約 1,871,562 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7528.html
前ページゼロ・HiME アンリエッタとゲルマニア皇帝の婚姻が発表された翌日、ルイズはオールド・オスマンから呼び出しを受け、学園長室に向かった。 「おお、ミス・ヴァリエール。旅の疲れは癒せたかな? 此度の件、姫殿下から伺ってた時には、どうなることかと思うたが、無事に帰ってきてくれてなによりじゃ。まあ、ワルド卿のことは残念なことじゃったが……なんにせよ、おぬし達のおかげで無事に同盟は締結され、トリスティンの危機は去ったのじゃ。来月には無事ゲルマニアで姫様の婚儀も行われることじゃろうて」 ルイズが現れるとオスマンは立ち上がって迎え入れ、その労をねぎらった。 「私は姫様の友人……いえ、貴族として当然のことをしただけです」 そう答えて頭を下げるルイズをオスマンはしばらく黙って見ていたが、思い出したように懐から一冊の本を取り出し、ルイズに手渡した。 「……これは?」 「トスリテイン王家に代々受け継がれてきた始祖の祈祷書じゃよ」 「そうですか……って、そんな重要な国宝がどうしてここに? しかも何故、私にお渡しになるんですか?」 ルイズは驚きで手渡された『始祖の祈祷書』を思わず取り落としそうなりながらも、怪訝な表情でオスマンの顔を見つめた。 「実はトリステイン王室では古来より、王族の結婚式の際に貴族より選ばれし巫女が『始祖の祈祷書』を手に、式の詔を詠み上げる習わしがあっての。その巫女に姫様は、ミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃよ」 「姫様が?」 「その通りじゃ。巫女は式の前より、この『始祖の祈祷書』を肌身離さず持ち歩き、詠み上げる詔を考えねばならぬ。無論、草案は宮中の連中が推敲してくれるじゃろうが」 「私が式の詔を……」 急な事態に絶句するルイズに向かって、オスマンは更に話を進める。 「ここだけの話だが、そなたの選出には諸侯の一部から反対の声があっての。しかし、姫はそれらの意見を一蹴してそなたを巫女に指名したのじゃ。これほど名誉なことはあるまいて」 アンリエッタは周囲の意向を曲げてまで、幼い頃、共に過ごした自分を巫女に選んでくれたのだ。その好意を無碍にすることなどできようはずもない。 「わかりました、謹んで拝命いたします」 ルイズはきっと顔を上げてオスマンに答えると、受け取った『始祖の祈祷書』を大事そうに胸に抱える。そのルイズの様子にオスマンは目を細めて微笑んだ。 「そうか、引き受けてくれるか。姫もさぞかし喜ぶじゃろう」 その日の夕刻、静留は風呂に入っていた。風呂といっても学院の寄宿舎にある貴族用の大浴場ではなく、裏手にある使用人が使う掘っ立て小屋のような蒸し風呂である。 「……こういうんも悪くないんやけど、やっぱ湯船が恋しいどすなあ」 サウナの中、タオル一枚だけの格好でシエスタと並んで座った静留が額の汗をぬぐいながら呟く。 「うふふ、静留お姉さまったら……でも、その気持ちは分かります。出来るならお湯に浸かりたいですよね」 「あれ、シエスタさんは湯船のあるお風呂に入ったことあるん? ルイズ様から平民は蒸し風呂が普通や聞いたけど?」 「私の故郷――タルブ村っていうワインが特産の村なんですが、温泉を利用した公衆浴場があるんですよ。だから、蒸し風呂はあまり慣れませんね」 そうチロリと舌を出して答えるシエスタの様子に、静留はくすりと微笑むと、その手をつかんだ。たちまちシエスタの頬が真っ赤に染まる。 「ほな、そろそろでましょうか。さすがにもう限界やわ」 「は、はい、お姉さま」 二人は蒸し風呂の外にある水浴び場へと移動すると、据えつけられた石のベンチに腰かけ、水桶に入った濡れタオルを取り出して火照った肌にびっしょりと浮かんだ汗を拭き始めた。 「ふう、そよ風が心地ええわ」 そう言って微笑む静留の姿をシエスタはうっとりと見つめる。 (夕日に輝く艶やかな栗色の髪、ハリのある綺麗なバスト、すらりと細いウエスト、きゅっと引き締まったヒップ……やっぱりシズルお姉様は素敵です) 「あの、シエスタさん……そんなに見つめられると照れるんやけど」 「えっと、熱さで少しのぼせたちゃったかもしれませんね。あ、そうだ、お背中お拭きしますね」 急に静留から声をかけられたシエスタは慌てて言い繕うと、その背中を拭き始めた。数分後、一通り拭き終わったのを 見計らったような静留の「はな、お返し」という言葉に促され、シエスタは静留に背を向ける。 「シエスタさんの肌はきめが細かくてええなあ」 「そんな、静留お姉様こそ私より白くて綺麗じゃありませんか」 「あらあら、それはお世辞でも嬉しいおすな――ん?」 シエスタの背中を拭いていた静留は、その首筋に何かを見つけて手を止めた。それは1サント大の紅い焔のような形の痣――紛れもないHiMEの印だった。 「シエスタさん、この首筋のとこにある痣やけど……なんかの怪我とかの跡どすか?」 静留は内心の動揺を隠し、平静を装ってシエスタに問いかける。 「ああ、この痣ですか? これは生まれつきです。家族では私と祖母だけにしかないんですけどね」 「そうどすか……それにしてもシエスタさんはお婆はんが大好きなんやねえ」 「はい。村の人たちからは『女傑』なんて呼ばれてましたけど、優しくて聡明だった祖母は私の誇りなんです」 どこか誇らしげなシエスタの答えを聞きながら、静留は思考を巡らせる。 (一体、どういうことやろ? たまたまHiMEあるいはHiMEの因子を持つ人間がこの世界に迷い込んだいうことなんやろか。確かにシエスタさんの目や髪、肌の色は日本人と変わらんけど……) 「あ、あの……」 「はい、なんどすか?」 静留は一旦思考をやめて遠慮がちに声をかけてきたシエスタの方へと顔を向けた。 「実は来週か再来週にまとまった休暇をいただけることになったんですけど……えっと、その、よろしければシズルお姉様を村にご招待したいなあと……」 「ええよ」 「はい、みんな歓迎してくれると思います……って、いいんですか!?」 てっきり断られると思っていたシエスタは静留の答えに驚きの声を上げた。 「別にそんな驚かんでも。せっかくのシエスタさんのお招きや、断るなんてできますかいな。なにより温泉入るチャンスを逃すなんて勿体無い」 「そうですか。でも、お姉様が傍を離れて遠出するのはミス・ヴァリエールがお許しにならないのでは?」 「それならルイズ様も一緒に行くいうことにすればええ。何、きっと説得してみせますさかいに安心してや」 「は、はあ……」 (せっかくの二人っきりで距離を縮める作戦が……まあ、コブつきとはいえ、お姉様と一緒に里帰りが出来るだけでもよしとしましょう) シエスタは目論見が外れたものの、そう思い直すことにした。しかし、後にこの選択を悔やむことになるとは知らないシエスタであった。 「ルイズ様、ただいま戻りました……何してはるんどすか?」 入浴後、湯冷ましにのんびりと学院内を散歩した静留がルイズの部屋に戻ると、ルイズは椅子に腰掛け、机に置かれた古ぼけた大きな本をみつめて何かを考えごとをしていた。 「ああ、これ? 姫様の結婚式用の詔よ。私、それを読み上げる巫女に選ばれたの」 「へえ、そらまた大事なお役目もろうてしまいましたなあ」 静留はそう言いながら背中から抱きつくようにしてルイズの手元を覗き込む。するとルイズは顔を真っ赤にしたかと思うと、静留の抱擁を解くように勢いよく立ち上がった。 「……そ、そういえばもう夕食の時間ね。わ、私、食堂いってくるわ」 ルイズはそう早口でしゃべると、まるで逃げ出すようにして部屋から飛び出していった。残された静留はしばらくそのままあっけにとられていたが、やがて目を閉じてため息をついてくすりと微笑む。 「……おやおや、ちょっとルイズ様には刺激が強すぎたやろか。まあ、ああいう初心なとこが可愛いんやけど」 「そうか? 帰ってきてからずっとあの調子だぜ、もう少し娘っ子は素直になった方がいいと思うがねえ」 壁にたけかけられたデルフからやや呆れた口調で発せられた言葉に、静留はどこか苦笑するような表情を浮かべて答える。 「素直にどすか……それはそれで困るんやけど」 「なんでい、姐さんにしては歯切れ悪いじゃねえか。俺は難しいことはよくわからねえが、人間なんて他人からの好意を貰えてる間が華ってもんさ」 「そうかもしれませんな……ほな、うちも厨房で食事いただいてきますわ」 そういい残すと静留は部屋から出て行った。そして一人残されたデルフは静留の足音が遠ざかるのを確認するとぼそりと呟いた。 「……やれやれ、姐さんがあの調子じゃ娘っ子も苦労するぜ」 そして一夜明けて翌日の昼休み。学院の東側のアウストリ広場のベンチに腰かけ、ルイズは一生懸命に何かを編んでいた。 いつもなら昼食後には静留にキュルケ、タバサを加えた四人でお茶を飲みながらのんびりとくつろいで過ごすのだが、夕べの一件を引きずって静留と一緒にいるのが気まずくなっていたルイズは、それを断ってここで編み物をすることにしたのだった。 編み棒をせっせと動かしながら時折、手を休めてかたわらにある『始祖の祈祷書』を開き、結婚式の詔を考える。 だが、しばらく白紙のページを眺めた後、ルイズは手にした祈祷書をぱたんと閉じて物憂げにため息をつく。 「はぁ……何やってるんだろ、私……」 そう呟いて手にした編み掛けた30サントほどの長さのマフラーを見つめる。それは下手の横好き程度の腕前のせいか、捻くれた毛糸のオブジェにしか見えず、ルイズは再びため息をついた。 「おやおや、お茶もしないでどこへいったかと思えば……ルイズ、こんなとこで何してるのかしら?」 キュルケはそう言ってどこか面白がるような表情を浮かべるとルイズの隣に座った。 「朝食の時に話したでしょ、姫様の結婚式の巫女に選ばれたって。だから結婚式の詔を編み物しながら考えてるのよ。邪魔しないでくれるかしら」 「邪魔って……あなた、八つ当たりもほどほどにしなさいよね。どうせシズルとなんかあったんでしょうけど」 ルイズはキュルケの言葉にキッと顔を上げて言い返そうとするものの、図星だったので押し黙ってしまう。 「……その顔は図星ね。何があったか知らないけど、悩みがあるなら相談に乗ってあげるわよ」 キュルケはわざとらしい笑顔を浮かべてルイズに肩に手を回す。 「……肩に手なんか置いて何企んでるの」 「企むだなんて滅相もない。私たちの祖国は同盟国になったんですもの、これからは仲良くしましょうよ」 「どういう理屈よ、それ」 ルイズはジト目でキュルケを睨むが、そこではたと思いつく。キュルケは自他共に認める学院きっての恋愛の達人だ。ルイズからはいいかげんに見える彼女だが、相談事、特に恋愛に関しては皆の信用が厚い。 (癪だけどここは恋愛の達人のアドバイスとやらを聞いてみようじゃないの) そう決断するとルイズはキュルケに夕べの一件を話して聞かせた。 「……ねえ、今の話し聞かなかったことにして帰っていいかしら」 「なによ、いまさら悩み聞くって言った自分の言葉を反故にする気?」 「あのね、抱きつかれて逃げ出すとか相談以前の問題よ……初心すぎるにもほどがあるでしょ」 「別に今まで抱きつかれたぐらいで逃げたことなんかないわよ。でも、夕べはシズルに抱きつかれた瞬間、胸の奥と頭がかぁっと熱くなって気がついたら逃げ出しちゃってたの……私、どこか病気なのかしら」 不安そうに尋ねてくるルイズの様子に、キュルケは目をぱちくりさせた後、呆れたような表情を浮かべて口を開く。 「安心なさいな、ルイズ。それは病気じゃなくて、あなたがシズルを本気で好きになったって証拠よ」 「へっ……」 「それ以外に何が原因があるっていうのよ。今までは自覚がなかったから平気でいられたんでしょうけど。まあ、正直に恥ずかしいから急に抱きついたりしないようにお願いして、徐々に慣れるしかないわねえ」 「慣れるよう善処してみるわ」 「なら、頑張りなさいな。ぐずぐずしてたらタバサやあのシエスタとかいうメイドに先越されちゃうわよ」 キュルケはそう言い残すと学院のほうへと帰っていった。その後姿を見送った後、ルイズはぼそりと呟いた。 「……そういえば、どうやってシズルに話を切り出せばいいのかしら」 前ページゼロ・HiME
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4578.html
第6話:「スリーピング・ダーティー」 土くれのフーケ。そう呼ばれる盗賊がいる。 貴族の所有する秘宝、特に希少なマジックアイテムを好んで狙う怪盗であった。 強力な『固定化』の掛けられた壁や扉をものともせず、それらをことごとく砂や粘土に変えて侵入を果たすやり口がその二つ名の由来である。フーケは『錬金』の使い手なのだった。 フーケの手にかかれば、よほど強力な『固定化』の魔法を施した壁でないかぎり、『錬金』によって障害にはなり得なかった。 忍び込むばかりではない。力任せに屋敷ごと破壊する場合はゴーレムを使役するのだった。その身の丈はおよそ三十メイル。城壁すら破壊可能な巨大な土ゴーレムであった。 そしてこの盗賊は一種義賊的な側面を持ち合わせていた。何よりも、平民を狙わないのだった。 無論、そもそも平民が高価な宝物を所持しているということ自体があり得ぬ話ではあるが、貴族に虐げられる衆民にとって信じる物事は楽しければ楽しいほどよい。彼らにもその程度の自由はあるのだった。 貴族にとっては頭の痛い話である。何よりも体面と面目を重んじる貴族に、『盗賊一人に為す術もなく秘宝を奪われた』という醜聞は致命的なものであった。 平民の喝采と貴族の憎悪を一身に受けたフーケの噂は瞬く間に広がり、今や捕らえれば王国騎士である『シュヴァリエ』の称号を得られるほどの存在になりおおせたのだった。 そして、そのフーケが今狙っているものは、トリステイン魔法学院の宝物庫に収められた『破壊の杖』と呼ばれるマジックアイテムである。 「突破口を開けてくれたのはあのゴーレム。そして邪魔をするのもあのゴーレム、か……」 二つの月の明かりを背に受けて、青く長い髪を揺らしながら呟く人影。学院別館の屋根から送られるその視線は、魔法学院本塔五階にある宝物庫を捕らえて放さなかった。 そこには亀裂がある。ルイズとギーシュの決闘の最後に、アースガルズがその拳を叩き付けた場所であった。アースガルズは強力な『固定化』の施された壁を、その豪腕の物理的な破壊力だけで打ち砕いたのだった。 そしてその亀裂を隠すように、アースガルズは屹立していた。どことなくバツが悪そうな佇まいであった。 手当を受けたあと丸一日眠り込んでいたルイズは起きると同時にアースガルズをこっぴどく叱りつけ、教師による修復がされるまで誰もそこに近づけさせぬように命じたのだった。 フーケとしては痛恨である。今となってはあの一日だけが好機であった。 無論、その日には学園に潜り込んでいるフーケにも雑事――他ならぬ決闘の後始末――があったのだが、お宝さえ手に入ったあとは存在が露見しようがどうでもよいはずであった。 鈍ったか、とフーケは己を哂った。 他愛ない喧騒。取るに足らない確執。穏やかな時間。当たり前の朝。緩やかな昼。次の目覚めが約束された夜。 それら全ては、フーケという存在から縁遠いものでだった。 もしかすると、フーケはただただ『チャンスを待つ』時間が過ぎることを望んでいたのかもしれなかった。 ここでは安定した給金が受け取れた。 警吏に脅える事のない生活が送れた。 時期ではない、時期ではないと言い聞かせながら、フーケ己がこの学園に順応していくことを感じていた。 それは恐怖であり、同時に心地良さをもたらすものであったのは確かだ。 地下に巣食う全ての者がそうであるように、フーケもまた人として望むべき輝きがあることを理解していた。そうでなければ、けだものになるしかない。 そして、『時期』は来た。動かねばならなかった。裏切れぬものもあった。 望んだところで手に入るかどうかも定かではない輝きよりも、己の手にある仄かな欠片こそがフーケの守るべきものであった。 「ままならないねえ、何もかも――――うん?」 夜目を研ぐ。真白のシーツを引きずるように広場に現れた人影を、フーケはとらえた。 頭に包帯。腕に添え木。軽く突っかかるような足取り。小柄な体格。夜にも鮮やかなピーチブロンド。 巨人の主、ルイズであった。 アースガルズの足元に辿りついた彼女は、しばらく巨人を見上げたあと、ゆっくりと手を伸ばした。 己の足元に辿りついた主人を見下ろすと、ゴーレムは仕方ないなとでも言いたげに瞳をちかりと瞬かせ、ゆっくりと手を伸ばした。 ほう、とルイズは触れ合った巨大な手にどこか満たされた息を吐き出して、その手に乗り込んだ。傷が痛むのか、ひどく苦労しているようだった。 それが当然であるかのように、アースガルズはその胸の前で主人を捧げ持った。ルイズはこの夜で最も安心できる場所から、世界の果てを眺めた。 それだけだった。それだけで、ルイズは体に残る鈍痛を忘れた。滑り込むように、眠りの淵へと落ちていく。 病室を抜け出したのはまずかったかしらね。わたしを最初に見つけるのはやっぱりシエスタかしら。まあいいわ、シエスタに優しく叱ってもらうのは、悪くないもの――――そんなことを考えながら。 遠い塔の上からその光景を眺めたフーケは柔らかく微笑み、次いでぞっとするほど酷薄な笑みを浮かべた。これは『使える』 くすくすと、暖かさと冷たさの混淆した笑みを零しながら、フーケはゆっくりと己が身を夜へと飲み込ませていった。 ■□■□■□ 病室を抜け出したのはまずかった。そしてルイズを最初に見つけたのはやはりシエスタであった。 ただし、優しくは叱らなかった。 「お聞きですかミス・ヴァリエール」 「聞いてる。聞いてるわ。聞いてます、二時間も前からずーーーーっと」 「そうですか、もう二時間も経ちましたか。では包帯を替えて薬を塗りましょう。染みるやつを」 「ごめんなさいシエスタごめんなさい」 「アースガルズさんも止めてくださったらよかったのに……」 「えへん。アースガルズは世界で一番主人に忠実な使い魔だからね、当然よ」 「べりべりべりべり」 「痛い痛い痛い! 絆創膏剥がさないでってばッ!」 ルイズの私室。暖かな陽光の差し込む室内。ベッドの上で体を起こしている主人。傍らに控えるメイド。 もはやそこには栄えあるヴァリエール侯爵家令嬢の姿はなかった。しっかり者の姉に――あるいは、母に――叱られているお転婆な少女がいるだけだった。 重病人が失踪したという騒ぎを聞きつけた瞬間にシエスタは駆け出し、そして当然のようにルイズを見つけ出したのだった。もちろんその場でアースガルズもきっちり叱っている。神々の砦涙目。 シエスタはそっと息を吐いた。密やかなそれは、嘆息というにはいささか嘆きが足りなかった。 絆創膏で傷を隠したルイズの頬を、シエスタは撫でた。微かな戸惑いを見せたあと、彼女の主人は目を閉ざしてシエスタの掌に顔を預けた。唇の端に浮かべた微笑みが彼女の心境の全てであった。 シエスタは不意に泣きそうになった。この方は貴族で、メイジで、素直すぎるほどに素直になれない女の子で、そして私の主人。 では私は、この方のいったい何なのだろう。 「私などが、あなたを心配してはいけませんか……?」 「いけないわ。鬱陶しいもの」 高慢な口調で言い返し、それでいて極上の宝石でも扱うような手つきで、ルイズは頬に当てられたシエスタの掌に己の掌を重ねた。強く握り締める。無条件に愛されることに彼女は慣れていなかった。 「嫌いよ、何もかも。同情も、憐れみも、侮蔑も、嘲笑も、わたしに向けられるありとあらゆる感情が嫌い。全てがわたしの足枷よ」 シエスタは何も言わずに、そっと主人を抱き寄せた。 今のルイズの顔色を窺うことがたまらなく不敬に感じた。同時に、この世の誰にも今のルイズの表情を見せたくはなかった。ある種の独占欲なのかもしれなかった。 シエスタの胸元に額を押し当てて、ルイズはくぐもった声を洩らした。でも、とその声は聞こえた。 「嫌いだけどね、シエスタ。嫌いだけど、あんたはその中でもいちばんマシだわ――――ほんとうに、大嫌いだけど」 ますます強くしがみ付いてくるルイズを、シエスタは無言のまま受け入れた。表情は見えなかったけれども、首元まで真っ赤に染めた主人に何かを問う必要などないと思った。 暖かすぎてくすぐったさまで感じるルイズの吐息を胸に浴びながら、シエスタは手を動かした。主人の髪をゆっくりと梳く。陽光が弾け、淡い桃色の輝きが撒き散らされた。 「お嫌ですか。こうされるのは」 「……嫌いよ、子ども扱いされてるみたいだもの。もっとして」 「承りました」 主人についての何もかもを心得たメイドは、それだけでルイズの告げた言葉の意味と、告げなかった言葉の意味と、告げざるをえなかった言葉の意味と、隠したがっている言葉の意味を把握した。 ならばあとには何もいらない。私はメイドでよかったと、この時ほどシエスタが強く思ったことはなかった。 遠くに授業を受けている学生の声を聞いた。さらに遠くに誰かの使い魔の鳴き声を聞いた。そして直ぐ身近に、己の主人の吐息を聞いた。私はメイドでよかった。 「……ねえ、シエスタ。」 「はい、ミス・ヴァリエール」 眠気の混じった声に揺らされて、シエスタはたおやかな感動から立ち戻った。 ふと己の胸元を見ると、ルイズが蕩けるような微笑みを浮かべてこちらを見上げていた。誰も彼もが笑みを返さずにはいられない、そういった微笑みであった。鼻血が出るかと思った。 「シエスタは、アースガルズとおんなじ匂いがするわねぇ……」 そう言って、こてんと再び己に頭を預ける主人を、メイドは丁重が過ぎるほどの態度で抱えなおした。 今のは褒め言葉なのかしらと、そんなことを考えながら。 ■□■□■□ 夕暮れ。 全ての授業が終わったことを示す鐘が鳴り響いてしばらくしてから、一人の客がルイズの私室に訪れた。 何の手当もせず、赤い線の引かれた頬をむしろ見せ付けるように示す少年。薬すら付けていないのは、少しでもその傷の治りを遅らせることを望んでいるようにしか見えなかった。 彼は男性として洗練された態度で室内からの招きに応ずると、まずメイドに見舞いの品を手渡した。香りのよい花束と、女子がよく好みそうないくつかの果物。 そして最後に取り出された一品にルイズは苦笑し、シエスタは礼儀正しく目を逸らした。それは一回りのクックベリーパイであった。 「それでどうしたのギーシュ。あんた今だいぶ愉快な顔になってるわよ」 「ああ、これかい?」 ルイズの問いに、傷側と反対の頬を指しながら、ギーシュはにっと笑った。誰かに思い切り頬を張られでもしたらしく、くっきりと赤い手形が残っている。 口元を歪めたまま彼はその跡を指でなぞった。傷とは別な意味で、これもまた彼の勲章なのだった。 「ケティに言ったのさ。僕はあらゆる女性の心を潤す薔薇になりたい。君一人のためだけの薔薇にはなれそうにもないが、それでも君は僕を愛してくれるだろうか、とね」 そしたらばちーん! さ。とギーシュはもう一度笑った。 「格好いいんだか格好悪いんだかわからないわね……っていうかあんた全然反省してないじゃない」 「ちなみにモンモランシーには泣きながら縋り付いて許してもらった」 「格好悪ッッ!!」 短く突っ込みを入れたルイズに向かって、それでも尚ギーシュは朗らかな態度を崩さなかった。そこには負の感情など一切存在しない。心の底から今の己を楽しんでいるようだった。 あの敗北が彼の何かを変えたらしかった。情けなくとも気障な伊達男。それが彼が新たに自分に課した立場であった。 ルイズはそれに気付かぬ振りをした。悪くないと思ったからだ。彼女にとってはそれで充分だった。 軽く腕組みをしながらギーシュは言葉を探す。そういえば、ヴァリエールはあの後の顛末を知っていただろうか。 「あとは……そうだね。敗者の責として先生方のところに行ったのだが――――」 「ちょい待ち。あれはわたしの反則負け、よくて引き分けでしょう?」 「莫迦を言うなよヴァリエール。誰が、君が、なんと言おうと、あれは僕の敗北さ。これだけはたとえ君でも譲れないね」 「でも」 「これ以上なにか言うなら、僕は君が怪我人だろうが何だろうが今すぐ決闘を申し込ませてもらうよ。僕の敗北を賭けてね」 「…………わかったわ、降参。あれはわたしの勝ち、そういうことね」 「無論だとも」 客人に振舞う紅茶を用意しながら、シエスタは微かに肩を震わせた。今の会話を大真面目に語る二人の貴族が可笑しかった。 無論、部屋の空気となり、部屋の雰囲気そのものとなるべきメイドは、吹き出すなどといった礼を失した態度などとらなかった。 代わりに砂糖の量を増やし、紅茶の甘さを強くする。喜劇役者めいた二人への、復讐にもならぬささやかな復讐であった。 紅茶は音を立てることもなく、ギーシュの座った卓に置かれた。寝床のルイズには直接手渡される。 ありがと、シエスタ。メイドは深々と頭を下げ、部屋の隅に控えた。彼女らのやり取りを軽く片眉を上げて見ていたギーシュは、カップを手に取ると僅かに掲げ、メイドに向かって微笑んだ。 「ありがとう、シエスタ君」 「いえ」 同じく礼で返したシエスタは、あら、と内心で首をかしげた。ミスタ・グラモンはこういうことで「ありがとう」なんて言う方だったかしら? シエスタか答えを思いつくよりも先にギーシュはルイズへと向き直った。なんのてらいもない仕草だったが、にやにやと笑うルイズにはさすがに嫌な顔をしてみせる。 こほんと空咳して、ギーシュは話を戻した。 「さて、あの後の話だがね。退学処分だろうが便所掃除一週間だろうが甘んじて受けようと、僕は雄々しく職員室へ向かったわけだが」 「落差のある喩えをしないで」 「話の腰を折らないでくれよヴァリエール。君は少々物事を直接的に表現したがる癖がある。しかも我慢知らずだ。それはレディとして直すべきだと思うよ。 ……ああ、いやいや何の話だったかな。そうそう、処分の話だ」 「発言の前半はいくらでも反論したいところだけどまあいいわ。で、処分は。あまりにも重いなら私が直談判に出るわよ、覚悟しなさい」 「それはそれは跡形も残らなさそうな話だ。まあいい、その心配はない。なにしろ両者おとがめなしだ」 「――――は?」 「両者、おとがめ、なし」 「なんで?」 「知るものか」 そこで初めてギーシュは姿勢を崩した。足を組み替えて、椅子の背に体重を預ける。どうやら彼にしてもあまり納得がいっていないらしかった。 なにがしかのペナルティを受けてこそ己の敗北は完成するのだとでも言いたげであった。女子には理解できぬ男としての思考だった。ヴァリエールならば理解できるかもしれないが、と彼は内心で苦笑する。 「なんというか、こう……女性の服を脱がせると、胸に大量の詰め物がされてあったような気分だよ」 「だから妙な喩えをしないでってば!」 「うむ、失礼」 まったく悪びれることなくギーシュは頷き、紅茶を一口。 甘かった。 「まあ、言いたかないが僕らは大貴族だ。落としどころに困ったあげくに有耶無耶になってしまった――――というのが僕の想像力の限界かな」 「ううん……そんなところかしらねえ。なんだか気持ち悪い話だわ」 「はは、やはり君になら僕の気持ちが理解できたか」 「なんの話?」 「こちらの話、さ」 しばらく訝しげな表情を作っていたルイズだったが、まあいいわと首を振り、シエスタに呼びかけた。 「シエスタ、そこの戸棚の上に軍略盤と駒があるの。ちょっと持ってきてくれるかしら」 「うん? 何をするつもりなんだい」 「罰がなくて欲求不満なんでしょ?」 ルイズはちらりと微笑んだ。朝にシエスタに向けたふわりと艶やかな笑みではなく、どこか悪戯な、悪童めいた笑みであった。 「怖いメイドの監視下に置かれて、ベッドから抜け出す事のできない哀れな少女の暇つぶしに付き合いなさい。これ、決闘の勝者からの命令だからね」 「なるほど。敗者としては諾々と従わざるを得まい」 ルイズとギーシュ。二人はこの時から関係を深めていくことになる。ところが不思議なことに、年頃の男女として色気のある話が湧いたことはただの一度もない。 後に、この二人の関係にやきもきすることすら疲れたモンモランシーがぽつりと洩らした一言があるのだが、それは速やかな納得と共に瞬く間に定着することになる。 曰く――――――――『知的な体育会系』 次へ進む 一つ前に戻る 目次に戻る
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5655.html
前ページ次ページ鷲と虚無 近づいてきたシエスタ、才人、ウォレヌス、プッロを眼に止めたメイド達はすぐに洗濯を止め、何やらひそひそ話しをし始めた。 おそらくこの三人の異邦人についてだろう。彼女達の顔には好奇心と僅かばかりの恐れが見られた。 そのひそひそ話しもシエスタ達が眼前にやって来たらすぐに止み、彼女たちの視線は三人に注がれた。 シエスタはメイド達の前に立つと、大きな声で話し始めた。 「ねえ、みんな!この人達が昨日話したミス・ヴァリーエルに召喚された人達よ。紹介するわ!」 そう言って彼女は三人を指しながら紹介し始める。 「右からヒラガ・サイトさん、ティトゥス・プッロさん、そしてルキウス・ウォレヌスさんよ」 才人はペコリと頭を下げた。 「ど、どうも。はじめまして、皆さん。平賀才人です」 思えばこれだけ多くの女性から注視されたのはこれが生まれて初めてだろう。喜ばしい事だ。 まあ、使い魔なんてやるんだからこれ位の役得は無くちゃな、と才人は思った。 「俺はティトゥス・プッロ。よろしくな」 「……ルキウス・ウォレヌスだ」 プッロは朗らかな口調に自分を紹介したが、ウォレヌスは嫌々と言った様子でボソリと呟くだけだった。 それを見て才人はシエスタと会った時もウォレヌスは一言も喋らなかった事を思い出した。 どうやら洗濯場に来てからウォレヌスの機嫌は悪くなったようだ。 だが才人にはその理由を本人に聞く度胸と、何よりも暇が無かった。メイド達の質問責めが始まったからだ。 最初の質問はメイドの一人が三人を順々に見つめた後に始めた。 「あなた達の事を昨日シエスタが教えた時ははっきり言って半信半疑だったんだけど……本当だったのね。ねえあなた達、本当にそのローマとか言う遠い異国からやってきたの?」 「ああ、そうだよ。でも俺はローマじゃなくて日本って言う全く別の国から来たんだ。」 「ふ~ん」 そして別のメイドが口を開いた。 「人間が召喚されるなんて聞いた事が無いんだけど、本当に使い魔にされちゃったの?あなた達」 「残念な事にな。まあ使い魔やる代わりに金は出させるって約束させはさせたんだが」 そのメイドはプッロの答えにひどく驚いた様子を見せた。 「貴族の方にそんな約束をさせたの!?一体どうやって?」 「学院長のジジイが俺たちの国の事をいろいろと知りたいそうでな、俺たちを引き止める為にあっちから言い出してきたんだよ」 「へ~、そうなんだ……」 そしてこの二人を皮切りにメイド達は次から次へとに三人にむけて質問を浴びせ始めた。 彼女たちは中々好奇心が旺盛なようで、ローマや日本がどんな場所か、何をしていたら召喚されたのか、これから一体どうするのか、 元いた場所じゃ何をやっていたか、使い魔にされてしまって文句は無いのか、など様々な事を三人に尋ねた。 もっとも答えたのはプッロと才人だけでウォレヌスは押し黙ったままだったが。 ウォレヌスの態度からプッロもウォレヌスがどんどん不機嫌になっているのに感づいたのだが、才人と同じくメイド達の質問に答える為に何も出来なかった。 この問答は30分以上続き、メイド達はあらかた知りたい事を聞き終えたのか、シエスタのそろそろ止めないと迷惑になると言う言葉もありようやく三人は解放される。 そしてメイド達はそれぞれの洗濯だらいに戻っていった。 「迷惑をかけてすみませんでした。ちょっとうんざりしたでしょう?まったく、みんな次の仕事があるって言うのに……これじゃ絶対に遅れちゃうわ」 シエスタは三人にそう申し訳なさそうに言ったが、プッロは特に気にしていない様子だ。 「いやぁ、別に構わんさ。質問の量にはちょっと驚いたがな」 才人もプッロと同じく彼女たちの質問の多さには驚いていた。少なくとも自分があれだけの質問を聞かれたのは生まれて初めての事だ。もっとも質問をしてきたのが若いメイドさん達だったので不快な気は全くしなかったのだが…… ハルケギニアのようなテレビもパソコンも無い世界では多分噂話は重要な娯楽の一つなのだろう。そして「突如現れた謎の異邦人たち」程格好の噂話は無い事は才人にも容易に解った。 彼女達の口から三人の事が(恐らく誇張されて)学院中に知れ渡るのはすぐの事だろう。 「じゃあ才人さん、洗濯を始めましょう。すみませんけど、もう6時頃ですから急ぎますよ。もうすぐ朝食の用意を手伝わなきゃいけないんです」 シエスタはそう言って洗濯だらいの前にしゃがみ込んだ。 「ああ、解った。よろしく頼むよ」 才人もシエスタにならい、洗濯籠を地面に置いてからシエスタの隣にしゃがんだ。 そして洗濯だらいに服を入れようとしたシエスタにプッロが声をかけた。 「あ~シエスタちゃん、お前さん達が洗濯をしている間井戸を使っていいか?ちょっと顔を洗ってさっぱりしたいんだが……」 「ええ、いいですよ。井戸の使い方は解りますよね?」 「ああ、問題ない。じゃあすぐに戻ってくる。隊長、行きましょう」 プッロはそう言ってウォレヌスの腕を掴み、半ば無理やり彼を引っ張っていった。 井戸から桶をくみ上げたプッロは水を思い切り顔に浴びせ、しずくが彼の顔から滴り落ちた。 そして彼はそのままジャブジャブと顔を洗る。冷たい井戸水のお陰でプッロの頭からは眠気が吹っ飛んだ。 「さ、隊長もどうぞ。スッキリしますよ」 プッロが桶を差し出すと、ウォレヌスは何も言わずに受け取り、プッロと同じように残った水を顔に浴びせて顔を洗った。 実はプッロが井戸に来たのは顔を洗う為だけでない。二人だけなら人目を気にせず話せるだろうと言う魂胆があったからだ。 プッロはウォレヌスがなぜさっきから黙ったままのかを知りたかった。 ウォレヌスは元々無骨で口数も少ない男だったが、洗濯場についてからの彼の無愛想ぶりは彼の基準としても異常だ。 メイド達の質問には全く答えず、表情も石の様なままだった。ウォレヌスと10年の付き合いを持つプッロには彼がかなり不機嫌になっている事が簡単に解る。 このまま放っておいてなにか問題が起きる前に何とかしたほうが良い、とプッロは考えたのだ。 そして彼は深く息を吸い込んでからウォレヌスに話しかけた。 「まったく、どうしたんです?さっきから黙りこくってる上にメデューサに睨まれたみたいに無表情ときている。これじゃ俺まで気が滅入っちまいますよ。いったい何があったんですか?」 ウォレヌスはプッロをじっと見つめていたが、やがて口を開いた。 「……いいかプッロ、前にも言ったがな、奴隷に気軽に接するんじゃない。連中を付け上がらせる事になる。見ろ、現にあの奴隷娘は我々に対しまるで同格かの様に振舞っている」 ウォレヌスはうんざりしたように言い放った。 彼にとって奴隷とはあくまでも自由市民の所有物でしかない。奴隷を必要以上に寛大に扱うのは連中を増長させるだけと言うのがウォレヌスの持論だった。 だから彼は自分たちに対して何の畏怖も見せなかったシエスタが気に入らず、彼女の挨拶を無視した。 そして他のメイド達が何の遠慮も見せずに延々と質問を続けるのを見て彼はますます苛立った、と言うわけだ。 だがプッロは呆れた様な様子で言い返した。 「別にいいでしょう、それ位」 プッロはウォレヌスほど市民と奴隷の違いに拘っているわけではない。無論同格と考えているわけでもないが。 プッロにウォレヌスは血相を変えて言い返そうとした。 「良くは無い!連中を付け上がらせればスパルタクスのように――」 だが彼が発言を終わらせられる前にプッロが割って入った。 「そもそもね、シエスタ達は奴隷じゃないんですよ」 ウォレヌスはプッロの言った事が理解出来ず、顔をしかめた。 「何ぃ?奴隷じゃない、だと?いったいどう言う事だ?あの娘は現にあそこで服を洗っているじゃないか!」 「実際に本人がそう言ってたんですよ。“メイド”とか言う家事やらなんやらをする仕事をやっているそうで、俺たちと同じ平民だと言ってました」 ウォレヌスは心の底から驚いた。自由市民が洗濯を仕事にするなど彼、と言うか普通のローマ人にはとても考えられない事だからだ。 奴隷を買えない貧乏人ならともかく、ある程度裕福な家庭ならば家事や料理は奴隷にやらせるのがローマでは当たり前になっている。 だから自由市民が雑用を仕事にするなどウォレヌスにとっては完全に常識の外だった。 彼がシエスタを奴隷だと思い込んでしまったのも無理は無い。 「……じゃあ何か、ここじゃ自由市民が奴隷のように雑用を仕事にするというのか?まったく……蛮人のやる事は理解できん」 いくら蛮人だとは言えここは色々とおかしすぎる。そう思いながらウォレヌスは呟いた。 「まあ蛮人云々はともかく、ここの連中が相当変わってるってのは間違いなさそうだ。まあ魔法使いがごろごろいる様な場所ですから変わってるのも当然でしょうけどね」 ウォレヌスは頭を抱え、自分達のおかれた状況を呪った。 プッロの言葉で改めて自分たちが全く未知の世界にいる事を実感してしまったのだ。 「クソ……一体何の因果で私達はこんな場所にいるんだ」 「そうですねぇ、ま、おおかたフォルチュナに小便をかけられたんでしょう。神々のやる事は死すべき運命の俺たちには理解出来ませんからね」 プッロは半分おどけた様な口調で言う。 「フォルチュナだと?フォルチュナどころか神々全部に小便をかけられた気分だ! 見ろ!共和国の栄えある第十三軍団の予備役長官及び首位百人隊長であるこの私が、気が付いたら全く見知らぬ異国で小生意気な蛮人の小娘の奴隷にされてるんだぞ!こんな馬鹿げた事があるか、クソったれめ! 大体なんなんだ貴様は?昨日あんなに喚いていた癖にやけにここに馴染んでるのはどう言う事だ?え?」 今日の朝からウォレヌスはプッロの態度が気に入らなかった。あのシエスタと言うメイドとやらともやけに仲良くしていたし、他のメイド達の質問責めにも進んで答えていた。 ウォレヌスにはなぜプッロが昨日あんなに使い魔になる事に抵抗し、荒れておきながら手のひらを返したかのように態度を変えたのかが理解出来ず、またそれが気に入らない。 これでは昨日とは立場が逆ではないか。ハルケギニアの自由市民が奴隷の仕事をすると言う奇怪な風習を目撃したショック、その奇怪な世界に孤立してしまった事への落胆、そしてプッロの半分おどけたような口調への苛立ちのために、ウォレヌスは声を荒げてしまった。 激昂したウォレヌスにプッロは諭す様に話しかけた。この二人、性格は違えど頭に血が上りやすいのは共通している。 だから付き合いの長い彼らは片方が感情を露わにした位で慌てふためく事はない。 「落ち着いて下さいよ。俺だって別にこの状況に納得したわけじゃない。でも少なくともここに長い間いなきゃいけないのはもう決まった事なんです。 ならギャアギャア言ったってどうしようもないんだから、可能な限り楽しまないといけないと考えてるだけです。それにここの連中がろくでなしだけじゃない事も解ったでしょう?シエスタを見なさいよ。」 プッロの言う事はもっともだ、と思いウォレヌスは素直に謝った。 文明人を自負するウォレヌスにとって感情だけで行動するのは恥じるべき事なのだ 「……ああ、確かにお前の言う通りだ。すまんな、改めて私達がどんな状況に置かれているかを考えたらつい荒れてしまったんだ」 プッロは特に気にした様子は見せなかった。 「まあ、次からは気をつけてください。ああ、そうだ。もうここから離れていいですか?顔は洗ったんだからもう用はないでしょ?」 「別に構わんが、どこへいくんだ?」 「どこって、あいつらの所にですよ。こんな所で突っ立ってても退屈なだけでしょう。それに朝飯が何時なのかシエスタに聞きたい。昨日の夜から何も食ってませんからね、腹が減ってるんですよ」 ひもじそうに腹をさすりながらプッロは答えた。 二人が才人達の所に戻った時には洗濯はある程度終わったようだった。 「へ~、結構終わったようじゃないか」 プッロは才人に声をかけた。 「ええ、もう半分くらいはやりました」 「才人さん、洗濯は生まれて初めての割には結構お上手なんですよ。この分なら次からは自分だけでも出来るようになりますよ」 「そ、そうかな?」 才人は照れながら答えたが、内心では腕がとにかく疲れる以外はそれ程難しい事じゃないな、と才人は思った。 実際、才人は自分が思ったよりもずっとうまく洗濯のコツを飲み込んでいた。 「じゃあさっさと終わらせちまおう。次は下着か」 そう言って才人は洗濯籠の中からルイズの絹製のパンツを取り出した。 彼はそれを洗濯だらいの中に入れて洗い始めようとしたのだが、シエスタの声にそれが遮られた。 「あ、才人さん。気をつけて下さい。絹は揉み洗いしちゃ駄目――」 その時、ウォレヌスの叫び声が周りに響いた。 「絹だとぉ!」 突然の声に驚いた才人は思わず尻餅をついてしまった。 「ど、どうしたんですか、一体!?」 ウォレヌスはその問いには答えず、才人に近づくと洗濯の中のルイズの下着をむんずと掴むとそれをじっと見つめた。 大の男が真剣な表情で少女のパンツを見つめているのは才人にはとても不気味に思えたが、彼にそれを口にする勇気は無いのは言うまでも無い。 ウォレヌスだけでなくプッロも絹の下着に異常な反応をしめしていた。 彼はウォレヌスの隣に立つと 「た、隊長。その下着、本当に絹で出来てるんですか?」 と興奮した声で話しかけたのだ。 「ああ、間違いない。なんと豪勢な……」 ウォレヌスは信じられないとでも言わんばかりの様子で答えた。 才人は何故二人がパンツにこんな反応を起こしているのか全く理解できない。 二人揃って少女のパンツに欲情する様な変態には見えないし、そもそも二人はパンツではなくパンツが絹で出来てる事の方に驚いている。 混乱した才人を尻目に、シエスタは恐る恐るプッロ達に話しかけた。 「あの。プッロさん、ウォレヌスさん。絹の下着の何がそんなに凄いんですか……?」 「ちょ、ちょっと待ってくれ。そんな事を言うって事は、絹はここじゃありふれてる物なのか?つまり、ここで作られているのか?」 ウォレヌスは興奮を隠せない様子で、逆にシエスタに問い返す。シエスタが奴隷だと思っていたさっきまでならこんな風に彼女に話しかける事は有り得なかった。 だがウォレヌスは現金な物だがシエスタが奴隷ではないと知って態度を変えたのだ。 「え、ええ。そうですよ。確かに高価ではありますけど……」 「す、凄えな。こりゃ大発見ですよ、隊長!」 「ああ、まさか絹が下着に使える程ありふれているとは……」 この二人がここまで絹に驚愕したのには当然理由がある。 絹は服の素材としてローマの上層階級に非常に人気があるのだが、ローマ人には絹の製法が完全に謎だった。 そのため入手するにはパルティア経由で中国、彼らの言うセリカから輸入するしかなかった。 その値は法外な物で、当然ウォレヌス達のような一般庶民にはとても手が出せない物である事は言うまでも無いし、ローマで最も裕福な金持ちでさえ絹製の下着など持ってはいなかっただろう。 そんな物が無造作に洗濯籠に置いていたのだからの二人がこれだけ仰天したかのも当たり前と言える。 シエスタはもう一度プッロに尋ねた。 「あの、絹ってひょっとしてローマじゃもの凄く高価な物なんですか?」 「高価なんてもんじゃない、同じ量の金と絹は同じ値で取引されてるくらいだ!絹で出来た下着なんて聞いた事もねえよ。あのクラッススでさえ持ってなかった筈だ」 「い、一体なんでそんなにするんですか?」 才人がプッロに聞いた。それまで二人の突然の大声に硬直していた才人だったが、好奇心の方が勝ったようだ。 「誰も作り方を知らないからだ。作る方法が無いから輸入しなきゃいけないんだが、それを持ってるパルティアの商人どもはいつもふざけた値をふっかけてきやがるんだよ。それでも金持ちは買うんだがな」 そこにウォレヌスが割って入った。 「もしかしてシエスタ、君は絹がどうやって作られるのか知ってるのか?知っているのなら教えてくれ。そう言えばサイト君、ニホンは確かセリカの近くにあるんだったな?君も知ってるんじゃないか?」 ウォレヌスは絹の製法について大きく興味を持っている。単なる好奇心と言うだけでなく、製法が解れば場合によっては莫大な利益を上げられるかもしれないからだ。 もしローマ人の商人が絹を直接製造出来ると知れば、その方法に莫大な値をつけるだろう事は想像に難くない。 別に彼は守銭奴と言うわけではないのだが、特に軍を除隊した後に家族を養う為なら金はいくらあっても困らないとは考えている。 「絹なら多分、蚕の繭から取る物だったと思うんですけど……」 「ええ、私も詳しい事は知りませんけどその筈です」 二人とも知ってはいるが大した事は知らない、そんな風に答えた。 「蚕?なんだそれは?」 「虫ですよ。蛾みたいな……」 ウォレヌスは腕を組んでふーむ、と唸った。 (虫……それは考えてなかったな。昔何かの木の葉から作られてると聞いたんだが) 今はこれ以上聞いても意味は無いだろう、とウォレヌスは思った。 二人とも詳しい事は知らなさそうだから、ここで根掘り葉掘り聞いても意味が無いだろう。 そう考えウォレヌスは二人に礼を言った。 「ありがとう。長年の謎が解けてすっきりした。洗濯の邪魔をして申し訳なかった」 ウォレヌスの次にはプッロが謝罪した。 「ああ、俺もだ。いきなり大声を出してすまなかったな、二人とも」 「い、いえ。別になんでもないですよ、こんな事」 「私だって目の前に金と同じ価値の物が転がっていたら同じ様な反応をしたと思います。気にしないで下さい」 そして才人はシエスタに絹類を洗う時の幾つかの注意点を受けながらも洗濯を続ける。 ウォレヌスとプッロは近くに座り、二人が終わるのを待っていた。 「ふ~っ、終わった。ありがとうな、シエスタ」 そう言って才人は硬直した腕を伸ばした。 「どういたしまして、才人さん。これならもう私の助けは要らないんじゃないですか?」 「ああ、これならもう大丈夫だ。本当に助かったよ」 「いえ、困ってる時はお互い様ですから……」 その時、近くから女性の声が聞こえてきた。他のメイド達の一人だ。 「シエスター!時間よー!」 それを聞いたシエスタは立ち上がった。 「あら、もうこんな時間!すみません皆さん。もう次の仕事があるのでもう行かなきゃいけません」 「え?まだシエスタには洗濯物が残ってるんじゃなかった?俺のせいで仕事が終わらせられなかった、なんて事には……」 「心配しないで下さい。仲間達に私の残った分をやってくれる様に頼んでおきましたから。じゃあ皆さん、またお会いしましょう」 そう言ってシエスタは歩き去ろうとしたが、プッロが彼女を呼び止めた。 「おっ、そうだ、シエスタ。行く前に聞いときたかったんだが、朝飯は何時始まるんだ?昨日の夜から何も食ってないから結構腹が減ってるんだよ」 「朝食ですか?私達は早朝に食べるからもう終わらせていますけど、生徒の方たちは七時半からです。お腹が空いてるんでしたら一緒に来ますか?私の次の仕事は朝食のお手伝いなんですよ。朝食の中から何品か抜く位なら料理長も許して貰えると思いますけど……」 「本当か!?いやー、本当に運が良い――」 嬉しそうに返答したプッロだったが、残念ながらそうはいかなかった。 「残念だが断らせてもらおう」 このプッロと言う男、好きな物はと聞かれれば「女と食い物」と答える程に食べるのが好きなのだ。 だから当然と言うべきか、この見知らぬ異国の食べ物には大いに期待していた。 それが一時的にとは言えおあずけになったのだから、彼がこのウォレヌスの言葉にええっ?なんで!と残念そうに声を上げたのは至極当然だろう。 「いいか、今はもう朝の三時間目、才人君の言葉で言えば7時から30分程になった。今から厨房に行って朝食を取るんじゃ間に合わん。時間通りに起さなかったとあの娘がギャアギャア騒ぐのを見たいのか?あと少しの間我慢するんだ」 「……ちぇっ、解りましたよ」 プッロは名残惜しそうに言った。確かにあの娘がキャンキャンと騒ぐのを見るのは鬱陶しいだろう。 それに腹が減ったと言え数々の戦場で経験した飢えに比べれば後数十分我慢する位はなんでもない。 「じゃあまた会おう、シエスタちゃん」 シエスタは別れの言葉を言った後、その場から去った。 「じゃあ今からどうします?」 才人は二人に言った。 「周りをうろつく様な時間は無い。部屋に戻った方がいいだろう。多少早いがもう奴を起こしてもいいかもしれん」 「じゃあそうしましょう。またあのガキの生意気な面を見ると思うと気が滅入りますがね」 プッロはそう言って歩き出し、二人もそれに習った。 前ページ次ページ鷲と虚無
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3007.html
前ページ次ページゼロの夢幻竜 ラティアスはやってしまったという顔をする。 変身の瞬間こそ見られてはいないが、誰もいない内に念動力を使ってさっさと洗濯を終わらせようと思っていたからだ。 目の前にいるメイドは黙っていたが、直ぐに首を傾げてごく当たり前の質問を投げかける。 「あのう、新入りの方ですか?」 新入りという言葉にラティアスはぴんと来た。 どうやらこのメイドは自分をここに着たばかりのメイドと勘違いしたようだ。 いいえと答えたら怪しまれてしまう。 一応調子を合わせる様にラティアスは頷いた。 だがそれがまずかった。メイドはにこにこしながら当然出るであろう質問を口にする。 「そうなんですか!ここでは貴族の方が多いものですから緊張してしまって……私シエスタって言います。あの、あなたのお名前は?」 答えられるわけが無い。 ラティアスとその雄の形態にあたるラティオス一族は、人間に変身する事は出来る。 だが、声帯とそれに準じる発声機能の忠実な模倣は何代続いても不可能だった。 その為ラティアスは人間の外見に姿を変える事は出来ても、音声を使った意思疎通に関してはほぼ無理だった。 目の前にいるシエスタと名乗ったメイドの物腰は柔らかそうで、且つこちらへの敵意は無い。 それでも今、質問に意思疎通形式で答えたら何が起きるか分かったものではない。 しかし答えないままでは状況はより一層悪くなるだけだ。 耐え切れなくなったラティアスは、ままよ、と思い意思疎通を始める。 「嘘吐いてすみません。わたしはルイズ様の使い魔でラティアスといいます。」 瞬間シエスタは狐に摘まれた様な表情をしてその場に棒立ちになった。 何が起こっているのかよく分かっていない表情その物とも言える。 それはそうだ。いきなり自分の心に誰かの声が聞こえてきたのなら誰だって驚く。 ましてや目の前にいる人物が発しているとその本人に言われたって、口が動いていないじゃないかと言われるのがオチだ。 次に彼女は耳に手を当てる。しかし当然の如く何も聞こえない。 説明の為にラティアスはもう一度心の声を口にする。 「今あなたの心に直接話しています。ちょっと理由があって口がきけないのでそうさせてもらっています。それと……ほら、ちゃんと使い魔のルーンもここに。」 そう言ってラティアスは使い魔のルーンが刻まれた左手を相手が見やすいようにさっと掲げた。 シエスタはそれに顔を近づけるがそれでも信じられないといった顔をする。 それに未だに自分の手で耳の辺りをこんこんと叩いていた。 ラティアスは困った顔をし、小さな溜め息を吐いて考える。このままでは埒が開きそうもない。 鬼が出るか蛇が出るか。正にそんな雰囲気だったが至善の策が尽きたなら次善の索を使うまでだ。 「仕方ありませんね……私の本当の姿を見せます。でも絶対に人に言わないで下さいね。」 ……とは言っても実際に見る以外信じて貰えなさそうだが。 そう思いつつラティアスは目を閉じて再び深呼吸をする様なポーズをとる。 そして目も眩む光と共にラティアスは一瞬で元の姿に戻る。 これで信じてもらえるかとラティアスは目を開けたが…… 甘かった。その光景を穴が開きそうなほど見つめていたシエスタは、あまりの出来事に気を失い、ばったりとその場で後ろ向きに倒れてしまった。 やっぱり不味かったか……とラティアスはつい思ってしまうのであった。 彼女の所属する仕事場まで運んでいってやろうかと考えはしたが、何処が彼女の仕事場なのか見当がつかない。 どうにもしようが無いのでラティアスはシエスタを水汲み場の縁にもたれ掛かる形で寝かせる事にした。 さて次は洗濯である。 洗濯といっても洗う為の石鹸や洗濯板を持って来ていなかった。 しかしラティアスはそれでも一向に困る事はない。 服が格段に汚れていない今、石鹸は兎も角として道具に頼る必要は無かったからだ。 ラティアスは先ず、空中に直径2メイル程ある水の玉を作り出す。 そしてその中に洗濯物を入れ、後は目にも止まらぬ高速回転を行う。 その間彼女は体を少しも動かす事は無い。 全ては彼女自身が持つ強力な超能力という力によって起こされている事なのだから。 大きな竜巻の様な形を取っているそれを、ラティアスは時たま横向けにロールした状態で回転させたり、玉の状態に戻して激しく振動させたりする。 誰か見ていたら先ず間違い無く何事かと目を疑うような光景ではある。 5分ほどそれを繰り返すと、元からあまり汚れていなかった事もあるが洗濯物は染み一つ無くなっていた。 ラティアスにとって幸いだったのはその間の光景を人間は誰一人として見ていなかった事だった。 見ているとすればかなり離れた位置からではあるが、昨日召喚された使い魔達ぐらいなものだろうが、彼等の大方がそんな事は何処吹く風といった感じで思い思いの事をしている。 と、その時気を失っていたシエスタが目を覚ましその身を起こす。 「あ、気がつきましたか?と言うより大丈夫ですか?」 屈託の無い笑顔でラティアスは話しかけた。 しかしそれはシエスタにとっては少々パンチの効きすぎた寝覚めの一言だった。 「りゅ、りゅ、竜が喋ったぁあああああ~!!!わあわあわあ!!!」 シエスタは元の姿で宙にふわふわと浮いているラティアスを指差し、腰が抜けた姿勢で絶叫し動転する。 そんな彼女をラティアスは必死で落ち着かせる。 「落ち着いて!落ち着いて下さい!たのみますから落ち着いて下さい!何もしませんから!お願いですから落ち着いて静かにして下さい!」 その言葉に、それまで散々おろおろ喚いて再び気絶しそうだったシエスタは漸くある程度の平静さを取り戻した。 まだ体の隅は小刻みに震えているが、それでも話が通じる様な状態になっただけまだましである。 ラティアスはそれを確認すると一回小さく咳払いをして話を続けた。 「よかった……。私はこういう風にして意思疎通をさせる事が出来ます。あと人間への変身も。 さっき変身していたのは一種の試験です。その……上手く変身できるかどうかの。 ……それで、あの、さっきの姿になっていいですか?もう気絶しないって言うのならやりますけど。」 その質問にシエスタは首をぶんぶんと振って頷く。 許可を貰ったラティアスは竜の姿を掻き消し、メイド姿の似合う少女にする。 最初の内は震えが止まらなかったシエスタも徐々に冷静になり、改めて人間状態のラティアスをぐるりと一周する形で眺める。 「本当に人間の姿になれるんですねえ~。」 「声が出せないのが残念です。本当はご主人様が意思疎通していいって言った人だけに喋っているんですけど、今回は事情が事情でしたから……」 照れ臭そうに俯くラティアスの姿を見てシエスタは先程の事を全て無かった事にし、微笑みながら右手を差し出す。 親愛の印とも言える握手の誘いだ。 「改めまして、ここでメイドをさせてもらっているシエスタです。」 「こちらも改めまして、ルイズ様の使い魔、ラティアスです。」 ラティアスも自身の右手を出して握手しながら挨拶し直す。 やがてどちらからともなく、小さな声を出してくすくす笑い出した。 シエスタは思う。 とんだ一日の始まりとなったが色々と面白い一日になりそうだと。 その模様の一部始終をほんの一瞬も目を離す事無く見つめている物があった。 使い魔の一匹、風竜の幼生であった。 ルイズは『アルヴィーズの食堂』でラティアスを待っていた。 朝食はつい先程始まりを告げたばかりで、テーブルの上にはまだ栄養のしっかり取れそうな料理が幾つも並んでいる。 今来たのならまだ楽しい食事は出来るだろう。 周りを見ると給仕として忙しそうに働くメイド達がいる。 ラティアスの分は彼女達に口利きさせてもらった方が良いかしら? そうルイズが思った時、校門に面した入り口から一人のメイドがそおっと入ってくる。 遅刻したのかしらと、厨房から出入りしていない事を理由に訝しんだ。 が、そのメイドは脇目もふらず真っ直ぐに自分の所に向かってやって来る。 「何か用?」 そう言ってルイズはグラスに入ったワインをほんの一口だけ口にする。 が、次の瞬間聞こえてきた声に危うくそれを思いっきり目の前にある皿やテーブルクロスに向かって盛大に噴き出しかけた。 「只今着きました、ご主人様!」 前ページ次ページゼロの夢幻竜
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2077.html
零戦がその空域にたどり着いたとき、すでにトリステイン軍とアルビオン軍が戦っ ていた。 状況はトリステイン軍の劣勢。 上空にはアルビオン側の竜と船しかない。 「ブチャラティさん! 私の町がっ!」 全部座席に座ったシエスタが絶句する。 この序の見下ろすその先。 タルブ村があるはずの場所に。 いくつもの黒煙が見えた。 アルビオンの竜使いたちは、タルブの村を放火したのだ! 許せない。 シエスタの心に暗い炎が滾っていく。 「落ち着くんだ、シエスタ。気持ちはわかるが。まずは、あの竜からやろう。 一騎ずつ、確実にだ」 「っはい! ブチャラティさん」 復座式零戦がその機動の本領を発揮する。 シエスタはタルブ村の上空を旋回するのをやめ、タルブ村郊外の、アルビオン艦隊が 浮遊している草原へと進路を変えた。 九八式照準器越しに、一人のアルビオン竜騎士をにらめつける。 彼はシエスタの存在に、鉄の竜の存在にまだ気づいてはいないようだ。 だが、そんなこともかまわず、シエスタは竜との距離をつめていく。 彼女の中には、冷たい怒りの炎が渦巻いていた。 シエスタの脳裏に、異世界の戦場のルールが語られる。 ――これが、曾おじいちゃんの戦争…… 戦場の空では、階級や貴賎など関係ない。 交戦規定はただひとつ。 『生き残れ』 ――大丈夫。私には―― 露伴の、ヘブンズドアーの能力の結果だった。 ――露伴さんがいる―― シエスタに狙われた竜が、まず最初に彼女に気づいた。 その竜は、異常を乗り手に伝える。 だが、乗り手が気づいたときにはすべてが手遅れ。 哀れな竜が、その乗り手と諸共7.7mm機銃に貫かれた。 ――曾おじいちゃんがついている―― 「どうしたんだっ!」 「トリステインの新手か?」 怒号とともに、アルビオンの竜たちは散会し、『鉄の竜』の元へと飛行する。 飛行しようとした。 だが、最強であるはずの彼らアルビオン竜騎士団が、まったく追いつけない。 「どういうことだ?」 「鉄の鳥か?」 そういうまま、ひとつの竜が、零戦の後ろにつき、魔法を唱えようとする。 だが、それはかなわない。 なぜなら、彼はすでに反撃を受けてしまっているから。 アルビオンの竜騎士は、ひとつ、またひとつと鉄の暴力になぎ倒される。 「慎重に、だが、大胆にだ。シエスタ」 「はいっ!!!」 ――ブチャラティさんがいる―― 急激な旋回機動と低速、低高度での格闘戦。 それが零戦の得意の戦法だと、露伴の書いた文字は教えていた。 シエスタはそれに従い、竜騎士の魔法攻撃をヨーで左右にかわす。 さらに旋回で竜の背につき、7.7mmの機銃で刺す。 彼女の動きに、一片の無駄もない。 「ちょっと!!! あんた、もうちょっと安全にとばしなさいよ!!!」 ――ルイズさんもいる……? 「おい、ルイズ! お前なんで!」 「うるさい!あんたは私の使い魔なんだから、私が監督しなきゃ!」 ブチャラティの座席のさらに後ろに、ルイズがいた。 後部座席に気を取られたとき、右翼に馬鹿でかい風の塊が襲い掛かった。 その直後、かつてないゆさぶりが機内の三人を襲った。 「ちょ、ちょっと、シエスタ!右の翼!」 ルイズの言うとおり、右翼が根元から一メイルほど残して、なくなってしまっている。 そしてそこから、ガソリンが漏れ出している。 シエスタは使用燃料を翼内タンクから胴体内タンクへとすばやく切り替えると、叫んだ! 「ブチャラティさん! 引火するかもです!」 「わかった、任せろ!」 ブチャラティはそう叫び返すと、スタンドのみ外に出し、ガソリンがもれ出ている ところへ『ジッパー』を取り付けた。その直後に、新たな魔法が気体を襲った。 今度は電撃だ。降り注いでいたガソリンが赤い火柱を形作った。間一髪。 シエスタは後ろを思いっきり振り返る。 同時に、ルイズも振り返った。 「ワルドさま――いいえ、ワルド!」 そこには、見知った優男と、青白い肌をした風竜がいた。 「やあ、我が元婚約者じゃあないか。奇遇だね」 タバサが竜に乗ってやってきたとき、地上の軍隊同士の戦いは、決着がつきそうに 見えた。 トリステイン軍が負けるほうに。 それを作っていた要因が、タバサの向かう先にあった。 「アレでは、制空権をほしいがままにされているな」 タバサの隣にいるコルベールがつぶやく。 彼の言うとおり、竜の向かう先には、大小二十隻程の戦列艦が空を埋め尽くしていた。 すべてアルビオンの軍旗をはためかせている。 いや、ただひとつ。 アルビオンでないものが、この空中にいた。 「あ、あれ!」 キュルケが叫ぶ。その指差す方向には、あの零戦がいた。 方翼をやられ、フラフラだ。 今にも堕ちそうにみえる。 それをいたぶるがごとく、一匹のアルビオンの竜騎士が追いすがり、魔法を放っている。 「す、すごい!」 タバサも、そのキュルケの言葉には同感だ。 竜騎士は、『ウインディ・アイシクル』や『ライトニング・クラウド』など、高度 な魔法を至近距離から繰り出している。 なのに、あの、鉄の竜は、それをぎりぎりまでひきつけ、身体全体をひねるように 回避している。上下に動き、左右によける。 だが、それも時間の問題。 どんなによけていても、竜騎士に背後を取られている。 そして徐々にだが、鉄の竜に、敵の魔法があたってきている気がする。 そんななか、タバサは、自分が何かできないかと感じたとき。 不意に、竜の羽衣と、それを追うアルビオンの竜騎士がこちらのほうに飛んできた。 「危ない!」 よけるまもなく。 二つの巨大な影は、タバサたちの頭上を過ぎ去っていった。 すさまじい速さで。 アルビオンの竜騎士も、タバサたちにかまう余裕はないようであった。 しかし、キュルケは『それ』に気づいた。 とっさに自分の杖を取り出し、頭上の『それ』にレビテーションをかける。 「~~~~~~きィゃぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!」 『それ』は、ルイズだった。 ルイズはシルフィードの背にゆっくりと軟着陸した。 「ルイズ、おかえり」 「ミス・ヴァリエール、大丈夫ですか?!」 コルベールに抱えられたルイズはなきそうな顔で怒鳴り散らした。 「ブチャラティ、あんなやつ! 危険だからとかいって、私を荷物みたいに 『ジッパー』で放り出して!」 「なるほど、さっきこちらに近づいたのはわざとか」 変に納得する露伴に対し、ルイズは言いたい放題のことを言い始めた。 「シエスタのことは何も言わなかったくせに!」 ルイズはもはや涙声になっている。でも、自分ではそれに気づけない。 「それに、直前になってウェールズ様の指輪を渡してよこすなんて。 まるで形見みたいじゃない!」 そういうルイズの薬指には、しっかりと指輪がはめられている。 「だが、見ろ。零戦の機動が増したぞ」 露伴の言葉に、全員が上空を見る。 なるほど、零戦は先ほどまでよりもすばやい動きをしている。 時々、竜の後ろを取るまでに運動性があがっている。 そのとき時間にして三分。 空中での、竜との攻防は終わった。 零戦が、竜の羽を機銃で打ち抜くことに成功したのだ。 しかし、次の瞬間! 零戦の、右翼から大量の金属片が飛び散った。 あまりの運動に、ダメージを受けた翼が耐えられないようだ。 しかも、アルビオンの戦列艦から、大量の散弾が、零戦に向けて発射される。 その空域にアルビオン勢がいないせいか、射撃は熾烈を極めていくのみだ。 「わ、私のせいだわ……」 ルイズが元気なく口ずさむ。 私があの時口を出さなければ、ワルドなんかにシエスタたちが負けるはずなんかな かったのよ! そして、あんな傷を竜の羽衣に負わせることもなかった…… 「くそっ! ここまで来て、何もできないのか?」 露伴の言葉が、ルイズには自分に向けられたように感じられた。 自分じゃ何もできない。自分じゃ誰も救えない。 「ほんとうに、私は何もできないゼロのままでいいの?……」 ルイズはそうおもって、始祖ブリミルに祈り始めた。 気休めに、ここまで持ってきた始祖の書のページをめくりながら…… シエスタは、眼下のそれを見たとき、単純に、なんだろうと思った。 なに、あれ。 タバサの風竜の、背にある人影から時おり、炎が発せられる。 たぶんコルベールだろう。 「ブチャラティさん! あそこ!」 ブチャラティも、シエスタと同時期に、それに気がついていた。 「ああ、アレはモールス信号だな」 ブチャラティはそれを見ながら、スティッキィ・フィンガーズの指でリズムを取り、 符号をそのまま、前部座席にいるシエスタに教える。 -・-・・ -・-- ・-・-・ -・ ・- --・・- ・---・ -- -・- --- ---- ・・- -・-- ・・ -・-・・ ---・- シエスタの脳内に、異国の文字列が生成され、重要な意味を成した電文と変換された。 (危険、退避セヨ。我攻撃ス) 露伴が彼女の脳に『書き込んだ』効果が如実に現れていた。 彼女の脳のシナプス細胞が、異常な速度で危険の気配を認識した。 「何かにつかまってください! この空域を離脱します! 地上でなにかするようです!」 ブチャラティの返事を待たずに、シエスタは零戦を急旋回させた。 眼前の戦列艦群に機体の腹を見せながら空域を離脱する。 見る見るうちに地表がせまっていく。 「いいぞッ!ルイズ!早くしろ!」 露伴がそうせかす中。 ルイズはすでに詠唱を始めていた。 ……オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド…… その間にゼロ戦は敵艦群と距離をとった。 しかし、そのおかげで、機体は敵の調律射撃のよい演習目標になっている。 ……ジュラ・イサウンジュー・ハガル・ベオーグン・イル…… 誰もが、一秒を一時間ほどに感じていたとき。 彼女の永い呪文が完成した。 狙いは敵艦隊中央。 かける魔法は、虚無の魔法『エクスプロージョン』。 敵艦隊の、浮力のみを奪うことが可能な魔法だ。 『虚無』ならば、『ルイズ』ならばできる芸当。 ルイズしかできない芸当。 彼女は杖を振り下ろした。 その瞬間、戦列艦群は白い、巨大な光に包まれた。 遊弋していた艦隊の帆が一斉に燃え出していく。 戦列艦が、一つ、また一つと地面に滑り落ちる。 その白い輝きが消えたとき、すべての戦列艦が機能を停止していた。 いや、ただひとつ、『レキシントン』号はいまだ空中にその威容を誇っていた。 「今が好機だ!全軍進撃!」 マザリーニ枢機卿が地上で声を張り上げていた。 今の爆発で、地上軍の優劣は逆転した。後は追い詰めるだけだ。 アルビオン軍は壊滅し始めた。 地上では。 アルビオン軍旗艦『レキシントン』は、満身創痍になりながらも、なおも制空権を 手放していなかった。アルビオン帝国の、クロムウェルの威信であった。 「ブチャラティさん。私に案があります」 シエスタが『レキシントン』を上方に見ながら話しかけた。 彼女は、まったくもって単純な策をブチャラティに示した。 「私たちの持つ最大の『攻撃力』の全てを、あの船の機関部に叩き込みます」 ブチャラティは一瞬で彼女の作戦を理解した。 「覚悟は……できてるようだな…………いいだろう」 零戦は優雅なまでに完全なインメルマンターンをとって、速度を高度に換え、その 機位を『レキシントン』と正対する位置に置き、直進を始めた。 「接触まで機体の護衛をお願いします!」 「やれやれ、 『ルイズを守る』 『任務を遂行する』 両方やらなくちゃならないのが『使い魔』のつらいところだな……」 デルフリンガーを鞘から解放する。とたんに、機内を珍妙な空気が支配した。 「……マヂ?」 「お前も『覚悟』を決めてくれ。すまないとは思っているが、どうしようもない」 「チッ。しょーがねーな。お前ェとはなかなかいい付き合いだったぜ。 こうやって人生……いや、剣生を終えるのも良いかもしれねェな、『相棒』」 ブチャラティに刻まれたルーンが、これまでにないほど光り輝いていく。 ブチャラティはジッパーで機外に出た。体を固定しながら前進し、エンジンカウル の真上、回転するプロペラの真後にたった。 「っと!危ないな」 「速度落としますか?!」 よろけたブチャラティを見たシエスタが叫んだ。 「いや、必要ない!君はこの機体を安定させて目標に向かうだけでいい!最高速度だ!」 『レキシントン』艦長、ホレイショ・ボーウッドは敵の運動の変化にもっとも早く 気がついた一人だった。彼は思わず思ったことをそのまま口に出す。 「まさか、体当たりするつもりか?」 鉄の竜にむかって、鉄砲と矢が無数に放たれる。 魔法もいくらかは放たれるが、まともな狙いがつけられていない。 その上、『鉄竜』の首に立つ男により、すべての有効な攻撃が防がれる。 間に合わない! そう判断した彼は、すばやく決断した。 「総員、対衝突体勢をとれ!」 何時間にも思えた寸秒が過ぎた後、艦全体を揺るがす衝撃が彼を襲った。
https://w.atwiki.jp/darthvader/pages/29.html
307 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/06/05(火) 02 05 54.58 ID TDqUKtty0 五日後の夜……、一行は日中探索した廃寺の中庭で、焚き火を取り囲んでいた。誰も彼も、 疲れ切った顔であった。 「で、今日の秘宝とやらはこれかね」 ボロボロの箱の底に無造作に収められていた数枚の銀貨を、ギーシュが手の中で弄んだ。 「どうやらそうみたいね。あなたにあげるわ、ギーシュ」 キュルケはすでに今日の戦利品に対する興味を失ったようで、焚き火の灯りで次の地図を 検討していた。その態度に、ギーシュがわなわなと震えた。 「なあキュルケ、これで七件目だ! 地図をあてにお宝が眠るという場所に苦労して行って みても、見つかるのは金貨どころかせいぜい銅貨が数枚! 地図の注釈に書かれた秘宝 なんかカケラもないじゃないか! インチキ地図ばっかりじゃないか!」 「うるさいわね。だから言ったじゃない。中には本物もある『かもしれない』って」 一行は学院を離れて四日の内に、七つの地図の探索を終えていた。 見つかったのはどれもこれも、地図に記載されている情報とは似ても似つかぬ、ガラクタ ばかりだった。 309 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/06/05(火) 02 11 11.22 ID TDqUKtty0 ルイズもため息を吐いた。 「こんなことなら、最初からアルバイトにしておけばよかったわ」 キュルケの赤毛が逆立った。 「ちょっと、ヴァリエール! あなたまでそんなこと言うの?」 険悪な空気が辺りを包んだ。 しかしちょうどその時、シエスタの明るい声が、その空気を吹き払った。 「みなさーん、お食事ができましたよー」 シエスタは、焚き火にくべた鍋からシチューをよそって、めいめいに配り始めた。いい匂いが 鼻孔を刺激し、食欲を掻き立てる。 「こりゃうまそうだ! と思ったらほんとにうまいじゃないか!」 まっ先にかき込んだギーシュが舌鼓を打った。 シエスタのシチューは皆に大好評だった。 「これはなんていうシチューなの? ハーブの使い方が独特ね。あと、なんだか見たことも ない野菜がたくさん入ってるわ」 キュルケは、フォークで見慣れない野菜をつつき回しながら言った。 「わたしの村に伝わるシチューで、ヨシェナヴェっていうんです」 シエスタは、鍋をかき混ぜながら説明した。 310 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/06/05(火) 02 15 10.05 ID TDqUKtty0 「おじいちゃんから作り方を教わったんです。食べられる山菜や、木の根っこや……。おじい ちゃんは、よく言ってました。これはおじいちゃんのお父さん、つまりわたしのひいおじいちゃん の国の料理だって。自分の体には、半分ひいおじいちゃんの国の血が流れているんだって。 ……よくわかりませんでしたけど」 「ふ~ん。それにしても、あなた器用ね。テントを作ったかと思いきや、今度はこうやって森に あるもので、美味しいものを作っちゃうんだから」 「田舎育ちですから」 シエスタははにかんで言った。 一行が寝床としているテントも、シエスタが学院にあった廃棄予定の布と廃材を適当に見繕っ て持ってきて、組み上げたものである。 すでにテントは焚き火からやや距離を置いて設置され、中からランプの光が漏れていた。 312 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/06/05(火) 02 19 53.46 ID TDqUKtty0 「でも……ミス・タバサは何をしてらっしゃるんでしょうね?」 シエスタは、一つだけあまった器に視線を落とした。 ここ数日はいつもそうだ。 食事の時間になると、ものを食べることのできないベイダーがテントに引っ込み、タバサも それに従う。そしてタバサは、一時間ほど経って皆が食べ終わった頃にひょっこりやって 来て、冷めかけた残りの料理をかき込むのである。 「食欲が無いんでしょうか。心配ですわ。ちゃんと食べないと大きくならないのに」 シエスタは、豊かな胸の前で両腕を組んだ。 「それ、本人の前で言ったらすごい失礼に当たるわよ……」 ルイズがそんなシエスタをじと目で見つめた。 とは言え、ルイズもまた内心穏やかではない。 胸の中にわだかまるもやもやをかき消そうと、ルイズはシチューの中の野兎の肉を口に放り 込んだ。 314 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/06/05(火) 02 24 49.23 ID TDqUKtty0 「う~ん、あの使い魔と話し込みたいことでもあるのかしらね。ほら、あの使い魔は妙なこと 色々知ってるじゃない? うーん、それともまさか……ううん、あの子に限ってないと思うけど ……どう思う、ルイズ?」 突然話題を振られたルイズが、頬張っていた肉をぶほっと吹き出した。 「ちょっと、そんなに動揺しなくてもいいなじゃい」 キュルケが呆れた表情を浮かべた。 「ど、どど、動揺なんてしてないわ。べ、ベイダーとタバサが何やってたって、わたしにはかか 関係ないもの」 「へえ、気にならないの?」 「本人が見られたくないみたいなんだし、仕方ないじゃない」 一日目の夜、二人が何をしているのか気になった一行は、とりあえずギーシュを派遣して テントの隙間から様子を窺わせることにした。 その結果は散々なもので、ギーシュはテントの布越しに発動された例の力で金縛り状態に された挙句、焚き火に投げ込まれたのである。 321 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/06/05(火) 02 30 55.74 ID TDqUKtty0 さすがにそこまでされると、好奇心だけで軽率に突っ走るわけにはいかない。 四人が腕組みして考え込んでいると、テントの中からタバサが出てきた。 「空腹」 そうとだけ言って、焚き火のそばに腰掛ける。 慌ててシエスタが器にシチューをよそった。 黙々とシチューの具を口に運ぶタバサに、ルイズは意を決して尋ねてみることにした。 「ねぇ、タバサ。ベイダーとあんた……」 しかし―― 「コーホー」 突然背後から例の呼吸音が聞こえてきたため、ルイズは残りの言葉を飲み込まざるをえな かった。 珍しくベイダー卿もテントから出てきたのだ。 辺りに緊張がみなぎった。 323 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/06/05(火) 02 34 45.91 ID TDqUKtty0 しかしベイダーが歩み寄ったのは、タバサでもルイズでもなく、シエスタの所であった。 「シエスタ、タルブの村はここから遠いのか?」 突然の質問に、シエスタはどぎまぎしながら答えた。 「え、ええと、だいぶ西の方に来てるので、もう馬で一日半くらいです。ミス・タバサの風竜なら すぐですけど……」 ベイダーは腕組みした。 「そうか。なら決まりだ」 夢中でシチューを食べているタバサを除き、その場にいる全員の視線がベイダー卿に集まる。 そして彼らの前で、ベイダー卿はこう宣言した。 「明日はタルブの村にあるという『竜の羽衣』を探しにいく」 326 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/06/05(火) 02 40 35.89 ID TDqUKtty0 次の日。結局ベイダー卿に押し切られる形で、一行はシルフィードの背に乗りタルブの村を目指していた。 どうせインチキに決まってる、と最初からテンションが下がりっぱなしのギーシュとは対照的 に、シエスタはご機嫌である。 時に鼻歌さえ交えながら、故郷の景色の美しさについてベイダーに語って聞かせていた。 ルイズはなんとなく面白くない。 (何よ、わたしの使い魔のくせに。昨日までタバサとコソコソやってたかと思えば、今度は メイド? 大人しそうな子が好みってわけ? ていうか、大人しそうな子なら誰でもいいてこと? 堅物そうな振りして、ほんと信じられない) だいたい、そのご面相でもてようっていうのが生意気なのよ、ぶつぶつ……、といつの間にか 小さく声に出しているのに気づき、ルイズははっと口を噤んだ。 見れば、前に座るキュルケがニヤニヤしながらこちらを振り返っていた。さらに、唇に軽く手を 当て、「くふ」と笑ってくれさえした。 ルイズの顔が一気に赤く染まった。 331 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/06/05(火) 02 46 59.17 ID TDqUKtty0 背後で始まったルイズとキュルケの醜い罵り合いを無視して、タバサは珍しく本ではなく紙片 に書き付けられた文章を読んでいた。 昨晩のレッスンで、ベイダー卿が書いたものだった。 まだ細かい間違いがあるものの、ここ数日の短いレッスンで、ベイダーの文章力は長足の 進歩を遂げていた。 もう自分に教えられることはあまり多くはないのかもしれない――そう思うと、嬉しいような 淋しいような複雑な気持ちになった。 そんなタバサの足元で、シルフィードがきゅいきゅいと鳴いた。 ちょうどそんな折、背後のシエスタが上げたはしゃいだ声が響く。 「あ! 見えました! あの教会の尖塔! タルブの村です!」 タバサも目を凝らすと、たしかに森の木立の切れ間に、なかなか立派な教会建築が見えた。 さらに、その周りの建物も視野に現れる。 タバサはシルフィードをゆっくりと降下させた。 333 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/06/05(火) 02 51 44.97 ID TDqUKtty0 「あれ?」 着地したシルフィードの背から真っ先に降りたシエスタが、辺りを見回して素っ頓狂な声を 上げた。 この時間ならもう村人は皆忙しく働いているはずなのに、どっちを向いても人っ子一人見当 たらない。 シエスタは首を傾げながらも、一行を案内し、実家の戸を叩いた。 ここに来た目的は竜の羽衣であったが、とりあえずみんなに休んでもらおうと思ったのである。 しかし、何度ノックしてみても反応は無い。 思い切ってノブを捻ってみたが、しっかり施錠されているようでビクともしなかった。 なんだか嫌な予感がした。 338 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/06/05(火) 02 56 27.32 ID TDqUKtty0 「なんか様子が変ね……」 遠くでシエスタの様子を見守っていたキュルケが呟いた。 「とびっきりの自家製ワインが飲めると聞いていたのに、お預けかね」 ギーシュも疲れた様子でその場にしゃがみ込んだ。 ルイズはベイダー卿の顔を見上げた。 「ベイダー……」 ベイダー卿は頷くと、直立の姿勢で顔をいくらか上げ、そのままの姿勢でしばらく静止した。 ややあって、辺りを見回してから、告げる。 その指は、村の中心にの広場に面した教会に向けられていた。 「あの教会だ。多くの人間がいる」 342 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/06/05(火) 03 01 13.72 ID TDqUKtty0 一行はシエスタを先頭に、村の中央にある教会に向かった。 教会の入り口は、堅い樫造りのドアでぴたりと閉ざされていたので、シエスタはノッカーに 手を伸ばした。 重々しいノックの音が響いた。 しかし、しばらく待ってみても、中からの反応は無い。 ルイズがベイダーに囁きかけた。 「ねえ、本当にここにいるの?」 「間違いなくいる」 ベイダーは自信を持ってそう告げる。 今度はキュルケが、眉をひそめながらぽつりと漏らした。 「そのドア、変じゃない? 表面にやたらとへこみや引っかき傷があるし……」 ギーシュが後を引き受けた。 「それに、飾り窓には全部内側から板が打ちつけられているぞ」 ゴクッ、と誰かが唾液を嚥下する音が響いた。 そしてやはり誰からともなく、辺りを見回してみる。 344 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/06/05(火) 03 07 12.09 ID TDqUKtty0 もちろん、一番不安になっているのはシエスタであった。 いつの間にか拳で直接ドアを叩き、叫んでいた。 「お父さん! お母さん! シエスタです! 今帰りました! 中にいるのなら返事してくだ さいっ!!」 ゴンッ! ゴンッ! と、華奢な拳で叩いているとは思えない大きな音が響いた。 見かねてルイズが駆け寄り、その手を押しとどめる。 「ちょっと、手を傷めちゃうわよ。――キュルケ、この扉に『アンロック』をかけて」 キュルケが承知して扉に歩み寄ろうとした時、中からごそごそと音が聞こえてきた。 ルイズとシエスタが、顔を見合わせた。 開錠の音がしてから、ほんのわずかに扉が開けられた。その隙間から覗いた顔を見て、 シエスタの顔が安堵のために崩れた。 懐かしい父の顔だった。 346 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/06/05(火) 03 10 58.14 ID TDqUKtty0 一行はシエスタの父によって教会の内部に通され、そこで詳しい事情を聞くことが出来た。 タルブの村は、今のトリステインの多くの村がそうであるのと同様、数日前からオーク鬼の 群に襲われていたのである。 その数、十数匹。一匹のオーク鬼の力は、屈強な戦士五人分に相当すると言われている。 村人には抵抗のしようがなかった。 村は完全に包囲され、外部との連絡手段も断たれた。 領主である貴族の元に救援を請う使者も出せぬまま、なす術もなく村人たちは繰り返し襲撃 を受けた。 オーク鬼の怪力の前には一般家屋の耐久性では心許ないため、村人たちは互いに呼びかけて 教会に避難することにしたのだそうだ。 そんな折にシエスタとともにやって来た四人のメイジは、歓呼の声で迎え入れられた。 「すでに五人の村人が犠牲になっています。どうかお願いです、メイジのみなさん。私たちを 助けては下さいませんか」 村長を名乗る老人からそう懇願され、ルイズとギーシュは顔を見合わせた。 349 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/06/05(火) 03 14 44.06 ID TDqUKtty0 ルイズたちの置かれた境遇では、できれば領主と報酬の契約を結んでから依頼をこなしたい ところなのだが、どうやらそんな暇はないらしい。 苦しんでいる者を見捨てるのは、貴族の取るべき行動ではないのだ。 「わかったわ。わたしたちに任せて」 ルイズが一行を代表して頷いた。 352 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/06/05(火) 03 18 28.04 ID TDqUKtty0 それにしても、タルブの村は決して裕福ではなさそうだし、村人から現金を搾り取るわけにも いかないだろう。 ただ働き承知でオーク鬼退治を引き受けようとしたルイズだったが、話がまとまる寸前に、 ベイダーが彼女よりも一歩前に出た。 村人の間にざわめきが起こる。 小さい子供はベイダー卿を見て泣き出した。 ウブな村娘の中には、卒倒してしまう者もいた。 「その化け物どもは退治してやろう。金銭による報酬は不要だ。その代わり、この村に伝わる という竜の羽衣を頂戴したい」 「ちょっ……」 唖然とした表情を浮かべて、ルイズはベイダーを見上げた。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2041.html
タルブ村のはずれに立てられた僧廟。 背後に平原が広がる地点でその廟は建てられていた。 露伴には、廟というよりは何かの格納庫のように見えた。 夕日にぽつんと建てられたそれが、背後に長い影を作り出している。 「お年寄りの中には、ここにお参りをする人もいるんです」 そういったシエスタは、その前で手を合わせ、小さくお辞儀をした。 その後で、シエスタは露伴とコルベールはその建物の中に導いていった。 その中は暗く、広い一体型の部屋だった。 ようやく目が暗闇に慣れてきた露伴に、シエスタの声がかけられた。 「見てください。これが『竜の羽衣』です」 露伴は竜の羽衣を一目見て、圧倒された。 それは、かつて露伴がわざわざ米国のアリゾナまで取材に行った取材対象だった。 露伴は思わず口をぽかんと開けてしまった。 自分という例があるにもかかわらず。このようなモノがこの世界にあるなんて、 露伴はいままで思いついたこともなかった。 「あの、露伴さん。ひいおじいちゃんが言っていたことは、本当のことだったんで しょうか?」 露伴はそれには答えずにシエスタと向かい合い、小さくつぶやいた。 『ヘブンズ・ドアー』 「ああ、君は知っているはずだ。こいつの動かし方を…… こいつがいたところの……ラバウル航空隊のベテラン操縦士なみにな……」 「……ええ、分かるわ……分かります! この復座零式艦戦の動かし方が!」 シエスタは大きく目を見開いた後、一筋の涙を流し始めた。 そして、急にはっとして、近くに立てられた黒い石碑に駆け寄り、そこに刻み付け られた異国の白い文字を読み始めた。 「『海軍少尉 佐々木武雄 異界ニ眠ル』」 涙をこらえきれず、時折しゃっくりをしながらもシエスタは話を続ける。 「ひいおじいちゃんは、この文字が読める人に『竜の羽衣』を渡せといっていました」 露伴は、皮肉げに答えた。 「なら、この零戦は君のものだな、シエスタ」 「さては露伴、おめーはこーいった空気が苦手だn……」 デルフリンガーの刀身が、完全に鞘の中に押し込まれた。 「あと、ひいおじいちゃんは『陛下』にお返しくださいとも…… 露伴さん、陛下とは誰のことでしょうか?」 「昭和天皇のことだな。残念だが、その人は死んでいるよ」 「テンノウ? 何ですか?」 「いろいろとめんどくさいんで説明は省くが、ハイパーな王様みたいなもんだ。 ま、きみは気にせずこの零戦を持っているといい。そして僕に取材させてくれ。 重要なのはそっちだ」 しばらくの静寂の中。 そこには、草原を走る風の音と、しゃくりあげる少女の泣き声のみが響き渡っていた。 その静けさを破るように、とある男が声を上げる。 コルベールの我慢が限界に達したようだ。 彼は自分の研究欲の突き動かすままになっている。 「どうかね。ミスタ・露伴」 「これは、僕の国の戦闘機だ。戦うための武器だ。名を零式艦上戦闘機という。 何故か復座式……つまりは二人乗れるように改造されているが」 「で、飛べるのかね?」 「それなんだが……微妙だな。まず、燃料がまったく足りないと思う。シエスタの 話だと、彼女の曽祖父は、ここの世界には飛行してきたそうだからな。ガソリン はないものと考えていいだろう」 そういいながら、露伴は機体の発動機後部あたりを探り、胴体内燃料タンクの残量 を調べた。彼の思ったとおり、そこにはほとんど燃料がない。 「やはり、ガソリンがないようだな。これでは飛ぶことはできないぞ」 「『がそりん』とはなんだね? それがあれば飛翔できるのかな?」 「どうかな。ともかく、ガソリンがないと絶対に飛べない。コルベール、そのビン の中に入ったやつを大量に作り出せるか?」 露伴はタンクの吸入口に残ったガソリンを、露伴が取材用に持っていた小瓶にとり、 コルベールに放り投げた。 コルベールはそれを両手で受け取り、中の液体を、興味深く臭いをかいでみていた。 「やってみよう……ふむ……ずいぶんと揮発性の高い油だな、これは」 露伴は、ガス欠とは別の、ある懸念があった。 「問題なのは、この機体が壊れていないかどうか、僕達には分からないことだ。もし 壊れていたら、ガソリンを入れても動かない」 「それはどうしたら分かるのかね?」 露伴はそれには即答せず、考え事をしながら、手に持った刀を鞘から半分引き抜いた。 「う~ん……おい、デルフ。お前、なんか良いアイデアないか?」 「わかんねーけど。そうだ。おい、露伴よぉ。これをブチャラティに触れさせればい いじゃねーか?」 「どういうことだ? デルフ?」 「一応こいつも『武器』だろ? こいつをガンダールヴに触らせれば、詳細が分かる」 「そうか、そうなると、これをトリステイン学院に運ぶ必要が出てくるな……」 深刻な顔をして考え込むコルベールに、シエスタが意外な助け舟を出した。 「ああ、それでしたら。ひょっとして村の人達に協力をお願いできるかもしれないです」 「どういうことです?」 「実は、タルブの村に困りごとがあるらしくて……なんでもメイジの方にしか解決 できないそうです。その頼みごとを解決したら、村の皆さんも協力してくれると 思います」 「どうする? 僕は限りなく面倒くさいと思うんだが」 「まあ、ミスタ・露伴。そう言わず、彼らの話だけでも聞いてみましょう」 「じゃあ、ちょっとここで待っていてください! お父さん……タルブ村の村長を こちらまでつれてきます」 シエスタはそういいながら、駆け足でその廟を出て行った。 彼女の背中が夕日に照らされ、彼女の身体が金色の草原に囲まれている。 廟の外にひろがる平原を、風が音を立てて通り過ぎていく。 シエスタ駆け去ってしばらくして、露伴が口を開いた。 「しかし、コルベール。僕がシエスタに『天国の扉』を仕掛けたとき、君はまったく 動じなかったな」 「フフフ、私にもようやく君の性格が分かってきましてね。君は、マンガの取材に 関しては多少善悪の判断を履き違えるようだが、それ以外では君はかなり善良な 人間だ。結構、君は正義に熱い人間だと私は見受けましたぞ」 コルベールが微笑みながら答える。だが、彼の目はあくまでも零戦に向けられたままだ。 露伴はそれを聞いて、文字通り爆笑した。 「はあ? きいたかデルフ? 僕が正義に熱いんだってよ! 笑わせるな」 「ここは黙秘を貫かせてもらうぜ……」 とたんに露伴の顔が険しくなる。彼の眉間には、皺が三本も形成されている。 「デルフ……今度お前を擬人化した挙句、萌えキャラ化して僕のマンガに出すぞ」 「……お前ェさんは『吐き気をもよおす邪悪』です、ハイ」 コルベールと露伴。そして一振りの刀。 彼らの間には、奇妙な感情(友情とでも言うのであろうか?)が芽生え始めていた。 その行く末を暗示するかのように、タルブ村の草原の草達が、金色の波を形成していた。 To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/legends/pages/3191.html
学園祭が賑わうなか 休憩時間を利用して、クラスメイトであり、自分を腐の世界に引き込んできた張本人でもある友人の小林 樹里と漫画同好会や食べ物系の店を色々回ってきた紗奈。二人とも事前に連絡して、アレな本もしっかり入手済みである。 紗奈は、隠れ腐女子としてこっそりと薄い本を集めている。 ちなみに、紗江には「純粋でいてほしいから」と思っているので、その手の話からは遠ざけている。こっちの世界に引き込んでしまえば盛り上がれて楽しいのだろうが…何事にも例外は存在するものだ。 「いやー、結構収穫あったねー。紗奈は何買ったの?」 「うん!ジャンルも幅広かったしw 私は、オリジナルのBL本5冊(全てアレな本)と、戦嘉、煉獄の七姉妹本、マモ縁、シエスタ410×シエスタ45、シエスタ410×シエスタ556本買ったよー」 「アンタが百合もイケるなんて、おねーさんびっくりだよ…」 「違う良さがあるの。男同士ももちろんいいよ?……ただし、筋肉以外ね。 なんだったら、今度シエスタ姉妹本貸そうか?」 「ははは…遠慮しとくよ。私はBL一筋だから」 等と話しながら、B組の教室付近まで戻ってくる。 「その格好、執事?」 「あ、う、うん……この店の、呼び込み手伝ってるから………ぁ、お、お帰りなさいませ、お嬢様、ご主人様」 ふと、呼び込みなどを手伝ってくれているディランが、小学校低学年くらいの幼女を片腕で抱き上げている見慣れない西洋人男性と話しているのが見えた。 「まぁ、合格」 幼女が笑う。 「この店、入るわよ」 「わかった…じゃあ、頑張れよ、ディラン」 「う、うん…ジブリル達も、楽しんでいってね」 「ひょっとして、ディラン先生とあの人たち……訳あり?」 「女の子もいたし…もしかして、妻子持ちとか?」 「え、なにその展開萌えるww」 幼女と共に教室に入っていく西洋人男性をどこか羨ましそうに見つめるディランを見て 腐女子二人は真実とは程遠いネタで盛り上がっていた…。 続く…?
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2407.html
前ページ次ページユリアゼロ式 ユリアゼロ式TYPE-5「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの憂鬱Ⅴ」 ユリアは走っていた。泣きながら走っていた。 『ユリア100式マニュアル ダッチワイフであるユリア100式は100メートルを23.5秒で走れるのだ!』 後ろから誰かが追ってくる気配は感じなかった。もう自分の事を探していないのかもしれない。 行く当てなどなくいつのまにか誰もいない広い草原のど真ん中にいた。 「はぁ………これからどうしよう。」 地面に座り込んだユリアはどうすればいいのかまったくわからなかった。そこに――― 「あれ? ユリアさんですか?」 夜の散歩をしていたシエスタが現れた。 数分後にシエスタは水筒とコップを持って戻ってきた。 冷水をコップに入れてユリアに渡した。ユリアはそれを両手に持って一口飲むと黙っていたユリアは口を開いた。 「実は……私、ダッチワイフなんです。」 ユリアの告白にシエスタは驚いた表情は浮かべたもののすぐにもとの表情になった。 「驚かないんですか? 私はこの国ではタブーとされている性欲処理器具なんですよ。」 「まあ多少は驚きましたが……なんとなくユリアさんは私達とはちょっと違う人なのかもしれないなーってちょっと思ってましたから…」 「それは……どういう意味なんですか?」 シエスタはコップに入った水を一口で飲みくだし告白した。 「実は、私のおじいさんはダッチワイフを作ろうとしていたんです。」 「私のおじいさんは小さなお人形が好きでそういうのを作っていたんです。 それでよく小さい私にダッチワイフについて熱く語ってくれました。その時によくメイドロボのようなダッチワイフを作りたいとよく言ってたんですよ。」 どうやらシエスタ一家がそういうことに理解があるのはそのおじいさんのせいのようだ。 ユリアの世界ではまだメイドロボというものが普及されていなかったからもっと未来の日本から来たのかもしれなかった。 「でも、ダッチワイフってご主人様の元を逃げ出したのを知られたら大元に強制停止させられるんじゃありませんでしたっけ?」 「………え?」 「いっ、いえ 違うのならそれでいいんです。なんでもないですから。」 シエスタは慌てて手を振って否定した。ユリアは首を傾げるばかりである。 「ユリアさんはこれからどうするおつもりなんですか?」 ユリアははっとした。ただ何も考えもなく飛び出してきて一体どうすればいいのだろうか? 「私なんて廃棄されればいいんです……いや、廃棄しなくちゃいけないんです。」 ユリアはうつむいたままつぶやきつづける。 「だって、私まだバージンでルイズさんとHしたことないばかりか一回もイかせた事なんてないし……私なんて…」 「ユリアさん。これも私のおじいさんから聞いたことなのですが…… 『ダッチワイフは性交渉だけが目的じゃない。 愛することも目的だ』……と私のおじいさんは言っていました。」 ユリアは顔を上げた。シエスタはユリアにこう問いかけた。 「ユリアさん……ご主人様への愛は誰にも負けない自信はありますか?」 「もっ、もちろんです!」 ユリアは胸を張ってそう答えた。 「じゃあもう一度ルイズ様の元へ行きましょう。あの方は優しいお方ですから。」 「はい! ありがとうございます!」 ユリアは涙ぐみながらそう答えた。 部屋に戻ってきたら明かり一つついていなかった。 「おかえり」 「はっ、はい。ただいま帰りました」 緊張していたのかユリアは兵隊口調になっていた。 それを見ておもわずシエスタは笑ってしまったがルイズは顔一つ変えることなく能面のようだった。 「さっきワルドがここに来たわ。」 ルイズは淡々と話し始めた。 「一度君の使い魔と決闘をしてみたい。勝ったほうが私を自由に出来る……そんな提案らしいの。」 途端にシエスタとユリアの顔が青ざめた。 「そっ、そんな! ワルド様はものすごい強いお方じゃ……」 「ものすごいなんてレベルじゃないわ」 ルイズはそう言い放った。ルイズは顔を横に向けて暗闇のどこを見ているのかがよくわからなかった。 「決闘は明日の朝ヴェストリの広場で行われるそうよ。ワルドは私とユリアを見て早急に邪魔者は排除してとっとと結婚することを決めたみたい。」 「そんなこと言わないでください……!」思わずユリアは叫んだ。彼女はまた泣いていた。 「まだ私が負けるって決まったわけじゃないですか! やってみないとそんなこと 「ないわよ! そんな根拠も何もないこと言わないで!!」 ルイズもおもむろに叫んだ。そして彼女もまた泣いていた。 「新しい使い魔を召喚しておけとも言われたわ! これであなたもワルドに殺されて終わりね! ああそうよ!これでいいのよ!これで!」 「……いいんですか?」 シエスタは思わずそう訊ねた。ルイズは泣きながら髪の毛を振り乱して叫び散らした。 「そんなのわかんないわよ! でも、こうでも思い込まないと私どうすればいいのかわからなかったから……! 全部全部あなたのせいなのよ!!」 半狂乱になったルイズをなだめるのにはかなりの時間を要した。終わったことにはルイズは疲れきってしまって泥のように眠ってしまった。 その後、ルイズを寝かせて部屋をきれいに整えたらすっかり真夜中になってしまった。 「すいません……ご迷惑をおかけしてしまって。」 「いえいえ。これも私の仕事ですから。」 シエスタは疲れた顔一つせずに微笑んだ。 「私……やれるところまでやってみようと思います。」 ユリアの決意を聞いたシエスタは何も言わずただユリアを見つめているだけだった。 「確かにワルドさんはルイズさんの特別な人だからルイズさんと一緒に過ごしたいと思うのはわかるんです。 でも、私は………何もせずに身を引くことなんてできません! だって、私にとってもルイズさんは特別な人なのですから……」 それを聞いたシエスタは思わず笑みをこぼした。 「素敵なプロポーズですね。まさかユリアさんがそこまで考えていたなんて女の私でも妬けてきます。」 「えっ、いやその……えっと……あはははは………」 ユリアは思わず赤くなってしまったがもはや苦笑するしかなかった。 「じゃあこれで失礼します。また何かございましたら私に言ってください。」 「はい。おやすみなさい。」 シエスタを見送ってルイズを眺めているとユリアはあっと息を呑んだ。 そこには傷だらけの足元があった。 きっと私のことを探して傷だらけになってこの部屋に戻って今度は心を傷らだけにされたのだろうか……そう思うと胸が熱くなった。 ユリアはルイズの傷だらけの足元にそっと口づけをした。 「おやすみなさい、ルイズさん。」 「「おおお……」」 フェニアのライブラリーから小さな感嘆の声があがった。 その声の主はコルベールとタバサであった。 タバサがユリアの胸元にあった紋章を彼女は記憶していたため、 コルベールはもう一度ユリアに対してセクハラまがいのことをする必要はなくなったのである。 「ガンダールヴ……」 タバサもいつに無く興奮してる。コルベールも同様だった。 タバサと一緒に読んでいたその古書を仕舞い走り出した。 「どこへいくの?」 「まずは学院長に報告しよう。君も一緒に来るといい。」 「でも……」 二人で廊下を走ってると生徒がなにやら歓声を上げているのを見かけた二人はそれをスルーしようとしたのだが 「おーい! 親衛隊長のワルド様とルイズの使い魔が決闘してるぞ!」 それを聞いた二人は互いに顔を見合わせた後頷きあい、決闘が行われている広場へ向かって走り出した。 前ページ次ページユリアゼロ式
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1560.html
「それにしても……人気ね」 「……人気ですね」 「……人気だな」 今、シエスタとその家族、そして私とルイズの二人を足したあわせて12人が一つの部屋に集まっている。 理由は簡単、夕飯だからだ。 それ以外の理由で全員が集まることなど他にそうないだろう。 夕飯が始まったころ、シエスタの家族は緊張していた。それは手に取るようにわかった。 貴族と同じ食卓にいるのだし、作った食事が貴族の口に合うかどうかもわからない。 緊張するなというほうが無理な話だ。 小さいガキどもは親に何か言われたのかは知らないが殆ど喋らない。 ルイズはルイズでこういった状況に慣れていないのか周りをちらちら窺っていた。 シエスタは何とかその空気を変えようと努力していたがうまくいっていなかった。 私は自分には関係ないものの、そういった空気の中一人堂々と食べれるほどの鈍感ではないので私も食事には手をつけていなかった。 そんなげっそりしそうな空気を変えたのは1つの存在だった。 それは突然テーブルの上に飛び乗った。 そしてまるで自己主張するかのごとく伸びをする。 その存在はその場にいた全員に驚愕の目を向けられていた。 そう、その存在とはまさしく猫だった。部屋においてきたはずの子猫がそこにいたのだ。 後でわかったことだがあの扉は鍵でもかけない限り軽く押すと簡単に開くらしい。 猫は丁度私とルイズの間にいた。 そして子猫は当然のように私の食事を食べ始めたのだ。 全員がその光景に呆然としている中、猫は我関せずといった感じでパクパクと私の食事を食っている。 そしてふと我に返った私はそのとき思った。 殺してやるぜこの畜生がっ!と。 さすがにその場で殺すのはまずいと思ったのでとりあえず猫を捕まえようと手を伸ばしかけた瞬間、 「かわいいー!」 その声が部屋に響き渡った。 その声がした方向を向く。声を発したのはシエスタの弟だった。 まだ幼くいかにも自分が抑えれませんといった感じの典型的なガキそのもので、間抜け面さらしてテーブルに身を乗り出し猫を見ている。 「ほんとだ!ネコだ!」 「まだちっちゃーい!」 その弟を皮切りに、小さいガキ共が次々声を上げていく。 やれやれ、五月蠅いことだ。これだからガキは嫌いなんだ。 五月蠅いし、人の迷惑を考えない、していいことと悪いことの区別もつかない。 この子供特有の高い声は何時まで経っても慣れるものではないしな。 しかし、それが場の空気を変えたのは確かだった。 「ねえ、おじさん!そのネコおじさんのでしょ!さわらしてさわらして!」 「おじ……」 どうやら私は子供にはおじさんと呼ばれるような外見らしい。 自分の正確な年齢はわからないが20代半ばほどだと思っていたのでひそかにショックだった。 「おじさん触らせてよ!」 「おねがいおじさん!」 「バーブー!」 「ちゃーーん!」 こいつらおじさんおじさん言いやがって。 そう思っていると笑い声が隣から聞こえてきた。 隣、つまりルイズのほうを向くと、ルイズは口に手を当てこそしていたが堪えきれずにかなり笑っていた。 「お、おじ、おじさんだって……クスクス。ダ、ダメ、耐え切れない……」 ついには目の端に涙すら溜めていた。 もしかしてと思いルイズとは反対の隣に座っているシエスタのほうを見てみる。 シエスタはこちらに完全に顔を背け方を震わしていた。 場合によっては泣いているように見えなくも無い。しかしこの場合確実に笑っている。命を懸けてもいい。 っというかシエスタ、お前はこういう場面だったら謝るようなキャラじゃなかったのか。私の思い違いか? 「おじさん!」 「おじさん!」 「おじさん!」 「おっちゃん!」 『おじさん!』 シエスタの両親を見る。彼らも顔を完全にそむけ肩を震わしている。食事中に騒いでるんだからガキ共を止めろよ! 待て!落ち着け私!こんなに慌てていたらまるで自分がおじさんおじさん言われて焦っているみたいに思われるじゃないか! くそっ!大体こんなことになったのも全部このクソ猫のせいだ! もはや空っぽになった器から次の器に手(口かこの場合?)をつけようとしている猫を捕まえる。 そして席を立ちガキ共のほうへ近寄る。 「ほら、思う存分触ってもいいぞ。この子猫はちょっとやそっとじゃどうにもならないから結構激しいことをして遊んでみてもいい。 思いっきり投げつけるだとか、蹴り上げるだとか、ボールの代わりにしてもいいし、とにかく好きにしてもらって構わない」 「ニャッ!?」 私が言ったことが理解できたのか、それとも本能で危機を察知したのか、猫が慌てて私の手から逃れようともがく。 だが甘い!もはやお前はこのガキ共に弄ばれる運命にあるのだ! 「わーい!」 「ありがとうおじさん!」 そう言ってガキ共は猫を私から受け取り猫を弄くり始めた。ガキは加減を知らないからな。せいぜい酷い目に会うがいい。 そして席に戻るとシエスタが何時の間に持ってきていたのか新しい器に猫に食われたおかずを入れていた。 「はいどうぞ。おかわりはまだありますからどんどん食べてくださいね。おじ……」 私に新しい器を渡すと同時にすぐに私から顔を背け肩を震わせはじめる。 今おじさんって言おうとしただろ。 「優しいわねおじさん」 ルイズはそう言うと今度は腹を抱えながらケラケラ笑った。 言い切りやがったこのアマ! しかし私が犠牲になったおかげで随分と場は変わった。 シエスタは家族に学院のことを話し、その話にルイズも参加し、シエスタの家族もルイズに敬語ながらも随分と軽く話せるようになった。 私はあえて黙々と食事を取っていた。いい気分ではないからな。 そして、 「それにしても……人気ね」 「……人気ですね」 「……人気だな」 冒頭に戻る。 今私たちはガキ共に弄ばれている猫を見ていた。先ほどからガキ共は飽きもせず猫を弄繰り回している。 猫は傍から見ても疲れているように見えた。 「えーと、大丈夫なんですかあのネコちゃん?あんなふうにさせても。ヨシカゲさんのネコなんでしょ?」 「別に構わないさ」 私の猫じゃないし。 「そういえばシエスタ」 「はい?」 「爪を切りたいんだが鑢はあるか?最近伸びるのが速くてな」 「ありますよ。食事が終わったら部屋に持っていきますね」 「ああ、頼む」 それで会話を打ち切り食事を再開する。 「ミャーーーーーーーーーーーーーーーーー!」 猫の悲鳴が聞こえたが幻聴だと思うことにして食事を続けた。