約 495,183 件
https://w.atwiki.jp/fairy-waterfall/pages/34.html
3スレ75 250物語1 75 名前:fusianasan 投稿日:2009/01/17(土) 18 17 20 約束の時間はとうに過ぎたというのにアルトが来ない 初めのうちは「私を待たすなんていい度胸だわ!」と言っていたシェリルだったが イライラが不安に変わり酒を煽る 「アイツが来るのをこんなにも楽しみにしていたなんて…」 アルトが自分の元へ来るのは彼の要望への対価として自分が下した命令だ 本当は自分の相手などしたくないのかも知れない そこまで考えて、ついにその空色の瞳が涙に濡れる 「やだ…どうしてこんな…っ。………アルトのバカ」 「悪い、遅くなった!」 「………っ」 「シェリル…? お前、泣いて…」 「そ、んなワケないでしょ! ただの欠伸よ! 今夜はもういいから帰って!」 そう言いながら顔を背け俯くシェリルに、アルトはどうしようもない思いに駆られ抱きしめた 「待たせてごめん」 (…嘘。ホントは来たくないんでしょう?) 豪奢なストロベリーブロンドを広げて、シェリルがアルトの方を向いて布団の中で横臥している。 アルトが撫でる金髪は、その絹の夜着にも勝るほどに滑らかだ。 いつもは物語の展開に合わせて豊かに変わる表情が可愛らしいシェリルだったが、 今夜は頬をほんのり赤らめ、まだ涙が残っているのか瞳を潤ませて、悩ましい様子で アルトは別の意味で目が離せなかった。 その刺激に翻弄されないよう、アルトは物語りに集中する。 物語はちょうどラブストーリーの山場に来ていた。 先ほどまで不機嫌だったシェリルも、物語に集中しているのかぼんやりとこちらを見ているだけだった。 禁忌を犯して、主人公がヒロインに愛の告白をするシーンに差し掛かり、 アルトはシェリルの瞳が自分をとらえるのを待った。 物語は相手の反応を見ながら、適切な間で話すものなのだ。 続くはずの愛の言葉がないことを不思議に思ったシェリルがようやくアルトの瞳を見詰めた。 視線が絡んだところでアルトが口を開いた。 「お前を愛してる。もう、離さない」 思いの外甘い声が出て、アルト自身どきりとしたが、 シェリルは物語に浸っているのかうっとりとするばかりだったのが、少し面白くなかった。 めでたしめでたしと、恋人達が結ばれた事に満足して、シェリルは目を閉じた。 しかし、今だ髪を撫でられていることに気づき、落ち着かない。 あなたは旅に出るために、そんなに優しくしてくれるのよね? アルト…、物語の恋人たちと違って、私たちは結ばれない。 結ばれるとか…イヤだ私酔ってるんだわ…。 愛してると囁いたアルトの真剣な顔を、声を思い出し、胸が締め付けられる。 すぐ近くの息遣いを感じて、シェリルがゆっくりと瞼を開くと、 目前に切なげに自分を見つめるアルトがいた。 シェリルが泣いていたので、今晩は眠るまでは一緒にいてやろうと思っていた。 髪を撫でる手を退くタイミングを失い、撫で続けているせいで、この至近距離。 やわらかそうな頬や唇は、正直、目の毒だ、などと考えていたところにシェリルが目を開いた。 ぼんやりと切なげにアルトを見つめているシェリルは、涙を潤ませ、唇を噛む。 やわらかな唇に傷がついてはいけない、アルトはつい、シェリルの唇に手を伸ばした。 触れた唇はめまいがするほど柔らかく、赤い舌が歯の間から覗いた。 アルトは指で唇をなぞると、顔をよせ、唇を重ねた。 甘い刺激がゾクリと背を走るままに、アルトは従順に受け止めるシェリルの唇を貪った。 弱って酔ったシェリルに手を出すなんて、最低だ。 物語の反応を見る限り、色恋に関してシェリルは初心で世間知らずなようだったので、尚更、性質が悪い。 ようやく官能を欲する己の欲に打ち勝ったアルトは唇を離す。 が、組みしいたシェリルは、頬はますます上気し、濡れた唇が艶めかしい。 頼りなげな様子でシェリルがわずかにこぼした目じりの涙を唇にのせると、 アルトは甘い香りに誘われて唇を首筋へと移した。 頼むから、いつもの調子で抵抗してくれ!と願うアルトを余所に、シェリルから甘い吐息が漏れる。 なんで、今日はそんなに、儚げなんだ。置いて行けるわけないだろ。 布団を剥いで、シェリルを強く抱き締めた。 「何か、言えよ、シェリル」 抱き締めた体は柔らかで温かで、折れそうにか弱い。 「アルト…」 シェリルが、か細く名を呼び、背中に手を回してきた。 「お前このままどうなるのか分かってるのか。後悔しても遅いんだからな」 どんなに指で馴らしても、初めて受け入れるシェリルは狭く、 アルトが努めてゆっくりと腰を進めるものの痛みにシェリルは身をすくませていた。 その耐える姿が扇情的で、健気さに愛しさが溢れる。 精を放ったアルトはシェリルの胸に顔をうずめて息を整えた。 恐る恐るシェリルの様子を伺うとシェリルも放心している。 シェリルに見てほしくて、アルトがキスを送ると我に返った様子だった。 シェリルが恥ずかしげに微笑むのを見て、安心したアルトは 逃がさないように腕に閉じ込めてしばしの眠りについた。 腕の中のシェリルが身じろぎして、アルトも目を覚ました。 「起しちゃったわね」 シェリルがかすれた声で囁くので、アルトは水を差しだした。 「湯浴み、するか?手伝うぞ」 「いいわ、女官たちにお願いするから。 あんたの方こそ帰らないといけないんだから、浴びるなら先に行きなさい」 ぬくもりが離れて行き、シェリルは夢心地が急速に冷えたのを感じた。 身支度をしたアルトが傍に腰かけると、シェリルは彼に抱きつき、髪をすいて、心の中で密かに別れを惜しんだ。 話し終えれば、彼は去ってしまう。だけど。 「また、話をしに来なさい、アルト」 250話を終えるまでは、甘い夢を見せて。 アルトがいつもの時間に寝室を訪れると シェリルはすでに眠っていた。 公務はいつも激務で、昨夜初めて男を受け入れて、疲れたのだろう。 読みかけの本を握ったまま、安らかな様子だ。 来いって言ったのはお前なのに。 話終えるとすやすやと眠っていた、というシェリルの寝顔は幾度となく見てきたが こんなに触れたいのは初めてだった。 正直、ベッドで自分の話に耳を傾けるシェリルは昼の雄々しさと対照的に可愛らしく、 男としていろいろと我慢させられたことは数え切れないほどあったのだが、 お互いの信頼の上に続けてきた夜伽だ。 裏切るわけにはいかない。 しかし、昨日の今日だ。 そりゃあ、今日も淡い期待を抱いて来たし、ちょっとくらいは、許されるだろ。 昨日の行為を思い出し、目がギラギラとし始めたアルトは それに気づき、なんとか自分を落ちつけた。 アルトはシェリルの額に口づけを落とすと、灯りを消し、ベッドを後にした。 いい夢、見ろよ。 明日はきっとあの青い瞳に映ることができるだろう。 「また、来るよ」 おわり
https://w.atwiki.jp/fairy-waterfall/pages/57.html
7スレ31 超時空スルー物語 31 :えっちな18禁さん:2009/03/22(日) 19 59 31 ID Z4UGg9h2O ネットが使えなくてイライラしてやった。航海は(ry 超時空スルー物語。いろんな意味でムリヤリ。 ↓ いざ、というときになって、だけど困ったなスキンがない。 超時空スルーされているアルトはいっそ責任取りたい。 シェリルはアルトがまた衝動に身を任せようとしていると思ってる。 ベッドから離れようとするシェリルを押しつぶさない程度に密着して閉じ込めるアルト。 「もう諦めたな?」 「絶対逃げないってシェリル・ノームの名に誓うわ! だから、だからアルト! 手と口、どっちか選びなさい!」 怒張し脈打つアルトが下腹にあたり存在を主張していて シェリルにとってはたまらない体勢だった。 アルトの胸板にすれる立ち上がった乳首への刺激や 首筋への刺激からもとにかく解放されたかった。 「シェリルの中がいい(キッパリ)。 シェリル、オレの事嫌いなのか?」 「嫌いでこんな事するわけないでしょ!あんた私の事なんだと思ってるの!」 シェリルは別に他意はなく、ただ自分を信じろと言っているのだが アルトには自分たちの関係に言及しているように聞こえた。 「身も心も、全て名実ともに俺のものにしたい。」 アルトの囁きでシェリルはぞくりとする。 言葉とはうらはらに散々にいじられた泉から また液体が伝い落ちたような感触をシェリルは感じた。 「それとこれとは話が別よ!」 アルトがシェリルの瞳を見つめようと軽く上体を起こした。 「わ、私は、身も心もあんたのものだわ、アルト。 だけど、あんたの言いなりになるって意味じゃない。 今、ここであんたを甘やかしてアフターピルをのむとかはしたくない。 あんたは衝動を流せるようにならならなきゃ」 「(アフターピル…?なんだそれ…) 言いなりにならないお前がいいんだ、シェリル。 衝動なんかじゃない。 シェリル、俺の作る味噌汁を毎朝飲んでくれ!」 「(味噌汁?飲む?く、口でしろってことかしら?) わ、分かったわ、だからアルト、体を――」 「シェリル、やっとわかって…!!」 アルトは感極まった様子でシェリルの膝を割ると シェリルの唇を己の唇でふさぎ、シェリルに己を埋めていった。 「!!」 シェリルは驚きで声も出ない。 根元まで収めたアルトは幸せそうに唇を解放した。 「アルト><赤ちゃん出来ちゃうじゃない! 今すぐ抜いて!」 「ああ、俺たちの子供だ。 抜くのはまだ早すぎるぞ。 いくら何でも俺はそんなに早くない。 …あの時は、特別だったんだ!」 昔、挿れてすぐ射精してしまったことを思い出しアルトは赤面した。 アルトは愛おしげにシェリルにキスの雨を降らせるが、 シェリルは訳が分からないといった様子だ。 「お前まさか、(子供が出来るしくみが)分かってないのか?」 「(あんたの言ってる事なんて)分かるわけないじゃない!」 「なら、俺に任せろ。 俺を信じろ、シェリル。 お前も子供も必ず幸せにするから」 アルトは精一杯の真心を込めて言おうとしたが、 シェリルの締め付けに耐えられず声がかすれた。 しかし、その真剣さだけは伝わったようで、 アルトの言葉と表情にシェリルはハッとした。 と同時にアルトは、動き始め、 身も心もアルトに占拠されたシェリルは なすがままになるのだった。 翌朝、身も心もアルトで満たされ目を醒ましたシェリルが目にしたのは、 左薬指のリング。 鼻腔をくすぐるのは 味噌汁の香り。 超時空スルー物語が続くのかは 萌えスレのネタ次第である。 おわり ムリヤリさせてみたかっただけです 本人にはその自覚はありませんが 萌え分もお笑い分もなくてすんません
https://w.atwiki.jp/macross-lily/pages/18.html
基礎教養の授業と、自ら選んだ音楽の授業との間に、空白の時間がある。 何をして過ごそうかと悩んだ挙句、ランカは校舎を出て、中庭を歩き回った。 天気は良い。風も心地良い。 仕事(と言っても目立たない地味な仕事ばかりだが)の疲れを癒す為に、 外で昼寝をするのも悪くはない。そう思ったからだ。 しかし、ようやく見つけた木陰のベンチには、既に先客がいた。 「あの……シェリルさん?」 「……ランカちゃん。貴女も空き時間なの?」 「そうですけど……ひょっとして、シェリルさん、お疲れなんじゃ……」 「……どうしてそう思うのかしら?」 ランカが訊ねると、シェリルはそれが気に障ったのか剣呑な声を出す。 プロ意識、というものなのだろう。シェリルはきっと、弱さを他人に見せたくないのだ。 それは強さかもしれない。 だが、勝手に境界線を引かれてしまったようで、ランカは眉尻を下げた。 「だ、だって。私が声をかける前、目を瞑って、ゆらゆらしてたから……」 「え! ……そうだったの。ごめんなさい、きつく当たってしまって」 「いえ、大丈夫です」 ランカの指摘で、自分が船を漕いでいた事にようやく思い当たったのだろう。 シェリルが素直に自分の非を謝る。 どうやら、ランカの表情の変化を、シェリルを怖がってのものと思い込んだらしい。 本当は、寂しさを感じたから、なのだが。 「貴女も一休みしに来たんでしょう? 座って良いわよ」 疲れなど見せない顔で、シェリルが自分の隣を示してくる。 ランカは頷きながら、ある事を思いついていた。 「ありがとうございます。あの、シェリルさん。もし、ご迷惑でなければ、ですけど」 「なぁに?」 「その……時々ひんそーとか、お子さま体型とか言われますけど! それでも良かったら、私の膝、使ってください!」 「ヒザ?」 「は、はい! シェリルさんのお昼寝、邪魔してしまったお詫びに……。 あんまり心地良くないかもしれないですけど、でも枕が無いよりはましですし! それに、座ったまま眠っていたら、姿勢を崩して、首を痛めるかもしれないし……」 何とか言葉を探して、ランカはシェリルを説得しようとする。 自分が幼い頃、オズマに膝枕をしてもらった時の心地良さを思い出していた。 確かに、こんな誰が見ているとも分からない場所で。 しかも、年下の自分に膝枕されるなど、シェリルはすぐには同意しないだろう。 だが、ランカは少しでも、シェリルの疲れを癒したいのだ。 「もしかして、膝枕してくれるの? ふふっ」 「ど、どうして笑うんですか、シェリルさん! 私はただ、シェリルさんの役に立ちたくて!」 「貴女があまりに一生懸命だから。可愛くて、つい。 そうね。そんなに言ってくれるなら、お言葉に甘えちゃおうかしら」 「本当ですか!? ありがとうございます!」 「お礼を言うのは私の方でしょ。それじゃ、貴女の膝、借りるわね」 「はい、どうぞ!」 シェリルの承諾を受けて、ランカはその隣に座る。 両足を揃えて待ち構えていると、ベンチに寝そべったシェリルの頭が、目の前に降りてきた。 確かな重みが、膝、というより太腿の上に圧し掛かってくる。 「こんなの初めてだけど。気持ち良いわね。貴女はどう? 重くない?」 「いいえ、平気です」 「そう? あぁ、本当に気持ち良い。貴女の膝、すべすべ……してるし……」 「シェリルさん!」 シェリルの綺麗な指先が、ランカの膝に近い肌を撫でてくる。 思わずランカは声を上げたが、それが届く前に、シェリルは眠りに落ちたらしい。 暖かな手はランカの肌に触れたまま、シェリルの寝息が聞こえてくる。 「シェリルさん……」 名前を呟きながら、ランカは自分の太腿の上で眠っているシェリルを見下ろす。 ふと、風を受けて揺らめく金髪に、手を伸ばしてみた。 ランカの手の上で、絹糸のような髪が、ささやかな音を立てている。 それはシェリルの規則的な呼吸と相まって、まるで1つの音楽のようだった。 その日の夜。 いつものようにシェリルの歌を聴きながら勉強していたランカの耳に、 昼間、シェリルを膝枕していた時のあの音が蘇った。 続けて、1時間弱感じていた、シェリルの頭部から伝わるぬくもりを思い出す。 (……そう言えば、あんなにシェリルさんの近くにいたの、初めて) 兄もおらず、1人きりの部屋の中で、ランカは思う。 そして今度は、自分の膝を撫でたシェリルの指先の感覚が思い出されてきた。 その瞬間、ランカは自分の奥で、熱いものが生まれた事に気付く。 (え?) 驚いて、部屋着の裾から下着に手を伸ばすと、そこは微かに濡れていた。 湿り気は、ランカ自身の指先という刺激を受けて、もっと広がっていく。 その様子に、ランカは自分が昼間取った行動の意味を悟った。 (そっか。私、本当は、シェリルさんの役に立ちたかったんじゃなくって。 シェリルさんを、もっと近くで感じたかったんだ。 嘘、ついちゃった。嫌な子だな、私……) シェリルが作った壁を感じたから、それが寂しくて、触れたかった。 他の者の前ではきっと見せないであろう寝顔を見て、 自分がシェリルから一番近い場所にいるんだと実感したかった。 シェリルが提案を受け入れた時、ランカが礼を言ったのは、間違いではなかったのだ。 (嫌な子かもしれないけど、でも、私、シェリルさんが好き……) 自覚すると共に、ランカの中で、様々な記憶が交錯する。 シェリルの声、シェリルの指先、シェリルの寝顔。シェリルの髪。 それら1つ1つがランカを熱くし、その手はいつの間にか、秘所をまさぐっていた。 終わり。
https://w.atwiki.jp/macross-lily/pages/79.html
『秘密』 豪華なソファの上。 座る自分の膝の上で、当たり前のように眠るシェリルを見下ろしながら、ランカは至福の時間を過ごす。 シェリルのふわふわの髪を優しく撫でながら、そのかわいらしい寝顔を堪能する。 零れる笑みはそのままに。 シェリルという存在を知ったその時、ランカは一瞬でその魅力に落ちてしまった。 それはまるで、恋心に近い憧れ。 その憧れは、気がつけば、いつの間にか本当の恋心へと変わり。 そして、いろいろな出来事の中で育った恋は、多くの困難を越えて結ばれる。 現在に至っては、シェリルのことを少し考えただけで、零れる笑みがさらに深くなるのを止められないほどの、 “シェリルさん大好き病”のランカ。 それが末期であることに、当の本人は気づいていないようだが、周りにとっては周知の事実だった。 現に、今の零れる笑みをアルトあたりが見れば、肩を竦めて呆れかえり言うことだろう。 『ランカ、その緩みきった顔、どうにかした方がいいぞ。』 それほどまでに、ランカの笑顔からもその空気からも、幸せがだだ漏れだった。 眠るシェリルが、ランカの膝の上で自分のお腹の方に寝返りを打つ。 その寝返る姿でさえかわいらしくて、笑顔がさらに零れてしまうランカ。 大好きなシェリルの寝顔を隠す髪をソッと横に避けた時、知っていなければわからない、 ほんとにほんの少しだけ残ってしまった傷痕が目に映る。 その傷痕は、ランカだけしか知らないシェリルとの秘密。 バジュラとの戦いから3ヶ月――― フロンティア船団は、バジュラの地に移住をするべくその地に足を踏み入れた。 とはいえ、まだまだ謎の多い地。 地質調査などのあらゆる調査を終え、バジュラとの共存の方法成立させる。 フロンティアの人間がこの地に移住するまでには、まだまだ時間を要した。 その間の生活は、今まで通り、フロンティアの中で過ごすこととなる。 事件の説明が急ごしらえの政府から行われ、 主犯はグレイス・オコナーと軍政府のレオン・三島によるものだとされたこの戦い。 オズマやアルトたちはフロンティアの英雄となり、 シェリルとランカはその身を利用されながらも、その歌声でフロンティアを救った伝説の歌姫となった。 多くの人々はそれを受け入れ、歓喜する。 しかし、その反面で2人を恨む人間もいた。 グレイス・オコナーがシェリルのマネージャーであったことは明確なる事実で。 ランカという存在がバジュラを呼んだのも事実だった。 だから、この戦いで愛する者を失った人間たちは、どうにもできぬ感情を彼女たちに向ける。 『お前たちさえいなければ』 慰問に訪れた場所で、1人の男がそう言った。 連なるように、何人かが同じような悲しみに満ちた怒声をあげる。 向けられた敵意と言葉にランカは驚愕した。 そこにいた人々に浮かぶのは、自分たちに対する明確な『怒り』と『憎しみ』という負の感情。 怯えるランカの瞳から、自然と涙が溢れ出す。 慰問ライブの途中の出来事で、その意見に激怒するファンとの間に生まれそうになる争い。 それを回避しようと、憎しみを向ける人々に対して軍は力で制圧を試みる。 ランカはただ足を竦ませて、舞台の上に立っていることしかできない。 そんなランカに向かって、怒りをこめて投げられた小石が飛んでくる。 「「ランカっ!!!」」 護衛として付き添っていたはずなのに、鎮圧の方に気を取られてしまっていたアルトとブレラの声が重なる。 ランカはその声に反応するも、そこから動くことはできなかった。 ぎゅっと目を瞑り、体が勝手に痛みを覚悟する。 が、その痛みが訪れることはなかった。 恐る恐るといったように目を開いたその先には、誰かの背中があった。 ランカはその背中を知っている。 誰よりも憧れ、そして目指した人物の背中だったから。 「・・・シェ・・・リル・・・さん・・・?」 名を呼ぶ声に振り向くことはせず、シェリルはただ静かに、けれど強さを纏う声で言った。 「しっかりしなさい、ランカちゃん。」 その声に、その大きな背に、ランカはただ魅入った。 シェリルの左の額から流れる血は、まるで涙のように頬を伝いステージに落ちる。 「シェリルっ!!!」 名を呼び、駆けつけようとするアルトとブレラを制して、シェリルはマイクに向かって言った。 「ここはライブ会場よ。あなたたちの力は必要ないわ。今すぐその人たちから離れて。」 シェリルの言葉に、軍人たちが戸惑っていると、シェリルがもう一度告げる。 「聞こえないの?その人たちから離れなさい。」 戸惑いながらも、その言葉に従ってしまう軍人たち。 しかし、その戸惑いは、憎しみを浮かべていた人々も同じで。 シェリルの予想だにしていなかった言葉に誰しもが困惑していた。 会場中がそんな戸惑いに陥ってしまうと、シェリルはマイクを置き、歌い始める。 音も何もないまま。 自分の声だけで。 痛いほどの思いをのせて。 響き渡る『ダイアモンドクレバス』に、その場にいた誰しもが聴き入り、魅入る。 そして、中継されていた場所でも、人々は足を止め、その歌声に涙した。 『銀河の妖精』 まさに言葉通りの存在がそこに在った。 そのまま歌い終えたシェリルは、閉じた瞳を開くと、これが応えだと言わんばかりの強い瞳で、 自分たちに憎しみを向けていた人物たちを見まわした。 「恨んでくれてかまわないわ。それでも・・・あたしは歌う。どこでも、どんな場所でも。」 置いたマイクを手にしたシェリルは、そう静かに告げる。 シェリルの言葉には、あらゆる全ての想いを受け止めて、 それでもなお、歌い続けてみせるという明確な強い意志が宿っていた。 「それが、あたしにできる・・・あたしが選んだ唯一の道だから・・・だから・・・」 後ろに控えるミュージシャンたちを見回して、視線を交わすと頷いてくれる。 それを見たシェリルは、頷き返して会場にまた視線を戻し、目を閉じる。 そして、大きく深呼吸をすると、その目を開いた。 そこにあるのは、自らの意志を貫く強い瞳。 「あたしの歌をきけぇーっ!!!!!」 そう叫ぶと同時に、合図を送ったミュージシャンたちが音を奏で始める。 『絶望からの 旅立ちを決めた あの日』 未だ流れる血を拭い、歌いながら振り返る。 そこには、シェリルに魅入ってしまっていたランカの姿があった。 シェリルは小さく微笑んで、その手を差し出す。 「いつまでそうしてる気?」 いつもの少し強い口調がそう言うと、ランカの視線とシェリルの視線がぶつかる。 『こんなことくらいで挫けるよう娘が、あたしに負けませんなんて言わないわよね?』 意地悪な瞳がそう告げているような気がして、ランカは自分で顔を挟むようにして両頬を叩くと、その手を取った。 しっかりと握られた手に、シェリルはランカが大丈夫だということを感じ取ると、頷いて、優しく微笑む。 その微笑みに、ランカの胸は高鳴り、顔に熱が集中する。 握った手を、強く握り返してくれたシェリルの手。 それが、嬉しくて、たまらなくて。 気づけば、さっきまでの怯えが嘘のように、ランカはシェリルと共に歌っていた。 中止になることもなく、いつも以上の盛り上がりをみせた、その日のライブ。 舞台袖に帰ろうとした2人の耳に言葉が届く。 「ごめんなさい」 歓声の中に聞こえた声に、シェリルとランカはチラリと顔を見合わせて、微笑み合った。 どちらともなくその手を取り合い、指を絡めて強く固く握りあう。 その時は、まだ互いに片想いだと思っていた、その気持ちを伝え合うように。 小さな小さな傷痕にソッと指で触れながら、その時のことを思い出すランカ。 (あの時・・・私・・・改めて・・・この人が・・・シェリルさんが・・・大好きだって思って・・・) やっぱりそんなことを考えているランカの顔は、緩みきっていた。 そして、ランカはその傷痕を見つけた時のことを思い出す。 『シェリルさんっ!!!』 その傷痕に気づいたランカは、眠っていたシェリルが起きてしまうほどの勢いと大声でその名を呼んで、ベッドから飛び起きた。 「な、何ぃ・・・?どうしたの・・・?ランカちゃん?」 寝起きの悪いシェリルだったが、ただならぬ事態を察知してなんとか身を起こすと、時計を見た。 時計は夜と朝の間あたりの午前4時を過ぎた頃。 思わず自分たちのスケジュールを思い浮かべ、日付の確認をするが、今日と明日はやっともぎ取った2人揃ってのオフのはず。 色違いのお揃いのTシャツ1枚だけを着た姿で、一緒のベッドで眠っていたのがその証拠だ。 「何かあったの?急な・・・仕事?」 眠い目を擦りながら、起き抜けなのと、 昨日と今日にかけての行為の名残を受けた掠れた声で、そう尋ねるシェリル。 その目に映ったランカの顔色が、暗闇でもわかるほど蒼白になっていることに気づくと、 完全に目が覚めたシェリルは、その目を見開いてランカの肩に両手を置いた。 「どうしたの!?ランカちゃんっ!?どこか痛いのっ!?」 勢いに任せてそう言うと、ランカが口をパクパクさせながら指をさす。 「え?何?」 「・・・ず・・・が・・・」 「え?」 「傷が!!!シェリルさんの額に傷が!!!」 あまりの大声にシェリルは小さく肩を竦め、そして、ランカの言葉の意味を考えた。 それを理解すると安堵の息とともに、胸を撫で下ろす。 「なんだ、そんなこと。びっくりさせないでよ、ランカちゃん。どっか痛いのかと思っちゃったじゃない。」 “もうっ”と言った感じの、少し怒り口調でそう言うシェリルの両肩に、今度はランカが手を置いた。 「そんなことじゃありませんっ!!!何を言ってるんですかっ!!!シェリルさんっ!!!」 「ご・・・ごめんなさい・・・」 天下のシェリル・ノームが、あまりのランカの勢いに、つい謝ってしまう。 それほどまでに、今のランカには勢いがあった。 「なんで、どうして言ってくれないんですか!!!これ、あの時の傷ですよねっ!!!私を庇った時の!!!私のせいですよねっ!!!」 まくし立てながら、シェリルの身を揺さぶるランカ。 「ちょ・・・ランカちゃん・・・」 さすがはゼントラーディーの血を引いてるだけのことはあるランカ。 常々思ってはいたが、その力の大きさにシェリルは声を出すのもままならない。 「私・・・私・・・」 やっとその動きが止まり、ほっとしてランカを見ると、ランカはその瞳から大粒の涙を零していた。 「私のせいで・・・シェリルさんの額に傷が・・・」 譫言のようにそう呟きながら、ランカは俯いてその涙を膝の上に零した。 「ちょっと、ランカちゃん、落ち着いて・・・」 そう声をかけても、一向にその耳を傾けようとしないランカ。 とりつく島もないとは、きっとこういう事だ。 いい加減シェリルも、話を聞かないランカに少し腹を立てて、行動に移した。 「ランカちゃんっ!!!」 少し怒った声でその名を呼ぶと、ランカの体がビクッと震え、俯いていた顔を上げた。 すると、シェリルに腕をぎゅっと掴まれる。 そして、何が起きているのか理解できないまま、強引に唇を塞がれるランカ。 上がる声さえも、許さないとでも言うように。 強引かつ大胆に口づけられると、あっという間に、ランカはシェリルの口内への侵入を許してしまう。 大きく見開かれた瞳は、驚きに涙を零すことをやめ、その瞳がとろける前に伏せられた。 長く深いキス。 肩を掴んでいたランカの手が、力無く落ちる。 それから、シェリルはゆっくりと唇を離した。 2人を繋ぐ銀の糸が切れる前に、ランカを抱き寄せるシェリル。 互いの荒い息づかいが静かになった部屋に響く。 「どう?少しは・・・落ち着いた?」 まだ少し荒い息づかいのまま、シェリルはランカの耳元で囁く。 ランカはそれに小さく頷いて、シェリルの腰に腕を回すと、自らぎゅっと抱きついた。 「ごめ・・・ん・・・なさ・・・い・・・」 息が上がり、少し上ずった声がシェリルの耳に届く。 「まったく・・・困った子ね、ランカちゃんは。」 優しい口調でそう言うと、シェリルもランカを抱きしめる。 震える体に、泣いていることを悟ったシェリルは、苦笑を浮かべてランカの背を優しく撫でた。 「こうなると思ったから、言わなかったの。 第一、こんな傷痕、よっぽど近くで隈無く私を見ることができる人しか気づかないわよ、 ランカちゃん。」 少しからかうような口調。 それは暗に、その傷痕がランカぐらいにしかわからないということを指していた。 本当に小さな小さな傷痕。 しかも額とはいえ、髪の生え際に近く、オールバックにしたとしても誰も気づくことがないほどの小さな傷。 たとえそれに気づいたところで、それが傷痕かどうかなんてわからない。 そこに“何かが当たった”という記憶がなければ。 そんな、本当に小さな小さな傷痕なのだ。 「だって・・・シェリルさんの綺麗な顔に・・・傷が・・・」 「だから、こんな傷、気づけるのはランカちゃんぐらいよ。」 「でも・・・」 「だってもでももないわ。」 シェリルの少し強い口調に沈黙するランカ。 それでも不服そうなランカに、シェリルは困ったように微笑んで小さく息を吐いた。 「これは、私の小さな勲章なの。」 シェリルが言った言葉に、ランカはその顔を上げる。 「私が、あなたを・・・ランカちゃんを守ったっていう、勲章。 だから、この傷痕が残ってくれて嬉しいの。」 小さな小さな傷痕に触れ、シェリルはそう言いランカに微笑みかける。 その笑顔に真っ赤になるランカの額に、自らの額を“こつん”とくっつけるシェリル。 「こんなの・・・子どもっぽいと思って言いたくなかったのに・・・ランカちゃんのバカ・・・」 少し拗ねたように、視線をさ迷わせながら赤くなってそんなことを言うシェリル。 シェリルのそんな姿に、ランカの犬耳のような緑の髪がぴくぴくと動き、真っ赤になった顔が破顔する。 「シェリルさん・・・」 「なぁに?そのだらしない顔・・・にやけすぎよ、ランカちゃん。」 ぐりぐりとランカの額に額をくっつけると、さらに幸せそうにランカは微笑んだ。 「だって、シェリルさんがすっごくかわいいこと言ってくれるから、嬉しくて。」 ランカの言葉に顔を真っ赤にして、シェリルはその両頬をつねってやる。 「いひゃ・・・いひゃいです・・・ふぇふぃゆしゃん・・・」 「うるさい。」 怒ったようにそう言って、シェリルはランカを解放する。 つねられた頬を撫でながらも、その顔は緩みっぱなしのランカに、 シェリルは溜息をついて抱きついた。 「ランカちゃんのばーか。」 「えへへ・・・いいですよーだ。シェリルさんだって照れ屋さんじゃないですか。」 シェリルの背に腕を回し、その身をギュッと抱きしめ、 お互いにクスクス笑いながらそんなことを言い合う。 「シェリルさん。」 「ん~?」 「2人だけの秘密ですね。」 ランカの言葉にシェリルは顔を上げる。 そこには、ランカの嬉しそうな笑顔。 そんなランカに、また額をくっつける。 「2人だけの秘密です。」 「・・・そうね、ランカちゃん、2人だけの秘密。」 「誰かに言っちゃ嫌ですよ、シェリルさん。」 「ランカちゃんこそ。アルトにまた惚気話した時に、口を滑らさないでね。」 「それを言うなら、シェリルさんだって。」 互いに肩を揺らして声を上げて笑い合う。 その笑い声がおさまった頃、どちらともなく顔を近づけ、口づけを交わす。 唇を離すと、シェリルが微笑んで言った。 「大好きよ、ランカちゃん。」 その言葉にランカは真っ赤になり、緑の耳を嬉しそうに動かすと、シェリルに飛びつく。 「シェリルさんっ!!!」 「ちょ・・・ランカちゃん!!!」 「私、責任取りますからっ!!!」 「は?」 「傷をつけてしまった責任をもって、シェリルさんを幸せにします!!!」 シェリルの上で、そんなことを本気で熱く語るランカ。 「ラ、ランカちゃん?」 「全身全霊を持って、シェリルさんに尽くしますからっ!!!任せて下さいっ!!!!!」 「ちょ・・・ランカちゃん!!!落ち着いてっ!!!ステイっ!!!ステイって・・・あんっ・・・」 シェリルの甘い声が、なぜか部屋中に響き渡り、しばらくやむことはなかった。 「あの時、ちょっと嬉しすぎて、頑張りすぎたら、あとでシェリルさんに叱られちゃって・・・」 “失敗、失敗”と、何の説得力もないニヤけた顔で呟く。 「シェリルさんって、怒ってる顔も・・・綺麗でかわいいんだよねぇ。」 ますます頬を緩ませてそんなことを言うランカ。 一通りニヤけ終わると、まだしばらく起きそうにないシェリルの髪を撫でながら、 ランカはシェリルの小さな小さな傷痕を、愛しそうに見つめる。 『2人だけの秘密』 その言葉を思い出して、また頬を緩ませ傷痕を撫でながら、 誰がどう見ても幸せいっぱいの笑顔を浮かべるランカ。 「大好き、シェリルさん。」 起こさないように小さくそう言って、ソッとその傷痕に口づけた。 おわり
https://w.atwiki.jp/macross-lily/pages/28.html
―――――――――シェリル サイド リハーサルの合間の、休憩時間。 1人だけの控え室に入ると、シェリルは首筋に流れている汗を拭うべく、タオルを探した。 以前は、こうして控え室に入れば、グレイスがタオルや飲み物を持って待ってくれたものだ。 今は違う。タオルも次の衣装も、シェリル自身が準備しなくてはならない。 というのも、シェリルが現在在籍しているベクタープロモーションには、 抱えるアーティストの1人1人に、付き人をつけるという習慣が無いせいだ。 最も、シェリルはそんな現状に不満などなかった。 仕事の時は、取締役であるエルモ自身が、大抵は付き添ってくれるし。 そうでなくとも、ここ最近、シェリルが仕事をする時、側には必ず彼女がいるのだから。 「シェリルさん! 入っても良いですか?」 「良いわよ、ランカちゃん」 シェリルの返事を受けて、入ってきたのはランカだった。 グレイス達との戦闘以来、シェリルとランカはセットで扱われる事が多くなっている。 畢竟、2人は殆ど毎日行動を共にしていた。 仲間であり、理解者であり、支えあい、対等である。 そんな相手がいつも側にいるのだ。不満など、ある筈が無い。 ……いや、1つだけ、ある。 「良かったらこれ、一緒に食べませんか?」 「これって、お弁当? もしかして、ランカちゃんが作ったの?」 「はい! いつも、お惣菜ばっかりじゃ飽きちゃうかなって思って。 ちょっと早起きしちゃったし、作ってみたんです!」 「ありがとう。じゃあ、一緒に食べましょ?」 控え室に据えられたテーブルに、向かい合って座る。 ランカが広げた包みの中身は、1つの大きめな箱で。 中身は、色々な具材の入ったサンドイッチだった。 「ごめんなさい。凝ったものじゃなくて。 でも、お野菜とかお肉とか、色々入ってますから。栄養はいいと思います」 「凝ってないなんて。そんな事無いわ。色とりどりで美味しそうよ? それに、ランカちゃんの手料理なら、何だって美味しいに決まってるしね」 「シェリルさん……そんな……」 照れるランカの顔が可愛らしくて、シェリルは笑う。 そうとも。好きな子が作った料理なのだ。 苦いクッキーだって、ただのお茶だって。 恋焦がれる相手が用意してくれたとなれば、その事実が最高の調味料になる。 それだけで、美味しいと感じられる。 だが、とサンドイッチを1つ摘みながら、シェリルはふと表情を曇らせた。 自分が、この愛くるしい少女に心を奪われているように。 彼女の心もまた、こちらへ向いていれば、どんなに良かっただろう、と。 どんなにシェリルがランカを好いていても。ランカの心には、アルトがいる。 恋慕と寂しさとが、シェリルの中で混ざりあう。 そうして、気が付いた時には、言葉が零れ落ちていた。 「いいお嫁さんになれるわよ、ランカちゃん」 例え今はアルトの嫁になりたいと思っていても。 いつかは、私のお嫁さんにしてあげるんだから……そんな思いを、込めた言葉が。 ―――――――――ランカ サイド 「いいお嫁さんになれるわよ、ランカちゃん」 「……そう、だといいんですけど」 シェリルの何気ない言葉に、ランカは出来る限り、自然を装って答えた。 ランカは今、いつか夢見た場所に立っている。 1人の歌い手として認められ。 人間とバジュラとが互いの存在を少しずつ許し始め。 そして、シェリルの隣にいられる。 ランカにとって、最も嬉しいのは、シェリルの側にいられる事だった。 シェリルとランカという2大歌姫を抱えるようになったというのに、 エルモはまだ、それぞれに専属の付き人をつける、という事をしない。 だからランカは、自分がシェリルと同じ仕事をする事が多いという利点を活かし、 隙あらば、シェリルの助けになれるよう心を尽くしていた。 栄養の偏る惣菜ではダメだと、サンドイッチを用意したのも、その一環だ。 「うん。やっぱりランカちゃんの料理はおいしいわね!」 「ありがとうございます。あ、お茶もどうぞ!」 「ありがとう。うん。これで午後も頑張れそうよ」 「2人でのコンサートですもんね! 私も頑張ります!」 午前のリハーサルで消耗していたシェリルが、一気に元気を取り戻す。 その様子に、ランカもまた、自分のテンションが跳ね上がるのを感じていた。 大好きな人の為に、出来る事をする。 それが、相手の活力となるのなら。こんなに素敵なことは無い。 ただ、とランカは心の隅で思う。 自分がシェリルを恋い慕っているように。 シェリルの瞳もまた、自分の方を向いていれば、もっと素敵だったのに、と。 ランカの好きな人はシェリル。でも、シェリルが好きなのはアルトなのだ。 それでも。ランカには、魔法の呪文がある。 「シェリルさん」 「なぁに?」 「私、負けませんから!」 それは、ランカが初めてバジュラの母星に降り立った時、シェリルに告げた言葉だった。 歌い手として、シェリルに負ける事なく、並んで居たいという気持ち。 そして、いつかアルトからシェリルを奪ってしまえれば、という気持ち。 2つの意味を含めた言葉を、シェリルがあの時と同じように受け止めてくれる。 「受けて立つわよ、ランカちゃん」 そのシェリルの微笑を見る度、ランカの想いは強くなるのだ。 諦めない。いつかシェリルさんを、振り向かせてみせると。 おわり。
https://w.atwiki.jp/macross-lily/pages/101.html
「お誕生日おめでとう、ランカちゃん。」 その日の終わりにもらった言葉と笑顔は。 私にとって。 誰に言われるよりも嬉しくて。 どんなものよりも大切な。 この宇宙で一番の。 誕生日プレゼントだった。 『お誕生日おめでとう。』 今日、何回目になるかわからない言葉でも。 言われると、本当に嬉しくて。 「ありがとう」の言葉と笑顔が自然に出てくるランカ。 4月29日。 今日はランカの誕生日。 朝から事務所でお祝いされて。 お昼からのCDインストアイベントでは、サプライズでお客さんたちが歌で祝ってくれた。 今日、最後の仕事であるレコーディングの際にも。 なんの前触れもなく、急に室内が真っ暗になって驚くランカに。 ピアノが伴奏を奏で始めれば。 定番の誕生日ソングをその場にいたみんなが歌ってくれた。 ランカの前には、ロウソクの火が灯ったケーキが出てきて。 その火を消せば、クラッカーの音ともに。 拍手とおめでとうの声。 もちろん、お祝いメールや電話も、ひきりなしに届いて。 ランカにとっても、初めての経験になるほど祝福された誕生日。 嬉しくてたまらないはずなのに。 どこか心から喜べないのは。 一番祝って欲しい人の言葉が、未だにランカに届いていないから。 新曲のレコーディングを終えて、事務所に戻ったランカ。 その手にはずっと、携帯があった。 音が鳴って光が点滅する度に、その表情にはじけるような笑みを浮かべて。 緑の髪が嬉しそうにピコピコ動くけれど。 その内容を確かめれば、笑顔は溜息へとかわり。 犬耳のように動いていた髪は、しゅんとして動かなくなる。 「あーあ・・・」 零れた言葉のあとに“ごつん”と、少し痛そうな音をたてて、ランカは机に突っ伏した。 そのまま、今度は頬をくっつけて、鳴らない携帯をみやる。 その瞳にうっすらと涙が浮かんでいるのは。 思いのほか、ぶつけた額が痛かったのもあるけれど。 「シェリルさん・・・私、今日・・・誕生日なんですよ・・・」 寂しさと、悲しさと、少しの怒りと、大きな不安。 そんな思いが心の中で渦巻いて。 ランカの口から、また溜息が零れた。 出会って、初めての誕生日には花を。 その次の誕生日は、忙しい毎日に、それでも午前0時にメールをくれて。 その後すぐ、電話で誰よりも早く誕生日を祝ってくれて。 事務所にはプレゼントのバックを用意しておいてくれたシェリル。 それなのに今年は。 視線の先の携帯は動く気配もなく、手を伸ばし、時間を確かめれば。 もう午後11時をまわっていた。 (シェリルさん・・・今日は、私たちが恋人になって・・・初めての私の誕生日なんですよ・・・) 思いながら、ランカの手がなれた手つきで、その番号を呼び出した。 画面に浮かぶ番号は、シェリルのもので。 発信ボタンの上で彷徨っていた指が、エルモに声をかけられた拍子に。 それを押してしまう。 「あ・・・」 慌てて切ろうとしたけれど、すぐに通話状態になったことに。 ランカの顔は嬉しそうに綻んで。 「あ、あのっ!もしもしっ!!シェリル・・・」 『ランカか?』 聞こえてきた声と映し出された映像に、ランカの表情がかたまる。 「アルト・・・くん・・・?」 なんとか出せた声は震えて掠れ。 『ちょうどよかった。シェリルの奴が携帯を・・・ランカ?』 気づけば。 通話を切った携帯を握りしめ、去年の誕生日にシェリルからもらったバックを片手に。 ランカは事務所を飛び出していた。 通話の切れた携帯を見つめながら、アルトは大きく溜息を吐いた。 「やばい・・・あいつ、絶対誤解してるな・・・」 困り顔のアルトの前に、携帯の持ち主が現れる。 「アルトッ!!!携帯っ!!!」 息を切らしてそう言ってきたのはシェリル。 振り向いたアルトの手にある自分の携帯を見つけて、シェリルは安堵の溜息を吐いた。 「よかった・・・」 「あー・・・悪い、シェリル。それがあんまりよくなくてな。」 「え?」 息を整えていたシェリルにアルトは、溜息1つ吐いて、さっきあったことを話し出す。 「ランカから電話があってな、シェリルが携帯、オレの家に忘れたこと伝えようと思って。」 「出たの?」 シェリルの声に申し訳なさそうな顔をして、アルトは頷いた。 「悪い。シェリル。」 そのアルトの申し訳なさそうな表情と言葉で状況を理解したシェリル。 その表情が見る見る間に険しくなっていく様に、アルトの顔に冷や汗が流れた。 アルトの手にある携帯を静かに奪い取り、シェリルは背を向ける。 「アルトの大バカっ!!!今度あったら、ただじゃおかないからっ!!!」 きつい声がそう告げたかと思うと、シェリルは走り出し。 「あ、おいっ!!!シェリルッ!!!」 呼び止める声に止まることさえせず、シェリルの背中はすぐに見えなくなっていた。 走る道すがら、なれた手つきでその番号を呼び出して発信ボタンを押す。 呼び出し音が数回続き、かかったと思えばそれは留守番電話サービスで。 それでも、シェリルは少しの望みを託して、留守録にメッセージを入れる。 「もしもし!!?ランカちゃん!!!違うのよっ!!!今、私、次のライブのために・・・」 走りながらで途切れ途切れにメッセージを伝えるも、すぐに時間オーバーになって。 もう一度かければ、また同じことに。 「だから、今、アルトの家で舞を教えて・・・」 そこまで言った所で、携帯が不自然な切れ方をする。 画面を見れば、エンプティーの表示。 しばらく充電をさぼっていたそれは、静かに沈黙する。 「あーっ!!!もうっ!!!この役立たずっ!!!あとでおぼえてなさいっ!!!」 自分の責任はともかく、携帯に向かってそう叫んで。 シェリルはともかく走った。 宛ても何もないのに。 それでも、一刻も早くランカを見つけるために。 自分の足が進む方へと、ひたすらシェリルは走った。 事務所を飛び出したランカが、辿りついた先は展望公園。 ベンチに俯いたまま座るランカの膝の上、手が重ねられた下には携帯がある。 光の点滅に気づいて手をどけてみれば。 映し出された画面には、シェリルの文字と留守録のマーク。 「・・・シェリルさんの・・・バカ・・・」 言葉にすれば、涙が溢れだして。 ランカはぎゅっと目を閉じた。 携帯の上に落ちた涙が、弾けて散らばる。 零れそうになる嗚咽をのみこんで、膝の上の拳をぎゅっと握った。 「・・・シェリルさんの・・・バカぁ・・・」 「誰が・・・バカ・・・なのよ・・・ランカちゃん・・・」 答える声に驚いて、顔をあげればそこに。 肩で息をして少し苦しそうな、シェリルの姿があった。 「あ・・・」 苦しそうなのに、自分に向けられた笑みに。 思わずその頬を赤くして視線を逸らすランカ。 そんなランカの隣に、微妙な距離をあけて座るシェリル。 相変わらずの荒い呼吸のまま、シェリルはそれでも、話し始める。 「今度の・・・ライブ・・・で・・歌舞伎の舞をとりいれようと・・・思って・・・」 途切れ途切れの声が必死に話すことに、俯いたままランカは耳を傾ける。 「今・・・アルトの家で・・・稽古してもらってるの・・・今日も・・・そしたら・・・」 息を整えつつ、シェリルは俯いたままのランカを見つめて、話を続ける。 「携帯を・・・忘れたのに気づいて・・・すぐに取りに帰ったんだけど・・・アルトのバカが・・・」 勝手に電話に出たのだと、伝えるはずの言葉をシェリルは飲み込んだ。 ランカの肩が震えていることに、気づいてしまったから。 少しの沈黙の後、シェリルが小さく息を吐く。 「・・・何を言っても言い訳ね。」 そう呟いて、シェリルはベンチから立ち上がると、ランカの前に立ちその身を抱きしめた。 驚きにランカの身がシェリルの腕の中で跳ねる。 「ごめんなさい。ランカちゃん。」 耳元で聞こえた言葉に、ランカは息を飲む。 「ごめんね。」 大好きなシェリルの声に、溢れだす涙が止まらなくなって。 零れそうになる嗚咽は、シェリルの胸に顔を押しつけることで隠し。 膝の上で握られていた拳は、いつの間にかシェリルの背にまわって。 シェリルの柔らかなその身に、ランカはぎゅっと抱きついていた。 「ずっと・・・ずっと待ってたんです・・・」 嗚咽混じりの言葉を、シェリルは聞き逃すまいと耳を傾ける。 「みんなが祝ってくれて・・・嬉しいのに・・・なにか・・・たりなくて・・・」 ランカの抱きつく力が強くなったことに。 抱きしめる力を強くすることで応えるシェリル。 「一番、おめでとうって言って欲しい・・・人から・・・どれだけ待っても・・・なんにも・・・」 小さな嗚咽が聞こえると、シェリルの手がランカの髪を優しく撫でた。 「仕事が・・・忙しいんだって・・・わかってても・・・忘れられてるんじゃないかって・・・」 「忘れるわけないでしょう?」 「だって・・・メールも・・・電話もないし・・・気づいたら・・・誕生日・・・終わっちゃいそうな時間で・・・」 背に回されたランカの手が、シェリルの服を強く掴んだ。 「電話をしたら・・・アルトくんが出るし・・・」 また、ランカの口から嗚咽が零れる。 「こんな時間なのに・・・やっぱり、シェリルさん・・・アルトくんのこと・・・」 その先の言葉は、涙につまって言えなくなったランカは、 服を掴んだ手にさらに力をこめて、シェリルの胸に強く顔を押し付けた。 そんなランカの姿に、自分の小さなこだわりで。 ランカを不安にさせ、さんざんな目にあわせてしまったことを後悔するシェリル。 腕の中のランカをぎゅっと抱きしめて、緑の髪にキスを落とす。 「ほんとにごめんね、ランカちゃん。」 思いのこもった声でそう言って、シェリルは腕の中の愛しい存在の髪を撫でた。 「バカよね、小さいことにこだわって・・・ランカちゃんを不安にさせて。」 自嘲的な声がランカの耳を擽ると、胸に押し付けられた顔が少しだけその力を弱くした。 そんなランカの行動に笑みを見せて、シェリルの指がランカの髪を優しく梳く。 「今日は、私とランカちゃんが付き合い始めて、最初のランカちゃんの誕生日だから・・・」 少し恥ずかしそうに話すシェリルの声と優しい手の感触に、ランカはゆっくりと顔を上げる。 「どうしても直接・・・言いたかったのよ。電話とかメールとかじゃなくて、会って・・・」 顔を上げてこっちを向いてくれたランカに、嬉しそうに微笑んで。 抱きしめていた手が、ランカの頬に触れ、指が零れそうになる涙を拭う。 「ちゃんと、あなたに言いたかったの。」 「シェリルさん・・・」 「せっかくの記念日だから。ほんとは一番最初がよかったんだけど・・・」 「あ・・・」 「前から仕事だってわかってたから・・・」 ランカの額に唇を寄せて。 シェリルはちらりと傍にある時計を見やる。 PM 11:59:05 その時刻に笑みを浮かべて、ランカの額から唇を離すと。 ランカの涙を指で拭ってやり、真っ直ぐに見つめた。 「本当は、事務所まで迎えに行って部屋でプレゼントと一緒に・・・って思ってたんだけど。」 シェリルの真っ直ぐな瞳にとらわれて。 うっすらと頬を染め、見惚れたままのランカ。 「最初が無理ならせめて、一番最後を飾りたいじゃない。」 そして。 シェリルは今日ずっと伝えたかった言葉をランカにプレゼントした。 『お誕生日おめでとう、ランカちゃん。』 最高の笑顔とともに告げられた言葉は、ランカが今日、一番ほしかったもので。 「たくさん言われただろうけど、今日の最後におめでとうって言うのは・・・」 ゆっくりとシェリルの顔が近づいてくると、自然とランカは目を閉じた。 「私だって、決めてたの。」 聞こえた言葉のすぐあとに。 シェリルの唇がランカの唇に重なった。 AM 0:00:12 時計の文字が日付がかわったことを示す。 ゆっくりと、唇を離したシェリルは、そのままランカを抱きしめる。 「でも、そのせいでかえって不安にさせちゃったわね。ほんとにごめんね、ランカちゃん。」 シェリルの言葉にランカは首を左右に強く振る。 「すっごく・・・すっごく嬉しいです。シェリルさん。」 そう言ったランカの笑顔に今度はシェリルが赤くなる番で。 しばらく見惚れて、それから微笑みを返すシェリル。 「許してくれるの?ランカちゃん。」 「許すも何も・・・謝らないといけないのは私の方です。ごめんなさい、シェリルさん。」 「・・・どうしてランカちゃんが謝るの?」 シェリルに不思議そうに尋ねられて、ランカは苦笑を浮かべてそれに答えた。 「だって・・・シェリルさんのこと疑ったりして・・・」 「ああ、そんなのはいいのよ。悪いのは全部アルトなんだから。」 当たり前のようにそう言って笑うシェリルに、ランカはきょとんとして。 「そうよ、今回のことは全部アルトが悪い。今度あったらただじゃおかないわ。」 言いながらランカをぎゅっと抱きしめるシェリル。 「そういうことにしておかない?」 「・・・そういうことに、しておきます。」 ランカもシェリルにぎゅっと抱きついて。 互いの腕の中で笑い合えば。 痛くてたまらなかったはずのランカの心は、ぽかぽかと温かいものへと変わっていって。 幸せでいっぱいの中、恋人つなぎで帰る帰り道。 「来年は1番に言いたいから、絶対にオフにするわ。」 意気込んでそんなことを言ってくれるシェリルに、ランカが嬉しそうに笑う。 「それで、来年の誕生日プレゼントは・・・」 悪戯な笑みを浮かべたシェリルが、ランカの耳元に艶やかに囁いてみせた。 「わ・た・し」 「へっ?!」 耳をおさえ、シェリルを見上げるランカ。 その微笑みに言葉の意味を理解して。 顔を真っ赤にしたランカの緑の髪が犬耳みたいに立ち上がる。 そんなランカの反応に満足そうに微笑むシェリル。 「来年はもちろん、今年の誕生日プレゼントにもできるけど・・・」 「えっ!?」 「どうする?ランカちゃん。」 わざと艶めいた口調と笑みでそう言うシェリルに、ランカは真っ赤になって俯く。 小さな沈黙のあと、ランカがポツリと呟いた。 「欲しいです・・・」 「ん?」 聞こえたけれど、わざとシェリルが聞き返せば。 つながれた手に力がこもり、ぎゅっと握られる。 真っ赤にした顔を上げて、ランカはシェリルにもう一度言った。 「プレゼント・・・欲しいです。シェリルさん。」 その破壊力に、シェリルも赤くなりながら、つないだその手に力をこめる。 「じゃあ、決まりね。」 言って微笑むシェリルに、ランカも微笑んで。 恋人つなぎで家へと帰る帰り道。 少しだけ。 2人の足取りが速くなった。 おわり
https://w.atwiki.jp/fairy-waterfall/pages/29.html
2スレ322 幼馴染1 リコーダー 322 名前:fusianasan 投稿日:2009/01/09(金) 08 36 37 幼馴染の人じゃねーが。 洗いざらしの髪を無邪気に拭きながら、 シェリルが近寄ってきた。 アルトはなぜか直視できずに、 コットンネグリジェの裾から見える、可愛い足元を見ていた。 「アルト、寝る前にトランプしよう」 風呂上りのシェリルの小さな手が、肩に触れた瞬間、 アルトの身体は電流が走ったように、びくんと震えた。 急にアルトが強張った顔で飛びのいたので、 シェリルは驚いてまばたきをした。 「アルト?」 眼をそらしたまま、アルトは怒ったように言った。 「俺、これから宿題するから」 そう言い捨てて、脱兎のごとく部屋を飛び出して行ったので 残されたシェリルはぽかんとしたまましばらく佇んでいた。 「な、なによ…」 ようやく不満の声を漏らすと、くるりと踵を返してとぼとぼと部屋を出る。 後には、シャンプーのほのかな香りが残った。 一部始終を、矢三郎が見ていた・・・。 朝起きたアルトがまずしたことは、風呂場に飛び込んで 下着を洗うことだった。 とても人に言えないような夢を見た。 自分の中にある、あさましい欲望、しかもそれを幼馴染の シェリルに抱いていることをはっきりと自覚して、 アルトは眼の先が暗くなる思いだった。 「アルト、おはよう」 昨日のことはすっかり忘れているのか、 ガチャガチャと学校鞄を揺らしながら、いつもと変わらず シェリルが声をかけてくる。 妙に後ろめたい気持ちで、アルトは「はよ…」とぼそぼそ答えた。 「最近暗いわねー」 ドーン、とシェリルが体当たりを仕掛けてきて、 不意打ちをくらったアルトはよろける。 「わっ、と」 今、柔らかい部分が当たらなかったか? 途端に耳までかっと熱くなって、アルトは叫んだ。 「ばっ、バカヤロウ!危ねーだろ」 「何赤くなってんの?変な…」 からかうように頭に触れようとしたシェリルの手を、 激しく振り払う。 パシっと音がして、はっとアルトはシェリルを見た。 手の甲を押さえて、シェリルは眼を丸くしてこっちを見ている。 「あ…」 ばつが悪くなったアルトが 謝ろうとしたそのときに、昔より女らしく曲線を描くシェリルの肢体を もろに見てしまった。 いきなり背を向けてずんずんと歩き出したアルトに、 シェリルは追いかけるタイミングを無くしてただその背中を見ていた。 「アルトのバカ!!!!」 大声で叫んでもアルトは振り返らない。 シェリルの眼にうっすら涙が浮かんだ。 シェリルは何も分かっていない。 アルトはそれが腹立たしかった。 喉仏を触ってみる。父のようにぼこっと突き出ていない、滑らかな喉。 声だって、他のクラスメイトと比べるとまだまだ高いような気がする。 それなのに、あんな夢を見ている自分が浅ましく思えた。 どんどん女になっていくシェリルが、 自分よりも先に行かれているようで憎しみすら感じる。 憎いのに、愛しい。 アルトは苛々と道端の石を蹴飛ばした。 今朝のシェリルとのやりとりのあとの罪悪感と、後味の悪さに、 アルトは授業になかなか集中出来なかった。 俺が悪いんだよな、とさすがに反省の二文字が頭をもたげる。 シェリルに謝ろう、と思う。しかし今の自分でシェリルと対峙するのは、 もやもやしたベール一枚隔ててあるようで気持ちが悪かった。 あいつだって、悪いんだ。 むくむくと反発心も湧いてくる。 シェリルは綺麗になりすぎた。正直、このクラスの、いや学校中の女子全てだって 比較対象にならないだろう。 そのことがさらにいまいましい。 小さな子供が蝶を捕まえて、粗雑に弄びたがるように、 綺麗過ぎるものはつい、反発してしまう童臭さが、まだアルトには残っていた。 昨晩夢に出てきたシェリルが、ふいに生々しい映像でよみがえって、 アルトは慌ててお腹に力を入れた。 授業中にまで思い出すなんて、俺変態だ・・・ めまいを覚えながら、それでもそっと、こっそりと、 イケナイ映像の切れ端を、ゆっくり脳内で再生する。 シェリルが女子高で良かった、とアルトは心底安堵した。 男子なら、シェリルを見れば必ず淫情を抱くだろうと、アルトは子供の直感でそう思った。 その日の夜、アルトは宿題があるからと誰も部屋に入ってくるなと家の者に言い、 鍵をかけて一人篭もっていた。 入ってきて欲しくないのは、ようするにシェリル一人だけなのだが。 宿題はとっくに済ませてしまったので、 アルトは紙飛行機を折るしか他にすることがなかった。 黙々と作業に没頭していると、ふいに窓の外に人の気配がした。 見ると、シェリルがベランダの手すりを乗り越えて、こちらに来ようとしているではないか。 ここは二階だ。ぎゃっと悲鳴を上げて、アルトは窓を開けた。 「なっ、な、」 手すりに全身でしがみついているシェリルを唖然と見る。 「たぁっ」 シェリルがコットンネグリジェから伸びる足をばたつかせて、下半身をねじった。 「ばかっ、見えてるぞ!」 白いパンツが丸見え状態のシェリルを、アルトはむちゃくちゃな思いで抱きとめた。 見えてる、とはっきり言われて、シェリルは少し赤くなりながらも、 つんと横を向いた。 「平気よ、あんたしかいないでしょ。ありがと」 「何しにきたんだお前・・・」 呆れ顔のアルトに、シェリルはにっこり笑った。 「リコーダーの練習しようと思って」 どこに隠し持っていたのか、ソプラノリコーダーを取り出した。 「そんなの自分の部屋でやれよっ」 くわっと口を開けてアルトが言うと、シェリルは「いやよ!」と当然のように言い返す。 「聞いてくれる人がいないと、上達する気がしないの」 昨日の今日でこいつは・・・、とアルトは頭を抱えたくなった。 「だめだ」 きっぱりと言い放つ。「俺は宿題をしなくちゃいけないから」 「うそ、宿題なんかしてないくせに」 シェリルが指差す先には、机の上に散乱する大量の紙飛行機。 「・・・うっ」 「ね、別にいいでしょ。聞いててくれるだけでいいんだから」 覗きこむパジャマ姿のシェリルは、直視するにはあまりに眩しすぎて、 アルトは眼をそらしながら、深い溜め息をついた。 「エーデルワイス」を縦笛で吹くシェリルを横目で見ながら、 アルトはものすごい居心地の悪さを感じていた。 こいつが横に居て、居心地が悪いと思う日が来るなんて。 昔一緒にいた頃からは想像も出来ない。 中学にあがるまでは、シェリルは空気みたいな存在だったのに。 つとめて見ないようにしているが、ボタンで留めてあるパジャマの隙間から見える白い肌が、 気になってしょうがない。 この奥はどうなっているんだろう、知りたいという激しい衝動にかられた。 「ドからファ、が上手く切り変えれないのよねぇ」 ぼう、と一点を見つめていたアルトは、シェリルの声で我に返った。 「ああ?」 「ド、から、ファ」 「こうだろ」 リコーダーを取り上げてアルトが吹いてみせる。 「この指とこの指が届きにくいもん」 なぜか頬を赤らめてシェリルが言う。 「おまえの手が小さいんだよ」 「アルトの手が大きいのよ」 大きくなったんだよ、とつぶやいて、アルトは自分の口がついた笛を、 もぞもぞと服の袖で拭った。 なんとなく、自分の顔が熱くなったのを感じる。 もじもじと、妙に二人とも気まずくなって下を向いた。 「な、なあ・・・」 「なによ・・・」 「おまえ、これからもこういうふうに、こういう時間に、俺の部屋に来る気か?」 慎重に言葉を選びながら、アルトは考え考え言った。 「こういうふうに?」 いぶかしげに、シェリルが聞き返す。 「だから、風呂入った後で、つうか寝る前の時間に。・・・・・・男の部屋に」 「男の部屋ぁ?!」 すっとんきょうな声をシェリルが上げたので、アルトは憮然とした。 「そうだろ。俺は男だし」 「男だけど、アルトでしょ?」 その言葉の意味することを考えると、深い闇の中に吸い込まれてしまいそうになったので、 アルトは踏ん張った。 「常識的に考えろよ!もう俺たち中学生なんだぜ、 女子と男子が夜一緒の部屋にいちゃまずいだろ!!」 あいまいな道徳を振りかざすアルトに、シェリルは猛然と言い返した。 「まずいって何がまずいのよ!今あたしたちが一緒にいること、誰か非常識だとでも思ってるっていうの? あたしが居ちゃ、非常識?おかしいわよ何にも悪いことしてないのに!」 だから、これから悪いことが起こりうるかもしれないんだろ!とは言えず、アルトが 次の説得法を模索していると、 パァン!! と乾いた音が鳴って、アルトは自分の右頬がじーんと痺れるのを感じた。 「シェ、」 が、泣き出したのは、ひっぱたいたシェリルのほうだった。 「言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!!」 ぶわっと涙を青い眼からこぼしながら、シェリルは言い募った。 「学校で好きな子が出来たんでしょ、 分かってるんだから、あんた最近おかしかったもの」 はぁ?とアルトは痺れる頬を押さえて泣きじゃくるシェリルを見下ろした。 「触ったらだめなの?近寄ってもだめ?人前で喋ってもだめなのね。 けどそんなのろくな女じゃないんじゃない…」 「ちょっと待て、ちょっと」 「嘘、ごめんなさい。アルトが好きになった人悪く言いたくなんかないのに」 「いやいやいやいやいや、お前何か勘違いしてるから。落ち着け」 しゃっくりあげながら鼻をすすったシェリルが、「そうね、落ち着くわ」 と息を吐いたので、ひとまずほっとしたアルトはティッシュで少女の濡れた頬を 拭いてやった。しかし、シェリルの言及は止まっていなかった。 「この際だからいっておくけど」 腫れた眼でアルトを睨み付けた。 「あたし、アルトのこと好きなのよ」 ゴミ箱に、丸めたティッシュを放ろうとしたアルトの手が、止まった。 「好きって、どのすき?」 神妙な面持ちでアルトが聞き返してきたので、シェリルは意味が分からず返答に詰まった。 「どのって、好きは、好き、よ。あんたも好きな子いるんなら分かるでしょ」 「そんなの居ないって、いや、俺の好きな奴はおまえだし、つまり…」 アルトは思い切ってシェリルの唇に唇をくっ付けた。 「…こういう、好き?」 数秒の間を置いて、真っ赤になって固まったシェリルが見れた。 「そういう、好き」 唇をもう一度、くっ付けた。やわらかくて、湿った感触に感動する。 続けて輪郭を確かめるように、何度も何度もついばむ。 離さなきゃ、と思うのに、おとなしく口を差し出すシェリルが嬉しくて、 アルトはキスに夢中になった。 こいつ何か口の中に入れてるのかと思うくらい、シェリルの唇が甘く感じたので、 確かめるために、口内に舌を入れる。 何も入っていなかったが、気が付けばアルトは、シェリルを床に押し倒して 必死に舌を絡ませていた。 ようやく離すと、シェリルが口の周りに付いた唾液を、 ぺろんと猫のように舐めた。 ふふ、と恥ずかしそうに笑うと、「キス、しちゃった」と囁く。 うん、とアルトも照れくさく頷いた。 このまま、起き上がって笛の続きを練習出来る穏やかな雰囲気にもなりかけたが、 アルトはこのまま終わるのはもったいない気がした。 シェリルの胸に、顔を埋めてみる。 ふんわりと温かく、石鹸の香りがした。 シェリルの胸に、顔を埋めてみる。 ふんわりと温かく、石鹸の香りがした。 「アルト…?」 不思議そうにシェリルが名を呼ぶ。 アルト自身もどうしていいか分からず、 ただ顔をぐいぐいと胸の膨らみに押し付けるしかできない。 夢の中ではどうしていたっけ。 肝心なところで思い出せない。 パジャマの上から、シェリルの乳房を探って、控えめに揉んだ。 夢で見たシェリルの胸はマスクメロンのように豊満だったが、 実際はまだ控えめで弾力があり発展途上の乳房だ。 しかしそれでも充分アルトは興奮した。 やわやわと揉んでいるとシェリルが小さく「何してるの?」 と聞いてきた。 「胸、揉んでる」 何当たり前のことを、とアルトは思ってから、ふいに不安にかられた。 夢の中のシェリルなら、ここで声を上げて身をよじり、 アルトの繰り広げる三千世界にあられもない姿をさらけ出すのだが、 今腕の中にいるシェリルは、ただただ奇妙な表情でアルトを見つめ返すばかり。 愛撫とも呼べぬ稚拙な手付きで、ひたすらシェリルの身体をまさぐり続けながら アルトは焦った。 自分の下半身はどんどん高ぶっていくのに、シェリルの熱がどんどん 手の中から離れてく気がした。 「シェリル…」 もう一度、甘い雰囲気に戻りたくて、再びキスをしようとしたら、 「眠たくなってきちゃった…」 ふあ、とシェリルが欠伸をした。 アルトは絶句して、動きを止めた。 ううーんとシェリルが腰を伸ばす。アルトは次の行動を固唾を呑んで見守った。 「今日はなんだか疲れたわ…色々あって。もう戻るのめんどくさいから ここで寝てもいい?」 肘で、シェリルがアルトを退けようとしたので、仕方なく のろのろと身体を起こす。 アルトの下半身の異常に気付きもしないで、シェリルは横の ベッドにもぐりこんだ。 小さな寝息が聞こえ始めてから、アルトはしばし虚空を見つめながら 考え始めた。進んだと思ったのに、振り出しに戻ったのか。 明日からのこと、それよりも明日の朝のこと、今日俺どこで寝るんだろう、 問題は山積みだ。そして、なぜこんなにも打ちひしがれうな垂れているというのに 自分の下半身は、しっかりと上を向いているのだろうと。 おわり
https://w.atwiki.jp/macross-lily/pages/96.html
自分で言うのもなんですが。 私は、とてもいい位置にいると思うんです。 「だからね?ナナちゃんっ!!!お願いっ!!!」 そう言って、ランカさんが私の前で両手を合わせて頭を下げています。 私は苦笑を浮かべて、ランカさんに顔を上げるように言います。 「そんなにお願いされなくても大丈夫ですよ、ランカさん。お友達じゃないですか。」 「ナナちゃん・・・ありがとうっ!!!」 瞳をキラキラさせたランカさんが私に抱きついてきます。 それをしっかりと受けとめて。 私も、ここぞとばかりにランカさんを抱きしめたのです。 それが、1月の終わりのこと。 仕事が立て込んでいるランカさんが、一緒にシェリルさん宛のチョコを選んで欲しいと。 急にお願いしてきて、話を聞けば。 バレンタイン当日は、CDお渡し会。 つけくわえて、この日を除けば、ランカさんの予定は真っ黒で。 その手帳と睨めっこしながら、いつチョコを作るかと画策していたところ。 シェリルさんにスケジュールを知られてしまって。 徹夜してでも作る気であろう、ランカさんの行動を先読みしたシェリルさんが。 『手作りチョコ禁止令』を、ランカさんに言い渡したらしく。 なんとか抵抗はしてみたものの、ランカさんがシェリルさんに勝てるはずもなく。 それでも、チョコは絶対にあげたいということで。 まだまだ、早いこの時期に。 ランカさんと2人で街へとくり出しました。 気になる所を何件も回って。 最終的に気に入るものを見つけたランカさん。 けれど、賞味期限が短い生チョコだったので。 お渡し会の日に私が届に行くから買っておきます、と伝えたら。 ランカさんは、嬉しそうに微笑んで。 また、私に抱きついてきてくれました。 「ありがとうっ!!!ナナちゃんっ!!!やっぱり、ナナちゃんは優しいねっ!!!」 向けられた感謝の気持ちと笑顔が嬉しくって、微笑んで。 私は抱きついてきたランカさんを、ぎゅっと抱きしめ返しました。 そして、2月に入ってすぐのこと。 「だから、チョコを作るんだったら、付き合ってあげてもいいって、そう言ってるのっ!!!」 ランカさんにお願いされたのと同じ場所で、シェリルさんにそう言われます。 これは、たぶん、シェリルさんなりのお願いです。 だから、私は微笑んで頷きます。 「ちょうど、13日に作ろうと思ってたんです。」 「ほんとにっ!? ・・・・・・そう、だったら、この私が付きあってあげるわ、ナナセ。」 シェリルさんが一瞬、本当に嬉しそうな顔をして。 それから、慌てていつものシェリルさんに戻る姿が。 なんだか、おかしくて、かわいくて。 「付きあってもらえて嬉しいです、シェリルさん。」 そう伝えたら、シェリルさんが少し驚いたような顔をして。 それから、いつもの笑みを浮かべて言います。 「感謝しなさい、こんなサービスめったにしないんだからね!!!」 目の前で、その言葉を聞けるようになった関係に嬉しくなってしまって。 ニッコリ微笑んだら。 シェリルさんが少し恥ずかしそうに瞳を彷徨わせた後。 ニッコリと笑い返してくれたことに、私の方が真っ赤になってしまいました。 ごめんなさい、ランカさん。 私はあなたの1番のファンで、ファンクラブもNo.1の番号を持っているのですか。 最近。 シェリルさんにも、心を奪われてしまっています。 そして、バレンタイン前日の2月13日。 ランカさんの選んだチョコを買いに行って。 手作りチョコの材料も多目に揃えて。 家に帰って準備を始める。 そう言えば、部屋に招待するのは、ランカさん以外は初めてなことに気づいて。 なんだかちょっと、くすぐったくなってしまいました。 約束の時間を30分過ぎてもやって来ないシェリルさん。 道に迷ったのかと心配になっていたら、携帯の着信音が部屋に響いて。 シェリルさんように設定した着信音に、慌てて携帯に出れば。 不機嫌そうなシェリルさんの声。 『もしもし、ナナセ?現場が押しててね。まったく・・・』 「よかった、迷子とかじゃないんですね?」 『違うわよっ!!と、ともかく、すぐに終わらせてそっちに行くから。もう少し待っててっ!!!』 それだけ言うと、電話は切れて。 結局、シェリルさんが部屋に来たのは。 予定していた夕方5時から2時間後の夜7時を過ぎた頃でした。 走ってきたのか、息の上がったシェリルさんにお水を手渡して。 それから、お腹を鳴らしたシェリルさんに微笑んで。 一緒に食べようと思って、準備しておいた材料でチャーハンを作って。 「おいしい」と言ってくれるシェリルさんにお礼を言って。 少し休憩をしたら、どうせまた出る洗い物は後にして。 当初の目的であるチョコ作りを開始しました。 シェリルさんは、その・・・なんというか、お菓子作りはやっぱりイマイチみたいで。 チョコレートやレシピ本に腹を立てて、文句を言って。 膨れた顔になりながらも、一生懸命なシェリルさん。 「お手伝いしましょうか?」 自分の分を作り終えた私の申し出に、シェリルさんは首を横に振って、 「大丈夫。自分で作らなきゃ意味がないから。」 チョコレートと向き合い、真剣にそう言ったシェリルさん。 少しだけ、その返事が寂しくもあったけど。 でも、そう返されることはわかっていましたから。 私は笑顔でシェリルさんを見守ることにしました。 多目に用意したはずの材料は、見事に姿を消して。 エプロンや顔にまでチョコレートをつけたシェリルさんの顔に満面の笑みが浮かぶ。 「できた。」 嬉しそうにそう言ったシェリルさんの前には。 かわいらしいハート形のチョコと、星形のチョコの姿。 それを見たら、なんだか私まで泣けるほど嬉しくなってきてしまって。 瞳を潤ませながら、シェリルさんに「おめでとう」を言わずにはいられませんでした。 「どうして、ナナセが泣きそうになってるのよ?」 「だ、だって・・・シェリルさん、あんなに頑張ってたから・・・」 「お、大げさねっ!!!私にかかれば、チョコレートなんて、敵じゃないわっ!!!」 恥ずかしそうに明後日の方向を見ながら、早口でそう言うシェリルさんが。 あまりにかわいくて、おかしかったから。 思わず声を上げて笑ってしまったら。 「ちょ・・・ナナセっ!!!どうして笑うのよっ!!!」 「ご、ごめんなさい、シェリルさん・・・だって、あんまりにかわいいから・・・」 素直にそう言ったら、真っ赤になったシェリルさんに怒られてしまって。 「ナーナーセー」 「いたっ・・・痛いです・・・シェリルさん・・・」 指で弾かれた額を押さえて、そう言えば。 シェリルさんは、ソッポを向いてしまって。 でも、ちらりとこちらを見たシェリルさんと視線が合ってしまったら。 また、おかしくなってしまって、笑い声が零れてしまいました。 なんとか止めようと思って、口に手を当てたんですけど。 同じように、シェリルさんも笑いはじめてくれたから。 そのまま2人して、声をあげて笑い合うことにしました。 そして、当日の朝。 「失敗・・・ちゃんと固まったのは、アルトとブレラ。」 「形になったのは、エルモに頼んで適当にスタッフに配ってもらって・・・」 ラッピングの前に、チョコレートをより分けるシェリルさん。 アルトくん、ブレラさん・・・ご愁傷様です。 苦笑を浮かべてそう心で呟かずにはいられません。 私はと言えば、お友達用のチョコを何個か用意して。 それから、自分で褒めたくなるほどに、ラッピングがうまくいった2つは。 ランカさんと・・・ 「シェリルさん。」 「ん?なに?ナナセ。」 こっちを見てくれたシェリルさんの前に、それを差し出します。 きょとんとしているシェリルさんに、ニッコリと微笑んで。 「ハッピーバレンタイン、シェリルさん。」 そう告げれば、シェリルさんは少し驚いて。 それから、少しだけ頬を染めて笑ってくれる。 「ありがとう、ナナセ。」 「え・・・」 素直にそんなことを言われてしまったら。 真っ赤になる以外、どうしようもなくて。 その笑顔と言葉に、なんだか恥ずかしくなってしまって。 思わず俯いてしまいます。 「ナナセ。」 「あ、は、はいっ!!!」 呼ばれて、慌てて顔を上げれば。 そこに、シェリルさんの笑顔。 「あーん。」 「え・・・」 「いいから、あーん。」 流されるように口を開けば。 私の口に何かが放り込まれて。 驚いて口を閉じれば、シェリルさんの指も食べてしまっていて。 「閉じるのが早いわよ。」 笑ってそう言うシェリルさんに謝ろうとして。 口に広がる甘さに気づく。 溶けて広がるその甘さは、とてもおいしくて。 シェリルさんを見やれば、手についたチョコを舐めとる姿に出会ってしまって。 なんとも言えないその姿が、魅力的すぎて。 なんだか気が動転してしまいそうな私に、シェリルさんが言ってくれたんです。 「一番最高のチョコは、ランカちゃん専用なの。」 「あ、はい・・・」 「そのかわり、1番にあなたに食べさせてあげたから、これでいいわよね?」 「え・・・あ・・・」 「ハッピーバレンタイン、ナナセ。」 ああ、ごめんなさい、ランカさん。 私、今、シェリルさんに惚れてしまいそうになりました。 授業を終えて、ランカさんのCDお渡し会会場へ、シェリルさんと一緒に向かいます。 その間、声をかけられること・・・数えるのを諦めてしまうくらい。 シェリル・ノームだということは、見事にばれていないんですが・・・ トイレに行ってる間に、人集りができてしまっている光景に、苦笑がもれます。 女の子たちの隙間から覗く、シェリルさんの張り付いた笑顔。 最初は楽しんでいるようだったんですが、いい加減飽きてきたらしくて。 どうやって近づこうかと思っていたら、シェリルさんが私に気づいてくれて。 よかったと思ったんですが、シェリルさんの微笑みがなんだか・・・ 「ナナセ。」 人集りの中で、そう大きな声で呼ばれてしまって驚きます。 女の子の人集りから出てきたシェリルさんは、シェリルさんなんですが。 絶対に“シェリル・ノーム”であることがばれない変装を見つけたと自負していた通り。 美星学園の男子生徒となったシェリルさんは、ばれないけれどかっこよすぎて。 いわゆる、“イケメン”と呼ばれてしまう姿。 そんなシェリルさんが、私の傍に来たかと思ったら。 悪戯な笑みを浮かべて、私をぎゅっと抱きしめてきました。 「!!!!!?????」 「待ってたよ、ナナセ。」 耳元で囁かれる声は、男装ようにつくった低い声。 そんな行動に驚いたのは私の方で。 周りからも悲鳴なのか黄色い声なのかわからない声が上がる中。 私はシェリルさんの腕の中で卒倒してしまいました。 「ああいう、心臓に悪いことは止めて下さい。ランカさんに言いつけますよ。」 “彼女持ち”そういうことで、騒ぎがおさまったからいいじゃないかと。 楽しそうに笑ってみせるシェリルさんに、大きく溜息をついて。 もう始まっているであろう会場に向かおうとすると。 シェリルさんが、私の腕を掴みます。 少し視線を上げれば、そこにはシェリルさんの悪戯な笑顔。 「シェリルさん・・・」 悪い予感がして、震える声でその名を呼べば。 「ナナセ。」 男装ように作られた低い声がそう囁いて。 ああ、ランカさん、今わかりました。 シェリルさんは、とても悪戯好きの意地悪さんです。 私の嘆きに、脳内のランカさんが 『そうでしょう!!!ナナちゃん!!!』 と叫び声をあげました。 結局、会場まで腕を組んで行くことになってしまって。 当の本人であるシェリルさんは、もの凄く楽しそうなので。 なんだか、もういいかなって思ってしまって。 開き直って楽しむことにします。 こういうことがない限りは、シェリルさんと腕を組むなんてことないと思いますし。 それに、ランカさんの心配事を1つでも減らさなければなりません。 大丈夫ですよ、ランカさん。 シェリルさんは、私が他の女の子たちから守ってみせますから。 そんな思いを胸に、会場にたどり着けば、途中のやりとりが功を奏したのか。 お渡し会も終わりに近づいている所で。 「これって、私たちも並べば握手できるのかしら?」 「握手じゃありませんよ、お渡し会です。私たちはチケットを持ってないですからね。」 「チケット・・・」 何か考えていた様子のシェリルさんの瞳が、また何かを思いついたかのように光ります。 「頑張るランカちゃんにもサプライズが必要よね。」 ああ、ランカさん、ごめんなさい。 私には、シェリルさんを守ることはできても、止めることはできません。 エルモさんを見つけたシェリルさんが、驚くエルモさんに正体を明かし。 ちょっとしたやりとりがあったその後。 エルモさんが困ったような、でも少し楽しそうな顔をして。 スタッフさんたちによって、後片づけが始まったその会場で。 私たちは今、ランカさんの目の前にいます。 「あ、ナナちゃん、来てくれたんだ。」 「はい。」 「あれ、隣の人は・・・」 「あ、えっと・・・」 説明しようとしたら。 シェリルさんがラッピングされたチョコをランカさんに差し出します。 「いつも応援しています。」 向けられた微笑みに真っ赤になったランカさんは。 慌てて俯いて、そのチョコを受け取ります。 「あ、ありがとう・・・ございます・・・」 「これからも頑張って下さい。」 「は、はい・・・」 なんとか顔を上げて、微笑むランカさんのかわいさは異常なまでにかわいらしくて。 それを見て、微笑むシェリルさんも異常なまでに素敵で。 知らずに胸が高鳴り、興奮してしまっている自分がいました。 「あ、あの・・・」 何か言おうとしたランカさんに、シェリルさんは顔を寄せて。 「大好きだよ、ランカ。」 あの低い声がそう言って、その頬に口づけます。 その行動に驚いていた私以上に、驚いたらしいランカさん。 体中を真っ赤に染めて、その場にへなへなと座り込んでしまいます。 「ラ、ランカさんっ!!!」 慌てて駆け寄って、その身を支える私。 「大丈夫ですか?」 「シェリルさん・・・」 「え・・・」 「シェリルさんですよね?」 頬を押さえながら、ランカさんが上目遣いにそう言うので。 その視線を追うようにシェリルさんを見れば。 ぺろっと舌を出してみせるシェリルさんの姿。 「あーあ、ばれちゃった。やっぱり、キスは失敗だったかしら?」 ああ、ランカさん。 あなたは、大変な方と恋をしてるんですね。 その苦労が、今日、少しだけわかりました。 でも、ランカさん。 ランカさんがシェリルさんをわかった理由も・・・すごいと思います。 そうして、今。 今日は3人で私の家にお泊まりということになって。 私たちは並んで仲良く家路についています。 ランカさんとシェリルさんの手には、荷物の入ったバッグの他に。 互いの思いがこもったチョコレートの入った袋。 それと、もう一つ。 私がプレゼントしたチョコレートが入った袋も。 その光景がなんだかとても幸せで。 足を止めてその背を見つめていたら、思わず笑みが零れて。 そんな私を、振り向いたランカさんとシェリルさんが呼んでくれます。 「ナナちゃん、早く~」 いつものランカさんの声。 「ナナセ、置いていく・・・よ。」 まだ変装中だということに気づいて、変なしゃべり方になるシェリルさんの声。 その声に笑みで応えて。 私は2人に駆け寄って、真ん中に陣取ると。 2人と腕を組んで言いました。 「ハッピーバレンタイン。ランカさん、シェリルさん。」 自分で言うのもなんなんですけど。 私、すごくいい位置にいると思うんです。 だから、この位置をずっと譲らないでいようと思います。 おわり
https://w.atwiki.jp/fairy-waterfall/pages/68.html
250物語10 東屋 外へと出かけたアルトは、調査の一環で点在する碑を求めて歩きまわり、 ひと段落ついたところで目をひく木立へと足を踏み入れた。 (木の種類からすると、人為的な林、か?) 「だれだ!」 近衛兵に声をかけられ、アルトの心臓が跳ねた。 「ああ、警備ご苦労。もう離宮の近くなのか」 「大変失礼いたしました。はい、こちらは陛下のお庭へと続いています」 「そうか、ありがとう。これからもよろしく頼む」 このまま離宮の庭も見てみようかと、 制止する近衛兵を無視して鬱蒼と木々が茂る庭に足を進めた。 あれから時間も随分と経っている。 もしかしたら、シェリルもいるかもしれない。 木の間から水音が聞こえ、その清涼さを求め歩くと、泉が見えてきた。 泉に近づくと対岸に薄布の掛かる東屋があった。 東屋のカーテンの隙間からカウチに寝そべる白い女性が遠目に見えた。 日が明るいこともあり、日陰の主の顔は明瞭には見えないが、 柔らかな薄紅の花のようにも見える、豊かな髪をたたえる女性は 間違いなくシェリルだろう。 はやる気持ちを抑え、驚かせてやろうと泉をまわりこっそりと近づいた。 微動だにしないシェリルは寝ているのだろうか? オアシス全体とこの庭全体が警備されているためか、女官すらついていない。 (暗殺されかかったっていうのに、肝が据わってるというか、不用心と言うか…) 私室と同様に、頭や胸元、腕を露出した寛いだ格好をしていて、 そのたおやかな体にアルトの目は釘付けになった。 近づいて見ると、シェリルはぼんやりとしている。 生気が無く、まるで人形のようで、アルトの心に冷たい予感が走った。 驚かせて、笑いあって彼女の笑顔で冷たい予感を解きほぐそうか、 やはり早く気づいてもらえるよう声をかけようかと迷っているうちに、 シェリルがアルトの存在に気づく距離になっていた。 「アルト!どうしてそんなところから」 シェリルの瞳にいつもの光がともり、アルトはホッ息をついた。 「調査でちょうど通りかかったんだ。近衛兵が道を教えてくれた」 アルトは日よけ用の外套を脱ぎ棄て、カウチの前の床に腰をおろした。 シェリルの白い胸の谷間に目が行ってしまいそうなのが恥ずかしくて シェリルが直視できず、アルトはソファに背を預けて、光に輝く水面へと目を向けた。 この距離でもシェリルの甘い香りがかすかに感じられる気がしてわずかに緊張する。 シェリルもアルトの横に並ぶようにカウチから起き上がって座り、二人で瞳に泉を映した。 シェリルの豊かなスカートの布地がふわりと肩に触れ、 この布に隠される滑らかな下肢を思い出しそうになるのをアルトは必死に打ち消した。 「近衛兵と言えば、昨夜の―」 「実行犯は身元ははっきりとしている、本物の近衛兵よ。 本人は自害して目的は不明。 首謀者は調査中だけど、場所が場所だけに、 調査隊もまだ王宮にはついてないんじゃないかしら。 それでアルト、怪我をしたあなたには申し訳ないんだけれど このことは他言しないでもらえるかしら。 表向きは事故死にするから」 「近衛兵の不祥事隠しか?」 見上げた蒼い瞳は遠く水面を見つめていた。 「…まあそんなところね…」 「嘘だな」 「あんたが思ってる以上に、政治は汚いのよ」 「怪我を負わされた俺にも聞く権利はないのか?」 シェリルはアルトを見ると、揺れる瞳を隠すように目をそらした。 「調査結果は分かり次第、説明させてもらうわ。 まだ、何も分かってないもの。 今は、特に話すことなんてないわ」 シェリルの本心を探ろうと、アルトはシェリルを見つめている。 気の強いシェリルらしく、そむけていた顔を戻しアルトを見つめてニコリと笑った。 「…怪我をさせて申し訳なかったと思ってるわ。 守ってくれてありがとう。 私が今、退位するわけにはいかないもの。 今回の手柄で、夜伽の件はチャラにしてあげる。 儀式の調査は、このまま報告書にしてくれればいいし 家督の件も調査完了してるから、帰都後に手続きさえ済めば、 もうこのまま、出国を許可してあげる」 シェリルの笑顔をみてアルトは眉をひそめた。 「そんなことが聞きたいんじゃない、シェリル。 …犯人が、叫んだ言葉がお前の母親の母国語だってことと、関係あるのか?」 「あんたには敵わないわね」 シェリルがカウチにパタンと体を倒すと、 柔らかな髪と肩から掛かる薄いショールがふわりと舞った。 「母の国が併合される以前から母に仕えていて、 即位にあたって私が王宮まで連れてきた女官の息子だったのよ。 大逆罪は一族郎党、処刑の対象になるわ。 彼女にその法を適応させたくない私のわがままなの…。 帰ったら母親には暇を出すわ…。 王宮にいれば真相が耳に届くかもしれないもの…」 シェリルの声には古女官への気遣いと悲しみと、 殺伐とした己の立場への諦めが含まれていた。 シェリルの顔をのぞくと、また虚ろに水面を見ていた。 彼女にそんな瞳をさせてはいけない。 「シェリル、俺は裏切らない。 だから。250夜、話し終えてからじゃないと、旅には出ない」 真剣に見つめるアルトを、シェリルは悲しげに見つめ返した。 「申し出は嬉しいけど、首謀者が分からない以上、 守るものが多いのは足手まといなのよ」 「説得力がないな。 洞窟でお前を守ったのはオレだ。 俺は守られる側じゃなくて、お前を守る側だ。 お前を守る人間は多ければ多いほどいいだろ? しかも、誰よりもお前の近くで守れる」 (何より、お前の心も守れるのは、俺だけだと思うのは、うぬぼれか…?) 「ア、ンタみたいな細腕がなに言っ…」 勢いよく上体を起こしたシェリルの声が涙をこらえて詰まった。 アルトはシェリルの横に座り、気持ちが伝わって欲しいと、 シェリルの背に両の手を回し、包むように抱きしめた。 アルトの力に抗ってシェリルが身を引きはがしながら、 荒がりそうになる声を抑えて言った。 「暗殺騒ぎなんて今に始まったことじゃないのよ! 私が王をやる限り、常にの危険が付きまとうの。 一ヶ月や二ヶ月、アンタがいようといまいと、私には大したことじゃないの、よ…!」 おまえは必要ないと言われて、傷つかないわけじゃない。 不安に思わないわけじゃない。 しかし、彼女の大きな孤独を思えば、かすり傷のようなものだ。 アルトは、シェリルを抱きしめる腕に力を込めた。 体と体が密着する久しぶりの感覚に、アルトの中の男が疼いた。 アルトは腕の中の小さな存在を覗き込んで、微笑みながら語りかけた。 「そうだな。だから、お前が女王をしている限りは、もう話は聞けないだろうな。 続きを楽しみにしている陛下には申し訳ないが」 「アンタ、何言っ…」 シェリルの瞳から大きく一粒流れ落ちた。 アルトはそれをぬぐってやるともう一度ギュッと抱き締めた。 背中を優しく撫でてやると、肩にシェリルの涙が沁みてきた。 耳元で聞こえるしゃっくりがアルトの胸をどうしようもなく締め付ける。 布越しの感触だけではじれったく、腕の一部がほんの少しだけ触れる肌と肌の 馴染んだ感じに、もっと肌が欲しいと、心も体も声を上げているが、 アルトはそれに気づかないふりをした。 シェリルの悲しみが溶ければいいと、アルトは強く抱きしめ続けた。 シェリルが強く抱きしめ返してくれて、ホッと安堵しつつも、 アルトは切なさでいっぱいになった。 シェリルのしゃっくりが止み、落ち着いたようだ。 力を緩めてやると、シェリルが身じろぎをして、腕をつっぱねた。 「夜伽をしないんだったら、私のところにはもう来なくていいわ」 泣きはらした瞳で、シェリルが言い放った。 「!!」 もしかしたら、自分の思い上がりだったのだろうか。 シェリルに求めて欲しいという願望で目がくらんで、 涙をぬぐってやれるのは自分だけだと思いたかっただけなんだろうか。 自分ばかり一生懸命で、自分ばかりが彼女を求めていて、 独りよがりな自分が急に恥ずかしくなった。 「そ、そうかよ!俺も心おきなく旅ができるな!」 アルトは立ち上がって、つい、ぶっきらぼうに言ってしまった。 引っ込みのつかないアルトはシェリルのもとを早足で立ち去った。 勢いのまま歩いてきたので外套を置い去りにしてしまい、 アルトの素肌には木々の枝によるかすり傷が出来ている。 しかし、そんな体の痛みにも気を留めることなく、立ち止まることも出来ず、 アルトは木々の間をどこへ向かうともなく歩いた。 ただ、涙をこぼすシェリルの顔が頭から離れなかった。 アルトの結った長い髪が木の枝に絡み、頭が引かれた。 「くそっ!」 髪をほどくために立ち止まったアルトの脳裏には 立ち去ろうと背を向けようとした瞬間に見た、 シェリルの幼子のような傷ついた表情が浮かんだ。 このまま、去って、自分はいったいどうしようというのだろう。 彼女の幻影に囚われ苦しめられるくらいなら、 シェリルその人にとらわれた方が良いに決まってる。 自分が必要ないというのなら、必要だと思わせればいい。 彼女のあの笑顔も、安らかな寝顔も、求めてくる熱も、すべて本物だったのだから。 こぼす涙をぬぐってやれるのは自分しかいない。 (俺が拭わなければ、お前は自分が泣いてることにも気付かないんだろう…) 「ちっ、しょうがねーな」 俺も、お前も。 もとはと言えば、あいつが悪いんだが、 ああいう女なんだから、折れてやるしかねーよな、 と、苛立った気持ちが消えていく自分がおかしかった。 「手間のかかるヤツ!」 ほどいてさらりと下した髪を、再び頭の高いところで結わえて走り出した。 ######## アルトが東屋に戻ると、シェリルがカウチソファーに伏していた。 シェリルは、こうやって独りで泣く女なのだ。 「シェリル」 細い肩がびくりと跳ねた。 しばらくの間をおいて、シェリルが伏したままでやっと声を発した。 「何しにきたの。よくもまあ、のこのことー」 アルトがシェリルの両肩をつかみ、ソファーに座らせると そこにはぐしゃぐしゃに泣きぬれた少女がいた。 「今日はいつにもまして美人だな」 「馬鹿にしないでよ」 威嚇しようとしても、さらに涙があふれてくるシェリルの顔を 抵抗をかいくぐりながらぬぐってやると、 アルトは掌で涙でしっとりやわらかな両頬をはさんだ。 シェリルの様子にアルトは思わず笑みがこぼれた。 やっぱり、自分がいないと、ダメだ。 鼻先にちゅっと唇を落とすと、 アルトはシェリルが振り下した腕を受け止めてしぶしぶ間をおいた。 「なあ、シェリル。 この傷が俺じゃなくてお前に付けられてたらと思うと やっぱり俺はお前と出会ってよかったんだと思う」 アルトが左腕の包帯をほどいた。 薬草が塗られているまだ生々しい傷をみて、シェリルは悲痛な表情をした。 シェリルがアルトの腕にそっと触れて顔を伏せた。 「…ごめんなさい…、もうあなたには…」 「なんで、そうなるんだよ!」 アルトは力任せに、解いた包帯でシェリルの両手首を束ねた。 「アルト、ヤメ…」 「イヤなら、大声出せばいい。 近衛兵なりが駆けつけてきて、俺をお縄にするんだろ。 望まないお前に指一本でも触れれば死罪なんだろ? 死罪にでも流刑にでもすればいい」 何よりも大切なものを人質に取るなんて、アルトは卑怯だ。 シェリルはソファの背に押しつけられ、 覆いかぶさったアルトの重みや熱さを、体に沁み込むように感じた。 腕は頭上に固定され、胸の谷間に這う唇のぞわりとした感覚が駆け上った。 胸のふくらみを鷲掴みにされた鈍い痛みだけがシェリルを現実へと引き戻した。 ぬるりとした感触が、胸の谷間から首を辿って耳へと上り、耳をはむ音でふと力が緩む。 うって変わって優しくふくらみをこねる愛撫が、シェリルの感覚が研ぎ澄ましていった。 火照る肌を覆っていくアルトの荒い吐息が、 シェリルは求められる喜びを呼び覚ましていった。 「ひっ、あっ、ア…ルト、ヤメて」 近衛兵を呼んでアルトを止めさせても、アルトの罪は握りつぶせはイイだけのこと。 なのに、声をあげることを躊躇して、 アルトの愛撫でに身をよじらせてしまうシェリルは 自分の甘さを苦々しく思った。 甘い刺激にそんな葛藤も霞んでいきそうになっている。 アルトが唇を重ねて、シェリルにたっぷりと舌を送り込んだ。 久しぶりのアルトの感触に腰からしびれが広がった。 ぬめるアルトで口腔内を占領され、蹂躙され、悦びが体中を支配し始める。 ここで折れたら、もう、流されてしまうだろう。 アルトと一つになるという甘やかな誘惑。 「ん…、ふっ」 溢れた唾液がシェリルの顎を伝った。 アルトの唇から解放されたシェリルは、大きく息を吸い、意を決して声を上げた。 「離しなさい、無礼者!」 はっとシェリルの顔を見つめたアルトが、 ひどく傷ついた表情をし、シェリルの瞳も揺れた。 「…シェリル…」 「……」 アルトが見つめた青い瞳はもう揺れてはいなかった。 アルトはシェリルの人の心をも捨てる覚悟を理解した。 (お前はそれで…いいのか…?) シェリルの頬を撫で、泣きそうになりながらも アルトは優しく別れの唇付けを贈った。 唇が触れた瞬間、女王を守ろうと駆けてきた近衛兵の声が聞こえた。 「陛下!」 これで、何もかも、終わりだ。 「陛下、ご無事ですか!」 近衛兵が近づく音が聞こえる。 アルトはやるせない表情で、抱きしめたシェリルの肩に、頭を持たれた。 ここで伝えなければもう、伝えられない。 虚しく哀しい気持ちを押して、アルトははなむけの言葉を贈ろうと口を開いた。 「シェリル、俺はお前に出会えて…」 声を絞りだすアルトの耳元でシェリルが声を上げた。 「下がりなさい!」 女王然としてシェリルが続けた。 「この人と逢うの久しぶりなのよ、少しくらい声も大きくなるわ。 しばらく他の者たちも、近づけないで頂戴…。 その声は、…アブドゥル…だったかしら?」 その言葉にアルトは混乱した。 シェリルは隙のない女王であるために、自分を切ったのではなかったのか。 「は、陛下。大変失礼いたしました。 そのように致します」 兵が去って行っても、アルトはシェリルを目の前にして呆然としていた。 「どうして…?」 「……」 「…無礼者…って言ったよな…?」 「ええ、手を縛るなんて、信じられない行為ね」 「俺を逮捕するつもりだった?」 「……」 「どうして、やめた…?」 「……あんたの優しさは…、嬉しかった。 でもこれ以上は、私は受け取れない、ううん、受け取らないわ。 もう、十分働いてくれたわ。もう十分よ。 だから、もう…」 「シェリル、お前、ほんっとに意地っ張りだな」 「な、何言ってるの!別に私は」 「そのくせ、嘘が下手だよな」 アルトが切なげに笑って、シェリルの額を軽く弾いた。 「何するのよ!」 「強がりはもういい」 シェリルはやはり冷徹な女王などではない。 傷つきやすい臆病な少女なのだ。 アルトは腕の中のシェリルを再び抱きしめた。 「お前はどうしたいんだ」 「あんたもう、旅に出なさいよ…」 シェリルが感情を押し殺した声で言ったが、 アルトの腕にはその震えが伝わっていた。 「断る。俺がどうするかは俺が決める」 シェリルの頬に手を添え、アルトはまっすぐにシェリルを見つめて言った。 「俺はここにいたい。お前の傍にいる。 …なのに、お前は逃げるんだな」 シェリルが涙をこらえて表情をこわばらせた。 「逃げてなんか…!あんたはもうお役御免…」 言葉の途中でこぼれる涙をアルトに見られまいと、シェリルが俯いた。 「あなたがいると、私は弱くなる! だって、私のせいで怪我を…、またそんなことがあったらもう耐えられない。 それじゃダメなの!私は、女王なのよ!」 シェリルの涙がソファーに落ちた。 シェリルを上向かせ、アルトは青い瞳に自らを映した。 「俺のために耐えてくれ。そのかわり、俺が全身全霊かけて守ってやる。 どんな悪夢も、俺が全部消してやる!だから! 俺の傍にいろよ、シェリル!」 アルトは顔をそむけようとするシェリルの唇を再びふさいだ。 シェリルの本心を暴く方法を他には知らなかった。 熱を伝えるしか、己の決意の程を知らしめる術がもはや残っていなかった。 ただ、逃げるシェリルを追わずにはいられなかっただけかもしれない。 シェリルは首を振って離れようとするするが、 アルトが顎を持って口を開かせシェリルの中に侵入した。 「んん~、んー」 アルトが舌を吸ってやると、拒むシェリルの声が途切れた。 シェリルが弱いキスで意識をそらしながら アルトはするりとシェリルの服をずりおろし、上半身をむき出しにした。 シェリルに自分たちの絆を実感させようとする一方で 久しぶりの豊かなふわりとした乳房の感触にアルトは更に興奮した。 押し倒したシェリルの鎖骨に舌を這わせて、 ピンク色の突起を転がすと、すでに固くなっていた。 「ダメェ、アルト、ダメ…よ、…ダメ…」 口を開放されたシェリルが、口角から唾液を垂らしながら、 手首を縛られた腕を振り上げようとするが密着されて動かす事もできない。 身を捩ると双丘がたわむばかりだった。 それどころか、肌に擦れる感触が官能を刺激した。 久しぶりに肌でアルトを感じ、しっとりとしてきたのは肌だけではなく 瞳や下腹も熱を孕んでうるんでいる。 アルトが胸のふくらみを口で弄んでいる刺激に耐えつつ、 シェリルはアルトにかける言葉を迷っていた。 希望や願望、欲望が入り混じって、 どうしたいのか、どうしたらいいかシェリルは分からなかった。 「私、もうあなたとはいられな、い」 それを聞いてアルトが上体を起こし シェリルの眼尻に残る涙を吸った。 「あなたがいると辛いの!だから、もう、どこかへ行って!」 「怖がらなくていい、シェリル。 辛い事は、全部俺が、一緒に受け止めてやる」 アルトがシェリルを掻き抱いて、耳元で誓った。 「俺が…お前ごと全部抱きしめてやる」 「…るい、ずるいわ、アルト。 あんたにそんな甲斐性あるわけないじゃない」 涙にぬれた瞳でシェリルが笑った。 ああ、この笑顔は。 アルトは涙をぬぐってやり、額をコツンと当てた。 「なんとでもいえばイイさ。 お前が少しでも俺のものになるなら、俺は何だってする」 全てを独占できないことは分かってる。 アルトは、ただ自分の恋人を感じようと唇を近づけた。 「…バカ」 シェリルが顔を傾けて受け入れる様子なのを確かめて 満たされた歓喜とともに、唇を重ねた。 「お前今日泣きすぎだろ」 スカートをめくり太ももに舌を這わせながらアルトが言った。 「ぁ、誰のせいだと思ってんのよ! それより、包帯解きなさい」 「後でな。もっと啼かせるかも…ごめん」 シェリルの両膝を背もたれに押し付けるように開脚させると 中心の割れ目を下着越しに舐めあげた。 下着の中は少しぬかるんでいたが、 まだアルトの膨らんだ欲望を受け入れるには不十分だ。 シェリルが、腕を振りおろしてアルトをはたいた。 「今すぐ、ほどきなさい!」 「しょうがねぇなぁ」 シェリルはアルトの手でベルトを解かれ、スカートをはがされ、 中心の濡れた下着一枚を身につけて 包帯で両手首を巻かれただけのあられない姿にされた。 緩やかに波打つ長い髪で、胸の桜色の突起は隠されているものの、 官能で桃色に染まりつつある肌のところどころには 既にアルトがつけた赤い花びらが散っていた。 「ちょ…包帯っだってば!」 アルトは着衣をすべて脱ぎ去り、立ち上がりつつある己を シェリルに押し当てて、挑発するようにシェリルの顎をついばんだ。 シェリルの蕾はアルトの固さを感じて、少しずつ涎を垂らす。 シェリルの腕を自分の首にかけると、下着の横からシェリルに人差し指を 差し入れ、指を軽く曲げるとざらりとしたトコロを擦って刺激した。 「ふぇ、は、は、あ」 シェリルがアルトの頭を抱え込んで、快感を耐えている。 指に泉が溢れて垂れ出だすと、アルトは耐えられず シェリルの中に己を埋め込んだ。 久しぶりの締め付けに、一気に欲望が膨れ上がった。 「あぁ」 シェリルがその圧迫感にフルフルと震えているのが扇情的で、 アルトへの刺激が強すぎる。 すぐに解放したくなるのを何とか耐え、 ゆっくりと出し入れを始めた。 ソファー上の不安定な体勢でシェリルが絡めてくる足に力が入っている。 「あ、あ、あ、ぁ」 「中も外も締めす、ぎ」 シェリルの足を抱えて、大きく引き抜き、一気に挿入すると シェリルから、悲鳴にも近い高い声が漏れた。 足は外したが、中から締め付けは強いままで、持ちそうにない。 アルトはシェリルの腕を持ち上げ ソファの背もたれを持たせて、膝をソファにつかせて尻を突き出した状態にした。 シェリルの腰に手を添えると、後ろから突き上げた。 シェリルの尻たぶは滑らかで、その割れ目に潜む蕾を 撫でてやるとシェリルが力なく拒絶の声をあげるが 挿入の快感にそれどころではないようだ。 シェリルの足に、蜜が伝い落ちる。 このまま衝動に任せて、大きく腰を振りたいのだが 今日はそんな余裕はない。 シェリルは顔を見ずに果てられるのを嫌がるのだ。 シェリルをソファに座らせると、シェリルが眉をひそめて じっとアルトを見つめてきた。 「早く解いて」 シェリルが見せつけてきた細い腕は、快楽で悶えるままに捻ったせいか 包帯のふちの部分が赤くなっていた。 「ごめん、痛かったな」 「…アルトをこの腕で抱きしめたいの」 そんな事で泣きそうになっている自分が恥ずかしいのか シェリルがさらに拗ねた顔をした。 その言葉選びも表情も、愛しくて仕方がない。 重力に反して立ち上がる自分をそのままにして、 シェリルの包帯を解いてやった。 「アルト!」 シェリルはアルトに縋りついて、体を擦り寄せた。 アルトはシェリルを抱えたままソファに腰を下ろすと 脈打つ己をシェリルに当てがい、シェリルの腰を引き落としてやった。 「ああ」 シェリルが大きくうねり、内壁が暴れている。 抱きつくシェリルの力がギュッと強くなり アルトは吐息のような唸り声が抑えきれない。 アルトがそのまま腰をつきあげると、 シェリルの中の搾り取るような動きが続き 愉悦へと駆け上がらせる。 抱きつくシェリルの柔らかな乳房が変形してはこすれている。 汗が混ざりあって、体が溶け合うようだ。 射精するアルトを搾り取るかのように シェリルの肉壁も腕もアルトに絡みついている。 アルトがドクドク脈打つのを終えると シェリルからも力が抜け、ぐったりとアルトにもたれかかった。 その拍子に柔らかくなったアルトがずるりと抜け、 それに沿って奥に溜まった白濁液がシェリルの悦びに混ざって漏れた。 二人は狭いソファで身を寄せ合って 通じあった至福に身を浸した。 #### 夢心地のシェリルが瞼を開くと、 目には象牙色のアルトの肌が映った。 シェリルがアルトの脇に抱えられぴったりとくっつく形で ようやくソファーに二人納まっていて シェリルの目をひいている胸板とともに、 枕になっているアルトの引き締まった肩も上下していた。 夜の灯りのもとでは分からなかったアルトの肌の色は 自分とは違った温かな色だった。 その色同様に、柔らかいのだろうかと指でたどってみると、 自分とは違う滑らかな肌だった。 肌をもっと感じてみようと、唇をあて、軽く味わってみた。 かすかな塩味とともに、滑らかな舌触りだ。 アルトがどうかしたのかと頭だけこちらを向いた。 といっても、近すぎて、目と目は合わない。 「何してんだよ」 アルトがシェリルと向かい合って横臥する形となり シェリルの枕がアルトの肩から腕になってようやく アルトと視線を合わせることができた。 日の光の下、この至近距離でじっくりと見つめたのは初めてで シェリルは長いまつげに縁取られた琥珀に見入ってしまう。 その整った鼻筋も、涼しげな唇も、寄せた眉も、滑らかな黒髪も 見れば見るほど綺麗で ついふにゃりと顔がゆるむ。 「おい、大丈夫かよ!」 シェリルの緩んだ様子にアルトがぺちぺちと頬を叩く。 せっかく楽しんでいたのに邪魔をされて 少しムッとしたが、 アルトらしい行動だと思い、やはり笑みがこぼれてしまう。 いちいち突っかかれても気だるいので アルトの首に縋りついて眠ってしまおう。 心地よいアルトの温かさをまとってこのまま。 「光に…溶けてしまいそう…」 「そうだな……」 アルトはようやく手に入れた大切なモノを宝物のように腕に抱きしめて 満たされたまどろみに身を任せようとしたのだが。 (って、光…!) 金の波に目前を覆われながら 突然、さっきまでの行為をアルトは思い出した。 いつもの灯りの下での夜の行為では 青く澄んだ瞳を見ることはかなわず 透き通る肌も赤い炎で照らされていた。 いわゆる「夜の」行為を、こんな真昼間から しかも、こんな寝具とは言い難い場所でやってしまうとは。 大理石の肌をピンクに染めて、ひくつかせたの花弁もキレイな肉色で。 吸った胸も背も赤くなって、唇はもっと鮮やかで 中から溢れる蜜も涙も透き通っていて。 思い出して思わず赤面してしまうとともに。 (見たい…) しかし、こうもしっかり抱きつかれてしまうと、視覚にとらえることができるのは 光に輝く金の髪ばかり。 しっとりと吸いつく肌を再び意識してしまい、下半身が反応しつつあるのだが シェリルが正面からがっちりと抱きついてきているせいで逃げることもできず、 その熱を集めて膨張していく過程をシェリルの肌に直に伝えていることが、 恥ずかしくてたまらなかった。 が、火照るアルトを余所に当の彼女はすでに夢の中にいた。
https://w.atwiki.jp/macross-lily/pages/93.html
11月23日。 今日はシェリルの誕生日。 11月に入って一番の冷え込みを記録したこの日。 夜も深まり、人もまばらな道を、息をきらして必死に走るランカの姿。 防寒具で少し大きくなってしまった体を左右に揺らしながら。 左手には小さな白い箱を持ち、右手で携帯を持って時刻を確かめる。 「もう11時過ぎてるっ!!!」 泣きそうになりながらそう言って、見えてきた建物にさらにその足を速めた。 マンションにつけば、暗記してしまったナンバーを押してロックを解除する。 スピードは変わらないのはわかっていても。 ランカのその指は、何度も何度も画面上の「上」ボタンを押した。 エレベーターのドアが開けばすぐに飛び乗り。 押しなれた階を押せば、直ぐさま扉を閉めようと、また何度もそれを押す。 エレベーターがその階につけば、かけおりて。 その勢いのまま、合い鍵の存在も忘れて。 辿り着いたドアの前のインターホンを押した。 「シェリルさん!!!」 その声と必死な姿に、何度も瞬きを繰り返すシェリル。 「ランカちゃん、どうしたの?こんな夜遅くに、そんなに急いで。」 不思議顔のシェリルをよそに、ランカは左手に持っていた白い箱をさしだし、笑ってみせる。 「け、ケーキ・・・ほんとは作るつもりだったんですけど、撮影が延びちゃって・・・」 息を乱してそう言いながら、ランカはシェリルを見上げる。 そんなランカの様子に、シェリルはとても嬉しくなる反面、困惑してしまう。 ランカがこんなになってまで、ケーキを持ってきてくれる理由がわからなかったから。 そんなシェリルの様子に、ランカはなんとなくだけれど、その事実に気づいた。 「シェリルさん・・・もしかして・・・自分の誕生日、忘れてるんですか?」 「え?」 ランカに言われて初めて気づくシェリル。 その様子に、ランカは目を丸くした。 「ああ、そっか。そう言えば・・・」 思い出したように手をポンと叩くシェリル。 「そうだったわね。」 なんでもないようにそう言って、ランカとともにリビングへ。 作詞活動をしていて、散らかっていたものを1つの場所にかためて。 シェリルが振り向けば、そこに。 なぜか頬を膨らませているランカがいた。 「もう~!!シェリルさんたらっ!!!どうして自分の誕生日忘れちゃうんですか!!?」 「どうしてランカちゃんが怒るのよ?」 「だって、誕生日ですよっ!!!シェリルさんのっ!!!一大イベントですよっ!!!」 「大げさね。たかが誕生日でしょう?」 「たかがじゃありませんっ!!!シェリルさんの誕生日なんですよっ!!!」 「私なんかの誕生日より、ランカちゃんの誕生日の方が一大イベントじゃない。」 「なっ!!!そんなのシェリルさんの誕生日に比べたら、どうでもいいことですっ!!!」 「聞き捨てならないわね。ランカちゃんの誕生日がどうでもいいわけないでしょう?」 「シェリルさんの誕生日の方が大事ですっ!!!」 「ランカちゃんのくせに生意気ね。私の誕生日なんかより、ランカちゃんの誕生日よ。」 「違います。シェリルさんの誕生日ですっ!!!」 端から聞いていれば、犬も食わない痴話げんか。 それを真面目に言い合う2人。 しばらくのにらめっこのあと。 そのバカバカしさに、さすがに気づく2人。 「せっかく来てくれたのに、こんなバカなケンカもないわよね、ランカちゃん。」 「そうですね。シェリルさんのお祝いに来たんですから。」 視線を交わせば、どちらともなく肩を震わせ笑い出す。 その笑い声は、だんだんと大きくなり、部屋中に響いた。 「あー、おかしかった。笑ったら喉かわいたわね。」 「私、お茶の準備しますね。ケーキ食べましょう。あ、でも・・・」 急にしゅんとしたランカに、小首を傾げるシェリル。 「どうしたの?ランカちゃん。」 「・・・こんな遅くに食べるのはプロとして失格かなって思って・・・」 ランカは犬耳のような緑の髪をピコピコ動かしたかと思うと。 シュンと垂らして上目遣いにシェリルを見た。 そんな犬っころみたいなランカに微笑んで、シェリルはその頭に手をやる。 「そうね。でも、私、明日もオフなのよ。」 ウィンク1つしてみせて、シェリルがそう言えば。 犬耳みたいな緑の髪が、ピコピコとその動きを復活させて。 ランカの顔には満面の笑み。 「わ、私もなんですっ!!!シェリルさんっ!!!」 それはもう、ご主人様に飛びつく犬の如く。 ランカはシェリルに抱きついてみせる。 そんなランカを、いい子いい子するべく撫でるシェリル。 撫でてもらうのに満足したランカは、勝手知ったるシェリルの台所に向かう。 どこに何があるのか。 シェリルよりも把握しているランカは、お茶の準備を手早く済ませてリビングに戻る。 リビングの机に置かれた、白の箱を開ければ。 甘い匂いを漂わす、イチゴのショートケーキとチョコケーキが・・・ 無惨な姿で登場した。 「あ・・・」 ランカが思わず声をあげる。 そのケーキの姿を見て。 どれだけランカが必死にここまで来たのかがわかったシェリルの顔に、笑みが零れる。 「ずいぶんと頑張ったのね、ランカちゃん。」 何もかもが混ぜ合わさった、ケーキの残骸とも呼べる姿に。 ランカは涙目になってシェリルを見た。 「ご・・・ごめんなさい・・・」 「ほとんど閉まってる中で、唯一見つけたお店に残ってた最後2つだったんです・・・」 「それで嬉しくなっちゃって・・・」 「そしたら、シェリルさんに早く会って、お祝い言いたくなっちゃって・・・」 またもやシュンとするランカに、優しく微笑んで。 シェリルは、箱の中の無惨なケーキを、おもむろに人指し指ですくう。 ポカンとした表情で自分を見ているランカの前で。 それを口にいれてみせるシェリル。 「なかなかおいしいわよ、ランカちゃん。」 その姿があまりにも様になっていて。 格好良くも、かわいく。 艶やかなのに、無邪気で。 魅力的すぎるシェリルに。 ランカのハートは鷲掴みにされ、その体ごと真っ赤に染める。 「シェ・・・シェリルさん・・・」 少し上ずり掠れた声に、微笑みかけて。 さらに、シェリルはケーキを指ですくいとる。 「はい、ランカちゃんも。」 「ふぇっ・・・」 笑顔で口元に差し出される、シェリルの指には。 白と黒が混ざって、絶妙のコントラストを見せる。 おいしそうなクリーム。 「あーん。」 「あ、あーん・・・」 シェリルに流されるがままに口を開け、それを口にするランカ。 ランカの口の中に広がる甘い味。 チョコと生クリームの混じったものが、不味いなんてあるわけもなく。 確かにそれはおいしくて。 ランカはその頬を緩めた。 「おいしい・・・」 「でしょ?」 シェリルは笑ってそう言うと、何でもない様に。 クリームが残っていた指を口に含んだ。 それを見て、沸騰するくらい赤くなったのはランカ。 思わず緑の犬耳をピンと立たせて、口をパクパクと開閉させた。 けれど、シェリルはそんなことを全く気にした様子もなく。 「どうしたの?ランカちゃん。」 なんて、小首を傾げてきたシェリルに、さらに真っ赤になって俯く。 「な、なんでも・・・ないれす・・・そ、それより・・・」 「ん?」 何度か深呼吸をして、心を落ち着けると。 まだ、熱くて赤い顔を上げて、ランカはシェリルを見やる。 「何?ランカちゃん。」 尋ねるシェリルにはにかむように微笑んで。 ランカはその口を開いた。 「ハッピー バースデー トゥーユー」 誕生日の歌。 誰しもが聞いたことのあるその歌に。 シェリルの心がぎゅっと締めつけられる。 「ハッピー バースデイ トゥーユー」 この日が本当に自分の誕生日かも。 シェリルにはわからない。 自分のことを誰よりも知っていたグレイスも。 今はシェリルの傍にはいない。 祝っていてくれた存在もいなくなったから。 「忘れてた」んじゃなくて。 「忘れようとしていた」のかも知れないと。 ランカの歌声を聴きながら思うシェリル。 「ハッピー バースデー ディア シェリルさーん」 ランカのかわいくて、優しい歌声に。 零れそうになる涙を堪えて。 笑って歌ってくれるランカに、笑みを返す。 「ハッピー バースデイ トゥーユー」 ランカの歌声の余韻に浸りながら。 シェリルは瞳を閉じた。 祝ってくれる誰かがいる喜びに。 シェリルの心は熱くなって、鼻の奥がツンとする。 「お誕生日、おめでとうございます。シェリルさん。」 その言葉に、瞳を開けば。 人の誕生日だというのに。 自分の誕生日を祝ってもらった時以上に、嬉しそうなランカがいる。 そんなランカに。 シェリルは笑みを零して、ぎゅっと抱きつく。 「ありがとう・・・ランカちゃん。」 少しだけ震える声に、思いをのせて。 シェリルがそう言えば。 ランカはその身を喜びに震わせて。 シェリルに抱きつき返す。 「シェリルさん、大好き。」 溢れる想いを口にすれば。 シェリルもその身を喜びに震わせて。 ランカに同じ言葉を返した。 「ランカちゃん、大好き。」 ぎゅっと。 ランカに強く抱きついて。 顔を上げれば。 ランカの真っ赤な顔に笑みが浮かんでいる。 「ランカちゃん・・・」 愛しさをこめてそう呼び、シェリルがランカの頬に手をやれば。 その手に導かれるように、ランカは顔をシェリルに近づける。 息が触れあうその距離で。 少しだけ見つめ合って、笑みを交わせば。 どちらともなく瞳は閉じて。 唇が重なった。 重なる唇は。 さっき食べたケーキの味で。 甘くておいしい。 唇が離れれば。 今度は額がくっついて。 互いに肩を揺らして笑う。 「ねぇ、ランカちゃん。」 「はい、シェリルさん。」 「ケーキ、ちょうだい。」 「え・・・」 悪戯っぽく笑って言うシェリルに、真っ赤になりながらも。 ランカはその意味を理解して、箱に手を伸ばす。 ひとさし指でケーキを掬えば、シェリルの口元に持ってくる。 「あ、あ、あーん・・・」 「あーん。」 緊張して上ずった声に、楽しそうにそう返して。 シェリルはそれを口にする。 「うん、やっぱりおいしいわね。」 シェリルがランカにそう言えば。 ランカは自分の指に残っていたクリームを口に含んだ。 「はい、おいしいです。シェリルさん。」 そうやって、2人は幸せそうに笑い合う。 誰かに祝ってもらえる喜びと。 誰かを祝える喜びを感じながら。 その夜。 2人はケーキがなくなるまで互いに食べさせあい。 そのあとも。 ケーキみたいに甘い夜を過ごした。 おわり