が凍った。 「「「え?」」」 思わず、3人の声が、と言うよりも感想が一致する。 「って言うか、あんなナイフで死ぬわけ、無いし……」 グッタリした声ではあるが、はっきりとそう言う千里。 「でも、アタシは確かにこの手でグッサリと……」 朱里はそう言いかけて、千里の背中と、『自分の手の中に残った』『返り血一つない』ナイフを見比べる。 千里の背中には刺し傷1つ付いていないし、朱里の持ったナイフは……。 「もしかして……」 恐る恐るナイフの先端に指を押し付けると、刃が柄の中に収納されていく。 ばね仕掛けで。 まるで、一昔前の駄菓子屋で売っていた玩具のナイフのように。 と、いうより…… 「これって……マジで玩具?」 「……」 「…」 2人揃って目をそらす千里と三日。 露骨に怪しかったので、朱里は三日の腕を取った。 「…痛!?」 とは言う物の、傷だらけに見えた腕をゴシゴシとこすると、『血』の跡は滲んで消える。 どう見てもメイクです本当にありがとうございました。 「オイ、みかみん……」 「どーゆーことなのか、説明してくれないかしら?」 正樹と朱里が2人をジト目で見やる。 「「(…)ごめんなさい」」 2人の謝罪の声が見事に唱和した。 53 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 38 25 ID IF2Ju81M 「…説明する前に、状況を整理しましょう」 「いや、何我が物顔で仕切ってんのよ」 事前に準備した救急箱で治療を受けながら、朱里はツッコミを入れた。 「いや、お前もナチュラルにツッコミ入れるなよー、誘拐犯。誘拐は犯罪なんだぞ忘れるな」 「それを言ったら女の子殴るのはどうなのよ」 「男女平等パンチ」 「お前ら、話し逸らしてんじゃねぇよ、って言うか責任なすりつけ合ってんじゃねぇよ」 「「他人事みたいに言うな!」」 久し振りに自然に出た葉山正樹のツッコミに、明石朱里と御神千里……もとい俺の声が唱和した。 「まったく、そんなだから明石が外道に堕ちちまったんだよな、そこだけは同情するよ」 「アンタの同情はいらない」 嘆息する千里に冷たい言葉をかぶせる明石。 ちなみに、彼女に包帯を巻くのは、着替えを終えた三日の役目だ。 何せ、この面子で一番元気なのがこの娘なんだもの。 本当に酷い目に遭っていたりはしないので、ご安心を。 「…改めまして葉山くん向けに説明すると、朱里ちゃんと私が、あなたを閉じ込めるために、撒き餌として千里くんをここに閉じ込めました。…ここまでは本当のことです」 ごめんなさい、と葉山に向かって素直に頭を下げる三日。 冷静になって、思うところがあったのだろう。 「だろうなぁ……」 つい、と三日の謝罪空しく女子組から一歩距離を取る葉山。 「コイツらのことは、まぁ許してやってくれないか。全ては明石がお前のこと大好きなのが空回っただけなんだから。俺の方も、今は何とも思って無いし。今は」 俺の言葉に、気まずそうに顔を赤くする明石。 「まぁ、ボコられて助けを求められる位だし、な」 同じく葉山。 「俺が言うのも難だけど、あの場にお前がいなくても、明石はお前に助けを求めてたはずだぜ?あー、沁みる」 フローリングの床に身体を横たえたまま、自分で自分の消毒をしつつ、俺は言った。 ここ数日、椅子に拘束されてた所に、全力を尽くして殴り合いをしたからな。 もう体力なんて欠片も残っていないや。 「で、結局何でみかみんと緋月はこんな猿芝居を打ったんだよ」 葉山の言う通り、そこから先は俺と三日のお芝居だ。 「猿芝居とは失礼な。これでも短い時間で頑張って練習したんだよ?」 何しろ、『2人の敵になる』と決意したのが、今日のお昼だったからなぁ。 それから、大急ぎで演技プランを組み立てて、玩具のナイフや三日のボロボロのメイクといった、諸々の準備を整えてだもの。 いやぁ、焦った焦った。 もっとも、準備が整ってからは2人が来るのを今か今かと待ち構えて、遅い!とか言ってたわけだけれど。 「お前たち、全然互いの本音をぶつけようとしないからな。心身をギリギリの所まで追いつめないと、本音が引き出せないでしょ?」 「その為に悪堕ち、っつーか『実は悪人だった』って振りをしたってのか?」 俺の言葉に、難しい顔で葉山が聞き返す。 慣れない頭脳労働で、状況を理解しようと、と言うより俺達と分かり合おうとしているのだろう。 演技とは言え、あんなことをした俺と分かり合おうと歩み寄ってくれる姿勢が俺は嬉しかった。 「悪人、って言うか誰かさん達の似姿だね」 俺の言葉に気まずいそうな顔をする明石。 「似姿って言っても、本物さんにはその更に奥に、本人も知らない本音が隠されていたようだけれど」 ますます気まずそうな顔をする明石。 もっとも、正直これは賭けの1つではあった。 明石が、クサレ外道にボロボロにされた三日の姿を見て何とも思わないような奴だったら、2人の友情は本当に終わっていただろう。 もう1つの賭けは、葉山が自分の気持ちを確認できるかどうか。 もし最後の最後までヘタレたままだったら、この場から追い出すつもりだった。 「ま、そう言う訳で、そう言うコンセプトで、俺がお前たちの敵になって、お前らを心身ともに追いつめるっていうドッキリを仕掛けさせてもらった訳。あ、三日は俺の外道ぶりをアピールする被害者役ね。その為に、ちょい薬局でそれっぽいメイク用品揃えてもらいました」 「本当に演技?本当にドッキリ?」 「あれぐらいやらないと、心折れないでしょ?」 しれっと言った俺の言葉に、ヒッと小さく悲鳴を上げる明石。 54 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 39 32 ID IF2Ju81M 「やっぱりアンタおかしいわよ!イカれてるわよ!知り合いをボコるのに躊躇が無さ過ぎ!!」 葉山の影に隠れてガタガタと震える明石。 「暴力は誰かの意見と心を折るのに最も手っ取り早い手段だからねぇ」 「ホンモノだー!」 と、ギャグっぽく言ってる物の、かなり本気で怖がっているらしい明石。 葉山も軽く、というよりかなり引いているようだ。 まぁ、俺もかなり本気だったし、最悪の場合、俺は明石を一方的にいたぶり続けて、最後には三日に対する脅迫を取り下げさせる方向も考えていたから妥当なリアクションではある。 「…そうやって、『ヤンデレた朱里ちゃん以上にイカれた相手を演じることで、相対的に朱里ちゃんの狂気性を低く見せる』のもこのお芝居の目的です」 「……」 えー、三日、そこまでぶっちゃけちゃう? 「ま、まぁ、アレだねー。はやまんの明石への評価を無理矢理フラットな所まで持って行ってから、はやまんの本音を聞きたかったと言うか?聞かせたかったと言うか?そのまま俺は少年漫画の悪役よろしく、葉山に乗り越えられれば万々歳って感じ?」 俺はそう一気に意図を捲し立てた。 ここまで行ったら開き直って全部ゲロるしかないわ。 「で、最後はこうやって『ドッキリでした』って言うつもりだった訳?それだと、色々台無しじゃ無い?」 痛いところを突いてくる明石。 「台無しになったんだよ、実際、こうして」 渋い顔をしながらも俺は答えた。 「…『この真相は墓の中まで持っていく』って言ってましたものね、千里くん」 うん、だからそこまでぶっちゃけないでくれ、三日。 「じゃあ何か、みかみん?お前あのまま一生涯外道キャラを通すつもりだったのか?」 葉山の目が据わってる。 「……少なくとも、俺とお前の友情はこれっきりだろうと思っていたよ」 「……なんで」 包帯を巻く手を止め、俺の胸倉を掴み起こす葉山。 「なんでそこまでするんだよ!!こうしてギャグですませられたから良かったようなモンだけど!!下手したら本当に俺はお前のことずっとケーベツしてたんだぞ!!なのに、何で!!」 「倒れてる奴の胸倉掴むなよ、はやまん。まだ色々痛いし。これでも」 「……悪い」 そう言って、優しく手を離す葉山。 「でもさ、そうでもしないと、一生後悔するかもって思って。俺も、三日も、お前も、それに、明石も」 「……」 「絆を求めて、想いを求めて。その為に、みんな空回って、みんなすれ違って、みんな頑張って……。その頑張りが報われなきゃ、あんまりでしょ?」 絆も想いも目には見えない。 それは、きっと夢幻(ユメ)に似ている。 けれど、夢を見ずにはいられなくて。 「ゆめは、叶って欲しいからね」 それは、明石だけでなく、彼女との友情の回復を望んでいた三日にとっても同じことで。 そう言う意味じゃ、俺は最初から最後まで自分の我儘の為に動いていたのだろう。 「有難迷惑なンだよ、手前は」 憮然とした顔で、葉山は言った。 「ゴメン」 俺は、いつも通りの苦笑を浮かべてそう言うほかなかった。 でも、もう一度殴られるだろうなぁ。 「助けられる方の気持ちも、少しは考えろや」 そう、葉山は続けた。 それは、つまり「助かった」と言う意味で…… 「……ん、ありがと」 「……バーロー」 と、その時、玄関先から派手な音と共にドアの開く音がする。 55 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 39 50 ID IF2Ju81M 「セン!?三日ちゃん!?いる!?生きてる!?大丈夫!?」 そう言って靴を脱ぐ間も惜しんでバタバタと入ってきたのは、ウチの親、御神万里だった。 「ああ、ちょーど何もかもが終わった所だよ」 軽く身体を起こし、気だるげに答える。 さすが俺の親。 極めて微妙で絶妙なタイミングで現れてくれる。 「セン!三日ちゃん!」 親は、俺の言葉を聞いたのか聞いていないのか、俺達の元に真っ直ぐに走り寄り、俺と三日に抱きついた。 「レイちゃんからこの場所を聞き出すのに一晩以上掛かっちゃってもう間に合わないかもって思ってて!でも、良かった、本当に良かった……!」 「ちょ、親!?」 「…お、お父様!?」 ぎゅぅ、ときつく抱きしめる親。 密着しすぎて、涙がつたっているのが肌で分かる。 「……ゴメン、心配かけて」 「良いのよ、無事なら……って無事じゃ無い!?」 4人揃ってボロボロ(一名例外)を見て驚く親。 「みんな、一体全体何があったの!?まるで暴風雨が通り過ぎたみたくなってるけど!?」 暴風雨か、それは良い得て妙だ。 何せ、ここには恋と言う名の暴風雨が最大瞬間風速マックスで吹き荒れていたのだから。 「何、大したことじゃねーですよ」 そんな親の問いかけに、葉山が苦笑を浮かべる。 「ただ、『千里』の奴と、一昔前の少年漫画よろしく、本音をぶつけ合った、友情の殴り合いをしただけっす」 56 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 41 08 ID IF2Ju81M 「なーんて、良い感じに良い台詞で締めたところで、実は何にも解決してないんだよなぁ」 翌朝。 ホームルーム前の教室内の自分の席で、正樹はグッタリとして言った。 その隣の席には、言うまでも無く俺が座っている。 あの後、親が持ってきていた車で俺達は自分たちの家に送られ、ようやく、いつも通りの日常が帰ってきていた。 「ま、世の中そんなもんじゃない、正樹?」 正樹の姿を見つめ、俺はクスクスと嗤った、もとい笑った。 一度壊れて棄てたキャラを再構築しきるまでには、少し時間がかかるかもしれない。 「ぜーたくは言わねーよ。今日一番大変だったのは千里だし」 実際、親が学校の方に何やら口八丁手八丁で連絡を入れていたとはいえ。 何も言わず、丁度一週間近く欠席していたのは確かな訳で。 俺達の久々の登校に友人たちには大いに驚き、口々に理由を問いかけた。 何とか「バイクの免許を取った記念に三日と一緒にこっそり小旅行と洒落こもうとしたら、バイクで事故って旅先で足止めを喰っていた」という言い訳をアドリブで考えて切り抜けた。 あんまりと言えばあんまりな理由に、心配していた友人たちは肩透かしを通り越して怒りを覚えた者も間々居たりして。 特に天野の剣幕は凄まじかった。 「散々心配かけてソレかよふざけんなよ連絡よこしやがれこの野郎!」とは天野の言。 そのまま刺し殺されてもおかしく無いような勢いだった。 最後には「もう付き合ってられるか、オレは自分のクラスに帰る!」と言って教室から走り去って行くくらいだった。 気のせいか涙声だったような気もするが―――それは、気のせいと言うことにしておいてやろう。 ああ見えて、天野は繊細なのだ。 「世は事も無し、とは良く言ったものでござろう。散々人に心配をかけた碌でなしと比べれば」 と、冷やかに言うのは李だった。 一言言うと、さっさと自分の席に戻って行く。 天野のように露骨に声を荒げたりしないものの、彼女も随分と俺を怒って、心配してくれたのは確かなようだった。 李にしても、天野にしても、機嫌を直してもらうのには少しだけ時間がかかりそうだった。 もっとも、そうして俺のことを心配して、気にかけてくれたことは申し訳なくも思うが、嬉しくも思う。 ま、この辺りは俺が根気よく謝る他ないだろう。 「それに、何も悪いこと無いでしょ?」 そう言って俺達の席に寄ってくるのは明石だった。 隣には三日も一緒だ。 親友だからな。 「って言うか、無い……よね?」 明石は恐る恐るといった有様で言い直し、 「お願いです、無いって言って下さい」 と頭を下げた。 まだ、正樹は何も言って無いのに。 「あー、その何だ……」 頭を掻きながら、答えに迷う正樹。 「正直、お前をどー思ってるのかなんて、自分の中でもまだ分かり切れねぇところはある。恋愛なんて、今まできちんと考えたこと無かったしな。でも……」 けれど、今度は結論をきちんと出す。 「揺り籠にいたころから、やっぱお前は好きだし、このまま仲良くやりたいとも思う。それこそ墓に入るまで、ずっとな」 「まーちゃん……!」 正樹の言葉に、明石は花の咲いたような笑顔を浮かべ、抱きついた。 「アタシもまーちゃんのこと大好き!これからずーっとお墓の中まで一緒にいるね!言われなくても一緒にいるね!嫌って言ってもずっと一緒にいるね!」 「やめろこんなところでひっつくなっつーか怖い怖い怖い怖い!」 「なんで、墓場まで仲良くよろしくしたいんでしょ?」 「好きだけどそれは怖い!」 そこで、正樹は俺に向かって助けを求めるような視線を向けて言う。 「なぁ、千里。俺、コイツのこと、これからもキチンと受け止めきれるかなぁ?」 「大丈夫じゃない?」 と、俺はクスクスわらいながら応じた。 57 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 41 25 ID IF2Ju81M 「何せ、正樹は一番悪くて一番強くて一番全力の俺を倒したくらいだもの。それでも駄目なら、俺達にきちんと助けを求めてくれれば良いし」 「あー、その時は頼むわ」 「おう、頼まれた」 正樹の言葉に、俺は満面の笑みでサムズアップをした。 思えば、俺はずっと正樹に助けを求めてもらいたがっていたのかもしれない。 「…何だか、昨日から千里くんと葉山くんの信頼度が上がってる気がします」 「いつの間にか名前呼びだし」 何故か、女子組からジト目で見られた。 「んー、まぁ何となくなんだけどねー」 「そうそう。昔の少年漫画よろしく、殴り合ってたら何となく友情が深まってた感じで」 正樹と揃ってそう言うが、ジト目は変わらず。 「友情と言えば、そっちこそどうなった?きちんと仲直りというか仲直しはできたんかな?」 分かってはいるけれど、きちんと確認したくて、俺は2人に確認した。 「…はい、朱里ちゃんからとてもきちんと謝って頂いて。『酷いことして本当の本当にごめ「脅しの材料は全部捨てたって報告しただけなんだからね!勘違いしないでよね!」 三日の言葉を遮って、顔を真っ赤にして明石は言った。 「脅し?一体何のことだ?」 物騒な単語が出たので、怪訝そうに問いかける正樹。 「男の子は知らなくて良いことよ」 「…男の人には知らないで居て欲しいことです」 女子2人の声が見事に唱和した。 まぁ、知られたくないから脅迫材料に使えたのだろうから、これ以上突っ込むのは野暮と言うものだろう。 「ともあれ、これで全て元の鞘に収まったって訳か。あんなに大騒ぎした割には、味気ないモンだな」 と、正樹がため息交じりに言った。 「違うよ、はやまん」 俺は、訂正させてもらうことにした。 「暴力的で不器用で最悪な過程ではあったけれど―――俺達は、今までよりほんの少しだけ絆を深められたんだ」 おまけ ある電話越しでの会話 『ねぇ、みっきー。その……言いづらいんだけどさ』 「…何ですか、朱里ちゃん?」 『あの動画のデータ、全部消去する前に、1人でガッツリ観ちゃった』 「…は、はぁ」 『って言うか、見入っちゃった』 「…」 『……知らなかった。あそこ、ああ言う風にすると気持ち良いんだ。それにあそこも……』 「お願いですから朱里ちゃんの頭の中からも消去してください!!」
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1628.html
716 :撲殺天使ドクロちゃん [sage] :2010/06/09(水) 09 08 49 ID kSApkC9i 男女ともヤンデレだったら… すまん…埋めネタ考えようと思ったけど…ヤンデレカップル同士だと閉鎖空間から一歩も出てこないので ストーリーが進まん… 「……今日も二人っきりね……」 「明日も明後日も永遠に二人っきりさ…」 「ここってどこだったかしら……」 「そんな事どうでもいいじゃないか…おいで…○○…」 「そうね…分かったは…愛してるわ…△△」 生きてるのか…死んでるのか…地獄か天国かはたまた…現世空間か…私達しか登場しない物語
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/64.html
327 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/10/08(月) 22 38 42 ID erUdUA9C 秋。それは人によってさまざまなあり方を見せる季節。 食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋。 俺にとってはプラモデルの秋だ。 いや、俺は年がら年中プラモデルを作りながらあーでもないこーでもないと言いつつ プラスチックに色を塗ったりしているわけであるから、秋が特別というわけではないな。 プラモデル作りは俺にとってライフワークである。 よって、俺にプラモデルの秋は到来しない。 だからといって、秋にプラモデル作り以外の何かをしようとは思わない。 新しいことを始める暇があるならプラモデルでも作っていたいのが俺という人間である。 つまり、俺は秋になっても相変わらず、というわけである。 蒼穹の一部に光の穴を開ける太陽は、朝から調子が良さそうだ。 ついこの間まで半袖シャツを着ていたというのに、いつのまにか朝の空気は肌寒く感じられるようになっている。 朝の清々しい空気を吸い込みながら歩道を歩く俺の前方には、腕を絡み合わせているカップルの姿がある。 弟と妹である。実の兄妹同士である彼と彼女は当然恋人の関係にはない。 だが、こうやって後ろから見ていると恋人そのものである。 今すぐベロチューでもかますのではなかろうかと俺に危惧させる程の密着度で2人はくっついている。 そんなべったりとくっついている弟と妹の後方を俺が歩いているのは、ストーカーをしているからではない。 ただ今俺と弟と妹は、登校中の態勢にあるからである。 俺と弟は高校へ。妹は高校から数百メートル離れた中学へ。 妹は中学校へ向かう岐路に立つと、しょぼくれた表情で言った。 「お兄ちゃん……学校行きたくない」 「わがまま言うなよ。学校はちゃんと行かなくちゃ」 「だって、私が学校に行ったらお兄ちゃん私以外の女と……そんなの、許せない……」 「まさか、そんなことありゃしないさ。ほら、早く行かないと遅刻するぞ?」 「うん……行ってきます、お兄ちゃん」 妹は渋々といった感じで中学校の通学路へと歩を進めた。 何度も振り返りつつ、妹は段々と離れていき、角を曲がったところでようやく姿が見えなくなった。 ここからは弟との二人きりの登校である。 高校の正門へと続く坂道は緩やかな傾斜が続く直線の道になっている。 目測で200メートルはあるこの坂は全校生徒にとっての不満の対象となっており、同様に俺も不満である。 この坂道を上る頃になって、ようやく弟の顔から陰が消える。 妹と一緒にいるときの弟は、どこか後ろめたい表情をしている。 それは実に微妙な変化であるため、妹すら気づいていない。――たぶん。 328 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/10/08(月) 22 39 57 ID erUdUA9C 高校へ着いた。 弟は校舎の玄関の入り口に立つと、無言で俺に手を振って中へと入っていった。俺は首を縦に振って応える。 俺と弟は一つ違いである。俺は現在17歳である。だから弟の年齢は16歳ということになる。 そのため当然学年が違うわけであり、下駄箱の位置も別である。 校舎の壁に貼り付いている時計は7時30分を指している。 生徒がまばらに登校する時間で、まだ玄関は朝の静けさをかすかに残していた。 自分の上履きを収納している棚の前に行き、上履きを取り出す。 上履きを何気なく床に落としたとき、一緒に封筒が落ちてきた。 上を見る。天井しかない。誰もいない。誰かが落としたというわけではないようだ。 前後左右を確認。人の気配無し。俺を監視しているらしき人物はいない。 白い封筒を拾い上げて、再度周囲を見回してから、開封する。 中に入っていたのは二つ折りになっている便箋だけだった。 ふむ。なにかがおかしい。 なぜ俺の下駄箱の中に便箋入りの封筒が入っていたのであろうか? 朝俺が登校する前に下駄箱の中に手紙を入れていくなんて、まるでラブレターみたいではないか。 ラブレターか。思い返せば、今まで恋文というものをもらったことは一度もないな。 弟に見せてもらったことは何度もあるのだが。 今俺の右手の親指と人差し指に挟まれているこのラブレターらしきものは、俺に宛てたものなのか? いや、それはないだろう。 俺のことを好きだという女がいるとはとても思えない。 俺は女から注目を浴びたことはない。注目されようと思ったこともない。もちろん男に対しても同様である。 だというのに、俺の下駄箱にラブレターが入っていた。 それは、つまり、その。 俺のことを好きだってこと、――――は無いな。無いだろう、さすがに。 きっと間違って俺の下駄箱にラブレターを入れた女の子が居るのだろう。 しかし、今時文章をしたためて恋を伝えようとする女子がいるとは。 俺は感動した。感動したぞ、名も知らぬ女子。 だが、俺の下駄箱に間違っていれたのは失敗だったな。 君が失敗を犯したせいで君の熱い想いがこもったラブレターの封は切られてしまった。 ピンクのハートマークのシールは無惨にも破かれてしまったのだ。 なんという悲劇。数十センチの間合いを違えてしまったために君の慕情は霧散してしまった。 俺も早く間違いに気づいてあげられればよかったのに。俺の阿呆。 こうなっては、せめて君の想いが冷めぬうちに中身を読んでしまわなくては。 そうでなくては、あまりにもこの紙切れ達が可愛そうだ。 送付先の男子にこのラブレターは渡せないが、君の下駄箱に返しておくよ。 また、諦めずに筆をとってくれたまえ。 便箋を封筒から取り出してひろげ、文に目を通す。 なになに、『同じクラスになったときから、あなたのことばかり見ていました』か。 嗚呼、なんと健気なことよ。男子に自らの想いを悟られぬよう、物陰からひっそりと見つめているだなんて。 着物を身に纏った文学少女が木の幹の裏に隠れている姿が浮かぶ。 その純な想いが俺に向けられることはないのですね。まったく、残念だ。 手紙の二行目。『あなたのことが好きです。もし話を聞いていただけるなら、昼休み屋上に来てください』。 おお。喉の奥に甘酸っぱく、それでいてしつこくない感覚がこみ上げてくる。 ひねりをくわえた変化球のような文章では、ここまでストレートな感動は押し寄せてこない。 一体、君は誰に向けてそのストレートを放ったんだい?教えてくれ。 俺は、便箋の下に書かれていた文字を見た。そして目を激しくしばたたかせた。 そこに書かれていたのは、平凡極まりない俺の名前だったのだ。 329 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/10/08(月) 22 40 59 ID erUdUA9C ***** 昼休み。 俺はいつもより早めに昼食のパンを食べ終えると、屋上へと向かった。 二段とばしで階段を上り、屋上へ出る扉の前に立つ。 どきどきする。顔の熱を下げられない。冷静になんてとてもなれそうにない。 別に興奮しているわけではない。緊張しているからなのである。 今朝俺の下駄箱に入っていた手紙は、間違って入っていたわけではなく、俺に宛てられたものだった。 文章を読んだところ送り主は俺に対して好意を持っているようである。 そして、俺は送り主の正体が気になったからこうやってのこのこと屋上へ向かっているのである。 あの手紙がいたずらでなくば、彼女は俺へ向けて告白をしてくるはずである。 きっと、両手を祈るように胸の前で組んで、頬を赤く染めながら、熱っぽい眼差しで俺を見つめてくるのだ。 その状態のまま、思わず録音したくなる恋の言葉を言ってくれるであろう。 彼女の告白に対する、俺の返事はもう決まっている。 だが俺は、その返事をしていいものか、決断がつかないのだ。 「……ええい!」 開けてしまえ!なんとでもなる。 もしも変な結果になってしまってもその時はその時だ。 屋上へ向かうドアを開ける。 途端に、新たな行き先を見つけた風が廊下へと吹き込んでくる。 視界の先にあるのは開けた屋上の光景。ここから人の姿は見えない。 深呼吸を1回。そして足を踏み出す。 屋上は周囲にフェンスが張り巡らされている。 ベンチが置かれていないのは、あまり生徒が立ち入らない場所だからである。 事実、ここに昼食をとる生徒の姿はない。 さて、手紙の送り主はどこにいるのか。 右を向く。フェンスの向こうに広がる街と空が見えただけだった。左も同様。 誰もいないな。やれやれ、やはりいたずらだったか。 ――よかった。一気に肩の荷が下りた。 よし、教室へ戻って惰眠をむさぼることにしよう。 振り返る。と、そこには女子生徒がいた。俺の進路を塞ぐように、屋上の入り口に立ちはだかっている。 いつのまに現れたんだ?足音一つしなかったぞ。 この人が俺を手紙で呼び出したのか? ……だろうな。状況から考えて。 女子生徒は屋上の風に黒い艶やかな髪を任せていた。彼女の髪を見ているとコーヒーゼリーが思い浮かんだ。 別に彼女の髪の毛を食べたくなったとか、そういうわけではない。 彼女の瞳は俺の目に釘付けになっていた。まばたきをするとき以外は、ずっとそんな状態であった。 視線を交わし合って、数秒が過ぎて、ようやく俺は目の前の人物に対して見当をつけられた。 彼女は、俺のクラスで一番の美人であるという評価を男子によって下されている、葉月さんであった。 ――ここにきて、俺のあの推測は確信になったな。 330 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/10/08(月) 22 41 56 ID erUdUA9C 葉月さんは俺の目を見ながら、両手を胸の前で組み合わせた。 こんな動作まで想像通りにならなくてもいいと思うのだが。 「や、葉月さん」 「あ、あの……手紙、読んでくれた?」 葉月さんの声は控えめで、男の庇護欲を駆り立てる響きを持っている。 普段明るい人気者である葉月さんの声は、たった今屋上にて俺一人に向けられている。 なんだか自分が特別な人間になったような気分である。 「うん、朝きたら下駄箱に入ってたから。ちゃんと読んだよ」 「じゃ、じゃあさ……私の気持ちも、もちろん気づいているよね?」 あなたのことが好きです、というのが葉月さんの気持ちであろう。手紙にはそう書いてあった。 手紙の文を信じるのであれば、葉月さんは俺のことが好き、ということになる。 「それでさ……返事は決まってるのかな? できたら、ここで教えてもらいたいんだけど」 返事を早急に要求してくるのはいい判断だ。 告白の返事は早めに受け取ったほうがいい。 告白されてすぐであれば、相手は高揚しているであろうから、いい返事をもらえる可能性が大きい。 しかし、それは告白を受けた相手が好意を抱いている場合である。 つまり、告白してきた相手を嫌いであればいい返事は返ってこないということである。 俺の場合、葉月さんを嫌っていないのだからこれには当てはまらない。 なにせ、クラス一の美少女からの告白である。 俺には葉月さんを嫌う理由などない。クラスの他の男どもと同様に、俺も葉月さんに好意を持っている。 交際を申し込むほど思い詰めてはいないから、告白する気などまったく無かったが。 「ねえ……どうなの?」 葉月さんはそんなことを言いながら、続けて俺の名前を呼んだ。 まるで付き合ってくれ、と懇願しているようである。 葉月さんが一歩踏み出してきたことにより、俺との距離は少しだけ短くなった。 ここで俺が数歩踏み出して葉月さんを抱きしめれば、晴れて俺にも彼女ができるということになる。 だが俺には、そうすることはできない。 よって、告白に対する俺の返事は、こうなる。 「ごめん、葉月さん。……俺、君とは付き合えないよ」 眼前にある葉月さんの顔から、気のようなものが、ふっと消えた。 目を大きく開け、呆然として立ちつくしている。 それはそうだろう。なにせ、俺なんかに振られる形になったのだから。 「どうして……? 私のこと、嫌いだったの?」 葉月さんの目尻に涙が浮かんだ、ように見えた。 距離があるのだから目尻まで見えるわけがないのだが、声を聞いているとそんな錯覚を覚えたのだ。 「俺は、葉月さんのこと嫌いじゃないよ」 「じゃあ、どうして……?」 「……」 言えない。言いたくないのだ。だから早くこの会話を終わらせたい。 俺は、無言でその場を立ち去ろうとした。 が、葉月さんが行き先を遮っていたので、足を止めることになった。 しばらく、目で「どいてくれ」と語ったのだが、葉月さんはどいてはくれなかった。 仕方なく、葉月さんの肩を押してどけようとした。 その時である。俺の視界の天地が逆転したのは。 331 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/10/08(月) 22 43 13 ID erUdUA9C ふと見上げた先には空があった。 たった今視界の先に空が広がっているのならば、さらにひっくりかえれば目の前にコンクリートの 地面が広がっているはずだが、そんなの当たり前だな、とか意味もなく考えた。 次に考えたのが、俺はなぜいきなりこんな状態になったのかということである。 ああ。たぶん葉月さんに向けて俺が手を伸ばした時、投げられたのだろう。 痴漢行為をされるとでも思ったのであろうか。そうであればこの反応は正解である。 視界の一部に、葉月さんの頭が割り込んできた。 近くで見ても、変わらず葉月さんは美人顔であった。 「なんで理由を教えてくれないの!? ねえ、なんで?」 涙目と、涙声。これを俺がやったのだ、と思っただけで自分が罪人になった気分になる。 俺が葉月さんをふった理由はある。だがそれは言えない。 「ごめん、葉月さん……」 俺は葉月さんの肩を押し、隙をついて廊下へ向けて駆けだした。 葉月さんの声を、階段を下りながら聞く。 「待って! 待ってよっ! 好きなのに! 本当に好きなのにぃっ!」 悲痛な叫び声だった。その声は、俺が教室へ戻って机に突っ伏すまで耳に残っていた。 俺が葉月さんをふった理由は、葉月さんの告白が嘘であると見抜いていたからである。 そう思うのには、理由がある。 まず一つ目。葉月さんは俺ではなく、弟のことが好きなのだ。 クラスにて、時々複数の男女を交えて会話をすることがある。 その際、葉月さんは必ずと言っていいほど、弟のことしか聞いてこなかったのだ。 周りの男どもは葉月さんと会話できる俺のことを恨めしげな目で睨んでいたが、 俺にとっては葉月さんと会話をするのはそれほど嬉しくなかった。 弟のことしか聞かないのだから、当然俺のことなど一切聞いてこない。 どう考えても、俺から弟の情報を聞き出そうとしているようにしか考えられない。 将を射んとせばまず馬を射よ。将は弟、馬は俺。 葉月さんは弟という将軍の首をとるために、馬である俺を仕留めるつもりだったのだ。 だから、俺と付き合って弟に接近しようと試みた。 そして俺は、葉月さんのその企みを見抜いていた。だからこそふったのである。 これは決して、俺の考えすぎというわけではない。 前例もあった。その前例こそが、葉月さんが嘘を吐いていると思わせた二つ目の理由である。 332 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/10/08(月) 22 44 39 ID erUdUA9C あれは確か、中学三年のころだったか。 机の中に入っていたラブレターを読み、俺は手紙に導かれるように体育館裏へと馳せ参じた。 そこで待っていたのは、以前から俺が恋していた(と思う)同級生の女子であった。 彼女は付き合ってください、と俺に言った。俺はもちろんOKした。 その場で彼女と離れてから、俺は雄叫びをあげた。もちろん歓喜によるものである。 たくさん話をして、いろんな場所に行って、あふれんばかりの想いを伝え、あんなことをしたい。 夢のような心地であった。そしてそれは現実に夢まぼろしとなった。 彼女はよく俺の家に遊びに来た。それ自体は別にかまわなかった。 問題は、彼女は遊びに来ても弟としか会話をしようとしない、という点だった。 俺が、弟と会話をする彼女に声をかけると、邪魔者を見る目つきで睨んできた。 決して錯覚ではない。彼女がそんな態度をとるのは一度や二度ではなかった。 そんな感じでだらだらとした関係を続けてきたある日、俺は彼女に別れを告げられた。 俺自身彼女への想いが冷めていたのを実感していたので、簡単に別れることにした。 問題はその後。弟が言ったのである。「今日、兄さんの彼女に告白されたよ」、と。 俺は冷めた気持ちでそれを聞いていた。このときには、彼女の思惑にも気づけていたから。 弟の相談に対して、俺はどんな返事をしたか覚えていない。 付き合えばいいんじゃないか、と言ったのか、やめておけ、と言ったのか。 悲しかった。裏切られたことも悲しかったが、ダシに使われたことはもっと悲しかった。 最初から、「弟との仲をとりもってくれ」と相談してくれればよかったのに。 俺は喜んで彼女に協力していただろう。 弟の傍で幸せな顔で笑う彼女を見ていられればそれで満足できたから。 少しばかり胸が痛もうとも、我慢できたから。 だけど、昔の彼女と同じく葉月さんも俺を利用しようとしていた。 作戦としてはまあ、悪くはない。対象の身近な人間と接触し、外堀を埋めていくのは有効な手段である。 けれど、俺は思うのだ。人の心を踏み台にする作戦など、人がやるべきことではない。 悪魔だ。悪魔の所行だ。人間は生きているのだ。心があるのだ。 踏み台にされてしまえば、人の重みに負けて心が軋むものなのだ。 もう俺の心は鉄筋の骨とコンクリートで組まれた階段ではない。 築50年の学校の、木の階段である。しかも腐っている。シロアリだって潜んでいるかもしれない。 だからもう、踏まれたくないのだ。壊されたくないのだ。そっとしておいて欲しい。 ごめん、葉月さん。俺をそうっとしておいてくれ。これ以上、女という存在に絶望させないでくれ。 女は皆が男を裏切ろうとしているとか、妹は兄と結ばれることを夢見ているとかいうのは、もうたくさんだ。 俺は、昼休み終了を告げるチャイムが鳴ってからもずっと机の上で寝たふりを続けた。 昼休み終了から帰りのホームルームが終わってクラスメイトが帰るまで、ずっとそうやっていた。 ようやく人気がなくなったのは、六時になる五分前であった。 333 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/10/08(月) 22 46 37 ID erUdUA9C ***** きっぱりと、ふられちゃった。 昨晩寝ずにラブレター書いて、眠気を我慢しながら目一杯力を入れて化粧までしてきたのに、 あっさりとふられちゃった。 せめて、少しだけ迷う素振りでも見せてくれれば望みはあったのに、それもなかった。 ということは、彼にはすでに心に決めた女の人がいるってこと? そんなはずがない。だって、彼の弟はそんなこと言ってなかったもの。 私は高校に進学して、彼に出会うまで男子に恋をしたことがなかった。 それは決して私がレズっ気があるからというわけではなくて、周囲に魅力的な男子が居なかったから。 どの男子も、見ていて恥ずかしくなるぐらい子供っぽかった。 だから、いくら口説かれても告白されても、胸がときめくということがなかった。 高校に上がったら男子も成長しているはず、という期待は外れてしまった。 むしろ、変な目で私の体を見てくるようになったことでさらに悪化したようにさえ思えた。 唯一の例外が、彼という人間だ。 入学当初は、名前も知ろうと思わないほど、興味の対象外の存在だった。 それがひっくり返ったのは、一年生の六月に全校生徒参加で行われた、河川敷のゴミ拾いの時。 全校生徒総出で河川敷を拾うとなると、中にはまじめに作業しない生徒もいる。 皆友達と歩きながらおしゃべりしていた。まじめにやるのは、先生が近づいたときだけ、という有様だった。 私は1人でゴミを拾っていたのだけど、やっているうちに馬鹿馬鹿しくなってきた。 私以外の誰一人としてまじめに拾っていないのに、どうして私だけがまじめにやらなければならないのか。 自分だけがおかしいのではないか、とまで思えてきた。 もうやめてしまおう、と思って女友達のところへ向かったとき、彼が私に近寄ってきてこう言ったのだ。 「葉月さんも休憩? ならゴミ袋、貸して」。 どういう意味か、すぐにはわからなかった。けれど、彼の服の汚れ具合を見たら疑問は解決した。 彼の体操服は草や土で汚く汚れていたのだ。彼は、そんなになるまで熱心にゴミを拾い続けていた。 注目すると、彼は人が立ち入らないような草が生い茂った場所まで踏み込んでいた。 そして、ものすごく満足そうな顔をしながら、ゴミ袋を掲げて出てくるのだ。 拾ったどー!と吼える彼を、皆は笑って見ているだけだった。 誰一人として、彼を手伝おうとはしなかった。 私は、彼を手伝おうと思ったのだけど、どうしても足は動かなかった。 その場に足を縫いつけられたかのようだった。 そんな状態になっても、視線は彼の姿を勝手に追う。 彼が進んでいく道には、満杯になったゴミ袋だけが残っていた。 彼の背中を見つめたまま、作業終了の時刻になり、私は学校へ戻った。 けれど、教室に戻って彼の姿を探しても、どこにも見当たらなかった。 彼が戻ってきたのは、私たちが学校に戻った二時間後。 ゴミ袋の代わりに、大量のジュースを持ってクラスへやってきた。 なんでも、河川敷のゴミ拾いに感謝した付近の住民が持たせてくれたらしい。 ジュースは全校生徒には行き渡らなかったものの、クラスメイト全員の手には渡った。 一年以上が経った今も、私はその時にもらったジュースを飲んでいない。 冷凍庫に入れたまま、ずっと保管している。毎日霜を落としているので保管状態は万全だ。 あのジュースは、私が彼に惚れた日の記念品なのだ。 あのゴミ拾いの日をきっかけにして、私は彼の姿を目で追うようになった。 高校生には見えないほど、威厳のある背中。 異性に対する、達観したようにさりげない態度。 そして時々見せる、憂いを帯びた眼差し。 皆で夏休みに家族でどこへ行った、という会話をしているときにその目をよく見た。 気づけば私は、彼のことばかり考えるようになっていた。 今では、彼の姿を見られない日には悲しくて寂しくて、泣きたくなるほどになっている。 そんなときは、彼が来て私の涙を拭っていく夢を必ず見る。そしてさらに寂しくなってしまう。 もうこんな状態は耐えられない。そう思った私は、ずっと彼に傍にいてもらおうと決めた。 334 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/10/08(月) 22 49 41 ID erUdUA9C しかし、いざ彼の心を虜にしようと思っても、どうしたらいいのかわからなかった。 友達に、「好きな人がいるからどうしたら付き合えるのか教えて欲しい」と聞いても、 「葉月ちゃんなら、話してるだけでオッケーでしょ。どんな男もイチコロだって」と言われるだけだった。 話しかけるだけなら、すでに実践している。けれど、彼は私に惚れているようには見えない。 むしろ、彼と話す度にどんどん惚れ込んでいくのは私の方。どんなことを話せばいいのかもわからない。 何を話しても、些細なことを聞いても、彼の眼差しは私の邪な感情を見透かしてしまう気がする。 本当は聞きたいことが山のようにあるというのに、聞くことができない。 彼女がいるのかいないのか。どんなタイプの女の子が好きなのか。 私のことは、恋愛対象として意識してくれているのか。日ごとに聞きたいことが心に溜まっていく。 だけど彼と話をしたい。私だけに向けられた彼の言葉を胸に刻みたい。 だから、あたりさわりのない会話として、弟さんのことを聞くことにした。 彼はちょっと複雑そうな顔をしていたけど、ちゃんと教えてくれた。 彼から弟さんの話を聞くうちに、私はあることに気がついた。 彼と仲良くなるために、弟さんの協力を得ればいいのだ。 そのことに気づいてすぐ、弟さんを捕まえて彼の情報を聞き出した。 どうやら彼に彼女はいないらしい!一瞬で、世界が光り輝いているように見えた。それが昨日の出来事だった。 勢いをそのままに、彼への想いをラブレターにしたため、彼の下駄箱へ入れたのが今朝。 そして、ふられた理由もわからないまま呆然と屋上でうなだれ続けて、ようやく立ち上がれたのが今。 今の時刻は何時かわからないけど、空はとっくに灰色に染まっていた。 午後の授業、全部さぼっちゃったな……。でも、今の私の顔を彼に見られたくなかったからこれでいい。 これからどうしよう?彼にあそこまであっさりとふられてしまったということは、やっぱり私のことなんか 眼中にないということなんだろうか。 ――いや。眼中にないというのなら、無理矢理にでも視界に割り込んでやるまで。 だって、この想いは私には止めようもないほど大きくなっているのだ。 そして私も、止めようとは思わない。彼に全て受け取ってもらうのだ。 粉々に打ち砕かれても、私は諦めたりなんかしない。 「……諦めて、たまるもんかっ!」 絶対に、この初恋は実らせてやるんだ。 幸いなことに、明日は学校が休みだ。 今までは憂鬱で仕方なかった休日だけど、明日は違う。 彼の家に押しかける。クラスメイトが遊びにくるぐらい、別におかしいことじゃない。 もう、自分にできる手段は全て実行するまで。 彼を手に入れるためなら、どんなことでもする。 彼がどうして私をふったのか、その理由を明日はっきりと聞き出してやるんだ。 もし、彼に女がいるのであれば――寝取ってやる。 初恋の人に、初めてを捧げるなんて、なんてロマンチック……。 今日、ちゃんと眠れるかなあ?
https://w.atwiki.jp/monaring/pages/146.html
ヤンデレ攻撃隊 2黒 クリーチャー・人間・ミニオン エコー 2黒 側面攻撃、側面攻撃、側面攻撃 ヤンデレ攻撃隊がいずれかの対戦相手に戦闘ダメージを与えるたび、 そのプレイヤーは毒カウンターを1つ得る。 1/1 ヤンデレシリーズのひとつ。どんだけ側面に執着しているのだろうか。 攻撃時には本家の《アルビノ・トロール》やこちらのギコ教授を一方的に殴り倒すことができる。 ただし、根本的に1/1であるため簡単に焼かれてしまう上、側面攻撃が攻撃時にしか誘発しないことから、ブロッカーとしては使えない。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/262.html
215 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 48 11 ID L0TLbg72 ***** 俺と妹と着物姿の葉月さんが、ほとんどの生徒が帰ってしまった放課後、蛍光灯の明かりのない廊下で、 向かうところ敵なしのはずの覆面ヒーローを引きずっている女忍者と出会った。 つい今し方、俺が遭遇した状況を端的に言い表すとそうなる。 昨日こんなことがあったんだ、と他人に言っても決して信じてもらえそうにない光景である。 しかし、今日は学校内で文化祭が行われている。中にはコスプレ喫茶を営むクラスも存在する。 よって、覆面ヒーローがいようと女忍者がいようと、俺は驚かない。 だが、コスプレ喫茶の存在を知らない、俺以外の人間はそうでもないようだ。 俺と行動を共にしていた葉月さんと妹は、何度も目をしばたたかせている。 葉月さんは一日中、自分のクラスのウェイトレスをやっていた。 妹は一般公開の終わった時刻になってこの学校へやってきた。 弟のクラスの出し物がコスプレ喫茶だということを知らなくても仕方ない。 揃って覆面を被った二人のうち、一人は弟だ。 あの仮面も、黒いボディスーツも、薄く汚れたプロテクターも、俺が手を加えて作ったものだ。 弟の細かい注文を聞いて作った特注品である。着ている本人よりも詳しく知っている。 弟に平和を守るヒーローになって欲しいという願いを込めて作ったわけではないのだが、弟よ、ヒーローが 気絶して、あまつさえ連れ去られたらさすがにまずいだろう。 第一話で主人公が悪の組織のアジトに連れ去られる展開はある。 が、変身できるようになってからは悪の首領を成敗する目的で乗り込むのが王道だ。 強くなってからさらわれちゃ格好がつかないぞ。 お前が理想とする英雄たちはそんなへたれた存在じゃないはずだ。しっかりしやがれ。 俺たちがやってきたことに気づいたくノ一は、引きずる動作をやめてこちらを向いた。 校舎の窓ガラス四枚分の距離を開けて、俺たちは対峙した。 「……ねえ」 葉月さんが小声で話しかけてきた。 「あれ、何? なんで忍者が居るの? しかも……なんか引きずってるし」 まったく、その通りだ。運ぶのならもっと効率のいい手段もあるだろうに。 それに、まだ生徒がいるかもしれないこの時間に動かなくてもいいじゃないか。 もしかしてこの忍者――要領が悪いのか? それとも頭が回らないのか? どちらにせよ、そのドジ振りはありがたい。おかげで弟誘拐の憂き目を回避できた。 216 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 49 10 ID L0TLbg72 「お兄さん」 今度は妹が声を出す番だった。妹の声は静かで冷たい。 しかしそれは妹が俺と話す際のデフォルトであり、この状況に影響されたわけではない。 「もしかしてあの倒れた仮面の方、お兄ちゃんじゃないの?」 ――え? なんでわかるんだ? 愛の力でわかったとか、間違っても口にするなよ。 妹の気持ちはくどさを感じるほどわかっている。こんな時まで聞きたくない。 「昨日の夜、話をしているときにはしゃいでたから、もしかしたらと思って。 やっぱりこういうことだったんだ。でも……こんなことだったら内緒にしなくてもいいのに」 なんだ。妹は弟がヒーローのコスプレをすることをとっくに知っていたのか。 妹は弟の変化に敏感だ。前日にはしゃいでいれば、何かあると勘づくのは当然のことだ。 弟から文化祭の出し物でコスプレ喫茶を開くと聞いていたのだろう。隠すことでもない。 戦うヒーロー大好きの弟が、仮装パーティの衣装を選んだらどんな格好を選ぶか。 我が家に住んでいる人間なら誰でもわかる。 日曜の朝、特撮番組を見る弟がリビングのテレビを独占するのが慣例だから。 今回はそのわかりやすい習性が裏目にでた。 連れ去られそうになっているのが弟だとは悟られたくなかった。 妹がどんな反応をするかなんて、たやすく予想できる。予想が百パーセント的中することも保証できる。 また修羅場が発生する。前回は対葉月さんだったが、今回の相手はくノ一だ。 女忍者の実力が未知数だから、妹の勝率はわからない。 妹の戦闘能力はどれほどか知らないが、以前葉月さんに怒りの勢いで特攻した点、そしてその後為す術もなく 投げ飛ばされ着地し咳き込んだ点から考えて、対人戦術を身につけているわけではないとわかる。 戦わずに済んでくれればなによりなんだが……そうはならないだろう。断言できる。 場に妹がいなければ弟を取り返して終わりだ。女忍者はその後で追い払えばいい。 しかし妹がいると、問答無用で殴りかかるだろう。 妹には悪いが、やっかいな奴がもう一人いるような気さえする。 夕方になってから、妹が学校に来なければよかったのに。 さて、なぜ俺たち三人がこの場にいるのかを説明するとなると、今日の四時頃まで時を遡らなくてはならない。 ***** 今日の四時、つまり文化祭一日目の一般公開の時間が終了する頃。 二年D組の教室内に、寝ぼけ眼で周囲の状況を確認している男が居た。俺のことだ。 ふて寝していたのだ。昨日の夜から今朝までずっと眠っていなかったから。 また、誰かの下した命令のせいで半拘束状態に置かれていたからでもある。 普段ならば、後日白い目で見られることを覚悟した後に、甲高い奇声を上げて脱走するところである。 絶対に従いたくない類の命令だったのだ。被緊縛嗜好は持ち合わせていない。精神的にも肉体的にも。 あえて従ったのは、しかめっ面をつくりながらもなんとか許容できる程度の理由があったからだ。 217 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 50 07 ID L0TLbg72 さらに時間を遡り、午前中。純文学喫茶開店前。 控え室の隅っこに設えられた俺専用の席に座っていると、高橋から話しかけられた。 「不満そうな顔だね、色男」 「お前は相変わらず地味な顔つきをしているな」 「ありがとう。僕は自分が地味な容姿をしていることにも、地味な性格をしていることにも誇りを持っているから、 君が抱く僕の印象がそうであってとても嬉しいよ」 「……少しは堪える素振りを見せろってんだ」 「ところで、君はあのプリントを見て、それに書かれていた内容に腹を立てているようだが、それはよくない。 あの命令は、クラスメイト全員の総意と言ってもいいものだよ」 「お前らは、俺に窓際族でいてほしいのか……?」 「そういう意味じゃない。君がこの教室にいてくれないと、喫茶店の利益が上がらないからだ」 「俺が居たところで客がくるわけでもないだろ」 「違うんだな、これが。確かに、君がウェイターをしたところで売れ行きは伸びないだろう。 しかし、君が居てくれないと売り上げが落ちるのは結果として起こりうることなんだ」 「……なんだそりゃ?」 「要約すると、君が教室にいれば葉月さんがウェイトレスをやり続けてくれるから、 君には教室に居てもらわなければいけない、ということだ。 もし君が居なくなれば、葉月さんは君を捜しにどこかへ行ってしまうだろう。それは非常によろしくない」 「そんなわけないだろ? 給仕役は交代制のはずだし、勝手にどこかに行ったりは……」 「葉月さんが何を目的にしてウェイトレスをやっていると思っているんだね、君は」 「……さあ? ウェイトレスをやると取り分が増えるから、とかか?」 「この鈍感め。彼女は君に見て欲し………………ふ、言わないでおこう。言うほどのことじゃない。 それに、僕が言うべきことでもない」 「気持ち悪いところで止めるなよ。俺に、なんだってんだ?」 「自分で考えるんだな。ここまで言ってもわからないんだったら、今日から君と言葉を交わすとき、 僕は自分の台詞の後ろに(鈍)をつける。そうなりたくなかったら、脳の血の巡りを良くすることだ」 高橋に「おはよう、今日も元気そうだな(鈍)」とか、 「悪い、忙しくて宿題をやってくるのを忘れてしまった(鈍)。写させてくれ(鈍)」とか言われようと かまわなかったのだが、あそこまで馬鹿にされて放っておくのも癪である。黙って沈思することにした。 机の上で腕を枕にして伏せる。体勢を維持したまま、窓から差し込む陽光に微睡んでいると、答えが浮かんだ。 葉月さんは、自分の着物姿をクラスの誰よりも早く俺に見て欲しいと言っていた。 男冥利に尽きる殺し文句を、俺だけに見て欲しかった、という意味で勝手に解釈するとしよう。 すると、俺が見ていなければ葉月さんが着物姿でいる理由は消失してしまう。 結果、葉月さんはウェイトレスをしなくなる。またひとつ、日本から美が失われる。 導かれる結末として、我がクラスの総力を結集した喫茶店の売り上げは落ち、打ち上げ会場のテーブルの 上に並べられるピッツァがスナック菓子の偽物ピッツァに変わってしまう。 高橋の言葉をそのまま借りよう。それは非常によろしくない。 葉月さんが袴姿の給仕役を請け負った理由を悟ったことにより、友人から括弧綴じしてまで鈍感さを 強調されることはなくなったわけだが、それこそ蛇足というべき余計な効果である。 一番大事なのは、俺が今日明日ともに教室に立て籠もらなければいけない理由が正当なものであると気づいたこと、 そしてクラスメイトから軟禁状態に置かれているのはやむなくのことである、と知れたことだ。 そりゃそうだ。いくらなんでも謂れなくあんな命令をクラスメイトが下すはずがない。 理不尽ともとれる命令は二年D組全体のためを思ってのことだったのだ。 すまなかった、皆。 皆はあそこまで陰湿なやり口で俺を追い詰めたりしないもんな。――俺、信じているよ、うん。 218 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 51 39 ID L0TLbg72 納得したところで、目をつぶり、意識のベクトルを体の外から内へ変更する。 首の後ろから背中にかけて人肌の温度に保たれたタオルを乗せられているような陽光の中、ああもし自分の魂を 今のままに生物種を変えられるなら猫になりたい、と荒唐無稽なことを考えているうちに、眠ってしまったらしい。 らしい、という持って回った言い方をしたのは、いつの間に睡眠状態に移行したのかわからなかったから。 あと、もう一つ。それが睡眠ではなく、昏睡だったのかもしれなかったからである。 目を覚ましたとき、カーテンで仕切られた簡易控え室の中にクラスメイトの姿はなかった。 眠りの余韻を残した瞳で床を見る。俺の影がなかった。リノリウムの床が灰色に染まっていた。 振り向いて、窓の向こうの空を見上げる。 すでに太陽は沈んでいた。青くて暗いパノラマには置いてきぼりにされたように雲が点々としていた。 デジタル式で表示された携帯電話の時刻表示を確認する。 午前中を最初のコーナーでパスし、昼食時間をあっさり周回遅れにし、午後の時間のすべてをラストの直線で 置き去りにして、トップでゴールしていたことに気づいた。 優勝カップの携帯電話には、PM4 40の文字が表示されている。 どうりでクラスメイトの姿がないわけだ。 明日のことは明日すればいいや、程度にしか喫茶店の成功について考えていないのだろう。 担任は臨時従業員の意識変革を図る必要がある。 もっとも、明後日になれば教え子に戻るわけだからあえて説き伏せる必要性は感じられない。 既に営業が終了している以上、教室にいても仕方がない。教室を後にする。 二年の教室をC、B、Aの順に通り過ぎる。校舎の設計上、先には上下階への昇降を可能にする階段が存在している。 三階へ行く用事は差し当たってないため、階段を降りていく。 踊り場にて階段を折り返し、さらに下へ向かおうとしたときである。 「きゃっ!」 という可愛らしい悲鳴を、俺とは逆に階段を昇ってきた女性が言った。 彼女は俺と顔を合わせることなく、頭を下げた。 「ご、ごめんなさいっ。ちょっと急いでいたので、つい!」 「いえ、別にいいですよ」 「本当すみません、それじゃ!」 言い残し、俺の左側を過ぎようとしたその瞬間だった。 日が沈み、薄暗くなった階段の空気の中、俺と彼女の視線がぶつかった。 俺はなんとなく、本当に理由もなく彼女の顔を確認しようとしていた。 彼女はきっと、俺以上に理由なんかなかったんだろうけど、俺の顔に目を向けていた。 偶然により引き起こされた視線の邂逅。 そして、彼女が眉を顰める。 なんという失礼な反応であろうか。こっちだって目を合わせたくなんかなかったんだぞ。 そう思っても、俺は表情を変えない。 彼女から――既知の相手である彼女から今のような顔で見つめられることには慣れているのだ。 むしろ、温いくらい。目があったらオプションで舌打ちをされるくらいが普段の対応だ。 彼女があらぬ方向へ視線を逸らし、口を開く。口調に嫌悪感が滲んでいるのは(以下略)。 「お兄さん、まだ学校に残ってたんだ」 「ああ、ちょっと色々あってな」 「そう」 219 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 52 51 ID L0TLbg72 短いやりとりの後、沈黙が場を支配する。 まあ、これもいつも通り。彼女――二つ歳の離れた妹と一分以上会話を継続させたことなど記憶に無い。 悲しくはある。だが、高橋みたいに饒舌になられてもむしろ俺が困ってしまうので、今の方がやりやすい。 妹の冷たい態度の中に暖かみを探すのが俺側の対応である。 妹がデレを見せたのは葉月さんが家にやってきた日に起こった、朝食を作ってもらった事件(誤用ではない)が最後。 以来、妹の態度は改まることもなく、弟に勉強を教えているときは憎悪の視線を向けてくるし、風呂上がりの俺の 格好を見てはさりげなさを演じず顔を背けるようになった。 ……なんだろうな。朝食事件があまりにも暖かすぎたから、妹の態度がさらに冷え込んだように感じられる。 だけど、妹が俺と弟を勘違いして優しさを見せてくれないかなとか、つい期待してしまう。 いくらムチで叩かれようと、アメがもらえそうな気がするから離れられない。 こうやって世の男は調教されていくのだろうか。 俺がそうならないとも限らない。注意しておこう。 「お兄さん、お兄ちゃんを見なかった?」 兄弟以外が聞けば誤解を招くこと必至の問いかけだった。 『お兄さん』は俺。『お兄ちゃん』は弟。明らかに片方だけに親しみが込められている。 まだ『お兄さん』と呼ばれているからいい。いつか『兄さん』になったら、俺はどうしたらいいのだ。 ――という内心の葛藤はこの場ではさて置いて、妹に返事する。 「見てないな。というか、朝見てから弟の顔は見てない。弟を迎えに来たのか?」 妹が頷く。 「本当は明るいうちに喫茶店に様子を見に行きたかったんだけど、お兄ちゃんが土曜日でも学校はさぼったら ダメだって言うから、こんな時間になったの」 なるほどね。弟の言うことは素直に聞くからな、こいつ。 「一般公開が終わったのが四時頃だから、もう着替え終わって、明日の準備でもしてるんじゃないか」 「お兄ちゃんの教室に行って来たけど、お兄ちゃんはいなかった」 「同じクラスの人に聞いてみたか?」 「聞いてみたけど、知らない、としか。だから自分の足で探しているの」 「……ん? そりゃおかしいな」 まじめで、誰に対しても優しい弟がクラスメイトに黙って帰るとは思えない。 それに、「知らない」? 知らないなんてことないだろ。本人の与り知らないところでハーレムが形成されるほど人気者の弟が、 女子からの視線をかいくぐってどこかに行けるなんて考えられない。 こそこそ隠れてなら不可能ではないだろう。でも、隠れる必要があるほどの用事が弟にあったのか? 「お兄さんはお兄ちゃんがどこに行ったか……知らないよね」 「ああ。いちいち弟の行動を把握するほど俺も暇じゃないからな」 「あっ、そう」 使えねえなコイツ、というニュアンスを含んだ返事である。 だが、この程度でへこたれるほど俺だって弱くない。ちと反撃してやろう。 220 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 54 41 ID L0TLbg72 「お前こそ、まだ弟を見つけてないんだろ?」 「……ええ」 「いかんな、それじゃ。もしかしたら弟のやつ、今頃女の子と……」 「はぁ? …………なんですって?」 妹が距離を一歩詰めた。見上げる格好だが、上目遣いではない。 「お兄ちゃんに近寄る女がいるっていうの?」 「いや、いるというか……いないというか……」 「はっきりしなさいよ。いるの? いないの? ……どっち?」 可愛らしさをアピールしない女の子の目って、どうして男を不安な気持ちにさせるんだろう。 疑問の答えを出さぬまま、妹の迫力に押された臆病な長兄は正直に答える。 「いる。たくさん」 「……何人?」 「正確にはわからん。だが十名は下らない。安心しろ。あの子たちは弟の特定の相手じゃないから」 「そんなことわかってるのよ!」 いや、吼えなくても、いいんじゃない? お兄さん結構怖がってるんだよ? 「許せない、許せない許せない! どこの雌豚がお兄ちゃんに近寄ってるのよ!」 「あー……近寄ってはいないんだ。女の子たちはお互い牽制しあって、同盟みたいなのを結んでいて」 「同盟……一緒になってお兄ちゃんを犯すつもり? いいえ、そうに違いないわ!」 「すまん、違った。同盟じゃなくって、えっと、見守っているだけだった」 「かっ、はっ…………お兄ちゃんと同じ学校にいるだけじゃ足りず、ずっと見つめているですってぇ!」 そんな強引な解釈の仕方、アリか? 今となっては妹に何を言ってもネガティブな意味合いでしか受け取ってくれない気がする。 嫉妬深い性格をしているとは知っていたが、これほど性質が悪いものとは思わなかった。 何も言えん。言ったら言った分だけ妹の怒りが根強く浸透していってしまう。 「お兄ちゃんもお兄ちゃんよ! 他の女に隙を見せるなんて、どういうつもりなの!? 私がお兄ちゃんのそばにいないからって、浮気していいってわけじゃないのに!」 今気づいたが、俺の台詞ってさりげなく弟を追い詰めてなかったか? もちろん追い詰めるつもりなんかさらさら無かったけど。 フォロー……してももう遅いな。さらに怒りを深刻化させる危険もある。 すまん、弟よ。藪をつついて蛇を出してしまった。 俺はこれ以上刺激しないよう逃げる。お前はなんとかして大蛇の怒りを鎮めてくれ。 妹から離れるべく、右足を引く。回れ右をするためには右足を引かねばならないから。 だが、今の妹にとってはわずかな動きさえ気に障ってしまうようだ。 マイシスターが一歩踏み出す。距離を詰める。続けてブラザーである俺に対して詰問する。 「どこに行くつもりなの?」 目的地なんかない。お前の前から姿を眩ましたかっただけだ。 「いやなに、ちょっと忘れ物をしたから、教室に。ああ、弟のことなら心配するな。 放っといたら家に帰ってくる。説教するんなら帰ってからでもいいだろ」 「いいえ。もうお兄ちゃんは信じられないわ。今日は意地でも探し出して連れ帰る。 もしかしたらこれから女の家に行くかもしれない」 「そうか。まあ、そういうことなら止めやしない。あんまり遅くならないうちに帰るんだぞ」 兄貴っぽい台詞を言い残し、回れ右の動作を続行する。 体が後ろを向いたところで、妹に動作の完了していない左腕を捕まれて引き戻された。 「……どうか、したのか?」 「協力して。お兄ちゃんを捜すの」 妹に頼まれごとをされるなんていつ以来だろう。ひょっとしたら初めてのことかも知れない。 本来なら諸手を挙げて喜んでいるところだが、弟を捜すことに協力するのとは別の問題だ。 221 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 56 23 ID L0TLbg72 「悪いが、協力することはできない」 「どうして?」 「さっきも言っただろ。忘れ物を取りに教室に行くんだよ。」 「――嘘ね。あの女のところに行くんでしょう、お兄さん」 ん? 誰のことを言っているんだ? あの女? 妹が知っている俺の知り合いなんていたか? 今のところ――ひとり、該当しているな。 忘れるはずもない。なにせ、妹は一回彼女に豪快に投げられたのだから。 「葉月さんのことか? 前にうちに来た」 「そんな名前だったんだ。印象の薄い名字だから覚えるのも一苦労ね」 葉月って結構いい名字だと思うけどな。響きがいい。 うちの家族総員の名前にくっついている名字みたいに没個性的ではないぞ。 「あの女に会うのは後回しにして。先にお兄ちゃんを捜すの、手伝って」 「お前、やけに葉月さんには辛辣な態度をとるな」 俺に対しても辛辣だが。けれど、葉月さんに対してはとりつく島もない。 「当然。あの女、私を思いっきり放り投げたんだから。あれ、下手したら死んでたわよ」 「それについては否定しないが。だからって……」 「私、あの女嫌い」 にべもない返事だった。俺に対してさえ、嫌いと言ったことはないのに。 妹は俺を嫌っているだろう。少なくとも、好きよりは嫌いの方に気持ちが偏っているはず。 嫌われるような真似をした覚えはない。 だが、俺は昔の出来事の記憶をなくしているらしい。弟の態度から察するとそういうことになる。 過去の出来事が原因で妹は俺を嫌っているのか、それとも俺の性格容姿その他諸々が気に入らないのか。 俺にはわからない。聞くこともできない。何を言われるか怖くて、聞くことができないんだ。 妹は自分の感情を口から吐き出す。まるで対象への嫌悪を再確認するかのように。 「嫌い。私がどれだけ、お兄ちゃんへの想いに苦しんでいるかも知らず、あんなことを言うなんて。大っ嫌い」 あんなこと。「兄妹は絶対に結ばれない」という葉月さんの台詞か。 「お兄ちゃんのこと諦めようと思って、けど、顔を見ていると気持ちが膨らんで、その繰り返し。 あの女もだけど、きっとお兄さんにもわからない。上手くいかないってわかっているのに、それでも挑まなきゃ ならない人間の気持ちなんかわからないでしょ。わかってくれなくていいよ。私、優しさなんて要らないから。 お兄ちゃんだけが優しくしてくれたらいい。昔から、私を守ってくれたのはお兄ちゃんだけだったもの」 また昔話か? なんで弟妹揃ってもやもやさせるんだ。 全四巻の漫画のうち三巻だけが抜け落ちてるみたいな気分だ。 俺は、欠けた道を突き進んで、今の場所に辿りついたのか? 本当に通っていないのか? いいや。何かの事件があったはずだ。俺ら三人兄妹全員に関わる――暴力的な事件が。 「でも――お兄さん」 妹が俺の顔を見上げた。何事かを思い出したような様子だ。 「あの女から、お兄さんは私を守ってくれたよね?」 「あ、ああ……」 「どうしてあんなことしたの? どうして、何度投げられても立ち上がって、かばってくれたの?」 理由なんかなかった。弟と妹を庇わないと、葉月さんを止めないと、という気持ちだけだった。 「長男が弟妹を庇ったらおかしいか? 理由なんかねえよ」 「だって、おかしい。お兄さんが私を庇うなんて、そんなの……」 妹はそこで言葉を切った。俯いて、黙考している。俺は続きの言葉を待つ。 やがて、顔を上げた。続きの言葉を口にする。 「お兄さんは昔、私を………………いじめていたのに」 222 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 58 31 ID L0TLbg72 妹の小さな声が、氷の固まりになって胃を満たした。 いじめていた。俺が、妹を傷つけていた。 「妹をいじめないで」。葉月さんに向けて弟が言った台詞だ。 思い出すだけで恐怖が沸いてくる。いじめていたのなら、どうして俺が戦く? 黒いもやが脳に入り込む。明かりのない校舎の空間全体が俺の敵になっている。 逃げられない。どこに逃げても、俺は捉えられてしまう。 それに、さっきから、胃が苦しい。破裂しそう。膨らんでいる。内側から貫かれている。 「記憶はおぼろげだからわからないけど、でもたぶんあれは――あ、れ? お兄さん?」 足が自分のものではないみたいに無様に揺れる。膝が折れる。足首が曲がる。 目の前には、暗い階段の列がずらりと続いていた。俺を階下へと導いている。 抵抗する術をなくした俺は、そのまま暗い空間へと身を投げた。 「――――だめ!」 がくり、と首がうなだれた。そこで気づく。 俺は踊り場から一階へ向けてダイビングを敢行していた。 落ちていたら怪我は免れなかっただろう。骨折ぐらいしてもおかしくない段数だ。 倒れる俺をその場に留めていたのは、葉月さんであった。 振り袖と袴のコンビネーションが、いっそう魅力を引き立てている。 ――髪の毛を結んでるリボン、解きたいなあ。 「ねえ! 大丈夫? どうして顔色が悪いのに笑っていられるの?」 ああ、俺は笑っていたのか。きっと葉月さんのおかげだろう。 葉月さんは綺麗で、清楚で、まっすぐだ。なのに、俺なんかを好きでいてくれる。 ちゃんと応えないといけない。 「大丈夫だよ。ちょっと目眩がしただけだからさ」 「そう、なんだ。よかった、話し声を聞いて駆け出さなかったら間に合ってなかったよ」 「ごめん。あと、ありがと。助けてくれて」 「ううん、いいの。当たり前のことだもの。でも、なんで……、ん?」 葉月さんの視線が俺の顔から、俺の背後へと進路変更。即座に無表情になる。 「妹さん?」 「……どうも」 妹はぞんざいな返事をする。葉月さんは失礼な態度を気にした様子はなかった。 だが、妹の顔を見続けているうちに怒りの表情を浮かべた。なぜ。 「あなた、お兄さんに何を言ったの?」 「別に。普段通りの会話よ。家族同士の会話なんだから――部外者は引っ込んでて」 失礼な態度なんて段階じゃない。あからさまに敵意を放っている。挑発している。 「ぶっ、部外者ですって?! 私は、彼の!」 「……何?」 「か、彼の…………クラスメイトよ。まだ」 「ふうん。まだ、彼女じゃないんだ。人の家で大胆なことはできるくせに、お兄さんには弱いのね」 「なっ……こ、このこ、この小娘…………」 「お兄さん、小娘って言われちゃった。どうしよう?」 どうしようじゃねえだろ。自分で種を蒔いておいて人を巻き込むな。 妹の態度にデレ成分を見つけようと思ってはいたさ。だが、俺はデレの演技が見たいわけじゃないんだ。 ホッチキスの針が切れていて困っているとき、黙って針を取り替えてくれるようなさりげないのがいいんだ。 いや、そりゃまあ、バレバレな演技も満更ではないけどね。 223 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 59 49 ID L0TLbg72 妹の台詞を反芻する。頼られるのも悪くないな、うむ。 今の気分を噛みしめていると、二時の方向にいる葉月さんの方面からうなり声が聞こえた。 葉月さんが、なんと――頬を膨らまして俺を見つめていた。なんだ、このデレ合戦。 「どうしてそんな優しい顔してるのよぅ……」 葉月さんがくしゃくしゃに顔を歪ませる。携帯電話のカメラ機能ってこういうときすぐ使えたら便利だよな。 プリントアウトして額に飾って目覚まし時計のそばに置いておきたい。毎日頑張れること、必至。 ――さて、不埒な思考はここらで止めておくとしようか。 「ごめんごめん。いいことがあったから、ついね」 「……ふんだ。やっぱり妹さんがいいのね。だからいつまで経っても、してくれないんだ」 「それは……また別の話だよ」 妹に対して甘いのは認めよう。だけど、葉月さんに告白できないのは、別の理由があるからだ。 自分の気持ちに自信がないから告白できない、なんてのは告白じゃないもんな。 葉月さんが言っているのは、恋愛感情を伝える目的でされる告白のことだ。 「謝ってばかりだけど、ごめん。もうちょっとだけ、待ってて」 「…………わかった。でも、ちゃんと白黒はっきりさせてよね」 返事と、心に誓いを立てる目的を兼ねて、首肯する。 ふと葉月さんと目が合ったので、見つめ合う。しばらくして、妹の声が脇から割り込んできた。 「ふん……とっとと付き合えばいいのに。バカみたい」 放課後に着物姿でいる理由を葉月さんに問いただしたら、要領を得ない答えが返ってきた。 葉月さんは体育館に設置してあるシャワールームで汗を流してきたという。 それはいい。秋とはいえ動き回れば汗もかく。 理解しがたかったのは、なぜ着物を着直したのかという点だ。 今日は喫茶店の営業は終了した。ウェイトレスもお休みの時間である。 問い詰めているうちに、とうとうしどろもどろになってしまったので、追求をやめる。 俺に見せるために着直した、とかだったらとても嬉しい。もはや真相を知ることはできないが。 別の話題として、弟が行方不明になっているという話をしたら、気になることを言われた。 「さっき、って言っても三十分前だけど。変な格好の人がいたよ。 ちらっとしか見なかったんだけど、二人連れ。一人は頭にかぶり物してて。あ、かぶってるのは二人ともだった。 えーっとね……一人は、アニメに出てきそうな格好だった。もう一人は僧侶か忍者みたいだった。それがどうかしたの?」 確定した。葉月さんが目にしたのは間違いなく弟だ。 喫茶店が終了してから特撮ヒーロー気分を味わおうとでもしたのだろう。 自分一人では浮いているから、友人をもう一人連れて。 一年の教室は一階にある。二年の全クラスが並んでいるのは二階。 二階から校舎の外にある体育館へ向かう際、一年の教室前は通らない。 つまり、弟はあの格好で校舎の外に出たということになる。 仮面というのは恐ろしい。普段大胆なことができそうにない人さえはっちゃけさせてしまう。 弟は人気者だが、派手なことをして目立とうとするタイプではない。 フラストレーションが溜まっていたんだろうな。作ってやって良かった、コスプレ衣装。 葉月さんの目撃情報から時間が経っているが、校舎内に弟がいる可能性は低い。 立ち話していた踊り場から一階へ下り、一路体育館へ向かう。 妹と話し込んでいる時間は結構長かったらしい。時刻は五時二十分になっていた。 暗くなっても見えないことはないが、全身ほぼ黒の衣装を纏った弟は発見しにくい。 校舎へ引き返し、一階の全教室を見回し、二階へと向かう。 階段を上りきったときに廊下でばったり遭遇したのが、気絶して哀愁漂う姿になった即席ヒーローの弟と、 弟の脇の下に腕を回しずりずりと引きずっていく女忍者だったのである。 時間軸はここで巻き戻る。ここからは、如何にして事態を収拾すべきかが肝要である。 224 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 07 01 04 ID L0TLbg72 ***** 校舎に染みこんだ夕方の冷たい空気の中、妹が表情を暗くして、喉から声を絞り出す。 「あいつ、あの黒ずくめ……許さない。よくも、お兄ちゃんを……」 「え、あれって弟くん? 仮面被ってるからわかんなかったよ」 無理もない。弟のクラスで出し物の準備をしていなかったら俺だってわからなかった。 しかし、こんなときに不謹慎かもしれないが、遠目に見ると弟の着ているボディスーツとマスク、良い出来だ。 若干暗闇補正がかかって、黒が映えて見える。空間に同化することなく存在を主張している。 動きを犠牲にした設計により、ボディスーツは弟の体型をぴったり包んでいる。 マスクは竹籤を編んで、その上から紙粘土で覆い、プラスチックを流し込んだうえで黒の塗装を施した。 プロテクターとブーツは自宅にあった玩具に少々手を加えて加工したから、それっぽく見えている。 正直、今日一日しか見られないのが惜しい。来年も弟のクラスがコスプレ喫茶を開いてくれると嬉しい。 女忍者は佇んだまま、一向に動く気配を見せない。 忍装束は職業柄、闇に紛れて行動することに適して作られている。 それに準じ、目前のくノ一の衣装も濃紺に染まっている。胴体は見えるが、手先足先は確認しづらい。 何を待っているのだ、この女忍者――いや、この子、というべきだな。俺は彼女の正体を知っているから。 気絶している方の覆面が弟だと知った妹が、その場から動いた。 「お兄ちゃん!」 叫び、見知らぬ人間の手から兄を救うべく、標的のもとへ向けて駆け出す。 しかし、妹の手が弟を掴むことはなかった。葉月さんが妹の腕を握ってその場に留めていた。 「離しなさいよ!」 「それはできないわ。みすみす見殺しにするわけにはいかない」 「あんたは関係ないでしょ! ほっといて!」 やはり妹は冷静さを欠いてしまっている。 以前葉月さんを相手に同じように突っ込み、投げ捨てられた結果から何も学んでいないらしい。 「関係なくなんか、ないわ。あなたはいずれ私の義妹になる人なんだから」 「……はぁぁっ?! あんたもしかして、まだお兄ちゃんのこと!」 「お兄ちゃんの方じゃないわ。私が言っているのは、あなたのお兄さんの方よ。 というわけで、ここは私に任せておきなさい。荒事なら、我が家では日常茶飯事だから、慣れっこよ」 「え、でも……あんた」 「気にする必要なんかないわ。戦う女がいたって、別にかまわないでしょう?」 ね? と言いながら葉月さんが俺を見た。 ――いかん、惚れてしまいそうだ。格好良すぎ。 もしも俺が女だったとしても、今の葉月さんには一目惚れしたに違いない。 葉月さんが一歩、二歩、三歩、と前進した。 俺も、邪魔にならず、いざというとき手助けできそうな位置へ移動する。葉月さんの左斜め後ろだ。 左手を腰に当て、葉月さんが口を開く。女忍者は動かない。 「何から言ったらいいのかしらね……。とりあえず、こんばんは。私は葉月。あなた、名前は?」 視線を葉月さんからくノ一へ向ける。やはり動かない。 「答えるわけがないか。なら、態度で示してくれる? そこにいる、さっきまで引きずっていた男の子。 彼は私たちにとって大事な人なのよ。後ろにいる二人は彼の兄妹。私にとっては弟分なの。 あなたにもここまでする理由があるんだろうけど、この場は一旦引いてくれないかしら?」 ようやく、影同然の存在が動きを見せた。 スタンスを広げる。上体が床と平行になる。両手がだらりとぶらさがる。 ゆらゆらと体を揺らし始める。引く気配など一切感じ取れない。 「……そう。思ったとおりの反応ね。強引な手を使ってでも、彼が欲しいのね。 なら、教えてあげましょうか。意地を通したいなら、実力よりも――強固な意志を持たねばならないということを」 225 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 07 03 20 ID L0TLbg72 骨の鳴る軽い音がした。葉月さんの拳が握りしめられ、開かれる。 左足を半歩前へ踏み出す。左手が腿の上で、右手が胸の前で止まる。 武道の構えは剣道と空手と柔道ぐらいしか見たことがないけど、いずれとも似ていない構えだ。 これが葉月さんの身につけた武道の構え。落ち着いていて、構えっぽく見えない。 対面するくノ一が揺れる。両手と胴体を不規則に揺らしつつも、葉月さんから目を逸らさない。 止まる葉月さん。揺れるくノ一。見守る俺と妹。気絶したままの弟。 誰もが足を止まらせる中、最初に動いたのは葉月さんだった。 力の溜めもなく蹴る音もなく、前進する。一足飛びで瞬時に相手との距離を詰める。あと一メートル。 葉月さんは次の一歩を踏み出――すことなく、窓際へ向けて跳んだ。 かろうじて見えた。葉月さんが踏み出したその瞬間、『何か』をくノ一が投げた。腕が素早く一閃していた。 『何か』は二人の距離を結び、廊下の向こう側へ消えた。 軽い音が聞こえた。まるで、ボールペンと教室の床が衝突した音のようだった。 何を投げた? ナイフ――にしては音が軽すぎた。金属音なんかしていない。 「あなた、飛び道具なんか使うのね。いえ……あれは飛び道具とは言えない。本来、武器として使うものでもない」 え、葉月さんには見えていたのか? 見えたから避けられたんだろうけど、この暗さ、あの刹那で確認したのか? でたらめだ。葉月さんも、弟の同級生の――あの子も。 葉月さんが再度構えをとる。またもや前進。呼応して、くノ一が『何か』を投げる。 だが、さっきの動きで距離を詰めていた葉月さんには通用しない。 やすやすとステップで回避し、接近戦に持ち込む。 くノ一の頭が揺れる。胴に打ち込まれる。足が吹き飛ぶ。……何をやっているかわからない。 葉月さんの動きが速すぎて見えないのだ。猛ラッシュだった、としか言い表せない。 ともあれ、連続で打たれたことにより女忍者は後ろへ下がり、床に尻をついた。勝負ありだ。 「葉月さん、もうこれで終わり……ん?」 構えを解かないまま、葉月さんはくノ一を見下ろしていた。警戒しているのか? 「葉月さん?」 「静かにして。今、こいつは――」 くノ一が後ろに跳んだせいで、言葉が遮られた。 着地の音。続けて襲ってくるのは――殺意混じりの視線だった。 「だめ、逃げてっ!」 声がスイッチになってくれた。脳が危険を感知する。 もっとも速い動作として、足の力をまるごと抜いた。尻と床が激突する。 背後から破砕音。振りむくと、後ろにあったA組の窓ガラスが割れているのが目に入った。 床にはガラスの残骸と、ボールペンが一本、転がっていた。 ということは、さっき葉月さんを襲ったものも、俺に向けて飛来したものも、ボールペンだったのか? ――いや、甘く見たら駄目だ。 ボールペンの先で床を打ち付けても、ペン先は潰れない。 比較的重いボールペンを全力で投げれば、今やったように窓ガラスだって壊せる。 人間の目に向けて飛んできて、失明せずに済むなんて保証できるか? ペンを投擲したのは、当然、女忍者だった。俺の方を向き、右腕を振り切っている。 このくノ一――この女の子、俺が失明するかもしれないとわかっていて、こんなことをしたのか。 弟を想っている女の子の中に、ここまで危険な人間が混じっていたなんて。 妹とこの子。現時点ではこの子の方がずっと危ないじゃないか! 226 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 07 05 21 ID L0TLbg72 どうする。俺にはこの子の狂気に立ち向かう術がない。一体どうすればいい? 「あ………………」 己の無力さに歯がみしたとき、つぶやき声を耳にした。 こんな掠れた声は、俺でも妹でも葉月さんでも持っていないはず。 でも、弟はまだ床に倒れたままだ。じゃあ、今のは誰の声だ? 「ああ、ぁああああああああああああ、おぁああああああああああっ!」 雄叫びが木霊した。肌が粟立つ。今の声、聞いたことがある。この声は――葉月さんだ。 「お前っ! お前っ! お前っ! お前っ! お前っ! お前っ! お前っ! おまえはあぁぁっ!」 鈍い音が聞こえ、間髪入れず黒い影がA組のドアに激突した。 衝撃で、割れた窓に残っていたガラスの破片が落下した。 くノ一が床に倒れる。激しく咳き込み、酸素を求めている。 葉月さんの腕が黒い影に向けて伸びた。頭を掴み、床に叩きつける。がつん、がづん、ごづん。 「よくも! こんな、こんな真似をっ! 壊してやる砕いてやる潰してやる、ねじ切ってやるっ!」 黒い固まりが空を舞う。いつぞや俺も味わった空中回転木馬だ。 だが俺のときと比べたら――慈悲なんか欠片も感じられない。 両手で首を掴み、対象を窓や壁や天井にぶつけながら大きく回転する。 何回、何十回と回転してから壁に放り投げ、叩きつける。 一度止まってもなお収まらない。このままだと、相手の命を奪うまで止まらないかも知れない。 「だめだ……止まってくれ、葉月さん!」 回転する嵐の中心へ向けて突っ込む。 目前を黒い塊が通過する。通り過ぎてから、もう一度挑む。 とにかく早く止めなければいけなかった。葉月さんを着地点にするつもりで飛びかかる。 背中から抱きつき、回転の勢いを殺すためシューズでブレーキをかける。 回転が収まっても、葉月さんは女忍者の首を離さなかった。 両手の指が強く食い込んでいる。これは――窒息させるつもりだ! 「駄目だ! やめてくれ! 俺なら大丈夫だから!」 「こんな奴がいるから! 私はずっと待たなきゃいけない! びくびくしなきゃいけない! なんでここまでおびえなきゃいけないのよ! ただ、願いを叶えたいだけなのにっ!」 「おい、見てないで手伝え! 妹!」 呆然としていた妹を呼んで、くノ一の首を自由にする。 自由になった途端、くノ一はあれほど振り回されたダメージを感じさせることなく、立ち去ってしまった。 一度も振り向かず、どうして弟をさらおうとしたのかも弁解しないままに。 くノ一が立ち去ってからも、まだ葉月さんの慟哭は続いていた。 「いやだ、やだ、嫌だ! 消えないで! なんでもするから、ずっと守ってあげるから! わがままなことはもう言わない! 家に籠もってずっと待っててなんて馬鹿なこと口にしない! 消えないで……もう、やだよお……う、ぅあ、うぁぁあああああああああああぁん……」 葉月さんが一体何をここまで恐れているのか、俺にはわからなかった。 俺が傷つけられそうになったことが、葉月さんのスイッチを入れてしまったのは間違いない。 消えないで。葉月さんの切実な願い。誰かに消えて欲しくないと望んでいる。 その誰かは――俺だったりするのだろうか。それとも、俺が知らない他の誰かなんだろうか。 俺には知らないことが多すぎる。忘れていることも多すぎる。 でも、今は全てを後回しにする。 今は、葉月さんの涙を胸で受け止めていればいい。 粉々に破壊された窓から吹き込んでくる風は、一足早い冬の匂いを一年ぶりに俺の肌に思い出させてくれた。 227 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 07 08 02 ID L0TLbg72 ***** 文化祭二日目の日曜日、アタシは昨日と同じように学校に登校した。 昨晩受けた傷は、奇跡的に打撲とかすり傷のみだった。顔に傷はないから、皆に心配されることはない。 あれだけ振り回されたのに軽傷で済んだのは、彼の先輩が割り込んでくれたからだろう。 あと三回、いや二回床に叩きつけられていたら、今頃アタシは病院のベッドの上にいるはずだ。 計何回、床とコンバンハしただろう? ……数えるのも嫌になる。 あれだけやられてこの程度で済んだ私も頑丈だけど。 あの女――先輩は葉月さん、とか言っていたっけ。クラスの皆も噂している、評判の女性だ。 先輩の彼女なのかな? 先輩には悪いけど、容姿は釣り合っていない。でも性格は凶暴だから、トントンかも。 先輩を狙ったのは、葉月さんの動揺を誘うためだった。 先輩を怪我させて、一瞬の隙を逃さずに行動不能にする。 もう一人の女の子は軽く脅しておけば傷つけずに済んだはず。 でも、誤算があった。葉月さんはあまりにも強すぎた。 いきなり突っ込んでこられて、次の瞬間には体当たりでドアまではじき飛ばされていた。 頭を床に打ち付けられて、その後で首を大根でも引き抜くみたいに捕まれて、ブン回された。 葉月さんのスイッチは、どうやら先輩みたい。 先輩を傷つけるのは止めた方が賢明だね。 筋肉痛で痛む足を引きずって階段を上り、屋上の扉を開ける。 早朝からアタシの靴箱に手紙を入れて呼び出した人物は――だいたい予想通りの人物だった。 「や。おはよう。体の方は大丈夫?」 「おはようございます、先輩。アタシの体はいつだってどんな状況でも準備オーケーですよ」 先輩がどんな意味で体調を気にかけてきたのかは知ってる。でもあえてとぼけた振りをする。 「何か用事でもあるんですか? 先輩」 そしてアタシも、呼び出された理由をわかっているのに気づいていない振りをする。 「あ、もしかして先輩……アタシのこと」 「うん。俺にそういうつもりはないし、今日呼び出した用件も全然違うから」 「これから自分の立場を利用して、強引にしようだなんて……」 「悪いけど俺は他に好きな人が……いるから。君に何もするつもりはないよ。今日は君に」 「なるほど、つまり遊びの関係を結ぼうっていうんですね? うーん……いいですよ。 先輩は彼のお兄さんですから、遊んであげます」 「今日は君に、だ、な……」 「うふふ。この間みたいに、保健室でふたりきりになって、熱い言葉をぶつけあいましょうか? ア・タ・シは……体の方でも、いいですよ?」 「……き、昨日のことを言おうと思って、だな……」 あははっ。照れてる照れてる。もう少し遊んであげよう。 先輩の体の正面に立つ。身長差があるから、アタシは自然に見上げる格好をとることになる。 男の人は上目遣いが好きだっていうのは、反応を見ていればわかるんですよ。 「せっかちですね、先輩は。ここ、屋上ですよ? でも、誰も見ていないから好都合ですね」 「ま、待ってくれ! 俺の話を聞いてくれ!」 「もう遅いですよ。アタシの右手も左手も、先輩が欲しい先輩が欲しいって言って、聞かないんですから。 ねえ、せんぱぁい……とっても早くイカせてくれる右手と、たっぷり楽しませてくれる左手、どっちが好きですか?」 「そうだな、できれば左、いや最初は右も……じゃないって! だから、俺は!」 「あはっ。じゃあ、両手でしてあげますよ。動かないでくださいね。動いたら――――怪我じゃ済まないですよ」 228 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 07 10 05 ID L0TLbg72 両の手首をひねって制服の袖から得物を取り出す。 右手を先輩のこめかみに、少し遅れて左手を首の付け根に当てる。 この動き、距離を詰めてさえいれば早ければ秒以下の速さで実行できる。 もっとも、あんまり役に立ったことがないんだけど。 「……やっぱり、君だったか」 両手に持ったペン先を先輩の皮膚に軽く当てる。 心配そうな顔をしなくても。当ててるだけじゃ皮膚は破けませんよ、先輩? 「はい。いつから気づいてました?」 「あの忍装束だよ。あれを着ているのは君だけだ。君と弟のクラスの衣装づくりを手伝った俺にはわかるんだよ。 木之内……名前はすみこ、だっけ?」 「違います。ちょうこです。木之内澄子、それがアタシのフルネームです」 初対面の人間は九十九パーセント間違うのよね。ちなみに一パーセントの例外は彼。 「木之内さん、そろそろ手をどけてくれない? 痛くないけどどうしてもむずがゆくなるんだよ」 「澄子ちゃん」 「え?」 「澄子ちゃんって呼んでくれたら解放してあげます」 「……どうしても言わなきゃだめ?」 「はい。言わないとアタシのペンが先輩の顔中を駆け回って面白落書きをしちゃいます。 安心してください。額には肉じゃなくてHって書いてあげますから」 「わかったよ。その手をどけてくれないかな、澄子ちゃん?」 「はい、よろしい」 役に立たない特技も脅しには使えるね。 今度、彼にもやってみよう。彼には澄子ちゃんって呼ばせているから、次は呼び捨てにしてもらおうかな。 先輩から離れて、ボールペンを袖口に戻す。 先輩は大仰な動きで飛び退いた。これで、アタシと先輩の距離は一メートル以上空いた。 アタシは半径五メートル以内なら十中八九ペンを命中させられるから、離れても無意味ですよ。 「それで、先輩。アタシを屋上に呼び出したからには、何か理由があるんじゃないですか?」 「まあね。単刀直入に言うよ」 「俺が作ったメイド服を着て、毎朝行ってらっしゃいと言ってくれ?」 「違う! 俺の理想のプロポーズは、君は俺の部屋に勝手に入らない、けど俺だけは君の心の部屋に勝手に入れさせてくれ、 ……って、何を言わせるんだ!」 「うわあ……先輩、とっても寒いですよ。その台詞」 「わかってる! 適当に言っただけだよ!」 先輩が咳払いする。まじめな表情で口を開く。 229 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 07 13 12 ID L0TLbg72 「弟のことだ。木之――澄子ちゃんが弟に恋してることに関しては何も言わない。むしろ俺は推奨する」 「はい」 「だけど、昨日みたいに薬で無理矢理眠らせて連れ去ったりするのは、やめてくれ」 「無理ですよ」 「普通に告白してくれればいいんだ。そうすれば弟だってきっと――」 先輩は言葉を止めた。止めざるを得なかっただろう。 アタシの投げた二本のボールペンが、左右の頸動脈を掠めていったから。 「先輩は知らないから、言えるんですよ。弟さんの心がとっくにある女に捕らわれているということに、気づいていましたか?」 「弟の……好きな女の子?」 「はい。アタシは弟さんの傍でずっと見ていたから知っています。どうしようもないほど、強く心を惹かれていますよ。 アタシが弟さんを想うぐらい――に強いかは知りませんけど」 「そうだったのか……」 本気で意外そうな反応だった。 兄弟であまりそういう話はしていないのだろうか。 「先輩だったら、どうします。自分の好きな女性が、自分以外の男を好きになっていたら」 「それは……俺の場合は……」 「今の先輩にはわかりませんよ。あそこまで強く想ってくれる女性がいたら、不安になることなんか無いでしょう?」 「そうでもないよ。こう見えて、わけのわからない理由で悩まされているんだ」 「ふうん……ま、いいですけど。アタシの場合は、絶対に諦めませんよ。 弟さんがいたから、アタシは今のアタシになれた。助けてくれたんですよ。とっても寒い、一人きりの世界から。 アタシは弟さん以外の男に幸せにしてほしくない、っていうか、絶対にできませんね。こっちから拒否しますし。 だからですね、先輩」 そこまで言って後ろを向く。屋上の出入り口まで歩いてから、振り返る。 他人に向けて初めて、決意を告げる。 退路を完全に断って、自分を追い詰めなければ、彼を手に入れることはできない。 「アタシは彼の全てを、根こそぎ奪ってみせます」
https://w.atwiki.jp/isu-urawiki/pages/27.html
ヤングムーン [単語] 【名詞】 恐らく、某大学の某先生を指す言葉。 実は思いやりがある人物として名高いらしい。 由来 2007年の夏頃に提唱されたヤング・ムーンの法則によって有名になった。 用例 ヤング・ムーン先生 み・み・みらくる・やんぐむんむん♪ 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/gods/pages/85436.html
ヤンヌアリイ ヤヌアリウスの別名。
https://w.atwiki.jp/orecaapplication/pages/1016.html
未解禁のモンスターです! このページは未解禁モンスターに関するページです。2024年08月24日 (土) 現在のApp版では作成不可能であることに留意してください。 パラメータ ヤンシャオロン 成長パターン 初期コマンド 覚える技 (BOSS)ヤンシャオロン 出現条件 クラスチェンジ派生 解説 技コスト キャパシティ パラメータ 属性 火 性別 無 出現章 新7章 クラス ☆☆ 種族 ドラゴン 入手方法 白黒タマゴ(Lv1~10)が稀にクラスチェンジ 下位EX ソウジョウの息 上位EX 相生の息 消費EXゲージ ? 形式 連打 ヤンシャオロン 成長パターン HP レベル 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 個 体 値 0 101 103 105 107 109 111 113 115 117 120 1 103 105 107 109 111 113 115 117 119 121 2 104 106 108 110 112 114 116 118 120 122 3 105 107 109 111 113 115 117 119 121 123 4 106 108 110 112 114 116 118 120 122 124 5 107 109 111 113 115 117 119 121 123 126 攻撃 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 個 体 値 0 42 43 44 44 45 46 47 48 49 50 1 42 43 44 45 46 47 47 48 49 50 2 43 44 45 45 46 47 48 49 50 51 3 43 44 45 46 47 48 48 49 50 51 4 44 45 46 46 47 48 49 50 51 52 5 44 45 46 47 48 49 49 50 51 52 素早さ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 個 体 値 0 33 34 35 35 36 37 37 38 39 40 1 34 35 35 36 37 37 38 39 39 40 2 34 35 36 36 37 38 38 39 40 40 3 35 35 36 37 37 38 39 39 40 41 4 35 36 36 37 38 38 39 40 40 41 5 35 36 37 37 38 39 39 40 41 42 初期コマンド ★ ★★ ほほえんでいる こうげき こうげき こうげき! こうげき こうげき! こうげき! こうげき! ★→★★ いのちの息 いのちの息 いのちの息 覚える技 単体選択攻撃 こうげき こうげき! ランダム攻撃 全体攻撃 防御 回復 いのちの息 強化 召喚 異常 EX増減 コマンドパワー増減 ためる ★→★★ 技変化 無効 ほほえんでいる (BOSS)ヤンシャオロン 出現条件 クラス合計に関わらずランダムで出現 竜剣士リントor剣聖ヒエンをチームに入れる クラスチェンジ派生 ヤンシャオロン(Lv10)からクラスチェンジ→ヤン 解説 インシャオロンの片割れ。 技コスト キャパシティ 0.0 【ほほえんでいる】 1.0 【こうげき】【ためる】(1リール) 2.0 【こうげき!】 3.0 【★→★★】 ? 【いのちの息】 0 1 2 3 4 5 ★ ? ? ? ? ? ? ★★ ? ? ? ? ? ?
https://w.atwiki.jp/gods/pages/29536.html
スヤンケマッ アイヌ神話の台所の女神。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2374.html
813 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22 19 53 ID 3d.1vUmw 4年前 「『悪意』って何なんだと思う、九重?」 「わっはー。千里は相変わらず無駄で無為で無意味なことに頭使ってるね偏屈だね偏狂だね中二病だねー」 「……」 「ま、強いて言うなら『悪意とは善意の対義語である(キリ)』ってトコじゃない?まー、そもそも前提として善意ってヤツをボク達は知らないわけだけどー」 「つまり、説明になって無い」 「そ、説明になってないし、説明できない。辞書的には、誰かを憎んだりー傷つけようとするキモチらしいけど、その説明じゃぁ何かピンとこないよねー」 「だな。曖昧模糊としている」 「模糊もモコモコ、雲を掴もうとするような話だ」 「ま、『悪』ってやつをしようとする意識ってことでおっけーだとは思うんだけどねー」 「そもそも、『悪』ってなんなんだろう」 「単なる『悪』なら、法を逸脱したり、他者を傷つけることってコトになるんだろうけど。よくわかんないけどねー」 「どうして、その悪をなすのか?」 「その答えが『悪意』の意味ってコトになるんだろうけどねー。『悪』をなそうというモチベーションみたいな?」 「それだと、まるで悪人はみんな悪いことが好きで好きでたまらないみたいに聞こえるけど」 「そんなケースは稀なんじゃない?まぁ、ボクは善人にも悪人にも会ったことは無いけどねー」 「そうか、悪のために悪をする者はいない」 「そう、大切なのは目的」 「法を逸脱してでも成し遂げたい目的があるか、モラルを曲げてでも人を傷つけたい激情があるか」 「要は手段の問題だよね。そして、ボクたちはソレを定義づける、もっとマシで相応しい言葉を知ってる」 「そう」 「「欲望」」 「だから、悪をなす意思を悪意と呼ぶなら、そんなものはどこにもなくない?」 「そうだな。それは、単なる欲望。欲しいと思う気持ちに善も悪も無い」 「そ、悪意なんてどこにもない。善意ってヤツがどこにも無いみたいにねー」 「悪意なんて、この世界には無い」 「そ、何年かけて、万年かけて、世界中のどこもかしこもそこかしこを探しても、そんなものなんて無い」 そして、それは、4年後の今も同じなのだろう。 勿論、これから語る、明石朱里の物語にも、きっと―――― 814 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22 20 25 ID 3d.1vUmw 現在 その日は、気がめいるような雨だった。 先月の新学期ムードも薄れ切り、生徒会選挙も終わった10月のある朝のことである。 「明石さん?明石朱里さん?」 出欠を取る担任の女教師の声が、教室に響いていた。 「先生。朱里、今日来てません」 明石の隣の席の生徒が、手をあげて先生に言った。 「あれ。明石さん、欠席かな?珍しい、って言うか奇跡的だね」 担任の先生は、そう驚いたように言った。 「葉山くん、何か聞いてない?」 「・・・・・・や、何も」 先生の問いに、珍しくローテンションで被りを振る葉山。 「って言うか、普通に風邪とかじゃ無いんですかー?」 と、隣の俺が葉山に代わり、努めて和やかな声音で言った。 「え、御神君たちは知らないかな?明石さんって少なくとも葉山君が来てる日は、どんな重病でも重症でも学校来てるよ?」 まるで当然のように先生は言った。 本気で知らなかった。 それは葉山も同じようで、隣で目を丸くしている。 「お陰で水泳部の西堀先生から相談来てウザいんだけどね」 そんな言い方するなよ、聖職者。 「連絡とか、来てないんですかー?」 「先生は聞いてないけど?」 しれっと答える先生。 つまり無断欠席。 それって拙いんじゃないだろうか。 「ま、いいや、次行こうか。伊能さん、いるー?」 と、大して気にした様子も無く、先生は出欠を取り続ける。 けれども、俺はどうにも明石のことが、そして葉山の様子が気になって仕方が無かった。 「なーんか落ち着くよね、屋上って」 その日の休み時間、俺は校舎の屋上、には雨なので入れないので、その手前の階段にいた。 葉山と2人で。 朝からずっと、葉山の様子はおかしかった。 ずっと塞ぎこんだ様子で、俺が話しかけても適当に返すだけ。 こんな葉山は初めてだった。 「そう思わない?」 あくまでいつも通り、軽い調子で葉山に話しかける。 「まぁ、お前は前はよく屋上にいたからな」 ローテンションで、葉山は答えた。 「ああ、中等部の頃ね」 「最近は、大桜の下だがよ」 「あそこも良い所だよね、静かで」 「静かなのが、好きなのか?」 「そういうキブンになるときもある、ってカンジかなー」 そう言って、俺は葉山に対して笑顔を向けた。 「で、何かあったの?」 俺は、単刀直入に言った。 生憎、回りくどい方策は得意じゃないのだ。 「何が、って何もねぇよ・・・・・・」 俺から目を逸らし、葉山は答えた。 気のせいか、階段の手すりを握る手が強張っているように見えた。 「じゃあ、言い直そうか。何があったの、明石と」 俺はそう断じた。 「・・・・・・分かるのか」 「分かるよ」 それまではいつもどおりに見えた葉山のテンションがとみに落ちたのは、明石の話題が出てからだった。 2人の間に何かあったことは、鈍い俺でも一目瞭然だった。 「分かりすぎて、正直見てられないよ。今のはやまん」 「・・・・・・」 「話してくれないかな、俺に。話すだけでも、楽になるかもしれないし」 なるべく穏やかに、葉山の目線に合わせて、俺は言った。 「・・・・・・1つだけ、約束してくれ」 「約束する、何でも」 ようやく口を開いた葉山に、俺は即答した。 「この話は、他言無用で頼む」 そう言って、葉山は重い口を開いた。 815 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22 20 59 ID 3d.1vUmw こんなやり取りがあったらしい。 昨日の日曜日、珍しく、久しぶりに葉山は明石の家に呼ばれた。 特にやることも、遊ぶことも無く、他の友人達も軒並み用事が入っていたので、葉山は明石の誘いにあっさりと乗った。 「おひさし」 自宅、ごく普通のマンションの玄関前で、明石はそう言って葉山を迎えたという。 その日の明石はミニスカートに明るい色のブラウス、それに美脚のラインが目立つロングソックスという出で立ち。 メイクもバッチリで、そのままティーンズ向けのファッション誌の表紙を飾れそうだった。 「何だ、明石。出かけるのか?」 「ううん、何で?」 「随分とめかしこんでるみたいだったから」 「べ、別に?コレが普通だけど?」 そう言ってトボける明石だったが、とても部屋着には見えない格好だと葉山は思った。 対する葉山はいつもどおりのジーンズなので、逆に気後れするくらいだった。 いや、今更気後れするような相手でも無いのだが。 「あ、ひょっとして『今日の朱里ちゃんキレーだな、かわいーな、コクッちゃいたいなー』とかそんな風に思ったり?」 「思わねーよ」 いつも以上にテンションの高い明石の冗談に、葉山はツッコミを入れた。 「じゃあ、二択で答えて。今のアタシ、綺麗?」 右手の人差し指を一本立てて、上目遣いで聞いてくる明石。 「それとも、不細工?」 今度は左手の人差し指を立てる。 「別に、フツーじゃね?」 葉山は普通に答えた。 「二択って言ったじゃーん」 両手の人差し指を示し、明石が言った。 「別にどっちでもいーだろ?」 「二択ッ!」 「選択肢が極端すぎんだろ!」 「二択」 「いや、俺、女子の服には、あんま詳しくねーし」 「に・た・く」 最後にドスの効いた声でそう言われて、とうとう葉山も折れた。 「まぁ、綺麗、って言うか可愛いんじゃねーの?」 「ホント!」 葉山の言葉に、明石が今までに見たことも無いほど嬉しそうな笑顔を浮かべた。 「あんまホンキにすんなよ、俺の評価なんざ。さっきも言ったように女子の服のコトとかわかんねーし」 なぜか気恥かしくなり、 「正樹の評価だから良いんじゃない」 そう言って明石は、足取りも軽く「上がって」と葉山を促した。 「おじゃましますッス」 明石の言葉のままに明石の家に上がる葉山。 「お袋さん達は……あ、共働きだっけか」 靴を脱いで居間へと移動しながら、葉山が聞いた。 「そ。父さん母さん今仕事中」 「だったな」 そんなやり取りをしながら、居間のドアを開ける。 「なんてゆーか久々じゃない?正樹があたしンち来るのって」 「あー、そういやいつぶりだ?」 「4年と半年、それに一週間と5時間11分14秒だね」 「正確に覚えすぎだろ!」 「と、言ってる間にも23秒が過ぎてしまったわね、ゴメンゴメン」 「お前、実は数学得意だろ」 と、言いながら、改めて葉山は居間の中を見回した。 明石が約4年ぶりと言ったように、葉山が明石の家に来たことは多くないかもしれない。 むしろ、明石とは葉山の家や、外で遊んだりしていた記憶の方が印象深い。 なので、明石家の居間を見回しても、清潔でスッキリしている、といった程度の感想しか出てこない。 816 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22 21 36 ID 3d.1vUmw 「あ、アタシ、ちょっとお茶用意してるから」 「ウン、良いのか?そこまで手間かけさせちまって」 「ま、お客さんだし」 「つーてもなぁ」 約4年ぶりで、しかもあまり来たことの無い家で待たされてもどうにも居心地が悪い。 「と、悪い。トイレ借りていいか」 「良いよ。折角だから、ついでに家の中テキトーに見て回っててよ」 葉山の言葉に、キッチンでガチャガチャという音を立てながら、朱里が言った。 「良いのかよ」 「そこにいたってヒマになるっしょ?」 「ま、そうだな」 提案の善しあしはともかく、こうした気遣いはありがたい。 「それに、正樹に私のこと、もっと知って欲しいし」 「お前のこと、じゃなくてお前の家のこと、だろ。日本語は正確に使いなよ」 そんな軽口をたたき、葉山は立ち上がり、幼馴染特有の気安さでリビングを出た。 「あー、トイレの場所聞くの忘れた」 出た後に、葉山はそれに気がついた。 もっとも、さほどあせることではない。 半分以上、居間で手持ち無沙汰になるのが嫌で出ただけだ。 明石に勧められたとおり、適当に家の中を見ながらトイレをさがすことにした。 そう考えて、適当に家の中のドアを開ける。 「ココは親御さんたちの部屋だな」 ダブルベッドとテレビ、ちょっとした机のある部屋を覗いて葉山は言った。 「次は、と。ココは物置か」 本棚や様々な荷物で手狭になった部屋を見て呟く。 本棚の中にはアルバムが仕舞われているようだった。 「見てやって、後で話のネタにしてやるか」 そう思ってアルバムを開く。 前半は、明石の両親の写真からだった。 それから、明石が生まれた後の写真。 明石の両親は共働きなので、どうしても朱里にかまってやれる時間が少ない。 そのため、家族旅行の写真があっても近い日付の写真が連続で並んでいることの方が多かった。 家族旅行の回数自体が少ないのだろう。 その代わり、葉山の家の旅行に明石も一緒に行った記憶があった。 あとは、入学式や卒業式の写真。 「ほとんど全部に俺が一緒に並んでンな。まるでキョーダイみてーだ」 幼稚園から高校まで同じなのだ。 家族写真の中に葉山も一緒に写っていた。 その逆の写真が、葉山の家にもある。 「腐れ縁にもほどがあるなァ。ったく、やれやれだぜ」 そうは言いながらも、懐かしさに自然と笑みがこぼれる。 そんなことを考えている内にあっという間にアルバムを見終わる。 「まいった。ネタになるような写真が無ぇ。っつーかンなことしてる場合じゃ無ぇ」 アルバムを仕舞い、物置部屋を後にする。 そして、無造作に次の扉を開ける。 「!?」 扉を開けて、硬直した。 817 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22 22 17 ID 3d.1vUmw その部屋は、とても部屋とは思えなかった。 いや、確かにクローゼットやベッド、勉強机といった記号が、そこが寝室であることを辛うじて認識させてくれた。 しかし、その他は何だろう。 壁一杯に、写真が貼られていた。 葉山の写真だった。 通常サイズのものから、引き伸ばしたものまで、様々なタイプの、様々な年代の葉山の写真が壁に隙間無く貼られていた。 いずれも、視線がカメラの方を向いていない。 盗撮であることは明らかだった。 壁だけではない。 天井、床、果てはクローゼットにまで、葉山の写真がビッシリと貼られていた。 ベッドの布団にまで、葉山の写真がプリントされている。 葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山・・・・・・ どこを向いても葉山の写真がある。 自分の姿が部屋一面に飾られていることに、言いようも無い嫌悪感、否、恐怖感を感じる。 「・・・・・・ヒ」 そこで、ようやく喉が正常な機能を果たし始めた。 「ヒアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」 恥もプライドも無く、葉山は家中に響かんばかりの悲鳴を上げた。 「あれ、どうしたの正樹?」 その悲鳴を聞きつけて、というには平静な声が背後から聞こえた。 明石だ。 「あ、朱里・・・・・・」 振り返った瞬間に、腰が抜けたのか、はたまた気が抜けたのか、葉山は尻餅をついていた。 自分の姿が写った、床の上に。 「・・・・・・これ、何?」 震える手で、部屋の中を指差す。 「・・・・・・え?」 対する明石は、何のことだか分かりかねるような声で小首をかしげ、言葉を続けた。 「ココ、アタシの部屋だけど?」 ココ、アタシノヘヤダケド その発声の意味を掴むまで、葉山は数瞬かかったと言う。 「お前の・・・・・・部屋?」 「うん」 当たり前のようにうなづかれる。 「お前・・・・・・・こんなところで暮らしてんの?」 「うん」 「こんなところで毎日起きんの?」 「うん」 「こんなところで毎日寝てんの?」 「うん」 「こんなところで毎日勉強してんの?」 「うん、大体は」 「こんなところで毎日ケータイで喋ってんの?」 「うん」 「お前・・・・・・」 口が、喉が、何より頭が正常に機能しない。 「お前、こんなところで二十四時間三百六十五日生き続けてんの?」 「うん」 当然という顔の明石と、圧倒的に異様な明石の部屋。 「なん・・・・・・で・・・・・・」 「ああ、この写真?」 抵抗感無く、慣れた様子で部屋の中を見渡して、明石は言った。 「ああ、ゴメンゴメン。思わず勝手に撮っちゃったり、学級新聞とかに載った奴をパソコンに取り込んでプリントアウトしたり、さ。謝るから、ね」 「いや、ソレじゃなくて・・・・・・」 どっちを向いても、葉山の姿しかない。 「こんな部屋に居て、気ぃ狂わないのか?」 「え、何で?」 明石はきょとん、とした。 思いもよらないことを聞かれたという風に。 818 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22 22 38 ID 3d.1vUmw 「むしろ、ちょー落ち着くじゃん」 「おち・・・・・・つく?」 理解しがたい言葉が、明石の口から飛び出た。 いや、理解できるはずなのだが、頭が理解することを拒否している。 「すっごい落ち着くって言うか、安らぐっていうか。なんかこー、正樹に守られてる感があって良いんだぁ、ココ」 恍惚とした表情さえ浮かべながら、明石は語る。 「世界で一番の、私の安全地帯」 そのおぞましい空間を、明石はそう形容した。 「なん・・・・・・で・・・・・・」 葉山には、とても理解しがたかった。 訳が分からなかった。 まるで、地獄の只中で天国に居るようなことを言う彼女が。 言葉や表情だけではなく、明石朱里と言う存在自体が。 『これは、誰だ?』 と、葉山は思った。 『俺の知ってる朱里は、こんなヤツだったのか?』 例えば、朱里の体をエイリアンが乗っ取っている、そんな与太話のほうがまだ現実味があるように思えた。 「何で、って言ったよね、正樹。その理由はシンプルだよ」 腰を抜かしたままの、葉山に顔を近づける明石。 「正樹が、好きだから」 葉山の耳元で、明石がそう囁いた。 おぞましい空間の中で行われるには、とてつもなくアンバランスな告白。 「正樹になら、頭のてっぺんから足先まで、心臓でも肝臓でも目玉でも何でも、私のどこだってあげる。正樹のためなら、世界中の誰だって殺せる」 囁きは、続く。 「世界中が誰一人何一つ無くなっても、正樹さえいてくれるなら、私は幸せ」 告白は、続く。 「正直ね、私普通に生きてて何度も何度も何度も死にたくなったよ。普通に生きてたから。普通に、みんなからシカトされたり、暴言を吐かれたり、暴力を振るわれたりしたことも、あったから」 おぞましい、告白は。 「でも、正樹がこの世にいてくれてる、それだけを支えに今日まで生きてきたよ?」 そして、明石は、葉山の耳元から正面に移動する。 「大好き」 そう言って、葉山の唇に、自分の唇を重ねた。 キスをされてる。 そう思ったときには、体重をかけられ、押し倒されていた。 「ぅん、ううん・・・・・・」 「!?」 唇の柔らかな感触を味わう暇も無く、口内に異物が侵入してくる感覚。 舌を入れられているのだ。 葉山の口の中に、明石の舌が。 「ぁ、あん・・・・・・うむ・・・・・・ン。ちゅぱ・・・・・・」 葉山の体の上に乗った小さな胸から、ドキドキという鼓動が聞こえる。 その鼓動が、初めて葉山に、明石が女性であることを感じさせた。 同時に、口の中で明石の舌が蛇のようにうねる。 訳が分からなかった。 意味が分からなかった。 何もかもが理解不能だった。 今まで、葉山にとって明石は腐れ縁の幼馴染で、気安い友人で、それ以上の存在では無かった。 そんな明石が、葉山を異性として見ていたというのだろうか。 葉山に対して、こんなことをしたかったというのだろうか。 「フフ・・・・・・」 それまで、葉山の手に重ねられていた明石の手が移動する。 葉山のズボンへと。 『逃げないと』 ベルトに手をかけられた瞬間、ようやく葉山にその発想が生まれた。 『逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと!』 自分の口内を蹂躙する明石の唇を強引に振り払い、ベルトを外そうとする明石を突き飛ばした。 819 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22 23 19 ID 3d.1vUmw 「まさ・・・・・・き?」 信じられないという顔をする明石の存在すら視認できず、葉山は脱兎のごとく部屋を逃げ出した。 「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」 悲鳴を上げ、部屋だけではなく、明石の家からも、走り出る。 「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!」 行き先なんて考えていない。 一分一秒でもあんなおぞましい空間にいたくはなかった。 走って逃げて走って逃げて走って逃げて走って逃げて走って逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて。 闇雲に走った先で、葉山は我に帰って足を止めた。 呼吸が荒いのは、急に走ったからだけではないだろう。 「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・ウン?」 ふと気がつくと、懐から振動音が聞こえる。 ポケットに入れていた携帯電話だ。 それを取り出そうと手をやって、葉山は遅まきながら自分の全身が震えていることに気がついた。 そして、震える手で携帯電話を取り出し、 「ヒアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」 葉山は、過去最大級の悲鳴を上げた。 着信者:明石朱里 そう、携帯電話に表示されていたからだ。 思わず通話終了ボタンを押すと、着信のお知らせが残る。 「ヒィ!?」 着信履歴を覗くと、葉山は携帯電話を取り落とした。 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里 着信者:明石朱里・・・・・・ 短時間の間に、ビッシリとそう表示されていたからだ。 「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」 葉山はそのまま、携帯電話を拾うのも忘れて、家へ逃げ帰った。 820 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22 23 53 ID 3d.1vUmw 以上が、俺が葉山から聞いたことの顛末だった。 話している間中、葉山はガタガタとかわいそうに震えていて。 なだめながら聞くのがやっとだった。 正直、最後まで話せたことが奇跡だったかもしれない。 「そっか・・・・・・」 俺は、話し終えた葉山の肩をポンポンと叩いて言った。 「ありがとう、全部話してくれて」 俺は、出来うる限り最大級に穏やかな笑顔を葉山に向けた。 「あ、ああ・・・・・・」 生唾を飲み込みながら、葉山は何とかそう言った。 正直、俺にとって明石は危険度の高い女子だとは思えない。 葉山の話を聞いてなお、そう感じられる。 俺は、ブチ切れた時の生徒会メンバーをはじめとする危ないモードに入ったコたちを数多く見てきたから。 彼女らに比べれば、誰1人にも危害1つ加えていない明石は極々普通の女子でしかない。 けれど、葉山は違う。 葉山が怖いと、恐ろしいと感じたことは事実なのだ。 今重要なのは、葉山を慰めてやること。 「安心しなよ、怖いモンはもう無いから。もう去ったから」 「ああ・・・・・・ああ・・・・・・」 慰める俺に、ガクガクと頷く葉山。 「お前が遭ったのは、ひと時の、そう夢みたいなモンだよ。明石だってきっと・・・・・・」 「アイツの名前を言うな!」 俺が明石の名前を出すと、葉山は悲鳴のようにそう言った。 この様子だと、きっと昨日から連絡なんて取ってないんだろうなあ・・・・・・。 確認したいけど、今の葉山はそれを聞けるような状態には見えない。 意外と言えば意外だが、納得と言えば納得の状態だった。 葉山は、本当にごく普通の男子高校生だ。 当たり前に親や教師の庇護を受けて育ち、人間のドロドロとした部分なんてほとんど体感せずにすくすくと育った奴だ。 いじめにあったことも、いじめをしたことも無いような、表裏の無いまっすぐな奴だ。 まっすぐだからこそ、横殴りの衝撃には弱い。 それも、今回は不意打ちだった。 葉山も、なんのかんのでイロイロ鈍感な奴だ。 昨日体験した全てが、葉山にとって『明石の意外すぎる一面』だったのだろう。 それも初体験。 初心者には刺激が強すぎる。 キスのことだけではないので、念のため。 「まぁ、とにかく、もう大丈夫だから。俺らもついてるしさ」 「・・・・・・頼りに、していいか?」 「もちろん」 「・・・・・・ありがと、な」 そうして、教室に戻ろうと俺たちは立ち上がる。 震えていた葉山の足元も、随分しっかりとしてきた。 そうして、俺たちは階段を下りて、踊り場にさしかかった。 踊り場には先客がいた。 と、言うより、倒れていた。 人が、女の子が1人。 「三日!!」 俺は、思わずその大切な女の子の名前を叫んでいた。 821 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22 25 34 ID 3d.1vUmw その後。 俺は、葉山に先に戻ってもらい、三日を急いで保健室に連れて行った。 保健室の先生によると、体調に特に問題は無いらしい。 「ちゅーか元々、良く倒れる奴だかんな」 と、先生は言った。 「体、弱いですからね」 「とりあえずベッドに休ませとくから。御神、お前着いててやれ」 「はい」 そんなやり取りをして、先生はベッドから離れた。 しばらくすると、暢気な寝息が聞こえる。(不良教師だ) 「・・・千里・・・くん?」 ベッドの上で、三日が目を開ける。 「そだよー。お目覚めかな、眠り姫」 「・・・ねむりひめ?」 ボンヤリとした顔で辺りを見回す三日。 こんな軽口にボケるとは、頭がまだ本調子では無いらしい。 「心配したよー。踊り場で倒れててさー」 「・・・私、倒れちゃったんですね」 改めて、三日は辺りを確認し、ここが保健室であることを認識する。 「・・・ここまで運んでいただき、ありがとうございます」 「これぐらい軽いもんだよ」 仕事的にも、体重的にもね。 「でも、体育の授業でもないのに三日がブッ倒れるなんて久しぶりだね。あの夏以来じゃない?」 なるたけ軽い調子で、俺は言った。 今日は最大級の穏やか笑顔の出番が随分多くなりそうだった。 「・・・私のせい、なんです」 脈絡も無く、三日は言った。 「って、どうしたのさ。藪からスティッチに」 「・・・私のせいだと思うと、胸が苦しくなって、・・・息も荒くなって、・・・気がついたら、倒れてて」 俺のボケにツッコミも入れず、三日が言葉を続けた。 気のせいか、小さな胸が上下する間隔が短くなっているようにも見える。 「と、とにかく、落ち着いて、ね?ね?」 背中をさすり(俺もパニクッてるのだ)、俺は三日をなだめる。 「・・・聞いてたんです、さっきの葉山くんの話」 軽く深呼吸して、落ち着いてから三日は言った。 聞いていた、というのは、先ほどのやり取りのことだろう。 「・・・あれは、きっと私のせいなんです」 そして、三日は話し出した。 懺悔するように。 822 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22 25 54 ID 3d.1vUmw しばらく前に、こんなやり取りがあったのだそうだ。 「・・・どうして朱里ちゃんは、葉山くんにストレートに告白してしまわないんです?」 「!?」 三日の素朴な疑問に、会話していた明石は言葉を詰まらせたのだという。 「ええっと、それは何と言うか。まだそのカードを切るのは早いというか最終手段と言うか今はその段階じゃないというか・・・・・・」 しどろもどろでそう捲くし立てる明石だったが、まっすぐ見つめる三日の眼に嘆息して、 「自信が無いのよ、正直」 と、ため息混じりに言った。 「告白なんかして、もし正樹に振られたり、『キライだ』とか言われたりして、今のぬるま湯みたいな関係が壊れちゃうんじゃないかって思って、怖いのよ」 明石はそう、本音を吐露した。 「…大丈夫ですよ、朱里ちゃん」 三日は静かに首を横に振り、優しく明石の手を取った。 「…絶対、大丈夫です」 「何の算段も無いのに、何でそう言い切れるのよ」 「…良いですか、朱里ちゃん」 気弱な明石に、三日は諭すように言った。 「…正直言って朱里ちゃんは美少女なんです」 「恥ずかしいことを臆面も無く言うわね」 「…事実ですから。…それも、私が男の子だったらほんのちょっとだけときめいていたかもしれない位の」 「恥ずかしい台詞の大盤振る舞いね」 「…ですから、葉山くんなんて美少女の朱里ちゃんが迫りに迫れば陥落するに違いありません!」 「陥落!?」 「…葉山くんなんて『チョロい!』ものなんです」 「私の親友が腹黒くなって生きるのが辛い」 「…とにかく、自分に自信を持ってください」 「自分に自信、ね」 明石は三日の言葉を繰り返し、微笑を浮かべた。 「会ったばかりはオドオドビクビクだったみっきーの口からそんな言葉が出る日が来るなんて、ね」 「…出過ぎた言葉、でしたか?」 「ううん」 首を横に振る明石。 「ありがと、みっきー。みっきーに言われて、むしろ自信出て来た」 そして、明石は決意した。 「告白するわ、アタシ」 「…朱里ちゃん」 三日に頷く。 「まぁ、ちょっぴりちゃんと準備がいるから、今すぐにってワケにはいかないけどさ」 「…はい、応援しています!」 そして、現在 「…それが、あんな結果に終わるなんて」 三日は、思いっきり落ち込んでいた。 我が事のような落ち込みぶりだった。 俺も似たような経験があるので、三日の気持ちは痛いほど分かる。 それこそ、我が事のように。 「…私のせい、ですよね」 「お前のせいじゃない」 三日から零れた言葉に、俺は即答した。 「お前はお前にできることを十分にしただけだ。その結果は残念なことになったけれど、それとこれとは話は別だ」 ポン、と三日の頭に手をやって、俺は言った。 「だから、大丈夫だ」 「…ありがとう、ございます」 ほんの少しだけ、三日の声に元気が戻った気がした。 「どういたしまして」 俺は、笑顔でそう答えた。 「それにさー、まだ希望はあるかもだよ?今のはやまんはちぃとパニクってるだけだし、さ。落ち着けば、何か変わるかもー」 半分以上は気休めのような言葉ではあった。 けれど、それに対して三日は「…はい」と頷いてくれた。 823 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22 26 36 ID 3d.1vUmw おまけ ここから先は、俺が知る由も無い出来事だ。 葉山正樹に告白をした後、明石朱里が何をしていたか。 彼女は、一晩中街の中をさ迷っていた。 夜が開けた、その時間、本来なら登校しているその時間帯もまだ。 激しい雨に打たれながら。 その一晩、物騒な輩に絡まれなかったことは、ある意味では幸運ではあった。 そうした輩でさえ、今の明石のことは避けて通ったのかもしれない。 雨に濡れ、汚れきった衣服。 憔悴しきった表情。 虚ろに濁った瞳。 覚束無い足取り。 右手には汚れのついた携帯電話が握られていた。 その携帯電話が葉山のものであることに、彼女の友人ならば気が付いただろう。 その前に、彼女が明石朱里であることにすら気が付かないかもしれないが。 そう思わせるほどに、普段の彼女からは考えられない位、憔悴しきっていた。 「……はは」 彼女の口からは、時折虚ろな笑いが漏れる。 「……あはははは」 笑いが漏れては、虚空に消える。 フラフラと歩いていた彼女の足は、夜中歩きとおしてとうとう止まった。 そして、明石の体はコンクリートの上にグラリと倒れた。 その勢いで、右手の携帯電話が道に転がる。 「……あ」 地面に倒れた痛みよりも、手から離れた携帯電話を、明石は目で追った。 その時、黒猫が現れた。 「へぇ…ん」 その黒猫、否、明石が黒猫だと一瞬錯覚した女性は、傘を片手に明石の落とした携帯電話を無造作に拾い上げて、言った。 「ハードなお仕事終わって、久々の帰宅中にヒトみたいなゴミが落ちてると思ったらゴミみたいなヒト…なんだよ?」 「かえ……して」 出会いがしらの暴言より先に、明石は葉山の携帯電話のことに反応した。 「それ……かえして。たいせつな……ひとのもの……だから」 途切れ途切れで、そう声を漏らす。 「良い…よ」 女性は、明石に近づき、前かがみになって携帯電話を手渡す。 そして、彼女の顔をまじまじと見る。 「キミの顔、どっかで見覚えある…なぁ。どこだった…かな?」 そうして、少し考え込むと言った。 「分かった、明石朱里さん…でしょ?」 「……?」 自分の名前を言い当てたその女性を不思議に思う明石。 明石にとって、その女性は見覚えの無い相手だ。 「分かるよ。自分の娘の交友関係くらい…ね」 そう言って、女性は猫のように笑う。 「明石朱里…さん。キミはちょっぴり面白い人かも…しれないね?」 そう彼女―――緋月零日は言った。 明石朱里と緋月零日 壊れかけた少女と壊れ果てた女性 出会ってはいけない2人が、出会ってはいけない時に、出会ってしまった。