約 1,871,830 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1114.html
モンモラシーは、朝一番でギーシュのお見舞いへと来ていた。 友人には、二股していた奴に、よく会いに行けるわねぇ、と言われたが、仕方ない。 ――――――だって、好きなのだから。 あの浮気性は困り者だが、それさえ無ければ、お調子者で女の子に優しくてキザでドットで………… ………………・・・せめて、浮気性ぐらい秘薬で治しておくべきか。 そういえば、惚れ薬なんて言うのもあったわねぇ、とか考えていると、医務室の前に辿りついた。 でも、なんというか、様子がおかしい。 朝一番と言ったが、空はまだ薄暗い。 だと言うのに、扉が僅かに開いている医務室から話し声が聞こえてくる。 なんだろうと思い、僅かな隙間をそっと広げて中を窺ってみると、そこにはコルベールとロングビルの姿があった。 そして、その二人が囲っているベッドの上には――― 「ギーシュ!!」 扉を勢い良く開け放ち、ベッドの上に居るギーシュへと呼びかける。 コルベールとロングビルは、唐突に響いた大声に、驚いたような表情でモンモラシーを見たが、彼女にそんな事は関係ない。 「あぁ、ギーシュ、ギーシュ! 心配したのよ、私。でも、良かった。なんともないようで……ギーシュ?」 なんというか違和感がある。 目をぼんやりと開けたままのギーシュは、あぅあぅと呟いて、中空を見つめているだけで、自分に対してまったく反応してこない。 「ねぇ、ギーシュ、どうしたのよ、ねぇ、ちょっと、ふざけないで、どうして、ねぇ お願い、返事を、返事をしてよ、ギーシュ!!」 モンモラシーの悲痛な叫びが、早朝の学園に響き渡った。 水差しを洗いに行って戻ってくる途中であったメイドは、その声に、くすりと笑みを溢した。 今朝の目覚めは、ルイズにとって最高であった。 何時も自分で取っていた服が、杖を振るだけで手元へとやってくる。 そんな、メイジにとっての当たり前が、ルイズにとっては、とてつもなく嬉しかった。 そのまま、気分良く着替えていた所で、机の上に置かれている手紙に気が付く。 「ホワイトスネイク」 「ナンダ?」 「これ何?」 ホワイトスネイクの返答は、夜中に扉の下から挿し込まれたらしい。 中を開いて見ると達筆な字で、ルイズが起こした決闘騒ぎの罰が書いてあった。 あの時、オスマンが言ったように、ルイズは謹慎一週間で決定の印が押されていた。 「一週間……暇になったわねぇ……」 この決定にルイズは対して、不満を持っていなかった。 何せ、罪を犯したのは事実なのだから。 その罪と言うのは、勿論、禁止された決闘を行ったことであって、ギーシュから才能を奪って殺害寸前まで追い込んだのは、彼女の中では罪ではなく、ギーシュに対する報いであったのは説明するまでもないが。 「まぁいいわ、あの平民の様子も見に行きたかったし……」 自分の使い魔のルーンをDISCとして差し込まれている、あの少年。 あの時の速さは、通常時のホワイトスネイクを遥かに上回る速度であった。 「使い魔は、もう居るし……無難な所で使用人って所かしら…… 執事って程に落ち着いた様子は無かったし、ん~」 少年を自分専用の護衛として雇う気満々のルイズは、どんな肩書きが少年に合うのか、 じっくりと考えながら医務室まで歩き始めた。 部屋を出て、医務室のある学園の方に行く為の螺旋階段を下りる時、見慣れた赤毛がルイズの目に留まる。 「あっ……」 キュルケはルイズを見つけた瞬間に、元々俯いていたその顔を、さらに俯かせた。 だが、すぐに顔を上げて何時ものように、色気を帯びた笑みを浮かべてルイズに手を振った。 「ルイズ、元気? 昨日は大変だったみたいねぇ! で、どうなの? 噂では、ギーシュの魔法を使えるようになったとか、言われてたけど どうなのよぉ、そこんところは」 明るく振舞うキュルケに、ルイズは煩そうに顔を顰め、腕を軽く振るう。 伸びる腕 押さえつける手 押し付けられる身体 ホワイトスネイクがキュルケの身体を、杖を抜く暇も与えずに、壁に押し付けたのだ。 呆然とするキュルケにルイズは、グイッと顔を近づける。 目を逸らす事も許さない。 強い視線でキュルケの目を見据えながら、ルイズの口が開く。 「良い、よーく聞きなさいよ。 私は、これから医務室に行くの、用事があるからね。 あんたの相手は、その後。精々、魔法を扱える最後の時間を楽しんでおきなさい」 そう言ってルイズは、壁にキュルケを押し付けていたホワイトスネイクを消し、そのまま螺旋階段を下る。 これ以上、言葉を交わす気の無い事を態度と行動で示されたキュルケは、そのままの体勢で赤髪を揺らし、耐え切れぬように叫ぶ。 「ねぇ、ルイズ、何が、何が、貴方をそこまで変えてしまったの? それは、私? 私が原因の事で、貴方は変わったの!?」 キュルケの慟哭にルイズは首を振るう。 変わった……? 違う、私は手段を手に入れただけに過ぎない。 人間とは、泡のようなものだ。 小さな気泡の人間も居れば、大きな気泡の人間も居る。 気泡を大量に持つ人間も居れば、一つしか持たない人間も居る。 千差万別の大きさと数がある気泡達だが、共通している事が二つある。 それは、その気泡の中に入ってるモノが感情であると言う事と もう一つ、その気泡は『起爆剤』さえ見つけてしまえば、理屈も何も無く、破裂してしまう事だ。 そして破裂した泡は、中に溜められていた感情を噴出す。 噴出された感情は、周囲に何があろうと、その発散を止められない。 いや、割れた当人にとっては、止める気もしないだろう。 ルイズは、今、まさにその状態だ。 魔法を奪うと言う、完璧な『起爆剤』を見つけてしまったルイズは、 16年間溜め続けた、使えない者として泡を破裂させてしまった。 記憶の積み重ねが人間であると、ホワイトネスイクは自らの主に言っていた。 ならば、この鬱積した感情もまた、ルイズと言う人間を形作る重要な因子なのである。 例え、その中の感情がドロドロに溶け合った黒であったとしても、だ。 「ルイズ……」 どうすれば、どうすれば、あの少女は、元の意地っ張りだけど、自分に正直な少女に戻ってくれるのか。 考えても、考えても、キュルケの頭には、何も浮かんでこなかった。 そんな親友の苦悩を、螺旋階段の一番上で眼鏡を掛けた少女は静かに見つめていた。 医務室に行って、ルイズが最初に目にした光景は、黒髪のメイドが真っ赤になって使用人になる予定の少年の身体を拭いている場面であった。 「………………」 「………………」 少し血走った目で、半裸の少年の世話をしているメイドもそうであるが、 初めて同年代の異性の身体を直接見たルイズも、時が止まってしまっている。 別に何も後ろめたい事は無い。 シエスタはシエスタで、自分を助けてくれた才人の身体を拭いていただけであるし、ルイズも、ただ医務室の扉を開けただけだ。 だと言うのに静止時間は、こくこくと過ぎていく。 永劫に続くかと言うような、その静止時間は、ブッチギリで10秒を越えた時に少年から漏れた僅かな呻き声で、ようやく進み始めた。 「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あのですね! これは、これはその……汗を拭いてあげてるだけでして!」 「そ、そ、そ、そ、そ、そ、そのぐらい分かってるわよ! べ、別に変な勘違いとか、その、初めて男の子の裸を見たから動揺とか、してないからね!!」 二人して吃って真っ赤な顔をしているその様は、傍から見るととてつもなく変な光景であった。 「そ、そ、そ、そうですよね! 怪我人の身体を拭いてたぐらいで勘違いなんてしませんよね!」 「も、も、も、勿論じゃない! か、勘違いなんて、そ、そんなものしないに決まってるじゃない!」 あはは、と乾いた笑い声を出すシエスタに、ルイズはなんとか平常心を取り戻そうと、息を吸ったり吐いたりしながら、備え付けの椅子へと座る。 ―――私は冷静、私は冷静、私は冷静――― なんとか頭から先程の光景を消そうと試みるが、基本的に箱入りで異性の裸に免疫が無いルイズにとって、それは至難の業である。と言うか、成功なんてするはずも無い。 シエスタはシエスタで、ようやく落ち着いたのか、また才人の身体を拭く作業を再開させている。 両人共、耳まで真っ赤に染めあげ、まるで熟れたトマトのようだ。 ――― ―――――― ――――――――― 幾許かの時が過ぎて、ようやく丁寧すぎる作業が終わったシエスタは、脱がせた才人の服を着せ始める。 かなり長い時間を掛け、若干の平常心を取り戻したルイズは窓の外を見ながら、作業を終えたシエスタに声を掛けた。 「ねぇ……そいつってさ、なんであんなのと決闘したの?」 「それは……私の所為なんです」 そういえば決闘してたのを手助けしただけで、理由までは知らない。 あの時、広場に一緒に居たこのメイドならば知っているのでは無いかと聞いてみると、ある意味、予想通りの答えが返ってきた。 (ふぅん……やっぱりね) 一緒に居たのだから無関係では無いと睨んでいたが、案の定である。 続く、シエスタの言葉で、あの時の詳細を知る。 どうやら、最初の発端は、シエスタがギーシュの香水の瓶を拾わなかったのが原因らしい。 それが元で、二股がバレてその八つ当たりに晒されていたのを、 才人が庇い、そんな才人の態度にますます腹を立てたギーシュが決闘を申し込んだらしい。 「ふん……馬鹿ね」 「確かに平民が貴族に歯向かうなんて馬鹿かも知れませんけど、才人さんは!!」 恩人が侮辱されたと思い、声を荒げるシエスタにルイズは違う違う、と手を振り、 溜め息を吐きながら、自分の言葉が誰に対するモノなのかを明確にする。 「私が馬鹿って言ったのは、ギーシュ……決闘を申し込んだ貴族の方よ。 あんた、落ちてた香水の瓶には気付いて無かったんでしょ? それなのに、責任を追及するなんて馬鹿げてるわ。 おまけに、二人の名誉が傷付けられた? 傷付けたのは誰よ? 少なくとも、あんたやそいつじゃあ無いわね」 フンッ、と鼻を鳴らし不機嫌に呟くルイズに、シエスタは、この人は普通の貴族じゃあ無いみたいと心の中で呟く。 彼女の中の貴族とは、平民に対しての配慮など、まったくしない。 そういう思考回路が最初から存在していないのだ。 だと言うのに、選民思想で凝り固まった今の貴族にしては珍しく、この少女は、もしかして、平民を人間として見ているのでは無いか、とシエスタは思ったが―――――― 「話を聞く限り、やっぱりあいつは貴族として失格ね。力を奪って正解だったわ。 あんなのが、私と“同じ”貴族だったと思うと反吐が出るわ」 その言葉に、シエスタはやっぱり違う、とルイズに聞こえぬように呟いた。 この少女は、心の底まで貴族で出来ている。 確かに、今の彼女には、無実の者に罪を擦りつけられた事に対する怒りもあるが、それ以上に、 『貴族』と言う名を持った者が、無実の者に罪を擦りつけ『貴族』の名に泥を塗った事に対しての怒りの方が占めるベクトルが大きいのだ。 才人に対し、治療費を出してくれた事などから、平民に対しての理解はあるらしいが、それも上の立場から見た者の理解である。 対等とは程遠い。 そう思うと、才人や自分を昨日、ここに運んでくれた事や、秘薬の代金を全額負担してくれた事に対する有り難みの気持ちが薄れていくのをシエスタは感じていた。 「ところで、今日はどのような用事でここに来られたのですか?」 なんとなく突き放したような感じの言葉を吐いてしまった自分に、心の中で失敗した、と思ったが、言ってしまった言葉は戻らない。 相手も、言葉に含められていたニュアンスに気が付き、目を鋭くさせたが、まぁいいわ、と呟いて、すぐにその鋭さを取り払った。 「そいつの様子を見に来たんだけど……まだ、目覚めてないみたいね」 「治療をしてくださった方のお話では、もう目覚めても良いとの事ですが……」 磨耗した精神が休息を欲しているのか、それとも、もっと別の要因なのか。 「目覚めても良いって事は、もう治療は終わってるのよね?」 「えぇ、治療自体は昨日、全て終わっていますけど」 「なら……問題は無いわね」 シエスタの言葉に、ルイズはホワイトスネイクを出現させる。 唐突に現れたホワイトスネイクに、シエスタは驚愕の表情を浮かべていたが、ホワイトスネイクが現れた事は、さらなる驚愕への布石であった。 「ホワイトスネイク、あいつを起こしなさい」 命令が下されると同時に、ホワイトスネイクの手にDISCが出現する。 それを寝ている才人の頭に差し込んだ。 「何をしてるんですか!?」 「『覚醒』のDISCよ。 どれだけ深い眠りだろうが、DISCの命令には逆らえない」 自慢げに説明するルイズの目の前で、ベッドの上に寝かされていた才人の身体が震える。 「うぅ……うぅん……」 そして、DISCを差し込んでから僅か三秒 上半身を起こして、間の抜けた欠伸を才人は披露した。 そこは、ハルケギニアではなく、もっと、もっと遠く、そして辿りつけない世界。 知る者が語れば、悪鬼の巣窟とも、この世の天国とも答えるその場所は秋葉原と言う、日本と言う国の電気街であった。 その街の一角の、古ぼけた店に修理を頼んでいたパソコンを取りに来た才人は、突然の事態に目を丸くしていた。 なんというか、気が付いたら皆、全裸なのだ。 下着一枚身に着けていない通行人達を見て、才人は一瞬、ぽかーん、と大口を開けていたが、 すぐに自分も服を着ていない事に気が付いた。 何が起こったのか分からないが、このままでは警察に捕まると、凄まじい勢いで才人が服を着終わる頃に、街を歩いていた通行人達も、この不可解な現象に叫び声を上げ始めていた。 とりあえず、面倒になるのは嫌だったので、早足でその場を立ち去る。 預けていたパソコンを回収することも忘れて、駅へと向かった。 とりあえずは、家へと帰ろう。 そう思い、駅への近道である路地裏を通ろうとした時に『ソレ』は現れた。 自分の身長以上もある鏡。 これは、なんだろうか? 疑問に思った才人は、石を投げ込んでみたり、家の鍵を差し込んでみたりと色々試した挙句に、結局、その中に入る事にした。 中に何が待ち受けているのか、才人は分からなかったが、何故だか分からない予感だけは存在した。 多分、この鏡を通過したら、自分は『別の世界』に行くのでは無いかと言う予感が…… そうだ……それで俺は…… その予感の通りに月が二つある異世界に来てしまったのだ。 始めは、この突飛な事に、才人は驚いた。 驚いたが『絶望』はしなかった。 何故だか分からない世界で、一人だけだと言う事実すら『絶望』を才人に与える事は出来なかった。 何故なら、そういう予感があり、こうなると言う『覚悟』を才人は無意識に持っていたからだ。 そうして、自分はシエスタと出会って……それから…… あの桃色の髪の少女と、出会ったのだ。 「ふぁぁぁぁぁ……ん」 ピキピキと起きたばかりの筋肉が張る音を、ぼんやりと才人は聞きながら、大きな欠伸をした。 なんというか、もの凄く目覚めが良い。 十時間以上グッスリ眠った後の目覚めも、ここまで爽快感を与えてはくれないだろう。 そんな事を、つらつらと考えていると、急にベッドに押し倒された。 「にぇ、にゃんだ!?」 回らない舌で、叫んだ声は自分で聞いても酷く間抜けで泣きたくなったが、 それよりも、今、自分に抱きついてきてる者の方へと意識がいく。 「良かった……良かった……才人さん、本当に、良かった……」 抱きついてきた少女は、泣きながら才人の覚醒を喜び、その胸の中で、彼の暖かさを感じていた。 「ごめん……心配掛けた……」 泣いている少女を安心させる為に、才人も確りとその細い身体を抱きしめる。 二人がお互いの体温を感じている中、ルイズだけが不機嫌そうにその光景を眺めていた。 「ちょっと」 一分か二分か、まぁ、ともかく時間が暫く経過すると、ルイズは、とうとう我慢しきれずに声を掛けた。 その声に、才人は、うわわわわぁ、とあからさまにうろたえて、シエスタは、と言うと、なんだか物凄い目でルイズを見てきた。 その目は明らかに、空気を読んでくださいと言っていたが、あえて無視する。 「あんた!」 「はい、なんでしょうか!」 ルイズの怒声に、才人は、これは逆らうとマズいなと感じて、思わず敬語で返答する。 と言うか、さっきから予感が訴えてくる。 これから、この少女に扱き使われると言う、あまりにも叶って欲しくない予感が…… 「あんたを、これから私専属の使用人に任命するわ。 この私の世話が出来るのよ、ありがたく思いなさいよ」 「なっ! どっ、どういう事ですか!?」 桃色の少女の言葉に、シエスタが噛み付いているが、才人は、多分、少女の言った通りになる事を感じていた。 (『覚悟』はあった……『覚悟』はあったけど、正直、泣きてぇよなぁ……) これから起こるであろう苦難の道の『予感』に、才人は溜め息しかでなかった。 アルヴィーズの食堂での豪勢な昼食を前にして、キュルケは昨日と今朝のルイズの様子を思い出してブルーになっていた。 そんなキュルケの隣には、目の前の料理をパクパクモグモグハグハグと次々に胃袋へと収める暴食魔人が座っている。 「ねぇ……タバサ」 そんな暴飲暴食娘に、キュルケは声を掛ける。 何時もの彼女らしくなく、とても弱々しい声。 「どうして……ルイズは……」 その先は続かなかった。キュルケは、言葉を詰まらせ、テーブルの上に載っていたワインを呷る。 タバサは、ルイズの事を魔法が使えないメイジであり、それを理由に周囲から苛められていたぐらいのことしか知らない。 だから、ルイズの事は『危険』だと認識していた。 虐げられていた者の所へ、虐げていた者達に復讐するだけの力が手に入ったなら、 どんな聖人や天使だろうと、その力を振るう。 何故なら、そういう者達は信じているからだ。 虐げられている自分達の事を助けてくれる何かが、何時か、きっと自分達を救ってくれると。 タバサ自身、そんなものに一片の希望すら持っていないが、心の底ではもしかしてと思っている。 もし、あの使い魔を召喚したのが自分であるならば…… 自分は、何の疑問も抱かずに祖国へと戻り、あの男を―――――― そこまで考え、タバサは首を振るう。 本筋から話が逸れている。 今は、そんなIFを考えている暇では無い。 おくびにも出していなかったが、タバサは昨日からキュルケの護衛をしている。 もしも、自分がルイズであるならば、仇敵の家柄であり、尚且つ、自分に対してからかいの言葉を毎日掛けてきたキュルケを狙いに来るだろうと考えたからだ。 キュルケ自身、あのからかいの言葉にそこまでの意味を見出していなかったが、あの言葉はルイズの自尊心を傷付けるのに、十分な威力を持っていた。 そんな言葉を毎日のように掛けていたのだ。殺意を抱かれる恐れは多いにある。 と言うか、今朝の言葉からして、ルイズがキュルケに対して殺る気満々なのは、疑う余地も無かった。 「そういえば……今朝から、モンモラシーを見ていないわね……タバサ、知ってる?」 話題を変えよう、別の娘の話を振ってきたが、振ってから、 キュルケはモンモラシーがギーシュの恋人である事を思い出した。 恋人が突然、メイジでは無くなったのだ。 かなりショッキングな出来事だったのだろう。 「ちょっと、様子でも見に行こうかしらね……」 心配そうに立ち上がるキュルケの手を掴み、そのまま椅子へ座らせる。 困ったような顔をしているキュルケに、皿一杯に盛られた料理を差し出す。 「今は、良いわよ。食べる気分じゃないから」 「そう言って、昨日の夜から何も食べていない。 おまけに目の下にクマも出来ている」 その言葉に、慌てて手鏡を取り出して目の下を確かめるキュルケにタバサは、ゆっくりと声を掛ける。 「大丈夫、彼女の様子は私が見に行く。 だから、貴方は食事をして、部屋で休むべき」 「別に大丈夫よ。 今はダイエット中だし、それにこのクマも、大したことじゃあ無いわ。だから―――」 「―――お願い」 休むように懇願するタバサの姿に、キュルケは溜め息を吐いて、わかったわ、と呟いた。 それに満足したタバサは、モンモラシーの様子を見に行く為に食堂を後にする。 勿論、自分の代わりの護衛を用意するのも忘れない。 タバサが居なくなった後の食堂では、変なテンションの青髪メイドが、キュルケの口に無理矢理食事を運ぶと言う珍妙な光景が見られたとか。 「あの……シエスタ」 「………………」 「その、怒ってるのは分かるよ、けどさ……」 「………………」 「話ぐらいは聞いてくれても良いんじゃないのかなぁと、ぼかぁ思うんですけど……」 「………………」 現在の時刻は夕刻。 朱色の空と二つの月が合わさって、絶景を作り上げていたが、そんな事を気にしている暇では無かった。 私……怒ってます。物凄く怒っています。 そんな、怒ってますオーラを身に纏って才人の事を無視するシエスタに、正直、才人はビビッていた。 ルイズが宣言した使用人になれ、と言う発言に、猛然と噛み付いたシエスタだったが、他ならぬ才人自身が、別に構わない、と言ってしまったので、どうにもならなくなってしまったのだ。 そんな訳で、晴れて才人はルイズの使用人となってしまった訳であるが、それも明日からの話だ。 別に才人としては今日からでも良かったのだが、幾ら秘薬で治療したと言っても、怪我をしてから一日しか経っていない。 万が一と言う事もあるので、シエスタの提案で今日も医務室で夜を過ごす事となったのである。 しかし―――――― 「おーい、シエスタ。あの、マジでそろそろ限界なんだけど、あの降りていいかな?」 昨日の昼から気絶していた才人は、当然の如く尿意を催しており、 その排泄をしようとベッドから立ち上がろうとすると、シエスタが無言で止めてくる。 その目は、怪我人ですからベッドから立つなんてとんでもございません、と告げていたが、 はっきり言って、シエスタのお仕置きであるのは疑うまで無い。 使用人のピンチだと言うのに、姿の見えないルイズは、昼頃までここで話し込んでから姿を消している。 と言う事で、現在、医務室には才人とシエスタしかおらず、シエスタに完全にビビッている才人にとっては動くに動けない状況なのだ。 「あの~、シエスタさん。本当、本当、ちょっと、トイレに行くだけですから、勘弁してください、お願いします」 涙目で訴えてくる才人に、シエスタも限界であることをようやく悟り、無言だった口から、 久方ぶりに、仕方ありませんね、と発音が聞こえる。 やった! と叫びのをグッと堪えた才人が、ベッドから降りようとすると、シエスタが手で静止してくる。 あれ、許可してくれたんじゃないの? 「はい……才人さんは怪我人ですから、怪我人の方のトイレは“コレ”ですよね?」 シエスタの手に微妙に黄色い尿瓶が握られているのを見た才人は――――――泣いた。 同時刻 静寂が支配する部屋の中で、赤色の明りに照らされたキュルケは俯いてベッドに座っていた。 夕焼けの赤と地の赤で、彩色された髪で隠れた顔には、 普段の彼女ならば絶対にするはずの無い愁いの表情を張り付かせている。 「……ルイズ……」 何処か、遠くへと行ってしまった友人の名を呼ぶように、意地っ張りで素直では無い桃色の少女の名を呼ぶ。 返答など期待していない。 喪失感を紛らわす為だけに発した、その言葉に――― 「なぁに……キュルケ?」 ―――反応したのは、血の様に赤い空と二つの月を背にする漆黒のローブを羽織る少女であった。 氷柱を背中に突っ込まれたような気分だ。 自分一人だけしか存在していなかった部屋に、物音一つ立てずに、この少女は現れた。 息が……苦しい。 ルイズの放つ威圧感に、キュルケは呼吸すら忘れてしまっていた。 「ねぇ……何か用なの? せっかく、私が足を運んできたのだから、面白い話題なんでしょうねぇ?」 ケラケラと童女のように笑うルイズは、なんというか、言い知れぬ不気味さと人を惹きつける魅力を身に纏っている。 ―――違う こいつは、こんなのはルイズじゃあない。 自分の知っているルイズは、あんな化け物みたいな笑い方はしないっ! 「貴方……誰? どうして、ルイズの姿をしているの!?」 敵意を込めた視線に、ルイズは、フンッ、と鼻を鳴らし、右手を掲げる。 瞬間、ホワイトスネイクが背後からキュルケの頭を一文字に薙ぎ払い、DISCを奪い取った。 込み上げる喪失感に泣きそうになるのを我慢しながら、キュルケはルイズを睨むのを止めない。 その様子に、使い魔から渡されたDISCを頭に差し込んだルイズは口を開く。 「一体、何を言っているのか、さっぱり分からないけど、私は私よ。 他の誰でも、他の何者でも無いわ」 淀みなく答えるその言葉に、キュルケは首を振る、違う、と 「私の知っているルイズは、我慢が出来なくて、すぐになんでも癇癪を起こすけど、それでもこんな事をする娘じゃあ無かった! 他人から力を奪うような娘じゃあ、絶対に無かったわ!!」 我慢していたはずの涙が流れているのを、キュルケは気が付かなかった。 18年間共に歩んできた才能を奪われたのだ。無理も無い。 しかし、今、ここでその悲しみに泣き崩れていたら、もっと大切なモノを失ってしまう。 「ねぇ……ルイズ、もう止めましょう。 奪った才能を返して、また何時ものように一緒に学びましょう? そうして、他人から奪った才能なんかじゃあ無くて、貴方自身の才能を育てて行けば良いじゃない……」 「………………」 「こんな事をしたって根本的な解決にはならないわ。 ねぇ、お願いよ、ルイズ。何時もの優しい貴方に戻って。 努力家で、意地っ張りで、誇り高い貴方に―――」 「五月蝿い! 五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい ウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイ!!!!」 髪を振り回し、取り乱したように叫ぶルイズに、キュルケは近づこうとするが、動いた瞬間、ホワイトスネイクに床に叩きつけられた。 「がはっ―――!」 肺の中から追い出された空気が、口から漏れる音を自身で聞いたキュルケは、それでもルイズに言葉を掛け続ける。 今なら、先程のような余裕を持っていない今ならば、自分の言葉もルイズに届くはずだ。 いや、届かせなければならない。 「こんな……こんな力に振り回されるのは貴方じゃあ無い! 今の貴方は、この使い魔の力に酔っているだけ! お願い! 正気に戻って! ルイズ!!!」 最後の言葉を吐き出したと同時に、キュルケの口から血が噴出す。 上から踏みつけてくるホワイトスネイクに、何処か、生きるのに重要な器官が潰されたのかも知れないが、それでも止める訳にはいかない。 大切な、友達を助ける為に…… 「ルイズ……」 「うるさいって言ってるでしょ! 戻れですって!? あの魔法を使えず、侮辱され続け、屈辱を投げつけられていたアレに!? 冗談じゃない! 私は戻らない! あんな! あんな! 最低の場所に戻るなんて絶対イヤ! 酔っているだけ? 違う! 私は『使いこなしている』だけ! この力で、貴方達を、私を『ゼロ』と馬鹿にした連中全てを、私は―――!!」 感情のままに吐露するルイズの言葉を、キュルケは遮ろうとするが、それはまったく別の形で中断された。 窓側の壁全てが、一瞬にして破壊されたのだ。 見晴らしの良くなった部屋の中で、乱れた髪を気にも留めずに、ルイズは壁を壊した闖入者へと目を向ける。 蒼い髪に眼鏡を掛けたその少女は、ウィンドドラゴンの幼体の上に立ち、 その身体に似合わぬ大きな杖を、迷い無くルイズへと向けていた。 「二度目よ……貴方が、私の邪魔をするのは……」 ポキリと散らばった廃材を踏みつけ、ルイズはドラゴンへと一歩踏み出す。 キュルケを踏みつけていたはずのホワイトスネイクも、その後に続いていく。 「貴方……『覚悟』はしているのでしょうねぇ 人の邪魔をするって事は、排除されるかも知れないって言う『覚悟』を」 淡々と語るルイズに、タバサは僅かに口を開く。 「昼間……モンモラシーとギーシュに会った……」 「何を言っているの?」 ルイズは、疑問符を頭の上に浮かべていた。 何故、ここでギーシュの話題なのか。 この眼鏡の娘は、ギーシュと何か親密な中で、その為、邪魔をしているとでも良いたいのだろうか? そんなルイズの困惑を余所にタバサは言葉を続けた。 「彼は……壊れていた。心も、記憶も……何もかも」 それは、無感動な彼女にしては珍しく、誰が聞いても怒っていると分かる、静かな怒声であった。 それが異常な事だと分かったのは、倒れているキュルケだけで、普段のタバサを知らないルイズは、ただ、壊れたの、と詰まらなそうに呟く。 「情けないわね……私は、16年間、魔法を使えない事に耐えてきたのに。 一晩も耐えられないなんて……貧弱ね」 蔑むような声色を発した、その『敵』へ、タバサは呪文を紡ぐ。 ウィンディ・アイシクル タバサの最も得意とする、トライアングルスペルの一つだ。 「へぇ……」 感心したようなルイズの声に、タバサによって作り上げられた氷の矢が、一斉に襲い掛かる―――が 「ウオシャアアアアアアアアアア!!」 ホワイトスネイクの烈火の如き叫び共に繰り出された拳で、全て叩き落された。 「―――ッ!」 あの使い魔が有能な事は、能力から見て推測出来たが、まさかここまでとはタバサも思っていなかった。 しかも、氷の矢を真正面から叩き壊したと言うのに、ホワイトスネイクの両手には傷一つ存在していない。 辛い、戦いになる。 シルフィードの背中の上で、次なる呪文を紡ぐタバサは、これまでの戦いの中で最も困難な事になるであろう事を感じていた。 一方、ルイズも内心は焦りを持っていた。 ホワイトスネイクは有能だ。 本体の性能も言わずもがな、その能力は、使い方さえ考えれば、最強の盾にもなり、矛にもなる。 が、射程距離の内部であるのならばの話だ。 ルイズにとっての一番の問題は、どうやって空を飛ぶ敵に近づくのか、だ。 今奪ったばかりの魔法で叩き落すと言う選択肢もあるが、今の一撃から、魔法の技量は、今まで奪った二枚のDISCの中に記憶されているモノよりも、遥かに上であることが理解できる。 そんな相手に、地面から相手よりも下手な魔法を撃った所で、通用するはずも無い。 長期戦になれば、人が来る。 否、もうすでに壁の破壊音に気が付いて、宿直の教師が近づいてきているかも知れない。 となると、ここは出し惜しみ無しで、ホワイトスネイクを至近距離まで近づかせ、短期決戦で勝負をつける。 奪ったDISCの中で使えそうな呪文を全て引っ張り出しながら、ルイズは、敵意を剥き出しにして、タバサを睨みつけた。 そんな二人が激突するのを見ている事しか出来ないキュルケは、満足に呼吸が出来なくなった身体で、静かに立ち上がった。 もうすでに戦いの場は、キュルケの部屋から移り変わり、二つの月が浮かぶ空が、戦闘の場となっている。 「何故……」 どうして二人が戦わなければならないのか。 どうして私は、二人を止める事が出来ないのか。 キュルケは悔しくて堪らなかった。 そんな彼女の足元に、きゅるきゅると鳴きながら、今まで部屋の隅で震えていたフレイムが擦り寄ってくる。 口元を紅く染める主人を心配するようなフレイムに、キュルケは大丈夫と告げると、動くだけで激痛を訴える身体に鞭を打ち、二人の後を追っていった。 第3.5話 戻る 第五話
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1886.html
夜風が頬を撫でる。 うっすらと漂っていたもやは晴れて、今は蒼の月だけが夜空にかかっていた。 シエスタは今、だだっ広いバルコニーの隅に立っていた。 元々は野外舞踏会用に作られた設備であり、最上階部分を利用して作られたそこはほぼ、敷地面積の半分に匹敵する。 その真ん中を蠢く影がいる。 豪奢な衣装に身を包んだソレは、名をジュール・ド・モットと言った。 仲間の貴族連中に接するときは、緩慢な微笑を浮かべる面長な容貌は、今は憤怒に歪んでいる。 屋敷の中を出口を求めて彷徨っているうちに、偶然遭遇した彼女はここまで追い立てられてしまった。 どうやら、一連の騒動の原因をシエスタであると間違って認識したらしい。今も、そのことを彼女に問い詰めている最中だった。 「お前が、お前が来た傍からおかしくなった!妙な賊に襲われるわ、傭兵どもは逃げるわ、メイドどもは全員姿は消すわ……貴様、一体何者だ?何のためにこんなことをした?」 ソレに対して、シエスタは無言で首を左右に振るばかりである。貴族に対する恐怖が、完全に彼女から言葉を奪っていた。 だが、相手はそうとは取らなかったようである。顔を一層の憤怒に染めて、シエスタに詰め寄った。 「貴様!貴様が犯人だろうが!白ばっくれるな!」 そうして、何かを決意したようにモット伯は杖を掲げた。 「まあ良い!もういい!初物だからどうかと思ったが、貴様は今この場で命を奪ってやる。君子危うきに近寄らずというからな。不安材料は消すのが一番だ」 元になった故事の意味合いを完全に曲解したことを言って、モット伯は呪文を詠唱した。 「ウォータープレス!」 深海の水圧で相手を包み込む魔法である。この技をかけられた相手は、元の姿を留めぬまで一瞬で破壊されてしまう。文字通りシエスタは肉塊と化すはずであった。だが―。 「させません!」 炎の独楽が飛び、モット伯の作り出した水塊を弾き飛ばした。もうもうと立ち込める水蒸気の渦。その中を赤毛の人物が駆け抜け、シエスタの元に辿り着いた。 「大丈夫?なーんにもサレなかった?」 「ツェルプトー様!」 見覚えのあるトリステイン魔法学院の制服に身を包んだ美女が、激しく音を立てそうな勢いでウインクした。 「どうして、ここに?」 「やーね。助けに来たのよ。ヴァリエールやコウガも一緒よ。ねね?ほんとーにナンにもされなかった?指とか、先っちょとか、舌とか……入れられなかった?」 「ナンにもされてません!本当に、もうっ!」 なにやら目を輝かせながら尋ねるキュルケに、顔をまっ赤に染めてシエスタは反論した。 「あの、それでさっきはありがとうございます。間一髪のところ、助けていただいて」 妙な猥談を振ったのは、恐怖に怯えていた自分を正気を取り戻させるためだったとシエスタは後で気付いた。兎に角、気を取り直した彼女はキュルケに頭を下げた。先ほどのモット伯の水の魔法を打ち破ったのは、火のメイジであるキュルケだと思ったのだ。 それに対して、赤毛の美人は掌を振ってシエスタの言葉を否定した。 「あは!違うわよ。私はなーんにもしてない。シテくれたのは、彼女」 「え!?」 キュルケの指差した方向を見たシエスタは、驚きに声を失った。 「シャチー、さん?」 やっと、それだけを口にするとモット伯と対峙していたメイド姿の女性はにっこりと微笑んだ。 既に、先ほどの水の魔法と炎の魔法のぶつかり合いで生まれた水蒸気は消えつつあった。そのために、シャチーと呼ばれたヒトの異常は、シエスタにもはっきりと分かった。 「人間じゃあ、ない」 今や、シャチーはほぼ人間の姿を捨てていた。上体が裏返り、融合した少女たちの顔がしっかり浮彫になっている。後頭部と側頭部には融合したメイジの顔があった。左右反転した腕は肘の先から消えて、足元の渦からたくさんの腕の華が咲いていた。 「貴様は」 モット伯は「むう」と眼を細めた。 「私たちに、見覚えが「知っている」ないでしょ……知っているの?」 モット伯の意外な言葉に、シャチーは困惑をあらわにした。 「知っているとも、気づいているとも」 腕組をし、大仰にうなづくモット伯。 「そこの女」 そう言って、モット伯はシャチーの胸の、左の端の少女の顔を指さした。 「私の領土の出身だ。確か、結婚式の最中だったのを無理矢理連れていったのだったな。花婿や親族の絶望に染まった顔は、今でも覚えているとも。そして次」 そうして今度は、右上の少女の顔を指差し。 「お前は、トリスタニアの商家の娘だったはずだ。主人に恨みを持った乳母にここ迄連れられてきた。確か乳母は、五千エキューでお前を売ったはずだ。妻を亡くした父親は、ずい分お前を溺愛していたらしいな。破瓜の血でまみれたお前の衣装を屋敷に届けてやったら、次の日に首を吊ったそうだ」 その以外にも……。様々な、様々な犠牲者の事をモット伯は語り続けた。その顔は己の為した事に悦に入り、完全に陶酔し切っている。 その間じゅう、モット伯の話を聞いたシャチーの胸の辺りから嘆きの声が漏れ出ていた。 「最後にお前」 モット伯はシャチーの胸のレリーフの一番上に刻まれた幼女の顔を指視した。 「どこぞの村からかどわかされたのを、この私が買ってやったのだ。ありがたく思え。幼い割りに身体の発育だけは良かったな。この屋敷に来る他の者にも抱かせて、すぐ孕みおった。仕方がないので使い物にならなくなったお前を、有効利用させて貰った」 そして「クク」と喉を鳴らして哂って。 「お前の胎にいたのは、男と女の双子だった。男のほうはすぐ殺したが、女の方はゲイティ伯の子息が興味があるとかでなにやらやっていたな。最後に見ると、赤子の下腹に大きな穴が開いていたようだ」 そうしてモット伯は、シャチーの顔を嘲るように見つめた。 「下らん!下らんなあ!何かと思えば貴様ら、この私に恨みつらみがあるとかで彷徨い出てきたのか?もう一度殺してやろう!今度は塵一つ残らぬようにな!」 大きく杖をうち振るうと、モット伯の周囲に何条もの太い水の柱がのたうった。まるで巨大な蛇を何匹も従えるように、モット伯は水の柱の中にその身体を置く。 「我が二つ名は『波涛』!文字通り波の一打ちで木っ葉微塵にしてくれよう!」 「あああああああああああああああああああっっっ!」 恐怖からか、怒りからか、顔を蒼白に変えたシャチーが叫び声を上げながら風と炎を操った。足元の黒き渦がモット伯の元へ飛び、無数の女の腕で捕らえようと伸びる。 「馬鹿者がぁっ!その程度の力で!」 水の柱の一本がのたくり、迫り来る腕をなぎ倒した。さらにもう一本が炎の独楽を撃ち落し、もう一本が扇状に広がり風の刃を防ぐ。残り数本が鎌首をもたげ、はるか高みから大瀑布となってシャチーに降り注いだ。 水の圧力に負け、シャチーの身体が吹き飛んでゆく。 「それで、お終いか?」 再びモット伯の声がして、伏せていた顔を上げたキュルケとシエスタは息を呑んだ。 「シャチーさん!」 見れば、ぐったりとなったシャチーが水の柱に五体を束縛されて、宙吊りになっていた。 モット伯はその前までやってきて、皮肉そうに口を歪める。 「化け物にまで身を落として、手に入れた力がその程度か?とんだ見込み違いだな。下らん」 宙吊りにされたシャチーは、弱々しく目を開いた。 そして、目の前のモット伯ではなく、バルコニーの隅に抱き合う二人の少女に弱々しげに微笑みかける。 「逃げなさい」 「え?」 「逃げなさい……私は、“これ以上抑え切れない”から」 シャチーが、胸のレリーフの少女たちが小さくうめき声を上げる。同時に、周囲に禍々しい瘴気のようなものが噴き上がった。 「これって、まさか」 これまで、二度遭遇した事のある異様な雰囲気にキュルケは反応した。なにやら思い当たる事があるというように、しきりとうなづく。 「そう……そういうことだったのね」 「なんだ?何が起きるというのだ?」 突然起こったシャチーの変化に、戸惑いを隠せないモット伯。二人から逃れるように、キュルケはシエスタをバルコニーの出入り口方向へと誘導していった。 「どうして、逃げるんです?」 キュルケの行動の意味をはかりかねて、シエスタは疑問の声を上げた。 「シャチーさんを、助けないんですか?」 「あの女(ひと)は、私たちに逃げるよう言った……これはつまり、今からとんでもない事が起きるってことよ」 「でも!」 「気がつかなかった?あのシャチーってのが、全然ホラーらしくなかったって事。実際今まで、ほんとはホラーじゃあなかったのよ。何かで堪えていた。それが今、ヤバくなってきてるの!」 シャチー……おそらくそれは、モット伯の下で不幸になった少女達の意識の集合体なのだろう。そして、大勢の人間の魂が一つにまとまることで、本来ホラーに侵食されるべき心を守っていたのだ。 だが今、シャチーがモット伯に倒されたことで、意識の集合体が力を失ってしまった。そのため、再びホラーが身体の主導権を握ろうとしているのだ。 今、シャチーはホラー ラゴラへと変わろうとしていた。 石が砕けるような乾いた音と共に、シャチーのまっ白だった肌が乾き、黒く染まっていった。胸のレリーフの少女の顔が、見る見る風化して髑髏となる。癒合した二体のメイジの容貌が乾き、ミイラを思わせるソレへ変わった。 漆黒の渦から伸びた女性の腕が、灰色の節くれだった異形のものへと変化する。 その腕が、目の前の変化にとまどうモット伯を捉まえた。杖を奪い取り、そのままじりじりとシャチーの眼前まで引き寄せてゆく。 「馬鹿な!やめろ!」 ただ一つ残った、落ち着いた印象の美女の顔がニタリと笑う。次の瞬間、枯葉を砕くような音を立ててシャチーの顔から皮が剥がれていった。その下にあったのは、豚と髑髏を混ぜたような容貌である。顎がガクン!と外れ、人一人分がすっぽり収まる空間が姿を現した。 「うわああああっ!」 迫り来る巨大な顎(あぎと)に、モット伯は絶叫した。 キュルケ達が見ている前で、モット伯は頭から飲み込まれていった。顎が上下するたびに、噛み締める音が聞こえて、手足が小刻みに揺れる。 やがて、ホラーの口からはみ出した手足が力なく垂れた。もはやモット伯が生きていないことは明白である。残った下半身もほどなくしてラゴラの中に消えていった。 「あれは…」 これまで、何もなかったラゴラの右側頭部に新たなデスマスクが浮かび上がった。それはモット伯にとても良く似ていた。 ホラー ラゴラはゆっくりと辺りを見回した。そうして、逃げる途中だったシエスタとキュルケ、二人の少女を見つけ出した。 「やれやれ」 キュルケは額に脂汗をにじませながら呟いた。 「今度は水と風と火の三種混合魔法ってわけ?これはちょっとやばいわねえ」 三体のデスマスクが呪文を詠唱し始めた。空中を浮かぶ腕のうち、三本がメイジの杖を握っている。ゆっくりと杖が掲げられ、振り下ろされようとしたその時。 「あんた、何してるのよ!」 水と、雷撃と、未知の爆発魔法がラゴラを襲い、呪文の完成を妨げた。 『やれやれ。どうやら間に合ったようだな』 《ザルバ》の安堵の声と共に、鋼牙はキュルケたちとラゴラの間に立った。 『気をつけろ。鋼牙。ラゴラは“千手を持つモノ”だ。兎に角手数は多いぞ。それにどうやら、メイジを三人も取り込んでいるらしい。魔法を使われたらコトだ』 「分かっている。狙うのは、本体だけだ」 魔戒剣を鞘から抜き、鋼牙はホラー目がけて身構えた。左腕を突き出し、刀身を《ザルバ》をはめた中指に添って滑らせる。夜の空にかすかな金属音が響き、それが途切れるや否や魔戒騎士はホラーに討って出た。 鋼牙とホラーの戦いを、五人の少女は見守っていた。 その内の一人、シエスタはラゴラをみつめ、ブツブツと呟いている。 「……やっぱり……真実を……もう一度ホラーを拒めば……きっかけ……」 やがて顔を上げた彼女は、傍らに立つキュルケの袖を引いた。 「ん?あによ?ちょーどいいとこなのに」 「お願いがあるんです」 だが、シエスタは不満げなキュルケにかまう事無く、言葉を続けた。 「どうか私を、ある場所に連れて行ってください!あのヒトを―」 鋼牙と戦うホラー、正確にはその中に居るはずのシャチーを見つめてシエスタは言った。 「私は、あの人を助けたいんです!」 ラゴラとの戦いは、対ホラーと言うよりもむしろ対メイジ戦の様相を呈していた。 それはラゴラが融合補食した、三人のメイジの力によるものだった。騎士による対メイジ戦の実体は、相手に攻撃の隙を与えず、いかに素早く自分の攻撃を叩き込むのかに終始している。だが、この場合相手をするメイジの数が実質三人である事が、戦うことを困難にしていた。 「はっ!」 気合と共に、鋼牙は振りかぶった剣を車輪の如く回転しながら連続して叩き付けた。 魔戒騎士に向かっていった腕の群が弾かれ、次々と地面に叩き落されていった。回転は連続して続き、ホラーへと迫ってゆく。 二回、三回、四回。 もはやホラーの姿は目前だ。軸足に力を込め、一気に距離を詰めようと鋼牙は跳躍した。 「エア・ハンマー」 圧縮された空気の塊による横なぎの一閃。 ホラーの眼前まで近づいた鋼牙の身体は吹き飛ばされた。バルコニーの端まで転がり、欄干の部分をへし折りながらようやく停止する。 ようやく身を起こした鋼牙は、今起きた現象をいぶかしんだ。 「呪文の詠唱が早過ぎる。どういうことだ?」 少なくとも今の攻撃は、通常の魔法攻撃では間に合わないくらいの速攻だったはずだ。ましてエア・ハンマーの呪文ならば、三分の一程度唱え終えてようやくと言った状態だろう。これでは、まるで呪文詠唱の時間が三分の一になったような印象だった。 『なるほど、そういうことか』 左中指の《ザルバ》が納得した、と顎を鳴らした。 『その通りだ鋼牙。奴は三つの頭に呪文を三つに分けて詠唱させているんだ。これならば詠唱時間は三分の一で済む』 「ならばこちらも、通常の三倍の速度で攻撃を仕掛ければ良いのか?」 『まあ、理論上はな。だが、厳しいぞ』 再びホラーと向き合う鋼牙。確かに三つの顔がそれぞれ口を動かしている。長い呪文の詠唱も、これならば短い時間で済むだろう。しかも自由に飛びまわる腕が、容易に鋼牙を近づけさせない。 「あれは?」 ラゴラを取り巻くように浮いている腕のうち、三本が他と異なる動きを見せていた。まるで呪文の詠唱に同調するかのように、掲げ持った杖の先が上下に揺れている。 それを見て、鋼牙にもう一つの考えが浮かんだ。 「ならば腕だ。杖を持った腕を叩き落す」 『なるほど、その方がマシだろうな』 魔戒剣を構え、鋼牙は狙いを定めた。遣い手の精神の高ぶりに伴い、左掌のルーンが輝きを増してゆく。不規則な軌道を描くラゴラの腕が、ほんの一瞬だけ至近距離に並ぶ時を待ち構えて。 「今だ!」 感覚疾走! 一陣の風となって鋼牙はバルコニーの端から端まで駆け抜けた。 通常の人間の認識では把握できない時の流れに、今の鋼牙は存在した。 ルーンを発動させた彼には、全てのものが停止して見える。 実際の時間が停止したわけではない。鋼牙の神経の伝達速度が異常に高速化し、認識そのものが加速しているのだ。 肉体そのものの強化ではないが、加速化した神経が筋肉を通常限界を超えて駆使するため、相対的に全体が加速することになる。むしろ、自分自身の動きさえ今の鋼牙にはもどかしいくらい遅く感じられるのだが。 浮遊する腕を掻い潜り、目指す目標は三つ。 「一!」 まず、ラゴラの右斜め前方にある、杖を持った腕の一つを叩き落す。 「二!」 切り下げたきっ先を跳ね上げ、逆袈裟に斬り飛ばす。 「三!」 最後に残る一本の杖を持つ腕に飛び掛ったところで、相手の呪文が完成した。 「ライトニング・クラウド」 青白い電光が走り、空中の鋼牙を捕らえる。眩い輝きが魔戒騎士を包み込み、吹き飛ばした。金気臭いオゾン臭が立ち込め、砕けた石畳が辺りに舞い散る。 「く!」 守護の力を持つコートのおかげだろうか?どうやら、全身黒焦げの状態は免れたらしい。だが、身体全体がほぼ麻痺している。疾走した神経自体のダメージも大きいのだろう。もはや、立っているのもやっとの状態だった。 『ヤバイな。どうやら魔法の行使そのものは、杖一本で足りるらしい』 見れば、ラゴラは再度呪文の詠唱を始めていた。杖一本では、三人同時の呪文詠唱はできないらしく、ずい分と時間がかかっている。どうやら水系統の魔法らしく、ホラーの周囲に次第に巨大な水球ができつつあった。 .だが、一旦できた水球をラゴラはぶつける事無く、再度呪文を唱え始めた。やがて、その成果が水球の隣に産まれる。 『炎か?』 水と炎、二つの巨大な塊をラゴラは頭上に掲げ、鋼牙の方を向いた。 「奴め、水蒸気爆発を狙うつもりか」 相手の意図を察し、何とか動こうとする鋼牙。その背後に、水と炎、二つのボールが迫る。その、次の瞬間! 「アタシの鋼牙(遣い魔)に、ナニしようとしてるのよ!」 元気の良い声が弾け、同時に桃色の髪の少女が鋼牙と水球の間に立った。少女はためらう事無く二つの球体の間を杖で指し示し、「フライ!」の呪文を唱える。 水と炎、二つの球体の間で純粋なエネルギーが弾けた。二つの球体はぶつかる事無く、あらぬ方向へ向かう。水球は魔戒騎士の方へ、炎球はホラーの方へ一直線へ飛んでいった。。 「ルイズ!方向を考えろ!」 『まさに大洪水並みだな』 「うわっ!ちょっとタンマ!なんでこーなるのよっ!」 結果、鋼牙とルイズは弾けた水球から生まれた大量の水に押し流されてしまった。 そのままバルコニーの外へと放り出され、二人ははるか下方へと落ちてゆく。 「うっきゃああああっ!」 ルイズは、なにやらすっ頓狂な叫び声を上げて落ちていった。 ぐんぐんと地面が迫ってくる。 鋼牙は建物の壁を蹴ると、ルイズの方へ己を加速させた。掌を伸ばし、自分の腕の中に少女を抱きかかえる。自らがクッションとなることで、ルイズへの落下のダメージを減らそうとしたのだ。だが―。 「レピテーション」 淡々と呪文が響き、鋼牙の落下速度は急に遅くなった。 相対的な落下速度がほぼゼロの状態で、二人は地表に降り立った。 目の前には、自分より大きな杖を掲げた少女が居る。助けて貰ったことに対し、鋼牙は素直に感謝の意を伝えた。 「すまない」 「当然の事。仲間、だから」 蒼髪の少女 タバサは照れ隠しをするようにそっぽを向いた。そして「ついてきて欲しい」と、鋼牙の先に立って歩き始めた。 一方。 ホラー ラゴラは、炎球の炎をもろに浴びて吹き飛ばされた。壁を突き破り、屋内にめり込む。バルコニーを中心として、建物自体にも大きく陥没が生じ、全体が傾いていった。石造りの建造物全体にひびが走り、次々に倒壊してゆく。 建物の中にめり込んだホラーは、ようやく身を起こした。 周囲には瓦礫の山のみが残っている。幾多の悲劇を生んだモット伯の邸宅は、一晩のうちに廃墟と化したのだ。 瓦礫をエア・ハンマーとアイシクル・ウインドの魔法で跳ね除けると、ラゴラはかってモット伯の別邸だった跡から這い出た。魔戒騎士の姿を探し、周囲を見回す。 と、森の入り口付近に立っている人影に気がついた。 その特徴的な赤毛の少女は、ホラーに向かって思い切り舌を出して中指を突き上げた。 正確なジェスチャーに意味は分からなかったが、自分が挑発されていることを感じ取り、ホラーは森のほうへと向かう。 キュルケもまた、ニヤリと笑いながら森の奥へと分け入っていった。 どれだけ奥へ入ったのか。 やがて、ホラー ラゴラの前に空き地が広がった。 広大な森の中心を、切り開いて造られた更地だ。 その中に足を踏み入れた瞬間、ラゴラの身体を怖気のようなものが走った。 そんなことがあるはずがなかった。恐怖と憎悪の塊である自分自身が、恐れを感じるものなどこの世界にあるはずがない。 だが、確実に自分の身体には変調が訪れていた。 そのことが確実になったのは、目の前に一人の少女が立っているのを認識してからだ。 その、奇妙に露出度の高いメイド服をまとった少女は、腕に泥まみれの何かを抱えていた。 ゆっくりと、少女は顔を上げる。 黒髪の、清楚な少女だった。 シエスタは自分が汚れるのもかまわず、腕に抱えたものをホラーの前に差し出しながら、足を踏み出した。 なぜだ?なぜ、自分はこんなにも恐れているのだ? ラゴラは自分が感じる、初めての感情にいつの間にか後退していた。 やがて、シエスタが口が開いた。 「シャチー、さん」 その名前を呼ばれた瞬間、さらにラゴラの身体が震える。 やめろ!自分をその名前で呼ぶな! 黒い渦が生まれ、その中から伸びた腕が少女を襲った。だが白いコート姿の魔戒騎士がその前に立ち、腕を全てなぎ払って少女の身を守った。 魔戒騎士の姿が下がり、再び少女が一歩脚を踏み出す。 「シャチーさん、この子の事、覚えていますか?」 シエスタが腕に抱いているのは、幼い少女の亡骸だった。 土にまみれ、泥に汚れ、血と腐臭を漂わせ始めていても、まだ幼い容貌ははっきりと見て分かる。 「あなたの中に、居るヒトです」 シエスタが、また一歩進み出た。ホラーは二歩下がった。 「あなたの中で、悲しいって泣いた子です」 シエスタが、二歩足を踏み出した。ホラーは一歩だけ下がった。 「あなたの胸の中で、ようやく安らぎを得た子です」 シエスタが、三歩足を踏み出した。今度はホラーは後退しなかった。 ただ、ただ嘆き悲しむように己の頭を抱え、天の月に向かって遠吠えした。 朗々と、どこまでも澄んだ月の光を浴びて啼く遠吠えは、いつしか嫋々(じょうじょう)たる女の嘆く声と変わり、それに連れてホラーの姿も変わっていった。 己の頭部に張り付く、三面のメイジを剥ぎ取り。 月の光を浴びて、たおやかな女性の姿を取り戻す。 胸の、浮彫になった少女達の面が涙の雫に濡れ、小さく、低く嗚咽していた。 少女の遺骸を抱き締めて、シエスタは悲しそうに、ただ悲しそうにもとの姿を取り戻したシャチーを見つめた。 全ての少女の不幸を飲み込んだ、紫髪の女はシエスタの腕の中を覗き込み、ひっそりと笑う。 そうして、彼女は口を開いた。 「お願い、します」 それは、幾つもの意味を含んだ懇願。 「はい」 それは、幾つもの意味を含んだ答え。 それに安心したように、シャチーは目を閉じ、魔戒騎士に向かって両腕を広げた。 シエスタの傍らに立った、鋼牙がうなづいて一歩前へ進み出る。 光の輪を描き、黄金の鎧を召喚し、まといて振るう剣はただ一太刀。 虚空の闇を引き裂いて、駆け抜けた剣の軌跡の中に。 穏やかな笑みを浮かべた少女『たち』は光の粉となって消えた。 光に包まれた意識の中、少女は笑っていた。 いつの間にか故郷に帰っていた。 両親が居て、祖父母が健在で、村の人々もみんな笑って自分を出迎えてくれている。 長い間の奉公を終えて帰ってきた彼女を、迎えに来てくれたのだ。 今年の村の収穫は豊作の様で、畑には金色の小麦がゆさゆさ揺れている。 遠くの山々は青く、蒼くけぶり懐かしい香りで彼女を包んでくれた。 ふと、前を見ると村人に押し出されるようにして少年が進み出てきた。 自分が奉公へ出たときより、ほんの少しだけ大人びた少年は、頬を紅く染めながら彼女の名を呼んだ。 自分も少年の名を呼ぼうとした。 思い切り抱きついて、その胸の中に顔を埋めようとした。 その、少年の名前は。 「結局、あのシャチーってヒトは実在しなかったのよねえ」 蒼き月に飲み込まれる光の粉を見送りながら、キュルケは呟いた。 「それはどういうこと?誰かが、ホラーがあの女のヒトを仮の身体として作り出したということかしら?」 モンモランシーが首を傾げながら推論を述べた。 「なら、まず最初にどの少女にホラーが取り憑いてたのかしら?」 『ひょっとしたら、シャチーって子ができたこと自体は、ホラーとは関係ないかもしれないな。シャチーが生まれて、それにラゴラが憑いたのかもしれない』 「えーと、それはつまり幽霊にホラーが取り憑いたってことかしら?《ザルバ》あんたも幽霊って信じてるのね?」 ルイズの口から『幽霊』の言葉が出るたび、タバサの身体がビクリと震えるが誰も気がついていない。 『まあ、いずれにせよホラーは倒して一件落着だ。結果論だがシエスタも帰ってきたし、いいんじゃあないか?』 再び、少女の亡骸を土に返そうとしているシエスタの肩に鋼牙は掌を置いた。 「最後の約束を果すよう、俺も力を貸そう」 まずは帰って、その後オスマンに掛け合い、場合によっては王宮を動かして犠牲者の亡骸を葬り直す。これがシエスタがシャチーに約束した事の一つである。 そして、もう一つ―。 「ま…mAっTくRぇ」 鋼牙たちの背後に、くぐもった声が響く。 振り返れば、一抱えほどの肉塊が三つ。泥土の上を蠢いている。 良く見ればそれは、三人のメイジの顔をしていた。 「TあスKェて」 「Iたィ、イTi、痛I」 「O前tち、わsらWo助」 シャチーが鋼牙に斬られる寸前、自ら切り離した三人のメイジの成れの果てである。 「そー言えば、まだ残ってたわね」 「これも『約束』の一つよねえ」 「天罰」 「待ちなさい!特大の爆発をお見舞いして上げるわ」 キュルケが耐熱金属のリボンを掲げ、モンモランシーが水のドリルをまとう。タバサが身の丈より大きな杖を構え、ルイズが長い呪文を詠唱し始めた。 「俺たち魔戒騎士が斬るのは、ホラーだけだ」 肉塊に向かい、歩み寄りながら鋼牙は魔戒剣を抜き放った。 「そしてここに居るのは、人間じゃあない」 肉塊たちの面に、恐怖と絶望の色が浮かぶ。 それを見下ろし、鋼牙は冷徹に告げた。 「もはやお前たちは、陰我にまみれた醜い獣……ホラーだ」 石造りの塀の間を、鋼牙は歩いていた。 「こちらで間違いなのか?」 『ああ、この方向から気配を感じる。間違いないだろう』 時折、左中指の《ザルバ》に確かめつつ、何処かヘ赴こうとしていた。 既にモット伯別邸の事件から、一週間余りが経っている。 出処不明の通報により、王宮から調査のための近衛師団が派遣されて数日。 邸宅の跡地からは横領や禁制の薬物の取引などの証拠が次々発見された。 それと同時に背後の森の中から、大量の人骨や遺体が発見されてそれも調査に加えられている。そちらの方は今更身元を調べる事は不可能に近く、しばらくして共同墓地に葬られるらしい。ただし比較的最近殺されたらしい幼女の遺体が一体。こちらの方は調査目的で固定化の魔法がかけられ、程なくして身元が判明した。ラ・ロシェール近郊のとある村から誘拐されたらしい。 シエスタは学院に戻ったが―今更元の部署に戻るわけにもいかず―ルイズが一つの提案をした。 「自分の遣い魔が役に立たないからね。身の回りの世話をしてくれる人が必要になったわけよ。プラス遣い魔本人の世話も必要。という事でシエスタ、あなたにはアタシ付きのメイドになってもらうわよ」 元々公爵位の三女の立場である。学院の中でも召使を持つことは可能だった。だが、それをあえて用いない事がルイズの矜持だったし、意地でもあったわけだ。 しかしながら今は状況が変化してきている。ルイズの隣室には鋼牙が居り、その管理も必要だと考えた。ましてやキュルケ、モンモランシー、タバサ等難しい面々が隣近所に引っ越してきたのだ。そういうのをまとめて面倒する人間が必要となったわけだ。 シエスタ本人はその提案を喜んで受け入れた。鋼牙の部屋に清掃に入るとき、少し不穏な気がするが大丈夫だろう。うん、きっと―。 そうして、全てが一段落ついたこの日。鋼牙はトリステイン魔法学院の一画に来ていた。 周りは三方が塀に覆われ、完全な一方通行の道筋である。 『鋼牙。ここだ。ここに間違いない』 《ザルバ》がとある壁の一角を鋼牙に示した。 鋼牙は周囲を見回し、誰も居ない事を確認すると、壁の面に腕をついてそのまま前進した。 鋼牙以外には見えない、漆黒の空間が口を開ける。 「なるほどな」 鋼牙はうなづき、闇の中に足を踏み出した。 はるか後方の塀の角から、鋼牙のその様子を探る四人の影が居た。 彼女たちは、鋼牙が何もないはずの塀の中に姿を消したのを見て、大騒ぎを始めた。 「嘘!ダーリン消えちゃったわよ!?」 「超常現象」 「単純に、隠し扉とかじゃないの?まあ、コウガだったらなんでもありな気がするけど」 口々に言い合うキュルケ、タバサ、モンモランシーを見て、だがルイズは訝しげに首を傾げた。 「みんな、何を言ってるの?出入り口がちゃんとあるじゃない。鋼牙はあの中に入っていったんでしょう?」 「え、えーと」 素で真面目そうなルイズの言葉を聞いて、キュルケが額に汗を浮かべた。 ルイズの額に手を当て、自分の体温と比べて。 「大丈夫。熱はないわね」 「あによ!馬鹿にしてるの?ツェルプストー」 「いや、本当に見えてるの?私たちには何にも見えないんだけど」 睨み合う二人の間に立ち、モンモランシーがとりなそうとする。そんな三人にため息を付きながら、タバサが告げた。 「黒の指令書と同じ」 「え?」 「ああ、あの時もルイズだけ読めたのよねえ」 「つまり、ルイズには鋼牙に関する事が分かる能力があると?遣い魔と主のリンクみたいなものかしら?」 無理矢理そのように納得し、モンモランシーはルイズのほうを見た。 「ルイズ・ヴァリエール?」 「なに?」 「貴女には、あの壁に開いた穴が見えてるわけだ」 「ええ!アタシだけ!にねー」 自分だけには見える、そのことを強調するルイズの肩に両腕を置き、実にいい笑顔でモンモランシーは告げた。 「じゃあ、案内はお願いね」 見通せぬ闇に四方を包まれた空間に、鋼牙は立っていた。 目の前には、裁判官の席のような高い壇が設けられており、白い衣をまとった人物が着いていた。 「まさか、貴様が番犬所の神官だったとはな」 「その話は後にしよう。今は剣の浄化が先じゃ」 その人物は、鋼牙に身振りで指し示した。 指差した方向には、狼の頭部を模した彫像がある。 「分かった」 鋼牙はうなづき、取り出した魔戒剣のきっ先を狼の彫像の口部に差し込んだ。 白い霧が渦巻き、鋼牙が魔戒剣を引き抜いた瞬間、彫像の口から何かが飛び出した。 それは、三振りの剣だった。 宙に浮いたそれを、いつの間に現われた白い執事服姿の美童が慎重に取り上げる。 まっ白な手袋が摘み上げたそれを、白衣の老人は眼を細めて見入った。 細い、S字を描くような曲がりくねった刀身の短剣。 「魔界の伝令“シャックス”」 環状の周囲に針のような尖った刃が、二十三本並んだもの。 「破滅の累乗“グレンデルの託卵”」 まっ直ぐな刀身から、さらに団扇の骨のように刃が放射状に伸びた形。 「千手を持つもの“ラゴラ”」 それらを柔らかな布が敷き詰められたケースに収めて、白き美童は退出していった。 「ご苦労だった。魔戒騎士 サエジマ・コウガ。これからもよろしく頼んだぞ」 「待て!」 一方的に話を終わらせようとした老人に対し、鋼牙は激しい口調で問い詰めた。 「まだ、何の説明もされていないぞ!どういうことだ?この世界には、ホラーがいないはずじゃあなかったのか?なぜ、お前が神官をしている!?」 「ふん……どうしても、知りたいか?サエジマ・コウガ」 「当たり前だ!」 「良いだろう。それほど望むならば……」 老人が語ろうとしたその時、闇の彼方から声が聞こえてきた。 「なんだ?」 『この声は……お嬢ちゃんたちじゃあないのか?』 「まさか、普通の人間があの入り口を見つけるはずがない」 そうこうしている内に声が近づき、やがて鋼牙の前に四人の少女が姿を現した。 「窓に!窓に!じゃあなくってなんか見えた~」 「……名状しがたい何かを味わったぜ……」 「キュウ」 「なに?何騒いでるよ?三人とも。アタシには何にも見えなかったけど」 ルイズに手を引かれるように、キュルケ、モンモランシー・タバサの三人娘がいささかグロッキーな様子で入ってきた。 こちらへ来る途中、何かが見えたらしく著しくSAN値が低下した状態だ。タバサなど完全に意識を喪っていた。平気なのはルイズくらいである。 「あ!鋼牙。そこにいたのね。説明しなさい!ご主人様に対して、秘密を持つなんて大変いけないことよ!」 へたり込む三人娘を置き去りにし、ルイズは鋼牙の方へと駆け寄っていった。 そうして、鋼牙の傍まで来て始めて、その場に自分以外の第三者が居る事に気付いた。 「え?どうして、こんなところに……」 最初、その人物がどうして『ここ』に居るのか、彼女は理解できなかった。 白髪美髯、一体何歳なのか分からないほど齢をけみした権威あるその姿。 常日頃、学長室で見慣れたはずのその人物の名は……。 「オールド・オスマン!」 「異界の魔戒騎士 サエジマ・コウガよ。そして、未来の魔戒法師たちよ」 トリステイン魔法学院 学長 オールド・オスマンは二人を迎えるように大きく腕を広げた。 「我が名はオールド・オスマン。ハルケギニア最後の『番犬所』神官である」 第5話 虜囚 終了 例え明日が 終わっても 君はくじけず 前を見続ける 悲しみはいつか消せるはず 僕はかならず 君を守りぬくよ たとえ全てをなくしても もう一度 きみの微笑みを 見るその日まで 僕が愛を伝えてゆく ~予告~ ザルバ『聖剣、魔剣、神剣。この世には名刀と呼ばれるものがごまんとある。だがとどのつまり、やることはただ一つだ。人を斬り命を絶つ。そう思うと、我らが魔戒騎士の剣はその正反対だってことが分かる。魔を斬り、魔を断ち、人の魂を救う!それが魔戒騎士の剣だ!次回『封剣』。鋼牙……新たなる力で、闇を断ち切れ!』
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1795.html
寺院がある。立派な大きさではあるが、手入れをされていないので屋根や壁は錆でくすみ、門柱は崩れ、鉄の柵は歪んでいる。 ここはとうの昔に廃墟となった村、いまはオーク鬼と呼ばれる亜人の巣と成り果てていた。 森林を開拓して作り上げたのはいいのだが、近くにそいつらが住み着いていたので襲われてしまったのだ。 領主に兵の派遣を要請しても無視をされたので村人はとっくに出て行っている。 タバサはそっと木の陰に隠れ、寺院を覗いた。もうすでに作戦は始まっているので、まもなく中から豚に似たオーク鬼が来るはずだ。 その証拠にさっきから悲鳴がこだましていた。 やがて、戸が乱暴に開け放たれ血だらけになったオーク鬼が外へと走ってきた。 ンドゥールの水でやられた仲間の血だ。そいつらはそのまま門を開けようとする。 だが、そうはさせない。 『ウインディ・アイシクル』 タバサの魔法、氷の槍がいくつも彼らの前方に突き刺さる。オーク鬼の先頭が足を止め、次々とぶつかっていく。 そこに大きな炎が飛び込んでいった。 キュルケのファイアーボールだ。 オーク鬼は見かけとは裏腹の俊敏さでそれを避けるが、炎が地に着いた途端、彼らはより大きな炎に包まれてしまった。 これはギーシュが錬金で作り上げた油、地に染み渡らせていたのだ。 しかし、それでも全滅とはいかない。まだ数頭生き残っている。 そいつらはタバサ、そしてキュルケが隠れている木に向かって走り出した。と、その姿が消える。 ぷぎい、ぴぎい、と声がする。ギーシュの使い魔、ヴェルダンデが掘った穴に落っこちたのだ。 「やったわね」 キュルケがタバサの隣に降り立ち、別のところに隠れていたギーシュも彼女らに近づいた。 そして三人で穴を覗き込む。 必死に登ろうとしている様が見えたが、ギーシュは錬金で作った油を大量に中に注ぎ、キュルケが使い魔のフレイムに火を吹かせた。 夜、寺院の中庭で火を起こし、シエスタが料理を作っていた。なにかのシチューのようである。 その傍らではンドゥールたちが寺院に残されていたものの物色をしていた。 「やっぱりろくなもんがなかったわねえ」 「見つかったのは、銅貨と真鍮のネックレスぐらいか。ま、こんなものだろうね。 ンドゥール、君はいるかい?」 「いらん」 「だろうね」 とはいえ戦利品ではある。ギーシュは記念にそれらを袋に包んだ。 ちなみにこれで七件目であるため少々荷が嵩張ってきていた。そろそろ捨てるか魔法に使うかしなければならない。 ギーシュでもやろうと思ったらナイフにするということもできる。 ちと疲れるが。 「みなさんできましたよ。どうぞ、お食べください」 シエスタが出来上がった料理を配っていく。 パンとシチューという、学院にいたころでは考えられないほど質素な食事ではあるが不満はない。あろうはずもない。 シエスタが作るものが旨いためだ。なんでも実家に伝わる料理であるらしい。 「しかし、あなたもよくやるわよね。私たちだけじゃあどうなっていたことか想像したくもないわ」 「大したことありませんよ。罠とかなら簡単に作れますし、ンドゥールさんも捕まえるのを 手伝ってくれましたから」 「いやいや謙遜することはないさ。これも一種の才能だよ。うん、今日も美味しい!」 ギーシュは口を大きく開けてシチューを食べる。 彼は以前、シエスタに理不尽な言いがかりをつけていたこともあるが、すでにわだかまりはとれているようであった。 五人は夕食を食べ終えた後、これよりあとのことを話し始めた。 「僕はね、そろそろ学院に戻ったほうがよくないかと思うんだ」 「そうよねえ。誰にも言わずに出てきちゃったんだもん。きっとカンカンだわ。そういえば、シエスタはいいのよね」 「ええ。マルトーさん、料理長からンドゥールさんを手伝うんだったらかまわないって言われてますから。 なんならそのまま帰省してもかまわないって」 「そうなの。じゃあ、シエスタを実家に送り届けてから学院に戻るとしましょうか」 「い、いいんですか?」 「いいわよ。亜人との戦いにも慣れちゃったからこれ以上の進歩はなさそうだし。 三人もいいでしょう?」 肯定の返事が返ってきた。 「それで、実家はどこなの?」 「タルブっていう村です」 五人がシエスタの地元であるタルブの村に着くと、それはそれは大騒ぎになった。 貴族が三人もやってきたのでシエスタの家族は急ぎご馳走を用意し、村長さえも挨拶をしに出向いてきていた。 ンドゥールはやれどう紹介すればよいものかシエスタは悩んだが、結局奉公先で世話になっている人ということで落ち着いた。 そうして食事を終えると、ンドゥールたちはシエスタに案内され村を回ることにした。 夕日で赤く染まった草原。彼女は、はにかんだ笑顔で、これがこの村のもう一つの宝であると言った。 「でも、ンドゥールさんには見えないんですよね」 「ああ」 「………すいません。こんなこといっちゃって」 「かまわん。それに、風は感じることができる。いいものだ」 シエスタは心の底から嬉しそうに笑った。 「……あちゃー」 「ん、どうしたんだいキュルケ?」 「見なさいよあの子の顔、恋する乙女じゃない」 言われギーシュもシエスタを見る。確かにどこか熱っぽくンドゥールを見つめていた。 そうか、好きなのか。きっかけはなんだったんだろう、と、思ったらすぐさまわかった。 自分の醜い行いである。ちょっと死にたくなった。 「で、どうするんだい?」 「どうするもねえ、今からどっかに消えるのは不自然でしょ。それに、私もダーリンを譲る気は毛頭ないわ」 ふふ、と、キュルケは笑った。 「シエスタ、もう一つの宝だってことは、まだ名物みたいなものあるんでしょ? 案内してくれない?」 「あ、は、はい。こちらです」 シエスタは見えないようにため息をつき、歩き出した。ギーシュはンドゥールの後ろを歩きながらキュルケに向かって言った。 「君は本当に意地が悪いね」 「お黙り」 道中のシエスタの説明によると、その宝というものは奇妙な張りぼてであるとのことだった。 なんでも『竜の羽衣』というたいそうな名前はついているものの、鉄の板やらが組み込まれただけのもので、実際はただの大きな置物と化しているとのことだった。 シエスタの曽祖父がそれで空から飛んできたとのことだが、本当に飛ぶ姿を見た人物は一人もいないので嘘つき扱いをされ、そのうちどこにも行くあてがなかったので村に住み着き始めたのだそうだ。 「ここにそれがあるんです」 シエスタは四人を奇妙な形をした寺院に連れてきた。 丸木で組み立てられた門に石ではなく板と漆喰で作られた壁、木の柱、白い紙と綱で作られた紐飾り、とても一般的なものとはいえなかった。 「どうぞ。お入りください」 シエスタに促され、足を踏み入れようとしたギーシュたちだったが、ンドゥールの手にさえぎられた。 「な、なんだい?」 「……中に一人いるな」 「え、そういえば、お父さんがこれに興味を持った旅人が泊まっているって言ってましたけど、その人でしょうか」 「恐らくそうだろう。しかし、この足音は……」 ンドゥールはそう言ってすたすたと中に入っていった。シエスタたちもそれを追って中に入る。 すると、ンドゥールの言ったとおり、一人の男が『竜の羽衣』らしきものの前に立っていた。 彼は深緑のコートを羽織り、黒い眼鏡をかけていた。 じっとその『竜の羽衣』を見つめていたがンドゥールたちに気づき、こちらに振り返った。 「すみません。勝手に入ってしまって。すぐに出て行きます」 小さく頭を下げ、彼は外に出て行こうとしたがンドゥールの目前でとまった。 その瞬間、二人の間に奇妙な空気が形成された。ギーシュは鳥肌が立った。キュルケもつばを飲んだ。 のどかな村の中であるというのに、一瞬にして戦場になったかのようであった。 「なあ、そこの人」 男のほうが口を開いた。彼はンドゥールに向かっていっている。 「僕は君に出会ったことがあるかな? どうも初見の気がしないんだが」 「一度、会ったことがある。いや、正確ではないな。やりあったことがある。 それが正解だ」 「……失礼だが、名前を尋ねてもいいかな?」 「ンドゥールだ。花京院典明」 空気があまりの緊張に固まった。シエスタは気を失いかけ、ギーシュもキュルケも全身を汗で濡らしていた。 身も凍るほどの殺気がぶつかり合っているこの場に耐えられない。 「念のために尋ねよう。エジプトの砂漠で出会った、水と一体化するスタンド使いか?」 「そうだ。法王の緑。目は治っているようだな」 「ああ。君につけられた傷は完治したよ。跡は残っているけどね」 ずず、と、花京院と呼ばれた男の背後に人型の像のようなものが浮かび上がった。 ンドゥールも腰につけた水筒の蓋を外す。 まさに一触即発。 だが、爆発は封じられた。 「なにやってんだいあんたら!」 喝が入った。その怒声で充満していた殺気が掻き消え、花京院とンドゥールは臨戦態勢を解いた。 おかげでギーシュたちは呼吸が楽になった。 九死に一生を得た気分だったが、それをした人物を視認すると、礼を言う場合ではなくなった。 なぜならその人物は、ギーシュにとって苦い思い出のある女だったからだ。 「お前、『土くれ』のフーケ!」 「やあ」 彼女は包帯を巻かれた手を上げた。 「奇遇だね。言っとくけどやりあう気はないから、杖は出すんじゃないよ」 ふざけたことをぬかされた。 とはいえ、こんなところで戦いをおっぱじめるわけにも行かないのでギーシュもキュルケも杖を出すことはなかった。 「上出来。それで、あんたたちはなんでこんなことにいんの? その、ンドゥールまで連れて」 「マチルダ、彼らと知り合いなんですか?」 花京院が少し戸惑っているような彼女に尋ねる。どうやらこの二人は知り合いのようであった。 「ま、顔見知りみたいなもんさね。ほら、あんたらも積もる話があるようだし、とりあえずここを出ようじゃないか。 話ぐらいなら聞いてあげるよ」 突如現れたフーケに言われ、各々は寺院を出て村に戻っていった。 シエスタはどういうことなのか説明を求めていたが、ンドゥールは答えず、ギーシュもキュルケも事態がよくつかめていなかった。 六人はタバサのいるシエスタの家に向かった。 すると客人が増えたとまたてんやわんやになるところであったが、フーケがシエスタの父に挨拶すると彼は、村長のとこにとまってた人たちか、と言って落ち着いた。 『竜の羽衣』に興味がある旅人というのはフーケと花京院の二人のことだったのだ。 「それで、どっから話そうかね」 「まずは、どうしてここにいるか。それを教えてもらいたいわ」 キュルケが物怖じせず言った。フーケはよどみなくすらすらと答える。 「なに、ちょっとヨシェナベっていう珍しい料理があるって聞いてね。食べに寄っただけさ。 言っておくけど、盗みをするつもりはないからね。討伐隊が組まれちゃたまんないし」 「たしかに。それで、その彼とはどういう関係なのかしら。お仲間がいるなんて知らなかったけど」 「そりゃね。だってこいつと知り合ったのはあんたらと別れたあとだったんだ。知ってるわけがないさ」 「そう。で、そっちのノリアキ? あなたと私のダーリンはどういう関係なの?」 「ダーリン?」 キュルケの言葉を聞き、花京院はンドゥールに目を寄せた。 「そいつのことであってるよ。といっても、全然相手にされちゃいないようだがね」 「うるさいわよ」 むすっとキュルケはむくれた。 この旅の途中も、どんなにアタックしたところでちっともなびきはしなかったので自信を失いかけていたりする。 「ああ、僕と彼とはね、一度戦ったんだ。そのときは僕の負けだったけども」 「それだけ?」 「それだけだ」 ンドゥールも肯定したのでそれ以上の追求はできなかった。フーケも何か聴きたそうにしていたが、口をつぐんでいる。 「質問は終わりましたか?」 花京院がキュルケに尋ねた。 「ええ、こっちからはね」 「それでは僕からも聞かせてもらいます。というより、お願いがあります。 あの寺院に飾られてある御神体、譲ってはもらえませんか?」 「えっと、それは、なぜなんでしょうか。父によると、あれは墓碑銘が読めるものがいればその人に譲るようにと、おじいちゃんが遺言を遺したらしいのですけど」 「僕は読めます。海軍少尉、佐々木武雄、それがあれの持ち主」 シエスタは花京院の剣幕に押されながらも尋ねた。 「あ、あの、理由を教えていただきませんか? なぜあんなものが必要なのか」 「あれは、僕の生まれた国で作られた機械です。あなたの曽祖父が乗ってきたという話を聞きました。墓も遺品も確かめたので間違いありません」 「本当なのか?」 ンドゥールが尋ねる。花京院は肯定した。 「君は見えていないからわからないだろうが、御神体と言うのは飛行機だ」 「ひこうき?」 ンドゥールと花京院以外のメンバーが疑問符を並べた。そんな言葉を始めて聞いた。 「要は空飛ぶ機械。誰にも信じてもらえなかったみたいだけどね」 「なぜだ?」 「ガス欠さ。調べさせてもらった。たぶん飛び立ったものの気づいたらこんなところにいたんだろう。途方にくれただろうね」 花京院はやれやれというジェスチャーをした。 「そういえば、お前はどうやってこの世界に来た」 「僕は気づいたらここにいたよ。君の主人に殺されたあとにね」 「俺も似たようなものだ。お前の仲間に倒され、自害したあと気づいたら召喚された」 「つまり、互いにどうやってここに来たのかわからないと」 「そのようだな」 はあ、と、二人そろってため息をついた。話からして敵同士だったようだが、いまは同じ身の上であるようだった。 キュルケは情報を交換し合う二人を眺め、なんかこの世界とかわけがわからないけど別にいいか、と思った。 「それで、飛行機に乗ってどうするのだ?」 「あれの持ち主は東からやってきたらしいからね。東に飛んでいけば、なにか戻るための手がかりが見つかるかもしれない」 「そうか」 ンドゥールが小さな声で答えた。まるで胸に何かが詰まっているみたいだ。 「君は戻りたいとは思わないのか?」 「戻れば『あの方』のためにお前とお前の仲間たちと戦う。それは誇りが失われる。 まけたのだ。俺は。それを覆そうとする行為など、許せん」 「しかし、もう決着はついているはずだ。確かめてみたくはないかい? 僕は、君の主人に倒されたのだからね」 「そうなのか。となると、もうすんでいるか。『あの方』か『あの男』のどちらが勝利しているものか、もう一度会いたいものだ」 翌朝、ギーシュたちは荷を纏めて出発の準備をしていた。学院からふくろうが飛んできてお叱りを受けたのだ。 おまけに罰則も。予想していたことなので生徒の三人はしょうがないかと受け入れた。 シエスタはそのまま残っていてかまわないとのことだった。 ンドゥールは、花京院とフーケを御神体の飛行機に連れてきていた。彼は左手で機体に触れる。 すると、ぼうっと彼の左手に刻まれているルーンが淡く光った。 「それはなんだ?」 「ガンダールヴという使い魔のルーンであるらしい。これのおかげで、この飛行機の情報も知ることができる。日本で作られたゼロ戦、らしい」 「ゼロ戦。第二次世界大戦の代物か。すごいものが落ちてるものだ」 「なんなんだいそれ」 ちんぷんかんぷんのフーケが花京院に尋ねた。 「戦闘機ですよ。こっちだと竜に乗って空を飛ぶでしょ? 僕のいた世界は、これに乗って戦うんです」 「へえー」 じろじろとフーケはその『ゼロ戦』を見つめる。とても空を飛ぶようには見えない。 いいとこカヌーに羽をつけた大きなおもちゃである。 「でも、これをどうやって運ぶんだい? ガソリンとかいうのがなくて動かないんだろ?」 「ギーシュのコネで学院に運んでもらう。花京院、お前も来るか?」 「ああ。僕もいく。調べ物もしてみたいからね」 「じゃ、私とはここでお別れだね」 それは仕方のないことだ。学院に戻れば彼女の顔を知るものが大勢いる。 そんなところにいけば捕縛されてまた処刑を待つ身になる。それは勘弁願いたいのだ。 マチルダは乾いた息を吐いて二人に言った。 「達者でね」 学院に『竜の羽衣』とともに帰ると、軍人から運送代を請求された。 そのことについてはまったく考えていなかったンドゥールは困った。 花京院は金を持っていたものの全然足りなかった。 しかし、コルベールという教師が代金を肩代わりすると申し出てきた。 「いいのか?」 「かまわないさ。ただ代わりに研究させてくれ。こんな興味深いものを見たのは生まれて初めてだよ」 花京院は興奮している彼を見て、少し驚いているようだった 「それで、どうやって空を飛ぶんだね? ささ、早く飛ばしてみてくれたまえ。おお、好奇心でこんなに震えてきている」 「ガソリンがないのでできん。これと同じものがあれば空を飛ぶことができる」 ンドゥールはタンクに残っていたガソリンをコルベールに渡した。その匂いはやはり独特であったようだ。彼がすぐに鼻をつまむ。 「わかった。わかったよ。すぐに錬金してみるからね。それまで待っていてくれたまえ」 コルベールはそういい、走ってその場を離れていった。 「すごい人だな」 「ああ、この世界では珍しい人物だ。初歩的なエンジンをも作っていたので協力してくれるだろうとは思ったが、まさかここまでとはな」 「……そういえば、僕はここにいていいのか? 入る許可なんかもらっていないんだけど」 「そうだな、一応学院長のもとにいったほうがいいだろう。案内してやる」 そう言ってンドゥールが歩き出したところ、宿舎から一人の少女が走ってきた。その足音に彼は気づき、花京院もそちらを見やる。 疾走してきているのは桃色の髪をした少女、ルイズであった。 彼女は勢いを弱めることなく二人に近づき、どん、と、ンドゥールに飛びついてきた。 「どうした。いきなり」 「うるさいうるさいうるさい! ようやく帰ってきたと思ったらこんなところでのんびりしてて、すぐに私のところに来なさいよ! 私の使い魔だって自覚あるの!」 「……」 「考え込むな!」 ルイズはその小さな手でンドゥールを叩いた。怒っているようだが力は入っていない。 なぜかぼろぼろと泣いていた。 「どうなっているんですか一体」 蚊帳の外にいる花京院はそんなことを呟いた。 目を丸くしている。 ルイズはここしばらく授業に身が入らなかった。朝起きるのもかったるく、食事もあまり摂ることはなかった。 それでも惰性で出席はしていたのだが教師の言葉もほとんど耳に入らず、毎日毎日外を眺めていたのだった。 おかげで集中しなさいと怒られることがしばしばあった。 ところが、今日、亜人退治に出た連中が帰ってくると知って心が躍った。 いつもいつも自分の後ろから響く音が戻ってくる。そりゃあ嬉しかった。 しかし、迎えに行かずに自室で報告を受けようなんて思ったのにいつまでたってもきやしない。 貧乏ゆすりをしながらも辛抱強く待っていると、なんだか中庭がざわつきだしていた。 いらいらしたのでそちらを見やると、ンドゥールがコルベールと知らない男の三人で話し込んでいた。 腹が立った。あいつは主人の下に来ないでなにをしているのかと。なんでそんな知らないやつと親密になっているのかと。 メラメラと嫉妬が燃え上がった。相手は男だがそんなことは関係なかった。男色は珍しいものではないのである。 走った。走ってンドゥールの下に駆けつけた。 視界に入れると、なんだかもう久しぶりにあったから胸の中が爆発しそうなぐらい切なくなった。 だから飛びついてそれから殴った。 けれど隣の緑の男はその自分をなんだかおもしろそうに見ていて余計に腹が立った。 なんなのよと憤りたかったが、彼女は目から出所不明の涙が出てきてなにも言葉にならなかった。 それから緑の男、花京院はコルベールの助手ということでこの学院に居座り変な置物をンドゥールと一緒に調べ始めた。 それがまたルイズにとって腹立たしいことだった。 洗濯や掃除などはやってくれるのだが、授業にンドゥールはついてこずにずっと中庭で作業をしている。 つまり一日の大半、せっかく帰ってきたのに離れて生活しているのだ。近くにいるというのに顔を合わせることがほとんどない。 それは彼がいなかったときより辛く、寂しさが染み入ってきた。 それに、理由が理由だった。 東に元の場所に戻る可能性があり、あのヘンテコな置物であれば飛んでいける。 それはつまり――、帰りたい。そういうことじゃないのか。 と、色々あったおかげで、ルイズはすねた。 「いや、ここに来られても困るわよ」 「……」 ルイズがいるのはキュルケの部屋。深夜、いつまでたってもンドゥールが来ないもんだからならこっちも出て行ってやるとばかりに駆け込んだのだ。 隣に。 そんなことをしたところで彼なら簡単に居場所がわれるというのはわかっているのに。 キュルケは大仰にため息をついてベッドに倒れこみ、窓に張り紙をする。 今日は密会は中止と書いたものだ。念のためサイレントもかけて声が漏れないようにもした。 「ルイズ、あなたね、言いたいことがあったらはっきり言いなさいよ。私は心の中を読めるほど器用じゃないんだから」 「……わかってるもん」 「じゃあ言いなさいよ。なにか言いたいことがあるからここにきたんじゃないの?」 「………どうやったら、」 「んん?」 「どうやったら、男はなびくの?」 「はあ?」 さすがにこの質問には面食らった。キュルケは確かに男漁りが趣味であるため他の女子よりかはこの手の事は詳しい。 けれども、いくらなんでもそんなことを、しかも仇敵ともいえる間柄の相手から尋ねられるとは考えもしなかった。 なにしろ一般的には貴族も平民も関係なくはしたないことなのだから。しかし、相手は想像がついた。そんなのただ一人しかいない。 「ダーリンを誘惑するのなら協力しないわよ」 「な、なんであんなの誘惑しなくちゃいけないのよ!ばっかじゃないの! ばっかじゃないの!」 「そうだからここに来たんじゃないの。それともなに? 彼以外の、そうね、あのカキョーインとかいう男でもたらしこむつもり?」 「いやよ! そんなわけないじゃない!」 こりゃ会話にならない。キュルケはルイズの首根っこを捕まえて部屋からぽいっと出した。 付き合ってられないのだ。 それでもちょっとした助言をくれてやる。 「ルイズ、なびいてほしいのなら本人に直接いきなさい。回りくどいことをせずにね。 あなたにできるのはそれぐらいでしょ」 猫のようにつまみ出されたルイズは、結局自分の部屋に戻るしかなかった。 けれどもいまだにンドゥールは中庭にいて戻る気配はなかった。 あの変な置物を使いどこへ飛んでいくのだろう。 空を飛ぶなんてことは全然信じていないが、仮に本当だとしたら、彼はやはり『あの方』のもとへ戻るつもりにちがいない。 いくらなんでも目の前に餌がぶらさがっていたら誰だって飛びつくものだ。 それが、いくらどんな騎士より誇り高い男であろうとも。 ルイズはベッドに飛び込み毛布を頭から被った。涙が頬を伝っていった。シーツでぬぐっているうちにいつしか鼻水もでてしまった。 初雪のように白い肌は真っ赤になってしまった。あまりに、あまりに悔しかったのだ。 存在の価値が違いすぎる。自分では『あの方』には勝てない。 ルイズはキュルケに色仕掛けの方法を学んでも無意味だってのはわかっていた。 彼がそんな単純な男であったなら心の葛藤は消えていることだろう。 でもそれは彼ではない。彼でなければ駄目なのだ。彼だからこそこんなに苦しんでいるのである。 ルイズは静かに、一人、寂しく、孤独に、泣いた。行ってしまうのか、やはり、と。 彼女には友達がいる。キュルケやタバサ、ギーシュ、あまり親交を深めているわけではないがシエスタというメイドだってそうだ。 それに教師だって己の努力を認めてくれている人たちがいる。 だが、ンドゥールは、影のように付き従い、何度も命を助けてくれたあの使い魔は、いつしか彼女たちよりさらに一線越えた存在になっていた。 だから悲しい。だから、キュルケの言ったように『本人に直接いく』というようなことはできない。 反対できない。きっと命令すれば、恩義に厚い彼はここに留まるだろう。ルイズにはそれがなんとなくわかっていた。 だが、そうするとンドゥールの心に喜びは生まれない。彼の意思でここに留まってもらいたいのだ。 仕方ないからとか、命を救ってくれたからとか、そんなんじゃあ駄目なのだ。 大事な存在だから、自由にさせてあげたいのだ。 ルイズは泣いた。泣いて泣いて、泣き崩れた。 そのためドアが開く音も、聞きなれた杖の音にも気づかなかった。 ギッと、ベッドが軋んだ。どうしたのかとルイズが思うより早くごつごつした指が彼女の頭をなでてくれた。 それをしてくれたのは、他の誰でもないンドゥールだった。 彼は湿った布巾をルイズの手に握らせた。 「顔を拭け」 「……いらないわよ。風呂に入ったんだから綺麗なままよ」 「涙で汚れてるだろ」 ルイズはぐっと歯を噛んだ。泣き声を彼は聞いたからここにやってきたのだ。 もう隠すこともできないので諦めて顔を拭く。 痛かった。 「俺は、お前を慰めるようなことはできない」 ンドゥールが急にそんなことを語りだした。毛布からわずかに顔を出してルイズは彼を見上げる。低い声。 「以前にも言ったが、俺にできることは戦うことだけだ。お前の命を脅かすものを排除する。 それだけしかできん。しかし、生きていくにはそれだけでは不足ということも知っている。 それも俺のように欠落した人間でないならなおさらだ。戦う以外で、俺は手助けができない。 お前が何に苦しんでいるのかはわからない。どうやったら癒すことができるのかわからない。 すまないな」 謝られた。ンドゥールにはなにも悪いことない。 なのに気に病んでいる。 心配させてしまっている。 ルイズはそれが心苦しかったが、嬉しかった。 醜い感情、負担になっているのに。殺したかった。暗部を消したかった。 「………もうやだ」 「なにがだ?」 「自分がいやなの。もうすっごくいや。かっこわるいし、馬鹿だし、」 「魔法が使えないからか?」 「違うもん。そんなのどうでもいいもん」 「そうか」 ンドゥールは優しく、慣れてない手つきで頭をなでた。 しばらくそうしていると、ルイズは泣きつかれたためゆっくりと眠ってしまった。 彼女はその日、自分が誰かの盾になっている夢を見た。 誰かを、大事な誰かを守っていた。守られてばかりじゃない。 嬉しかった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/196.html
食事を終えて教室に移動する 生徒達は各々横に自分の使い魔を置いて授業の準備をしている ルイズも机に座り準備を始めた シュヴルーズは生徒達にお復習のつもりで淡々と魔法の四元素説明していく そしてそれぞれの元素をマスターする事によってドットからライン、トライアングル、スクウェアとランクを上げていく事も、魔法が無い世界の住人であるロムも理解することが出来た 「ではこの魔法を実際に・・・・、ミス・ヴァリエール、貴方にやってもらいましょう」 「ふぇ?私ですか?」 ルイズが指名された途端、教室がざわめき始める。 (なんだ?急に部屋の空気が・・・・) ロムが疑問に思う頃にはルイズが席から立ち上がり教壇に向かおうとする 「ルイズやめて、お願い」 キュルケが青い顔をしてルイズに言う 「成功させれば文句無いでしょ」 「でも貴女はゼロ・・・・」 「皆さん冷やかしはお止めなさい、ではミス・ヴァリエール宜しくお願いします」 この会話を聞いていたロムは閃いた (ふむ、どうやらゼロという理由がこれでわかるらしいな) 教壇に立ち、呪文を唱え触媒に杖を向けるルイズ。 その時、触媒が爆発し周りのものがぶっ飛んだ。 煙が明けるとシュヴリーズは気絶しており、ルイズはは真っ黒になりながらも平然と立っていた 「ちょっと・・・・、失敗しちゃった見たいね」 ルイズがそう言うと周りからブーイングが起こる 「何をやっているんだよー!」 「だからゼロのルイズにやらせたくなかったんだ・・・・」 「魔法の成功率ゼロのルイズ!これどうするんだよら!!」 (ケホッケホッ、成る程・・・、だからゼロなのか) ロムは納得した 「マスター、これで終わりだ」 授業の後、二人は罰として教室の片付けを命じられた ロムが言われるがままにテキパキと仕事をこなしたので思ったより早く終わった「あ~も~どうしていつも失敗しちゃうのよ!」 「マスターそんなに癇癪を起こすな。次は失敗しないようすればいいじゃないか」 「それが出来れば苦労してないわよ!」 どうやらそれなりに自覚はしているようである 「は~あ~、こんな事じゃ何時までゼロって呼ばれるわ・・・・、私これからどうなるんだろ・・・・」 そういってもう一つ深いため息をつく そんなルイズを見てロムが下を向いて語り始めた 「どんな夜にも必ず終わりが来る。」 突然雰囲気の変わったロムに驚くルイズ 「闇が溶け、朝が世界に満ちるもの・・・・、人、それを黎明と言う」 「な・・・、何言っているのあんた」 「つまりそういうことだ。今は後先が見えぬ状況でも、必ずそれを打破するきっかけが見つかるものだ。 今日の失敗を乗り越え、明日の成功の為に努力する。 それは魔法使いにでも言える事じゃないのか?」 「・・・・・・・・」 顔を上げて微笑むロム、確かにそうだ 今日失敗した事を明日の成功の為に反省すればよい。 確かにそうだ、確かにそうだが・・・・ 「あんた・・・・」 「ん?」 「ご主人に何説教しているのよー!!!」 「なっ・・・・!」 ルイズが突然の怒鳴り声に驚くロム、確かにロムの言っていた事は筋が通っている しかし自分は貴族。 ロムは平民でしかも自分の使い魔。 使い魔に説教される貴族なんて末代まで言えぬ恥である。 ロムは無意識にルイズのプライドを傷つけたのであった。 「あんた、今日一日ご飯抜きよ!でも雑用はしっかりやってもらうからね!」 そういうとルイズは真っ赤な顔で教室から出ていき、ロムだけが残された。 (う~む、前の戦いから取り入れたエネルギーは今日の朝のみ、その量も多いとは言えない。 流石に今日一日はキツいな) そんな事を考えながら食堂の前を通り掛かると 「あの~」 「ん?」 「今お一人でしょうか?」 後ろを向くとメイド服を着た少女、シエスタが立っていて自分に語りかけた 「ああ、一人だ」 「じゃあ厨房に来てくれませんか?料理長が呼んでいますので」 (料理長?何故俺に用があるんだ?) 不思議に思いながらもシエスタに連れられ厨房に付いたロム 「マルトーさーん!連れてきましたよー!!」 「おおー来たかー!そこのテーブルに座らせてやってくれ!!」 「はーい!では、ちょっと待っててくださいね」 言われるままに待っているとシエスタは焼き立てのパンと湯気のたったスープを持ってきた 「これ、食べてもいいのか?」 「はい、私達の賄い食の余りですがどうぞ」 ロムの質問に微笑みながら答えるシエスタ、この世界に来て初めて人の心の暖かさに触れた気がする 「有難い!では、いただくとする」 そういうと綺麗に食べて行くロム、うん、これこそ究極のパンだと心の中で頷く 「いやーいい食いっぷりだね兄ちゃん!全く俺はあんた見たいな人に飯を作りたいよ!!」 奥から男が現れる 「俺は料理長のマルトーって言うんだ!宜しくな!!」 「俺はロム・ストール、貴方がこの料理を?」 「ああそうだ!」 「感謝する」 ロムが礼を言うとマルトーは笑う 「わっはっは!いいって事よ!同じ平民じゃねえか!」 「平民?じゃあここにいる人達は皆?」 するとシエスタが答える 「はい、皆貴族様にご奉仕する為にここで働いているのです。 でも昨日平民が貴族様の使い魔になったって噂になったから皆心配だったんですよ」 「案の定シエスタがあんたが貴族どもの横で床下に座りながらパンにかじりついていたのを見ていてよ、それを聞いた俺は頭にきていたんだ!」 ロムはそのパンを作った人間が誰かを聞こうとしたがやっぱりやめた 「いや~それにしてもあんた立派な鎧を着ているな!」 「どこかの騎士だったのですか?」 「いや・・・・まあ、そんな感じだ」 異世界から来たなんて信じられないようなので言わないでおく 「それより、食事の礼をしたいのだが」 「そんなのいらんいらん!」 「いや頼む、一応の礼儀は突き通したいのだ」 「じゃあお皿を並べてもらいましょう。もうすぐお食事の時間ですし」 厨房から出ると授業を終えた生徒達が食堂へと入ってきて、その中で長いテーブルの上に黙々と皿を並べていくロム そこへ金髪の少年がバラをくわえながら複数の取り巻きと共に入ってくる 「なあギーシュ、結局君の彼女は一体誰なんだ?」 「ふっ、僕の心の中には特別な女性なんかいないよ。それぞれが僕の花なんだ」 ギーシュがギザっぽく取り巻きの一人の質問に答える するとギーシュのマントから紫色の小瓶が落ちる 皿並べを終えてシエスタと共に厨房に戻る途中のロムがそれに気付き拾う 「君これを落としたぞ」 ロムが声をかけられギーシュが振り向く、 (あ!この男昨日の!昨日はよくも・・・・ん・・・・?) ロムの持つ小瓶に気付くと顔に焦りが表れ始める 「君、それは僕のでは無いよ、勘違いしていないかい?」 「いや、確かに君が落としたものだ」 (ちぃぃぃぃ!平民を本気で殴りたいと思ったのは始めてだ!) 「あっ!その紫色の香水はモンモランシーが特別に調合したものじゃないか!」 「っということは本命はモンモランシーか!」 ギクっ!と焦りが更に顔に表れる そして横を見ると可愛らしい栗毛の女の子が涙を目に溜めてギーシュを見つめていた 「ギーシュ様、やはり貴方はあの人と・・・・」 「ち、違うんだよケティ。僕の心には何時も君が・・・・」 ばちん、と音がしてギーシュが頬を赤く腫らした後「さようなら」っと言って少女が走り去って行く 「まっ待ってケティ話を・・・・」 ギーシュが追おうとすると・・・・ 「待てぃ!!!」 「!!!???」 ギーシュと取り巻き、それにロムとシエスタが声の出場所に向くと強烈な光がありそこに誰かが立っていた 「一つの恋を通さず、平気で別の恋をする不純な気力。 人、それを『浮気』という・・・・」 「誰だ!?」 「貴様に名乗る名前は無い!!」 光が消えるとそこに立っていたのは腕を組んで鬼の様な形相をしたカールが目立つ少女であった・・・・ 「げぇ!モンモランシー!ちっ違うんだよこれは・・・・」 「あんたやっぱり他の女の子と会ったのね!喰らえ!乙女の怒り!彗星脚!!」 「がふう!」 モンモランシーの踵落としが炸裂する、ギーシュは無惨にも床に叩きつけられた そして少女は去っていく 「す、凄かったですね・・・・」 「・・・・・・・・何なんだ一体」 あまりの気迫にロムとシエスタは固まっていた、特にロムは色んな意味で固まっていた・・・・ 「とっとにかく厨房に戻ろう」 「待ちたまえ!」 一声出して立ち上がるギーシュ、凸は真っ赤になっている 「君のおかげで二人の女性の名誉が傷ついてしまった・・・・、どう責任とっつくれるのかい?」 どう考えてもお前が傷ついている 「それは君が浮気をしていたから悪いのだろう」 あっさりしたロムの反論に周りが肯定する 「ふっ・・・・、平民がこの僕に・・・・、よし、決闘だ!」「何・・・・?」 周りが突然ざわつき始める 「お待ち下さい貴族様!貴族同士の決闘は禁止されています!!」 シエスタがなだめるが 「これは貴族の決闘ではない。貴族と平民の決闘だよ。互いの名誉を賭けたね さあどうする?」 「・・・・・・・・」 果たしてロムは決闘を受けるのか!? (それにしてもモンモランシー、いつあんな魔法を覚えたんだ?)
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1156.html
「・・・ギ・・・ギアッチョ・・・?」 何がなんだか分からなかった。どうして?どうしてギアッチョが?私を 笑いに来たんじゃないの?それなら何故?私との違いを見せ付けるため? それともただ暴れたいだけ・・・? ルイズの頭には疑問符が次から次へと浮かんでいた。ギアッチョの真意が 分からない。それを確かめようと、ルイズは恐る恐るギアッチョの顔を 見上げようと―― グイッ!! 「!?」 ルイズが顔を上げようとした瞬間、ギアッチョの手によってルイズの頭は 下に押し戻された。 「・・・出たんだろ?ルイズ このガキとぶつかった時に・・・『鼻血』がよォォ そんなみっともねーツラをこいつらに披露してやるこたぁねーぜ」 いつの間にか3人の周りには人だかりが出来ていた。そしてルイズは ハッと思い出した。自分の顔が、涙でぐしゃぐしゃだったことを。 本気だ。ギアッチョは、本気で私の為に行動してくれている。 ルイズはようやく気付いた。 ――ギアッチョは・・・私の味方なんだ・・・ こんなことになっても・・・ ギアッチョは味方でいてくれるんだ・・・! 我知らず起こる肩の震えを、ルイズは止めることが出来なかった。彼女の 宝石のような瞳から、今度こそ堰を切って溢れてきた涙と同様に。 「それで?そこのゼロのルイズの代わりに、平民の使い魔が僕の相手を 務めるっていうのかい?」 ギーシュはニヤニヤと笑ってギアッチョを見ている。 「さっきハッキリそう言ったはずだが・・・聞えなかったってワケか? え?マンモーニ ミミズを狩るのに獅子を使うのはちと贅沢だが・・・ 今回だけの特別サービスってことにしてやるぜ」 最初はヘラヘラ笑いながら聞いていたギーシュだが、次第に自分が 完全に下にみられていることに気付くと烈火の如く怒りだした。 「だッ・・・!誰がママっ子だって!?平民の分際でッ!よくも貴族に そんな口が利けたもんだね!!一つだけ言っておくが・・・決闘で 死んだとしてもそれは合法だ!!手加減してやるつもりだったが・・・ 無事にゼロの元へ戻れると思わないことだねッ!!」 ギーシュは忘れていた。昨日、自分達を縮み上がらせた彼の殺気を。 そしてルイズの爆発を恐れて遠巻きにサモン・サーヴァントを見ていた 彼には、ギアッチョがルイズを殺しかけたあの場面はせいぜい 「混乱した平民がゼロのルイズを押し倒した」程度にしか見えなかった のである。 ギアッチョが色をなくしたままの眼でギーシュを睨む。 「ならこっちも一つ聞くがよォォ~~ てめー『覚悟』はしてるん だろうなァ~~?オレを殺すつもりで来るってことはよォォ 逆に殺される『覚悟』は出来てるっつーワケだよなァァァ」 しかしギーシュは鼻で笑って答える。 「フン!覚悟だって?そんなものする必要はないね 何故なら 僕が負けるなんてことは万が一にも有り得ないからだ」 ギーシュの大見得にギャラリーがどっと笑う。 「そうだそうだ!」 「平民相手に遠慮するこたねーぞギーシュ!」 「身分の差ってものを教育してやれ!」 こいつらは――、とギアッチョは考えた。 ――こいつらの殆どは・・・昨日のことなんか見てもねぇし 覚えてもいねぇようだなァ~~・・・ 「ま、どっちだろーと関係ねーがな」 相手が化け物であろうと歩き始めたばかりの赤ん坊であろうと、 ギアッチョの「覚悟」に変わりはない。「覚悟」とは相手に合わせて コロコロ変えるものではない!ギアッチョはそう理解していた。 「今から5分後・・・ヴェストリの広場で待っている 言うまでもない 事だが――君が逃げれば君もゼロのルイズ同様直ちにこの 学院から退去してもらうよ せいぜい震えながらやってくるんだね」 ギーシュはそう言い放つと、ニヤニヤ笑いのまま去っていった。 ギーシュが去ると、3人を取り巻いていたギャラリーもギーシュと 一緒に広場へ向かっていった。 「ルイズ もういいぜ 頭を上げな」 ギアッチョが声をかけると、ルイズはごしごしと顔をこすって 立ち上がった。 「・・・ギアッチョ・・・」 ギアッチョは首をコキコキと鳴らしながら尋ねる。 「ルイズよォォ~ なんとかの広場ってのはどっちだ?」 「え・・・ あ、あっちよ ・・・あの、ギアッチョ・・・・・私」 ルイズが何か言おうとするが、 「話は後回しだ 5分後だからな・・・別にあいつをいくら待たせよーが 心は痛まねぇが 逃げたと思われるのも癪だからよォォ」 ギアッチョはそれを制して歩き出す。――逆の方向へと。 「・・・ギアッチョ?広場はあっち・・・」 「ルイズ おめーは先に行ってな オレはよォォ~ ちょっと 用事があるもんでな・・・ 待ってろ すぐにそっちに行く」 そうルイズに告げて、ギアッチョはどこかへ歩いていく。 「分かった ・・・待ってる」 もはやルイズは、万が一にもギアッチョの逃亡を疑わなかった。 私の為に戦ってくれるギアッチョの為に、自分に出来ることを しよう。ルイズはそう決意した。ギアッチョが戻ってくるまで、 逃げず、怯えず、うろたえず、ヴェストリの広場で待っていよう。 ルイズはスッと顔を上げると、広場に向かって駆け出した。 目的地に向かって歩くギアッチョの後ろから、「待ちなさい!」 という声がかかった。 「わりーが・・・後にしな 今は少々忙しいんでな」 しかし声の主はかまわず叫ぶ。 「あなたルイズをどうする気ッ!?」 その言葉を聞いて、ギアッチョはピタリと足を止めた。 「どうするつもりたぁ失礼なことを言うじゃあねーか ええ?おい」 肩越しに後ろを振り返ると、そこにいたのはあの赤髪の少女、 キュルケだった。 キュルケはさっきの騒ぎを最初から見ていた。二人の争いが いい加減ヤバくなってきたら仲裁に入るつもりだったのだが、 彼女の先を越して二人を仲裁したのは――更に酷いことになったが―― 意外にもギアッチョだったわけである。ルイズ共々殺されかけたキュルケが それを不審に思わぬはずはなかった。 「召喚されてそうそうあの子を殺しかけたと思ったら今度は 手のひら返したように責任を取るですって?」 キュルケは信じられないという風に首を振ると、キッとギアッチョを ねめつける。 「答えなさいッ!あなたは何者!?そしてルイズに何をする気!?」 ギアッチョはしばらくキュルケを見ていたが、やがて口を開いた。 「確か・・・てめーの家とルイズの家は・・・宿敵同士だと聞いたが」 「・・・あなた学校で習わなかったの?質問を質問で返すんじゃあ ないわッ!」 キュルケの眼は「マジ」だった。ギアッチョは小さく舌打ちをすると、 「オレが何者なのか・・・話してやってもいいが それには少々時間が 足りねーー 二つ目の質問にだけ答えてやる」 そう言うとギアッチョはキュルケに向き直る。 「答えは『別に何も』、だ ただし・・・これだけは言っておくぜ 命の恩人が侮辱されてるのを・・・黙って見ているバカはいねえ!」 「――!!」 昨日ルイズを殺そうとした男が、そして今日人目もはばからず 食堂で大暴れした男が、果たして本気で言っているのだろうか? キュルケには判断が出来なかった。ただ―― 「・・・今はその言葉で納得しておいてあげるわ」 もう少し様子を見てもいいか、とキュルケは思った。 「・・・あ、待って!」 再び背を向けて去ろうとするギアッチョに、キュルケは何かを 思い出したように声をかけた。ギアッチョは振り向かないが、 話を聞く意思だけはあるようだ。 「・・・用心なさい ギーシュはあんなのでもうちの学年じゃ かなりの上位に入る腕前よ」 ギアッチョがやられてしまえば、ルイズの人生はおしまいだ。 魔法が使えないまま使い魔を殺されて退学だなんて、ルイズで なくとも自殺を考えるほど最低最悪の事態である。しかし キュルケの忠告を、ギアッチョは鼻で笑って受け流す。 「フン・・・あのマンモーニが強かろーが弱かろーがよォォー オレには関係のないことだぜ」 「あなたフザけてるの!?ギーシュはナメてかかって勝てる 相手じゃ・・・」 「『覚悟』はッ!!」 ギアッチョはいきなり声を張り上げる。その大声にキュルケは 思わず身構えた。 「・・・オレの『覚悟』は・・・相手を選んだりはしねえーーッ! 相手がドラゴンだろーがウジ虫だろーがよォォ~~ オレは同じ 『覚悟』を持って戦いに挑むッ!!」 それだけ言うと、ギアッチョは圧倒されているキュルケを置いて 歩いていった。 「なんなの・・・あいつ・・・ 『覚悟』・・・・・・?」 「大丈夫」 突然聞えた声にキュルケが隣を見ると、いつの間に来ていたのか そこには透き通るような青い髪をした少女、タバサがいた。 「大丈夫・・・って?」 「昨日の戦闘」 タバサは短く言葉を繋ぐ。 「まだまだ力を隠してた」 「嘘でしょ・・・」 タバサの言葉は信頼出来る。キュルケは今更ながらギアッチョに 立ち向かった昨日の自分を思い出し、ゾクリと身震いした。 当たりをつけて覗いてみた食堂で、ギアッチョは目当ての 人物――シエスタを発見した。 「・・・あ、ギアッチョさん!ミス・ヴァリエールはご無事でしたか?」 メイド服の少女は食器を片付けながらギアッチョに声をかける。 デザートの配膳中にギーシュと言い争うルイズを発見し、いち早く ギアッチョに知らせたのはこのシエスタだった。 「ああ なーんにも問題はねえぜ」 「そうでしたか」 よかった、と答えて食器の片付けを続けるシエスタに、 「それはともかくよォォ~~ 一つ報告することがあってな」 ギアッチョは本題を切り出した。 「報告・・・ですか?」 「ああ まぁ大した話じゃないんだがよォォ~~~ 決闘することになった」 「・・・決闘・・・?」 ギアッチョの言った決闘の意味を量り切れないらしく、シエスタは オウム返しに同じ言葉を口にする。 「ええと・・・決闘って 誰と・・・誰がですか?」 「ああ? 誰ってオレに決まってるじゃあねーか 相手はルイズに 絡んでた・・・あー・・・そうだ、ギーシュとかいうマンモーニだ」 ・・・・・・。 どこかで見たような一瞬の沈黙の後、 ガッシャアアアアアアン!! シエスタの手から滑り落ちた3枚の皿が音を立てて砕けた。 「な、ななな何をやってるんですかギアッチョさんッ!! き、貴族と決闘だなんて 殺されてしまいます!!」 状況を理解した途端パニックに陥るシエスタをギアッチョは 片手で制して、 「落ち着けよシエスタよォォォ~~~ 死ぬのはギーシュの野郎 だぜ・・・それは決定してる オレが言いてーのはその話じゃあ ねーんだ」 口では軽く言っているが・・・ギアッチョは決して決闘を甘く見て いるわけではない。経過がどうなろうと、必ず「ギーシュを殺す」 という結果を出す。ギアッチョはそう「覚悟」しているのだ。 「シエスタ 今からよォーー 厨房の奴らを全員連れて・・・なんだ、 ヴ・・・ヴェ・・・ヴェラ・・・違うな、ヴォ・・・ヴァ・・・ヴァンダム・・・」 「・・・ヴェストリの・・・広場ですか・・・?」 「多分そいつだ そこまで来ちゃあくれねーか?咎められるよーなら 責任は全部オレが持つ」 シエスタはこの人なりの冗談なのだろうかと思った。しかしギアッチョの 眼は、悲しいほどに本気であった。 「決闘にゃあオレが勝つ・・・そいつは間違いねーんだが 別の意味で お前らを失望させちまうかも知れねえ・・・ しかしオレとお前らが同じ『平民』だと言うのならよォ・・・ こいつを 見せねーわけにゃあいかねーんだ」 さっきと同様、シエスタはギアッチョの言葉の意味を量りかねて いるようだった。しかしギアッチョはそんなシエスタの心中を忖度せず、 「頼んだぜ」とだけ言って食堂を出て行く。シエスタは一瞬逡巡したが、 「ま、待ってください!!」 やはりここでギアッチョを見送るのは、自分が殺すも同然だと思った。 「今日はよく後ろから呼び止められる日だなァァ~~ え?おい 決闘するなってんなら聞かねぇぜ 何度も言うがよォォーー オレの勝利、それだけは決定してるんだ」 「ギアッチョ・・・さん・・・」 そう言い放つギアッチョに妙なスゴ味を感じたシエスタは、それ以上 何も言うことが出来なくなった。 「おっと・・・もう決闘が始まる オレは先に行くぜ」 言うがはやいか、今にも泣き出しそうな顔のシエスタに目もくれず、 ギアッチョは食堂を飛び出して行ってしまった。 ルイズはギーシュと対峙していた。 「フフフ・・・あと大体30秒だが・・・君の使い魔はどこにいるのかな? ゼロのルイズ君」 ギーシュが心底哀れそうな声で――勿論演技だが――ルイズに語りかける。 「君の使い魔・・・随分とキレるのが早いようだが 逃げ足も速いようだねぇ プッ・・・ハハハハハ」 ギーシュはニヤニヤと笑う。それを聞いたギャラリー達もドッと笑っている。 「ギアッチョは来るわ」 ルイズはギーシュの眼を睨んだまま、短くそれだけを返す。例えどれだけ 笑われようが、どれだけなじられようが――ギアッチョは自分に待っていろと 言ったのだ。ならば自分は彼を信じて待つだけだ。 ――そうよ・・・、これが今の私があいつに返せる唯一の敬意 ならばどんな 侮辱だろうと罵倒だろうと・・・全て受け切ってみせるわッ! ルイズは知らず知らずのうちに『覚悟』していた。ギアッチョが来るまで、何が あろうと崩れないという『覚悟』を! ギーシュはなおも続ける。 「1分経過だ!おいおいゼロのルイズ!!いつまで僕らを待たせるつもりだい? 僕らだって暇じゃあないんだ!ほらほら、怖がらないで杖を取ってかかってきなよ! あの平民はもう森の中まで逃げてるかもなあ!ひょっとしたらもう森をうろつく 魔物に食われてしまっているかも!」 ギーシュの発言にギャラリーはまた爆笑する。キュルケは歯噛みしながらそれを 見ていたが、ルイズの眼に何の迷いも浮かんでいないのを知って飛び出したい 気持ちを抑えた。 ――あれが、あの平民が言っていた『覚悟』というやつなの・・・? キュルケのそんな疑問に答えるかのように、 「ギアッチョは・・・来るわ・・・!」 ルイズはただそれだけを繰り返した。そして・・・、 「やれやれ・・・ちょっとしたロスがあってよォォ~~~ ちぃとばかし遅れちまった みてーだなァァァ」 ざわつくギャラリーを掻き分けて、ギアッチョが姿を現した。 一秒たりともギーシュから眼をそむけなかったルイズは、そこでようやく全身の 力を抜いた。 「どーやら・・・頑張ってたみてーじゃあねーか え?ルイズ 後はオレに任せて そこで見てな」 またも意外なギアッチョのねぎらいである。 「お、遅いわよバカッ!」 などと照れ隠しに文句を言いながら、ルイズは非常な達成感と安心感を感じていた。 するとそこへ、 「ミス・ヴァリエール!!」 シエスタを先頭にマルトー達厨房の料理人や給仕達が駆けつけてきた。 「えーと・・・あなたは確かシエスタ・・・ こんなに大勢引き連れてどうしてここに?」 「分かりません・・・さっきギアッチョさんが食堂にやってきて 決闘をするから 見に来て欲しいと・・・」 「そう・・・ ・・・まさかあいつ・・・」 ルイズは理解した。ギアッチョはシエスタやマルトー達と対等に向き合う為に、敢えて スタンドを見せることを決意したのだ。メイジだと――貴族だと思われる危険を冒して。 今、ギアッチョはそれほどまでに仲間というものに惹かれていた。 「ようやく来たようだねぇ面白頭君 てっきりもうアルビオンあたりまで逃げ出してる んじゃあないかと思っていたよ」 ギーシュは心底愉快そうに言った。アルビオンとやらがどこにあるかは勿論知らな かったが、その挑発のあまりの陳腐さにギアッチョはキレる気にもならなかった。 「逃げる?今逃げるっつったかァ~てめー?こいつは傑作だな!ええ?おい!」 わざわざギーシュがルイズに使った言葉でギアッチョは罵倒を返す。 「このギアッチョがてめー如きに逃げる必要なんざ全宇宙を探したって見つかり そうにねーもんだがよォォォーーー 見つかるのはせいぜいてめー相手の決闘を 『やめてやる』理由ぐれーだぜ ええ?オイッ!」 ギャラリーから失笑が漏れた。ギアッチョはそのまま続けてギーシュを挑発する。 「今ここでよォォ~~~ 土下座をしてルイズに謝ってから学院を出て行きな! そうすりゃあ『命までは』とらないでおいてやるぜマンモーニ!!ええ!? やってみろよおい!!ああ!?」 ギーシュがルイズに言ったことをちょっとグレードアップさせただけのその挑発に、 ギーシュの怒りはいともたやすく爆発してしまった。 「きき、貴様ぁああーーーーッ!!!もう命乞いをしたって許さないぞッ!! 今ッ!!決闘を開始するッ!!!泣いて詫びろ平民がァーーーーーッ!!!」 「ハッ!てめーが言ったことを言い返されただけで面白いよーにキレてくれる じゃあねーかマンモーニッ!!少なくともてめーの薄っぺらくて小汚ェ精神 よりゃあよォォーー このルイズのほうがよっぽど上等な魂を持ってるぜッ!!」 ギーシュが懐から乱暴に造花の薔薇を取り出すと同時に、ギアッチョの双眸が スッと色をなくし――2人の決闘が始まった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1249.html
「ムゥ~~ッ!! フゴムゴォ! ングゥ~ッ!」 部屋に響くのはギーシュのくぐもった声であった。 言い訳や状況説明をする暇なくルイズによって簀巻きにされ、 DIOに足首を掴まれて逆さ吊りにされているのだった。 口には猿ぐつわがしてあり、何を言っているのか明瞭ではない。 ルイズはギーシュの足を持っているDIOの上着をまさぐり、 ナイフを一本取り出した。 そして、逆さ吊りで視界が反転しているギーシュに視線を合わせるため、 ヤンキー座りになった。 豚でも見るかのような冷たい目で、 ルイズはギーシュの横っ面をナイフでペチンペチンと叩いた。 ナイフに嫌な思い出があるのか、 それを目にした途端ギーシュは激しく身を捩った。 「これどうします、姫様? なますにしてラグドリアン湖にバラまきますか?」 「フ、フガッ…!?」 まさかの死刑宣告である。 かろうじて自由な目をせわしなく動かして、ギーシュが呻いた。 アンリエッタは事の展開のあまりの早さに、 頭がまだ追い付いていなかった。 いきなり生死の審判を委ねてくるルイズが、 純粋に怖かった。 今ルイズがギーシュに向けている目に、 見覚えがあったからであった。 まだ二人が幼かった頃だった。 ルイズは侍従のラ・ポルトに、 時折りあんな目を向けていた。 ラ・ポルトは魔法の使えないルイズを『ゼロ』『ゼロ』と 散々陰で馬鹿にしていたのだった。 ……そういえばラ・ポルトは宮中を去った後、 プッツリと消息を絶ってしまっている。 元気にやっているであろうかと、アンリエッタは少し気になった。 しかし今重要なのは、目の前で逆さ吊りになっているメイジを どうするかということである。 死の恐怖にガタガタと震ている姿は、 痛ましくて見るに耐えない。 その光景が、部屋を訪れたときの自分と重なり、 アンリエッタはギーシュに同情せざるを得なかった。 「あ、あのルイズ。 もうそのあたりで許してあげては……」 ルイズはギロリとアンリエッタの方に振り返った。 腰が抜けてしまいそうなほどの威圧感だったが、 なけなしの勇気を振り絞って、アンリエッタはルイズを見返した。 数瞬の沈黙の後、ルイズはつまらなさそうに DIOに目配せをした。 「ブギャッ!!」 DIOがパッと手を離し、ギーシュの頭が床に墜落したのだった。 そしてルイズは無造作に、手にしたナイフをギーシュに向けて投擲した。 ギーシュに突き刺さるかと思われたナイフはしかし、 紙一重でギーシュを避け、彼を拘束していたロープを切断した。 こうしてようやっと束縛を解かれたギーシュは、 覗き見をしたことを必死で謝罪した。 『薔薇のように見目麗しい姫様のお姿に心奪われ、 ついつい後をつけ、覗き見をしてしまった』 要約するとこんな感じである。 ……つまり、アンリエッタの変装がチャチだったのが原因だった。 しかし、まさかギーシュ如きに一発で見抜かれてしまうほどだとは。 ルイズは頭が痛くなってきた。 これではもうどうしようもない、こいつも連れていくしかない。 もしギーシュを学院に残したら、口の軽いこいつのことだ、 ペラペラと話してしまうに違いない。 はぁ、御荷物が増えた…… とルイズは胃がキリキリする思いだった。 しかし、アンリエッタに巻き込まれる犠牲者が また一人増えただけなのだと考え直すことにした。 ルイズは健気で前向きな少女だった。 「姫様、致し方ありません。 この者も同行させます。 名はギーシュ・ド・グラモン、『土』のドットメイジにございます」 「グラモン? あの、グラモン元帥の?」 ギーシュは慌てて立ち上がり、一礼した。 「ありがとう。 お父様も立派で勇敢な貴族ですが、 あなたもその血を受け継いでいるのですね。 では、お願いします。 この不幸な姫をお助け下さい、ギーシュさん」 「姫殿下が僕の名前を呼んで下さった! 姫殿下が! トリステインの可憐な華、薔薇の微笑みの君がこの僕に微笑んで下さった!」 ギーシュは顔を真っ赤に赤らめて、 感動のあまり後ろに仰け反って失神した。 やれやれこいつアンリエッタに惚れたのか、 とルイズは推察した。 しかし、こいつはちょっと前に浮気騒ぎを起こしたばかりの、 札付きの信用無しである。 その被害を被った女生徒の一人……モンモンだったか、確かそんな名前だった…… は、最近になってようやく立ち直ったとか。 いっそ去勢でもした方が学院の、引いては人類の平和に繋がるんじゃないかと思って、 ルイズはチラッとギーシュの切ない部分に目をやった。 もちろんわからないようにしたつもりだが、 薄ら寒いものを感じたのか、ギーシュの肩が若干震えた。 ルイズは気を取り直してアンリエッタに向き直り、 話を進めることにした。 「では、明日の朝、アルビオンに向かって出発いたします」 「ウェールズ皇太子は、アルビオンのニューカッスル付近に陣を構えていると聞き及びます」 「了解いたしました。 以前、姉たちとアルビオンを旅したことがございますゆえ、 地理には明るいかと存じます」 「旅は危険に満ちています。 あなた方の目的を知ったら、アルビオンの貴族達は ありとあらゆる手を使って妨害しようとするでしょう」 アンリエッタは真剣な眼差しをDIOに向けた。 「頼もしい使い魔さん。 よければお名前を教えて下さい」 声を掛けられDIOはしかし、アンリエッタを一瞥しただけで、 彼女の言葉を無視した。 意外な反応に、アンリエッタは怪訝な反応をした。 気まずい沈黙が場を支配し始め、ルイズは慌てた。 「こ、こら、姫様の御言葉よ! ちゃんと名乗りなさい!」 ルイズの命令を受けて、DIOは小さな声で名乗った。 「……DIOだ。 そこのルイズの執事の真似事をやっている」 声を聞いて、ルイズはDIOの機嫌がよろしくないことを悟った。 ルイズにしか分からないくらいの変化だったが、 確かに、DIOの声は不機嫌そうだった。 何故だろうとルイズは疑問に思った。 しかし、アンリエッタはそれに気付かず微笑んだ。 「わたくしの大事なお友達を、これからもよろしくお願いしますね」 民衆に見せる営業スマイルでにっこりと笑ったアンリエッタは、 そのままルイズの椅子に座った。 そして、ルイズの羽ペンと羊皮紙を使って、 さらさらと手紙をしたためた。 アンリエッタは、自分が書いた手紙をじっと見つめた。 やがて決心したように頷き、末尾に一行付け加えた。 密書だというのに、まるで恋文でもしたためたようなアンリエッタの表情を、 ルイズは怪訝に思った。 しかし自分がとやかく言う領分ではないので、 ルイズはだんまりを決め込んだ。 巻いた手紙に封蝋をなし、花押を押して、 アンリエッタは手紙をルイズに手渡した。 「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡して下さい。 すぐに件の手紙を返してくれるでしょう」 それからアンリエッタは、右手の薬指から指輪を引き抜き、 これもルイズに手渡した。 「母君から頂いた『水のルビー』です。 せめてもの御守りにこれを。 路銀が心配なら、売り払って旅の資金にあてて下さい」 無自覚トラブルメーカーであるアンリエッタの私物を頂戴したとあって、 ルイズはこっそり嫌そうな顔をした。 厄介事を招き寄せる呪いでも掛かっていそうだ。 彼女の言う通り直ぐに売っ払ってしまおうかと、 ルイズは思った。 「この任務にはトリステインの未来がかかっています。 母君の指輪が、アルビオンに吹く猛き風を、 幻影のように鎮めて下さいますように」 アンリエッタは静かな祈りを捧げた。 ―――――――――― 朝靄の中、ルイズ一行は馬に鞍をつけていた。 いつもの制服姿だが、長時間の移動に備えて乗馬用のブーツを履いているルイズ。 密命に燃え、気合いの入ったセンス最悪の衣装に身を包んだギーシュ。 デルフリンガーを背に、ハートの飾りが頭に光るDIO。 そして…………いつものメイド服姿で、 当たり前のようにDIOの代わりに雑務をこなしているシエスタ。 ついてくる気満々である。 ルイズは乗馬用の鞭を片手に、 腰に手を当ててシエスタを睨みつけた。 「なんであんたがここにいるわけ? 今回ばかりは引っ込んでなさい、事情が違うわ」 苛立ちも露わに言い放つルイズだが、シエスタは涼しい顔で一礼した。 これ見よがしに胸が揺れる。 ルイズの顔面の青筋が増えた。 「旅の間、DIO様の御世話をさせていただきます。 光栄なことに、DIO様より直々の指名をたまわりました」 何とDIOの命令らしい。 ルイズは即座に、その怒りの矛先をDIOに向けた。 しかし、ルイズが怒り出すのは承知の上なのか、 ルイズが口を開く前にDIOが理由を説明した。 「ルイズ。見誤っているようだから言っておくが、 私はまだ万全ではないのだ。 降りかかる火の粉を払うのに、余計な労力を消費するわけにはいかん」 ぐっ……とルイズは言葉に詰まった。 確かに、付き合いが浅いので正確には知らないが、シエスタは有能だ。 匂いで分かる。 少なくともギーシュの百倍は役に立つだろう。 しかし、ルイズにはシエスタのあの澄ました態度が 癪に障って仕方がないのだ。 頭では納得できても、割り切ることは出来ないものがある。 そしてシエスタもまた、ルイズの内心を悟っているかのように、 鋭くルイズを射抜いた。 「……失礼ですが、ミス・ヴァリエール。 私は、例え仮初めといえども貴女がDIO様の主人であるなどと、 認めてはおりません」 それっきりシエスタはルイズに背を向けて、自分の仕事に戻った。 一瞬何を言われたのか分からず、キョトンとした顔をしたルイズだったが、 見る見るうちにその顔に黒い怒気が浮かんだ。 「……あぁ? 今、なんつったの?」 肩を掴んで、シエスタを無理やり自分の方に向かせるルイズ。 しかし、ドスの利いた声でシエスタに詰め寄っても、 顔面がぶつかるくらいに近寄ってメンチをきっても、 シエスタは眉一つ動かさない。 「貴女には主人としての資格などありませんと、 申し上げたのです」 使い魔の主人である資格が無いなどと言われることは、 貴族の沽券に関わる問題である。 決して聞き逃すことの出来ない侮辱であった。 ルイズは片手でシエスタの胸倉を掴み上げた。 片手であるにも関わらず、 シエスタの足は地面を離れた。 だが、それに怯むことなく、シエスタもルイズに牙を剥く。 「URYYYY……!!」 「KUA ッ!!!」 一触即発の状態で、二人はバチバチと火花を散らした。 事の成り行きを見ていたギーシュには、まさか口出しなんて出来るはずもない。 彼は必死で目を合わせないようにした。 あんな連中に、自分の使い魔を連れていってもいいか などと聞けるはずもない。 ギーシュは自分の使い魔を連れていくことを渋々諦めた。 しかしこの修羅場な空気を断ち切る存在が現れた。 ルイズの横の地面がモコモコと盛り上がり、 茶色の大きな生き物が顔を出したのだ。 血で血を洗う肉弾戦に突入しそうな勢いだった二人は、 突如現れたその生き物に目を向けた。 その茶色い生き物は、ギーシュの使い魔のヴェルダンデであった。 「ヴェルダンデ! ああ! 僕の可愛いヴェルダンデ!」 自分が溺愛する使い魔の登場に、ギーシュは感極まった声を上げた。 それとは対照的に、ヴェルダンデを見る二人はどこまでも無言だった。 その激しい温度差に、ギーシュは気づかない。 「あんたの使い魔って、ジャイアントモールだったの?」 場の流れを無理やり変えられて、ルイズが不機嫌そうに聞いた。 主人のもとに駆け寄ったヴェルダンデを抱きしめながら、 ギーシュは目を輝かせた。 「そうさ、僕の可愛い使い魔のヴェルダンデだ! ああ、ヴェルダンデ! 君はいつみても可愛いね!!」 暫く主人の熱い抱擁を受けていたヴェルダンデだったが、 やがて鼻をひくつかせた。 くんかくんかと匂いを探るヴェルダンデは、何故かルイズ…… 正確には、ルイズの右手の薬指に光る指輪……に狙いを定めた。 ヴェルダンデは宝石が大好きなのだった。 だからこそ、『土』系統であるギーシュにとっては最上の協力者であった。 つぶらな瞳を輝かせて、ヴェルダンデはルイズに突撃した。 ルイズは自分めがけて走ってくるモグラを無感情に見下ろした。 「それ以上近づいたら蹴るわよ?」 モグラ相手にバカみたいだが、ルイズは一応警告した。 しかし、やはりモグラがその突進を止めることはなかった。 「あはは、噛みつきやしないさ。 とっても賢いやつなんだ!」 気さくな笑みを浮かべるギーシュ。 やがて距離が縮まり、一直線に駆けたヴェルダンデは、 そのままの勢いでルイズの胸に飛びつこうとした。 ―――が 「フンッ!!」 "ボギャア!"という鈍い音と共に、ルイズの膝蹴りが ヴェルダンデのアゴに炸裂した。 勢いがついていた分、ダメージは相当のものだった。 ヴェルダンデはもんどり打って倒れ、ピクピクと痙攣し始めた。 愛する使い魔に対するあんまりな仕打ちに、 ギーシュはプッツンした。 「な、なにをするだァーーーッッ! 許さんッ!」 懐から、杖として使っている薔薇の造花を取り出して、 ギーシュは鼻息荒く目を血走らせた。 この場で決闘でも始めかねない剣幕だ。 「警告したでしょうが。 殺さなかっただけ感謝しなさいよ」 だが、ルイズはそんなギーシュを宥めるどころか、 逆に挑発したのだった。ルイズはシエスタとの一件で、まだ気が立っていた。 そんなルイズに対する怒りで身を震わせるギーシュは、 何の躊躇もなく薔薇を振った。 薔薇の花弁が二枚宙を舞い、たちまちそれは青銅で出来たゴーレム、 『ワルキューレ』に姿を変えた。 ギーシュの十八番、錬金であった。 「け、け、けっけっけっ決闘だァ! このビチグソがぁあああッッ!!」 錯乱状態のギーシュが薔薇を振るうと同時に、二体のワルキューレがルイズに踊り掛かった。 to be continued…… 52へ 戻る 54へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4436.html
前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔 魔法権利を身につける。そう決めたルイズは、夕食が終ったあとの時間を魔術審議のための時間として充てることとした。 毎晩魔術審議を欠かさず行い、そして魔法権利を行使し魔術審議の成果を確認する。 はじめ、ルイズは己が天才かもしれないと思っていた。 本来たった一回の魔術審議で魔法権利を獲得するということはまず無いことだ。故に一回で魔法権利を獲得した己を、すわ天才かと思ったのだ。 たった一回の魔術審議で一匹とはいえ蟻を生み出せるようになったルイズは、己に魔法権利を扱うための才能が多大に与えられているのだと思ったのだ。 だがそれがどうにも違うようだということが、2回目以降の魔術審議でわかった。 2度目の魔術審議。ルイズは黒蟻の魔法ではなく、他の魔法権利を獲得しようとした。次姉、カトレアを癒すための治癒の魔法を身につけようと思ったのだ。 だが、そう思い行った魔術審議は、前回とはまるで違う結果となった。 魔法権利を獲得できなかった、だけではない。茫洋として、権利獲得に近づいているという手ごたえがまるで無かった。 これはどういうことかと思い、ルイズは他の様々な魔法の魔術審議を試してみた。モッカニアの記憶にある、同僚の武装司書たちの魔法。 だが、そのどれもが同じ結果に終わる。 黒蟻の魔法以外で唯一成功したのは肉体強化のみ。 肉体強化は、武装司書なら程度の差はあれ誰でも使う。当然モッカニアも習得している。 どうやらモッカニアが習得した魔法のみ、並外れた速さで習得できるということらしい。 モッカニアと契約したからモッカニアの魔法権利を引き継いだ。ということだろうか。 一発で黒蟻を呼び出せるようになったのが、自分自身の才能によるものではなさそうだと判り、自分が天才なのかもしれないとぬか喜びしていたルイズは少し残念に思ったが、それほど落ち込みもしなかった。 本来、世界の公理に手を加えられるようになるには、1年程度かかるのが普通なのだ。 モッカニアの魔法限定とはいえ、いとも簡単に魔法権利を獲得できたのを僥倖と思うべきだろう。 ここでルイズに選択が迫られる。 このまま黒蟻の魔法を高めていくのか、それとも時間をかけて他の魔法権利を習得するか。 他の魔法とはすなわちカトレアを癒すための魔法。 ある程度時を必要とするだろうが、魔術審議を繰り返せば、モッカニアのもの以外の魔法も使えるようになるだろうとは思う。 だが、黒蟻の魔法と治癒。両方を身につけるのは不可能だろう。 モッカニアの記憶の中に、治癒の魔法を使う武装司書が一人いる。 ユーリ・ハムロー。 モッカニアの友人であり、モッカニアが心を病んだ後、最も次期館長代行に近いと言われたユキゾナ・ハムロー。その妹だ。 ユキゾナはその強大な力とは裏腹に、子供のころから病弱であった。武装司書になるまでの人生、そのほとんどをベッドの上で過ごしたらしい。 武装司書になってからも、ユーリがいなければその職務を果たすことはできないだろう。 そんなユキゾナがどうして武装司書になれたのか。 それはユキゾナとユーリの兄妹が、二人とも司書養成所に入る前から魔法権利を獲得していたためだ。 なぜ、養成所に入る前から魔法権利を習得していたのか。友人であるモッカニアにも、ユキゾナは語ろうとはしなかった。 とにかく、ユーリは兄を癒すための魔法を、ユキゾナは破壊のみを突き詰めたような魔法をすでに持っていた。 ベッドの上で過ごす人生で、ユキゾナがどうしてそんな力を手に入れたのかは分からないが、ユーリは間違いなく兄のためにその力を手に入れたのだろう。 そして司書養成所に入ってからも治癒の魔法を磨き続けた。 その才能のほとんどを治癒に費やしてしまったため、ユーリは肉体強化以外の戦闘向けの魔法は一切持たない。 あまり多くの魔法権利を手に入れることは、混沌に近づきすぎて命を落とすことにもなりかねない。ユーリにはこれ以上魔法権利を獲得する余裕がないのだ。 もっとも、さらに魔法権利を獲得する余裕があるとしても、ユーリの性格からしてそれも兄のために使うのだろうが……。 ルイズが治癒の魔法と黒蟻の魔法、両方を実用レベルで身につけようと思うなら、ユーリ以上の才能が必要となる。 さらに黒蟻の魔法にモッカニア自身のレベルを求めた場合、その上で治癒の魔法を使うにはモッカニア以上の才能が求められる。 それだけの才能があれば、文句なしで館長代行の地位に就けるだろう。 また、治癒の魔法一つに絞ったところで、やはりユーリ以上の才能は欲しい。 魔法の才能はあるが体の弱いユキゾナを、カトレアとどうしても重ねてしまう。 気になるのは、ユキゾナとカトレア、どちらの病が重いのだろうかということだ。 武装司書の激務をしていることを思えば、ユキゾナはカトレアに比べればよほど健康と思ってしまうが、ユキゾナには常にユーリが付いているのだ。 秘薬をもった水のメイジが常にサポートしているようなものだ。 やはり、どちらの病が重いというのは決め難い。 ユキゾナとカトレアの病が同程度のものと仮定した場合。 ユーリは常にユキゾナのそばにいながら、ユキゾナの病を完治させることはできないでいるのだ。 ならばルイズにはユーリを超える才能が必要だ。 侯爵家たるヴァリエールにとって、水のメイジと秘薬を確保するのは容易いことなのだ。その財力をもってトリステイン中から腕利きの水のメイジを招聘しているのだ。 カトレアの現状を改善しようと思うなら、潤沢な秘薬をもった水のスクウェア以上の力が必要になる。 ユーリの治癒の魔法も、秘薬が必要ないという点は称賛に値するが、水のスクウェアを超えるものとは思えない。 ルイズに果たしてユーリを超えるだけの才能があるのか? しかも、ルイズは16歳だ。 ユーリは司書養成所に入る前から魔法権利を持っていた。モッカニアの記憶によれば、ユキゾナが養成所に入ったのが15歳。ユーリは2つ年下で13。 つまりユーリは、どんなに遅くとも本来魔術審議を始めるはずの13歳以前に魔法権利を獲得しているということだ。そして13歳からは、養成所で正式な訓練を始めている。 現在16歳のルイズより3年以上早く治癒の魔法を習得し、磨いてきたことになる。 3年以上の遅れを追いつき、さらにそれを越えていくだけの才能。 そんなものが己に備わっていると思えるほど、ルイズは楽観的ではない。むしろ、今の今まで魔法の才能がないと言われて育ってきたのだ。 しかし、黒蟻の魔法。 こちらの魔法は、今すぐにでも使うことができる。 そして、モッカニアの魔法権利を引き継いだというのなら、最終的にモッカニアと同じレベルにまで到達できる可能性がある。 世界最強と言われるレベルにまで達することができるかもしれない。 結局、ルイズは黒蟻の魔法を選んだ。 己がユーリ以上の治癒の使い手になれるのかどうかという不安。 治癒を選んだ場合、やっと力を手に入れたと思ったのに、おそらく一年近くは魔法を使えないという点。 もし世界最強という力を手に入れることが叶えば、ヴァリエールの力をもってしてできないような「何か」ができるかもしれない。 そういったことを踏まえた上での決断だが、それらとは別にもう一つ思うところがあった。 ルイズが手に入れたのはモッカニアの才能だけではない。 モッカニアの『本』。モッカニアの記憶。すなわち情報。 『魔法権利を手に入れる方法』をルイズは知っているのだ。 軽はずみにできることではない。簡単にやっていいことでもない。 だが、この情報を誰かと共有するという選択肢が確かに存在する。 己はユーリを超える治癒の使い手になれないかもしれない。 だが、他の者は? もし百人が、皆、治癒の魔法を磨けば、一人ぐらいはユーリを超える存在が現れるのではないか? 貴族は駄目だろう。異端の力。しかも、治癒の魔法以外に手を出すなと言って従う者などいないだろう。 だが平民は? 系統魔法とは違う魔法権利。系統魔法は使えなくても、魔法権利は身につけることができるのではないか? 事実、自分がそうではないか。系統魔法はいまだ成功しない。 そしてモッカニアの世界では、魔法を使うのに血統など関係ない。才能は個人個人に与えられるのだ。 ルイズは、この考えはあくまで心の片隅にとどめておくこととした。 下手をすれば、貴族制の存続に関わりかねない危険な考えだ。 だが、心の片隅から、この考えが消えることもないだろう。 おそらくカトレアを癒すことを考えれば、有効な手であることに間違いないから。 召喚の儀式から5日が過ぎた。ルイズの日常はそれまでのものと微妙に変化していた。 だが、その変化はほんの些細なものであったため、周囲の誰も気づかない。 しかし、唯一人、キュルケだけはそのほんの些細な変化に気づいていた。 些細な変化。 ひとつは、食前の始祖への祈りを、今まで以上にまじめにするようになったこと。 二つ目。夕食の後すぐに部屋に戻るようになったこと。 そして最後に、メイドに何かを命じるとき、黒髪のメイドに優先的に声をかけるようになったこと。そして、そのメイドと短いが会話をするようになったこと。 どれも些細なこととは思うが、最後のメイドの件だけ、キュルケは少し気になった。 平民と仲良くするなど、今までのルイズからは考えられない。 「まさか魔法使うの諦めて、平民の仲間入りするなんて言わないわよね」 キュルケは呟く。 そんなことは認められない。私に断りもなく諦めるなど認めるものか。 この学院で唯一、キュルケだけがルイズの敵だ。 他の生徒は、幾らルイズをからかおうと腐そうと、彼らはルイズを敵とは思っていない。 彼らのそれは平民が貴族に対して陰口をするのと同じである。 彼らは既にヴァリエールという家名に敗北を認めている。 敵わないと認めているヴァリエールの、唯一の弱みといえるルイズで腹いせをしているだけである。 だがキュルケは違う。 ツェルプストーの者にとって、ヴァリエールの名は紛うことなき敵である。 入学したばかりの頃は、そういった理由から、とりあえずといった気持ちでルイズを敵としてみなしていた。 しかし今は違う。 ルイズの魔法の才能を知るにつれ、キュルケはルイズを敵ではないと認識した。敵に成りうるだけの力を持たないと認識した。 だが、ルイズはそうは思わなかった。 ルイズはキュルケの言葉の一つ一つに噛み付いた。ルイズは己がゼロでありながら、キュルケに対して真っ向から敵対した。 だからキュルケはルイズを敵として認めることにした。ルイズが敗北を認めない限り、ルイズには敵としての価値があると認めた。 「貴族としての意地だけで生きてるようなもんなのに、それすら捨てちゃったらあんたに何が残るっていうの?」 キュルケはルイズを睨む。 ルイズは今日も黒髪のメイドと話している。 別段楽しそうにしているわけではないが、会話はそこそこに弾んでいるみたいだ。 「…………」 キュルケの視線を友人のタバサも追うが、特に興味もないので、すぐに視線を本へと戻した。 「シエスタ。またあの貴族の娘か?」 厨房で、シエスタは料理長のマルトーに声をかけられた。 昼休み。とはいえ貴族たちはほとんど昼食を終え、それぞれが好き勝手に過ごしている時間である。 ゆえに、厨房で働く使用人たちも少しずつ暇ができる時間帯でもある。 マルトーは手の空いた者から昼食を済ませるようにと指示しており、厨房に戻ってきたシエスタにもそう命じようとした。 しかしシエスタは戻ってくるなり、ケーキと紅茶の用意を始めたため、そこで先ほどの言葉が出た。 「まったく。どういう風の吹きまわしだが知れねえが、貴族の気まぐれには困ったもんだ。シエスタも迷惑だろ? なんだったら、あの娘の目につかないような所の仕事に回してやるぞ?」 マルトーは不機嫌そうに言う。 「迷惑とかそういうのはないですよ」 シエスタは苦笑いする。 「ミス・ヴァリエールがどうして私に声をかけてくださるのかよく解らないですけど、何か無茶なこと言ってくるわけでもないですし、あまりに忙しい時は他の手の空いてるメイドに声かけるようにしてくれますし。逆に……」 逆に声をかけられたおかげで少しさぼることもできると言おうとしたが、それは上司の前で言う言葉ではないと思い、その言葉は呑み込む。 シエスタはケーキと紅茶を乗せたワゴンを押しながら厨房を後にする。 「まぁ、なんにせよ貴族のやることだ。用心しておけよ。いつ手のひら返して難癖つけてくるかもしれねえからな」 シエスタの背中に向けてマルトーは言った。 ルイズはシエスタの戻ってくるのをぼんやりと待っていた。 今日はどんな話題を振ろうか、そんなことを考えながら。 シエスタに異端云々の話をしたのはやりすぎだった。今にして思う。 だからこそ、あれ以来毎日のように声をかけるようにした。そして他愛のない話題を振る。 『一万エキュー拾ったらどうするか』『青と水色、より涼しいのはどちらか』『レモンを生でかじれるか』『ハシバミ草のおいしい調理法』など、特に意味のない会話を繰り広げる。 ルイズがシエスタを捕まえて他愛のない会話をする。それを日常にすることで、あの会話も日常の一つに埋没させようという心算だ。 だがそれとは別に、シエスタとの会話を純粋に楽しいと思うルイズもいる。 クラスメイトとほとんど会話をしないルイズにとって、久しぶりに得た日常的に会話を交わす存在である。 例えそれが平民であろうと、シエスタとの会話は心休まる時間になりつつある。 ルイズは最近考え事をする時間が多い。 今までも、人と交わらない分いろいろと考え事をしていることが多かったが、それは考えているのではなかったと今は思う。 結局ルイズが考えていたのは、自分が魔法を使えないということと、それに付随するあれやこれや。そんなものは疾うに一通り考えつくしてしまっている。 考えているように見えて、過去の考えをなぞるだけの作業にすぎなかった。 結局、誰とも交わらず自分だけで完結しているくせに、その自分がいつまでも魔法を使えないまま変化をしなかったのだから、新しい思考を生み出すなどということはあり得なかったのだ。 今は、モッカニアの『本』、日々の魔術審議、そしてシエスタとの会話から新しい刺激を受け、そしてそれが新しい思考を生み出している。 貴族足らんという思いを常に抱いて生きてきたルイズが、最近特に思うのはその貴族というものについてである。 シエスタと何度か会話し、多少気心が知れてきたと思う。だが、どんなに会話が弾んでも、シエスタがきちんと身分の違いを弁えた言動からはずれることはない。 それは本来、至極当たり前のことではあるのだが、今のルイズはその当たり前にも少し疑問を持つようになった。 モッカニアの『本』には、世界最大の大国であるイスモをはじめ、貴族のいない国がいくつか存在する。 それらの国は民主主義というルイズにとって未知の政治形態をとり、貴族が政治を行うのではなく、国民の投票によって選ばれた者たちが代表して政治を執り行う。 つまり、投票という形ですべての国民が政治に対する一定の影響力を持っているのである。 ルイズにはいまいち理解できない制度であるが、民主主義こそが理想とする声も彼の世界では大きい。 ルイズの、ハルケギニアの価値観なら、魔法という軍事力を持ち、領地の統治のための教育を幼少から受けている貴族が政治を執り行うことが正しいとされている。 民主主義における、政治の知識のない者まで政治に対して影響力を持つという仕組みは、余計な混乱をもたらすだけではないかとルイズは思う。 一方、貴族が政治を執り行う国もある。 モッカニアの生まれ育ったロナ公国などがそれだ。 だが、こちらの貴族はハルケギニアのそれとは違い、魔法を使えるわけではない。 魔法権利は、貴族でも平民でも、魔術審議をしっかり行った者に与えられるのだ。そこに身分は関係ない。 むしろ、貴族は武装司書のような魔法を使う仕事を下賤な仕事とみている節がある。 これもルイズにはいまいち理解できない。 貴族は平民の使えない魔法を使うという絶対的な優秀性があるからこそ、そうではない平民たちを支配するに足るのではないか? もしそうでないのなら、貴族足らんとし、魔法の使えない己を恥じ、只管に魔法の練習を繰り返してきた自分は何なのだろうか? つまり貴族にとって肝要なのは、人の上に立つに足る優秀性であり、その優秀性が必ずしも魔法である必要はないということか。 それはゲルマニアの考えに近い。トリステインの貴族が野蛮と断ずるゲルマニア。彼の国では金を稼ぐことに優秀であればメイジでなくても貴族になれる。 ルイズは貴族として恥じない存在になりたいと常々思ってきた。それは、とにかく平民の上に立つだけの優秀性を手に入れればいいのか? いや違う。 それでは足りない。 ただ優秀ならば、強ければそれでいいというのなら、モッカニアはあんな死に方をしなかった。 モッカニアの父親は貴族だった。貴族として、統治者として優秀かどうかはモッカニアの視点からいまいちはかり知ることができない。 ただ、貴族としての権力という力を持った強い存在ではある。 対してモッカニアの母親、レナス・フルール。彼女は弱かった。 領主であるモッカニアの父の気まぐれによって孕まされ、女手ひとつでモッカニアを育てたが、終には貧しさの中で死んだ。 その後モッカニアは父に引き取られ、裕福な暮らしの中で貴人としての教育を受けた。だが、やがては家を飛び出し、そして武装司書になった。 モッカニアにとって母と過ごした時間は、貧しくとも大切な思い出である。 だが、父と過ごした時間は、ただただ苦痛でしかなかった。 モッカニアの『本』を通したルイズからは、モッカニアの父はモッカニアやレナスを苦しめるだけの存在にしか思えない。 領主の権力をかさにレナスを手篭めにし、そしてレナスは貧しさの中女手一つでモッカニアを育てることになる。 たとえどれほど為政者として優秀だったとしても、モッカニアの父を貴族として認めたくはない。 トリステインにも、モット伯という、権力をかさに平民の娘を手篭めにする貴族がいる。 彼らのしていることは下種そのものだとルイズは思う。貴族としての誇りを著しく傷つけるものだ。 つまり大切なのは誇りか。 貴族の誇りに恥じないような行いをすることこそが、真に貴族として必要な資質か。 貴族としての誇りを守るために行動し、そしてそれに足るだけの力を持つ。それが貴族ということ。 ルイズはひとまずそう結論した。 シエスタがケーキを持ってやって来た。 ルイズはそれを確認すると、自分の膝の上にハンカチを広げた。そして、こっそりと蟻を一匹呼び出し、ハンカチの上に置く。他の者からはテーブルの陰になって見えないだろう。 魔法権利を獲得してから、日常的に蟻を呼び出すようにしている。 魔術審議は己が魔法を使うことをより強く想像することが重要だ。そのため普段から魔法を使って、魔法を使う自分に慣れ親しんでおくことは、権利をより強くするのに役に立つ。 シエスタはケーキをルイズの前に置くと紅茶の用意をする。 ルイズはシエスタの視線が紅茶のほうに向いているうちに、ケーキをフォークで少し崩し、一かけらハンカチの上に置く。 そして、呼び出した蟻にそれを食べさせる。 食べさせるということ自体には意味はない。定期的に食料を与えなくては呼び出せなくなるということもない。呼び出すたびに新しい蟻が生まれ、以前呼び出した蟻の腹が満たされていようと、新しく呼び出した蟻には関係ない。 ただ、使い魔であるモッカニアの『本』が食事の世話も何も必要ないため、蟻に餌を与えることで、使い魔気分を味わっている。 そして、蟻を使い魔のように扱う代わりに、モッカニアの『本』は持ち歩かなくなった。何かの拍子に破損してしまうことを心配してということもあるし、『本』のことが誰かにばれてしまうのを防ぐためでもある。 モッカニアの『本』は柔らかな布に幾重にも包まれ、二重底になった宝石箱にしまわれている。 『本』は破損してしまうとその情報が大きく失われてしまう。全てのかけらを集めても、元の『本』一冊分の情報には到底届かないのだ。 普段は厳重に保管しておき、必要なときだけ取り出すようにするべきだろうと判断した。 「どうぞ」 シエスタがルイズの前に紅茶を置く。 「おいしい」 ルイズは一口啜ると呟いた。 話し相手云々を置いてもシエスタばかりに声をかけるというのは悪くないことだと、淹れられた紅茶の一口目を飲むたびに思う。 シエスタはルイズの好む温度、味を完全に把握している。 毎回、その時その時に目に付いたメイドに頼んでいたのではこうはいかないだろう。 メイドは一般的に理想とされる紅茶の入れ方を教育されてはいるのだろうが、必ずしもそれがルイズにとっての理想とは限らない。 「シエスタの入れてくれる紅茶が学院で一番おいしいわ」 「ありがとうございます」 シエスタはそう言うと、少し照れたようにはにかんだ。 貴族の令嬢のするような高貴さや品を湛えた笑みとは違うが、素直でかわいらしい笑みだとルイズは思う。 さて、どんな話題を振ったものか。 ルイズはきょろきょろとあたりを見渡す。 「香水……」 ふと頭によぎった単語をルイズはそのまま言葉にする。 「シエスタはどんな香りの香水が好き?」 ルイズはそれほど香水には拘らない性質だが、香水という単語がふと口をついてしまったため、そのまま質問することにした。 「香水……ですか? 私は普段使わないのでなんとも言えませんけれど……」 シエスタが少し困ったような顔で小首をかしげる。 「ただそうですね。薄荷とか、そういったさわやかな香りは好きですね」 「あぁ、そう……」 シエスタの答えを聞きながらも、ルイズはしまったなと内心で舌打ちする。 香水は高級品であり贅沢品だ。平民であるシエスタにとっては馴染みの薄いものである。 (どうしてこんな話振っちゃったのよ。自分もそれほど興味ないし、シエスタにも縁遠い物だってのに……) 会話の内容など他愛のないものでよいとはいえ、まるで広がりようのない話題を振ってしまったことに少しばつの悪さを覚えるルイズ。 それを誤魔化す様にまた周囲に目をやる。 そこではたと気づく。 「香水だわ……」 「香水ですか?」 ルイズの呟きに、シエスタは小首をかしげながら鸚鵡返しする。 「香水が落ちてるのよ、そこに。なんで香水のことが頭をよぎったのかと思ったら……」 シエスタがルイズの視線を追うと、確かにそこには紫色の香水壜が落ちていた。 「あれは……モンモランシーのかしら」 モンモランシーはルイズのクラスメイトで、その二つ名は『香水』。二つ名の通り香水の調合を得意とするメイジである。 (だけど……) モンモランシーを探すと、香水からは微妙に離れた位置にいる。 そして、 「ギーシュがすぐ近くにいるし、ギーシュが落としたのね」 そう結論付ける。 ギーシュとモンモランシーは何かと仲を噂される関係である。 大方、モンモランシーがギーシュに香水をプレゼントでもしたのだろう。 「仕様がないわね。あんなとこに落っことして、誰かが気づかずに香水ぶち撒けでもしたら大変だわ」 ルイズはそう言うと、立ち上がろうとする。 だが、それをシエスタが制する。 「ミス・ヴァリエール。私がミスタ・グラモンに渡しておきますので、どうぞごゆっくりしていてください」 シエスタはルイズに一礼すると、ギーシュの方へと歩いていった。 ルイズはその背中を見送る。その表情は少し寂しげだ。 シエスタはギーシュに香水を渡したら、そのまま厨房に戻ってしまうだろう。 まだろくに会話していない。何かもっと話をしたい、と思いはするが、話をしたいから戻って来いと言うのはルイズのプライドが許さない。 あくまでルイズは用を言付けるついでに話をするのだ。 (あーあ……) ルイズは心の中でため息を吐くと、目の前のケーキにフォークを刺した。 「オールド・オスマン。大変です!」 学院長室のドアがコルベールによって勢い良く開かれた。 「んが、ぐぐ」 院長のオスマンは、普段口うるさく注意してくる秘書のロングビルがいないのをいいことに水タバコをふかしていたが、突然勢い良く入ってきたコルベールに驚き、タバコにむせてしまった。 「げほっ……。なんじゃね、えーっと、ミスタ・コルトレーン」 「コルベールです! そんなことよりこれを見てください!」 「年寄りが咳き込んでるのも『そんなこと』かね。それはよっぽど大変なことなんだろうのぉ、ミスタ・コールター・オブ・ザ・ディーパーズ君」 咳き込みながらもコルベールに恨みがましい視線を送るオスマン。 その視線にたじろぎながらも、コルベールは一冊の本を差し出す。 「これを見てください、オールド・オスマン。そして私の名前はコルベールです」 その本を見て、オスマンの表情がにわかに真剣味を帯びる。 古今のさまざまな書物が魔法学院には収められているが、それらの中でも一際古いものであろうと一目で判る装丁。『始祖ブリミルの使い魔たち』とタイトルが振られている。 「2年生の使い魔召喚が終わって日も浅いこのタイミングで、そんな本を引っ張り出してくるということは、つまり、そういうことかのう」 「はい。生徒が呼び出した使い魔の中に、この書に記されている『ガンダールヴ』のルーンと同じルーンが刻まれたものがいまして……」 オスマンは背もたれに身を預け、「ふむ」と一つ嘆息する。 「『ガンダールヴ』のう……。確か、あらゆる武器を使いこなし、詠唱中のブリミルを守ったという……。本当だとしたら大事よの」 オスマンの言葉には多少の疑意が滲んでいる。コルベールの期待していた反応とはいささか異なる。 「本当ですよ! この書物に記されているルーンと同一のものに間違いありません!」 それに反論するコルベール。 「それでは聞かせて欲しいのじゃがの。その『ガンダールヴ』は誰の使い魔で、どういった生き物なんじゃ? 武器を使うというからには人に近い形をしていると思うんじゃが……」 オスマンが言う。 コルベールはその言葉からオスマンの反応がなぜ薄いのかを悟る。 もし生徒の中に、亜人のような人型に近い種族を呼び出したものがいれば、疾うに教員中に知れ渡っているだろう。亜人を呼び出した例は皆無ではないが、レアなケースなのである。 オスマンの反応は、今年呼び出された使い魔にそういった、武器を使えるような生き物がいないことを踏まえたうえでの反応だったのだ。 コルベールは苦々しい顔で口を開く。 「呼び出したのはルイズ・ヴァリエール。使い魔の種族は……石ころです」 コルベールの言葉にオスマンは目を丸くする。 「そうか。報告は受けておったが、その石ころか……。石ころがどう武器を使うのかという話じゃ。わしはそれこそ『ガンダールヴ』なら、亜人どころか人間でもいい思うのう。 武器というのは人間が使うように作られたものなのじゃから。なんにせよ、石ころじゃぁのう」 「しかし、この本には……」 なおも食い下がろうとするコルベール。 「始祖関連の書物は真贋の怪しいものばかりじゃ。まぁ、その本を疑うのが一番妥当じゃろ」 オスマンの言葉にコルベールはがくりと肩を落とす。 その様子を見てオスマンはやれやれといった調子でため息を吐く。 「じゃがの。そう結論するのもいささか早計での」 「はい?」 「考えなきゃならんのは、もしその本の記述が正しかったら、石ころに刻まれたルーンが『ガンダールヴ』のものに間違いなかったらということじゃ」 オスマンの言葉に、コルベールは何を言わんとしているのか理解できず呆けた顔をする。 「しかし、先程オールド・オスマン自身が仰ったように、石ころでは武器など扱いようもないではないですか」 「よおっく考えるんじゃぞ。使い魔はルーンを刻まれたのであって、刻むのはメイジのコントラクト・サーヴァントの魔法じゃろ。そして、そのヴァリエールの娘っ子は、魔法がまるで成功しないというんじゃろ」 オスマンの言葉を噛み砕くように考えるコルベール。 そして、その言わんとする意味を理解する。 「つまり、ミス・ヴァリエールにコントラクト・サーヴァントをされたものは『ガンダールブ』のルーンが刻まれるが、彼女はサモン・サーヴァントを失敗し、本来呼び出すべきものとは違うものを呼び出してしまった……」 「ま、そう考えることもできる、ということじゃ。本来呼び出すべきは人間かそれに類するものだったが、何の間違いか石ころが出てきてしまったと」 二人には知る由もないが、ルイズが召喚したのはモッカニアの『本』であり、それは人間の魂である。肉体こそ持たないものの人間を呼び出しているのである。 「しかしそうなるとミス・ヴァリエールは始祖と同じ使い魔をもつということになるわけで……つまり、始祖と同じ系統……」 「虚無の使い手……ということになるのう」 『虚無』という言葉に二人は口を噤み、しばし沈黙が流れる。 虚無系統の魔法の使い手は始祖ブリミル以来確認されておらず、もはや伝説である。軽はずみに言ってよいものではない。 「虚無だとしたら」 コルベールが口を開く。 「ミス・ヴァリエールは始祖の再来ということになります。王宮に報告するべきでは?」 「たわけ。まだ仮定の段階じゃ。それに虚無だとしてもそれを公表するかどうかはまた別じゃろ。それこそヴァリエール本人に対しても話すべきかどうか」 オスマンは苦い顔をする。 「なぜです?」 「ハルケギニアのどこに虚無の魔法を教えられる者がおる? 虚無だけど結局魔法は使えないなどと聞いても本人は虚しいだけじゃろ。 そして、アカデミーの連中。あやつらは虚無だけど魔法は使えない、で許すわけがなかろう。虚無を引き出すためなら人体実験でもなんでもするじゃろうな」 オスマンの言葉、特にアカデミーのくだりにコルベールの表情は露骨に歪む。 「なんにせよ、仮定の域をまるで出ない話じゃ。取り敢えずは裏付じゃな」 「そうですね。他の書物で『ガンダールヴ』のルーンが記載されてるものがないか調べて見ます」 「ふむ。それと、サモン・サーヴァントをやり直すというのも手じゃろ。もしガンダールヴなら、今度こそ人のようなものが呼び出されるかもしれん」 「確かに」 ここで、コルベールの表情が少し曇る。 「しかし、新しい使い魔を召喚するためには……。使い魔の召喚をしなおすために使い魔を殺す……いや、彼女の使い魔の場合は壊すですか? そんなことを生徒にさせるわけにはいきません」 「確かにの。じゃが、何も彼女自身にやらせることはなかろう。なぁに、ちょいと事故が起きればいいだけの話じゃ。別に生き物でもなし。石ころ一つ、壊したって罰は当たらんじゃろ」 「そうですね……。まぁ、彼女も石ころが使い魔では不満でしょうし……。多少のルール違反。そんなのもので彼女が気に病むことのないように、出来るだけ自然な事故が起こすようにしますか」 そう言って二人は苦笑いした。 「では、とりあえず私は時間を作って図書館でルーンについて調べてみます」 そう言ってコルベールは席を立とうとする。しかしその時院長室のドアがノックされる。 「失礼します」 入ってきたのはオスマンの秘書、ロングビルだった。 少しあせった様子のロングビルは部屋に入るなり口を開く。 「オールド・オスマン。生徒たちの間で決闘騒ぎが起きており、教師から眠りの鐘の使用許可が欲しいと……」 その言葉にオスマンは思わずため息を吐く。 つまるところ、喧嘩の仲裁のために宝物庫を開けて秘宝を使わせろというのだ。 「かーっ。全く、生徒の喧嘩なんぞに秘宝を使えるわけがなかろ。全く、情けない教師共じゃ。貴族の餓鬼共も、喧嘩する暇があったら魔法の修行でもしろというに。それで、どこのアホ貴族が喧嘩しとるんじゃ?」 「ギーシュ・ド・グラモンとルイズ・ヴァリエールです」 ロングビルの挙げた名前に、オスマンとコルベールは思わず顔を見合わせる。 「……まぁ、あれじゃ。放っておきなさい。あんまり大事になりそうだったら実力行使でとめりゃよい」 「かしこまりました」 ロングビルは深々と一礼すると部屋を出て行った。 「放っておいて良いのですか?」 コルベールの言葉をよそに、オスマンは学院の秘宝の一つ、遠見の鏡を取り出す。 「ヴァリエールの娘についてはこれから良く観察しとかなくちゃならんだろうからの。失敗魔法とやらに虚無のヒントがあるかもしれん」 「魔法を見るだけなら、決闘を止めて、また後で見ればよろしいのでは?」 「魔法を見るだけではない。場合によっては虚無なんていう得体の知れない力を持つようになる娘じゃ。どうして決闘なんぞするのか、性格的な部分。魔法が使えない、ほとんど無力とはいえ、なけなしの力をどう使うのか。そういったところも知っておくべきじゃろ」 オスマンはそう言うと、短くルーンを唱える。 すると鏡に生徒たちの輪が映し出される。その輪の中心には二人の生徒が向かい合っている。 「ほれ。お前さんも見ていきなさい」 コルベールは無言で鏡の見える位置へと移動する。 「ところで……。なぜ宝物庫にあるべき遠見の鏡がここにあるのですか?」 コルベールの言葉にオスマンはにやりと笑う。 「のう。経費削減のためにも女子寮や女子風呂にかけられておる魔法を妨害するあれやこれやはなくすべきだとは思わんかね」 「少しは悪びれたらどうです?」 前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/707.html
back / top / next 「おーそーいー!」 ルイズは食堂で、ワイン片手に管を巻いていた。 「なによあいつ、せっかく今度はここの料理を食べさせてあげようと思ったのに、 『あ、僕、ちょっと用事を済ませてくるから先に行ってて』 て、別れてからどんくらい待たせる気よ!」 苛立たしげにフォークをつかむと、手近にあった腸詰に突き立てた。 その腸詰が、ちょっとあれなやつに似ているせいで、男子生徒の何人かが顔をしかめる。 ルイズはそれを、躊躇なく噛み千切った。 「……ッッ!!」 リアルに想像した男子が、股間を押さえてうずくまる。 面白くなさそうに音をたてて咀嚼していると、なにやら後ろが騒がしい。 ルイズは振り向くと、 「あ、いたいた。おーいルイズぅ」 大きな銀のトレイを持って、手を振りながら近づいてくるアオを見て、 「ブッ!?」 噴いた。 「ああ、あんた、なんて格好してるのよ!?」 「え、なんか変かな」 顔を真っ赤にして怒鳴るルイズの前で、アオ、その場でくるりと一回転。 それに合せてふりふりエプロンが揺れる。 似合うを軽々と通り越して、その可憐さに周囲が息を呑むほどだった。 ルイズはその姿に、女としてなんか負けた気がした。 「て、ちがーう!」 その考えを振り払うかのように、ルイズが叫ぶ。 「食堂でそんな大声だしてたら、みんなに迷惑だよ」 「あ・ん・た・ね。誰のせいだと思ってるのよ!」 アオ、首をかしげる。 その姿とあいまって、ルイズは思わずよろけた。 こいつ、わざとやってるんじゃないかしら。 なんとか体を支えながら、埒もないことを考える。 「はい、イライラしている時には甘いものが一番だよ」 アオはそう言って、持っていたトレイからパイを一切れつまみ出すと、ルイズの皿に盛った。 「なによ、これ」 「アップルパイですわ。アオさんが作ったんです。美味しいですよ」 アオが答えるよりも早く、別のテーブルで同じようにパイを配っていたメイドが答えた。 「誰よ、あんた」 何回か見たことある顔だが、名前は知らない。 「失礼しましたミス・ヴァリエール。私、ここでご奉仕させていただいているシエスタと申します」 「なに、シエスタ。これを作ったのがあいつってほんと?」 「はい、アオさんが今朝から準備していたんです」 辺りを見回すと、他のメイドたちが配っているのも同じアップルパイだ。 「まさか、今配られてるデザートって全部」 「はい、アオさんが作りました。すごいんですよ、あのコック長のマルトーさんが、アオさんの腕をべた褒めしてたんですから」 「そ、そうなんだ」 ルイズは冷や汗をかきながら、アップルパイを口に運ぶ。 「! 美味しい……」 ルイズが嬉しそうにアップルパイを食べるところを見て、優しく微笑むアオ。 「材料とかいろいろ都合をつけてもらったお礼に、配膳の手伝いをしているんだ。ほんとは、すぐに君に届けたかったんだけど、ここって広いから。じゃ、僕は、残りを配ってくるよ」 「それでは失礼します」 アオとシエスタは、再びデザートを配り始めた。 アオが通った辺りから、黄色い声が上がる。アオの姿に興奮した女生徒たちが騒ぎ出しているのだ。隠れながら窺うように見て、顔を火照らせた生徒の中に、男もいるのは気のせいだろうか。 ほんと、なんなのあいつ。 今更ながら、ルイズは思った。 さて、それからちょっと時間が経過した後。 「ギーシュさま……その香水は、もしやミス・モンモランシーの」 「ケ、ケティ!?」 気障なメイジことギーシュが、ピンチだった。まあ例によって、二股がばれたのだが。 「よかった」 ギーシュが言い訳するよりも早く、ケティが手を叩いて喜んだ。 「はい?」 「それではミス・モンモランシーとお幸せに。さよならギーシュさま」 唖然とするギーシュを尻目に、ケティは手を振りながら去っていく。彼女が向かう先には、アオのエプロン姿に沸く集団が。 ポンと、ギーシュの肩を、友人の一人が叩く。 「お前、ふられたな」 「はいいいぃぃ?」 しかも、これだけでは終わらない。 「ギィィィシュ!」 地の底から響くような声と共に、ドリルにも負けぬ見事な巻き毛をした女の子が近づいてくる。 「モンモランシー!?」 「やっぱりあんた、あの一年生に、手を出してたのね」 「えと、その、彼女とはもう終わったっていうか」 「二股してたのは事実でしょうが!!」 モンモランシーは、体重の乗った見事な打ち下ろしの右で、ギーシュをテーブルに沈めると、 「ふんっ」 大股で去っていった。 「その、まあ……生きろ」 本来なら「ざまあ見ろ」と言いたいところだが、あまりの痛々しさに友人たちの見る目が優しい。 ギーシュは脳震盪で揺れる頭を振りながら、薔薇を片手に言った。 「ば、薔薇とは孤高のもの。これもまた宿命さ」 ギーシュは脳内で、さながら悲劇の主人公のような自分に酔いしれる。 「ときに、君。 なんて事をしてくれたんだ」 そして始まる責任転換。 餌食になったのは、香水の壜を拾って届けたメイド、シエスタだった。 「なにやってんのよ、あいつ」 ルイズは呆れながら、メイドに八つ当たりするギーシュを見た。 このルイズ、魔法はダメでも、心は貴族。 知らぬ仲(ついさっき名前を知ったばかりだが)でもないことだしと、シエスタに助け舟をだそうと立ち上がったところで、ギーシュに近づくアオの姿を視界に捉えた。 手に持つトレイには、水がなみなみと注がれたジョッキが載せてある。 ちょっと、あいつまさか。 いやな予感がした。 「そこまでだ。少し頭を冷やそうか。その娘は困っている」 アオは後ろから、ジョッキの水をギーシュの頭からかけた。 いやな予感的中。 しんと、辺りが静まりかえる。 なにが起こったかわからずに、きょとんとしていたギーシュだったが、肩を震わせて振り返った。 「決闘だ!」 「うん、いいよ」 あっさり受けるアオ。 うおーッ! と歓声が巻き起こる。 「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの平民の……えとお名前は」 「アオです」 マイク代わりに向けられた杖に、にこやかに答えた。 キャーっ! とさっきとは別種の歓声が巻き起こる。 「あの方、アオさんとおしゃるのね」 「ちょっとギーシュ。その方に下手なことをしたら承知しないわよ」 すっかりアオのシンパと化した女生徒たちの野次に、ギーシュがよろけた。 「こ、この僕が……こんな、こんな事があっていいわけがない……こんな、こんな」 美少年を自負してきたナルシストのギーシュには、かなりのショックだった。 親の敵を見るような目でアオを睨むと、くるりと体を翻す。 「ヴェストリの広場で待っている! さっさと来るんだな!!」 ギーシュは、そう言って友人たちを引き連れて、食堂を出て行った。 その後について行こうとしたアオの袖首を、誰かがつかみ止めた。 シエスタだ。 涙目でアオを引きとめようと訴える。 「だ、だめですアオさん。貴族と決闘だなんて、殺されてしまいます」 「そうだね。殺さないよう気をつけるよ」 二人の会話が微妙にかみ合っていない。 シエスタは、アオの笑顔を見て、自分の聞き間違えだと思うことにした。 「と、とにかく、今ならまだ謝れば、許してくれるかもしれません」 「そのメイドの言う通りよ、謝っちゃいなさいよ」 アオが振り向くと、駆け寄ってきたルイズがいた。 「やあ、ルイズ」 「やあ、じゃないわよ! メイジと平民が決闘だなんて、一体どういうつもりよ。正気とは思えないわ」 「シエスタは困っていたんだ。義を見て立たざるは猫なきなりってね……なにもしなかったら、僕は猫にも劣る事になる」 「……意味がわかんないわよ。とにかく謝りなさい。これは命令よ」 ルイズの瞳を見て、首を横に振るアオ。 「それはできない。僕が謝れば、彼女の非を認めることになる。 理不尽を見て、見ぬフリをする生き方を、もうする気はないんだ」 シエスタはアオの言葉に、両手で口元を抑えて、息を呑んだ。 ため息をつくルイズ。 「……いいわ、この決闘、許可してあげる。怪我して後悔しても知らないからね」 アオは笑った。 「それだけは、しないことを約束するよ」 back / top / next
https://w.atwiki.jp/moejinro/pages/1428.html
3日目 Navi 今日もすがすがしい朝がやってきました 村の広場の真ん中に食べかけのまま息絶えている あかみさとさん の遺体が発見されました… Navi 村人の皆様、今日もがんばってください あかみさと うおおおおおおお!駄目だ駄目だ全然駄目だぜええええ!! Navi 昼の部スタートです 1 (なび村) メルーファ ベグり・・? 1 (なび村) Jareky 【占いCO】すもでんぱさんは村パンダでした。○です。発言少なめというのが気になったのと、味方だと頼りになりそうだと思い、占いました。 1 (なび村) Akizuki おはですー 1 (なび村) リュファ 【おはよう霊媒】てんとう虫の死骸から毒素が検出されました・・・ナナツさん、●です!! 2 (ゾンビ部屋) Navi ばとらさん・・・ 1 (なび村) SEIRIOS うわー・・・ 1 (なび村) glimmakin おはようございますー 1 (なび村) jinjahime ふーん? 1 (なび村) ほしくん おはようございますー 1 (なび村) jinjahime そうくるのねー 1 (なび村) メルーファ ナナツさん●なのかー 2 (ゾンビ部屋) ナナツボシ くそうニンジャーめぇ・・・ 1 (なび村) glimmakin ナナツさん黒ですねー 1 (なび村) SEIRIOS 順当なのであんまし参考にならない● 1 (なび村) jinjahime 真狼-狂真もあるかな? 2 (ゾンビ部屋) ナナツボシ いいぞSEIさん 1 (なび村) シエスタXX まあ今日はニンジャでいいかな 1 (なび村) リュファ 結果をそのまま伝えてるだけなので 2 (ゾンビ部屋) ナナツボシ そうだぞ 完遂だぞ 1 (なび村) glimmakin これでリュファさん吊れば人外1は連れますね 1 (なび村) ほしくん まあ黒出るよなー 1 (なび村) メルーファ ナナツさんが狂人だと思ってたのに・・! 1 (なび村) jinjahime ニンジャ→ジャレで 1 (なび村) リュファ ・・・やっぱりそうなるんですか。 1 (なび村) jinjahime 2吊りあまりました 1 (なび村) すもでんぱ 黒なら霊媒は用済み 1 (なび村) Akizuki ですね 1 (なび村) SEIRIOS 安全のためにリュファさん吊り、かな? 1 (なび村) ほしくん うーん 1 (なび村) メルーファ 狩人保護をかねて、リュファさん吊りでおkですね 2 (ゾンビ部屋) あかみさと _( 3」∠)_うわあああああ 2 (ゾンビ部屋) ナナツボシ いらはーい 2 (ゾンビ部屋) あかみさと はっ なんだ夢か 1 (なび村) シエスタXX 残ったジャレさんはどうだろう 2 (ゾンビ部屋) あかみさと お邪魔します 2 (ゾンビ部屋) リンウ 狼のえさ・・ウフ 2 (ゾンビ部屋) sunesuki おはよう! 2 (ゾンビ部屋) Navi おいでまし~ 1 (なび村) jinjahime 占い噛みきってくれると楽なんですけどね 1 (なび村) ほしくん まあローラー完遂の方向でいいのかな? 1 (なび村) シエスタXX 狂なのかな 1 (なび村) glimmakin Jareさんはぎりぎりまで残したいですね 1 (なび村) jinjahime 真狂狼ぜんぶあるね 1 (なび村) glimmakin 真の可能性があるので 1 (なび村) すもでんぱ 10>8>6>4 1 (なび村) jinjahime 黒引いてくれれば、黒吊って、終わらなければということも出来ますね 1 (なび村) すもでんぱ 狼の可能性あるとしても1日は残せる 2 (ゾンビ部屋) サイア (いらっしゃいましー) 1 (なび村) ほしくん 多分占いの方に狂と真、霊媒に狼と真、科と考えてるんですが 1 (なび村) glimmakin ですです 1 (なび村) Jareky 狂人、狼が出てるとして、1潜伏だよね。それを見つけるのが自分の仕事です 1 (なび村) jinjahime 今日はリュファ吊り 1 (なび村) シエスタXX もしもジャレさん狼なら 1 (なび村) シエスタXX もう明日吊らないとキツイよね 1 (なび村) ほしくん まあ今日はローラー完遂でいいよね 1 (なび村) SEIRIOS 今日はリュファさんとして、その先を考える方向? 1 (なび村) glimmakin そうですね 1 (なび村) シエスタXX 俺は明日黒でなければ 1 (なび村) リュファ ・・・なにか遺言残したいけど、どうしよう・・・ 1 (なび村) Jareky 潜伏狼をあぶり出す議論をしてほしいです 1 (なび村) シエスタXX ジャレさん釣りたいけどな~ 1 (なび村) メルーファ 今日リュファさん吊って、明日グレー吊って、その次にJareさん? 1 (なび村) glimmakin 一回グレーはさめるはずです 1 (なび村) ほしくん 対抗してきた真占いを潰したって可能性も 1 (なび村) jinjahime 今日、リュファさん吊って、占い結果見て決めます 1 (なび村) シエスタXX 一回グレー挟めるのか Navi 5分経過(後2分) 1 (なび村) ほしくん ふむ 1 (なび村) シエスタXX うーん 1 (なび村) Jareky 役職には狼と狂人が出ているのでそれらはローラで吊れます。残る潜伏狼のヒントを出すような議論を 1 (なび村) jinjahime 黒引いたら、黒吊り→ジャレ吊りでおk 1 (なび村) SEIRIOS 結果待ちの部分が多いんだね 1 (なび村) シエスタXX 白もらったすもさんの意見聞きたいかも 1 (なび村) すもでんぱ ん? 1 (なび村) ほしくん まだ色々解ってないからなー 1 (なび村) glimmakin すもさん静かだったんですよね 1 (なび村) リュファ グレーはさみ案のメルさんは村っぽい・・・? 1 (なび村) すもでんぱ 片白だからうちの意見言っても無駄だと思うよ? 1 (なび村) ほしくん すもさんは誰が怪しいと思ってます? 1 (なび村) jinjahime で、発言が少ないところだと、AKIZUKIさん Navi あと1分 1 (なび村) すもでんぱ あかみさとさんが真の可能性あるしね。 1 (なび村) Akizuki ふむそんなに話してないかな・・・ 1 (なび村) ほしくん 食われましたしね 1 (なび村) すもでんぱ それを承知でなら 1 (なび村) すもでんぱ SEIさん。 1 (なび村) Jareky とりあえずはすもさんが噛み合わせにならずによかったと思ってる 1 (なび村) jinjahime 真狼で対抗食い、リュファ狂-ナナツ真もあるね>可能性 1 (なび村) SEIRIOS 占いが真狂なら狼に真占いは見抜けてなかったろうし・・・まだわからないねー Navi 20秒前 1 (なび村) すもでんぱ ま、明日だな 1 (なび村) リュファ 翌朝Jareさん狙われないんでしょうか。 1 (なび村) jinjahime 真狂ならベグだね Navi 夜まで時間がありません 皆様今日の尊い犠牲をお選びください(会話はストップです) 3 (GREEN) Navi 会話可能時間スタート Navi 投票は私に直Tellでお願いします 3 (GREEN) Navi ---------------------------------------- 1 (なび村) Navi -------------------------- 1 (なび村) Navi 3日目終了 1 (なび村) Navi -------------------------- (T) メルーファ > リュファさんに投票します (T) SEIRIOS > リュファさんに投票します (T) すもでんぱ > ニ、ニンジャー (T) シエスタXX > ニンジャーで 3 (GREEN) glimmakin 誤爆注意っと (T) ほしくん > リュファさん投票でー (T) Akizuki > リュファさん吊りで 3 (GREEN) glimmakin ナナツさん即吊れ痛すぎでしょうwww (T) jinjahime > 吊り投票>リュファ ふむー (T) Jareky > リュファさんに投票 3 (GREEN) glimmakin ベテランさんがあああ;; (T) リュファ > ・・・とりあえず・・・SEIさんにでも。 3 (GREEN) glimmakin まあ今日の噛みは通って良かったです 2 (ゾンビ部屋) ナナツボシ もはや カールをあけなければいけない 2 (ゾンビ部屋) ナナツボシ チーズ味 2 (ゾンビ部屋) ナナツボシ ばりっ 2 (ゾンビ部屋) sunesuki うぐぅ・・・うらやましい・・・ 2 (ゾンビ部屋) ナナツボシ もぐもぐ (T) glimmakin > リュファさんでお願いします リュファ9 SEIRIOS1 2 (ゾンビ部屋) リンウ このゲームは予想が大はずれだったときとかが面白いのだろうか・・w 2 (ゾンビ部屋) Navi 村に残ってる時間が長いほど心臓に負担がかかるゲーム?w Navi さよなら リュファさん …あなたの勇姿は忘れない 2 (ゾンビ部屋) あかみさと 村同士が潰しあうのを楽しむゲーム Navi 日が沈み始めました よい子も悪い子も寝る時間です リュファ ぎゃーやられたー・・・というのは嘘!! Navi 役職の方は私にTellお願いします リュファは闇にまぎれて村から逃走した!! 2 (ゾンビ部屋) Navi 逃げたw 2 (ゾンビ部屋) ナナツボシ さすがニンジャー汚い! (T) Akizuki > Jarekyさんの護衛につきまう (T) > Akizuki しっかりまもってあげてね! 1 (なび村) Akizuki はい~ 1 (なび村) Akizuki ・・・ 2 (ゾンビ部屋) サイア なにやら誤爆っぽい (T) Akizuki > ・・・了解です (T) Jareky > SEIRIOSさんを占います 2 (ゾンビ部屋) Navi ニンジャーにいわれてすぐプリッツ買いに行ったけど 2 (ゾンビ部屋) Navi あんまおいしくなかった・・・ 2 (ゾンビ部屋) リュファ ・・・ありゃ。 (T) > Jareky SEIRIOSさんはごく普通の村人でした!○ 2 (ゾンビ部屋) Navi おいしかった? 2 (ゾンビ部屋) リュファ ・・・もしかしてなびさん、チーズ風味が苦手なんじゃ? 3 (GREEN) glimmakin 誤爆こわw 2 (ゾンビ部屋) リュファ 割といけると思いました。 3 (GREEN) glimmakin 狩人日記かきかきっと 2 (ゾンビ部屋) Navi チーズ自体は好きなんだけど 2 (ゾンビ部屋) Navi ダメなチーズもある感じ 2 (ゾンビ部屋) リュファ 好みのわかれる味かも。 (T) Jareky > 寝言が気にはなるが、あえて外したけど。うむ 2 (ゾンビ部屋) Navi ほかのはもう売り切れてました! 3 (GREEN) glimmakin 誰かもうかなー (T) メルーファ > リュファさん真、ナナツさん狼に思考転換! 3 (GREEN) glimmakin すもさんかんでみよっと (T) glimmakin > すもさんをかみかみします (T) > glimmakin おいしくたべてね! 2 (ゾンビ部屋) リュファ 他は売り切れ。・・・ネタ?自体は好評だったのかな。 2日目へ 4日目へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/836.html
前ページ次ページとある魔術の使い魔と主 「離しなさいよメイド!」 「ミス・ヴァリエールこそ離して下さい!」 互いに文句を言いながら、二人はぐいぐいと当麻の手を引っ張っている。 二人からそれぞれ別の手を引っ張られているので、当麻は大の字となって悲鳴をあげていた。 「待って! これ俺の意見は無視ですか!? 腕が体とおさらばしそうなんですけどー!?」 うがーと叫び続ける当麻に、二人の怒りの矛先が変更された。 「トウマは黙ってて!」 「トウマさんはちょっと黙ってください!」 はい……、と情けない声を出す当麻。とてもじゃないが、先の戦いの勝利の起点となった少年とは思えない。 逆らったら殺される…… 当麻は二人から発する尋常じゃない殺気が感じられ、言われた通りにするしかなかった。 バチバチッ! と当麻の目の前で火花が激しく散っているような程二人は睨み合っている。 なによ! そっちこそなんですか! と、口は開いていないが、目はそう訴えているように見えた。 アルビオンと、トリステインとの戦いが終わった夜とは思えない程平和であった。 時間を少し前に戻ってみよう。 夕方となり、当麻とルイズはシエスタの家で一泊する事になった。ここまでは良いのだ。良いのだったのだが…… シエスタの弟達が事の原因の発端であった。 当麻とルイズは、シエスタが村中にその戦果を言い広めたのか、英雄扱いを受ける事になった。 なので、夕飯は村人全員参加の大宴会となったのだ。みながワイワイガヤガヤして、何人もが当麻やルイズに話しかけたり、お礼を申し上げたりした。 そんな中、シエスタの兄弟達が総出で当麻に質問をした。 「トウマさんはお姉ちゃんとルイズさんがどっちが好きなの?」 カチン、と場の空気が固まった。いや、実際はルイズとシエスタだけなのだが、彼女らが持つ範囲が馬鹿でかく広いのだ。 村人全員シーンと黙る。え? え? なんですかこれー!? と事の状況に理解出来ていない当麻。 すると、その空気を粉砕するかのようにシエスタの口が開いた。 当麻の腕を、胸を押し当てて優しく握った。 「もちろん私ですよね? トウマさん♪」 なぜでしょう、顔は笑っているんですがなぜか脅されている気分なのですが……てか待て、この感触は、まさか! まさかだったり!? ぉぉぉおおお!? とギャラリーのテンションが上がっていく。 一方のルイズはちらりと自分の平面な胸を見る。どう考えても、これに関して勝ち目はゼロに等しい。 だからといって諦めるわけではない。 カーッと赤くなり、こちらも負けじと逆側の手を握る。 「なによ! トウマはわたしの使い魔なんだから!」 わたしの、っていろいろマズイ表現として捉えられるだろうが! って痛い! 強く握りすぎですルイズさん! 天国と地獄を同時に体験をするってこういう事なんだろうなあ~、と現実逃避をする当麻がいたりする。 一方のギャラリーはルイズの発言にさらなるテンションを上げる。 「両手に花とはこのことかっ!?」 「羨ましいぞトウマ君!」 「俺シエスタのこと好きだったのにー――!!」 「まずいぞ、一人辛い現実に耐え切れず飛び出しちまったぞ!?」 「心配するな死にはせん! それよりこんな面白いもんそう見られんぞ!」 アイアイサー、と村長に敬礼して、飛び出した青年見捨てる村民。さすがタルブ村、連携はばっちしである。 しかし、ただ一人 「ほうトウマ君。やはり君はわたしの可愛い娘を奪おうとしているんだね……うふふ、うふふふふふふふ」 洒落じゃない笑みを浮かべちゃったりしている。 そして話が最初に繋がったというわけだ。 「それじゃあトウマさんがラ・ヴァリエールの使い魔じゃなければいいんですね! トウマさん! 早く契約を断ち切ってわたしと一緒にやっていきましょ!」 「ま、待てそれは――――」 「うぉぉぉぉおおおおついにシエスタが言ったぞぉぉぉおおおお!?」 無理だって、って言う前に、村人全員が一丸となって喜ぶその大音量には、ありと象の差ぐらいある。 そこまで言われたら、ルイズも黙っているわけにもいかない。 「なによ! そんなことできないわよ! それにこんな所で暮らすより魔法学院での暮らしの方が何倍もいいんだから!」 「いや、できるやん」 「あんたは黙ってなさい!」 今にも拳が飛んできそうな勢いで、ルイズは当麻を無理矢理ねじ込む。しかし、シエスタはそのまま当麻の言葉をみすみす捨てるわけがなかった。 「ほら! できるじゃないですか! これなら問題ないですね! 早く決めてください!」 「ななな……ふ、ふんだ。どのみちトウマはわたしを選ぶのだからなんら問題はないわ!」 さあ、どっち!? と村人まで当麻に迫ってくる。 (と言われてもなあ……) ちらっと二人を見る。 普通に考えるならシエスタだよな。ルイズは毎回殴ったりいろいろしてくるし……。つかルイズもシエスタも俺好みじゃないっていう。 ちなみに当麻の好みのタイプは寮の管理人のお姉さんである。 「ってまてい! つかなんでその二択しかないんですか!」 おお! ここで大穴か!? と叫ぶやじ馬に、当麻は声を荒げた。 「違うっつーの! 俺は誰も選ばないんです! 以上当麻先生のお話は終わり。次回のインタビューに期待して下さいッ!」 ビキィ! と空気が引き裂かれたような音がした。当麻以外全員の背後にどす黒いオーラが漂う。 「あれ……、なんか俺やっちゃいました?」 アハハハハ、と笑う当麻に、ガシッと村の一人が羽交い締めをする。 そして、全員がニヤリと口元が割れるような笑みを浮かべる。もちろんです♪と体が言いかけている。 このままでは殺されてしまうと感じたのか、当麻は最後に負け惜しみっぽく 「待って! ほらぶっちゃけまだ心の準備が……っていうという誰も傷つくことのない平和的選択肢があってもいいと思うのですがどうでしょう? 駄目ですか駄目ですねごめんなさい!!」 最後の言い訳も、自己完結してしまった。 瞬間、それを遺言にするべく少年の敵が襲いかかってきた。 もちろん全員で。 (つ、疲れた……) 襲いかかる一歩直前、なんとか脱出に成功した当麻は、村中を逃げ回った。あるときは他人の家の中に隠れ、あるときは草むらに隠れ、またあるときは屋根の上に隠れて時間が経つのを待っていた。 指名手配された犯人の気分を満喫した当麻の体は、休みたいと悲鳴をあげている。 時刻は既に深夜、二つの月が照らす人影は当麻しかいない。虫の鳴き声が、気分を心地よくさせる。先ほどまでの騒音問題はいつの間に解決したのだろうか? ふあ、と小さい欠伸をかき、今にも落ちそうな瞼を必死に堪える。早く帰って寝よ、そう思いシエスタの家に着き、扉を開くと、 父親が鬼のような形相でこちらを待ち構えていた。 (ここにきてラスボスですかー!?) おそらくずっと待っていたのだろう。そう思うと、正直怖い。 この最後の関門を突破しない限り、安眠という名のハッピーエンドを迎える事はできない。 「トウマ君」 「はい、なんでありましょうか」 あまりの迫力に、逆らう事なく敬語で応えた。レベル一で早速ボス戦とはこのような感じである。 父親はちょんちょんとこちらの方に来いと指を動かした。言われた通り当麻は入る事にした。 そして目の前で座る。もちろん正座でだ。 「きみのおかげで村を救った英雄であり、また勇者である」 当麻は父親が何を言いたいのかよくわからず、とりあえず頷いた。 「はあ……」 「わたしはそんなきみが大好きだ。だから娘を渡しても構わないとさえ思った。しかし」 父親は告げる。誰よりも娘を大事にしている父親だからこそ言える。 「娘を泣かせたら殺すよ?」 すらりと言った。朝交わす挨拶みたいにごくごく自然に。 表情も柔らかく笑っている。ただし、それは口だけであった。 それじゃあお休みと残し、父親は自分の部屋へと戻るため立ち去っていった。ただ一人、ぽつんと取り残された当麻。 しばらく凍りついていたが、数分後、それが溶けたかのように口を開く。 「俺……生きて帰れるかな?」 己の不幸に困る当麻であった。 三日後、トリステインの城下町のブルドンネ街では、先の戦勝記念のパレードが行われていた。 アンリエッタは、聖獣ユニコーンにひかれた馬車に乗って、手元に書かれた報告書に目をやった。 外では人々が歓声をあげている。しかし、アンリエッタはそれらの声を右から左へと流し続け、読み始めた。 捕虜となった竜騎士達は不思議な事にみな記憶を失っていた。と言っても、言葉とか動作もわからない訳ではない。 あくまで『記憶』を失っただけで『知識』は生きているのだ。 だから敵軍の情報とかそういったものは何もわからない。なぜこうなってしまったのかも。 しかも、捕虜になった全員……いや竜騎士隊全員が同じ事を言ったのだ。 誰であっても、これなら何かあったのでは? と思い、なぜこうなったのかと気になる。そこで、この報告書を作成した衛士は調査を続けた。 ぴらっと紙をめくると、現地、タルブ村での報告が書かれてあった。 敵をあのようにしたのは、アンリエッタと旧知の間柄であるラ・ヴァリエール嬢と、その使い魔の少年のどちらかであること。 そして……、あの敵艦隊を吹き飛ばしたのもまた同一人物だと予測を立てていた。あの光は、どうやら彼らがいた付近で発生したらしい。 ならば、あの光を発生したのも二人の内どちらかではないのだろうか? という仮説であった。 本来ならば、直ぐさま二人に接触して話を聞こうとしたのだが、あの艦隊を一人ないし二人で全滅にさせたのだ。 スケールの大きさもあり、とりあえずアンリエッタ王女の判断を待つ、という形で終わっていた。 報告書を自分の隣の空いた席に置くと、窓から外を覗く。観衆の声援が絶えず耳に入ってくる。一緒に乗っているマザリーニは、そんな観衆に手を振ってこたえているので、アンリエッタも形だけそれにこたえた。 数で勝るアルビオン軍を破ったアンリエッタは、『聖女』と崇められるようになり、ますます人気を得た。 このパレードが終わったら、アンリエッタには戴冠式が待っている。母である太后マリアンヌから、王冠を受け渡される運びであった。 トリステイン内ではそれに反対する者もなく、同盟国ゲルマニアも、悩みはしたが皇帝とアンリエッタの婚約解消を受け入れた。 一国だけでアルビオンの侵攻軍を打ち破ったのだ。とてもじゃないが強硬な態度をとれるわけがない。 アルビオンの脅威に怯えるゲルマニアにとってトリステインは必要不可欠な国へと変わったのだ。 もっとも、アンリエッタ本人はあまりのり気ではなかった。母親は王座を空位のままにしたのに、自分が女王になるのはやはり心が痛む。 しかし、やらなければならないのだ。この国のためにも、民のためにも。 ふと思い出されるあの光。 自分に勝利と自由を与えた光。 おそらく決して忘れることのない光。 それを放ったのが…… 「あなたなの? ルイズ」 誰にも聞こえないように小さく呟いた。 前ページ次ページとある魔術の使い魔と主