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前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ ソーサリー・ゼロ これまでのあらすじ 第一部「魔法使いの国」 君は、若く勇敢な魔法使いだ。 祖国アナランドを危機から救うべく、カーカバードの無法地帯を横断する旅を続けていた君だったが、ふと気がつくと周囲の光景は 一変していた。 そこは、ハルケギニア大陸のトリステイン王国と呼ばれる未知の土地であり、魔法を使える特別な血筋の者たちが王侯貴族として君臨し、 大多数の平民たちを支配しているという、奇妙な世界だったのだ。 君がこのハルケギニアにやって来たのは、ルイズという少女が執り行った、『≪使い魔≫召喚の儀式』が原因だった。 ルイズは大いに戸惑いながらも、とにかく君を≪使い魔≫にすることに決め、自分に対する忠誠を求めた。 今すぐカーカバードに戻る方法がないと知らされた君は、当面の庇護を得るために彼女に従うことに決めるが、自分が重大な任務を帯びた 魔法使いであることは、黙っておいた。 ルイズは、貴族の子弟のための学び舎『トリステイン魔法学院』の生徒であり、君も彼女の学業につきあわされることになる。 君の『ご主人様』であるルイズは、名門貴族の令嬢でありながら、どういうわけか魔法がまったく使えぬ劣等生であり、 心ない者たちから≪ゼロのルイズ≫という屈辱的な名で呼ばれていた。 ハルケギニアに召喚されてから七日目に、事件が起きた。 学院の教師コルベールが、解読の助けを求めて君に手渡した≪エルフの魔法書≫と呼ばれる書物が、≪土≫系統の魔法を操る正体不明の盗賊、 ≪土塊(つちくれ)のフーケ≫によって奪われたのだ。 森の中でフーケに追いついた君は、盗賊の正体が美しい女だと知るが、そこに思いもよらぬ乱入者が現れる。 かつて、君によって全滅させられたはずの『七大蛇』のうちの二匹、月大蛇と土大蛇が、君とフーケに向かって襲いかかってきたのだ。 さらには、ルイズと、彼女の同級生であるキュルケとタバサまでもが駆けつけ、激しい闘いの末、月大蛇は打ち滅ぼされ、土大蛇は逃走した。 学院に戻った君は、ルイズと学院長のオスマンに、自らの正体と≪諸王の冠≫奪回の任務について打ち明ける。 ふたりは大いに驚きながらも、君の話を信じ、君がカーカバードに帰還する方法を調べると、約束してくれた。 翌日の夜、学院で催された舞踏会から抜け出したルイズは、君のところへやって来て、必ず≪ゼロ≫から抜け出し、君より偉大な魔法使いに なってみせる、と宣言する。 君は、『ご主人様』のルイズや学院の人々、そして、この美しい世界に対して愛着を覚えるようになっていたが、自身の内側で起きている 恐るべき異変には気づいていなかった。 第二部「天空大陸アルビオン」 トリステインの王女アンリエッタが学院を訪れた日の夜、君とルイズはオスマン学院長の呼び出しを受ける。 オスマンが話すところによれば、彼の旧友であるリビングストン男爵という貴族が、遠く離れた二つの場所をつなげる≪門≫を作り出す魔法を 研究しているのだが、その≪門≫は、このハルケギニアと、君が居たカーカバードを結んでいるかもしれぬというのだ。 カーカバードへ戻れる望みが出てきたことを知った君は、男爵が住まうアルビオンに向かうが、その旅には『ご主人様』のルイズと、 かつて君を相手に決闘騒ぎを起こしたギーシュが、強引に同行してきた。 港町ラ・ロシェールで≪土塊のフーケ≫と再会した君は、彼女と力を合わせて水大蛇を倒すが、七大蛇がアルビオンに拠点を置いて、 何かを企んでいることを知る。 『白の国』の異名をもつアルビオンは、雲と霧に包まれて天空を漂う、驚異の地だった。 空飛ぶ船でアルビオンに降り立った君、ルイズ、ギーシュの三人は、リビングストン男爵の領地へ向かうが、アルビオンは国を二分しての 内乱に揺れており、男爵は行方知れずになっていた。 男爵を探してとある村に立ち寄った君たちは、そこで酸鼻きわまる虐殺を行っていた傭兵たちと出くわし、捕らえられてしまう。 君は、以前にオスマンから貰った、意思を持つ魔剣であるデルフリンガーの謎めいた力の助けを借りて、彼らの首領格であるメンヌヴィルを 討ち取り、残った傭兵たちは、突如現れた、アルビオン王国の皇太子ウェールズ率いる一隊によって、殲滅された。 君たちがアルビオンに来るにいたった事情を知らされたウェールズは、リビングストン男爵は貴族派と呼ばれる反乱軍によって捕らえられ、 むごたらしく殺されたと告げる。 ウェールズは、帰還の望みが絶たれたことを知らされて意気消沈する君を、ニューカッスルの城へと招いた。 追い詰められた王党派にとって最大の拠点であるその城には、男爵の遺品や書き置きが残されているかもしれぬのだ。 秘密の地下通路をたどってニューカッスルの城に入った君たちは、倉庫で男爵の日記を見いだすが、君の役に立つような記述は何もなかった。 ≪門≫の探索をあきらめてトリステインに戻ることに決めた君たちは、トリステインから派遣された大使、ワルド子爵と出会う。 婚約者であるルイズとの偶然の再会に喜ぶワルドだったが、その正体は、アルビオンの貴族派を背後から操る結社≪レコン・キスタ≫の 一員だった。 巨大なゴーレムがニューカッスルに襲来した混乱に乗じて、国王の命を奪い、ウェールズをも手にかけようとしたワルドだったが、その場に 君が立ちふさがる。 ルイズとデルフリンガーの助けもあって、どうにかワルドに打ち勝った君だったが、そこに火炎大蛇が現れ、ワルドは逃走する。 火炎大蛇が倒されたのち、ウェールズは君たちに、裏切り者のワルドにかわって、トリステイン大使の務めを果たしてほしいと頼む。 務めとは、かつてアンリエッタ王女がウェールズに宛てた恋文を、王女のもとへ持ち帰ることだった。 この恋文の存在が明らかになれば、締結直前にあるトリステインと帝政ゲルマニアの同盟は破棄され、トリステインは単独で、 ≪レコン・キスタ≫が主導する新生アルビオンの脅威に、立ち向かうことになってしまうのだという。 君たちに手紙を託したウェールズは、数日のうちに全軍による突撃を敢行し、名誉ある戦死を遂げるつもりだと言うが、ルイズはそれに反対し、 トリステインへの亡命を勧める。 ウェールズはルイズの意見に頑として耳を傾けなかったが、ついで説得に立った君の言葉に心を動かされ、たとえ卑怯者と呼ばれようとも 生き延びて、≪レコン・キスタ≫を苦しめてみせると告げた。 ウェールズと意気投合した君は、彼が語った噂話から、七大蛇が≪レコン・キスタ≫の頭目クロムウェルの忠実なしもべだと知る。 君たちはニューカッスルの城から脱出する難民船に便乗し、トリステインへの帰路につくが、その頃アルビオンでは大陸全土に、 奇妙な甲高い音が鳴り響いていた。 それは、二つの世界を隔てる壁が引き裂かれた音だった。 第三部「さまよえる冒険者」 トリステインに帰り着いた君たちは、アルビオンでの顛末とウェールズの決意をアンリエッタ王女に報告した。 アンリエッタは感謝の証として、ルイズに王家伝来の秘宝≪水のルビー≫を譲り、また、同じく国宝ではあるが、何も書かれていない頁が 連なるだけの書物≪始祖の祈祷書≫を預け、その調査を頼む。 アンリエッタは、大国ガリアを中心とした≪レコン・キスタ≫討伐のための諸国連合軍が結成され、トリステインもこれに参加することを、 君たちに伝える。 これによって、アルビオンの脅威は遠からず消滅することは確実なため、トリステインとゲルマニアの同盟締結は中止され、アンリエッタは、 ゲルマニア皇帝との望まぬ政略結婚をまぬがれることとなった。 学院に戻った君はタバサと言葉を交わし、彼女の家族が重い病に臥せっていると知り、近いうちにその者の治療に行くと約束した。 数日後、君は荷物持ちとして、ギーシュとその恋人モンモランシーとともに『北の山』へ行くことになったが、そこで土大蛇の襲撃を受ける。 土大蛇を倒した君だったが、深手を負ったギーシュを救うために、ブリム苺のしぼり汁を使い果たしてしまった。 この薬は、タバサの家族に試すはずの癒しの術を使うために、必要不可欠な物なのだ。 タルブの村の出身で、今は学院に奉公している少女シエスタの実家に、同じ薬があることが明らかになり、君、ルイズ、タバサ、キュルケ、 シエスタの五人は、タルブへと向かった。 シエスタの実家でブリム苺のしぼり汁を手に入れた君は、シエスタの曾祖父が、君と同じように≪タイタン≫の世界からハルケギニアに 迷い込んだ人物であることを知る。 君たちは、シエスタの曾祖父がくぐり抜けた≪門≫が存在するという洞窟を調べ、最深部にそれらしき場所を見出したが、そこに≪門≫はなかった。 洞窟の調査を終えた君たちがタルブに戻ると、そこに、生きた泥沼のような姿をした≪混沌≫の怪物が来襲する。 草木や家畜をむさぼり喰い、土や空気を汚染して、どんどん大きくなる≪混沌≫の怪物を前に、進退窮まる君たちだったが、ルイズが偶然開いた ≪始祖の祈祷書≫に現れた呪文を唱えると、まばゆい光が炸裂し、怪物は跡形もなく消滅した。 デルフリンガーによれば、ルイズが唱えた呪文は、伝説の失われた系統≪虚無≫のものであり、彼女は≪虚無≫の担い手なのだという。 ルイズが普通の≪四大系統≫の魔法を使えなかったのは、≪虚無≫を受け継いだ代償だったのだ。 タバサに連れられて、彼女の実家にやってきた君が見たものは、恐るべき毒に心を狂わされ、我が子を目にしておびえた声を上げる、 タバサの母親の姿だった。 タバサの母親に癒しの術をかけた結果は、完治には程遠いものだったが、それでも彼女は、恐怖や苦痛からは解放されたようだった。 タバサと、彼女の実家を管理する老執事は涙ながらに喜び、君は、タバサがガリア王家の出身であり、彼女とその両親は王位継承争いの 犠牲者だということを知らされた。 タルブから持ち帰ったブリム苺のしぼり汁は数に余裕があったため、君は次にルイズの姉を治療するべく、ルイズの実家である ラ・ヴァリエール公爵の屋敷へ行くが、そこで執事殺しの疑いをかけられ、屋敷の中を逃げ回ることになってしまった。 ルイズの姉カトレアは君の無実を信じ、部屋にかくまってくれるが、そこに今回の事件の黒幕である風大蛇が現れ、君たちに襲いかかる。 七大蛇の主人クロムウェルは、正体不明の兵器を用意していたが、それを妨げる手段を知るかもしれぬ君を危険な存在とみなし、 抹殺するべく土大蛇と風大蛇をさしむけてきたのだ。 風大蛇はルイズの母親によって倒され、怪物の放つ毒を吸って重態に陥ったカトレアも、君のかけた術によって救われたが、 癒しの術も、彼女の生まれつきの体質を改善するまでにはいたらなかった。 学院に戻った君は、≪虚無≫の絶大な力を恐れたルイズが、アンリエッタと相談した末、自分が≪虚無≫の担い手であることを絶対の 秘密とし、二度と≪虚無≫の術を使わぬと決めたことを知った。 ルイズやキュルケ、ギーシュたちと一緒になって、アルビオンに向かって出征するトリステインの軍勢を見物する君の内心は、 穏やかではなかった。 クロムウェルが用意しているという、この世界の常識を超えた恐るべき秘密の兵器とは、いったいなんなのだろうか? 一 夏の訪れを感じさせる陽射しを受け、額に汗をにじませながら、西の空を見上げる。 視界の遥か先を漂っているであろうアルビオン大陸の姿は、見えるはずもないが、雲と霧をまとって空に浮かぶ『白の国』の壮大な眺めは、 君の頭に刻み込まれている。 かの地では今、敵味方合わせて十万をゆうに越す大軍がぶつかり合い、火花を散らしているはずだ。 ハルケギニア諸国連合軍によるアルビオン遠征が始まって、二十日近くが経つが、トリステイン王国と魔法学院は平和そのものだ。 アルビオンにおける戦況について、宮廷からの発表はなく、人々の情報源はもっぱら、徴用された貨物船の水夫や荷役夫たちが持ち帰る土産話と、 貴族の将校たちが家族や恋人に宛てた手紙による。 君は学院とトリスタニアの町でこの大戦(おおいくさ)に関する噂を拾い集めたが、その多くは、万事が順調に進んでいることを示していた。 ──アルビオンへの進撃において、驚くべきことに、精強を謳われたアルビオン空軍の迎撃はなく、艦隊はまったくの無傷で上陸した。 ──連合軍は各地で快進撃を重ね、トリステイン軍は交通の要衝である古都シティ・オブ・サウスゴータを占領した。 ──主力をつとめるガリア軍は首都ロンディニウム攻略の準備にかかっており、もうすぐ≪レコン・キスタ≫は崩壊し、戦は終わるだろう。 噂を聞くかぎり、連合軍の勝利は揺るぎなきものと思えたが、君が本当に知りたいこと──ウェールズ皇太子の安否とクロムウェルの秘密兵器── に関する情報は、なにひとつ得られなかった。 『白の国』に上陸した連合軍はすぐさま、アルビオン王家の最後の生き残りであるウェールズの生死を確認すべく動いたが、 彼の足跡は、王党派最後の拠点ニューカッスルの城──今は瓦礫の山に変わっているそうだ──を最後にふっつりと途絶えており、 その行方は杳として知れぬという。 君は、アルビオンを発つ前夜にウェールズと交わした言葉を思い起こす。 「たとえ卑怯者のそしりを受けようとも、私は生きる」 「この命が続く限り、奴らの悪だくみを邪魔し続けてやるさ」 力強くそう言った皇太子が『名誉の戦死』を遂げたとは思えぬが、ならばなぜ、彼とその部下たちは連合軍と合流しておらぬのだろうか? また、ルイズの実家で風大蛇が語った、クロムウェルが準備しているという『百万の軍勢でも千フィートの城壁でも防げぬ、 まったく新しい武器』の存在も噂にあがらず、その実態は推測することもままならない。 追い詰められたクロムウェルにとって、起死回生の策となるであろう兵器は、結局のところ間に合わなかったのだろうか? それとも、連合軍を懐に引き寄せてから使って、一網打尽にするつもりなのだろうか? 君の不安はつのるばかりだが、アルビオンへ出向いて直接調べるわけにもいかない。 君の身分は、トリステイン魔法学院の生徒ルイズの≪使い魔≫にすぎぬのだから。 今日の授業は終わり、生徒たちは夕食までのあいだ、めいめいのやりかたで時間を潰している。 時間を潰さなければならぬのは、君も同じだ。 とくにルイズから言いつけられた用事があるわけでもなく、今の君は手持ち無沙汰なのだ。 これからどこに向かうべきかを考える。 マルトーやシエスタの居る調理場へ行けば、食糧や日用品を扱う出入りの商人から仕入れた、新しい噂を聞けるかもしれない。 噂といえば、ギーシュと話してみるのはどうだろう? 彼は武門の生まれであり、三人いる兄はいずれも、アルビオン遠征に参加しているらしい。 かの地の様子を記した手紙も、何通か受け取っているだろう。 授業が終わった直後に、東の広場へ向かっているところを見かけたので、そちらへ向かえば会えるはずだ。 そこまで考えたところで、君は唐突に、アルビオンから戻った直後にコルベールとかわした会話を思い出す。 コルベールは、君の左手に刻まれた≪ルーン≫の効果に興味を示し、人間のような知性をもつ生き物に≪ルーン≫が刻まれた例を 探してくれると言ったはずだが、あれから何の音沙汰もないままだ。 君は今の今までその事を忘れていた──考えてみれば、なんとも奇妙なことだ。 調べ物には何の進展もなかったのかもしれぬが、それでも彼の『研究室』を訪れるのは有意義だ。 彼のような学識豊かで誠実な人物と言葉をかわすというのは、悪くない時間の使いみちだろう。 どこへ行く? 調理場・二二二へ 『研究室』・一三六へ 東の広場・五三四へ ルイズの部屋・一二三へ 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
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リビティーナ リビティナの別名。
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back / next 十二話 『それよりそっちのミカンくれよ』 ルイズは夢を思い出していた。 かつての故郷、魔法が使えないとさげずまれ一人湖上の舟で泣いていた思い出。 自己嫌悪で泣きべそをかいていたルイズに、男の影が覆いかぶさる。 「やっぱりここにいたね。泣いているのかい? 僕のかわいいルイズ」 「ワルド様……」 そこにいたのは己の婚約者、十歳以上年の離れた、それでも愛しい相手。 「さ、僕からお父様にとりなしてあげよう」 そういって差し出された手が空を切る。 「え?」 波紋が起きたのかゆっくりと小島から離れていく舟、だがワルドは気づかないのか自分ではない誰かと話している。 「ワルド様、ワルド様?」 かつての夢はこんなだったろうか? そう思って湖の中ごろで止まった舟の上で、ルイズは必死に呼びかける。 『いつまで甘えるつもりなんだか』 呆れたような声が彼女の背後から聞こえた。 慌てて振り返るがそこには誰もいない。 『違う違う、後方ではなく“君自身の後ろ”にこそ俺はいる』 湖上に移ったその影は、まるで燃え尽きる炎のように鮮明な光だった。 いや、炎ではない。それはまるで消え行く閃光、爆発の光のような姿。 なんと言う生き物か、と問われれば『悪魔』としか答えられないような異形が、ルイズの背後に浮かんでいた。 『ようやく気づいたか。いつまでもお子様だな』 「誰よあんた」 『ほっ、俺が誰かもわからんか? やれやれ、こりゃ外れかね』 「私があなたを知ってると?」 『さあ? 少なくとも俺は知ってるねぇ。で、どうすんだい、あのお兄さんを呼ぶかい?』 「……いいわよもう」 杖を取り出し舟を動かそうとするも、水面で爆発が起こるだけで舟は揺れてもあまり移動しない。 『……やれやれ、何でできないことをするかね』 「うるさいわね! 私はメイジなの!」 『貴族なの! ならわかるけどよ、お前さん魔法使えないじゃねえか』 「うるさい!」 杖を悪魔に向けて一閃、大きな爆発が起こる。 だが悪魔にはまるでダメージはなく、それどころか輝きが増していた。 『ほらみろ、少なくとも今は何かを爆破することしかできんくせに』 「うるさいわね! そんなことわかってるわよ!」 『ならどうしてその爆発をしっかり活用せんね? めそめそしてたって何かが変わるわけもなし』 「私は貴族なのよ!だから、だから!」 『貴族だろうが平民だろうが子猫ちゃんだろうが関係なかろうよ。人には一つや二つ苦手なことがあるもんさ』 「だって、だって!」 ボロボロ涙をこぼすルイズに、悪魔はいやらしく語りかける。 『自分の本質は何か、それは難しい問題でね。お前さんは四大のメイジじゃあないってことだろ』 「私は、私は……」 『あきらめろあきらめろ。大体何を召喚したよ? お前さんの本質は爆発、そういうことじゃねえの?』 「……」 『ないものねだりはやめな。お前さんの言ってるのは平民が魔法を使いたいって言ってるのと同じだぜ?』 「私はヒック、誇り高きヒック、ヴァリエールの」 『出来損ない、だろ?』 ルイズは大声を上げて泣いた。 『さてここで問題だ、何故あのお兄さんはそんな出来損ないを構うのでしょう?』 「うるさいうるさいうるさい!」 『ヴァリエールって名前はこの国では価値が高かろうな』 「ワルド様はそんな人じゃない!」 振り切るように声を張り上げる。 『かもな。だが悲しいかなここはお前の夢の世界、あれはお前が想像する答えの一つさ』 「うそ、うそよ、そんなこと」 『さて、そろそろ時間だぜ。お前さんはどっちがいいのかね? あのお兄さんが来るまで待つか? それともこのオールを手にとって漕ぐか?』 「あんたが連れて行けばいいでしょ!」 『おっ、俺が何か認識したのか? だが残念ながら俺が提供できるのは能力だけでね』 やれやれとばかりに悪魔は肩をすくめる。 『最終的にそれをどうするかはお前さん次第さ』 悪魔はゆっくりと、その姿を薄れさせていく。 『さあ契約者よ、俺たちは能力をくれてやる代わりに“海を渡る力”を奪う。お前は炎の悪魔や砂の悪魔のように濡れると使えなくなるのが欠点さ』 「私は……」 『さあオールを取れ契約者。己の細腕で世界をつかむか、それともただ与えられる恩恵を意味なく享受するか、選ぶのはお前だ』 「……」 『次にどんな答えをよこすのか、楽しみにしてるぜ』 悪魔はうっすらと消え、ついには見えなくなった。 馬車の中、ルイズははっと目を覚ました。 向かいでワルドがおかしな表情をしている。 「どうかしたかい?」 「ええい。妙な夢を見ただけですわ。あまりはっきりと憶えてませんけど」 「なら大した夢じゃなかったんだろう。さ、ラ・ロシェールまではまだ少しかかる、ゆっくり休んでいるといい」 「ええ、そうさせていただきますわ」 パカラパカラと音を立てて、馬車は道を行く。 マザリーニは頭を抱えていた。 グリフォン隊のワルド子爵がいきなり居なくなったからである。 王女に問いただしたところ、なにやら密命の手伝いに言ったらしいという話に、マザリーニは頭痛薬を一気飲みした。 側近にワルドの部屋の調査を命じ、彼は深く深くため息をつく。 ワルドが自分に何も告げずに出て行ったという事実が、彼の心をさいなんだ。 「ワルドめ、やつめがレコン・キスタの間者であったか……」 仮にも王国の三大騎士団のひとつの責任者が自分に何も告げずに出て行くという事実、それはワルドがそれを必要と感じなかったということ。 標準以上の責任感を持つが故グリフォン隊を纏め上げることができていた彼が“ついうっかり忘れた”などということは考えられなかった。 マザリーニはただただ嘆息する、命じられて出向したという王女の友人の命を、そしてアルビオン王家の者の命を。 そして何よりも、己の主たる王女のうかつさを。 明らかに許容量を超える頭と胃の薬を水で流し込み、彼は顔と思考を孫に苦労する老人のものから枢機卿ものに切り替えた。 己は所詮鳥の骨、何をしようが受け入れられず、国民にとっては何の価値も無き鶏肋にすぎぬ。 なればこそ悪に徹しよう、この愛すべき祖国のために。 祖国のためであるのなら、たとえ主とて殺して見せよう。 ルイズは道すがらワルドの話に耳を傾けていた。 耳に聞こえのいいきれいな言葉と口説き文句、その美丈夫とも言うべき容姿ともあいまってその言葉はいかなる女性もとりこにしうるだろう威力を持っていた。 だが笑みを浮かべる横で、ルイズは己で驚くほどさめた思考で考えていた。 何故彼は自分にこだわるのだろうか? 子爵とはいえグリフォン隊の隊長、実力は確かで容姿は特上、間違いなく出世頭だ。 己の持つ価値において彼とつりあうのは家名である“ヴァリエール”のみ。 やはり彼もヴァリエールの名が欲しいから自分に愛をささやくのだろうか? 少し陰鬱な気分になりながらもルイズは感じていた、家名以上の何かを求める彼の暗いまなざしを。 ロングビルは目の前の男にあせりを浮かべるほか無かった。 いきなり現れて協力しろと脅してくる男、仮面をかぶっての交渉なんて、何と言う怪しさだろうか。 それでもマチルダ・オブ・サウスゴータという名前で呼ばれ、土くれのフーケは顔をしかめた。 「気に入らないねぇ。あんたみたいなやつにあたしは立場を追われたっけ」 「……協力するのかと聞いているのだが」 「あんたのそれは脅迫って言うのさ。結構な身分だろうにそんなことも知らないのかい?」 「貴様……」 「やれやれ、はっきり言ったらどうなんだい? 『お前の過去を調べて知っている。死にたくなければ協力しろ』ってさあ!」 「……最後だ。協力するか、死ぬか、選べ」 フーケはここ数日の自分を考えていた。 貴族をからかうためにターゲットを絞っていた盗賊家業、いらないから好きにしろと丸投げされたモット伯の隠し財産を換金して以来情報集め以外の目的で働いたことは無かった。 ルイズたちとする作業の何と楽しいことか、故郷の妹分を思い出させてくれた。 だから目の前の男に何の思いも抱くことはできない。 王家を打倒する? 新しい世界? 聖地を取り戻す? 寝言は寝てから言え。 自分を非難した貴族の同類じゃないか。 単に頭がすげ変わるだけでしかない彼の発言に、彼女は価値を見出せなかった。 出立前のルイズに渡された小瓶のふたを取り、少しだけ息を吐く。 「どうした? 答えろ!」 「……お断りだよ、外道の同類が」 フーケはぐっと、小瓶をあおった。 急速に増大する精神力、それが全身に流れ出す。 自分のものと同じ、しかし自分のものとは性質のまったく違う力が全身を駆け巡ったとき、彼女は脳裏の片隅で砂でできた悪魔の笑い声を聞いた。 「そうか、では残念だが貴様には死んでもらおう」 「はっ! ママに習わなかったのかい? 初対面の人間に貴様とか言っちゃいけませんって」 「貴様あ!」 「あっはっは! 女性には優しくって習わなかった? 今のあんた図星をつかれてあせってるお子様みたいだよ!」 「盗賊ごときが! 死ねえ!」 視認も難しいほどの速度で迫った風をまとった杖が、フーケの胸を貫いた。 「がっ」 小さく声を上げてフーケは崩れ落ちる。 「ふん、おとなしく従っていればいいものを」 遍在だったのか、仮面の男はゆらりと風に薄れて消えた。 パラパラと傷口から砂をこぼしながら、フーケは身を起こす。 「やれやれ、確認もしない間抜けで助かったねこれは」 地面に積もる砂に意識を集中すると、ザラザラと傷口に集まり何も無かったかのように元に戻る。 少し意識を集中して右手に向けると、ひじから先が砂に変わる。 砂は固まって刃物の形を取る。それに左手の杖で錬金をかけるも変化はせず。 またバラけて砂になり、再度右腕に戻った。 「こりゃ便利だねぇ。自分の体を錬金できるようになるとは思わなかったよ」 注意書きの最後にあった一文を思い出しながら、フーケは右手を見つめてにやついていた。 『水に触れると砂に変化できなくなる。注意せよ』 「水のメイジにゃ気をつけないとね」 突然飛来した火矢に驚きつつも、ルイズは難を逃れるために岩の後ろに隠れる。 横を見るとシエスタがデルフを少し抜いてこちらへ視線、ルイズは首を横に振るとワルドを見上げた。 お忍びだからとワルドにはグリフォンを降りさせ衣服も変えさせた。 髪の色を町で変える必要があるだろうな、と考えていた矢先の出来事、あまりに胡散臭い襲撃にルイズは思わず苦笑をもらしかけた。 出待ちのごときあまりにも良すぎるタイミング、さらには今自分たちがいる通りを誰かの馬車が通った後。 つまり襲撃者はピンポイントで自分たちだけを狙ってきたということ。 「(どこから漏れたのかしら?)」 武装生成の準備をしながら、シエスタに目配せをしようとしたとき、明らかに自然ではない風を感じた。 上を見上げるとドラゴンの姿。 「シルフィード?」 「知り合いかい?」 「ええ、友人ですわ。でも何故ここに?」 「あんがい出るところを見られたのかもしれないね」 「まあ毎日会ってましたから。いなくなったから探しに来たのかも」 シルフィードの背から放たれたフレイム・ボールが襲撃者を吹き飛ばし、地面から生えた青銅の輪が拘束していく。 「全員いるの?」 「楽しそうだったんだもの」 「まあ僕としては女性だけに負担をかけるのは、ね」 「……心配」 その騒がしい様にルイズは柔らかな笑みを浮かべた。 「ありがとう、と言いたいけどこれ密命なの。だから派手な行動は駄目ね」 「あらつまんない」 「後ギーシュ、そういうわけだからモンモランシーへの言い訳は自分で考えてね」 「……げ」 その声を受けてかタバサがシルフィードを何処かへ飛び立たせている。 「ああルイズ、何とかならないかい? このままじゃまたモンモランシーにフルボッコだよ」 「あきらめなさい」 「軽薄なのが悪いのでは?」 「あの、君たち、急ぐんだからそろそろ、ねえ?」 ああ哀れ、ワルド放置プレイ。 back / next
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前ページ次ページ確率世界のヴァリエール 「左手は添えるだけ。」 「こ、こう?!」 タバサの声に緊張の面持ちでルイズが応える。 初夏の日差しが照りつけ始めたトリステイン魔法学院の中庭。 シュレディンガー、キュルケ、シエスタ、ギーシュ、 モンモランシー、ケティ、それにマリコルヌ。 いつもの面子が顔を揃え二人を見守っていた。 「そして詠唱。」 「よ、よしっ!」 ルイズがきりりと眉を上げ、杖を振るう。 「イル・フル・デラ・ソル・ウィンデ!」 ふわり、とルイズの体が宙に浮かぶ。 「や! や? やたっ!」 慣れない浮遊感に思わず内股になりつつも、ルイズは 離れていく地面を見つめ両手をぴんと横に突っ張ったまま快哉を叫ぶ。 「どう? どう?! どうよ! 浮いたわ私! すごいわ私!!」 「わ! わ! 浮いてますわお姉さま!」 「ちょ! 待って、浮いてるってルイズ!」 「きゃあ!? う、浮いちゃってますルイズさん!」 周りから上がる悲鳴とも歓声ともつかぬ声にも目を向ける余裕は無い。 「だから浮いてるって言ってるでしょ! フライ(飛行)の魔法は成功よ!」 「そうじゃなくて、こっち!」 慌てふためくキュルケの声にルイズが顔を上げると、 そこには宙に体を浮かせばたつく皆の姿があった。 「何で私たちまで浮かせてんのよ!!」 「おお」 「おお、じゃないっ!」 。。 ゚○゚ 「次は僕が教師役だね」 丸テーブルの上の小石を前に、ルイズはギーシュへ胸を張る。 「任せて、錬金の魔法は得意よ!」 「ルイズちゃん、教室を等価交換して瓦礫の山に換えるのは 錬金って言わないからね? 念のため」 「判ってるわよ!」 茶々を入れるキュルケを睨み付ける。 「じゃあ、僭越ながらまずはお手本という事で」 ギーシュが詠唱とともに杖を振るうと小石が緑色に輝き出す。 「おお~!」 「お粗末」 一礼するギーシュが錬金で作り出したのは、 多少の曇りはあれど紛れも無いエメラルドだった。 「じゃ、じゃあ次は私ね!」 「何でも良いんだルイズ、このエメラルドを見て 頭の中に浮かんだものを、心に強く思い描いて」 「よ、よーしっ!」 目をつぶり、精神を集中する。 「イル・アース・デルっ!」 げこげこ。 さっきまでエメラルドだったそれが足を生やして跳び跳ねる。 「っきゃあー!」 「せ、生命を練成した?! 等価交換の法則はあ?!」 「だって何だかカエルっぽかったから! カエルっぽかったから!」 ルイズの言い訳も空しく、緑のカエルはテーブルの周りを跳び回る。 「ま、まさに黄金体験ですわお姉さま!」 「マリコルヌ、シャベルよ! シャベルでアタックよ!」 「やだよモンモランシー! それ涙目のルカじゃないか!」 。。 ゚○゚ 「、、今度は真面目にやってよね、ルイズ」 ルイズがモンモランシーに向かって頬を膨らませる。 「失礼ね! 私はいつだって100パー真面目だっつうの!」 「はあ、、、まあいいわ」 モンモランシーはため息を一つつくと、 シエスタから受け取ったグラスをテーブルの上に置いた。 「この魔法は水系統の初歩の初歩。 コンデンセイション(凝縮)よ」 詠唱とともにモンモランシーがグラスに杖をかざす。 グラスの内側に水滴が浮かび、流れ溜まってグラスを満たしていく。 「ま、ざっとこんなものよ」 「うーん、地味ね」 「あ、あんたねえ、、、」 眉をヒクつかせるモンモランシーにルイズが見得を切る。 「こんな地味魔法、楽勝よ!」 「、、、で、まだ?」 「も、もうちょっと待ちなさいよ!」 あきれ声を上げるモンモランシーにルイズは振り向きもしない。 詠唱を終えグラスに向けた杖に力を込めるが、何の変化も現れない。 「ぬ、ぬうう、、」 ごぽり。 グラスに溜まった水の中に気泡が上がる。 「な、何これ? 水の中に何か、、」 「水の中に不純物、ルイズの念は具現化系。」 「水見式か! 、、、ってタバサ、これ?!」 げこげこ。 グラスを挟んでモンモランシーとルイズがにらみ合う。 「何であんたはカエルにこだわる!」 「わ、私だって知らないわよ!」 。。 ゚○゚ 「はーい、みなさん。 このあたりで一休みしましょう」 パラソルの付いたテーブルに退避した皆に シエスタが色とりどりのシャーベットを配る。 氷の魔法で作るのを手伝ったタバサの前には どんぶりサイズの特大シャーベットが置かれた。 その隣にはシルフィード用の飼い葉桶いっぱいのシャーベット。 「んはあ~」 いち早くクックベリーのシャーベットをゲットしたルイズは さっそく一口ほお張ると至福の表情を浮かべる。 「すごいやルイズ、本物の魔法使いみたいだったよ!」 「はっはっは、もっと褒めていいわよシュレディンガー。 あと本物みたい、じゃなくて本物だから。 すでに。 まさに。 ガチに。」 鼻高々に背もたれにふんぞり返る自分の主人を シュレディンガーがニコニコしながらうちわで扇ぐ。 「な~に威張りくさってんのよ。 私の目には失敗のバリエーションが増えただけにしか 写らないんだけど?」 「ふっふっふ、言ってなさい」 隣のテーブルからのキュルケの声も今日は軽く受け流す。 「他の魔法はいいけどさ、私の時はちゃんと成功させてよ? 炎の魔法でさっきみたいな失敗なんて想像したくも無いわ。 地獄絵図よ、ヘルピクチャーよ」 「安心なさいなキュルケ。 どんな事があろうとあんたにだけは魔法習わないから。 今日のあんたは天才の開花を見守る単なるギャラリーよ!」 「な、何よソレ」 休憩を終え、日差しの強くなった中庭で。 ルイズがタバサの指導の下、サイレントの魔法で なぜか巨大竜巻を発生させ学院長の像をなぎ倒しているのを 遠めに見ながら、パラソルの下でキュルケはつぶやく。 「、、、ま。 今までの爆発オチから比べれば、格段の進歩ではあるケドね」 それはキュルケも認めざるを得ないようだ。 「しっかしあの娘が本当に虚無の系統だったとはね~」 日差しにダレるフレイムの口もとへシャーベットを一さじ運ぶ。 仰向けに寝転んだヴェルダンデのお腹を撫でながらギーシュが答える。 「何だい、君は信じていなかったのかい? 『虚無のルイズ』なんて二つ名を名付けたのは君だろうに」 「あれはほんの冗談で、、って、ギーシュ。 あなた最初から虚無だって思ってたの?」 「勿論」 事もなげにギーシュが返事をする。 「ギーシュ! 錬金!錬金! ルイズが学院長の像を錬金で直そうとしてるから! その前に早く!」 「おお、それは大変」 モンモランシーの叫びにギーシュは腰を上げる。 モンモランシーにどういう意味かと詰め寄るルイズを皆がなだめ、 ギーシュが悪趣味にもバラの花束を背後に背負わせた学院長の像を 錬金で作り直すのを眺めながら、キュルケはあくびを一つする。 「ふわ。 、、、平和だわね」 その横でフレイムも貰いあくびを一つした。 。。 ゚○゚ 同日、同時刻。 浮遊大陸アルビオンの東端、ニューカッスル。 戦火の傷を晒したままのその古城の地下、隠された空中港の桟橋で 二人の男たちが今まさに邂逅を果たしていた。 「やっと会えたな、子爵」 アルビオン王国皇太子、『プリンス・オブ・ウェールズ』 ウェールズ・テューダー。 「光栄の至り、殿下」 トリステイン王国グリフォン隊隊長にしてゼロ機関機関長。 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。 居並ぶ歴戦の兵たちが見守る中、 彼らは固い握手を交わした。 「して殿下、状況は?」 石造りの長い階段を上りながら、ワルドが尋ねる。 「明後日には停戦会議を控えているしな、 あちらも下手に動く事はできんのだろう。 しかし子爵、私は今でも悩んでいるのだ。 他に選択肢は無かったのか、とな」 「心中、お察し致します。 しかし殿下とて、奴らが素直に会議の席に着くとは お思いではないのでしょう?」 「確かに、な」 「それに今や我がトリステインはアルビオンと一蓮托生。 アルビオンの危機は即ちトリステインの危機でもあるのです。 殿下がお気に病む事は御座いません」 「そう言ってくれると、幾らか気は休まるがな」 急な階段は螺旋を描き、上へ上へと続いていく。 「明日」 ワルドが声のトーンを落とす。 前後について階段を上る衛兵たちはこの会話が極秘のものである事を 悟り、歩調をずらし距離を取る。 「レコン・キスタの中でもトリステインに私怨を持つ者達が 『今回の停戦合意に反対』し、ロサイスにて軍艦を強奪 トリスタニアを目指しダングルテールへ降下します」 「、、、」 その扇動役を誰が担うのか、聞かずともウェールズは承知している。 「しかし、『偶然』ダングルテール付近で演習中であった トリステイン軍二個師団と遭遇、交戦状態となります。 軍艦と言えど相手は二個師団、判刻と持たずカタは付きましょう」 「トリステインの民に、被害が及ぶ心配は?」 ウェールズが尋ねる。 「その心配は御座いません、殿下。 ダングルテールは20年以上も前に見捨てられた土地です」 ワルドはその経緯について語ろうとはしない。 「国土への侵攻を理由にトリステインは即日レコン・キスタへ 宣戦布告、殿下には停戦会議を破棄して頂きます。 トリステインとアルビオンは連合を組み、既にラ・ロシェールに 停泊させてある艦全てが即時アルビオンへと上陸いたします」 潜められたワルドの声を消すように、足音が螺旋の空間に響く。 「さらにアルビオン南部で活動している『アルビオン解放戦線』と カトリック教徒達には、混乱に乗じてそのまま ロサイスを攻め落としてもらいます」 「そうなれば残るはサウスゴータとロンディニウムのみ、か」 「左様で」 清廉潔白を絵に描いたようなアルビオン皇太子の顔が 何ともいえぬ影を帯びる。 「すまぬな、子爵。 そのような汚れ役を貴殿にばかり押し付ける」 「勿体無いお言葉。 それより殿下、この事は」 先を行くウェールズの背をワルドの視線が射抜く。 「無論だ。 全てはアルビオンの民の為。 今の話は私一人、墓の下まで持っていこう」 ウェールズは自嘲気味に微笑んだ。 階段の先から日の光が差し込んでくる。 階段を上り終えるとウェールズは廊下を外れ、テラスへと出た。 涼やかな風がウェールズの髪をかき上げる。 手すりに手を突き、遠くを見つめたままウェールズが言う。 「子爵。 この戦が終わり、アルビオンに再び平和が戻ったその時には、、、 貴殿と、もう一度会ってみたい。 今度は酒でも飲みながらな。 だから、、、死ぬなよ。 生きて戻ってくれ、ワルド」 ワルドは顔を伏せたまま、かすかに肩を震わせた。 「は、、、 はっ! 必ず」 。。 ゚○゚ 「ルイズー、ぼちぼち時間なんじゃないのー?」 日も傾きかけた魔法学院の中庭で、キュルケがパラソルの下から だれた声をかけて寄こす。 「え、何? ちょっと待ってて!」 ルイズの作り出した青白い雲を吸い込んだシルフィードの目がとろけ、 見上げるルイズの前でこっくりこっくりと船を漕ぎ出す。 「おお、やたっ! スリープ・クラウド成功でぎゃふんっっ!!」 勢いを付けて大きく船を漕いだシルフィードの頭が脳天へ直撃し、 ルイズは頭を押さえしゃがみ込む。 「、、、なにやってんのよあの娘は」 キュルケが頭に手を当て、あきれた声を出す。 「『学院長のお使い』~!! ワルド様と一緒に~、用事あったんでしょ~!!」 「え、うそ?! やだ、もうこんな時間!」 ルイズが頭をさすりながら立ち上がる。 「え、なになに? またワルド様とのデートなの?」 モンモランシーが興味津々に近寄ってくる。 「でもこの前はデート終わってもなんか重ーい雰囲気だったけど、 ケンカでもしたの? それでもう仲直り?」 「だ、駄目だよモンモランシー! そんなにズバズバ聞いちゃ」 あまりにもあけすけな質問にギーシュがうろたえつつ間に入る。 だがルイズはギーシュの心配をよそに平然と答える。 「何よ、私はワルド様とケンカなんてしてないわよ。 でもまあ、仲直りって言えば仲直り、ね」 「? 誰とよ」 ルイズは少し考えてから、はにかむ様に笑った。 「『私の運命』と、よ」 その顔をみてシュレディンガーも満足げに微笑む。 「ふ~ん、、、魔法使をえるようになって、 ちょっとは自信が付いたみたいじゃない。 じゃあさ、、、」 ニヤケ顔でキュルケが近づいてくる。 「ワルド様のプロポーズに返事する決心も、付いた?」 「へ?」「うそ?」「それはそれは」「拍手。」 「わあ! おめでとう御座います、ルイズさん!」 みなの驚きと祝福の声の中、ルイズはキッとキュルケを睨むが キュルケはどこ拭く風とニヤけたままだ。 首を振りシュレディンガーに視線を向ける。 シュレディンガーは目を逸らし、口笛を吹き始めた。 がっき。 ルイズのアイアンクローが猫耳頭の後頭部に食い込む。 「みんなには内緒っつったでしょ! こんの 猫 畜 生 ~!!」 みしみし。 「いだだだだ! ギブ! ギブ!!」 「な~にいってんのよルイズ。 これから婚約しようってのに秘密にしてど~うすんのよ。 それとも、結婚してもずっとみんなに内緒にするつもり?」 「そ、、それは、、、」 「それで、なんてお返事するんですか? ルイズお姉さま」 ケティが目を輝かせて聞いてくる。 「魔法もまだ使いこなせない半人前ですしー、なーんて 言わないでしょうね、これだけ皆に付き合わせておいて」 モンモランシーがにやりと笑う。 「ああもう、いまさら言わないわよそんなこと」 ため息混じりに返す。 ルイズは皆を見回し、改まった顔で口を開く。 「あ、あのね、あのさ、、、モンモランシー。 それに、みんなも。 夏休みなのにわざわざ学院に残ってまで 私の特訓に付き合ってくれて、その、、アリガトね」 ルイズに似つかわしくないその素直な感謝の言葉に 思わずモンモランシーが赤面する。 「あ、あんたの為なんかじゃないんだからね!」 「で、出たあー! 掟破りの逆ツンデレ!」 「さすがですわモンモランシーお姉さま!」 「ま、ルイズの為じゃないってのは本当なんだけどね」 「はあ? それどういう意味よ、キュルケ」 水をさすキュルケにルイズが食って掛かる。 「いやだってホラ、明後日に日食あるじゃない、日食。 で、タルブが一番綺麗に見れるらしいのよ。 それでシエスタの故郷がタルブだって言うからさ、 それじゃ見に行こうって事でみんなで学院に残ってたのよ。 特訓もその暇つぶしだからさ、柄にも無く恩に着ることないわよ」 しれっとした顔でキュルケが説明する。 「っていうかルイズ、あんたも誘おうかとも思ってたけどさ~、 アンタはホラ、どうせワルド様とアルビオンで見るのかなって」 「あー、ヘンに誘って逃げ道作っちゃ悪いわよねえ」 「逃げないわよ!」 ルイズはシュレディンガーの頭を引き寄せると、 笑顔で見送る仲間達に堅い笑顔で答えた。 「じゃ、じゃあね、みんな。 行ってくるから!」 ============================== ぼすんっ。 ルイズが目の前に突然現れた何かにぶつかり、尻餅をつく。 「きゃっ?! ちょっと、気を付けなさいよ!」 眉をしかめ、シュレディンガーに怒りの声を上げた ルイズの目に、つば広の黒い羽帽子が飛び込んでくる。 その下には口髭も凛々しい精悍な、しかし優しい顔があった。 「おや、大丈夫だったかい?」 そう言いながらワルドはルイズに手を差し伸べた。 ワルドの顔を見て、ルイズの頭は真っ白に飛んだ。 そう言えばあんな気まずい別れ方をして、その後会ってもいない。 きちんと覚悟を決めた筈なのに、頭に何も浮かんでこない。 あ! 皆と特訓の後、お風呂にも入っていないじゃない! 大体なにをしにここに来たんだっけ? それと言うのもシュレディンガーがキュルケなんかに話すから! きちんと返事をしてから皆に言うつもりだったのに。 不意にキュルケの言葉が頭の中にリフレインする。 (結婚してもずっとみんなに内緒にするつもり?) 結婚。 「結婚、して下さい、、」 ワルドの手を握り返す。 「ええ、喜んで」 ワルドは優しく手を引き、ルイズを胸に抱きとめた。 ニューカッスルの風吹き抜ける中庭で、 夕日に伸びた二つの影は一つに重なった。 。。 ゚○゚ 「、、、って、違くて!」 「ええ? ち、違うの?!」 急に赤面するルイズに、ワルドが慌てふためく。 「いえ、違うくは無いんですけど、ももも、もっとこう! いろいろ用意してた言葉があったのに!」 「え~? もういーじゃーん」 「だああ! アンタは黙っときなさいよシュレ!」 ワルドの手を離れ、シュレディンガーの頭をはたく。 「それはそうだ。 それに、レディの口から言わせるべき言葉ではないな、子爵」 「わわっ、ででで殿下! いらしたんですか?!」 一部始終を見られた恥かしさから、ルイズの頭に血が上っていく。 そんなルイズにウェールズは優しく笑いかける。 「あいも変わらず元気そうで何より、大使殿」 「いや、まあ、はは、それもそうですね、殿下」 ワルドが襟元を正し、ルイズに向き直る。 「すまない、ルイズ。 僕から言うべきだった」 「で、でもあのワルド様!」 「『様』は、いらないよ、ルイズ」 「でもあのその、わ、ワルド、、私まだ魔法も全然だし」 「それでいいんだ」 「背も、、それに、その、む、胸も、まだこんなだし」 「それがいいんだ」 「? そ、それに、、、!」 「、、、ルイズ。 僕と結婚しよう」 ワルドの目を見つめ、ルイズは涙を浮かべ微笑んだ。 「、、はい、ワルド」 「よかったよかった。 そうと決まれば式の支度に取り掛かるか」 ウェールズの言葉にルイズは小首をかしげる。 「式、ですか?」 「そう、僕ら二人のね」 ワルドの言葉にルイズはようやく事態を理解する。 「式って、けけ、結婚式ですか?! そそ、そんな! まだ早、、!」 言いかけて、ルイズは湖でのワルドの言葉を思い出す。 「も、もしかして、貴族派がトリステインを狙ってるっていう、 あの時ワルドが言ってた事が現実に?!」 ルイズの言葉にワルドは小さく頷く。 「ルイズ、僕は今晩にはロサイスへ立たねばならない。 しかし、僕は必ず君の元へと戻ってくる。 だから、その約束を僕にさせておくれ。 始祖ブリミルの前で、永遠に消えぬ約束を」 「、、、」 真実を知るウェールズは黙して語らない。 「、、、分りました。 ワルド、、、絶対、無事に帰ってきてね」 「君のお望みとあらば」 「よかったな子爵。 では、礼拝堂で待っているよ」 「あ! わ、私もせめておフロに!」 歩み去るウェールズにルイズも付いて駆けてゆく。 ルイズに付いて行こうとするシュレディンガーを ワルドが引き止めた。 「おっとネコ君、式の前に男同士の話があるんだが、、、 付き合ってもらえないかな?」 。。 ゚○゚ 日の暮れたニューカッスルの礼拝堂。 始祖ブリミルの像が見下ろす祭壇の前に、三人の姿があった。 ワルドの任務の機密性をおもんばかり、ウェールズは 他の人間に式の事も知らせてはいない。 ウェールズから借り受けた新婦の証である純白のマントを 身にまとったルイズは、落着かなげに辺りを見回した。 「もう、またどっかで迷ってんのかしら、シュレの奴」 「ネコ君ならここには来ないよ」 心配げなルイズにワルドが優しく語りかける。 「神聖な儀式という事で、どうも遠慮したらしい。 控えの間で式が終わるまで待っているそうだ」 「ええ? あーもうあの猫耳頭! どーうせまた面倒そ~、とか退屈そ~、とか思って逃げたんだわ! ご主人様の一生に一度の晴れ舞台だってのに! 式が終わったらお仕置きだわ!!」 「まあまあルイズ、彼は彼なりに気を利かせてくれているんだよ」 「もう、ワルドったらシュレの性格知らないからそんな事言えるのよ」 「んんっ、そろそろ宜しいかな、ご両人」 婚姻の媒酌を務めるウェールズの声に、慌てて二人が向き直る。 ブリミル像の元、皇太子の礼服である明紫のマントに身を包んだ ウェ-ルズが、祭壇の前で高らかに告げた。 「では、式を始める」 「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。 汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、 そして妻とすることを誓いますか」 ワルドは重々しく頷いて、杖を握った左手を胸の前に置いた。 「、、、誓います」 ウェールズは静かに笑って頷いた。 「宜しい」 「では、次に」 ウェールズの視線はルイズへと移る。 「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、、」 朗々と、ウェールズが誓いのための詔を読み上げる。 今が結婚式の最中だというのに、ルイズは思い返していた。 相手は憧れていた頼もしいワルド、二人の父が交わした結婚の約束。 幼い心の中、ぼんやりと想像していた未来。 それが今、現実のものになろうとしている。 級友と自国の姫君が睦み合うとんでもない状況で再会を果たしたあの日。 シュレディンガーと異世界を巡っていても一人待ち続けてくれたあの時。 鼻の下を伸ばした男共をよそに酒場で一人賢者の如く佇んでいたあの顔。 ロクな思い出が無いような気もするが、それもまた良し。 「新婦?」 ウェールズの声に、ルイズは慌てて顔を上げた。 「緊張しているのかね? 仕方が無い。 初めてのときは事が何であれ緊張するものだからね」 にっこりと笑ってウェールズは続けた。 「まあ、これは儀礼に過ぎぬが、儀礼にはそれをするだけの意味がある。 では繰り返そう。 汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、 そして、夫とすることを、、誓いますか」 ルイズは溜まった思いを吐き出し、杖を握った手を胸の前に置いた。 「はい、、、はい、誓います!」 「宜しい。 では誓いの口づけを」 アルビオン皇太子と、始祖ブリミルとが見守る中、 二人の唇は今、静かに重なった。 くたり、とルイズがワルドの腕に倒れこむ。 「新婦? どうしたね? やはり緊張で?」 「いや失礼、ここからは大人の時間なのでね。 彼女には刺激が強すぎると思い、眠ってもらった」 胸の中にルイズを抱いて、ワルドが悠然と言い放つ。 「子爵? いったい何、を、、、?!」 ウェールズが自らの胸に突き立った魔法の光を見つめる。 「あなたが悪いのですよ、殿下」 ワルドはどこまでも優しい笑みを浮かべる。 しかしその笑みは今や、嘘に塗り固められていた。 「貴方があの時死んでさえいれば、 それで戦争は終わっていた」 ウェールズの胸に突き立った杖をこねる。 「お゛、、、ごおっ、、」 「その戦乱の元凶である貴方が言うに事欠いて、 『アルビオンに再び平和が戻ったその時には』などとはね! ははっ、とんだお笑い種だ」 ワルドが杖を引き抜くと、ウェールズの口から鮮血が溢れた。 胸に空いた穴から飛沫が散り、服を真紅に染めていく。 「きさ、、! レコン、キス、、、」 仰向けに倒れたウェールズが悪魔のごとく笑う影を見上げる。 「ああ、あの哀れな貴族派の連中ですか? 私は彼らのような夢想家ではありませんよ」 ワルドはルイズをゆっくりと祭壇の上に寝かせる。 「せっかく終幕も近いのにこのまま何も知らずに 舞台を降りるのも可哀想だ、せめてこの先の筋書きを 教えて差し上げましょう」 ワルドが芝居がかった口調で手をかざす。 「ロサイスの戦艦がダングルテールへ向かうと言ったがありゃ嘘だ。 艦隊は手薄なタルブを突いてラ・ロシェールを急襲。 そのまま演習中の二個師団が不在の王都へ西から攻め上る。 ロサイスを攻めるカトリック教徒達は、まあ返り討ちでしょうな。 そして、王都トリスタニアの東からはガリアが攻め入る手筈です」 「ガ、リア! 、、、だと、、そうか、き、貴様、、!」 「二国からの挟撃を受ければたとえ王都といえど一晩と持ちますまい。 死出の旅路を寂しがる事はございませんよ、殿下。 貴方が慕うあの姫君も、遠からず貴方の後を追いましょう」 「が、、、ま、、、」 「お別れです、殿下。 こう言っちゃなんですが、私は貴方が好きでしたよ」 ワルドは息絶えたウェ-ルズの手を取り、その指にはまった 始祖の秘宝、『風のルビー』を抜き取った。 「へ~、そ~いう事だったんだ~」 「!!」 場違いに陽気なその声にワルドは杖を構え振り向く。 そこには、いるはずも無い者の姿があった。 貫いたはずの胸には一滴の血の跡すら無く、 潰したはずの頭は悪戯っぽく笑みを浮かべる。 「どーして? って顔だね~。 君には言ってなかったっけ? ワルド。 僕はどこにでもいてどこにもいない。 だから、君が僕を殺しても」 猫が牙をむく。 「僕は、ここに、いる」 ゆっくりと、虚無の使い魔がワルドに近づく。 「僕はね~、怒っているんだよ」 眉を上げてうっすらと笑みを浮かべる猫は言う。 「別に君が僕の頭を吹っ飛ばそうが、 そこの可哀想な王子様の心臓を貫こうが、 僕にとってはそんな事はどーだっていーんだ」 シュレディンガーの中に、何かが渦巻き満ちていく。 今までに感じた事もない、名状しがたい感情が。 チリチリとしたものが、その胸の内を焦がしていく。 「だけど君はね」 ぎちり、と猫が牙を鳴らす。 「僕の ご主人様(ルイズ)を 裏切った」 ワルドは窓を開け放ち、二つの指輪を外に放る。 始祖の秘宝、『風のルビー』と『水のルビー』。 それを空中で咥えたグリフォンが空へ舞い上がり、 西のかなたへ飛び去っていく。 「、、、ほう、そうかね」 返事をしつつワルドは頭の中で考える。 まずは指輪さえ届ければ、自分達は後回しでも構うまい。 幸いこの城は浮遊大陸アルビオンの突端、 フライを使い地上へ降りれば後はどうとでもなる。 それよりも。 問題は目の前のこれだ。 幻術? 幻覚? さっき殺ったのはスキルニルか何かか? 超再生? 回復術? それとも、不死? 馬鹿馬鹿しい。 不死身などこの世に存在しない!! 何より確実な事は、やはりこの使い魔は危険だという事だ。 ルイズの心は手に入れた。 しかし、この目の前のこれは、人に懐かぬ『死神』だ。 ここで始末をつけねば禍根を残す。 ワルドは杖を握りなおした。 「では、、、どうするかね?」 祭壇で横たわるルイズからゆっくりと距離を取り、 礼拝堂の中央で二人は対峙する。 「どーするかって?」 シュレディンガーが腰の後ろに手を回す。 「こーする」 ズルリ、と黒い塊が手の中に現れる。 「それは、、、!」 ワルドには禍々しい輝きを放つその鉄塊に見覚えがあった。 スパイとしての信頼を得る為、自分がレコン・キスタから盗み出し トリステインへと持ち運んだものだ。 全長39cm、重量16kg、装弾数6発、専用弾13mm炸裂鉄鋼弾。 対化物戦闘用13mm拳銃『ジャッカル』 それが今、シュレディンガーの手にある。 ワルドは声を殺し低く笑う。 どんな能力を持っているか知らないが、戦闘に関しては ズブの素人であるらしい。 いくら威力があろうと、あんなものが当たるものか。 両手で銃を構えてもその足元はふらつき、 銃口を自分に向けるどころか水平に構えることさえ出来ない。 「はははっ、それでどこを狙うというんだい? そんなにフラフラしていては一生この私には当たらんよ!」 「へーそう?」 シュレディンガーはワルドの足元に銃口を向け、引き金を引いた。 礼拝堂を轟音が揺さぶった。 シュレディンガーは吹き飛び、壁に叩き付けられる。 そしてワルドは、天井に飾られたフレスコ画を眺めていた。 何が起こったのか、理解が追いつかない。 左手をまさぐったが、持っていたはずの杖が無い。 首を起こし目をやると、杖ごと手の平がどこかへ千切れ飛んでいた。 体を起こそうとすると、腹の中でゴリゴリと何かがこすれる音がする。 親指だけが残ったその左手の先には、大きくえぐれた床が見えた。 あの拳銃の放った弾丸は、莫大な運動エネルギーで礼拝堂の床石を 大きく穿ち、その破片をワルドの全身に撒き散らしていた。 ごぽり。 何かを言おうとしたワルドの口から、血の塊がこぼれ出る。 肋骨をぬい、肺の中にも石片が入り込んでいるのが感じ取れた。 もう下半身の感覚は無くなっている。 ゆっくりと意識の途絶えていくその頭を、誰かが持ち上げた。 「ワルド?! ワルド!!」 聞き覚えのあるその可愛らしい声が、悲痛な叫びを上げている。 「はは、ルイ、ズ、か、、」 ワルドは左手の残りでその髪を優しく撫でる。 「何が?! 何で?! しっかりワルド!! い、いま、てあ、手当てを、、!!」 自分の顔に降り注ぐ涙の暖かさだけが、 今のワルドに感じ取れるすべてだった。 「いいんだ、、ルイズ、、、 僕は、、もう、、、」 「駄目! 駄目!! ワルド!!」 「はは、、、そう、さ、、これが、末路だ、、、 裏切り者に、ふさわ、しい、、末路、だ、、」 「裏切り?! 何を言っているの? 喋っちゃ駄目、ワルド!!」 ルイズは自分のマントを剥ぎ取りワルドの腹に押し当てるが、 流れ出る血はその純白のマントをどろどろと赤く染めていく。 「で、も、、信じて、くれ、ルイズ、、、」 最早その目は空ろに開かれ何も映ってはいない。 「嘘だらけ、だった、、、僕の、人生の、中で、、、 君への、、想いだけ、は、、たった一つ、の、、、」 「、、、ワルド?」 それきりその口からは言葉も、呼吸も、こぼれ出ることは無かった。 「ん~、痛てて、、」 後ろから響いた声に、のろのろとルイズは振り返る。 そこには自分の使い魔が居た。 「あ! ルイズ、起きたんだ! 大丈夫?」 肋骨は折れ右手の指の殆どは捻じ曲がっていたが、 いつものように「無かった事」にする気はなぜか起きない。 手に持った巨大な銃の重みが今は誇らしかった。 ルイズの目にその銃が映る。 大きく穿たれた床の石畳と、自分の伴侶に突き立った無数の石片と。 あの日の光景が蘇る。 はじめてその銃を見た日。 トリステイン魔法学院の仲間達と。 そして、大きく穿たれた学院の壁と。 「、、、あなたが、撃ったの?」 まるで感情のこもっていない、低く澄んだ声。 「うん、そう! 僕がワルドをやっつけたんだ!」 胸を張りシュレディンガーが答える。 「シュレディンガー、、」 「どうしたの? ルイズ」 不安げに近づくシュレディンガーの足をルイズの声が止める。 「、、消えて」 その声には、いつもの傲慢さも強さもヒステリックさも無く、 水晶のように純粋な拒絶のみがあった。 「、、、ル、、?」 困惑し立ち尽くすシュレディンガーに、 ルイズは目を伏せたまま、ただ、告げた。 「消えて、シュレディンガー。 私の、目の、前から」 「、、、」 シュレディンガーは何かを言おうとして口を閉ざし、 それきり、ルイズの目の前から消えた。 ============================== 確率世界のヴァリエール - a Cat, in a Box - 第十三話 前ページ次ページ確率世界のヴァリエール
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前ページ / 豆粒ほどの小さな使い魔 / 次ページ 扉の隙間から、細く明かりが漏れている。 夜も遅いのに、耳を澄ませば、かさりと紙を捲る音がする。 覗き込むと、部屋の奥のベッドで、上体を起こしたカトレアさんが、静かに本を読んでいた。 そういえば、笑顔以外を見たのは初めてかもしれない。引き締まった口元は、ルイズと似ていながら少し冷たさを感じる。 もしかしたら、カトレアさんも、自分でそのことを知っているから、いつも微笑んでいるのかもしれない。 くるる、と、奥の薄闇から獣の寝息が聞こえる。 さて、どうやって声を掛けよう。いきなり目の前に飛び出すのは礼儀知らずだし、驚かせたくない。 思い立って、帯から草笛を抜いて、今日演奏した曲の一節を小さく吹いてみた。 聞き取ってくれたカトレアさんが、こちらを向いて、すぐにあの笑顔を浮かべてくれた。 「来てくれたの? ハヤテちゃん」 ひざ掛けの上、栞を挟まれた本の上に飛び乗る。音は立てない。 「コンバンハ、かとれあサン」 「いらっしゃい。こんなに遅くに呼び出して、ごめんなさいね」 ちらと見た本の表紙には、まだあまり文字を覚えていない私には読めない難しい綴り。 そこに、私の腰くらいまである天鵞絨張りの、多分宝石箱が、カトレアさんの手でことりと置かれた。 「お客様を立たせておくなんてできないもの、どうぞお掛けになって」 ますます敵わない気がする。私の方が余裕がない。 「本当はね、貴女に逢えたら、一番最初にありがとうって言おうと思ってたのよ」 「ル……ソンナコト」 「去年の夏辺りから、ルイズからの手紙が少しずつ減ってたの」 少し、遠くを見る目で、 「頑張ってる。元気です……いつも手紙にはそう書いてあって、でも、家族にもそう言い続けるのが辛くなってるんじゃないかって」 カトレアさんの、ルイズには言えないこと。 「私ハ、今ハマダイイ、ダケドイツカハ、国ニ帰リタイ」 そしてこれが、私の、ルイズには言えないでいること。 ルイズは好き。だけど、あの小山も忘れられない。靴に穴が開いちゃったとき、心にも穴が開いた気がした。 ほう、と、カトレアさんが、やさしく吐息をついた。 「それでも、ハヤテちゃんがルイズの使い魔になってくれて、本当によかった。ね? 私は、小さなルイズさえよければそれでいいの」 だから怒るならルイズじゃなくて私にしてね、と、小さな私に向かって本気で頭を下げてくれる人。 ルイズは、きっとカトレアさんへのお手紙に、私のこと色々と書いたんだと思う。 頭のいいカトレアさんだから、気がついたんだろう。 「ずっと昔、子供の頃だから、ルイズは覚えてないと思うけど、私もよく癇癪を起こしてたの。その度に発作を起こして、寝込んでは癇癪を起こして」 くすっ、と 「あの子ったら、私に八つ当たりされるのに、いつも私の側にいてくれた。泣きながら。それで、馬鹿な私が血を吐いて倒れたときに、『わたしがおねえちゃんの代わりに怒るから、だからおねえちゃんは笑ってて』って」 「本当は、ルイズの方が大人しくて優しい子だったの。もう死んでしまったけど、最初に私の部屋に動物を連れてきてくれたのもルイズなのよ。一生懸命『騒がしくして私の邪魔しちゃだめよ』って躾けて、連れてきてくれたの」 両手で、小さな空間を作る。このくらいの、白いネコだったわ、と。 今とは全然違う二人の姿が、カトレアさんの口から語られるのを、私は黙って聞いていた。 「ルイズはもう覚えていないのかもしれない。忘れようとして、本当に忘れちゃったのかも。あの子の中では、私は最初から優しいちい姉さまみたい」 「お母様にも、お父様にもどうしようもなかった私を変えてくれたのは、小さなルイズだった。だから私は、ルイズを、ルイズが魔法を使えるようになることを、世界の誰よりも幸せになってくれることを信じられるの」 ルイズを信じて支え続けてくれてたカトレアさん、その優しい強さは、カトレアさんの心の中にいるルイズ自身だったんだ。 「るいずハ、本当ニ覚エテナイミタイダヨ。イツモ、チイ姉サマハ優シクテ最高ノ私ノ憧レダッテ言ッテル」 「まぁ」 「デモ、ナンデ私ニ話シタノ?」 これは、カトレアさんのナイショの宝物だと思う。きっとご両親にだって話してないはず。 それなのに、逢ったばかりの私に。 「だって、ハヤテちゃん、私のこと警戒してたでしょ?」 あ、あれは、違うの、ルイズがちい姉さまのこと好きだって何度も言うから、ちょっと変な気持ちになってただけ、なのに。 「ううん、それだけじゃなくて、私が笑うのに、不自然さを感じてたみたいだし」 あんまり鋭いから、びっくりしちゃった、って。 この人は、身体が弱い。走ったり馬に乗ったり、魔法を使うのもきっと大変なんだと思う。 だけど、すごく深い人だ。世話役とか、相談役の長老たちと同じ匂いがする。 「今日は私、お昼寝したから、結構元気なの。だからハヤテちゃんとお話できるわ」 なんで、だろう。 そう言われたら、ほろりと、涙が零れた。 全然、哀しくなんてないのに。 カトレアさんがちっとも慌てないから、私も不思議と落ち着いた。 それから、沢山話した。小山のこと。隊長のこと。組んでいるマメイヌのこと、今頃はきっとつがいができてること。大好きな桃のお酒のこと。 ルイズとあれだけお話してたのに、まだ話し足りなかった自分がちょっと恥ずかしい。 空も薄く白み始めて、 「アリガトウ、かとれあサン」 沢山話して、沢山泣いて。頭も身体も、すごく軽くなった気がする。 妹の前では泣けないものね、そうカトレアさんが言ってくれた。 そういうことだったんだろうか? 私みたいな新米お姉ちゃんには、まだまだ覚えないといけないことがありそう。 手を振ってくれるカトレアさんに見送られて、ルイズの部屋に駆け戻る。 よかった、まだぐっすりと寝てた。 畳まれたハンカチの布団に潜り込んで、だけど目は閉じずにルイズの寝顔を眺める。 つい、頬が緩む。 妹の寝顔を眺めるのは、妹に懐かれてる姉の特権なんだからって、本当にカトレアさんの言うとおりだと思った。 * * くぅ、と伸びをして、あれ? と思ったけど、何が変なのか分からなかった。 ぐるりと見回して。ここは学院の寮じゃない、久しぶりのヴァリエール家だけど。 ああ、そうか。 枕元、ハンカチが盛り上がって、ゆっくりと上下してる。 ハヤテが私より遅くまで寝てるって、もの凄く珍しいから。 そうっと、振動を伝えないように、ハンカチの端を指で摘んで、そうしたら、解かれた豊かな黒髪に縁取られた整った寝顔。本当にお人形さんみたい。 起きてるときの凛とした様子からは信じられないくらいあどけない。 (だーれが、お姉ちゃんよ。まるっきり妹じゃない) いつもの立場にはとりあえず目を瞑って、メイドが朝食の支度が整ったことを伝えに来るまで、つかの間のお姉ちゃん気分を味わった。 前ページ / 豆粒ほどの小さな使い魔 / 次ページ
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2000の技を持つ使い魔 EPISODE02 疾走 膝をつきつつ、自分の左手の甲に刻まれたクウガの印をしげしげと見ていた雄介のそばにコルベールと呼ばれた男が近づくと、雄介と一緒になってしげしげとクウガの印を詳しく見始めた。 「ふむ…… これはルーンなのか? 見たこともない」 そう呟くと、今度は帳面を取り出してクウガの印を詳細にスケッチし始めるコルベール。 「……とにかくおめでとう、ミス・ヴァリエール。 コントラクト・サーヴァントはきちんとできたね」 雄介の印をスケッチし終わると、コルベールはルイズに向かってにこやかに言う。 「あ、はい!」 サモン・サーヴァントは何十回となく失敗したが、コントラクト・サーヴァントはなんと一発で成功した。 これが偶然なのか、それとも必然性があったのかはともかく、今のルイズにはコントラクト・サーヴァントが一発で決まったことに満足感を感じていた。 「でもさー、あれ平民だからできたんじゃねーの?」 「あり得るねー、ルイズなら」 「そいつが高位の幻獣とかなら、契約すらできなかっただろーぜ」 そんな小さな満足感をぶちこわすように生徒の内の何人かがはやし立てるのを、ルイズは聞き逃さなかった。 「馬鹿にしないで! 私だってたまには上手くいくわよ!」 ルイズが彼らにかみついたところで、コルベールが待ったを掛けるように割って入ってきた。 「皆そこまで! 兎に角今日はこれにて解散。教室に戻ろう」 コルベールが手をパンパンと叩きながら、生徒たちを教室へと戻るよう促す。 さすがに教師に促されては従わざるを得ないのか、生徒達はそれぞれに呪文を詠唱すると、次々と空へ舞い上がっていく。 中には飛べないルイズに嘲笑と罵声を浴びせる生徒生徒もいたが、ルイズはそれをガン無視。雄介は「人が空を飛ぶ」というあり得ない事を見せつけられて、口をぱくぱくさせながら、あたりをきょろきょろと見渡していた。 もちろん、雄介の視界の中に、トランポリンもワイヤーもクレーン車もない。 「うっそ…… 飛んでっちゃったよ」 コルベールをはじめとした生徒達は、空を浮遊しつつ遠くにある城のような石造りの建物へと飛んでいった。 「……行くわよ、付いて来なさい」 空を飛ぶ生徒たちを見つめ、悔しそうに唇をかみ締めていたルイズが雄介に言うと、一人だけカツカツと道なき草原の中を歩きはじめるの見て、雄介が待ったをかける。 「ちょ、ちょっと、えーと…… ルイズちゃんでいいのかな? 行くってどこに?」 そんな雄介の言葉に、ルイズは心底がっくり来たのか、ジト目で雄介のことを見ながら肩を落としつつ雄介に向かって大声で怒鳴り始めた。 「ご主人様をちゃん付けするなあああああ!! あーもお、何だってっこんなのがあたしの使い魔になるんだろ.もう気分へにゃへにゃよ!」 ルイズにしてみれば、ペガサスだのユニコーンだのワイヴァーンのような美しくて強力な使い魔が召喚されることを望んでいたにもかかわらず、呼び出されて出てきたものといえば、どこか呆けたような感じのする若い平民男子と来た日には、夢も希望も無残に打ち砕かれてへこみたくもなるものだ。 さらに、何でこの目の前の使い魔は、未だにのほほんとご主人様の事を主人とも認識していないのだろうか。 「あー、あのさ。俺、冒険の最中なんだけど…… イヤもうスッゴイ物見せてもらいましたホント。魔法なんてモノがホントにあるなんて知らなかったなもう」 あまつさえ、「冒険の途中にいいもの見せてもらいました」等と抜かしやがりますかこの平民? と今度は怒りがふつふつとルイズの腹の底から湧き起こる。 だが、そんなことを思うご主人様をさておき、使い魔となった雄介は未だに無口なルイズを見やり、致命的な一言を言ってしまった。 「……もう行ってもいいかな?」 ぶちっ、とルイズの頭のどこかで、スイッチがオンになったような、もしくは何かのキレるような音がした。 「だからっ、あんたは、わたしがっ、召喚した使い魔なのっ! あたしの使い魔だから、あたしと一緒に学校に戻るの! 判った!?」 全身でぜいぜいと息を切らして声を張り上げるルイズの言葉が、雄介の脳内に十分浸透して驚愕の声を上げるまでに、たっぷり2呼吸は必要だった。 「……えええええええええ!?」 使い魔になったいきさつを知らない雄介に、ルイズがかいつまんで状況を説明してやると、しばらく困った顔をしていた雄介だったが、すぐ吹っ切れたのか「まいっか」の一言で開き直ってしまった。 その暢気さに呆れたルイズが、踵を返してそのまま徒歩で帰ろうとするのを引き止めたのは雄介だった。 「ちょっとまって。あの城みたいなところに行くって言うなら。歩くよりもこれに乗っていくほうがいい」 「何よ? ホントにそんな物が速いって言うの? その、車輪が二つついた銀色の馬みたいなものが?」 呼び止められたルイズが胡散臭げに雄介のバイク「ビートチェイサー2000」を見ながら言うのを、雄介は気にも止めずにビートチェイサーのハンドルにあるスターターを押して、その心臓である無公害イオンエンジン「プレスト」を始動させる。 すると、パルンッ! と軽く甲高い爆発音と共に、プレストに息吹が吹き返る。 「わあっ!? 何? 何なの今の爆発音?」 雄介にとっては心強く感じるプレストのエンジン音も、バイクを見るのも乗るのもまったく初めてのルイズにとっては、銀色の恐怖の塊でしかない。 そんなルイズを笑顔で手招きする雄介。右手のアクセルを軽く煽って、エンジンを操っているのは雄介である事を証明しながら、ビートチェイサーにくくりつけていたザックの口をあけて、中からもう一つ小ぶりなハーフヘルメットを取り出してルイズに言う。 「大丈夫。噛み付いたりなんかしないから」 雄介に大丈夫と言われて半信半疑だったルイズだったが、雄介がアクセルを煽る事でエンジン音が変わることに気がつくと、雄介が操っているんだという事に気がつく。 バルン、バルルンと雄介がアクセルを吹き鳴らすたびに、初めて聞くエンジンの音と離れていても感じてくる力強さを体で感じ取っていた。 「ホント? これ、何で動いているの? 魔法?」 わずかながらにルイズの中で好奇心が沸き起こる。どう考えても、魔法で動かしてるとしか思えなかったが。 「魔法じゃないよ。ウーン、なんて説明すればいいのかな」 しばらく考えていた雄介が、ぽんと手を打って言う。 「まいっか。それもそのうち、おいおいね。これなら獣よりも速く、空を飛ぶくらいに早く何処にでも行けるよ」 軽く言う雄介の言葉に、ルイズは疑いのまなざしを向けるが、気にせずビートチェイサーに跨った雄介がルイズに言う。 「じゃあ、行こうか。あ、そのヘルメットかぶって、紐は顎の下でしめてね」 言われたルイズがヘルメットをかぶったはいいが、顎紐をしめる事が判らないルイズがおたおたするのを見て、見かねた雄介がビートチェイサーを降りると、自らの手で、ルイズの顎紐をしめてやる。 「こんなもの、かぶった事なんかないからしょうがないか」 顎紐を金具に通して、遊びがないようにしっかりとしめる雄介。紐を締めながら遊びがないかを確認し、ルイズも嫌がったり痛がったりしている様子でもないのを認めると、雄介はサムズアップしながら、またビートチェイサー跨りなおす。 「ん、これでいいの?」 顎紐を締めたルイズが、雄介に訊く。 「うん、それじゃシートの後ろのほうに跨って……… 手をしっかり俺の腰に回して」 ルイズは雄介の言うがままに、ビートチェイサーのシートに横座りして、前に座る雄介の腰のあたりに両手を回す。 「じゃ、いくよ? 手は離さないでね」 雄介はルイズが腰に手を回していることを確認すると、ゆっくりとビートチェイサーを走らせ始めた。 それまで馬しか走った事のない草原を、二つの輪を持った銀色の鉄の馬のような乗り物「ビートチェイサー2000」に跨って、ルイズと雄介は疾走する。 「こ、これ、すごい。馬よりも早い! 何でこんなに速く走れるの!?」 雄介とは違う形の小さな兜を頭にかぶったルイズが、風切り音に負けないように大声出して雄介に聞く。 「うーん、詳しく説明すると長くなるから。それよりまっすぐで良いんだよね?」 雄介はあえてルイズの質問には答えず、ビートチェイサーの行き先が間違えていないか聞き返すと、ルイズはこくこくと頷いた。 雄介にとっては軽く流している程度の速度でも、ルイズにとってはそれまでとはまったく違う視点と感じる風は、驚き以上のものを感じていた。 こんな異形なものが、獣が大地を疾走するよりも速く、空を飛ぶ鳥のように早くこの大地をも疾走できるという雄介の話も、嘘ではなく本当の事なんだと直感的に理解していた。 「すごぉ~い! すごいすごい! フライの呪文よりも速いっ!!」 ルイズの視線の先には、先に飛んでいった生徒達の殿を目で見る事が出来たのだから。 「もっと早く進めないの!?」 ルイズの言葉に、雄介は一瞬躊躇して聞き返す。 「進めるけど、二人乗りじゃそんなに速度は出せないよ!?」 雄介の大声に負けないくらいの勢いで、ルイズは言ってのけた。 「かまわないからぶっ飛ばして!」 そして、この使い魔がすごい事をみんなに見せ付けてやるんだ。ルイズはそう思っていた。 「じゃあ、手をしっかり俺の腰に回して。しがみつくように!」 雄介が叫ぶと、ルイズが雄介の腰に両腕を回してしっかりと掴んだのを確認して、アクセルを吹かしてギアをもう1段上げる。 「うひゃあああああ!??」 たちまちのうちに、スピードを上げて草原の上を疾駆する弾丸と化すビートチェイサー。 ルイズは、しっかりと両腕を掴んでいなければ放されてしまいそうなスピードで、まだゆっくりと空を飛んでいく生徒たちを追い越し、学園へと向かうのであった。
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前ページときめき☆ぜろのけ女学園 (タバサに人間だって知られちゃったわ。このままじゃ他の妖怪にもバレて、襲われちゃうかもしれない。食べられちゃうかもしれない) そんな事を考えつつ、ルイズは布団に包まっている猫耳の少女を見据えていた。 (そんなの絶対に嫌!! そんな事になるくらいなら、私は、キリと同じ猫股になるわ!) 決意を込めて布団をめくり上げるルイズ。 そこでは、キリと同じ猫股だが別の少女が静かな寝息を立てていた。 (ま、間違えたああ!) ルイズは頭を抱え心中で絶叫する。 その時、背後で襖が開く音がした。 「ひ……っ(誰か来たっ!!)」 慌ててキリの掛け布団に潜り込む。 「……ル、ルイズ?」 文字通り「頭隠して尻隠さず」という状態になっている何者かの正体を匂いで看(?)破し、キリはそう声をかけた。 「……キリ」 「ルイズ! そんなかっこで何してんの!?」 「これは~、その~」 キリに尋ねられたルイズがしどろもどろになっていると、 「ううん……、うるさいな……」 もう1人の猫股が寝ぼけ眼で体を起こした。 「キリ? どうかした?」 ルイズはそれより一瞬早くキリの布団に潜り込み、キリは何事も無いように装って答える。 「あ……、暑くて水飲んできた。ごめん……、起こしちゃった?」 「あ……、そ」 猫股はそう答えると即座に眠りについた。 安堵の溜め息を吐いたキリは、 「ルイズ、今のうちに部屋戻ろう」 と布団の上から声をかけるもルイズの反応は無い。 代わりに自分の下半身に奇妙な違和感を覚え始めたため、布団をめくる。 「ちょ……、ルイズっ、何してるの!?」 「し……、下のお口っ!」 そこではルイズがキリのスパッツを下着ごと脱がそうと引っ張っていた。 「は!? ええっ!? ええええええ?」 「下のお口……、下のお口ってどれ? どこ? どうしたらいいの!?」 「ルイズっ、どうしちゃったの? 落ち着いて!!」 ルイズの突然の行動に混乱しつつも何とか落ち着かせようとするキリ。 しかしそんな彼女にルイズは、 「私、猫股になるって決めたの……!!」 と自分の決意を告白した。 「え?」 呆気に取られたキリ。そこに、 「むにゃ……、うるさいな……」 先程の猫股が目を擦りつつ再度体を起こした。 2人は即座に布団を頭まで被って狸寝入りを決め込む。 「……あれ?」 周囲を見回した猫股が三度眠りにつくと、 「………」 「………」 しばらく息を潜めてからルイズ・キリは会話を再開した。 「ねえルイズ、自分の言ってる事わかってる?」 キリからの問いかけにルイズは赤面しつつ頷く。 「猫股になったら、もう人間には戻れないんだよ? それでもルイズは本当に猫股になりたいの?」 (他の妖怪に襲われるくらいなら、猫股の方がいいに決まってる) 心中でルイズはそう呟き、キリからの再度の問いかけに再び決意を口にする。 「キリ……、私を猫股にして」 その言葉にキリはルイズをそっと抱きしめる。 「ありがとう、ルイズ。私凄く嬉しいよ」 「キ……、キリ」 そして2人はそっと口づけ合う。 (だから……、だから……、これでいいのよね……) キリが優しく胸を揉む感触に耐えられず、ルイズの口から声が漏れる。 「ふ……っ、うん、キ……、キリ、どうして胸を触るの? 下のお口……でしょ?」 「だって気持ちいいでしょ。ほら……、下のお口も気持ちいいって言ってる」 「やんっ!」 嬌声を上げたルイズの口を自分の口で塞ぐキリ。 「ふっ、んっ、やあ」 「ルイズ、声出したら駄目」 「んん」 キリはそっとルイズの下半身に手を伸ばしていく。 (何これ何これ、こんなの初めてよーっ!! き……、気持ちいいよ~!) さらにキリの口がルイズの胸を攻める。 「はっ、キリ……、駄目、もう駄目。あ、お願い、早く猫股にしてっ!」 「ルイズ、可愛いな。無理なら今日はもうここまでにしよ?」 「だ……、駄目っ。だって……、だって、タバサに人間だって知られちゃったから、私早く猫股にならなきゃ!」 「……タバサに……、だからそれで突然……」 そう呟いたキリはそっとルイズから離れ起き上がる。 「キリ……?」 「ルイズ、駄目だよ。そんなの駄目だよ」 「キリ……、駄目って……、どうして!? だって私猫股にならなきゃ他の妖怪に……っ」 「タバサには私から話をつけてくるから大丈夫」 「でも……」 「だからそんな理由で妖怪になるなんて言わないで!!」 キリが荒げた声にまたも隣で寝ていた猫股が体を動かす。 「キリ……、声大きいよ……。うううん……」 その声に一瞬沈黙した2人だったが、ルイズの方から声をかける。 「……何か怒ってる?」 「………」 しかしキリはそれに答えず布団に潜り込んだ。 「もう寝よう。今日はここに泊まっていっていいから」 「キリ……」 ルイズも仕方なく布団に潜り込む。 (タバサに知られちゃった事も、キリの様子がおかしかった事も心配なのに――) しかしルイズの頭の中は先程のキリとの事でいっぱいになっていた。 (あんなに気持ちいいなんて……。どうしよう、もっとしたい!) その夜、ルイズは一睡もできなかった。 前ページときめき☆ぜろのけ女学園
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前ページ次ページ虚無のパズル トリステイン軍の立てこもるラ・ロシェールの街に向け、何百発もの砲弾が撃ち込まれた。 敵軍の艦砲射撃である。 アルビオン艦隊は、静々とこちらに向け行進してくる『レコン・キスタ』の軍勢の上空から、休みなくカノン砲を打ち込んできた。 重力の後押しを受けた砲弾が、トリステイン軍を襲った。 ラ・ロシェールの街を包む『天然の要塞』と呼ばれる峡谷が、砲弾の雨によってみるみる削られていく。 「あの距離から、砲撃が届くというの……?」 アンリエッタは、敵の艦隊が積む、新型の大砲の威力に青ざめた。 岩や馬や、人が一緒くたになって舞い上がる。圧倒的な力を前にして、味方の兵が浮き足立つ。辺りを轟音が包む。 「落ち着きなさい!落ち着いて!」 恐怖を押し隠しながら、アンリエッタは精一杯平静に見えるよう取り繕って、叫んだ。 隣に控えるマザリーニに小声で尋ねる。 「マザリーニ、なにか手はないのですか?」 マザリーニは素早く近くの将軍たちと打ち合わせた。 マザリーニの号令によって、トリステイン軍のメイジたちは、岩山の隙間の空に幾層もの空気の壁を作り上げた。 砲弾はそこにぶち当たり、砕け散った。 しかし、何割かは防ぎきれずに、空気の層を突き抜けて飛び込んでくる。 そのたびにあちこちで悲鳴が上がり、砕けた岩と血が舞った。 マザリーニは呟いた。 「この砲撃が終わり次第、敵は一斉に突撃してくるでしょう。とにかく向えうつしかありませんな」 「勝ち目はありますか?」 マザリーニは、砲撃によって兵のあいだに動揺が広がりつつあるのを見届けた。勢い余って出撃したが……、人間の勇気には限界がある。 しかし、忘れかけていた何かを思い出させてくれた姫に、現実を突きつける気にはなれなかった。 「五分五分、と言ったところでしょうな」 着弾。辺りが地震のように揺れる。 マザリーニは、痛いくらいに状況を理解していた。 敵は空からの絶大な支援を受けた三千。我が軍は、砲撃で崩壊しつつある二千。 勝ち目は、ない。 「なんで当たらないのッ!なんでッ!」 ルイズは焦った声で叫んだ。 五騎目の竜騎士を落としてからというもの、突然こちらの魔法が当たらなくなっているのだ。 先ほどまで、風竜のスピードと、軌跡の読めないルイズの魔法に翻弄されていたはずのアルビオン竜騎士隊は、一糸乱れぬ陣形を組み、逆にルイズたちを追いつめていた。 ルイズが呪文の詠唱を始めると、すかさず火竜のブレスが打ち込まれる。 ルネはブレスを避けるために、風竜の身体を右に左に大きく旋回させるので、ルイズは狙いを付けられない。 「こんなところで、足止め食らってられないのに……、あの艦を、止めないといけないのに……!」 ルイズは忌々しそうに背後の艦隊と、旗艦『レキシントン』号を睨みつけた。 艦隊は、ラ・ロシェールの街に向け、艦砲射撃を行っている。 ラ・ロシェールには、トリステインの軍勢が……、アンリエッタがいるのだ。 「ルネ!あの艦を追いかけて!」 「無理だよ、ルイズ!囲まれてる!」 ルネは慌てて叫んだ。 いつの間にやら、敵の竜騎士隊は大きく散開し、ルイズたちを取り囲むように陣を組んでいる。 ルイズは歯噛みし、背後に付いた火竜に向かって魔法を放った。 しかし、火竜はすぐさま身を翻し、ルイズの爆発から逃れた。 風竜を取り囲んだ火竜たちがブレスを吐きかける。 ルネはそれを必死で避けたが、避けきれなかった炎は風竜の尻尾の先を焦がした。 ルイズたちは、じわじわと追いつめられていた。 「ルイズ、さっきまでとは敵の動きが違う!もしかして、どこかに司令官が……」 そのとき、ふっとルイズの乗る風竜の上に、影が落ちた。 ルイズは思わず空を見上げる。太陽を覆い隠すように、大きな竜が、ばっさばっさと羽ばたいていた。 よく見ると、それは成体の風竜であった。火竜で構成されたアルビオンの竜騎士隊の中では、異質な存在に見えた。 そして、その背中には長身の貴族が跨がっている。黒いマントと、羽帽子を身にまとった貴族…… 「ワルド!」 ルイズはその貴族の正体に気付くと、杖を振るった。 今までより一回り大きな爆発が巻き起こる。ワルドの風竜はぐんと旋回し、爆発を避けた。 「魔法の軌跡が見えないなら、術者の杖の先を見ればいいのさ。ルイズ、きみの魔法は、もう通用しないよ」 ワルドは素早く呪文を唱える。空気の塊がルネの風竜を打ちすえ、羽を痛めた風竜は、きゅい!と悲鳴をあげた。 「ああ、ベルヴュー!」 「これでその風竜はもう、早く飛ぶことはできないな」 ワルドは残忍な笑顔を浮かべた。 「ルイズ。アルビオンでせっかく拾った命を、また捨てにきたか。一人で竜騎士隊に勝てると、まさか本気で思っていたのかな。『レコン・キスタ』に太刀打ちできると、本気で思っていたのかな。きみも、トリステインの貴族たちも、実に愚かだな」 ワルドはちらりと、トリステイン軍が立てこもるラ・ロシェールの街に視線をやった。ラ・ロシェールの街は、砲撃で崩壊しかかっている。 それから、ふいっとルイズたちに背を向ける。 「待ちなさい!この裏切り者!」 ルイズはワルドの背中に向かって叫ぶ。しかしワルドはもはや、ルイズたちに興味を失ったようだった。 ワルドはルイズたちから離れると、すっと杖を掲げ、振るった。 それを合図に、ルイズたちを取り囲む火竜が、一斉に炎のブレスを吐き出した。 四方から炎が迫り、ルイズとルネは思わず目を瞑った。 ルイズは悔しかった。こんなところで、裏切り者の手にかかって死ぬことが。アンリエッタの力になれなかったことが。シエスタの村を焼き払ったアルビオン軍に、一泡吹かせてやれなかったことが。 ルイズは思わず、手をギュッと握りしめる。 姫さま……、 シエスタ……、 ティトォ……、 アクア……、 キュルケ……、 タバサ……、 ギーシュ……、 父様……、 母様……、 姉様……、 ちいねえさま……、 ごめんなさい。わたしは、ここまでです……。 強い炎の光が、目の前を白く塗りつぶしていく…… 『立て、ルイズよ!』 突然の呼び声に、ルイズはハッと目を見開いた。 辺りは、まばゆい光に包まれている。 それは燃えさかる炎の暴力的な光ではなく、もっと美しく、神々しい輝きである。 ルイズが目を凝らすと、光の中に、一人の男の姿があった。 『そんな戦い方ではだめだ、ルイズよ。私が魔法の使い方を教えてやろう』 ルイズは放心したように、その男の姿を見つめていた。 長く美しい漆黒の黒髪。 異国の服に身を包み。 その面貌は眉目秀麗。 鋭い双眸には知性の光を湛え。 そして…… 「なんだ?なにが起こった!」 ワルドは光から目を庇いながら、叫んだ。 確かに今、ルイズと、ルイズを乗せた竜騎士は、火竜のブレスに焼き尽くされたはずだった。 しかし肉の焦げる臭いも、風竜の墜落する音も聞こえてこない。 それどころか、なんなんだ?この眩しい光は! 見ると、光の中に、一人の長身の男の姿が見えた。 異国の服に身を包んだ男は、ルイズの乗る風竜の前に並び立つように浮かんでいる。 その姿は、まるで…… 「なんなのだ?あの光は、いったい……」 アルビオン艦隊旗艦『レキシントン』号艦長ボーウッドと、艦隊司令官サー・ジョンストンは、背後からの眩しい光に思わず振り向いた。 タルブの村の上空、竜騎士隊が戦っているあたりで、何かが眩しく輝いている。 水兵たちもその光を振り返り、砲撃の手が一瞬止まる…… 「あれは……?」 突然敵の砲撃の手が緩んだのを見て、空を見上げたアンリエッタは、思わず呟いた。 タルブの村の上空に、強い光が見える。 その光がやがて収まると、そこには空を飛ぶ敵の竜騎士隊と、それから味方のものとおぼしき一騎の竜騎士、 そして宙に浮かぶ、一人の男の姿が見えた。 タルブまでは遠く離れているというのに、なぜかその男の姿だけは、まるですぐ近くにいるように、はっきりと見ることができた。 その神々しい姿は…… 「ああ……、ああ!」 その男の姿を見ると、シエスタは感動し、はらはらと涙をこぼした。 それから、恭しく地面に膝を付き、祈りをささげる格好になった。 村人たちも次々と、手を胸の前で組み、膝を付く。 その男に向かって、タルブの村人全員が、まるで敬虔なブリミル教徒のように、静かな祈りをささげはじめる…… ルイズは放心したように、その男の姿を見つめていた。 長く美しい漆黒の黒髪。 異国の服に身を包み。 その面貌は眉目秀麗。 鋭い双眸には知性の光を湛え。 そして……、 前掛けに刺繍されたパイの絵。 首のチョーカーに刻まれた「ふわっとサクサク」の文字。 天使の輪のように頭上に浮かぶ銀のパイ皿…… ルイズは目の前のその男の姿を見て、いつかに聞いたシエスタの言葉を思い出していた。 ──気まぐれな神です。 いつ降りてくるかも分からない。 どんな天才でも達することのできない域。 パイ職人に突然降りてくる神── 『パイ神・降臨!』 今、ハルケギニアの大地にパイ神が降り立った。 「パイ神様!」 ルイズは思わず叫んだ。 「誰!?」 ルネとワルド、アルビオンの竜騎士隊、アンリエッタにマザリーニにジョンストンにボーウッドにその他大勢は、至極もっともな叫びを上げた。 「ええい、怯むな!撃て、撃てえ!」 竜騎士の一人が叫ぶと、竜騎士隊ははっと我に返り、ルイズとパイ神に向かって次々と火竜のブレスを吐きかけた。 『邪魔だ、下がっておれ!』 パイ神の腕の一振りで、びりびりと空気が震え、凄まじい突風が巻き起こった。 ルイズたちを取り囲んだ竜騎士隊はあっという間に遠くまで吹き飛ばされて、見えなくなってしまった。 『雑魚が……』 「強っ!」 ルネと、アンリエッタ、マザリーニ、ジョンストンにボーウッドにその他大勢は思わず叫んだ。 『さあルイズ、魔法を使うのだ。お前の力はそんなものではない、あの特訓を思い出すのだ』 ルイズは戸惑って言った。 「でもパイ神様、わたし、魔法の特訓なんて……、何度やっても、爆発しか起こらなくって……、原因がわからないから、がむしゃらにやるしかなくって、だからわたし魔法の使い方なんて、ほとんど分かってないんです……」 今の自分の爆発魔法にしたって、ティトォの魔法の副作用のおかげでコントロールが効くようになっただけにすぎない。 結局「なんでもいいから呪文を唱えれば爆発する」というだけの話だ。 他のメイジたちのように、きちんと呪文を理解して、魔法を組み立てるなんてことはしていないのだ。 『なにを言う、ルイズ。お前はしっかりパイ作りの修行をやっていたではないか。それは立派に魔法の鍛錬につながる』 「パイ作りの修行が……、魔法に……?」 ばっ!と羽ばたく音がして、そちらを見ると、ワルドの風竜の姿が見えた。 ワルドは『風』の障壁で、パイ神の一撃に耐えたのだ。 ワルドは血走った目で、ルイズを睨みつけている。 「神、だと?神を呼んだ?ふざけた真似を……、まやかしがッ!」 ワルドはサーベル状の杖を掲げ、風竜を加速させた。 ルネは息を呑み、風竜の手綱を引いた。風竜は反転し、逃げに回る。 ルイズは首を振った。 「だめよ、ルネ。羽を痛めたベルヴューじゃあ、ワルドから逃げることはできないわ」 「わかってる!でも、逃げるしかないじゃないか……」 慌てるルネとは対照的に、ルイズの心は落ち着いていた。 もちろん、ワルドへの恐怖はある。それでも、ルイズはきゅっと口を引き締めると、杖を握りなおした。 パイ真はおごそかに、ルイズの頭上に手をかざした。パァっと、ルイズの体が光りだす。 『今から私が教えてやろう。お前の才能の真の方向を……、力の使い方を──!』 ルイズはこちらに突っ込んでくるワルドの姿を、正面から睨みつけた。 『奴は、お前が倒せ!ルイズ!』 「はいッ!」 ルイズは力強く頷いた。 その声に答えるように、右手の『水のルビー』が激しく光りだし、ルイズの懐から『始祖の祈祷書』が飛び出した。 『始祖の祈祷書』はルイズの頭上に浮かび、ひとりでにページを繰りはじめた。 ばばばっと勢いよくページがめくられる。白紙だったはずの『始祖の祈祷書』は、全てのページに光り輝く文字が現れていた。古代ルーン文字……、始祖の時代の文字である。 ルネは風竜を操りながら、首を回して、その様子を呆然と見つめていた。 ルイズは目を瞑り、低い声で呪文を詠唱していた。こんな状況で、なんて子だ、とルネは思った。 その呪文は、今まで聞いたこともないような響きで、その詠唱は、とても長かった。 びりびりと、空気が震えているのがわかる。大気中に、魔力が満ちている。 『魔力を組み上げよ!今までのように力で強引にではなく、熟練した業で行うのだ!魔法の構築は、天性の才能や強大な魔力だけでなすものではない。ワザで補うのだ!ルイズよ、今ならできる!』 「魔力で強引にではなく……、優しく、繊細に組み上げる……!」 ルイズは、パイ生地作りに似ているな、と思った。 パイ生地作りには、多少の熟練が必要となる。バターを生地に練り込んでしまったり、作業中にもたもたして生地が暖まってしまったりすると、焼き上がりの軽い口当たりが損なわれる。 繊細に、手早く、大胆に……! ワルドはまっすぐ、ルイズたちに向け突撃してくる。ワルドが呪文を唱えると、杖の先に氷の矢が現れた。 いや、それは矢などというちっぽけなものではない。太く、大きな氷の槍。『ジャベリン』だ。 「虚無魔法、初歩の初歩……」 ルイズが呟く。 その瞬間、ワルドは『ジャベリン』を放った。 氷の槍は、背中からルイズの胸を貫き、そのままの勢いで、同乗する竜騎士の少年と、風竜の喉までもを刺し貫いた。 ワルドはにやりと笑い、墜落を始めた風竜を上から見下ろした…… すると、どうしたことか。確かに『ジャベリン』が刺し貫いたはずの風竜の姿が、ゆらりと揺らめいた。 竜の姿は霞のように掻き消え、そこにはなにも無くなった。 「なんだと!」 ばさっ、ばさっ、と羽音が聞こえ、ワルドは振り返った。 ワルドは驚愕に目を見開く。 「……虚無魔法、初歩の初歩。パート・フィユテ※1『イリュージョン』」 そこには、無数の竜騎士が飛び交っていた。その規模は数十騎……、いや、百騎を超えるかもしれない。 ワルドは焦ったが、すぐに奇妙なことに気付いた。 その竜騎士は、みな二人乗りで、おまけにみな羽を怪我しているのだ。 そして、風竜の背中に乗った二人は、全員がルネとルイズだった。 描きたい光景を強く心に思い描くべし。 なんとなれば、詠唱者は、空をもつくり出すであろう。 「幻覚、いや、幻影か!」 ワルドは『エア・カッター』を幻に放った。幻のルイズは、揺らめいて消えた。 しかし、これではきりがない。なにしろ幻は、百騎に近い数があるのだ。 「ならば、まとめて吹き飛ばしてやる」 ワルドの杖の周りを空気が渦巻いた。 空気の渦はどんどん大きくなり、巨大な竜巻となった。 竜巻の尾はついにはるか下方の地面にまで届き、凄まじい風の威力で大地をめくり上げた。 「『カッター・トルネード』!幻ごと吹き飛べ、ルイズ!」 巨大な竜巻が、幻の竜騎士隊に向かって飛んだ。竜巻の間に挟まった真空の層で、幻が切り裂かれる。 幻を飲み込みながら、竜巻はルイズの乗る風竜に向かって突き進んでくる。 ルネはもはやこれまでか、と目を瞑った。 しかしルイズは、すでに次の呪文を唱えはじめていた。 長い長い呪文を、ものすごい早口で唱えている。小鳥のさえずりよりもせわしない。 それを聞いてルネは、よく舌を噛まないなあ、などと、この絶体絶命の状況に似つかわしくない、とぼけたことを考えていた。 竜巻はますます勢いを増し、ついにルイズたちの目の前に迫ってきた。 その瞬間、ルイズの呪文が完成した。 「虚無魔法、初歩の初歩。フィユタージュ・ラピド※2『ディスペル・マジック』!」 ルイズは巨大な竜巻に向け、杖を振り下ろした。 荒れ狂う竜巻は光に包まれ、消し飛んだ。 「ばかな!」 ワルドは狼狽した。 『カッター・トルネード』は、この世でもっとも強力な呪文の一つ、スクウェアスペルだぞ! それをこうもあっさりと消し飛ばすとは……? 吹き飛んだ竜巻の中に、影が見えた。 それは、一騎の竜騎士だった。 竜の背中に乗ったルイズが、こちらにぴたりと杖を向けている。 「おおぉぉのれえええええ!!」 ワルドは激昂し、叫んだ。ルイズが小さく呪文を呟くと、ワルドの目の前が爆発した。 ワルドは風竜の背中から振り落とされ、まっすぐ地面に落ちていった。 ワルドとの戦いを終えて、ルイズはふうっと息を付いた。 いまワルドに向けて唱えたのは、『発火』の呪文。『火』系統の初歩の呪文だ。 しかし魔法は成功せず、爆発を巻き起こした。 ルイズはいつも、自分が呪文を唱えると、爆発していたことを思い出した。 そのたびに、意地悪なクラスメイトたちや、教師たちは『失敗』と言って笑った。 しかし、あれは……、失敗などではなかったのではないだろうか。 そう、あれは。 ルイズの頭上に浮かぶ『始祖の祈祷書』は、ページを繰るのをやめ、あるページを開いたまま止まっていた。 そこに書かれている文字は…… 以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。 初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン(爆発)』 『虚無』。 それは、伝説の系統の名前。 ルイズは16年間目覚めなかった、自身の魔法の系統を理解した。 そして、この力があれば、アンリエッタを助けられるかもしれないこと、アルビオン軍を退けることができるかもしれないということにも、気付いた。 頭の中が、すぅっと冷静に、冷めていく。『始祖の祈祷書』を読むまでもなく、呪文のルーンが、まるで何度も交わした挨拶のように、自然と頭の中に浮かんだ。 やれるのか? いや、やるしかないんだ。 やってみよう。 ルイズはきっと、空に浮かぶ大艦隊を見つめた。 「ルネ、ベルヴューをあの巨大戦艦に近付けて」 「へっ?」 墜落する敵の竜騎士隊の大将・ワルドを、信じられないといった顔で見ていたルネは、急に声をかけられて、まぬけな返事を返した。 「いいから、あの艦に近付くの!」 ルイズは断固とした口調だ。 断ったらダメな雰囲気である。というか、今まさに、戦の追い風を背に受けているように感じられた。 ルネは相棒の風竜を見やった。 『風』の魔法で羽を痛め、身体のあちこちにブレスで火傷を負った、痛々しい格好だ。 しかしルネが見ているのに気付くと、風竜は、きゅい!と力強く鳴いてみせた。 「そうか……、よし、頼むぞ、ベルヴュー!もう少しだけ頑張ってくれ!」 ルイズとルネを乗せた風竜は、敵の旗艦『レキシントン』号に向かって羽ばたいた。 エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ ルイズは低く詠唱を始めた。 ルイズの中を、リズムが巡っていた。懐かしさを感じるリズムだ。 呪文を詠唱するたび、古代のルーンを唱えるたびに、リズムは強くうねっていく。 体の中に波が生まれ、それがさらに大きくうねっていくような感覚。 神経は研ぎすまされ、周りの雑音は一切耳に入ってこない。 オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド 『レキシントン』号に近付く風竜に向け、砲弾が飛んでくる。 左舷にも、船の真下にも砲身は突き出ていた。『レキシントン』号は、まるでハリネズミのように大砲を装備していたのだ。 ルネは『レキシントン』号に近付くことができずに、周りを飛び回ったが、やがて死角を見つけた。 艦の真上には、大砲を向けられないのだ。 ルネはすぐさま風竜を上昇させ、『レキシントン』号の上空に占位した。 ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ 長い呪文を唱えるうちに、ルイズは『エクスプロージョン』の威力を理解した。 巻き込む。全ての人を。 自分の視界に映る、全ての人を、物を、『エクスプロージョン』は巻き込む。 破壊すべきは何か。 何を殺すのか。何を殺さぬのか。 選ばなければいけない。 間もなく、呪文は完成する…… ジェラ・イサ・ウンジュー…… その時だった。 ぞくり、と背筋に寒いものを感じて、ルネは空を見上げた。 何かが、空の上から落ちてくる。 その『何か』は、ばたばたとマントを風になびかせて、ルネとルイズの乗る風竜の上に、ずだん!とすごい勢いで落ちてきた。 その衝撃で、風竜はきゅい!と悲鳴を上げた。 風竜の上に降り立ったのは、人間だった。羽帽子を被った、長身の貴族。 それは、先の戦いで墜落したはずのワルドであった。 その姿を見ると、ルネはほとんど反射的に、腰に差したサーベル状の杖を抜き放った。 しかし、ワルドは閃光のごとく杖を引き抜き、ルネの杖を切り裂いた。 返す刀で腕に斬りつけられ、ルネは小さくうめいた。ワルドは、そのままルネを竜の背中から蹴り落とした。 ルネの相棒の風竜が、慌てて投げ出されたルネの足を掴む。 ワルドは、杖に風の魔法を纏わせながら、ゆっくりとルイズに振り向いた。 ルイズは目を閉じ、集中している。ルイズの口からは低い詠唱の声が漏れ続けている。 「危ない、ルイズ!『遍在』だ!」 ルネの必死の叫びに、ルイズは目を開ける。視界に飛び込んできたものは、爬虫類のように冷たく光る目で、杖を振りかぶるワルドの姿だった。 ワルドはルイズの喉を狙って、杖を繰り出した。 ルイズは危ういところで、ワルドの一撃を避けた。杖の切っ先が、ルイズの首の薄皮を切り裂く。 そのままワルドはルイズに体当たりを食らわせる。ルイズは、げほっと息を吐いた。 一瞬ルイズの集中が途切れ、詠唱が中断された。 その瞬間、ルイズの杖の先に光の玉が現れた。光の玉はみるみる大きくなり、全てを包み込んでいく…… アンリエッタは、信じられない光景を目の当たりにした。 今までさんざん自分たちに砲撃を浴びせていた巨艦の……、上空に光の玉が現れたのだ。 まるで小型の太陽のような光を放つその玉は膨れ上がり、空を遊弋する艦隊を包み込んだ。 さらに光は膨れ上がり、視界全てを覆いつくした。 アンリエッタはとっさに目を瞑った。 目が焼けると錯覚するほどの、凄まじい光であった。 そして……、光が晴れたあと、艦隊は炎上していた。 巨艦『レキシントン』号を筆頭に、全ての艦の帆が、甲板が燃えていた。 あれだけトリステイン軍を苦しめた艦隊が、まるで嘘のように、がくりと機首を落とし、地面に向かって墜落していく…… 「な、なにが!なにが起こったというのだ!」 地響きを立て、次々と地面に激突する艦隊を見て、アルビオン艦隊司令官サー・ジョンストンは悲鳴を上げた。 伝令が泡を食って報告する。 「も、申し上げます!艦隊は帆を焼かれております!現在乗組員たちが必死で操舵しておりますが、体勢を立て直せません!」 「ばかな。乗組員を傷付けず、艦だけを燃やしたというのか……?」 『レキシントン』号艦長ボーウッドは、呆然として呟いた。 伝令が矢継ぎ早に、被害状況を報告していく。 二番艦以下、全ての戦列艦の『風石』が消滅。 三番・五番艦、不時着に成功。七番艦、撃沈。乗組員は『フライ』で脱出。 『レキシントン』号も、ほとんどの風石を焼き尽くされ、なんとか浮かんでいる状態である。 巨大な『レキシントン』号は、残った風石をみるみる消費していく。このままではいずれ、他の戦列艦と同じように船体を大地に沈めることになるだろう。 もはやこれまで。ボーウッドは、艦隊の敗北を悟った。 ボーウッドは乗組員たちに、脱出の指示を出しはじめた。艦内が騒然となる中、サー・ジョンストンは椅子に腰かけたまま、ぶつぶつとなにごとか呟いていた。 「ばかな……、クロムウェル閣下から預けられた艦隊が、全滅……?こんなことがあってたまるか……、神……、神の奇跡……?これが、そうだというのか?いいや、認めぬ!断じて認めぬぞ!」 ジョンストンは立ち上がると、操舵手のもとに駆け寄り、舵を奪った。 操舵手は突き飛ばされ、床に倒れる。 「サー、何を!」 ボーウッドは、尋常ならざるジョンストンのようすに叫んだ。 「何をだと?決まっている。このような無様で、クロムウェル閣下の『レキシントン』号を沈めてなるものか!」 「無茶を!もはや『レキシントン』号の風石は残りわずか!艦の沈没は避けられませぬ!サー、早く脱出を!」 ジョンストンは、血走った目で振り返った。口の端を吊り上げ、狂気じみた笑みを浮かべる。 「そうだな。きみの言う通り『レキシントン』号は沈む。だが、ただでは沈まぬぞ。この艦には、火薬と砲弾がしこたま積まれているのだ」 ボーウッドは、はっとなった。 「そうとも!ラ・ロシェールの街に、トリステインの軍勢の頭の上に、『レキシントン』号を墜としてやる!」 アルビオンの艦隊が次々と墜落する中、巨艦『レキシントン』号は、ゆるゆると動き出した。 竜の腕にぶら下がったルネを引き上げるのを手伝いながら、ルイズはそれを見ていた。 はじめ、ルイズは『レキシントン』号もまた、墜落を始めているのだと思った。 しかし、巨艦の進む先を見て、ルイズは青ざめた。 「大変」 ルイズはからからになった喉から、なんとか音を絞り出した。 やっとのことで風竜の背中によじ上ったルネに、掴みかかるようにして叫ぶ。 「ルネ、あの艦を追いかけて!連中、艦をラ・ロシェールに墜とすつもりだわ!」 ルネはそれを聞くと、顔色を変えた。 慌てて手綱を操り、風竜を全速力で『レキシントン』号に向かわせる。 ルイズは、心の中で悔しそうに呟いた。 仕留めきれなかった。 最後の瞬間、ワルドの『遍在』に呪文の詠唱を中断された。 不完全な状態で放たれた『エクスプロージョン』は、『遍在』を消し飛ばし、アルビオンの艦隊のほとんどを沈めたが、一番巨大な『レキシントン』号を沈めることができなかったのである。 見ると、『レキシントン』号から、ばらばらと『フライ』の魔法をかけたボートが飛び出しているのが見える。乗組員が脱出しているのだ。 『レキシントン』号は、まっすぐトリステイン軍の立てこもるラ・ロシェールの街に向け、墜落していく。 今度は、外さない! 「エオルー・スーヌ・フィル……」 ルイズは集中し、ふたたびルーンを唱えはじめた。 しかし。 「ヤルンサクサ……」 ルイズはふっと気が遠くなるのを感じた。慌ててぶんぶんと頭を振り、正気を保とうとする。 しかしルーンを一語唱えるたびに、ルイズの頭はずぐんずぐんと痛み、意識を保っていられない。 まさか。 精神力が、切れかかっている……! そう、『イリュージョン』『ディスペル』に続けて、あれほど強力な『エクスプロージョン』を放ったのだ。魔法を使うのに必要なルイズの精神力は、ほとんどゼロになっていた。 どんな強力な魔法も、術者の精神力がなければ、使うことはできないのである。 「ルイズ!どうしたんだ?」 異変に気付いたルネが、ルイズに声をかける。 「オス……、スーヌ……!」 ルイズはそれには答えず、身体中の気力を総動員して、ルーンをゆっくりと唱え続ける。 しかし、限界だ。 「ウ……、リュ」 急に、ルイズの全身からがくっと力が抜けた。同時に、『レキシントン』号の右舷に小さな爆発が起こる。 ルイズの残りの精神力を全てを使った『エクスプロージョン』だった。 ルイズは絶望した顔で、ラ・ロシェールに墜ちゆく『レキシントン』号を見つめていた。 そんな。 そんな。 ここまでなの? やっと、力を手に入れたのに。 姫さまを、助けられると思ったのに。 大事な人を守らなきゃいけないのに、なにもできない……、やっぱり、わたしは。『ゼロのルイズ』のままなの……? 精神力を使い果たし、ルイズの意識が遠くなっていく。 薄れゆく意識の中で……、ルイズは、パイ神の声を聞いた。 『大丈夫だ、ルイズ。そのためにお前には……』 ラ・ロシェールに向け墜落してくる巨艦に、トリステインの軍勢はパニックになった。 枢機卿マザリーニと将軍たちにより、速やかに退避命令が出されたが、峡谷に囲まれたラ・ロシェールの道は狭い。 退避は、間に合わない。 アンリエッタは混乱する軍の中、思わず始祖への祈りの言葉を呟いていた。 その時、アンリエッタは退避する軍の中、逆にこちらに向かってくるものがいるのに気が付いた。 カバだった。 背中に小柄な人間を乗せたカバが、土煙を上げ、こちらに向かってくる。 カバはアンリエッタの目の前で急停止すると、背中に乗せた人間を降ろした。 それは、青い服に身を包み、長い栗色の髪をふたつ括りにした、吊り気味の大きな目をした、小さな女の子だった。 「よーしよし、ご苦労さん」 少女はそう言って、カバを撫でてやる。少女の右手に刻まれたルーンが、ぼんやりと光っている。 アンリエッタは混乱して、言った。 「こ、子供?どうして子供がこんなところに?」 「子供じゃないよ」 少女は袖から棒付きのアメを取り出すと、ぺろりと舐めて、言った。 「大魔導士、アクア様だ!」 『そのためにお前には、友がいるのだから──』 アクアは、こちらに向かってくる『レキシントン』号の前に仁王立ちになった。 腕を振ると、大きな袖からばらばらとアメ玉が飛び出す。 「なんだか知んないけど、もうほとんど終わってんじゃないさ。ルイズの奴、ずいぶん派手にやらかしたね」 アクアはそうこぼしながら、手を振る。大量のアメ玉がぼうっと光り、アクアの周りを飛び回った。 キン、キィン、とかん高い音があたりに響いた。空中で、アメ玉同士がおはじきのようにぶつかりあっているのだ。 弾かれるたびにアメ玉の光は強くなり、魔力が大きくなってゆく。 アクアはニヤリと笑みを浮かべた。 「まっ、あたしの見せ場も残ってるみたいだからね。派手にぶちかますよ!」 アメ玉の魔力はどんどん膨れ上がる。アクアはその魔力を、狭い範囲に集中させた。 魔力がびりびりと空気を揺らし、アンリエッタは思わず顔をかばった。 そうしてアクアは、巨大な魔力の塊をつくり出した。 その形は、まるで巨大な槍。氷の魔法『ジャベリン』を思わせた。 だが、その魔力の槍は『ジャベリン』よりもずっと大きく、強力で、危険な輝きを放っていた。 ラ・ロシェールの峡谷を、すうーっと長い影が覆った。いよいよ『レキシントン』号が、ラ・ロシェールに墜ちてきたのだ。 ラ・ロシェールの空一面を、巨大な戦艦が覆いつくす。 アクアは、ぐんっと魔力の槍を『レキシントン』号に向け持ち上げる。 「闇よ煌け」 ばちっ、と空気が弾けた。 「マテリアル・パズル、スパイシードロップ……『ブラックブラックジャベリンズ』!」 凄まじい輝きと共に、破壊の槍が放たれる。 膨大な魔力が『レキシントン』号を呑み込み、巨大戦艦は跡形もなく消滅した。 アンリエッタは、雲ひとつない空を見上げ、しばし呆然とした。 空を覆っていた巨大戦艦はチリ一つ残さずに吹き飛び、見渡すと、地面に滑り落ちた艦隊と、『レキシントン』から脱出した空飛ぶボートが降下していく様子が見えた。 はっと我に返り、きょろきょろと辺りを見渡す。 カバに乗ってやってきた女の子の姿を探したが、見つからない。もうどこかへ行ってしまったようだった。 枢機卿のマザリーニは、ようやく状況を飲み込むと、大声で叫んだ。 「諸君!見よ!敵の艦隊は滅んだ!神の加護は我らにあり!」 「神だって?」 動揺が走る。 「さよう!諸君らも見たであろう、タルブの空に降臨した神の姿を!あれこそ伝説のパイ神様でありますぞ!トリステインが危機に陥った時に現れ、おいしいパイを焼いてくれるという……」 マザリーニは自分で言った言葉に、なんじゃそりゃ、と思わず疑問を持ってしまった。 「……ええ、おほん!それに、諸君らはごらんになったか?青い服を身に纏った天使様を!あれこそ始祖の御使い様ですぞ!トリステインに危機が訪れたとき、何処よりカバに乗って現れるという……」 仕切り直しに、敵の旗艦を消滅させた小柄なメイジの手柄を大仰に語ったが、なんだかどんどん胡散臭い話になってきてしまった。 「……うおっほん!とにかく、おのおのがた!始祖の祝福我らにあり!」 強引にマザリーニは締めくくった。 群衆はぽかんとしていたが、やがてあちこちから歓声が漏れ、すぐに大きなうねりとなった。 「うおおおおおぉーッ!トリステイン万歳!パイ神様万歳!始祖ブリミル万歳!」 アンリエッタはこっそりとマザリーニに尋ねた。 「あの……、その、あの。パイ神様って、なんだったのでしょうか?わたくし、そのような神の名は聞いたことがありませんが……」 マザリーニは、いたずらっぽく笑った。 「私もですよ。しかし、どのような神であれ、神が我らの元に降臨したということには変わりありませぬ。ならばそれを利用せぬと言う法はない」 「はあ……」 マザリーニは王女の目を覗き込んだ。 「好機は決して逃さぬこと。政治と戦の基本ですぞ。覚えておきなさい殿下。今日からあなたはこのトリステインの王なのですから」 アンリエッタは頷いた。その通りだ。 敵は頼みの綱の艦隊を失い、浮き足立っているに違いない。対してこちらは、神の加護を受けたと聞いて、戦意が高揚し、追い風に乗っていた。 今をおいて好機はない。 「殿下、では、勝ちに行きますか」 アンリエッタはふたたび強く頷くと、水晶の杖を掲げた。 「全軍突撃!王軍!我に続けッ!」 ルネは、気絶してしまったルイズを乗せ、風竜を飛ばせていた。 眼下では、タルブの草原に布陣したアルビオン軍に、トリステイン軍が突撃を敢行しているところであった。 トリステイン軍の勢いは、はた目にも明らかである。 数で勝る敵軍を、逆に押しつぶしてしまいそうな勢いであった。 すぐさま自分も加勢に!と思ったが、ルネは疲れていた。 アルビオンの竜騎士隊相手に、派手に空中戦を繰り広げたのだ。ルネも、相棒の風竜ベルヴューも、ぼろぼろであった。 それに、気絶したルイズを安全な場所へ降ろさなくてはいけない。 ルネは、戦場から離れた森の中に竜を降ろし、ルイズを木陰に横たえると、自分も半分倒れるようにして、草むらに腰かけた。 ルネは相棒の風竜に寄りかかりながら、、ルイズを見つめた。ルイズは気を失って、ぐったりと倒れていた。 しかし、その顔には何かをやり遂げたあとのような、満足げな表情が浮かんでいた。 ルネは、ぼんやりと考えた。ルイズの使った魔法……、あれはなんだったんだろう? 無数の幻影をつくり出し、敵の呪文を消滅させ、強力な光で敵艦隊を撃沈した。 そんな強力な魔法なんて、聞いたことがない。 もしかして、この子は……、本当に『聖女様』なんじゃないだろうか? それに、最後の瞬間、敵の巨大戦艦を消し飛ばしたあの魔法は……。 そんなとりとめもない考えが、浮かんでは消えていく。 まあ、いいや。とにかく、今は疲れた。 いろいろ考えるのは、一休みしてからでも遅くないさ。 ルネは優しく風竜を撫でてやると、その体に寄りかかって、うとうとし始める。 ふいに、がさがさと草をかきわける音がした。 「ああ、いたいた。やっと見つけたよ、まったく」 眠りに落ちる直前に、寝ぼけ眼でルネが見たものは、青い服の小さな女の子が、カバに乗ってカバカバとこちらにやってくる姿だった……。 その頃……、遠く離れた地で。 「おや?どうかしましたか、ジュリオ」 「よい知らせです。どうやらトリステインの『虚無』が目覚めたようです」 「おお、それは喜ばしい!しかし、ジュリオ。どうやらそれだけではないようですが」 「はい……、その『虚無』のすぐ近くで、何者かが凄まじい力を放出しました」 「凄まじい力?何者です?」 「御安心下さい。なにも恐れるほどのことではないですよ、ヴィットーリオ様。いえ……、ヴィットーリオ教皇聖下」 第三話:おわり ※1 パート・フィユテ:基本的な折パイ生地。本格的なパイやミルフィーユ・ガレットなどに使われる。 ※2 フィユタージュ・ラピド:速成折りパイ生地。ラピド(早い)の名の通り、パート・フィユテよりも早く作れる。 前ページ次ページ虚無のパズル
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前ページ次ページ虚無のパズル 港町ラ・ロシェールは、トリステインから離れること早馬で二日、アルビオンへの玄関口である。 港町でありながら、狭い峡谷の山道に設けられた、小さな町である。 人口はおよそ三百ほどだが、アルビオンと行き来する人々で、常に十倍以上の人間が町を闊歩している。 峡谷に挟まれた薄暗い街の一角に、はね扉がついた居酒屋があった。『金の酒樽亭』である。 ならず者がたむろする酒場で、しょっちゅう武器を付き合わせての喧嘩騒ぎが起きるので、 見かねた主人によって『人を殴る時はせめて椅子をお使い下さい』という張り紙がなされている。 さて、本日の『金の酒樽亭』は満員御礼であった。 「アルビオンの王様はもう終わりだね!」 「いやはや!『共和制』ってヤツの始まりなのか!」 「では『共和制』に乾杯!」 彼らは、アルビオンの王党派に付いていた傭兵たちである。王党派の敗色濃厚と見て、内戦状態のアルビオンから逃げ帰ってきたのだった。 そして、ひとしきり乾杯が済んだとき、はね扉が開いて、長身の女が一人現れた。 女はすみっこの席に腰かけると、ワインと肉料理を注文した。 女は目深にフードを被っているので、顔の下半分しか見えなかったが、それだけでもかなりの美人に見えた。 こんな汚い酒場に、こんなきれいな女が一人でやってくるなんて珍しい。店中の注目が、彼女に注がれる。 幾人かの男が、目配せしながら立ち上がり、女の席に近付いた。 「お嬢さん。一人でこんな店に入っちゃいけねえよ」 下卑た笑いを浮かべながら、男の一人が女のフードを持ち上げた。ひょお、と口笛が漏れる。 女が、かなりの美人であったからだ。切れ長の目に、細く、高い鼻筋。 女は『土くれ』のフーケであった。 フーケが男の手を、ぴしゃりと払いのけた。 すると一人の男が立ち上がり、フーケの頬にナイフを当てた。 「気の強いお嬢さんだ!でも気をつけなよ、ここは危ない連中が多いからな」 男はニヤニヤといやらしい笑いを浮かべている。 しかしフーケはナイフに物怖じした様子も見せず、身体を捻り素早く杖を引き抜いた。 素早く呪文を唱えると、男の持ったナイフが、ただの土くれに変わり、ぼとぼととテーブルの上に落ちた。 「き、貴族!」 男たちは後じさった。マントを羽織っていなかったので、メイジと気付かなかったのである。 「わたしはメイジだけど、貴族じゃないよ」 フーケはうそぶくように言った。 「あんたたち、傭兵なんでしょ?」 「そ、そうだが。あんたは?」 年かさの男が口を開いた。 「誰だっていいじゃない。あんたたちを雇いにきたのよ」 フーケはそう言って薄い笑いを浮かべた。 その隣には、いつの間にそこに現れたのか、白い仮面とマントを身に纏った男が立っていた。 魔法学院を出発して以来、ワルドはグリフォンを疾駆させっぱなしであった。 ティトォとギーシュは付いていくのがやっとで、途中の駅で二回、馬を交換したが、ワルドのグリフォンはタフで、まるで疲れを見せていなかった。 「ちょっと、ペースが早くない?」 抱かれるような格好で、ワルドの前に跨がったルイズが言った。雑談を交わすうち、ルイズの喋りかたは昔のような丁寧なものから、今の口調に変わっていた。 ワルドがそうしてくれと頼んだせいもある。 「ギーシュもティトォも、へばってるわ」 「ラ・ロシェールの港町まで、止まらずに行きたいんだが……」 「無理よ。普通は馬で二日かかる距離なのよ」 「へばったら、置いていけばいい」 「そう言うわけにはいかないわ」 「どうして?」 ルイズは、困ったように言った。 「だって、仲間じゃない。それに……、使い魔を置いていくなんて、メイジのすることじゃないわ」 「やけにあの二人の肩を持つね。どちらかがきみの恋人かい?」 ワルドは笑いながら言った。 「こ、恋人なんかじゃないわ」 ルイズは顔を赤らめた。 「そうか。ならよかった。婚約者に恋人がいるなんて知ったら、ショックで死んでしまうからね」 そう言いながらも、ワルドの顔は笑っている。 「もう、人をからかって」 ルイズはぷいと顔を背けてしまう。 ギーシュが恋人?冗談じゃないわ。 確かに顔は可愛いけど、キザだし、落ち着きがないし、はっきり言って趣味じゃない。 おまけに彼女いるし。モンモランシーが。フラれたみたいだけど。 じゃあティトォは? そういえば、キュルケも姫さまもワルドも、彼の顔見ると『恋人?』なんて聞いてくるのよね。 そんなに恋人同士に見えるもんなのかしら。 そりゃまあ、四六時中一緒にいる男女なんて、恋人くらいのものかもしれないけど。 ……そういえば、わたし今ティトォと同じ部屋で寝泊まりしてるのよね。 男の子と一緒に暮らしてるのに、よく考えたら、あんまり意識したことなかったわ。 なんでだろ? 使い魔だから? わたしなんかよりずっと長生きしている、不死の人間だから? 違う世界の人だから? ……なんだか、そういうのじゃない気がする。 いい言葉が見つからないけど……、なんだか、ティトォのことは、よく分からない。 ルイズがもの思いに沈み、黙ってしまうと、ワルドがおどけた口調で言った。 「おや?ルイズ!ぼくの小さなルイズ!きみはぼくのことが嫌いになったのかい?」 その言葉に、ルイズは頬を染めた。 「だ、だって、親が決めたことじゃない。それに、もう小さくないもの」 ルイズは頬を膨らませる。 「ぼくにとっては未だに小さな女の子だよ」 ルイズは先日見た夢を思い出した。生まれ故郷のラ・ヴァリエールの屋敷の中庭。 忘れ去られた池に浮かぶ、小さな小舟……。 幼い頃、そこで拗ねていると、いつもワルドが迎えにきてくれた。 親同士が決めた結婚……。 幼い日の約束。婚約者。こんやくしゃ。 あの頃は、その意味がよく分からなかったけど……、今ならはっきりと分かる。結婚するのだ。 「嫌いなわけないじゃない」 ルイズは、ちょっと照れたように言った。 「でもワルド、あなた、モテるでしょ?貴族の憧れ、魔法衛士隊の隊長さんだもの。何も、わたしみたいなちっぽけな婚約者のことなんか相手にしなくても……」 「ぼくは決めてたんだ。父と母が亡くなって……、領地を相続してからすぐに、ぼくは魔法衛士隊に入った。立派な貴族になりたくてね」 ワルドは笑って、ルイズの顔を見た。 「立派な貴族になって、きみを迎えにいくって、決めてたんだ」 その言葉に、ルイズは顔を茹だらせて、俯いてしまった。 ワルドのことは、そりゃ、嫌いじゃない。確かに憧れていた。 でも、ワルドはルイズにとって、遠い思い出の中の人だった。 ワルドのことは、夢に見るまでずっと忘れていた。 ワルドが魔法衛士隊に入ってからは、会うこともなくなっていたし、婚約だって、とうに反故になったと思っていた。 それがいきなり、婚約者だ、結婚だ、なんて言われても……、ずっと離れていた分、本当に好きなのかどうか、まだよく分からない。 「旅はいい機会だ」 ワルドは落ち着いた声で言った。 「いっしょに旅を続ければ、またあの懐かしい気持ちになるさ」 「もう半日以上、走りっぱなしだ。どうなってるんだ。魔法衛士隊の連中は化け物か」 ぐったりと馬に体を預けたギーシュがぼやいた。 隣を行くティトォも同じように、馬の首にぐったりと上半身を預けている。 なんだか疲れきっていて、言葉を返すのもつらそうだった。 そんなティトォに、ギーシュが声をかけた。 「ぼくもあまり体力ある方じゃないけど……きみはまあ、ずいぶんと貧弱だねえ。そんなんで使い魔が務まるのかい」 「馬なんて乗ったことないんだ。大目に見てよ」 ティトォは苦笑しながら返す。 「ねえ。港町に行くのに、なんで山に登ってるんだろ?」 ティトォがそう言うと、ギーシュが呆れたように言った。 「きみは、アルビオンも知らないのか?」 「ぼくは、住んでいるところからあまり離れたことがないんだ」 この言葉の半分は真実であった。 ティトォたち不死の三人は、ここ50年ばかり、天然結界の中に引きこもっていたのだから。 そのときだ。 ふいに、ティトォたちの跨がった馬めがけて、崖の上から松明が何本も投げ込まれた。 松明は赤々と燃え、馬を進める峡谷の道を照らした。 「な、なんだ!」ギーシュが怒鳴った。 いきなり飛んできた松明の炎に、戦の訓練を受けていない馬が驚き、前足を高々とあげて、ティトォとギーシュは馬から投げ出された。 と、それを狙って、ヒュウと風を裂く音がした。 「危ない!」 ティトォがギーシュを突き飛ばす。次の瞬間、ティトォの肩に矢が突き刺さった。 ティトォはその衝撃で、地面に倒れた。 ひ、とギーシュが息を呑む。 「敵襲だ!」 ワルドの叫びとともに、無数の矢が崖の上から放たれた。 「わっ!」 もはやこれまでと、ギーシュは思わず目をつむった。そのとき……。 一陣の風が舞い起こり、それはみるみる大きくなって、小型の竜巻となった。 竜巻は飛んできた矢を巻き込むと、あさっての方に弾き飛ばした。 グリフォンに乗ったワルドが、杖を掲げている。 「大丈夫か!」 ワルドの声が飛んだ。 「ぼ、ぼくは大丈夫です。でもティトォが……」 ギーシュは震えながら答えた。 「ティトォ!」 ルイズが叫ぶ。 ワルドは地面に横たわるティトォの姿を見ると、チッと小さく舌打ちをして、崖の上を睨みつけた。 ワルドが崖の上に向けて、杖を振るおうとすると……。 そのとき、ばっさばっさと、羽音が聞こえた。どこかで聞いたことのある羽音である。 崖の上から男たちの悲鳴が聞こえてくる。どうやら、いきなり自分たちの頭上に現れたものに、恐れおののいているようだった。 男たちは夜空に向けて矢を放ちはじめた。しかし、その矢は風の魔法で逸らされた。 次に小型の竜巻が舞い上がり、崖の上の男たちを吹き飛ばす。 「おや、『風』の呪文じゃないか」 ワルドが呟いた。 「ワルド!わたしを降ろして!」 ルイズは叫ぶと、グリフォンから飛び降りた。 ワルドはあわてて『レビテーション』の魔法を唱える。 ふわりと地面に降り立ったルイズは、倒れるティトォと、その隣でおろおろしているギーシュの元へ駆け寄った。 「ティトォ!」 「大丈夫、心配しないで」 ティトォは痛みに顔をしかめながら、むくりと起き上がった。 動く方の手でライターに火をつけると、たちまち炎がティトォの全身に燃え広がった。 肩に突き刺さった矢が、ボン!と炎に押されて抜けた。 ティトォの傷は、みるみる消えていく。回復魔法『ホワイトホワイトフレア』の力であった。 それを見て、ルイズはほうと安堵のため息をついた。ティトォの魔法をはじめて見るギーシュは、目をぱちくりさせている。 「そうよね。あんた、不死の体だものね。心配することなかったわ」 ティトォがライターの炎を消すと、身体を包んでいた炎も消えた。 ルイズがふと上を見上げると、ワルドのグリフォンの姿がなかった。どうやら崖の上で、襲撃者たちの相手をしているようだった。 「ワルド、大丈夫かしら……」 「大丈夫だと思うよ。あの人、強そうだし。夜盗なんかには負けないよ」 「どうして夜盗だって分かるのよ。アルビオンの貴族の仕業かもしれないじゃない」 「貴族……メイジなら、弓なんて使わないでしょ」 あ、そうか、とルイズは小さく呟いた。 「それに、メイジが大挙して来てたら、ぼくたち生きてなかったかもしれないよ」 「なに言ってんのよ。あんた、不老不死なんじゃない」 「いや……」 ティトォが、崖の上を見上げたまま言った。 「確かに、この体は不死身……、どんなダメージをくらっても生き返る。強力な魔法によって、ぼくらの魂がつなぎ止められているからね」 ティトォはそう言って、胸の中心に手を当てる。 「でも、同じく魔法の力なら、ぼくらの魂と不死の体を結ぶ鎖を、ぶっちぎることができるんだ」 「え」 魔法の力なら。それって。 ティトォはやや緊張した面持ちで、言葉を続ける。 「そう、この魔法がありふれているハルケギニアでは、この不死の体の優位性は、だいぶ失われているかもしれないね」 横にいるギーシュは、何が何やら分からず、ぽかんと二人のやり取りを聞いていた。 やがて崖の上の騒ぎが収まると、ワルドのグリフォンといっしょに、見慣れた幻獣が姿を見せた。 ギーシュが驚きの声をあげる。 「シルフィード!」 確かにそれはタバサの風竜であった。その背中に、シルフィードの主人のタバサの他に、見慣れた赤髪の宿敵の姿をみとめ、ルイズは一気に不機嫌になった。 「何しにきたのよッ!ツェルプストー!」 キュルケはシルフィードからぴょんと飛び降りると、優雅に髪をかきあげた。 「助けにきてあげたんじゃないの。朝方、窓から見てたらあんたたちが馬に乗って出かけようとしてるもんだから、急いでタバサを叩き起こして、後をつけたのよ」 これはお忍びの任務なのよ、そんなこと知らなかったわ、などとやり合っているルイズとキュルケを尻目に、タバサはいつものように本のページをめくっていた。 キュルケに叩き起こされたままのパジャマ姿であった。 グリフォンが地面に降り立つと、ワルドは襲撃者のリーダー格とおぼしき人間を、三人ほどグリフォンの背中から突き落とした。 襲撃者たちは地面に投げ出され、口々にワルドたちを罵った。 「こいつらはただの物取りだそうだ。捨て置いてかまわないだろう」 そう言うワルドに、ルイズとの口論を切り上げたキュルケがにじり寄った。 「おひげが素敵よ。あなた、情熱はご存知?」 ワルドはちらっとキュルケを見つめて、左手で押しやった。 「あらん?」 「助けは嬉しいが、これ以上近付かないでくれたまえ」 「なんで?どうして?あたしが好きって言ってるのに!」 とりつく島のない、ワルドの態度であった。 「婚約者が誤解するといけないのでね」 そう言って、ルイズを見つめる。ルイズの頬が染まった。 「なあに?あなたの婚約者だったの?」 キュルケはつまらなさそうに言った。 キュルケはワルドを見つめた。 遠目では分からなかったが、目が冷たい。まるで氷のようだ。キュルケは鼻を鳴らした。 なにこいつ、つまんない、と思った。 ワルドはティトォに視線をやった。 「きみ、大丈夫なのかい?肩を射られたように見えたが」 「そうだよ!きみ!あの魔法はなんなんだい?傷を癒す炎なんて、はじめて見るよ!」 ギーシュも疑問をぶつけた。 ティトォは炎の回復魔法・ホワイトホワイトフレアのことを、二人が納得する程度に説明した。 その話を聞くと、ワルドもギーシュも、とても驚いたようだった。 目を見開いて驚く二人を見ると、キュルケはなんだか愉快になって笑った。 そうよ、やっぱりティトォの方がずっと面白いわ。 「許してちょうだい!ちょっとよそ見はしたけれど、あたしはなんたってあなたが一番心配だったのよ!」 キュルケがティトォにしなだれかかると、ティトォは困ったように笑った。 タバサはそんなキュルケを横目で見て、小さなため息をついた。 あれは友人の悪い癖であった。 ワルドは颯爽とルイズを抱きかかえ、ひらりとグリフォンに跨がった。 「今日はラ・ロシェールに一泊して、朝一番の便でアルビオンに向かおう」 一行は、ラ・ロシェールで一番上等な宿、『女神の杵』亭に泊まることにした。 ワルドが『桟橋』で乗船の交渉に言っているあいだ、一行は一階の酒場でくつろいでいた。 といっても、ギーシュとティトォは一日中馬に乗ってクタクタになっていたので、机に突っ伏して、半分死んでいた。 男連中の情けない姿に、ルイズはため息をついた。 「まったくもう、しゃんとしなさいよね。みっともない」 「アウアウアー」 「アウアー」 もはやまともな返事すら帰ってこなかった。 キュルケは介抱を口実に、ここぞとばかりにティトォに擦り寄ろうとしたが、ルイズが油断なくキュルケの行く手をブロックした。 何度かの攻防ののち、キュルケは鼻を鳴らした。 「欲張りね、ヴァリエール。あなたにはあの子爵さまがいるでしょうに。ティトォまでそばに置いておきたいの?」 「違うわよッ!」 そんなんじゃない。 ティトォは確かに、今一番身近な男の子だし、優しく接してくれるけど…… なぜか彼と話していると、心に引っかかるものがある。 それが、ルイズにティトォと一定の距離を置かせるのだった。 だから、ティトォが他の誰かと付き合うことになったとしても、ルイズは多分、素直に祝福できるだろうと思っていた。 しかし…… 「ツェルプストーの家には、小鳥一匹くれてやるわけにはいかないわ」 色ボケの家系(キュルケ曰く『恋する家系』だそうだが)であるツェルプストー家は、ヴァリエール家の恋人を誘惑し続けてきたのだ。 今から二百年前、キュルケのひいひいひいおじいさんのツェルプストーは、ルイズのひいひいひいおじいさんの恋人を奪ったのである。 さらに、ルイズのひいひいおじいさんは、婚約者をツェルプストーに奪われた。 さらにさらに、ひいおじいさんのサフラン・ド・ヴァリエールなど、奥さんを取られたのである。 そんなわけで、使い魔をキュルケに取られるようなことになったら、ご先祖様に申し訳が立たないのであった。 そうやって二人が睨み合っているところに、困った顔をしながらワルドが帰ってきた。 「アルビオンに渡る船は、明後日にならないと出ないそうだ」 「急ぎの任務なのに……」 ルイズが口を尖らせる。 机に突っ伏した男二人は、内心喜んだ。これで明日は休んでいられる。 「どうして明日は船が出せないの?」 アルビオンに行ったことのないキュルケが尋ねる。 「明日の夜は月が重なるだろう?『スヴェル』の月夜だ。その翌日の朝、アルビオンがもっともラ・ロシェールに近付くのさ」 ワルドは鉤束を机に置いた。 「さて、じゃあ今日はもう寝よう。部屋を取った。キュルケとタバサは相部屋だ。そして、ギーシュとティトォが相部屋」 そう言いながら、部屋の鍵をそれぞれに渡して行く。 「そして、ルイズとぼくが相部屋だ」 ルイズがはっとして、ワルドを見る。 「婚約者だからね、当然だろう?」 ひゅう、とキュルケが口笛を吹いた。 貴族の子女らしからぬ行為だったが、キュルケがやると妙に様になっていた。 「大胆ね。もっとも、殿方は強引なくらいがいいのかもしれないけど」 キュルケの野次に、ルイズは顔を耳まで真っ赤に染めた。 「そんな、ダメよ!まだ、わたしたち結婚してるわけじゃないじゃない!」 ルイズはうろたえて、叫んだ。しかしワルドはルイズを見つめて、呟いた。 「大事な話があるんだ、二人きりで話したい。部屋で待っていてくれないか」 キュルケとタバサ、幽霊のようにふらふらしたギーシュ、俯いて顔を真っ赤にしたルイズは、それぞれの部屋に向かって行った。 後には、机に突っ伏してへばっているティトォと、その向かいに腰掛けたワルドが残された。 指一本動かせないほどの疲労が、ティトォの身体を机に縫い付けていた。 ホワイトホワイトフレアを使い、魔法の炎を身に纏えばこの程度の疲労は一瞬で回復するのだが、こんなことに魔法を使うのも情けない話なので、やめておいた。 ティトォはふと、何十年か昔のことを思い出していた。 『おいティトォ。聞いたぜ、もうすぐメモリア発つんだってな』 そうティトォに話しかけるのは、不死の体を手に入れてから出来た、かけがえのない友人、バレットだ。 『三人で話し合ったんだ、ぼくらだけで暮らそうって。今まで匿ってくれてありがとう』 『三人だけか、気をつけろよ。なんなら護衛でも付けるか』 『父ちゃん、護衛なんていらねーって。アクアやプリセラが千人分つえーよ』 無邪気に言うのは、バレットの幼い息子、グリンだ。 『ま、そりゃそーか』 『でもティトォも強くなんないとだめだぞ!』 『そうだ、お前はもっと強くなってから帰ってこい!』 『はあ……』 そんなやり取りを思い出して、ティトォは苦笑いした。 (魔法や『技』を鍛えることはしたけど……、やっぱもっと体力付けなきゃダメかな) ワルドはティトォの前に、コトンとワインの入ったグラスを置いた。 「あ、ありがとうございます」 コップの中身をぐいと飲み干すと、ティトォはやっと上半身を起こし、ワルドに礼を言った。 ワルドの前にもワインの入ったグラスが置かれている。ワルドは人の良さそうな笑顔で、ティトォを見ていた。 「部屋、行かなくていいんですか?ルイズが待ってますよ。あ、でも、まだあの子学生だし、あんまり強引なのはどうかと思うんですけど」 ティトォは自分で言っておいてなんだけど、大きなお世話だよなあ、と思った。 しかしワルドは気分を害したふうもなく、ティトォに話しかけた。 「きみと話がしたくてね。使い魔くん」 「ぼくと?」 「フーケの一件で、ぼくはきみに興味を抱いたのだ。先ほどグリフォンの上で、ルイズに色々聞かせてもらった。なんでもきみは、系統魔法とは異なる理の魔法を使うそうじゃないか。 実際、ぼくもこの目で見させてもらったが、いやはや驚いたよ。『火』が傷を癒すとはね。おまけにきみは、伝説の使い魔『ミョズニトニルン』だそうだね」 どうやらルイズは、不死の身体のことは黙っていてくれたようだ。しかし、おや?とティトォの心に疑問が浮かぶ。 誰が『ミョズニトニルン』の事を話したのだろう。それはルイズも知らないことのはずであった。 ぼくは歴史と兵に興味があってね。フーケを尋問した時にきみの話を聞き、王立図書館で調べたのさ。その結果『ミョズニトニルン』に辿り着いた」 「はぁ。勉強熱心ですね」 「ああ、何しろルイズの使い魔が、彼女と歳の近い男ときたもんだ。婚約者としては、気が気じゃなくてね。色々調べておかないと気が済まないのさ」 ワルドは冗談めかして言った。 「あはは。ぼくはルイズの使い魔です。そんなんじゃありませんよ」 ティトォは苦笑した。 「心配なら、なおのことルイズのそばにいてやった方がいいんじゃないですか。ぼくも部屋で休みます。もう、慣れない馬で疲れちゃって」 「待ちたまえ」 ティトォは席を立とうとしたが、ワルドがそれを引き止めた。 「使い魔というのは、契約の段階で主人への愛情と忠誠を植え付けられる。そうでなければ、野生の動物を側に置くことはできないからね。 しかし、きみは人間だ。きみがそういった呪縛にかかっているようには見えない。ならば、人が人に仕えるには、何か理由があるはずだ。忠誠か、束縛か、それとも恋慕か……」 ワルドの顔からは先ほどまでの笑みが消え、真剣な表情になっている。 「魔法衛士隊の隊長なんてやっていると、色々汚いものも見ることが多くてね。いつの間にか、人の顔を読むのが得意になってしまった。だが……」 ワルドは、ティトォのその人形のような瞳を見つめた。 「きみの顔からは、なにも分からない」 ワルドとティトォの間に、しばしの沈黙が流れた。 「きみは、何を考えている?なぜ、ルイズに仕えているんだ?」 ティトォは、静かに席を立った。にこりと笑って、ワルドの問いに答える。 「ぼくはルイズの友達です」 それで説明としては十分だろう、と言った口ぶりだった。 「それじゃあもう、失礼しますね。ワイン、ありがとうございました」 ティトォが去っていくと、ワルドは小さく鼻を鳴らした。 得体の知れない少年だ、とワルドは自分のグラスのワインをぐいと飲み干した。 前ページ次ページ虚無のパズル
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十五話 『蛇はイヴに狙いを変える』 ずるりと湿った音を立てて風の槍がジェームズ一世の腹から抜ける。 痛いどころではないだろうその傷にもかかわらず、ジェームズ一世は振り向きざまにエア・ハンマーを放った。 「父上!」 「杖を構えんか!」 駆け寄るウェールズを一括し、ジェームズ一世は炎の魔法で自分の傷を焼きつぶす。 「ぐぬう! 何者か!」 そのメイジはゆっくりと、その白い仮面を取り外す。 整った顔、美麗な髭、それはどう見てもワルドだった。 「ぼ、僕だと! そんな馬鹿な!」 「遍在、って感じじゃないわね」 「シエスタ!」 後ろから放り投げられた杖を受け取りそれをワルド(偽)に向ける。 ワルドは一切の表情が抜け落ちた顔のまま、手に持つ杖を突き出した。 「エア・カッター」 「ワルキューレ!」 生成された楯を持つ戦乙女が陣形を組み、飛来する無数の見えない刃を受け止める。 ギーシュの後ろから打ち出された氷の矢と火球がそれを相殺、ワルド(偽)に向かった一部は風の楯にさえぎられた。 「ライトニング・ク「レビテーション!」」 何を唱えても爆発するルイズの魔法が、ワルド(偽)の持つ杖に叩き込まれる。 何か対策がしてあったのだろうが、それでも爆発は杖をワルド(偽)の手から離れた。 直後驚くほど俊敏な動きで駆け出したワルドがその杖に手を伸ばし―― 「つーかまーえたー♪」 ――床を砕いて飛び出したギーシュによく似た女の手にさえぎられた。 人間ではありえない握力で握り締められた足に向かってもう片方の手が振るわれる。 凶悪な爪が生えた獣の手が、その足をひざからそぎ落とした。 「!」 声も表情も痛みを一切感じさせず、それでも驚いた様子でワルド(偽)は床に手をつく。 だからルイズたちのはるか後ろ、彼から二十メートルは離れた距離を一歩で踏み込んで拳を振り下ろしてくる人影には気づけなかった。 まるで竜のような亜人の燃え盛る拳がワルド(偽)のからだのど真ん中に突き刺さる。 「吹き飛びなさい!」 生物では絶対に立てられない金属のひしゃげる音を鳴らしながら、一度地面にめり込んだワルド(偽)は爆炎を上げて跳ね上がり、そのまま壁に叩きつけられた。 結局彼はすぐ横にいた、デルフを腰だめに引き絞るシエスタに気づくこともなく、背をあずけた壁ごとその首と体を切り離されて停止する。 ワルド(偽)はゆっくりと、まるで溶けるようにワルドとしての姿を失っていった。 「一体なんだったの?」 「こいつぁなんとかって人形だぜ。悪いが名前は忘れたが先住魔法系のオートマータだ」 「またあ? 壊れきってて情報が引き出せないのよ」 「機能なら覚えてるぜ。確か血を与えたやつの完全なコピーに化けるんだ」 「厄介ね……」 念を入れてか背後で首から下を、その巨大な砂の腕で握り砕いているフーケを視界に捕らえながら、ルイズは杖を構えたまま座り込んだワルドに駆け寄った。 「大丈夫?」 「いや、正直精神力が残ってなくてね、限界だった」 這いずったのだろう土まみれになった包帯に包まれた胸をなでおろし、ワルドは体の力を抜いた。 「ワルド様、あれに心当たりは?」 「いや無い。だがあのアンドバリの指輪といい先住魔法のアイテムだ、スポンサーがいたんだろうな、クロムウェルには」 「スポンサー、ね」 「司祭の地位を利用すれば軍人や官僚に近づくのは簡単だからね」 「やれやれね」 ワルドに肩を貸して立たせると、ルイズは彼を支えたまま王に近づいていく。 玉座に座り込んだ王は水のメイジの治療を受けていた。 「ワルド様、スポンサーに心当たりは?」 「ガリア、だろうね。今トリステインとゲルマニアに手を組まれて困るのはガリアだけだ。トリステインは土地がら前線基地を築くのにもってこいの場所が多い。例えば君の学園なんかそのまま要塞にできる」 「しかもこのクーデターが成功すればアルビオンは手の中、か」 「さらにこのアルビオンは浮遊大陸だ。先住魔法によっては大陸ごと移動ができるかもしれない」 「……冗談に聞こえないのが怖いですわね」 少しだけ悲しそうに、ワルドは眉をしかめる。 「しかしあんなものが用意されているとは。今回のこれも最終的には僕ごと始末するつもりだったのかな」 治療が終わったのか腹部に包帯を巻きつけているジェームズ一世。 心配してだろうなにやらわめいている医者を無視し、彼はその上から鎧を着込んでいた。 「陛下、お傷のほうは?」 「もって一日」 「一日、ですか……」 「一矢報いて散るには十分すぎる時間じゃ」 そこの笑顔に悲観や絶望はなかった。 「どうなさるおつもりですか?」 「何、ロートルの最後の一撃、やつらに食らわせるまでよ」 「父上、私は!」 「お前なら大丈夫だ。後を任せても問題はなかろう」 体の痛みを無視してジェームズ一世が立ち上がり、数名の老兵がそれに従う。 「お客人、小さめの船を一隻お貸しする。それで無事トリステインに戻ってくれたまえ」 「陛下!」 「さらばだ。ほんの一晩だが良い宴であった」 杖を手に持ちジェームズ一世は老兵たちと共に宮殿を後にする。 「父上! 御武運を!」 ウェールズは一滴も涙を流さずに最敬礼でジェームズ一世を見送った。 「さあ、船は向こうだ。道中気を付けたまえ」 「殿下、御武運を」 「ああ、勝つさ。勝てないわけがない」 ジェームズ一世はイーグル号よりも一回り小さな軍艦の中、船を制御する数名の老メイジたちと共にただ前だけを見据えていた。 甲冑の前を開くとべったりと粘ついた血液。 「やはり数時間しか持たなんだか……」 「陛下、作戦開始まであと五分です」 その声にジェームズ一世は重い腰を上げた。 「諸君、我々はこれより血路を開く。我らの放つ一撃がウェールズに、そしてこのアルビオンに再び団結をもたらすだろう」 内臓が痛み骨がきしむ。 「あやつは良い王になる。ワシよりもずっとな。よって老害にしかならぬ我らの、これは最後の晴れ舞台だ」 そして全員に、軽くだがその頭を下げた。 「礼を言う。この死に戦によくぞ付き合ってくれた」 「何をおっしゃいます陛下」 だが周りの老メイジたちの反応は、少しの非難も悲観も含んではいなかった。 「私たちは戦争しか知らぬ老いぼれです」 「政治のことなどさしてわかりはしません」 「私ら老骨にこんな晴れ舞台、もったいのうて感謝したいぐらいですとも」 皆一様に笑顔、それは決して死に向かう顔ではなく希望に満ちた顔。 「陛下、私たちは死にに行くのではありません。生かしにいくのです」 「……そうか、そうか」 「作戦開始まで一分!」 ジェームズは杖を持ち、老いて傷ついた体を奮い立たせる。 「諸君、これより我らは敵旗艦のみを目標に戦闘を開始、それを停船するを目標とする」 「死ぬだろう、間違いなく死ぬだろう。だがそれは絶望ではなく希望のため、未来のため!」 「カウントダウン開始! 十! 九! 八! 七!」 大きく息を吸い、痛みで縮こまった筋肉を肋骨で無理やり押し広げる。 「三! 二! 一! 開始!」 「目標ロイヤル・リヴリン改めレキシントン号ブリッジ! 突撃せよ!」 船は大量の火薬と共に、大軍のど真ん中に突っ込んだ。 洗脳が解けた兵たちが戸惑っているのかほとんど反撃は行われない。 飛んでくるいくらかの魔法を気にもせず、船の全メイジで張った風の楯を掲げて船は真ん中を突き進む。 そしてそれは寸分たがわず、クロムウェルの腹心たちが相談をしていたブリッジに突っ込んだ。 「我らが誇り高きアルビオンに栄光あれ!」 ジェームズの一世の杖が炎の魔法を放ち、船中にまかれた火薬と油に点火する。 「ウェールズ! 後は任せた!」 轟音と閃光が船を包み込んだ。 轟音を上げてレキシントン号の上ではじけ飛ぶ偵察船。 それに一同は黙って敬礼した。 「陛下……御立派でしたわ」 「まったくね」 「ウチの貴族もあれくらいしっかりしてれば……」 リアリティあふれるワルドの泣き言に苦笑しながら、ルイズたちは船を進める。 小型の大砲を一門積んだ船は、何故かシエスタが操縦できたため実に順調だった。 何故か左手がちりちりしたのをシエスタは不思議そうに見ていたが。 「ルイズ様、何か左前方少し上に船が飛んでますよ」 「信号弾上げましょう」 「アルビオンのしかないわよ」 「貸したまえ。僕が作り変えるよ」 信号弾の一発を錬金魔法でさっくり作り変えて、ギーシュはそれを上方に打ち出す。 「……止まりませんねぇ」 「まさかまた空賊?」 「停船命令が出てます! あとドクロの旗!」 「……打ち落としてくるわ」 少し機嫌が悪くなっているルイズが一人、甲板へ歩み出た。 「いろいろあって虫の居所が悪いってのに……」 取り込んだ資材が再構成され両肩が盛り上がり太目の筒が姿を見せる。 背中から生えた金属フレームが体を固定した。 「くだらないことしてるんじゃないわよ!」 両肩の筒、否大砲から打ち出された不可視の弾頭が、空賊船に風穴を開けた。 「うっわー」 「ルイズ、やりすぎじゃない?」 「流石にって待ちたまえ! 苦し紛れか!?」 一発の砲弾がひゅうんと風を切って飛来する。 ルイズはあろうことかそれを突き出した左手で受け止めた。 「ルイズ!」 痛む体を押して甲板に出るワルド、その眼前の光景はある意味コミカルだった。 ルイズの手の中で渦を巻く爆発現象そのもの、それはそのままルイズの口に吸い込まれ姿を消した。 けぷっ、と小さなげっぷと共に吐き出される黒煙。 煙を上げて墜落していく空賊船に向かって中指を突き出し、ルイズは口角をつりあげて笑った。 「おととい来なさい! この○○。○○野郎!」 爆発の悪魔が少女の中でクククと笑った。 途中立ち寄ったラ・ロシェールの港で錬金魔法を使って船にヴァリエール家の家紋を刻む。 とりあえず襲ってくる馬鹿が減るだろう恩恵を考えて、ルイズ達はホテルで体を洗いに船を港に預けて町に出た。 ワルドの洗浄をギーシュに任せ、水や食料をシエスタたちと買いに出る。 クックベリーパイ片手にルイズはホテルに戻った。 「ワルド様、苦しいかも知れないけど身なりを整えたらすぐに出ますわ」 「いや、僕は気にしなくていい。というか王宮のほうが治療に専念できそうなんでね、急いでくれたほうがありがたい」 全員でクックベリーパイを囲んで荷物を整理する。 「まあそれなら食事だけはしっかり取っておきましょう」 「あんたパイばっかじゃない」 「ハシバミ草を」 苦い緑の葉っぱをパイに乗せられ、ルイズは顔をしかめた。 でもまあ、何故かそんなに簡単に進まないのが二次創作。 「あれ何かしら?」 「見た感じテロリストね」 「あいつらどこにいるのかしら」 「船の中っぽいね」 「あの船は誰のかしら?」 「さっき君がヴァリエール家の家紋を彫り込んだ船だね」 沈黙のままルイズはライフルを生成する。 「ぶっとばしてやる」 数分後テロリスト達は黒こげで甲板に転がっていた。 「ふん、ざまあ見なさい」 「あんた最近凶暴ねえ」 船は一応無事に港を出港した。 王宮では対応に困っていた。 明らかにアルビオン製の、しかしヴァリエール家の家紋が彫りこまれた小型の船が王宮の近くに停船したからだ。 小型とはいえ正面と左右に合計五門の小型の大砲が備え付けられているのだから。 まあ実は威嚇のための飾りなので意味はなかったりする。 ともかく船を攻撃することもできず周りを囲むしかない兵たちだったが、出てきた人物に驚きもあらわに跳び上がった。 それは少女に支えられた包帯でぐるぐる巻きのグリフォン隊隊長だったのだから。 後ろには同じくボロボロのグリフォンもいる。 「し、子爵様! これはいったい!?」 「姫殿下の特命でね。こちらは婚約者のヴァリエール嬢だ。粗相のないように」 「はっ! 失礼しました」 「悪いが殿下に取り次いでくれないか? 特命で内容は話せないのでね、ルイズとワルドが帰ってきた、でお分かりになられると思う」 「了解しました! 少々お待ちください!」 数分の後、ルイズ達は謁見の間に通された。 「そうですか、ウェールズ様は残って戦われると……」 「はい、ジェームズ一世陛下は私たちの前で討ち死にされました。立派な最後でした」 「そうですか……」 「殿下はおそらくは勝算がおありのようでした。おそらくは生き残って戦っておられるでしょう」 「私にできることはな「ありません、殿下」」 失礼な行為だが、それでもワルドはアンリエッタの発言をさえぎりはなす。 「殿下は内政に御専念ください。戦争に関しては私たちの役目です」 「それはっ!」 「殿下のお勤めは政務です。誤解なされぬよう」 ワルドの声はきっぱりとして、それでいて冷たい。 ふと見上げるとアンリエッタの少し後ろ、マザリーニがじっとワルドとルイズを見ていた。 謁見の後、マザリーニの私室でルイズはワルドと共に報告を行っていた。 ワルドのこと、指輪のこと、アルビオン王家のこと、メイジをコピーする自動人形のこと、そしてレコン・キスタのオリヴァー・クロムウェルとその黒幕だろうガリアのこと。 「そうか、それで君はレコン・キスタへ」 「気づいておられたので?」 「隊長が私に断りもなしに遠出などありえんよ。違うかね?」 「……まったくです」 ワルドは苦笑を返すしかなかった。 「ともかくおぬしへの処分はトリステインへの奉仕で代わりとする。今は治療に専念せい」 「感謝します」 「さてミス・ヴァリエール、君には感謝してもしきれんよ。いずれ何らかの礼をしよう」 「もったいお言葉です」 「とりあえず当面は金銭的謝礼をしよう。たしか平民も数名いたのだろう? 彼らに渡すといい」 「はっ!」 「あとあの船の登録はこちらでやっておく。そのまま乗って帰りたまえ」 「ありがとうございます」 ルイズは一礼しその場を立ち去った。 「のう子爵、彼女は強いな」 「まったくです」 「殴ってでも正せばいい、か。耳に痛いな」 「これから気をつければいいだけのことです」 「そうよな。ああそうだ子爵、彼女を送ってくるといい」 「御配慮感謝します」 自分を呼ぶ声に振り返るとワルドが手を振って駆け寄ってくる。 「せめてもの出入り口までは送るよ」 「治療に専念されたほうがよろしいのでは?」 「何、くだらん男の見栄さ」 たわいのない昔話をしながら二人は王宮の入り口まで歩み行く。 入り口で分かれる直前、ルイズがワルドに振り向いた。 「そうそうワルド様」 「なんだい?」 かつて小さなルイズにそうしたように少ししゃがみこんで顔を近づける。 その襟をつかんで引き寄せ、ルイズは唇を重ねた。 「プロポーズの件、少しだけど考えておいて上げる」 にっこり笑ってルイズは外へ駆け出した。 「……まいったなこれは」 残っている左手で唇に触れる。 「爵位が上がったら真面目にプロポーズするかね?」 back / next