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今回のルールは『600文字以内』で、なおかつ『みwiki祭』『春風』という2つのキーワードを両方ともSSに入れることです。 なお、改行は一文字として数えません。 ID BxjDOE60氏 みwiki祭りとは、春風薫る四月の一ヶ月間にわたって全国で行われる祭りである。 この世のあらゆる知識と、知識の女神であるみwiki様を愛で尊び敬うことを趣旨とする。 この祭りでは、満開の桜のもとで花見客に桜や花見に関する薀蓄をたれたり、新入生や新社会人を前に長々と講釈をたれたり、おもちうにょ~んしたりといった行事が行われる。 これらの行事は所構わず空気を読まずに行われるため、うざがられることも多い。 しかしながら、この祭りにもメイン会場は存在する。 それは東京都の高良邸であり、祭りの時期は、「メガネっ娘☆激Love」などとプリントされた装束をまとったみwiki信者が多く訪れ、みwiki様のありがたき三文知識を賜る光景が見られる。 出典:アンチフリー百科事典「Unたからpedia」(2009/04/01 06 55) ID yjRlywSO氏:『祭り上げ』 泉家で開かれた勉強会。みゆきはみんなからの質問に、一つ一つ答えていた。 勉強ができる事を誇るつもりはない。ただ、答えた時に見せてくれる友人達の笑顔が、彼女にとって他の何にも替え難い喜びなのだ。 「みwikiさん、ここ分からない…」 「春風駘蕩の候、ですね」 「みwiki、ここはこれで大丈夫かしら?」 「はい、問題ありませんよ」 「wikiちゃん、ここはどうするの?」 「ここは、こちらの公式を使えば楽ですよ」 なんとなく、みゆきは違和感を感じた。 「あの…先程からのみwikiとは…」 「大体なんでも答えてくれるからみwikiさん」 「そうそう、wikiちゃん凄いよね」 「うん、頼りにしてるわよ、みwiki」 「え…あ、あの…」 「よし、勉強も一段落ついたし。今からみんなでみwiki祭よ!」 「おお!かがみ、ナイス提案!」 「わーい!」 「ええー…いや、その……わたしは…みゆきです…クスン」 (やば、涙目のみゆき可愛すぎる) (ああーもう。これだからみゆきさんいじりはやめられないよー) (ゆきちゃん、可愛いよゆきちゃん…ハァハァ) 友人達にとっても、みゆきは他の何にも替え難い喜びである。 ID 1HfGsRI0氏 「最近だんだん暖かくなってきたネ」 「そうね。春って感じがしてきたわ」 「という訳で、一句詠んでみたよ」 『春風よ かがみのパンチラ みせてくれ』 「んなっ!?何言ってんだ、おまえはっ!」 「むふふー。春らしい萌えでいいじゃない」 「まったく。小学生じゃあるまいし、もっとマシな句を詠みなさいよね」 「ほほう。そこまで言うなら、かがみも詠んでみせてよ」 「えっ!?わ、私が?」 「そう。かがみが。なんかこう、春だなーってカンジのを頼むよ」 「わ、わかったわよ……ええっと」 『夜半過ぎ みwiki祭りの 笛の音』 「へ?……なにそれ?」 「何よ。文句でもあるの?季節感溢れる仕上がりじゃない」 「え、えーっと。文句があるというか、なんというか」 「かがみさん。泉さんが首をかしげるのも仕方ありません。みwiki祭りは初夏を表す季語ですよ?」 「そうだよ、お姉ちゃん。去年の祭りも梅雨明けくらいだったじゃない」 「あ、あれ?そうだっけ?」 「はい。さらに言えば、祭りの迫力がいまひとつ伝わってきませんね」 「うーん、言われてみればそうね。みゆきならどう詠む?」 「そうですね。こういうのはどうでしょう」 『丑の刻 地獄や地獄 みwiki祭り』 「わあー。あのお祭りの感じがよくでてるよ。さすが、ゆきちゃん」 「そうね、いい句だわ。私も、早く祭りの日がこないかなー、なんて思っちゃった」 「ありがとうございます」 「えーと……話についてけないのは私だけ、なのかな?」 ID .6BP3UAO氏:『ラプラスの悪魔「みwiki様」』 春風が涼しいある日、みwiki様がご覚醒なされ、みwiki祭りが開かれた。 「深夜アニメが終わる2時28分9秒に、おやつのために取っておいたコロネを食すため泉さんがキッチンへ上がります」 みwiki様は過去現在の全てを把握し、これから起こるであろう事象を寸分の狂いもなく予測する。かがみは問うた。 「私はどうすればいいのでしょうか」するとみwiki様が答えた。「泉さんが降りて来ましたら、かがみさんはコロネを目の前で食べなさい」 次の日の深夜 「かがみん!?」 「ふぁ、こにゃた」モグモグ 「うわ~ん!」 「ひょっ、ひょっと!」」ガッシャーン かかみに覆い被さるこなた 「あ……」 新しい展開がここに。 すべてはみwiki様のなせる業。 ID .6BP3UAO氏:『:これぞ日本のみwiki祭り』 私の神社の桜が綺麗なのでこなちゃんやゆきちゃんを呼んでお花見をしました。 「すごい!」 「えぇ、春風を感じます」 「やあやあ、妹達がお世話になってます。お母さんが饅頭くれたよ」 「まつり姉さんありがとう。ここに座ったら?」 まつりお姉ちゃんはゆきちゃんの隣に座りながら言いました。 「これぞ日本って感じだよね」 「そうですね、元々は梅の花を見る事か…」 ここでこなちゃんが突然立ち上がって叫びました。 「みゆきさんがWikipediaのごとくウンチクを話して、まつりさんがそれを聞く!まさに『みwiki祭り』!!」 「こなちゃん、なんのこと?」 「…いえ、なんでもございません…。うん、この饅頭おいしっ」 とても楽しいお花見でした。 ID Btzt0N20氏:『卒業式とお祭りと』 みWiki祭り、それは生徒会と一部の生徒達が主催した、卒業式後のイベントだった。 最後に皆で思い出を作りたい、 心の底から卒業を祝いたい、 それから送りたい。 そう考えていた生徒は少なくはなかった。 式が終わって数刻後のホール、照明の落とされた薄闇の中、生徒会長の開催の弁も早々に、 エレキギターがかき鳴らされた。 壇上は今や軽音楽部の独壇場、卒、在校生混成のライブ会場と化していた。 この日には似つかわしくないと教師達は嘆いたかも知れない。 でもホールは、彼等への声援で色めき立っていた。 幾つもの部活が続け様に作品を披露し、祭りは大盛況の内に閉幕した。 こなたとかがみはお別れを言いに行ったつかさとみゆきを校庭で待っていた。 「にしても、あっという間だったよね。たかが三年、されど三年」 「ほんとよね。明日起きたら制服着そうだわよ」 「つかさはやりそうだけどね」 「ほんとに」 「さてかがみさん」 「ん?」 「私は今、桜の袂にいます」 「そうね」 「今日は卒業式です」 「で?」 「言う事は?」 「卒業おめでとう、こなた」 「……かがみん、これ、EDだよ?ハッピーエンドになるか、バッドエンドになるか、瀬戸際なんだよ?」 「何の話よ」 「私から言わせないでよ……バカ」 「……ごめん、冗談だろうけど、私、そういう趣味、ないから」 「遅くなってごめーん!」 そこにつかさとみゆきがやってきた。 春風がこなたの切なげな顔を優しく撫でた。 (……かがみの……バカ) ID Btzt0N20氏:『晴心』 夜半、こなたはベッドの上で携帯を見ていた。 画面に写るのは、記念にと撮った幾枚もの写真だった。 教室に校舎、先生に級友、つかさとみゆき、その2人の間で白石がこちらにVサインを送っていた。 「相わらずウザイな、セバスチャンは」 覇気のない呟き。 帰宅するやこなたは、呟きと溜息ばかり吐いていた。 画像を送るこなたの指が止んだ。そこにははにかむかがみの画像があった。 他には誰もいない、かがみ1人だけの写真。 「冗談でもさ、悲しくなっちゃうじゃん」 次の画像も、また。 「キモいだろうけさ……」 こなたの瞳は揺れていた。 「傷つくよ」 次も……。 「何やってんだろ。現実とゲーム混同して」 電源に指を置いたその時、着信音が鳴り響いた。 かがみの名を画面に明滅させて。 「……もしもし?」 『こなた?あんたにさ、聞きたい事があるんだけど』 「聞きたい事?」 『昼間の、アレ、本気だったの?』 「何でまた」 『あれからあんた、元気なかったじゃない?』 「……ほ」 『こなた?』「本気なわけ、ないじゃん。私だってそんな趣味、ないよ」 『……そう。……あ、あのさ、映画のチケット貰ったの。○×、あんた好きでしょ?今度一緒に、どう?』 「……」 『……こなた?』 またかがみといられる、それが何より嬉しかった。 だからこなたは、ありったけの元気で答えた。 「うん!行く!」 2人の心の曇雲を、春風がかき消していた。 「そうそう、今日のみWiki祭りでさ!」
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中学生になったばかりの柊いのりは神社の隅に生えたペンペン草を一本だけつんだ。 その隣ではつかさがしゃがみながら興味深々とばかりにいのりの行動を見守っている。 夕日が鳥居を紅く照らし出し、昼よりは少し冷めた夏の風が時折カサカサと葉を鳴らしている。 年の離れた妹のつかさは、もうすぐ小学校に入学する頃だった。 二人の後ろではまつりが、かがみをおぶりながら走り回って遊んでいる。 いのりはペンペン草を妹の目の前でちらつかせながら言った。 「つかさ、これをよく見ててね」 いのりが一つ深呼吸をすると、ゆっくりとまぶたを閉じた。 つかさはこれから一体何が起きるのだろうかと、いのりが持つペンペン草に目を凝らしていた。 ほんの数秒たった後、いのりが目を開くとペンペン草は魔法のステッキに変わっていた。 「わあっ、しゅごいよ!お姉ちゃん!」 つかさは魔法のステッキを掴むと、キャッキャッとはしゃいで振り回していた。 「ほら、それを見てごらん」 いのりの言ったその言葉を合図に、つかさが持っていた魔法のステッキはもとのペンペン草へと戻っていた。 「あれえ?シュテッキは?」 「ステッキなんて最初から無かったわ。それは最初からペンペン草。つかさが言ってるステッキはね、私が作った幻なのよ」 「え?幻?」 「そうよ。テレビに映ったラーメンと同じね。さわれないし食べられもしない。ただ見えるだけで、本当はそこにラーメンはないでしょ?」 つかさは目の前で起こった現象に困惑するばかりだ。 「ふ~ん。じゃあシュテッキはどこに行ったの?」 「まあ、急に言われてもわかんないか。でも、つかさにも出来る事なのよ?」 「え?私にも出来るの?」 「もちろんよ。もっと大きな幻だってできるわ。この神社にまつられた神様のお力は、私とつかさにだけしか授かっていないのよ」 「わ~」 その後、つかさはいのりの真似をしてみたが、ペンペン草はペンペン草のままだった。 まつりはかがみに漫画を返そうと、かがみの部屋の扉を開けた。 「オーッス、かがみー。これおもしろかったよー」 「ちょっと姉さん、人の部屋に入るんならノックしてよね」 かがみの部屋はとんでもない事になっていた。その原因の一つはベッドだった。 なにせただのベッドではないのだ。 彫刻の掘られた四本の柱に支えられている屋根。そこからは白いカーテンが垂れている。 それはまるでお城にでもありそうなきらびやかなベッドであった。 そしてもう一つはそのベッドが巨大な亀の甲羅の上にあるということ。 まつりもその亀の頭の上に乗っていた。 部屋には壁も天井もなく、だだっ広い海が水平線まで続き、真っ白な入道雲が遠くで雨を降らせている。 「なにこれ」 「何って、つかさの幻よ。さっきやってもらったの」 「かがみはこれでオリエンタルなお姫様にでもなりたかったの?趣味わる~」 「うるさいわね。良いじゃない、ただの気分転換よ!」 つかさが作った幻は、柊家のなかでは気楽に使われていた。 例えばドレスを作ったり、いまのかがみの様に部屋の模様替えに使ったりだった。 いのりもつかさと同じく幻術士であったが、つかさの様には好意的に術を使わなかった。 この力はあまり大っぴらに使うことが出来ない。 それは二人が力を持っている事が世間に知られるのを、父のただおが恐れているからだった。 もしそれが世間に知れれば、たちまちマスコミに煽られ、または何かしらの信仰者に付きまとわれるに違いない。 或いは二人がこの力を使って不幸な人々を助けようと考えるかも知れない。 そんな事になれば確実に二人の自由は奪われ、平穏無事な生活が危ぶまれてしまうだろう。 今の暮らしで十分。ただおはそんなものを望んでいない。 つかさといのりもまたそれに納得していた。 「つかさがまだ帰ってきてないんだけど何か知らない?て言うかそのベッド、ひょっとして昨日の晩からそのままなのかね?」 「別にいつからだって良いじゃない。で、つかさはなんでも、用事があるって言って先に帰ったんだけど、少し遅いわね」 かがみとつかさは仲がいい。といっても二人の性格は全く相対的で、まるで杉とマングローブみたいなものだ。 かがみはしっかり者だが少しとっつきにくい所があり、対してつかさはおっとりとしていて人当たりはとてもいい。 それなのに二人の性格はうまく噛み合っていて、不思議と自然な関係が作り上げられていた。 時間はすでに夜七時。もうすぐ夕食が出来上がる頃だ。 寄り道をほとんどしないつかさにしては、この時間は確かに遅いと言える。 かがみはおもむろに携帯に手を伸ばした。 「ちょっとメールしてみるわね。最近、つかさが帰るのが遅い日って良くあるわよね?」 かがみの言うとおり一ヶ月程まえから、つかさの帰りが遅い日が何日かあった。 その理由を聞いてみても、うまく誤魔化されてしまいはっきりした事が分からない。 一体何を隠しているのかと、いい加減に心配になってくる。 生まれた時から一緒にいる双子の妹が、今どこで何をしているのか分からないのだから不安にもなる。 姉としてそろそろ強く聞いてみないといけないのだろうと、かがみは考えていた。 ちょうどのその時、玄関が開く音がするのと同時にただいまと言う声が届いた。 「つかさ、遅いじゃない。いままで何をしてたのよ」 階段を駆け下りながら、姉としての威厳を誇示しようとその質問を唱えた。 「ええ?なんでもないよ。わあ、今日はカレーライスなんだね。においで分かるよ」 「待ちな、つかさ」 かがみを差し置いて台所へ向おうとするつかさの前に、まつりが立ちふさがった。 まつりは今だ、とかがみとアイコンタクトを送ると、かがみもそれに従いつかさの前に立った。 「今日と言う今日は聞かせてもらうわ。どうして最近は帰るのが遅いの?みんな心配してるのよ」 「な、なんでもないってばぁ……」 つかさはあまり強く言われると弱い。言葉の語尾が聞き取れない程か細くなっているのは、何かを隠している証拠だった。 かがみもまつりもそれを見抜いた。 「ほら、何を隠してるの?言ってごらんよー」 ますます硬直していくつかさの頬を、まつりは軽くつねり上げて二三度程、まるでイネの中の餅のようにこねた。 「うい~う~……、えと……、その……。あのね、私ね……、彼氏が出来たの……」 二人はその言葉の内容を認められない。彼氏。そんな事ありえない。 何かの聞き間違いか、そうでなければつかさの巧妙な嘘に違いない。 本当にそうなのか。つかさに、彼氏が、出来ただって? まつりはもう一度聞き返す。 「か、彼氏が出来たって?つかさに?」 「うん……」 つかさの顔がみるみるうちに赤くなっていく。 そ、そんなの嘘だ!ありえん! かがみもまつりも同じ事を考えていた。 ただ、つかさの紅潮した顔が、真実を語っていた。 それから数日がたち、つかさと彼氏の仲も徐々に深まっていた。 今日は彼氏と公園へ遊びに行く事になっている。 学園から少し歩いたところにある自動販売機の前で二人が合流すると、そのままバス停へと向かった。 そこにはちょうどいいタイミングで目的地へ向かうバスが停まっていたため、急いで掛けて乗り込んだ。 「ねえ、セバスチャン。今日はお仕事大丈夫なの?」 「もちろん。すみません、つかささんともっと沢山一緒にいたいとは思うんですけど、やっぱりこの仕事も大切なんですよ」 「ううん、いいよ。そんなこと心配しないで」 「ありがとうございます。実は最近仕事がうまくいってないんです。少しずつ視聴率が下がって行って……」 「私は毎週らっきー☆ちゃんねる見てるよ。すごくおもしろいよ」 「うん。でも、みんなはそうじゃない……」 「うーん、そうだ、ちょっと気分転換してみない?」 ちょうどその時、バスが市内の公園に到着した。 バスを降りると、つかさは彼氏の手を引きながら、公園の中央にある大きな池の前にやって来た。 その周りにはジョギングする人、犬の散歩をする人、花をつむ少女。 とても賑やかな場所で、なかなか彼氏彼女の雰囲気がにじんで来ない。 それでもつかさはかまわなかった。 「セバスチャン、私ね、私が考えたことを人に見せることが出来るんだよ」 「はは、もしかして絵を描いてくたりするんですか?」 「そうじゃないよ、私の手を握っててね。放しちゃダメだよ。セバスチャンにだけ見せてあげるんだから」 そう言っていつかさが一つ深呼吸をすると、ゆっくりとまぶたを閉じた。 手をつないでいれば、つないでいる人にだけ幻術を見せることが出来た。 何を見せてあげよう。そうだ、私とかがみお姉ちゃんの誕生日の七夕を思い描こう。 お姉ちゃんと一緒に行った山で見た光景。 夏の虫が鳴いていて、火照った体を冷やしてくれる涼しい風が体をやさしく包むあの感じ。 太陽が沈み、夕日が池の水面に反射しきらきらと輝く。 それもつかの間、直ぐに辺りは暗くなり、一番星が瞬き始めた。 徐々に星の数は増えて行き、二番星三番星、もう数え切れない程の星が夜空いっぱいに輝き始めた。 それだけじゃなく、しましま模様の木星や、わっかにはまった土星の姿も見える。 ぼんやりとした白い帯が見えた。天の川だ。 その両脇にはおりひめ様とひこぼし様が立ち、お互見詰め合っている。 そこに三日月型の橋を一本架けてやる。 二人は橋を渡って、ちょうど橋の中央で抱きしめあった。 良く見るとそれはつかさと彼氏だった。 二人はもう二度と引き離されることはない。それがつかさの理想だった。 つかさにとって、幻術を家族以外の人間に見せたのはこれが初めてのことだった。 昼間の公園の、青々とした芝生が生えた木陰に、手をつなぎながら寝ている一組のカップルがいた。 「すごいよ……。一体君はなんなんだ?」 「え?なんなんだろうね……?」 「僕は今までテレビに映っては、普通の人には出来ないことをしてるんだぞって、自惚れてたんですよ。 でもそうじゃない。僕なんてぜんぜんすごくないんだ。つかささんはに全く及ばない……」 「わ、私なんて全然すごくないよ。セバスチャンの方が断然すごいよ!」 「僕からすれば、つかささんは到底手の届かない別次元の存在です。すみません、僕は先に帰ります」 それ以来、彼氏が学園に来ることはなくなった。 まつりがかがみから漫画を借りようと、二階へ上ると隣の部屋から話し声が聞こえて来た。 つかさが電話でもしているのだろうか? 「つかさ、何してんの?」 つかさの部屋の扉を開けてみて、かがみに言われたとおりノックをすれば良かったと、これほど後悔したことはない。 つかさと彼氏が抱き合いながらベッドの端っこに座っていた。 そして二人が固まったまま、まつりの方を見つめる。 「あ、あはは……。邪魔してごめんね!」 慌てて扉を閉めたまつりは、驚いたザリガニの様にすっ飛んで隣のかがみの部屋へノックもせずに入った。 「うわ、何よ姉さん!」 まつりは一呼吸間を空けて、心を落ち着いたのを確認すると隣に聞こえないように小さな声で話した。 「つかさの部屋に、彼氏がいた」 「なっ。ほ、本当に?」 「本当だよ」 「でも、今まで誰かが入ってきた気配がしなかったわ。いつの間に……。ゴホ、ゴホ……」 「どうしたの?」 「なんだか風邪引いたみたいで……、頭がいたいのよ……」 「バカは風邪ひかないって言うけどね」 「別にバカじゃないわよ」 「薬持ってきてあげる」 「ああ、ありがとう」 その後もつかさの部屋から気配がすることが度々続いた。それお陰でまつりにノックする癖も付いた。 ただ、つかさの彼氏がいつやって来て、そしてまたいつ帰っていくのかは誰にもわからなかった。 全く気配をさせないつかさの彼氏は、まるで幽霊のように思えた。 ちょうどその頃からつかさはいつも通りの時間に帰るようになり、以前の様に遅くなることもめっきり無くなった。 ただ、部屋にこもる時間が長くなったようにも思える。 「つかさ、今日で僕たちが出会って二ヶ月になるんだ」 「あ、そう言えばそうかも」 「今日はそれを記念してキスを二回しよう」 「えへへ、いいよぉ」 二人の唇が少しずつ近づいていく。もう直ぐで唇が触れ合う、その時だった。 突然つかさの部屋の扉が開き、いのりが顔を覗かせた。 「うわわ。お姉ちゃん、ノックしてよ」 「……」 いのりは二人を凝視し続ける。 まつりとは反応が全く違ったために、つかさもどう対処すればいいのか困った。 外ではザアザアと雨が降り注ぎ、緊迫した静寂の中ではその音がよく聞こえた。 「おねえちゃん!」 「ああ……ごめん、悪いわね」 いのりは悪びれる風もなく、つかさの部屋から出て行った。 そして階段を下りて行き、一階の自分の部屋へと戻る。 そこには座布団の上にちょこんと座るかがみとまつりの姿もあり、二人とも真剣な眼差しでいのりの姿を見つめる。 異様な雰囲気が漂うなか、いのりが部屋の扉をピシャリと閉めると、まつりが口を開いた。 「どうだった?」 「うん……。あの彼氏は、つかさが自分で作った幻ね」 かがみはそれを聞いて、ハアッとため息をつくとそのまま後ろへ倒れこんだ。その勢いで咳きも出た。 まつりも同じような反応だ。 いのりには幻を幻だと判別する力があった。 直感としか言いようのない感覚で、幻を見ればなんとなく幻独特の雰囲気を嗅ぎ分けることが出来る。 それはつかさにはない、いのりだけの能力だった。 そしてその力が見抜いたものは、幻想に恋をするつかさの姿だったのだ。 まつりの記憶の中では、つかさが自分の幻に酔ったりすることは一度も無かった。 いつもはまつり達を驚かせたり、楽しませたり、ほとんど遊び程度にしか幻を使わないつかさが、どうしてこんな事に。 寂しかったのだろうか?自分たちがそばにいながら、それでもつかさの寂しさを癒せてあげられなかったのか。 いつもかがみが側にいる。学校には友達がいるらしい。それでも足りないのなら、後は……。 まつりは自分を責め続けた。もっと自分がつかさにしてやれる事があったに違いない。 何が足りなかったのかは直ぐには思いつかなかったが、きっと出来ることがあったはずだ。 やりきれない怒りと悲しみが渦を巻き、まつりの体の奥深くへと溶け込んでゆく。 つかさへの対処法は何も提案されないまま、母のお風呂開いたよの言葉で三人は曖昧に解散していった。 明日は土曜日だ。時間ならある。そこできっと何か思いつくさ。そんな楽観的な考えが三人の脳裏にはあった。 つかさは部屋の照明を消し、ベッドに横たわった。 隣にはすでに彼氏が寝息をたてて眠っている。今日もいっぱい喋った。いっぱいキスもした。 とってもいい一日だった。明日もきっといい日になるだろう。 彼氏の寝顔を眺めながら、徐々にまどろみに支配されいく。 ヴーン 静寂に包まれていたつかさの部屋に異音が響いた。 つかさは目を擦りながら起き上がり、異音を轟かせている携帯電話を手に取る。 今が何時くらいなのか分からないが、深夜と呼べる時間であることは間違いない。 メールが一件。 確認してみると、それはつかさの彼氏からのものだった。 隣で眠っていたはずの彼氏は跡形もなく消えているが、今のつかさにして見ればそんなことはどうでもいい。 いや。どうでもいいからこそ幻は消えたのだ。 初めて家族以外に術を使った、あの池のある公園でのデート。それ以来彼氏とは全く連絡が取れない状況が続いていた。 学園にも登校せず、メールをしても返信は来ない。電話をしても出る気配がない。 ただ週に一度だけ彼氏はテレビに映り、はきはきとした明るい声を聞かせてくれていた。 その度に、いのりの言葉が蘇った。 「テレビに映ったラーメンと同じね。さわれないし食べられもしない。ただ見えるだけで、本当はそこにラーメンはないでしょ?」 その言葉はつかさにとって、自分が彼氏にフラれたのだと言う事実を悟っていた。 ただそれを真っ向から否定し続け、いつしか彼氏の幻を作り、偽の関係を築くようになっていった。 幻は今までにないほど完成度の高いものだった。 まるでそこに居るかの様に直接触れることが出来るのだ。 その幻は独自に物事を考えて発言し、感情や個性まである。まさに生きているのだ。 つかさははやる気持ちを押さえ込みながら、受信ボックスにかけられた四桁の暗証番号を一文字一文字キーを強く押し込んだ。 内容は非常にシンプルなものだった。 「明日の十五時に公園に来てください」 明日になれば、本物の彼氏に会える。 様々な期待を抱き、一方で関係を断られるのではないかと言う不安もあった。 眠れない夜が続いた。 次の日、昼ごはんを食べ終わったつかさは、すぐさま出かける準備を始めた。 今の季節ならどの服が一番いい?この帽子は少し子供っぽく見えるかもしれない。 昨日まで雨が振り続けていたのに、今では嘘のよう雲ひとつない青空が広がっている。 あれこれ身支度をしている間に、時間は二時を過ぎていた。 これでは遅刻してしまうかもしれない。つかさは急いで玄関にへと走った。 「ちょっと公園に行ってくるね!」 「待ちなさい、つかさ」 靴を履きかけたつかさをかがみが呼び止めた。 「何?おねえちゃん。ごめん、ちょっと急いでるの」 「彼氏のところへ行くの?」 「そ、そうだよ……」 「やっぱり……。つかさよく聞いて。あのね、あんたの彼氏って言うのは、本当はあんたの作った幻なのよ」 「ち、違うよ!これから会いに行くセバスチャンは本物だよ!」 「昨日いのり姉さんに見てもらったわ。あれは幻だって言ってた。つかさ、目を覚まして!」 「違うッ!!違う違う違う違う!!私は寝ぼけてなんかいないよ!それにセバスチャンはそんなんじゃないもん!」 普段のつかさでは信じられないほどの大声でわめき散らした後、大きな音を鳴らせて玄関を開き、走り出した。 かがみも靴を履かずにつかさの後を追った。足の速さではかがみの方が速い。すぐに追いついてしまう。 しかしただつかさの後ろを走っているだけでは埒が明かず、かがみはつかさのえりを掴もうと手を伸ばした。 ところが実際にかがみが掴んだものはつかさのやわらかい後ろ髪で、イタイッというつかさの悲鳴に驚いて慌てて放したものの、 最悪の状況を作ってしまったことに変わりはなく、振り返りかがみを睨むつかさの瞳からは、すでに一滴の雫がこぼれていた。 出来ることならその雫が地面に接触する前に受け止めてやりたいと思うほど、かがみは後悔していたのだが、 無情にもつかさは頬の水滴が流れ切る前に、かがみとは反対の方向を向いて再び走り出してしまった。 「待ってつかさ!」 かがみはつかさの後を追おうとしたが、足を動かす事が出来なかった。 まつりは母親に近くのコンビニへお使いを頼まれしぶしぶ承諾し、頼まれた卵とついでにアイスも買って帰っていた。 それをうまそうに舐めながら歩いていると、顔をくしゃくしゃにして猛烈に走っていくつかさとすれ違った。 もうすぐ自分のうちの神社の鳥居が見えるだろうというところだ。 そしてちょうど鳥居の前の辺りにはかがみが突っ立っている。 昨日あんな事があったばかりだとい言うのだから、まつりもこれが重大な事なのではないかと気づき始めていた。 しかし本当に重大な事とは、ようやくこれから始まるのだ。 まつりはかがみに走りより、急いで事の事情を聞きだそうとしたのだが、息切れするかがみは物を言わなかった。 少し様子がおかしい。風邪だから?いや違う。まつりのその予感は的中する。 かがみがぐらりと傾くとひざを硬いアスファルトに付き、そしてそのまま上半身も傾き始めた。 慌ててまつりが受け止めようとしたのだが、差し伸べた胸がかがみの肩を抱くことはなかった。 かがみは前に立つまつりの胸を、文字通り、すり抜けた。 まつりのお腹にかがみの腰があり、まつりの背中にかがみの肩があるという状態だ。 かがみはまつりに触れることはなく、そのまま重力に任せて倒れて行き、それに合わせてかがみの体が透明になってゆく。 そして地面に上半身があたりそうな所で、とうとうかがみの姿は消えてしまった。 まつりにとってはまるで夢を見ているかのような感覚だった。 かがみの足がある筈の場所に手を伸ばしてみたが、アスファルトに触れることしか出来なかった。 つかさが走っていった方向を眺めてみたが姿が見えない。 つかさまで消えていないのならば、すでに走り去ってしまった後なのだろう。 つかさはバス停で次のバスを待つ間、姉たちに付かれていないかと心配でならなかった。 姉たちは何も自分の事を、彼氏のことを分かっていない。 それどころか彼氏の存在を否定し、縁を断ち切ろうとさえしている。 ここまで憎悪に満ちた考えが頭をよぎるなんて今まで経験したことなどなく、自分がどうかしてしまったのではないかと怖くなっていた。 しかし悪口は際限なく脳裏を横切り、止め処もなく愚痴がこぼれる。 バスが滑り込むようにターミナルへと侵入してきた。 つかさは辺りを見回し誰も付いて来ていない事を確認すると、乗り込み口につまづきながらもすばやく乗り込んだ。 約束の公園までの道のりのほとんどを、通学に使うバスと電車を使用するため、定期を使いながらの移動となった。 初めて自分の秘密を明かしたあの公園。思い出のあの池がもうすぐ見える。 そして彼も。 池のほとり――ちょうど幻を使ったあの場所に、彼はちゃんと待っていた。 「セバスチャン!」 「つかささん、すみません……、今まで連絡もとらず……」 「いいよ、そんなのいいよ!セバスチャンに会えればそれだけで」 二人はひとしきり抱きしめあいお互いの感触を確かめあった後、彼氏はそっとつかさの耳元でささやいた。 「つかささん、お話があります」 どんな話があるのか興味はあったが、それよりも彼氏と話せることの喜びで深くそのことについて考えていなかった。 公園のすみっこには池の水位調整のために使われる機械があり、二人はその裏に入り込んだ。 そこは青々と生い茂る背の低い木に挟まれていて人目につきづらく、そこで誰が何かをしようとも人目に触れるようなことはない。 「前にここに来た時、僕に幻を見せてくれましたよね」 「うん、そうだったね」 「その力を、世のために使ってみたくはありませんか?」 「え?」 「つまりその力をテレビで紹介するんですよ!世界中の人たちはきっとその力を求めてるはずです!」 「ダメだよ……。私の力なんて、見てくれだけで何にも出来ないよ」 「そんなことはありません!例えばテレビだってただ見て聞いているだけですけど、ご存知の通り世の中に強い影響力があるじゃないですか。 つかささんにだってそれだけのことが、いやもっとすごい事が出来るんですよ」 「でも、それにお父さんとも約束したから――」 「お父さんだって、つかささんの活躍をご覧いただければきっと納得してくださいます」 長年守り続けてきた家族と交わした約束事。この約束を守ることが常に当たり前のものなり、それを破るなんて考えもしなかった。 目の前の彼氏の目に宿るものは、ほんの少し前の彼のそれとは別の物へとすり替わっていた。 つかさはその瞳を見て、地の底から湧き上がる赤黒い溶岩を連想した。 地べたを這いながら触れるものをことごとく飲み込み、逃げ遅れれば助かる見込みはない。 ふたりが付き合い始めた頃のあの、深海の水の様に深く透き通っていた瞳はもうどこにも見つからなかった。 もはやつかさの知っている、彼氏ではない彼氏が、今、つかさに迫りかかろうとしていた。 「……ダメ……」 こう答えるほかにない。 なぜ彼氏が、何を考えてこんなことを喚きだしたのか想像など出来ないし、今の彼について行って自分がどうなってしまうのかは考えたくもない。 「ごめん、私帰るね」 おびえて何も言えない中、なんとかその言葉だけを告げた。 消えて無くなってしまったかがみを探していたまつりは、気が付いたように慌てて姉のもとへ駆け込んだ。 いのりは巫女服を着込み、本堂の前でお守りの整頓をしていた。 「姉さん!かがみが!かがみが消えちゃったよ!かがみが!かがみが!」 「消えた?なに、どういうこと?」 いのりは慌てふためく妹を落ち着かせるのに苦労した。 ただ、まつりの言う消えたという言葉が全てを物語っていたのだ。 ひざが笑い出し、肩の力が抜け、そして軽い吐き気がいのりを襲う。 その場にしゃがみ込み、ほんの少しじっとしていたかと思うと突然立ち上がり、そして何かをあきらめたかの様にまたしゃがむ。 「姉さん、どうしたの?どうなっちゃったの?」 まつりもいのりの隣にしゃがんで、二人の姉妹が並んだ。 つかさは一歩二歩と後ずさり三歩目を踏み込もうとしたとき、男の腕がすっと伸びてつかさのきゃしゃな腕を鷲づかみにした。 「待てよ!これはビジネスチャンスだ!パフォーマンスだ!金だってわんさか手に入る!じゃじゃ馬パートナーと組んでテレビ出演だってもうしなくていいんだ」 「私そんなのやらない!放して」 「どうして分かってくれないんだ!つかさ、目を覚ませよ!」 ちょっと前にもお姉ちゃんに同じ事を言われたな、と姉の警告を無視した自分が嫌になった。 「いやあ!放して!助けて、お姉ちゃん!」 「まつりは覚えてないかもしれないわね、かがみが生まれてきた時の事を……」 「うん、そうだね。私もちっちゃかった頃だから。それとかがみが消えちゃったことと関係が?」 「……まだ気が付かない?ごめん、冗談よ。いいわ、話すわ。つかさはね、赤ちゃんの頃から泣き虫で、よくお母さんを夜泣きで起こしていたものよ。 私もそのころは随分小さい頃だったから、実際はまつりみたいに記憶が曖昧なんだけど、お母さんは随分と苦労してたみたいね。 まあ、その頃はあんたも当たり構わず落書きをしてお母さんを困らせていたけどね」 「そんな話はいいてっば。パス。早くかがみのことを教えてよ」 「ごめんごめん。確か……。つかさが一歳の誕生日になった時ね。その時、二人分の泣き声が響いたわ。 その頃になれば私の力も随分と熟してきていてね、幻は想像通りのものが作れたし、自分でそれが幻だって言うことも見分けられたわね。 さて、二人の鳴き声に呼ばれて、お母さんと、お母さんと一緒についてきた私がつかさが寝ているベッドへ行ってみると、かがみも一緒に泣いていたのね。 それを見て、お母さんは腰を抜かして、それから私に問い詰めてきた。けれど私じゃない」 「なに?どういうこと?姉さん何かしたの?」 「まだ分からない?そうね、つかさが生まれたとき、あの子は一人で産まれてきたのよ。双子じゃなくてね」 「うそ……」 「やっと分かってきたかしら?かがみを産んだのはお母さんじゃなくて、つかさの、双子の姉が欲しいと願う、心。 かがみはつかさの心を写し取った鏡。やさしくて、一番頼りに出来て、自分を守ってくれて、最も理想の姉。 かがみは初めからいなかった。つかさは何も自覚してないみたいだし、気づいてもいないみたいだけど……。かがみはね、つかさが作った幻なのよ」 「そんなっ……。そんなのってないよ!冗談でしょ!?今までずっとかわいい妹だって思っていたのに、それがありもしない幻だったって?そんなの信じられるわけがないよ!」 「私は本物と幻とを見分けられるわ。かがみも、昨日つかさの部屋にいた男と同じ気配がする。 もっと身近なものを見てみなさいよ。さっきかがみが消えたんでしょ?そんな事、現実にはありえない」 「そ、そうだけど……」 「ねえ、まつり。ここからが重要なの。かがみ、最近風邪気味だったじゃない。もしかしたら、あれは今の事態の兆しだったのかも知れないわね。 さっきかがみとつかさが喧嘩してたのは、ここにも声が聞こえてきたからわかったんだけど、どうやら彼氏の存在がかがみの存在以上に大きくなっちゃったみたいね。 本当にいるのかどうかは分からないけど、彼氏がいるから、つかさのかがみへの意識が薄くなっていったんだと思うわ。 それが原因でつかさの心で作られたかがみの体にも影響が出て、風邪に。 そしてついさっき、つかさはかがみが邪魔だと思うようになってしまって、とうとう消えてしまったのよ」 「そんな、そんなあ。かがみが幻だって事を信じるか信じないかは置いといて、仮に本当にかがみが幻だとしたなら、 かがみは、つかさのちょっとした気まぐれで消されちゃったって言うの?」 「幻は術者の心で出来てるのよ。倫理や理屈なんて関係なく、そう思えば正直にその通りになるわ」 「く……」 かがみはバス停まであと少しという所を走っていた。 会ってどうすればいいのか分からないのに、早くつかさに会いたくてたまらない。 あたまがくらくらするのは、道路の上に寝そべっていたからなのか、それともあれが真実だからなのだろうか。 ほんの数分前、消えていたかがみの体が姿を現し、なぜ自分が倒れていたのか分からぬまま彼女は起き上がった。 そしてその理由を直ぐに理解してしまう。 神社でしゃがみながらするいのりとまつりの会話が、かがみの耳に届いてしまったのだ。 暫くしてバスがターミナルに到着し、かがみはすばやく乗り込んだ。 男は自分のパートナー、小神あきらの手を握っていた。 「あ、あきら様!?」 「あんたいい度胸してんじゃない。じゃじゃ馬パートナーだ?ぁあぁん?」 「いや……、これは……」 そんな筈はない。彼は目の前の光景を拒否するのに精一杯だ。 ほんのまばたきをした間に、柊つかさからあきら様に摩り替わるなんて常識的におかしい。 一応は術を受けないよう警戒してつかさを捕まえたのだが、やはり手袋をして直接つかさに触れないようにしたぐらいでは防げない様だ。 あきらの声はもちろん、中学生らしい小ぶりな手とそのやわらかさ、その触感はまさに本物だった。 しかし所詮は幻だ。男は自分に強く言い聞かせた。 今は確実につかさの手を握っているはずで、この手を放さない限りはつかさが逃げることはできない。 「あ、本物の小神あきらだ!」 長く青い髪の小さな少女が、いや確か同じクラスの女子だった気がするが、とにかくあきらのファンなのだろう彼女は二人の方へふらふらと歩み寄りつつあった。 まずい、野次馬が集まられては公園から出ることすらできやしない。 「あ、すみません。今はそういうのはお断りさせていただきます」 男は適当な理由をつけて相手をまいた。 その後に気が付いた。今の少女も実は幻だったのではないかと。ここは人目に付きづらく、そんな簡単に見つかるはずがない。 これもまずい、現実と幻の区別がすでにつかなくなっている。 次に現れたのが監督だった。 「おいどうした。そんなだからいつまでたってもお前はくずなんだ!」 「……っ」 男が一番嫌いだと思う物が監督だった。 こんな所に監督がいるわけがない。彼は必死に監督の言葉を無視し続けた。 気が付けばそこは樹海だった。 いつか樹海の水を汲んで来いと言うあきらの突然の指示で、あるいは監督の指示だったのかもしれないが、その時に見た光景がそのまま目の前に広がっていた。 しっとりとしたあの空気。その中で漂う木の匂い。全てがあの時のまま再現されている。 茂みの中からワニがこちらを睨んでいる。これは幻なのだと分かっていても、正直怖い。 「きゃあ、あきら怖あい。助けて~☆」 こんな状況の中で、隣のあきらは胡散臭い声をあげる。 あきら、いやつかさの腕を握る手の中で何かがもぞもぞと動き出す。 気持ち悪くなってそっと指を延ばして中を確認しようとすると、その隙間から何十匹のムカデが溢れだし、ぼたぼたと腐葉土に落ちていく。 男はここが限界だった。 「ウアッ、アーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」 握っていたものから手を離し、気が狂ったような叫び声を上げながら公園を走っていった。 かがみが公園の入り口に着いたのはそれから十分ほど後のことだった。 「つかさーーー!」 公園を見回した限りではつかさの姿は見えない。 土曜の昼ともなれば公園内にはかなり沢山の人達が集まっており、その一人一人の服や顔を見ていくのは骨の折れる仕事だった。 いくつもの不安な考えがよぎる中、公園中のいたるところを駆け回ってつかさの捜索をしていった。 池の中で溺れてやしないか、彼氏に何かされたんじゃないだろうか、もうここにはいないのだろうか。 かがみはパイプが入り組んでいる本来なら立ち入り禁止の区画に足を踏み入れた。 「つかさ、みーつけた」 生い茂る低い木の隙間には、数百のぬいぐるみがうず高く積み重なり大きな山なっていた。 その中には小さく縮こまっている妹もいた。 「え?おねえちゃん?」 「帰ろう」 「うん……」 「お姉ちゃん」 「うん?なあに?」 「お姉ちゃんが一番大好きだから」 「私もつかさが大好きだよ」 姉はぬいぐるみの山に潜り込むと、妹の体を抱き上げた。 山は崩れ、次第に消えていく。 「えへへへへ」 「ふふふ」 やっぱり自分はつかさによって作り出された幻なのかも知れないと、この時かがみは思った。 つかさにとっての理想はかがみ以外にいない。 これからつかさと付き合っていくこと、自分が幻だと言う事に不安を感じる必要はなにもない。 かがみにとっての理想もやはりつかさだったのだ。 まつりは立ち上がった。 「姉さん、私、つかさにその事を話す」 「ダメよ!そんな事したらつかさが傷つくだけだわ!」 「かがみは幻だったんだって、つかさに現実を教えなくちゃ!」 「そんな事をしてどうするの?そんなことすればかがみに二度と会えなくなっちゃうかもしれないのよ」 「私だって、かがみに会えなくなっちゃうのは嫌だよ!大丈夫、たとえ幻でもかがみはかがみだよ。 つかさはそれを知ってもきっとうまくやっていけるから」 まつりは歩き出した。行動は早くした方がいい。つかさがどこへ行ったのかは知らないが……。 いのりも立ち上がり、まつりの腕を握り締めた。 「待ちなさい、まつり!このままそっそして置いてあげて。かがみがいない事がつかさにとっての理想なのよ」 「そんなはずないよ!つかさには教えないといけないんだ。現実と向き合うことが大切なんだよ」 「まつりには何も分からないわ。幻術を使うことがどういう事なのか。幻が何なのか」 「姉さんこそ現実を見ないとダメだよ!」 まつりはいのりの手を振りほどき、自分達の家へと掛けて行く。 彼氏とかがみが同種だったと言うことはショックだった。 昨日は彼の存在を否定してしまったのに、かがみだけは否定できない。 矛盾している。 多分、自分の家族だからなんだろうと、まつりは開き直るしかなかった。 残されたいのりは、瞳が濡れ始めていた。 「まつりの言うとおりなのかも知れないわね。私も……現実を見なくちゃいけない時が来たのかしら……」 まつりは神社から一旦出るため、鳥居の近くの手水舎の前を走っていた。。 その周りには大きな水溜りが出来ていて、その水面にはきらきらと輝く太陽と一緒にまつりの姿も写った。 まつりがその上を飛び越えようとした時、水面で揺れる太陽はまつりの体で覆い隠されるはずだった。 しかしその輝きはまつりの体を透き通り、なおも水面で輝き続けていた。 まつりはそれを見て、とっさに太陽を踏みつけ揉みくちゃにしてやろうとする。 しかし、その足が水面に触れることは、なかった。
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【デュエルパート3】 簡単に今の状況を整理しよう。 こなたの手札は2枚、フィールドには伏せカードが1枚だけ。ライフは7000だ。 かがみの手札2枚、内1枚は『狂気のバルサミコ酢』、フィールドには守備の『柊みき(タダオカウンター1)』、攻撃の『柊かがみ』、『柊つかさ』、『日下部2200(あやの合体)』(2ターン攻撃出来ない)、『柊まつり』の5体と、伏せカードが1枚だ。ライフは4800。 そして、今はこなたのターン。どう動くのか!? 「私はみなみんを召喚!」 『岩崎みなみ』がフィールドに現れる。 攻撃力1500、守備力1300。☆×4。 「攻撃表示? 何考えてるの?」 「みなみんの特殊効果、このカードを生贄に捧げることで墓地のゆーちゃんを裏側守備表示でセットすることが出来る」 「!? またあの娘!?」 『岩崎みなみ』が墓地の『小早川ゆたか』を連れ出し、軽く応急処置をする。そして自分は墓地へと退場して行く。 フィールドには裏側守備表示の『小早川ゆたか』がセットされた。 「私はこれでターンエンドだよ……」 「打つ手が無いみたいね、この勝負もらったわ! 私のターン、ドロー!」 『小早川ゆたか』の効果は、戦闘で破壊されないという効果だ。そして裏から表になったとき、デッキから『泉こなたLV4』を特殊召喚できる。 まだ逆転のチャンスはある。 「戦闘で破壊されないなら効果で破壊すれば良い。私はつかさのもう1つの効果を発動!」 「もう1つの効果!?」 「そうよ。このカードを墓地に送ることで、レベル4以下の『柊』と名のつくカードを1体、デッキから裏側守備表示でセットすることが出来るの」 『柊つかさ』が「なんじゃこりゃあぁー!?」と墓地へ消えていく。 「裏側守備……まさか!?」 「そのまさかよ! 私はデッキから2枚目のつかさをフィールドにセット! この意味、分かるわよね?」 「くぅっ……」 『柊つかさ』は裏から表になったとき、相手フィールド上のモンスターを破壊できる効果を持っている。そして、今のこなたにはそれを回避する手段がない。 だが、セットしたターンは表に出来ないので、このターンは凌ぐことが出来る。 「まつり姉さんで守備モンスターを攻撃!」 「な、破壊されないのに!?」 「承知の上よ」 まつりの攻撃により、ゆたかが姿を現す。 「その娘の効果でデッキから『泉こなたLV4』を攻撃表示で特殊召喚するはずよね?」 「う……ばれてたか……」 フィールドに2枚目の『泉こなたLV4』が現れる。 「これを狙ってたのよ! 『柊かがみ』で『泉こなたLV4』を攻撃! 究極の愛」 「えぇー! さっきと技名違うー!」 『柊かがみ』が荒い息を上げながら『泉こなたLV4』に襲い掛かる! 「え、永続トラップ発動! 『幸せ願う彼方から』」 「何ぃ!?」 「手札を1枚捨てることで、モンスター1体を1度だけあらゆる破壊から免れることが出来る」 「あら、やっと私が出てきたわね♪」 カードの絵柄は、こなたとそうじろうの背後にかなたが居るという図だ。 「でも戦闘ダメージは適用されるでしょ!」 「くっ……」 こなたは1300のダメージ。ライフは5700に。 「今の戦闘で、私の攻撃力が更に上がるわ」 「攻撃力3300……」 戦闘するたびに攻撃力が上がる……正に柊強暴伝説の名に相応しいカードだ! 「私は手札から捨てた『こなたの携帯電話』の効果を発動! このカードのみが他のカードの効果によって手札から墓地に行ったとき、デッキからカードを2枚ドローする」 「私はこれでターンエンドよ」 相変わらず二人の有利、不利が交互に入れ代わるこのゲーム。しかし、これは良い試合でもあるのだ。見てる分には退屈かもしれないが、やってる本人達にしてみれば、一方的に攻められるよりも断然良いだろう。 さて、だいたいデュエルの流れは解って来たと思う。ここからは解説無しのこなた視点でお送りさせていただく。 ―――――― 「私のターン、ドロー!」 このカードは……! まだ、私には勝機がある!! 「魔法カード『ポイント使用』! 場のレベルを持つモンスター1体と墓地のモンスター1体をゲームから除外する事で効果発動」 「……」 見せてあげるよ、私の真の姿をね! 「デッキからレベルを持つモンスターを、召喚条件を無視して特殊召喚できる!」 「召喚条件を無視!?」 「場の私と墓地のパティをゲームから除外して、『泉こなたLV9』を特殊召喚!」 ようやく私の最強カードが使えるのか、どんな姿なんだろ……。 「うぉっ!? まぶしっ」 私のフィールドが光に包まれる。やがて後ろ姿が見えてきた。 「…………」 ん? 何でそんなに見とれてるの? ま、いつもの事か……。 「…………」 さりげなくお母さんを見ると、お母さんもかがみと同じ様にフィールドの私に見とれていた。 「ちょ、お母さ……泣いてるの?」 「ごめんね、まさかこんな形で見られるとは思わなかったから……」 お母さんが感激するほどの姿なのか……、一体どんな――! 再び前を向くと、光は消えていて、その姿が確認できた。その姿とは……。 「う、ウェディングドレスー!?」 「ふつくしい……」 「素敵ね、こなた」 そこには白のウェディングドレスを着て、手に花束のブーケを持っている私が居た。しかもお化粧までしてるし……。 攻撃力3300、守備力2500。☆×9。 って、強っ! かがみと同じ攻撃力じゃん! 「相手は……?」 「へ?」 「こなたの相手は勿論、私よね!!」 うわぁーい……。ま、予想通りの反応だけどね。 「何言ってるんですか、こなたの相手はそう君に似たカッコイイ男の子に決まってます!」 「アンタに聞いてないわよ!」 「むむ……」 ちょっと、二人とも……デュエルを続けますよー。 ふむふむ、どうやらレベル9は今までの貫通能力じゃないみたいだ。でもこの能力ならこのターンで勝てる! やるぞ! 「『泉こなたLV9』の効果! 手札を1枚墓地に捨てることで、ターン終了時まで相手モンスターのコントロールを得ることが出来る」 「はぁ……こなたぁ……」 「聞いてないし」 心を鬼にするとか言っといてこれだよ……。いいや、聞いてないなら勝手にやっちゃうもんね。 「手札を1枚捨てて効果発動! その効果により、『柊かがみ』のコントロールを得る!」 よし、これで勝ち……。 「ERROR! ERROR!」 「え!?」 エラー!? そんな事って……! 「ん? 何かしたの?」 「かがみに私の効果を発動したらエラーになっちゃったんだよ!」 「ん~、そりゃそうよ」 「なんでさ」 まさか、かがみ……デュエルディスクに細工を!? いつの間に……。 「言うの忘れてたけど、お母さん『柊みき』の効果よ」 「って、効果モンスターだったの!?」 「このカードがフィールド上に存在する限り、このカード以外の『柊』と名のつくモンスターカードは、相手モンスターの効果を無効にすることが出来るの」 「そ、そういうことは先に――」 「聞かないのが悪いんでしょ? 教えるなんてルールはないんだし」 「うっ……」 確かにそうだけどさぁ……むむむ。 そーなると、コントロールを得ることが出来るのは『柊みき』本体と『日下部みさお』だけか……。みさきちはひよりんの効果で、まだ攻撃できないから意味ないし……かがみのお母さんは弱いし……。 「さぁ、誰を奪うのかしら?」 「うー……」 「こなた、その効果は手札があれば何回でも出来るのよね?」 「え? あ……」 そうだ、この効果は1ターンに1度なんて書いてないじゃん! 私の手札はまだ1枚ある、つまり……! 「アドバイスありがとう、お母さん!」 「いえいえ、役に立てて嬉しいわ」 「よーし、先ずは『柊みき』のコントロールを貰うよ」 「……」 『柊みき』がかがみのフィールドから私のフィールドに移る。 「更に手札を1枚捨てて、今度は『柊かがみ』のコントロールを得る!」 「ちっ、気付いたか……」 これで私のフィールドには、攻撃力3300のモンスターが2体となった。まだこのターンで勝つことは出来ないけど……やれるだけやってやる!! 「バトル! 『柊かがみ』で……」 ここはやっぱり攻撃力が高いモンスターを倒した方が良いよね。 「みさきちに攻撃だ!」 「……!!」 かがみがみさきちに攻撃するが、峰岸さんが前に出て代わりに破壊された。合体したみさきちの効果だね。 「峰岸と合体した日下部を倒すには、2回攻撃しなきゃダメなのよ」 「分かってるさ、でもダメージは受けてもらうよ」 今の攻撃でかがみのライフは3700だ。やっと半分近くに減ったよ……。 「峰岸を破壊したことで私の攻撃力は300ポイントアップするわよ」 攻撃力3600か……。このターンしか使えないのが惜しいね。 「次に、私LV9でかがみのお姉さん……『柊まつり』を攻撃! ハイ――」 「幸せな未来へのロード!!」 「ちょ、お母さん……」 「一回言ってみたかったの♪」 フィールドを見ると、かがみのお姉さんは居なくなっていた。なるほど、幸せな未来へのロードか……。がんばれ! 立体映像だけど。 これでかがみのライフは2100!! もう一息だ!! 「やってくれるわね! 罠カード発動!」 「え!?」 そういえば伏せカードの存在を忘れてた!! 「『ふざけんじゃないわよ!』。これは自分モンスターが破壊されたとき、相手モンスターを1体破壊する効果を持っているわ!」 「!!」 「私は……もったいないけど、こなたを破壊!!」 物凄い爆音と共に、私のLV9は跡形もなく消えてしまった。 「そ、そんな……!!」 そして私は気付く。これを避ける手段があったことに……。 永続罠『幸せ願う彼方から』の効果を使えば良かったんだ。 このターン、私の効果を使わずに、私とかがみが相打ちをする。手札を1枚捨てて私は破壊を免れる。かがみも自身の効果を使い復活するだろうけど、攻撃力は元の2700に戻る……そうすれば次の私のターンで倒すことが出来たのに!! 私の効果の魅力に負けず、手札を残していれば……! 「これでこなたのエースモンスターは無くなったわね。次のターンで私の勝ちよ!!」 「……『泉こなたLV9』が戦闘以外で破壊されたとき、フィールドに『アホ毛トークン』を1体、守備表示で召喚する……」 フィールドに私と同じアホ毛が現れる。守備力1100……壁にもならないよ。 「ターンエンド……」 「モンスターは返してもらうわ。私のターン」 「…………」 「つかさをリバースし、効果発動! ゆたかちゃん撃破よ!」 「くっ……ゆーちゃん」 これで私を守るモンスターは『アホ毛トークン』だけ……! やばいって!! 「これで終わりよ、お母さんを攻撃表示に変更! バトル!」 「――っ!?」 「つかさで『アホ毛トークン』に攻撃!!」 壁が……失くなった。 「続いて、お母さんでこなたに直接攻撃! 高等祓い術!」 かがみのお母さんが私の目の前に来て、なにやらお祓いを始めた。……良かった、これなら直接攻撃でも痛くな―― 「ああぁぁぁぁっ!!」 「お母さん!?」 お母さんがもの凄く苦しんでいる。まさか……幽霊だから!? 「お母さん! お母さん!!」 「はぁ……はぁ……、大丈夫よ……」 「あら、闇こなたには効果抜群のようね」 「かがみ……!! いい加減に目を覚ましなよ!!」 「目を覚ますのはそっちでしょ! 『柊かがみ』で直接攻撃!! 一刀両断ry」 ちょ、そんなの喰らったら死ぬって……!! 「ぐぁ……!!」 「安心して、峰打ちだから」 ポッキーに峰打ちなんてないと思うけど……。 「こなた……大丈夫?」 「はは……何とか……」 残りライフは600か……。手札もない、フィールドには永続罠が1枚だけ……絶望的だ……。 「今の攻撃で『柊かがみ』の攻撃力が3900になったわ。ま、もう意味ないでしょうけど」 この状況でどうやって勝つ? 「日下部も次のターンで攻撃出来るようになるけど意味ないわね。私はこれでターンエンドよ」 「……」 無理だ……。 「こなた? どうしたの? 早くドロー……」 「勝てないよ……」 「え?」 「勝てっこないよ……。手札はゼロ、フィールドにはもう役に立たない罠カードが1枚、この状況でどうやったら逆転できるの?」 「……」 「無理でしょ? エースモンスターも殆ど墓地に行ってるし、ライフの差だって……これでどうやって勝てって言うんだよ!」 「こなた……」 思わず声を荒げてしまう。出来ないと分かったら難癖付けて……まるで子供だね私……。 「でも、こなた――」 「良いんだよ、もう……私はかがみと幸せに暮らすよ、この世界の人達だってホントはそれが望みなんでしょ? 私それほどかがみは嫌いじゃないし、もうこのまま――」 「こなた!!」 頬がひりひりする……、お母さんに叩かれた……? 私は叩かれた頬を抑えて呆然としていた。そしてお母さんを見ると、泣いていた……。 「こなた、自分が何を言ったか分かってる?」 「……」 「お母さんがここに来た理由は最初に言ったでしょ? それをどうしてちょっと負けてるからってそんなに自暴自棄になるの? 世界の人達がそんなこと望んでる訳無いでしょ……それに、こなたは何の為に今まで戦ってきたの?」 「ぁ……」 そうだ、私はかがみを助けるために……。あの楽しかった日々を取り戻すために……! 「お母さん、ごめん。私どうかしてたよ」 「お母さんの方こそごめんね、痛くなかった?」 「平気だよ。それに嬉しいよ」 「……?」 「お母さんに叱ってもらってね」 「ふふっ……叱ってもらって嬉しいなんて普通の子供じゃ言わないわよ♪」 「はは……」 だってお母さんに叱られるなんてもう二度と来ないかもしれないもんね。 「こなた、アヤメの花言葉は知ってる?」 「信じる者の幸福、最後まで諦めるなって事だね!」 「頑張って!」 まったく私らしくない。そうだよ、私が今までゲームでかがみに負けたことがある? 答えはノー。どんなゲームでも負けたことはない、それはこのデュエルでも同じ!! 「私は完全に空気ね」 「行くよ、私のターン! ドロー!!」 「いくらなんでも、そのカード1枚で逆転なんて不可能よ。ターンエンドして私の勝ちね♪」 「ふふふ、それはどうかな? かがみぃ~ん」 「な、何よ……急に余裕になったじゃない」 さぁ、読者の諸君! お決まりのBGMを脳内再生の時間だよ!! 「魔法カード『アホ毛サーチ』を発動! 墓地からモンスターを3体デッキに戻し、その後カードを2枚ドローする」 「手札を増やしたところで――」 「魔法カード『親子の絆』発動! 墓地に『泉そうじろう』・『泉こなたLV4~9』があるとき、ライフを半分払い『泉そうじろう』と『泉こなたLV6』を特殊召喚する!」 「そんなカードが出てきたところで私の『かがみ』には――」 まさかこんなカードがデッキに埋まってたとはね……行くよ、お母さん!! 「フィールドに『泉こなた』・『泉そうじろう』・『幸せ願う彼方から』の3枚が揃っている時、『幸せ願う彼方から』を墓地に送る事で手札から『泉かなた』を特殊召喚!」 フィールドに天使の翼を生やしたお母さんが現れる。 攻撃力0、守備力0。☆×10。 「自分とそっくりなモンスターがフィールドに居るなんて、なんだか不思議な気分ね♪」 「ふん、どんなモンスターが出るかと思えば……攻撃力0の雑魚モンス――」 「お母さんの効果、ライフを半分払い、全フィールド上のモンスターの攻撃力を0にする!」 「な、何よそれ!」 私のライフは300から150へ、でもそんなのもう気にしない!! 「そして効果の対象になったモンスター全ての元々の攻撃力を足した数をこのカードの攻撃力にする事が出来る!」 フィールドのモンスターの元々の攻撃力は……お父さん2200、私2500、かがみのお母さん1500、かがみ2700、つかさ1200、みさきち1700……つまり……。 「攻撃力11800のモンスターですって!?」 ありゃ、流石かがみ。早いね。 「かがみ、勝ちに急いで何も伏せなかった事を後悔するんだね!」 「そんな……、ありえない……!!」 「お母さんで『柊かがみ』に攻撃! 行くよお母さん!」 「えぇ!」 「「スターライトエクスプローション!!」」 『泉かなた』の翼が広がり、そこから光のビームが『柊かがみ』に直撃する。かがみの攻撃力は0なので、実質ダイレクトアタックと言っても良いかもね。 「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」 オーバーキル!! 遂に勝ったんだ!! 「勝ったぞぉー!!」 「よく頑張ったわ、こなた」 長いようで短かったけど……ようやく終わったんだ! この達成感は異常だね。 「私が負け……た?」 「かがみ!?」 ドサッとその場に倒れてしまったかがみ。どうしたの? まさか……!? デュエル終了、そして……
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ばれるわけが無い。そう自分に言い聞かせて、少女はそれに近づいた。 ばれてしまっても、ちょっとした悪戯で済むはずだ。そういった軽い気持ちで事を実行に移す。 それが、あの惨事への幕開けとも知らずに…。 - チョココロネは食べられない 出題編 - 「ふ~んふふ~ふふ~ふん♪」 「朝からえらくご機嫌ね」 ある日の登校時。かがみは先程から鼻歌を歌いながら歩くこなたにそう聞いた。 「そりゃあ、機嫌も最高潮になるよ…ほら、これ見てよ」 そう言ってこなたが鞄から取り出したのは、なにかの店の名前が書かれた紙袋だった。 「ベーカリーってことはパン?どこのお店の?」 「あ、こなちゃんそれって駅前のパン屋さんの!?買えたんだ、すっごーい」 それを見たつかさが歓声を上げた。 「ホントですか!?わたしもあのお店のパンは凄く好きなんですよ」 珍しいことにみゆきまでもが食いつく。 「えっ…二人とも知ってるんだ。どこのだろ…」 「おーっと。食いしん坊かがみんがこの情報を知らないなんて、槍が降るねこりゃ」 「うるさいなあ。わたしだって年がら年中食べ物のこと考えてるわけじゃないわよ…ってかそんなに食いしん坊って訳でもないわよ」 かがみが何時も通りこなたにからかわれようとしているのを察したつかさは、助け舟を出そうと二人の会話に口を挟んだ。 「ほら、お姉ちゃんアレ。この前まつりお姉ちゃんが買ってきたのだよ。お姉ちゃん、美味しいって五個くらい食べてたじゃない」 助けるどころか上から重しを落としていた。 「…五個て…」 「…あのパン屋さん、普通のところより全体的にパンが大きかったですよね…」 こなたどころか、みゆきまでもが一歩引いてかがみを見つめていた。 「…つかさ…後で覚えてなさいよ…」 「えーっと…あ、そうだこなちゃん!どんなパン買ったの!?見せてほしいな!」 見つめられている箇所がチリチリと熱いかがみの視線を受けたつかさは、冷や汗をたらしながら話題を変えようとした。 「つかさ、タゲ逸らし乙。ま、それはそれとして…聞いて驚け!なんと限定チョココロネをゲットできたんだよ!」 某ハイラルの勇者のごとく、高々と紙袋を掲げるこなた。それを見て、かがみが呆れた顔をした。 「チョココロネって、またあんたらしいな…ってかコロネ一つでそんな大層な…つかさ?」 かがみはつかさの様子がおかしいことに気がついた。魂が抜けたかのように、こなたの持つ紙袋を見つめている。 「つかさ?おーい、つかさー?」 かがみがつかさの顔の前でひらひらと手を振る。 「って、えええええええぇぇぇぇぇぇっ!?」 「うわあ!?びっくりした!」 それに反応したのか、つかさが突如大声を上げ、かがみは驚いて三歩ほど後ろに下がった。 「ど、どうしたのよ?急に…」 「だってチョココロネだよ!数量限定だよ!一番人気なんだよ!普通買えないよ!どうやって買ったのこなちゃん!?」 普段からは想像もつかないような勢いでまくしたてるつかさを、かがみは冷や汗をたらしながら見ていた。 「そ、そんなに凄いんだそのコロネ…みゆきは当然知ってるのよね?…って、みゆき?」 かがみが先程までいた場所からいなくなったみゆきを探すと、こなたが掲げる紙袋に今にも食いつかんとする位置にいた。 「ちょっとみゆき!なにやってんの!?」 「え?…って、うわあ!みゆきさん!?」 かがみの声でみゆきの接近に気がついたこなたが、慌てて紙袋を胸元に抱き込んだ。 「あっぶなー…かがみならともかく、みゆきさんは盲点だった…」 「どういう意味だ…ってか、ホントになにやってるのみゆき…」 「す、すいません…その紙袋を見てたら無意識に…」 「みゆきが理性を無くすほどなんだ…ねえ、こなた」 「一口もあげない」 「…まだ何も言ってないわよ…いや、当たってるんだけど…」 これ以上外に出しておくのは危険だと感じたこなたは、紙袋を鞄の中にしまい込んだ。 「今日はニ時間目の体育がマラソンだったから、かなーりブルーだったんだけどねー。これでばっちり乗り切れるよー」 これ以上はないくらい嬉しそうに鞄を抱きかかえて歩き出すこなた。 「こなちゃん、いいなー」 「はい。羨ましいです…」 そのこなたの後ろをつかさとみゆきがついていく。 「………ふーん」 その更に後ろを歩くかがみは、顎に手を当てて何かを考え込んでいた。 体育の時間。こなたは文字通り風となっていた。 「うりゃりゃりゃりゃー!!」 「…こ、こなちゃん…速すぎるよ…」 「…ぜ、全然追いつけませんね…」 つかさどころか、みゆきすらも周回遅れにしそうな勢いのこなたを、クラス全員が『こいつホントに人間かよ』みたいな目で見ていた。 「いやー、走った走った。これだけお腹空かせれば、お昼もより美味しくなるに違いないよ」 「…それで…あんなに、張り切ってらしたんですね…」 満足気に汗を拭くこなたの横で、みゆきが息も絶え絶えに座り込んでいた。 「ってかみゆきさん、わたしに合わせようとしなくても良かったのに」 「…周回遅れは…嫌でしたので…」 「うーん。みゆきさんは、変な所で負けず嫌いだなあ…タオル、濡らしてこようか?」 「…はい…お願いします…」 こなたはみゆきからタオルを受け取ると、水道の方へと駆け出した。 「…まだ…走れるんですね…」 呆れたようにこなたを見送ったみゆきは、自分と同じようにへたばっていたつかさが、立ち上がって校舎の方を見ているのに気がついた。つかさの目線を辿ってみると、どうやら自分達の教室の方を見ているようだった。 「…つかささん?どうかなさいましたか?」 みゆきがそう声をかけると、つかさはビクッと身体を震わせ慌てて視線を戻した。 「な、なんでもないよゆきちゃん…なんでもないから」 「…そうですか?」 「次乗り切れば、お昼だねー」 三時間目終了後の休み時間、こなたは嬉しそうにつぎの授業の準備をしていた。 「こなちゃんのコロネが気になってしょうがないよ…」 「そうですね…」 つかさとみゆきは授業の準備をしながらも、こなたの鞄を見つめていた。 「よし!準備完了!トイレでも行くか!」 そう高らかに宣言しながらこなたは席を立った。 「こ、こなちゃん…そんな事あんまり大きな声で………あ…こなちゃん、わたしもいくよ」 そう言いながら、こなたに続いてつかさも席を立つ。 「んじゃ、連れションといきますか!」 「こなちゃーん、やめてー」 教室にいる全員の視線を集めながら、二人は教室を出て行った。 「…つかささんも、大変ですね」 二人を見送ったみゆきは、次の授業の予習を始めようとした。しかし、ふと目に入ったこなたの鞄に視線が止まる。しばらく鞄を見つめていたみゆきは、何かを振り払うように首を振ると、自分の机に向かった。 「ただいまー」 しばらくして、こなたが一人で教室に入ってきた。 「お、おかえりなさい、泉さん…あ、あのつかささんは?」 「んー、それがね、わたしがトイレから出た時にはもういなかったんだよねー…どこ行ったのやら」 「そ、そうですか…」 「…みゆきさん?」 「は、はい?なんでしょう?」 「なんか顔色悪いよ?気分でも悪いの?」 「い、いえ!なんでもありません!何時も通りですよ、わたしは!」 「そう?…んー、まあいいけど」 二人が話していると、つかさが教室に入ってきた。 「あ、つかさー。どこ行ってたの?せっかく肩組んで帰ろうとでも思ってたのに」 「ごめんね、ちょっと喉が渇いたから自販機に行ってたの…っていうか、そんな恥ずかしいこと出来ないよ…こなちゃんと肩組むの大変そうだし」 「む、それは遠まわしにわたしの背の低さを非難しているのかね」 「そ、そうじゃないけど…って、あれ?ゆきちゃん?」 「…な、なんでしょう?」 「なんだか顔色悪いけど、大丈夫?」 「あ、つかさもやっぱそう思う?」 「うん…気分悪いんだったら、保健室行こうか?」 「い、いえ…ご心配には及びません、はい…」 「そう?だったらいいんだけど…」 こなたとつかさは、なんとなく腑に落ちない表情で、顔を見合わせた。 そして昼休み。 「うにょわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 それは、こなたの奇妙な悲鳴で幕を上げた。 「ど、どうしたのこなちゃん!?…ていうか今のって悲鳴でいいの?」 「つかさ!つかさー!なんで…なんでこんなことにー!」 こなたは近寄ってきたつかさの両肩をがっしり掴むと、力任せに前後に揺さぶった。 「お、お、お、お、落ちつい、落ち着いて、こな、こな、こなちゃ」 「あ、あの泉さん…つかささんが大変なことになってますんで…」 みゆきがこなたを止めようと声をかけたが、今のこなたに声は届かないようだった。 「なーんーでーだーよー!」 「…こ、こな…おねが…まって…」 さらに激しくこなたがつかさをシェイクしていると、教室のドアが開いてかがみが入ってきた。 「ねえ、さっきの悲鳴?で、いいの?は、こなたっぽかったんだけど、何かあったの…って何をやってるんだお前は」 かがみはこなた達に近づくと、意識が朦朧としてるのか力なくカクカク揺れてるつかさを、こなたから引き剥がした。 「大丈夫ですか?つかささん…」 「…大丈夫…地球が震えてるから大丈夫…」 「かがみー!かがみー!これ見てよー!」 みゆきがつかさを介抱してる傍で、こなたはかがみにコロネの入った紙袋の中を見せた。 「…え…こ、これって…」 それを見たかがみは絶句した。 紙袋の中にあったのは、無残にも踏み潰されたチョココロネだった。袋の内側にチョコが飛び散り、靴の跡も痛々しく、もはや食せる物ではなかった。 「…なんで?…どうして、こんなことに?…」 「そんなのわたしが聞きたいよ!」 少し顔を青ざめさせながら聞くかがみに、こなたは噛み付きそうな勢いで答えた。そしてしばらく考え込むと、つかさを介抱しているみゆきに顔を向けた。 「みゆきさん!」 「は、はい!?」 「犯人見つけてよ!この前の資料室の時みたいにパパッとさ!」 「…え…あ、わたしが…ですか?」 「みゆきさんがこういうとき一番頼りになるんだから!」 期待に満ちた目で見つめるこなたからみゆきは目を背けると、俯いて考え込み始めた。 「…みゆきさん?」 「…いえ…そうですよね…分かりました、放課後までには何とか…」 俯いたまま答えるみゆきに、こなたは違和感を感じた。 「みゆきさん、ホントに大丈夫?」 「大丈夫です…ご心配なく」 「…だったらいいんだけど…はい、これ」 こなたはみゆきに、コロネの入った紙袋を手渡した。 「何かのヒントになるかもしれないし、みゆきさんが持ってて」 「あ、はい…」 みゆきは紙袋の中を覗き込んだ。中に入ってるのは目を背けたくなるような惨状のチョココロネ。 「…あれ?」 それを見たみゆきは首を捻った。 「どうかしたの?みゆきさん」 「…これって…」 こなたの言葉が聞こえなかったのか、みゆきはコロネを見つめながら考え込んでしまった。 放課後。すっかり人の出払った教室に、みゆき以外の三人が集まっていた。 「…みゆき、遅いわね」 机の上に頬杖をついたかがみが呟いた。ホームルームが終わった直後にみゆきの姿が消えたため、三人はしかたなく教室で待機していた。 「うん…どうしたんだろ?」 「わたし、ちょっと見てくるよ」 こなたが立ち上がり、みゆきを探すために教室出ると、丁度廊下の向こう側から歩いてくるみゆきを見つけた。 「あ、みゆきさーん」 「…泉さん」 「どこ行ってたの?みんな待ってるよ」 「すいません、少し証拠固めに職員室と購買の方にいってました…あまり利用しないので知りませんでしたが、購買は朝から開いているんですね」 「うん、部活の朝連の人とか利用するみたい…それで、犯人は分かったの?」 「はい、一応は…行きましょう、泉さん…真実のその向こうまで…」 「…え?」 こなたとみゆきの二人が教室に入り、四人はいつもお昼ごはんを食べる時のように机を囲んで座った。 「さて、今回の事件の犯人ですが…」 切り出すみゆきに他の三人の視線が集まる。 「残念ながら、この四人の中の誰かです」 「…え」 「…うそ」 「…わたしも容疑者なの?」 みゆきの言葉に、かがみとつかさは唖然とし、こなたは自分を指差して困った顔をした。 「一応、前提としてはそうなります。被害者だからと言って犯人ではないということはありませんし…勿論、探偵役も特別ではありません」 「で、でもなんでわたしたちなの?」 「泉さんが、このチョココロネを持っているのを知っているのは、恐らくこの四人だけだからです。コロネの存在を知らなければ、わざわざ泉さんの鞄を漁ることはないでしょうから」 みゆきはいつになく緊張した声でそう言った。そして、心を落ち着かせるために深呼吸をして、犯人を指摘する為に口を開いた。 「チョココロネを踏み潰した犯人は…」 「はい、今回は出番の無かった小早川ゆたかです」 「…同じく岩崎みなみです」 「…みなみちゃんは前回も出てなかった気がするんだけど…」 「無残にも踏み潰されたチョココロネ。果たして犯人は四人の内の誰なのか?」 「え?あれ?みなみちゃん?」 「みなさんもみゆきさんと共に、正解率99%の暇つぶしに挑んでみてください。では、今回はこの辺で…」 「え?もしかして締めちゃった?わたしがここにいる意味は?」 「………」 「みなみちゃん、どこいくの!?みなみちゃーん!」 ※ここから解答編 「岩崎みなみです」 「………」 「さて、みなさんは真相に辿り着くことができましたか?」 「………」 「それでは、解答編の幕開けです………ゆたか?」 「………」 「…等身大ポップ…いつの間に…」 - チョココロネは食べられない 解答編 - 「チョココロネを踏み潰した犯人は…」 みゆきはそこで言葉を止めてしまった。やはり指摘するのを躊躇してしまう。だが、それでも言わなければいけない。みゆきは勇気を振り絞って、言葉の続きを口にした。 「犯人はわたしです」 そう、これは自分の罪なのだから。 「………みゆきが?」 実際には短かったのだろうが、異様に長く感じる沈黙の後、かがみがそう呟いた。 「はい、わたしです」 「いつ?」 「三時間目と四時間目の間の休み時間です。その時に、泉さんとつかささんが教室から出て、わたし一人になっていました」 「…どうしてそんなことをしたの?」 「…言い訳に聞こえるかもしれませんが、踏み潰すつもりはありませんでした。ただちょっとだけ見てみたい…そう思ったんです」 みゆきはそこで、自分の鞄の中からこなたから預かった紙袋を取り出した。 「紙袋からチョココロネを取り出したときに、手を滑らせて床に落としてしまったのです。そして、それを慌てて拾おうとして、足をもつれさせて…」 その時の惨状を思い出したのか、みゆきは目を瞑って身を震わせた。 「幸い…いえ、不幸にもその時、クラスの誰もわたしの方を見ておらず、気づいた人はいませんでした。わたしは何を思ったのか、潰れたチョココロネを紙袋入れて泉さんの鞄に戻し、床に付いたチョコをふき取って自分の席に戻ったのです…そして、戻ってきた泉さんに何も言えず、そのままお昼休みになってしまったと言うことです…本当に、申し訳ありませんでした」 みゆきはこなたに向かい深々と頭を下げた。 「…泉さん?」 しかし、こなたからの反応が何もない。みゆきは違和感を感じて、顔を上げてこなたの方を見た。こなたは俯いていて表情が読み取れない。 「とりあえずこれで、今回の事件は終りよね?後はこなたとみゆきの問題だし、わたし達は帰るわよ…行こう、つかさ」 そう言って、かがみが席を立った。 「待って下さい、かがみさん。まだ終わってはいません」 こなたからの反応が未だに無いのを気にしつつも、みゆきはかがみが帰るのを引き留めた。 「え、でも踏み潰したのがみゆきならこれ以上何が…」 「あるんです…見ててください」 みゆきは自分の鞄から、ビニール袋に入ったチョココロネを取り出した。 「これは先程購買で購入したものです」 そして今度は、紙袋から潰れたチョココロネを取り出して、手で出来るだけ元の形になるように整えた。 「それを、わたしが潰したチョココロネに重ねてみます」 みゆきが二つのチョココロネを重ね合わせる。それを見たかがみの顔色が変わった。 「このように、この二つのチョココロネは大きさが全く同じです…おかしいですよね?」 かがみに向かい、みゆきがそう言った。かがみが思わず視線を逸らしてしまう。 「な、なにがよ?」 「朝の会話を思い出してください。泉さんがチョココロネを買ったお店は、普通のお店よりパンが大きいんです。それはチョココロネも例外ではありません。にも拘らず、このチョココロネは購買で購入したものと大きさが同じ…そこから考えられることはただ一つ」 みゆきは一度言葉を切り、改めてかがみの方をしっかりと見据えた。 「わたしが踏み潰す前に、何者かがチョココロネをすり替えていた…ということです」 「な、なんでそれをわたしの方向いて言うのよ…」 「すり替えたのが貴女だからです、かがみさん」 少しばかり長い沈黙の後、かがみはみゆきを睨むような目つきで見据え、席に座りなおした。 「わたしが、いつチョココロネをすり替えたって言うの?昼休みまでのどの休み時間も、そっちのクラスには行ってないわ」 「そうですね。それに、休み時間に来たとしてもわたし達のうち誰かがいましたから、チョココロネをすり替えるのは不可能です」 「だったら…」 「休み時間以外ならどうでしょう?」 「い、以外って…そんなの…」 「かがみさんは、朝のわたし達の会話を聞いて、チョココロネをすり替える計画を思いついたのではないでしょうか…一時間目が始まる前に購買でチョココロネを購入しておき、二時間目の間に授業を抜け出して体育でクラス全員が出払ったわたし達のクラスに入り、チョココロネをすり替えた…違いますか?」 「…証拠は…あるの?」 「購買の方より、朝に髪をふたくくりにした女の子がチョココロネを買って行ったという証言と、かがみさんのクラスの二時間目を担当された教師の方より、授業中にお手洗いに出て行ったという証言をいただきました」 「…う」 「あとは…つかささん次第です」 そう言いながら、みゆきがつかさの方を見ると、つかさは咄嗟に顔を伏せてしまった。 「…ゆきちゃんは、分かってるんだよね?」 そして、顔を伏せたまま呟いた。 「つかささんの件に関しては、ほとんど推測ですが」 「…そっか…わたし次第…そうだよね…」 「つかさ!」 思わずつかさの方に詰め寄ろうとしたかがみに、つかさは顔を向けニコッと笑った。 「お姉ちゃん、もうやめよう?…ゆきちゃんには分かってるみたいだし、隠し通せるものじゃないよ…ううん、隠してちゃいけないんだよ。悪いことは悪いことなんだから…」 それを聞いたかがみが、力なく項垂れる。 「つかささんは、かがみさんの行動に気が付いていたんですね?」 「うん。体育の時にね、お姉ちゃんがわたし達のクラスからこっちを見てるのに気が付いてね、あんなところで何やってるんだろうって気になって…」 「それで、泉さんとお手洗いに行く振りをして、かがみさんに問い質しに行った…」 「うん…なんか凄くいやな予感がして、こなちゃん達には言わないほうがいいかなって思って…お姉ちゃんの所に行ったら、こなちゃんのコロネ食べようとしてて…半分あげるから黙っててって言われて…それで…」 「それでは、チョココロネはその時に…」 「うん、お姉ちゃんと食べちゃったの…ごめん…なさい…」 こなたに向かい頭を下げるつかさ。しかし、こなたからの反応はまたしても無かった。 「…最初はね、ちょっとした悪戯のつもりだったの…」 それに気づいてか気づかずか、かがみが項垂れたまま話し始めた。 「こなたがあんまり得意気だったから、すり替えられたときにどういう反応するかなって…気づかずに食べちゃったら、思い切りバカにしてやろうって思って…でも、実物見たらどうしても我慢できなくなって…どうせバレっこないって、つい…」 「みんなの言い分はそれで全部?」 急に聞こえたこなたの声に、三人がびくりと身体を震わせた。そして、いつの間にか顔を上げていたこなたの方に顔を向ける。 「つまり、わたし以外のみんながなにかしらやらかしていて、わたしに何一つ言い出せないでここまで来ちゃった、と」 表情の無い眼で三人を見渡しながら、抑揚の無い声でこなたはそう言った。 「あ、あの、泉さん…」 そのこなたに恐怖にも似た感情を覚えたみゆきが、何かしら言い繕おうとした。 「…見損なったよ」 こなたはその言葉を遮り、鞄を持って席を立った。 「こ、こなちゃん、どこに…」 「帰る」 一言だけ残して教室を出ようとするこなた。 「待って、こなた!」 そのこなたの肩を後ろからかがみが捕まえる。 「ごめんなさい…わたしが…わたしが悪かったから…」 「だから許せって?」 振り返りすらせずに、こなたがそう聞いた。 「…償いはするから…なんでも、するから…お願い…」 「…なんでも?」 「…うん…わたしに、出来ることなら…」 「おーけー…その言葉が聞きたかったよー」 そう言って振り向いたこなたの顔は、笑顔だった。なんというか、ニンマリといった擬音がぴったりの笑顔だった。 「え?あれ?」 呆気にとられるかがみの前で、いつもの調子でこなたが喋りだす。 「そうだねー。じゃあ決行は今度の日曜日って事で、土曜日にでもミーティングをしよっか。みゆきさんとつかさはどうする?」 「え?は、はい?…あ、いえ。わたしも償いはさせていただきます…結果的にはわたしが踏んだのは違うチョココロネでしたけど、そうじゃなかった可能性もあったわけですし…」 「わ、わたしも、お姉ちゃんを止められたのに、コロネに釣られて止めなかったから…」 「おーけーおーけー、いいねいいねー三人かー。こりゃ楽しくなりそうだねー。早速帰って準備しなきゃ…あ、みゆきさん。このチョココロネ貰っていい?お昼ご飯食べてなくて、ちょっとお腹空いた」 「あ、はい…どうぞ…」 「あんがとー。そいじゃみんな、土日はちゃんと空けといてねー」 チョココロネにかぶり付きながら、教室を出て行くこなた。それを唖然と見送る三人。 「…ねえ、みゆき」 「…なんでしょう、かがみさん?」 「こういう時は『ぎゃふん』でいいのかな…」 「適切かと、存じます…」 泉家の日曜日の朝は遅い。 休み前日には、いつも以上に夜更かしをするこなたは勿論だが、平日には徹夜明けでもこなたやゆたかと朝食を共にするそうじろうも、昼頃まで寝ていることが多い。 そんなふたりの生活パターンに引き摺られてか、最初の頃は日曜日も早く起きていたゆたかも、段々と昼近くまで寝ているようになっていた。 カーテンの開ける音と共に、眩しい光が部屋に満ちる。 「う、うーん?」 その光でゆたかは目を覚ました。 「こなたお姉ちゃん?」 ゆたかはこなたが起こしに来たのだと思った。しかし、まったく予想していなかった声がした。 「おはようございます。お嬢様」 「………え?」 上半身を起こしたゆたかが、寝ぼけ眼で見たのは、メイド姿で深々と頭を下げているみゆきだった。 「え?ええ!?高良先輩!?って、メイドさん!?なんか色々と、ええええ!?」 「えーっと…こういう罰ゲームだと思って、少し落ち着いて貰えますか?」 混乱するゆたかをなだめるみゆき。 「え、罰ゲーム?高良先輩が?」 「ええ、まあ。色々ありまして…では、お顔を洗いに参りましょうか?」 用意してあったタオルを手に取り、みゆきは部屋のドアを開け、ゆたかに出るように促した。 「どうぞ、お嬢様」 「あ、はい…ありがとうございます」 「そんなお気遣いは無用ですよ、お嬢様」 「…うぅ、なんだかわたしが罰ゲームを受けてるみたい…」 なんだか妙な気分を味わいながら、ゆたかが廊下に出た瞬間。 「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 と、悲鳴が上がった。 「い、今の声…」 「かがみさんですね。どうなされたのでしょうか?」 「…かがみ先輩も来てたんだ」 「ゆーちゃん、おっはよー。どうだったかね?今日のお目覚めは?」 ゆたかとみゆきが洗面所に向かっていると、こなたが声を掛けてきた。後ろには、やはりメイド姿のつかさを従えている。 「…こなたお姉ちゃん…訳がわからないよ…」 「まあ、折角のメイドさんなんだし、しっかり楽しまないと…ね、つかさ」 「…うぅ…こなちゃんの要求は恥ずかしいのが多くて…」 「ほら、つかさ。言葉遣い」 「あぅ…申し訳ありません、ご主人様…」 そんな二人を見ていたみゆきは、ふとさっきの悲鳴が気になり、こなたに聞いてみることにした。 「あの、ご主人様。先程かがみさんの悲鳴が聞こえたようでしたが…」 「ああ、あれ。わたしの予想通りだと、面白いことになってるよー」 「…おはよう…こなた、ゆーちゃん」 話してる後ろから、そうじろうが挨拶をしてきた。 「あ、おはよー。お父さ…うわーお」 こなたは挨拶を返そうとして、そうじろうの顔を見て思わず止まってしまった。そうじろうの右目に見事な青あざが出来ていたのだ。そのそうじろうの後ろには、顔を真っ赤にして俯いているメイド姿のかがみがいた。 「…頬に紅葉作ってくるくらいは、予想してたんだけどね…」 こなたは冷や汗を垂らしながらそう言った。 「お、おじさん…どうしたんですか?」 「いや…朝起きたらメイドさんに、グーパンチを顔面に貰ったんだが…訳がわからない…」 「流石はかがみ…容赦ないね…」 泉家の面々が話してる後ろで、つかさはかがみに小声で事情を聞いてみた。 「な、なにがあったの?お姉ちゃん…」 「…きのこの山がね…たけのこの里に…」 「お姉ちゃん…全然わかんないよ…」 「あー、それはねーつかさ。男性の朝の生理現象ってやつだよ」 いつの間にか二人の間に入り込んでいたこなたが、話に割り込んできた。 「お父さんのきのこの山がテント張って、たけのこの里みたく…」 「説明せんでいいっ!!」 「はい、かがみ。言葉遣い」 「…う…申し訳ありません、ご主人様…」 「さーて、次は何してもらおっかなー…お風呂で背中流すってのはどうかな?」 「ええええ!?それはダメだよこなちゃん!」 「で、出来るわけ無いでしょ!?」 「はい、二人とも。言葉遣い」 「あう…」 「もう、勘弁して…」 みゆきは、そんな光景を見ながら思っていた。 もしかしたら、こなたは四人のうちの誰かが犯人と聞いたときから、ずっとこういうことを考えていたのではないか、と。 友達の誰かが犯人。そう分かった時点で、こなたが考え始めた事は、誰が犯人ではなく、どうやってこれを笑い話に変えてしまおうか、だったのでではないか。 だから、なんでもするという台詞を引き出すために、あえて冷たい態度を取ったのではないか。 そして、罪にかこつけてわがまま放題をして自分にも非を作り、みんなの中の罪悪感を消していこうとしているのではないか。 すべては「あの時、こんなことがあったね」と、将来笑いながら話せるように。 「…とんでもない、被害者ですね」 みゆきはクスリと笑うと、未だなにかを言い合ってる三人に混ざりに行った。 自分もまた、その笑い話の一部として。 - おしまい - 471 名前:チョココロネは食べられない[saga] 投稿日:2009/01/25(日) 17 48 23.56 ID SazeaJw0 以上です。 途中でシリアスになりかけたので、方向修正しようと思ったら、何故かメイドに。 以下、NG場面(校正時点で判明した誤植) 「…半分投げるから黙っててって言われて…」 「ぶふぅっ!」 「こらこなた、吹くんじゃない。NGになる」 「…吹かなくてもNGです」
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つかさが専門学校を卒業するに当たり親からパソコンが贈呈された。しかしつかさはパソコンの操作や内容がよく理解できていない。そこでこなたにセットアップを依頼した。 こなた「これでよしっと……メール、インターネットは使えるようにしたよ」 つかさ「ありがとう、使い方も教えてもらうと助かるのだけど」 こなた「つかさ、後は使って覚えるしかないよ、メールとインターネット、ワープロとかなら今までも使えていたでしょ、それと同じだから」 つかさ「そうなの、分ったよ、やってみる」 こなた「ところでつかさ、このパソコン、メールとインターネットだけやるには勿体無い仕様だよ……どうだいゲームをインストールしてあげようか?」 つかさ「私今はそんなにお金持ってないよ」 こなたは不敵な笑みを浮かべた。 こなた「ふふふ、別にお金なんか要らないよ、ほら、いくつか持ってきた、選り取り見取りだよ」 こなたは鞄からいくつかソフトを取り出しつかさの机の上に並べた。 こなた「ネットゲームは?」 つかさ「んー、時間かかりそうだし難しそうだよ」 こなた「ギャルゲーは?」 つかさ「やった事ないし、それに私は女性だし……」 こなたは暫く考えた。 こなた「それじゃロールプレイングはどうかなこのゲームは全年齢対象だし面白いかもよ」 つかさ「それならいいかも」 こなたはつかさに許可を取る間も惜しむようにパソコンにそのゲームをインストールしだした。 つかさ「ちょっと、私まだゲームをするって言ってないよ」 こなた「いいから、いいから、興味なければアイコンをクリックしなければいいのだし……」 こなたに押し切られた。つかさはそれ以上何も言わなかった。そこにかがみがやってきた。 かがみ「ほー、こなたにしては珍しいわね、ちゃんとやっているみたいね」 こなた「一言余計だよ、私だってやる時はやる」 かがみ「言ってくれるじゃない、まさか変なゲームなんか入れていないわよね」 疑いの眼でこなたを見つめるかがみ。 つかさ「今ゲームを入れてもらっているの こなた「バカ……そこで言っちゃダメ……」 かがみ「……つかさに変な事教えないでよね」 こなた「ただの普通のロールプレイングゲームだよ……それにもうつかさだって大人なのだしそのへんの分別はついてよ、いつまでも子ども扱いしていると嫌われるよ」 こなたとつかさは見合って頷いた。 かがみ「ただの普通のって強調する所が怪しいわね、つかさも相槌なんかして……まあいいわ、一段落したら台所に来て、お昼作ってあるから」 こなたは驚き、嫌な顔をした。そんなこなたを尻目にかがみは台所に戻って行った。 こなた「も、もしかしてそのお昼ってかがみが作ったの?」 つかさ「今日はお母さんも居ないし、お姉ちゃんしか他に居ないよ」 こなた「うっげー、つかさの作ったのが良かったな、おばさんのもなかなかだったよね……期待していたのに……」 こなたは項垂れた。 つかさ「それよりこなちゃん、ゲームの方は終わりそうなの?」 こなた「もう放っておいても大丈夫だよ」 つかさ「それじゃお昼食べに行こうよ」 こなたは渋々と台所へと向かった。 こなたは台所の入り口で立ち止まった。つかさは立ち止まったこなたに後ろからぶつかった。 つかさ「ふぎゅ……こなちゃん急に止まっちゃってどうしたの?」 こなたは目を疑った。『普通』の料理が並べられている。『普通』に食べられそう。『普通』……かがみの料理に関して言えばこなたにとっては驚くべき光景だった。 こなた「これってみんなかがみが作ったの、昨日の作り置きじゃない」 かがみは不敵な笑みを浮かべた。 かがみ「ふふふ、いつまでも料理下手なんて言わせない、私だってやる時はやる」 つかさの部屋でのお返しとばかりの台詞。 こなた「言ってくれるね、見た目だけじゃ分からないよ、食べてみないとね」 かがみはまるでメイドのように椅子を引いてこなたを誘った。それに吸い込まれるようにこなたは椅子に座った。 つかさ「……その料理、先週私が教えた……」 かがみ「バカ……言っちゃ……ダメでしょ」 今のこなたにかがみとつかさの会話は聞こえていなかった。箸を持ち料理を摘むと無造作に口に放り込んだ。かがみは固唾を呑んでこなたの行動を見ていた。 かがみ「どう?」 こなたは何度も料理を噛んでから飲み込んだそして暫く何も言わずに机に並べられた料理を見ていた。 こなた「……美味しい」 かがみ「聞こえない、もう一回」 これはこなたにとっては屈辱に近い。しかし真実は変えられなかった。 こなた「美味しいよ、さっきのは撤回する」 かがみ「やった!これで苦手を克服したわよ」 ガッツポーズをして喜ぶかがみだった。そんなかがみをこなたは冷ややかに見ていた。 こなた「いまさら何で料理なんか……食べさせたい彼氏でもできたの?」 かがみの動きが止まった。そして急に顔が赤くなった。当てずっぽうで言った言葉にこれほど動揺するとは思わなかった。 こなた「……図星かい……いつの間に、相手は同じ大学の人?」 つかさ「え、お姉ちゃん、こなちゃんの言っているの本当なの?」 つかさまでが本気にしだした。しかしかがみは別に彼氏ができた訳でも好きな人が居るわけではなかった。こなたの思いも寄らない質問が出たので動揺しただけだった。 かがみ「そんなんじゃないわよ、気になる人は居るけど話もしたことないわよ……」 こなた「ふーん、話したこともないって……はぁー」 片手を額に当ててため息をつく。 かがみ「な、なによ、そんなの私の勝手でしょ」 こなた「そうやってチャンスを逃しちゃうのだね……高校時代みたいに」 その言葉にかがみは見透かされたような衝撃が走った。言い返せなかった。そんなかがみを見ながらこなたは話し続けた。 こなた「かがみがいつも私達のクラスにお弁当を食べにきていた、それは何も私達に会いたいためだけじゃなかった……でしょ?」 かがみ「それは……」 言葉を詰まらせた。 こなた「かがみがチラ、チラ、って見ているのを知っていたよ、その先目線の先の男子生徒……名前は……」 かがみ「わー、その先は言うな、言ったら殴るぞ」 真っ赤な顔でこなたの口を両手で塞いだ。しかしこなたは直ぐにかがみの手を跳ね除けた。 こなた「もう過ぎたことなのに、そんなに照れなくてもいいじゃん……名前は言わないよ……その様子だと告白はしてないね?」 かがみは黙って頷いた。 こなた「もう諦めたの?」 かがみ「……もう過ぎたこと、こなたがそう言ったでしょ、もうその話はいい」 こなた「……わかったよ、もう言わないよ、でも何もしないと相手には何も伝わらないよ」 かがみ「そんなのは分かっている……分かっているわよ」 なにか重い雰囲気が広がった。それはこなたが帰るまで続いた。 その夜、つかさは自分の部屋で考え事をしていた。お昼のかがみとこなたの会話。こなたはかがみの好きな人を知っていた。 妹である自分は全く分からなかった。気が付かなかった。しかしこなたはかがみの心境を見抜いていた。 つかさは高校時代、かがみのクラスに気になる男子生徒が居た。これは誰にも言わない秘密。忘れ物をしていないのに教科書を借りにかがみのクラスに行ったことも しばしばあった。その人を見ていたいからだった。それでもこなたやかがみ、みゆきもつかさについては全く気付いていなかった。 もともと気が付かないようにしていたのだからある意味それは成功であった。でもかがみには気付いて自分のは気付かれない。なにか寂しい。つかさの心は複雑だった。 でも結局つかさ、自分も相手に告白していない。何も無いのと同じ。かがみと同じだった。こなたの最後の言葉が頭から離れなかった。 つかさ「あっ!」 つかさは思わずこなたがインストールしたゲームのアイコンをクリックしてしまった。別にゲームする気は全くなかった。でもおかしい。ゲーム画面が全く出てこなかった。 不思議に思って暫く画面をみているといきなり真っ白なウインドが立ち上がった。そこにはゲームタイトルすら出ていなかった。 きっとインストール途中でお昼に行ったからなにか不具合があったに違いない。そう思いながらウスを動かし画面消去、閉じるバツ印をクリックした。 『カチカチ』 空しくクリックするマウスの音が部屋に響いた。何度やっても画面が消えない。もうそろそろ寝るつもりだった。このまま電源落とそうと電源ボタンに手を伸ばした。 突然画面が変わった。電源を切る手が止まった。画面にはカレンダーと時計が表示されている。そして地図らしき画面も出てきた。 良く見るとその地図らしき画面は自分の住んでいる街のようだった。画面に描かれている線路を追っていくと最寄りの駅の名前が書いてあった。自分がその駅から帰る道を 追っていくと自分の家の辺りに赤く点滅するマークが点いていた。カレンダーと時計を見ると現在の日時が刻まれている。なんのゲームだろう。つかさは首を傾げた。 つかさはおもむろにマウスを手に持ち地図を見てみた。ドラックすると地図はスライドする。つかさは通学してきた道を追うようにマウスを操作した。 つかさ「あった」 独り言。陸桜学園と書かれている所までたどり着いた。地図を読めたのは初めてだった。少し嬉しかった。思わず陸桜学園の真上にカーソルを動かしクリックした。 すると陸桜学園の場所に青く点滅するマークがついた。マウスを動かしたが地図は固定されて動かなかった。何か設定か何かが終わった感じだったがつかさはあまりゲームを していないのでよく分からない。すると今度はカレンダーの日付が赤く点滅しだした。今日の日付だ。そして時計も赤く点滅している。今の時刻だ。 つかさは考えた。地図と同じように日付を決めるのかもしれない。 (やっぱり学校なら……あの日しかないよね) 卒業式の午後……つかさが言おうとして言えなかったあの日あの時。つかさはマウスを操作して日付と時刻をその時に合わせた。すると今度はカレンダーと時計が青く点滅した。 新たに画面が出てきた。 『これでいいですか?』『YES』『NO』 何が良くて何が悪いのかは分からない。しかしつかさは『YES』のボタンをクリックした。画面が消えてしまった。 つかさ「えー、何も起きないの、期待したのに……」 また独り言、つかさはため息を一回ついた。どうやらこのゲームはインストール失敗のようだった。つかさはお風呂に入るために部屋を出た。 急に眩しい光が差し込んだ。光の方向を見上げた燦燦と太陽が照り付けていた。おかしい。もう寝る時間のはずだった。自分の部屋を出ただけだったはず。 つかさは辺りを見回した。花壇。植えられた草花。後ろを向くと見覚えがある建築物。体育館……そう、陸桜学園の体育館。ここは体育館の裏庭だ。 はっと気が付いた。自分の今の姿だった。私服でしかも足はスリッパを履いている。誰かに見つかったら怪しまれる。つかさは身を低くして花壇の植え込みに身を隠した。 つかさはその時気が付いた。もしかしたらあのパソコンで設定した通りの日時と場所に来ているのかもしれないと。 つかさ「どうしよう、どうしよう」 何も考えられない。でも学校から出た方がよさそうなだけは理解出来た。裏門からこっそり出よう。そう思った。身を低くしたまま移動をした。 裏門に着くとつかさの足が止まった。裏門には制服を来た自分の姿があった。 (なんで裏門なんかに私が) その状況を思い出すに時間はかからなかった。 そうだった。彼に告白をするつもりだった。彼はいつも裏門から下校する。だから…… つかさは過去の自分を見ている。自信なさげに裏門の端に隠れるようにして立っていた。 (なんで隠れているの、それじゃ意味ないよ……) 植え込みの陰から過去の自分を見た。自分ながら情けない姿だったと思っていた。暫くすると校舎から一人の男子生徒が歩いてきた。目当ての人だった。 男子生徒は普段のように歩いてきている。過去のつかさは胸に手を当てじっと彼を見ていた。しかし彼は気付かない。 (今だよ、今飛び出して……) つかさは今にも叫びそうになったが耐えた。彼はそのまま過去のつかさを素通りして門を潜り去っていった。過去のつかさは手を胸に当てながらため息をついて項垂れた。 彼を追うこともなく過去のつかさは校舎の方に戻っていった。 (なにやっていたのだろう……ただ一言言うだけだったのに……) ただため息をつくばかりだった。 裏門は思いのほか人の出入りがあった。ここからは出られそうにない。つかさは裏門から出るのを諦め体育館の裏庭に戻った。するともう一人植え込みの陰に 隠れている人陰を見つけた。つかさには気付いていない様子、体育館の方を見ている。目を凝らして良く見ると制服を着たかがみの姿があった。 (お姉ちゃん、なんでこんな所に……そういえば私が教室に戻った時お姉ちゃんはまだ居なかった) 不思議に思いながらかがみを見ていると誰かを待っているようだった。でも隠れているのはどう見てもおかしい。かがみの手には手紙らしきものを持っている。 暫くすると体育館の方から男子生徒がやってきた。それはつかさのクラスメイトだった。こなたの話を思い出した。 (お姉ちゃん、もしかして手紙を渡すために呼んだのかな……その手紙はラブレター……) 男子生徒はキョロキョロと辺りを見回している。呼んだ人を探しているみたいだった。しかしかがみは一向に彼の前に出る気配はなかった。かがみは彼を見ているだけだった。 呼んだのはかがみだとつかさは確信した。数分経っただろうか。 男子生徒「おーい何している?」 体育館から別の男子生徒がやってきた。彼の友達だ。 彼「いやね、ここに来て欲しいって書置きが下駄箱にあってね……」 男子生徒「……悪戯だよ、少しは考えろよ……誰がお前をこんな所に呼ぶ」 彼「そうだよな、バカみたいだった、行こうか」 男子生徒たちは裏庭を後にした。かがみはそのまま彼を見送った。かがみは手紙を広げてじっと見つめた。そしてビリビリに破りその場に捨てた。 かがみの目には涙が流れていた。かがみはその涙を拭おうとはせず走ってその場を去って行った。 つかさ「お姉ちゃん……あの後笑って私達の前に現れて……カラオケパーティだって私達を誘った……そんな事があったなんて……知らなかった」 つかさはかがみが隠れていた場所に歩くと破られ捨てられたラブレターを拾った。 はっと気が付いた。つかさは辺りを見回した。自分の部屋に居た。思わずパソコンの画面を見た。画面は消えたままだった。夢を見ていたとつかさは思った。 つかさはパソコンの電源ボタンを押そうとして手を出すと。その手には破られた手紙の破片を握っていた。 『コンコン』 ドアがノックされた。 かがみ「つかさ、まだ起きているの、先に寝るわよ……」 かがみは深夜になっても起きているつかさを見て驚いた。 かがみ「珍しいこともあるわね……さてはこなたに貰ったゲームをしていたな……」 つかさは手に持っているものを見ていた。かがみは不思議に思いつかさに近づいた。 かがみ「何よ、それは……えっ……なんでつかさがそんなの持っているのよ」 つかさは手紙の破片をかがみに渡した。かがみは手渡された手紙の破片を見て当時の感情が湧きあがってきた。 つかさ「お姉ちゃんの気持ち、すごく分かるよ、言えなかったの……言えないって辛いよね……」 つかさの言葉にかがみは冷静さを失った。手紙を握り締めながらかがみは泣いた。あの時を思い出して。 数日後つかさはこなたを家に呼んだ。もちろんゲームに関して聞きたかったからだ。 こなた「何のゲームかっだって、やっていて分からなかったの?」 思い切って先日起きた出来事を話した。かがみの秘め事については伏せた。自分については諦めが着いたけどかがみはまだ心の傷は癒えていないと思ったからだ。 こなた「過去の世界に行っただって……ふふふ……つかさ夢でも見たのだよ」 つかさは内心がっかりした。今まで秘めていた自分の恋を打ち明けたのにこの程度の反応だったなんて。 つかさは黙ってパソコンを立ち上げゲームのアイコンをクリックして見せた。こなたは驚いた。見た事もない画面が出てきたからだ。 こなた「何、この画面は?」 つかさ「何って、聞きたいのはこっちだよ、壊れちゃったのかな」 こなた「どうやって操作したのさ、過去に戻るってどうしたの?」 つかさはこなたに説明をした。 こなた「赤い点滅と青い点滅か……赤が現在、青が行きたい年代って訳か……つかさにしてはよく分かったね」 つかさ「こなちゃん、元に戻るかな?」 しかしこなたは元に戻す素振りは見せなかった。 こなた「……つかさに好きな人が居たって話は驚いたけど……言っているのが本当なら……私達は凄い物を手に入れた、そう思わない?」 つかさ「凄い物?」 鈍いつかさにこなたはため息をついた。 こなた「タイムマシーンだよ、誰も成し遂げられなかったタイムマシーン、時間旅行ができる、過去を変えることが、未来を確かめに行く事ができる、凄いよ」 つかさはそうは思わなかったつかさが過去に行って戻ってきた時はかがみがただ悲しみに泣いていただけだった。 つかさ「私はそんなに凄いとは思わないよ……」 そんなつかさにこなたは珍しく真面目な顔になった こなた「私も行ってみたい時代がある……できればやり直したい……」 つかさ「まさかこなちゃんも告白出来なかったの?」 こなたは黙ったままだった。つかさはもうそれ以上聞けなかった。こなたがかがみの心情に詳しかったのも理解できた。 こなた「……なんてね、タイムマシーンだなんて夢物語だよ、つかさは疲れて夢でもみたね、ゲームを元に戻したいけど今はソフト持って来てない、今度の休みにでもね」 笑顔で答えるこなた。つかさには作り笑顔に見えてしかたなかった。こなたはそそくさと帰り支度をし始めた。 つかさ「え、もう帰っちゃうの、お姉ちゃんもゆきちゃんもそろそろ来る時間だよ」 こなた「今日はそんな気分じゃない……二人によろしくって言って」 つかさ「……うん」 こなたは帰った。暫くするとかがみとみゆきが入れ替わるように来た。 かがみ「ただいま」 みゆき「お邪魔いたします」 つかさ「お姉ちゃんおかえり、ゆきちゃんいらっしゃい」 かがみとみゆきはつかさを見ると心配そうな顔をした。 かがみ「さっきこなたとすれ違ったわよ……何があったのよ、まさか喧嘩でもしたって訳じゃないでしょうね」 みゆき「どうしたのですかと聞いても、帰る、の一点張りでした、どうかしたのですか?」 つかさ「……何でもないよ、喧嘩もしてない、今度の休みにまた会う約束したし……何でもないって……お姉ちゃん、ゆきちゃん、上がって」 みゆき「それならいいのですが……」 かがみ「ま、つかさとこなたの事に口出しは無用ね、それじゃ、出かけましょ」 つかさ「あれ、どっか行くの?」 みゆきはクスクスと笑い出した。 かがみ「ちょっとしっかりしなさいよ、買い物に行く約束だったでしょ、つかさが言い出したのよ」 つかさ「あっ!!そうだった、ごめん」 つかさは急いで出かける支度をした。 楽しい買い物も終わりみゆきと別れ、つかさとかがみは帰宅した。 つかさは自分の部屋に入り着替えた。ふと自分の机を見た。パソコンの電源が入りっ放しになっていたのに気がついた。 こなたがいじっていて消すのを忘れたようだ。つかさは電源ボタンに手を伸ばした。 つかさは画面を見て電源を切るのを止めた。画面には『これでいいですか?』『YES』『NO』と表示されていた。 つかさ「そういえばこなちゃんが弄った、もしかして設定しちゃったのかな」 つかさはマウスで『NO』をクリックした。しかしまた元の画面に戻ってしまう。何度しても元の画面に戻ってしまった。つかさは強硬手段に出た。 パソコンの電源ボタンを押して直接切った。でも電源は落ちなかった。直接コンセントを抜くこともできたが新品のパソコンが壊れてしまうかもしれない。それだけは避けたい。 『YES』をするしかなさそうだった。つかさは思った。こなたのやり直したいと言っていた時代にいけるのかもしれない。興味が出てきた。 いったいどんな物語が見られるのだろうか。つかさは高校時代の制服を着て玄関から靴を用意し自分の部屋に戻った。 深呼吸を一回した。 つかさ「こなちゃんごめんね」 まるで他人の不幸を見に行くような自分。思わずこなたに謝った。 そしてつかさは靴を履いて『YES』をクリックした。 何も起きなかった……やはりあの時は偶然だったのだろうか。つかさは考えた。あの時、風呂に入りに行こうとして扉を開けたら過去に行けたのを思い出した。 つかさはゆっくりと部屋の扉を開けた。 急に静かになった。そこは陸桜学園ではなかった。閑静な住宅街の家の門の目の前につかさは立っていた。表札には『泉』と書かれている。何度も来たことのあるお馴染みの 家、こなたの家の前だった。つかさは周りを見回した。特に変わった様子はない。何となくこなたの家が少し新しく見えるくらいだろうか。いったいどのくらい前の時代なのか まったく検討がつかなかった。つかさはとりあえず駅の方に歩いていった。見慣れた風景、だけどなにか違和感があった。 違和感と言えば久しぶりに着たせいかなのか制服がなんとなく着心地が悪い。もしかしたら少し太ったのかもしれない。 つかさは不思議に思った。学校ではなく何故自分の家だったのだろうか。近くに居た彼氏だったのかも。これなら普段着でも良かったのかもしれない。 曲がり角を曲がると道端に女性が倒れているのを見つけた。もう駅にだいぶ近い所だった。つかさは女性に駆け寄った。 つかさ「大丈夫ですか?」 女性「だ、大丈夫です、そこの椅子まで……」 女性の指差す方を見ると公園のベンチがあった。つかさは女性腕を自分の肩にかけて公園のベンチまで運んだ。つかさは女性を椅子に座らせて彼女の顔を見た。 つかさ「こなちゃん!」 叫んだが直ぐに間違えだと気付いた。 女性「こなちゃん?」 つかさ「い、いえ、人違いでした……本当に大丈夫ですか?」 こなたに似ている小柄な女性、以前こなたの家で写真を見たことのある人。その人が目の前に座っている。泉かなた。その人であった。しかし写真で見るよりもやつれている。 つかさはかなたが倒れていた所にあった荷物を持ってきてあげた。 かなた「すみませんね」 申し訳なさそうにつかさを見た。 つかさ「いいえ、倒れているのでビックリしました、救急車を呼びますか?」 かなた「大丈夫です、ですけど、もし良かったから私の荷物から水と薬を取っていただけると助かります」 つかさは鞄から薬と水筒をとってかなたに渡した。薬を飲んでいるようだった。病気なのだろうか。そういえばつかさはこなたから母親の死因を聞いていなかった。 もっともそんなのはよっぽどでなければ聞くことはまずないだろう。 つかさ「病気……なのですか?」 かなたはゆっくり薬を飲むと水筒をつかさに渡した。つかさは元の鞄に水筒をしまった。 かなた「お産後、ちょっと調子がわるくなって……ふぅ……楽になりました……」 つかさ「良かった……」 するとかなたの目がすこしきつくなった。 かなた「見たところ学生みたいだけど、こんな時間に……授業はどうしたの?」 声はとても優しかった。しかしつかさは答えを用意していなかった。なんて言えばいいのだろうか。何か見透かされているような目だった。嘘はつけそうにない。 つかさ「えっと、その……」 言葉を詰まらせるつかさ。かなたはそんなつかさに微笑みかけた。 かなた「その制服は陸桜学園……かしら、言えない事情があるのね、でも私を助けてくれた……もう聞かない……名前を聞いてもいい?」 つかさ「柊つかさです」 かなた「私は……泉かなた」 何か和んだ気持ちになった。かなたは暫く椅子で休んだ。つかさも話しかけるわけでもなく邪魔しないように近くに居た。 かなた「もうすっかり落ち着いちゃった、ありがとう」 つかさ「はい」 かなたは椅子からゆっくり立ち上がった。しかしフラフラしている。バランスを崩して倒れそうになった。つかさは自分の体を盾にしてかなたを支えた。 つかさ「家まで送ります」 かなた「ごめんね、こうなったら最後まで甘えさせてもうらおうかな、お願いします」 つかさはかなたを支えながら家の方に向かった。つかさは思った。本来こうするのはこなたじゃないといけなかったじゃないかと。 こなたはこの時代にセットをした。きっとかなたに会いたかったに違いない。興味本位で来てしまったつかさは後悔をしていた。 つかさ「家に着きました」 かなた「……不思議ね、私は道を教えていないのに……一回も間違わないで誘導してくれた……もしかして私を知っているのかしら?」 つかさはそこまで気が回らなかった。なんて言っていいのか分からない、ただ黙っているしかなかった。かなたはそんなつかさに微笑みかけた。 かなた「よかったら上がっていって、お茶でもどうぞ」 かなたは玄関の扉を開けてつかさを招く。つかさはこのまま帰りたかった。でもこのまま帰るのもなにか気が引ける。つかさはただ黙って泉家に入っていった。 つかさは居間に通された。今の状態と全く同じ配置にテーブルや家具が配置されている。つかさが居間の椅子に座るとかなたは台所で作業を始めた。 なにか落ち着かない。つかさはキョロキョロと辺りを見回していた。 かなた「そんなにこの部屋珍しい?」 笑いながらお茶を持ってきた。つかさの目の前ににお茶とお茶菓子を置くとかなたも席に着いた。何か言わないと。つかさは焦った。 つかさ「えっと、お子さんは、何処にいるのですか?」 かなたはつかさに落ち着きがないのはそのせいかと思った。 かなた「あ、赤ちゃんの気配がないから落ち着かなかったみたいね……そう君……夫が不規則な仕事をしているし、今の私もこんな状態だから親戚に預けているの」 その親戚はきっとゆたかの実家だとつかさは思った。 つかさ「そうですか……すみません家庭の事を聞いちゃって」 かなた「いいのよ、話したいから話しただけ、それよりお茶とお菓子食べちゃって」 つかさはお茶を飲み始めた。かなたはそんなつかさを見つめていた。つかさは少し恥ずかしくなった。 かなた「さっきお茶にお砂糖を入れる時、何の迷いもなくその瓶を選んだでしょ……つかさちゃん」 つかさ「えっ、だっていつも……」 つかさはドキっとした。色違いの同じ形の瓶に砂糖と塩が入っている。つかさは無意識に砂糖の入っている瓶を取っていた。 つかさはかなたを見て目を潤ませてしまった。なぜか無性に悲しくなった。こんないい人にもう会えなくなってしまうなんて。 かなた「この家をを知っているみたいと言うのかな、つかさちゃんを見ているとなんか他人のような気がしない」 何も言えなかった。つかさは俯いて涙を隠した。かなたはその涙に気付いたみたいだった。 かなた「家出でもしたの、きっと家族の方が心配していると思う」 これはチャンスだった。かなたが勘違いをしている。と言っても未来から来たなんて思わないだろう。つかさはそれに便乗することにした。この場を早く離れたかった。 つかさ「うん……そうかもしれない、私、帰った方がいいかな」 かなたは席を立つと引き出しから財布を取り出した。 かなた「これは少しだけどお礼、交通費の足しにでもして」 かなたはつかさの手を掴み持ち上げた。手の上にお金を置いた。 つかさ「こんなに、受け取れません……」 かなた「私の命の恩人ですものね」 かなたはにっこり微笑んだ。その笑顔に思わずつかさはそのお金をポケットにしまった。そしてそのまま玄関へと歩いてった。かなたもつかさの後を付いて見送ろうとした。 つかさ「あ、あとは私一人でいいので、休んでいて下さい」 かなたは立ち止まり笑顔で手を振った。つかさはドアを開けた。 外に出たはずだった。しかしそこは自分の部屋の中だった。現代に戻ってきた。その目の前にかがみが居た。 かがみ「つかさ、どうしたのその格好……まさかコスプレやっているって訳?」 かがみは呆れた顔でつかさを見ていいた。 つかさ「これは……へへへ」 苦笑いをした。 かがみ「まったく呼んでもこないから何をしていると思ったら……今頃になってこなたの趣味が感染するなんて……趣味の世界だから干渉はしないけど土足は止めにしないか」 つかさは慌てて靴を脱いだ。 かがみ「もうすぐご飯よ、着替えてからおりてきて」 つかさはポケットからお金を出した。かなたの笑顔が脳裏に浮かんだ。また涙が出てきた。しばらく下に降りることができなかった。 休日の日が来た。午前中からこなたは柊家に訪れていた。つかさはこなたに謝らなければならなかった。 つかさ「早速だけど私はこなちゃんに謝らないといけないの」 こなた「なぜ、何も悪い事なんかしてないじゃん」 きょとんとしてつかさを見た。 つかさ「この前こなちゃんが来たとき私のパソコンでゲームの設定をしたでしょ……時間と場所」 こなた「……したけど、それがどうかしたの?」 少し間を置いてから話した。言い難かったからだ。 つかさ「私……行っちゃったの、こなちゃんのやり直したいって言っていた時代に……」 こなたは俯いてしまった。つかさは思った。これでこなたと友達で居られないかもしれないと。きっと怒ってくる。覚悟した。 こなた「ふふふ、家出の少女ってつかさだったのか……やっぱり、何となくだけど試しに入れてみた時間と場所……これは本物だよ、つかさ」 つかさ「え、どうゆうこと?」 つかさは聞き返した。 こなた「あの日はお母さんが入院する日だった、お父さんから聞いた話だよ、その日、家出してきた陸桜の生徒に助けられたってね……その子の特徴が つかさに似ている、名前も聞いたらしいけどお父さんは忘れちゃった、だけどもうこれで分かったよ……」 つかさ「こなちゃん、もしかして私が行くと思っていたの?」 こなた「多分本当の事を言っていたら行かなかったでしょ、だから失恋っぽく演出したのだよ……もしかして制服着て行ったの?」 つかさ「設定した場所が学校だと思って……」 こなた「ふふふ、ははは、傑作だよかがみに見せたいくらいだ」 つかさ「見られちゃったよ……こなちゃんの趣味が感染したって言われた」 こなたは大笑いを始めた。しかしつかさはあまり悪い気にはならなかった。こなたは暫く笑い続けた。 こなた「つかさ、お母さんはどんな人だった?」 唐突だった。つかさは驚いた。 つかさ「え、なんで今更、おじさんとか、成実さんから聞いてないの?」 こなた「聞いているさ、聞いているけど……お父さんは妻としてしか聞いてない、ゆい姉さんはその時はまだ子供だった……つかさの思ったとおり教えて」 つかさは天井をみて少し考えてから話した。 つかさ「……とっても優しかった、あの時おばさんを助けたけどなんだか私が助けられたみたいだったよ、それにね、お金までくれるなんて、受け取っちゃけど返したいな」 こなた「そう、つかさのお母さんと比べてどう?」 つかさ「……こなちゃん、お母さんって比べるものじゃないと思うけど……」 こなた「そうだよね、そうだった……ごめん……でも比べないとイメージが湧かないよ」 また俯いてしまった。今度は本当に悲しいみたいだった。血の繋がっていない他人のつかさが悲しくなるくらいだ。こなたが悲しくなるのはつかさにも痛いほど分かった。 つかさ「それだったら会いにいく?」 こなたは俯いたまま動かない。つかさは質問を変えた。 つかさ「こなちゃん、やり直すって何をしたいの、おばさんって病気だったのでしょ、だったらもうどうしようもないよ……」 こなた「どうすることもできるよ」 こなたは鞄から小さい瓶を取り出しつかさの机の上に置いた。 つかさ「なに?」 こなた「バイトで稼いだお金で昨日買った薬だよ、あの時は不治の病でも今ではこの薬で完治できるのさ……三年前実用になった」 つかさ「もしかして、この薬を?」 こなた「……そう、この薬を持って行ってお母さんに飲んでもらう……それだけでいいよ……それだけで」 やり直すと言っていた意味が分かった。でも何故かつかさはあまり喜べなかった。 つかさ「それって歴史を変えちゃうってことだよね?」 こなた「変える訳じゃない、やり直す」 つかさ「でも、それはやってはいけない事じゃないかと思うのだけど……」 こなた「出来ないならやらないしやれない、でも救う方法がある、あるなら助ける、当たり前だよね」 つかさ「でも……過ぎ去った事実を変えるなんて……」 こなたは顔を上げてつかさを見た。 こなた「つかさもかがみと同じ事を言うね……つかさだって倒れていたお母さんを助けたでしょ、あのまま素通りすればよかったじゃないか、助けられるなら助ける、 つかさだって同じじゃないか、つかさはお母さんが居るからそんな事が言える」 こなたの目には涙が溢れていた。説得力があった。こなたの言う通りかもしれない。しかしつかさの言いたいのはそれではなかった。 かなたが生きていたとして、その世界でこなたが陸桜学園に進学しているのか疑問に思った。もし別の高校を選んだとしたら友達として一生会えない気がした。 それが過去を変えたくない理由だった。でも助けられるなら助けたい。自分の思いとこなたの言葉がつかさの頭の中で響いていた。 つかさ「こなちゃん、もしかしてお姉ちゃんにパソコンの話をしたの?私がお姉ちゃんと同じ事言ったって……」 整理がつかないのでつかさは話を変えた。こなたは直ぐに頭を切り替えた。 こなた「いや言ってないよ、以前タイムとラベル物の映画の話題をしていて論争になっただけ、歴史を変えるのっていいのかってね、かがみは変えちゃダメだってさ……」 つかさ「そうなんだ……」 こなたはまた直ぐに話を元に戻した。 こなた「つかさ……パソコン貸してくれるよね……」 つかさは返事が出来なかった。こなたはそんなつかさを見てもどかしくなった。 こなた「つかさ……つかさはもう二度も過去に行っているよね、でも今ここに居て何が変わった……変っていないよね、つかさが過去に行ってなかったらその日が お母さんの命日だったかもしれない、そう言う意味じゃもうつかさは過去を変えちゃった……それでも私のしようとしている事は間違っているのかな」 こなたはつかさを説得した。つかさは頭を抱えた。 つかさ「分からない……分からないよ……」 こなたは一回ため息をついた。このまま無理押ししても貸してくれそうにない。 こなた「それじゃ分かるまで待つよ……それからこの薬をつかさに預けるよ」 こなたは薬の瓶をつかさの手に置いた。 つかさ「なんで私が?」 こなた「つかさが居ない時パソコンを使うかもしれないでしょ……私はかがみを訪ねれば家にもつかさの部屋にも入れるからね」 つかさは驚いた。思わずこなたの目を見た。 こなた「もしかしたらやっちゃうかもしれいから……やっぱり快く貸してくれないとね、人の命がかかっているから」 こなたは微笑んだ。つかさにはその笑顔がかなたと重なって見えた。 こなた「あまり時間がないから期限を決めるよ……その薬の効力は一週間しか持たない……三日後、三日後の夜また来るよ、それで決めて」 つかさは自分の手にもっている瓶を見つめた。こなたは部屋を出て帰った。 家に帰ったこなたは考えた。なぜつかさはかなたの病気を治すのに反対したのか。過ぎ去った事実を変える。確かに自然の摂理に反しているかもしれない。 しかしつかさはかがみとは違う。そこまで難い考えはしないと思った。もっと別の何かがつかさを止めさせているに違いない。しかしこなたはそれが何かは分からなかった。 ゆたか「こんにちは」 高校を卒業したゆたかは実家に戻った。それから度々こなたの家に遊びに来るようになった。ゆいと同じように。 こなた「いらっしゃい、今日ゆい姉さんは一緒じゃないの?」 ゆたか「今日は遅番だから来られないって、お姉ちゃんによろしくって」 特に何をする訳でもない。ゆたかはこなたとの会話を楽しみにしていた。今日は話が弾む。 こなた「しかしゆーちゃんもしょっちゅう家に来ているけど、ゆい姉さんと同じだね」 ゆたか「やっぱり高校時代が楽しかったから……かも」 こなた「そもそも実家を離れてまでなぜ陸桜なんか選んだの」 ゆたかは少し意外そうな顔をした。 ゆたか「前に言わなかったかな……お姉ちゃんが通っていたから……」 こなた「そうだったっけ……そういえばみゆきさんもおばさんが通っていたからって言っていたかな……」 そう考えると何かを決める動機なんてそんなものなのかもしれないとこなたは思った。 ゆたか「意外とかがみ先輩とつかさ先輩も同じかもね、どっちが先に決めたかは分からないけど……」 こなた「ふふふ、いや、どう考えてもかがみが先でしょ……つかさは一人で決定なんか出来ないよ」 こなたは笑いながら話した。 ゆたか「笑っているけどお姉ちゃんは何で選んだの?」 こなた「私、私はね……お父さんと賭けをした、高校のランクで賞品を決めて……えっ?」 ゆたか「えっ?」 ゆたかは聞き返したがこなたの話が止まった。そうじろうと賭けをして決めた高校。もし、かなたが生きていたらそんな賭けをしただろうか。もしかしたら違う高校に行っていた。 つかさはそれを心配して躊躇しているのではないか。つかさはこなたと出会えなくなるのが嫌だった。そう思うとこなたもすんなり薬をかなたに渡せなくなった。 こなた「……ばかだよ、つかさは……そんな事考えたら何も出来ないよ……」 この時こなたの心が揺らいだ。 ゆたか「どうしたの、お姉ちゃん」 こなたの顔を覗き込むように心配した。 こなた「……な、何でもないよ……話の続きしようか……」 同時刻つかさはみゆきに電話をしていた。 つかさ「……って薬なんだけど、これってどんな薬かなって」 みゆき『……聞かない名前ですね、おそらく数年以内に開発された新薬だと思います、つかささんパソコンの前に移動できますか?』 つかさ「ちょっと待って……携帯電話にかけなおすから」 つかさは電話を切ると自分の部屋に戻った。パソコンを起動してみゆきに携帯電話をかけた。 つかさ「……あ、ゆきちゃん、ごめんね、いきなりこんな電話しちゃって」 みゆき『いいえ、お構いなく……私もパソコンの前に居ますので一緒に操作しましょう』 つかさはみゆきの言うようにパソコンにキー入力をした。すると薬の一覧表が表示された。 みゆき『これは……この薬は三年前に認可された薬ですね、特定の病気に開発された特効薬ですね、副作用も少なく他の幾つかの病気にも有効なので去年からは 処方箋無しで購入でるようですね、つかささん、この薬を使うのですか?』 つかさは慌てた。なんて言っていいのか少し考えた。嘘を付いてもしょうがない。 つかさ「え、うんん、こなちゃんのお母さんの病気について調べていたの」 みゆき『それを聞いて安心しました……泉さんのお母さんがこの病気に……もし、この薬がその時代にあったなら泉さんのお母さんもきっと良くなったと思いますよ』 つかさは迷った。タイムトラベルの話をみゆきにするかどうか。みゆきなら信じる信じないは別ににして一緒に考えてくれそうな気がしたからだ。 つかさ「こなちゃんもおばさんの病気の話をゆきちゃんに聞いたの?」 みゆき『いいえ、伺っていませんが……』 つかさは驚いた。こなたは自分一人でこの薬を調べたみたいだった。もっともこなたが先に聞いていればみゆきも薬の名前くらいは覚えていただろう。 無闇に話すのは控えたほうがよさそうだ。 つかさ「そ、そうなんだ、すごい薬だね……調べてくれてありがとう」 こなたを疑ったわけではなかった。しかしこの薬は本物だ。調べる必要はなかった。つかさはそのまま携帯を切ろうとした。 みゆき『ちょっと待ってください、余計な事かもしれませんがその薬は使用期限がとても短いですね……もっと詳しく知りたいのでしたらパソコンの画面を読んで下さい』 つかさ「……うん、分かった、ありがとう……」 つかさは携帯を切った。そのままパソコンの電源を切ろうとした。ふと薬の一覧表を見た。その薬の値段を見て驚いた。 三年前の十分の一の値段まで下がっている。他の病気にも使われたので一気に値が下がったようだ。それでも学生が簡単に購入できる金額ではなかった。 こなたの想いの強さはこれを見ただけでも充分理解できた。そして薬の使用期限、あまりのんびりはしていられない。 それでもつかさは決め兼ねていた。パソコンから離れた。自分の部屋を出る。そしてつかさは自然とかがみの部屋の前に立っていた。 『コンコン』 ドアをノックしてつかさはかがみの部屋に入った。かがみは机に向かって勉強をしていたようだった。 つかさ「勉強中だったみたいだね、また後で来るよ……」 かがみ「構わないわよ、もうそろそろ止めようかと思っていたところ、何か用なの?」 かがみは椅子を回転させてつかさの正面に向いた。 つかさ「例えなのだけど……例えばこなちゃんのお母さんを過去に行って助けたらどうなるかな?」 かがみ「……いきなり唐突だな……つかさ、出来もしない事を考えるよりこれからの事を考えた方がいいわよ」 かがみらしい答えだった。でもこれで引き下がるわけにはいかなかった。 つかさ「だから例え話、タイムマシーンがあったとして」 かがみはすぐにこなたとつかさで何かあったと思った。 かがみ「こなたと何かあったのか、そいえば今日来ていたわよね、そういえば珍しく私には何も言って来なかったけど……」 そして以前に似たような話をこなたとしたのを思い出した。 かがみ「ああ、あの時の話をこなたとしていたのか、つかさもその手の物語に興味を持つようになったみたいね」 つかさはとりあえず頷いた。 かがみ「つかさの例えは『親殺しのパラドックス』の逆を言っているのよ」 つかさ「親……殺しって……穏やかじゃないね、何それ?」 かがみ「簡単よ、つかさがタイムマシーンに乗っていて三十年前のお母さんを殺したとしたら、どうなると思う?」 つかさ「三十年前って私達生まれてないよね……私が生まれる前にお母さんが死んじゃったら今の私はどうなるの?」 かがみ「分からないが正解、この手の物語はそれがテーマになるのよ、だから想像でしか答えられない」 つかさ「お姉ちゃんは歴史を変えるのってダメだってこなちゃんに言ったの?」 かがみ「……やっぱりあの時の話をこなたとしていたのね……あれはダメって言うようより出来ないって言ったのよ」 つかさ「出来ないって?」 かがみ「良く考えてみて、タイムマシーンがもし在ったとしたら人間は絶対に過去の誤りを正そうとする、私だってやり直したい事なら山ほど在るわよ…… でも現実は変えられないのよ、過去にどんな事をしたとしてもその結果は変えられない、私はそう思う、そう言う意味でこなたに言ったつもりよ」 つかさ「それじゃタイムマシーンが在ったらお姉ちゃんは何かする?」 それはあった。もうそれはつかさに見られている。今更隠してもしょうがない。それにつかさになら話しても茶化されたりされない。 かがみ「在ったら真っ先に卒業式の日に行くわ……そしてあの時の私の背中を思いっきり押してやる……それだけよ……例え変えられなくても……それが人情ってもの」 つかさはかなたを助けたい感情が高まった。その結果が変らないとしても、こなたと会えなくなったとしても今より幸せになれるのなら良いと思った。 その時つかさは決意した。今ならかがみの願いが叶えられると。そしてつかさ本人の願いも同時に。 つかさ「お姉ちゃん、行ってみようよ、卒業式の日」 かがみ「はぁ、何言ってるのよ」 かがみは呆れ顔になった。 つかさ「お姉ちゃんに渡した手紙の破片……どうやって私が手に入れたと思う?」 かがみは慌てて机の引き出しを開けて手紙の破片を見た。手紙を持つ手が震えている。 かがみ「まさか……どうやったと思っていた……出来るはずがないと思っていた……」 かがみは放心状態だった。 つかさ「もし行きたかったら、制服に着替えて靴を持って私の部屋に来て」 つかさは玄関に自分の靴を取りに行きそのまま自分の部屋に戻った。 つかさが制服に着替えているとノックの音が聞こえた。 つかさ「はーい」 扉が開くと靴を持ち制服姿のかがみが居た。 かがみ「まさかまたこの服を着るとは思わなかったわよ、そろそろ処分しようと思っていた……何か違和感があるわね」 つかさ「それは太ったからだよ」 かがみ「バカ……そんなにはっきり言うな」 その時かがみは思い出した。 かがみ「そういえばあんた以前制服着ていたわね」 つかさ「……これで三回目になるよ」 かがみは黙ってつかさの行動を見守った。つかさはパソコンに向かい画面を起動した。そしていつものように地図と時計をセットした。 『ブブー』 パソコンから操作禁止の警告音が出た。つかさはまた同じ作業をする。 『ブブー』 警告音と共にカレンダーと時計が現在の時間に戻ってしまった。つかさは何度も設定しようとするが戻ってしまう。壊れてしまったのだろうか。 良く見ると設定しようとした日時が黄色く点滅している。故障ではないこのソフトがそうなっているみたいだった。つまり一度行った時代には行けないようになっていた様だ。 つかさは後ろから冷たい氷のような軽蔑の視線、いや、燃えるような怒りを感じた。 かがみ「つ、か、さ……」 重い低い声だった。つかさは後ろを振り向けなかった。 かがみ「謀ったわね……」 つかさ「……違う、違うの、この前行っちゃったから……行けないのかも、ちょっと待って、もう一回設定するから……」 かがみ「何を設定するのよ!それはゲームの画面じゃない……つかさ、あんたって人はそれほど人の失恋が面白いのか……人の気持ちを弄ぶなんて見損なった」 誤解だ。これは完全に誤解。どうやって説明する。つかさは一所懸命に考えた。とりあえず振り向きかがみの顔をみた。かがみの顔は怒りに満ちていた。 かがみは手に持っていた手紙の破片をつかさに叩き付けた。 かがみ「何がタイムとラベルよ、あの時見ていただけじゃない、その時これを拾ったな、今日まで隠して、それでさっきあんな話を持ち出して、私にこんな格好までさせて さぞかし楽しかったでしょうね……つかさ一人じゃこんなの思いつかないわね、こなたの入れ知恵か」 つかさはまずいと思った。あらぬ疑いがこなたにかかった。いまこなたはかなたの事で頭がいっぱいのはず。何とかしないと。 つかさ「こなちゃんには何も言ってない、こなちゃんは手紙の話は知らないよ……」 かがみ「……呆れた、単独犯か、あんたの顔なんかもう見たくない」 かがみの目からは涙が出ていた。かがみを完全に怒らせてしまった。かがみは飛び出すようにつかさの部屋を出た。つかさはかがみを追い掛けた。 かがみは自分の部屋に入るとドアを閉めた。つかさはドアをノックする。 つかさ「開けて、話を聞いて……」 何度もノックするが反応がない。部屋の中からかがみのすすり泣く音がかすかに聞こえる。つかさはノックするのを止めた。説明を諦めて自分の部屋に戻った。 かがみの心に大きな傷をつけてしまった。つけたのではない、傷を広げてしまった。つかさの足元に手紙の破片が落ちていた。つかさは手紙の破片を拾った。 もうあの時には戻れない。急につかさも悲しくなり目から涙が出てきた。つかさもあの時自分の背中を押したかった。そして気が付いた。つかさもかがみと同じだった。 まだ未練があったのだと。タイムマシーンを使って結局何もしなかった自分が情けなくなった。もうその時間すら取り戻せない。かがみの誤解も解けそうにない。 つかさはその場に倒れこんで泣きじゃくった。 こなたはつかさに呼ばれた。約束より一日早い連絡だった。まさかつかさの方から連絡がくるとは思いもしなかった。こなたは未だに悩んでいた。まだ結論が出ていない。 この際だからつかさと直接話して決めようと思った。こなたは柊家の門の前で呼び鈴を押した。出てきたのはかがみだった。 かがみ「いらっしゃい、今日は何の用なの?」 ぶっきらぼうな話し方だった。こなたは少し身を引いた。 こなた「や、やっふーかがみ、今日はつかさに呼ばれて来た……居るかな?」 かがみは無言でドアを全開にしてこなたを通した。 こなた「えっとつかさは何処に?」 かがみ「部屋にいる」 また同じ調子だ。 こなた「かがみどうしたのさ、つかさと何かあったの?」 かがみ「その名前も聞きたくない、用があるならさっさと行ってよね」 今度は怒り出した。こなたはかがみに追い出されるようにつかさの部屋へ向かった。 こなた「つかさ入るよ」 ノックをして部屋に入ると元気のないつかさが椅子に座っていた。こなたは扉を閉めると部屋の奥へと進んだ。 こなた「つかさ、かがみと喧嘩でもしたの、かがみのやつ凄い権幕だったよ」 つかさは事情を話したかったけど話せなかった。話すにはこなたにかがみの失恋の話をしなければならかったからだ。かがみと話すなと約束をした訳ではない。 秘密にしておくのがつかさのかがみに対する精一杯の償いだった。 つかさ「私が悪いの……」 こなたはそれ以上聞かなかった。つかさとかがみの仲の良さはこなたが一番良く知っている。そんな二人が喧嘩をするのはよほどの事情があると思ったからだ。 こなた「ところで今日は何の用なの、もしかしてお母さんの話?」 つかさは頷いた。 つかさ「うん、あまり時間がないでしょ……少しでも早い方がいいと思って連絡したの」 この言い方でこなたはつかさの答えを分かってしまった。 こなた「ちょっと待って、この前反対したじゃない、どうゆう心境の変化をしたの」 つかさ「私ね、おばさんは生き続けて欲しい、それが一番だと思ったから、ちょっとだけ会ったけど、優しさに包まれるような感じだった」 遠い目をしてつかさは答えた。 こなた「私の答えになっていよ、つかさはお母さんが生き続けて歴史が変って私と会えなくなると思っのでしょ?」 つかさはこなたの目を見ながら答えた。 つかさ「そうだよ、この前はそう思った。だけど、こなちゃんはおばさんと一緒に居た方が幸せだよ、少なくとも成人するまでは両親とも居た方がいいからね、 こなちゃんなら大丈夫、そのくらいで進路を変えないよ、例え違う高校に行ってもきっと出会って友達になれる、そんな気がする」 こなた「……つかさ、本当に良い?」 こなたは念を押した。 つかさ「うん、あの薬も調べてみたよ、凄く高価なんだよね……おじさんにも頼らずにお金を貯めて凄いと思うよ、私なら途中で音を上げちゃうよ……それにこの薬…… 私が卒業式の時代に戻ったって言った……言っただけなのに信じて薬を買った……私を信じてくれた」 もし、かがみが聞いていたらつかさ達は家には居られなかっただろう。これはかがみに対する皮肉ではない。純粋にそう思っただけである。 こなたはつかさの卒業式の話だけで信じた訳ではなかった。そうじろうから聞いたかなたを助けた人の話と照合して確信を得たのだ。 つかさの人を疑わない性格の成せる業か……つかさ自身はそれを自覚していない。 こなた「つかさ、ありがとう、ありがとう」 この時こなたも迷いが消えた。こなたは何度もつかさにお礼を言った。 あれからもう一時間も経っている。しかしこなたとつかさはまだかなたに会いに行っていない。二人は悩んでいた。 こなた「問題はお母さんにこの薬をどうやって飲んでもらうか、見知らぬ人がいきなり『この薬を飲んでください』なんて言ったって飲んでくれないよね、 食事に混ぜるか、飲み物に混ぜちゃってもいいかも……いっその事、羽交い絞めにして強引に押し込んじゃうかな……いくらなんでも病人にそれはないよね……」 こなたは腕を組んで考え込んだ。つかさはかなたに会った時を思い出していた。 つかさ「おばさんは嘘とか策略とかは要らないと思うよ、逆に何かすると怪しまれるよ」 こなた「どうしてそんなのが分かるんだい」 つかさは一度かなたに会っているから何かのヒントになるかもしれない。こなたは思った。 つかさ「おばさんを家まで送った時とか、お茶をくれた時とか……ちょっとした仕草で私を見抜いたの、さすがに私が未来から来たとは思わなかったけど、 付焼き刃みたいな作戦をしても見抜かれちゃうよ」 こなたは驚いた。かなたではなくつかさにだった。つかさはかなたの性格を的確に見抜いている。そうじろうもこなたに同じような事を言っていたのを思い出した。 こなた「それじゃどうすればいい……やっぱり歴史を変えるのは無理なのかな……」 こなたは項垂れた。 つかさ「だったら正直に話せばいいんだよ、私達が誰で、目的もちゃんと話すの、おばさんなら本当かどうかは分かると思うよ、そうすればきっと薬を飲んでくれる」 こなた「正攻法だね、それがいいかな、初めて会うのに嘘は付きたくない……つかさの通りやってみよう」 つかさはパソコンを起動させこなたに席を譲った。 つかさ「靴を持ってくるね」 つかさは部屋を出て玄関に向かった。そこにトイレに向かうかがみとばったり会った。かがみはつかさを睨み付けた。 かがみ「こなたと楽しい雑談か、いい気なものだな、私の話をネタにして盛り上がっていたな」 かがみの怒りは昨日と少しも変っていなかった。つかさは思った。何を言ったところでかがみの怒りは治まらないだろうと。ならば真実を話すまで。 つかさ「植え込みに隠れていたお姉ちゃんを見た、男子生徒が来ても隠れたままのお姉ちゃん、去っていった男子生徒、手紙を破る姿…… みんな見ちゃった、でもそれはほんの少し前に見てきた出来事」 かがみ「言っている意味が分からない……まだタイムとラベルの話をしているのか、いい加減にしろ」 かがみは睨んだままだった。だがかがみの心の奥底には心に引っかかる物があった。それはあの手紙の破片だった。 つかさ「でも信じて、悪戯や面白半分であんなのはしない……本当は、本当はお姉ちゃんにも一緒に来て欲しかった、一緒に考えて欲しかった」 つかさの目が潤んだ。心の底から訴えるような目だった。さすがのかがみも少し怯んだ。 かがみ「なにマジになっているのよ……あんた達いったい何をしようとしているのよ……」 つかさ「こなちゃんのお母さんを助けるの」 かがみは絶句した。荒唐無稽もはなはだしい。 つかさ「昨日はありがとう、おかげで決心がついたよ、成功を祈ってね」 つかさは玄関に歩き出した。かがみはつかさから感謝されるような話はしていない。ただ呆然とつかさを見送った。 つかさが部屋に戻るとこなたが首を傾げていた。 つかさ「どうしたの?」 こなた「どうしても時計が設定できない、何でだろう?」 もしかしたら自分と同じかもしれない。つかさは思った。 つかさ「もしかして前に設定した日時とおなじじゃない?」 こなた「……そうだよ、お母さんが入院する日に……」 つかさ「設定すると黄色く点滅してない?」 こなた「……しているよ」 つかさ「何故か分からないけど一度行った日時には行けないようになっているみたいだよ……こなちゃん分かる?」 こなたは腕を組んで考えた。 こなた「良くは分からないけど、同じ時間帯に何人も同一人物がいたら色々と不都合がおきるのかな……で、つかさは何故黄色く点滅するのを知っているのさ」 つかさは昨日のかがみを思い出した。しかしそれは言えない。 つかさ「昨日私、もう一回行きたかったから、卒業式の日……自分の背中を押してあげれば告白できるかなって……」 こなた「恋多き乙女だね……ある意味羨ましいよ」 こなたはこれ以上つかさに言わなかった。はやしたてたり、弄ったりはしなかった。 その日に行けないのが分かったこなたは、鞄から手帳を取り出してパラパラと捲り始めた。 つかさ「それは?」 こなた「これ、これはお母さんが入院してから亡くなるまでのお母さんの行動を書いた手帳だよ」 つかさ「いつの間にそんなのを……」 こなた「お父さん、ゆーちゃんのおばさんとかから聞いたのをまとめただけだよ、高校卒業してから作っおいたんだ、まさかこんな所で役に立つとは思わなかった」 つかさはこなたのかなたへの思いの強さをまた目の当たりにした。 こなた「うーん、この日がいいかな、お母さんは一度退院しているのだよね、たった三日間だけどね……丁度亡くなる一ヶ月前、薬を飲む時期もベストかもしれない」 更にこなたは手帳を見ている。つかさはこなたを見守った。 こなた「この日は日曜日だよ、この日にしよう、休日ならお父さんは居ないかもしれないし、話をし易いかも」 つかさ「日曜日だとおじさん、家に居るよね?」 こなた「お父さんはサラリーマンじゃないからね不規則だよ、居たら居たで一緒に話を聞いてもらうのもいいかもしれない」 こなたは画面に向かい設定した。 こなた「『YES』『NO』って聞いてきたよ」 つかさ「ちょっと待って、こなちゃん薬忘れないで」 つかさは薬を取りこなたに渡そうとしたがこなたは手を前に出した。 こなた「薬はつかさが預かって、私だと落としたり無くしたりしそうだから」 つかさ「……そんなの事言ったら私だって……」 こなたは笑った。 こなた「そんなの気にしていたら最初から大事な薬をつかさに預けないよ、それに二人とも過去に行けるとは限らないじゃん、二回も行っているつかさの方が成功する可能性が高いと思って」 つかさは黙って薬を鞄の中にしまった。 こなた「準備はいい?」 つかさは頷いた。こなたは『YES』のボタンをクリックした。こなたは周りをキョロキョロと見回した。 こなた「……何も起きないよ……もしかして失敗した?」 こなたはがっかりとうな垂れた。 つかさ「うんん、靴を履いて、扉を開ければ行けると思うよ、二人同時に開ければ二人とも行けるかも……」 こなた「よし、やってみよう」 こなたとつかさは靴を履き部屋の扉の前に並んだ。二人の手が扉の取っ手にかけられた。 こなた・つかさ「せーの」 息を合わせて扉が開かれた。 次のページへ
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⑪ 次の日のお昼過ぎ……私は神社の前に車を停めた。 神崎さんは夕方って言っていた。随分早く着いてしまった。サービスエリアでもう少し時間を潰してくればよかったかな。 この前の時みたいに待っている必要はない。もうさっさとデータを渡しちゃおう。 このやり場のない気持ちでずっといるのは耐えられない。神崎さんがこれからどんな態度に出るのか……白黒つけてやる。 私は再び車を走らせ神崎宅を目指した。 この前来た時と同じ場所に駐車して車を降りた。そして神崎さんの玄関前に立った。 呼び鈴が押し難い……何故、約束の時間より早いから。データを渡して彼女の態度が豹変するのが恐いから…… やっぱり時間まで待とうかな。いや、もうここまで来て戻るなんて。 「はぁ~」 溜め息が出た。 私の秘密がバレた。神崎さんは私を記事にするのだろうか。いっその事あの時何もしないで帰っちゃえばよかったかな。 いや、神崎さんを助けないであのまま見捨てて私だけ逃げるなんて出来なかった。 記事にするとかしないとかそんな事を考えていなった。そうだよ逆に考えていたら助けられない。つかさがお稲荷さんを助けた時もそんな感じだったのだろうか。 つかさはあれこれ深く考えないからなぁ…… とか言っているけどこの私だって深く考えている訳じゃない。つかさと似たり寄ったりだ。でも、つかさはお稲荷さんと仲良くなったからある意味つかさの方が上かな…… それに引き換え私なんか…… 人差し指が呼び鈴のボタンの前で止まったままだ。かがみに励まされてここまで来たのに…… 「あの、何かご用ですか?」 こなた「ふぇ?」 声のする方を向くと正子さん? 正子「貴女は……確か泉さん?」 こなた「は、はい……この前は失礼しました……」 正子さんか。レジ袋を持っている。買い物の帰りだったみたい。 正子「娘に、あやめに用ですか? さっきまで一緒だったのですが生憎別れてしまいまして……夕方頃までは戻らないと思いますけど」 そう、約束は夕方だった…… こなた「そうですよね、約束もその頃だったもので……ちょっと早過ぎました、出直します……」 車を停めてあった場所に向かおうとした。 正子「折角遠い所から来たのですから時間まで上がって待って下さいな」 私は立ち止まった。 こなた「いや、悪いですよ、お邪魔になるかと……」 正子「まぁ、そう言わずに、どうぞ」 正子さんはドアを開けてにっこり微笑んだ。 こなた「……お邪魔します……」 正子さんの笑顔に吸い込まれるように家に入った。 あの笑顔には逆らえない。つかさやかがみのお母さん、みきさんにしてもそう、みゆきさんのお母さん、ゆかりさんはいつも笑顔だった。 神崎さんのお母さんも同じだった。 ……母……か。 正子「ごめんないね、こんなものしか無くって……」 こなた「お構いなく……」 正子さんはお茶とお茶菓子を私の前に置いた。 正子「丁度一ヶ月くらい前かしら、貴女がここに来たのは」 正子さんは私の目の前に座った。 こなた「そ、そうですね、そのくらいになります」 もう一ヶ月経つのか。潜入取材が終わったからそのくらいの期間は経っている。 正子「あやめもそのくらい仕事で空けていましてね、もしかしてご一緒でしたか?」 こなた「え、ええ、そうですね、半分くらいは一緒でした」 正子「あやめはいろいろなお友達を連れてきますけど、学生時代からの友人の様み見える」 そうか、取材とかでいろいろな人を連れてくるのか。私もその中の一人。 こなた「そうですか、私って童顔だから……身体も小さいし」 正子「ごめんなさい、私はそんな意味で言ったのでは……」 卑屈になったのが悪かった。話が途切れてしまった。初対面の人と話すのは難しいな。正子さんは二回目だけど。同じようなものか。 正子「あやめと今日はお仕事の約束ですか?」 こなた「は、はい……」 正子「そうですか……」 話題を作らないと……そう思えば思うほど何も話題が出てこない。焦るばかりだった。 正子「一昨日、慌てて帰ってくるなり「私宛の郵便はどこ」って問い詰められて、泉さんが出したものではなかったのですか?」 こなた「郵便……いいえ、私は出していません」 正子「良かった、それなら安心」 サイン会の招待状を探しにきたのかな。そうか。神崎さんは私に言われて一度帰ったのか。それでサイン会の招待状を見つけたのか。 こなた「すみません、それで、それより前は帰ってこなかったのですか?」 正子さんは頷いた。 正子「一度も連絡もしないで、酷いでしょ?」 帰っていなかった。まさかとは思ったけど彼女は本当に帰っていなかったのか。一人で貿易会社を調べて居たのだろうか。 お母さんに連絡もしないで一体何を調べていたのか。いや、どんな大事な取材か知らないけどお母さんを放って置いて良いなんてないよ…… こなた「そんなに一人が良いなら引っ越せば良いのに……」 正子「そうね……本当はそれが一番良いのかもしれない、でもあやめは分かれて暮らすなんて一言も言わない、なんだかんだ言ってまだ親離れできていないのかもしれない、 そう言う私も子離れ出来ていないのかも……」 こなた「ははは、実は私もまだお父さんと一緒に暮らしていたりして……」 正子「そうでしたか……こんな可愛い娘さんが居たら手放したくなるのも分かります」 こなた「はは、もう可愛いなんて言われる歳じゃ……それはないと思うけど………」 正子さんは照れている私を見て笑っていた。 こなた「あやめさんって子供の頃はどんな子だったの?」 正子さんは遠い目で私の向こう側を見た。 正子「そうね……学校から帰ってくると直ぐに遊びに出かけて、夕方になるまで帰ってこなかったかった……」 こなた「それって、遊びが仕事になっただだけで今と同じじゃないですか」 正子さんは笑った。 正子「ふふ、そうかもしれない……あの子は昔からそうだった、何にでも興味を持って……それでいて正義感は人一倍だった、 いじめられっ子を庇って男の子と喧嘩もしたくらいだった」 こなた「へぇ…」 正子「それでもやっぱり女の子、半べそで帰ってきた……それでも男の子の方に怪我をさせたみたいで、後で学校に呼び出された……」 こなた「あらら……男勝りだったんだね……」 私はただ正子さんに合わせているだけでいい。それだけで話がどんどん進んでいった。 正子「曲がった事が嫌いだった、それでも女の子らしい所もあってね……あれは小学校に入学する少し前だったかしら…… 怪我をした狐を大事そうに抱えてきて、助けたいって……」 狐……怪我をした狐だって……私は身を乗り出した。正子さんは私の反応を見て嬉しかったのだろう、話しを続けた。 正子「野生の動物は無理だよって何度も言い聞かせても聞かなくってね、勝手にしなさいって怒った……だけどあやめは諦めないで看病したみたいね…… 一週間くらいでその狐は元気になってあやめのあげた餌なら食べるくらいまで懐いた……真奈美なんて名前をつけたくらいだからあやめもよっぽど気に入ったみただった」 こなた「ま、真奈美!?」 正子「え、ええ、そうですけど、何か?」 こなた「な、何でもありません、それで、その狐はその後どうしたの?」 傷付いた狐……真奈美……そして、神社のすぐ近くの家……これは偶然じゃない。その狐は、真奈美は……つかさを助けたあの真奈美に違いない。 正子「どんなに馴れても野生の動物は飼えない……別れの日が来ました、丁度あやめが小学校に入学する日だったかしら、狐を山に帰す時……あの子の悲しい顔が今でも忘れなれない まるで親友と別れる様だった……」 親友……彼女は狐の正体を、お稲荷さんの秘密を知っているのか。 神社とこんなに近い家だだから。たとえ別れたとしても再会できる機会は幾らでもあるよね だとしたら…… まさか神崎さんがしようとしている事は。貿易会社に囚われている真奈美を助ける為。これはみゆきさんの推理と一致している…… 真奈美は生きているのか……そういえば神崎さんと私達は少しちぐはぐだった。それは私達と同じように彼女にも秘密があるから。 共通の秘密ならもう隠す必要はない。真奈美を助けるなら皆で協力しないと。私達が今まで彼女に秘密にしていたのも無意味だ。 もしかして今一番必要なのは神崎さんとつかさを逢わす事なのかもしれない…… 正子「どうかしましたか?」 こなた「え、い、いいえ、何でもありません、あやめさんに早く会いたくなりまして……」 正子「私のお話が役にたったのかしら……」 こなた「なりました、すっごく、あやめさんの事が分かりました」 正子「そうですか、泉さんのその、喜ぶ顔が見られてよかった……」 その後は私の話しを正子さんにした。高校時代、大学時代、もちろんつかさやかがみ、かえでさんの話しもした。 でも、お稲荷さんの話しと潜入取材の話しは出来なかった。 夢中で話したせいか時間はあっと言う間に過ぎた。 正子「もうそろそろ帰ってきてもいい頃なのに……なにやっているのか、あの子ったら……」 日は西に傾いてそろそろ夕方だ。だけど彼女は帰ってこない。 正子「しょうがない」 正子さんは立ち上がり携帯電話を手にした。電話をするのか。 こなた「あ、もしかしてあやめさんに連絡を?」 正子さんは頷いた。 こなた「私、そろそろ行かないと、長い間お邪魔しました」 正子「え、で、でも、まだあやめは帰ってきていない、約束は?」 こなた「大丈夫です、彼女に会いに行きますので……当てがあるから連絡しなくてもいいです」 正子「そ、そうですか……」 連絡する必要はない。神崎さんは待っているに違いない。あの場所で……それに確かめたい。もし私の、うんん、みゆきさんの推理が正しければ 彼女はあの場所にいるに違いない。あの神社に…… 私は帰り支度をした。 正子「……娘を……あやめをお願いします……」 こなた「え、それってまるで嫁に出すみたいな言い方ですよね……私、一応女なんですけど……」 正子「あらやだ、私ったら……」 私達は笑った。 正子「ふふ、泉さんはあやめと幼馴染みたいですね、どうかあやめの力になってやって下さい」 こなた「どうかな~ 力になってもらいたいのは私の方かもしれない」 正子さんは笑顔で私を見送ってくれた。 車を走らせて5分も掛からない場所……神社の入り口。 駐車スペースには神崎さんのバイクが停めてあった。間違いない彼女は神社に居る。バイクのすぐ横に車を停めた。 私は入り口に入り階段を登った。 つかさと真奈美の話で私は疑問に思っていた事が一つだけあった。それは誰にも言っていない。私だけの疑問として仕舞っていた。 それは真奈美が何故つかさを殺すのを躊躇ったのか。止めたのか。それがどうしても分からなかった。 真奈美は人間嫌いだった。それがたった一晩宿屋で一緒の部屋で過ごしただけで心変わりが起きるなんて、いくらつかさが誰でも仲良くなれるって言っても時間が短すぎる。 私が捻くれた考えだった。そう思った時もあったし、誰かに話せばそう言われるだけ。だけど心の奥では釈然としなかった。 そして、正子さんの話しを聞いてそれが解けた。 幼い頃の神崎さんが真奈美を助けたなら真奈美のつかさに対する行動が全て納得できる。だから会いたい。神崎さんに…… それを確かめたい。 頂上に向かう私の足が自然と速くなっていった。 こなた「はぁ、はぁ、はぁ」 頂上に着くと息が切れていた。ちょっと飛ばしすぎたが……あれ? 周りを見渡しても彼女の姿が見受けられない。確かお弁当を食べていた時はこの辺りで景色を見ていたのに…… 私が階段を登って来たのは神崎さんには見えていたはず。って事は…… なるほどね、この前と同じように私を驚かすつもりだな。そう何度も同じ手に引っ掛かるほど間抜けではないのだよ。この神社で隠れるとしたら森に入った奥だけ。 私だってこの神社には何度も来ているからそのくらいは解る。よ~し。逆に驚かしてやる。 木の陰に隠れながら森の奥へと足を進めた。中は薄暗くてよく解らない。 森の中……そこはひろしとかがみが言い合いをして私が飛び込んで行った場所だった。あの時、確かにお稲荷さんは嫌いだった……嫌いだったけど 今は特にそんな感情はないかな……そういえばみゆきさんも最初は…… 『わー!!!』 こなた「ひぃ~」 後ろから突然の声にビックリして振り向こうとして足がもつれて尻餅をついてしまった。 あやめ「ふふ、私を驚かすつもりだったでしょ……それにね森の奥には行ったらダメだから、昔からの言い伝え」 私は立ち上がりお尻についた土埃を掃った。それを確認すると神崎さんは階段の方に向かって行った。私も暫くして彼女の後に付いて行った。 木の陰に隠れていたのか。そういえば私も木の陰に隠れてつかさを見張ったのを思い出した。 あの時はもう少しでキスシーンを見られる所だったけどひろしに気付かれて……あれ…… この神社に……こんなに思い出があったなんて…… 神崎さんはこの前の時と同じ場所で町の景色を眺めていた。私は更に彼女に近づいた。 あやめ「この景色を今でもこうして見られるのは泉さん、貴女のおかげだったなんて……私は……」 これって、ビルで別れ際の時に言い掛けたのを言うつもりなのかな。私は何もしないでそれを待った。 あやめ「私は……貴女を見掛けだけで判断してしまった、「そんな事なんか出来るはずない」……そう思っていた、真実を見抜けなかった、 曇った目では真実は見抜けない、記者失格ね……それに私は貴女を危険に曝してしまった……」 こなた「まぁ、誰も私がそんなのを出来るなんて思わないから、気にする必要なんかないよ……」 あやめ「……今の所潜入されたって報道はない、いや、停電の話しすら出ていない、きっと只の事故として処理された、完璧じゃない、どこでそんな技術を……」 ここで誤魔化しても意味ないかな。 こなた「木村めぐみ……さんから教えてもらった、あのUSBメモリーはめぐみさんから貰ったもの、もちろん中身の構造なんか全く分からない、でもそれを使う事はできる」 車の構造は知らなくても運転は出来る。それと同じようなものかもしれない。 私は財布からSDカードを取り出し神崎さんに差し出した。 あやめ「木村……めぐみ……」 神崎さんはSDカードを受け取とった。 あやめ「小林かがみ……貞子Y麻衣子、小早川ゆたか……貞子H麻衣子、田村ひより……この三人の共通点、調べてすぐに分かった、陸桜学園の卒業生……もしかして泉さん?」 こなた「ビンゴ、私も陸桜学園出身……でも今頃になってそんなのを調べるなんて……本当にプライベートは調べないないみたいだね……」 あやめ「それが私のポリシーだから、小早川さんは以前取材した事がある……ふふ、それにしてもどこにどんな接点が出来るなんて分からないものね……」 神崎さんは苦笑いをした。 こなた「これでミッション終了だね、結構楽しかった、こんなのはレストランで働いていたら味わえなかったよ」 あやめ「いや、まだ終わっていない、教えて、どうやってこの神社を寄付した、そして資金は?」 身を乗り出しで来た。これは記者としての好奇心なのか。それとも個人的に聞きたいのか。 こなた「話す前に……条件がある」 あやめ「条件って?」 こなた「私の事を記事にしないって約束して……」 あやめ「そうか、以前私はそんな話しをした……まさか貴女がその本人とは思わなかったから興味を持ってもらうように話しただけ、約束する、記事にはしない」 あっさり約束をしてくれた。かえでさんやかがみの言う通りだった。でも、……疑ってもどうしようもないか。彼女を信じるしかない。 こなた「げんき玉作戦、私はそう名付けた」 あやめ「げんき玉……それって〇〇〇〇ボールで、生き物の元気を少しずつもらって大きな力にする技……」 こなた「当たり、その通りだよ、お金の取引に出る端数を切り取ってスイス銀行に貯めていく」 あやめ「なるほどね、取られた本人はそれに気付かない……取られた量は少なくなくても塵も積もれば山となる……まさにげんき玉そのものじゃない、もしかして私も 取られたのかしら……」 こなた「さぁね、取られたかもしれない、私自身も取られたかもね」 神崎さんは私の目を見て話し始めた。 あやめ「巨大な力に立ち向かい泉さんはこの神社を守った……誰の為にそんな事を」 こなた「誰の為にって……誰だろう……つかさの為かな」 あやめ「つかさ……あの洋菓子店の店長の?」 こなた「うん」 あやめ「私、闘う女性は好きだな……」 真顔で何を言ってるの……この人。まさか…… こなた「へ、な、なにをいきなり、私はそんな気なんか全くありませんよ……」 神崎さんは笑った。 あやめ「何勘違いしてるの、強い物に立ち向かっていく女性の事を言っている、泉さんはまさにその通りじゃない」 こなた「別に私は戦士とかじゃないけど……」 神崎さんは私に背を向けて景色を見出した。 あやめ「さて、これでスッキリした、泉さんの手伝いも全て終わり、もうこれで貴女は自由だから、もう私に関わらなくて済む」 こなた「関わらなくて済むって?」 あやめ「もう二度と会う事はないでしょうね、短い間だったけどありがとう」 な、何だって、そんなのってないよ、一方的すぎる。 こなた「ちょっと待った、まだ私の話しは終わっていないよ」 あやめ「これから先は私の仕事だから……これ以上貴女を巻き込みたくない」 こなた「もう充分巻き込んでいるよ……」 あやめ「泉さんを危険な目に遭わせたのは悪かった、店長さんにも謝っておいて、さようなら」 自分の話しはしないつもりなのか。そっちがその気なら私にも考えがあるよ。 神崎さんは階段を下りようとした。 こなた「さっき渡したSDカード、データを圧縮して保存していてね、その圧縮方法が特殊で私が持っているUSBメモリーが無いと解凍できないよ」 神崎さんの足が止まった。 こなた「無理に解凍しようものならたちまち自己破壊するようになってる……」 神崎さんは私の所に戻ってきた。 あやめ「とう言うつもり、私を脅そうなんて……」 こなた「もう、騙し合いはやめようよ」 あやめ「騙し合い?」 こなた「そうだよ、私も全てを話している訳じゃない、神崎さん、貴女もね」 あやめ「何を言っているのか分からない……」 さて、今までずっと神崎さんのペースだったけど今度からは私のターンだからね。 夕日が差し込んで来た。もうそろそろ日が沈む。私はこの町の風景を初めてこの神社から眺めていた。 あやめ「データを加工するなんて卑怯じゃない、それに騙し合いって……私にそんな疾しいことなんか無い」 神崎さんがあんなにムキになっているのをはじめて見た。卑怯は合っているかもしれない。私はデータを人質にとったのだから。 こなた「木村めぐみ……この名前を出した、神崎さんはその後全くこの事について何も聞いてこなかったけど、行方を追っていたんじゃないの?」 あやめ「そうだけど……」 言葉が詰まっている。やっぱり、隠しているな。それなら…… こなた「柊けいこ、木村あやめはもう何処にも居ないよ」 あやめ「何処にも居ないって、それは亡くなったって意味?」 こなた「少なくとも地球には居ないって意味」 あやめ「な、そんな冗談に付き合って居られない、それより早く解凍する方法を教えて」 神崎さんの声が荒げてきた。 こなた「神崎さんが幼少の頃、一匹の傷付いた狐を拾ったでしょ?」 あやめ「突然何を言っているの、そんなの全く何の関係もない話しを……」 さて、次の話しを聞いてどんな反応をするかな。 こなた「正子さんから聞いた、その狐の名前は真奈美って名付けたんだってね、でも、その狐は最初から真奈美って名前だった……ちがう?」 あやめ「え、あ、う……」 何も反論してこない。そうか。私の勘が当たったみたいだ。 こなた「もし、その狐が真奈美なら私達にもとっても重要な事なんだけどね」 神崎さんは一歩後ろに下がった。そして口を開けて驚きの表情をしていいる。 あやめ「ま、まさか、貴女……その狐の正体を知っているの?」 神崎さんは私達と同じだ。もうそれは疑いの余地はない。 こなた「神崎さんは何て呼んでるのか知らないけど私達はお稲荷さんって呼んでる、知っているかもしれないけどUSBメモリーをくれためぐみさんもそう、けいこさんもね」 あやめ「ま、まさか、私の他にそれを知っている人が居たなんて……」 神崎さんはその場にしゃがみ込んでしまった。 こなた「悪いけど、神崎さんのデータをコピーさせてもらったから、私達にも必要なデータみたいだからね」 あやめ「いくら泉さんでもあのデータを解析なんか出来ない……待って、私達、さっき、達って言ってたでしょ?」 こなた「うん、少なくとも神崎さんが知っている私の知人は皆関係者だよ、勿論かがみ、ゆたか、ひよりもね」 神崎さんはゆっくりと立ち上がった。 あやめ「……これは偶然なの……まさか、私はその秘密を知っている人を探していた訳じゃない、いや、誰も知らないと思っていた」 こなた「どうだろうね、同じ秘密を持っているから自然と繋がったんじゃないの?」 あやめ「それで、貴方達は真奈美さんとどんな関係があるの?」 その話をするのははめんどくさいな。それにもうすぐ真っ暗になっちゃう。 こなた「私は直接そのお稲荷さんには会っていない……そうだね、つかさに会って直接聞くといいよ」 あやめ「つかさ……あの店長に、どうして?」 こなた「彼女が全ての始まりだから」 あやめ「え?」 私は階段の手摺にハンカチを巻いてその上に腰を下ろした。 こなた「下で待ってるよ~」 そのまま体重を手摺に預けた。滑ってどんどん加速していく。バランスを取りながら下がっていく。 私は休み時間とか暇を見つけて貿易会社のビルの階段で練習した。慣れれば簡単だった。 神社の入り口に着いて自分の車の近くで待っていると神崎さんが私と同じように手摺を滑って降りてきた。見事に着地すると私の所に歩いて来た。 あやめ「やられた、この下り方が出来るなんて」 こなた「悔しいじゃん、リベンジだよ、リ・ベ・ン・ジ」 神崎さんは笑った。 あやめ「ふふ、分かった、そのつかささんに会いましょう、話しはそれからみたいね」 こなた「うん」 あやめ「その前にこれだけは教えて、柊けいこ会長と木村めぐみが地球に居ないって言ったけど……それはどう言う意味?」 これは言っても良いかな こなた「お稲荷さんは殆ど故郷の星に帰った、宇宙船が迎えにきてね……どんな方法か分からないけど二人も連れて帰った、だからこの神社にお稲荷さんは居ないよ」 あやめ「帰った……そ、そんな……どうして……」 とても悲しそうな表情。意外な反応だった。 こなた「お稲荷さん個人個人で理由は違うと思うけど……あの二人は……今までの人間の仕打ちを見れば分かると思うけど……」 神崎さんは悲しみを振り払う様に笑顔になった。 あやめ「そう……今日は泊まっていきなさいよ、今から帰ったら日が変わってしまうでしょ、それに母が狐の話しをするなんて、そうとう気に入られたみたいね」 こなた「サービスエリアで泊まろうと思ったけど……お邪魔しちゃうよ?」 あやめ「ぜひそうして」 私は一番遠ざけていたつかさに神崎さんを会わそうとしている。本当にこれでいいのか。もっと彼女を調べてからでも…… そう思ったりもしたけど。もう決めてしまった事だ。それに神崎さんはお稲荷さんを知っている。そしてつかさと同じように狐を助けている。 きっと私達の仲間になってくれる。そうすればあのデータだって直ぐに分かるに違いない。そう思ってそれに懸けた。 でもさっきのあの悲しい顔は何だろう。あまりに悲しそうだから聞けなかったけど……けいこさんとめぐみさんを知っているいるのかな。 神崎あやめ……まだ何か秘密があるのか。つかさと会って真奈美の話しを聞いて彼女はどうするのかな。 分からない。ただ期待と不安だけが交差するだけだった。 ⑫ こなた「ほい、これでよしっと……ちょっとフォルダー開いてみようか」 あやめ「お願い……」 神社から神崎家に移った私達は神崎さんの部屋でデータの解凍をした。彼女はこの為に専用パソコンを用意していた。彼女にかがみの時の様な忠告は不要みたい。 私はフォルダーをクリックしようとした。 あやめ「待って」 私は手を止めた。 こなた「なに?」 あやめ「泉さん、こんなに早く解凍して良いの?」 こなた「え、それってどう言う事?」 神崎さんの言っている意味が分からなかった。手順で何か間違っているとも思えない。 あやめ「私がいつ約束を破って泉さんを記事にするか、そう思わないの……軽々しく人を信じるものじゃない……」 なんだその事か。 こなた「早いかな、もう神崎さんとは一ヶ月の付き合いだし、それに傷付いた狐を救ったし……お稲荷さんの秘密も知っているからね、もう仲間だよ、 それに約束破る人が態々そんなの言うわけないじゃん」 あやめ「……おめでたい思考だな……今時珍しい……」 こなた「そうかな、でも、そう言うのって神崎さんが一番嫌いなんじゃないの?」 私はそのままフォルダーをクリックした……アルファベットの羅列……コピーする時ちょっと見たのと同じようなデータ。まったく意味が分からない。 神崎さんはじっとデータを見ている。見ていると言うより……目で字を追っている。もしかして読んでいる? こなた「何か分かるの?」 あやめ「……これは、ラテン語みたいね……」 こなた「ら、ラテン語?」 あやめ「ふ~ん……それにしても少し古い……ちょっと時間がかかりそう」 こなた「あ、あの、ラテン度って?」 あやめ「古代ローマ人が使っていた言語」 古代ローマって何時の話しなの。全く分からない。もう少し黒井先生の授業を聞いていればよかった。 こなた「うげ、そんなのを読めるの?」 あやめ「……辞書があればだけど」 こなた「そんなの近所の本屋さんじゃ売ってないよ……」 でも見ただけでラテン語だって分かるのは凄い。もしかしたらみゆきさんと同じくらいの頭脳があるかも。 あやめ「そうね、あとでゆっくり解読してみる」 こなた「神崎さん、いったいこのデータって何?」 神崎さんはディスプレーの電源を切ると立ち上がった。 あやめ「泉さん、お稲荷さんの話しは母には言わないで欲しい」 こなた「え、う、うん、別に言われなくてもそうするつもりだけど」 あやめ「それを聞いて安心した、夕ご飯の手伝いをしているから少し待ってて」 神崎さんはそのまま部屋を出て行った。何かはぐらかされたな。教えてくれなかった。 ふと壁に貼ってある色紙を見つけた。これは貞子麻衣子のサイン……それも新しい。 なんだ神崎さん、ちゃっかりサイン貰っているじゃないか。 神崎さんの部屋を見回した……そのサイン意外は特に何もない。飾り気もあまりない。女の子部屋って感じはしないな。まだかがみの方が女の子らしい部屋かもしれない。 まぁ私も人の事は言えないか。本棚には専門書がずらりと並んでいる。 コミケに参加しているから薄い本があるかも……彼女の趣味が分かるかもしれない。本棚に手を伸ばした。だけど直ぐに手が止まった。 だめだめ、やめた。人の部屋を勝手に物色するのは止めよう。 私におめでたい思考だなんて言って置いて神崎さんだって他人を自分に部屋に一人だけにして無用心だよ。それとも私を信頼してくれたのかな。 まさか私を試しているって事は…… 慌てて部屋を見回した……隠しカメラみたいな物は見えない。もっとも隠してあったとしてもすぐに見つかるような位置には置いていないだろうね…… それとも神崎さんのポリシーとやらが私にも移ってしまったかな。多分今までの私なら躊躇無く本棚を物色していた。 神崎さんか……かえでさんから策士と言われて、かがみからは弱気を助け強きを挫くなんて言われて……それでもって潜入取材。 私が居なかったら確実に捕まっていた。そこまでしてかえでさんは何をしようとしているのか。 幼少時代は活発な女の子。そして狐、お稲荷さんとの出逢い。いったいどんなタイミングで真奈美は神崎さんに正体を明かしたのかな。 かえで「食事が出来たから来て~」 台所の方から声が聞こえる。 こなた「ほ~い、今行くよ~」 まだまだ私は彼女を知らなさ過ぎる。さてこれから少しでもそれが分かるかな。 私は神崎さんの部屋を出た。 あやめ「ちょっと……母さん、そんな事まで話したの……」 子供時代の話しを聞いたと言うと神崎さんは不快な顔をして正子さんに話した。 正子「何言ってるの、そんな事くらいで……」 食事は終わってもお喋りは続く。女三人寄れば姦しいってやつかもしれない。自分の家でもここまでお喋りに夢中にはなれなかった。 あやめ「なんかしっくり来ない……泉さんの幼少のはなしが聞きたい」 こなた「ん~それは内緒」 あやめ「なにそれ、お母さんに話せて私には話せないって……それなら、泉さんのお父さんに聞かないと」 こなた「……お父さんに会うって……あまり推奨できないけど……」 あやめ「何言ってるの、私の母には散々会っているくせに、不公平だ」 こなた「……散々って、これで二回目なんですけど……」 あやめ「二回も会えば充分じゃない、私なんか……」 こなた「私なんか?」 あやめ「い、いいえ、なんでもない……」 私が聞き直すと慌てて訂正した。何だろう。正子さんが居間の置時計を見た。 正子「もうこんな時間、片付けしないと、あやめは泉さんの相手をして」 あやめ「あ、う、うん……」 正子さんは台所に向かった。それを確認すると台所に聞こえないほどの声の大きさで神崎さんが話しだした。 あやめ「明日は何時に出るの?」 私も神崎さんの声の大きさに合わせた。 こなた「日が昇った頃かな」 あやめ「それで、柊つかささんにいつ会わせてくれるの?」 こなた「う~ん、明日って言っても向こうにも都合があるだろうからね、神崎さんは?」 神崎さんは自分の部屋の方を見た。 あやめ「私はもう少しあのデータを解析したい」 調べるって資料がなくて調べられるのかな。まぁ、データに関して言えばまったく私はお手上げだ。もうお任せするしかない。 そういえばつかさの店は毎週水曜が定休日だったな。 こなた「確証はないけど、今度の水曜日はどうかな、つかさの店が休みの日だよ、私も早出の日だから夕方なら時間空くよ」 神崎さんは手帳を出して広げた。スケジュールでも見ているのだろうか。 あやめ「私は構わない、あとは柊さん次第ね」 こなた「早速帰ったら聞いてみるよ、変更があるようなら連絡するから」 あやめ「そうね……そういえば貴女の電話番号聞いていなかった、良かったら教えてくれる」 こなた「あらら、そうだったね、メンドクサイから携帯から電話するから」 私が携帯電話を操作しているのを見ながら彼女は話し始めた。 あやめ「泉さん、貴女って面倒な事は全部他人任せ……それでいて重要な場面では先頭を切って走り出す……」 私は手を止めた。 こなた「へ?何それ?」 あやめ「一ヶ月泉さんと接しての率直な感想よ」 感想か……他の皆からもそう思われているのかな。 こなた「神崎さんは……私から見るといまいち分からない、記者の仕事が邪魔してるのかな、捕らえどころがなくって」 あやめ「別に構える必要なんかない、そうだったしょ?」 こなた「ふふ、そうかも、でもね、かえでさんなんか「策士」なんて言って警戒しているけどね」 あやめ「彼女あは最初から私を警戒していた、記者として行くべきじゃなかったのかもしれない」 こなた「でも、記者じゃないと取材出来ないよ、かえでさんああ見えても忙しい人だから」 あやめ「……」 神崎さんは何も言わなかった。 こなた「送っておいたよ」 神崎さんは携帯電話を確認した。 あやめ「OK、ありがとう、お風呂が沸いているから、それから隣の部屋に布団を敷いておいたから」 こなた「どうも」 あやめ「帰る時、多分母はまだ寝ていると思う、私は多分起きていると思うけどそのまま帰っちゃって良いから、それとも朝食食べてから帰る?」 こなた「いいよ、サービスエリアで済ませるから、データの解析でもしていて」 あやめ「そうさせて頂く」 こなた「実はね、こっちにもブレーン役の知り合いが居てね、もしかしたら神崎さんよりも先に解析しちゃうかもしれないよ」 あやめ「ブレーン役って……貴女って思っていたより顔が広いようね、是非その人も会ってみたい」 こなた「その人も普段忙しいからね、一応誘ってみるよ」 あやめ「もしかして、げんき玉作戦ってその人の考案なの?」 こなた「うんん、あの人はそう言う洒落っ気はないから」 あやめ「誰にも気付かれず、そして誰も傷つけず……その考え方が気に入った、全てにそうありたいものね」 こなた「難しい話は分からないよ」 あやめ「ふふ、そうかもね、貴女はアニメやゲームの話しをするのが似合ってる」 その後は、その通りにゲームやアニメや漫画の話しで盛り上がった。 次の日、神崎家を出て直接つかさの店に立ち寄った。時間は丁度お昼を過ぎたくらいだった。つかさの店はお昼の時間はさほど混まないから丁度良いかもしれない。 つかさの店の扉を開けた。 つかさ「いらっしゃいませ……あれ、こなちゃん」 つかさは私をカウンターに案内した。ここならつかさは作業しながら話せる。 こなた「どうも~あれ、いつもひろしが出迎えるのに?」 そういえばこの前もひろしが居なかったな。 つかさ「う、うん、ひろしさんはお父さんと一緒に神主のお仕事を手伝っているから……」 こなた「もしかして家業を継ぐの?」 つかさ「お父さんはその気満々みたい、本当に継ぐなら神道の学校に行かないと神主になれないけどね」 こなた「それで、本人はどんな感じなの?」 つかさ「どうかな~、なんだか少しその気になっているみたい」 お稲荷さんが神主か……それも悪くないかも。心の中ですこし笑った。 こなた「でもひろしが家業と継いだらこの店はどうなの、仕込みとか買出しとか大変になるでしょ、アルバイトさんも余計に雇わないといけないよね?」 つかさ「そうだけど、ひろしさんじゃないと出来ない仕事もあるから……」 さすが夫婦って所かな、ひろしって頼りにされているな。 こなた「それなら私の所に戻ってきちゃえば、スィーツの部門はまだ担当固定されていないし、スィーツ以外の料理だって出来るよ」 つかさ「え、ほんとに!?」 つかさは作業を止めてカウンターから身を乗り出してきた。驚きと喜びの表情だった。だけど直ぐに不安そうな顔になった。 つかさ「だけど、かえでさんが何て言うか……今頃になって戻るなんて……」 こなた「かえでさんなら心配ないよ……実はねかえで……あっ」 しまった。この話は止められていたのを忘れていた。やばい。 つかさ「実は?」 つかさが首を傾げた。 こなた「あえ、じ、実は私もつかさに戻ってきて欲しいな~なんて思っていたから、もしつかさがその気なら私からも頼んであげる、きっとあやのも賛成してくれるよ」 つかさ「ありがとう、こなちゃん、でもまだ決まっていないから、そうなったらお願いするかも」 ふぅ、危うかった。なんだかんだ言って私もつかさと同じだな。秘密を守るなんて出来そうにない。 こなた「まかせたまへ~」 つかさは笑顔で作業に戻った。そして私に軽食とコーヒーとケーキを用意してくれた。 つかさのあの様子だとかえでさんはまだ話していない。私はかえでさんに酷な事を言ってしまったかな。 こなた「今日はみなみの演奏はないの?」 つかさ「うん、まなみの強化練習でお休み」 こなた「へぇ、それで演奏会って何時なの?」 つかさ「再来週の日曜日だよ、こなちゃんも時間があったら聴きに来てね」 つかさは演奏会のパンフレット兼チケットを差し出した。私はそれを受け取った。 こなた「みなみが凄くまなみちゃんを買っていたけど、スカウトが来るとか、自分を超えたからもう教えられないとか言ってた」 つかさ「そういえばお姉ちゃんも驚いていた」 こなた「私もそう思うよ、あの練習曲が頭の中で今でも響いているくらいだから」 つかさ「ありがとう、」 つかさはそのまま厨房の奥に行こうとした。 こなた「もし、スカウトが来たらどうするの」 つかさの足が止まった。 つかさ「どうするのって?」 こなた「みなみが手に負えないくらいだから、もしかしたら本場に留学とかもあるかもしれないよ」 つかさ「留学って……どこに?」 こなた「分からないけど、クラッシックだと本場はどこだろう」 つかさ「その時になってみないと分からない……それにまなみはまだ一人じゃ何も出来ないし」 こなた「あ、つかさのその台詞、それは私がみなみに言った事だった、ごめん余計な話しだった忘れて」 不安を煽っただけだったか。余計な話しは止めて本題に入るかな。 こなた「そのままで聞いて、今日来たのはね、つかさに会わせたい人がいるからなんだ」 つかさ「え、私に、誰なの?」 こなた「記者の神埼あやめさんって人」 つかさは奥からカウンターに戻ってきた。 つかさ「記者……もしかしてこの前言っていた記者さん?」 こなた「そうだよ」 つかさ「私にインタビューでもするの、それともお店の紹介の取材なの?……私はそう言うの断ってるから……」 そうだった。記者を言うのは余計だった。どうも私って余計な事を言うな…… こなた「うんん、そうじゃない、記者としてじゃなくて、神崎あやめさんとしてつかさに会わせたい」 つかさ「そうなんだ、それなら、こなちゃんがそう言うなら会うよ」 さすがつかさだ、話が早い。 こなた「今度の水曜日ってお休みだよね、夕方は空いているかな?」 つかさ「うん、空いているよ……お客さんなら家より此処がいいかも、お料理も出せるし、お話も出来るし」 この店か。貸し切りと同じようなものか。その方が気兼ねなく話せるかも。 こなた「ついでって言ったらあれだけど、みゆきさんもも会わせたいからもしかしたら来るかも」 つかさ「本当に、嬉しいな、ゆきちゃん最近会っていないから……それならお姉ちゃんは呼ばなくて良いの?」 かがみか……かがみも関係者だよな。でもまったく考えていなかった。確かにみゆきさんに会わせておいてかがみを会わせない理由はないよね。 そこに気付くのはさすが妹と言うべきなのか。 こなた「かがみも呼ぶよ」 つかさ「わ~なんだか凄く楽しくなりそう、楽しみだな~♪」 鼻歌を歌いながら作業をし出した。何時に無く体が軽そうにテキパキと動いている。 つかさ「ところで何で神崎さんって人を私に会わせたいの?」 狐……いや、お稲荷さん、いや、真奈美の話は彼女が来てからの方がいいかもしれない。 こなた「それはお楽しみだよ」 つかさ「お楽しみ……そういえばこなちゃんから私に紹介なんて初めてかも、きっと良い人だね」 良い人か……つかさはかがみに私を紹介した時もそう言っていたってかがみが教えてくれたっけな。つかさは全く変わっていないな。 でも気付けば私より先に結婚して子供までいるから驚きだ。 つかさが出してくれた料理を食べ終わった頃、続々とお客さんが入ってきた。用も済んだ事だし帰るかな。 こなた「ご馳走様、そろそろ帰るね、御代は此処に置いておくよ」 つかさ「あ、御代はいいのに……」 こなた「私もお客様だよ」 つかさ「ありがとうございました、またのお越しを……」 ふふ、つかさからそんな言葉を聞くなんて初めてだ。そこに一人のお客さんがつかさに寄ってきた。 お客「今日はピアノの演奏はないのかい?」 つかさ「すみません、今日はお休みです」 お客「それは残念、最近演奏している子供は貴女のお子さん?」 つかさ「はい、そうですけど?」 お客「素晴らしい演奏だった、将来が楽しみですな」 つかさ「ありがとうございます……良かったらどうぞ」 お客さんは演奏会のパンフレットを受け取るとそのままテーブル席に向かって行った。つかさはお客さんの注文を受けて忙くなった。私はそのまま店を出た。 隣にレストランかえでが見える……顔を出してみようかな。 明日からあの店で仕事か……面倒くさいな。 帰ろう…… その水曜日が来た。 みゆきさんは仕事の関係でどうしても来られないと返事がきた。 かがみ「まさか神埼あやめを本当につかさに会わせるなんて」 かがみは二つ返事で返事が来た。私の思惑とは全く逆になった。しかも駐車場でばったりかがみと会うなんて。私はそこまで勘は冴えているわけじゃないからしょうがないか。 かがみ「向こうで神崎あやめと何を話したのよ?」 そして。この駐車場で会うのも何かの導きなのか。それともただの偶然なのか。駐車場に忘れ物を取りに来ただけなのに…… こなた「神崎さんは幼少の頃、傷付いた狐を助けてね、その狐の名前が真奈美と言うそうな」 かがみ「な、何だって!?」 驚くかがみ。本当は言うつもりは無かった。どうせつかさと神崎さんが会えば分かる事。 こなた「神崎さんの母親から聞いた話」 かがみ「真奈美って、まさか、嘘でしょ、すると神崎あやめって……」 こなた「そうだよ、彼女は狐の正体を知ってる、それでお稲荷さんの存在も知ってる」 つかさと神崎さんが会えばつかさが動揺してしまって何も話せないかもしれない。だからかがみには前もって話す必要がある。でも電話では話せなかった。 駐車場でかがみに会ったのはまるでそのチャンスを与えてくれたかの様だ。 かがみ「それじゃ貿易会社からもってきたあのデータって?」 こなた「多分それに関係する事だとは思うけど、神崎さんは教えてくれない、だけどつかさと会えばもしかしたら……」 かがみ「そ、そうね、確かにつかさの話しを聞けば彼女にとっても衝撃的なはず……分かった、私に出来る事なら協力する……」 かがみは直ぐにこの状況がどんな物なのか理解した。 こなた「みゆきさんが来られなかったのはちょっと痛いかな」 かがみ「みゆきも誘ったのか、仕事じゃしょうがないわよ、何か大きな山場に来たって言っていた……でもデータはとても興味深いって言っていたから」 こなた「ちゃんと渡したんだね、安心した」 かがみ「それよりかえでさんはちゃんと誘ったんでしょうね、彼女もつかさを理解している一人よ」 こなた「うんん、誘っていない……」 かがみ「何故よ、私やみゆきを誘っておいてあんなに近くに居るかえでさんを呼ばないなんて……」 かえでさんは妊娠しているから……と言えば済む話だけど。言えない。 そんな私の心境を知ってか知らずかかがみはそれ以上私を追及しなかった。 かがみ「つかさの店に行くわよ」 こなた「うん……」 つかさの店の扉には定休日の看板が立て掛けられている。でも店の奥に灯りが見える。もうつかさが来ているのか。約束の時間はまだ随分先なのに。 かがみは扉を開けて店の中に入った。私はその後に続いた。 かがみ「入るわよ、つかさこんなに早くから来て……」 つかさ「あ、お姉ちゃん……こなちゃんも、いらっしゃい」 こなた「うぃ~す」 つかさ「初めて会う人だからおもてなししないといけないでしょ、だから準備をしていたの」 かがみ「お持て成しって、まだどんな人かも分からないのに、つかさ、あんたは「疑い」って言葉をしらないのか……」 こなた「そう言うかがみだって私を絶対に記事にしないって言ってたじゃん、」 かがみの言う通りだった。神崎さんは記事にしないって言った。こうして見るとつかさにしろかがみにしろ本質的には同じなのかもしれない。この件で初めてそれが解った。 つかさ「こなちゃんの記事って何?」 こなた・かがみ「何でもないよ」 つかさ「ふ~ん?」 つかさはちょっと首をかしげたけど直ぐに料理に夢中になった。 かがみは溜め息を付くと適当なテーブル席にに腰を下ろした。私もかがみと同じテーブルに座った。かがみは店内をぐるっと見回した。 かがみ「お客さんが居ないお店って言うのも静かで悪くないわね……」 こなた「かがみはお客さんとしてしか店に入っていないからそう思うだろうね、私は開店前、閉店後も店に居るからこんな状況はよくあるよ…… でも、かがみがそう言うとそんな気がして来たよ、良くも悪くも思った事なんか無かったのに」 かがみ「私とこなたは業種が全く違うから、感覚が違うだけなのかもね……つかさとこなたは同じ業種だから私が新鮮に思った事でも当たり前だったりする訳よね」 こなた「私はあまりかがみの業種にお世話になりたくないよ……」 かがみは笑った。 かがみ「ふふ、飲食業と弁護士じゃ客の質が違いすぎる、でもね、正直言ってこなたとひよりが一緒に仕事をしていたら私の客になっていたと思う、 ゆたかちゃんとひよりだから出来た仕事なのかもしれない」 こなた「はい、その点につきましては反省しております……」 かがみ「本当か?」 かがみは私の目を真剣な顔でみた。 かがみ「いや、やっぱりあんた達にはもう少し監視が必要ね、顔にそう書いてある」 こなた「え?」 自分の顔を両手で触った。 かがみ「あははは、何マジに成ってるのよ、ばっかじゃないの」 こなた「うぐ!」 かがみはたまにこんな事するよな……こんな時にしなくてもいいのに…… つかさ「お姉ちゃん、こなちゃん、ちょっと手伝って~」 こなた・かがみ「ほ~い」 私とかがみはつかさの作った料理をテーブルに運んだ。 つかさ「これでヨシ!!」 テーブルには色取り取りの料理が並んでいる。 こなた「ちょっと、つかさ……これ、作りすぎじゃない?」 かがみ「神崎あやめを入れても四人、余るわね」 つかさ「多かったかな?」 こなた「まぁ、余ったのはかがみが全部片付けてくれるから心配ないよ」 つかさ「そうだね、お願いね、お姉ちゃん」 かがみ「お願いって……二十代ならまだしも、幾らなんでも無理よ」 こなた「へぇ、若い頃なら問題なかったんだ?」 かがみ「こんな時に何を言っている」 マジになるかがみ、さっきのお返しだよ。 こなた「余ったらレストランのスタッフ呼んで食べてもらおう」 つかさ「あ、それが良いね」 かがみ「……最初からそうすれば良いだろう……」 約束の時間近くなった頃だった。窓越しから一台のオートバイが駐車場に向かうのが見えた。 こなた「お、お客さんが来たようだよ」 かがみとつかさが私の目線を追って窓の外を見た。 かがみ・つかさ「どこ?」 こなた「ほら、大型バイクに乗っている人」 私は指を挿して見せた。 かがみ「大型なんて洒落たもの乗っているわね……神崎あやめか……面白そうな人ね」 つかさ「え、え、どこ、どこ?」 こなた「もう駐車場の方に行っちゃったよ」 つかさ「え~」 つかさは見逃したか。まぁお約束と言えばお約束だね…… こなた「そろそろ彼女が来るよ、つかさ、準備して」 つかさ「準備って、もう食事の用意は出来ているよ」 こなた「いや、そっちじゃなくて、心の準備だよ」 つかさ「え、そ、そんな事言われると緊張しちゃう」 こなた「いや、別に構える必要なんかないよ、普段のつかさのままで、普通に接すればいいから」 つかさ「うん、それなら出来る」 かがみは食事が用意されているテーブルより後ろに下がり椅子に座った。かがみは様子見って所だろうか。それに主役はあくまでつかさだからそれでいい。 つかさに彼女がお稲荷さんの事を知っているのは教えていない。つかさはそれでいい。予備知識なんか要らない。 つかさはそうやって乗り越えてきた。それに期待する。 駐車場の方から神崎さんがこっちに向かってきた。ジーパンに皮ジャン姿だ。ヘルメットは取ってある。彼女は店の入り口前で皮ジャンを脱いだ。 定休日の看板があるせいなのか暫く彼女は入り口で何もしないできょろきょろとしていた。つかさがゆっくりと扉を開けた。 つかさ「い、いらっしゃい、こなちゃん……泉さんから聞きました、神崎さんですね……どうぞ」 あやめ「失礼します」 つかさは神崎さんを通した。 こなた「いらっしゃい待っていたよ、こちらが話していた柊つかさ」 二人は軽く会釈をした。 こなた「そんでもって、向こうに座っているのが小林かがみ」 かがみは立ち上がりその場で礼をしてすぐ座った。 あやめ「小林……かがみ……」 神崎さんはかがみをじっと見ていた。 つかさ「あ、あの、始めまして、柊つかさです、記者さんって聞いていますけど」 神崎さんは微笑んだ あやめ「神崎あやめです、〇〇の記者をしています……」 つかさが手を神崎さんの前に出した。握手のつもりだろう。神崎さんも手を前に出して二人は握手をした。 つかさ「よろしくお願い……う」 ん、つかさの表情が変わった。握手した途端なんか急に苦しそうになった。どうした? 神崎さんの表情もなんかおかしい。無表情に握手した手をじっと見ている。つかさが腕を動かしている。引いている様に見えた。 つかさ「あ、あの……手が……い、痛い!!」 つかさが叫んだ。神崎さんはそれに反応して手を放した。つかさは握手されていた手を痛そうに擦っていた。神崎さんは思いっきり握っていたのか。緊張でもしていたのかな。 なんか変だ。ここは私が入って雰囲気を和らげるか。そう思った矢先だった。神崎さんはおもむろにポケットから何かを出した。 それは……ボイスレコーダーだ。 神崎さんはボイスレコーダーを操作しだした。そしてつかさの前に向けた。ば、ばかな。神崎さんはつかさを取材するのか。なぜ……私がそれを止めようとした時だった。 私よりも先にかがみがつかさの前に立った。 かがみ「神崎さん、どう言うつもり」 つかさ「お姉ちゃん?」 かがみの声に驚いたのか神崎さんは慌ててボイスレコーダーをポケットに仕舞った。だけどもうそれは遅かった。かがみの表情は怒りに満ちていた。 あやめ「これは……ち、違う」 かがみ「何が違う、あんたさっきつかさを取材しようとしていたでしょ、許可も取らないで何様のつもり」 神崎さんは黙って何も言わない。 かがみ「ボイスレコーダーの電源入ったままじゃない、帰って…」 つかさ「お姉ちゃん、ちょっと……」 かがみは扉を指差した。 かがみ「帰れ!!」 凄い……あんなに怒っているかがみを見たのは初めてだ。私もつかさも今のかがみを止められない。 神崎さんは手を擦るつかさを暫く見ると脱いでいた皮ジャンを羽織ると店を出て行った。 つかさ「お姉ちゃん……どうして?」 かがみ「あんたは少し黙っていなさい」 かがみは興奮状態だ。今は何を言ってもだめだろう。 何故。ボイスレコーダーを使うなら此処に来る前に操作しておけば気付かれない。それが分からないような人じゃないのに。 まるでわざとしたようだ。わざと……意図的に……どうして。聞かないと。 まだ間に合うかな。 私は店を飛び出し全速力で駐車場に向かった。 ⑬ 私は走っている。私は間違えたのか。つかさを会わしちゃいけなかったのか。かがみにお稲荷さんの話しをしちゃいけなかったのか。分からない。 つかさと神崎さんはまだ挨拶しかしていない。何も話していないじゃないか。そもそもかがみがあんなに怒るなんて……どうして。 分からない事だらけだ。だから逃げるように店を出た神崎さんを呼び止めないと。駐車場について二輪専用の駐車スペースを見た。 居た! バイクに跨ってヘルメットを着けようとしている。 こなた「神崎さ~ん!!」 私は叫んだ。ヘルメットを着けようとする神崎さんの手が止まった。待ってくれそうだ。私はスピードを上げて彼女に近づいた。 こなた「はぁ、はぁ、はぁ」 あやめ「泉さん、貴女って走るのが好きね……これで何度目かしら……」 微笑んで冗談を言う。でもその冗談に対応出来るほど余裕はない。 こなた「ど、どうして……」 息が切れてこれしか言えなかった。神崎さんは店の方を見ながら話した。 あやめ「この私が何も言い返せなかった……生死を潜り抜けたような凄まじい気迫、並の人が出来るものじゃない……柊つかさは彼女にとってどれほど大切なのか、二人の関係は?」 かがみは実際に二度も死にそうになっている。それに弁護士の職業のせいもあるかもしれない。私は呼吸を整えた。 こなた「かがみの旧姓は柊だよ、つかさの双子の姉、つかさがかがみをお姉ちゃんって言っていたの聞こえなかった?」 神崎さんは首を横に振った。 あやめ「あまりの気迫でそこまで気を配る余裕がなかった……双子の姉妹……全然似ていないじゃない、二卵性かしら……」 こなた「そんな事より何故商売道具なんか出したの、もしかしてわざとやったでしょ?」 あやめ「ふふ、そう見える?」 こなた「……まさか、本当にわざとなの」 微笑んだまま何も言わない。私もかがみと同じように頭に血が上ってきた。 こなた「ば、バカにするな~、私が何でつかさに会わそうとしたか分かっているの、つかさは、つかさはね……」 頭に血が上ってなかなか先が言えない。 あやめ「もう私にはこれ以上関わらないで」 『ヴォン!!』 キーを入れてバイクのエンジンをかけた。 関わるなって、ここまで私を巻き込んでおいてそれはないよ。 こなた「……私達と一緒じゃダメなの、お稲荷さんの秘密を知っている同士じゃん?」 あやめ「これは私の問題だから」 こなた「卑怯だ、ここまで私に協力させておいて……」 「神崎さ~ん、こなちゃ~ん!!」 駐車場の入り口からつかさが走って来た。 こなた「一緒に戻ろう、謝ればかがみだって許してくれるよ」 あやめ「それじゃ、さようなら」 『ヴォン、ヴォン!!』 神崎さんはヘルメットを被った。慌てたのか長髪がはみ出ている。アクセルを全開にして私の前から飛ぶように走り去った。 何だろう。つかさを避けるようにも見えたけど…… つかさが私の所に来た時には既に神崎さんの姿はなかった。バイクのエンジン音が微かに残って聞こえるだけだった。 つかさ「神崎さん帰っちゃったの?」 こなた「うん」 悲しそうな顔で駐車場の外をみるつかさ。 こなた「つかさ、手は大丈夫なの、すごく苦しそうだったけど」 つかさ「う、うん、すっごい力で握られちゃって……男の人かと思うぐらいだった、でも、もう痛みは消えたから」 つかさは私の目の前に握られた手を見せた。少し赤くなっている。 つかさ「私……何か神崎さんに気に障る事したのかな……」 つかさは俯いてしまった。 こなた「別に気にすることじゃないよ……それよりかがみは?」 つかさ「なんか急にしょぼんってなっちゃって……」 感情に身を任せた反動でしょげちゃったかな。 こなた「取り敢えず店にもどう」 私は歩き始めた。 つかさ「待って……何かおかしいよ、お姉ちゃん、あんなに怒った姿をみたの初めて、神崎さんも何もしないで帰っちゃうし……こなちゃん、何か知っているの?」 いくら鈍感なつかさでも気付いたか。もう隠してもしょうがない。 こなた「神崎さんはお稲荷さんを知っている……」 つかさ「え?」 つかさは立ち止まった。私も止まった。 こなた「神崎さんが幼少の頃傷付いた真奈美を助けた」 つかさ「そ、それで?」 こなた「……それしか知らない、神崎さんはそれ以上教えてくれない、だからつかさに会わせようとしたのだけど……開けてみれば大失敗……余計こじれちゃった」 つかさ「まなちゃんと逢った人が私意外に居たんだ……神埼あやめ……さん、まなちゃんの事聞きたかったな……」 私はつかさを見て驚いた。もっと悲しむと思った。真奈美の死を思い出して泣いてしまうのかと思った。 でもそれは間違いだった。つかさはもう真奈美の死を受け入れていた。つかさの安らかな笑顔を見て確信した。 それならもうこの話しをしても構わない。 こなた「それからね、これは憶測だけど、もしかしたら真奈美は生きているかもしれない……」 つかさ「ふふ、こなちゃんったら、こんな時に冗談なんか」 こなた「いや、これはみゆきさんが言った事だよ……」 つかさ「ゆきちゃんが……ほ、本当に?」 こなた「うん、そして神崎さんもそれについて何か知っているような気がするんだ」 つかさ「知っている……」 こなた「そう、そしてその鍵になるのが貿易会社から盗んだデータ、今、みゆきさんに解析してもらってる」 つかさ「盗んだって……ダメだよそんな事しちゃ」 こなた「もうしちゃったからね、この前一ヶ月の研修ってやつがね、実は神崎さんと貿易会社で潜入取材をした、そこの資料室からデータをコピーした」 つかさ「私が知らない間に……そんな事を……」 こなた「ごめん、真奈美の話は嫌がると思って伏せたんだよ……まだ憶測だけの話しで、間違っていたらつかさが傷付くと思って……」 つかさ「……生きていたら嬉しい……例えそれが間違っていても、生きているって思える時間があるから、それでもやっぱり嬉しいよ」 ……涙ひとつ溢していない。それどころか昔を懐かしんでいるように見える。 葉っぱを見て泣いていたつかさ。私がちょっと詰め寄っただけで泣いてしまうつかさ。でもそれは弱さじゃなかった。 かえでさんの言っていたつかさの強さってこの事を言っているのか。 つかさはもう完全に真奈美の死を乗り越えていたのか。 それにつかさの口の軽さなんて私とあまり大差なんかなかった。いや、意識しても隠せなかった分私の方が酷いかもしれない。 神崎さんに最初に逢うべきだったのはつかさだった。 私は神崎さんと駆け引きだけで乗り過ごそうとしていただけだった。ゲームをしていたに過ぎなかった。 だから神崎さんは真実を話してくれなかった…… つかさ「どうしたの、こなちゃん?」 こなた「つかさには敵わないや……」 つかさ「え、何が?」 こなた「笑顔だけで私の考え方を変えてしまったから」 真奈美が一晩でつかさを殺すのを止めた理由が今分かった。そういえばゆたかとひよりはつかさが凄いって何度も言っていたっけな。 今頃になってそれが分かるなんて。共同生活までした事があるって言うのに…… つかさ「……わかんないよ」 分からなくていい。それがつかさだから。 こなた「さて、店に戻ろう、かがみが待ってる」 つかさ「うん」 私達は店に向かって歩き始めた。 つかさ「ねぇ、神崎さんってどんな人、握手しただけだからまったく分からない」 こなた「どんな人か……一ヶ月くらい見てきたけど、仕事の為なら何でもするような人かな……でも……」 つかさ「でも、良い人なんだね」 良い人か…… こなた「なんで分かるの?」 つかさ「こなちゃんの友人だからね」 こなた「友達だって、彼女が?」 つかさ「だって、お姉ちゃんに追い出された神崎さんを追いかけたでしょ、呼び止めに行ったんじゃないの?」 こなた「呼び止めに行った訳じゃないよ」 つかさ「それじゃ何しに行ったの?」 こなた「わざと私達を怒らせるような事をしたから、その訳を知りたかった」 つかさ「それで、教えてくれたの?」 こなた「つかさが来たら逃げるように帰った」 つかさ「私、嫌われちゃったかな……」 こなた「あれじゃ逆に私達に嫌われようとしているみたいだ」 つかさ「記者さんって難しいね……」 それから店に着くまでつかさは考え込んで何も話さなかった。 店に戻ると椅子に座って項垂れているかがみの姿があった。 かがみ「つかさ、こなた……ごめん……台無しにしてしまった」 つかさは心配そうな顔でかがみの側に寄り添った。 こなた「謝らなくてもいいよ、かがみが出なかったから程度の違いはあったかもしれないけど私も同じ事をしていたから」 つかさ「恐くて何もできなかったよ……まつりお姉ちゃんと喧嘩していてもあんなに恐くなかったのに……」 かがみ「……そう、そんなだったの……そんなに怒っていた?」 こなた「まぁ、ボイスレコーダーを出されちゃね」 かがみ「ボイスレコーダー、違う、それだけならあんな事はしなかった、つかさが苦痛の表情をしているのに彼女は握手を止めようとはしなかった……だから思わず飛び出した その後後は何を言っているのか自分でもあまり覚えていない……」 そうか。だから私よりも先にかがみが飛び出したのか。これは身内と友人の感性の違いなのか…… つかさ「もう手は大丈夫だから……」 つかさは握られていた手を握ったり開いたりしてかがみに見せた。赤くなっていた所も殆ど分からなくなる位に元に戻っていた。 かがみ「そう……それは良かった……」 かがみはほっと一息つくと立ち上がり私の方を見た。 かがみ「それで、神崎を追い掛けて何か分かったのか?」 こなた「ん~、肯定も否定もしなかったけど……私の感じではわざとボイスレコーダーを出したみたい……」 かがみ「ふふ、だとしたら私はまんまと彼女の策にはまったってことなのか……こなたに神崎がなぜそんな事をするのか心当たりはあるのか?」 こなた「分からないけど……何度もこれからは私の仕事だって言っていたね」 かがみ「私達が居たら邪魔だって事なのか、こなたを散々引っ張りだしておいて……」 こなた「でも分からないのはあのデータを私が持っているに返せって一度も言わなかった、何故だろうね」 かがみ「それはデータなんてどうせ解析も分析も出来ないだろうって思っているのよ、頭に来るわ……完全に私達に対する挑戦だ」 つかさ「データっていったい何のことなの?」 私はつかさに何て言うのか迷っていると…… かがみ「もう秘密にしても意味はない、神崎とこなたが共同であの貿易会社の秘密データをPCから抜き取った」 つかさ「抜き取ったって……盗んだって事なの?」 つかさは私の方に向いて心配そうな顔になった。 こなた「盗む……人聞きが悪いけど……合ってる」 つかさ「そ、そんな事して大丈夫なの?」 更に心配そうな顔になるつかさ。返答に困った。 かがみ「今の所他人びバレた形跡はないわね」 つかさ「どうしてそんな危険は事をしたの……」 こなた「それは……」 私がまごまごしていると…… かがみ「真奈美さんが生きている証拠を探すためらしい……こんな事をしても無駄だとは思うけど……みゆきも罪な事をするわ」 つかさ「まなちゃんが……生きている、さっきもそれ言っていたよね、それって本当なの、ねぇ、こなちゃん!?」 つかさは私に詰め寄った。 こなた「分からない……」 かがみはつかさが用意した料理が置かれているテーブル席に腰を下ろした。 かがみ「みゆきも全く根拠がないなら私達にこんな話しを持ちかけてくるはずはない、それにみゆきやこなたとは違った意味で私はこのデータに興味があるわ、 私もこのデータの解析をしてみる」 つかさ「お姉ちゃん」 こなた「かがみ……」 かがみ「だって悔しいじゃない、このまま神崎の策におめおめとはまっているのは……それにこなたをコケにして、つかさも傷つけた、挙げ句の果てに私達が解析できないと思っている、 こうなったらあのデータは絶対に解析してやる、解析してやるんだから!!」 かがみは目の前の料理を食べ始めた。自棄食いだな……これは。 つかさ「でも……私がこなちゃんを追いかけた時、神崎さんとこなちゃんが駐車場で何か話していたけど、言い争いをしている様に見えなかった……」 こなた「一ヶ月も一緒に仕事をすれば情も湧いてくるよ……私達と一緒にって言ったけど……ダメだった」 かがみ「モグモグ、神崎は群れるのが嫌いなようね、彼女の仕事ぶりからもそれが伺える……こなた、もう彼女と一緒に何かするのは諦めた方がいい」 こなた「でも……神崎さんはあのデータの解析の方法を知っているみたいだったから、先を越されちゃうよ」 かがみは食べるのを止めた。 かがみ「この前みゆきにデータを持っていったら早速パソコンを立ち上げて中身を見た、こなたの言っていた謎も直ぐに解けた、あの文字の羅列はラテン語よ、 それもかなり初期のものらしい、それに粗方の内容も分かった、どこかの場所を説明している文だってね……みゆきは何時になく目を輝かせていたわ、 それにあのデータは英文もかなりある、そっちの方は私でも翻訳出来る……これでも神崎に引けを取ると?」 神崎さんはラテン語って言っていた。みゆきさんはそれ以上に内容にまで踏み込んでいる。かがみが手伝えば神崎さんより早く分かるかもしれない。 こなた「いいえ、引けを取っていません……そのままお続けください……」 かがみは気を良くしたのか食べるペースがまた上がった。 つかさ「私も……何か手伝える事はないの……」 かがみは何も言わず黙々と食べていた。つかさはしばらくかがみを見ていたけど返答してもらえそうにないと思ったのか今度は私の顔を見た。 つかさにはやってもらう事がある。これはつかさにしか出来ない。 こなた「あるある、つかさにはもう一度神崎さんに会ってもらわないと」 かがみは食べるのを止めた。 かがみ「……それは止めた方がいい、さっきの状況を見れば明らかだ」 そう、普通は誰もがそう思う。私も少し前ならかがみと同じだった。 こなた「つかさは駐車場に来たのは神崎さんに会いたかったからでしょ?」 つかさ「う、うん……まなちゃんの生前の話が聞きたくって……」 かがみ「あんな酷い目に遭わされてもなのか?」 つかさ「うん、私が痛いって言ったら直ぐに放してくれたからきっと大丈夫だよ」 かがみ「ふぅ、あんたはね少しは疑うって事を覚えた方が良いわ……」 こなた「うんん、あの人は駆け引きじゃなく真正面から行った方が良い、私はそう思う」 かがみ「真正面ってどう言う意味よ?」 かがみは首を傾げた。 こなた「つかさだよ、つかさ、裏も表もなくいつでも真正面だった、だから真奈美もひろしもつかさが好きになった、もう一回会う価値はあるよ」 かがみはしばらく考え込んだ。 かがみ「こなたがそう言うなら、一ヶ月神埼を見てそう言うなら……ただし、さっきみないな事があったら今度こそ許さない」 つかさ「何かよく分からないけど……やってみる」 つかさは両手を握って張り切っている。いいぞその調子だ。 かがみ「意気込みはいいけど、今日の明日って訳にもいかないでしょ」 つかさ「そ、そっか、どうしよう?」 こなた「それならまなみちゃんの演奏会が終わったら神崎さんに連絡とってみるよ、それならどう?」 つかさ「そうだね、その後の方がいいかも」 かがみ「後はあんた達に任せるわよ……」 つかさの表情を見て安心したのか今まで通りのかがみに戻ったようだ。かがみは再び料理を食べ出した。 こなた「かがみ、自棄食いはそこまでだよ」 かがみは自分の分の料理を殆ど食べ終えた所でナイフとフォークを置いた。 かがみ「別に自棄になってないわよ、丁度お腹一杯になった、ご馳走さま」 こなた「かがみでお腹一杯じゃ私とつかさじゃ食べきれないよ、それに神崎さんの分もあるし」 つかさ「ちょっと作りすぎたかな……」 こなた「まぁ、このまま残すのも勿体無いから私の店のスタッフ連れてくるよ、賄いを作る手間が省けて喜んでくれるよきっと」 つかさ「お願い~」 こなた「まぁ、この時間は向こうも忙しいから何人来られるか分からないけどね……」 私はレストランかえでに向かった。 やっぱり私の思った通りディナータイムなので来たのはかえでさんとあやのだけだった。 かえで「こりゃまたシコタマ作ったわね……」 あやの「……何かのパーティでもしていたの、誰かの誕生日だったっけ?」 テーブルに並べられた料理を見てあぜんとする二人だった。 つかさ「誰かの誕生日じゃないけど、食べて行って」 私達は料理を食べ始めた。かがみも料理に手を出そうとした。 こなた「ちょっと、さっき一杯食べたでしょ……」 かがみ「なによ、別に良いじゃない、減るもんじゃなし」 こなた「いやいや、減るでしょ……」 かがみのテンションが高くなった。つかさが思ったよりもダメージがなかったからかもしれない。 でも、つかさが追いかけてくるとは思わなかった。そのつかさに謝罪の一言も言わないで逃げるように去った神崎さん。分からない…… つかさ「かえでさん、どうしたの?」 皆でわいわい食べている中、かえでさんだけが何もしないでテーブルの外で立っていた。 かえで「え、あ、別に何でもない……」 つかさ「ねぇ、かえでさんの好きな茄子の料理も作ったから食べて」 つかさは茄子料理を小皿に取ってかえでさんに差し出した。 かえで「あ、ありがとう……うっ!!」 急に口を手で押さえて苦しそうに屈んだ…… つかさ「か、かえでさん、どうしたの?」 かえで「ちょっと臭いがきつくて……」 つかさ「え、そうかな、普段と同じ味付けなんだけど……おかしいな……」 つかさは茄子料理を食べながらかえでさんをじっと見た。そして一瞬目を大きく日宅と一歩下がって小皿をテーブルに置き、しゃがんでかえでさんと同じ目線になった。 つかさ「……もしかして……悪阻じゃ?」 かがみ・あやの「えっ!?」 つかさの言葉に私達はかえでさんの方を向いた。かえでさんは慌てて立ち上がった。 さすがに経験者には隠し切れないか。 かえで「ちょ、ちょっと調子が悪いだけ、さて……店に戻らないと」 つかさ「あ、かえでさん、待って」 つかさとかえでさんは店を出て行った。 私は溜め息をついた。かがみとあやのはそんな私を見ていた。 かがみ「少しも動揺しないなんて……知っていたのか?」 こなた「うん」 あやの「なんで黙っていたの?」 こなた「本人から止められたから……」 かがみ「止めるって、止める必要なんかないじゃない、結婚したんだし妊娠したくらい隠すことじゃない、いや、むしろ祝うべきでしょ」 こなた「ん~妊娠自体を内緒にとは言っていないんだけどね……」 かがみ「はぁ、じゃ何を内緒にしているのよ?」 こなた「だから……内緒なの」 かがみが首を傾げているとあやのが席を立った。 あやの「私もかえでさんの所に行く……」 足早に店を出て行った。 かがみは窓からあやのがレストランに入って行くのを確認した。 かがみ「……さて、私達二人きりになった、話してくれるわよね?」 私は話すのを躊躇った。 かがみ「私はあのレストランともこの洋菓子店とも利害関係のない部外者、しいて言えばつかさと姉妹関係であるだけ」 こなた「で、でも……」 かがみは真面目な顔になった。 かがみ「ここたがそこまで隠すなんて、かえでさんとの約束を優先したのか、それも良いかもしれない」 かがみは腕時計を見ると立ち上がった。 かがみ「……さっきのかえでさんの行動を見て思ったのだけど、つかさと握手をした時力いっぱいつかさの手を握ったのと似ているんじゃないかって」 こなた「似ているって?」 かがみ「かえでさんはつかさに真実を話すのを隠す為に誤魔化した、神崎もそれと同じって事よ」 こなた「誤魔化すって、つかさに隠すような事なんかないよ、初めて会うのだしさ……」 かがみは首を横に振った。 かがみ「神崎とつかさは以前会っているような気がする」 こなた「え、だってつかさが知っていたら私達がしていた事が無意味じゃん?」 かがみ「会うって言っても神崎の一方的な出会いかもしれない、例えばレストランが引っ越す前ならどう、彼女が客として入る可能性は?」 確かに彼女の実家とレストランが在った場所とはそんなに離れていない。 こなた「それはあるけど……でもそれで手を強く握る意味が分らない」 かがみ「そうね、かえでさんは悪阻の症状が出たから分かった、神崎は一体何故力いっぱい握ったのか、病気じゃなさそうだけど……それが分からない……ごめん、 私はもう時間だ、帰るわよ、皆によろしく言っておいて、そして、つかさの会合の邪魔をしてごめん……」 何故か凄い説得力だった。かがみの弁護士としての観察なのか推理なのか……かえでさんと神崎さんを比べるなんて…… かがみは店の扉に手を掛けた。 こなた「かえでさん……店を辞めて田舎に戻って……そう言っていた……」 かがみは扉を開けるのを止めた。 かがみ「……あの店を手放すって、店はどうするのよ?」 こなた「私かあやのに店長になれって……」 かがみは私に近寄り両手で私の肩を握った。 かがみ「凄いじゃない、かえでさんに実力を認められたのよ」 こなた「うんん、断った……そしたらあやのでもつかさでも良いなて言っちゃってさ……」 かがみは両手を放した。 かがみ「バカね、そう言う時はいやでも引き受けるのよ」 こなた「だってレストランかえででしょ、店長が変わったら可笑しいじゃん」 かがみは笑った。 かがみ「ふふふ、それなら店名を変えれば済むじゃない……ふふふ、でも、こなたらしい」 私は少し不機嫌な顔にした。私の顔を見てかがみは笑うのを止めた。 かがみ「分かっているわよ、かえでさんが居なくなるのが淋しいんでしょ」 こなた「え、べ、別にそんなんじゃ……」 かがみ「こなたがツンデレにならなくていいから、素直になりなさいよ」 まさか、かがみから言われるとは思わなかった。 こなた「う、うん」 かがみは窓からレストランの方を見た。 かがみ「だったら素直にそう言いなさいよ、つかさなら形振り構わず言っている……今頃、もう言っているかもね」 こなた「でも……」 私が言おうとするとかがみは割り込んで続きを言わせなかった。 かがみ「この店の留守番するくらいの時間ならまだあるわよ、行きなさいよ、丁度つかさとあやのも行っているし絶好の機会じゃない、それでもダメなら諦めなさい」 私が行くとつかさの店が留守になる。私はそう言うとしていた。ここはかがみに甘えるとしよう。 こなた「……それじゃ……行ってくる」 かがみ「私からも一言、かえでさんの料理が食べられなくなるのはとても耐え難いって……そう伝えて」 こなた「うん」 私はレストランに向かった。 従業員用の出入り口から直接事務室に入った。そこにかえでさんは居た。かえでさんは椅子に座りそれを囲うようにつかさとあやのが立っていた。私はそこに割り込むように立った。 かえで「……何よ、三人とも雁首揃えて……」 あやの「さっきの、つかさちゃんの言っていたの本当なんですか?」 あやのが詰め寄った。 かえでさんは私の顔を見た。私は首を横に振った。 かえで「そうね、もう黙っていても無意味だ……そう、つかさの言う通り、私は妊娠している」 あやの「それで、泉ちゃんに何を内緒してって言ったのですか?」 かえで「……そうね、この機会に言うべきなのかもしれない」 かえでさんは一呼吸置いてから話し始めた。 かえで「私は店長を辞めて田舎に戻ろうと思うの、そこで小さな洋菓子店でもってね……」 あやの「ちょ、ちょっと待って下さい、店長を辞めるって……この店はどうするの、料理の味は、新しいメニューは……まだなだしなきゃいけない事がいっぱいあります、 それに、店長の料理を目当てにくるお客さんも沢山います……」 かえで「ここ一年位、私が直接厨房で腕を振るっていない、専ら事務の仕事をしていた、私の技術、味は全て貴女達が引き継いでいる、新メニューも私は一切口出ししていない、 貴方達だけで充分この店をやっていける、そう思った」 あやの「……赤ちゃんが出来たからからですか……」 かえで「いや、常々そう思っていた、妊娠はその切欠に過ぎない」 あやのは俯いた。私が潜入取材に行くときの姿と同じだ。 あやの「で、でも、私達だけじゃ……」 かえで「そうかしら、こなたは私以外の第三者にその力を認められた、神崎と言う記者にね、それに、あやのもこなたが居ない間の仕事の穴埋めも完璧だった、言う事はない」 私の力を認めた神崎さんか……記者嫌いのかえでさんが何故私に神崎さんの手伝いをさせたのか分かったような気がする。 かえでさんはつかさの方を向いた。 かえで「どう、つかさ、これを期に戻ってみたらどう、三人でこのレストランをもっと発展させてみる気はない、ここに高校時代からの友人が二人もいるし気兼ねなく仕事ができるわよ」 つかさは何も言わずかえでさんを見ている。やっぱり何も言えないか。しょうがない私が代弁するかな……そう思った時だった。 つかさ「私もね、赤ちゃんが出来た頃、お店を閉めようかな……なんて思ってた……不安で……恐くて……今のかえでさんの気持ち、すっごく分かるよ、だけどね、 子供が生まれて、まなみが生まれてからはそんな気持ちは何処かに飛んで言ったよ、かえでさん、今はただ赤ちゃんを産むことだけを考えて、生まれたらまた考えが 変わるかもしれないし、そうやって悩んだりすると身体に障るし、赤ちゃんにもよくないから」 それは私が代弁しようとしていた内容とは全く違っていた。 かえで「つかさ、私……私……」 かえでさんは今にも泣き出しそうなになった。 つかさ「だから、そんな顔になったらダメ……そんなかえでさんの顔は似合わないから……あっ、お店が留守になっちゃった、戻らなきゃ、また来るからね」 つかさは急いで自分の店に戻って行った。あやのはつかさが見えなくなるまでその姿を見ていた。 あやの「……つかさちゃん、やっぱりお母さんだね……かえでさん、さっきの話しは保留でお願いします……私も仕事に戻らなきゃ」 あやのも事務室を出て行った。私とかえでさんだけが事務室に残った。 こなた「……やられた、つかさがあんな事言うなんて……驚きだ、、かがみもそこまでは見抜けなかったか」 かえで「……母は強しって所ね……こなた、これから毎日は店に来られないかもしらないから、その時は頼むわよ」 こなた「はい! それは分かっております」 敬礼をしてウインクをした。 かえで「……確かにまだ決めるのは早いかもね……さて、こなた、向こうの料理の始末、私は行けないから行って来なさい、私の代わりに誰かスタッフを行かせるから」 こなた「ん~それは必要なかも」 かえで「なんで、まだ随分料理が残っていたわよ?」 こなた「かがみが留守番をしているからね、あれは猫に鰹節の番をさせるようなものだよ」 かえで「ふふ、まさか」 そのまさかだった。私がつかさの店に戻った時にはかがみが全ての料理を食べ終えていた。 ⑭ あれから数週間が経った。かがみは私の店にもつかさの店にも来なくなった。仕事が終わるとみゆきさんと礼のデータ解析をしているらしい。 私も手伝いたいところ、つかさもそう言っていた。だけど、行っても足手まといどころか邪魔になるだけだろう。ここはじっとかがみ達の報告を待つしかない。 こうしている間にも神崎さんもデータ解析をしているに違いない。私はメールや電話で連絡を取ろうとしたけど音信不通。潜入取材の時に泊まっていたホテルにも居ないようだ。 私達から逃げるように居なくなった神崎あやめ……何故私達を避けているのだろう。 いったい彼女の目的は何だろう。何をするにしても複数の方が効率は良い。この私が分かるくらいだから神崎さんだってそのくらい分かるはずなのに。 こなた「ふぅ~」 あやの「珍しい、泉ちゃんが溜め息なんて……」 こなた「まぁ、いろいろありましてね、こんな私でも悩みの一つや二つはあるのですよ」 あやの「もしかして、かえでさんが店長を辞めるって言った件?」 こなた「そんなのもあったね……」 あやの「あれ、それじゃなかったの?」 不思議そうに首を傾げるあやの。 こなた「確かにそれもあるけど、つかさがかえでさんを励ましたおかげで現状維持はしているね、だけど、出産した後はどうなるか分からないよ」 あやの「そうね、でも、こればっかりは私達がどうこう出来るものじゃないでしょ、かえでさんの考えもあるし」 かえでさんの考えか。 こなた「ところでかえでさんの旦那さんは会ったことあるの?」 あやの「うん、何度か」 こなた「しかし、この店の関係者でもない人のによく結婚まで漕ぎつけたものだね、かえでさんが結婚するって言うまでまったく知らなかった」 あやの「何でも専門学校時代の知り合いだったって、在学中は特に恋人同士ってわけじゃなかったって言っていたけど……何が切欠になるか分からないね」 こなた「切欠ね……」 あやの「泉ちゃんだって何が切欠でそうなるか分からないよ」 こなた「そうかな~」 『パンパン』 突然手を打つ音がした。音のする方を見るとかえでさんが立っていた。 かえで「はいはい、無駄な話しは止めて用のない人は帰宅しなさい」 私は早番で帰り支度をしている途中だった。 こなた「もうタイムカードは押したから大丈夫ですよ、私達の話し、聞いていました?」 かえで「話し?」 聞いていなかったみたい。さっき入ってきたばかりなのか。 あやの「そうそう、かえでさんの旦那さんの話し」 かえで「えっ?」 こなた「かえでさんからあまりその話し聞いてないから」 かえで「べ、別に私的な事を話す必要なんかないじゃない」 私は人差し指を立てた。 こなた「ちっ、ちっ、ちっ、分かってないな、かえでさん、そう言う話が一番面白いんだよ」 かえで「面白い?」 こなた「うん、例えば何回目のデートで愛し合ったとか、週に何回愛し合っているとか」 『バン!!』 激しく壁を叩くかえでさん。 かえで「下らないこと言ってないでさっさと帰りなさい!!」 こなた「ひぃ~こわいよ~かがみより恐いよ~」 私は鞄を持って事務室の扉を開いた。 こなた「それではお先に失礼しま~す」 かえで「待ちなさい」 かえでさんがマジな顔になった。 こなた「あ、あれは冗談ですから、冗談、はは、元気な赤ちゃんが生まれると良いですね」 慌てて取り繕うが表情は変わらなかった。 かえで「神崎さんはお稲荷さんを知っていたらしいわね、しかも真奈美とも知り合いみたいじゃない」 こなた「え、あ……な、なんでそれを」 かえで「つかさとかがみさんから聞いた、何故私に話してくれなかった、私を軽く見ないで欲しい」 こなた「いや、普通なら話していたけど……なんて言うのか、ほ、ほら、妊娠しているでしょ?」 かえで「私の身体を気遣ってと言いたいのか、余計なお世話よ、お稲荷さんの真実を知っている人間は一握り、知っているだけでなく理解しているのはもっと少ない、 あやのは理解者の一人、だけど、こなたの親友に全く理解できない人が居たわよね……確かみさおさんだったかしら」 こなた「みさきちは最初から物分りは良くない方だからしょうがないよ、今でも彼女は私達の話しをフィクションだと思ってるから」 みさきちは全く私やつかさの話しを信じてくれなかった。あやのが言ってもダメだから諦めていた。 かえでさんは首を横に振った。 かえで「物分り良し悪しや知識の量などは関係ない、お稲荷さんのを現実のものとして受け入れられるかどうかが問題、私達の様なのは特別で むしろみさおさんの様なのが世間一般の標準的な反応なの、神崎さんがお稲荷さんを受け入れているのなら数少ない協力者になるはず」 かえでさんは神崎さんをつかさに会わせるのを黙っていたのを怒っているようだ。 こなた「かえでさんなら仲間にできたの」 かえでさんはまた首を横に振った。 かえで「つかさの手を強く握ってかがみさんを怒らせた、私も彼女が何を考えているのか全く分からない、多分あの時居ても何も出来なかった、 だけど、私も理解者の一人だから、それだけは忘れないで」 こなた「う、うん」 かがみもそう言っていたっけ。 あやの「それなら私も同じ、私にも話して欲しかった……」 そういえばそうだった。あの時声をかたのがつかさ、みゆきさんだけだった。つかさの一言でかがみを追加した。 こなた「あれは私の思い付きだったから、あまり深い意味は無くって……本当はつかさだけの予定だった」 あやの「そうだったの……でも、でもかえでさんと同じで私が居てもあまり効果はなかったかもね、みさちゃんをお稲荷さんの仲間に出来ないのだから」 あやのは少し苦笑いになった。 こなた「まぁ、もう終わった事だし、これからは皆にも協力してもらうようにするよ、二人ともありがとう」 二人は大きく頷いた。 かえで・あやの「お疲れ様~」 店を出ると直ぐ隣につかさの店……入り口には定休日の看板が立て掛けられていた。今日は水曜か……そういえばもうすぐまなみちゃんの演奏会か。 きっとみなみとの練習につきあっているに違いない。つかさの家に遊びに行くのも止めるかな。たまには何処にも寄らずに真っ直ぐ帰ろう。 未だ空は薄暗く日の光が少し残っている。こんなに早く帰るのは久しぶりかもしれない。仕事が早く終わってもゲーマーズとかに行っちゃうからね 家の玄関の扉を開けた。 こなた「ただい……ん?」 『わはははは~』 開けると同時に笑い声が私の耳に飛び込んできた。お父さんの声だ。お父さんはテレビとかで大笑いするような人じゃない。ゆい姉さんかゆたかでも遊びに来たのかな。 声のする居間の方に向かった。そして居間に入った。 そうじろう「おかえり、こなたか、今日は早いな」 お父さんの正面に座っている人……あれ……ば、ばかな。 そうじろう「おっと紹介が遅れた、娘のこなたです」 あやめ「お邪魔して……あ、ああ~」 そうじろう「お、おや?」 そこに居たのは神崎あやめだった。神崎さんと目が合うと二人とも硬直したように動作が止まった。 そうじろう「何かありましたかな……」 お父さんは私と神崎さんを交互に見ながら戸惑ってしまった。神崎さんは自分の腕時計を見た。 あやめ「も、もうこんな時間……長居をしてしまいました、今日はこのくらいにします……ありがとう御座いました」 神崎さんは慌ててテーブルの中央に置いてあったボイスレコーダーを仕舞うと立ち上がった。 そうじろう「そうですか、お構いもしませんで……」 あやめ「失礼しました」 神崎さんは私をすり抜けて玄関の方に出て行った。 そうじろう「こなた、挨拶はどうした……おい?」 お父さんが何か言っているけど何も聞こえない。 何のために私の家に……ボイスレコーダーを使っていたって事は……取材……何の? もう彼女に振り回されるのは沢山だ。考えても意味がない。直接聞くしかない。私は振り返り神崎さんを追った。 そうじろう「こなた?」 お父さんの呼びかけを他所に居間を出た。 神崎さんは玄関で靴を履いていた。 こなた「ちょっと待って」 靴を履き終えると私を見た。そして微笑んだ。 あやめ「……泉さんのお父さんだったの、苗字が同じだったね、泉さんと同じような所が沢山あった、とても面白い人だった、これで私も貴女の父親に会ってお相子になった」 またそんな事を言って誤魔化す。 こなた「今度はなんの取材なの、もう私は関係無いんじゃないの、どうして……」 あやめ「……同僚が急病になってね……私はその代理で来たにすぎない、もともと編集部にあった取材だった、まさかこの家が泉さんの家だったなんて……」 こなた「取材って、お父さんの取材?、この前の取材とは関係無いの?」 神崎さんは頷いた。これは全くの偶然だったのか。そのまま神崎さんの言葉を信じるとして、それならこうして再会できたは千載一遇のチャンスだ。 こなた「教えて、何でつかさの手を強く握ったの、ボイスレコーダーを出したの?」 神崎さんは溜め息をついた。 あやめ「二人には謝っておいて……」 こなた「謝るなら自分で謝ってよ……」 神崎さんは黙ってしまった。 こなた「どうして黙ってるの……何で教えてくれないの、お稲荷さんの関係なら私達だって……協力できるし、協力してもらいたい」 神崎さんは玄関の扉を向き私に背中を見せた。 あやめ「ふふ、私はあの時、捕まっている筈だった……」 こなた「捕まるって……潜入した時の話し?」 あやめ「そう、まさか貴女がお稲荷さんのハッキング技術を継承しているとはね……しかも助けに来るなんて、これで私の計画はやり直しになった、これも何かの運命かしらね」 こなた「でも、私が来た時、神崎さんは怯えていたよ……」 あやめ「……それは私の覚悟が足りなかったから……」 こなた「覚悟って……そこまでして何をしようとしているの」 神崎さんは扉に手を掛けた。 あやめ「知りたければあのデータを調べなさい……どうせ何も分からないだろうけどね……もう行かないと……」 こなた「ちょっとまだ話が……」 私が言おうとすると扉を開けて出て行ってしまった。 この前の様な駆け引きは止めて自分の気持ちをストレートに話したつもりだった。それでも彼女は真実を話してくれない。 このまま追いかけてもこれ以上の話しは聞けないような気がした。 そうじろう「こなた、神崎さんと知り合いなのか」 玄関にお父さんが来た。 こなた「まぁね、お店の常連客だった人だよ」 そうじろう「お稲荷さんだのデータだのってやけに深刻そうな話をしていたみたいだけど、何なんだ?」 お父さんにはまだお稲荷さんの話しはしていない。話して理解してくれるだろうか。みさきちみたいになる可能性もあるしあやのみたいになる可能性もある。 かえでさんが言っているようにこれは知識の量とか理解力とかは関係ないお父さんがお稲荷さんを受け入れられるかどうか。ただそれだけなんだ。 こなた「お父さんには関係ない事だよ」 そうじろう「そうか、話せない事ならそれもいい」 あまり興味がないのかすぐに引き下がった。でもそれでいいのかもしれない。 お父さんがもし、お稲荷さんを受け入れなかったら。そう思うと話せない。 こなた「それより何の取材なの、売れない作家さんなのにさ」 そうじろう「お、言ってくれるじゃないか、これでも食べていけるくらいは稼いでいるんだぞ」 こなた「私を大学まで育ててくれたしね……」 実際作家だけで食べていけるのだからそれなりの実力があるのは理解出来る。 そうじろう「まぁ、の作品に関しての取材だそうだ、出版社からも許可が出ているから私も受けたのだけど……三日の予定で今日はその二日目だった」 二日目、って事は昨日も来ていたのか。寄り道をしていたら今日も会えなかった。明日から遅番になるから今日しか会えるチャンスがなかったのか。 そうじろう「取材と言っても半分以上が雑談で終わってしまったけどな」 こなた「雑談って……そういえば私が帰って来た時笑っていたけど?」 そうじろう「ああ、話が面白くてね、彼女はコミケに参加しているそうだ、それから話がそっちの方に流れてしまった」 こなた「彼女はゲームも好きだよ」 そうじろう「そうなんだよ、ゲームだけじゃなくガ〇ダムも好きでね、しかもファースト、これは貴重すぎてたまらないじゃないか、知り合いならなぜもっと早く紹介してくれなかった!」 興奮するお父さん。確かに私意外でこんな話が出来るのは彼女しかいないかもしれない。 こなた「私だって知り合ってまだ二ヶ月目だよ、それに彼女は忙しいからね……」 そうじろう「明日が楽しみだ」 そう言うと居間の方に向かって行った。 こなた「ふぅ~」 溜め息が出た。やれやれお父さんがすっかり気に入ってしまった。 いや、まて、確か神崎さんのお母さんも私を気に入ったなんて神崎さんが言っていた。まさか本当に取材を理由に仕返しをしたのじゃないだろうか。 そんな風に思えるような事も帰りがけに言っていたし…… そうじろう「お~い、こなた、夕食の準備を手伝ってくれ」 こなた「ほ~い」 まぁいいや。今度は危害を加えたわけじゃないし…… それから、まなみちゃんの演奏会の当日が来た。 クラッシックにはそんなに興味ないし、多分まなみちゃんの演奏意外は居眠りをしてしまうかもしれない。それでも何故か会場に来てしまった。 会場には意外と沢山の客が来ている。会場入り口で入場の列に並んで順番を待っていた。 私の順番が来てチケットを係員に渡した。 スタッフ「……演奏者のご関係の方ですね?」 こなた「え、まぁ、知り合いなので……」 スタッフ「それでは特別席へどうぞ、そから演奏10分前までなら控え室へも行けますので……」 係員はチケットの半券とプログラムを私に渡した。私はそれをを受け取って会場の中に入った。 特別席は最前列の数段か……私の席はA―12……あ、あった。 席を見つけて座った。辺りを見回した。特別席に座っているのは私だけだった。ちょっと来るのが早すぎたかな。それとも控え室に居るのだろうか。 もしかしたらかがみやみゆきさんも来ているかも。つかさはこのチケットを店で配っていたしね。 ここでボーっとしても暇なだけだちょっと控え室を覗いてみるかな。私は席を立ち控え室に向かった。 あれ、おかしいな~ 案内の地図にはこの辺りに控え室があるはずだけど。私は辺りをきょろきょろと見回した。でもそれらしい部屋は無かった。 もしかしたら東西を逆に見たのかもしれない。元の場所に戻ってみるかな。 「神崎さん~」 私の後ろから男性の声がした。神崎だって、まさか。 私は声のする方に振り向いた。二十代前半くらいの男性が小走りに私の方に向かってきた。 男性「神崎さん~」 間違いないこの男性が神崎さんと言っている。ってことは……ゆっくりまた振り返った。少し先に長髪の女性の後姿が見えた。間違いない神崎さんだ。まずい振り向かれたら 私が居るのが分かってしまう。咄嗟に建物の柱の陰に身を隠した。男性は私を通り越して長髪の女性の方に走っていく。 男性「神崎さん、こっち、聞こえています?」 長髪の女性が男性の声に気付いて振り返った。顔が見えた。間違いない神崎あやめだ。あの男性が居なかったら彼女と鉢合わせになっていた。 あやめ「坂田さん、そんなに大声を出さなくても聞こえているよ」 あの男性は坂田って言うのか。誰だろう。神崎さんとどんな関係があるのかな。それに彼女が何故この会場に来ているのか。 坂田「そっちは違いますよ、逆方向、控え室はこっちですよ」 あやめ「そっちだったの、どうりで部屋がないはずだ」 坂田「インタビューはあと一人だけですよね」 神崎さんは頷いた。 坂田「演奏までまだまだありますからそこの喫茶店で休憩しませんか?」 男性が見ている方を見ると喫茶店があった。神崎さんは暫く喫茶店を見ると、 あやめ「それじゃ少し休もうか」 神崎さんと坂田は喫茶店に入っていった。どうも気になるな。見つからない様に私も入って見よう。 二人が喫茶店に入って数分してから私は喫茶店に入った。この喫茶店はセルフサービスの店だ。席は自由に決められる。適当な飲み物を頼むと二人の座る席の横に 気付かれないように座った。 坂田「井上さんの代理お疲れ様です」 向こうの声も聞こえる。これはもしかしたら神崎さんの秘密が分かるかもしれない。私は聞き耳を立てた。 あやめ「彼女が病気じゃどうしようもない」 坂田「病状はどうなんですか、確か神崎さんと同期でしたよね」 あやめ「今日、精密検査をするって言っていた、今の時点ではなんとも言えない」 坂田「そうですか……ところで、井上さんの文化部の仕事はどうですか、神崎さんだと物足りないんじゃないですか?」 あやめ「物足りない?」 坂田「そうですよ、アーティストや作家さんの取材、時には今日みたいにお子様の取材ですよ、政治家や企業の不正を調べている方が神崎さんらしいと思って」 井上って人の代理で来ているのか。そういえばお父さんの時もそう言っていた。するとお父さんの時も今日も神崎さんの意思で来た訳じゃなかったのか。全くの偶然だった。 あやめ「ふふ、私はそんな大それた仕事なんかしたくなかった、井上さんの様な仕事の方が好き」 さかた「へぇ~そうは見えないな~」 坂田は手に持っていた物をテーブルに置いた。それはカメラだった。かなり高級そうなデジタルカメラだ。もしかしたら坂田はカメラマン? あやめ「ところで次のインタビューは誰なの?」 坂田「えっと~」 坂田は鞄から紙を出して見た。 坂田「最後の演奏者で柊まなみちゃんですね……」 あやめ「柊……まなみ……ですって?」 柊まなみ……これからまなみちゃんの所に行こうとしていたのか。 坂田は持っていた紙を神崎さんに渡した。 坂田「小学三年生の女の子、初演だそうですよ、子供の初演にしては遅い方だとは思いますけど……なんでも今回の演奏会で最注目の子だそうです」 へぇ、やっぱりまなみちゃんは注目されているのか。ちょっと嬉しかったりするな。 神崎さんは渡された紙をじっと見ていた。 坂田「あれ、その子知っているのですか?」 あやめ「え、あ、いや、知っているだけで直接会ったわけじゃない……」 神崎さんは紙を坂田に返した。 坂田「演奏曲は……ショパンの舟歌だ、うぁ~」 坂田は感嘆の声を上げた。 あやめ「その曲って難しいの、私は音楽に疎いから分からない」 坂田「これをデビューでやるなんて……技術はもちろん表現力も試される大作ですよ……小学生がどんな演奏するのか楽しみだな」 神崎さんはテーブルに置いていあるコーヒーを飲み干した。 あやめ「最後まで居るつもりはない」 神崎さんは立ち上がった。 坂田「え、折角来たのに聴いていかないの、それで記事なんか書けるのですか?」 あやめ「行くよ!」 神崎さんは喫茶店を出た。 坂田「あ、ああ、ちょっと待ってくださいよ~」 坂田はテーブルに置いてあったカメラを大事そうに抱えると神崎さんの後を追った。私も少し時間を空けてから店を出た。 神崎さんは井上さんの代わりにこの取材をしているのか。お父さんのもそうだった。神崎さんは嘘を付いていなかった。 井上さんって……神崎さんと同期って言っていたけど、仕事を代わりにするくらいだから親しい仲なのかもしれない。病気か…… 坂田「す、すみません、ちょっとトイレに行きたくなったのですが……」 申し訳なさそうに神崎さんに言った。神崎さんは立ち止まった。 あやめ「しょうがない、行って来なさい、先にインタビューは進めているから、適当に来て写真を撮って」 坂田「はい……」 坂田は神崎さんと別れてトイレに向かった。そして神崎さんはそのまま歩き出した。私も神崎さんとの間隔を空けて付いて行った。 しばらく歩くと係員が立っている区域に入った。神崎さんは手帳の様な者を係員に見せている。許可証なのかな…… 係員は神崎さんを通した。私は……暫く時間を置いて係員の所に向かった。 係員「何か御用ですか?」 どうする……そうだ。チケットの半券があった。私は半券を係員に見せた。 係員「どうぞ」 私はそのまま通路の奥に入った。 神崎さんは柊まなみと書かれた控え室の前に立ち止まった。私も壁際に立ち止まり神崎さんから見えないようにした。 『コンコン』 神崎さんはドアをノックした。 「はい、どうぞ」 部屋の中から声がした。この声はつかさだ。神崎さんはゆっくりドアを開けた。 つかさ「か、神崎さん?」 ドア越しから分かるほど目を大きく見開いて驚いているつかさが見える。 あやめ「柊さん……」 神崎さんも立ち止まりドアを開けたままの状態になっている。これなら二人の状況が分かる。私には好都合だ。 つかさは直ぐに普通の表情に戻り腕を神崎さんの前に出した。握手か…… 神崎さんは立ったまま動こうとしなかった。するとつかさはにっこり微笑んで一歩前に出た。 つかさ「この前のやり直し」 つかさは神崎さんの目の前に手を出した。 あやめ「……ば、バカな、何も聞かずに何故そんな事が出来る、また同じ事をしたらどうするの」 つかさは首を横に振った。 つかさ「二度もそんな事はしないでしょ、だってまなちゃんを助けた人だもん」 あやめ「まなちゃん、まなちゃんって真奈美の事?」 つかさは頷いた。 つかさ「うん、それで、私はまなちゃんに助けられた……まなちゃんと会っている人がひろしさんの他に居たなんて、とっても嬉しくて……」 あやめ「ひろし……さん?」 つかさ「うん、私の夫で、まなちゃんの弟だよ……」 つかさの目が潤んでいる。真奈美を知っている人に出逢えてよっぽど嬉しいのだろう。神崎さんの手が自然に前に出てつかさと握手をした。 結局私もかがみも必要なかった。つかさと神崎さんだけで良かった。 私は余計な事をして遠回りをさせてしまった。この二人は逢うべきして逢ったんだ。 あやめ「ちょっと待って、貴女に子供が……まなみちゃんが居るってことはそのひろしってお稲荷さんは……」 つかさ「うん、人間になった、実はね私の三人のお姉ちゃんの旦那さんもね……」 神崎さんは両手をつかさの前に出してつかさを止めた あやめ「そこまで……こんな所で話すような内容じゃない……」 つかさ「で、でも……」 あやめ「なるほどね、泉さんが私に柊さんを会わせたくなかった様ね、その意味が分かった……柊さん、もうその話は止めましょう」 つかさ「もっと、まなちゃんの事……聞きたい……」 神崎さんは首を横に振った。 あやめ「今は出来ない、私は記者として此処にいるの、分かって……」 つかさ「……で、でも……」 坂田「神崎さん~」 坂田が戻ってきたみたいだ。小走りに部屋に向かっている。私に気付かずそのまま素通りした。 あやめ「ほらほら、何も知らない人達に聞かれたら不味いでしょ、私と同行しているカメラマンの坂田って言う人だから私に合わせて」 つかさ「あ、う、うん……」 坂田「すみません遅れまして、あ、あれ……?」 坂田は左右きょろきょろと見回している。 坂田「柊まなみちゃんは……?」 坂田はカメラを握りいつでも撮れるような体勢になった。 あやめ「私もさっき来たばかりだから」 神崎さんはつかさをつんつん突いた。 つかさ「え、あ、ああ、先生と奥の部屋で練習中です……」 先生……みなみも来ているのか。教え子の初舞台だから当然と言えば当然か。 坂田「最終調整って訳ですね、撮影したのですがよろしいですか?」 あやめ「私もインタビューをしたい、時間は取らせません」 つかさは暫く考えた。 つかさ「まなみは……娘はちょっと上がり性なので、カメラとか向けられると戸惑ってしまうかも……」 坂田はカメラを仕舞った。 坂田「……どうします神崎さん、後一人だけなんですけどね……」 あやめ「……それなら演奏の後ならどうかしら?」 つかさ「それなら問題ないかも」 坂田「あれ、神崎さん、柊ちゃんの演奏は最後ですよ、そこまで残らないってさっき言っていたような……」 あやめ「坂田、井上から何を学んだ、相手に合わすのもの時には必要だ、特に子供はね」 神崎さんは坂田を嗜めるとつかさの方を向いた。 あやめ「どうせなら完璧な状態で演奏してもらいたいから……それじゃ演奏が終わったら此処で会いましょう」 つかさ「あっ……それなら特別席が空いているので……お姉ちゃんとゆきちゃんの分」 つかさは半券を二枚神崎さんに渡した。 あやめ「あら、お姉さんは来られないの?」 つかさは頷いた。 あやめ「それは残念、謝りたかった……また機会を改めましょう、それでは」 神崎さんは会釈すると部屋を出た。そして扉を閉めた。 坂田「謝るって何です、それにお姉さんって……あの人と知り合いだったのですか?」 あやめ「まぁね……」 坂田「まぁねって……知り合いならそう言ってくれればよかったのに……」 二人は私の隠れている壁を通り過ぎて行った。二人は話しているせいなのだろうか、私には気付いていない。 二人の気配が消えるのを確認して控え室の前に移動した。 『コンコン』 つかさ「は~い、どうぞ」 私は扉を開けた。 つかさ「こなちゃん、来てくれたんだ!!」 こなた「やふ~つかさ、暇だから来たよ」 つかさは私の手と取ると跳びあがって喜んだ。 つかさ「こなちゃん、さっきね神崎さんが来てね……」 早速さっき起きたばかりの出来事を私に楽しげに話しだした。秘密とか内緒とかそう言うのはつかさには関係ない。楽しい出来事があれば直ぐに誰かに話したがる。 そう、それがつかさ。 つかさ「どうしたの、こなちゃん?」 私は笑った。 こなた「神崎さんと仲良くなれたみたいだね」 つかさ「うん!」 あの時怒った自分がバカバカしく感じてきた。つかさは一人で真奈美に出逢って親友になった。そしてその弟のひろしと結婚までしている。私はそれに少ししか関わっていない。 ひろし言うように最初からつかさを参加させていればよかった。つかさの笑顔を見てそれを確信した。 こなた「それじゃ私は客席の方に行くね」 つかさ「え、まだ来たばかりなのに、まなみやみなみちゃんに会ったら、もう少しで来ると思うし」 こなた「うんん、神崎さんにの言うように演奏直前で上がり症が再発したら困るでしょ、演奏会が終わったら来るよ」 つかさ「そ、そうだね……こなちゃんの言う通りだね、またね」 こなた「また~」 私は控え室を出た。部屋を出る直前のつかさの淋しそうな表情が印象に残った。それは私が直ぐに部屋を出たからじゃない。きっとかがみやみゆきさんが来なかったからだ。 私はかがみ達がこなった理由を知っている。直接聞いたわけじゃないけど分かる。 私が席に戻ると、その隣の席に神崎さんが座っていた。本来ならそこにかがみかみゆきさんが座る席。今までの私なら一般席に移動するところだけどそのまま自分の席に座った。 これはつかさがくれたチャンスだ。 こなた「ちわ~」 あやめ「泉さん……帽子を被っていたから声を掛けられるまで気付かなかった……こんにちは……」 目を大きく見開いて驚く神崎さん。 こなた「つかさの娘が参加している演奏会だから私が来ても不思議じゃないでしょ、お父さんの時と同じだよ」 あやめ「そ、そうだけど……」 そこで透かさず質問。 こなた「所でカメラマンの坂田さんはどうしたの、またトイレでも行った?」 あやめ「う、な、何故坂田を知っている?」 神崎さんは立ち上がった。 こなた「いやね、私も道を間違えて喫茶店の方に向かって歩いていたら神崎さんを見かけてね、ちょっと様子を見させてもらった」 神崎さんは呼吸を整えるとまた席に座った。 あやめ「……全く気付かなかった……貴女、探偵のセンスがあるのかもね……坂田はこの会場の写真を撮りに行っている……」 ってことは当分ここには来ないな。それならお稲荷さんの話しも出来る。 こなた「それは神崎さんが教えてくれた事だよ、それよりさ、つかさと会って分かったでしょ、もう神崎さんと私達は運命共同体みたいなももだって、 こうして神崎さんの同僚の井上さんの病気の代理の仕事で私達に関わっているのも偶然じゃないと思う……それで……井上さんの病気って重いの?」 神崎さんは溜め息をついた。 あやめ「会った事もない人なのに心配までされるなんて……それにしても柊さんの関係者はまなみちゃんの先生と泉さんしか来ていないじゃない、それで運命共同体なんて……可笑しい」 神崎さんはさら苦笑いをした。 こなた「かがみやみゆきさんが来ないのは神崎さんのせいだよ」 あやめ「何故、私は何もしていない」 少し怒り気味の口調だった。 こなた「何も教えてくれないからだよ、かがみなんかムキになってデータを解析している、だから来られない」 あやめ「あのデータは解析できるはずはない、諦めなさい」 こなた「どうかな~ 神崎さんは何処まで調べたかは知らないけど、あのラテン語のデータ、あれは何処かの場所を説明している文だってかがみが言っていたけどどうなの?」 神崎さんはまた立ち上がった。そして私を見下ろした。 あやめ「……驚いた……貴女にはいろいろ驚ろかさせられる……データを渡さなければ良かった」 こなた「もう遅いよ、どうせ分かっちゃうなら秘密にする必要なんかないじゃん?」 あやめ「どうせ分かるも物……どうせ分かるものなら私が教える必要はない」 こなた「あらら、意外と強情さんだね、一人よりも私達と一緒の方が良いと思っただけなのに」 あやめ「もうその話はお仕舞い」 まだ話したい事があるのに。更に話しをしようとした時だった。 坂田「神崎さん~」 あの声は……坂田か。もう戻ってきたのか。 あやめ「貴女に協力をさせたのが間違いだった……」 神崎さんは小さな声でそう呟いた。 こなた「え?」 坂田が神崎さんの隣の席に近づいた。神崎さんは立ったまま神崎さんが来るまで待っていた。 あやめ「随分早いかったじゃない、もう撮影は終わったの?」 坂田「はい、おかげさまで……」 坂田は私が居るのに気が付いた。私の方を見た。そして席に着くと神崎さんの方を見た。 坂田「お知り合いで?」 あやめ「そう」 坂田は私に一礼をした。そして私も会釈した。確かにもうこれ以上話はできそうにない。 坂田「もうそろそろ最初のプログラムの時間ですよ」 気付くと辺りには観客が大勢席に座っていた。そして数段後ろの席にはいのりさん、まつりさんの姿もあった。 神崎さんは席に着いた。もう神崎さんと話しはできそうにない。 かと言っていのりさん達と会って話しをするには時間が短すぎる。これから最後のまなみちゃんの演奏の順番がくるまで退屈な時間になりそうだ…… データの内容が分かったから会いたいとかがみから連絡が来たのは演奏会から丁度一ヵ月後だった。 ⑮ ここから「ひよりの旅」の登場人物が登場します。「ひよりの旅」を読んでいない人は読んでから続きを読む事をお奨めします。 私はつかさの店の扉を開けた。 こなた「おひさ~」 つかさ「こなちゃん!!」 まるで数年会っていないような嬉しそうな声で出迎えるつかさ。 つかさと会うのは一ヶ月ぶりだろうか。職場がこんなに近いのに不思議なものだ。会おうとしないと会えないなんて。 かえでさんの体調が良くないのでその分忙しくなったせいなのかもしれない。 今日は水曜日。つかさの店はお休みだ。かがみは店を待ち合わせ場所に指定した。かがみは既に居た。テーブルに座り軽食を食べている。つかさの店では出していない料理だった。 かがみは私に気が付かず夢中で食べている。かがみの姿がほっそりと見えた。あの大食いのかがみなのに…… つかさ「お姉ちゃん、こなちゃんが来たよ」 かがみ「ん?」 かがみは食べるのを止めて私の方を向いた。その顔を見ると目に隈ができている。頬も少し削げ落ちているような気がする。 かがみ「早いわね……ってすぐ隣だから当たり前か……」 こなた「な、なに……少しやつれた?」 かがみは溜め息をついた。 かがみ「あんたがもってきた宿題のせいよ……流石に疲れたわ……」 こなた「かがみがそんなにするなんて、よっぽどなんだね……」 かがみ「いや、6割以上はみゆきがした……ラテン語に歴史、地理に……物理学、工学まで幅広い知識が必要だった、この短期間でできたのはみゆきが居たおかげ」 こなた「ん~、難しい事はいいから、結果だけ教えてよ」 かがみは不敵な笑みを浮かべた。 かがみ「待ちなさい、皆が集まるまで」 こなた「みんな?」 かがみ「そうよ、お稲荷さんを知っている人は全て呼んだ、皆に聞いてほしい」 お稲荷さんを知っている人……あのデータってどんな内容なのだろう。 つかさ「ところで神崎さんは来てくれるの?」 こなた「分からない……」 電子メール、手紙、電話、いろいろなツールで連絡を試みたけど返事は貰えなかった。直接家に行ければよかったけど、その時間が取れなかった。 かがみ「分からないって、何よ、あいつから吹っかけて来たのよ、張本人が来ないでどうするのよ!!」 悔しそうにするかがみと残念そうな表情のつかさが対照的だった。私自身も来て欲しかった。 「こんにちは……」 いのりさん、まつりさんが入ってきた。 つかさ「あ、いらっしゃい……」 まつり「大事な話があるって言うから来たよ」 身内にも内容をまだ話していないのか。まつりさんといのりさんか。この二人はたまに店に来てくれるけど、学生時代から話したりはしていないな…… かがみ「すすむさんとまなぶさんはどうしたの、彼らにも来てって言ったはずだけど」 いのり「来るけど少し遅れるかも……」 お稲荷さん、いや、元お稲荷さんも呼んでいるのか。って事は結構大勢になるかも。 いのりさんが私が居るのに気が付いた。 いのり「こんにちは、久しぶり……泉さんだったかな、まなみちゃんの演奏会依頼ね」 こなた「こんちは~、どうもです」 つかさが店の奥から雑誌を持って来た。 つかさ「ねぇ、見て見て、まなみの演奏が記事になっているよ」 まつり「あぁ、そういえば、あの時の女性記者とカメラマンが取材に来ていた」 つかさはいのりさんに雑誌を渡した。その雑誌は来月号の見出しになっていた。 いのり「これって、わざわざ出版社から先行で送ってきたみたいね……」 つかさ「神崎さんが直接送ってくれたみたい……だから来てくれると思ったのに……」 まつり「え、あの記者と知り合いなの?」 つかさ「う、うん……」 いのり「へぇ、つかさって意外と顔がひろいんだ……演奏が終わってから取材だって二人が入ってきた、そう言えばあのカメラマン、まなみちゃんの演奏を絶賛していたのを覚えている」 そう、あの坂田ってカメラマンが取材の終始神崎さんと一緒に居たから立て込んだ話が出来なかった。だから私は途中で帰ってしまったので演奏後の取材の話しは知らない。 かがみ「お父さんとお母さんも来てくれたみたいね……来なかったのは私だけだった、ごめん」 つかさ「うんん、気にしていないから……」 気にしていないか……つかさはそんな風に言えるようになったのか。 こなた「あれ、ご両親、特別席には居なかったけど?」 つかさ「あまり前の席だとまなみに気付かれちゃうって、一般席に移動したって言ってた」 いのり「あった、あった、まなみちゃんの記事があったよ」 雑誌を開いたまま私達にそのページを見せた。まなみちゃんの姿が写った写真が掲載されている。あのカメラマンが撮ったものだ。 恥かしそうにはにかむ姿がまなみちゃんの特徴を捉えている。さすがプロのカメラマンって所かな。 いのりさんは雑誌を自分の方に向けた。 いのり「どれどれ……」 いのりさんはまなみちゃんの記事を読み出した。 いのり「舟歌、私自身その曲を聴くのは初めてだった、ショパンと言えば、子犬のワルツ、幻想即興曲、雨だれ、別れの曲、彼の残した曲は数知れないがこの曲を思い浮かべる人も 少なくないだろう、私はこの演奏を聴いてそう思った、 恥かしそうにピアノの前に座る柊まなみ、あどけない小学三年生、しかし鍵盤に手をかざすと表情が豹変した、 出だしの重い音の向こうから聞こえる舟歌のリズム、船出をする喜び、そして出発地を離れる不安と淋しさ、そして到着への期待と希望が次第に膨らんでいく様子が私の心に 染み渡ってきた、この子は一度船旅を経験した事があるのではないか、そう思わせる程の説得力があった演奏だった……」 いのりさんは雑誌を閉じた。 いのり「凄いじゃない、大絶賛だよ、こんなに褒められるなんて滅多にないよ」 まつり「そういえば周りで涙を流している人も居たよね」 こなた「へぇ、そんな演奏だったんだ?」 かがみ「へぇって、あんたも会場に行ったんじゃないの?」 こなた「えっと、最後の演奏だったもので……すっかり夢の世界に……」 かがみ「あんたは何しに行ったんだ!!」 皆は笑った。私も笑った。 「こんにちは」 みゆきさんが入ってきた。さて、そろそろ本題に入りそうだ。 みゆきさんが来ると続々とかがみの呼んだ人達が入ってきた。最終的に かがみ、つかさ、みゆきさん、あやの、いのりさん、まつりさん、ゆたか、ひより、みなみ、かえでさん、そして、ひろし、ひとしさん、すすむさん、まなぶさんの四人の元お稲荷さん が集まった。 集合時間が過ぎても神崎さんが来る気配は感じられない。 かがみ「時間を過ぎたから始めさせてもらう、神崎さんにはどうしても来て欲しかったけどね……しょうがない、みゆき、後は頼むわよ」 みゆき「はい」 みゆきさんはピアノの前に立った。それを囲むように皆が座った。 みゆき「皆さん、お集まり頂きありがとうございます、貿易会社から入手したデータを解析しましたので皆さんのご意見を賜りたいと思います……それでは最初に、 すすむさん、オーストリア北部の山岳地帯と聞いて何か思い出しませんか?」 私達はすすむさんの方を向いた。すすむさんは目を閉じた。 すすむ「あれは……忘れるはずもない、我々が最初に訪れた土地だ……」 ひより「え、最初に訪れたって……四万年前でしょ……それに船が故障したって……」 すすむ「そうだ、本来ならもっと南のアフリカ大陸辺りを目指したのだがね……」 そうか、確かすすむさんはけいこさんと同じくお稲荷さんがこの地球に来てからずっと生きていたって言ってたっけ。 みゆき「やはりそうでしたか、データの中にラテン語で書かれた文章がありました、それには「遥か昔に空から訪問者が訪れた」と書かれていました、事情を知らない人ならば これはただのおとぎ話や伝説で片付けられたかもしれません、でも私は直ぐに解りました、お稲荷さん達の宇宙船だったのではないかと」 すすむ「当時は氷河期で雪と氷だけの土地だった、お前達の先祖は少し攻撃的だったからネアンデルタールの人々の集落に身を寄せた、彼等は私達を温かく受け入れてくれた」 みゆき「……彼等は間もなく滅びたようですが?」 すすむ「彼等の頭脳は人類より発達していた、しかし声帯が人類ほど発達していなかったので意思の伝達が不自由だった、そのために次第に人類に追い詰められた」 みゆき「興味深い話ですね……それは後で聞きます……話を元に戻します」 つかさがつんつんと私の背中を突いた。私がつかさの近くに寄ると耳元でつかさが囁いた。 つかさ「ゆきちゃんとすすむさんの会話の意味がわかんないよ、声帯がどうのこうのってどうして?」 私も小声は話す。 こなた「ん~、言葉が話せないと困るって事じゃないの、身振り手振りだけじゃ相手に伝わらないからね……」 つかさは首を傾げてしまった。私もこれ以上の説明は出来なかった。 みゆき「文章は続きます、「その地で彼等は呪いを施した、決して地を掘ってはならぬ」と、これはもしかして宇宙船の残骸を発見されない為の忠告ですか?」 すすむ「そう、放射性物質があった、それに我々の技術をされたくなかった、当時の人類では全く理解は出来ない物だったがね、言い伝えだけが残ったのだろう」 みゆき「……この文献の通り、約40年前、遺跡が発見されました、そのスポンサーが貿易会社です、今でも発掘は続いていて、その発掘品の殆どはシークレットで 殆ど公開されていません、全ては謎です……結論から先に申し上げると、貿易会社は既にお稲荷さんの存在に気付いていると思います」 すすむ「……その可能性はあるが……現代でも我々の技術を分析はできまい、船は完全に破損してしまった、 残った装置も殆どが有機物質から構成されているものだ、とっくに土に還っている」 みゆき「これは何ですか?」 みゆきさんは一枚の写真を私達に見せた。それはガラスの様な、水晶の様な透明な板が写っている。 みゆき「これもデータの中にあった写真です、遺跡の一部だと思われますが?」 すすむ「……メモリー」 こなた「メモリーってpcで使うような?」 すすむ「そうだ……」 ひより「お稲荷さんって知識は忘れないって言ってなかった、そんなもの要らないような気がするけど?」 すすむ「人間になって知識は一割も覚えていない……この地球の様に知的生命体との接触を想定して我々の知識と歴史を記録した物だ、しかし未だ読めないだろう」 みゆき「それではこれはどうですか?」 みゆきさんは更にもう一枚の写真を出した。そこには見た事もない文字がぎっしり書いた紙が写っている。 すすむ「それは我々が使っていた言語だ……まさかあのメモリーの中身を読み取ったのか、ふふ、まだ忘れていない、読めるぞ、核融合における基本技術が書かれている」 みゆき「この言語は私にもさっぱり解読できませんでした、しかし貿易会社は40年も秘密でこれらを研究しています……それがどう言う意味が分かりますか?」 皆は黙って何も言わない。私も分からない。つかさがまた私の背中を突っつく。 つかさ「私何を言っているのかさっぱり、こなちゃん分かる?」 こなた「ん~、どうやら貿易会社がお稲荷さんの秘術を盗んでいるみたい……」 つかさ「ふ~ん?」 分かっていない様だ。 すすむ「貿易会社が我々の技術を使って儲けている、と言いたいのか?」 みゆき「そうです……」 すすむさんは笑った。 すすむ「なら放って置けば良い、我々の技術や知識は何れ人類も自ら得るだろう、知りたい者にはくれてやれ」 みゆき「いいえ、それならば一企業が独占しては……これは全世界に公開されるべきです」 みゆきさんとすすむさんの口論が始まった。私には難しくて分からなかった。多分つかさも分からないだろう。他の人達はどうだろう。みんな呆然と二人を見ているだけだな。 でも……この二人の口論。何れ分かるなら教える。教えないって話しだ。何処かで同じような…… そうだ。私と神崎さんだ。神崎さんがまなみちゃんの演奏会で言っていた…… かえで「二人とももう止めなさい」 かえでさんの言葉で二人の口論は止まった。 かえで「もうそれは終わった話よ、それはけいこさんがしようとした事じゃないの、結果がどうなったか……分かるでしょ?」 みゆき「……はいそうでした」 すすむ「……そうだったな……」 かえでさんは立ち上がった。 かえで「問題は貿易会社ね、みゆきさんの話しを聞くとけいこさんの正体をお稲荷さんって分かっていた様な気がする、つかさ覚えていない?」 つかさ「ふえ?」 いきなり振られてつかさは困惑してオロオロしている。私も話しに付いていけないのだからつかさも同じだろう。 かえで「まだレストランが引越しする少し前、二人で神社の頂上に登ったでしょ、二人で登るなんて何度もないから覚えている、そこの木の陰に黒ずくめの男が隠れていたでしょ、 つかさは観光客だなんて言っていたけどね」 つかさは頭を抱えて考え込んだ。 つかさ「あっ!!」 つかさはピンと立ち上がった。 かえで「思い出した?」 つかさ「うん……あの人って観光客じゃないの?」 かえで「あれが観光客だもんですか、貿易会社の差し金よ、あの神社がお稲荷さんの住処だったのを調べていたにちがいないわ」 かがみ「そんな事があったなんて知らなかった」 かえで「私も当時はそこまで根深いとは思わなかったからあまり気に留めておかなかった……国の権力を使ってけいこさんを拘束するなんて、フェアーじゃない」 ひとしさんがいきなり立ち上がった。 ひとし「話はそれで終わりか、4万年前の遺跡を掘り返しただけ、可愛いものじゃないか、もう私達には関係ない、」 かがみ「可愛い……それだけなら私は貴方達を呼ばないわよ」 ひとし「それじゃ何だって言うんだ……」 かえで「こらこら、夫婦喧嘩はやめなさい」 かがみが言い返そうとした時、良いタイミングでかえでさんが割り込んだ。 かえで「かがみさん、続きを聞かせて」 かがみ「は、はい……データの中に貿易会社の取引先の情報があって、その中に国際的に取引を中止されている国の名前が幾つもある、それだけじゃない、 その取引の商品がこれ」 かがみは紙を鞄から出した。英語で書いている表だけど読めない。 ひとし「……兵器か……素粒子銃、レーザー砲……なんだこれは、こんな物今の時代に不釣合いな兵器だな」 かがみ「実験装置として売っている……密輸が発覚しただけでも企業の存亡に関わる大スキャンダルよ」 ひより「もしかして神崎って記者はそれを調べるために?」 かがみ「記者としてはそうかもしれない、でも、彼女もお稲荷さんの存在を知っている、しかも真奈美さんをね」 ひより「どう言う事です?」 かがみが話そうとした時だった。 ゆたか「その前に聞きたい事が……」 かがみ「どうぞ」 ゆたかはかがみではなくすすむさんの方を向いた。 ゆたか「お稲荷さんの知識で武器を作れるの、宇宙は戦争もできないほど過酷だって、そう言ったのは嘘だったの?」 すすむ「嘘じゃない……」 ゆかた「それじゃどうして武器が作れるの……」 ひろし「お前達も経験しているはずだ、火薬は爆弾にもなれば花火にもなる、簡単な事だよ」 ゆたか「私達次第って事……かがみさんごめんなさい、続きを話して下さい」 どうしたのかな、ムキになって ……ゆたかはすすむさんが好きだった……からかな。女心って分からないな……って私も女か。 かがみ「それはみゆきから話すわ」 みゆき「板に記録されている文字は標語文字ですよね?」 こなた「ひょうごもじ?」 みゆき「漢字の様に一つの文字で意味を成すものです」 すすむ「そう、私達が古代に使っていた文字を敢えて選んだ、無闇に解読されないように」 みゆき「貿易会社でもおそらく解読できていないでしょう、そのはずなのにこうしてお稲荷さんの知識を利用した兵器が作られている、膨大な量の文から必要な部分だけを選んで」 ひとし「誰かが翻訳をしている……」 みゆき「そうです、私の推測ですがその人が真奈美さんではないかと……」 つかさ「ま、まなちゃん……」 ひろし「姉が生きている、ばかな……」 ひろしは立ち上がった。 ひろし「生きているならとっくに僕が気付いている、それに翻訳する必要なんかない、メモリーの知識は脳の中に入っているのだから」 みゆき「真奈美さんが人間になっていたとしたらどうですか、人間になると使わない記憶は自然と消えていきます、すすむさんはさっきそう言いましたね」 ひろしは黙って立ち尽くしている。 かがみ「みゆきの推理に説得力あってね……私は支持するわ、おそらく真奈美さんは強制的に翻訳させられている、」 これがかがみとみゆきさんが分析した結果か…… ひとし「しかし……あくまで推測だ、証拠がない」 つかさ「でもお稲荷さんの文字が読める人が居るんでしょ、それじゃお稲荷さんしか居ない」 ひとしさんはつかさに何も言わなかった。単純、単純で何の捻りもない素直な答え。だからひとしさんは反論できない。 みゆき「……貿易会社本社25階、遺跡保管庫にメモリーの本体が保管されています……泉さんから頂いたデータから得た情報で、真奈美さんが居るとしたらその辺りのはずです」 25階……25階って確か…… ひとし「……真奈美ではないにしても仲間がいる可能性があるのか……」 すすむ「だとしたらこのまま何もしない選択はない」 まなぶ「仲間が囚われているのなら助けないと……」 まなぶさんが立ち上がった。 まなぶ「でも……けいこさんが、あのけいこさんが何も出来ずに捕まってしまった、すすむよりも永く人間と暮らして人間の鼓動は把握しているはずのけいこさんがね、甘く見ない方 がいい、今度私達が捕まったら助ける方法はない、故郷から助けも呼べない、失敗は許されないぞ」 かがみ「確かにあの時、裏で何か大きな権力が動いていたのは感じていた、それが……あの貿易会社、素人集団の私達が対抗できるかしら……」 みゆき「しかし、泉さんはデータを無事に取ってきました……出来ませんか?」 みゆきさんは私の方を見た。 こなた「それは神崎さんが居たからだよ……それにあのビルの25階は貿易会社直営の銀行があるだけだよ、そこはデータを取った資料室とは比べ物にならない警備だね」 みゆき「銀行……」 あやの「そうそう、思い出した、あのビルで働いている時、25階の銀行は特別だったね、専門の警備会社が警備していて会員制の銀行だから一般人は入れやしない」 まなぶ「……なるほど簡単ではなさそうだ……」 まつり「ちょっとちょっと、なに、もう潜入する気満々じゃない!!」 突然まつりさんが立ち上がった。 まつり「もうまなぶはお稲荷さんじゃない、人間なの、そこに居る三人もそう、いくらお稲荷さんの知識を悪用されているって、もう4万年前の遺跡を勝手に掘り起こして いるだけじゃない、そんなのはもう時効、私達がそんな危険なことまでして守るものじゃないよ、後は専門家に任せればいい」 専門家……適任がいる。神崎さん…… みゆき「し、しかし……お稲荷さんが囚われています」 いのり「けいこさん達を助けるような訳にはいかないのは確か、下手な事をすれば私達の命もも、囚われているお稲荷さんの命だって取られてしまうかもしれない、 兵器を作って密輸するような死の商人だったら何をするか分からない、法律なんか平気で無視するに決まっている、うんん、もう破っているじゃない」 いのりさんも立ち上がった。 いのり「悪いけどこれ以上の話には付き合えない」 まつり「同じく」 そして二人はそれぞれの旦那の方を向いた。すすむさんとまなぶさんは首を横に振った。 すすむ「悪いが話しだけは最後まで聞く」 いのりさんはかがみの方を向いた。 いのり「かがみ、いったいどうゆうつもりなの、一体何をしようとしてるの、大企業、いや、今や貿易会社は今や大国と対等に渡り合っている、一個人が喧嘩売ってただで済むとおもう」 かがみ「……別に喧嘩なんかするつもりは……でもね、私も法律を齧った端くれ、こんな大罪を黙って見逃すつもりはない」 いのり「それならかがみ一人ですればいいじゃない、私達を巻き込まないで!」 かがみ「巻き込まないって、姉さん、私達はそのお稲荷さんと一緒になった、彼等の運命や背負っているものも一緒なの」 いのり「私はそんなものまで背負った覚えはない、行くよ!まつり」 まつり「う、うん……」 いのりさんはまつりさんを引っ張りながら店を出て行った。 つかさ「お姉ちゃん……」 かがみ「あんなの放っておけばいいのよ!」 怒るかがみに心配そうに二人が出て行った出入り口を見つめるつかさ……対照的だな…… かえで「ちょっと待って、話しを進める前にハッキリしておきましょ」 かがみ「な、何をです?」 かえで「いのりさんやまつりさんの言い分は間違っていない、彼女はお稲荷さんと一緒になった訳じゃない、人間のすすむさん、まなぶさんと一緒になった、それはかがみさん、 つかさも同じ、違うかしら?」 つかさ「うん」 かがみ「それは……」 自信を持って頷くつかさに少し戸惑い気味のかがみだった。 かえで「これからの話しはすごく危険な話し、下手をすれば誰かが罪を犯すかもしれないし命を落とすかも知らない、いのりさん達は夫にそんな危険な事をして欲しくないだけよ、 だから出て行った、それは私達も同じ、これは強制でもなければ義務でもない、協力するもしないも自由……退出するならどうぞ」 うぁ~これはある意味いろいろフラグが立ちそうなイベントだ。私はどうする…… ここまで来て続きを見ないのは勿体無い。それに半分は私のせいでもあるからね。 見た所誰も動きそうにない。これで決まりかな…… ひろし「それじゃ出て行くのは君だ、田中かえで……」 ひろしがそんな事を言うなんて……そういえばかえでさんを苦手だって言っていたっけ。いままでお返しかな…… かえで「何故」 ひろし「随分お腹が大きくなってきているじゃないか」 かえで「私が妊婦だから……そう言うなら見損なわないで、生まれてくる子の為にも私は此処に残る」 ひろし「おめでたいやつだな……」 かえで「な、何ですって、何がおめでたい!!」 その時だった。私はデジャブを感じる。何だろう……そうだ。 私を見下したような言い方だった。 「おめでたい」……あの言い方、イントネーション、間合い……あの時の神埼さんと全く同じだ。 ひろし「生まれてくる子の為なら尚更こんな所に居るな……子がいなければ話して聞かせる事もできないじゃないか」 どこかの方言なのか。偶然に同じなんて…… かえで「それなら貴方だって同じじゃない、子供が居るでしょ」 つかさ「ふふふ……」 突然つかさが笑った。 かえで「な、何が可笑しいのよ……」 つかさ「やっぱり姉弟だね……私もねまなちゃんから言われちゃった、「おめでたい」って、ひろしさんも良く言うよね……まなちゃんを思い出しちゃった」 え……そ、そんなバカな、ひろしと真奈美が同じ言い方をしていた? つかさ「まなみはもう小学生だし自分の足で歩けるよ、でもねお腹の中の赤ちゃんはお母さんから出られない、だから危険な事をしたらダメなの……それに、 かえでさんの顔色があまり良くない……早く帰った方がいいかも?」 かえでさんはお腹を手で触った。 みゆき「つかささんの言う通りです、帰って休まれた方がいいと思います……」 かえでさんはゆっくり立ち上がった。 かえで「ごめん……つかさ……こんな時に力になれなくて……」 つかさは首を横に振った。 かがみ「姉さん達のフォローをしてくれてありがとう……」 かえで「うんん、でも、これだけは言っておく、無茶だけはしないで……私が言う事じゃないか……」 かえでさんは苦笑いをしながら店を出て行った。 つかさが言った言葉が頭から離れない。「おめでたい」…… ひろしと真奈美が同じ言い方をしていた。そして神崎さんも……この事から言えるのは只一つ。 ひろし「姉が囚われているかもしれない、これだけでも充分貿易会社を調べる価値はある、それに加えて我々の知識が悪用されているとなれば尚更だ、しかし問題は神崎あやめの 本当の目的だ、密輸を暴いて名を上げるためか、それとも囚われた人物を救おうとしているのか、それとも、その両方なのか」 かがみ「その二つとも違うかもしれない……本来なら此処に来て居なければならない人よ、データの提供者本人なのだから……」 そうだよ、いえる事は一つ、神崎あやめは真奈美…… つかさ「こなちゃんも私も何度も連絡したけど来てくれなかった…ねぇ、こなちゃんそうだよね」 お弁当を横取りされた時、彼女はお弁当を作ったゆたかの心を見抜いていた、あれは神崎さんの千里眼だと思ったけど違う、あれはやっぱりお稲荷さんの力だった。 つかさ「こなちゃん?」 間違いない。神崎さんは真奈美が化けた人だった。だからつかさと握手した時、つかさに正体を知られるのを恐れて力いっぱい握った。 つかさ「こなちゃん、聞いてる?」 全てが説明つくじゃないか……いや一つ疑問が残る。問題はひろしが何故それに気付いていないのか。 いや、そんなのはどうでもいい。もう一回神崎さんに会えば分かる。 かがみ「おい、こなた!!」 こなた「ひぃ!!」 かがみの大声で私は我に返った。 つかさ「どうしたの、ボーっとしちゃって?」 こなた「へ、私に何か御用ですか?」 かがみ「御用じゃないでしょ、さっきからつかさが呼んでいたのが聞こえなかったか……まったく、どうせアニメの事とか考えていたんでしょ……」 こなた「え、ちが……」 まて、この話しをした所で笑われるに決まっている。決め手が「おめでたい」じゃ「おめでたい」って言われるに決まっている。 こなた「へへへ、ばれちゃった……」 かがみ「やれやれ……」 溜め息をつくかがみ。 つかさ「神崎さん……来てくれなかった」 つかさの一言で今まで何を話していたのかが想像ついた。 こなた「ああ、彼女はデータ自体を渡したくなかったみたいだった、それとお稲荷さんの秘密を知っているとは思わなかったみたいだしね、とても危険な事をしようとしているのだけ は分かったよ」 すすむ「なんとか神崎を私達の前に連れてこられるか、そうでないとこれからの行動が決められない」 こなた「う~ん」 私は腕を組んで考えた。 ひとし「来ないなら来ないで我々だけで行動するしかないだろう、その時は泉さんの力を借りる事になるだろうがね」 みゆきさんは鞄からA4サイズのファイルを私に渡した。 みゆき「データを分析した詳細が書かれています、これを神崎さんに渡してください、きっと私達に協力してくると思います」 こなた「へ、私が渡すの?」 かがみ「当たり前だ、一番彼女と接触しているのがこなたのだから、それに仲も悪くはないでしょ?」 こなた「それはそうだけど……」 そうか、このデータを利用すれば神崎さんに会える。神崎さんはまだ完全にデータを分析し切れていない。そうに違いない。 こなた「分かった、やってみる」 こうして私は神崎さんの家に直接A4ファイルを渡しに向かうのだった。 彼女はお稲荷さんなのか。真奈美なのか。もう誤魔化しも駆け引きも要らない。 次のページへ
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ある日のこと、私は自分の部屋で勉強をしていた。辞書で調べようとしたら。 辞書が無いことに気が付いた。 そういえばお姉ちゃんに貸したままだった。私はお姉ちゃんの部屋に向かった。ノックをした。 返事がない。 「お姉ちゃん入るよ」 ドアを開けたら、お姉ちゃんは居なかった。買い物にでも出かけたのだろうか。でも宿題はさっさと終わらせたい。 私はちょっと悪いと思いながらも部屋の中に入ってお姉ちゃんの机の上を探した。 辞書は机の真ん中に置いてあった。その辞書を持ち上げた時、その下に封筒があるのを見つけた。 あて先はお姉ちゃん。封筒の中身は出ている。もしかして、ラブレター? 思わず封筒の中身を手に取り読んだ。 字はとても綺麗で丁寧に書かれていた。そして内容は、放課後屋上で大事な話があるから会って欲しいと・・・ これって、思った通りラブレターだ。さらに見ると待ち合わせの日時は・・・明日の日付が書いてあった。 しかし書いた本人の名前が書いてない。 「人の部屋に黙って入って泥棒みたい、感心しないわね」 後ろから突然声がした。お姉ちゃんだ。買い物袋を持っている。どうやらおやつの買出しに行ってたみたい。 「え、そのー、辞書を返してもらおうと思ったんだけど・・・」 「で、今持ってるのは何かしら」 「これは・・・」 「・・・読んだのね」 私は黙って頷いた。そして覚悟した。きっとお姉ちゃんは怒って私を叱り付ける。 「しょうがないわね」 しかしお姉ちゃんは怒ることなく一回大きなため息をつき、部屋の中に入りドアを閉めた。 「ごめんなさい」 お姉ちゃんに手紙を渡した。 「謝ることはないわ、私もそんな所に置いておいたのも悪いし・・・見られたのがつかさでよかった」 「でも凄い、ラブレター貰うなんて、明日、会いに行くんでしょ」 「そうね」 お姉ちゃんは、力のない声で一言、そう答えた。 「嬉しくないの」 「正直言って微妙、書いた人誰だか分からないし・・・」 「でも、明日会いに行くなら応援するよ」 「いや、応援されても困るわ、こればかりは・・・自分がどうこう出来ることじゃないし」 かなり複雑な心境な様、私もお姉ちゃんにどうこう出来ることはないみたい。 「あ、私、部屋に戻るね」 私は部屋を出ようとした。 「つかさ、待って、辞書忘れてるわ」 「ありがとう」 「あと、つかさ、この事は・・・」 「内緒だね、分かった」 「それが一番心配だわ」 「それじゃ約束する、誰にも言わない」 私は部屋に戻った。 今までに無いお姉ちゃんの真剣な顔・・・あの手紙、見なかった方がよかった。今更私は後悔していた。 そして、日付は変わり、手紙の待ち合わせの時刻が近づいた。 こなた「みんな、そろそろ帰ろうか」 かがみ「あ、ごめん、みんな先に帰って、私、用事があるの」 こなた「え、会議でもあった?みゆきさん」 みゆき「今日は会議はありませんね」 かがみ「ちょっと図書室で調べ物よ」 こなた「それじゃしょうがないね、つかさ、みゆきさん行こう」 お姉ちゃんと別れ、私達はバス停に向かっていた。すると、こなちゃんが時計を気にしだした。 こなた「まだ早いけど、早いにこしたことはないかな」 つかさ「どうしたの、こなちゃん」 こなた「ふふふ、お二人さん、これから面白いイベントがあるんだけど見にいかないかい」 つかさ「イベント? 何かな」 こなた「かがみが告白される決定的は瞬間をだよ!」 なんでこなちゃんが手紙のことを知っているのか、自分の耳を疑った、でもこなちゃんははっきりとそう言っている。 つかさ「なんでそんな事をしってるの!」 こなた「ほぅ、つかさは知らないってことは、かがみ、内緒にしてたね、かなり本気っぽいね」 つかさ「どうゆう事なの」 こなた「一週間前、かがみのげた箱の中にラブレターを仕込んでおいたのさ」 つかさ「それって・・・」 こなた「そう、、時間が来たらドッキリ!!、その時のかがみの反応を楽しむのさ」 あの手紙がこなちゃんの書いた手紙?、こなちゃんの筆跡は私もお姉ちゃんも知ってる、すごく特徴のあるある字のはず。 つかさ「こなちゃんが書いたんじゃ字で誰が書いたかばれちゃうよ」 こなた「つかさ、鋭いところに気が付いたね、私もそう思ってね、ゆーちゃんに書いてもらったのだよ」 つかさ「ひどいよこなちゃん、悪戯にしてはやりすぎだよ、私、そんなの見たくない」 こなた「つかさは不参加、みゆきさんは」 みゆき「私は・・・見てみたい・・・です」 こなた「おー、予測と反対だ、みゆきさんが参加してくれるなんて」 みゆき「い、いえ、私はただ、かがみさんが恋愛にどのような概念を持っているのか興味があるだけして・・・」 そう確かに昨日、お姉ちゃんの部屋の出来事がなかったら私も一緒に見に行っていたかもしれない。お姉ちゃんはかなり本気だったことは間違いない。 それがドッキリだったなんて。その時、こなちゃん達が急に心配になった。 そんなお姉ちゃんに、あれは嘘だったなんて・・・出て行ったら、きっと激怒するに違いない。 そして、こなちゃん達と喧嘩にでもなったら・・・ そんなのはやだ。 つかさ「こなちゃん、やっぱり私も行く」 こなた「つかさ、そうこなっくちゃ」 つかさ「でも・・・あまりにお姉ちゃんが可哀想」 こなた「もう、後戻りはできないよ、実行あるのみ」 私達は一度、自分のクラスに戻った。お姉ちゃんは図書室で時間が来るのを待っていた。 こなちゃんはそれを確認すると、私達を屋上へと案内する。 そして、屋上に着くと、 こなた「ここだと私達が居るのがバレちゃうね」 こなちゃんは辺りを見回した。そして給水タンクの陰に誘導する。 こなた「ここで待とう」 そう言ったと同時だった。お姉ちゃんが屋上にやってきた。手紙の指定時間よりかなり早かった。 こなた「うわ、もう来ちゃった、待ちきれなかったのかな、危ないところだったね、とりあえず時間までは出ないから」 そうこなちゃんは言い私達はしばらくお姉ちゃんの行動を見ることになった。 お姉ちゃんは同じところを行ったり来たり、落ち着きがない、見ているこっちも焦ってくる。 時間が近づいてくると、その場に止まって、自分の髪の毛を触り始めた。 お姉ちゃんがいつも緊張している時にする仕草、なんだかもう見ていられなくなってなってきた。 こなた「そろそろ時間だ・・・行くよ」 こなちゃんがお姉ちゃんに向かおうとした時だった。 みゆき「ちょっと待ってください」 ゆきちゃんがこなちゃんを止めた。そしてゆきちゃんは黙って指を指す。その方向を見ると。 出入り口から男の子が入ってきた。 男の子はお姉ちゃんを見つけると近づいてきて何やら話しかけている。遠くて何を言っているのか分からない。 お姉ちゃんも一言、二言何かを言っている。 しばらくすると、お姉ちゃんは笑い始めた。とても楽しそうな笑顔。今まで私も見たこともないような・・・楽しそうだった。 そして、二人は肩を並べて屋上を後にした。私達は呆然と出入り口を見ていた。 つかさ「こなちゃん、これってどうゆう事なの」 聞いてもこなちゃんは何も答えてくれなかった。 みゆき「あの男子・・・」 つかさ「知ってる人なの」 みゆき「あの方はA組の学級委員」 つかさ「それじゃ、お姉ちゃんも知ってる人なんだね、ところでどこ行ったのかしら」 みゆき「おそらく、図書室だと思います」 つかさ「何故、声ぜんぜん聞こえなかったよ」 みゆき「かがみさんの唇が、最後に図書室に行こうと言ってたのが分かりました」 つかさ「それじゃ今までの会話も」 みゆき「残念ながら、かがみさんしか正面向いていなかったので、かがみさんはほとんど話していなかったので分かりません」 つかさ「あの男の子、名前は」 みゆき「確か・・・辻さんだったと思います」 つかさ「なんか、こなちゃんの言ってたことが本当になっちゃたね」 みゆき「嘘から出た真ってことでしょうか」 この状況だと、あの手紙は本物になってしまったことになる。するとお姉ちゃんとの約束が・・・ つかさ「こなちゃん、ゆきちゃん、実は昨日、こなちゃんの手紙見ちゃったんだ、それがお姉ちゃんにバレちゃって、誰にも言わないって約束したんだけど」 みゆき「それでつかささんは最初反対したのですね、分かりました、私は他言はしません」 つかさ「こなちゃん? さっきからどうしたの」 こなた「あの手紙は私が確かにかがみのげた箱に入れた・・・」 つかさ「こなちゃん、聞いてるの」 こなた「え、ああ、聞いてるよ、内緒でしょ、分かってる、分かってる」 この後、しばらく沈黙が続いた・・・ 最初の目的がなくなった。もうここに居る理由はない。 つかさ「もうここに居てもしょうがないよね、帰ろう、それとも図書室行く?」 みゆき「そうですね、二人はそのままそっとしておいてあげましょう」 私とゆきちゃんは屋上を出ようとした。しかしこなちゃんはその場を動こうとしなかった。 つかさ「こなちゃんどうしたの?、行こう」 こなた「・・・ここから図書室見えるよね、私、もう少しここに居る」 そう言うと、隣の校舎が見える所に向かった。 こなた「こなちゃん、そっち図書室のある校舎じゃないよ」 こなちゃんは返事をしてくれなかった。 もう一言こなちゃんに話しかけようとした時、ゆきちゃんが私の肩をたたいた。 「行きましょう」 ゆきちゃんのその一言で二人だけで屋上を出ることになった。 一度、私達は鞄を取りに自分のクラスに戻った。 駅までゆきちゃんと二人だけで帰るのは初めてだったような気がした。 その帰りの途中、バスの中でふとこなちゃんの事を考えていた。 お姉ちゃんとが辻さんと会ってからこなちゃんは変わった。 どう変わったかは分からない、でも・・・少なくとも喜んでいるようには見えなかった。 「こなちゃん、どうしたのかな」 思わず、口に出してしまった。 「分かりませんか」 ゆきちゃんが聞き返した。別にゆきちゃんに質問をしたわけではなかったけど、 「ゆきちゃんは分かるの」 「・・・分からなくもないのですが」 言い難そうに言葉を詰まらせている。私が知りたそうにゆきちゃんの目を見ると、振り切ったように私に話し始めた。 「かがみさんが、私達から去って行くような気がしたのではないでしょうか」 「お姉ちゃんが、何で」 「かがみさんと辻さんが恋人になれば、私達と会ってくれる機会がそれだけ減ります」 「それは、当然じゃない、恋人じゃなくても、新しい友達ができたりすれば、同じことじゃないの」 「そうゆう事を言っているのではなく・・・」 「それじゃ、どうゆうこと」 しばらくゆきちゃんは黙っていた。 「好きな異性ができてしまうと、同性との関わり合いが変わってしまう場合があります」 「・・・言ってる意味が分からないよ」 ゆきちゃんは黙ってしばらく私の目を見た。 「今後かがみさんは、つかささんや私に対する言動が変わるかもしれないと言う事です、良い意味でも、悪い意味でも・・・」 「ゆきちゃん、それ大げさだよ、あれくらいで変わるなんて、お姉ちゃんは、お姉ちゃんだよ」 「それならいいのですが・・・」 その後、私達に会話はなかった。 バスが駅に着きゆきちゃんと別れた。 どうもすっきりない。こなちゃんもゆきちゃんもお姉ちゃんが辻さんに会ってから変わった。 ゆきちゃんはお姉ちゃんが変わるって言ってたけど、さっきのゆきちゃんの方がよっぽど変わってる。 そんな事を考えているうちに自分の家に着いた。 「ただいま」 すると奥からいのりお姉ちゃんの声がする。 「おかえり、あら、かがみはどうしたの」 「遅くなりそうだから、先に帰ってきた」 「珍しいわね、遅くなっても一緒に帰ってきてたじゃない・・・まさか喧嘩でもしてないわよね」 「喧嘩なんてしてないよ」 「まぁ、そうよね、あんた達が喧嘩する所なんて想像できないわね・・・それより丁度よかった」 「丁度よかった?」 「お父さんとお母さん、今日帰りが遅くなるって連絡がきてね、それで夕食の準備をしようとしたら材料が無いのよ」 「それなら私、買い物してくるよ」 その時、以前まつりおねえちゃんが作ってくれたパエリアを思い出した。 「いのりお姉ちゃん、今日の献立って決まってるの」 「いや、まだだけど」 「それじゃ、パエリアでいいかな」 「え、そういえば以前まつりが作ったことがあったわね、つかさ、大丈夫なの」 「作ってるの見てたし、材料も買い物しから覚えてるよ」 「流石ね、それじゃ全面的にお願いしちゃおうかしら」 お姉ちゃんには何もできないけど、これをお祝い代わりにしようと思った。 夕食の準備をしていると、まつりお姉ちゃんが帰ってきた。 まつり「ただいま・・・この香り」 いのり・つかさ「おかえり」 まつり「あれ、もしかして、パエリア作ってるの」 つかさ「そうだよ」 まつり「そうだよって、レシピ教えてないわよ、なのになんでつかさが作れるのよ」 つかさ「作ってるところ見てから」 まつり「見てただけで作れるなんて・・・私だけの取っておきが」 いのり「つかさと一緒に作った時、盗まれたわね」 まつり「ま、いいわ、それより最近、つかさ、デザート作ってないわね」 つかさ「作ってるけど・・・納得出来るのが作れなくって、お姉ちゃん達に食べてもらっていないだけ」 まつり「納得って、今まででも充分美味しいわよ」 つかさ「ありがと、でも、どうしても上手にできないケーキがあって・・・」 まつり「へー、手が込んでそうね、こんどうまく出来たら食べさせてよ」 つかさ「うん」 いのり「そういえばかがみ遅いわね」 まつり「それなら携帯で・・・」 まつりお姉ちゃんが携帯電話を取ったその時、 かがみ「ただいま」 つかさ「お姉ちゃん、おかえり、丁度夕食ができたよ」 まつり「かがみ、遅いわね、委員会の会議でもあったの」 かがみ「いや、ちょっと友達と話してたら」 まつり「友達?、つかさもとっくに帰ってるし、怪しいわね」 かがみ「別に怪しくなんかないわよ、とにかく着替えてくる」 そう言うと、自分の部屋に向かって行った。 まつり「まったく、何か隠してるわね、だいたい想像つくけどね、かがみはああ見えて隠すのが下手だからね」 いのり「詮索は後にして、お皿並べるの手伝って」 私達姉妹だけの夕食、みんな私の作ったパエリアを美味しいと言ってくれた。 雑談にも華が咲く、まつりお姉ちゃんのつっこみにお姉ちゃんは軽く受け答える。 なんてことは無い普段の夕食風景、お姉ちゃんもいつものお姉ちゃん、なんの変わりもない。 私はほっとした。やっぱり考えすぎだった。私はみんなの会話に進んで参加した。 とても楽しい夕食になった。 後片付けも終わり、自分の部屋に戻った。今日は特に宿題があるわけでもない。 椅子に座り机を見ると漫画の本が置いてあった。以前こなちゃんに借りたものだった。 これから特にすることもない。漫画を見ることにした。しかし一人で見るのも味気ないのでお姉ちゃんの部屋に行こうと思った。夕食の話の続きもしたい。 「お姉ちゃん入るよ」 ドアを開けてお姉ちゃんの部屋に入った。 「何か用なの」 「遊びに来たよ」 私はいつものようにお姉ちゃんのベットを椅子代わりに座り漫画を読み始めた。しばらくすると。 「つかさ、ここは私の部屋よ、漫画なら自分の部屋で読みなさいよ」 「えっ?」 「聞こえなかったの、読むなら自分の部屋でって」 「お姉ちゃん?どうしたの、昨日の事怒ってるの」 お姉ちゃんは一回おおきなため息をついた。 「もう私達は子供じゃないの、もう私達は一人の人間として認め合わないと」 「言っている意味が分からないよ、別にいいじゃん」 「それじゃ、まつり姉さん、いのり姉さんの部屋でまったく同じことができるかしら」 「それは・・・」 「それと同じよ、悪いけど出て行って」 冷たい声が私の耳を貫いた。私はお姉ちゃんの部屋から追い出された。しばらくお姉ちゃんの部屋の前から動けなかった。 自分の部屋に戻った。ベットに寝そべり仰向けになった。何故か涙が出てきた。 あんな事一度も言ったことないのに。縄張りに入ってきた私を追い払うようだった。 お姉ちゃんの気持ちが理解できない。涙は目から溢れ頬を伝ってく。 ふとゆきちゃんの言葉を思い出した。 ゆきちゃんの言いたいことってこの事だったの。私はもう泣くしかなかった。 どのくらい時間が経ったか、ドアのノック音がする。 「つかさ、入るわよ、あんた漫画の本忘れてたわよ」 私の泣き顔を見てすこし驚いた様子、ドアの入り口から進もうとしなかった。 「入ってきていいよ、私は追い出したりしないから」 皮肉っぽくお姉ちゃんに話しかける。お姉ちゃんは私が泣いている理由にすぐに気が付いたみたい。 「さっきはごめん、宿題でどうしても解けなかった問題があって気がイライラしてたから・・・」 すぐに謝ってきた。でも、その理由に私は納得しなかった。 「放課後、どうなったの」 私はお姉ちゃんの言い訳を無視してストレートに聞いた。するとお姉ちゃんは扉を閉めて部屋の中央に進んできた。 「つかさに隠しても意味無いわね、昨日手紙も見られてるしね」 「相手はA組の辻さん、つかさは知らないわね、屋上で会うなり、私の読んでいる本の話題で盛り上がってね」 「図書室で話してたら終業時刻になったの、そして・・・帰り際に・・・告白・・・」 顔を真っ赤にして私に話した。 「返事はしたの?」 「いくら知ってる人でも、すぐには返事なんかできないわよ・・・次の日曜に・・・デートの・・・」 言葉がゆっくりと、言い辛そうにしているので続きを思わず言った。 「約束したの?」 「そうよ、そこで返事するって約束をした」 「凄いよ、お姉ちゃん」 「本の趣味も合ってるし、気も合いそうだと思ったわ、でも、つきあってみないと分からないじゃない、それにデートなんて初めてだし・・・つかさならどうする」 「私にそれを聞いたって・・・」 「そうだろうと思った」 「えー」 お姉ちゃんは笑った。それに釣られて私も笑った。そしていつの間にか涙は止まっていた。 「よかった、笑ってくれて、本当にごめん」 「私も、お姉ちゃんの心境も知らないで・・・」 「なんかつかさに話したら気が落ち着いたわ、邪魔したわね、あ、私の部屋で漫画読みたいなら来ていいわよ」 「ありがとう、今日はもういいかな、時間も遅いし」 「そうね、じゃ私、戻るわ」 お姉ちゃんは自分の部屋に戻ろうとした。 「待って、お姉ちゃん」 「何?」 「この話、まだ内緒にするの?、いつまでも隠せないと思うし、ゆきちゃんならきっといいアドバイスしてくれると思うよ」 お姉ちゃんはしばらく黙って考えていた。 「みゆきや峰岸なら話してもいいかな、若干二名以外は・・・」 「こなちゃんと日下部さん・・・」 「つかさは普通にしてれば良いわ、その中でバレたのならそれはそれでいい」 「分かった、そうする」 そうは言ってもみんなはもう知ってしまっている。でもお姉ちゃんに本当のことは言えなかった。それでも心の重荷は取れた。 「それじゃ、おやすみ」 「おやすみ、お姉ちゃん」 普段のお姉ちゃんに戻った、でも確かにゆきちゃんの言うと通りになった。こなちゃんもこの事を知っていたのだろうか。 そうなると私は何も知らない子供だったのかな。私は一人取り残されたような寂しさがこみ上げてきた。 私が子供なのは今更どうにかなるものじゃない、今はお姉ちゃんと辻さんがうまくいく様に、それだけを祈ろう。 それから何日か過ぎた。みんなは普段通り、お姉ちゃんと辻さんの事に触れることなく・・・と言うより、そんなことがあったことなど 忘れているようだった。そんな放課後。 かがみ「あれ、おかしいな」 つかさ「どうしたの」 かがみ「携帯電話が見当たらないのよ」 みゆき「ご自宅に忘れてこられたのでは」 かがみ「それはない、朝、家から出るとき確かに持ってから」 つかさ「それじゃ私の携帯から電話してみる?、近くにあれば音で分かるよ」 かがみ「悪いわね」 こなた「あー、かがみ」 かがみ「なによ」 こなた「かがみの携帯、今朝トイレ行っている間に着メロと壁紙、最近私の気に入ったアニメに変更しちゃったんだよね」 かがみ「!」 稲妻のようにお姉ちゃんの拳がこなちゃんの頭に当たった。遅れて雷鳴のようにお姉ちゃんが叫ぶ。 かがみ「なんてことするのよ」 教室にお姉ちゃんの声が木霊する。こなちゃんはその場にうずくまり、両手で頭をおさえた。 こなた「痛いよ、かがみ、黒井先生より痛い、グーで殴らなくても・・・」 かがみ「当たり前でしょ、人の物を勝手に、つかさ、電話するの止めて」 私は手を止めた。 みゆき「落し物でしたら職員室か用務員室へ行かれては、届けられているかもしれませんよ」 かがみ「そうするわ、こなた、あんたも手伝いなさいよ」 こなた「えー、着メロ変えたのと、かがみが失くしたのと関係ないじゃん」 かがみ「あの携帯見られたらオタクと思われるでしょ」 お姉ちゃんはこなちゃんを引きずるように教室を出て行った。こなちゃんは頭を押さえながら渋々ついていく。 「お姉ちゃん、本気で怒ってたね」 「そうですね、あの様子ですとかがみさん時間かかるかしら」 「ゆきちゃん、お姉ちゃんに何か用があったの」 「委員会の書類が溜まったので、倉庫の整理をしたかったのですが」 「私でよければ手伝うよ」 「つかささん、お願いしてもよろしいでしょうか」 「うん」 「それでは鍵をもってきますので、自習室に行って下さい」 私は自習室に入りゆきちゃんを待った。だれも居ない。とても静かな部屋。 「お待たせしました」 ゆきちゃんが入ってきた。自習室の奥に扉が在り、その扉を鍵で開けた。 「こちらです」 案内されると本棚に書類が山のように積まれていた。 「沢山在るね」 「そうなんです。こちらの書類をあちらへ運んで欲しいのですが」 「わー、確かに一人でやるには大変だよ」 早速私達は作業に入った。約半分くらい片付けた頃、私はバスでの会話のお礼をした。 「この前、とても助かったよ、ありがとう」 「何の事でしょうか」 「こなちゃんの偽ラブレターの事だよ、バスの中で私に言ってくれた事」 「ああ、あの事ですか、何かあったのですか」 「あの日の夜、お姉ちゃんの部屋に遊びに行ったら追い出されちゃって・・・ここは私の部屋だからって」 「そんな事があったのですか」 「すぐ謝ってくれたけどね、でも、ゆきちゃんのあの言葉が無かったら私今頃どうなってたか」 「あれは例え話なので・・・かがみさんはすぐ謝りましたか・・・凄いですね、普通出来る事ではありませんね、とても敵いません」 ゆきちゃんはお姉ちゃんに感心していた。 「終わりました、つかささんありがとうございました」 「いいえ、どういたしまして」 書類の移動が終わり、ゆきちゃんが扉に手をかけた、だけどそのまま止まって動こうとしなかった。 「どうしたの」 するとゆきちゃんは口に人差し指を立てた。 「しー」 私も音を立てないようにその場に留まった。すると自習室の扉が開く音がした。そして中に誰かが入ってくる。 ???「ここなら誰もいない、ここにしよう」 壁越しに男の子の声がした。 「辻さん・・・」 ゆきちゃんは小さい声でそう言った。 生徒「何だよ、急に呼び出して」 辻「とりあえず奥に入って」 自習室の扉が閉まる音がした。 辻「以前ラブレターをげた箱に入れた話しただろ」 生徒「そんな事いってたな」 辻「とりあえず、今度の日曜、デートする所まではいったんだけどね」 生徒「お、凄いじゃん、で、相手は誰だよ」 辻「柊・・・」 生徒「柊?ってC組の?」 辻「・・・そうだよ」 生徒「なんで」 辻「委員会で何度か会っているうちにね、いい人だなって思った。さっきまで」 生徒「さっきまで?、なんか意味深だな」 辻「見てしまったよ、友達なのかな青い髪の小柄な女子を思いっきり殴ってるのを・・・」 生徒「・・・俺、二年の時柊と同じクラスだったから分かる、その子はたぶん泉だな、二年の時もよく泉を怒鳴っているの見かけたよ、結構名物だったぞ」 辻「・・・知らなかった・・・会議の時とえらい違いだな・・・そんな人だったなんて」 生徒「で、話ってなんだい、こんな事を言う為にこんな所まで・・・」 辻「俺、そのデート断ろうと思ってるんだけど、自分から誘っておいてだから・・・柊を屋上まで呼んでくれないかな、呼んでくれるだけでいいんだ」 生徒「そんなの自分でやれよ」 辻「二年の時同じクラスなら話やすいじゃないか、な」 生徒「しょうがないな、明日の昼飯おごれよ、で彼女何処にいるんだ?、放課後だから帰ったんじゃないのか」 辻「殴られた子、泉だっけ、その子と鞄も持たないで出て行ったからまた戻ってくるはず、C組の辺りを探してくれ」 生徒「わかった」 自習室の扉が開く音がして二人は出て行った。 聞いてはいけないものを聞いてしまった。そんな気がした。でもなんか納得ができない。 「ゆきちゃん、なんか間違ってるよ、見ただけで、理由も聞かないで、一方的に決めちゃうなんて」 「・・・」 ゆきちゃんはただ黙って扉のとってを握っていた。 「お姉ちゃんのいい所もいっぱいあるのに、ゆきちゃんもそう思うでしょ」 珍しく私の問いに何も答えようとしなかった。しばらくして、ゆきちゃんはゆっくり口を開いた。 「かがみさんの一番見せたくない所を見られてしまいましたね・・・」 「でも、約束してたんだよ」 「かがみさんと辻さん、お互いに会議での姿しか知りません、会議でのかがみさんはとても輝いて見えました 私は二年の時、委員長を務めましたが・・・会議を最後にまとめてくれたのはいつもかがみさんでした」 「そんな話初めて聞いた・・・お姉ちゃん委員会の話なんかしないし」 「そこもかがみさんの素晴らしい所です」 「それなのに・・・どうにもできないの、ゆきちゃん」 「私も・・・私もこの手でドアを開けて辻さんに訴えたかった、かがみさんはそんな人ではないと」 「そうだよね」 「しかし、先ほどの状態を見られたのであれば、弁解の余地はありません」 「ゆきちゃんも、そんな事を言うの」 「あれは、じゃれ合いみたいなもの、確かに私達から見ればそうですが、彼らから見ればただの暴力なのです」 「ゆきちゃん・・・悔しいよ、あれは私が知る限り初めてだよ、殴ったの、何とかならないの」 「私にもう聞かないで下さい」 少し大きな声でゆきちゃんは言った。私は思わず一歩引いて驚いてしまった。こんな事を言うゆきちゃん、初めてだった。 「ごめんなさい、私、何をしていいか分からない」 よく見るとゆきちゃんの目に涙が溜まっていた。 「ゆきちゃん・・・」 「何をしていいか分からない、ただ彼らの話を聞いていただけ、かがみさんには助けられてばかりなのに、何も出来ないなんて」 「そんな事言ったら、私も同じだよゆきちゃん」 「屋上のかがみさんの笑顔、素敵だった・・・それがこんな結果に・・・偶然を怨みます・・・私は屋上に行くべきじゃなかった・・・ ごめんなさい、この鍵で倉庫を閉めてを図書室に返して頂けませんか」 そう言うとゆきちゃんは倉庫のドアを開けて、逃げるように自習室を出て行った。私はしばらく倉庫から出ることができなかった。 ゆきちゃんはもう終わるって決め付けちゃってる。お姉ちゃんならきっと誤解だって言って解決だよ。 倉庫の鍵を閉め、私はゆきちゃんの言われた通りに鍵を図書室へ返した。 教室に戻ると、こなちゃんが一人、頭をさすりながら自分の机に座っていた。 「つかさ、どこ行ってたの」 「ゆきちゃんの手伝いをちょっとね」 「みゆきさんが・・・」 「ゆきちゃんがどうしたの」 「飛び込むように教室入ってきて、さっさと荷物まとめて帰っちゃったよ、何かあったの?」 「家の用事があったみたい」 「ふーん」 こなちゃんはそれ以上聞いてこなかった。 「ところでこなちゃん、お姉ちゃんの携帯電話見つかったの」 「ああ、あったよ、職員室に届けられてた」 「かがみは慌てて携帯取って隠そうとしてたよ、電源切れてたのに」 私はこなちゃんに言いたいことがあった。私がそれを言いかけたとき。 「私・・・ちょっとやり過ぎちゃったかな」 言おうとしたことを先に言われてしまった。調子が狂ってしまった。 「お姉ちゃん、あんな事するの初めてみた」 「・・・つかさがそう言うなら、かがみの怒りは相当のものだね」 「そうだね」 私はわざと冷たくそう答えた。こなちゃんはそのまま黙り込んでしまった。俯き悲しそうな顔。 今更こなちゃんを怒ってもどうにもなるわけない。それよりまだこなちゃんは頭をおさえている。それが心配になった。 「こなちゃん、頭見せてみて」 「いてて、普通ならすぐ痛みがとれるんだけどね」 「見事にできてる、こぶが・・・冷やした方がいいかな」 私は洗面所に行きハンカチを水に浸してきてそれをこなちゃんに渡した。 「ありがと」 こなちゃんはハンカチを頭に置いた。 突然私の携帯電話が着信した。携帯をみるとお姉ちゃんからの電子メールだった。 「電子メール?、かがみから?」 「うん」 「内容は?」 「遅くなるから先帰っていいよって」 「かがみ、さっき男子に呼ばれてどっか行ったけど、その用事なのかな、すぐ戻るって言ってたけど・・・」 私はその用事を知っている。答えられるわけがない、話を続けた。 「私はお姉ちゃん待つけど、こなちゃんはどうする」 「今日は・・・帰らせてもらうよ」 そう言うとこなちゃんは帰り支度を始めた。 「かがみに合ったら、携帯の事、ごめんって言っておいて、直接なんて言い辛いし」 「うん、言っておく」 こなちゃんと別れ、私はしばらく教室でお姉ちゃんを待っていた。だけど来る気配はない。 もう日は落ちかけて終業時間も近い、私は教室を出て向かった。屋上に。 屋上に着いた、そこにお姉ちゃんが居た。辻さんとお姉ちゃんが出会った所に。後ろを向いて夕日をを見ている様。 私はお姉ちゃんに近づいた。そして話しかける。 「お姉ちゃん、もう帰ろう、終業時間だよ」 後ろを向いたままお姉ちゃんは話した。 「つかさ、先に帰っていいってメールしたのに、よくここが分かったわね」 「誰かに呼ばれてどこかに行ったってこなちゃんが言ってたから」 「そう、まだ就業時間までまだ時間があるわね、もう少しいいかしら」 お姉ちゃんはここを離れようとしない。私は思い切って聞いた。 「呼ばれて、何かあったの」 その質問にお姉ちゃんは即答した。 「呼ばれてここに来たら辻さんがいねて、デート断ってきたわよ」 「それでどうしたの」 「承知したわ」 「・・・お姉ちゃんそれで本当にいいの」 「・・・」 黙っているお姉ちゃん、私は黙っていられない。 「お姉ちゃんは辻さんをどう思ってたの、好きだったの」 「・・・好きだった・・・手紙をくれる前からなんとなく気になってた・・・」 「それならどうして・・・お姉ちゃんが分からないよ、辻さんも分からない、何のためにラブレターなんか出したのか」 お姉ちゃんは振り返り、私の額を中指で軽く弾いた。 「つかさ、なに一人で熱くなってるのよ、これは私と辻さんの問題でしょ」 痛くはないけど、打たれた額を手で押さえた。お姉ちゃんの顔を見ると私を見て笑っている。 「え、だって悔しくないの」 するとお姉ちゃんは、また振り返り、夕日を見ながら答えた。 「彼に言われたわ、友達を殴るような人と付き合いたくないって・・・こなたの事を言っているのはすぐ分かった、 こうまでハッキリ言われると、さっぱりするわね」 「あれは、こなちゃんの悪戯・・・理由を言えば・・・」 「そう、あれはこなたの悪戯、だけど、あの程度で殴ることはなかったわね、つかさもそう思うでしょ」 「それは・・・」 「こなたを殴ったどころか、怒鳴ったことは数え切れない、オタクって見下したこともあった・・・最低じゃない 今になって気が付くなんて、好きな人にそんな事言われたら・・・」 「こなちゃんは気にしていないと思うよ、こなちゃん、さっき、携帯の事、ごめん、そう言ってたよ」 お姉ちゃんは振り向いて私の目をみた。なにも言わない。その代わりに目に涙が溜まっていた。 そして、そのまま泣き崩れてしまった。 目の前のお姉ちゃんがが歪んで見える。私もいつの間にか涙を流していた。何も言わない。言えなかった。 もう終わっている・・・私が何を言っても、すでにもう過去のこと。後戻りできない。 ハンカチを出そうとしたけど・・・こなちゃんに渡したままだった。 涙を拭えず、手で目を押さえても涙は止まらない。もう諦めて泣いた。 就業時間を知らせるチャイムが鳴る。もう日は完全に暮れて空はもう暗くなっていた。 「お姉ちゃん、もう帰ろう」 お姉ちゃんの手を引いた。起き上がったけど力が入っていない私にもたれかかった。お姉ちゃんの腕を私の肩に回して運ぶように進んだ。とりあえず教室に向かった。 教室に着き適当な椅子にお姉ちゃんを座らせて、購買の自動販売機でコーヒーを買ってきてお姉ちゃんに渡した。 落ち着くまでにかなり時間がかかった。宿直の用務員さんに追い出されるように学校を出る。 そして、最終バスに乗った。家に帰ってもその日はお姉ちゃんは部屋から出ることはなかった。 こなちゃんの悪戯で始まり、こなちゃんの悪戯で終わった。 私はそれを全て見た。違う、見ていただけだった。助けることも救うことも出来なかった。ただ一緒に泣いただけ。それだけだった。 一ヶ月が経った、いつものみんなに戻るのに三日も要らなかった。 でも、ゆきちゃんもこなちゃんもおあれから、姉ちゃんと辻さんがどうなったか聞いてこなかった。 辻さんと別れての二日間のお姉ちゃんの気が抜けたような姿を見てもう分かってしまったのかもしれない。 まつりお姉ちゃんがお姉ちゃんの事を隠すのが下手だって言ってたけど、その意味が今分かった。 そして、いつもの生活に戻った。 いいえ、完全には戻っていない。何かが少し違う。何が違うのかは分からない、でも以前とは何かが違っている。 放課後、私はお姉ちゃんを待っていた。 「帰るわよ」 お姉ちゃんが教室に入ってきた。 「こなたとみゆきはどうした」 「こなちゃんは・・・限定品が売れきれるって言って先に行っちゃったよ、ゆきちゃんはそれに付いていったよ」 お姉ちゃんはため息をつく 「付いていったじゃなくて、連れて行かれたでしょ、まったく・・・そういえば、最近みゆき、私たちの寄り道付き合うようになったわね 「そういえばそうだね」 「それでいて、成績以前より上がってる・・・みゆきにもう勝てそうにない」 「お姉ちゃん、ゆきちゃんと成績争ってたの」 「いや、私が勝手に追いかけているだけ、みゆきは私なんか眼中にないわ」 違うよ、ゆきちゃんはお姉ちゃんを尊敬してる。私はあの時そう感じたよ。 「そういえば、こなちゃんも最近変わったよね」 「こなたが、どこが?」 「んー、そう言われると、説明できないけど、お姉ちゃんをあまり怒らせなくなったよね」 「そんな事はない、あいつは変わってない、断言するわよ」 そう、こなちゃんは変わってない。でも、怒鳴ったり、殴ったり、そこまで気が許せ合える友達がいるっていいよね。 「そういえば、お姉ちゃん遅かったね、どうしたの」 「ホームルームが長引いてね、メールすることも出来なかったわ」 「それじゃ、こなちゃん達を追いかけよう」 「そうね」 私達は教室を出た。靴を履き換えて外で待っているとなかなかお姉ちゃんは来ない。私はお姉ちゃんのげた箱に向かった。 お姉ちゃんはげた箱で手紙を読んでいた。 「お姉ちゃんそれは、もしかして・・・」 「そう、ラブレター」 お姉ちゃんはそう言うと隠すことなく私に手紙を渡した。 手紙を見ると、辻さんの書いた内容とほぼ同じ事が書いてあった。待ち合わせの場所も、日付時刻も。そして書いた本人の名前も書いていない。 字は綺麗に書かれている。見覚えがある字。一週間前、こなちゃんの家で見せてもらったゆたかちゃんの字と同じだ。 「げた箱の奥に入ってたわ、今まで気が付かなかった」 間違いない、この手紙はこなちゃんが入れた手紙。 「つかさ、私、この手紙の方を取っていたらどうなったかしら」 私に問いかける。私は想像した。あの時辻さんが来なかったらどうなったか。 屋上で待つお姉ちゃん、そこにこなちゃんが走ってお姉ちゃんの前に立つ。慌て、おろおろするお姉ちゃん。 そこでこなちゃんの種明かし。すると、怒ったお姉ちゃんはこなちゃんの頭をグーで殴る・・・ こっちでもこなちゃん、お姉ちゃんに殴られちゃうよ。私は思わず吹き出して笑ってしまった。 「つかさ、笑ったな、どうせ結果は同じってことね、聞くんじゃなかった」 「ごめん、お姉ちゃん」 お姉ちゃんに手紙を渡した。 お姉ちゃんはしばらく手紙を見ると両手で丸めて出入り口のごみ箱に投げ捨てた。 「さ、これで全て終わり、行くわよ」 そう言うと、校舎の外へ出て行った。 私はごみ箱から丸まった手紙を拾った。 やっぱりお姉ちゃんは優しいね、手紙を捨てるなら破るよね。でもそうしなかった。 そういえばこなちゃんの悪戯、まだ途中だった。まだ終わっていない。終わらせなきゃね。 終わらせるのは、私しか居ない。全ての種明かしができるのは私。 こなちゃんには悪いけど、この悪戯私が引き継ぐよ。 でも、今すぐ種明かしはできない。今やったら、きっとみんな泣いちゃうよ。 一年後、五年後、十年後、いつがいいかしら。 この手紙を見せたとき、こんな事があったねって笑って語り合える、そんな時まで・・・おあずけだね。 丸まった手紙を私は丁寧に元に戻した。 それまで、私達が仲良しでいられますように。手紙にそれだけを祈りを込めて鞄にしまった。 「つかさー なにしてる、先行っちゃうわよ」 遠くからお姉ちゃんの怒鳴り声。いつものお姉ちゃん。やっぱりこうじゃないと、こなちゃん、ゆきちゃんも最近物足りないって言ってたよ。 それから私達は楽しい一時を過ごした。家に帰り、夕食を済ませた後、私は台所を占領してデザート作りに専念していた。 「お、つかさ、久しぶりに作っているわね、この前言ってた納得できなってデザートなの」 「まつりお姉ちゃん、そうだよ」 「で、なにを作ってるんだい」 「塩キャラメルレアチーズケーキ」 「それ、有名な店で食べたことあるわ、私はあまり美味しいと思わなかった」 「・・・有名なお店と私のとじゃ比べ物にもならない、お店のが美味しくなかったら私のなんて・・・それにこれは試作だし」 「悪かっわね悪気はないわよ、ってもう出来てるじゃん」 まつりお姉ちゃんは出来立てのケーキを近くにあったフォークですくいとって食べた。 「まつりお姉ちゃん、試作だって言ってるのに」 まつりお姉ちゃんはしばらく何も言わずにケーキの味を確かめるように噛んでいた。 「この味・・・どこかで味わったことある」 そのまま目を閉じて何かを思い出そうとしているようだった。 「これはは卒業の時・・・つかさ、この味どこで・・・」 「この試作の試食、お姉ちゃんに最初に食べてもらおうと思ったのに」 「なぜかがみが最初なのさ」 「・・・言えない」 「言えないって、あんた達、最近おかしいと思ったけど、やっぱりね・・・かがみに試食ね、反応が楽しみだわ」 まつりお姉ちゃんはクスリと笑った。 「美味しくない?、やっぱりこのケーキ、お姉ちゃんにあげるの止めた方がいいかな」 するとお姉ちゃんは黙ってやかんに水を入れて湯を沸かし始めた。 「このケーキには紅茶が合うわね、私がかがみにいれてあげる」 「まつりお姉ちゃん・・・」 「私もあの時こんなお菓子が食べたかったわ、あの時、食べていたら・・・思い出にできたのに・・・きっとかがみも喜ぶわよ・・・きっと」 まつりお姉ちゃんは目を潤ませてそう言った。 塩キャラメルレアチーズケーキ、甘さの中に、塩のしょっぱさとキャラメルの苦さを入れた大人のスィーツ。 レピシ通りに作ってもどうしても上手く作れなかった。そして気が付いた。しょっぱさと苦さ、これは涙の味・・・実らなかった恋の切ない涙の味。 私はレピシを変えて作った。屋上での涙の味を思い出しながら心を込めて。 この涙の味を思い出にしまうために。 終 コメント・感想フォーム 名前 コメント 偶然が重なって出来た物語。とても楽しめました。GJ -- CHESS D7 (2009-09-18 21 11 02) いつものかがみのツッコミが招いた運命の悪戯ですか...。 何だかものすごく現実味のある話でとても面白かったです。 -- insane (2009-09-16 22 01 01)
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こなた「おはよー!つかさ、みゆきさん!」 みゆき「おはようございます、泉さん」 つかさ「こなちゃん、おはよー。今日は遅刻ギリギリだね~」 こなた「いやー、ちょっとだけのつもりでネトゲに手を出したら、明け方まで盛り上がっちゃってさ」 つかさ「そうなんだ~」 みゆき「夜更かしは体に障りますから、程々にされた方がいいと思いますよ」 こなた「わかっちゃいるんだけどねー……ところで、かがみはもう自分の教室に戻ったの?」 つかさ「それがね、お姉ちゃん今日はお休みなの」 みゆき「どうやら、風邪をひかれてしまったとかで」 こなた「へぇ、そうなんだ。つかさのがうつっちゃったのかねぇ?風邪はうつすと治るって言うし」 つかさ「ひどいよ~、こなちゃん」 ~さらば!怪傑かがみん!~ まさか、つかさに続いて私までもが風邪で倒れてしまうとは思わなかった。 昨日つかさに『この時期に風邪なんて気がゆるんでる証拠よ』なんて言うんじゃなかった。 漫画じゃあるまいし、注意したそばから倒れるなんて、姉としての面目が丸潰れだ。 それにしても、やることが無くて困る。 昼食後に薬を飲んでひと眠りしたらだいぶ調子は良くなったが、ベッドを抜け出してウロウロする訳にもいかない。 ベッドの上でも出来る事といったら読書くらいだが、今は頭がボーっとしていて大好きなラノベも読む気にならない。 四の五の言わずに寝ていればいいのだが、私はつかさと違ってそう何時間も寝てはいられない人間なのだ。 そんなことを考えながらじっと天井の一点を見つめていると、ふと先週の出来事が思い出された。 みゆきは怪傑かがみんの正体についてどう考えているのだろうか。 みゆきの発言を額面どおりに捉えれば、みゆきはその正体が私だとは思っていないことになる。 しかし、もしかしたらアレは正体に気が付いた上での私への気遣いなのではないかとも考えられる。 常識で考えれば、目の前で自白して衣装を身にまとったのだから正体に気が付かない訳がない。 ……もっとも、本当に本当の常識ってヤツで考えれば一番最初の時にバレてるハズなんだけど。 それともう1つ。 最後にみゆきが私の事を『親友』と表現したあの発言は、正体に気付いている事を踏まえての発言ととれる。 『私は、正体がかがみさんだと気付いていないフリをさせていただきます』という意味にとれなくもないのだ。 さすがにコレは深読みのし過ぎかもしれないが、あの時のみゆきの表情からはそうとしか考えられないから困る。 そういう風に考えていくと、みゆきだけじゃなくこなたも正体に気付いている可能性がある。 自白こそしていないものの、私はこなたの目の前で着替えをした事があるのだ。 あいつも普段はバカっぽい事ばかりしているが、他人の思惑なんかに対して妙に鋭い節がある。 バカと天才は紙一重なんていう言葉があるが、こなたは紙一重で天才の方なのかもしれない。 だとしたら、私の趣味がコスプレだと決め付けてバイト先であんなことをしたのも、あいつなりの気遣いということだろうか。 『私は、正体がかがみだって気付いていないフリをさせてもらうヨ』という考えに基づく行動だと、とれなくもない。 もしかして『ダブル怪傑かがみん』の写真を撮るという2人の行動は、秘密を共有することへの覚悟、或いは気遣いなのだろうか。 仮に、仮に私のこの考えが当たっていたとしよう。 その場合、私が怪傑かがみんを演じる必要はほとんど、いや、まったく無くなってしまうのではないだろうか。 正体がばれているのなら、柊かがみという人間の想いを伝える代役の存在意義は0に等しい。 それにみゆきはあの時――彼女が正体についてどう考えているにせよ――怪傑かがみんにではなく、私、柊かがみに感謝の言葉を捧げた。 怪傑かがみんは必要ないのだろうか。 考えることに少し疲れたので、私は天井を見つめながらボーっとすることにした。 扉が控えめにノックされるのが聞こえたが、面倒なのもあってわざと返事をしない。 しばらくして、遠慮がちにお母さんが部屋の中に入ってきた。 み き「かがみ、入るわよ……あら、起きてたの?調子はどうかしら?」 かがみ「うん、だいぶ良くなったみたい。明日には学校に行けると思うわ」 み き「そう?無理しなくていいのよ?」 かがみ「別に無理なんかしてないって」 み き「ならいいんだけど。辛くなったらすぐに言いなさいね」 かがみ「うん、ありがと……ねえ、お母さん」 み き「なあに?」 かがみ「お母さんも私と同じ様に17歳の頃から怪傑の力を使い始めたんでしょ?」 み き「そうだけど、急にどうしたの?」 かがみ「ただ、この間のお父さんの反応から考えると最近は力を使ってなかった」 み き「ええ、そうよ。あの時はずいぶん久しぶりだったから緊張したわ」 かがみ「何か理由があったの?」 み き「理由?何の?」 かがみ「怪傑の力を使わなくなった理由。何か特別な理由とかきっかけみたいなものがあったのかなって」 み き「そうねぇ……忘れちゃったわ。ずいぶん昔のことだから」 お母さんは少しだけ考える仕草をしてから、笑顔でそう答えた。 かがみ「結構大事なことだと思うんだけど、本当に忘れちゃったの?」 み き「そんなことより、お友達がお見舞いに来てるわよ。起きてるなら、あがってもらってかまわないわね」 かがみ「お母さん、私の質問に――」 み き「あら、いけない。そういえば、お鍋を火にかけっぱなしだったわ」 かがみ「ちょっと、お母さんってば……ああ、もう。まだ話は終わって無いってのに」 逃げられた。おそらく私の質問に答える気は無いということだろう。 まあ、お見舞いに来ている友人を放ったままにしておくにはいかないし、今は答えを追求するのは諦めよう。 数分後、お見舞いの品と思しきぽっきー1箱を携えて、こなたが姿をあらわした。 こなた「やふー、かがみ。元気してたー?」 かがみ「風邪ひいて学校休んでる人間が元気なわけ無いだろ」 こなた「うむ、なかなかの反応だネ。元気そうで何よりだよ」 かがみ「人の体調をどこで判断してるんだ、あんたは」 こなた「――でさ、つかさはまた携帯電話を没収されたってわけなんだよ」 つかさ「うわああ、こなちゃん。それはお姉ちゃんには言わないでって言ったのに~」 こなた「あれ?そだっけ?」 かがみ「ふふ。まったく、つかさはしょうがないんだか……ケホッ、ケホッ」 つかさ「お姉ちゃん、大丈夫?まだ喉が痛むの?」 かがみ「ああ、心配しなくても大丈夫よ。ちょっと違和感が残ってるだけだから」 こなた「ちょっとしゃべり過ぎちゃったカナ?とりあえず、何か飲んだ方がいいんじゃない?」 つかさ「そうだね。私、何か飲み物もってくるよ。こなちゃんも何か飲むでしょ?」 こなた「あー、おかまいなく」 つかさ「遠慮しなくていいよ。お茶がいい?それともコーヒーがいいかな?」 こなた「んー、じゃあかがみと一緒のでいいや。ありがと、つかさ」 つかさが台所へと降りていき、こなたと2人きりになった。 私の喉を気遣ってか、こなたは何もしゃべらずに部屋の中を見回したりしている。 かがみ「ねえ、こなた」 こなた「んー?」 かがみ「変な遠慮しなくていいから、何か話しなさいよ」 こなた「あ、ばれてた?」 かがみ「まあね」 話を仕切りなおすためか、それとも照れ隠しのためかはわからないが、こなたはアハッと笑った。 こなた「そだねー、じゃあ何を話そうかな」 かがみ「私が休んでる間にあった事とかでいいじゃない」 こなた「もうほとんど話しちゃったよ。後はみゆきさんが、かがみにくれぐれもお大事にって言ってたくらいかなぁ」 かがみ「おい。それって一番最初に言わなきゃダメだろ」 こなた「まあまあ、忘れずに言ったんだからいいじゃん」 かがみ「おまえなぁ……みゆきに申し訳ないとは思わんのか?」 こなた「あー、それとさ、かがみがいない間に怪傑かがみんは1回も登場しなかったから」 かがみ「は?」 こなた「ん?」 かがみ「えーっと、何でその情報を私に言う必要があるんでしょうか、こなたさん?」 こなた「え?だって、かがみはコスプレするくらいにあの人の大ファンなんでしょ?気になるかと思って」 どうやらこなたは紙一重でアレの方だったようだ。 せっかくだから、少し試してみようか。 かがみ「ごめん、こなた。ちょっとトイレいってくる」 こなた「いってらー」 つかさの私服を無断借用して着替えを済まし、こっそり持ち出した仮面とマントを身に着ける。 部屋に戻ると、都合の良い事に中にはこなた1人しかいなかった。 どうやら、つかさはまだ飲み物の準備をしているみたいだ。 当のこなたはやることが無くて余程ヒマだったのか、私の机の周りでなにやらゴソゴソしていた。 こなた「うわっ!?か、かがみ、コレは違うんだよ!?別に家捜しとかしてたわけじゃ……あれ?」 こなたは扉の前に立つ私をもう一度よく見る。 こなた「か、怪傑かがみん!?」 怪傑K(あー、やっぱりそうなっちゃうんだ。この間、目の前で着替えた時は柊かがみって認識してたのになぁ) こなた「な、何でここに?私、今日は別に悩み事なんて無いですよ?」 怪傑K(完全に気が付いてないな、あの表情は。とりあえず、これでこなたはシロだって確認できたわね) こなた「もしかして、私じゃなくてかがみに用があるんですか?」 怪傑K(残るはみゆきか……いっそのこと、今週末にでも家に招待して同じように試してみようかしら) こなた「おーい」 怪傑K「はっ!?……な、何か用かしら?」 こなた「それはこっちの台詞なんですけど」 怪傑K「あ、ああ、ええっと……その、今日は柊かがみに会いに来たんだけど、どうやらいないみたいね」 こなた「そうですか。かがみならすぐに戻ってきますから、待ってたらどうですか?」 怪傑K「え?い、いや、そうもいかないのよ。ほら、こっちにも事情ってもんがあるし」 こなた「むー……?」 怪傑K「な、何よ、そんなに私の事をじっーと見て。何か変かしら?」 こなた「いや、いつもと何か違うなーって思いまして」 怪傑K「ち、違うって、どこが?」 こなた「髪型がツインテールじゃなくてストレートなトコとか、服装が制服じゃなくて私服っぽいトコとか……」 怪傑K(ヤバッ、バレるかも!?どうしよう、今更だけどこれはコスプレだってことにしようかしら……でもそれもなんか嫌だな) こなた「ああっ!?もしかして!?」 怪傑K(まさか、バレちゃった!?とりあえず否定しなきゃ!!) こなた「2号?」 怪傑K「違うの!!……は?あれ?2号って?あれ?」 こなた「違うんだ。じゃあ、あなたは誰なんですか?」 怪傑K「あれ?え?……え、ええ~っと、私は、その……そう!V3よ!怪傑かがみんV3!」 こなた「V3!?ということは3人目!?」 怪傑K「ま、まあ、そうなっちゃうわね」 こなた「かがみにも教えてあげなきゃいけないね、怪傑かがみんは3人いるって。ってことは、いずれ3人揃ったところとかも見れるのかなぁ」 怪傑K「ええっ!?そんなの無理に決まってるじゃないッ!!……あ、えっと、そうじゃなくって。違うのよ。3人もはいないから」 こなた「ふぇ?なんで?だって、あなたはV3で、3人目の怪傑かがみんなんですよね?」 怪傑K「それは、ほら、アレよ、アレ。まあ、アレっていったらアレしかないじゃない?」 こなた「アレ?」 怪傑K「だから、アレよ、アレ……そ、そう!消えたの!1号と2号は消えちゃったのよ!」 こなた「な、なんだってーーーーー!!!?」 かがみ「はぁ~……なんか、ものすごい墓穴を掘ってしまった気がするわ……」 困っている人々を救うため、悪の組織に立ち向かうことを決めた怪傑かがみん1号と2号。 V3にすべてを託し、彼女らは組織の本拠地へと乗り込んでいった。 そして彼女らの活躍により組織は壊滅し、その本拠地も謎の大爆発により消え去ったのだった。 しかしそれ以降、1号と2号の姿を見た物はいない。 勢い余ってそんな話をしてしまった。 とりあえず、つかさの部屋で再び着替えて自分の部屋へと戻る。 扉を開けると、こなたは目をキラキラと輝かせながら興奮気味に話しかけてきた。 こなた「かがみ!すっごい情報を入手したよ!」 かがみ「わ、わかったから、少し落ち着け。何よ、すごい情報って?」 こなた「怪傑かがみんってさ、なんと3人もいたんだよ!」 かがみ「へ、へえー、本当に?」 こなた「本当だヨ!力の1号に技の2号、そのすべてを受け継いだ力と技のV3!彼女らは世界をまたにかけ、地球征服を企む巨大な悪と闘ってるんだって!」 こいつ、もう話に尾ひれをつけてやがる。 なんだよ力と技って。地球征服って。 こなた「――でね、ついに1号と2号はその身を犠牲にして、悪の首領もろとも炎の中へと消えていったんだってさ!いやー、燃える展開だよねー!」 かがみ「はいはい。どうせまた、何かのネタかなんかでしょ?まったく信じらんないわよ、そんな話」 こなた「えー、少しくらいは信じようよ。せっかく教えてあげたのに」 かがみ「はいはい。もうわかったから……それにしても、つかさ遅いわね。何やってんのかしら?」 こなた「言われてみれば、結構時間たってるよね。ちょっと見てこようか?」 かがみ「いいわよ。そのうち来るでしょ」 それから数十分後、心なしか元気のない顔をしたつかさが飲み物を持ってきた。 戻ってくるまでやけに時間がかかったし、台所で何か失敗でもしたのかしらね。 私は飲み物を口にしながら、再びこなたが『怪傑かがみん』の最新情報をつかさにまくしたてる姿を少し呆れて眺めていた。 コメント・感想フォーム 名前 コメント
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「……にゃあ」 秋と冬の境のある雨の日。灰色に鎖じられた空のしたの道ばたで、私は泥に汚され寒さに震えるおさないからだへ向かって鳴きながら指先をのべた。真顔で鳴き真似。子供っぽいやりかた。ゆかりおばさんに笑われそうな、間抜けな構図。 死体のようにたおれていた、てのひらに乗りそうなほどちいさな猫は私の声に弱々しく反応した。私の指を嗅ぐ。私の目に緩慢に視線をうつす。 まばたきもせず私を見あげる子猫をみつめ返しても、視線を合わせている気がしなかった。視力がないのかもしれない。あるいは、私には見えないなにかをみているのか。 私はその猫をてのひらにとりあげた。子猫は嫌がる様子もなく、あるいは抵抗する気力もなく無反応のまま私のてのひらにおさまってしまった。ちいさすぎる、とあらためて思う。きっと生まれて数ヶ月も経っていない。これまで野良として一匹で生きてこれたはずがない。ならば親猫やきょうだいが近くにいるはずだ。しかし周りを見渡しても未だ姿を見せる様子はなかった。 悲惨なほどの衰弱。きっと、なにかの病気。だから飼い主はただ一匹だけを捨てた。そんなふうな連想が自然に浮かんでしまう。私も犬を飼っている身であるせいか、ペットの話題にはわりと注目してしまうタイプだったから。……ペットを大切にしない飼い主の存在についても。 涎を垂らす弱々しい外見。不規則で細い呼吸。ちいさく冷たい身体のなかで心臓が動いている。成猫だって、三日間雨に打たれれば死ぬという。それでも手に伝わる鼓動ははやくて、つよくて、正確で。もう間もなく死ぬであろう子猫は、壊れものの扱いをする私に反発するようにいのちを主張する。 それを感じたとたんに胸がつまった。鼻がツンとなって目の奥が熱くなる。 走り出さずにはいられなかった。じゃまな傘を閉じて、子猫を両腕で抱き直して、私は立ち上がった。 雨をかぶり、水たまりを跳ねとばしながらたどり着いた家の門前。ひとの気配がないことに奥歯を噛んだ。留守。鍵を開ける手間にすら苛立つ。 倒れ込むように玄関へ身を投げ出すと、暖の通わない空間に不意をうたれて、私は立ち止まってしまう。さびしさは毒。部屋を暖めなきゃ。でもそれまで時間がかかりすぎる。 いや、まずはタオルだ。身体をふいてあげて、そのあとにこんどは――こんどは、なにを? ダメだ。ひとりでは手が回らない。いや、いまはまだそんなことを考える段階じゃない。濡れた身体をどうにかしてから――頭がおかしくなっている。死ぬ猫に対して冷静になれない。身体をふく作業をするのはいい。部屋を暖める作業をするのもいい。だけどそこに、いつ死が途中で割り込んでくるかわからない。てのなかにあるいのちはいまにも消える。怖くて行動を決断できない。 できることはほとんどなにもないとわかっていたから、やけを起こして走ってきた。そう、わかっているけど、わかっているから、せめてなにか最善のひとつを。そう思えば思うほど、どうすることがいちばんいいのかぐずぐず考えずにはいられなくなる。 焦燥が胸にこみあげる。正常を保てない自分がみじめ。そのいっぽうで行動できない自分を悔いている暇があるなら身体を動かせと心が急かす。焦りと情けなさで頭のなかがぐるぐる回る。 軽いパニック。立ちつくしたまま視線だけがおぼつかなくあちこちに飛ぶ。周囲にしっかりしていると思われていても、ほんとうの私はこんなに頼りない子供で……。 涙に歪みはじめた目が閉じきった玄関ドアをとらえた。頭に閃くものを感じてあわてて扉に飛びつく。どうしていままで思いつかなかったのだろう。足がうまく動かない。身体と意思がうまく連動しない。心だけが急いている。浮ついた気ぶん、ぎこちない動きでドアを開けなおす。すぐ向かいの家に頼れる親しいひとがいるのに。私がおさないころから慕っている、なんでもできるやさしいお姉さん――― 私を迎えたみゆきさんは私のありさまをひとめ、目を見開いた。私は子猫を示した。意識なく涎を垂らす、水を吸ったボロ。ちゃんと説明しなければと思えば思うほど胸のなかがごちゃごちゃになって息がつまる。声が出ない。 私の表情がどうなっていたかはわからない。周りから見て、私はそれほど表情が動かないタイプらしいから。でも心のなかではこれ以上なく必死な思いだった。 「拭くものを持ってきます。汚すのは気にしないで、そこに座っていてください」 ふだんおだやかな彼女が見せることのない、真剣な鋭い語調が慌ただしく迷う私の胸をうつ。後ろ髪を揺らして俊敏に去っていく背中がぼんやり視界に映った。足から力が抜ける。ごつんと打ちつける勢いのまま土間に膝をつく。また目の奥から涙がこみあげてくる。説明もなく状況を察してくれた。パニックの私を強く制してくれた。心が通じてくれた安心で、気が抜けてしまった。 つまり、それは。 死ぬ子猫を直視できない私の弱さで。 子猫が頭をあげて私を見ていることに気づいた。いつから? 目を合わせると視線がぶつかった。 子猫が頭をあげて私を見ていることに気づけなかった。私には見えないなにか、ではなく。 胸が騒ぎはじめる。ひどいほどにわかりやすすぎる死の予兆。私にはこの猫の意思を正しく読み取ってあげることができない。なんとか読みとろうとしてそのいのちを胸に抱き寄せる。 抱き寄せられた子猫は身体を震わせながら私の胸へ首を伸ばした。目を閉じて頬をすり寄せる。なついてくれたよろこびはない。その頼りない動作がかなしくて意思を読もうとする意欲はあっさり砕けた。目の奥で、熱い涙の感触が染み広がる。 胸から顔をはなして、また、顔を上げて私の目をみつめる。 みゆきさんの足音が近づいてくる。子猫から目をはなすことができない。はなしてしまったら、終わってしまうと思ったから。 首をふるわせて、頭を支える子猫が力なく息を吐く。途端、ふ、と目の焦点が消える。 かくん、と、首が揺れ落ちた。 目の奥の熱がたちまち凍りついた。子猫の目の焦点が消えて首が揺れるまでの、あっと思う間もない一瞬のできごと。寸前まで生きものだった死体。その感触の心もとなさに、なにか温度の低いものが背筋を走る。実感が追いつかないまま、私はそれにはっきりしない視線をおくり続ける。 上から影が差す。みゆきさん。静かな眼差しで私の腕にあるものをみつめる。その視線で現実が私の理性に浸透しはじめた。寒さではない理由で私の身体が震えはじめる。震える私の腕のなか、首の据わらなくなった猫の頭がぐらぐら揺れる。慎重に子猫を支えなければと思うのに、その不快な感触によって震えはとまらない。 腕に抱いたものへうつむきながら土間に座り込んで身体を震わせる私。気がつけばみゆきさんはその私の眼前にかがみこんでいた。私に目線を合わせるように、おもてを上げた私の顔をのぞき込む。視線を合わせ、外し、なにも言わず私からちいさな死体を取りあげた。止める間もなく私の腕から重みが消える。 あ……。頼りなく声を漏らした。急に軽くなった腕を持てあます戸惑い。そんな汚いものに触ったらあなたの手が汚れてしまうという場違いなふざけた気づかい。いろいろなことが頭のなかをごちゃごちゃ駆けめぐる。そしていっぽうで、この混乱を冷静に黙って受け止める自分もここにいた。亡骸が私の身体から離れたことをきっかけに頭が冷えていく。私以外のひとがこの子猫に触れていることに違和を感じていることが妙に印象深いと、他人ごとのように感じた。 みゆきさんは片腕で注意ぶかく子猫を抱きながら、地べたに座り込む私にもう片方の手をのべる。静かでおだやかでやわらかい、いつも見慣れた彼女の表情のなかに、わずか、堅い色が混ざっている。 内心で慎重に、言葉を選ぶ様子でみゆきさんは口を開きかけたのがわかった。それを制するかたちで私は首を左右にふる。だいじょうぶ。 地べたから身体を起こす。私を気づかう彼女のまなざしを、ちゃんと受けとっている。いつまでも土間に座っていたら彼女が困ることを察することができるくらいには、自分は正常だと伝えたかった。立ちあがることでそれを表す。声を出さないのは、なんとなくどんな言葉を発すればいいのかわからなかったから。 ―――黙っているのは、性格だから。 ―――みゆきさんに心配されるようなことは、なにも、ない。 みゆきさんに促されて、土間と床の段差に腰をおろす。私の隣で、みゆきさんがずぶ濡れの子猫をタオルでていねいにくるむ。 彼女は向き直って私に亡骸を抱かせる。譲られた重みにうつむいた。もう一枚のタオルが私にかぶせられる。タオルのうえからやさしく私の髪をたたいてゆくみゆきさんの手。布が自然に水分を吸ってゆく感触を頭と腕のなかで感じながら、私は目をつむって、彼女のおこないに身をゆだねた。 みゆきさんの動作に伴うやさしい衣擦れの音があたたかい。それは、私がこの子猫に与えてあげたかったもので。 心のなかで嘆息する。最初から、この子にこうしてあげればよかったんだ。ぐずぐず迷っていないで、最初から死に際を楽にしてあげることを考えていれば、雨に濡れたまま息が絶えることはなかったのに。 タオルごしのちいさな亡骸の感触がひどく冷たい。死んだいのちというものは、こんなにも速く温度を失っていくものなのか。そんなことを思う。子猫が死んだ悲しみが、死体を抱く珍しさへの興味へと移っていく胸の内。こんなに自分は薄情だったのか。 でも、さりとて変なことでもないとも思った。べつに飼い猫でもなんでもない、ついさっきが初対面だった動物相手になにを思うことがあるというのだろう。子供でもあるまいし。だからきっと、冷めるのも速いだけ。 そう、こんなことは、ささいなことだから。 「どうしよう、"これ"」 ささいなことだから、ぽつりと、なんの気もなしに呟いた。 「雨がやんだら、埋めてあげましょう」 温度のない私の声音を彼女が察せないはずもない。でも彼女はそれには触れず、ただ、答えをひとことだけ返した。雨が、やんだら――― いつしか衣擦れの音は聞こえなくなって。肩と腕がくっつくほど近く、みゆきさんは黙って私に寄り添う。私の服は、ぐっしょり濡れてしまっているのに。 さっさと子猫を箱にでも収めて、私はすぐに帰って着替えたほうがいい。汚い死体や濡れた身体を他人様の家に持ちこんだ分際でいつまでも黙っているわけにはいかない。だけれど、黙ってそばに居続けてくれる彼女の存在と腕のなかの亡骸。そのぬくもりと冷たさからどうしてか、とても離れがたくて。 「落ち着くまで、こうしていますから」 迷いのなかで身じろぎをした私に、みゆきさんは言った。そのやさしい声が心を打つ反面、彼女がそんな放任をしてくれることもすこし意外に感じてしまって、私は彼女に目を向ける。 「風邪をひかないようにお風呂場へ行ってほしいというのが本音ですけれど」 私の視線に困ったように微笑して、私の腕の亡骸に目を移した。「でも私ももうすこし、このままでいたい気もちもありますから」。 「だからすこしだけ、譲歩します」 だからすこしだけ、このままで。 「……はい」 その気づかいに、じんわりと、泣きそうになる気もち。すこし息が詰まって、答える私の声に涙のいろが混じった。 私は彼女の肩に頬をあずけて目を閉じる。私の濡れた髪が彼女の頬に触れることを気にせずに。そうしていいと許してくれたから。そうしてほしいと言ってくれたから。 悲しみを共有するように身体をくっつけあって、玄関の沈黙に身を浸す。 すこしだけ、すこしの間だけそのままで、私たちは雨音がドア越しに静寂を叩く音をいっしょに聴いていた。 夜明けごろの早い時間に目を覚ました。ベッドのなかで、私はみゆきさんの背中の裾をつかんでいた。おさないころ、こうして彼女の後ろに着いていたっけ。こんな年齢になっても、眠りの無意識の中で同じことをしている自分に苦笑する。 あれからそのまま、この家にお世話になってしまった。というよりは、みゆきさんのお世話を断るタイミングがつかめないままけっきょく泊まることになっていたと言うべきか。過度に慰めようとせずいっしょにいてくれるやさしいお姉さんのそばは心地好すぎた。 彼女を起こさないようにベッドを降りる。雨音は、もう聞こえなくなっていた。 「おはよう」 薄闇のなか、静かにリビングへ行くと突然の挨拶。おどろいてゆかりおばさんの姿をまじまじとみつめてしまう。 「早い、ですね」 「みなみちゃんが早起きすると思ったから、おどろかせたくて」 私の戸惑いの疑問に、いたずらが成功したうれしい様子で彼女は答える。私は「はあ」と生返事を返すしかできなかった。私がこの時間に起きるなんて、どうして思ったのだろう。 「みなみちゃんがこの時間に起きると決めつけていたわけじゃないんだけどね。でもこんな時間に目が覚めちゃうことはあり得るだろうなってくらいには気にしてたの」 私の疑問の表情に笑って答えた。 「みなみちゃん、このまま一回家に帰るつもりだったでしょ。着替えやら学校の準備やら」 だから、たまにはのんびり朝の空気を味わうついでに私を待ってみたという。 「私が早起きなんかできないぐ~たらだと思ってた?」 「はい」 馬鹿正直に即答してしまって、あ、と声が漏れた。つい口をついて出てしまった私の言葉におばさんは頬をふくらませて憤慨する。 「もう……! みなみちゃん私のこと嫌いでしょ」 「いえ、そんなことは……」 焦ってうまく気もちを口にできず、しどろもどろに弁解する私。そんな私の様子に溜飲を下げたのか、おばさんはもうそれをつつくことはせずに笑った。「……うん、じつはけっこう無理してるのよ。眠いわ」。 「はい、どうぞ。よく眠れたみたいね?」 「はい、ありがとうございます」 温かいカップを差しだす彼女に頭をさげる。とくべつ長い睡眠時間だったわけではない、けれど心と身体がずいぶんと楽になった。涙を流しきってある程度すっきりしたような気ぶん。それほど涙も流しているわけでもないけれど、みゆきさんたちが一晩かけて癒してくれた。 「まだちょっとさびしいですけど……、時間が経てば、きっと」 ……残っているのは、子猫を看取ったあとのすこしのさびしさだけ。子猫が死んでもそのまま時間は経過して、変わらず朝がやってくる。そのことが切なかった。だれかのやさしい行為に甘えることも、さびしがることさえも知らないままだったちいさないのち。その喪失も私たちにとってはけっきょく日常にちいさなさざ波が立っただけのものでしかなくて……。 私を見つめておばさんは微笑する。 「さびしく思うのは、いいことよ」 「え……」 「みなみちゃんがそういう気もちになることも、私たち大人からすればよくある青春の一部でしかなくてね。 でも、だからこそ、動物と人間のいのちのちがいをちゃんとさびしく感じられるようなみなみちゃんは、いい子に育ったなって思う」 私の様子を、とても微笑ましいと彼女は言う。 「それは、え……と、どうもありがとうございます」 いまのさびしい気もちを肯定してくれたことは、よくわかったのだけれど。正直、そんなことを言われてもどう返していいかわからない。これはほんとうに誉められているのだろうかとも気になってしまう。 「変なお礼」 そんなふうに戸惑う私を、おばさんはくすくす笑うのだった。 玄関で靴を履く。 「朝ご飯はどうする?」 「朝は、自分の家で食べます」 朝の忙しい時間帯に何度も往復するのもなんだかなという気もちもあったので、これ以上のお世話になるのは断っておく。 「わかった、子猫はそっちの庭に埋めるんでしょ? 朝食べたらそっちにいくようにみゆきにいっておくわ」 「はい、よろしくお願いします。昨日はほんとうにありがとうございました」 「いえいえどういたしまして。ほとんどお世話したのはみゆきだし、私はかわいいみなみちゃんが見れていうことなしだから」 ほんとうに返答に困ることばかり言ってくれるので、ただ会釈するだけの反応にとどめる。だけど、最後にひとつくらいは仕返しができると思った。たまの外泊明け、冴えた朝の空気、子猫の死を越えてこれから始まる一日、それらの要因によって知らず気ぶんがうわついている。 「あの、その、ですね」 「ん? なあに?」 「……さっきの、みなみちゃん私のこと嫌いでしょ、っていうのの答えなんですけど」 「へえ?」 なにを言ってくれるのかとニヤニヤ笑うおばさんにわたしは言った。 「私は、おばさんのこと、好きですから」 まあ、と声をあげる彼女に間髪入れず付け加える。 「ただ、私が勝手に苦手に思ってるだけで、嫌いだとは、思ってないんです」 私がおばさんを苦手に思うのは、彼女が特別私をからかうような人間であるからというのではなくて、私が自分のドジで間抜けな子供っぽい姿を彼女に晒してしまっているがゆえの自業自得だから。 「それじゃあ、おじゃましました」 言い捨てて玄関ドアをくぐった。後ろ手に扉を閉めて息をつく。ドキドキ言っている心臓を落ち着かせるように早朝の空気を深呼吸。 好き、と口にするのは大変だと思う。すくなくとも私のような性格の人間にとっては。黙っているのは、性格だけれど。だけれどみゆきさん同様、おさないころからお世話になっているひとへたまにはちゃんと気もちを伝えておきたいともつねづね思っていたから。 雨がやんだ曇り空のした。私は外門へ足を向ける。ちょっとの達成感と、これから先、おばさんのからかいの材料になりはしないかというすこしの心配が混ざり合って、ほんのりとしたしあわせに変わるのを感じながら。 子猫を収めた箱を深く埋めて、ふたりで手を合わせた。 「じゃあ、行きましょうか」 学年のちがう互いの学校生活のこともあって、ふだんはいっしょに登校するということはないからみゆきさんとふたり並んで歩くというのが妙に新鮮だった。 今日の天気は雨上がりの晴れ。雲間から差す陽光が水のしずくに虹をつくる。 「虹の橋、ですね」 虹の橋のたもとを幻視する。いつか収まってしまうだろうさびしさを、この瞬間だけはたいせつに思う気もちで私は虹を見つめた。 登校したあとのことを考える。私はこのことをゆたかやひよりに話すのだろうか。みゆきさんに視線をうつすと彼女も同じことを考えていたようで、はたと目があった。 おたがいになんとなく、苦笑してしまう。 「……どっちでも、いいです」 話しても、話さなくても。 「友達の顔を見てから考えたって、いいと思います」 吐く息の白さを視線で追いながら、言った。 みゆきさんはうなずいて前を向いた。虹に見とれることをやめて歩を進める私たち。寒くなってきた。もうすぐ、冬。季節がまた巡っていく。 私たちは雪の季節へ向かって歩いていく。息を白くする気温、そのなかにある温もりを抱きながら―――
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■ルール■(今回は大幅に変更) ・冒頭に続けて文章を書く(冒頭はすぐ下) ・長さは3レスまで ☆冒頭☆ パラリ、パラリ。 紙の捲れる音が小さな部屋にこだまする。 「ああ、あった」 私は探している物を見つけ、安堵する。そして考える。 ……何をしているか説明しよう。 簡単に言うと、辞書を引いているのだ。 辞書を引き、目的の語句を見つけては、左手のシャープペンシルをすらすらと動かしている。 普段勉強などそっちのけでネトゲにのめり込んでいる私が、何故真面目にもこんなことをしているのかって? 実はこれには深ーいワケがあるのだ。 ID LyHnAQSO氏:後悔 「こなたー、まだー?」 「こなちゃん早くー」 「泉さん。時間はありますから、焦らなくても大丈夫ですよー」 …責っ付かせたり、なだめたりする声が背後から聞こえる。 ようするに、賭に負けたわたしはみんなの分の宿題をやらされているのだ。 お泊り会の余興にと、変な事提案するんじゃなかった。 ってか、つかさに負けるとは思わなかった。 ついでに、みゆきさんまで乗ってくるとは思わなかった。 『後悔先に立たず』 開いた辞書に、そんな言葉が載っていた。 ID ZJ5JuAAO氏:合成魔法 「こなた!合成魔法まだなの!?」 「もーちょっとー!」 この魔界、いつ魔物が現れてもおかしくないというが、まさか自分の部屋に現れるとは思わなかった。 そして私は今、強力な合成魔法を作り魔物を倒すため呪文辞典で呪文を探しているのである。 合成魔法のエキスパートが倒れてしまった今この魔物を倒せるのは私しかいない。 「こなた早くしてー!」 「・・・・・あ・・・あった!」 「よし、その呪文を掛け合わせるのよ!」 ・・・・・・。 こなたは硬直してしまった。 「・・・・・・ごめん、この呪文のこことここってどうやって計算するんだっけ・・・」 「は?」 「やっぱり普段から勉強しとくのって大事なんだなー・・・」 ズバッ バタッ 『GAME OEVR』 かがみ「ちょっとこなた!あんたのせいで負けちゃったじゃない!」 こなた「ごめんごめん、合成魔法ってはじめて使うから・・・」 かがみ「え?アンタこのゲーム結構やりこんだって言ってたじゃない?」 こなた「魔法の合成だけは数学みたいでやる気にならないんだよねー」 かがみ「別に合成くらい攻略本のこの表見れば一目瞭然でしょ?」 こなた「いや、攻略本は見ない主義なんで」 かがみ「一生終わらんぞ」 おわし ID Flp/hsSO氏:頑張って考えたんだよ ――翌日。 「やっほーかがみん。かがみ昨日さ、金魚の名前で悩んでたよね」 「え、うん。でm、」 「それでね私昨日かがみの為に凄い名前考えたんだ! しかも超かっこいいんだよ!」 「こな、」 「その名も『宇宙金魚の朱き龍』!」 「お、」 「宇宙金魚の朱き龍と書いて、『Space goldfish red dragon スペースゴールドフィッシュレッドドラゴン』って読むんだよーっ! カッコイイ! もうこれで決まりでしょ!?」 「……いや、もう名前決まってるから」 「え? あ、そうだよね……」 その後、こなたは自分のアホ毛に『一点集中蒼髪海流神 ワンポイントブルーリヴァイアサンヘアー』と名付け、一人盛り上がっていたという……。 ID bjl35kDO氏:だって一緒にいたいじゃん! 「ほな、来週までに進路調査表提出な~」 「むぅ~進路か~どうしようかな~」 と、そんな風にいかにも悩んでますという雰囲気を醸し出しながら周りの皆に進路先を聞いていた高3の春… 「私?私は弁護士が夢だから◎△大学行くわよ?」 「私はお姉ちゃんと同じ大学がいいけれどやっぱり私の学力じゃ…」 「お恥ずかしながら留学を考えておりまして…」 なんて皆しっかり将来考えてるんだなぁって思ってた けれど夏休みが明けたあたりから皆で同じ大学に行くことになった みゆきさんとかがみんの秀才コンビに私とつかさはスパルタで勉強した …が 「お姉ちゃん!あった!あったよ!私も!」 「おめでとうございます、つかささん、これで残るは泉さんですね」 「どう?こなた?あった?」 「ぃ…」 「え?」 「ない…私……落ちちゃった、まぁ、普段勉強しない私が急にやったって受かるはずないよねーははっ、いやーつかさに負けたのは悔しいけどしかたないか…ごめんねみゆきさん、かがみ、あんなに教えてくれたのにダメだったや」 「泉さん…」 「こなちゃん…」 「こなた……」 「なんや?落ちたんかいな?」 「Σっ!先生!」 「まだあきらめるのは早いで泉ぃ~後期が残ってるで、ま、さらに厳しいかもしれへんけど」 「……。」 「え?どないした?ウチなんか変なこと言うた?」 「そうよ!こなた!後期があるじゃない!」 「そうですよ!泉さん!これから私もさらに力を入れて教えますからがんばりましょう!」 ……ってな理由 「あぅ~頭が…」 「こなたーかがみちゃん達が来たぞー」 「待ってました!先生!」 受験まであと2週間…絶対受かる! ID bjl35kDO氏:代役 「と言うわけで臨時の方が見えるまで明日、あさっての2日間だけどなたか…」 あの時や…あの時に視線が合うてしまったからや… 英語の担当が急に病気になったさかい、代わりがくるまで代役をゆうてウチが選ばれたんや 「つまりや、訳すとこれは…あれ?toss aboutってなんや?」 さっきから調べては訳し、訳しては調べての繰り返しや あーもうあかん!なんでウチが生徒らの問題解かなあかんのや… 「そや!ネトゲで英語できるやつおったわ、さっそく聞いて…」 【ただいまメンテナンス中】 そやな、そううまく世の中は回らんわな… 「うだうだ言うてもダメや!よっし!やったるでぇ」 時刻は夜中の3時すぎ… 独身の淋しい夜が今日もまた更けていく ID g01gamoo氏:キャラ崩壊~ep.0~ 話は1週間前の日曜日にさかのぼる。 その日、ネトゲを寝落ちした私の夢の中にお母さんが降臨してこう言った。 『ゲームばっかりしてないで、勉強もしなきゃダメよ』 今思えば、この忠告は素直に聞いておくべきだった。 その時の私は若気の至りというやつで、母に反抗的な態度をとってしまったのだ。 「えー。だって、お父さんもしてるじゃん」 『そう君は、あれでも一応は立派な社会人だからいいの。こなたは、まだ学生でしょう?』 「そうかもしれないけどさぁ」 『やっぱり、素直に聞いてくれないのね……仕方ないわ、本当はこんなことしたくなかったけど』 「ふぇ?なに?なにするつもりなの?」 『かわいそうだけど、最後の手段をとらさせてもらいます。大変なことがおきるけど覚悟してね、こなた』 「えっ!?うそ!?最後の手段って……まだそんなに話し合って無いじゃん!!大変なことってなにさ!?」 『問答無用です!え~いっ!』 私はこれをただの変な夢だとしか思っていなかったのだが、そうではなかった。 翌日、確かに大変なことが起こったのだ。 「おはよー、かがみにつかさ」 「……誰よ、あんた?つかさ、知ってる?」 「……ううん。初めて会ったけど」 「えっ?……ちょ、ちょっと、変な冗談はやめてよ、かがみ」 「お姉ちゃん、同じクラスの人とかじゃないの?」 「自分のクラスの人間の顔くらい覚えてるわよ」 校舎の前で会ったかがみとつかさに、私達の関係を完全否定されてしまったのだ。 それだけではなかった。 「おはようございます、みなさん。どうかされたのですか?」 「おはよう、みゆき。ちょっとね、変なヤツにからまれちゃって」 「ゆきちゃん、おはよー。えっとね、この人が私達に挨拶してきたんだけどね……」 「み、みゆきさん!みゆきさんは、私のことわかるよね!?」 「ええ。同じクラスの泉さんですよね。こうして言葉を交わすのは初めてですが」 「そっ、そんなぁ……」 「あの、大丈夫ですか?顔色が優れないようですが?」 「あ、うん。大丈夫……です……」 その後、かがみとつかさ、それにみゆきさんは私を置いて3人で校舎へと向かった。 何も考えられなくなった私は、その日は学校に行くことをやめた。 まっすぐに家へと戻り、シャワーだけ浴びると、すぐにベッドにもぐりこんだ。 何もする気が起きなかったから。 やがて私が眠りにつくと、前日と同じように夢の中にお母さんが降臨した。 『こなた、少しは反省したかしら?』 「……うん」 『そう。それじゃあ、ちゃんと勉強も頑張るって約束できる?』 「……うん、約束するよ。だからさ、かがみ達を元に戻してよ」 『わかったわ。こなた、両手を出しなさい』 その言葉に従って差し出した手の上に、広辞苑レベルのやたら分厚い本が置かれた。 表紙には、何故か私の名前が書かれている。 『その辞書には、あなたの記憶がその記憶を表すキーワードと一緒に刻まれているの。もちろん、かがみちゃん達との思い出も』 「それで、私はこれをどうすればいいの?」 『あなたが取り戻さなければならないすべての記憶、その記憶にまつわるキーワードをこのノートに記しなさい』 そう言って、お母さんは3冊のノートを取り出した。 ノートにはそれぞれ、柊かがみ、柊つかさ、高良みゆき、と名前が書かれている。 「えっとさ、こんなこと言うのアレなんだけどさ……もっと簡単に戻せないの?こう、どばーっと一気に」 『別にいらないって言うのなら、このノートはあげないし、辞書も返してくれていいのよ?』 「うう……ごめんなさい。自分で招いた結果なのに、楽をしようと考えた私がバカでした」 『よろしい。それじゃあ、これをあげるわね。猶予は明日の朝4時よ。頑張ってね、こなた』 「ええっ!?ちょ、それなんて無理ゲー!?短すぎるよっ!!」 私は母の姿が消えた直後に目を覚ますと、慌ててベッドから飛び起き、時計だけ確認してすぐに机にむかった。 そして、手に持っている辞書を猛スピードで捲り、最初のキーワードとなる『偶然』や『出会い』という単語をみんなのノートに描き込んだ。 ☆ そして、現在の時刻は深夜2時。 辞書を引き始めてからかれこれもう14時間にもなる。 ここにきて、ようやく最後のページを捲り終えた。 「やった……やっと、終わった……」 半日以上にわたり集中力フルパワー状態で体と頭を酷使し続けたせいで、もうくたただ。 すべては終わった。もう寝よう。 そう思いベッドに向おうとしたその瞬間、私の脳裏にふとすばらしい考えがひらめいた。 コホン。えー……諸君、心して聞いて欲しい。 間に合ったと言う達成感。 そして、今日経験した絶望的な寂しさから抜け出せると言う喜び。 さらには、安堵感からくる眠たさ。 これらのことから、今の私は正常な思考ができる状態ではないと言えよう。 だから、これから私がやろうとしていることっていうのは、ほんの出来心な訳で。 神のいたずら的なアレというか、小悪魔の囁き的なアレというか。 つまり、私は悪くないし、これだけ頑張ったんだから、ご褒美くらいあってもいいし。 私がかがみのノートに今からある言葉を書き込んじゃうのは、偶然と言う名の必然と言う名の偶然。 誰も悪くない。もちろん、私も悪くない。オーケー? えいやっ、と辞書に無いはずのキーワードをかがみのノートに書きなぐってから、私はベッドに飛び込んだ。 どうか、私がこんなことしたのをお母さんが見ていませんように、と願いながら。 ……見ててもいいから、見逃してくれますようにっ! ☆ 翌日、というよりは私が寝てからほんの数時間後。 かがみとつかさは、いつもの集合場所で私のことを待ってくれていた。 「おはよー、かがみにつかさ」 「おっす。こなた」 「こなちゃん、おはよー!」 よかった。2人が私のことを認識してくれた……んだけど、つかさの様子がおかしいような……? 「つかさ、今朝はなんだか元気――」 「こなちゃん!そんなテンションじゃ、俺より強いヤツを探してる人とか全方位において負けが無い人達に負けちゃうよ!?」 「……か、かがみ、つかさはどうしちゃったの?壊れたの?」 「え?何が?いつも通り元気でつかさらしいじゃない」 「うひゃーっ!わたし、なんだかワクワクしてきたよっ、こなちゃん!引かない!媚びない!省みない!我が生涯に一片の悔いなーしっ!」 あああああ。つかさが頭髪を金色に輝かせて、天に向ってオーラを立ち上らせて、凄い動きをしながら「師匠ー」って叫んでる…… 漫画が違うよー。こわいよー。 「ところで、こなた。今日の放課後さ、体育館の裏に来て欲しいんだけど……ダメ?」 「え?……い、いや、別にいいけど」 「何よ、その態度。イヤなら別に断ってくれたらいいのよ?」 「べ、別にイヤじゃないよっ!むしろ、喜んで行くよっ!」 壊れてしまったつかさはどーでもいい。 今の私は、かがみのことが非常に気になるのだ。 何故なら、私は昨日かがみのノートに…… 「そう?そんなに乗り気なら、放課後じゃなくて今でもいっか」 「ふぇ!?い、今デスカ!?……ひ、人がいっぱいいるじゃん。恥ずかしいよ。告白はやっぱり人気の無いところのほうが……」 「ああ、大丈夫よ。私がしたいのは告白とかじゃなくて、もっと肉体的かつ直接的なスキンシップだから」 「ふわぁっ!?ぬ、脱いだ!?かがみが脱いだっ!!……た、助けてぇーっ!お母さぁーんっ!」 かなたはノートから目をはずすと、悲鳴をあげて全裸のかがみから逃げ惑うこなたの姿を天上から覗いて、溜息をついた。 『自業自得……かしらね。もっと勉強させなきゃダメかしら』 かなたはそう呟くと、こなたが昨晩必死で書いたノートに視線を戻し、今現在の騒動の原因となった単語を改めて見つめなおす。 眠たさゆえか、学力のなさゆえか、はたまた凡ミスか……こなたが間違って記してしまった単語を。 みゆき:無的 つかさ:天燃 かがみ:変 ID C5N4Q2AO氏:無題 かがみ「珍しいわね、アンタが辞書片手に書き取りしてるなんて」 こなた「さすがに私も何時ももれなく遊んでるわけじゃないよー」 つかさ「私手伝っていい?」 こなた「え・・・いや・・・その・・・・・・、私一人の力でやりたいんだよ!」 つかさ「え、そうなんだ・・・」 かがみ「遠慮しなくていいわよー♪」グイッ こなた「アッー」 かがみ「ん?・・・・・『エッチ』・・・変態の意。hentaiの頭文字をとったもの。・・・陰・・・男子の生殖器の一部で、さおのように伸びたりする部分。・・・強姦・・・・・・・・・」 こなた「いやー暇な時辞書があるとついそんな単語ばっかを・・・」 かがみ「お前は思春期の中学生か」 ID E39Zayw0氏:ネトゲのためなら 数日前のこと。 ネトゲもやりつくして退屈だった私は、お母さんの部屋をたずねた。 世間にはラノベ作家として有名なお母さんだけど、その辺のオタクたちが束になってもかなわないほどのスーパーオタ女でもある。 そんなお母さんなら、マイナーだけど面白そうなネトゲでも知ってるかもしれないと思ったのだ。 部屋に入ると、お母さんはちょうどパソコンに向かってネトゲ中。 画面をのぞいてみると、そこはカオスだった。 アルファベットや日本語、中国の漢字、ハングル文字、なんかミミズのようなよく分からない文字までがごたまぜになったチャットが、ものすごい勢いでスクロールしてる。 お母さんは、鼻歌まじりに、そのカオスなチャットと戦闘コマンドを神速のキーパンチでこなしていた。 モンスターを倒すと、チャットのスピードがやや落ちた。 お母さんは、パーティメンバーとのチャットをこなしながら、 「ん? どしたの?」 「お母さん、これ、何言ってるか分かるの?」 「分かるよ。最初は苦労したけどね。基本的な会話とスラングとアスキーアートさえ分かれば、とりあえずは大丈夫」 このネトゲは、世界でも難易度最高クラスのMMORPGで、世界中のディープなネットゲーマーたちが集っているそうだ。 コンピューターが扱える文字なら使用言語は自由というルールのため、ゲーム上の会話は国際色豊かすぎるカオス状態。 「いやぁ、世界中の文字を表示するのに、フォント入れまくったよ。エリアごとにモデルの国があってね。NPC(ノンプレイヤーキャラクター)は、そのエリアの言葉で話すんだよね。新しいエリアに行くたびに、辞典めくりまくり」 お母さんは、「旅先でよく使う各国語会話辞典」なる本を手に取った。 「ちなみに、このエリアはスワヒリ語だね」 なんという凝った設定だ。 泉こなた──我が母は、ついにこの域にまで到達してしまったのだ。 お母さんは、朝までそのネトゲで遊び続け、私は後ろからその画面を眺めていた。 チャットの内容はさっぱり分からないけど、雰囲気は伝わってくる。 なんだかとても楽しそうだった。 ネトゲからいったん落ちたお母さんが、 「やってみるかい?」 「チャットが大変そうだよね」 「大丈夫だよ。古参は初心者相手なら英語であわせてくれるし、『English OK』モードにすればNPCの会話もみんな英語になるから。初心者用の練習エリアもあるしね」 お母さんはことなにげにそういったけど、私の英語の成績からすれば、それは最高難易度だといってもいい。 というわけで、私は英語をマスターすべく辞典をめくっているのである。 スラングやネトゲ用語はネットで検索するとして、基本的なところはよく使う文章を辞典を見ながら訳して覚えるしかない。 とりあえず、流れるような英語の会話を見た瞬間に理解できるようにならないと。 その後、私の英語の成績が急にあがって、クラス担任の黒井先生を驚愕させたというのはまた別の話。 ID J7t352SO氏:意地 「ねえ、お母さん…無理しなくていいんだよ?」 後ろから、何と言うか気遣うような声。 「…無理してないよ。いいからお母さんに任せなさいって」 その声の主が自分の娘ってのが、なんとも情けない。 「もう…変なところで意固持なんだからあ」 娘が呆れた声をあげる。 そりゃ意地にもなろうというもの。 『たまには親を頼りなさい』なんてカッコつけて娘の宿題を手伝いだしたのだから、この泉こなたの名にかけても、やり遂げなければならないのだ。 「…こんなの習ったっけ…」 名をかけても、解らない所はやっばり解らない。 こんな事なら、学生時代にもう少し真面目にやっとけばよかったよ。 「…お母さん…頭から煙りでてるよ」 「うるさい、気が散る。少し黙ってて」 「…もう…提出間に合うのかな…あ、ちゃんと読める字で書いてね」 誰に似たのか、生意気な子だ。 「…こんな無理してくれなくても、お母さんの事好きなのにね」 …ホント生意気な子だ。