約 1,352,989 件
https://w.atwiki.jp/taiko-home/pages/70.html
私のお気に入り 「サウンド・オブ・ミュージック」より(ピアノアレンジ)ジュリー・アンドリュース フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン(ピアノアレンジ)ケイ・バラード ラジオ体操第一服部正 赤鼻のトナカイクリスマスソング みかんの花咲く丘海沼實 枯葉(ピアノアレンジ)ジョゼフ・コズマ 星に願いを 「ピノキオ」より(ピアノアレンジ)クリフ・エドワーズ A列車で行こう(ピアノアレンジ)ビリー・ストレイホーン 虹の彼方に 「オズの魔法使」より(ピアノアレンジ)ジュディ・ガーランド いつか王子様が 「白雪姫」より(ピアノアレンジ)アドリアナ・カセロッティ ハッピー・バースデイ・トゥ・ユー(ピアノアレンジ)ミルドレッド・J・ヒル / パティ・スミス・ヒル 威風堂々(ピアノアレンジ)エドワード・エルガー 雨だれの前奏曲(ピアノアレンジ)フレデリック・ショパン
https://w.atwiki.jp/kuriari/pages/168.html
クリフトのアリーナへの想いはPart6 717 :【女勇者ソフィア】1/12 ◆cbox66Yxk6 :2006/12/30(土) 03 34 38 ID LIewVEuF0 「ソフィアさん、先程の件なのですが、このような形でいかがでしょうか」 ――クリフトの穏やかな物言いが好きだ。 「ソフィアさん、こちらをご覧になっていただきたいのですが」 ――彼の声は、草原をそよぐ風にも似ていて、耳に優しく、心に沁みる。 「ソフィアさん、そのような格好をなさっていらっしゃるとお風邪を召しますよ」 ――優しい微笑と共に紡がれる言葉の数々は、傷ついた心を癒してくれたけど。 「ソフィアさん……」 ――けど、丁寧すぎる口調は突き放されているようで、少し切ない。 「ソフィアさん、どうかなさいましたか?」 顔を上げると、廊下からクリフトが心配げにこちらを見ていた。 「あぁ、いや、ちょっと考え事してた」 そう言って窓の外に視線を向けると、夕日がもろに目に入ってきた。 そのあまりの眩しさに思わず顔をしかめ、ソフィアはため息混じりに呟く。 「もう、夕方なのか」 魔導書を読もうと机に向ったというのに、随分長いことぼんやりとしていたらしい。 気がつけば体の節々が不自然に強張っており、軋む首を動かせば、ぱきっという景気の良 い音が響いた。 「あ、痛っ」 思いのほか鋭い痛みが襲い首を押さえて呻くと、クリフトがくすくすと笑った。 「大丈夫ですか?」 「うぅ、あまり大丈夫でない……」 筋、違えたかも。 半分涙目でそう答えると、彼はゆっくりとこちらへ歩いてくる。 窓越しに降り注ぐ夕日に照らし出された、彼の端整な面立ちと、しなやかで優美なその姿。 戦いに身を置く姿としてはこれ以上ないくらい違和感を醸し出す彼だが、その実、ひとた び彼が本気を出せば、辺り一面が死という静寂に満たされる事も旅の中で知った。 そして、彼が本気を出す時が「いつ」であるかも―――。 ――こいつは『姫様』のこととなると見境がなくなるから。 ちくりと痛む胸を自覚しながら、ソフィアは彼の腕が己に向って伸ばされるのをぼんやり と見つめていた。 「ホイミ」 指先が淡く光り、優しい波動がソフィアの首を包む。 回復呪文はその術者によって感じが異なるというが、クリフトのそれは彼の人柄が反映し たかのごとく、優しく穏やかで温かい。 そのあまりの心地よさに猫のように目を細め、ソフィアはクリフトに向って微笑みかけた。 「回復呪文なら、オレだって使えるよ。……でも、ありがと、な」 照れながらそう言うと、彼は少し困ったようにソフィアを見た。 「ん?どうしたよ?」 不思議に思って問うと、クリフトは片手で目を覆い、軽く頭を垂れた。 「まだ、直りませんか」 告げられた言葉の意味を悟り、ソフィアは、はっと口許を押さえる。 「あっ……ごめん」 ソフィアが短い謝罪を述べると、クリフトは指の間からちらりとそのきれいな双眸を覗かせ、 深々とため息をついた。 クリフトが指摘したのは、ソフィアの一人称のこと。 山奥の村で男女の区別無くおおらかに育てられたソフィアは、昔から自分のことを「オレ」 と表現して憚らなかった。 共に育ってきた幼馴染が女の子らしかった分、比べられるのを避けるために自分は男っぽ さを求めていたのかもしれない。村人もそれを薄々感じ取っていたのか、別段咎めだてす ることもなかった。もちろん、ソフィア自身、女性の一人称に相応しいとは思っていない。 しかし取り立てて不自由を感じることもないので、旅に出てからもそれを変える事なく過 ごしてきた。そして今の仲間に出会った。 マーニャは「オレ」という一人称も個性のうち、と言って艶やかに笑った。 ミネアはその美しい声で「時がくれば変わるわ」と占い師らしい、謎めいた言葉をかけた。 他の仲間は、もともと男口調であるソフィアに違和感を覚えない、気にならないというこ とで、黙認してきた。言い換えれば、『勇者』をやるのに言葉遣いは関係ないということな のだろう。それどころか、強いものに憧れるアリーナなどは「勇者のソフィアが『オレ』 なら、私も『ボク』って言おうかな?」と言い出す始末で、それを耳にした教育係のブラ イが青褪めたぐらいだった。 そんな中で、クリフトだけは最初からソフィアの口調を気にかけ、折に触れ注意を促して きた。 「ソフィアさん、女性が『オレ』という一人称を用いるのはあまり感心できませんね」 ちょっと困ったように告げられるその言葉。 ――『勇者』に言葉遣いは関係ない。 自分自身そうは思うものの、ソフィアを『女性』として気遣ってくれているクリフトに悪 い気はしない。 だからその指摘を受けるたびに、ソフィアは素直にそれを受け入れてきた。 彼の気持ちが嬉しかったから。 だけど、クリフトの優しさは純粋にソフィアに向いているわけではなかった。 彼の頭の片隅…いや、大半は、大切な姫君アリーナに己の言動が悪影響を及ぼさないよう にという配慮で満たされている。そう、クリフトがソフィアに向けてくれる優しさそのも のすら、根底にあるのは『彼の最愛の人のため』なのだ。 事実、彼はソフィアを『女性』として扱うものの、『女性』として意識してはくれない。 ソフィアの淡い気持ちに気づいてくれようともしない。 なのに彼は、彼が大切に思う人のために、ソフィアを変えようとする。 ――それはひどく残酷な仕打ち。 心の奥底にしまっておいたはずの暗くどす黒い澱みがゆっくりと染み出してきた。 ソフィアはその苦しさに眩暈を覚え、知らず拳を握り締める。 胸が――痛かった。 治まらぬ胸の痛みに、そっと瞳を伏せてひとつ息をつく。と、クリフトの憂いを含んだ声 が耳朶を打った。 「私の言葉は、貴女になかなか届かないようですね」 深い意味はないのだろう。しかしソフィアはその言葉に唇を噛み締める。 ――お前だって、オレの気持ちをわかってない。 だが、それをクリフトに悟られたくなかったので、努めて明るい口調で反論を試みた。 「長年、ずっとこの調子でやってきたんだ。そんなに簡単に直せるわけないじゃないか!」 するとクリフトは目を覆っていた手をどけ、ソフィアをまっすぐ見つめ頷いた。 「それは、わかりますよ。ですが、口調全般を、と申し上げているわけではありませんし、 それほど難しい事だとは思えないのですが……」 クリフトの言い分にソフィアは、口をへの字に曲げて言い募った。 「あのな、自分の口調を変えるのって、すっげー気恥ずかしいんだぜ?」 第一、幸せ者のアリーナのために、なんでオレがこんな気恥ずかしい思いを!! 喉先まで出かかった言葉を無理矢理飲み込み、ソフィアはクリフトを恨めしげに見上げる。 その視線に含まれた思いに気づくはずもない、目の前の鈍い男は「そのようなものなので しょうか」などと暢気に首を傾げる。 ソフィアは無性に腹が立ち、「じゃあ」と睨みつけた。 「お前、オレの事、呼び捨てにできるか?」 深い考えがあってのことではなかった。 ただ、無性に悔しくて、腹立たしくて、気がついたら言い放っていた。 「お前がオレの言葉遣いに物言いをつけるってなら、オレだってお前の言葉遣いに口を出 す権利があると思う」 何となく言いたい事と違うような気がしたけれども、考えるより先に言葉があふれ出ていた。 「年下の女に敬語つかうって言うのも十分変だよな」 クリフトが口を開く前に、言葉を重ねる。 「だったら、オレの事呼び捨てにしてくれ」 挑戦的な眼差しでクリフトを見据えると、ソフィアは言い切った。 「お前がこちらの言い分を聞かないっていうなら、オレもお前の言い分を聞く気はないね」 胸を支配していた痛みは、いつしかムカムカへと変貌していた。 「なるほど……」 長い沈黙の後に、クリフトが感心したように口を開いた。 「確かに、理にはかなっていますね」 そう続け、口許に手をあてたクリフトは何かを推し量っているようだった。 ―――どうせ、断る口実を考えているんだろ。 ソフィアは頬を膨らまし、薄暗くなった窓の外に視線を移した。 クリフトの性格からして異性を呼び捨てにする事は考えにくい。まして、想いを寄せる相 手の前で他の女性を呼び捨てにすることなどもってのほかだろう。 となれば、あとはいかに断るかだ。 ―――ま、それならそれでいいけどさ。 一抹の寂しさはあったものの、言葉遣いに口出しされなくなると思えば、アリーナのため に自分を変えなくていいと思えば、それはそれで納得できる。 横目でちらりと見やれば、クリフトは彫像のように固まったまま佇んでいた。 ―――しかたないな。 助け舟でも出してやるか。 ソフィアは小さくため息を漏らすと、机に手を置き立ち上がった。 「だから、さ……」 このままでいいじゃないか。 そう続けようとしたソフィアをクリフトの決然たる声が遮った。 「わかりました。ではそのように」 一瞬何を言われたのか掴みかねソフィアは目を丸くする。 「は?」 そんなソフィアの様子を気にすることなく、クリフトは胸の前で握りこぶしを作ると虚空 を睨んだ。 「そうですよね。いくら姫様のためとはいえ、貴女だけに変化を求めるのは不公平という ものです」 自分の言葉に酔っているのだろうか。 滔々と語るクリフトの瞳は明らかに違う世界に向いているようだ。 「え?あの、ちょ……クリフト?」 「えぇ、これもまた試練でしょう。呼び捨て、というのは私の信条に反しますが、それで 貴女のその粗悪な言葉遣いが直るのでしたら、お安い御用です」 何気に失礼な物言いをしつつ、クリフトは僅かに眉根を寄せた。 「そう姫様に与える影響を思えば、瑣末な事……」 「あの……もしもし?」 どうやら姫様のことを大切に思うあまり、箍がはずれてしまったようだ。 「姫様の可憐な唇から『ボク』などという言葉が漏れた日には……いや、それだけは駄目 だ。断固阻止しなくては……」 「ちょっと、クリフトってば」 あまりの陶酔ぶりに、少々気味が悪くなったソフィアが恐る恐るクリフトの腕を叩くと、 彼ははっと我に返った。 そしてソフィアを見下ろすと、いつもの穏やかな微笑を浮かべて告げた。 「では、私が貴女を呼び捨てにさえすれば、貴女もその口調を改めてくださるのですね?」 「えっと、とりあえず『オレ』はやめる…よ」 「結構です」 その有無を言わさぬ迫力に気圧されつつ、ソフィアが頷くとクリフトは満足げに微笑んだ。 「では、お互い頑張りましょう。よろしいですね、ソフィア」 クリフトの姿が扉の向こう側へ消えると、ソフィアは力尽きたように椅子に腰掛けた。 そして片手で眉間を押さえると、僅かに頭を振った。 「クリフト……」 あまりの事に言葉が続かない。 先程の妄想垂れ流しの台詞の数々から、姫様大事、お役目大事で、ソフィアの申し出を受 けたことはわかる。 だけど、彼は根本的に間違っている。 確かにソフィアの言葉遣いを直す事は、アリーナの言動を指導するにあたって、かなり有 益な事だと思う。 だが、それ以前に、彼は男としてとても軽率な事をしている。 「クリフト……お前、気づいてないのか?」 鈍い、鈍いとは思っていたが、ここまでひどいとは思いもしなかった。 「いくらなんでも、まずいだろ」 ―――アリーナはお前のこと好きなんだぞ。 一緒に旅を始めて数ヶ月。その間に誰もが思い知った事がある。 『クリフトはアリーナのことを、アリーナはクリフトのことを想っている』 これは本人たちを除いて誰もが了解している。 それはそうだ。 アリーナが倒れた時のクリフトの変貌――悪鬼豹変――を見て、そこに主従以外の感情を 見出すのは難しい事ではない。 逆もまた然り。 クリフトが倒れた時のアリーナの狂戦士ぶりを見れば、彼女が彼にひとかたならぬ想いを 抱いているのは火を見るより明らかだ。 だからソフィアは己の想いが如何に不毛かよく知っていた。 なのに、この事態は一体なんだと言うのだ。 「……アリーナにどう言い訳すればいいんだ?」 生真面目なクリフトのことだ。一度約束したからには、アリーナの前であろうともその態 度を崩すとは思えない。 真面目、堅物、融通が利かないもここに窮まれり。 ソフィアは天を仰ぐと、深々と嘆息する。 「鈍さもここまでくると、犯罪だな」 かといって、胸に灯ったほのかな想い、そして『ソフィア』と呼ばれた瞬間に感じた、痺 れるような甘さはそう簡単に手放せるものでもなさそうだ。 「アリーナ、ごめん」 決して、彼らの幸せを壊したいわけではない。 だけど、『ソフィア』という響きが己を縛って離さない。 「ごめん……」 報われない想い。告げる事のない想い。 それでも。 ―――わたし、クリフトが好きなんだ。 「みんなー、ご飯だってさー」 二階へあがるのが面倒だったのか。 階下からマーニャのはつらつとした声が響いた。 「ごーはーんー」 貸しきり状態の宿とはいえ、彼女の傍若無人振りに思わず苦笑する。 「早く来ないと食べちゃうぞー」 彼女の明るい声は、魔法のようだと思う。沈みかけていた気分が一気に浮上した。 ソフィアはゆっくりと立ち上がると、大きく伸びをする。 ――ま、なるようになるさ。 そう結論付け、階下に怒鳴った。 「マーニャ!オ…じゃない、『わたし』の分食べたら承知しないぞ!!」 (終)
https://w.atwiki.jp/kuriari/pages/74.html
クリフトとアリーナの想いは Part4.2 長編1/12 506 :1/10:2006/03/09(木) 20 15 43 ID 3amH8IjL0 サントハイムの若いメイドたちの間で流行っているという恋愛小説がある。 その小説はスタンシアラに住むある小説家が書したものであり、サントハイムだけでなくエンドールやガーデンブルグでも大流行中なのだとか。 今ではお城の中でそれなりに『お姫さま暮らし』をしているアリーナも、その程度の噂や流行くらいは知っている。 仲のよい何人かのメイドたちに薦められ、その小説を読むことにしたアリーナ。 今まで散々読まされてきた作法や歴史の分厚い本とは違う、手のひらに収まってしまうほど小さくて軽い本は、外側だけでなくその内容も当然今までのそれとは違っていて、アリーナの読書に対しての意欲を高まらせた。 『姫様には少々、つまらないかもしれませんけれど』 まさか自分が仕えている姫君に対して嫌味を言うようなメイドなどいない。 ただ、そう言って本を渡したメイドに『姫様に恋愛はわからない』と言われているような気がして、どこか悔しく思ったのも事実。 アリーナは少しむきになって、日当たりのいい窓辺のテーブル席でひとり読書に励んでいた。 「おや、姫さま。ご機嫌麗しゅうございます」 「クリフト」 そこへ偶然、クリフトが通りがかった。 サランの町の教会で神学の授業をした帰りだろう、専門の本を数冊手にしていた。 教会に戻る途中なのだろう。勇者たちとの冒険が終わった後、クリフトは元の王宮付きの神官として忙しく働きアリーナの元に仕えていた。 「読書とは、よい心がけですね。何を読んでいらっしゃるのです?」 「うん。これ、イリナとメロが面白いっていうから」 自分にその小説を教えてくれたメイドたちの名前を告げながら、アリーナは本の背表紙を脇に立つクリフトによく見えるよう軽く掲げるようにして見せた。クリフトも城の中の流行と言うものを多少は耳にしている。 アリーナが手にしている小説は最近、若いメイド達を虜にしているものだとか。 「これは…姫さまにしては、珍しいですね。私はてっきり、武術の本かと」 「もう、クリフトまでそんな風に言うのね。あたしだってたまにはこういう小説を読んでみたいと思うわ」 「ああ、申し訳ありません姫さま。決してそんなつもりで言ったのではないのですよ」 「じゃあどんなつもりよ」 「姫さまも、…恋愛に興味をもたれておかしくないお年頃です」 「子ども扱いして欲しくないわ」 「はい、申し訳ありません」 アリーナはふて腐れてそっぽを向いた。両手に持った本をテーブルの上に乗せたまま。 でもその本はまだ3分の1も読めている様子はない。 こんなとき、アリーナの機嫌を直す方法をたちまち思いつかないクリフトはいつも困ったように微笑んでいる。視界の隅にその表情を盗み見て、しばらくしてから再びクリフトを見上げる。 「一生懸命読んでるけど…、あんまりよくわからないわ」 しばらく黙った後、アリーナは素直にそう呟いた。 勇者たちとの旅の中で、アリーナは多くの人々に出会ってきた。 サランのマローニ、ボンモールのリック王子など、多くの女性に慕われている男性とも関わってきた。そのときのことを思い出してみても、今アリーナが手にしている小説に書かれているような気分の高揚感や切ない気持ち、相手をひたすら想ってやまない感情の在り処を自分の中に見出すことはできなくて。 「どうやったら、あたしにもわかるようになるのかな」 そう続けるアリーナに、クリフトは苦笑するしかない。胸の奥がキシキシと痛む。 世界を救った英雄のひとりが、ある国のお姫様と結ばれるなど、昔々の御伽噺。 時々自分でも嫌になるほどの冷静さでその場に立ったままのクリフトは、アリーナに促されようやくテーブルの向かい側の椅子に腰を落ちつけた。 「姫さまも誰かを好きになれば、きっとおわかりになりますよ」 クリフトはそんな風にうわべだけの言葉をかけることで精一杯だ。 揺らぐ気持ちが声に表れないように注意を払いながら。 「誰かって誰よ。そんな曖昧な言い方じゃわからないわ」 「恋愛は人に決められてするものではありません。その『誰か』とは、姫さまが出逢われたときにおわかりになるはずです。…神に仕える身である私が恋愛を語るなど、本来はおこがましいのでしょうが…私はそう思っていますよ」 「出逢うって言っても…じゃあ、いつ? 前みたいに世界中を冒険していたなら違うけど、こうやってお城の中で過ごしていたら決まった人にしか会えないじゃない」 「大臣殿が姫さまにふさわしいお相手をお探しでらっしゃいますよ。 以前からお見合いの話があるではありませんか」 「それは、そうだけど…」 言葉に詰まったアリーナはまたふい、と視線をはずした。 お見合いの話をまともに聞こうともせず王や大臣たちを困らせていることをたしなめられると思ったからだ。クリフトはいつも冷静沈着で耳の痛いお説教をする。 王様を困らせてはなりません。 ブライ様のお話はきちんと聞いてください。 大臣殿の言うこともおわかりになるでしょう。 「………」 アリーナはすっかり黙り込んでしまった。自分が説教を始めるといつもそうだ。 黙りこくったままでこちらの話が終わるのをただ待っているのだ。 しかしクリフトにはわかる。わかるからこそ『聞いてらっしゃるのですか?』とは言わない。 アリーナは自分の立場や国のことをよくわかっている。わかっているから黙っているのだ。 わかっているからクリフトの当たり前の説教をおとなしく聞いている。 旅に出る前まではまったく聞く耳を持たずにただひたすらに自由だけを追い求めていたアリーナだったが、世界を見てきてさまざまなことを知ってからは一国の姫としての自覚を認識している。 「お見合いしたら、あたしはその相手のことを好きになるのかな」 アリーナは本を閉じてため息混じりに言った。 クリフトは何も言わずに哀しげに微笑むだけ。 「好きになったらどうなるのかな。この本みたいに、毎日会いたいと思うのかな。 毎日おしゃべりしたいと思うようになるのかしら」 そういうアリーナの言葉を聞きながら、クリフトは相槌のような生返事のような返答をするだけ。 そんなことは想像すらしたくない。いつか来るだろう現実を受け止めるのはまだ早すぎる。 あとわずかな時間であっても、アリーナのそばでひとりの家来として静かに想っていたいのだ。 いつかアリーナが、どこかの国の王子と結婚をするそのときまでに、もっともっと優秀な神官にならなくては。 その時風のない湖面のように少しのざわめきもない心で、アリーナを祝福しなくてはならないのだから。 「その時になったらきっとわかりますよ、姫さま。私はそろそろ失礼しますね。 もう戻らないといけない時間です」 「ねぇ」 「はい」 「クリフトには、わかるの?」 椅子から立ち上がったクリフトにアリーナは声をかける。 幼いころから一緒に過ごすことの多かったクリフト。いつしか自分の教育係りとなり、神学や歴史の勉強を教えてくれてきたもっとも身近な兄のような存在の彼は、恋する感情を知っているのだろうか。 「いえ…私は、神に仕える身なので……恋愛ごとは、あまり…」 澄んだ瞳でまっすぐに見つめてくるアリーナに、嘘をつくことの罪悪感が倍になる。 失礼します、と頭を下げて教会へと続く道を歩き出そうとしたその時。 「きゃ…」 「きゃあ! 誰か…!」 女性の悲鳴が重なり合った。それはクリフトとアリーナの上からのもの。 吹き抜けになっている2階をつなぐ渡り廊下を歩いていたメイドのひとりが、運んでいたリネン類の重さのためか脚をとられ、バランスを崩しまさにその身体が落ちかけているところだった。運の悪いことにその渡り廊下は修理中で、一方にはまだ手すりが設置されておらず頼りないロープが渡されているだけの状態。 2階からの高さとは言え落ちたらただでは済まされない。 「危ないっ…!」 アリーナも弾かれたように立ち上がる。勢いで椅子が後方に倒れ派手な音を立てる。 上から降ってくるシーツやカバー。次の瞬間にはそのあたり一面が真っ白で洗いたてのそれに覆われていて。 「クリフト…」 その中には落ちてきたメイドを地面に落ちる前に何とか抱きとめたクリフトの姿があった。 手にしていた本はとっさのことに投げ出すように床の上に落ちて散らばり、衝撃のためにかぶっていた帽子も散らばったシーツの上に飛ばされていた。 クリフトの髪が跳ねる。 「大丈夫ですか?」 そのメイドはアリーナがあまり目にしたことのない者だった。 おそらくはまだ城に仕えだして間がないのだろう。アリーナよりもまだ年下の小柄で華奢な少女だった。名前も知らない。クリフトに抱きかかえられ、何も言えず真っ赤になってしまっている。何が起こったのかもまだはっきりとわかっていない様子で、自分が散らかしてしまった辺りの様子にどうしたらいいのかわからないらしい。 「申し訳ありません、クリフト様!」 渡り廊下のほうから声がする。一緒に仕事をしていたらしい先輩のメイドが大慌てで頭を下げている。 「いいえ、私は平気です」 空を仰ぐように2階を見上げそう言うと、クリフトは腕の中のメイドを静かに立たせた。 その手をとったときに見つけた傷に、低く優しい声で回復呪文を詠唱する。 落ちる際にロープの結び目で擦ってしまったのだろう。メイドの手の甲に生々しい皮の裂けた傷があった。クリフトが手をかざすと見る間に滲んでいた血が薄らいで皮膚が再生していく。 「もっ、申し訳、ありませんでした!」 そう言うとメイドはあせった様子でリネン類を拾い始めた。クリフトもそれを手伝う。 とくん、とくん。 アリーナは人が恋に落ちる瞬間を目にしたのだ。恋に落ちたのはあのメイドなのに、なぜかアリーナの鼓動は早くなる。あの瞳あの表情、あれが小説にあるような想いを抱くと言うことなのだろうか。 とくん、とくん。 いつもと変わらないクリフト。みんなに優しいクリフト。毎日顔を合わせるその存在が、今この瞬間別人のように見えた。あふれたシーツの海の中、クリフトの横顔が一瞬だけ。 2階から降りてきた先輩メイドも手伝い、その場はあっという間に片付いた。 あたりは少しの間騒然としたが、事態の収拾が早く大きな騒ぎにもならずすぐに落ち着いた。 未だに顔の赤みが引ききらないメイドは両手いっぱいにシーツを抱え、クリフトに頭を下げた。そしてその後方にいるアリーナにも気づくと更に身を正してより深く一礼し、エプロンの裾を翻してその場を去っていった。 「申し訳ありません、姫さま」 「あ、うん。あの子は大丈夫だったの?」 「ええ、たいした怪我もないようでした」 クリフトは帽子をかぶり直し、アリーナのそばへと近づくとその足元に散らかした本を拾い上げる。その表情は先程見たものとは違う、もう何年もの間見続けてきたそれだった。 さっきのあの一瞬は夢か幻か、そう思えてしまうほどに。 「ごめんね、わたし、手伝えばよかったね」 「いいえ。驚かせてしまって申し訳ありません」 「ううん、そんなことないわ」 すぐそばに立つクリフトをまっすぐに見据える。 「姫さま、読書をするなら、栞があったほうがいいでしょう」 「栞?」 「ええ、途中でやめなくてはいけないときに本の間に挟むのですよ。 栞とはカードのような感じの、小さな厚紙です。ページを折るなどして、悪戯に本を傷めてはいけませんからね」 そう言うとクリフトは拾い上げた本の間から挟んでいた栞を取り出してアリーナに手渡した。 「ありがとう、クリフト」 「いえ。姫さまの本に対する熱意はずっと続いて欲しいですからね」 栞を挟むクリフトの指の、なんと長くしなやかなことか。 こんなに大きな手をしていたのかと、心の中にめぐらせながら栞を受け取る。 もうずっとずっと前に、自分の手を引いて歩いてくれたあの少年の手はこんなにも大きくなり、身体もたくましくなり、ひとりの女性を抱き上げるくらいなんと容易いことだったのかと。 自分が成長するのと同じようにクリフトもまた成長してきたのだ。 一生懸命大人になりたいと思っていても、恋愛のことすらまともにわからないただのこどものままの自分。 「ねぇ、クリフト」 「はい」 「わたしのこと、おいていかないでね」 「え…?」 「わたし、なんだか自分がいつまでたっても大人になれないような気がするの」 急に大きな不安に襲われた。遅ればせにやってきた思春期とでも言おうか。 周りに親しく何の隔てもなく話せる友達などいない、それが当たり前のアリーナは抱え込んだ大きな不安をひとりでどうにかするしかない。 うまく言葉にすることすらできない漠然さを、ずっとそばにいたクリフトならきっと理解してくれる。 アリーナはそっと静かにクリフトに近づいた。 その肩口に額を乗せ身体を預けるようにして彼の大きな手をとった。 優しい暖かさが伝わってくる。 「大丈夫ですよ、姫さま。私がずっとおそばにおりますから」 首筋に触れるアリーナの髪がくすぐったい。クリフトは片手でその髪を撫でる。 ざわつきだしたアリーナの心が静まるように。 自分がどのようにあればいいのかまだわからず、ただ月日だけは流れた。 何にも変化しないように感じる自分自身に突然不安になったのだろう。 アリーナのことなら手に取るようにわかる。 「そんなの思いつめなくても、大丈夫ですから…」 想いは決して悟られぬように。打ち明けるなどもってのほか。 ただたまらなくいとしいあなたが、姫として、一国の主として、そしてひとりの無邪気な娘として幸せに生きていけるように。 その一生を添い遂げられるお方に出会うまで、私はそばにいますから。 武術を好み強さを求めるおてんば姫の心の内側は繊細だ。 ひとりの男として守ることは許されない。だからひとりの家臣として。 「お守りしますから、姫さま」 低く優しい声にはただお幸せに暮らして欲しいという切ない願いが込められている。 しばらくして落ち着きを取り戻したアリーナは、少し照れくさそうに自室へと戻っていった。 そろそろブライの講義が始まる時間だ。 その後姿をクリフトは穏やかな笑顔で見送る。泣きだしそうな心を隠して。 クリフトの鼻をくすぐったアリーナの髪の匂い。しなやかなその手触り。 それは身体に刻み付けられた傷のように、いつまでも離れなかった。 END 続き2006.04.26
https://w.atwiki.jp/kuriari/pages/377.html
クリフトのアリーナの想いはPart11 391 名前 従者の心主知らず3(1/3) Mail sage 投稿日 2010/11/11(木) 05 42 07 ID +mX12tXf0 最近クリフトが独り言を教えてくれなくなって、ちゃんと聞こうと決めたのは城を出てからのこと。 テンペで聞いたときは結局今までどおり難しいことだったの。 だったら別に気にしなくてもいいかなって思うんだけど、なんか気になるのよね、クリフトの独り言。 でも私は今別のことで頭がいっぱい。今日はテンペを出てフレノールに向かってるところよ。 「いつかはエンドールの国の武術大会にも出てみたいわ。そこで私はもっと輝くのよ……」 「いやはや、お忍びで旅するなど年ごろの姫君のする事とは思えませんな。 亡くなられたお妃様に似ていらっしゃるのはお顔だけとは情けなや」 ブライの独り言はほとんどお説教だから聞こえないことにしてるの。 「お城の中だけだった世界がどんどん広がってゆくの。すっごくステキな気分よ。 ああ、旅に出て本当によかった……」 「ふつうの姫ならそろそろホームシックにかかってもよろしいというのに。 これは芯が強いと喜ぶことなのやら意地っ張りと嘆くことなのやら……」 「ちょっとさっきから何よ。私の旅はこれからなのよ?ホームシックになんかなるわけないじゃない。 私はこれからもっともっと強くなるの!ねえクリフト、クリフトは応援してくれるわよね?」 「…………」 「クリフト?」 しまった。 考えごとしてるときのクリフトってたいていお説教かお詫びが始まるの。 ブライに気をとられてクリフトのほうを見てなかったわっ 「……姫はもう、じゅうぶん……」 「え?」 「アリーナ姫の強さにはほれぼれいたします」 「え、あ…………ありがと…………」 ちょ、ちょっとなによそれ、思わずお礼を言っちゃったじゃない。 なんか、変。クリフトのくせに。やだ、顔があついわ。 「え?あ、あの……つ、強さにだけですよ!私など身分違いですしっ」 「……え?」 「は…………」 最後は押し殺したようにつぶやいてたけど、独り言っぽい言い方だったけど、それでも聞こえたわ。 身分違い?……だから……なに? 「ねえクリフト、それってどういうこと?身分違いだと、強さにしかほれちゃいけないってこと? 身分と強さとどういう関係があるのよ」 「いえっその……」 「じゃあ、じゃあさ、身分違いじゃなかったらどうなの?」 「……………………」 後ろでブライがため息をついたような気がしたけど私は振り返らなかった。 じい、邪魔しないで。だってどうしてこんなに必死に聞いてるのか私だってわからないんだもの。 「ひ、姫…………」 「う、うん……」 「まず、そもそも身分というのは出自とともに決定される絶対的称号でありまして、 仮定の条件を持ち出すこと自体現実性に欠ける話題でありますもので」 「ちょ、クリフト」 この流れるようなしゃべり方……お説教モードだわっ やっぱり考えごとしてるときのクリフトってっっ 「先ほど私が申し上げた身分とは、その絶対的称号ゆえ夢、希望、憧れなど以ってして 今すぐ如何なる対象ではないため考慮の端に置いたわけでありまして、逆に身体的能力による 強さという対象は身に於ける環境すなわち外的要因によってもたらされる恩恵ゆえに」 「クリフトもういいわ、聞いた私が悪かったわ」 あ、あたまがいたいわ。絶対敵将校?外敵要員?クリフトはまだしゃべってる。 結論。クリフトはやっぱり難しいことを考えてたってことで。 「つまり私もっ姫さまに後れをとらぬよう日々鍛錬に勤しみたいという意志の表れなのですっ」 ぴた。 お説教、終わったみたい。 「え……と……」 「お心を惑わせるような発言を、申し訳ありませんでした……」 「あ、ううん、いいのよ」 笑顔が引きつっちゃった。 「えっと、つまり……………………どういうこと?」 「…………」 「ちゃ、ちゃんと聞いてたわよ。でも、難しくてよくわからなかったのっ」 「…………」 「……えっと……」 ううう、なによー。 心の中でごめんなさい。 「……つまり、身分は変えられませんが強くなるのは自分次第なのでがんばりたいということです」 え。あー…………あ。 「なあんだそういうこと!それならわかるわ!つまり今の私と同じことよね! 姫って身分は変えられないけど、こうして旅に出れば力試しができるっていう正にこのことでしょ?」 「ええ、まあ、そんな感じです」 クリフトが私を見た。やった!ご名答、私!クリフトの難しい話を解き明かしたわ! 「そっかークリフトも同じ気持ちだったのね。んもう、最初からそう言ってくれればいいのよ! つまりクリフトも強くなりたいってことよね。そういうことよね。じゃあ一緒に強くなろうね!」 「はい、姫さま」 「これクリフト、あまり姫さまを焚きつけるでない、ますます帰れなくなるではないか」 ずっと黙ってたブライが口をはさんできた。 うん、もう解決したからいいわ。それになんだか嬉しいの。 「2対1でじいの負けよ。それにじいもだんだん勘が戻ってきてるじゃない、カッコいいわよ」 「ふぉ?まったく姫さまは、そういうことだけは口が達者ですなあ」 「ふふ。あ、クリフトなにため息ついてるのよ、クリフトもカッコいいわよ」 「いえ、なんでもあ……ええっ?あ、いえそんな、あ、あの………………もったいないお言葉です……」 「ふふふ」 「……ですが姫さま、あまりご無理はなさらないでください。何かあってからでは遅いのですから」 「んもう、その一言がよけいなのよ。せっかくいい気分だったのにー」 「……申し訳ありません……」 「だから謝らないでっ」 そういえば、クリフトの独り言は気になるけどブライの独り言は全然気にならないわ。なんでかしら。 やっぱりブライはわざと私に聞こえるようにお説教を言うからよね!うん! さて、目指すはフレノール!
https://w.atwiki.jp/kuriari/pages/206.html
クリフトとアリーナの想いはPart7 579 :うさみみバニー 1/6 ◆ByK7Tencho :2007/07/20(金) 21 29 39 ID dKR7mLQS0 「ふぁーあ。こう休んでばかりだとさすがに退屈ね。身体がなまっちゃいそう」 かつて自分たちが冒険を繰り広げた、懐かしの魔神像をモチーフにした会場。 その最上階で、出番のないアリーナが退屈そうに暇を持て余していた。 一月ほど前に、華々しく開幕したすごろく風のゲームの舞台であるが、 現在は別の場所で行われているため、今は各自の控え室として使われている。 「ふーん。これが『うさみみバンド』っていうのね。なんだかおもちゃみたい」 アリーナが手にしているのは、頭の部分にうさぎの耳が付されたヘアバンド。 とある世界では、女性用の防具として使用されているという。 先日初めて顔を合わせたエールという名の少女から、対戦の記念にともらったものだ。 「なによ。クリフトってば、エールには『とっても似合ってますね~』なんて言っちゃって。 ふん、わたしだって一応女の子なんだから、絶対似合うに決まってるわ。よーし・・・」 最初は特に興味を示す様子もなく、もらったうさみみバンドを ただくるくると指で回すだけのアリーナだったが、急に気が変わったのか、 赤い髪を手で両耳にかけ、鏡とにらめっこしながらそっと頭につけてみた。 うさぎの耳のふかふかとした感触が、柔らかな巻き毛とよく合っている。 「あら、これって意外と悪くないわね。こうして見ると、わたしって結構いけてるかも? いつもの帽子にもそろそろ飽きたし、次はこれをつけて出場しちゃおっかなー」 顔を横に反らし、垂れた耳を指先で何度もいじるアリーナ。 巻き毛と一緒に揺れる大きな耳が、彼女の中に眠っていた女心を呼び覚ましたようだ。 「これでよし、と。クリフトがわたしのうさみみ姿を見たら、なんて言うかしらね。 エールには『似合ってますね』だったから、わたしには『かわいいですね~』とか 言ってくれたらうれしいんだけどなぁ。うふふふ」 アリーナは立ち上がり、部屋の隅に置いてあった紙袋の封を開いた。 袋の中身は、彼女の身の丈に合わせた漆黒のバニースーツ。 昨日のゲームが終わった直後、大急ぎで仕立ててもらった特注品である。 「それに、クリフトの『姫さまのバニー姿を見てみたいものです』って発言には驚いたわ。 頭の固い生真面目な人だと思ってたから、空耳じゃないかって疑ったくらいだもの」 「でも、着ていたあの子のよりも、わたしの方が見たいだなんて・・・ 参加してるみんなの前で言われたから、さすがにちょっと恥ずかしかったわ」 鏡の前でバニースーツを合わせ、顔を赤らめてはにかむアリーナだったが、 周りに誰もいないのを確かめると、愛用のワンピースを豪快に脱ぎ捨てた。 それからごくりと唾を飲み込み、少し緊張した面持ちで真新しいバニースーツに足を通す。 少々胸がきついような気がしたが、着心地自体はなかなかいい感じだ。 「ふふっ。これを着てうさみみバンドを身につけたわたしが目の前に現れたら、 クリフトはどんな顔するかしら?そう考えると、次のゲームが楽しみになってきたわ」 アリーナは珍しく鏡の前でポーズを取り、茶目っ気たっぷりに右手を頬に当てた。 と同時に、次のゲームの開始を告げる予鈴が鳴り響き、出場者の名前が放送で次々と呼ばれていく。 しかし、アリーナの名前は挙がらなかったので、またここでの待機となりそうだ。 「これで三回連続じゃない。クリフトって人気あるのね。ちゃんと休憩取ってたらいいけど。 まあいいわ。自分が出なくてもこんなにわくわくするなんて、初めてなんだもの。 さあ、この衣装で会場まで先回りし、てクリフトをびっくりさせちゃうんだから!」 アリーナが屋外へ出るため、魔神像の目の部分から飛び降りようとした時、 コンコンと扉を軽く叩く音がした。 「アリーナ姫さま、私です、クリフトです。入ってもよろしいでしょうか?」 声の主は、アリーナが今一番会いたいと思っていた相手だった。 自分から出かける手間が省けてよかったわ、と心の中で密かにほくそ笑む。 いつの間にか緩んでいた頬をあわてて引き締め、アリーナは勢いよくドアを開けた。 「はーい、ク・リ・フ・ト。またまた出場おめでとう。しっかり頑張ってきなさいよ!」 「わわっ!ひ、姫さま・・・なのですか?そ、そ、そのお姿はいったい・・・???」 出場前に自国の王女であるアリーナへの挨拶を欠かさない律儀な青年は、 予期せぬ主君の艶姿に驚き、その場で腰を抜かしそうになった。 「ああ、これね。びっくりした?うさみみバンドはね、エールって子にもらったの。 でね、せっかくだからわたしもバニースーツを着てみたってわけ。どう?おかしくない?」 「・・・お、おかしいだなんて、とんでもございません!大変よく・・・お似合いでございます」 真っ赤になった顔を帽子のつばで隠したクリフトは、アリーナを正視できずにうつむくばかり。 艶のある甘えた声で、アリーナはクリフトにさらなる追い討ちをかける。 「本当にそう思ってくれてる?まさか、お世辞じゃないでしょうね」 「は、はい。私は神に仕える身でありますゆえ、決して嘘偽りは申しません!」 「じゃあ、あの子・・・エールと比べて、どっちが似合ってると思う?」 「エ、エールさん・・・ですか?ああ、この間私たちと一緒に対戦した女の子ですね。はてさて・・・」 「もうクリフトったら。ごまかさないでちゃんと答えてよ!」 アリーナは小さな口を尖らせ、ぷい、と拗ねた素振りを見せた。 幼い頃からの付き合いもあり、それが自分の気を引くための策略だと見抜いていたクリフトだが、 あえて諌めはしなかった。いや、むしろアリーナの振る舞いにいじらしさを感じていた。 「・・・姫さまのこんなお姿を拝見できて、このクリフト、世界一の幸せ者・・・です」 クリフトは目を細めて微笑み、右手でアリーナの頭をそっと撫でた。 今度はアリーナの頬が赤く染まったが、視線は真っすぐクリフトの方を見つめている。 「本当?本当なのね、クリフト」 「ええ。でも、今の私の発言はエールさんや他の皆さんにはくれぐれも内緒に・・・うわっ!」 人差し指を口に当てたクリフトが台詞を最後まで言い終わらないうちに、 興奮で自分を抑えられなくなったアリーナが、クリフトの胸にしがみついてきた。 「あああ、あの・・・ひ、姫さま!?」 不意に胸に飛び込まれ、両手が上に挙がったまま固まってしまったアリーナ。 そんな彼の様子に臆することなく、アリーナはクリフトの広く温かい胸にそっと頬を寄せた。 「だって・・・クリフトに褒めてもらえて、すごくうれしかったんだもの」 早鐘を打つクリフトの心音を耳で確かめると、アリーナはくすっと笑って顔を上げた。 「ねえ、今のわたしって・・・かわいく見えるかしら?」 「も、もちろんです。もちろんですが・・・姫さま、一つお願いがございます」 「なあに?」 「あの・・・今の衣装をお召しになるのは、私の前でだけと約束してくださいますか?」 いつもの低く落ち着いた声とは違い、やや上擦った声ではあったが、 クリフトはアリーナの方に視線を合わせ、はっきりと自分の願望を告げた。 「あ、当たり前じゃない。他の人の前でこんな恥ずかしい格好、できるわけないでしょ!」 アリーナは熱を帯びた顔に両手を当て、恥じらいの仕草を見せる。 「それを聞いて安心しました。やはり私は果報者のようですね・・・」 先ほどの抱擁のお返しだと言わんばかりに、クリフトは端整な顔をほころばせた。 行き場を探して彷徨っていた彼の両手は、自然とアリーナの華奢な背中へと回っていた。 温かい感触を背中に感じたアリーナはゆっくりと目を閉じ、再びクリフトの胸にその身を委ねた。 甘い沈黙のひとときが続く中、クリフトに早く会場へ集合するように促す 場内放送が繰り返し流れてきた。 しかし、今の二人にとっては、気にとめることもないただの雑音でしかないようだ。 翌日の朝。 昨日の出来事もあってか、アリーナの機嫌はいつもにも増して上々だった。 久しぶりにゲームへの出場が決まり、気合い十分のアリーナは、 エールと同じ世界からの参加者だという少年と合流し、会場へと向かっていた。 「ねえ、ジョン君・・・だっけ。わたしはアリーナよ。初めての対戦になるけど、よろしくね」 アリーナは立ち止まり、右手を差し出して握手を求めた。 「はい、アリーナさん。まだまだ力不足だけど、ぼく頑張ります!」 ジョンと名乗った少年は、力強くアリーナの手を握り返した。 再び歩き始めたアリーナは、少年の頭上にある馴染み深いものに目を留めた。 「・・・あら?ジョン君、それクリフトと同じ帽子ね。なかなかお似合いじゃない」 アリーナが帽子を人差し指で弾くと、少年は穏やかな笑顔を見せ、帽子のずれを直した。 「クリフトさん、ぼくの調子が悪い時はいつも元気づけてくれたから・・・ だからぼく、クリフトさんみたいな人になれたらなあ、と思って、これをかぶってみたんです」 「クリフトは、自分よりも他人のことを優先させちゃうからね。ま、そこがいいんだけど」 顔を合わせたことのない他人にも、クリフトが好感を持たれていることを知り、 アリーナは自分が褒められること以上にうれしさを感じていた。 「それにクリフトさん、意外と気さくな人だったんですね」 そうかしら、と思いつつも、クリフトが褒められたこと自体に悪い気はしなかったアリーナは、 うんうん、と首を縦に相槌を打った。 「だってクリフトさん、ぼくが賞金を取った時に『一緒にモンバーバラに行きません?』って 誘ってきたんです。見かけがすごく真面目そうだから、ぼくびっくりしちゃって・・・」 それまで軽やかだったアリーナの足取りが、ぴたっと止まった。 「賞金がいっぱいたまったら、一度行ってみるつもりです。どんなところか楽しみだなあ・・・」 少年はさらに話を続けるが、そこから先の話はアリーナの耳にはもう入ってこない。 あれほど行くなと、何度も何度も念を押したのに―――― アリーナは、悔しさと怒りのあまり両の拳を握り締め、全身をわなわなと震わせた。 「・・・ジョン君、わたし用事を思い出しちゃったの。悪いけど、先に会場へ行っててくれない?」 「ぼく一人で、ですか?」 「急に言い出しちゃってごめんね。ゲームが始まるまでにはちゃんと行くから」 「はあ・・・わかりました。じゃあ気をつけて」 アリーナは呆然とする少年をその場に置き去りにし、どこかへと足を急いだ。 「どうしたのかなあ、アリーナさん。急に怖い顔になっちゃったし・・・」 最初は何が起こったのか理解できず、少年はしばらくその場で立ち尽くしていたが、 怒りを殺したアリーナの不自然な笑みは、彼に漠然とした不安と恐怖を与えた。 「なにか悪いことが起きなきゃいいけど・・・」 少年は嫌な予感を心に秘めたまま、再び会場への一歩を踏み出した。 「ねえ、悪い人にきつーいお仕置きをしなきゃいけないの。なにかいい道具はないかしら?」 出場者の衣装や武器などに似せた道具などを売っている店、 通称『着せ替えショップ』と呼ばれる場所に、アリーナの姿があった。 「そうですねえ・・・これなんかいかがでしょう?」 「うーん、わたしたちの世界では見かけないけど、かなり効きそうね。これちょうだい!」 アリーナは、店番をしている赤い頭巾をかぶった女性から、お目当てのものを受け取った。 「・・・・・・クリフトのバカ。もうバニー姿になんか、二度となってあげないんだから!」 ショップをあとにしたアリーナの表情は、どこか悲しげだった。 だが、それはほんの一瞬。次に顔を上げた時には、いつもの凛々しい顔に戻っていた。 さっきまでの潤んだ瞳は、まるで獲物を追う狩人のように鋭さを帯びている。 「ふう。片手で使うにはちょっと重いわね。でも、これならいいお仕置きになりそうだわ」 アリーナが手にしているのは、巨大なハンマーだった。 鍛え抜かれた鋼の鎚先が、いぶし銀に似た鈍い光を放つ。 これで急所を叩かれでもしたら、さすがのクリフトでも一たまりもないだろう。 「これで会心の一撃でも出ちゃったら、危ないかもしれないわね。 でも、クリフトは回復系の呪文が使えるから、もしもの時でも安心だわ。ふふふ」 アリーナが一人でくすくす笑っていると、向こうからクリフトが声をかけてきた。 「姫さまー、このクリフト、ついに念願の一位になることができました!」 クリフトは両手を高々と上げ、ゲームで獲得した賞金の入った袋らしきものを見せる。 「おめでとうクリフト。よかったわね」 初めての優勝に興奮さめやらぬクリフトに対し、アリーナの返事はどこかそっけない。 本当なら自分も一緒に喜びを分かち合いたかったのだが、時すでに遅し。 アリーナはやや引きつった笑顔で手を振り、クリフトがこちらに向かうのを静観する。 背中に隠し持つ巨大な天誅を振り下ろすのを、今か今かと待ち構えながら。 (おわり)
https://w.atwiki.jp/kuriari/pages/210.html
クリフトとアリーナの想いはPart7 662 :小ネタその2 1/3 ◆XJ3Ut0uuQQ :2007/08/27(月) 16 51 49 ID V2p7I76F0 「ソロって、眉も、睫も、緑色なのねぇ。」 船旅の途中、アリーナは、所在なさげに甲板をぶらぶらしていたが、 ふと、天空の剣を研いでいる勇者の隣にしゃがみこみ、その顔をしみじみと眺め始めた。 「今さら何言ってるんだよ。ていうか、気が散るから、そんなにジロジロ見るなよ。」 勇者が、武器から目を上げずに答える。 アリーナは、勇者のそっけない対応にも、全く動じない。 「うーん、ソロの髪って、本当にきれいよねえ。」 「!!!」 勇者は、思い切り手を滑らせてしまい、悲鳴を上げた。 そして、涙目になりながら、自分に回復呪文を施すと、アリーナに向き直った。 「何なんだよ一体!俺は剣を研いでるの!お願いだから、あっち行ってくれ!」 勇者が必死になっているのは、気が散るからだけではない。 斜め後ろにいる神官が放つ、どす黒いオーラを先ほどからひしひしと感じるのだ。 「だってさー。」 アリーナは、勇者の必死の懇願にも頓着せずに続ける。 「ソロとか、クリフトとかみたいな、珍しい色の髪ってうらやましいんだもの。」 クリフトの名前が出たことで、勇者は少しほっとした。 そして、この機会を逃すまいと、急いでクリフトに向き直った。 「おい、クリフト!アリーナがお前の髪の色、うらやましいってよ!」 勇者に呼ばれたクリフトは、いかにもしぶしぶといった感じに腰を上げた。 「まったく、人の読書の邪魔をしないでくださいよ…。」 勇者は、クリフトのその言葉に内心100回くらい突っ込みを入れたかったが、 身の安全のため口には出さなかった。 と、いきなりアリーナがクリフトに近寄り伸び上がると、その髪を撫でた。 「いいなークリフトも、きれいな青い髪。しかも、さらっさら~。」 クリフトは耳まで赤くなって固まった。 「ひ、ひ、姫様、何をなさるのですか!!!」 勇者はいい気味だとばかりに、面白そうにそれを眺める。 「だって、うらやましいんだもの。私のは単なる赤毛のくせっ毛だし。」 その言葉に、クリフトはとたんに我に返り叫んだ。 「そんなことはありません!姫様の御髪は、輝く太陽のようだと皆申しております!」 「皆って言うより、お前が、だろ~。」 勇者にわき腹をつつかれて、クリフトは再び赤くなる。 そこへ、マーニャとミネアが通りかかった。 「何よ~楽しそうじゃない、混ぜて混ぜて~。」 「そういえば、マーニャとミネアの髪の色も珍しいわ。」 「ふっふっふ、何を今さら。宵闇の輝きといわれたこの美髪を捕まえて!」 「誰がそんなことを…でも、確かに、紫の髪は珍しいと言われますわね。」 若者でワイワイやっているところに、トルネコとライアンが参加する。 「いやー、それよりも、皆さんの髪質がうらやましいですね、私は。 こう見えて剛毛なので、寝癖が付くと大変なんですよ。」 「おお、トルネコ殿もか。拙者なぞ、それが面倒で短く刈ってしまったわ。」 皆であーだこーだ盛り上がっているうちに、クリフトははっと気が付いた。 ここに、仲間の1人が足りないことに。 嫌な予感がして、恐る恐る、後ろを振り向くと―――。 そこには。 涙目でふるふると震えているブライがいた。 「これ以上…これ以上、髪の話はやめてくだされーーー!」 ブライの悲痛な叫びは、大海原に響き渡ったのだった。 ―――その後クリフトは、ブライの機嫌が治るまで、毛根に良い薬を調合し続けたらしい。
https://w.atwiki.jp/kuriari/pages/47.html
【脳筋】クリフトとアリーナの想いは3【ヘタレ】 93 :1/8:05/02/27 23 33 14 ID Q3KC8gpW サントハイム王国。 この国は領土も広く、良い人もたくさんいます。 私はこの国の王女として、何不自由なく育った。 ある日、私は訳があって持ち前の格闘の腕を活かして世界を救う旅に出た。 皆王女が格闘技なんて変だって言うけど私はそんな事無いと思う。 だって、神様は私たちに同じだけの力をくれるってクリフトが言ってたし、実際は私は世界一の格闘家になれた。 そんなわけで、周りを全く見れていない私にとってクリフトとの昨夜の初めての体験は、 私に知らないことをたくさん知らせてくれた。 クリフトは顔を赤らめながらも私への思いを明かしてくれたし、私もクリフトもお互いの色々なことが分かった気がする。 クリフトと私の間に誕生した新しい生命を知らせるため、このことを王であるお父様に知らせる。 私の結婚を強く望んでいたから、お父様は必ず許可を出してくれると思ったから、頭を低くしているクリフトを見て 私は「しっかりしなさい」の意をこめて裏手をクリフトに打とうとした時、お父様は言う。 「駄目だ」 私は手の動きを止め、信じられない表情で相手を見つめると私なりの講義をする。 それでも、王の立場として「平民」同然であるクリフトに娘を与えるわけにはいかなかった。 それに加えてアリーナに手を出したことに酷く腹を立て、兵に追放を命じる。 クリフトは何人かの兵によって両腕の自由を奪われ、足を引きづられ、どこかへ連れられる。 世界を救ったほどの剣術を持つクリフトにしてみればこんな弱々しい兵を振り払えないはずがないのだが何故か無抵抗。 私はもちろん兵をとめにかかったけど、後ろにいた兵に口を押さえられ、私は段々と意識が遠くなる。 兵は眠り薬を私の口に含ませたようで、霞んでいく目でクリフトを見つめ、やがて完全に意識を失う。 城の外に出されたクリフトは未練を残したような口調で私の名を呼んだけどそれに気付く事も、答えることもできなかった。 城を追放されたクリフトは兵によってイカダに乗せられた。 死刑が無いサントハイムでの、最も重い罪。 クリフトは聖職者ながらアリーナを犯してしまった罪を大いに悔やみ、 サントハイム神官の証である十字架をそっとサントハイム大陸へと置いた。 イカダが流れ始め、その様を王が見つめる。 いつまでもいつまでも広い海を流れる彼の運命は波だけに任せられた。 そんなクリフトの想いが交差するよう、私はサントハイムの医療室で目覚める。 目の前にはマスクをして医療器具を持った医師達。 その人たちが手術によって私とクリフトの大切な大切な子供を取り除くのだと分かると、 私は世界一の格闘家ならではの力で手足を縛っているものを砕くと一目散にサントハイム城を出て行った。 いつも私を止める門番の声も町の賑やかな話し声も耳に入らない。 ただただ、私は漠然とクリフトのいる城の外へと走っていった。 愛するクリフトを追い求めて・・・ 城下町サラン。 私はこの町に何らかの光明があるように思えた。 でも違った。あるのはただの絶望のみ。 看板に書かれたクリフトのこと。 人々の口からクリフトの悪い噂が私の耳に入ってくる。 聞きたくない! 信じたくない!! 私は泣きたい気持ちを抑え、目も耳もつむりながらサランを抜けていった。 昨日の幸福が嘘だったかのような心の中の大きな大きな絶望。 それでも涙をこらえて必死に前向きに進もうとする。 私はとにかくクリフトを探すため、北のテンペへ向かった。 いつもは何とも無い山道も足が重く、思ったように進まない。 顔はもう涙でびっしょり濡れていて、前はほとんど見えていなかった。 前の崖にも、足元の石にも気付かず、前へと足を動かす。 案の定私は石につまずき、目の前の崖からまっすぐと下に落ちた。 かなりの高さだったので私は上空からの空気の圧力にも耐えられないほど厳しい姿勢になる。 それが原因となり、体が変に回転して私は頭から地面に叩きつけられた。 体力には自信がある私だけど、この衝撃には耐えられなかった。 目も開けられないまま、私はそこで意識を失った。 鳥の声が響く、平和という言葉がぴたりと似合いそうな村。 私はその村の暖かい布団の中で目覚めた。 「おはようございます。」 声の高い女性の言葉が私の耳に入ってくる。 その声に応え、私が体を起こすと後頭部に激痛が走る。 「痛っ」 思わず声を上げ、身を起こし両手で頭を抱える。 様子を見て事態を察知した女性は薬箱で私の傷を癒してくれた。 「・・・それじゃ、何も覚えてないんですね?」 女性が尋ねると私は首を縦に弱々しく振った。 その時の私は崖から落ちた衝撃で記憶を失っていたみたい。 その女性の話によると、この村はテンペと呼ばれ、私はこの村を救ったらしいのだが、少しも思い出せない。 それでも心の中には忘れてはいけない男の姿がぼんやりと描かれていた。 その像をいくら年月を重ねても、いくら心の中を探ろうとも、全く形にならない。 とにかく私は記憶が戻るまで、この村に留まることになりました。 あの日から5年。 すっかり町にも溶け込み、出産も経験した私は今や日課となった農業に励むため、今日も畑へ。 そんな私の姿を見て、5年前私を救った女性とその夫が話し合う。 「あの時、あの子がいなかったら私とあなたは結婚できなかったのよね。」 女がそう言うと男もそれに答える。 「あの子の瞳、それに心がとても強かった。そして武術も・・・」 「本当に、あの時あの子が死ななくて良かったわ。」 2人は私を見て微笑みながら、目線を下に落とす。 2人の目線の先にある、生まれて4年になる私の子供。 この子は生まれてからずっとこの村で育っていた。 その子供を見てまた女は微笑して言う。 「この子の父親、どんな人なのかな?」 少しあこがれも混じった声に、夫はそっと答えた。 「きっと、あんな良い子が選んだ人だから、素敵な人なんじゃないのかな」 「うん、そうね。早く記憶が戻るといいんだけど・・・明日でもう5年目ね。」 畑のベンチからも見える日めくりカレンダーを見ながら言う。 2人が空を見上げている時、仕事が終わった私は間に入る。 3人に声をかけ、仕事が終わった時決まってやる子供を抱き上げる動作。 座っていた2人が腰をあげると小屋に入るようすすめてくれた。 私は元気よく返事をするといつもの小屋へと戻っていった。 夜。若い男がふらつく足取りで村に入る。 その男は弱々しく私がいる小屋の戸を叩き、私が扉を開けると細い声で言った。 「申し訳ありません。三日三晩飲まず食わずでお金もないんです。もしよろしければ・・・」 そう言うと若い男はその場に倒れこむ。 私は男の体を受け止めると、助けを借りて家の布団へと運んだ。 「おはようございます」 5年前、私が言われたセリフをそのまま男に言った。 男は頭を低くして礼を言おうとしたみたいだけど、私の顔を見て驚いて私の知らない名を叫ぶ。 「ア、アリーナ様!?」 私はこの人が記憶の在りし日の私を知っていると分かると、積極的に聞いた。 そしてわかった。 私の名がアリーナであること。 私がサントハイムからやってきたこと。 この男と私が「愛」で結ばれていたこと・・・。 「クリフト」と名乗るその男はサントハイムから流されたけど私の姿をどうしても見たくて死を覚悟でここまで来たらしい。 私はクリフトに連れられ、今まで世話になった人に別れを告げ、2人だけの子供ともに村を後にした。 「どうしても、思い出せませんか?」 クリフトが2人の子供抱きながらアリーナに語りかける。 クリフトはまだ私が知らないことを2つ言っていない。 私がサントハイムの王女であること、そして世界一の格闘家であること。 そのことを言ってしまうと衝撃が強すぎると判断したらしく、その時は何も言わなかった。 「ひ・・・いえ、アリーナ。どうしてもあなたに言わなければならないことがあります。驚きませんか?」 そんなことを急に言われて、私は少し戸惑った。 「はい」か「いいえ」。その答えを出そうとした矢先、草村から何十匹もの犬があらわれた。 クリフトは落ち着いて、私に子供を預けると、腰のバッグに入っていた短剣を素早く取り出すと次々とその魔犬をなぎ倒していく。 「すごい・・・」 私があっけにとられていく中、一匹の犬が私に襲い掛かる。 防御の仕方を忘れた私は、子供をかばうことを第一に考える姿勢をとる。 私は犬の突進によって後ろに弾き飛ばされる。 「姫様!」 クリフトが思わず叫ぶと、最後の魔犬を倒すとすぐに私の元へ来た。 子供は無事だったけど、私はひどい怪我を負っていた。 クリフトは最大の治癒呪文をかけると、私の顔色が徐々に変わる。 懐かしい匂い。なつかしい感触。その全てがこの呪文に含まれていた。 私は全てを思い出し、泣きながら愛しい人の名前を叫ぶ。 「クリフト!」 クリフトはその声で全てを察知し、抱きついてきた私を体で受け止めた。 そして二人は感情も赴くままに口付けを交わした。 あの夜よりも永く永く、あの夜よりも甘い甘い口付け・・・ 私は5年ぶりに、愛する男の前で満面の笑みを見せた。 サントハイムに戻るのは少し怖いけど、きっと許してくれるだろう。 これからも私はことの人を愛することをやめないと思う。 神様が与えてくれた運命の人だから・・・ Fin...
https://w.atwiki.jp/kuriari/pages/160.html
クリフトのアリーナへの想いはPart6 長編7/12 1へ2006.03.09 247 :1/10 (前前スレ506):2006/09/28(木) 22 39 59 ID fQbSPOmW0 悪い噂ほど広まりが早いとはよく言ったものだ。 午前中、サランの教会で神学の授業を終え、クリフトがサントハイム城に戻ってきたのはもう昼が近い時間だった。城内の教会へと戻るその道中、クリフトに浴びせられる視線はいつものものとは明らかに違っていた。 服装がおかしいわけではない。目立つ怪我をしているわけでもない。 理由はひとつ。一昨日の夜半、城壁での出来事だった。真夜中に誰もいない城壁で、アリーナを腕に抱きしめているクリフトの姿を目撃した若い兵士は、間違いがあってはならないとその件を兵士長に報告した。報告を受けた兵士長はその話を大臣に伝え、国王の耳に入るまでになった。そして人の耳から耳へと伝わる中、また別の者から誰かへと伝わっていく。無理もない。サントハイムにおいて前代未聞の醜聞であるからだ。 噂には尾ひれがつきどんどんと話が大きくなっていっている。当事者であるクリフトが誰に対しても一切弁解をしていないことがそのひとつの要因でもある。何も言わずにいることが、噂を肯定していると周囲には思われている様子だった。 慣れ親しんだはずの城に、ひどく居心地の悪さを感じる。それでもクリフトは堂々と通路を歩く。いつもと何一つ変わらぬ素振りで、周りの視線を何も感じないよう受け流しながら。 「クリフト」 不意に呼び止められクリフトが振り向くと、そこには樫の杖をついたブライの姿があった。 「……ブライ様…」 「陛下がお呼びじゃ。ついてまいれ」 裁かれるときがきたのだ。覚悟ならばずっと昔にしていたはずだ。 クリフトははい、と短く返事をするとブライの後をつき王座の間へと歩いていった。 張り詰めた空気が王座の間に満ちている。呼吸をすることにすら神経を使うようだ。 サントハイム国王、大臣、秘書官、アリーナの家庭教師が数名。それに兵士長と問題の現場に居合わせた兵士。教会の神父、そしてブライ。それらの人物の視線の中心にクリフトは立っていた。国の重鎮たちが集められた中で否応なく緊張感が高まる。 「クリフトよ。お前にある嫌疑がかけられていることは、わかっておるな?」 まず口を開いたのは大臣であった。 「はい、承知しております」 「一昨日の夜、南西の城壁にてアリーナ姫にいかがわしい行為をしようとしていた。そういった報告がそこの兵士より伝えられておる」 「………」 「何か、言い訳があるのならば聞こう」 大臣より促され、クリフトは唇を開く。周りの射抜くような視線が自分に集中している。ひどく落ち着かない気分になるが平静を装う。 「私は、確かにあの夜……姫さまと共に南西の城壁、その踊り場付近におりました。それは間違いありません」 できるだけ冷静でいられるように深く息を吐いた後、クリフトはそう言った。 「ですが、姫さまにいかがわしい行為をしようなどとは、しておりません」 「そこの兵士はお前がアリーナ姫の身体を抱いていたと証言しておる」 「それは……」 「それがいかがわしい行為でないとすれば、一体何なのだ」 大臣の声がより厳しいものへ変わる。怒鳴りこそしていないが、威圧感を帯びてあたりに響く。それにひるむことなく、クリフトは大臣のほうをまっすぐに見遣る。 「それは……」 それでも返す言葉が見当たらず、クリフトは唇を噛んだ。 「どうつもりなのだ、クリフト。お前は神の道を志す者であろう。このような行いを、神が許すとでも思っておるのか」 「………」 「なんとか言わぬか!」 黙り込んでしまったクリフトの態度がよほど気に入らなかったのであろう。大臣はついに自分を制御することができなくなってしまったかのように、大きな声でクリフトを怒鳴りつけた。しかしクリフトは顔色ひとつ変えぬままその場に立ち尽くしている。まるで仮面をつけているかのように。 再び静寂が訪れる。遠くで子どものはしゃぐ声が聞こえていた。 「私は……」 ゆっくりとした、穏やかな声でクリフトが静寂を破った。 「私は、姫さまのことをお慕いしております」 「な、なんと……」 「姫さまのことを、愛しております」 もう、何が壊れてもよかった。このような事態になって、今更何を隠そうというのだろう。この気持ちは、アリーナに伝えないでおくことを心に誓い、そしてその誓いは守られることなく彼女の知るところとなった。一度外れてしまったたがはゆるいものに変わってしまったのだろうか。それとも、もう感情を抑え込むことに疲れてしまったのか。自分が思っていたよりもずっと安易に、唇は本心を曝け出す。 クリフトの告白に王の間がざわついた。クリフトに対する非難の声がそこかしこで上がる中、国王と神父、そしてブライだけはさして驚きもせず表情も変えぬままでいた。 「お前は、何を言っているのか…自分でわかっておるのか」 「はい」 「姫に懸想するなど…あってはならぬこと」 「………」 「お前は神官であろう。なんという不届き者めが!」 大臣の怒りは頂点に達した。顔を真っ赤にし、声を震わせながらも怒鳴りクリフトを罵倒する。怒りのあまりか、足元が不安定になりよろめいた大臣の様子に、秘書官が慌ててそばに寄り添う。近くにいた神父も大臣の様子を察し駆け寄り手を差し出すも、その手は乱暴に振り払われてしまう。 「神父殿、そなたが長らく面倒を見てきた少年は……とんでもない男にな ったものですな」 「…大臣殿……」 「主君の姫に懸想し、その身体に触れるなどとんでもない。それで神官を名乗らせるなど恥ずかしいと思われんのか?」 大臣の怒りの矛先はクリフトのみではなく、その親代わりといっても過言ではない神父にまでも向けられた。今まで静かに事態を見守っていた神父も、その言葉に痛むはずだろう振り払われた手をそっとひき、姿勢を正すと大臣に向かって深々と頭を下げた。 「申し訳、ございませぬ……」 一瞬だけ見えた、神父の横顔。表情からは少なからず憔悴が伺えた。その顔を見たクリフトはきつく目を閉じた。世話になった人にあのような顔をさせるために、今まで城に仕えてきたのではないのに……。クリフトは居たたまれなさにぐっとこぶしを握った。 それと同時に、笑い出したい衝動に駆られた。今まで自分が大切にしてきたもの、守り続けたかったものたちがあっけなく壊れていく様を目の当たりにして、その儚さに笑い出したくなった。こんなに、こんなにも簡単に崩れていくのか。結局、孤児であり生まれも両親もわからず、たいした後ろ盾もない自分をかばってくれる人など、いなかったのか。クリフトの中に黒い感情が芽生えてくる。孤独さがじわりじわりと、その黒い影を心の中に充満させていく。 「クリフトよ……」 今まで沈黙を守り、静かに目の前で起こることを見守っていたサントハイム国王がようやく口を開いた。いつもと変わらぬ穏やかな声でクリフトに話しかけた。 「そなたには、してもし尽くせぬほど感謝をしておる」 「は……」 「そなたがまだ小さいころから、いろいろと迷惑をかけた。ことアリーナの事に関しては。あれは手のつけられんおてんばじゃ。いつのことじゃったかな。ひとりで勝手に城を抜け出し森に入り暗くなっても帰って来ず… …そなたがアリーナをおぶって帰ってくる姿を見たときのことは忘れられん。あのときほど心配したことはなかったわい」 大臣のように激昂することもなく普段どおりに国王は昔のことを思い出しつつ語りだした。立派なひげを時折撫でつつ、目を細めながら。 「本当に、感謝しておるのじゃよ、わしは」 「……ありがたく思います」 「じゃがな、そなたとアリーナを一緒にすることはできん」 それははっきりとした声だった。穏やかで怒気をはらんできるわけでもなく、いつもの国王の声である。しかし、クリフトにひとかけらの希望を抱くことも許さない、強い決心からくる言葉だった。 「わしにはアリーナしか子供がおらん。わしのあとを継ぐのはアリーナだけじゃ。やはり相応の相手と結婚させたい」 期待していたわけではない。期待など、していたわけではないのだ。 それなのに、ズシンとのしかかる重い言葉。クリフトは静かに受け止めるしかなかった。その言葉は国王の偽りのない気持ちだからだ。国王として、またひとりの親として。 「どのように、処分していただいてもかまいません」 今が、裁かれるとき。 どんな罰を受けようとも、かまわないとクリフトは思う。 「どのような罰も、甘んじて受けます。ですが、姫さまがラスダ殿とご結婚されても、今までのように顔を合わすことすらなくなっても、私の気持ちは変わりません」 「……クリフト…」 「私はこれからも変わらず、姫さまを想い続けるでしょう。今までのご恩を仇で返すつもりはありません。ただ、姫さまを想うことだけを……どうか、お許しください」 そう言うとクリフトは国王に向かって深々と頭を下げた。 この恋はかなうはずもない、泡沫のような……。 それでも今までに心に巡った様々な感情と苦悩。それが幾重にも重なり連なり、たくさんの思い出となった。それを今すぐに打ち消すことなどできず、もう少し心が安まるまでアリーナを想い続けていたかった。女々しいと自覚していても、簡単に諦められる恋ではない。最初から望みのない恋ではあったのだけれど。 「クリフト、アッテムトに行かぬか」 頭を深く下げたままのクリフトに、意外な言葉を国王は向けた。 「先日、キングレオより書状が届いてな。領内のアッテムトの復興が思わしくないそうじゃ。キングレオは自国の復興に追われほとんどアッテムトの方まで手が回っておらぬ、とな。例の鉱山からは有毒なガスこそ出なくなったものの、まだ地下深くには魔物も出ると聞く。そなたは神官であり、また魔物たちとの実戦経験もある」 「はい……」 「どうじゃ、行ってくれぬか」 クリフトはゆっくりと顔を上げ、国王の顔を見た。 そして静かに首を縦に振った。 「はい、喜んで」 体のいい左遷であることはその場にいた誰もが気づいていた。左遷どころか、もう2度とサントハイムには戻れないと言うことも。当然、クリフトもその意味がわからないわけではなく、アッテムトに行くということがどういうことなのかを真摯に受け止めていた。 クリフトはもう一度国王に深々と頭を下げると、王座の間から立ち去って行った。罪人もいなくなり静けさだけが残ったこの場に、これ以上居る理由もないと、集まった人々は各々の部屋に戻っていった。大臣も少し血が上りすぎたとあって、秘書官とともに自室へと下がった。 「のう、ブライよ……」 この間、一言も口を挟むことのなかったブライに、不意に国王は話しかけた。 「……これでよかったのじゃろう、な…」 まぶしい光が差し込んでくる窓辺のほうを見ながら、呟くように言った国王の顔をブライは見遣る。 アリーナのことを愛しているのだと、クリフトははっきりと言った。周囲の冷たい視線と言葉の中、何に臆することもなく。その心は真実で、揺ぎ無いものだと伝わってきた。あの旅のさなか、クリフトの感情には気がついていたブライではあったが、特に忠告することをしなかった。もっと前に、釘をさしておくべきだったかという後悔が、ブライの頭の中を支配する。 「アリーナがどう思っているかは知らんが……許すわけにはいかん。クリフトのことはわしも気に入っておる。自ら命じたこととは言え、なんとも後味が悪いものじゃな……」 メイドのひとりが水差しを持ってきた。冷たい水をグラスに注ぎ、ひと口だけ口に含んだ。 「……陛下、これを…」 ブライは王座に近づくと古い紙切れのようなものを取り出した。 「これは……」 「乗船券ですな。ハバリア発、エンドール行きの」 「これがどうしたと言うのじゃ」 「もう20年以上昔のことになりますな。サランの教会前に置き去りにされていたクリフトの、産着の中に入っていたものです」 国王が手に取ったその乗船券は、紙質も劣化し色もほとんど茶ばんでいた。書かれている文字もところどころ薄れてしまい、辛うじて読める程度となっている。 「ブライ、クリフトのことを調べておったのか?」 国王の問いかけに、ブライは深く頷いた。 「はい。姫様の旅に同行する以前から、少しずつではありますが……。ですが、手がかりが少なすぎて結局わからずじまいでした。奴の生まれも、両親の存在も」 「………」 「わしは最近になって思うようになりましたのじゃ、陛下。奴は、クリフトはその手のひらに生と死を操ることの男。あの若さで神官の高等魔法を使いこなすことができるなど、本来ならばありえぬことでして…。奴は…、 それこそ選ばれた男なのでしょう。神という存在に」 「そなた、わしが神の子をないがしろにしたと言いたいのか?」 国王の顔つきが変わる。サントハイムは古くからの宗教国家だ。国王も信仰心に厚く、ブライの言葉は半ば侮辱に捉えられたのだろう。 「めっそうもございませぬ。ただ、わしは不思議なのですじゃ。あれだけの能力を持っているクリフトの、出生がなにひとつわからぬことが。年寄りの戯言と思ってくださって結構でございます」 少し国王の機嫌を損ねたブライではあったが、そこはゴンじいや今ではサランに移り住んでいる教育係の老人ともども、長年にわたり国王の身の回りに携わってきた者ゆえのはぐらかしでやり過ごす。 国王は自らが下した命令とは言え、なんとも言いようのない不快な感情を持て余し、ついブライに八つ当たりまがいのことをしてしまった。それを自覚すればするほど、自己嫌悪に陥る。 国王はグラスの水を飲み干すとおもむろに立ち上がった。 「ブライよ、わしは少し散歩をしてくる。来客があれば、対応しておいてくれ」 「やれやれ、相変わらず陛下は人使いが荒いですなぁ」 「頼んだぞ」 王座の間から立ち去っていく国王の背中を、ブライはその場に佇んだまま見送った。 判断をするには短すぎるあの時間の中で、多くを悩んだことであろう。 その背中が国王の複雑な思いを語っているかのようだった。わからないわけではない国王の感情を理解はできても、その決断を批判することなどブライにはできなかった。自分の身を危うんでのことではない。今ここで、離れておくことが、アリーナにとってはともかくとしても、クリフトにとっては最良の道かもしれないからだ。 翌日の早朝、クリフトはごく親しい人にのみ見送られ、サントハイムを発った。長年世話になった神父に深々と頭を下げこのたびのことを詫び、ブライには公私共に面倒を見てもらってきたことの感謝を伝えた。 まとめてみれば荷物らしい荷物などほとんどなく、城を離れるにしては異様なほどの軽装だった。 キメラの翼を放り投げると、クリフトの身体が空高く舞い上がる。 哀しいほど晴れ渡った青い空に、クリフトの姿は一粒の光となって遥か彼方、アッテムトへと運ばれていった。 END. 前2006.08.23 続き2006.11.10
https://w.atwiki.jp/kuriari/pages/121.html
クリフトのアリーナへの想いはPart5 205 :【神官服】1/5 ◆cbox66Yxk6 :2006/05/12(金) 19 14 48 ID 6M0hqCC90 「隣、よろしいでしょうか?」 夜の酒場に場違いな神官服を、これでもかというほどきちんと着込んだ青年が、穏やかな微笑を浮かべて訊ねてきた。 「・・・・・・いいわよ」 どうぞ。 琥珀色の液体で満たされたグラスを手に、少し身体をずらして見上げると、彼は生真面目に「ありがとうございます」と言いながら、優雅に腰を下ろした。 鄙びた町の酒場は人気が少なく、彼ら以外は数えるほどしかいない。それ故、さほど注目を浴びるということはなかったものの、こういった場で神官服は妙に浮き上がって見えた。 マーニャは鼻の頭にしわを寄せると、カウンターの隣の席に座る青年に向けて呆れたように呟く。 「クリフト・・・こういっちゃなんだが、その神官服はどうかと思うよ」 「そうですか?」 マーニャの抗議を柔らかな笑みでさらりとかわし、クリフトは目の前に運ばれてきたグラスを手にした。そしてマーニャの方へ向き直ると、グラスを目の高さに掲げる。そのままグラス越しにマーニャを見つめると、穏やかな声色で続けた。 「でも、似合っているでしょう?」 クリフトの言葉に思わず吹き出しかけたマーニャだったが、クリフトの真摯な瞳に何を思ったのか、ふいに視線を逸らすと僅かにうつむいた。 長く艶やかな紫色の髪がさらりと流れ、マーニャの顔をベールのように包み隠す。 クリフトはゆっくりと身体をカウンターに向けると、一口だけ飲みグラスを置いた。 そして視線をグラスに固定したまま優しく語りかけた。 「泣いても・・・。泣いてもよろしいのですよ」 クリフトの言葉にマーニャは小さく肩を震わせ、心もち顔を上げた。いつも勝気な姉御といったマーニャが、奇妙に顔をしかめていた。 「なんで、あんたが、そんなことをいうのよ」 しかめられたその顔の中で瞳だけがかすかに揺らいでいた。それはひどく儚げで、頼りなげだった。 しばし沈黙をまもっていたクリフトだったが、やがて澄んだ青い瞳を伏せると、ふうっと吐息を漏らした。 「それは、私が、神官だからです」 そう言い切って双眸を開くと、マーニャの瞳を覗き込んでやんわりと微笑んだ。 「よく、頑張りましたね」 その穏やかで透明な微笑を見つめていたマーニャだったが、ふいにクリフトの神官服を掴むと己の顔を彼の胸に押し付けてきた。 「迷惑なら言って。でないと、私・・・」 大泣きするわよ。 食いしばられた歯の間から漏れた言葉に、クリフトは瞳を和ませるとマーニャの背に手を回し優しく擦ってやった。 「辛かったですね」 よく頑張りましたね。 繰り返される言葉と優しい抱擁。 マーニャはこらえきれず溢れた涙もそのままに、クリフトの胸に身を預けていた。 「父さん・・・父さん・・・・・・・・・バルザッ・・・ク・・・」 嗚咽と共に吐き出される魂の叫び。 本当はずっと泣きたかった。 父が殺された時も、キングレオでオーリンを失った時も、そして今日、サントハイムの城で、変わり果てたバルザックと対峙した時も。 涙が溢れることはあった。だけど、声に出して泣くことはできなかった。 (ずっと、ずっと・・・・・・) 緑の神官服にいくつものシミを落としながら、マーニャは幼子のように泣きじゃくった。 バルザックは父の仇だった。父の弟子でありながら、父を殺し、そしてその研究を奪った。 憎んでも憎み足りない男。それがバルザックだった。 だが、同時に彼は、マーニャが初めて本気で愛した男だった。幼かった自分にとって兄であり、そしてかけがえのない人だったのだ。 「・・・・・・愛していたのよ」 どんなに極悪人になろうとも、どんなに醜悪な姿になろうとも。己自身が命がけで憎み、そして全身全霊で、愛していた。 でも、ミネアには・・・ミネアには言えなかった。 多分、自分の気持ちを知っていたと思う。でも、それでも自分からミネアに告げることはできなかった。言えば、彼女が苦しんだであろうから。 だから、泣けなかった。どんなに辛くても、悲しくても、・・・恋しくても。 ずっと、なんでもないかのように、そっけなく振舞ってきた。 (なのに・・・) 濁流のように押し寄せる様々な感情に翻弄されながら、マーニャはクリフトの神官服を握り締めていた。 どれくらいの時間が経ったのだろうか。 マーニャはそっとクリフトの胸を押して身体を離すと、ぐいっと目元を拭い破顔した。 「ありがとう」 すっきりしたわ。 いつもの調子でそう告げたマーニャにひとつ頷くと、クリフトは、いつもは見せない心からの笑みを浮かべた。 「ね?神官服が役に立ったでしょう?」 イタズラっぽく片目を瞑ってみせる。 その少し得意げな様子に目を丸くしたマーニャだったが、クリフトをまじまじと見つめるとぷっと吹き出した。 「そうね。そうやってみると、意外とイケているわね」 ま、踊り子の服には敵わないけどね。 声を立てて笑うマーニャに気付かれないように、ほっと息を漏らすとクリフトはゆっくりと立ち上がった。 「さてと、神官の役目はここまでです」 そう言うと、少しだけ躊躇ったものの、マーニャの頭にそっと手をのせた。 「もう、大丈夫ですよね?」 思っていたよりも大きくて温かい手の感触にマーニャは不思議な心地よさを覚えながら、大きく頷いた。そして背の高い神官を見上げると、まぶしげに目を細めた。 「あんたが・・・神官でよかったわ」 本当は少し苦手だった。クリフトが、ではなく、心の深淵までも見抜くような聖職者がマーニャは苦手だった。それは、自分の気持ちを悟られまいとする己の防衛本能だったのかもしれない。 酒場のランプに照らし出された緑の神官服が妙に鮮やかで、目に沁みて。マーニャは瞬きを繰り返していた。 そんなマーニャをやさしい微笑で包み込みながら、クリフトは一度だけ、幼子をあやすかのように頭をくしゃりと撫で、そして静かに手を離した。 「あ・・・」 離れてゆくぬくもりにかすかな寂しさを覚え、マーニャは思わず声を上げた。 慌てて口元を押さえたものの、クリフトの耳には届いてしまっていたようで。 「え?」 マーニャの声を聞いたクリフトが振り返った。 その顔はいつものクリフトのもの。自国の姫を恋い慕う青年のもの。 マーニャはそのクリフトの顔に、心の奥が軋むのを感じながらも、精一杯何気なさを装い笑った。 「ごめん。アリーナのこと心配だったろうに」 私のために時間を割かせちゃってごめん。 そう言ったマーニャにクリフトは頭を振ると、春の日差しのように優しい微笑を浮かべた。 「姫様にはブライ様がついていらっしゃいますから。それに・・・・・・」 真っ直ぐに向けられる視線にほんの少しだけ優しい痛みを覚えながら、マーニャはクリフトの言葉を遮った。 「クリフト。アリーナの前では、神官服を脱ぎなさいね」 神官としてではなく、一人の男としてアリーナと向かい合いなさい。 マーニャの言葉に僅かに目を見開いたクリフトだったが、踵を返すと無言で扉の前に歩いていった。そして立ち止まると半身だけ振り返り、目を伏せた。 「姫様が、それを望むならば」 クリフトの消えた扉をじっと見つめていたマーニャは大きく息をつくと、紫の髪をかきあげた。 「あんた、いい男だわ」 ふと漏れた一言に自嘲しながら、マーニャはクリフトの手の感触を思い出す。 大きくて温かい手。それは父のような・・・・・・否、恋人のような心地よさ。 「あんたが神官服を着ていなかったら」 私は、どうしていたのだろう。 新しい恋に落ちていたのだろうか? 脳裏を過ぎった考えに、マーニャは僅かに睫を震わせた。 「馬鹿ね」 クリフトはアリーナを・・・。 マーニャはグラスから滴り落ちていた水滴を指でなぞり、その冷たさに微笑む。 緑色の神官服。いつもは趣味が悪いと思っていた。でも、その神官服に救われ、そして阻まれた。 (アリーナ、あんたちょっと贅沢よ) 望めば手に入るんだから。 それは、誰の耳にも届かない心の声。 マーニャはぬるくなったグラスの中身を呷ると、口の端をあげた。 「バルザック・・・・・・私ってとことん男運がないと思わない?」 (終)
https://w.atwiki.jp/kuriari/pages/123.html
クリフトのアリーナへの想いはPart5 236 :【フェイント】 ◆cbox66Yxk6 :2006/05/16(火) 11 25 03 ID gFKsTKTd0 正直者のアリーナは『フェイント』というものが苦手だった。旅の途中、何度も何度も練習をしたが、その直情的な性格ゆえか、それともその幼さゆえか、どうしても習得できず悔しい思いをしたものである。 「ねぇ、クリフト。これなんだけど・・・」 どういう意味なの? 首を傾げてくるアリーナにクリフトは身を屈ませると、アリーナが指し示す本に視線を落とした。 「あぁ、これはですね」 そう口を開きかけたクリフトだったが、その言葉は途中で遮られることとなった。 「隙あり」 アリーナの声が聞こえると同時に、己の唇に温かいものが押し付けられる。 「ひ、姫様!!」 慌てて身を離したクリフトがうっすらと頬を赤らめながら抗議の声をあげると、ちろっと舌を出したアリーナが悪戯っぽく笑った。 「だって、こうでもしないと、キスさせてくれないでしょ」 先の戦いの折、そのフェイントのうまさで敵を翻弄してきたクリフト。しかし、いまやそれはアリーナに取って代わられそうな勢いである。 「ね、少しはうまくなってきたかな?」 フェイント。 そう続けようとした言葉を遮り、クリフトはアリーナを己の腕の中に抱き込む。 「えぇ、とてもお上手になられたと思いますよ」 キスが。 熱い吐息と共に耳元で囁かれ、アリーナは瞬時に赤くなった。 どうやら、まだまだクリフトの方がうわてのようである。 (終)