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63.カードの意味 4月16日 ▲ 至高スレ 437 ほんわか名無しさん sage 2010/04/16(金) 06 24 14 0 おはようございます。 9時間寝ましたが風邪が治りません ▲ 覗き屋スレ 529 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 07 34 05 ID ??? Mr.はいちご姫とよろしくやってるということだな 231 名前:学籍番号:774 氏名:_____ [sage] 投稿日:2010/04/14(水) 19 34 09 ID ??? 230 無理しないで身体に気をつけてね カピパラ女と浮気しちゃいやよ ちゅ 531 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 14 44 07 ID ??? Mr.が大好きなニーチェの格言集 http //www.oyobi.com/maxim01/01_312p2.html 今度はこれをカードの言葉に使うと良いよw 「血と格言をもって書く者は、読まれることを望まず、暗誦さ れることを欲する。 」 532 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 14 57 52 ID ??? 531 今更だけどニーチェ好きじゃないよ 興味深い人ではあるけれどね 533 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 15 03 49 ID ??? 532 Mr.は酉つきでラブレターを書き直すべきw 534 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 15 06 14 ID ??? こんどはまとめにん師匠に書くといいよ 535 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 15 07 20 ID ??? Mr.の書いたホントの意味はどちらなんだ? 1.心豊かなあなたですから、きっと成し遂げられますよ 2.あなたは心が無い酷い人だから、何やってもダメなのです 536 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 15 10 17 ID ??? 531 533 535 あんまり傷口いじるなよ 537 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 15 11 13 ID ??? Mr.よ 誤解なら解くべきだぞw 538 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 15 13 47 ID ??? 537 どうせもうダメなんだからそっとしといてやれよ 539 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 15 18 57 ID ??? まだシュールな画像見られるんだな 女に花を贈るのにあの格言はないわw 540 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 15 33 01 ID ??? 普通の女ならなw ローズにはあのくらい言わないとw 541 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 15 41 29 ID ??? 535 1に決まってるだろ 騒ぎすぎだよ 542 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 15 48 00 ID ??? 2とは言えないよなww 543 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 15 56 52 ID ??? Mr.は酉付きで説明する必要があるなあ 544 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 15 59 56 ID ??? いつまでもグズグズ引きずってないで、キッパリとけじめつけた方がいいよ 545 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 16 03 55 ID ??? 糞スレ化とは言っても、不倫とか裸とかで評判落としたからなあ 別れたなら今度は作戦がうまくいくんじゃないか? 546 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 16 30 39 ID ??? 誤解ならば訂正すべしw 誤解でないなら放置すべし 547 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 16 41 27 ID ??? 546 賛成 548 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 19 24 58 ID ??? 下手にほじくり返すより放置が良いよ ローズはもう割り切ってる 549 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 19 33 45 ID ??? ローズは3日あれば浮気する女w ▲ 至高スレ 438 ほんわか名無しさん sage 2010/04/16(金) 14 54 49 0 (´∀`) タバコきゅうけい♪ 今日は定時で帰る ヘロヘロだあ〜 439 ほんわか名無しさん sage 2010/04/16(金) 18 48 59 0 病院に寄ってみた 後8人くらい待ち だるい 441 ほんわか名無しさん sage 2010/04/16(金) 23 18 28 0 小谷美紗子 - 線路 http //www.youtube.com/watch?v=gbEgmM3CKAw 442 ほんわか名無しさん sage 2010/04/16(金) 23 20 58 0 441 Mr. いつものスレでみんなが待ってるぞw ▲ 覗き屋スレ 550 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 23 16 57 ID ??? Mr.は病院かあ 大変だねえ コメントは明日かなw 551 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 23 22 37 ID ??? Mr.は寂しげにつべを貼っているなw 552 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 23 23 30 ID ??? その後の経過を教えてもらいたいよ 553 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 23 25 45 ID ??? Mr.は毛深いから失恋したのかねえ? 554 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 23 27 24 ID ??? 553 毛深いのは関係ないだろw やっぱりカードだと思うなあ ▲ 至高スレ 443 ほんわか名無しさん sage 2010/04/16(金) 23 28 34 0 寂しげな音楽だな… Mr.の心情を代弁しているのかね 444 ほんわか名無しさん sage 2010/04/16(金) 23 30 48 0 弘田三枝子 - 絵空事 http //www.youtube.com/watch?v=cMM9VtM7TBM 445 ほんわか名無しさん sage 2010/04/16(金) 23 33 21 0 泣くなよ、Mr.… 446 ほんわか名無しさん sage 2010/04/16(金) 23 35 04 0 * * * うつです + n ∧_∧ n + (ヨ(* A `)E) Y Y * 風邪が辛いんだよね 447 ほんわか名無しさん sage 2010/04/16(金) 23 36 50 0 Mr. その…ローズとはもう…だめなのか? ローズはあのカードに怒ってるのか? 450 ほんわか名無しさん sage 2010/04/16(金) 23 43 58 0 Mr.が失意で失踪してしまったじゃないか! 451 ほんわか名無しさん sage 2010/04/16(金) 23 44 28 0 449は回答済 452 ほんわか名無しさん sage 2010/04/16(金) 23 45 26 0 451 どこに? ないぞ? 453 ほんわか名無しさん sage 2010/04/16(金) 23 48 22 0 Mr.よ 漢だったら酉つきで愛を叫べよ! ローズは私のことを愛してはいないという事なのですねと言っているじゃないか 第三者が読むと →あなたは心が無い酷い人だから、何やってもダメなのです →おまえは心が豊かじゃねーから何にも上手くいかねーんだよ にしか読めないよw 454 ほんわか名無しさん sage 2010/04/16(金) 23 49 07 0 イケ!イケ!Mr. ゴー!ゴー!Mr. 455 ほんわか名無しさん sage 2010/04/16(金) 23 50 58 0 The Doors - LA Woman http //www.youtube.com/watch?v=L5ndhb5PzhY 体調悪いから寝るわ 456 ほんわか名無しさん sage 2010/04/16(金) 23 52 18 0 あーあMr.逃亡しちゃったよw 回答済みってことはローズに直接弁解したのかね? 457 ほんわか名無しさん sage 2010/04/16(金) 23 55 00 0 寒いな ホカロン装着しよう 458 ほんわか名無しさん sage 2010/04/16(金) 23 56 28 0 ちゃんと俺らにもわかるように教えてくれよ! 練りに練ったイヤミだったのかよ 459 ほんわか名無しさん sage 2010/04/17(土) 00 01 24 0 おまいら追い詰めすぎw Mr.は傷心のまま寝てしまったぞ ▲ 覗き屋スレ 555 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/16(金) 23 59 01 ID ??? Mr.がローズと別れたかったんだろう 556 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 03 35 ID ??? 555 ローズには直接回答したみたいだ 寂しそうだったぞ、Mr.はw 557 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 13 08 ID ??? 556 どこにそんなこと書いてあんだよw にぶいなw Mr.が言った回答とは 541だろ? 558 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 14 36 ID ??? Mr.がローズを嫌になったんだろ 体調悪いんだから追い詰めるなよw 559 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 15 12 ID ??? 557 Mr.のスレで言ってたよ 560 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 16 53 ID ??? 558 おまえはMr.の貼った曲を聴いて何も思わないのか? Mr.は寂しく傷心中なのだよ 別れたいのならローズみたいな女は放っておけば他に男を作るだろ なんで花を贈ったのかホントにわからないのか? 561 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 19 02 ID ??? ローズが好きだと書いていたピンクの薔薇だったよな… かわいそうなMr. 変な格言を書いたばっかりにwww 562 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 20 16 ID ??? 560 だから花を贈ったのはMr.の優しさとか謝罪なんだろうな 563 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 21 53 ID ??? だから何にしろもうダメなんだからそっとしといてやれよ 564 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 22 01 ID ??? ローズの方が正直なんだよなw ローズに聞いたほうが早いな 565 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 22 56 ID ??? れもにぇさんも待っているのにローズのやつは何処に行っているんだ?w 566 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 23 34 ID ??? おまいら恋愛したことないのかよw 今までの発言みりゃ分かるだろうw 567 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 24 52 ID ??? 564-565 ローズもそっとしとけよ 568 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 25 01 ID ??? 566 朝7時にローズの好きなカピの記事を貼っていたMr.だもんなw 570 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 27 51 ID ??? Mr.はあのメッセージはイヤミのつもりではなかったんだろうな それがローズが暴露して俺らが騒いでしまったんだよ 571 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 29 14 ID ??? 570 そうなのか とんでもない女だなローズはw だがMr.はまだ… なんともつらい恋路だなあ 572 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 30 49 ID ??? でもローズの文章は英語だからよくわからないけど Mr.にどういう意味ですかと聞いているだけだと思うが? ヌルじいの訳がどこまで正しいかわからないけどなw 573 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 31 23 ID ??? ローズは花とカードを貰う前からMr.の態度で別れたがってると感じていたんじゃないかな? だからスレに書いたんだろう 574 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 32 34 ID ??? 573 Mr.は忙しい中朝7時にローズが好きなカピの記事貼りつけてるよ 576 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 34 49 ID ??? 572 あれは単なる人生のアドバイスだろ? つい本音が出てしまったのかな? 無意識に 580 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 41 34 ID ??? 花はいつ注文したのだろう? 届いたのは15(木) カピ記事を貼ったのは14(水)か やっぱりイヤミではなかったんじゃ?? 581 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 45 40 ID ??? 悲劇過ぎるな Mr.は新月に祈りをこめてあのヘンテコな格言を贈ったのかもしれないぞwww 582 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 46 29 ID ??? なんという悲劇!!!!喜劇にも似た悲劇!!!! 583 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 47 18 ID ??? あの格言のせいでローズは今他の男と遊んでいるかもしれないのにw 584 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 47 21 ID ??? メッセージはイヤミではないけど、もう愛してはいないんだろうな ローズにも分かったんだろう 585 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 49 18 ID ??? だから二人は放っておきなよ たとえヨリが戻っても辛いだけだよ 586 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 51 35 ID ??? 584 朝イチでローズの好きなカピの記事を貼っていたのに愛してないわけないだろ Mr.は今日明らかに元気がなかった かわいそうなMr. 587 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 51 43 ID ??? 583 あのカードがなくてもローズは他の男と遊んでるw 前の日にそんなこと言ってた 588 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 52 28 ID ??? 587 えええ? 589 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 53 13 ID ??? ローズのやつ酷い悪女じゃないか! 590 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 54 34 ID ??? Mr.もなあ ヌル自慰の言うとおり 「ローズ、愛してる」だけ書けばよかったのにww 591 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 54 38 ID ??? 586 Mr.は今は朝にスレ貼りしてるよ 他のスレでもMr.らしいスレ貼りとかコピペがあるよ 深い意味はないんじゃないかな? 592 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 56 55 ID ??? 590 Mr.が別れたかったんじゃないの? ローズはMr.が好きというより愛されたかったんじゃないかな? 593 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 58 03 ID ??? やっぱり本当のところはローズに聞いたほうが早いな 推測に推測を重ねても本当のことはわからないなw 594 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 00 59 30 ID ??? Mr.なら、ローズを愛しているなら愛してると書くよ 596 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 01 00 41 ID ??? 594 まぁ、そうなの? 599 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 01 03 46 ID ??? Mr.いるの?w 601 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 01 06 01 ID ??? ローズがいるんじゃ? 603 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 01 08 45 ID ??? ローズかMr.がいるのか? Mr.が傷心で眠れなかったとかか?w 604 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 01 09 47 ID ??? …だれもいないじゃないかwww 605 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 01 11 39 ID ??? 覗き屋しかいないようだなwww 608 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 01 15 06 ID ??? ローズはホントに男と遊んでいてこないのか? この寒さだろ? 心臓に負担がかかってるんじゃないのか 609 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 01 16 29 ID ??? 608 心臓疾患は寒さ厳禁だからなあ… 610 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 01 18 12 ID ??? http //www.jma.go.jp/jp/yoho/319.html 東京朝2度ってなんだよwwwww 真冬じゃん 東京人じゃなくてよかった 611 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 01 19 20 ID ??? 今はローズよりMr.の方が具合悪そうだ 612 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 01 19 28 ID ??? うはー明日2℃かよ 613 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 01 20 34 ID ??? Mr.の虚弱アピがたまにウザいw 616 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 01 23 01 ID ??? コテはみんな身体弱いよなw 元気なのはロム専だけだw 619 :学籍番号:774 氏名:_____:2010/04/17(土) 02 31 05 ID ??? おまいら、あんまりMr.を追い詰めるなよw 返事がないのが返事だろ 次 64.ローズハイテンション
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アトランドの地域探査 海中島の海《アトランド》 アトランドの地域探査(0)戦闘前 勝利時 アトランドの地域探査(4)勝利時 アトランドの地域探査(9)予告時 次回予告 勝利時 アトランドの地域探査(10)勝利時 アトランドの地域探査(12) ジュエルドラゴンを討伐予告時 次回予告(レイドボス) 勝利時 アトランドの地域探査(20)戦闘前 次回予告 勝利時 アトランドの地域探査 アトランドの地域探査で表示されるイベント。 アトランドの地域探査(4)に勝利するとショップリスト更新。 アトランドの地域探査(9)のボス戦に勝利すると追加で5000SCを獲得。 アトランドの地域探査(10)に勝利するとフレーバーイベント。 アトランドの地域探査(12)かジュエルドラゴンを討伐に勝利するとサンセットオーシャンでバカンス、サンセットオーシャンで遺跡探索、シルバームーンでバカンス、※シルバームーンで遺跡探索追加、ショップリスト更新。追加で200EXP、50TP、10000PS獲得。 ※アトランドの地域探査を選んでいると「ジュエルドラゴンを討伐」が出現し、直接レイドボスに挑めるようになる。 ※討伐で勝利していてもアトランドの地域探査(12)はレイドボス戦。ただし再選択時は勝敗に関係なくアトランドの地域探査(13)へ進める。 アトランドの地域探査(20)のボス戦に勝利するとアルシエルを討伐追加。 海中島の海《アトランド》 かつて――この世界、テリメインは海に覆われていなかった、と唱える者もいる。 その根拠が、この沈んだ島々の海域……アトランドだという。 他の海域の遺跡とは違い、都市そのものが海中に存在している……と表現してもいいような、 様々な建造物があちらこちらに密集している。 それらのほとんどが海藻や魚の住処になっているのだが、 建造物のところどころから、様々な色のほのかな光が漏れている。 その光は、スキルストーンによる発光なのか、 それとも原生生物によるものなのか、 はたまた――かつて存在していた古代人の文明によるものなのだろうか―― アトランドの地域探査(0) 戦闘前 地域調査 様々な謎と秘密と、そしてロマンを秘めながら静かに眠るアトランドの遺跡群。 この遺跡群の中に、財宝や、この世界の秘密も眠っているのだろうか? 未だ手つかずの遺跡も数多いようだ。 この遺跡群を、アトランドの海域を踏破する探索者たちを待ち受けているだろう。 だが、気を付けるといい。 近頃アトランドの何処からか――地の底から響くような咆哮が聞こえるとの噂がある。 それはこのアトランドの亡霊なのか? それとも、ここを根城にする原生生物なのか? どちらにせよ、この海域にも遺跡を根城にする原生生物は多そうだ。 慎重に進むに越したことはなさそうである―― 勝利時 ――時折、遺跡の隙間から漏れる多彩な光が海底を照らしている。 光は点々と、まだまだ続くこの先を案内するかのように落ちている……。 アトランドの地域探査(4) 勝利時 気付いたらショップにアイテムが増えているようだ。 この先は遺跡の意匠も複雑になっていて、モンスターも強そうだ。 準備をした方が良いかもしれない。 アトランドの地域探査(9) 予告時 突然辺りが暗くなった。 上海に大きな影がある。 どうやらドラゴンのようだ。 翼があり、海竜ではなさそうだ。 ……ドラゴンが泳ぎ去った後、小さな竜たちが襲ってきた! 次回予告 敵PT名「ドラゴンの眷属」 レッサードラゴン*PTと同数 勝利時 レッサードラゴンのお宝5000SCをゲット! [PC名]が最後のレッサードラゴンを撃退すると、 近くの岩影から、レッサードラゴンよりも一回り二回りも小さめな白い竜が現れた。 その竜の背には、桃色の髪の少女が乗っており、竜と共に[PC名]の様子をじっと伺っている。 白い竜 この辺りでは見かけない、白い竜。 スキルストーンの影響なのか、人の言葉を理解して喋ることができる。 知能は高そうだが、竜独特のやや高慢な雰囲気を感じる。ちなみにメス。 好きな食べ物は輝きの強い宝石。 桃色の髪の少女 ルビーのような眼をした少女。白い竜に乗り、 どうやら一人(と一匹)でこの海を渡っているようだ。 アトランドにいる巨大な竜と何か関係があるようだが……? ちなみに女の子。 好き嫌いは特になし。何でも食べる。 白い竜 「まさか、我が眷属を全て倒す者がいるとはな」 白い竜 「警戒しなくてもいい。余らはお前たちと戦う気はない」 スキルストーンを通して白い竜が話していると、背に乗っていた少女が降りてきた。 少女は[PC名]に向き直り、ためらいがちに口を開く。 少女 「……あなた方は、この先へ行くのですか?」 少女 「……いえ、行っても、行かなくても良いんです。 ただ、その子たちを倒すほどの強い力がある方なんだと、お見受けしました」 倒れたレッサードラゴンを指さしながら、少女は続けた。 少女 「……先ほど、大きなドラゴンがこの辺りを通ったと思います」 少女 「……あなたの、その力を見込んで……お願いします」 少女 「どうか、あの人を……あのドラゴンを、止めてください……」 少女は神妙な面持ちで深く頭を下げた。 彼女の頼みをきいてもいいし、きかなくてもいいだろう。 だが、この先へ進むのならば多少なりとも警戒したほうが良いかもしれない。 地の底から響き渡る咆哮が、段々と近くなっているようだ。 彼女の言う通り、その咆哮の主が近くにいるようだ。 アトランドの地域探査(10) 勝利時 大きな鳴き声が聞こえる。どうやらドラゴンのようだ……引き返すならいまのうちだ。 アトランドの地域探査(12) ジュエルドラゴンを討伐 予告時 巨大なドラゴンがいる。 ジュエルドラゴン 七色の宝石のような輝きを持つドラゴン 常に不機嫌そうに唸っている。 好戦的な性格だが知性はあるようで、願いを叶える力を狙っている。 好きな食べ物は肉だが、人肉は食べない。 ジュエルドラゴン 『ここから力を感じる……これか』 ドラゴンは一心不乱に何かを引きずり出そうとしているようだ。 [PC名]からはどのような形状かは見えないが、それは武器で、遺跡の地面に刺さっているようだ。 ??? 『この力があれば、俺も――』 ??? 『誰だ!?』 ドラゴンは振り返り、[PC名]たちを認識した。 ??? 『邪魔をする気か!!!!!』 ドラゴンは咆哮をあげ、襲ってきた! 次回予告(レイドボス) 敵PT名「宝石竜」 ジュエルドラゴン(PT人数に関係なく1体のみ) 勝利時 ジュエルドラゴンの咆哮が聞こえる……。 どうやらジュエルドラゴンが倒れたようだ――。 [PC名]はEXPを200取得! TPを50取得! SCを10000取得! ジュエルドラゴンが倒れ、海に浮かぶ。 同時にジュエルドラゴンの姿が光に包まれ、小さく――人間の男の姿に変わっていく。 少女 「――様!」 追いついたらしい少女が、男に泳ぎ寄った。 少女 「……良かった、息してる……」 白い竜 「力を使い切って、人間に戻ることができたか」 白い竜 「――礼を言うぞ、小さき者どもよ」 そこまで大きくないドラゴンは、尊大に[PC名]たちに礼を言った。 白い竜 「願いを叶える武器、か……余にはそのようなものには見えんがな」 白い竜 「他にも6と……あとひとつ、似たような力を感じるが――」 白い竜 「まあ良い。一応は竜の力を受け継いだものを助けてくれたのだ。礼を言ってやろう」 白い竜は偉そうだ。! 白い竜 「また会うこともあるだろう。さらばだ」 ※レイドボス報酬イベント 白い竜が去った後、遺跡の地面が突如七色の光に包まれる! 光は[PC名]の下にたどり着くと、姿を変えた! [PC名]は七海封魔[装備武器種]【アトランド】を取得! ※行き先・ショップの商品が追加されています。 ――時折、遺跡の隙間から漏れる多彩な光が海底を照らしている。 光は点々と、まだまだ続くこの先を案内するかのように落ちている……。 アトランドの地域探査(20) 戦闘前 ??? 短めで青みがかった髪の女性。 道に迷いすぎて野生化してしまったようだ。 好きな食べ物はとある人物の衣服の一部。 ??? 「……う……ぁ……あ……」 背後から死体が呻いているような声が聞こえる。 ??? 「せん……ぱい……ぱん……」 ??? 「ぱん……を……かえ……」 ??? 「うがあああああああ!!!!」 野生の獣のようなナニカが襲ってきた!! 次回予告 敵PT名「怪奇! 野生に還った女!」 野生の女(PT人数に関係なく1体のみ) 勝利時 野生の女 「……ぐふっ」 女はぶっ倒れた! 野生の女 「……はっ、ここは!?」 女は正気を取り戻したようだ。 野生の女 「……申し訳ありません。少し取り乱していたようです」 野生の女 「……」 野生の女 「もし、胡散臭い男と、ドラゴンを連れた少女を見かけたら……『いつか殺す』と伝えてください」 野生の女 「ご迷惑をおかけしたようなので……こちらは私が道中で得た情報です、どうぞ」 野生の女 「ごめんなさい、急いでいますので、それでは」 どうやら行き先が増えたようだ。
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ファーランド大陸に存在するキャラクターたち。 年齢はデータが出た時点のもの。 時代設定はファーランド戦記0が723年、ファーランド戦記1は730年。 名前の後の【0】【1】はそれぞれの登場作品。 ファーランド戦記0 PC ファーランド戦記1 PC ナイゼンバスト アルゼンバスト フェブダーシュ アルトフシゼン ブルンバスト大公国 リン アクアエクス ゴブゴブ団 キング女王国 揚穂連邦 アミ=マミ大島 灰羽連盟(竜軍) アイウォン帝国 蛇門総本山? ノノワ地方 自由同盟軍 ン=ガイの森 ??? 神話時代 お試しプレイ ファーランド戦記0 PC レイチェル・アーコット 千早のPC。 人間、女、16歳。ナイゼンバスト出身。 詳細⇒レイチェル・アーコット クルミ・カーウィン やよいのPC。 ハーフエルフ、男、15歳。ナイゼンバスト出身(生まれはアルトフシゼン)。 詳細⇒クルミ・カーウィン 薙乃・サーペント 伊織のPC。 人間、女、15歳。揚穂連邦(金宮)出身。 詳細⇒薙乃・サーペント クロード・セルティック 律子のPC。 人間、男、21歳。アルゼンバスト出身。 詳細⇒クロード・セルティック フェリシア・ロンド 美希のPC。 人間、女、17歳。エステリア出身。 詳細⇒フェリシア・ロンド ファーランド戦記1 PC ンドゥール・ドゥ=ドゥール 善永のPC(作成は土奈井)。 人間、男、17歳。ノノワ地方出身。 詳細⇒ンドゥール・ドゥ=ドゥール ノエル・ノア=ルノワール 尾崎のPC。 人間、女、21歳。ノノワ地方出身。 詳細⇒ノエル・ノア=ルノワール 皐月・ローンズ 小鳥のPC。 ゴブリン、男、21歳。桜花の双子の兄。トリコ地方出身。 詳細⇒皐月・ローンズ パエッタ 高木のPC。 ハーフエルフ、男、38歳。元自由同盟軍中将。 詳細⇒パエッタ サイネリア サイネリアのPC。 人間(?)、女、18歳。千名の巫女の再来。 詳細⇒サイネリア ヴェル・ヴァーレン 善永の予備PC(作成は土奈井)。 ドワーフ、男。 桜花・ローンズ 尾崎の予備PC。 ゴブリン、男、21歳。皐月の双子の弟。トリコ地方出身。 美凰(メイファン) 小鳥の予備PC。 人間、女、17歳。 ガイア 高木の予備PC。 ケンタウロス、男、31歳。元自由同盟軍少尉でパエッタの元部下。 詳細⇒ガイア ナイゼンバスト ハモンド・アーコット【0】 レイチェルの父。故人。 20年前のト=カチ撤退戦で殿を務め数万の友軍を救うなど多くの活躍を残した英雄だが、10年前に疑惑の死を遂げる。 妖刀ミッシングムーンを所持していた。 チェルシー・アーコット【0】 レイチェルの母。レイチェルが生まれて間もなく死亡(?)。 貿易都市国家エルトリアの騎士。 愛用武器は方天画戟で、現在はレイチェルに受け継がれている。 エリリ・ラヴィニア【0】 エルルの母。故人。 ナイゼンバストの英雄だったが、20年前に揚穂連邦へと亡命。 10年前のブルンバスト侵攻直前、エルルを連れナイゼンバストへと戻るも間もなく病死。 聖剣パーフェクトサンを所持していた。 マサカ・D・タイラー【0】 ナイゼンバスト軍のトップに位置する将軍。 ハモンドの旧友。 セリシア・タイラー【0】 人間、女、15歳(?)。 十人隊長となったレイチェルの副官。。 10年前にペターンの門で保護され、タイラー将軍の養女として育てられた。それ以前の記憶は持たない。 妖刀ミッシングムーンを所持。 ハンス【0】 十人隊長となったレイチェルの部下の一人。 メイ・カーウィン【0】 ハーフエルフ、女、47歳。 ナイゼンバスト魔術師ギルドの導師。 クルミの母親だが、その事実は伏せたままクルミを指導してきた。 オクティールの“天院”出身。 ミゼ・アルトワーズ【0】 ナイゼンバスト軍の将軍の一人。 フラットスリー“トゥルース”の指揮官。 アルゼンバスト アメリ・セルティック【0】 人間、男、16歳前後。クロードの5歳下の弟。 セルティック家の暫定当主にして銀盾騎士団長。 ブラコン(シスコン?)。ヤンデレ。 フェブダーシュ ミリアルド・ヴァレンタイン【0】 人間、男、生きているなら48歳。 フェブダーシュ男爵(のちにアルトフシゼン伯爵)。 若い頃は冒険者として旅をしていた。当時の仲間はメイやトレーズなど。 男爵時代にト=カチ撤退戦、ペターンの門防衛戦で活躍し“ライトニングバロン”として揚穂連邦の武将たちに恐れられた。 15年前の第一子誕生と同時期に姿を消す。 アルトフシゼン ゼクス・ラビット【0】 クルミの父。 盗賊ギルド“もやし炒め”の頭目。通称“日陰の”ラビット。 正体はミリアルド・ヴァレンタイン。 トレーズ【0】 アルトフシゼン執政府の総帥。蛇門の導師の一人でもある。 ミリアルドの冒険者時代の仲間。微ヤンデレ? 犬派。 デルマイユ【0】 アルトフシゼンにおける蛇門の導師の一人。猫派。 ブルンバスト大公国 トモエ・ノーム【0】 人間、女、17歳。 ブルンバスト大公。ブルンバスト都市国家群の名目上の君主。 ペタゲッティが好物でドラゴンが苦手。 司馬仲達【0】 ブルンバスト大公国に滞在する人物。 (胸が大きくなる前の)レイチェルと面識がある。 お試しプレイ版と同様の設定なら平地に暮らし弓を得意とするドワーフ氏族、司馬氏の長。 半兵衛【0】 ブルンバスト大公国に滞在するグラスランナーの軍師。 薙乃とも面識があり、薙乃の母の葬式で葬式饅頭をつまみ食いした。 リン族のグランマにセクハラを受けたことがトラウマとなっている。 かつては黒田官兵衛と二人で“古淵の二兵衛”と呼ばれていた。 リン グランマ【0】 リン族でただ一人旅に出ず、子育てを一手に引き受けているグラスランナー。 現在生存しているリン族の全員が彼女に育てられたという。 大陸中に散っているリン族を総動員できるほどの権威を持つ。 かつてはアイ、レン、サルという名の仲間たちと冒険の旅をしていたらしい。 馬超(孟起)【0】 リン族と暮らすケンタウロスの代表者。 ミノすけ【0】 リン族と暮らすミノタウロスの代表者。 アクアエクス 滝川楓【0】 ドワーフ、女、86歳or70代前半? アクア市長。市民、非市民問わず住民たちからの人気は非常に高い。 かつては義賊として大陸南側航路を荒らし回る海賊だった。 甘寧(興覇)【0】 アクアエクスの武将筆頭。滝川楓の舎弟その一。 ゴブゴブ団 劉備(玄徳)【0】 五武王の一人にしてゴブゴブ団の指導者。穏健派。 諸葛孔明【0】 劉備の腹心。 農業技術の改革および娯楽の充実により、外部への侵攻をストップさせると同時に、ゴブリン族の人口増加に歯止めをかけた。 馬謖【0】 名前のみ登場。孔明によるとあまりクレバーではない模様。 キング女王国 ジェシカ・ヴァン・ヘルシング【0】 穏健な性格の現女王。 港湾の整備を進め、弱小国に過ぎなかったキング女王国を発展させた。 3月生まれ。 アンジェリカ・ヴァン・ヘルシング【0】 あずさの担当NPC。 キング女王国第一王女。軍の実権を握り他国への侵攻を進めている。 敵対勢力からは“狂王女”と呼ばれる。 720年代のファーランドにおける三強の一角。 アロエ・サーペント【0】 王都ミューラの地下迷宮にいた幼い少女。 薙乃の親戚を名乗る。 揚穂連邦 浅井アサギ【0】 エルルの父。故人。 用兵の妙から“覇王”とまで呼ばれた揚穂連邦の武将。 10年前、協定を破ってのブルンバスト侵攻に異を唱えたため粛清されてしまう。 黒田官兵衛(如水)【0】 人間、男、153歳。 高名な陰陽師。揚穂連邦の黎明期を支えた軍師でもあったが仕官はせず私塾を開いていた。 薙乃、フェリシア、クロードの師。 フェリシアをキング女王国に亡命させる際に左腕を失う。 かつては竹中半兵衛と二人で“古淵の二兵衛”と呼ばれていた。 アロエ・サーペント【0】 金宮の王妃。薙乃の母であり、フェルシアの叔母にあたる。故人。 黒田官兵衛の最初の弟子。 高レベルのヤンデレ。 金宮滅亡の5年ほど前に逝去。 ドアベル=クライニー【0】 人間、男、74歳。 薙乃個人に仕える家臣。 シルクハットに蝶ネクタイの紳士。 かつては金宮の武将として筆頭に挙げられる豪傑だった。 金宮がキング女王国に併合されてからは雌伏の日々を過ごしていた。 伊達政宗【0】 黒田に差し向けられた追っ手の一人。 石田三成【0】 五奉行の一人。黒田との間に確執があった。 加藤穴鈴【0】 かつて双狼門の守備隊を指揮していた人物。 ナイゼンバスト軍に砦を制圧され虞明城まで後退していた。 兄貴、ジャック【0】 港町にいた二人組のチンピラ。 長宗我部元親【0】 土佐の国主。キング女王国軍の侵略によって国を失うも生き延びる。 その後、土佐、阿波、伊予、讃岐の落ち武者をまとめあげ、石田三成の後援を受けてエステリアを滅ぼす。 長宗我部信親【0】 元親の息子。アンジェリカの刃から父をかばい倒れる。 福留儀重【0】 長宗我部氏の家臣。アンジェリカの刃から元親をかばい倒れる。 吉良親貞【0】 長宗我部元親の弟。武将。キング女王国軍との戦いで死亡する。 香宗我部親泰【0】 長宗我部元親の弟。武将。キング女王国軍との戦いで死亡する。 三好【0】 キング女王国軍に滅ぼされた阿波の国主、あるいは武将(推定)。 河野【0】 キング女王国軍に滅ぼされた伊予の国主、あるいは武将(推定)。 西園寺【0】 キング女王国軍に滅ぼされた伊予の国主、あるいは武将(推定)。 十河【0】 キング女王国軍に滅ぼされた讃岐の国主、あるいは武将(推定)。 アミ=マミ大島 総督【0】 名前不明。くじ引きで総督に選ばれたグラスランナー。 灰羽連盟(竜軍) 浅井・エルル・ラヴィニア 春香の担当NPC。 人間、男、17歳。準竜師。 ナイゼンバスト出身(生まれは揚穂連邦)。 詳細⇒浅井・エルル・ラヴィニア タマ【0】 仔猫ドラゴン→猫ドラゴン? エルルの飼い猫ドラゴン。 魔獣竜の血族であり、登竜門にて“川添珠姫”の号を得た。 黒田官兵衛の知己。 サラ【0】 上級万翼長。 チームヘルメを率いる。 アイゼン【0】 サラの“相棒”である竜。 ペルナ【0】 グラスランナー、女。 同じ顔、同じ名前の者が複数(最低でも13人)いる。 万翼長。 “旋光の輪舞”ワンダリングスターの所持者。 オクティールの“オペラ”出身。 カストラート【0】 ペルナの“相棒”であるブラスドラゴン。最低でも13匹存在。 アンサンブルレーザーというブレスを発する。 インテグラ・マーテル【0】 万翼長。 アイウォン帝国 タルキ帝【1】 アイウォン帝国皇帝にして元老院の元首。 宰相という役職を新設した。 政治に関心を示さず、宰相の専横を許すうつけ者という評判。 天然不思議ちゃん。 カリナ・リーヴル【1】 帝国宰相。タルキ帝に代わって帝国を牛耳る人物。 北都ソーキゲキからン=ガイの森にかけての一帯を領有している。 オーベルシュタイン【1】 帝国紋章院の長。 「オーベルシュタインの草刈り」と呼ばれる反乱分子の大量投獄(おそらく)を行なった。 ノイズ【1】 ノイズの担当NPC。 帝国紋章院の暗殺者。ヤンデレ。 マーリンズ・マーリンズ・マーリン【1】 タルキ帝に仕える宮廷魔術師。精霊使いでもある。 キリエ【1】 響の担当NPCだがエンドロールに名前が出ただけで本編には未登場。 帝国経典院の長。 張遼(文遠)【1】 帝国経典院衛士隊の隊長。 白い悪魔【1】 名前不明。自由同盟軍のオルテガ、マッシュらを倒した。 馬麻呂【1】 皇帝の近衛騎士長の馬の名前。 パトリシア、ポチ【1】 orz(帝国宰相親衛隊)隊員の馬の名前。 曹操(孟徳)【1】 村長。 蛇門総本山? 曹朴蛇【1】 蛇門の次期指導者。 曹操の息子。 ノノワ地方 ンデゲオ・ドゥ=ドゥール【1】 ンドゥールの父にしてノエルの養父。 竜を信仰する部族ドゥ氏の伝説的族長。 自由同盟軍 オルテガ、マッシュ【1】 ガイアの同僚たち。アイウォン帝国の白い悪魔に敗れる。 ガイアを含めた3人で“黒い三連星”と呼ばれていた模様。 ン=ガイの森 ハ=ルカ=アザトース【1】 「ぬーん」「だぬーん」「ヴァイ!」などと鳴く謎の生物。 この生物と深く関わった者は狂気に侵されてしまう。 ニ=ゴ【1】 「ニゴ」「ニゴゴゴゴ」などと鳴く謎の生物。 ミ=ソゴス【1】 「チヒャ!」と鳴きニ=ゴを追いかけ回す謎の生物。 名前および詳細設定はtwitterで判明。 ???【1】 ハ=ルカ=アザトースに激突して互いに吹き飛んだりする謎の生物。 のヮの。 ??? マイ【?】 一介の旅人(放浪王?)。 720年代のファーランドにおける三強の一角。 放浪王【0】 名前不明(マイ?)。“無限の輝き”ワンダリングスターを所持する。 アイ、レン、サル【0】 かつてリン族のグランマと冒険の旅をしていたという仲間たち。 ランディバス【0】 キング女王国王都ミューラの地下迷宮に封印されていた謎の人物。 通称“半神の”ランディバス。 異界(オクラホマ)出身。 実は五人の魔導王の一人であり、古代魔導王国を滅ぼした張本人。 テューダ【0】 通称“炎のストッパー”テューダ。 古代の魔導王の一人。 正直こいつとランディバスの説明はいらない気がする。 神話時代 古代種族R.B【0】 おそらくゴブリンの上位種。 GHD(ゴブリン=人間=ドワーフ)連合軍の盟主として神々の大戦を逃れようとしたが、志半ばにして命を落とす。 古代種族K.U【0】 おそらく人間の上位種。 古代種族R.Bの後を継いでGHD連合軍を率いる。 古代種族C.H【0】 おそらくドワーフの上位種。 古代種族K.Uと仲間を逃がすため命を落とす。 古代種族C.K【0】 GHD連合軍の一員。 古代種族K.Uより先に死んだ模様。 千名の巫女【0】 古代種族K.U亡きあとのGHD連合軍の盟主。 蛇門の創始者。 いとかしこき忘れられた楽園の姫君。 サイサリスさん。サクリファイスさん。サルバトーレさん。以下略。 古代種族S.R【0】 千名の巫女サリンジャーさんに忠誠を誓ったゴブリン族の代表。 古代種族K.C【0】 千名の巫女サンタナさんに忠誠を誓ったドワーフ族の代表。 古代種族C.U【0】 千名の巫女サトウダイコンさんに忠誠を誓った人族の代表。 古代種族B.C【0】 千名の巫女サルノコシカケさんに忠誠を誓ったケンタウロス族の代表。 名もなき最強の巨人(アイ)【0】 神話時代のファーランドにおける巨人族最強の戦士。 千名の巫女ザンスカールさんを暗殺する刺客として送り込まれたが、アイという名前を与えられたことによりザンギエフさんの盟友となる。 720年代のファーランドにおける三強の一角。 リン・デュアルサウンド【0】 “狩りたてる者”と呼ばれたハイグラスランナー。 リン族の始祖。 お試しプレイ 曹操 村長。 司馬仲達 地上生活に順応しロングボウを愛用するようになったドワーフ氏族の族長。 “唸り声(リンギオ)”の二つ名で誉れ高い。 竹中半兵衛重治 今孔明と呼ばれるフリーの軍師。 グラスランナーだが能力値では知力が最も高い? 竜太郎 竹中の友であるファームドラゴン(ヤング)。 諸葛亮(孔明) このあいだ仲達のところに来て罵声を浴びせて帰って行ったらしい。 劉備 ゴブゴブ団の頭目として名前が登場。 島津 精強な水軍を擁するドワーフ氏族らしい。
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第1話(BS01)「白き森の深淵」( 1 / 2 / 3 / 4 ) 1.1. 姫君主の朝 ブレトランド島の中南部に位置する小さな村・メガエラ。この村の領主である15歳の少女の朝は、村の経理状況の確認から始まる。 彼女の名は、ティファニア・ルース(下図)。つい先日まで、幻想詩連合の盟主国ハルーシアに留学していた彼女は、父である先代当主ボード・ルースの急病の知らせを受けて急遽帰国し、瀕死の父からこの街の統治権と聖印(クレスト)を委ねられ、今の地位に就いた。爵位も騎士(ナイト)になったばかりで、君主(ロード)としての実績もない。 「本日は、こちらの書類に眼をお通し下さい、お嬢さ……、いえ、マイロード」 そう言って、彼女に行政書類を差し出したのは、農夫のような姿をした初老の男性である。彼の名はフェム・トゥレーン(下図)。先代のボードが領主に就任した頃からこの村を支え続けてきた古参の森林官である。 この村の領内の、やや小高い丘にある森林では、(数十年周期で流行すると言われる)黒死病の特効薬となる「ヴィット」と呼ばれる特殊な薬草の生産地として有名であり、この村の公共施設の経費の大半は、そのヴィットが生み出す収益によって成り立っている。フェムは、その薬草の管理という、この村で最も重要な役割を長年務めてきた重臣であり、先代領主にとっての一番の側近でもあった。 「分かりました。見せて下さい」 そう言って、彼女は書類に記されている薬草の販売状況に関する資料を確認する。まだこの村に戻ってきてから日が浅い彼女は、領主としての仕事を果たす前に、まず、この村の全容を把握しなければならなかった。そのためには、父の代からこの村を見守ってきたフェムの協力が不可欠なのである。一通り彼女が書類を読み終えたのを確認すると、フェムは彼女にこう告げる。 「ここ最近、どうやら森に侵入し、無断でヴィットを採取する者が出現しているようです。今のところ、まだその被害額は微々たるものなのですが、目撃者の話によると、ただの野盗ではなく、訓練された兵士だったようなので、どこかの国の密偵かもしれません。出来れば、護衛を強化して頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」 そう言われると、ティファニアは真剣な表情を浮かべつつ、即答する。 「ヴィットはこの村の宝です。そういうことであれば、すぐにでも警戒態勢を強めましょう」 無論、そうは言っても、村そのものの警備の必要もある以上、それほど急激に警備隊の人数を増やせる訳ではない。しかし、この村には、たった一人で数十人もの兵士に匹敵する力を持つ三人の重臣が父の代から使えている。彼等の一人を森の警備に回すだけで、実質的な防衛力は数倍に膨れ上がるだろう。 ただ、問題は、彼等とティファニアとの間には、まだ明確な「絆」と呼べるほどの繋がりが存在していないということである。彼等三人はいずれも、彼女が数年前に留学に行った後にこの村を訪れた者達なので、帰国したばかりの彼女が治めるこの村のことを、命を投げ打ってでも守ろうとする気概があるのかどうか、彼女にはまだ測りかねていた。 1.2. 契約魔法師の日課 その三人の重臣の一人、元素魔法師(エレメンタラー)のヴェルノーム・D・ウォルドルフ(下図)は、自宅で一人、魔法杖(タクト)を掲げていた。彼はエーラムの魔法学院(アカデミー)から派遣された契約魔法師(メイジ)である。しかし、魔法学院の斡旋で彼が契約した相手は先代のボード・ルースであり、現当主のティファニアではない。慣例としては、契約した相手の死後はその後継者に使えることが多いが、何らかの考慮すべき理由があれば、それを拒否して魔法学院に戻る権利も彼にはある。 そんな彼が魔法杖を掲げていた理由は、このブレトランド小大陸の半分以上を傘下に治めるアントリア子爵(ダン・ディオード)に使える魔法師の一人、クリスティーナ・メレテス(下図)と通信を交わすためである。二人は共に23歳。エーラムの魔法学院で知り合い、恋仲となった関係である。その後、学院の規定により、それぞれ異なる君主に仕えることにはなったが、いずれは二人で一緒に暮らすことを夢見ている、そんな遠距離恋愛カップルであった。 「おはよう、クリス」 「おはよう、ヴェルノーム。実はね、昨日、学院にいる友達が教えてくれたんだけど、ヴィットに関して研究していた人達が、新しい見解を発表したらしいの」 ヴィットに関しては、実はこれまで、その発生理由がよく分かっていなかった。通常の薬草とは異なる特殊な効果をもたらすことから、何か異様な混沌の力が関与しているのではないか、という噂はあったが、最近の研究で、どうやらそのヴィットが生み出された土地の奥底に、何らかの強力な混沌核(カオスコア)が埋まっているのではないか、という見解が発表されたらしい。 ちなみに、この情報はまだあまり出回っていないようで、そのヴィットの生産地であるメガエラに住むヴェルノームですら、全くの初耳である。そのような極秘情報を彼女が得ることが出来たのは、彼女が魔法師の中でも名門として知られるメレテス一門であるが故に、学院の中央部にもコネが多いことに由来している(なお、彼女から見て、大工房同盟の盟主マリーネ・クラウシェの側近アウベスト・メレテスは養父、その宿敵である「虹色の魔女」シルーカ・メレテスは妹弟子にあたる)。つまり、彼女はヴェルノームよりも遥かに格上のエリート魔法師であり、だからこそ、現在のブレトランドを支配下に収めようとしているアントリア子爵の契約魔法師の一人として選ばれることになったのである。 「で、ウチの子爵様にそのことを話したら、その対応は非常に危険だろうから、子爵様がその調査を手伝うと言ってるんだけど、そちらの領主様に、許可取ってもらえるかな?」 いつも通りに恋人同士の甘い会話を楽しもうとしていたヴェルノームにとっては、自分の目の前で、モーニングコーヒーにいきなり劇薬を混ぜられた気分である。確かに、学院が警戒するほどの混沌核が眠っているとすれば、その調査をメガエラ在住の専門家(実質的には自分一人)だけでおこなうのは危険かもしれない。しかし、この村の経済の根幹を支えるヴィットを生み出す森林地帯に他国の調査団を入れるというのは、いくら恋人の頼みといえども、そう簡単に受理出来る話ではない。 「ま、まぁ、一応、話はしてみるよ……」 そう答えるのが精一杯だった。そんな彼の苦悩を知ってか知らずか、クリスはもう一つ、彼に質問を投げかける。 「ところで、そちらの新しい領主様って、どんな人なの? 15歳の女の子だって聞いたけど」 そう問われたヴェルノームだが、これも返答に困る質問である。なにせ、彼もまだ会ってから日が浅い。今のところ、真面目に政務をこなしてはいるようだが、その人となりまでは、まだ彼も掴みきれていない。どう答えたものかと彼が言葉を選んでいるところに、予想外の言葉が突き付けられる。 「あと、他にも、若い女性の邪紋使いが二人もいるそうね」 さすがに、ここまで言われれば、ヴェルノームも気付く。どうやらクリスは、外交交渉とは別次元で、自分の恋人を取り巻く環境に対して、少々不安を抱いているらしい。ヴェルノームとしては、別に何も後ろめたいことはしていない筈なのだが、なぜかクリスにそう言われたことで、奇妙な焦燥感に駆られてしまう。 「いや、クリス、別に、その、君が心配するようなことは、何も……」 「そう? なら、いいんだけど。とにかく、調査の件、お願いね」 そう言って、通信は途絶える。色々な意味で予想外の事態に戸惑っているヴェルノームではあったが、それと同時に「今日もクリスの声、かわいかったな」という浮かれ気分も同居した奇妙な心境のまま、今の自分にとっての「一応の主」であるティファニアの館へと向かう。クリスの前ではなるべくクールに振る舞おうとするヴェルノームだが、内心は常に彼女にベタ惚れなのであった。 1.3. 無法者への手紙 一方、その頃、クリスが言っていた「若い女性の邪紋使い」の一人にして、この村の三重臣の一人である不死者(アンデッド)のターリャ・カーリン(下図)もまた、ヴェルノームと同等以上の浮かれ気分に浸っていた。彼女の最愛の兄・ファルク・カーリンからの手紙が、彼女の許に届いていたのである。 彼女は本来は、(現アントリア子爵の台頭以前まで)このブレトランドの実質的な盟主であったヴァレフール伯爵に仕える騎士隊長の娘に生まれた令嬢であった。だが、騎士としての修行の最中、偶然発生した混沌核に触れ、邪紋使いとなってしまったことが、彼女の人生を変えてしまった。彼女の父は熱心な聖印教会の信者であり、混沌の力を何よりも嫌っていたため、邪紋使い(その中でも特に「不浄の者」として嫌われやすい不死者)となってしまった自分の娘を、自らの手で殺そうとしたのである。幸い、温厚な兄・ファルクの説得により、なんとか命は助けてもらったものの、家からは追い出され、無法者としてブレトニアを彷徨うことになったのである。 そんな彼女が最終的に行き着いたのがこのメガエラ村であり、先代当主ボード・ルースによって、実質的には「傭兵」に近い形で、この村で雇われることになった。だが、それでも彼女は自分自身のことを「無法者」として位置付けている。決して、村の掟に逆らうつもりはないが、堂々と表社会で生きていける立場でもない以上、この村の正規の構成員としての立場を貰うのは申し訳ないと思っているのかもしれない。 しかし、村の人々は彼女のことを(やや不気味に思う者も少なくはないが)村の一員として認めており、村の警備隊の人々からは同志として認められ、戦士としても、指揮官としても、信望は厚い。だが、20歳という妙齢になった今でも、彼女に関しては浮いた噂は一つも聞かない。それは、上記のような形で彼女自身が「市井の人々」との間にやや距離を作っていることに加えて、彼女の中での「理想の男性」としての兄ファルクの存在が、あまりにも大きすぎることが原因である。 昨年、他界した父に代わってカーリン家を継いだファルクとは、今も頻繁に手紙をやり取りしている。ファルクが治める(彼女の故郷の)「イェッタの街」はこのメガエラから歩いて半日で辿り着ける距離ということもあり、多い時は毎日のように手紙を交換している。なお、ファルクも未だに独身だが、その原因がターリャにあるのかどうかは分からない。ただ、ファルクは前々から、メガエラとは友好関係を締結したいと考えているようで、少なくとも「肉親(あるいはそれ以上)の情」だけではなく、「為政者」として、ターリャに「繋ぎ役」としての利用価値があるとも考えていることは、彼女自身も察していた。 さて、そんな兄から今朝届けられた手紙であるが、その内容は、思いのほか深刻な話題であった。どうやら、カーリン家に仕えている聖印教会の司祭が、「メガエラ村の薬草を使うのを控えた方が良い」と言っているらしい。ファルクは父ほど熱心な信者ではなく、聖印教会の唱える混沌全否定論に対しては「そういう考えもある」と軽く受け止める程度の立場なのだが、どうやら今回の司祭の主張に対しては彼もそれなりに説得力を感じているようで、その詳細について、メガエラの現領主に直接会って説明したい、と、その手紙には書かれていた。 自分を追放した聖印教会絡みの話ということであれば、それだけで拒絶してもおかしくない話ではあるが、ターリャの中では「聖印教会への嫌悪感」よりも「兄への忠義心」の方が遥かに強い。そして何より、 「お兄様にお会いすることが出来る」 という喜びに満ち溢れた表情を浮かべながら、彼女は早速、領主の館へと向かっていった。 1.4. 従者(メイド)のお仕事 こうして、ヴェルノームとターリャがそれぞれに領主の館へと向かうのとほぼ同時に、この村を訪れた一人の中年男性の商人が、領主の館へと向かっていた。そして、ちょうど館の入口で鉢合わせた三人を出迎えたのは、見た目は15歳程度の一人の従者(メイド)姿の少女(下図)であった。 「おはようございます。ヴェルノームさん、ターリャさん。そして、そちらのお客様は……?」 そう言って彼女が名を尋ねようとすると、その商人が遮るように口を挟む。 「あなた、確か、トランガーヌ子爵のところで働いていた従者さんですよね?」 そう言われた従者の少女は、驚きの表情を浮かべた。彼女の名は、クローディア・シュトライテン。彼女こそが、もう一人の「若い女性の邪紋使い」であり、「メガエラ三重臣」の最後の一人である。しかし、この商人が言っていた通り、彼女は半年前まで、このブレトニアの中部を支配していたトランガーヌ子爵の従者であった。だが、アントリア子爵の電撃作戦によってトランガーヌ子爵が聖印を奪われ、行方不明となったことで、彼女は主を失い、各地を放浪した結果、旧トランガーヌ子爵領内でまだアントリア領となっていないこの村の先代領主に拾われることになったのである。 ちなみに、表向きは彼女はただの従者であるが、その正体は「影(シャドウ)」の邪紋使いであり、トランガーヌ子爵に仕えていた頃は、様々な裏仕事・汚れ仕事を担当してきた歴戦の強者である。先代のボードもそのことは知っていたが、彼女にはこれまで、基本的に従者としての仕事以外を命じることは無かった。彼女自身は、領主に危機が迫った時は命懸けで守る覚悟は持っていたが、幸いにして、これまで一度もそのような事態には至らなかったのである。 そして、残念ながら彼女は覚えていなかったが、この商人は、トランガーヌ子爵が存命だった頃に、その屋敷を訪れた際、まだ年端もいかぬ少女が妙にテキパキと仕事をこなしていたのが印象的で、鮮明に記憶に残っていたらしい。彼の名はグレイス・ソウル。大陸とブレトランドを行き来する旅商人で、過去にも何度かこの村には立ち寄ったことがあるらしい。この日もヴィットの仕入れのために村を訪れたのだが、新たな領主として先代の姫君が就任したと聞き、彼女への表敬訪問を希望しているようである。 クローディアはひとまず、自分が彼のことを覚えてなかったことを詫びると、グレイスの方は別に気にしていない様子で、笑顔で受け答えつつ、彼女にこう告げる。 「トランガーヌ子爵、今は大陸にいるらしいですよ。有力な後援者を得ているという噂もあります」 それを聞いたクローディアは、驚愕の声を上げる。 「子爵が!? 子爵は死んだ筈では……?」 彼女の中ではそう認識されていたが、この商人が言うには、彼の仕事仲間が大陸でそれらしき人物を見たらしい。無論、あくまで伝聞情報なので、どこまで正確な話なのかは分からないが、既に子爵は亡き者と割り切った上でメガエラで働いていた彼女にとっては、衝撃的すぎる情報である。 とはいえ、今はまず、目の前の仕事を処理しなければならない。ひとまず彼女は、ヴェルノームとターリャからも話を聞いた上で、執務室にいるティファニアに三人の要件を告げると、どの話も緊急性を要する内容ではないと判断した姫領主は、身内よりも来客を優先すべきと考え、ひとまずグレイスを連れてくるようにクローディアに告げる。 彼女はその言に従い、彼を執務室へ案内した上で、同僚二人にはしばらく、控え室で待ってもらうことにした。 「ヴェルノームさん、ターリャさん、お茶をどうぞ」 そう言って、クローディアは二人に、彼女がトランガーヌ時代から研究を重ねた自慢の紅茶を出す。一応、二人とも自分よりも年上で、この職場においても先輩ということもあり、基本的に彼女はいつも敬語で話している。 「前にも言ったけど、もっと気軽に『ヴェルノーム』と呼んでくれればいいよ」 最年長の彼は気さくにそう言うと、クローディアが入れてくれた「こだわりの紅茶」に対して、これでもかというほどの大量の砂糖を注入する。甘党の彼にとっては何の悪気もない「極自然な行為」なのだが、この光景を見たクローディアが、彼に対してどのような感情を抱いたのかは定かではない。 そして、その横でターリャは素直に紅茶を味わいながら、久しぶりに会える(と既に決めつけている)兄上とどんな会話を交わそうか、という妄想で頭が一杯になっていた。 1.5. 君主の器 最初に執務室に入った商人のグレイスは、新領主であるティファニアに恭しく礼をした上で、これまで自分がこの地でヴィットの購入を続けさせてもらったことへの恩義を深々と語る。 「メガエラの薬草には、いつも助かっております。最近、また大陸南部で黒死病が出現したようですし、これから先も、きっとこのヴィットを必要とする人々は増えるでしょう」 実際、ヴィットが生産される地域は世界的に見ても少ない。無論、黒死病に対して、万能薬や回復魔法で治すことも可能ではあるが、一般市民の間で大量に感染した場合、そのような物的・人的コストを必要とする手段では対応しきれないため、比較的安価で大量に特効薬を生産出来るヴィットの存在は、世界全体にとっても貴重な存在なのである。 その後は、基本的に「あまり意味のない世間話」レベルの会話を続けつつ、最後にグレイスは領主に向かって、こう忠告する。 「あの従者さんは、トランガーヌ子爵の遺臣ですよね? ここ最近、トランガーヌ子爵の残党が各地で再起を図っているという噂があります。お気をつけて」 彼が何を言わんとしていたのかは、ティファニアにも分かる。そして実際、彼女もまだクローディアのことを心から信頼出来るほどの絆もない。しかし、同時に、彼女がそういった陰謀に加担していると思える要素も何も見つからない以上、今のティファニアには、その言葉は受け流すしかなかった。 次に呼ばれたターリャは、聖印教会云々の話は詳しくは語らず、ただ「自分の兄であるイェッタの領主ファルクが、友好関係締結のため、お会いしたいと言っている」ということのみを伝えた。彼女にしてみれば、「詳しい話は直接お会いして説明したい」と兄が言っている以上、ここで自分がそこまで説明する必要はないと考えていたようである。それよりもまず、確実に話をしてもらう(ために兄にメガエラまで来てもらう)ためには、「友好関係締結」という、以前からの兄の希望だけを伝えた方が良いと考えたのかもしれない。 だが、実はこれも、実際には少々微妙な問題である。メガエラは、伝統的にはトランガーヌ子爵領の一部ではあったものの、先代は君主としては誰にも従属せず、政治経済的にも独自のシステムを維持してきた。トランガーヌ子爵領の大半がアントリア子爵の支配下に落ちた今、ひとまずメガエラは中立を保っており、ここでヴァレフールかアントリアのどちらかに加勢すれば、反対側の陣営に侵略の口実を与えかねない。 ただ、今回のファルクの申し出が、あくまでも「ヴァレフール伯の部下」ではなく、「イェッタの領主」としての友好関係締結ということであれば、ティファニアとしても、少しでも味方が欲しい現状である以上、その申し出を断る理由はなかった。その点の真意を確かめるためにも、ひとまず彼女は、ファルクとの交渉を了承し、ターリャは喜んで帰宅して兄への手紙のために筆を取ることになる。 そして、最後に呼ばれたヴェルノームは、申し訳なさそうに、恋人であるクリスからの提案をそのままティファニアに伝える。この村を支える重臣からの意見だけに、そう易々と無下にする訳にはいかなかったが、それ以上に、そう易々と承諾出来る提案でもないことは、彼女の眼にも明らかであった。 「残念ですけど、それを受けることは出来ないわ。丁重にお断りして下さい」 彼女にはっきりそう言われて、ヴェルノームはホッと胸を撫で下ろす。恋人の頼みも重要ではあるが、それ以前に今の彼は、魔法師として、自分の主君を支えるという義務がある。少なくとも、この新しい主君は、村を護る者として、何が危険な行為かということを判別出来る能力と、簡単に部下の言いなりにもならないだけの意志も持ち合わせている、ということを知り、自分が仕える上での最低限の資質は持ち合わせていることが確認出来ただけでも、今の彼にとっては大きな収穫であった。 こうして、ティファニアの「領主」として初めての本格的な「外交」の仕事はひとまず終わった。政治学や帝王学に関しては、留学先の学校でも習ってはいたが、いざ実践ということになると、想像以上に重いプレッシャーが自分に伸し掛ってくることを実感する。 そんな彼女が、ふと窓の外を見て思い出すのは、留学先の学校で一度だけ謁見した幻想詩連合の盟主・アレクシス・ドゥーセである。若くして親を失い、ハルーシア公爵と連合盟主の座を引き受けることになった彼が背負っている苦悩は、今の自分など比べ物にならぬほどの重圧であろう。学生時代は、ただひたすらに感服し、そしてほのかな恋心すら抱いていた相手であるが、スケールが全く異なるとはいえ、今は同じ「君主」という土俵に立つ者として、これから先は、状況によっては彼とも争うことも覚悟しつつ、彼に負けない君主としての素養を身につけなければならない、ということを、ヒシヒシと実感しつつあるティファニアであった。 2.1. 白き森 そして、この日の夜、ティファニアはフェムの忠告通りに、森の警備体制の強化を部下達に命じた。具体的には、この村に所属する四部隊のうち、ターリャとクローディアに一隊ずつを任せ、夜の前半をターリャ隊、後半をクローディア隊に巡回させる、という方針を提示したのである。出来れば、自分自身の眼で確かめたい気持ちもあったが、ここは素直に、村でも屈指の身体能力の持ち主であるこの二人に、警備の指揮を任せることを決意したのである。 こうして、前半戦を任されたターリャが森の周辺および内部を巡回していると、月明かりに照らされて、森の中の一部の草が白く光っているのが、彼女の眼に入る。これこそが、この村の主収入源となっているヴィットである。「ヴィット」とは、この薬草が最初に発見された大陸中北部の地方において「白」を意味する言葉であり、月に照らされた時にのみ白く発色するため、この名が付けられたのだという。 部下の兵士達が、改めてそんな白き森の美しさに見とれている中、無法者としてブレトランド各地を転戦して鍛られたターリャの研ぎすまされた感覚が、侵入者の存在に気付く。どうやら、明らかに村の住人ではない数人の軽武装集団が、森の中を闊歩しているようである。ここで、しばらく彼等を泳がせてその目的を確かめる、という選択肢もあった筈なのが、生粋の武人であるターリャには、そんなことを考える余裕は無かった。 「全員で取り囲んで、生け捕りにしろ」 彼女はそう命じると、部下達はそれに従い、そして、そのための陣形が完成したところで、全員で不意打ち攻撃を仕掛けることに成功する。 「な……、き、貴様等、何者だ!?」 「こっちの台詞だ!」 そう言って、ターリャ隊は侵入者に対して猛攻をかける。もともと、ターリャはどちらかと言えば「守りの武人」であり、電撃戦は得意ではないのだが、それでも最初の遭遇時に完全に主導権を握れたことが幸いして、あっという間に敵は混乱状態に陥る。こうなってしまえば、もはや勝敗は決したも同然である。結局、一人の犠牲も出さないまま、あっさりと敵を捕縛することに成功するのだが、ここでターリャは、驚くべき事実を発見する。 「聖印!?」 敵のリーダー格の男が、頭上に聖印を輝かせているのである。つまり、彼等はただの野盗ではなく、少なくとも一人の「君主(ロード)」に率いられた存在だったのである。と言っても、その聖印の大きさから察するに、「騎士(ナイト)」であるティファニアより格下の「従騎士(エスクワイア)」と呼ばれる最下級の君主にすぎないようだが、それでも、「君主」である以上、いずれかの国家もしくは国際組織と繋がりがある可能性が高いということは、ターリャも実感していた。 だが、それを確認するのは彼女の仕事ではない。君主自身の手で吟味してもらうために、ターリャ隊は捕虜となった彼等を縄で縛ったまま、ひとまず村へと連行することになる。 2.2. 侵入者の正体 「そろそろ交代の時間かな?」と、ターリャ隊の帰還を待っていたクローディアは、彼女達が捕虜を連れてきて、しかもその一人が君主の聖印を持っていることを知り、さすがにこれは非常事態を考え、寝室のティファニアを起こしに行く。留学時代からずっと使っていたお気に入りのナイトキャップを被り、下着姿で寝ていたティファニアであったが、起こされると同時にその報告を聞くと、すぐに「君主」の顔に戻り、簡易正装を整える。 その上で、まずは敵の「君主」だけを、捕縛した状態のまま執務室に連れて来るようにクローディアに頼んだ上で、現時点で「参謀」役として最も期待出来そうなヴェルノームにも執務室まで来るように命じる。その上で、クローディアには扉の外で待機してもらった上で、一仕事終えたばかりのターリャに休息を命じると、彼女は(館内の客室用ベッドは、彼女が嫌う「北枕」だったこともあり)素直に帰宅した。 「この村の領主、ティファニア・ルースです。あなた達は何者ですか? 誰の命令で、ヴィットを盗みに来たのですか?」 そう言って「君主」に問いかけるティファニアに対して、彼はその問いには答えずに、嘲笑するような声でこう言い放つ。 「混沌の産物で儲けた金で得た飯は、さぞや旨いだろうな!」 明確な敵意と蔑みの瞳で睨まれた彼女は、ひとまず質問を変えてみることにする。 「あなた達の目的は何なのですか?」 そう問われた彼は、決意に満ちた表情でこう答えた。 「あの地に眠る『魔神』の復活の阻止だ。あの森ごと魔神を焼き払うためには、どのような手順で火を付ければ良いのか、どうすれば民家に被害が及ぶことなく森だけを焼き尽せるのかを確認する必要があったからな。俺達はそのための下調べのために来たんだ」 いきなり突拍子もない計画を語られて、ティファニアもヴェルノームもやや困惑した様子である。どうやら彼等の目的は、ヴィットの採取ではないらしい。と言っても、「魔神」とは何のことなのか、彼女達にはさっぱり分からない。ただ、最近の学院の調査結果を信じるのであれば、確かにあの地の底に「何か」が埋まっている可能性はある。この男は果たして何者で、どこからどんな情報を得ているのだろうか? それを調べるために、もう少し話を聞き出す必要があると感じたティファニアは、しばらく、この「君主」に話を合わせてみよう、と試みる。 「まぁ、そうだったのですか。そのような大事に至っていたとは、全く存じませんでした。あなたは、どのようにしてそのことを知ったのですか?」 そう問われた彼は、心の奥底に秘めた強い信念に眼を輝かせながら、語り始める。 「唯一神様の神託を受けた司祭様が、我等に打ち明けてくれたのだ。早急にあの地に眠る魔神を倒さねば、このブレトランドの文明は再び崩壊してしまう、とな」 この発言で、おおよその見当はついた。どうやら、彼等は聖印教会の一員らしい。といっても、聖印教会が単独で行動しているのか、そこに手を貸している人々がいるのかは、まだこの時点では判別出来ない。 「なるほど。神様の思し召しということであれば、我々も対処法を考えなければなりませんね。ところで、その司祭様というのは、どちらの方なのでしょう?」 「……本当に真面目に話を聞く気があるなら、まず、この待遇を改めるべきではないのか?」 ティファニアが下手に出たのに対し、彼は自分を縛っている縄をほどくことを要求する。確かに、本当に彼の言うことを信じて耳を傾ける気があるなら、この状況は不自然ではある。ティファニアは了承して、扉の外にいたクローディアに命じて、縄をほどかせた。 その後、彼から様々な話を聞いてはみたものの、登場する人物名の大半が、聞いたこともない固有名詞ばかりで、正直、今ひとつ実態がよく分からない。ただ、話している内容には矛盾点は感じなかったので、ティファニア達を騙そうとしているようには思えなかった。少なくとも、「聖印教会の一員として、このブレトランドを救うために、メガエラの森に潜む魔神を倒す」という彼の信念を遂行しようとしていることは、嘘ではないようである。実際、彼等の装備からは、薬草採取のための道具や収納具なども見つからなかった。 「分かりました。我々としてもこれからの方針について熟考する必要があるので、皆様は翌朝まで、別室でお休み下さい」 そう言って、彼女はクローディアに、彼等を客品待遇でもてなすよう伝える。部下達の縄も解き、酒を与えて、少しでもリラックスして眠らせるように促した。 こうして、安心した彼等を「客室」にまとめて収容した後、ティファニアはクローディアとヴェルノームに対して、こう告げる。 「いいですか、我々は何も聞かなかった。彼等はただの山賊。ということで、よろしいですね?」 そう断った上で、彼女は二人に、彼等「山賊」が寝静まった段階で「処分」することを命じる。この村の平和と安全を維持する上で、それが最善の策であるということは二人も納得出来たようだが、クローディアだけは、どこかここまでの経緯に違和感があるようだった。 「方針は了解しました。しかし、ティファニア様、少々、やり方がまどろっこしいのでは?」 殺すつもりならば、縄を解かずに殺してしまえば良かった、というのが彼女の意見である。彼等が何か切り札を残していた場合、縄を解けば何をしでかすか分からないし、今も眠ったフリをして何か行動を起こされる可能性もある以上、リスクを避けるためには、中途半端に彼等の要求に従う必要は無かった、というのが彼女の主張である。 「いや、縄を解くことで聞けた話もある訳だから、あながち無駄という訳ではあるまい」 そう言って、ヴェルノームは領主の判断の正しさを主張する。確かに、結果的に見れば、縄を解いた後にそれほど重要な情報を得られた訳ではないが、相手の味方のフリをして情報を聞き出そうとするのは、交渉戦術として間違ってはいない。しかも、武器が奪われている上に、ティファニアの「演技」によって彼等を油断させることが出来ていた以上、彼等がどうこうすることは出来ないとヴェルノームは確信していた。 結局、これは「危機回避」と「情報入手」のどちらを優先するか(そして、丸腰の敵に対してどこまで警戒心を抱くか)という問題であり、それは「暗殺者」の顔を持つクローディアと、「政治家」の顔を持つティファニアやヴェルノームの立場であるとも言える。一応、クローディアもしぶしぶ納得はしたものの、まだどこか違和感を感じたままであったが、終わったことをこれ以上、考えても仕方がない。その後、彼女は黙々と「眠っている山賊の処分」を遂行したのであった。 2.3. アントリアの思惑 翌日、ヴェルノームは恋人であるクリスに、魔法杖を使った通信を通じて、ティファニアの下した結論を伝える。 「すまない。やはり、調査の協力を了承してもらうことは無理だった」 そう彼に告げられたクリスは、思いのほか冷静にその事実を受け入れる。さすがに、彼女の中でも「無茶は承知の要求」だったらしい。その上で、ヴェルノームが昨日のことを伝えると、事態の深刻さはクリスにも伝わったようである。 「聖印教会か……。厄介な相手ね。彼等は私達や邪紋使いの人達までをも敵視してるから、交渉が通じるとは考えにくいし。それに、もしかしたら背後でヴァレフールが動いている可能性もあるわ」 実際、ヴァレフールの重臣の一人である(ターリャの実家の)カーリン家は、伝統的に聖印教会と繋がりが深く、彼等が聖印教会を煽動している(もしくは聖印教会に利用されている)可能性もある。だが、その一方で、「アントリア子爵の陣営に聖印教会が加担している」という噂もある以上、今回の黒幕がアントリアという可能性も否定は出来ない。無論、そのアントリア子爵に仕えるクリスに対してそこまで言うつもりは、ヴェルノームには毛頭ないが。 「とりあえず、相手が聖印教会だとしても、ヴァレフールだとしても、そちらの領主様ががウチの傘下に入ってくれた方が、色々な意味で安全だと思うわ。さすがに一つの村だけで相手をするには、どちらも厳しい相手だと思うし」 この世界において「傘下に入る」とは、二つの意味がある。君主が自らの聖印を別の君主に捧げる(その上で、改めて聖印を分けてもらう)ことで完全な従属関係になるパターンと、独自の聖印を維持したまま政治的・社会的に他の君主の臣下となるパターンである(トランガーヌ子爵が健在だった頃、メガエラの先代領主は後者のパターンで彼に従っていた)。ここでクリスが言っている「傘下に入る」という言葉が、どちらを意味しているのかは定かではないが、昨日のティファニアの反応を見る限り、今のところ彼女には「中立・独立」の立場を崩すつもりは無さそうである。 「そうなってくれれば、私達も、一緒に暮らせるようになるしね」 クリスにそう言われると、さすがにヴェルノームの心も揺れるが、今の彼は、まず、魔法師として君主を支えなければ、という使命感に駆られていた。 「そうなればいいとは思うが……、なかなか難しいな」 今のティファニアが置かれている状況は、15歳の少女に課せられた使命としてはあまりにも重すぎるが、それでも彼女は懸命にそれを乗り越えようとしている。そして、彼女の周囲の人材を見渡してみても、ターリャやクローディアは腕は立つだろうが、参謀として彼女に適切な助言が出来るタイプではないように思えたため、自分が支えなければ危険だという認識が、彼の中で強まっていたのである。 2.4. ヴァレフールの思惑 こうして、ヴェルノームが密かに隣国の恋人と(あまり甘くはない)会話を交わしていた頃、別の隣国からの来訪者が、メガエラを訪れていた。ヴァレフール伯爵陣営の騎士隊長にして、イェッタの街の領主のファルク・カーリン(下図)である。妹を通じて謁見の許可を得た彼は、さっそく宣言通りにメガエラへと早馬を飛ばして駆けつけたのである。この迅速すぎる行動には、兄との再会を待ち望んでいたターリャ本人ですらも驚愕したほどである。 とりえあず、ティファニアの判断により、契約魔法師であるヴェルノームを呼び寄せ、そして妹のターリャも同席した上で(そして扉の外ではクローディアが待機した状態で)、ティファニアにとって初めての「領主対談」がおこなわれることになった。 「はじめまして。ファルク・カーリンと申します。この度は、聖印教会の者達による襲撃を受けられたそうですが、被害などは大丈夫ですか?」 開口一番のこの宣言に、一瞬、空気が凍り付いた。どうやら、ファルクが着いてからこの会談が始まるまでの間に、昨夜のことは全てターリャが兄に話してしまっていたようである。せっかく、このことが周辺勢力にバレないように昨夜の侵入者を秘密裏に「処分」したのに、これではその配慮が水の泡である。ましてや、聖印教会との繋がりのあるファルクは、「最も教えてはならない相手」の一人であった。ヴェルノームは苦虫を噛み潰したような顔でターリャを睨むが、当の本人は事の重大さには全く気付いていないようである。もっとも、彼も(さほど話しても危険性のない相手とはいえ)他国の魔法師にその情報を漏洩しているので、あまり人のことを言えた立場ではない。 とはいえ、もう既に情報が伝わってしまっているなら、今更取り繕っても仕方がない。諦めて、彼が全てを知っているということを踏まえた上でティファニアが事情を話すと、ファルクは自分の領内に住む聖印教会の人々が、メガエラの森の奥に「魔神」と呼ばれる巨大な混沌の投影体が眠っていると繰り返し主張している、ということをティファニアに伝える。この件に関して、当初はファルク自身は最初はあまり信用していなかったようだが、他の様々なこの地方にまつわる伝承などを調べてみると、確かに彼等の言っていることにも一定の理があるように思えてきたのだという。 「ただ、現在は聖印教会の中でも、ヴィットをどうするかについては、意見が割れています」 どうやら、昨日森を襲撃したのは、その中でも一番極端な「森を燃やし尽くすことで混沌を排除すべし」と考えている人々であるが、その一方で、「薬に関しては人々の役に立っている訳だから、その使用は認めた上で、混沌核だけの排除を目指すべき」という考えの人々もいれば、「山に入るだけで混沌核を刺激する可能性が高いから、そもそも立ち入ることを禁止すべき」という人々もいる。ファルク自身は最後の考えに近いようで、ティファニアにもその案を提示するが、さすがに彼女としても、村の経済の根幹を支えるヴィットを、そう簡単に手放すことは出来ない。 「確かに、そちらの事情も分かります。ただ、このままでは、いつ暴発するか分かりませんし、聖印教会内の過激派や、周辺勢力がいつ介入してくるかも分かりません。そこで、それを封じるために森の警備を強化する必要があると思うのですが、もし万が一、聖印教会やアントリアが介入してきた時に対応するために、我が国からも増援部隊を派遣して駐屯させることも可能なのですが、いかがでしょうか?」 どうやら、これが彼の本音のようである。それが純粋に混沌核(魔神)の危機管理だけが目的なのか、ヴァレフールの勢力拡大(あるいはアントリアの勢力拡大阻止)を主目的とした提案なのかは分からないが、いずれにせよ、昨日のアントリア側からの申し出と同様、テイファニアとしては受け入れ難い提案である。ただ、現在は聖印教会による焼き討ち未遂事件の直後である以上、「森の管理は我々だけで十分」とはっきり言い切れる状態でもなかった。 「さすがに、それは私の独断で即答出来る問題ではないので、しばらくお時間を頂けませんか?」 ひとまず、彼女としてはこう答えるしかなかったし、ファルクの側も、ティファニアの立場は理解していたようで、今日のところはひとまずイェッタに帰還することを了承する。 2.5. 父の遺した記録 その後、クローディアは、ヴィットの件について、もしや先代領主のボードが何かを書き残しているかもしれないと考え、彼の死後、誰も立ち入ることのなかった彼の私室に入り、本棚や机の中を確認してみる。すると、本棚の奥底から、あの森について何者かが「調査」した結果の報告書が発見された。そこには、森の混沌濃度の強さの推移などから、ヴィットが混沌の力の産物である可能性が高い、という結論が記されている。ただ、その報告者の名前は黒塗りで消されており、誰が調査したのかは分からない。 クローディアがその資料の内容を更に詳しく確認しようとした時、扉の外に人の気配を感じた彼女は、慌てて本を元の場所に戻した上で、自ら扉を開ける。 「おや、クローディアさん、どうしたのですか、こんな所で?」 そこにいたのは、先代から森林官を務めるこの村の重鎮フェム・トゥレーンである。 「旦那様が亡くなられてから、もう随分日が経ちますし、そろそろこの部屋のお掃除を、と思いまして」 「それは、お嬢様のご命令ですかな?」 そう問いかけるフェムの口調に、どこか自分を疑っているように感じたクローディアは、一瞬、答えに窮するが、そこに当のティファニアが現れる。 「そうです、それは、私が命じました」 実際には、ティファニアは何も命じていない。あくまでもクローディアの独断だったのだが、たまたま通りかかったティファニアは、直観的にここは自分が助け舟を出した方が良いと判断したようである。そう言われたフェムはひとまず納得した様子で、その場を立ち去った。 その後、クローディアがティファニアにその報告書のことを告げた上で、二人でその報告書を確認してみたところ、どうやら、森の奥に混沌核があるという可能性についても、この「報告者」は言及しているようである。しかし、そのような話をティファニアは父から聞いたことが無いし、領主の座を継いだ今でも、村の誰からも聞かされていない。これは、フェムに確認してみる必要があると考えた彼女は、改めて彼を執務室へと呼び出し、クローディアと(混沌核についての知識を持っていると思われる)ヴェルノームを同席させた上で、彼から詳しい話を聞き出そうとする。 「フェム、あなたは、この報告書のことは知っていたのですか?」 そう問われた森林官は、あっさりとそのことを認める。その上で、この報告書の制作者が誰なのか、混沌核の存在を知った上で、父はどうするつもりだったのか、ということを問い詰めようとするが、それに対して彼は、淡々とこう切り返す。 「お嬢様は、そのことを知った上で、どうなさるおつもりです?」 これは、クローディアもヴェルノームも知りたかったことである。この村にとって、ヴィットの存在は生命線である。しかし、その根幹にあるものが強大な混沌核である以上、聖印教会が主張しているように、その混沌核を封印しなければ、世界が危険に晒される可能性もある。だが、混沌核の封印によって、ヴィットが生産出来なくなる可能性もあり、そうなるとこの村の経済だけでなく、大陸各地で黒死病に苦しむ人々の希望を絶つことにもなりかねない。 「混沌核の存在については、まず、それが現時点でどこまで危険なものなのか、そして封印可能なものなのかを確かめます。もし、封印が不可能なのであれば、封印を可能とする方法を探します」 現実問題として、まだ騎士レベルの聖印しか持たない彼女では、世界レベルで危険な混沌核を一人で封印することは出来ない。逆に言えば、彼女でも即座に封印可能なレベルの混沌核であれば、それほどまでに危険な存在とは考えにくく、しばらくは(ヴィットの生産のために)放置しても問題ないであろう。では、混沌核が本当に危険な存在で、今すぐにでも封印しなければならない存在だとしたら、どのような方法で対応するのか。他国や学院、あるいは聖印教会の力を借りるのか、という問題に関しては、彼女はこう答える。 「私は、メガエラ村の独立を守るつもりです。どの国にも屈するつもりはありません」 言うは易いが、難しい課題である。だが、少なくとも彼女がそう決断した以上は、臣下にはその方針の実現のために尽力する義務がある。クローディアもヴェルノームもその決意を理解し、その目的を共有することを心の中で誓う。少なくとも、そう誓うに足るだけの価値が彼女にはあると、この二人は判断したのである。もっとも、クローディアの方は、まだこの時点では、彼女個人への忠誠というよりは「自分を拾ってくれた先代の意志」を彼女が継ごうとしているからこその共感、と言った方が正確なのかもしれない。 そして、フェムもまたその決意を受け取り、改めて彼女を「君主」と認めた上で、その調査報告書にまつわる真相を語り始める。 2.6. 森林官の正体 フェム曰く、その報告書を作成したのは、学院には属さない闇魔法師であったという。先代のボードは混沌核が絡んでいる可能性については察知していたが、学院の調査隊を招き入れると、森の権益そのものを(混沌核の危険性の有無に関わらず)奪われる可能性があると考え、あえて闇魔法師に依頼したらしい。しかし、その調査報告の後、その闇魔法師は法外な「口止め料」を要求してきたため、フェムが命じて彼を殺させ、報告書からもその名前を消し去ったのだという。 この報告を聞き、さすがにティファニアも絶句するが、クローディアはその説明に微妙な違和感を感じたようである。 「殺させた、とありましたが、誰にそれを命じたのですか?」 闇魔法師を殺すのであれば、相応の実力者でなければならない。そう問われると、彼はニヤリと笑って、逆に問いかける。 「それ以前の問題として、そもそも、どのような経緯で闇魔法師を招き入れたのか、そちらの方が気になりませんか?」 確かに、それもまた疑問である。どうにも面倒臭い言い回しをするフェムに対して、ヴェルノームがややイラついた様子を見せていると、彼は自らの正体を明かす。 「私は、かつては自由騎士でした。今はもう聖印を奪われ、その力を失ってしまいましたが、当時はより強い聖印を得ることを目指して、世界中を旅していたのです。その際に、諸々の経緯の末に『パンドラ』と接点を持つに至りました」 パンドラとは、学院と対立する闇魔法師の集団の中でも、特に危険な「世界を混沌で満たすこと」を目的とする人々である。今はタダの森林官として雑務に従事しているフェムが元騎士であったというだけでも十分に驚愕すべき事実だが、それ以上に、パンドラと知り合いであるという事実は、この村で共に暮らしてきた彼等にとっては、相当な衝撃である。 「その後、私は聖印を失い、一人の職人としての道を歩み始め、やがて旦那様と出会って、この街で平穏な暮らしを手に入れるに至ったのです。しかし、ヴィットの危険性について旦那様が憂慮されていたので、あえて昔のツテを使って、パンドラから闇魔法師を呼び寄せました。そして、彼を殺したのは、私が別のルートで雇った暗殺者です」 確かに、パンドラにツテを持つレベルで裏社会に通じている者なら、暗殺者を一人雇える程度の人脈があっても不思議はないだろう。クローディアが暗殺術にも長けていることを知りながら、あえて彼女にその命を下さなかったのは、その必要が無かったからではなく、彼個人のネットワークを使えば、そういった仕事を頼めるアテがあったから、なのかもしれない。 今まで、ただの人畜無害な職人だと思っていた彼の正体を知らされたティファニアはまだ動揺しているようだが、彼がそんなティファニアを「自らの主君」と認めたように、ティファニアもまた、彼がどれほど危険な人々と繋がっていようとも、自分を支えようとしてくれていることは実感していたので、これ以上、彼の過去について掘り下げて聞こうとは考えなかった。 ここまで聞かされた以上、あとは自分自身が、この問題に対してケリをつけなければならない。それが、父からこの所領と、聖印と、そしてヴィットがもたらす莫大な権益を引き継いだ者としての責務であることを、彼女は改めて実感していた。 2.7. 収束する混沌 一方、その頃、兄を見送り、次に書く手紙の内容を何にしようかと考えていたターリャは、家の外が騒がしいことに気付く。慌てて外に出ると、薬草採取人達が重症を負いながら山から戻ってきた姿を目的する。 「ま、魔物だ……。魔物が現れて、いきなり……」 「あんなの、見たことない。今までずっと平穏な森だったのに、どうして急に……」 「とにかく、このことを領主様に知らせなければ……」 そう言って彼等は領主の館へと向かおうとするが、既にまともに歩くこともままならない様子なので、ターリャが代わりにティファニアの許へと伝令に走る。 すると、ちょうど上述の話を終えたばかりのティファニア、ヴェルノーム、クローディア、そして(薬草採取人達の上司でもある)フェムが揃っていたため、ターリャが彼等にそのことを伝えると、5人は慌てて怪我人達の所へ急行する。彼等の話を聞いたところ、どうやら彼等を襲ったのは、ゴブリンと呼ばれる最下級の投影体であるらしい。ただ、それでも、一般人で武器も持たない彼等にとっては、脅威以外の何者でもない。 これは迅速に討伐する必要があると感じたティファニアは、村の四部隊を、自身、ヴェルノーム、クローディア、ターリャの四人が率いる形で、ゴブリンの討伐へと向かうことを決意する。時刻は夕刻に差し掛かろうとしていたが、だからこそ、まだかろうじて陽が出ている間に片付けてしまった方が良い。村の警備が手薄になるリスクもあったが、どちらにせよ、今のこの村にアントリアやヴァレフールが本気で攻めてきたら、中途半端に兵がいても何の役にも立たない筈がない。まず今は、目の前の脅威である「収束した混沌」としてのゴブリン退治を迅速に終わらせる必要がある、と判断したのである。 こうして迅速に編成された討伐隊が森の中に入ると、そのゴブリン達はすぐに現れた。彼等は三集団に分かれて行動していたが、数としてはそれほど多くはない。ティファニアの指揮の下、まず先手を取ってクローディア隊が中央のゴブリン集団に襲いかかると、そのあまりの迅速な動きに彼等はついて行けず、次々と倒れていく。それでもかろうじて踏み止まっていた彼等であったが、そこに後方からヴェルノームがストーンブラストの魔法を打ち込んだことで、あっさりとその集団は瓦解する。 それに対して、左右の両部隊がクローディアに反撃しようと襲いかかるが、彼女はひらりとその攻撃をかわし続け、彼等は傷一つ与えることが出来ない。そこにティファニアの聖印の力が加わったことにより、そのままクローディアの返す刀で左側の集団が、そしてヴェルノームからの第二撃によって右側の集団が撃破される。少し遅れて救援に入ろうとしたターリャ隊が何も手を下すこともなく、あっさりとゴブリン達は全滅した。これが、聖印の力で強化された魔法師と邪紋使いの実力なのである。 2.8. 主(あるじ)のために しかし、これで一件落着、とはいかなかった。戦いながらも周囲に気を配っていたターリャが、森の周囲に、自分達とは別の「たいまつを持った者達」が展開しつつあるのを察知したのである。彼女の類希なる洞察力によれば、それは明らかにこの村の住人ではなかった。 慌ててその方向へ彼等が向かうと、そこにいたのは、明確に聖印教会の紋章を掲げて、たいまつを手に持った人々の集団であった。どうやら、昨日捕えた「山賊」達の仲間らしい。しかも、今度は既に山火事を起こす準備も整えているようである。 「あなた達、誰の許可を得て、ここに来ているのですか!?」 ティファニアがそう叫ぶと、彼等ははっきりと答える。 「我等が神の御意志の下、魔神の復活を阻止するために、この森を聖なる炎で焼き払う」 そう叫ぶ彼等の瞳には、一点の曇りもない。それはまさに、自らの信念に基づいて、聖戦へと赴く戦士達の姿である。 「ダメです、こいつら、話の通じる相手じゃない」 ヴェルノームはティファニアにそう告げる。魔法師の彼から見れば、彼等の行動は狂気そのものである。しかし、混沌核を炎程度で消し去ることなど出来ないというのは、彼の中では常識でも、普通の人々にはそこまでの知識はない。 やむなく、彼等を力付くで止めなければ、と決意した彼等であったが、そんな中、クローディアは集団の中に一人、見知った人物の顔を見つける。そして、どうやらその人物も、彼女の存在に気付いたようである。 「お前、クローディアだよな? どうして、そこにいるんだ?」 それは、トランガーヌ子爵の側近の一人、ルパート・ボルテックである。彼女が子爵に仕えていた頃、同じ城の中で常に顔を合わせていた同僚であった。しかも、彼の周囲には他にも何人か、同じ城に務めていた者達の姿もある。 「どうして、あなたが…………?」 「トランガーヌ子爵はあの卑劣な不意打ちの後、大陸に渡られ、聖印教会の一員となられた。簒奪者ダン・ディオード(アントリア子爵の本名)からこの地を奪い返すために、唯一神の力をお借りすることを決意されたのだ!」 彼女が知っているルパートは、誠実で忠義に厚い家臣である。彼が嘘を言っているのを聞いたことがないし、そもそも、ここまで手の込んだ嘘がつけるタイプではない。無論、彼が誰かに騙されている可能性も否定は出来ないが、昨日の商人の話と照らし合わせても辻褄が合うし、トランガーヌ子爵が勢力奪回を目指すための選択肢として、同盟でも連合でもない第三勢力としての聖印教会と手を組んだとしても、さほど不自然な話ではない(ただ、聖印教会はアントリアと手を組んでいるという噂もあるので、それが正しい選択と言えるかどうかは微妙ではある)。子爵は乱世には不向きの、あまり明確な野心を持たない、ごく平凡な貴族ではあったが、先祖代々の土地を守ることに対しては、並々ならぬ情熱を燃やしていたのである。 「お前も子爵様の復権をお望みだろう? こっちに来い、クローディア。大丈夫だ、聖印教会は邪紋使いに対しては厳しいと言われているが、その力を神の意志のために用いた上で、神に懺悔してその身を捧げれば、その罪は許して下さる」 この辺りの教義・解釈は宗派によっても異なるのだが、どちらにせよ「死ぬまでその存在が許されない」ということは変わりない。と言っても、クローディア自身にとっては、そのことはさほど問題ではない。ターリャ同様、彼女もまた自らが不浄の存在であることは認識しており、人並み程度の幸せを得ようという欲すら持たない。ここで彼女が「元の主」の許へ戻れないのは、全く別の理由であった。 「わ、私は、どうしたら…………」 予想外の事態に混乱し、自分を見失っているクローディアを横目に、ヴェルノームがルパートに向かって言い放つ。 「俺達の仲間に、余計なことを吹き込むな!」 「黙れ、貴様等が彼女を惑わしているのだろう。彼女は俺達の仲間だ。さぁ、クローディア、戻って来い!」 なおも混乱を続けるクローディアに対して、今度はティファニアが声をかける。 「あなたは、私達の仲間です。誰にも渡しません」 だが、クローディアが求めている言葉は、それではなかった。彼女が求めているのは「仲間」ではない。彼女が失ってしまった、従者としての彼女が本能的に求めている存在。それは「仲間」ではないのである。 そんなクローディアの、何かを訴えかけるような瞳の意図に気付いたティファニアは、改めて彼女にこう告げる。 「クローディア、メガエラの領主として命じます。この村の人々を脅かす、この者達を成敗しなさい!」 その一言で、全ての迷いを断ち切ったクローディアは、 「承知しました!」 と言って、目の前の放火集団に向かって、斬り掛かる。そう、彼女が求めていたのは「仲間」ではなく「主(あるじ)」だったのである。これまで仕えていた主としてのボードを失った彼女は、その空白を埋める存在として、ティファニアから自分を「臣下」として扱う命令を下してくれる「新たな主」を、ずっと待ち望んでいたのだ。その「勅命」を得たことによって、彼女の瞳は輝きを取り戻し、次々と敵を打ち破っていく。それはまさに「従者」としての彼女が、「本来の自分」を取り戻した姿であった。 そんな彼女を見ながら、どこか親近感を感じていたのは、ターリャである。彼女もまた、同じ邪紋使いとして、各地を放浪した後に先代に拾われた立場であり、先代が亡くなったことによる喪失感という意味では、クローディアと似た感情を共有していた。だからこそ、ここでようやく吹っ切ることが出来た彼女の気持ちが、痛いほどよく分かった彼女は、同じ主に仕える仲間として、改めて、彼女達の「盾」となることを決意したのである。 こうして、侵入者達の前に立ちはだかったターリャによって、彼等の繰り出す渾身の攻撃が完全に受け止められる一方で、迷いを完全に断ち切ったクローディアの勢いに後方からヴェルノームの援護が加わったことで、あっという間に侵入者達の陣形は崩れ、混乱状態に陥る。そして、かつての同胞であるルパートもまた、クローディアの繰り出すレイピアの一閃によって、あっけなくその場に倒れ込んだのである。 「これが……、本物の混沌の力か…………」 邪紋使いと魔法師。聖印教会が忌み嫌う混沌の力を用いる彼等の前に、彼はその命を散らす。その最後の瞬間、自分や子爵の判断は間違ってはいなかった、やはり、この世界からこのような危険な力は排除すべきだ、そう改めて感じた彼であったが、もはやその誓いを叶える機会は、永遠に失われてしまったのである。 3.1. 謎の少年 こうして、どうにか侵入者も撃退した彼等であったが、これで全てが解決した訳ではない。まだ一番肝心な問題、すなわち、この森の奥に眠ると言われる混沌核については、まだ全くその存在すら確認出来ていないのである。 既に陽は落ち、夜となっていたが、村の安全を護るためにも、このまま調査を続けるべきと考えた彼女達は、そのまま森の奥地へと向かっていく。すると、少しずつ混沌濃度が高まっていることにヴェルノームが気付く。どうやら、何らかの強力な混沌核がある可能性は高そうである。 その状況に緊迫感を感じつつ、周囲を警戒しながら彼等が歩を進めていくと、彼等の前に、一人の見知らぬ少年が現れる。その姿と声の雰囲気から、おそらくは霊的な存在であることは皆が実感していたが、ヴェルノームだけは、その霊力が尋常ならざるレベルであることを実感する。少なくとも、彼がこれまで見てきたどの投影体よりも強大な力が感じ取れた。 「覇を求めるか? 娘よ」 その少年はティファニアを見つめながら、そう問いかける。問われたティファニアは、はっきりと肯定する。君主として、領主として、「覇道」を求めることこそが「選ばれた者」としての責務だと、彼女は認識していた。 「ならば進め。貴様には、我が意志を継ぐ権利がある」 そう言って、その少年の姿は消えていく。ここから先、彼等を待ち受けているのが、人知を超えた存在であるということを実感した彼等は、覇道を歩むことを決意したティファニアを筆頭に、新たな決意を胸に、更に奥地へと踏み込んでいく。この村を救う、そして、皆で無事に村へ帰る。そう誓った彼等は、やがて、この森の奥底に潜む「深淵」に辿り着くことになる。 3.2. 森の深淵 森の中心に辿り着いた彼等の前に広がっていたのは、巨大な「地表の裂け目」であった。どうやら、森の奥に眠る混沌核(もしくはそれに類する何か)が躍動し、大地を割ってしまっていたらしい。その正体を突き止めるためには、この地表の割れ目の奥に入り込む必要があるが、さすがにここから先は、集団で入れる状態ではない。 ひとまず、兵達には周囲の警戒を任せた上で、ヴェルノームが持っていた登攀器具を用いて、クローディア、ターリャ、ティファリア、ヴェルノームの順で、下に降りて行く。身体能力の高いクローディアとターリャはあっさりと崖を降りきって、「深淵の底」に辿り着くことに成功したが、問題はティファリアである。さすがに、ロッククライミングの訓練などやったことがある筈もない彼女は、それでもなんとか恐る恐る降りようとするが、途中で足を踏み外してしまう。 「危ない!」 そう言って真っ先に彼女の落下地点に飛び込んだのは、ターリャであった。当然、クローディアも駆け込もうとしたが、降りた順番の関係上、ターリャに先を越されることになったのである。だが、結果的に言えばこの順番で正解であった。ティファリアを空中で抱きかかえて、彼女の代わりに落下の衝撃を受けたターリャは身体は相当なダメージを受けたが、不死者の身体を持つ彼女にとっては、どうということはないレベルだったのである。クローディアは、従者として間に合わなかったことをティファニアに平謝りしていたが、むしろ、ここは素直にターリャに任せるのが筋であったと言えよう。 その後、運動が苦手なヴェルノームもなんとか「底」にまで辿り着き、そこで改めてたいまつに火をつけると、その「崖」の途中で洞穴のような形で道が続いているのを発見する。彼等がその先へ進もうとすると、その奥に、不気味な人影が現れた。それは、首の無い騎士、より正確に言えば、自らの首を片手で抱えて持つ投影体・デュラハンであった。 「ここから先に進みたくば、その力を示してみよ」 そう言って、デュラハンは彼等の前に立ちはだかると、ティファニアを指差してこう告げる。 「瞬き五回。それが、貴様が命を落とすまでに必要な時間だ」 この「死の宣告」に戦慄するティファニアであったが、それでもなんとか正気を保ち、そして聖印を掲げることで三人を鼓舞する。そして、このデュラハンの宣告に対して最も強く闘志を燃やしたのが、ヴェルノームであった。短期決戦で終わらせなければ危険と判断した彼は、持てる力の全てを使って「バーストフレア」を叩き込む。これは、混沌濃度が強ければ強いほどその威力を増す魔法であり、既に「魔境」に近い状態と化しているこの地での効果は絶大であった。 それに続けて、クローディアのレイピアとターリャの鉤爪がデュラハンを襲う。それでもなんとか踏み止まりつつ、反撃に転じようとしたデュラハンに対して、ティファニアは「再動の印」を掲げることで、ヴェルノームが二度目のバーストフレアを打ち込み、デュラハンの身体を焼き尽す。 「見事だ……」 そう言って、デュラハンはその場に倒れ込む。もし、ヴェルノームの二撃目で倒しきれなければ、次の瞬間、ティファニアの首が飛んでいた可能性もある。しかし、彼等の絶妙な連携攻撃によって、ティル・ナ・ノーグ界でも有数の凶悪な投影体と言われるデュラハンは倒されたのである。 3.3. 深淵の主 こうして、遮る者がいなくなった彼女達は、そのまま奥地へと進む。すると、そこで彼等を待っていたのは、巨大な「爬虫類のような動物の首」であった。その口は、人間一人を軽々と飲み込めるほどの大きさであり、 おそらくその首の奥には彼の身体があるのだろう。強力な封印結界のようなものがその「首」の周辺に施されていて、その全容はよく分からない。ただ、彼等の知っている動物の知識に照らし合わせて考えてみると、おそらくは「巨大な亀」の首ではないか、ということは予想が出来た。 「貴様は、何者だ?」 その「巨大な亀の首」は、そう問いかける。 「この地の領主、ティファニア・ルースです。あなたは?」 これまで見たこともない大きさの相手に圧倒されながらも、堂々と彼女はそう答える。すると、その「巨大な亀のような何か」はこう答えた。 「我が名はフェルマータ。かつて、エルムンド様と共にこのブレトランドの地を切り開いた七人の騎士の一人だ」 ブレトランドに住む者で、エルムンドの名を知らない者はいない。四百年前、この地を支配していた混沌の闇を振り払い、現在のブレトランドの基礎を築いた英雄である。ヴェレフール、トランガーヌ、アントリアの三国は、彼の三人の子供によって作られた。まさにこの小大陸の文明の始祖とも言うべき存在であり、彼と共に戦ったと言われる「七人の騎士」と「名を伝えられていない一人の魔法使い」の伝承は、この地で生まれた者なら、誰でも知っている。 だが、その七人の騎士は、エルムンドによって聖印を分け与えられた「君主」の筈である。その容貌に関しては諸説あるが、少なくとも、このような明らかに「投影体」と分かる姿であったという話は、聞いたことがない。 「我等七人は、この地を支配していた混沌との戦いの最中、強力な混沌核に触れ、このような姿になってしまった。それでもエルムンド様の導きのお陰で、どうにか人としての理性を保ちつつ、共にこの国の混沌を祓うことに成功した。だが、自らの死期を悟ったエルムンド様は、御自身の死後に我等が暴走することを防ぐため、この小大陸の各地に我等を封印されたのだ。無論、それは我等自身の望みでもあった」 この巨大亀曰く、彼のこの姿は、異界の一つである「グランフィルム(大映)界」の住人の姿であるらしい。他に関係の深い異界として、「オステルシャッツ(東宝)界」や「オステルフィルム(東映)界」と呼ばれる世界もあるらしいが、ヴァルハラ界やオリンポス界に比べると、この世界にそれらの世界の住人の投影体が姿を現すことは珍しい。 「そして、エルムンド様はこうおっしゃられた。再びこの地に災厄が訪れた時、この地を訪れる新たな君主にその身を捧げよ、と。娘よ、貴様は我が分身の導きに従い、もう一人の我が分身を倒して、我の前に姿を現した。既に十分にその資質はある」 どうやら、あの少年とデュラハンは、どちらも彼の分身のような存在らしい。あるいは、どちらも「本来の彼の姿」だったのかもしれない。 「さぁ、我が力を解き放て。貴様なら、この封印を解くことが出来る。我が力をもって、この小大陸に覇を唱えよ」 そう言われたティファニアだが、さすがに話のスケールが大きすぎて、すぐに即答出来る話ではない。だが、ここは周囲の者達に助言を求めるべき状況でもない。あくまでも一人の君主として、この「巨大な亀のような何者か」の力を受け取るか否か、という問いかけなのである。 この巨大亀の言うことがどこまで真実なのかは分からない。本当に伝説の七人の騎士の一人だという保証もないし、仮にそれが本当だったとしても、今の彼を封印から解いたとして、どこまで理性を保って行動出来るのか、そもそも自分が彼を制御出来るのかも疑問である。最悪の場合、自分がこの投影体に乗っ取られる可能性も否定は出来ない。 そしてもう一つの問題は、ヴィットである。ここまでの状況から察するに、おそらく、この巨大亀を封印した結界から漏れ出た混沌の力が、奇跡的なバランスで配合して生まれた副産物であろうと推測される。だとすると、彼を解放すれば、間違いなくそのバランスは崩れ、もう二度とヴィットは生み出せなくなるだろう。それはこの村の経済にとって大打撃であるだけでなく、世界中でヴィットを必要とする人々を苦境に追い込むことにもなりかねない。 無論、巨大亀を完全に制御することが出来るなら、その力を利用してヴィットを生み出す研究を学院に依頼する、という選択肢もあるだろう。だが、それが技術的に可能である保証はないし、その場合は学院側から、この巨大亀の管轄権自体を学院に引き渡すように要求される可能性もある。いずれにせよ、現在のような形での「安定したヴィット(およびそれがもたらす権益)の供給」は不可能になると覚悟しておくべきであろう。 だが、この巨大亀の持つ力を解放すれば、大国の脅威に怯えながら暮らす必要はなくなるだろう。ヴィットの権益が無くなったとしても、この巨大亀の力で周辺諸国を支配下に治めれば、それ以上の莫大な富を得ることも不可能ではないし、この地に残る混沌を次々と祓っていくことで、より多くの人々の力にもなれるかもしれない。 更に言えば、仮に彼女がこの巨大亀の力を得ることを拒否したとしても、その後で何者かがこの地に入り込み、その力を得てしまう可能性もある。それがもし、個人的野心や危険思想に取り憑かれた人物であった場合のことを考えると、その前にひとまずティファニアがこの巨大亀の「主人」となることで、最悪の事態を未然に防ぐという選択肢も、当然ありうる。 これらの状況を熟考した上で、三人の臣下が見守る中、ティファニアは結論を下した。 「私は覇道を歩む者。だが、私の覇道にお前は必要ない。私の覇道は、我が臣下達と共に歩む」 そう言われた巨大亀は、落胆した声で呟く。 「血は争えぬ、か…………。結局、貴様もあの腰抜けの娘ということだな」 その言葉が意味するところを理解したティファニアは、あえてその言葉には反論せず、そのまま巨大亀の前から去っていく。三人の臣下達も、黙って彼女の決断に従い、その場を後にするのであった。 4.1. ターリャの決意 こうして、深淵を後にした彼等は、外で待っていた兵士達には詳細を説明せぬまま、彼等に「地割れで生じた裂け目」を埋めるための作業を命じる。当然、その作業は森林官であるフェムと連携しつつ、稀に出現する下位の投影体と戦うための人員も確保しながらの、かなり大掛かりな作業となるが、どれだけの日数がかかっても、この村の平穏を取り戻すためには、それしか選択肢はなかった。そして、そのティファニアの下した命令に対して、誰一人として異論を唱える者はいなかった。 無論、この状況下で周辺諸国が介入してきた場合、かなり厄介な事態となることが予想されたが、意外なことに、ヴァレフールも、アントリアも、聖印教会も、そしてトランガーヌ子爵の残党達も、この日以降、村に対して積極的に介入しようとはしなかった。 そのことに対してやや不気味に感じていたティファニア達であったが、そんな中、ヴァレフールの騎士隊長の一人であるファルクから、妹のターニャに手紙が届いた。その内容によると、どうやらヴァレフールおよび聖印教会の内部において、「メガエラの森に手を出すと、危険な災害が起きる」という噂が拡散しているらしい。誰がその情報を流したのかは定かではないが、いずれにせよ、しばらくはメガエラに対して様子見の姿勢を取るという方針が、どちらの上層部においても決定事項とされたそうである。 ファルク自身としても、その方針には異論はなかった。ただ、そのような危険な場所に妹を置いておくことが彼には堪え難いようで、ターリャに対して、イェッタに戻ってくることを、手紙の最後で促していた。兄にそう思ってもらえるのは、ターリャとしても嬉しい限りではあったが、彼女はその申し出を丁重に断る。 「あの森が危険な存在だからこそ、誰かがあの森を管理しなければならないからこそ、私は今、この地を離れる訳にはいきません」 それが、彼女の答えだった。無論、それだけが理由ではない。最愛の兄と一緒に暮らせるという甘い誘惑を断ち切ってでも、主君と仲間達と共に、この村そのものを守っていかなければならない、という意識が、彼女の中にも芽生えていたのである。 4.2. ヴェルノームの決意 一方、アントリア子爵の陣営においても同様に、「メガエラには手を出さない方がいい」という噂が広まっているらしい、ということを、ヴェルノームはクリスとの魔法杖通信を通じて聞かされる。 「まだ確証はないんだけど、どうもその噂の発生源は『パンドラ』みたいなのよね」 それを聞いたヴェルノームは、その噂を広めようとした人物について明確な心当たりがあったが、さすがに、そのことまでをもクリスに話すつもりは毛頭ない。 「とにかく、これでしばらくは、あなたの君主も安泰ね。でも、そのお陰で、私達が一緒に暮らせるようになるのは、もっと先のことになりそうだわ」 複雑な声のトーンでそう語る恋人に対して、ヴェルノームも複雑な心境のまま答える。 「すまない、クリス。だが、近いうちに休暇を貰って、必ず会いに行くよ」 そう言いながらヴェルノームは、もう一つ、彼女に伝えるべきことを思い出した。それは、数日前に彼女から問われていた質問への回答である。 「そういえば、この間言ってた、ウチの領主様のことだけど、今ならば、はっきり言える。彼女は、主君として仕えるに値する人物だ。まだ未熟なところもあるが、だからこそ、今は彼女を支えることに全力を尽くしたい」 そう胸を張って言い切った彼に対するクリスからの返信は、明らかに声のトーンが変わっていた。 「そう……、その若くて可愛らしい領主様を護ることが、今のあなたにとって一番大事なことなのね……」 微妙に言葉選びを間違えたことに気付いたヴェルノームであったが、もう既に遅かった。 「いや、その、そういう意味ではなくて……」 「いいのよ、うん、そうよね。それが魔法師として一番必要なことだからね。うん、分かってるから、大丈夫。気にしなくていいから」 明らかに毒の込められたその言葉に対して、彼がどう答えていいか分からずに困っている状態のまま、彼女との通信は途絶えた。 こうなると、一刻も早く休暇を貰って会いに行かなければならない、ということを実感させられたヴェルノームは、今、目の前に残っている仕事を急ピッチで終わらせるべく、全力を尽くすのであった。 4.3. クローディアの決意 その頃、クローディアは一人、森の片隅に、小さな石碑を立てていた。その下には、彼女自身の手で葬った、ルパートとその仲間達が埋葬されている。道を違えることになってしまったとはいえ、かつては同じ釜の飯を食った(より正確に言えば、クローディアが作った飯を食べてくれていた)人々である。彼女の中でも、思うところは色々とあったが、今はただ、こうして自身の手で葬ってやることしか出来なかった。 そして彼女は決意する。これから先は、ティファニア・ルースただ一人を自分の主とすることを。もう二度と、自分の主を亡くさないことを。そして、自らの過去を断ち切るために、この村に危険をもたらす聖印教会の一員となった(かつての主の)トランガーヌ子爵を、自らの手で討ち果たすことを。 彼女は、自らの髪を縛っていたリボンをほどき、そっとその石碑に添える。それは、彼女のことを気に入ったトランガーヌ子爵から貰ったリボンであった。森の中を吹き抜ける風にその髪をなびかせながら、彼女は領主の館へと戻っていく。そんな彼女が、新たなリボンをティファニアから貰い受けることになるのは、これから数日後の話である。 4.4. ティファニアの決意 「お父様も、あの魔物に会っていたのですか?」 ティファニアにそう問いかけられたフェムは、あっさりとその事実を認める。しかも、その時に彼もその場にいたらしい。そして、ボードが巨大亀の誘いを断るのも見届けていたという。 「私と旦那様は、常に身も心も共にありました。これから先、お嬢さ……、失礼、マイロードにとっても、そのような形で全てを分かち合える臣下を作ることです」 そのことは、ティファニアも実感している。そして、当初は「ボードの娘」という理由のみで自分に従ってくれていた「あの三人」との距離が、今回の一件を通じて、少しずつ縮まりつつあることも実感している。だが、おそらくそれでも、まだ父とフェムほどの信頼関係にまでは至っていないのであろう、ということもまた自覚していた。 だからこそ、これから先、彼女は彼等の「道標」であると同時に、「支え合う仲間」でなければならない、と実感していた。クローディアが求めているのは「仲間」ではなく「主」であるということは自覚しているが、「仲間意識」と「主従関係」は、必ずしも両立出来ないことではないのではないか、と彼女は考えている。少なくとも、父とフェムがそうであったように。 「ところで、マイロード、実はここ最近、近隣の村々の領主達から、次々と縁談を求める手紙が届いております」 いきなり脈絡のないことを言われた彼女は驚くが、よくよく考えてみれば、別にそれほど突拍子もない話でもない。この世界において、君主同士の婚姻関係は外交戦略の基本である。未婚の若い君主がいれば、契りを結ぶことでその領土を共有しようとする者が現れるのも当然であろう。 「無論、村の外交に関わる問題である以上、慎重に考えるべきことですし、もし、既に心に決めた方がいらっしゃるなら、その方を軸に考えて頂ければ結構です」 今のところ「心に決めた方」と言えるような相手は誰もいない。あえて挙げるならば、連合盟主のアレクシス・ドゥーセであるが、さすがに身分が違いすぎるし、未だに彼の心の中には、かつての婚約者である同盟盟主マリーネ・クライシェへの想いが残っているのでは、とも言われている。また、それ以前の問題として、そもそも彼への想いが「恋心」なのか、「ただの憧れ」なのか、ティファニア自身もよく分かっていなかった。 「そういえば、先日いらっしゃったイェッタの領主様も、まだ独身でしたな。なかなかの好人物のように私には見えましたが」 確かに、人の良さそうな人物ではあったが、彼との婚姻はヴァレフールとの関係を強めると同時に、アントリアとの関係を悪化させかねない。それに加えて、ターリャがどんな反応を示すのかを想像すると、やはり、そう簡単に縁談を持ちかけていい相手とは思えない。 いずれにせよ、うら若き15歳の君主様には、まだまだ学ぶべきことは山のようにある。だが、どんな試練も、彼女を支えてくれる人々と共に乗り越えていけそうな気がする。そんな根拠のない自信を胸に秘めつつ、まずは自分自身が下した「森の修繕」を一刻も早く完遂するために、フェムの提出した中間報告書に眼を通す彼女であった。 【ブレトランドの英霊】第2話(BS02)「聖女の末裔」 グランクレスト@Y武
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シンデル・チャートランドをお気に入りに追加 シンデル・チャートランドのリンク #blogsearch2 シンデル・チャートランドとは シンデル・チャートランドの93%は夢で出来ています。シンデル・チャートランドの3%は微妙さで出来ています。シンデル・チャートランドの3%は蛇の抜け殻で出来ています。シンデル・チャートランドの1%は利益で出来ています。 シンデル・チャートランド@ウィキペディア シンデル・チャートランド シンデル・チャートランドの報道 gnewプラグインエラー「シンデル・チャートランド」は見つからないか、接続エラーです。 冬のソナタ またでるよ 冬のソナタ 韓国KBSノーカット完全版 DVD BOX(初回限定 豪華フォトブックレット&スペシャル特典ディスク付) 本当に長い間、待たせてごめんなさい。「冬のソナタ」韓国KBSノーカット完全版をいよいよお届けします。 映像は韓国KBSのオリジナルそのままに、音楽に関してもユン・ソクホ監督が想いを込めて監修し、一部楽曲を変更しました。初回限定特典にはぺ・ヨンジュン 独占インタビュー/ユン・ソクホ監督&田中美里の対談スペシャルDVDの他、DVDオリジナルポストカード、シリアルNo付 豪華フォトブックレット(20P)を封入しております。 今までの日本用編集版よりも約166分長いノーカット映像(本編後のエンドロールも収録!)に加えて、映像特典の【スペシャル短編集】には、ペ・ヨンジュンのスノーボードシーンの撮影風景も収録しています。 【ここが違う!8つのポイント】 ◆今までの日本用編集版よりも約166分長いノーカット映像(本編後のエンドロールも収録!) ◆ファン待望の「ダンシング・クィーン」「白い恋人たち」をついに収録。 ◆日本語吹替を再収録。萩原聖人さん、田中美里さんが担当、その他主要人物もなつかしいあの声で。 ◆本編は日本語字幕に加えて韓国語字幕も収録 ◆一部変更した楽曲をユン・ソクホ監督が想いを込めて監修!(一部BGMはオリジナル版より変更されています) ◆<初回限定特典1>スペシャルDVD:★ぺ・ヨンジュン 独占インタビュー/★ユン・ソクホ監督&田中美里の対談 ◆<初回限定特典2>豪華フォトブックレット:シリアルNo付(20p) ◆<初回限定特典3>DVDオリジナルポストカード3枚 シンデル・チャートランドのキャッシュ 使い方 サイト名 URL シンデル・チャートランドの掲示板 名前(HN) カキコミ すべてのコメントを見る ページ先頭へ シンデル・チャートランド このページについて このページはシンデル・チャートランドのインターネット上の情報を集めたリンク集のようなものです。ブックマークしておけば、日々更新されるシンデル・チャートランドに関連する最新情報にアクセスすることができます。 情報収集はプログラムで行っているため、名前が同じであるが異なるカテゴリーの情報が掲載される場合があります。ご了承ください。 リンク先の内容を保証するものではありません。ご自身の責任でクリックしてください。
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第6話(BS14)「炎のさだめ」( 1 / 2 / 3 / 4 ) 1.1. 途切れた伝承 ブレトランド南部を支配するヴァレフール伯爵領の南西部に広がるボルフヴァルド大森林は、混沌濃度が高く、時折、様々な投影体が出現することで知られている。その森林の中核に位置するパルトーク湖から流れるカーレル川のほとりに、リルクロート男爵家が治める街「テイタニア」が存在する。その立地にちなんで、伝説の妖精女王の名を与えられたこの街は、森林を発生源とする様々な混沌災害から、ヴァレフールの首都ドラグロボウを守るための防波堤であると同時に、森林に出没する様々な投影体を倒して名を上げようとする冒険者達の集いの場としても知られていた。 現在、この街を治めている者の名は、ユーフィー・リルクロート(下図)。まだ19歳のうら若き女性だが、ヴァレフールの七人の騎士隊長の一人であり、代々リルクロート家に伝わる男爵位の聖印の継承者でもある。だが、彼女は本来、この街を継ぐべき立場の者ではなかった。彼女は先代領主の次女で、五人兄妹の第四子だったのだが、数ヶ月前、北方からの侵略者アントリア軍との激戦において、父と兄二人が戦死し、二つ上の姉はすでに大陸の貴族家に嫁いでいたため、その時点で生き残っていた彼女に、戦場から持ち帰られた父の聖印は引き継がれたのである。 彼女はもともと後継者候補とはみなされていなかったこともあり、父から本格的な帝王学を授けられることもなく、比較的自由気ままに育っていた。趣味で「手品」を嗜み、時折、生家である領主の館を抜け出しては、街の子供達にその腕前を披露することで、彼等の笑顔を引き出すことに喜びを見出す、そんな純粋な少女であった。それでも、聖印を継承する資質は持ち合わせていたこともあり、剣の修行に対しても熱心に取り組んではいたが、あくまでも彼女の剣は「護身」と「護民」のための剣であり、街を襲う混沌に対しては真っ向から立ち向かう決意は固めているものの、その刃は人の命を奪うためには用いないという、「不殺」の信念の持ち主でもあった。 そんな、駆け出し領主の彼女が、この日の「領主としての執務」を終えて静かに眠りに就いていた夜、彼女の夢の中に、見覚えのない謎の女性(下図)が現れた。その女性は、一糸まとわぬ姿でありながら、その身体はどこか実存感のない不気味な雰囲気を漂わせており、悲しみに満ちた瞳を浮かべながら、ユーフィーに対してこう訴えてきた。 「時が来てしまいました……。テイタニアの領主よ、約束の指輪を、湖にかざして下さい」 突然、全く心当たりのないことを尋ねられたユーフィーは、当然のごとく困惑する。 「『時』って何です? 何が来るというんです? それに『指輪』って……?」 「エルムンド様から賜った、オリハルコンの指輪です。テイタニアの領主様なら、ご存知でしょう?」 「エルムンド」の名を知らぬ者は、このブレトランドにはまずいない。それは、四百年前にこの小大陸を混沌から救ったと伝えられている「英雄王」の名である。彼の三人の子供達が、その後の「ヴァレフール」「トランガーヌ」「アントリア」というブレトランド三国の礎を築いたという意味で、まさにこのブレトランドの高祖と呼ぶべき存在と言えよう(ただし、現在のアントリア子爵ダン・ディオードは、彼の末裔ではない)。 一方、「オリハルコン」とは、この世界のどこかにあると言われている、おそらくは混沌によって生み出されたであろう伝説上の貴金属のことなのだが、そういった混沌の産物に関して本格的に勉強した経験がある訳でもないユーフィーにとっては、全く初耳の単語である。 「ちょ、ちょっと待って。私はそんなものは知りません。もしかしたら、お父様なら知っていたかもしれませんが……」 「オリハルコン」なるものの実態以前に、ユーフィーにしてみれば「英雄王エルムンドから賜った指輪」なるものがあるなどという話は、一度も聞いたことがない。 「そんな……、まさか伝承が途絶えてしまったというのですか。それならば私はどうすれば……」 「謎の女性」は驚愕と落胆の入り混じった表情を浮かべながらそう呟きつつ、やがて悲壮な決意を込めた瞳で、再びユーフィーに向き合う。 「分かりました。では、私自身の力でなんとか押さえ込んでみます。ただ、おそらく、カーレル川では大氾濫が起きることになるでしょう。そのことは覚悟して下さい」 「ちょっと待って! そんなことになったら、街はどうなるんですか!?」 ユーフィーはその女性に向かってそう叫ぶが、次の瞬間、彼女は目を覚ます。 「夢……? 今のは一体……?」 領主の私室で一人、呆然とした表情を浮かべながら、ユーフィーは静かにベッドから起き上がる。今、彼女の夢の中に出てきた女性が何者なのか、あの女性は何を伝えようとしていたのか、今のユーフィーには全く分からない。だが、少なくとも、この街の傍らを流れるカーレル川とその堤防に関して、改めて調べてみる必要があると考えた彼女は、早速身支度を整え、執務室へと向かうのであった。 1.2. 魔法少女の忠告 こうして、テイタニアの領主であるユーフィーが「奇妙な朝」を迎えていた頃、彼女の契約魔法師であるインディゴ・クレセント(下図)は、公務としての朝の街の巡回に回っていた。この街は混沌災害に巻き込まれやすい立地という性質もあり、魔法師である彼が頻繁に、街中の混沌濃度の上下などの微妙な変化に気を配っていたのである。 彼は、領主であるユーフィーよりも18歳年上の37歳。もともとは工房職人の家に生まれ、その後継者となることを志していたが、思うように技術が身につかず、挫折しかけていたところを、たまたま工房を訪れた魔法師にスカウトされて、魔法師の道へと進むことになった。成人後に魔法の力を覚醒させるという珍しい経歴の持ち主であったため、年齢の割にはキャリアには乏しいが、若い領主を支える堅実な側近として、着実にその仕事をこなしている。本人の中では、実家の工房を継ぎたかったという願望も消えた訳ではないが、今はユーフィーの補佐官としての職務に生き甲斐を感じていた。 魔法師は、その人生の半分以上は契約相手次第で決まると言っても過言ではないほど、君主との相性が重要である。たとえば、彼の兄弟子であったキース・クレセントは、この国を治めるヴァレフール伯爵の次男であるトイバル・インサルンドの契約魔法師であったが、よく言えば豪胆、悪く言えば粗暴すぎるトイバルの振る舞いを諌めようとした結果、反逆者として殺されてしまった。そのことを思えば、いささか覇気に欠けるとはいえ、若くして領民達のために身を粉にして働いているユーフィーは、彼にとっては十分すぎるほどに「理想の君主」であり、彼女を支えるために全力を尽くす覚悟を強く固めていた。 さて、そんな彼が街の西側の入口にまで巡回に来た時、その視界に奇妙な装束の少女(下図)が映った。体格からして、おそらくは10歳程度の少女にしか思えないのだが、その出で立ちは魔法師のようにも見える。ただ、彼女の持っている杖はエーラム製のタクトではなく、エーラムの学生達に支給されるような服装でもない。そんな彼女は、インディゴの姿を見るなり、彼に対してこう問いかけた。 「お主、この街の領主の契約魔法師か? 彼女はもう限界の筈だ。なぜ、この街の領主は動かない?」 「……一体、何のことを言っているんだ?」 唐突に訳の分からないことを言われたインディゴは、率直にそう返す。この口調から察するに、どうやら今、彼の眼の前にいるのは「ただの子供」ではないらしい。高位の魔法師の中には、自らの外見を操れる者もいるという話は、エーラムの教養科目で習ったことがある。無論、ただの「なりきり少女」の可能性もあるのだが。 「聞いておらぬのか? というか、この街の領主もお主も、まだ状況に気付いていないのか?」 「……そういうことになるな」 少なくとも、インディゴには、彼女がいうところの「状況」というのが何を指しているのか、皆目見当がつかない。それが、この街にとって重要な事態を意味しているのか、それともこの少女の単なる妄想なのかは分からないが、いずれにせよ「気づいていない」ことには変わらない。 「ふむ……、最近になって代替わりしたと聞いたが、先代がきちんと伝えていなかったのか、それとも、もっと前から途絶えておったのか……、いずれにせよ、困った話だな…………。とりあえず、川沿いに堤防だけでも作っておけ。数日後には、今のままでは完全に川に飲み込まれるぞ、この街は」 そう言って、彼女は去って行く。彼女の言っていることの意味がさっぱり分からないインディゴであるが、ひとまずこれは領主に伝える必要があるだろうと考え、急ぎユーフィーの館に方向に向かう彼であった。 1.3. 異界人の邂逅 こうして、インディゴが街に訪れた奇妙な少女に遭遇していた頃、その街の一角では、ある意味で彼女以上に「特異な存在」である一人の少女が、子供達を相手に「歌」を披露していた。 彼女の名は、ハーミア。彼女はこの世界とは異なる「地球」と呼ばれる星から投影される形でこの世界に出現した、異世界人である。彼女の故郷は、このブレトランドと似た形状の島国で、かつては世界帝国の中心として栄えた歴史ある王国であり、彼女はその国で女学生として学校に通いつつ、芸能事務所に所属して「歌手」としても活動するという、多忙な日々を送っていた。 そんな彼女がこの世界に「投影」されたのは2年前、彼女がまだ15歳の時だった。最初は全く勝手が分からぬまま混乱していた彼女であったが、幸運にも魔法師協会の重鎮、アウベスト・メレテスに遭遇して、「危険な投影体ではない」というお墨付きを得た上で、エーラムの保護下に入ることになる。その後、メレテス家の者達の仕事に同行して各地を転々としていた時、偶然出会った(ユーフィーと同じ「ヴァレフール七男爵」の一人である)イアン・シュペルター(下図)と恋に落ち、彼の恋人として、彼が城代を務めていたクーンにて、しばし幸せな日々を送ることになる。彼とは10歳以上も歳が離れた関係ではあったが、一時はイアン自身も本気で結婚を視野に入れるほど、相思相愛の関係であった。 だが、実は彼にはもう一人、密かに想いを寄せていた女性がいた。それが、ヴァレフール伯爵ブラギス・インサルンドの長女である“姫騎士”ヴェラである。身分違い故に、胸に秘めたその想いを封印していた彼であったが、ある日、そのヴェラの方から突然、彼に対して求婚を申し出てきたのである。ヴェラは元々、伯爵位の継承権争いから逃れて、一騎士として国のために働きたいと考えており、自ら「インサルンド」の家名を捨てて、誰かの元に嫁ぎたいと考えていた。その上で、自らの人生を捧げるに相応しい相手として、共に最前線で戦うことも多かった同世代(一歳年下)のイアンに、白羽の矢を立てたのである。 もともと、彼女への慕情を胸に秘めていたイアンは、二つ返事でこの申し出を受け入れてしまう。そして、こうなった以上は、もうハーミアとの関係を続ける訳にはいかないと考えた彼は、彼女に別れを切り出した。一般的な王侯貴族であれば、愛人の一人や二人くらい囲っていることも珍しくはないが、さすがに伯爵令嬢であるヴェラを妻に迎える以上、身を清めておく必要があると考えたようである。また、まだ若く美しいハーミアのためにも、早く自分と別れて第二の人生を歩んだ方がいいという想いもあったのであろう。 しかし、ハーミアにはその想いは伝わらなかった。と言っても、別れたくないとゴネた訳ではない。「この人は、政略結婚のためにやむなく私と別れただけで、本心では私のことを想っているに違いない」と彼女は勝手に思い込んだ上で、「一時的に」身を引くことを決意する。いずれ必ず、彼と自分は駆け落ちして幸せな未来を築くことになるという未来予想図を脳内に想い描きながら、彼女はイアンの元を去り、彼の拠点である古城クーンの南方(徒歩数日程度の距離)に位置するテイタニアの領主のユーフィーに雇われることになったのである。 異界の技術に精通した彼女の知識は、投影装備が数多く産出されるボルフヴァルド森林地帯に隣接するこの街では重宝される存在であり、また、故郷にいた頃の芸能経験を生かして、街角でその歌声を披露することで、多くの子供達にとっての「癒し」の存在となっていることもまた、子供好きのユーフィーに気に入られた理由の一つである。 ちなみに、この日の彼女が歌っていた詩の内容は、「素敵な王子様とお姫様が恋に落ちる物語」である。彼女の心の中でどのようなキャスティングになっていたかなど知る由もない子供達は、素直にその美しい歌声と物語に夢中になっていく。 「いい? 女の子にはね、いつかこんな素敵な王子様が現れるんだよ」 そう言って子供達に「自分の体験談(?)に基づいた物語」を聞かせていた彼女の前に、黒いスーツを身にまとった中年の男性が現れる。 「いやー、この前に『奇妙な歌』を歌う女性がいると聞いていたんだが、まさかお前さんだったとはな」 その声に、ハーミアは聞き覚えがあった。しかし、その声の主は「この世界」にいる筈が無かった。しかし、半信半疑で視線を向けたその先にいたのは、紛れもなく彼女が知っている人物だった。彼の名はジェームス。ハーミアが「地球の島国」にいた時代に、彼女が所属していた芸能事務所の職員である。小さな事務所だったため、マネージャー業とプロデューサー業を兼任するような形ではあったが、幅広い人脈と卓越した手腕を兼ね備えた彼は、当初は全く無名であったハーミアを、様々な裏交渉の末にメジャーレーベルからデビューさせることに成功させたことで、業界内でもやり手の敏腕プロデューサーとして知られていた。 「え? あの、もしかして、ジェームスさんですか?」 「あぁ。どうやら、お前さんも、俺と同じ様に『こっちの世界』に飛ばされてきたらしいな」 この世界には、様々な世界からの投影体が存在する。「地球」からの投影体もその一種であり、世界各地に様々な「地球人」達が点在しているが、そんな中で、「地球時代の知人」同士が遭遇する確率はかなり低い。少なくとも、ハーミアもジェームスも、このような形で「旧知の人物」と遭遇したのは初めてである。 「こんなところでお会い出来るなんて、嬉しいです。私、この世界に仲間とか少なくて、不安で……」 「そうか……。俺も、この世界に来たばかりの頃は色々と苦労したが、今はなんとか自分の居場所も見つけて、この世界の中でどうにか生活してはいるんだが」 「居場所、ですか……、いいですね…………」 つい先日、自分の「居場所」を奪われて間もない彼女は、遠い目をしながらそう呟く。 「お前さんは今、旅芸人でもしているのか?」 「いえ、その、色々ありまして、結論的に、運命的に、今、ここの領主であるユーフィー様にお仕えしてるんです」 「そうか、まぁ、元気にしているなら、何よりだ。とりあえず、俺はこれから行かねばならないところがあるが、また今度色々話そうな。俺もまだしばらくはこの街にいるつもりだから」 そう言って、ジェームスはハーミアに背を向けて、「冒険者の酒場」に向かって歩き出そうとする。そんな彼を笑顔で見送ろうとしたハーミアは、一瞬、彼が背負っているバッグパックの中から、「混沌」の力を感じさせる何かの気配を感じた。この街では、冒険者の人々が森林地帯で発見された投影装備などの「混沌の産物」を持ち帰るのは日常茶飯事である。ハーミアは、おそらくその「何か」が今の彼の「居場所」に繋がっているのだろうと思いつつも、今の時点で、その件について特に追求しようとはしなかった。 1.4. 邪紋使いの邂逅 一方、この街にはもう一人、「本来の居場所」を無くして流れ着いた人物がいた。彼の名はアレス。シャドウの邪紋使いである(下図)。 彼はヴァレフールの辺境に位置する小さな村の出身だが、その村は数年前に(混沌に起因する)伝染病が蔓延して村人の大半が感染し、その拡大を恐れたヴァレフール伯爵ブラギスの長男ワトホートの手によって、村人ごと焼き討ちにされてしまった。アレスはその燃え盛る炎の中、邪紋の力に目覚めることでなんとか生き延びることが出来たが、友人や親族達の大半を失った彼は、ワトホートへの復讐心を密かに抱きつつ、各地を転々とした結果、テイタニアの先代領主に雇われる形で、この村の武官となったのである。 シャドウの邪紋使いである以上、当然、隠密活動や情報収集、そして暗殺の技術にも長けている彼であるが、その凶刃を弱者には向けることは決してない。いつかは、今のこの様々な矛盾に満ちた世界構造を自分の力で少しでも変えていきたいという気概はあるが、そのために弱者を犠牲にするような(かつてワトホートが自分達に対してやってのけたような)行為には絶対に手を染めない。それが、彼の矜持であった。 そんなアレスがこの日の朝、街中を歩いていた時、見覚えのある女性とすれ違った。それは、彼と同じ村の出身で、上記の災害の際に、村が焼け落ちると同時に死んだと思われていた友人の姿によく似ている。そして、どうやらその女性の方も、彼の姿に見覚えがあったようである。 「アレス……? あ、あなた、生きてたの?」 「まさか、アルフリードなのか?」 数年ぶりに再会した二人は、驚愕の表情で見つめ合う。アレスは現在、28歳。彼が「アルフリード」と呼んだその女性は、生きていれば25歳の筈である。10代の頃に生き別れているため、互いに風貌は大きく変わっているが、その声や仕草や雰囲気から、確かに互いに「相手が自分の知っている人物」であることを実感していた。 「あなた、今、何をしているの?」 「俺は、ここの領主様に仕えている」 そう答えつつ、彼女が向かおうとしていた先に目を向けると、どうやら彼女は「冒険者の酒場」へ向かおうとしているらしい。あの炎の中から生き延びたということは、おそらく彼女もまた、あの時に邪紋か聖印の力に目覚めているのだろう。そう考えると、彼女自身も今、冒険者として生きているのかもしれない。 アレスがそんなことを考えていると、アルフリードはやや深刻な表情を浮かべながら問いかける。 「そう……。あなたは、今の生活に幸せを感じている?」 「幸せか……、仕事の時はやり甲斐を感じてはいるが、今は仕事が減っているからな……」 アレスは、領主としてのユーフィーに不満を感じている訳ではないが、現実問題として、彼女が領主になって以降、「暗殺者」としての彼の仕事は激減した。基本的に、人を殺すことを是としない性格の彼女である以上、それは当然の帰結である。その意味では、今の生活にやや物足りなさを感じているのも事実である。 そんなアレスの表情を見ながら、何かを言いたそうな素振りをアルフリードが見せていると、その彼女の背後から、黒いスーツを身にまとった男が現れる。つい先刻、ハーミアと別れたばかりの地球人、ジェームスである(と言っても、アレスにとっては全く初見の人物であり、地球人の見た目はブレトランド人と大差ないため、アレスの目には「ごく普通の中年男性」にしか見えないのだが)。彼は親しげな口調で、アルフリードに話しかけた。 「おや、お嬢さん、知り合いかい?」 どうやら、この二人は面識があるらしい。25歳のアルフリードに対して「お嬢さん」と呼ぶのも妙ではあるが、ジェームスから見れば、20代の女性はまだまだ「お嬢さん」のようである。 「そうね、昔の村の知り合いで……」 「ってぇことは、その人も……?」 「あ、いや、彼は違うの! 違うのよ、今は、少なくとも……」 何かを察したようなジェームスに対して、慌ててアルフリードはその「何か」を否定する。それが何を意味しているのかアレスには分からなかったが、どうやら、彼等の故郷の村に関する何かであることは、この会話から想像出来る。 「まぁいい。取り込み中なら、例のモノは、また後で届けることにしよう」 そう言って、ジェームスは二人の前から去って行く。色々と気になることを言い残した彼であるが、そのことについてアレスがアルフリードに尋ねようとする前に、彼女の方から口を開いた 「とりあえず、この宿に部屋を取ってるから、一緒に来てくれるかな」 彼女がそう言って指差したのは、「冒険者の酒場」の二階にある宿である。この世界においては「一階が酒場、二階が宿」というのは、比較的ポピュラーな組み合わせである。アレスは素直に同意して、彼女の後に続いて宿へと向かった。 久しぶりに再会した同郷の女性から、このような形で誘われたら、艶っぽい展開になることを期待するのが通常の若い男性の反応であろうが、この二人の間においては、そうした空気は全く無かった。アレスを部屋に招き入れると、彼女は真剣な表情で、彼に対して問いかける。 「あなた、私達の村がどうして焼き討ちになったのか、知ってる?」 「伝染病の拡大を防ぐため、と聞いたが」 「あなたは、その理由に納得してる?」 「納得はしていない。いつかワトホートは倒すと決めている」 今は「宮仕え」している身ではあるが、それがアレスの本音である。と言っても、具体的な方策は何も無い。ただ、今はその時が来るのを信じて、暗殺の腕を磨き続けることしか出来ないのである。もっとも、今の領主になって以降は、その「実戦経験」の機会すら失われているのであるが。 そして、彼の瞳からその強い決意を感じ取ったアルフリードは、一瞬、安心したような笑みを浮かべつつ、再び真剣な眼差しに戻る。 「私も同じよ。ワトホートも、ブラギス(ヴァレフール伯爵)も、絶対に許す気はないわ」 そう言い放った上で、彼女はアレスに密かに自らの計画を伝える。曰く、先刻彼女が黒服の男(ジェームス)から受け取ろうとしていたのは「遅効性の毒」の材料となる花らしい。ボルフヴァルド大森林の中でのみ稀に咲く花で、その花弁をすり潰して作られた毒は、食べた直後は全く反応がないものの、数時間後に身体中に浸透し、死に至らしめるという。彼女は、何人かの仲間達と共に、これを用いてドラグロボウにいるワトホートとブラギスを暗殺するための準備を進めているらしい。 「あなたは今、この街に仕えているのよね。この街の領主はどんな人?」 「あの領主は……、まぁ、悪くはない。絶対的に優れた君主だとまでは言えないがな」 正直、先代に比べると「領主らしさ」には欠けている。そもそも、後継候補とみなされず、屋敷を抜け出して下町の子供達と戯れるような日々を送っていた少女だったため、領主としての帝王学が叩き込まれている訳でもない。だが、そんな彼女だからこそ、ワトホートのような「弱者を平気で切り捨てる決断」を下すとも思えない。彼女に代替わりしてから、アレスへの(暗殺の)仕事が激減してはいるが、「殺すべきではない弱者」まで殺そうとする君主に仕えるよりは遥かにマシである。その意味では「悪くはない」という表現が最適なのであろう。 そして、彼のその表情を確認した上で、彼女は彼に一つ「頼みごと」を告げる。それは、彼女達がもし失敗した時に、彼女の代わりにその「意志」を継いでほしい、ということである。 「俺を、お前達の計画に加えてはくれないのか?」 「正直なところを言うとね、出来ればあなたの力を貸して欲しいわ。でも、あなたにはあなたの立場があるでしょう? あなたがこの街の領主に満足しているのであれば、巻き込みたくはない。それに、あなたの顔を見る限り、今のあなたは私達とは違う。あなたはまだ、この世界に絶望していないでしょう?」 アルフリードが言うところの「私達」が、どのような「立場」の者達なのかは分からない。ただ、少なくとも彼女は、今の「宮仕え」の身分にある自分とは明らかに異なる立場であることは、アレスにも察しがついた。 「私達は、今のこの国の支配者達が間違っているということは分かっていても、彼等を倒した後にどうすればいいか、ということまで考える余裕がないの。だから、私達が成功したとしても、失敗したとしても、その後のヴァレフールを正しい方向に導くために動いてほしい」 その上で、もし彼女達が失敗した時のために、先刻の「黒服の男」から受け取る予定の毒物の原料の一部を、彼にも渡しておきたいと彼女は言う。 「分かった。では明日、また同じ時間にここに来る。その時に受け取ろう」 そう言って、アレスは部屋を後にする。色々と思うところはあったが、今は彼女の意志を尊重することを優先すべきと考えたようである。だが、そんな彼女達の陰謀が、全く想定外のアクシデントによって方針転換を余儀なくされることなど、この時点での彼が知る由もなかった。 1.5. 詞(ことば)と旋律 一方、アレスよりも先に帰っていたハーミアの自宅には、一人の少女が訪ねて来た(下図)。彼女の名はサーシャ・リルクロート。ユーフィーの2歳年下の妹であり、5人兄妹の末っ子である。一応、彼女自身も聖印の持ち主ではあるが、生来病弱な体質のため、君主としても、領主としても、その責務をまっとうするのは難しいと考えられていた。気さくに下町に出ることも多い活発なユーフィーとは対照的に、「謙虚で慎み深く奥ゆかしい性格」であったため、リルクロート家の中でも決して目立つ方ではなかったが、その儚げで可憐な雰囲気故に、ユーフィーとはまた違った意味で、住民達の間で「人気」の高い人物でもある。 そんな彼女は、どうやら歳が近いハーミアに対して親近感を感じているようで、これまでも、領主の一族としての責務としてではなく、純粋に一友人として、彼女の許を訪ねることがあった。そしてこの日の彼女の片手には「詩集」が抱えられていたのである。 「ハーミアさん、こちらの詞に『曲』を付けて頂けませんか? この詩集、イェッタのファルク様からお借りした詩集なのですが、非常に美しい言葉が紡がれておりまして、出来ればあなたの美しい歌声で聞かせてほしいのです」 どうやら彼女は、ハーミアの歌声と、彼女が時折口ずさむ「異世界の旋律」が気に入っているようである。ちなみに、「イェッタのファルク」とは、ユーフィーと同じこの国の「七男爵(騎士隊長)」の一人にして、文武両道・才色兼備の若き俊英として有名な人物である。彼は以前、この街を表敬訪問した時に、領主であるユーフィーの妹が詩や文学に興味があると聞き、自分が気に入っていた大陸伝来の詩集の一つを、サーシャに貸していたらしい。 「私でよければ、喜んでお付けしますわ」 そう言って、ハーミアはその詩を頭に入れつつ、「地球」時代に培った作曲センスを駆使して旋律を頭の中で紡ぎ出し、そして自慢の美声に乗せてサーシャに聞かせる。 この世界における「言葉」は、厳密に言えば、ハーミアの「祖国」とは異なる言葉の筈である。しかし、この世界に「投影体」として現れる知的生命体は、なぜかいずれも「この世界の言葉」を自然と話すことが出来るようになる。おそらくは、投影される段階において、脳内の言語中枢の一部に何かが書き加えられる(あるいは、書き換えられる)のであろう。だが、その状態においても、過去に培った作詞能力や、「詞(ことば)に合わせて曲を作る能力」はこちらの世界においても引き継がれている。なぜかは分からないが、それもまたこの世界における「混沌」が生み出す「非自然的現象」の一つなのだろう。 もっとも、そんな「言語変換の謎」については、当事者であるハーミア自身にとっては(現実、自然と「この世界の言葉」を無意識のうちに話してしまっているので)それほど気になる問題でもないし、ましてやサーシャがそのような事実を知る筈もない。サーシャはただ、ハーミアの美しい音色と旋律にうっとりと聴き入っていた。そんな彼女の様子を伺いつつ、一つの詩を歌い終えたハーミアは、ふと気になったことを彼女に尋ねてみる。 「今日は、お身体の具合は大丈夫ですか?」 「はい、ここ数日は落ち着いてます」 「何かあったら、いつでも言って下さいね」 サーシャが病弱だということは、この街に住む者達は誰でも知っている。しかし、投影体である彼女の目には、彼女の症状は「ただの病気」ではなく、おそらくは混沌に起因する何か特別な病気であることが、直感的に感じ取れていたのである。しかもそれは、彼女の持つ「地球の医療技術」を以ってしても治せないレベルの、相当に重い病気だということも。 ハーミアがそんな懸念を心に抱いているとは露知らず、サーシャの方からも彼女に対して、前々から気になっていたことを質問してみる。 「ところで、あなたはよく『王子様とお姫様のお話』のお話を子供達に語っているそうですが、それはもしかして、『向こうの世界』での実体験に基づいているのですか?」 そう言われると、ハーミアは頬を赤らめながら、嬉しそうに答える。 「いえ、あの物語は『こちらの世界』に飛んで来るところから始まります」 「では、この街に来る前に、どなたか良き方と……?」 さすがに、(少なくとも、今は)イアンとの関係までは公言する訳にはいかないので、これ以上のことは言えない。だが、満面の笑みを浮かべることで実質的な「答え」を返した上で、その笑顔のまま、逆にサーシャに対してハーミアの方から切り返す。 「そう言うサーシャ様は、どなたか、素敵な殿方と出会ったりした話とかはないのですか?」 すると、サーシャは「詩集」を強く抱きしめながら、軽く紅潮した顔で答える。 「いえ、私は、その、さすがに立場が違うというか……、あの方を想っている人は、いくらでもいますから……」 その仕草から、彼女が誰を想っているかは、ハーミアにも察しがついた。その詩集の持ち主は、確かに、「当代随一の眉目秀麗な聖騎士」として、ヴァレフールの内外の多くの女性達から想いを寄せられている。独身だった頃のイアンも社交界においては指折りの美男子として評判ではあったが、おそらく「ファン」の数としては、「サーシャの想い人」はそれ以上であろう。 (大丈夫、立場なんて関係ないよ) ハーミアは心の中でそう呟く。実際のところ、「立場」という意味では、「男爵家の娘」である彼女の方が、ハーミアよりもよっぽど可能性はあるだろう。そして、ハーミアの中では、最終的にイアンと結ばれるのが「貴族家どころか、この世界の本来の住人ですらない自分」であることは「確定事項」である以上、「愛とは身分や立場を超えるもの」というのが、彼女にとっての絶対的な世界の真理であった。それ故に、歳の近い一人の女性として、彼女のことは応援してやりたい気持ちもあるし、病気と闘う彼女を、様々な困難から守ってあげたい、という心も、彼女の中で芽生えつつある。 ハーミアにとって、当初はこのテイタニアという街は、いずれイアンと駆け落ちする日が訪れるまでの「仮の居場所」でしかない筈だったのだが、少なくとも今は、それなりに「居心地の良さ」や「生き甲斐」を感じることが出来る、そんな空間となりつつあった。 1.6. 調査開始 こうして、サーシャが珍しく領主の館の外に出かけていた頃、インディゴはその領主の館の中心に位置するユーフィーの執務室に出仕していた。先刻の謎の魔法少女の言っていたことを報告しようと考えていた彼であるが、どういう形で伝えるべきか迷っている間に、ユーフィーの方からインディゴに話しかける。 「インディゴ、一つ頼みたいのですが、カーレル川の治水状態についての情報をまとめて下さる?」 「カーレル川に、何かあるのですか?」 まさに今、自分が話そうと思っていたことを領主の方から告げられた彼は、反射的にそう聞き返す。 「いえ、ちょっと気になるというか、あまり根拠のある話ではないんですけど……」 「実は私の方でも、ちょっと気になることがありまして……」 そう言って彼が魔法少女の件を伝えると、ユーフィーも自分が見た夢のくだりについて説明する。どちらも、今一つ信用するに価する情報とは言えないが、全く異なる方向から異なる人物に同じような「忠告」がなされたということは、少なくとも「何かある」と考えるのが自然であろう。 「その見知らぬ子供は、今どこに?」 「分かりません。まだこの街の近くにはいるのではないかと思いますが……」 「では、次に見つけた時は、領主の館に来るように言って下さい。あと、治水調査の件はお願いします」 「分かりました」 そう言って、彼はさっそく、領主の館の書庫へと入り込み、川の堤防の現状と、過去の氾濫の事例に関する資料を調査し始める。そして数時間にわたって調査を続けた結果、少なくとも通常の自然界で発生する程度の氾濫であれば、今の堤防でも十分に耐えられるということが分かった。ただし、混沌災害レベルの何かが起きた場合は、その限りではない。そしてカーレル川の源泉であるパルトーク湖は、混沌の坩堝とも言われるボルフヴァルド大森林の中核に位置する。過去にはそこまで危機的な大氾濫が発生した事例はないが、これから先、何が起きてもおかしくはない。 それを踏まえた上で、今度はアレスとハーミアを招き、川に関する何らかの異変があったかどうかを尋ねる。ハーミアは一応、ジェームスと遭遇したことは伝えたものの、それが川の異変と繋がるとは考えにくかったため、それ以上の話には広がらなかった。アレスについては、さすがに全く関係なさそうな友人の暗殺計画を話せる筈もない以上、何とも答えようがない。 ひとまずユーフィーは、アレスに湖への探索を命じる。シャドウである彼は、暗殺や密偵といった仕事だけでなく、こういった混沌の調査にも長けている。混沌に関する知識という意味では、ハーミアを同行させるという選択肢もあるのだが、さすがに、不確かな情報に基づいて、この街における貴重な戦力である二人を同時に派遣する訳にもいかない、というのが彼女の判断であった。 「承知しました。その程度の任務であれば、私一人で十分です」 「頼りにしています」 そう言って、彼は退室する。と言っても、さすがにこの日は既に日が落ちているため、調査は翌朝から開始することになった。本来、シャドウである彼は、暗闇での活動には長けている方だが、混沌の領域に住まう者達は、彼以上に深い意味での「闇の住人」である。今回の任務の場合、アレスの方が身を隠して調査する必要性が薄い以上、不確定要素の強い領域に踏み込むならば、日が出ている時間帯の方が安全である。彼は決して、危険を恐れる人物ではないが、無闇に危険を冒そうとする人物でもない。この点が、「本能のままに生きる冒険者」と「責任を背負って生きる武官」の違いと言えよう。現在のヴァレフール伯爵家には強い恨みを抱きながらも、その部下であるテイタニア男爵家に仕える道を選んだのは、アレスのこのような気質がどこかで影響していたのかもしれない。 2.1. 湖底火山 翌朝、アレスが森の奥地へと足を踏み込んでいくと、パルトーク湖に近付いていくごとに、いつもよりも混沌の力が強まっているのを感じる。魔法師ではない以上、正確にその状況を把握することは出来ないが、何らかの異変が発生している可能性が高そうなことは、彼にも直感的に理解出来る。 そして、彼の視界に湖が見えてきたその時、湖畔に一人の「奇妙な姿の少女」が佇んでいるのが目に入る。どうやら、彼女が(ユーフィー経由で聞いていた)「インディゴが見た魔法少女」であるらしいことは、すぐに察しがついた。すると、彼女の方も、アレスが近付いてきたことに気付いたようである。 「お主は、賞金稼ぎか?」 おそらく、彼女が言うところの「賞金稼ぎ」とは「冒険者」と同義語であろう。実際、この二つの言葉は、この世界では同じようなニュアンスで用いられることが多い。 「いや、私は、領主様の命令でここに調査に来た者だ」 「おぉ、ようやくこの街の領主も重い腰を上げたか。だが、今から調査していても、もう遅いぞ」 「何の話だ?」 「もうまもなく、この湖の奥の湖底火山が噴火する。おそらく、相当な量の水が流れ出ることになるだろう。まったく、先代がきちんと伝えるべきことを伝えていれば、こんなことにはならなかったものを。いや、もっと前から途絶えていたのかもしれんが……」 パルトーク湖の底に火山がある、などという話は聞いたことが無い。と言っても、この湖についてはまだ判明していないことが多い以上、その可能性を否定することも出来ない。だが、この得体の知れない少女の言うことが信用するに値するのかどうか、ということには疑問を感じるのが当然の話である。 「お前は一体、何者なんだ?」 「私か? 私はただの魔法師だ。それ以上でもそれ以下でもない」 「では、なぜ、そんなことが分かる?」 「まぁ、魔法師という者は、普通には分からんことも分かるものなのだよ。もっとも、この街の魔法師はその程度のことも気付かなかったようだがな。まったく、師匠の顔が見てみたいわ」 どうやらこの少女は、自分はこの街の魔法師(インディゴ)よりも格上だと言っているらしい。どう見てもただの子供の彼女に、そんな力があるとは思えないが、一方で、ただの子供とは思えない奇妙なオーラを発しているようにも見えた。 「どちらにしても、早めに手を打った方がいい。お前も、混沌に身を置く者であれば、この辺りの混沌濃度が高まっているのは分かるだろう。私自身の力で、ある程度までは止めることが出来るが、それでも限界がある。せめて堤防くらいは増設しておけと、領主に伝えておいてやれ」 どこまでも上から目線で語る少女に対して、訝しげに思いながらも、アレスはひとまず「彼女の言い分」を一通り聞いた上でその真偽を判断すべきと考えた。 「他に方法はないのか?」 「そうだな……、私と同レベルの魔法師があと4、5人いれば、どうにかなるかもしれんが、世界中を探しても見つかるかどうかは分からんしな。いや、もう一つの『手立て』の方が見つかればどうにかなったのだが、領主が覚えていないのであれば仕方がない。私が伝えてやるにしても、肝心の場所が分からんからなぁ。まぁ、もう少し探してはみるが、現状で一番確実なのは、堤防を強化しておくことだ」 サラッと爆弾発言を織り交ぜつつ、いま一つ要領を得ない回答を残して、彼女は去っていこうとする。だが、そこでアレスが呼び止めた。まだ重要なことを一つ、聞いていない。 「待て。お前の名は?」 「人に名を聞く時は、まず自分から名乗れ」 「私は、邪紋使いのアレスだ」 堂々とそう名乗ったアレスに対して、彼女は少し間を空けてから答える。 「ふむ、アレス、か。覚えておこう。私は『マリア』。今、名乗れるのはこの名だけだ」 そう名乗ると同時に、彼女の姿はアレスの視界から文字通り「消えて」いく。瞬間移動の魔法なのか、あるいは姿を透明化する魔法なのかは分からないし、そもそもそれらが高度な魔法なのかどうかも、魔法については全くの素人のアレスには判別がつかない。ただ、いずれにせよ、少なくとも彼女はただの「なりきり勘違い少女」ではなさそうである。 ちなみに「マリア」という名自体は、この世界では決して珍しくはない。だが、通常、魔法師にはそれに加えて「苗字」がある。それはエーラムにおける自身の一門を意味する名なのだが、あえてその名を名乗らない(あるいは名乗れない)理由は何なのか? もしかしたら、「苗字を持たない(エーラム出身ではない)魔法師」なのかもしれないが、いずれにせよ、色々な意味で「普通の魔法師」では無さそうである。結局、アレスの中では彼女が「胡散臭い少女」であるという認識は変わらないままであったが、ひとまず、ここまでの話を領主であるユーフィーにそのまま報告する。今の彼には、それしか出来ることはなかった。 2.2. 堤防工事 こうして、アレスが森の奥地へと足を踏み入れている間に、ユーフィーもまた、館の中で何か手がかりは無いかと思案を巡らせていた。まず、「インディゴと出会った少女」や、「夢に現れた女性」が言及している「テイタニアの領主家に伝わる何か」が気になった彼女としては、今の自分の周囲でそれを知る可能性のある唯一の人物である、妹のサーシャに聞いてみようと考え、彼女の部屋を訪ねる。 だが、一通りの事情を彼女に伝えたものの、彼女も特に心当たりはないようである。もっとも、継承者候補という意味では、サーシャはユーフィーよりも「下」の立場なので、何も知らされていないのも当然と言えば当然であろう。ただ、彼女はこれまで、「父」と「上の兄」との間で、何か秘密を共有しているような素振りを感じたことは何度かあったらしい。 「いつだったか、お父様とお兄様が、『指輪』がどうこうと言ってたのを聞いたことはあります。何の話か聞こうとしたら、はぐらかされてしまいましたが」 ユーフィーには、そんな話を聞いた記憶はない。それはもしかしたら、サーシャが末っ子で、当時はまだ 幼かったが故に、彼女の前では油断して、うっかり口を滑らせてしまっていたのかもしれない。ただ、いずれにせよ、ここまで厳密に「一子相伝」で長男にだけ何かを伝えていたのだとすれば、それは相当に重大な秘密であることは間違いない。実際のところ、父や長兄と同時に討ち死にした次兄や、今は大陸の貴族家に嫁いでいる姉も、「いざという時の保険」として何か聞かされていたのかもしれないが、現時点では確かめようがない。 その上で、ユーフィーは今度は父の代からこの街の「文官の長」であったインディゴと共に、父の残した遺品や資料の中に何か手がかりがないかと調べてみる。しかし、この館の中の資料については誰よりも詳しい知識を持っている筈のインディゴの力を以てしても、結局、それらしき情報は見つからなかった。 一方、ハーミアは、ジェームスが何か手掛かりを持っているかもしれないと思い立ち、彼が泊まっている冒険者の宿へと向かい、あっさりと再会を果たす。その上で、この街や森で何か異変が起きていないかと尋ねてみたところ、曰く、彼は二日前にこの街に来て、森の中を散策していたらしいが、以前に来た時と比べて、明らかに混沌濃度が高まっていたことは彼も感じていたらしい。ただ、それが具体的にどのような異変なのかまでは、彼も分からないとのことである。 こうして、各自がそれぞれに調査を続けていく中、アレスが帰還し、彼から一通りの報告を受けたユーフィーは、現実に湖の近辺で混沌濃度が高まっているという事実に鑑みた上で、堤防の増設を決意する。事の真相は分からないものの、少なくとも、湖で何かが起こっている可能性が高いことは確実である以上、川の増水・氾濫の可能性は考慮して然るべきである。しかも、それがいつ発生するかも分からない現状においては、少しでも早めに手を打っておく必要がある。 そして、こういう時に頼りになるのが、インディゴである。この街に長年仕えていた彼は、現在の堤防の構造についても熟知しており、彼の的確な指示の下、ユーフィー、ハーミア、アレスは街の人々と共に迅速に手を尽くした結果、この日の夜までに、川沿いの堤防への大量の土嚢の積み上げを完了する。その上で、街の人々に対しても水害の可能性を周知し、いざという時に避難するための準備を進めるように通達した。取り越し苦労であったとしても、何が起こるか分からない以上、万が一の事態に備えておく必要はある。 そして、この調査および堤防増設の一連の流れの中で、アレスは、昨日のアルフリードとの「毒物受け渡しの約束」のことを完全に失念してしまっていた。決して、旧友のことを軽んじていた訳ではないが、そんな大事なことを忘れてしまうほど、今回の事態は急を要する案件だと、本能のレベルで感じ取っていたようである。アレスがその約束のことに思い出した時には、既にアルフリードはこの街を去っていた。結果的に言えば、これが彼女から話を聞く最後の機会であったことにアレスが気付くのは、もう少し先の話である。 2.3. 沸き起こる異変 そして翌日の早朝、異変が起きた。テイタニアを大規模な地震が襲ったのである。建物が崩れるほどではなかったが、街中で看板や家具が倒れ、その激しい揺れで街の人々が次々と目を覚ます。ヴァレフールはその国土の大半が平地ということもあり、この地の人々は地震にはあまり慣れていない。多くの人々が困惑し、取り乱し、一瞬にして街は騒然とした空気に包まれる。 そんな中、慌てて家の外へと飛び出したハーミアは、街の流れるカーレル川の勢いが、急速に強まっていることを感じる。やがてそれが、巨大な濁流となって、増設した堤防に襲いかかってきた。 「おぉ、神よ……」 彼女は思わず手を握り、そう祈る。この世界では(聖印教会の人々以外は)「神」を信仰する習慣はそれほど強くない。彼女が祈っているのは、この世界の神ではなく、彼女の故国で信仰されていた「地球の神」である。しかし、そんな彼女の祈りもむなしく、やがてその堤防を越えて溢れ出た流水が、街の中へと流れ込んできた。堤防によってその勢いは殺されてはいるものの、その光景は街の人々を混乱に陥れるに十分なインパクトである。 「皆さん、落ち着いて避難して下さい!」 いち早く飛び起きて街中に現れたユーフィーが先頭に立ち、住民達にそう訴えかける。事前に通告していたこともあり、人々は困惑しながらも、街の中の高台や、川の勢いに流されにくい強固な構造の建物へと避難していく。そんな中、堤防を越えて流れ込む水の中に、奇妙な生き物の姿が目に入る。それは、混沌によって生み出された巨大な「蛙」の投影体である。稀に湖の近辺で目撃証言のある魔物であり、聖印や邪紋の力を扱える者達にとってはそれほど厄介な敵ではないが、一般人にとっては十分に脅威である。 そんな巨大蛙が街の各地に入り込んできたのである。こうなると、ユーフィー達としては、まずこの侵入者を除去することに専念せざるを得ない。住民達の避難指示は部下に任せた上で、彼女はすぐにハーミア、アレス、インディゴと合流し、混乱する街中を闊歩する蛙達に対峙する。 まず、真っ先に動いたのはインディゴである。彼は視界に蛙が入ると同時に、己の右手に念を込め、目の前の蛙を激しく睨みつけながら、その手を強く握りしめる。すると、彼の視線の先にいた蛙が、一瞬にして内臓を四散させながら破裂した。静動魔法師の得意技、フォースグリップである。まだかなり離れた場所にいる蛙のヌメヌメした不気味な感触を右手の掌で感じながら、その急所を瞬時に見極め、それを一気に潰したのである。 当然、周囲にいた蛙達には、何が起きたのか理解出来る筈がない。突然、仲間の体がバラバラに飛び散ったのを目の当たりにして、蛙達の思考は困惑しながらも、目の前で自分達に明らかな敵意を向けているユーフィー達に襲いかかろうとするが、逆にそれを迎え撃ったユーフィーのレイピアの一撃を真正面から受けてしまう。「人を殺さない」という信念の持ち主である彼女は、敵を屠る能力には長けていないと自認しているが、それでも、人々を襲う魔物が相手であれば、その浄化のために全力を尽くす。それは君主である以上、当然の責務であった。 そして、その傍らで別の蛙からの突撃を受けていたアレスは、一瞬にしてそれをかわして側面に回り、蛙の視界から消えたかと思うと、次の瞬間、短槍を蛙の脇腹に突き刺す。蛙は激しい血を流して苦しむが、それでもまだ倒れずに、アレスに対して長い舌を絡ませて反撃に転じる。その縛撃は着実にアレスに苦痛を与えるが、その程度で崩れ落ちるほどアレスもヤワな体ではない。 それと同時に、別の蛙達は、ユーフィーとインディゴにも舌を伸ばす。インディゴは逃れられずにその舌に絡み取られてしまうが、それにも動じず、彼は再び右手に力を込め、逆にフォースグリップで相手の蛙の身体を握り潰そうとする。蛙の舌と、彼の右手が、互いに相手の身体を締め上げる、奇妙な形での持久戦が展開されていた。 一方、ユーフィーに向けて舌を伸ばした蛙に対しては、後方からハーミアが天に向かって祈りを捧げたことで、その蛙の周囲の混沌に異変が発生する。混沌の力でこの世界に投影された地球人である彼女は、この世界に一時的に「地球の自然律」をねじ込むことで、他の混沌によって生み出される異変の影響を弱めることが出来るのである。その結果、勢いを失った蛙の攻撃はあっさりとユーフィーにかわされ、返す刀でユーフィーがレイピアとマイン=ゴーシュを駆使した連撃を繰り出した結果、その蛙はその場に倒れこむ。 それとほぼ同時に、アレスもまた自分に絡みついてきた蛙の脇腹にもう一度短槍を突き刺すことでとどめを刺し、インディゴと対峙していた蛙も、彼が放ったエネルギーボルトによって崩れ落ちた。こうして、ひとまず目の前の敵を一掃したことを確認すると、ハーミアは彼等の身体を地球伝来の技術で癒し、ユーフィーはその蛙を構成していた混沌核を浄化して自らの聖印へと吸収する。そして彼等は、街の衛兵達とも合流し、他の場所にも出現しているであろう投影体達を倒すために、流水にまみれた街の中を奔走するのであった。 2.4. 招集命令 こうして、ユーフィー達が街中に出現した魔物を討伐している間に、徐々に濁流も収まり、やがてカーレル川は平静を取り戻す。前日の備えの甲斐あって、どうにか人的被害は最小限に食い止めることに成功したが、それでも流水による建物の損傷は各地で発生しており、また、森を中心とする混沌濃度が高まったことで、小規模な混沌災害や投影体の出現率も上がっていた。ユーフィー達はこの日から数日間、この街の復興と治安維持のために奔走させられることになる。 だが、このような危機的状況において、逆に目を輝かせる人々もいる。冒険者達である。森の中で何らかの異変が起きたことを察知した彼等は、この機に新たな異界の投影装備などが手に入る機会なのではないかと考え、次々と混沌濃度の高まった森の中へと足を踏み入れて行く。当然、それは大きな危険を伴う行為なのだが、冒険者とはその名の通り、「危険を冒す者達」である。このような事態において怯むような者達は、そもそも「冒険者」とは名乗らない。 そして、ここ数日間の間に森に足を踏み入れた者達の証言によると、どうやらこの地震の発生以降、パルトーク湖の中心に「火山島」が出現しているらしい。というよりも、おそらく状況から察するに、パルトーク湖に奥底に眠っていた湖底火山が噴火・隆起したことが、今回の地震と水害の原因だったようである。現在、その火山島および湖の周囲は魔物が多すぎて、彼等と言えども容易には近付けなかったらしいのだが、幾人かの証言によれば、その火山島の火口の辺りに「巨大な黒い龍の首のような影」が見え隠れしていたという。もしかしたら、その「黒い龍のような何か」が、この噴火・地震・水害を引き起こした原因なのかもしれない。 これらの証言を踏まえた上で、ユーフィーとしては、街の人々が最低限の日常生活を送れるレベルまで街が復興してきたこともあり、そろそろ本格的な現状把握と原因究明のための調査隊を森に派遣しようと考えていたのであるが、まさにそのタイミングで、ヴァレフールの首都ドラグロボウから、彼女宛に「招集令状」が届けられた。どうやら、彼女を含めた「ヴァレフールの七男爵(騎士隊長)」全員を集めた上での「騎士団会議」を開催することになったらしい。その令状には明確には書かれていないが、どうやら、今回の災害に関係した議題のようである。 騎士団会議は、この国においては極めて重要な地位にある。この会議での決定は、伯爵からの勅令に匹敵する重みがあると言っても良い。この場に出席する権利があるのは、団長・副団長を含めた7人の騎士隊長(男爵)のみであるが、国防その他の重要な任務故に出席が不可能な場合は、名代として副官の騎士や契約魔法師が出席することも認められている。 そして今回の場合、テイタニアがまだ危機的状況から脱したばかりである以上、ユーフィーとしても、今、自分が現場を離れる訳にはいかないと考えていたため、契約魔法師であるインディゴを名代として指名した。もし、本格的な二次災害が発生した場合を想定すると、彼が現場を離れるのも危険ではあるのだが、混沌を浄化する力を持つユーフィーが離れるよりは、まだリスクが少ないと言えるだろう。 彼女がその旨を皆に伝えると、皆は納得の表情を浮かべるが、そこに一人、口を挟んだ人物がいた。サーシャである。 「私も、姉様の名代という形で同行させて頂けませんか?」 確かに、彼女はユーフィーの実妹であり、聖印を持つ君主でもある。姉の名代として参加する権利は十分にあると言えるだろう。ただ、これまで領主としての職務には殆ど関わっていなかった彼女は政治的知識は乏しいということもあり、彼女自身が騎士団会議の重大な政治的決定に対して口を挟む気はない。あくまでも「体裁」のために形だけ出席した上で、実際の決定はインディゴに任せるつもりであった。 実際のところ、彼女がいなくてもインディゴさえ派遣しておけば名代としては事足りる。ただ、何らかの重大な決定が下される場合、その責任をインディゴ一人に背負わせるのもあまり望ましくはない。また、状況によっては「聖印の持ち主」が必要となる場合も想定されうるという意味では、「保険」として彼女を同席させておく意味はあるだろう。 そういった事情も鑑みた上で、ユーフィーもインディゴも、サーシャの同行に同意する。父や兄達を失ったユーフィーにとって、サーシャは残された数少ない大切な「家族」である。故に、病弱な彼女を心配する気持ちは強かったが、ここは「少しでも役に立ちたい」という彼女の思いを尊重することを決意し、インディゴに彼女を託すことを決意したのであった。 2.5. 爵位継承問題 翌朝、インディゴとサーシャはドラグロボウへと出立し、その日の夕刻頃に、その街の中心に位置する伯爵の居城へと辿り着く。客室に案内された彼等は、他の男爵達が到着するまでこの地に滞在することになった訳だが、そんな中、正規の会議が始まる前に、彼等の部屋を訪問する者達がいた。 ヴァレフール最大の穀倉地帯を領有するイカロス男爵グレン・アトワイト(下図左)と、北西部国境に位置するイェッタ男爵ファルク・カーリン(下図右)である。グレンはヴァレフール騎士団の副団長であり、ファルクはその縁戚にあたる。二人とも、聖印教会との関係が深いと言われているが、その一方で、それぞれエーラムからの魔法師とも契約しており、その意味では、状況によっては混沌の力を頼ることも全否定はしない、いわゆる(聖印教会内における)「穏健派」に属する立場である。 そして、ファルクの姿を見たサーシャはすぐさま鞄の中から「詩集」を取り出し、満面の笑みを浮かべながら彼の前に差し出す。 「ファルク様、この詩集をお貸し下さり、ありがとうございました。とても素敵な言葉ばかりが紡がれていて、読む度に心が洗われるようでした」 どうやら、彼女がこの会議に参加したいと言い出した裏には、ファルクに会ってこの詩集のお礼を言いたい、という思惑もあったようである。いつもは大人しい彼女が、ファルクの姿を見た途端に、目を輝かせながら生き生きとした表情を浮かべているのが、その傍に立っていたインディゴにも感じ取れた。 「気に入って頂けたのなら、何よりです。お身体の調子はいかがですか?」 「はい、最近は特に大きな発作もなく、落ち着いています。お心遣い、ありがとうございます」 こうして二人が和やかに会話を交わしているのを横目に、今度はグレンがインディゴに語りかけてきた。 「さすがに、ユーフィー殿は来れなかったか」 「色々と、大変な時期でありますので」 インディゴがそう答えると、グレンも素直に理解を示す。その上で、彼はインディゴに対して、深刻な表情を浮かべながら話を続ける。 「いずれにせよ、今回の会議は間違いなく荒れることになる。だが、団長の暴走は止めなければならん。何としてもな」 団長とは、ヴァレフールの七男爵の筆頭格である騎士団長ケネス・ドロップスのことである。ケネスとグレンは同世代(50代後半)のライバル関係であり、騎士団の方針を巡る会議においては、この二人の対立が議論の軸となることが多い。インディゴには、今の時点でグレンが言うところの「団長(ケネス)の暴走」とは何を意味しているかは分からなかったが、どうやら彼は、騎士団会議が始まる前に、こちらの動きを探りつつ何らかの「根回し」をしようと企んでいることは、薄々察しがついた。 「時にインディゴ殿、仮定の話なのだが、もし、ユーフィー殿の兄君がまだ存命だったとして、ユーフィー殿は兄君のことを差し置いてまで、自らが後継者となろうとしただろうか?」 この唐突な質問に対して、インディゴは困惑しながらも、素直に持論を述べる。 「よほど特別な事情でもない限り、そのようなことにはならないでしょう」 「そうであろう。それが筋というものだ。継承の順序は守らねばならん。そこに各自の思惑を挟むようになってしまっては、国が傾く」 この時点で、グレンがここにきた理由が、うっすらとインディゴにも見えてきた。どうやら今回の会議は、伯爵位の継承権争いが絡んだものであるらしい。 現在のヴァレフール伯爵であるブラギスには、二人の息子がいる。長男のワトホートは、聡明ではあるが病弱、次男のトイバルは、勇猛ではあるが粗暴。故に、どちらを後継者とすべきかを巡って、何年も前から国論は揺れていた。そして、長男ワトホートの妻は副団長グレンの娘であるのに対し、次男トイバルは団長ケネスの娘を娶っており、この二人のどちらが後継者となるかによって、グレンとケネスの主導権争いにも大きな影響力が出ることが予想されていたのである(下図参照)。 「ワトホート様のお体を心配する声もあるが、それも杞憂だ。実はここだけの話だが、あの方の病状を治す手立てが整いつつある。何も心配することはない」 どうやらグレンは、今後の会議において発生するであろう後継者問題に向けての「票固め」のために、テイタニア陣営に探りを入れに来たらしい。「ワトホートの病状を治す手立て」なるものが、どこまで信用出来る話なのかは分からなかったが、もともとトイバルに対して「兄弟子キースを殺された恨み」を抱いているインディゴとしては、少なくとも個人的感情のレベルでは、トイバルを後継者に推す理由はない。だが、そのような問題に対して、ユーフィーの許可なく自分だけで判断を下す訳にもいかないと考えていた以上、今の時点でこの問題にはあまり関わりたくない、というのが本音であった。 そんなインディゴの困惑を知ってか知らずか、グレンは隣で笑顔で談笑するファルクとサーシャの様子を見ながら、彼女には聞こえないような小声で、インディゴに語りかける。 「ところで、ファルクとユーフィー殿の妹君は仲が良いようだが、ファルクは私の縁者でもある。私が斡旋してあの二人の縁談をまとめることも可能だが、いかがかな? それとも、ユーフィー殿としては、まだサーシャ殿を嫁に出す気はないのだろうか?」 現状、騎士団内において、ファルクは縁戚関係にあるグレンと共に「長男派(ワトホート派)」と目されている。どうやらグレンとしては、そのファルクとユーフィーの妹を結びつけることで、テイタニア陣営もそのまま長男派に引き込もうという算段らしい。 37歳にして独身のインディゴは、これまでの人生を仕事一筋に費やしてきたため、およそ男女の機微に通じているとは言い難いが、そんな彼でも、サーシャがファルクに対して憎からざる想いを抱いていることは、彼女の態度を見ればすぐに分かる。しかし、自家と他の男爵家との縁談ともなれば、ある意味、主家であるインサルンド家の伯爵位継承以上に重要な問題であり、彼に即答する権限など、ある筈もない。 「その辺りについては、私では判断しかねます」 「そうか。まぁ、覚えていたら、帰還後にユーフィー殿に話を伝えておいてくれ」 そう言い残すと、グレンはファルクを伴って去っていく。サーシャはまだもう少し話を続けたそうな素振りではあったが、そこで自己主張出来るような性格でもない彼女は素直に彼等を見送り、そしてインディゴは、自分の手に余る議題がこの後の会議で展開されようとしていることを察して、徐々に陰鬱な気分になりつつあった。 2.6. 聖印と大毒龍 そして翌日、七男爵家の代表が全員到着したという連絡が、インディゴとサーシャに届く。その上で、彼等は伯爵であるブラギスとの謁見の間へと案内されることになるのだが、その途上の廊下にて、別の七男爵の一人と遭遇する。 「この度は、不幸な災害にみまわれたこと、お悔やみ申し上げる」 ヴァレフール北西部に位置する古城クーンを守るシュペルター家のイアンである。前述の通り、彼はハーミアの「元恋人」でもあるのだが、そのことはテイタニアの人々には伝えられていない。 「実は今、我が妻ヴェラが、テイタニアに支援物資を運んでいるのだが、現地の混沌濃度は今、どのような状態なのかな?」 「少し荒れてはいますが、まだそれほど深刻な事態ではありません」 「そうか。私もこの会議が終われば、すぐにヴェラの後を追って、復興に協力させてもらうつもりだ」 イアンもヴェラも、基本的には実直な人物である。彼等は同じヴァレフールの同胞として、純粋な気持ちで支援を申し出ている。無論、その地に「イアンの元恋人」がいることなど、彼等が知る由もない。 「ご迷惑をかけてしまって、申し訳ない」 「いやいや、こういう時はお互い、助けあわねばな」 深々と頭をさげるインディゴに対してイアンがそう言うと、その背後から別の人物の声が聞こえてきた。騎士団長のケネス・ドロップス(下図左)である。その傍には、彼の縁者であり、ヴァレフール北東部の湖岸都市ケイの領主ガスコイン・チェンバレン(下図右)の姿もあった。 「間も無く、謁見の時間となる。御三方とも、お急ぎ下され」 そう急かされた彼らは、素直にその言に従う。前述の通り、ケネスは現在の騎士団の団長であると同時に、トイバルの舅でもあり、伯爵位継承権問題においては「次男派」の筆頭である。ガスコインはそんなケネスと縁戚関係を結んでおり、彼もまた次男派の一員と目されていた。これに対して、イアンは伯爵令嬢のヴェラを娶ってはいるものの、彼女自身が「爵位継承権は放棄する」と明言した上で、兄達の争いからも身を引こうと考えていることもあり、「中立派」としての立場を鮮明にしていた。 そして現状においては、ユーフィーもまた、この問題に対しては特にどちらを支持するとも明言していない。というよりも、男爵位を継いだばかりで、どちらの派閥とも縁戚関係にはなかった彼女にとっては、どちらに肩入れする理由もなかったのである。 こうして、彼等が伯爵の謁見の間にたどり着くと、そこには既に到着していたグレンとファルクに加えて、もう一人、見知らぬ女性の魔法師の姿があった(下図)。 「皆様、お初にお目にかかります。オディール男爵ロートス・ケリガン様の契約魔法師のオルガ・ダンチヒと申します。我が街は対アントリアの最前線に位置しております故に、主が現場を離れる訳にはいかず、不肖・若輩のこの私が主の代役を務めさせて頂くこと、どうか御容赦下さい」 そう言って、彼女は深々と頭を下げる。オディールの領主であるロートスは、数ヶ月前に急死した父の後を継いで君主となったばかりの人物であり、彼女はその直前に、先代領主の契約魔法師となるためにエーラムから派遣され、諸々の経緯の末に、ロートスの契約魔法師として彼に仕えることになった(第3話「長城線の三本槍」参照)。 「若輩なのは、ロートス殿も変わるまい。むしろ、お主がいなくて大丈夫なのか?」 比較的オディールに近いケイの領主であるガスコインが、彼女に対してそう問いかける。ロートスは現在22歳(オルガは23歳)、ほぼ同時期に男爵位を継承したユーフィーを除けば、最年少である。それに加えて、ユーフィーと同等かそれ以上に「覇気のない君主」と言われており、最前線を守る人材としては、少々頼りないというのが、近隣の領主達の間での定評である。特に、つい先日、アントリアによる山岳街道突破作戦の危機に晒されそうになったケイの領主であるガスコインとしては(第5話「禁じられた唄」参照)、ロートスのような頼りない若輩者に長城線を任せること自体に、強い不安感を抱いているようである。 「ご心配なく。我が街には、私よりも優秀な妹弟子がおりますので」 オルガがそう答えると、それに対してガスコインが何か言おうとするよりも前に、伯爵の侍従兵の声が謁見の間に響き渡った。 「ブラギス陛下のおなりです!」 即座に男爵およびその代理人達は「玉座」に向かって膝をつき、やがてその奥から、ヴァレフール伯爵ブラギス・インサルンドが、両腕を側近に抱えられた状態で現れるのを目の当たりにする(下図)。 高齢のブラギスは、ここ最近、あまり体調が思わしくないと言われていたが、この様子を見る限り、既に一人で歩くこともままならない状態となっているらしい。そんな姿を見た男爵達が心配の眼差しを向ける中、ゆっくりと玉座に座ると、ブラギスは虚ろな目を浮かべた表情で、重々しく口を開いた。 「ヴァレフスじゃ……、ヴァレフスが、湖の奥から、甦ろうとしておる……。はようヴァレフスを討つのじゃ……。そう、ヴァレフスを討った者を、我が聖印の後継者とする……。我が聖印は、ヴァレフスを討った者に委ねる……」 「ヴァレフス」とは、400年前にこの地を混沌から救った英雄王エルムンドによって倒されたと言われている、伝説の「大毒龍」である。ブレトランド人であれば知らぬ者はいないほどの「恐怖の象徴」であるが、それが蘇るなどという説は、民間の与太話の次元では頻繁に語られているものの、実際にそのような危険性があると考える者は少ない。 そして、ブラギスは譫言のようにそう呟くと、やがて意識を失ったように瞳を閉じ、再び側近達に抱えられて玉座から立ち上がり、そのまま謁見の間から去っていく。そのあまりにも異様な光景と発言に、男爵達が呆気にとられていると、ケネスが冷静な口調で皆に通達する。 「……さて、各々方、今の話を踏まえた上で、会議室に来て頂きたい」 どうやら、彼は既に「この事態」を事前に知っていたようである。皆がそれぞれに困惑した面持ちのまま会議室へと移動し、やがてこの国の命運を大きく左右することになる「騎士団会議」が、厳重に警備された「密室」の中で開催されることになるのであった。 2.7. 騎士団会議ー激論ー まず最初に発言を求められたのは、インディゴである。ケネス曰く、先日の大地震以来、ブラギスは何度も先刻の発言を繰り返しているらしい。ブラギスが何を根拠にこのようなことを言い出したのかは明確ではないが、少なくとも状況的に考えて、彼が言うところの「湖」とは、今回の地震の震源地であるパルトーク湖のことを指しているのは間違いない。故に、まずは今回の地震に関する詳しい情報を知る必要がある、というのがケネスの考えであった。 それに対して、インディゴは、彼が出会った魔法少女や、ユーフィーの夢に現れた謎の女性の話などについては伏せた上で、純粋に今回の事件を通じて発生した被害状態や、湖で目撃されたと言われている「巨大な黒い龍のような何か」の存在についてのみ説明する。得体の知れない(闇魔法師かもしれない)者からの情報提供を受けているということを知られると、余計な勘繰りをされる可能性がある以上、現状で語れるのは、そこまでが限界であった。 「では、その火口に現れた『黒い龍』こそがヴァレフス、そしてそれを討った者が次のヴァレフール伯爵になる、ということでよろしいかな?」 サラッとそう言ったケネスに対して、グレンは真っ先に異論を唱える。 「いや、待て、皆も見たであろう? 今の陛下は明らかにご乱心の状態だ。今の陛下の発言を、そのまま受け取るべきではない。無論、このことは公表も控えるべきだ」 確かに、先刻のブラギスを見る限り、明らかに「正常」とは言えないと判断するのが一般的な反応であろう。見様によっては、何者かの手で催眠状態となっているようにも見える。 だが、それに対して今度は、ガスコインが反論する。 「それを判断する権利は我々には無い。そもそも、臣下の立場でありながら、陛下が正気ではないと決めつけるのは無礼千万ではありませぬか、副団長殿? ましてや、我々の独断で陛下のお言葉を公表せず握りつぶすなど、言語道断だ」 確かに、これはこれで臣下としての一つの筋の通し方ではある。だが、実際のところ、この意見の対立の根源にあるのは「ブラギスが正気か否か?」に関する認識の差ではない。次期伯爵位を巡る戦略上の問題である。武勇に秀でたトイバルを推すケネスやガスコインの立場にとっては、「ヴァレフスを討った者が次の後継者」というブラギスの発言は、病弱な兄ワトホートから継承権を奪う上で、格好の根拠となる。逆に、長男派のグレンとしては、そんな発言の正統性を認める訳にはいかない。 そして、今度は同じ長男派のファルクがグレンを擁護する。 「しかし、先程の陛下の発言は、明らかに言葉不足です。たとえば、伯爵家の者以外がヴァレフスを討った場合はどうするのか、極論を言ってしまえば、ダン・ディオードがヴァレフスを討った場合でも、我々は彼を次の主と認めなければならないのか、といった問題に関して、今の陛下ではその御意志の確認が出来そうにありません。よって、陛下のお気持ちが落ち着かれるまで、この情報は公表すべきではないと思います。中途半端な情報が広がると、事態が混乱しかねません」 確かに、あの発言の中には「インサルンド家の者の中で」などとは一言も語られていない。現在はコートウェルズに渡っているアントリア子爵ダン・ディオードが、突如舞い戻ってきてヴァレフスを討つ、という可能性もゼロではないし、そうでなくても、得体の知れない流浪の君主が討ち倒してしまう事態も想定して然るべきであろう。 「だが、最終的には、陛下が納得しなければ聖印は与えられんのだ。さすがに、どこの馬の骨とも分からぬ者に聖印を与えるなどと、陛下が仰る筈がない。問題はなかろう」 ガスコインはそう反論するが、そう言いながらも内心では「今の陛下なら、そうしないとも言い切れない」という恐怖感はあった。しかし、「次男派」である彼等が本懐を遂げるには、これは紛れもなく千載一遇の好機なのである。多少のリスクはあっても、ここは引く気はなかった。 そして当然、長男派のファルクとしてもここは譲るわけにはいかない以上、真っ向からその主張に対して応戦する。 「しかし、この条件だけを聞いた者達が『ヴァレフスを倒せば伯爵になれる』と解釈した場合、その解釈を後になって陛下が否定することで、陛下に対する不信感が広がる可能性もあります。どちらの解釈に筋があるか以前の問題として、民の心を困惑させる事態は避けるべきかと」 こうして、長男派と次男派がそれぞれの思惑に基づいて持論を展開する中、今度は「中立派」と目されていたオディールのロートスの代理人であるオルガが口を開いた。 「僭越ながら申し上げます。ファルク殿の仰ることは全くもってその通りではございますが、問題は、果たしてそれを隠し通せるかどうかです。最悪の場合、我々が隠そうとしていたことが世間に露見した場合、余計に事態が混乱します」 これに対しては、グレンが皮肉めいた笑みを浮かべながら問いかける。 「まさか、そのようなことを勝手におこなう者が現れるとでも? オルガ殿は時空魔法師と聞いたが、そのような不届き者が現れる未来が見えましたか?」 そう言いながら、グレンはケネスに鋭い視線を向ける。この状況において、騎士団の中から独自にその情報を流す者がいるとすれば、それは間違いなく次男派の仕業、と考えるのが自然であろう。ケネスが平静を装いながらその視線を受け流すと、オルガは率直にそれに答える。 「その可能性もゼロとは言い切れません。それに、我々でなくても、間者が忍び込んでいる可能性は十分にあります」 実際のところ、オルガにはそこまで明確なヴィジョンが見えている訳ではないのだが、ケネスやガスコイン以外にも、王宮内に「次男派」の者達はいる以上、誰がいつ、その「伯爵様の言葉」を公表してしまうか分からない。ちなみに、彼女の主であるロートスの長弟ゲンドルフの妻はグレンの縁者であり、末弟リューベンの妻はケネスの縁者ということもあり、一族間での争いを防ぐために、この問題についてはロートスはあくまで中立を貫く方針である。オルガもその意思を尊重しているため、彼女としても次男派を利するつもりはなかったのであるが、国内の混乱を避けるためには「事実の隠蔽」はあまり得策ではない、というのが、彼女の判断であった。 それに対して、同じ中立派のイアンからは、また別の角度からの異論が語られる。 「とはいえ、現状ではまだ情報が少なすぎます。陛下のお言葉を疑う訳ではありませぬが、そもそも陛下の仰る『ヴァレフス』が何物なのかも分からない状態である以上、まずは湖の調査を進めて、実態を把握してから、公表するかどうかを決めるべきでは?」 確かに、討伐対象としてのヴァレフスという魔物自体が実在するかどうかも分からない状態でこの事実を公表すれば、間違いなく混乱は広がるだろう。倒した後になって「あれがヴァレフスだったのか否か」について議論しても、水掛け論になる可能性が高い。だから、ブラギスの発言を公表する前にまず真偽を確認する、というのは筋の通った考えではある。 だが、問題は、誰がそれを判別するのかという点である。そもそも現実問題として「ヴァレフス」なるものの実態を知る者が誰もいない以上、客観的な判断を下せる人物が今のブレトランドにいるとは思えない。そうなると、中立的な立場で本格的な調査を実行するには、エーラムの魔法師協会に依頼するのが一番着実な手法ということになるが、今からエーラムに依頼したとしても、すぐに動いてくれるとは限らない。 こうした状況を踏まえた上で、ここでようやく、再びインディゴが口を開く。 「いや、仮にも陛下のお言葉が本当ならば、我がテイタニアは一刻を争う事態です。そんなに悠長に事を構えている訳にはいきません」 少なくとも、彼自身、火口に現れた魔物がヴァレフスなのかどうかは分からない。だが、ヴァレフスであろうと無かろうと、今のテイタニアとって重要なのは、その魔物を一刻も早く倒すことである。彼自身の本音としては、トイバルの爵位継承を後押しするようなことはしたくはないが、今は伯爵家の事情に引っ張られて、事態の解決を遅らせる訳にもいかない。公表するにせよ、しないにせよ、迅速に大軍を派遣してその魔物を倒すというのが、今の彼がこの場にいる人々に要求すべき最優先の主張であり、それについては、同席していたサーシャも同じ気持ちであった。 そして、この意見に便乗する形で、次男派の筆頭であるケネスも、イアンに対して反論する。 「そうだな。それに、そのような悠長なことを言っている間に、こっそりとヴァレフスを討ち果たして、伯爵位の継承権を主張する者が現れぬとも限らん。おぉ、そういえば、先ほど失礼ながら偶然立ち聞きさせて頂いたのですが、ヴェラ様は今、テイタニアに向かっておられるのでしたな」 つまり、状況的に言えば、現状においてヴェラが誰よりも先に「ヴァレフス」を倒せる場所にいる、ということになる。本格的な討伐隊の派遣を躊躇っている間に、ヴェラが「ヴァレフス」を討ち倒すということも、状況的には出来なくもない。 「我が妻は、伯爵位の継承権は放棄すると、はっきり申し上げた筈。純粋な善意でテイタニアを助けようと尽力している我が妻の下心を疑うとは、いかに騎士団長様と言えども、聞き捨てなりませんぞ!」 日頃は温厚なイアンが、珍しく声を荒げる。彼はヴェラのその強い決意を受け入れた上で、(一時は結婚まで考えていたハーミアを捨ててまで)一生彼女を守り抜くと誓って彼女を妻に迎えた身である。そのことで自分自身が「逆玉」と揶揄されることについては甘んじて看過してきた彼であったが、ヴェラ本人を愚弄されることだけは、彼の中では絶対に許せなかった。 「誰もそのようなことは申しておらぬ。いささか過剰反応ではないか? あるいは、ヴェラ様には野心が無くても、あの方を利用しようとする者が、その『周囲』にいるのかな?」 ケネスがやや挑発気味にそう問いかけることで、会議場全体に重い空気が広がる中、部屋の外を守る衛兵から、緊急事態を知らせる連絡が届いた。 「グレン殿に『火急の知らせ』があるという者が現れました!」 その声を聞いたケネスは、一呼吸置いた上で、全員に対してこう告げる。 「では、一旦休憩としよう。我々年寄りには、長時間座り続けるのは堪えるからな」 2.8. 騎士団会議ー幕間ー こうして、騎士団会議はひとまず休会となる。それと同時に、厳重に封印されていた扉が開かれ、グレンへの使者と思しき者が駆け込み、そしてグレンに何かを耳打ちする。 「なん……、だと……!?」 グレンは驚愕と焦燥が入り混じった表情を浮かべ、それを見たケネスがニヤリと笑う。何が起きたのかは分からないが、どうやらケネスには、グレンに届いた「火急の知らせ」が何なのか、察しがついている様子である。 それが何を意味しているのか分からないまま、インディゴはひとまず、サーシャの体調を案じて、外の空気を吸わせるために会議室の外に出ると、その後を追うようにケネスが近付いてきた。 「此度は大変だったな。インディゴ殿としても、一刻も早く事態を解決したいところであろう。火山の火口にヴァレフスがいるのであれば、早々に会議を終わらせて、討伐軍を派遣せねばな」 「……そうですね」 インディゴはそう言って静かに頷く。ケネスの言っていることはその通りなのだが、正直、トイバルの側近である彼に対しては、あまり良い感情を抱いてはいない。とはいえ、今はあくまで「ユーフィーの代理補佐」としてこの場にいる以上、自身の感情のままに発言(行動)する訳にもいかない。 すると、今度はケネスがサーシャに向かって語りかけてくる。 「そういえば、サーシャ殿は生来病弱なお身体だそうですが、実は今、その病状も治せるかもしれないお薬が、もうすぐ手に入りそうなのです。大変高価な一品らしいのですが、この国を『正しい方向』に導く考えをお持ちであれば、ぜひ、あなたのためにお使い頂きたい」 ケネスは不敵な笑みを浮かべながら、一瞬インディゴに目を向けた上で、そう告げた。インディゴには、その意図はよく分かる。その「薬」と引き換えに、この会議でケネスの意見に賛同しろということであろう。果たして本当にそんな薬があるのかどうかも分からないが、少なくともその条件を引き合いに出されると、妹思いのユーフィーの代弁者としてここにいる以上、その申し出を自分の独断で蹴る訳にもいかない。 一方、そんなインディゴの苦渋に全く気付いていないサーシャは、ここで(インディゴにとっても、ケネスにとっても)全く予想外のことを口にする。 「そのような薬を私ごときに使うなど……。むしろ、私と同等かそれ以上にお身体が悪いと言われているワトホート様のためにこそ用いられるべきではないでしょうか?」 サーシャは、伯爵家の継承権争いの問題など、何も知らない。今、彼女の目の前にいる人物が、そのワトホートの最大の政敵であることも知らされていないのである。しかし、だからこそ、この発言は重い。真正直にそう言われてしまっては、ケネスとしては何も言い返せなかった。 実は、ここでケネスが言っていた「薬」とは、まさにそのワトホートを治療するために、グレンが裏ルートで入手しようとしていた薬であった(昨日の時点で、グレンがインディゴに告げていた「あの方の病状を治す手立て」とは、まさにこの薬のことである)。ケネスはそのグレンの動きを察知し、配下の特殊部隊に命じて、まさにこの日、別の場所でおこなわれようとしていたその取引現場に赴き、その薬を強奪するように命じていたのである。そして、先刻の「火急の知らせ」を聞いたグレンの表情から、その目論見が成功したことを確信し、その薬をこの場で「票固め」のための交渉材料にしようと考えたのである。しかし、当のサーシャ本人にそう言われてしまったケネスとしては、これ以上この話を続ける訳にもいかない。 ひとまず、ケネスはこの「世間知らずのお嬢様」の意向は無視した上で、インディゴには「どうすべきか、分かっているな?」と目で訴えつつ、その場から立ち去る。インディゴとしては、内心でサーシャの無邪気さに感謝しつつも、再開後の会議で改めて難しい決断を迫られることを実感し、頭を抱えるのであった。 2.9. 騎士団会議ー決議ー そして、休憩を終えて皆が会議場に戻ってくると、再び扉が閉められ、騎士団会議が再開される。悩むインディゴに「視線」を送りながら、ケネスは男爵達に向かってこう告げる。 「では、休憩中にそれぞれの考えもまとまったことであろうし、まず陛下のお言葉を公表すべきか否かについて、決を取ろうか」 騎士団会議において意見がまとまらなかった時は、最終的には七男爵の「多数決」によって決定される。今回の場合、オディール伯爵ロートスの持つ一票はオルガが代役として行使し、そしてテイタニア男爵ユーフィーの一票については、サーシャの同意の下でインディゴが行使する、という形になる。そしてサーシャは、今回の件についてはインディゴに任せると明言していた。 「現時点で、陛下のお言葉を公表するのを差し控えるべきと考える者は?」 ケネスがそう問いかけたのに対し、グレン、ファルク、イアンの三人が手を挙げる。インディゴは迷いながらも、ここは黙って動かなかった。 「では、公表することに賛成の者は?」 これに対して、ケネス、ガスコイン、オルガ、そしてインディゴが手を挙げる。彼としては、ここで公表に反対しても、オルガが懸念していたように、何者かによってその情報が漏洩される可能性が高いと考えていた。それならば、最初から公表してしまった方がむしろ混乱のリスクは少ない、というのが彼の判断である。おそらくこれは、より現実的な判断を要求される「君主の補佐官」としての契約魔法師としての直感であろう(もし、この場にいるのがオルガとインディゴではなく、ロートスとユーフィーだった場合、結果は変わっていたかもしれない)。 この結果にケネスは満足した表情を浮かべつつ、そのまま「次の議題」へと話を進める。グレン達は不服そうな表情ではあったが、こうなってしまった以上は、気持ちを切り替えるしかなかった。 「では、陛下の御心に従い、我等はこれからヴァレフス討伐軍を編成する。手順としては、騎士団長である私の指揮の下で、ワトホート様とトイバル様を伴う形で、動員出来る限りの兵力を率いてパルトーク湖へと向かい、ヴァレフスと対峙する。その上で、我等が露払いとしてヴァレフスに打撃を与えた上で、最後はワトホート様とトイバル様にお任せして、ヴァレフスにとどめを刺した方に、その混沌核を浄化・吸収して頂く。これが最も現実的な案だと私は考えるが、いかがかな?」 つまり、実質的には全軍で協力してヴァレフスに大打撃を与えた上で、最後の一撃だけを二人のどちらかに委ねる、ということである。確かに、まず敵を倒すことを最優先するのであれば、これが最も適切な戦略のように見えるだろう。 だが、この場合、最終的には個人的な武技の勝負になる以上、明らかにトイバルに有利である。しかも、全体の指揮官が次男派のケネスであれば、様々な形で「トイバルにとって有利な状況」をお膳立てすることも出来る以上、このような条件を、長男派のグレンが承諾出来る筈もない。当然、彼はこの方針に対して真っ向から反発する。 「それでは、ワトホート様もトイバル様も、ご自身の手でヴァレフスを討ち取ったと誇れまい。伯爵位継承権が関わる問題である以上、指揮は殿下御自身の手で採って頂かねば」 「では、どちらの『殿下』に指揮権を委ねるべきだと言うのか?」 単刀直入にそう切り返してきたケネスに対して、グレンもきっぱりと「本音」で答える。 「当然、第一継承権を持つワトホート様だ。だが、トイバル様がどうしても不服と仰るなら、トイバル様も『私兵』を率いて、我々『正規軍』とは別に、ご自身の手で参加すれば良い」 彼の中では、長男であるワトホートが後継者となるのは「当然の道理」であり、そこに異論を挟む余地はない。先刻の決議の結果、すでに状況的に追い詰められているグレンとしては、ここは強気にそう言い放つしかなかった。 「その『私兵』の中には、我々騎士団の者達も含めて良いのですかな?」 グレンに対して、ガスコインがそう問いかける。グレンは、ワトホートが指揮する部隊こそが「正規軍」であり、トイバルがそれとは別に軍を動かす場合は、それはただの「私兵」であると主張している。百歩譲ってその「呼称」を認めるとして、騎士団が後者に属することは認められるのか、という点についての見解を問おうというのである。 「正統なる爵位継承に異を唱えて、トイバル様の自己満足に付き合いたい者がいるのであれば、それを止める権利があるのは団長殿だけだ。私は、団長殿には理性ある判断をお願いしたいがな」 「大軍指揮の経験に乏しいワトホート様に全軍を委ねて、騎士団長がその責任を放棄することが『理性ある判断』なのか? なかなか斬新な見解だな」 あえて挑発的な言葉で答えたグレンに対して、ケネスも露骨に敵意を剥き出しにした言葉で応戦する。無論、グレンとしても、ケネスやガスコインが「ワトホートの指揮下でのヴァレフス退治」に協力するとは考えていない。あくまでもこれは「落としどころ」を探るための牽制である。 その意図を察したファルクが、ここで両者の間に入るような形で発言する。 「確かに、効率性を考えれば、ケネス殿が指揮をとるべきでしょう。しかし、陛下の発言を公表すると決めてしまった以上、この戦いの指揮官は、せめて形式だけでも、伯爵位後継者が採らなければ、道理が通りません。故に、ここはワトホート様とトイバル様がそれぞれに兵を募り、騎士団の方々もどちらに協力するかをそれぞれに判断して、お二人で競って頂くのが筋では? 兵を集める人望もまた、爵位を継ぐにふさわしい人物を決める上での重要な要素かと」 つまり、実質的には「長男派」と「次男派」でそれぞれに軍を率いて競い合う、という形の「妥協案」である。無論、これは一見すると「妥協案」ではあるが、グレンとしては最終的にこの結論に持っていくつもりだったので、自分に代わってその方針を提示してくれたファルクに内心感謝する。 だが、それに対して今度は、中立派のイアンから異論が提示される。 「しかし、現実問題として、指揮系統を分けるのはどう考えても効率が悪いです。もし、敵が本当に伝説の大毒龍ヴァレフスなら、全軍で結集して戦わなければ勝てる筈がないでしょう。爵位継承も重要な問題だが、それ以前にまず、着実に混沌を倒せる方法を優先すべきでは?」 確かに、現実的に考えればそれが正論であるように見える。しかし、もう一人の中立派であるオルガからは、全く逆の方向からの「現実論」が提示された。 「イアン様のご忠告はおっしゃる通りではありますが、形だけ結集した体裁をとっても、その内部が分裂した状態では、かえって混乱する事態にもなりかねません。私は新参者故、騎士団の内情に関して詳しいことは存じ上げませぬが、討伐隊内で不和を招く可能性があるなら、最初から別行動にした方が良いかもしれません」 先刻の決議の際と同様、ここでもオルガは「男爵間の対立」を視野に入れた上での戦略を提示してきた。しかも、今回は先刻よりも言葉遣いがストレートである。 「オルガ殿には、我等はそこまで不仲に見えるのか。悲しいことだな」 騎士団長であるケネスは苦笑いを浮かべながらそう口にするが、誰がどう見ても、オルガの懸念が的を射ていることは明らかであった。 「御無礼をお許し下さい。ただ、私は『魔法師』であると同時に『軍師』でもあります。軍師とは、常に最悪の可能性を考慮に入れて発言する、無神経で無作法な生き物だとご理解頂ければ幸いです」 開き直ってそう言ってのけたオルガに対して、ケネスは内心で舌打ちする。実際のところ、長男派と次男派で合同軍を編成したところで、足並みが乱れることはケネスにも分かっている。故に、彼としては騎士団長の権限で、次男派の者達を中心に討伐隊を編成し、グレンやファルクには「留守居役」を命じることで、実質的に長男派を(ワトホート本人とも切り離した上で)この計画から排除する思惑であった。しかし、ここで「分隊案」が採用されると、その思惑が崩れてしまう。 現状において、グレン、ファルク、オルガが「分隊案」を推し、ケネスの「一隊案」に賛同しているのはガスコインとイアン、という状況である。ここでケネスは、ここまでずっと黙っている「もう一人の魔法師」に目を向けた。 「インディゴ殿は、どうお考えかな?」 ケネスとしては、先刻の決議の際に自分の意見に賛同したインディゴが、ここでも(サーシャへの薬提供のために)自分の案に賛同することを期待していた。しかし、それに対してインディゴは、短く答える。 「形だけまとまっても、結果は同じでしょう」 そう言って、彼は分隊案への賛同を表明する。「サーシャの病状への危惧」と「トイバルへの個人的嫌悪感」という、二つの相反する心情をあえてどちらも脇に置いた上で、テイタニアの領主の契約魔法師として、一番確実に「巨大な黒い龍のような何か」を浄化するための選択肢を考えた場合、最初から分隊として行動する方が適切、という結論に至ったのである。 ケネスは一瞬、顔を歪めながらも、その意見を踏まえた上で改めて決議をおこなった結果、「分隊案」がグレン、ファルク、オルガ、インディゴの賛成で可決される。「最悪の可能性」を回避出来たグレンが安堵した表情を浮かべる一方で、今度はケネスが不服そうな気持ちを抑えつつ、改めて男爵達に問いかける。 「では、各自がどの立場で参戦されるのか、その御意志をこの場で表明して頂こうか?」 そう、これが最大の問題なのである。当然、グレンとファルクはワトホート、ケネスとガスコインはトイバルの指揮下に入ることを宣言するが、それに対して、中立派の面々はどうするつもりなのか。 「申し訳ございませんが、我がオディールはパルトーク湖からは極めて遠い上に、対アントリアの最前線に位置しております故、今回の討伐隊に派兵出来るだけの余力はありません。どうかご理解下さい」 オルガは早々とそう宣言する。これについては、さすがに他の面々も異論を挟む余地はない。爵位継承争いや、得体の知れない魔物の討伐以前の問題として、オディールを中心とする長城線の守りが崩壊すれば、ヴァレフールそのものが崩壊しかねないのである。 一方、神聖トランガーヌやグリースの出現により、現在は実質的に休戦状態となっている北西部の国境近くに位置するクーンの領主であるイアンは、討伐隊への協力は申し出ながらも、どちらの立場にも組しないことを宣言した。 「私は、既にテイタニアに到着していてる我が妻ヴェラと共に、街の人々を守りつつ、後方からの支援に専念させて頂きたいと考えています」 今の状況において、敵は火山島に現れた「ヴァレフスのような何か」だけとは限らない以上、火山島への突入隊とは別に、予備兵力も確かに必要である。「兄達の争いには関わらない」とヴェラが宣言していることもあり、イアンとしてはこれが最良の「妥協策」であった。 「では、テイタニアはどちらに協力されるのかな?」 ケネスからそう問われたインディゴは、彼の中での「領主様(ユーフィー)ならばどう答えるか」と思案を廻らせつつ、こう答える。 「我々としても、テイタニアの民を守ることが最優先ですので、イアン殿と共に後方支援を中心に協力させて頂きたい。無論、その前段階で、可能な限りの調査は進めておきますし、湖までの案内、および火山島までの船の手配についても、任せて頂いて結構です」 つまり、可能な限りの協力は尽くすものの、最終的な討伐隊には加わらない、という方針である。そもそも現実問題として、ここまでの二つの議題とは異なり、これは露骨に「継承権争いにおける立場」を明確化することを求める質問である以上、ユーフィー本人の意思が確認出来ない状態で、インディゴが自身の独断で「どちらに協力する」と明言出来ないということは、この場にいる者達も薄々察していた。 「分かった。だが、戦場は状況によって大きく変化する。その時々に合わせて、臨機応変に対応してくれて構わない。ユーフィー殿ともよく相談した上で、『最適の道』を選んでくれることを期待しよう」 ケネスはそう言うと、最後までインディゴに対して「鋭い視線」を向けながら、騎士団会議の閉会を宣言する。こうして、当初の想定以上の「厄介事」を抱え込むことになったインディゴの孤独な戦いは、ひとまず無事に幕を閉じたのである。 3.1. 支援と調査 一方、その頃、テイタニアには、イアンの言っていた通り、彼の妻であるヴェラ(下図)が、街の復興のための多くの支援物資と人足を伴って訪れていた。 「他にも何か必要なものがあれば、何なりと言ってくれ。もしこの地に危険な投影体が出現するなら、我等も全力で戦う」 彼女達の来訪に街の人々は沸き立ち、街を代表して、ユーフィーも深々と礼を言う。 「お心遣い、感謝致します、ヴェラ・シュペルター様」 そう言われたヴェラは、旧姓の「インサルンド」ではなく、現夫の姓である「シュペルター」で呼んでもらえたことが嬉しかったようで、ほのかに笑みを浮かべながら、全力での協力を約束する。 一方、そんな彼女を、遠方から激しく睨みつける少女がいた。 (四方八方に色目を使うことに長けているようで……) そんな言葉を必死で飲み込みながら歯ぎしりするハーミアの脇には「地雷」が抱えられていた。これは、地球人である彼女の「想像力」が「ヴェラへの殺意」と結びつくことによって出現した投影兵器である。とはいえ、これは地中に設置して、相手がその上を通ることによって発動する武器である以上、一歩間違えば関係のない人々が命を落としてしまう可能性があるため、そう気軽に使えるような代物ではなかった。いかにヴェラへの嫉妬心に取り憑かれていようとも、そこで自制するだけの理性が残っていたのは、ハーミアの心がまだ「イアンの本命はあくまでも自分」という妄想に支配されていたからであろう。 こうして、一人の少女が「妄想によって支えられた理性」によって、「溢れ出る殺意」を必死に抑えていることなど知る由もないユーフィーは、インディゴ不在の状態ではあったが、ひとまず街の警護はヴェラ達に任せた上で、ハーミアとアレスを連れて、森の現状の調査を始めることを決意する。本来なら、「街の警護」こそ自分達が担うべき責務なのであるが、現状において、より危険性が高い任務は「森の調査」の方であり、この点に関しては、街の近辺の森に関する「地の利」があるテイタニアの者が中心におこなうべきというのが、彼女の判断であった。 そして、彼女達が実際に森の中に入って調査を開始すると、まず、ハーミアが「これまで見たことのない花」を発見する。ハーミアが立ち止まってその花を凝視していると、先に進もうとしていたユーフィーは、彼女に声をかける。 「どうしたのですか、ハーミア?」 「いえ、領主様、実はちょっと、気になる花がありまして……」 それは、ハーミアも、ユーフィーも、そしてアレスも見たことがない奇妙な形状の花であった。しかもそれは、数日前にハーミアがジェームスの鞄の中から感じ取った「混沌の気配」と同じ雰囲気を醸し出していたのである。 この花から発生する不気味なオーラが気になった彼女達は、ひとまず「サンプル」としてその花を一輪摘んだ上で、森の奥地へと足を踏み入れて行く。すると、そこに一人の「奇妙な姿をした少女」の姿を発見する。アレス以外にとっては初対面であったが、ユーフィーには、その風貌から、直感的にそれが誰なのかという目星はついていた。 3.2. 「魔物」の正体 「アレス、あなたが見た魔法師というのは、この方ですか?」 「はい、そうです、その人です」 そんな二人のやりとりが聞こえたのか、二人に指をさされたその少女も、ユーフィー達の存在に気付いたようである。チラリと視線をユーフィー達に向けると、その少女よりも先に、ユーフィーの方から彼女に向かって話しかけた。 「そこのお方、旅の魔法師かとお見受けします」 「……まぁ、そうだな」 「私、テイタニアの領主のユーフィー・リルクロートともうします」 ユーフィーが礼を尽くしてそう挨拶したのに対し、この少女は(この世界における支配者階級である)「君主」の彼女に対しても、相変わらず「上から目線」で答える。 「おぉ、ようやく領主殿のお出ましか。とりあえず、私の忠告を聞いてきちんと堤防を作ったようで、被害は最小限で済んだようだな」 「そのことについて、お話がございます」 「ほう?」 「あなたは、我が契約魔法師インディゴ、そして我が配下のアレスと事前に接触し、その情報を伝えて下さったようですが、なぜそうして頂けたのですか? 無論、その情報のおかげで、我が街は被害を最小限に留めることが出来たので、感謝しているのですが……」 ユーフィーとしては、まずこの「得体の知れない少女」の正体と目的が気になる以上、遠回しにそれを探ろうと考えていた。しかし、それに対して彼女は「面倒くさい返答」で切り返す。 「なぜだと思う?」 一瞬、言葉に詰まったユーフィーに対して、更に彼女は問い掛ける。 「お主の目には、私は何者に見える?」 相手が、どんな答えを求めているのかは分からない。ならばここは、小細工を弄せず、素直に返答するのが正解であろうと考えたユーフィーは、率直に自分の思うところを伝える。 「私が期待している答えとしては、『戦う力を持たない民が洪水に巻き込まれるのを見ていられなかった、善意の魔法師』であると思っています」 「……『善意の魔法師』か。まぁ、間違いではないな。少なくとも今の私に関しては」 そんな二人の「面倒臭いやりとり」を見ていたハーミアが、ここで横から口を出す。 「そうやって、まどろっこしい逆質問をするということは、あなたにとっても『欲しい答え』がある筈です。違いますか?」 突然そう言われた魔法少女は、やや苦笑しながらも、そのストレートな物言いが気に入ったようで、ハーミアに対して本音で語り始める。 「まぁ、そうだな。だが、私が誰かということよりも、むしろお前達が知りたいのは……」 「どうすればこの事態を止めらるか、です」 ハーミアがそう言うと、その反応を予想していた彼女はニヤリと笑ってそれに答える意思を示す。 「まず、最初に言うべきことを言っておこう。あの火山島の奥に眠っていた魔物の名は『マルカート』だ」 「マルカート」の名は、ブレトランド人であれば大抵の者は知っている。それは、四百年前に「英雄王エルムンド」および「名を伝えられていない一人の魔法師」と共にこの地の混沌を封印した「七人の騎士」の一人として伝わっている女騎士(紅一点)の名である。大昔の伝承であるが故にその真偽は定かではないが、一説によれば、彼女は英雄王エルムンドの妻でもあったとも言われている。 「マルカートというと、あの英雄王の七騎士の……」 「そうだ。まぁ、説明するとややこしいことになるんだが、英雄王エルムンド様の七騎士は皆、今はあのような『化け物』の姿となってしまっている。そうなった原因は私にもあるというか、ほぼ全て私のせいなんだがな……」 またしても、サラッと「とんでもない事実」を口にした彼女であったが、そのことに対して周囲が口を挟む前に、彼女は「本題」に話を戻す。 「そんなことよりも重要な問題として、まず、今のあの姿となっているマルカートは、まともに戦っても勝つのはまず無理だ。彼女を力尽くで止めることが出来るとしたら、他の七騎士の誰かだろうな」 突如として神話・伝承レベルの話を「今も続いている現象」として語る彼女の話に呆気に取られながらも、ユーフィー達は彼女の話に耳を傾ける。この少女が言っていることが、真実なのか、ただの世迷言なのかは、ひとまず最後まで話を聞いてから判断すれば良い。おそらく、三人ともそんな心境だったのであろう。 彼女の説明によると、英雄王の配下の七騎士達は、いずれも本来は「聖印を持つ騎士」であったが、混沌との戦いの過程で「巨大すぎる混沌核」に触れてしまったことで、その聖印を「混沌核」に書き換えられ、その身を「異界の化け物(投影体)」の姿に変えられてしまったらしい。だが、その状況においても、彼等は理性を失わなかった。それは、彼等が騎士出会った時にエルムンドとの間で築いていた強固な「絆」が、「投影体」の姿となった後も維持されていたからであるという(いわばそれは「従属聖印」が「従属混沌核」へと変わったような状態であったとも言える)。 しかし、やがてエルムンドが大毒龍ヴァレフスとの戦いで受けた毒が原因で死期を覚った時、彼等は己の自我が崩壊するのを恐れて、このブレトランドの各地に自らの身を封印したという。いつの日か、エルムンドに匹敵する君主が現れた時に、新たな「主」としてその者のために戦う日がくることを信じて。 「ただ、その中でマルカートだけは、少々他の者達とは異なる事情があった。彼女は『ヴァレフスの欠片』と共に、この地の湖の底に、『眠らない状態』のまま封印されたのだ」 この少女曰く、「ヴァレフス」とは、巨大な単体の魔物であると同時に、いくつもの混沌核によって形成された複合体でもあるという。そして、エルムンドによって「単体としてのヴァレフス」は倒されたものの、その「欠片」はこの小大陸の各地に四散してしまったらしい。その中でも最大の欠片が、パルトーク湖の湖底火山の中に埋まっていることを察したマルカートは、自らがその内部に入った上で、入口となる「火口」を封印した。そして、その封印された火山の奥地で、「ヴァレフスの欠片」との「終わりなき戦い」に身を投じ続けることを決意したのだという。 彼女の身は投影体である以上、投影体を倒して、その混沌核を吸収することは出来る。だが、それを続けていけば、いずれ彼女の『人としての理性』は完全に崩壊する。だから、彼女はその封印された『ヴァレフスの欠片』が実体化した時に、それを力尽くで倒すことは出来ても、その根源である混沌核を吸収することは出来ず、いずれまた再び新たな投影体が出現してしまう。故に、そのように次々と現れる「欠片」達が封印を食い破るほどに成長する前に倒す、という行為を永遠に繰り返すことしか出来なかったのである。 「もう一つの方法として、エルムンド様以外の者と契約を結ぶことで、その『新たな主』と共に混沌と戦うという選択肢もあったんだがな。どうやら彼女は、エルムンド様以外の者とは、あまり主従契約を結びたいとは思っていなかったらしい」 だが、それでもいずれ、「どうしても自分だけでは倒しきれない敵」が現れた時のために、彼女は当時のテイタニアの領主に、「いざという時には、自分の契約相手になってほしい」という旨を告げ、その約束を子々孫々と受け継いでいくことを約束していたのだという。 「その『契約の証』として彼女が差し出したのが、指輪だ」 そう言って彼女は、懐から「見たことがない金属」で作られた指輪を取り出す。 「これと同じ形をした『エルムンド様から賜ったオリハルコンの指輪』こそが、マルカートの『主』となる証なのだ」 「オリハルコン」とは、この世界のごく一部で伝わる伝説の金属の名であるが、その存在を知っているのはごく一部の魔法師達くらいであり、ユーフィー達にとっては全く初耳である。だが、現状において、そのオリハルコンなる金属がどのような物質なのかは、彼女達にとってはどうでも良い話であった。 そして、歴代のこの地の領主がなんらかの理由で動かしていない限り、その指輪は今、この森の中にある筈だと彼女は言う。それは、この森の中のどこかにある「普通の木」の形をしたアーティファクト(人造物)の中に封印されているらしい。そして、アーティファクトが設置されている場所についても、歴代の領主を通じて伝えられている筈だったのだが、どうやらそれが途絶えてしまっているのが現状のようである。 「まぁ、そのアーティファクトを作ったのは私なんだが……、困ったことに、私もその場所を覚えてはいないのだ。さすがに、四百年も前の話だからな。記憶が曖昧になるのも仕方がないだろう」 彼女は、申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、どこか開き直った口調でそう告げる。この時点で、もし仮にここまでの話が全て本当だと仮定すると、この少女の正体についてもユーフィーはおおよそ見当はついていたのであるが、今の時点でそれを口にしても意味がないと思った彼女は、その点についてはひとまず触れないまま、状況を整理する。 まず、ユーフィーの夢の中に現れた女性は、おそらくそのマルカート(火口に眠る魔物)の精神体であろう。その上で、彼女の封印を解くために必要な指輪の在り処は、父と兄の相次ぐ戦死によって、現当主のユーフィーに伝わらないまま、途絶えてしまった。だとすると、彼女と契約してその力を制御するためには、まずその指輪を探す必要がある、ということになる。だが、この広大な森林地帯の中から「普通の木を模して作られたアーティファクト」を見つけるというのは、考えただけでも気が遠くなるような難題である。 「それに、仮に指輪が見つかったとしても、もう一つ問題がある。おそらく今の彼女は、すでに暴走状態となっている。新たな主との契約が不可能と判断し、『ヴァレフスの欠片』を倒す力を得るために、周囲の混沌核を吸収してしまったのだろう。そして我を失った彼女の有り余るエネルギーが爆発した結果が、火口の封印は破られてしまった。その副作用が、あの大地震だ。そして、既に暴走状態になってしまった彼女を、指輪の力で制御出来るかどうかは、やってみないと分からない」 だが、それでも今はその指輪以外に、彼女を止める方法は見つからない。今はまだ火山島の中にいる彼女であるが、おそらくそれは、暴走しながらも彼女の中に残った僅かな理性が、その身を押さえ込んでいる状態であろうというのが、この魔法少女の見解である。しかし、それもあまり長くは続かないだろうと彼女は考えているらしい。 ひとまず今は、この少女の言うことを信じて、その「木の形をしたアーティファクト」を探すしかないと判断したユーフィーは、その旨をハーミアとアレスにも伝え、そしてその魔法少女の「たしか、この辺りだったと思う」という微かな記憶を頼りにこの地を探し続けることになる。 しかし、結局、彼女達は丸二日かけてもその「木」を見つけられないまま、やがてインディゴとサーシャが「面倒な知らせ」と共にテイタニアへと帰還することになるのであった。 3.3. 合流と困惑 テイタニアに帰還したインディゴから一通りの事情を聞いたユーフィー達は、同じ様に自分達の得た情報についてもインディゴに伝える。そしてお互いに、「非常に厄介な状態」になりつつあることを察した彼女達は、ひとまずインディゴと共に、討伐軍が到着するまで「指輪(が封印されている木型のアーティファクト)」の捜索を続行するが、それでもやはり、なかなか見つけることは出来ない。 その捜索作業の過程で、ユーフィー達はふと、ハーミアが見つけた「謎の花」のことを思い出し、魔法師であるインディゴならば分かるかもしれないと思って彼に見せてみたものの、どうやら彼は植物方面の知識は疎いようで、さっぱり見当がつかなかった。そんな中、そのまま森の探索を続けていると、彼等と同じようにアーティファクトを探して散策していた「あの少女」と再び遭遇する。 「おぉ、ようやく、そこのヘッポコ魔法師も合流したか」 彼女にそう言われると、(苦手分野とはいえ、「混沌の産物」に関する知識不足を露呈してしまった直後である以上)インディゴは何も言い返せない。 「あなたから見てヘッポコじゃない魔法師が、この世界に何人いるのですか……」 そんな彼の内心を気遣ってか、既にこの魔法師の「正体」について目星のついているユーフィーが、半ば呆れたようにそう呟くと、彼女は微笑を浮かべながら答える。 「いやいや、グライフあたりの実力は、私もちゃんと認めているぞ」 おそらく、彼女が言っている「グライフ」とは、エーラムでも屈指の実力を持つエージェントと言われる「グライフ・アルティナス」のことであろうが、逆に言えば、そのレベルの魔法師を引き合いに出さねばならないほど、彼女の中の評価基準は厳しいらしい。 そんな彼女の言い分は適当に聞き流した上で、ユーフィーはこの機会に彼女の知恵を借りるべきと判断し、「例の花」のサンプルを彼女に見せる。 「あぁ、これは典型的な、混沌の力によって生み出された徒花というか、『毒花』だな」 そう言って彼女がその使用法を説明すると、アレスには、それがアルフリードから聞いていた毒の原料となる花であるということが分かる(無論、分かったところで、そのことを話すつもりは毛頭ない)。本来ならば、この地では滅多に採れない筈なのだが、おそらく混沌濃度の高まりによって生み出されてしまったのであろう、というのが、その魔法少女の見解であった。 「しかも、この花から生み出される毒は遅効性で、身体に取り込まれてもすぐには効果を発揮しない。だから、毒見役がいるような相手に対しても有効だぞ」 「なるほど。ぜひ、その詳しい使用法について、もう少し教えて頂けませんか?」 楽しそうに語る魔法少女に対して、ハーミアは目を輝かせながらそう言って食いついてきた。彼女が「誰」のためにその毒薬を用いようとしているのかまで知る人物はこの場にはいなかったが、魔法少女はそんな彼女の目を見ながら、「何か」を感じ取ったようである。 「お主、若い頃の私とよく似た目をしているな……」 「とりあえず、見かけたら摘んでおきますね♪」 そんなやりとりを交わしつつ、彼等はそのまま森の捜索を続けるが、相変わらず、「それらしき木」は見つけられなかった。ちなみに、その捜査の過程で、この地を訪れた冒険者の者達からも話を聞いてみたものの、彼等の間でも特にそのような「奇妙な木」の噂は広がってはいないようである。 ただ、その一方で、一つ気がかりな情報が彼等の耳に入る。どうやら、数日前の時点で、この森の近辺に「パンドラ」の者達が出入りしていたらしい、という噂が出回っているのである。パンドラとは、エーラムに敵対する闇魔法師およびその協力者達の集団であり、その目標はそれぞれであるが、混沌を拡大することを目的に活動する危険思想家達、というのが一般的な認識である。もしかしたら、今回の地震や洪水は彼等が引き起こしたのではないか、などと語る者達もいたが、あくまでも噂レベルの話で、今ひとつ信憑性に欠ける内容であったため、その方面に対しては、ユーフィー達はそれ以上調べようとはしなかった。 * この後、通日にわたって彼女達の手で捜索活動が続けられるものの、特に成果が得られないまま、やがてワトホート(下図左)とトイバル(下図右)に率いられた二つの討伐軍と、イアンに率いられたクーンからの後方支援部隊が、テイタニアに到着することになる。いずれも、大軍を率いての到着であり、その兵士達全員を収容出来るほどの宿がテイタニアにある筈もなく、大半の兵士達は街の外にテントを張って仮宿舎としていた。 とはいえ、さすがにワトホートとトイバルにまで野宿させる訳にもいかないので(特にワトホートに関しては、その病弱な体質を考えれば、野営など論外である)、彼等に関しては、ユーフィーが街の中で最も豪華な宿を手配した上で、彼女達四人が、この二人のとその護衛の兵達を、直接その宿へと案内することになった。すると、その過程で、街の復興支援を続けていたヴェラと遭遇する。 「なぜ、お前がここにいる? 継承権は放棄したのではなかったのか?」 トイバルが訝しげな視線をヴェラに向けながらそう言い放つと、ヴェラは毅然とした態度で反論する。 「私はただ、このヴァレフールの民を助けるためにここにいるだけです。兄上達の邪魔をするつもりはありません」 そう答えた彼女に対して、トイバルは「まぁ、口ではどうとでも言えるわな」と冷ややかな反応を示しつつ、突然、ユーフィーと共に同行していたインディゴに対して、こう問いかける。 「ところで、混沌に関することであれば、一番詳しいのは魔法師だろう。そこのお前、この地に現れたヴァレフスらしき魔物ってのは、どれくらい強いんだ?」 唐突にそう問われたインディゴであるが、実際のところ、まだ対峙した訳でもない以上、その強さについては明言出来ない。だが、あの魔法少女は「まともに軍を動かしても勝てる相手ではない」と言っていた以上、彼はそのことを(情報源と根拠については語らぬまま)そのまま伝えると、トイバルは静かにこう伝えた。 「お前、俺の契約魔法師でなくて良かったな。俺の部下でそんな弱気なことを言う奴がいたら、一瞬で首と胴が離れているぞ」 彼が、インディゴのことを「かつて自分が殺した魔法師の同門の後輩」であることを知った上で言っているのかどうかは分からない。だが、この瞬間、インディゴは心の中で確信した。 (この馬鹿は、放っておいても勝手に死んでくれるだろう) ユーフィーやインディゴの立場としては、彼等が持っている全ての情報をトイバル達に提示することで、無謀な突撃をやめさせることも出来たのだが、現状においては未だに「不確かな情報」である以上、それをそのまま説明することには抵抗がある(そもそも、説明したとしても、信じてもらえる保証もない)。状況的に考えて、あの魔法少女が「パンドラ」の一員である可能性も否定は出来ない以上、ここで「得体のしれない者達からの情報提供」に基づいて行動していることを知られると、どちらの陣営からも、余計な勘繰りを引き起こしてしまうかもしれない。 それ故に、明確な根拠を提示しないまま、その危険性を強調して説明するしか無かったのだが、それに対してトイバルがこう答えた時点で、インディゴの中では「これ以上、この馬鹿のために説明してやる義理はない」という結論に至っていた。 そして、彼等が道端でそんな会話を交わしているところに、後方からイアンが現れた。 「おぉ、ユーフィー殿、実は軍議に関するお話が……」 イアンがそう言って彼女に話しかけようとした次の瞬間、彼女の傍に「見知った少女」がいることに気付き、顔を硬直させる。 「イアンさん、どうなされました?」 ユーフィーにそう問われた彼は、(「運命的な再会」に心をときめかせて頬を赤らめている)ハーミアから目をそらしつつ、しどろもどろに答える。 「えー、いや、その知人に似た者を見たような気がしなくもないというか……、あ、そうそう、騎士団長殿から、明日以降の作戦についての軍議を開きたいというお申し出がありまして……」 「分かりました。では今宵、私の館に集まって下さい」 「了解した。それでは、失礼する」 イアンはそう告げると、その場にとどまっていたヴェラを連れて、すぐにユーフィー達の前から退散する。その様子が明らかにおかしいことはヴェラの目にも分かっていたが、それが何を意味しているのかについてまで、彼女が気付いているかどうかは分からない。 一方、この一連の流れの中で、ワトホートは静かに周囲の者達を見守っていた。より正確に言えば、ここまでの長旅で既に彼は体調を崩しかけており、口出しする余力がなかったのである。そして、そのワトホートに対して並々ならぬ想いを抱いているアレスもまた、今はただ静かに目の前の「宿敵」の動向を凝視していたのであった。 3.4. 揺るがぬ想い そしてこの日の夜、指揮官達が集まって軍議が開かれたのであるが、結局、ユーフィー達は「指輪」の件については説明しなかった(出来なかった)こともあり、あまり具体的な方針についてはまとまらなかった。ひとまず当初の予定通り、ユーフィー率いるテイタニア軍は湖までは先導した上で、ワトホート軍とトイバル軍は、事前にユーフィー達が手配しておいた湖船に乗って、火山島へと突入する、という流れを確認する程度のことしか話せなかったのである。 ちなみに、この会議の場には、その「二人の総大将」の一人であるワトホートの姿はなかった。グレン曰く「明日に備えて英気を養っている」とのことであるが、先刻までのワトホートが明らかに生気がない状態だったことはユーフィー達の目にも明らかであり、その意味でも「長男派」の方が、今一つ士気が上がらない状態にあることもまた、周囲の者達に伝わってしまっていた。 こうして、この日の軍議があっさりと(あまり実りのないまま)終了し、客人達が一通り帰還すると、館に残ったユーフィーの側近達は、密かに明日以降の対策を立てる。そんな中、インディゴは一つ、重大なことをユーフィーに伝えていなかったことを思い出した。それは、サーシャに関して両陣営から提示されていた「薬」と「縁談」に関する提案の話である(ちなみに、サーシャはこの日の軍議には参加しておらず、この場にもいない)。 妹の幸せを願うユーフィーとしては、この二つの提案を秤にかけるのは難しい。彼女が悩んでいると、横からハーミアが意見を申し出てきた。 「いいですか、領主様、第三者の横槍などなくとも、運命で繋がった男女は、必ず引き合う者です」 何の根拠もなくハーミアはそう断言すると、それを踏まえた上で彼女はそのまま持論を語り始める。 「私の正直な感想を言わせて頂きますと、両陣営からの申し出は、サーシャ様にとって大変喜ばしい内容ではありますが、そのことを念頭に入れて方針を決めるのではなく、ここはまず、その提案はひとまず横に置いた上で、テイタニアのことを第一に考えるべきかと。その方が、サーシャ様もお喜びになるのではないかと思います」 「……そうですね。確かに、それが一番、筋が通った考えだと思います」 そう言って、ユーフィーも納得する。実際、「サーシャの幸せ」を優先する形で街の方針を決めたと彼女が知ったら、間違いなく彼女は心を痛めるであろう。そのことは、姉であるユーフィーニハよく分かるし、ユーフィーが逆の立場だったとしても、同じような感慨を抱いていた筈である。 そして、夜も更けてきたところで彼女達は「当初の予定通り、後方支援に徹しつつ、指輪の捜索を続ける」という方針を確認した上で解散する。今の彼女達としては、まず、自分達がやるべきことに専念するしかない、というのが共通見解であった。 そんな中、ハーミアが自宅へと戻るために館の外に出ると、そこには彼女を待っていた一人の男がいた。イアンである。 「お前……、いつからこの街に?」 「つい最近です。たまたまこの地に辿り着いた時に、ユーフィー様に気に入られまして」 久しぶりにイアンと言葉を交わせる喜びを噛み締めながら、彼女は笑顔でそう答える。 「ヴェラには……、何か話したのか?」 「何のことです? 私と彼女は、特に何の関係も無いですし、何も言う必要はありませんよ」 「そ、そうだな……。じゃあ、お前がここにいるのは、あくまでお前自身がここにいたいからいるだけであって、その、私やヴェラに対して、特に何かをしようという訳ではないんだな?」 「どういう意味ですか?」 「いや、あの、私の杞憂なら、それでいいんだ」 「私が本当にいたい場所は、ここではないんですが……」 その一言が、イアンの胸に痛々しく突き刺さる。彼女からイアンに向けられる熱い視線から、彼女の言わんとしていることは、すぐに彼に伝わったようである。 「『それ』を手繰り寄せるための仮の住まいとして、今はここにいると思ってください」 「わ、分かった。そうなんだな……」 「大丈夫です。心配しなくても、私もあなたと同じように、あなたのことしか見てませんから」 少なくとも、「イアンが心配していること」がハーミアには全く伝わっていないということは、この時点ではっきりとイアンには分かった。そのあまりに純粋な瞳に対しては、もう彼が何を言っても通じないであろうことを、彼自身もようやく理解していたようである。 「分かった。とにかく、明日からまた、色々と大変なことになるだろうから、お互いに頑張ろう、この街のために、な」 「はい、あなたのために頑張ります!」 そう言われて、イアンは引きつった笑顔を浮かべながら、その場から去っていく。すると、ハーミアの傍らに突然、どこからともなく別の人物が姿を現した。例の「謎の魔法少女(仮)」である。 「甲斐性のない男だのう。堂々と『どっちも欲しい』と言えば良いのに。最近は、そこら辺についての面倒くさい倫理観が蔓延っておるのか?」 何をどこまで知っているのか分からないまま、突然現れて口出ししてきた彼女に対して、ハーミアは熱弁を振るって反論する。 「違うんです、魔法師様は勘違いしていらっしゃいます。あの方は、あの女に囚われているだけであって、両方欲しい訳ではないんです。ここは重要なところなんです。分かりますか?」 「……お主、昔の私よりも重症だな」 彼女はそうボソッと呟きつつ、再び姿を消す。何のためにこの場に現れたのか、何が言いたかったのかは、ハーミアには分からない。ただ、なんとなく、偶然目にしてしまった若人達の恋模様に一言言いたくなっただけなのかもしれない。しかし、誰に何を言われようとも、ハーミアの中での「想い」が揺らぐことはない。そのことだけは彼女にも伝わったようである。 3.5. 爵位を継ぐ資格 一方、その頃、ハーミアとは異なる出口から館の外に出て、自宅へと戻ろうとしていたアレスの目に、信じられない光景が映った。先刻の会議を欠席していた(彼の宿敵である)ワトホートが、たった一人で夜道を歩いていたのである。彼が見る限り、その周囲に護衛の姿は見えない。無論、いかに病弱といえども、ワトホートは聖印を宿した君主である。並の人間では、彼に傷を負わせることなど出来はしないだろう。だが、暗闇での戦いに長けたシャドウの邪紋使いにとっては、またとない「暗殺」の絶好の機会である。 しかし、ここまで「整いすぎた状況」に直面すると、逆に警戒心を抱くのもまた、シャドウの本能である。それに何より、今、この状況で彼を殺せば、間違いなく翌朝には街が大混乱に陥ることは間違いない。ただでさえ、火山島の魔物という危機的状況にある現状において、それは望ましい事態とは言えなかった。 こうして、アレスがこの状況の中で様々な葛藤に悩んでいると、ワトホートの方も彼の存在に気付いたようである。 「おや? 確か、ユーフィー殿の側近の方だったかな?」 「はい、そうです」 アレスが率直にそう答えると、ワトホートは夜の明かりが灯るテイタニアの街並みを見渡しながら、呟くように語り始める。 「この街は美しいな。とても、災害が起きた直後とは思えない。まさに妖精女王テイタニアの名にふさわしい」 淡々とそう語るワトホートに対して、湧き上がる殺意を抑えながらアレスは黙って聞いていると、不意に彼はアレスの方を向いて、こう問いかけてきた 「お主の領主殿は、私とトイバルの争いをどう思っていると思う?」 「そうですね……、今のところは、どちらに傾いても、私達はあの方に忠誠を誓う所存です」 今一つ「答えになっていない答え」ではあるが、ワトホートはその返答になぜか満足したようで、そのまま語り続ける。 「そうだな。それが、臣下としては正しい道だろう。私とて、トイバルにもう少し思慮があれば、奴に伯爵位の座を譲っても構わんと思っていたんだがな……。どう見ても私の身体は、今のこの戦乱の世を生き抜くには向いていない。それを治すためにグレンは色々と手を尽くしてくれてはいるようだが……」 どこまでが本心かは分からないが、とても「爵位継承争いの真っ只中にる人物」とは思えない発言である。更に言えば、アレスの中で想像していた「仇敵」としてのワトホートのイメージとも、今一つ合致しない。果たして、彼が本当に「本物のワトホート」なのか、と疑いたくなる程である。 「とはいえ、それでもトイバルにこの国を任せる訳にはいかん。まだヴェラであれば、譲ってやっても良いかとも考えていたんだが、あいつ自身にその気がないからな……」 そこまで言った上で、またしても唐突に、彼は話題を変える。 「ところで、気のせいか、お主の体から、何か私の記憶の奥底に響くような『気配』や『匂い』を感じるのだが、以前にどこかで会ったことがあったかな?」 「いえ、お会いしたことはございません」 嘘ではない。アレス自身、「あの事件」の折にはワトホートと直接遭遇した訳ではない。無論、その後になって遠方から彼の姿を確認したことは何度もあったが、明確に「会った」と言えるような状況になったことは一度もないのである。 「そうか。なぜかお主と話していると、何か嫌なことを思い出すような、そんな気分になっていてな……。いや、すまない。失礼なことを言った」 「いえ、大丈夫です。一つ、伺っても良いですか?」 「あぁ、構わない。何だ?」 「昔、『伝染病に侵された村』を焼き討ちにされたことを覚えていらっしゃいますか?」 そう問いかけると、ワトホートは重い表情を浮かべながら、静かに答える。 「忘れる筈がない……。そうだな、あの時のことを思い返してみると、やはり、ヴェラにこの国を任せる訳にはいかんな」 「どういうことですか?」 ここで唐突に「継承権争い」の話に戻ったことにアレスが困惑している中、ワトホートはそのまま真剣な持論を語る。 「ヴェラでは、おそらくあの決断は下せない。より多くの民を救うために、より少ない犠牲で済ませるということを決断出来るという者でなければ、国の舵取りは任せられん」 「では、あの犠牲は正当だった、と?」 「正当だったとは言わん。だが、必要だった。正当だったと主張することも出来るが、その私を恨む者がいるのもまた、正当な話だ」 それがワトホートの君主論である。君主として、領主として、王として、全体を救うために、自ら汚名を背負ってでも一部の者達を見殺しにする。その決断を下せない者には、君主たる資格はない。それが、彼の確固たる信念であった。 「なるほど、いい意見が聞けました。ありがとうございます」 様々な想いが去来する中、静かにアレスがそう呟くと、次の瞬間、ワトホートの護衛の兵達が彼等の前に現れる。 「ワトホート様、お一人で出かけられては危険です!」 「あぁ、すまない。どうしても、一人で夜風に当たりたくなってな」 そう言いながら、ワトホートは護衛の兵達に連れられて、その場から去っていく。複雑な心境の中、アレスはただ黙って、湧き上がる殺意を必死で抑えながら、仇敵を討つ機会を黙って見逃すことを余儀なくされたのであった。 3.6. 進軍開始 翌日、ユーフィー達テイタニア軍の先導に従って、ワトホート軍とトイバル軍が、森の奥地へと進軍していく。心なしか、ワトホートの表情は昨日に比べると生気が戻っているようで、やや意気消沈気味であったグレンやファルクの部下達も、堂々と指揮を採る彼の姿を見て、士気を取り戻しつつあった。 そして、そのあまりの大軍に圧倒されたせいか、湖に到着するまでの間に、森の投影体とは殆ど遭遇することもなく、着実に歩を進めていき、やがて彼等が湖付近まで到着したところで、ユーフィー達テイタニア軍はお役御免となる。ここから先は、討伐隊の指揮はそれぞれの「総大将」に任せた上で、彼女達は指輪捜索を再開する予定であった。 だが、討伐隊と彼女達が分かれた直後、突如として彼女達の耳元に、聞きなれない不思議な音色が響く。その音の源は、ハーミアの着ていた服の内ポケットからであり、彼女自身、その音には確かに聞き覚えがあった。それは、彼女が地球にいた頃に使っていた「携帯電話」の着信音だったのである。この世界に来てからは、もっぱら写真撮影やメモの書き残し程度にしか使っていなかったこの端末が突如として鳴り響いたことに驚いた彼女は、思わず反射的に通話ボタンを押して、耳元に当てて「はい」と答える。すると、その奥から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。 「よかった! この世界でも通じるんだな!」 ジェームスの声である。電波網がある訳でもないのに、なぜ通じたのかは分からない。だが、ハーミアと同様にこの世界に投影され、そして彼女と同じように、愛用した携帯電話をそのまま持っていたジェームスが、ダメ元で彼女にかけてみた電話が、現にこうして繋がったのである。これはもう「混沌の力」としか説明の仕様がないレベルの「奇跡」であった。 そして、電話の先から聞こえてきたジェームスの声は、どこか焦燥した様子で、しかもその背後から、得体の知れない生き物の声が聞こえてきた。 「どうしたんですか? ジェームスさん?」 「今、森の中にいるんだが、巨大なトカゲに襲われているんだ! 頼む、助けに来てくれ! さすがに4対1は無理だ!」 その声は、ハーミア(の携帯)の近くにいたユーフィー達にも聞こえていた。彼女達には、この「携帯電話」なるものの構造はよく分からなかったが、ハーミアの知人が襲われていると聞いて、ユーフィーは即座にその場へと急行することを決意する。ただ、電話の先から聞こえてきた情報から察するに、直線距離でその場所へと移動するには、部隊を率いて進軍するのは難しそうだと判断した彼女は、部隊をそれぞれの副官達に任せた上で、ユーフィー、ハーミア、アレス、インディゴの4人のみで現地へと向かうことになる。 だが、彼等がその現場に到着した時には、既にジェームスは瀕死の重傷を負い、その場に倒れていた。しかし、彼を襲った巨大なトカゲ達は、彼にとどめを刺す前に、目の前に現れたユーフィー達に対して襲いかかろうとする。 それに対して、まず先手を打ってインディゴがフォースグリップで手前の一匹を握り潰そうとするが、十分な手応えをその掌に感じたにもかかわらず、屠るには至らない。同じように、ユーフィーとアレスもまたそれぞれに手前の巨大トカゲに斬りかかるものの、致命傷には至らない(どうやら、先日の巨大蛙に比べると、かなり頑丈な体質のようである)。それに対して、今度は巨大トカゲの方からもその鋭い歯と巨大な尾を用いた反撃が繰り出されるが、彼等の真正面に立ちはだかったユーフィーが、巧みな剣技でその攻撃を受け流し続ける。 こうして、互いに決め手がないまま持久戦へと突入するかと思われたその時、彼女達の耳に、聞き覚えのある声が響き渡る。 「その場を離れろ!」 それは間違いなく、「あの少女」の声である。その声を聞いた瞬間、その意図を察したユーフィーが倒れているジェームスを背負って全力でその場を脱し、インディゴとアレスも巨大トカゲとの距離をとったその次の瞬間、密集していた巨大トカゲ達が、一瞬にして「消し炭」と化した。突然の出来事に、インディゴですらも、どんな魔法を使ったのか理解出来ない。もしかしたら、それは現代のエーラムには伝わっていない、失われた魔法の類いなのかもしれない。 いずれにせよ、こうして彼等の目の前から魔物という脅威が消え去り、そして「あの少女」が現れた。 「助太刀、感謝致します。魔法師殿」 「うむ、まぁ、さすがにな。私もこれ以上、協力者を失いたくない」 一方、瀕死状態だったジェームスは、ハーミアの持つ地球人としての治癒の力で、かろうじて息を吹き返す。あと一歩措置が遅ければ、おそらく帰らぬ人となっていたであろう。 「ふぅ、助かった……。恩にきるぞ、ハーミア」 そう言って、彼は懐から「精神力を回復させる薬」を取り出す。 「そ、それは、ポーション? なぜ、流れの冒険者であるあなたが?」 ユーフィーは驚いてそう口にする。ポーションとは元来、エーラムにおいてのみ生み出される魔法の薬であり、国家の庇護を受けている訳でもない限り、一介の冒険者が入手出来るような代物ではない。だが、そのポーションの容器の形状から、それがエーラム産の代物ではないことに気付いた者がいた。裏社会に通じていたアレスが、その正体を見破ったのである。 「そ、それは、パンドラ産の……、あ、いや、なんでもないです」 アレスは思わずそう口にしてしまったが、状況的にそのことは黙っておいた方が良いかと思い、すぐに口をつぐむ。もっとも、その場にいた者達には既に聞こえてしまっていたが、ひとまずここは「聞かなかったこと」にした方が良い、と皆が感じていた。少なくとも、ジェームスが「パンドラの人間」であるという認識を共有してしまうと、彼を助けたこの行為自体の正当性が揺らいでしまう。特に、「人を殺さないこと」を信念に掲げるユーフィーとしては、その事実は「知らなかったことにしておいた方がいい事実」であった。この辺り、彼女は温厚ではあるものの、決して真正直な君主ではないようである。もしかしたらそれは「手品師」という「人を騙すこと」を副業(?)としていた時の感覚が残っているからなのかもしれない。 ひとまず、インディゴとユーフィーは、そのジェームスによって手渡された「どこが作ったかよく分からないポーション」を用いて、精神的な疲労を回復させる。その上で、ユーフィーはジェームスから、一通りの話を聞こうとする。 「今、この森は危険だということは街の人々には通達を出した筈ですが、それでもあなたがここにいるのは、何の目的があってのことですか?」 「危険だからこそ、だよ。混沌濃度が上がっている今だからこそ、手に入る物もある。ただまぁ、さすがにそろそろ、俺一人で仕事をするには限界というか、潮時かもしれんな」 どうやら、やはり彼は生粋の「冒険者」のようである。もっとも、パンドラ製のポーションを有していたという時点で、かなり危険な存在であることは間違いないようであるが。 「そういえば、この混沌濃度のせいかどうかは分からないが、さっき、妙な『木』を見つけたんだが、あれは何だったのかな……」 つぶやくように彼がそう言うと、「例の少女」を含めたその場にいた全員が、その話に食いつく。 「ジェームスさん、その話、詳しく教えていただけませんか!?」 いつになく真剣な表情で迫ってきたハーミアに驚きつつ、彼は見た通りの状況を説明する。曰く、その木は見た目は普通の樹木と変わらなかったのだが、ふと、もたれかかった瞬間、奇妙な感触があり、その表面を触りながら調べていると、突然、「合言葉を言え」という声が聞こえてきたという。「知能を持った木」としては、「トレント」と呼ばれる魔物が存在するという噂は聞いたことがあるが、話に聞くそれらとは明らかに異質の存在であったらしい。そして、不気味に思った彼は、天性の直感で「これは、触れてはならぬ代物だ」と感じたようで、すぐにその場を立ち去ったという。 「その場所まで、案内してもらえますか?」 ハーミアにそう言われると、彼は言われるがままに、その地へと彼女達を連れていくのであった。 3.7. 護りの大樹 「おぉ、あれだ。確か、あの木だった筈」 ジェームスがそう言って指差した先にあるのは、どう見ても「普通の木」である。しかし、それを見た魔法少女は、即座に反応する。 「うむ、間違いない。あれこそまさに、私が作ったアーティファクトだ」 ようやく目標の場所にたどり着いた彼等であるが、ここでまた一つ、新たな問題が発生していた。 「ですが、先程の話にあった、合言葉というのは?」 ユーフィーにそう問われると、少女は困った表情を浮かべながら答える。 「お主が知らんのであれば、私も分からん以上、どうしようもない。……力尽くで『壊す』しかないな」 「出来るのですか?」 「やれんことはない。まぁ、かなり手強いがな。私も手伝えば、なんとかなると思う」 曰く、彼女がアーティファクトから繰り出される「攻撃」から全力でユーフィー達を守っている間に、彼等が破壊してくれれば良いらしい。ただし、かなり頑丈に作られているので、相当骨が折れるだろう、とのことである。それでも、他に方法はない以上、今はその方法に賭けてみるしかなかった。 そして、その木を取り囲んで彼等が武器を構えると、アーティファクトはその「敵意」を察知し、彼等に対して何らかの攻撃を仕掛けようとするが、即座に後方から魔法少女によって放たれた謎の障壁によって、その一撃は防がれる。だが、魔法少女曰く、この攻撃を防ぐのは一度が限界であり、その次の攻撃は防げる保証はないという。 そうなると、もはや一刻の猶予もないと感じたインディゴは、持てる全ての力を右手に込めて、一気に握り締める。すると、そのアーティファクトを覆っていた「何か」が壊れ、それとほぼ同時に、ユーフィーとアレスが全身全霊を込めた連撃を加えた結果、一瞬にして、そのアーティファクトはその場に崩れ落ちたのである。 「私の出番、無かったみたいですね。残念」 少し離れた場所から彼等を支援しようとしていたハーミアが思わずそう呟く程の圧勝であった。実は彼女の力を以ってすれば、あと一撃、敵からの攻撃があったとしても、それを防ぐ手立てはあったのである。そして、どうやらそのことに気付いていたらしい魔法少女も、その傍らで呟く。 「ふむ、どうやら、お主達の力を見くびっていたようだ。これなら、私がいなくても大丈夫だったかな」 特に、最初の一撃で敵の防衛機能の中核を破壊したインディゴに対しては、明らかに見る目が変わったようである。 「おい、そこの魔法師、ヘッポコは取り消してやろう。お主、名は何という?」 「インディゴ。インディゴ・クレセントだ」 その名を聞くと、彼女は目を丸くして、今まで彼等に見せたことのない「喜びの表情」を浮かべる。 「ほーう、そうかそうかそうか、まだ残っておったのか、クレセントの家は。そうか、お主、そうだったんだな。うむ、なるほど」 彼女が何を言いたいのかは分からないまま、一人悦に入っているのを横目に、ユーフィー達はその倒したアーティファクトの残骸の中から、「指輪」を発見する。それは確かに、あの魔法少女が持っていた指輪と同じ形状での代物であった。 3.8. 最後の手段 「さて、問題はこれで『彼女』を止められるか、だな」 魔法少女は指輪を確認した上で、そう呟く。だが、その次の瞬間、この場にいる者達の耳に、おびただしい数の悲壮な断末魔の叫びが響き渡った。 「この声は、討伐隊の人達!?」 ユーフィーがそう叫んでその声の出処を確認すると、それは明らかに湖の方角であった。これは一刻の猶予もないと判断した彼女達が全力で湖の方面に向かうと、そこでは「巨大な黒い魔物」が、湖から上半身を出す形で、一歩、また一歩とテイタニアの方角に向かって近付いているのが見える。その頭は、龍というよりもトカゲやイグアナに近く、背中には翼の代わりに謎の突起物が幾つも生えており、下半身は湖の中にあるために全貌は分からないが、二足歩行で歩いているように見えた。 そして、ハーミアは、その怪物の姿に見覚えがあった。それは、彼女が地球にいた頃、大陸の反対側に位置する島国で作られた「映画」に登場する巨大な化け物にそっくりの形状だったのである。 「あ、あれは、ゴ……」 そこまで言いかけたところで、彼女は口籠る。実は彼女は、この世界の真理に関わることについては口にしない、という信念の持ち主である。そして彼女には、この巨大な魔物の名を口にすることは、その信念に反する行為であるように思えたらしい。 そして、その魔物が進む先に多くの兵達が倒れている中、たった一人、ハルバードを構えて仁王立ちしているトイバルの姿があった。その瞳は激しい闘志に満ちているが、既にその身体は相当に深い傷を負っているのが分かる。 「このような……、このような、トカゲの化け物ごときに、この俺がぁぁぁ!」 そう言って、彼がそのハルバードを掲げて魔物に向かって突進していこうとしたその瞬間、魔物の口から謎の怪光線が放たれ、それを正面から直撃したトイバルは、その全身を激しい炎に焼かれながら、半ば灰塵と化してその場に崩れ落ちる。それはもはや人としての原型すら止めていないほどの、無残な姿であった。 そんなトイバルの壮絶な最期を目の当たりにしたユーフィー達が絶句している中、その傍らに立つ少女は、静かな口調で「今の現実」を伝える。 「ダメだな。あの状態になってしまっては、指輪でマルカートの魂に訴えかけたとしても、最終的にはその指輪の持ち主も混沌に取り込まれてしまうだろう。あの状態の彼女を制御するには、最低でも侯爵以上の聖印が必要だ」 この世界において「侯爵」級の聖印を持つ者など、そう何人もいる訳ではない。少なくともこのブレトランドにおける最大の聖印の持ち主は、このヴァレフールの主であるブラギスであるが、それでも「伯爵」止まりである。ブレトランドの全ての聖印を傘下に収めれば「侯爵」にも届くと言われているが、現状、それを達成出来る見込みのある人物は、少なくとも彼女達の周囲にはいない。 「だが、マルカートの動きを抑えるだけなら、他に手が無い訳でもない」 そう言って、少女はユーフィーに視線を向ける。 「お主がこの指輪を使ってマルカートと魂を同調させた上で、その直後に私が魔法でお主を『休眠状態』にする。そうすれば、彼女もまた活動を停止する。まぁ、ただの時間稼ぎにしかならんがな」 つまり、そうやってマルカートの動きを封じている間に、侯爵級の聖印の持ち主を捜して連れてくる、ということである。ただし、その場合、「休眠状態」となっているユーフィーは、何もすることが出来ない。 「無論、お主がテイタニアの領主の末裔だからと言って、この提案に乗る義務がある訳ではない」 少女にそう言われたユーフィーは、様々に思案を巡らせながら、彼女に一つの問いかけをぶつけてみる。 「仮に私がそうせずに、彼女を放置した場合、テイタニアの街はどうなります?」 「一応、マルカートを止めるだけなら、他に選択肢がない訳ではない。たとえば、彼女と同じ力を持つ、他の『七騎士』の誰かを連れてきて、彼女を倒すということも出来なくはないが、一日や二日で実行できる話ではないし、その間におそらくテイタニアの周辺は壊滅的な被害を被ることになるだろうな」 つまり、今、この場において瞬時にマルカートを止めるためには、この「休眠」策こそが最後の手段なのである。そうなると、もはやユーフィーとしては、この提案を断る理由はない。だが、彼女がここでその決意を表明しようとしたまさにその時、突然、後方から「別の女性」の声が聞こえてきた。 3.9. そして彼女はこの地に眠る 「その任務、私にやらせてもらいたい」 そう言って現れたのは、ヴェラ・シュペルターである。どうやら彼女は、討伐隊の者達が血相を変えて撤退してきたのを受けて、(彼等に代わって魔物を食い止めるために)クーンの兵達を率いて代わりに前線に出てきたところで、偶然、今の話を聞いてしまったらしい。 「テイタニアの領主殿がいなくなっては、この街は困るだろう。私は今、どこの領主でもない。私がいなくても、イアンがいればクーンの平和と安全は維持出来る」 「お気持ちはありがたいのですが、テイタニアの領主の血を引く者でなければ、この指輪の力を使うことは出来ない、と聞いております」 そう言ってユーフィーは拒絶しようとするが、それでもヴェラには引く気がなさそうである。 「それは、やってみないと分からんだろう。それに、これは私の直感なのだが、私とあの魔物は、どこかで魂が通じ合っているような感覚を覚えるんだ。それは、この街に来た時から、ずっと感じていた」 何の根拠もないままヴェラがそう言うと、それに対して魔法少女は、意外にも一定の理解を示す。 「確かに、成功する可能性はあるかもしれない。お前は、昔のマルカートによく似ている。直系の子孫ということであれば、魂の同調には適しているとも言えるだろう。まぁ、失敗したら失敗したで、その後でそっちの領主殿で試す、という手もあるしな」 ヴェラは、あの魔物の正体が「エルムンドの七騎士の一人であるマルカート」であるとは知らないため、彼女が言っていることの意味は今一つ理解出来ていない。一方で、ユーフィーにしてみれば、夢の中に出てきたマルカートの姿は、確かにどこかヴェラに似ているようにも思えた。そして、マルカートが伝説の通りに「エルムンドの妻」であったとすれば、ヴェラは確かにその子孫の一人ということになるだろう。それならば確かに、ヴェラがマルカートと魂を同調させられるという可能性もありうるように思えてくる。 しかし、だからと言って、彼女の中では、それはこの任務をヴェラに押し付けていいという理由にはならなかった。 「もし、失敗した場合、マルカートとヴェラ殿はどうなるのですか?」 「おそらく、彼女(ヴェラ)は完全に暴走することになるだろう。その場合、彼女を殺した上で、再びやり直すということになるな」 そう言われてしまうと、なおさら、ユーフィーとしてはヴェラの助力を受ける訳にはいかない。そして、ここに至って更にもう一人、割って入る人物が現れた。 「お姉さまも、ヴェラ様も、この国には必要な人です!」 そう言って、ヴェラが率いてきたクーンの部隊の中から現れたのは、サーシャである。突然の意外な人物の登場にユーフィー達は驚くが、実は彼女は、前線の崩壊という報を聞いた上で姉の身を案じ、ヴェラに頼み込んで彼女達と共にこの地へと同行していたのである。 「今の私では、お姉さまがいなくなった後、テイタニアの領主を務めることは出来そうにありません。ならばここは、私こそがあの魔物を封じるための役目を担うべきです。私に出来ることは、それくらいしかないのですから」 いつもおとなしい彼女は、そう熱弁してユーフィーとヴェラに訴えかける。確かに、戦略的なことを考えれば、彼女の言い分が最も現実的である。「侯爵級の聖印の持ち主を見つけるまで、魔物と共に眠り続けるだけの役割」に最も最適な人物は誰かと言われたら、客観的に見ればそれは確かに「最も無力な君主」であるサーシャだろう。少なくとも、ユーフィーが休眠状態に入った場合は、病弱なサーシャが代わりの領主とならざるを得ない以上、それは客観的に見て得策とは言えない。しかし、だからと言ってユーフィーとしても、ここで妹に「人柱」のような役割を任せると言えるような性格でもない以上、サーシャの申し出をそのまま受け入れる気にもなれなかった。 こうして、三人の候補が並び立つことになったが、ここで当事者である「テイタニアの住人」の一人として、ハーミアが口を開く。 「私は、ユーフィー様でも、サーシャ様でも、どちらがテイタニアの領主として残ったとしても、お仕えする所存です。ただ、テイタニアが中立の立場を維持するためには、ここで他家に『借り』を作ることは望ましくないかと」 そう言って、暗に「ヴェラ」を選択肢から外すことを提案した彼女に対し、ユーフィーも同意する。 「ヴェラ様のお申し出はありがたいですが、これはテイタニアの問題です。そもそも、ここまで事が大きくなってしまったのは、先代もしくはそれ以前の領主が、『伝えるべき伝承』を途絶えさせてしまったことが原因であり、これは明らかに我が一族の失態です。その解決のために、他家の君主の方の力を借りる訳にはいきません。ただ、それでも、私のワガママを聞いて頂けるのであれば、私がいなくなった後のこの街を守るために、少しでもご助力頂きたい。それが私の願いです」 伝承云々の話については、ヴェラは全く何も知らない。だが、このような言い方をされてしまうと、ヴェラとしても、それ以上強く主張することは出来なかった。 「そしてサーシャ、あなたが言う通り、確かにあなたの病弱な体質は、君主として一つの弱点ではあります。そして、あなたなそんな自分が今、この街のために出来ることを考えた上で、自らの身を封じる道を選ぶと宣言しました。その判断は、客観的に見て間違っていません。そして、そんな『正しい判断』が出来るあなただからこそ、私は、私の代わりにあなたにこの街を治めてほしいと考えています」 そう言ってサーシャを諭そうとするユーフィーであったが、サーシャはその説明では納得はしなかった。 「でも、今のテイタニアの人々が求めている領主は、お姉さまです。私ではありません。皆さんもそうでしょう?」 彼女はそう言いながら、ハーミア、アレス、インディゴの三人に目を向ける。アレスとインディゴが、どう答えれば良いか悩んでいる中、ハーミアが再び口を開いた。 「確かに、私もそう思っていました。しかし、さきほどユーフィー様がおっしゃった通り、今のサーシャ様には、君主としての才覚が十分にあることは分かりました。私は、サーシャ様が治めることになったとしても、全力で支えます」 「だとしても、私ではなく、お姉さまが封印されなければならない理由が、私には見つかりません」 そう言われてしまうと、ハーミアとしても論理的に反論することは出来ない。すると、今度はインディゴが言いにくそうな表情を浮かべながら、口を開く。 「いずれにしても、領主様がお決めになることです。私には、どうこう言うことは出来ません」 「あなたにも発言する権利はある筈ですよ。あなたの契約相手に関わる問題です。そもそも、契約魔法師とは、君主が決断する際に助言という形でその手助けをするものです。あなたはどう思われますか? 我が契約魔法師として問いたい」 ユーフィーにそう言われたインディゴであるが、それでも彼としては、ここでどのような方向へと導くのが正解なのか、見当がつかなかった。 「この問題は、領主様御自身で決めるべきこと。それが、私から出来る唯一の助言です」 そう言いながら、彼は「魔法師失格だな」と内心で呟く。だが、その一言を確認した上で、ユーフィーは改めてサーシャに向き合う決意を固めた。 「私自身の判断としては、サーシャ、あなたに領主になってほしいです。確かに、私の代わりにあなたが領主になっても、あなたが自力で『侯爵位』に到達するのは難しいでしょう。しかし、それは私にとっても同じです。私は『人を殺さない』という信念の持ち主であることは、あなたも知っているでしょう?」 すなわち、他人から聖印を奪うことを良しとしない彼女にとっては、この世界において聖印を成長させることは難しい、というのが彼女の判断である。だが、この言い分に対しては、その前提条件の次元において、ハーミアから異論が出る。 「どちらが眠りについて、どちらが領主となるにしても、我々が必ず、侯爵位の聖印の持ち主を捜して来ます。別に、領主となった方が全てを背負いこむ必要はありません。あなた方二人だけでこの街を守っている訳ではないのですよ」 更に、それに便乗するようにヴェラも口を挟む。 「どちらがその役を担うことになったとしても、私は必ず、その封印されたどちらかを助ける。私自身が侯爵位を手に入れることが出来ればそれで良し、それが無理なら、侯爵位の持ち主となる人物を探すことも可能であるし、他にも色々と方法はある筈だ」 ヴァレフール伯爵位の継承を拒否しているヴェラではあるが、自らの力で聖印を成長させることまでは否定してはいない。無論、現実問題として、伯爵位よりも更に上の侯爵位を、父の聖印を譲り受けること無しに自力で獲得するのが至難の技であることは、彼女も分かっていることではある。ただ、いざとなったら、彼女の聖印をイアンや他の多くの君主達と合わせることで、一時的に「侯爵位」を作り出すという選択肢もある(もっとも、それはそれで、強引に聖印を奪い取ることと同等以上に難しいことではあるのだが)。 そして、この二人の意見を踏まえた上で、これまでにない程に強い決意と使命感に満ちた瞳で訴えかけるサーシャを前にして、ユーフィーは遂に決断を下す。姉として、いつか必ず妹を助けるという決意の下で、彼女に「眠り続けるという使命」を課すということを。 「分かりました。サーシャ、手を出して下さい」 そう言って、ユーフィーはサーシャに指輪をはめる。すると、その指輪を介してサーシャの周囲に膨大な混沌の力が流れ込んでいく様子が見えるが、その直後に魔法少女がサーシャに魔法をかけ、休眠状態へと陥らせる。ちなみに、この魔法もインディゴは見たことがない。失われた古代の魔法か、あるいは彼女自身が生み出した創作の魔法なのかもしれない。そして、サーシャはその意識が消える直前、一瞬ニコッと微笑み、そしてそのまま静かに目を閉じ、その場に仰向けに倒れこむ。 それと同時に湖の中を歩いていた巨大な魔物もまた、激しい波音と共にその場に倒れこんだ。魔法少女曰く、この状態のマルカートとサーシャは、いずれも放置しておく限りにおいては、目覚めることは絶対にない。ただし、もしマルカートを不用意に攻撃すると、最悪の場合、サーシャが眠った状態のままマルカートだけが目を覚ますという可能性もありうるという。そして、いかに眠っている状態といえども、(他の七騎士か、あるいはそれに匹敵する超常的な力の持ち主でもない限り)この魔物を一撃で倒すのは不可能、というのが彼女の見解であった。 そのことを踏まえた上で、ユーフィーはサーシャの身体を抱え上げながら、三人の部下達に向かって、こう告げる。 「それでは、テイタニアに戻りましょう。今回の事件は終息しましたが、私達の為すべきことは、これからです。見ましたね? さきほどのサーシャの微笑みを。あの笑顔を取り戻すために、私達はこれから歩むのです」 その決意に三人が頷くのを確認する。この国の盟主である伯爵家の人々に対してはそれぞれに様々な個人的感情を抱えている彼等ではあったが、少なくともテイタニアの臣としては「ユーフィーを支え、サーシャを救う」という目的に対して、いささかも迷いはなかった。 一方、そんな彼女達の決意を横目に見ながら、魔法少女はサーシャを現在の休眠状態から目覚めさせるための方法を伝えた上で、何処へともなく去っていこうとする。そんな彼女に対して、ユーフィーは最後にこう告げた。 「今回の件、本当にありがとうございました。『名を伝えられていない一人の魔法師』の方」 「……一応、そこの邪紋使いには名乗った筈なのだが……、まぁ、今はそちらの呼称の方が、『私の呼び名』としては定着しているのかもしれんな」 彼女はそう言って、微かに笑みを浮かべながら、やがてその姿はその場に出現した魔法の霧の中に、うっすらと消えていく。 「お主の妹と、そしてマルカートを元に戻してくれることを、期待しているぞ。アイツの『元恋敵』としてな」 ユーフィーに対してそう告げた上で、その姿が消えようとする最後の一瞬、彼女はインディゴに対しても言葉をかける。 「しっかりサポートしてやれよ、元ヘッポコ魔法師」 それが、彼女にとっては400年ぶりに発見した「後輩」に対しての、最後の言葉であった。 4.1. 撤収 こうして、ひとまず直近の「危機的状況」を解決させた彼女達は、テイタニアに戻って、各軍の状況を確認する。どうやら、ワトホート軍は序盤であっさりと撤退していたため、あまり深い打撃を負うことがないまま健在であり、トイバル軍についても、ケネスやガスコインの姿は確認出来た。どうやら、トイバルの本隊は周囲の制止を振り切って突撃したものの、他の者達はあの魔物を目の当たりにして、それぞれに「現実的判断」を下したらしい。 そんな彼等に対して、ユーフィーは「自分の妹が身を呈してあの怪物の動きを封じている」という状況のみを伝える。「魔物の正体」や「名を知られていない一人の魔法師」については、話したところで信じてもらえるとは思えない上に、この情報を広めることはこの国を更なる混乱に陥れる可能性があるように彼女には思えたため、あえて黙っていた。 その上で、今度はインディゴが口を開き、重々しい口調で通達する。 「トイバル様は、名誉の戦死をなされました」 厳格な表情を浮かべながらも、インディゴは内心ではニヤリと笑っていた。彼の思惑通り、自分が何の手を下す必要もないまま、彼にとっての「兄弟子の仇」は、自ら勝手に死んでくれたのである。インディゴにとっては、これほど喜ばしいことはない。 「そうか、やはりあの方は……」 ケネスは沈痛な面持ちでそう反応するが、その声からは、それほど深く落胆しているようには感じられなかった。おそらくケネスの中では、今回の作戦を考案した時点で、こうなる可能性についても考慮はしていたのであろう。娘婿であるトイバルの死によって、この国の舵取りに関する彼の計画は大きく狂うことにはなるが、それで深い絶望の淵に落ちてしまうほど、トイバルに心酔していた訳ではなさそうである。既にこの時点で、彼の中では「トイバル戦死後の状況」に即した戦略方針へと、その思考は移行していた。 一方、図らずも政敵が自滅したことで内心ほくそ笑んでいるグレンは、誰もが気になっていたであろう、今回の討伐計画の本質に関わる点について、ユーフィー達に尋ねた。 「結局、あの魔物はヴァレフスだったのか?」 その質問に対して、ユーフィーは明確に否定する。あの地に「ヴァレフスの欠片」が眠っていたことは確かだが、それはあの魔物によって倒されており、そしてその魔物も封印されているという現状においては、あの魔物を刺激しない限り、これ以上の災害がもたらされることはない、という見解を伝える。だが、マルカートの正体について伏せた形で説明している以上、聞いている側にとっては、今一つ要領を得ない回答のように聞こえてしまう。 そんな中、今度はケネスから、この問題に関して更に念を押すような形での質問が投げかけられる 「アレがヴァレフスではないと断言出来る根拠はあるのか? まぁ、ヴァレフスだと断言出来る根拠を出すのも難しいとは思うがな」 トイバルが死んだことで、ケネスの中ではこの問題自体への関心が薄れてきたのか、その質問の言い回し自体が、今一つ歯切れが悪い。実際のところ、ケネス自身も、火山島に現れた魔物がヴァレフスであると本気で信じていた訳ではない。ただ、トイバルの爵位継承権確保のために、それがヴァレフスであるという「建前」を維持したかったのが、トイバルを失った今となっては、その仮説にこだわる必要もない。 そんな彼の思惑を知ってか知らずか、ユーフィーは「最も分かりやすい答え」で返す。 「確かに、明確な根拠は出せません。ただ、しいて言うならば、本当にあの伝説の大毒龍ヴァレフスだとしたら、この程度の被害で済むはずはないでしょう」 それは、ケネスやグレンも含めた大半の人々が、内心密かに思っていたことでもある。あれが本当に本物のヴァレフスであると仮定した上で、それを本気で倒せると思っていたのは、おそらくトイバルくらいであろう。実質的には、「ヴァレフスほどではない何か」を「ヴァレフス」だと言い張って倒すことで継承権を主張するという一種の「虚構のゲーム」にすぎないということは、皆が薄々感付いていたようである。 そして、そのことをユーフィーがはっきりと言ってのけて、皆がその見解に素直に同意したことで、ケネスは安心して今回の作戦の終結を宣言する。そして、ブラギスの「ヴァレフス」発言に関しては、その実体が発見されなかったということで、実質的に無効化されることが、この場で確認されたのであった。 4.2. 動乱の幕開け こうして、テイタニアに集まった討伐隊のうち、テイタニアの真北の都市から派遣されたイアン隊とファルク隊以外はドラグロボウ経由でそれぞれの本拠地へと帰還することになるのだが、この時点で彼等は、驚愕の事実を知ることになる。 それは「ヴァレフール伯爵ブラギスの崩御」という知らせであった。 もともと体調が思わしくないことは明らかであったが、この国の盟主がこのタイミングで他界してしまったことで、国中に動揺が走る。その聖印は侍従の騎士が「仮預かり」した状態で保存していたため、ブラギスの契約魔法師団の同意の下で、首都へと帰還したワトホートに即座に移譲された。ブラギスは後継者を明確に指名していなかったものの、トイバルが戦死した今、ワトホートへの継承に対してケネス達「旧次男派」も異論を唱えられる状態ではなかったのである。 だが、動揺はこれだけでは終わらなかった。翌朝になって、更なる混乱を引き起こす知らせが国中に伝わることになる。 それは「ブラギスの死は、自然死ではなく、毒殺」という事実であった。 ブラギスの契約魔法師団の発表によれば、ブラギスの身体から、混沌によって生み出された「遅効性の毒」が発見されたのだという。つまり、何者かによって食物の中にその毒を混入されたことが、直接的な死因であったらしい。そして更に翌日、騎士団長ケネスの名において、ヴァレフール中に第三の衝撃となる通達が発布された。 それは「ブラギスの毒殺は、ワトホート派による凶行」という調査結果であった。 ブラギスの食事に毒が盛られたと想定される時刻、ワトホート自身はテイタニアにいたが、その間にワトホートに仕えていた侍従の者達がブラギスの医務室に忍び込んでいた、という証言があり、ケネス達がその者達を捕縛して問い詰めようとしたところ、彼等は揃って自室で自決していたという(ちなみに、その実行犯達と思き者達の中には、邪紋使いも加わっていたらしい)。 この調査結果に対して、ワトホート側は「自決した者達はいずれも最近になって雇われた者達であり、仮に彼等が犯人であったとしても、それは彼等が当初からブラギス殺害を目的に忍び込んだ者達だったということであり、ワトホート様の指示によるものではない」と主張したが、現実問題として「命令していない」ということを証明することは実質的に不可能であり、しかも、その実行犯達の出自も分からなかったため(より正確に言えば、それぞれに出自を偽装して雇われていたことが判明したため)、他に「真の黒幕」がいるということを立証することも出来なかった。 この調査結果を踏まえた上で、ケネスはワトホートを「大逆人」と非難し、彼の聖印継承の不当性を主張したのに対し、グレンは「長男であるワトホート様が、このタイミングで父君を暗殺する理由はない」と主張した上で、これはワトホートに濡れ衣を着せようとした旧次男派の陰謀であると断言し、ケネスを反逆の罪で処罰すべしと主張する。 こうして両者の見解が真っ向から対立する中、既にワトホートと新たに契約関係を結んでいたブラギスの契約魔法師団は、ワトホートの命令でケネスを急襲・捕縛する計画を立てていたが、その中でケネスと密かに気脈を通じていた造反者がケネスに密告したことで、その作戦は破綻。身の危険を感じたケネスはトイバルの二人の息子であるゴーバンとドギをドラグロボウから連れ出す形で本拠地アキレスへと帰還し、ワトホートの「暴挙」に対して徹底抗戦すると同時に、トイバルの長男ゴーバンこそが真の後継者であるべきと主張し、国中の騎士団員達に対して、「大逆者ワトホートから伯爵の聖印を取り戻すべし」という大号令を通達したのである。 この状況に対して、もともと次男派であったガスコインは真っ先にケネスを支持すると宣言したものの、グレン、ファルク、そしてイアンおよびヴェラは、ワトホートの即位の正当性を認めるという立場を鮮明にする。ただし、グレン以外の者達は、ケネスとの和解の道を主張しており、ケネスを討伐すべしというグレンの主張に全面的に賛同する者は、騎士団全体の中でも少なかった。 一方、オディールのロートスは「これから先も『ヴァレフール伯爵』に忠誠を誓う」という曖昧な方針を表明するに留まっていた。現実問題として、オディールの近辺はケネス・ガスコイン派が多い(例外は、隣村オーロラの領主である長弟ゲンドルフ)という事情があるものの、ここで方針を明確にしなかったところで、最前線を守る彼等のことをケネス派の諸侯が攻撃することなど(彼等がアントリアとの共闘を模索しない限りは)ありえない以上、ここであえて旗色を明確にする必要はないと考えていたようである。 このように、一見すると首都と伯爵聖印を現実に掌握しているワトホートが有利な状況に見えたが、ケネスには彼等にはない一つの強みがあった。それは、大陸の幻想詩連合諸国との深い繋がりである。これまで、幻想詩連合への支援要請は常に彼が執り行ってきた以上、ヴァレフールで内戦が勃発した場合、連合からの潤沢な支援をケネス陣営が独占する可能性も十分にありうる。その意味においても、正面切ってケネスを討伐することは、ワトホート支持派にとっても、あまり現実的な手段とは言えなかった。 そんな中、当然のごとくテイタニアにも、両陣営から「ワトホートを討て!」「ケネスを討て!」という通告が届けられていたが、ユーフィーとしては「ワトホートの伯爵位継承には異を唱えない」という曖昧な立場だけを表明した上で、今は先日の水害と戦闘の事後処理に専念するという建前の下で、明確な方針提示を拒否する。実際のところ、ユーフィーにはワトホート派の犯行とは思えなかったが、かと言ってケネスが黒幕であると言えるような根拠も無かったため、この状況でどちらの正当性を支持する訳にもいかない、というのが彼女の本音であった。 4.3. 遺品と遺言 一方、領主であるユーフィーがこのような形で困惑している中、その「犯人」に心当たりがある人物がいた。アレスである。当初、それはあくまでも彼の中でも「憶測」にすぎなかったが、事件勃発から数日後、彼のその「憶測」を「確信」へと変える人物が、彼の前に現れたのである。 「よう、お前さん、アルフリードの知り合いだったよな?」 そう言って、彼の自宅を訪れたのは、ジェームスである。彼は、先日の森での戦いの過程で、いつの間にか彼等の周囲から姿を消していたのであるが、その彼が数日ぶりにテイタニアに現れたのである。 「届け物だ。事が済んだら、これを渡しておいてくれと言われていたんだ。まぁ、それをどう使うかはお前さんの自由だがな」 ジェームスはそう告げると、小さな布袋を彼に手渡し、そしてすぐにその場から去って行く。その中に入っていたのは、「小さな薬瓶」と「手紙」であった。手紙の差出人の名はもちろん、アルフリードである。 「この手紙があなたに届けられているのであれば、私はもうこの世界にはいない筈です。あの時、あなたに渡せなかった毒薬を、ここに入れておきます。……」 そんな書き出しから始まったその手紙の中に、この数日間の一連の事件の全容が記されていた。曰く、彼女達は数ヶ月前からワトホートの「侍従」として王城内に潜入し、密かに彼とブラギスを毒殺する機会を狙っていた。その上で、最も着実に決行できると考えられていた日の前日に、ワトホートがテイタニアへと出陣してしまったため、やむなくターゲットをブラギス一人に絞ることにしたらしい。その上で、事実が露見してしまった時は、自分達は「ワトホートの忠臣」を装って自害することで、彼の立場を窮地に追い込む、というのが彼女達の計画であり、そうなった時は、残りの毒薬をこの手紙と共にアレスに届けるように「この毒薬を提供してくれたパンドラのエージェント」に頼んだと記されている。 「……この毒薬を使って、あなた自身の手でワトホートを倒してもらえるなら、これほど嬉しいことはない。でも、今のあなたにとって、『過去の怨讐』のために生きることが本意ではないのなら、『今の人生』を後悔しないように生きてほしい。そして、この国を正しい方向に導いてほしい。それが、あなたの『真の幸せ』を願う者としての、私の最後の願いです」 今、この手紙をアレスが公表すれば、ワトホートとケネスの「不毛な争い」を止められるであろう。そうなれば、領主であるユーフィーの苦悩も多少は緩和されることになる筈である。だが、アレスの中では「過去の怨讐」は決して消えてはいない。そして、先日の「あの夜」の会話を通じて、彼は確信していた。大事のために小事を切り捨てるワトホートに、この国を任せる訳にはいかない、ということを。 しかし、それと同時に彼は、ユーフィーの「不殺」の信念にも強い敬意を抱いている。少なくとも、彼女が自らの主ある限りは、どのような形であれ、自らの手でワトホートを暗殺する訳にはいかない。だからこそ、アルフリード達が自らの命を犠牲にして引き起こした「ワトホートを殺さずに失脚させるための千載一遇の機会」である今の対立と混乱の状況を、この手紙を公表することで和解させてしまうことなど、彼の中では絶対にありえない選択肢であった。 こうして、彼は旧友の形見となってしまった毒薬を胸に抱きつつ、「過去の怨讐」と「今の忠義」を両立させる道を、誰にも相談出来ない状態のまま、これから先も一人、模索し続けることになるのである。 4.4. それぞれの居場所 一方、アレスへの「届け物」を済ませたジェームスには、もう一人、訪問すべき人物がいた。ハーミアである。と言っても、これは誰かに頼まれた依頼ではない。彼女に会いたいと思ったのは、純然たる彼の個人的感情であった。 「素敵な『居場所』を見つけたようですね、ジェームスさん」 数日ぶりにあったジェームスに対して「笑顔」でそう告げる彼女を目の当たりにして、ジェームスは、今の自分の「居場所」がどこかということが、(おそらくは先日の「ポーション」を見た時点で)既に彼女にモ伝わっていることを実感する。 「本当は、お前にも、俺と同じ『居場所』を与えたかったんだが……、残念ながら、もうお前は『自分の居場所』を見つけてしまっているようだな」 「えぇ。でも、今の居場所はあくまでも、『仮の居場所』です。私が『真の居場所』に到達するのは、もう少し先になりそうですが、私はそれまで、待ち続けるつもりです」 ハーミアの「この世界での二年間」を知らないジェームスには、彼女の発言の意図は分からない。だが、明らかに「女」の顔をした彼女を目の当たりにした彼は、既に彼女は、自分が見出した「女子高生アイドル」という枠では収まらない存在へと進化(羽化)していることを実感する。 (もう、こいつの中には『俺の居場所』は無いな) そう実感した彼は、彼女に代わる新たな人材を探すために、この街を去る決意を固める。いずれまたこの地を訪れることはあるだろうが、それがいつになるかは分からない。その時点で、彼女の「居場所」がここにあるかどうかも分からない。更に言えば、そもそも「投影体」である彼等は、いつまで「この世界」にいられるのかも分からないのである。投影体が、死や強制送還以外の方法でこの世界を去る原因については諸説あり、何がきっかけでこの世界から消えるのかは、誰にも分からない。まさに、この世界そのものが、いつまで自分の「居場所」たり得るのかも分からないのである。 そんな不安定な自分の「居場所」に不安を感じたのか、ジェームスは最後にハーミアにこう告げる。 「次に会う時があったら、久しぶりに、お前の歌を聴かせてもらえないか? 本当は今、聞きたいんだが、次の機会まで先延ばしにすることで、それを楽しみに生きていける。そんな気がするんだ」 今のハーミアに、この「中年男性のセンチメンタリズム」が通じたかどうかは分からない。だが、彼女は素直に微笑みながら、かつての恩人を見送る。 「えぇ。その時まで、どうかお元気で」 こうして、ヴァレフールを大混乱に陥れる陰謀の片棒を担いでいた一人の地球人は、その真相を一切語らないまま、あっさりとこの国を去って行く。ハーミアは、そんな彼に複雑な感情を抱きながらも、これからサーシャを助けるために為すべきこと、そしてイアンとの輝かしい未来に向けて為すべきことを考えつつ、この日も子供達にまた自作のポエムを読み聞かせるため、一人、下町へと歩いて行くのであった。 4.5. 「力」を手にする資格 その頃、街の復興状況を確認するためにテイタニアの北部地区を巡察していたインディゴは、北の入口から、思わぬ「大物」が姿を現したことに驚く。ヴェラである。 「おぉ、ユーフィー殿の魔法師殿か。確か、インディゴ殿と言ったな」 「その通りですが、なぜまたこの街に?」 テイタニアの復興支援は既に一段落し、今はクーンには物資の支援も人足の派遣も要求していない。ただの表敬訪問なのか、それとも、何か密命を帯びてきたのか。 「いや、今回はテイタニアに用事がある訳ではない。これから、大陸に向かうことになったのだ。ハルーシア公爵アレクシス・ドゥーセ様に会うためにな」 アレクシス・ドゥーセと言えば、この世界を二分する巨大勢力の一翼を担う幻想詩連合の盟主である。普通の人物であれば、そう易々と会える人物ではないが、ブレトランドの(元)伯爵令嬢である彼女であれば、正規の手続きを踏んで依頼すれば、確かに謁見することも可能であろう。 「サーシャ殿を助けるためには、侯爵級以上の聖印の持ち主が必要なのであろう? ならばまず、我々がここはアレクシス殿を頼るのが一番の最善手ではないかと考えたのだ。ただ、一つ不安はある。インディゴ殿、魔法師としての貴殿に聞きたいのだが……」 「なんでしょうか?」 「あの魔物の力は、果たして『人』が安易に手にして良いものなのだろうか?」 今回の一件を通じて彼等は、武勇に関してはヴァレフールでも指折りの実力者と言われたトイバルに率いられた討伐隊が、あの魔物(マルカート)に一太刀も浴びせられないまま惨殺された光景を目の当たりにしている。あの力を制御する人物が現れた場合、必然的にそれは「絶対的な武力」を手にしたも同然である。あの魔法少女の言い分によれば、他にも同じような力を持った「元騎士」があと6人いるらしいが、いずれにせよ、この世界のバランスを崩しかねないあの力を誰かに委ねるということに対して、強い不安を抱くのは当然の話である。 「無論、私は絶対にサーシャ殿を助けると約束した以上、今は誰かにあの魔物の主となってもらう道を探るしかない。しかし、あのような強大な『力』を制御することが出来る人物など、果たして本当にこの世界にいるのだろうか。もしいるとすれば、どんな人物ならば、あれだけの『力』を手にする資格があると言えるのだろうか」 確かにこれは、「強大な混沌の力」を操ることに長けた魔法師の者達の中でも、永遠に議論され続けているテーマでもある。人は、人ならざる者の力に、どこまで頼っていいのか? そして、どのような人物であれば、その力を行使する資格があるのか。ある意味、魔法師とは、存在そのものが一つの強大な「力」である。だからこそ、その力は私利私欲のためではなく、この世界を導く「君主」のために使う、というのがエーラムの哲学である。だが、現実問題として、私利私欲のために力を使う君主も存在し、そして魔法師は君主を選べるとは限らない。そんな今の契約魔法師制度の正当性への疑問は、多くの魔法師達が感じている。 その意味では、このヴェラの問いかけは、インディゴにとっても他人事ではないのだが、だからこそ、安易に答えられる質問ではない。またしても「やはり私は、魔法師失格なのかな」と内心で自嘲しながら、彼はヴェラにこう告げる。 「自分の『目』を信じるしかないのでは? 自分自身で見て、その力を与えるに足る人物かどうかを確かめるしかないでしょう」 実際のところ、これが魔法師としての彼が言える、唯一の助言である。多くの魔法師達にとって、契約相手となる君主が、「自分の力を預けるに足る人物」かどうかは、実際に会ってみないと分からない。最終的には、自分自身の直観力を信じるしかないというのが、彼の結論であった。 「なるほど……、そうだな。ここで考えていても何も始まらん。やはり、まずは実際に行って、会って、話して、その上で、アレクシス・ドゥーセがあの魔物の契約相手に相応しい人物かどうか確かめる。任せられる人物ではないと判断した時は、また次の候補に会いに行けばいい。それだけの話だな」 どうやら、インディゴが苦し紛れに言った言葉は、ヴェラの心の中でくすぶっていた「迷い」の払拭に繋がったようである。 「ありがとう。そういえば、テイタニアには、『異世界の歌い手』がいるそうだな。確か、ハーミアと言ったか」 「……あの女が、何か?」 正直、インディゴは、ハーミアのことが苦手である。何を考えているのか分からないライフスタイルの彼女は、仕事一筋の真面目人間である彼とは、どうにも波長が合わないらしい。 「今度会った時に歌を聴かせてくれ、と伝えておいてほしい。その時までに、なんとしても『侯爵以上の聖印』の持ち主を探し出してみせるからな」 インディゴは、ハーミアとイアンの関係を知らない以上、ヴェラがハーミアにこのようなことを頼むことについて、「物好きな」とは思いながらも、それほど不自然とは感じていない。だが、なんとなく、女同士の関係を仲立ちするのは、面倒事に繋がりそうな、そんな予感がしていた。 「分かりました。では、またその折に」 「うむ、達者でな」 そう言って、ヴェラはテイタニアの南部地区を経由して、そのまま南下してドラグロボウの南方に位置する港町オーキッドへと向かうことになる。そして彼女はここから大陸へと旅立つことになるのだが、それはまた別の物語である。 一方、そんな彼女を見送りつつ、インディゴは今回の一件を通じて実感した、自分の「契約魔法師」としての不甲斐なさを悔恨する。様々な決断を他人に委ねてしまい、まともな助言が出来なかったことを悔やみながら、これから先、この街と、ユーフィーと、そしてサーシャを救うために、自分に出来ることは何なのか、ということを自問自答しながら、「あるべき魔法師」の姿を追い求めつつ、この日も一人、静かに職務に励むのであった。 4.6. 不殺の覇道 こうして、街の各地で家臣達がそれぞれにそれぞれの想いを抱いていた頃、彼等の主君であるテイタニアの領主ユーフィー・リルクロートは、まだ微妙に混沌濃度が高まったボルフヴァルド大森林の入口付近に待機し、そして混沌核の出現を待っていた。 (人を殺さずに聖印を成長させるには、これしかない) ユーフィーは内心でそう考えながら、レイピアとマイン=ゴーシュを構える。この森は、混沌核の出現率が高いことで有名であり、それが様々な投影体や混沌災害をもたらす要因となっている。しかも、その規模は膨大で、このテイタニアの領主だけでなく、ヴァレフールの君主達が四百年以上かけて浄化しようとしても、全く浄化しきれぬほどの膨大な混沌核に溢れているのである。 逆に言えば、それらの混沌核を全て浄化・吸収することが出来れば、聖印の規模は飛躍的に強大化する。無論、無数の君主達が四百年かけても浄化しきれなかったものを、ユーフィー一人で全て聖印に取り込むなど、普通に考えれば到底不可能な話である。しかし、今のユーフィーには、それしか出来ることがなかった。サーシャを救うため、そして街に再び混沌災害が起こるのを防ぐためには、少しでずつでも着実に、この森を浄化していく他に道はない。それが「不殺の覇道」を貫く彼女にとっての唯一の選択肢だったのである。 無論、ヴェラのように大陸に渡って大物君主を連れて来るという方法もあるし、他の君主達を口説き落として合同で「侯爵位」級の聖印を作り出すというのも理論上は可能ではあるが、現実問題として、今のユーフィーは、このテイタニアを離れる訳にはいかない。いつまた再び大規模な大災害が起こるか分からない土地柄である上に、今後は逆に「湖に眠っているマルカート」を不用意に起こそうとする者が現れないよう、監視する必要もある。いずれにせよ、彼女はこの森と生きていくしかない以上、この森の中で、少しずつ聖印を強化していく。それが、たとえどれだけ途方のない道であっても、最も着実な選択肢なのである。 「待っていて下さい、サーシャ。必ず、あなたを目覚めさせてみせます」 領主の館の奥にある一室で、今も一人眠り続ける妹のことを思いながら、ユーフィーは両手にかざした剣を振りかざし、少しずつ、森の奥へと足を踏み入れていく。不殺の君主としての彼女の戦いは、まだ、始まったばかりであった。 時系列順の続編:【ブレトランド八犬伝】第1話(BS15)「孝〜断ち切れぬ縁〜」 シリーズ内の続編:【ブレトランドの英霊】最終話(BS17)「受け継がれる魂」 グランクレスト@Y武
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【ブレトランドの英霊】 四百年前にブレトランドの混沌を浄化し、この地を切り開いた英雄王エルムンド。その偉業を支えたのは「七人の騎士」と「名を伝えられていない一人の魔法師」であったという。しかし、七人の騎士達はその戦いの過程で巨大な混沌核に触れてしまったことで「変わり果てた姿」となり、ブレトランドの各地に封印されることになった。 この物語は、そんな過去の英霊達と出会ってしまった、今を生きる英雄達の群像劇である。 第1話「白き森の深淵」 ティファニア・ルース・ロード/ルーラー・15歳・女性・メガエラの領主・父の急死により爵位継承 ヴェルノーム・D・ヴォルドルフ・メイジ/エレメンタラー・23歳・男性・ティファニアの契約魔法師・恋人はアントリアの次席魔法師 ターリャ・カーリン・アーティスト/アンデッド・20歳・女性・メガエラの警備隊長・兄はヴァレフールの騎士隊長 クローディア・シュトライテン・アーティスト/シャドウ・16歳?・女性・ティファニアの侍従・本来はトランガーヌ子爵の侍従 +人物相関図 旧トランガーヌ子爵領の南部に位置するメガエラは、伝染病の特効薬となる稀少な薬草「ヴィット」を特産物とする中立村である。そのヴィットを生み出す森の奥地に、何らかの巨大な混沌の力が潜んでいるという噂が広がり、アントリアとヴァレフールが、その調査のための介入を画策してきた。アントリアはヴェルノームの恋人である次席魔法師クリスを、ヴァレフールはターリャの兄である騎士隊長ファルクを通じて、この機に調査協力の名目でメガエラそのものを保護下に置くことを目指すが、ティファニアはあくまで独力でこの問題を解決する道を選ぶ。 そんな中、聖印教会の過激派による森の焼き討ち計画が発覚する。彼等の背後にいるのは、かつてクローディアが仕えていた先代トランガーヌ子爵であったが、クローディアは「今の主」であるティファニアへの忠義を選び、かつての同胞達を、ティファニア達と共に撃退する。 そして、森の奥地へと足を踏み入れたティファニア達は、地割れした大地の奥に眠る巨大亀(その正体は、エルムンドの七騎士の一人、フェルマータ)と出会う。ヴィットを生み出していたのは、地中に眠る彼の身体から溢れ出る混沌の力であることを確認した彼女は、「我が力を解放し、我と共にこの小大陸に覇を唱えよ」という巨大亀の要求を断り、地割れを埋め立て、これまで通りの「人々を助ける薬草を生み出す平和な村」を維持する道を選ぶのであった。 →詳細はこちら 第2話「聖女の末裔」 レイン・J・ウィンストン・ロード/セイバー・20歳・女性・白狼騎士団の軍楽隊の指揮官・LOVE PEACEの伝道者 ラーテン・ストラトス・メイジ/サイキック・20歳・男性・アントリア預かりの未契約魔法師・最初の契約相手は騎士を廃業 アマル・アーティスト/ライカンスロープ・20歳・男性・アントリアの治安部隊の指揮官・闇魔法師の手による人造邪紋使い メア・アーティスト/シャドウ・16歳・女性・現アントリア子爵の侍従・仕官前の記憶は喪失 +人物相関図 アントリア北部の廃村マージャ付近にて、旧子爵家の残党による、この地に眠る「武神像」の力を用いた反逆計画が進行しつつあった。これに対して同国の筆頭魔法師ローガンは、白狼騎士団のレイン、次席魔法師クリスの実弟ラーテン、マージャ村出身のアマル、現アントリア子爵ダン・ディオードの侍従のメアの四人を指揮官とした混成部隊を現地へと派遣する。 その途上、旧子爵家の末裔のミリアと遭遇したメアは、自分の正体がミリアの妹であると知り、かつて自分がダン・ディオードを殺そうとしていた時の記憶を思い出す。更にミリアの陣営に、ラーテンの以前の契約相手だった元騎士サイロットと、アマルの恩人であるパンドラの闇魔法師シアンが加わっていることが判明し、調査隊はその方針を巡って混乱状態に陥る。 レインが両陣営の和解を模索する中、ミリアはダン・ディオードと戦うために独断で武神像(その正体は、エルムンドの七騎士の一人、ブレーヴェ)の封印を解くが、メアは「ダン・ディオードを守りたい」という「今の心」を捨てることが出来ない。旧子爵家への忠義を信条とする武神像は、姉妹の方針の対立を察し、彼女達の心が一つになるまで、再び自らの存在を封印する。その後、レインはマージャの領主となり、アマル、メアと共に村を再建させつつ、ミリア達との対話を続ける道を選び、ラーテンは彼女達の想いを理解した上で、報告書を届けるのであった。 →詳細はこちら 第3話「長城線(ロングウォール)の三兄弟」 ロートス・ケリガン・ロード/アーチャー・22歳・男性・オディールの領主の長男・契約魔法師の名はオデット オルガ・ダンチヒ・メイジ/プロフェット・23歳・女性・オディールの領主の新任契約魔法師・ロートスの契約魔法師は妹弟子 セリム・ガイゼル・アーティスト/レイヤードラゴン・23歳・男性・オディールの武官・ロートスの異母弟ゲンドルフの親友 エリザベス・アーティスト/アンデッド・?歳・女性・オディールの武官・ロートスの異母弟リューベンの恋人 +人物相関図 アントリアとの国境線に位置する「長城線(ロングウォール)」の中核に位置する城塞都市オディールの領主、ジュマール・ケリガン男爵が暗殺された。長男ロートスは、異母弟達から疑惑の目を向けられながらも、父の契約魔法師となる筈だったオルガ、長弟ゲンドルフの親友セリム、末弟リューベンの恋人エリザベスと共に、犯人の手掛かりを探す。 そして様々な経緯の末、ロートス達はこの事件が、ロートスによる男爵位継承を切望する彼の契約魔法師オデット(実はロートスの異父妹)と、ケリガン家に伝わる「三本の黄金槍」の中に封印された「三つ首の黄金龍(その正体は、エルムンドの七騎士の一人、トライアード)」の復活を望むパンドラの闇魔法師シアンによる陰謀であったことを知る。シアンは、間もなくこの地にアントリア軍が迫りつつあることを告げ、黄金龍の力でそれを迎撃することを提言するが、ロートスはそれを拒否し、最終的には異母弟達とも協力した上で、アントリア軍の撃退に成功する。 戦後、異母弟達からも男爵位と領主の座の継承を認められたロートスは、自分のために大罪を犯したオデットに対して、(対外的にはその罪状を伏せた上で)自分の首席契約魔法師の地位から解任し(その後任にはオルガを据えて)、この戦いで被害を被った人々を支援するための「生活相談所」の責任者という形での「贖罪の道」を与えたのであった。 →詳細はこちら 第4話「帰らざる翼」 マーシャル・ジェミナイ・ロード/ルーラー・15歳・男性・アントリア騎士団の下級指揮官・騎士団長バルバロッサの養子(甥) ヴェルナ・クアドラント・メイジ/プロフェット・18歳・女性・エーラム魔法学院の学生・入門以前の記憶は抹消済み シドウ・イースラー・アーティスト/アンデッド・17歳・男性・パルテノの警備隊長・コートウェルズの貴族家出身 ウィルバート・ファーネス・アーティスト/レイヤードラゴン・15歳・男性・傭兵団「暁の牙」の一員・両親はコートウェルズで戦死 +人物相関図 コートウェルズ島から海を越えてアントリアへと飛来する龍の数が、一ヶ月程前から急増しつつあった。アントリア子爵ダン・ディオードは、この問題を解決するために、「鉄仮面の騎士」ホルスを総責任者とした上で、アントリア騎士団の下級指揮官マーシャル、北岸の地パルテノの武官シドウ、エーラムの魔法師ヴェルナ、「暁の牙」の傭兵ウィルバートという、四人の若者を部隊長とした、異種混合体の「調査兵団」をコートウェルズ北部のゼビア地方に派兵する。 様々な経緯の末、調査兵団の面々は、この異変の発端が、ゼビア地方を守っていた紅蓮の翼竜(その正体は、エルムンドの七騎士の一人、トレブル・クレフ)の力の喪失にあり、その復活のためには、彼と「魂の契約」を結ぶ君主が必要であることを知る。マーシャルとホルスのどちらかとの契約を願う紅蓮の翼竜に対して、マーシャルがホルスにその座を譲ると、ホルスはその提案を了承した上で、マーシャル達に衝撃的な事実を告げる。鉄仮面の下に隠された彼の正体はアントリア子爵ダン・ディオードであり、マーシャル達四人は、いずれも彼の私生児であるという。 ダン・ディオードは紅蓮の翼竜と共にコートウェルズ全土を浄化すると宣言し、彼が不在の間の「名代」をマーシャルに委ねる。マーシャルは「身勝手な実父」に内心激しく反発しつつも、「祖国アントリア」を守るため、その任に就くことを承諾するのであった。 →詳細はこちら 第5話「禁じられた唄」 エディ・ルマンド・ロード/キャヴァリアー・21歳・男性・トーキーの領主・ケイの男爵令息セシルの従兄 スュクル・トランスポーター・メイジ/プロフェット・30歳・男性・クワイエットの領主ファルコンの契約魔法師・ルーンフォークの投影体の末裔 SFC・プロジェクション/オルガノン・23歳・女性・ケイ男爵令息セシルの親衛隊長・正体は1990年代の地球の玩具 ミレーユ・メランダ・アーティスト/ライカンスロープ・16歳・女性・ロザン一座の歌姫・双子の妹はアイレナ +人物相関図 中央山脈の南東部に位置する旧トランガーヌ領のマーチ村は、7年前に巨大な混沌災害で領主を失い、彼と主従契約を結んでいた巨大蛾の幼虫(その正体は、エルムンドの七騎士の一人、バス・クレフ)は、暴走状態となる直前に、口から吐く糸で投影体と村人達を「混沌繭」に封じ込め、自らも巨大な混沌繭の中で休眠状態となった上で、「新たな君主」の出現を待ち続けていた。 研究目的からその巨大蛾の「成虫の姿」を見たいと願うパンドラの闇魔法師シアンは、マーチの領主家の血を引く旧トランガーヌ領トーキー(現在は中立村)の領主エディと、ヴァレフール領ケイの領主令息セシル、そして巨大蛾の羽化を可能とする「唄」を歌う能力を持つ双子の歌姫ミレーユとアイレナを、マーチ村の跡地へと誘い出す。しかし、この過程で、セシルの側近のSFC、アントリア領クワイエットの魔法師スュクル、グリース領アトロポスの斥候コーネリアスなどの介入を招いた結果、巨大蛾を巡る状況は混乱し、最終的には巨大蛾の幼虫はセシルと契約を結ぶことによって再び目覚めたものの、成虫への羽化は(原因不明のまま)失敗に終わる。 その後、混沌繭の中から蘇ったマーチの人々は、村の守護神である巨大蛾の幼虫と契約を結んだセシルを新たな領主に迎えることでヴァレフール領の村として再建の道を歩む一方で、トーキーは複雑な外交交渉の末に、暫定的にグリースの統治下に置かれることになるのであった。 →詳細はこちら 第6話「炎のさだめ」 ユーフィー・リルクロート・ロード/セイバー・19歳・女性・テイタニアの領主・先代領主の次女(第4子) インディゴ・クレセント・メイジ/サイキック・37歳・男性・ユーフィーの契約魔法師・トイバルに殺された魔法師の義弟 アレス・アーティスト/シャドウ・28歳・男性・テイタニアの武官・ワトホートに滅ぼされた村の生き残り ハーミア・プロジェクション/地球人・17歳・女性・テイタニアの政務補佐官・ヴェラの夫イアンの元恋人 +人物相関図 ボルフヴァルド大森林に面するテイタニアの街の領主ユーフィーは、夢の中に現れた謎の女性から、街の南岸のカーレル川の氾濫の予言を聞かされる。同時期に彼女の契約魔法師のインディゴも謎の魔法少女から同様の忠告を受けたこともあり、臣下のアレス、ハーミアと共に川沿いの堤防を強化した結果、実際に大水害は起きたものの、その被害は最小限に食い止められた。 この水害の原因は、水源であるパルトークの湖底火山の噴火に伴う火山島の出現であった。ヴァレフール伯爵ブラギスは、その火山島の奥に大毒龍ヴァレフスが眠っていると断言し、そのヴァレフスを討ち取った者を後継者にすると宣言したため、長男ワトホートの継承を望む一派と、次男トイバルの戴冠を願う一派がそれぞれに討伐隊を率いて火山島へと進軍することになる。 しかし、その火山から現れた巨大な黒蜥蜴の怪物(その正体は、エルムンドの七騎士の一人、マルカート)はあまりに強力で、トイバルは戦死し、テイタニアは危機に陥るが、最終的にはハーミアの旧知のジェームスと(上述の)謎の魔法少女の助力を得た上で、ユーフィーの妹のサーシャが怪物と魂を同化させたまま休眠状態に入ることで、その怪物を実質的に封印する。一方、この一連の戦いの間にブラギスが、アレスの旧友アルフリードの手で暗殺され、ワトホートが後継者となるものの、旧トイバル派の諸侯はそれを認めず、ヴァレフールは内紛状態へと陥るのであった。 →詳細はこちら 最終話「受け継がれる魂」 ハインリヒ・ロード/パラディン・21歳・男性・エーラムの魔法師フェルガナの護衛隊長・現グリース子爵ゲオルグの兄 カナン・エステリア・メイジ/エレメンタラー・23歳・女性・エーラムの魔法師フェルガナの弟子・前アントリア子爵ロレインの妹 ルナ・エステリア・メイジ/アルケミスト・17歳・女性・エーラムの魔法師フェルガナの弟子・現ヴァレフール伯爵ワトホートの長女 ユニス・エステリア・メイジ/ヒーラー(常磐)・13歳・女性・エーラムの魔法師フェルガナの弟子・現トランガーヌ枢機卿ヘンリーの長女 +人物相関図 グリース北部に位置する「紅の山」の近辺の火山灰帯は、混沌濃度が高い危険な地域と言われており、通常は人々が足を踏み入れることは少ない。しかし、最近になって、旅人達がその地に現れた「美しいエルフ」に心を惑わされて行方不明になる、という事件が多発している。調査に向かったエーラムの高等教員ノギロまでもが音信不通となったことで、彼の盟友フェルガナは、自身の護衛隊長ハインリヒと、カナン、ルナ、ユニスという三人の弟子を現地に派遣することを決意する。 紅の山に到着した彼等は、諸々の経緯の末、紅の山の地下に眠る英雄王エルムンドの霊廟へと到達し、そこで「真実」を知ることになる。エルムンドには三人の妻がいたこと。その妻の中の一人の消滅が「大毒龍ヴァレフス」出現の引金になったということ。エルムンドが実はまだ死んではいない(「休眠」状態である)こと。そして、この火山灰帯の混沌濃度が高いのは、ヴァレフスの毒に侵されたエルムンドの身体がここに安置されているのが原因だということ。 全てを知った上で、ハインリヒは、昨今の事件の元凶となったエルフ(その正体は、彼の初恋の相手であるディードリット)の消滅を見届けた上で、その後に出現した巨大なゴリラの投影体を、自身の中に眠っていた光の巨人(その正体は、エルムンドの七騎士の一人、パウザ・ディ・ネラ)の力を解放することで撃退し、事件は無事に解決したのであった。 →詳細はこちら
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バートランド・W・ノイマン (Bertrand・W・Neumann) 出身地:イギリス 年齢:23歳 数学者 --- ◾︎身体的なあれこれ 白髪。元は黒髪。ところどころ黒髪が残ってる。サイドの三つ編みとリボンはなんか意味があるらしい。しらんけど。 目は紫。夜明け前みたいな瞳の色をしてる 目のクマはひどいけど普通に飯はめっちゃ喰うしダンジョン的なところにもしょっちゅう行くから体はそんなひょろくない。 ◾︎精神的なあれこれ 普通の会話ができない。基本的に「結論。その理由」みたいな返答が多い。自分から話しかけることはほとんどない。 チョコレートボンボンが好き。というかそれが主食。甘いもの好きらしい。 喜怒哀楽はほぼない。他人に興味も持たない。 数式、魔術式狂い。彼にはそれしかない。 ◾︎ストーリー概略 生まれはロンドンにほど近い片田舎。父親はアルコール中毒のろくでなしで、母親は娼婦。酒を飲んでは暴力を振るう父親と、子どもの横でもお仕事しちゃう系の破たんした家に住んでた。 そんな世界で生まれた彼は、言葉を覚えるよりも先に、盗みを覚えた。露店の商品や、道端にたたずむ大人。母の顧客から盗むとひどく殴られるので、それはしないようにしていた。 転機は、1人の女性の持つパンを盗んだことだった。女性は町の片端にある、小さな教会のシスターだった。 シスターは彼を哀れに思って、その日からパンを与えてやった。誰かからものを盗むよりも、危険が少ないから、少年は毎日そこへ通った。 あるとき、シスターが彼の才能に気が付く。彼の異常なまでの演算能力の高さだ。目覚ましい才能に、シスターは大学時代の旧友に声をかけ、その才能を認めてくれる存在を探した。 かくして少年は、とある数学者の貴族のもとへ養子に迎えられることになる。シスターは泣いて喜んだ。「幸せに」そういって彼に名前を与えた。「ワイズ」賢くあるように。 数学者の家はノイマンといった。高名な数学者の名前にあやかって、彼は貴族の家で「バートランド」と名前をもらう。バートランド・W・ノイマンはそうやって、生まれたあとに作り直された。 シスターは泣いて喜んだけど、少年はどうして彼女が喜んだのかわからなかった。少年にとって幸福は、シスターに回答を褒められることと、ご褒美にもらえるチョコレートボンボンだけだった。 かくしてバートランドは貴族の屋敷へ迎えられることになる。ノイマン家は実子もいたが、数学者としての素質に恵まれない子供だった。突然現れたバートランドは、その子どもにも養母にも疎まれることになる。バートランドは部屋に押し込まれ、数式を解くだけの日々を送ることになる。 「お前はチューリングマシンだ」そういわれ続けて、彼は次第に自我を無くしていく。彼は難解な式も、次々と証明していった。もっとも、その功績はすべて養父か、義兄の華々しい経歴に名を連ねていくこととなったのだけども。 彼は毎日式を解いた。彼の脳は、あまりに性能が良すぎてものを忘れることができなかった。昨日あったことも、1年前の事も、彼にとって等しく同じ、つい先ほど起きたようなことのように思われる。すべてを忘れて没頭できるのが、式を証明する時間だけだった。 式を解く間は自由だった、何もかも忘れられた。実の両親が自分に何の価値も見出さなかったことも、優しいと思ったシスターが金で自分を売ったことも、義兄や養母の醜い誹りも。 養父の寵愛を受けたバートランドへの嫉妬に駆られた養母が、彼に毒を盛った。養母の醜い憎しみに満ちた表情が、今も彼を苦しめる。病院へ搬送され、彼は一命をとりとめたが、その際耐え切れずすべてを投げ出して逃げてしまった。 教会へ帰りたかった。チョコレートボンボンをもらうだけでよかった。彼の幸せはそれしかなかった。 教会にたどり着いた彼が見たのは、シスターの死骸だった。死後何日も経過した、何か人ならざるものに殺された無残な死骸だ。どす黒く乾いた血の円が、彼を捉えた。 これは式だ。今まで出会った数式よりも、より難解な式だ。彼女の死骸を媒介としたその魔術式を見て、彼はその道へ没頭することとなる。 今住んでるのはその廃教会。バートンの女性嫌いは、養母の醜い嫉妬にかられた顔と、シスターの無残な死に顔が今もこびりついてるから。 みたいな話。
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第7話(BS47)「新世界の創造主」( 1 / 2 / 3 / 4 ) 1.0. 幼体の魔王 「パンドラ新世界派」とは、ブレトランド・パンドラにおける四派閥の一つであり、この世界を混沌で満たし、その環境下で生きていける人々による新世界を築くことを目標として掲げた、「最も純粋なパンドラ」と言われる一派である。 彼等の至上命題は「『聖印を持つ者』が『聖印を持たざる者』を支配する不平等な世界」の打倒であり、そのために必要なのは「皇帝聖印による混沌消滅」ではなく、「聖印が無くても、混沌に満ちた世界で人々が生きていく技術」であると彼等は考えている。「皇帝聖印が出来ても混沌が無くなる保証はないし、仮にそれが可能であるとするならば、むしろ現在の支配階級である君主達やエーラムは、皇帝聖印の出現を許しはしないだろう」というのがその根拠であり、「混沌を忌避するのではなく、混沌と共存出来る存在へと人類全体を進化させることこそが必要」と考えた上で、極大混沌時代の遺跡などを採掘しつつ、ブレトランド各地の「聖印の力も魔法の力も使えない者達」に対して、様々な形で「混沌の力」を与えることで、少しずつ人類社会の中に「混沌」を馴染ませる、それが彼等の行動理念であった。 リーダーのジャック・ボンキップは、数百年前(パンドラ結成以前)からブレトランド各地で暗躍していると言われる召喚魔法師であるが、彼は既に「本来の身体」を捨てている。それは、「通常の人間」の身体では自身の魔力を制御しきれなかったため、より魔力に対して強い適性を持つ人物の身体を乗っ取る必要があったからである。 そうして彼は「魔力に対して強い適性を持つ依代」を探して、幾人もの人物の身体を乗っ取っては使い潰し続けた結果、最終的に「英雄王エルムンドの血族」が最もそれに適しているということに気付き、ここ数代はブレトランド三国の王族達の身体を渡り歩いている。現在の彼の依代となっているのは、現ヴァレフール伯爵ワトホートの甥にあたる、僅か9歳の少年ドギ・インサルンドであり(下図)、まだ未成熟ながらもジャックはその身体から強烈な潜在能力を感じ取っていた。 ジャックは目的のためなら手段を選ばぬ性分であり、今のこの「ドギの身体」も本人や周囲の者達の意思を踏みにじって手に入れた代物である(そこに至るまでの過程はブレトランド風雲録6参照)。その他にも彼等はこれまで様々な事件や混沌災害を引き起こし、その度に多くの人々の不興を買ってきたが、その一方で「弱き者達に無償で力を与える存在」でもあるため、一部の民衆の間では、密かに彼等を頼りたいと考えている人も少なくはないという。 これは、そんなパンドラ新世界派の者達によって繰り広げられた、ほんの些細な日常の物語である。 1.1. 忍ぶ魔法師 その日の夜、彼女は「一人の女性が燃え盛る炎の中で苦しみながら焼け死んでいく夢」を見ていた。それは彼女にとっては見慣れた「忌まわしい夢」である。それが実際にかつての彼女がその目で見た光景なのか、ただの妄想なのか、あるいは未来予知なのかは不明であるが、いずれにせよ、その夢を見た直後の彼女は、いつもすこぶる気分が悪かった。 彼女の名はリーフ・ノーランド(下図)。パンドラ新世界派に所属する魔法師である。歳は14歳程度とされているが、実際のところ彼女には記憶がないため、本当の年齢は分からないし、リーフという名前に関しても、それが彼女の本当の名前かどうかも分からない。 彼女は数年前、パンドラ均衡派の首領マーシー・リンフィールドに拾われ、彼女の下で魔法を学んだ。彼女は瞬く間にマーシーの教える基礎魔法と時空魔法を習得し、同派に所属する他の魔法師達からも様々な系統の魔法を会得した。均衡派の魔法師達は彼女のその類い稀なる才能に驚愕したが、マーシーだけは「彼女ならばそれくらい出来て当然」と言わんばかりの表情で、淡々とリーフを一流の魔法師へと育て上げた。 その後、リーフはマーシーの判断で新世界派へと移籍させられ(その裏では、マーシーとジャックとの間で何らかの取引があったとも言われているが、真相は謎である)、現在はジャック直属の精鋭部隊の一人として、ブレトランド各地において「力を欲している人々」に、邪紋や特殊な魔法具などを与える任務に従事している。日頃は黒覆面で顔の半分を隠しているが、これは彼女が召喚する地球の投影体「ニンジャ」の姿を真似ているからである(別に任務上隠す必要があるという訳でもなく、純粋に趣味らしい)。 「ニンジャ」とは、地球の一部の地域に生息する、人知れず諜報活動に従事する者達の総称であるが、彼女が呼び出すニンジャ(個体識別名「フジワラ」)は、戦闘能力にも長けており(ただし、彼がその力をブレトランドで振るうことはない)、リーフは自分の身体の動きを魔法で加速させた上で、地球におけるニンジャの戦闘力を自らの肉体で再現する技術に長けている。無論、ニンジャの本来の能力である諜報活動という点においても、彼女は自身が呼び出すニンジャの能力を最大限活用することで、ブレトランド各地における「横暴な君主による理不尽な支配に苦しんでいる人々」を探す際に役立てている。その意味では、まさに彼女そのものがニンジャであると言っても過言ではない。 彼女が日頃暮らしているのは、ブレトランドとは特殊な形で繋がった「異空間」に存在する新世界派の本拠内にあてがわれた、小さな私室である。まだ悪夢の余韻を残したまま、黒を基調とした独特の装束に着替えたところで、彼女の目の前に、悪魔のような羽を生やした見知らぬ少女(下図)が突然現れた。扉も開けずに突如として出現した侵入者であったが、この異空間では、物理法則を無視して姿を消したり現したりすることが出来る者も、さほど珍しくはない。 「はじめまして。私、ココっていうの。最近、ジャック様に呼び出された使い魔なんだ。よろしく♪」 幼く陽気な声色でそう自己紹介する少女に対し、リーフは淡々と答える。 「あぁ、ジャック様の……」 「さっそくだけど、ジャック様がお呼びだよ。あんたの力が必要なんだ」 「分かったです。具体的な仕事内容はジャック様から聞けばいいですかね?」 「そうね。実は私、知ってるんだけど、まとめてジャック様から聞いた方が早いと思うし」 「分かったです。じゃあ、早めに行っとくです」 リーフはそう言って、この異空間全体の「主」でもある新世界派の首領ジャック・ボンキップの鎮座する中央棟へと向かった。なお、彼女のこの微妙に不自然な口調が、誰の影響なのかは分からない。ただ、気付いた時には彼女はこのような喋り方になっていたようである。 1.2. 邪神の眷族 同じ頃、同じ建物の中に存在する別の個室には、部屋全体に施された不気味な装飾に囲まれつつ、謎の祭壇の前で禍々しい儀式を展開する、一人の青年(下図)の姿があった。 彼の名はオブシド。日頃は「シド」と呼ばれている。かつては姓もあったが、諸々の経緯の末に失われたらしい。 彼の故郷では、数年前に国主がパンドラと手を組んで「異界の邪神」を召喚し、最終的にその邪神が原因で、その国は崩壊することになった。だが、もともと享楽主義的で「力」に対して強い憧れを持っていたシドは、その祖国崩壊をもたらした邪神に魅入られて下僕となり、邪神の力を「邪紋」として分け与えられることになったのである(その力を発動させる時は彼の額にある「第三の目」が開く)。なお、その邪神の正確な名は通常の人間の発声器官では発音出来ないため、元の世界では「這いよる混沌」などと呼ばれていたが、その「混沌」という呼称が、このアトラタン世界における「混沌」と同じ意味なのかどうかは不明である。 彼はその邪神のことを「主(あるじ)」と呼び、「主を楽しませるために、強くならなければならない」「いつか再び主と出会った時には、笑顔で殺し合いたい」という破滅的な信念を胸に各地を転々としてその力を高めていく過程で、いつの間にかパンドラ新世界派の実行部隊の一人として雇われることになった。彼はジャックの掲げる新世界構想自体には特に興味を示さなかったが、「混沌の解放」を掲げる彼等とは感性的な次元での親和性は高く、世界を混沌で満たすことは、結果的に「主が楽しめそうな素敵な世界」に繋がると考えているようである。 そんなシドがこの日も一人で不可思議な呪文を唱えながら奇妙な舞踊(のような何か)を繰り返しているところに、先刻までリーフの部屋にいたココが現れる。 「ねぇ、あなた、何してるの?」 シドもまた、このような「何の脈絡もなく現れる来訪者」には慣れており、特に動じることもなく素直に答える。 「そりゃあ、主を讃える儀式だよ。今忙しいんだけど、 何か用?」 「あなたの主って、どんな人?」 「顔がない人だよ」 実際のところ、彼の主は見る度に顔も身体も異なっており、何が本当の姿なのかは分からない。そもそも「本当の姿」なるものがあるのかどうかも分からない。その意味でも、まさに「混沌」そのものなのである。 「ふーん、そっかぁ」 ココはそう答えつつ、部屋の装飾に視線を向けると、彼女が興味を持っているように思えたシドは嬉しそうな声で語りかける。 「あぁ、もしかして、君も我が主の威光と権威について知りたいのかな?」 「うーん、まぁ、ちょっと興味はあるかな」 「いいだろう。ぜひ教えてやろう」 シドはそこから三時間ほど、彼の中での「主」について、ひたすら語り続けた。それがどこまで正しい説明であったのかは分からない(そもそも、それを判別出来る人間はこの世界にはいない)が、ココは楽しそうな顔でその話に聞き入る。そして、ようやく話が一段落したところで、彼女はふと思い出したかのように口を開く。 「あ、そうそう、忘れてたけど、実はジャック様から言伝があってね」 彼女はそう言うと、自分がジャックの使い魔であることと、そのジャックから「仕事があるからシドを連れて来い」と言われていたことを伝える。 「その話は、もう少し早めにしなくて良かったのか?」 「大丈夫じゃない? 特にそんなに急ぎの話でもなかったみたいだし。あぁ、でも、依頼人の都合もあるか。といっても、まぁ、あの人、そんなに気が短そうな人でもなかったみたいだし、大丈夫だと思うけど」 「うーん、この話はまだあと六時間くらいかかるんだけど、さすがに一応、その話を先に済ませておいた方が良さそうだな。じゃあ、行って来るよ」 「はいはーい。またねー」 こうして、当初の予定から三時間ほど遅れつつも、シドはジャックの待つ中央棟へと向かった。 1.3. へべれけ空母 パンドラ新世界派の首領であるジャックは召喚魔法師であるため、その傘下には多くの投影体も存在する。その中でも特に多いのが、ヴェリア界出身のオルガノン達であった。もともと「持ち主のために尽くす」という気性が強い彼等は「従属体」という形での召喚でなくてもジャックに対して従順な姿勢となりやすいため、組織を運営する上での「手駒」として、この上なく都合が良いのであろう(なお、かつてアントリア北部のラピス村に災厄をもたらした「肥前忠広」のオルガノンも、元来は彼が召喚した存在である。詳細はブレトランド八犬伝を参照)。 そんなオルガノン部隊の中でも特にジャックから目をかけられていたのが、「イサミ」という名で呼ばれる「地球の軍艦」のオルガノンであった(下図)。元々は「隼鷹」という名の航空母艦であったが、この世界ではパンドラの特殊な魔法技術によって、艦載機共々「潜水能力」を付与された特殊仕様となっている(なお、現在の呼称である「イサミ」の由来については、何らかの意図があってジャックが名付けたとも言われているが、詳細は不明である)。 彼女は「道具」としての自意識が強く、ジャックの掲げる思想の意義についてはよく分かっていないが、なんとなく漠然と「最終的に世界が平和になればいいや」という程度に思っている。その上で、「人間同士の争いがなくなれば尚良し」という認識らしい(なお、どこまでを「人間」に含むのかは不明だが、少なくとも彼女自身がそこに含まれるとは思っていない)。 彼女は(なぜか)無類の酒好きで、この日もブレトランドの一角の村酒場で、呑み潰れるまで呑み明かして、机に突っ伏して寝ていた。そんな彼女の耳元で、唐突にその場に現れたココが声をかける。 「もしもーし、大丈夫ー? 起きてるー?」 「うーん、まだ飲めるよー」 完全にへべれけ状態のまま、彼女はそう応える。 「ソルマックか液キャベでも飲むー?」 「ありがとー、いただくわー」 そう言いながら、彼女はグビグビと「謎の小瓶に入った異界の飲み物」を飲み干し、どうにか意識がはっきりしかけたところで、ココがジャックからの伝言を伝える。 「なんか次の依頼人の仕事で、あんたにお声がかかってるよ。水に潜れる人が必要なんだって」 「あー、うん、まぁ、確かに今の私は、潜れるのよねー。変な改造付けられちゃったからー」 今のイサミの身体には、水中に入った時点で、自分とその艦載機の周囲に巨大な「気泡」を生み出すことで水中の航行(=潜水)が可能となる特殊な機能が備わっている。イサミ自身、どのような原理で自分にそのような魔改造が施されたのかは理解していない。ただ、それらも全て「混沌の力」によるものだと言われて「そういうものなんだ」と納得した気分になっていた。この世界ではそれ以上考えても無意味だということを、直感的に理解しているらしい。 「じゃあ、とりあえず、行くのは明日でいいかな」 イサミはそう言いながら、酒場の店員に向かって、また酒を頼み始める。 「まぁ、あの依頼人は結構切羽詰まってる様子ではあったけど、もう随分前から申請出してたのがやっと通った、ってとこだし、あと1日くらい遅れても、今更大差ないかな」 ココは無責任にそう言いながら、酒場を後にする。なお、この酒場のある村の中は「エルマ」。旧トランガーヌ子爵領モラード地方の一角に位置するウィスキーの名産地であり、現在はアントリア領となっている。 新世界派の本拠地は異空間にあり、理論上は世界中のどこからでもその「異空間への扉」を開くことは可能なのだが、それが可能なのはジャック以下極数名の幹部達のみであり、大抵の者達はブレトランドのいくつかの場所に密かに常設されている「入口」から出入りしている。そして、このエルマの近くにはその「常設口」は存在せず、最寄りの常設口までは歩いても数日を要する。ココは自力で「扉」を開いてこの村を訪れていたのだが、彼女はイサミを酒場に残した状態のまま、一人で帰ってしまった。 つまり、この時点で、イサミが自力で本拠地へと帰還するには(再びココか他の誰かが迎えに来てくれない限り)どう計算しても数日を要することになるのだが、そんなことは気にせず、イサミはそのまま一人で楽しく呑み続けるのであった。 1.4. 湖底の邪神 こうして各自が好き勝手に行動した結果、ジャックの指定通りの時刻に彼の前に現れたのは、リーフ一人であった。 「他にも人が来ると聞いていたのですが」 リーフが首を傾げながらそう言ったのに対し、幼き少年の身体に心を宿したジャックはため息をつきながらも、「いつものことか」と言わんばかりの達観した表情を浮かべる。もともとパンドラは多種多様な闇魔法師達の寄り合い所帯であり、その中でも新世界派は最も内部規律が緩く、各自が自由気ままに行動する者達の集団であったため、ジャックにしてみればこのような事態は十分に想定内の話であった。この辺り、ジャックは秘密結社の指導者としては極めて寛容であるが、その背後には「日頃の規律は緩くても、いざ必要な時は強制的に従わせればいい」という割り切りがあり、当然その根底には「自分が本気になれば、いつでも誰でも強制的に従わせることは出来る」という圧倒的な自信がある。 「まぁ、最悪お主一人でもなんとかなるだろう」 「えー、それはさすがに面倒なんですけどー」 リーフがこのような「ナメた口調」で答えることが可能なのも、ジャックの中での「強者の余裕」の現れでもある。ジャックは淡々とした口調でそのまま語り続けた。 「とりあえず、話だけでも先に話しておこうか」 「はい。どういう仕事です?」 「今回の依頼人は、イェッタの街にいるらしい」 イェッタとは、ブレトランドの南方を支配するヴァレフール伯爵領内の北部国境の街であり、聖印教会の影響力が強い街としても知られている。つまり、パンドラとは最も相性の悪い街の一つである(下図参照)。 「今回の依頼人曰く、そのイェッタから少し先に行った場所に位置するこの『ハインド湖』の奥に『異界の邪神』が眠っているらしい」 地図を見せながらジャックが説明する。「ハインド湖」とはタレイアの北に位置する湖であり、ブラフォード湖、パルトーク湖と並ぶ、ブレトランドでも有数の規模の湖である。 「ほう、邪神ですか」 「正確には『異界の邪神』なのか、『異界の邪神の力を得た者』なのかは分からんが、随分昔に一度倒された者が、この湖底に眠っているとのことだ。その邪神の力の解放を手伝ってほしい、というのが今回の依頼だ」 ジャックがそう言ったとこで、唐突にその場にシドが現れた。 「邪神!? 邪神って言いましたか!?」 目を輝かせて飛び込んできたシドに対し、ジャックは淡々と答える。 「まぁ、それが今回お主を呼んだ理由なのだがな」 特に遅刻を咎める様子も見せないそんなジャックとは対照的に、リーフは露骨に不快な視線を向ける。 「遅すぎですよ」 「あぁ、すいません、どうしても外せない用事があって、三時間遅れました」 シドがそう言いつつ、今更ながらにジャックに向けて頭を下げるが、リーフはまだ不機嫌そうな様子である。 「そんな忙しいなら、お帰り下さい」 つい先刻、「一人でやるのは面倒」と愚痴をこぼしたリーフであったが、実際のところは、こんな不真面目な男に中途半端に協力されるくらいなら、自分一人の方がやりやすいと考えているのかもしれない。実際、そんな不遜な態度が許される程に、彼女は新世界派内でも指折りの腕利きエージェントであった。 だが、そんなリーフの冷たい態度を気にせず、シドは悪びれない笑顔で答える。 「嫌だなぁ。冷たいこと言うなよー」 「えぇ〜……」 リーフはシドのこの自由気ままな態度に辟易しつつ、これ以上彼に何を言っても無駄だと思い、ひとまず今はジャックの話の続きを聞くことにした。話の腰を折られたジャックであったが、気を取り直してそのまま説明を続ける。 「依頼人は邪神を解放した上で、その力を手に入れたいと考えているようなのだが、問題は、ここは聖印教会の連中の本拠地なので、忍び込むには少々厄介、ということだ」 「なるほど」 ハインド湖の周辺は神聖トランガーヌ枢機卿領である。彼等は聖印教会の中でも最も過激な日輪宣教団の教義を国是として掲げており、魔法師も邪紋使いも投影体も、発見次第即抹殺されても文句は言えない、そんな国柄であった(詳細はブレトランドの光と闇2を参照)。 「もっとも、奴等は魔法が使えない以上、水中には入って来られない筈だから、湖にまで辿り着いてしまえば、あとは心配ないだろう。こちらの潜水要員としては、お前達の他にあと一人、『お前達を連れて水に潜れる奴』が来る予定なんだが……、まぁ、来なかったら来なかったで、お前の元素魔法でどうにかなるだろう」 「うーん、呼吸自体は大丈夫ですが、水圧とか色々面倒ですからね」 さすがに七色の魔法を使いこなすだけあって、リーフは一般教養に関しても相当博識なようである。もっとも、彼女自身、いつの時点でそれを学んだのかについては覚えていない。うっすらと、記憶を失う前にどこかで聞いたような気はするのだが、それがどこで誰の手によって施された知識なのかが、思い出せないらしい。 「いやー、よりによって聖印教会のど真ん中で昼寝するとは、さすが俺の主だなぁ」 シドは感服したような表情でそう呟く。どうやら彼は、この湖の奥に眠っている「邪神」が、かつて彼に力を授けた「あの邪神」であると勝手に決めつけているらしい(なお、実際の時系列としては「邪神が眠っているところに、そうとは知らずに勝手に聖印教会の者達が集まって街を作った」と言った方が正確なのだが)。 「先程言った通り、依頼人は今、イェッタの街にいる。妙齢の女性で、目印として『アネモネの花』を持っているそうだ」 「アネモネって、お姉さんのことですよね。私知ってますよ」 リーフがそんな意味不明なリアクションをしている傍ら、シドはその話をしているジャックから、奇妙な違和感を感じ取っていた。 ジャックはこれまで様々な人間の身体に憑依し続けてきたが、常に「右目」は完全に闇色に染まった状態であるのに対し、「左目」には怪しげな光が宿っている。その両目が何を意味しているのかは分からないが、右目の方はいつもは眼球が動くことすらなく、不気味な雰囲気を漂わせているだけなのだが、その右目が、一瞬キラッと光ったように思えたのである。それは妖光を漂わせた左目とは対照的な、むしろ「人間らしい瞳の輝き」のように思えた。 (ん? まぁ、目が光るなんてよくあることか) シドはすぐに自分の中でそう結論付けたが、彼が一瞬怪訝そうな表情を見たことに、ジャックの方も気付いていた。 「あぁ、どうやらまだこの身体が安定していないようだな。時々、儂の意に反して感覚の一部が反応することがある」 ジャックはそう言いながら一旦右目を閉じて、まぶたの上から軽く撫でつつ、特に異常は感じられないと実感した上で話を続ける。 「しかし、なかなか良い素材だぞ、これは。まだ馴染みきってはいないが、ここまで混沌への適性の強い身体なら、本来の私の魔力の八割以上を解放しても壊れないだろう。前の老人の身体では、四割程度で既に限界になってたからな」 「あー、あれですよね。80%の俺を出してやろうってことですよね。私知ってますよ」 またしてもリーフが意味不明なリアクションを挟んだところで、シドはシドでマイペースな調子で呟く。 「優良物件かぁ。いいなぁ、俺もそのうち見つかるといいなぁ。あ、俺自身が優良物件だったわぁ」 「ちょっとさっきから何言ってるか分からないですね」 そんな全く噛み合わない会話を交わす二人の様子を眺めつつ、ジャックは改めて二人に「指令」を下す。 「さて、あと一人、潜水要員として航空母艦のイサミを呼んでいるんだが、このまま待っていても来ないようだし、お前達から行って話をつけてくれ」 一応、この二人は過去にイサミとは同じ任務に就いた経験を持つ「顔見知り」である。リーフはその時のことを思い返しながら答えた。 「分かりました。イサミさんは酒飲みですから、どこかで酒飲んでぶっ倒れてるんでしょう」 実際にその予想は正解だったのだが、さすがに今の時点でイサミがどこにいるかまでは分からない。だが、ジャックはイサミとは強い精神感応関係にあるため、ジャックが集中してその場所を居場所を探索すれば、すぐに位置を特定することは出来る。 (エルマか……。ならば、直接現地で合流させた方が早いな……) ひとまずジャックはそう判断した上で、イサミに簡易念波で「イェッタへ行け」とだけ伝え、リーフとシドには「パンドラの別派閥からの客人」が待つ応接室へと向かうように命令した。 1.5. 薬売りの懸念 応接室で二人を待っていたのは、パンドラ楽園派に所属する地球人の投影体「薬売りのジェームス」であった。 「新世界派のアジトに呼ばれたのは初めてだが、ここはなかなか不思議な空間だな。そういえば、最近そっちのボスが最近代替わりというか『体替わり』したと聞いたが……」 そう語りかけたジェームスに対して、リーフとシドは淡々と答える。 「『80%の俺』を見せられるようになったらしいですね」 「パーツ交換? いや、ハードウェア交換というのか?」 パンドラ内には様々な世界からの投影体が多数存在するため、様々な「よく分からない言葉」が中途半端に彼等の中で浸透しているらしい(なお、地球人のジェームスにとっては、それらはむしろ聞き馴染みの深い言葉であった)。 「そういえば、今回俺に話を持ちかけてきたのは、その新しいボスに仕えているという『新しい使い魔』の女の子だったんだが……」 「あぁ、ココさんですね」 リーフがそう答えると、ジェームスは怪訝そうな顔で問いかける。 「あの子、何者だ?」 「え? 知らないです」 「そうか……、どうも色々なところで話を聞いてみたところ、彼女、ただの使い魔じゃないみたいでな」 「どういうことです?」 そう言いながらリーフが首を捻ったところで、シドも口を挟む。 「インプか何かかと思ったんだけどな」 実際、彼女の外見はアビス界かディアボロス界の悪魔か何かの類いのように見えるが、二人とも(そして勿論イサミも)彼女の正体については何も確認していない。 「一人であちこち飛び回って、メッセンジャーのように色々な依頼を各方面に届けてくれているようなんだが、あの子一人でやってるにしては、妙に早すぎる。何か独自の情報網を持っているのか、もしくはあの子にやらせているフリをして、別の誰かがやっているのか……」 「ふむ……」 「まぁ、いいや。あんたらとしても『知ってても言えないこと』は色々あるだろうしな。さて、薬なんだが」 「はい、ヤク下さい」 異界のシンジケートとの会話で用いられるような口調のリーフにそう言われたジェームスは、いかにも異界のシンジケートのエージェントが持っていそうなアタッシュケースを開き、その中に入っている各種の「パンドラ製の薬品」の数々を二人に見せる。 「今ちょっと楽園派の方で色々あってな。ノルドと戦争になるかもしれないということで、色々と入り用ではあるから、今出せるのはこんなところだ。この中から5〜6本くらい、好きなものを持って行ってくれ」 彼がそう言ったところで、リーフがやや不満そうな顔で首をひねる。 「あれ? 『筆記用具』がないじゃないですか」 パンドラの一部(?)では、なぜか一般的な「解毒薬」のことを「筆記用具」という隠語で呼ぶ謎の習慣がある。なお、それは「どこにでも売っている代物」のため、今回はジェームスは特に必要ないだろうと思って、持って来なかったらしい。 だが、そこでシドが得意気に口を挟む。 「大丈夫。俺が持ってるよ。いつでもどこでも魔法陣を書けるようにね」 「あぁ、それは素晴らしいです」 なお、この時点でシドは「解毒薬」と「本物の筆記用具」を両方共持っていたのだが、その意図がリーフに伝わっていたか否かは不明である。結局、彼等は「体力回復薬」を2本、「精神回復薬」を3本、「万能薬」を1本、それぞれ受け取って、イェッタへと続く最寄りの「常設口」へと向かうのであった。 1.6. 酒の村の人々 一方、エルマ村で引き続き呑んだくれているイサミの前に、奇妙な装束の中年男性(下図)が現れる。彼はこの近辺の酒場街の自警団を率いている人物であった。 「あんた、見ない顔だけど、いい飲みっぷりだねぇ」 そう言われたイサミは、トロンとした目で答える。 「んー? なにぃ? 飲み比べするのぉ? いいよぉ?」 そう言って、既にフラフラになるほど泥酔していたイサミは、その中年男性と差し向かいに座り直して改めて飲み直すが、さすがに元々酔いが蓄積していたこともあって、段々と意識が遠くなっていく。そんな状況を遠くで眺めていた、酒場主の男(下図)は、中年男性に対して呆れたような顔で声をかける。 「おい神様、ちょっとやりすぎだって」 「神様」と言われたその男も、さすがに新顔の女性をこのまま放っておく訳にもいかなかったため、ひとまず近くにいた「この村の領主の契約魔法師」に薬を貰いに行く。 やがて、彼に連れられて一人の女魔法師(下図)が現れると、彼女はイサミに対して特製の酔い覚まし薬を処方しつつ、イサミが目を覚ましたところで、ふと問いかける。 「あなた、オルガノンですよね?」 「よく分かったねぇ〜。あんた誰〜?」 「私はこの村の領主の契約魔法師で、エステルと申します。私、今まで色々なオルガノンの人と会ったことがあるんですけど、乗り物のオルガノンの方と会うのは初めてなんですよ」 「へぇ〜、で、何か用事ですかぁ〜?」 「とりあえず、あなたが変身するところを動画に撮らせて欲しいんですが」 彼女が言うところの「動画に撮る」とは「脳裏に焼き付ける」という意味である。 「ん〜? いいよぉ〜」 そう言いながらイサミは千鳥足で外に出て、村の中央の広場まで向かった上で、日頃は自らの身体の一部(内側?)に圧縮収納されている「本体」としての「空母」を(この広場に入りきる程度の大きさで)召喚し、体内に搭載されている艦載機を飛ばせてみせるが、酔いの影響か、どこか飛び方が不安定である。エステルは興味深そうな顔を浮かべながらその様子を観察し終えると、ひと段落して「人型」のみの状態に戻ったイサミに質問する。 「ところで今、あなた、どこかに所属していたり、誰かに仕えていたりするのでしょうか?」 「えっとねぇ〜……、私はジャ……」 そこまで言ったところで、ハッと我に帰る。それが彼女自身の理性や忠誠心によるものなのか、それともジャックが彼女に施した制御装置によるものなのかは分からないが、彼女は慌ててその名を飲み込んだ。とはいえ、基本的にごまかすのは苦手なので、シドロモドロの口調のまま、適当な方角を指差して答える。 「……名前はあんまり覚えてないんだけど、あっちの方の君主様に仕えてて〜」 明らかにそれはどこか要領を得ない口振りであったが、逆にその様子から、まだイサミが泥酔状態にあると判断したエステルは、これ以上深く聞いてもまともな返事は出て来ないだろうと判断する。 (まぁ、よく分からないところは、適当に脚色すればいいか) エステルは自分の中で勝手にそう結論付けた上で、そそくさとその場を立ち去るイサミを見送った。その後、イサミは「川を下れる程度の大きさの船」の状態となった上で川を降って海に出て、そこから海を経由して、今度はイェッタ近辺へと続く川を上って、集合予定の現地へと向かうことになる。 一方、数日後にエステルによって生み出された「航空ショーのような映像」が村の広場で披露されて、村の子供達は大喜びすることになるのだが、それは特に語る必要もない物語である(なお、このくだりの登場人物達についてはブレトランドの遊興産業5を参照)。 2.1. 合流と遭遇 それから数日後、イェッタに到着したリーフとシドは、まずはイサミと合流すべく、彼女の気配を探る。すると、イェッタの北を流れる川沿いに「異界の飛行機」が飛んでいるのを発見し、思わずシドが口を開いた。 「おぉ、あれだ。確かイサミに乗ってた……、瑞雲!」 正しくは、彩雲である。とはいえ、地球人でもないシドがそんなことを知っていることの方が、むしろおかしな話である。 「ちょっと前にお祭りやってましたね」 リーフはそう呟くが、彼女が言う「お祭り」とは何を指した言葉なのかは不明であり、「ちょっと前」がいつのことを指すのかも分からない。 二人が彩雲を追いかけるように町外れの川へと向かうと、その彩雲の方もリーフ達を発見し、無事にイサミは二人と合流を果たす。なお、イサミはここに到着する前に、聖地フォーカスライトの近辺で一度警備兵に発見されており、そこから慌てて逃げながら川を上っていたところであった(彩雲を発進させていたのも、周囲の警戒偵察のためである)。 「私、ここに行けとしか言われてないんだけど、事情を教えてくれない〜?」 イサミにそう問われたリーフは、ジャックに言われた通りの内容をそのまま伝えた上で、おもむろに拳を握りしめた。 「とりあえず、一発ぶん殴らせて下さい」 「装甲薄いから、それはやめて〜」 「今まで何してたんですか?」 「それはねぇ〜、えーっと、えーっと……」 イサミが言い訳を思いつく前に、シドが割って入る。 「どうせ、酒でしょー?」 滝のような汗を流しながらイサミが頷くと、リーフは自身の拳を生命魔法で強化した上で殴りかかるが、イサミはかろうじてギリギリのところで避ける。 「あっぶないなぁ。やめてよ、もう〜」 「分かったら、次からは呑んだくれるようなことはしないようにすることですね」 「それは保証出来ないかなぁ〜」 イサミはあまり悪びれる様子もなく、リーフが呆れ顔を浮かべる一方で、シドは特に咎める気もなくその光景を眺めている。そんな中、イサミとシドは、少し離れたところ(町の方角)から、リーフのことを遠目で凝視している一人の男性を発見した。その男性は、まるで「信じられないもの」を見たかのような驚愕の表情を浮かべていたが、そんな自分の存在が「リーフの連れの二人」に気付かれたことを察して、逃げるようにその場から去って行く。 「今、誰かこっち見てたよ」 イサミがそう告げる。 「あぁ、見てたね」 シドも頷く。 「そうなんですか?」 リーフは全く気付いていない。日頃は(少なくともこの三人の中では)しっかり者の彼女だが、意外に自分自身に対する周囲の動向に対しては無頓着らしい。一応、シドが説明する。 「リーフの顔を見て、逃げてったよ」 「何なんでしょう?」 リーフにしてみれば、この地に知り合いがいる訳でもないので、全く心当たりはない。もっとも、過去の記憶がないリーフにしてみれば、「過去の知り合い」の可能性は無限にある訳だが。 「追った方がいい?」 イサミはそう問いかける。その気になれば、彼女は艦載機を飛ばして空から先刻の男性を探すことも出来る。ただし、聖印教会の影響力の強いこの地で「異界の飛行機」を堂々と飛ばせば、余計な揉め事を引き起こす可能性もある。 「いや、どうでも良くないですか? 私達には仕事がありますし。誰かさんのせいで遅れ気味ですし」 リーフが冷たい視線でイサミにそう告げると、シドも頷く。 「まったく、誰のせいだろうなぁ」 三時間くらいはシドのせいでもあるのだが、そんな昔のことはもう覚えていないらしい。 「で、何でしたっけ? お姉ちゃんのある家、でしたっけ?」 「あぁ、アネモネを持ってる女性、だな」 訳の分からないことを言い出すリーフの発言を、シドが冷静に訂正する。もしかしたらリーフは、記憶を失った時に脳の中の別の何かも喪失してしまっているのかもしれない。 さて、ここで問題なのが、その「アネモネを持った女性」を探す方法である。イェッタはそれなりに広い町であり、この三人はいずれも「目立つ風貌」なので、あまりウロチョロと長時間にわたって街中で人探しを続けると、聖印教会の信徒達に「怪し気な人物」として目をつけられる可能性がある。 そこで、リーフは一計を案じた。彼女にとって最も得意な召喚魔法を、ここで発動させることにしたのである。彼女の呪文詠唱と共に、どこからともなくシュシュッと「黒服の男」が参上する。この男こそがリーフにエージェントとしての生き様を伝授したニンジャ「フジワラ」であった。 「……ということで、フジワラ、アネモネ持ってる女性を探してきて」 「承知!」 フジワラはそう答えると、一瞬にして姿を消す。彼の諜報能力を以ってすれば、初めて訪れる筈のこの街でも、人一人探す程度は容易い。彼は、川上りの過程で濡れたイサミの髪が自然乾燥するよりも前に、即興で書き上げた「町の地図」を持って帰ってきた。その地図に描かれた宿屋と思しき建物の前に「印」がついている。どうやらそこに、件の女性がいるらしい。 「ご苦労です。ありがとうです」 リーフにそう言われたフジワラは、黙って頷き、姿を消す。元いた世界(?)に一旦帰ったのか、それとも、目に見えない場所に隠れているだけで、常に彼女の近くにいるのか、それは誰にも分からない。 2.2. 理由亡き怨恨 三人がその地図通りに「印」で指定された場所へと向かうと、そこにいたのは眼鏡をかけた長い三つ編み髪の、おとなしそうな風貌の女性(下図)であった。 「皆さんが、ココさんが紹介して下さった方々ですね。私はフローラと申します。とりあえず、ここだと微妙に目立つので、中に入りましょう」 そう言って、彼女は近くの宿屋の中に用意した部屋に、三人を案内する。部屋に入って扉を閉めると、彼女はさっそく話の本題を切り出した。 「この北に位置するハインド湖の中心に『かつて偉大な君主に倒された邪神の欠片』が眠っていると言われています。その『欠片』というのが何を意味しているのかは分かりませんが、少なくとも『何か』が眠っていることは私には分かります」 その穏やかそうな風貌とは裏腹に、フローラがどこか不思議な自信に満ち溢れた雰囲気を漂わせながらそう言うと、イサミは気の抜けた声で問いかける。 「へー。なんで?」 「実は私には、混沌の存在を見抜く力があるのです」 「へー」 「ほう?」 「具体的には?」 三人にそう言われたフローラは、集中して彼等を凝視する。 「そこのあなたは投影体の方、そちらの方は邪紋使いの方、そしてあなたは、身体は人間ですが、おそらく魔法師の方で、現在その身体を魔法の力で強化されていますね?」 「その通りです」 三人を代表するかのようにリーフがそう答えると、フローラは神妙な顔付きのまま話を続ける。 「私はこの能力を『夢の中に現れた謎の存在』から与えられました。その代償として、過去の記憶が一部抜けています。正確に言えば、この力を使うごとに、少しずつ減っていくのです」 彼女自身、その「謎の存在」が何者なのか、なぜそのような存在が自分の夢の中に現れたのか、全く分かってはいない。ただ、この世界には「他人の夢の中に干渉する者」や「他人に特殊な力を与えることが出来る者」(および「その代償として何かを要求する者」)など、いくらでも存在する。混沌の世界に身を置く彼等にとっては、その話自体はそれほど驚くべきことでもなかった。むしろ問題は、その力の行使の代償として「記憶」を失うという点である。 「じゃあ、今使うべきじゃなかったんじゃ……」 イサミのその指摘に対して、フローラは軽く首を振る。 「いえ、まずはあなた方が『本物』かどうかを確認する必要がありましたから。それに、どちらにしても、一番大事な記憶はもう私の中から抜け落ちているので、これ以上消えたところで、大した問題ではありません」 深刻そうな表情でそう話すフローラに対して、再びリーフが問いかける。 「一番大事な記憶?」 「えぇ。私が殺したい相手、およびその理由です」 どうやら彼女は、邪神の力を以って、誰かを殺したいと考えているらしい。 「私はかつて『とある君主』に強い恨みを持っていました。その恨みを晴らす方法を探していたのですが、もう既にその『恨み』の記憶が私の中にはありません。一応、名前だけは忘れないように紙に書き記して、時折その紙を開いて思い出してはいるのですが、すぐにまたその名前すらも忘れてしまうのです。ただ、それでも『その君主を殺したい』という想いだけは本物です。だからこそ、そのために必要な力を得るために、パンドラの皆様にご協力をお願いさせて頂きました」 既に怨恨の理由も、相手の名前すらも覚えていないのに、殺意だけが残っているというのは、さすがに奇妙な状況ではあるが、その殺すべき対象が「君主」なのであれば、それは確かにパンドラの出番であろう。どんな動機であろうとも、「弱者」に対して「強者と戦うための力」を与えることこそが、パンドラ新世界派の本懐である。 ここでイサミが再び問いかけた。 「その紙って、私達が見てもいいですか?」 「構いませんよ」 フローラはそう言って、懐から小さな紙片を取り出すが、リーフは微妙な表情を浮かべながら、ひとまず制止する。 「こういうのは、あまり立ち入って聞くべきではないのでは?」 実際、それが本来のパンドラの流儀である。一方、シドは面白そうな表情で呟いた。 「もしかしたら、誰かの知り合いかもしれないけどね」 実際、それも十分にあり得る話である。下手したら、「とある君主」というのも彼女の記憶違いで、この場にいる三人の誰か、という可能性もある。 だが、その話を聞いた上で、イサミは余計に好奇心をくすぐられる。 「気になるなぁ。見てみたいなぁ」 「では、どうぞ」 そう言って、フローラは懐から取り出した紙片をイサミに見せる。そこに書かれていたのは「ヴァレフール伯爵位第一継承者ワトホート・インサルンド」という名であった。 ワトホート・インサルンドとは、ブレトランド南部を支配するヴァレフール伯爵領の現国主である。それはすなわち、現時点において、このブレトランドの中で最大級の聖印の持ち主であることを意味している。ただ、彼女がこの紙片に名前を書いた時点では、まだ彼はその聖印を父から継承する前だったらしい。つまり、彼の即位前の時点での何らかの行動が、彼女の殺意の原動力となっているようである。 その名を目の当たりにしたイサミは、「へー」とでも言いたそうな顔を浮かべた。それに対して、リーフは小首を傾げながら問いかける。 「知ってる人だったんですか?」 「あー、うん。まぁね。ちょっと知り合いに似たような事情の人がいて」 イサミの知人の一人に、アレスという名の邪紋使いがいる。ヴァレフール七男爵の一人であるテイタニアの領主ユーフィーの部下であり、イサミがボルフヴァルド大森林の調査に向かった際に知り合った(なお、彼はイサミがパンドラの一員であることは、おそらく知らない)。彼はかつて、故郷のヴィルマ村を(伝染病の拡大を防ぐという理由で)ワトホートの命令で焼き討ちにされた過去があり、それ故にワトホートに対して極めて強い敵愾心を抱いている(詳細はブレトランドの英霊6を参照)。 「あんたも、村を焼かれたクチ?」 イサミはフローラにそう問いつつ、自分が知っている限りの「ヴィルマ村の焼き討ち事件」の話を伝える。だが、その話を聞いたフローラは、半信半疑ながらも、少し納得したような表情を浮かべる。 「なるほど……、もしそれが私の故郷の話なのだとしたら、今の私の怒りも納得出来ます。しかし、仮にそうだったとしたら、なぜ私は生きているのでしょう?」 「意外と、生焼けだったんじゃない? 他にも生きてる人はいるみたいだし」 イサミはここでアレスの名前までは出さなかったが、おそらく、出したとしてもフローラにはその人物の記憶もないだろう。一方、彼女の傍らでは、日頃はどんな残虐行為にも眉ひとつ動かさないシドが、珍しく少し不機嫌そうな顔を浮かべていた。 「村を焼くなんて、ひどい奴だな。ウチの主が聞いたら激オコだわ」 どうやら彼の主は、過去に自分の森を焼かれたことがあるらしい(無論、主の方にもそれ以上に「ひどいこと」をやってのけた実績がいくらでもあるのだが)。 一方、イサミの話を聞いたリーフは、なぜか頭が痛くなる。それと同時に、ここ最近の「炎に焼かれる女性」の夢を見た時と同じような不快感が彼女の脳裏に広がっていくのだが、彼女自身がその原因を理解出来ぬまま黙っていると、フローラは話を続ける。 「実は私は今、このイェッタの北にある聖印教会の最前線の村であるアレクトーで、この能力を用いて『混沌監査官』のような仕事をしているのです。ですので、私が許可を出せば、アレクトーの国境の検問は通れます」 聖印教会の人々は混沌を嫌うが、混沌の力を用いる者を識別することは現実問題として難しい。邪紋使いでも(その規模と位置によっては)邪紋を隠すことは可能であるし、投影体でもイサミのような人型投影体の場合、その正体は一眼では分からない。魔法師に至っては、身体そのものは普通の人間と変わらない以上、魔法杖などを隠してさえおけば、分かる筈もない。魔法師達の中には「混沌の気配」そのものを察知できる者も稀にいるが、君主の聖印にはそのような探査能力は備わっていないのである。 そのため、神聖トランガーヌでは旅人に対する監査は厳しく、少しでも怪しそうな雰囲気を見せれば、すぐさま綿密な身体検査や荷物確認を要求される。その検問をどう突破するかが一つの難点であったのだが、彼女が「監査側」の方にいるのであれば、それは確かに好都合である。 実際、聖印教会側としても、彼女のような能力の持ち主がいれば、そのような仕事を任せたくなるのも道理であろう。無論、そこで彼女のその判別力自体が混沌由来の能力なのではないかと疑われて然るべきではあるのだが、彼女の能力は魔法でも邪紋でもない以上、混沌に関してさしたる知識を持たない者達には、その力の根源を見極めることは出来ない(そもそも彼女自身、その点については正確には分かっていない)。 その話を聞いたリーフとシドは安堵するが、一方でイサミはバツが悪そうな顔で問いかける。 「私、フォーカスライトで警備兵みたいな人に見られてるんですけど、大丈夫ですかね?」 「それは……、その情報が伝わっていると、まずいですね」 聖地フォーカスライトもまた神聖トランガーヌ領の一部である以上、警戒令がアレクトーに伝わっている可能性は十分にある。もっとも、その時点でのイサミは「船」だったので、今の彼女を見てそれが同一人物だと見分けるのは困難だろうが、それでも検問そのものが強化されている可能性は警戒すべきだろう。 「うーん、それなら変装しなきゃ……」 イサミがそう呟いたところで、シドが何かを思いつく。 「仮面あるけど、被る?」 「……その仮面、大丈夫な仮面ですか?」 「一回つけたら外れなくなるかもしれないけど」 「ダメでーす!」 イサミが即答すると、今度はリーフが別の案を提示する。 「とりあえず、布でも巻きますか? さっき、布屋さんがあったみたいですけど」 それはすなわち、リーフと同じニンジャスタイルの勧めであったが、それはそれで逆に目立つ可能性もあるだろう。イサミはその提案に対しても首を縦には触れなかったが、少なくとも今の自分の「明らかにブレトランドとは異なる文化圏の装束(彼女の故郷における『巫女』のような服)」のままではマズい、という自覚はある。 「まぁ、服は変えた方がいいだろうな」 そんな会話を交わしつつ、ひとまず基本方針として、まず彼等はこの日はこの宿で一泊した上で、明日になったらフローラと共にアレクトーへと向かい、そこから北上してハインド湖へと彼女を連れて行く、という形で協力することを約束したのであった。 2.3. 二度目の遭遇 その日の夕刻、シドは一人で宿屋を出て、イェッタの飲み屋街を散策していた。この地は聖印教会の影響力の強い街なので、本来ならばあまり人目につくような行為は控えるべきなのだが、この男にはそのような常識は通用しないらしい。この街の領主の高潔な性格を反映してか、歓楽街と呼ぶにはやや質素な雰囲気で、あまり面白みある街並みではなかったが、そんな中で一人の男がシドに話しかけた。 「そこのあなた、少々お伺いしたいのですが」 それは、昼に川の近くでリーフを眺めていた「あの男性」である。 「あぁ、さっきも会ったね」 「先程あなたと一緒にいた覆面の女性は、あなたのご友人ですか?」 「そうだね。友人というか、まぁ、同僚?」 「ほう。今はどんなお仕事を?」 ここで「今は」という言葉を用いたのはやや不自然な言い回しだったが、それに対するシドの返答もまた不自然な答えであった。 「自営業だよ」 普通、自営業には同僚はいない。この時点で、互いに相手が何か隠しているのは察していたのかもしれないが、しばしの沈黙の後に、その男は再びシドに問いかける。 「この街で暮らしているんですか?」 「いや、まぁ、あくまで立ち寄っただけさ」 「これからどちらへ?」 「そうだね。この辺をあてもなく見物しようかな、とは思っているよ。ところで、あなたはあの子の昔馴染みか何か?」 「いや、多分、他人の空似だと思うので……」 互いに、これ以上は聞いても話してくれないだろうという雰囲気を感じ取りつつ、ひとまずその場は別れる。その直後にシドは、出立前の買い出しに来ていたフローラと遭遇した。彼女に対してシドが何か言おうとするよりも前に、フローラが小声で問いかける。 「今の人も、パンドラの方ですか?」 どうやら、先刻の男との会話を目撃していたらしい。 「いや、話しかけられただけの人だよ」 「そうですか……。あの人、魔法師ですよ」 そう聞いたシドは、興味深そうな笑みを浮かべる。 「どうも、リーフのことが気になってるみたいだけど、彼は『この辺りの人』かい?」 「分かりません。私は見たことがないですが、私もこの辺りに住んでる訳ではないので……。パンドラではないとするならば、エーラムの手の者かもしれませんね」 「とはいえ、俺もパンドラの奴の顔を全員知ってる訳でもないしなぁ……」 実際のところ、新世界派は個人事業主の集団のような組織なので(故に彼等の関係は「自営業の同僚」とも言えなくもない)、同じ派閥の中でも顔を合わせない者は多いし、どこか別の派閥のパンドラの一員である可能性も十分にある。もっとも、仮にパンドラの一員だったとしても、今の彼やフローラにとっての味方とは限らない。 「彼等がリーフさんのことを知った上で、あえて正体を隠しているのであれば、少なくともパンドラの人ではないのではないでしょうか?」 「まぁ、聖印教会のお膝元だしなぁ。どちらにしても敵の可能性が高いだろうし、警戒はしておくか」 もっとも、聖印教会にしてみれば、エーラムもパンドラもどちらも敵である。彼がどのような立場であろうとも、状況によっては一時的に共闘出来る可能性もあるかもしれない。無論、互いにその気があれば、の話ではあるが。 2.4. 見えない追跡者 その後、一旦宿屋に帰ったシドは、イサミを伴って、彼女の変装用の服を買うため、再び街に出る。閉店間際の服屋に入ったシドは、周囲を見渡しながらイサミに問いかけた。 「さて、どんなカンジの服にしようか?」 「普通なカンジにして下さい」 「これなんかいいんじゃない?」 そう言ってシドが提示したのは、漆黒のドレスのようなローブであった。 「これは普通じゃないんじゃないかな?」 「魔の神官っぽくていいじゃん」 「それだと、今のとあんまり変わんなくない?」 「白地に赤ってのは目立つんだよ。時代は黒でしょ」 「真っ黒なのも目立つんじゃない?」 そんな会話を交わしつつ、最終的には「そこそこ無難な目立たない服」を購入した上で、ひとまず宿屋へと帰ろうとするが、その途上、後方から何者かにつけられているような気配をイサミは感じ取っていた。 「誰かに見られてるっぽいんだけど」 しかし、それらしき姿は見えない。 「姿を消す魔法、かな?」 シドはそう呟く。一応、彼は若干ながらも魔法が使えることもあって、そのような魔法がこの世界に存在するということは知っていたらしい。 もし、このまま宿屋に帰ると、居場所を知られて闇討ちされる可能性もある。 「リーフがいてくれれば、どうにかなるんだが……、人気のない場所にでも誘い込んでみるか?」 「とりあえず、撒いてみましょう」 イサミがそう言うとシドも頷き、二人は一旦別れた上で、とても常人には不可能なほどの速さで裏路地を駆け抜け、それぞれ別のルートで宿屋へと辿り着く。日頃の言動に難はあれど、いざ本気を出した時の能力は、さすがにジャック直属の精鋭部隊だけのことはある。 そして二人は、念のため宿屋の裏側に回った上で、リーフが待つ宿泊部屋(二階)の窓から帰還した。 「なんでそんなところから?」 リーフが当然の如くそう反応したのに対し、シドとイサミは素直に答える。 「付けられてた」 「なんか見られてた」 「あぁ、それはお疲れ様です」 リーフは淡々と答える。この二人ならばその追跡者も無事に撒けたのだろう、という信頼からなのか、仮に襲撃があっても自分でどうにか出来る、という自信からなのかは分からないが、特に焦った様子はない。 そんなリーフに対して、シドは忠告する。 「どうも、君のことを探ってる奴がいるみたいだよ」 「それは妙ですね。私なんかを探って、どうしようっていうんでしょう?」 「他人の空似かもしれないとか言ってたけど」 「じゃあ、多分、他人の空似なんでしょう」 「一応、心には留めておいてね」 「えぇ、心には留めておきましょう」 そうは言いつつもあまり関心の無さそうなリーフに対して、シドはそのまま話を続ける。 「次に出歩く時はついて来てくれよ」 「え? なんでです?」 「俺等だと、撒くしか出来ないじゃん」 「なるほど。要するに、どうにか出来るのは私だけだと」 推定十四の小娘が偉そうにそう言っているが、二人共反論する気はない。実際、そのような状況において臨機応変に対応する能力に関しては、どう考えても魔法師の方が上なのである。 「町の中で本気出す訳にはいかないじゃん。『第三の目』開いてもいいけど、目立つじゃん」 「まずいですね」 「町の中で『飛行機』を飛ばす訳にはいかないじゃん」 「まずいですね」 むしろ、本気を出さなくても撒けたところが、この二人の実力の証明でもある。とはいえ、出来ればただ撒くだけでなく、その正体を突き止めたいところではあった。 「じゃあ、探してみます?」 リーフはサラッとそう提案するが、シドは微妙な表情を浮かべながら首を捻る。 「うーん、今から探しても、無駄骨に終わるかもしれないけど……」 それでも何もしないよりはマシか、と考えたシドが立ち上がろうとしたところで、リーフが止める。 「いやいや、私達が探しに行くんじゃないです。探させるんです」 「……あぁ、なるほど」 シドが彼女の意図を察すると、イサミも頷き、そしてリーフは再び「フジワラ」を召喚する。シドは自分が目撃した「(フローラ曰く)魔法師と思しき人物」の特徴を彼に伝えると、彼は(つい先刻、二人が入ってきた)窓から外へと飛び出して行くのであった。 ****** しばらくそのまま三人が待っていると、やがてフジワラは窓から帰還し、そして調査結果をリーフに報告する。 どうやら、その「魔法師と思しき人物」は「行商人の集団」の一員としてこの街に来ているらしいが、フジワラの推測によれば、それはおそらく「商人に偽装した魔法師達の集団」であり、これから「北」に向かう準備をしているらしい。つまり、ここから先の目的地はリーフ達と同じである可能性が高そうである。 そしてフジワラがその報告を終えたところで、フローラも買い出しから帰ってきた。リーフは彼女にそのことを伝えると、フローラは神妙な顔付きで今のこの状況を整理する。 「もしかしたら『同じもの』に気付いている可能性もあるかと思います。彼等がエーラムの人にせよ、パンドラの別の部署の人にせよ、多少警戒はしておいた方がいいでしょう。もし、パンドラの人なのであれば、いっそ話を通すという手もあるでしょうが……」 「パンドラも一枚岩ではないからなぁ」 シドはそう呟く。特に新世界派は他の派閥との関係があまり良好とは言えず、別の派閥が別の目的で動いていた場合、利害が衝突する可能性が高い。 「聞くだけ聞いてみますか?」 リーフはそう言って、ジャックから渡されている連絡用の魔法杖を手に取る。これはエーラムの魔法師達が持っている魔法杖のパンドラ版のような代物であり、これを用いればジャックと直接通話することが出来る。一応、パンドラ同士で方針が衝突した場合の対応についても、首領であるジャックの方針を確認しておいた方が無難であろう。 シドとイサミが黙って頷くのを確認した上で、リーフが魔法杖を用いてジャックへの通信を試みると、魔法杖の向こう側から「想定外の声」が聞こえてきた。 「あ、もしもしー?」 それは、ジャックの使い魔・ココの声であった。 「え?」 「あぁ、ごめんごめん。ジャック様ね、今ちょっと疲れて寝込んでるんだ」 「あぁ、そうなんですか」 「だから、私が代わりに用件聞くけど、何?」 これまで、ジャックに通話を求めた時に「代役」が出てきたことはない。また、これまでにジャックが疲れて寝込んだという話自体、少なくともリーフは聞いたことがない。以前の老体を依代としていた時は、稀に身体の調子が悪い時もあったが、それでも発動する魔力を「二割程度」に抑えることで、どうにか機能はしていた。つい先日、「新しい体は調子が良い」と言っていたことを考えると、少し不審に思える。ここで「現状」をそのまま「彼女」に伝えて良いものかどうか、判断が難しい。 「とりあえず、中間報告です。イェッタに着きました。依頼人の人ともお会いしました。以上です。ボスにお伝え下さい」 「うん、分かったー」 ココがそう答えると、リーフはそれ以上何も言わないまま通信を切る。そしてシドとイサミにこの状況を伝えた。 「ボスが寝込むなんて、珍しいですよね?」 それに対してイサミも怪訝そうな顔を浮かべながら首を捻る。 「今までそんなことあったかな……?」 少なくとも、イサミがこの世界に召喚されて以来、そのような事態に陥った記憶はない。イサミから見れば、主人としてのジャックはあまりにも絶対的な存在であり、およそ「寝込む」などという状況は想像すら出来なかった。 「使い魔に通信を任せるようなタイプでもないし……。そういえば、あの使い魔も、なんかちょっと胡散臭いらしいな」 シドはそう呟くが、そもそもパンドラ(特に新世界派)には「胡散臭い奴」しかいない。 「ヤク売りのおっさんが言ってましたね」 「え? 何の話?」 ジェームスの話を聞いていなかったイサミは話についていけないが、仮にその話を聞いていたとしても、この状況で何かが分かる訳でもない。 ともあれ、連絡がつかない以上は仕方がないので、ここから先はリーフ達自身の判断で臨機応変に対応するしかない、と覚悟を決めた上で、彼等はひとまず休眠を取ることにした。 2.5. 「主」の声 その日の夜、シドの夢の中に「何か」が現れた。 「お前は私の力を欲している。違うか?」 シドにはその「何か」の姿は見えなかったが、それが何者かをすぐに確信した。 「ご機嫌麗しゅう、我が主。その通りでございます」 「私の力はお前がこれから向かう先にある。しかし、その力を得られる者が一人だけだとするならば、お前はどうする?」 それに対して、シドは何の迷いもなく答えた。 「もちろん、俺が貰います。それでこそ『あなたの望む俺』に近付けるというものでしょう」 「そうか。ならばそれでいい。お前が、いや、お前達が来るのを楽しみにしているぞ」 「必ずや、ご期待に沿ってみせますよ」 シドにとっては、パンドラの一員であることは、あくまでも食い扶持を稼ぐための手段でしかない。任務よりも主への忠義を優先するのは当然であった。もっとも、主自身は「お前に私の力を受け取ってほしい」とは一言も言ってないので、(仮にそれが正しい忖度であったとしても)それは忠義というよりは、ただの自己満足なのかもしれないが。 2.6. 国境の検問 翌日の早朝、満面の笑みを浮かべているシドに対して、リーフが不思議そうな顔で語りかける。 「あれ、シドさん、なんか嬉しそうですね」 「おはよう! 清々しい朝だな!」 「ア、ハイ」 一方、イサミは(昨夜あれから一人晩酌していたせいか)ギリギリまで寝ていたが、それでもなんとか起き上がり、服を着替えて髪型も変えて、ここから先の「潜入」に備える。 そうして三人の出立準備が整ったところで、フローラが三人に今後の方針について提案する。 「色々考えたのですが、ここは『例の商隊』に先に行かせた方がいいのかもしれません」 リーフはすぐにその意図を察した。 「つまり、我々がその後をつける、と?」 「はい。彼等に後ろからつけられるよりは、その方が良いのではないかと」 相手の正体が分からない以上、こちらが主導権を握って行動するには、あえて「後手」に回った方が良い、という判断である。 「一理あるな」 シドはそう呟く。実際、いつ背後から撃たれるか分からない状態よりは、自分達が「追う側」になった方が選択肢は広い。 「最悪、彼等が我々に気付いて撒こうとしても、目的地が同じなら追いつけるでしょう。噂に名高いパンドラの最精鋭部隊の皆様であれば」 本当に最精鋭部隊なのかどうかは不明だが、少なくともフローラはそう思っているらしい。 「そうですそうです。我々はそりゃあもう、すごいですよ」 あまりすごくなさそうな口調で、リーフはそう語る。 「我々は完璧で幸福なエージェントですから」 何がどう幸福なのか分からないまま、シドはそう語る。 「私達に任せれば、ちょちょいのちょいですよ」 特に何の根拠もなく、イサミはそう語る。 「では皆様、よろしくお願いします」 三人の言葉を信じて、フローラは深々と頭を下げた。 ****** それから数刻後、フジワラを通じて「商人達」が出立した旨を聞いた四人は、彼等の姿がギリギリ視界に入る程度の距離で、彼等の後を追う形で北のアレクトーへと向かう。この街道は一本道なので、同じ道を一定の距離を保ったまま尾行していても、特に怪しいと思われることはないだろう(相手が既にこちらの正体に気付いていない限り)。 すると、しばらく進んだ先で、先行する「商人達」が立ち止まった。どうやら、国境警備の神聖トランガーヌの兵士達の検問を受けているらしい。 (あれって、やっぱり私を追ってきた人達かな?) イサミは少し焦るが、ひとまずその場で立ち止まって遠くから様子を見ていると、彼等はそのまま入国を許されたようで、北へと進んで行く。それを確認した上で四人も北上し、検問の兵士達と遭遇するが、彼等はフローラの顔を見ると同時に警戒を解き、あっさりと彼等の通行を許す。どうやら、フローラとは顔馴染みのアレクトーの兵士達だったようである。 やがて彼等の視界にアレクトーの街並みが入ると、「商人達」は改めて門の入口の兵士達の検問を受けた上で、その中へと入って行く。その様子を遠目に眺めながら、フローラは三人に問いかけた。 「彼等がアレクトーの中にいる間なら、私の権限で彼等を摘発することも出来ますが、どうします?」 先刻の兵士達の態度を見る限り、確かにフローラには一定の権限が与えられているように見える。ただ、その提案に対して、シドが難色を示した。 「邪魔者を早めに排除するのは構わんのだが、あまり目立つのはなぁ……」 日頃は自由奔放に生きているシドだが、その生き様を貫きつつもここまで生き延びて来たのは、自身の危険を察知する能力にも優れているからである。自分自身が「目立つ存在」であるが故に、これまで幾多の騒動を引き起こしてきたことを自覚しているシドとしては、ここで下手に動いて藪蛇になる可能性が脳裏を過ぎったらしい。 リーフとイサミも、あえてこちら側から動く必要はないと考えていたので、フローラは彼等の意見を尊重して、この場では何もせず、ただ黙って入口の検問を通過した上で、そのまま彼等を自身の家へと案内するのであった。 ****** アレクトーは現在の神聖トランガーヌにとって、ヴァレフール・グリース両国との国境に位置する最前線の村であり、現在は戦線が膠着しているとはいえ、やや緊迫した様子ではある。約3年前のアントリアによる侵攻以降、アントリア、ヴァレフール、グリース、神聖トランガーヌの四国による攻防が繰り返され、幾度も領主が入れ替わってきた。街のそこかしこには、これまでの激しい戦いの跡が今でも残っている。 現在のこの村の領主は、数ヶ月前に赴任したばかりのフランク・シュペルターという若い騎士である。彼は、神聖トランガーヌの旗揚げと同時に祖国を捨てて馳せ参じた敬虔な信徒であるが、元々はヴァレフール領クーンの領主家の次男坊であり、隣町イェッタの領主ファルク・カーリンや、もう一つの隣町メガエラの警備隊長ターリャ・カーリン(ファルクの実妹)とは幼馴染であったため、現枢機卿ネロ・カーディガンの掲げる周辺諸国への宥和政策の一環として、その人脈を生かして隣国との再戦を防止することを期待されて、この地の領主に抜擢された。 とはいえ、彼はこれまで為政者としての経験も実績もなく、トランガーヌの民にとっても日輪宣教団にとっても「外様」であり、直属の側近や腹心と呼べるような部下もいない。そんな彼が就任直後に大々的におこなった人材登用策の過程で、フローラがその能力を生かして、要職に潜り込むことに成功したのである。 「私、ここの領主様には信頼されていますから、少なくともこの街の中にいる間は、よほどのことがない限り、皆様の身の安全は保証出来ると思います。でも、何があるかは分かりませんから、特別な事情がない限り、外には出歩かないで下さいね」 自宅に案内したフローラは三人に対してそう告げる。一人暮らしの彼女のために領主からあてがわれた小さな家だが、客間に布団を敷けば、なんとか三人を泊めることも可能な程度の広さはあった。 三人がその客間でくつろいでいる間にフローラは台所で簡単な手料理をこしらえ、彼等に馳走する。それは典型的な「田舎の素朴な家庭料理」であり、新世界派の本拠地で「得体の知れない異界の珍味」に触れることも多い三人にとっては、ある意味でどこか新鮮な味でもあった。 そうして食事を終え、少しリラックスした様子のフローラが眼鏡を外すと、リーフはその姿(下図)に不思議な既視感を感じる。 どこかで彼女を見たことがあるような気がするのだが、それがいつのことだったのかが思い出せない。そして、そのことを思い出そうとすると、なぜか微妙に頭が痛くなる。それは、いつもの「あの夢」を見た時の症状に、どこか似ていた。 そんなリーフの様子に気付かぬままフローラが食器を片付けるために一旦三人の前から立ち去ろうとしたところで、シドがリーフに対して怪訝そうな表情で問いかける。 「おい、どうしたんだ? フローラさんの方をジロジロ見てさ」 「いや、なんでもないです」 現状、リーフとしてはそう答えるしかない。それに対してシドは深く追求しようとはせず、フローラの後ろ姿を見ながらボソッと呟く。 「彼女、いい身体してるよなぁ。生贄にはぴったりじゃないか?」 それが何の生贄のことを意味しているのかは分からないが、古今東西、悪魔や邪神の生贄として捧げられるのは若い女性であることが多いのは確かである。 「そういうコト言っちゃダメですよ」 苦しそうな表情のままリーフがそう告げると、今度はイサミが心配そうな顔でリーフを気遣う。 「大丈夫? 酒飲む? 『二日酔いには迎え酒』っていう言葉もあるよ」 「いや、私、酔ってる訳でもないですから……。まぁ、私も今日はおとなしくしてるです。皆さんも、変な奴に絡まれないように、外には出ない方がいいです」 「え? 飲み歩いちゃダメ?」 イサミは先刻のフローラの話を聞いていなかったらしい。 「好きにすればいいですけど、その後の責任は知りませんよ」 「ダメなら仕方ないかぁ」 「ダメとは言いませんよ。その後で文字通りに『生贄』になるだけです」 冷たい視線でリーフがそう言うと、イサミとシドは思わず顔を見合わせる。 「まぁ、リーフが一緒に行くならともかく、俺達だけじゃなぁ」 シドもさすがに昨日の一件で少しは懲りたらしい。結局、この日は素直に三人とも、何もせずにこのままフローラの家で一晩を明かすことになった。 なお、念のためリーフは寝る前に、この村全体に対して「混沌の気配」を察知する魔法をかけてみたが、目の前にいる二人以外からは、微弱な混沌の気配が(なぜか)領主の館の近辺から感じられた程度で、他にそれらしき反応は見つからなかった。つまり、あの「商人達」の中には(魔法師が何人いるかは分からないが)邪紋使いや投影体は含まれていないようである。 2.7. 深化する悪夢 その日の夜、リーフはまたしても「炎の夢」にうなされていた。だが、この日の夢はいつもとは異なり、「炎の中で焼け落ちていく女性の顔」がはっきり見えた。それは紛れもなく、眼鏡を外した時のフローラの顔であった。 そのことに気付いた瞬間、リーフはすぐに目が醒める。そして、寝直そうとしても、炎に苦しむフローラの顔が何度も思い起こされて、全く寝付けない。ここまで自分の脳裏に深く彼女の存在が焼き付いていることから察するに、やはりフローラは「記憶を失う前の自分」とは何らかの(おそらくはかなり深い)関わりがあったような気がしてならない。 そんな想いを抱えたまま、結局リーフはそれから一睡も出来ずに翌朝を迎える。寝不足と悪夢の後遺症で相当に機嫌が悪く、そして明らかに体調も悪かった。そんな彼女の神経を逆撫でするようなシドの歌声が聞こえてくる。 「ニャルシュタン! ニャルガシャンナ!」 彼はそんな禍々しい歌を爽やかに口ずさみながら、かつて地球人の投影体から習った早朝の心身活性のための儀式「ラジオ体操」に勤しんでいる。その楽しそうな様子を目の当たりにしたリーフは、不機嫌さを加速させる。 「あー、そこの変態」 「変態って何だよ? ちゃんと服着てるだろ」 「今すぐやめないと、あなた、切り裂きますよ」 目が座った状態で淡々とそう語るリーフを目の当たりにして、さすがにシドも一旦、手と口を止める。そして横から一升瓶を持ったイサミが割って入った。 「大丈夫? やっぱり、迎え酒飲む?」 「そこの呑んだくれ」 「はい?」 「また殴られたいんですか?」 「いやです」 明らかにいつもとは様子が違うリーフの様子に、思わずイサミも黙って後ずさると、シドが小首を傾げながら問いかける。 「なんか、えらい機嫌悪くない?」 「気のせいですよ」 リーフは淡々とそう答えるが、少なくともイサミには、それがどう見ても「気のせい」には思えなかった。 「もしかして、何かいい夢見た? 俺の主見た?」 「それ以上くだらないこと言うと、その口縫い合わせます」 「うわっ、こわっ」 「こわいねー」 シドとイサミはそう言いながら再び一歩後ずさる。だが、シドはすぐにまた一歩前に踏み出して話を続ける。 「主見たならいい夢じゃん。なぁ」 「見てないですってば! だいたい、あんたの主なんて知らないですから!」 「普通の人が見て悪い夢だったら、それは大抵、主の夢だよ」 「まぁ、99%違うんですけど……」 そんな不毛なやり取りを繰り返しつつも、リーフは今の自分が心身共に正常ではないことは自覚していた。この状態のまま「現地」に向かうのはまずいと判断した彼女は、おそらく今の自分の精神状態を見出している原因を取り除くべく、「その鍵を握るかもしれない人物」に話をしてみることにした。 ****** リーフは出立の準備を整えていたフローラの元へと赴き、おもむろに話しかける。 「フローラさん、あなた、ご兄弟とかいます?」 唐突なその問いかけに対して、フローラはやや戸惑いながら答える。 「……いた気はするのですが、それも記憶が曖昧です。確か、妹がいたような……」 なお、フローラは自分の年齢もよく覚えてはいないが、少なくとも外見的には、リーフよりも明らかに年上に見える。 「もう一つ聞きたいんですけど、私とあなたって、前にお会いしたことありましたっけ?」 その問いかけに対しても、フローラは反応に困ったような顔を浮かべながら答える。 「どうでしょう? あるのかもしれません。ただ、私にこの力をくれた者が言うには、私の記憶喪失は『思い出せない人の記憶喪失』とは違うらしいんです」 「どういうことです?」 「普通の人の記憶喪失は、あくまで脳の中のどこにあるのか分からなくなっているだけで、魔法によって記憶を消す場合でも、それは脳の一部に『蓋』をするだけらしいのですが、私の記憶はもう既に完全に私の脳から消されているらしいんです」 「そして、新たに情報が入ることも受け付けない、と?」 「はい。ある程度までは残るのですが、すぐに消えてしまいます。おそらく、私の脳は既に通常の人間としての記憶力すらも失われつつあるのでしょう。だからこそ、私は私の脳の限界が来る前に、今のこの想いを果たしたいのです」 「なるほど……。変なことを聞いてすみませんでした」 そう言って、リーフは話を打ち切る。フローラの中に記憶が完全に残っていないのであれば、これ以上彼女から何かを聞き出せる見込みはない。ただ彼女と話している間にも、リーフの中ではずっと脳内で「言い表せられないほどの不快感」が込み上げてきており、おそらくは彼女が自分にとって「特別な存在」だったであろうことは、リーフの中で徐々に確信へと変わりつつあった。 2.8. 三度目の遭遇 結局、リーフの体調は回復しないままであったが、リーフとしては自分の都合で予定を遅らせたくはなかったので、そのまま北上を強行することを主張し、彼等はどうにか陽が沈む前に目的地であるハインド湖の沿岸に位置するタレイアの街に到着した。 「この地の領主であるジニュアール卿は、混沌に対しては比較的甘いとも言われてはいますが、それでも一応、気をつけて下さい。特にあなたは」 明らかに体調不良な様子のリーフに対してフローラはそう告げると、リーフを宿屋のベッドに寝かしつけた上で、しばらく自分が彼女の看病をすることにした。 一方、そんなリーフとは対照的に、(もうすぐ主に会えるという期待からか)元気が有り余っている様子のシドは、もう一人の「同僚」に声をかける。 「イサミ、飲みに行こうぜ!」 「やったー!」 二人共、つい先刻のフローラの話すらも聞いていなかったらしい。 「あんまり変なことしてると、ぶち転がしますよ」 病床からリーフがそう告げるが、イサミは聞こえないふりする。 「大丈夫。今のアイツにそこまでの力はないから」 シドはイサミの耳元でそう囁きつつ、彼女を連れてそのまま意気揚々と夜の街へと繰り出して行くのであった。 ****** 街並みを散策しつつ、ひとまず一番賑わっていそうな酒場に二人が足を踏み入れたところで、シドは店の隅に「例の魔法師」を含めた一団がいることに気付く。今のところ、彼等の方はシドの存在には気付いていない様子である。 「イサミ、あの連中いるぜ」 「えー……、場所変える?」 「こっちには気付いてねえみたいだし、このまま観察してやろうじゃねーの」 「んー、まぁ、いいけど……」 本音としては、余計なことを考えずに飲みたかったイサミであるが、確かにこの後のことを考えれば、ここで彼等の動向を調査しておくのは悪くない。というよりも、これまで情報収拾をリーフ(が使役するフジワラ)に任せっきりだったので、今の彼女が使い物にならない状態であることを考えると、ここは自分達が動くべき時であることは明白であった。 彼等の声がギリギリ聞こえる程度の距離で、彼等から顔が見られない角度のカウンターに座った二人は、黙々と飲み続けるフリをしながら、彼等の話に聞き耳を立ててみる。すると、彼等がこの酒場の中で、街の住人と思しき人々に次々と声をかけ、「湖に関する情報」を聴き集めていると思しき声が聞こえてくる。どうやら彼等もまた「湖」に何かを見出してこの地に潜入しているらしい。 その会話の内容を盗み聞きしてみたところ、ここ最近は湖の近辺で特にこれといった混沌災害が起きていないらしい。そして彼等は「自分達以外に、湖のことを嗅ぎ回っている者達はいるか?」ということも確認していたが、誰もそれらしき者達を見たという者はいなかった。結果的に、シド達がこれまで何も調べようとしなかったことで、彼等に足取りを勘ぐられずに済んだようである。 「やっぱり、連中の目的も俺達と同じみたいだな」 「ですねー」 「問題は、奴らが主を鎮めようとしてるのか、利用しようとしているのか。もし、俺を差し置いて利用しようとしてるなら、ぶっ殺案件だわ」 「過激だなー」 二人は小声でそんな会話を交わしつつ、彼等が出て行くまでカウンターで淡々と飲み続ける。なお、この時シドが「俺達を」ではなく「俺を差し置いて」と言っていたことに関して、イサミは特に気にしている様子もなかった。そして二人は、彼等が調査を終えて出て行くのを確認した上で、(そのまま彼等を尾行することもなく)改めて心置き無く飲み始めるのであった。 2.9. 忍者少女の正体 一方、寝不足が限界に達していたリーフは、宿屋でフローラに看病されたことでなぜか不思議な安心感を得たのか、ようやく静かに眠り始める。 だが、その夢の中で、彼女の脳裏に「謎の声」が語りかけてきた。 「苦しそうだな。楽になりたいか?」 リーフには、その声に全く心当たりがない。先刻シドから「よく分からないものは『主』と信じておけ」と言われていたリーフは、半信半疑ながらも、その語り手が只者ではないことを直感的に察しつつ、あえて何も答えず黙っていた。すると、その声は更に問いかけてくる。 「お前が楽になる方法は二つある。思い出すか、消し去るか。どちらがいい?」 その声の主が何を言わんとしているのかは、リーフにも何となく理解は出来る。だが、それに対してどう答えれば良いのかが分からない。そんな彼女に対して、その「何者か」がより根源的な質問が投げかけてきた。 「お前はそもそも何がしたい?」 これに対して、リーフはようやく口を開く。 「分からないです。そもそも何を思い出すのか、消すのか、それが思い出せないので、何とも言えません。何がしたいのかも、私には分かりません」 それが彼女の偽らざる本音である。自分が何者なのかも分からないからこそ、何をするにしても、自分の中で主体的な判断が下せない。それは彼女が、記憶と共に「自我」そのもの(の一部?)を喪失しているからなのかもしれない(もしかしたら、彼女が時折口にする意味不明な言動も、それが原因なのかもしれない)。 「そうか……。ならば、このまま消し去ってしまうのも面白くないな。では、ここは思い出してもらおうか。その方がおそらく、面白い結果になる」 その謎の声がそう言い終えると同時に、 リーフの心の奥底で記憶の一部を塞いでいた「蓋」が開かれ、そして彼女の中に眠っていた「過去」が唐突に蘇る。彼女の中で失われていた「時」が、唐突に彼女の脳裏にフラッシュバックしたのである。 ****** 彼女がこの世界に生を受けた時に付けられた名は「ルーシー」。彼女の生家は、ヴァレフールの南西部に位置するヴィルマという村の、ごく平凡な農家であった。両親と、そして姉の「フローラ」に囲まれ、平凡ながらも幸せな幼少期を送っていた。 だが、やがて彼女は魔法の才能を見出され、エーラムの名門ストラトス家の養女となった。彼女の才能は同世代の子供達の間でも抜きん出ており、いずれは七色魔法師となりうる逸材として期待された。 しかし、やがて彼女の故郷のヴィルマ村が、ヴァレフール伯爵の長男ワトホートによって焼き討ちに遭ったという噂が届くと、まだ幼かった彼女は、訳も分からずに逆上する。彼女はエリートであったが故に、エーラムの中心部にある禁忌の書物が収められた書庫にも何度か足を踏み入れていたのであるが、幼い彼女はそこへ単身で潜入し、ワトホートを倒すために必要な魔書を取り出そうとしたが、寸でのところで警備兵に見つかり、賢人委員会に突き出されることになったのである。 「この子は危険だ。将来の魔法師協会を背負えるだけの才能の持ち主ではあるが、だからこそ、このトラウマを抱えた状態で育てるのは危険すぎる。全てを忘れさせて、『エーラム入門前の時点』から、一人の村娘として人生をやり直させた方がいいだろう」 それが賢人委員会の結論であった。彼女はそれまでの人生の全ての記憶を抹消され、エーラム入学前の時点まで肉体を若返らせた上で、既に帰るべき故郷を無くしていたこともあり、ブレトランドの辺境の小さな村の孤児院に預けられることになった。 しかし、その地への護送の途上、彼女は(おそらくは均衡派の情報網を通じて彼女の存在を知った)マーシーに発見され、パンドラ魔法師として「第二の(第三の?)人生」を歩むことになったのである。 3.1. 忍者少女の目覚め リーフは目を覚ました。彼女にかけられた布団の上では、彼女を看病していたフローラが、突っ伏した状態で眠っている。どうやらフローラも相当に疲れていたらしい。そのフローラの寝顔が、明らかに「蘇った記憶の中にいた彼女」と重なって見えたリーフは、自分の中の心を整理しようと、必死で気持ちを整える。 そんな中、シドとイサミが帰ってきた。泥酔状態となったイサミはシドに片肩を貸してもらっている状態である。 「たらいま〜」 「もう、なんでこいつ酒好きのくせに、すぐ酔いつぶれるんだよ〜」 シドはそんな愚痴をこぼしつつ、目覚めたばかりのリーフに視線を向ける。顔色はかなり良くなったように思えるが、表情はまだどこか微妙な様子に見えた。 「お前、ちゃんと寝たのか?」 「ちゃんと休んだー?」 笑いながらイサミがリーフの背中をバシバシと叩くが、リーフは全く反応しない。やがて彼女は、ベッドを降りて、フローラを抱き抱える。 「とりあえず、フローラさんを彼女のベッドに運びます。このままでは風邪をひくでしょうし」 淡々とした口調のリーフであるが、明らかに先刻までとは雰囲気が異なる。フローラをベッドに寝かせて、布団をかぶせると、リーフは改めてまじまじとフローラの表情を凝視した。リーフの記憶の中にあるフローラは、髪が短く、もっと活発な少女だったが、それでも確かに面影がある。そして、彼女がリーフの姉であるならば、ワトホートに対する殺意も確かに理解出来る。 また、彼女の姿は、リーフがこれまで見てきた夢の中で見てきた「炎に焼かれる女性」の姿とも確かに重なる。おそらくあれは「故郷の村が焼かれた」という情報を聞いた幼いリーフが思い描いた妄想だったのであろう(少なくとも、リーフは焼き討ちの現場を直接見てはいない)。実際、あの時のリーフは「自分の家族は全員炎で焼け死んだ」と思い込んでいた。しかし、その時点で生死を確認したわけではない。 なぜ彼女が生きているのか、本当にここにいる彼女は「彼女そのもの」なのか、リーフには分からないことが多すぎる。いずれにせよ、この瞬間から、リーフにとってフローラが「ただの依頼人」ではなくなったことは間違いない。 3.2. 「ボス」の遺言 一方、帰宅後も土産に買った酒で改めて飲み直していたイサミとシドであったが、やがてイサミはそのまま机に倒れこむように爆睡し、シドは彼女を放ったまま自分一人だけ布団で就寝する(なお、シドは途中で酔いがキツくなってきた辺りから、自分だけは酒と水をすり替えて、実質イサミ一人にだけ飲ませ続けていた)。 とはいえ、イサミにとってはこのような形で寝落ちることは珍しい話でもなく、この程度の状況で風邪をひいたり寝違えたりするようなヤワな身体でもない。だが、この時の彼女は、まったくもって想定外の悪夢にうなされることになる。 ****** 「すまんな、イサミ……」 その声の主は、イサミの召喚主にして新世界派の首領のジャック・ボンキップである。もっとも、その声は「現在のジャック」ではなく、イサミにとって聞き慣れた「先代の依代」の時の声であった(おそらくそれは、イサミの脳内でそう変換されたのであろう)。 「どうしたんですか、ボス?」 「儂はしばし、『眠り』に入る」 「はい?」 「してやられたわ、あのガキ……。まぁ、いずれまた目が醒めることもあるだろう。それが何年後か、何十年後か、何百年後かは分からんがな」 唐突に訳の分からないことを言われたイサミは、当然のごとく混乱する。だが、どうやらジャックに何かが起きたことだけは察知した。そして「あのガキ」と言われて、イサミの中で思い浮かぶ子供は二人。「現在の依代となっている少年」と、そして「使い魔の少女」である。 「どっちですか?」 「両方だな……」 そう言い残すと、そのままジャックの声は消えていく。そして、イサミが更に何かを問いかけようとした瞬間、彼女は目を覚ます。 これまでにも、ジャックはイサミに対して念波で何かを伝えてきたことはあったが、夢の中に現れたことはない。これが果たしてただの自分の妄想なのか、それとも「その身に何かが起きたジャック」からの緊急連絡だったのか、イサミには判断がつかない。結局、そのままイサミは寝直す気分にもなれず、モヤモヤとした心境のまま、夜明けを迎えることになるのであった。 3.3. 「妹」の想い 翌朝。宿屋の一角から、爽やかで不気味な声が鳴り響く。 「ニャルシュタン! ニャルガシャンナ!」 シドは今日も朝から元気にラジオ体操に勤しんでいた。その一方で、リーフとイサミはどちらも複雑な表情を浮かべている。 「二人とも顔色悪いな。夢見が良かった?」 「最悪だったね」 イサミはそう答えつつ、今の気持ちを抑えるために迎え酒を注ぎ込むが、一向に気持ちは収まらない。そんな彼等に対して、フローラは心配そうな顔で問いかける。 「あの、皆様、今日これから湖に突入したいのですが、大丈夫ですか?」 「だいじょーぶでーす」 イサミは酒飲みながら、ひとまずそう答えるが、明らかに大丈夫な様子ではない。一方、リーフは真剣な表情でフローラに問い返した。 「あの、フローラさん、その前にちょっと二人で話をしたいのですが、よろしいですか?」 この時点でのリーフは、明らかに昨日までとは異なる雰囲気を漂わせていた。そのことにフローラはやや戸惑いつつも、宿内の別室で彼女と二人で対話の場を設けることにした。 ****** 「まず、今回の依頼の内容について、改めて確認させて頂きたいのですが」 リーフにそう問われたフローラは、自分の知る限りの情報をリーフに伝えることにした。 「この町の北にある湖に『邪神』の気配を感じ取っています。ただ、私はそれが投影体であることは確信していますが、本当に神格の投影体なのかどうかは分かりません。私もまだ『神』という存在を実際に見たことはないので」 もっとも、実際には見ていたとしても、名乗っていなければそれが神だとは認識出来ないだろう。神の中には、人間界の中に紛れ込む者もいる。逆に、神の名を騙っているだけの人間もいる(エルマ村の自称酒神のように)。 「その邪神の名は、書物によって表記は色々違うのですが、私が最初に読んだ本では『ナイアーラトテップ』と書かれていました。様々な時代、様々な地域に現れて、力なき人々に力を与える存在である、と。私は、その神の力を解放したい。解放した上で、その力を私に与えてほしい」 この辺りの詳細については、本来ならばもっと早い段階で伝える予定だったのだが、会話の流れ上、きちんと説明出来ないままになっていた。それ故に、フローラとしてはこのタイミングで彼女にだけ伝えて良いのかという疑問もあったが、少なくとも聞かれれば答えない理由はない。 そしてここまで聞いた上で、改めてリーフは確認する。 「その力を受け取った上で、あなたはどうしたいのですか?」 「私の中で『殺したい』と思っている君主を、私の手で倒したい。そのために過去を捨て、あらゆるものを捨て、私はここまで来ました」 「なるほど……。あなたの依頼については、よく分かりました。ここから先は別のお話になります。よろしいですか?」 そう言って、リーフは口元を隠している覆面を外す。 「ここから先は、私の勝手なお願い……。本当に、その力を手に入れたいの?」 再びリーフの口調が(先刻までとも、昨日までとも)変わったことにフローラは戸惑いつつも、真剣な表情で答える。 「今の私には、それしか行動原理がないんです。正直なところを言えば、なぜそこまで憎んでいるのかも思い出せないのです。その記憶がないのですから。もしかしたら、今の私は正常な判断が出来ないのかもしれない。いや、多分、出来ていないのでしょう。今の私には、それが本当の私の願いなのかどうかを判別することすら出来ない。ただ、それをやめてしまったら、今の私は完全に存在意義を失ってしまう」 「そこまで言うのは分かったけど、本当に大きな力ってのは、手に入れちゃいけないと思う。そうやって手に入れた力で何かをしようとしても、それは必ず失敗に終わってしまう筈だから。そしてきっと、もっと悪いことが起きる筈」 それがエーラム時代の教えなのか、彼女の純粋な直感によるものなのかは分からない。いずれにせよ、極めて強い思いを込められてることは、フローラにも分かった。だが、それでもフローラとしては、ここまで来て取りやめる訳にはいかない。 「そう仰る人はいます。既に記憶も曖昧ですが、何人もの人々にそう言われていたような気がします。しかし、そういうことを仰る人は決まって『力を持っている人』です。私には聖印もなければ、魔法も使えない。邪紋を刻もうかとも考えましたが、邪紋移植の技術を持つ人に頼んでも、私の体ではおそらく無理だろうと言われました。私が唯一手に入れたのが、混沌の力を察知する能力。でも、それだけでは、私の願いは叶えられない。だから、力を持っている人には、力を持たない人の気持ちは分からないのだと思います。それでも、パンドラの新世界派の方々であれば、なんとかしてくれると信じて私は……」 必死にそう訴えるフローラに対して、リーフは黙って話を聞き続ける。実際、新世界派の一員としては、ここで彼女の訴えを退ける理由はない。これまでもリーフは幾度も同じような者達に、様々な「力」を与える手助けをしてきた。だが、今の彼女の中では「新世界派の一員としてのリーフ」の他に、もう一人の「別の人格」が目を覚ましていたのである。 「私も力は貸す。でも、そこから先で得た邪神の力に関しては、私はあなたには手に入れてほしくない。手に入れたところで、私にはどうしても『悪いこと』しか起きないような気がするから」 そこまで言った上で、彼女は改めて覆面を装着する。 「色々言いましたが、湖の奥底までは私達はあなたをお連れします。ただ、そこで実際に邪神の力を見た上で、あなたが本当にどうしたいか、そこであなたにはもう一度考えてもらいたい。それをあなたに約束してもらいたいです。どうでしょう?」 「分かりました。ただ、おそらく見ても私の考えは変わらないと思います。今の私の思考は、もう普通の人では理解出来ない状態になっていると思いますから。もちろん、実際に邪神を見たこともないのですから、それがどれほど恐ろしいものかも分からないですし、もしかしたらそこで、足がすくんで動けなくなるかもしれないですが……」 「いずれにせよ『お仕事』はちゃんとやります。私が言いたかったのは、先程言ったことだけです」 リーフはそう言って、シドとイサミのところに戻ろうとするが、その直前に一つ、聞いておかねばならなかったことを思い出す。 「そうそう、もう一つ聞きたいことがありました。『ルーシー』という名前はご存知ですか?」 彼女の口からその名を聞いたフローラは、少し驚いた表情を見せる。 「実は……」 フローラはそう言いながら、懐からボロボロのハンカチを取り出した。 「よく分からないのですが、『ルーシー』という名前が刺繍で縫われたこのハンカチを、私はずっと前から持っていました」 それが、リーフがエーラムに渡る直前に姉に「形見」として渡した代物であるということに、リーフはすぐに気がついた。 「でも、この名前が誰の名前なのかすら、私にはもう思い出せない……」 「……それをずっと持ってるということは、あなたにとってそれは大切なものですか?」 そう問われたフローラは、少し判断に迷いつつも、はっきりとした口調で答える。 「こんなボロボロになるまで持っていたということは、きっとそうなのだと思います」 「それなら良かったです。じゃあ、そろそろ出発しましょうか」 そう言って、リーフはフローラと共に、シドとイサミの待つ部屋へと戻るのであった。 3.4. 「ボス」の現状 だが、二人が別室で話をしている間も、イサミはまだ困惑状態にあった。 (あの夢は一体……) それがずっと頭の中にこびりついて離れない状態であったが、今の時点では確認する術がイサミにはない。そんな中、リーフが戻って来たところで、イサミは彼女にこう提案する。 「そろそろボスに定時連絡した方がいいんじゃない? 湖の前まで来たし」 「あぁ、そうですね」 そう言ってリーフが魔法杖を用いた通話を始めようとすると、フローラは組織内の話に立ち入るのは気まずいと思ったのか、周囲の様子を確認するために、宿の外に出て行った。 そして魔法杖の向こう側からは、今度は間違いなく(今の依代である「少年」の声帯を用いた)「ボス」の声が聞こえてくる。 「私だ。今、どういう状況だ?」 「もう湖のすぐ近くです。今日中には湖に着けるでしょう」 「そうか。特に妨害などは入っていないか?」 「妨害? あぁ、えーっとですね、ありましたありました。呑んだくれたイサミさんに色々妨害されました」 「妨害してないもーん」 イサミは後方からそう言って割り込むが、その声はボスにまでは届いていない。 「そうか。では、その処罰は帰って来てから考えよう。多少ハメを外すのは構わないが、少なくとも、最後はきちんと仕事を果たせるように統制を取れよ。お前達三人の中で全体の統制を取れるのは、お前しかいないからな」 この「ボス」の口振りに対して、リーフは微妙な違和感に気付く。ジャックは本来、部下達の行動に関しては自由放任主義であり、「統制」という言葉を今までジャックの口から聞いた記憶がリーフにはない。 「はい、分かりました……。そういえばボス、お腹痛いのは治りました?」 「ん? あぁ、もう大丈夫だ」 「そりゃ良かったです。無理しない程度に頑張って下さいね。こっちも頑張ります」 そう言って通話を終えたところで、リーフは二人に視線を向ける。 「なんか怪しくないですか?」 シドはイサミとも顔を見合わせつつ、首をひねる。 「お腹痛いなんて話だったっけ?」 調子が悪いとは言っていたが、少なくとも腹が痛いとは言ってなかった。どうも、こちらの言うことに対して「話を合わせているような言い方」に聞こえる。この状況を踏まえた上で、イサミは逡巡しながらも、重々しい表情で口を開いた。 「実は……」 彼女は意を決して、先刻の夢の内容をそのまま二人に打ち明ける。 「ただの酔った上での妄想ならいいんだけど……」 それに対して、リーフもシドも、比較的落ち着いた様子であった。 「まぁ、あの使い魔が怪しいとか、ヤク売りのおっさんも言ってましたしね」 「そういえばあの『ボスの依代』も、あながちまだ死んでないっぽい様子だったんだよなぁ……。たまに『支配されたフリをして支配し返す機会を伺っている健気な依代』もいるんだって、主が言ってたし」 「パンドラ加入前の記憶を取り戻したリーフ」と「もともとパンドラに大して思い入れもないシド」にとっては、今のボスの現状にはあまり関心はないようで、まるで他人事のようにそう語る。二人とも、今はそれ以上に「今回の任務」に対しての個人的な感慨の方が圧倒的に強い。その意味では、オルガノンとして「主人」の安否が心配で気が気では無いイサミとは明らかに温度差がある状態のまま、二人は淡々と話し続ける。 「とはいえ、命令された時点では確かにボスはボスでしたね」 「何にしても、ここまで来て帰るってのはありえないだろう。とっとと仕事を済ませて帰らないとな」 「あれ? なんか楽しそうじゃないですか?」 「そりゃあ、楽しいよ。他人の不幸は……、おっとなんでもない。しかし、あのボスを手こずらせるとなると、なおさら生贄としてほしいところだなぁ、あのガキ」 「じゃあ、仕事を終わらせて、帰ってから考えることにしましょう」 そんな呑気な二人の会話の横で、イサミは明らかに憔悴した様子であった。 「うー、ボスが心配だし、私としては、今すぐ帰りたい……」 だが、念願の「主との対面」を目の前にしたシドとしては、ここまで来て引き返すという選択肢はありえない。ニヤリと笑いながら脅すような口調で問い詰める。 「おっと、乗りかかった船だろう? ボスの命令に背く気か?」 むしろ、シドにしてみればイサミ自身が「これから乗る予定の船」である。ここでその「船」に勝手に帰られる訳にはいかない。そしてイサミとしても、今のところボスに最後に命じられたのは「今回の依頼の達成」である。 「どちらにしても、今の私に出来ることはないか……」 イサミはがっくりと肩を落としながら、そう呟く。そこにフローラが帰って来た。 「彼等が動き出しました。商談の中に紛れ込んでいた魔法師三人が、湖に向かったようです」 フローラは、はっきりと「魔法師三人」と言った。彼女の能力が魔法師までをも見分けることが出来るのであれば、その認識で間違いはないのだろう。 それに対して、真っ先に反応したのはシドである。 「先越されても癪だし、こっそりつけていくか」 フローラとリーフは頷き、イサミもしぶしぶ同意しつつ、彼等はフローラの案内で「三人」の後をつけて行くことになった。 3.5. 潜水開始 やがて四人が湖の岸辺に到着すると「三人の魔法師」が、湖の近くで警備兵達から声をかけられていた。 「お前達、ここで何をしてるんだ?」 「いえ、特に何も。私達はただの旅人です。たまたまこの地に立ち寄ったので、湖の景観を拝見したいと思っただけですよ」 警備兵を相手にそんなやりとりをしているのは、イェッタの川の近くでシドとイサミに目撃され、そしてシドに話しかけた「あの男性」であった。リーフはこの時、初めて彼の顔を目の当たりにすることになったのだが、一目見た瞬間、それが誰なのかを理解する。 彼の名は、シュローダー・ストラトス。リーフの(より正確に言えば「ルーシー」の)兄弟子の召喚魔法師である。リーフ(ルーシー)が入門したばかりの頃からずっと彼女に対して懇意に世話をしてくれた恩人であり、彼女が「事件」を起こした後も、彼女の減刑を必死で訴えていた。 遠目から見ている限りにおいては、今のところ彼が交渉役として、兵士達の追求をうまくごまかしているような雰囲気に見える。彼等としてはおそらく、ひとまずこの場をやりすごした上で、兵士達のいない方角の岸辺へと移動した上で、そこから湖に対して何か(調査? 潜水?)を始めるつもりなのだろう。 いずれにせよ、彼等が「エーラムの魔法師」であると分かった以上、おそらく彼等との共闘は不可能であろうとリーフは察する。昔のシュローダーは自分に対しては実の妹に接するように好意的な態度であったが、今の「パンドラの一員」となった自分は、もはや彼とは相容れられぬ存在なのである。それが、記憶を取り戻した「今の彼女」の中での認識であった。 その上で、リーフは彼が「エーラムの召喚魔法師」であると皆に告げる。すると、イサミは他の三人に対してこう提案した。 「どうする? まとめて焼いちゃう? 召喚魔法師とか、厄介だし」 イサミは自分自身が(おそらくはブレトランド内でも屈指の実力の)「召喚魔法師」によって呼び出された存在だからこそ、召喚魔法師の恐ろしさはよく知っている。ここで警備兵達もろとも彼女の全力斉射で焼き尽くしてしまえば、確かに後顧の憂いは無くなる。だが、ここであまりに大きな物音を立てると、更なる警備兵達(場合によっては高位の騎士)の増援を招きかねない。そして、この後で湖の奥に何が待ち構えているか分からない以上、出来ればここで余計な労力を費やしたくもない。 四人は小声で話し合った上で、ひとまずここでシュローダー達が兵士達を引きつけている間に、彼等は少し離れたところまで移動することにした。そして、実際に彼等双方の視界から完全に離れたところまで来た時点で、イサミが自らの身体から分離させるような形で「本体」としての空母を召喚し、イサミの「人間体」ともども、四人でその船内に乗り込む。彼女の船内にいる限りは呼吸などの心配はないが、リーフは念のため水中でも呼吸が可能となる元素魔法を全員にかけておき、そしてシドはいつ「戦場」の突入しても良いように「第三の目」を発動させた上で、自らの身体を魔法で強化する。 こうして四人はようやく「邪神」の眠る湖底へと潜水していくのであった。 3.6. 湖底の魔物 ハインド湖の水底は、四人の想定以上に深かった。少なくとも、通常の人間が自力で潜水出来る程度の深さではなく、奥底に近づくにつれて、着実に混沌濃度が上がっていることが分かる。魔法師の力を借りることを拒否している聖印教会の者達では、このような湖の調査など出来る筈もなかろう。 そしてようやく「底」が見えてきた瞬間、そこで「何か」がうごめいているのを発見する。イサミ達が凝視すると、そこにいたのは四体ほどの「人よりも遥かに巨大な蟹」であった。明らかに異界からの投影体であり、そして近付いてくるイサミ(本体)に対して、あからさまな敵意を向けている。 この蟹が自然発生した投影体なのか、それとも誰かによって人為的に召喚された存在なのかは不明であるが(なお、少なくともシドは「主」の眷属に蟹がいるという話は聞いたことがない)、湖底を調査するためには、まず彼等を排除する必要があると判断した四人は、リーフとシドが水中に打って出た上で、後方からイサミも艦載機を飛ばす形で、この蟹達の駆除へと乗り出した。 リーフは異界から「ニンジャソード」(と彼女は呼んでいるが、本来の名前は「炎薙の神剣」)を召喚し、虹色の光を放ちながら蟹に向かって斬りかかり、そこに異界の魔獣ラミアの力を込めることによって、蟹の強靭な甲羅を擦り抜けるように内側の「身」の部分を魔法の力で斬り刻む。それに対して蟹が巨大な鋏を用いて反撃を試みるが、リーフはそれをかわしつつ、返す刀で更に蟹にもう一太刀浴びせる。その二撃目で蟹は深傷を負うが、それでももう一つの鋏で彼女のニンジャソードを絡め取った上で、彼女の体を地面に叩きつけようとする。だが、リーフは静動魔法でその衝撃を和らげつつ、そして即座に自らが生成した魔法薬を用いてその傷を癒す。その変幻自在の戦い方は、七色の魔法を使いこなす彼女が独自に編み出した「忍者殺法」とでも呼ぶべき唯一無二の戦闘術であった。 一方、巨大蟹を目の前にしたシドは、その身体を完全なる「異形」の姿へと変化させる。それは、通常の人間であれば見た瞬間に正気を失うほどの不気味な形状であり、人間とは異なる感性の持ち主である筈の蟹達をも、直感的に「まず此奴を排除しなければ」という感覚にさせるほどの不気味なオーラが漂っていた。その結果、リーフと対峙している蟹以外の三体はシドに向かって襲い来るが、シドは禍々しい刃を水中に浮かせながら、魔力を用いて蟹達の攻撃をかわしつつ応戦する。ただ、シドは自らの生命力を削って魔力を発動しているため、三体の蟹達が繰り出す六つの鋏を避け続けることは容易では無い。そんな中、ギリギリ当たりそうになる蟹の攻撃に対しては、少し離れた場所からリーフが召喚魔法や静動魔法で支援することで、どうにか彼は「囮」としての役割を果たし続ける。 そして、その間に後方からイサミが艦載機達の一斉射撃で蟹達を狙うが、久しぶりの水中戦のせいか、なかなか銃弾が命中しない。リーフの魔法支援を受けてどうにか何発かは命中させるものの、それが致命傷には至らず、当初の想定以上に戦いが長引いてしまう。 このままではジリ貧になると判断したシドは、水中においても自分の足ならば蟹よりも早く動けると判断し、蟹に対して自分から斬りかかるのを諦め、ひたすら蟹を挑発しながら逃げ続けるという戦略に転じる。そして蟹がシドに目を奪われている間に、後方からリーフとイサミが着実に一体ずつ蟹を屠り続けることによって、どうにか彼等は四体の蟹の撃破に成功するのであった。 3.7. 這い寄る混沌 戦いを終えた三人が、ジェームスから貰った薬を用いて気力・体力を回復させている中、フローラも「イサミ」の外に出た上で、自らの神経を集中させて、周囲の混沌の状況を感じ取る。すると、彼女は湖底の一角を指差しつつ、上方にも目を向けた。 「あの辺りから、かなり強力な混沌の気配を感じます。そして、上の方から『魔法師の人達』が近付いて来ているようです」 どうやら、あの魔法師達もやはり湖底の調査のためにここまで来たらしい。おそらくは先刻リーフが用いたのと同じ元素魔法を用いて水中に潜っているのだろうが、イサミのような潜水型の投影乗騎でも用いていない限り、ここまで辿り着くのにはそれなりに時間がかかるだろう(そしてフローラはイサミのような特殊な投影体の気配を上方から感じ取ってはいない)。 とはいえ、あまり悠長にしている余裕もないと考えた三人は、フローラの指差した箇所を徹底的に調査すると、そこに「混沌の力で何かを塞いでいる蓋」を発見する。リーフがその蓋に触れると、そこには特に鍵も封印もかけられた様子はなく、彼女がそれを開けると、その下には「更に奥底へと続く、なだらかな斜面状の洞窟」が広がっていた。そして、蓋を開けた後も、その中には湖水が一切流れこもうとしない。異空間の一種なのか、あるいは何らかの力で水を弾いているのかは分からないが、ひとまずイサミは「本体」を一旦自らの「人間体」の中へと収納した上で、四人はその「洞窟」の中へと入って行く。 斜面を下り、奥底へと進むにつれて、混沌濃度が異様なまでに高まっていくのを感じ取るごとに、シドは目を輝かせ、一方でイサミは足がすくみ始める。 「よし、帰ろう!」 イサミがそう言って方向転換しようとしたで、その後ろを歩いていたシドが不気味な笑みを浮かべる。 「なに後ろ向いてるのかなぁ〜?」 「いや、この先はヤバいって! そういうところには足を踏み入れないのが、生き残るためには一番だから!」 「俺の主が待ってるんだって。行こうぜ〜」 「私はそうやって生き残ってきたから! 多分!」 そう言って嫌がるイサミを無理矢理シドが連れて行こうとするのに対し、おそらくこの場で最も敏感にその「ヤバい雰囲気」を感じ取っているであろうフローラは、いたって平然とした様子であった。 「ここまで私を連れて来て頂いただけでも、十分に感謝しています。もし、どうしても御同行頂けないのであれば、ここから先は私一人でも構いません」 フローラは頭を下げながらそう言ったが、リーフはここで彼女を一人にする気は毛頭なく、シドもここまで来て帰るつもりはサラサラない。そしてイサミもまた、冷静に考えてみれば、ここで帰還すれば途中でエーラムの魔法師達と遭遇するし、彼等を突破したとしても、その先に聖印教会の者達が待ち構えている可能性もある以上、ここで一人で帰るのはむしろ危険性が高いということに気付き、やむなくそのまま奥へと前に進むことになる。 そして、その混沌の気配が最高潮に達したところで、まだ先に続く暗闇の奥から何者かの声が聞こえてきた。 「ようやく辿り着いたか」 その声は、シドにとっては聞き馴染みのある声であり、リーフとフローラにとっては「夢の中で一度だけ聞いたことがある声」だった。シドは目を凝らして、その先にいるものを見ようとするが、はっきりとは見えない。 「ここまで危険を冒して来たということは、私のことも分かっているのだろう?」 「分かりません。もう少し詳しく教えてほしいです」 リーフが真顔でそう答える。その後方ではイサミはプルプルと首を振り、シドはワクワクした顔で答えを待っている。 「ならば教えてやろう。と言っても、お前達に理解出来るかどうかは分からんがな」 そう前置きした上で、その「謎の声」は語り続ける。 「私は、お前達の言葉で言うところの『異界の神』だ。元いた世界では『混沌(カオス)』などと呼ばれていた。もっとも、私が元いた世界の混沌と、お前達が言うところの混沌が、同じかどうかは分からんがな」 その言葉の意味を理解出来たのは実質シドだけだったが、他の三人も、この存在こそが今回の計画の終着点であることは察する。その上で、「異界の神」はそのまま語り続けた。 「この世界には『混沌を消し去る者達』がいる。私がこの世界に出現した意味は分からんが、おそらくはその者達と戦うことによって何かが得られるのではないかと思い、私はこれまで様々な『聖印を持つ者達』と戦ってきた。それはそれで楽しき愉悦の日々であった」 どうやら、フローラが事前に調べていた「邪神」の情報とも概ね一致しているようである。四者四様の表情でその話に聞き入る中、「異界の神」は尚も話を続ける。 「実際、この世界の者達はなかなかに面白い。聖印を持つ者同士でも争い、持たない者同士でも争い、持つ者と持たない者が争うこともある。そして人々の中には、戦いに戦いそのもの以上の意義を見出す者もいれば、戦いそのものに意義を感じる者もいる。さて、お前達はどちらだ?」 真っ先に答えたのは、既に意気消沈している様子のイサミであった。 「私は、出来るならばもう戦いたくないです。人間との戦いはもう嫌です……」 そんな彼女とは対照的に、シドは楽しそうな顔で答える。 「俺の存在意義は、あなたが一番良く分かっているでしょう? 俺はあなたで、あなたが俺なんですから」 その意味不明な発言に対し、「洞窟の奥」にいる何者かは冷静な声色で返答する。 「お前がそうなりたがっていることは知っている。だが、まだお前はそこまでの域には達してはいない」 「えぇ、そうですね、残念ながら。だから、この世界の戦いなんて、所詮は『道』なんですよ。面白いと言えば面白いのですが、もっと面白いものに行きつくための前座です」 「なるほど」 シドが言いたいことをこの「神」がどこまで理解しているのかは不明だが、シドは言いたいことを言えて満足しているような様子である。 一方、フローラはやや険しい表情を浮かべながら答えた。 「私にも『戦う意味』はあった筈。あった筈ですが、既にその意味は今の私には分からない。だから今の私には戦うことそのものが目的。私をそうさせたのは、あなたでしょう?」 どうやらフローラは、自分の夢の中に出てきて混沌探査能力を与えた「謎の存在」がこの邪神であると考えているらしい。 「正確に言えば、私であり私ではない。この世界には、いや、別にこの世界に限らんのだが、どの世界にも、幾人かの私がいる」 うんうんと頷くシドに対して、「謎の声」は釘を刺す。 「お前がその一人だとは言ってないがな」 「嫌だなぁ、水臭いなぁ」 そんな噛み合っているのかいないのか分からない「自称:主の一部」との会話を一旦傍において、「主」はフローラとの話に戻る。 「おそらく、『私ではない私』がそうさせたのだろう。もっとも、『私の存在』を知らせるためにやったのであれば、『私』がやったのと同じことではあるがな」 分かったような分からないようなことを語りつつ、邪神はそのまま話を続ける。 「おそらく、その『私でない私』は、こう思ったのだろう。意味を持って力を欲していた者が、意味を無くしてでも力を欲するものなのかを見ていたい、その上で、その先にあるものを眺めてみたい、とな。その意味では、『もう一人の私』の思惑に基づいて言うならば、お前はまさに今、私に力を与えられるべき存在だ」 フローラに対してそこまで言い切った上で、邪神は今度はシドに対して語りかける。 「お前はどうせ、今、私に力を与えられなくても『いずれそうなる』と思っているんだろう?」 「とはいえ、これも道の一端なんですよね」 「なるほど。ならばここで私の力を巡って争うのを見るのもそれはそれで面白いが、しかし残念ながら、『そこの者』はまだ戦うための力を持ってはいないようだな」 それがフローラを指していることは、なんとなくその場にいる者達も理解する。 「口喧嘩なら応じてやるよ。ここであんたに腕尽くで喧嘩を挑んでも、主は面白がってくれないだろうしね」 シドはそう言ったが、フローラは応じず「邪神」に対して直接訴えかける。 「私には、何が面白いのかは分からない。何が正しいのか、どうすることが正解なのかも分からない。でも、私の中で沸き上がる衝動を晴らすためには、私が力を得るしかないのです」 彼女のその切実な衝動的願望に対して「邪神」が内心で悦に入ってるところで、その空気を壊すかのように、リーフがあえて「気の抜けた口調」で割って入った。 「あのー、私には聞いてくれないのですか?」 「ほう? お前も我を欲するか?」 「いや、さっきから言ってたじゃないですか。戦いの意義とかどうとか」 「あぁ、私はお前も含めた全員に対して聞いたつもりだったんだが」 「私は他の人の話が終わるまで、空気を読んで待ってたんですよ」 「そうか。ならばここからはお前の手番だ。好きなだけ話すがいい。お前はどうなんだ?」 改めてそう問い直されると、リーフは少しずつ真剣な表情へと切り替えながら答え始める。 「無意味な戦いは嫌いです。意味のない戦いをしても、その先に得られるものは何もないんですから。でも、私は私の世界を変えるためなら、喜んで戦います。それが意味のある戦いなら」 「なるほど……。お前はお前で、もう少し寝かせておいた方が面白いことになりそうだな。だが、まだお前にはカオスが足りない。いずれ『こちら側』に来る可能性はあるがな」 邪神がそう言い終えた直後、ここまで四人が歩いて来た後方から、何か物音が聞こえる。フローラが咄嗟に後ろを振り返ると、彼女はそこに「何か」を感じ取った。 「どうやら、あの魔法師の人達が『この中』に入って来たようです」 この空間と湖を隔てる「蓋」には特に鍵も封印もかけられていなかった以上、彼等がここを見つけるのは時間の問題であろうことは、四人も分かっていた。そして当然の如く、邪神もまた彼等の存在には気付いていたらしい。 「今ここに近付きつつある者達は、私の存在そのものを歓迎していないようだ。とはいえ、奴等に私を倒すことは出来ない。奴等に出来ることがあるとすれば、この空間により強固な『蓋』をすることだろうな」 もし彼等が、ここにいるのが「人間の手に負えない邪神」だと知れば、確かにそうすることがエーラム魔法師協会としての当然の使命であろう。 「生き埋めは困るなぁ」 シドは呑気な口調でそう言った。 「ここから出られなくなるのは私達も嫌ですよ」 リーフは冷静な口調でそう言った。 「それは困る。すごく困る。どうやってボスのところに帰ればいいんですか」 イサミは切実な口調でそう言った。 「それが嫌なら、お前達でどうにかすることだな」 邪神にそう告げられた三人は、すぐさま今来た道を戻ろうとする。だが、リーフはここで一瞬立ち止まり、フローラに声をかけた。 「あなたも一緒に来てくれません?」 「私が行っても、役には立ちませんよ」 「んー、でもまぁ、一応」 リーフとしては、彼女をこの場に一人で残しておくことは危険な気がする。そして、彼女に「力」を得るのを諦めてもらうためにも、おそらくこの先で起きるであろう、エーラムの魔法師達との「凄惨な戦い」を見せつけた方が良いかもしれない、という判断もあった。 「ただ、相手が俺達全員相手に攻撃魔法を仕掛けてきたら、守りきれるかは分からないがね」 そう釘を刺したのはシドである。とはいえ、シドとしても、彼女をこの場に残しておくことは、彼女が自分を差し置いて「主の力」を得てしまいそうなので、あまり好ましくはない。 「彼等がエーラムの魔法師なら、『一般人』を戦いに巻き込もうとはしないでしょうが……」 リーフはそう語る。少なくともリーフの知る限り、シュローダーはそういう男である。ただ、問題はフローラが「戦う力のない一般人」であることが彼等に分かるかどうかである。 「こんなところまで来ている時点で、一般人とは認識してくれないよね……」 イサミがそう呟いたところで、シドは自分が昨日の時点で言っていたことを思い出す。 「彼女って、『生贄』にするには最高の素材だよな?」 この洞窟の先には「邪神」がいる。そして、彼女を連れている三人は、少なくともエーラムから見れば「悪の組織」である。そのことに気付いた瞬間、三人の中で一つの「筋書き」が完成した。本当にこの奥にいる「邪神」が「若い女性の生贄」を必要とするかどうかは問題ではない。「正義の味方」が勝手にそう勘違いしてくれれば良いだけの話なのである。 3.8. 分かたれた兄妹 やがて、湖底の洞窟の奥底へと向かう三人の魔法師達の前に、リーフ、シド、イサミの三人が現れる(この時点では、シドの「第三の目」は一旦閉じられていた)。リーフの姿を目の当たりにしたシュローダーは、平静を装いながら問いかける。 「まず最初に確認する。お前達は何者だ?」 「何者だと思います?」 あえて淡々とそう問い返すリーフに対して、シュローダーは若干の苛立ちを感じつつ答える。 「少なくとも、ここまで来ている時点で、普通の人間ではなかろう」 「いやー、私は普通の人間ですよー」 そう答えたのは、この場にいる中で最も「人間」から遠い存在のイサミであった。シュローダーは訝しげな表情を浮かべつつ、話を続ける。 「先に名乗っておこう。我々はエーラム魔法師協会の一員だ。この地に危険な邪神が眠っていると聞き、封印するために来た」 概ね予想通りの展開である。 「なるほどなるほど」 「わざわざ聖印教会の奥地まで、ご丁寧なこった」 リーフとシドがそう答えると、シュローダーは彼等の態度から、普通に聞いても答えないだろうと判断し、あえてこのまま「自分のペース」でリーフを問い詰めようと考える。 「私が知る限り、魔法師でもなければここに入り込むことは出来ない筈。だとすれば、可能性は三つだ」 「ほう?」 「『エーラムの手違いで、我々と同じ依頼を受けてしまった者達』なのか、『我々と同じように邪神を封印するために来た、善意の自然魔法師』なのか、あるいは『この奥にいる邪神を復活させようとする者達』なのか」 「で、あなたはどれだと思います?」 どこまでも飄々とした態度でそう問い返すリーフに対して、シュローダーは苦悶の表情を浮かべながら答える。 「二番目であって欲しいと思いたい。一番目の可能性はまず無いだろう。なぜなら、私の見立てが間違いでなければ、お前はもうエーラムにはいない筈だ。違うか、ルーシー?」 シュローダーは、もう何年も前に別れた「幼い頃のルーシー」の面影を、確かにリーフの中に見出していた。何年経っても忘れられないほど、彼の中ではルーシーという「妹」を失ってしまったことは、深いトラウマとなっていたのである。 だが、そんな「兄」の想いとは裏腹に、「妹」の方は、あくまでも他人事のような態度を崩さない。 「ふむ、なるほど」 否定も肯定もせぬままそう呟く彼女に対して、シュローダーはそのまま「自説」を強硬に主張し続ける。 「お前は『善意の自然魔法師』にその才能を見出され、この地の邪神を封印しに来てくれた。私はそう信じている」 実際、前半部分に関しては、そう言えなくもない。リーフの「第二の師匠」であるマーシーは、表向きは「エーラムから認可を受けた自然魔法師」である。そして、リーフの本音としては姉に邪神の力を受け取ってほしい訳ではない以上、最終的に邪神を封印することになるならば、それでも構わない。だが、「新世界派」の一員として、まだ「依頼人」と「邪神」の交渉が終わってもいない状態で、エーラムの介入を許すわけにはいかなかった。 「そうですね。あなたの言う通りです。私はもうエーラムの人間ではありません。ついでに言えば、私はもうルーシーでもありません。今の私は『リーフ』と名乗っています」 「……その言い方からして、自分が『ルーシー』であった時のことはもう思い出したんだな?」 「えぇ。思い出してしまいました」 その微妙な言い回しから、彼女の本音を読み取れずにいたシュローダーは、しびれを切らして「本題」を彼女に投げかける。 「お前達が今、どこの誰の命令でこの地に来たのかは聞かない。俺達が聞きたいことは一つ。お前達はこの奥にいる邪神を、封印するために来たのか、それとも、蘇らせるために来たのか?」 「それは私の口からは言わないでおきましょう」 「どういうことだ?」 「どう思います?」 そんな不毛な問答を繰り返しているところで、リーフの隣にいるシドが、不気味な笑みを浮かべながら、額の「第三の目」を開く。だが、その禍々しい姿を目の当たりにしたシュローダーは、一瞬絶句するものの、必死に動揺を隠しながら、自分に言い聞かせるような口調で呟き始める。 「悪魔の模倣者か……。しかし、我々は聖印教会とは違う。博識にして冷静なエーラムの魔法師だ。悪魔の力を得ているからと言って、即座に悪だと決めつける気はない。どのような力を持つ者であろうと、その力そのものは悪ではない。どう使うかが問題なのだ」 平静を装いつつも、その声色からは明らかに困惑の様相が垣間見れる。それでもシュローダーの目は、リーフに対して「『封印しに来た』と言ってくれ」と必死で訴えているが、彼の後ろに控える残り二人の魔法師達は、既に臨戦体制に入ろうとしていた。 (バカじゃねーの? コイツ) シドは内心そう思っていたが、実際のところ、エーラム傘下の邪紋使い部隊の中にも悪魔の模倣者はいる。ただ、あえてこのタイミングで「この力」を露わにした時点で、こちら側の「悪意」は十分通じるだろうと思っていただけに、ここまで必死に「自分にとって都合の良い結論」を押し付けようとするこの男の様相が、シドには滑稽に思えたようである。 そんな悪魔の心の嘲笑など気付かないまま、シュローダーは尚も訴え続ける。 「封印に関しては、自然魔法師よりも我々の方が長けている。だから、ここは退いてくれ。今のお前がどこで何をしていようとも、お前を咎める権利は俺にはないし、エーラムにもないと思っている。しかし、同時に俺はエーラムの一員として、この地を封印しなければならない」 さすがにこれ以上続けるのは無意味と思ったのか、ここでリーフはイサミに目配せした上で、静かな口調で「結論」を伝える。 「なるほど。あなたの言いたいことは分かりました。まぁ、私達も無意味な戦いは避けたいのですよ。でも、私の身内を人質に取られてしまっていまして、私はあなた達と戦わざるを得ないのですよ。ごめんなさいね」 笑顔でリーフがそう言うと、イサミは(当初の段取りとは若干違う筋書きになっていることに一瞬動揺しつつも)後方に控えていた(小型に具現化させた)艦載機達に拘束された状態の「フローラ」を連れて来る。 「ヒャッハー! おとなしく投降しろぉ!」 イサミは悪人面を浮かべながら、楽しそうにそう叫んだ。フローラは戸惑いながらも、半ば本気で怯えた表情を見せる。すると、ここまで必死に自説を展開してきたシュローダーの中で、何かが切れた。 「そういうことなのか……」 「残念ながら、他にも色々とあなた達と戦わなければならない理由はあるのですが、それを話したところで、あなた達には理解してもらえない思います」 「妹」のその言葉を聞いた「兄」は、深いため息をつき、そして決意の表情を浮かべる。 「致し方ない。ならばここで全てを終わらせよう、ルーシー」 彼がそう言って魔法杖を構えると同時に、イサミは「本体」を出現させ、シドは完全に「異形の姿」となり、そしてリーフは「ニンジャソード」を召喚する。 「来いよ、賢いエーラムの魔法師様!」 そう言ってシドが挑発すると同時に、その後方からイサミが本気の全力斉射を三人の魔法師に対して解き放った。先刻までとは違って(擬似)陸上空間ということもあり、今度は見事に三人に命中するが、それに対してシュローダーが咄嗟に異界の巨人を「壁」として瞬間召喚することで、かろうじて彼等は一命を取り留める。その直後にシドとリーフがシュローダーに襲いかかるが、後ろの二人からの元素魔法での補助もあって、ギリギリのところでシュローダーは倒れずにその場に踏み止まった。どうやら後ろの二人は、水中呼吸魔法要員として連れて来られた元素魔法師だったようである。 そして、その二人の元素魔法師は立て続けに火炎魔法を放とうとするが、片方は(この戦況に動揺したせいか)発動に失敗し、もう一人の火炎魔法も、リーフにあっさりと避けられる(「人質の女性」に配慮してか、彼等は大規模な範囲攻撃魔法は打てなかった)。一方、シュローダーは(リーフを攻撃したくないのか)イサミに向かって魔物を瞬間召喚して叩きつけようとするが、リーフの生み出した静動魔法の壁によって阻まれ、その直後に放たれたイサミの第二波によって、シュローダーはその場に崩れ落ちる。 「隊長」が倒されたのを目の当たりにした後方の二人は慌ててその場から逃げ去ろうとするが、彼等にこの地の情報を持ち帰らせる訳にはいかないと考えた三人による激しい追撃を受け、あと一歩で「外」に出られる直前まで来たところで、二人共無残にその命を散らすことになる。そして追撃を終えてリーフ達が戻って来た時点で、(倒れた時点ではまだかろうじて息があった)シュローダーも完全に事切れていた。もしかしたら、彼は最後にリーフに何か言いたいことがあったのかもしれない。だが、リーフの中では、もはや彼にかけるべき言葉は何も残っていなかった。 3.9. 失われた愉悦 「皆さん、ここまで必死に戦って下さり、本当にありがとうございます」 フローラはそう言って、深々と頭を下げる。 「いや、まだまだ大丈夫だよ」 シドはそう言っていたが、他の二人は(体力面はともかく)気力面においては確かに限界に達しつつあった。そして、戦いの一部始終を見ていたフローラの中では、リーフの思惑とは真反対の感情が芽生えようとしていた。 「私は、あなた方を守る力が欲しい。今のように私だけ戦えないままというのは、やっぱり嫌です。だからどうしても、私は力が欲しい。恨みを晴らすだけでなく、ここまでやってくれた皆さんに恩返しするための、皆さんを守れる力が!」 彼女がそう言い放つと、洞窟の奥の方から、再び「あの声」が聞こえてきた。 「ふむ。どうやら『一番つまらん感情』が芽生えてしまったようだな。せっかくいい具合に育ってきたと思っていたのに……」 「理由なき怒りに暴走する人間」の生き様を楽しもうと思っていた邪神にとって、「誰かを守るために戦う力がほしい」と彼女が言い出したことは、あまりにも期待外れな展開であった。 「まったくだぜ、お嬢さん。このまま尻尾巻いて逃げ帰ってくれた方がいくらか面白いぜ」 シドが勝手にそう同調しているところで、唐突にイサミが割って入る。 「あの……、あなたの力を以ってすれば、私のボスを蘇らせることは出来ますか?」 今のこの混乱のどさくさ紛れであれば、自分がその力を要求しても良いのかもしれない、と彼女は思ったようだが、それに対して邪神からは「完全に想定外の答え」が返ってきた。 「それは、『もう一人の私』に聞くことだな」 「えぇ〜……」 いきなりそんな訳の分からないことを言われても、イサミにはどうすれば良いのか分からない。しかし、邪神は全て見通したかのような言い草で、こう語る。 「お主のボスを今の状況にしたのは『もう一人の私』であろう? だからこそ『今のこの状況』は、実に楽しい」 「で、『もう一人のあなた』にはどうすれば会えるんですか?」 「帰れば良かろう。 おそらく、そこにいるのではないか?」 この邪神が何を言っているのか。イサミにはよく分からない。リーフにはそもそも興味がない。だが、シドだけは、この時点でその「主」の言葉の意味を概ね理解していた。 そして「主」が改めてフローラにはっきりと結論を告げる。 「もうお前には興味はない」 フローラはその言葉に絶望する。一方、その隣で期待を込めた目で洞窟の奥を見つめるシドに対しても、非常な結論が告げられる。 「お前も、私の楽しみを邪魔した罰だ。当分、力はやらん」 邪神にしてみれば、シドの意図がどこにあったにせよ、シド達の行動がフローラの中の「人間らしい感情」を呼び起こしてしまったことは紛れもない事実である。 「約束しますよ〜、あなたの至高の愉悦のために最善を尽くすと誓います」 「残念だが、私の想像を超える者でなければ、与えても意味はない。所詮、私の真似事をしている程度では、私は越えられん」 「そうかぁ、まだまだ精進が足りないかぁ……」 シドはそう呟き、先程までの興奮状態から一転して、ガックリとうなだれる。 「で、ここ、どうするの?」 イサミがそう問いかける。彼女としては、邪神の言っていることの意味が何であるにせよ、早く本拠地に帰りたいという気持ちは変わらない。 「もうここには用はないですので」 リーフがそう答える。少なくとも、依頼人が目的を達成出来ないことが明らかになった時点で、この場に居続ける理由はない。 それに対して、再び洞窟の奥から声が聞こえる。 「せっかく面白そうなものが来たから扉を開けてやったのだがな、仕方がないのでもう一度扉を閉めることにしよう」 どうやら、この邪神には、この湖底の「封印」を自力で解いたり開いたりすることが出来るらしい。だとすると「かつて偉大な君主によって封印された」という伝承自体も怪しく思えてくるが、今の時点ではそのことは、四人にとってはどうでもいい話であった。 「ご期待に添えず、すみませんでしたね」 「また精進して会いに来るので、待ってて下さいね。その時が来たら、俺と殺し合って下さい」 「もういいから、早く帰りましょう!」 三人がそう言って外に向かって歩き出そうとしたところで、フローラが叫ぶ。 「待って下さい! それでは、私はこれからどうすればいいんですか!?」 「はいはい、帰りますよ」 リーフがそう言って強引に彼女の手を引いて歩き始める。 「私は、過去も何もかも捨ててここまで来たのに、これでは私が生きている意味が……」 「未来を見れないようでは、力を手に入れても意味はないんじゃないですか?」 リーフのその言葉に対して、フローラは一瞬言葉を失う。そして、下を向いて消え入りそうな声で呟く。 「どのみち、私にはもうこの先に何も……」 だが、その彼女の声色からは、以前に比べて若干の心境の変化が感じ取れた。少なくとも、以前ほどの悲壮な決意は感じられない。それが、抱き続けてきた希望が打ち砕かれたからなのか、それとも、彼女の中で「別の感情」が芽生えてきたからなのかは、彼女自身にも分からない。 結局、フローラは戸惑いながらもリーフ達と共に「イサミ」に乗り込み、そのまま地上へと向かうことになる。 なお、三人の魔法師達の死骸は「封印空間」から取り出し、水中に放置されることになった。いずれまた新たに出現した巨大投影体の血肉となって消え去ることになるだろう。 そして湖底に存在していた「蓋」は、完全に湖底と一体化したかのように姿を変え、そして強固な「鍵」が内側から掛けられたのであった。 4.1. 「ボス」と「主」 その後、地上に出た彼等は、運良く聖印教会の兵士達に見つかることもなく、そのまま無事に神聖トランガーヌ領から脱出し、ひとまずフローラを連れた状態で、結果報告(と本部の状況確認)のために本拠地の存在する異空間へと帰還した。 彼等四人を「ボス」が出迎えるが、明らかに前とはどこか雰囲気が変わっていることがリーフ達三人には分かる。もっとも、それはイサミ経由の「事前情報」があったからこそ気付く程度の微々たる変化であったのだが。 「その様子からして、作戦は失敗か?」 果たして何を根拠に「ボス」がそう思ったのかは分からないが、それに対して答えたのはフローラだった。 「これは私の責任です! 彼等は十分にやってくれました!」 その彼女の必死の訴えに対して、「ボス」はあまり興味もなさそうな口調で答える。 「ならば仕方がない。で、お前はこれからどうするつもりだ?」 「私には何も無くなってしまいました。今の私に出来ることは……」 フローラはそこまで言いかけたところで、三人に視線を移しつつ、強い決意の表情で答える。 「『この人達のために出来ること』を探したいと思います」 「ほう」 「私には魔法の素養はないかもしれない。でも、どんな形でもいいから私を役立たせてはもらえませんか?」 全てを失った今の彼女にとって、新たに切り開くことが出来る「未来」の可能性は、それしか残っていないらしい。 「まぁ、混沌の力が見抜けるというだけでも、それはそれで役には立つ。もしかしたら、今後また何かの力に目覚めるかもしれないしな」 ボスはそこまで言った上で、ふと何かを思い出したかのように付言する。 「で、お主は記憶がないとココから聞いているが……、その記憶、取り戻したい気持ちはあるか?」 唐突なその質問に対して、フローラは驚愕する。 「私の記憶は、もう戻らないのでは?」 「本来はな。だが、お主の力を奪った張本人であれば、戻す方法も無くは無いのかもしれない。もっとも、それはそれで『更なる代償』が必要になるかもしれんがな」 ボスが何をどこまで把握した上でこう言っているのかは分からない。だが、フローラは「もしそれが実際に可能だった場合」を想定した上で、それが本当に自分の望みなのかどうかを自答してみた。その上で、意外にもあっさりと彼女は答えを出す。 「いえ……、私はもうそこまでは望みません。先ほども言った通り、今は、この人達のために出来ることを探したい。今の私には、その感情さえあればいいです」 彼女はパンドラが「世界を敵に回している組織」であることを知っている。だからこそ、もし自分が記憶を取り戻した場合、今まで自分を助けてくれた彼等と敵対しなければならない理由が自分の中に出来てしまうかもしれない。それは今の彼女にとっては耐えられないことだった。逆に言えば、本来の自分を取り戻したいという願望よりも、今の自分の感情を失いたくないという願望をより強く抱けるほどに、リーフ達に対して特別な感情を抱くようになっていたのである。 ボスはその答えを聞いて、満足そうな笑みを浮かべた。 「そういうことならば歓迎しよう。パンドラは、我等が理想のために力を貸す気がある者であれば、誰であろうと歓迎する。貸す力がない者は、いずれ身につけていけばいい。新たな混沌の力をな」 そう語るボスの主張自体は以前と変わっていない。しかし、やはりどこか雰囲気が違うようにリーフ達には思えた。そんなボスに対して、リーフはふと問いかける。 「ところでボス、風邪は治りました?」 「どういう報告を受けていたかは知らんが、風邪でも腹痛でも頭痛でも何でもいいんだが、とにかく今の私は元気だ」 ボスのそんな言い分に対して、リーフは納得した訳ではなかったが、それ以上追求しようという気にはなれなかった。 (まぁ、いいか。ボスが誰だろうと、別に困ることでもないし) あっさりとそう割り切ったリーフに対して、どうしても割り切れない様子のイサミは、意を決して問いかける。 「ボスは、本当にボスですか?」 「私は私だ。それ以上の答えが必要か?」 「私が知っているボスと同じですか?」 「お前がそう思いたいならそうだし、そう思いたくないのであれば、そうではないのかもしれない」 明らかにはぐらかそうとしているボスの態度を目の当たりにして、イサミは言葉に詰まる。 (これ以上追求したら、消されそうな気がする……) 言いようのないほどの恐怖心に駆られたイサミは、納得出来ない表情ながらも、自分がこれからどうすれば良いのかが分からずに苦悶する。 そんな微妙な空気が広がる中、唐突に「場違いな声」がその場に響き渡る。 「みんな、おつかれ〜」 またしてもどこからともなく現れたココの声であった。彼女は翼を広げて、おもむろにフローラへと近付いていく。 「あ、仲間になるんだってね。よろしく」 ココはそう言いながら、フローラの肩をポンポンと叩く。そして、そんな彼女を改めて目の当たりにしたリーフ、シド、イサミの三人は、「少し前」に「別の場所」で彼女と会ったような、そんな錯覚(?)を感じ取る。 この瞬間、シドの中で何かが「確信」へと変わった。 「まぁ、仕事は終わったし、また新しい仕事が来るまで、好きなように過ごさせてもらいますかね。用事が出来たら呼んで下さいよ、主」 シドはそう言って、この場から去って行く。その後、彼は扉の外に出た途端、自分が「本人」に対して披露した「三時間講釈」のことを思い返し、ただひたすら一人で赤面し続けることになるのであった。 4.2. もう一人の復讐鬼 同じ頃、ブレトランドの対岸に位置するローズモンド伯爵領にて、この国の重臣に仕える一人の「執事」の元に、もう一人の「ココ」が現れていた。厳密に言えば、それはまた別の名で呼ばれるべき存在なのかもしれないが、少なくとも、今この時点で新世界派本拠地にいるココと、明らかに同一の存在であった。 「計画中止? どういうことだ?」 「色々と予定が変わっちゃったのよ。ごめんね〜」 「まて! 今更そんなことを言われても……」 執事がそう叫んだ瞬間、ココはその場からいなくなっていた。 (観客として同席させれば、面白いかと思ったんだけどな〜。あわよくば、理性を失った彼女となりゆきで殺し合いにでもなってくれれば、より一層楽しいそうだったんだけど、こうなっちゃった以上は、仕方ないよね〜) ココがそんな想いを抱いていたことなど露知らず、彼女の気まぐれに振り回されていた執事は、ただひたすらに困惑する。 この執事もまた、ワトホートによって焼き討ちにされたヴィルマ村の生き残りの一人であった。数日前、ココはこの執事に対して「ワトホートを殺せる計画があるから、一緒にブレトランドに来ない?」という話を持ちかけ、執事は半信半疑ながらも、直感的に彼女のことを「ただの使い魔ではない」と判断し、ひとまずその真偽を確かめるために、上司に休暇届まで出していたのである。 (やはり、あのような得体の知れないものの甘言に乗ろうとした私が間違っていたのか?) 執事が思い悩んでいるところに、長い前髪と三つ編みの後ろ髪が特徴的な「新聞記者」の女性が現れる。 「お嬢様とはまた別の幼女の声が聞こえたけど、あなた、本格的にそっちの趣味になったの?」 「黙れ。今は、お前の軽口に付き合う気分ではない」 「あら? そんなこと言っていいのかしら? 例の『フローラ』さんに関する情報が手に入ったんだけど……」 「なに!?」 「幼女じゃないから、興味ない?」 「どこだ? 今、彼女はどこにいる?」 「聖印教会傘下のアレクトーという村で、混沌検査官をやってるらしいわよ」 「聖印教会……? そうか、彼女は、妹とは異なる世界に生きることにしたのだな……」 「どういうこと?」 「彼女には妹がいたのだ。エーラムに入門し、将来を嘱望されながらも、あの焼き討ち事件を知り、ワトホートを殺すための秘術に手を出そうとして、エーラムから追放された妹が」 「あらら。それはまた……」 「だが、どうやら彼女はまだ生きていて、今は闇魔法師となっているらしい。以前、とある時空魔法師に占わせた結果、そのような結論が導き出されたのだ」 「なるほど。で、その妹さんを見つけて『仲間』に加えるために、行方を知っていそうなお姉さんを探そうと思った、ってこと?」 「そうだ。フローラはあの事件の当日、実家の仕事の都合でオーキッドにいたことまでは分かっていたからな。そこから先の足取りを探るのであれば、全く手がかりのない妹を探すよりは、可能性が高いだろうと考えて、お前に依頼したんだ」 「でも、実際のところは結構大変だったのよ。あれから彼女、ブレトランドの各地を転々としてたみたいで。時々、大陸の方にも来てたらしいし。結局、何がしたかったのかはよく分からないというか、今もなんでアレクトーにいるのかはよく分からないんだけど」 「いずれにせよ、聖印教会の、しかも日輪宣教団の一派に加わったということは、もはや私と共闘することは出来まい。そしておそらく、闇魔法師となった妹の行方も知らないだろう……。結果的に無駄骨になってしまったようだが、金は払う。それでいいな?」 「えぇ。構わないわよ」 「それと、明日出航のオーキッド行きの船の券が一枚あるんだが、いらないか?」 「あら? それって、どういうこと? まだ何か調べて来てくれっていうの?」 「いや、私が行く筈だったのだが、その予定が無くなってしまったのだ。今更払い戻しのために港まで行く気にもなれん」 「ふーん……。まぁ、そういうことなら、ちょうどヴァレフールでそろそろ爵位継承式典が開催されるみたいだし、その取材用に使わせてもらうわ。ありがとね♪ お土産は何がいい?」 「コーギー用の、高級ドッグフードでも買ってきてくれ」 執事は渋い表情でため息をつきながら「報酬」と「乗船券」を新聞記者に手渡すと、彼女は満足気な表情でそれを受け取り、嬉しそうな足取りでその場から去って行くのであった(この二人の詳細についてはブレトランド八犬伝1を参照)。 4.3. 「少年」と「少女」 「君はどうして、僕を目覚めさせた?」 「どうしてだと思う?」 「僕のような子供に力を与えて、力に溺れていくのを眺めたいと思ったから?」 「そうだね。すごく楽しそう」 「僕と兄さんを仲違いさせたかったから?」 「そうだね。それもすごく楽しそう」 「僕が愛する祖国を、僕自身の手で滅亡させたかったから?」 「うんうん。それもすごく楽しそう」 「じゃあ、君の望む方向に僕が進まなかったら、君はどうする?」 「それが私の想定以上に楽しそうな展開なら、そのまま見物するよ」 「楽しくなかったら?」 「そこからどう修正すれば楽しくなるかを考える」 「たとえば?」 「その時になってみないと分からないな」 「そうやってはぐらかすのか」 「先の見える未来なんて、楽しくないでしょ?」 「楽しさだけが全てなのか」 「他に何があるの?」 「人の心は、邪神には分からないんだな」 「あれ? もしかして怒ってる?」 「別に」 「恨んでる?」 「まさか。むしろ感謝してる。君にも、僕の中で眠っている彼にも」 「彼は、君から全てを奪った張本人なのに?」 「彼がいなければ、僕は無力な子供のままだった」 「やっぱり、力は欲しい?」 「うん。ずっと力は欲しかった。この世界の人々を救うための力が」 「そうなんだ」 「僕にはそんなことは出来ない、と思ってるんだろう?」 「そうかもね」 「力を使いこなせないまま、いずれ誰かに斃される、と思ってるんだろう?」 「そうなる前に、世界を壊してしまってもいいんだよ?」 「僕はそんなことはしないし、誰にもそんなことはさせない」 「そっか」 「そのために、僕はこれから彼女を迎えに行く」 「あの従姉妹のお姉さん?」 「彼女さえ隣にいてくれれば、僕の心は壊れない」 「ふーん」 「僕がもし道を間違えたら、彼女はきっと僕を止めてくれる」 「最悪、君を殺してでも?」 「優しい彼女に、そんなことはさせたくないけどね」 「来てくれるといいね」 「来てくれるさ。彼女はずっと僕の味方だった」 「来てくれなかったら?」 「どうすれば来てくれるかを考える」 「たとえば?」 「その時になってみないと分からないな」 「……やっぱり、君は面白いね」 「楽しんでくれてる?」 「うん、楽しい」 「それなら、もうしばらく君にも力を貸してもらうことにするよ」 『はーい、了解です、ボス』 『これからもよろしく頼むぞ、我が使い魔よ』 4.4. 未来のための力 その後、シドは数日間に渡って自室に引き篭って「儀式」に専念し(その間に彼が何を思っていたのかは不明である)、イサミもまた一人で様々な感情を抱え込みながら、自室でひたすら現実逃避にヤケ酒を続ける日々を送ることになる。 一方、フローラは改めてリーフに対して決意を語る。 「あなたは『未来が見えなければ、力を手に入れても意味がない』と言ってくれた。それはそうなのかもしれない。だから、まずは未来を見ることが出来るようになりたい。その上で、力を手に入れたいと思う」 「それならばきっと、その力も役に立ってくれるでしょう」 「じゃあ、これからもよろしくね、ルーシー」 フローラには、洞窟の戦いにおけるリーフとシュローダーの会話は聞こえていた。つまり、彼女の本当の名が「ルーシー」であることには、フローラも気付いていたのである。それが何者かは分からないが、それが「自分の大切に持っていたハンカチに刺繍で記された名前」であることもフローラは分かっていた。 「え? 私、リーフですよ」 リーフはそう答えた。それに対して、フローラは笑顔で答える。 「そうね。『今のあなた』はリーフだもんね」 「まぁ、そうですね」 淡々とそう答えるリーフに対して、フローラは黙って微笑み続ける。今のリーフがそう主張し続けるなら、それ以上追求するつもりはフローラにはない。彼女の正体が何者であろうと、「過去の彼女」と「過去の自分」の間の関係が何であろうと、「今の自分」と「今の彼女」、そして「未来の自分」と「未来の彼女」の関係が、そのことに縛られる必要もない、そう割り切ることにしたようである。 そんなところで、再びココが何の脈絡もなく現れた。 「あ、そうそう、これから先は、その『混沌を見極める力』を使っても記憶は消えないと思うよ。根拠はないけど、なんとなくそんな気がする」 唐突に現れた少女に唐突な話を聞かされたフローラは困惑するが(そもそもフローラは、彼女が誰なのかすらもまだよく分かっていない)、リーフは「同僚」の言葉を借りて淡々と答える。 「まぁ、『アルジ』がそう言うなら、そうなんでしょう」 当然、その言葉の意味もフローラには分からない。だが、そんな彼女に対して、リーフも改めて手を差し伸べる。 「では、そういうことなら、よろしくお願いしますね」 フローラは笑顔でその手を握り返す。そして、気付いた時にはココの姿はその場から消え去っていたのであった。フローラだけが感じ取れる程度の、ほのかな混沌の香りだけを残して。 (ブレトランドの光と闇・完) 【ブレトランド風雲録】第12話(BS48)「雲を払う風」 グランクレスト@Y武
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