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第4話(BS12)「帰らざる翼」( 1 / 2 / 3 / 4 ) 1.1. 騎士団長の息子 マーシャル・ジェミナイ(下図)は、アントリア騎士団の若き俊英である。彼は騎士団長バルバロッサ・ジェミナイの甥にして養子であり、幼少期から洋の東西を問わず様々な軍略を学び、若干15歳にしてその知謀は騎士団のから一目置かれる存在となり、やがては養父の後を継いで騎士団長になるのではないか、とも噂されていた。もっとも、そのような立場故に彼のことを疎ましく思う者も多いため、彼自身は日頃は昼行灯を装い、個人的な野心を公言することもない。それが、「恵まれた環境で育った者」としての彼の処世術であった。 そんな彼は今、主君であるアントリア子爵ダン・ディオード(下図左)の命により、首都スウォンジフォートの中央に位置する簡素な王城の「謁見の間」に出仕していた。玉座に座る主君を前にして恭しく膝をつくマーシャル。そしてその傍らには、鉄仮面をつけた謎の人物(下図右)が、同様の姿勢でダン・ディオードを見上げていた。 二人を玉座から見下ろしながら、この国の主であるダン・ディオードは、二人を招集した理由について説明する。 「ここ一ヶ月ほどの間に、コートウェルズから飛来する龍の数が急激に増加している。この原因を突き止めるための調査兵団を派遣することになった」 コートウェルズとは、アントリアを内包するブレトランド小大陸の北西部に位置する島である。龍王イゼルガイアを筆頭とする「龍」の一族に支配された島として有名で、一般には「龍の巣」とも呼ばれている。人間の住む町や村も存在はするものの、その地の大半は混沌に覆われており、龍を初めとする様々な投影体が跳梁跋扈する、「この世界の中で最も危険な領域」として知られていた。 以前から、この島から海を越えてアントリアの北岸に龍などの投影体が飛来することは稀にあったが、確かにここ最近、その数が増えているという報告が届いている。この状況が長期化・悪化すれば、アントリアのみならず、ブレトランド全体、あるいはこの世界に住む全ての人々にとって大きな影響を与える可能性もある以上、アントリアの君主として、手を打つ必要があると考えるのは自然な道理であった。 ただ、アントリアは現在、「ブレトランド統一」という大義に向けて、南方の「ヴァレフール伯爵領」と激しい戦争の最中にある。しかも、つい先月、一度は倒した前トランガーヌ子爵ヘンリー・ペンブロークが聖印教会の後援を得た上で「トランガーヌ枢機卿」としてこの地に舞い戻り、それと同時期に謎の人物ゲオルグ・ルードヴィッヒが「グリース子爵領」を名乗って覇権争いに参戦してくるなど(「ブレトランド戦記」参照)、ブレトランドを巡る情勢は更に混迷しつつある。それに加えて、アントリア領内には、旧アントリア子爵家の末裔を支持する者達による反乱軍(第2話「聖女の末裔」参照)も内在しており、現時点でブレトランドの北半分を支配しているアントリアといえども、その戦況は予断を許さない状態にある。 そのような緊迫した状況に鑑みた上で、まだ現状ではアントリア軍の主力をコートウェルズに割く訳にもいかない、という判断から、ダン・ディオードは今回の調査兵団の責任者として、アントリアの正規軍には属さない人物の名を告げる。 「総指揮官は、ホルス・エステバン、お主に任せる」 そう言われると、鉄仮面の男は深々と頭を下げる。マーシャルは「将来のアントリア軍を担うべき人物」として、アントリア軍の現状については一通り養父から聞かされていたが、「ホルス・エステバン」という名に聞き覚えはなく、このような鉄仮面を付けた男にも見覚えはない。また、現在のアントリアを軍事的に支えている大工房同盟から派遣された「白狼騎士団」の中にも、このような人物がいるという話は聞いたことがない。 「この男は、大陸中を渡り歩き、幾多の混沌を鎮めてきた歴戦の勇者だ。この男に、我が軍の特殊部隊の指揮権を委ね、今回の調査兵団の『本隊』とする」 どうやら、アントリアとは無関係の、ダン・ディオードの個人的な知人のようである。ダン・ディオードはもともと、流浪の騎士として世界中を渡り歩いて混沌と戦っていた人物であり、その人脈は極めて広い。それ故に、これまでにも在野から優秀な人材を登用することは幾度かあったが、どうやら今回も、そのような形での大抜擢のようである。 「そしてマーシャル、お主は、アントリア騎士団の一隊を率いて、副官としてこやつを補佐せよ」 「畏まりました。謹んで拝任させて頂きます」 これまでにもマーシャルは幾度か戦場に赴いたことはあるが、実質的に騎士団を代表する指揮官としての出陣という意味では、今までにない大役である。 「コートウェルズには、北方の港町パルテノから出立してもらう。その地で、パルテノの警備隊の一部と、『エーラム』および『暁の牙』から派遣された部隊と合流した上で、現地へ向かえ」 どうやら今回は魔法都市エーラムと、傭兵団「暁の牙」にも協力要請を出しているらしい。かなり複雑な混成部隊となるが、そうなると尚のこと、「アントリア騎士団」の代表としてのマーシャルの責任は重い。 「出立は明朝の予定だ。今回は非常に危険な任務ということもあり、お主の育ての親であるバルバロッサには、今夜は非番を申し付けてある。出立前に、話すべきことは話しておけ」 「お心遣い、感謝致します」 「養父との今生の別れ」になるかもしれない、という意図を理解したマーシャルは、改めて深々と跪く。その様子を確認した上で、ダン・ディオードは玉座から立ち上がってその場を去り、そして謎の鉄仮面の男・ホルスは、淡々とした口調でマーシャルに告げる。 「聞いての通りだ。よろしく頼む」 そう言って、彼もまた謁見の間から立ち去っていった。これから生死を共にする相手に対する態度としては淡白すぎるようにも思えるが、マーシャル自身もまた、仕事仲間や上官に対して濃密な人間関係を求める性格ではないため、そのような態度に対して特に違和感を感じることもなく、彼もまた静かにその場を後にする。この任務の後に、自分の運命が思いもよらぬ方向へと大きく変転することなど、この時点でのマーシャルが知る由もなかった。 * その日の夜、マーシャルは言われた通りに、自宅にて養父バルバロッサ(下図)と二人きりで会食することになった。戦争の激化に伴い、軍務に追われている騎士団長にとっては、久々の休息の一時でもある。 バルバロッサは同性愛者であるため、妻も実子もいない。過去には騎士団内の何人かの男性と浮き名を流したこともあったが、これといった特定のパートナーを作ることもなく、彼にとって「愛情を注ぐべき家族」は、今も昔もマーシャル一人である。無論、それはあくまでも「親子」としての情であり、一人の「男性」としての劣情を抱いたことは一度もない。あくまでも、ごく一般的な「父子家庭」の関係であった。 今回の任務の内容については、事前にバルバロッサも聞かされていたらしい。その上で、彼は自信を持ってこう告げる。 「今回は急な任務になってしまったが、ホルスは信頼出来る男だ。彼のことを『陛下の名代』だと思って、安心して付いていけばいい」 彼にとってのホルスがどのような位置付けなのかはよく分からないが、信頼する「父」にそう言われたマーシャルは、素直にその言に従う意志を示す。すると、それに続けてバルバロッサはこう問いかけた。 「ところで、今のお前は何のために戦っている?」 出陣前にこのようなことを聞く「父」の意図はよく分からなかったが、これに対してマーシャルは率直に答える。 「この国を支え、父の力になるためです」 それが、偽らざる彼の本心である。バルバロッサは大陸のヴァンベルグという国の出身らしいが、マーシャル自身はアントリアで生まれ、育ってきた。当初、彼が仕えるべき主君は(ダン・ディオードの元妻ロレインを中心とする)旧アントリア子爵家の人々であったが、ダン・ディオードがこの国を乗っ取った後も、父と共にアントリアを支え続けるという意志は変わらなかった。彼にとって大切なのは「国」とその地に住む「民」であり、その「主」が変わったからと言って、「アントリアを支える」という信念が揺らぐことはない。それこそが、彼にとっての「覇道」であった。 「そうか。その中でも誰か特別に、守りたい存在はいるか?」 「いえ、特に個人ということはございませんが……」 しいて挙げるなら「父」ということになるのであろうが、あくまでも彼の中ではバルバロッサは「補佐する対象」であって、「守る対象」ではない。そもそも今の自分が「父を守る」などという発想自体が、おそらく彼の中では「おこがましい」という考えなのだろう。 やや困惑しながらそう答える「息子」に対して、バルバロッサは遠くを見ながら呟くように語り始める。 「私には、守りたかった者が三人いた。一人は、お前の母であるジャクリーン。彼女はコートウェルズで受けた傷の後遺症が原因で、お前を産むと同時に死んでしまった」 ジャクリーンとは、バルバロッサの妹である。兄同様の長い黒髪の美人だったという噂はあるが、その人物像については、あまり詳しく聞かされていない。そして、彼女の夫(マーシャルの実父)が誰だったのか、という点についても、バルバロッサはマーシャルに何も伝えていない。それがどういう意図なのかは不明だが、マーシャル自身も、幼少期からバルバロッサこそが「尊敬すべき父」と考えていたこともあり、自分の血縁上のルーツについては、あまり関心がなかったようである。 「もう一人も、コートウェルズの戦いで命を落としたと聞く。そして最後の一人が、お前だ」 「二人目」については深く語らぬまま、バルバロッサはその「最後の一人」に対して、いつになく強い感情を込めた眼差しを向ける。 「もし、お前までもがコートウェルズで龍の餌食になったら、私は騎士団長の座を投げ出して、一人でコートウェルズに乗り込むことになるだろう。そして、私がいなくなれば、我が国の軍事系統は大きく乱れることになる。だから、お前が生きて帰ること。それが、この国を守ることにも繋がるのだ。分かったな」 バルバロッサも、どちらかと言えばマーシャル同様、あまり感情を表に出さない人物である(というか、マーシャルの性格自体が、父譲りであるとも言える)。その彼が、このような感傷的な顔を見せることなど、滅多にない。そこまで感情を表に出すに至った詳しい事情は分からないが、その想いの強さだけは、マーシャルにもヒシヒシと伝わる。 「はい、必ず生きて戻ります」 そう言って、マーシャルは静かに決意を固める。その瞳に奥底に秘めた闘志を確認したバルバロッサは、安心したような笑みを浮かべる。 (お前はきっと、この戦いで「真実」を知り、そして大きな宿命を背負わされることになるだろう。おそらくはそれが「彼」の意志。その上で、お前がどのような道を選ぶことになろうとも、それはお前の自由だ) そんな想いを抱きながら、バルバロッサはグラス越しに「息子」の姿を眺める。その表情に、亡き妹と、そして「彼の実父」の面影を重ねながら……。 1.2. 魔道のエリート少女 ヴェルナ・クアドラント(下図)は、エーラム魔法学院の女学生である。若干5歳にして時空魔法師としての才能に目覚め、14歳で高等部を卒業し、現在は18歳で大学院に通うという、世界中の優秀な子女が集まるこのエーラムの中でも、特に「エリート」と呼ばれる経歴を積み重ねてきた。 彼女の師匠は、エーラム内でも高等教員として知られるノギロ・クアドラント(下図)である。彼の本来の専門は生命魔法だが、時空魔法を含めた複数の分野に精通し、魔法師協会の中でも一目置かれる実力派として知られている。それに加えて性格は温厚な人徳者ということもあり、彼に師事を請う者は多いが、一教員としての評判の高さとは裏腹に、「養子」としての直弟子はあまり多く採ろうとはしない。 そんな彼の中、彼の数少ない「秘蔵っ子」と言われているのが、このヴェルナなのであるが、彼女には「5歳」以前の記憶が無い。入門時に、それまでの記憶を全て抹消されているのである。通常、魔法の才能に目覚めた者が魔法師の家に入門する場合、それまでの家族との関係を断ち切るのが慣例と言われているが、実際には入門後も実家と何らかの形で繋がりを持つ者も多く、ましてや記憶を完全に消去される事例など、滅多にない。 故に、そのような「数少ない例外」としての「過去の記憶を消された者達」に対しては、「凶状持ち」「心的外傷を受けた過去」「特別な出自」などの事情があるのではないか、といった噂が広まりやすいが、その真相は学院上層部のみが知る極秘事項とされている。ヴェルナの場合も、周囲の者達は様々な憶測を立てているものの、彼女自身は、自分の過去については特に気にしている様子はない。一応、ノギロから、彼女の両親は「ノギロの旧友」であるという話だけは聞かされていたが、今の彼女にとっては、「師匠」にして「養父」であるノギロに育てられた記憶だけが「人生」の全てであり、それ以前のことにそれほど強い関心も持っていなかった。 そんな二人の許に、エーラムから遠く離れたブレトランド小大陸のアントリア子爵ダン・ディオードから、意外な依頼が届くことになったのである。 「コートウェルズの調査のために、アントリアからエーラムに協力依頼が来ました。今回は、アントリア子爵が、あなたを直々にご指名らしいです」 そう言って、ノギロは愛弟子にして養女のヴェルナに対して、その依頼書を手渡す。そこには確かに「時空魔法師ヴェルナ」の派遣を希望する旨が記されていた。 この世界の最高峰の頭脳が集まるエーラムに対して、混沌関連の調査のために魔法師の派遣を要望すること自体は、それほど珍しくない。だが、そこで名指しで、しかもまだ学生身分の者を指名することは、かなり異例の事態である。しかも、現在のアントリアには、ヴェルナと直接接点のあるような先輩がいる訳でもない以上、(学院内ではそれなりに名の知れた存在とはいえ)世界的な知名度がある訳でもないヴェルナを指名するのは、少々不自然なようにも思える。果たして、誰の推挙によるものなのか。 「私としては、あまり承諾したくなかったんですけどね……」 ヴェルナにギリギリ聞こえるレベルの小声で、ノギロはボソッとそう呟く。どうやら、彼がヴェルナを積極的に売り込んだ訳ではないらしい。だが、その表情から、なぜ彼女が選ばれることになったのか、その事情を知っているようにも見える。ただ、なぜ「承諾したくなかったのか」という理由については、はっきり述べなかった。どうやら、ただ単に「危険だから」というだけの理由ではないようだが、そのことについては触れないまま、話を続ける。 「とりあえず、龍の生態系の異変ということであれば、確かに、我々の混沌に関する知識が役に立つこともあるでしょう。ここで学んだことを生かせるよう、頑張って下さい。ただ、無理はしないで下さいね。いかに今回の仕事が大切であろうとも、命を捨てる必要はありません」 「分かりました。まだ師匠から教わることはありますし……」 それに続けて何かを言おうとした彼女だが、色々と言いたいことがまとまっていない様子である。ノギロもあまり「本音」を語らないタイプだが、その性格については、彼女にも悪い形で引き継がれてしまっているらしい。もっとも、彼女の場合は、それを克服しようとする意志は持っているのだが。 そして、言葉には詰まりながらも、彼女の瞳の奥には、今回の任務に向けての強い決意が宿っていることをノギロは感じ取っていた。彼女はもともと、混沌に苦しむ人々を救うことには並々ならぬ意欲を燃やすタイプである。コートウェルズやブレトランドの人々が困っていると聞けば、放ってはおけないのは自然の流れであろう。 「まぁ、学生の間に実地研修に行くのは良いことです。場合によっては、その場で出会った君主と契約を結ぶこともありますが、あなたはまだ若いですし、慎重に決めて頂ければ結構です」 そう言いながら、ノギロにはもう一つ、懸念事項があった。それは、あまり世間馴れしていない18歳の「年頃の娘」を、自分の手の届かぬ見知らぬ異国の地に派遣することへの不安である。今回の遠征で、アントリアやコートウェルズの軍人達と共同作戦をおこなう過程において、彼女の中で誰かに「特別な感情」が芽生える可能性もある。それ自体は「父親として受け入れねばならない現実」だと彼も分かってはいるのだが、彼の中では「通常の父親」以上に、娘の将来を不安視する理由があったのである。 (この子には「彼女達のような人生」を歩ませたくはないのですが……、そう考えること自体が、既に「親のエゴ」なのですかね) 心の中でそんな自問自答を繰り返しつつ、彼女の護衛として、自分の私兵である盾兵部隊を随行させることを決意する。そして彼は密かに、兵士達に「もし、彼女が当分帰って来れない状態になったとしても、そのまま彼女を守り続けるように」と厳命するのであった。 1.3. 仇討ちに燃える若武者 ウィルバート・ファーネス(下図)は、アトラタン大陸屈指の傭兵団「暁の牙」に所属する邪紋使いである。まだ15歳の若武者であるが、傭兵団内でも屈指の「龍のレイヤー」として知られ、年齢以上に風格を感じさせる雰囲気を漂わせている。 そんな彼が、とある駐屯場にて鍛錬に励んでいた時、傭兵団長である「隻眼のヴォルミス」(下図)が現れた。どうやら、仕事の話らしい。 「次の派兵依頼が届いた。アントリア軍と一緒に、コートウェルズの調査に向かって欲しい、だとよ」 「コートウェルズ」と聞いた瞬間、ウィルバートの中で何かがピクッと反応する。その反応をあらかじめ見越していたヴォルミスは、そのまま説明を続ける。 「何を考えているのかは分からんが、アントリアの大将はこの任務の指揮官として、お前さんをご指名だ」 「指名?」 「暁の牙」に派兵を要請する場合、その任務に合わせて適切な人材を選択するのがヴォルミスの仕事だが、場合によっては、依頼先から「この部隊を派遣してほしい」と指定されることもある。だが、まだ年少で実績の少ないウィルバートが指名されるというのは、彼自身にとっても全く想定外の話であった。 「まぁ、あの子爵様は、ゲイリーとファインとは昔馴染みだったらしいし、息子であるお前さんに『仇討ち』の機会をやりたいのかもしれんな」 「ゲイリー(下図左)」と「ファイン(下図右)」とは、ウィルバートの両親の名である。父であるゲイリーはアームズ、母であるファインはシャドウの邪紋使いであり、二人とも「暁の牙」の中でも屈指の強者として知られていた。 しかし、二ヶ月前、コートウェルズでの戦いにおいて、この地を支配する龍王イゼルガイア(下図)との戦いで命を落としたという報告を、ウィルバートは聞かされていたのである。 そして、この二人が昔、現在のアントリア子爵であるダン・ディオードと共に「冒険者」として戦っていたという噂も、ウィルバートは聞いたことがある。ただ、本人達がその時代のことはあまり語ろうとしないので、どのような関係だったのかはよく分かっていない。 「ただ、もし龍王に遭遇したら、迷わず逃げろ。アイツは、今の俺達が全力で戦っても、勝てる相手じゃねぇ。お前も色々思うところもあるだろうが、今回は『敵を知るための任務』だと考えておけ。絶対に、無理をするんじゃねぇぞ」 ヴォルミスは、暁の牙の中でも最強クラスの邪紋使いであり、この大陸全体を見渡しても、彼と互角に渡り合える人物は数えるほどしかいないと言われるほどの豪傑である。その彼をもってしても、「勝てる相手ではない」と断言させるほどの存在、それが「龍王イゼルガイア」という投影体なのである。 「分かった」 露骨に不機嫌そうな顔をしながら、ウィルバートはそう言って頷く。ただ、口ではそう言っていても、実際に龍王を目の前にしたら、この男は我を忘れて戦いを挑もうとするかもしれない、ということに、ヴォルミスは薄々勘付いていた。無論、だからと言って、今回の任務の指揮官を他の者に委ねる訳にもいかない。アントリア子爵はおそらく「粋な計らい」のつもりで指名したと推測される以上、どんな理由であれそれを断るのは、傭兵団にとっても、そしてウィルバート自身にとっても、不名誉この上ない話である。 「あと、こないだ俺達はヴァレフール側に雇われてアントリア軍と戦ったから、もしかしたら、そのことで何か因縁をつけられるかもしれないが、気にするな。適当に聞き流しておけ。傭兵ってのは、いちいちそんなこと気にしていたら、成り立たん」 ヴォルミス達は数ヶ月前、ヴァレフールとアントリアの国境を守る長城線(ロングウォール)を海経由で突破してきたアントリアの特殊部隊に協力するフリをしつつ、終盤で彼等を騙し討ちにするという、長城線を守るケリガン家の三男坊リューベンが企てた計略に協力している(第3話「長城線の三兄弟」参照)。アントリア側にしてみれば、仲間面していた「暁の牙」に裏切られた形になるが、この計画を立てたのは彼等の雇い主であるリューベンであり、「暁の牙」はその命令通りに賃金分の仕事をこなしたにすぎない、というのがヴォルミスの主張である。彼の中では、これは「傭兵としての不義」には当たらない。 とはいえ、もし、調査兵団の中に(可能性は低いが)この時のアントリア軍の生き残りが参加していたら、おそらくその理屈では納得出来ないだろうし、「暁の牙」に対して猜疑心を抱く者もいるかもしれないが、今回は雇い主がアントリア子爵である以上、ウィルバート達がアントリアを裏切ることはありえない。そのことは「雇い主との契約は絶対に守る」という「暁の牙」の本質を理解している指揮官にとっては、自明の理である。アントリア側の指揮官がまともな判断力の持ち主であれば、きちんとそのことを部下達に諭しているであろう。 その上で、ヴォルミスはアントリア軍と合流するための手筈を一通りウィルバートに伝えると、決意に燃える瞳を滾らせた彼を横目に、その場を立ち去る。現在、ウィルバートが率いている兵達は、もともとはゲイリーが指揮していた部隊の者が大半であり、おそらくはその兵達の多くも、今回の任務に対して、並々ならぬ覚悟で臨むことになるであろう。 (まぁ、気持ちは分かるが、「叶わない相手」がいることを知るってのも重要なんだよ。戦場で生きる者としてはな) 無論、そう言ったところで、今のウィルバートの耳に届かないことは分かる。だから、彼自身が自らの肌で実感するしかない。今の自分の限界と、その先に広がっているかもしれない可能性の有無を。 1.4. 故郷を捨てた貴公子 シドウ・イースラー(下図)は、アントリア北岸の地・パルテノの街の警備隊を率いる、17歳の邪紋使いである。彼は、邪紋使いの中でも特に一般人から忌み嫌われやすい「アンデッド」と呼ばれる邪紋の持ち主であり、その雰囲気はどこか、人間離れした不気味さを醸し出していた。 しかし、彼は生まれながらにしてこのような風体だった訳ではない。彼の父は、コートウェルズ最大の都市クリフォードの領主であるマーセル・イースラー男爵である。しかし、シドウは長男であったにも関わらず、なぜか幼少期から「後継者」とは目されず、父はシドウの一歳年下の妹・ソニアに自らの従属聖印を授け、「自分に何かあった時は、ソニアを当主とせよ」と家の者達に告げていた。つまり、兄である筈の自分を差し置いて、妹が「次期男爵」であるとはっきり明言されていたのである。 幼少期のシドウは決して問題児だった訳でもなく、逆にソニアが特別優秀だった訳でもない。しかも、イースラー家の過去の継承においても、長男を差し置いて妹が後継者となった事例など、聞いたこともない。だが、父も、母も、そして長年イースラー家に仕える者達も、なぜかその決定を「当然のこと」と認識しているようで、その理由を問い質そうとしても、はぐらかされるばかりであった。 シドウは、そんな自分の境遇に不満を抱きつつ、少しでも周囲の者に認められようとして、聖印を持たされないまま武芸の鍛錬に励み、龍や魔物との戦いにも積極的に飛び込んでいくことになる。そしてある時、街の近くに現れた凶悪な投影体との戦いに敗れた彼は、瀕死の重傷に陥るが、その時、何者かの力によって「邪紋」を身体に植え付けられた彼は、アンデッドの邪紋使いとして覚醒し、見事にその投影体を討ち果たす。しかし、その不気味に変わった姿に恐怖を抱く人々の反応を目の当たりにした彼は、混沌と戦うことの意義、更には混沌そのものの意味を知るために、実家を捨て、旅に出ることになる(ちなみに、彼に力を与えた人物の正体は、パンドラの闇魔法師クラインなのだが、彼はそのことを覚えていない)。 そして、海を越えてブレトランドへと辿り着いた彼は、その邪紋使いとしての実力をパルテノの領主エルネスト・キャプリコーン(下図)に見出されたことで、彼の下で軍人として仕官することを即断する。クリフォードでは中途半端な立ち位置に悩まされていた彼にとって、血筋や家柄に関係なく自分を必要とする人物がいるのであれば、そのために自らの力を捧げることに、何の躊躇もなかった。むしろ、実家を離れたことで、ようやく彼は「自分自身の居場所」を手に入れることになったのである。 そんな彼の現在の主であるエルネストから、出仕要請が伝えられる。どうやら、いつになく重要な任務が与えられるらしいということを理解したシドウが領主の執務室へと向かうと、エルネストは真剣な表情で、彼にこう告げた。 「まもなく、首都からコートウェルズに派遣される調査兵団が到着します。あなたも彼等と合流して、現地に向かって下さい。これは、子爵陛下からの勅命です。あなたはもともと、かの地の生まれとのことですし、この地に何度か実際に飛来してきた龍と戦ったあなたの経験は、きっと役に立つでしょう」 どうやら、思わぬ形で「里帰り」させられることになったらしい。厳密に言えば、今回の派遣先は、コートウェルズの中でも北部に位置する「ゼビア地方」らしいので、彼の故郷であるクリフォード市からは、かなり離れた位置ではあるのだが、その調査の結果次第では、クリフォード方面にまで足を運ばなければならなくなる可能性もあるだろう。 しかし、だからと言って、それを拒む権利は彼にはないし、そこで余計な気を回して悩んでも仕方がない、と割り切っていた。アントリア軍に仕官した時から、彼の中では「どんな任務でも引き受ける」という覚悟は固まっていたのである。そして現実問題として、現在のパルテノは飛来する龍の増加によって多くの被害が発生しており、首都に調査兵団の派遣を提案したのは、他ならぬエルネスト自身であった。この状況において今更自分が出陣命令に対して逡巡することなど、彼の信念が許す筈がない。 「現地までの航行は、最近は龍の出現率が多くて危険なので、対龍戦に秀でた海賊船を雇うそうです。残念ですが、我が国の海軍は、南方に出現した神聖トランガーヌからの再侵攻に備えるため、動かす余裕がありません。まぁ、海賊船と言っても、陛下のお墨付きを得た者達らしいですが」 神聖トランガーヌ枢機卿領の主力部隊は、大陸中の日輪宣教団によって集められた大艦隊である。現在、魔境の出現によってアントリアへの陸路を断たれている彼等が、今後、海路を使って北上してくる可能性は十分にありうると警戒するのも当然の話であろう。 「それならば、安心ですね」 シドウはそう言った上で、謹んでその任務を拝命する意志を伝える。色々と故郷への複雑な想いを抱きながらも、今はただ、与えられた使命を遂行することに専念しようとしていた。 その上で、さっそく出立の準備のために退室していくシドウを見送りながら、エルネストの頭の中には、素朴な疑問が沸き上がっていた。 (なぜ陛下は、あえてシドウを選んだのだろう? 他の指揮官達も、年若い者達ばかりのようだが……) いつものダン・ディオードであれば、このような重要な任務に対して、実戦経験の少ない若者達を中心に編成を組むとは考えにくい。総指揮官のホルス・エステバンにしても、これまで聞いたこともない人物であり、どこまで信用して良いのか、周囲の者達には測りかねる。見方によっては、今回の調査兵団は「捨て駒」として選ばれたように見えなくもない。 だが、それ以上の詮索が無意味であることは、エルネストも理解していた。ダン・ディオードはこれまでも常に、周囲の者達の想定の範囲外の作戦を立案し、ここまで勢力を拡大してきたのである。「陛下の決めたことであれば、間違いなどある筈がない」と、部下達に信じ込ませるだけの実績を積み重ねてきた過去を思い返せば、今回も自分ごときが余計な考えを回す必要もない、エルネストはそう自分に言い聞かせながら、シドウ不在時の街の警備システムの再編案の作成に取りかかるのであった。 2.1. 孤高の女海賊 こうして、アントリア北岸のパルテノの街に、5人の指揮官に率いられた五つの部隊が結集することになった。アントリア騎士団、エーラムの魔法師の私兵、傭兵団「暁の牙」、辺境都市の警備隊、それぞれの代表である少年少女達を前にして、総責任者である(「アントリアの特殊部隊」を率いる)鉄仮面の男が挨拶する。 「ホルス・エステバンだ。今回の遠征の指揮官を仰せ付かった。これから先の調査の展開次第では長旅になるかもしれんが、よろしく頼む」 淡々とした中年男性のようなその声を聞いた魔法師の少女ヴェルナは、一瞬にして彼の鉄仮面の内部に仕込まれた魔法装置の存在に気付く。それは、エーラムの錬金術師が生み出した特殊な魔法具であり、話者の声を人工的に合成された別の声に切り替える機能を持つギミックが組み込まれている。彼女が教養科目として履修していた錬金術の講義で聞いたその装置の合成声と同じ波動を、彼の発言から感じ取ったのである。 顔を隠した上に、声まで変える必要があるこの人物は一体何者なのだろうか、などと彼女が考えていることには誰も気付かぬまま、今度は彼女を含めた四人の下位指揮官達が自己紹介させられる。 「私はアントリア騎士団のマーシャル・ジェミナイ。後方から弓兵隊を指揮して敵を挑発してその陣形を乱しつつ、聖印を用いて友軍を支援することが主な仕事だ」 マーシャルの養父バルバロッサは、前線に立って敵を食い止めるタイプの騎士であるのに対し、マーシャルは後方からの指示・支援を得意とするスタイルであり、その戦い方は全く対照的である。騎士団長の息子という「特権階級」である上に、「危険の少ない後方部隊」ばかりを担当していることもまた、彼が一部の騎士団員から嫌われる一つの理由でもあった。 「エーラム魔法学院のヴェルナ・クアドラントと申します。専門は時空魔法です。あと、料理も得意ですので、お腹が空いた時には、いつでも仰って下さい」 そう言ってヴェルナは頭を下げるが、今回の任務においては、食料担当要員はホルス率いる本隊の中に組み込まれている。そして、彼女自身は「料理が得意」と思っているが、彼女の味覚は非常に「寛容」で、普通の人間では口にしないような食材・調味料でも「美味しい」と感じてしまうため、彼女の手料理はあまり初心者にはオススメ出来ないと判断したノギロが、事前にアントリア側に対して「彼女に料理は作らせないように」と通達していた。そのため、幸か不幸か、この旅の間に彼女がその腕を披露する機会が与えられることはないのだが、この時点での彼女はまだそのことを知らない。 「傭兵団『暁の牙』のウィルバート・ファーネスだ。『龍の爪牙』で敵を蹴散らすのが俺の役目。前線での戦いは任せてもらおう」 実はこの四人の中ではウィルバートが最年少なのだが(マーシャルも同い年だが、ウィルバートの方が誕生日は遅い)、その風格からは、既に歴戦の勇者のオーラが滲み出ている。そして、「両親の仇討ち」という強い決意を持って今回の作戦に臨んでいる彼は、この中の誰よりも強い闘志に満ち溢れていた。「龍の巣」に乗り込む上で、彼の持つ「龍を模した能力」がどこまで通用するのかは分からないが、彼ならば安心して任せても大丈夫だろう、という不思議な安心感が醸し出されていることを、周囲の者達は感じ取っていた。 「俺はパルテノの警備隊長、シドウ・イースラー。見ての通り、アンデッドの邪紋使いなので、大抵のことでは死なない。アントリア軍の盾として、皆をお守りしよう」 その血色の悪そうな肌と生気を感じさせない表情は、どこか奇妙な威圧感を周囲の者達に対して与え、兵達の一部を萎縮させる。だが、戦場で生きてきた者達や、混沌に通じた魔法師であれば、アンデッドの力を持つ邪紋使いが戦場でいかに頼りになるかは理解している。それに、その不気味な容貌とは裏腹に、彼の物腰からどこか「気品」を感じさせることからも、彼がただの「辺境の軍人」ではないことを薄々感じ取っている者もいたようである。 こうして、一通りの自己紹介を終えた彼等は、シドウに案内される形で、パルテノの港へと向かう。すると、そこには「赤いガーベラ」が描かれた旗を掲げた巨大な船が停泊していた。どうやら、これが今回彼等をコートウェルズへと導く「海賊船」のようである。 そして、彼等がその船に近付いていくと、船体から、テンガロンハットを被り、毛皮のマントを片肩にかけた、顔に傷のある女性(下図)が降りてくる。その姿は、まさに典型的な「女海賊」の風貌であった。 「あれが、今回の水先案内人の女海賊、『傷顔(スカーフェイス)のアクシア』だ」 ホルスが彼女を指差しながらそう言うと、それに気付いた彼女は、靴音を響かせて近付きながら、ホルスに向かって話しかける。 「久しぶりだねぇ……、ホルス殿?」 なぜか、ホルスの名を呼ぶ前に「微妙な間」が空いていたのだが、そのことに皆が違和感を感じるよりも前に、彼女は両手を広げて「客人」達に歓迎の意を示す。 「ようこそ、我が『鮮血のガーベラ』へ。私が船長のアクシアだ。これから皆を『龍の巣』へとご案内しよう。ここから先は海も荒れる。船旅に馴れていない者にとってはキツいかもしれないが、安心して我々に任せてくれればいい。で、その子等が今回の隊長さん達、ということでいいのかな?」 そう言いながら、ホルスの後ろに控える四人に目を向けていた彼女は、ヴェルナと目があったところで、目を丸くして驚いたような表情を浮かべる。その様子はヴェルナにも分かったが、彼女に全く見覚えがないヴェルナには、その理由は分からない。 次の瞬間、アクシアは険しい表情を浮かべて、ホルスを睨みつけた。 「あんた……、ちょっと後で話がある。船長室に来い」 その鋭い視線に、何か並々ならぬ事情を抱えていることはその場にいた皆が感じ取っていたが、ひとまずこの場では誰もその件には触れないまま、海賊船へと乗り込むことになる。こうして、様々な思惑を載せたまま、彼等のコートウェルズへの旅は幕を開けることになるのであった。 2.2. 荒波の航海 調査兵団を載せた海賊船「鮮血のガーベラ」は、コートウェルズ北部のゼビア地方へと向かって順調に航行していく。といっても、「順調」と感じていたのは、この地区の荒れた航海に馴れた海賊達だけであり、調査兵団の者達にとっては、激しい波に揺られ続ける船旅は、決して快適なものではなかった。 その中でも特に苦しんでいたのは、ヴェルナとシドウである。二人は強烈な船酔いに苦しみ、甲板で激しい嘔吐を繰り返していた。 「おいおい、大丈夫かよ、こんなガキンチョが指揮官で」 海賊船の船員達が、不安と嘲笑が入り交じるような口調で、遠巻きにその二人を眺めながらそう呟く。 「ごめんなさい、船というものは、どうしても馴れなくて。これでも、ブレトランドに来た時よりは、少しはマシになったんですが……」 さすがに、山奥のエーラムで育ったヴェルナには、この船旅は馴れないらしい。人生二度目の航海がこれほどの荒波では、体調を崩すのも無理はない。 「あー、もう、こんなとこ……、はよ帰りてぇなぁ…………」 シドウもまた、船に乗るのはこれが(ブレトランドに来た時に続いて)二回目である。戦場での負傷ではそう簡単に倒れることがない彼でも、船酔いは別物らしい。ちなみに、彼の中での「帰る場所」は、おそらく故郷であるコートウェルズではなく、現在の自宅のあるパルテノのことであろう。 「おい、ナヨナヨしてんなぁ。そんなんで大丈夫なのかよ?」 そう言って、それまで海賊達と一緒になって二人を茶化していたウィルバートが二人に近付いてくる。 「まぁ、そっちの時空魔法師さんは仕方ないとしても、おい、お前、それでも警備隊の隊長か!?」 「うるせぇよ、静かにしてくれよ、気持ち悪いんだよ……」 「そういう時はな、俺達の傭兵団に伝わる歌を聴かせてやろう。元気が出るぞ」 そう言って、ウィルバートは大声で歌を歌い始める。その歌声は、上手くもなく、下手でもなく、なんとも中途半端なレベルであったが、船酔いに苦しむ二人にとっては、フラフラした頭に大声が響き渡ることで、余計に不快にさせられる。 「おい、やめろ! 今はそんな気分じゃ……、うっ……」 そう言って、シドウが再び海に向かって体内の(不浄な)モノを吐き出そうとしているのを横目に見ながら、初めての航海である筈にも関わらず平気な様子のマーシャルは、ホルスに今後の任務についての確認を求める。 「ホルス殿、到着前に、上陸後の予定について教えてほしいのだが」 「そうだな。今のうちに伝えておいた方がいいだろう」 そう言って、ホルスはゼビア地方の地図(下図)を取り出し、マーシャルに説明する。 「我々が向かっているのは、このバイロンという漁村だ。順調に行けば明日の朝には到着するだろう。まずこの地で情報を仕入れた上で、ビブロスおよびヴァイオラ方面へと調査を進めて行く。どの順番で進めるのか、隊を分けるのか、といったことは、得られた情報に基づいて判断する」 今回の遠征は情報収集そのものが目的なので、現時点ではこのような大まかな予定しか立てられていない。ちなみに、このゼビア地方は混沌濃度が高く、作物の生産にもあまり適していないため、人口も少ないが、その割にはなぜか投影体があまり出現しない地域だったという。しかし、最近になってアントリアに現れる龍達の大半は、この地方から飛来しているらしい。 そんな話をしている最中、船員の一人が、申し訳なさそうにホルスに問いかける。 「旦那、いいですかい? そろそろ、ウチの姐さんが待ちくたびれているんですが……」 「あぁ、そうだったな」 そう言われたホルスは、船員と共に船の奥へと案内される。おそらくは、乗船前にアクシアが言っていた「船長室に来い」という一件であろう。ひとまず最低限の方針確認が出来たことに満足したマーシャルは、与えられた自室に戻り、到着後の任務に備えて一人、身体を休めるのであった。 2.3. 大人達の事情 その後、日も陰り始め、ようやく吐き気が少し収まってきたヴェルナが部屋に戻ろうとすると、船員の一人が彼女に声をかける。 「なぁ、アンタも隊長さんなんだっけ?」 「あ、はい、そうです」 船酔いで気分が悪いのを取り繕いながら、ヴェルナがそう答えると、申し訳なさそうにその船員が彼女に頭を下げる。 「ちょっと、ウチの船長に急遽伝えなきゃならないコトが出来たんだが、船長から、今は絶対に部屋に入るなと言われててさ……。悪いけど、今、船長室にいるそっちの大将を、何らかの理由をつけて部屋から連れ出してもらえないかな? あんたらなら客人だから、船長も仕方ないと諦めてくれると思うんで」 どうやら、ホルスが船長室に呼び出されたまま、まだ長話が続いているらしい。そして、この船員の様子から、何やら深刻な事態が発生しているらしいことは、ヴェルナにも読み取れる。 「分かりました。では、今から行ってきます」 そう言って彼女が船長室に向かい、その扉をノックしようとしたその瞬間、部屋の中から、船長アクシアの声が聞こえてきた。 「なぜ、あの子を連れてきた? 魔法師なら、誰でも良かっただろう」 文脈上、ここで言うところの「あの子」とは、どう考えても自分のことである。思わずヴェルナが手を止めると、中からそのまま二人の会話が聞こえてくる。 「誰でも良いなら、アイツでも問題ない筈だ。才能ある若い魔法師を連れてくるのに、何の問題がある?」 「あの子には……、私の因縁とは無関係に生きてほしかった」 ホルスの人口合成声に対して、そう答えたアクシアの声は、どこか力無く、辛さと哀しさが込められているのを感じ取っていた。ヴェルナの知る限り、彼女はアクシアとは面識がない(少なくとも、彼女の中にある「5歳以降の記憶」の中には)。しかし、アクシアの方は、ヴェルナのことを知っている様子である。しかも、彼女の中では「自分の因縁」と関わるほどに深い関係らしい。 「それは無理だ。いくらノギロがそのことを隠そうとしても、エーラムで混沌の研究を続けていれば、いずれアイツ自身が気付く筈だ。自分の身体が普通の人間ではないことにな」 その淡々としたホルスの発言が、ヴェルナに大きな衝撃を与えた。どうやら、この鉄仮面の男は、自分の養父であり師匠でもあるノギロと面識があるらしい。そして、自分の身体が「普通の人間ではない」とは、一体どういうことなのか? 混乱した状態のヴェルナの存在に気付くこともなく、女海賊アクシアは更に会話を続ける。 「そうかもしれない。だが、それならなぜ私に案内役を頼んだ? なぜ私の目の前にあの子を連れてきた? アントリアに余力がないなら、ノルド海軍にでも依頼すれば良かっただろう」 ノルドとは、アントリアの所属する大工房同盟の一員であり、海洋王エーリクによって率いられた「北海の雄」である。現在、アントリアに対して本格的な軍事援助をおこなっており、アントリアの主力の一角を為す「白狼騎士団」も、この地から派遣された人々である。 「これ以上、同盟諸国に借りを作る訳にはいかない。お前が優秀だから頼った、それだけのことだ。余計な邪推を抱かず、お前は報酬に見合った仕事だけをしてくれれば、それでいい」 「つくづく、悪趣味な男だな……。まさかとは思うが、他の3人も……」 アクシアがそう言いかけたところで、船体が大きく揺れる。どうやら、急激に舵を切ろうとしたことによる反動らしいが、船に馴れていない者にとっては、何かに衝突したのか、と思わせるほどの衝撃である。 「何だ? 何が起きた!?」 そう言って、船長室から慌てて飛び出すホルスとアクシア。すると、その前に、部屋の前で立ちすくんでいたヴェルナと鉢合わせる。 「あ、ホルスさん、えーっと……」 何かを言おうとしたヴェルナだが、このタイミングでどう話を切り出せば良いのか分からず、口ごもってしまう。 「お前……、いつからそこにいた?」 そう言ったのは、ホルスではなく、アクシアである。明らかに動揺した表情を浮かべていることは、ヴェルナにも分かった。どうやら、今の会話を聞かれたくなかったようである。 「いえ、今、来ました。ホルスさんに今後の予定を伺おうかと……」 そう言って、平静を装いつつその場をしのごうとしたその時、甲板から船員の声が聞こえる。 「船長、大変です。ワイバーン(飛竜)が飛来しました」 そう聞かされたアクシアは、すぐに甲板へと向かう。コートウェルズに近付く以上、こうなることは想定の範囲内ではあったが、思ったよりも早く強敵と遭遇してしまったらしい。そして、ヴェルナもホルスに声を書ける。 「私達も行きましょう!」 人々を助けることを信条とする彼女にとって、この状況を放っておく訳にはいかない。 「あぁ、そうだな。だが、お前、大丈夫か? かなり体調は悪そうだが」 「本調子ではないけど、何か出来ることはある筈です」 船酔いで明らかに顔色が悪いのを堪えながらヴェルナがそう答えると、ホルスは仮面の奥で満足した笑みを浮かべる。 「分かった。いい心がけだ」 そう言って、彼もまたヴェルナと共に甲板に向かって走り出す。ヴェルナとしても、先刻の会話は非常に気になる内容ではあったが、まず今は、目の前の危機を乗り越えることに専念しよう、と割り切ることにした。こうして、調査兵団にとっての最初の戦いが幕を開けることになったのである。 2.4. 船上の戦い アクシア、ホルス、ヴェルナの三人が甲板に出ると、そこには既に、同様に船の揺れに違和感を感じて外に様子を確認に来たマーシャルとウィルバート、そして相変わらず海に向かって嘔吐し続けていたシドウの姿もあった。 そんな彼等の視界には、遠方から近付きつつある三匹のワイバーンの姿である。大きさからして、一組のつがいと、その子供のようにも見える。 その様子を確認したホルスは、剣を構えた上でアクシアに問いかけた。 「とりあえず、俺とお前で一匹ずつ仕留める、ということでいいな?」 それに対してアクシアが無言で頷くと、今度はマーシャル達の方に向かって叫ぶ。 「そっちの小さいのは、お前達に任せた!」 「お前達」とはおそらく、マーシャル、ヴェルナ、シドウ、ウィルバートの四人のことであろうと、彼等は即座に理解した。彼等にもそれぞれに部下の兵達がいるが、この狭い甲板の上で、しかも馴れない船上での戦いにおいて、部隊を展開することは難しい(そもそも、まだ兵達の大半は船の中である)。ここは、彼等四人だけで迎え撃つしかなさそうである。 「我が身は龍なり!」 ウィルバートがそう叫ぶと、彼の身体に龍燐が現れ、そして手の先から龍爪が伸びていく。本物の飛竜を前にして、「彼の中の龍」が戦いの怒号を上げたのである。それに続いて、ヴェルナがワイバーンに向かって、ライトニングボルトの魔法をかけようとするが、まだ船酔いで本調子ではない彼女は、足下がふらついて集中出来ず、発動に失敗してそのまま体勢を崩してしまう。 その直後、今度はワイバーンが彼等の真正面まで飛来すると同時に、その翼から、ヴェルナとマーシャルに向かって激しい衝撃波が放たれる。そこにシドウが割って入ることでヴェルナを身を挺して庇い、更に崩れた姿勢からヴェルナがクッションの魔法をマーシャルに向かって放ったことで、その衝撃波による負傷は最小限に留めることに成功するが、船酔い状態の二人は当然のごとくそのままバランスを崩して転がるように倒れ込む。 それに対して、今度はマーシャルの増幅の印を受けたウィルバートがワイバーンの側面に回り込み、自らの爪牙を突き立てる。渾身の一撃を受けたワイバーンは激しい呻き声を上げるが、それでもまだ倒れそうにない。更に続けてシドウが起き上がりながら追い打ちをかけようとするが、今の彼のフラフラの体調から放たれた攻撃が、ワイバーンに当たる筈もない。 傷を受けたワイバーンは、身の危険を感じたのか、一旦甲板から離れた上で、今度は海上から再び衝撃波をウィルバートに放つ。だが、再びヴェルナが発動させたクッションの魔法によってその衝撃が緩和されたこともあり、頑健な龍の鱗で守られたウィルバートには殆ど無傷であった。 しかし、ワイバーンが海上にいる状態では、ウィルバートの爪牙は届かない。ヴェルナもライトニングボルトがまともに発動出来ない今の状況で、唯一の攻撃手段はマーシャルの弓なのだが、ここまでの戦いから、自分の弓の実力ではこのワイバーンには傷一つ与えられそうにないことを、マーシャルは既に理解していた。そうなると、ここで彼の採るべき行動は一つ。遠方からワイバーンを挑発し、撹乱させることである。彼は甲板の上から、ワイバーンの闘争本能を刺激する動作を繰り返し、その瞳を自分に釘付けにする。 すると、見事にその挑発に乗ったワイバーンが、再び甲板のマーシャルに向かって襲いかかる。だが、今度は翼による衝撃波ではなく、自らの足の爪で彼の身体を抉ろうとしてきたのである。これではヴェルナのクッションが通用せず、シドウが庇いに入れる距離でもなかったため、その一撃はマーシャルの身体を真正面から貫き、マーシャルはその場に倒れ込んでしまう。死に至るほどの傷ではなかったが、次にワイバーンが彼に一撃を加えれば、間違いなく即死である。 しかし、このマーシャルの身を挺した作戦は正解だった。誘い出されたワイバーンに対して、再びウィルバートが全力の一撃を叩き込んだ結果、その小型の飛竜はその場に崩れ落ちる。一方、その間に大型のワイバーンと戦っていたホルスとアクシアも、どうにか撃退に成功していたようである。 「まぁ、急造部隊だから仕方ないが、お前等、もう少し連携が必要だな」 薄氷の勝利を勝ち取った四人に対して、横目で彼等の様子を見ていたホルスはそう告げる。確かに、それは彼等自身も痛感していたことである。船酔いで二人が本調子ではなかったのもあるが、それ以前の問題として、陣形もバラバラで、動きに全く統一性がなかった。 「いや、初めての船上での戦いであれば、苦戦するのも当然だ。むしろ、よくやった方だと思う」 そう言って、アクシアは彼等の功を労いつつ、ヴェルナにチラリと目を向ける。ヴェルナもその視線には気付いていたが、今の時点では何も言うことが出来ないままであった。 2.5. 龍の巣の入口 こうして、どうにかワイバーンとの戦いに勝利した彼等は、そのまま航海を続け、翌朝には無事に、コートウェルズ北部のゼビア地方南岸の村、バイロンに辿り着く。人口の少ない小さな漁村だが、アクシア達は過去に何度か補給のために立ち寄ったこともあるらしく、海賊船である「鮮血のガーベラ」が近付いてきても、動揺することなくその停泊は受け入れられた。 「じゃあ、私達はここで船を守る。ここから先は、お前さん達が気の済むまで調べてくれればいい。一応、食料は船内に数日分は貯蔵があるから、ここに来てくれれば補充は出来るからな」 一応、この村は貨幣経済が通用する地域ではあるものの、ほぼ自給自足で成り立っている村なので、いくら金を積んだところで、彼等に提供出来る食料には限界がある。狩猟で食料を得ようにも、混沌濃度の高いこの地域では、それが安全な食材かどうかを島外の者が見極めるのは難しい。ヴェルナであれば、(少なくとも彼女の中では)何でも美味しく頂けるかもしれないが、「美味しい」のと「安全」なのは、また別次元の問題である。 「ありがとうございました」 そう言って頭を下げるヴェルナに対して、アクシアは相変わらず微妙な表情を浮かべつつ、目をそらしながらも、話を続ける。 「あ、あぁ、気をつけていくんだぞ……。それから、もし、今回の件にエスタークが絡んでいることが分かったら、すぐに私に使いをよこしな」 それはホルスに対しての発言であったが、それに対してヴェルナが問いかける。彼女の中でも、このアクシアという女性と自分の関係について、気になり始めているようである。 「エスタークさんって、どういう方なんですか?」 「…………身内だよ」 短くそう答えたアクシアに対して、ヴェルナもそれ以上の詮索は控えた。おそらく、ここで更に追求したところで、彼女は何も語ろうとはしないだろう。 * こうして、ひとまずアクシアと別れた彼等は、村の中へと足を踏み入れる。すると、村の子供達がホルスを見ながら、口々にこう叫んだ。 「あ、ホルスだ! 鉄仮面のホルスだ!」 その反応は、さながら「伝説の英雄」を生で見たことに興奮しているような様子である。しかし、その鉄仮面の威圧感のせいか、あまり直接近付いて来ようとはしない。 「妙だな。俺がコートウェルズに来たのはもう随分昔の話だから、あんな子供が俺のことを知っている筈はないんだが……」 首を傾げながら、そう呟く。ただ、どうやら彼は過去にもコートウェルズに来たことはあったらしい、ということを、ここで初めてマーシャル達は知ることになる。もっとも、それが分かったからと言って、何がどうなるという訳でもないのだが。 そして、そんな子供達が騒ぐのを見て、今度は村の大人達が集まってくる。すると、その中の代表らしき人物が、話しかけてきた。 「あんた達、どちらから来なすったのか?」 それに対して、ホルスが一通りの事情を話すと、その男はひとまず信用した様子で、彼に事情を説明する。ホルスの入手していた事前情報通り、この地はもともと「混沌濃度が高い割に魔物(投影体)が少ない地域」だったらしいのだが、最近になって、北のビブロス村の方面から、龍や魔物が出現することが増えたらしい。もともと、バイロンとビブロスとの間での交流は薄かったが、このような事態になってからは、それまで以上に誰もビブロスには足を運ばなくなったため、今現在、かの村がどのような状態になっているのかも、彼等は全く把握していないらしい。 とりあえず、彼等はこの村でもう少し情報を集めるという方針を確認した上で、自分達が逗留するための「仮の宿」として、使われなくなった古い民家を借り、ひとまずは船旅と船上の戦いで疲れた身体を癒すことになった。 * こうして宿を確保したマーシャルは、ヴェルナ、シドウ、ウィルバートの三人を自室に集めて、昨夜のワイバーンとの戦いの「反省会」を実施する。 「いいか、まず、それぞれの役割を確認する必要がある。俺の仕事はお前達を聖印で支援することであり、前線に立つことではない。俺は敵を挑発するから敵は俺のところに向かおうとするが、敵を俺のところに近付けないように、陣を張れ!」 確かに、正論である。あの戦いの折に、マーシャルがワイバーンを挑発した時、シドウがマーシャルを庇える位置に移動していれば、マーシャルへの攻撃はシドウが庇うことが出来た。「味方を庇うこと」が仕事のシドウとしては、これは痛恨の失態である。そして、その役割はウィルバートでも可能であった。シドウほどではないが、少なくともマーシャルよりは彼の方が、敵の攻撃を耐えきれる可能性は高い。 一般的には、後方の指揮官が自らこのような「正論」を掲げると、前線に立つ者達の反感を買いやすい。だが、今回の戦いにおいては、実際にマーシャル自身が瀕死の重傷を負う状態になるまで身体を張って敵の攻撃に耐えている以上、シドウもウィルバートも、その主張に反論する気は起きなかった。 それに加えて、敵の攻撃パターンを把握した上で様々に陣形を変える必要性や、魔法を用いるタイミングなどについて一通り彼は持論を述べた上で、最後にこう付け加える。 「それから、俺達の兵はアントリアの兵なのだから、無駄に命を損なってはならない。いいな、絶対に生きて帰るんだ!」 厳密に言えば、ウィルバートが率いているのは「暁の牙」の部隊であり、ヴェルナの護衛はノギロの私兵なのだが、彼等も彼等で、自分に預けられた大切な兵を失う訳にはいかない、という気持ちは同じである。船上の戦いでは彼等の個人戦だったが、これから先は兵達を率いて戦うことになる以上、確かにこれは全員が心に留めておかねばならないことであろう。 このように、マーシャルは自ら音頭をとって全体の方針を規定しようとするのに対して、他の三人は素直にそれを受け入れていた。一応、マーシャルは「調査兵団全体の副官」としてダン・ディオードに任命されているものの、実はその件については、他の三人には伝えていない。つまり、これまで他の三人は、自分とマーシャルの関係は「同格」だと思っていたのだが、この場でのマーシャルの「仕切り役」としての能力に感服したことで、以後、無意識のうちに彼のことを「自分達の上官」として認識するようになる。そして、ここで築かれた関係が、この後の彼等の行動方針を大きく規定していくことになるのであった。 2.6. 龍の巣の実態 こうして、ひとまず方針確認した彼等は、村に出て情報を集めようとするが、その前に、ヴェルナがプレコグニションの魔法を用いて、ビブロスの現状についての手掛かりを探る。すると、彼女の脳裏に、三つの言葉が舞い降りてきた。 「喪失」「大鎌」「翼竜」 どうやら、この三つの言葉が、ビブロスの現状を知る上での鍵となっているらしい。と言っても、「喪失」は何が失われたのかは分からないし、「大鎌」と言われてもヴェルナにはそれが何を意味しているのかは分からない。「翼竜」は彼等が遭遇したワイバーンのことである可能性が高そうだが、今のところ、それ以上の憶測には繋がりそうにない。 だが、そんな中、ウィルバートだけは「大鎌」に心当たりがあった。実は、二ヶ月前にこのコートウェルズで戦死したと言われる彼の父ゲイリーの武器が、まさにその大鎌だったのである。と言っても、生き残った兵達の証言によれば、彼が死んだのはもっと南の地域だった筈なので、関係があるのかどうかは分からない。ひとまずこのことは、自分の中で気に留めつつも、黙ってそのまま村に出て、他の者達と共に情報収集に向かうことになった。 これまであまり調査活動に従事した経験の少ない彼等であったが、それでも根気よく村人達に聞いて回った結果、様々な情報を得ることに成功する。 まず、マーシャルが、村を訪れていた(数少ない)旅人から聞いた話によると、どうやらこのバイロンの西方に位置するヴァイオラ村に、コートウェルズ最大の都市クリフォードから派遣された義勇兵が逗留しているらしい。ヴァイオラは先日、龍の襲撃によって大きな打撃を受けたが、彼等はその復興支援のために集まった者達で、それを率いているのは、クリフォードの男爵令嬢ソニア・イースラーという少女であるという。 その話を聞いたシドウは、それまで自分の素性を彼等には話してなかったが、さすがにこれはバレるのも時間の問題と考えたのか、そのソニアが自分の妹であるということを皆に告げる。それを聞いた上で、団長のホルスはシドウにこう告げた。 「ならば、お主が仲介役となって、その部隊と共にビブロスを二方面から包囲するように調査を進めるのも良いかもしれんな」 そう言われると、シドウとしては、それを断る正当な理由がない。ソニアは彼の一歳年下の16歳で、男爵令嬢として何不自由なく育った、純真無垢な少女である。しかし、シドウはそんな彼女に対して、自分を差し置いて聖印を与えられたことへの嫉妬心と、そんな自分の心境などおかまい無しに、天真爛漫に一人の「妹」として自分を慕い、時には甘えてくる彼女に対して、食傷気味の感情を抱いていた。ある意味、彼が実家を捨てたのは、この「妹」と顔を合わせ続けるのが精神的に辛くなったから、というのも一つの理由だったのである。 一方、ウィルバートは先刻の「ホルスを見て騒いでいた子供達」の話から、彼等がホルスを知った経緯を知ることになる。 どうやら、数日前までこの村に、「絵」と「語り」を組み合わせた「紙芝居」という特殊な形式の叙事詩を語る旅芸人が訪れていたらしい(ちなみに、コートウェルズにもブレトランドにも、そのような大衆文化は本来は存在しない)。そして、彼の語る「姫をさらった龍を倒す六人の勇者達の物語」に登場する勇者の一人として、「鉄仮面のホルス」という人物が描かれていたらしい。その紙芝居屋は既に村を去り、「この後はヴァイオラに行く」と言っていたという。 そして、ヴェルナが村の年配層の人々から聞いた話によると、どうやらビブロス村には昔から「紅蓮の翼竜」を操る「ドラゴンロード」と呼ばれる一族がいるらしい、という噂を入手する。その「紅蓮の翼竜」なるものの実態はよく分からないが、少なくとも、船上でヴェルナ達を襲ったワイバーンは赤系の肌色ではなかったので、それらとは別種の個体のようである。 あくまでも伝説的な存在で、果たして本当に「龍を統御する人間」など存在するのかも疑わしいところではあるが、ヴェルナの予見にも「翼竜」という単語が現れていたことを考えると、あながち眉唾モノの話とも言い難い。いずれにせよ、詳細は実際にビブロスに行って確かめる必要がありそうである。 2.7. 龍王の眷属 こうして、村で得られた情報を彼等が整理していると、バイロンの村人達が血相を変えて、調査兵団の者達の元に集まってきた。 「大変です、ドラゴニュートの一団が、村に迫ってきました」 ドラゴニュート(龍人)とは、ドラゴンの眷属であり、二足歩行で武器や道具を使う能力を持つ投影体である。ドラゴン同様、一定の知性を持つ存在なので、状況によっては交渉することも可能な存在だが、この村に迫りつつある彼等は決して友好的な態度ではなく、彼等は村人達に対して「若くてイキのいい女をよこせ」と要求しているらしい。 その話を聞いたホルスやマーシャル達は、すぐに兵達に迎撃体勢に入るよう、命令を下す。ホルス率いる本隊は、ドラゴニュート軍の中でも特にリーダーと思しき者に率いられた集団に突撃をかけ、マーシャル達の四部隊は、残りの敵軍の前に立ちはだかる。その中心は、(上述のリーダーらしき者とはまた違った意味で)やや他の龍人兵達とは異なる風貌の者がいたが、混沌に関する知識に通じたヴェルナは、すぐにその正体を見抜く。 「あれは『龍神官』ですね。魔法を使ってきます」 彼女は皆にそう伝えつつ、彼等よりも先に、ライトニングボルトの魔法を敵陣に向かって打ち込む。船上では船酔い故に失敗してしまった彼女だが、既に体調を回復させた今なら、仕損じることはない。更にマーシャルがそこに増幅の印を加えたことで破壊力を増したその雷撃によって、ドラゴニュートの中の一部隊は半壊状態へと追い込まれた。 それに対して、今度は龍神官が遠方から謎の攻撃魔法を放ってきたが、その射程範囲内にいたのは、シドウの部隊のみであった。前回の戦いを踏まえた上で、この兵団の中で最も守備力に長けたシドウの部隊を最大限に生かせるよう、綿密に最適の陣形を組んでいたのである。その一撃は決して軽いものではなかったが、鉄壁の護りを誇るシドウ隊には、傷一つつけることは出来なかった。 こうして、渾身の一撃を止められて怯んだドラゴニュート軍に対して、今度は龍のレイヤーであるウィルバートの部隊が襲いかかるが、敵はあっさりとその一撃をかわしてしまう。龍の力を用いたウィルバートの攻撃は、彼等にとって「見切りやすい動き」なのかもしれない。だが、それはウィルバートも同様だったようで、直後に彼等に対して斬り掛かった敵部隊の反撃は、ウィルバート隊には全く通用しなかった。 一方、マーシャルは得意の「挑発」で、敵の気をそらす。 「貴様等ごときが女を持ち帰ろうとは、一千万年早いわ」 そう叫びながら、ドラゴニュートにとって侮蔑的な行為を繰り返した結果、既に半壊状態だった敵の一部隊が突撃してくる。しかし、距離的にその彼等の刃が届く前にシドウ隊が割って入り、その刃はマーシャル隊には届かない。 すると、その「勝手に隊列を乱した部隊」に対して怒りを覚えた敵の龍神官は、その部隊もろとも、後方にいるシドウ隊、マーシャル隊、ヴェルナ隊に対して、炎の魔法を発動させる。しかし、マーシャル隊はその爆撃のタイミングを見事に察知して回避し、ヴェルナ隊への被害はシドウ隊が食い止める。先刻の作戦会議を踏まえた上での、見事な連携である。一方、この一撃で突撃してきた敵部隊は全滅するが、それを確認した上で、更に龍神官はもう一度、同じ場所に炎を打ち込む。今度はマーシャル達もかわしきれなかったが、それでも各部隊はまだ崩れない。 その間に、前線に特攻してたウィルバート隊は、マーシャルの増幅の印を受けながら強烈な連撃を敵の一軍に叩き込み、壊滅に追い込む。この結果、自分を守る部隊が手薄になったことを理解した龍神官は、撤退を開始する。ウィルバート隊にはまだ余力があったが、後方の三部隊が既に火炎攻撃で大きな負傷を負っていたこともあり、それ以上の追撃は出来なかった。 一方、その間にホルス隊は敵の龍将軍の首を上げ、ドラゴニュート隊を完全に全滅させていた。その圧倒的な勝利に、村人達は歓喜に沸き上がり、それまで彼等のことをやや懐疑的に思っていた人々も総出で、彼等の来訪を歓迎する態度を示す。そして彼等は、改めてホルス達に、この島を取り巻く龍達の生態系について説明するのであった。 * 村人達曰く、この島の龍族の大半は龍王イゼルガイアを筆頭とするヒエラルキーによって成り立っており、(本来は異世界からの投影体である筈の)イゼルガイアは自らの「分身」としての「子」を自力で生み出すことが出来るが、他の者達にはその能力は備わっていない(無論、あくまでもそれは「イゼルガイアによって生み出された龍」の話であり、昨晩の船を襲ったワイバーンの親子などは、それとは別の経路でこの世界に呼び出された投影体なのかもしれない)。 そして、イゼルガイアはもともと「男性型の龍」なので、一部の龍達は、自らの子を生み出すために、人間の女性をさらって、その胎内に子を宿そうとする。本来の人間の身体では埋めない筈の子を宿されるため、そこで受胎に成功したとしても、大抵の場合、出産時に母親は死んでしまうらしい。そして、産まれた子がどこまで龍の力を引き継ぐかは個体差があるらしく、ほぼドラゴンの姿で産まれて来る者もいれば、先刻のドラゴニュート達のような存在が産まれることもある。そして、龍に近い存在であればあるほど、親である自身や祖父に相当するイゼルガイアへの忠誠心も近くなるという。故に、中には人間に近い姿で産まれてくる者もいるが、そのような子供は「失敗作」として捨てられることが多いらしい。 その上で、龍達には「より優秀な子を産む母体」を嗅ぎ分ける能力もあるらしく、一般的に「人間の男性の精を受け入れたことがない女性」の方が、龍の因子に対応した子を産みやすいという傾向もあるという。このような事情から、このコートウェルズの各地では、昔から若い女性が龍や龍人にさらわれた事例が数多く存在するらしい。 前述の通り、その中でもこの地は比較的、龍や魔物の出現率の低い地域だったのだが、ここ最近になって、竜王配下の「四天王」と呼ばれる巨大な龍の中の一体である「白龍エスターク」の眷属が、頻繁にこの地に現れるようになったという。おそらく今回襲撃に来た者達もその一派で、エスタークの子の母体となるにふさわしい女性の身体を探しているのではないか、というのが彼等の推測である。 このような状況を踏まえた上で、いつまた再びドラゴニュート達がこの村を襲うか分からないと判断したホルスは、ひとまず今夜は休養して英気を養った上で、自身の本隊をこの地に残した上で、残りの四隊をヴァイオラに派兵して、現地の情報収集とクリフォードの義勇軍との共闘要請を委ねる、という方針を提示し、マーシャル達もそれに同意する。 その上で、「エスターク」という名前が出てきたこともあり、アクシア率いる海賊達にも協力を要請することになった。彼女がどういう意図からエスタークに執着しているのかは分からないが、この地がいつまた危険に晒されるか分からなくなった以上、少しでも多くの兵力を動員しておくべきであろう。 こうして、調査兵団にとっての「龍の巣の初日」は、どうにか無事に幕を閉じたのであった。 3.1. 貴族令嬢の矜持 翌日、マーシャル、ヴェルナ、シドウ、ウィルバートに率いられた四隊は、予定通りにヴァイオラ村へと向かう。その途上、様々な魔物や人間の屍を目の当たりにしながら、どうにか村に辿り着いた彼等は、龍の襲撃によって荒廃しながらも、それなりに活気付いて復興に勤しんでいる人々の姿を目の当たりにする。 そんな人々の中心にいたのは、いかにも貴族の令嬢といった雰囲気を保ちながらも、気さくに村人達の話を聞きながら兵達に指示を出している、一人の少女の姿であった(下図)。 その姿を確認したマーシャルは、「なぜか」彼女の方に目を向けようとしないシドウよりも先に、彼女に声をかける。 「そちらにいるのは、クリフォード男爵のご息女のソニア・イースラー殿と御見受けするが」 「あ、はい。あなたは、どちらの……」 「私は、アントリア騎士団から派遣された、マーシャル・ジェミナイと申します」 そう言われたソニアは、目を輝かせて大声を上げる。 「アントリアの方々が、この島を救うために兵を派遣して下さったのですか!?」 「いえ、救うかどうかはまだ……。この島から我が国に龍が飛来してきているので、それを阻止することが主たる任務です」 マーシャルは常に冷静である。ここで「そうです」と言った方がこの場は話が進むだろうが、後々になって、事態を解決せぬまま帰ることになった時には、かえって落胆させることになるだろう。過大な期待を与えることは、長期的に考えれば得策ではない。 「確かに、アントリアの方々にも多大なるご迷惑をおかけしてしますからね……」 神妙な顔付きで、ソニアは呟くようにそう語る。龍が出現すること自体は彼女達の責任ではないが、コートウェルズの住人として、コートウェルズで発生した投影体が他国に被害を及ぼすこと自体が、彼女の中では申し訳ない気持ちにさせているらしい。ちなみに、彼女の実家であるクリフォード男爵家はアントリアとは昔から友好関係であり、彼女の名である「ソニア」も、旧アントリア子爵家の初代当主であるソニア・カークランド(英雄王エルムンドの長女)にあやかって付けられた名なのだが、そんな事情まではマーシャル達が知る由も無い。 「現在、我々の本隊はバイロンに逗留中です。ここ最近、ビブロス村の近辺からドラゴンが出現しているという話を聞きましたので、貴軍と共にバイロン、ヴァイオラの両方面から調査を進めたいと思うのですが、いかがでしょう?」 マーシャルがそう提案すると、ソニアもその方針には同意する。その上で、現時点で彼女達が入手した情報として、ここ最近、ビブロス近辺で『黒い大鎌を持った魔人』が現れているという話を彼等に告げる。 「詳細はよく分からないのですが、おそらくその魔人は龍の眷属とはまた別の投影体で、ビブロス近辺に出没し、聖印や邪紋の持ち主を襲っていると聞きます。その点についても、気をつけた方がよろしいかと」 この話を聞き、ウィルバートの中の「嫌な予感」は更に高まっていくのだが、そんな彼の傍らで、ソニアと目を合わせないようにしていたシドウの姿が、ソニアの瞳に映った。 「に、兄さん!? どうしてここに? 今まで、どちらにいらっしゃったんですか?」 アンデッドの邪紋を取り込んだことで、その姿は大きく変わっているのだが、それでも彼女の目には、はっきりと彼が「兄」だと認識されてしまったようである。 「そんなことは今、どうだっていいだろう!」 そう言って、彼は近付いてくる妹を拒絶する。妹が自分に対して敵意も悪意も持っていないことは分かっている。しかし、だからこそ、彼にとってはその「純粋さ」が心地悪く感じるのである。 「でも、今までずっと心配していたのですよ。亡くなったお母様も、最後まで気にかけていましたし……」 その話を聞いて、シドウの顔付きが変わる。彼の母親はまだ若く、彼が出奔する直前までは、特に病弱な様子もなかった。 「母さんが、死んだ……?」 「はい、昨年末に、流行病で。その前から、色々と心労もあったようで、体調を崩すことは多くなっていたのですが……」 もしかしたら、その心労の原因の一端には、自分の出奔も関わっているのかもしれない。そんな考えが頭をよぎったのか、さすがに彼もショックを隠せない様子である。 「父さんは、大丈夫なのか……?」 「はい。お元気です。ただ、今回の出兵に関しては、お父様には大反対されてしまって……。でも、同じコートウェルズの人々が苦しんでいる今の状況で、何もせずにはいられなくて、こうして義勇兵の人々を募って、復興支援のために馳せ参じた次第です」 実際のところ、義勇兵と言っても、その大半は一般の民衆なので、あまり戦闘能力は高くはない様子である。しかし、壊れた家屋の修復や食料支援など、様々な形で彼等の協力を得ることで、村の人々の雰囲気は明るく、活気に満ちていた。これまで、あまり他の村との関わりの薄かったこの地方の人々にとっては、別世界の住人だと思っていた「大都市の男爵令嬢」が助けに来てくれたということだけでも、大きな心の支えになっているのであろう。 3.2. 「六人の勇者」の伝説 そんな活気に溢れる村の一角で、多くの子供達が人だかりを形成している様子がマーシャル達の目に入る。その中心にいたのは、見たことのない装束を着た中年の男性と、その男が持つ(見たことがない構造の)「台車付きの器具」であった。その器具の上部には窓のような形の「枠」が設置され、その枠の奥に何枚もの「絵」が挟まっている。男はその絵に合わせて何か口弁を加えながら、次々と枠の中の絵を取り替えて、一つの「物語」を表現している。どうやら、これがバイロンの子供達が見たという「紙芝居」という代物らしい。 男の風貌は、装束以外は普通の人間のように見えたが、ヴェルナだけはその正体に気付いた。この人物は、投影体である。このコートウェルズはもともと混沌濃度が高いため、投影体が出現しやすい。しかし、この様子を見る限り、この男は特に危険な存在とも思えない。おそらく、投影体の中でも比較的「友好的な個体」が多いと言われる「地球人」の一種であろう。このような「友好的な投影体」に対しては、聖印教会の一部には「討伐対象」とみなす者達もいるが、エーラムの一員である彼女の倫理観に照らし合わせて考えれば、こちらから敵対的な態度を採る必要はない。 マーシャル達四人が、その人だかりに近付くと、ちょうど一つの演目が終わったところだったようで、子供達が拍手をしながら満面の笑顔を浮かべる。すると、その男はまた新たな絵を披露し始めた。 「さぁ、みんな、ここから先は、来週の予告編だよ。タケオおじさんの、おもしろ紙芝居、次回予告『うるわしの姫君と六人の勇者』!」 彼はそう言って、次々と次回演目の登場人物達が描かれた「予告編」の紙芝居を展開する。そして、それはマーシャル達を驚愕させる内容であった。 「さて、こちらにおわしますは、見目麗しいお嬢様。この方は、ヘルマイネの男爵令嬢、マレー様でございます(下図)」 この瞬間、シドウの目が大きく見開く。「マレー」とは、彼とソニアの母親の名であり、ヘルマイネ男爵家と言えば、クリフォードの近くの小都市を統治する、彼女の実家である。しかも、そこに描かれた彼女の姿は、シドウの実家に描かれていた「10代の頃の母」の肖像画に瓜二つであった。 「このお嬢様を付けねらう、竜王イゼルガイアの四天王、黒龍ハーゴン! そしてこのハーゴンに立ち向かうのは、豪勇無双のダン・ディオード(下図)、 鉄壁のバルバロッサ(下図)、 鉄仮面のホルス(下図)、 癒し手のノギロ(下図)、 大鎌のゲイリー(下図)、 疾風のファイン(下図)。 さぁ、果たしてこの六人の勇者と姫君の運命は!? お楽しみに〜」 そう言って、男はその木造器具を片付け始め、子供達は立ち去っていく。しかし、この次回予告を聞いてしまったマーシャル達の内心は、大混乱に陥っていた。 マーシャルは、かつてバルバロッサがダン・ディオードと共に旅をしていたという噂は聞いたことがあるが、その件について、バルバロッサはあまり詳しく話そうとはしなかったため、その真偽についてはマーシャルも特に詮索しなかった。しかし、この紙芝居に描かれている「鉄壁のバルバロッサ」とは、どう見ても彼の養父の若き日の姿である。 そしてヴェルナもまた、ノギロが若い頃に冒険者として世界を旅していたことがある、という話は聞いていたが、ダン・ディオードと面識があるということまでは聞かされていなかった。この紙芝居屋に登場した「癒し手のノギロ」が彼女の師匠と同一人物なら、ダン・ディオードが今回の一件で自分を指名した理由にも繋がってくるように思えるし、ノギロもそのことを知っていたと考えるのが自然だが、なぜそのことを自分に隠そうとしたのかは、現時点では推測出来ない。 ウィルバートに関しては、両親がダン・ディオードの冒険仲間だという話は知っていたが、彼等がコートウェルズに来ていたという話は初耳である。先刻のソニアの話に出ていた「大鎌の魔人」の件も含めた上で、もしかしたら、自分の思っていた以上に、自分とこの地の関係は深いのかもしれないと改めて実感する。 そして何より、彼等が最も驚いたのは、彼等自身の親や養父達が、今回の総責任者である「鉄仮面のホルス」の仲間として描かれていることである(ヴェルナだけは、その件については海賊船内の一件で予想はついていたが)。この件について、ホルスはこれまでの旅の過程で何も言わなかった。なぜ黙っている必要があるのか? そもそも、この物語の登場人物達は、本当に自分達の親(養父)なのか? 様々な疑問が渦巻く中、まず彼等は「この物語が真実なのか否か」を確かめたい、という欲求に駆られる。 「すみません」 そう言って最初に声をかけたのは、ヴェルナであった。 「ほいほい、どうした、お嬢さん? ごめんな、今日はもう店じまいなんだよ」 「さっきの紙芝居の予告編なんですけど、その、知ってる人に登場人物が似ていた気がして……」 そう言われた紙芝居屋は、首を傾げながらヴェルナ達を眺める。 「そういえば、俺も昔、お嬢さん達みたいな人達とどこかで会ったことがあるような気も……、いや、気のせいかな? もしかしたら、『こっちの世界』じゃなかったかもしれんしなぁ」 「こっちの世界」という言葉が何を意味するのかは(彼が投影体だということを理解している)ヴェルナには分かったが、その件には触れずに話を続けさせる。 「この紙芝居はな、俺が若い頃、この世か……、あ、いや、この島に来た時に実際に見た物語なんだよ。さっき出てきたダン・ディオードってのはな、知ってるかどうかは知らないけど、そこで子爵様をやってる」 「えぇ、知ってます」 「バルバロッサってのは、そこで騎士団長をやってるんじゃなかったかな。ホルスさんは、この島で受けた傷が原因で命を落としたって聞いてるけど、他の人達は、どうしてるんだろうねぇ……」 その話を聞いて、真っ先にシドウが反応する。 「ホルスさんが、命を落とした?」 「あぁ、俺はそう聞いてる。他の人達については、よく知らないんだんけどね。まぁ、いずれにせよ、凄い人達だったよ、彼等は。そりゃあ、後々、一国の王にもなるわな、と納得させられるくらいね」 この男も、ホルスが実際に死んだ場面に立ち会った訳ではないようだが、もしこの話が本当なら、現在、彼等を率いているホルスは、この物語に登場したホルスとは別人、ということになる。しかし、鉄仮面のデザインは明らかに同じなので、おそらくは「先代ホルス」と何らかの関わりのあった人物が、その鉄仮面を引き継いだのだろう。だとすれば、「先代ホルスの仲間の子供(養子)達」のことを知らなくても不思議はない。もっとも、分かっていても黙っている可能性も十分にある訳だが。 「ちなみに、その姫君はその後、どうなったのかは……?」 そう聞いたのは、シドウである。やはり彼としては、どうしてもそこが気になるらしい。 「あぁ、あのお姫様はね、えーっと、どこだったかな……、あ、そうそう、クリフォードだ。クリフォードの今の男爵様、当時のご子息様と元々婚約者だったらしくて、無事に助けられた後、そのまま彼と結婚したよ。ただ、これは俺の勘だけど、助けられた時の姫様は、間違いなく、ダン・ディオードに惚れてたね。でもまぁ、当時の彼は所詮、流浪の旅人だし、ちゃんとした婚約者がいたなら、破棄は出来んわな」 どうやら、ほぼ間違いなく、シドウの母親のようである。そして、自分の母が自分の父以外の男性に心惹かれていたという事実を聞かされると、何とも言えない奇妙な感情が彼の中に渦巻いていく。 「非常に興味深い話なんだが、その紙芝居を今ここでやってもらう訳にはいかないか?」 そう言って割って入ってきたのは、ウィルバートである。 「んー、まぁ、もう今日は店仕舞いしちまったしなぁ。そもそも、この話、子供にはウケがいいんだけど、あんた達にとって面白い話かどうかは分からんよ。龍退治なんて、それほど珍しい話でもないだろう?」 「いやいや、俺達はそういう話が好きだからこそ、こういう仕事をやってる訳だからな」 無論、それはあくまでただの建前であるのだが、彼に限らず、自分の親が絡んでいると聞いたら、詳細を知りたくなるのも当然であろう。そして、同じ様に気になっていたマーシャル達も頼み込んだ結果、ひとまず、その男は物語のあらすじを彼等に伝える。と言っても、大枠の物語は既に「予告編」で語った通りであり、最終的には黒龍ハーゴンは彼等六人によって倒され、無事に姫君を救出した、という内容であった。 「まぁ、これは子供向けの紙芝居だから割愛したけど、実は子供には言えない様な裏話も色々あってね。ほら、彼等もまだ若かったし、若い男女が一緒に旅をしている過程で起きていた色々な感情も見え隠れしてはいたんだけどね。その辺を混ぜたら、もっと高年齢層にもウケると思うんだけど、さすがに穿り返しちゃいけない過去もあるしな。場合によっては、アントリアとクリフォードから指名手配されるかもしれないし」 やや下卑た笑いを浮かべながら、男はそんな軽口を叩く。あくまでもこの男の推測とはいえ、当時の彼等の間で様々な「人間関係」が錯綜していたのであれば、それは今の自分達の出生にも大きく関わっているのかもしれない。そんな微妙な猜疑心を彼等が抱いているとは露知らず、男はそのまま荷物をまとめて、彼等の前から去っていく。 ちなみに、この男の名は、タケオ・ナガマツ。地球上に存在する彼の「本体」は、彼という「影」がこの世界に発生していることなど知らないまま、その直後に大ヒット作「黄金バット」を生み出すことになるのだが、そのことは「影」である彼自身ですら知らない、この世界とは全く無縁の物語である。 3.3. 大釜の魔人 とりあえず、この日は復興が進む村の中で築かれた仮説の住宅で一晩を過ごした彼等は、翌朝、ソニアの言っていた「大鎌の魔人」についての情報を集めてみる。 すると、どうやらその魔人は「巨大な鎌」を持つ、「長い巻き毛」が特徴で、何かに取り憑かれたかのような顔で、「混沌(カオス)を、もっと混沌を……」と呟きながら、周囲に現れる魔物と戦いつつ、旅人にも襲いかかっていたらしい。しかし、旅人が、聖印も邪紋も持たない「無力な存在」だと分かると、襲うのを止めて去って行ったという証言もあることから、どうやら、聖印や邪紋や投影体の根底にある「混沌核(カオスコア)」を集めているようである。これは、暴走状態に陥った邪紋使いなどが陥る状態とも合致している。出没場所としては、ヴァイオラからビブロスへと向かう道から、やや北側に外れたところに現れることが多いらしい。 そしてこの情報が集まった時点で、どのようにしてバイロンの部隊と合流するか、ということをマーシャルが思案している傍らで、ウィルバートの中では一つの決断が下された。彼は密かに、自分の隊の副官を呼びつけて、こう告げたのである。 「お前に、ここから先の隊の指揮権を任せる」 決死の形相でそう告げた彼に対して、副官は何も言わなかった。そして彼は密かに隊を抜け、「大鎌の魔人」が出没すると言われている地に、一人で乗り込もうとする。状況的に、それが「暴走した状態の自分の父」である可能性が高いと考えた彼は、自分自身の手でこれを解決しなければならない、という衝動を抑えることが出来なくなってしまったのである。この副官も、かつてゲイリー達と共に戦っていた部隊の一員であるが故に、ウィルバートの心情を理解し、止めても無駄だと判断したのであろう。 だが、部隊の規律には人一倍気を配っていたマーシャルの目を盗める筈もなく、あっさりと彼に見つかってしまう。 「お前、一人でどこに行くつもりだ?」 マーシャルに呼び止められたウィルバートは、明らかに狼狽した様子で答える。 「いや、その、ちょっと散歩に……」 「ほほう? 部隊を置いて、一人でどこまで行こうというのだ?」 彼の行こうとした方向は、明らかにビブロスの方面である。 「いや、その辺りをこう、ぐるーっと、散歩でもしようかと……」 「そうか、ならば私も同行させてもらおうか?」 明らかに不審な視線を投げかけるマーシャルに対して、ウィルバートは更に動揺する。ここで、いっそ事情を話してしまおうかとも考えるが、彼の中では「自分達親子の問題」と位置付けられてしまっているため、それを口に出すことはどうしても躊躇してしまう。 そしてもう一人、ウィルバートの動きに気付いた者がいた。 「あらあら、どこへ行こうというのですか? 私の専門は時空魔法ですよ?」 そう言って、皮肉めいた笑顔を浮かべつつ彼の前に現れたのは、ヴェルナである。仮にここでマーシャルの追求をかわして彼を撒いたとしても、時間と空間を超えて周囲を見通す瞳を持つ彼女の目をごまかすことは出来そうにない。 「とにかく、勝手に動かれると隊が乱れて、こちらの兵も無駄に命を落とすことになるかもしれない。謹んでもらおう」 「あぁ、そうだな、分かった……」 そう言って、おとなしくウィルバートは陣営へと引き下がる。失意の表情で帰ってきた彼に対して、副官は事情を察したのか、呆れたような顔でこう告げる。 「そりゃあねぇ、ぼっちゃんにそんな、他の人達を騙して行くなんて器用なマネ、出来る訳ないでしょう。だから、止めなかったんですけどね」 見た目以上に大人びた風貌のウィルバートではあるが、長年にわたってゲイリーの下で働いていたこの男にとっては、あくまでも「ぼっちゃん」なのである。そして、彼が隠密行動に向いてないこと(その点については、シャドウである母親の才能を引き継がなかったこと)など、百も承知であった。 「もういっそ、話してしまった方がいいんじゃないですか? 他の隊長さん達に」 「……そうだな」 こうして、彼は自分が勝手に単独行動を採るに至った理由をマーシャル達に語る。その上で、「父と思しき魔人」の件に関しては、自分に処理させてほしいと申し出る。だが、「処理」と言っても、具体的にどうしたのかという方針が明確に定まっている訳ではない以上、その口調はどうにも歯切れが悪い。それに加えて、マーシャルが言い放った一言が、彼に再び現実を直視させた。 「お前は今、父親と一人で戦って、勝てるのか?」 正直なところ、ウィルバート自身、仮に二ヶ月前の状態の父親が相手だったとしても、「絶対に勝てる」という自信はなかった。それに加えて、これまでの話を聞く限り、その魔人がゲイリーであるとすれば、大量の混沌核を身体に取り入れて、その力は更に増幅されている筈である。 「……分かった。とりあえず、余計な行動は控える。その上で、少し考える時間がほしい」 こうして、ひとまず魔人への対応は保留とした上で、マーシャル達はバイロンのホルスに対して使者を送り、今後の対応についての判断を仰ぐことにしたのであった。 3.4. 白龍と氷龍 ところが、その使者が予想よりも早く帰ってきた。どうやら、バイロンに向かう途中で、逆にバイロンからヴァイオラへ派遣されていた使者に遭遇し、彼の話を聞いて急遽ヴァイオラに戻ることになったらしい。 「大変です! 現在、バイロンに『白龍エスターク』が近付きつつある、とのことです。至急、バイロンまで御戻り下さい」 白龍エスタークと言えば、バイロンの人々の話では、龍王の「四天王」の一角と言われている存在らしい。それほどの大物が相手ということであれば、さすがに本隊だけでは厳しいと判断したマーシャル達は、全軍を率いてバイロンへと戻ることを決意する。 こうして、急遽兵をまとめてバイロンへと向かった彼等であったが、その直後、更なる異変が彼等に直面する。彼等がヴァイオラを出立した後、今度は後方から、巨大な龍が飛来する音が聞こえたのである。振り返った彼等の目に映ったのは、ヴァイオラに向かって激しい吹雪を吐く龍の姿であった。ここに来る途中で事前に龍に関する基礎知識を学んでいた彼等は、それがアイスドラゴン(氷龍)と呼ばれる個体であることが分かる。 「おい、これはどういうことだ!?」 そう言ってマーシャルは、バイロンから派遣された使者に確認するが、使者曰く、話に聞いていた白龍エスタークは、もっと巨大で、そのフォルムも異なっていたという。おそらく、今彼等の目の前にいるのは、エスタークの眷属の中の一体であろう。 (我々が出撃した直後に現れた……、これは、どちらかが陽動か? それとも、バイロンの方は偽情報?) マーシャルは様々な可能性を考慮しつつ、ひとまず目の前のアイスドラゴンを放っておく訳にもいかないため、すぐにヴァイロンへと戻るものの、彼等が村に到着すると同時に、アイスドラゴンはビブロスの方面へと飛び去っていく。そして、その足には「ソニア」が掴まれているのが、ヴェルナとウィルバートの目には映っていた。 「これは、今すぐ助けにいかなくては!」 ヴェルナはそう主張するが、問題は、バイロンにはより強力な白龍エスタークが出現している、ということである。その実力は未だ不明だが、もし本隊と海賊達が倒された場合、彼等は帰る術を失う。この苦渋の状況において、マーシャルは一つの疑問を投げかけた。 「龍が人間の娘を孕ませるのに、どれくらいの時間がかかる?」 この中で、投影体についての知識に最も詳しいヴェルナの見解では、それは「周期による」ということになる。龍が対象の妊娠能力を見定めることが出来るとすれば、女性の月経のタイミングを読み取って、最も受精に適したタイミングでの受精を試みる可能性が高い。つまり、今のソニアの月経の周期次第ということになるのだが、さすがにそこまで把握している者は(王城内における彼女の侍女などであれば分かったかもしれないが)、この場にはいなかった。 そうなると、彼女を助ける時間的猶予は「有るのか無いのか分からない」という状態である。その状況を踏まえた上で、マーシャルは自分達の採るべき指針を示す。 「今すぐバイロンに戻り、本隊と合流して白龍エスタークを倒す」 それが彼の結論である。あのアイスドラゴンがエスタークの眷属であると仮定するなら、ソニアをさらった目的は、エスタークの子を受胎させるためである。ならば、ここでバイロンに戻ってエスタークを倒せば、それが彼女の安全にも繋がる。 逆に、もし仮にここでマーシャル達がアイスドラゴンを追撃した場合、一時的にソニアを救出することが出来たとしても、その間にエスタークによって本隊と海賊達が壊滅させられてしまったら、彼等だけでエスタークを倒すことはほぼ不可能である以上(そして本土に助けを求めに行く手段もない以上)、最終的には彼等はエスタークの餌食になる可能性が高い。また、もし仮にエスタークがバイロンを襲ったのが「陽動」で、すぐにバイロンから撤退していた場合、このまま彼等がアイスドラゴンを追って行くと、その「本拠地」でエスタークと遭遇する可能性がある。この場合も、ほぼ間違いなく彼等は全滅する。それならば、まず彼等が為すべきことは、本隊と合流した上で、エスタークを倒せる戦力を整えることである。 無論、これはあくまでも「アイスドラゴンがエスタークのためにソニアをさらった場合」という前提の上での話であり、アイスドラゴンが自身の子を孕ませるために彼女をさらっていたのだとすれば、今すぐ彼女を助けに行く必要がある。だが、状況的に考えて、この両者の動きが連携している可能性が高い、というのが彼の判断であった。 そして、もし仮にこの仮説が間違っていたとしても、アントリアの軍人であるマーシャルにとっては、どちらにしても最優先に助けるべきは、異国人のソニアではなく、アントリアの兵士なのである。今回の彼の任務は、あくまでも「アントリアに危険を及ぼしている原因の解明」であり、「コートウェルズの人々を救うこと」ではない。彼は、ここで目的を見誤って本末転倒な道を選ぶような指揮官ではなかった。 彼のこの結論に対して、「困っている人を見捨てないこと」を信条とするヴェルナの心情としては、今すぐにでも助けに行きたいというのが本音であったが、確かに、彼のこの「正論」を聞かされれば、納得せざるを得ない。実直な性格のウィルバートもまた、すぐにアイスドラゴンを追いたい気持ちが強かったが、それでもマーシャルのこの結論に反論することは出来なかった。 一方、目の前で(食傷気味の存在だったとはいえ)妹をさらわれたシドウもまた、内心では激しい葛藤に悩まされていた。彼のことを知るクリフォードの義勇兵の者達は、彼に対して必死に懇願する。 「ぼっちゃん、助けて下さい、ソニア様が、ソニア様が……」 だが、それに対してシドウは、動揺する心を隠しながら、吐き捨てるように言い放つ。 「ソニアを後継者なんかにするから、こうなったんだ。俺だったら、こんなことには……」 確かに、結果的に言えば、この地に来ていたのがシドウであれば、(男である以上)さらわれることはなかっただろう。だが、ソニアの性格を考えれば、仮に従属聖印を受け取っていなかったとしても、義勇兵を率いてこの地に来ていた可能性は十分にある。 そんな悪態をつきながら、シドウは心の底にある感情を押し殺しつつ、こう言い切る。 「悪いが、ウチの指揮官の決めたことだ。その命令に逆らってまで助けに行く気は、俺にはない」 実際のところ、マーシャルとしては彼等から反論があればそれも考慮するつもりだったが、ここに至るまでの彼の指揮官としての才覚に信頼を置いていた彼等は、彼に対して真っ向から反論出来る心理状態ではなかった。もっとも、シドウの場合は、決定権を放棄することで、自分の中の複雑な感情をごまかしたかったのかもしれない。彼の中では、優柔不断な姿勢を見せることは、最も恥ずべき行為であった。 その上で、マーシャルは動揺する義勇軍の者達に対して、こう告げる。 「ソニア殿は、我々が本隊と合流した上で助ける。あなた達にはそれまで、この地を守ってほしい」 これが、今の時点で彼が下せる「最善策」である。今すぐにでも彼女を助けに行きたい義勇兵達であったが、自分達だけではアイスドラゴンを倒せる力はないことは、先刻の戦いで嫌というほど思い知らされていたこともあり、断腸の思いで、その提案を受け入れる。 こうして、それぞれに複雑な思いを抱えたまま、マーシャル達はバイロンへと兵を進めるのであった。 3.5. 再合流 マーシャル達の視界にバイロンが入ってきたその時、同時に彼等の目には、先程のアイスドラゴンよりも遥かに巨大な純白の龍の姿が映る。おそらく、あれこそが白龍エスタークであろう。 そして、村から大量の弓矢や投石がその白龍に向かって浴びせられるのと同時に、前線に立っている二人の指揮官の姿が目に入る。一人は、鉄仮面のホルス。そしてもう一人は、右半身を「龍」の姿に変えた、女海賊アクシアであった(下図) 「ようやく会えたね、エスターク。でも、私はもうこれ以上、弟も妹もいらないんだよ!」 そう言って、彼女はその右半身から繰り出す強大な龍の力を用いて、エスタークに襲いかかる。その動きは、「龍のレイヤー」であるウィルバートとは明らかに異なる、さながら「龍そのもの」の力のように見えた。それに合わせて、鉄仮面のホルスもまた、とても人間業とは思えない動きでエスタークを翻弄し、着実に打撃を与えていく。その姿は、これまで彼等が見てきたどの剣士よりも速く、激しく、頼もしかった。 こうして、巨大な白龍を相手に一歩も引かずに戦い続ける二人であったが、ここに至るまでかなりの長期戦を続けていたようで、さすがに二人とも疲労した様子は隠せない。そんな中、更なる攻勢を掛けようとしていたエスタークの前に、マーシャル達の部隊が到着したことで、村を守る部隊全体が息を吹き返す。すると、無勢を悟ったのか、エスタークは翼の向きを変え、ビブロス方面へと撤退していく。 「ヴェルナ! 追撃のライトニングボルトを!」 「分かりました」 マーシャルに促され、ヴェルナは白龍に向かってライトニングボルトの魔法を放つが、あっさりとかわされる。やはり、龍王の四天王とも呼ばれる存在であれば、いかに魔法学院ではエリートと呼ばれていた彼女であろうとも、そう簡単に傷付けることは出来ないようである。だが、そのまま飛び去っていく白龍を悔しそうに見つめるマーシャル達の耳に、村人達の歓声が聞こえてきた。 「やったぞ、白龍を撃退した!」 「すげぇ! 本当にすげぇよ、あの人達!」 先日のドラゴニュート戦の時など比べ物にならない程の狂喜乱舞である。これまで、この村の人々にとって、「人間の力で龍を撃退すること」など、おとぎ話のレベルの話でしかなかった。まさか自分達の目の前でその光景が展開されることになろうとは、夢にも思っていなかったのである。無論、その過程において、女海賊が「半身龍」の姿になったことに恐怖心を抱いた者もいたが、先日の戦いでウィルバートが「龍を模した力」で戦う姿を目の当たりにしていたことから、彼女の力もそれに類するものなのだろうと大半の村人達は考えていたようである。 そんな勝利に沸き上がる民衆達の声を背に、ホルスとアクシアがマーシャル達の前に現れた。 「よくぞ来てくれた。どうやら奴は、もともと怪我をしていたようだが、それでも危なかった。お前達の援軍が来てくれなかったら、どうなっていたかは分からない」 そう言って、ホルスは素直に彼等を労う。実際、間近で見ることで再確認出来たのだが、彼自身も相当疲弊しているようである。その傍らに立つアクシアの右半身は、改めて間近で見てみると、やはり、ウィルバートのような「レイヤー」の力ではない、より根源的な「龍」のオーラを感じさせたが、その件については、誰も触れようとはしなかった。 「で、そちらはどうなった?」 ホルスにそう問われたマーシャルは、素直に現状を説明する。クリフォードのソニアがアイスドラゴンに連れ去られたこと、そのタイミングから察するにおそらくそれはエスタークの動きと連動していること、ヴァイオラの警護は残りの義勇軍に任せていること、そして、出来ればこのまま本隊と合流してソニアを助けに行きたいということ。 その報告を一通り聞き終えたホルスは、落ち着いた様子で仮面の奥の口を開く。 「なるほど。事情は理解した。参考までに聞きたいのだが、その決断を下したのは、誰だ?」 「私です」 マーシャルがそう名乗り出ると、ホルスは顔を近付けて更に問いかける。 「お前が全て自分の責任の上で決定した、ということでいいんだな?」 「無論です」 迷いない瞳でそう言い切るマーシャルを見て、満足そうな様子でホルスは続ける。 「お前の決断は正しい。実際、お前達が来なければ、こちらもどうなっていたか分からなかった。他の者達も、その決断で納得した、ということでいいんだな?」 そう言われた三人は、それぞれに抱え込む感情を抑えながらも「はい」と答える。すると、今度はアクシアがホルスに問いかけた。 「なぁ、ソニアってたしか……、あの姫様の子だろ?」 「そうだろうな。マレーも、龍の子を孕みやすい体質だと言われていたからこそ、ハーゴンに狙われた。おそらく、その資質を引き継いでしまっているんだろう」 この口振りから察するに、アクシアもホルスも、シドウとソニアの母であるマレーとは面識があるように思える。しかし、ヴァイオラで出会った紙芝居屋の男は、「マレーを助けた六人の勇者」の一人であるホルスは既に亡くなったらしい、と言っていた。もしその話が本当だとしたら、今、彼等の目の前にいる「鉄仮面の騎士」は何者なのか? 皆がそれぞれに疑問を抱く中、ホルスは話を続ける。 「で、方角は分かっているのか?」 「はい、ビブロスの方向へ飛んで行くのを確認しています」 ヴェルナがそう答えると、それに加えてマーシャルが、その道中で遭遇するかもしれない「大鎌の魔人」のこともホルスに伝える。それを聞いたホルスは仮面の奥でなぜか神妙な顔を浮かべていたのだが、周囲の者達にそれを悟られぬまま、すぐに軍を編成してそちらに向かうことを決定する。 「アクシア、お前もついて行くか?」 「ここまで来て、行かない訳にもいかないだろう? ……その子が、誰の子かは知らないけどね」 皮肉めいた口調でそう言いながら、彼女は軽くホルスを睨む。つい先刻、彼女は「あの姫様の子だろ?」と言っていた筈なのだが、それにも関わらず、なぜこんなことを言うのか? 未だにこの二人の関係性もよく見えないまま、彼等は部隊を合流させた上で、ヴァイオラ経由でビブロスへと向かうことになる。 3.6. 魔境の奥地 白龍エスタークとの戦いを終えたまま、強行軍でアイスドラゴンを追った彼等が、ヴァイオラを越えてビブロス近辺の山岳地帯に入ったのは、もう日が暮れ始めた頃だった。ただでさえ不気味な様相のコートウェルズの山林が、夜に入ると余計に禍々しい気配を漂わせていく。 そんな中、ヴェルナは、次第に高まりつつある混沌濃度と共に、この先の地が完全に魔境化していること、そして、おそらくここから先は(君主でも魔法師でも邪紋使いでもない)「通常の人間」には大な負荷をかける空間となっていることを実感する。 「団長、ここから先は、部隊を運用するのは難しいかと」 彼女はそう進言する。実際、兵士達の一部は既に苦しそうな表情を浮かべており、このまま彼等を連れて行っても、戦力として役に立ちそうにない。 「そうだな、無駄に兵を殺しても仕方がない。ここから先は『龍と戦う力がある』と思う者だけがついて来い」 彼がそう言うと、マーシャル、ヴェルナ、シドウ、ウィルバート、そしてアクシアの六人が彼の後に続き、他の兵達は周囲を警戒しながら、その場に残ることになる。 そして、その六人が山林の奥地へと向かって行くと、その奥から、激しい物音が聞こえてきた。微かに聞こえる声から、「龍」と「人型の何か」が戦っている音のように思える。状況から察するに、おそらく後者は「大鎌の魔人」であろう、と推測した上で、マーシャルはホルスに進言する。 「もし、この先で起きているのが、『大鎌の魔人』と『エスターク以外の龍』の戦いであるならば、無視して良いと思います。魔人は、仮に元は人間であったとしても、正気ではありません。そして『力を持つ者』を襲う習性があると聞きます。我々がその場に現れれば、おそらく我々に襲いかかってくるでしょう」 無論、マーシャルは、その魔人の正体がゲイリーである可能性は考慮していたが、彼を捕縛することは、今回の任務の範疇外である。彼が勝手に龍と戦っている状況に対して、自分達が介入する理由はない。 「さすがに、戦っている相手がエスタークだった場合は、話が別ですが……」 「あるいは、ソニア嬢をさらった龍だった場合も気になりますが、それ以外だったならば……」 マーシャルの補足説明を更に補うようにヴェルナがそう付言すると、その話を聞いた上で、ホルスはやや間を開けて答える。 「なるほど、それはそうかもしれん。だがな、俺には……、そうも言えない事情があるんだよ」 その「事情」とは何なのかを説明しないまま、彼はマーシャルにこう問いかけた。 「エスタークを、お前に任せていいか? むしろ、俺がそいつとケリをつけなければならないんだが」 あまりにも唐突すぎる提案である。「そいつ」というのが「魔人」を指しているのであれば、「自分の昔の仲間」の問題を自分自身の手で解決したいと考えること自体は理解出来る。無論、それはこの男が「本物のホルス」であることを前提とした上での話ではあるのだが。 しかし、自分が彼と戦うために、エスタークとの戦いをマーシャル達に任せるというのは、あまりにも突拍子の無さ過ぎる提案である。 「それは、私達がエスタークを倒せるという判断の上での提案ですか?」 「むしろ、お前達に聞きたい。お前達はエスタークと戦って勝てる自信があるのか? 俺はまだ、お前達の真の実力を知らないからな」 挑発するようにそう問いかけるホルスだが、マーシャルは至って冷静に答える。 「それを言うなら、我々もエスタークの力を知らない以上、戦えるかどうかは分かりません」 「まぁ、それもそうだな」 「ですから、我々の保有する戦力を全てエスタークに集中させるべきかと。そもそも、魔人と戦うのは、エスタークを倒した後では駄目なのですか?」 実にまっとうな正論である。マーシャルにとっては、魔人(ゲイリー?)という存在は「エスタークを倒してソニアを救出する」という現在の任務を遂行するまでは、ただの「障害物」でしかない。確かに、それは「いつ襲ってくるか分からない存在」である以上、先にそのリスクを排除しておくことも一つの選択肢ではあるが、彼が他の龍と戦っている状態なのであれば、そこに介入して無駄に体力を消耗するよりも、その間に全ての力を集中してエスタークを倒すことに専念し、その後で余力があれば魔人の捕縛に向かう、という順番の方がリスクが少ない、というのが彼の判断であった。 「そうだな……。何にせよ、この先にいる龍が何者か分からない以上、ここで口論していても仕方がない。まずはこの先に進んで確認してみた上で、その後のことは、その後で判断する」 そう言って、ホルスはその「物音がする方向」へと進み、他の者達もそれに続く。結局、この「ホルスと名乗る人物」の真意は今ひとつ分からないままであったが、それでも今の彼等には、彼と共に進む以外に選択肢はなかったのである。 3.7. 三つ巴 やがて彼等の目の間に広がっていたのは、予想通り、「龍」と「大鎌の魔人(下図)」が戦っている光景であった。その「龍」の正体は、ヴァイオラを襲ったアイスドラゴン。そして「大鎌の魔人」は、明らかに正気を失った様子ではあったが、紛れもなくゲイリーであるとウィルバートは確信していた。 そして、二人が戦っているその傍らには、気を失った様子のソニアが倒れていた。どうやら、アイスドラゴンが彼女を連れていたところに、この魔人が襲いかかったらしい。遠目で見る限り、まだソニアには息があるように見えるが、この魔人は「聖印の持ち主」に襲いかかる習性がある以上、このまま放っておけば、いずれ彼の手でソニアが殺されてしまう可能性は十分にある。 こうなると、マーシャルとしても当然、無視する訳にはいかない。その上で、彼は一つの作戦を提案した。それは、あの魔人が反応する相手が「聖印」「邪紋」「混沌核」のいずれかを体内に有する者のみであるということ。つまり、魔法師であるヴェルナであれば、近付いてもおそらく反応はされない。それ故に、あの二人が戦っている場に、まずヴェルナが近付いて不意打ちのライトニングボルトを放ち、その後に全員で襲いかかる、という手順である。 ただ、さすがに白兵能力に欠ける魔法師を矢面に晒す作戦なので、これについてはマーシャルも、あくまでヴェルナの同意が得られるなら、という前提の上での提案だったのだが、ヴェルナはそれを快諾する。今、目の前でソニアがいつ殺されてもおかしくない状態にある以上、それが自分にしか出来ない役割なのであれば、断る理由は何もない。 こうして、マーシャルとヴェルナが二人でこの案をホルスに提案すると、彼は少し間を置いた上で、その作戦を了承する。 「本当は、『ここ』は『お前』ではないんだがな」 そう言いながら、彼は仮面の奥からチラリと、シドウとウィルバートに目線を向けるが、この発言の意図には誰も気付かぬまま、彼等は作戦配置につく。ちなみに、攻撃の対象としては、まず優先的にアイスドラゴンを無力化し、その後に魔人を捕縛する、という方針であった。 ** そして、戦いの火蓋は、作戦通り、ヴェルナのライトニングボルトによって、切って落とされた。マーシャルが操時の印と増幅の印を用いて彼女を援護した結果、見事に彼女の雷撃が氷龍と魔人を直撃する。魔境であるが故に混沌濃度が極めて高い状態であることも、その威力を更に上乗せさせていた。 「なんだ、この力……? 俺は知っている、知っているぞ、この魔力……」 大鎌でそのライトニングボルトを受け止めたその魔人は、虚ろな瞳のまま、ブツブツとそう呟く。ちなみに、ノギロの本業は生命魔法だが、実は彼は時空魔法にも精通していた。当然、弟子であるヴェルナはそのことを知っている(そして、もし本物であるならば「ホルス」も)。 その直後、マーシャル達が彼女の背後から現れ、アイスドラゴンに襲いかかろうとするが、それを制してヴェルナがタクトを掲げる。 「もう一発、行きます!」 そう言って、彼女が残り少ない魔力を振り絞ってもう一発のライトニングボルトを打ち込む。さすがにこの連撃によって相当な重症を負ったアイスドラゴンは、「目の前の魔人」よりも、まずこの「突然現れた魔法師」を攻撃対象にすべきと判断し、彼女を含めた六人に対して、激しいブリザードブレスを放つ。 突然の猛吹雪に対して、ヴェルナは自らクッションの魔法で軽減したことでなんとか一命を取り留め、ウィルバートも龍燐の力でかろうじて耐え切ってはいたが、マーシャルを庇ったことで二倍の吹雪の打撃を受けたシドウは、まさに瀕死の重症を負う。それでもまだ、アンデッドとしての特性故にかろうじて動ける状態ではあったが、次の一撃を喰らえば、おそらく即死に至るほどにまで追い詰められていた。 だが、ここからがシドウの真骨頂である。彼は自らの身体に受けた傷を、全てそのまま相手に跳ね返すことが出来る能力の持ち主であり、既に通常の人間としての限界を超えた重症を負っていた彼は、自らの身体を蝕んでいたその損傷を、アイスドラゴンの体内にそのまま叩き込んだのである。既に魔人との戦いと二発のライトニングボルトによってボロボロになっていたアイスドラゴンに、その突然の不可思議な攻撃を耐えきれるだけの力が残っている筈もなく、氷龍はその場に倒れ込んだ。 その直後、アクシアが倒れているソニアに駆け寄って身柄を確保する一方で、ホルスとウィルバートは大鎌の魔人に向かって走り込み、その鎌に向かって攻撃をかける。この時点で二人とも、この魔人の動きから、おそらくは「本体」と「大鎌」が別の意志を持って動いていることに気付いていた。それ故に、二人とも大鎌そのものに刃を向けるが、ウィルバートの攻撃に対しては、むしろ魔人自身が、自ら大鎌を「攻撃させやすい位置」に動かしているようにも見える。だが、やはり「父親と思しき人物」が相手であるためか、ウィルバートの攻撃には今ひとつ威力が感じられない。彼の大鎌は、本体の右腕とほぼ一体化した状態だったため、大鎌だけを狙って攻撃しても、本体に対して無傷ではありえないのである。 すると、ホルスが二人の間に割って入り、そして言い放った。 「お前の刃には迷いがある。ここは、俺に任せておけ」 彼がそう言いながら、全力を振り絞って剣を叩き付けた結果、魔人の右腕ごと、その大鎌は粉砕された。その直後、魔人の身体から邪紋が消滅し、「本来のゲイリー」の姿へと戻っていくのを二人は確認する。 しかし、右腕を失ったことによる大量出血は激しく、このまま放置していれば、間違いなく彼は死に至る。ヴェルナは簡易の回復魔法程度ならば嗜んでいるが、重度の瀕死状態の者を治せるほどの力は持ち合わせていない。 そんな中、この場にいる中でただ一人、彼を助ける力を持つ者がいた。 「私に任せて下さい」 ソニアである。アクシアに保護された後、意識を取り戻した彼女は、目の前で大量出血で倒れているゲイリーの姿を見て、彼が何者かも分からない状態のまま、自分自身の体調も不完全な状態ながらも、本能的に彼に近付き、そして自らの聖印の力で、彼の傷を癒していく。彼女は、人々の傷を回復させる力を宿した聖印の持ち主だったのである。 そして、そんなソニアの横顔を見ながら、アクシアは心の中でこう呟いていた。 (この子は違うな。アイツの血を引いているとは思えない) 何を根拠にそう思ったのかは、彼女自身にも分からない。ただ、直感的に、ソニアの身体から発せられるオーラは、彼女にとっての「アイツ」とは異質なものに思えたようである。無論、そんな女海賊の思惑など、この場にいる他の者達は知る由もなかった。 4.1. 出生の謎 こうして、ひとまず「最低限の目的」を達成した彼等であったが、ヴェルナやシドウの消耗状態を考えた上で、このままの状態でエスタークと対峙するのは危険と判断した結果、ソニアを連れ、意識を失ったままのゲイリーをウィルバートが担ぎつつ、途中で部隊の兵達と合流した上で、一旦ヴァイオラへと帰還する。 姫君の帰還に歓喜するクリフォードの義勇兵達の歓待を受けながら、まだ余力のあるホルスとアクシアが村の周囲を警戒しつつ、マーシャル達はゲイリーと共に、義勇兵が借りている建物の「仮の医務室」で休息を取る。ゲイリーの今後の処遇に関しては、彼はアントリア人ではなく、彼がこの地で殺した相手もアントリアの人々ではない上に、そもそもこの地がアントリアの法の管轄下でもない以上(より正確に言えば、もはや法が機能してしていない領域の出来事である以上)、アントリア軍の指揮官であるホルスやマーシャルとしては特に口出しする必要も義務もないため、「暁の牙」の代表であるウィルバートに一任されていた。 「身内の処理は身内に任せる」 それがホルスの言い分であり、ウィルバートはその結論そのものには異論がなかったが、一つ気になる点があった。 「アンタの身内ではない、と?」 ホルスは、エスタークを倒す義務を放棄してでも、自分自身の手でケリをつけたいと言っていた。にも関わらず、ここに来て「自分の身内ではない」と言って丸投げしたことに、やや違和感を覚えたようである。もっとも、「家族」という意味の身内であれば、確かにウィルバート以上の適任者はいないのだが。 「そうだな……。もっとも、お前がコイツを身内と考えるかどうかは、お前の判断次第だが」 彼が何を言わんとしているのかが、ウィルバートには分からなかったが、ともあれ、処遇を任されたウィルバートは、自身の負傷が浅かったこともあり、他の仲間達が休養している中、同じ部屋のベッドの上で眠り続けている父の傍らで、彼が目を覚ますのを待ち続けていた。 すると、やがてゲイリーの口から、まるで走馬灯を見ているかのような寝言が聞こえてくる。 「ファイン、大丈夫だ、そう、これからは一緒に暮らそう……。ウィルバートは、俺の子だ……。血は繋がってなくても俺の子だ……。だから、これから先は俺がお前を……」 その発言にウィルバートが静かに衝撃を受けたその直後、ゲイリーは目を覚ます。 「ここは!? ……ウィ、ウィルバート!? 」 しばらく混乱した様子で周囲を見渡す彼であったが、何も言わぬウィルバートの表情を見ながら、やがて少しずつ、事態を把握していく。 「そうか……、お前が救ってくれたんだな」 ウィルバートは、それに対しても何も答えない。彼の暴走状態を止めたのはホルスであり、瀕死の重傷から救ったのはソニアである。そのことを把握していない辺り、暴走状態だった時の記憶がどこまで彼の中で残っているのかは不明である。そして当然、たった今、彼が口にした「うわ言」の件も気になってはいたが、それよりも先に、まず確認したいことが彼にはあった。 「おふくろは?」 「死んだ……。守りきれなかった……。いや、違うな、俺を守ろうとして、死んだんだ。あいつが咄嗟に俺を庇ったことで、俺は生き残った。生き残ってしまったんだ」 ゲイリーとファインは、このコートウェルズの地で龍王イゼルガイアと遭遇し、その戦いで龍王の放ったドラゴンブレスによって二人とも死んだと思われていたが、ファインがゲイリーを身を挺して庇ったことで、ゲイリーだけは九死に一生を得ていたらしい。おそらく、他の傭兵達も龍王も去った後になって、ギリギリの瀕死状態から奇跡的に息を吹き返すことが出来たのだろう。 「それから俺は、イゼルガイアを倒す力を得るために、この島にある全ての混沌を手に入れようとした。その過程で、徐々に意識が薄れ、混沌に身体を乗っ取られようとしていることは分かっていたが、それに気付いた時には、もう俺は自分を止めることが出来なくなっていた」 どこか遠い目をしながら、ゲイリーはそう語る。典型的な「邪紋使いの暴走」の症状である。聖印も邪紋も、その根底にあるのはどちらも混沌核であるが、聖印は混沌核を浄化した上で取り込むのに対し、邪紋は混沌核の性質を残したまま取り込むため、過剰に摂取すればやがて身を滅ぼす。それが分かっていても、愛する者を失った邪紋使いには、その仇を取るための「力」を得たいという衝動を止めることは出来なかったのである。 「正直、意識は曖昧だったが、俺が今までどれだけの罪を犯してきたのかは分からん。だから、その処罰はお前達に任せる。ヴォルミス団長に迷惑がかかるというなら、俺の首を撥ねてくれて構わない」 「その判断をするのは団長の仕事だろう。一度帰るべきではないか?」 「あぁ、そうだな……」 そんな親子の会話を交わしつつ、ゲイリーは息子の周囲にいる者達に目を向ける。そして、マーシャルと目が合った瞬間、衝動的にこう言った。 「お前……、ホルスの息子だな?」 突然の発言に、その場の空気が凍り付く。どうやら、ゲイリーは自分の中にある「ホルス」の素顔の面影を、マーシャルに感じたらしい。 だが、そう言われたマーシャルは、毅然とこう答える。 「私の父は、バルバロッサ・ジェミナイです」 それが彼の中での真実である。血縁上は「伯父」であったとしても、彼の中ではバルバロッサ以外に「父」と呼ぶべき存在はいない。 「あぁ、そうか、そうだったな。俺にはそういうコトを言う権利は……、ん? ちょっと待て。お前、今、『私の父』と言ったな?」 「はい、私の父は、養ってくれたバルバロッサ・ジェミナイだけです。実父のことは何も聞いたことがありません」 そう繰り返すマーシャルに対して、ゲイリーは腑に落ちぬ顔をしながら、呟くような口調で続ける。 「俺は今、『実父』の話はしてないんだが……、そうか、お前は『そのこと』も知らされていないのか」 彼が何を言ってるのか理解出来ないまま、皆が混乱している中、更に混乱させる真実を彼は告げる。 「聞かされていないということは、言うべきことではないのかもしれん。だが、これだけは伝えておく。ホルスはお前の『父』ではない。お前の『母』だ」 いつもは冷静なマーシャルも、さすがにこの発言に対しては、ただひたすらに困惑した様子を隠せない。「ダン・ディオードや父の旧友のホルス」と「今のホルス」が別人なのではないかという疑惑はあったが、まさか性別まで異なっているという可能性までは、全く考えてもいなかった。だが、この瞬間、彼は紙芝居屋の話していた「ホルスの死因(コートウェルズで受けた傷が原因の病死)」が、バルバロッサが語っていた「母(ジャクリーン)の死因」と一致していたことを思い出す。 (もし、「本物のホルス」と「ジャクリーン」が同一人物なのだとしたら、今、我々を率いている鉄仮面の男は、一体何者なのだ……?) 彼がその疑念に混乱している横で、現在のホルスの「中年男性のような声」が合成音であることを知っているヴェルナは、「現在のホルス」が女性である可能性もあると考えていた。この時点で、この二人が持っている情報を摺り合わせていたら、ホルスの正体にいち早く気付いていたかもしれない。だが、いずれにせよ、彼等は間もなく知らされることになる。彼等と共にこの地にやってきた「鉄仮面のホルス」の正体と、そして彼等がこの任務に選ばれた真の理由を。 4.2. 紅蓮の翼竜 そして翌日、まだ病み上がりのゲイリーとソニアをヴァイオラに残したまま、調査兵団の面々とアクシアは、ビブロス村へと向かう。ソニアは救出したとはいえ、まだ肝心のエスタークを倒していない。それに何より、最近になってこのゼビア地方における龍や魔物の出現率が上がったことの原因は、まだ全く解明されていないのである。 その途上、明らかにこの地が魔境化しつつあるほどに荒廃していることを実感しつつ、どうにか村に辿り着いた彼等は、失意に満ちた表情を浮かべる村人達の絶望的な様子を目の当たりにする。そんな中、村人の中の長老的な人物に事情を聞いたところ、彼はうつろな瞳を浮かべながら、こう言った。 「我等がドラゴンロード様が殺されてしまった、大鎌の魔人に……。もう我々には、龍に抗う術はない」 どうやら、バイロンで彼等が聞いた「紅蓮の翼竜を操るドラゴンロードの一族」の噂は本物だったらしい。そして彼等曰く、この地が高い混沌濃度に侵蝕されつつも、人々を脅かすような龍や魔物が出現しなかったのは、その「紅蓮の翼竜」を従えるドラゴンロードの一族が、この地に出現する様々な魔物や他の地から飛来する龍達から、代々この地を守り続けてきたからだという。 だが、約一ヶ月前に、その一族の現当主が「大鎌の魔人(ゲイリー)」に倒されたことで、そのパートナーであった紅蓮の翼竜も本来の力を発揮出来なくなり、その結果として、山の向こう側の地方から次々と「人間に害を及ぼす龍」が飛来するようになったらしい。この状況は、ヴェルナが予見した「ビブロスの現状」の断片的な情報とも確かに合致していると言えよう。 そして、彼等がその老人から話を聞いていたちょうどその時、おそらくは村の中心的な建物の一つだったと思われる荒廃した廃墟の上に、巨大な「紅蓮の翼」をはためかせた翼竜が舞い降りる。それは海上で彼等を襲ったワイバーンとは明らかに異なる、この世界に一般的に現れる飛竜の類いとは別種の個体であった。 「我は、英雄王エルムンド様の配下の七騎士の一人、トレブル・クレフ」 その紅蓮の翼竜は、マーシャル達を見下ろしながら、そう名乗る。「英雄王エルムンド」と言えば、四百年前にブレトランドを混沌から救い、ヴァレフール、トランガーヌ、アントリアの礎を築いた伝説の人物である。その部下に七人の騎士がいたということは有名な話であるが、彼等の前に現れたのは、どう見ても人間の姿とは掛け離れた、一匹の巨大な翼竜である。 「我等は、混沌との戦いの中で、巨大な混沌核に触れた結果、このような姿になってしまった。私のこの身体は、エステル・シャッツ界に住むと言われる巨大な翼竜のもの。だが、身体は投影体になってしまっても、我等は人の心を保つことが出来た。それは、エルムンド様との『心の絆』があったからだ」 唐突に語られる荒唐無稽な話ではあるが、聖印の持ち主が、自身に制御しきれないレベルの混沌核に触れることで、その内なる聖印を混沌核に書き換えられてしまったという事例は、伝説レベルであれば確かに存在する。もっとも、英雄王エルムンドの配下の七騎士に関するそのような伝承については、ブレトランド生まれのマーシャルですら、全く聞いたことも無い話なのだが。 「しかし、やがてエルムンド様が、大毒龍ヴァレフスとの戦いで受けた傷が原因で死期を悟られた時、我等は自ら、ブレトランドの各地に封印される道を選んだ。エルムンド様亡き後、理性を保てる自信が無かったからだ。そしてその時、我等は共に一つの誓いを立てた。いずれ再びブレトランドの地が危機に瀕した時、エルムンド様に匹敵する人物が現れたら、その方のために再び立ち上がろう、と」 この翼竜が話している内容が真実であるという保証はどこにもない。だが、不思議と、その場にいる者達は皆、彼の話に耳を傾けていた。見た目はただの投影体にすぎないこの「魔物」の言葉には、聞く者を納得させる不思議な説得力が備わっていたのである。もっとも、それが「四百年前の英雄」であることの証明にはならないのであるが。 「そして我等はそれぞれに永き眠りについた……。そして、それから約二百年の時を経た後、私が眠っていたアントリア北部の山岳地帯に一人の騎士が現れ、こう言った。コートウェルズの混沌の浄化に力を貸して欲しい、と。私はその騎士の決意に感銘を受けた。だが、私の力は本来、ブレトランドの人々のためのもの。コートウェルズの人々のために、ブレトランドを去ることは、我等の誓いに反するのではないか、という想いに悩まされた。そこで私は新たな誓いを立てたのだ。本来の誓いを破ってまでコートウェルズに渡る以上、この地の混沌を全て浄化するまで戦い続ける、と」 英雄王エルムンドの死から約二百年後ということは、現時点から見て約二百年前、ということになる。つまりこの翼竜は、二百年前からずっとこの地で、混沌と戦い続けていたらしい。 「しかし、私と彼の力をもってしても、この地の混沌を全て浄化することは難しかった。やがて彼の寿命は尽きるが、その後継者となる者達が現れ、私は彼等と代々契約を結んでいくことになる。いつしか彼等は『ドラゴンロード』と呼ばれるようになった。しかし、その最後の継承者が死んでしまった今、私は本来の力を発揮出来ない。いや、正確に言えば、本来の力を発揮しようとすると、おそらく私は、自分で自分を制御出来なくなってしまう。私が本気でこの力を用いるためには、私と魂を共有してくれる『高貴な魂の君主』が必要なのだ」 紅蓮の翼竜はそう言うと、ホルスとマーシャルに目を向ける。 「だが、今、私の目の前に、私が力を預けるに相応しい資質を持った二人の君主がいる。お前達のどちらか、私の主になる気はないか? 私の力をもって、このコートウェルズ、そしてこの世界を救うために」 突然そう言われたマーシャルは、戸惑いながらもホルスに目を向ける。すると、ホルスは彼にこう問いかけた。 「お主はどうしたい?」 いささか卑怯な逃げ口上のようにも聞こえるが、そう問われたマーシャルは、素直に自分の思うところを口にする。 「私の仕える国はアントリアです。自由騎士のホルス殿がその役割を担って下さるのであれば、この場は御任せしたいのですが」 彼の目から見ても、この紅蓮の翼竜が「相当に強大な力を秘めた龍」であることは分かる。その身体に秘めた根本的なポテンシャルは、先刻のアイスドラゴンなど比べ物にならない。白龍エスタークと同じか、あるいはそれ以上なのかもしれない。そんな強大な力を手に入れられるかもしれない、という状況でありながらも、彼は至って冷静にそう答えた。彼の中では、自分が力を手に入れるかどうかよりも、自分自身の役割の方が重要なのである。 すると、ホルスは鉄仮面の留め金に手をかけながら、こう答えた。 「分かった。では、コートウェルズは私に任せろ。その代わり、アントリアは任せたぞ」 そう言い終わると同時に、彼は鉄仮面を外し、初めて彼等の前に素顔を晒す。それは、マーシャルにとっては見慣れた、彼の「主君」の顔であった。 「この俺がコートウェルズを全て制圧するまで、俺の名代として、アントリアを頼むぞ」 そう言い放ったその人物は、紛れもなく、現アントリア子爵ダン・ディオードだったのである。 4.3. 父と子 「わ、分かりました……」 突然その正体を現した「主君」を目の間にして、マーシャルは反射的にそう答える。だが、突然の事態に、さすがの彼も困惑せざるを得ない。彼がダン・ディオードから今回の任務を命じられた時、その隣に確かに「ホルス」はいた筈である。 実はあの時、彼の傍らにいた鉄仮面は影武者で、出陣前の時点でダン・ディオードと入れ替わっていたのだが、鉄仮面の内部に装着されていた合成音装置の存在故に、マーシャルには「声」による判別も出来なかったのである。とはいえ、この点については、今現在、鉄仮面を外したダン・ディオードが、明らかにそれまでとは異なる「本来のダン・ディオードの声」で話しているため、ヴェルナからこの装置の話を聞いていなかったマーシャルでも、何らかのカラクリがその鉄仮面の中に内臓されていることは薄々理解出来る。 だが、それ以上に問題なのは、今現在、彼に課せられた使命である。「ダン・ディオードの名代」ということはつまり「国家元首代行」を意味する。それをいきなり、ダン・ディオードの筆頭契約魔法師であるローガン(『ルールブック2』233頁参照)でも、騎士団長であるバルバロッサでもなく、騎士団内の一指揮官にすぎないマーシャルに託す、と言っているのである。あまりにも大役すぎるその指名に、彼も含めた周囲の者達は、混乱の色を隠せない。 そんな空気を察してか、鉄仮面を外したダン・ディオードはこう告げる。 「なに、心配することはない。バルバロッサにもローガンにも、今回の調査結果次第では、お前に後を託すと言ってある。二人とも知っているからな、お前が『俺の息子』だということを」 突然の告白に、その場の空気が凍り付く。確かに、マーシャルは実父の名を知らない。そして、母であるジャクリーンと「初代ホルス」が同一人物であるとすれば、仲間であったダン・ディオードとの間で「そういう関係」が発生していてもおかしくはないだろう。 「お前達はどうする? 俺と共に、この地で混沌と戦うか?」 そう言って、残りの三人に目を向ける彼であるが、三人とも「帰るべき場所」がある以上、このままこの地で、いつ終わるとも知れない戦いに身を投じる訳にもいかない。 そしてこの時、ヴェルナの中に「もしや……」という予感が過り、彼女は時空魔法師としての奥義とも言うべき「賢者の予言」の力で、「この世界の真理」に向かって問いかける。自分の正体が何者なのか、と。その結果、彼女の脳裏には衝撃的な真実が舞い降りてきた。彼女の母は女海賊アクシア、そして、父は今、彼女の目の間にいるアントリア子爵ダン・ディオードであるという。 確かにそれは、今までの状況と照らし合わせて考えてみれば、納得は出来る。少なくとも母に関しては、これまでのアクシアの態度と発言から、おそらくヴェルナの中でも薄々勘付いていたであろう。しかし、まさか父がこれほどの「大物」であろうとは、考えてもいなかった。 そして、彼女がその事実に打ち拉がれているのを知ってか知らずか、ダン・ディオードは三人に向かってこう言い放った。 「まぁ、お前達がどの道を進もうが、お前達の自由だ。それに、どんな人生になったとしても、心配することは何もない。俺の子供達が、そう簡単に死ぬ筈がないからな」 既に自力でその真実に辿り着いていたヴェルナだけでなく、シドウとウィルバートに対しても、この「無責任な父親」は唐突に真実を突き付けた。さすがに二人とも衝撃を受けた様子ではあるが、しかし、冷静に思い返してみれば、思い当たる節はある。シドウの母マレーも、ウィルバートの母ファインも、若き日のダン・ディオードと同じ時をこのコートウェルズの地で共有している。シドウにしてみれば、もし自分が「クリフォード男爵」の息子でないならば、自分を差し置いて妹が後継者に任命されたことも理解出来る。そしてウィルバートも、昨日のゲイリーのうわ言から、自分が彼の本当の息子ではないことは薄々察していた。 「まぁ、詳しい話は、バルバロッサにでも、ノギロにでも、ゲイリーにでも、好きに聞くがいい」 言うだけ言って、あっさりと話を切り上げようとする彼に対して皆が困惑していたが、そんな中、ヴェルナが静かに口を開く。 「私は今更、出自がどうのと言われても……」 どう反応して良いか分からない様子の彼女に対しては、少し離れた位置から見ていたアクシアも、目を合わせようとはしない。アクシアは、「今回の調査兵団の責任者であるホルス」の正体がダン・ディオードであることは、最初から知っていた。しかし、この時点で彼女は、まだヴェルナが「自分の母親がアクシア」と気付いていることを知らない。だから、ヴェルナが自分からそのことについて言い出さない限りは、黙っているつもりでいた。 そんな微妙な心境の母と娘の心情を知ってか知らずか、ダン・ディオードは再び話を始める。 「そうだな。俺も、自分の出自とは関係なく、アントリア子爵になった。だが、お前達には間違いなく、俺の力は引き継がれている。そして今回の件を通じて、よく分かった。マーシャル、お前の方が俺よりもよっぽど、『王』に向いているぞ」 そう言って、彼は再びマーシャルの前に歩み寄る。 「俺がお前の立場であれば、迷うことなく目の前のアイスドラゴンを追っていた。そしておそらく、それは用兵術の観点から考えれば間違いで、より多くの兵を失うことになっただろう。俺にはその計算が出来ん。お前はまだ弱い。弱いからこそ、生き残るために頭を使う余地がある。おそらく、そういう者が必要なのだ、今のアントリアにはな」 ダン・ディオードは、人々を束ねる「王」としては、あまりにも強すぎる。自分自身が強すぎるが故に、その「力」だけで全てを解決しようとするが、その力を持たない者達を生かす術には長けていない。どうやら彼自身が、その限界に気付いていたようである。 「今回、この島に来てよく分かった。やはり俺は、くだらぬ人間同士の争いよりも、目の前の混沌を倒す方に生き甲斐を感じる。それが君主の本来あるべき姿だ。だが、残念ながら今のブレトランドに必要なのは、混沌と戦う『力』ではない。人々を従える『智』だ。俺の『力』による統治で、アントリアをここまで広げることは出来た。今後はお前の『智』で、今のアントリアを立て直してみろ。それで駄目なら、また俺が戻って、『力』で全てを捩じ伏せる。この島の全ての龍を従えてな」 あまりに身勝手で、一方的な言い分である。そもそも、コートウェルズの全ての龍を従えることなど、伝説のファーストロード・レオンでさえも実現出来なかった「見果てぬ夢」である。百歩譲って、仮にそれがダン・ディオードに可能であったとしても、それを実現するまでに何年かかるかも分からない。それまでのアントリアを、為政者としての経験すら持たない15歳の息子に突然委ねるというのは、どう考えても無謀すぎる。 しかし、当のマーシャルにとってはそのこと以上に承服出来ないことがあった。 「分かりました、父上。アントリアと騎士団のことは御任せ下さい。しかし、その前にまず、あなたには『説教』の時間が必要です」 「どういうことだ? 俺は、説教されるようなことは何もしていないぞ」 「これまで父であることを隠していたこと自体が、説教に値します」 マーシャルの中では、バルバロッサこそが「尊敬すべき父」である。ダン・ディオードのことも、「仕えるべき主君」として、その価値を一度も疑ったことはなかった。しかし、その主君が「実父」だと突然聞かされれば、このような感情が沸き上がるのが道理であろう。 「俺の子だと知らずに生きてきた今までのお前の人生に、不満があるのか?」 「いえ、人生には不服はありません。しかし、それ以前に、父として名乗れないようなら、子を作るべきでは……」 「今、名乗ったであろう。名乗るべき時になったら、名乗る。それを判断する権利はお前にはない。まだ子も作ったことがないような奴が、偉そうな口を叩くな!」 ダン・ディオードがこれまで四人に対して「父」と名乗らなかったのは、「英雄の息子」という肩書きを背負わせることにより、「周囲の過度な期待」や「本人の慢心」を引き起こすことを避けるためである。それ故に、「子供達が、自分自身の人生を自力で切り開ける力を手に入れた段階で、名乗る」というのが彼の方針であり、今回彼等を同行させたのは、彼等がそこまで成長しているかどうかを見極めるためでもあった。今までその正体を隠していたのは、そのことを事前に彼等に悟られないためである(ホルスの仮面と名を借りたのは、彼の中での彼女への複雑な想いの体現であろう)。それに加えて、実はそれぞれの「母」や「養父」達の思惑も絡んでいたのだが、そこまで逐一説明する気は彼にはない。 しかし、当のマーシャルにしてみれば、どんな思惑があるにせよ、子育てをバルバロッサに丸投げして、自分に「隠し子」が何人もいることを伏せたまま、旧アントリア子爵家の娘と結婚することで今の地位を手に入れること自体、どう考えても筋が通らない。その上で、もはやこの男に何を言っても無駄だと分かったマーシャルは、この男は「父」と呼ぶには値しないと割り切った上で、すぐに頭を切り替える。この時点で彼の中では、この男への怒り以上に、子供も国もあっさりと丸投げするようなこの男に代わって、自分自身が祖国アントリアを守らなければ、という強烈な使命感が、フツフツと沸き上がっていったのである。 そして、他の三人もまた、突然の事実に混乱しつつも、ヴェルナにとってはノギロが、ウィルバートにとってはゲイリーが、自分をここまで育てた「父」であるという事実に変わりはない。そして、これまで自分のことを軽んじてきた父(クリフォード男爵マーセル)に対して不満を抱いてきたシドウも、この事実を聞かされたことで、逆にその父の心情にも理解を示せる気持ちが生まれ始めていたのである。 こうして、それぞれに様々な感情が渦巻く中、アントリア子爵ダン・ディオードは、「紅蓮の翼竜」という「圧倒的な力」を手に入れた上で、このゼビアの地を襲う白龍エスターク、そしてその上に君臨する龍王イゼルガイアを倒すため、このコートウェルズに逗留し続けることになり、マーシャルを中心とする四人は、そのことを含めた「調査兵団としての報告書」をまとめて、アクシア達の手でアントリアへと帰還することになる。そして、アクシアは最後までヴェルナには「母」とは名乗らず、ヴェルナもその件には触れないまま、ブレトランドを経由してエーラムへと帰参するのであった。 4.4. 若き勇者達の事情 こうして、無事にエーラムに戻ったヴェルナは、コートウェルズでの出来事を全てノギロに報告する。そして、自分の「養女」が自らの「正体」を知ってしまったことを聞かされたノギロは、複雑な表情を浮かべながら、彼の知るところの全ての「真実」を、彼女に語り始める。彼の中では、彼女に話して良いことなのかどうか非常に悩ましい問題ではあったが、「真実を見極めること」を生業とする時空魔法師の彼女が、いつまでも「自分自身の真実」と向き合えない状態でいることは好ましくない、と判断したようである。 「まぁ、若いころはね、みんな色々あったんですよ」 そう断った上で、彼はおもむろに「昔話」を始める。紙芝居屋の男が「子供には見せられないから」という理由で割愛した、彼等の青春群像の裏側を、一つ一つ丁寧に語り始めたのであった。 * 20年前、魔法学院の高等課程を修了したノギロ・クアドラントは、「仕えるべき君主」を探して旅をしていた。そんな中、彼は、まだ全く名も知れていなかった頃のダン・ディオードと出会い、彼の中に秘められた「人並みはずれた君主としての潜在能力」を見出して、共に旅をするようになったという。 その後、彼等は旅先で、自由騎士の兄妹と出会う。兄の名はバルバロッサ、妹の名はジャクリーン。いずれも長い黒髪が印象的な、美しい顔立ちの兄妹であった。元々、彼等は大陸のヴァンベルグ伯爵領の貴族家の出身だったが、妹のジャクリーンが、望まぬ相手との結婚を迫られ、それを不憫に思った兄バルバロッサの謀略により、「事故死」を装って兄妹共々出奔することになったらしい。しかし、後に旅先で彼女の素性がバレそうになったため、彼女は(音声合成装置を内蔵した)鉄仮面をつけて、「ホルス・エステバン」という男性名を名乗るようになったのである。 やがてそこに、ファインとゲイリーという、二人の邪紋使いが加わる。ファインは、アロンヌ北部の山賊団の頭目の娘だったが、山賊稼業を手伝わされることに嫌気がさしていたところで、その山賊団がダン・ディオード達によって壊滅させられたことによって、彼等の仲間となった。ゲイリーは、ファーガルドの小さな村の住人だったが、混沌災害に襲われた際にダン・ディオード達に助けられ、その時に邪紋の力に目覚めたことで、彼等のパーティーに加わったのである。 しかし、この二人が加わった頃から、徐々にパーティーの中で、様々な感情が渦巻き始めることになった。ファインは、出会った当初からダン・ディオードに対してほのかな恋心を抱いていたものの、山賊出身という自分の出自に蟇目を感じて、その気持ちを表には出せずにいた。一方、そんなファインに心惹かれていたのが、当時のパーティーの中では最年少のゲイリーだったのだが、更にそのゲイリーのことを密かに想っていた人物がいた。それが、(同性愛者の)バルバロッサだったのである。ゲイリーはファインの想いを、バルバロッサはゲイリーの気持ちを理解していたが故に、彼等はそれぞれの「本心」を胸に秘めながら旅を続けることになった。 そして、当時のダン・ディオードは、その圧倒的な騎士としての実力に加えて、どこかカリスマ性すら感じさせる精悍な顔付きの持ち主だったこともあり、旅先で出会った様々な女性と恋仲となり、彼女達と密かに逢瀬を重ねていくことになる。 ノギロの知る限りでは、ダン・ディオードの「最初の相手」は、彼等がコートウェルズに渡る際に力を借りた女海賊、アクシアである。彼女は、(既にヴェルナも今回の旅を通じて察していたようだが)白龍エスタークが「コートウェルズ南部の村人の娘」をさらって産ませた「半龍人」である。彼女は「人間」としての因子を強く残して産まれたが故にエスタークに捨てられ、その「汚れた出自」故に人間社会の中でも忌み嫌われ、やがて海賊に身を堕とすことになったという。そして、その「不気味な正体」故に、裏社会の男性達からも忌避される人生を送っていたが、何一つ臆することなく彼女を「一人の女性」として扱ったダン・ディオードに彼女は惹かれていき、やがて、彼等の間には「娘」のヴェルナが産まれることになる。 だが、この時点ではアクシアは、彼女を自分一人の手で育てるつもりだった。アクシアはダン・ディオードのことを本気で愛してはいたが、彼の愛は自分一人だけに注がれている訳ではないことも理解していたため、あまり長く彼の近くにいるべきではないと考えていたのである(故に、彼女はダン・ディオードに協力しつつも、そのパーティーには加わらなかったため、コートウェルズの紙芝居にも登場しなかった)。 その後、コートウェルズで黒龍ハーゴンを倒したダン・ディオードは、その時に助けたヘルマイネ男爵令嬢のマレーからも熱烈な求愛を受け、彼女には婚約者がいたにも関わらず、嫁入り直前の彼女の胎内に子を為してしまったという。おそらく、それがシドウなのであろう。現時点でノギロが把握している限りでは、彼がダン・ディオードの「第二子」であり、「長男」ということになるが、その前後にも、ダン・ディオードは旅先で出会った様々な女性と「一夜の恋」を繰り返していたため、ダン・ディオードの血を引く者は、他にもいる可能性は十分にあるというのが、ノギロの見解である。 そんなダン・ディオードとは対照的に、ただひたすら一途にゲイリーのことを想っていたバルバロッサは、その想いを秘めたままゲイリーと一緒にいることに徐々に辛さを感じるようになり、ハーゴンを倒した直後にパーティーを離れて、アントリア騎士団に仕官する道を選んだという(その数年後に、ダン・ディオードがこの国の子爵令嬢と結婚することになろうとは、この時点では彼は全く考えてもいなかった)。 一方、彼の妹であるホルスことジャクリーンは、当初はダン・ディオードの「女性に対する節操の無さ」に対して嫌悪感を示していたが、後に、それが彼への嫉妬心によるものだと気付いてしまった結果、やがて彼女自身もまた彼を求め、その子を身籠ることになる。だが、その妊娠の事実が発覚するのとほぼ同時期に、彼女はコートウェルズの戦いで受けた傷が原因で病に倒れ、アントリアのバルバロッサの元に送られて療養することになるのだが、最終的にはマーシャルを出産すると同時に、命を落としてしまう(以後はバルバロッサがマーシャルを育てることになる)。 そして、それまでずっと自分の想いを殺していたファインもまた、ダン・ディオードとホルスが結ばれたと知った直後、自分の感情を抑えきれなくなり、彼と身体を交わした結果、彼女もまた彼の子を身籠ることになる。ただ、この時点ではまだホルスが存命で、彼女(および今後も現れるであろう新たな「恋敵」達)との間で諍いごとを起こしたくないと考えた彼女は、密かにパーティーから去ることを決意する。だが、この時、その彼女の動向を察知したゲイリーは、全てを知った上で、彼女の「夫」として、彼女の腹の子の「父親」として、彼女を支えていくと宣言し、ファインもそんな彼の優しさを受け入れ、二人はゲイリーの故郷の村へと移住することになったという。そして、ウィルバートを産んだ後、彼等は再び冒険者稼業に復帰し、最終的には「傭兵」として「暁の牙」に入団するに至るのであった。 * 「これが、あなた達四人の出生に関して、私の知る全てです」 一通り語り終えたノギロは、静かにヴェルナにそう告げる。当時一緒に旅をしていたとはいえ、なぜ彼がここまでの裏事情を把握していたのかは不明であるが、おそらく、時空魔法にも精通していた彼は、仲間達の動向を心配するあまり、(意図した結果なのか、無意識の産物になのかは分からないが)「見なくても良い真実」まで見えてしまっていたのであろう。 彼自身がどのような想いで彼等(パーティーメンバー+アクシア&マレー)の恋模様を眺めていたのかは不明である。もしかしたら、彼もまた内心ではこの中の誰かに心惹かれていたのかもしれないし、冒険者時代の彼が(彼女達を含めた)幾人かの女性から想いを寄せられていたのかもしれないが、彼は自分自身の「過去の女性遍歴」については何も語らなかった。 「その上で、最後に一つ、ダン・ディオードと長年付き合った者として言わせて下さい。彼の行動原理はただ一つ、人々を救うこと、それだけです。肉体的にも、精神的にも、苦しむ者や悩む者がいれば救う、それが彼の信条です。ただ、後先は考えない。だから、目の前で誰かが助けを求めていれば助け、自分を求める女性がいればその期待に応じる。非常に単純明快な男です」 困っている人々を見捨てない、という性格に関しては、ある意味、ヴェルナにも引き継がれているのかもしれない。しかし、「異性に求められたら断らない」という点に関しては、これまで学院内で勉学一筋に生きてきた彼女にとっては、そもそもそれが正しいのかどうかすら判別出来ないレベルの感性である。 「私はその後もしばらく、新たなパーティーメンバー達と共に彼と旅を続けましたが、やがて途中で気付きました。彼の契約魔法師に相応しいのは私ではない、私では彼の持つ圧倒的な『力』を制御することは出来ない、ということを。そこで、彼がアントリア子爵家に婿養子に入ると同時に、私は彼の元を去り、そして代わりに、学生時代に面識のあったローガンを彼に紹介したのです」 そして、学院に戻った彼は、教師として後進の育成に専念することになる。そして、学友の紹介で知り合った女性と所帯を持ち、教員としての立場を確立した頃、旧知のアクシアから、「娘が、僅か5歳にして魔法師としての力に目覚めた」と聞き、ヴェルナを引き取ることを決意する。幸か不幸か、ヴェルナは母親の持つ「半龍人」の因子は殆ど受け継がなかったが、彼女の才能の「早すぎる開花」の背景には、その身体の奥底にある「混沌と親和性の強い血統」が影響しているのであろう。 その際、アクシアの意向で「裏社会でしか生きられない半龍人の海賊の娘」としての記憶を全て消して育てて欲しい、という意向を聞き入れ、学院上層部の許可を得た上で、彼女の記憶の抹消を決断した。こうして、「クアドラント家のヴェルナ」が誕生するに至ったのである。 4.5. それぞれの未来 ここまでの話を語った上で、ノギロは改めてヴェルナに向き合い、こう告げる。 「あなたも、これから先、私のようにここで研究職を続けることになるのか、誰かと契約を結ぶことになるのかは分かりません。ただ、一つ付言しておきたことは、ダン・ディオードも、彼の子を産んだ女性達も、私が見る限り、誰一人として後悔している様子はなかった、ということです。あなたも、あなた自身の中で納得出来る答えを導き出した上で、その道を迷わず進んで下さい」 そう言われたヴェルナは、静かにその事実を受け入れつつ、眼鏡越しに師匠の顔をはっきり見据えて、その胸中を素直に伝えた。 「大変興味深いお話、ありがとうございました、師匠。今、師匠から聞いた話は、なかなか複雑なものでしたが、でも、今の私には殆ど関わりのないことなのでしょう。私は『一人の魔法師』です」 そう、彼女にとっては、自分がどんな出自であろうと、そのことに自分の人生を引きずられるつもりはない。そして、彼女の両親もまた、彼女の人生に介入する気がないことは、彼等の態度から明らかであった。学院に残るにせよ、誰かと契約するにせよ、彼女はあくまでも「一人の魔法師」として生きていく。それが今の彼女の率直なる決意であった。 「それで構いません。勇者の血を引いていようが、龍の血を引いていようが、最終的には、あなたはあなたなのですから」 そう言って、満足そうに愛弟子を見つめるノギロであった。 * パルテノに帰還したシドウは、直接の上司であるエルネストに任務の終了を報告した後、再びこれまでと同様に「警備隊長」の立場に戻った。結局、彼は自分自身の出生の件については、誰にも話していない。無用な情報を広めることで、アントリアやクリフォードの後継者問題に対して今更波風を立てる気は、今の彼にはなかった。 その後、出立前までは頻繁に飛来していた龍や魔物達は、彼等の帰還後は殆ど姿を見せなくなった。どうやら、海の向こうで「新たなドラゴンロード」が、着実に混沌の殲滅を続けているようである。 そして、今回の任務を通じて、自分が「アントリア北部のパルテノ」にいることが妹のソニアに知られてしまった上に、龍の出現率が激減してアントリアとコートウェルズの間の定期便も復活したことで、彼女からの手紙が頻繁に彼の元に届けられるようになる。その内容の大半は、彼女を含めたイースラー家の人々の近況報告であった。どうやら彼女は相変わらず、コートウェルズ各地の人々を救うための義勇兵の派遣の是非を巡って、父親と喧嘩を繰り返す日々を続けているらしい。 そんな妹からの手紙を、彼は相変わらず面倒臭そうな表情で受け取りながらも、さすがに今回の一件を通じて、自分ではなく彼女を後継者と決めた父の心情にも一定の理解を示した彼は、妹にして「正統後継者」であるソニアに対しても、以前ほどの嫌悪感を抱くことはなくなっていた。 (まぁ、たまには返事を返してやるか) 昔であれば全て無視していたであろう妹からの手紙に対して、そんな感情を抱く程度には、彼の中での「実家」への忌避感は和らいでいた。義父から「我が子同然」に育ててもらっていた他の三人とは異なり、これまで「父(だと思っていた存在)」としてのクリフォード子爵マーセルとの関係は決して良好とは言えなかった彼であったが、彼が「実の父」ではないとを知ったことで、「それでも自分を育ててくれたイースラー家」との距離は、むしろ近付いているようにも思える。もっとも、この事実を知ってしまった以上、今までとはまた違った意味で、父(義父)とは気まずい関係になってしまった側面もあるのだが。 そんな不思議な心境を抱きつつ、妹に帰す手紙の内容をどうすべきかでシドウは苦心する。これまでは、優柔不断なことが嫌いで、即断即決がモットーだったが、今回の一件で、自分の中にまだそんな「人間らしい心」が強く残っていることを、改めて実感させられてしまった彼であった。 * 父ゲイリーと共に「暁の牙」に帰還したウィルバートは、団長ヴォルミスに今回の件を報告するが、ヴォルミスとしては、ゲイリーに対して特に何の処分も下すつもりはなかった。任務の範疇外で何をやっていようが、ヴォルミスにとっては「どうでもいいこと」である。もし万が一、ゲイリーによって殺された者の家族が彼を訴えるようなことになった場合は、その時は彼自身の判断で「落とし前」をつければいい、というのが団長の意向であった。 そして、ウィルバートは、自分が父の「うわ言」を聞いてしまったことも、ダン・ディオードに「俺の子供」と言われてしまったことも隠したまま、何も知らないフリをして、今まで通りの態度でゲイリーに接していた。今回の任務においても、最後の最後で、自分自身の手でゲイリーを救えなかったことに苛立を感じながら、ひたすら鍛錬に励む。今のウィルバートには、それしか出来ることが無かった。 そんな彼に対して、ゲイリーはこう告げる。 「俺はもう、邪紋を失ってしまった。右腕も無い今の状態では、もはや龍王と戦うことは出来ない。一応、エーラムには生命魔法師の友人がいるから、彼に頼んで義手を作ってもらうことも可能だろうが、どちらにしても、もう昔以上の力を取り戻すことは無理だろう」 この「友人」とはノギロのことなのであるが、そのことまで説明する必要はないと考えた彼は、左腕一本で鎌を握った状態で、「息子」に対してこう告げる。 「だから、俺はこれから、お前を鍛えることに、残りの人生の全てを賭ける。お前が、龍王イゼルガイアを討ち果たすその日まで」 盟友であるダン・ディオードが、イゼルガイアを倒そうとしていることは知っている。だが、実際にイゼルガイアと戦ったゲイリーとしては、いかに紅蓮の翼竜の力を手に入れようとも、彼一人の手でそれが成し遂げられるとは思えない。いや、仮にそれが可能だとしても、彼一人に任せておく気にはなれない。自分自身が「妻の仇」を取るのが無理なら、せめてその願いを「息子」に託したいというのが、今の彼の唯一の願いである。ウィルバートにとって自分が「他人」であるとしても、ファインが彼の「母」であるということだけは、紛れも無い真実なのだから。 「分かった、では、早速……」 「父」の意図を汲み取ったウィルバートは、そう言って片腕のみを構えて、彼に対して向き合う。邪紋を失った今のゲイリーであっても、元々の基礎的な戦闘能力だけで、十分に鍛錬の相手にはなるだろう。今回の戦いで、自分自身の未熟さを痛感した彼は、父の想いを全て受け継いだ上で、今度こそ「母の仇」を取る、そんな強い決意に満ち溢れていた。 * そして、(二代目)ホルス・エステバンことダン・ディオードに代わって、「調査兵団」の指揮官としてアントリアに戻ったマーシャルは、「父」であるバルバロッサに、現地での顛末を全て伝える。 バルバロッサは、彼にとっての「永遠の想い人」であるゲイリーが存命であったことに内心では歓喜しつつも、その感情は伏せたまま、現状について冷静に「息子」と語り合う。 「そうか……。陛下が後先考えずに行動するのは、昔からそうだったのだが、かの地に残ると決めてしまった以上は仕方がない。お前にはこれから、『アントリア子爵代行』として、陛下の名代を任せることにしよう。色々と反発はあるだろうが、ローガンもこうなる可能性については考慮した上で、渋々ながらも今回の計画に同意している。私と彼が了承すれば、他の者達がどうこう言うことは出来ないだろう」 一応、彼等の中では「しばらく影武者を立てる」という選択肢も考えたのだが、それが判明した時に発生する混乱のリスクを考えれば、最初から「今、コートウェルズを救うために北の大地に渡っている」ということを堂々と公言した上で、「息子を名代に立てる」という形の方がいい、という判断に至った。 無論、「婿養子」としてアントリア子爵家に入ったダン・ディオードが、先代アントリア子爵ロレインと結婚する以前の段階で産まれていた「隠し子」を名代にするというのは、旧子爵家との縁が深い者達の反発を招くことになるだろうが、ダン・ディオードとロレインの間に子がいない以上、遅かれ早かれ「旧子爵家の血を引かない者」が後継者となるのは分かっていたことである。むしろ、この段階で実質的に「ダン・ディオードの息子が後継者である」という方針を明確に示すことで、「新アントリア子爵家」がここに確立したことを示すのは、国家の安定という意味でも悪いことではない。 「おそらく、お前はこれまでも、私の養子ということで白い目で見られることも多かったようだが、逆に言うなら『七光り』扱いされるのは馴れているだろう?」 「そうですね。もっとも、これから先は、その視線の強さも今までの比ではないでしょうが」 そのことは、彼自身も覚悟している。その上で、これから先、やらねばならないことは山のようにある。自分自身の為政者としての正統性を示すためには、自分が「ダン・ディオードと同等以上に優秀な国家元首」であることを示すしかない。そして、今回の一件を通じて、これまで自分が「主君」として仕えてきた人物が、いかに無責任で節操無しの人物だったかということを知った今、むしろ彼の中では「仮にコートウェルズから戻ってきたとしても、もうこれ以上、この国を任せる訳にはいかない」という決意に満ちている。もはや彼のことは、主君としても実父としても認める気はない。 「この国は私の国です。この国を守るために、これからもよろしくお願いします、父上。仮に、あのアホがコートウェルズを統一したとしても、私がヤツのことはアゴで使ってやります。せいぜい、混沌との戦いのために利用してやりますよ」 つい先日まで「陛下」と呼んでいた人物を(非公式な場とはいえ)「あのアホ」とまで言い切るようになったマーシャルに対して、バルバロッサは苦笑を浮かべながらも、突然降ってきた「大役」に全く動じることなく、強い決意と自信を持ってその任を果たそうとする「息子」に対して、どこか安心した様子であった。 「そうだな、アイツは、誰かが制御してやらないとな。俺では出来なかった。ノギロでも、ゲイリーでも、ファインでも、ジャクリーンでも、出来なかった。ローガンはそれが出来ているつもりだったようだが、今回の件でもアイツの決断を止められなかったことからも分かる通り、結局はアイツに振り回されていたにすぎん。だが、お前なら、アイツの持つ無尽蔵のポテンシャルを、この世界のために役立たせる方向に用いることが出来るかもしれん。今は、その可能性に賭けることにしよう」 そう言いながら、バルバロッサは「私もいつの間にか、ただの親バカになってしまったのかもしれないな」と心の奥底で自嘲しつつ、妹の忘れ形見であるマーシャルと共に、盟友ダン・ディオードが築き上げたこの「新生アントリア」を、これから先も支えていく決意を改めて固める。 こうして、ブレトランドの戦乱を引き起こした張本人である「簒奪者ダン・ディオード」は、誰もが予想出来なかった形でこの小大陸から去り、そして若干15歳の少年が、現時点における「ブレトランド最大の覇権国家」の実質的な頂点に君臨することになる。この事件はブレトランド各地の諸侯に激しい衝撃を与え、そしてこの小大陸の覇権を巡る激動の時代は、新たな局面へと突入していくのであった。 【ブレトランドの英霊】第5話(BS13)「禁じられた唄」 グランクレスト@Y武
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アイリス=カートランド 製作・K’(カズ・ダッシュ) ○アイリス=カートランド(女性) 所属……『メイド喫茶せいおとめーど』店長 年齢~22歳 一人称~私 二人称~あなた、~さん、~様 身長~160cm、体重~45kg スリーサイズ~87・56・85 能力~なし(フェイティア~なし) 使用武器~改造型自動拳銃『ブランニューズ』×2 防御傘型仕込みショットガン『エプシィ』×1 暗殺用バトルナイフ『ポイズン・バタフライ』×1 小型拳銃『ナイトブレード』×2、ハンドグレネード×4 性格~普段は冷静で忠義心は高い メイド喫茶せいおとめーど店長。 SRC島に入る前に喫茶店を経営していたが、何処かの軍部に居たという一説がある。 冷静で忠義に厚く、メイドの鏡のような人物。 どのような状況でも微笑を絶やさず、常に冷静に行動する。 SRC島の誕生後に島を訪れ、以前のノウハウを活かし喫茶店を開店。 後に、聖乙女学園の生徒の要請を受けて、せいおとめーどの開店に携わり、 自らもメイドを一時期していたことを受けて店長に就任した。 フェイティアは持っていないが、銃火器の取り扱いに長けており、 常に銃をスカートの裾やメイド服の袖に隠している。 以前、朱雀院飛鳥が来店した際、店員に手を出そうとしていたのを見て 容赦無く発砲・撤退させた事から、『あの朱雀院飛鳥の苦手な人物の一人』として SRC島の女性たちの守り神のような扱いを受けている。 ちなみに、彼女の使う銃は殺傷能力の低いゴム弾がメイン。 が、防御傘型仕込みショットガン『エプシィ』にはビームカノンモードがあり、 飛鳥に発砲したのは『ハルヴァード・モード』と呼ばれる最大出力砲。 喰らった飛鳥はアフロ状態で喫茶店を飛び出した、と目撃したバイト店員は語る。 *シナリオ使用の方針 スタイリッシュメイドさん。動かし方は基本的に自由。 ######## アイリス=カートランド アイリス=カートランド, (人間(アイリス専用)), 1, 2 陸, 4, M, 11500, 220 特殊能力 アクティブシールド=エプシィ・防御傘 4500, 80, 800, 80 CACA, ori_engexp_003.bmp 暗殺用バトルナイフ, 900, 1, 1, +30, -, -, -, AAAA, +0, 武毒 ナイトブレード・デュアル, 1100, 1, 3, +0, 8, -, -, AAAA, -10, 銃忍共L1(暗殺歩行) ナイトブレード・デライト, 1100, 1, 2, +10, 8, -, -, AAAA, +0, 銃忍P共L1(暗殺歩行) ハンティングB・スタッブ, 1200, 1, 1, +10, -, 40, 120, AAAA, +0, 武忍間即(暗殺歩行) ブランニューズ・デュアル, 1300, 1, 4, -10, 12, -, -, AAAA, -10, 銃共L2(!暗殺歩行) ブランニューズ・デライト, 1300, 1, 2, -20, 12, -, -, AAAA, -10, 銃共L2P(!暗殺歩行) エプシィ, 1500, 1, 4, -20, 5, -, 110, AAAA, +0, 銃連L10散(!暗殺歩行) エプシィ・ミッドナイト, 1600, 2, 4, -20, 5, -, 115, AAAA, +0, 銃B忍(暗殺歩行) ハンドグレネード, 1700, 1, 2, -10, 4, -, -, AAAA, +10, 実破P(!暗殺歩行) エプシィ・ハルヴァード, 1900, 1, 4, -10, 2, -, 120, AA-A, -20, 銃B(!暗殺歩行) === 暗殺歩行術, 付加Lv3="ステルスLv2=暗殺歩行" 再行動 解説="ステルス付加(3ターン)", 0, -, 20, 110, Q #スタイリッシュな射撃メイド。 アイリス=カートランド アイリス, 人間, 女性, AAAA, 160 特殊能力 切り払いLv3, 1, Lv4, 28, Lv5, 66 S防御Lv2, 1, Lv3, 15, Lv4, 27, Lv5, 40, Lv6, 61, Lv7, 78 140, 155, 155, 153, 161, 160, 普通 SP, 40, 根性, 1, 威圧, 1, 加速, 13, 激怒, 21, 激闘, 30, 奇襲, 45 OSC_0000_0058(4).bmp, -.mid #迎撃じゃないの?ナイフ持ってるので問題無し。 #命中~395、回避~393 アイリス=カートランド 回避 アイリス, 攻撃の軌道さえ読めば、何も慌てる事は無い 回避 アイリス(攻撃), あまりにも無様です 回避 アイリス, この程度…… 回避 アイリス(攻撃), 無粋ですね 回避 アイリス, 殺気立っていては、当たる物も当たりません ダメージ小 アイリス(攻撃), この程度の痛み、痛みの内にも入りません ダメージ小 アイリス(攻撃), あまりにも未熟です ダメージ小 アイリス(攻撃), その程度の牙では、獲物を狩る事は出来ません ダメージ小 アイリス, 無様ですね ダメージ小 アイリス(攻撃), あまり邪魔をしてもらっては困ります ダメージ小 アイリス(攻撃), 無価値な…… ダメージ中 アイリス(攻撃), なるほど、ただの敵では無いようですね ダメージ中 アイリス(攻撃), あまり手をかける訳にはいかないのですが…… ダメージ中 アイリス(攻撃), ジリジリいたぶる積りですか? .……ならば、その首を掻っ切るまで ダメージ中 アイリス(攻撃), 少々、お遊びが好きなようですね ダメージ中 アイリス(攻撃), …… ダメージ中 アイリス(攻撃), ……そうですか ダメージ大 アイリス(ダメージ), ……そう、私はここでしか生きられないのです ダメージ大 アイリス(ダメージ), この雰囲気こそ、戦場の香り…… ダメージ大 アイリス(攻撃), 誓いましょう、あなたの首を掻っ切るまで私は追い続ける ダメージ大 アイリス(攻撃), さぁ、ショータイムもフィナーレの時です ダメージ大 アイリス(攻撃), カーテンコールはまだ早い……! ダメージ大 アイリス(ダメージ), 生憎ですが、あなたの眉間を打ち抜く程度の.体力は残っていますよ? 破壊 アイリス(ダメージ), これで、眠れる。私の……血塗られた運命から…… 破壊 アイリス(ダメージ), ふふ、やはり私は戦場で果てる運命ですか…… 破壊 アイリス(ダメージ), これが良い結果に繋がれば、私の命など…… 射程外 アイリス, 少々はっちゃけ過ぎましたか 射程外 アイリス, 少々お遊びが過ぎましたか 射程外 アイリス(ダメージ), 狙撃銃……スナイパーが混ざっていますね 攻撃 アイリス, …… 攻撃 アイリス, では、お祈りの時間です 攻撃 アイリス, 祈る神は誰ですか? 攻撃 アイリス(攻撃), あなたの屍、踏み越えて行きましょう 攻撃 アイリス(攻撃), 血塗られた道しか歩めないのなら、.思い残す事が無いように役目を果たすまで 攻撃 アイリス(メイド目瞑り), Amen…… 攻撃 アイリス(メイド目瞑り), では、ダンスの時間です 攻撃 アイリス(攻撃), あなた達全てを、喰い散らかして差し上げましょう 攻撃 アイリス(攻撃), 数限りなき愚者に、敗北の挽歌を奏でましょう 攻撃 アイリス(メイド目瞑り), では皆様、ごきげんよう…… 攻撃 アイリス, 誰の前にで、死は平等です 攻撃 アイリス(攻撃), さぁ、一掃致しましょう 攻撃 アイリス(メイド), 殲滅させていただきます 攻撃(反撃) アイリス, 初撃での撃破は、戦場の鉄則。 .仕損じれば、あなたの命が消えて無くなる 攻撃(反撃) アイリス(攻撃), 愚か者ですね 攻撃(反撃) アイリス(攻撃), あまりにも無防備…… 攻撃(反撃) アイリス(攻撃), あなたにその獲物は、過ぎた玩具です 攻撃(反撃) アイリス(攻撃), 攻撃というものをレクチャーしましょう 攻撃(反撃) アイリス, ……あなたも、私を殺してくれないのですね 攻撃(反撃) アイリス(攻撃), 自業自得です 攻撃(対朱雀院飛鳥) アイリス(微笑み), あら、私は言った筈ですよ? .今度無粋な真似をしたら許さない、と 攻撃(対朱雀院飛鳥) アイリス(微笑み), ……全く懲りてないようですね 攻撃(対朱雀院飛鳥) アイリス(コメディ怒り), ……いくらスポンサーと言えど、あの狼藉は.シバかれて当然だと思いますが 攻撃(対朱雀院飛鳥) アイリス(コメディ怒り), 良いでしょう……今度はアフロじゃ済まされませんよ? 攻撃(対朱雀院飛鳥) アイリス(コメディ怒り), 恨みを晴らす? あなたにそれが出来ますか? 攻撃(対天堂来栖) アイリス(攻撃), あなたの首には、賞金をかけておきましょうか? 攻撃(対天堂来栖) アイリス(攻撃), さぁ、懺悔の時間は…… いらないですね 攻撃(対天堂来栖) アイリス(攻撃), うちのメイド達からあなたを何とかしてほしい、.との事。 では……何とかしましょう 格闘 アイリス(攻撃), その首、掻っ切ります 格闘 アイリス(攻撃), お覚悟を 格闘 アイリス(攻撃), ご覚悟を 攻撃(ブランニューズ・デュアル) アイリス, ブランニューズ……! 攻撃(ブランニューズ・デュアル) アイリス, ダブル・トリガー……! 攻撃(ブランニューズ・デュアル) アイリス, さぁ、華麗なダンス・ショーの始まりです 攻撃(ブランニューズ・デライト) アイリス, シングル・ショット……! 攻撃(ブランニューズ・デライト) アイリス, ブランニューズ……! 攻撃(エプシィ) アイリス(攻撃), ただの防御用傘ではございません 攻撃(エプシィ) アイリス(攻撃), ふふ、その油断が、命取り…… 攻撃(エプシィ) アイリス(攻撃), エプシィ……!! 攻撃(ナイトブレード・デュアル) アイリス(攻撃), ナイトブレード…… 攻撃(ナイトブレード・デライト) アイリス(攻撃), ナイトブレード…… 攻撃(エプシィ・ミッドナイト) アイリス(攻撃), ただの防御用傘ではございません 攻撃(エプシィ・ミッドナイト) アイリス(攻撃), ふふ、その油断が、命取り…… 攻撃(エプシィ・ミッドナイト) アイリス(攻撃), ……あなたの人生に、エンド・マークを 攻撃(エプシィ・ミッドナイト) アイリス(攻撃), エプシィ…… ハンティングB・スタッブ アイリス(攻撃), ……狩の、時間です ハンティングB・スタッブ アイリス(攻撃), ……獲物はあなたです ハンティングB・スタッブ アイリス(攻撃), ……お休みなさい、永遠に エプシィ・ハルヴァード アイリス(攻撃), ただの防御用傘ではございません エプシィ・ハルヴァード アイリス(攻撃), ふふ、その油断が、命取り…… エプシィ・ハルヴァード アイリス(攻撃), エプシィ……ハルヴァードモード!! エプシィ・ハルヴァード アイリス(攻撃), 情けも容赦も一片の躊躇も致しません エプシィ・ハルヴァード アイリス(攻撃), ―――全ての不義に鉄槌を エプシィ・ハルヴァード アイリス(攻撃), ―――ハルヴァード!! 発進 アイリス(攻撃), では、参りましょう……戦場へ
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青山メインランドは独自の強みを持っている。 青山メインランドは短期的な収支のご提案ではなく、中長期のライフプランとしてのマンション経営を提案する。 青山メインランドは戦略的な商品開発を行っている。 青山メインランドはマンション購入後の運用体制がしっかりしている。 青山メインランドはお客様の専属担当制をとっている。 こだわりのものづくりをするのが青山メインランドである。 お客様の資産を守り価値あるものにするのが青山メインランドである。 青山メインランドの提案はここが違う! 青山メインランドでは短期的な収支のご提案ではなく、中長期のライフプランとしてのマンション経営をご提案しているため、あえて次のようなご提案は行なっていない 青山メインランドは、「いいことばかり」は言わない 節税を目的とした提案はしない 確かにマンション経営・投資をすることにより所得税の還付や住民税の軽減につながるケースもありますが、私たちはそれを目的としたご提案は行わない。 目先の収支が良いだけの提案はしない 販売だけに目的を置き、最初の数年間をプラス収支にするなどの提案をすることもできる。しかし青山メインランドではあくまで中長期的なライフプランとしてのご提案にこだわりその様なプラン設計にはしていない。 イニシャルコスト(初期費用)0円の提案はしない 青山メインランドは価値あるマンションを価値あるライフプランとして提案している。その為、「初期費用が一切かかりません」という提案はしていない。 メリットばかりを謳うことはしない 青山メインランドはリスク説明を重視している。リスクを理解することが、メリットを理解する一番の近道だと考えているからだ。 青山メインランド 青山メインランド資産運用型マンション 青山メインランドマンション投資 青山メインランドマンション経営 青山メインランド都内マンション 青山メインランド不動産投資 青山メインランド資産形成 青山メインランド賃貸マンション 青山メインランド分譲マンション 青山メインランド社宅 青山メインランド採用
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第3話(B03)「長城線(ロングウォール)の三本槍」( 1 / 2 / 3 / 4 ) 1.1. 「姉弟子」の旅立ち 時空魔法師のオルガ・ダンチヒ(下図)は、住み慣れたエーラムの魔法学院寮の自室において、一人、旅立ちの荷物をまとめていた。 彼女はブレトランド小大陸の南部を支配するヴァレフール伯爵国の家臣の一人、ジュマール・ケリガン男爵(下図)との魔法師契約がまとまったことで、彼の本拠地であるヴァレフールの北の要衝「オディールの街」へと向かうことになったのである。 ジュマールは、ヴァレフール騎士団の「七人の騎士隊長」の一人であり、オディールの北側に築かれた(アントリアとの国境線を守護する)「長城線(ロングウォール)」と呼ばれる巨大な防壁の管理の管理責任者でもある。そんな彼には本来、ハッシュ・ノスクという契約魔法師がいたが、先日病没し、その後任にオルガが選ばれることになったのである。 オルガの所属するダンチヒ一門は、お世辞にも名門とは言えない。しかも、彼女の師匠のノルガン・ダンチヒは既に高齢で健康状態も芳しくなく、あまり満足に指導が出来る状態ではなかった。それ故に、彼の中では彼女の契約先が決まったとしたこの機に、引退することを決めているようである。 しかし、オルガが「ノルガンの最後の弟子」という訳ではない。実は彼女よりも先に学位を獲得し、君主との契約を果たした「妹弟子」が存在する。その妹弟子の名はオデット・ダンチヒ。彼女はオルガ同様、師匠からの指導を十分に受けられない状態であったにも関わらず、ほぼ独学のみで極めて優秀な成績を収め、首席卒業を果たした逸材である。 姉弟子として、あまりに優秀すぎる妹弟子の存在は、あまり心地の良いものではない。現在のオルガは23歳。オデットは20歳。オルガは病気で一時期休学していたこともあり、同期の面々に比べてやや就職は遅れることになったが、それ以上に、三歳年下の妹弟子に先を越されたことが、大きなコンプレックスであった。しかも、そのオデットの契約相手は、オルガの契約相手であるジュマールの長男ロートス・ケリガンなのである。現状では、オルガの契約相手の方が「格上」ではあるが、この状況であるが故に、周囲の者達の中には「妹弟子のコネで就職出来たのではないか?」などと噂する者もいる。真実がどうであるにせよ、オルガとしては複雑な心境にならざるを得ない就職先であった。 そんなオルガが、出立前に師匠ノルガンの自室を尋ねた。ノルガンの年齢と健康状態を考えれば、これが最後の挨拶になるかもしれない。そんな彼女の門出を師匠は祝福しつつ、彼女に最後の助言を伝える。 「あの街は、色々と揉めているという噂も聞く。気をつけるのじゃぞ」 現在、ジュマールには三人の息子がいる。妹弟子のオデットが仕える長男ロートスの他に、武勇に優れた次男ゲンドルフ、知謀に長けた三男リューベンという二人の弟がいて、しかもいずれも母親が異なる。ロートスは長男だが妾腹、ゲンドルフは最初の正妻の子供だが母は既に亡く、リューベンの母であるケイラが現在のジュマールの正式な妻である。このような複雑な家庭環境だけに、三人のうちの誰が後継者となるのかも、まだ明言はされていない。未来予知の能力を持つ時空魔法師(予言者)のオルガが選ばれたのは、もしかしたらこの後継者問題に関する助言を必要と考えているのかもしれない、とノルガンは考えていた。その意味では、彼女が権力争いに巻き込まれる可能性は十分にある。 「まぁ、何か分からないことがあったら、オデットに聞けば良い。彼女はおそらく、あの地に骨を埋める覚悟であろうから、きっと、もう既にあの地の人々のことも熟知しておるじゃろう」 彼がそう考えたのには、明確な理由がある。というのも、実はオデットにはもっと高位(子爵以上)の君主からの契約依頼もあったのだが、彼女はそれらを全て断り、あえてオディールという小領主の(しかも、後継者と決まっている訳でもない)息子との契約を選んだ。それがどのような意図なのかは分からなかったが、何か特別な想いがあることだけは、師匠としても確信していたのである。そこまでして選んだ相手である以上、彼女にとっての今の職場が「ただの腰掛け」程度とは考えにくい。 「分かりました。今まで本当にありがとうございました。それでは、行って参ります」 師匠にそう告げると、オルガはエーラムを後にして、新たな君主と妹弟子の待つ北の大地へと旅立つ。彼女の祖国は既に戦争によって滅びており、実質的には彼女にとってのエーラムは「第二の故郷」であった。そのエーラムを去った今、オディールは彼女にとっての「第三の故郷」となりうるのであろうか。「優秀すぎる妹弟子」への様々な複雑な感情を抱きながら、彼女はブレトランドへの直行便のある港町へと向かって、歩き始めるのであった。 1.2. 身分違いの友 そんな彼女が向かった先のオディールには、実は妹弟子のオデットとは別にもう一人、オルガのことをよく知る人物がいた。食客的な立場でこの街に仕える邪紋使い、セリム・ガイゼルである(下図)。彼の身体には、異界の存在になりきることでその力を発揮する「レイヤー」の邪紋が刻まれており、彼はその中でも強力な「ドラゴン」の力をその身に宿す能力の持ち主として知られていた。 彼はオルガとは同じ年に同じ故郷で生まれた幼馴染みである。戦争で祖国を失った後、各地を点々としていく過程で邪紋の力に目覚め、無法者として様々な戦場を渡り歩くことになったのだが、そんな中、とある戦争で有力な大将首を取ったことで勇名を轟かせることになる。 そして、その戦場に居合わせたオディールの領主の次男ゲンドルフ・ケリガン(下図)に気に入られたことから、彼に誘われる形でオディールに雇われることになったのである。 ゲンドルフとセリムは、形式的には主従に近い関係だが、実質的には互いに相手を認め合った「親友」同士である。現領主の三兄弟の中で、最も武勇に優れた存在であるゲンドルフにとって、セリムはようやく見つけた「自分と互角に渡り合える稽古相手」であり、二人はこの日も、領主の館に併設された兵舎の一角で、武術の鍛錬に励んでいた。 龍のレイヤーであるセリムは、戦場において武器を必要としない。彼は戦いに際しては、自らの身体の一部をドラゴンに変え、その身に生やした龍の爪・牙・尾を用いて敵を粉砕する。その攻撃の威力は圧倒的であり、ゲンドルフのような武術の達人でなければ、まず彼の猛攻に耐えることは出来ないだろう。 一方、ゲンドルフの本来の得意武器は剣だが、この日の彼の右手には、金色に光るショートスピアが握られていた。これは、ケリガン家に代々伝わる「三本の黄金槍」の一つである。約百年前に一度は消失してしまったのだが、先日領内に突如出現した魔境(混沌濃度が極端に高い地域)をジュマールが討伐した際に再発見され、三人の息子達に一本ずつ分け与えられた。彼はこの槍がケリガン家の家宝であることを重視し、最近はこの槍を誰よりも上手く使いこなせるようになろうと心掛けるようになっている。それは「自分こそがケリガン家の次期当主に相応しい人物である」ということを証明するための自己アピールでもあったが、そんな想いを抱いているからこそ、今日の彼は非常に不機嫌な様子であった。 「結局、ここを継ぐのは兄貴で、俺はオーロラみたいな貧乏村に左遷かよ。やってらんねーぜ」 ゲンドルフは黄金槍を激しく振り回しながら、そうぼやく。現在、彼とオディールの隣村であるオーロラの領主の娘ユーゾッタ・キッセンとの間での婚儀の話が進みつつある。現在のオーロラ村の領主ルナール・キッセンには息子がおらず、娘には君主としての聖印を受け入れる資質が無いため、娘婿としてゲンドルフを迎え入れようと考えているらしい。オーロラ村はオディールの街に比べると規模も小さく、あまり裕福でもない。自分こそがオディールを継ぐべき存在だと自負しているゲンドルフとしては、オーロラのキッセン家の婿養子となることで、ケリガン家の後継者争いから外されてしまう展開には、どうしても納得が出来ない様子である。 それに加えてもう一つ、彼にはこの縁談が気に入らない理由があった。というのも、オーロラ村は、魔法師や邪紋使いのような「混沌の力」に頼る者達を嫌う「聖印教会」の力が強いことである。それ故に、歴代の領主は魔法師と契約することもなく、邪紋使いの家臣を雇ったこともない。 「仮に俺があの村の領主となっても、聖印教会の奴等は、お前が俺に会いに来るだけでも嫌な顔をするだろう。ったく、めんどくせぇ連中だ」 ちなみに、ゲンドルフは基本的に「神への信仰心」なるものは持たない。聖印教会の人々が崇める「唯一神」の実在性については様々な論争があるが、ゲンドルフにとってはその議論自体が「どうでもいいこと」である。神が存在しようがしまいが、この世界を救うべきは神ではなく「人間の力」であると彼は考えている。だから、神にすがりたい人間はすがればいいが、その思想を他人にまで押し付けようとする聖印教会のことは気に入らない、というのが彼の正直な本音であった。 「なるほど、それは厄介な話だな」 そう言いながら、セリムは彼の黄金槍の猛攻を難無く受け止める。セリムにとっても、ゲンドルフは「強さを極める」という同じ目標を分かち合える「かけがえのない友」であり、本来はただの無法者である自分を食客として招き入れてくれた彼の度量の広さにも感服している。だからこそ、彼がオディールを出て、オーロラ村へと移り住むことで、今のこの関係が壊れることは、あまり望ましいとは思えなかった。 だが、槍を振り回しながら一通りの文句を吐き出し終えたゲンドルフは、稽古を一段落させて汗を拭きながら、こうも呟く。 「まぁ、あの領主の娘御に関しては、その……、悪くはないんだがな…………」 軽く紅潮した表情を隠しながらそう漏らす彼を見て、セリムはニヤニヤと笑みを浮かべながら、龍化させていた身体を戻し、本来の小柄な青年の姿に戻るのであった。 1.3. 身分違いの恋 一方、このオディールにはもう一人、セリムとは異なる意味での「特殊な立場」でケリガン家に仕える邪紋使いがいた。彼女の名はエリザベス(下図上段)。しかし、これは本来の彼女の名ではない。彼女の現在の主である、この街の領主の三男、リューベン・ケリガン(下図下段)が彼女に与えた名である。 彼女の外見は20代の妙齢の女性だが、その実年齢はこの屋敷の、いや、もしかしたら、このブレトランドの全ての住人よりも年上かもしれない。彼女の正体は、この世界において最初に「邪紋使い」と呼ばれた一族の最後の世代の一人である。その一族の名は現代のアトラタンの人々にとっては発音が困難であるため、歴史家達の間では「夜の一族」と呼ばれている(そして当然、その一族である彼女の本来の名前もまた、現代の人々では発音出来ない)。彼等は「白い肌」と「緑の瞳」と「黒い髪」をその特徴としする、「(アトラタン南東部のアルトゥークに住む)ヴァンパイア」の一族に近い風貌であり、現在の邪紋使いの分類では「アンデッド」に含まれる人々である。 何百年にも渡って混沌の拡大に抗い続けてきた彼女達であったが、コートウェルズを支配する竜王イゼルガイアとの戦いで、その大半の者達が命を落とし、彼女を含めた僅かな者達は、コートウェルズの南の地・ブレトランドへと逃れ、その小大陸の地中に自らの身体を冷凍化させた状態で、千年以上に渡る冬眠状態へと入った。そんな彼女を偶然「発掘」したのが、リューベンだったのである。 リューベンは学才に優れ、機智に富んだ人物だったこともあり、古代の記憶しか持たない彼女との間でも様々な形で意思疎通を重ねがら、「現代のブレトランドにおける常識」を教え込むことに成功し、彼女には「ケリガン家の親族」という扱いで貴族待遇の立場を与えることになった。そんな彼の才覚と配慮にエリザベスは惚れ込み、やがて二人は枕を共にする関係へと発展することになるのだが、表向きは今でも彼の「侍従」という立場で接している。 そんなエリザベスが、この日もリューベンに呼ばれて彼の私室を訪れた。リューベンから貰った貴族用のドレスに身を包んだ彼女に対して、リューベンは淡々とこう告げる。 「先日、父上から賜った『黄金の槍』が、何者かに盗まれたようです」 リューベンは、相手が家族であろうとも、臣下であろうとも、そして恋人であろうとも、基本的にはこの口調である。そして、家宝の盗難という緊急事態においても、その声からは全く動揺した様子は感じられない。彼は日頃から、あまり感情を表に出さないため、その真意がどこにあるのか、最も近くにいる筈のエリザベスですら、よく分からないことが多い。 「正直、私としては、あんな成金趣味のような槍はどうでも良いのですが、一応、我がケリガン家の家宝でもあるらしいので、さすがに奪われたことが知られてしまっては、良くない風評が広がるでしょう。一応、調査をお願いします」 「分かりました。では、まずは屋敷の内部の者達からその盗難時点での情報を集めてみましょう」 そう言って、彼女はさっそくその場を立ち去ろうとするが、それをリューベンが呼び止める。彼にはもう一つ、告げなければならないことがあったのである。 「既にご承知のこととは思いますが、私はこれから、しばしこの村を離れなければならなくなります。しかし、いずれ必ず帰ってきます。あなたを迎えるために」 彼はエリザベスの瞳を真っすぐに見つめて、そう告げる。実は彼もまた次兄ゲンドルフと同様に、隣村であるジゼルの領主ブーレイ・コバックの娘ブリュンヒルデとの間での縁談が成立しつつあったのである。ジゼル村(コバック家)も、上述のオーロラ村(キッセン家)と同様、現在の領主には跡継ぎ息子がいない。それ故に、どちらの家にとっても、この近辺では一番の名家であるケリガン家との結びつきを強める形で婿養子を迎えることは、村の安定に繋がるという思惑がその背後にあることは容易に想像出来る(下図参照)。 この話は当然、エリザベスの耳にも入っていたが、この状況において、エリザベスは表立って何も言う気はなかった。形式的には貴族待遇とはいえ、自分とリューベンとの関係は決して対等とは言えない。自分を呼び起こしてくれた彼が、自分を求めてくれるからこそ、戦士としても、女としても、彼のために全てを捧げてきた。そして、そのことに彼女も喜びを感じてきた。彼女はリューベン以外の者に対して、心も身体も開くつもりはない。しかし、だからと言って、同じことをリューベンに対しても求めるつもりはない。そのような形で自分の想い人を束縛することこそ、彼女にとっては「恥ずべき行為」であった。 だが、そんな彼女の決意を知ってか知らずか、リューベンは彼女に対して更にこう告げる。 「私がジゼルの姫君と結婚するのは、あくまで政治上のこと。私の心はあなたのものです。それに、あの姫君は病弱という話も聞きます。私あの村のが領主となった後、彼女に『何かが起きる』可能性も十分にありうるでしょう」 まるで、「妻とはいずれ別れる予定だから」と不倫相手に囁きかけるような言い分であるが、エリザベスとしてもその言葉をそのまま真に受けることはない。ただ、リューベンが自分の心を繋ぎ止めようと配慮してくれていること自体は、悪い気はしなかった。たとえそれが、自分のことを「利用価値のある道具」としか思っていなかったとしても。 「さて、では私はこれから、ジゼルの姫君に対して形だけの恋文を書かねばなりません。心にもないことを書くのは辛いですし、その姿をあなたに見られるのも嫌ですから、ひとまず、今日のところはこれでご退席下さい」 「分かりました。では、黄金槍の件の調査に向かいます」 そう言って、彼女はリューベンの部屋を後にしようとしたが、その瞬間、彼が開いた机の引き出しの中に、一通の手紙が入っているのが目に入った。そして、決して盗み見るつもりはなかったのだが、「夜の一族」としての彼女の研ぎすまされた視力が、その手紙の差出人の名前を捉えてしまったのである。 そこに書かれていたのは「ハルク・スエード」というサインであった。彼女の記憶が間違っていなければ、それは敵対するアントリアの将軍の名前である。なぜ、リューベンが敵国の将軍からの手紙を持っているのか、気にならない筈はなかったが、自分が口出しすべき問題ではないと割り切って、ひとまずこの場は、素直に盗難事件の調査へと向かうのであった。 1.4. 覇気なき騎士 こうして、次男・三男がそれぞれに「隣村の領主の娘」との縁談が進みつつあるのとは対照的に、長男のロートス・ケリガン(下図)は、街の広場の片隅で、狩猟服を身にまとった状態でハーモニカを奏でながら、街の人々との交流を楽しんでいた。 彼は弓の名手として知られていたが、その標的の大半は、彼等にとっての最大の宿敵であるアントリアの兵士でも、領内に稀に出現する投影体でもなく、領民にとっての「糧」や「毛皮」となる動物である。彼は頻繁に城を抜け出しては、領内の狩人の人々と共に狩りに出かけることが多く、そこで得た収穫物を街の人々に無償で分け与えるのを生き甲斐としていた。 彼は長男ではあるが、母親のカミーユが正式な妻ではなく、父ジャマールの侍従の女性に過ぎなかったこともあり(彼女は父が正妻マチュアと結婚し、ゲンドルフが生まれた後、逃げるように屋敷から去ったと言われている)、幼少期から、彼が家を継ぐ存在なのかどうか、はっきり明言されてこなかった。ただ、本来の正妻マチュアが次男ゲンドルフを生んだ後に若くして死去し、後妻のケイラとの間に三男リューベンが生まれたことで、いずれの候補者も「正統性」という意味では決め手に欠ける、という状態に陥ってしまっているのが現状である。 ただ、ゲンドルフが「騎士」として既に様々な戦場で功績を重ね、リューベンが首都ドラグボロゥの学術院を首席で卒業しているのに対し、彼にはこれといって目立ったアピールポイントがない。彼の最大の特技は、弓の技術を生かした「狩り」と、母親譲りの「ハーモニカの演奏」だが、どちらも「君主」に必要とされる能力ではなく、宮廷内でも、積極的に彼を推そうとする者は少ない。領民達の間では、市井に溶け込んで狩猟や音楽を楽しむ彼の人気は高いが、一方で、あまりに「覇気」が無さ過ぎることに不安を感じる者も多い。 だが、そんな彼が一転して、後継者の最有力候補へと躍り出る「事件」が発生する。エーラムの魔法学院から、長男であるロートスに対してのみ「契約魔法師」として召還魔法師のオデット・ダンチヒ(下図)が派遣されることになったのである。 誰がどういう経緯でそのことを決定したのかは不明だが、いずれにせよ、これで「次期領主はロートス」という噂が近隣地域にも広がり、それと呼応するように、次男ゲンドルフ、三男リューベンの他家との(実質的には養子縁組を前提としていると思われる)縁談の話が進んでいるのが現状である。 しかし、当のロートス本人からは継承に向けてのそれほど強い意志は感じられない。もし、正式に後継者として指名されれば、謹んでその任に就くつもりではいるが、弟達と争ってでもその座を勝ち取りたいというほどの意欲は無い。ましてや、領主となった上で、更に所領を増やしたり、戦争で名声を高めたりすることには全く興味を持てなかった。彼はただ、この地に住む人々と共に笑顔で幸せに暮らせることが出来るのなら、自分自身はどんな立場でも構わないと考えている。果たして、そのような人物に「領主」が務まるのか、それとも、そのような人物だからこそ「領主」に相応しいのか、家臣達の間でも、領民達の間でも、彼に対する評価は二分されている。 そんな彼は、この日も猟師装束で屋敷を抜け出して森へ向かうつもりだったのだが、その直前に、契約魔法師であるオデットに、声をかけられていた。 「ロートス様、旦那様からのお達しです。まもなく、旦那様の新たな契約魔法師が到着するので、ロートス様に出迎えに行ってほしい、とのことです」 新しく到着する魔法師であるオルガ・ダンチヒは、オデットの姉弟子である。故に、本来ならばオデットが迎えに行くのが筋なのだが、彼女はこれから別件の仕事を抱えているらしい。いきなりこの日の予定を狂わされた彼だが、そういう事情ならば仕方がないと素直に納得して、その格好のまま街の入口となる表門へと向かうことになったのである。 すると、そこで彼に声をかけてくる女性が現れた。 「お主、この街の者か?」 そう言ってロートスを呼び止めたその女性は、明らかに魔法師風の装束であった。年の頃は、おそらくオデットより少し上くらいだろう。 「はい。もしかして、オルガ・ダンチヒ様ですか?」 「うむ、そうだが。私のことを知っているということは、お主は?」 「ロートス・ケリガンと申します。あなたの契約相手のジュマール・ケリガンの息子です」 笑顔でそう答えるロートスに対して、いきなりの非礼をやらかしてしまったことに気付いたオルガは青ざめる。まさか、領主の息子がこのような装束で街中を歩いているとは夢にも思わなかった訳だが、よりにもよって、妹弟子の契約相手に対してこんな失態を犯してしまったのでは、さすがにやりきれない気持ちになる。 だが、当のロートス本人は、そんなことは全く意に介していないようである。 「父から、あなたを屋敷へと案内するように言われているのです。こちらへどうぞ」 そう言って、笑顔でそのまま彼女を屋敷へと案内しようとするロートスにたいして、逆にオルガの方が拍子抜けしてしまう。 (そうか、これが「オデットが選んだ君主」か……) 正直、彼女が何を基準に彼を選んだのかはまだ分からないが、色々な意味で「型破りの存在」であることは、この時点で何となく察していた。そして、彼女はこの後、領主の屋敷において、更なる衝撃に出会うことになる。 2.1. 白昼の惨劇 こうして、領主の屋敷へと辿り着いたロートスとオルガは、二階の一番奥にあるジュマールの部屋の扉の前へと到着する。すると、その瞬間、部屋の内側から異様な物音が聞こえてくる。奇妙に思ったロートスが扉を開くと、次の瞬間、彼の目の前で「黄金の槍」に身体を貫かれたジュマールが、その場に倒れ込む。その傍らには、黒装束の男が立っていた。 「ち、父上!?」 ロートスが驚愕の声を上げる同時に、黒装束の男は部屋の奥にある窓に向かって走り出そうとする。誰がどう見ても、この男が刺したとしか思えないこの状況において、そのまま黙って見逃す訳にはいかない。そう考えたオルガは、即座に走り込んで黒装束の男との距離を詰めようとする。黒装束の男を逃がさないことを優先するなら、扉の位置からライトニングボルトを彼に向かって放つべきだったのだが、角度的に倒れているジュマールを巻き込んでしまうため、彼の生死が分からないこの状況では、その手は使えない。魔法師として、暗殺者(と思しき人物)相手に間合いを詰めるのは危険な行為だが、さすがに今は自分の身の安全を考慮している場合ではない、と判断したのである。 一方、黒装束の男はジュマールに刺さっていた黄金槍を抜こうとしていたが、彼女がいきなり距離を詰めてきたことに対して焦ったのか、槍を諦めてすぐに後方へと逃げようとする。この時、オルガの目には、彼の左手に豪華な装飾が施された「銀の腕輪」が装着されているのが目に入った。この金の槍といい、銀の腕輪といい、暗殺者にしては異様に目立つ装備には、違和感を感じざるを得ない。 これに対して、ロートスは背中に背負っていた弓を瞬時に構えて、黒装束の男に向かって放つが、その矢が彼に届こうとしたその瞬間、彼の銀の腕輪から奇妙な光が放たれ、聖印のような紋章となってその一撃を防ぐ。どうやら、何らかの特殊な力を持つ腕輪のようである。 一方、黄金槍に貫かれたまま倒れているジュマールの身体からは、彼の聖印が浮かび上がってくる。君主が力を使った訳でもない状態で自らの意志と無関係に聖印が現れるということは、その聖印の持ち主が既に息絶えているという証拠である。そして、このまま放置しておけば、その聖印は消滅し、周囲一面に混沌となって拡散してしまう。 それを防ぐ方法はただ一つ、ロートスがこの聖印を自らの聖印と融合させて、自身の中に取り込むことである。ジュマールは自分の死後の後継者を明確にしていない以上、ロートスにこの聖印を受け取る権利があるのかどうかは微妙な問題であるが、さすがにこのまま放置して「男爵」級の聖印を消してしまう訳にはいかない。この場にいる君主が彼一人である以上、他に選択肢はないのである。ロートスは意を決してジュマールの遺体へと駆け寄り、そして聖印を右手に握って、そのまま自身の体内へと取り込んだ。 その直後、黒装束の男が窓を破って逃げようとしたのに対して、射程内に誰もいないことを確認したオルガがライトニングボルトを打ち込む。銀の腕輪の防壁効果は連続発動することが出来ないようで、今度は彼の身体に直撃し、彼は深い傷を負う。更に、それと時を同じくして、先刻のロートスの叫び声を聞いて駆けつけてきた者達が、この部屋に現れた。 「おいおい、何があったんだ!?」 「何事ですか、一体?」 このオディールにおける「武の双璧」とも呼ぶべき邪紋使いのセリムとエリザベスである。だが、この二人が目の前の状況を理解するよりも前に、その黒装束の男は窓の外へと飛び出してしまう。この部屋は二階に位置しているが、オルガ達が窓まで駆け寄って外を確認した時には、既にその男の姿は消えていた。 2.2. 疑惑と対立 この状況下において、セリムは直感的に「黒装束の男」を逃がしてはならないと考え、屋敷の外へと走り出そうとする。その直前、オルガと目が合った時、一瞬にして彼女が「同郷の幼馴染み」であることに気付くが、なぜ彼女がここにいるのかを確認する前に、まず今は目の前の「賊」を追いかけるべきだと考えた彼は、そのまま飛び出して行った。 その彼と入れ違いになるような形で、時間差でゲンドルフ、リューベン、オデット、そしてリューベンの母のケイラが、次々と現場に到着する。 「兄者! これは一体、どういうことだ!?」 次男ゲンドルフは激昂して、ロートスに詰め寄る。彼が到着した時には、既に黒装束の男の姿はなく、黄金槍に貫かれた父親の遺体と、その父の聖印をロートスが自身の聖印として取り込んでいた。この状況では、ロートスが父を殺して聖印を奪ったように思えてもおかしくはない。 少し遅れて到着したリューベンは、父の死を目の当たりにして絶句しつつ、彼の身体に刺さっている黄金槍を確認した上で、それが盗まれていた自分の黄金槍であることを皆に告げる。彼の黄金槍が盗まれていたという話はエリザベス以外には告げていない以上、中にはその発言に違和感を覚える者もいた。 その後に到着したオデットも同様に驚愕した表情を浮かべつつ、ひとまず死因を確認してみたところ、やはりこの黄金槍の一撃で絶命したことは間違いないと断言する。そして、ロートスから銀の腕輪の話を聞き、その時に浮かび上がった紋章を図示されると、それが「聖印教会の高位の人々」だけが持つ特殊な腕輪である可能性が高い、という憶測を告げる。 そして、最後にこの場に到着したケイラは、絶叫を上げてジュマールの遺体へと駆け寄って行った。 「あなた! 一体、どうして……、こ、こんなことって……」 そのまま錯乱した様子で取り乱した彼女は、やがて失神してその場に倒れ込む。オデットはエリザベスに、彼女を自室まで連れ帰るように頼み、彼女も素直にそれに従って、ケイラを抱きかかえてその場を去ろうとするが、その時にオデットが、エリザベスに対して小声で耳打ちする。 「あなた、リューベン様のことは、もう忘れた方がいいですよ。身分違いの恋など、成就するものではありません。いずれ捨てられるのがオチです」 エリザベスとオデットはそれほど親しい関係でもないし、リューベンとの関係についても、誰にも話したことはない。それでも勘付いている者はいるだろうが、日頃のオデットは他人のゴシップを気にするような人物でもない。そんな彼女から突然、厳しい眼差しでそう告げられたことに違和感を感じたエリザベスであったが、他人にどうこう言われる筋合いもないと考えた彼女は、特に何も言い返すことなく、淡々とケイラを抱えたままその場を立ち去っていく。 そして、残った者達の間は当然のごとく、互いに牽制し合いながら疑惑の眼差しをぶつけ合うことになる。 「私の黄金槍を武器に使ったのは、おそらく、私を犯人に仕立てるためでしょう。誰か、私に濡れ衣を着せたい者がいるのではないかと。そうでなければ、暗殺にわざわざ槍を用いるなど、常識的に考えてあり得ません」 リューベンはそう言って、ロートスとゲンドルフにチラリと目を向けると、それに対してゲンドルフが異論を唱える。 「どうだかな。あの槍には特別な力があるという伝説もある。その特別な力を使って、親父を瞬殺したのではないか?」 「なるほど。私も存じ上げませんが、槍を盗んだ輩がその力を知っていた可能性はありますね」 「お前が知らないことを知っている輩が、そうそう何人もいるとは思えんがな」 「買いかぶりですよ、兄上」 二人は互いに皮肉めいた口調で言葉を交わしながら、互いに疑惑の視線で相手を睨む。この状況に対して、ロートスが何も言えずにいると、今度はオデットが口を開いた。 「その可能性があるとしたら、やはり、オーロラ村の教会でしょうか」 銀の腕輪が「聖印教会の高位の者」しか持てない代物である以上、当然、彼等にも疑惑は向けられる。この近辺で聖印教会の力が強い地域と言えば、間違いなくオーロラ村である。その村の司祭のハインリッヒであれば、あのレベルの腕輪を所有していてもおかしくない。 だが、それに対してもゲンドルフは異議を唱える。 「このタイミングで教会が親父を狙う理由がない。むしろ、教会に濡れ衣を着せたい奴がいるのでは?」 確かに、聖印教会とジュマールの間で不仲説があった訳でもないし、ゲンドルフの縁談に聖印教会が反対していたという話も聞いたことはない。 「おや? 兄上、いつの間に教会の肩を持つようになったのです? 以前はあんなに嫌っていたのに」 「好き嫌いの問題じゃない! 不自然だと言ってるんだ。色々な意味でな!」 薄笑いを浮かべたリューベンに突っ込まれたゲンドルフは、そう言って今度はロートスを睨む。確かに、父が殺された直後にロートスが現場に現れ、その聖印を「引き継がざるを得なかった」という状況は、他の者達にとっては「不自然」に見えてもおかしくはない。 「ゲンドルフ様、まさか、ロートス様のことを疑っている訳ではないでしょうね?」 オデットがそう言ってゲンドルフを牽制しようとすると、そこにリューベンが割って入る。 「この状況で、疑うなと言う方が無理ですよ。いくらなんでも、都合が良すぎますからね。もっとも、あえて教会を庇うゲンドルフ兄上の言動も、いささか不可解とは思いますが」 そう言って兄二人に対して疑惑の目を向けるリューベンに対して、ゲンドルフは露骨に不快な顔を浮かべて、こう言い放つ。 「そこまで言うなら、オーロラには、俺が今から真偽を確認に行く。それでいいな!?」 「ちょっと待ってよ、みんな!」 このタイミングで、それまで黙っていたロートスが割って入った。 「犯人探しも大切だけど、父上が亡くなったんだよ? まず、葬儀の話をするのが先じゃないの?」 この発言に対して、彼と同様にそれまで黙っていたオルガは、ハッとさせられる。この異様な状況下において、まず死者を弔うという「人として当然のこと」を皆が忘れていたのである。確かに、自分自身が容疑者となりうる立場にいる人々が自衛のために他人を牽制するのは、やむを得ない側面もある。だからこそ、現状で(部外者であるが故に)最も犯人扱いされにくい立場にある自分が率先して言い出すべきだったことをロートスに先に言われてしまった彼女は、深い自責の念を抱く。それと同時に、この「オデットの選んだ君主」が、思った以上に大物かもしれない、と少しずつ実感し始めることになる。 そしてオデットもまた、自らの君主のその心遣いに対して、どこか少し安堵したような表情を浮かべながらも、彼の「まっとうな主張」に内在する問題点を指摘する。 「おっしゃる通りです。しかし、この話を外に漏らしたら、もう暗殺の事実をごまかすことは出来ません。それで良いのでしょうか?」 確かに、真相が分からないまま「領主の死」のみを公表して葬儀を開くのは、それはそれで更なる混乱を招きかねない。だが、その疑念に関しては、ゲンドルフが一蹴する。 「ごまかす必要がどこにある!? ハッシュの時とは、訳が違うんだぞ!」 次の瞬間、オデットは目を丸くし、リューベンは呆れたような顔で目をそらし、オルガとロートスは混乱し、そしてゲンドルフは「しまった……」と言いたそうな表情を浮かべる。 「ちょ、ちょっと待って。ハッシュは病気で死んだんだよね? それが今回の件とどう関係あるの?」 ロートスがそう言ってゲンドルフを問い詰めようとすると、彼は黙って早足でその場を立ち去る。そんな彼のことを目で追いながら、今度はリューベンが「やれやれ」という表情で語り始める。 「こうなると、最悪の場合、オーロラ村との間で戦争になる可能性もありますね。私はジゼルに行きます。もし戦争になった時に、加勢を頼む必要もあるでしょうし」 確かに、もし今回の件の黒幕がゲンドルフであった場合、オーロラ村に逃れた彼との間で抗争が起きる可能性はある。また、仮にゲンドルフが無関係であったとしても、聖印教会がジュマールを殺したということであれば、このまま黙っている訳にはいかない。 「ハッシュの件については、オデットさんに聞いて下さい。では、私はこれにて」 そう言って、バツが悪そうな顔をしながら、リューベンも去っていく。厄介事を押し付けられたオデットは、深刻な表情を浮かべつつ、この場に残った君主と姉弟子に対して、「ハッシュの死の真実」について語り始めるのであった。 2.3. それぞれの思惑 「ハッシュ様は、表向きは病死ということになっていますが、実は、何者かの手で殺されていたのです」 オデットは重々しくそう語る。ちょうどロートスが公務で留守にしていた日に、ハッシュが自室で何者かに刺殺されているのが発見され、犯人の目星は全くつかなかったという。その上で、もしこの事実が広まった場合、エーラムから次の魔法師の派遣を渋られる可能性があるとオデットがジュマールに助言した結果、「病死」と発表することになったらしい。現時点でこのことを知っているのは、ゲンドルフ、リューベン、ケイラ、オデットの四人のみ、とのことである。 その暗殺事件の直後に帰って来たロートスにその事実が知らされなかったのは、ジュマールから全員に対して厳しい箝口令が敷かれていたからであるが、オデット個人の感情として、心根の優しいロートスをこの件に巻き込みたくない、という想いもあった。もっとも、それ以上に知られたくなかった相手は、エーラムから代理で派遣されてきた姉弟子であるオルガなのだが、こうなってしまった以上は仕方ない。 「このようなことになってしまって大変申し訳ございませんが、お姉様にはこのまま、私と共にロートス様にお仕えして頂けませんか?」 魔法師の慣例として、彼女達はいずれもダンチヒ家に「養女」として入門することになる。故に、オデットから見て彼女は「姉弟子」であると同時に「義姉」でもある。故に、オルガに対しては「お姉様」と呼ぶ習慣がオデットの中には身についていた。 オルガの契約相手であるジュマールが死んだ以上、今の時点でオルガにはエーラムに帰る権利はある。それと同時に、なし崩し的に後継者となったロートスに仕えるという選択肢も、もちろん可能である。現在のロートスの傍らには既にオデットがいるが、一人の君主が二人以上の魔法師と契約することも、「男爵」以上の聖印の持ち主であれば、それほど珍しい話ではない。とはいえ、さすがに現状ではまだそこまで決断出来る状態ではなく、かと言って契約相手を殺した犯人を特定出来ないまま帰る訳にもいかない。 「とりあえず、お仕えするかどうかは別として、この一連の事件の調査には協力するわ。その後のことは、その後で考えましょう」 「ありがとうございます、お姉様」 こうして、彼女はひとまず真相究明のためにこの地に残ることを決意する。そして、ジュマールの遺体についてはひとまず密かに寝室に隠し、暗殺に用いられた黄金槍は血糊を拭き取った上で、ロートスの黄金槍と同じ場所(ロートスの私室)で保管しておくことにしたのであった。 * 一方、黒装束の男を追っていたセリムは、結局、その手掛かりすら掴めぬまま屋敷に戻ると、ゲンドルフが出立の準備をしているのに気付く。ゲンドルフはセリムに一通りの経緯を話しながら、納得いかない様子で準備を続ける。 「どう考えても、兄貴に都合が良すぎる。兄貴が殺したに決まってやがる。多分、あの新任の魔法師もグルだな。もしかしたら、エーラムが絡んでいるのかもしれん」 セリムとしては、正直、誰の言い分が正しいのかは分からない。だが、親友であるゲンドルフが、暗殺や謀略などの小細工が出来る男ではないということは分かっている以上、彼が犯人ではないことは確信していた。だが、それと同時にもう一人、彼にとっては信頼出来る、というよりも「信頼したい人物」がいた。ゲンドルフが言うところの「新任の魔法師」ことオルガである。 「あいつは、俺と同じ国の出身なんだ。今はもう、その国は無くなってしまったんだがな」 「そうだったのか……、すまん、お前の友のことを悪く言ってしまって」 「いや、別に気にしなくていい。それに、もう何年も会っていなかったんだ。その間に『俺の知っている彼女』ではなくなってしまった可能性もある」 そもそも、領主の部屋で一瞬だけ顔を合わせただけで、まともに会話を交わす暇もなかったため、本当に彼女がオルガなのかどうかも、この時点のセリムの中ではまだ確信出来ていない以上、今の段階でどうこう言えるだけの判断材料も持ち合わせていなかった。 「いずれにせよ、聖印教会が関わっている可能性も、ゼロとは言えない。だから、念のため今から俺が行って確かめてくる」 「俺も一緒に行こうか?」 「そうしてもらえれば心強いが、邪紋使いが俺と一緒にいると、奴等の態度が硬化して、かえって話がややこしくなる可能性がある」 そう言われると、セリムとしても納得せざるを得ない。ゲンドルフが亡き父から託された黄金槍を片手に、数人の部下達と共に早馬でオーロラへと向かうのを横目に見つつ、セリムはオディールに残って、犯人に関する調査を続けることにした。 * その頃、リューベンの母ケイラを彼女の自室へと送り届けたエリザベスは、そこで再び目を覚ました彼女が怯えた様子で繰り返す奇妙な発言に悩まされていた。 「ロートスが殺したに決まってるわ。このままだと後継者から外されるから、聖印を奪い取ったのよ! ハッシュを殺したのも、きっとロートスだわ。次はきっと私が狙われる……。あぁ、もう、どうしたらいいの! あなたは、リューベンの味方よね? 私の味方よね? そうよね?」 エリザベスとしては、彼女が何を言っているのか、さっぱり分からない。そもそもハッシュが暗殺されたということも聞かされていない上に、なぜ彼女がそこまでロートスを疑うのかについても、理解に苦しむ。現状において、ロートス一人だけが魔法師との契約を認められ、弟二人と別の村の領主の娘との縁談が進みつつある以上、ロートスが「このままだと後継者から外される」と考える要因が見当たらない。無論、だからと言って彼をシロと決めつける要素はないが、なぜケイラがここまで怯えているのか、エリザベスには分かる筈もなかった。 そんな中、リューベンが「現場」から戻ってきて、一通りの事情を説明し、これから自分はジゼルの村に行く旨を告げる。 「わ、私も連れていってくれ。ここにいたら、私は殺されてしまう!」 そう言って、リューベンにすがりつこうとするケイラであったが、彼はその手を優しくほどき、諭すように母親に優しく語りかける。 「ここで我々が揃ってオディールから去ったら、我々が犯人なのではないかと疑われます。エリザベス、母上をお願いしますね」 「分かりました。ただ、護衛の兵は十分に付けていって下さい」 この状況であれば、どこで何が起きるかは分からない。自分が彼の傍らにいればいつでも護れる自信はあるが、今は母親の警護を優先してほしいと言われた以上、エリザベスとしては、そう忠告することしか出来ない。リューベンは笑顔で頷き、そのまま幾人かの兵を連れて、オディールを後にした。 2.4. 錯綜する捜査 こうして、ゲンドルフとリューベンが去った今、実際に黒装束の男を目撃した4人(ロートス、オルガ、セリム、エリザベス)は、それぞれに真相究明に向けて動き出すことになる。 ただ、その前に、セリムとしてはまず確認すべきことがあった。 「お前……、オルガだよな? どうして、ここにいる?」 「私はあれからエーラムで勉強して、契約魔法師となったのです。そう言うあなたこそ、なぜ?」 「俺は、戦場を渡り歩いてる間に、ここの次男坊に気に入られてな。今はあいつと一緒に、この国で武術を極めることにしたんだ」 数年ぶりに再会した同郷の幼馴染みを相手に、本来ならばもっと募る話を語り合いたいところであったが、今はこの程度の会話が精一杯であった。この事件の真相次第によっては、対立せざるを得ない立場になる可能性もあったが、ひとまず今は「事件の究明」を最優先する方針で同意する。この点については、ロートスもエリザベスも同調していた。 こうして、ひとまず協力体制を築いた四人であったが、四人で手分けして情報を探ってみても、今回の殺人事件の真相に繋がる証拠には、なかなか辿り着くことは出来なかった。 殺人現場の状況から、おそらくあの黒装束の男は、天井裏から部屋に侵入し、全く無防備状態だったジュマールを黄金槍で貫いたのであろうと推測される。ただ、天井裏に入り込む方法はいくつかあるが、どの経路を使ったとしても、屋敷の内部構造に詳しい者がいなければ、「領主の間」まで物音を立てずに辿り着くのは難しい。つまり、誰か内部から手引きした者がいる可能性が高いことは伺えたが、それが誰なのかを絞り出す証拠は、全く見つからなかった。 一方、リューベンの倉庫から黄金槍が盗まれた件については、どうやらもともと、それほど厳重な警備が敷かれていた訳ではなかったようで、天井裏に忍び込めるレベルの侵入者であれば、盗むことはそれほど難しくなさそうだということが分かる。ましてや、もし「内部」に敵がいるのであれば、誰でも容易に盗めそうな状況に思えた。 また、街中に出た上での調査を通じても、それらしき人物の手掛かりもなく、また聖印教会についても、特に最近になって奇妙な動きを見せているという噂も無かった。まだ領主の死を知らされていない人々は、特に何かが変わった様子もなく、いつも通りに平和な日常を送っている。 そんな中、「三本の黄金槍」の由来について、オデットと共に屋敷に伝わる過去の文献について調べていたロートスは、「100年前の喪失」に関する記述を発見する。その記録書によると、当時の契約魔法師の突然の失踪と同時に三本の槍が消失しているため、彼が槍を持って逃亡したのではないかと推測されているらしい。 また、それと時を同じくして、当時の領内に存在していた「魔境」が突然姿を消した、とも書かれている。当時の地図を見る限り、その魔境の位置は、先日、ジュマールの手で浄化された(彼が三本槍を発見した)魔境とほぼ同じ位置に存在のようである。この状況から察するに、百年前の魔法師がその三本槍の力によってその魔境を封印した、と考えるのが自然であるが、だとすると、なぜそのことを魔法師が「逃亡」した上で実行しなければならなかったのかが不明であるし、その魔法師がその後でどうなったのか、なぜその魔境が最近になって再び出現したのか、様々な謎が残ったままである。 ちなみに、黄金槍そのものの由来に関しては、ケリガン家の開祖が四百年前に英雄王エルムンドから賜ったとも言われているが、あまりにも古すぎて明確な記録が残っていないため、確証には至らなかった。そもそも、なぜ同じ大きさの槍を三本も持っていたのかも不明である(常識的に考えて「三槍流」は普通の人間には不可能である)。何らかの特殊な力を秘めているらしい、ということは様々な書物に書かれていたが、それが何なのかについても、明確な答えは得られないままであった。 2.5. 黄金槍の暴走 こうして、この日の調査が(あまり明確な成果も得られないまま)一段落して、陽が落ちようとしていた頃、全身に傷を負ったゲンドルフがオディールに戻ってきた。オーロラ村から往復してきたにしては、あまりにも早すぎる帰還である。しかも、彼と同行した筈の兵達は一人もいなかった。 「何があったんだ、ゲンドルフ!?」 セリムがそう問うと、彼は無念そうな、そして不可解そうな顔で答える。 「聖印教会の連中が、いきなり襲ってきやがったんだ……」 彼がオーロラ村に向かって、幾人かの部下達と共に早馬を飛ばしていた時、反対側から、棍棒や皮鎧で武装した聖印教会の信者達が現れ、ゲンドルフの姿を見かけると同時に、 「我等が同志、ハインリッヒの仇! 神の裁きを受けるがいい!」 などと叫びながら、襲いかかってきたらしい。「ハインリッヒ」とはオーロラ村の聖印教会の司祭の名であるが、ゲンドルフにしてみれば彼等に「仇」と言われる所以はない。しかし、彼等がこちらの言い分を何も聞かずに襲いかかってきた以上、ゲンドルフとしては反撃するしかない。だが、一人一人は大した戦力ではなかったものの、あまりにもその数が多すぎて、僅か数人のゲンドルフの部下達は次々と倒され、遂には彼も取り囲まれ、危険な状態に陥ってしまったという。 そんな中、彼の心に対して、何者かが語りかけてきたという。 (我が力を解放せよ……) どこからその声が聞こえてきたのか、ゲンドルフには分からなかった。だが、このままでは自分が(その理由も分からないまま)殺されると思った彼は、思わず心の中で叫ぶ。 (俺に……、その力を貸せ!) 次の瞬間、彼が右手に握っていた黄金槍が「龍の首」の形へと変わっていく。そして、それを握る彼の右腕もまた、その「黄金龍の首」と一体化していく。 「な、なんだこの力は……」 自分の右腕に、これまで経験したことのない強大な力が宿っていくのを感じる。それと同時に、自分の右腕が自分のコントロールから離れていきつつあることも彼は感じていた。 そして、その異様な光景に一瞬怯んだ聖印教会の面目に対し、ゲンドルフの右腕と一体化した「黄金龍の首」が、これまで見たことのない光を伴うドラゴンブレスを浴びせたのである。その一撃で彼等の大半はその場に倒れ込み、そして残った僅かな者達は一目散にオーロラ村の方向へと逃げ帰る。 「こ、混沌だ……、混沌の力だ……」 恐怖に怯えながら去って行く彼等に対して、ゲンドルフは追いかけて真相を確かめたいところであったが、この時点で、彼にはそんな余裕はなかった。彼の右腕は完全に「黄金龍の鱗」に覆われ、そのまま胴体にまで「侵蝕」が進みつつあったのである。このままでは完全に自分の身体を奪われると思った彼は必死に抵抗しようとするが、どうすればそれを止められるのかも分からない。 やがて彼の意識は朦朧となり、自分が完全に「何者か」に乗っ取られようとしていく過程において、彼の目の前に「魔法師のような姿」の男が現れたらしいのだが、それが何者だったのかを確認する前に、彼は完全に気を失う。そして、次に目が覚めた時、彼の回りには誰もいなかった。ただひたすら、敵と味方の死体が転がっているだけであった。彼の身体は全身が正常な状態に戻っていたものの、黄金槍は失われ、そして「魔法師風の男」の姿も、どこにも見当たらなかったという。 「正直、ここまで戻ってくるのがやっとだった。父上から賜った黄金槍も奪われてしまったが……、兄者、あれはとんでもない代物だぞ」 この説明を聞く限り、確かにただの「家宝」で片付けられるレベルの武具ではない。人間の身体を乗っ取るということは、間違いなく混沌の類いの力である。敵集団を一瞬で一蹴するほどの力を秘めてはいるようだが、制御出来ない強力な武器は、人類全体にとっての脅威でしかない。 だが、そんな中、一人だけ異なる感情を抱いていた者がいる。セリムである。彼はもともと「龍」への強い憧憬心故に、自分自身が「龍」となることを夢見て「龍のレイヤー」となった邪紋使いである。自らの右腕を龍そのものに変える力を持つ黄金槍と聞いて、興味が湧かない筈がない。たとえそれがどれほど危険な物品であっても、それを手にしてみたいという欲求が彼の中に生まれるのも、当然の話である。だが、さすがに今、この場においてそのことを口にするほど、彼は愚かではなかった。 そして、その黄金槍(黄金龍)の問題と同等以上に気がかりなのが、「聖印教会の人々が問答無用でゲンドルフに襲いかかってきた」という事実である。どういう経緯で彼等がゲンドルフを敵視しているのかは分からないが、いずれにせよ、彼等との間での本格的な抗争という可能性が現実味を帯びてきた。 こうなると、エリザベスとしては、この可能性を危惧していたリューベンに、一刻も早くこの事実を伝える必要があるように思えてきた。ケイラの護衛を厳重にするように警備兵達に命じた上で、彼女は一人、早馬でジゼルへと向かうことになる。 2.6. 暁の牙 エリザベスがジゼルの街に着いた時、既に時刻は深夜に差し掛かり、村の家々の明かりも、徐々に消えつつ会った。そんな中、彼女は村外れの古い小屋の周囲に、リューベンの護衛の兵達が集まっているのを発見する。 「リューベン様は、こちらにいらっしゃるのか?」 「あ、はい。そうですが、今は何人たりとも通してはならぬ、と言われておりまして……」 「中には、他に誰かいるのか?」 「いえ、今はリューベン様お一人だけです」 「そうか……、事情は理解した」 そう言って、彼女は兵を押しのけて、扉を開けようとする。 「ま、待って下さい。ですから、今は開けてはならぬと……」 「リューベン様、エリザベスです。至急、お伝えせねばならぬことがございます!」 彼女がそう言って扉を力強く叩くと、中からリューベンが現れる。 「どうしたのですか? こんな夜更けに」 「リューベン様、実は……」 彼女は一通り、ここまでの事情を説明した。ちなみに、部屋の中にいたのは、確かにリューベン一人だったようである。机の上で何かを書いていたような形跡はあるが、紙が片付けられているため、彼が何を書いていたのかは分からない。 「なるほど。そういうことならば、確かに、早めに動いた方が良さそうですね」 「今から、ジゼルに援軍を要請出来るのですか?」 リューベンはこの村の領主に気に入られてはいるものの、まだ正式に娘と婚約した訳ではない。あくまでも「友好的な隣人」にすぎない彼に、この村の軍隊に出動を要請することは難しいように思える。 「私がアテにしているのは、ジゼルの軍隊ではありません。彼等です」 そう言って、彼は自信の鞄の中から、一枚の書類を取り出した。この瞬間、エリザベスの頭の中には、出立前に偶然見てしまった「敵将ハルク・スエードの署名が書かれた手紙」が想起されたが、ここで彼が取り出したのは、それとは全く異なる「契約書」のような書面であり、その最後には、リューベンと、そして「ヴォルミス」という名の署名が書かれている。 「ヴォルミス……、隻眼のヴォルミスですか?」 「隻眼のヴォルミス」と言えば、この世界で最も名の知れた傭兵団「暁の牙」のリーダーである。リューベンは彼等に密かと契約を交わしていたらしい。 「彼等とは明日、合流する予定です。当初の予定とは異なりますが、状況によってはすぐに参戦出来るよう、要請しておきましょう。深夜の早馬での連絡、ありがとうございます」 リューベンがどういう理由で、このタイミングで「暁の牙」を呼び寄せていたのか、エリザベスにはさっぱり分からない。やはり、今回の一連の事件の背後で糸を引いているのは彼なのではないか、そんな疑惑が、彼の一番の忠臣である筈のエリザベスの中ですら沸き上がってくる。 「リューベン様、一つ確認してよろしいですか?」 「どうぞ」 「その傭兵団は『オディールの軍』と戦うためではありませんよね?」 このような質問を投げかけること自体、かなり大胆な行為であるが、リューベンはそれに対して、全く動揺も驚愕も激高もすることなく、どこか自信に満ちた笑顔で答える。 「えぇ。彼等がオディールの人々を傷付けることなど、絶対にありえません」 リューベンは何を考えているのか分からない人物だが、この時の彼の笑顔は「嘘をついている時の顔」ではない、と彼女は本能的に感じていた。その直感が正しいのかどうかは分からない。ただ、彼がそう言う以上は、彼を信じるしかない。彼女が彼を信じることを彼が望んでいる以上は、彼を信じる以外に彼女には選択肢が無いのである。 こうして、要件を終えた彼女は、再び早馬でオディールへと帰還する。かなりの強行軍ではあるが、オディールでも何が起こるか分からない以上、本来の自分の任務である「ケイラを護る」という役割を果たすために、一刻も早く帰る必要があると考えていた。 2.7. 深夜の襲撃 こうして、エリザベスが再びオディールへと向かいつつある中、オディールに残った者達は、暗殺者が再び誰かを狙う可能性があると考えて、厳戒な警戒態勢を取っていた。 状況的に考えて、ロートスかゲンドルフのどちらかが狙われる可能性が高いと考えた彼等は、護衛戦力を分散させないために、ゲンドルフをロートスの部屋に寝泊まりさせ、オデット、オルガ、セリムの三人が交代で警備を担当する、という形で防御策を採る(ケイラに関しては、本人は「自分が狙われる」と思っていたようだが、リューベンもエリザベスもいない状態で、彼女が襲われる可能性が高いと考える者はいなかった)。 「じゃあ、俺はソファーで寝るから。兄者は自分のベッドで寝ろよ」 「いや、怪我人のお前こそ、ベッドでゆっくり寝るべきだろ?」 「いいんだよ、俺は兄者とは違って、日頃から野営にも馴れてるから」 そう言って、ゲンドルフは勝手にソファーに横たわり、自室から持ってきた毛布に包まる。二人とも、色々と思うところはあったが、ひとまず今は臣下達を信じて、静かに就寝する。 * そして、彼等の予感は的中した。その日の真夜中、ロートスの部屋の上から奇妙な物音がしたことに、セリムが気付いたのである。彼が即座に皆を起こし、ロートスが弓矢を天井に向かって放つと、その天井が崩れて、黒装束の男が落ちてきた。「飛び降りて」きたのではなく、(彼の矢を身体に受けたことで)「射落とされて」きたのである。即座に、その部屋にいた者達が、その彼を包囲しようとする。 しかし、幸か不幸か、彼が落ちてきたその場所は、ロートスとリューベンの黄金槍が置かれていた場所であった。彼は思わずロートスの槍を掴んで牽制しようとするが、その表情は(覆面越しでも分かるほどに)明らかに動揺していた。 「くっ……、なぜこんなにも護衛が! 話が違うぞ!」 彼がそう叫んだ目線の先には、オデットの永続召還獣であるジャック・オー・ランタンがいた。ロートス、セリム、オルガ、(手負いとはいえ)ゲンドルフに加えて、彼等に匹敵する戦闘力を持つジャック・オー・ランタンの出現によって、完全に「万事休す」かと思われたその時、その黒装束の男の右腕が突然、黄金に輝き、槍と一体化し始める。 「な、なんだこれは……、お、お、俺の腕がぁぁぁ!」 そう叫びながら、黒装束の男はのたうち回りつつ、腕を振り回す。 (あれは、俺の時と同じ……) ゲンドルフがそう思った次の瞬間、ロートスの二度目の射撃、オルガのライトニングボルト、そしてジャック・オー・ランタンの炎熱攻撃により、黒装束の男はその場に倒れ込む。ロートスの矢までは銀の腕輪の力で食い止めたが、その後の連撃を耐えられるだけの体力は、もう彼には残っていなかったのである。そして、彼の身体から生気が抜けていくと同時に、彼の右腕もまた本来の形に戻り、そして「龍の頭」と化していた黄金槍は、再びただの「槍」の形状に戻っていく。 (これが、ゲンドルフが言っていた「龍化」の力か……) セリムはこの光景に対して異様な興奮を覚えていた。彼が数年間の修行の末に手に入れた「龍化」の能力よりも更に強力な力を、この黄金槍はもたらしているのである。果たして、自分がこの黄金槍を手にした場合、どれほどの強い力が手に入るのか、想像しただけで際限のない高揚感に包まれてくる。無論、その結果として自分が自分で無くなってしまう可能性も、十分に彼は考慮している。だからこそ、そのことを表には出さないが、それでも、自分の中でこの「黄金龍」への渇望が否応無しに沸き上がってきていることは、確かに実感していた そんなセリムの内的葛藤など知る由もない他の面々は、この暗殺者の黒装束を引きはがして、なんとか身元を明らかに出来ないかと試みたが、結局、彼が何者なのかは分からなかった。息があればまだ拘束して尋問するという手段も使えたのだが、最後のジャック・オー・ランタンの放った火炎の威力が強すぎたのか、即死状態だったようである。 こうして、彼等が当面の最大の脅威を撃退すると同時に、領主殺しの手掛かりを失ってしまったその時、屋敷内に意外な警報が駆け巡ることになる。 2.8. 怒れる隣人 ここで、時間を少し遡る。 ロートスとゲンドルフが静かに床についたちょうどその頃、ジゼルからオディールに帰るために早馬を飛ばしていたエリザベスは、奇妙な集団がオディールに近付きつつあるのを発見する。左手にたいまつ、右手に棍棒を持ち、軽装備を着込んだ村人達である。そして、彼等は聖印教会のシンボルを掲げつつ、口々にこう叫んでいた。 「同志ハインリッヒの仇を!」 「神を恐れぬ不遜な輩共に、天罰を!」 明らかに異様なその光景を目の当たりにして、エリザベスは更に馬足を早める。彼等が何に対して憤っているのかは分からないが、彼等がオディールに向かっていることは間違いない。その激しい怒号の響きから、そこには明確な敵意・殺意が感じられた。どう考えても、平和的な目的の集団とは思えない。 なんとか彼等よりも先にオディールに到着したエリザベスは、警備兵達に大声で告げる。 「敵襲だ! 臨戦態勢を!」 そして、その知らせはすぐに屋敷にも届き、慌てて屋敷の外を見たロートス達も、その姿を確認する。 「あいつら、今度は本気で攻めてきやがった!」 ゲンドルフはそう叫び、手負いの身体に鞭打って戦場に向かおうとするが、その前にロートスがその場にいる者達に告げる。 「まず、誤解を解こう。多分、彼等は僕等がハインリッヒ司祭を襲って、この銀の腕輪を盗んだんだと勘違いしてるんだと思う。でも、今、その腕輪はここにあるし、その犯人の死体もここにある。話せば分かってもらえる筈だよ」 正直、分かってもらえる保証はどこにもないし、そもそもこの「黒装束の男」が「司祭襲撃の犯人」なのかどうかも分からない。だが、現状で彼等を相手にまともに戦った場合、こちらが本気で戦えば負ける可能性は低いが、それでも相当な損害を被ることは間違いない。戦わずに済ませられるなら、その方がいいことは間違いないだろう。 だが、果たして本当にそれは可能なのか? どういう理由かは全く分からないが、現実に怒り狂った状態にある信徒達を宥めるのは、相当に難しいことは誰にでも分かる。しかし、それでも説得すべきと考えたロートスは、一人敵陣の目の前で矢面に立ち、大声で叫ぶ。 「話を聞いて下さい、オーロラ村の皆さん!」 彼は訴えた。自分達がオーロラ村にも聖印教会にも敵対する意志はない、ということを。そして、ハインリッヒ司祭に何があったのかについても何も知らない、ということも。 並の人物であれば、「黙れ! この邪教徒が!」と言われて、そのまま村人達に撲殺されていたであろう。しかし、彼のその訴えに、彼自身の聖印が応えた。まばゆい光が無実を訴え続ける彼の身体を照らし出し、彼の発する言葉の一つ一つにも神々しい波動を与えていく。「聖印」を何よりも深く崇める彼等にとって、その効果は絶大であった。更に、彼が心清らかで穏やかな人物であることは近隣の村々にも知れ渡っていたこともあり、怒りに我を忘れていた彼等の中に、少しずつ動揺が広がる。 「お、おい、本当に司祭様は、アイツに殺されたのか?」 「もしかして、俺達は誰かに騙されているんじゃ…………?」 彼等が半信半疑の状態に陥り始めると、やがて彼等の代表者が、一歩前に出る。 「どういうことなのか、説明してもらいましょうか?」 その表情はまだかなり険しい様子ではあるが、明らかに先刻までの狂乱状態とは異なり、少なくとも「相手の言い分を聞こう」という意志が感じられた。ロートスの決死の訴えが、彼等を「話が通じる状態」にまで引き戻すことに成功したのである。 その後、両者の間で一通りの事実を確認する。教会側の代表者曰く、オーロラ村の聖印教会のハインリッヒ司祭が「黄金槍を持った黒装束の男」に殺され、その銀の腕輪が盗まれたのだという。そして、その黒装束の男の手掛かりを探っていったところ、その黄金槍がオディールの三兄弟が持っているものだと分かり、更に「黒装束の男がオディールの屋敷に入って行くのを見た」という証言がどこからともなく広まったことで、「オディールの犯行」と思い込んでしまっていたらしい。 ひとまず、ロートス達が「黒装束の男」の死体を彼等に見せた上で、自分達も彼の手で領主ジュマールを殺されているという旨を告げると、彼等も一応は(まだかなり釈然としない様子ではあったものの)納得した姿勢を示す。この時点で、何者かが裏で糸を引いていることはオディール側もオーロラ側も察していたが、互いに相手を「シロ」だと仮定すると、その「何者か」が誰なのか、さっぱり見当がつかない。 だが、少なくとも、現状において互いに相手が黒幕だと断言出来る要素が無かったこともあり、聖印教会の者達は、素直にこの場は引き下がり、オーロラ村へと帰還する。もし、衝突していたら相当な数の死傷者が出ていたであろうが、ロートスの人望と聖印により、なんとか最悪の事態だけは回避することが出来たのである。 3.1. オデットの正体 こうして、立て続けに発生した脅威をなんとか乗り越えた彼等であったが、ここで一つ、奇妙な事態に気付く。いつもロートスの傍らに立ち、彼をサポートし続けていたオデットが、いつの間にかいなくなっていたのである。彼女は、聖印教会の襲来の時点では確かにその場にいたのであるが、彼等との本格的な事実確認が始まった頃には、既に姿を消していたようにロートスには思えた。 彼女の身に何かあったのかと思い、ひとまず彼女の私室に向かおうとしたロートス、オルガ、セリム、エリザベスの四人は、その扉の近くまで来たところで、扉の奥から聞こえてくる奇妙な話し声に気付く。 「あの男を殺せ、という依頼は出してない筈ですよ」 その声色はいつもの口調とは全く異なるが、明らかにオデットの声だった。それに対して、聞いたことがない男の声が帰ってくる。 「殺してはならない、とも言われてない。アレを奪おうとする流れ上、仕方がなかったんだろう。どちらにしても『彼等の仕業』にするつもりだった訳だし、問題ないのでは?」 「我々を彼等と衝突させて、『あなた方にとっての厄介者』も葬る気だったのですか?」 「他人事のように言っているが、エーラムにとっても、オディールにとっても、彼等は厄介者だろう? 」 「無闇に敵を増やしていられるほど、こちらにも余裕はないのです。ロートス様のお陰で、なんとか正面衝突だけは避けられましたが、お陰で、かえって事態が複雑化してしまいました」 ロートス達には、彼女と『謎の男』が何の話をしているのかはよく分からない。だが、明らかに「今回の一連の事件」に関わることを彼女が話していることが分かったエリザベスが、その扉を蹴破って中に入り込む。 「おや、エリザベスさん、何事ですか?」 その部屋の中にいたオデットは、淡々とそう問いかける。その部屋の中には、他に誰かがいた形跡は全く感じられない。だが、エーラムの魔法師ならば、タクトを用いて遠方にいる魔法師と通信することが出来る。おそらく、彼女が誰かと通信していたことは間違いないと皆が考えていたが、その確たる証拠もない。 「オデット、君は、何をしようとしているんだい?」 ロートスが、深刻な表情でそう問いかけつつ、自分達が扉の外で、彼女達の会話を聞いてしまったことを伝える。すると、彼女はあまり驚いた様子もなく、淡々と切り返す。 「それを知った上で、どうなさるおつもりですか?」 その表情は、契約魔法師としてロートスを暖かく見守る「いつもの彼女」とは明らかに異なっていた。しかし、その瞳からは、一切の邪念も悪意も感じられない。「いつもの彼女」と同じ、純粋にロートスを支えていこうとする彼女の強い「忠義」の決意が感じられた。 「僕は、この街が好きだ。父上も、母上も、ゲンドルフも、リューベンも、この街に住む皆が、僕にとっては大切な人達だ。だから、もし君がその人々を殺めたり、傷付けたりするようなら、僕はそれを許さない」 悲しそうな顔で彼がそう言うと、オデットは意外な問いかけで周囲を驚かせる。 「『あの女』のことを、あなたは『母上』と呼ぶのですか?」 この文脈上、ロートスが「母上」と呼ぶのは、ケイラ以外にはありえない。確かに、彼女は彼の実の母ではないが、父の正式な後妻である以上、そう呼ぶことは別段不自然な話ではない。なぜそのことをこのタイミングでオデットが気にしているのか。 「どういうこと? 母上は母上だよ……?」 この時点で、オルガの脳裏に一つの仮説が思い浮かんだが、ひとまず彼女が黙ったまま状況を見守っていると、その奇妙な沈黙を破って、オデットが再び口を開く。 「私の悲願は、ロートス様が立派な君主としてこの街を統治されることです。真実を知った上で、正しい判断を下すと約束して頂けるのなら、私は全てをお話しします」 それに対してロートスが決意の表情で頷くと、彼女は「真実」を語り始める。 「ジュマール様とハッシュ様を殺すように依頼したのは、この私です」 そう言い切った彼女の瞳には、一点の曇りもなかった。そして、その事実に薄々勘付いていたロートス達も、ただ黙って、彼女の話を聞き続ける。 「ジュマール様が後継者に指名したかったのは、ロートス様ではなく、最も御自身に近い気性の持ち主だったゲンドルフ様だったのです」 彼女曰く、ジュマールは当初、『ゲンドルフ様の契約魔法師』として招き入れるつもりでエーラムを訪れ、その時にはっきり『次男に後を継がせる予定だから、彼と契約して欲しい』と言っていたが、彼女がそれを断り、ロートスとの契約を強硬に希望したらしい。通常の魔法師であれば、そのような要求が通ることは滅多にないが、その時点で既に首席卒業が確定していた優秀な魔法師を迎え入れることが出来るならば、ということで、渋々了承することになったようである。 だが、ジュマールがゲンドルフに継がせたいと考えていたなら、なぜそのことを公言出来なかったのか? オデット曰く、先代の契約魔法師であるハッシュが、リューベンを後継者として強く推していたため、なかなか決断出来なかったらしい。そして、その理由は誰も予想すらしていない驚愕の事実であった。 「実はハッシュ様は、ケイラ様と不倫関係にあったのです」 オデット曰く、ケイラの想いを叶えてやりたいと考えたハッシュは、ジュマールに対してリューベンを後継者として指名するように強硬に主張すると同時に、街の内政官達にもリューベンの優秀さを説いて回り、少しずつ同意者を増やそうとしていたらしい。だが、それに対して、先妻マチュアに恩義のある者達が密かに結託して反発し、家臣達の間でも方針が二分される状態になっていたという。 そして、ゲンドルフとリューベンに近隣の村の領主との間での婚姻の話が進みつつあったのも、決して二人を婿養子に出そうとしていたのではなく、むしろそれぞれにオーロラ村やジゼル村を味方に引き込むことによって、あくまでも「オディールの後継者候補」としての後ろ盾を増やそうとする両陣営の戦略であったらしい。 「このままでは、どちらにしても、いずれロートス様は殺されてしまう、と私は確信しました。ロートス様の母君のカミーユ様が、ゲンドルフ様が生まれた後、殺されそうになった時のように」 確かに、二人の権力争いが激化した場合、契約魔法師がいるとはいえ、家臣内にも近隣の村々にも特に後ろ盾を持たない長男ロートスは、どちらの陣営にとっても「邪魔な存在」であることは間違いない。そう考えれば、彼が命を狙われる危険性は確かにありうる。 だが、ここでなぜ彼女が、ロートスの生母であるカミーユの名を突然出したのか、(既に一つの仮説に辿り着いていた)オルガ以外の者達が疑問に思う。そもそも、カミーユが屋敷から逃げ去った理由が「殺されそうになったから」なのかどうかは、誰も知らない筈である。だが、皆が微妙に釈然としない表情を浮かべているのを横目に、彼女はそのまま「真相」を語り続ける。 「だからこそ、私は先手を打って二人を消すために、パンドラと手を組み、暗殺者の手を借りることにしました。私は学院に所属する前に、大陸のパンドラで魔法を学んでいたことがあり、その時の知人を通じて、パンドラ・ブレトランド支部の人々と連絡を取ったのです」 パンドラとは、エーラムの魔法学院とは敵対する、闇魔法師の組織である。その目的は支部ごとに様々と言われているが、少なくとも、表社会においてその名を出すことは、犯罪者であることを公言するのと同じくらい、危険な組織である。そして、オデットが魔法師として優秀な成績を収めることが出来た最大の要因は、実は入学前からパンドラで魔法の素養を学んでいたからだったのである。 ここまでの話を聞いて、確かに一定の筋は通っていると思ったが、まだ色々とよく分からない点が多かった。何よりも疑問だったのは、オデットの「動機」の根本的理由が全く不明なことである。 「オデット、どうして君はそこまで僕のために……?」 「私にとっては、あなたが全てだからです。もう私には、あなたしか残っていないのですから」 そう言われて、更に混乱するロートスに対して、オルガが密かに耳打ちする。 「もしやとは思いますが、彼女の顔、ロートス様がご存知の誰かに似ていませんか?」 オルガとしても、確信があった訳ではない。だが、この仮説が正しければ、全ての話が繋がると彼女は確信していた。ロートスはその意図がよく分からないまま、改めてオデットの顔を見つめながら、自分の記憶を紐解いていく。すると、彼の記憶の一番奥底に眠っていた「一人の女性」の顔が、彼女とかすかに重なってみえた。 「母上……? オデット、まさか、君は……?」 「そうです。私の母の名はカミーユ。私とロートス様は、父親違いの兄妹です」 オデット曰く、カミーユは屋敷を去った後、逃げるように大陸に渡り、その地で知り合った男性と結婚し、その間に生まれたのが彼女であるという。その後、カミーユも父も若くして病死し、行くアテの無くなった彼女は偶然知り合ったパンドラの闇魔法師に拾われて魔法の基礎を学んだものの、やがてその闇魔法師も姿を消し、再び天涯孤独となったところで、自らエーラムの学院の扉を叩くことになった。そして、学院の研修でブレトランドを訪れた際、自身の兄が、地味ながらも領民に慕われる後継者候補として、人々の草の根レベルで評判になっていると聞き、彼の契約魔法師となる道を決意することになったのである。 「オデット……、君がそこまで僕のことを想ってくれていたことは嬉しい。でも、君がやったことは、人として、やってはいけないことだったんだよ……」 「ロートス様なら、そう仰ると思っていました。ですから、真実を知られてしまった今、私はもう、いつでも自ら命を断つ覚悟は出来ています」 オデットにしてみれば、ロートスに聖印を引き継がせることには成功した以上、既に悔いは無い。無論、ゲンドルフもリューベンもそのことを納得した様子ではない以上、まだ様々な難題が残っていることも分かっている。だからこそ、まだしばらく自分が生きて彼を支える(そのための汚れ仕事を一手に引き受ける)つもりではあったが、彼自身がそれを望まぬのであれば、いつでも自害する覚悟は固めていたのである。 「死んで償うのは簡単だよ。でも、それではダメだ。君には、自分の犯した罪を生きて償ってもらう」 具体的な方法は何も思いついてはいない。しかし、ここで「本懐を遂げて満足した彼女」をそのまま殺すことが正しい処罰になるとは、どうしてもロートスには思えなかった。無論、それだけではなく、自分のために全てを投げ打って支えてくれた妹を殺したくない、という気持ちがあるのも当然である。 「ロートス様なら、そう仰ると思っていました。しかし、他の方々はどうでしょう? 領主を殺した私が生き続けることに、納得出来ますか?」 そう言って周囲の三人を見渡す。確かに、三人とも神妙な表情ではあるが、しかし、ここで強硬に彼女を殺すべきと主張する者はいなかった。セリムにとってはゲンドルフ、エリザベスにとってはリューベンの意向を確認したいところであったし、オルガとしても今の自分の中途半端な立場のまま口出しすべき問題ではないと判断していたのである。 そんな彼等の微妙な反応を踏まえた上で、ロートスは力強く宣言する。 「確かに、ゲンドルフやリューベンが認めてくれるかどうかは分からない。でも、僕は彼等を説得して、君が『生きて償う』ことも、僕が領主となることも、認めてもらうよ。大丈夫、聖印教会の人達だって、話せば分かってくれたんだ。同じ兄弟で、分かり合えない筈がない」 完全にただの楽観論にすぎないが、それでも、彼が言うと一定の説得力を感じてしまう。それくらい、今の彼には「君主」としてのオーラが感じられた。そして、彼が自ら「領主となる」と宣言したことで、それまでずっと強張っていたオデットの顔が一瞬和らぎ、安堵の表情を浮かべる。 「ただ、君の身柄はしばらく拘束させてもらう。正式な処分は、また改めて決定するから」 そう言って、ロートスが彼女の手を縛るべく縄を取り出そうとしたその時、部屋のどこからか、謎の声が聞こえてきた。 「それでは困るのですよ。まだ彼女には、やってもらわねばならないことがあるのですから」 3.2. 黄金槍の正体 その声の主を探して皆が周囲を見渡していると、部屋の片隅に突然、一人の長髪の男性が現れる(下図)。東方の国々の衣装をアレンジした奇妙な出で立ちのその男の声は、明らかに、先刻までオデットと会話していた男のそれであった。そして、彼の右手には一本の「黄金槍」が握られている。 「はじめまして、ロートス卿。パンドラ・ブレトランド支部のシアン・ウーレンと申します」 そう言って、彼は恭しく礼をする。その口調は、先刻までのオデットとの会話の時とは明らかに異なる。一応、王侯貴族を前にした時の彼は、最低限の礼は尽くすようにしているらしい。 「その黄金槍は!?」 「これは、ゲンドルフ殿が持っていた槍です。彼を助けた報酬として、勝手ながら頂戴して参りました」 いけしゃあしゃあと、慇懃無礼な態度で彼は言ってのける。どうやら彼が、ゲンドルフが意識を失う直前に彼の前に現れた「魔法師風の男」であるらしい。 突如現れたシアンに対して厳しい表情を浮かべるオデットを横目に、彼はロートスに問いかける。 「あなたはこの黄金槍のことを、どこまでご存知ですか?」 実際のところ、ロートスはまだよく分かっていない。ひとまず、自分の知っていることを一通りシアンに伝えると、彼はしたり顔でこう告げる。 「では、まずは昔話から始めましょうか」 そう言って、シアンは四百年前のブレトランド開拓の歴史から語り始める。かつて、このブレトランド小大陸は混沌に覆われていた。それを開拓したのが、英雄王エルムンドと七人の騎士(そして、名前が残っていない一人の魔法師)であることは、この国に住む者なら誰でも知っている。また、エルムンドの三人の子供は、それぞれヴァレフール、トランガーヌ、アントリアという三つの国を築いたのも常識であるが、一方で、七人の騎士達がどうなったのかについては、全く何の記録も残っていない。 「彼等は、強大な混沌核に触れてしまったことで、異界の魔獣の姿へと変わってしまったのです」 いかに強大な力を持つ君主であっても、それ以上に強大な(浄化しきれぬほどの)混沌核によって投影体となってしまった事例は、過去にいくらでも存在する。ただ、彼等は身体は投影体となったものの、心は「人間(君主)」としての「理性」を保っていた。それは、彼等に聖印を分け与えた英雄王エルムンドの強靭な精神力によって、彼等の従属聖印を彼等の「混沌に侵された身体」の中で維持させていたからである。 しかし、そのエルムンドが死期を悟り、間もなく彼等の心を制御する術が無くなることを告げると、彼等は自ら進んで「封印」されることを選んだ。いずれ再びブレトランドに危機が訪れた時には、その力を「彼等の心を制御出来る新世代の英雄」のために解放すると心に決めた上で、彼等はひとまず、このブレトランドの各地に封印されることになったのである。 「その七人の中でも最も気性が荒く好戦的と言われていた騎士トライアードの魂を封印しているのが、これを含めた三本の黄金槍です」 そう言って、シアンは自らの手に握られた黄金槍を掲げる。曰く、トライアードは「エステル・シャッツ界」に住む「三つ首の黄金龍」の姿となっていたそうで、その身体から繰り出すドラゴンブレスは、一瞬にして魔物の大軍を消し去るほどの威力であったと言われている。彼は封印に際して、自らの身体を三分割して槍の姿へと変えた上で、自らの魂の分身を(この世界に現れる投影体と逆の要領で)「エステル・シャッツ界」に投影封印することにしたらしい。つまり、彼の封印を解くためには、依代としての「三本の黄金槍」と「強大な魔物を制御出来る力を持つ召還師」が必要になるという。 そして、トライアードは自らを封印した槍の管理を、彼の一番弟子であったケリガン家の開祖に委ね、以後も代々同家が保有することになったが、時の流れと共に、徐々にその意義が忘れられていったらしい。 そんな中、約百年前に当時のオディールの契約魔法師だった召還師がそのことを記した古文書を発見し、自らの野心のために封印を解いたものの、その黄金龍に「貴様は我が主にふさわしくない」という理由で食い殺されてしまった、とのことである。 では、なぜそのことをシアンが知っているのか? 実はこの100年前の魔法師も、パンドラと密かに通じていた人物で、その召還の際には当時のパンドラの人々も立ち会っていたのである。当時、誰もその黄金龍を制御出来る者がいなかったことから、彼等は当時の領内に存在していた魔境へと黄金龍をおびき寄せ、その中に入ったのを確認したところで、その魔境の「入口」を封印したのである(パンドラは混沌を拡大することを目的とした組織なので、魔境を開くことに長けた者が多いが、それが出来るということは当然、入口を閉じることも可能なのである)。 その後、トライアードはその魔境の中で一通り暴れた後に、力を使い果たして三本槍の姿に戻ったという。しかし、最近になって、その黄金槍の中に眠る彼の魂の断片がうずき始めたことで、百年前にパンドラが閉じた入口が再び開き、それを討伐に来たジュマールの手によって、その黄金槍が発見されることになったという。 「我々としては、この黄金槍を用いて、トライアードをヴァレフール側の戦力として復活させたいのです。このままではブレトランドは、アントリアを支配するダン・ディオードの手に落ちてしまう。強大すぎる君主の出現は、我等パンドラが最も忌避する皇帝聖印(グランクレスト)の出現に繋がってしまう可能性があるので、それを阻止するために、ヴァレフールの方々にトライアードの力を与えたい、というのが我々の本音です。まぁ、私が復活を望むのは、それと別にもう一つ、個人的な理由もあるのですけどね」 それは「伝説の騎士(魔獣)を見てみたい」という純粋な知的好奇心なのだが、そのことを告げたところで意味はないことは分かっているので、その点については何も言わなかった。 「そう考えていた我々のところに、彼女から暗殺依頼が来たので、彼女と盟約を結んだのです。彼女に暗殺者を貸し与える代わりに、彼女に黄金龍の復活の儀式を執り行ってもらう、という条件で」 オデットとしては、百年前の魔法師が失敗した召還の儀式を、自らの手で成功させる自信はあった。なぜならば、百年前に失敗した要因は「英雄王の後継者にふさわしい人物」が不在だったからであり、ロートスであればそれに足る心の持ち主であると彼女は信じていたからである(一方で、母をあっさりと捨てたジュマールにはその資格はないと確信していた)。そこで、パンドラ側がゲンドルフとリューベンの槍を奪取した上で、ロートスが正式に君主として認められた後であれば、その召還に協力すると約束したのである。 ちなみに、暗殺者(黒装束の男)に銀の腕輪と黄金槍を持たせたのは、それぞれゲンドルフとリューベンへの疑惑を与えることで捜査を攪乱させるためだったが、オデットとしてはハインリッヒ司祭を殺すつもりは無く、聖印教会との全面戦争までは想定していなかったらしいが、暗殺者が強奪の過程で「うっかり」殺してしまったのだとシアンは主張する。 その後、その暗殺者が銀の腕輪と黄金槍を持った状態でジュマールを殺し、その場に「たまたま」居合わせたロートスがその聖印を「やむなく」引き継いだ上で、その日の夜に今度はロートスを「襲うフリ」をしてすぐに逃げることで、ロートスが無実であることを証明する、というのが本来の計画であった。 「ところが、なぜか必要以上に多くの護衛がそこに配置されていて、あえなく彼は殺されることになってしまった訳ですが……、これはどういうコトですか?」 シアンにそう詰問されると、オデットは開き直って返答する。 「司祭の時と同じように『うっかり』殺されたら、たまったものではありませんからね」 どうやら、この二人の間でも、そこまでの信頼関係はないらしい。あくまでも利害の一致に基づいた同盟にすぎない以上、常に相手に対して必要以上に警戒するのも、致し方のないことであろう。 また、この黄金槍が一本だけでも『暴走して持ち主の身体を乗っ取る力』があることは、シアンもオデットも知らなかったらしい。シアンとしては、ゲンドルフの槍を奪う機会を伺っている時に、たまたま彼が暴走してそのまま乗っ取られそうになったので、彼を気絶させた上で、その槍を彼の身体から魔法の力で強引に引きはがしたのだという。 「さて、ロートス卿、我々としては、あなたが黄金龍を呼び出すのに協力して頂けるのであれば、この槍はお返ししますし、今後も協力させて頂くつもりです。今の我等にとって最も危惧すべきは、アントリアによるブレトランド統一です。あなたがこの長城線を守護し、ダン・ディオードの野望を止めたいとお考えなのであれば、我等が敵対する理由は何もありません」 当初の予定では、パンドラは最後まで「悪役」に徹するつもりであった。彼等が奪った黄金槍をロートスに「自力で」奪還させることで三本の槍を全て手中に収めさせ、あとは折を見てオデットが「街の守り神としての黄金龍」に関する伝承を「偶然」発見し、正式に召還の儀式をおこなわせる、という筋書きだったのである。パンドラとしては、あくまでも「ヴァレフール陣営の強化」が目的なので、最終的にはロートスに敵対する理由は何もない。ただ、自分達が堂々と協力しようとすると抵抗を覚える人々も多いと考えたので、表舞台には出ずに彼等が「自主的に」召還する流れを作り上げたかったのである。 だが、こうなってしまったからには、もはや全てを明かした上で協力を申し出るしかない。そう判断したシアンは、更に続けて、彼等にこう告げる。 「現在、アントリア軍が、この街への大規模な侵攻作戦を計画中です。伝説の黄金龍の力、今こそ用いるべきではありませんか?」 このタイミングで突然そう言われても、それを信用する根拠はどこにもない。ただ、エリザベスだけは、リューベンの私室にあった「ハルク・スエード(アントリアの将軍)からの手紙」を見ている以上、その情報が真実である可能性を、他の者達よりも強く憂慮していた。とはいえ、今のこの時点でそのことを口に出すつもりは毛頭ない。そもそも、リューベン自身がこの一連の事件にどう関わっているのかも含めて、彼女としては分からないことが多すぎた以上、中途半端な情報を伝えても、場が混乱するだけだと彼女は考えていた。 一方、そんな彼女の苦悩など知る由もないロートスは、アントリア軍による侵攻という情報が正しいか否かに関わらず、既に自分の中で固まっていた決意をシアンに告げる。 「黄金龍の召還には、手を貸さない。この街は、僕等自身の手で護る」 彼がそう考えるであろうことは、シアンもオデットも予想していた。少なくとも、ここまでパンドラに踊らされていたことを知ってしまった上で、彼等の提案にそのまま乗るのは、あまりにも危険すぎると考えるのが自然である。また、ゲンドルフや「黒装束の男」が、自らの意志に反して身体を乗っ取られかかったという事実から考えても、召還した黄金龍を制御出来る保証はどこにもない。最悪の場合、その黄金龍の力によって街が滅びるという可能性も考慮して然るべきであろう。 だが、シアンはそれを聞いた上で、自らが持っていたゲンドルフの黄金槍をロートスに手渡した。 「今はそう思うなら、それで構いません。とりあえず、この黄金槍はお渡ししておきますので、必要に応じて、いつでも使って下さい」 そう言って、彼は不適に笑うと、次の瞬間、姿を消す。瞬間転移の魔法が相当に高度な技術であることは、時空魔法師であるオルガにはすぐに分かった。少なくとも、自分やオデットよりも格上の魔法師であることは疑いない。 ともあれ、ひとまず三本の黄金槍は再び屋敷に戻った。彼が言っていることがどこまで本当かは分からないが、ひとまず、既に皆の疲労は限界に達していたこともあり、対アントリア陣営の警戒強化を物見櫓の兵達に伝えた上で、しばし仮眠を取る。オデットに関しては、特に脱走や抵抗を試みる様子も感じられなかったので、さほど厳しく拘束せぬまま、オルガと同じ部屋で監視されながら就寝するという形で落ち着いた。シアンの言うことをそのまま真に受ける訳ではないが、どんな形であれ、オデットの力が必要となる可能性があることは、皆が薄々感じ取っていたのである。 3.3. 二正面作戦 そして、僅かな仮眠と共に朝を迎えた彼等に、偵察兵からの報告が届く。シアンが言っていた通り、確かに、北方のアントリアの前線基地に、続々と兵達が集まりつつある、という内容であった。この件については、オデット自身も知らなかったようだが、果たして裏でパンドラが動いた結果なのかどうかは、まだ分からない。 しかも、その数刻後に、更に驚くべき事実が届けられた。なんと、このオディールから見て東方の海岸線に、アントリア軍が上陸したというのである。ブレトランド南東部の海岸は激しい崖状となっており、通常の船では乗り入れることは出来ない筈だが、その一角がいつのまにか何者かによって削り取られ、実質的な「船の乗り入れ場」が作られていたらしい。 一体誰が、そのような工作を秘密裏におこなっていたのかは分からない。海岸の絶壁はどの領主の管轄でもないが、あえて言えば最も近いのはジゼル村である。ここで再び「嫌な予感」が頭をよぎったエリザベスであったが、今はひとまずリューベンを信じた上で、彼の要請により「暁の牙」がジゼル村の近くまで来ていることを皆に告げる。 「一刻も早く彼等と合流し、迎え撃ちましょう。私がその旨を伝えに行きます」 実際のところ、本当にその「暁の牙」が味方なのかどうかは分からないのだが、その懸念については伏せた上で、まずは彼等にそう告げる。 「では、私も同行しよう」 オルガがそう言って手を挙げる。場合によっては、ジゼル村との交渉も必要になることを考えると、邪紋使いのエリザベスが一人で行くよりは、彼女よりも社会的身分の高い契約魔法師のオルガが同行した方が、相手を説得しやすいのは間違いない(ジュマールの死はまだ伝えられていないので、現在の彼女は対外的には「領主の契約魔法師」のままである)。 こうして、二人が早馬で駆け出していくのを横目に見つつ、ロートスはセリムと共に、ゲンドルフに協力を要請する。この時、彼はあえてゲンドルフに、ここに至るまでの全ての経緯(オデットによる暗殺指令、パンドラの思惑、黄金槍の正体)について説明した。本来ならば、このタイミングで全てを説明する必要はないようにも思えたが、それでも彼は、ゲンドルフの信頼を得るためには、そこまで語るのが筋だと考えていたのである。 さすがに、その話を聞いたゲンドルフは複雑な表情を見せるが、それに対する第一声は、意外な内容であった。 「つまり俺は、パンドラの手で助けられてたということなんだな。だとしたら、今の俺は自らの失態で一度は死んだ身だ。どうこう言える立場じゃない」 どうやら彼の中では「パンドラの手で生かされていたという事実」が、かなり堪えたらしい。その上で、後継問題についても、オデットの処遇についても「納得はしていない」と告げた上で、まずは目の前の侵略者と戦うために全力を尽くすことを約束する。 とはいえ、状況的にはかなり厳しいことは間違いない。これまでアントリアからの攻勢を防ぎ切れていたのは、長城線という強大な防壁が存在していたからである。その防壁を海路から突破された今、その侵入者を撃退しつつ、北から迫り来る大軍にも対応するのは、現在のオディールの戦力だけでは非常に厳しい。 だが、それでもロートスは「黄金龍」の力を借りるつもりはなかった。仮にここでパンドラの思惑通りに黄金龍を召還させて、それで敵軍を撃退出来たとしても、その力が強大すぎた場合、「世界の均衡」を望むパンドラが、今度は自分達に対して牙を剥く可能性がある。そんな泥沼の争いに足を踏み入れることだけはしたくないとロートスは考えていたのである。 3.4. 特攻部隊 そんな中、ジゼルに到着したエリザベスとオルガは、さっそくリューベンを探そうとするが、昨夜の時点で彼が滞在していた小屋には、既に誰もいなかった。領主の館の人々に確認してみたところ、どうやら彼等は今朝方、村の南東方面に向かって出立したらしい。おそらく、「暁の牙」との合流に向かったのだろうが、その具体的な場所が分からない以上、ここから彼等を追うのは難しいと考えた二人は、ひとまず村の自警団の人々に「海経由で敵軍が長城線の内側に潜入した」という旨を告げ、すぐにオディールへと戻る。 一方、長城線側では予想外の援軍が到着していた。オーロラ村の聖印教会の面々である。昨夜の強行軍で相当に疲弊していた彼等ではあったが、一度振り上げた拳をぶつける相手を失ったままになっていた彼等にとって、北からの侵略者は格好の標的であった。「このタイミングで攻めてくるということは、ハインリッヒ暗殺の黒幕はアントリア軍に違いない」という、何の根拠も無い噂話が彼等の間に広がったことで、逆に(同じ「アントリア軍の陰謀」に巻き込まれた)オディールへの親近感が高まったようで、不眠状態で疲れた身体に鞭打って、北方の防衛ラインに加わることになったのである。 そんな彼等を指揮するのは、ジュマールの軍事的才能を最も色濃く引き継いだと言われるゲンドルフであった。彼の指揮の下、オディールの防衛軍と聖印教会の民兵達、更にそれに加えて、やや遅れて到着したオーロラ村の正規の防衛軍も彼の指揮下に入り、迅速に防衛体勢を構築していく。 「こっちは俺に任せて、兄貴は海路経由の部隊を叩いてくれ」 まだ癒えていない傷を抱えながら、ゲンドルフはロートスにそう告げる。まだ彼の中では色々とモヤモヤした感情は残っているが、今の彼の頭の中には、武人として侵入者を撃退することしか考えてなかった。むしろ、自己嫌悪と猜疑心で混乱した状況から目を逸らすために、あえて「迷う必要のない戦い」に専念しようとしていたのかもしれない。 ともあれ、こうしてなんとか「北の防衛線」を整えたことを確認したロートスは、ジゼルから戻ったオルガとエリザベス、そしてセリムに各一部隊ずつを任せた上で、自らの傍らにオデットを同伴させた上で、侵入者がいると思われる街の東方へと軍を進める。 すると、彼等の予想よりも遥かに早い段階で、アントリア軍が彼等の前方に現れた。どうやら彼等は、数は少ないものの、全員が騎兵のようである。まずそもそも、海路で騎兵を運ぶこと自体が軍略の常道から外れている訳だが、ただでさえ上陸が困難な東海岸の断崖絶壁に、馬の乗り入れが可能なレベルの本格的な「船着き場」を短時間で築けるとは、誰も予想していなかった。どうやらこれは、相当に周到な準備を重ねた上での電撃作戦のようである。 そして、彼等の掲げる旗に描かれた紋章を見たエリザベスは、敵の指揮官がハルク・スエードであることを確認する。彼女がそのことで複雑な疑念を抱えている中、騎兵の圧倒的な機動力でアントリア軍は彼等の前に迫ってきた。こちらの旗印がロートスの紋章であることを知り、一気にこちらの「大将首」を取ろうと目論んでいるようである。 これに対して、まず機先を制したのは、オルガのライトニングボルトであった。敵軍の本陣を見事に直撃するが、それでも敵は構わず距離を詰めてくる。しかし、それに対して、鉄壁の防御を誇るエリザベスが立ちはだかった。不死の身体を持つ彼女が最前線で敵の猛攻を食い止め、それ以上の進軍を許さない。 そして、敵の馬足が止まったところで、今度はセリム隊が前に出てくる。 「我が身は龍なり!」 そう叫んだ彼の身体は巨大化し、身体から牙と尾と角を生やした半人半龍の姿となる。黄金龍に乗っ取られていたゲンドルフや黒装束の男とは異なり、完全に「龍の力」を自分の制御下に置いている彼の猛攻の前に、次々と敵の騎兵隊は崩れ去っていく。 更にその後方から、ロートス隊の放つ弓攻撃が敵の各部隊を次々と襲う。日頃は人間相手に弓を用いることがない彼であったが、いざ戦場に立てば、領民を護るために敵を射抜くことには一切の躊躇いはない。彼は常に「戦争を嫌う心」と「戦場で戦う覚悟」を持ち合わせた君主なのである。 こうして両軍が真っ向からぶつかり合う中、アントリア軍の別働隊はその戦場を北側から迂回して後方に回り込もうとしたが、そこに巨大な魔龍が立ちはだかった。オデットが召還したサラマンダーである。たった一体で、敵の一軍を足止め出来るほどの強大な魔獣の出現に、敵の別働隊は驚愕する。サラマンダーは、召還師の中でもそれなりに高位の者でなければ呼び出せない魔獣であり、そこまでの実力者が敵陣営の中にいたこと自体が、彼等の中では想定外だったのである。そのサラマンダーから放たれる炎のブレスの威力により、次々と敵の別働隊の兵達は倒れていく。 だが、それでも敵軍はアントリアの精鋭部隊であり、そう簡単に総崩れにはならない。しかし、敵の本隊が必死の猛攻で突破口を開こうとしても、エリザベス隊の築く防壁に阻まれてしまう。そして、敵将の姿を発見したエリザベスは、大声で挑発した。 「噂に聞こえたハルク・スエード将軍の力は、この程度のものか?」 それに対して、まだ多少余裕を見せながらも、必死の形相で指揮を採るハルクは、強気に言い返す。 「へらず口を叩くな! 我々には、まだ切り札が残っている」 そう言って彼が後方に目を向けると、そこにはオディール(ヴァレフール)軍でも、アントリア軍でもない、第三の部隊が到着していた。その旗印に描かれていたのは、大陸最強の傭兵団「暁の牙」の紋章であった。その存在を確認したことで、エリザベスは心の奥底に眠る「疑惑」を抱きながらも、それでも今はリューベンを信じて、味方を鼓舞する。 「皆! あれはリューベン様だ。リューベン様が助けに来てくれたぞ!」 そう言って皆を鼓舞する。それに対してハルク・スエードは「何も知らない哀れな者達」を見るような目で薄ら笑いを浮かべながら戦い続ける。しかし、エリザベス隊の防壁を敗れぬまま、セリム隊の猛攻とロートス隊から放たれる矢の雨によって、徐々に劣勢へと追い込まれていく。 その状況においても、後方に見えた「暁の牙」は、全く動く気配を見せなかった。やがて、これ以上の特攻は無理と判断したハルク将軍は、やむなく撤退を決意し、軍を引き返す。さすがに騎兵隊の逃走に対して、歩兵主体のオディール軍では追い付ける筈もない。しかし、そのまま彼等が戦場から離脱しようとしたその時、後方で待機していた「暁の牙」が、突如、アントリア軍に向かって襲いかかったのである。 3.5. リューベンの思惑 リューベン率いる「暁の牙」の奇襲に対して、ハルクは驚愕の表情を浮かべ、そして怒号を上げる。 「おのれ、リューベン! たばかったか!」 その声は、部隊の後方で「隻眼のヴォルミス(下図)」と共に指揮を採るリューベンの耳にも届いていたが、そう言われた彼は、一切表情を変えずに、淡々と敵の殲滅を命じる。一方、ヴォルミスは皮肉めいた笑みを浮かべながら、リューベンに語りかける。 「アテが外れて残念だったな、若様」 「正直、もう少しやってくれると思ったのですがね。仕方がない。こうなったら、せめて彼の首と聖印だけは頂くことにしましょう」 「了解! じゃあ、俺もそろそろ暴れてくるぜ!」 そう言って、ヴォルミスが前線に躍り出る。大陸きっての傭兵団のリーダーである彼の勢いを止められる者が、既に敗走状態のアントリア軍にいる筈もない。だが、彼の大剣よりも先にハルクの身体を貫く者がいた。遠方からオルガによって放たれたライトニングボルトの一撃が、ヴォルミス達を含めたこの戦場の者達全員の身体を直撃したのである。 「くっ……、こんなところで…………」 既に満身創痍だったハルクはその場に崩れ落ちる。ヴォルミスも相当な傷を受けたが、大陸一の傭兵は、魔法一撃で倒れるようなヤワな身体ではない。 「やってくれるねぇ、俺達も巻き添えかよ。まぁ、厳密に言えば『味方』じゃねえから、仕方ないか」 ヴォルミスは後方を見ながらそう呟く。実際のところ、オルガも傭兵団を巻き込むことに躊躇はあったが、この世界の戦場では、そこまで気にしていたら大型の攻撃魔法は使えない。彼等が足止めしてくれたアントリア軍を確実に倒すためにそれが必要だと考えたならば、これはこれでやむを得ない一手でもある。 そして、ヴォルミスは倒れ込んだハルクにまだ微妙に息があることを確認すると、少し遅れてその場に到着したリューベンの目の前で、彼の首を刎ね飛ばし、その彼の身体から湧き出てきた聖印を、リューベンが自らの身体に取り入れる。 「せめて、これくらいの報酬がなければ、やってられませんからね」 表情を変えずにそう言いながら、彼は自身の聖印が強化されたことを実感する。 「まぁ、若様の思惑通りにはいかなかったみたいだが、俺達はきっちり仕事はしたんだ。報酬は頂くぜ」 「えぇ、分かっています。これも私の読みが甘かっただけのこと。仕方ありません」 実は今回のアントリア軍の上陸作戦は、全てリューベンの計画でおこなわれたことであった。彼は密かに貯めていた私財を投げ打って暁の牙を雇い、彼等の中の工作部隊に命じて東岸の断崖絶壁に突貫工事で「船着き場」を作らせ、アントリア軍を迎え入れる準備を進めていたのである。だが、彼はアントリアに寝返ろうとしていた訳ではない。あくまでもヴァレフール陣営のまま、自分自身が「オディールの領主」となるための策謀の一環として、彼等に内応するフリをして彼等を利用しようとしていたのである。 当初の彼の計画では、アントリア軍を領内に電撃侵攻させて、彼等に「父」と「兄二人」を討ち取らせた後に、暁の牙による急襲でそのアントリア軍を殲滅することで、自らが「救国の英雄」としてオディールの支配者となる筈であった。ところが、父の突然死と兄の「どさくさ紛れの聖印奪取」を目の当たりにした彼は、自分とは異なる誰かが、自分の計画とは全く別の陰謀を企んでいるらしいことに気付き、当初の予定よりも早く計画を実行することを決意する。しかし、その結果、ハルク将軍が思ったほど多くの部隊を動員することが出来ず、ロートスを倒すことも出来ないまま彼等は敗走することになってしまったため、せめて「最低限の名声」を確保するために、こうして彼の首と聖印を奪うことになったのである。 (これで、また一から出直し、ですね……) リューベンは心の中でそう呟く。これまで密かに溜め込んでいた私財を、今回の暁の牙の雇用で全て使い果たしてしまった上に、兄を消すことも出来なかった彼としては、釈然とせぬ想いを胸に抱きながらも、ひとまず大将首を兄に届けるべく、ヴォルミスと共に兄の陣営へと向かうのであった。 4.1. 次兄の決意 こうして、東岸からの敵の電撃作戦を撃退した彼等は、すぐにオディールに取って返し、ゲンドルフ軍に加勢したことで、北からの敵の猛攻も見事に撃退する。昨日から僅か二日の間に起きた一連の動乱が、ようやく収まったのである。 だが、これで全てが解決した訳ではない。まだ彼等には「後継者問題」と「オデットの処遇」という、二つの大きな課題が残っていたのである。 この日の夜、街全体が勝利の余韻に浸っている中、一人思い悩んでいたゲンドルフは、屯所で皆と騒いでいたセリムを一人連れ出し、自分の部屋へと招き入れ、深刻な表情で問いかける。 「なぁ、もし、俺が暗殺事件の真相を暴露したら、どうなると思う?」 今のところ、まだジュマールの死自体が明かされていない。戦場に姿を現さなかったことから、「領主の身に何かあった」ということまでは勘付いている者達もいるようだが、まさかオデットの命令で暗殺されていたことなど、誰も知る由もない。 もし、ロートス自身が本気で後継者となる気があるなら、この事実はおそらく隠すであろう。自分の契約魔法師が父を暗殺したとなれば、当然、その指示を出していたと疑われるのが自分であることは明白だからである。つまり、ゲンドルフがこの事実を公表すれば、その時点でロートスが後継者として周囲の者達に認められることは極めて難しくなる。無論、中にはダン・ディオードのように、自ら簒奪の事実を隠さず、実力で「領主」としての地位を認めさせた事例もあるが、ジュマールは先代アントリア子爵のような悪政をおこなっていた訳でもなく、そもそもロートス自身、そのような「力による覇道」を求める性格ではない。 よって、ゲンドルフが真相を公表すれば、ほぼ確実にロートスを追い落とすことが出来る。もし、ロートスがそれを認めなかった場合、どちらの言い分にも確たる証拠がない以上、泥沼の対立へと発展する可能性はあるが、わざわざ話さなくても良いことを自分に打ち明けたロートスの性格を考えれば、素直に認めて引き下がる可能性は高い、と彼は考えていた。 逆に言えば、彼は自らの立場を危うくする情報を、わざわざ政敵であるゲンドルフに教えたのである。いくら楽観論者のロートスでも、この事実を一般大衆にまで公言すれば、自分が後継者として認めてもらえないことは分かっている筈である。これはすなわち、ロートスが「ゲンドルフは自分に無断でこの事実を公表したりはしない」と信頼していることの証明であり、ここでゲンドルフが(自らが領主となるために)そのことを暴露するのは、その信頼を裏切ることを意味している。 「お前は、どうしたいんだ?」 ゲンドルフの中のそんな葛藤を察したセリムは、逆にそう問い返した。すると、ゲンドルフは苦悩の表情を浮かべながら、更に別の質問を投げかける。 「この事実を公表するような俺に、お前はついて行きたいと思うか?」 これまでずっと剛胆実直を信条に生きてきたゲンドルフそう問われたセリムは、ニヤリと笑って答える。 「お前の中でそこまで結論が出てるなら、もう迷うことはないじゃないか」 セリムには分かっていた。これは「質問」ではなく、ただ「自分の中の結論」を後押しして欲しいだけの問答であるということを。ゲンドルフの中では、今でも「自分こそが父の後継者であるべき」という強い自負はある。しかし、そのために「自分を信頼してくれた兄」を裏切るべきではない、という気持ちの方が圧倒的に強かった。その程度のことは、ずっと彼のことを見ていたセリムには、一目瞭然であった。 「そうだな……、やはり、それは俺の歩むべき道ではないな」 ゲンドルフはようやく表情を和らげ、すっきりした笑顔でそのまま語り続ける。 「正直、俺は兄貴のことをずっと見下していた。あんな奴より、俺の方がずっとこの街の領主にふさわしいと思っていた。だが、今回の聖印教会との一件で、俺がただ力付くで排除しようとしていたアイツ等を、兄貴は言葉だけで鎮めることが出来た。兄貴のお陰で、俺は『妻の実家の民』を傷付けずに済んだんだ。そして、彼等を味方にすることが出来たお陰で、アントリア軍を撃退することも出来た。もし俺が兄貴の立場だったら、この街は今頃、アントリアの手に落ちていただろう」 実際のところ、この街が守られたのはロートスだけの手柄ではなく、ゲンドルフが彼の留守中に長城線を守り切ったことも大きな功績なのだが、彼の中では「敵を撃退すること」は「武人として出来て当然の行為」であり、わざわざ声高に主張するほどの大きな実績とは考えていなかった。セリムは、そんな彼の「武人としての謙虚な姿勢」を友として誇りに思いつつ、ゲンドルフの中でオーロラの姫君が既に「妻」扱いになっていることについても、あえて何も言わなかった。 「だから、この街は兄貴に委ねて、俺はオーロラに行く。キッセン家の養子となって、いずれオーロラを、オディール以上に発展させてみせる」 彼はそう力強く宣言し、セリムもその決意を笑顔で受け入れる。だが、彼がオーロラに行くということは、聖印教会との兼ね合い上、セリムとの関係の維持が難しくなる、ということも意味している。 「正直、今はまだ教会側も俺に対しては警戒心が強いと思う。だから、今の時点でお前を一緒に連れて行く事は出来ない。だが、これから時間をかけて説得して、なんとかアイツ等に、邪紋使いであるお前達の力もこの世界を守るためには必要なのだということを、納得させていくつもりだ。だから、それまでは、俺の故郷であるこのオディールを、俺の代わりに守ってくれないか?」 セリムはあくまでゲンドルフとの個人的な繋がりでオディール軍に籍を置いている以上、彼が去った後にこの地に残り続けなければならない理由はない。ただ、彼にそう言われてしまった以上、それを断る理由も見つからないというのが本音であった。 「分かった。だが、正直、お前との稽古が出来なくなる思うと、寂しくなるな」 「なぁに、いずれ必ず、アイツ等を説き伏せてみせるさ。兄貴がアイツ等を説得出来たのだから、俺に出来ないとは言わせない」 ゲンドルフにそう言われると、セリムも笑顔で頷く。そして二人は、兵達が勝利の宴に酔う屯所へと戻って行くのであった。 4.2. 末弟の決意 一方、祝勝ムードの街の中で、当初の予定を完全に狂わされて落胆していたリューベンは、しばらく自室で一人考え込んだ後に、エリザベスを呼び寄せる。 「今回の件では、あなたにも色々とご心配をおかけしたようですね」 リューベンとしては、彼女には何も真相は語っていないし、ハルク・スエードからの手紙を彼女に見られている事も知らない。ただ、彼女が自分の行動に何か「裏」があると感じていたことは、これまでの彼女の雰囲気から、なんとなく察してはいたようである(しかし、仮に彼女が全て知っていたとしても、彼女はそのことを誰かに公言したりはしないだろう、と確信していた)。 オディールに戻った後、リューベンは一通りの経緯をロートスから聞かされたが、彼はロートスの継承に対しても、オデットの処遇に対しても、何ら口出しするつもりは無かった。この状況で彼がロートスと明確に敵対する立場を取った場合、逆に自分自身とアントリアとの内通を調べ上げられる可能性があると考えていたのである。 実際、アントリア軍の捕虜の中には、密かにリューベンとハルクが内通していたと証言する者もいた。それに対してリューベンは「彼等を罠に嵌めるために、内通したフリをしておびき寄せた」と説明し、実際に彼等を殲滅している(しかも、リューベンの援軍がなければ、敵には逃げられていた可能性が高い)ので、その説明自体に矛盾はない。ただ、その「作戦」を事前に誰にも伝えていない以上(その点については「敵を騙すにはまず味方から」と言ってごまかしたが)、見方によっては「アントリアに街を売り渡すつもりだったが、アントリア軍の戦況が不利になったから、寝返った」とも思われかねないのも事実であり、その点を蒸し返されないためにも、ここは粛々と兄の継承を認めた方が得策と考えたのである。 「正直、今回の『アントリア軍を誘い込んだ上での殲滅作戦』のために『暁の牙』に支払った報酬で、私の私財は底をつきましてしまいました。ひとまず、ジゼルに行って一から出直そうと思います。」 「……それほどまでに、『この機会』に賭けていたのですね」 「この機会」が何を意味するのかについては、エリザベスは語らない。だが、彼女がおそらくリューベンの計画を見透かした上で、それでもそのことを黙っていたであろうことを確信したリューベンは、改めて彼女にこう告げる。 「繰り返しますが、私がジゼルの領主と養子縁組を結ぶのは、あくまでも政略のための『かりそめの婚姻』です。私が本当に信用出来る女性は、あなた一人です」 「相変わらず、本音が読めない人だ」と思いつつも、どんな形であれ、リューベンが自分を必要としていることだけは信じられる。今のエリザベスにとっては、それだけで十分だった。 「出来ることなら、あなたもジゼルに連れていきたいのですが、おそらく、あなたのような美しい人が私の傍らにいては、姫君も不安に思うでしょう。ですから、申し訳ないですが、あなたにはもうしばらく、このオディールに残っていてほしいのです。私の故郷であるこのオディールにおいて、私の目となり、耳となり、この街を見守って頂けませんか?」 要は「スパイ」としてロートス陣営の内部に残っていてほしい、ということである。エリザベスは瞬時にその意図を理解した上で(本音を言えば、どんな形であれリューベンの傍らにいたいという気持ちはあったが)、リューベンが望む以上は仕方ないと諦めて、それに従う決意を固める。 「分かりました。御一緒させて頂けないのは残念ですが、仰せのままに致します」 「すみません。ですが、待っていて下さい。いずれ必ず、私はあなたを迎えに来ます。何度も言いますが、私の心は、永遠にあなたのものです。どれほど離れていようとも、誰が間に入ろうとも、決して、私の心が他の女性に奪われることはありません。私にとっての『真の花嫁』は、あなた一人です。あなたを堂々と妻に迎え入れることが出来る日が来ることを信じて、今は断腸の思いでこの街を去りますが、いつか必ず、私はこの街に戻ってきます。あなたを、私のこの手に取り戻すために」 このリューベンの言葉が本当か嘘かは、エリザベスにとってはどちらでも良かった。彼女の中では、ここまで言葉を並べて必死に自分を繋ぎ止めようとしているという事実だけで満足だったのである。 「はい、リューベン様」 彼女の返答は、その一言だけであったが、その声色は、明らかに喜びに満ち溢れていた。リューベンもそれを感じ取り、ようやく心から安堵した表情を浮かべる。こうして、「二人の夜」は静かに更けていくのであった。 4.3. 「姉」と「妹」 その頃、自身の処遇がなし崩し的に棚上げされた状態にあったオデットは、今後のことについて相談するために、オルガに与えられた(本来はハッシュが使っていた)私室を訪れる。すると、そこには粛々と出立の準備を進めている姉弟子の姿があった。 「お姉様!? どちらへ行かれるおつもりなのですか?」 「新領主のロートス様には既にあなたがいるのだから、私は不要でしょう? だから、エーラムに戻ることにしたの」 オルガとしては、さすがにジュマールの死を放置したまま帰る訳にはいかなかったので、ここまでの捜査と一連の防衛戦には協力したものの、それらが一段落した段階で、もう「自分の役目」は終わったと考えていたようである。 「待って下さい。まだ私の処遇が決まった訳ではありません。いくらロートス様が私を救おうとして下さっても、私がそのまま『契約魔法師』の立場でいられるとは限りませんし、仮に私が今の地位にそのまま残ったとしても、契約魔法師が二人いること自体、男爵家であれば別段珍しい話でもありません」 むしろ、オデットとしては、仮に自分が処刑されても、オルガが代わりにロートスを支えてくれるだろう、という目算だった。だが、このタイミングで姉弟子に去られては安心して断頭台に立つことも出来ない、というのが本音なのである。 これに対して、オルガはしばらく沈黙を続けた後、重々しく口を開く。 「…………なんとか頑張ってそれらしい理由を探そうと思ったけど、思いつかないから、本音をはっきり言うわ。私はもうこれ以上、あなたの隣にいることで劣等感を感じるのは嫌なの」 それは、彼女がエーラムにいた時から、ずっと感じていたことだった。自分よりも遥かに優秀な妹弟子と常に比較され続けるのが姉弟子として堪え難いのは、当然の話である。オデットの能力が入門以前のパンドラ時代に既に身につけられていたものだと聞かされても、彼女の中ではそれは「妹弟子に負けていい理由」にはならなかった。 「本当はね、私はこの街の領主の契約魔法師となることで、あなたに勝ちたかった。領主の契約魔法師として、あなた以上にこの街に貢献することで、あなたに対するコンプレックスを克服したかったの。でも、私は今回も、あなたには勝てなかった。新領主の傍らに立つ契約魔法師にふさわしいのはあなたであって、私はその隣にいるべきではないのよ」 自分の契約相手のために、自分が全ての罪を背負って人道に反した道を歩むその姿勢は、人としては褒められたものではない。しかし、そこまでロートスのために尽くそうとする彼女の心意気を目の当たりにさせられた上で、自分が彼女以上の忠誠心を持って新領主のために働けるかと考えたら、それは到底無理な話であった。自分の契約相手が殺されても、その彼を弔おうとする心すら忘れていた自分が、あの場にいた中でただ一人、その心を忘れなかったロートスの契約魔法師としてはふさわしくない、という気持ちが、彼女の中にはあったのである。 「…………お姉様がどうしてもと仰るなら、私には止める権利はありません。でも、せめて私の処遇が決まるまでは待って下さい。私がいなくなったら、ロートス様を支えて下さる方が、もう誰もいなくなってしまうかもしれないんです」 セリムにとってはゲンドルフ、エリザベスにとってはリューベンの方が、ロートスよりも大切な存在であることは、オデットも察している。もし今後、彼等がロートスと対立することになった場合を想定すると、「何があっても彼を守ってくれる存在」がどうしても必要だと彼女は考えていた。その役割を姉弟子に押し付けるのは身勝手と分かっていても、彼女は今、オルガを頼る他に道はなかったのである。 オルガとしても、その信条は理解出来たので、ひとまず出立は保留する。確かに、もしオデットが処刑もしくは追放によってこの街からいなくなった場合、その次にこの街に来る魔法師に、相当な「重荷」を背負わせる可能性がある。そう考えると、妹弟子の「最後の願い」を叶えてやることが、姉弟子として採るべき道であるようにも想えてきた。 こうして、二人の魔法師の運命は、ロートスの「決断」に委ねられることになったのである。 4.4. 「兄」と「妹」 ロートス・ケリガンは悩んでいた。父親違いとはいえ「実の妹」が犯した「『父』と『父の側近』の殺害をパンドラに依頼した」という罪。更に、当初は銀の腕輪の強奪だけが目的だったとはいえ、彼女のその指示の結果として隣町の司祭も殺されたという事実。まっとうに裁くなら、死罪以外にはありえない。 だが、自分の信念に基づいて、最初から死を覚悟してこれらの凶行に及んだオデットを処刑したところで、それが本当の意味での「償い」になるとは、彼には思えなかった。彼は何としても、彼女に「生きて償う道」を歩ませたい。だが、その理屈では納得しない者がいることも分かっている。だから、彼女の罪を公表する訳にはいかない。一連の事件は「パンドラの陰謀」として片付けた上で、彼女がそれに深く関わっていたことは伏せたまま、秘密裏に「罰」を彼女に与えたいのだが、問題はその「罰」の内容である。 投獄や追放など、あまりに重すぎる罰では、なぜ彼女がそんな処罰を受ける必要があるのか、という説明が難しい。仮に「領主を守れなかったから」という理由を挙げたとしても、その場合、ジュマールの契約魔法師となる筈だったオルガにもその罪が連座する(むしろ、彼女の方が立場的にはより重いとも言える)ため、彼女を後任に据えることは出来なくなる。 ならばいっそ、彼女の中の「魔法に関する能力(記憶)」を(表向きは「事故で失われてしまった」という名目で)消し去り、一従者として雇用し直す、という道も考えたが、記憶消去の技術を持つ者は、エーラムかパンドラくらいにしかいない。エーラムにその依頼を受けてもらうためには真実を語る必要があるが、そうなると後々の関係が色々と厄介になる。パンドラの場合は、あくまでも「このまま放置しておけば、いずれオディールの領主はオデットに黄金龍の召還を命じざるを得なくなる日が来るだろう」という思惑に基づいて手を引いているだけなので、オデットの能力を失わせることに協力する筈がない。 だからと言って、彼女をそのまま無罪放免にする訳にもいかない。やはり、罪は罪であり、「乱世だから仕方がない」という一言で片付けるようなことは、ロートスには出来なかった。彼は自室でひたすら悩み続けた挙げ句、最終的に一つの決断を下す。それは、常に「領民の生活」を第一に考える彼の性格を反映した、実に「ロートスらしい結論」であった。 * 数日、オディールの下町に新たに作られた「生活相談所」に、次々と街の人々が駆け込んでくる。 「オデット様、この子の手当をお願いします」 「オデット様、店舗の修復を手伝って頂けませんか?」 「オデット様、私にも読み書きを教えて下さい」 この施設を任されたオデットは彼等の要求に対して、その緊急性に応じて優先順位をつけた上で、朝から晩まで無償で対応していた。 今回の一連の戦いでは、街そのものが直接攻撃を受けることはなかったものの、民兵の死者も数多く出ており、街全体が人手不足に陥っていた。その苦境を察したロートスは、彼女との魔法師契約は維持したまま、彼女を(一般的に領主の契約魔法師が務めることが多い)「内政官の長」としての立場ではなく、新たに創設した「住民の生活を支援する社会奉仕機関」としての「生活相談所」の責任者に任じたのである。彼女の「最低限度の生活費」と「魔法具の維持費」は国庫から支給しつつ、困っている住民達を無償で助けるというのが、彼女に与えられた任務であった。 一方、ハッシュの後任としての「内政官の長」には、改めてロートスと契約を結んだオルガが就任することになった。オルガとしては、この決定に対して思うところがなかった訳ではないが、結果的に「オデットと異なる職場」に就くことになったという意味では、彼女にとっても望ましい配置だったとも言える。 「私達のために御側近のオデット様を派遣して下さるなんて、ロートス様は本当にお優しい人だ」 何も知らされていない街の人々の間では、そんな評判が次々と広がっていく。一方で、あまりにハードなスケジュールで皆の要求に応え続けるオデットの身を案じる者や、「この街に来たばかりのオルガ様よりも、昔からこの街で働いていたオデット様の方が、内政官にふさわしいのではないか?」と考える者もいたが、そんな住民達の声に対して、オデットは笑顔でこう答える。 「私自身がお願いしたんです。この街の人々のために、私に出来ることをやらせて下さい、と。だから、今、私はすごく充実しています。皆さんのためにお役に立てることが、本当に嬉しいんです」 実際には、この任務を命じたのはロートスであり、彼女の自主的な希望ではない。ただ、彼女自身、この仕事を命じられたことは素直に嬉しかったし、実際に仕事を始めてみて、この上ない充実感に満たされていた。日頃から、街に出て人々と交わることを好んでいたロートスの気持ちが、ようやく本当に分かった気がする、そんな心境であった。 「オデット様、またハーモニカを聞かせて下さい」 僅かな休憩時間に食堂で昼食を食べ終えたオデットに対して、街の子供達がそうせがむ。彼女は疲れた様子も見せずに笑顔でハーモニカを取り出し、母から教えてもらった優しく軽やかなメロディーを奏で出す。それは、ロートスがしばしば街中で奏でていた音色そのものであった。街の人々がその旋律に癒されているのを実感しつつ、兄・ロートスが愛するこの街の人々をこれからも全力で支えていこうと、改めて心に誓ったオデットであった。 4.5. 「三兄弟」 それから数日後、正式にゲンドルフとリューベンの養子縁組の話がまとまり、ロートス達が見送る中、二人はオディールを去ることになった。同行するのは、身の回りの世話をする僅かな(セリムとエリザベス以外の)側近と、リューベンと共にジゼルに行くことを選んだケイラのみである。 ちなみに、彼等三兄弟の聖印は、本来は「ジュマールの従属聖印」であったが、この時点では三人とも「独立聖印」となっている。本来、君主が死んで聖印が誰かに受け継がれた場合、「その君主に従っていた君主の従属聖印」は一時的に「独立聖印」化するが、その後で改めて配下の君主達が自らの聖印を後継者に捧げた上で「従属聖印」として受け取り直す、というのが一般的な慣習である。だが、この二人は他家に養子に行くという事情もあり、この時点でロートスに対して聖印を捧げる必要はないとロートス自身が判断したのである。 一方で、彼等の婿入り先となるオーロラ村の領主ルナール・キッセンと、ジゼル村の領主ブーレイ・コバックの聖印は、ヴァレフール伯爵直属の「従属聖印」である。ヴァレフールにおいては、オディールのケリガン家を含めた「七男爵家(七騎士隊長家)」以外の領主の聖印は原則として「ヴァレフール伯爵の従属聖印」なので、本来ならばゲンドルフとリューベンも、ケリガン家を出た時点でヴァレフール伯爵もしくは各村の領主に聖印を捧げるのが筋である。 だが、今回の養子縁組においては、少々複雑な契約事項が存在していた。というのも、彼等はそれぞれキッセン家、ブーレイ家の後継者として婿入りするものの、もしロートスが世継ぎに恵まれぬまま命を落とした場合、彼の持つケリガン家の聖印と所領を引き継ぐ権利も二人は有する、という約定が交わされていたのである(二人の間の優先順位については、ひとまず棚上げされた)。つまり、彼等が「キッセン家・コバック家の聖印(ヴァレフール伯爵の従属聖印)」だけを引き継ぐならば、今の時点で伯爵に聖印を捧げれば良いが、「ケリガン家の聖印(独立聖印)」を引き継ぐ可能性もある以上、現時点では独立聖印のままの方が都合が良い、という結論に達したのである。この旨をヴァレフール伯爵にも伝えた結果、ひとまず彼等の要求は受理され、しばらくは「独立聖印」のまま維持することを許されることになった(過去にも、このような形で「一時的な分家」が認められた事例は何度かあった)。 こうして、ケリガン・キッセン・コバックの三家は、実質的に「三兄弟家」と呼ぶべき関係を構築することになる。だが、それが必ずしも三家の絆の強化に繋がったと言える訳ではない。ゲンドルフも、リューベンも、ロートスに取って代わる野心を捨てた訳ではない以上、むしろより強い火種を抱え込むことになったとも言える。 そんな中、ロートスはまさに今、オディールを出立しようとしている弟二人に対して、彼等が生前の父から賜っていた黄金槍を、改めて一本ずつ彼等に託す。 「この黄金槍は、危険な存在だ。一ヶ所に置いておく訳にはいかない。僕達三人で、それぞれに管理するんだ。パンドラの陰謀を実現させないために」 いつもは穏やかな表情の彼が、いつになく険しい表情でそう告げる。黄金龍の力は、確かに制御出来れば強力な武器となるだろうが、あまりにも強すぎる力を手にすることは、この戦乱をより過熱化してしまう可能性もある。だから、そんな力は永遠に封印されなければならない、というのが彼の信念であった。 「そうだな。正直、俺はもうこの槍には関わりたくないが、かといって、放置する訳にもいかん」 黄金槍に身体を乗っ取られる恐怖を実体験しているゲンドルフは、そう言って強く同意する。一方、その光景を少し離れた場所で見ていたセリムは、密かに「あの黄金龍の力を全て自分のものに出来たら……」という妄想を抱いてはいるものの、さすがにそれを実行しようとは思わない。そんなことはゲンドルフも望んでいないし、おそらく「純粋に強さだけを求める自分」では、黄金龍に「主」として認められることはないだろう、ということも察していたからである。 「そうですね。私達三人で、きちんと管理していきましょう」 リューベンはあくまでもクールな態度のまま、淡々とその槍を受け取る。彼だけは黄金槍の暴走を目の当たりにしていないため、今ひとつ実感がないのだろう。むしろ彼としては、この槍の力を利用して黄金龍を復活させるという選択肢も完全に放棄すべきではないとも考えていたのだが、現実問題として自分の配下にそれが可能な召還師がいない以上、「他の陣営にこの力を渡すくらいなら、自分がこの槍を抱え込むことで復活を阻止した方が賢明」というのが、現状における彼の本音であった。 「じゃあ、二人共、元気でね」 「兄者、オディールのことは任せたぞ」 「これからも友邦として、よろしくお願いします、兄上」 そう言い交わして、ゲンドルフとリューベンは、それぞれの思惑を胸の奥底に秘めたまま、街を去っていく。後にこの三兄弟は「長城線の三本槍」と呼ばれ、その勇名をブレトランド全土に轟かせることになるのであるが、それはまだもう少し先の話である。 時系列順の続編:【ブレトランド戦記】第1話(BS04)「見捨てられた村」 シリーズ内の続編:【ブレトランドの英霊】第4話(BS12)「帰らざる翼」 グランクレスト@Y武
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船舶一覧 アインス宗谷 アヴローラおくしり サイプリア宗谷 フィルイーズ宗谷 ボレアース宗谷
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8.18堺カートランド[モトチャンプ杯 全国大会]
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ハート一覧 Normal High Normal Rare High Rare S Rare SS Rare 息吹のチャーマー 微風のエンチャントレス 燐光のドルイダス 静寂のソーサレス 畏敬のリチュアリスト imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (回天のメイガス.jpg)回天のメイガス 愛を弄ぶ者キューピッド 信託を告げる者エンジェル 神の守護者プリンシパリティ 民の導き手エクスシア imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (氷と炎の心を持つ熾天使.jpg)氷と炎の心を持つ熾天使 imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (神の剣ミカエル.jpg)神の剣ミカエル エルフ ハイエルフ エルフロード エンシェントエルフ 漂える夜のフェアリー 心揺らす愛のフェアリー 夢に憧れるフェアリー 夢を喰らうフェアリー 闇に生きるフェアリー 蒼穹のシルフィード 静謐のシルフ imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (メイド・アサシン.jpg)メイド・アサシン プリーステス・アサシン アダムの最初の妻 刹那の悦楽に浸る者 imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (罪深き夜の吐息.jpg)罪深き夜の吐息 虚天使ルクレシア 虚神ヴァルヴュラ imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (血に飢えし女戦士ブリジット.jpg)血に飢えし女戦士ブリジット 恋に目覚めし女戦士ソニア 花の妖精ファラム imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (妖精の美姫エリーゼ.jpg)妖精の美姫エリーゼ ※ここから下の横列は、進化に関係のない並びで並んでいます。 Normal High Normal Rare High Rare S Rare SS Rare 妖艶なるグリマルキン 妄言のマンドレイク ダークエルフ ダークエルフの魔道士ゾーク 悲恋のマーメイド 策謀のメロウ 愛の調律者セイレーン imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (溟海のウンディーネ.jpg)溟海のウンディーネ imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (天空に憧れる人魚姫.jpg)天空に憧れる人魚姫 エリザベート imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (闇夜まといしプリンセス.jpg)闇夜まといしプリンセス imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (闇に漂うナイトメア.jpg)闇に漂うナイトメア 神の代弁者アークエンジェル imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (神に背きし者イリム.jpg)神に背きし者イリム imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (実体化した天使の鏡像セラフ.jpg)実体化した天使の鏡像セラフ 逆神のフォーチュンテラー imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (忘我の化身エクスティア.jpg)忘我の化身エクスティア imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (穢れた血を憎むハーフエルフ.jpg)穢れた血を憎むハーフエルフ imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (始祖エクスタシア.jpg)始祖エクスタシア
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ヨーロッパ / イギリス ● スコットランド〔Wikipedia〕 ● スコットランド独立運動〔Wikipedia〕 🏴 Edinburgh, Scotland yesterday. A protest for freedom took place in the cold and sleet. People chanting No Vaxpass! No Vax mandate! 昨日のスコットランド、エディンバラ。みぞれ混じりの寒さの中、自由を求め、「ワクパス反対!」「接種義務化反対」と叫びながら抗議。 pic.twitter.com/dATYPzwuj2 — purplepearl (@purplep76858690) December 5, 2021 【ブリュッセル】 / 【EU】 ★ スコットランド行政府首相、EU首脳と会談 単独の残留訴え 「CNN.co.jp(2016.6.30)」より / ロンドン(CNN) 英スコットランド自治政府のスタージョン首席大臣は29日、ベルギー・ブリュッセルの欧州連合(EU)本部を訪問し、EU首脳に対しスコットランドのみのEU残留を働きかけた。 欧州議会のシュルツ議長と会談したスタージョン氏は「EUとの関係を守りたいというスコットランドの要望を明確に伝えた」と述べた。 英国で23日に行われたEUからの離脱の是非を問う国民投票の結果、スコットランドでは残留支持が62%に達した。スタージョン氏はスコットランド単独でのEU残留について「簡単な道のりだとは思っていない。今日の会談を皮切りにブリュッセルでの協議が続くことになる。一連の話し合いを通じて、スコットランドが英国の他の地域のようにEU離脱を望む立場ではないことを理解してもらいたい」と訴えた。 スタージョン氏は28日には、欧州委員会のユンケル委員長らと会談。欧州におけるスコットランドの立場を堅持するため、英国からの独立に関する2度目の住民投票を実施する可能性にも言及した。 2014年に実施された独立をめぐる住民投票は英国への残留支持が55%を占め、独立派を上回った。それでもこのときの僅差での決着は「スコットランドの置かれた状況に極めて現実的かつ実質的な変化をもたらした」とスタージョン氏は指摘している。 ★ Tension rises as two sides in Scots vote face off in Glasgow 「Financial Times(2014.9.19)」より / +記事 High quality global journalism requires investment. Please share this article with others using the link below, do not cut paste the article. See our Ts Cs and Copyright Policy for more detail. Email ftsales.support@ft.com to buy additional rights. http //www.ft.com/cms/s/2/a6992cc4-4026-11e4-936b-00144feabdc0.html#ixzz3E80aey3P Police were battling to maintain order in the middle of Scotland’s largest city on Friday night as hundreds of triumphant unionists goaded independence supporters as they marched through Glasgow’s busiest thoroughfares. Men and women draped in union flags trooped through city centre streets chanting “Rule Britannia”, “You Let Your Country Down” and “Can You Hear the Yes Campaign?”. Some lit flares. High quality global journalism requires investment. Please share this article with others using the link below, do not cut paste the article. See our Ts Cs and Copyright Policy for more detail. Email ftsales.support@ft.com to buy additional rights. http //www.ft.com/cms/s/2/a6992cc4-4026-11e4-936b-00144feabdc0.html#ixzz3E80dBN7T Police closed roads and deployed officers on horseback as they sought to contain the crowds. Scores of officers were seen running down side streets after suspected troublemakers. The tension began in the late afternoon when police formed a cordon in George Square in an effort to keep apart rival Yes and No supporters. Scuffles broke out away from the main stand-off. (※ 以下略) ■ Tensions rise in Glasgow after historic Scotland vote ★ スコットランドの国民投票:警察は、グラスゴーのライバルグループを分離 「BBC News(2014.9.20)」より (※ 以下自動翻訳) / 警察は、グラスゴーにライバル組合活動家と独立の支持者のグループを分離した後6逮捕を行った。 役員は、いくつかの馬に搭載された、ジョージ広場にて「Yes」とサポーターのグループからユニオンジャックを振って多くの人を分割するために並んで。 連合の支持者がフレアを発射し、充電時のトラブルが始まったが、その数は、後ですぐに減っ。 広場は前に木曜日の独立住民投票のプロ独立党を開催していた。 現場にいたBBCのスコットランドの記者キャメロンバトルは、金曜日の夜の対決は、フレアが発射さとルールブリタニアを歌っていた労働組合員側から「協調的」充電されているとすぐに開始した。 プロ連合側のいくつかは、ロイヤリストの画像を特色にバナーを運んでいた。 (※ 以下略) ◆ 【速報】スコットランドで暴動発生 独立賛成派2名が刺されたとの情報も 「2ch(2014.9.20~)」より / 開票終了後の19日夜、グラスゴー市内のジョージ広場で独立賛成派と反対派(王党派)双方約100人ずつが衝突。 すでに6名が逮捕された。 衝突のきっかけは反対派が「ルール・ブリタニア」を歌いながら発煙筒に火を付け騒ぎ始めたことらしい。 スコットランド警察のスポークスマンによると、現在行われている捜査によって今後逮捕者が増える可能性もあるとのこと。 またSNSでは賛成派のうち2人が刺されたという報告がされているものの、警察では今のところ把握していないと言う。 (※ 以下略、詳細はサイト記事で) ★ スコットランド独立否決、英国に残留 「CNN(2014.9.19)」より / (CNN) 18日に投票が行われたスコットランド独立の是非を問う住民投票は、即日開票の結果、反対票が賛成票を上回り、スコットランドが英国にとどまることが確実となった。 32地区中31地区の集計を終えた段階で、独立反対の票が賛成票を上回った。英BBCは開票率60%の時点で独立反対派の勝利を予測していた。 独立派を主導してきたスコットランドのサモンド自治政府首相は19日、敗北を認める声明を出し、スコットランドの独立を支持した160万票に感謝すると表明。86%という記録的な投票率に達したことを評価した。 中心都市エディンバラ地区は反対が19万4628票を獲得し、賛成は12万3927票にとどまった。一方、独立推進陣営の中心拠点だったグラスゴーは賛成票が反対票を上回ったものの、劣勢は覆えせなかった。 投票率はほとんどの地区で80%を超えたが、グラスゴーは75%にとどまった。 キャメロン首相は19日午前に演説を予定している。 ■ スコットランドの住民投票でも大規模な不正が行われていました。 「日本や世界や宇宙の動向(2014.9.20)」より / スコットランドで独立を問う住民投票が行われましたが、結果はNOの票が上回りました。 ただし。。。今回の投票でも、残念ながら、不正が行われたことが明らかになりました。世界中どこでも不正投票が行われています。 グローバル・エリートが望まない結果を出さないために投票所で不正が行われているのです。ロンドン金融街もキャメロン首相も英王室も、スコットランドが独立することは、彼らの世界的な支配権が弱まるということですから、どうしても独立はさせたくないのでしょう。 ただ。。。私個人の意見として、スコットランドが突然、独立を宣言するとなると、スコットランド自体も、世界も様々な面で混乱が生じ、一般の人々に大きな影響が出るため、今回はひとまず足踏みをする方が良いとは思っていました。 独立をするには、その準備として何年もかけて、用意周到に、エリートらが絶対に妨害できないような土台を築くべきではないかと思っていましたので、今回の住民投票に不正があったとしても、スコットランドの独立を遅らせたことは良かったのではないかと思っています。 しかし、これで終わる独立運動が終わるワケがありません。スコットランドも他の地域も、今回の住民投票が独立に向けた第一歩となるのではないかと思っています。 (※ 中略、詳細はブログ記事で) / 以下の証拠ビデオから、スコットランドの住民投票で不正が行われていたのが分かります。 (※ 以下略、詳細はブログ記事で) ■ スコットランド独立を期待する共産主義勢力。 「スロウ忍ブログ(2014.9.14)」より (※ あちこち略、詳細はブログ記事で) / スコットランドが独立すれば、英国の国力低下が不可避であるだけでなく、スコットランドにとっても英国という国家ブランドを失うことは余りにもデメリットが大きい。 スコットランド独立派は、北海油田に唯一の魅力を感じているのかも知れないが、同油田は目下枯渇に向かっている上に、先進国の原油需要は今後も着実に減っていくことが予想され、油田から得られる富も右肩下がりになることが確定しているといっても過言ではないだろう。 / 今現在でもスコットランドは既に強い自治権を持っているわけだが、それにも拘らず、わざわざ英国から独立して一体何の意味があるのだろうか。独立後はおそらくオーストラリアやニュージーランドのようなコモンウェルスの一つになるのだろうが、それは自らの手で自らを格下げしているも同然である。 しかもスコットランド政府は、もしも独立が成功した場合、全ての核兵器を安全に廃棄し、スコットランド領内への持ち込みを永久に禁止するなどと公約している。これでは自らの手足を自ら縛ると宣言しているようなものである。 おそらくこのような流れの背後にも、中国やロシアといった、一部の国連安保理常任理事国の謀略があるのだろう。国連における自由主義陣営のリーダーたる米国の力を削ぐためには、その兄弟とも謂える英国の国力を削ぐことが最も効果的だからである。 実際、英国は既に中国の札束の前に平伏している。 / 後は英国の権威と国力自体を弱体化させれば、中露の思い通りの国になるだろう。 中国とロシアの狙いは、国連常任理事国5大国のうち過半数の3カ国(中国、ロシア、英国)を反米化することで、国連における米国の主導権を完全に奪うことにあると思われる。 花畑な連中を焚き付けて侵略に利用することは、共産主義勢力の十八番である。誰がどう見ても自殺行為にしか見えないを行動を正当化しようとしているスコットランドは、まさに花畑集団であると言わざるをえまい。 今後、万が一英国が弱体化し中露の傀儡に成り下がれば、世界情勢は一気に不安定化するだろう。そうなれば、当然日本は米国と共に自由主義同盟諸国を守るため、これまで以上に積極的に役目を果たす必要があろう(※ 太字はmonosepia)。 ◆ 核ミサイル配備・イギリスの税収約40%を生み出すスコットランド、独立世論調査で賛成が反対を上回った結果⇒エリザベス女王「うわああああああああ」 「おーるじゃんる(2014.9.8)」より / 187 名無しさん@0新周年@\(^o^)/ 2014/09/07(日) 19 22 44.66 ID pU2fUFrY0.net 1 スコットランド ●独立のメリット 北海油田がまるごと自分たちのものになる 決定的な唯一の収入源を確保できる ●独立のデメリット 中央銀行の候補が弱い 貨幣通過の信用力が決定的に不足 ユーロ圏にも加入できないから共通通貨も使えない 独立後も英ポンドを使用したいが、ロンドンから拒否を予告されている 経済的基盤がほぼ皆無 290 名無しさん@0新周年@\(^o^)/ 2014/09/07(日) 19 36 04.05 ID Rs5fi8Sv0.net 187 まるごとは無理 イングランドが手放すわけない / 9 名無しさん@0新周年@\(^o^)/ 2014/09/07(日) 18 56 50.20 ID MhtF0bTR0.net でも独立したとして、ちゃんと自立出来るんかね? 46 名無しさん@0新周年@\(^o^)/ 2014/09/07(日) 19 03 02.64 ID Aej3kH0R0.net 9 それが意外と豊かなんだな。 イギリスの税収の確か約40%がスコットランド 173 名無しさん@0新周年@\(^o^)/ 2014/09/07(日) 19 20 00.29 ID d7RRMO9yO.net 9 更に、北海油田も大抵がスコットランド沖合いに集中していて、その権利も英国政府が直轄している。 / ★ スコットランド独立リードの世論調査、英政府は自治拡大方針示す 「ロイター(2014.9.8)」より / [ロンドン 7日 ロイター] - 英スコットランド独立支持派が反対派を初めて上回った世論調査を受け、英政府は一段の自治権を与える方針を示した。 オズボーン財務相は7日、18日の住民投票で独立反対が多数となった場合、税制・歳出・社会保障面でスコットランドに一段の自律性を与える施策を近く打ち出すと述べた。 サンデー・タイムズ紙に掲載された調査機関ユーガブによる世論調査では、独立賛成が51%、反対が49%となった。1カ月前は反対が22ポイントの差をつけていた。 財務相は「数日以内に一段の権限を委譲する計画を明らかにする。分離のリスクを回避しならが自治を得ることになる。これこそがスコットランド人の求めるものだと考える」と述べた。 独立支持派の委託でパネルベースが実施し7日に公表された世論調査によると、独立賛成は48%となり過半数には達していない。未定の回答を含めると賛成は44%となる。 住民投票で独立支持が反対を上回った場合、2016年3月24日の独立を予定している。独立後も通貨同盟により引き続きポンドを利用することに英国民は合意すると支持派は主張しているが、英国の主要3党はこれを否定している。オズボーン財務相も7日、「分離した場合はポンドを共有することはない」とあらためて否定した。 ーーーーーーーーーーーー ★ スコットランド、イギリスからの独立賛成派が初めて反対派を上回る 「ハフィントンポスト(2014.9.7)」より / イギリスからの独立の賛否を問うスコットランドの住民投票が9月18日に迫るなか、イギリスのサンデー・タイムズ紙は9月6日、独立賛成派が51%となり、反対派の49%を僅差で上回ったとする最新の世論調査を発表した。同紙によると、賛成派がリードするのは初めて。47NEWSなどが報じた。 ■ スコットランド独立支持、英経済に最大のリスク=CBI 「WSJ(2014.9.5)」より / 英産業連盟(CBI)は4日、今月のスコットランド独立投票で賛成票が過半数に達すれば、今年下半期の堅調な経済予測は打ち消される可能性があると警告した。 CBIは今年の英国内総生産(GDP)成長率を3%、来年を2.7%と予測し、5月に示した見通しを据え置いた。だが、今後は政治的な混乱があるかもしれないと指摘。9月18日の住民投票の結果を受け、スコットランドが独立する可能性に注意を促した。 CBIのジョン・クリッドランド事務局長は「英国経済にとって、それが最も重要な政治リスクだ」とし、「英実業界では、スコットランドは英国にとどまるべきだとの見方が圧倒的だ」と語った。 最近発表された他の予測は、7-9月期も英経済の高成長を見込んでいる。 英商工会議所(BCC)は先週、今年のGDP成長率見通しを3.1%から3.2%に引き上げ、家計に加え全業種の企業でも景況感が好調だと指摘した。だがエコノミストからは、停滞するユーロ圏経済やロシアとの政治的な緊張と並び、スコットランドの独立投票が英経済の堅調な見通しを狂わす恐れがあるとの声が上がっている。 CBIは英最大の経済団体で、スコットランドのサモンド行政府首相が唱える独立計画に当初から声高に反対してきた。 調査会社ユーガブが実施した最新の世論調査によると、スコットランドでは独立支持が拡大し、42%が独立賛成、48%が反対、残りが態度保留か投票の意志なしだった。8月前半の調査では賛成と反対の差が12ポイントあったため、差は半分に縮まった。 . .
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第5話(BS13)「禁じられた唄」( 1 / 2 / 3 / 4 ) 1.1. 消えた少年 SFC、それがこの世界における彼女(下図)の名である。それは彼女の「正式名称」のイニシャルなのだが、その正体を知る者はこの世界にはおそらく誰もいない(そして彼女はそのことを語ろうとはしない)。なぜならば、彼女は本来、この世界の住人ではないからである。 彼女は、ヴェリア界という異世界からこの世界に投影された「投影体(プロジェクション)」である。ヴェリア界とは、様々な世界から「廃棄」された物品が流れ着く場所であり、彼女は「地球」と呼ばれる世界で子供達に遊ばれていた「玩具」の一つであった。技術の発達に伴い、新型の「玩具」が台頭するに伴い、本来の持ち主から捨てられ、ヴェリア界に流れ着いた彼女は、この世界に生み出された混沌の力によって「人間」に似た姿で投影されることになったのである。 この世界において投影体と言えば、人間世界と相容れない理(ことわり)の下で生きる魔物・怪物の代名詞として用いられることが多いが、彼女は人に近い感性を持ち、この世界の人々とも積極的に交わろうとする、いわば「友好的な投影体」である。もっとも、彼女自身がそう考えていても、実際には周囲の者達がそう認識してくれるとは限らない。実際、彼女はこの世界に現れた当初は、その異様な姿から、様々な迫害の対象となっていた(ちなみに、実はその過程で一度、パンドラの闇魔法師クラインに助けられたことがあるのだが、そのことを彼女自身は覚えていない)。 そんな彼女を救ったのは、ブレトランド南部を支配するヴァレフール伯爵領を支える七男爵家の一つ「チェンバレン家」の子息・セシルである(下図)。幼くして母親を失い、塞ぎ込みがちだった彼は、父の治める湖岸都市ケイの領内で偶然見かけたSFCに興味を抱き、彼女の新たな「持ち主」となった。SFCは、日頃は「人間」としての姿を維持しているが、いつでも本来の「玩具」としての姿となることも出来る。彼女はセシルを楽しませる「玩具」として、そして彼の心を癒す「友」として、彼の強い希望でケイの領主の館に転がり込むことになり、やがて正式にセシルの親衛隊長に任じられることになったのである。 ある日、そんな彼女の元に凶報が届いた。彼女の「持ち主」であるセシルが、ケイの中心に位置する領主の館から、突如として姿を消したのである。前日までの彼の様子には特に変わったことも無く、彼が自らの意思で出奔するとは考えにくい。これは、何者かに誘拐されたと考えるのが妥当であろう。彼女を取り巻く親衛隊の者達は、その事実を知った途端、当然のごとく顔面蒼白となる。 「隊長、どうしましょう……」 「こういう時はね、RPGの基本として、まずは情報収集だよ」 「隊長、この旨は、男爵様にお伝えすべきでしょうか?」 「いや、それはいいよ。そうやってサブイベントまで広げると、メインのストーリーが進まなくなっちゃうから」 SFCは、玩具としての自分の中に組み込まれた(正確には、彼女と接続する付属品の中に埋め込まれた)情報に基づいて、そう答える。彼女の「独特の言い回し」の意味は隊員達には伝わりにくかったが、ひとまず彼らも「今はセシルに関する情報を集めることに専念すべき」という意図は理解したようである。 ちなみに「男爵様」とは、セシルの父であり、この湖岸都市ケイの領主であるガスコイン・チェンバレン男爵(下図)のことであるが、現在、彼は公務で隣町に出向いている。もし、セシルが見つからないまま、この事実が明るみになれば、その場合は「管理不行き届き」として、相当に厳しい処罰が彼女達に下されることになるであろう。 こうして、SFC達が全力で街の中をシラミ潰しに調査して回った結果、昨晩から今日の明朝にかけて、ケイから北へと向かう街道を「四人連れの旅人」が北上していくのを見たという目撃証言に辿り着いた。 「バラモスを倒しに行ってしまったのか。今のままではまずい。早くガイアの剣を渡さなければ……」 そう呟くSFCだが、彼女が言っていることを理解出来ている者は誰もいない(ちなみに、実はコートウェルズ島に「バラモス」という名の龍がいたりするのだが、全く関係ない)。そして目撃者曰く、その「四人連れの旅人」とは、「若い男女の魔法師」と「奇妙な風貌の少女」と「フードを被った10歳くらいの少年」であったという(ちなみに、セシルの年齢もちょうど10歳である)。夜だったこともあり、その少年の顔は確認出来なかったが、彼はうつろな瞳を浮かべながら「呼んでるんだ……。僕のことを……。だから、行かなきゃ……。待ってる人がいる……」などと呟きつつ、山岳街道を北へと向かっていったという。 「4人パーティーで魔法使いが2人か、バランスが悪いな。そして『誰かが呼んでいる』……? 一体、何のゲームだろう……? ダメだ、記憶が曖昧で、思い出せない」 彼女はこの世界に来る過程で、記憶の大半を失っている。手元にある幾つかの「金属製の付属品」を身体に差し込むことで、その中に組み込まれた情報を読み取ることは出来るが、それも数が限られている。もっとも、その記憶があったところで、この状況を改善する上では、何の役にも立たないのだが。 現状において、ケイから北へと続く山岳街道の先にあるのは、7年前に混沌災害によって崩壊したマーチ村であり、その周囲には危険な魔境が広がっている。もし、その「10歳くらいの少年」の正体がセシルだった場合、誰が何の目的で彼を連れ出したのかは分からないが、この先の混沌領域の危険性を考えれば、このまま放置して良い筈はない(ちなみに、セシルの亡き母はこのマーチ村の出身なのだが、SFC自身はセシルの母とは面識が無いこともあり、そこまでは聞かされていない)。 彼女は一刻も早く自分の「持ち主」を救出するため、親衛隊の者達を山岳街道の入口付近に待機させた上で、単身、中央山脈の奥地へと足を踏み入れていくことを決意する。この先の魔境を探索する上では、君主でも魔法師でも邪紋使いでも、ましてや投影体でもない一般の兵士達を連れて行っても、足手まといにしかならないと判断したのである(彼女の思考の中では、一人で竜王を倒しに行くロトの勇者の姿が思い描かれていたらしいが、そんなことはどうでもいい)。 投影体である自分を受け入れ、「玩具」としての価値を認めてくれたセシルを失うことは、彼女にとってのこの世界での存在意義を失うに等しい。何があっても彼を連れ戻すという重大な決意を胸に秘め、彼女は暗黒の渦巻く山岳街道を北上するのであった。 1.2. 街道浄化計画 一方、そんな山岳街道の「反対側の終着点」に位置するのは、アントリアの城塞都市クワイエットである。ブレトランドの北中部を支配する覇権国家アントリアの東南部国境の最前線基地であり、この地を守る指揮官ファルコン・トーラス(下図)は、アントリア屈指の猛将として知られていた。 そのファルコンが絶大な信頼を寄せる契約魔法師、それがスュクル・トランスポーターである(下図)。彼の外見は(SFCほどではないが)やや常人とは異なっている。一見すると、長身細身で眼鏡をかけた「普通の魔法師」のように見えるが、その眼鏡がかけられた両耳の先端に、金属のような異物が生まれつき埋め込まれているのである。実は、彼は「ラクシア界」と呼ばれる異界からこの世界に投影された「ルーンフォーク」と呼ばれる異世界人の末裔であり、その耳の異物はその名残であると言われている。もっとも、ラクシア界からの投影体の発見例は少なく、その実態はよく分かっていない。 ただ、その末裔の中には、魔法師の力に目覚める者が多いようで、彼とその妹は共に魔法師としての資質に恵まれ、兄妹揃って魔法師のトランスポーター家の養子になっていた(通常、魔法師としての素養は遺伝しないと言われているので、これは極めて珍しい事例である)。そしてスュクルは、そんな自分のルーツに興味を持ったのか、当初は召喚魔法師としての道を進もうとしていたが、その修練の過程で誤って「呼んではならない者」を学院に招き入れてしまい、その時に妹を失ってしまう。 その失敗を機に、「自分の判断で物事を決定すると、好ましくない結果をもたらす」と悟った彼は、改めて自身の適性の判断を師匠に委ねた結果、時空魔法師へと転身し、そしてファルコンと契約した後は、自身の独断専行を控えて、主君の意思を尊重した上で彼を支えるという「模範的な魔法師」としての道を歩むことになる(実は、それは彼の源流であるルーンフォークの本来の気性でもあるのだが、おそらく彼自身はそこまで自覚してはいない)。 さて、そんな彼とファルコンが治めるクワイエットの街に、アントリアの首都スウォンジフォートから、騎士団長バルバロッサ・ジェミナイの契約魔法師であるフィガロ・トランスポーター(下図)が、査察員として派遣されてきた。スュクルとフィガロは同門の魔法師であり、スュクルは30歳、フィガロは24歳だが、入門も卒業もフィガロの方が早かった上に、契約相手の関係においても、バルバロッサはファルコンの「上司」にあたるため、どちらかと言えばフィガロの方が「兄弟子」的な立場にある。 しかも、現在のアントリアにおいて、フィガロの契約相手であるバルバロッサは、実質的に「騎士団長」以上の地位を確立しつつある。先日、アントリア子爵ダン・ディオードが、コートウェルズの浄化のための長期遠征に出向いてしまい、彼の不在時の名代として指名されたのが、バルバロッサの妹ジャクリーンとダン・ディオードの間に生まれた私生児、マーシャル・ジェミナイだったのである(第4話「帰らざる翼」参照)。マーシャルはこれまで、バルバロッサの養子として育てられていたため、実質的には「騎士団長バルバロッサの息子」が、「アントリア子爵代行」に就任したに等しい。こうなると、今まで以上にアントリア内でバルバロッサの発言力が増すことは、容易に想像出来る。 だが、当然、このような突然の政変に対して、反発を覚える者も多い。だからこそ、フィガロは現在、国内に「よからぬこと」を考える者達がいないかどうかを確かめるための査察に回っているのである。 「現状、マーシャル子爵代行閣下を中心とする新体制への移行過程で、アントリア内部は混乱しつつある。前線に立つ者達は、当面の間、無闇に戦線を広げることは避けるように」 それが、ファルコンとスュクルへの彼の通告である。特にクワイエットの場合、数ヶ月前にこの地に滞在していたハルク・スエード将軍が独断で兵を動かして惨敗を喫した「前科」がある以上(第3話「長城線の三本槍」参照)、特に強く釘を刺しておかなければならない、と考えているようである。 その言い分に対して、ファルコンは露骨に不満そうな表情を浮かべるが、彼よりも先に、スュクルが異論を唱えた。 「むしろこの状態だからこそ、弱体な姿を他国に晒すことは危険ではありませんか?」 現状において、アントリアが混乱していることはヴァレフールにも伝わっているからこそ、逆にここは敵に主導権を握られないよう、こちらから攻勢をかけるべきではないのか、と考えていたファルコンは、自分の考えを代弁してくれた契約魔法師に内心感謝する。だが、フィガロはその意見をあっさりと切り捨てた。 「それはそうかもしれない。だが、指揮系統が混乱した状態で戦をしかけるのは得策ではない」 確かに、それは正論である。現状において、アントリアは国内に旧子爵家を中心とする反乱軍を抱えている上に(第2話「聖女の末裔」参照)、聖印教会と手を組んだ先代トランガーヌ子爵にダーンダルク城を奪還されるなど(「ブレトランド戦記」第8話参照)、内憂外患状態が続いている。その上、子爵不在によって指揮系統を立て直さなければならなくなったこのタイミングで、専守防衛を基礎とするヴァレフールをわざわざこちらから刺激する必要はない、というのが、首都の要人達の間での一般的な考えであった。 だが、戦場の前線に立つ者達の認識は異なる。一通りの通達を終えたフィガロがひとまず首都へと帰還した後、ファルコンはスュクルに対して、思いの丈をぶちまける。 「さっきの話、俺もまったく同感だ。こんな状態だからこそ、ここで攻め手を緩めたら付け込まれる。だからこそ、動きの鈍った中央の連中に代わって、前線の俺達が常に『次の一手』を考えなければならない訳だが、実は昨日、一つ面白い話が手に入った」 そう言って、ファルコンはクワイエットの周辺地図(下図)をスュクルに見せる。クワイエット側から見て南方にヴァレフールによる長城線が存在する一方で、クワイエットから西方へと続く街道は、途中でトーキー、マーチという二つの村を経由して、ヴァレフールの湖岸都市ケイへと繋がっている。つまり、長城線を突破しなくても、この山岳街道経由でヴァレフール領へと攻め込むことは理論上は可能なのだが、問題は、この間にある二つの村のうちの片割れであるマーチ村が、7年前に混沌災害によって崩壊し、その周囲が魔境化しているという点である。 一応、現在でも道そのものは存在しているため、運が良ければ、魔物(投影体)と遭遇せずに回廊を通過することは出来る。また、仮に魔物と遭遇したとしても、腕に覚えのある者であれば、それを自力で撃退することも出来る。これまでの目撃報告を聞く限り、この魔境に出没する魔物自体は、クワイエット軍が全力を挙げて戦えば、倒せない相手ではないらしい。 だが、それ以上に大きな問題は、その魔境の中核に位置するマーチ村における混沌繭(カオスシルク)の存在である。マーチ村の中心には、「巨大な蛾の幼虫」の形をした投影体が作ったと言われている「巨大な繭」が存在しており、しかもその繭を中心として強靭な混沌の力が込められた「生糸」と「小型の繭」が村の近辺一体に張り巡らされているという。つまり、村の近辺領域に入ると、この混沌繭の生糸が通行を妨害している状態で、部隊をまともに展開することが出来るような状態ではないらしい。 この生糸は、君主や魔法師や邪紋使いがその気になれば切断出来ないことはないらしいのだが、この生糸を切ると、その先に繋がっている小型の混沌繭が綻び、その中から様々な投影体が出現し、無差別に周囲の者達に襲い掛かってくるという(そして運が悪いと、彼等が他の混沌繭の生糸を破壊することで、更なる投影体を生み出すこともある)。つまり、この村の近辺を覆う混沌繭こそが、実質的に中央山脈の東部回廊を封鎖している諸悪の根源なのである。 「実は先日、我が領内に忍び込んだパンドラの間者を捕えて尋問した結果、この『混沌繭』を除去出来るかもしれない方法を入手したのだ」 パンドラと言えば、エーラムの魔法師協会と対立している闇魔法師達の秘密結社である。その実態は謎に包まれているが、この世界を混沌で覆い尽くすことが目的とも言われており、混沌を浄化する力を持つ君主や、その君主を支えるエーラムの魔法師とは、基本的に対立している存在である。そんな彼らが「混沌を除去する方法」を知っているというのも妙な話だと思いつつ、スュクルは主君の話に耳を傾ける。 「あの混沌繭の中にいる『巨大蛾の幼虫』は、『混沌の力が込められた唄』の力によって羽化するそうだ。そして、その唄を歌うことが出来る者達が、旅芸人の『ロザン一座』の中にいるらしい」 「ロザン一座」の名前は、スュクルも聞いたことがある。このブレトランドで最も有名な旅芸人集団の一つであり、このクワイエットにも度々訪れている。ただ、仕事熱心な彼は、実際にその演目を見たことは一度も無いのだが。 「そのロザン一座の中の『双子の歌姫』なる者達が歌う唄を聴かせれば、その巨大蛾は羽化し、そしてその双子の命令に従うようになるという。そして、その巨大蛾の力をもってすれば、あの回廊に現れる魔物達を倒すこともたやすいと、そのパンドラの捕虜は言っていた」 主君の話がひと段落したところで、今度はスュクルが口を開く。 「かような者共の言うことを、そのまま信じる訳にもいかないでしょう。まずは調査して情報を収集した上で、その真偽を確かめるべきでは?」 「お前はいつも、私が考えていることを先んじて理解してくれるな。そんなお前だからこそ、私もお前を信用している」 そう言って、ファルコンは再び満足そうな表情を浮かべる。生粋の軍人気質であるファルコンと、どちらかと言えば文官タイプのスュクルは、一見すると水と油の性格だが、不思議とウマが合うようで、作戦会議の場などにおいては、少なくとも基本方針のレベルでは、二人の方針が一致することが多い。 「とりあえず、そのロザン一座はちょうど昨日、このクワイエットを通過して、トーキーの村へと向かったらしい。もし、奴の言っていることが本当なら、そのロザン一座の双子の姉妹の身柄を確保することは、今後の回廊突破の鍵を握ることになるだろう。そして、マーチとわが国の中間に位置するトーキー村の領主との関係も、これから先は重要になる。そこで、まずはお前をトーキーに派遣して、そのロザン一座の双子と、トーキーの領主を、お前の弁舌の力で、こちらの味方になるように引き入れてもらいたい。説得でも、威嚇でも、どちらでもいい。有効だと思う手立てで、なんとか奴らにこの街道の浄化に協力させるのだ」 「承知致しました。では、出立の準備を致します」 そう言って、彼は領主の謁見の間を出て、自身の護衛兵達に動員の令を下す。突然降って湧いたような話に対して、どうにも半信半疑の心境ではあるが、もし、捕虜が言っていることが全て本当なら、一刻も早く行動する必要がある。パンドラがわざわざ街道の「浄化」を率先しておこなうとは考え難い以上、おそらくこの情報には何らかの「裏」がある。それが何なのかは分からないが、少なくともパンドラが何らかの陰謀を企んでいるのであれば、その鍵を握ると思われる双子が混沌繭に近づいている現状を、黙って見過ごす訳にはいかない。 様々な可能性を考慮に入れつつ、愛用の「気付薬代わりのサルミアッキ」を鞄に入れながら、トーキーへの旅支度を進めるスュクルであった。 1.3. 夢に光る聖印 こうして、クワイエットからトーキー村に向けて調査・外交師団が派遣されようとしていたその日の夜、そのトーキーの領主であるエディ・ルマンド(下図)は、領主の館の寝室で、奇妙な夢を見ていた。暗闇の中で、見たことのない聖印が光り、そして彼を呼ぶ謎の声が聞こえてきたのである。 「我が預かりし聖印を受け取れ。バルバリウスの末裔よ」 その声に導かれるように、無意識のまま身体を起こそうとした瞬間、彼は目を覚ました。その声の主が何者なのかは分からないが、一瞬、彼は自分の意思とは無関係に、その声を追ってどこかに向かおうとしていたのである。その理由は分からない。だが、何か得体の知れない大いなる力の存在を感じ取っていた。 彼は、数年前に死んだ父からこの地を譲り受けた、まだ領主としての経験の浅い若い君主である。年齢は21歳だが、見た目はそれ以上に若く見える上に、よく言えば実直な、悪く言えば馬鹿正直な気性ということもあり、領主としてはどこか「頼りなさ」「危うさ」を感じる側面もあるが、この村を襲う混沌の侵食に対しては、常に最前線に立って民を守るために戦っているため、村の人々からの人望は厚い。 ちなみに、彼は父だけでなく母も既に亡くしているが、彼の母はマーチ村の領主の親族であり、前述のセシルの母はその妹、つまりセシルは彼にとっての従弟にあたる。そして、夢の中で告げていたバルバリウスという名は、かつてそのマーチ村を救ったと言われる伝説的な領主の名である。母がその領主の末裔の親族であるならば、確かにエディもその末裔ということになるだろう。だが、その「バルバリウスの末裔」であることが、果たして何を意味するのか、この時点でのエディには、さっぱり分からなかった。 結局、この日の夜は今ひとつ寝付けぬまま、彼は翌朝を迎える。夢の内容が気になるところではあったが、現状でいくら考えても手がかりがない以上、答えが出るとは思えなかったので、彼はいつも通りに身支度を整え、愛馬ロリータの世話をしつつ、今日も領主としての務めをまっとうするため、執務室へと向かう。この日、彼の命運を大きく変える来訪者達が現れることを、この時点での彼はまだ知る由もなかった。 1.4. 山村への招待状 そんなトーキー村が昼下がりの時間帯を迎えた頃、この村に奇妙な風貌の一団が現れた。ブレトランドを拠点として活動する有名な旅芸人「ロザン一座」の面々である。座長のロザン(下図)は、“神笛”の異名を持つほどの縦笛の名手であり、彼の笛の音色に合わせて、一座の者達が剣舞、演劇、曲芸、歌唱などを披露する、多彩なエンターテイナー集団である(ちなみに、現在グリース子爵に仕えているペルセポネやモッチーナもまた、かつてはこの一座の一員だったことで知られている/ブレトランド戦記第7話・第8話参照)。 そして、この一座の中でも特に名の知れた花形スターが、ミレーユ・メランダ(下図左)とアイレナ・メランダ(下図右)という16歳の双子の歌姫である。彼女達の美声によって紡がれた柔らかなハーモニーは、旅先で多くの人々を魅了し、その名声は小大陸中に広まっており、数ヶ月前にマージャで開催された音楽祭(ブレトランド戦記第6話参照)においても、もし彼女達が出演していたら間違いなく優勝候補だったであろうと言われている(この時は、運悪く一座が大陸に巡業に行っていたため、参加出来なかった)。 ちなみに、そんな彼女達は、今は無きマーチ村の出身である。幼い頃から天才的な歌唱力の持ち主として村人達の間で話題となり、その評判を聞いて村を訪れたロザンから、ぜひにと頼まれて、彼の一座に加わることになった。だが、皮肉にもその数ヶ月後にマーチの村は混沌災害で崩壊してしまい、帰る場所を失った彼女達は、その悲しみを振り払うかのように歌の技術を磨き、今の名声を得るに至ったのである。 だが、そんな華やかな一面の裏側で、彼女達はその「歌姫」としてのドレスの下に「ライカンスロープの邪紋」を隠している。マーチ村はもともと(混沌災害が起きる前から)混沌濃度が高い地域で、邪紋使いが発生しやすい土地柄としても有名であり、彼女達もまた子供の頃にその力に覚醒していた。故郷を失った彼女達にとって、ロザン一座の者達こそが実質的な「家族」であり、その家族に危害を及ぼす者が現れた時には、その身を狼の姿に変えて、一座の護衛の者達を率いて戦う。そんな二つの顔を併せ持つ存在だったのである。 さて、そんな彼女達が今回、故郷の隣村であるトーキー村を訪れたのは、座長のロザン宛に、この村の領主エディの契約魔法師であるジャスタカークから、招待状が届いたからである。相次ぐ災害に苦しむ村の人々を勇気付けてほしいという旨が記されたその手紙を読んだロザンは、ぜひともその想いに応えたいと考え、こうして一座を引き連れて村を訪れることになった。 「では、さっそく、我々を招待して下さった契約魔法師のジャスタカーク様と、この地の御領主様に御挨拶せねばな。お前たちも一緒に来るか?」 そう言って、ロザンはミレーユとアイレナに問いかけると、ミレーユは妹の気持ちも代弁する形で問い返す。 「よろしいのですか?」 「あぁ、お前たちは隣村の出身だし、領主とは面識もあるだろうからな。一座を代表して挨拶に行く以上、ウチの花形スターを紹介したい気持ちもある」 実際、彼女達はエディとは面識もある。と言っても、子供の頃にチラッと会った程度なので、その記憶は薄い。ただ、良くも悪くも誠実で馬鹿正直な「あるべき騎士の姿」を志す少年であったと記憶している。そんな彼に対して、少なくとも悪い印象は持っていなかった彼女達は、座長に誘われるまま、領主の館へと向かうことになる。 一方、領主の館にいたエディは、突然の来訪者に驚いていた。ここ最近、混沌災害が多発するようになってからは、定期的に行き来する商人以外の者がこの地を訪れることなど、滅多にない。実質的に、山岳街道が魔境によって封鎖されているため、「通りすがりの旅人」すら殆ど現れないのが現状なのである。そんな彼に謁見を申し出たロザンに対して、エディはやや訝しげな心境ながらも、素直に対談に応じる。 こうして、「謁見の間」と呼ぶにはやや簡素な応接室に案内されたロザンは、エディに対して深々と挨拶する。一応、ロザンも過去にこの村で公演をおこなったことはあるが、当時はまだ「先代」の時代であり、エディもロザンも、互いのことはあまりよく覚えていない。 「当一座の座長のロザンと申します。この度は、ジャスタカーク様にお招き頂き、ありがとうございます。さっそく、ご挨拶させて頂きたいのですが、今は何処に?」 ロザンがそう言うと、エディはやや怪訝そうな顔をしつつ、申し訳なさそうな声色で答える。 「申し訳ございません。その者は、先日、混沌との戦いで、命を……」 そう、父の代からこの村の領主に支えてきた魔法師のジャスタカークは数日前、この地を襲った投影体との激戦において、村人を守るためにその身を挺して戦った結果、非業の死を遂げていたのである。まだその死はエーラムに届け出たばかりで、代わりの魔法師も派遣されていない状態であった。 「なんと……、それはおいたわしいことです。しかし、この手紙を受け取ったのは、比較的最近のことだったのですが……」 ロザンはそう言いながら、ジャスタカークから受け取った手紙を広げる。この時、エディがそこに記されていたサインを凝視していれば、この後の彼等の命運は若干異なっていたかもしれない。だが、この時点でエディは、特にその手紙に違和感を感じることはなかった。おそらく、生前のジャスタカークが、自分を驚かせようと思って密かに用意した余興だったのではないか、とでも考えていたのであろう。 「とはいえ、そのような状態なのであればなおさら、ジャスタカーク様の最後の御意思を叶えるためにも、我々にこの地で芸を披露する許可を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」 「それは全く構いません。よろしくお願いします」 こうして、ひとまずのお墨付きを得たロザン一座の人々は、さっそくテントを張り、舞台を設営して、公演の準備を始める。その準備の様子を見て、村人達が集まり始めたところで、ミレーユとアイレナが、挨拶代わりに揃って歌を披露し始める。それは、一座に入ってから習った、大陸伝来の民族音楽であった。 「おぉ、なんと美しい……」 「あの娘達って、たしか、隣村にいた娘よね?」 「こんな綺麗な歌声を聴かせてくれるようになるなんて」 次々と村人達が彼女達の周囲に集まり、魔物の襲撃に怯えていたその表情が、次々と笑顔に変わっていく。久しぶりに訪れたこの中央山脈に響き渡る彼女達の音色は、どうやら一瞬にして村人たちの心を掴んでしまったようである。 2.1. 西からの刺客 一方、ケイからマーチ村へと向かっていたSFCは、混沌繭の生糸が張り巡らされた「魔境の中心領域」へと足を踏み入れつつあった。様々な方向から行く手を阻む生糸を器用に乗り越えながら進む彼女の瞳には、その道の所々に、生糸が丸く集積することで作られたいくつかの「投影体が内部で眠っていると思しき繭」が映る。それらにも触れぬよう気を配りつつ、彼女は着実に一歩一歩進んで行く。 「アクションゲームは得意だからね。カービィとか色々やってるし」 そんな独り言を呟きながら、かつてマーチ村があったと思しき廃墟の領域へと足を踏み入れようとした瞬間、ふと背後に、何者かの気配を感じる。しかし、その気配の主が誰なのかを確認する前に、彼女の首筋に、背後から短剣が突き付けられた。突然の出来事に動揺する彼女に対して、その短剣の主は少年のような声で、こう問いかける。 「お前は、幻想詩(ファンタジア)か? それとも大工房(ファクトリー)か?」 幻想詩連合(ファンタジア・ユニオン)と大工房同盟(ファクトリー・アライアンス)。それは、この世界を二分する国家連合である。ブレトランドにおいては、ヴァレフールは前者、アントリアは後者に属しており、ケイの武官であるSFCは、客観的に見れば前者に属する立場なのだが、それに対する彼女の答えは、彼にとっては少々想定外の内容であった。 「幻想詩も大工房もどうでもいい。私にとって大切なのはセシル様だけだ。邪魔をするな!」 「セシル……? お主は、チェンバレン家のセシル殿の部下か?」 セシルという名自体は、それほど珍しくはない。だが、ケイとマーチを結ぶこの街道でその名を挙げたことから、この「短剣の主」の中では、それが何者なのか類推できたようである。そして、ヴァレフールのチェンバレン家ゆかりの者であるということが分かった時点で、彼はその刃を収める。 「私はグリースのコーネリアス。この地で不穏な動きを見せる者達がいるという噂を聞き、調査のために訪れた次第だ」 そう言って、その短剣の主はSFCの前にその姿を現す。体格的にはセシルよりも小柄で、どう見てもただの子供にしか見えないが、実はこの少年は、先代トランガーヌ騎士団長の息子にして、現在はグリース子爵領における最凶の暗殺者(シャドウ)として名高いアトロポス駐在武官コーネリアス・バラッド(下図)である。彼は、自分の父を殺したアントリアのダン・ディオードと、彼を支援する白狼騎士団を初めとする大工房同盟の者達に対して、強い敵愾心を抱いている(詳細は ブレトランド戦記 参照)。もしSFCが大工房同盟側の人間であれば、迷わずこの場で斬り捨てていたであろう。 現在、彼が所属しているグリース子爵領とは、数ヶ月前に中央山脈の西側に出現した新興国家である。その首都ラキシスは、かつてはマーチ村と街道で繋がっていたのだが、7年前にマーチの混沌災害に先んじて発生した火山の噴火を起因とする地殻変動により、今ではその街道は完全に崩壊し、断片的な獣道程度の痕跡しか残っていない。故に、普通の人間であれば、グリース方面から山脈東南部の街道まで足を運ぶことなど、ほぼ不可能なのであるが、このブレトランドでも有数の実力を誇るシャドウの邪紋使いである彼にとっては、その気になれば「道なき道」を乗り越えて進むことなど、それほど難しい話ではない。 「お主が幻想詩の者であれば、ここで争う必要はない。お主はここへ何しに来た?」 「だから、セシル様を探しに来たのだ」 「何!? セシル殿がこの奥にいるのか? それは、何者かに連れ去られたということか?」 この瞬間、コーネリアスの脳裏には、数ヶ月前に中央山脈の反対側で起きたトランガーヌ子爵家のジュリアンの誘拐事件が思い起こされていた(「ブレトランド戦記」第7話参照)。だが、そんなことをSFCは知る筈もなく、彼女は自分の中に埋め込まれた情報に基づいて独り言を呟き始める。 「セシル様がこの奥にいるということは、これは闇堕ちしたセシル様と戦うフラグ……。このままではまずい。装備を整えないと」 「なんと、セシル殿は、もう既に自我を失った状態ということか?」 「え? そうなの?」 基本的に、SFCの周囲の者達は、彼女の意味不明な発言はスルーする慣習が身についてしまっているため、このようにまっとうなリアクションで返されることに、どうやら彼女は慣れていないらしい。故に、どうにも会話が噛み合わない二人ではあったが、とりあえず、コーネリアスにとっての「友好国」であるヴァレフールの要人の息子が危険な状態にあると聞いた以上、彼としてはこのまま黙って見過ごす訳にはいかなくなった。 「ここから先は、我が国の領域でも、ヴァレフールの領域でもない。故に、足を踏み入れることに関しては、どちらかに優先権がある訳でもなかろう。とりあえず、何かよからぬ陰謀が展開されているのなら、私も同行させてもらおうか?」 コーネリアスがそう言うと、SFCは無言で頷く。そして彼女の視界の下の方では「コーネリアスが仲間に加わった」という文字が(彼女にしか見えない形で)表示されていたのであった。 2.2. 異界の聖堂 こうして、奇妙な形で同行することになった二人は、やがてマーチ村の廃墟の領域へと足を踏み入れる。既に陽は落ち、月光だけを頼りに進む中、その月光に照らされた純白の生糸が、放置された家屋の跡地を結ぶように張り巡らされ、その途中で幾つもの繭を形成しているのが目に入る。繭の大きさはまばらだが、その大半は、人間サイズの生き物を収納する程度であり、ここに来るまでの間にいくつか目にした繭に比べると、やや小型に見える(それでも、本来の蚕などの繭とは比べものにならないほどの大きさなのだが)。 そんな中、その村の一角に、奇妙な建築物が立っているのが目に入る。その規模は、SFCの住むケイの領主の館よりも遥かに巨大で、八角形の屋根の上に、黄金の玉葱のような形の装飾物が光っている。それは、このブレトランドの伝統的な建築様式とは明らかに異質の構造であり、混沌に侵食されて何年も放置されたままの荒廃した村の内部の廃屋とは異なり、あまり傷ついた様子もないため、村が崩壊した後に建てられたとしか思えないが、その規模から察するに、一朝一夕で建てられるような代物ではない。既に人が住んでいない筈のこの地で、いつの間にこのような建物が築かれたのか、SFCもコーネリアスも、皆目見当がつかなかった。 だが、SFCは、この建物に見覚えがあった。この特徴的な構造は、かつて彼女が作られた世界に存在していた、有名な建築物そのものだったのである。それは、彼女を生み出した島国において、当初は武道の振興のために作られ、後にコンサートやじゃんけん大会の会場としても用いられることになった伝説の聖堂「日本武道館」である(ちなみに「全日本プロレス2 3・4武道館」というソフトは実在するが、彼女がそれを使ったことがあるかどうかは不明)。 なぜ、この建物がこんな山奥の廃村に存在するのか、この時点での彼女には全く理解できなかったが、そんな彼女達の前に、一人の魔法師風の男が姿を現す(下図)。 「おや、これはまた珍しい。こんな夜更けに客人とはな」 長い黒髪を夜風になびかせた、左右異なる色の瞳のその男は、そう呟きながらゆっくりと二人に近づき、そしてSFCの装束を確認すると、再び口を開く。 「その装束……、そういえば昔、クライン殿から聞いたことがある。異界の『ゲーム機』なるものの擬人化体をこのブレトランドで見た、と言っていたな」 SFCは、かつてパンドラの大物であるクラインに助けられたことがあるのだが、そのことは彼女の記憶にはないし、その名に聞き覚えはない。だが、コーネリアスの方は、パンドラの要人としてのクラインのことは噂程度には知っているようで、その名を聞くと同時に身構える。数ヶ月前のジュリアン誘拐事件の時にもパンドラが関わっていたことは、彼の中では記憶に新しい。 「それで、この地に何用かな?」 「ローラ姫を探しに来たら、こんな所にまで来てしまいました」 どうやら、SFCの言語中枢には「ローラ姫」という言葉は、「助けなければならない大切な存在」の代名詞としてインプットされているらしい。常人であれば、そんなことが理解出来る筈もないが、この「パンドラの魔法師と思しき男」は、異界からの投影体の取り扱いに慣れているのか、彼女の言いたいことが概ね理解出来たようである。 「ほう、なるほど。つまり、貴殿にとっては、姫のような存在ということか」 「ペットと飼い主のような関係です。あ、ちなみに、私がペットです」 そんなやりとりを目の当たりにしつつ、この女に任せていては話が進まないと思ったコーネリアスが、二人の会話に割って入る。 「この奥に、ケイの領主の御子息であるセシル殿がいるのではないのか?」 そう問われた魔法師風の男は、鋭い眼光をコーネリアスに向けながら答える。 「確かに、セシル殿は今、この建物の中にいる。しかし今、セシル殿は誰にも合わせる訳にはいかない。セシル殿はここで、この地を浄化する力を得るための『訓練』の最中だ」 「訓練とは、どういうことだ? そもそも、お前は幻想詩なのか? 大工房なのか?」 「私は、どちらでもないよ。ただ、今回に関して言えば、どちらかと言えばアントリア寄りの立場、ということになるのかな」 「アントリア」と聞いて、コーネリアスが黙っていられる筈がない。彼は瞬時にその魔法師に向かって斬りかかろうとするが、彼の刃が魔法師に届くよりも早く、その魔法師の手から放たれた衝撃波によって、コーネリアスは遥か遠方にまで吹き飛ばされてしまった。暗闇の中、その飛ばされた先に何があるのかは分からないが、山道の下の方まで転げ落ちていく音が聞こえる。 「スターウォーズだ!」 そんな意味不明な驚嘆の声を上げつつ、SFCはこの魔法師の実力に脅威を感じる。前述の通り、コーネリアスはこのブレトランドでも指折りの実力を持つシャドウの邪紋使いであり、そのことは、他者の戦闘力をパラメーター化して認識することに長けている彼女には十分理解出来ていた。その彼を、たった一撃の衝撃波で視界の奥にまで吹き飛ばしてしまったこの魔法師が、もはや彼女のスカウター能力では計れないレベルの存在であることもまた、彼女は直感的に理解していたようである。 「すまないが、もうしばらく待ってもらえないかな。我々の手で、彼は立派な君主に育ててみせる」 魔法師の男はSFCに向かってそう言うが、さすがにこんな胡散臭い人物の言うことを、そのまま信じる気にはなれない。彼女はこのようなシチュエーションにおいて用いるべき最短の言葉で答える。 「いいえ」 「納得できない、ということか?」 「はい」 コマンド選択の要領でそう答える彼女に対して、魔法師は力付くで排除することも出来たが、それは彼の本意ではなかった。コーネリアスのように、問答無用で襲いかかってくる相手に対しては、強引に対処せざるを得ないが、生かしておくことで有効活用出来る可能性がある相手に対しては、無闇に力で解決しようとはしない。それが彼のポリシーであった。 「まぁ、セシル殿を我々に預けるのが不服というのであれば、代わりになる人材を連れて来てくれれば、それでもいい」 そう言って、彼は東の方面に目を向けながら、SFCに対してこう提案する。 「トーキー村の領主、エディ・ルマンド。彼でもセシル殿の代わりは成り立つ。むしろ彼の方が、即戦力としては役に立ちそうだ」 「なら、最初から、そっちをさらってきなよ」 「さらったとは、人聞きが悪いな。セシル殿は、この村の混沌繭の中で眠る『四百年前の英雄』の声を聞いて、それに呼応しただけだ。エディ殿にもその声は聞こえていたと思うのだが、残念ながら、応えてはくれなかった」 この魔法師が言っていることが今ひとつ理解出来ないSFCであったが、とりあえず、気になる点について確認してみようとする。 「あなたが直接頼みに行く訳にはいかなかったの?」 「今現在、我々は既にセシル殿の訓練を始めてしまっている。私はこうして外の見張りをしなければならないからな。人手が足りないのだよ」 「じゃあ、もう一つ質問。これは、メインイベントなの? サブイベントなの? それによって、どこまで全力を尽くすべきかは変わってくるんだけど」 「私にとっては、分岐イベントの一つだ。君にとってセシル殿を連れ帰ることが、メインイベントなのか、サブイベントなのかは分からない」 SFCの独特の言葉遣いに対して、なぜかこの魔法師は妙に理解力があるようで、(噛み合っているかどうかは微妙だが)かろうじて会話は成り立っているようである。もしかしたら、彼自身、既にどこかで他のタイプの「ゲーム機の擬人化体」と出会ったことがあるのかもしれない。 「じゃあ、セシル様が本当に無事なのか、その『修行』の様子を見せて」 「……まぁ、いいだろう。では、この『窓』を開こうか」 彼はそう言うと、SFCの目の前に、巨大な「画面」が広がる。武道館の内部に設置された映像記憶装置の内容を、この魔法師が作り出した即席の「壁」に映し出したのである。通常の人間であれば驚愕する技術であるが、映像技術の申し子であるSFCにとっては、さほど珍しい光景ではない。 そして、そこに写っていたのは、女魔法師らしき人物(下図)と、そしてセシルの姿である。前者の周囲に、いくつかの小さな混沌核が現れては、それをセシルが自らの聖印の力で浄化・吸収する、という行為が繰り返されていた。 セシルの聖印は、父であるガスコインから「後継者の証」というシンボル的な意味で受け取った従属聖印であり、その規模は従騎士クラスにも満たない程度だった筈なのだが、この作業を通じて、少しずつ彼の聖印は成長しているように見える。そしてセシルの表情は、何かに操られている様子でも、脅されている様子でもない。むしろ、日頃の「玩具状態のSFC」で遊んでいる時のような、生き生きとした様子に見える。 「なるほど、レベルアップのための狩場での経験値稼ぎか」 そう考えると、彼女の中で、特に反対する理由もない。セシルが生き生きと今の状況を楽しんでいるようなら、彼女としてはむしろ、彼をこのままサポートしてやりたい気持ちもある。 「じゃあ、私はこの地でセシル様のお世話をさせてもらいます」 そう言って、武道館の中に入って行こうとすると、魔法師が止める。 「悪いが、そういう訳にはいかない。今は修行に専念してもらいたいのでな」 「なぜですか!? 私にはセシル様が必要なんです。セシル様がいなくなったら、誰が私をプレイするんですか? セシル様ほど、私を深くやりこんで、裏技やバグまで発見してくれる人は、他にいません!」 どうやら、セシルと彼女は、かなり強固な共依存関係にあるらしい。そして、そのことを悟った魔法師は、なおさら彼女を会わせる訳にはいかないと判断したようである。せっかく、訓練に精を出してくれているのに、今ここで別の娯楽を与えてしまっては、彼の集中力が鈍ることになりかねない。 「セシル殿の訓練には、まだもうしばらく時間がかかる。身体そのものが未成熟な分、聖印の力だけでも鍛えておかなければ、混沌を吸収する際に耐えられなくなりそうだからな。それまで待てないというのなら、代わりにトーキーの領主を連れてくることだ」 「……分かりました。シナリオ上、それしか道はないということですね」 そう言って、SFCは一刻も早くセシルに自分で遊んでもらいたいという願いから、ひとまずトーキーの村へと向かうことを決意する。エディはセシルの従兄であり、SFCも彼とは面識がある。その際に、彼もまた「玩具」としての自分の価値に一定の理解を示してくれていたので、きっと彼であれば、セシルを解放するために協力してくれるであろう。彼女はそう信じて、暗い闇夜の中、月光に照らされながら、山岳街道を東へと向かうことになったのであった。 2.3. 外交官と小領主 そして翌朝、そんな彼女よりも一足先に、反対方向からトーキー村に、スュクル率いるアントリアの軍勢が到着した。少数とはいえ、隣国の軍勢が村を訪れたことに対して、村人達の間では静かな動揺が走る。覇権国家として知られるアントリアだが、旧トランガーヌ子爵領崩壊後のトーキーに対しては、良くも悪くも「不干渉」の姿勢を続けていた。その気になればいつでも制圧できる状態ではあったが、対ヴァレフール戦に全力を注がなければならない状態において、混沌災害に見舞われているトーキーをその領国に加えることは、アントリアにとってプラスよりもマイナスの方が大きい、というのが、中央の官僚達と現場の軍人達の共通見解だったのである。 それ故に、村人達の間では、主家であるトランガーヌ子爵の聖印を奪った上に、苦境にいる自分達を放置しているアントリアに対して憎悪の感情を抱く者も多く、領主であるエディ自身も、クワイエットの領主ファルコンに対しては内心では敵愾心を抱いていたが、現実問題としてクワイエットを封鎖されるとトーキーは完全に「陸の孤島」と化してしまうため、少なくとも表面上は、アントリア(クワイエット)に対しても友好的な態度で付き合わなければならない、そんな関係であった。 「領主のエディ殿にお目通りを願いたい」 スュクルは村の入口で衛兵に対してそう告げると、その旨はすぐにエディに告げられる。突然の隣国(強国)からの訪問者に対して、エディは内心で不安に思いながらも、ひとまず会って話を聞いてみようと考え、スュクルを領主の館まで連れてくるように伝える。 思いの外あっさりと会談を許可を得たスュクルは護衛の兵達と共に、村人を刺激しないように注意しながら領主の館へと向かうが、その途上、ロザン一座の者達が公演の準備をしている様子が視界に入り、その中に「双子らしき女性」がいることも確認する。どうやら、パンドラの捕虜が言っていたことは、少なくとも全くの荒唐無稽な話という訳ではないらしい。館の前に着くと、スュクルは兵達を外に残したまま、単身で応接室へと向かい、そして領主と対面する。 「ご無沙汰しております、クワイエットのスュクルです」 「お久しぶりです。トーキーの領主、エディ・ルマンドです。今日は、どのようなご用件で?」 「今後の我が街との関係のあり方と、マーチ村を覆う混沌を浄化する方法について、少々お伺いしたいことがございまして」 「マーチ村の混沌を浄化? それは一体……?」 「それは国家の機密に関わることですので、我々にご協力頂けるという約束を頂けるなら、お話したいと思います」 スュクルとしては、この情報を伝えることで、逆にトーキーがヴァレフールにその情報を流す可能性もある以上、そう易々と話す訳にもいかない。一方、エディにとってもマーチ近辺の魔境の浄化は悲願であり、そのための協力者は喉から手が出るほど欲しいというのが本音であるが、そのためにアントリアと手を組むことに対してはやや抵抗がある。これまで国策的な理由で放置され続けていたこの地に対して、あえて今頃になって手を差し伸べてきたということは、その裏に何らかの思惑があると考えるのが自然である。 とはいえ、先日の戦いで契約魔法師であった忠臣ジャスタカークを失ってしまったエディとしては、もし次に本格的な投影体による襲撃があった時に、今の村の戦力だけで村を守りきれる自信はない。ならば、むしろ毒を以って毒を制す覚悟で、アントリア軍を利用することも視野に入れるべきなのではないか、という気持ちもある。 「御配慮頂き、ありがとうございます。そういうことであれば、まずはマーチ村の実態調査のために、我が村も協力しましょう。その後のアントリアとの協力体制については、その実態が明らかになった後に改めて、ということで構いませんか?」 「そうですね。では、その作戦を実行するため、これからクワイエットに増援部隊の派遣を要請し、トーキーに駐留させることの許可を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」 現実問題として、もし本格的な混沌災害や巨大な投影体の出現といった事態に遭遇した場合、現状のトーキーの戦力だけでは太刀打ち出来ない。その意味で、この提案は至極まっとうな申し出のようにも見えるが、それを口実にトーキーを長期的に軍事占領される可能性もある。エディの中では、主家であるトランガーヌ子爵家が混乱状態にある今(「ブレトランド戦記」参照)、中立の独立勢力であることにそれほど強いこだわりがある訳ではないが、覇権国家アントリアの支配下に置かれることに対して、領主としては警戒心を捨てることは出来ない。 だが、仮にこれを断った場合、逆にアントリアが強硬手段に出る可能性もある。そうなった場合、トーキーにはそれに抗うだけの武力はない。ならば、どちらにしてもアントリアとは「良き隣人」の関係であり続ける以外の選択肢が現状で存在しない以上、ここはひとまず、アントリアが(少なくとも表面上は)友好的な態度を見せている今の段階で、彼等の戦力を利用する方向で妥協した方が得策かもしれない。 「分かりました。では、この問題が解決するまで、アントリア軍の駐留は認めましょう。私も一緒に調査に行くのであれば、その間に村を魔物から守る戦力は必要ですし」 こうして、アントリア(クワイエット)とトーキーのそれぞれの思惑が交差する中、着々と両陣営の協力体制に向けての下準備が進められていった。外交官として難題に取り組むことになったスュクルとしては、ひとまず、トーキーの領主が「話が分かる人物」であることに安堵しつつ、彼の出方を見ながら、ここから先の計画に向けての思案を巡らせていく。だが、そんな中、彼等にとって想定外の事態が、このトーキーで発生することになる。 2.4. 妖魔の襲撃 領主の館でエディとスュクルの間での外交交渉が展開されている頃、ロザン一座の舞台の袖で出番を待っていたミレーユとアイレナは、村の西方から、何か異様な者が近付いてくる気配を察知する。二人は互いに目を合わせ、同じものを感じていることを確認すると、ロザンにその旨を報告する。 「座長、この村に、混沌の気配が近付いてきています」 「何だと!? それはまずいな。ミレーユ、お前はすぐに領主様にそのことをお伝えしろ。アイレナは、他の者達と一緒に、村を守る準備を」 「分かりました!」 二人は同時に答えると、ミレーユは舞台用のドレスを着込んだまま、全力で領主の館へと駆け抜ける。狼のライカンスロープである彼女の足は、通常の人間よりも遥かに速い。瞬く間に館にたどり着いた彼女は、入口の衛兵に事情を説明すると、すぐに応接室へと向かった。 「大変です、領主様。村の西方から、魔物の気配が!」 突然現れた舞台衣装のミレーユに驚くエディとスュクルであったが、そう聞かされた以上、すぐに現地に向かうしかない。エディは側近の騎馬兵達を、スュクルはクワイエットから連れてきた護衛の盾兵達を引き連れて、ミレーユと共に西方に向かうと、そこには確かに、ティル・ナ・ノーグ界からの投影体であるゴブリン達の集団が、村に向かって押し寄せようとしている姿があった。 既にロザン一座の護衛兵達を率いて臨戦態勢を整えていたアイレナと合流したミレーユは、即座にアイレナと共に、ドレスの下に隠した邪紋の力を発動させる。すると、彼女たちの手足が獣のような姿に変わり、手の先に鋭い爪が伸びていく。 (あの姉妹、邪紋使いだったのか!) スュクルはその様子に驚きながらも、彼女達が飛び込むよりも前に、まずは目の前で展開していた中央のゴブリンの一団に対して、ライトニングボルトを打ち込む(この魔法は術者本人から一直線上に放たれるため、射線上に味方がいる状態では放てない)。この先制の一撃で、ゴブリン達の隊列が乱れると、それに続けて、愛馬ロリータに乗ったエディ率いる騎馬兵達が左側の部隊に対して、ミレーユとアイレナに率いられた一座の護衛兵達が右側の部隊に対して、それぞれ特攻を掛ける。投影体の中でも下級の存在と言われるゴブリン達は、彼等の猛攻の前に、次々と崩れ落ちていく。 だが、そんなゴブリン集団の背後で、密かに呪術を放とうとしているゴブリンがいた。ゴブリンの中でも特別に高い知性を持つ、ゴブリンシャーマンと呼ばれる個体である。しかし、彼が後方から何かを放とうとしたその瞬間、更にその後方から、彼に向かって襲いかかる者が現れた。 SFCである。夜通しで街道を東進していた彼女が、ようやく念願のトーキーの村にたどり着こうしたまさにその瞬間、村がゴブリン達に襲われている場面に出くわしたのである。同じ投影体といえども、人間に対して敵対する性分のゴブリンは、彼女にとっては迷うことなく討伐すべき「敵」である。本来は画面上の存在を動かすために作られた玩具としての棒状の武器を振り上げて、彼女はゴブリンシャーマンに襲いかかる。突然の奇襲を受けたゴブリンシャーマンは混乱したまま撤退しようとするが、そこにスュクルから追い討ちのエネルギーボルトを放たれて、その場に倒れこんで絶命する。 こうして、どうにか無事にゴブリンの集団を撃退したエディ達であったが、スュクルの目には、まだもう一体、警戒すべき存在の姿が映っていた。 「そこの奇怪な姿をした貴様、何者だ!?」 そう言いながら、SFCに対して魔法を打ち込む構えを見せるスュクルに対して、彼女は素直に答える。 「私はケイの領主の御子息であるセシル様に仕える者です。天空の勇者であるエディ殿にお願いしたいことがあり、この地に参りました」 「ケイ」と聞いた瞬間、スュクルの警戒心が更に強まる。宿敵ヴァレフールの者がこの地に現れたとなると、事態はかなり厄介である。出来ればすぐにでも排除したいところだが、その動きをエディが制した。 「あの者は、私の縁者であるセシルの側近です。ご安心下さい」 エディとセシルは従兄弟ということもあり、過去に何度も会ったことがある。エディとSFCが会ったことは過去に一度しかないが、それでも、ここまで特異な風貌の人物であれば、忘れる筈もない。そして、そんな彼女がわざわざ危険な中央街道を突破してまでこの地を訪れたということは、何か緊急事態が起きているということは、エディにも容易に想像出来た。 (少々、厄介な事態になりそうだな) スュクルは、ヴァレフールからの介入者に対して内心そう思いつつ、この時点で騒ぎを起こすわけにもいかない以上、ここは素直に彼女を受け入れた上で、話を聞くことにしたのであった。 2.5. 深まる謎 「まずは、これをご覧下さい」 そう言って、SFCは自らの体を「玩具」状態に変え、その一部である「画面表示装置」のところに、彼女がマーチ村で遭遇した魔法師との一部始終を音声付きで再現する。その謎の異界の技術に対して、その場にいた者達は驚きの表情を浮かべるが、そんな中、既に彼女のその姿を見たことがあるエディは、その映像の中に「見知った人物」がいることに気付く。 「これは……、シアン殿?」 エディの記憶が正しければ、SFCの前に現れた魔法師の名は、シアン・ウーレン。パンドラの闇魔法師である。以前、エディがトーキー近辺に現れた魔物を倒すために討伐隊を率いて出陣した時に、山中に突然現れたシアンが、一瞬にして強大な魔物達を撃滅する場面に出くわしたことがあり、その時以来、エディは彼のことをライバル視すると同時に、この地の魔物を倒す彼のことは(その正体がパンドラの闇魔法師であることを知った上で)同志とみなすようになっていた。 一方、スュクルとミレーユは、映像の冒頭で、そのシアンに向かって切りかかっていった「小柄な黒装束の少年」の声に聞き覚えがあったが、SFC視点からだったこともあり、その顔がはっきりとは映っていなかったため、それが誰かまではこの時点では特定出来なかった。だが、いずれにしてもスュクルの中では、「ヴァレフールの領主の息子が、この地を浄化するための力を得るために、パンドラと思しき魔法師達の訓練を受けている」という状態は、極めて危険な事態に思えた。シアン自身は映像の中で「どちらかと言えばアントリアの味方」と言っていたが、今の時点でその発言が真実と思える要素は何一つ見つからない。 「エディ殿、お願いします。セシル様をお救いするために、一緒に来て下さい」 そう懇願するSFCに対して、エディは二つ返事で答える。 「セシルは私にとって家族も同然。まだ幼い彼に、そのような重責を担わせる訳にはいかない」 この時点で、エディの中では既にある程度の予想がついていた。二日前に彼の夢の中で聞こえてきた声が、おそらくシアンが言うところの「四百年前の英雄の声」であり、おそらくは(自分と同じ「バルバリウスの末裔」である)セシルもまたその声を聞いた上で、マーチへと向かったのであろう。なぜ、それをシアンが手助けしているのかは分からなかったが、いずれにしても、自分の代わりに幼いセシルが危険な行為に手を出そうとしている現状に対して、黙っている訳にはいかなかった。 一方、この事態に対して困惑していたのはスュクルである。ファルコンが入手した情報によれば、この街道の魔境を除去するための「巨大蛾の羽化」のために必要なのは「ロザン一座の双子」の筈なのだが、この投影体の少女の映した映像を見る限り、「この地を浄化する力」を持つのは、「ケイの領主の息子」か「トーキーの領主」であるという。この映像に映っている魔法師の言っていることと、巨大蛾の羽化の計画が連動しているのかどうかも分からないが、ここまでの情報を整理する限り、最悪の場合、ヴァレフールとパンドラが手を結んで巨大な陰謀を企んでいる可能性もある。 こうなると、パンドラの陰謀を利用して山岳街道の通行権を確保するどころか、逆にヴァレフール側が巨大な混沌の力を用いて逆にこの山岳街道を制してしまうかもしれない。しかも、このエディの反応を見る限り、状況によっては、その企てにトーキーまでもが加わる可能性もありうる。アントリアとしては、何としてもそれは食い止めなければならないが、今、この地に連れて来ている軍勢は彼の護衛の盾兵のみであり、力付くでエディを止められる状態ではない。そして、エディはすぐにでもマーチに向かってしまいそうな状態である以上、クワイエットからの援軍を待つ余裕も無さそうである。 この状況においてスュクルが出来ることは、彼らに協力する体裁を取りつつ、エディがパンドラやヴァレフールに手を貸すような事態を避けるように誘導していくことしかない。その状況を踏まえた上で、彼にはまず、確認すべきことがあった。それは、今のこの戦いで彼等と共にゴブリンを撃退した「双子の姉妹」の正体である。現状、目の前でマーチ村の混沌の浄化に関する話が交わされているにもかかわらず、この双子は、その内容に興味を示しながらも、積極的に会話に入って来ようとはしていない。この様子を見る限り、彼女達には「マーチの混沌を除去する上での鍵となる人物」としての自覚が無いか、仮に何かを知っているとしても、それを表に出せない状態のようである。 そうなると、まずは彼女たちの「保護者」に確認してみるのが得策であろう。そう考えた彼は、ひとまずエディに一通りの事情を伝えた上で、ミレーユとアイレナを通じて、ロザンとの会話の機会を設けてもらうことにした。ミレーユとアイレナは、その意図がよく分からないまま、素直に自分達の「保護者」にその旨を伝えるのであった。 2.6. 村の守護神 こうして、ロザンは領主の館に再び出頭し、応接室に案内された。状況を整理するために、マーチの現状を目撃しているSFCには同席させたが、スュクルの要望により、ミレーユとアイレナはこの場には呼ばなかった。もし仮に、彼女達に「巨大蛾を羽化し、操る能力」があることを座長が知っていて、彼女達自身が知らないのだとしたら、それは何らかの「聞かせたくない理由」が座長の中にある、ということになる。だとすれば、ここで彼女達を同席させる訳にはいかない。 とりあえず、スュクルが、あの双子に魔境を浄化する力があるのではないか、という仮説をロザンに話すと、彼は重々しく口を開いた。 「マーチ村の人々は『あの二人の歌声には、この村の守護神を蘇らせる力がある』と言っていました」 その「守護神」なるものが何者なのかは聞かされていないらしいが、村から二人を連れて行く時点で「もし今後、村に危機が訪れた時には、その二人を連れ戻すように」と頼まれていたらしい。だが、実際には、彼女達が村を去った数ヶ月後に、突然の混沌災害によって、彼女達を村に返す間も無く、村は壊滅してしまった。このことは、ロザンの中でもかなり重い過去のようで、その表情は暗い。そして、当の二人は自分達にそのような力があるという事実を聞かされておらず、彼女達の両親からも「二人にはそのことは伝えないように」と頼まれていたらしい。 この時点でスュクルが入手している情報が全て正しいと仮定するならば、村人達が言っていた「村の守護神」とは、巨大蛾である可能性が高い。だが、その復活(羽化?)のための具体的な方法を知る者は、もはや誰も生き残ってはいないようである。もし、パンドラだけがその情報を入手していた場合、現状ではパンドラを出し抜く形での巨大蛾の羽化を実現することは難しい。 こうなると、スュクルとしては、あの双子をマーチに連れて行くことは危険であるように思えた。仮に、双子を説得して、アントリアに有利になるような形で巨大蛾を利用するように促すことが出来たとしても、当の彼女達がその方法を知らないのであれば、パンドラの言いなりにならざるを得ない可能性が高い。 「座長殿、我々はこれから、マーチ村に調査に行きます。あの二人は村には近付けないようにお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」 スュクルにそう言われると、ロザンも素直に同意する。彼としても、あの双子を危険な目に遭わせるのは本意ではない。とりあえず、今日の時点で既に陽は落ちかかっているので、明日の朝になったら、エディ、スュクル、SFCの三人がマーチ村に行くのと同時に、彼等一座は村を去り、クワイエット方面に移動する、ということで、彼等の方針は一致した。 それにしても不可解なのは、なぜマーチ村の人々は、そのような「村の守護神」を復活させる力を持つ彼女達を、あっさりとロザンに預けたのか、という点である。この謎を解く手がかりを持つ人物は、実は既にこの村の中にいたのであるが、この秘密会議に参加した者達は、誰もその事実を知らなかった。 2.7. 夢に響く唄 その日の夜、ミレーユは夢を見ていた。夢の中で、彼女の耳には、不思議な唄が聞こえてきた。聞き覚えがあるような、初めて聞くような、懐かしいような、新鮮なような、なんとも形容し難い旋律と、古代の言葉か、あるいは異世界の言語のような、奇妙な響きの歌詞。その唄は、夢の中で彼女がどこに行っても彼女の耳から離れず、彼女の魂の奥底に入り込んできた。誰が歌っているのか、何のために聞かされているのかも分からない。そんな不可思議な状況に不気味さを感じつつ、最後までその正体が分からないまま、彼女は寝覚めの悪い朝を迎えた。 ふと横を見ると、隣で寝ていたアイレナも、同じような寝覚めの悪い表情を浮かべている。ただ、ミレーユとは異なり、アイレナの表情は、どこか「何かを悟っている様子」のようにも見えた。 「ミレーユ、あなたも『唄』の夢を見たの?」 「うん、あなたも?」 アイレナは静かに頷きつつ、真剣な表情で、ミレーユに語りかける。 「私、あの唄のこと知ってるの。昔、お父さんとお母さんが話していたわ。あの唄を、私達に歌わせてはいけない、って」 そう言って、アイレナは子供の頃に偶然聞いてしまった「村人達と両親の会話」について話し始める。それは、ミレーユにとっては全く初耳の話であった。 * 彼女達の故郷であるマーチ村には、巨大な「蛾」の姿をした守護神がいるらしい。その守護神は、日頃は「幼虫」の形状で領主の館に眠っているが、この村が危機に陥った時には、「成虫」としての「巨大蛾」の姿となり、この村を全ての混沌から守ってくれるという。 ただ、その巨大蛾自身も混沌によって作られた「投影体」であり、幼虫から成虫への「羽化」のためには、混沌の力を高める必要がある。そのためには、巨大蛾に自らの心を同調させた上で、その力を増大させるための「唄」が必要らしいのだが、過去にそれを試みた歌い手達は、いずれも歌い終わる前に混沌の力に飲まれてしまい、暴走状態となって、人としての心も身体も失ってしまったという。 それ故に、その「羽化のための唄」を歌うことは、長らく禁じられてきた。ところが、そんな村にミレーユとアイレナという「美しい歌声の双子」が生まれたことで、村人達の一部に、ある「仮説」を唱える者達が現れた。 「双子で同調して歌えば、身体に流れ込んでくる混沌の力がそれぞれに半減され、暴走状態となることなく羽化を達成出来るのではないか?」 当時の領主の契約魔法師はこの仮説に対して、それが実現出来る可能性はあるものの、確実と言える根拠はない、という見解を示していた。それ故に、彼女達の両親は、娘達にその「禁じられた唄」を歌わせてみようとする村人達の提案を頑として断った。たとえそれが村を守るために必要なことであっても、自分の娘達を危険な「賭け」に晒すことは避けたいと考えていたのである。 * そして、アイレナがこの話を聞いた数ヶ月後、ロザンがこの村を訪れ、そして二人を一座に加えたいと言い出した時、村の者達が反対する中、両親はあっさりとその提案を受け入れた。今にして思えば、おそらくそれは、このまま村に自分の娘達を残しておけば、その危険な「唄」を歌うことを強要されるかもしれない、という危惧だったのだろう。それよりは、村を離れて自由に生きてほしいと、彼女達の両親は願っていたようである。 「この村の領主様達は、これからマーチ村に調査に行くと言ってたわ。もしかしたら、私達の唄の力があれば、私達の故郷を取り戻せるかもしれない。失敗する危険もあるかもしれないけど……、どうする?」 そう問いかけるアイレナであったが、ミレーユの中では、既に心は決まっていた。 「行きましょう。私達の力でどうにか出来る可能性があるなら、迷う必要はないわ」 ミレーユの最も嫌うこと、それは優柔不断な態度である。自分達を気遣ってくれた両親には悪いが、その自分達の両親を奪った混沌を浄化出来る可能性があるなら、それに賭けてみたい。そう思った彼女の中では、既に迷いはなかった。アイレナも強い決意の瞳で、それに同意する。 ただ、実はミレーユには「優柔不断な態度」と同じくらい、嫌い(より正確に言えば、苦手)なものがあった。それは「虫」である。それ故に、「巨大蛾」を復活させると聞いて、彼女の中では密かに並々ならぬ恐怖心が生まれていたのだが、それでもこの時点では、今は自分達に出来る務めを果たしたい、という思いの方が強かったのである。 こうして二人は、早朝からクワイエット方面に向けての移動を始めようとしていたロザン一座を抜け出し、一足先に出発していたエディ達の後をつけて、故郷であるマーチ村へと足を踏み出したのであった。 2.8. 黒い魔犬 そんな彼女達の思惑など露知らず、エディ、スュクル、SFCの三人は、この日の朝、マーチ村に向けて足を踏み出していた。マーチ村の近辺は、大規模な兵を展開しようとしても、途中で混沌繭の生糸に道を阻まれてまともに機能しないことは分かっていたので、あえて兵達は連れて行かずに、スュクルの連れてきた盾兵達もトーキー村に待機させていた。 その上で、スュクルはクワイエットに伝令兵を送り、更なる援軍を要請する。間に合うかどうかは分からないが、最悪、大規模な混沌災害が起きたり、ヴァレフール軍が進駐してきた場合に備えて、打てる手は打っておく必要がある。もっとも、あまりにクワイエットの兵を動員しすぎると、逆にその隙をついてオディール方面から攻撃される可能性もあるので、派遣出来る兵の数には限界があるのだが。 そして、彼等三人が、本格的に「魔境」と呼ばれる領域に差し掛かった時、後方から何者かの気配を感じる。ミレーユとアイレナである。気付かれないように密かについてきた二人であったが、時空魔法師であるスュクルの目をごまかすことは出来なかった。 「あなた達、どうしてここにいるんです?」 すぐに追い返そうと思った彼であったが、それよりも先に、今度は前方から、今度は明確に敵意を持った気配を感じる。そこに現れたのは、昨日戦ったゴブリンよりも(個体としては)遥かに強力な投影体、ブラックドッグである。現状、彼の目に映るのは三体。その鋭い牙は、スュクル程度の身体であれば一撃で引き裂けるほどの威力である。 少なくとも、今は口論している場合ではないということを瞬時に悟ったスュクルは、まず、その中の一体に対してライトニングボルトを放とうとするが、焦ったせいか、その発動に失敗してしまう。それに続けて、今度はエディが単身特攻して別の一体に切り掛かり、その一撃はブラックドッグの身体を確かに捉えたものの葬るには至らず、返す刀でブラックドッグに強烈な反撃を受けて、逆にエディが重症を負ってしまう。 一方、スュクルが雷撃を食らわせようとした一体は、そのスュクルに向かって突進しようとするが、そこのSFCが割って入り、なんとか食い止める。奇妙な構造の鎧を着込んだSFCの身体は、ブラックドッグの強靭な牙に食いつかれても、そう簡単には崩れない。 そして、残った一体に対して、今度はミレーユとアイレナが襲いかかる、その身を獣に変え、鋭い狼の牙で姿に変えた彼女達の連続攻撃に、一瞬怯んだかに見えたブラックドッグであったが、すぐに体勢を立て直してアイレナの柔肌にその牙を突き立てた結果、アイレナはその場に倒れ込んでしまう。 「アイレナ!」 瀕死の状態で倒れ込む妹に向かって叫んだミレーユに対して、ブラックドッグは立て続けに襲いかかり、今度はミレーユも重症を負う。だが、それと同時に、彼女の中での「獣」の本性が暴走し始め、その爪が更に鋭く研ぎすまされる。そう、これこそが、ミレーユの中に秘められた彼女の真の戦闘形態なのである。 「落ち着いて、まずは一匹ずつ倒していこう!」 そう叫ぶエディの声に従い、彼等はまず、アイレナを倒したブラックドッグに攻撃を集中させた結果、ようやく一体がその場に倒れ込む。すると、残りの二体のうち、SFCと対峙していた一体が突然後方に視線を向け、エディ達とは反対方向に向かって走り始めていく。 「仲間を呼びに行く気かもしれない。なんとか食い止めてくれ!」 スュクルはそう指摘し、それに呼応したミレーユが追撃を加えようとするも、一歩及ばずそのまま暗闇の中へと走り去っていく。やむなく彼等は、残った一体を取り囲み、最後はSFCの会心の一撃でどうにか倒すことに成功するが、それとほぼ同時に、走り去っていった一体が、その暗闇の先で断末魔の悲鳴を上げる声が聞こえてきた。 何が起きたのか理解出来ない彼等に対して、同じ方向から何かが近付いてくる物音が聞こえる。だが、その足音から察するに、それはブラックドッグではなく、二足歩行型の何者かであることは分かった。身構える彼等に対して、その暗闇から現れたのは、漆黒の装束に身をまとった、小柄な少年の姿でった。 2.9. 束の間の再開 「お主は、あの時の!?」 黒装束の少年は、SFCを見てそう叫ぶ。月光に照らされて姿を現したその表情は、二日前にSFCの目の前で、「謎の魔法師」の放った衝撃波によって弾き飛ばされ、行方不明となっていたコーネリアスであった。見たところ、その装束はかなりボロボロで、身体にも傷跡が見えたので、相当な重症を負いながらも、九死に一生を得ていたようである。そして彼は、そのSFCの傍らにいる少女が視界に入ると、再び口を開いた。 「ミレーユ殿? それに。アイレナ殿も! どうしてこのような所に!?」 実は、彼の実家のある街には、ロザン一座は頻繁に公演のために訪れており、それ故に、自分と歳が近い(2歳年上の)ミレーユ達とは顔馴染みで、何度も一緒に遊んだことのある仲なのである。そんなアイレナが、息も絶え絶えの状態で倒れているのを見て、彼は即座に駆け込んで、手元からエーラム製のポーションを取り出し、彼女に与える。このポーションは、いざという時のために主君ゲオルグから与えられていたものだが、自分のことを弟のように可愛がってくれた彼女達のために用いることに対して、彼の中では躊躇は無かった。 一方、実は彼女達だけではなく、もう一人、コーネリアスのことを知っている人物がいた。 (この少年、確かあの時の……) スュクルである。以前、彼がアントリアの要人をクワイエットに案内しようとした時、黒装束の小柄な少年に襲撃されたことがあった。それが、グリースに士官する以前の、たった一人でアントリア相手に細々と抵抗を続けていたコーネリアスだったのである。その時は、からくもその要人の命は守ったものの、「激しい憎悪」と「強すぎる信念」に満ちたその少年の瞳が、スュクルにはあまりにも印象的だった。もしかしたらそれは、主君であるファルコンのためならば自らの命を投げ出すことも厭わない覚悟の自分と、どこか鏡合わせの存在のように思えたのかもしれない。 だが、どうやらコーネリアスの方は、スュクルのことは覚えていないようである。彼はアイレナの傷が癒えるのを確認すると、SFCの方を向いてこう問いかけた。 「お主がいるということは、この方々もヴァレフールの人々か?」 方角的に考えれば、今、彼等がいるのはマーチとトーキーの中間地点であり、ヴァレフール軍の者がこの場所いるとは考えにくいのだが、どうやらコーネリアスは、あの衝撃波で吹き飛ばされた時以来、この魔境の中を彷徨い歩いた結果、現在位置がよく分からない状態になっているらしい。 「私はグリースのコーネリアス。この地で起きた異変を調査するために派遣された。皆様がヴァレフールの方々なら、あの『アントリアに手を貸しているという魔法師』を倒すために、協力させてもらいたい」 更に厄介な状態になったことを悟ったスュクルではあったが、先ほどの状況から察するに、走り去ったブラックドッグに止めを刺したのは、おそらくこの少年である。多少傷を負っていたとはいえ、一人であっさりと強力な魔物を倒す力を持つ彼を相手に、この場で喧嘩を売る訳にもいかない。これから先、更に強力な魔物が出現する可能性もある以上、ここは彼に話を合わせて、ひとまずその力を利用した方が得策である。 「分かりました。では協力しましょう。おそらくあの魔法師はパンドラの者です。奴等にこの地を好きにさせる訳にはいきません」 スュクルがそう言うと、他の者達も彼の立場を理解したのか、彼がアントリアの一員であることは伏せたまま、コーネリアスに事態の概要を伝える。 「なるほど。セシル殿はあの奇怪な建物の中におられるのか。ならば、皆さんがあの魔法師の気を引きつけている間に、私が反対側から建物の中に忍び込んで、セシル殿を救出する、という作戦でどうだろう?」 実際のところ、それで上手くいく保証はないが、現状ではそれが一番妥当な作戦のように思えた。敵の最終目的が分からない以上、どちらにしてもまずは会話を通じてその真意を聞き出す必要はあったので、その過程でコーネリアスがセシルを救い出してくれるのなら、それが一番確実である。そして、この小大陸でも指折りのシャドウの実力者である彼以上に、この任務に適任な者はこの場にはいなかった。 その上で、もう一つの問題はミレーユとアイレナである。彼女達もまた自分の知る限りの情報を皆に伝えた上で、そのまま同行して村を浄化したいという決意を伝える。当初は彼女達を遠ざけようと考えていたスュクルではあったが、この魔境の中で彼女達を追い返した場合、逆にパンドラに捕縛される可能性がある以上、かえってその方がリスクが高い。むしろ、戦力としての彼女達が有用であることは先刻の戦いからも明らかであったため、この状況下において、彼女達を連れていくことに反対出来る状態ではなかった。 「ただ、パンドラと交渉する際に、あなた方の存在を知られたくないので、少し離れた場所からついて来て下さい」 彼女達の存在は重要かつ危険な「交渉カード」であり、最初からこちら側の手札を全て見せる必要はない。相手の出方は分からないが、コーネリアスを吹き飛ばしたその実力から察するに、彼女達を力づくで捕縛しようとした場合、それに抗う術は見つからない以上、なるべく彼女達の存在を明るみにしたくないと考えるのは当然の判断である。 こうして、それぞれの思惑を胸に秘めた六人は、謎の魔法師とセシル、そして巨大蛾の待つマーチ村へと更に歩みを進めていくことになったのであった。 3.1. 魔境の奥地 ブラックドッグとの戦いの傷を癒した6人が、マーチ村を中心とした魔境の奥地へと足を踏み入れていく頃には、既に陽は陰り、夕刻に差し掛かろうとしていた。そんな中、スュクルは、周囲の空間に異変を感じる。周囲の混沌が、混沌核への収束という形ではなく、空間全体に変異律が発生しているような、そんな感覚を覚えたのである。 そして、同じことに気付いた者がいた。混沌の申し子、SFCである。 「これは、マリオワールドの世界?」 彼女がそう呟いた瞬間、その場にいた者達は、自分達のいる空間に「歪み」が発生したのを実感する。正確に言えば、それが「歪み」だと理解出来たのは時空魔法師のスュクルだけで、他の者達にとっては、一瞬、「よく分からない違和感」が発生した、という程度の感覚でしかない。 そして、その一瞬の「異変」の次の瞬間、その場に残っている者達は気付いた。 「あれ? コーネリアスは?」 そう、コーネリアスの姿が消えていたのである。何が起きたのかも分からないまま、つい先刻、合流したばかりの彼が、一瞬にして姿を消してしまったことに、彼等は驚きと動揺を隠せない。 「もしかしたら、私達よりも先に、例の建物の裏手に回るために、先に行ったのでは?」 アイレナはそう解釈するが、スュクルには分かっていた。これは、一部の魔境において稀に発生する「空間歪曲」という怪異現象であることを。この変異律が発生してしまった場合、それに巻き込まれた者は、一瞬にして「別の空間」に移転してしまう。それがどこなのかは分からない。一般的には、それほど遠くまで飛ばされることはないのだが、飛ばされた方角が分からないため、探しようがない。アントリアを敵視している彼の離脱は、スュクルにとっては助かる側面もあるが、セシル奪還の切り札となりうる人物を失ってしまったことは、大きな損失でもあった。 「とにかく今は進みましょう。早くセシル様をお救いしなければ!」 SFCがそう言うと、他の者達もそれに同意する。コーネリアスがどこに消えたのかは分からないが、アイレナの言うように、彼ならば自力で救出作戦を決行してくれる可能性もある。今の時点ではその可能性に賭けつつ、まずはマーチ村へと向かうしかない。 だが、そんな彼等に次の関門が立ちはだかる。混沌繭の生糸である。身体能力に優れたSFCにとっては、容易に潜り抜けることが出来るレベルの障害でしかなかったが、他の者達にとっては、身体を捻りつつ、糸に絡みとられないように進むことは、決して簡単ではない。それでもなんとか、スュクル、ミレーユ、アイレナは無事に突破していく。だが、馬を連れたエディが、どうしてもその生糸網を突破出来そうにない。 最悪の場合、生糸を何本か断ち切って道を作ることも出来るが、その場合、その生糸によって作られた繭の中から投影体が出現する可能性がある。先程のブラックドッグのような存在が次々と現れたら、今度は命があるか分からない。だが、彼を連れて行かなければ、ヴァレフール側の領主の息子に強大な力を与えてしまうことになりかねない。そう考えたスュクルは、時空魔法のプレディクトヴィジョンを用いて、彼に「生糸を突破するために必要な動き」を伝える。 「エディ殿、右です。右側に体勢を傾けつつ、左足を上げて、その生糸の先に下ろして……」 そのサポートのおかげで、どうにかエディも生糸網を突破する。だが、こうして魔境の奥地へと近付いていく過程で、彼等は自分達が「何者か」に監視されているような感覚を覚えていた。 (これは……、この魔境の主か? それとも、誰かに付けられているのか……?) 誰もその答えは分からないまま、当初の予定通り、エディ、スュクル、SFCの三人が先行し、ミレーユとアイレナがやや遅れて彼等の後を密かに追う形で進んでいくと、やがて彼等はマーチ村の跡地にたどり着く。その頃には既に陽は落ち、廃屋となった家々とその周囲に点在する小型の混沌繭を月光が照らす中、巨大な「武道館」と、その前に佇む一人の魔法師の姿が彼等の目に入るのであった。 3.2. 巨大蛾の正体 目の間に現れた魔法師が、自分の知っている(以前、この地で出会った)シアン・ウーレンであることを確認したエディは、まずは自分から名乗り出る。 「私がトーキー村のエディです。あなたが私を呼んだのですか、シアン・ウーレン殿?」 SFCに会った時には名乗っていなかったにもかかわらず、いきなり名前を呼ばれたシアンは、「はて、前にどこかで会ったことがあったかな?」と思いながら小首を傾げる。どうやら、彼の中では「数年前にマーチ村の近くで遭遇した少年」のことは記憶に無かったらしい(あるいは、その時のエディと、成長した今のエディの姿が、結びつかなかったのかもしれない)。とはいえ、SFCが自分の言った通りに「トーキー村の領主」を連れてきたことに、彼は満足気な表情を浮かべた。 「その通り。ここに来て頂いたということは、あなたがセシル殿に代わって、巨大蛾の復活に協力して頂けるということでよろしいか、領主殿?」 そう言われたエディが答える前に、スュクルが口を挟む。 「あなたはパンドラの一員だそうですが、なぜパンドラの者が、この地の混沌を浄化しようとするのですか?」 「そうだな。それについては、語り始めると長くなるのだが……」 彼はそう前置きした上で、まず、現状を理解してもらうために、ブレトランドの「昔話」から語り始める。シアン曰く、この村の跡地に存在する混沌繭の奥で眠っている巨大蛾の正体は、四百年前にブレトランドの混沌を収めた英雄王エルムンドの部下の七人の騎士の一人、バス・クレフであるという。エルムンドの部下の七人の騎士達は、いずれも強大な聖印の持ち主であったが、混沌との戦いの過程で、巨大すぎる混沌核に触れてしまった時に、その混沌核を浄化しきれず、逆に自分達の聖印が混沌核に変換され、その身を「異界の巨大な怪物」の姿に変えられてしまったらしい。ある者は空を飛ぶ巨大亀に、ある者は巨大な鎧武者に、ある者は三つ首の黄金龍に、ある者は紅蓮の飛龍に、そしてこのバス・クレフは、エステル・シャッツ界と呼ばれる世界に存在すると言われる巨大な「蛾」の姿になってしまったのである(ちなみに、実はこの巨大蛾が登場するSFC用のソフトも存在するのだが、残念ながら彼女はそのソフトを持っていなかった)。 だが、身体は投影体となってしまったものの、その心はあくまで「人間」のままであった。それは、英雄王エルムンドとの(騎士時代の従属関係を引き継いだ)強い絆があったからこそである。しかし、エルムンドが大毒龍ヴァレフスとの戦いで受けた傷が原因で自身の死期を悟った時、七人の騎士達は、自らを封印する道を選んだ。彼がいない状態では、自分達の「人間としての自我」を維持出来ないと考えたらしい。 「バス・クレフ殿は、自らの姿を『卵』の形に変え、この村の奥地に眠ることになった。だが、今から約150年前、その封印を解く者が現れたのだ」 そこまでシアンが説明したところで、シアンとスュクル、そして離れた場所から隠れて様子を伺っていたミレーユとアイレナの耳に、どこからともなく声が聞こえてきた。 「そこから先は、私に説明させてくれ」 だが、その声はエディとSFCには届いていない。感応能力の高い者にしか聞き取れない形で発せられた、特殊な手段に基づくメッセージのようである。二人の様子から、彼等には声が届いていないことを確認したシアンは、ひとまず話を打ち切って、村の中心部の方を向きながら「何者か」に向かって語りかける。 「バス・クレフ殿、残念だが、その声が届いていない者もいるようなので、あなたの言葉を私が代弁させて頂くが、よろしいか?」 どうやら、この声の主は、巨大繭の中で眠っている「巨大蛾」ことバス・クレフ本人らしい。突然、訳の分からないことを言い出したシアンに対して呆気にとられるエディとSFCに対して、その「声」が聞こえているスュクルが状況を説明する。少なくとも、スュクル自身には声が聞こえている以上、シアンがこの「謎の声の主」の発言を改竄出来ないことは理解出来た。 「仕方ないか、私には電波受信機能がないからな」 SFCがそう呟く一方で、隠れていたにもかかわらずその声が聞こえてしまった双子は、顔を見合わせる。 (もしかして、私達の存在、バレてる?) (やっぱり、さっき感じたあの視線って……) そんな不安に駆られる彼女達のことなど気にせず、シアン達に向かって巨大蛾は語り続け、そしてその言葉をシアンがエディとSFCに伝える。 「かつてエルムンド様が封印した大毒龍ヴァレフスの『断片』が、150年前にこの地で甦ろうとしていた。その時、当時この地の領主であったバルバリウス殿が、私の封印を解いた。彼は高潔な人物だった。私は彼のため、彼が愛するこの村を守るため、この力を使おうと決意した」 その「声の主」曰く、彼の身体は三段階に変化するらしい。すなわち、全ての力を封印した状態である「卵」、部分的に力を解放した状態としての「幼虫(芋虫)」、そして全ての力を出し尽くすことが可能となる「成虫(蛾)」である。 そして、150年前の混沌災害からこの地を守るためには、幼虫の状態で十分だった。復活しつつあった巨大な混沌核を、幼虫状態で吐く生糸で絡み取ることで、投影体として収束することなく封印することが出来たのである。そしてその後も、彼はバルバリウスの子孫達(歴代のマーチ村の領主)をパートナーとし、「幼虫」の姿のまま、彼等の用いる「小さき友の印」の力によって掌サイズに小型化された状態で、密かに領主と共にこの地を守り続けていたらしい(そして、その存在は村の外には決して漏らすことはなかった)。 ただ、もし何らかの形で「より巨大な混沌核」が出現した場合、幼虫状態では太刀打ち出来なくなる可能性もある。その際には成虫へと「羽化」する必要があるのだが、そのためには、彼の中の混沌核の力を強めるための「唄」が必要らしい。その「唄」とは、彼の「本体」が存在するエステルシャッツ界に伝わる民謡のような唄で、投影体としての彼の脳内に埋め込まれており、その歌を(現在、スュクル達に対しておこなっているような形で)歌い手の脳波に送り込むことで、村人達に伝えることが出来る。だが、実際にその唄の力で彼を羽化させようと試みた者達は皆、途中で「混沌の力」に飲み込まれ、やがて暴走する「魔物」へと変貌してしまったという。 「そして7年前、遂に大規模な混沌災害が起こってしまった。当時の領主は村を守るために必死で戦おうとしたが、突然の魔物の大群を前に不覚を取り、命を落としてしまった。私は彼の聖印が消えてしまう前に繭によって包み込んだ上で、残された村人達を救うため、幼虫状態から出せる全ての力を振り絞って、この地に存在する全ての投影体を絡め取ろうとしたが、主を失ったことで自我を制御しきれなくなっていた私には、もはや『人間』と『投影体』を正確に区別することも出来ず、ひたすらに『動いている者』を繭状態にしていくことしか出来なかった。そして、このまま力を使い続ければ、私自身の心が完全に混沌に飲まれてしまうと察した私は、自分自身も繭の中に閉じ込めて、休眠状態に入った。いつか誰かが、私の新たな主となってくれることを願いながら」 この話が本当であれば、この近辺に存在する小型の混沌繭は、「7年前の混沌災害によって発生した投影体」と「当時の村の住人」を巨大蛾が絡め取った代物だった、ということになる。おそらくは、村の中にいる「より小型な混沌繭」が「村の住人」なのだろう。そして、繭状態にある者達の身体は、腐敗も劣化もせずに「そのまま」の状態で保存されるらしい。つまり、「人間が眠っていると思しき大きさの繭」の近辺の生糸を切れば、その中の住人は「7年前の姿」のまま蘇ることになるが、それに連動して、周囲の混沌繭から魔物が出現する可能性もある。 「だが、私が羽化して本来の力を発揮出来るようになれば、現在、混沌繭によって絡み取られている全ての者達を解放した上で、その解放された魔物達を一掃することも出来る。おそらくな」 つまり、誰かがこの巨大蛾の「主」となった上で、巨大蛾を羽化させることが出来れば、眠っているこの村の人々を救った上で、全ての魔物を除去することも出来る、ということである。そのためには、バルバリウスの血を引く騎士であるセシルかエディがその「主」となり、ミレーユとアイレナが「羽化の唄の詠唱」に成功した上で、成虫となった後の巨大蛾が自我を制御する必要がある。全てが上手くいく保証はないが、これが実現すれば、廃村だったマーチ村を復興することも可能となるだろう。 そして、そんな巨大蛾の願いを叶えようとしたのが、今、エディ達の目の前にいる闇魔法師のシアン・ウーレンである。この村を訪れた際に混沌繭の奥にいる巨大蛾が発する「心の声」を聞いた彼は、その声が村の外にまでは届かないということを知り、自身の生み出した独自の魔法を用いて、巨大蛾に代わってその声をセシルとエディの夢の中へと送り込み、そしてトーキー村を訪れたミレーユとアイレナには、巨大蛾の心の中に響いていた「唄」を伝えたのである(ちなみに、ロザンに送られたジャスタカーク名義の手紙は、実は彼女達をこの地に近付けるためにシアンが偽造した代物だったのだが、結局、この事実は誰にも告げられないまま、闇に葬られることになる)。 3.3. 混沌に生きる者達 ここまでの話を聞く限り、エディも、ミレーユも、アイレナも、巨大蛾の復活および羽化に協力することに反対する理由は思いつかない。だが、それに手を貸しているのがパンドラというのが、どうしても彼等の中では引っかかる。そもそも、シアンはまだ先刻のスュクルの質問に答えていない。 「パンドラがこの地を浄化する目的は、何なのですか?」 改めてそう問い直すエディに対して、シアンは淡々と答える。 「正確に言えば、パンドラの目的ではなく、私個人の目的だな。パンドラの中にも色々な考えの者達がいる。このブレトランド支部においても、四つの系譜が存在していて……」 そう言って彼は、聞かれていもいないパンドラの内部事情について語り始める。その情報が必要かどうかはエディ達には分からなかったが、コーネリアスが建物の背後に回っている可能性に賭けるためには、ここで話を長引かせておくのは悪くない、という判断から、あえて「興味深そうな顔とリアクション」に心がけながら、彼の話に耳を傾けた。 シアン曰く、ブレトランド・パンドラとは、実質的には四つの集団の連合体であり、彼らの中で共通しているのは「全ての混沌を消し去る皇帝聖印(グランクレスト)」の出現を防ぐという一点のみで、実質的にはそれぞれが全く異なる目的の下に行動しているらしい。 第一の系譜は、「均衡派」と呼ばれる人々。彼らは、皇帝聖印に至る可能性のある君主が現れた時に、反対勢力に協力してその勢力拡大を防ぐことを主目的とする(実はその指導者は、グリース子爵ゲオルグの側近であるマーシー・リンフィールドなのであるが、さすがにそこまではシアンも話さない)。 第二の系譜は、「革命派」と呼ばれる人々。彼等はエーラムの打倒を主目的とする者達であり、実質的にエーラムによって築き上げられた現在の「君主」と「契約魔法師」が特権階級として君臨する世界秩序を壊し、エーラムによる「独善的な支配体制」を終わらせることを目指している。 第三の系譜は、「楽園派」と呼ばれる人々。彼等は基本的に「この世界に出現させられてしまった投影体」によって構成されており、理不尽に迫害され続けるこの世界において、自分達の居場所となる国(楽園)を作るために結集された集団である。 そして第四の、「最も純粋な意味でのパンドラ」と呼ばれる系譜は、「新世界派」と呼ばれる人々。彼等は、この世界を混沌で覆い尽くして、その混沌に適応する能力を持つ者達と、その混沌の中から生まれる新たな生命体による新世界を築き上げることを最終目的としている。 このように、同じ「ブレトランド・パンドラ」を名乗る者達の中でも、それぞれの思惑は全く異なっており、派閥間で意見や利害が衝突することも多々ある。しかも、実際にはこれらの派閥に収まりきらずに、完全に個人単位の目的で行動する者達もいる。その代表例が、他ならぬシアン・ウーレンなのである。 「私は彼等のように、この世界全体のことを考えた上での『崇高な理念』など持ち合わせてはいない。私の目的は、自分の知的好奇心を満たすこと。私は見てみたいのだよ。四百年前の英雄達の今の姿を」 つまり、彼にとっては、この地の混沌がどうなろうが、誰がマーチ村や山岳街道を支配しようが、どうでもいい。ただ、「成虫となった巨大蛾の姿をみてみたい」という、ただそれだけの一心で、この巨大蛾の羽化に協力しようとしている、ということである。 ただ、彼は国家同士の勢力争いに対して、無頓着ではあるが、無知という訳ではない。この村を覆う混沌が消えれば、軍事力で優位に立つアントリアが長城線を迂回してヴァレフールに攻め込む機会を得ることが出来ることは理解しているからこそ、彼は一昨日の夜の時点でコーネリアスの問いに対して「どちらかと言えばアントリア側の立場」と答えたのである(もっとも、このままセシルが巨大蛾を完全に自由に操れる状態になれば、逆にヴァレフールを利することにもなりうるのだが)。 とはいえ、彼が言っていることが真実かどうかも分からないし、いずれにしても危険な行為であることは間違いない以上、SFCとしては、やはりセシルをこの場から救い出したい。その上で、現状ではコーネリアスが建物の背後に回っている可能性に賭けている彼女は、ここで更にシアンの注意を引き付けて時間を稼ぐための妙案を思いついた。 「シアンさん、異界のゲームに興味はありませんか?」 「ほう?」 知的好奇心だけで巨大な怪物を蘇らせようとするような人物が、この話に食いつかない筈がない。さっそく彼女は自身の身体を「玩具」状態に変え、画面を起動させ、シアンの目の前に「画面上の物体を動かすための器具」を差し出す。見知らぬ異界の文明を目の前にしたシアンは、さっそく彼女の器具を手にして、左右の異なる色の瞳を輝かせながら、喰い入るようにその画面を凝視する。 「なるほど、これが『マリオカート』というものか」 そう言いながら、彼は両手の指(主に親指)を用いて、「異界のゲーム」に没頭する。こうして、廃墟となったマーチ村の片隅で、奇妙な光景が繰り広げられたまま、少しずつ夜は更けていくのであった。 3.4. それぞれの決意 それからしばらく、シアンは「異界のゲーム」に興じていたが、彼の背後にある巨大な建物からは、特に変わった様子も見られない。もしかしたら、この間にコーネリアスが誰にも気付かれずにセシルを奪還しているかもしれない、という僅かな希望を抱きつつ、これ以上時間稼ぎをしても進展は見られないと考えたエディは、意を決して口を開く。 「とりあえず、あなた方と敵対する理由がないことは分かりました。ただ、幼い子供を親の許可もなく連れ出して、危険なことに協力させるのは好ましくないかと」 「まぁ、普通の人間であればそう言うだろうな。だが、実際に『貸してくれ』と言われた親が、素直に貸すと思うか?」 「異界のゲーム」を続けながらシアンがそう答えると、「ゲーム機」状態のSFCが、付属品の音声発生装置から話に割って入る。 「あのクソみたいなオヤジが、貸すわけないですよ」 SFCはセシルには絶対の忠誠を誓っているが、その父親であるガスコインからは疎んじられているため、彼女も彼のことを内心では快く思っていないらしい。もっとも、自分の跡取り息子が「ゲーム機」にばかり夢中になってしまっている状態において、親が彼女のことを疎んじるのは当然の判断なのだが。 「別に、こっちは借りパクする気もないし、レベルアップしたら返してやるつもりなのだが、おそらく、そう言っても聞いてはもらえないだろうよ」 器用に両手の親指と人差し指を動かしながら、シアンはボヤくようにそう語る。いつの間にやら彼自身も、SFCに興じているうちに、なぜか彼女の言語に毒されてきているらしい。 「領主の息子が突然いなくなって、どれだけの人が悲しんだと思っているんだ!」 ここまで穏便に話を進めようとしていたエディが声を荒げると、シアンはひとまず「異界のゲーム」を中断し、彼に向き合ってこう告げる。 「だが、あの子は言っていたぞ。あの街にいても、自分は誰からも必要とされない。だから、自分がいなくことなっても問題ない、とな」 「そういう子供を正しい方向に導いてやるのが大人の役目だろ!」 「だから、皆に必要とされるような『力』を与えてやろうと言っているのだ」 微妙に話の論点がズレているのを自覚しつつ、シアンは今度は玩具状態のSFCに対して語りかける。 「お前に対しても、あの子はこう言っていた。『僕はSFCを必要としているけど、SFCは僕のことを必要とはしていない』と」 そう言われたSFCは、思わず人間状態に戻って、紅潮した顔で熱弁を始める。 「プレイヤーを必要としないゲームなんて、ある訳ないじゃないか! それに大抵の人は私のことを『よく分からない物』として迫害してきた。そんな私をプレイしてくれるセシル様が、私にとってどれだけ大切な存在かを分かってくれていないとは! これは、徹夜のゲーム大会を開いて、分かってもらうしかないですね」 そうやって一人でよく分からない決意に燃えている彼女の傍らで、今まで黙っていたスュクルが、シアンに問いかける。 「巨大蛾が羽化したら、その瞬間に全ての繭が解放されるのですか?」 「中央から少しずつ順に開いていくことになるな」 「ただ、その過程で、村人と魔物が同時に解放されていくことになる訳ですよね」 つまり、仮に巨大蛾が羽化したとしても、巨大蛾が魔物を倒す際に、復活した村人達も巻き添えを食らってしまうのではないか、というのが彼の危惧である。 「その点については、心配ない。村人達を匿う手段はある。そちらが協力してくれるなら、その点も含めて、こちらの手の内を全て明かしても構わないが、いかがですかな、領主殿?」 「……分かった。セシルに代わって、私がこの地の浄化に協力する」 エディとしても、マーチ村の復興に反対する理由は何も無いし、自分がセシルに代わってその巨大蛾のパートナーという「危険な任務」を担えるなら、それが最も望ましい選択肢である。 一方で、スュクルもまた、このまま「ヴァレフール側の領主の息子」に強大な力を与えるよりは、自分達に友好的な姿勢を示しているエディにその力を与えた方が遥かにマシだと考えていた。問題は、「強大な力」を手に入れた彼が、ファルコンが計画しているアントリア軍の中央山脈突破作戦に素直に協力するかどうかだが、マーチ村の領主の一族であることが「巨大蛾のパートナー」の条件であり、自分一人でこの計画を力付くで止めることが不可能な以上、今のところはそれが最善の策である。 「では、その言葉を信じよう。武道館、もういいぞ!」 シアンが、彼の背後にそびえ立つ建物に向かってそう叫ぶと、その建物は瞬く間に一人の「奇妙な装束の少女」(下図)へとその姿を変える。 そう、「彼女」はSFCと同じ「ヴェリア界からの投影体」だったのである。通常、投影体としてヴェリア界からこの世界に現れるのは、「武具」や「乗り物」、あるいはSFCのような「器具」の擬人化体が多いのだが、この『武道館』のように「建物」が出現する事例も稀に存在する。彼女自身がどの系譜(派閥)の一員なのかは分からないが、どうやら彼女もパンドラの構成員のようである。 「村人達を解放し、彼等をすぐに一箇所に誘導した上で、彼女が先程までの『建物』の状態に戻れば、同時に復活した魔物達から身を守ることは出来る。この武道館は、屈強な武道家達が束になってかかっても壊れない強度だからな」 そんなシアンの説明を聞く傍らで、エディ達がその「擬人化体少女」の奥に目を向けると、そこにはセシルと、そしてセシルに稽古をつけていた「女魔法師らしき人物」が立っていた。どうやらセシルは、武道館の内部での修行の最中に、突然その「建物としての武道館」が(「人間体」となったことで)消滅したことに驚いている様子である。だが、その直後に彼の目の前に「自分の最愛の玩具」がいることに気付き、満面の笑みを浮かべる。 「SFC! 手伝いに来てくれたの!?」 そう言って、セシルはSFCに向かって駆け寄っていく。SFCも安堵の表情を浮かべながら、どこから話せば良いか困惑する 「いや、その、お手伝いするつもりだったんですけど、よく分からない方向に話が進んでしまって……、とりあえず、皆さんで一緒にマリカーしましょうよ、マリカー」 そう言って再び玩具状態に戻ろうとするSFCを遮るように、エディが割って入る。 「セシル、勝手に知らない人とこんな所に来てはいけないよ」 「エ、エディお兄ちゃん!? い、いや、その、気付いたら、ここにいて、僕の力が必要だって言うから……、困ってる人がいたら助けるのが、君主の仕事でしょ?」 その心意気自体は正しいが、さすがにまだ10歳で、父親から欠片程度の聖印を分け与えてもらっているだけの彼にそのような責務があるとは誰も思っていないし、どう考えてもこれは子供が背負うべき宿業ではない。そんなエディ達の気持ちを察してか、ここでその傍にいた女魔法師風の人物が割って入った。 「いや、でも、この子、筋はいいわよ。実際、私も最初は小さい子相手に投影体を呼び出すのは気が引けてたんだけど、少しずつ浄化の方法を覚えて、どんどん吸収していったわ。今はもう、そこの領主様と同じくらいの聖印になってるんじゃないかしら」 どうやら、この女魔法師風の人物は、パンドラの召喚魔法師のようである。どういう意図でシアンに協力しているのかは分からなかったが、少なくとも、この魔法師が呼び出した「微弱な投影体」との戦いを通じて、セシルの聖印が急成長していることはエディにも実感出来る。 だが、そのことを理解した上で、それでもエディとしては、このままセシルに危険な行為を任せる気にはなれなかった。 「セシルは今、自分が何のために修行しているのか、分かっているかい?」 「僕が力を手に入れて、この巨大繭を羽化させれば、その周りの小さな繭の中で眠っているこの村の人々が助かる、って言われた」 「そう、私か君のどちらかが、羽化させた後の巨大蛾を制御する必要がある。その役目を、私がやっても構わないか? ケイの領主の息子である君がこの地の領主になるのは、情勢的にあまりよくないのだよ」 「エディお兄ちゃんなら、いいの?」 「この地はもともとトランガーヌ子爵領だからね。ヴァレフールが支配するよりは、同じトランガーヌ子爵家に仕えていた私の方がまだいいんじゃないかな。少なくとも、私がこの地を治めた方が、アントリアとヴァレフールの衝突を防ぐことが出来る」 エディはそう言ってセシルを説得しようとするが、まだ10歳な上に、ここ最近はゲーム漬けの日々を送って、あまり周辺諸国の情勢をよく理解していないセシルには、今一つ彼の言っていることが理解出来ない様子である。 「そう言われても……、やっぱり、僕がこの地を救いたい。今までの、誰からも必要とされていない僕じゃイヤなんだ。せっかくここで修行して、皆から必要とされるような力を手に入れられそうになったんだから、僕がこのまま最後までやりたい」 強い決意を持ってそう語るセシルにそう言われると、エディも今一つ強気で押し切れない。実際、「力を得たい」「皆に必要とされる存在になりたい」という彼の気持ちは、同じ「領主の息子」として生まれたエディにも理解出来る。判断に迷った彼は、ひとまず、これまでセシルを鍛えたと思しき女魔法師風の人物に問いかける。 「実際、セシルに任せて大丈夫なのか?」 「そうねぇ。さっきも言ったけど、聖印の規模自体はあなたと大差ないと思うわ。ただ、基礎体力がある分、あなたの方が危険性は少ないと思う。正直、私としては、自分の弟子に頑張ってほしいという気持ちがある反面、失敗した時に心が痛まないという意味では、あなたにやってほしい気もするのよね」 なんとも微妙な返答だが、この言い方から察するに、巨大蛾の制御に失敗すると、君主自身にも身の危険が発生するようである。最悪の場合、400年間にバス・クレフが巨大蛾になってしまった時のように、君主の聖印が混沌核に変わってしまうかもしれない、という仮説も成り立つ。 「……羽化した後の制御というのは、難しいものなのか?」 更に問いかけるエディに対して、今度は巨大蛾が再び(実際にはシアンによる代弁という形で)語りかける。巨大蛾曰く、これまでの彼の「主」だった村の歴代の君主達と比べて考えれば、現在のセシルやエディの聖印でも十分らしい。ただし、それは彼が「幼虫」状態の時の話なので、全ての力を解放した「成虫」状態になった時にどうなるかは分からないらしい。 皆が判断に困る中、真っ先に意思表示したのはSFCであった。 「私はセシル様がやりたいとお考えなら、その意思を尊重したいと思います」 実際のところ、彼女は最初から「セシルが力を持つこと」に対して反対する気はなく、むしろ積極的に協力するつもりだった。このまま彼がその役目を続けるのであれば、彼女が「代役としてのエディ」を連れてきたことは「無駄足」だったことになってしまうが、結果的にそれでセシル自身の意思が確認することが出来たので、彼女としてはそれで満足なのである。 そして、セシルに任せても良いものか迷い続けているエディと、このままセシルが巨大蛾を手にいれることはなんとか避けたいと考えているスュクルを横目に、シアンがエディ達の「後方」に目を向けながら、微妙に張り上げた声で語りかける。 「ところで、もう一人、いや、もう二人の『主役』の意見も、そろそろ聞きたいんだが」 この瞬間、自分達の存在が既に察知されていることを理解したミレーユとアイレナは、素直に姿を現す。それを確認した上で、シアンは話を続けた。 「どちらにしても、この件はこの二人の協力がなければ成り立たない。村人を解放する方法として、一つ一つの生糸を切って解放するという手段もない訳ではないが、その度に出現する投影体と戦うよりも、巨大蛾を羽化させてまとめて排除した方が、効率がいい。昔馴染みの村人達を救うために、協力してもらえるかな?」 「……ここまで来て、何もせずに帰ったら、何のために来たのか分からないでしょ」 ミレーユはあっさりとそう答え、アイレナも同意する。実際、まだこの魔法師にどこか「胡散臭さ」は感じるが、少なくともアイレナが子供の頃に聞いた話とも一致する以上、信憑性は決して低くはない。その上で、村人達を救える可能性が少しでもあるのならば(その中に自分達の両親も混ざっている可能性もある以上)、たとえ自分達の身が危険に晒されることになったとしても、彼女達には断る理由はない。 こうして、「羽化」のための準備は整った。残す問題は「それを制御する人物」の側である。セシルとエディ、どちらがその重責を担うのか。成功すれば、強大な投影体を従える力と、この村の支配権が手に入る。だが、失敗すれば自分という存在そのものを失う可能性もある。セシルを心配する心と、セシルの意思を尊重したい心の間で悩みながら、エディが再び口を開いた。 「セシル、君がやろうとしていることは、とても危険なことかもしれない。それでもやるのかい?」 「危険なことというなら、エディお兄ちゃんがやっても危険なことなんでしょ?」 「まぁ、それはそうなんだが……、君にはもっと未来があるだろう? 君は将来、父親の後を継ぐんじゃないのか?」 無論、端から見れば、エディにも十分過ぎる程に未来がある。童顔で小柄のため、実年齢以上に若く見られることが多いエディだが、実年齢にしてもまだ21歳であり、領主としては誰がどう見ても「若造」の部類である。だが、そんな彼の口からこんな言葉が出てくるほどに、セシルはあまりにも幼すぎた。 「そうかもしれない。でも、あの街の人達は、僕に対しては冷たい。だって、あの人達は、僕の大切な友達のSFCのことを『この世にあってはならない存在』だと言ってたんだよ。人を見た目で判断するようなあの街の人達のことを、僕はどうしても好きにはなれない」 実際のところ、それが投影体に対する一般的な反応である。人間社会に溶け込める投影体であれば受け入れられることもあるが、SFCの場合、本人は溶け込もうとしていても、その思考回路が特殊すぎて、彼女の発言を理解出来ない者達が多く、「人間とは意思疎通出来ない怪物」と同じ扱いにされることも多い。それ故に、そんな「怪物」を庇い、従えるセシルに対しても、冷ややかな視線を送る者は少なくなかった。 「だから君は、新しくマーチ村の領主になるつもりなのかい?」 「解放したマーチ村の人達が、僕を領主として受け入れてくれるなら……」 どうやらセシルも、ただ単に勢いに流されて了解しただけではないらしい。おそらく彼は、「皆に必要としてもらえる力」と同時に、「皆に必要としてもらえる居場所」が欲しいのであろう。今のケイの街の中で閉塞感を感じている彼が、マーチに来て自立して「自分の居場所」を作ろうと考えているのであれば、むしろそれを応援してやりたい気持ちがエディの中にも芽生えてきた。実際、巨大蛾という「投影体」を領主が従える習慣を100年以上も続けてきたマーチ村の人々であれば、「得体の知れない投影隊」を重用するセシルの価値観も理解出来るであろう。 「じゃあ、君がマーチ村の領主になった後も、お兄ちゃんと仲良くしてくれるかな?」 「それはもちろん!」 「そうか……。じゃあ、君に任せる。ただし、君が制御するのが無理そうなら、私が代わる。それでいいか?」 「分かった。ありがとう、僕、頑張るよ」 こうして、エディとセシルの間での合意が成立した。こうなると、なんとかセシルによる巨大蛾の継承を止めようと考えていたスュクルとしても、この流れを覆せる手段が見つからない。故に、ひとまずこの状況を黙認した上で、あとは状況を見て臨機応変に対応策を考える。今の彼に出来ることはそれしか無かった。 (だが、このままではクワイエットが危ない。いざとなったら、この身を捨ててでも、巨大蛾の羽化は止めなければ……。どんな手段を使ってでも……) そんなスュクルの悲壮な決意など他の者達は知らないまま、既に深夜に差し掛かろうとしていたこともあり、ひとまず彼等は、再び「建物」状態となった武道館の中で、休眠を取るのであった。 3.5. 一触即発 翌朝、エディ達4人とパンドラの3人は、セシルを伴って、村の一角に鎮座する混沌繭の前に立つ。それは建物状態の時の武道館ほどではないにせよ、その中に幾つもの家屋を収納出来そうな規模であり、この奥に眠る「幼虫」がいかに巨大な存在なのかも容易に想像出来た。そして「虫嫌い」のミレーユにとっては、それは想像するだけでもおぞましい存在であることは言うまでもない。 それぞれの思惑を抱える七人を背後に、セシルは一歩踏み出し、そして繭の中で眠る巨大蛾に向かって、こう語りかけた。 「英雄王エルムンドの忠実なる騎士バス・クレフよ、マーチ村を長きに渡って守り続けた守護神よ、我を新たな主と認め、共にこの地の混沌を祓おうぞ!」 幼い声ながらも堂々とした口調で彼がそう言うと、今度はこの場にいた8人全員に、巨大蛾の心の声が響き渡る。どうやら、至近距離まで近付いたことで、昨晩は聞き取れなかったエディやSFCの脳にも伝わるようになったらしい。 「良かろう、バルバリウスの末裔よ。受け取るがいい。バルバリウスから代々この村の領主に継承され続けた、我が主の証たる聖印を」 その声と同時に、巨大繭の傍に作られていた「掌サイズの混沌繭」が開き、その中から一つの聖印が現れると、セシルはその聖印を受け取り、自らの聖印と融合させる。この時点で、セシルの身体に何か異変が生じた様子はない。だが、セシル自身は、自分の魂が混沌繭の奥にいる巨大蛾と「繋がった」ような感覚を覚えていた。こうして、巨大蛾とセシルは、特異な形での従属関係が結ばれることになったのである。 こうなると、次はミレーユとアイレナの番である。ここに来る直前に、武道館のステージで一度リハーサルをおこなっていた彼女達が、巨大蛾を羽化させるための「唄」を歌うために、呼吸を整えようとする。 しかし、その瞬間、村の南方から、大勢の人々が近付いてくる足音が聞こえてきた。 「あれは……、ケイの軍隊?」 真っ先に気付いたのは、ケイの武官であるSFCである。その陣容は混成部隊のようだが、その中には確かに彼女の部下(セシルの親衛隊)の者達もいた。どうやら彼等は、隊長のSFCが戻ってこないことに危機感を感じ、やむなくケイの他の部隊に援軍を要請し、セシル救出のための大規模な捜索隊を結成して、ここまで乗り込んできたようである。 そして、そんな彼等の先頭に立って先導しているのは、昨日の魔境の空間歪曲で行方不明となっていたコーネリアスであった。彼は、あの変異律によって魔境の反対側に飛ばされてしまい、再び方向感覚を失ったまま歩み続けた末に、山岳街道の南側に辿り着いた結果、彼等と遭遇することになったのである。 「そこのアントリアに与する者共、セシル殿を返してもらおうか!」 そう叫ぶコーネリアスであったが、彼の目の前では「どちらかと言えばアントリアの味方」と自称していた魔法師と、SFC達と、そしてセシルが、特に対立している様子もなく、自然と並び立っている。しかも、その中には一人、彼にとって見覚えのある人物が混ざっていた。 (あれは、エスメラルダ先生……、ではないな。ということは「奴」か!) 「女魔法師風の人物」を見た瞬間、内心でそう叫んだコーネリアスであったが、「奴」がここにいるという事実が、余計に彼の思考を混乱させた。 「SFC殿、今はどういう状態なんだ!?」 コーネリアスにそう問われたSFCが、それを説明するためにどんな映像を見せようかと迷っている間に、後方からヴァレフール(ケイ)軍の指揮官らしき男が叫んだ。 「まず聞きたい。お前達はこの地の混沌を祓おうとしているのか?」 これに対して、反射的にスュクルが、誰も予想していなかった回答を返す。 「祓うつもりはありません。ここにいるのは、パンドラの人間です」 この瞬間、この場にいる誰もが耳を疑った。エーラムの魔法学院の制服を着た魔法師が、パンドラと協力しているかのような口ぶりでそう告げたのである。ヴァレフール軍は混乱し、エディ達も「何を言い出すんだ?」という顔で彼を見つめる。確かにパンドラの者達はこの場にいるが、混沌を除去しようとしているのは事実なのに、なぜそれをあえて否定するのか。 これは、スュクルの咄嗟の奇策であった。ヴァレフール軍が事態を正しく理解しないまま、こちらを敵視して襲いかかってくれれば、その混乱のドサクサに紛れて、巨大蛾の復活を止められるかもしれない、と考えたのである。だが、さすがにこれに対しては、エディとミレーユが即座に否定する。 「祓うつもりかと言われれば、間違ってはいない」 「えぇ。私達は、そのためにここに来ました」 二人がそう告げると、ヴァレフール軍は全く想定外の返答を返す。 「それは困る。ヴァレフールの安全のために、この地の魔境は今、解放される訳にはいかないのだ」 そう、実はヴァレフール側は、国防のための戦略上、この地の混沌の除去を望んではいない。その意味では、結果的に彼等の発言は、スュクルの奇策以上に、ヴァレフール側の敵意を自分達に向けることになってしまったのである。だが、それに対してエディも真っ向から言い返す。 「それは困る。今のままでは、私の村の混沌災害が収まらない」 そう言った上で、彼はセシルが今、この村の守護神である巨大蛾と契約して、この地の領主となろうとしているという旨を伝えるが、ヴァレフールの者達は、唐突に告げられた突拍子の無さすぎる話を信用しそうにない。この点では、最初に「パンドラ」の名を出したスュクルの奇策が功を奏している(それに加えて、コーネリアスが「この計画の黒幕はアントリア」という誤認識を彼等に伝えていたことも影響していた)。おそらく、彼等の目には、「パンドラの者達がセシルを騙して危険な行為に巻き込もうとしている」という状態に見えたのであろう。 「セシル、どうする?」 困った表情でエディは従弟に向かって問いかける。エディとしては、セシルをヴァレフールに返した上で、自分がその代役になるなら、それでもいい。だが、セシルはそれでは納得出来ないようだ。 「やっぱり、僕じゃダメなのか。僕は誰の役にも立てないのか……」 暗い表情を浮かべながらそう呟くセシルを目の当たりにして、今度はSFCがケイの者達を説得しようとする。 「あなた達にとって一番大切なものは何? セシル様の成長でしょ? どうしてそれを邪魔するの?」 ここに来ているケイの軍人達のうち、親衛隊の者達は、SFCが「セシルに対しては誰よりも誠実」であることは知っている。だからこそ、彼女の発言にそれなりの説得力を感じていたが、他の者達から見れば、やはり彼女は「得体の知れない投影体」であり、その発言に耳を傾けようとはしない。やむなく、再びエディが彼等を説得しようと口を開く。 「セシルがこの地の領主になるのを認めないというなら、代わりに私がこの地の領主となるが、それがどのような結果をもたらすか、お分かりか?」 実際、この状況を正しく把握している者から見れば、セシルが「巨大な投影体の力」と「村の支配権」を掌握することは、ケイ(ヴァレフール)にとって決して悪い話ではない。確かに「魔境という形での緩衝地帯」は消滅するが、この地の混沌を単体で除去できるほどの巨大な投影体の力があれば、アントリアとしても容易に攻め込むことは出来ないだろう。むしろ、逆にアントリアの拠点であるクワイエットに対して圧力をかけることも出来る。中立勢力とはいえ、実質的にアントリア寄りの立場を余儀なくされてきたエディにこの地を支配されるよりは、遥かにそちらの方が得策な筈である。 だが、あまりにも不確定な要素が多すぎるこの状況で、彼等はエディ達の発言を信じることが出来ない。それ故に、彼等の返答は至極単純明快な内容であった。 「我々が貴様達を排除すれば良いだけの話だろう」 疑わしきは殺す、これが、最も確実にリスクを排除する方法である。領主の跡取り息子を「誘拐」された上に、街の安全を脅かすような「魔境の排除」を決行されようとしつつある今の状況において、一刻も早くこの事態を解決しなければならないという焦燥感が、このような短絡的な結論を導き出したとも言える。 「こちらにはセシルがいるのですよ。セシルの意思を踏みにじってまで、我々に刃を向けるおつもりか?」 エディがそう言うと、その言い回しがまるで、セシルを人質にとっているかのように聞こえたこともあり、かえってケイの兵達の印象は悪くなっていく。まさに「一触即発」の状態に陥っていた。 3.6. もう一人の「玩具」 そんな中、スュクルはこのまま彼等が羽化の儀式を妨害してくれるのを祈りながら、密かにプレコグニションの魔法を用いて、「ヴァレフール軍の動きを決断するための要素」が何かを調べる。すると、彼の脳裏に伝わってきたのは「セシルの言葉」「巨大蛾」「共闘」という三つの言葉であった。 (共闘、か……。これは「巨大蛾を復活させるための共闘」なのか、それとも「巨大蛾を止めるための共闘」なのか、これだけでは、何を意味しているのか特定は出来んな) スュクルがそう考えつつ、次の一手を思案していた時、突如、ヴァレフール軍の後方の部隊から、叫び声が聞こえてきた。何事かと思って振り返ったヴァレフール軍の目の間に現れたのは、彼等を上回る数の投影体である。実は、彼らはここに来るまでの間に、混沌繭の生糸によって何度も道を阻まれ、一刻も早く到達するために、それらを強引に切断して強行軍でこの地に辿り着いていたのである。その反動として、小型の混沌繭の中で閉じ込められていた投影体が、次々と出現して、無差別に襲い掛かってきたようである。 シアン達にしてみれば、彼等が自滅している間に羽化の儀式を進めたいところだったが、自分の親衛隊の者達が襲われている状態を、セシルとしては黙って見ている訳にもいかない。 「みんな、協力して、一緒に戦ってよ!」 セシルにそう請われたら、SFCもエディも、当然、迷うことなくヴァレフール軍に加勢する。本来はヴァレフールの宿敵であるスュクルにしても、今このままヴァレフール軍が壊滅されると、羽化の儀式を止める者がいなくなる以上、助けざるを得ない。そうなると、ミレーユとアイレナとしても、まずは目の前の敵を排除してから、と考えるのは自然な流れである。 こうして、彼等が、セシルを守るような陣形で戦闘態勢に入ると、襲い来る投影体の中から、ひときわ強力な混沌の力を漂わせた者が、ヴァレフールの軍勢を払い除けながら、彼等の前に現れた。 「おや? こんなところに、旧世代の遺産が残っているとはな」 そう言って現れたのは、どこかSFCと似た風貌の投影体である。しかし、その瞳は憎悪に満ちており、目の前に現れる者達を次々と無差別になぎ倒していく。その姿はさながら、飢えた野生の猛獣のようにも見えた。そして、その胸の部分には「64」という数字が刻まれており、その数字を確認した瞬間、SFCはその投影体の正体を見抜いた。 「誰かと思えば、スマブラしか無かったような奴が何を今更。あなた、日本での売り上げ、私の何分の一だと思ってるの?」 「き、貴様! ただ我々の生産が遅れたために延命されただけの分際で!」 「一番売れてたマリカーだって、元祖は私達ですよ。つまり、あなた方は私達の遺産を食い潰していただけのゴミにすぎない!」 「お前達だって、先代の遺産で生き伸びていただけの存在だろうが!」 どうやらこの投影体(以下、便宜上「64」と表記)は、SFCと同じヴェリア界出身の、しかもSFCの後継機とも言うべき玩具の擬人化体らしい。だが、元となった「本体」は同系統の機種であるにもかかわらず、その雰囲気はSFCとは大きく異なる。いずれも、「廃棄物」としてヴェリア界に出現した擬人化体だが、本来の持ち主に「もっと自分で遊んで欲しかった」という切望の気持ちを強く投影する形で現出したSFCとは対照的に、この64の場合はそもそも買い手がつかないまま廃棄されてしまった個体だったため、「自分を選ばなかった人間」に対する激しい憎悪を強く投影する形で生み出されてしまったようである。 無論、彼等は量産型の玩具である以上、同じ型の本体をベースとした別の擬人化体がこの世界のどこかに他にも存在している可能性はあるし、それらはまた彼等とは異なる感情をもってこの世界に出現しているのかもしれない。だが、そんな事情は(SFCも含めた)この場にいる者は誰も分からない。一つだけはっきりしていることは、「今、彼らの目の間にいる64」は、明確に「人間に害を与えること自体を目的とする投影体」であり、分かり合うことの出来ない敵、という悲しき現実であった。 3.7. 魔法師の「賭け」 こうして、SFC以外の者達は、目の前に現れた「64」が何者かも分からない状態ではあったが、明確に敵意を持って自分達に対して向かってくる以上、全力で迎え撃つしかなかった。 まず最初の一撃を放ったのは、スュクルである。彼の放ったライトニングボルトは的確に相手を直撃したが、それでも64は全く怯む様子はない。間髪入れずにエディが馬上から剣を掲げて突撃をかけるが、あっさりとかわされてしまう。どうやら、ゴブリンやブラックドッグとは明らかに格の違う相手らしい。 それに続けて、今度はミレーユとアイレナが身体を半獣化した状態で襲いかかろうとするが、彼女達の爪牙が届くよりも一瞬早く、64が彼女達とエディに対して、全方位攻撃を仕掛ける。それはさながら、暴走状態の魔神の如き圧倒的な破壊力であった。三人とも、その一撃で瀕死状態にまで追い込まれ、その場に倒れ込みそうになる。 だが、その次の瞬間、彼等の後方から放たれた何かが、彼等三人の体を包み込んだ。混沌繭である。後方から彼等を支援しようとしたセシルの願いに呼応する形で、巨大蛾の幼虫が生糸を飛ばし、即席で彼等を包み込む繭を作り上げたのである。更にそこに、セシルが治癒の印の力を用いて、三人を瀕死状態から回復させる。本来、通常の治癒の印では瀕死状態にある者の傷を癒すことは出来ない筈だが、どうやらこの巨大蛾によって作られた混沌繭の中では、それも可能となるらしい。 「お兄ちゃん達、そのままでいて。まだ、傷は治りきってないから、今出ると危険だよ」 セシルは三人に対してそう告げるが、このまま彼等が混沌繭の中で休んでいた場合、セシルを守れる者はSFCとスュクルしかいなくなる。先ほどの圧倒的な破壊力を見る限り、あの二人だけで防ぎきれるとは思えなかった。巨大蛾が混沌繭の力で64を封じ込めることが出来れば良いのだが(実際、このタイミングで現れたということは、過去に一度封印されていた筈なのだが)、現時点でそれが出来ていない状況から察するに、どうやらセシルはまだこの力を使いこなせていないようである。 この状況を踏まえた上で、エディ達三人は、自身の身体がギリギリ動ける状態にまで回復していることを確認しつつ、自ら混沌繭を破って外に出て、再び64に襲いかかる。今度は三人の攻撃が直撃するが、それでも64の動きは止まらない。すると、宿敵・SFCに襲いかかろうとしていた64の視線は再び彼等に向かい、咄嗟にエディに対して全力で反撃した結果、エディは再び瀕死状態に陥り、その場に倒れ込んでしまう。 一方、その間にスュクルはSFCの力で精神力を回復させてもらった上で、彼女の武器にライトニングチャージをかける。この結果、彼女の武器に炎が宿り、彼女はその力をもって64へと斬りかかろうとする。だが、彼女の刃が64に届くよりも先に、予想外の一撃が後方から飛んできた。 スュクルによって64に向けて放たれた、二撃目のライトニングボルトである。その勢いは一撃目よりも更に強く、そして今、この瞬間、彼と64との間には、エディ、ミレーユ、アイレナ、SFCの4人が、まさにその雷撃の通り道となる直線上に並んでいたのである。 (巨大蛾の羽化を止めるタイミングは、今しかない!) そう、アントリア軍人の契約魔法師として、ヴァレフール側に巨大蛾を渡さないようにするための最も確実な方法は、ミレーユとアイレナのどちらか(あるいは両方)を消すことである。更に言えば、ヴァレフールの武官であるSFCも、巨大蛾の主となる資質を持つエディも、彼にとっては「出来れば倒しておきたい存在」である。故に彼にとってベストの選択肢は、この瞬間に64と共に全ての者達を消し去ることだった。その千載一遇の機会が、偶然にもこの瞬間に巡ってきたのである。 無論、これは非常に危険な賭けである。彼はこの一撃に残っていた全ての力を込めていたため、もし仮に、この一撃で4人を葬ったとしても、肝心の64を倒しきれなければ、次の瞬間に自分が64に嬲り殺しにされる。だが、重傷を負っているエディや双子はともかく、まだ無傷のSFCならば、仮に直撃してもまだ64と戦える体力は残っているだろうし、彼女の身体能力ならば避けることも可能だろう。そして、基本的にセシルのことしか頭にない彼女にしてみれば、この攻撃でエディや双子が殺されても、それほど精神的に動揺するとは考え難い。一瞬にしてそこまで計算した上での、現在の軍略的苦境を覆すための起死回生の一手であった。 この突然の雷撃に対して、SFCは咄嗟の前転回避でかわすことに成功し、ミレーユもまたギリギリのタイミングで避けることが出来たものの、アイレナと64はかわしきれず、そして既に倒れて動けない状態にあったエディには避けられる筈もない。この瞬間、スュクルは「賭け」に勝ったことを確信した。ミレーユには避けられたものの、アイレナだけでも倒すことが出来れば、当面は巨大蛾が羽化する危険性は消える。 だが、そこで思わぬ横槍が入った。セシルである。混沌繭を飛ばそうとしても間に合わないことを瞬時で悟った彼が、自ら身を呈してエディとアイレナを庇ったのである。距離的に考えても、本来の彼の運動能力で間に合う筈がないし、そもそも二人の仲間を同時に庇うなど、常人には出来る筈がない。しかし、確かに彼は瞬時に二人の前に現れ、二人分の雷撃を全身で受け止めたのである。 誰もがこの状況を理解できない中、やや離れた場所で他の投影体と戦いながらセシルに目を配っていたシアンだけには、その時に瞬時に起きた「奇跡」の正体が見えていた。 (今、バス・クレフ殿とセシル殿が融合した……?) そう、400年前の英霊であるバス・クレフの魂の一部がセシルに乗り移る形で、一時的にセシルにバス・クレフの力が宿り、その力をもって、超人的な動きで二人を庇ったのである。実際、彼には見えていた。超人的な速度で動くセシルが、「先刻まで巨大蛾の繭から発せられていたオーラ」をまとっていることを。既に「人」としての姿を失い、投影体となってしまった筈のバス・クレフに、このような離れ業が可能であるとは、事前に様々な調査を済ませていたシアンにとっても、全くもって想定外であった。 (面白い……。やはり、この英霊達は、私が人生を賭けて研究するに価する存在だ!) シアンが内心でそう確信して悦に入っている一方で、二人分の雷撃を肩代わりしたセシルは、その場に倒れる。もし、この時点でセシルが絶命していたら、彼の身体からは聖印が浮き出てくる筈であるが、その様子は見られない。本来の彼の体力であれば間違いなく即死の筈だが、どうやらこれも、バス・クレフの力で命が保たれている状態のようである。だが、そうして彼に力を注いだ反動か、徐々に彼等の背後に鎮座していた混沌繭の中の巨大蛾の力が弱まっていくのを、その場にいる者達は感じていた。 一方、二度目のライトニングボルトが直撃した64もまた、相当な損傷を受けてはいたが、それでもまだ機能停止には至らなかった。そして、現状において最も危険な存在はこの雷撃を放った魔法師であることを察した64は、自分の周囲を取り囲む双子の妨害を振り切り、スュクルに向かって突進する。この時点で、スュクルには既に次の魔法を放つ力は残っていない。このままであれば、間違いなくスュクルは瞬殺されるであろう。 だが、この時点で64以上にスュクルに対して強い殺意を抱いていた者がいた。SFCである。最愛のセシルが、スュクルの雷撃によって倒れたのを目の当たりにした彼女が、冷静でいられる筈もない。 「貴様、よくもセシル様を!」 スュクルにしてみれば、あの一撃でセシルを殺すつもりはなかったが、ヴァレフールの強大化を防がなければならない彼にとって最も排除すべき存在は、実はセシルである。そして、上述の状況から、セシルがまだ死んではいないことは確認していたが、その一方で、彼等の背後にいた巨大蛾の幼虫の力が失われていくのを実感したことで、彼は満足気な表情を浮かべていた。当初の予定とは異なるが、結果的にこれで巨大蛾の復活を止められるなら、彼としてはそれで本望だったのである。 そして、SFCには、そんな彼の表情から、彼が意図的にセシルを殺そうとしていたと判断したようである。これは誤解と言えば誤解なのだが、スュクルとしては弁明する気もなかった。仮に弁明しても、彼女は聞き入れてはくれないだろうと覚悟を決めていたのである。 烈火の如き怒りの形相を浮かべつつ、SFCはスュクルのいる方向へ向かって、そのスュクルによって強化された炎の武器を掲げて襲いかかる。だが、SFCとスュクルの間には64がいた。 「あくまでも立ちはだかるか、この旧式が!」 自分のことを襲いに来たと勘違いした64はそう言って武器を構えようとするが、SFCは無言で全力の一撃を64に叩き込む。彼女にとっては、もはや64など、どうでもいい。ただ、彼女がスュルクに殴りかかるためには、64の存在が(物理的な意味で)邪魔だった。そして、怒りで我を忘れた彼女は、その一撃に持てる力の全てを叩き込んだのである。ここまで4人の攻撃を受け続けて既にボロボロの状態だった64に、その渾身の一撃に耐え切れるほどの力が残されている筈もなかった。 「お、おのれ貴様、次に、次の世界で会った時は、この恨み、かなら……」 最後まで言い切ることも出来ないまま、64はその機能を停止する。先達であるSFCを遥かに上回る性能を持ちながらも、その性能を発揮しきれないまま、本人にしてみれば理不尽な形で、この世界からも消え去ることになってしまったのである。 3.8. 混沌繭の消滅 こうして、ひとまず目の前の「強大な投影体」は排除した。邪魔者がいなくなったことで、SFCはそのままスュクルに殴りかかろうとしたが、次の瞬間、彼女の後方から、セシルの声が聞こえる。 「ふ、二人とも、大丈…………夫……?」 エディもアイレナも、そしてミレーユも「心配されるべきは君の方だろう」と思いながら、セシルが無事だったことに安堵する。そしてSFCもすぐに彼の元へと駆け寄り、得意の医療技術で彼の傷を癒す。 だが、まだ危機的状況は終わっていなかった。というよりも、状況はより悪化していた。セシルを助けるために、巨大蛾はその力を使い切ってしまったようで、セシルが意識を取り戻すと同時に、彼の姿は「幼虫」から「卵」へと戻っていく。そして、その結果として村の近辺における混沌繭が、次々と消えていったのである。その中から現れたのは、ミレーユとアイレナにとっては馴染み深い村人達と、そして彼等を襲おうとしていた魔物達である。 「な、何が起きた?」 「今、守護神様の生糸が私に……?」 数年ぶりに目覚めた村人達が混乱していると、シアンはすぐに武道館に合図を送り、彼女は「建物」フォームへと変形する。それと同時に、彼女はこの時点で村の中に存在していた全ての人間(とSFC)と、「卵」となったバス・クレフを、自身の中に「招待」という特殊能力で瞬時に収納したのである。彼女は、彼女自身が望んだ者だけを収容し、望まない者を館内から排除する能力を持つ。何十年にも渡って、様々なイベントを滞りなく運営し続けてきた建物だけが持つ、鉄壁のセキュリティである。 そして、困惑する村人達の生き残りに対して、アイレナが事情を説明する。と言っても、彼女自身も今の状況がよく分かっている訳ではないし、「あなた方は数年間眠り続けていました」「その間にトランガーヌ子爵領は崩壊しました」「守護神様はケイの領主の御子息を新たな領主として認めました」などと立て続けに説明しても、すぐに理解出来る筈もない。ただ、それでも村人達は、彼女とミレーユが(彼等の視点から見れば、数ヶ月前に一座に引き取られた彼女達が、いきなり急成長して現れたことになるのだが)「本物」だということだけは、どうにか信じることが出来たようである。 そしてその間にミレーユは、シアンからより詳しい「今の状況」を確認していた。 「おそらく、セシル殿が使い慣れていない巨大蛾の力を強引に使おうとした結果、巨大蛾はエネルギーを使い果たして、休眠状態となっている。その結果、村人達と共に、7年前の混沌災害で出現した投影体達も全て蘇ってしまったようだな……。申し訳ないが、私の力をもってしても、それら全てを倒すことは出来ない。巨大蛾の羽化に成功すれば雑作もなく倒せると本人(バス・クレフ)は言っていたが、この状態では羽化以前の問題として、まず幼虫体の状態まで戻るのに、数日はかかりそうだ。それまでは、この中で待つしかない。今外に出ても、あの数の魔物達から逃れるのは不可能だろう」 つまり、「卵」が幼虫体となるまでの数日間、再び武道館の外で魔物達が暴れ回るのを無視しながら、ただひたすらここで「籠城」して待つしかない、ということである。セシルの暴走が無ければ、こんな事態にはならなかったのだが、彼があの場で「暴走」してくれなかったら、エディとアイレナは死んでいた(そしてアイレナがいなければ、おそらく羽化させることは出来ない)。あの混戦の最中でスュクルの放ったライトニングボルトが、状況を一変させたのである。 そのスュクルは、セシルが回復したことを確認したSFCから、激しい殺意の視線を向けられていた。 「セシル様、こやつはセシル様を殺そうとしたのです。今すぐ処刑しましょう!」 彼女がそう叫ぶと、その状況をよく見ていなかったヴァレフールの兵士達もまた、一斉にスュクルに向かって激しい視線を向ける。だが、スュクルとしては言い訳する気はなかった。セシルを殺しかけたのは想定外だが、仮にセシルが最初からその場にいたとしても、彼は同じことをしていたであろう。そして、ここまでやりきった以上、もう彼としては、この場で処刑されても後悔はなかった。既に力を使い果たしていた彼としては、ヴァレフール軍だらけのこの状況で抵抗することも不可能である。 「ちょっと待ってよ。この人は敵を倒すために仕方なく魔法を使ったんだよね? そもそも僕を狙ってた訳じゃないし、僕が勝手に、お兄ちゃん達を庇おうとして割り込んだから」 「そんなことは関係ありません。どんな経緯であれ、セシル様に傷をつけた時点で、有罪です。ギルティーです。殺させてください!」 「いや、でも、僕が倒れたのだって、僕が弱かったからで、僕がもっと強ければ、もっとちゃんと戦えたんだし……」 このセシルの過剰なまでの自責発言に対しては、彼を追い込んだ張本人のスュクルですらも、さすがに「それは違う」と言ってやりたい気持ちになったが、彼が何か言おうとする前に、SFCが声を荒げて反論する。 「そんなことはありません! セシル様は、やれることは十分にやってます! 130%以上働いてるんですよ! それをコイツが! 後ろから味方ごと撃つなんて真似を! いや、コイツにとっては、味方ですら無かったんでしょうけど!」 「まぁ、私は職務上、やるべきことをやっただけですから。処刑するというのであれば、どうぞご自由に」 淡々とそう語るスュクルに対して、SFCは更に怒りの感情を爆発させる。そんな彼女をセシルがなんとか宥めようとしていたところで、エディが割って入る。彼は、身を挺して庇ってくれたセシルに礼を言った上で、SFCやヴァレフール軍の者達に向かって、こう告げる。 「彼にどういう意図があろうと、実質的に彼の魔法の標的となっていたのは私であって、セシルではない。だから、彼の身柄は私に引き取らせて頂いた上で、どう処分するかは私に決めさせて頂きたい」 状況的に、既にあの場に倒れていたエディが魔法による攻撃を避けられる筈がないことは、誰の目にも明らかであったし、どうしてもあの場でライトニングボルトを放たねばならないと言える状態でもなかった。故に、エディの場合は(狙われた訳でもないのに自ら身を挺して庇いに行ったセシルとは異なり)明確に「スュクルの攻撃の被害者」と言える立場である。とはいえ、エディの中では、彼だけを責める気にもなれなかった。現実問題としてスュクルがいなければあの投影体は倒せなかったし、それ以前にも何度も彼には助けられている。そしてセシル同様、エディもまた、戦いの途中で倒れたのは、弱かった自分が悪いという気持ちもある。 それに加えてもう一つ、彼としてはスュクルを殺せない理由があった。それは今現在、トーキー村にはアントリアの兵達が駐留しているということである。ここで彼を「領主殺害未遂」の罪で処刑した場合、間違いなくアントリアとの関係は悪化する。そして、実質的にトーキー村を軍事占領しているアントリア軍を自力で排除することは現状では不可能である以上、「交渉カード」としての彼を安易に殺す訳にはいかないのである。 セシルはこのエディの申し出を受け入れ、SFCも、非常に不服そうな、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながらも、しぶしぶながらに同意する。 「分かりました。今回だけは、今っ回だけは、見逃してやります!」 そんな彼女の敵意を冷ややかに受け止めつつ、スュクルはエディの手によっておとなしく捕縛されながら、SFCに向けて淡々と呟くように語る。 「もし私が無事にクワイエットに戻ることが出来たら、次に会う時は戦場になるでしょうね」 「その時は殺す! 絶対に殺す!」 こうして、ひとまず先刻の戦いの事後処理については(一応の)合意を得た上で、彼等は改めてシアン、ミレーユ、アイレナを加えて話し合った結果、ひとまずバス・クレフが「幼虫」としての力を取り戻すまで数日待った上で、そこから双子の「唄」の力で彼を羽化させてこの周囲の魔物達を一掃する、という基本方針で一致する。というよりも、実質的にはそれしか選択肢が無かった。 幸いにして、この武道館の内部には「喫茶店」という名の飲食スペースがある。そして、SFCが「電源」が無いこの世界でも自己発電機能によって機動出来るのと同様に、この武道館内の喫茶店もまた、食材を自力で生み出すことが出来るため、籠城状態となっても食糧難に陥る心配は無い。 そして、ひとまず皆を代表してセシルが(シアン達の正体については曖昧にごまかした上で)村人達とヴァレフール(ケイ)軍の人々に対して改めて「今の状況」を説明する。村人達の中には、もともと「守護神」の存在を知っている者も少なからず存在していたこともあり(先刻のアイレナによる説明もあって)、なんとか理解してくれた。先刻は激しく反発したヴァレフールの者達も、セシル自身の口で説明されたことでどうにか納得し、これから数日間、奇妙な形での「籠城生活」が展開されることになった。見知らぬ異世界の建物に困惑しながらも、生き延びるために、なんとかこの場を耐え凌ぐという方向で、皆が合意に至ったのである。 そんな中、シアンと「女魔法師風の人物」は、「卵」となったバス・クレフに混沌の力を注ぎ込むことで、少しでも早く力を取り戻させようと試みていたが、そんな彼等を後方から密かに監視する人物がいた。コーネリアスである。彼はこの武道館に収容されて以来、密かに隠密状態となり、ずっと彼等二人を見張っていた。コーネリアスはこの「女魔法師風の人物」とは因縁があり、出来ることなら隙を見てその命を絶とうとも企んでいたが、長年のシャドウしての経験から、今の状況ではおそらくそれが不可能であることを薄々察した彼は、せめて少しでも彼等の情報を集めておこうと考えていたのである。 彼の視線と思惑に、この二人が気付いていたのかどうかは分からない。ただ、そんな静かな緊張感を漂わせながらも、これから先の数日間は、特に大きな事件も無く、彼等は粛々と(それぞれの想いを胸に抱きながら)静かな籠城生活を続けていったのであった。 3.9. 羽化の唄 こうして彼等が武道館の中で籠城していた間も、その外側で投影体達は暴れ続けていた。投影体の中には、稀に64のように高度な知性を持つ者もいるが、この場には出現した全ての投影体を統率出来るような者は存在しなかったようで、投影体同士で衝突することも多々あった。そして、勝った投影体は倒した投影体の混沌核を吸収して更に強大化していく。どれだけ彼等の間で殺しあっても、誰か君主が彼等の混沌核を浄化・吸収しない限り、投影体の脅威は減らない(むしろ強まる)のである。 そんな中、この地に足を踏み入れる者達もいた。ケイの軍隊である。息子が行方不明のまま、調査に行った者達も帰ってこないということもあり、隣町から帰還したガスコインは街の主力部隊を討伐隊として派遣したのだが、そのあまりの数の投影体の前に、あっさりと壊滅してしまう。一方で、トーキーに駐留していたクワイエットの部隊は「トーキーに待機しろ」という命令を受けていたため、自らマーチに近寄ろうとはしなかった。こうして、結果的に言えばスュクルの無謀な奇策は、ヴァレフールの戦力を削ぐことに繋がったのである。 一方、武道館の内部においては、ミレーユとアイレナは、村人達から質問攻めに合っていた。自分達が眠っていた7年の間に彼女達がどんな人生を送っていたのか、ロザン一座での生活はどうだったのか、彼氏は出来たのか、などなど、村人達にしてみれば、彼女達に聞きたいことは山のようにある。一方、彼女達は村人達の中に自分達の両親の姿がないかを確認したが、残念ながら見つからなかった。7年前の時点で投影体に殺された可能性が高そうだが、実際に両親が殺された場面を見たという証言も無いため、もしかしたら、どこか別の村に逃れたのかもしれない。今は、そのわずかな可能性を信じたいと願う彼女達であった。 そして、その籠城生活の五日目、遂に「卵」から「芋虫」が生まれた。ようやく、この村の「守護神」が本来の姿に戻ったのである。その姿に恐怖を覚えるミレーユであったが、ここまで来たら、もうやるしかない。意を決してアイレナと共に、バス・クレフと意識を同調させながら、「エステルシャッツ界に伝わる唄」を歌い始める。 すると、バス・クレフは瞬時に口から糸を吐き出して繭を作り、その中で「羽化」の準備を始める。これまで、幾多の歌い手達が挑戦しては失敗し、混沌に飲まれて暴走状態に陥り、やむなく村人達の手で葬られてきた。もう、そんな悲劇は繰り返したくない。バス・クレフ自身もそう強く願いながら、双子と共に精神を集中させていく。 周囲の者達が固唾を飲んで見守る中、やがてその「唄」はクライマックスを迎える。村人達曰く、これまでこの唄を歌った者達は皆、最後まで歌い切る前に混沌の力に飲み込まれてしまった。しかし、この二人にはまだその兆候は見られない。最高潮に盛り上がるパートにさしかかっても、まだ彼女達の身体からは、暴走の兆候は見られなかったのである。 行ける、このまま歌いきれば、羽化は実現する、そう皆が確信しながらその歌に聞き入っていた。そして遂に、二人は最後まで歌いきった。そして次の瞬間、繭が割れ、そこから巨大な「蛾」の姿をした投影体が出現する…………筈であった。 「……何も起きない?」 「どうした? 歌いきったんじゃないのか?」 村人達が首を傾げながら状況を見守るが、繭に変化は見られない。すると、目の前にいる村人達の心の中に、バス・クレフの声が響き渡る。 「すまない。無理だったようだ。この二人の唄ならば、私も本来の姿を取り戻せると思ったのだが、私の身体は、あと一歩のところで、それに応じてはくれなかった」 その言葉が届いた瞬間、双子は膝をついてその場に倒れる。なぜ失敗したのかは分からない。64との戦いで生死の境を彷徨った時の精神的な後遺症がまだ彼女達の中で残っていたからなのか、ミレーユの中の「虫への恐怖心」が彼女の声に微妙な揺らぎを生み出してしまったのか、単純に彼女達の「歌姫としての実力」が足りなかったのか、それとも、復活したばかりのバス・クレフに「羽化するために必要な力」が足りなかったのか。どの可能性もあり得るが、どの可能性も明確に一つに特定出来る要素はない。 「ど、どうするんだ?」 「俺達、一生この建物の外には出られないのか?」 村人達が動揺する中、バス・クレフは自ら繭を破り、再び「巨大芋虫」としての姿を現す。 「大丈夫だ。主が健在の今の状態なら、幼虫の形態でも、奴らを完全に倒すことは出来なくても、封じることは出来る。今の唄の力で、羽化にまでは至らなかったものの、既に私の力は幼虫体としては最高の段階まで高まっているからな。それに、7年前の時は不意を取ってしまったが、今回は私が戦っている間に我が主を守る戦力も整っている」 バス・クレフは、シアン、エディ、SFC、といった面々に目を向けると、シアンは武道館に対して、その身体を人間体に戻すように促す。その瞬間、彼等を覆っていた「建物としての武道館」は消滅するが、それと同時に、芋虫状態のバス・クレフは口から次々と糸を吐き、武道館の周囲にいた投影体達を次々と絡みとっていく。その勢いは止まらず、村の外に出現している者達も、次々と眉の中に封じ込めていった。 「……この力、先代様の時よりも、先々代様の時よりも強まっているのでは?」 村の長老らしき人物が、その巨大芋虫の動きを見ながらそう呟く。おそらく、それは双子の唄の力が強化されたことが原因なのだろうが、それに加えてセシルとの相性が(歴代君主よりも)合っているのかもしれない。いずれにせよ、瞬く間に村の周囲に存在していた投影体達は、全て大小様々な大きさの混沌繭によって封じ込められたのである。その間、投影体達はセシルにもバス・クレフにも、全く近付く暇は無かった。 「これでもう大丈夫だ。次にまた新たな混沌が現れても、私と新たな主が、この地を守る。ただ、捕縛した投影体達を全て完全に浄化することは、今の主にはまだ難しいとは思うが……」 強大な混沌核の浄化には、一定の規模の聖印が必要である。今回の場合、彼等が籠城している間に投影体達の間で殺し合いが発生し、結果としてより強大な混沌核を持つ投影体も生まれてしまっていた。 「大丈夫だよ、バス・クレフ。これから僕が少しずつ君主として強くなって、いつか全部浄化してみせるから」 そう言うと、彼は「小さき友の印」を用いて、「巨大な芋虫」の状態の彼を「通常の芋虫」より少し大きい程度のサイズにまで小型化し、自らの掌の上に載せる。 「よろしくね、バス・クレフ♪」 そして、この様子を見ていた村人達が、次々とセシルに向かって敬礼する。 「セシル・チェンバレン様。どうかこれから、この村の領主として、我々をお守り下さい!」 「私達も、誠心誠意、領主様を支える所存です。よろしくお願いします!」 こうして、セシルはわずか10歳にして、マーチ村の新領主に迎え入れられた。ヴァレフールからの兵達も、拍手でそんな彼を讃える。無論、その中でもひときわ激しく喜んでいたのがSFCであることは言うまでもない。 一方、そんな彼等を横目に見ながら、シアン・ウーレンとその二人の仲間は、複雑な表情を浮かべながらその様子を見ていた。 「残念な結果に終わってしまいましたね、シアン殿」 女魔法師風の人物にそう言われたシアンは、苦笑いを浮かべながら答える。 「まぁ、仕方ない。とりあえず、眠っていた英霊を呼び起こすことは出来たのだ。あとは、次の歌姫が現れることに期待しよう。それが何年後か、何十年後かは分からんがな」 そう言いながらも、その声と表情からは、あまり悔しさは感じられない。どうやら、彼の知的好奇心を満たすという目的においては、今回の一件はそれなりに「実りの多い成果」と考えているようである。 「ところで、アンドロメダ、お前に対して妙に激しい敵意を向けていたあのシャドウの少年、知り合いだったのか?」 そう問われた女魔法師風の人物は、不敵な笑みを浮かべながら答える。 「ちょっと前に、色々あったんですよ。私は革命派の人間ですが、あの時は色々と事情があって、均衡派の人々に協力してまして。詳しい事情を話すとマーシー殿に怒られそうなので、言えませんが」 ブレトランド・パンドラの四派閥は、それぞれに最終目的も異なる以上、その情報すらも共有していないことが多い。あくまでも「皇帝聖印の出現の防止」という共通目的のための「対等な同盟勢力」同士の関係にすぎないのである。 「まぁ、お前の能力は特殊だからな。色々なところで重宝されるのは分かる。私も、今回の件で革命派と楽園派の人々には、大きな借りが出来てしまった訳だが」 そう言いながら彼は、「女魔法師風の人物」と「武道館」に目を向ける。 「気にしなくていいですよ。シアンさんの技術がなければ、ウチの邪紋兵団は成り立ちませんからね。持ちつ持たれつということで」 「私は、久しぶりに『祖国の歌』が聴けた。それだけでも、満足」 二人がそう答えると、シアンは静かに頷き、そして二人と共にこの村を去って行く。 (さて、そろそろ北の姉妹も、決心がついた頃かな) (そうえいばあのボウヤ、いつの間にかいなくなってたわね) (次は、炎のファイターが聞きたい) そんな想いをそれぞれに抱えながら、それぞれの次の目的地へと向かう三人であった。 4.1. 交渉と介入 こうして、新領主セシルが誕生したことで、新生マーチ村は実質的にヴァレフールに併合された。相変わらず混沌繭と生糸が村の各地に点在する「住みにくい村」ながらも、蘇った村人達は、少しずつ復興に向けて準備を進めていく。SFCはそのままセシルを支えるためにマーチに残り、ミレーユとアイレナはロザン一座へと戻る。そして問題は、エディとスュクルである。 現状では、トーキーにはまだアントリアの軍隊が駐留している。マーチ近辺の混沌が多少なりとも除去されたことで、その周囲の地域も魔境状態ではなくなったが、それでもまだ、トーキー近辺も含めてこの地域の混沌濃度が高い。故に、これから先のトーキーの安全を重視するなら、アントリアの協力があった方が望ましいが、エディとしてはアントリアの傘下に加わりたくはない。ヴァレフール側のセシルがマーチの領主に就任した今、彼と敵対する立場となるアントリアに取り込まれることは避けたいのである。 そこで、彼はひとまず、クワイエットの領主ファルコンに対して書状を送る。彼の契約魔法師であるスュクルを「領主殺害未遂」の罪で拘束しているという旨を伝えた上で、相手の出方を見ることにしたのである。スュクルとしては、任務に失敗した自分など切り捨ててくれればいいと考えていたようだが、ファルコンからの返答は、少々意外な内容だった。 まず、ファルコンはスュクルの行為に関しては素直に謝罪した上で、その身柄の返還を要求する。その上で、トーキーに駐留している部隊については、引き続き現地の治安維持のために必要ということであればそのまま残してもいいし、不要ということであれば撤退させても良い。ただし、前者の場合はアントリアに聖印を捧げる(アントリアの国家元首代行であるマーシャルの従属騎士となる)ことを、その条件として提示してきたのである。彼等としては、ヴァレフールにマーチを制圧されたことで、いつトーキーもヴァレフールの手に落ちるか分からない状態となった以上、混沌災害との戦いに力を割かざるを得なくなることを覚悟した上で、一刻も早くトーキーをその勢力下に組み入れるべきという判断に至ったようである。 これに対してエディは、ファルコンにとってスュクルが「切り捨てられない存在」であると察したこともあってか、強気の返信を返す。エディは書簡を通じて、あくまでもアントリアに聖印を捧げるつもりはなく、ヴァレフールにも組しない「中立勢力」としての道を貫くと主張した上で、スュクルの返還の条件として、トーキー近辺の混沌浄化のために駐留軍に協力させることを要求したのである。これは「トーキーにとって、かなり都合の良い条件」であり、アントリアが素直に受け入れるとは考えにくかったが、エディとしては、スュクルの身柄が自分の手元にある以上、彼等も安易に交渉を打ち切って強硬手段に出ることはないだろう、と判断したようである。 こうして、両者の意見が衝突しつつ、しかしアントリア側も今のところ強硬手段には出る気配はないという微妙な均衡関係において、両者の調停を申し出る者が現れた。山岳街道の西側に出現した新興国家、グリースである。 マーチの戦いの後、グリースに帰国したコーネリアスは、事の次第を主君であるグリース子爵ゲオルグに伝えると、ゲオルグは仲介使節として、(コーネリアスを案内役とした上で)契約魔法師のヒュース・メレテス(下図)をトーキーへと派遣したのである。彼は子爵の代理として、以下のような仲介案を両陣営に対して提示した。 「現状、アントリアにとって『トーキー村がヴァレフールの傘下に入ること』が脅威であるならば、第三国である我々グリースが、アントリアの代わりにトーキー村を暫定統治下に置いて管理する、というのはいかがでしょう?」 つまり、(マーチを挟んで飛び地的な位置付けになるが)この地をひとまずグリース領とすることで、ヴァレフール軍によるこの地への介入を防ぐ、という提案である。 確かに、それならばトーキーを完全中立(孤立)状態のまま放置するよりは、結果的にヴァレフールの介入を防ぎやすい立場となるし、アントリアとしても余計な兵力をトーキーに裂かずに済む。現状、ヴァレフールとグリースは比較的友好関係にあると言われてはいるが、現在交渉役として派遣されているヒュースは、アントリアの次席魔法師クリスティーナの義弟であり(この点が、今回の交渉役としてヒュースが選ばれた理由の一つでもある)、現状ではアントリアに対しても、少なくとも表面上は敵対的な姿勢は取っていない。従って、この中間地点をグリースが支配することになれば、結果的に両者の間の新たな「緩衝地帯」として機能することになるだろう。 本来ならば、軍事的に優勢なアントリアとしては、このような緩衝地帯はむしろ邪魔だと考えていただろうが、マーチを支配することになったヴァレフール側の新領主であるセシルが「得体の知れない強力な投影体」を傘下に加えたことで軍略的な立場は逆転し、今はむしろ、アントリアの方が「ヴァレフールからの山岳街道経由の奇襲攻撃」を防がなければならない状態になっている(もっとも、ケイのヴァレフール軍も今回の戦いで相当な痛手を被っているので、当分はその心配も無さそうではあるが)。今のこの状況であれば、確かに、グリースの介入はアントリア側にとっても悪くない展開である。 その上で、ヒュースはエディに対して、トーキー近辺の混沌の浄化に対しては、アントリアによる駐留軍に代わってグリースが全面的に協力し、そのための人員や物資は、グリースの首都であるラキシスとマーチの間に存在していた旧街道を再建した上で、マーチ経由でラキシスから派遣する、という案を提示する。エディとセシルの関係を考えれば、マーチの領主であるセシルがこれに反対するとも考え難いため、エディとしてはすぐにでもこの案に乗りたいところであったが、ここでヒュースが一つ、「見返り」としての条件を提示する。 「コーネリアスがこの地で出会ったという、パンドラの『女性の姿をした魔法師』の捕縛に協力してもらいたいのです。出来る限りその者の情報を集めた上で、もしこの地にその者が現れたら、すぐさま捕獲、それが無理なら、尾行してその本拠地を突き止めてほしい。それが条件です」 正直、エディとしては、その『女性の姿をした魔法師』に対しては、(結果的にセシルを立派な君主に鍛えたという意味では)これと言って恨みも敵愾心もないのだが、パンドラの一員であるという時点で、危険な存在であるということは理解しているため、ここは素直に同意する。もっとも、彼の目の前に本人が現れたところで、そう易々と捕縛すも尾行も出来ないとは思うが。 ちなみに、ヒュース曰く、その魔法師の名は「アンドロメダ」。現在、グリースに仕えている植物学者エスメラルダの、双子の「弟」である(詳細は「ブレトランド戦記」第7話参照)。 4.2. 外交官と将軍 こうして、アントリア・トーキー・グリースの三勢力の合意の下で、トーキーに駐留していたアントリア軍は撤退し、スュクルも解放されたことで、彼等と共にクワイエットへと帰還した。 「今回の作戦の失敗は、私の不肖の致す限りです。どうぞ、ご自由にご処断下さいませ」 主君であるファルコンと再会したスュクルは、開口一番に淡々とそう告げる。山岳街道と巨大蛾をアントリアの支配下に置く筈が、逆にどちらもヴァレフールに奪われてしまったこの現状に対して、スュクルとしては何ら言い訳出来る心境ではなかった。 「いや、今回は俺の見通しが甘かったことが原因だ。トーキーの領主を殺そうとしたのも、お前としては良かれと思ってやったことだろうしな」 ファルコンはそう言って、スュクルのことを全面的に擁護する。実際、客観的に見ても、中途半端な情報に基づいてスュクルと僅かな護衛兵のみで派遣したのは、明らかにファルコンの判断ミスである。いっそ、迅速に大軍を動かしてトーキーを占領し、双子を強引に手中に収めていれば、パンドラに対してもヴァレフールに対しても、もっと幅広い選択肢が可能だったであろう(とはいえ、あの状況ではそこまで決断出来るだけの情報が無かったことも事実であるが)。 そして、結果的に言えばスュクルがいたことで、ケイのヴァレフール軍は大打撃を被ることになった。更に言えば(これはあくまでも仮説レベルの話だが)、彼のあの「裏切りの一手」が無ければ、もしかしたら混沌蛾の羽化は成功し、より強大な力をヴァレフール側が手にしていたかもしれない。あの状況下において、スュクルはアントリアの臣として、選ぶべき最良手を選んだというのが、ファルコンの評価である。 「それに、グリースという第三国が介入することになったのも、これはこれで悪くはない。あのゲオルグという男は、何を考えているか分からないが、だからこそ、今後の情勢次第ではヴァレフールとグリースの間で戦端が開かれる可能性もあるしな。しばらくは、奴の出方を見ることにしよう」 その上で、最大の問題は巨大蛾であるが、これについては現状、次の「歌姫」が現れないように気を配るしかない。スュクルとしては、それらしき人物が現れ次第、すみやかにその者を手中に収めておく必要があるだろう。これから先は、そのための情報収集もスュクルの重要な任務の一つとなる。 今回の「失敗」を糧に、次こそは主君の役に立てるよう、粉骨砕身の努力を惜しまぬことを誓いつつ、明日からは、自分の不在時にたまっている諸々の雑務をこなすため、まずは静かに自室で休息を取るスュクルであった。 4.3. 姉妹と座長 一方、そんなクワイエットの城下町にて、ミレーユとアイレナはロザン一座と再合流していた。座長達に黙って勝手に魔境へと向かった二人は、深々と頭を下げてロザンに謝罪する。厳しく叱責されることを覚悟していた二人であったが、意外にもロザンの口調は穏やかであった。 「まぁ、仕方がない。お前達も、故郷を目の前にして、自分達が何とかしたかったのは分かる。だが、結局、その巨大蛾の幼虫は、お前達の歌には反応しなかったのだろう?」 「えぇ……」 「それは、なぜだと思う?」 実際のところ、それは二人にも分からない。前述の通り、様々な可能性が考えられるが、そのどれも決め手に欠ける。それ故に、二人共どう答えれば良いのか分からない。困った表情を浮かべる二人を前にして、ロザンはため息をつきながら再び口を開く。 「それが分からないのであれば、これからどうすれば良いかも分からんな。ただ、一つ気になることがある。今まで、その唄を通じて巨大蛾の羽化を試みた者達は皆、歌い切る前に混沌に取り込まれて暴走してしまったのだろう? しかし、お前達は混沌に取り込まれないまま、最後まで歌い切ることが出来た。ということは……、もしかしたら巨大蛾は、途中から、お前達の歌に同調するのを拒否したのではないか?」 「拒否?」 「そう、あくまでも俺の勝手な推論だが、巨大蛾はその羽化の途中の段階で、このまま続ければお前達の身体が混沌に取り込まれてしまうと考えて、途中からはお前達と心を同調させることを自ら放棄していたのではないか、と考えることも出来るだろう」 ロザンは君主でも魔法師でも邪紋使いでも投影体でもない。純粋なただの一般人である。混沌や投影体に関する学問をどこかで学んだ訳でもない。だが、このブレトランドだけでなく、世界各地を旅して回り、様々な人々と触れ合ってきた彼は、世界中の神話・伝承にも通じている。それらの情報に基づいた上での完全な「何の根拠もない妄想」であると断った上で、彼は自身の仮説を提示した。 「もしかしたら、巨大蛾は、お前達を殺したくなかったのかもしれない。お前達の中に眠る可能性を本能的に察知して、今ここで無理をさせるよりも、もう少しお前達が力をつけた上で再度自分の羽化に挑戦してほしい、と考えていたのかもしれん」 だが、実際には巨大蛾ことバス・クレフは彼女達に何も言っていないし、そもそもなぜ失敗したのかについても、彼自身が分かっていなかった様子である。ただ、団長の言う通り、自分達が命を落とさずに済んだのは巨大蛾のおかげかもしれないし、そうでなくても、結果的に歌い終わった後も生き残っているというだけでも、過去の挑戦者達よりも一歩進んだ到達点に達していると解釈することも出来る(実際、幼虫体としては最高の段階まで成長したと、バス・クレフ自身が言っていた)。そして、生きているからこそ、歌の実力を磨いた上でもう一度再挑戦することも、確かに可能である。 「だから、もし次に、お前達の中で『今度こそ羽化出来る』という自信がついた時は、俺達がお前達をマーチに連れていく。どうせ、放っておいても勝手に行くだろう? それくらいなら、それまでの道中、俺達がお前達を守る」 「ありがとうございます。その時は、よろしくお願いします」 ミレーヌがそう言うと、二人は改めて深々と頭を下げる。実際のところ、現状ではそこまで巨大蛾を羽化させる必要に迫られている訳ではない。ただ、今後、更に強力な投影体や混沌災害が発生した時には、その力が必要となることもあるかもしれない。 その時に、彼女達に再挑戦する機会が訪れるのかどうかは分からない。だが、いずれにせよ、今の彼女達がやるべきことは、歌い続けることだけである。今回の件で迷惑をかけた分、今まで以上に一座のために歌い続けよう、とミレーユが決意を固める一方で、アイレナは、姉の「虫嫌い」を克服させるにはどうしたら良いか、ということを密かに考え始めていたのであった。 4.4. 玩具と持ち主 そんな彼女達の故郷であるマーチ村では、7年ぶりに蘇った村人達の手で、着々と復興作業が進みつつあった。村の各地に生糸が張り巡らされ、混沌繭が存在するという、なんとも奇怪な村ではあったが、逆にその生糸の存在を前提とした上での街造りをすればいい、という逆転の発想で、新しい村の家並みを設計していったのである。無論、10歳のセシルにそこまでの計画が立てられる筈もなく、実質的には先代領主の側近だった人々が中心となって、積極的に彼を補佐しつつ、新体制を築き上げていった。 ちなみに、このような形で息子が想定外の早さで自立していくことに対して、父であるケイの領主ガスコインは困惑していたが、ひとまず現状においては、ケイの建築技師や土木工事職人を派遣することで、それを積極的に支援する、という方針を選んだ。出来ることならば、巨大蛾という危険な存在を、まだ幼い息子に預けておきたくはなかったのだが、現実問題としてマーチの領主の血を引いている者はヴァレフールにはセシルしかいない。仮にガスコインがセシルの従属聖印を取り上げたとしても、巨大蛾はガスコインのことを新たな主人とは認めず、かえって暴走状態に陥る危険性もある、というのが、ガスコインの契約魔法師の判断であったため、今のところは息子にそのまま委ねるしか無かったのである。 こうして、周囲の人々のサポートによって、どうにか領主としての責務をこなしていた彼であったが、村をまとめる者として、どのような方向性を示せば良いのか分からないという、新たな悩みも抱えていた。 「セシル様、そんな時はコレです」 そう言ってSFCは「シムシティ」を取り出す。もっとも、異界における街造りを題材としたこのソフトが、この世界の村造りを考える上で、どこまで参考になるかは分からないが。 「これを通じてシミュレーションして、擬似経験を積んでから、実際の村造りに挑戦していきましょう。そのためにも、これから先も、私で遊んで下さい」 「うん、そうだね。ところでSFC、一つ聞きたいんだけど、今の僕は、誰かの役に立ってるかな?」 「それはもう、誰が見ても役に立ってます。私の誇り高いマスターです」 「じゃあ、もう一つ。SFCは、僕のことを必要としてくれてる?」 「もちろんです! というか、ここまで私で遊んでくれる人は、あなたが初めてです! これから先も、一生ついていきます!」 こうして、弱冠10歳の新領主セシルは、部下にして親友であるSFCと共に、新たな一歩を踏み出していく。これから先、いずれは契約魔法師を迎えることになるだろうし、他にも多くの家臣をその傘下に加えていくことになるだろう。しかし、彼女以上に自分のことを想ってくれる存在は、これから先も現れることはないだろう、と彼は確信していた。玩具とその持ち主という、なんとも奇妙なこの二人の関係は、これから先もまだまだ続いていくことになるのである。 4.5. 領主と魔法師 そして、ひとまずグリースの傘下に入ることを決意したエディは、定期的にラキシスから派遣されてくるヒュースとの間に、強固な信頼関係を築きつつあった。マーチでの戦いにおいて、仲間であった筈のスュクルに背中から撃たれたことで、当初は魔法師に対して警戒心を強めつつあった彼も、根が真面目で裏表のない性格のヒュースのことは、素直に信用することが出来ていたようである。 「ところで、エディ殿、あなたには今、契約魔法師がいないようですが、もしよろしければ、私が学院時代の後輩を、誰か紹介しましょうか?」 ヒュースはそう提案する。彼は名門メレテス家の出身であり、その後輩(義弟・義妹)ということであれば、優秀な人材の宝庫である。 「ヒュース殿の紹介ということであれば、ぜひともお願いしたいです」 「ちなみに、どういった人材をお望みですか?」 エーラムの魔法師の中にも、様々な系統の者達がいる。スュクルのような時空魔法師もいれば、ヒュースのような召喚魔法師もいる。あるいは、性格や人間性という点も、領主との相性を考える上では重要だろう。 「そうですね……、特にこれといって希望はないのですが……、まともな友好関係を築ける人がいいです」 やはり今回の一件を通じて、スュクルのようなタイプの魔法師に対しては苦手意識を持ってしまったようである。その辺りの詳しい事情を知らないヒュースであったが、ひとまずエディと仲良くやっていけそうな人物を、彼の記憶の中からリストアップし始める。無論、彼が斡旋したところで、実際に赴任してくれるためには、魔法師本人の同意も必要なのであるが。 そして、そんなやりとりを交わしつつ、領主の館に帰ったエディには、セシルからの手紙が届いていた。さっそく開いてみると、そこに書かれていたのは、マーチの彼の邸宅での「三國志の対戦プレイ」への招待状である。それがどんなゲームなのかはよく分からなかったが、ひとまず彼は「領主としての勉強も一緒にしような」と但し書きを加えた上で、その誘いに応じる旨を手紙で伝える。これから先も、従兄弟として、領主の先輩として、セシルを支えていかなければならない、と改めて決意するエディであった。 ちなみに、これから数ヶ月後、このエディとセシルの元に、それぞれ新たな契約魔法師が派遣されることになる。それがどんな魔法師達なのか、そしてその二人を招いた両村の合同親睦会でどんなゲームが遊ばれることになるのか、そのことを知る者は、この時点ではまだ誰もいなかった。 【ブレトランドの英霊】第6話(BS14)「炎のさだめ」 グランクレスト@Y武