約 626,629 件
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/189.html
十月五日午前三時の君達へ ヤンデレラ 僕と彼女の恋事情 ◆msUmpMmFSs氏 九之郎のおねいさん ver.1 終わるその時に 題名の無い短編集 彼が望むなら死んでもいい 埋めネタ 完全世界 姉弟(おやこ)の絆 ◆Z.OmhTbrSo氏 ヴァレンタイン ◆5PfWpKIZI氏 ヴァレンタインB ◆5PfWpKIZI氏 姉弟 レッド・グリーン・ブラッド ◆Z.OmhTbrSo氏 同族元素:同病相憐れむ ◆6PgigpU576氏 姉弟:バレンタイン 甘い世界 ◆2.775XTAfE氏 ヤンデレエスパー 「お薬の時間」 いない『かぁる』に、いる『みいな』 ◆dkVeUrgrhA氏 倫敦に雨は降る ◆msUmpMmFSs氏 ~お菓子と、男と、女ふたり~ 否命 ◆HrLD.UhKwA氏 ~事故と、男と、妹と、女四人~ 帰り道 無形 ◆UHh3YBA8aM氏 彩 味香(仮) ヤンデレ喫茶は実在するのか? ◆Z.OmhTbrSo氏 ヤンデレ喫茶の事務所にて ◆Z.OmhTbrSo氏 「ヤンデレについて」 ヤンデレ喫茶の、ある一日 ◆Z.OmhTbrSo氏 ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo氏 置き逃げ ラーメン屋とサラリーマン 尽くす女 実験作 狂人は愛を嘯く.Case1 ◆msUmpMmFSs氏 ヴァギナ・デンタータ リッサ ◆v0Z8Q0837k氏 マリオネッテの憂鬱 リッサ ◆v0Z8Q0837k氏 素敵な顔が見たいから ◆Z.OmhTbrSo氏 化け物屋敷と僕 リッサ ◆v0Z8Q0837k氏 狂人は愛を嘯く.Case2 ◆msUmpMmFSs氏 かすみ 私の彼は変身ヒーロー リッサ ◆v0Z8Q0837k氏 「夏の終わりに見上げた空は」 リッサ ◆v0Z8Q0837k氏 彼女の異常な愛情 少女の一生 天上の帝国 藁を叩く少女 『10年前の約束』 きゃの十三 ◆DT08VUwMk2氏 最果てへ向かって ヤンデレマシン 天秤 【兄貴のお嫁さん】 きゃの十三 ◆DT08VUwMk2氏 近藤さんちのやんでれ事情 ACTER ◆irhNK99GCI氏 保守 姉弟遊戯 ヤンデレおねぇちゃんとガチレンジャーパンツ 一発で治ります ヤンデレの薬 ヤンデレの薬Part2 「ヤンデレ観測者」 リッサ ◆v0Z8Q0837k氏 タカシくんの好きなもの! 「爆走!!逆転シューターダイノボーグ!!」 リッサ ◆v0Z8Q0837k氏 キミノシアワセ 傷が消えぬ日まで 【未曾有の危機】 きゃの十三 ◆DT08VUwMk2氏 独人達のクリスマス・イブ ◆Z.OmhTbrSo氏 病み妻 ゲーパロ専用 ◆0q9CaywhJ6氏 気に病む透歌さん わたしを食べて、みたいな? 【病照列ノ薬】 きゃの十三 ◆DT08VUwMk2氏 君になら殺されてもいい ◆5PfWpKIZI氏 独人達のバレンタイン・デイ ◆Z.OmhTbrSo氏 ヤンデレジャンケン ◆ZUUeTAYj76氏 ヤンデレの扉 ◆ZUUeTAYj76氏 ヒキコモリと幼馴染 ◆wzYAo8XQT.氏 触れられない優しさ はやくおおきくなあれ ◆msUmpMmFSs氏 『一生一緒だよ、私が守るもの。』 『そうだ僕も病もう』 『マジでBD3日前』 『そうだね、ヤンデレ姉だね。』 ヤンデレ妻と平凡な日常 日常 ◆AO.z.DwhC.氏 部屋とナイフと暗殺者 ヤンデレ妻と初詣 ヤンデレウィルスに感染してみた 親友の謎 箸が転んでも人類滅亡な年頃 『歪ンダ家』 ヤンデレの娘が作ってくれた朝ご飯が食べたい ◆wzYAo8XQT.氏 『ハッピーなライフ』 平和は数え役満の夢を見るか ◆wzYAo8XQT.氏 月と花束 ◆5PfWpKIZI氏 罰 花うらなわない ◆wzYAo8XQT.氏 罰2 ( ゚∀゚)o彡゜おっぱい!おっぱい! ◆wzYAo8XQT.氏 ヤンデレウイルスβ ◆iIldyn3TfQ氏 オン・ステージ Hurricane Run ◆RFJtYxNEj6氏 閉ざされた兄と妹 ◆wzYAo8XQT.氏 <ヤンデレ外交> ゲーパロ専用 ◆0q9CaywhJ6氏 奏でる旋律は哀しみの音 ◆UDPETPayJA氏 主人公補正 ◆wzYAo8XQT.氏 ヤンデレ幼女の夢 ◆mkGolZQN7Y氏 二人なら ◆.DrVLAlxBI氏 Trick or! ◆wzYAo8XQT.氏 『魅惑のヤンデロイド』 ◆.DrVLAlxBI氏 シンデレラアンバー 埋めネタ ヤンデレ茸にご注意 ◆.DrVLAlxBI氏 痴漢とヤンデレさん 紳士 ◆wzYAo8XQT.氏 『痴漢とヤンデレ:エクスタシー』 ◆.DrVLAlxBI氏 幸せになったメイドさん ◆mkGolZQN7Y氏 飼いならす、飼いならされる ◆wzYAo8XQT.氏 クリスマスが今年もやってくる ヤンタクロース・サンタガール ◆.DrVLAlxBI氏 『Hand in hand』 ◆m6alMbiakc氏 ハッピーエンド ヤンデレウイルスβ2 ◆iIldyn3TfQ氏 雨の夜 嵩田部直人の愚痴 猫の鳴き方 兎里 ◆j1vYueMMw6氏 ツンデレ+ヤンデレ ◆AW8HpW0FVA氏 只野物語 枯れ落ちて朽ちゆく枝 ◆6AvI.Mne7c氏 いなばとさかめ ◆6AvI.Mne7c氏 ヤンデレ×ツンデレ ◆AW8HpW0FVA氏 サッカー部の彼氏 小ネタ、狩るものと狩られるもの ケン君、危機一髪 ある姉弟について 幼なじみ・フライング・アタック その数年目 箱庭 ◆3TsGyVN76Y氏 最後の晩餐 ◆5xcwYYpqtk 氏 夜桜散る頃に 自宅軟禁ネタ 『ヤンデリ専童話』 血濡レタ願イ 狂愛は劇薬にも似た媚薬 OR(オーバーリアクション)な彼女 ◆memoqQ96og氏 小籠堂番台日誌 研修医…美咲の愛 熱くなれよ! PKOネタ 明きら・メルは大変なものを奪っていきました ◆ewP6fUImNw5g氏 1レス小ネタ『病んでる姉』 強襲 幽霊と初恋と玉砕と 病国のイージス ヤンデレコマンドー 亡国のイージス《病み成分添加版》劇場版 ~魔法使い人妻サリーさん~ クリスマス+夜の外出=サンタ 小指 魔王様との日常 非常事態ネタ わたしは私、私はわたし1/1 ボクじゃ姉に敵わない 小ネタ 大佐と捕虜の騎士 隣のオンライン 彼女は嘘つきである 第一夜IFエンド K,A ◆ZHJ3ved3EQ氏 奥様は戦略家 K,A ◆wycmxKO9B氏 不審物がやってきて ◆ltPhPWT046氏 谷口の憂鬱? 想い出入学式 完璧な彼女 見えないものと視えるもの ◆Uw02HM2doE氏 顔を忘れる男-◆KaE2HRhLms氏 ヤンデレ育成日記 歪な三角 かんきんされてるのは、ぼく ◆yepl2GEIow氏 騎士と王女、忠義と偏愛-◆KaE2HRhLms氏 後の空白すらも私だけに いつものげこうふうけい ◆RgBbrFMc2c氏 椿姫 のどごし ◆Nwuh.X9sWk氏 ヤンデレの生徒会長さん ◆yepl2GEIow氏 お弁当 小ネタ 吸血鬼と少女 ◆yepl2GEIow氏 Vampire☆Generation ◆Uw02HM2doE氏 狂う者こそ強い ◆g1RagFcnhw氏 日記 龍馬暗殺 走る走る僕たち ◆aUAG20IAMo氏 あきましておめでとう ◆1If3wI0MXI氏 猫のきもち。 家族への手紙 ◆aUAG20IAMo氏 監禁の行く末 駄文太郎 ◆4wrA6Z9mx6氏 msk 栄光を君に ◆STwbwk2UaU氏 「卒業」 K,A ◆wycmxKO9B氏 白衣の天使 幽霊とヤンデレ 674の末路 ◆STwbwk2UaU氏 The Hanged Man ◆STwbwk2UaU氏 私の王子様 ◆STwbwk2UaU氏 話し合い ◆STwbwk2UaU氏 にゅむぅ・にゅわふぅ・じょきん、じょきん ◆BbPDbxa6nE氏 女性のヤンデレ台詞集 bet all of you ◆STwbwk2UaU氏 足りないモノ ◆STwbwk2UaU氏 宮本武蔵の最後 八百屋のお七 かずなりくんかんさつにっき Beside a Brook ◆gSU21FeV4Y氏 嫉妬束縛夫とヤンデレ妻康子 愛玩人形 ◆O9I01f5myU氏 ヤンデレの朝は早い ◆STwbwk2UaU氏 pinocchio ◆STwbwk2UaU氏 自己中女 熱帯夜 face-魔法の解けないシンデレラ- ◆yepl2GEIow氏 ある王宮メイドについて 恋は駆け引き のどごし ◆Nwuh.X9sWk氏 手紙 罪歌のワルツ 家族教育 やーのー ◆/wP4qp.wQQ氏 月夜の晩に 彼は愛さない 姫ちゃんの奮闘 のどごし ◆Nwuh.X9sWk氏 セルロイド西洋人形 杢が割れる ◆mAQ9eqo/KM氏 ある男の独白 とても可愛い俺の彼女 幼馴染と俺 ユルリ・ラド 盗賊さん ◆STwbwk2UaU氏 死んでも愛してる(守護霊的な意味合いで) ◆Uw02HM2doE氏 八尺様と僕 ◆0jC/tVr8LQ氏 妹さんの心 わたしだけの痴漢さん ◆yepl2GEIow氏 わたしのかみさま ◆lSx6T.AFVo氏 二月十五日 私のヒーロー Jewelry girls ◆uRnQeEDhQY氏 ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】 『我等、グリム童話とイソップ童話の被害者?』 ストーカー女 『ある殿様の話』 もしもヤンデレが恋人のペットに嫉妬したら 『ある奴隷にまつわること』 双子の日常 レッツ・ストーキング 『除夜の鐘に俺は泣く』 妹はキスを迫る 『兄は逃げたが、逃げれなかった』 「気になるあいつは…」 訪問者 ◆wIGwbeMIJg氏 ヤンデレ彼女とお電話 ◆7GucI4/V8s氏 雪男 理性の棄却 ◆NKSqcgjO6c氏
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2371.html
636 :ヤンデレの娘さん 観点の巻(男子) ◆yepl2GEIow:2011/08/25(木) 20 01 15 ID uGE1Sjto 『人は皆、それぞれの…カンテン…に従って生きている』 「寒天ですか?」 『観点だ』 俺からのお約束のボケにツッコミを入れてくれる月日さん。 俺こと御神千里と、緋月月日さんとの、ある日の通話でのことである。 『例えば、君のような一般市民代表は、今の日常が概ね変わることなく続いて行くと思う、という…カンテン…に従っている』 「まー、非一般人にはそうそう持ちようが無い観点ですよね」 『しかし、ソレは本当に1人残らず誰しも等しく同じく…キョウユウ…されるものなのかな?』 「と、言いますと?」 『一般市民と言っても、それぞれがそれぞれで別人別固体だ。個性と言えば聞こえは良いが、考え方、物の見方…カンテン…は絶望的に異なる』 「ああ、雑煮の中身って意外と地域家庭によって違うとかそういう話ですか?」 『微妙に違うような…まぁ、…ダイタイ…あってる』 そこで、月日さんは言葉を切り、続ける。 『人と人とは…チガウ…。違うが故に分かりあえない、という…ハナシ…さ』 「まぁ、現実にはじーえぬ粒子とか無いですからねぇ」 『あったとしても…分カリアエル…かは分からないけどね』 「アレって普通の人をテレパシー使いに変えるだけですし」 『そんなことはともかく』 「はい、脱線しましたのでともかく」 『…ソレ…を意外と忘れがちなんじゃぁ無いか、ということだよ』 人と人とは、分かりあえないということを。 「それは、三日との関係で、ってことですか?」 『…ソレ…以外でも、だよ』 と、月日さんはシニカルに言った。 『当り前の顔をして談笑していても、その相手とはどうしようもない断絶がある。それを忘れると、致命的な…ジャクテン…になる』 「あー、カレーとかお雑煮の味付けが家庭によって違ったりとかですね」 『そうして…分カリアエナイ…ことを認識していない。その弱点を突いて私が壊したのがレイちゃんだ』 俺の軽口をスルーして、月日さんは言った。 「……はい?」 『そう。私が壊した』 あっさりとした風を装ってはいるが、その言葉にはどこか懺悔のような響きがあった。 「壊したって……。詳しくは存じませんが、それこそ観点の違いというかすれ違いというか……」 『…イイヤ…間違い無くレイちゃんの心を壊したのは私だよ』 飄々とした、しかしどこか反論を許さない、立ち入ることを許さない口調で月日さんは断じた。 『そう言う意味じゃぁ、レイちゃんが行った全ての行動の責任は私にある。だから、君は私を怨もうが憎もうが好きにするが良いさ』 独特の節回しが無いのは、言い間違いでは無いだろう。 「別に、そんな風に思っちゃいませんよ」 『…ソウ…かい?』 「ええ、それこそ寒天の違いって奴です」 『そう思いたいなら…ソウ…思えば良いさ』 フゥ、とため息をつきながら、月日さんは言った。 「まぁ、アレですね。せいぜい月日さんみたいな人に自分の心を壊されないようには注意しますよ。ご忠告通りに」 『別に…ソウイウ…ことは言って無いけど』 「いやいやいや」 そんな具合に、俺達の通話は終わった。 零日さんの心持が、月日さんのせいで壊されてしまったのかどうかは分からない。 それこそ、観点の問題だ。 きっと、彼女の心を壊してしまったという意識は、その罪の意識は月日さんのもので。 月日さんはそれを一生抱え続けることを望んでいるのだろう。 こればかりは、俺のような若造にはどうしようもないし、どうしていいのかも分からない。 「それにしても、観点ね」 価値のある話を聞いた、とも思う。 価値のあることを教えてくれた、とも思う。 緋月家、傾向と対策。 緋月家のメンバーは、例え悪ぶっていても良い人たちで揃っている。 要はヤンデレでも、ツンデレなのだ。 637 :ヤンデレの娘さん 観点の巻(男子) ◆yepl2GEIow:2011/08/25(木) 20 02 07 ID uGE1Sjto そんなやり取りとは関係なく数日後。 「お前、ぶっちゃけ緋月のドコが好きなわけ?」 「ブ!」 その日の午後、葉山正樹の口に出された言葉に、俺は飲み物をむせた。 ある休日、2人で映画を見に行く道すがらである。 「いや、何でそんなこと今更急に聞くわけ?」 ゲホゲホと咳き込みながら、俺は言った。 「いやー、今まで聞こうと思って聞けなかったからなぁ。今までは緋月がいたし」 今日は三日は明石と御用事。 宿題の類は当に終え(三日と一緒にやると効率がダンチなのだ)、バイトなどがあるわけでも無い俺は非常に暇だった。 ならば、と俺は暇つぶしに葉山を誘ったわけである。 ちなみに、三日は明石との用事を取るか、俺と一緒にいるか、死にそうな勢いで悩んだが、 『どうでも良いけど俺は友達を大事にする女の子とか嫌いじゃないな、いや一般論だけど』 という俺の独り言で、三日は明石の家に直行した。 閑話休題 「好きとか嫌いとかさ、ストレートに言われても困るって」 「でも、お前ら付き合ってるんだろ、俺的には不本意だがよ」 本気で不本意そうな葉山。 「そりゃ、向こうから頼まれたしね」 「それだけでくっつかねーだろ、お前なら特に」 随分と買い被られたものだ。 「まぁ、マジな願いにはマジに答える主義ではあるけどね。それが相手の意に沿わないとしても」 「で、緋月の場合は意に沿ったワケだ。どういうわけか」 葉山の言うとおり、本気で三日が俺のタイプで無かったらキッパリ断っていたと思う。アイツのためにも。 お情けで付き合いだしても、お互い不幸になるだけだ。 「それが納得いかないと?」 「そう言う事だ」 「九重のこととは無関係に?」 「そのネタはもうやったからな」 九重も、自分がネタ呼ばわりされる日が来るとは思わなかっただろう。 「しっかし、好きなところねぇ・・・・・・」 「嫌いなところからでも良いぞ。むしろそっちからの方が」 何というネガティブキャンペーン。 地獄兄弟が大挙して押し寄せそうだった。 「嫌いなところねぇ。時々、って言うか結構俺に何も言わないで動く所とか?ソレぐらいしか思い浮かばないや」 結構、勝手に追い詰められて勝手に暴走するタイプなのだ、三日の奴は。 前に、料理部の後輩に鉈持って詰め寄ってたしなぁ。自爆同然にことは収まったけど。 「いや、他にもあるだろ。夜な夜な尾けられてて怖い、とか、いつも見られてる気がする、とか、嫉妬深くてヤバい、とか」 そう言えば、葉山は三日のスニーキングにいち早く気づいてた(それで被害を受けた)んだっけか。 「そこいらはそんなに気にならないなぁ。まぁ、ヘタな所を見せて嫌われるのは嫌だけど」 三日も生身の女の子である。 俺の嫌いなところの一つや二つはあるだるし、幻滅することだってあるだろう。 むしろ、それが一番怖い。 「フツー気にするところだろ。明らかにイジョーじゃねぇか」 「たかだか、それ位の異常性に目くじら立ててもねぇ」 生徒会メンバーを始め、エッジの効いた女子は見慣れてるし。 「それが分かんねぇ。って言うか、それが一番ヤバいんじゃねぇの?」 結構マジメな顔で、葉山は言った。 今回は随分しつこい葉山だった。 638 :ヤンデレの娘さん 観点の巻(男子) ◆yepl2GEIow:2011/08/25(木) 20 03 47 ID uGE1Sjto 「百歩譲ってみかみんに実害が無いとしよう、今現在は。だがよ、この先もそうとは限らねーだろ」 「それが一番心配なわけだ、はやまんとしては」 ようやく得心がいった。 「まーな。親友の隣にバクダンが転がってると思うと、おちおち夜も眠れやしねぇ」 「そこは、見解の相違って奴だねー」 まじめくさった顔を作り、俺は言った。 「アイツはただ、恋に必死なだけの女の子だよ。爆弾なんかじゃない」 「とてもそうは思えねぇけどなぁ・・・・・・」 渋い顔をする葉山。 「どれほど不安や嫉妬や怒りや悲しみに駆られても、例え心が病もうとも、恋をすることをやめない。そう言う奴だよ、アイツは。そう言うのって―――」 「ヤバいよ」 と、俺の言葉を遮って、葉山は言った。 「どんなになっても、ンな風に手前の意思を押し通そうとするエネルギーが、ほんの少し矛先がズレたら、本気でヤバいことになる。そう言う想いって、むしろ―――怖いよ」 本当に真剣な顔で、葉山は言った。 「怖い、ね。まぁ、それぐらいの方が相手する甲斐があるって言うか」 「お前も、怖いよ」 はっきりと、葉山は言った。 「いっくら中等部時代に滅茶苦茶な連中を相手してきたからって、いや相手してきたのに、未だにそう言う滅茶な連中を受け入れちまう」 そう語る葉山の頬に滴る汗は、気温のせいではないだろう。 「それは怖いしヤバいし―――危うい」 自分自身をヤバくするくらいに、と葉山は言った。 「怖くてヤバくて危うい、ね。じゃ、はやまん、そろそろ俺と友達止めとく?俺らのとばっちり受ける前にさ」 「バカ言うな!今更、ハイさようなら、なんてなってたまるかよ。これでもお前のコト結構好きだしよぉ」 「ウン、俺も同じ」 静かに俺は言った。 「はやまんのことも好きだし、誰かの危うさも、自分の危うさも、みんな好きなものだから。だからみんな自分で背負ってく。本気でヤバくなったら、本気で止める」 そう言って笑った。 「だから、そんな心配しないでよー」 「ゼンブ分かってんじゃねぇか」 やれやれだぜ、と嘆息する葉山。 「けどよ、俺の考えは変わんねーぜ。緋月みてーな奴はヤバいと思うし、奴がマジでヤバくなったらマジでお前を引き離す」 「ン、覚えとく」 そう答え、俺達は映画館に入って行く。 「そーいや、何て名前だっけか?今日観る映画」 「ええっと、『ショーグン・デスティニー:AtoZ 誕生!オール十神勇士大戦』だねー」 「名前からしてキワモノ臭がスゲェな」 「天野のお勧めなら大丈夫じゃない?駄作なら駄作ってハッキリ言うタイプだし」 「まぁ、そーだな。楽しみなような怖いような」 「その時は、天野との話のタネにすれば良くない?『駄作じゃないの!』って」 そう言って、笑いながら劇場の列に揃って並ぶ俺たち。 その時は気付かなかったけれど、俺は後に知ることになる。 危うさに対して背負い込むつもりの俺と、危うさに対して拒絶するつもりの葉山。 その観点の違いがもたらすモノを。 おまけ 後日 「・・・千里くん。・・・今度から何をするにも、千里くんに逐一報告した方がよろしいのでしょうか?」 「ああ、いやそこまでは言わないけど。って言うか、何でその話お前が知ってるわけ?」 「………乙女の秘密です」
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/262.html
215 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 48 11 ID L0TLbg72 ***** 俺と妹と着物姿の葉月さんが、ほとんどの生徒が帰ってしまった放課後、蛍光灯の明かりのない廊下で、 向かうところ敵なしのはずの覆面ヒーローを引きずっている女忍者と出会った。 つい今し方、俺が遭遇した状況を端的に言い表すとそうなる。 昨日こんなことがあったんだ、と他人に言っても決して信じてもらえそうにない光景である。 しかし、今日は学校内で文化祭が行われている。中にはコスプレ喫茶を営むクラスも存在する。 よって、覆面ヒーローがいようと女忍者がいようと、俺は驚かない。 だが、コスプレ喫茶の存在を知らない、俺以外の人間はそうでもないようだ。 俺と行動を共にしていた葉月さんと妹は、何度も目をしばたたかせている。 葉月さんは一日中、自分のクラスのウェイトレスをやっていた。 妹は一般公開の終わった時刻になってこの学校へやってきた。 弟のクラスの出し物がコスプレ喫茶だということを知らなくても仕方ない。 揃って覆面を被った二人のうち、一人は弟だ。 あの仮面も、黒いボディスーツも、薄く汚れたプロテクターも、俺が手を加えて作ったものだ。 弟の細かい注文を聞いて作った特注品である。着ている本人よりも詳しく知っている。 弟に平和を守るヒーローになって欲しいという願いを込めて作ったわけではないのだが、弟よ、ヒーローが 気絶して、あまつさえ連れ去られたらさすがにまずいだろう。 第一話で主人公が悪の組織のアジトに連れ去られる展開はある。 が、変身できるようになってからは悪の首領を成敗する目的で乗り込むのが王道だ。 強くなってからさらわれちゃ格好がつかないぞ。 お前が理想とする英雄たちはそんなへたれた存在じゃないはずだ。しっかりしやがれ。 俺たちがやってきたことに気づいたくノ一は、引きずる動作をやめてこちらを向いた。 校舎の窓ガラス四枚分の距離を開けて、俺たちは対峙した。 「……ねえ」 葉月さんが小声で話しかけてきた。 「あれ、何? なんで忍者が居るの? しかも……なんか引きずってるし」 まったく、その通りだ。運ぶのならもっと効率のいい手段もあるだろうに。 それに、まだ生徒がいるかもしれないこの時間に動かなくてもいいじゃないか。 もしかしてこの忍者――要領が悪いのか? それとも頭が回らないのか? どちらにせよ、そのドジ振りはありがたい。おかげで弟誘拐の憂き目を回避できた。 216 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 49 10 ID L0TLbg72 「お兄さん」 今度は妹が声を出す番だった。妹の声は静かで冷たい。 しかしそれは妹が俺と話す際のデフォルトであり、この状況に影響されたわけではない。 「もしかしてあの倒れた仮面の方、お兄ちゃんじゃないの?」 ――え? なんでわかるんだ? 愛の力でわかったとか、間違っても口にするなよ。 妹の気持ちはくどさを感じるほどわかっている。こんな時まで聞きたくない。 「昨日の夜、話をしているときにはしゃいでたから、もしかしたらと思って。 やっぱりこういうことだったんだ。でも……こんなことだったら内緒にしなくてもいいのに」 なんだ。妹は弟がヒーローのコスプレをすることをとっくに知っていたのか。 妹は弟の変化に敏感だ。前日にはしゃいでいれば、何かあると勘づくのは当然のことだ。 弟から文化祭の出し物でコスプレ喫茶を開くと聞いていたのだろう。隠すことでもない。 戦うヒーロー大好きの弟が、仮装パーティの衣装を選んだらどんな格好を選ぶか。 我が家に住んでいる人間なら誰でもわかる。 日曜の朝、特撮番組を見る弟がリビングのテレビを独占するのが慣例だから。 今回はそのわかりやすい習性が裏目にでた。 連れ去られそうになっているのが弟だとは悟られたくなかった。 妹がどんな反応をするかなんて、たやすく予想できる。予想が百パーセント的中することも保証できる。 また修羅場が発生する。前回は対葉月さんだったが、今回の相手はくノ一だ。 女忍者の実力が未知数だから、妹の勝率はわからない。 妹の戦闘能力はどれほどか知らないが、以前葉月さんに怒りの勢いで特攻した点、そしてその後為す術もなく 投げ飛ばされ着地し咳き込んだ点から考えて、対人戦術を身につけているわけではないとわかる。 戦わずに済んでくれればなによりなんだが……そうはならないだろう。断言できる。 場に妹がいなければ弟を取り返して終わりだ。女忍者はその後で追い払えばいい。 しかし妹がいると、問答無用で殴りかかるだろう。 妹には悪いが、やっかいな奴がもう一人いるような気さえする。 夕方になってから、妹が学校に来なければよかったのに。 さて、なぜ俺たち三人がこの場にいるのかを説明するとなると、今日の四時頃まで時を遡らなくてはならない。 ***** 今日の四時、つまり文化祭一日目の一般公開の時間が終了する頃。 二年D組の教室内に、寝ぼけ眼で周囲の状況を確認している男が居た。俺のことだ。 ふて寝していたのだ。昨日の夜から今朝までずっと眠っていなかったから。 また、誰かの下した命令のせいで半拘束状態に置かれていたからでもある。 普段ならば、後日白い目で見られることを覚悟した後に、甲高い奇声を上げて脱走するところである。 絶対に従いたくない類の命令だったのだ。被緊縛嗜好は持ち合わせていない。精神的にも肉体的にも。 あえて従ったのは、しかめっ面をつくりながらもなんとか許容できる程度の理由があったからだ。 217 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 50 07 ID L0TLbg72 さらに時間を遡り、午前中。純文学喫茶開店前。 控え室の隅っこに設えられた俺専用の席に座っていると、高橋から話しかけられた。 「不満そうな顔だね、色男」 「お前は相変わらず地味な顔つきをしているな」 「ありがとう。僕は自分が地味な容姿をしていることにも、地味な性格をしていることにも誇りを持っているから、 君が抱く僕の印象がそうであってとても嬉しいよ」 「……少しは堪える素振りを見せろってんだ」 「ところで、君はあのプリントを見て、それに書かれていた内容に腹を立てているようだが、それはよくない。 あの命令は、クラスメイト全員の総意と言ってもいいものだよ」 「お前らは、俺に窓際族でいてほしいのか……?」 「そういう意味じゃない。君がこの教室にいてくれないと、喫茶店の利益が上がらないからだ」 「俺が居たところで客がくるわけでもないだろ」 「違うんだな、これが。確かに、君がウェイターをしたところで売れ行きは伸びないだろう。 しかし、君が居てくれないと売り上げが落ちるのは結果として起こりうることなんだ」 「……なんだそりゃ?」 「要約すると、君が教室にいれば葉月さんがウェイトレスをやり続けてくれるから、 君には教室に居てもらわなければいけない、ということだ。 もし君が居なくなれば、葉月さんは君を捜しにどこかへ行ってしまうだろう。それは非常によろしくない」 「そんなわけないだろ? 給仕役は交代制のはずだし、勝手にどこかに行ったりは……」 「葉月さんが何を目的にしてウェイトレスをやっていると思っているんだね、君は」 「……さあ? ウェイトレスをやると取り分が増えるから、とかか?」 「この鈍感め。彼女は君に見て欲し………………ふ、言わないでおこう。言うほどのことじゃない。 それに、僕が言うべきことでもない」 「気持ち悪いところで止めるなよ。俺に、なんだってんだ?」 「自分で考えるんだな。ここまで言ってもわからないんだったら、今日から君と言葉を交わすとき、 僕は自分の台詞の後ろに(鈍)をつける。そうなりたくなかったら、脳の血の巡りを良くすることだ」 高橋に「おはよう、今日も元気そうだな(鈍)」とか、 「悪い、忙しくて宿題をやってくるのを忘れてしまった(鈍)。写させてくれ(鈍)」とか言われようと かまわなかったのだが、あそこまで馬鹿にされて放っておくのも癪である。黙って沈思することにした。 机の上で腕を枕にして伏せる。体勢を維持したまま、窓から差し込む陽光に微睡んでいると、答えが浮かんだ。 葉月さんは、自分の着物姿をクラスの誰よりも早く俺に見て欲しいと言っていた。 男冥利に尽きる殺し文句を、俺だけに見て欲しかった、という意味で勝手に解釈するとしよう。 すると、俺が見ていなければ葉月さんが着物姿でいる理由は消失してしまう。 結果、葉月さんはウェイトレスをしなくなる。またひとつ、日本から美が失われる。 導かれる結末として、我がクラスの総力を結集した喫茶店の売り上げは落ち、打ち上げ会場のテーブルの 上に並べられるピッツァがスナック菓子の偽物ピッツァに変わってしまう。 高橋の言葉をそのまま借りよう。それは非常によろしくない。 葉月さんが袴姿の給仕役を請け負った理由を悟ったことにより、友人から括弧綴じしてまで鈍感さを 強調されることはなくなったわけだが、それこそ蛇足というべき余計な効果である。 一番大事なのは、俺が今日明日ともに教室に立て籠もらなければいけない理由が正当なものであると気づいたこと、 そしてクラスメイトから軟禁状態に置かれているのはやむなくのことである、と知れたことだ。 そりゃそうだ。いくらなんでも謂れなくあんな命令をクラスメイトが下すはずがない。 理不尽ともとれる命令は二年D組全体のためを思ってのことだったのだ。 すまなかった、皆。 皆はあそこまで陰湿なやり口で俺を追い詰めたりしないもんな。――俺、信じているよ、うん。 218 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 51 39 ID L0TLbg72 納得したところで、目をつぶり、意識のベクトルを体の外から内へ変更する。 首の後ろから背中にかけて人肌の温度に保たれたタオルを乗せられているような陽光の中、ああもし自分の魂を 今のままに生物種を変えられるなら猫になりたい、と荒唐無稽なことを考えているうちに、眠ってしまったらしい。 らしい、という持って回った言い方をしたのは、いつの間に睡眠状態に移行したのかわからなかったから。 あと、もう一つ。それが睡眠ではなく、昏睡だったのかもしれなかったからである。 目を覚ましたとき、カーテンで仕切られた簡易控え室の中にクラスメイトの姿はなかった。 眠りの余韻を残した瞳で床を見る。俺の影がなかった。リノリウムの床が灰色に染まっていた。 振り向いて、窓の向こうの空を見上げる。 すでに太陽は沈んでいた。青くて暗いパノラマには置いてきぼりにされたように雲が点々としていた。 デジタル式で表示された携帯電話の時刻表示を確認する。 午前中を最初のコーナーでパスし、昼食時間をあっさり周回遅れにし、午後の時間のすべてをラストの直線で 置き去りにして、トップでゴールしていたことに気づいた。 優勝カップの携帯電話には、PM4 40の文字が表示されている。 どうりでクラスメイトの姿がないわけだ。 明日のことは明日すればいいや、程度にしか喫茶店の成功について考えていないのだろう。 担任は臨時従業員の意識変革を図る必要がある。 もっとも、明後日になれば教え子に戻るわけだからあえて説き伏せる必要性は感じられない。 既に営業が終了している以上、教室にいても仕方がない。教室を後にする。 二年の教室をC、B、Aの順に通り過ぎる。校舎の設計上、先には上下階への昇降を可能にする階段が存在している。 三階へ行く用事は差し当たってないため、階段を降りていく。 踊り場にて階段を折り返し、さらに下へ向かおうとしたときである。 「きゃっ!」 という可愛らしい悲鳴を、俺とは逆に階段を昇ってきた女性が言った。 彼女は俺と顔を合わせることなく、頭を下げた。 「ご、ごめんなさいっ。ちょっと急いでいたので、つい!」 「いえ、別にいいですよ」 「本当すみません、それじゃ!」 言い残し、俺の左側を過ぎようとしたその瞬間だった。 日が沈み、薄暗くなった階段の空気の中、俺と彼女の視線がぶつかった。 俺はなんとなく、本当に理由もなく彼女の顔を確認しようとしていた。 彼女はきっと、俺以上に理由なんかなかったんだろうけど、俺の顔に目を向けていた。 偶然により引き起こされた視線の邂逅。 そして、彼女が眉を顰める。 なんという失礼な反応であろうか。こっちだって目を合わせたくなんかなかったんだぞ。 そう思っても、俺は表情を変えない。 彼女から――既知の相手である彼女から今のような顔で見つめられることには慣れているのだ。 むしろ、温いくらい。目があったらオプションで舌打ちをされるくらいが普段の対応だ。 彼女があらぬ方向へ視線を逸らし、口を開く。口調に嫌悪感が滲んでいるのは(以下略)。 「お兄さん、まだ学校に残ってたんだ」 「ああ、ちょっと色々あってな」 「そう」 219 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 52 51 ID L0TLbg72 短いやりとりの後、沈黙が場を支配する。 まあ、これもいつも通り。彼女――二つ歳の離れた妹と一分以上会話を継続させたことなど記憶に無い。 悲しくはある。だが、高橋みたいに饒舌になられてもむしろ俺が困ってしまうので、今の方がやりやすい。 妹の冷たい態度の中に暖かみを探すのが俺側の対応である。 妹がデレを見せたのは葉月さんが家にやってきた日に起こった、朝食を作ってもらった事件(誤用ではない)が最後。 以来、妹の態度は改まることもなく、弟に勉強を教えているときは憎悪の視線を向けてくるし、風呂上がりの俺の 格好を見てはさりげなさを演じず顔を背けるようになった。 ……なんだろうな。朝食事件があまりにも暖かすぎたから、妹の態度がさらに冷え込んだように感じられる。 だけど、妹が俺と弟を勘違いして優しさを見せてくれないかなとか、つい期待してしまう。 いくらムチで叩かれようと、アメがもらえそうな気がするから離れられない。 こうやって世の男は調教されていくのだろうか。 俺がそうならないとも限らない。注意しておこう。 「お兄さん、お兄ちゃんを見なかった?」 兄弟以外が聞けば誤解を招くこと必至の問いかけだった。 『お兄さん』は俺。『お兄ちゃん』は弟。明らかに片方だけに親しみが込められている。 まだ『お兄さん』と呼ばれているからいい。いつか『兄さん』になったら、俺はどうしたらいいのだ。 ――という内心の葛藤はこの場ではさて置いて、妹に返事する。 「見てないな。というか、朝見てから弟の顔は見てない。弟を迎えに来たのか?」 妹が頷く。 「本当は明るいうちに喫茶店に様子を見に行きたかったんだけど、お兄ちゃんが土曜日でも学校はさぼったら ダメだって言うから、こんな時間になったの」 なるほどね。弟の言うことは素直に聞くからな、こいつ。 「一般公開が終わったのが四時頃だから、もう着替え終わって、明日の準備でもしてるんじゃないか」 「お兄ちゃんの教室に行って来たけど、お兄ちゃんはいなかった」 「同じクラスの人に聞いてみたか?」 「聞いてみたけど、知らない、としか。だから自分の足で探しているの」 「……ん? そりゃおかしいな」 まじめで、誰に対しても優しい弟がクラスメイトに黙って帰るとは思えない。 それに、「知らない」? 知らないなんてことないだろ。本人の与り知らないところでハーレムが形成されるほど人気者の弟が、 女子からの視線をかいくぐってどこかに行けるなんて考えられない。 こそこそ隠れてなら不可能ではないだろう。でも、隠れる必要があるほどの用事が弟にあったのか? 「お兄さんはお兄ちゃんがどこに行ったか……知らないよね」 「ああ。いちいち弟の行動を把握するほど俺も暇じゃないからな」 「あっ、そう」 使えねえなコイツ、というニュアンスを含んだ返事である。 だが、この程度でへこたれるほど俺だって弱くない。ちと反撃してやろう。 220 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 54 41 ID L0TLbg72 「お前こそ、まだ弟を見つけてないんだろ?」 「……ええ」 「いかんな、それじゃ。もしかしたら弟のやつ、今頃女の子と……」 「はぁ? …………なんですって?」 妹が距離を一歩詰めた。見上げる格好だが、上目遣いではない。 「お兄ちゃんに近寄る女がいるっていうの?」 「いや、いるというか……いないというか……」 「はっきりしなさいよ。いるの? いないの? ……どっち?」 可愛らしさをアピールしない女の子の目って、どうして男を不安な気持ちにさせるんだろう。 疑問の答えを出さぬまま、妹の迫力に押された臆病な長兄は正直に答える。 「いる。たくさん」 「……何人?」 「正確にはわからん。だが十名は下らない。安心しろ。あの子たちは弟の特定の相手じゃないから」 「そんなことわかってるのよ!」 いや、吼えなくても、いいんじゃない? お兄さん結構怖がってるんだよ? 「許せない、許せない許せない! どこの雌豚がお兄ちゃんに近寄ってるのよ!」 「あー……近寄ってはいないんだ。女の子たちはお互い牽制しあって、同盟みたいなのを結んでいて」 「同盟……一緒になってお兄ちゃんを犯すつもり? いいえ、そうに違いないわ!」 「すまん、違った。同盟じゃなくって、えっと、見守っているだけだった」 「かっ、はっ…………お兄ちゃんと同じ学校にいるだけじゃ足りず、ずっと見つめているですってぇ!」 そんな強引な解釈の仕方、アリか? 今となっては妹に何を言ってもネガティブな意味合いでしか受け取ってくれない気がする。 嫉妬深い性格をしているとは知っていたが、これほど性質が悪いものとは思わなかった。 何も言えん。言ったら言った分だけ妹の怒りが根強く浸透していってしまう。 「お兄ちゃんもお兄ちゃんよ! 他の女に隙を見せるなんて、どういうつもりなの!? 私がお兄ちゃんのそばにいないからって、浮気していいってわけじゃないのに!」 今気づいたが、俺の台詞ってさりげなく弟を追い詰めてなかったか? もちろん追い詰めるつもりなんかさらさら無かったけど。 フォロー……してももう遅いな。さらに怒りを深刻化させる危険もある。 すまん、弟よ。藪をつついて蛇を出してしまった。 俺はこれ以上刺激しないよう逃げる。お前はなんとかして大蛇の怒りを鎮めてくれ。 妹から離れるべく、右足を引く。回れ右をするためには右足を引かねばならないから。 だが、今の妹にとってはわずかな動きさえ気に障ってしまうようだ。 マイシスターが一歩踏み出す。距離を詰める。続けてブラザーである俺に対して詰問する。 「どこに行くつもりなの?」 目的地なんかない。お前の前から姿を眩ましたかっただけだ。 「いやなに、ちょっと忘れ物をしたから、教室に。ああ、弟のことなら心配するな。 放っといたら家に帰ってくる。説教するんなら帰ってからでもいいだろ」 「いいえ。もうお兄ちゃんは信じられないわ。今日は意地でも探し出して連れ帰る。 もしかしたらこれから女の家に行くかもしれない」 「そうか。まあ、そういうことなら止めやしない。あんまり遅くならないうちに帰るんだぞ」 兄貴っぽい台詞を言い残し、回れ右の動作を続行する。 体が後ろを向いたところで、妹に動作の完了していない左腕を捕まれて引き戻された。 「……どうか、したのか?」 「協力して。お兄ちゃんを捜すの」 妹に頼まれごとをされるなんていつ以来だろう。ひょっとしたら初めてのことかも知れない。 本来なら諸手を挙げて喜んでいるところだが、弟を捜すことに協力するのとは別の問題だ。 221 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 56 23 ID L0TLbg72 「悪いが、協力することはできない」 「どうして?」 「さっきも言っただろ。忘れ物を取りに教室に行くんだよ。」 「――嘘ね。あの女のところに行くんでしょう、お兄さん」 ん? 誰のことを言っているんだ? あの女? 妹が知っている俺の知り合いなんていたか? 今のところ――ひとり、該当しているな。 忘れるはずもない。なにせ、妹は一回彼女に豪快に投げられたのだから。 「葉月さんのことか? 前にうちに来た」 「そんな名前だったんだ。印象の薄い名字だから覚えるのも一苦労ね」 葉月って結構いい名字だと思うけどな。響きがいい。 うちの家族総員の名前にくっついている名字みたいに没個性的ではないぞ。 「あの女に会うのは後回しにして。先にお兄ちゃんを捜すの、手伝って」 「お前、やけに葉月さんには辛辣な態度をとるな」 俺に対しても辛辣だが。けれど、葉月さんに対してはとりつく島もない。 「当然。あの女、私を思いっきり放り投げたんだから。あれ、下手したら死んでたわよ」 「それについては否定しないが。だからって……」 「私、あの女嫌い」 にべもない返事だった。俺に対してさえ、嫌いと言ったことはないのに。 妹は俺を嫌っているだろう。少なくとも、好きよりは嫌いの方に気持ちが偏っているはず。 嫌われるような真似をした覚えはない。 だが、俺は昔の出来事の記憶をなくしているらしい。弟の態度から察するとそういうことになる。 過去の出来事が原因で妹は俺を嫌っているのか、それとも俺の性格容姿その他諸々が気に入らないのか。 俺にはわからない。聞くこともできない。何を言われるか怖くて、聞くことができないんだ。 妹は自分の感情を口から吐き出す。まるで対象への嫌悪を再確認するかのように。 「嫌い。私がどれだけ、お兄ちゃんへの想いに苦しんでいるかも知らず、あんなことを言うなんて。大っ嫌い」 あんなこと。「兄妹は絶対に結ばれない」という葉月さんの台詞か。 「お兄ちゃんのこと諦めようと思って、けど、顔を見ていると気持ちが膨らんで、その繰り返し。 あの女もだけど、きっとお兄さんにもわからない。上手くいかないってわかっているのに、それでも挑まなきゃ ならない人間の気持ちなんかわからないでしょ。わかってくれなくていいよ。私、優しさなんて要らないから。 お兄ちゃんだけが優しくしてくれたらいい。昔から、私を守ってくれたのはお兄ちゃんだけだったもの」 また昔話か? なんで弟妹揃ってもやもやさせるんだ。 全四巻の漫画のうち三巻だけが抜け落ちてるみたいな気分だ。 俺は、欠けた道を突き進んで、今の場所に辿りついたのか? 本当に通っていないのか? いいや。何かの事件があったはずだ。俺ら三人兄妹全員に関わる――暴力的な事件が。 「でも――お兄さん」 妹が俺の顔を見上げた。何事かを思い出したような様子だ。 「あの女から、お兄さんは私を守ってくれたよね?」 「あ、ああ……」 「どうしてあんなことしたの? どうして、何度投げられても立ち上がって、かばってくれたの?」 理由なんかなかった。弟と妹を庇わないと、葉月さんを止めないと、という気持ちだけだった。 「長男が弟妹を庇ったらおかしいか? 理由なんかねえよ」 「だって、おかしい。お兄さんが私を庇うなんて、そんなの……」 妹はそこで言葉を切った。俯いて、黙考している。俺は続きの言葉を待つ。 やがて、顔を上げた。続きの言葉を口にする。 「お兄さんは昔、私を………………いじめていたのに」 222 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 58 31 ID L0TLbg72 妹の小さな声が、氷の固まりになって胃を満たした。 いじめていた。俺が、妹を傷つけていた。 「妹をいじめないで」。葉月さんに向けて弟が言った台詞だ。 思い出すだけで恐怖が沸いてくる。いじめていたのなら、どうして俺が戦く? 黒いもやが脳に入り込む。明かりのない校舎の空間全体が俺の敵になっている。 逃げられない。どこに逃げても、俺は捉えられてしまう。 それに、さっきから、胃が苦しい。破裂しそう。膨らんでいる。内側から貫かれている。 「記憶はおぼろげだからわからないけど、でもたぶんあれは――あ、れ? お兄さん?」 足が自分のものではないみたいに無様に揺れる。膝が折れる。足首が曲がる。 目の前には、暗い階段の列がずらりと続いていた。俺を階下へと導いている。 抵抗する術をなくした俺は、そのまま暗い空間へと身を投げた。 「――――だめ!」 がくり、と首がうなだれた。そこで気づく。 俺は踊り場から一階へ向けてダイビングを敢行していた。 落ちていたら怪我は免れなかっただろう。骨折ぐらいしてもおかしくない段数だ。 倒れる俺をその場に留めていたのは、葉月さんであった。 振り袖と袴のコンビネーションが、いっそう魅力を引き立てている。 ――髪の毛を結んでるリボン、解きたいなあ。 「ねえ! 大丈夫? どうして顔色が悪いのに笑っていられるの?」 ああ、俺は笑っていたのか。きっと葉月さんのおかげだろう。 葉月さんは綺麗で、清楚で、まっすぐだ。なのに、俺なんかを好きでいてくれる。 ちゃんと応えないといけない。 「大丈夫だよ。ちょっと目眩がしただけだからさ」 「そう、なんだ。よかった、話し声を聞いて駆け出さなかったら間に合ってなかったよ」 「ごめん。あと、ありがと。助けてくれて」 「ううん、いいの。当たり前のことだもの。でも、なんで……、ん?」 葉月さんの視線が俺の顔から、俺の背後へと進路変更。即座に無表情になる。 「妹さん?」 「……どうも」 妹はぞんざいな返事をする。葉月さんは失礼な態度を気にした様子はなかった。 だが、妹の顔を見続けているうちに怒りの表情を浮かべた。なぜ。 「あなた、お兄さんに何を言ったの?」 「別に。普段通りの会話よ。家族同士の会話なんだから――部外者は引っ込んでて」 失礼な態度なんて段階じゃない。あからさまに敵意を放っている。挑発している。 「ぶっ、部外者ですって?! 私は、彼の!」 「……何?」 「か、彼の…………クラスメイトよ。まだ」 「ふうん。まだ、彼女じゃないんだ。人の家で大胆なことはできるくせに、お兄さんには弱いのね」 「なっ……こ、このこ、この小娘…………」 「お兄さん、小娘って言われちゃった。どうしよう?」 どうしようじゃねえだろ。自分で種を蒔いておいて人を巻き込むな。 妹の態度にデレ成分を見つけようと思ってはいたさ。だが、俺はデレの演技が見たいわけじゃないんだ。 ホッチキスの針が切れていて困っているとき、黙って針を取り替えてくれるようなさりげないのがいいんだ。 いや、そりゃまあ、バレバレな演技も満更ではないけどね。 223 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 59 49 ID L0TLbg72 妹の台詞を反芻する。頼られるのも悪くないな、うむ。 今の気分を噛みしめていると、二時の方向にいる葉月さんの方面からうなり声が聞こえた。 葉月さんが、なんと――頬を膨らまして俺を見つめていた。なんだ、このデレ合戦。 「どうしてそんな優しい顔してるのよぅ……」 葉月さんがくしゃくしゃに顔を歪ませる。携帯電話のカメラ機能ってこういうときすぐ使えたら便利だよな。 プリントアウトして額に飾って目覚まし時計のそばに置いておきたい。毎日頑張れること、必至。 ――さて、不埒な思考はここらで止めておくとしようか。 「ごめんごめん。いいことがあったから、ついね」 「……ふんだ。やっぱり妹さんがいいのね。だからいつまで経っても、してくれないんだ」 「それは……また別の話だよ」 妹に対して甘いのは認めよう。だけど、葉月さんに告白できないのは、別の理由があるからだ。 自分の気持ちに自信がないから告白できない、なんてのは告白じゃないもんな。 葉月さんが言っているのは、恋愛感情を伝える目的でされる告白のことだ。 「謝ってばかりだけど、ごめん。もうちょっとだけ、待ってて」 「…………わかった。でも、ちゃんと白黒はっきりさせてよね」 返事と、心に誓いを立てる目的を兼ねて、首肯する。 ふと葉月さんと目が合ったので、見つめ合う。しばらくして、妹の声が脇から割り込んできた。 「ふん……とっとと付き合えばいいのに。バカみたい」 放課後に着物姿でいる理由を葉月さんに問いただしたら、要領を得ない答えが返ってきた。 葉月さんは体育館に設置してあるシャワールームで汗を流してきたという。 それはいい。秋とはいえ動き回れば汗もかく。 理解しがたかったのは、なぜ着物を着直したのかという点だ。 今日は喫茶店の営業は終了した。ウェイトレスもお休みの時間である。 問い詰めているうちに、とうとうしどろもどろになってしまったので、追求をやめる。 俺に見せるために着直した、とかだったらとても嬉しい。もはや真相を知ることはできないが。 別の話題として、弟が行方不明になっているという話をしたら、気になることを言われた。 「さっき、って言っても三十分前だけど。変な格好の人がいたよ。 ちらっとしか見なかったんだけど、二人連れ。一人は頭にかぶり物してて。あ、かぶってるのは二人ともだった。 えーっとね……一人は、アニメに出てきそうな格好だった。もう一人は僧侶か忍者みたいだった。それがどうかしたの?」 確定した。葉月さんが目にしたのは間違いなく弟だ。 喫茶店が終了してから特撮ヒーロー気分を味わおうとでもしたのだろう。 自分一人では浮いているから、友人をもう一人連れて。 一年の教室は一階にある。二年の全クラスが並んでいるのは二階。 二階から校舎の外にある体育館へ向かう際、一年の教室前は通らない。 つまり、弟はあの格好で校舎の外に出たということになる。 仮面というのは恐ろしい。普段大胆なことができそうにない人さえはっちゃけさせてしまう。 弟は人気者だが、派手なことをして目立とうとするタイプではない。 フラストレーションが溜まっていたんだろうな。作ってやって良かった、コスプレ衣装。 葉月さんの目撃情報から時間が経っているが、校舎内に弟がいる可能性は低い。 立ち話していた踊り場から一階へ下り、一路体育館へ向かう。 妹と話し込んでいる時間は結構長かったらしい。時刻は五時二十分になっていた。 暗くなっても見えないことはないが、全身ほぼ黒の衣装を纏った弟は発見しにくい。 校舎へ引き返し、一階の全教室を見回し、二階へと向かう。 階段を上りきったときに廊下でばったり遭遇したのが、気絶して哀愁漂う姿になった即席ヒーローの弟と、 弟の脇の下に腕を回しずりずりと引きずっていく女忍者だったのである。 時間軸はここで巻き戻る。ここからは、如何にして事態を収拾すべきかが肝要である。 224 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 07 01 04 ID L0TLbg72 ***** 校舎に染みこんだ夕方の冷たい空気の中、妹が表情を暗くして、喉から声を絞り出す。 「あいつ、あの黒ずくめ……許さない。よくも、お兄ちゃんを……」 「え、あれって弟くん? 仮面被ってるからわかんなかったよ」 無理もない。弟のクラスで出し物の準備をしていなかったら俺だってわからなかった。 しかし、こんなときに不謹慎かもしれないが、遠目に見ると弟の着ているボディスーツとマスク、良い出来だ。 若干暗闇補正がかかって、黒が映えて見える。空間に同化することなく存在を主張している。 動きを犠牲にした設計により、ボディスーツは弟の体型をぴったり包んでいる。 マスクは竹籤を編んで、その上から紙粘土で覆い、プラスチックを流し込んだうえで黒の塗装を施した。 プロテクターとブーツは自宅にあった玩具に少々手を加えて加工したから、それっぽく見えている。 正直、今日一日しか見られないのが惜しい。来年も弟のクラスがコスプレ喫茶を開いてくれると嬉しい。 女忍者は佇んだまま、一向に動く気配を見せない。 忍装束は職業柄、闇に紛れて行動することに適して作られている。 それに準じ、目前のくノ一の衣装も濃紺に染まっている。胴体は見えるが、手先足先は確認しづらい。 何を待っているのだ、この女忍者――いや、この子、というべきだな。俺は彼女の正体を知っているから。 気絶している方の覆面が弟だと知った妹が、その場から動いた。 「お兄ちゃん!」 叫び、見知らぬ人間の手から兄を救うべく、標的のもとへ向けて駆け出す。 しかし、妹の手が弟を掴むことはなかった。葉月さんが妹の腕を握ってその場に留めていた。 「離しなさいよ!」 「それはできないわ。みすみす見殺しにするわけにはいかない」 「あんたは関係ないでしょ! ほっといて!」 やはり妹は冷静さを欠いてしまっている。 以前葉月さんを相手に同じように突っ込み、投げ捨てられた結果から何も学んでいないらしい。 「関係なくなんか、ないわ。あなたはいずれ私の義妹になる人なんだから」 「……はぁぁっ?! あんたもしかして、まだお兄ちゃんのこと!」 「お兄ちゃんの方じゃないわ。私が言っているのは、あなたのお兄さんの方よ。 というわけで、ここは私に任せておきなさい。荒事なら、我が家では日常茶飯事だから、慣れっこよ」 「え、でも……あんた」 「気にする必要なんかないわ。戦う女がいたって、別にかまわないでしょう?」 ね? と言いながら葉月さんが俺を見た。 ――いかん、惚れてしまいそうだ。格好良すぎ。 もしも俺が女だったとしても、今の葉月さんには一目惚れしたに違いない。 葉月さんが一歩、二歩、三歩、と前進した。 俺も、邪魔にならず、いざというとき手助けできそうな位置へ移動する。葉月さんの左斜め後ろだ。 左手を腰に当て、葉月さんが口を開く。女忍者は動かない。 「何から言ったらいいのかしらね……。とりあえず、こんばんは。私は葉月。あなた、名前は?」 視線を葉月さんからくノ一へ向ける。やはり動かない。 「答えるわけがないか。なら、態度で示してくれる? そこにいる、さっきまで引きずっていた男の子。 彼は私たちにとって大事な人なのよ。後ろにいる二人は彼の兄妹。私にとっては弟分なの。 あなたにもここまでする理由があるんだろうけど、この場は一旦引いてくれないかしら?」 ようやく、影同然の存在が動きを見せた。 スタンスを広げる。上体が床と平行になる。両手がだらりとぶらさがる。 ゆらゆらと体を揺らし始める。引く気配など一切感じ取れない。 「……そう。思ったとおりの反応ね。強引な手を使ってでも、彼が欲しいのね。 なら、教えてあげましょうか。意地を通したいなら、実力よりも――強固な意志を持たねばならないということを」 225 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 07 03 20 ID L0TLbg72 骨の鳴る軽い音がした。葉月さんの拳が握りしめられ、開かれる。 左足を半歩前へ踏み出す。左手が腿の上で、右手が胸の前で止まる。 武道の構えは剣道と空手と柔道ぐらいしか見たことがないけど、いずれとも似ていない構えだ。 これが葉月さんの身につけた武道の構え。落ち着いていて、構えっぽく見えない。 対面するくノ一が揺れる。両手と胴体を不規則に揺らしつつも、葉月さんから目を逸らさない。 止まる葉月さん。揺れるくノ一。見守る俺と妹。気絶したままの弟。 誰もが足を止まらせる中、最初に動いたのは葉月さんだった。 力の溜めもなく蹴る音もなく、前進する。一足飛びで瞬時に相手との距離を詰める。あと一メートル。 葉月さんは次の一歩を踏み出――すことなく、窓際へ向けて跳んだ。 かろうじて見えた。葉月さんが踏み出したその瞬間、『何か』をくノ一が投げた。腕が素早く一閃していた。 『何か』は二人の距離を結び、廊下の向こう側へ消えた。 軽い音が聞こえた。まるで、ボールペンと教室の床が衝突した音のようだった。 何を投げた? ナイフ――にしては音が軽すぎた。金属音なんかしていない。 「あなた、飛び道具なんか使うのね。いえ……あれは飛び道具とは言えない。本来、武器として使うものでもない」 え、葉月さんには見えていたのか? 見えたから避けられたんだろうけど、この暗さ、あの刹那で確認したのか? でたらめだ。葉月さんも、弟の同級生の――あの子も。 葉月さんが再度構えをとる。またもや前進。呼応して、くノ一が『何か』を投げる。 だが、さっきの動きで距離を詰めていた葉月さんには通用しない。 やすやすとステップで回避し、接近戦に持ち込む。 くノ一の頭が揺れる。胴に打ち込まれる。足が吹き飛ぶ。……何をやっているかわからない。 葉月さんの動きが速すぎて見えないのだ。猛ラッシュだった、としか言い表せない。 ともあれ、連続で打たれたことにより女忍者は後ろへ下がり、床に尻をついた。勝負ありだ。 「葉月さん、もうこれで終わり……ん?」 構えを解かないまま、葉月さんはくノ一を見下ろしていた。警戒しているのか? 「葉月さん?」 「静かにして。今、こいつは――」 くノ一が後ろに跳んだせいで、言葉が遮られた。 着地の音。続けて襲ってくるのは――殺意混じりの視線だった。 「だめ、逃げてっ!」 声がスイッチになってくれた。脳が危険を感知する。 もっとも速い動作として、足の力をまるごと抜いた。尻と床が激突する。 背後から破砕音。振りむくと、後ろにあったA組の窓ガラスが割れているのが目に入った。 床にはガラスの残骸と、ボールペンが一本、転がっていた。 ということは、さっき葉月さんを襲ったものも、俺に向けて飛来したものも、ボールペンだったのか? ――いや、甘く見たら駄目だ。 ボールペンの先で床を打ち付けても、ペン先は潰れない。 比較的重いボールペンを全力で投げれば、今やったように窓ガラスだって壊せる。 人間の目に向けて飛んできて、失明せずに済むなんて保証できるか? ペンを投擲したのは、当然、女忍者だった。俺の方を向き、右腕を振り切っている。 このくノ一――この女の子、俺が失明するかもしれないとわかっていて、こんなことをしたのか。 弟を想っている女の子の中に、ここまで危険な人間が混じっていたなんて。 妹とこの子。現時点ではこの子の方がずっと危ないじゃないか! 226 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 07 05 21 ID L0TLbg72 どうする。俺にはこの子の狂気に立ち向かう術がない。一体どうすればいい? 「あ………………」 己の無力さに歯がみしたとき、つぶやき声を耳にした。 こんな掠れた声は、俺でも妹でも葉月さんでも持っていないはず。 でも、弟はまだ床に倒れたままだ。じゃあ、今のは誰の声だ? 「ああ、ぁああああああああああああ、おぁああああああああああっ!」 雄叫びが木霊した。肌が粟立つ。今の声、聞いたことがある。この声は――葉月さんだ。 「お前っ! お前っ! お前っ! お前っ! お前っ! お前っ! お前っ! おまえはあぁぁっ!」 鈍い音が聞こえ、間髪入れず黒い影がA組のドアに激突した。 衝撃で、割れた窓に残っていたガラスの破片が落下した。 くノ一が床に倒れる。激しく咳き込み、酸素を求めている。 葉月さんの腕が黒い影に向けて伸びた。頭を掴み、床に叩きつける。がつん、がづん、ごづん。 「よくも! こんな、こんな真似をっ! 壊してやる砕いてやる潰してやる、ねじ切ってやるっ!」 黒い固まりが空を舞う。いつぞや俺も味わった空中回転木馬だ。 だが俺のときと比べたら――慈悲なんか欠片も感じられない。 両手で首を掴み、対象を窓や壁や天井にぶつけながら大きく回転する。 何回、何十回と回転してから壁に放り投げ、叩きつける。 一度止まってもなお収まらない。このままだと、相手の命を奪うまで止まらないかも知れない。 「だめだ……止まってくれ、葉月さん!」 回転する嵐の中心へ向けて突っ込む。 目前を黒い塊が通過する。通り過ぎてから、もう一度挑む。 とにかく早く止めなければいけなかった。葉月さんを着地点にするつもりで飛びかかる。 背中から抱きつき、回転の勢いを殺すためシューズでブレーキをかける。 回転が収まっても、葉月さんは女忍者の首を離さなかった。 両手の指が強く食い込んでいる。これは――窒息させるつもりだ! 「駄目だ! やめてくれ! 俺なら大丈夫だから!」 「こんな奴がいるから! 私はずっと待たなきゃいけない! びくびくしなきゃいけない! なんでここまでおびえなきゃいけないのよ! ただ、願いを叶えたいだけなのにっ!」 「おい、見てないで手伝え! 妹!」 呆然としていた妹を呼んで、くノ一の首を自由にする。 自由になった途端、くノ一はあれほど振り回されたダメージを感じさせることなく、立ち去ってしまった。 一度も振り向かず、どうして弟をさらおうとしたのかも弁解しないままに。 くノ一が立ち去ってからも、まだ葉月さんの慟哭は続いていた。 「いやだ、やだ、嫌だ! 消えないで! なんでもするから、ずっと守ってあげるから! わがままなことはもう言わない! 家に籠もってずっと待っててなんて馬鹿なこと口にしない! 消えないで……もう、やだよお……う、ぅあ、うぁぁあああああああああああぁん……」 葉月さんが一体何をここまで恐れているのか、俺にはわからなかった。 俺が傷つけられそうになったことが、葉月さんのスイッチを入れてしまったのは間違いない。 消えないで。葉月さんの切実な願い。誰かに消えて欲しくないと望んでいる。 その誰かは――俺だったりするのだろうか。それとも、俺が知らない他の誰かなんだろうか。 俺には知らないことが多すぎる。忘れていることも多すぎる。 でも、今は全てを後回しにする。 今は、葉月さんの涙を胸で受け止めていればいい。 粉々に破壊された窓から吹き込んでくる風は、一足早い冬の匂いを一年ぶりに俺の肌に思い出させてくれた。 227 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 07 08 02 ID L0TLbg72 ***** 文化祭二日目の日曜日、アタシは昨日と同じように学校に登校した。 昨晩受けた傷は、奇跡的に打撲とかすり傷のみだった。顔に傷はないから、皆に心配されることはない。 あれだけ振り回されたのに軽傷で済んだのは、彼の先輩が割り込んでくれたからだろう。 あと三回、いや二回床に叩きつけられていたら、今頃アタシは病院のベッドの上にいるはずだ。 計何回、床とコンバンハしただろう? ……数えるのも嫌になる。 あれだけやられてこの程度で済んだ私も頑丈だけど。 あの女――先輩は葉月さん、とか言っていたっけ。クラスの皆も噂している、評判の女性だ。 先輩の彼女なのかな? 先輩には悪いけど、容姿は釣り合っていない。でも性格は凶暴だから、トントンかも。 先輩を狙ったのは、葉月さんの動揺を誘うためだった。 先輩を怪我させて、一瞬の隙を逃さずに行動不能にする。 もう一人の女の子は軽く脅しておけば傷つけずに済んだはず。 でも、誤算があった。葉月さんはあまりにも強すぎた。 いきなり突っ込んでこられて、次の瞬間には体当たりでドアまではじき飛ばされていた。 頭を床に打ち付けられて、その後で首を大根でも引き抜くみたいに捕まれて、ブン回された。 葉月さんのスイッチは、どうやら先輩みたい。 先輩を傷つけるのは止めた方が賢明だね。 筋肉痛で痛む足を引きずって階段を上り、屋上の扉を開ける。 早朝からアタシの靴箱に手紙を入れて呼び出した人物は――だいたい予想通りの人物だった。 「や。おはよう。体の方は大丈夫?」 「おはようございます、先輩。アタシの体はいつだってどんな状況でも準備オーケーですよ」 先輩がどんな意味で体調を気にかけてきたのかは知ってる。でもあえてとぼけた振りをする。 「何か用事でもあるんですか? 先輩」 そしてアタシも、呼び出された理由をわかっているのに気づいていない振りをする。 「あ、もしかして先輩……アタシのこと」 「うん。俺にそういうつもりはないし、今日呼び出した用件も全然違うから」 「これから自分の立場を利用して、強引にしようだなんて……」 「悪いけど俺は他に好きな人が……いるから。君に何もするつもりはないよ。今日は君に」 「なるほど、つまり遊びの関係を結ぼうっていうんですね? うーん……いいですよ。 先輩は彼のお兄さんですから、遊んであげます」 「今日は君に、だ、な……」 「うふふ。この間みたいに、保健室でふたりきりになって、熱い言葉をぶつけあいましょうか? ア・タ・シは……体の方でも、いいですよ?」 「……き、昨日のことを言おうと思って、だな……」 あははっ。照れてる照れてる。もう少し遊んであげよう。 先輩の体の正面に立つ。身長差があるから、アタシは自然に見上げる格好をとることになる。 男の人は上目遣いが好きだっていうのは、反応を見ていればわかるんですよ。 「せっかちですね、先輩は。ここ、屋上ですよ? でも、誰も見ていないから好都合ですね」 「ま、待ってくれ! 俺の話を聞いてくれ!」 「もう遅いですよ。アタシの右手も左手も、先輩が欲しい先輩が欲しいって言って、聞かないんですから。 ねえ、せんぱぁい……とっても早くイカせてくれる右手と、たっぷり楽しませてくれる左手、どっちが好きですか?」 「そうだな、できれば左、いや最初は右も……じゃないって! だから、俺は!」 「あはっ。じゃあ、両手でしてあげますよ。動かないでくださいね。動いたら――――怪我じゃ済まないですよ」 228 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 07 10 05 ID L0TLbg72 両の手首をひねって制服の袖から得物を取り出す。 右手を先輩のこめかみに、少し遅れて左手を首の付け根に当てる。 この動き、距離を詰めてさえいれば早ければ秒以下の速さで実行できる。 もっとも、あんまり役に立ったことがないんだけど。 「……やっぱり、君だったか」 両手に持ったペン先を先輩の皮膚に軽く当てる。 心配そうな顔をしなくても。当ててるだけじゃ皮膚は破けませんよ、先輩? 「はい。いつから気づいてました?」 「あの忍装束だよ。あれを着ているのは君だけだ。君と弟のクラスの衣装づくりを手伝った俺にはわかるんだよ。 木之内……名前はすみこ、だっけ?」 「違います。ちょうこです。木之内澄子、それがアタシのフルネームです」 初対面の人間は九十九パーセント間違うのよね。ちなみに一パーセントの例外は彼。 「木之内さん、そろそろ手をどけてくれない? 痛くないけどどうしてもむずがゆくなるんだよ」 「澄子ちゃん」 「え?」 「澄子ちゃんって呼んでくれたら解放してあげます」 「……どうしても言わなきゃだめ?」 「はい。言わないとアタシのペンが先輩の顔中を駆け回って面白落書きをしちゃいます。 安心してください。額には肉じゃなくてHって書いてあげますから」 「わかったよ。その手をどけてくれないかな、澄子ちゃん?」 「はい、よろしい」 役に立たない特技も脅しには使えるね。 今度、彼にもやってみよう。彼には澄子ちゃんって呼ばせているから、次は呼び捨てにしてもらおうかな。 先輩から離れて、ボールペンを袖口に戻す。 先輩は大仰な動きで飛び退いた。これで、アタシと先輩の距離は一メートル以上空いた。 アタシは半径五メートル以内なら十中八九ペンを命中させられるから、離れても無意味ですよ。 「それで、先輩。アタシを屋上に呼び出したからには、何か理由があるんじゃないですか?」 「まあね。単刀直入に言うよ」 「俺が作ったメイド服を着て、毎朝行ってらっしゃいと言ってくれ?」 「違う! 俺の理想のプロポーズは、君は俺の部屋に勝手に入らない、けど俺だけは君の心の部屋に勝手に入れさせてくれ、 ……って、何を言わせるんだ!」 「うわあ……先輩、とっても寒いですよ。その台詞」 「わかってる! 適当に言っただけだよ!」 先輩が咳払いする。まじめな表情で口を開く。 229 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 07 13 12 ID L0TLbg72 「弟のことだ。木之――澄子ちゃんが弟に恋してることに関しては何も言わない。むしろ俺は推奨する」 「はい」 「だけど、昨日みたいに薬で無理矢理眠らせて連れ去ったりするのは、やめてくれ」 「無理ですよ」 「普通に告白してくれればいいんだ。そうすれば弟だってきっと――」 先輩は言葉を止めた。止めざるを得なかっただろう。 アタシの投げた二本のボールペンが、左右の頸動脈を掠めていったから。 「先輩は知らないから、言えるんですよ。弟さんの心がとっくにある女に捕らわれているということに、気づいていましたか?」 「弟の……好きな女の子?」 「はい。アタシは弟さんの傍でずっと見ていたから知っています。どうしようもないほど、強く心を惹かれていますよ。 アタシが弟さんを想うぐらい――に強いかは知りませんけど」 「そうだったのか……」 本気で意外そうな反応だった。 兄弟であまりそういう話はしていないのだろうか。 「先輩だったら、どうします。自分の好きな女性が、自分以外の男を好きになっていたら」 「それは……俺の場合は……」 「今の先輩にはわかりませんよ。あそこまで強く想ってくれる女性がいたら、不安になることなんか無いでしょう?」 「そうでもないよ。こう見えて、わけのわからない理由で悩まされているんだ」 「ふうん……ま、いいですけど。アタシの場合は、絶対に諦めませんよ。 弟さんがいたから、アタシは今のアタシになれた。助けてくれたんですよ。とっても寒い、一人きりの世界から。 アタシは弟さん以外の男に幸せにしてほしくない、っていうか、絶対にできませんね。こっちから拒否しますし。 だからですね、先輩」 そこまで言って後ろを向く。屋上の出入り口まで歩いてから、振り返る。 他人に向けて初めて、決意を告げる。 退路を完全に断って、自分を追い詰めなければ、彼を手に入れることはできない。 「アタシは彼の全てを、根こそぎ奪ってみせます」
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/725.html
212 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 00 26 23 ID wHKFQGU5 -------- 都内の国道に沿って続く大通りを囲うようにして存在する店舗たちの すき間を通り抜け、小さな路地を進んだ先。 そこにはいわゆるメイド喫茶と呼称される喫茶店があった。 喫茶店の中には4つのテーブルとカウンター席があり、カウンターの内側では 男性ウェイターがグラスを磨いていた。 その男性ウェイターの苗字は南と言う。 アルバイトの店員からは南さん、恋人である女性店員からは南君、と彼は呼ばれていた。 大学を卒業後、彼はこの喫茶店に就職しウェイターの制服に身を包んでいる。 彼の仕事は主に軽食の調理、レジでの清算、その他の雑務全般であり、 接客業務などは行わない。メイド喫茶でウェイターが接客をするのはおかしいから、 というのがというのがその理由である。 店内には彼以外の男性従業員の姿はない。男店長が事務所の椅子に座っているものの、 足首と椅子が手錠で繋がれている状態では出歩こうにも不可能であるため、 結果的に喫茶店の男性従業員は南しか姿をあらわしていない。 カウンターで業務をこなす南の横には、メイド服を着た女性が付き添っている。 南と彼女はこの喫茶店で出会い、告白も喫茶店の中で行われた。 彼らの仲の良さは、副店長の女性に「お二人の結婚式はこのお店で行いましょうね」と 言わしめるほどのものであり、営業時間中も二人は付き添ったままの状態である。 二人の姿は店内にいるメイド服を着用したアルバイト店員の目にも映っており、 彼女達の心に焦りと羨望の情を抱かせている。 南の顔は、殴られたあとのように少しばかり腫れていた。 恋人と喧嘩したわけでも、女性店員の着替えをうっかり覗いてしまって殴られたわけでもない。 仮に後者であれば顔を腫らすどころか、病院の白い天井を拝み続ける退屈な日々を 送ることになるかもしれないが、まあそれは置いておくとしよう。 南が顔を腫らしている理由はこの数日に起こった出来事にある。 その出来事が分類されるべきジャンルは暴力的なものになる。 いや、ここでは「あえて」、という単語を付け加えるべきか。 男性が南に果たし状を叩き付けたときの光景は、時と場所をわきまえれば美しいものに見えなくもなかったからだ。 213 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 00 27 21 ID wHKFQGU5 午後5時、喫茶店のドアをカランカラン、と鳴らして入ってくる男がいた。 その男の特徴を表現するならば巨漢、というものがふさわしい。 南よりも頭二つ分高い身長に、肩の筋肉の盛り上がりで異常に広く見える肩幅をして、 セカンドバッグかと思わせるほどの大きさの靴を履いている男だった。 男は挨拶をしてくる店員に会釈をするとカウンターに向けて歩き出し、カウンターの向こうで グラスを磨いたまま顔を上げない南を見下ろせる位置で立ち止まった。 男は何も言わない。南も次に磨くべきグラスを手にとっただけで口を開かない。 男がやってきた理由、それは南と戦うためである。 別の言い方をするならば、喧嘩をしにきたのである。 南と巨漢の男は知り合いである。南が大学に籍を置くと同時に身を寄せていた 格闘技研究会で、巨漢の男は南の後輩をしていた。 その格闘技研究会では主に格闘技に関する情報を集めることを目的としていたが、 南と後輩の男は自らの身で技の実践を行っていた。 技の威力・精度を高めるための鍛錬方法や、対人戦闘において留意するべき事項を 記録することを当初の目的としていたが、次第に目的が変わっていった。 2人はどちらが強いのか、それを証明するために組み手を行うようになった。 技の練度を重視する南と、力が全てと豪語する後輩。 意見の異なる2人がぶつかり合うのは当然のことだったのかもしれない。 学生時代の2人の戦いは、全てが南の勝利という形で決着がついた。 ただ力押しでぶつかってくる後輩が、優れた格闘センスを持っているだけではなく 相手の心理・弱点をつく作戦までとってくる南に勝利することは不可能だったのだ。 だがその結末は後輩にとって面白いものではなかった。 勝ち逃げというかたちで卒業した南を追って、後輩の男はこの喫茶店にやってきた。 南と戦い、勝利すること。後輩の男にとって、それが一番重要なものだった。 214 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 00 28 42 ID wHKFQGU5 「おに……こほん、ご主人様、ご注文はお決まりですか?」 立ち尽くす巨漢の男に声をかけたのは、メイド服を着て長い髪をポニーテールにした背の低い店員だった。 彼女がいかにも声をかけにくそうな男に声をかけることができたのは、彼女が巨漢の男の妹だからだ。 巨漢の男の名前は、剛と言う。 妹はたくましい兄のことを、『兄』としてではなく『男』として慕っていた。 いじめられたときや困っているときにいつも助けてくれた兄の存在は、 彼女にとって何よりも大きな心の支えになった。 兄と一緒にいるだけで彼女の心は安心感に包まれた。 彼女は次第に兄から離れることを嫌がるようになり、兄のとなりにいていいのは自分だけだ、 と考えるようになっていった。 兄に他の女が寄り付かないようにするため、彼女はさまざまは行動をとってきた。 自分の友人や兄の友人に、自分達が義理の兄妹であると言いふらしたり、 そのうえ2人の間に既成事実が発生している、ということまで捏造して言いふらした。 そんな妹に対して剛は困った妹だ、という程度の認識しか持っていなかった。 結果、2人は仲のいい兄妹として先日まで過ごしてきた。 しかし、妹はその現状に満足していなかった。 兄をいかにして自分のものにするか、という懸案事項は常に妹を悩ましていた。 剛は野生的な勘に優れているので、妹が不審な行動をとったらすぐに気づく。 睡眠薬や痺れ薬などの劇薬を食事に混入したときにはそれを口にしようとはしなかった。 力づくでものにしようと考えたこともあるが、兄に敵うほどの人間はそうそういない。 ある日、実の兄を無力化するための方法を考えながら、ぼんやりと路地を歩いていた彼女に声をかける老人が居た。 不思議なことにその老人は彼女の浅ましい欲望を全て看破した。 驚く彼女に向かって老人は、「君のお兄さんに○○というメイド喫茶に南君がいる、と教えなさい。 そして、君もその喫茶店で働きなさい。そうすれば、君のお兄さんは永遠に君のものになる」と告げた。 胡散臭い台詞ではあったが、その老人の言葉はなぜか信用に足るように思えた。 彼女は老人の言うとおりに行動し、喫茶店のアルバイトを始めた。 彼女の言葉を聞いた剛は、翌日には喫茶店にやってきて、南に勝負を挑むようになった。 それが今から8日前のことになる。 現時点で南と剛が再会し、拳を交えた回数は既に8回。妹がこの喫茶店でメイド服を着た回数も8回。 そして今日、彼・彼女ら3人を巻き込んだ事態は9回目を迎えようとしている。 215 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 00 30 24 ID wHKFQGU5 剛は手元に視線を落とす南のうなじを見下ろしながら、こう言った。 「ウェイターさん。いつもの、お願いします」 その言葉に込められた意味は店内にいる全員が知っている。 つまるところ、今から喧嘩をしましょう、という意味である。 その言葉に一番の反応を示したのは南の横にいる女性店員だった。 彼女は一度剛の顔を睨みつけ、次に南の苦い表情を見つめると手で顔を覆った。 また恋人が傷ついてしまうと思い、涙を流しているのだ。 南の顔に張り付いている痣は昨日喧嘩したときについたものだ。 ちなみに、おとといまで南の顔には傷一つついていなかった。 では、なぜ昨日南は不覚をとってしまったのか? その原因は自分の恋人の女性にあると南は考えている。 彼を責めないでほしい。自分の油断を恋人のせいにするのは彼にとって本意ではない。 しかし、勤務中かまってもらえないからという理由で、8日前から前例に無いペースで 精力を搾り取られている南の体力はガタ落ちしており、それが昨日の不覚を招いた。 昨日はかろうじて勝利を収めた南だったが、昨晩は泣き続ける恋人をあやすために 夜通し起きていたため、現在の彼のコンディションは赤一色に染まっている。 だが、南の体に宿る闘争本能は燃え尽きてはいなかった。 南の体の奥底から力が沸き始め、全身の血流を活発化させる。 彼はグラスを食器棚に納めて手を拭うと、肩を震わせる恋人の肩に手をやった。 「南君……」 「大丈夫。今日は怪我なんかしないからさ」 南は恋人の髪を撫でた。 言葉と仕草で彼女を励ますのが、南にできる精一杯のことであった。 喫茶店の前の路地で、2人の男が向かい合って立っている。 中肉中背の男は腕を垂らして構えを見せていない。 もう1人の筋骨隆々とした男は豪腕を見せ付けるように腕を組んでいる。 「眠そうですね、先輩。今日のところは日を改めましょうか?」 「慣れない敬語なんて使うな。いつもどおり喋れ」 「まあ、そう言わずに。僕の敬語を聞くことができるのは、これが最後なんですから」 南は目を閉じると、かぶりを振りながらため息を吐き出した。 「残念だが、お前が俺を敬わなくていいようになるには10年早い。 せめて言葉遣いだけでも馴れ馴れしくするのを許している俺に甘えろよ」 「それじゃあ、目いっぱい先輩の胸を借りるとしましょうか。 下手すれば借りたまま失くしちゃうかもしれないから、気をつけてくださいね」 剛は喜色満面の笑みをつくった。 その顔を見て南も笑おうとしたが、笑えなかった。 彼の心には、余裕など微塵もありはしなかったからだ。 216 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 00 32 11 ID wHKFQGU5 2人が戦いを始める合図は存在しない。 どちらからともなく襲い掛かり、殴り、蹴り、叩き伏せるだけである。 この日、最初に仕掛けたのは剛であった。 咆哮をあげながら全力で駆け出す巨体は、南の前に立ちはだかると、拳を振りかぶった。 人間のものとは思えないほど巨大な拳が向かう先は南の顔面。 その場に立ち尽くしたまま動かないウェイターは、殴られ吹き飛ばされる―― かと思われたが、悲鳴をあげて後退したのは殴りかかった剛であった。 見ると、南はその場から一歩踏み出した状態で右手を突き出している。 剛の打ち下ろしの一撃に合わせたカウンターである。 「ちっ……やっぱ無理か」 「そんなワンパターンじゃ、結果は変わらないぞ」 「さて? ……そいつはどうかな!」 剛は体をひねると、大振りの右回し蹴りを放った。 それは標的の首から上を吹き飛ばすためのものだったが、即座にしゃがんだ南には当たらない。 南は地を這う右足払いを放つと、体勢を崩した巨体の顔面を全力で蹴り上げる。 続けて放たれる足刀をみぞおちに受けて、巨体が地に伏せた。 冷徹な声が、せき込む巨体の男に投げかけられる。 「どうした? もう終わりか」 「っへへ……まだまだ!」 立ち上がると、剛は力任せの攻撃を繰り出す。 そのことごとくに、南はカウンターを合わせていく。振り回される拳を払い、かわし、急所をつく。 一瞬の溜めの後に放たれる前蹴りに対しては、体を入れ替えて前進し飛び膝蹴りを顎に穿つ。 長い間戦ってきた剛の攻撃を見切ることは、南にとってたやすいものだった。 決して油断できる攻撃ではない。直撃を受けたら骨の数本は折れてしまいそうなものばかりなのだ。 剛が立ち続ける限りその攻撃が止むことはない。 決着をつける方法はただひとつ。巨体が地面に沈み動かなくなるまで打ち続けること。 それすらもたやすいものであったはずだ――南のコンディションが万全ならば。 剛の放った右ストレート。その軌道もスピードも南の目には写っていた。 だが、ただでさえ神経をすり減らすカウンターは南の体力まで削っていた。 ストレートに合わせたフックが剛の顔面に当たる。だが、当たっただけで振りぬくまでにいたらない。 南の体力に限界が近づいていた。彼のスタミナに問題があるわけではない。 連日繰り返された恋人との情事によって、彼のスタミナはエンプティラインの目前にまで減っていたのだ。 217 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 00 35 03 ID wHKFQGU5 (あと一撃で決めないと、やられる) と南は感じていた。 自分が全力の一撃を放てるのは、あと一回が限度。ならば、渾身の一撃で剛を倒すしかない。 剛が左手を真横に振りかぶる。次の攻撃はフックだ、と南は見切った。 巨体のわずかなひねりを感じ取った南は、ためらうことなく右の拳を全力で突き出した。 ぐきり、という音が空気と右手の骨を通って脳に届いた。 確かな手ごたえ。これでまた、自分の勝利だと確信した。 目の前にいる剛の巨体が段々と沈んでいく。だが、そのときにおかしなものが見えた。 剛の口の端が吊り上って、顔が愉悦を形作っていたのだ。 (なぜ、笑っている――?) その疑問を浮かべた次の瞬間、南は内臓に衝撃を受けた。 呼吸が止まり胃が締め付けられ、喉の奥から生暖かいものが飛び出した。 たまらず顔を伏せた南の目に飛び込んできたのは、太い腕だった。 剛の太い腕の先端についた拳が、自分の腹筋に突き刺さっている。 (そうか――) あえて自分の最後の一撃を受け、至近距離での一撃を放つ。 それこそが剛の作戦だったのだ。 脱力して地に伏せた南を見ながら、剛は震える膝を押さえつけていた。 ここで立ち続けていれば、夢に見ていた勝利を掴むことができる。 倒れたら、きっと起き上がることはできない。この勝利はおあずけになってしまう。 だが彼の膝は勝利より、休息を一番に求めていた。 剛の膝が折れる。そして地面に張り付いたように動かなくなった。 動け、と強く念じても剛の腰から下が動くことはなかった。 しばらく間を置いてから、彼の背中が地面に着いた。 次第に、意識が遠くなっていく。 必死で目を閉じることに抗う剛の目に、カチューシャを髪に差した妹の顔が映った。 妹は泣いていた。ぼろぼろと涙を流して、自分を見下ろしている。 一粒の雫が落ちてきた。剛の目に向かって、まっすぐに落ちてくる。 その様子は、剛の目からはスローモーションに見えている。 目前に雫が迫ってきたところで、剛は目を閉じ――そのまま、彼は眠りに落ちた。 2人の戦いは、この日初めて相打ちという形で決着が着いた。 ------ 222 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 04 31 24 ID wHKFQGU5 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 2人の戦いから3日が経った。 今、南は朝霧の立ち込める寺にて1人で座禅を組んでいる。 剛との再戦に備えて精神集中をしているのだ。 あの対戦のあとで南は2日間の有給休暇をとった。 それは体の傷を癒すためというよりは、恋人と一時的に離れることが目的だった。 剛との戦いで相打ちに終わった理由は、スタミナの不足である。 その問題を解決するためには恋人との情事を控えることが一番だと南は考えていた。 だが、後ろ髪を引かれる思いをしたのも事実だった。 恋人に2日間会えないということを告げたとき、彼女は世界の終わりが来たときに浮かべそうな表情をした。 立ち去ろうとしたときは、腰にしがみつかれて制止された。 それでも南は彼女を振り払った。一緒にいると、どうしても彼女を抱きたくなってしまうことを自覚していたからだ。 だからこうやって離れた土地にある寺にやってきたのだ。 今日は剛との再戦当日。久しぶりに喫茶店へ出勤することになる。 同時に喫茶店にいるであろう恋人にも再会できる。そう思うと南の心は躍った。 この2日間、南は恋人のことばかり考えていた。 すぐにでも帰って彼女を抱きたいと思っていたが、剛の笑い顔がその思いを止めた。 戦うたびに自分に倒されていた後輩。その彼の顔が勝利を確信した表情を浮かべたときの悔しさ。 それを思い出すたびに彼は自分を強く律した。 手元にある携帯電話が振動し、6時を告げた。 今から向かえば8時には喫茶店に到着する。 寺の住職に挨拶をしてから、南は愛用のバイクに跨った。 向かう先は、決戦場――自身と恋人が勤めるメイド喫茶。 周囲に立ち込める朝霧を乱さぬつもりでスロットルを回し、南は寺を後にした。 223 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 04 32 25 ID wHKFQGU5 ・ ・ ・ 喫茶店に到着したのは、まもなく8時になろうかという頃合だった。 店の壁に張り付かせるようにバイクを停めてヘルメットを脱ぐ。 そのとき、ヘルメットを被っているときには聞こえなかった音が耳に届いた。 音がする方向は、店内。そこから騒がしい音がする。 ドン、ドン、という太鼓を打ちつけるような音と、 「が、ぁっ、そんな、なんでぇ! があっ!」 という男の叫び声が特によく聞こえた。時折、女の声がそれに混ざる。 「あんたの……せいで、…なみくんが、いなく……なったの、よ」 聞き覚えのある声だった――というより、忘れられない声だった。 南の最愛の恋人の声である。 しかし、普段南が聞いているような声とは違った。 暗くて、耳にこびりつくような恨めしげな音階をしていたのだ。 さらに耳をこらすと、別の女の声もした。 「や、やめて…………おにいちゃんを、ゆるして……」 その声は最近入ってきたアルバイトの女の子の声に似ていた。 そう、たしか――剛の妹の女の子だ。 何かを打ち付けるような音と、男の悲鳴と、自分の恋人の声と、剛の妹の声。 それだけ整理しても、店内で何が起こっているのか分からない。 南は店内を望める窓から中の様子を伺って、次の瞬間目を疑った。 自分の恋人と、剛が戦っていた。 いや、一方的に剛が押されている状況は戦っているというより、リンチのように見えた。 剛が力なく拳を振り上げると、その瞬間に恋人の握る箒が動いて拳を突く。 メイド服のスカートが広がると同時に箒が回転すると、次の瞬間には剛は顎を打ち抜かれて巨体を揺らす。 その一方的な光景を涙目で見つめる少女は、剛の妹で間違いなかった。 剛が膝をついた。首はうなだれて、白いTシャツには血がこびりついている。 メイド服に返り血を付けた女が巨体の男のすぐ目の前まで近づいた。 右手には赤く染まった箒が握られている。その箒が彼女の頭上に持ち上がる。 左手で剛の顎を持ち上げると、箒の先端が剛の眼窩を貫ける位置に構えられた。 そこまで目にしたで南の足はようやく動いた。 勢いよくドアを開け放ち、店内に踏み込む。血の匂いが鼻をついた。 恋人の後姿を確認した南は、彼女を止めようとした――が、何をしたらいいのか思いつかなかった。 奇妙な感覚だった。 勢いよく迫るトラックを止める方法を探しているときのような圧迫感と無力感を覚えた。 その威圧感が最愛の恋人の体から放たれているものだと南が気づいたのは、振り向いた彼女の目に 狂気が宿っているのを察した瞬間だった。 224 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 04 33 42 ID wHKFQGU5 血に濡れたメイドは、恋人の姿を目にした瞬間に巨体の男から興味を反らした。 離れた位置にいるもう1人のメイドがそれを見て、必死な様子で巨体の男を奥に引っ張っていく。 小柄なメイドと血に濡れた後輩の姿が店の奥に消えた時点で、南は変わり果てた恋人に声をかけた。 「ひ、久しぶりだな」 「……ねえ、みなみくん。どこ、いってたの」 まったくと言っていいほど唇を動かしていない様子であったが、聞き逃すことなどできそうもない声だった。 「ああ、えっとだな……その……」 「……なんで、どもるの、みなみくん。 どうして、どうして、ねえ、ねえ、なんで、なんで」 首が左右に揺れると同時に、血に揺れたカチューシャのフリルも揺れる。ゆらゆらと。 「あ…………ち、違う」 「なにがちがうの。わたし、なにかまちがったこといったかな。 みなみくんがいなくなったのに、しんぱいしちゃだめかな」 血に濡れた箒は離さぬまま、にじりよってくるメイド服の女。 その女が自分の恋人だと南は理解していたが、足は彼女から遠ざかろうと後ろにさがる。 「なんでにげるの。わたしが、こわい、の」 「違う! 俺はお前のこと、その……好き、だ……」 「じゃあ、はやくおそうじしよう。ふたりでいつもみたいに。 わたしがゆかをはくから、みなみくんがガラスをみがいてね。 そのつぎは、ひとりがふたつずつテーブルをふこうね。 トイレそうじはそれぞれべつべつだよ。 さいごはカウンターのおそうじしよう、ね」 そこまで言い終わると、彼女は目を閉じて天井を見上げた。 「うれしいな、みなみくんに、好きだっていってもらえた。 ずっと、ずっと、ずっとききたかったのに、ふつかもきいてなかったんだもん。 でも、がまんしたかい、あったかも。いま、す、ご、く……ふふふ、うれし…… あはははは、うふふふふ、きゃはははは、くひひひひひ」 顔を天井に向けたまま、返り血を浴びたメイドは笑い出した。 その様子は、欲しかった玩具をようやく与えられた子供のように無邪気であった。 しかし、彼女から放たれる狂気が消えたわけではなかった。 狂気に気圧され、南は後ろにさがり続けていた。が、その背中がドアに着いたところで下がれなくなった。 来客を報せるためのベルが、カランカランと心地よい音を立てた。 「あれ……みなみくん、にげてるの。 そんなにとおくにいっちゃだめだよ。へんなむしがくっついちゃうよ。 みなみくん、かっこいいから、へんなおんながよってきちゃうよ」 「いや……逃げてるわけじゃなくて……」 「だめだよ。もう、わたしといっしょじゃなきゃ、そとにだしてあげない。 ずっと、ね。ずーーーーっと、わたしといっしょにいるの」 南は確かに見た。恋人の目の奥に宿る狂気と、闇がさらに濃くなっていく様を。 「まずは、おそうじ、しなきゃ、ね。みなみくんのからだを」 225 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 04 35 55 ID wHKFQGU5 白いエプロンに赤い斑点をつくったメイドが南の元へと近づいていく。 彼女はにこにこと笑っていた。狂気を宿した目を大きく開きながら。 ほっそりとした手が南の肩へと近づいていく。 その手には返り血がついているというのに、変わらぬ美しさを保っていた。 あまりに場違いな美しさだった。だから、南は無意識のうちにその手を払った。 そして、呆然とする彼女と勝手に動いた自分の手を見比べながら南は狼狽した。 「ごめん! その、つい……」 「……やっぱり、そうか。みなみくん、わたしからはなれちゃったからよごれちゃったんだね。 わたしにまかせて。みなみくんの、こころとからだ、ぜんぶきれいにしてあげる。 なかも、そとも、めんどうみてあげるよ。……だから、ちょっとだけよこになって」 南は警戒心を解いていなかった自分を褒めた。 もし油断していたら、恋人の箒に足を払われて倒れ付していたからだ。 振り回される赤い箒を避けるため、南は距離をとった。 距離をとっても彼女の放つプレッシャーが緩むことはなかった。 彼女の放つ威圧感は、店内全体を覆っていた。 そのせいでどこにでも彼女が存在しているような錯覚を南は覚えた。 「はやく、きれいにしなきゃ、よごれちゃうよ、みなみくん」 彼女の放つ一言一言がこだまのように聴覚を混乱させる。 南は眩暈を覚え、一瞬目を閉じた。次に目を開いたときには、恋人の笑顔が目前にあった。 頭を伏せる。すぐに彼の頭上を箒が通り過ぎた。 サイドステップでその場を離れ体勢を立て直そうとするが、目にも止まらない速さで 振るわれる箒はそれすらも許さない。 女の持つ箒は南の居た地点を確実に突いて来る。 鼻先をかすめる一閃は、一撃で気絶に至らしめてしまう速度で振るわれていた。 南がテーブルを盾にして構えた。ただの箒であればテーブルを破壊することなどできないはずだ。 ――と考えていた南の予想は別の意味で裏切られた。 テーブル越しに一度衝撃が伝わった次の瞬間には、南の体はテーブルごと後方に飛んでいた。 壁まで飛ばされ、背中を強く打った。 顔を上げると、メイドが箒を振り上げて駆け寄ってくるのが見えた。 振り下ろされる箒の速度を見切り、カウンターのタイミングを掴む。 そらした頭をかすめて箒が振るわれる。再度攻撃が来る前に箒を掴んだ。 「あっは、はははは」 しかし、振り下ろされていた箒は南の体ごと彼女の頭上に持ち上げられた。 自分の目に見えている光景の不自然さを理解する前に南の体は放り投げられ、床に叩きつけられていた。 南の頭の中はこの理不尽な状況を理解するためにフル回転していた。 恋人の突然の変貌と、手も足も出させない圧倒的な彼女の戦闘能力。 いかにして事態をひっくり返すか、それを考えても何も浮かばない。 濁流に歯向かう力は、攻撃を受け続けた南には残されていなかった。 226 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 04 38 25 ID wHKFQGU5 「お、そ、う、じ、しま、しょ」 床に伏せる南に対して、恋人の振るったバケツの中身がぶちまけられた。 透明な液体だった。顔を伝うその液体の粘度は水道水のものではなかった。 唇を舐める。すると苦味が味覚を刺激した。 「おい、これって、台所の洗剤じゃないか!」 「そうだよ。いまからおそうじするんだから、せんざいはひつようでしょう」 メイドは南の体をうつぶせにすると、両手と両足に手錠をかけた。 もう一度ひっくり返して仰向けにすると、手に持った箒をシャツの胸元からジーンズの裾まで挿入した。 南が何かを言おうとしたが、その寸前に彼の恋人の手によって箒が動いた。 箒の両端を掴み、一気に服を引き裂いたのだ。 彼女の腕力によってベルトの金具までが破壊されて、南は見るも無残な姿に変貌した。 「じゃあ、こんどはあわで、あらってあげるからね」 そう言うと、彼女は今度は自分の体にバケツの中身を被った。 そして身動きの取れない南の半裸の体にのしかかり、細かく動き始めた。 両手の五指をそれぞれ絡みあわせて、体を上下に動かす。 「わたしは、いまスポンジだよ。 よごれちゃったみなみくんは、こうやってあらってあげないと、いけないから」 実際にその通り、彼女の動きは南の全身をくまなく洗うためのものだった。 頬にほおずりし、腕・足を絡ませて、胴体をこすりつける。 仰向けの状態で全ての箇所を洗い終えると、今度はうつぶせにする。 背中に両手が当てられるのを南は感じ取った。 その手は肩の上から背中を通過し、臀部まで動く。 足の指は、さすがに彼女にも難しかったようだった。 だが、次に彼女がとった行動は南の予想を上回るものだった。 スカートに溜まった泡と洗剤を口に含み、南の足の指を咥え込んだのだ。 咥えるだけでなく、さらに舌までも絡めてきた。 指の一本一本を舐め回し、爪と指の間を舌先で刺激してくる。 その動きが終わった頃には、南の体で洗われていない部分などなかった。 ただ、一つを除いては。 227 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 04 41 00 ID wHKFQGU5 「それじゃあ、つぎはここだよ」 そう言った彼女の手は、さらけ出されている南の陰茎を掴んで上下になまめかしく動いているところだった。 先ほどまでの動きで彼女の体の柔らかさを感じていた南は、男性自身をしっかりと硬くさせていた。 その状態に加えられる恋人の絶妙な愛撫は、たちまちのうちに南の射精欲を高めていく。 「ああん……みなみくんの、にがくって、おいしいよお…… まいにち……ほしかったのに……んむ、ひどいよ、みなみくん……」 肉棒のすぐ近くで口を開く恋人の声が南の頭に伝わってくる。 それだけの刺激でも射精してしまいそうになるほど、南は高ぶっていた。 「もうっ……やばい……」 と、南が漏らした瞬間、恋人の愛撫が止まった。 絶妙なタイミングでの寸止めだった。 それは、付き合ってから先日まで培ってきた彼女の経験が成すものだった。 もう一度何かの刺激を加えられたら、射精してしまいそうな位置に熱いものがある。 物欲しそうにしている南の表情を見て取った恋人のメイドは、嬉しそうに笑った。 それを見て南は続きをしてもらえるのかと思ったが、彼女が手に持っている物を見て驚愕の表情を浮かべた。 「お前、それって……」 「さいごはあ、そうじきでーす。 しんぱい、ないよ。ちゃんと、すいこみぐちは、そうじしたし。 くちのおおきさも、みなみくんのと、おなじぐらいだから」 掃除機のスイッチが入れられた。 ヴィーン、という規則的な音が律儀にも店内の空気を振動させる。 「ばっ、馬鹿! お前、やめろ!」 「やー、だー、よー」 南の肉棒を包み込むかたちで掃除機のホースが入れられた。 先に恋人が言ったとおり、ホースは勃起した南の肉棒と若干の誤差を残して適応していた。 若干の誤差、それは南の陰茎と亀頭の大きさがホースの直径より少し大きかったということ。 そのため、ホースが上下に動かされるたびに南の肉棒は擦れた。 「が、あ、あ、ぁぁぁ……」 いきなりこのようなことをされたらたちまちのうちに肉棒は縮んでいくだろうが、 寸止めされた南の射精欲はまだ健在だった。 掃除機相手に射精してたまるものか、というせめてもの抵抗が南の全てだった、が。 「んふふー、……えいっ」 恋人が南の陰嚢を刺激してきた。 その刺激は陰茎とは別方向からのものであり、巧みな手つきによって南の自制心を崩していく。 「うっあ! 頼む、抜い、って、くれ!」 「だーーめ。おそうじはしっかりとしなきゃ、ね」 掃除機の出力が『強』になった。騒音がますます大きくなり、肉棒を強く吸引される。 その間も陰嚢の刺激が止むことはない。 執拗な双方向からの刺激が続くうちに、南の中にあるスイッチが強制的に入れられ、射精を迎えた。 射精自体は興奮からではなく、痛みの拍子に起こったものかもしれないが、南にとってはどうでもよかった。 掃除機に射精してしまったという事実が、南の何かを破壊した。 ――その何かは、人としての尊厳であったかもしれない。 228 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 04 44 10 ID wHKFQGU5 ・ ・ ・ ・ ・ ・ それから数日が経ったある日。 都内某所にある大学の構内でこんな会話が交わされていた。 「知ってる? 格闘技研究会の、あのおっきいひと――名前忘れちゃったけど、退学したんだって」 「あ、そうだったんだ。最近見ないなって思ってたけど」 「でも、何で退学しちゃったのかな?」 「これは噂なんだけどね。大学に退学届けを出したあと、箒、箒、箒って呟きながら帰っていったらしいよ」 「なにそれ? 箒のお化けでも見たのかな?」 「意外と小心者だったのかもね。人は見かけによらないってやっぱりほんとだね」 「そういえばさ、その人の妹さんも一緒に退学したらしいけど、これ本当?」 「あー、知ってる知ってる。サークルの男どもが騒いでたよ。 うちの大学のミス・コンテスト優勝者が退学するなんて! って言いながら」 「もしかして、お兄さんについてってやめちゃってたりなんかして。 あー、いいなー。私も頼れるお兄さんが欲しかった。聞いてよ、うちの貧弱兄貴ってばさ――――」 ・ ・ ・ ところかわり、都内某所に存在する喫茶店にて。 「野菜ジュース、1つオーダー入ったぞー」 「うふふふふ……。かしこまりました、南君」 ヴィィィーーン 「ひいっ?!」 ガチャン! 「うわっ! どうしたんですか南さん。あーあ、グラス割れちゃったじゃないですか」 「あ……ごめん。つい、音に反応しちゃって……」 「音? なにか変な音でもしましたか?」 「いやいや! なんでもないよ。忘れてほしいな、なんて……あは、あははははは……」 喫茶店の床に血の跡がこびりついた日から、南はこんな調子である。 ミキサーの音に反応してしまうほどに彼の心を穿ったものとは何なのか。 事実を知るのは、当事者である南と彼の恋人と、店内を監視していた店長と副店長の四人だけである。 それ以外の誰にもそのことを知られたくないと、南は思っている。 同時に、自分の記憶からも消えてしまって欲しいと、強く思っている。 終 ------
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/261.html
125 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2007/12/14(金) 03 43 10 ID NdS3V1VX 今このときの俺が追い詰められているのだとすれば、それはどれほどのものだと言えるだろうか。 ちょっとだけ、考えてみる。 夏休みの宿題が終わらず、膝ががくがくと貧乏揺すりをするほどか? 違う。あれはただ、時間に追われているというのにいつまで経っても終わらずイライラしているだけだ。 今の俺はぐらぐらしてはいるが、がくがくもイライラもしていない。 では、修学旅行のバスの中で尿意をもよおした時、次の目的地まであと三十分はかかると知らされたときか? これも違う。さすがにあそこまで絶体絶命のピンチの状態にまでは至っていない。 中学の修学旅行で実際にそんな目に遭ったが、今の俺はあの時のように白い便器と四角のタイルを恋しく 思っているわけでもないし、周囲に異常を悟らせないように苦心しているわけでもない。 時間に追われているわけでも、危機的状況に置かれているわけでもない。 それなのに追い詰められていると言えるのか? と問われたら、イエスと答えよう。 なぜなら、今の俺はとても眠いのである。 昨今の秋と冬の混じり合った季節においては、日光の暖かさがとてもありがたく感じられる。 自分から陽の当たる方向へと向かっていって、両腕を目一杯広げて幸せを噛みしめたくなる。 今の俺には陽が射しているわけではない。 しかし、それを浴びているときと同じ恍惚状態に置かれている。 うっとりとしつつ、ぼんやりとしている。とでも言えばわかりやすい。 ずっと前から眠気を覚まそうと、背筋を伸ばしたり目を強くつぶったりしているが、効果無し。 ものの十秒もしないうちに、意識が抜け落ちて倒れそうになる。 睡眠というのは人間の本能的な欲求であり、古代より金をかけずに人を幸福にさせてくれるものだ。 もしかしたら寝ることを趣味にしている人もいるかもしれない。 そんなに素晴らしい、眠りへの誘いを俺がなぜ断り続けているのか。 それはもちろん、眠る以上に大事なことがあるからだ。 眠いのに、大事な用がある。大事な用があるから、眠れない。 だから、いくら眠たくても我慢するしかないのである。 以上を踏まえ、俺がどれほど追い詰められているかを喩えて言うならば、決して赤点をとってはならない 学期末テストにおいて一夜漬けのツケによる睡眠不足で眠りたくて仕方なくなってしまった状態、ということになる。 「お……お待たせ……」 衝動と理性による苛烈な意識の縄張り争いを脳内にて繰り広げていると、控えめな声が耳に入った。 声の主は葉月さん。彼女が風邪をひきでもして声に曇りがあらわれてしまわないか、時々俺は心配になる。 「目、開けてもいいよ……でも恥ずかしいから、その、……あんまりじろじろ見ちゃ、やだよ?」 ずるい。そんな台詞を言って俺の男心をくすぐるのもずるいし、じろじろ見るなというお願いもずるい。 そんなことを言われたら、まだ活動していない俺の目玉に向けて、反骨精神をむき出しにして葉月さんを 見つめ続けろ、という命令を下したくなるじゃないか。 俺は、同化してしまったようにくっついていた上下のまぶたをゆっくりと開いた。 126 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2007/12/14(金) 03 44 34 ID NdS3V1VX 「! う……、むぅぅ……」 そして、目の前にいる葉月さんの、制服姿とは違う装いを目にして、目がはっきりと覚め、感嘆に呻いた。 葉月さんが身に纏っているのは、二年D組が文化祭の出し物として行う純文学喫茶の女性用衣装である、 振袖と袴、それに草履という組み合わせであった。 淡い紫色の振袖には白いカトレアの花が咲いている。 胸の下の辺りで着付けられた袴。こちらは濃厚な紫色に染まっている。 足下を飾るのは真っ白い足袋と鼻緒のついた草履である。 とどめと言わんばかりに強いインパクトを与えるのは葉月さんの髪型だ。 ポニーテール。髪留めは濃紺のリボン。 しかも葉月さんたら黒のロングをそのまま後ろに流すのではなく、両肩にちょっとだけ乗せている。 そんなさりげないところが小粋で、いやなんともお美しい。 「どう? 似合うかな? ちょっと地味じゃ、ないかな?」 決してそんなことはない。 もし袴姿の葉月さんを目の前にして似合わないなどという暴言を吐く人間がいるなら、そいつの美的センスは 著しく劣化していると言っても大袈裟ではない。 総じて地味な色の組み合わせではあるが、素材のいい葉月さんのような人が着ると、紫の着物が瀟洒なものに見えてくる。 ビバ、着物。 日本の文化、万歳。 「うん、とってもよく似合ってるよ。葉月さん」 言った後で、なんだか陳腐な褒め言葉だな、と思ったが他に言い様が無かったのでどうしようもない。 「そ、そう? えへへ、ありがと」 はにかんだ笑顔を葉月さんが見せた。 いつもより数段魅力が増しているように感じるのは、着物の魔力のせいだろうか。 それとも、二人きりの状態で着物姿を拝ませてもらっているという特殊な状況によるものなのか。 「ところでさ、葉月さん」 「ん? なあに?」 葉月さんが手を後ろに回して前傾姿勢を取り、上目遣いで覗き込んでくる。 抱きしめたい誘惑を問答無用で殴り飛ばし、努めて冷静な気持ちで問う。 「どうして、俺をこんなところに連れ出したの?」 「えっと……それは、そのね」 俺の喉元の辺りに視線を送りながら、葉月さんが答える。 「あなたに、最初に着物姿を見てもらいたかったんだ。クラスの、他の誰よりも先に」 ――しゃっくりが出そうになった。びっくらこいた。 どうして葉月さんは、俺の心の純な部分をピンポイントに責めてくるのだろう。 これが葉月さん流のアプローチなのか。回りくどい部分の一切無い、正攻法。 してやられた。この場が決闘場であったならば、間違いなく俺は絶命している。 127 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2007/12/14(金) 03 45 45 ID NdS3V1VX 熱くなった心を抑えるため、状況を整理・確認してみる。 まず、俺がいる場所は校舎二階の女子トイレの前である。隣接して、男子トイレが設置してある。 俺をここまで連れ出したのは葉月さんだ。……と、葉月さんが言っていた。 なんと、葉月さんは教室からここまで、眠りこけていた俺の手を引っ張ってきたのである。 教室から連れ出されたときのことを、俺はまったく覚えていない。 だから、目を覚ましたときトイレの前に立っていたから驚いた。 そして、葉月さんがすぐ目の前にいたのにはそれ以上に驚かされた。 俺がなぜ教室で眠っていたのかというと、単純に寝不足だから。 なぜ寝不足かというと、昨日の夜から今朝の五時まで眠っていないからだ。 俺は、学校で一晩過ごしたのである。 今日から明日にかけて催される、文化祭の準備を終わらせるために。 文化祭の準備と言っても、俺のクラスであるD組はとっくに準備を終わらせている。 俺が準備していたのは、自分のクラスの出し物ではなく、弟のクラスの出し物だ。 コスチュームプレイ喫茶。略してコスプレ喫茶。それが弟のクラスの催し物である。 なぜ学年の違う弟のクラスを俺が手伝ったのかというと、その出し物に魅力を感じたからだ。 別にメイドさんや巫女さん、婦警さんや女騎士が好きなわけではない。 多種多様な衣装作りを楽しみたかった。ただそれだけの理由で弟の同胞に力を貸したのだ。 プラモデル作りを趣味にしている俺であるが、作りたいものも、作れるものもプラモデルだけではない。 小学校時代に家庭科の授業で裁縫の技術を身につけて以来、服の修繕などは自力でできるようになった。 それだけでなく、作成可能なもので、必要な材料さえ揃っていれば衣装だって作れる。 弟もそのことを分かっているから、安心して俺に任せたのだろう。そしてその判断は正解だった。 俺が弟のクラスを手伝いに行った時点では、衣装作成の作業は三割、よくて四割といったところまでしか 済んでいなかった。当然だ。裁縫に慣れている人間が片手で数えられる人数しかいなかったのだから。 おまけに段取りも悪かった。女子の中に一人だけ明らかに裁縫に手慣れている人がいたのだが、 彼女にばかり負担が強くかかっていた。 他の生徒は、彼女からの指示を聞いてから動いていたのだ。衣装作成の段取りを掴めていなかったからだろう。 その結果、彼女の作業も遅れてしまい、いつまで経っても作業が進まなかったのだ。 そこで登場したのが俺である。 初めのうちはそれこそ腫れ物扱いだったが、クラスメイト(弟)の兄であると知り、俺のミシン捌きや針捌きを 見ていくうちに考えが変わったらしく、いつのまにか頼ってくるようになった。 その後は簡単だった。俺が難しい作業を請け負い、代わりに手空きになった裁縫上手な女子生徒に クラスメイトへの指示を出してもらった。 力を合わせた甲斐があり、見事に文化祭前日の昨日の夕方、全ての衣装作りを終わらせた。 後輩の男女にお礼を言われる経験をしたのは昨日が初めてだった。 自分の欲求不満を解消することが目的で始めた手伝いだったが、昨日の後輩たちの泣きそうな笑い顔を 見ていると、ああ手伝って良かったな、という感想を抱いた。柄にもなく、心と目頭にジンときた。 まあ、そんなわけで衣装作成は終わったわけである。 が、どうしても俺には我慢できないことがあった。 顎の下にあるほくろから生えた毛が気になるくらいに、どうしても看過できないものがあった。 衣装作成班とは別の班が作った、鎧やブーツなどの金属系の小道具の出来が非常に悪かったのだ。 銀色のスプレーを吹くだけの仕上げなど、俺は認めない。 新品の鎧を着ている歴戦の騎士や、砂にまみれた痕の無いプロテクターを着たヒーローがいるわけがない。 俺は、あいつらを汚さずにはいられなかったのだ。 放課後に家へ帰り愛用のツールをひっつかみ、学校へ引き返して、一人で黙々と作業を進めていくうちに、 次第にハイなテンションになってしまい、気づけば日付が変わっていた。 家に帰るのも面倒になったので、そのまま作業を続行。 宿直の教師に小言を言われ、後になって夜食の差し入れを頂き、途中で何度か記憶を失いつつ、朝を迎えた。 納得のいく出来になった作品を眺めていたら弟がやってきて、強制的に二年D組に連行された。 自分の席に着くなり俺は眠った。そして次に目を覚ましたとき、トイレの前に居て、葉月さんに見つめられていたのである。 128 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2007/12/14(金) 03 50 37 ID NdS3V1VX 葉月さんの着物姿を視覚で堪能していると、次第に眠くなってきた。 劣情を催すほどに美しいものでも、睡眠欲求をゼロにしてしまうのはさすがに難しいらしい。 葉月さんに教室へ戻る旨を伝え、一路教室へ向かう。 教室内では、着物を纏ったクラスメイトがちらほらと居り、室内を喫茶店として改装すべく動いていた。 クラスメイト――主に男子が、葉月さんの姿を確認して視線を向けてくる。 ……まあ、なんだ。気持ちはわかる。 今日の葉月さんは着物姿だし、それに普段はしていない化粧までしている。 近づいたらいい匂いもする。いや、俺が匂いフェチ、もしくは変態なわけではなくて、香水の匂いがするという意味。 他の女子も普段より綺麗になっているが、葉月さんは頭一つ飛び抜けて煌びやかだ。 しかし、だからといってじろじろ見ていいわけではないのだぞ、男子諸君。 葉月さんに失礼だ。それに、君たちの反応は周りにいる女子達に対する侮辱も同然だぞ。 ほら、我がクラスきってのイケメンである西田君を見ろ。 いつまでも葉月さんをじっと見つめているから、彼の恋人(を自称している)の三越さんがやきもちを妬いて 西田君の足を机の脚で踏みにじっているじゃないか。 西田君が悲鳴をあげてうずくまったところに、無言で後ろからケリまで入れている。 総員、即刻葉月さんを観賞することをやめたまえ。このままではクラス崩壊の危機だ。 それに、だ。他の女子だっていつもよりイイじゃないか。 袴姿というのは人をおしとやかに見せる効果があるらしい。 小うるさい女子グループでさえも、今日ばかりはその姿を拝みたい気分になってくる。 こうやって見回してみると、うちのクラスの女子って結構容姿のレベルが高い――――? 「ん……んん?」 おかしなものを見つけてしまった。教壇の上に立って、クラスメイトに指示を出している女。 誰だろう。女子が身につけている振袖とは違い、普段着のような印象を思わせる地味なものを身につけている。 日常を思わせる、数世代前の女学生のような着物姿である。 ただ、細いフレームの眼鏡をかけたその顔、どこかで見たことがあるような。……誰だろう? 教室の入り口近くで立ち止まっていると、クラスメイトの一人がやってきた。 他人に人畜無害な印象を与えるスキルにおいては俺以上のレベルを誇る、友人の高橋だ。 だがその印象は、話をしているうちに得体の知れない違和感と共に変わっていく。 もちろん、悪い方向にである。 「やあ、戻ったのか。モテ男」 「誰がモテ男だ。俺はいまだかつて彼女を作ったことさえないんだぞ」 ごく短い期間だけ似たような相手はいたが、あれはノーカウントだ。 「ほお……たった今まで葉月嬢とこそこそ逢引していたくせに、よく言えたな」 「ぐっ……」 「自分のいる位置というものをしっかり把握しておくべきだな、君は。自分のためにも、大事な人のためにも」 この男の台詞の中に毒は含まれていない。スーパーで売られている果物以上に毒素が薄い。 悪意がないのだ。からかっているだけなのだ。そして、だからこそ性質が悪い。 心に思い当たるもの――ちょっとした罪悪感とか――を自覚させる台詞を口にする。 しかも言っていることが正論だったり、時には荒唐無稽なものだったりする。 どの場合も同じ表情、平坦な口調で言うから、心が読めない。 本気か冗談か、喜んでいるか怒っているのか、ということさえわからない。 129 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2007/12/14(金) 03 52 11 ID NdS3V1VX 「聞きたいことがある。あそこにいる眼鏡の――」 「それよりも、だ。こっちの質問に先に答えるんだ。今まで、どこに行っていた?」 「どこと言われても……」 一瞬隠した方がいいと思ったが、やはり正直に答えることにする。 「葉月さんに連れられて」 「ふんふん」 「トイレに」 「あーあー、もういいよ。皆まで言わずとも、わかった。つまり、そういうことか」 「何がわかったってんだ」 高橋は目をつぶりながら右手を自分の頭に当て、左手の掌を俺に向けてくる。 そこで止まれ、と言いたげな動作であった。 「朝から盛んだな、君は」 「……何を誤解しているのかわからんが、盛るようなことは何一つなかったと言えるぞ」 葉月さんの着物姿に心を震わされたが、あれは興奮したのとは違うだろう。 眼鏡をかけた勘違い高橋君は、俺に耳打ちしてきた。 「いいんだよ。僕は君の味方だ。それに僕は、他の皆みたいに葉月さんに執着しているわけじゃない。 だから、君と葉月さんがどこに行こうが、どこに逃避しようが、どこで心中しようが看過しよう」 最後のひとつは看過したら駄目だろう。クラスメイトというより、人として。 「だが、他の皆はどうだろう。君が葉月さんとどこかに行ったとき、葉月さんが君を連れ出したところは 皆が見ているが、そこは問題じゃない。 問題になるのは、葉月さんに連れ去られるほど思われている君の身の安全が、皆の手によって脅かされる かもしれない、というところにある」 脅しか、この野郎。いや……違うな。こいつの言っていることは――。 「脅しじゃなくて、事実と状況を踏まえたうえで僕が君に厚意で行う、警告だよ。 気をつけた方がいい。不幸にも今日は学校内に人があふれる一日だ。……と、明日もか。 とにかく、一人で行動するのは避けた方がいい」 どこぞのサバイバルゲームでは、危険な状況でも一人で立ち向かっているが、やっぱり真似したら駄目か。 俺の場合、あのゲームではあえて行動しやすくするために、敵を消しているのだが。 ――無理か。俺を取り巻く環境では誰が敵かわからないし、敵になりそうな奴が多すぎる。 「そうだ。君の今日の運勢を占ってあげよう」 「要らん」 お前の占いは占術に頼って出したものじゃない。状況を把握したうえで割り出した推測だろう。 「そう言うな。今日の僕は冴えているんだ。機嫌がいいからね」 人差し指の先を額の中心に当て、エセ占い師は答えを紡ぐ。 「――君は今日、危機的な状況に陥る」 「……」 当たるも八卦当たらぬも八卦って、便利な言葉だよな。何を言ったってごまかせる。 言い訳に使える言葉の中では、ランクの最上級に位置するんじゃないか。 「黒い……場所。夕方だな。君は、男……女? に、凶器をつきつけられている」 「夕方、気をつけていればいいんだな?」 「うん、そうだ。けど、けれど……多分君は、自分からその状況に関わっていく。そう、出ているよ」 「はあ……?」 「僕に言えるのはここまでだ。あとは君次第で、状況は変わっていく。君の無事を祈っているよ」 「ああ、そうかい。ありがとさん」 不吉なことを言い残し、高橋は俺の前から立ち去ろうとする――って、おい。 130 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2007/12/14(金) 03 53 45 ID NdS3V1VX 「ちょっと待て。聞きたいことがあったんだ」 肩を掴み、強制的に動きを止める。 振り向いたときの男は、なんだか意外そうな表情をしていた。 「何だ? 君から俺に話を持ちかけてくるなんて珍しい。事件か? いつぞや口にしていた弟と妹が、 とうとう一線を越えてしまったのか?」 「違う。そっちじゃない」 仮にそうだったとしたら、今頃俺は学校になんて来ていない。 妹と弟を前にして、今からでも間に合うから普通の兄弟に戻ろう、とか言っているはずだ。 その後、妹によってどんな目に合わされるかはわからないけど。 俺の身――いや、命の安全も保証できないけど。 「ほれ、あそこにいる女の人」 教壇の上に立ち、クラスメイトの動きを見守っている女を指す。 「あの人、誰だ?」 極めて単純に、的確に質問したつもりだった。 だが、どうやら俺の問いかけは、珍しいことに高橋の逆鱗の袖に触れてしまったようだ。 高橋の不機嫌は隠されもせず、眉間に皺となってあらわれた。 「君は馬鹿なのか?」 いきなりそれかよ。 「……どうだろうな。馬鹿にならないために日々頭を使っているつもりだけど」 「いいや。君は馬鹿だ。君が馬鹿じゃなければ僕はなんだ? なんだと思う?」 なんだかその質問変だぞ、という言葉は飲み込む。咄嗟に浮かんだ台詞を口にする。 「知らねえ」 「そんなこともわからないのか。やはり君は馬鹿だ」 嘆息。 やっぱり飲み込まずに言っておけばよかった。たぶん聞いてきたこいつもわかっていないに違いない。 高橋はこうやってわけのわからない台詞を吐いて煙に巻くのだ。 シュールなギャグ漫画のネタみたいな喋りをする野郎だ。 でたらめな方向に会話を持っていってなんとか生き残ってやがる。 あえてこっちもペースに合わせてやっていいんだが、高橋はどうやら怒っている様子なので、下手に出る。 「すまん。お前の言う通り俺は馬鹿だ。謝る」 「気にするな。それに……僕はそんな馬鹿が嫌いじゃない」 「そいつは光栄だ。で、すまんのだが」 「ああ、さっきの質問の答えだな。教えてあげよう。 あそこにいるのは我が二年D組の担任にして守護女神――篤子先生だ」 ……とうとう女神にまで昇格したか、篤子女史。 昨日までなんたらエルとかいう天使の一人娘だったように記憶しているが。 ちなみに担任はれっきとした人間だ。全ては高橋の妄想である。 俺としては、担任が天使でも悪魔でも神でも魔界の王でも構うところはない。 美人だったらそれでいい。見ているだけなら目の保養になる。 「そうか、先生だったのか。見違えたよ」 「だろう。今日は眼鏡までかけている。あれは僕が貸したものだ」 流石、普段から「篤子先生には眼鏡が似合う。かけてくれないかな。かけさせたいなあ」とか言っているだけのことはある。 ばっちり担任の細面に似合うフレームを選んでいる。 あの眼鏡、今日のために高橋が特注したんだろうな。こいつならそこまでやりそうだ。 131 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2007/12/14(金) 03 55 35 ID NdS3V1VX 「お前としては、あれで満足か?」 「……八十七点というところかな。あとは髪の毛を肩の辺りで切りそろえてくれれば完璧だ。 いつもの髪型も決して悪くはないが、僕の好みをジャストミートしていないんだ。 もちろん、どんな髪型であっても僕の気持ちは変わらないが」 「言ってみたらどうだ? 髪の毛を少し短くしたらもっと綺麗になりますよ、とか」 「既に言っている」 あ、言ってるんだ。いや、言っていないはずもないか。 「でも先生は……これぐらいの長さがいいと言っていたから、と断った」 「そうなのか?」 「いったい、誰に言われたんだ。もしかして……心に決めた男が居て、そいつに言われたのでは……」 断言してもいい。それはない。 おおかた、小説に出てくる好きな主人公が「髪の長い女が好きだ」と言っていたから、みたいなオチだろう。 そりゃ、担任のプライベートまで知らないし知りたくもないから、恋人の有無なんてわからない。 だけど、担任の身に纏うあの空気を見ているとわかる。 彼女は、恋人とのラブロマンスより、文字の群れが紡ぐ恋愛模様の方が好きだ。 なぜわかるのかというと、俺が担任と似ているから。 葉月さんと出会ってからは考えが変わってしまったが、昔の俺は恋人と乳繰り合うよりニッパーを繰っている方が ずっと楽しいんだ、それ以外に幸せなんてあり得ない、とまで考えていたのだ。 おそらく、数ヶ月前の俺みたいな奴が成長し進化を遂げたら篤子女史のようになるのだろう。 担任と俺は、趣味に生きる人間という点に於いて同類なのである。 ちなみに、高橋がここまで担任に執心しているのは、話を聞いていればわかるように、恋をしているからだ。 俺には、担任のどこが魅力的なのかが理解できない。 年はずっと離れているし、純文学オタクだし、口の滑りがちょっとばかし良すぎるし――良すぎて滑って転んでいるし。 だが、人が恋をするのは自由だ。相手が異性である限り、俺としては友人の恋を応援してやりたい。 もちろんエールを送るだけ。エールさえ邪魔かな。生暖かい視線を送るだけにしておこう。 ぶつぶつ言いながら立ち尽くしている高橋を置き去りにして、クラスメイトの元へ。 教室の後ろ側はカーテンで仕切られている。そこが店員の控え室になっているようだ。 薄布のカーテンの向こうからは、準備に追われている女子の声が飛んでくる。 そこまで急がなくても、今日学校に来るような人間の年齢層の好みにかすりもしない喫茶店が忙しくなりは しないと思うのだが。やる気を出しているのはいいことだけど。 いくら美麗な衣装を身に纏った女子がいるにしても、古本屋のしけった本の匂いがする店に入ってきてまで 見物しようとする物好きな男もいないだろう。もし居たら、そいつはどうしようもない女好きだ。 ナンパ目的の男が入りそうにないものを選んだという点では、担任の出し物のチョイスを評価してもいい。 しかし、利益をあげそうにない喫茶店であることは否めない。 茶と菓子を出すところ以外、小説のみを扱う図書館みたいなもんじゃないか。 担任はどんな客層をターゲットにしているつもりだ。 もしかして……純文学喫茶を経営するのが担任の夢、なんだろうか。 二日間だけでもいい、夢を叶えたい。そんな想いで、この出し物をやらせたのか。 夢を追う大人ってかっこいい――――なんて思わないぞ。やはり担任の行いは許し難いものだ。 ……今更だな。文化祭当日になって、許すも許さないもない。 132 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2007/12/14(金) 03 58 10 ID NdS3V1VX しかし、喫茶店業務の各担当はどのように割り振られているのだろう。 弟のクラスを手伝い始めた日から、ずっと自分のクラスのミーティングをさぼっていたからさっぱりわからない。 確定しているのは、葉月さんがウェイトレスだということ、担任が窓際の席を占領して本を読みふける迷惑な客の役 だということ、だな。だとすると、高橋も教室に入り浸るだろう。 俺は何を任されているんだろう。壁に貼ってある、担当者の割り振りが書かれたプリントを見る。 ウェイター……はやっぱりないか。臨むところだ。 お茶を沸かす役、菓子を皿に盛る役……でもない。 消耗品の買い出し役……ですらない? おいおい、俺の名前がどこにも書かれていないぞ。 名前と役がずらりと書かれた一覧表を、上から下、下から上へと何度も見る。……が、俺の名前はない。 とうとう皆は一致団結して、俺に対してスルーで対応することにしてしまったのか? いや、それも違う気がする。 高橋と話した時もだったが、クラスメイトから感じる気配に不快なものを覚えない。 では、なぜ俺に何の役も任せていないのだ? やめてくれよ。なんか、こう――家にいるときみたいに、のけ者になった気分になるじゃないか。 「どうかされましたか?」 切なさのあまり、心の中の雪原で粉雪を浴びていたら、担任に声をかけられた。 ポーカーフェイスの篤子先生がパン屋の優しいおばさんに見えてしまった俺は、寂しがり屋なんだろうか。 そろそろカウンセリングでも受けた方がいいのかもしれない。 「先生、黄昏れたい気分になったこと、ありますか……?」 「ええ。ほぼ毎日です。なぜ私は、あれほど美しい小説の登場人物ではないのだろう。 私が着の身着のまま列車に飛び乗り、車窓から遠い故郷を思っても、彼らのように様にはならない。 所詮、私は現実に生きる人間でしかないのだ、と思うと……切なくなりますね」 ……なんか違う。むしろこっちが切ない気分にさせられた。 この三十路が担任だったという経験は、俺の人生にとってなんらかのプラスになるんだろうか。 反面教師にせよ、という天啓が俺の知らぬ間に下っていたとでもいうのか。聞いていないぞ、天の人。 「先生、これ、見てください」 「はい……皆さんの役割分担が書いてありますね。でも、あなたの名前はどこにも書かれていない。 なるほど。それで、沈んでおられるのですね」 「なんで俺の名前が書かれてないんですかね……」 ああ、ため息、また一つ。 「……まじめですね。準備期間中は毎日熱心に相談を持ちかけてこられましたし。 他の皆さんもそうです。出し物が決まったときは不満そうだったのに、今では全員で協力して喫茶店を 成功させようという気概が感じられます」 「当日になってまでごねる奴なんていませんよ。当日になって暇になる男はいますけど」 ちくしょう。なんで俺は担任を相手に弱音なんて吐いているんだ。情けない。 「時間があるのはよいことではないですか。今日と明日は文化祭です。退屈はせずに済むはずですよ」 「一人で回っても面白くないですよ」 「一人もそれほど悪いものではないですよ。自分の時間を、他人に邪魔されずに自分のペースで楽しめます」 「そう、ですかね……」 ええ、と言って担任は頷いた。 俺は一人。これから、一人で生きていくんだ。 目の前にいる独身、三十路、オタクの三拍子そろった担任みたいに。 133 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2007/12/14(金) 04 00 00 ID NdS3V1VX 「先生、俺は――」 口を開こうとしたら、かざされた右手によって言葉を遮られた。 担任は俺の顔を見ていない。今まで目につかなかったところに貼ってあるもう一枚のプリントに目を向けている。 「……なんです、一体?」 「あなたの役は、きちんとあるじゃないですか」 「えっ!」 「ほら、あそこのプリントに、書いてありますよ。大事な仕事です。しっかりやり遂げてくださいね」 返事をせずにもう一枚のプリントの元へ向かう。 皆、疑って悪かった。俺のことをしっかり覚えていてくれたんだな。 どんな仕事だろう。なんでもやるぞ。客引きだって、店の用心棒だって喜んでやってやる。 福沢諭吉の印刷されてある紙幣よりも輝いて見える文書の元へ、俺はたどり着いた。 そして、そこに書かれている四行の文字の羅列を見て――へけっ、と笑った。 頬がひきつっている。初めこそ笑い顔だったが、不意打ちでがっくりさせられて表情をへし曲げられた。 プリントの一行目には、俺の名前が書かれていた。このプリントが俺のために作られたものだと一目でわかった。 だが、それはいい。問題は二行目から。次のように書いてある。 『上の者、文化祭一日目二日目共に、教室にて座して過ごすことを命ずる。 教室から出ることは一切許可しない。この命に背いた場合、”あのこと”を公開する。 なお、クラスメイトは上の者を教室から出さぬよう、全力を尽くすこと。 以上』 つまり、何もせずに座っていろ、と言いたいのか。こんな理不尽な命令なんか聞きたくない。 それに”あのこと”ってなんだよ。わざわざダブルクォーテーションでくくるんじゃねえ。 俺は、何もやましいことなんか――――あるじゃねえか! ちくしょうめ! 両親のことは一言も漏らしたことなんかないけど、こんな文章書かれたら自信がなくなるよ! 誰だ、これ書いた奴! お前なんか仲間じゃない――敵だ! くそったれ――こんなことなら弟のクラスにいればよかった。教室に戻ってくるんじゃなかった……。 右手を黒板に当て、よりかかる。すぐに腕から力が抜けた。体重を壁に預ける。 このまま床に座り込みたい気分だったが、クラスメイト(不特定の一名を除く)の前だから、自重する。 そのまま目を閉じて眠ろうとしていたら、お盆を手にした葉月さんがやってきた。 「大丈夫? プリント、私も見たけど……残念だったね」 「う……ん、い、いや。別に大したことないよ。きっとヘルプ要員として待機してろ、っていう意味だから」 よりによって葉月さんの前で弱音を吐くわけにはいかない。 プリントに書かれた文章を読んだ程度で落胆しているなんて、思われたくないのだ。 「んー……たしかに、そう読めなくもないけど。前向きだね」 「そんなことないって」 ただの虚勢だからね。 「……まさかそんな反応をするなんて。落ち込んだところで声をかけたのに……」 「あれ、俺、落ち込んで見えた?」 「え! あ、ま、まあね。いつもより元気がないのは一目でわかったよ」 バレバレじゃないか。しっかりしろ、俺。 しかし、さっきから葉月さんの挙動がおかしい。一体どうしたというのだろう。 134 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2007/12/14(金) 04 01 26 ID NdS3V1VX 「葉月さん、緊張してる?」 「そりゃそうだよ。バレちゃったらどうしようか、とか……」 「え? バレるって……?」 「ううん! なんでもないよ。あー、ちゃんと接客できるかなー。緊張するなー。 誰か、励ましてくれないかな。誰でも……じゃなくて、誰かに応援してもらいたいなー」 ちらちらと俺の顔を見ながら葉月さんが言う。 そこまで露骨に誘われると躊躇ってしまうな。周囲の男女からの視線もあるからなおやりにくい。 だが――時には気合いを入れて一歩踏み込むことも必要だ。 俺と葉月さんの距離も、強引にでも詰めなければいけないんだから。 「葉月さん」 「は、……はい」 「葉月さんがいれば、売り上げが校内で一番になるのも夢じゃないよ、きっと」 「ほっ、ホント!?」 「俺はそう思う。出し物が出し物だからハンデありまくりだけど」 「それは、その……どういう意味……?」 思っていることを言うのが恥ずかしい。でも、顔を紅くした今の葉月さんを抱きしめるよりは恥ずかしくない。 ちゃっちゃと言ってしまおう。 葉月さんに近寄り、耳打ちする。 「……今日の葉月さん、すっごく可愛いから」 「か、可愛い……ど、どれぐらい……」 「惚れてしまいそうな程に」 「あ! ……あう、あぅ……ありがとうございます! が、がんばります! 見ててください!」 右手に持ったお盆で敬礼し、葉月さんは教室の外へ向かっていった。 クラスメイトの白い目と、火傷しそうな熱視線と、舌打ちの音が遠いもののように感じられる。 『可愛い』。『惚れてしまいそう』。 言うのは簡単なのに――どうして、こんなに心が重くなるんだろう。罪悪感を覚えるんだろう。 眠すぎて頭がいかれてしまったのか? 自分の言葉に、自分の気持ちに自信が持てないなんて。本当に、俺はどうなってしまったんだ。 135 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2007/12/14(金) 04 02 54 ID NdS3V1VX ***** 彼がいる。先輩――お兄さんに作ってもらった衣装に着替え、仮面を被ったヒーローになりきって接客している。 彼は他の皆と違い、今日一日だけしかクラスを手伝わない。 その代わり、今日だけで二日分の働きをする、と彼は言っている。 なんでも、二日目を丸一日自由行動に使いたいらしい。 理由を聞いても、彼は困った笑みを見せるだけだった。何かを隠していることは明白だ。 一体それがなんなのか、アタシにはわからない。少しだけならわかるけど。 自分が許せない。誰よりも愛しい彼のことを、全て把握できない自分なんて、違う。そんなのアタシじゃない。 アタシは彼の世界なんだ――これから、そうなるんだ。 だから、今の彼に関することは全て知らないといけない。だけど、今のアタシは彼のことを知らなすぎる。 アタシの器が彼を受け止めきれるほど大きくないのか、彼の存在規模が大きすぎるのか、アタシが彼のことを 過大評価しているのか。あるいは、それら全てが理由なのかもしれない。 ――いけない。 また、彼と会う前の自分の気持ちを思い出してしまった。 忘れなければいけない。アタシは、自分を卑下していた頃とは違うんだ。 彼はアタシを救ってくれた。彼はアタシに自信をくれた。 『アレ』を人より上手く扱えるなんて、特技でも何でもないのに、彼は褒めてくれた。 目を輝かせながら、すごいすごいすごい、と言ってくれたのだ。 根暗なアタシは、それだけで自信が持てた。彼と会う回数を重ねていくうちに、声が大きくなった。 でも、純粋な気持ちでいられたのは数ヶ月だけ。 その後は、恋しい気持ちと、それからくる独占欲――以上に醜い支配欲で、心の中がドロドロだった。 アタシは、ちょっとだけ彼と会う機会を減らした。 だって、彼が心の中に踏み込んできたら、アリジゴクのように引きずり込んでしまいそうだったから。 その甲斐あって、アタシは彼に危害を加えずに済んだ。 代わりにやってきたのは、息を詰まらせそうなほどの切なさ。 彼の存在は、既にアタシにとってなくてはならないものになっていたのだ。 毎日、彼と一緒に登校したかった。 一日中ずっと、彼の机とアタシの机をくっつけて授業を受けたかった。 昼休み、彼の口にアタシの箸であーんしてあげたかった。 放課後、部活動に励む彼を見続け、一緒に帰りたかった。 そして、アタシの家に来てもらい、甘い台詞を囁きながら抱いてほしかった。 毎日毎日そんな妄想ばかりが浮かぶ。止めようがなかった。 止めてしまったら、現実の彼に想いをぶつけそうだったから。 思いの丈をぶつけてしまおうと思ったことは幾度もあった。でも、実行していない。 彼がアタシを受け止めてくれないだろうことは明白だった。 136 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2007/12/14(金) 04 04 32 ID NdS3V1VX ――あなたが好きな人は、あの人だから。 あなたがどれほど彼女を思っているのか、アタシは知っている。 彼女の姿を確認するためだけに、彼女の教室の前を通り過ぎていること。 体育の時間や部活中、校庭から彼女の教室を見上げていること。 その時に見せるあなたの目が、最初からアタシに向いていてくれればよかったのに。 そうすれば、強引な真似をする必要なんかなかった。 わかってる。悪いのはアタシ。純粋なあなたを自分の色に染めたくて仕方なくなっているアタシ。 あなたは悪くない。悪いところがあるとするなら、誰にでも優しい、八方美人ともとれるその性格ぐらいのもの。 この想いがどこまでいくのか、どんな結末を望んでいるのか、アタシにはまったく見えてこない。 はっきり言えるのは、アタシがあなたを支配したいと強く願っていること。 あと、もう一つ――――目的のために具体的に行動すると決定したこと。その二つ。 明日、あなたはあの人に会うつもりでしょう? だから今日頑張ろうって、決めたんでしょう? あの人には、絶対に会わせない。二人きりでデートするなんて許せない。 本当は、あの人をあなたの前から消したいけど、あなたはきっと悲しむよね。 あなたの悲しみは、アタシに会えないときだけ湧いてくれればいいの。無駄遣いしちゃいけないわ。 先にあなたを手に入れれば、あの人を消さずに済む。あなたも悲しまずに済む。 一石二鳥でしょう? もうすぐ、今日の一般公開の時間は終わる。 それからはアタシの時間。あなたを狩るための時間。 少し骨が折れそうだけど、アタシはしっかりやり遂げる。 覚悟はもう済ませている。一線を越えることに、もはや躊躇はない。 さあ、行こう。アタシと彼だけが存在する世界で生きるために、最初の命令を下そう。 137 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2007/12/14(金) 04 06 32 ID NdS3V1VX ***** 「ありがとう! また明日も来てくれ!」 マスクをしているせいなのか、いつもよりテンションの高い声で彼が最後の客を見送った。 教室を改装した喫茶店の中にいるのはコスプレしたクラスメイトだけだ。 皆、お互いの衣装を笑いあったり褒めあったりしている。 アタシは彼が誰かに話しかけるより早く、誰かが彼に話しかけるより早く、彼の肩を掴んだ。 振り向いた彼に向かって、労いの言葉をかける。 「お疲れ様」 「あ、お疲れ。いやー、マスクを被ってると疲れるね。動きづらいったらないよ。 スーツアクターの人の苦労がほんのちょっとだけわかった。君の格好もそうじゃない?」 「ん……そうでもないよ。ちゃんとアタシの体型に合わせて作ってあるから」 彼の着ているボディスーツはお兄さんの手作りだけど、アタシの衣装は違う。 今日の目的を達するために、実用性を重視した作りになっている。 喫茶店のウェイトレスとしての実用性ではなく、荒事に対応するためのそれだ。 動きやすく、軽装で――武器を隠し持てるように作っている。 実際、今も身につけている。けれど、ナイフとかメリケンサックみたいにわかりやすいものじゃない。 学校に通う生徒なら、誰でも手にできて、持ち運んでいても不自然じゃないもの。 仮にアタシが警察からボディチェックを受けても、絶対に引っかからない。 ――だけど、上手く使えば命を奪うことだって不可能じゃない。 どうやればいいのか、それもアタシには想像できる。 「いいなあ。僕も兄さんに頼んでおけばよかった」 「時間がなかったんだから仕方がないよ。今日家に帰ってから頼んでみたらどう?」 ――君は今夜から死ぬまで、家族の住む家には帰れないけどね。 「そうしてみようかな。でもなんだか兄さん、最近僕を部屋に入れたがらないんだよね……。どうしたらいいと思う?」 「アタシは一人っ子だからわかんない。でも、きっと大丈夫よ。いい人そうだから」 「そうだね。兄さんは本当、優しいから。僕と妹には……昔から」 彼に物憂げな表情をさせるお兄さんにちょっとだけ妬いてしまう。 お兄さんと妹さん、彼が居なくなったらきっと悲しむだろうな。 ……でも、予定は変更しない。今日こそ、彼の全てを手にするんだから。 「そろそろ帰ろうかな。じゃあ、僕、着替えてくるから」 「あ……ちょっと、待って」 「ん? 何か用?」 「うん。……あのね、今から、ちょっとだけ……」 やっぱり、いざ本番となると緊張する。けど、それを乗り越えないと目的は達成できないんだ。 「ちょっとだけ、この格好で歩かない? ほら、なんだかハロウィンみたいで楽しいじゃない」 練習してきた台詞をそのまま口にする。動揺を表に出すことなく、口にできたはず。 彼はアタシの顔を見ているみたいだ。どんな表情かはわからない。だってマスクを被っているんだもの。 「……ねえ、どう?」 アタシの催促に対し、少しの間を空けて、彼は頷いた。 それがこれからの人生の行く先を決定づける行動だとは知らずに。 続けて彼は、「いいよ、ちょっと歩こうか」と、言った。
https://w.atwiki.jp/yandere_mozyo/pages/102.html
167 :163:10/05/22 04 00 03 ID zkzqMPxA 眠れぬ夜に、案は書いとく! あくまでも一案ね。 ポイント固定はさ、そんなに単調にはならないと思うんだ。後付けると大変だと思うけど。 一つの話内で分岐があっても、合計ポイントが定数ならいいと思うし。 例えば、ポイント合計最大数が2だとして、「ハムはかわいい」って話があったとするね。 ----- ▼ハムはかわいい 私は最近すきなものがある(選択肢) ある(ポイント+1) ない →朝ご飯どうする?へ。 ▼朝ご飯どうする?(選択肢) ハムエッグ(ハムエッグに分岐) ヤンデレ(ヤンデレに分岐) ▼ハムエッグ ハムハム食べてたらハムスターが出てきた。(選択肢) 食べる 逃がす(ポイント+1) →終了 ▼ヤンデレ ヤンデレがあーんしてきた。(選択肢) あーん(ポイント+1) イラネ →終了 ▼終了 「ハムはかわいい」のポイントが一番高かった! ハムエッグに分岐していた場合→ハムスターのエンディング発生。 ヤンデレに分岐していた場合→ヤンデレのエンディング発生。 ----- わ、わかるかな……。話ひどいのは勘弁ね。 ハムエッグに分岐しても、ヤンデレに分岐しても、ポイント最大数は2なのね。 これなら分岐数は固定しなくていいと思う。一つの話のエンディングも複数作れるし。 各話ごとに、「ポイントがいくつか」と「一番だった時どのエンディングになるか」を記録しておけば いけるんじゃないかなあと思うんだ。エンディング一つのやつは「ポイント」だけでいいけどね。 ちなみに「本を閉じる」選択肢があるといいかなと思ったのは、 各話のポイント一位エンディングを見るために毎回全部の話を見るのは大変かなと思ったのと、 ポイント上がる個所が少なくてもポイント一位が複数になりにくいかと思ったから。 現物作れればもっといいと思うけど、今ちょっと時間ないんだ。ごめんよ。 図示してみたよ!
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1993.html
169 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれどうめい ◆3hOWRho8lI :2010/12/14(火) 12 18 25 ID a4mnyjkP それは、緋月三日たちがまだ高等部一年生だった頃のこと――― 夕暮時の夜照学園高等部。 2人の少年が、後者から出てくる。 1人は日本人とは思えないほどの高身長。 一見して細身だが、良く見ると相応に筋肉が付いている。 ともすれば威圧的になりがちな印象は、目を細めた温厚そうな(おっとりとした)表情に中和されている。 そして、もう1人は明朗な雰囲気の少年。 まだ男の子、という表現がしっくりくる印象で、目が大きく、よく表情の変わる。 「それにしても、まーた一原先輩に呼び出されるとはねー」 「そう言や、何だったんだ、みかみん。先パイの用事ってのは」 「生徒会の助っ人。中等部の時と同じだねー。でも、あの頃みたく荒っぽいことにはならなそう」 「なら良いんだがよ。コーコーセーになってまで殺伐とされちゃたまったモンじゃねー」 「そうそう。中二病バトルが許されるのはそれこそ中学生までってねー」 「いや、そりゃ何か違うだろ!」 2人は仲良さ気に雑談をしながら歩いている。 長身の少年が話す度に、もう1人が大げさなリアクションをとる。 ボケとツッコミの関係が見事に確立していた。 そんな和やかな、いかにも男同士の友情といった雰囲気を感じさせる下校風景を、少し離れた校舎の影から1人、明石朱里(アカシアカリ)は見つめていた。 朱里は、かわいらしい少女である。 茶色がかった短髪。 水泳部らしく、適度に鍛えられた、しなやかに伸びる手足。 目が大きく、愛嬌のあるかわいらしい顔立ち。 明るい笑顔の1つでも浮かべたら、どんな男でもドキリとさせることだろう。 もっとも、今はまるで般若のような形相をしているのだが。 「オノーレ・・・・・・」 朱里はドス黒い感情を乗せて、目の大きな男の子―――葉山正樹の方を見つめる。 「どうして、正樹はそんなヤツを隣に置いているのかな・・・・・・」 恨みがましく、見つめる。 「正樹の隣はアタシのモノ、私の隣は正樹のモノ、なのに・・・」 今度は、長身の少年、御神千里のほうを、殺意さえ込めて。 「オノーレ」 もし、朱里のそんな姿を彼女のクラスメイトが見たらさぞ驚いたことだろう。 普段の明石朱里は―――換言すれば人前での彼女は、誰に対しても常に快活な笑みを浮かべ、クラスの女子たちの中心にいる社交的な少女である。 そんな彼女が、ドス黒い負の感情を露にしているのだから。 猫かぶり、という言葉はあるが、被った猫の下にこんな本性が隠れているなんて、誰も知らないし、分かるはずも無い。 ハイド氏もびっくりである。 さて。 彼女がこのような状況にあるのには理由がある。 そもそも、明石朱里と葉山正樹は物心つくかつかないかくらいからの付き合いとなる幼馴染同士である。 幼馴染同士で、学校も同じだが、中等部の間はずっとクラスが違い、別れ別れになっていたのだ。 朱里にとって、中等部時代は地獄だった。 正樹がいない、というだけではなく、中学生というガキくさい反抗期と被るもとい多感で感じやすい年代だけに、クラスの雰囲気が若干殺伐としていたからだ。 夜照学園は進学校であり、他の生徒は競争相手=敵であるという意識が強かったこともあるのだろう。 少し人間関係を読み違えればグループの中からハブにされ、ひどい時にはいじめのターゲットになることもあった。 そんな中で、正樹という以前からの付き合いのある相手を欠いた状態で人間関係を零から構築することは朱里にとって多大な労苦を伴うものであった。 朱里にとって、中等部時代は地獄のようなものではなかった。 地獄そのものだった。 そんな日々の中朱里の神経は磨り減らされ、一方の正樹も部活に打ち込んでいたこともあって2人は相応に疎遠になっていた。 しかし、朱里はむしろそれによって正樹とすごした日々を愛おしく感じ、彼に対する恋愛感情を自覚するにいたった。 その想いは地獄の日々の中でより強く、より深くなっていった。 そして、高等部に入ってようやく同じクラスになることができた。 高校生になった正樹は、3年間別々のクラスにいただけで、幾分か変わっていた。 背も伸びて精悍さを増し、男らしく、格好良くなっていた。 人間関係も変わっていた。 元々人好きのする性格ではあったが、小学校の頃以上に多くの男友達に囲まれ―――親友とかいう少年が隣にいた。 正樹の隣は、朱里の特等席だというのに。 そのせいか、正樹からのリアクションも薄い。 例えば、同じクラスになってすぐのこと――― 170 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれどうめい ◆3hOWRho8lI :2010/12/14(火) 12 19 55 ID a4mnyjkP 「正樹、正樹。ひさっっっしぶり同じクラスになれたね!」 「まー同じガッコだからな。ンなこともあるだろ」 「一学年でクラスがひぃ、ふぅ・・・」 「十三クラス、だったな」 「13分の1!これは最早運命!。英語で言うとですてぃにー」 「ガンダムか執事漫画みたいなこと言うな。ソレを言うなら偶然だ、ぐーうーぜーん」 「このまま卒業まで、ずーっと同じクラスだと良いよねー」 「止せよ。ガキじゃねぇンだし、そんないつまでもベタベタしてられっか」 「そ、そう・・・・・・。ところで、この後の放課後ヒマ?良かったら一緒に・・・・・・」 「あー、悪い。先約がある。お、みかみんお待たせ」 「ン、はやまん。もしかしてカノジョさんと一緒だった?」 「ちげーよ、みかみん。コイツは明石朱里。昔ちーとばかり一緒につるんでただけだって」 「そっか、じゃあキチンとご挨拶しないとなー」 「人の話し聞いてたのかテメー!」 「・・・・・・・アナタは?」 「俺は葉山の親友の御神千里。同じクラスになったことだし、よろしくして欲しいかな」 「そう。親友、親友、ね」(ゴゴゴゴゴ) と、まぁこんな具合である。 「折角、正樹に会うために地獄の日々を生き抜いてきたのに・・・・・・」 改めて、朱里は2人の少年たちを見た、もとい睨み付けた。 物心付く前から愛しているのに、その想いに気づいてくれない少年を。 そのすぐ隣というポジションにいる少年を。 特に、千里に対してはドロドロとした感情を向けずにはいられない。 妬ましいし、それ以上に憎い。 自分の定位置を奪ったことが憎い。 その上、それを誇るでもなく当たり前であるかのように振舞っているのが憎い。 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い だから 「「(・・・)あんな奴が彼の隣にいるなんて許せない(です)」」 独り言が、期せずして唱和した。 それは、つまり近くに誰もいないと思っていた朱里の周りにもう1人いるということで・・・・・・ 171 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれどうめい ◆3hOWRho8lI :2010/12/14(火) 12 20 23 ID a4mnyjkP 「誰よ!?」 「ひぅ!」 朱里がそう叫ぶと同時に、がさがさーと近くの花壇の影から現れたのは、1人の少女だった。 華奢で小柄な少女である。 雪のように白い肌に細い手足。 美しい黒髪を肩の上あたりでおかっぱに切りそろえている。 良く見ると目鼻立ちのそこそこ整った、癖の無い顔立ちをしていて、その大きな目には怯えの色がある。 「・・・」 「いや、黙ってたら分かんないって」 上目遣いでオドオドとこちらを見る少女に、朱里は言った。 「・・・ひ、緋月三日です。…一年十三組の…・・・」 「はい?」 いきなり自己紹介された。 「・・・そ、その、『誰よ!?』って聞かれましたから」 当然といえば当然の対応であった。 「アタシは一年十二組の明石朱里よ。それで、アンタ・・・・・・そんなトコで何をしてたの?」 相手だけ名乗らせるのも難なので、朱里も名乗ることにした。 三日と名乗った少女がさっきまでいた花壇を見ながら。 誰にも気づかれずに花壇の影にずっと隠れているとか変な人以外の何者でもない。 「・・・そういう明石さんこそ、何をしてるんですか?」 三日も朱里の方を見ながら、質問を返した。 「うぐ・・・・・・」 冷静になって考えると、朱里は校舎の影でクラスメイトたちを見ながらブツブツ独り言を呟いていた変な人なわけで・・・・・・ 「う、うるさいわね!良いじゃない、好きな人を遠目に見ながら恋煩いしたって!フツーよフツー!」 開き直って勢い良くまくし立てて誤魔化すことにした。 主に、自分の羞恥心を。 「・・・確かに、普通のことですね。・・・好きな人は二四時間三六五日見ていたいものですから」 「そうよ、フツーよセージョーよ!」 なぜか納得する三日に、畳み掛けるように言う朱里。 どうやらこの三日という少女はいささかズレている部分があるらしい。 と、一通りまくし立てて朱里ははたと気づく。 「「って好きな人ぉ!?」」 2人の声が再度唱和した。 朱里の頭の中が、パニックに陥る。 172 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれどうめい ◆3hOWRho8lI :2010/12/14(火) 12 21 19 ID a4mnyjkP 正樹の恋敵はほとんど排除したと思っていたのにこんなところに意外な伏兵がいるなんてでも地味な感じの子だしでも『緋月三日』ってあの一原先輩(美少女マニア)に目付けられてた子の1人だったような・・・・・・。 思考がグルグルと回りだして、朱里はパニックに陥りそうになる。 とりあえず、思考を落ち着かせるために深呼吸。 とにかく、この恋敵(仮)から少しでも多くの情報を引き出さなくてはならない。 たとえすぐに有用な情報が聞けなくても、些細なことがこの恋敵を排除する布石になるとも分からない。 朱里がそう決意したことが伝わったのだろう。 対する三日の表情も剣呑なものに変わっていた。 「…」 三日は無言でこそあるものの、「恋敵は殺す。全て殺す」という思いがビリビリと伝わってくる。 見た目は非力な少女だというのに、朱里には彼女がどんな強敵にも勝る脅威に見えた。 一瞬、気圧されそうになるものの、朱里はゴクリと唾を飲み込み口を開く。 「まさか、アナタ正樹のことが―――」 「・・・まさかあなた、御神くんのことが―――!?」 2人はこれまたほぼ同時にそう言って、2人は互いの勘違いに気づく。 「……そっち?」 「…(コクリ)」 無言で頷く三日を見て、一瞬前までの緊張が一気に解ける。 「はー、あの親友クンに惚れてるとはねー」 「・・・よもや、御神くんの隣の人に懸想されている人がいらっしゃるとは」 隣の人、という無造作な表現に、朱里はなぜか少しだけムッとした。 「隣の人とは何よ!正樹はね、ちょーすごくてちょーかっこいいヤツなのYO!中学の頃なんて後輩のために・・・・・・」 それからずっと、朱里は延々と(彼女の知るはずも無いことも含めた)正樹の自慢話を始めた。 ・・・・・・途中から『子供の頃の恥ずかしい思い出』といったプライベートなことの暴露話になっていたが。 はっきり言って、身内以外にはどうでも良いことこの上ない話だった。 「・・・そうだったんですか」 朱里の話を三日はしかし、何一つ厭うことなく最後まで聞いていた。 「・・・すみません、『隣の人』なんて言って。私はあの人―――葉山くんのことは名前すら知らなくて」 それどころか、真剣な態度でそう言った。 そう言って、くれた。 「ま、下手に正樹のコト知ってたらアナタも惚れてたかもだしねー」 思わず、柔らかい笑みを浮かべて朱里は言った。 「・・・御神くんのことは、何も知らなくて」 そう言って、三日はうつむいた。 「・・・御神千里くん、一年十二組の生徒さん。・・・それが彼について私の知るほとんど全てです」 うつむいている三日の表情は、朱里からは分からない。 「・・・明石さんと違って、ほとんど何も知らなくて・・・・・・」 三日の小さな手が、制服のスカートをギュッと握る。 朱里はその手をそっと包み込んだ。 三日は、朱里の話を真摯に聞いてくれた。 朱里にとって何よりも大切な人の話を、真剣に聞いてくれた。 それが何より嬉しかった。 だから、今度は朱里の番だ。 「ねぇ、三日ちゃん。今度はアナタの話を聞かせてくんない?名前とクラスくらいしか知らなくても、それでもあの親友クンを好きになった、アナタの話」 朱里の言葉を受けて、三日は話し出した。 三日の話はつっかえつっかえ、要領を得ない部分もあったが、朱里は変に催促することも無く、彼女の語るがままに聞いていた。 幼い頃は病気がちで、他人と接する機会がほとんど無かったこと。 家族のこと。 大好きだったお兄さんのこと。 お兄さんがいなくなってしまったこと。 そのさびしい思いを抱えたまま、学校でも他人とどう付き合っていけばいいのか分からず、更に寂しい想いをしていたこと。 そして、 そんな頃に、御神千里が優しくしてくれたこと。 173 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれどうめい ◆3hOWRho8lI :2010/12/14(火) 12 22 38 ID a4mnyjkP 「・・・一目惚れ、みたいなものなんだと思います。・・・けれど、彼の姿を見ている内に、ずっとずっとずっと好きになって。いつの間にか、彼が視界にいないことがおかしくなってたんです」 はにかんだ表情で、三日はそう結んだ。 彼女は少し、自分と似ている。 そう、朱里は思った。 好きな人に対して不器用で、けれどとても一途だ。 だから・・・・・・ 「ねぇ、三日ちゃん?」 朱里は言った。 「アタシと手を組まない?」 「・・・手を組む、ですか?」 朱里の言葉に、怪訝そうな顔をする三日。 「アナタの話を聞いて私は確信したわ!アナタは使える!!」 「私使われちゃうんですか!?」 何気にヒドい台詞を今日一番の笑顔でのたまう朱里に、三日は当然ながらビビる。 「その代わり、アナタも私を使い倒しなさいな」 ずずい、と顔を近づけて朱里は言った。 「アタシは使えるわよー。何せ一年生1の事情通だし」 「事情通、ですか?」 「そう!」 バッと手を広げて朱里は続ける。 「情報を制するものはガールズの世界を制する!ぶっちゃけ、イジメの原因とかでも情報収集を怠ってクラスの立ち位置ミスったこともあるし」 「・・・随分と具体的というか真に迫っているというか・・・・・・」 体験談だった。 「ま、まぁ中学時代の黒歴史はさておき!私にかかれば、あの親友クンの個人情報から生写真まで!何でもそろうわよ!」 「・・・生写真!?すっごく、欲しい!」 朱里の言葉に目の色を変える三日。 ・・・・・・どんな写真を想像しているのだろうか? 「その代わり、私の恋愛にも協力して欲しいの。言わばギブアンドテイク、同盟関係ね」 「・・・協力、ですか」 「そうよ。まぁ、親友クンを攻略してくれるだけでも十分過ぎるくらいの協力になるんだけどね」 アレ何か入り辛いのよねー、と愚痴る朱里。 「・・・分かりました、明石さん。・・・手を、組みましょう」 「おっけー」 そう言って、三日の方に手を伸ばす朱里。 「?」 「握手よ。これでアタシら、友達ってことになるし」 怪訝そうな顔をする三日に、朱里は言った。 「・・・随分と打算的な友達のような気がしますけど」 三日は苦笑を浮かべる。 「友達なんてそんなモンでしょ。宿題手伝わせたり、ノート見せてもらったり―――恋愛相談したり」 「・・・そうですね」 そう言って、三日は朱里の手を握った。 「同盟、成立ね」 笑顔でそう言う朱里に、三日もまた笑顔で答えた。 「・・・私、お友達と握手なんてしたの初めてかもしれません」 はにかんだような、嬉しそうな表情で三日が言った。 「そりゃコーエーね」 対する朱里も笑顔で返した。 「・・・初めて。・・・初めてのお友達」 「そりゃコーエーどころじゃないわね!」 そこまで突っ込んで、朱里はふと気が付いた。 174 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれどうめい ◆3hOWRho8lI :2010/12/14(火) 12 23 00 ID a4mnyjkP 「っていつの間にか正樹たちいないし!」 「本当です!」 どうやら、長々と話し込んでいる内に正樹と千里は帰ってしまったらしい。 「追うわよ、三日ちゃん」 「・・・いきなり駆け出さないでくださいよう。私そんな走れな・・・・・・」 「大丈夫、下校路を考えるに、近道をすれば何とか追いつけるわ!」 「・・・そ、その前に息が切れちゃいそうです」 175 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれどうめい ◆3hOWRho8lI :2010/12/14(火) 12 23 47 ID a4mnyjkP おまけ それから、数ヵ月後 「てーづーまーりー」 だらけた表情で、朱里は自室の机の上に体を投げ出す。 「男の子を攻略するのに比べると、数学の問題が簡単に思えてくるわよねー」 今日は2人で勉強会兼恋愛対策会議。 彼女の目の前には宿題のノートの他に意中の相手に関する情報を事細かに書き記したメモ帳がある。 もっとも、朱里はそんな情報が何の役に立つのだろうという気分になってきているのだが。 そんな朱里を、三日は微笑みながら見ていた。 「・・・数学苦手な朱里ちゃんがそんなこと言うなんて、明日は雹でも降りそうですね」 おかっぱ頭からセミロングの長さになった髪を揺らして、三日は言った。 彼女の手元のメモ帳には『料理部部員からの証言―――長髪が好み』と書かれている。 「みっきーのいぢわる・・・・・・」 じとーっとした表情で朱里は三日の方を見やった。 「・・・いや、みっきーって何ですか」 聞き覚えの無い呼称に、三日が珍しく突っ込む。 「みっきーが某ネズミの王国のマスコットばりに、イヤミなくらいかわいーからみっきーよ。可愛すぎて死んじゃえ」 「・・・褒められてるのか妬まれてるのか分からない渾名ですね」 「だって、良く見るとみっきーってアタシよか可愛いし。美少女だし」 「・・・いやいやいや。それは無いですよ」 「新ジャンル:イヤミ可愛い。死んじゃえ」 「・・・ええっと、美少女って言うのは私のお姉様みたいなことを言うんじゃないかなーって」 「あんなのと比べたら誰だって不細工ちゃんよ!死んじゃえ!」 一頻り叫ぶと、朱里は部屋の隅で体育座りをはじめる。 「・・・・・・正樹ぃ、早くアタシの気持ちに気づいて迎えに来てよぉ。アタシはいつだって準備オッケーなのにさー。って言うか昔言ってくれたじゃん。お嫁さんにしてくれるって。ハハ・・・、あの頃のまーちゃんは・・・」 「・・・朱里ちゃん!?何か目がウツロですよ!?戻ってきてー!」 現実逃避を始める朱里に、三日が叫ぶ。 そんな気安いやり取りをする2人の姿は、打算的でも何でもない、ごく普通の友達同士のものだった。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1763.html
14 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 14 33 ID 3MRI2eKK 「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」 「俺はホットコーヒーで。二人はどうする?」 喫茶店に入ってわざわざコーヒーを注文する。 こんな経験をしたことは、十七年間蓄えてきたの記憶の中には、ひとつもない。 俺がコーヒーを飲む機会と言えば、大きく分けて三つある。 気分転換に、インスタントなり、コーヒーメーカーなりを使って、自分でコーヒーを淹れて飲む。 自分で買った、もしくは友人知人が奢ってくれた缶コーヒーを飲む。 たまに弟が淹れてくれる濃いめのコーヒーを、温くなるまで待ってから飲む。 いずれの場合も、ちびちびと口をつけて飲むので、一杯あたりを飲み干すのに時間が掛かる。 そのため、俺が喫茶店でコーヒーを飲んでいたら、店の回転率はかなり鈍ることだろう。 だが、それは喫茶店に立ち入らない理由ではない。 喫茶店のコーヒーは美味くても、高い。これが、俺が喫茶店に行かない理由だ。 たまに、高橋の奴が美味しいコーヒーを淹れる店を見つけた、という話題を振ってくる。 店舗が街から離れているから美味しく飲めるとか、雑な味が一切無いところがいいとか、 わかるようなわからないような言葉で褒めちぎる。 いくら賛辞の言葉を聞かされても、俺は喫茶店へ行くつもりにはならない。 喫茶店のコーヒーの相場、おおまかに四百から五百円。 コーヒーが飲みたくなったら缶コーヒーで済ませてしまう俺には、とても出せない。 差額でエナメル塗料と塗装用の筆を買った方がずっといい。 そんな価値観を持つ俺がこうして喫茶店にやって来ている。 偶然喫茶店のコーヒーを味わいたくなったわけではない。なりゆきでここに来ているだけだ。 「私もお兄さんと同じの」 「じゃあ、私はアイスコーヒーをもらおうかしら」 ついさっき、妹と葉月さんが、デパートの通路に居ることも気にせずに喧嘩を始めてしまったのだ。 放って置いたらいつまで経っても終わりそうにないので、俺が二人を喫茶店まで連れてきた。 デパートに来ているお客の注目を避けるための処置だったが、場所を移動したのは正解だった。 正解ではあったけど、事態は収束していない。次ラウンドに移行しただけである。 15 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 15 52 ID 3MRI2eKK 俺と妹と葉月さんで、一つのテーブルを座って囲む。 妹と葉月さんは向かい合って座っている。 俺はテーブルの横で、二人の緩衝材代わりをしている。妹は左、葉月さんは右。 三つのテーブルを挟んだ向こう側の壁に貼ってある、カツサンドのポスターが遙か遠くにあるように感じられる。 当店人気メニュー、カツサンド。お値段七百円。お持ち帰りもできます! ポスターには、衣にソースをたっぷりしみ込ませたカツサンドが都合良く三つ並んで写っているじゃないか。 ここはカツサンドを注文して、三人で仲良く分けて食べてみようか? 「そういえば、葉月。私あんたのケイタイの番号とアドレス知らないわ。赤外線で送ってくれない?」 「いいわよ。でも赤外線で番号交換とかしたことなくてやり方わからないの。 仕方ないから妹さんの腕に赤ペンで書いてあげる。赤ペン持ってないかしら?」 「都合良く赤ペンなんか持ってないわよ。お金渡すから、あんた買ってきて」 「そんな、妹さんにお金出させるなんてできないわ。 お金は私が出してあげる。だから妹さんが買いに行ってきて頂戴。 ちゃんとここで待っててあげるから……ね?」 「本当にいい性格してるわね、あんた」 「妹さんこそ、その度胸は素晴らしいわ。ちょっと羨ましくなっちゃうかも」 イヤイヤ、ハハハハハ。 そんなににらみ合ってないでさ。仲良くやろうぜ。 せっかく同席してるんだから、親睦を深めようよ。 おかしい。喫茶店ってこんなに緊張する場所だったっけ? たしか、高橋の話じゃ落ち着いた雰囲気の店内の中、有線から流れる名曲に耳を傾けつつコーヒーを飲むような場所のはず。 もしかして、ここは喫茶店じゃないのか? 間違って怪しいバーかクラブにでも入っちまったのか? 俺は今、どこに迷い込んでしまっているんだ。 16 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 18 58 ID 3MRI2eKK やがて、背中に冷たい汗をかいた俺の前に、ウェイトレスがやってきた。 彼女はコーヒーを三つ置くと、俺に一瞥をくれた後で、ごゆっくり、と声をかけて去っていった。 あの目は、明らかに俺を哀れんでいなかった。 なに女二人も連れ込んでんのよ、やるならよそでやれ、とでも言いたげだった。 言われてみれば、妹と葉月さんに挟まれている状態は、まさに両手に花という有様だな。 両手に花って、もっと華やかなものだと思うんだが。 そりゃあ、葉月さんは美人だよ。妹だって年の割に整った顔してる。 だけど片方の花がトゲだらけだったり、もう一つがでかい口で威嚇してくるような花だったらどうだ。 早く解放されたいって誰だって思うはずだ。少なくとも俺は今そう思っている。 もしや、両手に花状態って、喧嘩する女性に挟まれて困惑する男の有様を指しているのか? てっきりハーレムの中で馬鹿笑いする男を指しているのだと思っていた。 これは脳内辞書を更新する必要がありそうだ。 両手に花。読み、りょうてにはな。 意味、一人の男性が犬猿の仲にある女性二人を連れていて、かつ緊張して困り果てている様子のこと。 「お兄さん、砂糖とミルクとって」 「おう」 言われるがまま、シュガースティックとプラカップ入りのミルクを二つずつ妹に渡してやる。 すると、葉月さんが咎めるように言った。 「妹さん、それぐらい自分でとったらどう?」 「自分でとれるんならそうするわよ。ただ、無言で手を伸ばしたら何かに噛み付かれそうだったからやめたの」 「なんだ、そうだったの」 「ええ、そうよ」 妹は砂糖とミルクをすべてカップの中に投入し、それでも足りないと感じたのか、シュガースティックをもう一本とった。 その瞬間、葉月さんの肩がぴくりと動くのを俺は見逃さなかった。 しかし、肩はただ動いただけ。それに続く動きはなにもなかった。 もしも妹が俺に何も言わず、自分の手で砂糖とミルクをとっていたら、どうなっていたのか。 ……ふうむ。どうなってたんだろう、本当。 葉月さんって武道をやってるそうだけど、座ったままで技をかけたりもできるのか? 俺は格闘技事情について明るくないから、葉月さんの腕前がどれほどのものなのか知らない。 おそらくだが、一対一で人をあっさり倒すぐらいのことはできるはず。身をもって味わったことがあるからわかる。 その道に踏み込んだ人間の真の実力を知るには、その道に踏み込んで知るしかない。 昔、特撮ヒーローや漫画に影響され、格闘技の道に踏み込もうとして入り口手前でこけた程度の俺には、葉月さんの実力はわからない。 よって、座ったままでも何か技を仕掛けられるんだろうと考えておく。 嫌だなあ。余計な思考のせいで警戒レベルが上がってしまった。緊張が恐怖に変わりそうだ。 17 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 22 57 ID 3MRI2eKK 「妹さんはいつもそんなに甘くして、コーヒー飲むの?」 「そうよ。甘い方が美味しいんだもの」 「さすがに甘すぎるんじゃないかしら。コーヒーの元の味が消えてるでしょ? いっそのことオレンジジュースの方がいいんじゃない? 太っちゃうわよ」 「余計なお世話よ。で、あんたはブラック? いつもそうなの?」 「そう。喫茶店のちゃんとしたコーヒーぐらい、素のまま味わいたいもの」 お、なんかいい感じだぞ。 まだ堅いところが残ってるけど、ちゃんと会話が成り立ってる。 よし、ここで俺が世間話を振ってやれば二人の仲も―――― 「あんた、体重でも気にしてるの? 小っちゃいわねえ」 「いやだわ、妹さんったら。 私があなたぐらいのころには、もっと大っきかったんだから。変なこと言わないで」 「私の、どこがあんたより小さいって……?」 「言って欲しいの? うーん、言ってもいいけど、ショック受けないかしら?」 「言ってみなさいよ、いいから!」 「私、あなたより五センチぐらい身長高かったわよ。 でも気にしないでもいいと思うわ。高校に入って一気に身長が伸びる人は多いから」 ――上手くいくはず、と思っていた俺は、どうやら甘かったようだ。 「あんた、カンッペキに私を馬鹿にしてるでしょ!」 「お、落ち着け妹。葉月さんだってそういうつもりで言ったわけじゃないんだから」 「はあ? なにこの女の味方してんのよ、お兄さん。この間言ってくれた告白、嘘だったわけ?」 「お前は何を言ってるんだ。あれは良き兄であろうとする俺の言葉であってだな――」 妹に向いていた顔が、前触れもなく向きを変えた。 視点が高速で移動する。目の前には葉月さんの笑顔。 顔は笑ってるのに、葉月さんの右手は力んでる。掴まれた顎に細い指が突き立ってる。 骨に被ってる皮と肉が潰れて痛い。というか、骨が軋んでいるような。 18 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 24 09 ID 3MRI2eKK 「ねえ? 告白って、どういうことなのかしら?」 「ら、らから……」 「妹さんに告白? 一体何を告白したのかしら。私、興味津々で、思わず力んじゃうわ。 早く言ってくれないと……指が言うこと聞かなくなっちゃいそう」 「ひひはくへほひへはへん」 言いたくても言えません。 「お兄さんから手を離しなさいよ、葉月!」 「ちょっと黙ってなさい、貧乳」 「なっ……この暴力女! さっきの、やっぱりそういう意味だったんじゃないの!」 「他にどんな意味があると思ってたわけ? 頭の中がお花畑で大変結構ね」 「そんなんだから振られたってことが分かんないの? 馬鹿でしょ、あんた!」 違う。違うんだ、二人とも。 喧嘩するほど仲が良いという言葉もあるけど、俺はそんなの認めない。 だって、ずっと喧嘩しっぱなしじゃ、本当にただ仲が悪いだけじゃないか。 俺は罵詈雑言で親睦を深めて欲しいわけじゃないんだ。 もっと女の子らしくウインドウショッピングとか、話題の美味しいデザートのお店を巡るとかさ、いろいろあるだろ。 ああいうのがいいんだよ。頼むから俺の神経をすり減らさないで。 あと葉月さん。俺の骨をこれ以上折らないで。砕かないで。 マジ痛い。痛い痛い。痛いなんてもんじゃない。 超痛い。足の小指を打つ痛みがレベル一なら、レベル十ぐらい。いや、レベル二十。というか、もうよくわからない。 痛みでいっぱいいっぱい。二人が何を喋ってるのかもわからない。 瞳に何かが写ってもそれを認める余裕がない。そもそも、まぶたが開いてるんだろうか。 意識が全て顎の痛みに集中してて、すべてが虚ろだ。 そうして、痛みが快楽に変わりそうになった頃、喫茶店のマスターとウェイトレスの二人がかりで、俺の顎はようやく解放された。 19 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 26 38 ID 3MRI2eKK あれだけ騒いだのだから、三人揃って喫茶店から追い出されるのは当然である。 妹は一人で先に帰ってしまった。 俺も一緒に帰るように誘ってきたのだが、断った。 なぜなら、ここで俺が妹と一緒に帰ってしまったら、葉月さんはそのまま付いてくるだろうから。間違いなく。 これ以上二人の喧嘩に巻き込まれるのも、戦禍を拡げるのも御免だ。 ならばここで俺がなんとかするしかない。 妹と葉月さんの件は、先送りして良い問題ではない。 四月から二人は同じ学校に通うのだ。必然的に、二人の喧嘩は学校内でも勃発するようになる。 上級生と喧嘩する妹は、新学期から周囲に奇異の目で見られ、孤立していく。 葉月さんに憧れる生徒達の抱く、彼女のイメージは崩れ去ることだろう。あんな醜い喧嘩をする人なんだ、と。 喧嘩を止めに入るのは、もれなく俺になることだろう。俺じゃなければ弟だ。 新学期に移行する前に二人の仲を修復、もしくは小康状態にしておかなければ、あらゆる人に被害が及ぶ。 荷が勝ちすぎてる。俺みたいな奴になんとかできる問題じゃないだろ、これ。 女同士の仲を修復させるなら弟の方が適任だ。 いつだったか、あいつへの告白がブッキングしたことがあったらしい。 それもトリプルブッキング。告白の場所と時間まで重なった。そこまで重なるとイタズラに思えるが、本気だったそうな。 俺だったら戸惑うだけだが、弟は冷静に対処した。 まず興奮する女の子達を落ち着けて、返答を保留。 後日、一人一人に断りの返事をした。 まとめるとものすごく簡単だが、ここまでスムーズに収拾をつけられるのは、知る限り弟しか居ない。 だが、妹と葉月さんの喧嘩に関して弟は一切触れていない。頼ることはできない。 頼れるのは自分だけ。俺の判断に全てが委ねられている。 ここ最近の経験からして、また痛み分けで解決することになるのだろうか。 解決するならなんでもいいや――と考えないよう、思考をポジティブに切り替える。 これ以上痛い目に遭うのは、俺は嫌だ。 ここで終わらせるんだ。伯母の問題も解決したんだから、俺はこれ以上面倒に関わらないようにするんだ。 葉月さんを何とかする。 何をすればいいのかは分からない。 分からないから、これからそれを調べる。 言葉を選んで聞き出して、ベストではなくても、間違った対応をしないように。 20 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 28 51 ID 3MRI2eKK 場所を変えて話をしよう、という誘いに葉月さんは乗ってくれた。 住宅街の中にある公園。時刻は夕方の六時近くになっているので、遊具で遊ぶ子供の姿はない。 早くも日が落ちて隠れてしまいそう。これから散歩に出掛けるなら誰もが明るい服装を選ぶことだろう。 ベンチに腰を下ろす。葉月さんは腰を下ろすと、俺の膝にくっつく位置まで近づいた。 「ねえ? さっきの続きだけど」 続きと聞いて、顎に幻痛が走る。まだ痛みの残滓は残ったままだ。 「妹さんに告白したっていうのは、嘘? 本当?」 「嘘じゃないよ」 「何を告白したの?」 「そもそも、告白という言い方がどうかと俺は思うけどね。 妹をどう思っているか、その辺について聞かれたから答えた。ただそれだけ」 「もしかして……これからは恋人として付き合おうって言った?」 「それはない。そういう気にはならないよ、妹とは。 葉月さんは勘違いしてる。葉月さんに兄弟がいないからわからないのかもしれないけど、ありえないんだ。 血の繋がった家族とそういう関係になるっていうのは」 「じゃあ、血が繋がってなければ? 恋人になろうと思うの?」 「家族は家族だ。血の繋がりが云々なんて、関係ない」 家族ってのは、血縁や結婚や養子縁組という繋がりだけで結ばれてるわけじゃない。 もっと深いところで繋がった関係だ。 仮に弟や妹の身体から魂が抜けて人形に宿っても、俺は家族だと思える。 「妹を恋人として見る、なんてことになってたら、俺は妹の事を家族だとは見てないよ。 家族でも何でもない、ただの他人の、女の子だ。 そして俺は、妹のことを、二つ下の妹として見てる。年頃で、難しい時期だよ。 大事にしたいって思ってる。好きだよ、あいつのことは」 「じゃあ、あなたは妹さんを妹以上の存在としては見ていない、ということ?」 葉月さんの目を見る。深く頷いて、また目を合わせる。 これ以上なく、真摯な気持ちで。 「そう……よかった。ちょっとだけ安心した。 あなたを見てると、妹さんと一線を越えそうな雰囲気までしてたの」 葉月さんの表情が和らいだ。微笑みが怖くない。 自然に俺の警戒心も緩くなる。 「あのさ、聞き逃せないこと、言わなかった?」 「しょうがないじゃない。今日のあなたと妹さんを傍から見てると、誰だってそう思うわよ。 どう見たってデートだったもの。一緒にご飯食べるし、プレゼントまで贈るし。 何度邪魔しようと思ったかしら。一度や二度じゃきかないわ」 「邪魔する理由がわかんないな、俺」 「本当にわからない? それとも惚けた振り? ……まあ、どっちでもいっか。 妹さんに嫉妬してたからに決まってるでしょ。私はね、あなたの隣に居たかったの。 妹さんだけじゃない、木之内澄子も、葵紋花火も近づけたくない。名前は知らないけど、他の女も。 私はね――――」 どんなときも頭から離れないぐらい、あなたのことが好きなのよ。 言葉が直接頭の中に響いてくるぐらい近い距離で、囁かれた。 葉月さんの何度目かの告白だった。 21 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 33 13 ID 3MRI2eKK 「それこそ、あなたの行方が気になって、ついつい、ついて行っちゃうくらいね」 なんで行き先がわかるかってのは、問うまでもないか。 弟の奴が教えたんだろう。今日の俺と妹の行き先を知ってるのは弟しか居ない。 たしかに口止めはしなかったけど、あいつは教えるのを躊躇ったりしないのだろうか。 まさかとは思うが、俺を困らせるために葉月さんを送り出したわけじゃないよな。 あいつ、俺と葉月さんの接触を増やそうとしてないか? 高橋とは違う意味で、あいつの考えは読めない。 迷路に例えるなら、高橋の考えは一本道だけど曲がり角ばっかりで、ただ時間がかかるだけの面白みのないもので、 弟の考えは、構造は簡単なのに、目隠しをしなきゃいけない決まり事があるものという感じ。 弟の思考を読むには、情報が不足しすぎてる。高橋よりも厄介だ。 「前、あなたは私に言ってくれたわね。友達として好きだって。 だけど私はね、あなたとの関係を、ただのお友達で終わらせたくないの。 一番仲の良い友達じゃなくて、それ以上の、恋人になりたいの。 もうすぐ私たちは高校生活最後の一年をスタートさせる。 どうせなら、最高の一年にしたいじゃない?」 「……そうだね」 「いくら考えても、どんな可能性を探っても、あなたが彼氏じゃなきゃダメだった。 断られて落ち込んでも、一度も諦めようなんて考えられなかった。 しつこい女なの、私。それに欲張り。 気が済まない。忘れられない。好きな気持ちが溢れてくる。 付き合ってくれないかしら、私と。答えが聞きたいわ」 正直に答えることはできない。 俺は、葉月さんを友達だと思ってる。葉月さんが望むような関係を、築きたいと思わない。 だからって、付き合うのは嫌じゃない。満更でもない。 前に告白された時断ったのは、葉月さんを独占したいほど好きじゃなかったから。葉月さんと同じ気持ちじゃなかったから。 こんな気持ちのままで付き合うなんて、悪いことだと思ってた。 ――でも、今は違う気持ちもある。 「聞きたいんだけどさ。俺がもしも、葉月さんの理想通りの人じゃなかったら?」 「それなら、私の理想をねじ曲げるだけだわ。 理想を押しつけても、相手は受け入れてくれない。私は同じ轍は踏まないわ」 「俺が……人を深く傷つけるような最低な人間であっても、そう言える?」 「もちろん。あと、あなたは最低じゃないわ。 最低の人間は、自分が最低だと考えられないぐらい、最低な奴なんだから」 「……はは、それもそうか」 22 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 34 28 ID 3MRI2eKK ああ言えば、こう言う。敵わないな、葉月さんには。 暴力を振るうところは良くないけど、それ以外は、拍手を送りたくなるぐらい、すごい女性だ。 俺なんかを好きになって、何回振られても諦めず、また告白してくる。根性があり過ぎる。 こんなすごい人とは付き合うなんておこがましい――なんて思う。そこは変わらない。 でも、この人のことをもっとよく知りたい、とも思うようになってる。 今の関係、友達のままでは、決して知ることのかなわないことを知りたい。 愛着は好きという純粋な気持ちだけで生まれるとは限らない。 さすがは俺の親友だ。良いことを言ってくれる。最高の台詞だ。 あまりにも最高だから、俺の生き方の参考にさせてもらうぜ、高橋。 「……あのさ、葉月さん」 「なあに?」 こんなんでいいのかってぐらい、リラックスしてる。 罪悪感はたしかにあるのに思考が軽すぎる。 余計な台詞まで言ってしまいそうなぐらい、舌が滑らかに動いてくれる。 「付き合おうぜ、俺たち。 いつからいつまで、なんて期間も設けないし、後で嘘だって言うのもなしだ。 葉月さんのこと、もっと知りたいんだよ。今よりたくさん」 23 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 36 08 ID 3MRI2eKK ***** ……………………、……ほぇ? 嘘。 夢? それとも正夢? 嫌よ、そんなの。 というか、夢じゃないでしょ。 じゃあ嘘かって言うと、彼がたった今否定したところだし。 「あの、あなた……私のこと好き、だったの?」 「ま、まあ。そういうことになるかな、うん」 この、照れてはっきりものを言わないところ、偽物じゃない、本物だわ! 「な、なんで?」 「ごめん。何について聞かれてるのかわからない」 私だって、自分が何言ってるんだか分かんないわよ! 「俺、そんな顔されるほど変なこと言ったかな」 「いえ、別にそんなこと……って、変な顔してるなら早く言って! バカぁ!」 慌てて彼から顔を逸らす。ベンチの上に正座して隅っこまで移動する。 やばいわ、どんな顔してるのよ。彼がそんなこと言うってよっぽどじゃないの! ああでも、どうしよ。 どうしよ、どうしよ。どうしよ、どうしよ? どうしよ、どうしよおっ! と、とうとう彼と付き合うの? 付き合っちゃうの? 付き合うことになっちゃった! 無性に叫びたい。幸せで身体が膨らんで破裂しそうよ! ていうかもう、爆発しなさい、私! 24 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 38 56 ID 3MRI2eKK し、死にそう。 顔がおかしい。熱が籠もりすぎ。体温、今何度よ? 付き合うってことは、デート行き放題、手をつなぎ放題、むしろ姫だっこで移動? 「幸せすぎる、幸せすぎるわ!」 好きって言ってくれるの? 今まで妄想の中でしか言ってくれなかったのに? 愛してるとか、結婚しようとか、はい誓いますとか、行ってきますとか、ただいまとか、夕飯より先にお前が食べたいとか! そんなのハレンチよ! もちろんアリだけど! ただし私を倒してからにすることね! それでわざと負けちゃったりするのよ! うふ、うふふふふ! 「っ……きゃぁっほおぉぉぉう!」 ベンチベンチ! ベンチ殴っちゃうわ、嬉しすぎて! ちっとも痛くない! これが無念無想の境地! え、違う? でもいいの、私は無敵だわ! 「葉月さん、落ち着いて!」 「えっへへへへヘ。私は落ち着いてるわよ、心配しなくていいわ」 彼が優しく私の手を握って、労ってくれる。 これからは私だけに、その優しさを向けてくれるのね。 でも、彼は妹を大事にしてたわ。好きとか言ってたし。 妹にも優しいものね。そこがまたいいんだけど。ああ、ジレンマ。 まあ、彼の生涯の伴侶になった私には、あの子なんて恐るるに足りない存在ね。 あ、そうだわ。せっかくだから。 「ねえ、お願いしてもいい?」 「お願い? なに?」 「……キス、して頂戴」 25 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 41 22 ID 3MRI2eKK 夕闇の中、彼と見つめ合う。 もう一瞬たりとも待ってられないぐらいなんだけど、初めてぐらい彼からしてほしい。 数秒間の沈黙の時間。 彼に両肩を掴まれた。目を瞑り、顎をちょっとだけ上げる。 ああ、とうとうこの時がやってきたのね。 「いくよ、葉月さん」 来なさい! あなたの思いを存分に込めて! 彼の手から、小さな揺れが伝わってくる。いえ、もしかしたら私の震えなのかも。 何度もシミュレーションしてきたけど、本番はやっぱり緊張するわ。 私から舌を入れていいかしら? 駄目よね、そういうのは場所を変えて、二回目からじゃないと。 ここは我慢よ。我慢するのよ。彼を立てるためにも、我慢しなきゃ! 彼の唇が、触れた。 「ん、ふ……」 柔らかくって、暖かい。 心臓の鼓動が伝わってくる。きっと彼にも私の鼓動が伝わってる。 駄目。 我慢……でき、ないっ! もっと近づいて、もっと抱きしめて! もっと強引に、私の中に入ってきて! 右手を彼の頭に、左手を彼の背中に。 そのまま、力一杯抱きしめる。 「んん! んっんっ! んふぅっ!」 彼を感じる。ずっと求めてた温もり。 やっと手に入れた。 欲しがって、求めて、さまよって、それでも諦めないでよかった。 今こうして、私の手の中にある。 彼も私に応えてくれてる。痛いぐらいに肩を強く掴まれてる。 そう、いっぱい暴れて。私の上で、力尽きるまで。 もっと頂戴! 渇きを癒して、潤いを私に与えて! 大好き! でもこんな言葉じゃ足りない! 言葉じゃなくてあなたの温もりを、尽きるまで、果てるまで私に注いで! 私もあなたにあげるから! 全部、ぜんぶっ! 26 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 43 17 ID 3MRI2eKK 「…………ぷ、はあぁぁぁぁぁ」 ひとしきりキスを続けた後で唇を離し、抱く力を緩める。 暗いせいで照れた彼の顔が見えないのが非常に残念。 「どう。まだ……したい? それとも、続きをしたい?」 彼は応えない。 私の身体に体重を預けてくると、そのまま余韻を楽しむみたいに動かなくなった。 「……そう。今日はまだここまで、ね」 お楽しみは先に取っておかないといけない。 初めてが公園なんて、ロマンチックじゃないし。 やっぱり、彼の家でやるのがいいかな。 それとも私の家? それだと、お父さんがやってくるかもしれないわ。 いえ、むしろその緊張感を楽しむっていうのも、捨てがたい。 「楽しみだわ。これからよろしくね」 誰もここに来ないようにと、私は願った。 そうすれば、彼と抱き続けていられるから。 誰かと一緒に居てこんなに安心するなんて、久しぶり。 お母さんに抱きしめられてるときより、ずっと幸せ。 幸せよ。どうかお母さんのように、どこかに言ってしまわないで。 寂しさよ。願わくはもう私の元にはやってこないで。 いつまでも、彼とこうしていられますように。
https://w.atwiki.jp/sinsougou/pages/502.html
ヨウ「なぁレイ。」 レイ「なんだ?ヨウラン。」 ヨウ「シンってツンデレだよな。」 レイ「ああ。見事なまでにツンデレだな。」 ヨウ「女の子達、ヤンデレになったりしないよな?」 レイ「!……ならないだろう。」 ヨウ「そうは思うけどよ、ツンデレの主人公ってヤンデレヒロインを作りやすいらしいじゃん。」 レイ「だからと言っても心配する必要はないだろう……恐らく。」 ヨウ「だけど、仮にそうなったとして考えてみろよ。」 レイ「……。」 (以下レイとヨウランの妄想。キャラ崩壊注意!) 1、ルナ「○○、シンを返してよ。返してくれなきゃ貴女を撃たなきゃいけないじゃない。」 2、なのは「○○、少し頭を冷やそうか。大丈夫リミッター解除してあるからきっと痛くないよ。」 3、フェイト「シンと○○は絶対に幸せにはならないと思う。だって私のほうがシンを愛しているから。」 4、○○「あのレイさん。メイリンさんやアビーさんから『泥棒猫』とか『別れろ』ってメールが沢山来るんです。」 5、スバル「あはははは!シンを返してくれないからだよ○○!だから堕ちちゃうんだよ!」 ティア「あははははは!だから言ったじゃん○○!ウィングロードが本物か気をつけなさいって!」 6、リィン「シン今日も私のことだけを見てくださいです。他の汚らしい女たちは見ないで欲しいです!」 7、マユ「お兄ちゃん、ねぇあの女誰なの!?誰ッ!?誰ッ!?答えてよっ!!」 8、ミーア「私以外の女の匂いがするわ…。臭い、臭い☆早く匂い落とさないとね、シン♪」 9、シグナム「シン、駄目じゃないか部屋から出たら。逃げ出すのなら足を貰うぞ?」 10、はやて「シン、私の気持ちを裏切るんか?………そうやったら私が生きてる意味ないやん。」 ヨウ「まずいな。かなり。」 レイ「あぁ、人数が多いから何人死ぬかわかったものじゃない。」 ヨウ「何とかして回避しないとな。」 レイ「全力を尽くそう。」 なのは「面白そうな話をしているね。」 はやて「私達もまぜてーな。」 レイ「!!ヨウラン逃げるぞ!」 なのは「なに言ってるの?ヨウランはいないじゃない。」 レイ「(;゚Д゚)!?」 はやて「ささ、向こうに行こか?『みんな』まってるでw」 レイ「!( ゚Д゚ )!」 ヤンデレヒロイン-01へ進む 一覧へ
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/108.html
634 :名無しさん@ピンキー [sage] :2007/08/08(水) 10 34 11 ID Q5nRBCch 埋めネタ。 ~おれらの本音~ 昨日、近所の吉野家行ったんです。吉野家。 そしたらなんか人がめちゃくちゃいっぱいで座れないんです。 で、よく見たらなんか垂れ幕下がってて、竜宮レナ、とか書いてあるんです。 もうね、アホかと。馬鹿かと。 お前らな、レナ如きで普段来てない吉野家に来てんじゃねーよ、ボケが。 レナだよ、レナ。 なんか親子連れとかもいるし。一家4人でひぐらしか。おめでてーな。 よーしパパお持ち帰りしちゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。 お前らな、鉈やるからその席空けろと。 ヤンデレ好きってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。 Uの字テーブルの向かいに座った奴といつ喧嘩が始まってもおかしくない、 刺すか刺されるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。女子供は、すっこんでろ。 で、やっと座れたかと思ったら、隣の奴が、Windのみなも!、とか言ってるんです。 そこでまたぶち切れですよ。 あのな、みなもなんてきょうび流行んねーんだよ。ボケが。 得意げな顔して何が、みなも、だ。 お前は本当にヤンデレ好きなのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。 お前、ヤンデレって言いたいだけちゃうんかと。 ヤンデレ通の俺から言わせてもらえば今、ヤンデレ通の間での最新流行はやっぱり、 未来日記の我妻由乃、これだね。 由乃ってのは雪輝への愛情が多めに入ってる。そん代わりストーカー。これ。 で、それに「ちょろいっ!」。これ最強。 しかしこれを頼むと次から店員にマークされるという危険も伴う、諸刃の剣。 素人にはお薦め出来ない。 まあお前らド素人は、らき☆すたでも見てなさいってこった。