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目次 カルラ略歴 人物 ステータス カルラ __ ,。…-、.. Y⌒Y ,ィ゚⌒ヾ、r ヽ‐、 乂_乂 ,ィ⌒ヽ、, ,⌒ ` '´ ヽ、__,イ / ̄/ / Y `ー、ミ /三ミ7 ,ふ i , i i ヽ 、 \ ヽト、ふふぅ、 /三ミ/,イ,ヘて ,イ | ,ィ i i i ム, ヽヽ〈 ̄ ̄`ヽ ,/三=ヲ/ {_う、| レi_レ'リ_ヾ、iィ豺i 、 i ir‐、f⌒ir‐、〈 _⊂彡'-ヘヽ 廴. ! |、ィ豺ァ 、¨ ノリトリし'ノ(__ノイ /`) ,イ-‐{{ □ ‐'゚´ 从 ゚,. ゚ .ミ、¨ _ イ从リノ-、_,ゝ‐'ゝ' f‐ェァ圦_ / __( ム ゚ .ヘ`_‐- 'ノ ノ }ゝ―' ゝ、_/` ( ノ~゚ ヽ、_二彡'´ ノ{{}}‐-`ヽ、、 /三ミ/ ___f⌒´ r‐' /i } }ォr―‐'´ `((ニ)) 寸、 __/三ミ/ __( レ r‐' /圭{ i i ヽヽ \ `ヽ i ム 〈`ー-≦_ ( i ` r‐' /圭ミム j j } } \ i ,゚ 〉. / ≧=r、/ ( i,' r' (圭圭ミム、 /, ' /∨ ヽ _ノ // ,' / ( 、i ´ マ圭圭// /ヽ ヽ、 ,゚´j / , ' / 〉 、 く , マ_,イ_/ィァ‐く `ヽ、\ , ゚ /-‐'⌒ァ――r―- 。 _, ' / ゞ、 '-、ノ' ,イノ _彡/ / ゝ、ヽ、_ ヽ ヽ¨、r' / ii ヽ二ニ} ヽ / `ーr'三彡' , ゚ _{ / `ー'´乏`ー‐<_/ j jニニ} ゚ . / γヽ ヾミ、 ,イ , ゚ { ii ` ̄ ̄` \__ ノ ,' /ニニj }′ i { , ゚ / マ ヽ ヽ / /――'―┬ ' , ゚ マ ム、 __ 。 ゚ , ゚ マ ヽ_ \ ヽ // / / / / / j}(―‐‐ ゚ ゞミ  ̄ _ 。 ゚ |ヽ、 `ー―-=、_ iiヽ ¨/ ̄ ̄ ̄ ̄´ヾ〉 ` ̄ ̄´ |二≧=‐-=、__`ー' i´ V |二二二二二二/`ヽ、j |二二二二二ニ/ |ニニニニニニ/ | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄7 ! ,' / / ト、/ ヽ ノ { く / 略歴 中漢末期~後漢期の人物。 皇帝銀が常に傍に置いたと言い伝えられる近衛であり、武人としの力量は銀に仕えた多くの英傑達の中でも目を見張るモノがあったとされる。 美皇帝の重用により数多くの記録にその名を残すが、銀に登用される前の前半生は全くの不明であり、その知名度と反して謎に包まれた出自を持った人物である。 カルラ、という当時の中華の人名としては奇異な名付けは、迦楼羅、あるいはガルダを強く連想する為、仏教あるいはインドにルーツを持つとする学説は根強く、 中華ではない西のシルクロードの何れかの国出身とする研究が最有力視される。 この他、民間に流布する伝説として仙女とよばれる美皇帝銀がその秘術を用いて生み出した人造人間だという説話は各地に広く残っており 当時の仙人信仰を研究する上で、重要な資料となっている。 人物 栄えある宝具人間第一号 銀の守護者。 能力は主の守護に全力で振っており、直接戦闘力に欠ける銀の盾となる仕様である。 ステータス 筋力 耐久 敏捷 魔力 属性 A A+ A B 保有スキル 聖壁の主:A+++ 耐久の値と同じ対魔力を得る戦闘時耐久をこのスキルと同ランクとして扱うまた、同ランクの魔力防御を得る 完全なる人工生命:B 精神異常無効、即死無効戦闘時、耐久と同ランクの戦闘続行を得る 日ノ本の二重剣:A+ 戦闘時、筋力の値を魔力と同じにすることができるまた、魔力・筋力による勝利を30%に変更する 魔力防御:A+++ 魔力+3ランクまでの耐久上昇を行えるA+++であれば、マスター、防具、形のないものなどにも付与可能 戦闘続行:A+ 戦闘敗北時、1回目の死亡判定が消滅するまた、敗北時もう一度戦闘をやり直すことが可能
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さて、今現在俺はとある病院のベッドに寝ている。 左腕と左足はガッチリとギプスで固められており、当たり前だが全く動かせない。ある意味左半身不随である。 と、ここまで表現すればもう俺が左腕と左足の骨を折ってしまったということは理解していただけるだろう。 とりあえずここまでの経緯を簡単に説明することにする。 事の始まりはハルヒが階段で足を滑らせたことだった。 ハルヒより数段下にいた俺はハルヒの悲鳴に驚いて後ろを見た瞬間に足をすくわれ、 そしてハルヒもろとも下の階まで転がり落ち、気付けば腕と足がポッキリと逝っていたというわけさ。 そりゃまあ、怒りの感情も少しは湧き出てきたが、あのハルヒに泣いて謝られたら誰だって許さざるを得ないだろう。 ただ、ハルヒも右足を折ってしまい、同じ病院に入院している。いや、同じ病院と言うと範囲が広すぎるだろうか。 「ねぇキョン、暇なんだけど、なんかおもしろいことない?」 何故か同じ”病室”の隣りのベッドにいるわけだからな。 ~キョンとハルヒの入院生活~ 不定期保守連載始まるよー\(^o^)/ *** 「ところでさ、あたしたちが一緒の病室にいるのっておかしくない?」 そう言われてみるとそうだよな。 「男女を同じ病室に入れておくなんて普通じゃ考えられないわ。この病院PTAに目つけられるわよ」 PTAはどうか知らんが普通じゃないってのには同意見だ。とりあえずナースコールでもして抗議するか。 「えっ・・・・・・ちょっちょっと待って!」 どうした?お前だって俺なんかと一緒の部屋に入ってるのは嫌だろ。 「えっと、あのー、うーんとわざわざナースコールしてまで部屋分けなくてもなーって」 じゃあ次に誰か来たら言うか。 「いやいいの!別にこのままでいいから!キョンも言うのめんどくさいでしょ」 別にめんどくさくは・・・・・・ 「だーかーら!このままでいいって言ってんの!」 結局ハルヒのよくわからない意見に強引に賛同させられることとなった。やれやれ。 キョンとハルヒの入院生活保守 *** 「きつね」「ねこ」「古泉」「人の名前もいいの?みくる」「ルーマニア」 さてハルヒが暇だ暇だとうるさいので定番のしりとりをやっているわけである。 「アジア」「アイス」「ス?・・・・・・ス・・・す・・・」 スは悩む所じゃないだろ。スイカでも酢昆布でもなんでもあるだろうに。 「す・・・・・・す・・・・・・すき・・・・・・」 あ、悪い、聞こえなかった。 「・・・・・・スキー!スキーって言ったの!」 急に大声を出されて驚いた。ハルヒ、聞き取れなかったのは悪かったが、何もそんなに怒らなくても。 「いいから早く次!」 あー、この場合キなのかイなのかどっちなんだ? 「あーもう!バカキョン!飽きた!寝る!」 いや、まだ夕方の5時なんですけど・・・・・・ キョンとハルヒの入院生活保守 *** 本当に5時から寝てしまったハルヒは案の定夜中に眠れないとか言い始めた。 そして結局またしりとりをやっているのである。もう就寝時間は過ぎてるし寝たいんだが・・・・・・ 「タンス」「スイカ」「傘」「酒」 「け」か・・・・・・うーんなんだろうな。眠いから頭がちゃんと働いていないな。 「・・・・・・そうだなハルヒ、『結婚しよう』でどうだ。」 「え?ちょっちょっとキョン、いきなりなに言うのよ!」 「本気だぞ?」 「・・・・・・」 「ほらしりとりの続きだ。『う』からな。」 「・・・・・・『うん』・・・・・・」 「『ん』が付いたぞ。俺の勝ちだ。言ったもん勝ちってとこだな」 「・・・・・・負けたわよ。キョンの優しさにね」 ・・・・・・毛糸。ほら『と』だハルヒ。・・・・・・ハルヒ? 見ると、さっきまで眠れん暇だと騒いでいた団長様がすやすやと寝息を立てているではないか。 しかもどんな夢を見ているのか知らんが、ニヤニヤと笑いつつ涙を流して寝るという曲芸を披露している。 まったく、わがままなお姫様だこと。 おやすみ、ハルヒ。 キョンとハルヒの入院生活保守 *** さっきからハルヒのベッドから聞こえてくるカチャカチャという音は、さっき古泉が持ってきた ルービックキューブの音である。確かに暇つぶしには丁度いいだろう。他人に迷惑をかけないしな。 たまには褒めてやろうじゃないか。グッジョブ古泉。 ・・・・・・まさか1時間やって1面もできないとは思わなかったが。 こりゃ相当イライラしてるな。古泉も計算外だっただろう。・・・・・・閉鎖空間が発生してないといいが。 しょうがない。実はルービックキューブを40秒で6面完成させられる俺が助け舟を出してやろう。 どうやら1面のうち8つは揃っているようだ。こうなりゃ後は簡単だな。 ハルヒ、まずはその右の面を奥に回すんだ。 「・・・・・・」 お、回した。今日はやけに素直だな。じゃあ次は前後の真ん中の奴を右に回す。 で、さっきどかした奴をそこに入れて、あとは戻せば 「できたー!!!!! キョン、ありがと!」 今一瞬ドキッとしたのはハルヒの反応が思ったのと違ったからだぞ。 間違ってもその100Wの笑顔にときめいたわけじゃないからな。 「・・・・・・ねえ、キョンってもしかしてこれ得意?」 ああ、実は得意なんだなこれが。 「・・・・・・だったらもっと早く教えてくれたっていいじゃない・・・・・・」 すまんな。また詰まったら言ってくれよ。 「今日はこれはもういいわ。なんかおもしろいことない?」 やれやれ、結局俺が話し相手になるのか。 キョンとハルヒの入院生活保守 *** 次の日、どうにか片手でルービックキューブができないだろうかと思っていると谷口がやってきた。 来なくていいのに。 「お前せっかく人が心配して来てやったというのにそれはないだろ」 冗談だ冗談。 しばらく3人で適当に世間話をした後、谷口は俺に耳打ちしてきた。 「ところでお前アッチのほうはどうなってる?」 アッチ? 「そろそろ溜まってきた頃じゃねえか?」 溜まる?ああストレスか。 別に溜まってはいない。ハルヒが相手してくれるしな。 「・・・・・・お前、今何と言った?」 いやだからハルヒが相手してくれてるから問題ない、と。 「お前らいつの間にそこまで・・・・・・しかも病院で・・・・・・ナントカ病棟みたいな名前のゲームのやりすぎじゃねえのか?」 何のことだ。 「ちょっと涼宮にも話聞くわ・・・・・・」 と、谷口は向こうのベッドに近づいた。なにやらボソボソと話しているのが聞こえる。 「はあ!?アンタバカじゃないの!?」 「あっちょっと痛い痛いちょっやめルービックキューブは痛いってやめろって角は危ないって」 ガンガンという音が生々しい。 「ちょっとバカキョン!谷口に何喋ったのよ!」 そもそも俺はたいしたことは話していない。谷口はどんな勘違いをしたんだ? ハルヒは顔真っ赤だしさ。 谷口がこぶだらけになって帰ったあと、俺はトマトのように真っ赤になって怒っているハルヒを眺めつつ、 無残にもバラバラになってしまったルービックキューブをどうやって修復しようかと考えていた。 キョンとハルヒの入院生活保守 *** 「どうもこんにちは。元気にしてるかな」 今日はなんかどっかで見たような気がする男がノートパソコンを抱えて来た。 「アンタ誰だっけ?どっかで見たことあるんだけど」 「コンピ研の新部長になった者でして」 ああ、どうりで見たことあるわけだ。なんだかんだで関わりはあったからな。 「で、コンピ研があたしたちに何の用?」 「そ、そんな怒らないでくれよ。暇してるって言うからこれを持ってきてあげたんだ」 そう言うと、新部長殿は持っていたノートパソコンを一台ずつベッドの横の棚に置いた。 「長門さん直々に頼まれちゃこっちも断れなくて。あとこの病院無線LAN付いてるらしいね、珍しい」 「有希が?ふーん・・・・・・まあ、アンタもSOS団コンピ研支部のメンバーなんだからね。 これからも団長に気を遣うようにね」 こらハルヒ、また先輩に向かってそんな態度で・・・・・・いやなんかもう本当すいません。 「いや、いいんだよ。もう慣れたからね。でも本当に素直じゃないね、君の彼女」 場の空気が凍った。 「なななななんであたしがキョンなんかの彼女なのよ!!!」 「えってっきりそうだとばかり」 「この!オタク!オタク!」 「いやオタクは否定しないけど、痛っ痛いなんだこれ!?」 それはバラバラになったルービックキューブです。片付けるのは俺です。 「こここここはひとまずたいさーん」 最後まですいません。今度謝らせます。 ハルヒもそんな顔真っ赤にして怒らなくてもいいじゃないか。 「・・・・・・バカキョン」 何がだ。 キョンとハルヒの入院生活保守 *** 今日は俺とハルヒが入院してから最初の土曜日である。自分がこんな状況にあるにも関わらず当たり前のように SOS団を招集するハルヒはどういう思考をしているのであろうか。たまにはメンバーを休ませるなり 自分も休んだりすればいいものを。 まあいいか。古泉と話したいこともあったしな。 「んーなにこれ?ウォーリーを探さないで?」 「あのキャラを探すゲームですか?やってみましょうよ」 とりあえず女子3人組をパソコンで遊ばせてる間に古泉とこっそり話すことにした。 「この状況では電話でも込み入ったことは話せませんしね。メールも危険ですし」 そうだな。さて本題だが、気になることが一つある。 「なんでしょう」 ハルヒの骨折は例の能力で治ったりしないのか? 「ああ、そのことですか。きっと彼女が望めばすぐにでも治ると思いますよ」 じゃあ何で治ってないんだ、おかしいだろう。 「理由は至極簡単なものですよ。つまり彼女はそれを望んでいないのです」 ・・・・・・もうハルヒの思考について考えるのをやめていいか?まったくついて行けん。 「いい加減にあなたにもわかっていただきたいものですね。ちなみに僕や機関のほとんどのメンバーの予想は あなたが退院すると同時に彼女も退院するというものですが、どうでしょう?」 いやどうでしょうと言われても。どこにその根拠があるのかわからん。 「まったく、あなたらs「っひゃああああああああああ!!!!!!」 突然のハルヒの悲鳴に驚きつつ女子3人組の方を見てみると、相当動揺している様子のハルヒと、 普段と変わらずポーカーフェイスの長門と、・・・・・・そんなハルヒを見て微笑んでいる朝比奈さんがいた。 「・・・・・・な、なによこれ・・・・・・」 「涼宮さんって思ったより怖がりなんですね。ふふふ」 ・・・・・・何があったんだろうか。 キョンとハルヒの入院生活保守with若干黒いみくる 「・・・・・・わたしだけセリフがなかったのでここで言う。『ウォーリーを探さないで』を見るのは危険。気をつけて」 *** 「ほら、これもおもしろそうですよー。見ましょうよー」 「いや、あのねみくるちゃん、そういうのはもういいから、ね?ギャーとか、ね?」 「じゃあ・・・・・・あ、この『信じようと、信じまいと―』っていうの面白そうですね」 「ねえ、なんかそれ怪しくない?ねえってば」 珍しくハルヒが朝比奈さんに主導権を握られている。なんだろう、日頃の復讐だろうか。 「これはちょっと・・・・・・反応に困りますね」 閉鎖空間が出なきゃいいがな。 朝比奈ミクルの復讐~Episode00はかなりの時間続き、その結果ここには相当やつれたハルヒがいる。 結局閉鎖空間が出てしまったらしい。・・・・・・今回は俺は関係ないよな? ちなみに正気に戻った朝比奈さんは謝ってそそくさと帰っていった。まあハルヒにもたまにはいい薬だろ。 その日の夜中のことである。 「ねえキョン、怖い話してあげよっか」 んー?もう俺は眠いんだが。まあ話したければ勝手に話せ。 その後ハルヒは朝比奈さんに無理矢理読ませられたと思われる数々の話を俺に聞かせた。 「どう、怖いでしょ?」 話し手が声震わせてどうする。あと俺はそういうのには耐性あるからまず効かないな。じゃ、俺は寝るぞ。 「えっ・・・・・・」 それともなんだ。まさか怖くて寝れないとかそんなんじゃないだろ? 「・・・・・・っ!そっそんなわけないでしょバカキョン!あたしも寝るから!別に構わなくてもいいからね!」 図星だったようだ。 キョンとハルヒの入院生活保守with若干黒いみくる 「・・・・・・『信じようと、信じまいと―』は怖い話が苦手な人には推奨しない。気をつけて」 *** 「すーすー」 そんなわかりやすい狸寝入りしなくても。ハルヒ、怖いなら別に無理しなくてもいいんだぞ? 返事が無い。ハルヒー、ハルヒさーん、ハールヒさーん、ハルハルー。 「・・・・・・」 ・・・・・・逃げろ!ベッドの下に刃物を持った男が! 「ふぇっ!?きゃっ!!」 飛び起きた反動でハルヒはベッドから落ちてしまった。やはりあの話も読んでたか。てかやりすぎたか。 「・・・・・・誰もいないじゃないのバカキョン・・・・・・いや嘘だってのはわかってた、わかってたのよ」 ハルヒは起き上がると俺をキッと睨んだ。いや暗いから見えないんだけどこうなんというか眼光を感じるんだ。 こりゃ相当怒ってるだろう。ハルヒを怒らせると後が怖いからな・・・・・・謝っておこうか。 ハルヒ、なんというかその、スマン。 「いい」 そんな無愛想な返事しないで・・・・・・えーとハルヒさん?あなたのベッドはこっちじゃなくてあっちですよ? 「べ、別にいいじゃない、あんたは黙って寝てりゃいいのよ」 そう言うとハルヒは俺のベッドに潜りこんできた。そのため俺は反射的にハルヒの分のスペースを空けるように 左に寄ってしまった。なんとまあ流されやすいことだろう。 狭いベッドに完全に二人が乗っかった状態になると、ハルヒは向こうの方を向いてしまった。本当にハルヒの行動は よくわからんが、今俺の右手をハルヒが左手でしっかりと握っているため、もう逃げられないということだけはわかる。 俺のベッドに入ってからすぐに、ハルヒは狸寝入りではない寝息を立て始めた。 逆にこの状況だと俺が寝るに寝られないわけだが・・・・・・やれやれ。 キョンとハルヒの入院生活保守 *** 結局一睡もできなかった。 急に寝返り打って顔が近いとか寝息が顔にかかるとか抱きついてくるとか寝息がかかるとか顔が近いとかかかるとか とにかくそんな状況に置かれて冷静に寝られるほど俺は人間(男?)ができていなかったということだ。 さて朝6時。そろそろハルヒを戻さないと看護士さんが来ていろいろアレなことになるから起こそう、うん。 ハールーヒー起きろー。 「・・・・・・うん・・・・・・うーん・・・あ、おはよ」 やあおはよう。すがすがしい朝だね。俺は睡眠不足で倒れそうだよ。 「ねえねえ、んー」 何だそれは。 「おはようのキス」 夢の相手が誰かは知らんが目を覚ませ。 俺はいつかの消失騒動の時のようにハルヒの頬をつねってやった。 「むぐ・・・・・・う・・・・・・え!? きゃっ!」 ようやく起きたか。ハルヒは一度ベッドから落ちそうになったがなんとか立て直した。 「えーっと・・・・・・えー・・・あー・・・・・・なんで・・・・・・キョンの・・・・・・?」 混乱してるようだ。いや昨日お前から入ってきたんだろうが。 「嘘!?・・・・・・あー・・・・・・あー!」 思い出したか。あとそれからな、夢の中でもおはようのキスはないだろ。 「え!?え!?あたしなんか言ってた!?」 そりゃあもうな、どんな夢かは知らんが現実では俺にねだってたぞ。 「うああああああああバカバカあたしのバカ」 ハルヒは顔を真っ赤にして騒ぎながら自分のベッドに飛び込んでいった。片足折ってるのになんという機動力だろう。 とりあえず何とかハルヒを引き離すことには成功したから俺は一眠りしよう。おやすみ。 キョンとハルヒの入院生活保守 *** そして昼の12時頃俺は起きた。 「あ、キョン起きた?ところで何でそんなに寝てるの?」 いやお前が昨日俺のベッドに入ってきたからだよ。 「・・・・・・ふふーん、あたしがそばにいるからドキドキしちゃって眠れなかったんだ?」 認めたくはないがそういうことになるんじゃなかろうか。 「結構ウブなのね」 うるせーやい。てかお前も話してて顔赤くなってるじゃねえか。 「べ、別に赤くなってなんかないわよ!」 おはようのキス。 「うああああああああ」 キョンとハルヒの入院生活保守 *** 「ところでキョンってこの前のテストどんなだったっけ?」 急に俺の古傷を掘り返すようなこと言うな。特に話すことはない。 「戦わなきゃ現実と」 ・・・・・・わかったよ。8教科で*72点だ。(本人の名誉のため一部を伏せています) 「・・・・・・あんたどこの大学入るつもりなのよ・・・・・・しかもこの大切な時期なのに学校休んでるし」 休んでるのはお前が原因だろうが。 「・・・・・・ごめん・・・」 しまった、と思った時にはもう遅く、この病室内にはなんとも居心地の悪い空気が充満していた。 なんとかこの状況を打破する画期的な一言を考えようとするも、慣れてないからか全く思いつかない。 こんなとき古泉がいれば何とかしてくれるんだよな。初めてあいつを頼りたいと思ったよ。 しかし先に口を開いたのはハルヒだった。 「・・・・・・じゃあさ、きっとあたしの方が早く退院するから、そのあと毎日来てキョンに勉強教えてあげる」 え? いやいいよ、大変だろ? 「成績上げないととどこの大学にも入れないで落ちぶれちゃうわ。だからあたしが伸ばしてあげる。決まりね!」 聞いてないようだ。しかし空気は戻ったのでまあいいか。古泉がハルヒと俺の退院は同時とか言ってたしな。 次の日にはハルヒの右足は完治し、その日のうちにハルヒは退院した。なんてこったい。 キョンとハルヒの入院生活保守(ハルヒの入院は終わり) *** 今日はハルヒが学校に行ったのだろう。古泉からすぐに電話が掛かってきた。 『何かあったんですか? 機関はまるで大騒ぎですよ』 いや、一応心当たりはあるんだが・・・・・・ 『教えてください。授業が始まるまでに』 えーと、一昨日ハルヒが俺が成績悪いから退院したら勉強教えてあげるとか言ってたんだ。 『なるほど。ありがとうございます。全て納得しました』 え?納得できたのか? 『やはりあなたはわかっていないようですね。すいません時間がないので。ではまた』 切れた。・・・・・・なんだってんだもう。 キョンの入院生活保守 *** その日の夕方ハルヒは律儀にもやってきた。来なくていいのに・・・・・・とは言わないが。 「毎日来るって言ったでしょ」 そこまで俺の成績悪いことが気に入らないか? 「気に入らないっていうか・・・・・・あんたの将来を考えてあげてるのよ」 将来って、例えば? 「だから・・・・・・成績悪いとろくな大学入れないでしょ? そしたらまともな会社に就職できないじゃない? そしたら稼ぎが少なくなってあたしが――あたしじゃない、あんたの将来の嫁さんが大変じゃない」 嫁?まさか俺に嫁ぎたいなんて思ってる奴いないだろうよ。 「・・・・・・きっといるわよ、あんたを好きになる人」 そうかい、じゃあ現れるまで気長に待つとしますか。 「・・・・・・バカキョン」 はいはいバカですよー平均点*4点ですよー。 「そういうのじゃなくてね・・・・・・」 バカキョンの入院生活とハルヒのお見舞い保守 *** 「どうせあんたは忘れてるだろうから1年の内容から復習ね」 へいへい。・・・・・・えーと、シン60度「サイン」サイン60度が・・・・・・えー・・・・・・ 「・・・・・・わかんないの?」 はい。 「お母様、ハルヒは課せられた使命を遂げることができません、お許しくださいませ」 なんかほんとごめん。 その後のハルヒのスパルタ指導により俺はなんとか三角比を思い出した。 「むしろこれで*4点も取れてたことが凄いわよ」 取れてないぞ。現代文で稼いでたから数学はIIとB合わせて2*点だったな。 「・・・・・・あたしが養うしかないのかなぁ・・・・・・」 バカキョン(学力的な意味で)の入院生活とハルヒの熱血指導保守 *** さらに2時間にも及ぶマンツーマン(男女間でもこれでいいのか?)レッスンにより、何とか中学卒業レベルの 数学を思い出すことができた。これだけ頭使ったのは受験シーズン以来だぜ。 ・・・・・・ってハルヒ、何やってるんだ。 「ギプスに落書きしてんの。定番でしょ」 見ると、よくわからん絵やらSOS団エンブレムやら「私はバカです」やら「平均点*4点」やら書いてある。やめろ。 「足の裏にも書いてあげる。見えないでしょ?」 見えないな。てかやめろ。 「よしっと。じゃ、あたし帰るからね。明日も来るから覚悟しときなさい!」 完全に聞く耳持たずモードに突入した団長様は嵐が過ぎ去るかのように去っていった。やれやれ。 なぜかその後谷口が来た。来なくていいのに。 「その性格何とかしろよお前」 悪い。昔からなんだ。 「とにかく俺はお前らがあれだけ一緒にいたのに少しも進展してなかったのが気になって・・・・・・」 谷口はさっきハルヒが何かを描いたであろう足の裏を見て固まった。 「・・・・・・なんだよしっかり進んでるじゃねえか。あー心配して損したぜ。お前ももう少し鈍感じゃなければな」 何の話だ。お前よりは鈍感じゃないだろう。 「いや、確実にお前の方が鈍感だ。神に誓ってな。俺は気付いてるがお前は気付いてないのが立派な証拠だ」 そう言うとその絵を携帯で撮って帰っていった。あ、病院なのに携帯オフにしてないじゃんあいつ。 ・・・・・・気付く気付かないって、一体何の話だ? そのあと看護士さんにもやたらニコニコされるし、ハルヒは一体何を描いたんだろう。 キョンの入院生活とハルヒの見舞いwith谷口保守 *** 「おはよう、キョンの様子どうだった?」 「どうだったも何も、これ見てくれよ。きっと涼宮が描いたんだ」 「・・・・・・確実に進展してるんじゃない?これ」 「そう思うだろ?でもキョンの野郎が鈍すぎて結局何も進んでないんだよな」 「涼宮さんもかわいそうだね」 「なーに、そのうち涼宮が折れるさ」 「そしたらくっつくね」 「ああああああああうぜええええええええええええ」 「落ち着きなよ谷口にもいつか春は来るよ正直同意見だけど」 キョンの入院生活とハルヒの見舞い保守~谷口と国木田編~ *** 「ハルヒちゃん、今日もキョンくんのお見舞い?」 「あ、はい、あのバカキョンに勉強教えてやらないといけなくて」 「女の勘だけど、きっとあの子にはハッキリ言ってあげないとわかってくれないと思うのよ。 遠まわしに言っても伝わらないというか」 「え?」 「こんなにかわいいんだからもっと自信を持って言っちゃいなさい。はい、ファイト!」 「あっ、えっ?は、はい」 ハルヒは病室に入ってくるなり、足の裏の絵?を黒く塗りつぶし始めた。 「そうよねー、看護婦さんは普通に見れるわよねー、不覚だったわ」 何かぶつぶつ言っている。確かに見てたぞ。そのあと俺の顔を見てニコニコしてたが。あと今は看護士な。 なぜか学校でハルヒにボコボコにされる谷口、という情景が浮かんできたので谷口のことは言わないでおこう。 それくらい人を労わる気持ちは俺にもあるのさ。前回も俺の勘違い?のせいでボコボコだったしな。 「自信を持って・・・・・・自信・・・・・・」 まだ何か言っている。気色悪いぞ。 「キョン」 と思っていた矢先、ハルヒは意を決したように俺の方を向いた。 何だ。 「んー・・・・・・うー・・・・・・」 だんだん顔が赤くなってきた。熱でもあるのだろうか。 「ああダメ!言えない!言えないって!」 何が言えないのかは知らんがそこはもうお前のベッドじゃないんだから暴れるのはよしなさい。 キョンの入院生活とハルヒの見舞い保守 *** 「じゃあ今日は古典ね。予習してた?」 全然。 「ペナルティで一発ビンタね」 聞いてないぞ。 ハルヒが腕を振り上げたので俺は思わず目を閉じた。 叩かれると思ったがいつまで経っても打撃がこない。目を開けてみると顔の横数cmのところで手が止まっている。 「・・・・・・手が動かない」 はい? 「叩けない」 ・・・・・・お前らしくないぞ?コンピ研の部長にドロップキック食らわしたお前はどこ行った? 「っ・・・・・・もういいわ!古典古典!」 何だったんだ。 キョンの入院生活とハルヒの見舞い保守 *** 「そうね、この小テストで高得点出したらご褒美あげるとかしたらあんたもやる気出るかしらね」 出るかもな。 「えーと・・・・・・じゃあ8割以上であたしがほっぺにキ、キスしてあげるとか!」 じゃあそれで頼む。 「えっ!?ちょっと・・・・・・いいの?じゃなくて、突っ込みなさいよ!」 あいにく今は突っ込む気力が無い。というか自分の冗談で自分で照れるな。 「いやだってまさか肯定されるなんて・・・・・・」 それにどうせ8割なんて取れるわけないんだから変わらん。 「・・・・・・じゃあ3割以下で罰ゲームでキス・・・・・・」 うん、まあそれならほぼ確実だろうが・・・・・・なんかお前にメリットあるか? 「・・・いやだから突っ込みなさいよ・・・・・・」 だから照れるなら言うなって。 キョンの入院生活とハルヒの見舞い保守 *** 「涼宮!キョンが大変だ!」 「えっ!?本当!?」 「今電話が掛かってきて・・・・・・容態が急変してちゅうちゅ、集中治療室に運び込まれたって」 「・・・・・・あたし行ってくる!」 「え?あ、ちょっと」 「どうしよう国木田、涼宮の奴冗談本気にして授業ほっぽらかして行っちゃったぜ」 「流石に言って良い冗談と悪い冗談があると思うよ。噛んでたし」 「キョンにメールしとかないとな・・・・・・」 キョンの入院生活とハルヒの見舞いと谷口氏ね保守 *** ん?谷口からメールだ。 『今から行く奴に「全部冗談だった」と伝えてくれ(^o^)/~~ 後は頼んだm(_ _)m 俺の命はお前に懸かっている(^ー゚)b』 顔文字がうざい。 「キョン!!!・・・・・・え?え?」 うわビックリした。ってハルヒ、授業はどうしたんだ。 「え・・・・・・だって容態が・・・集中治療室・・・・・・って谷口が・・・」 ああ、そういうことか。とりあえずこのメールを見てくれ。顔文字うざいが。 「・・・・・・冗談・・・・・・はあぁ」 するとハルヒは俺のベッドに力が抜けたようにもたれてしまった。 「わざわざこの寒い中この格好のまま走ってきたのに・・・・・・授業もサボっちゃったし」 そりゃご苦労さんだったな。でも俺を心配してくれてたってことだろ?ありがとうな。 「・・・・・・でも逆に嘘で良かったわ。本当にキョンが死にかけてたら大変だし」 そうそう、お前はそういう前向きな考えが似合ってるぞ。ところで授業はいいのか? 「・・・もう学校に帰るわ。あたしが大学行けなくなったら本末転倒だしね。谷口もボコボコにしてやらないと」 あ、ごめん谷口。お前の命守れそうにないや。自業自得だけど。 「・・・・・・キョンは急にいなくなったりしないわよね」 帰り際にこんなことをを訊いてきた。 まあ、そう簡単にぽっくり逝ったりはしないだろうよ。俺みたいな幸の薄い人間は長生きするものさ。 「・・・・・・そうよね、ありがと。また学校が終わったら来るわ」 キョンの入院生活とハルヒの見舞い保守 *** 「こぉんのバカ!!!」 「うおわっ!!」 「あんたのせいで授業サボっちゃったじゃないの!!」 「いやだっていくらキョンが重体でも授業を抜けるのはないだろうよ」 榊「いや、あの状況は行くだろ」 阪中「行くのね」 由良「行きますよね」 山根「行くだろ・・・・・・常識的に考えて」 ~中略~ 岡部「あれは行かない方がおかしい」 「29対1で谷口の負けだね」 「というわけで責任持ってボコボコになりなさい」 「アッー!」 自業自得谷口保守 *** さて、と。今日は物理だったか?少しは予習しておかないと。 ・・・・・・点数が悪かったときのハルヒのこれ以上ないくらいの悲しそうな顔を見たくないしな。 なぜ俺のためにそんな悲しむのかはわからんが。 「キョン!ちゃんと予習して・・・・・・してる・・・・・・?」 なんだそのUFOを見るような目は。俺が勉強してるのがそんなに珍しいか。 「も、もちろんいいことよ。やる気出してくれたみたいでうれしいわ!じゃ、小テストね」 「予習しても結局これなのね」 お許しください団長様。 「こんなんでT大行けると思ってるの?」 いや行けませ・・・・・・T大?T大と言ったか?俺にそんな大学行けるわけが・・・・・・ 「あたしが行くんだからあんたも行くのよ!そうじゃなきゃSOS団がバラバラになっちゃうじゃない!」 お前T大行く気だったのか。いやそれでも俺は無理だし朝比奈さんは・・・・・・ 「あら、みくるちゃんもT大行くのよ。鶴屋さんと一緒に」 マジですか。 「マジよ」 そういや最近来ないことが多かったような・・・・・・長門はまあいいとしてやはり古泉も? 「そうよ」 あれ?もしかしてSOS団って勤勉クラブ? キョンの入院生活とハルヒの見舞い保守 *** そういや明日には腕のギプス取れるってさ。 「ほんと!?良かったじゃない!」 この調子で行けばもうじき退院できるだろ。 「・・・・・・ごめんねキョン、あたしのせいで・・・・・・」 だからそれはもう十分謝ってもらったからいいって。それよりも俺は元気なハルヒが見たい。 「え?」 おっと、要らないことまで口走ってしまった。気にするな、お前はいつでも十分輝いてるからそれでいい。 「え?え?」 あれ?何で俺こんなことを? 今日のテンションはなんかおかしいな。何だろう、T大のショックか? 「わかったわ!これからもずっと責任持って輝いてあげるから感謝しなさい!」 まあ、ハルヒの機嫌がいいみたいだし何でもいいか。 キョンの入院生活もそろそろ終わり保守(ぶっちゃけ骨折がどのくらいで治るのかわからない) *** 「・・・・・・」 久々にハルヒはルービックキューブを回している。とは言っても完成させるためではなく、ひたすら崩すためだ。 俺の両手が自由になったから実力を見せろ、ということらしい。 いくらやっても大して違いは無いのに、ハルヒはこれでもかと言うくらい崩している。まあ、満足するまでやればいいさ。 「・・・・・・もういいかしらね」 はいはいっと。 「5分でできたら褒めてあげるわ」 そりゃまた結構な余裕があるな。はいスタート。 はい完成。今日は調子良かった。 「はやっ! 32秒って・・・・・・」 世界レベルだと10秒台とかザラだぞ。 「1面に苦労してたあたしって一体・・・・・・」 それより褒めてくれないのか? 「え?あー、うん、えーっとね・・・・・・」 どうやら5分でできるわけがないと思っていたらしく、褒め言葉を賢明に探しているようだ。 「・・・・・・うーん、惚れそうになった?・・・・・・違う違う違う!」 勝手に一人突っ込みを始めた。ルービックキューブで惚れられてもねえ。 「ま、まああんたにしては上出来じゃない!?」 そんなもんだろうと思ったよ。 キョンの入院生活とハルヒの見舞い保守 *** 「・・・・・・へっくし!・・・・・・うー」 おいどうした?風邪か? 「昨日のアレで体冷しちゃって・・・・・・スカートがこんな短いのが悪いのよ」 最近寒いもんな。しかし女子は大変だよな、こんな寒いのにスカート穿かなくちゃいけないし。 「女は辛いのよ。というわけで布団を貸しなさい。足が冷えてるの」 嫌だ。俺だって寒い。 「じゃあこ、こっちから行くわよ」 そう言うとハルヒはいつかのように勝手にベッドに潜りこんできた。またか・・・・・・ その瞬間である。 「キョンくーん、おみまいだよー!あっハルにゃん!」 「あ」 あ。 「い、妹ちゃん!これはね?違うの、だからね?寒かっただけなのよ!わかる?寒くてね」 「あたしもはいるー!」 言うまでも無く俺は妹のボディプレスを食らった。 現在俺のベッドは3人がひしめくというなんとも定員オーバーな状況にある。 実際妹だけで良かった。親も来てたら何言われるかわからないしな。 「ねえハルにゃんはリンゴのかわむけるー?」 「もちろんよ。女ならできなくちゃダメよ」 「やってやってー」 ハルヒの皮むきは相当上手かった。きっといい嫁さんになれるよ。 「なんとなく素直に喜べないのよね」 なんでだよ。 キョンの入院生活とハルヒと妹の見舞い保守 *** そんなこんなありつつもようやく足のギプスを外して退院できる日がやってきた。 それにしてもあの電動ノコギリは怖いな。いつかテレビで新型のカッターが開発されたとか見たが・・・・・・ 足の裏の絵の解読を試みるもしっかりと塗りつぶされていて無理だった。永遠の謎となったか。 「キョン!退院おめでと!」 お、迎えにきてくれたのか。ありがとな。 「さ、行くわよ」 どこにだ。 「学校よ、学校。今日もSOS団の活動はあるのよ!」 まさかこの病み上がりの身体であの坂を登れと? 「いいから文句言わずについてきなさい!」 やれやれ。 キョンの退院とハルヒのお迎え保守 *** 入院で衰えた足で坂を登るのは流石に堪えたが、なんとか部室まで這ってたどり着いた。 「はい、入りなさい!」 勧められるがままに俺はドアを開けた。そこで俺が見たものとは! 「「「「「退院おめでとー!!」」」」」 華やかに装飾された部室と団員三人、名誉顧問になぜか俺の妹、そしてクラッカー。 これは・・・・・・? 「はい!主役も来たことだし、『ハルにゃんキョンくん退院記念”ラブラブ”パーティー』を始めるよっ!」 「えっ!?ちょっと鶴屋さん、あたしラブラブなんて入れてないわよ!?」 「いーのいーの気にしない!ちょっとの遊び心は必要にょろよ?」 どうやら俺たちのためにパーティーを開いてくれたらしい。なんて皆優しいんだろう。 手書きの看板を良く見るとパーティーの前に赤ペンで小さくラブラブと書いてある。きっと鶴屋さんだろうな。 キョンとハルヒの退院パーティー保守 *** 「じゃあ僭越ながらあたしが乾杯の音頭を取らせていただくにょろ! ハルにゃんキョンくん、お見舞いにいけなくてホントごめんね!受験近くてちょっと忙しくてさー」 なんてったってT大ですもんね。 「ありゃ?知ってたのかい?そうなんだよねえ。しかもみくるもだよ?イメージと違うよね! おっと話がずれちゃったにょろ。ま、あたしが行けなくても毎日二人でお楽しみだったみたいだったからねー。 で、どこまで行っちゃったのかな?」 「つ、鶴屋さん、あたしとキョンは別になにも・・・・・・」 「おんやー?そいつはもったいないねえ。若い男女が一つの部屋にしかもベッドまで用意されてたってのに。 おっとまた脱線。まあとにかく、ハルにゃんとキョンくんの全快を祝いまして、かんぱーい!!」 「「「「「「かんぱーい!!」」」」」」 おいどうしたハルヒ、酒も入ってないのに真っ赤だぞ。 「う、うるさい!気にしなくていいのよ!」 キョンとハルヒの退院パーティー保守 *** 「涼宮さん、ちょっといいですか?」 「なに?みくるちゃん」 「素直に好きと 言えない君も 勇気を出して Hey Attack」 「・・・・・・それ・・・・・・」 「これ、涼宮さんが書いた詞じゃないですか」 「そうだけど・・・・・・」 「勇気を出してアタックすればきっとキョンくんだって振り向いてくれますよ!ファイトです!」 「・・・・・・ありがとうみくるちゃん。あたし頑張る」 パーティーの片隅での出来事保守 *** そんなこんなで(今日使うの二回目か?)パーティーもお開きの時間となった。 受験生もいるしハルヒにしては早めの時間設定だったな。 「みんなお疲れ!今日はありがとう。後片付けはあたしがするからみんな帰っていいわ」 「いや、僕も手伝いますよ?」 「あたしも手伝います」 「わたしも」 「勉強なんて1日サボっても変わんないにょろよ」 ちなみに妹は寝た。いや、流石にお前だけってのは・・・・・・ 「何言ってるの?キョンもやるに決まってるじゃない。雑用係が休んでどうするのよ」 結局そういうことですか。まあ皆も手伝ってくれるみたいだし・・・・・・ 「それならば、僕は帰らせていただきますね」 「あたしも帰ります。あ、妹さんはあたしが送ってあげますね」 「帰る」 「そういうことなら帰らせてもらうよっ!」 あれ?さっきと話が違ってません?そういうことならって・・・・・・ キョンとハルヒのパーティー後保守 *** やっぱりあの量を二人で片付けるのは辛いものがあった。 「でもこういうのって 仕事したっ! って感じにならない?」 まあな、たまにはこういうのもいいかもしれんな。 って雨降ってるじゃねえか。傘持ってきてないぞ? 「あたしのが一本あるからそれでいいじゃない」 あのときみたいにか? 「うん・・・・・・ダメ?」 いやいいけどさ。お前はいいのか? 「べっ別に相合傘はカップルがやるものとかそんなんはどうでもいいのよ!意識するから恥ずかしいの!」 なんか話が飛躍したな。 キョンとハルヒのパーティー後保守 *** やることも終わったので俺たちは帰ることにした。 そして適当に雑談をしつつ部室棟の階段を下りた、その時だった。 「きゃっ!」 俺の隣りでハルヒはまたも足を滑らせた。このままいつぞやの悪夢が繰り返されるのだろうか。 結果として繰り返しはしなかった。なぜかって? 俺がハルヒをしっかりと抱きかかえていたからさ。 「キョン・・・・・・あ、ありがと・・・・・・」 お前にもうケガなんてさせねえよ。 と、上の気障なセリフを喋ったのは誰だ。俺か。俺なのか。またこの前みたいなテンションなのか俺は。 しょうがない、このテンションのまま最後までいっちまえ。 「え?ちょ、ちょっとキョン!な、なにするのよ!」 何って背中と膝裏を支えて抱きかかえてるだけだぜ?世間的にはお姫様抱っこと言うらしいが。 降ろしてほしいか? 「・・・・・・別にこのままでもいいけど・・・・・・」 ダイヤモンドは大事に運ばないとな。 「・・・・・・」 ありゃ、流石に今のはクサすぎたか? 「・・・・・・前から言おうと思ってた大事な話があるんだけどいい?」 ああ、いいぞ。聞いてやろうじゃないか。 そう返すとハルヒは俺の首に腕を回してきた。 「あたしね、ずっとキョンのことが・・・・・・」 二人は階段から落ちたが、そのおかげで―― 新たな階段を一段上ることができたのかもしれない。 キョンとハルヒの入院生活保守 fin
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「ちょっと……どういうことよ、記憶を消去するって!」 「言葉の通り。あなたの能力は自覚するにはあなたの精神への負担が大きすぎる。 故に、このことを忘れ自覚してない状態に戻すのが適切と判断した。」 「でも……でもそれじゃあ、今までと変わらないじゃないの!」 確かにな。ハルヒの能力が消えるわけじゃない。 ハルヒ自身が忘れるだけで、神懸り的な能力も閉鎖空間もそのままだ。 だが…… 「いいんじゃないのか?それで。」 自然に口から出た言葉。これは俺の本心だ。 「これは俺自身の勝手な考えだがな、ハルヒ。俺はお前に振り回される日々、嫌いじゃないんだぜ? 能力的な面でも、そうでない部分でもだ。 お前、自分の役職言ってみろよ。」 「……SOS団の、団長……」 「だろ?お前普段から言ってるじゃないか。団長について来い、ってさ。 お前は自分の周りのヤツらを振り回すぐらいで丁度いいのさ。」 「でも、迷惑だとは思わないの!?」 「正直、時々は思うさ。でもな、今のお前みたいな姿を見るよりは、迷惑かけられる方が100倍いい。 お前には、いつでも笑っててほしい。さっきみたいな笑みじゃないぞ、心から笑ってるいつもの笑顔だ。 これが俺の気持ちだ。……みんなは、どう思う?」 俺は朝比奈さん、長門、古泉に問い掛けた。 さっきのは完全に俺の本心であるから、他の三人がどうかはわからない。 もしかしたらこのまま自覚したままの方が都合がいいかもしれない。 だが…… 「わたしも、キョン君と同じ気持ちです。」 「……わたしも。」 「僕もです。涼宮さん、あなたが笑っていてくれることが、僕らにとっては1番重要なことなのですよ。」 ほらな。みんな同じなんだ。 そりゃ最初はいろんな組織の思惑があってSOS団に居たのかもしれないさ。 だが今は違う。ハルヒの笑ってる顔が好きだから、俺達はここにいるのさ。 「じゃあ長門、やってくれ。」 「わかった。」 長門がまた例の高速呪文を唱えた。するとハルヒは瞳を閉じて、その場に倒れこんだ。 「ハルヒ!」 「心配ない。今は寝ているだけ。起きた時は能力に関する記憶は全て消えている。 涼宮ハルヒが能力を自覚した上で願ったことも全て無かったことになる。 だから朝比奈みくるの未来も、大丈夫。」 「そ、そうですか、良かったぁ……」 朝比奈さんはへたへたと座りこんで安堵の笑顔を見せた。あなたもその笑顔が1番似合っていますよ。 しかし…… 「俺は時々、コイツの能力をうらやましいと思ったことがあったが…… 考えてみりゃ、残酷な能力だよな。」 もし俺がハルヒと同じ能力を無自覚で持っていて、ある日突然自覚せざるを得なくなったら…… 俺だって正気を保てる自信が無い。 「その通りです。考えてみてください。夏休みがいつまでも続いてほしい…… こんなこと、誰だって考えることです。悪いことではありません。 ですが、それを叶える能力を持ってしまったが故に、時間のループという現象を生み出してしまうのです。 しかも本人は無自覚のままで。こんなに残酷な能力はありませんよ。」 古泉が俺の意見に同調した。 実際、ハルヒの能力に1番振りまわされているのは古泉と言える。 ハルヒのご機嫌を取ったり、閉鎖空間に駆り出されたりな。 「なあ古泉、ハルヒを恨んだことはあるか。」 「……無い、と言ったらウソになりますね。 能力に目覚めたての時は、憎かったですよ。なんで僕が、ってね。 ですが今は違いますよ。彼女もまた、能力の被害者の一人だと認識していますし…… なにより、彼女に振りまわされる日々も気に入っていますから。あなたと同じように、ね。」 古泉が俺に対してウィンクをした。だからやめろって、気持ち悪い。 「涼宮ハルヒは能力という爆弾を抱えている、非常に脆い存在。」 長門が口を開いた。脆い、か……そうかもな。また今回みたいなことが起きないとは言いきれない。 「だから、彼女を支える。それが、私達の役目。」 ……そうだな。長門の言う通りだ。 爆弾を持っているんなら、俺達が爆発しないように見守っていてやればいいのさ。 とりあえず、俺はハルヒが目を覚ましたらこう言ってやろうと思ってる。 「お前は、笑顔が1番似合ってるぞ。」ってな。 終わり
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オルラ スコットランドに伝わる英雄譚オシアン作品集に登場する人物。 スワランの部下の一。 フィンガルに殺された。
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文字サイズ小でうまく表示されると思います 涼宮ハルヒの誰時 お前は、俺をその名前で呼ぶな。 半眼で睨む俺を、朝倉は少し怒った顔で見つめていた。 「長門さんだったら、貴方をキョン君って呼んでも怒らないの?」 なんでここで長門の名前が出るんだ?それに第一、 長門は俺をその名前で呼んだ事はない。 突き放すように答える俺に、朝倉は目を丸くしている。 「え? そうなの?」 ああ、俺の覚えている限りはないな。 俺の言葉に、何故か朝倉は笑顔を浮かべる。 「そっかぁ、そうなんだ。へ~」 なんだよ。 何が気に入ったのかわからないが、不機嫌になったはずの朝倉は急に楽しそうにしている。 振り払われた手で、今度は俺の服を掴む朝倉は何か企んだ様な笑顔……つまりいつものハルヒの様な笑顔を浮かべた。 「怒らないでね?嘘をついてたわけじゃないんだけど、実は今の私には宇宙人的な能力はあるの」 な! 俺の言葉を朝倉の手が遮る。 「ストップ、最後まで聞いてよ?宇宙人的な能力はあるけど、それはスペック上での話。今の私を例えるならガソリンの無い車だと思ってもらえれば わかりやすいかな?涼宮さんによって再構成された私は本当に普通の高校生になったのではなくて、涼宮さんの意識の中にある普通の高校生としてしか 行動できない制約があったのよ。まあ同じ事だけどね。でも、涼宮さんが居ない今その枷はない。だけど統合思念体の存在も涼宮さんによって 無くなってしまったから、やっぱり今はただの高校生でしかないけどね」 小さく舌を出す朝倉に、俺はため息をつく。 わざわざそれを俺に言うって事は、他に何かあるんじゃないのか? でなきゃ言う必要もない事だろうに。 「正解。このまま普通の高校生として貴方と暮すのもいいかな?って思ってたけど。どうやら私にはまだやる事が残ってたみたい」 やる事? 俺を殺すとか言い出すんじゃないだろうな。 楽しそうな顔で朝倉は首を横に振る。 「ないしょ。それよりも貴方に聞きたい事があるの」 聞きたい事? 「そう。貴方は涼宮さんや長門さん、他の人達も含めて取り戻したいのよね?」 そうだ。 「結論だけ言うとね、長門さんから何か預かってたりしない?私が力を取り戻せれば、少なくとも貴方の望みを叶えるチャンスを作ってあげるくらいは できるはずよ」 何かってなんだよ。 「それはわからないわ。そうね、別に長門さんからじゃなくても何かこう、不思議な物とか持ってない?貴方にとってはただ不思議な物だとしても、 私にとっては力を使う為の鍵になる可能性はあるの」 長門や古泉、朝比奈さんから何か預かってないかだって?急いで考える中に浮かんで来るものといえば……そうだな。 長門から借りた本。ああ、駄目だあれは今朝本棚を見た時には無くなってたんだっけ。 朝比奈さんの私物……部室にあった衣装も何もかも無くなってたから思いつかないな。 古泉は駄目だ。あいつから何か受け取った覚えなんてない。 「よ~く考えてね。貴方の記憶を直接読み取れば早いんだけど、正直それだけの力も残ってないのよ」 そんな事されてたまるか。 ハルヒはどうだ?何かあいつが残した物はないのか……。 あいつの家がどこにあるのかなんて知らないし、今となっては調べようもない。部室は文芸部だった頃に戻ってしまってたよな。 教室は? 駄目だ、机も無くなってたんだった。 腕を組んで雑然とした部屋を歩き回る俺の脳裏に、何かが浮かび上がる。 なんだ、今のは? あれは……えっと、夏より前だった様な気がするぞ。 必死に記憶を辿っていく中で俺が辿り着いた答え、は。 カーテンの閉められた暗い部屋の中、モニターの小さな光が俺と朝倉の顔を照らす。 深夜の北高に忍び込んだ俺と朝倉は、元SOS団の部室……の隣、コンピ研に来ていた。 立ち上がったばかりの部長氏のパソコンのカリカリという小さな音と、俺の不器用なタイプ音だけが深夜の部室に響く。 「これがそうなの?確かにこれは涼宮さんの痕跡と言えなくはないけど……。残念、これはハズレよ」 モニターに映っているのはSOS団のウェブサイトだ。 いや、見せたいのはこれじゃない。 これを見せるだけなら別に深夜の校舎に不法侵入する必要はないんだ、ネット環境さえあればいい。 俺は手慣れた操作でキーボードを操作してURLを変更し、今日入力したばかりのパスワードを再び入力する。 切り替わる画面。 画面に編集機能と各種登録項目が表示され、俺はその中の一つ「画像登録」を選択した。 コンピ研の部長氏が閉鎖空間の様な物に閉じ込められた事件の原因となった、ハルヒの描いたあの画像。 長門が画像をいじってくれたおかげであの時は助かったんだったな。 無料レンタルウェブサーバーに登録済みの画像一覧には、長門改編によるZOZ団のシンボルマークがあった。そして、 「……ビンゴ」 朝倉が食い入るようにモニターを見つめている。 そこには確かに残っていたのだ、俺が最初に画像をTOP画面に張り付ける時、念の為名前を変えて保存しておいたハルヒの描いたあのSOS団の シンボルマークが。 いけそうか? 俺の質問に朝倉は嬉しそうに頷く。 「今の私でもこの画像から力を引き出すのは簡単よ。凄いじゃない、流石涼宮さんが選んだ人ね」 俺はパソコンデスクの席を朝倉に明け渡した。 ……なあ朝倉。 「なあに?」 俺に返事をしながらも朝倉は意味不明なコードをパソコンに打ち込み続けている。 知ってたら教えてくれ、ハルヒが俺を選んだのか?それとも、俺がハルヒを選んだのか? 不思議そうな顔で朝倉が俺を見つめる。 「それって何か違うの?」 そりゃあ違うだろ? なんていうか……俺はハルヒが神様みたいな存在だって聞いてたんだが、ここ数日色んな人から話を聞いている間にそうじゃないかもって思えて来たんだ。 「……そうね、貴方が涼宮さんに選ばれた理由は私にも統合思念体にもわからなかった。あの子が貴方を好きになった理由もね。でもね?女の子にとって 好きな男の子はみんな神様なの。自分が思う理想の存在であって欲しい、それこそ神様みたいな……。なんて、男の子は好きな女の子にそんな幻想を抱いたりは しないかな?」 どうだろうな。少なくとも俺の知っている神様って奴は、横暴で我儘で見てて落ち着く暇がないような奴だったが。 「あら、貴方がそんな女の子を望んでいた可能性はない?」 何故だろう、俺はそこで朝倉に何も言い返せなかった。 朝倉は朝倉で答えを聞くまでもないとでも言いたげに微笑み、沈黙させられた俺を無視してキーをタイプしていく。 「いい、この世界の涼宮さんは確かにもう存在しないわ。でも、完全に消えてしまった訳じゃないの」 場所は変わり、俺達は元SOS団の部室、現文芸部の部室の中に来ていた。 朝倉は窓際の長門がいつも居た場所に、俺はいつものパイプ椅子にそれぞれ座っている。 「今、涼宮さんは誰も居ない世界を作って一人で居るの。自分の思考も閉ざし、何も考えないまま一人で、ね。それを助けられるのは、この世界に多分 貴方しかいない。貴方が涼宮ハルヒの思考を取り戻せたら、私はこの世界に彼女を呼び戻してあげる。それからの作戦はこんな感じよ」 そう言って話し始めた朝倉の作戦って奴は無茶苦茶という言葉を体現するかのような内容だった。 言うなればお茶漬けを食べたいからまず粘土質の土を手に入れて、しかも空腹が始まる前に素材と食器を一式準備する……って所だろうか。 すまん、上手く言語化できそうにない。意志の疎通に齟齬が発生しそうだから忘れてくれ。 でもまあ、これだけで朝倉の作戦を理解できた奴がいたら素直に尊敬するぜ、古泉に代わって俺が一般人ではないってお墨付きをくれてやる。 「作戦は以上、質問はある?」 なあ朝倉。 「なあに?」 今更聞いても仕方のない事かもしれない、でも聞かないわけにはいかないよな。 何でお前は俺に協力してくれるんだ? 「何よ今更。でもまあ気持はわかるから教えてあげるね。私が貴方を手助けするのは、あくまで個人的な理由よ」 個人的な理由? 「そう、貴方に全く関係のない事ではないけれどね。今からする事は、貴方を殺そうとした事の罪滅ぼしだとでも考えていてほしいな?」 そう言って微笑んだ朝倉の姿が一瞬歪み、次の瞬間そこに居たのは。 朝倉より髪は短く、小柄で無表情な見覚えのある元文芸部の宇宙人。 なが……朝倉か。 「そう」 俺の言葉に朝倉は頷く。その声は聞きなれた宇宙人の声にしか聞こえなかった。 声まで長門そっくりなんだな 「でしょ?」 無表情だったその顔に、突然愛想がいい笑顔が浮かんだ瞬間確信した。中身はやっぱり朝倉だ。 「それじゃあ、今から貴方を涼宮さんの居る世界に送るわ。準備はいい?」 準備はいいが朝倉、眼鏡は外した方がいい。 「何それ、貴方の趣味?」 それもあるが、今の長門は眼鏡をしていないんだ。 「あ、そうなんだ。……これでいいわね。さ、目を閉じて。それと、私を呼ぶときはちゃんと長門って呼んでね?」 朝倉……長門の言葉が途切れるのに合わせたかのように俺の視界は前触れもなくブラックアウトし、体重を支えていたはずの床の感覚もなくなる。 それでいて落下するわけでもなく自分がどの向きを向いているのかもわからない時間を数秒体験したあと――最初に俺が感じたのは静かな風の音だった。 気がついた時、俺はやけに暗い場所に居た。 そこはどこまでも広がっているような果ての見えない暗い草原で、暗い空と草原以外は何も見えない。 ここはどこなのか? なんて考えても意味はないんだろうな。 現状を確認しようにも、俺の意識は確かにそこにあるというのに俺の体はそこにない、まるで夢の中の出来事みたいな感じだ。 見えている物にも、体が無いのに確かに感じる風にも何もかもに現実感が感じられない、何故だかわからないが俺はここに長く居てはいけない気がした。 「正解、あんまりこの世界に長居をすると普通の人間は精神が先に崩壊して廃人になってしまうから気をつけてね?」 朝倉、どこにいるんだ? 俺の思考に割り込むように聞こえてきた朝倉の声だったが、その姿はどこにも見えない。 「残念だけどその世界に私は行く事はできないの、涼宮さんが無意識で拒んでるからね。というよりも、貴方だけが許可されてるって言った方が正しいのかな」 じゃあハルヒはどこに居るんだ? 「涼宮さんは貴方の目の前に居るわよ。でも貴方がそれを見ようと思わなければ見えない、感じてみて?涼宮さんの事」 感じろったってどうすればいいんだ……。 いくら周りを見回しても、草原には何も無いようにしか俺には見えない。 「そこに居るって信じなければ見つけられないの、気づいてあげて?涼宮さんはずっと以前から貴方を待っていた。そのサインを貴方も知ってるはず」 俺が知っている……何のことだ? とにかく今は朝倉の言う通りにするしかないな。 ハルヒの事を考えて最初に思い出されたのは、入学式で俺の後ろで不機嫌な顔をしていたハルヒだった。 次に浮かんできたのは急に長かった髪の毛を切って登校してきたハルヒ。 ホームルーム前の時間を何気ない会話で、いつもつまらなそうだったハルヒ。 部活を作り出してから、急に笑顔が増えたハルヒ……。 次々と思いだされるハルヒの顔の中、俺は違和感を感じた。 親しくなって表情を増やしていく記憶の中のハルヒ中に、そこだけ急に不機嫌なハルヒがいる。 そのハルヒは何故か幼く、俺へ向ける視線には不信感が浮かんでいる。 あれは……あのハルヒは! 「私はここにいる」 どこからか、ハルヒの声が聞こえた気がした。 まるでその声に呼び寄せられるように、目の前にハルヒの姿が現れる。 何故か少し幼い感じのそのハルヒは北高校の制服ではなく私服を着ていて、じっと夜空を見上げていた。 つられて視線を上に向けると、そこには眩いほどの星空が広がっている。 「……誰か居るの?」 幼いハルヒが突然俺の方に顔を向ける。 姿は見えてないんじゃなかったのか? 俺は朝倉に聞いてみたつもりだったのだが。 「何、今の声。誰か居るの?出てきなさいよ」 そう言ってハルヒは辺りに誰か居ないか探し始めた。 どうやら俺の声は聞こえるが、姿は見えないらしいな。 いくら待っても朝倉は何も言ってこない。後は俺がなんとかするしかないか。 ハルヒ、お前なんでこんな所に居るんだ。 「え……何で私の名前を?もしかして宇宙人?」 少し違うが、まあそんな様な者だ。 俺の言葉に幼いハルヒの顔が急に笑顔になる。 「じゃあ未来人?それとも超能力者とか?まあなんだっていいわ、私に会いに来たのよね?そうなんでしょ?」 そうだ。「私はここに居る」ってお前のメッセージを見て俺はここに来たんだ。 「宇宙人語が読めるの?凄い、やっぱり居たんだ!」 俺にはお前が宇宙人語を書ける事の方が驚きだよ。ところで、お前はどうして俺に会いたかったんだ? 何か理由があったんだろ。 俺の言葉に、急にハルヒの笑顔が消えて悲しそうな表情が浮かぶ。 そのままじっと待っていると、ハルヒはゆっくりと呟きはじめた。 「とんでもない事をしちゃったのよ。あたしが信じてあげられなかったから大事な友達が消えちゃったのよ。全部、あたしのせいなの。 だから、本当に宇宙人が居るなら会ってみたかったの」 なるほどね。で、満足かい? 「そうね、もっと早く貴方に会えればこんな事にならなかったのに」 気が済んだならみんなの所へ戻ればいい。多分、お前が望めばそうなるはずだぞ? 「無理よ。……もうみんなには会えないし会えたとして誰にも許してなんてもらえない。勝手に巻き込んでおいて突き放して、しかも自分が好きな人だけ 独占したいから心から信じてあげられないなんて……本当、自分でも嫌になる」 そうかい。 「……なによ、そんな適当に。……どうせ他人事だもんね」 なあ、ハルヒ。 「何」 俺はな。お前を探して今も走り回ってる奴を一人知ってる。お前も知ってる奴だぞ。 「え?」 俺の知る限りそいつは不器用で特に取り柄もないただの高校生で、残念ながらお前が望んでる様な宇宙人でも未来人でも超能力者でもなく不思議とは縁遠い ただの一般人だ。でもな? ただお前に会いたいってだけで今も必死に探しまわってる。 「嘘……そんなの嘘よ、キョ……あいつはいつもあたしに振り回されて迷惑そうな顔してたもん!」 迷惑なだけだったら一緒になんか居ないさ。嘘なら嘘だと思ってもいい、それにまあお前が会いたくないと思えばそれっきりだろうさ。 でもな、例えお前が会いたくなくてもそいつは絶対にお前を見つけるまであきらめないぞ。例えお前に嫌われても、だ。 俺はお前にまだ言ってない事がいっぱいあるんだからな。 「え?」 ハルヒの目が大きく開かれる。 本当にそいつが好きなら告白でもなんでもすればいいさ、そいつもまんざらでもないかもしれないしな。 これからどうするかって答えはお前の胸にしかない、ここで一人残るって選択肢もあるかもしれない。でも俺はお前に戻ってきて欲しいんだ。 「駄目、これ以上は貴方がもたないわ。ごめんね?」 どこからか聞こえてきた朝倉の声と同時に俺の視界が少しずつ上昇していくのがわかる。 ええい、ハルヒを置いていけるかよ! 体なんてないが俺は必死にハルヒに向かって手を伸ばそうともがく。 その時俺の意識がある周囲が急に明るく光出し、真下に居たハルヒの体を明るく照らした。 戻ってこいよハルヒ、SOS団は不滅なんだろ? 光の中でハルヒが笑顔を浮かべて手を伸ばしてくる、実態が無かったはずの俺の手はその手を確かに掴んだ。 ハルヒ。……おいハルヒ! 机の上でつっぷしたまま眠り続ける団長さんの頭を、俺はわざと乱暴に揺らした。 そこにはあの俺好みなポニーテルは揺れていなかったんだが……。こうしてみると普段のこの髪形も可愛いもんだな。 窓の外は夕闇が近づいてきていて、部室の中は少し肌寒い。 数秒後、 「ふぇ……キョ、キョン?」 寝ぼけた声を出すハルヒの横を、長門がのんびりと通り過ぎていった。 その姿を見たハルヒは何も言えず目を見開いて固まってしまったが、長門はそれに気づかないふりをしたまま本棚へと歩いて行く。 いいぞ。ナイス演技だ朝倉。 長門の後姿を見つめながら心の中で俺は小さくガッツポーズをする。第一段階はクリアって所だな。 「え……有希? 消えちゃったんじゃ……」 消える? ……ハルヒ。お前、寝ぼけてるのか? 「え?え?」 混乱して俺と長門を交互に見比べているハルヒを無視して、長門は持っていた本を本棚へと戻して出口へと歩いて行った。 さあ、間違えるなよ? コンティニューはもう使ってしまったんだ。 長門、明日は9時に駅前だからな。休日だから間違って学校に来るなよ? ドアを開けた所で俺がそう呼びかけると、長門は振り向いて小さくうなずいて部室を出て行った。 扉が閉まる音と同時にハルヒが立ち上がる。 「明日が休日って……待って、ねえキョン。今日は何日で何曜日?」 今日か? ポケットから取り出した携帯に表示されているのは、金曜の文字と4日前の日付だ。 俺がやってる事は後で朝比奈さんに怒られる事なのかもしれないが、まあそれでもいいさ。 あの可愛らしい天使様にまた会えるんならそれくらいどうってことない。 顔いっぱいにクエスチョンマークを浮かべたハルヒを見ながら、俺は顔がにやけるのを止められなかった。 それは作戦が上手くいっているからってだけじゃない、またハルヒに会え……いや、やっぱり作戦が上手くいってるからだな。 まだ寝ぼけてるのか? ……まあいいか、なあハルヒ。実はお前に秘密にしてたんだが。 「な、なによ改まって。言ってみなさいよ聞いてあげるから」 まだどこか普段より大人しい雰囲気を残したハルヒだが、きっとこれには食いつく。そうでなければゲームオーバーだ。 俺はハルヒの両肩にそっと手をおいて、じっとハルヒの目を見つめた。 「ちょ……え、何? ……キョン?」 ハルヒの瞳の中で俺が大きくなり、そっとその瞼が閉じられようとしたその時。 実はな、朝倉がこっそりカナダから帰ってきてるらしい。 俺はそう呟いた。 ――刹那。 「なんですって!」 急に目を見開いたハルヒの手がすぐそばにあった俺のネクタイに伸び、途端に酸欠に襲われだした俺が笑顔だったのは何故だろうね? まだだ、まだ俺の出番は終わってない。 揺さぶられるまま俺は朝倉の台本通りのセリフを続ける。 しかも朝倉は、あのマンションの同じ部屋にまた住んでるらしいんだ。なのに北高には出てこない、何か変だと思わないか? 「キョン!そんな面白そうな情報を見つけたのに黙ってるなんて厳罰ものよ!」 言う事は物騒だが、ハルヒの言葉は楽しみで満ちていた。 おそらくこいつの頭の中では、誰も考え付かない様な展開が回りまわってるんだろうよ。 黙ってて悪かったよ、俺も古泉から聞いた時は信じてなかったんだが駅で偶然見ちまったんだ。間違いなく朝倉だったよ。 ――いい?涼宮さんが戻って来るまでに私は世界を4日前の状態に再構成しておくわ。そして私は、長門さんの姿で涼宮さんの前に現れる。貴方は涼宮さんを 誘導して「私と同じ方法」でみんなを復活させてあげてね。そうなるように私もフォローするから彼女の中の認識を変えて欲しいの。この意味、わかる?―― さて、世界を元に戻す魔法の言葉をハルヒに言わせないとな。 お前が寝てる間に明日はみんなで一緒に朝倉に会いに行こうって決めたんだが、それでよかったか? 俺の言葉にハルヒの顔が笑顔に綻ぶ。 「当たり前じゃない!SOS団創立時の謎がついに解き明かされるのね!あ~もう今から行きたい所だけどみんな帰っちゃったの?」 お前が起きないからだ。明日全員が集まれるように今日は早めに解散したんだよ。 「あんたにしては気がきいた行動ね。駅前に9時よね?い~い?絶対にきなさいよ!来なきゃ死刑だからね!」 「結局、この世界の朝比奈さんは何も知らないままだった様ですね」 その口調からすると、お前は全部覚えてるみたいだな。 家に戻った俺を待ち構えていたのは、営業スマイルを取り戻した超能力者だった。 いつもは小憎らしいその顔も、正直今は嬉しくて仕方がない。 「超能力者、ですから。……冗談です、協力者から全て聞いたんですよ。正直今でも信じられない程に驚いています。正に驚天動地ですね。 まさか数年先に起きると思っていた破滅が数日後に迫っていて、しかもただの人間にすぎない貴方が見事解決してしまうなんて。流石は涼宮さんが選んだ」 おい! お前今なんていった? 聞き逃せない単語を耳にして、俺は思わず古泉に詰め寄った。 「え、貴方が解決するとは驚いたと」 その前だ! 「貴方はただの人間に過ぎない」 そう、そこだ。俺はただの人間なんだな? 営業スマイルに不審げな表情を混ぜながら古泉は確かに頷いた。 「何をいまさら、以前も言いましたが貴方は普通の人間です。保証します」 ……この顔は嘘をついてるって感じじゃないな。って事はあの時の言葉はいったい……だめだわからん。何もかも無かった事になってるって事なのか? まあいいか。消去法で全部解明できるほど世の中簡単だったら、試験なんて余裕だよな。 夕食を終えて部屋に戻った時、まるで俺が部屋に戻るのを待っていたかのように携帯が鳴り始めた。 ディスプレイに映っている着信相手は……。 「ありがとう」 携帯越しに聞こえるその静かな声に、自然と笑みが浮かぶのを感じる。 それは間違いなく長門の声だった。 お前も全部覚えてるみたいだな。 「覚えている」 今回の事はあまりにも意味不明で、俺が完全に理解するには何年会っても足りないだろうな。だけどひとつだけ聞いておきたい事がある。 長門、やっぱりハルヒは明日SOS団を解散してしまうのか?みんなが消えてしまうのは避けられないのか? しばらくの沈黙の後。 「SOS団は解散されるかもしれない」 そっか。 やっぱり、これで全てが元通りってわけにはいかないか。 「ただ、現時点の涼宮ハルヒの力では時空改編や広範囲の情報操作は行えない」 なんだそりゃ? 「原因はわかっているが上手く言語化できない」 「ねえ誰からなの? あ、もしかしてキョン君? 代わって代わって!」 携帯電話越しに、何故か聞き覚えのある声が聞こえてきた。 「大丈夫すぐに代わるから、そんなにすねないでよ? ……もしもし、キョン君?」 長門に代わって聞こえてきたその愛想のいい声は、何故か朝倉だった。 なんでお前が長門の部屋に居るんだ。 「現状の確認と明日の打ち合わせよ。私が長門さんのそばにいると心配?なんなら遊びに来てもいいわよ」 辞退させてもらう。 その組み合わせは長門の世界で十分に体験してきたからな。 「残念。長門さんが代わって欲しそうだから簡単に伝えるね?」 ああ。 しかし長門が電話を代わって欲しそうにしているってのはどうも想像できないな。 「私が見てきた中でも今の涼宮さんの力はとても小さな物なの。今回みたいな大規模な情報の改竄ができたなんて信じられないくらいにね。だから何か起きても 私と長門さんでフォローしてあげるからキョン君は心配しなくていいよ。あ、ごめん。私はキョン君って呼んじゃいけないんだったよね?」 いや、好きに呼んでくれていいさ。 俺だってお前にはそれなりに恩は感じているつもりだ。 「長門さんが凄い睨んでるからもう代わるね? ……はい、そんなに怒らないでよ? ごめんごめん」 長門が……睨むだと?駄目だ、やっぱり想像できない。 数十秒後。 「……もしもし」 聞こえてきた長門の声が、携帯越しのせいかいつもより僅かに低い気がした。 長門か、大体の話はわかった。 「そう」 何故だろう、呟くだけのその返事がやけに冷たく感じる。 長門。朝倉が居たら話しにくい事もあるだろうし、今度遊びに行ってもいいか? 再び数十秒の沈黙の後。 「待ってる」 そう聞こえてきた長門の声は、携帯越しのせいかいつもより暖かい気がした。 長門との電話が終わった後、朝比奈さんに今回の事を伝えるべきかどうか迷ったが、結局俺は電話しない事にした。 これ以上、あの人に悩みごとを増やすようなまねはしたくない。 ただでさえハルヒに一番振り回されてるんだから、楽をさせてあげられれる所はそうさせてあげないとな。 と、思っていたのだが。 うおわ! 「きゃ! ごめんなさい?」 深夜の部屋の中、眠っていた俺の腹部に突然何かが降ってきた。 目を覚ました俺が見たものを、罰の悪そうな顔で見つめる眼差しと、口に触れるひんやりと冷たいその手の感触。 そして僅かに香る覚えのある大人の女性の匂い。 「……急に押しかけてごめんなさい。どうしてもすぐに貴方に会いたかったんだけど、中々チャンスが無くって」 驚く俺の目の前に居たのは、照れ笑いを浮かべる朝比奈さん(大)だった。 いや、だからといって深夜に男の部屋へ忍び込むのはどうかと……ってそれはとりあえずいいとして。何かあったんですか? 「はい。キョン君にお礼をしに来ました」 お礼? 「ええ」 って事は、貴女は今回の事を覚えているんですか? 俺は朝比奈さんに今回の事を話すつもりはないんだが、どうやって知る事になるんだろう?やっぱり禁則事項だよな、これ。 「私の存在が一度は消えてしまい。そしてキョン君のおかげで元に戻れた事も全部覚えています」 とは言っても、全部朝倉のおかげで俺は何もしてないんですけどね。 「そんな事ありません、私や長門さんや古泉君が今この世界に居られるのは間違いなく貴方のおかげなんです。誰もそれを覚えていなくても、 私が覚えていますから」 真剣な顔で近寄って来る朝比奈さんから逃れようにも、ベットの上で体を起しただけの俺はすぐに壁際に追い込まれた。 あの、その。そう言ってもらえるのは嬉しいんですが、そんなに近寄られると色々大変なんです。 部屋が薄暗くてよかったぜ、色々な意味で。 「あ、ご、ごめんなさい。それで、今回の事であなたに何かお礼がしたいんです。上官の許可も出ているので、あまり時間はありませんが 時間の流れに大きく関わらない事ならある程度の事はしてあげられます」 あの、その言葉をどう取ればいいんでしょうか? これが夢だと言われたらすぐに納得してしまいそうな展開に、俺は無意味に喉が渇いていた。 前にも気付かれないなら頬にキスしてもいいとか言っちゃってる人だからなぁ、二人っきりの時に貴女にそんな事を言われると妄想が止まらないんですが…… あ、そうだ。 こんなタイミングじゃなければ一生はぐらかされそうな質問があったじゃないか。 じゃあ、朝比奈さんお願いです。 「はい、何でしょう」 貴女の本当の年齢を教えてください。 俺の言葉に、朝比奈さんは見ていて微笑ましくなるほどに動揺していた。 それって、そんなに秘密にしなきゃいけない事なんですか? 「えー! ……うう。ぜ、絶対、絶対に内緒ですよ?」 そう言って、当たり前だが部屋には俺と朝比奈さんしか居ないのに彼女は俺の耳元に口を寄せて来た。 ……ってぇ! あなたそんな短期間でそんなお姿になってしまうんですか?! 翌日の朝、俺は昨日ハルヒに伝えた時間に丁度間に合う様に家を出た。 それはつまり、 「遅い! 罰金!」 こうなるよな。まあ予定調和ってやつだ。 大声で宣言するハルヒはいつもの全力スマイルで、隣に立つ朝比奈さんは困った笑顔。 古泉は古泉で営業スマイルだし、無表情に見える長門にも楽しそうな気配を感じ取れなくもない気がしなくもない。 どこまでもいつものSOS団、そしてどこまでもいつもの休日の光景。 ハルヒ、やっぱりお前に泣き顔は似合わないぜ。 そこにはもう、泣きながら叫んでいたハルヒの姿はなかった。 「キョン、あんた人の顔を見て何にやついてるのよ」 別に。いつも通りだから、じゃ駄目か? 「何よそれ? ああもうキョンにかまってたんじゃ時間がもったいないし罰金は後でいいわ、さあみんな準備はいい? 今から朝倉涼子を捕獲しに行くわよ!」 結局、俺が神様みたいな存在なのかハルヒが神様みたいな存在なのかはわからないままだ。 だがまあそれでもいいさ、俺達のどちらかが神様みたいな存在だったら、もう一人はそれを見守ってればいい。 そうすれば、いつまでも一緒に居られるだろ? な、ハルヒ。 涼宮ハルヒの誰時 終わり
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学年末試験、ハルヒの叱咤に少しは奮起した甲斐があってか、 進級には問題のないくらいの手ごたえはあった。 ハルヒのやつは 「この私が直々に教えてあげたんだから、学年三十番以内に入ってなかったら死刑よ」 とか言っていたが、今まで百番以内にもはいったことがない俺にそんな成績が急に取れたら詐欺ってやつだ。 それよりも試験という苦行からようやく解放されて、 目の前に春休みが迫っていることに期待を募らせるほうが高校生らしくていい。 なんだかんだでここに来てから一年たっちまう。 二度とごめんな体験含めて普通の高校生にはちと味わえそうにない一年だったが、 学年が上がればハルヒの奴ともクラスが変わるだろうし、 ようやく少しはまともな高校生活が送れるかもしれない。 席替えの時のジンクスもあるが、さすがにそれはクラス替えではないと信じたい。 いや……お願いしたい。 とまあ、俺はすでに学年が上がった後のことばかり考えていたが、当然そうでない奴もいた。 当然、涼宮ハルヒである。 終業式の三日前、朝のHR終了間際に担任の岡部が発した言葉から事が始まった。 「あー、一つ忘れてたことがある」 と、岡部はこちらの方を見た。 まさか、成績か? 試験できてなかったのか? 自信がそこそこあっただけに内心冷や冷やだったが、岡部が発した名前は意外にも俺の後ろに座る奴の名前だった。 「涼宮、連絡があるから昼休みに職員室に来るように。以上だ」 大抵この時間も机に突っ伏して寝ていることが多いハルヒは、 急に電源の入ったロボットのように顔を上げるとハルヒらしくもない意外な顔をしていた。 「あたし?」 「そうだ。昼休み都合悪いのか?」 ハルヒの若干の視線を感じたが、俺はあえて後ろを向くことはなかった。 「別にいいわよ」 「……それじゃ授業の準備しとけよー」 ハルヒにタメ口で話されることにも岡部は慣れたようで、若干煮え切らないような複雑な表情で教室を出て行った。 そして案の定、ハルヒは俺の襟を掴むと自分の方に強引に振り向かせる。 「なんだ?」 「ねえ、何で私が呼び出しくらってるのよ」 「知るか」 「問題になるようなことした覚えもないわよ」 それはお前の常識内での問題であって、学校側にしてみれば大問題な行動を取っていることを理解してくれ。 屋上から豆を撒いたり、どう考えても問題行動だからな。 それにしてもだ。 今まで生徒会がいちゃもんをつけてくることがあっても、教師側から特別ああしろこうしろと 言ってきたことはほとんどない。 逆に言えば、ハルヒが教師のところに突撃していくことは何度かあったはずだが。。 「ま、行けばわかることよね」 ハルヒはそう言うとあくびをして再び机に突っ伏した。 昼休みになるなり、ハルヒは教室を飛び出していった。 少しして弁当を持って谷口がやってきた。国木田も一緒だ。 「そういえば、涼宮さん呼び出されてたよね。岡部に」 「あいつが教師に呼び出されるなんて中学時代じゃそんな珍しいことじゃなかったけどな」 谷口がハルヒの席について弁当を広げ始める。 「高校生になってちったぁましになったかと思えば、結局呼び出しか」 「でも、最近そんな大騒ぎしてたっけ? キョンは心当たりないの?」 心当たりなんて数え始めたらきりがない。 「キョンもすっかり涼宮色に染まっちまったからなあ。感覚が麻痺してるんだろ」 それは否定し難い事実だが、お前に言われるとやはり腹が立つ。 「でも、そろそろクラス替えだから涼宮さんとも別々になるのかな。キョンは一緒になりそうだけど」 「俺も早くあの迷惑女との同じクラスから解放されたいぜ」 「誰が迷惑女よ」 いつのまにかハルヒが横に立っていた。 突然の登場に谷口は口の中に入れていたものを軽く噴出した。 「もう終わったのか?」 「何が?」 「岡部に呼び出されて行ったんだろ? 何の話だったんだ」 ハルヒがキョトンとした顔で俺を見る。 数秒の間、妙な沈黙が流れたが、 「別に大したことじゃなかったわ。……そこあたしの席なんだけど」 谷口は慌てて席を立ち上がるとハルヒは澄ました顔で席につき、購買で買ってきたパンをかじり始めた。 「お咎めはなかったみたいだね」 国木田が小声で言う。 良いのやら悪いのやら。 最もこいつに説教したところで聞く耳を持つはずがないのは周知の事実だろうし、 ハルヒの言うとおり大したことじゃないんだろう。 正直なところ戻ってきてまた大騒ぎするんじゃないかと思っていたぐらいだから俺は安心していた。 昼食を終えて談笑していると、ハルヒが突然席を立った。 「用事を思い出したわ」 そう言い残して教室を出て行く。 しかし戻ってきてからのハルヒは機嫌が良いというか、妙に大人しかったな。 谷口もそれを感じたのか、ハルヒの席に再び座りまた三人での会話が始まった。 そして、昼休み終了間際にハルヒは戻ってきた。 教室の入り口まで来て、自分の席に谷口が座っているのを見て明らかに表情が変わった。 谷口は国木田と話をしていて、ハルヒが席の横にきて谷口の目の前をハルヒの脚が通過するまでは笑っていた。 「谷口、あんた誰に断ってあたしの席に座ってるわけ?」 「す、涼宮」 「さっさとどきなさいよ!」 飛び上がるように谷口が席を立つと、ハルヒはドスンと腰掛けた。 同時にチャイムが鳴り、谷口と国木田は各々の席に戻っていった。 「あーもー、岡部の奴むかつくわ」 「大したことじゃなかったんだろ?」 全く毎度毎度、その感情の起伏の激しさには平伏するね。 「何であんたが大したことじゃなかったなんて知ってるのよ」 まさかこいつはさっきここで話していたことすら忘れているんじゃないだろうか。 便利な頭だな。ぜひ俺にも分けて欲しいぞ。 「まあ、大したことじゃなかったけど。こんなことでいらいらするのも馬鹿らしいわね」 そう言ってハルヒは頬杖をつき、物憂げに窓の外を見たままその日の放課後まで口を利くことはなかった。 放課後のSOS団の活動も、これといってやることがなく。 インターネットでサイト巡りをしていたハルヒもしばらくして飽きたのか、さっさと帰ってしまった。 せめて学年が上がるまではこういう時間が続けばいいと思っていた。 しかし、俺のハルヒに対する期待が一度も叶えられたことはなく、そういうときに決まって妙なことに巻き込まれるのだ。 もう慣れたけどな。 翌日、早起きした俺は妹の目覚まし攻撃を受ける前に着替えを済ませていた。 「あー、キョン君早起き!」 と騒ぐ妹を尻目に朝食をとり、さっさと学校へと向かった。 昨日、部室にやりかけの宿題のノートを置いてきてしまったのだ。 せっかく試験は上手くいったのに、宿題を忘れましたなんて格好がつかないからな。 そういうことで律儀にも早起きしたわけだ。 さすがに早かったのか、学校への道で登校している生徒をほとんど見かけなかった。 部室のカギを取り、誰もいない校舎を部室まで歩いていると部屋の前に誰かが立っていることに気づいた。 それは意外にも、 「お前、何してるんだ?」 「キョン……」 ハルヒだった。 こんな朝早くから、部室の前で一体何をしているんだろうか。 まさかよからぬことを考えて朝一で登校してきたんじゃないだろうな。 「…………」 しかし、ハルヒは無言だった。 軽く俯いていて目の焦点も微妙に合っていない。 「部室、入るのか?」 「……うん」 こんなしおらしいハルヒを見るのは初めてである。 雰囲気がいつもと違うというか、そういえば昨日も昼休みに同じようなことがあった。 突然戻ってきたかと思えば、自分の席に座っていた谷口に対しても優しかったしな。 部室に入り、ノートを広げて宿題の続きをしようとしたのだが、 俺は中々集中できなかった。 いつもなら誰に遠慮するまでもなく入ってきて固定席である団長椅子に座るハルヒが なぜか机を挟んで俺の目の前、いつもなら古泉が腰掛けるであろう席に座っているのである。 今更宿題なんかやってるの? とまた言われると思っていたのだがそれもなく、 ただ単に座っているだけなのである。 これを奇妙といわず、何を奇妙と呼ぶのだろうか。 俺は寒気すらした。 そんな妙な空気の中、俺から声をかけることもできず、どうにか宿題に集中しようとした矢先、 ハルヒの口が開いた。 「ねえ」 なんだ? 「その……」 ハルヒがはにかむように唇を噛む。 「SOS団、よね」 何が言いたいんだこいつは。 「あたし、団長なのよね?」 なんだその?マークは。 お前が勝手に主張して名乗ったんだろうが。 「そう……あのさ、あたしこれからどうすればいいんだろう」 開いた口が塞がらないというのはこのことである。 頭でも打ったのか、はたまたあまりに都合のいい物忘れをするハルヒの脳が反乱でも起こしたのか。 まるで自分が何でここにいるの? と言わんばかりのハルヒの表情である。 「どうするって言われてもな。すまないがお前が何を言いたいのかさっぱりわからん」 「あたしにもわからないの。どうしてここにあたしがいるのか」 「お前、頭でも打ったのか?」 ハルヒは首を横に振ると俯いてしまった。 なんというか、こういうハルヒも悪くないと俺は一瞬思ってしまった。 黙っていれば朝比奈さんにも負けないくらいの美少女だし、 いつものハルヒを見ている分、そのギャップに魅力を感じてしまったのだ。 いつもおかしいとはいえ、これは本格的におかしい。 そんなハルヒに掛ける言葉も見つからず、時間だけが経過していった。 俺はそのうち長門が来るだろうと踏んでいた。 長門ならきっとハルヒの身に何が起こったのかわかるはずだ。 そんなことを思案していると、今まで俯いていたハルヒがはっと顔を上げた。 そして廊下のほうを見るといそいそと立ち上がり、部屋を出て行ったしまった。 制止の言葉を掛ける暇もないくらい素早かったので出て行ったドアを呆然と見るしかなかった。 そして、十秒後くらいにドアが再び開いた。 長門だ。 「よう」 相変わらずの無機質な顔でちらっと俺のほうを見て、長門は席について本を取り出した。 「ハルヒに廊下で会ったか?」 本に目を落としたまま長門は小さく言う。 「会った」 「変わったところはなかったか?」 「……ない」 長門がないというならないのだろう。 といつもなら納得するところだが、今回ばかりはそれをすんなりと受け入れるわけにはいかなかった。 「涼宮ハルヒに対して異常は確認できない」 それは情報統合思念体が言ってるのか? 「情報統合思念体と私の見解」 それじゃ、おかしいと思ったのは気のせいってことか。 「気のせい」 絶対と言い切れるか? その言葉に長門は目を落としていた本から顔を上げ、 「絶対」 と一言だけ言い再び目を本に落とした。 こいつが絶対と言い切るぐらいだ。間違いないんだろう。 しかし……俺は涼宮ハルヒという人間に対して果たして絶対という言葉が当てはまるのかとも思っていた。 長門を疑うわけではない。 むしろ信頼している。 しているが、それ以上に……まあいいだろう。 もし異常な事態になったらどうにかしてくれるだろうし、俺がハルヒのことでこんなに気に病む必要はないのだ。 今大事なのは宿題であり、授業までほとんど時間もないということに気がついた俺は、 長門に頭を下げて宿題の答えを教えてもらうことにした。 教室に戻ると、ハルヒは席についていた。 そして、俺の姿を確認するやいなや近寄ってきてネクタイを締め上げると、 「キョン、いいこと思いついたわ。今日の昼休み、一緒に来なさい!」 部室で見たようなしおらしさの欠片もないハルヒがそこにいた。 本当にわけのわからない奴だ。 そしていいことってなんだ。またよからぬことを始めようってんじゃないだろうな。 「春休みに合宿やるのよ! 今度は山よ! 山!」 なぜ山なんだ。 「海は夏に行ったからに決まってるじゃない! 海の次は山でしょうが」 頼むからその安易な考えで俺の寿命を縮めるようなことをするのはやめてくれ。 山はスキーで行ったじゃないか。 「どこが安易よ。それにスキーと登山は違うわ。昼休みに古泉君のところに行って 山を所有してる親戚がいないか聞いてみましょ!」 あいつに頼んだら世界中に親戚が現れるぞ。 「何言ってんのよ。きっと吊り橋でしかいけないような洋館があるはずよ」 やれやれ。こいつの頭の中はそれしかないのか。 うずうずしていたハルヒは昼休みになるなり俺のネクタイを掴んで走り始めた。 俺の言葉なんて聞こえちゃいない。 古泉のいるクラスまで来ると、古泉は教室の中で友人達と食事を取っている最中だった。 しかし、ハルヒと俺の存在に気がつくと席を立ち、廊下まで出てきた。 「どうしたんですか? お二人で」 ハルヒは満面の笑みで 「古泉君、山を持っている親戚はいないの?」 古泉は初めは的を得ない顔をしていたが、そのうちいつものニヤケ面になる。 「確かいたような気がします。山を所有していて、別荘を持っている人が」 「さっすが古泉君。副団長の名前は伊達じゃないわ!」 おいおい、ハルヒよ。 さすがに怪しいと思えよ。 そんなにほいほいと山だの島だの別荘だのを持っている親戚がいる人間がいると思うか? 「それに比べてあんたは本当役に立たないわね」 ハルヒが横目で俺を睨む。 だったら初めから一人でここにくればいいだろ。 「あんたは私の下僕なんだから、団長様のお付をするのは当然でしょうが」 そもそも俺はお前の下僕になった覚えは一度もない。 「細かい男ね……そうだ、みくるちゃんと有希にも知らせてくるわ!」 ハルヒはそう言うと足早に去っていった。 「涼宮さんらしいですね」 全くだ。 「さて今回はどんな趣向を用意すればいいでしょうか」 余計なことはしなくていい。 普通に行って普通に帰ってくればいいんだ。 そろそろあいつにもわからせてやらないとな。 面白いことや不思議なことはそうそう簡単に起こらないってことを。 「涼宮さんのことが心配なんですね」 どうしてそうなる。いつ俺がそんなことを言った。 「素直じゃないですね。あなたも、涼宮さんも」 勝手に言ってろ。 「それより、お前昨日ハルヒと会話したか?」 「昨日……ですか?」 古泉は思い出すように顎に手を当てた。 「廊下で一度お会いしましたね。それと放課後部室で。会話という会話はちょっと……」 「どこか変だとは思わなかったか?」 「別段変わらず、いつもの涼宮さんだと思いましたけど」 そうか、ならいいんだ。 「どうかしましたか?」 どうかしてるのは俺の方かもしれないな。 「最近は閉鎖空間も安定しているので僕としてもうれしい限りです。 それほどあなたと涼宮さんの関係も安定しているということですから」 そういうセリフを吐くときのお前の笑顔は忍ぶに耐え難いものがある。 「喜ぶべきことじゃないですか。みんなが救われるんですから」 喜べないていないのは俺だけな気がしてきたぞ。 「しかし、山に行くことが決まった今、また一仕事できましたね。どうです? あなたも企画に参加してみませんか?」 断る。 怪しげな組織の手伝いなんてごめんだからな。 俺は普通の人間として普通に生活したいんだ。 「それは残念です。それでは、また放課後に」 古泉が教室の中に戻っていったので俺も教室に戻ることにした。 その前に、とトイレに寄ろうとしたところ階段付近にハルヒが立っていた。 「もう行ってきたのか?」 「キョン……」 まただ。しおらしいハルヒ。 一体何だ? 本格的に頭がおかしくなっちまったんじゃないだろうな。 「なあお前……」 と言いかけたところで何者かに手を掴まれた。 その手が目の前にいるハルヒ本人だということを理解するのに俺は数秒の時間を要したわけだが。 ハルヒが俺の手を、ましてや学校の中で繋いでくるなんてありえないことである。 「お、おい」 「お願い、助けて……」 朝比奈さんならともかく、ハルヒから一生聞くことはできないだろうと思っていた言葉が聞こえてくる。 俯いていてわからなかったが、ハルヒの目には間違いなく涙が浮かんでいるように見えた。 とりあえず、だ。 ハルヒを部室に連れてきたのだが、同時に昼休みも終わってしまった。 こいつが助けてなんて言い出すのは後にも先にもなさそうだからな。 一時間くらいさぼっても損はないだろう。 とりあえず間が持たないのでお茶を煎れてみたものの、相変わらず美味しくない。 朝比奈さんの入れてくれるお茶に慣れてしまったせいもあるのだろうけど。 ハルヒといえばお茶に手をつけるでもなく、口を開くでもなく、俯いたままである。 「とりあえず、何があったのか話してくれないか? すまんが俺にはお前が助けを求めるなんて考えられないんだ」 ハルヒは少し顔を上げるとゆっくりと口を開いた。 「私は、涼宮ハルヒで、ここの生徒で、SOS団の団長」 一つずつ確認するようにハルヒは言葉を繋げる。 「キョン、みくるちゃん、有希、古泉君、この4人がSOS団メンバー」 俺はハルヒの言葉を黙って聞いていた。 「それに谷口や朝倉、担任の岡部……学校の人間はわかるわ。でも……」 ハルヒはまた目を伏せ、スカートの裾を握りこんでいる。 「涼宮ハルヒのことはほとんど知らない」 「お前がその涼宮ハルヒだろうが」 「私も涼宮ハルヒだけど、涼宮ハルヒはあたしだけじゃない」 まるで要領を掴めん。 涼宮ハルヒだけどハルヒじゃない。 どんな冗談だ。笑いどころが全くわからん。 「あたしだけじゃないの。もう一人の涼宮ハルヒは今教室で授業を受けてるわ」 「ちょっと待て!」 俺の制止の言葉にハルヒは体をびくっと震わせた。 「どういうことだ?」 「……あたしにもわからないの。どうしてここにいるのか。どうしてもう一人涼宮ハルヒがいるのか」 少なくともハルヒはこんな冗談を言う奴ではない。 こんな回りくどいことをしたりもしない。 「ちょっとここにいてくれ」 俺はハルヒを置いたまま部室を出た。 廊下で教師に会わないかびくびくしながら教室に向かい、ドアの小窓からそっと教室の中を覗いてみると、 確かに涼宮ハルヒがそこにいた。 シャーペンを鼻の頭に乗っけて退屈そうにしている姿は間違いなくハルヒである。 そして、部室に戻るとそこにもハルヒはいた。 俺は落ち着こうと椅子に座りお茶をすすろうとして、手が震えていることに気づいた。 そりゃそうだろう。 同じ人間が二人いるのである。しかもハルヒ。 まともな人間なら失神ものだ。 状況を整理しようと大きく息をついてみる。 もう一人のハルヒ。 理由はともかく、こんなことができるのはSOS団のメンバー関連しか思いつかない。 長門、あいつはハルヒに異常がないということをはっきりと言いきっていた。 別の情報統合思念体が動いたとも考えられるが……。 古泉、これは除外だ。 場所限定の超能力者にこんな芸当ができるとは思えん。 それにあいつの組織だってまさかクローンなんかを作り出す技術があるとは考えにくい。 朝比奈さんはどうだ? 未来人ならクローンなんて作れそうなものだが。 考えれば考えるほど怪しくなってくる。 「キョン……あたし、どうしたら……」 ハルヒが懇願するように言う。 頼むからそんな迷子の子犬みたいな目で見ないでくれ、調子が狂う。 「とりあえず、どうしてここにいるのかもわからないんだろ?」 小さくハルヒは頷く。 「SOS団のメンバーに聞いてみるしかなさそうだ。すまんが俺には何がどうなってるのかさっぱりわからん」 するとハルヒは慌てて首を横に振った。 「だ、だめ! あたし、SOS団の団員には知られたくないの……」 俺も一応団員なんだけどな。 「あの三人は駄目……怖いの」 俺は先日の出来事を思い出していた。 ハルヒが岡部のところから戻ってくる前、長門が部室にやってくる前、 まるで二人がやってくることがわかっていたように出て行った。 「キョンだけは……いいんだけど……」 そんな言葉をハルヒから聞けるとは思ってもみなかったぞ。 なぜ俺だけはいいのか。 今はそんなことはどうでもいいか。 あの三人に相談もできないとなるとどうにも打開する方法がないわけだが。 「ここにいる理由もわからないんだろ? 俺だけじゃどうにもできないぞ」 「そうだけど、会いたくないんだもん」 なんだこのわがままっ子は。 「大丈夫だ。あいつらのことは俺が保障する。危険はない。もしあったとしたら俺がなんとかするさ」 「……本当に?」 ハルヒが上目遣いで見上げてくる。俺は思わず目を逸らしてしまった。 「とにかくだ。その姿はどうにかならんのか? しかも学校の中にいるなんて目立ちすぎる」 「一応変えられるけど、このほうが目立つ気がする」 そう言ってハルヒが目を閉じると、体が赤い光で包まれた。 どこかで見た光だった。これは……閉鎖空間で見た古泉が変えていた姿と似ている。 ハルヒはちょうどピンポン玉くらいの大きさになって声を挙げた。 「こんな感じ。これはここに来たときからできるってわかったわ」 さすが俺だ。 もうこんなことぐらいでは驚かなくなった。 放課後までこのハルヒにはその姿のまま鞄の中に入ってもらうことにした。 SOS団の活動は春の山登りについて話し合った。 話し合ったといっても、ハルヒが一人で喋って一人で決めただけで、 俺や朝比奈さんはいつものようにそれに従うだけなのだが。 活動が終わり、俺はハルヒ以外の三人に少し残って欲しいとこっそり伝え、 ハルヒが帰ってから再び部室に再集合した。 「あなたが我々を集めるなんて珍しいですね」 古泉が肩を竦める。 「それで、お話とは?」 「とりあえずこれを見てくれ」 俺が鞄を開けると、中から赤い球体が現れて目の前で静止した。 そして、その球体はみるみる内にハルヒの姿に変わっていく。 「ふう、狭かった」 さすがの古泉もこれには驚いたようで珍しく眼を見開いている。 朝比奈さんは状況を理解できないのか、オロオロしているだけだ。 長門はいつものように微動だにしないが。 「これは……一体何が?」 古泉の視線に耐え切れなくなったのか、ハルヒが俺の後ろに回りこんで隠れてしまった。 俺は初めから順を追って説明した。 朝比奈さんも話の流れからようやく事態を理解したのか、深刻な顔つきになる。 「……ということなんだがな。心当たりがないか?」 三人とも心当たりがないのかしばらく黙っていた。 一番初めに口を開いたのは長門だ。 「涼宮ハルヒの存在は一つだけ。情報統合思念体はそこにいる涼宮ハルヒを認識していない」 つまり、ハルヒが二人いるということはありえないということか。 「そう。認識できないから、どういう存在なのかもわからない。こんなことは通常ありえない。 情報統合思念体も戸惑っている」 長門の表情がどこか不安げに見えるのは気のせいだろうか。 朝比奈さんと目が合うが、首を横に振る。 「ごめんなさい。私にも心当たりがないんです」 その間もハルヒは俺の背中を掴んで隠れているだけだった。 沈黙が続いたが、古泉がようやく口を開いた。 「長門さんにも朝比奈さんにもわからない。そして、僕にも正直わかりません。 しかし、先程の光は……我々が良く知っている光です。 ヒントはどうやらそこにあるようですね」 そうだ。今のところ、俺もそれぐらいしか心当たりがない。 「これは、涼宮さんが作り出したものかもしれません」 ハルヒが? 自分自身を? 「ええ、理由はわかりませんが、こんなことができる人間が涼宮さん以外にいると考えられますか? 彼女は無意識に世界の改変を行うことができるんです。だとしたら、そう考えるのが妥当でしょう」 確かに、古泉の言う通りかもしれない。 この三人に心当たりがないのであれば、後はハルヒしかいないのだ。 しかし、なんだって自分と同じ姿の人間を作り出す必要があるんだ? 「最近の涼宮さんは昼にも話しましたが非常に安定していました。 閉鎖空間も今はほとんど活動していません。 つまり、涼宮さん自身が不快な気分になったわけではないということです。 私たちより、あなたのほうが心当たりがあるんじゃないですか?」 俺に心当たりがあればとっくに思い出してるだろう。 最近あったことと言えば、あいつが珍しく岡部に呼び出されたということぐらいだ。 不快に感じることではないというならそれだって除外されるだろうしな。 全くわからん。 「えーと、涼宮さんでいいんでしょうか。他に何かわかることはありませんか?」 古泉が背中に隠れているハルヒに話しかけると、ハルヒの手に力が入る。 「わ、わからない。気づいたらこの世界にいて、廊下に立っていたから」 「ふむ。とにかく、涼宮さんとの接触は避けたほうがよさそうですね」 当たり前だ。 日常的に不思議なことを探しているあいつがもう一人の自分がいるなんて知ってみろ。 この世界がどうにかなっちまいそうだ。 「とりあえず様子を見ましょう。今は情報が少なすぎます。 長門さんも時間が経てば何かわかるかもしれませんし」 「あ、私もちょっと調べてみますね」 朝比奈さんがちょこんと手を挙げる。 とりあえずその日は解散することにしたが、ここで大きな問題に気がついた。 このハルヒをどこに置いておくかということである。 姿を変えること以外は人間と何ら変わらないのだ。 とりあえず朝比奈さんか長門の家に置いてもらおうとしたのだが、 このハルヒ、それをどうしても嫌がるのである。 さすがに俺もハルヒが潤んだ目で拒否をするとそれを強要することができなかった。 「あなたの家に連れていくのが一番だと思いますよ」 古泉がさらりと言いやがった。 うちは普通の家で家族だっているんだぞ。 「姿を変えることができるなら、そこまで難しいことではないと思いますが」 じゃあお前が連れて帰れ。 「残念ながら、僕では役不足ですよ。涼宮さんもあなたの側にいたいようですし」 昨日はどうしていたのか聞くと、学校で過ごしたんだそうだ。 風呂もない食事もないでひもじい思いをした、とハルヒが言う。 これで俺が断ったら悪人みたいじゃねえか。 「仕方ないからいいけどな。家では俺の言うことを聞いてくれよ? 女子を家に連れ込んで泊めてるなんてばれたら学校に行けなくなるからな」 ハルヒは静かに頷いた。 帰り道、長門と朝比奈さんは用があるとかでさっさと帰ってしまったので 古泉とハルヒの三人で帰ることになった。 と言ってもハルヒは俺の鞄の中に納まっている。 本物もこれぐらい大人しければいいんだけどな。 「僕は元気のいい涼宮さんもいいですけどね」 その相手をするのは俺なんだぞ。もうちょっと俺に気をつかってくれ。 「もちろん、使ってますよ。でなければ、その涼宮ハルヒを調査のために連れていってるかもしれません」 鞄の中が動くような感覚がする。 「お前……」 「冗談ですよ」 古泉は肩を竦めて微笑む。 お前の冗談ほど悪趣味なものはない。 「でも、放っておけないのも事実でしょう? 涼宮さんがそうであるように、あなたも涼宮さんに対してただならぬ感情を持っている」 いつかハルヒに土下座させたいとは思っているけどな。 「はは。あなた方のそういうところも僕は好きですよ」 なんだ、気持ち悪い。男に好きだといわれても全然うれしくないぞ。 お前だとなおさらだ。 「我々はあなた方の味方ですよ。そして仲間でもあります。 仲間のことを思うのは悪いことじゃないと思いますが」 古泉は微笑みながら手を振って帰っていった。 家に帰りつくと、妹が玄関までやってきた。 「あ、キョン君、さっきハルにゃんから電話があったよ!」 ハルヒが? 何で携帯に電話しないんだ。 「携帯電話の電源が入ってないって言ってた。帰ってきたら電話しなさいだってー」 そういえば電話の電池が切れてたんだった。 俺は部屋に戻るとハルヒに電話をかけた。 『遅い! どこほっつき歩いてたのよ!』 悪かったな。誰のおかげでこんな時間になったと思ってるんだ。 『まあいいわ。それよりあんた、明日ちょっと付き合いなさい』 どこにだよ。また宝探しでもやるつもりか。 『違うわよ。合宿で必要なものを買いに行くわ。どうせ祭日だし、暇なんでしょ』 ハルヒに暇じゃないと言って納得された試しがない。 『十二時に駅前、いいわね?』 そう言って電話は切れた。 やれやれ。 そして、まだ安心できない不安要素が俺にはあった。 鞄の中にいるハルヒである。 部屋には妹も平気で入ってくるから安心はできない。 ハルヒの姿になったところで俺も気まずいことこの上ないのだ。 しかし、風呂にもいれなきゃいけないし、問題は山積みだ。 この借りはいつか返してもらうぞ、ハルヒ。 とりあえずこの日は近くの銭湯に行くことにした。 ほとんど利用することはなかったが、この辺なら知り合いと出くわすこともないだろうし 家の風呂を使うよりはよっぽど安全である。 家を出るとき妹が自分も連れて行けとごねたが友達と行くから我慢しろと抑えて出てきたのだ。 銭湯の近くでハルヒの姿に戻し、終わったらここで待つように伝えて俺も銭湯に入っていった。 平日ということもあり客の姿もまばらで、これなら平気だろうと安堵した。 俺も疲れていたがゆっくりとお湯につかることもなく、少し早めに外で待つことにした。 待つこと十五分、ハルヒが出てきた。 「お待たせ」 ハルヒには俺の服を貸したので、かなりだぶだぶだった。 それにしても……風呂上りでリボンをつけていないハルヒを見るのは久しぶり、いや初めてだった。 まだ艶のある髪に、少し赤くなった頬。さすがというか、その美少女っぷりに俺は一瞬目を奪われてしまった。 「キョン?」 「あ、ああ。帰ろう。とりあえず……ここで姿変えるか」 「もう少し、このままでいたい。お願い」 「家の近くまでだぞ」 そう言うと、ハルヒは満面の笑みで頷いた。なんだろうか、この気持ちは。 いつものハルヒに慣れているせいか、こういうハルヒの態度が一瞬でも可愛いと思ってしまった。 いかんいかん。これの本物は馬鹿!とかドジ!とか俺に連呼するような女だぞ。 そんなことを考えていると、ハルヒが横から顔を覗き込んできた。 「ねえキョン。キョンと涼宮ハルヒはどういう関係なの?」 どういうって、ハルヒ曰く俺は下僕だそうだけどな。お前のほうが詳しいだろ。 ハルヒの感情とかある程度わかったりとかしないのか? 「わからない……でも……」 ハルヒは少し俯いて、意を決したように俺の顔を見上げた。 「あたしは、キョンのこと好きだよ?」 「遅い! 罰金!」 集合時間に遅れてしまった俺にハルヒは言った。 昨晩のもう一人のハルヒの発言を思い出す。まさに今目の前にいるこいつと瓜二つの奴に言われたんだよな。 ぼーっとハルヒの顔を見ていると、胸倉を掴まれた。 「キョン、あんたたるんでるわ。団長として情けないわよ」 本物にもあのぐらいのしおらしさがあってもいいと思うんだがどうだ? このハルヒもらしいっちゃらしいが、どう考えても損をしていると思うのだが。 こういうふくれっ面も悪くはないが、俺としてはおしとやかな子のほうがいいぞ。朝比奈さんみたいな。 どうだ? ハルヒ、考えなおしてみないか? 「さっきから何ぶつくさ言ってんのよ」 ハルヒは俺の胸倉を揺さぶりながらがなり立てていたが、そのうちその手を離すとそっぽを向いてしまった。 「まあいいわ。さっさと行くわよ」 こいつにしてはやけにあっさりと引いたな。 とはいえ、こいつの顔を見る度に昨夜のことを思い出してしまってどうにも落ち着かない。 余談ではあるが寝る時は姿を例のものに変えてもらって布団の中に入ってもらった。 しかしどういうはずみなのか、俺が夜中に目を覚ましたら人間の姿になっていた。 しかも俺の目の前で眠っていた。 ハルヒの無防備な寝顔を目の前で見て俺は動揺した。 俺も健全な高校生である。性格を除けば美少女という取りえのある涼宮ハルヒの寝顔を目の前にして 何も感じないわけではない。 普通なら目が覚めたら美少女が隣で寝ているなんておいしいシチュエーションではあるが、 それはあくまで時と場所が大事であり、寝ぼけ頭の俺でもこんな姿を家族に見られたらどうなるかぐらいわかるわけで、 急いでハルヒを起こすと姿を変えてくれと懇願した。 ハルヒは中途半端に起こされたことでもう眠れないと言い出した。 そんな中で俺も眠れるはずがなくたわいもない会話をしていたのだが、朝方になって俺は耐え切れず寝てしまい、 起きた時にはすでに集合時間が迫っていたというわけだ。 家にいてもハルヒに振り回され、外に出てもハルヒに振り回される。 これでいいのか? 俺よ。 「ところで、あの三人は?」 ずんずんと進むハルヒの後ろから半分寝ながら歩いていた俺は、 他のSOS団員がいないことに今更ながら気づいた。 「今日は呼んでないわよ」 意外である。SOS団としての活動するときは必ず全員に声をかけていたと思ったが。 まあ古泉は俺と同じ荷物持ちだとしても朝比奈さんというマスコットがいないというのは結構でかい。 無償で働くのだからそれぐらいの恩恵が必要なのだ。ハルヒはマスコットと呼ぶには程遠いからな。 確かに目立つという意味ではある意味マスコットなのかもしれないが。 「そんなにたくさん買い物するわけじゃないから、あんただけで十分なのよ」 それじゃ一人で行けばいいだろうに。 「なんで団長のあたしが荷物を持たなきゃいけないのよ。あんたは平の団員なんだから荷物持ちって決まってるでしょ。 休みの日だからっていって職務怠慢は許されないわ」 ハルヒは後ろを振り向くこともなくずんずんと商店街を進んでいく。 途中、映画のときにお世話になった電気屋に入っていくのでついていくと、 電気屋の店主と何やら会話を始めた。 俺は会釈だけしてハルヒの後ろに突っ立っていたが、 「おっちゃん、ここは火炎放射器ないの?」 お前は山で一体何をするつもりなんだ? 山火事でも起こす気か。 大体こんな町の一電気店に火炎放射器が置いてあるわけないだろ。 おっちゃんもこんな女子高生の言うことなんて適当に流しておけばいいのに、 「火炎放射器はないなあ。チャッカマンじゃ駄目なのかい?」 と真面目に相談に乗ろうとしている。 「チャッカマンじゃ駄目なのよ。もっとこう火がガンガン出る奴がいいわ」 ハルヒの無理難題に本気で悩んでいるおっちゃんが段々気の毒に見えてきたのは俺だけではあるまい。 俺がハルヒに 「あんまり無理なことを言うなよ」 と言うとハルヒは頬を膨らませた。 「あんたは黙ってなさい」 へいへい。やっぱりこいつ可愛くねえ。 俺がそんなことを考えていると、ハルヒは手を振って 「おっちゃん、また来るわ」 と言って軽く手を振ると外に出ていってしまった。 俺も会釈して外に出ると、ハルヒは腰に手を当てて突っ立っている。 今日のハルヒはやけに引き際がいい。そう、気持ち悪いくらいに。 「次はこっちよ」 ハルヒは俺の袖を掴むとずんずんと歩き始めた。 その後はおおよそ山とは関係ないような店を夕方まで散々付き合わされたあげく、 夕飯を少し高めのレストランで奢らされることになった。 買い物という割には何を買うわけでもなく、当然俺は荷物を持つこともなかった。 ハルヒの奴は一体何がしたいんだ。財布の中を見て溜息をつきながら俺は家にいるもう一人のハルヒを思い出していた。 まさかハルヒの姿になって家族と出くわしていないかとか、夕食が遅くなって腹を空かせていないかとかそんなことだ。 どちらにしろ今の俺はハルヒのことを考えざるを得ない状況になっているわけだ。 古泉が言うような特別な感情だとかは放っておくとして、こいつの強烈なインパクトのせいで 俺はどうやらそのペースに乗せられちまったようだからなんとなく放っておけないような部分はあるのかもしれない。 こうしてこいつが笑顔で美味そうに食事をしているのを見ているのも悪くはない。 谷口が聞いたら 「キョン、お前はついにそこまで落ちちまったか」 とか言われるだろうな。 しかしまあ、こういうのも悪くないと俺は思っちまったからな。 あながち谷口が言うことも否定できない。 「ちょっとキョン? あんた人の話聞いてるの?」 聞いてるともさ。 「さっきからぼけっとして……さっきからじゃないわ。今日の遅刻といい、やっぱりたるんでる!」 まあそう言うなよ。俺もこう見えて色々気をつかってるんだからな。 「なによそれ。気を使うならこの団長様に使いなさい。他の奴に使う必要なんてないわ」 まさにその団長様に気を使ってるとは言えないしなあ。 全くこいつってやつは……まあ今回はもう一人のハルヒに免じて許してやるさ。 「ところでさ……キョン」 食事を終えて落ち着いたところでハルヒが妙に深刻な表情になった。 「あんた、みくるちゃんのこと……好きなの?」 唐突に何を言いだすんだ、お前は。 「それとも有希? 前のラブレターも実はキョンが渡したものだったとか?」 「あのなあ、それは本人にも確認してるじゃねえか。大体それがお前に関係あるのか?」 ハルヒは気まずそうな苦笑いを浮かべる。 「べ、別に関係はないわよ。まああの二人があんたの相手をするわけないだろうけど、 SOS団の秩序を乱すようなことされても困るし? 大体あんたがそういう誤解をされるような態度だから 団長として注意を促しておかなきゃいけないんでしょうが」 まるで口を挟ませないといったようなハルヒの喋りっぷりを俺は静観していたが、 ハルヒのその必死さになんだか和んでしまったのは秘密である。 「ふっ」 「あっー! あんた人が真面目な話してるときに何笑ってんのよ!」 「別に」 ハルヒは顔を真っ赤にしている。 いや、違うな。頬を赤く……ってまさかな。 腕を組んでそっぽを向いたハルヒは 「ふんっ、とにかくもっとあんたは団長を崇拝しなさい。 ぼやぼやしてると新しく入ってくる新入生よりも低い地位になるわよ!」 と言い切り席を立った。 ハルヒがさっさと店の外に出て行ったので当たり前のように俺が伝票を会計にもっていく。 店に入る前に貯金を下ろしておいてよかったぜ。 店の外に出ると外は真っ暗だった。商店街のネオンの光だけが輝いている。 ハルヒのところにいくと、黙って手を俺のほうに突き出してきた。 手には袋がぶら下がっている。 なんだこれは。 「受け取りなさい」 「え?」 「奢らせたし今日は付き合わせたからほんのお礼よお礼。 いい? 団長のこの私が特別に労をねぎらおうって言ってるんだからありがたく思いなさい」 ハルヒはその袋を投げるように俺に渡すとさっさと走り去ってしまった。 小さな袋の中には小さなケースが入っていた。そのケースを開けると中から出てきたのは腕時計だった。 俺の腕時計は一週間ほど前にハルヒに引っ張りまわされたとき、壁にぶつけて壊れてしまったのだ。 俺はそのときハルヒに抗議したが、あいつは 「そんな簡単に壊れるような時計を持ち歩いてるあんたが悪いのよ!」 といつものように理不尽なことを言いだした。 そのとき若干ハルヒの言動にいらだちを感じた俺は、相手にせず黙ってその場を後にしたのだが……。 「あいつ……」 その時計は俺が持っていた安物の時計よりも高そうな時計だった。 全く、これを渡すためにわざわざ一日中連れまわして飯まで奢らせたのか。 素直じゃないというかなんというか、ハルヒらしいっちゃハルヒらしいんだが。 今日のハルヒは随分と大人しいほうだったし、あのもう一人のハルヒが来てから変化が見られるということは やはり本物のハルヒと何かしらの関係があることは間違いないのだろう。 俺が家までの道のりを自転車に乗らず、押して帰っていると、後ろから来た車が横で止まり、 窓から古泉が顔を出した。 「やあ。今、お帰りですか?」 なにしにきたんだ。 「涼宮さんについてちょっとお話したいことがあります。お時間よろしいですか?」 「それで、何かわかったのか?」 公園のベンチに腰掛けた俺の正面に古泉は立った。 「あくまでも仮説として聞いてください。我々の組織の考えです」 古泉は俺の表情を確認するかのように少し間を空けて続けた。 「例の涼宮さんのクローン、ここではあえてクローンと呼ばせていただきます。 あれはほぼ間違いなく涼宮さんが作り出したと考えて間違いないと思います。 最近の彼女が非常に安定しているという話はあなたにもしましたよね?」 俺は黙って頷く。 「元々彼女は普遍的なものを嫌う方です。常に不思議なことを求めています。 だから僕や朝比奈みくる、長門有希の三人が同じ場所に集まった、これはもう理解していると思います。 そして、彼女には葛藤もあった。不思議なことは必ずあるという涼宮さんと、 そんなものはないと思っている涼宮さんが彼女の中にはいるんです。 以前までは前者、不思議なことをとにかく追い求める涼宮さんが前面に出ていました。 ですから閉鎖空間が不安定な状態にあった。そして今は非常に安定している。 これがどういうことか、あなたにはわかりませんか?」 わからんな。 古泉はふっと笑みを浮かべて続ける。 「常識人としての涼宮さんが前面に出てきているということです。 不思議なことは起こらなくてもいい。SOS団という枠の中で楽しいことができればいいと、 彼女は感じ始めているんですよ。もちろん、無意識の上での話です。 実際には彼女はそんなことを口に出したりしませんし、表面上は以前の涼宮さん自身の考え方と 何も変わっていないはずです。以前の涼宮さんはあなたに選択肢を与えました。 少なくとも僕はそう考えています。 元の世界に戻るのか、それとも新しい世界を作り出すのか、それをあなたに託したのは あなたもよく知っているSOS団団長としての涼宮さんでした。 しかし、今回はちょっと違います。 彼女は今の生活に不満があるわけではない。むしろ満足していると言ってもいいでしょう。 それはひとえにあなたのおかげでもあるわけですが。 さてその涼宮さんが再びあなたに選択肢を与えるとしたら、どのような選択肢だと思いますか?」 俺は口を開くことはなかった。 「もうお分かりかと思いますが、涼宮さんはあなたに選んでもらいたいんですよ。 常識人としての涼宮ハルヒなのか、それとも、今までの涼宮ハルヒなのか。 その結果として出てきたのがあのクローンというわけです。 昨日の様子だと、涼宮さんに近いところを持ちながらもその性格は丸で異なるようですし、 あながちこの仮定も否定しがたいと思いますが、どうでしょうか」 古泉は小さく肩を竦ませてみせた。 「お前の言っていることが本当だとして、俺にどうしろっていうんだ」 「簡単なことです。あなたがどちらかの涼宮さんを選ぶ……ですよ」 簡単なこと? よく言うぜ。 「恐らく、世界改変にはいたらないと思いますよ。どちらを選んだとしてもね。 ただ、涼宮さんはあなたの選択に従い、選ばれなかった涼宮さんの人格は消え去ることになるでしょう」 二人の間に沈黙が流れる。 古泉は前髪をかきあげると俺の横に座った。 「あくまでも我々の仮定です。長門さんや朝比奈さんは別の答えを出すかもしれません。 でも、信憑性もありそうな話だと思いませんか?」 「お前らはどうしたいんだ?」 「我々はあなたの決断を見守るだけです。先程も言ったようにそこまで深く考えることではないんですよ。 どちらの人格を選んだところで涼宮さんの力が失われるわけではないでしょうし、 我々としてみれば大人しい涼宮さんのほうが扱いやすいかもしれませんが」 結局お前らにとってハルヒは観察の対象でしかないんだろうからな。 「それだけではありませんよ。少なくとも僕個人は涼宮さんのこともあなたのことも大切に思ってます」 その言葉、どこまで信用すればいいんだか。 しかし、なんでまた俺なんだ。 「あなたも強情ですね。いや、失礼、あなたと涼宮さんの信頼関係に口出しするのは野暮だ」 二人のハルヒを比べて俺に選べってか。 どんな罰ゲームだそれは。なんで選択肢がハルヒしかないんだ? そこで朝比奈さんが出てきてくれれば俺は間違いなくそっちを選ぶぞ。 「もちろんそれもありでしょう。だけど、その場合はどうなるか、あなたが一番良くご存知だと思いますよ?」 閉鎖空間か。 「今回はそれだけじゃ収まらないでしょうね。少なくとも、あなたに再び選択肢が与えられることもないでしょう。 今回ことにしても涼宮さんにしてみればかなりの譲歩でしょうからね」 むう。 俺は黙りこくった。その間も古泉はハルヒがどうとか言っていたが、半分も頭に入ってこなかった。 これは俺の葛藤でもあるわけだ。 古泉の話を馬鹿馬鹿しいと思う反面でハルヒのことを意識しているのもまあ間違いないだろう。 認めたくはないけどな。 しかし古泉よ。今日会ったハルヒはいつもと違ったぞ? 少なくとも今までああいうハルヒは見たことはない。 「恐らく涼宮さんなりに対抗しているってところじゃないでしょうか? もちろん無意識的にですが。 あなた好みの女性に近づこうとするためにね」 なんだそれは、気持ち悪い。 ここでまた古泉は決めポーズのように肩を竦める。 「女心ってやつですよ」 結局古泉からは聞きたくないようなことも聞かされて帰宅したときには午後九時を回っていた。 夕飯を何も用意してこなかったので、恐らくあのハルヒは腹を空かしているに違いない。 今日の風呂はどうしようかとか考えながら部屋に入ると、暗闇の中赤い光がポツンとベッドの上で瞬いていた。 電気をつけてドアを閉めると、その光は膨張してハルヒへと変化した。 「おかえり、キョン」 「遅くなってすまなかったな。夕飯食うだろ?」 「うん。何度か妹さんが部屋に入ってきたからどきどきだったよ」 ハルヒは微笑んで応える。俺は不覚にもドキッとしてしまった。 昨日の言葉もそうだったが、こっちのハルヒの言葉にはどうも弱い。 ある意味ハルヒの顔に朝比奈さんとまではいかないがしおらしさのある性格が合わさったのだから、 より俺の理想に近づいたと言えるのである。 夕飯を用意するとか言ったが、下で食べさせるわけにもいかないし風呂の問題もある。 「ハルヒ、外で飯食うか? ついでに銭湯寄ってくればいいだろうし」 「でも、大丈夫なの? だいぶ時間も遅いけど……」 こうやって遠慮がちに言われると、何とかしてやろうという気になってしまう。 こっちのハルヒはどうやらわびさびというものをわかっているらしい。 なるべく親にばれないようにと外に出ると、俺たちは近くのファミレスへと向かった。 俺はすでに腹一杯だったので、ハルヒに食べたいものを食べさせてから銭湯に向かうことにした。 今日はすでにハルヒに夕飯を二回奢ったことになるのだが、こちらのハルヒはご丁寧にも 何度も頭を下げて礼を言ってきた。 まるで対照的である。こうなってくると、古泉の言ってることも信憑性が出てくる。 待て待て。もしかしたら長門の知り合いの宇宙人の陰謀かもしれないし、 朝比奈さんのお仲間の未来人の仕業かもしれない。 ここで古泉の言うことを信じてしまうのは早計というものである。 もし違ったら目も当てられない事態になることは容易に想像がつく。 何事も慎重に、だ。とはいえ、こんな生活をいつまでも続けるわけにもいかないのであって、 長門あたりに早急に事態の収拾をしてもらいたいものだ。 ファミレスを出てしばらく歩いていると、ハルヒが俺の手を掴んできた。 微妙に頬を赤らめながら。 さすがにこれを振り払うことは出来ず、流されるままにハルヒの手を握り返してしまった。 朝から晩までハルヒ漬けの生活。これを羨ましいと思う奴はすぐにでも名乗り出てくれ。いつでも変わってやるぞ。 結局二人目のハルヒが現れた原因もはっきりわからないまま、終業式の日を迎えてしまった。 長門や朝比奈さんからアプローチがないことを考えると、古泉の線が強くなってしまうわけだが……。 とりあえず今日学校で長門に聞いてみようと思っている。 ハルヒのクローンは今日に限って学校に行きたいと言いだした。理由を尋ねると、 「今日はあたしも行かなきゃいけない気がするの」 という返答だった。 学校内で見られてしまうリスクももちろんあるが、それがこの現象の突破口のきっかけになるかもしれないし、 俺は絶対に学校ではハルヒの姿にならないということを固く約束させて連れていくことにした。 このハルヒ曰く、なぜかSOS団の団員の居場所がわかるのだということなので、 姿を変えても問題ないということだったが、万が一のこともあるし他の生徒がハルヒを二人見たら それはそれで大問題なので念を押した。 今日は終業式だけなので授業もなく、午後には自由の身になる。 SOS団の活動はもちろん行われるだろうが、長門や朝比奈さんと話す機会もできるだろうし、 丁度いいだろうと考えていた。 教室に入ると、珍しくハルヒはまだ来ていなかった。 チャイムが鳴る直前になってようやくやってきたのだが、どうもいつもの覇気が感じられない。 「八時間は寝たはずなのに体がだるいのよ、何でかしら?」 と愚痴り始めたと思ったら机に突っ伏してしまった。 俺と何かあるとその次の日のハルヒは大体こんな感じなのでいつものことかと放っておいた。 体育館で終業式が始まり、十分ほど経った頃だったろうか、校長の話が続く中 「ドスン」 といった重い物が倒れるような音が体育館の中に響き渡った。 誰かが貧血で倒れたのだろう。音のした方からざわざわと生徒の声が聞こえてくる。 そんなに遠くないな。同じ学年か? と思い、そちらの方を見るとなんと倒れていたのはハルヒだった。 近くの男子生徒に支えられ、教師が数人近寄っていく。酷い顔色をしている。 校長の話が一時中断され体育館内がざわついたが、すぐに一人の教師が静かにするようにと大声を出すと 再び体育館内は静寂に包まれた。 ハルヒは教師に抱きかかえられるように体育館を出て行った。保健室の先生もそれに同行して出て行く。 健康優良児を絵に描いたようなあのハルヒが貧血で倒れるほどデリケートとは思えない。少なからず、 嫌な予感を抱いたのは俺だけじゃなかったはずだ。 一抹の不安を抱えながら終業式を終えて、教室に帰ろうとしたところで古泉が隣にやってきた。 「先程のは涼宮さんで間違いありませんよね?」 間違いないだろう。ハルヒほど目立つ奴もそうそういないからな。 さすがに古泉もこの事態には笑顔を繕う余裕もないようで、ハルヒの心配をしているようだった。 ま、どういう形で心配しているのかはこの際触れないでおこう。 「あちらの涼宮さんは今どこに?」 「今日はついてきてる。教室の俺の鞄の中さ」 ふむ、といった感じで古泉は考えるような仕草をした。 「少し気になりますね。関連がないとは言いきれませんから」 考えすぎじゃないのか? ハルヒだって一応は人間だ。体調が悪くなることもあれば貧血を起こすこともあるだろうよ。 「そうであればいいんですけどね。いずれにせよ、あなたにお任せすることにしましょう。 それではまた後ほど」 そう言って古泉は去っていった。 教室の近くまで戻ってきて、俺は長門の後姿を見つけた。 「長門」 長門はゆっくりとこちらを振り向く。 「聞きたいことがあるんだ」 「……というのが古泉の説なんだが、お前のほうでは何かわかったのか?」 先日古泉から聞いたハルヒが俺に選択肢を与えたという話を簡潔に長門に伝えると、 長門は少しの間をおいてゆっくりと口を開いた。 「情報統合思念体は困惑している」 どういうことだ? 「存在しているすべての物には情報がある。だけどあの涼宮ハルヒには情報がない」 結論を言えばわからない、ってことか。 長門は小さく頷く。 「古泉一樹の説が有力であると私も思う。実在している涼宮ハルヒにも変化が見られる」 ハルヒに変化が起きていることは俺もなんとなくだが気づいている。 それは古泉にも言ったことだが。 「今、涼宮ハルヒを構成している情報の弱体化を確認した」 「なんだって?」 「彼女が倒れたのもその影響」 原因はわからないのか? もう一人のハルヒとの関係は? と聞きかけたところで担任の岡部がやってきてしまった。 長門にまた後で聞かせてくれと言い残し、俺は教室へと戻った。 ハルヒは保健室で寝ているだろう。下手したら家族が迎えにきているかもしれない。 そう思っていたのだが、席にはハルヒが座っている。 「お前、大丈夫なのか?」 と俺の問いに、ハルヒは微妙にはにかむような仕草をした。 まさか! 俺は岡部が教室に入ってくる前にハルヒの手を掴み廊下に飛び出し、人気のないところまで走った。 これではいつもと逆である。 「学校ではその姿にならないって約束しただろ?」 「あたしもそのつもりだったんだけど、どうしてかわからないけどあの姿に戻れなくなったの」 このハルヒが言うには、俺の鞄の中に入っていたが突然その状態を維持できなくなり、 鞄を出てハルヒの姿になってからは光の玉の姿には戻れなくなってしまったというのだ。 ハルヒが戻ってこないのはわかっていたから、とりあえず俺が戻ってくるまで席についていることにしたと。 ハルヒが倒れたことと関係があるのだろうか。とにかく校内に二人のハルヒがいるのは大変まずい。 「ねえ、キョン。あっちの涼宮ハルヒは、どうしたの?」 「貧血で倒れたんだ」 「そう……」 ハルヒは悲しげに表情を曇らせた。 まるで、なぜそうなったかを知っているかのように。 とりあえずハルヒは部室に押し込むことにした。本人はSOS団の団員が来たら嫌だと言っていたが、 他に方法はないし来たら掃除用具入れのロッカーにでも隠れればいいと納得させたのだ。 そして教室に戻った俺が岡部にこっぴどく怒られたのは言うまでもない。 クラスの連中はハルヒの姿を見ていたはずだが、ハルヒの性格も大体知っているのだろう、 あまり体調が良くないのに教室に戻ってきたが、俺がそれを保健室に連れていった、という絵に見えたようで 誰も気にしていないようであった。そう見られるのも不本意ではあるが、今はそんなことも言ってられないからな。 通知表の受け渡しという魔の行事を終えてその日のHRは終了となった。 谷口や国木田と軽く会話を交わした俺は、部室に行く前に保健室へと向かった。 ハルヒがまだいるかもしれないからな。一応様子だけは見ておいたほうがいいだろう。 保健室に到着すると、中から保健の先生が出てきた。 「あら、何か御用?」 「いえ、涼宮はまだ中に?」 「ええ、大分顔色も良くなったけどもう少し休ませてから帰すわ。あなたは……?」 クラスメイトです。と伝えたところ何を勘違いしたのか、 「あらあら、じゃあ悪いけどあなた送ってあげて頂戴。家のほうに連絡したんだけど、誰もいないのよ」 もう少し休ませてから、と言って保健の先生は職員室の方へと行ってしまった。 やれやれ。 「あ! キョン君じゃないかいっ?」 この声は、 「鶴屋さん、朝比奈さんも」 朝比奈さんは鶴屋さんの後にくっつくようにしてついてきていた。 「キョン君もお見舞いに来たのかいっ?」 ええ、まあそんなところです。 「涼宮さん、大丈夫かなあ……」 いつも酷いことをされているのに朝比奈さんはまるで天使のような優しい心をお持ちだ。 その心を少しでもハルヒにわけてやりたいですよ。 「私、様子見てきますね」 そう言って朝比奈さんは保健室の中に入っていった。鶴屋さんもついていくのかと思ったが、 ドアを閉めると俺の顔を覗き込んできた。 「ほうほう。あんまり動揺はしてないみたいだねっ」 どうして俺が動揺せにゃならんのですか。 「キョン君! はっきりしない気持ちは時に人を傷つけることもあるんだよっ。 キョン君が悪いわけじゃないけどねっ」 鶴屋さんはまるで俺の心を見透かしたかのように言う。 「ふっふーん。なんでわかるんですかって顔してるねぇ。 ま、違ったら違ったでいいんだけどねっ」 そう言って鶴屋さんは保健室に入っていった。 二人が出てくるまで俺は廊下で待つことにした。鶴屋さんから言われた言葉が少しひっかかっていたのもあったからだ。 十分ぐらいして二人は出てきた。 「今日は活動しないと思いますけど、部室に行ってますね。キョン君ともお話したいことがありますから」 朝比奈さんはそう言って鶴屋さんと去っていった。 あっちのハルヒは大丈夫だろうか。 「キョン君、またねっ!」 SOS団の中ではあまり俺にはっきり意見する人がいない。ハルヒは別枠として、 古泉もあまりストレートには言わないし、朝比奈さんや長門もだ。 そういう意味でも鶴屋さんの一言は大きかった。 なんとなく入りづらかったが、いつまでもここに突っ立っているわけにもいかないので、 俺は意を決して中に入った。 保健室の中にはベッドが二つあり、どうやらハルヒは奥のほうにいるらしい。 カーテンで遮られているので入り口からでは様子を伺うことはできない。 カーテンの側まで近づいたところで、中から声が聞こえた。 「キョン?」 良くわかったな。 「みくるちゃんが言ってたからよ。あんたがいるってね」 なるほどな。納得だ。 「わざわざ何しにきたわけ?」 カーテンを開けると、ハルヒはベッドの中に潜り込んで頭だけを布団の中から出していた。 しかし、頭は逆側に向けているので表情を伺うことができないわけだが。 「大丈夫なのか?」 「何が? ちょっと寝不足なだけよ。みくるちゃんもわざわざ鶴屋さんと来たりして、大げさなんだから」 お前は昨日八時間も寝たとか言ってたじゃないか。それに誰だって心配すると思うぞ。 倒れたなんて聞いたらな。 「とにかく、大したことなんてないのよ。これから山だって行くんだし、寝てる場合じゃないんだから」 ハルヒはそう言って起き上がろうとした。 「おい、無理するなよ」 「別に無理なんか……」 と言いかけてハルヒは手で胸の辺りを抑えた。 だから言ってるだろうが、体調悪いときはゆっくりしておけ。 どうせ治ったらあほみたいに遊びまわるんだから、今ぐらいゆっくりしてても誰も文句は言わんぞ。 むしろみんなも休める。 「うるさいわね……」 ハルヒはまた布団をかぶるとそっぽを向いてしまった。 俺は辺りを見渡して椅子を見つけるとベッドの横に持ってきた。 「なにしてんのよ」 「まあ、なんだ。俺も前に入院したときは見てもらったしな。たまにはこういうのも悪くないだろ」 ハルヒは黙り込んだ。 俺は、「あれは団長としてだから別にあんたのために行ったんじゃないわよ」とか言われるもんだと思っていたので この無言には不意をつかれた。 帰宅する生徒たちの声が聞こえてくる中、沈黙は流れ続けた。 ふとハルヒの手がベッドから出ていることに気づいた。 クローンハルヒの行動の影響か、それとも鶴屋さんの言葉の影響か、 はたまた俺が血迷ったのか、気づいたら俺はその手を握っていたのである。 ハルヒが一瞬体をびくっと震わせた。しかし、声は出さない。 そのうち、ハルヒも俺の手を握りこんできた。 別に俺もハルヒも深い意味があったわけではないだろう。体が弱っているときは手を握ると元気が出るとか そんな噂を聞いたからである。 ……いかんな。鶴屋さんの言っていたことを俺はすでに忘れかけていた。 だが今はそういうことにしておいてくれ。とてもじゃないが心の整理がつかないんでな。 二十分ほどそうしていたが、俺はもう一人のハルヒのことを忘れていたことに気づいた。 この本物のハルヒを連れて帰るにしても、あちらもどうにかしないといけないのだ。 どうやらハルヒは眠ったようなので、静かに手を離すと俺は保健室を後にした。 部室のある旧館に向かう途中の通用路でクローンハルヒが立っているのを見つけた。 「キョン。部室にみくるちゃんが来たから出てきちゃった」 ハルヒのクローンは、本物と変わらない笑顔で俺に近づいてきた。 「そうか。悪いんだけどな、これから朝比奈さんと少し話しをしなきゃいけないんだ。 どこか人目につかないところで待っててもらえないか?」 ハルヒはそれを聞いてむくれッ面になる。 「キョン全然あたしの相手をしてくれないのね」 状況が状況なんだから仕方ないだろ。家に帰ったら遊んでやるさ。そんな余裕があればな。 「まあいいわ。旧館の屋上で待ってるから、話が終わったら来てね」 満面の笑みを浮かべて走り去るクローンの後姿を見送ってから部室へと向かった。 部室の前までやってきた俺は念のためにドアをノックした。 さっきから大分時間は経っているが朝比奈さんのことだ、いつお着替えをしているかわからんからな。 「はーい」 部屋の中から愛らしい声が聞こえてくる。 中からドアが開けられるとそこには朝比奈さん、正確には制服を着た幼い方ではなく、 成長してよりナイスな体になった未来の朝比奈さんが現れた。 「あ、朝比奈さん」 「キョン君、お久しぶり。とりあえず中に入って?」 俺は促されるままに部屋の中へと入った。 部室の中には幼い方の朝比奈さんが椅子に座って気持ちよさそうに眠っている。 「本当だったら、この時代の私がいないときに来たかったんだけど、時間を選んでる余裕がなかったの」 朝比奈さん(大)は深刻そうな表情で目線を少し下に落として言った。 「キョン君も古泉君から聞いたと思うけど、涼宮さんのクローンはどうやら涼宮さん自身が作り出したみたい。 私たちの時代でもあそこまで完璧なクローンは……ってこれは禁則事項でした……」 頭をコツンと叩いてから朝比奈さんは続ける。 「私たちも古泉君たちと同じような見解で今回のことは見ているわ。問題は、本物の涼宮さん。 体調を崩したのは、恐らく少しずつクローンと入れ替わろうとしているから、その弊害だと思う」 なるほど、それでクローンハルヒも以前使えたような力が使えなくなったということか。 少しずつ本物の人間に近づきつつあって、それは本物のハルヒの力を吸い取るように成長している。 そういうことですよね。 「そんな感じだと思う。断定はできないけど……辻褄は合うでしょ?」 確かに、ハルヒが体調を崩したのと同時期にクローンが特別な力を失っている。 これはいよいよ認めなければいけないらしい。 「このままいけば恐らく本物の涼宮さんの存在は消えて、今までクローンだった涼宮さんが本物になるはず。 あくまでも自然に、誰にも気づかれないで元々そういう人間だったという認識になるの」 それは、俺もですか? 「それはわからないけど……」 朝比奈さんは言いにくそうに目をそらした。 「仮に、いや、俺に選択肢が与えられたという前提で考えた場合ですが、 俺はまだどちらを選んだりとかしてませんよ。なのに本物のハルヒと取って変わろうとしているのはなぜです?」 少し怒ったような顔で朝比奈さんが詰め寄ってくる。 「それはキョン君がはっきり伝えないからです。涼宮さんが無意識的にしろキョン君に選択を求めたのは 今の自分よりもこっちのほうがいいかもしれないって思ったからです。 答えを出さないってことは、涼宮さんとしてはやっぱり今の自分じゃ駄目なんだと思うに決まってるじゃないですか!」 この時の朝比奈さんは本気で怒っていたのかもしれない。 もともとおっとりしている人だ、怒っても怖いということはないが、 涙目になって迫ってくる姿には俺の良心を揺さぶるものがあった。 「どちらにしても、キョン君がちゃんと答えを出してあげてください。 どちらの涼宮さんを選んでも未来にはさほど影響はありません。 だから、よく考えて決めてあげてください」 古泉と同じようなことを最後に言って、朝比奈さんは部屋を出て行こうとした。 「朝比奈さん」 「はい?」 「朝比奈さんは、どちらのハルヒが良かったんですか?」 朝比奈さんは困ったような顔をしてから、 「禁則事項です」 と微笑み、去っていった。 可愛らしい寝息を立てている朝比奈さんの横に座り、俺は善後策を考えることにした。 答えを出せ、と言われてすぐに答えを出せるほど俺はハルヒのことを意識しちゃいなかった。 普段があんなだし? いきなりそういうふうに見ろって言われても無理があるってもんだ。 しかし、時間的余裕はあまりないようだ。 ハルヒのあの様子だと、時間が経てば経つほど力を失っていくようだ。 どうしてこう毎度毎度俺は世界の危機だとか人命がかかってるとか、 そんなことばかりに巻き込まれるんだ? それはハルヒと出会ってしまったから、運命……だとは思いたくないが。 以前、閉鎖空間に行ったときもこんなことを考えたな。 ハルヒは俺にとって何なのか。 それはあの時とは少し変化したのかもしれない。 ただ、明確な答えが出せるほどハルヒに対しての気持ちを煮詰めたわけではない。 俺にとってのハルヒ……。 それにしても鶴屋さん、朝比奈さん(大)、古泉やらにあそこまで言われたらまるで俺が悪者だ。 この決着がついたら、ハルヒに奢らせてやろう。理由は適当に考えればいいさ。 まだまだ俺たちの関係は続いていくんだからな。 朝比奈さんが目を覚ましたので事情をある程度まで説明した俺はもう一人のハルヒが待つ屋上へと向かった。 朝比奈さん(小)はただ一言だけ、 「キョン君、今まで私たちがしてきたことを思い出して」 と言って俺を見送ってくれた。 屋上の扉を開けると、クローンハルヒは屋上の調度真ん中あたりで体育座りをしていた。 「よう、待たせたな」 「キョン、待ってたんだから」 ハルヒは立ち上がると俺に向かって走ってくる。 直前で止まるのかと思っていたが、次の瞬間にはタックル(本人は抱擁のつもりだったらしい)をくらって 天を仰いでいた。 ハルヒの頭が俺の胸のあたりにあり、その手でYシャツが握り締められているのがわかる。 「おい、どいてくれないか」 その言葉にハルヒはゆっくりと首を横に振る。 「いや……」 嫌って言われてもな、この誤解されかねない状況は非常にまずいんだが。 「キョンは……あたしのこと嫌いなの?」 ハルヒらしくない声でそういうこと言われると調子が狂うんだが。 「ハルヒ、それなんだけどな……」 と言いかけたところでハルヒは勢いよく体を起こした。 「キョン、遊びにいこう! まだ時間も早いし、ちょっと遠くなら誰にも会わないし。 ね?」 まるで最後まで聞きたくないといったように話を遮ったこのハルヒは立ち上がると俺の腕を掴んで引っ張り上げた。 「話を最後まで聞いてくれ、大事なことなんだ」 「……遊びに行ってくれたら、聞くから、だから……行こ?」 むう。そんな目で見ないでくれ。まるで朝比奈さんのような愛らしい小動物のような目線で見られたら 俺もハルヒとはいえ強引に話を進めるわけにはいかないじゃないか。 「わかったがな、まだ本物のハルヒが校内にいるんだ。それを家まで送らなきゃならん」 「それなら大丈夫。古泉君がどうにかしてくれるわ」 なぜ古泉の名前が出てきたのかは知らんが、とりあえず確認をとってみることにした。 電話に出た古泉は、まるで電話が来るのを待っていたかのような口ぶりで、 「涼宮さんでしたら僕が責任をもって送り届けますよ」 と言った。 どこまで知っているんだ? まさかここにいるハルヒと繋がってるんじゃないだろうな。 「クローンの涼宮さんがまだ校内にいることはこちらも把握してますから。 今回はあなたのサポートを徹底的にやってやろうと決めたんですよ」 ありがたいのやらそうでないのやら。 「そうそう、あなたの選択に口を挟むつもりではありませんが、これまでのSOS団、 涼宮さんのことを含めて楽しい思いをさせていただきましたよ」 なんだそのもう終わりみたいな言い方は。 「いえ、そういうつもりではありませんよ。ただ、環境が変わる可能性もあるのでほんのお礼みたいなものです」 古泉はそう言うと電話を切った。 「大丈夫だったでしょ?」 満面の笑みでハルヒが顔を覗き込んでくる。 そのハルヒのクローンを見ていてわかったことがある。 本物のハルヒが弱っている反面、こちらのハルヒの感情が豊かになってきたように見える。 元々どっちが本物かわからないぐらい似てはいたが、ここに来て雰囲気的な部分で変化が見えるような気がする。 校内にいるハルヒのことも気にはなったが、ここは古泉に任せておこう。 このハルヒに話を聞いてもらわなければ解決のしようもないからな。 「で、どこに行きたいんだ? 言っておくが、そんなに金はもってないぞ」 「んー……キョンと一緒だったらどこでもいいんだけど、なるべく人の目を気にせず動けるところがいいじゃない?」 どうせハルヒは今外をまともに動けないだろうから、遠くに行く必要もないと思うが。 「それじゃ、キョンに任せる」 任せる、と言われても俺にもそんなレパートリーがあるわけじゃないぞ。 「そうだ、商店街! この前涼宮ハルヒとも行ったところ、そこ行きたい!」 というわけで、見た目は全く同じのハルヒと再び商店街にやってきた。 どこが違うかというと、このハルヒは電車に乗ってからずっとべったりくっついてくるぐらいか。 同じコースで周りたいというので、まずは電気屋のおっちゃんのところに向かった。 「おっちゃん! 久しぶり!」 そのおっちゃんにしてみれば二日ぶりぐらいだろう。 まあハルヒの性格だから、本物が言ったところで違和感はなさそうだが。 「おや、今日も来たのかい? ……随分と仲良しだね、いいなあ若い子たちは。あっはっは」 ハルヒに無理矢理繋がされた手を見て人のよさそうに笑ったおっちゃんは そうだ、と何かを思い出したように店の奥に消えていった。 三十秒ほどして戻ってきたおっちゃんの手にはカタログのようなものが握られていた。 「これ、今度来たときに渡そうと思ってたんだよ」 そのカタログは……チャッカマンのカタログだった。 話を聞くと、律儀にもこの電気店の店主のおっちゃんはハルヒの役に立てなかったことを悔やんでいたようで 火炎放射器はさすがに手に入らないが、強力なチャッカマンなら、とカタログを取りに行ったんだそうだ。 そこまでハルヒに肩入れする理由は知らんが、今ここにいるハルヒには何のことだか理解できないようで、 終始不思議そうな顔をしてカタログに目を通していた。 検討してみます、という言葉を残して電気店を出て商店街を歩いていると、 最近できた店だろうか、見たことのない洒落た感じの時計屋ができていた。 この前もここは通ったはずだが、あの時はハルヒに引っ張られるように進んでいたので、 気がつかなかったのかもしれないな。 このハルヒも興味を示したのか、店の中へと俺を引っ張り込んでいった。 しばらくの間、ハルヒは可愛らしい時計などを見て女の子らしい声を挙げていたが、 俺はふと目に留まった時計があった。 そう、それは俺が今している時計と同じものだったのだ。 ハルヒはここでこの時計を買ったのだろうか。 すると、若い女性の店員が近づいてきた。 「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」 「いえ、ちょっと見てるだけなので」 「そうですか、あら? あなたはこの前いらしてた……」 とハルヒの方を向いて店員は言った。 「へ?」 ハルヒが何のことだかわからないといった表情をしたので、俺はあわててフォローに入った。 「実はこいつ双子の姉がいまして、たぶん買いにきたのはその姉のほうかと」 「あら、そうでしたか。随分お悩みになってたんですよ。どなたにあげるんですか? って聞いたら、 恥ずかしそうに『男の友達です』って言ってましたけど、あれはきっと恋する女の子の目でしたわ」 なぜか店員が恥ずかしそうに両手で頬を抑えている。 「最終的にこちらの時計を買っていかれました。もらった男の子と上手くいっていればいいんですけど……」 今度は涙目になってすすり泣きを始めた。変な人だ。 直後、俺はハルヒに腕を引っ張られて外に連れ出された。そして、腕を捲くられて時計を見ると、 「……あたしも買う!」 とか言い始めた。 お前は金を持ってないだろ。それに時計なんて買ってどうするんだ。 「キョンにあげるの! あたしもあげたいの!」 ハルヒのイメージがどんどん崩壊していくな。そんなセリフ、一生聞けないと思ってたぞ。 そんなことで対抗心を燃やしても仕方がないし、時計を二つも持っていても使い道がないということを 懇々と繰り返してようやく納得したハルヒはまた俺の手をとって歩き始めた。 日が落ちるまでそんな調子で連れ回され、暗くなったところで夕食をとることにした。 とはいえ今日は制服なので駅の近くのファミレスに入ることにした。 クローンのハルヒは、 「雰囲気あるところがよかったけど、仕方ないかあ」 と残念がっていたが、俺の懐具合からしてももう一度あのレストランはさすがに厳しいぞ。 小さい男と思われるだろうが、それならぜひうちの母親に小遣い値上げの説得をしてくれ。 食事中はハルヒは終始笑顔だった。 しかし、出てくる言葉は、今度はどこに行きたいとか、キョンにプレゼントを挙げたいから何が欲しい?とか そういう言葉だった。 さすがにそんな中で話を切り出すわけにもいかず、食事を終えて外に出たところでハルヒに話をしようと 改めて言った。 するとハルヒはそっぽを向いて、 「それじゃ、北高にいきましょ」 と言ってさっさと歩き始めた。 電車内では来る時とうってかわってハルヒは無言だった。 離そうとしなかった手も、微妙な距離で離れたままだ。 北高の校門まで来たが、当然ながら門は閉じられている。 「中に入りましょ」 そう言ってハルヒは校門を乗り越えようとした。 俺も黙ってそれに従う。 二人は校庭の一角にあるベンチまできて腰をかけた。 そのまま十分ぐらいはどちらも口を開かなかった。春が近づいているとはいえ、夜風はまだ冷たい。 「なあ、ハルヒ」 「ん?」 「お前はまだどうしてここにいるか、知らないんだよな?」 沈黙が流れる。 「知ってるわ」 俺が続けようとした言葉を遮るようにハルヒは言った。 「ここにいる理由、初めはわからなかったけど、もう見つけたの」 見つけた? 「あたしはキョンと一緒にいたい。理由は、それだけで十分」 ハルヒは真っ直ぐ前を見据えたままだ。 「お前はな、ハルヒに……」 「聞きたくない。……わかってた。涼宮ハルヒがあたしを作り出したってこと」 ハルヒの目に涙が浮かんでいるように見えた。 「でも、涼宮ハルヒはあなたに選択を委ねたんでしょ? それなら、あたしが必ずしも消えるなんて限らないじゃない! あなたは、あたしみたいな涼宮ハルヒを求めていたんじゃないの? 素直で、普通の女の子のような涼宮ハルヒを!」 涙をこぼしながらハルヒは俺に訴えるように言った。 やはり、俺が招いたことだということは認めざるを得なかったが、こう正面から言われてしまうと、 何も言えなくなってしまう。 俺は、俺にとってのハルヒは……。 「ハルヒ、俺は確かに暴力的でわがままで素直じゃないハルヒよりも、 お前のような素直で女の子らしいほうがいいと思っていた」 「それじゃあ!」 「でも、違うんだ。俺にとって大事だと思うハルヒは、ありのままのハルヒだ。 確かに暴力的だし人の話も聞かないし女の子らしくないわで良いところはどこだと聞かれたら 正直どう答えたらいいかわからないが、それでも俺はありのままのハルヒを選ぶ」 クローンのハルヒは俯いてしまう。 「俺には初めから選択肢なんてなかったんだ。選択する権利もないし、必要もない。 初めからそういうハルヒに俺は惹かれていたんだからな」 「……そっか」 ハルヒは立ち上がって数歩前に進むと、ゆっくりとこちらを振り向いた。 「あたしだったら、もっとキョンのことわかってあげられる自信あるよ。 SOS団だってもっと楽しくなる! あの三人とだってきっと上手くやっていける!」 「ハルヒ……」 「だから……」 ハルヒは笑顔を作っていたが、その頬を涙が伝っているのは暗い中でもわかった。 「あたし……消えたくないよ……キョンと……もっと楽しいことしたり、一緒にいたいよ……」 次の瞬間、ハルヒの体が淡く光ったかと思うと、その体がまるで透けるように薄くなり始めた。 「……キョン、最後のお願い……あたしのこと、抱きしめて」 「しかし……」 「大丈夫、後はもう消えていくだけ……だから、お願い」 俺は立ち上がると、ハルヒの背中に手を回した。 すでに感覚も薄れ始めていて、人に触っているという感覚とは少し違っていた。 「……暖かい」 「すまなかったな」 「今更謝らないでよ。あたし、短い間だったけど、キョンと一緒に過ごしたこと、絶対に忘れないから」 ハルヒの体はどんどんとその色を失っていく。 「また……いつか会えるよね?」 「ああ、会えるさ」 「そのときは、あたしも……」 消えかけていくハルヒは最後にこう言った。 「キョン。ありがとう」 翌日、肉体的にも精神的にも疲れていた俺は学校が休みに入ったことをいいことに布団から出ずに寝ていた。 気がつくと12時近くになっていたので飯でも食おうかと一階に降りていくと、 聞きなれた声がリビングのほうから聞こえてきた。 「あー、何よこれ! 結構難しいわね」 「ハルにゃんがんばれー!」 なぜかハルヒが妹とテレビゲームをしている。 「おい」 「あ、キョン君!」 「あんた、やっと起きたの? 春休みだからって気抜きすぎよ! たるんでるわ!」 いつもどおりのハルヒである。 「お前、体調はもういいのか?」 「あたしを誰だと思ってるの? SOS団の団長は風邪なんかでへこたれたりしないのよ!」 そうかい。で、 「何しに来たんだ?」 「遊びにきまってんじゃない! 後で古泉君もみくるちゃんも有希も来るわよ!」 まるで俺の家を私物化である。 「ったく、勝手に決めるなよな」 俺は苦笑いをして着替えをするために部屋へと戻った。 着替えの最中にドアが蹴り破られんばかりに開かれたかと思うと、ハルヒが立っていた。 「あ……」 上半身裸の俺を見てなぜかハルヒは赤面している。自分の着替えを男子に見せるのは平気なのに、 男の裸を見るのは恥ずかしいのか、偏った趣味だな。 「何が趣味よ。それより、昨日あんたが保健室に来てその後のこと、ほとんど覚えてないのよね。 気づいたらあんたいなくて、古泉君が車で送ってくれるって言って家で寝てたら急に元気になってきたのよ」 ほー、いい薬でも飲んだのか。 「薬なんかに頼るほどひ弱じゃないわ。それに、変な夢見たりしてあんまり良い気分じゃなかったわね」 そりゃ、あれだけのことがあって気分が良いなんて言えるほうがおかしいってもんだ。 そんな俺も昨日のことはかなりこたえた。 はっきりさせたって意味では解決したのかもしれんが、二度とはごめんだ。だから、 「ハルヒ」 「ん、何よ」 「俺は、お前みたいな奴と出会ってここまで無茶苦茶なことやってきたりしたが、 後悔なんかしていないし、本気でお前のことが気に入らないと思ったことはない」 「なに? どういう意味よ」 「俺は今のままのお前が好きなんだ。だから余計なこと考える必要はないと思うぞ」 ハルヒは先程よりも顔を真っ赤にさせたかと思うと完全にそっぽを向いてしまった。 「ば、馬鹿じゃないの? 何よいきなり……」 「まあ、そこに少し素直さがあればもっといいかもしれんが」 「す、素直って……」 ハルヒはそれから頭を抱えたり地団駄を踏んだりと今にも暴れそうになっていたが、 「時計……」 ん? 時計がどうしたんだ。 「時計……あげたでしょ。それで十分でしょ! それとも、あたしとあんたの間でそういう言葉が必要?」 ハルヒなりに譲歩した言葉だったのだろうけど、俺にとってそれは最もわかりやすい言葉だったし、 ハルヒの気持ちも伝わってきたからよしとしよう。 お前が言うな、とはさすがに言えないからな。 「いーや。確かに、言葉なんかいらんな」 「ふん」 そう、言葉なんて初めから必要なかったんだ。 俺とハルヒの間にはな。 しかしなんだ、そういう自信が持てなかったというのはお互い様だったと思うし、 もう一人のハルヒがその自信を俺たちに与えてくれたのかもしれない。 全くもって俺に平穏な日々を与えてくれないハルヒであるが、 それを含めて俺はできる限りこの団長様を支えていくつもりだ。 それが、あの消えてしまったハルヒに対する俺なりのけじめだと思うからさ。
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第 四 章 情報爆発から一夜が明けた。 俺はこれからの行動計画を考えた。俺がすべきことは大きく分けて三つある。 機関を立ち上げること。 未来人がTPDDを得るきっかけを与えること。 そして、ハルヒを救うこと。 さらに俺には絶対に避けなければならないことがあった。 ひとつは当然ながら、自らが既定事項を崩す行動を取らないことだ。 俺の誤った行動によって、未来が俺の知る元の未来と変わってしまえば、全てが水の泡だ。 そして、もうひとつはさらに重要だった。 情報統合思念体に、俺の存在を知られることは絶対にあってはならない。 老人の話を信じるとすれば、書き換えられたこの歴史では、情報統合思念体は俺の存在を知らない。ハルヒの周辺に関する記憶を全て抹消すると言っていたからな。 気をつけなくてはならないのは、俺がTFEI端末に不用意に接触することだ。 たとえそれが長門であってもだ。 もし俺がTFEI端末の周囲に近けば、奴らは俺の記憶を読み取るのに些かの労力も必要としないだろう。 そして俺が情報統合思念体を消滅させる意図を持っていることを奴らに知られれば、俺はかなりまずい状況に立たされる。 情報統合思念体から攻撃を受けることは容易に想像出来る。 過去の長門の行動から推測すれば、おそらく記憶を読むのに必要な距離は半径十メートル程度だろう。 長門は最終的には俺と行動を共にし、ハルヒを救うために情報統合思念体の抹消を提案してくれた。だがそれはあくまでも卒業式以降の歴史である。 それ以前の長門に俺の意志を知られることによって、長門が俺の敵にならないという保障はどこにもない。 長門を敵に回すなんてことは俺には絶対に考えられなかった。 TFEIだけではない。未来人や超能力者、その他一般人を含めた誰にだろうと、今の俺に過去の俺の面影を見出されることは好ましくない。 そういうわけで、俺は髭を伸ばし、目が弱いという理由でサングラスをかけ続けることにした。怪しげな組織の創設者には怪しげなスタイルが似合うのさ、おそらく。 次に俺は、世界と歴史、とりわけハルヒの周辺が情報統合思念体によってどのように改変されているのかを確認することにした。 ハルヒがどこの高校に入学しようとも、俺は最終的に北高に行くように歴史を修正するわけだが、それでも今ハルヒがどこにいるのかを知る必要はある。 ハルヒの周囲には観察のためのTFEI端末がいるはずだ。 俺がハルヒの居場所を知らないがために、迂闊にハルヒの周囲に近づくということは、すなわちTFEI端末に発見される危険性が高まるということだ。 俺は、この時代から三年後の北高の入学式、つまり俺たちが北高に入学した日の登校時間に移動した。 おそらくハルヒは北高には入学しないだろう。 情報統合思念体が全ての歴史を書き換えたのだとすれば、ハルヒがジョン・スミスに会う歴史は生まれていないはずだ。 だが俺は一応の対策として、北高の近くを見張るのは避け、登下校ルートが見渡せる建物の屋上を探し出し、そこから双眼鏡で観察することにした。 学生たちをつぶさに観察出来るほど双眼鏡の倍率は高くなかったが、それでもその中にSOS団メンバーが混じっていればすぐに解るだろう。 三年間ずっとつきあってきた。例えそれが双眼鏡越しの後姿だとしても、俺は一目で判別する自信がある。 予想どおり北高にハルヒの姿はなく、長門の姿も見当たらず、大汗をかきながら暗澹たる気分で坂道を登る高校一年の俺の姿しか発見出来なかった。 入学式の日は新一年生のみの登校であり、朝比奈さんの姿は当然確認出来なかった。 だが翌日もおそらく朝比奈さんは来ず、しばらく経って古泉が転校してくることもないだろう。まだ未来人組織も古泉たちの機関も出来ていないんだからな。 では朝比奈さんと古泉は解るとして、ハルヒと長門はどこだ? 俺は時間移動で再び登校時間に戻り、ハルヒの家から比較的近い、市内の高校をひとつずつ同じ方法で調査することにした。 さっき北高の通学路を張っていた俺と同じ時間平面に来ている。 つまりこの時間平面には今の俺と北高を張っている俺の二人がいるわけだ。 無駄にややこしい。俺はまず、文化祭の映画撮影で使ったロケ地である朝比奈さんが突き落とされた池に程近い、学区内では一番の進学校に向かった。 長門が世界を改変したときとは違い、光陽園女子が俺の知る中高一貫のお嬢様女子高のままならば、ハルヒにとってその進学校が最も適切な選択のはずだ。 双眼鏡の視界を校門付近に固定し、しばらく観察を続けた。 見つけた。 これから始まる学校生活への不安や期待を一様にその表情に浮かべる新高校生の中で、ただ一人だけ、俺が初めて会ったときと同じ100%混じり気なしの不機嫌イライラオーラを放出し続けている、見慣れた黒髪の女の姿を。 そして、同じ高校に朝倉と喜緑さんの姿も発見した。 だが長門の姿は見えなかった。長門はハルヒの監視役。 ハルヒがそこに通うのであれば、長門も当然ながら同じ学校に通うのが筋というのものだ。なぜ長門はいないんだろう。 俺には他にも気になっていることがあった。 今の歴史では、俺とハルヒの将来はどうなっているんだ? 俺は、俺が元いた時代、つまり俺とハルヒが結婚していた頃に移動した。 予想どおりだった。俺とハルヒは結婚していない。当たり前だ。 北高での出会いがなければ、俺とハルヒの人生には永遠に交差する点は訪れないだろうからな。 そしてこの歴史では俺は大学には行かず、専門学校を卒業したものの、就職難でフリーター真っ只中にいた。なんてことだ。俺はあらためてハルヒの補習授業のありがたみを実感した。 では一体ハルヒはどこにいる? 俺はハルヒの実家を遠くから見張ってみた。 だがいつまでたってもそこにハルヒの姿は見出せなかった。 次に一年間時間を遡ってみた。そこには大学に通う、さっき進学高で見たのと同じ、混じり気のない不機嫌な表情そのままのハルヒがいた。 そこからさらに半年間時間を進める。大学卒業前のハルヒを発見した。 なるほど、ならば大学を卒業してすぐに引越しでもしたのか? そうしてハルヒがいなくなった時期を少しずつ絞り込んでいき、ようやく真実にたどり着い た俺は、あまりのことに茫然自失した。 ハルヒの実家にかかる鯨幕。訪れる弔いの人影。外側からわずかに見える祭壇。 ハルヒの写真。 ハルヒは大学を卒業してしばらく後に、やはり原因不明の難病で命を落としていたのだった。 俺は直感した。何らかの理由で情報統合思念体が自律進化の可能性を捨て、不確定要素であるハルヒを亡き者にしたのだろうと。 過去のハルヒは高校一年の五月と高校三年の二月、二度世界を作り変えようとし、そしてそれは俺の存在により未遂に終わった。 だがこの歴史では、ハルヒを止められる者はおそらく誰もいない。 情報統合思念体は、自律進化の可能性と世界改変による自らの消滅の可能性を天秤にかけた末に現状維持を望み、世界改変を未然に防ぐためにハルヒを死に至らしめたのだ。 奴らは情報爆発以降のハルヒへの手出しは危険と言っていたが、この歴史ではこういう判断を下したのだろう。 これはあくまでも想像でしかない。 だがやつらの動機としては十分に考えられることであり、 他にハルヒが原因不明の病気になる理由は考えられない。 暴走した長門が世界を変えてしまった時の喪失感、そのときとは比較にならないほどの感覚を俺が襲っていた。 情報統合思念体によって、俺は一番大切な思い出を奪われ、一番大切な人を二度も殺されたのだ。 こんな未来など俺は絶対に認めない。認められるはずがない。 俺とハルヒが北高で出会う歴史を作るためには、あの七夕でのジョン・スミスとの出会いが必要だ。 それだけではない。俺がハルヒと結婚する未来を確実にするためには、おそらく俺の知る過去の事象を全て「既定事項」として作り出さねばならないはずだ。 俺は今日の時間移動であることに気づいていた。 俺が機関を作らずとも、世界は終わっていない。 俺が作らなければ、他の誰かが元の歴史とは別の超能力者組織を作るのだろう。 だがそれで古泉が北高に入学する保障はどこにもない。 やはり機関は鶴屋さんの言葉どおり俺が作るべきなのだ。 俺はこれから、歴史を改変する度に、その結果を検証しなければならない。 歴史というブラックボックスに対して改変というインプットを与えた際に、アウトプットと なる未来がどう変化するのかを理解する必要がある。 結果を正しくフィードバックしてこそ、正しい歴史を作ることが出来るのだ。 そして検証作業を今日のように俺一人の手でおこなうのは、今後は不可能となるだろう。 ハルヒが北高に入学すれば、その後は北高内部の情報収集が不可欠だ。 だが俺自身はTFEI端末に近づけないという理由でそれを出来ない。 つまり、俺には情報収集を肩代わりしてくれる存在が必要だ。 ならば最初にやるべきことは決まった。 俺は機関を立ち上げることを最優先課題にすることにした。 その日の夜、機関創設に関する当主との打ち合わせが開かれた。 まず俺は、鶴屋さんに正体がバレたこと、一応の口止めをしておいたことを正直に明かした。 当主は笑いながら、 「あれは異常に勘のよい娘でして、私も昔からよく困らされております。ただ物事の本質や何が大切かということもよく解っているようです。口の堅さは保障しますので、どうかお気になさらずに」 と言って許してくれた。日々、物理的に頭が下がりっぱなしである。 俺は機関創設計画の草案と、それに伴い必要になるであろうことについて話した。 何よりもまず超能力者を探し出してそれを集める必要があること。 閉鎖空間の発生とともに、超能力者がすぐに対応出来る体制をつくること。 超能力者とは別にハルヒの監視役が必要なこと。 未来人や情報統合思念体などの別勢力に関する情報収集をおこなう人員が必要なこと。 その他、雑務をこなすための人員が必要なこと。 それらを実現するために、信頼のおけるスポンサーを集める必要があること。 当主はひと通り聞き終えると、俺の意見に全面的に同意してくれた。 「閉鎖空間が発生した際には、よろしければご招待します。是非一度ご覧いただき、その目でお確かめください」 「それは実に興味深いですな。楽しみにしております。ああ、それと、」 当主はまたしてもありがたい提案をしてくれた。 「私も出来る限りの協力は惜しみませんが、とはいえ立場上常に時間を取れるわけでもありません。私の代わりにあなたをサポートする、言わば秘書のような者を紹介したいのですが。いかがでしょう?」 「ありがとうございます。何から何まで、本当に痛み入ります」 果たして一体俺は既に何度当主に頭を下げているだろう。 打ち合わせを終了し、俺は離れに戻って具体的な計画を考えた。 さて、その超能力者たちを一体どうやって探し出そうか。 俺は、俺が初めて閉鎖空間に連れて行かれたときのタクシーの中で、古泉が言ったことを思い出していた。 超能力者たちはハルヒによって能力に目覚め、それがハルヒから与えられたことを知っている。 超能力者たちは自分と同じ能力を持つものが自分と同時に現れたことを知っている。 超能力者たちは閉鎖空間の出現を探知でき、その中で自らが何をすべきなのかを知っている。 超能力者たちは神人を放置しておくと世界が終わってしまうことを知っている。 そしてそれらのことはおそらく昨日、ハルヒの情報爆発によって全ての超能力者にもたらされたはずだ。 超能力者たちはハルヒの存在を知っている。ハルヒの周辺を見張っていれば、彼らのうち誰かが何らかの目的でハルヒに接触を試みるかもしれない。 だが具体的にどこまでハルヒのことが解るのだろうか。 彼らはハルヒの所在まで特定出来るのだろうか。 俺の知る機関の連中はハルヒを神扱いしていた。仮にハルヒの居場所が解るとして、神に近づくなどという大胆な超能力者はいるだろうか。 いや、彼らは昨日今日能力を与えられたばかりで混乱しているかもしれない。 神に対して大それた行動に出ないとも限らない。 ならばハルヒのガードが必要になるかもしれない。 いや、どちらかと言えば超能力者のガードになるだろう。 超能力者の誰かがハルヒに危害を及ぼすのを放置すれば、TFEI端末に消される可能性も充分に考えられる。 他に超能力者と接触する方法として考えられるのは、閉鎖空間が発生したときに彼らを探し出すことだ。 彼らは閉鎖空間の出現だけでなく、場所までを正確に把握出来る。そして彼らは強制的に与えられた自らの使命を果たすべく、おそらくそこに集まるだろう。 そして俺もおそらくその発生を探知出来ると考えられる。 いつかの野球場で古泉や長門とともに朝比奈さんが見せた態度、あれは閉鎖空間の発生を感じ取ってのことのはずだ。 だが閉鎖空間はいつ発生するんだ? 未来に飛んで閉鎖空間の発生時間を調べてみるにしても、飛んだその時に閉鎖空間が発生していない限り、俺にはそれを探知する術はない。 どうやらこちらの線は閉鎖空間の発生を待ったほうがよさそうだ。 とにかくどちらの方法でもいい。誰でもいい。 一人でも超能力者と接触出来れば、そこから芋づる式に超能力者は見つかるはずだ。 翌日、俺は閉鎖空間の発生までハルヒを監視することにした。 ただ待つだけというのはどうも性に合わない。 ハルヒは既に小学校を卒業していたため、俺はハルヒの実家を張ることにした。 仮に超能力者の誰かがハルヒに近づくとすれば、ハルヒの外出時を狙うだろう。 ハルヒの家の周辺を見渡せて、かつハルヒを監視する俺以外の存在から見つからないであろう監視場所を探すのには苦労した。 ただでさえ高所から双眼鏡を使って監視するのだ。 TFEI端末でなくとも、一般人に見つかれば警察に通報されるかもしれない。 時間移動で難を逃れられるとはいえ、無用なトラブルは避けるべきだ。 俺は一時間ほどかけてようやく監視に適した場所を見つけ、ハルヒの外出を待った。 一分置きの時間移動を繰り返し、十秒間監視をおこなう。 外出するなら朝の七時から夕方五時くらいまでだろう。 その十時間を約二時間弱で監視する計算になる。 初日にはハルヒは結局一度も外出をせず、俺はその翌日から三日後まで順々に飛び、同様に監視を続けた。 ハルヒは一度だけ外出し、俺はしばらくそれを尾行したが、結果は芳しくなく超能力者らしい人影は現れなかった。 俺は元の時間平面、つまり情報爆発の翌々日の夕方頃に戻った。朝頃に戻っても構わないのだが、あまり実際の活動時間とズレるのは体内時計によくなさそうだ。 「紹介します」 翌日、当主にサポート役として引き合わされた女性を見て、俺はまた腰を抜かしそうになった。 年齢不詳の美女。あるときは別荘のメイドとして、あるときはカーチェイスの末に敵対勢力を追い詰め、その能力を遺憾なく発揮したあの人が目の前に立っていた。 「はじめまして。森園生と申します」 俺は実感した。少しずつだが、確実に歴史は俺の知るものと繋がりつつある。 森さんはこの時点で既に様々な技能を身につけていた。秘書能力、あらゆる事務能力などに加え、諜報能力、六カ国語を使いこなし、武術にも長け、射撃に関してもひととおりの心得があるとのことだった。ところで射撃って一体何だ? 森さんは、スーツの左側を開いてみせた。内側にホルダーが備え付けらており、その中にはすぐさま使用するのに何の不都合もないであろう状態で拳銃が収まっていた。 朝比奈さん(みちる)を誘拐した連中とのカーチェイスの際、俺が森さんに底知れない何かを感じたのは間違いではなかった。やれやれ、一体森さんはどういう経歴の持ち主なんだ? どこかの諜報機関の女スパイか何かなのだろうか。 そして、森さんのような人材をたちどころに調達することの出来る当主が一番底知れない人物であるのは言うまでもない。 既に森さんは当主から大方の説明を受けていた。俺が未来人であることを除いて。 「機関のエージェント確保やスポンサー探しについては、当主が当たってくれています。我々は、当面は超能力者を探し出すことに重点を置きます」 森さんにハルヒの監視を引き継ぐことにした。ハルヒの身の回りに超能力者らしき不審な人物が接触を図る素振りがあれば、ただちに制止して尋問して欲しいと。 俺は遠くからハルヒを監視することは出来ても、ハルヒに近づくことは出来ない。 おそらく、ハルヒの周辺を監視しているTFEI端末がいるだろうからな。 俺が以前、朝比奈さんに連れられて長門のマンションに行ったとき、つまり俺が中学一年の頃の七夕のときには、長門は既に北高の制服を着ていて、俺が高校一年のときに見たそのままの姿だった。 そして長門は三年間あのマンションで孤独に待機していたのだ。 おそらく長門・朝倉・喜緑の三人は高校専用のTFEI端末で、今この時代の彼女たちは待機モードであり、今のハルヒや中学生のハルヒを監視するための別のTFEI端末が存在するのだと思われる。 既にこの三日分の観察は終わっているため、理由は言わずに、四日後から監視に入って欲しいと告げた。 俺は、田丸氏の存在を思い出し、別荘の線で田丸氏とコンタクトが取れないか調べることにした。 一週間かけて、高一の夏休み序盤に招待された、あの島の所有者の変遷と身辺を調査した。だが、結局そこに田丸氏らしき人物は見出せなかった。 どこかの山中に俺は立っていた。暗い。 得体の知れない寒気のようなものを感じる。 森に囲まれた平地に、おぼろげに噴水が見える。 わずかな光に照らされた全てのものは、その色を失っていた。 背後から聞いたことのある少女の泣き声。振り返る。 広場の一角に、ひときわ明るい光に包まれた人形が立っていた。 人形はどこか寂しげな様子で、あたりを見回している。 やがて人形だったそれは、光を失いながら霧のように拡散していった。 また夢を見た。夢の中の泣き声は、前に見た夢と同じ持ち主によるものだった。 この夢は誰が見せているものなのか? ハルヒ、お前なのか? それからしばらくして、夢の意味が解った。 遂に閉鎖空間が発生した。ハルヒの中学校入学式の夜。 ハルヒよ、お前は中学に入っていきなりイライラを爆発させちまったのか? 予想通り俺は閉鎖空間の発生を探知することが出来た。 時空振動に似た感覚が俺を襲った。 だが俺にはその場所が特定出来なかった。 振動を感じ続けてはいるものの、震源地の方角すら解らなかった。 俺はやはり夢にかけてみることにした。なぜなら、あの夢の中で感じていた寒気と同じものを、俺が今実際に感じているからだ。 当主を閉鎖空間に案内するのは次回以降でよいだろう。 現時点では俺にだって閉鎖空間を探し当てられるという保証はない。 森さんに連絡を飛ばす。 「閉鎖空間が発生しているようです。車を手配してすぐに来れますか?」 「了解しました。五分で到着します」 そう言った森さんは、本当に五分きっかりに鶴屋邸前に到着した。 「どちらへ向かいますか」 夢の中のおぼろげな風景。だが、俺はその風景に確かに見覚えがあった。 森さんの運転する車で向かった先は、SOS団の映画のロケ地、あの森林公園だ。 十分ほどで到着した俺たちは、駐車場に車を停め、さらに徒歩で三十分かけて噴水のある広場まで登った。 朝比奈さんと長門の対決シーンを撮った広場。そして朝比奈さんがレーザーを発射し長門に押し倒されたあの場所。 おそらくここで間違っていない。広場内の他の場所よりも、この場所で特に例の寒気を顕著に感じるからだ。 「ここに閉鎖空間が発生しているのですか?」 森さんが不安げに俺を見る。彼女の不安はおそらく閉鎖空間という得体の知れないものに対してではなく、本当にこの場所で大丈夫なのかという、俺に対する不安であろう。 「確証はないですが、こことは別の次元のこの場所で神人が暴れています。そして超能力者たちは今まさに神人との初めての戦闘をおこなっているはずです。神人を倒せば閉鎖空間は消え、超能力者たちが現れます」 これで俺の見当違いだったらかなり申し訳ないな、と思いつつも俺たちには待つ以外に方法はなかった。 あまり口数の多くない森さんとの気詰まりを感じながら、二時間ばかり待っただろうか。 不意に寒気が消えた。 と同時に俺たちがいる場所を取り囲むように三人の男性が突如として現れた。 そこに古泉の姿はなかった。 それぞれ二十代後半、ハイティーン、ミドルティーンと言ったところだろうか。 彼ら三人には神人との戦いを通じて既に共通認識が芽生えているようだった。 そして、そこに異端の者として俺たちが突っ立っている格好だ。 OL風スーツに身を包んだ女性と、やはりスーツ姿にサングラスと髭面の男が、こんな夜中にこんな山中に立っているのだ。これはもう、誰がどう見たって怪しい。 俺は、ひとまず敵意のないことを示すため、彼らに微笑んで見せた。 森さんはと言えば、実に見事なエージェント的笑顔を向けていた。 それは鏡を見て練習でもしたんでしょうか? しかしながら、超能力者三人はあからさまに俺たちを警戒している。 まあ当然の反応だろう。 「俺の話を聞いてくれませんか」 「お前は何者だ」 年長と思われる超能力者が俺に歩み寄った。 俺は彼らの気持ちを考えてみた。きっと今の状況を不安に思っているに違いない。 ハルヒによって何の前触れもなく突然能力を与えられ、その使い方を理解し、否応なく薄気味悪い夜の山中に出向かされ、さらに薄気味悪い空間で神人と戦わなければならない彼らの心境を考えれば、にこやかに話に応じることなど出来るはずもない。 心の底から気の毒に思う。 「俺はあなたたちの味方です」 「お前は俺たちのことを知っているのか」 「あなたたちがどこの誰なのかを知っているわけではありません。ですがあなたたちが何故ここにいるのかは解ります」 三人は顔を見合わせた。 「どうやってお前を信じればいい」 「あなたたちに能力を与えた涼宮ハルヒを知る者、と言えば信じていただけますか?」 その名前を聞いて、彼らは納得したようだった。 「解った。話を聞かせてもらえるか」 俺は超能力者を集めた組織を作る予定であること、そのメンバーに加わってもらいたいということ、閉鎖空間の発生とともに超能力者が出動出来る体勢を整える予定であること、超能力が消滅するまでは責任を持って生活を保障すること、などを伝えた。 森さんは名刺を渡すとともに彼らの連絡先を確認し、詳しいことは明日にでもこちらから連絡する、とを伝えた。 俺たちは、北口駅前近くのビルの二フロアを借り、そこに機関の本部を構えた。 超能力者やエージェントが増えるにつれ、ここもいずれ手狭となるかもしれない。 超能力者は他の超能力者の存在を知ることが出来る。最初の三人を無事仲間に加えることが出来た俺たちは、それを頼りに他の超能力者を次々と探し出した。 だが古泉はなかなか見つからなかった。 「まだ残りの能力者の所在は掴めませんか?」 「残念ながら、進展なしですね」 俺と話しているのは、森林公園で会った三人のうちの年長者で、今は超能力者たちのリーダー的存在の人物だ。 「見つけ出せない理由はおそらくですが、本人が能力に気づいていないか、あるいは自らの能力を受け入れていないか、のどちらかでしょう。ですが能力に気づいていないというケースは今まで発見された能力者では該当者はいません。私たちと同様に能力を身につけた者は、自分に何が起こったか、何をすべきかをその瞬間に理解しいるはずです」 「残された超能力者は後何人くらいいそうですか?」 「私たちには残りの能力者の場所は解らなくとも、存在はなんとなく解るんです。感じると言いますか。これは既に集まっている能力者共通の意見ですが、この世界で同じ能力を持つものはおそらく十人程度と考えられます。現在のところ機関に所属している能力者は八名。つまりおそらくあと一、二名の能力者が残っているということになります」 あの卒業式の三日前に発生した大規模閉鎖空間では、機関と敵対勢力の超能力者を併せて二十人以上はいたはずだ。つまり、こちらの超能力者からは敵の超能力者の存在は感じ取れないということになる。 ハルヒによってあらかじめ敵、味方となる勢力を決められていたということだろうか。 「最初の閉鎖空間に向かったのはご存知のとおり私たち三名だけでした。私たちは早くから与えられた能力と役割を受け入れていたので、お互いがどこにいるかがすぐに解ったんです。それ以外の者はまだ覚悟が出来ていなかったんでしょうね。能力を受け入れていない者、つまり心を開いていない者の場所はこちらからでは解りません」 発見されていない能力者、つまり古泉はまだその能力を自ら認めていないということか。 「彼らの気持ちは解りますよ。私だって突然自分に未知の能力が身について、混乱しなかったと言えば嘘になります。ですが私は何事も楽観的に考えるタイプでして。逆に深刻に物事をとらえるタイプの人間にとっては、これはかなり辛いことだと思います。最初の閉鎖空間が発生しているときは、彼らは大変な葛藤をしたと思いますよ。想像してみてください。自分が異能の存在になってしまったことを認めたくない、閉鎖空間や神人はもちろん怖い、でもそれを放置すれば世界が終わってしまうかもしれない。これは相当な恐怖ですよ」 古泉は今もそういう日々を送っているはずだ。 「おそらく残された能力者の取る道は三つです。他の能力者と同じく覚悟を決めて能力を受け入れるか、このまま恐怖に押し潰されて自ら命を絶つか、あるいは閉鎖空間や神人発生の原因である涼宮ハルヒの殺害を謀るか、です」 古泉は言っていた。 「機関からのお迎えが来なければ、僕は自殺してたかもしれませんよ」 と。 迎えに行けるものならすぐにでも行ってやりたい。 だがお前からシグナルを発してくれなければ、こちらからは打つ手がない。 森さんによるハルヒの監視は継続していたが、やはり古泉が姿を現すことはなかった。 もし古泉がハルヒの殺害を意図すれば、こちらが保護する前にTFEI端末に消される恐れだってある。 既定事項では古泉は無事に機関に入るはずだが、今の歴史の流れでそうなる保障はどこにもない。 その数日後、もどかしい気持ちで過ごした日々はようやく終わった。 四度目の閉鎖空間が発生したその直後、リーダー格の彼から連絡があったのだ。 「今さっき、未発見の能力者一名の微弱な波動を感じました」 「了解です。森さんを能力者の確保に向かわせます。位置把握のために能力者を誰か一名使いますが、そちらは大丈夫ですか?」 「閉鎖空間の方はなんとかやってみます。規模はそれほど大きくないようですので、いけると思います」 「解りました。よろしくお願いします」 俺は直ちに森さんと能力者を手配し、波動の発信源へと向かわせた。 「氏名、古泉一樹。性別、男性。年齢、十二歳。××市立××中学の一年。発見時に極度の衰弱と精神錯乱を確認」 なんとか神人の迎撃を完了した後、俺は本部の一室で森さんからの報告を受けていた。 「随分暴れまして、保護するのに手間取りました。『僕は行きたくない』とずっと繰り返して おりまして。現在下のフロアの宿泊施設に収容しています」 「今は様子はどうですか」 「依然、精神錯乱が見られます。落ち着くまではしばらく機関で保護したほうがよいかと思われます」 「今会って話せますか」 「今日は見合わせて明日以降がよいですね」 森さんの報告によると、古泉は能力発現からずっと学校を休んでおり、つまり中学には一度も登校せず、家から出ることすら出来ない状態だったらしい。 古泉は今まで発見された超能力者の中でも最年少だった。 混乱が激しいのも無理はない。 翌日俺は本部に赴き、森さんとともに古泉と面会した。 ドアを開けたそこにはベッドの上で膝を抱え、うずくまる少年の姿があった。 「あんたたちは一体何なんだ」 俺たちに気づくと少年は顔を上げ、懐疑的な色の目を向けた。 顔つきこそまだ幼いが、それは確かに古泉だった。 俺の知る古泉とは異なり、随分と口調が荒いが。 「俺たちは君の味方だ。森さんから説明があったと思うが、君に俺たちの組織に入ってもらうために来てもらった」 「何だよ、涼宮ハルヒってのは。何で僕がそいつのせいでこんなに苦しまなくちゃならないんだ」 すまん、古泉よ。それは将来の俺の嫁だ。俺からも詫びを入れたい気分だ。 「こんな言葉で片付けるのはあまり好きじゃないが、これが運命だと思って受け入れてくれ。涼宮ハルヒのことだけじゃなく、俺とお前がこうして出会うことも含めてな」 「わけ解んないよ! 僕は嫌だ。あんなところには行きたくない」 まるで説得の糸口が見つからない。 「悪いようにはしない。しばらくここで俺たちの活動内容を見てから考えてくれればいい。他の能力者と話し合うのもいい」 「うるさい!」 しばらく説得を続けたが、俺の言葉は全く受け入れられなかった。 部屋を出ると、能力者のリーダーが待っていた。 「彼の様子はどうです?」 「かなり精神的に追い詰められているみたいです」 「無理もないですね。どうかご理解ください。私たちは涼宮ハルヒという鎖に縛られています。涼宮ハルヒは私たちに無理やりに能力を与え、神人という恐怖により絶対的服従を誓わせた、そういう存在です。そして私たちは涼宮ハルヒの精神状態によって右往左往させられる、実に惨めな存在なのですから」 ハルヒも無意識的にとは言え、随分罪作りなことをしたもんだ。宇宙人や未来人を集めるのは構わない。奴らは最初から宇宙人や未来人だ。 だが超能力者は違う。元はと言えば普通の人間だ。 それを勝手に超能力者に作り変え、おまけに自分のイライラを解消させるために使うんだからな。 「様子を見るしかないでしょうね。私たちも彼を落ち着かせられるようにしてみますので。彼は同じ能力者仲間ですからね」 数日後、森さんからの経過報告を受けた。 「あまり芳しくないですね」 「今はどういう状態ですか」 「精神状態は比較的安定傾向にあります。ですがまだ神人と戦える状態ではありません」 「つまり、どういうことです?」 「他の能力者の意見では、単純な問題でもないようです。神人への過度の恐怖心が原因でまだ完全に能力が発現していない状態とのことです。逆に、能力が発現していないからこそ恐怖心が余計に募るのかもしれない、とも。最悪の場合、ずっと能力が発現しないままの可能性もあると言ってました」 そうなると、俺の知る歴史には至らないんだが。これはどうしたものか。 古泉の部屋に赴く。 「よお、調子はどうだ。オセロでもやらないか」 古泉は軽く俺を睨んだが、ずっと部屋にいて退屈だったのか、誘いに応じた。 「ルールは解るか?」 無言でうなずく。 「どうだ、だいぶ落ち着いたか?」 無言でうなずく。 「他の能力者とは話してみたか?」 無言で首を振る。 まるで長門を相手にしてるみたいだ。 精神状態が安定したと言っても、こんな状態だといかんともしがたい。 ちなみに二ゲームやったが、この古泉も俺のよく知る古泉同様、ゲームは激しく弱かった。 あることに気がついた。森さんも古泉もそうだが、俺はそれをてっきり偽名だと思っていた。 怪しげな機関に所属するものが本名など使うはずがないと。 そんな疑問をそれとなく森さんに聞いて見た。 「これから起こることを考えれば、涼宮ハルヒの周辺にはプロ中のプロが集まります。相手がその気になれば身元など簡単に割れます。私たちが同じくそう出来るように。ならば本名を使った方が、余計な手間が省けます」 なるほど。エージェントの世界というのも色々と奥が深いものなんだな。 つまり俺は表立って機関に関わるのを極力避けた方がよいということだろう。 それからしばらくして、五度目の閉鎖空間が発生した。 俺は一計を案じ、古泉のいる部屋へと向かった。 「何ですか? 僕をどうしようっていうんですか?」 古泉はやっと普通に話せる状態には回復していた。 「今からちょっと付き合え」 古泉は明らかに怯えた顔で、 「僕をあのわけの解らない場所に連れて行くつもりですか?」 俺だってそのわけの解らない場所に何も知らないまま連れて行かれたんだぞ。 しかも連れて行ったのは誰あろうお前だ。 「なに、心配しなくていい。俺が閉鎖空間を見物したいだけさ。それに今日はお客様もいる。お前の力を借りたい」 「嫌です。僕はそんなところに行きたくない」 「神人退治をしろと言ってるわけじゃない。そこまではさせないさ。それともまだ逃げ続ける気か?」 「僕が何から逃げていると言うんですか」 俺の言葉にうまく乗ってきた。年下の扱いは昔から得意なんだ俺は。 性格をよく知る古泉相手ならなおさらだ。 「解ったよ。とにかくついて来い」 能力者への指令を森さんに任せ、俺は機関の車に古泉を乗せた。 「どこに向かうんですか? あの場所とは方向が違いますよ」 「さっき言っただろう。今日はお客様がお見えになる。粗相のないようにな」 到着したのは鶴屋邸。 お客とは以前から閉鎖空間に案内すると約束していた当主のことだ。 「やっと閉鎖空間とやらを拝めますな。楽しみにしてます」 「こいつが今日俺たちを閉鎖空間に案内してくれます」 俺は古泉を紹介した。 「ほほう、それはそれは。ご苦労ですがよろしく頼みますよ」 柔和な笑みを浮かべる当主に、古泉も安堵の表情を見せた。 これで少しは緊張がほぐれてくれればいいが。 しばらく車を走らせた先は、奇しくも俺が最初に古泉に連れて来られた場所と同じだった。 「壁の位置がどこだか解るか?」 「そこの交差点の歩道の丁度真ん中です。でも、能力者以外が入ることが出来るんですか?」 「出来るさ。俺たちだけでは入れないがな。だからお前をつれてきたんだ。侵入の方法は解るな? ならば俺たちを入れるのも簡単だ」 「解りますが……、僕はすぐに外に戻りますよ」 「ああ、構わない。よろしく頼むぞ。」 「では、しばらく目閉じてください」 俺と当主は古泉の指示に従い、古泉は両手でそれぞれ俺と当主の手を握った。 「行きます」 以前と同じように、古泉に手を引かれて俺たちは閉鎖空間に侵入した。 入るなり、瞼の奥に強い光を感じた。 目を開く。眼前に青い光の塊が広がっていた。 距離にしておよそ十五メートルほどだろうか、目の前に神人がいやがった。 近すぎる。予想外の展開だ。 「やばいぞ、脱出する。古泉、行けるか?」 返事がない。古泉は神人をじっと見つめたまま硬直していた。 「聞こえてるか!? 出るぞ!」 俺の問いには答えず、古泉は神人を仰ぎ見たまま動かない。 まずいことになった。少しずつ閉鎖空間に慣れさせようと連れて来たのが、これでは逆効果になりかねない。 だが、しばらくして古泉が発した言葉は見事に俺の予想を裏切ってくれた。 「綺麗だ……」 俺は長い付き合いを通して、古泉のことを少し変わった奴だとずっと思っていた。 その判断は正しかった。こいつはやはりどこかおかしい。 そして、荒療治は案外成功するかもしれない。 俺は左手で古泉の肩を叩き、右手で神人を指差してこう言った。 これで夕日でも落ちていれば、どこかの青春の一ページみたいなポージングだ。 「あれが神人だ。お前には釈迦に説法かもしれんが、あれの出現は涼宮ハルヒの精神状態が悪化していることを表している」 古泉が聞いているのか聞いていないのかは解らないが、構わず俺は続けた。 「つまりあれとの戦いは、やつのイライラとお前たちのイライラのぶつかり合いということになる。いずれやってみるといい。いいストレス解消になるぞ」 我ながら、かなりいい加減なことを言っていると思う。 「最初は大変だろうと思うが、慣れれば……そうだな、ニキビ治療みたいなもんだ」 これはお前が言った言葉だぞ、古泉。 俺は古泉の手が赤く輝き始めたことに気づいた。能力が発現したらしい。 「これは……?」 やがて古泉がかざした右手の上にハンドボール大の赤い光球が生み出されていた。 「それがお前に与えられた能力だ。試しに投げてみろ」 古泉は光球と神人をしばらく交互に見つめ、思い立ったように、滑らかかつ力強いフォームで光球を神人に向かって投げつけた。 そういやこいつは野球をやってたんだっけか。 それは見事に神人の腕に命中し、驚くべきことに神人の腕は粉々に砕け散った。 どうやら驚いているのは俺だけではなく、神人の周りを飛ぶ人間大の光球たちも、その動きでもって驚きを表現していた。 ルーキーが初打席で敵エースの決め球をバックスクリーンに叩き込んだようなもんだ。 そう言えばすっかり当主の存在を忘れていた。 振り返ると当主は相変わらずの笑顔でこの超常的な展開を楽しんでいるようだった。 この剛胆ぶりは鶴屋家の遺伝子のなせる技なのか? 「……あの飛んでいる光は?」 古泉は神人の周囲に群がる光点に気づいたようだ。 「あれはみんなお前の仲間だ。そしてこれから先お前にはもっと多くのかけがえのない仲間が出来る」 光球たちをじっと目で追う古泉に、 「そのうちお前もああいう風に戦えるようになるさ」 「どうやったら飛べるんですか?」 「それは俺には解らん。俺は能力者じゃないからな。だが他の能力者だって誰に教わったわけでもない。その気になればお前にだってすぐに出来るようになると思うぜ」 古泉は静かに目を閉じた。意識を集中させているようだ。 突然、古泉の体中から爆発するかのようにオーラが発生し、それはすぐさま球体となった。 古泉の体がふわりと浮いた。 「やってみろ」 光球が躊躇うかのように上下に揺れた。 しばらく後にそれは静止し、次の瞬間にはレーザー光のような鋭い軌跡で神人めがけて飛び立った。既に何度も見ている光景だが、その度に思う。まったくデタラメすぎる。 古泉の光球はそのまま神人の頭部を貫通し、神人は着弾点を中心に、外側へ向けて順々に光の霧となって崩壊した。 新たに加わった光球を温かく迎え入れるかのように、他の光球たちがその周囲を飛び回っていた。 閉鎖空間の消滅後、古泉は横断歩道の上でぐったりと座り込んだ。 俺は古泉の横に座った。 「お前がこの能力を与えられたのは偶然ではない。それがたとえ涼宮ハルヒによる理不尽な選択だとしても、それは全て意味のあることだ」 古泉は首から上だけをこちらに向けた。だがその目には輝きが生じていた。 「俺が保障する。この先何年間かは君にとって辛い日々が続くかもしれない。だがいずれそれを笑って話せるときが必ずやってくる。俺を信じてくれ」 古泉は二度まばたきし、そしてこう言った。 「解りました。今後ともよろしくお願いします」 こうして超能力者は集結した。 古泉は超能力者の数は世界中で十人くらいだと言っていたが、実は全員がこの周辺で生活している人たちだった。 ハルヒも随分と手近なところで超能力者を調達したもんだな。 逆説的に言えば、閉鎖空間はハルヒの近辺にしか発生せず、神人を撃退する者もこの周辺にいる必要があったということだ。 俺は、日本にしかやって来ないどこかの宇宙怪獣と、日本にしか存在しないどこかの地球防衛軍を思い出して、妙に納得した。 ある日、俺は鶴屋さんに図書館に誘われた。 「貸し出しカード失くしちゃってさっ。これから再発行に行くんだけど、ジョン兄ちゃんつきあってくんないっ?」 俺は機関創設に関する実務的な作業や、閉鎖空間の対応に追われていたが、たまには息抜きも必要だろう。 道路に面した側を俺が歩き、鶴屋さんに歩道側を歩くように促した。 「車に轢かれるからっかい?」 「それもあるが、車を横付けして誘拐されないようにするためだ」 「へええ? 色々考えてるんだねお兄ちゃん」 「前にもあったのさ、そういうことが」 朝比奈さんが誘拐された時のことを思い出していた。 あのときは森さんたちのおかげで難を逃れたが、ひとつ間違えば取り返しのつかないことになっていたかもしれない。あんな思いは二度とごめんだ。 連れてこられたのは、高校生の頃に長門と共に来た図書館だった。 「図書館の雰囲気っていいよねっ。家にも本はいっぱいあるけど、あたしはやっぱりこっちの方が好きさっ」 鶴屋さんがカードの再発行手続きをしている間、俺は長門と初めて来たときのことを思い出していた。 もうあれから七年以上経つ。市内不思議探索パトロールの第一回目、午後の部。 ハルヒ作成によるつまようじを用いた厳正なるくじ引き――それは場合によっては全く厳正に作用していなかったのだが――によって俺と長門とはペアを組み、明らかに時間を持て余した俺が長門をこの図書館に連れて来たのだ。集合時間を寝過ごしてしまった俺は、動かざること山よりも強固な読書集中モードの長門とともに集合場所へと向かうために、長門用の貸し出しカードを作り、本を借りてやったのだ。 思い出にふける俺に鶴屋さんは意味ありげな笑みで、 「お兄ちゃん、考えごと?」 「ああ、まあな」 「女の人のこと考えてたんじゃないっ?」 相変わらず勘がいいな。 「以前、俺の友達とここに来たことがあってな。そいつの貸し出しカードを作ってやったことを思い出してた」 「ふーん」 鶴屋さんには隠し事は通用しない。 だが鶴屋さんはいずれ北高に行き、TFEI端末と接触する機会がある。 鶴屋さんの記憶が読まれることだって想定しなければならない。 過去の俺を連想させるような言動はなるべく避けるべきだ。あまり詳しいことは言えない。 図書館を出た直後に携帯が鳴った。森さんからだった。 「閉鎖空間発生の恐れがあります。至急指令所にお越しください」 俺は鶴屋さんをタクシーに乗せ、ただちに空間移動で機関本部にある指令所に向かった。 「一号から入電。観察対象の精神状態極めて不安定。危険レベル赤に移行。閉鎖空間発生の恐れあり」 その直後に時空振がきた。九度目になる閉鎖空間の発生。 「閉鎖空間の発生位置の特定急げ」 森さんがオペレーターに対して的確に指示を飛ばす。 「二号に照会します」 一号、二号というのは最近使い始めた超能力者のコードネームだ。ますます怪しげな雰囲気になっているな。 「閉鎖空間は××線△△駅前を中心に、現在半径二十一.四キロメートル。今のところ閉鎖空間の拡大は認められず」 今まで発生した閉鎖空間の中では最大規模だった。 「一号から入電。神人の発生までおよそ二十四分の見込み」 指令所にはオペレーターが五名、閉鎖空間の発生に備えて常駐しており、有事の際には俺と森さんが駆けつけるという体制になっていた。 「移送要員の手配状況を報告せよ。待機、準待機中の能力者に対して直ちに出撃要請。何人出せるか?」 「二号、閉鎖空間に侵入。一号、閉鎖空間隔壁に到着。三号、六号、八号の三名、閉鎖空間に向けて移動中。九号、移送要員手配中、四号、五号、七号と連絡不通」 まだ指揮体制が作られてから間もない。 指揮系統に乱れがあるのは当然のことだろう。 「一、二、三、六号、閉鎖空間に侵入完了。神人迎撃準備中」 「神人発生までおよそ二分」 「八号、九号閉鎖空間に侵入」 「侵入した者より順次、迎撃準備体制に移行せよ」 「一号から入電。神人出現を確認」 「閉鎖空間拡大速度、秒速一キロメートル突破。なおも加速中」 俺が古泉に連れられて行った閉鎖空間とは段違いの規模だ。ハルヒの中学時代のイライラは当時よりはるかに深刻だったらしい。 「閉鎖空間拡大速度、毎秒三.一六キロメートルで安定。閉鎖空間半径百四十七.八〇キロメートル。拡大終了まであと三時間三十一分十二秒」 超能力者たちにしても、この頃はまだ試行錯誤の連続であり、それだけに神人の迎撃にも当然ながら時間がかかっていた。 つまり、閉鎖空間の拡大が速いか、神人の撃退が速いか、まさに時間との戦いだった。 「九号から入電。一般人が数名閉鎖空間に侵入している模様」 「なんだって?」 九号というのは、すなわち古泉のことだ。 「九号に回線繋いでくれ」 すぐさま、指令所に古泉の声が響き渡る。 「九号です。閉鎖空間に侵入した際に、一般人の存在を確認しました。視認では二名。侵入の方法、目的などは不明」 「解った。君は直ちに一般人の捜索と保護にあたってくれ。残りの能力者は神人の迎撃を継続」 「了解しました。以降、報告は外部のエージェントからお願います」 「能力者四、五、七号ともに閉鎖空間内に侵入。ただちに神人迎撃体制に移行。九号、再侵入」 予想外の闖入者に混乱を来たしたが、三時間後ようやく神人は崩れ落ちた。 神人により世界が閉鎖空間に飲み込まれることがないのは、俺が知る限りでは既定事項のはずだ。 だが、それにかまけて手を抜くことは決して許されない状況だった。対処を誤れば世界は間違いなく崩壊する。閉鎖空間の出現は俺にとっても緊張の連続だった。 「閉鎖空間に侵入した一般人は三名。現在機関所有のビルにて拘束中」 森さんからの報告だ。 「対処はいかがしましょう?」 俺はまず三人に会わせて欲しいと言った。 「よろしいのですか? 閉鎖空間や機関の存在が一般に知れるのは避けるべきと思いますが」 森さんが言わんとしていることは、何らかの方法で彼らの口を塞ぐべきだということだろう。だがそれは話をしてからでも遅くはない。 俺は、不可抗力で怪しげな空間に紛れ込んでしまい、怪しげな集団に拘束されている、これはもう不幸としか言いようのない三人と面会した。 そして俺はまた歴史の繋がりを再認識させられることになった。 「なんとまぁ……」 思わず独り言が出た。 紛れ込んだ一般人三名というのは、あろうことか新川さんと田丸兄弟だった。 三人とも、普通に街を歩いていて、突然辺りが暗くなったと思ったときには既に閉鎖空間の中にいたらしい。 面会を終えた俺は森さんに宣言した。 「この三人を機関のメンバーに加えます」 森さんは驚きの表情を隠せなかった。 「閉鎖空間に一般人が紛れ込むことは、これから先もほとんどないと言っていいでしょう。万一それが起こったとすれば、それは涼宮ハルヒの意思によるものです。彼らは我々に害を及ぼすものでは決してない、いや必ず我々の助けになってくれます」 仮説ではあったが、おそらく間違ってはいないだろう。ハルヒが自分の都合で他人を必要以上に不幸に陥れるなんてことあるはずがない。 何よりこの三人が機関に加わり、重要な戦力になることは既定事項だ。 機関の立ち上げ開始から二ヶ月が経ち、機関の骨格が完成した。 俺は、今後は機関に直接的に介入することはせず、オブザーバー的な位置に立つことにした。 俺にはまだ他にやらなくてはならないことが残っていたからな。 機関の上層部には超能力者のリーダー格の男性、スポンサーからの代表者、スポンサーが推薦する研究者などが集まった。 高校時代の俺の印象どおり、上層部は今ひとつ的外れな言動を繰り返す集団になりそうだったが、それも仕方がない。既定事項だ。 彼らには現実世界とのバランサー役として活躍してもらわねばならない。 俺の立場を知る森さんには、中堅の役どころに入ってもらい、俺に情報を流す役をお願いした。 次に古泉たち一般の超能力者、最後に各種実働部隊として新川氏、田丸兄弟などのエージェントを配置した。 あまり表立って機関に関わりを持つことを好まないという鶴屋家側の要望と、創設者である俺に注意が向かないようにしたいという俺の要望が一致し、鶴屋家は間接的スポンサーの位置に収まった。 そして、娘を危険なことに巻き込みたくないという当主の当然の意見と、将来北高に行くことになる鶴屋さんを深く関わらせるべきでないという俺の意見により、俺は機関に対し 「鶴屋さんには手を出すな」と厳命することとなった。 第五章
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【読まれる前に】 この作品は一つのタイトルの中に、 一話完結のお話がいくつもあるような形式です。 それぞれのお話に繋がりはコレといってありません 淡々とした日常の中の寂しさみたいなものを 少しでも感じていただければ幸いです。 涼宮ハルヒの夏(00) 涼宮ハルヒと夏 雨がひさしを激しく叩く音が聞こえる。 俺は今、ハルヒと雨宿りしてるわけだが 夏に突然の通り雨なんて珍しくもなんともない。 しかしコイツと一緒ってのがひっかかるんだよな、 これもお前が望んだことなのか、ハルヒ。 「やまないわね。」 「ただの夕立だ。スグにやむだろうさ。」 「・・・だといいけど」 「・・・・・・」 しばらく沈黙が続いた。 雨は幾分小降りになってきたみたいだな 沈黙を破ったのはハルヒだ。 「キョン、あんたアスファルトの匂いって分かる?」 アスファルトの匂い? 雨上がり独特のあの匂いのことだろうか。 「・・・まぁ分からないでもないな。突然どうしたんだ?」 「別にどうしたってほどのことでもないけど、なんていうのかしら・・・ そう、夏の匂いよ。あの匂いをかぐと、『今年も夏が来た』って思うのよ。」 「・・・ふむ。 で?」 「それだけ。」 「なんだよそりゃ。」 ふと、気が付くと雨はいつの間にかあがっていた。 「雨、あがったわね。良かった」 遠くで陽炎がゆらめいているのが見える さっきまでの大雨がウソのような、雲ひとつないピーカン空。 俺の隣を歩くハルヒはなんだか上機嫌だ。 アスファルトに染み込んだ雨はやがて蒸発し、雲になる。 なんだか夏の匂いがした, ・・・気がする。 涼宮ハルヒの夏(01) 長門と夢 「なぁ長門、お前も夢って見るのか?」 「・・・なに?とつぜん。」 「いや、ちょっと気になってな。」 「・・・・・・」 「これもまた唐突なんだがな、 この世界や、ハルヒや古泉達、そしてお前の存在すらも 実は誰かの夢ってことはないか。」 「・・・・・・」 「実はこれは全部俺の夢で、本当はどこか違う世界に本当の俺が居る。 この現実はその俺が見ている夢じゃない、といいきれるか?」 「どっちが夢か、あなたには分かるの? もしその夢からあなたが目覚めたとしても、あなたの目覚めたところが現実なのか さっきまで見ていたものが夢なのかあなたには分かるの?」 「・・・わからないな。たぶん。」 「それに夢だけとは限らない、実はこの世界は何者かによって作られた仮想現実。 あなたも私もただのAIなのかもしれない。 それとも、本当のプレイヤーが別の世界にいるのかもしれない。 人はこの世界を三次元と定義しているが、それは人の勝手な定義であって実は二次元なのかもしれない。 この世界が0と1で作られている可能性だって否定できない。」 「・・・・・・」 「重要なのは何故生きるのかではなく、どのようにして生きるのか。」 「ニーチェか。」 「・・・はくしき。」 「そりゃどうも。」 ガッ!バタン!!「おっまたせー!!ってあれ?キョンと有稀、2人で何話してたの?」 「なんでもない、とりとめのない話さ。」 ・・・コクリ 涼宮ハルヒの夏(02) 朝比奈みくると蛍 「キョンくん、」 「どうしたんです、朝比奈さん。」 「実は、ききたいことがあって…」 なんだろうか、またハルヒのことか?アイツは、また何か 朝比奈さんを困らせるようなことでもしたのだろうか。 こんなことを考えていたせいで俺は、 危うく質問を聞き逃すところだった。 「蛍って何処に行けば見られるんでしょうか・・・?」 「蛍、ですか。」 蛍ってのは6月の終わりごろから 7月にかけて見られるものだろう。今はもう8月も半分終わったぐらいだから、 「朝比奈さん、残念ながら今の季節、蛍はもう見れませんよ。」 「ふぇ・・・そんな~・・・」 そう言うと今にも泣き出しそうになる朝比奈さん 「そんなに蛍が見たかったんですか?」 「・・・キョンくん、未来、つまり私が来た次元では、 蛍はもう、映像や写真でしか見ることができない生き物なの。 だから、この時間平面上にいる間にどうしても見ておきたくて・・・」 「そうだったんですか。」 なるほど、蛍はもう間もなくこの地上から消えてしまうわけだ。 蛍も、もう後何年かで見納めか。そう思うとなんだか寂しいな。 「朝比奈さん、来年は見にいきましょう。SOS団のみんなと一緒に。」 「来年ですかぁ、楽しみにしてたのになぁ・・・」 「一年なんてすぐに過ぎますよ。 もう少ししたら秋が来て、あっというまにクリスマスと大晦日が来ます。 そしたらもう春はすぐそこで、その春を追い越せば また、すぐ夏に会えますよ。その時見に行きましょう。」 今思い返すと、古泉も真っ青になりそうなクサイ言い回しをした気がする。 俺の言ったことを聞いても、 朝比奈さんはまだ少し悲しそうな顔をしていたが 何がおかしかったのか突然、ふふっと笑うと、 「そうですね。」と呟いた。 涼宮ハルヒの夏(03) 長門と海 「長門は泳がないのか?」 コクリとうなずく長門。 「私はあまり好きじゃない。あなたは?」 「俺は、海は嫌いじゃないが、泳ぐより、眺めてるほうが好きだからな。」 「そう」 そういうと長門はサッと立ち上がり 「泳ぐ」 とだけ告げて、波打ち際まで歩いていった。 やれやれ・・・相変わらず挙動が読めない。 そういえば、長門が海で本格的に泳ぐのは今回が初めてだろうか 孤島の時も本読んでばっかだったもんな。 ちゃぷ・・・ 「冷たい」 「冷たいですか?長門さん。」 コクリ・・・ 「冷たいのは最初だけですよ、慣れると水の中のほうが暖かく感じます。 まぁ僕は冷たい海のほうが好きなんですがね・・・。」 「・・・・・・」 「長門さん、たまに、こんな風に思うことはありませんか 『実はこの世界は現実ではなく、ただの夢なんじゃないか?』とね。 そして、考えてるうちに気づくんですよ。 そもそもどちらが現実でどちらが夢なのか、明確に判断することはできない、 ということにね。」 「・・・・・・」 「そんな時に海に入ると、『冷たい、ああ、いま生きているのは僕なんだな』と、 現実を再確認することができるんです、僕はね。 勿論、これはとても不確かなことです。実際にはなんの解決にもなっていない。 ただ僕はこれで安心できるんですよ、この世界が夢じゃなかった、とね。」 ちゃぷ・・・ 「長門さん・・・?」 急に影が出来たと思ったら、 長門が俺を見下ろしていた。 そして、ちょこんと俺の隣に腰を下ろす。 「なんだ、結局泳がなかったのか?」 「・・・私も眺めているほうが好き。」 「そうかい。」 涼宮ハルヒの夏(04) 古泉と針鼠 「珍しいな。長門もまだなのか、古泉」 「そうみたいですね。でも、まぁ たまには僕達2人だけ というのもいいではありませんか。」 よかねえよ。 「普段できないような話もできますし。」 コイツがこういうこと言うと疑っちまうのはなんでだろうな。 ホモだけは勘弁してくれよ古泉。 「中学生の時、ですか・・・ 言っておきますが、僕は力が発揮できる場所を限定された超能力者です。 だから、中学生の時だって今と変わらない、いたって普通の学生生活を送っていましたよ むしろ今のほうが変わった体験をしているんじゃないんじゃないでしょうか。 涼宮さんのこともありますし。あなたのほうはどうなんです?」 「俺か、俺の中学生生活も・・・まぁ似たようなもんだったな。 地元の小学校から、そのまま公立の中学校に上がって、 普通に友達と遊んだり、ちょっと背伸びして街中まで服買いに行ったり、夏には泳いで花火して。」 「中学生らしいですね」古泉は微笑みながらそう言った。 「・・・まぁそんな普通の中学生らしいことをして3年間過ごしてきたわけだ。」 「しかし、あなたのことですからそんな日常が少々退屈だったのではないですか?」 俺は思わず「なんでだよ、それを言うならハルヒだろう」 そう言いかけて、やっぱり止めた。 「そうかもな。確かに俺は変わるようで変わらない日常に、少し退屈してたかもしれない。」 いや楽しかったといえば楽しかったんだぜ? ずっとこのまま気楽な生活が続かないかなー、とか考えなかったわけでもないしな。 「人間ってのは矛盾した生き物でな、古泉。 このままの生活がずっと続けばいい、って思ってても 心のどこかでは変化を望んでるもんなのさ。」 「人間の心の矛盾、ですか。あなたの口からその言葉を聞くことになるとはね・・・」 クックと笑う古泉。なにが可笑しいんだ 「いえ、決してバカにしているわけではありませんよ。あなたの言うことはよく分かります。 ただ、あなたも分かっているなら、そろそろトゲを落としてはどうですか? ハリネズミたちのジレンマにとらわれたままでは、心に生傷が絶えませんよ。」 「・・・なんのこっちゃ。」 やれやれ、まだこないのかねハルヒの奴は。 涼宮ハルヒの夏(05) そして夏の終わり 「もう九月か・・・夏が逃げてくな・・・」 (少し離れたところで) 「ねぇキョン、今日の谷口はえらく感傷的だね」 「そーか国木田、あいつはいつもあんなもんじゃないか? ・・・・まぁ、八月も終わりだしな、 ああいう気分になるのも分からないでもないが。」 「夏が逃げる、ね」 「日差しの割りに風がある、涼しいな、今日は。」 「なんだか今日はキョンも感傷的だね。夏の終わりは人をセンチにさせるのかな?」 「人間なんて誰も似たようなもんさ。 だれだって適当に優しく、適当に嫌味で。適当に怒りっぽく、適当に涙もろい。 そして、」 「そして適当にセンチメンタルなんだね。」 「そういうことさ。 ・・・夏が逃げる、か」 「・・・」 「もうすぐ秋ね。読書に食欲、有稀にはいい季節じゃない?」 「・・・・・・」 「いい風が吹いてるわね・・・」 「・・・秋を語るには時期尚早。まだ夏は残っている」 「何か言った?」 「なにも。」 「そう。」 「そう」 〆
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古泉が病室を出て行き、部屋の中には俺とハルヒの二人っきりとなった。 ……何だ、この沈黙は? なぜだか全くわからないが微妙な空気が流れる。 おそらくまだ1、2分程度しか経っていないだろうが、10分くらい経った気がする。 やばいぜ、ちょっと緊張してきた。何か喋らないと。 『涼宮ハルヒの交流』 ―最終章― 沈黙を破るため、とりあえずの言葉を口にする。 「すまなかったな。迷惑かけて」 「別にいいわ。けどいきなりだったから心配したわよ。……もちろん団長としてよ」 「なんでもいいさ。ありがとよ」 再び二人とも言葉に詰まる。 「……あんた、ホントにだいじょうぶなの?」 「どういう意味だ?」 「だってこないだ倒れてからまだ半年も経ってないのよ。何が原因なのかは知らないけどちょっと異常よ。 ひょっとして、あたしが無茶させすぎちゃったりしてるからなの?」 確かに、普通はそんなにしょっちゅう意識不明にはならないよな。 けど今回の原因はハルヒだなんて言えねぇし。 どうでもいいが無茶させてる自覚があるならもっと優しく扱ってくれ。 「だいじょうぶさ。もうピンピンしてる。別に体に問題があるわけでもない」 「そう……、ならいいけど」 ハルヒに元気がないな。そんなに心配してくれてたってのか? それともここも実は異世界で、これは違うハルヒだったりするのか?いやいや、そんな馬鹿な。 ……ん?そうだな、そういえば言わなきゃいけないことがあったな。 「ハルヒ、昨日はすまなかったな」 ハルヒは不思議そうな顔で目を向ける。 「だから、別にいいって言ったでしょ」 「……ああ、いや、そのことじゃない。昨日の昼のことだ」 「ああ、……あれね」 途端に不機嫌な顔になる。やっぱかなり怒ってんのか。 「つい、つまらないことでムキになっちまったな。すまん。 けどな、お前からはつまらないことかもしれないけど、俺にとっては結構大事なことだったんだ」 「………」 あのハルヒと同じように黙ったままだ。 「別にSOS団として不思議を探すのは構わん。宇宙人、未来人、超能力者を探すのも構わん。 お前が手伝って欲しいってんならできる限りのことはやってやりたい。できる限りはな。 けど、な。……そいつらを見つけたら、俺は用済みになるのか?」 「そんなことは言ってないでしょ!」 「言ってはないかもしれんが、ひょっとしたらそうなんじゃないかって思ってしまったんだ。 そうしたら、きっと怖くなっちまったんだろうな」 「そんなことあるわけないでしょ。あんたあたしが信じられないの?」 「そうだったのかもしれない。いや、信じられなかったのは俺自身なのかもしれない。 そんなやつらがいる中で、いつまでもお前の側にいられるような資格がないと思ったのかもしれないな」 「そんなことないわ。だってキョンは、……キョンはあたしにとって……。あたしはキョンが……」 「でも、もうそんなことはどうでもよくなった」 ハルヒは驚いて悲しそうな顔になった。心なしか、涙が浮かんでいるようにも見える。 「まさか……もうやめるって言うの?なんでよ!?」 ああ、そういう風に捉えますか。というか言い方がまずかった気はしないでもないな。すまん。 「いや、すまん。そういう意味じゃない。俺はこれからもSOS団の一人としてやっていくつもりだ。 俺が言いたいのは、そのなんていうか……簡単に言うと自信が付いたってこと、か?」 「何言ってるのあんた。全然意味わかんないわよ」 だろうな。俺もよくわからん。どうやって話を進めたらいいやら。 「昨日言っただろ。普通じゃない人間なんて見つかりこないって。あれは本当のことだ。 けど、それはそういうやつらがいないって意味じゃない。こっちからは見つけられないって意味だ。 だっていきなり『お前は宇宙人か?』って聞かれて、はいそうです、って、本物だとしても答えるわけないだろ?」 「じゃあどうしろっていうのよ!」 「別に何もしなくていいと思うぞ。強いて言うなら、そういうやつらが現れるのを願い続けることだな。 そうすれば、お前の周りにいるそいつらは、時がくれば自分からそのことをお前に告げてくれるさ」 「あのねぇ、あたしには気長に待ってる暇はないのよ。時っていつよ?こないならこっちから探すしか――」 俺はハルヒの小さな肩に手をやり、ほんの少しだけこちらに引き寄せる。 「その時ってのは今だ」 「あんた何言ってんの?」 「あのな、ハルヒ。実は俺、異世界人なんだ」 「は?」 さすがに目が点になってるな。そりゃそうか。 「俺は異世界人なんだ」 「ちょっと、あんた。本気で言ってんの?んなわけないでしょ」 「本気だ。俺は異世界人なんだ。まぁそりゃあ普通の人間には簡単には信じられないかもしれないだろうがな。 それにしてもせっかく待ちに待った異世界人が現れたってのに、信じないなんてもったいない話だよな」 「わ、わかったわ。仕方ないから信じてあげるわよ」 なんて簡単に挑発にかかるんだ。こいつは。 「だからな……」 「だから何よ」 ハルヒの肩に置いていた手に、ギュッと力を込める。 やべぇ、めちゃくちゃ緊張してきた。 「俺は普通の人間じゃない異世界人だから、俺と付き合ってくれないか?」 ああ、ついに言っちまった。 「は!?あ、あんたちょっとまじで言ってるの?」 「ああ、俺は大まじだ。お前言ってただろ?普通の人間じゃないやつがいたら付き合うって。ありゃ嘘か?」 「嘘なんかつかないわよ。けど……、まぁあんたが異世界人だってんならしょうがないわね。 わかったわ。そこまで言うなら付き合ってあげるわよ」 意外とすんなりいったな。『あんたが異世界人だっていう証拠は?』とか言われたらどうしようかと思ってたが。 証拠なんてないしな。行き方も知らない。まぁハルヒは実は自分で知っているわけだが。 俺が本物かどうかなんてたいした問題じゃないってことなのか? まぁなんでもいいさ。 「一つ聞いてもいい?」 「なんだ?質問にもよるぞ」 「あんたの言う異世界ってどんな世界?」 どんな世界、か。どう言えばいいものか。ここと変わんねぇんだよなぁ。 「基本的にはこことほとんど同じだな。よくいうパラレルワールドってやつか?人もほとんど同じだ」 「ふーん、てことはあたしとかもいるわけ?」 「ああ、いるぜ。ちゃんとSOS団もある」 「じゃあ、何が違うの?全く一緒ってわけじゃないんでしょ」 そうだな?何が違うんだ?あまり違和感がなかったからな。 「なんだろうな。人の性格とかに微妙に違和感があるくらいか?」 「例えば?」 例えば、か。何かあったかな。 「あ、長門の料理がうまかった。昼の弁当もうまかったし」 ハルヒの目付きが変わる。 「へえー、有希に弁当とか作ってもらってたんだぁ」 いや、まて、それはだな。いろいろあって、とりあえず落ち着け。な。 「……まぁいいわ。そっちのあたしはどんな感じ?」 どんなって言われてもなぁ。確かにちょっと違ってはいたが。力のこともあるし。 「……お前をさらに強気にした感じだ」 としか言いようがない。 「なるほどね。まぁいいわ」 「というかお前案外簡単に信じるんだな」 「嘘なの?」 「いや、そういう意味じゃないが」 「ならいいじゃない。あんたが本当って言ってるならそれでいいのよ。何か問題あるの?」 「いや、ちょっと話がうまく行き過ぎてて。ハルヒ、本当に俺でいいのか?」 「あたしがいいって言ってんだからそれでいいのよ。何?取り消したいの?」 「そんなわけあるか!俺はお前のことが、……本当に好きなんだから」 空いているもう片方の手もハルヒの肩に置く。 「ならさっさと好きって言いなさいよね。全く。こっちだって不安なんだから」 「そうだな、すまん。……ハルヒ、好きだ」 「あたしもよ。……キョン」 両の手に少し力を入れて引き寄せると、それに従いハルヒも近づいてくる。 ……あと20cm。 俺が顔を近付けるとハルヒも顔を近付ける。 ……あと10cm。 残りわずかのところでハルヒが目を瞑る。 ……あと5cm。 顔を少し傾け、目を閉じているハルヒの唇に俺の唇をそっと重ね―― コンコン! バッ!! ドアがノックされる音に慌ててハルヒの体を引き離す。 「入りますよ」 そういって古泉が入ってくる。そういえばジュースを買いに行ってたんだっけ? というか手ぶらじゃねぇか。どういうことだ?その満面の笑みは何だ? 「いえいえ、なんでもありませんよ。」 古泉の後ろには隠れるようにしている二人の姿が見える。 お見舞いのフルーツセットと、それとは別にお見舞いの品の袋を持った朝比奈さんとなぜか大量の本を持った長門の姿が。 「長門、それに朝比奈さんも。来てくれたんですね」 「……来ていた」 「キョ、キョンくん、具合はどうですかぁ?」 ん?なんか様子が変だ。朝比奈さんに至っては顔が真っ赤だし。 ってハルヒも顔が真っ赤になってるな。しかも口を開けたまんま固まっている。どういうことだ? 「古泉、何かあったか?ジュースはどうした?」 「ああ、そういえば飲み物を買いに出たのでしたね。うっかりしてました」 「は?じゃあお前はジュースも買わずに今までどこ……って、お前まさか!?」 「いやあ、この部屋を出たところで偶然このお二方と会いましてね。中に入ろうかとも思いましたが……ねえ?」 と、長門の方に振る。 「……いいところだった」 嘘だろ?まさかこいつら全部聞いてたんじゃ。 「……古泉、どこからだ?」 「そうですね。『すまなかったな。迷惑かけて』からですね。最初の方でしょうか?」 最初の方っていうか一番最初だぜこのヤロー。 ……そこから全部聞かれてたってことなのか?そんな馬鹿な。ぐあっ、死にてえ。 思わず頭を抱える。ハルヒはまだ固まっている。 「キョンくん、気を落とさないでください。だいじょうぶですよぉ。カッコ良かったですぅ」 いえ、朝比奈さん。それ全くフォローになってませんから。 「まぁいいじゃないですか。一件落着ですよ」 くそっ、こいつに言われると腹立つな。 どうでもいいけどお前間違いなく開けるタイミング狙ってただろ。 「さて、なんのことでしょう?」 くそっ、いまいましい。 ハルヒいい加減正気に戻れ。 「わ、わかってるわよ。うっさい」 まぁいいさ。これでこの一件は無事に終わったってわけだ。やっぱりこういう世界が一番だな。 あんな悪夢のような時間は出来ればもう過ごしたくないものだ。 俺はここでこのSOS団のみんなと俺は楽しく過ごしていくさ。 だからそっちのSOS団もそっちで楽しくやってくれ。そっちの俺たちも仲良くな。頑張れよ、『俺』。 「とりあえず元気そうで良かったですぅ」 「安心した」 二人からちゃんとしたお見舞いの言葉をもらっていると、 「やっぱりキョンを雑用係にして酷使し過ぎたのがまずかったのかしらね」 だから自覚あるならやめろっての。 ハルヒは朝比奈さんが持ってきた俺へのお見舞いのメロンを食べ終えて言った。 ってお前、そのメロン全部食ったのかよ。それ俺のだろ? 「そうかもしれませんね」 古泉、お前思ってないだろ。とりあえずその手に持ったバナナの束を置け。 「だからキョンには新しい役職を与えて、雑用はみんなで分担することにするわね」 そう言ってハルヒはどこからともなく腕章とペンを取り出した。 って、どこから出したんだよ。ってかなんでそんな物持ってんだよ。 キュキュっとペンを走らせ、それを俺に突きつける。 「これでどう?嬉しいわよね」 渡された腕章には大きな字でこう書かれていた。 『団長付き人』 やれやれ、これからも大変そうだな。 今日からは俺も異世界人、これでSOS団の一員として新しくスタートってわけだ。 確かに向こうに行ってた時間は悪夢のような時間だったかもしれない。 けど、こうなってみると、この結果になったのは間違いなく異世界のおかげと言えるだろう。 異世界でのSOS団の出会い、ハルヒとの出会いがなければ俺はハルヒに告白なんてできなかったたろう。 ハルヒ。ひょっとしてこれもお前の望んだとおりの結果なのか? 異世界との交流を通して、俺に答えを出すことを望んだのか? まぁなんでもいいさ。 お前も望んでくれるなら、俺はいつまでもハルヒの隣にいたいと思う。 「ああ、ありがたく頂くよ。これからもよろしくな」 さて、これからはどんな新しいものとの交流が待っていることやら。 今から楽しみだぜ。 「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」 「いや、それ朝比奈さんが俺のお見舞いに持ってきたやつだから。しかも俺は食ってないぞ」 周りを見渡す。長門が食べていた。 長門はハルヒの方を向いて僅かだけ微笑みを感じさせる顔で言う。 「プリンくらいはあなたから貰ってもいいはず」 ◇◇◇◇◇ 最終章後編へ
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第一章 新しいクラスが発表されるのは始業式の後なのでもちろんここで言う教室というのは1年のときの教室である。 ハルヒはもう教室で憂鬱げなというよりは疲れているような顔を浮かべていた。 どうかしたのか?と聞いてみると「何でも無いわよ。」と言い返されたところで元担任の岡部が入ってきて体育館に強制連行された。 入学式に劣らないテンプレートな始業式は幕を閉じた。 とうとう新クラスの発表である。 この時、俺はハルヒと一緒のクラスになるのは確定だと思っていたので谷口か国木田でも何でも良いからまともな知り合いと同じクラスになれと祈っていた。 そして新クラス発表終了後俺は唖然としていた、なんとハルヒと同じクラスにならなかったのだ、ありえない。 谷口や国木田と同じクラスになれたのはよかったのだが… 俺の頭の中では?がありえないぐらいに大量発生していた。 俺は新クラスでの自己紹介を去年した自己紹介を適当に変えて終了し、何故ハルヒと同じクラスにならなかったのかホームルーム中考えていた。 結果から言うとまったく理由はわからなかった。そしてホームルームが終了しあっという間に放課後になった。 そしていつものように部活をしに…正確に言うと団活をしに文芸部室に向かった。 最初は長門しかいなかったのだが、ハルヒ、古泉、朝比奈さんと続いて部室に来て、 俺と古泉は普段道理ボードゲームをし、朝比奈さんお茶を入れてくれ、長門は読書、そして団長様は不機嫌そうにネットサーフィン。 学校は午前中までだったので大体3時ごろに解散した、そして俺は不本意ながら下校途中の古泉に声をかけた。 聞くことは決まっている。何故ハルヒと同じクラスにならなかったのか、 すると古泉は「僕にもよくわかりません。前に涼宮さんの能力が弱まっているかもしれないと言ったでしょう?それが関係しているのかもしれない。 それに気になることがあるんですが…きっと関係ないでしょう。それにあなたもわかってるでしょうが今からアルバイトに出かけなければ、では」なんて気になることを言いやがるんだ。 そして古泉と別れた後、一年生の新入部員(正確には新入団員)のことを考えていた。 今日は始業式なので1年生は来ておらず明日から授業なので明日は何が何でもハルヒを止めなければならない。 何かいい言い訳が無いか考えていた。 もともと頭が言い訳でもないのにハルヒを言いくるめる言い訳を考えなければならないとなると至難の業である、結局寝る前まで考えたが結局何も浮かんでこなかった。 そして翌日の放課後である、ハルヒは案の定SOS団を宣伝しにいこうと言い出した。 俺は苦し紛れに「やはり最強の団というのは少数精鋭のほうが良いんじゃないか?」といってみた。 そしてハルヒはなんと「そうね、わかったわ。」そう答えたのである。 なんということだろう熱でもあるのか?といいたくなるような返答をよこした。 どうせ俺の言うことになんか聞く耳持たずで「あんたは紙を印刷してきなさい」なんていわれるもんだと思っていた。 そして俺の発言により部活は普段通りに行われた。 後で聞いた話だが古泉によるとこの一件で閉鎖空間は出来なかったという やはりハルヒがおかしい。 もちろん何故ハルヒがおかしいのか俺に知る術は無くまさかハルヒ本人に聞くほど俺も無粋ではない。 とりあえず様子を見てみることにした。 そしてこの状況が一ヶ月続きゴールデンウィークがあけた後、ハルヒがSOS団結団1周年を記念しパーティーしようと言い出した、これには反対する理由が無い 場所は事情を聞いた鶴屋さんが自宅に招いてくれるという、なんと言う太っ腹な人だろうか。 SOS団ができた日は平日なので部活が終わった後鶴屋邸で予定通りパーティーが催された。 なんつう豪勢な食事だろう、正直こんな団の一周年パーティーにはもったいないレベルである。 飯を食い終わった俺たちはボードゲームやら王様ゲームやらで盛り上がっり10時ごろ解散となった。 これでハルヒも少しは元気を出してくれればいいとそんなことを考えていた。 翌日ハルヒは金棒を拾った鬼のように元気になっていた、全くこいつは心配かけやがって…やれやれ。 数日後、俺は長門に呼び出された。 いきなり電話が鳴って突然来て欲しいと、 長門は言った「すでに情報統合思念体は自立進化の糸口を見つけた、本当は私はここにいなくてもいい、だが私の意志で今を生きている。 情報統合思念体も認めてくれた。 最近、涼宮ハルヒの能力が衰えている。あなたもそう感じてるはず、 もし涼宮ハルヒの能力が完全に消えた時、敵対する情報生命体のインターフェイスが私たちをやつ当たりと口封じで始末しにくるかもしれない。 そうなれば最後、恐らく人類は滅びる、でも1つだけ方法がある。 私のインターフェイスとしての力をすべて使い敵対する情報生命体のインターフェイスの全てを消滅させる、 もしかしたら敵対する情報生命体自体にダメージを与えることもできるかもしれない、だが実行すれば地球は半壊し人類は半分滅び、私は普通の人間となる、とても危険、これは最終手段。」 勿論長門のことだからこれが冗談なわけが無い、えらくまずい、まるで変な電波を受信しているSF作家の考えそうな話だ。 長門の家から帰る途中、見知った人に会った、部室専用のエンジェル、誰であろう朝比奈さんだ。 聞くところによると朝比奈さんは俺に話があったそうで長門の家から帰る途中を狙ったらしい。 古泉といい朝比奈さんといい俺の生活は筒抜けなのか?全く なんと朝比奈さんはこういった、「キョン君も気づいてると思うんですが涼宮さんの力が弱まっているんです、 その影響で今の時代より4年前まで戻ることが出来るかもしれないんです。ですがまだ不安定で…でも近い未来それが可能になるかも…」 俺は割って入って「よかったじゃないですか!!朝比奈さん。」と言った。 「でもそれが可能になっちゃうと私は…」と朝比奈さん。 そうだった全く忘れていた、朝比奈さんというかぐや姫はもはや月に帰る前のというところまで来てしまった。 「大丈夫ですよ朝比奈さん、きっと何とかなります。」なんて意味のわからないフォローを入れてしまった。 一体全体何とかなるってのはどういう意味で何とかなるのかおれ自身に聞きたいところだ。 朝比奈さんはいつぞや聞いたのとは少し違うトーンで「キョン君…今日は話を聞いてくれてありがとう」と言って走りながら去っていった。 この分じゃ古泉からも何か重大な話を聞かされるかもしれんと思っていたがそういう気配は全く無かった。 ハルヒも元に戻り普通(と言っても宇宙人や未来人や超能力者に囲まれたとんでもなく非日常なのだが…)に戻り7月に入った。 第二章