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「ねえセレスさん」 「あら、どうしましたの苗木君?」 「なんで僕は皿洗いなのかな?」 「苗木君の作った料理なんかで店が繁盛するはずないでしょう? Cランクの苗木君は店長兼皿洗い、適材適所ですわ」 「うぅ……、でも2人でお店開こうって言ったのに……、 セレスさんなんて料理どころか接客もしないし……」 「当然でしょう?料理なんてしたら手が汚れてしまいますわ。 私はオーナーですから。それにちゃんと料理のチェックはしてますわよ?」 「まあ、確かにセレスさんが呼んできた料理人と試食のおかげで店は繁盛してるけどさ…」 「ええ、何の問題もありませんわ」 「(でもなぁ……)」 「俺の餃子は確実に勝ちを拾うぜ!カカカカカ!」 「料理は勝ち負けじゃないよ!料理は人を幸せにするんだ!」 「(ちょっとこの厨房は濃すぎるよなぁ……)」 「やっぱり私の目に狂いはありませんでしたわ…。 ああ、臭くて下品な、それでいて最高においしい餃子が食べ放題……」 「いや、料理はお客さんのだからね!?試食だけにしてよ!?」 「それぐらいわかってます。 それより、いつになったら苗木君は私のところに料理を持ってくるのですか?」 「え?でも今は営業中だから……」 「そうではなくて、試食の件です あの2人を超えたらBランクに上げると約束しましたのに……、 苗木君ったら全然来ないんですもの……」 「ああ、そのこと? いやぁ、流石に僕はプロを超える料理なんて作れないよ。 ほら、僕セレスさんと違って凡人だし」 「…チッ!」 「…え?ぼ、僕セレスさんを怒らせるようなこと言ったかな?」 「本当に苗木君は糞虫ですわ。 いいから明日までに私の所に餃子を持ってきなさい。 もちろん手作りで、心を込めて。 それが答えですわ」 「セ、セレスさんっ!? ……行っちゃったよ、どういうことなんだろう? ……とりあえず今日閉店後に作って持っていこう、 なんとなく僕が悪い気もするし……」
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私、戦刃むくろは双子の妹である江ノ島盾子に変装してコロシアイ学園生活を内部から見守ることになっている。 既に2件の殺人事件が起きてしまい犠牲者は4人となった。舞園と不二咲が殺害され、クロである桑田と大和田もお仕置きされ死亡。 不二咲千尋殺しの学級裁判が終わって、しばらく経ったある日のこと私たちは本物の江ノ島盾子が操るモノクマに呼び出されて体育館に集められた。 普段はこういった呼び出しをするときは前もって私に連絡するはずなのに、今回に限ってそれはなかった。気まぐれの盾子のことだから、忘れていただけだろうと思っていたが……。 「あのさー。あたしらを呼び出してどういうつもりだよ。どうせロクなことじゃないんだろ?」 「違うよー。今回はとってもいい話だよ。」 モノクマがそう言うと壇上に箱が積み上げられていく。 私が戦場で幾度となく見続けたあの馴染みがある箱が……。 「じゃーん!レーション一年分!卒業者が出たらプレゼントしたいと思います!」 なんだと……盾子め!なんて動機を用意するんだ……。 みんなも唖然としている。きっと、唖然としているフリをしてレーション欲しさに殺害計画を企んでいるに違いない。 「でもさー。レーションなんかのために人殺しする人なんているの?」 レーションなんか?この乳女が!レーションの素晴らしさがわからないのか! いや、自分はレーションに興味ないアピールして今のうちに容疑者候補から外れようという考えか?とりあえずここは朝日奈に合わせよう。 「そ、そうだよ!レーションを巡って殺人が起きるのは戦場だけで十分だし!」 「あれー?江ノ島さんはレーションいらないの?いらないならボクが全部食べちゃおうかな?」 「い、いらねーよ!」 盾子。なぜ私に絡んでくる。 あれだけの量のレーションを見せられたら動揺して演技にボロが出るかも知れないというのに。 私の正体がバレたら計画に支障が出るのがわからないのか。 「これって動機になるのかしら?この学園生活では食料が最低限保障されている。私たちを餓えさせている状態ならまだしも、食料に困ってないのに殺人が起きるのかしら?」 「わかんねーぞ。世の中にはレーション好きな人間がいるかも知れないべ。」 「それに、レーションならモノモノマシーンを回せば出てくるよね。葉隠クンが言ったレーション好きな人でも殺人してまで欲しいと思うのかな。」 「わからんぞ。自分にとっては取るに足らないことでも、他のやつにとってはそうでないことは、これまでの殺人が証明している。レーション好きなやつなんて軍人くらいなものだろう。軍人なら他人の命を奪うことに抵抗がないんじゃないのか?」 「されど、この中に軍人なんているのか?」 「い、いるわけないじゃん!あたしはギャルだし、そういうのとは無縁だよ。」 なぜみんな私の方を見る。まさか、私の正体に感づいたのか? 「江ノ島さん。今日ちょっと様子がおかしくない?」 「え!?や、やだなー苗木は。べ、別にあたしにおかしいところなんてないっしょ。」 やばいやばいやばい。苗木は時々変に鋭いところがあるんだよ。 今までの学級裁判だって苗木中心に話が進んだようなものだし。 「そうね。今日というより、モノクマが動機を提示した後って言ったほうが正確かしら。」 「そ、そんなことないってば!冗談やめてよー。霧切が言うと冗談に聞こえないってば。」 霧切まで私を疑うのか。こういう時の霧切は苗木よりも危険だ。どうにかしないと。 江ノ島さん。貴女は本当にレーションを欲しくないのですか?」 「あ、ああ。いらないね。」 「ウソですわね。」 「はぁ!?あなた何言ってんだよ!」 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。 この中の誰よりもセレスが危ないんだよ。ついでに眼が怖い。 「だって貴女ウソつくと鼻の頭に血管が浮き出ますもの。」 「え!?うそ!」 無意識で自分の鼻を触ってしまった。そして、前にもこれと似たようなことがあったことを思い出して私は自分の迂闊さを呪った。 「ええ。ウソですわ。間抜けは見つかったようですけど。クス」 「セレス!てめえ騙したのか!」 「あら?騙したなんて人聞きの悪い。朝日奈さんが同じ手で引っかかったばかりじゃないですか。それなのに同じ手に引っかかる江ノ島さんが残念なだけです。」 「ぐぬぬ。」 日ごろ盾子から残念だと言われ続けていたのに、セレスにも残念呼ばわりされてしまった。 いっそ、この場でセレスの本名をバラしてやりたい気分になったけど、本来知っているはずのないセレスの本名を知っていたら余計に私の立場が悪くなるに決まっている。 「あのー…。どうして、江ノ島盾子殿はレーションが欲しくないとウソをついたのですか?」 「いや…だって、この流れで欲しいって言われたら次の犯人はあたしで決まりって空気になるじゃん。」 「それはそうですな。ほっほ。」 「江ノ島さん……」 苗木がこっちに近づいてくる。今度はどうしてレーションが欲しかったのかっていう言及に入るな。 私も軍人の端くれ。どんな拷問にかけられたって絶対に黒幕の正体を吐くものか。 「そんなにレーションが欲しいならあげるよ。」 「えっ。」 無邪気な笑顔で私にレーションを差し出す苗木に少しときめいてしまった……じゃなくて、何でこいつは私を疑わないんだ? レーションが好きなギャルとかありえないのに……。 「あ、ありがとう苗木。」 「どういたしまして。」 「あのさー…苗木。あんた、あたしのことを変に思わないの?」 「どうして?」 「だって、ギャルがレーション好きなんておかしいじゃん。イメージに合わないっつーか……。」 「そんなことないよ。セレスさんだって餃子が好きだしイメージは関係ないと思うよ。」 何で苗木がセレスの好物を知っているのかという考え出したら嫉妬が止まりそうにない疑問はとりあえず置いておこう。 今は苗木がレーションをくれたという喜びで頭がいっぱいだ。 「苗木……あたしがクロになってもあんたは殺さないであげるよ。」 その発言に周囲の人間全員が固まった。 「ややや、やっぱり、あたしたちを殺すつもりだったんじゃないの!あ、あんたみたいな汚ギャル最初から気に食わなかったのよ!」 「ち、違う!そういうつもりで言ったわけじゃ……。それより、汚ギャルって言うな。」 「あ、ありえねー!俺の占いによると……げ!俺に女難の相が出てるべ。あー!女のクロに狙われる展開だべ!」 「占いだから外れることもあるっしょ。あたしは殺すつもりなんてないし!」 「ひどいよ江ノ島ちゃん!私たちの命よりレーションを優先させて!それに、江ノ島ちゃんが卒業したら苗木も死んじゃうんだよ!?」 「だから、ね。例え話だから本当に殺すわけじゃなくて……。」 「殺人が犯せぬように我が死なない程度に懲らしめてやろうか…?」 「ちょ…誰も殺さないからやめてって!」 まずい。このままだと私一人だけが孤立してしまう。 「うぷぷぷぷぷ。江ノ島さんだけが容疑者というのもつまらないので、今回は副賞も付けちゃいまーす!」 すると今度は壇上に札束が積み上げられていく。 「じゃーん!ひゃっくおっくえーん!卒業者が出たときのプレゼントにします!」 「レーションなんて出さずにそれを先に出せビチグソがああああああ!!」 「まったくだべ。百億あれば借金返せて借金取りに追われる日々から解放される……あ!」 どうやら、バカのお陰で私一人に容疑が集中するという状況は避けられたようだ。 その後、盾子を呼び出してどうしてレーションを卒業者のプレゼントにしようと思ったのか聞いたところ。 「だってー。お姉ちゃんが残念なくらい動揺するところが見たかったんだもーん。」 とりあえず、一発殴ってレーション一年分を没収しておいた。 モノクマへの暴力は禁止されているけど、盾子本人への暴力は禁止されてはいない。 「お姉ちゃんひどーい。私のお陰で愛しの苗木くんからプレゼントもらえたようなものなのに!」 「もう一発殴るぞ。」 「うぅ……暴力で物事を解決しようとするなんて……残念な人ですね……。」 「お前が言うな。」 終わり
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雪が解け始めた、二月の中旬。 日課の筋トレにひと段落を入れて時計に目をやると、時計の針は既に零時を越えていた。 「もうすぐバレンタイン…か」 某傭兵部隊にいた頃は、そんな甘ったるい乙女記念日など、気にも留めていなかった。 日付など、時間の単位の一つに過ぎず、そこに付随するイベントや祭事は、生きていくことに無関係、不必要だったから。 「なにさ、お姉ちゃん」 盾子がキョトンとした目で私を見た。 「年がら年中筋トレとか殺し合いとかやってた残姉ちゃんに、渡す宛てなんかあるの?」 馬鹿にするでもなく、心底疑問そうな口ぶりで、彼女は尋ねる。 早くもチョコ作りに飽きたのか、興味なさそうに振りかえり、ケータイで作り方を確認しながら、片手間で器用にチョコの生地を作っていく。 どうも今日から作りはじめなければいけないほどに、渡す相手を作ってしまったらしい。 ギョーカイとは、つくづくめんどくさい。さながらゲリラ戦のような繁雑さだ。 それでも全部手作りにするあたり、彼女の律義さを感じるけれど。 『渡す宛てはあるのか』…彼女の言葉を、オウム返しに自問する。 ないわけじゃ、ない。 呟くように口だけ動かして、私は腹筋を続けた。 ―――回想。 あれは放課後、一月も前のことだったろうか。 この町では珍しいくらいの豪雪で、休校になった日のこと。 確か盾子も、窓の外を見ながら、『めんどくさいから、今日は休むわ』と言っていた。 連絡網が回ったのは、私が家を出てからしばらくしてのことだったらしい。 確かに吹雪いてはいたが、戦場で感覚が麻痺している(盾子談)私にとっては、それほどの脅威にも思えず、 膝ほどの高さまで積もった雪をかきわけ、一限の始まる時間前には学校に着いていた。 当然クラスにも、誰一人いるはずはない。そう、いるはずはなかった。 その馬鹿を除いて。 「…戦刃君?」 「…石丸、か」 机の上で問題集を開き、ひたすらに勉強に励む「馬鹿」。 成績は私なんかより格段上だが、あえて馬鹿と呼ばせてもらおうじゃないか。 「なにをしているんだ?今日は休校のはずだろう」 「そう、なのか。知らなかった…」 というか、休校ならば、なんでお前はこの教室にいるのか。 「ああ、僕は朝五時に登校しているからな。その頃にはまだ雪もまばらだったし、休校になるとは思っていなかった」 私の表情から思索を察したのか、石丸は尋ねられる前に答える。 「さっき、巡回している事務員の方に教えてもらって初めて知ったのだが…この雪では帰れそうにない。 道路の除雪が始まるまで、大人しくしていようと思ってね…入らないのかい?」 そこで彼はやっと、私に注意を向けた。私は教室の扉を開けたところで、たたずんでいた。 教室に入って腰を据える理由もない。学校が休みなら、今来た道を引き返すだけ。 と、そこで石丸は、ハタ、と何かに気付いたようで、 椅子を引いて私のもとによると、グイ、と急に手を引いた。 「ちょ、ちょっと…」 思わず身構えそうになる。 「…入りたまえ」 石丸の声には、やや凄味があった。 当然その程度で怯むほど、やわな度胸はしていないが、思わず何事かと尋ねてしまう。 「戦刃君…衣服がずぶ濡れじゃないか」 あの吹雪の中を制服で歩いてきたのだから、当然と言えば当然だ。 「まあ、ずぶ濡れだけど」 「帰るにしても、せめて衣服を乾かしていくべきだ」 彼は私を暖炉の前まで導いた。 「…今乾かしても、帰る時には、また濡れる」 「そういう問題じゃない。女性は体を冷やしてはいけないのだ、知っているだろう?」 思わず、ポカンと口を開けてしまった。 何を言っているんだ、こいつは。 目はいつにもまして眼光鋭く、冗談を言っているわけではないようだけど。 「そんなずぶ濡れで外に出ては、身体に悪いどころじゃない、風邪をひくぞ。暖を取っていくべきだ」 あいにく、この程度の寒さで風邪を引くような、やわな鍛え方はしていない。 あまりにも石丸の目つきが真剣なので、渋々私は彼の言葉に付き合うことにした。 納得したわけじゃないが、従わない方が面倒が多そうだし。 「…服が乾けば、帰っていい?」 「急ぎの用事があるわけでもないのだろう?…本当は雪が止むまで引き留めたいが」 妥協点、ということだろう。 さっさと帰りたい。 私は上着を脱ぎ、ストーブの前にかざした。 「ぶっ!!!!? ちょっ、はっ…な、なあ…」 気づくや否や、石丸が壊れたように口をパクパクさせた。 「何?」 「なぜ、服を脱ぐのだっ…!」 手を前にかざしながら、彼が尋ねた。 顔は見る見るうちに、だるまのように赤くなっていった。 「こうした方が、早く乾く」 「そう言う意味じゃない!僕が目の前にいるんだぞ!」 「?…だから、何」 「僕は男だっ!男の前でそのように、みだりに肌をさらすべきじゃない!」 「なんで」 「な、なんでって…もし僕が変態や暴漢で、襲いかかってきたらどうするんだ!」 「石丸は変態で暴漢なのか?」 くすり、と、皮肉をこめて尋ねる。 「断じて違う!違う、が…そういうことではなく…」 「…襲いかかってくれば、ねじ伏せる。これでも「超高校級」のついた軍人、自分の身の安全くらい守れる」 「あ、そうか…い、いや、そう言うことじゃなくてだな…」 まどろっこしい。 無視してスカートにも手をかけようとすると、彼は更に大騒ぎでわめきたてた。 「服を乾かせと言ったのは、石丸だ」 私は不機嫌を隠さずに言い放つ。 「僕は『脱げ』なんて言っていないぞ!」 「どうして脱いではいけない?」 「君は女性だろう!」 顔を真っ赤にさせたまま、石丸がそう言い放って、私は唐突に理解した。 ああ、この馬鹿は、私を「女」だとおもっているのか。 それは苛立たしくもあり、しかし満更でもないというか、どこかくすぐったい感覚。 性別としての「女」ではなく、社会的な「女」として扱われること。 戦場では、苦痛以外のなにものでもなかった。 なぜならそれは、差別であり蔑視だからだ。 でも、石丸のこれは、そのどちらでもない。 月並みな文句だが、社会的な「女」としての自分など、とっくに捨て去っている。 多くの命を奪ってきたという経歴。女性らしさを少しも兼ね備えない、ごつい身体に生々しい銃創。 それらを悔いているわけではないが、「女」を語る権利は、自分には毛頭ないと思っていた。 しかし目の前の馬鹿は、私の下着姿を見て、顔を赤くし、私を女性だという。 なんとも…滑稽で、哀れで、微笑ましい。 などと思索を巡らせている間に、石丸はいそいそと自分の上着を脱いで、私に押し付けた。 「どうしても上着をそうやって乾かしたいのなら…これを着るといい」 「私としては、着なくても構わないのだけど」 「僕が構うんだ!そもそも身体を冷やした女性を見過ごしたとあっては…」 「『超高校級の風紀委員:石丸清多夏』の名に傷が付く、か?」 私がそうやって茶化すと、彼はますます顔を赤くした。 今度は羞恥ではなく、たぶん、憤慨で。 「君の眼には、僕は自分の名誉のために女性を道具にするような、大莫迦者に映っていたというのか。心外だ」 「…茶化して悪かった、前言撤回する」 私は大人しく、石丸の手から上着を受け取り、反省の意としてそれを羽織る。 私が肌を隠して満足したのか、石丸は自分の座席に戻り、問題集を解く作業を再開した。 女性。 実の親にさえ、そんな風に扱われたことはなかった。 私は女で、石丸は男。 戦場では、そんな情報に価値などない。引き金に指をかけるという行為に、性差などない。 お前の眼には、私は女性に映ったのか?石丸――― 上着を羽織って暖房に向かい、石丸がペンを進める様子なんか観察しているうちに、やがて窓の外は晴れてきていた。 「この分だと、交通機関の復旧ももうすぐだな」 安心したように、石丸は言った。 「バス通学?」 「いや、寮生活だ。だが、今日は実家に寄ろうと思っていたところだからな」 普通に会話を交わすことで、もう彼が憤っていないことを確認できた。 ――確認できた、ってなんだ。まるで、私がこの馬鹿の顔色をうかがっているみたいじゃないか。 「…もう、服は乾いたかい?」 布地に手を伸ばす。まだほんのり湿ってはいたものの、ずぶ濡れよりはいくらかマシだ。 「それはよかった」 石丸は笑った。 よかった、のか。わからない。 私は別に、ずぶ濡れのまま帰ってもよかったんだ。なんの支障もない。 でも、石丸は笑っているから、それなら間違いなく「よかった」のだろう。 「僕は帰るけれど、戦刃君は?」 元々さっさと帰るつもりなのを、お前が引きとめたんだろうに。 「…じゃ、服返すけど…着替える間は後ろを向いている方がいいのか、石丸は」 「い、いや、教室の外で待たせてもらうよ」 「いい、ここで。面倒。見たかったら、見てもいいよ」 「ふ、不謹慎だろうっ!」 「見てもいいよ」。 どうしてそんな言葉が自分の口から出たのかは分からないし、特に気にもならなかった。 ただ、私が服に手をかけ、彼が慌てて後ろを向いた瞬間に、本当にその瞬間だけ、 得も言われぬ羞恥心が、身体を駆け巡ったことだけは覚えている。 なぜだろうか。 男がいる場所で、着替えをしたから?そんなの、これが初めてじゃない。 石丸が私を、女だと言ったから?それならその時に、恥ずかしさを感じるべきだろう。 それとも、その和だろうか。 「私を女だといった石丸の前で、服を脱いでいるから」? だとしたら、それこそ馬鹿馬鹿しい。ホントに。全く。 「本当に、その薄着で来たのか」 玄関を出て、今さらという感じだが、石丸は驚きの声をあげた。 「…私の肌、ヒートテックだから」 「ヒートテックは、主に衣服に使われている技術だぞ。肌がヒートテックなんてありえないだろう」 珍しくも冗談を言ってみたのに。聞いてはいたが、本当にこの石頭には通じないのか。 これで割と、一部の真面目な女子生徒には人気があるというのだから、世の中分からないものだ。 いわく、何事にも本気で真摯な所が素敵、らしい。 まあ、石丸がどれほど異性に人気でも、私には関係ないけど。断じて。真に。 というか、女捨てたし、私。 なんて、くだらないことに思いを馳せていると、 ふ、と、目の前を布が横切った。 石丸がその布を、私の首に巻いている。マフラーだった。 「…何だ、これ」 「女性は身体を冷やしてはいけないと、さっきも言っただろう。そのマフラーは、君に譲るから」 彼はそれだけ言うと、腕時計に目をやり、バス停の方へと歩き出していった。 私は少しの間だけ呆然とし、 「あ、洗って返すから!」 やはりそんな月並みな言葉しか返せなかった。 盾子あたりならもっと、気の利いた返しも思い浮かんだだろう。「残姉ちゃん」の汚名返上は、しばらく先になりそうだ。 ―――長ったらしい回想、終了。 そんなわけで、石丸には恩がある。 望まずに受けた施しだろうが、恩は恩だ。 彼に借りた…というより押しつけられたマフラーだが、何度返すと言っても聞かないし、 私が一度使ったのがダメだというなら、新しいのを買って渡そうとしたのだけれど、それを言うとまた怒られてしまった。 あの馬鹿の考えていることは、やっぱりよくわからない。 いい機会だと、その時は思っていた。 バレンタイン。彼に恩を返すのも、自分の中にある感情を確かめるのも。 好意では、あると思う。 あれから幾度か彼と話す機会はあったが、そのたびに心弾む自分がいた。 彼が他の友人と話していると、どことなく寂しさを感じる自分がいた。 戦場では感じたことのない、別のベクトルの高揚感。 その好意が、友人やクラスメイトに対する親愛の情か、それとも年頃の「女性」らしい恋愛感情かはわからない。 …個人的には、前者であって欲しいけれど。 そんなわけで、盾子に見つからないようにカカオマスを取り寄せ、Wikipedia(とかいう便利なサイトだ)から得た情報を元に、作ってみたのだ、が… 『…うぇえええ、苦っ!まずっ!絶望的!何これ…』 所詮は「残姉ちゃん」。その程度のクオリティしか、私なんかには作れなかった。 突如として、現実を思い知った。いや、現実に引き戻された、というべきか。 あるはずのない希望にもたれかかっていた私の眼の前に、降り落ちた現実。 馬鹿か、私は。 調子に乗るからこうなるんだ。慢心やプラス思考が、己を滅ぼす種。そう戦場で、あれほど痛感したのに。 「女」を捨てたなんて言っておきながら、少しほだされただけでその気になって。 馬鹿だ、私は。 何を泣いているんだ。この程度で嗚咽を噛み殺さなければならないなんて、たるんでいる。 軍人になった時から、どんな辛い訓練や実戦にも、弱音を吐かなかった。それこそが、私の誇りだったのに。 他でもない石丸本人に、気づかされてしまった。 どれほど強がろうと、軍人である前に、私は所詮一人の女子高生にすぎないのだと。 何が「恩を返す」だ。これじゃあ、彼に余計に気を使わせただけだ。 不味いチョコを食わされ、逃げるように立ち去られ、きっと今頃、石丸は当惑しているだろう。 恩を返す方法なら、他にいくらでもあっただろうに。 バレンタインに乗じるなんて、それこそ私が自分自身女性でありたいと望んでいたみたいじゃないか。 馬鹿馬鹿しい。石丸がそう言ってくれただけで、その気になって。 私は逃げるように、階段を駆け上がった。 行く宛てはないが、とにかく石丸から距離を置かなきゃいけないような気がした。 最上階まで上り、途方に暮れる。 この後授業だってあるのに、どうするつもりだ、私は。 教室には戻りたくない。 手に持った包み紙から、一個チョコを取り出して、口に放り込んでみた。 「…まずっ」 劇物のような味がした。まずは口の中に広がる苦み…というより渋み。 次いで、薬品的な甘さが口腔を支配する。 とにかく、身体に悪い食べ物として分類されるだろう。レーションが御馳走に思えるほど。 「…はは、ははは」 途端に自分が今一度滑稽に思えて、涙を流したまま、私は笑った。 周囲の生徒は、気味悪がって私から遠ざかったけれど、そんなこと気にも留めなかった。 「…戦刃、さん?」 聞き覚えのある、凛とした声。一瞬、女子だと思うくらい中性的な響き。 「苗木…」 振り向くと、背の低い気の弱そうな男子が、そこにたたずんでいた。 クラスメイトの、苗木誠。 私が泣き腫らしているのを見ると、ぎょっとしたようにたじろぐ。 「どうしたの?大丈夫?」 「っ、大丈夫、だから…」 困った奴に見つかったものだ。よりによってクラスメイトに。 私が泣いていたことが、彼の口から石丸の耳に届けば、また石丸を困らせてしまう。 「誰にも、言わないで…私が泣いていたと」 「えっ…うん…でも、ホントに大丈夫?」 彼はそこで、私が手に持っている小包に気が付いたようだった。 バレンタイン、小包、泣いている女子。 あらかたの事情を察した彼がオロオロと戸惑っているのを見て、思わず和んでしまう。 うちのクラスでも、幾人か彼にプレゼントしようとしていたみたいだが、なるほど、その理由もうなずける。 「あ、あの…植物園、行かない?」 「…植物園?」 苗木は、唐突に切り出した。 「あそこ、ほとんど人来ないから。そこで落ち着くまで…さ。僕でよければ、話とか聞くよ」 「…うん」 普段の私なら、そのせっかくの善意を一蹴し、独りで校内をうろついて気を紛らわすだけだったろう。 女性を意識させられたからか、単に傷心だったからか、幾分か今の私は素直である。 昼休みの終わりを告げるベルが鳴り、五限目が始まった。 彼は、おそらく私のようにサボり慣れていないのだろう、ベルが鳴ると少しだけ身をすくませたが、 ちら、と私の方を見て、優しくほほ笑んだ。「僕もサボるよ」、という意思表示だろう。 「…誰に渡したのか、とかは…聞いてもいいのかな」 「石丸。さっきの昼休みに」 隠す必要も感じられなかったので、私は素直に答えた。 「石丸君?…でも、石丸君だったら普通に、そういう贈り物は受け取ってくれそうだけど…」 彼は真に意外だ、というように目を見開いた。 「受け取ってはくれた。食べて、美味しいとも言ってくれた」 「じゃあ、なんで…」 「…食べてみる?」 軽いいたずら心とともに、私は苗木に一粒、チョコを手渡した。 何の警戒も無しに、それを口の中に放り込む。 途端に、苗木の顔がすっと青くなる。 「…前衛的な、味だね」 「苗木は、ウソはつけないな」 可笑しくて、思わず私は吹き出した。 「実は私も、さっきまでこれほど不味いとは知らなかった。馬鹿な事に、味見を忘れてて…そのまま渡したんだ。 でも石丸は、ウソでも美味いと言ってくれた。それがウソだと、私はすぐには気が付けなかった」 「大馬鹿だろ、私は」 自嘲気味に笑うと、苗木は必死に首を振った。 「そんなことないよ。チョコ作るの失敗しちゃう、だなんて、誰にでもある普通の失敗じゃないか」 ああ、そうか、こいつも。 私を普通の女性と捕えてくれているのか。 まったくこの学園には、馬鹿ばかり集まっている。 そして、私がその馬鹿の、最たる例だ。 自分で女を捨てたなんて言っておいて、このざまなんだから。 「別に、石丸に特別な感情があったわけじゃ…ない…と思う、たぶん。 ただ、これを機に普通の女の子みたいなことも、出来るようになればいいな、と思ったんだ。 知っているだろ、私が…軍人だったこと。多くの戦争に足を運び、多くの命を奪った。 やっぱりそんな人間が、「普通」になるなんて…許されないんだ」 「…普通じゃなくても、別にいいんじゃないかな」 心地よく絶望に浸っていた私の言葉を、唐突に苗木が遮った。 「…は?」 「普通なんてつまんないよ。この学園一普通な人間の僕が断言するんだから、間違いない。 そもそも、普通なんてどこにもないんだよ。10人いれば10通りの「普通」があるんだから。 それに、ここは希望ヶ峰学園だよ?「超高校級の高校生」が集まるこの学園で、普通である方が変だよ」 その言葉は一般論で、けれどだからこそ、苗木が言うと妙な説得力があった。 「…って、ちょっと偉そうだった、よね。ゴメン」 「…いや」 別に苗木の言葉が、心に響いたわけじゃない。 それはあくまでこいつの見解。 残念ながら私や石丸には、それこそ「普通」なこいつにはわからないような、もっと複雑な事情がある。 でも。 「励ましてくれて、ありがとう。苗木がそう言ってくれるだけで、幾分か心が楽になったよ」 苗木にはもう少しだけ、話に付き合ってもらった。 私がどうして石丸にチョコを渡そうとしたか、とか、苗木はチョコを幾つ受け取ったのか、とか。 彼はいたずらっぽくほほ笑んで、「戦刃さんのを味見したのも、カウントしていいのかな」なんて言って、 私も笑いながら、苗木の頭を小突いた。 本当に他愛ない話で、それこそ自分が「普通」の女子高生になったみたいだ。 「…っと、そろそろ、五限が終わるね」 「苗木はもう教室に戻った方がいい。付き合わせて、悪かった」 「ううん、僕が好きで話を聞かせてもらってたんだから」 苗木は、お人好しだ。 その人の良さは、どこぞの馬鹿を彷彿とさせる。 苗木には、特別な感情はなかったと言ったけれど、今思えば、やはりこれは特別な感情だ。 特別で、大切で、もう終わった感情。 石丸には、今会うとまた泣いてしまいそうだから、後日改めて謝りに行こう。 それで、この初恋は終わり。 「戦刃さんは、戻らないの?」 「私は、いい。今日はこのままサボる。もともとそんな真面目に学生してたわけじゃないし」 「…吹雪の中学校に行くのは、真面目に学生してる証拠だと思うけどな」 「サボる理由がなければ、サボらない。ただ…今はちょっと、教室に戻りにくいから」 苗木はやや沈黙して、意味ありげな含み笑い。 いたずらを考えている時の盾子にそっくりな笑い方だ。 「…どうかした?」 「え?何が?…戦刃さん、まだしばらくここにいるでしょ?」 「…まあ、廊下を出歩いていたら教師に見つかるから。下校時刻に、こっそり帰ろうと思う」 「…そう、わかった」 彼はそれだけ言うと、別れの挨拶もほどほどに、そそくさと植物園を出て行ってしまった。 何だったんだ、いったい。 小屋の壁に頭を持たせかけながら、ふう、と息を吐く。 冬だけど、この植物園は一定の気温と湿度を保っていて、生ぬるい。 苗木と「普通」の女子高校生のように会話をしたことが、よほど嬉しかったのだろう。 私の肌は、汗をかいたように湿ってきた。 湿った土の匂い。塹壕を思い出す。 「ほんの一年前は…日本にすらいなかったんだ、私は」 こんな人並の恋愛をすることなんて、思ってもみなかった。 血と硝煙。けむる土埃の向こう側に照準を合わせ、常に死と隣合わせだった、私の戦場。 「…」 嫌な記憶が、匂いから呼び起こされる。 向こうでも、私くらいの兵は珍しかったのか、あからさまな嫌がらせを受けたこともあった。 顔を見れば陰口、出歩けば足をかけられ、まだ血の気の多かった私は、そこから殴り合いに発展させてしまうことだってあった。 そんなのはまだいい。 思いだしたのは、もう一歩モラルを踏み越えた先の嫌がらせ。 確かあれは、4~5人で組んだ編隊で、同じテントで寝泊まりしていた時。 眼をギラギラさせた、恰幅の良い男たちが詰め寄る。 『女にならねえまま死んじまうのは、かわいそうじゃねえか』 銃口を向けられた時ですら、ただの一度だって感じたこともない、生理的な恐怖。嫌悪感。 「戦刃君?」 バッ、と、私は反射のようにして振り向いた。 体中が嫌な汗をかいていた。虚を衝かれる、とは、このことだろう。 勢いよく振り向くと、声をかけた石丸の方が怯んだ。 「すまない…驚かせるつもりはなかったんだ」 「あ、いや…私こそ、」 そこまで言って、急に言葉が詰まった。 余りに突然で、余りの衝撃で、忘れていた。自分が、やらかしてしまったこと。 あんな劇物を食わせ、挙句メソメソと逃げ去った私が、今更どんな顔をすればいい。 というか、なぜ石丸がココに… 「苗木君に、君がここにいると聞いたんだ。二人とも五限を休んだから心配していたんだが…」 苗木の奴…あの意味深な笑みは、こういうことか。 「…怒って、いるか?」 私の表情と沈黙から何を間違えて読み取ったのか、唐突に石丸が尋ねた。 「は?」 「いや、すまない…聞くのも愚かだったな」 「…私が何を怒っているって?」 「ウソをついただろう、僕は」 思索の間。 「君は純粋に、チョコを僕に送ってくれた。それなのに、僕はそのチョコが、その… 味について、君を傷つけたくない一心で、ごまかしてしまった。結果それが、君を傷つけてしまった」 「そんなの――」 お前のせいじゃない。 そう口まで出かかったところで、言いなおした。 「そんなの、私が歩をわきまえなかったのが悪い」 「歩を…何?」 「調子に乗って、こういう女の子イベントに精を出した私の自己責任。分不相応だった」 「そ、そんなこと――」 「あるんだ、石丸。私は自分で女を捨てたんだ。その私が、もう一度普通の女に戻ろうだなんて、おこがましかったんだよ」 石丸は何か言いたそうだったが、私の次の言葉を待った。 苗木から何を聞かされたのかは分からないけれど、私がそれを話さない限り、この馬鹿は許してくれないのだろう。 いつかの冬の日のように。 「マフラーを貸してくれた日のこと、覚えてるか?あの日、お前が『暴漢や変態に私が襲われたら』と、そういう話をしたな」 「…」 「――あるんだよ、何度も。死と隣り合わせの戦場じゃあ、極限まで精神を擦り減らして、頭のおかしくなった人間は大勢いる。 あいつらは…海外ボランティアやNGO、現地住民や捕虜でも、女なら見境なく手を出していた。そうしないと欲望のはけ口がないから。 だから、私みたいな残念な女でも、欲情する馬鹿は大勢いたんだ、石丸」 「自分を残念だなんて卑下する――」 「聞いて。そんな大勢の馬鹿から、超とつけども所詮は高校生の私が、 生き残るために、自分を守るために出来ることは一つ……女を、捨てること」 私はおもむろに、上着を脱いだ。 石丸は困惑して、以前のように耳を赤くして目をそらしたが、私の意思を汲み取ったのか、制止はしなかった。 この馬鹿は、私を女だと思ってくれた。 そんな石丸だから、私は一瞬でも、彼の前で着替えることを、あの時恥ずかしく思ったのだろう。 私の裸体には、 私が女を捨てた証が、刻まれていたから。 「…っ!!」 石丸が息をのんだ。たぶん、当然の反応。 「あの時は、お前は見ようとはしなかったからな…気味悪いだろ。 大抵の男は、どれだけサカっていても、これを見るとやる気をなくすから」 一文字の切り傷、それを覆う火傷、そして化膿。 女の象徴である…といっても、申し訳程度の盛りだが…胸の間を縫うように、深々と刻まれた傷跡。 「この高校に入ってからは、もう自分で刺すのを止めたから…直に、傷も消えていくと思う。 前はもっと酷かったんだけど、最近になって痕が薄くなっているから。卒業するころには、分からないレベルになる」 「自分で…切って、焼いたのか」 「死なない程度に。その辺は、心得てるし」 苦し紛れにいたずらっぽくほほ笑んだけど、石丸は笑い返してはくれなかった。 本当に、冗談の通じない男だ。 女を捨てた証は、今でもはっきり、私の体に刻まれている。 この傷がある限り、「普通」には戻りたくても戻れない。 だからこそ、石丸が私を女として扱うことに、どうしようもない抵抗があった。 「…変なもの見せて、悪かった」 私はいそいそと上着を拾う。 やはり、こいつの前でこの傷を見せるのは恥ずかしい。 たぶん、普通の女子が、男子に下着を見られて恥ずかしい、とか、そういうレベルじゃない。 さらし首のような。自分の罪を、聖者に見咎められているような、そんな気分だ。 「まあ、私自身、もうこの傷について深い感慨があるわけじゃない。別にここだけじゃなくて、私の体中に傷跡はあるよ」 自分でつけた傷か、そうじゃないかの違いだ。 「確かめてみるか?」 と、スカートをすっと上にあげて茶化す。 ようやく石丸は、そこで反応を取り戻した。耳を真っ赤にして、 「や、やめるんだ!わかったから!」 と、スカートを掴む私の腕を振り払った。 「まあ、こういうわけだ。私は女を捨てた。後悔してないと言えばウソになるけど… ふっきれた、今回のことで。私には、似合わない…もう、「普通」の女子高生になるのは、諦める」 この傷がある限り…いや、自分で傷をつけたという、その事実がある限り、 「超高校級の軍人」も、「普通の女子高生」も、どちらの肩書も、私には重すぎるんだ。 「…諦めるのは、まだ早い」 「…なんだ、それ。また、お得意の精神論か?」 くすり、と、何が可笑しいのか、私は吹き出す。 重すぎる肩書をぶら下げていた今までと違って、本当に、肩の荷が下りた感じだ。 つっかえが取れたような、解放感。 「チョコを貸してくれ」 不意に石丸がそんなことを言い出すまでの、短い解放だったけど。 「まさか、捨ててしまってはいないだろう」 石丸が、私を教室に引き入れた時のような、厳しい口調で語り出した。 一瞬、石丸の髪が白く脱色してしまったような、そんな幻覚が見えた。 渡すべきかどうか迷っていると、彼は私の右手からチョコをひったくり、 「もがっ!!」 封を開けて、ぼりぼりとチョコを貪りはじめた。 「げほッ!」 すぐにえづいた。 「な、何してるんだお前!馬鹿か!」 私は急いで、彼からチョコを奪い返した。 「そのチョコの酷さは、もう私だって認めているから!今更無理して…」 「無理なんかじゃないっ!!」 再び彼が、私からチョコを奪い取る。 「んん!美味いっ!!…ごほっ!!…カカオの、風味が…んぐっ…」 なんだ、とうとう頭がおかしくなったか。 真面目な奴ほどキレると怖い、とはよく聞くが、まさかこういうベクトルでの怖さだとは… 石丸は時々むせながらも、驚くべきスピードでチョコを口の中に放り込み、 一分としないうちに、柄にもないピンクの包みの中から、私の殺人チョコは姿を消した。 「よくもあのチョコをあんな…勇者か…」 「…戦刃君」 顔も真っ青のまま、私の言葉をさえぎって、石丸は切り出した。 「…僕は、戦争を知らない」 「命を奪うことの怖さも、命を失うことの怖さも、引き金の重さも…君自身の傷の重さも、何も知らない」 「…うん」 「だから…君から語られたエピソードで、何が正しくて、何が間違ったのか…僕には判断ができない。 君を襲おうとした男たちを、その…確かに最低な行為だが…暴漢、の一言で片づけてしまっていいのか。 君が自分を守るために、自分の「女」の部分を傷つけたのは、本当に最良の選択だったのか。 僕には、君の過去を背負っていける器は…残念ながら、ない」 わかっている。 私が石丸に、そこまでの期待をするのは、いささか自分勝手が過ぎる。 別に自分の傷の理由や、女を捨てたことを、正当化したいわけじゃない。 「でも」 「…」 「過去が、なんだというんだっ!!」 「…は?」 石丸は、まるで政治家が講演をするのかといった具合で、大きく胸を張り、主張する。 「過去に縛られてはどうしようもない!問題は、君が今、どうありたいかじゃないのか!? 超高校級の軍人でも、普通の女子高生でも、好きな方を君が選びとればいいじゃないか! 女を捨てた?それがどうした!捨てたなら、もう一度拾えばいい!」 私は石丸の言葉に、それはもう本当に、 どっと疲れた。 さっきまでの解放感は何だったのか。 私の話の、何を聞いていたんだ、こいつは。私にとっては、そういう簡単な問題じゃないんだ。 というか、 「――だから、何を以て女性とするかなんて、それこそ千差万別であるわけで、 確かに女性の象徴である胸を傷つけることは、女性を捨てるというスタンスの体現ではあるが――」 長い。話が。繰り返される超正論。これじゃ、苗木の方がマシだ。 けれど、そんな長ったらしい彼の説教も、自分のためにしてくれているのか、と思って、どこか嬉しくなってしまうあたり、 私はもう、取り返しのつかないところまで来てしまっているのだろう。 「落ち付け、石丸」 「そもそも――ん?」 蕩けた頭に喝を入れて、私は石丸を現実世界に呼び戻した。 「私は、お前の説教が聞きたいわけじゃない。私が、自分で「女」を捨てたと決めたんだ。 お前の言うとおり、取り戻せないものじゃないけど…その如何については、お前の指図を受ける気はない」 「…そう、か」 残念そうな口ぶりで、石丸が応える。 「そ、それでもだな…」 「まだ、何かあるのか」 「…君の」 「うん?」 「君の過去を背負う器も、君の過去を語る権利も、僕にはないと…わかっている。 ただ、その… き、君の現在と未来とを…ぼ、ぼく、僕が、共に歩んで行くわけには、いかないだろう、か…」 上ずった声に、思わず吹き出しそうになって、 『君の現在と未来とを 僕が共に歩んで行くわけにはいかないだろうか』 言葉の意味を理解し、私は唖然とした。 「へ、変な意味じゃないぞ!君が女を捨てている、それを前提に話しているんだ。友人、恋人、同級生…呼び方はなんでもいい。 君の過去を知る、その数少ない相棒の一人として…君を支えていきたいんだ」 「あ、相棒って…お前、何を…」 展開が、急すぎる。頭が付いて行かない。 この馬鹿は、何を言っているんだ。 「君がチョコをくれた時…僕は、その、本当に嬉しかったんだ。女性である戦刃君から貰えた、と思っていたのもあるが… 君が僕を、チョコを渡すに値する相手だと、認めてくれていたのだと思うと…嬉しかった。だから、 君の過去も、女を捨てたことも、僕には指図できないけれど…それでも、君のためにできることは、あると思う」 「ちょっ、待っ…」 女は捨てたって、言っただろう。 なんで、こんな他愛もない発言で、これほどまで嬉しくなってしまっているんだ、私は。 中途半端な決意。だから、「残姉ちゃん」なんて呼ばれるんだ。 「断言しよう…正直に言えば、女性としての君に惹かれていたという事実もある」 「あ、な、な…」 「けれど、今はまだ、それは抜きにして考えてほしい!どんな形でもかまわない! ともに歩むパートナーとして、背中を預ける相棒として、僕をそばに置かせてはくれないか!」 石丸の顔は赤いままだったが、おそらく私も、彼を笑えないくらいに顔を赤くしていることだろう。 「僕では役不足か?君のそばに…」 「わ、私なんかで…」 妥協するな。 その一言が言いだせない。 認める。認めてやろうじゃないか、チクショウ。 私はこの大馬鹿が、大好きだ。 異性として、「女」として、大好きだ。 「女」を捨てたなんてのは、自分に言い聞かせるための言い訳でしかなく、結局私も、所詮は「普通」の女子高生だったわけだ。 そして、だからこそ、言いだせない。 石丸の幸せを願うなら、もっといい女を見つけるべきだと、そう言えばいいはずなのに。 彼が側にいたいと言ってくれている。その事実を拒む度胸は、私は持ち合わせていない。 「いいんだな、私なんかで…あとになって後悔しても知らない…」 忠告は、したからな。 「そ、それでは…」 「私も。石丸に、側にいてほしい」 ~~後日談 戦「ほ、ホントに私でいいのか…そ、その、パートナーとやらは…」 石「何を今更。あの時、互いに誓ったではないか」 戦「いや、あれは正直勢いもあったっていうか…私は知っての通り残念な女だし」 石「何を言うんだ戦刃君!君は魅力的な女性だ!僕は女性としての君に惹かれていると、言っただろう!」 戦「わわっ、馬鹿!は、恥ずかしいことを大声で叫ぶな!」 石「それにだな…」 戦「な、何…」 石「君の、あの、肌だが…君は、自分の肌が傷だらけだと言ったが…」 戦「!?」 石「植物園で見た素肌は、その…引き締まっていて、綺麗だったと思う」 戦「~~~っ!!!」 石「い、戦刃君?」 戦「恥ずかしいことを、言うな!!石丸…お前やっぱり変態だ!」 石「なっ…ぼ、僕は変態でも暴漢でもない!戦刃君こそ、男の前で脱ぎ出す痴女じゃないか!」 戦「ち…! 日本男児が女に向かって、そんなこと言っていいのか!」 石「女は捨てたと、言っていたではないか!」 朝「(・∀・)ニヤニヤ」 ~~後日談・2 「んで、今日もデートに行くわけ?」 パジャマ姿の盾子が、寝ぼけ眼をこすりながら、玄関まで私を見送りに来る。 「デートじゃない。一緒に筋トレをしてくるだけだ」 「カップルで筋トレとか、聞いたことないし…よくもまあ、飽きずに続いてるね」 「カップルでもない!…そういうんじゃ、ないから」 女ではない、と、私は日和って言い訳して逃げた。 でも石丸は、それなら男女の交際じゃなくてもいい、そう言ってくれた。 「ま、いいや。いってらっさい」 「うん、行ってきます」 正直、そういう関係になりたい気持ちはある。 日々募る、石丸への愛しさは、もうそろそろ限界に達しそうでもある。 いつまで私は、自分の中の「女」をごまかしきれるだろうか。 でも、あいつは、カップルじゃなくてもいい、そう言ってくれた。 だから、この関係を甘んじて受けていようと思う。それが、あいつの誠意に応じることにもなるだろう。 今はまだ、互いに側にいるだけの関係でいい。 今は、まだ。
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銭湯にて 山田「キングオブ普通と呼ばれる苗木誠殿にも、普通ではないところがあったのですな。しかも二つも! 一つはその男子の中で下から数えて二番目の身長、そしてもう一つは……苗木誠殿のビッグ・マグナム!」 苗木「突然何を言い出すんだよ、山田くん……」 山田「僕のジャスティスハンマーと比べても……苗木誠殿、恐るべし……!」 苗木「や、やめてくれよ、山田くん、恥ずかしいよ!」 葉隠「うわっ、ホントだべ~。苗木っちはこのデカブツで将来複数の女をヒィヒィ言わせるな。俺の占いは三割当たる!」 苗木「当たらないよ!」 十神「お前達、さっきから下らない話を大声でだらだらと……。苗木のモノが小さかろうと大きかろうと、そんなことはどうでも……何!!」 葉隠「お、どうしたべ、十神っち。orzみたいな体勢して」 十神「この俺よりも、この十神家の後継者でもあるこの俺よりもデカいだと……!」 苗木「十神くんの家は関係ないんじゃないかな……」 妹様「……っていうことが聞けちゃったんだけど。あの苗木のが大きいなんでマジウケるしww」 霧切「貴方が浴場に盗聴機を付けていることについては何も聞かないわ……でも、そう、そうなの……」 舞園「私、耐えられるでしょうか……」 むくろ「凄いな、苗木は。自分の身を守れるように、浴場にまで拳銃を持ち込むなんて」 「「「え」」」
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舞園「まずは今回の学級議会の簡単な説明から始めましょう。」 石丸「なんと!不二咲くんの財布が何者かに盗まれたらしいのだ!」 大和田「まじかよ!大丈夫か不二咲!」 不二咲「う、うん。大丈夫だよ。」 石丸「この学級議会でだれが盗んだかはっきりさせようではないか! よし、みんな目をつぶるのだ。犯人は挙手するのだ!」 桑田「誰が挙げるかっつーの。」 葉隠「きっと犯人はお金に困っていたんだべ!」 セレス「私はギャンブルで稼いでいますわ。」 十神「金なんぞ腐るほどある。・・・実際は腐らせてなんかいないからな。 そんなことしたらお金の神様に怒られるからな。」 山田「私も同人誌で稼いでいますぞ。」 苗木「ちょっとまってよ。犯人はお金目当てで盗んだとは限らないんじゃないかな。」 霧切「お金以外の目的で盗んだということ?」 苗木「うん。不二咲さん、財布にはお金以外にはなにか入っていなかった?」 不二咲「えっと・・・。あっ!ボージョボーキーホルダーが入ってたよ。」 霧切「!」 苗木「たしか、霧切さんはボージョボー人形が・・・。」 霧切「待って!これは黒幕の罠よ!」 腐川「苦しい言い訳ね。フフフ・・。」 苗木「霧切さんが犯人なんだ・・・。」 霧切「断言するからには証拠があるんでしょうね?苗木くん!」 苗木「霧切さんの筆箱につけているキーホルダー、あれって不二咲さんのだよね。」 霧切「!!」 十神「霧切、カバンをみせてもらおうか。」 苗木「十神くん、カバンじゃなくて筆箱・・・。」 十神「しまった。変なことを考えてしまったせいで!」 霧切「・・・私の負けよ。」 苗木「なんでこんなことを・・。」 霧切「・・・かわいいからよ。」 一同(えぇぇぇーー!)
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苗「はぁ……疲れた……」 霧「お疲れ様。悪いわね、いつも捜査を手伝ってもらって」 苗「あ、ううん。それは全然いいんだけど」 霧「そう言ってもらえると助かるわ。 でも、そうね……たまには少しくらい、あなたの労をねぎらってあげないといけないわよね」 苗「いいよそんなの! 僕も好きでやってるんだしさ」 霧「私はこれでもあなたにとても感謝しているのよ? 少しくらい、その気持ちを形にして示させて欲しいの」 苗「気持ちは嬉しいけどさ。でも……」 苗(僕としては霧切さんと一緒にいられるだけでも十分……なんて、さすがに面と向かっては言えないよな……) 霧「そう遠慮しないで、苗木君。お願いだから……」 苗「……わかったよ。そこまで言うなら」 霧「ありがとう。本当に慎み深いのね、あなた。 ……それじゃあ、そこにうつ伏せになって」 苗「!? い、一体何を?」 霧「何って……マッサージよ。他になにがあるの?」 苗「あ、ああ……そりゃそうだよね……」 霧「? どうかした?」 苗「い、いや、何でもないよ! ははは……。 そ、それじゃあお願いするね」 霧「ええ……」 ――――― 霧「どう、苗木君?」 苗「う、うん。気持ちいいよ」 霧「そう……良かったわ」 苗「マッサージ、上手なんだね」 霧「まあね。祖父によくやらされたから、少しは自信あるのよ」 苗「へえ。ちょっと意外かも」 霧「ここはどうかしら?」 苗「い……痛っ!?」 霧「我慢して。痛いのは効いている証拠なんだから」 苗「わ、わかったよ……」 霧「ふふっ……ほうら」 苗「痛たたたっ!」 霧「我慢よ。男の子でしょう?」 苗「う、うん……。 あの、ところでさ」 霧「何かしら?」 苗「……なんで僕の上にまたがってるの?」 霧「なんでって、マッサージしやすい態勢だからよ」 苗「そ、そうなの?」 霧「……もしかして、重かった? ごめんなさい、気が回らなくて」 苗「そ、そんなことないよ! 全然重くないから!」 霧「本当に? このまま続けても大丈夫?」 苗「あ、えーと……うん」 苗(重さは気にならないけど、その、お尻の感触が……でも言えないよなあ)
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――最近、苗木君の様子がおかしい。 そう気づいたのは1週間ほど前。 私は過去の失敗から、無闇に人と関わらないようにしていた。極力自分からは話しかけず目立つ行 動も避けていて、端から見れば私は『無愛想な女』といった感じだと思う。中学の頃も同様で、そんな 私に関わろうとする物好きは居なかったし――私を強引に連れ出す、年上の変わった人は居たけど ――むしろ寄せ付けないようにしていた。そしてこの希望ヶ峰学園に入った時もそれを変えるつもりは なかったけれど、彼が――苗木君がそうさせなかった。 あれは、学園の生活が始まってまだ5日目のこと。 「霧切響子さん、だよね?」 「……そうだけど、何か用? 苗木、誠君」 終礼後、皆が一斉に帰り支度を済ませてぞろぞろと教室を去る中、苗木君が私の席まで来た。彼を 見ると、少し緊張しているようだった。それならば最初から話しかけなければいいのにと思う。 「僕の名前覚えてくれてたんだ! 何か嬉しいな!」 「クラスメイトの名前くらい覚えていても別に不思議じゃないと思うけれど。 それで? 私に用があった んでしょ?」 「うん、そうなんだ。 あの、霧切さん明日の休み何か予定ある?」 「……今のところはないわ」 私は、「用事がある」と嘘をつこうとも思ったけれど、わざわざこんな無愛想な女の所まで来て話しか けてくるのだから、彼はよほどの用があるはず。そう私は思ったのだけど、それは大いにはずれてしまっ た。 「良かったら、僕と一緒にどこか出かけない?」 「……え?」 「あっ、嫌だったら別にいいんだよ!? 無理しなくても……」 「えっと、理由を教えてくれるかしら?」 彼の意図が全く分からなかった。 超高校級の幸運として、平均的な学生の中から抽選で選ばれた彼は本当にどこにでも居そうな普 通の少年だった。けれど、5日間の様子を見た所、彼は優しくて誰とでも分け隔てなく接することがで きる性格で、そこには人が惹きつけられる魅力があるらしい。学園が始まったばかりだというのにいつも 彼の周りには人が溢れ、笑顔に溢れていたのがその証拠だ。 だから彼が私を誘う意味が分からなかった。他にいくらでも誘える相手は居るのに、わざわざ話した ことも挨拶の言葉さえ交わしたこともない私を選ぶ意味が。 「霧切さんのことが知りたいと思ってさ」 「…………どうして私のことを苗木君に知られなければならないの? ちょっと唐突すぎてあなたの意 図が分からないわ」 彼の言うことは予想外すぎる。柄にもなく私は感情的になり、ついきつい言い方をしてしまった。案の 定彼は申し訳なさそうな顔をして肩を落としている。意図は分かりづらいけど、そういう感情的なものは 分かりやすい少年だと思った。 「ほら、霧切さんいつも一人でいるでしょ? 話したのだって今が初めてだし。せっかく同じクラスになっ たんだからもっと仲良くしたいと思って。 大人数が苦手なのかと思ったからほかのみんなは誘ったりし てないんだけど……ダメかな?」 「……分かった。いいわよ、別に」 今思えば、この時点で彼にかなり興味を抱いていたのかもしれない。断る理由はいくらでもあったの に私は彼の誘いを受けることにした。これまでの私だったら絶対にありえないこと。 「えっ!? いいの!?」 「ええ。 さっきも言ったけれど別に予定もないし、あなたみたいな予想外な行動をする人を観察して みるのも悪くないから」 「予想外って……そんなことないと思うけどなぁ。ていうか何で僕なんかを観察するの?」 「探偵だから。知らないことは知っておいた方がいいわ」 「そっか。霧切さんは超高校級の探偵だったね。やっぱり探偵って色んなことを知ってるものなの?」 「……専門分野とかその人の考え方によると思うわ。そんなことより、明日何時にどこへ行けばいい の? 誘うからにはどこか行く当てがあるんでしょ?」 「うん。駅前に新しくオープンしたカフェがあるんだ。そこへ行ってみない? 朝カフェっていうのがある みたいだから9時頃とかはどう?」 「カフェ……。悪くないわね。じゃあ9時前に駅に行けばいいかしら」 私はコーヒーが好きだった。私が知る限り、この学園の近くにあるコーヒーのおいしいカフェは気軽に 行くには少し遠い場所だったから駅前に新しくできたというのは、かなりの朗報だ。あとは、そのカフェ のコーヒーの味が良ければ私は常連になるかもしれない。そう考えると、少し楽しみに思えた。 「そうだ、待ち合わせなくてもさ、部屋が隣なんだから一緒に行こうよ」 「……そういえばそうだったわね」 「時間は……8時半ごろに僕が霧切さんの部屋を訪ねるってことでいいかな?」 「了解したわ。それじゃ、私は帰るわね」 「ちょっと、待って!」 「まだ何かあるの?」 「だからさ、部屋隣なんだから一緒に帰ろうよ」 ――本当に私なんかと一緒に居ようと思うなんて変わった人。 「好きにしなさい」 私は翌日彼との約束通りカフェへ行って、大体は苗木君から色々質問されてそれに答えるといった、 まるでインタビューみたいな時間を過ごした。私も、宣言通り彼を観察していたわけだけど、一週間見 て分かったこと以外に特に新しい発見はなかった。ただ、私と仲良したいだなんて、本当に変な人だ と思った。 以来、苗木君は頻繁に私に話しかけてくるようになり、彼の影響で他のクラスメイトも私に遠慮無く接 するようになった。私は中学の時のように人を寄せ付けない、ということをこのクラスでは無理だと諦め ざるを得なかった。それに、正直少しだけ心地良い、なんて思うこともあったりする。 ちなみに苗木君と行ったカフェのコーヒーは豆の種類も多く、味もなかなかのもので、私は今でもよく 通っている。 それから半年ほどが過ぎた今、苗木君がここ1週間、明らかに私を避けている。もともと人と関わらな いようにしていたから、別段気にする必要もない――と、いつもの私なら気にも留めなかった。今の私 はいつもと違った。最初気づいたときは、気の迷いかとも思ったけど、明らかに私は苗木君のことが気 になっていた。だから、人と関わらないことには慣れていると言っても、そうあからさまに彼に避けられる のはいい気はしない。 彼の行動を見張って原因を暴くことも私にはいとも容易いことだったけど、彼にはそういうことをしたく なかった。でも、訳も分からないままで状態を放置しておくことも私にはできない。 私は放課後になるのを待って、苗木君が教室を出ようと席を立つ前に声をかけた。もし、私が気づ かない内に彼を傷つけてしまっていたのだったら謝りたいと思った。 「苗木君」 彼は一瞬驚いたような顔を見せて、すぐに申し訳なさそうな表情で私を見る。彼が私から逃げるつも りだというのが、すぐに分かった。途端、胸の奥がチクリと痛む。 「あ、霧切さん。ごめん、僕ちょっと今から用事が……霧切さん?」 「何?」 「すごく、顔が怖いけどどうしたの?」 いけない。無意識のうちにやりきれない気持ちが表情に出ていたらしい。私もまだまだ未熟だというこ とね。それに、苗木君を相手にすると普段通りに振る舞えない。私は心を落ち着けて表情を抑えると 彼に直接疑問をぶつけた。 「……私あなたに何かしたかしら?」 「え? 何かって?」 「あなた私を避けているでしょ? 何かあなたを怒らせるようなことをしたのなら謝るわ。遠慮なく言って ちょうだい。それと、今から用事があるなんて嘘が私に通用すると思ってるのなら、私も舐められたもの だわね」 私は捲し立てるように話しながら、かなり後悔していた。彼を傷つけたのなら謝りたい――そう思って 話しかけているのにどうしてこんなきつい言い方しか出来ないのか。彼に表情を指摘された時に私が わざわざ心を落ち着けさせた意味がないじゃない。ほら、あんなに青ざめた表情で苗木君が慌ててい る。 「そ、そんな! 舐めてるなんてありえないよ! 確かに嘘はついたけど……ごめん。でも、霧切さんが 僕に何かしたとかそういうのじゃないから気にしないでいいよ」 「じゃあ、どうして私を避けるの?」 「それは……ごめん、言えない」 「そう。もう、いいわ」 私は暗い顔をして俯く苗木君を置いて教室を出ると、さっさと自分の部屋へ帰った。あのまま苗木君 と話していたら、もっと彼を傷つけるかもしれないことが怖かった。そして、苗木君が私を避けているこ とを否定もせず、理由も話してくれなかったことが悲しかった。 私はベッドへ倒れこんだ。本当に、訳が分からない。苗木君は嘘をついてまで私を避けようとするけ れど、私が彼に何かしたわけじゃないという。だとしたら、なぜ彼に避けられるのか?私の頭の中は苗 木君に避けられる理由のことばかりぐるぐると考えを巡らせていた。 「事件や他の人のことは推理できるのに、一番わかりたい人のことは分からないなんて皮肉なものね……っ――!」 驚いた。私は泣いていた――経験したことのないほどの胸の苦しさ、痛みに戸惑う。けれどいくら考 えたところで、解決策など全然見つからなくて、途方に暮れて――私はいつの間にか眠っていた。 ――ピンポーン インターホンの音に私は目が覚めた。時計を見るとちょど午前0時を回っていた。帰ってから、夕食 も取らずにこんな時間まで寝てしまったことに我ながら呆れる。それにしても、こんな時間に誰? 私は不審に思いながらも、ドアを開けて来客を確かめると、そこには散々私の心を乱した張本人が 立っていた。彼は初めて話した時のような、緊張した面持ちで私の目を見ていた。 「霧切さん。こんばんは。ごめん、こんな時間に」 「……どうしたの? 苗木君。それは?」 彼はラッピングされた箱を抱えていた。とりあえずプレゼントの類だとは思うけれど、誰かにあげるた めに相談か何かあって彼は来たのだろうか。私が新たな疑問について考えを巡らせていると、彼がこ こ一週間私に見せることがなかった無邪気な笑顔で私の疑問を払拭させた。 「霧切さん、誕生日おめでとう!」 「え?」 「え? ……霧切さん、今日誕生日だよね? 10月6日だったよね? あれっ、違った? え、もしかし て僕間違えちゃった!?」 一瞬私は思考が停止していた。たくさんの感情が私の中で渦巻いている。 ――そういうこと、だったのね ようやく働きを取り戻した思考で、これまでの彼の行動が意味するものを理解することが出来た。冷 静になって考えると、彼は意図的に人を傷つけるようなことはしない。苗木君はバカ正直で嘘が下手 なお人好しなのだから。 彼を見るとわたわたと焦り、顔は血の気が引いている。本当にわかりやすい人だ。 「ごめんなさい、予想外の出来事で驚いていたの。私の誕生日、今日で合ってる。よく覚えていたわね。 私自身そういうの意識したことがなかったから失念していたわ……そのプレゼントはもしかして私に?」 「あ、うん。もちろん、霧切さんへの誕生日プレゼントだよ! はいっ! 誕生日間違えたかと思って焦 っちゃったよ。ははははっ……」 困ったように笑う彼から箱を受け取ると、少々重みを感じた。箱の大きさやこの重みからして家電か 何かだろうか。女の子へのプレゼントに家電って一体何が入っているのやら……。そう思っていたらひ やりとした風が玄関へ入ってきた。 「ごめんなさい……肌寒いでしょう? 苗木君、中へ入って」 「え、でも」 「良いから入って。私も寒いから」 「ああっ、そうだよね。ごめん気づかなくて。じゃあお邪魔します」 10月にもなると日中はまだ暑いくらいだけれど朝と夜はかなり肌寒い。そんな場所でで立ち話をする のも悪いと思って、私は部屋に彼を通すと二人でベッドに座った。彼は少し恥ずかしそうにソワソワとし ていた、どうやら異性の部屋に落ち着くことが出来ないようだ。私は、彼に異性として意識されているこ とが少しだけ嬉しい気がした。 「私を避けていたのはこの為だったのね」 「それについては、本当にごめん。もしかしたら、傷つけちゃったよね? 僕ってば簡単に表情とかに出 ちゃうから、分かりやすいでしょ? どうしても驚かせたくて黙っていようと思ったんだけど、霧切さんと一 緒に居たら絶対ボロ出しちゃうと思ってさ」 「……良かった」 私は改めて苗木君本人の口から真相を聴くと、彼に嫌われたりしたわけじゃないという実感が得られ て、心から安堵した。同時に、どれだけ自分の頭のなかが苗木君で占められていたのか気付いて、な んだかおかしくなった。ただ探偵であったはずの私が、こんなに普通の女子高生のような思考をするよ うになるなんて考えたこともなかったから。 「プレゼント、開けてもいいかしら?」 「うん、気に入ってくれるといいんだけど……」 「あなたがくれるものなら何でも嬉しいわよ」 「えっ?」 「……なんでもないわ」 私は苗木君が聞き返してきたのを無視して、冷静を装いながら、プレゼントのラッピングを解いて箱 を開けた。 「……コーヒーメーカー?」 「それと、ルアックコーヒーだよ。霧切さんコーヒー好きだから、美味しいコーヒーを気軽に飲んでもらお うと思って、駅前のカフェで取り寄せてもらったんだ」 「そうなの? ありがとう……すごく、嬉しいわ」 素直にうれしかった。だから感謝の気持ちを込めてそのまま言葉にしたのだけど、苗木君を見ると珍 しいものを見たかのようにすごく驚いた顔をしてこちらを見つめていた。 「苗木君、どうしたの?」 「へっ? なんでもないよ!」 「言いなさい」 「うっ……き、霧切さんのそんな満面の笑み見たことなかったから……その、すごく可愛くて……」 「はい? え、可愛いって……」 私は自分には似つかわしくない言葉を言われて面食らってしまった。とりあえず、真意を図ろうと彼を 観察してみたけど、苗木君が嘘ついてる様子はない。可愛い――だなんて、一度も言われたことはな かったし、言われたいとも思ったことはなかった。でも苗木君から実際に言われてみると、その言葉の 攻撃力の強さはすごい。冷静に分析していたら、私は遅れて羞恥に襲われた。 苗木君はいつも、私が経験のないことばかりをぶつけてくるから時々厄介とさえ思ってしまう。お互い 恥ずかしさに俯いていたら、苗木君の方から声をかけてきた。 「はははっ、霧切さんも照れたりするんだね」 「……いちいち言うのやめてちょうだい」 「ごめんなさい」 こんなに恥ずかしい思いをすること自体も初めてかもしれない。私は気を紛らわすために、開けただ けだった箱からコーヒーメーカーを取り出してその全容を見てみた。すると、予想外なタイプのコーヒ ーメーカーだった。 「ねぇ、苗木君。……どうしてこれ、2カップタイプのものなの?」 「それは……あの、霧切さんが良ければなんだけど……霧切さんと二人で一緒にコーヒーを飲みたい と思って」 「あなたと二人で?」 「う、うん。ダメ?」 「あなたからのプレゼントだもの。構わないわ。けれど、理由を教えてくれる?」 「え、理由? それは……あっ! そうだ、霧切さん推理してよ」 「推理?」 「霧切さんが喜ぶことは期待してないんだけどね、その理由は場合によってはもう一つの僕からのプレ ゼントなんだ」 推理してみろと言われて、探偵である私が引き下がれるわけがなかった。情報を整理すると、苗木 君は私を「可愛い」と言ってくれて2カップタイプのコーヒーメーカーで作るコーヒーを私と一緒に飲み たいという。いいえ、飲みたいというのは口実だと考えた方がいいわね。だって、彼はコーヒーが『好き』 というほどではなかったから。つまり……私と一緒に過ごしたい、ということ? それから、今考えてる理 由とやらが場合によっては彼からのもう一つのプレゼントになる――苗木君が私と一緒に過ごしてくれ る……え?もしかして―― 「霧切さん、分かった?」 私が答えらしい考えに当たった瞬間、彼が少し赤らめた顔で笑いかけてきた。思わず私は、目をそら してしまう。私は自分で導き出した答えに少し混乱してしまった。もし、本当に私の推理が正しいのなら …… ――直接苗木君の口から聴きたい 「ねぇ、苗木君。答えらしいものには行き着いたけど、確証が持てない……いいえ、違うわ。苗木君か ら直接教えて欲しいの。その答えを……」 そういった瞬間苗木君の瞳に緊張の色が見て取れた。 「ええっと……困ったなぁ」 「誕生日のわがままだと思って、聞き入れてくれないかしら?」 苗木君は目を瞑りフゥーっと息を吐いた。少し汗をかき、相当緊張しているようだ。再び開かれた目 は覚悟を決めたような、まっすぐな瞳をしていて私はドキリとした。 「僕は、霧切さんのことが好きなんだ。だから、出来るだけたくさんの時間を霧切さんと一緒に過ごした くて、このコーヒーメーカーを選んだんだよ」 「……それは、本当に?」 「本当かどうかなんて、霧切さん分かるでしょ?」 「そう、ね……でも苗木君、その私を『好き』だというのはどういう意味――えっ?」 私は急に苗木君に腕を引かれ、抱きしめられた。頭が真っ白になった。そんなことはお構いなしに、 苗木君は一度体を少し離して私の顔を覗きこむ。少し不安そうな瞳が見えた。 「こういう、意味で好きなんだ――」 いつもより少し低く静かな声が私をゾクリとさせる。次の瞬間――私の口が苗木君のそれと静かに重 なった。急すぎて、驚いた私は後ろに体を引こうと思っても、彼が私の背中に手を回しているせいで動 けない。彼の体温と私の体温が普段より上昇しているのが分かる。 「んっ、はっむ、…ぷはっ…………苗、木君……何、するのよ」 30秒くらいだっただろうか。すごく長い時間のように感じたけれど、ようやく彼の顔が離れて口が自由 になった途端私から出てくるのは非難の言葉。けれど、鏡を見なくても私の顔はかなり赤いだろうという ことが分かるくらい顔に熱を帯びていた。当然だ。気になる人――好きな人と唇を重ねたのだから。私 の体は、いまだ彼の腕に解放されていない為に顔が近い。恥ずかし過ぎてとても目を合わせることが 出来ない。 「霧切さんは僕のこと、どう思ってるの?」 問いかけられてようやく苗木君の顔を見ると、彼もまた赤面していた。けれど真剣な顔で、すごく一生 懸命だということが分かって、なんだか可愛い。そう思ったら私は段々落ち着きを取り戻してきて、つい いじめたくなった。 「……好きかどうかわからない相手のファーストキスを不意打ちで奪うなんて最低ね」 「ご、ごめん! ……ファーストキスだったんだ」 「私がそういう方面に積極的な風に見えるかしら?」 「見え、ないけど。霧切さん美人で優しいからモテると思って……」 私はいつから優しい人間だなんて思われるようになったんだろう? 彼に言われたことで、自分で自 分の言動を振り返ってみたけど、我ながら『優しい』とは思えなかった。 「ちょっとあなたが持つ私へのイメージがよく分からないけど、褒め言葉だと取っておくわ。……それに しても、いきなりキスするなんてあなたは手慣れているようね。意外だったわ」 「そ、それは違うよ! ぼ、僕だって初めてだよ……彼女も居たことないし……ただ、霧切さんに分かっ てほしくて必死で、気付いたら、その……」 「そう、あなたも初めてなのね……もういいわよ、別に…………嫌じゃ、なかったから……」 「え? 今何て……?」 「何度も言わせないで……苗木君のくせに、生意気よ」 「……僕のこと霧切さんも好きだって解釈していいの?」 「…………残念だけど、そういうことになるかしら」 「残念だけどって……でも、良かった!」 本当に言葉通り嬉しそうな顔をして笑う彼はまたギュッと腕に力を込めて私を抱き寄せた。どうしても 恥ずかしさに慣れない私は、彼の胸を押した。 「……そろそろ解放してくれる?」 「あぁっ! ごめん!」 私は体が自由になると、あることを思いついた。 「ねぇ、苗木君。一緒にコーヒーはどう?」 「うん! 是非、いただくよ!」 私は誕生日に、コーヒーメーカーと苗木君とずっと一緒に過ごせる時間をもらった。 ――彼の誕生日には何をあげよう。 私はそんなことを考えながら、彼がくれたルアックコーヒーの香りに幸せを感じていた。 ~エピローグ~ 「ところで苗木君。どうして、あなたと過ごすことを私が喜ぶと思ったの? あなたが自意識過剰な人と かには思えないから、何かあるんでしょ?」 「ああ、それはね。クラスのみんなが、霧切さんは絶対僕のことが好きだから自信を持って行って来い って励ましてくれたからだよ。……信じられなかったけど、葉隠君が“もし俺達が間違ってて、苗木っち が霧切っちに振られるようなことになったら、俺はこの髪を短くさっぱり切るって約束できるくらい自信が あるべ!”って言うからこの機会に頑張ってみようと思ったんだ。って、霧切さん!? どうしたの!? 顔真っ赤!」 無邪気に笑う彼から、それを聞いた私は、クラス中にそんな風に見られていたのかと思うと、途端に 恥ずかしくなった。もちろんそんな自覚はなかったけど、私はもう少し感情のコントロールをこれまで以 上に気を付けることを心に誓った。 ――本当に、苗木君とあのクラスメイト達は厄介だ。 「苗木君、私……葉隠君の短髪姿に興味があるわ。だから一旦あなたを振ってもいいかしら」 「えぇっ!? それはちょっと、嫌だよ! それに葉隠君が流石に可哀想な気が……」 「ふふっ……冗談よ。私はあなたと、真実を明らかにすること以外に興味ないから」 気晴らしに、冗談を言うのも悪くない。顔を赤くしてコーヒーをすする苗木君に私は大満足だった。 ― END ―
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晴天の下、波の音を聞きながら苗木誠は用意してきたおにぎりを頬張る。 咀嚼しながら身体の前にある釣り竿に目を向ける。 「思ってたより釣れないね」 じりじりと攻撃してくる日差しは12時を回り強くなる一方。その上、狙いの小アジはクーラーボックスに5匹しか入っていない。 「そうかしら? 私は順調だと思っていたわ」 苗木はちょっとだけ首をかしげて右隣を見る。同じように首をかしげ、長い髪を垂らしている霧切響子の瞳にピントを合わせる。 いつもと変わらないように見えて楽し気な色をしている瞳を見ると、愚痴をこぼした自分が情けなく思えてくる。 「5匹ぐらい霧切さんが全部食べちゃうでしょ?」 「そうかもしれないわね」霧切が柔らかく笑う。「あなたが食べたいと言っていたのにね」 苗木は力なく笑みを作る。 二人でアジ釣りに来たのは3日前の晩ご飯のあと、彼がテレビに映るフライを見ながら「明日はアジフライなんてどう?」と彼女に話をふったからだ。 いまの季節なら釣れるかもしれないと話は発展し、土曜日に二人して出かけることになったのだ。 「わあっ! パパすごーい!」 少し離れたところので声がする。家族連れの父親が何匹も一度に魚を釣り上げていた。表情までは見えないが、きっといい顔をしているに違いない。 「すごいね、あのお父さん。もう20匹ぐらい釣ってるんじゃない?」 「子供が釣った分も合わせればお腹いっぱいになりそうね」 「……もっと頑張るよ」 「あら」霧切がくすっと笑う。「そういう意味で言ったわけじゃないわよ」 そうは言われても、せっかく電車を乗り継いでまで釣りに来たのだから成果を上げて帰りたい。せめて二人ともお腹いっぱいになるぐらいには。 「ところで苗木君、私たちはサビキ釣りという方法をとっているけど、どうしてサビキ釣りと呼ぶのかわかるかしら」 苗木は首をふる。 「サビキとは餌に似せた擬餌針のことよ。それをさびくように動かすから、この名前がついたそうよ」 竿にオモリと擬餌針、それにコマセと呼ばれる魚をおびき寄せるための餌をカゴに詰めて装着させ、カゴからこぼれた餌をカモフラージュに擬餌針を食べさせるのがサビキ釣り。 餌を海中に巻くために竿を引くように動かす必要がある。 実は苗木はそのことを知っている。 「そして、いまひとつ釣れないときは場所を変えるか、餌を少し深く入れれば改善するかもしれないわ」 その改善策もいまのいままで思い出せなかったけど、一度は頭に入れていた。 なぜなら―― 「……っていうのを昨日ボクのパソコンで調べてたよね」 霧切が目をぱちぱちさせて、それからうつむいた。「……あなたのパソコンで調べていたかしら」 「うん、履歴が残っていたから」 「…………そう」 知らないふりをしていた方がこの場ではよかったのは理解しているつもりだったが、どうしても言わなくてはならない理由があった。 付き合いだしてから、霧切が苗木のパソコンで調べ物をするようになった。 下着や彼へのプレゼントなど、ちょくちょく彼には見られない方がいいものを検索しているときがあって、それが履歴に残っていることがある。 そういった事故を苗木はなくしたいと考えている。 自分にだけ大きな隙を見せてくれるのはうれしいが、プレゼントなんかは彼女が計画していることに気づいていることを悟られないようにする必要があって、非情に骨が折れる。 たぶんボクの部屋でも自分の部屋のようにリラックスしてくれているから、こんなことになるんだろう。だけど隠すべきところまでさらけ出されると少し困る。 「……ねえ」温い風を肌で感じながら苗木が提案する。「場所変えてみる?」 「…………」 霧切は自らの竿を握ってコマセと疑似餌を海中深くに沈めることで苗木の言葉に応える。 「えっと、移動しないってことでいいんだよね?」 霧切はわざとらしく口をすぼめるだけでなにもしゃべらない。 ああ、不機嫌になってしまった。問いかけに応えない行為が彼女の不機嫌アピールだということを苗木はよく理解している。 いままで何度やられてきたことか。許してもらうために知恵を絞ったか。思い出して嘆息しそうになった。 ……得意気に話した内容が、前日に調べただけに過ぎないことがばれていたら恥ずかしいのはわかるけどさ。 特に『超高校級の探偵』なんていかにも博識そうな称号を持っていて、事実切れる頭を持っている彼女ならなおさら恥ずかしいと思う。 さて、今回も不本意ながらボクに霧切さんの不機嫌の原因があるし、どうやって機嫌を直してもらおうかな……。 苗木は一度リールを巻いてコマセをカゴに詰めて海に沈める。 「……あっ!」 パッとひらめくものがあった。霧切が怪訝そうにこっちをちらっと見た。彼女はすぐに視線を海に向ける。 苗木は思いついたことを形にしたらどうなるかイメージしてみる。 うん、大丈夫。……だと思う。 イメージするだけで心臓がバクバクするが、我ながら妙案だ。 肩の力を抜いて息をすべて吐き出す。大きく吸って、出す。 繰り返して心臓が眼前の海のように落ち着いてきたとき、苗木は行動に移した。 「き、きりちゃん」 霧切がぴくんとするが、返事をするには至らない。 「きーちゃん」苗木は頬に熱がこもっていくような感じを覚えたが、霧切に呼びかけつづける。「きりりん。きょうちゃん。きょんきょん」 霧切は照れているのか、ほっぺたをほんのり染めながら横目で苗木を見る。 苗木は作戦が上手くいっていることを彼女の視線から確信する。 いままでの呼び方はおびき寄せるための餌。本命に食いついてもらって釣り上げるための餌に過ぎない。 アジを釣り上げるために使うのは偽物の餌だけど、彼女を釣るための餌は正真正銘の本物本命直球勝負だ。 苗木はその呼び方を、口にする。 「響子」 言葉にした瞬間、霧切が目をまん丸にして固まったかと思えば、口元に手を当てて、下を見てしまった。 あ、あれ? もしかして、失敗だった……? 「あ、あの、霧切さん?」 「…………」 「……霧切さ――」 「さっきの」霧切が苗木に顔を向けて、彼の言葉をさえぎる。 「――え?」 「……さっきのがいいわ」 身体を小さくして上目遣いでおねだりしてくる彼女を見て、苗木は目を合わせることができなかった。 「響子……さん」 「…………」 霧切の視線を嫌でも感じる。「えっと、きょ、響……。……響子……さん、じゃダメかな……? ちょっと恥ずかしくて……」 これで許して、と視線でも訴える。 霧切は息を一つ吐きながら笑った。「今日のところはそれで許してあげるわ、誠君」 名前呼びされたことで、苗木の身体がほてっていく。 呼ぶのも恥ずかしいけど、呼ばれるのもこそばゆい。 「でも近いうちに『響子』と呼んでもらうわよ?」 「そ、それは……」 くすくすと上品に笑顔を浮かべている霧切に否定的なことは言えなかった。 これからもこのように主導権を握られるのかなと考えながら釣り竿を見ると、先の方が震えていた。 「あっ」 苗木は竿をゆっくりと引き上げる。 眩しい海面から次々とアジが顔を出していく。 疑似餌のすべてにアジが食いついていた。 「すごいわ誠君」 「これだけいれば二人ともお腹いっぱいになるかな?」 霧切が顔を赤くして答えた。 「もうなってるわ」
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僕は霧切さんとの待ち合わせ場所に向かって歩いている。 待ち合わせ場所までの距離は、徒歩で数分。 時間は30分ほど余裕がある。 それまでに、僕は歩きながら今日2人で待ち合わせるに至った過程を思い返していた。 「…え? よく聞こえなかったわ。 もう一度言って貰える?」 「ご、ごめん……。 霧切さんは明日の土曜日暇かな、なんて思ってさ…」 「……」 現在僕と霧切さんは2人しかいない教室に居る。 別に甘い何かがあったわけではなく、2人揃って日直だったのだ。 そこで、僕は以前から霧切さんと行きたい…、いや霧切さんと行かないと駄目な所があったので、 良い機会だと思い、思い切って誘おうと思ったのだ。 「えーと、返事が欲しいなぁ…なんて……」 「別に予定はないけれど…苗木君からそういうことを言ってくるなんて意外ね」 「え? そ、そうかなぁ?」 「そうよ、意外だわ。 でも、たまにはこういうのも良いかもしれないわね…、 いつもは苗木君に助手として助けて貰ってるし、仕事関係なしにあなたと居るのも悪くないわ」 そう、僕はいつも霧切さんの探偵業の助手をしているのだ。 と、言っても学校内での小さな事件を、学園長からの依頼で調べるだけなので、 大きな事件を扱うわけではないが…(それでも一般人の僕からしたらすべてが超高校級であるのだ が…)。 「よかった…、それじゃあ待ち合わせは○○駅の東口に13時で大丈夫かな?」 「ええ、構わないわ。 それじゃあ日直の仕事も終わったから私は帰るわね」 「うん、また明日!」 「…ふふ、楽しみにしてるわ」 最後は珍しく笑顔で挨拶をして帰っていった霧切さん。 普段は無表情の彼女の笑顔は大変貴重なのだ。僕もなんだか嬉しくなったものだ。 そして、そんな霧切さんとの待ち合わせ場所も目の前である。 「って、あれ? き、霧切さん!?」 「こんにちは苗木君。思ったより早いのね」 「いや、僕より霧切さんの方が早いじゃないか! あれ、もしかして僕遅刻しちゃった?」 僕は慌てて時計を確認する。現在時刻は12時35分。 遅刻ではないようだ。思わず緊張してた体から力が抜ける。 「早かったって言ったじゃない。 早とちりは良くないわよ苗木君」 「う、うん。それより霧切さんいつから待ってたの?」 「12時くらいかしら? あらゆる場合を想定して早く出たけれど、少し早すぎたみたいね」 「(30分も待たせちゃったのか…)待たせてごめんね、次からは僕ももっと早めに来るよ」 「気にしないでいいわよ、私が勝手にやったことだから。 それよりそろそろ移動しない?いつまでもここで話すのは少し疲れるわ」 「そうだね、それじゃあついて来てもらっても良いかな?」 「あら、苗木君がエスコートしてくれるなんて…、 さっきの”次から”発言の時も思ったけど苗木君って意外とこういうの慣れてるかしら?」 「別にそうでもないよ。 前に女の子と出かけたのなんて一ヶ月前に舞園さんの買い物に付き合ったきりだし…」 「……苗木君は本当に馬鹿正直ね。 流石の私も今のはどうかと思うわよ?」 「え?」 「なんでもないわ、なんでも。 それより、何処へ連れて行ってくれるのかしら?」 「うん、霧切さんどうしても行きたいというか、行かなきゃいけないところがあって…」 「そういう台詞で今まで数多くの女の子を墜としてきたのね…、 私もその中の1人なんて…、ひどいわ苗木君…」 「え?ちょっ!違うよ、霧切さん! 僕は別にそんなつもりは……、というか今の台詞のどこにそんな……」 「……冗談よ」 「大体今日だって……、えっ?」 「さっきの苗木君の目線と足の向きから推測すると向かう場所は南の方かしら?」 言いながら僕の行こうとしていた方向に足を進める霧切さん。 あれ?もしかして僕からかわれてた? 「ちょっと待ってよ霧切さん!」 「早くしないと置いていくわよ、苗木君」 振り返りながらそう言った彼女は、とても珍しくて、そして僕の好きな笑顔の霧切さんだった。 【続く】
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――ぎ……ん……きて……えぎくん…… ――な、に……? 何か聞こえ…… 「苗木君起きなさい」 ――バチンッ! 「いだっっ!? 何っ!? えっ、何っ!? えっ!? 霧切さん!?」 僕は左頬に激しい痛みを感じて飛び起きようとした――けれどそれはできなかった。恐 らく今僕の頬をひっぱたいた犯人であろう霧切さんがベッドで寝ている僕に馬乗りになっ ていたからだ。当然僕は状況を飲み込めずパニックに陥った。 「え!? なんで霧切さんが僕の部屋に居るの!? ていうかなんで僕の上に乗ってる の!?」 「あなたが何度言っても起きないからよ。鍵も開いていたし、それにここまでの熟睡って ……あなた簡単に殺されるわよ?」 混乱する僕を前に霧切さんはいつも通り冷静に淡々と話す。でも、僕はそれどころじゃ ない。お腹の上の柔らかい感触で今にも発狂しそうだった。 「わかった! わかったから!今後は気を付けますからお願いですから降りてください っ!!」 「……そんなに必死になるほど重かったかしら」 「そ、それは違うよ! 別の問題があるからぁあっ!! とにかく降りてっ!」 僕が必死に叫ぶと彼女は「別の問題?」と眉を顰めながら呟いてようやく僕の上から降 りてくれた。ちょっともったいないかも、なんて全っ然思ってないけど、もう少しで本当 に色んな意味でやばかった。精神的に死んでたかも。 「苗木君? あなた顔が赤いわよ。息も上がってるし発汗もみられる……具合でも悪いの かしら」 「え、霧切さんが突然現れるからびっくりしただけだよ!(どう考えても君のせいじゃない か!)」 「苗木君、すぐにバレる嘘は感心しないわよ」 「え……ちょ、ちょちょちょ、霧切さんっ!?」 僕の嘘について批判しつつ、なんと彼女の顔が僕の顔にどんどん近づいてきた。 ――えっ?何これ?僕キスされるのかな。 そう一瞬でも思ってしまったら僕が焦らないわけがない。けれど、もちろん当然霧切さ んがそんなことをするわけがなかった。至近距離に霧切さんの顔があるのが恥ずかしくて 目を瞑っていたら、コツン――という感触が額にあった。恐る恐る僕が目を開けると、相 変わらず至近距離に霧切さんの顔があり、その額は僕のと重ねられていた。僕はようやく、 さっきの会話の流れを考えてみても、僕の熱の有無を確かめてくれているんだと分かった。 「あ、あの……霧切さん?」 「……少し微熱程度くらいには熱がありそうね。でも高熱じゃなくて良かったわ」 離れた霧切さんが、僕を案じてくれる言葉をかけながらフッと笑った。いつもポーカー フェイスを維持している彼女だから、時々見せる笑みに僕はいつもドキリとしていた。 「あ、ありがとう。でも、熱を確かめるなら手で……あっ、手袋してるからか」 「ええ、そうよ。何か不快だったかしら? だとしたら謝るけど」 「いや、そんなことないよ! こっちこそごめん、変なこと言って」 「別に気にしてないわ」 霧切さんはそういうと右手で髪を払った。その仕草と、サラリと動く綺麗な髪に僕は一 瞬見とれる。ここだけの話、僕は霧切さんのその仕草が好きだったりする。 「それで、どうして僕の部屋に?」 「ああ、そうだったわ。苗木君のせいで忘れるところだった」 「どう考えても僕のせいじゃないと思うけど」 「何か言ったかしら?」 「……あの、霧切さん? この際だから言うけど人の部屋、っていうか異性の部屋に勝手 に入ってくるのはよくないと思うんだ」 僕はそのまま何も言わず用件を聞こうとも思ったけど、なんだか霧切さんはそういう所 が危なっかしい気がして、僕の考えを話すことにした。 「勝手に入ったのは悪かったわ。でも叩かれるまで起きない人がインターフォンの音程度 で起きるかしら?」 「うっ……それは……でも! それはダメだよ! 僕だって男なんだよ!?」 僕が意を決して言い放った言葉に霧切さんが、珍しく驚いた顔をした。でもすぐにいつ ものポーカーフェイスに戻……え?霧切さんが笑ってる? 「き、霧切さん?」 何か霧切さんの様子がおかしいことに気付いた僕の問いかけを無視するように、霧切さ んが無言のままベッドの方に近づいてくる。それだけじゃない。彼女は何を考えているの か、ネクタイを緩めシャツのジッパーを少しだけ下ろして――って、えぇっ!? 「ちょ、霧切さん何やってるの!?」 「ネクタイを緩めてジッパーを下げたのよ」 「いや、そうじゃなくて!! 見えたらいけないものがもう少しで見えそうなんだけど!」 「見たいの?」 いつもの僕をからかう時の笑みを浮かべながらとうとう霧切さんが再びベッドの上どこ ろか僕の太ももの上に乗って来た。そして彼女の右手が僕の左胸に添えられる。もう何が 何だかわからない。僕の動悸は全力疾走をしても足らないほどに激しく脈打っていた。霧 切さんは分かっているのにわざっとやっている。いくら僕だって理性が揺さぶられないは ずがない危険な状況だった。そして霧切さんは僕の耳元に顔を近づけて言った。 「すごい、動悸ね。ふふっ……ねぇ、苗木君。あなたは確かに男の子だけど、私の信頼を 裏切るような甲斐性はないわ」 「へっ?」 僕が間抜けな声を出すと、霧切さんは何事もなかったように離れて服装も元に戻した。 何だか男としてはすごく複雑なことを言われた気がする。 「ね? あなたは、こんな状況になっても何もできなかったでしょ? だからあなたの反 論は認められないわ。でも……確かに男の子だというのは認めるけど」 少し顔を下に向けながら言う霧切さんの視線を追うとそこには――っ!? 「うわぁあっ!! み、見ないでよ霧切さん! セクハラだよっ!!」 僕は顔の熱がさらに上がるのを感じながら、足元にくるまっていた布団を急いで抱え込 んだ。霧切さんはそれを見て笑ってるんだから本当に性質が悪い。 霧切さんには適わないな。それを痛感した精神疲労の激しい夜だった。 ― END ―