約 870,593 件
https://w.atwiki.jp/hohoemi/pages/31.html
スケッチブック L:スケッチブック = { t:名称 = スケッチブック(アイテム) t:要点 = 分厚い画用紙,大判,絵 t:周辺環境 = 机の上 t:評価 = なし t:特殊 = { *スケッチブックのアイテムカテゴリ = ,,携帯型アイテム。 *スケッチブックの位置づけ = ,,{文具,ショップアイテム}。 *スケッチブックの取り扱い = ,,ほほえみ書店。 *スケッチブックの販売価格 = ,,3マイル。 *スケッチブックの特殊能力 = ,,スケッチブックとして使用できる。 } t:→次のアイドレス = 絵の上達(イベント) } 1個:3マイル クレヨンや色鉛筆のお供にどうぞ。 写生や気軽なお絵かきにご使用いただけます。
https://w.atwiki.jp/hdlwiki/pages/369.html
Canvas2~虹色のスケッチ~ (通常版) 【メーカー】角川書店 【発売日】2006/1/26 動作報告 HDA2.1 SCPH-50000MB(V10) Maxtor 6L200P0 WinHIIPv1.7.2 JP 起動確認 読み込みが若干もたつく感じです 商品の説明
https://w.atwiki.jp/marsdaybreaker/pages/2564.html
スケッチブック(すけっちぶっく) ほほえみ書店にて販売中。 スケッチブックとして使用できる。 L:スケッチブック = { t:名称 = スケッチブック(アイテム) t:要点 = 分厚い画用紙,大判,絵 t:周辺環境 = 机の上 t:評価 = なし t:特殊 = { *スケッチブックのアイテムカテゴリ = ,,,携帯型アイテム。 *スケッチブックの位置づけ = ,,,{ショップアイテム,文具}。 *スケッチブックの取り扱い = ,,,ほほえみ書店 *スケッチブックの販売価格 = ,,,3マイル *スケッチブックの特殊能力 = ,,,スケッチブックとして使用できる。 } t:→次のアイドレス = 絵の上達(イベント) } 解説 ほほえみ書店で販売中の文房具。 お値段3マイル。 絵を描くための紙を束ねたもので、様々な種類のものがある。 子供用の画用紙を束ねたものから、プロが使うような水彩専門の紙やラフ絵専門のものまで存在する。 用途は様々だが、合わない紙を使って絵を描いたら全然描けなかったり、紙が破れてせっかく描いた絵が駄目になってしまうので、そこは店の人に相談して選べばいいだろう。 ちなみにほほえみ書店で販売されているのは大型の分厚い画用紙である。大き目の分なら写生にも持っていきやすいし、分厚いのならたくさん水を使って水彩画を描いても耐えられるだろう。 同店で販売中の色鉛筆や水彩絵の具セットと一緒にプレゼントすれば喜ばれるだろう。 次の派生には絵の上達(イベント)が存在する。 1冊使い切るか使い切らないかの時に開示すれば、面白い事が起きそうなイベントである。 保有国一覧 藩国名 入手履歴 保有者 使用履歴 現在所持数 フィールド・エレメンツ・グローリー 09/12/25:購入 久珂あゆみ 09/12/25:久珂こよみへ譲渡 0 詩歌藩国 09/12/25:購入 駒地真子 09/12/24:森晴華へ譲渡 0 ACE 09/12/24:駒地真子より譲渡 森晴華 1 09/12/25:久珂あゆみより譲渡 久珂こよみ 1 参考資料 ほほえみ書店 アイドレスWiki:スケッチブック(未掲載) 上へ 戻る 編集履歴 編集履歴:ポレポレ・キブルゥ@になし藩国 (2010/08/07) 翡鹿龍樹@土場藩国 (2010/04/06) 解説文:多岐川佑華@FEG イラスト製作 黒崎克耶@海法よけ藩国 (2010/4/18)
https://w.atwiki.jp/hidamari774/
現行スレ 【しゅわ】ひだまりスケッチ4枚目【しゅわ】 http //pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1268531144 過去スレ 【ほのぼの】ひだまりスケッチ【百合の天国】 http //sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1134746082/ 【なんか】ひだまりスケッチ2枚目【いい気持ち】 http //yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1182151125/ 【なんか】ひだまりスケッチ3枚目【いい気持ち】 http //yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1219562447/ スレ別保管庫 作品保管庫(1-1-500) 作品保管庫(1-500-1000) 作品保管庫(2-1-500) 作品保管庫(2-500-1000) 作品保管庫(3-1-500) 作品保管庫(3-500-1000) 作品保管庫(4-1-500) 作品保管庫(4-500-1000) シリーズ別保管庫 作品保管庫(続き物)
https://w.atwiki.jp/teikokuss/pages/1078.html
ようやくカインとクラウディアの二人が同じ屋根の下で過ごすの回。しかし、いちゃいちゃさせると本当に際限無く筆が滑り始める。なんだかんだいっても、この二人は相性が良いのだなあ、と実感する次第である。 騎士というものは、かつては機装甲を駆って主君の命を受けてあらゆる敵を打ち倒すものであった。だが時代が下り、火器の発達と生産力の向上による戦争規模の拡大によって、戦場における騎士一人一人の価値というものは相対的に低下し続けていった。そうした時代背景の中で帝國軍においては、騎士というものは基本的に軍の階級呼称となってしまっていた。しかも将校相当官の新兵扱いで、一人前の将校として遇されるのは、あくまで上級騎士課程という教育課程を履修して上級騎士という階級についてからであった。なにしろ小隊長を務めるのすら上級騎士からと決められているくらいである。 クラウディアが上級騎士課程を修了して原隊である第901大隊に復帰し、正式に小隊長に任命されたのは、秋の収穫祭の直前であった。その年の春に「学院」を卒業して近衛騎士として任官してすぐに上級騎士課程を履修する羽目になり、半年にわたって本格的な将校教育を受けたわけである。そこでは機甲兵科の指揮官としてのみならず、歩兵科、騎兵科、砲兵科、工兵科、主計科、といった各兵科の基本的な知識の教育も行われ、指揮官として必要な決心を行えるようになる様に鍛え上げられた。当然のことながらわずか半年で全てを理解できるわけがなく、毎日ぎりぎりまで睡眠時間を削り必死になって教本や操典を記憶して、ようやく筆記試験や口頭試験に合格できたわけであるが。 教育課程の教導隊長は、砲兵科の固太りでがっちりとした体格の中年の上級騎士隊長で、やたらと暑苦しさが印象に残る古つわものの将校であった。教育課程終了時に学生一人一人に終了証と階級章を渡した時の演説も、やたらと暑苦しかったことが記憶に残っている。「お前達の一人一人の襟の階級章に、あの天に輝く星をとってつけてやりたい」とあって、学生のかなりの数が感動して涙ぐんでいた。かくいうクラウディアは、ああ、一般の帝國軍士官はこういうノリなのだ、と、新鮮な感動を味わっていた。もっとも、同期で履修していたエウセピアは、感動で目尻をほの赤くしていたわけで、後でそれを指摘したところ真っ赤になってあたふたしていたのがとても可愛かったのが印象に残ったわけであるが。 そんなクラウディアとエウセピアの二人であるが、教育課程終了後に貰った数日間の休暇は、秋の収穫祭に「帝都」にやってくる知り合いの帝國諸侯らへの挨拶回りで潰れることとなった。原隊の第901大隊第2中隊に上級騎士課程履修修了の報告に行き、恩賜の軍刀は逃したものの、十分上位に入る成績をとった事を、教導隊長のプロヴィウシアと中隊長のナタリアに報告し、ついでにカイン卿との婚約成立についても報告する。その時のナタリアの瞳から光が消え、なんとも名状しがたい表情になったのには困らされたが。婚約の話を聞いたエウセピアが、素直に「ご婚約おめでとうございます」と微笑んでくれたことから、普通に上官にも祝福して貰えるものと思っていただけに、口では祝福しつつも表情がそれと正反対では、なんとも居心地が悪くなる。 同じ事を無名に伝えた時には、「ふーん、そうか」と特に気にした様子もなさげではあったが、それからしばらくして「俺は、これからもお前のそばに居ていいんだよな?」という一言が、彼女の本心を現しているようでなんとも可愛かった。そしてフェイトは、そもそも婚約の意味がよく判っていない様子で、「結婚の約束だよね?」ときょとんとしていた。どうやら彼女は、結婚そのものについて具体的なイメージが沸かないらしい。ここまでくると、箱入りを通り越して無垢とか天然とかしか形容のしようが無い。 さて、そんなこんなで婚約者のカイン卿の凱旋式に参加し、秋の収穫祭の大聖餐式に参加し、宮中晩餐会に参加し、そして、セルウィトス・セルトリウス公爵家とオクセンシュルヌス・トゥルトニウス公爵家の間の婚約披露宴に参加して休暇は終わってしまった。 「お疲れ様、クラウディア」 「お疲れ様、カイン。身体の方はいかがです?」 婚約披露宴がおひらきになった後、カイン卿の帰り際に時間を作って応接室の一つで二人きりで過ごしていた。 相変わらずカイン卿は身体の調子が優れない様子で、すぐにソファーに腰を下ろしてしまう。その隣に腰を下ろしたクラウディアは、心配そうな表情で彼の顔をのぞきこんだ。 「しばらく「帝都」で療養してから、領地に帰って静養する予定です。北方辺境候就任は、来年の春ということになりましたし、まずは身体を直すことに専念するつもりです」 「はい。わたしは軍務がありますから、常にお傍にいられるわけではありませんが、できる限りお会いしに参りたいと思っております。……ご迷惑でなければ」 「迷惑だなんて、そんなことあるわけないです。本当は、もっとご一緒したいんです、僕も」 「ありがとうございます。その、嬉しく思います」 クラウディアは、自分の顔がすでに真っ赤になってしまっている事を自覚していた。 自分よりも背が低く、歳下で、身体つきもほっそりしている少年であったが、そんな自分の事を綺麗だと魅力的だと言ってくれた相手である。そもそも同年代の男性とろくに話したこともないクラウディアにとっては、なんでもないそんな言葉のやりとりだけで胸が高鳴る。 「それに、御一門の皆さんに好意的に受け入れていただけたようで、安心しました。セルウィトスといえば武家の名門。僕みたいな頼りない者でも大丈夫かと心配していたのですが」 「セルウィトスの男達は、相手を見た目だけで決め付けるなどいたしません。実際に戦場で勇気を見せて、戦いに勝ち、戦争の勝利を得て、凱旋式を挙行した勇者を、評価しないなどという真似をするわけがありません」 「あは、そういう風に仰られると、なんだか自分の事ではないように思えます」 「……天上の神々は、真に勇敢なる者の元へ戦乙女(ヴァルキュリア)を遣わすのでしたよね?」 「……貴女がここにいるということは、僕は天上の神々に認められた勇者なんですね」 全身真っ赤になって茹で上がりつつ、そう口にしたクラウディアのことを、カイン卿は恥ずかしそうに頬を染めて見上げた。この繊細な少年が将来自分の夫になるのかと思うと、クラウディアは嬉しさのあまり我を忘れてにやさがりそうになる。こういう繊細で理知的な少年は、カイン卿が初めての相手である。元々が本好きであり「学院」を成績優秀で卒業したクラウディアにとっては、古典教養や文化芸術についても語り合える相手が夫であるというのは、これ以上ないほど嬉しくて仕方がなかったのだ。 だが二人とも、それぞれに忙しい身の上である。そうやって見つめあっていられる時間もごくわずかであった。 「御館様、そろそろおいとまの時間でございます」 「判った、今ゆく」 トゥルトニウス家の執事が、応接室の外からノックの後に声をかけてくる。 それに答えたカイン卿は、ゆっくりと身体を起こすと、一緒に立ち上がったクラウディアの手をとった。 「名残惜しいですが、今日はこれで失礼いたします。また近いうちにお会いいたしましょう」 「はい。……その、わたしも軍務がありますので、休暇が決まり次第お知らせいたします」 「そうでしたね。僕はしばらくは公務はありませんから、いつでも屋敷にいらして下さい」 手と手が触れ合っていることに頭がぽーっとなってしまっているクラウディアは、こくこくとカイン卿の言葉にうなずいて返した。 そんな彼女を微笑んで見上げていたカイン卿は、名残惜しそうな表情で屋敷から去っていった。 その日の夜クラウディアは、一人寝台の上で枕を抱えてごろごろと転がりつつ、思う存分婚約者のいる身の幸せを満喫した。 その日カイン卿は、副帝レイヒルフトの招聘を受けて皇宮に参内していた。 最初にクラウディアの肖像画を紹介されたその部屋に案内され、レイヒルフトが来るのを待っているカイン卿は、暖色系の色彩で統一された調度でしつらえられ、季節にあった一葉の絵画が飾られている室内で、鮮やかな色彩の紋様が焼き付けられた外国製の陶磁器の茶器で茶を喫していた。 レイヒルフトが茶を喫することに関しては、手間隙金を惜しまぬことは彼も知っている。その副帝からふるまわれる茶である。少年にはその価値を直接理解することはできはしないが、しかし、この部屋も含めての茶なのだろうとは察することはできた。 「お待たせいたしました、オクセンシュルヌス・トゥルトニウス公」 「いえ、本日はどのような御用でしょうか、陛下」 侍従らを外で待たせ、一人部屋に入って来たレイヒルフトに向かって、カイン卿は立ち上がり最敬礼して出迎えた。そんな彼にむかって右手をあげて応えたレイヒルフトは、最低限の装飾しかなされていない、しかし最高の職人が最良の材料を使ってしつらえた安楽椅子に腰を下ろした。 「本日お招きしたのは、公の療養についてお話をさせて頂くためです。公は、モリアという街についてご存知でしょうか?」 「はい。古代魔導帝國の帝都であったという事くらいは。もっとも、その街自体は廃墟のままで、今モリアといいますと、テルベ河沿いにあらためて建設されたヴァレリウス一門の船待ちの街の方を指すようですが」 「はい。その古都モリアの方ですが、今は皇帝都市としてヴァレリウス一門に管理が任されています。公には、よろしければそちらに療養にゆかれては、と、お勧めするつもりでいます」 「古都モリアですか? あのあたりは、……特に温泉が出るとも、泉水で有名とも聞きませんが」 穏やかに微笑んでいるレイヒルフトに向かって、カイン卿はいぶかしげに言葉を返した。 カイン卿にとっては、古都モリアが皇帝都市となっていた事も今初めて知ったことである。ヴァレリウス一門といえば、学術研究に力を注いでいる一門で、その医術は帝國でも随一とは聞く。だが、だからといってヴァレリウス一門の封土が療養に適しているとは聞いた覚えがない。というより療養地ならば、南方辺境はポンペイウス一門の封土にある温泉地帯の方が有名であった。 「古都モリアは、ケイロニウス一門が援助してきた魔導師らによる研究都市となっています。彼らの魔術ならば、公の健康も早くに取り戻せるでしょう」 「魔導師達の研究都市なのですか?」 「はい」 レイヒルフトの言葉に、カイン卿は驚愕とともに黙りこくってしまった。 カイン卿も、帝國諸侯である以上は、帝國と魔導の関係について知らぬわけではない。むしろ一門宗主として魔導師とも相応の付き合いもある。だからこそ、皇統たるケイロニウス一門お抱えの魔導師らが研究都市を作っているという話には、驚くしかなかった。 「それは、自分が知ってもよい事なのでしょうか?」 「構いません。実際に赴いて頂くことになりますから。それに、ご一緒して頂く方もいます」 「どなたでしょうか? その方は」 カイン卿の問いに、レイヒルフトは穏やかに微笑んで答えようとはしない。だが、すぐに部屋の扉をノックする音ととに入室を求める声が聞こえてくる。 「陛下、セルウィトス・セルトリウス上級騎士をお連れいたしました」 テルベ河は、帝國中央のヴァルダイ丘陵の森林地帯に水源を持ちペネロポセス海へとゆるやかに流れている、南北物流の主要幹線として多数の河舟が行き来している大河である。外海用の大型船舶ですら相当な上流まで乗り入れることができるほどに川幅は広く、水深も深い。 そのテルベ河をカイン卿とクラウディアの二人は、近衛軍の旗を掲げた早舟に同乗してモリアへ向かって船旅を続けていた。 「……その」 「……はい」 近衛軍の軍服を着用し、黒く太い樹脂製の枠の眼鏡をかけ、真っ直ぐの黒い長髪をまとめて軍帽の中にたくし込んでいる姿は、むしろ非常に彼女に似合っていた。もし最初にクラウディアのこの姿を見ていたならば、いかにも彼女がセルウィトス・セルトリウス家の姫だと納得してしまったであろうほどに。なにしろ襟元に戦功章を下げ、左肋にはいくつもの従軍徽章や勲章がとめられているのだ。背筋の伸びた姿勢の良い彼女には、そうした軍服姿はとてもよく似合っていた。 だが、肝心のクラウディアは、カイン卿にこの姿を見られるのを随分と恥ずかしく思っている様子であった。 皇宮で副帝レイヒルフトと引き合わされてから、彼女はカイン卿と中々目を合わせようとはしなかった。今もこうして一緒の船に乗っているにも関わらず、中々口を開こうとはしない。 「……よくお似合いです」 「……ありがとうございます」 カイン卿は、クラウディアの軍服姿を見て、大変に似合っていると思うし、何故彼女がそこまで恥ずかしがるのかが判らない。 いや、恥ずかしがっているというよりは、困惑しているというべきか。 沈黙が支配する中、早舟はその日の夜を過ごす舟泊まりに停泊し、二人は一つ宿に泊まることになった。彼らの案内と護衛にあたっている部隊の指揮官に言わせると、お忍びでの旅である以上できる限り二人一緒にいて欲しいとの事である。階級章の他は戦闘猟兵徽章のみしか軍服に着けていない内戦古兵の騎士長にそう言われては、二人ともうなずく以外になにもできはしない。 「……それで、その」 「いえ、わたしは大丈夫ですから」 何が大丈夫なのだろう、と、寝台が二つ並んだ宿の部屋の中でカイン卿は呆然と立ちつくしていた。隣では真っ赤になってしまって身の置き所がなさげな様子でクラウディアが立っている。 「せめて、衝立だけでも持ってこさせましょう」 「……いえ、宿の人間にあれこれ詮索されるような真似は避けるべきだと思います」 「で、でも」 「……オクセンシュルヌス・トゥルトニウス公」 これまでの少女らしい声色とはうって変わった低い、しかしよく通る声でクラウディアが話を始める。それをカイン卿は、黙って聞くしかなかった。 「小官は近衛軍の軍服を着用している以上、現在は公務中であります。まことに勝手ながら、私人としてのクラウディアではなく、帝國軍人であるセルウィトス・セルトリウス上級騎士としてお扱い頂きたい」 「……判った」 こうもはっきりと言われてしまえば、カイン卿としてははうなずく以外選択肢はない。日中彼女が身の置き所がなさげに見えたのは、つまりは帝國軍人としての自分と彼の婚約者としての自分と、どちらで振舞うべきか決めかねていたせいなのだろう。確かに婚約者を前にして公人として振舞うのは、色々と葛藤があったに違いない。 「……僕は先に寝ます。後は任せます」 「はい」 クラウディアがどういう表情をしているのか、ちらりと視線だけ向けてみたものの、すでに彼女は背中を見せていてその顔色をうかがうことはできなかった。 カイン卿は、手早く外套や上着を脱ぐと、シャツとスラックスだけの姿となって毛布をかむった。 彼が寝台にもぐったのを確認したのであろう、クラウディアも外套と上着を脱ぎ、寝台にもぐりこんだ布ずれの音がした。 二人とも、そのまままんじりともせず夜が明けるまで寝台の中で過ごした。 モリアへの旅は数日間で終わった。その間二人は、ほとんど黙ったまま互いの顔色をうかがうだけで特に何も話をせずに過ごした。カイン卿はその事をかなり寂しく思ったものの、あくまで軍人として振舞おうとするクラウディアを見ては、彼女の意思を尊重するしかなかった。彼とて彼女の軍服の襟の階級章と、襟元や肋の徽章の意味が理解できないほど世間知らずではない。少女は既にその肩に帝國軍人としての色々なものが担わされているのだ。 だから、新モリアの港に早舟が到着し、古都モリアから遣わされた馬車に二人で乗り込んだ時、案内に来た女性が客席でこれから行く街について説明してくれるおかげで一息つくことができたのであった。 「今のモリアは、街の管理はヴァレリウス一門の皆さんにお任せしていますが、それぞれ導師が独立して研究室を持ち、あちこちから研究費の援助を受けて魔導の研究にあたっている学術都市なんです」 案内役の女性は、黒髪を短くしていて、黄色い身体の線が出るような上着とスラックスを着用している。相手が帝國でも上から数えた方が早い高家の出身の大貴族だというのに、全く臆したところがない。 カイン卿も魔導師というものがどういう存在か薄々は聞いている。そもそもが帝國の表の秩序が皇帝を頂点として貴族、騎士、平民が階級化された社会にあるとするならば、裏の秩序は、皇帝を頂点として魔導師や魔術師らが古代魔導帝國の失われた技術の再興を求めて日夜研究に勤しんでいる実力社会にある。表の秩序の権威は、これから二人がゆく魔導師達の街では一切通用しないのであろう。その事にカイン卿は、かなりの不安と、わずかな安堵を感じていた。 「街の娯楽といえば、図書館と酒場くらいしかありませんが、馬車で半日もゆけば港に出られますから、時間があるようならば、そちらに遊びにゆかれるとよいかと思います。ヴァレリウスの皆さんはきちんと仕事をなさって下さっていますから、港の方も夜遊びできるくらいに治安が保たれていますので」 それはすごい、と、カイン卿は驚いた。テルベ河の舟泊まり街でありながら、それだけ治安が保たれているという事は、ヴァレリウス一門がどれだけ港街の隅々にまで目をゆきわたらせているか、ということでもある。ヴァレリウスの治安部門はよほど優秀で仕事熱心なのであろう。オクセンシュルヌス一門もまた河川流通によって成り立っている貴族であるだけに、それがどれだけ大変なことが容易に想像できた。 「そろそろ街に到着します。何か質問はありますか?」 二人ともそろって首を横にふり、馬車の窓から外を見る。これまでずっと森の中を進んでいたのが、一気に開けた場所に出た。そこはなだらかな丘の連なった中に作られた街で、そして遠目には放棄されて久しいように見える遺跡のような場所であった。 「見た目は随分と寂れているように見えますけれど、施設のほとんどは地下にあるんです。その方が霊脈から魔力を吸い上げやすいですよ」 「……地下都市なんですか?」 「はい。元々は地下遺跡を利用していたそうなんですが、帝國建国以来少しづつ手を入れていって、今では新たに大深度化した施設の方が多いくらいだったりします」 いくらかなりとも誇らしげにそう語った女性は、すぐ困ったような表情になって付け加えた。 「でも、そのおかげで地上部分の復興は後回しで、これまでずっと先送りされてきたんです。おかげで地下から地上に出ると、完全に別世界で」 古都モリアに到着したカイン卿とクラウディアは、二人とも両手に旅行鞄を提げて女性に案内されるままに地下へと降りていった。確かに地上の建物は随分と寂れていて、住む人も少ない様子で、道を行き交う人も少ない。壊れかけた建物から建材をもってきて修理し使っている建物も少なくは無い様子である。 それだけに地下部分の壮麗さと活気には、二人ともびっくりするしかなかった。 巨大な石造りの伽藍が視界の果てまで続き、その高さは軽く百呎にも及ぶかと思われる。そしてその空間は日光と変わらぬ魔道光によって照らし出され、無数に建ち並ぶ巨大な石柱の間を人々が足早に行き交っていた。その人々は、色違いだが、しかし案内役の女性とほぼ同じ意匠の服を着用していて、ぱっと見には誰が誰だか中々見分けがつかない。伽藍を歩いている人達の大半が、白色か黄色の服を着ていて、時々赤色が混じり、そしてごく希に紺色が目に入るくらいであった。 「服の色に意味はあるのですか?」 案内役の女性に連れられて人々の中を歩いてゆくカイン卿が、ものめずらしそうにきょろきょろしつつ、そうたずねた。 「服の色ですか? はい、魔導師としての覚醒の深度を表しているんです。白色が研究室入りしたばかりの学生で、黄色が魔導の相に目覚めたばかりの研究生で、赤色が対相に目覚めた学者で、紺色が魔導八相に覚醒した導師ですね。その上に紫色を着る「両儀」に達した大導師がいらっしゃいますが、この方々はほとんど人目につくところには出てはいらっしゃいませんね。なにしろ紺色の方々なら、歩くより転移した方が早いくらいですから。あと、男性か女性でも研究室を持つに至った方ですと、茶色を着られますね」 「「両儀」、ですか?」 「あ、そうでした、一般の方々には判りませんよね。魔導は、世界を人間に認識できる形で分類してゆき、それをまとめた相が八つあって、それが四つづつ対になっているんです。それを「陽」相と「陰」相と分類していて、四つづつの相をまとめて認識できるようなると、世界を「陽」と「陰」の二つの在り方で認識できるんだそうです。その状態に達した認識を魔導では「両儀」と呼ぶんです」 「……はあ」 魔導について初歩的な知識しか持ち得ないカイン卿にとっては、いくらなんでも今の説明ではちんぷんかんぷんである。だがクラウディアは、今の説明で大体のところが判ったらしく、なるほどという表情でうなずいていた。彼はその事が少々くやしくて、後で話を聞かせてもらうことに決めた。 「あ、お二人が滞在される部屋に着きました。こちらです」 案内の女性が、長い廊下にいくつか並んだ扉の一つを開けた。彼女が「句」を唱えると、天井が発光して室内を照らし出す。 その部屋に入ったカイン卿とクラウディアの二人は、あまりの事に手に提げていた旅行鞄を床に落としてしまった。 なにしろその部屋は、短い廊下の左右に衣装室と厠があり、突き当たりの部屋の中央に巨大な寝台が一つ置かれていて、その左右の壁に本棚と机がしつらえられているだけのつくりとなっていたのだ。それらの机の上には、黒色の案内の女性が着ているのと同じと思われる服が畳まれて置かれている。 「こ、この部屋ですか?」 「はい。こちらの部屋に案内するように、と、指示されています」 「……………」 ごく当たり前の様子でそう言われ、カイン卿は何も言えなくなってしまった。クラウディアにいたっては、何が起きているのか理解を拒否している様子で、全身真っ赤になってしまって固まってしまっている。 不思議そうな様子で二人を見ていた女性は、困った様子で言葉を続けた。 「それでは、これからお二人を担当される導師のところにご案内しますね」 「初めまして、オクセンシュルヌス・トゥルトニウス公カイン卿、セルウィトス・セルトリウス家クラウディア姫。私はアヴェナエと言います。今日からお二人の担当となりました。よろしくね」 「……はい、よろしく」 「セルウィトス・セルトリア上級騎士です。よろしくお願いいたします」 二人が案内された先で待っていたのは、紺色の服に医者が着用する白い前掛けを垂らした、くせの強い真紅の髪を頭の後ろでまとめ、銀縁の丸眼鏡の下で青紫色の瞳が理知的に輝いている美しい女性であった。 カイン卿は、彼女が魔導八相に達した魔導師で、つまりは自分と同じ古人であり、この魔導師達の街モリアでは非常に高い地位にいる相手であると内心で身構えた。だがアヴェナエと名乗った魔導師は、そんな彼の内心を読み取ったのか、にっこり微笑んで二人に椅子を勧めた。 「お二人ともそちらの椅子をどうぞ。長旅でお疲れでしょう、今日は簡単な説明で済ませますね。そうしたらこの子に食堂に案内してもらって下さい。貴族の方の口に合うかどうかは判りませんが、慣れて下さいね」 「はあ」 「はい」 「さて、今日から私がカイン卿の治療と、クラウディア姫の施術を担当します。あと、お二人に魔導についても教えるようにと指示を受けています。カイン卿は健康体になること、クラウディア姫は双性化を成功させることが最優先事項です。そのつもりでいて下さいね」 「え?」 「了解いたしました」 アヴェナエ医師の言葉に、カイン卿は面食らってしまった。自分の治療は聞いているが、魔導について学ぶことや、クラウディアが双性化される、つまり古人となることは聞いてはいない。彼は思わず彼女に向かって問い返してしまった。 「僕の治療については聞いています。ですが、魔導を学ぶなんて聞いていません。それに、彼女を古人にするというのは? そんな事は、確か不可能なのではないんですか?」 「カイン卿、私に対しての施術ですが、これは軍機事項にあたります。くれぐれも他言無用に願います」 「そんな、聞いてないよ!?」 「だから、軍機事項にあたる、と」 「……………」 どうやら既に話を聞かされていたらしいクラウディアにそう言われては、いくらカイン卿でもそれ以上は何も言えなくなってしまう。軍機という単語の持つ意味は、いくらなんでも彼だって知っている。 「アヴェナエ師、質問をよろしいでしょうか?」 「どうぞ」 「オクセンシュルヌス・トゥルトニウス公がいらっしゃるこの場で、軍機事項を開示した理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」 「ええ。貴女への施術を成功させるためには、カイン卿の協力を得ることが最優先事項なのよ。貴女は「古人(いにしえびと)」という存在についてどの程度理解しているかしら?」 「男女双方の性を持ち、単性者の二倍以上の身体的精神的能力の可能性を有する、魔導的認識に優れた存在、と理解しています」 クラウディアの答えにうなずいたアヴェナエ医師は、それに付け加えるように説明を始めた。 「魔導的認識においては、対相の循環系の認識を得られるかどうかが非常に重要になるわ。例えば「霊」相と「物」相においては、観測の主体と客体は常に双方向的に認識されている以上、観測の主体である自己を客体として認識するのと同様に、観測の対象である相手を主体として認識できないと、「認識という概念」そのものを認識できないの。そのためには、どうしても男女の単性では「物」「霊」どちらか一つの相にしか覚醒できないから、より上位の「認識という概念」にはたどりつけないから、双性者である必要が出てくるの」 今の説明も、カイン卿にはちんぷんかんぷんではある。だが、アヴェナエ医師が言わんとすることはなんとなく理解できる。なにしろ彼も古人、つまり双性者であるから。男性の構築的論理認識も、女性の関係性的論理認識も、どちらも感覚的に理解できるのだ。 「そして、双性化とは、本来は単性者にもう一つの性を付け加えるのではなく、本来的に内在しているもう一つの性を覚醒させて双性を均衡させ、固定化させるのが最も確実性の高い方法である事が確かめられているの。つまり、貴女に内在している男性性を覚醒させ、それを貴女が魔導的にのみならず、精神的にも肉体的にも認識する事で、双性者として安定化するのよ」 「はい。それで、その施術のどの段階でカイン卿の協力が必要になるのでしょうか?」 いや、それを今ここで聞くのか。 カイン卿は、アヴェナエ医師が言わんとすることを察知し、頬を染めつつもクラウディアの事をまじまじと見つめてしまった。だが彼女は、そんな彼の視線に気がつかず、真面目な顔でアヴェナエ医師の言葉に集中してしまっている。 「ええ、いい質問よ、クラウディアさん。カインさんには、貴女の男性性が発現した時点で、性的に貴女が男性性を認識するのを手伝っていただく予定になっているわ。つまり、貴女は女性として彼の男性を受け入れて、男性として彼に男性を受け入れてもらう、というわけ」 「はいいいい!?」 「やっぱりね……」 顔を真っ赤にして椅子から飛び上がったクラウディアを、右手をひたいに当てつつ見つめていたカイン卿は、姿勢を正してアヴェナエ医師の方に向き直った。 「それは、命令ですか?」 「いえ、あくまでお願いです。ただし、必要ならば皇帝陛下の署名のある文章で「お願い」する事になりますけれど」 声を低めてたずねたカイン卿に、アヴェナエ医師は少しいたずらっぽく微笑んでそう答えた。いくらなんでも皇帝の名前を出されては、彼とてそれ以上は何も言えなくなる。すっと無表情になった彼に、彼女はさらに微笑みを深くして言葉を続けた。 「まあ、はっきり言うと、結婚前の女性の純潔を、その婚約者を差し置いて散らすわけにはいかないでしょう? さすがにそれくらいは私達も配慮するわ。そうそう、初めて同士だと大変なことになるから、そちらの実践についても私が教育を担当しますね」 「な、な、なんで僕が初めてだとか知っているんですか!? それに彼女もそうだって、どこで!?」 「ふふふ。魔導八相に覚醒した導師の医者よ、私は。そんなの「観れば」すぐに判るわ」 酷い、酷過ぎる。カイン卿は思わず頭を抱えてうなってしまった。と、すぐに顔を上げてクラウディアの事を見つめる。 「……そういえば、古人の恋人が四人いるんだよね? もしかして、何もしていないの?」 「え? あ、うん。さすがに結婚前にそういう事をする気はなかったし、「学院」は修道会だから、そんな事許されるわけがなかったから……」 「え? え? じゃあ、でも、何も無いって事はないよね? まさか、そんな……」 「あ、あの、うん、口付けはしたから。あと、髪の毛撫でたり、抱きしめたりくらいは……」 真っ赤に茹で上がって、両手で顔を覆ってそう告白するクラウディアに、カイン卿は、あまりのことに拍子抜けして口をぱくぱくさせるしかできないでいた。なにしろ彼だって古人である、恋仲となって何も無いに等しい関係を続けられるかといえば、全く自信がない。古人の性欲は、そんな生半可なものではないのだ。正直、この数日彼女と同じ部屋で寝起きしていて、どれだけ辛かったことか。本当にどれだけ恋人達に大切に想われているのか、想像するだに恐ろしい。 「とりあえず今日明日の話ではないから、焦らなくてもいいのよ。まずは二人の仲を深めあっていって下さいね。これは最優先事項よ」 「……それであの部屋なんですか?」 「ええ。でも、私が許可するまで挿入は禁止よ? 互いの純潔は同時に散らしてもらいますから。これは最優先事項だから」 最優先事項、最優先事項、うるさい。とは思っても口にはできないカイン卿であった。それよりも、一つ寝台で一緒に寝て、自分がいつまで我慢できるかどうかが問題である。なにしろクラウディアは美人である。しかも容貌も肢体も、ついでに眼鏡をかけているところまで彼好みだったりする。さらには、彼女に欲情している事を知られて、見られて、軽蔑されるのが何より恐ろしい。 まだ十代半ばのカイン卿には、そういう男女の関係について繊細なところがあった。 「あ、あの、カイン、いいかな?」 「あ、うん、なにかな?」 「わ、わたしは、その構わないけど、その、君は構わない? その、こんな事で、あの、そういう関係になるのって……」 ずっと真っ赤になったまま、顔を両手で覆っているクラウディアが、小声でそう聞いてくる。その言葉にカイン卿も気が付かざるをえなかった。恥ずかしいのは彼女も同じで、そして恥ずかしさのあまり身の置き所がないのは、彼以上であることに。 「僕は、君が欲しい。でも、それは君が僕を受け入れてくれる気になるまで我慢する。これだけは、例え皇帝陛下の命令であっても関係ない。僕は君が好きだ。だから、君の事をなによりも大切にしたい」 「……………」 全身真っ赤になって茹で上がったクラウディアは、そのまま目を回すと、くてっとカイン卿に寄りかかってきた。そんな彼女の身体を抱きかかえた彼は、軍服越しでも判る彼女の温かく柔らかな身体と、ほのかに香る体臭とに、自身がいきりたつのを覚えて恥ずかしさのあまり自嘲した。 「僕って、最低だ……」 そんな二人の初々しいやりとりと、アヴェナエ医師は、にこにこと微笑みながら見つめているだけであった。
https://w.atwiki.jp/teikokuss/pages/1079.html
クラウディア古人化する、の回。そして「帝國」の古人もインモラルなことでは他の国の古人とそう変わりはしなかった、と。ぶっちゃけ古人の下が緩いのは万国共通なのである。 ゆらゆらとたゆとう中で、ぼんやりと意識が覚醒してゆく。我という存在が曖昧化してゆきつつ、もう一人の我が重ね合わされることで我という存在が明確化されていく。曖昧さと明確さの狭間で、相反する存在が一つの存在である我へと融合し昇華されてゆく感覚。我を我として認識するために必要なもの。それは境界。 まず最初に戻ってきたと感じたのは、柔らかな光を発している天井を認識する視界であった。ぼんやりとした明るさの中で、徐々に自分の肉体の感覚が戻ってくる。肌に張り付く服地、背中を支える寝台の布団、身体を覆っているシーツ、後頭部がうずまっている枕。記憶に無い薬品の臭い。しんとした無音の中で聞こえる心臓の鼓動。それらの感覚を統合させ、結び合わせる。ここに在るのは、わたし。 「意識は覚醒したようね。あなたの名前は?」 「クラウディア。クラウディア・セルウィトス・セルトリア」 右耳に聞こえる声に反応して自動的に言葉が口からつむぎ出される。そう、わたしは、クラウディア。 「自我は順調に確立中ね」 「……施術に問題は?」 「身体的には問題は確認されていないわ。精神的には今精査中。自分という存在に違和感は?」 「……視力が戻るという事はないのですか?」 その問いにクラウディアの右側の空間がゆらぎ、紺色の身体の線を浮き上がらせるような上着とスカートを着用し、白い前掛けを垂らしたアヴェナエ医師が顕現する。 「近眼の事? 戻せなくはないけれども、あなたは無意識的に「目が悪い」と自己認識しているから、今の段階では戻すわけにはいかないのよ。それはあなたという存在を確定するための認識の整合性を乱すから」 「わたしが認識できないわたしが存在し、そのわたしは、自分を「目が悪い」と認識しているから、その認識を乱すわけにはゆかない、ということでしょうか?」 「ええ、その理解で正しいわ。今はあなたという存在を改変された肉体に確定することが最優先事項だから、それ以外のことは全て後回しなの」 乳白色の何も無い部屋の中央に置かれた寝台の上で横になっているクラウディアは、この部屋もそのための装置なのだろうな、と思った。何も無ければ、それだけ五感から入ってくる情報は少なく、まだ安定化していないわたしという存在が、この肉体に馴染みやすくなる。今アヴェナエ医師が現れたのも、彼女という存在を脳が認識できるくらいまで、この肉体にわたしという存在が定着したからなのだろう。 「身体を起こしてみて」 アヴェナエ医師の指示に従って、クラウディアはゆっくりと頭を枕から上げ、両腕を後ろにそらし肘をついて、膝を立て、腹筋に力を入れた。はらりと身体を覆っていた掛け布が落ち、乳白色の木綿の服一枚をまとった上半身があらわになる。肉体の感覚はあっても、まだふわふわとしていて、何か現実感にとぼしい。目の前に持ってきた右手を握ったり開いたりして、この身体が自分のものなのだと理解し納得しようとした。 「では、また横になって」 言われるままに身体を寝台の上に横たえる。全身から力を抜いても身体が浮遊し落下してゆく感覚を感じずにいられる安心感。このまままぶたを閉じて眠りにつく事ができたならば、とても楽になれそうで。 「駄目よ。意識をはっきりさせて」 すかさずアヴェナエ医師の声が飛び、落ちかけたまぶたが上がり、意識が覚醒する。 そう、クラウディアは、眠るためにここにいるのではない。 「さあ、また身体を起こして」 今度は、先ほどよりもずっと意識せずに身体を起こすことができた。 何度も寝台の上で身体を起こしたり横たえたりしてゆくうちに、ようやく全身の隅々まで感覚がゆき渡ってゆく。右手の人差し指を唇にあて、そして歯を立てる。柔らかい。痛い。 「そろそろ大丈夫なようね。では今日はここまでにしましょう。転移するわ」 「はい」 軽く目を閉じ、意識を空っぽにする。そうした方が転移しやすいのだそうだ。 次の瞬間、無数の薬品の攪拌されたような臭い、流れてゆく空気の感触、部屋の外を複数の人間が行き来する音に全身がかき乱される。この感触は、何度やっても慣れることができない。クラウディアは、わずかに意識を緩ませて、五感の感度を鈍らせた。 「慣れつつあるようね」 「いえ、何度感じても慣れることはできそうにありません」 「そういう意味ではないわ。自分で自分の感覚の感度を調整したでしょう? そういう形で環境に適応してゆくことを覚えていることを言ったのよ」 「……そういえば、人間は自分の五感を操作なんてできませんでしたっけ。ここにいると、そんな当たり前の事すら忘れてしまいます」 「仕方が無いわ。だってここは、そういう場所なのだもの」 今日はもう帰っていいわよ。そうアヴェナエ医師に言われたクラウディアは、下着肌着を身に付け、黒い詰襟の服を着ると、アヴェナエ医師に一礼して部屋を出て行った。 正直、下着を穿く時から股間のものの感触に違和感を感じなくなっていることに気がついて、自分も随分と慣れたものだと思う。今こうして歩いていても、前ほど歩きにくいということもなくなった。自分が身体に慣れたのか、身体が自分に慣れたのか。 ようやく自分が喉が渇いていることに気がついて、クラウディアは、部屋に戻る前に一度食堂に寄ってゆくことにした。 アヴェナエ医師の診察室は、モリアの地下都市の中では比較的上層にある。彼女の研究室そのものは、ここモリアのはるか深いところにあるのだそうだが、そこへは転移することでしか入ることができないそうである。導師達は自分の研究室を物理的にも魔術的にも外界と隔離する事で、魔術行使の際に邪魔な雑音が混ざることを防いでいるらしい。 クラウディアを女性から双性へと変化させる措置も、そうした隔離された空間で行われているようである。断言できないのは、施術が行われている間は、彼女の意識は眠っていて、転移した先については一切判らないからである。施術の前後は、必ずあの乳白色の空間に転移して事前措置を行ってから眠りにつき、覚醒してから自分自身を再認識してから元の診察室へと転移して戻る。その繰り返しの毎日。そういえば、ここもリアに来てから何日経ったのだろうか。 「おつかれさま。今日はどうだった?」 「うん。昨日と同じ。でも、段々と慣れてきている気はする」 適当にあいている席につくと、その向かいにお茶の入ったマグカップを二個載せたトレイを持ってカインが座る。食堂の時計が示す時間は14時。昼食時が大体終わったあたりのようで、食堂には人影もまばらであった。 「カインは?」 「課題として出された本を読んでる。ここの図書館はすごいね。学術魔術関係なら「帝都」の元老院図書館よりも充実していると思う」 「そっか。いいなあ、わたしもずっとここで本を読んで過ごしたい」 両手をマグカップをはさみ、湯気があごにあたる感触を楽しみつつ、二人でお茶をすする。 「クラウディアは本当に本が好きだね」 「君も本は読むよね?」 「僕は、読まないといけないから。正直に言うとね、読みたいと思って読んだ本って、数えるほどしかないんだ」 「それは、多分かなり損をしているんじゃないかな? でも、機会はくると思うよ」 自分より歳下なのに、宗主として傾いた一門を支えねばならなかったのだ。他の子供たちよりも少し早く大人にならなければならなかった。そういう子は「学院」にもいた。あの背の高い綺麗な彼女は、今はどうしているのだろう? 「そうだね。……北方が安定すれば、落ち着ける時間も持てるだろうし」 お茶で唇を湿らせたカインが、そう少し寂しそうに笑う。その笑顔に胸がしめつけられるような気持ちになって、そして、身体がうずく。そんな自分を気づかれたくなくて、クラウディアは話題を変えた。 「そういえば、カインは、趣味は持ってるの?」 「趣味? うん、楽器を弾くのは好きかな。音楽も好きだよ。……演奏会か、ゆきたいな」 「そうなんだ。ちょっと残念かな」 「どうして?」 「わたしは、歌も楽器も全然駄目だったから」 クラウディアは、「学院」時代の友人らの顔ぶれを思い出して、少し寂しそうに笑った。歌が好きで、音楽が好きであった彼女達。その輪に入れず寂しさを覚えていたのも、今では懐かしい。 「そう」 少し困った様子で微笑んだカインが、それ以上は言葉を続けなくて、それは自分を気遣ってくれたからだと判るから、それが嬉しい。そして、その嬉しさが身体をうずかせる。なんてはしたない身体になってしまったのだろう。自分を想ってくれている皆も、いつもこんな気持ちを押し隠していたのだろうか? 「……部屋、戻ろう」 「……うん」 二人はマグカップに残ったお茶を飲み干すと、食器を戻して食堂から出ていった。 さらさらと服を脱ぐ衣擦れの音を背中に聞いて、カインは心臓がひときわ大きく鼓動を打った感覚に唾を飲みこんだ。互いに相手の着替えは見ない、という約束になっているから、振り返りはしない。だが、それだけに脳内ではクラウディアが服を脱いでゆく姿がありありと想像されてしまう。 カインは、急いで詰襟の服を脱ぎ、シャツも脱ぐと、下着姿になって寝台のシーツの中にもぐりこんだ。そしてクラウディアに背中を向けたまま、彼女がシーツの中に入ってくるのを待つ。彼女がシーツの中に入ってきたのは、すぐあとであった。そのまま互いに背中を合わせて呼吸を整えた。 「クラウディア?」 「……うん」 かき消えそうな声が返ってくると、カインはもぞもぞとシーツの中で身体の向きを変えてクラウディアを背中から抱きしめた。彼女も薄布の肌着と下穿きだけで、互いの体温と体臭がはっきりと感じられる。彼女の身体に回した両手を、彼女の手の平に重ねて、しばらく互いに互いの温もりを感じあう。 「……もっと背が低かったらよかったのに」 「すぐ、僕が伸びるから」 「ううん、そうじゃなくて、その、もっと可愛くなりたかった」 恥ずかしさを隠そうとして、そんな事を口にする彼女が限りなく愛おしい。彼女を抱きしめる腕の力を強めると、彼は互いの腰を密着させ、彼女のうなじに鼻先をすりつけた。 「今でもこんなに可愛いのに」 「……でも、背が低い方がもっと可愛いと思う」 「僕は、背の高い女の子が好きなんだ。それに、年上で、眼鏡が似合うなら、もう完璧なんだけど」 「……本当に?」 「うん。実は、今すぐにでも結ばれたいくらい。早く許しが出ないかって、そればっかり考えてる」 「……もう」 クラウディアの身体から緊張が解けたのを感じると、カインはそっと両手を動かして彼女の身体を布越しになでた。 「……ん」 「女の子って、柔らかいよね」 「筋肉、ついてるけど」 「でも、こんなに柔らかいよ?」 下げた手の平で、クラウディアのへその上あたりを少し強めに押す。彼女が少し力を込めたのか、カインの手の平は弾力で押し返された。 「……莫迦」 「うん」 身体をなでられるたびに、もぞもぞと動く彼女の感触がカインの熱く硬くなったものを刺激し、彼の体温を高めてゆく。互いの息がだんだんと荒くなっていって、それにあわせて彼の手も遠慮がなくなってゆく。 二人はそうやって互いをまさぐりあいながら、夕食までの時間を過ごした。 「……古人って、いつもこんな感じを我慢しているんだ」 「人によると思うけど、でも性欲が強いのは確かだと思う」 クラウディアは、シーツの中から右手を出してそこに粘りついている淫液をしげしげと見つめた。それが何か気がついたカインは、真っ赤になって彼女をにらみつけた。 「……ふきとりなよ」 「男の子って、大変だよね。こんなにべたべたなんだ」 「恥ずかしいなあ、もう」 真っ赤になっているカインのことをにやにやしながら見つめると、クラウディアは右手の白濁した粘液を丹念になめとり始めた。唖然としてそれを見つめている彼の前でそれを舌できれいにしてしまうと、彼女は彼の鼻先を舌でなめた。 「変な味」 「仕方ないだろ、その、……そういうものなんだから」 「でも、カインのなら、平気かな」 真っ赤になってもにょもにょしているカインを、クラウディアはそっとその豊かな胸の中に抱きしめた。肌着越しにも彼の呼吸を感じられて、こそばゆさと気持ちよさで嬉しくなる。 そっと彼の頭をなでながら、クラウディアはささやいた。 「わたしのはどんな味なのかな?」 「そんなの、わかんないよ」 クラウディア自身のは、まだ用を足すのにしか機能していない。触れられても気持ちよいが、だがそれだけである。 「わたしは、これからもっといやらしくなってゆくと思う。それでもカインは許してくれる?」 「そうなったら、これまで我慢してきたのをやめるだけだから」 「女の子、苦手じゃなかったんだ」 「苦手なだけで、嫌いじゃない。もう、すごいいやらしいこととかするから。ごめんなさいって言ってもやめないよ?」 「うん。……楽しみにしてる」 カインもクラウディアの背中に手を回してきて、抱きしめ返してくる。 二人は、そうやってずっと互いを感じあっていた。 「さて、お二人に来てもらったのは、多分予想通りです」 カインとクラウディアがモリアに来てから二十日間が過ぎた。その間にカインは魔道や魔導といった魔術についての造詣を深め、クラウディアは双性者である自分に慣れていった。そして、とうとう二人がそろってアヴェナエ医師の元呼び出される日がきた。 「カイン君が魔導の相に覚醒しなかったのは残念ですけれども、まあこの短期間で覚醒されていたら、逆に大問題になったでしょうからそれはそれでよしとしましょう。その「石」は差し上げますから、これからお教えた通りに認識を深めていって下さいね」 「はい」 「クラウディアさんは、よくこの短期間で双性者としての自己を確定しました。正直、予定よりも十日近く早かったわ。お疲れ様でした」 「ありがとうございます」 書類挟みをぱたんと閉じたアヴェナエ師は、あらためて二人に向き直った。 「さて、二人とも身体と心の準備はよいかしら? 一応双性者同士の性交渉について、一通りの事は教えましたけれども、実践してみないと判らないことがほとんどです。性交渉は、その通り互いの身体をつかったコミニュケーションよ。言葉で会話する時にも、表情や手振り身振りを交えるように、性交渉も、身体だけのものではないから」 「「はい」」 「最初の一週間は、二人で色々試行錯誤してみてください。その経験を元に私からアドバイスしますから。それから私も実践で色々と教えてあげます。ま、三人でというのも恥ずかしいでしょうけれど、すぐに慣れるわ」 「「え?」」 「言ったでしょう? 貴方達の性教育の実践も、私が担当するって」 いたずらっぽく微笑んだアヴェナエ医師に、カインもクラウディアも、ぽかんと口を開いてその言葉をなんとか理解しようとしている様子である。さすがにこれは二人とも想像の埒外であったようである。まあ、普通はそうであろう。いくら未経験者同士とはいえ、婚約者同士の交わりに割って入ろうというのであるから。こんな無粋な真似は普通ならばありえない。 「大人の古人というものがどれほどのものか、しっかり勉強していってね。「古人娼で城が建つ」というのは、伊達ではないってこと」 だが、魔導師であるアヴェナエ医師にとっては、そうした一般常識を通用しないようである。片目をつむった彼女は、本当に二人と関係を持つ事を楽しみにしている様子であった。
https://w.atwiki.jp/teikokuss/pages/1322.html
イリシア達一行が拠点を入手するスケッチ。ここからさに周囲を制圧して警戒線を構築し、またあちこちの反「帝國」勢力に協力することになる予定である。そしてその活動にともなってあちこちの注目を集めるわけであり、イリシア達の戦いもより困難なものになってゆく予定である。 東雲の空に向かって機神「ラインの黄金」を駆っていたキルクルシアは、風の精霊の力を借りて機体を浮かび上がらせると背中の魔力噴射機を始動させ丘の上の砦の防壁を飛び越えた。夜っぴいて見張りに立っていた兵達が鐘を鳴らして警報を発しているのを尻目に、彼女は機体を中庭に着地させた。衝撃で盛大に泥がはね、機体がすべるのを腰を落として勢いを殺し左足を後ろに回してその場で一回転する。流れる視界の中、周囲の状況を確認し目標を視認し機体の回転を止めた。 「無様だな」 にぃ、と口の端をつりあげて呟き、右手の砲撃槍を駐機させてある機装甲に向け雷光を撃ちこむ。紫色の雷撃が片膝をついている機体を吹き飛ばし、轟音とともに機体を爆散させた。 次の瞬間キルクルシアは機体に風をまとわせてふわりと空へと舞うと、次の目標を探して機体を旋回させた。攻撃前にアンドレア・モラシーニから聞かされた限りでは敵に魔道機も火砲も無いとのことである。だが彼女は、敵に射撃ができる敵がいるものとして警戒をおこたってはいなかった。 キルクルシアがこうして黎明の中、ミレトス地方に群雄割拠する武装勢力の拠点のひとつを攻撃しているのには理由がある。彼女らはこれまでは野営を繰り返しつつあちこち移動していたのだが、さすがに持ち込んだ機体の整備や修理のために腰を落ち着ける必要が出てきたのだ。そのために各々の勢力からある程度距離をとれる場所を確保することが決定されたのである。そして攻略対象として選ばれたのが、今彼女が攻撃している砦であった。この砦は傭兵集団が占拠して拠点としており、地元のそれぞれの勢力のどれかと決定的に敵対することにならないというのが選ばれた最大の理由であった。いかに機体が強力であろうとも、さすがに三機だけで周囲全てを敵にまわすわけにはゆかない。 キルクルシアが砦の中を一周したところで、別の場所に待機していたらしい機装甲が大盾を構えて現れた。その周囲には何機かの機卒がつき従っており、手に手に投槍を構えている。彼女はあえて敵に向かって正面から降下し、左腕の射撃盾を構えて右手の砲撃槍を抱え込むように引き寄せた。 周囲からぱちぱちとマッチロックマスケットが射撃されるのを無視して敵に向かって地面を蹴るのと同時に、敵機から放たれた投槍が弧を描いて飛んでくる。それを背中の噴射機から魔力を放って宙へ跳ぶことで避け、加速度をつけて降下し紫電をまとわせた砲撃槍を敵機装甲の胴体に打ち込み雷を放った。ドンッ、と轟音とともに吹き飛んだ機装甲の残骸を砲撃槍を一振りしてうち棄てると、キルクルシアは素早い足運びで敵機卒の背中を次々と貫いてゆく。雷撃槍から放てる雷撃の数は精々が五発というところである。機卒相手に使えるほどの余裕はない。 「歯応えの無い!」 だがその油断が命取りであった。 飛来した投槍が「ラインの黄金」の左肩の装甲を貫き機体のバランスを崩し転倒させた。そのままもんどりうって背中から地面に打ちつけられた機神に向かって、これまで砦内の建物の陰に隠れていた機装甲が斧槍を構えて突進してくるのがキルクルシアの視界に入る。 「ガアァッ!!」 獣のような声で吼えると、キルクルシアは幸運にも壊れていなかった右腕の砲撃槍を敵機に向け雷撃を放った。だが敵は、即座に左へと機体をすべらせ射線から外れる。 「ぇいいいっっ!!」 そう叫ぶと同時にキルクルシアは、あさっての方向に飛んでゆこうとした雷光を魔導は「物」相で無理矢理「掌握し」「空」相で「捻じ曲げ」、敵機装甲に叩きつけた。その紫電は敵の盾ごと機体を吹き飛ばし、近場の建物をまきこんで粉砕した。 泥まみれになった機体を立ち上がらせるとキルクルシアは、今度は油断せずに周囲を確認してから右手の砲撃槍を構えた。 「……ねえさんから教わった雷撃に救われたか」 荒い息とともに呟かれた台詞をよそに、砦の門が開かれ我先にと皆逃げ出してゆく。ジャンプして中庭に移動しようとして背中の噴射機が故障していることに気がつかされたキルクルシアは、軽く舌打ちすると周囲に警戒の視線を向けつつ歩いて中庭まで移動した。 アンドレア・モラシーニの乗る重魔道機装甲「バルバレスコ・リヴェッティ」を先頭に本隊が砦に入城したのは、日が昇ってすっかり朝になってからであった。 まこと幸運なことに敵は砦から逃げ出す時に火をかけてゆかず、砦は蓄えてあった物資とともにほとんど無傷で彼らの手に落ちたのである。 「機神「ラインの黄金」を与えられながら、魔道機でもない機装甲を相手に中破とは無様である」 「……………」 むっつりと黙りこくったキルクルシアの前に立った粗織りのマントをまとった熊のような大男の魔導騎士が、不機嫌さを隠そうともせずにそう言い放った。彼女も相手の目を見ることすらせず、露骨に知ったことかといわんばかりの表情を浮かべている。 「貴様は所詮は「「帝國」の」神聖騎士。未熟なのは致し方なし。なればこそ一層の研鑽が必要なのである」 「……………」 わずかに目を細めて全身の筋肉をたわめたキルクルシアの視線を男の背中がさえぎった。 「そこまでにしとけっつーの。叱責は必要だが、出自までけなすっつーのはどうかと思うぜ? あと未熟は未熟なりに三機喰ったんだっつーとこも認めろ。単機で、俺の指示無しに独自の判断で砦一つ落としたんだ。わかってんだろーなぁ?」 「魔導騎士が機神を駆ってこの程度の戦果を挙げるのは出来て当然である」 「ならさぁ、お前は同じ事をより上手にやれたっつー実績があってのことだろーなぁ? ちなみに俺にはできねーから」 不機嫌さをはっきりとあらわにしたアンドレアの言葉に、魔導騎士はそれ以上は何も言わず背を向けた。 相手が去ってからキルクルシアは、アンドレアの袖をつかむと軽くうつむいたままぽつりとつぶやいた。 「……すまない」 「機体を壊したのは事実だからな。そこは俺も叱るぞ。だが、単機で機装甲三機と機卒五機が守備についていた砦をほぼ無傷で落としたつーのも事実だ。よくやったな、キルクルシア」 「……そうか」 アンドレアの袖を放すとキルクルシアは、そのまま背中を向けて足早にその場を離れた。 彼女の後姿を見送ったアンドレアは、がりがりと頭をかくと仮組みされた整備架台に固定されている「ラインの黄金」の方に足を向けた。 「ようアンドレア。やはり事前に懸念されていた問題点が露呈したな」 「おう。まさか投槍一発で腕一本やられるとは、さすがに装甲の薄さが洒落になんねーな」 「元々、防御は魔術に任せる事前提の機体だからな。そういう意味では今回は相性が悪かったとしか言いようが無い」 ゼニア共和国から派遣されてきた機装甲工部の青年が、修理箇所と工程について箇条書きにしたメモを挟んだ書類挟みに視線を落としつつアンドレアにそう所感を述べた。 その言葉にアンドレアは、渋い表情になると両腕を組んで「ラインの黄金」を見上げた。 「キルクルシアが乱戦向きじゃない、っつーのを判っていて今回の任務につけた俺に責任があるっつーわけだ」 「でも、カンパネラなら砦を焼いていただろうし、イリシアでは機装甲三機を相手にはできなかっただろうしな。機体は中破だが、騎士は軽傷で砦もほぼ無傷なら立派だと思うんだけれどな」 「そこはまあ、なにしろ「「黒の二」に対抗可能なること」っつー仕様が問題になるわけよ」 「「黒の二」は、機体以上に乗り手が化け物だっていうのを判って言っているのか? あの「教団」の騎士サマは」 「判ってねーだろ。ありゃ実際に戦っているところを見ねーと、「黒の二」の脅威はわかんねーからな」 キルクルシアは、砦で自分達に与えられた部屋のある丸太小屋に向かってとぼとぼと歩いていた。 アンドレアはああ言ってくれたが、敵の機卒を相手に槍をふるっていた時、彼女は圧倒的な機体の性能と自分の魔術の力を思うがままに使えることに酔っていた自覚があった。それまではアンドレアの指示通りに動くだけで、自分の実力を出し切れているという実感にとぼしく欲求不満がたまっていたというのもある。だからこそ全てを自分の判断で戦ってよいという今回の作戦は、心中期するものがあったのだ。 与えられた部屋には無理矢理寝台が三つ並べられていて、真新しい藁草と木綿のシーツが敷かれている。キルクルシアは真ん中の寝台の上で横になると、毛布に包まって丸くなった。 「やったーっ! 屋根付きの部屋だーっ」 「寝台もありますよ。……キルクルシア? 怪我、大丈夫ですか?」 さっそく与えられた部屋に駆け込んできたカンパネラとイリシアが、嬉しそうな声をあげている。今はそれにつきあう気にもなれなくて毛布に包まったままじっとしていた。だが、案外勘の良いイリシアに気づかれてしまう。 「キルクルシア、ありがとうねー。おかげで屋根付きの部屋で寝られるよー」 そしてこういう時にカンパネラはさりげなく気を遣ってくれる。 「怪我は、大したことはない。それに、任務を果たしただけだ」 「……そうですか。でも、無理はしないで下さいね。私もカンパネラもいますから」 「そうだな」 声色からすると、本気で心配してくれているのだろう。イリシアは基本的に良い子である。自分のような無愛想で口の悪い相手でも腹を立てることがないくらいに。 そうして毛布の中でもそもそしていると、案の定カンパネラが毛布の中にもぐりこんでくる。 「やっぱ干草の匂いって好きかも」 「あ、本当にいい匂いですね」 そして、つられてイリシアも毛布の中に入ってくる。さすがに戦いの後で疲れているキルクルシアは、二人にはさまれたまま三人一緒にまどろみの中に沈んでいった。 キルクルシアが落とした砦に部隊が全て収容されてしばらく経ってから、少し離れた場所にある高配の茂みの中から三人の男が腰を上げた。三人ともぼろぼろのフード付きマントをかぶっており、遠目には茂みにまぎれてしまってそれと気がつかれることもない。 「「風」系統の射撃魔術はかなりの高等技術のはずだが、さらにそれを曲げて命中させたとなると、確定したと言ってもいいだろうな」 「ああ。あの白い機体は事前情報の通り機神で確定だろう。そして乗り手は魔導騎士であることもほぼ確実だと考えられる」 声色からすると三十代以上ではありそうな男達である。そして周囲を観察するその物腰に一切の隙がみられない手垂れでもあった。 「後で入城した機装甲だが、一機はゼニアの「バルバレスコ」だと見てよいだろう。だが、もう一機が不明だな。発している魔力からすると最低でも重魔道機、魔導機であってもおかしくはない。さすがに機神ではなかろうが」 「我々は騎士ではないからな。判断は保留でよかろう」 「……そうなると常時監視が必要になる。こうして拠点を確保した以上、彼らはしばらくの間は積極的に動くと見てよいだろう」 男達は周囲の気配をうかがってから、ほとんど茂みを揺らすこともなく気配を殺したまま移動し始めた。 「判断は参謀本部が下すのだろうが、彼らが「帝國」にとって脅威となる事はほぼ確定だな。急ぎ戻り報告せねば」
https://w.atwiki.jp/teikokuss/pages/1014.html
というわけで、手持ちの切り札のうちの一枚を切ることにする。この新キャラも色々と設定があるわけだが、それについてはダリア様を第三者とした視点で書いてゆくことになると思う。 「フェイトーっ!! もふもふさせろーっ!!」 「……………」 一度相手に懐くと、徹底的に懐くのがルスカシアという少女の性格であるらしい。 そしてフェイトは、基本的に来るもの拒まずというか、物事に対する反応が素直な方であって、ルスカシアに抱きしめられて頬ずりされてもほとんど嫌がっている様子がない。親愛の情を示す相手を拒否することがまずない、という点が、この癖の強い茶髪の娘のやりたい放題を助長しているといえた。 しかもフェイトと同室のクラウディアは、そんな二人の関係を微笑ましく見ているだけで、仲に割って入るということをしない。いきおいダリアが友人をひっぺがす役割を負う羽目になる。 「ええいっ! お前ぇはちっとは周りの目ってもんを気にしろってぇの!! 朝っぱらかいちゃいちゃしてんじゃねぇっ!!」 「えー? いちゃいちゃなんてしてないよー もふもふしているんだよー」 「それを一般的な表現ではいちゃつくってんだよっ! フェイトっ、お前もこいつになんか言ってやれ!!」 「? ……お早うございます」 羽交い絞めにするようにして無理矢理ひっぺがされたルスカシアに向かってフェイトは、今気がついたという様子でぺこりと頭を下げた。 「それか!? お前ぇの反応はそれなのかっ!? このド天然がぁあっ!!」 「あははははっ!! それでこそあたしのフェイトだぜー!!」 「いつお前ぇのもんになったんだってばよ!? ちっとは自重しろ、お前はっ!!」 朝から食堂へ向かう途中の廊下でこんな騒ぎを起こしていれば、いやでも目立つというものである。ダリア達の周囲を通り過ぎてゆく少女達の視線は生暖かく、何か可哀想なものを見るような目で見ているのがまる判りであった。 両手で引きずるようにしてルスカシアを食堂へと連れてゆくダリアは、何事もなかったかのようにその後ろをとことことついてくるフェイトのことを内心で盛大に罵ろうとして、しかしどうみても世間知らずの子供にしか見えない彼女を罵倒することもできず、ぎりぎりと歯を鳴らして友人を引きずってゆくしかできなかった。 そして、そんな三人を何が楽しいのか嬉しそうに眺めながら、クラウディアも一緒に食堂へと向かって歩いていった。 「というわけで、うちの馬鹿にソロルを紹介してやって下さい」 「……事情は大体承知しているけれどさ。でも、こればっかりは相性だからなあ」 朝食がひと段落した時点でダリアは、席を立とうと腰を浮かせたクラウディアに向かって開口一番そう切り出した。 左隣にちょこんと座ってシチューの具をあむあむと咀嚼しているフェイトに一目くれると、ダリアは、手元のお茶で軽くのどを湿らせて言葉を続けた。 「こいつは、とにかく人懐こいというか、寂しいと死んじまう奴です。しかも見ての通りちっさいですから、抱きつくんじゃなく、抱きしめられる相手が限られます。つうわけでフェイトは格好の相手って奴なんです。ですが、これ以上こいつのやりたい放題を見過ごすのは、さすがに問題なんじゃあないかと思うんですよ」 「寂しいと死んじゃうって、それなんだよー 人のことをウサギみたいに言うなよー」 「まんまだろうが、お前ぇはよっ! 何かっつうと人に抱きついていちゃいちゃべたべたしたがりやがって。そういうのは時と場所をわきまえてやれっての。朝飯喰いにゆく途中でやらかしてんじゃねぇっ!!」 「んじゃ、いつならいいのさー」 「放課後、課外活動と予復習を終わらせてからにしな」 「無理ゆーなよー それじゃ消灯時間になっちゃうじゃないさー」 「だったら、面倒はとっとと片付けるんだね」 ぷくぅ、と頬をふくらませて拗ねてみせるルスカシアのことをばっさりと切り捨てると、ダリアは視線をクラウディアに戻した。 後輩の言葉に、改めて椅子に腰を落ち着けたクラウディアは、腕を組んで軽く頭を傾けていた。 「とまあ、こんな奴ですが、性根は真っ直ぐでしっかりしていて良い奴です。なんとかお願いできませんでしょうか?」 「うん。良い子だっていうのは知っているよ。でも、彼女にソロルになる気があるのかな?」 「どうなんだよ、お前」 「うーん、こんなあたしでも、ソロルにしてくれるって先輩なんているのかなあ?」 どうも、同室の先輩がソロルを作って部屋を出て行かれたのが浅からぬ心の傷となっている様子である。そんな腰の引けたルスカシアの答えに、ダリアは、きっぱりと言い切った。 「そんなお前だからだよ。寂しいと死んじまうモン同士でくっつけっての」 「それって、ただの馴れ合いじゃん。そーゆーのは嫌だよ」 「安心しろ。だから先輩に頼んでるんだろうがよ。先輩の人を見る目は確かだから、絶対にお前に似合いのソロルを紹介してくれるって」 「いや、さすがにそれは過大評価だって。わたしも君達とほぼ同い歳の子供だというのは覚えておいて欲しいな」 「大丈夫です。先輩ならできます」 徐々に頭の傾斜角が深くなってゆくクラウディアに向かって、ダリアは、両手を机について深々と頭を下げた。 「この通りです。どうか、こいつに似合いのソロルを紹介してやって下さい」 「努力はするよ。でも、期待はしないで欲しい」 「やらないで後悔するより、やって後悔しつつ後始末する方が、なんぼも性にあってます」 「それはそれでどうかと思うけれど」 傾ききった頭を真っ直ぐに戻したクラウディアは、軽く眼鏡の位置を直してから、フェイトが食事を終えたのを確認して一緒に席を立った。 「で、選考に選考を重ねた結果、彼女を紹介することにしたよ」 「私の名は、メルクリウシア。闇を纏わされ、逆十字を標された、学院最凶の超絶美少女よ」 かっくん、と、顎が外れんばかりに口をあけたダリアとルスカシアに向かって、その透き通った銀色の真っ直ぐな長髪を黒い髪留めで飾った、切れ長で真紅の瞳を細めて嗤った、確かに黙って座っていれば物凄い美少女のはずの彼女、メルクリウシアはそう自己紹介した。やれやれ、と言わんばかりに肩をすくめたクラウディアは、軽く咳払いをして二人の意識をこの場に戻した。 放課後、自習室で教科書と帳面をひらいて勉強しているダリアとルスカシアの元にクラウディアがやってきて、ソロル候補の一期生を紹介するからと連れてこられてきたところにこれである。二人が呆然としてしまっても仕方がないといえた。 「と、まあ、こういう子だけれど、良い子だよ。どうかな?」 「「……………」」 「ちょ、ちょっと、何その薄い反応? ここはもっと感激する場面でしょう!?」 「いや、どこをどう感激すればいいんだか」 あまりのいたたまれなさに、ダリアは、メルクリウシアから視線をそらしつつ、どう返事をしたものか言葉を探すのに精一杯の様子であった。ルスカシアにいたっては、何この残念なナマモノ、と言わんばかりの目つきと表情ですらある。 「なによぉ、このまったき闇の中、独り冷たい輝きを放つ黎明の星たる私が自己紹介したのよぉ。ここは「あ、貴女があの噂の!?」とか「なん……だと……?」とかぁ、そういう風に盛り上がる場面でしょッ!?」 「いやいやいや、それさすがに無理っす」 「ちょ、ちょっと、もうっ、泣くわよ私ッ!」 なんというか、最凶と自称しつつも打たれ弱いのか、すでに目が潤んでいるあたり、メルクリウシアからは微妙にこれじゃない感が漂っている。そして彼女を連れてきたクラウディアといえば、ごく当たり前のように彼女の背中をなでて、よしよしと慰めていた。 「で、ルスカシア、お前はどうよ?」 「……え? あ、ごめん、あまりの衝撃に意識がトンでた」 「まぁ、そうだよなあ。普通は衝撃を受けるよなあ」 「ちょっと貴女達ッ、本人の目の前で散々な言い様じゃなぁい? ま、まぁ、この私の美貌に衝撃を受けたのなら、仕方が無いかしらぁ」 「あ、それだけは無いです」 ルスカシアのあっけらかんとした答えに、それはもうメルクリウシアは、ずーん、と、地面に両手両膝をつかんばかりに落ち込んでしまっていた。 「うん、まずは予想通りの反応だね」 「ちょっとクラウディアっ、貴女が、可愛らしい後輩がソロルがいなくて寂しがっているから、っていうからわざわざ来てあげたのよぉ!?」 「嘘は言っていないよ。というわけで、彼女はメルクリウシア。シリヤスクス・ロサシアニア侯爵家の一姫だよ」 「「し、シリヤスクスぅッ!?」」 「ちょっとぉッ!! なんでそこに反応するわけぇ?」 「いや、その、いくらなんでも、ねえ?」 「う、うん。その、どこをどう見ても、あの陰険銭ゲバ一門の出身には見えないです」 泣くわよ、本当に泣くわよ。と言いつつ、本当に泣き始めつつあるメルクリウシアを、クラウディアは抱きしめつつ、よしよしとあやしている。 ダリアは、内心、うわ、この人打たれ弱すぎ、と、色々な意味で可哀想にすらなってきていた。 「陰険銭ゲバって、それなによぉ。うちは侯爵家っていっても、当主自ら村々を回って紡がせた糸や織らせた布を集めて卸している零細よぉ。シリヤスクスだからといって、誰もが大金持ちの陰謀家ばかりだと思わないでよぉ」 すんすんと鼻を鳴らしているメルクリウシアを見ていると、確かにセレニアのような圧倒的な自信と自負に裏づけされた迫力というものが欠けているのが判る。これが同じシリヤスクス一門の、しかも同じく侯爵家の姫といわれても、そうそう首をたてにはふりがたい。同じく侯爵家の姫であるダリアとしては、帝國諸侯の家の姫君であるにも関わらず、かくも色々な個性の持ち主がいることに軽い驚愕を覚えていた。 「そーゆーものなんですか?」 「当然じゃない。副帝陛下みたいに投機と投資で利益をあげられるなんて、ほんの一握りだけよぉ。シリヤスクスといっても、絹や金属の利権に触れられない程度の家なんて、地道に銅貨や真鍮貨を積み上げてゆく商売をしてゆくしかないのよぉ」 「でも、先輩は侯爵家のお姫様ですよね?」 「シリヤスクスではね、爵位なんてお飾りなの。お、か、ざ、り。本当の序列はね、どんな利権を握っているか、どれだけ貸し出し枠を持っているか、それで決まるのよぉ」 左腕の肘を机につき、あごを左手に乗せて、右手をひらひらさせつつ、鼻にかかった甘ったるい声で、しかし世知辛い内容を口にするメルクリウシアに、ルスカシアは、ふーん、という様子で神妙な顔をして話を聞いている。 「だからぁ、家のことは別に関係無いの。私は私。自分の才覚で稼ぐのか、稼げる男を目利きして嫁ぐか、どっちにせよ自分自身の力で生きてゆくしかないの。いい、判ったぁ? 判ったら、私の出自について二度と詮索しないで頂戴」 「はい。ごめんなさい」 「判ったのならいいのよぉ。それで、貴女達のどちらが私のソロルになりたい、というのかしら? 今日は機嫌が良いの。考えてあげるくらいはしてあげるわぁ」 「えーと」 さすがのルスカシアも、どう反応したらよいのか困っている様子である。確かに色々と残念すぎるところが目につくし、メンタルは打たれ弱いし、シリヤスクスだし、と、これじゃない感がふんぷんとする少女であるが、自分の足で立って歩いてゆく気概は持っているようであった。ダリアは、そんな彼女に対して、いつの間にか好意を抱いている自分を見つけていくらかなりとも驚き、そしてそのことに納得してもいた。この実家の権勢や階位をかさにきようとしない、むしろそれを明らかにすることを恥と思うメルクリウシアは、実に彼女好みの性格であったのだ。 「紹介が遅れまして大変に失礼いたしました。私はダリア・コルネリウス・クルティヴァルシア。こちらのルスカシア・スカブラの友人であり、本日のお見合いの介添え人としてついて参りました。ルスカシア、メルクリウシア先輩にご挨拶を」 「う、うん。初めまして、ルスカシア・スカブラといいます。今日はよろしくお願いいたします」 「あら、きちんと挨拶できるのねぇ。見直したわ。改めて名乗るわよぉ。私が、峻厳なる銀嶺に咲いた孤高の黒薔薇、メルクリウシアよぉ」 びしっと左手で顔の右半分を覆い、すっと目を細め、口の端をゆがめて哂ったメルクリウシアに、ダリアとルスカシアは、太ももをつねって必死の思いで真面目な顔を保ち続けた。そして、そこまでしている後輩を傍目に、クラウディアはのほほんとした表情でお茶をすすっている。 「……それでですね、メルクリウシア先輩。もしよろしければ、このルスカシアをソロルにするかどうか、しばらく付き合ってあげては頂けませんでしょうか? この子も、色々と人に誤解を受け易いところはありますが、根は素直でしっかりした娘です。今すぐにお返事を、とはゆかぬのは承知しております。その上で、しばらくこの子の面倒をみてやっては頂けませんでしょうか?」 「そうね。私もこの子のことを何も知らないし、しばらくは近くに置いてあげるべきよねぇ。いいわね、ルスカシア?」 「は、はい。よろしくお願いします」 先ほどまでの泣きそうだったのが嘘のように上機嫌になったメルクリウシアに、ダリアは、多分この人もルスカシアとは別の方向でおばかなのだろうなあ、と、そんな失礼なことを考えていた。 「どうやら話はまとまったみたいだね。じゃあ、今日はここまでとしよう」 そしてクラウディアは、話がまとまったのをみて、うんうんと一人何かを納得したように肯いていた。 色々と衝撃的であったお見合いから数日が過ぎ、ダリアが、ルスカシアがあまり自分やアルブロシアの元に顔を出さなくなったことに若干の寂しさを覚え始めていた頃、ひょっこり当人が食堂の彼女の横の椅子に戻ってきた。 久しぶりに見るルスカシアは、随分と上機嫌で、そして悪い笑顔を浮かべている。 こいつは一体全体何をやらかそうとしているのだろう、とダリアが嫌な予感を感じていると、ルスカシアが視線だけ彼女に向けて話しかけてきた。 「五列目、後段、メルクリウシア先輩見えるよな」 「うん? ああ、こっち見てるよ」 「どんな感じ?」 ルスカシアに言われるままに振り向いたダリアは、はるか向こうからこっちを見ているメルクリウシアと視線が重なり、次の瞬間、相手が視線を外してそっぽを向いたことを、そのまま伝えた。 「くっくっくっ! やっぱなぁ。あたしがこっちの席に戻ったんで、寂しがってるんだ」 「そうなんだ?」 「ほら、もう一回見てみ、絶対こっちをちらちら見ているから」 もう一度ダリアが振り返ると、やはりこちらを見ているメルクリウシアと視線が合ってしまった。当然のごとく視線を外してくるが、しばらくしてからまたこちらの様子をうかがうように振り向いてくる。 「お前、なにやらかしたんだよ?」 「なんにも~ ただ、構い過ぎないようにしてあげてるだけ~」 「構い過ぎって、お前、何言ってんだよ? 訳わかんねぇぞ」 「くっくっくっ。先輩さぁ、実はすっげえ寂しがりやんだよ。でも素直にそれを認めらんないから、強がり言うわけでさ、それ本気にしたふりすると、すっごい焦んの。昨日だって「貴女が友人と会えなくなって寂しいというなら、この私が止めるなんてするわけないわよぉ」とか言っちゃってさ、だから今日はこっちに食事しに来たわけ」 にたぁりにたぁりと悪い笑みを浮かべつつ黒パンをちぎっては口に運んでいるルスカシアに、ダリアは、心底呆れたような表情になった。そして、ちらりと視線を左斜め先に座っているクラウディアに向けると、当の本人は我関せずという様子で食事を続けている。 「お前ぇ、あんま先輩をいじめんなよ? で、ソロルの申し込みはあったんだな?」 「おう! こう、ちょっと目をきらきらさせて、やっぱり私みたいな田舎娘では、麗しき秘密の花園に咲く黒薔薇の様な先輩には似合いませんよね、とか言ったらさぁ、すっげぇ焦ってやんの。即申し込みで即了承だぜー」 それはもう嬉しそうに報告してくるルスカシアに、ダリアは、もう一度クラウディアの方に視線を向けた。 今度は、視線を向けてこそこなかったものの、左手を握って親指を立てて見せてきた。 「やっぱさぁ、持ち上げてからはしごを外すのが基本だよなぁ! くっくっくっ、泣かせないくらいにする案配が難しいんだぜー あー、もう最高に可愛いって奴だぁッ!!」 けけけ、と笑いながらシチューを口元に運ぶルスカシアに、ダリアは、こいつにはこんな一面もあったのか、と、驚くやら呆れるやらで、食事の手も止まってしまっていた。 そしてクラウディアは、相変わらず淡々と食事をし、フェイトは、あむあむとシチューの具を咀嚼していた。
https://w.atwiki.jp/teikokuss/pages/1300.html
「足りない! 足りないんだ!!」 「何が?」 少年が両手で後頭部を抱えてのけぞるように叫んだのを、彼の執務机の上の山積みの書類越しにちらと視線を送った女性がごく平静な声で一言そう合いの手を入れた。彼女は膝の上の分厚い旅行記に視線を落としており、相手の狂態に一瞥すら送らないでいる。 「何もかも」 「借金の返済のあてはついたよね?」 「オクセンシュルヌス宗主としての分だけだよ。このままじゃ、北方辺境が借りている分の利子すら払えなくなる」 がっくりと机の上に肘をついたカイン・オクセンシュルヌス・トゥルトニウス北方辺境候は、妻であるクラウディア・セルウィトス・セルトリアに向かって、この部屋の外では絶対に口にできない現実を口にした。二人が結婚して大体半年というところであるが、婚約してから二年の付き合いを経てのことである。元々相性がよかったせいか、二人はすっかり気の置けない仲になっていた。このように北方辺境候が西方辺境候姫に財政について愚痴をたれるくらいに。 「稼ぐあてはないんだ」 「……ゴーラが関税引き下げを打診してきている。特に鉄と麦なんかは半減しろってかなり強硬な態度を崩さない。まず確実に、交渉が決裂したら開戦理由にするつもりだろうから、担当者に厳命して交渉を引き伸ばさせている」 「さすがに今開戦はまずいなあ。この秋を越せる?」 「越させる。いざとなったら仮調印まで引っ張って、元老院で否決してもらって反故にする」 据わった目付きでそうぶっそうな事を口にしたカイン公に向かってクラウディアは、それだけはして欲しくないなあ、と呟いて本から視線を上げて頁を閉じた。 連合王国との関係が好転した結果、オクセンシュルヌス一門の財政は好転した。特にレヌス河からダヴィガ川への物流をつなげる宗主直轄のアレマニウス運河とトゥルトニウス運河の利用が増えた結果、運河利用料が大量に流れ込んできたのが大きい。さらにジュウキエフ市経由で北海航路に産品を輸出できるようになった現在、一門としての経営は借金を返してなお黒字が続いている。 「ちなみに、お金の他には何が足りないの?」 「時間、物資、軍隊、信用、信頼」 「つまり誰にも北方辺境候として認めてもらえていない、と」 「副帝陛下と御義父上、あとアドルファス・グスタファス公とサウル・カダフ元帥くらいだよ、僕を信用してくれているのは。信頼してくれているのは、副帝陛下と君だけだと思う」 自分で口にして情けなくなったのか、カイン公は机の上に突っ伏した。 さすがに夫の姿を哀れに思ったのか、本を傍らの小机に置くとクラウディアは、身体をずらしてカイン公に向き直った。 「まあ、君のことだから何から手をつけるべきか考えているよね?」 「戦費のあてをなんとかする。さすがに北方辺境単独というわけには政治的にいけないから、元老院にも出させるけれど、基本は北方だけでなんとかしたい」 「でも今の北方辺境の有様では、戦争債を起債してもどこも引き受けてくれないから、そこをなんとかしたい、と」 「うん。まあ、お金だけならなんとかできなくもない。というか、今なんとかしている」 「……北方辺境候自ら北方辺境で土地転がしとか、ばれたら辺境候の椅子から引きずり下ろされるよ」 「判ってる、判ってるんだ! でも、そうでもしないと本当にお金が足りないんだよ!!」 両手で頭を抱えてまたも叫んだ夫の姿に軽く肩をすくめると、クラウディアは右手で眼鏡の位置を直して少し考えるそぶりを見せた。 いみじくも彼が北方辺境候になってから、北方辺境における物価は安定している。確かに諸々高止まりしている物も多いが、少なくともパンをはじめとする食料品は、庶民がその日の生活を送れる程度の値段で流通するようになった。それも、わざわざ帝國軍を使って食料品が高騰しそうなところに運び込んで市場が荒れるのを防ぐような事までしてである。当然、投機のために麦や肉を買占めようとする商人は、ありとあらゆる手を使って潰している。そういう真似をする商人は、大抵は後ろ暗いところがあるわけで、そこを治安総局につついて貰ってブタ箱にぶち込んで因果を含めて北方辺境から叩き出しているのだ。ちなみに、そういう商人の後ろには大抵貴族がいて、連日のように北方辺境候のところに文句が届いている。それをさばいてくれているのが、北方辺境担当執政官としてカイン公の執務を補佐している前帝國宰相アドルファス・グスタファス公である。 ちなみにカイン公が手を染めている「土地転がし」とは、北方辺境候権限で北方辺境での土地取引を辺境候認可にした事である。これによって投機目的で取り引きされていた膨大な量の土地が売り買いできなくなって塩漬けになった。だが、表での取り引きができなくなれば裏で取り引きがなされるようになるのが市場原理というものである。彼はその裏市場にこっそり複数の人手を送り込んで、「土地を購入する権利」の売買を行っていた。ちなみに土地取引の許可を出すのが自分自身なわけであり、当然その認可を使って裏市場での土地購入権利の取引価格を操作している。 こうして稼いだ金を適当な理由をつけて税金として巻き上げ北方辺境候の金庫に溜め込むと同時に、売られたオクセンシュルヌス一門の土地を取り戻したり、将来道路や運河を整備するための土地を確保したりと、土地売買の自由化後を視野に入れて動いていたりもする。 ちなみにカイン公の常として、最初に副帝レイヒルフトのところに話をもっていって言質をとって内務省や財務省が動かないよう抑えてもらっている。当然その取り引きであげた利益を銅貨一枚たりとも私腹に入れていないことは事細かに説明しての上であるが。 「でも随分稼いでいるよね? それでも足りない?」 「対ゴーラ戦争の見積もりと計画を参謀本部で説明を受けてきたんだ。正規編成の四個軍団と諸侯軍主体の六個混成旅団を動員するんだ。20万人だよ、20万人。そんな大軍を通年で動かすのにどれだけお金が必要なんだか、目の前が真っ暗になったよ。正直、下手に借金したら勝っても返済に60年かかる。負けたら利子も返せず破産なんだ。とにかく今金庫にある額じゃ、最初の一年で空になる」 「……戦争はお金がかかるものだけれど、4個軍団でそれじゃねえ。でもそれなら、半分は元老院に出させれば?」 「勝った後に利権の美味しいところをごっそりもってゆかれる。そうなったら、戦争に勝っても戦後統治のための金が出せなくなる」 戦費を負担するということは、戦争後にそれ相応の見返りを期待してのことである。つまりゴーラ帝国から獲得するであろう領土と利権のうち、負担に応じただけのものを要求されるということにほかならない。そして立場上強いのは、金を出すなり貸す方であるのはいうまでもない。戦費の負担の割合が多ければ多いほど、得られる獲物は美味しくなるのは当然というものである。 「父に口添えしようか?」 「それは駄目。中原情勢はいつ何がおきるか判らないんだ。西方辺境候に負担をかけるわけにはゆかない」 「そうすると南方辺境公も駄目だね。ペネロポセス海の情勢はまだ不安定だそうだし。かといって、エドキナ大公にとっては全く関係無い戦争だから、利子を高めにした戦争債を引き受けていただくくらいしかお願いできないだろうし」 「まあ、手はなくはないんだけれどね。でも、さすがに危険過ぎて」 「話すだけ話してもらえないかな? 聞くだけ聞いて聞き流すから」 君と結婚できて僕は本当に幸せだ。そう机に突っ伏したまま感極まった調子で呟く夫の姿に苦笑すると、クラウディアは腰を上げて夫の傍らで膝をついて頭をなでてあげた。 「……占領予定のゴーラ湾岸三ヶ国の貴族の財産を差し押さえる。戦後統治を考えると悪手なのは判っているけれども、連中をゴーラ本国に追い出して残された土地屋敷その他を転売する」 「売る先は目処があるの?」 「シリヤスクスとシュネルマヌス」 「……それは危険だね。どちらか片方だけだと北方辺境を乗っ取られかねない。でも、ベングンド公の首を縦に振らせられる?」 「彼が欲しがっている利権は全部出す。その代わり、こちらが欲しい物資、食料や交易用の産品はうちが必要な分全て出させる」 「ふっかけられない? あと、シュネルマヌスだけだと必要な分は出させられないよ」 「いいんだ。出せなければその分ツケにする。ベングンド公は絶対に支払わないだろうけれど、その次のシュネルマヌス一門宗主に利子つけて支払わさせる」 真っ黒な笑顔でそう言いきったカイン公の額に自分のおでこをぶつけると、クラウディアは軽く目を細めて言葉を発した。 「モリフォリウスをカタにはめる気ならば手を貸さないよ。あの子は馬鹿だけれど、わたしの戦友の一人に違いないんだから」 「誤解があるようだけれど、僕は基本的に互いの利益にならない真似はしないよ。言ったよね、利子をつけて支払わさせる、って」 「……つまり?」 「ベングンド公は恨みを買いすぎてる。次の代にシュネルマヌスはそのツケの支払いで潰されるよ。だから、借りを返し続ける間は僕が後ろ盾になる。ゴーラ帝国との戦争に勝った北方辺境候が後見につくんだ。少なくともシュネルマヌスが潰されることは防げる。もっとも、その分もきっちり支払ってもらうけれどね」 くっつけられた額をぐりぐりと押し返すと、カイン公はさらに暗黒色な微笑みを深くした。 「もっとも、土地と利権だけじゃ、ベングンド公を抑えられないのも事実なんだ。あと何か一つ、いや、二つ欲しいんだ。できればディオニソス卿とモリフォリウス卿の二人に圧力をかけられる何かが」 「……なるほど、でもシュネルマヌスと組んだら、北方辺境諸侯に総すかんを食らわない?」 「そこはなんとかする。というか、僕が土下座してでもなんとかする。とにかくシリヤスクスとシュネルマヌスを引きずり込まないと、北方辺境の建て直しはもう無理なんだ」 一転して昏い表情になったカイン公は、そのままクラウディアの肩に顔を落とした。 肩を落とした夫の背中を抱きながら、クラウディアはしばし考えを巡らせた。 「……うん。ちょっと危険だけれど、ううん、命が危ないけれど、手があるよ。どうする?」
https://w.atwiki.jp/teikokuss/pages/989.html
というわけで、ようやく三人組が揃った。思ったよりアルブロシアがはきはきした感じになった。暴走しがちなダリアとルスカシアの調整役として動いてくれそうな予感がある。さすがはケイロニウスというところか。ダリアとアルブロシアの背景について、きちんと書ければと思っている。貴族である以上、内戦の影響は大きいわけであるから。 ルスカシアは人懐こい。 ダリアと倉庫裏で出会って以来、何かと理由をつけては彼女と一緒にいたがるようになった。教室でも隣の席で授業を受けるようになったし、自習室でも一緒に勉強しようと誘ってくる。ルスカシアに引っ張られるようにしてついてくる彼女と同室の一期生は、商家出身の地味目な娘で、下級生ながら大身の貴族の姫であるダリアに引いている様子がことあるごとにすけて見えた。 「うん。ダリアの言うとおりなのかな。先輩はどう思います?」 「わたしも、ダリアさんの解釈でよいんじゃないかと思うわ。ヒルダレイアさんは?」 「個人的には実念論的解釈に否定的だから、現象解釈はその過程に内在する観念の本質の把握を重視するべきだと思っています。でも先生は、現実認識に内在する実存存在の把握の方を重視しているから、この解釈が「正解」になると思います」 「あー、先輩は観念論的解釈の人でしたか。でも、それはアカデミアの主流とは違いますよね? その理由をうかがっても?」 「……家が魔導に関わっているからかしら。認識の双方向性についてはうるさいほど教えられてきたから」 ヒルダレイアのためらいがちな答えに、ダリアは手を顎に当て眉を寄せて考え込み、ルスカシアはきょとんとした表情を浮かべ、彼女の同室の先輩はぎょっとしたような表情を浮かべた。「帝國」において魔導という存在は、どちらかというと、気安く触れてよいものではない、という印象が一般的である。商家の娘には、少々刺激が強すぎたというところか。 「……あの、ヒルダレイアさんは、魔導師なんですか?」 「覚醒はまだですね。「学院」を卒業したら本格的に講座入りをするつもりです」 一期生同士のそんなやりとりをよそに、ダリアはじっと自分の思索にふけっている。 なにがなんだか判らない、という表情で、ルスカシアがダリアに声をかけた。 「……………」 「ダリア? どうしたの?」 「あ? あぁ、そういや魔導ってばさ、八相四対の循環構造系の認識論だっけ? そいつが基礎だったと思ってさ。実存の解体が認識の基本にあっから、実念論とは相性悪りぃわけだわ、と」 「ダリアさん、口調、口調」 「あ? あぁ、失礼いたしました」 難しい顔をしたダリアの言葉に、ルスカシアはすっかりちんぷんかんぷんな様子で、そして彼女の先輩は一層引き気味になっている。そんな二人に苦笑したヒルダレイアは、眼鏡の位置を直すと、教科書の頁をめくった。 「それで、この「存在」と「認識」の二元論がいかに統合された一元論的「知」に至るか、それについて勉強をしましょうか」 「ダリアってば、頭いいのなー」 「良かねぇよ。知識だけ詰め込んだって、知恵が無きゃ役に立たねぇっての」 自習室で四人で勉強した後、夕食を済ませてからダリアとルスカシアの二人は、寮の階段下でだらだらと時間を過ごしていた。ヒルダレイアは、食後、まっすぐ自室へと向かい、ルスカシアの先輩は友人らと連れ立って自習室に移動していた。一応、猫をかぶっておしとやかに振舞ってみせている二人が、素の口調で話をするのは、どうしても人目のつかないところでとなる。 「そーゆーもん?」 「そういうもんだってばよ。だから世の中、頭の良い馬鹿ってのがいるんだって」 「おぅ、そういうことかー これであたしも一つ利口になったぜー」 けらけらと笑うルスカシアを見て、ダリアは、こいつも「学院」の入学試験を通ってきている以上、馬鹿ではないはずなんだよなぁ、と、そんな失礼なことを考えていた。 「そーいや、ヒルダレイア先輩って、いつもああなん?」 「ああって? 判るように言えよ」 「だからさー いつもああいう風にこ難しい理屈でしゃべってんの、ってさ」 「あぁ。そうだよ。てか、そんな難しいこと言ってねえってよ。全部教科書に書いてあるだろ」 「教科書って、これから一年かけて勉強してゆくもんだよー 覚えてなくても仕方ないだろー」 「あんなの、貰った初日に全部目ぇ通すもんだろ。お前、予習すんのに教科書読まなくてどうすんだよ」 「授業の分だけ読むので精一杯だってばー みんながダリアみたいに頭よくないんだってばよー」 唇をとがらせてふてくされた表情をしてみせたルスカシアに、ダリアは、肩をすくめて鼻で笑ってみせた。あからさまに馬鹿にされたことで、茶髪をおさげにしている少女は、両腕をぶんぶん振って抗議をしてみせた。彼女は、そんな友人の仕草をけけけと笑っていなした。 と、そんな風にじゃれあっている少女らの耳に、突然の大声が聞こえてきて、二人ともぴたりと動作が止まる。 「ですから、何故わたくしの申し出を拒否するのか聞いていますのよ!」 おそるおそる階段下から首だけ出して廊下を見たダリアとルスカシアは、魔道光に照らされた薄暗い廊下の先で、金髪を立て巻きロールにした小柄な少女が、ものすごい勢いで、長身の少女に食って掛かっているのを見つけた。 「なんだ、ありゃ?」 「おー あれ、噂のメインベルだぜー あののっぽ、やばいのに捕まってやんの」 「誰、そいつ?」 「知らね? 一期生で一番の馬鹿だって。すげえわがままで高飛車な癖に、相手がちっとでも強く出ると、すぐびびるって奴らしいぜー。なんか、いいとこのお姫様に片っ端からソロルになれって声かけて、全敗中」 「駄目じゃん」 「だから、一期生で一番の馬鹿扱いなんだってばー 女の陰口はこえーよなー」 「お前も陰口たたいてんじゃねぇよ」 メインベルが地団太を踏んでいるのを見て、ルスカシアがくすくす笑っているのを横目に、ダリアは、ちっ、と舌打ちすると、階段下から一歩踏み出した。 きゃんきゃんと叫んでいるメインベルと、困惑した表情で立ちすくんでいる長身の少女に向かって、ダリアは肩をいからせてずんずんと近づいていった。そんな彼女に最初に気がついたのは、長身の少女の方であった。一瞬、何故? という表情を浮かべた少女は、ダリアとメインベルの間で視線をさまよわせた。 それに気がついたメインベルも、視線をダリアの方へと向け、そしてむっとした表情を浮かべて両手を腰に当てた。 「貴女、何か用ですの?」 「先輩、この子も困っているようですし、許して差し上げてはいかがでしょうか。私からもお願いいたします」 「見たところ二期生ね。なら先に名乗るのが礼儀というものよ」 「失礼いたしました。私は、ダリア・コルネリウス・クルティヴァルシアと申します。よろしければ先輩のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」 「わたくし、コケイウス一門はマルサス伯爵家のメインベルよ。それで、貴女とこの娘との間に何か関係でも?」 女子としては身長の高い方であるダリアを見上げたメインベルが、ふん、と鼻を鳴らして高飛車に言い返す。ダリアは、無表情のまま、それでも丁寧な口調は崩さず答えた。 「私は、二期生学年代表に任ぜられております。同期生が困っている様子でしたので、差し出がましいのは判っておりますが、失礼ながらあえて横から一声かけさせて頂きました。どうかお聞き入れいただけませんでしょうか」 ダリアは、そう言って深々と腰を折って頭を下げた。背中を流れてこぼれた彼女のまっすぐな紅い長髪が、地面に触れんばかりである。 そんな彼女の仕草に、メインベルは、小馬鹿にしたような表情と口調で彼女の申し出をはねのけた。 「貴女には関係ないわ。判ったなら、さっさとここから去りなさい。話はまだ終わっていませんの」 「うるせえ」 「な!?」 「うるせえって言ったんだよ、聞こえなかったのか、あぁん?」 「な、な、な」 すっくと腰を伸ばしたダリアは、そのままメインベルを見下ろすと、口の端をひん曲げ、目を細めてがらりと口調を変えた。元が低めの声質だけあって、そういう口調になると並の少女にはない凄味が出る。 「どこの偉いさんかは知らねぇけれど、たかが伯爵家で偉そうにすんな。ここじゃ、種族人種門地家柄性別財産、んなくだらねぇもんはひとっつも関係ねぇんだよ。一期生だってんならそれっくらい頭にいれときな。貴族のお姫様を気取るってなら、恥と外聞くらいわきまえろってんだ。振られたんなら、そいつを呑んで次のソロルを探しにいけっての。未練たらしく騒いでんじゃねぇよ。おら、文句があるなら言ってみな。聞いてやるからよ」 「あ、あ、あなた、上級生に向かって、なんて失礼な言い方、な、なによ、その口調、まるで愚連隊みたいな」 「おうよ。こちとらこれでも二期生代表だっての。そいつに頭下げさせておいて面子潰したんだ。それなりの覚悟はできてんだろうな。いいぜ、いつでもその喧嘩買ってやる。さあ、いくらの値段をつけるのさ。ほれほれ」 「く、か、ぐ」 ドスの利いた声でそう啖呵をきられ、凄まれては、メインベルでは何も言えなくなってしまう。 「お、覚えていらっしゃい! このままでは済まなくってよ!」 「はいはい。こちとら明日の予習で覚えなきゃなんねえことばかりだっての。三歩歩いたら忘れるからよ」 というわけで、あっさりと気迫負けしたメインベルは、そう捨て台詞を吐くと、即座に回れ右をして駆け出していった。駆け出していった先が自習室の方であることから、きっと一期生の誰かに今あったことを言いつけにでも行ったのだろう。 やれやれと首の後ろをかきながら、ダリアは、長身の少女の方に顔を向けた。案の定、少女は、唖然とした表情でぽかんと口をあけてダリアのことを見つめていた。 「お困りのようでしたので、不躾ながら横から口を差しはさまさせていただきました。よろしければお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」 「……アルブロシア・ケイロニウス・アクィロニア。その……」 「はい」 「ありがとう。助かりました」 長身の少女は、名乗ると両手を前であわせてぺこりと頭を下げた。 にこりと微笑んだダリアが口を開いた瞬間、がばっと後ろからルスカシアが彼女の首にとびかかるように抱きついてきた。 「かぁーッ! 相変わらず格好いいじゃねーかよー 惚れるだろ、な、な、くぉんの~」 「だぁあっ! うるせぇっ!! 折角のいいところで茶々いれんじゃねえよ!!」 「なぁーに照れちゃってばよー ほれほれ可愛いやつめー」 「うるさいっ! あと離れろっ、重いっ!!」 そのまま両足を彼女の腰にまきつけたルスカシアを引き剥がそうとして、ダリアはじたんばたんと暴れた。 突如目の前で漫才を始めた二人に、アルブロシアは、呆然とした様子で口をぱくぱくさせている。 「いやー それにしても皇室御一門の子にあんな口きくなんてなー あいつ本物の馬鹿だぜ。どうすんよ、絶対逆恨みされてるぜー」 ダリアにおぶさったまま、ルスカシアは、他人事のようにそう口にした。 だがダリアは、それがどうしたといわんばかりに、ふんっ、と鼻を鳴らしてみせた。 「かまいやしねぇって。弱い奴に強くて、強い奴に弱いって、お前が言ったんだろ。あんだけ強気に出ておけば喧嘩も売ってきやしねぇよ」 「ちぇー 計算高いってか、相変わらず頭いいなー」 「頭いいって、それ違うだろ。こすいって言うんだよ、こういうのは」 「それ判ってるから、頭いいんじゃん」 ダリアは、いいかげんルスカシアの相手をするのをやめると、アルブロシアに向き直った。長身の少女は、あらためてみると大変な美しい容貌をしていて、あごの下くらいで切り揃えられた青味がかった黒髪が艶やかであることもあって、大層な美人ぶりである。長身で、めりはりの付いた肢体をしているだけあって、とても大人びてみえる。 これはソロルにすれば自慢できるだろうな、と、ダリアはそういう風にアルブロシアにメインベルが声をかけた理由を想像した。 「お騒がしいところをお見せしてしまいました。この子はルスカシア、一応私の友人です」 「一応って、なんだよー 友人は友人だろー とゆーわけで、これの友達のルスカシア・スカブラでぇ~す。よろしくー」 「うるせぇっての。ちっとは大人しくしろっての。あと人の胸を触るな」 「いいじゃん、減るほどあるわけじゃないしー」 「やかましいっ! 言うんじゃねえっ、気にしてんだからよ。あとお前もその駄肉を押し付けてんじゃねぇ」 「なんだよー いいじゃないかー さーびすさーびすぅ♪」 ダリアにおんぶされたまま、にかっと笑ったルスカシアが、素の調子で自己紹介をする。 とどまることを知らない二人の漫才に、とうとう我慢できなくなったのか、アルブロシアが笑い出した。口に手を当てて、声をもらさぬよう必死になっているが、身体をくの字に曲げて笑っている姿は、どうにも苦しそうである。 ひとしきり笑ってから、アルブロシアは、息をついで口を開いた。 「本当にありがとう。彼女にどう断ればよいか、言葉が見つからなくて」 「考えすぎだっての。あの手の手合いは、何言っても聞きゃあしないってばよ」 「ダリアぁ、口調、口調♪」 にやにやと笑っているルスカシアに耳元でささやかれ、はっとして真っ赤になったダリアは、ぐっと言葉につまってしまった。 だが、そんな彼女を見てもアルブロシアは、穏やかに微笑んだまま言葉を続けた。 「ううん、私も気にしないから。無理しておしとやかにすることはないよ」 「あー、うん、その、なんだ、悪ぃ、こっちが素でさ」 「うん。私も言葉遣いは、あまり綺麗な方じゃないから」 「だってさー よかったじゃん、猫かぶらないでいい友達が増えて」 「お前は馴れ馴れしすぎだってばよ」 うん、もう、照れちゃって。うっとりとした表情でダリアの顔にほほをすりすりするルスカシアに、真っ赤になった少女は、ぽりぽりとほほを指先でかいた。 ダリアと同じように頬を染めたアルブロシアは、両手を身体の前で重ねて、もう一度同じ言葉を繰り返した。 「ありがとう。これからよろしく」