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ゼロと人形遣い 4 阿紫花は窓から差し込む朝日を感じて目を覚ました。 「んんっ?・・ああっ、そういやそうでしたね。」 まだ寝ぼけ気味の頭を回して思い出す。 自分はまた訳の分からない事に巻き込まれ、今度は異世界のような所に召喚されたのだった。 「今度お祓いでもしてもらいましょうかねぇ。」 そう言いながら煙草に火をつける。 一口吸ったところで、 「あっ!やっちまった!」 煙草に限りがあることを思い出した。 しかしいまさら火を消すわけにもいかず、そのままゆっくりと吸い続けることにする。 煙草が半分くらいまで減ったところで、すぐそこに散らばる衣類に気がつく、だが一瞬見ただけですぐに天井に目を向けた。 フィルターのギリギリまで吸ったところで、自分の対面にあるベットの上で毛布がモゾモゾと動き始めた。 「ふぁ~あっ・・・ん、あっあんた誰よ!?」 「さあ、アタシも訊きたいですねぇ?」 寝ぼけたことを言うルイズに、適当に返しながらほとんどフィルターだけになった煙草を揉み消す。 「ああっ、そうか昨日私が召喚した平民か。・・・はぁ、なんでよ。なんで私の使い魔が平民なのよ!そりゃドラゴンやグリフォンなんて言わないけど、せめて犬でも猫でもネズミでもいいから、もっとまともな使い魔が良かったのに!!」 阿紫花は、いきなり怒鳴りだしたルイズを『元気だねぇ』と思いながら眺めていた。 しばらくして落ち着いたのか、 「・・・服。着替えの制服を取って。」 「・・・お嬢ちゃん、そりゃアタシに言ってるんですかい?」 「当然でしょ!あんた以外に誰がいるってゆうのよ。さっさと着替えを取りなさい。そこのクローゼットに入ってるから。」 断ったら五月蝿いであろう事は昨日からのやりとりで分かっていたので、大人しく言うことに従い服を持って行ってやる。 「着せて」 「・・・」 おもわずため息を吐いてしまう。 「そんくらい自分でできるでしょう?」 「当たり前よ。あんた私を馬鹿にしてるの!」 ひたすら偉そうに言いながら睨みつけてくる。 その視線を受け流しながら、 「だったら自分でおやんなせぇ。」 「口答えするんじゃないわよ。貴族は使用人がいるときは自分で着替えはしないのよ。」 「そうは言ってもねぇ。その時には女が手伝うもんじゃないんですか?」 その言葉を鼻で笑って、 「使い魔に男の女も無いわ。ペットの前で着替えたってどうもないでしょう?それと同じよ。」 阿紫花はその言葉に一瞬目を細めたが、すぐに呆れた表情をした。 「生憎とアタシは脱がす専門でしてね。人様に服を着せたことなんてないんですよ。」 「へっ?」 ルイズは間の抜けた表情をしたが、すぐに意味を理解したのか、 「なっ、なな、なに言ってんのよ!」 急に真っ赤になって慌てだした。 その様子を黙ったまま見ていると、 「いいいっ、いいわ!着替えくらい自分でやるからいいわ!」 赤い顔のまま着替えに手を伸ばした。 「そりゃ良かった。そんじゃアタシは外に出てますぜ。」 「わかった。わかったから、さっさと出て行きなさい!」 言われるまでもなく部屋の外に出る。 その時、まるで計っていたかのようなタイミングで向かいの部屋の扉が開いた。 「あら、ルイズかと思ったら使い魔の平民じゃない。」 いい加減平民扱いにも慣れてきたので、特に気にしないことにした。 「はぁ、そうゆうアンタはどちらさんで?」 「私?私はキュルケ、『微熱』のキュルケよ。それで使い魔さんはなんて名前なの?」 「アタシですか、アタシは阿紫花ですよ。」 「アシハナねぇ、変わった名前なのね。ところであなたのご主人様はどこかしら?」 「ああ、嬢ちゃんならそろそろ出てくるんじゃないですか。」 そう言うと同時に、ルイズの部屋の扉が開いた。 「ちょっとアシハナ!あんた洗濯物を・・・ 「あら、おはようルイズ。あなたは朝から元気ね。」 「・・・おはようキュルケ。」 ルイズは不機嫌そうに挨拶を返した。 キュルケはその態度を気にした様子も無く。 「それにしても、さすが『ゼロ』のルイズね。まさか平民を使い魔にするなんて前代未聞じゃない。」 「ふっ、ふん。うるさいわね。私だって好きで召喚した訳じゃないんだから。」 「へぇ、そうなの?あなたにはお似合いだと思うけど。でも、やっぱり使い魔はこうゆう子じゃないとね。フレイム~。」 キュルケに呼ばれ部屋の中から巨大なトカゲのような生き物が這って出てきた。 「サラマンダーよ。すごいでしょう、ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は間違いなく火竜山脈のサラマンダーね。好随家が見たらよだれを垂らすわよ。」 「・・・まあまあね。良かったじゃない。」 「あら?『ゼロ』のルイズに誉めてもらえるなんて光栄ね。さすが平民を召喚する人は見る目があるわね。」 「なっ!」 そのままくだらない口喧嘩を始めてしまう。 そんなやりとりを横目に、阿紫花はフレイムと呼ばれたトカゲを観察する。 「きゅる?」 「見た目割にかわいいもんだねぇ。」 しゃがみこんでからゆっくりと手を伸ばし、頭を軽く撫でてやる。 スベスベとしていい手触りだ。 「きゅるきゅる。」 フレイムも嬉しそうに声を出したので、そのまましばらく撫で続ける。 それに気がついたキュルケが、 「フレイムがすぐに懐くなんて珍しいわね。やっぱり使い魔同士で気が合うものなのかしらね。」 そう言ってから、またルイズを見る。 「よかったわねルイズ。いちおうちゃんとした使い魔みたいよ。」 「うるさいわね!私が召喚したんだから当然でしょ。」 また再開しそうになるが、 「それはそうと嬢ちゃん達、時間は大丈夫なんですか?」 阿紫花が声をかける。 そこでやっと思い出したように、 「確かに、そろそろ食事の時間ね。じゃあねルイズ、それから使い魔さん。行くわよ~フレイム」 「きゅる、きゅるきゅる。」 キュルケはウィンクをして歩いていってしまった。 フレイムは一度だけ阿紫花を見てから、その後に付いて行った。 彼女らの姿が見えなくなると、 「き~~~、悔しい!なんでキュルケの使い魔がサラマンダーで、私の使い魔が平民なのよ!」 「さあねぇ、日頃のおこないじゃないですか?」 「うるさい!私のどこが悪いっていうのよ!そもそも平民の癖に口答えばっかりするんじゃないわよ!」 「はいはい、わかりましたよ。」 「わかってないわよ!」 まだ何か言いたそううだったが、思いとどまったように、 「まあいいわ。確かに時間もないしね、さっさっと食堂に行くわよ。」 不敵に睨みつけてから先に歩き出した。 『こりゃ、なんか変なことでも考えてんな。やっかいなガキに捕まったもんですねぇ。』 そう思ったが、腹が減っているのも確かなので大人しくついて行こうとする。 そこでふっと思いつく。 『そういや、あたしの災難は子供がらみばっかりだなぁ』 おもわず苦い顔をしてしまう。 「この世界にもお祓いしてくれる場所はあんのかねぇ・・・」 そう呟いた阿紫花の顔には小さいが確かな微笑があった。 まるで楽しかった過去を思い出しているかのような・・・。
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翌朝 トリステイン魔法学院は蜂の巣をつついたような騒ぎだった。 宝物庫から『破壊の杖』を盗んだのは『土くれ』のフーケと呼ばれる最近世間を 騒がす盗賊である。 教師達は集まって対策会議を開いているが責任の所在の押し付け合いで、一向に有効策が 出てこない。 オスマンの一喝でそれまで好き勝手言っていた教師たちは静まるが。 「で、犯行の現場を見ていたのは誰かね・・」 「この3人です」 そこには目撃者として召喚されたルイズ、キュルケ、タバサの3人がいた。 隣では銀時が鼻をほじりながらつまらなそうな顔をしている。 「ふむ、君達か・・」 オスマンは銀時のほうを興味深げに見る。 ―何見てるんだ、このジジイ、気持ち悪ッ、源外のジジイと声が似ていてイラッとくんな。 ルイズは昨日の夜あったことを詳しく説明する。 『土くれ』のフーケの話を聞いてて、銀時は江戸にいた2人の怪盗を思い出した。 2人とも義賊と呼ばれていた、ただ1人は変態の下着泥棒だったが。 そんなことを考えていると突然ドアからいかにも美人秘書というような女が現われた。 「ミス・ロングビル!どこ行ってたんですか!大変ですぞ!事件ですぞ!」 「申し訳ありません、朝から急いで調査しておりましたの」 ロングビルが言うには近くの森の廃屋がフーケの隠れ家ではないかということだ。 すぐに捜索隊を結成することになったが誰も自ら行こうとしない。 銀時ももし行けといわれても自分も絶対嫌だと思った。 しかしここで杖を掲げたのはルイズであった。 「わたしが行きます!」 銀時はやれやれと思った、どうせ自分も行くことになるのだろうと。 教師たちは慌てて止めようとするがルイズは引かない。 それに呼応するかのようにキュルケも杖を上げ、タバサもそれに続く。 キュルケは行く事は無いと言ったが。 「心配・・それに」 タバサは銀時のほうをチラッと見た。 「?」 目が合った銀時はいかぶしげな顔をした。 なんでもタバサはシュヴァリエという騎士らしい。 周りは驚いているがなんとなくだが銀時は納得した。 出会った時からタバサからは他の生徒とは違う臭いのようなものを感じていたからだ。 コルベールが自分の事をガンダ何とかといってたが気にしないことにした。 こうして捜索隊が結成された。 「杖にかけて!!」 3人が同時に唱和した直後に銀時が手を上げる。 「ちょっと待った、大事なことを聞き忘れてたぜ」 その言葉に回りは銀時に注目する。 オスマンやコルベールはガンダールヴがこの事件で自分達の気づいていないことに 気づいたのかと、さすがガンダールヴだと思っていたがその期待は次の言葉で粉々に 打ち砕かれる。 「おやつはいくらまでOKなんすか」 ピキィィ!! 空間にひびが入る音が聞こえたような気がした。 この瞬間、銀時以外の時がとまった。 ちょっとしたザ・ワー○ドである。 「遠足気分かぁぁぁ!!」 いち早く復活したルイズが銀時を鞭でしばく。 その後バナナはおやつに入るんですかというベタなボケをかました 銀時はさらにルイズに凶悪な突込みを入れられる。 「のう、コルベール君、あれほんとにガンダールヴ?」 「私も少し自信が・・」 4人はミス・ロングビルの案内で馬車に乗っている。 ちなみに銀時は厨房からもらったおやつの入った袋からチョコレートを取り出し バリバリ食べている。 「それにしても何かめんどくせえことになったな、最近朝早く起きすぎて逆に体に悪いわ、 俺の血圧いくらだか知ってんの、あ~こんなことなら使い魔なんかなるんじゃなかった」 「さっきからうるさいわね、だったら来なければいいでしょう」 「そういうわけにもいかねえだろ、お前が最初にあったとき『初心者でもできる簡単な仕事です』 『皆仲の良い楽しい職場です』って言ってなければ俺はもう少しは考えてたぞ、あ~詐欺だねこりゃ」 「言ってないわよぉぉ!!そんなこと、あんたバイト感覚で使い魔やってんのぉぉぉ!!」 そんな銀時とルイズの漫才みたいなやりとりをキュルケは呆れたように見ている。 「仲いいわねえ、貴方達、ちょっと妬けちゃうわ」 「誰がこんな奴と!!」 ルイズはむきになって否定する。 タバサはさっきから銀時の食べているチョコレートをじっと見ている。 「喰うか・・」 銀時は持っていたチョコレートをタバサに差し出した。 なんとなくだが本能的に、この手のタイプには優しくしといたほうが良いと思った。 「ありがとう」 タバサはチョコレートを受け取り礼を言った。 「まあ、めずらしい、タバサが人から物を素直に受け取るなんて」 「へ~、手が早いのね、いつの間にかこの子まで口説いてるなんて」 ルイズはこめかみの方がピクピクしていた。 「ミス・ロングビル・・手綱なんて付き人にやらせれば良いじゃないですか」 キュルケは黙々と手綱を握るロングビルに話しかけた。 「いいのです、私は貴族の名をなくしたものですから」 「だって、貴女はオールド・オスマンの秘書でしょう」 キュルケは驚いた様に問う。 「ええ、でもオスマン氏は貴族や平民だということに、あまり拘らないお方ですから」 「差し支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」 キュルケの問いに、ロングビルはただ微笑むだけだった。 「いいじゃないの、教えてくださいな」 ルイズはそんなキュルケを止めようとしたが、意外なところから声がした。 「やめとけよ」 それはおやつ袋のお菓子を食い終わった銀時だった。 「人間なんざすねに傷を持ってる奴ばかりだ、その傷を見ようなんて悪趣味だぜ」 「まあ、ダーリンがそういうなら・・」 キュルケは少し恥ずかしそうにうつむいた。 「ああ、寝みぃ、ついたら起こせよ」 銀時はそのまま両手を後頭部にあて少し横になるような体勢をとり、 そのままガーガー眠り始めた。 「ギントキ、起きろ」 「ん、着いたのか」 銀時は寝だれを拭きながら起きる。 「ここから先は、徒歩です」 馬車が入れない森についた銀時達は歩くことになった。 森は鬱蒼として薄暗かった。 「や~ん、こわい」 そう言ってキュルケは銀時に擦り寄ってくるが銀時は頭をがしっと押さえ。 「暑苦しいからあんま近よんな」 「だってー、すごくー、怖いだものー」 「嘘くせーんだよ、お前のその言い方、うっとしいからやめてくれる、マジで」 「ぶ~、ダーリンは私のこと好きじゃないの」 「ああ好きだぜ、軍手の次ぐらいに」 つまりものすごくどうでもいいということである。 これならまだ嫌われたほうがマシともいえる。 森には木こり小屋だったと思しき廃屋があった。 「私が聞いた情報によると、あの中にいるという話です」 作戦会議が開かれ、その結果偵察兼囮が中からフーケをおびき寄せ 出てきたところを攻撃することになった。 その偵察兼囮を誰にするかと言った時、皆銀時を見る。 銀時は最後まで「じゃんけんにしねえか」と無駄な足掻きを見せてはいたが まさしく無駄に終わった。 「結局俺がいつも貧乏くじか」 そうため息をつきながらもその役を引き受ける。 「じゃあダーリン、これ」 渡されたのはキュルケの買ってきた剣だった。 銀時はぶっちゃけいらないのだがパフェをおごってもらったので義理程度には持っておくことにした。 「何かうむやむになっちゃったけど勝負に勝ったのはあたし。文句ないわね、ゼロのルイズ」 ルイズは何も言わなかった。 小屋に近寄る銀時。 妙なことに小屋には人の気配がしない。 めんどくさくなったので窓を蹴破って中に入った。 やはり誰もいないし人の気配もない。 そのことを外に隠れているルイズ達にもサインで伝えた。 小屋の中にいる銀時は何か手がかりになる物はないかとあたりを物色する。 暖炉の横に箱が置かれていて銀時はあけた。 「何でこいつがここに・・」 銀時は目を見開いた。 「破壊の杖」 後から小屋に入ってきた銀時の取り出したそれをみて言う。 「おい、これが本当に破壊の杖か」 「そうよ、あたし見たことあるもん、宝物庫見学したとき」 一緒に入ってきたキュルケも言った。 そんな時急に見張りをしていたルイズの悲鳴が聞こえた。 「きゃあああああ」
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前ページ次ページBRAVEMAGEルイズ伝 第一章~旅立ち~ その5 チャンバラ・バトル 「諸君……決闘だ!」 ギーシュの極限まで格好つけた宣言に、集まった生徒たちは大いに沸き立った。 女子生徒の黄色い声援、男子生徒の興奮した雄叫びに広場は一時騒然となる。 だが騒乱の中心であるムサシはまるで動じることもなく、仁王立ちしていた。 圧倒的な自信を掲げ、ギーシュはそんな彼を一睨みする。 「『ごめんなさい』と言えば……まだ間に合うよ?」 「御託はいい、さっさとやろうぜ」 ムサシはそんな挑発には乗らず、にべもなく応じる。 立派な眉は釣り上がり、口元を引き締めたまま、腰の真雷光丸を抜き放つ。 そんな態度にギーシュはやれやれ、と肩をすくめた。 「まったく聞き分けの無い子どもだ……平民と貴族の絶対的な差というものがわかっていないらしい」 ギーシュが薔薇を振り、花びらがひらりと舞い落ちる。 その花びらはみるみるうちに鎧兜を纏い、剣を掲げた女性像へと変化した。 「二つ名は『青銅』!土のメイジである僕にとって……このゴーレムが君の剣に相当する。 ああ、僕は戦わないから二対一では無い、卑怯とは言わないでもらうよ。 だがそれでも君のようなちっぽけな子どもが楯突いてどうにかなるわけでも─」 「御託はいいって言ってるだろ、おしゃべりだなあお前」 こういう長ったらしく講釈を垂れる奴にロクな奴はいない。 ムサシは剣豪らしく、バッサリと前口上を切り捨てる。 ギーシュの余裕たっぷりの笑みが、引きつった。 「……行け!ワルキューレ!」 「大変です、オールド・オスマン!」 「なんじゃね騒々しい」 学長室にてオスマンと呼ばれた立派な髭の老人が、厳格な佇まいでコルベール教師を待っていた。 この人物が普段は傍らの秘書にセクハラを咎められ続けているなどと、知らぬ人が見れば誰が信じられようか。 「これはミス・ヴァリエールの召喚した使い魔に刻まれたルーンです。 そして、こちらが『ガンダールヴ』のルーン……見てください、一致しています!」 「ほー……」 普段の冷静な物言いが影を潜め、捲し立てる。 よほどの興奮なのだろう。 「それで……君の結論は?」 「つまりですね、あの少年は『伝説の使い魔』であったのです!一大事でしょう」 興奮してツバが飛ぶコルベールをしっしっと手でおいやって、オスマンはハンカチで顔を拭いた。 そしてため息を一つ。 「のうコルベール君。ワシも話でしか聞き及んでおらんが、10かそこらの子どもらしいのう。 本当に『あらゆる武器を使いこなした』と言われるガンダールヴなのか? それが分かるのは、あの子がせめて生徒たちと同じくらいに大きくなってからじゃろう」 「ハッ……確かに、こんなに小さい子どもでしたね」 コルベールが手を地面と水平にし、自分の腰から少し上ほどで止めた。 使い魔の少年の背丈は、大柄ではないオスマンよりもさらに小さい。 まったく騒ぎおって、と髭を揺らして肩をすくめた。 すると、またしても来訪者が訪れる。 「オールド・オスマン」 「おおなんじゃねミス・ロングビル」 コルベールよりもやや軟化した態度で応じるオスマン。 ロングビルと呼ばれた美女はさほど気にした様子も無く続けた。 「ヴェストリの広場にて決闘騒ぎが起きています。『眠りの鐘』の使用許可を求める声も教師たちから」 「たんなる子供のケンカに秘宝じゃと?よせよせ放っておいてもかまわんよ。で、誰が騒ぎの中心に?」 「ええ、ギーシュ・ド・グラモンが発端とのことで」 「あーあーあの女好きか、よう覚えておるよ、まったく親子揃って」 「もう一人は……その、ミス・ヴァリエールの召喚した少年……のようです」 「なんと」 オスマンの髭を撫でる手が止まった。 コルベール共々顔を見合わせる。 秘書に礼を言い下がらせて、『遠見の鏡』に向き直った。 「ったく、あの馬鹿!チビ!トンガリもみあげ!!」 口からまるでふたご山山頂からの激流のように溢れ出る悪態を垂れ流しながらルイズは走った。 もちろん彼女は必死で止めた、シエスタだって必死で引き止めた。 だけどムサシは止まらなかった、その小さな身体に怒りを込めて。 勝手にしろ、と怒鳴りつけてしまったら本当に勝手にしてしまった。 頭に血が登ってしまったルイズは、しばらくして泣き崩れたシエスタを見てようやく気がついたのだ。 このまま放っておいては、使い魔を失うことになると。 「始まって、ないでしょうね……?」 使い魔の安否を確かめる為、息急き駆けるルイズ。 主人の名誉を守るため、確かにその気持ちは嬉しかった。 しかし平民が貴族と決闘して生き残れるかと言えば、答えは否。 ギーシュも命を奪うまではしないだろうが、タダで済むはずがなかった。 「頼むから、間に合ってよ……!?」 「……」 「おいおいどうした貴族様!?」 広場は静まりかえっていた。 無論、決着がついたからではない。 襲い来るワルキューレに対し、ムサシが飛び出した。 そこまではよかった、誰もが倒れ伏す少年の姿を想像しただろう。 「ば……馬鹿な!?」 「へン!どっちが馬鹿かは……もうすぐ分かるぜ!」 ムサシが放った突きが、倍ほども差があるワルキューレの体をふっ飛ばした。 ギーシュの目が見開かれ、皆が息を飲む。 そのまま青銅の体は広場に叩きつけられ、たんなるくず金属へと成り果てる。 そして、その真ん中にはまあるい穴が空いていた。 「わ、ワルキューレ!!」 現状にいち早く気づいたギーシュが、ワルキューレを限界の6体まで出現させる。 今度は槍、斧、メイスなど様々な武器を携えていた。 「おいおい、ギーシュが本気だ!」 「まぐれで一体倒されたとは言え、子どもだぞ?大人気無いな!」 ちらほらと聞こえる野次に反論する余裕すらなかった。 曲り形にも武人の血を引く彼は察したのだ。 まぐれなどではない、目の前のこの少年は自分など簡単に切り伏せられる実力を隠していると。 「おい、一対一はどうしたんだ!?」 「かかれッ!!」 この子どもは只者では無い。 ギーシュは自分の額がじわりと汗で濡れるのを感じ取った。 もはや自分の手がいかに卑怯かなど、考える余裕を無くすくらいに。 「ああ、あんなに小さい子に6体も?ひどいわねえ……しかしあなたがこういうの見るなんて珍しい」 「……無謀」 観衆の後ろの方、キュルケとタバサもまた観戦していた。 キュルケの方はムサシをいくらか気に入っているらしく、いざとなったら介入する腹積もりでいた。 しかし、ルイズのやっと手に入れたパートナーをみすみす失わせたくないという気持ちもある。 本人は認めないだろうが、彼女もまたタバサと同じく放っておけない存在なのだ。 そのタバサも、どういうつもりかこの決闘を見つめている。 その手の本を閉じてまで。 「まあ無謀、よね。一度に6体なんてそこらのドットどころかラインレベルでも苦戦……」 「ちがう」 「へ?」 「あの子に挑むことが、無謀と言った」 タバサが発した久しぶりの10文字以上発言を理解するのに、若干時間がかかる。 キュルケがぽかんとしたその瞬間、再びどよめきが沸いた。 走るルイズ、途中どこかで転んだかヒザからは血が滲んでいた。 ずいぶん遠く感じた広場が、そして人だかりがやっと見えてきた。 騒がしい、まさか既にムサシは。 「ちょ……どいて!どきなさい!!」 人並みを必死でかき分け、最前列を目指した。 ようやく見えたのは、ピンと跳ねたムサシのちょんまげ。 今まさにその周囲に、ギーシュのワルキューレが見えた。 それも、四方を囲まれて。 「ふ、はっはっは!さっきまでの自信はどうしたんだね!?」 「ちくしょー、汚いぜ!」 四方から一斉に打ち掛かられ、さすがの剣豪も防御に徹せざるを得ない。 腰に巻かれた汚い帯『ゲイシャベルト』の力でこの包囲網を飛び越えることも確かに可能だろう。 だがこれでは、防御を解いた瞬間に武器の一撃を食らってしまう。 先程までの不安を振り払ったようでギーシュはにやついている。 この状況をさてどうするか、と考えるムサシの脳裏には一つの技が浮かんだ。 (二天一流斬!ああ、レイガンドがここにありゃあなあ……) ムサシの持つ最強の必殺剣、二天一流斬。 真・雷光丸での防御から転ずる全てを切り裂く一撃だ。 しかしそれを放つには、もう一本の愛刀が欠けている。 その背に下がる空の鞘が、それを物語っていた。 「ギーシュ、弱いものいじめはそろそろよせよ!」 「やめてあげてよ!」 「ムサシーーーーーーーッ!!!」 様々な声が飛び交う喧騒の中で、ルイズは必死に叫んだ。 ムサシを傷つけて欲しくなかった。 ムサシに傷ついて、欲しくなかったから。 と、ルイズは傍に砕け散ったワルキューレが転がっているのに気がついた。 「……?これ、ギーシュの……」 ここまで砕けているとは、ギーシュはワルキューレ同士をぶつけでもしたのだろうか? だがしかし、重要なのはそこではない。 気づいたときには、群衆から飛び出していた。 ムサシの背には空の鞘。 教室で見せた、両手で振るう箒の凄まじさ。 (もう一本……あれば!!) 周りが止めるのも聞かず、転がるワルキューレの剣へと駆け寄った。 ルイズの腕には少々重たく、精一杯の力でその剣を持ち上げる。 こんな物が自分より小さなムサシに扱えるのか、という考えには思い当たらなかった。 わからない、わからないが、二振り揃ったムサシに適う奴なんかいない。 なぜかそう思えたのだ。 「重、た……い、のよっ!!この!!」 半ば転びそうになりながら、剣を全力でムサシの足元まで滑らせた。 (お願い、届いて!!) ルイズの切なる思いは、声にもならない。 ここまで形振り構わず走ってきた。 どうしてこんなに一生懸命になるのか? 馬鹿で言うこともきかない使い魔なんて放っておけばよかったのでは? 自問自答は、無駄だった。 答えがすぐに、出たからだ。 「私と一緒に……強く、なるんでしょ!!」 誰もいない教室、二人きりの約束。 「だから……」 それは傲慢かもしれない、だけれど主人から使い魔への指令。 いや違う、「たった一人のともだち」への強い願いだった。 「勝って!!」 その願いは、4体のワルキューレが真っ二つになることで叶えられた。 水平に流れた剣筋は、鋼をも容易く切り裂くだろう。 レイガンドでは無いものの、気合一閃の回転斬りだ。 「……っ!?」 ギーシュは眼を今まで以上に白黒させた。 呼吸が喉に引っかかってうまくできない。 何が起こったのか、まだ整理できない。 「ルイズ!待たせたな!」 下半身だけになったワルキューレをぴょんと飛び越え現れたムサシは、あちこち傷だらけだった。 しかしその眼に宿る気迫は、いつものままだ。 「これが……ムサシ様の二刀流だ!!」 右手には刀、左手に西洋剣。 『武蔵伝説』に語られるその姿そのものだった。 「両手に、剣?見たこともありません」 「何を言うとる、ガンダールヴは両手に武器を持ってたんじゃろう」 「はッ!?確かに!」 遠見の鏡で観戦していた二人は、ムサシの秘めたる力にただただ驚いていた。 否定的だったオスマンも目の当たりにしては色濃くなった可能性を認めざるを得ない。 しかし、何かが引っかかっていた。 「しかしのう……ワシはああいう奴の別の呼び名をいくつか知っとるよ」 「なんですと?」 「彼は……『サムライ』と呼ばれる。そのなかでも類稀な強さを持つものを『剣豪』と呼ぶらしい……」 「なんと!?お詳しいではありませんか、オールド・オスマン!」 「なに、昔の命の恩人の受け売りじゃよ。そのなかでも一番小洒落た呼び名は……そうじゃな」 懐かしそうに髭を撫で思案し、笑った。 かつての思い出の中で出会った彼の面影が、確かにその少年にはあったからだ。 「勇敢なる剣士『ブレイブフェンサー』と。そう、言われているそうじゃよ」 前ページ次ページBRAVEMAGEルイズ伝
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前ページ手札0の使い魔 トリステイン魔法学院。 そこの中庭からはしばらく前から爆音が絶えなかった。 「宇宙の(ry」 呪文を唱え終わると再び起こる爆発。 原因は叫ぶように呪文を唱えて続けていたためか肩で息をしている少女だった。 「おいまたかよ、これで何度目だ」 「十回目からは誰も数えてないよ」 「いい加減にしろよゼロのルイズ!」 ルイズと呼ばれた少女は何も言わず息を整えると、杖を掲げもう一度呪文を唱え ようとした。 「ミス・ヴァリエール」 しかし横から頭の可哀想な(頭皮的な意味で)中年の男がそれを止めた。 「授業時間がおしてきましたので、また次の機会にでも…」 「そ、そんな!…ミスタ・コルベール、あ、あと一度だけ、一度だけお願いしま す!」 コルベールと呼ばれた男は少し考えるような顔をしてそれから「一度だけですよ 」と念をおして数歩下がった。 ルイズは深呼吸すると、厳しい目付きで呪文を唱えた。 今までよりも格段に大きい爆発が起こった。 ルイズは失敗したと思い膝をつきかける。 が、しかし、土煙の中に何かの影が見えた。 爆心地にいたのはボロボロのコートを纏って倒れている男だった。 「おい、あれ…」 「平民、だよな」 「…ハハハ!ゼロのルイズが平民を召喚したぞ!」 ルイズはしばらく呆然としていたが、ハッと我に帰ったようにコルベールに詰め 寄った。 「ミスタ・コルベール!やり直しをさせてください!」 「なりません」 「そんな!どうしてですか!」 「このサモン・サーウ゛ァントは生涯のパートナーを決める神聖な儀式です。一 度呼び出したものには責任を持たねばなりません。さあ、早くコントラクト・サ ーウ゛ァントを」 「うぅ…」 未だに腑に落ちない表情のルイズだが、意を決したのかコントラクト・サーウ゛ ァントのルーンを唱え始めた。 そしてゆっくりと唇を重ねる。 男が小さく呻き声を上げると、その左手に微かに光るルーンが刻まれた。 「ふむ…どうやら成功の様ですね。では皆さん、教室に戻りますよ」 コルベールがそう言うと生徒達は各々杖を振り空へと飛び上がった。 「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」 「空も飛べないゼロのルイズ!」 と、ルイズを貶しながら離れていった。 「~~~!」 ルイズはその場で地団駄踏みそうになるのを堪える。「さて、目も覚まさぬ様で すし学院の医務室に運びましょう」 コルベールにそう言われて忌々しげに自分の召喚した男を見やる。 その顔には余計な手間を、と書いてあるような表情だった。 実際に運ぶのはコルベールの役目だったが。 * * * * コルベールは今日の授業は使い魔との交流にあてると言い教室から去った。 生徒達が広場へ向かっていくなかルイズは医務室へ足を進めた。 「別段外傷は見られないので恐らくは召喚のショックで気絶しているのでしょう 。何分人間が召喚されるなど他に類を見ない状況どすからな」 コルベールはこう言うと男の左手に刻まれたルーンをスケッチして医務室を出て いった。 ルイズは召喚された男の顔を見る。 顔の作りは悪くない。黄色い刺青の様なものがあるが、それを除いても整ってい る顔である。 (でも平民じゃ役に立たないじゃない) しばらくして男が目を覚ました。 ベッドから上半身を起こすとキョロキョロと辺りを見回す。 「ここは…」 男は見覚えのない場所に困惑しているようだ。 「やっと起きたのね」 側に座っていたルイズは起き上がった男に対して、立ち上がり腰に手を当てて尊 大に言った。 「…誰だ?」 「人に名前を聞くときはまず自分から名乗るものじゃないかしら」 「あ、ああ…俺は鬼柳京介」 「キリューキョースケ?変な名前ね。まあいいわ」 ルイズは仁王立ちから腕を組み、自らの名前を名乗った。 「で、ルイズ。俺は何でこんなところにいるんだ?」「…平民がメイジを呼び捨 てなんていい度胸ね」 「メイジ?何だそれは」 「はぁ?メイジも知らないの?とんだ田舎者ね」 ルイズは盛大に溜め息を吐くと長々と説明しだした。 曰くメイジが何であるか、貴族が何であるか、そして使い魔が何であるか。 話が終わる頃には既に日は沈んでいた。 「分かった?つまり私はあんたの御主人様。あんたは私の僕よ」 鬼柳はしばらく黙っていたが話が終わるとゆっくりと口を開いた。 「…つまり、俺はもう一生元の場所に帰ることが出来ずに、あんたの下で働かな くちゃならないわけか?」 淡々と言う鬼柳に少し怯むルイズ。これで鬼柳が文句の一つでも言えば食ってか かったかもしれないが、冷静に聞き返され、さらには一生帰れないなどという言 葉を聞かされて、ルイズも幾分かばつがわるくなってしまった。 「な、なにも一生なんてことはないわよ?里帰りくらいさせてあげるわ」 「…いや、どうやらそれは無理の様だ」 鬼柳は窓の外を見ながら言った。 * * * * 鬼柳は既に気付いていた。 ここが自分の知らない世界であると。 突然目の前に現れた鏡、聞き覚えのない言葉、極めつけに窓の外には赤と青に輝 く双月。 不思議と混乱はしていなかった。 シグナーとダークシグナーとの戦いという、知らない人が聞けば荒唐無稽な事に 当事者として関わっていたからかもしれない。 次に考えるのはクラッシュタウン…改めサティスファクションタウンのことであ る。 街の再建も順調に進み、復興作業の途中で突然目の前に現れた鏡に吸い込まれて 気が付いたらベッドの上にいた。 鬼柳の頭にニコとウェストの顔が思い浮かぶ。 今やあの街は昔の様な死の街ではない。しかし、心配なものは心配だ。自分を慕 ってくれる二人に何も告げずに消えるなどあり得ない。 鬼柳の心は決まっていた。もとの世界に帰ると。 しかし、鬼柳はまた、ルイズがそう簡単に帰還を許してくれそうにない性格であ ることも、先程の説明で分かってしまった。 そもそも異世界から来たなんて言っても信じてくれるかどうかすら怪しい。この ことはひた隠しにすることにした。 「ちょっと聞いてるの!?何か言いなさいよ!」 はっと我に帰り慌てて取り繕う。 「いや、知らない地名ばかりだったんでな。恐らく俺の住んでいたところとは相 当離れているんだろう」 嘘は言っていない。その離れているというのが距離とかいう次元ではないが。 「そ、そう…」 どうやってルイズに認めさせようか鬼柳は考えたが、ふと、そもそも帰る方法を 知らないことに気付いた。さっきの説明から、自分がサモン・サーヴァントとい う魔法で呼び出されたことは聞いた。 そして、「平民なんて使い魔にしても役に立ちそうもないけど」という言葉も一 応耳に入っていた。 つまり、鬼柳に不満を持っていたにも関わらずやり直さなかったと言うことだ。 鬼柳はそこまで思考を展開させる。しかし、これくらい直ぐに頭が回らないとプ レイミスをしてしまうので決闘者として当然と鬼柳は思っているが、仮に苦労が 召喚されてもここまで考えが及ばないだろう。 閑話休題。 鬼柳としては一生ルイズに仕える気は勿論ない。 しかし、自分はここでは何の特権も持たない平民である。帰るための情報を得る にも何も出来ない。 鬼柳は取り敢えずルイズの使い魔となることにした。 「と、当然じゃない!使い魔にならないなんて選択肢はないわよ!もう動けるな ら行くわよ!」 そう言ってルイズはマントを翻し、鬼柳はコートを来て医務室を出た。 前ページ手札0の使い魔
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (56)運命の交差 落ちる、落ちる。 重力に誘われ、頭を下にして真っ逆さまの落下行。 それが彼、ギーシュ・ド・グラモンののっぴきならない現実であった。 「ひ、いいいいいぃぃぃぃぃ!」 躊躇いが無かったと言えば嘘になる。 だが、それでもよく決心したとギーシュは自分自身を誉めてやりたいくらいだった。 何せ女性二人の命を救う為に、男ギーシュ、こうして命を張ったのである。 後悔はない。 だが、そんな心意気とは関係無しに、やはり怖いものは怖い。 びゅうびゅうと耳に押し寄せる風の音、目まぐるしく変わる光景、体全体を包み込む圧力は馬に乗っているときのそれなど比較にもならない。 〝ああ、やっぱり止めておけば良かったかなァ〟 一瞬そんな考えがよぎる。 よぎる、が、 今はそんなことを考えている時ではない。 「なぜなら! そんなことをしていると僕が死んでしまうからっ、サァァァァァァァ!」 叫んでパニックに陥りそうになっている頭を必死に鎮める。 重要なのはタイミングだ。 早すぎても死ぬ、遅すぎても死ぬ。 これから彼が唱えようとしている『フライ』はそういうものなのだ。 恐怖のあまりに今すぐ唱えてしまいそうになるフライを、ギーシュは理性を総動員して必死に堪える。 こんな高さで唱えて、ゆっくりふよふよ降りていくなど無謀に過ぎる。弓や魔法の的にしてくれと言っているようなものだ。 かといって遅すぎれば地面に激突、どうなるかなど考えたくもない。 繰り返すが、重要なのはタイミングなのである。 「そうは言ってもねぇ! アーハハハハハハッ!! アッッハッァァァァァ!?」 正直、もう何が何だか分からない。 あとどのくらいの時間で地面に激突してしまうのかも分からない、今どのくらいの高さにいるのかも分からない。 それに、さっきからだんだんと頭が真っ白になってきている気がする。 総じて『もしや僕は今、新たな領域に突入しようとしているっ!?』などと本気で思ってしまうくらいには、彼は錯乱していた。 真実は気圧の急激な変化で意識がホワイトアウト仕掛けているのと、脳内でどばどば出ているお薬の関係で、ちょっと頭が愉快なことになっているだけであるのだが。 「見えるっ! 僕にも何かいろいろ見えるよモンモランシー!」 『頑張って、ギーシュ、愛してる、抱いて!』 「嗚呼! 僕を導いてオクレ、モンモランシー!」 真っ白になって消えていく意識の最中、ギーシュは幻覚のモンモランシーに最高の笑顔を返しながら、彼はこの先の生涯で幾度となく経験することとなる、墜落からフライを唱えたのだった。 喧噪が聞こえる。 次にギーシュが己を取り戻したとき、最初に目に入ったのは真っ青な空だった。 広すぎる空に、自分が仰向けに倒れているのだとすぐに気付かされた。 ついで、当然のことのように背の下に堅い感触があるのに意識が行って、恐る恐るそれを触ってみる。 そして安堵。まぎれもなくそれは大地の感触だ。 彼は帰ってきたのだ、大地に。 「……た、助かった、のか……」 なんとかそう口にしてみてから、ギーシュは体を起こした。 何がどうなって自分が地面に倒れていたのかはいまいち判然としなかったが、とりあえず体をいろいろ動かしてみて、目立って痛むところがないことにギーシュはほっとため息をついた。 そして余裕が出てきたところで、自分がしっかり掴んでいる堅いものに気がついて、ギーシュはそちらに目を向けた。 彼が落下の最中も抱き続けていたそれは、鞘に収められた一本の大剣である。 と、それに気付いたギーシュは、あるものを探して慌てて周囲を見回した。 幸い目当てのものはすぐに見つかった。ギーシュは自分のすぐ近くに落ちていたそれを見つけると、大慌てで引き寄せた。 背嚢、である。 「だ、大丈夫かな。何か壊れているものは……そ、それよりも今役に立ちそうなものは何か……」 そう言って、ギーシュはごそごそと背嚢の中身を物色し始めた。 先ほどから嫌というほど耳に届いている喧噪。それは目を覚ましたギーシュが、戦場のど真ん中にいたという事実に直結している騒がしさなのである。 彼はこんなこともあろうかと持ってきた、『役に立つ何か』を、その中から探し始めた。 では、そもそも彼が背負っていた背嚢とは何だったのか。 明かしてしまえば、そこにはギーシュがアカデミーのウルザの部屋から持ち出した、様々なマジックアイテムが入っているのである。 今から戦場に行くという段で、ウルザの部屋に忍び込むことを思いついたギーシュが、そこを適当に物色して放り込んできたものがそこには入っているのだ。 だが―― 「ああっ、参ったっ!」 中を確認したギーシュが声を上げる。 背嚢から出てきたのは、ミニチュアサイズの不細工な人形(後ろのゼンマイをまいてやるとチクタク動く)、道化師が被るような帽子、用途不明の奇抜な形をした分度器、蓋が開かないランプ、にやにや笑っててむかつく像、象牙の杯、etcetc……。 中から出てきたのは、到底何に使うのか分からないようなガラクタの数々だった。 「くそっ、こんなことになるのが分かっていたら、面白そうなんていう基準で選ばずに、あの机の横にあった、いかにもって雰囲気の宝珠を持ってきたのに!」 嘆くも後の祭りである。 と、そのときギーシュの前に影が差した。 多くの英雄譚において、英雄の行く先には次から次へと危難があらわれる。 この場合もそうだ。 「アニキィ! ニンゲンだ、こんなところにニンゲンのガキがいるぜェ!」 「ほ、ホントなんだな。アニキ、アニキー!」 「おお、本当じゃねぇか。オスなのは残念だが、それでも他のニンゲンより柔らかそうだ」 現れたのは子供くらいの体躯をした、赤茶けた肌の亜人達であった。 手にはあまり切れ味の良さそうにない刃物を握っている。 「な、なんだ君たちは……!?」 とっさに『戦利品』を抱え込むと、ギーシュはそう亜人達に問うた。 「き、聞いたんだな。アニキ、こいつオデ達のことを聞いたんだな」 「死ぬぜェ! 俺たちの名前を聞いたら死ぬぜェ! 超死ぬぜェ!」 「へっへっへ、おめぇらそんなにビビらせてやるなよ。俺たちはなぁ、ゴブリンロード第一の配下『モンスのゴブリン略奪隊』よっ!」 そう言って名乗りを上げたのは、さっきから「アニキ」と呼ばれている、他の亜人よりも一回り大きい一匹である。 どうやら彼がリーダーらしい。 「流石だアニキィ! 俺たちのヘッドはいつだってバックレガイだァ!」 「ば、バックレガイってなんなんだな?」 「バッカおめェ、バッドクレイジーガイの略に決まってんだろぉよォ!」 「頭良いなおまえ。ところで1+1はなんぼだ?」 「4に決まってまさァアニキィ!」 「馬鹿野郎ォ! 4は縁起が悪いって言ってるじゃねぇかよォォォォォ!」 ……知能はあまり高そうではない。 ゴブリンが喧嘩を始めたチャンスと見て、ギーシュが抜き打ちで振るった。 「行け! ワルキューレ達よ!」 そして唱えていた呪文を発動させる。 薔薇を模した杖の花びらが舞い散り、すぐにそれは六体の戦乙女へと変化して、敵に突進をしかけた。 ギーシュの一八番、青銅のゴーレムの錬造である。 「な、なんなんだな、だな!?」 「あ、アニキィ、どっから沸いて来たんだこいつらァ!」 「おちつけおまえら! こういうときはとりあえずドラム叩くぞドラム!」 「で、でたァ! アニキ必殺のゴブリンウォードラムだァ! ぎゃああああ!」 ワルキューレ達が俊敏な動きで襲いかかり、ゴブリン達は大混乱に陥っている。 「良し!」 思った以上に奇襲が上手くいったことに、ギーシュが拳を握る。 「ワルキューレ! そのままそいつらを叩きのめせ!」 気をよくしたギーシュはそのまま次の指示を飛ばした。 だが、悲しいかな素人は所詮素人だった。 彼は致命的なミスを犯した。 彼はその場に止まるべきではなかったのだ。 敵に見つかったのなら、即座に逃げ出すべきだったのだ。 また、ワルキューレによる奇襲が成功したなら、その隙にさっさと逃げるべきだったのだ。 そして、味方のいる場所まで逃げて、誰かに保護を願うべきだったのだ。 だが、そうするには彼は若かった。あるいは幼かった。 生き残りたいなら、分不相応な英雄願望などかなぐり捨てて、逃げるべきだったのだ。 「なんだ何だぁ? こっちからウォードラムが聞こえたぞ?」 「ヒッヒッヒ、敵じゃあ、敵がおるどぉ!」 「ヒャッハー! 敵だ敵だぁ!」 「ゲェ!? 爆弾兵だ、爆弾兵がいるぞー!」 「打たせてくれよぉ、いいだろぉ、その剣打たせてくれよぉ」 「パイルパイルパイル! 追うぜ追うぜ追うぜぇっ!」 「……俺の後ろに立つなゴブ」 気が付いたときには、既に無数のゴブリン達に囲まれた後だった。 「……どうしよう」 ギーシュが呟く。 ――本当に、どうしよう。 ところ変わって今度は空。 そこでもまた、一つの激突が起こっていた。 『ウィンディ・アイシクル』 ルーンに従い、タバサの杖から氷の矢が四本同時に放たれる。 だがそれは、炎のブレスによって、敵に到達する前に溶け消えてしまう。 「次、右仰角太陽の方向二十五度六秒上昇、後機首を上に垂直落下荷三秒、騎首を上に反転して上昇全速四秒、減速しながら破片群に紛れ込んで水平飛行」 「ちょちょっ! お姉さまそんなに早口で一辺に言われてもシルフィ覚え……」 「いいから、早く」 時間が惜しい。 言葉を交わす間も敵の攻撃は続いている。 先ほど炎を吐いた口から、今度は氷のブレスが放たれた。それをシルフィードは紙一重で回避してみせ、主人の指示に従って空を飛ぶ。 それを見たドラゴンは、必死に逃げ回る仔竜をはっとあざ笑い、魔法を唱えて追い立てる。 竜の爪先から赤と青が織り混ざったような紫電がほとばしり、それが一直線にシルフィードの進む先に向かった。 稲妻は速い。それは避けようのない一撃である。 だがシルフィードが雷にうたれる寸前、突如行く手に現れた白い雲によって、稲妻がかき消されてしまった。 タバサが風と水を使って作った雲が、稲妻を放電させてそれを凌いだのである。 「ほう……」 竜が示した一時の感心。しかしシルフィードはその好機を逃さず一気に距離を離していった。 竜が感嘆したのはシルフィードの逃げ足にではない、先ほど雷撃を防いだタバサの手際にである。 雷撃の速度を考えれば、防御のための雲の盾を事前に用意していなければ、あのタイミングで迎撃はできない。 つまり彼女はこちらの攻撃を読んで先手を打ったのである。 それは長い長い時を生きてきた竜にして、タバサを賞賛せしめるほどの戦闘センスだった。 「楽しませてくれる」 竜はどう猛そうな口でそう言って、カカッと笑った。 「タバサ! 凄いじゃない! どうして雷撃が来るって分かったの!?」 背後から興奮した様子のモンモランシーの声が聞こえてくる。 疑問の回答は『炎のブレス、氷のブレスと来たから次は雷』そう単純に考えてのことだった。防御の方法として雲を選んだのは、あるいは炎のブレスを吐かれたとしても、防御効果が望めそうな呪文だったから用意したに過ぎない。 しかし今のタバサには、そんなことを説明している余裕はなかった。 やらねばならないことは山ほどあるのだ。 彼女は腕を伸ばして杖を水平に構え、次々にルーンを唱えて立て続けに魔法を完成させた。 すると一つ呪文が完成する度、杖の先から氷の槍が作られ、それが飛行するシルフィードに置いて行かれるようにして、作られた先から背後へと流れていく。 いや、事実タバサはそれを空間に『置いて』いるのだ。 槍をたっぷり十数本は射出したころ、咆吼を上げてタバサ達を追いかけてきていた竜が、最初に氷槍を仕掛けたあたりに差し掛かった。 その途端、空間に設置された槍達が次々時間差で次々放たれ始めた。 時間差を利用したトラップである。 あの竜にとっては多少五月蠅い程度の仕掛けかもしれないが、足止め程度にはなるだろう。 今は少しでも、作戦を考える為の時間を稼がなければならないのだ。 「ええと、次は……な、なんだったかしらね? お姉さま! 忘れちゃったのね!」 「後機首を上に垂直落下荷三秒、それから騎首を上に反転して全速上昇四秒よ!」 「思い出した! そうだったのね! ありがとうモンモン」 「どういたしまして……って、あたしはモンモンじゃなーいっ!」 モンモランシーとシルフィードのそのようなやりとりがある中も、タバサは呪文を唱えながら必死に考えを巡らし続ける。 今は逃げおおせているが、こんなものは一時凌ぎでしかない。 言うなれば、長距離走のつもりで走っている相手に、全力疾走を仕掛けているのと同じだ。 そうしてやっと、ひいき目に評価して対等という程度の状況。 こんな調子で魔法を連発していれば、やがてそう遠くない将来にタバサの精神力は尽き果てる。 そうなったら勝ち目はない。 何か決定的な打開策、それが今彼女達に必要とされているものだった。 タバサの呪文とシルフィードの早さで、何とかドラゴンの追撃をやり過ごしたタバサ達は、一端フネの残骸が無数に残る空域を経由して上昇を果たし、今は戦闘空域を外れて雲の中に突入していた。 当初は高度を上げることで謎の吸引力に引っ張り込まれることを警戒して速度を緩めていたシルフィードだったが、幸運なことに上昇中、突然吸引力が弱まったことで、見つかる前に全力で雲に逃げ込むことが出来たのである。 とりあえず使えるものは何でも使う。 そう決めて、一息ついたタバサは、直ぐに後ろにいるモンモランシーに声をかけた。 「……モンモランシー。指示の、補佐をお願い」 普段滅多に話さないタバサに突然声をかけられて、モンモランシーが目をぱちくりとさせた。 「指示って……この子の? さっきみたいな感じで」 「そう」 実際、先ほどのやりとりはかなり有り難かった。 先ほどシルフィードに言った長い指示は、杖を構えることで疎かになる飛行操作を補うための事前指示であったのだが、シルフィードが実際にそれをこなせるかは賭けであった。 だがその賭けも、後ろでモンモランシーが指示を復唱してくれたおかげで何とか乗り切ることができた。 熟練の竜騎士と竜ならば、そのあたりは経験と阿吽の呼吸で合わせてしまうのだが、それをこの幼竜に求めるというのは酷というものである。 「………」 「……出来る?」 「ええ、出来る、けど……それよりもタバサ、聞いてほしいことがあるの。もしかしたら、私の魔法であのドラゴンを倒せるかも知れないのよ」 モンモランシーはそう前置いて、自分がウルザから授かった秘本から二つの魔法を習得してきたこと。そのうちの一つが、実際にウェザーライトを襲ってきたドラゴンを撃退して見せたことを説明した。 「だから、もしもあのドラゴンも他のと同じように『召喚』されたものなら、きっと私の魔法で倒せると思うの」 大ざっぱに外から『召喚』されたとしかモンモランシーは説明しなかったのだが、タバサはその説明だけであのドラゴンにも少なからず効果があると見積もった。 聞いた限り、要は召喚されたものを元いた場所に戻す呪文なのだろう。 赤と青の鱗を持った韻竜、そんな噂は聞いたことがない。となれば、元いた場所は秘境か僻地、それだけ遠くに飛ばしてしまえば脅威ではなくなる。そう考えてのことである。 「……もう一つの呪文は」 「ああ、そっちのことは気にしないで。防御に使えそうだから覚えてきたけど、今はあんまり意味が無さそうだから」 「……わかった。距離は」 「十メイル……いえ、五メイルでお願い。そのくらいの距離なら絶対に外さない……と思う」 「五メイル!?」 そこで、それまで黙って聴いていたシルフィードが思わず口を挟んだ。 「何言ってるのモンモン!? そんなの絶対無理なのね!」 五メイル。それは余りに絶望的な間合いだ。 地上なら兎も角、空中軌道戦闘において五メイルまで距離を詰めるとなると、それこそ神業に等しい。 殆ど不可能と言っても良い。 だが、そんな無茶に対してタバサは首を縦に振った。 「分かった」 「お姉さま!?」 「どのみち、他に手段がない」 そう答えたタバサが、突然シルフィードの手綱を捌いた。 「きゅい!?」 突然軌道を変えられて、錐揉みに近いロールを強いられるシルフィード。そのすぐ側を三つの火の玉が流れ過ぎていった。 「見つかった。このまままっすぐ」 タバサはそれだけ言うとすぐに呪文の詠唱に入ってしまう。 「もうお姉さまったら! モンモン、しっかり捕まってなさいなのよ!」 「えっ、何!? ぎゃあっ!」 慌ててモンモランシーがタバサにしがみついたのと、シルフィードが全力で羽ばたいたのは殆ど同時。 竜は華麗に雲を舞う。 デッドチェイスは始まったばかりだ。 「ほう。その熱には覚えがある……ツェルプストーの娘か」 「ええそうよ。そしてそれ以上は覚えてくれなくて結構。今から私が焼き尽くしてあげるから」 「はっ、面白い。これだから戦いは止められぬ。燃やし尽くしたと思っても、向こうから新しい熱がやってきてくれるのだからな」 「……言ってなさい。すぐにその口を閉じることになるから」 「よかろう」 言ってメンヌヴィルは燃えさかる火猫からひらりと飛び降りた。 「おまえの相手はこの俺一人だ。存分にかかってくるが良い」 肩に重そうなメイスを担いで、メンヌヴィルが傲岸不遜に言い放つ。 対してキュルケはタクト型杖を懐から取り出すと、体を低くする。 その様は飛びかからんとする豹のようだ。 一方で騎手の手を離れた炎獣は、ぐるぐると喉を鳴らしながら、キュルケ達から一定の距離をとって大回りに動いている。 その距離は二十メイルほどもあるが、俊敏な獣からすれば一足飛びの距離なのは先ほどの件からも明白である。 それを見てもはや逃げることは不可能と悟ったカステルモールは軍杖を構えると、非戦闘員ということになっているマチルダを庇う為の位置取りをした。 そして最後の一人、ヘンドリックはというと、彼は火猫に対して攻めに出るつもりなのか、じりじりと距離を詰めるべく動いていた。 「お嬢、あの火猫は私が」 「……ええ、頼んだわ」 「副長を、いや、あの男を止めてやって下さい」 「………」 なんと答えるべきか、怒りの感情に支配されたキュルケには、返すべき言葉が見つけられない。 結果として、彼女は地を蹴り前に飛び出すことで、最後になるかもしれない部下との会話に終止符を打った。 「ふんっ!」 既に口の中で詠唱を終えていたのだろう。キュルケが前に飛ぶや否や、メンヌヴィルは淀みない動作でメイスを振るい、そこから直球一メイルはある巨大な白い火の玉を生み出した。 骨まで瞬時に焼き尽くす白い炎。常人ならば本能的に身を竦めるところである。 だが、 「ほうっ」 と、感嘆の声を漏らしたのはメンヌヴィルだった。 キュルケは正面から迫る炎を見据えながら、それでも全く避ける動作を見せず、一直線にメンヌヴィルへ向かって走ってくる。 彼女がしたことと言えば、精々体勢を更に低くして、左手を前に突き出したことくらいである。 いくら長身のメンヌヴィルによって放たれたといっても、人を焼くことに特化された炎である。体勢を低くした程度でやり過ごせるものではない。 そんなことも分からぬほどに愚鈍であったのか? あるいは気でも狂ったのか? 一端は疑念に目をすがめるメンヌヴィルであったが、キュルケが次にとった行動によって、今度はその眉を跳ね上げることになった。 キュルケは火の玉が自分にぶつかる直前、突き出した左手を、火球の下部に突っ込んだのである。 防御のつもりであるならば、そのようなことに何の意味がないことをメンヌヴィルは知っていた。 左手を犠牲にするか? しかし魔法の火勢は小娘一人の左腕を燃やし尽くした程度で衰えたりはしない。全くもって無駄である。 しかし、そんなメンヌヴィルの予測に反して、白炎はキュルケの左手を焼いくことが出来なかった。 それどころかキュルケは無傷の手を炎球の表面で滑らせると、更に下へと潜り込ませたのである。 そこまでの動作を見て、メンヌヴィルはその意味するところを知った。 彼女は左手に、防御の為の魔法を一点集中させているのだ。 火球の下にまで腕を滑り込ませたキュルケは、そのまま左手を跳ね上げて火球の軌道を大きくずらした。 そうやって出来た隙間。彼女はそこに、地を擦るようにして素早く躍り込む。 すれ違う一瞬、短く切り揃えた髪がちりちりと音を立てた。もしも以前のような長い髪だったなら、それこそ無事では済まなかったろう。 己の顔のすぐ傍を火球が通り過ぎていったというのに顔色一つ変えず、自分を見据え続けている娘の姿を見て、メンヌヴィルはにぃっと顔を歪めた。 心の奥底からわき上がる感情を隠しきれないのだ。 それは一言であらわして、『歓喜』である。 「素晴らしいっ、素晴らしい温度だっ! 貴様の父と母もなかなかの温度の持ち主だったが、おまえはそれ以上だっ!」 メンヌヴィルは口の両端をつり上げて、狂喜に酔いしれる顔でキュルケにメイスを突きつけた。 途端、キュルケの目と鼻の距離から吹き出す白い炎。 今度こそ白い濁流がキュルケに襲いかかった。 焼き焦がした肉の匂いを思い描き、メンヌヴィルの顔は一層喜びに染まる。 だが、 「むぅ!?」 次の瞬間、メンヌヴィルの顔が驚愕に染まった。 白い輝きの中を、鮮烈な赤が散っていた。 人を瞬時に焼き尽くすだけの熱量を持った炎が、キュルケが突き出した左手、それに阻まれているのである。 真っ白なメンヌヴィルの炎、それがキュルケの左手に触れた先から赤い火の粉になって宙を舞う。 いっそ幻想的とも言える光景の中、キュルケは口を開く。 「いつもいつも白い炎ってのは芸がなさ過ぎたわね。そんな熱いの、何度も見せられたら嫌でも覚えちゃうじゃない。そう、微熱くらいが丁度良いのよ」 「温度操作か!?」 キュルケの左手にかけられた魔法、メンヌヴィルが防御魔法だと思っていたものは、その実防御のための魔法ではなく、白炎を自分の扱える温度に変化させる魔法だったのである。 カラクリに気付いたメンヌヴィルが咄嗟に炎の温度を調節しようとするが、その時にはもう既に、キュルケが目と鼻の先に飛び込んできていた。 「終わりよ。地獄で詫びなさい」 キュルケは冷徹な声でそう言い放ち、タクト型の杖をメンヌヴィルの鍛えられた腹筋に両手で押しつけた。 そして唱える、炎を意味するルーンの調べを。 「ウル・カーノ・ゲーボ!」 必殺の呪文が発動すると同時、紅蓮の炎が大空洞内を赤く照らし出した。 キュルケの魔法により、炎がメンヌヴィルの体内を貫いて、奔流となってその背中から迸ったのである。 「多くの場合不幸の運命というのは、複数の不運が重なって起こるものだ。 また、多くの場合、本当に不幸な人間は自分のことを不幸だとは思っていない」 ――テフェリー 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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前ページ次ページ最速の使い魔 とある世界、とある場所。そこである一人の男の命が消えようとしていた。 激動の生涯だった。己の信念のままに。生き急いでる雰囲気すらにじませながら彼は短い一生を終えた。 それに不満はなかった。命を賭けるに値する人を見つけ、護るために戦い抜いた。 隣にいたはずの同僚と、弟分だった男は今、まさに自分の頭上で喧嘩をしている。限界を超え、どこまでも進もうとしている。それが少しばかりうらやましくはあったが。 ――ああ、悪くない一生だった―― トレードマークでもあるサングラスをかける。それだけで全身に残された力が抜けたのがわかった。腕が下がる。ゆっくりと。 最後に思う。愛した女性が想うのは元同僚の男だ。堅物で生真面目な彼は滅多に彼女の元へは戻らないだろう。 「たまにはもどってやれよ…………んの……ところへ……」 穏やかに、それだけを呟く。本来なら、ここで彼の命は尽きていた。腕は椅子の肘掛に力なく乗せられるはずだった。 だが、もう一度、彼の腕が持ち上がる。反射的な行動だ。何度も繰り返したそのしぐさと同じように、サングラスにかかった前髪を跳ね上げようとして―― その指が、光に触れた。 “最速の使い魔” ゼロ”のあだ名を持つルイズが召喚したのは平民だった。それもただの平民ではない。 その平民は死に掛けていたのだ。割と切実に。学院中にその事実は失笑と共に広まる事となる。何しろ平民である。さらに死に掛けていたのである。 そして、ハルケギニアにはこんな言葉がある。「メイジの実力をはかるにはその使い魔を見よ」、と。人間。どう考えても使い魔としての格は低い。さらに死に掛けていたものを召喚したのだから実力はその程度のモノ。 召喚者が“ゼロ”と呼ばれてるのも合さり、彼女たちに対する目線は小ばかにしたものだった。 もっとも、当の使い魔は秘薬と手練のメイジの看護にもかかわらず未だに眠ったままなのだが。 彼が召喚されて一週間。ルイズに対する目線がもはや“平民に近いメイジ”“貴族モドキ”というレベルに落ち込み。 ――ほんの少しだけだが歯車が狂う。 「決闘だ!」 「望む……望むところよ!」 史実と違うのは拾うはずの使い魔がいなかったこと。そして神経が過敏になっていたルイズが香水に“気づいて”しまい、拾い上げたこと。それだけだが、さらにもう一つ変化していたことがある。 ――ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールはメイジではないのではないか?―― “失敗”ばかりする魔法に“瀕死の平民の使い魔”。無論召喚自体は成功していたのだが……その成功例は今病室である。決闘が禁ずるは貴族同士の、メイジの決闘であり。メイジとはいえない彼女と決闘することは法に触れない。どこかそんな空気が食堂にはあった。 ルイズ自身も感じていたことだった。自分がメイジとは言えないのではないかと。だから乗ってしまった。こんな八つ当たりじみた決闘に。そう。メイジとして生きれないならば、せめて貴族らしく、決闘で死にたいと。 ある意味破滅的な考えだったが、それを正してくれる友人はこの学園には居らず――もしかしたら友人となりえたかもしれない人間はいたがまだそこまでの交流は無い――ただ一人甘えることの出来る姉は領地。彼女の精神は限界だったともいえる。 学院で働くメイド、シエスタは呆然と立ち尽くしていた。決闘である。貴族同士の決闘であるから関係ないはずだが、彼女にはそう思えなかった。 香水の瓶には気づいていたのだ。だが、ちらりと下を見たギーシュの目が一瞬泳いだのを彼女は見ていた。だから、拾いもしなかったし声もかけず、ただとなりを通り過ぎた。 それが招いたのがこの事態である。平民であれば、確かにお叱りは受けるだろうが、決闘などということにはならなかっただろう。ひたすら這いつくばり、頭を下げ続ければいいだけだ。 貴族の少女は引くことをしない。それが彼女に残された最後の反逆だったからだ。メイジとしての誇りは無く、ただ貴族として死のうとしているからでこそ引かなかった。 自分のせいで、人が死ぬ。その事実に気づき、混乱するシエスタ。だが、彼女には何も出来ない。今更出て行っても無駄である。所詮は平民。メイジ同士の決闘において何の障害にもならない。 そこで、彼女は思い出す。使い魔は主人を護る存在であることを。“もしかしたら”というほんのわずかな望みを胸に。シエスタは走り出す。一分でも、いや一秒でもいい、速くあの使い魔の元に行くために。速く、速く。 広場ではしらけたムードが漂っていた。魔法の失敗を続けるルイズの爆発はそれなりに大きなものではあったがあからさまに見当違いの方向で炸裂し、見物人からの罵声の対象となっただけだった。 対してギーシュの用いる青銅のゴーレムはルイズを取り囲み、入れ替わり立ち代り攻撃を加えていた。攻撃と言っても撫でる程度のものだが、それでもルイズの体力は徐々に削られていく。 「そろそろ敗北を認めたらどうだね!ミス・ヴァリエール!」 「……ごほっ……お断り……よ!」 魔法学院の制服はぼろぼろになっていた。全身が砂にまみれ、倒されたときに小石で傷ついたのか白いブラウスにはところどころに血がにじんでいる。打撲や打ち身などは数え切れないほど多いだろう。それでも、震える足で彼女は立っていた。 (倒れない……。絶対に倒れない……!同じ倒れるのでも……前へ……!) 「そうかい……残念だよ。やれ!ワルキューレ!」 ギーシュからしてみればある意味憂さ晴らし、八つ当たりである。それだけのための決闘だったのだが、目の前の“メイジもどき”は降参するつもりは無いらしい。それが少し。少しばかりではあるが、彼の精神をいらだたせていた。 苛立ちを断つために放たれるのは一体のゴーレムによる拳。これまでとは違い、気絶させるために振り上げられた拳は、下手な場所に当たれば死すらありうる。だが、それを彼は気づかない。本気で“力”を使ったことなどないのだから。 速い拳だった。炸裂音と共に桃色の髪の少女が力なく大地に転がるのをダレもがイメージしていた。“眠りの鐘”をもって駆けつけた教師たちは間に合わなかったことに気づき、顔を青くした。遠見の鏡で見守っていたオールド・オスマンも炎蛇のコルベールも思わず腰を浮かせた。 「……へ?」 誰かの口から間抜けな音が漏れる。誰もいない。ワルキューレがその拳を何も無い空間に向け突き出しているのが哀愁をそそる。 「ヴァリエール……様ですね?」 その言葉にその場の視線が集中する。ヴェストリの広場の片隅に男がいた。抱きかかえていたルイズを地面に立たせ、一礼する。 『……おい』『ああ……』『平民だぜ……』『“死にぞこない”の?』『ゼロの……』 ざわめく。それは、病室にいるはずの。“ゼロ”の使い魔。 「え……ええ、そうよ……」 目の前で起きたことが理解できない。ルイズの目の前に立つのは自分が召喚した男のはずだ。ただの平民のはずだ。そのはずなのに、彼は私を助けたというのか。どうやって。 彼女は知らない。彼の力を持ってすればそれが可能だということを。かってある大地において彼が“最強”とまで称された特異能力者であることを。 「……君はルイズに召喚された平民の使い魔だったね。決闘への乱入。ただではすまされないよ?」 静まり返った広場にギーシュ・グラモンの言葉が響く。彼が言ったことは間違いない。神聖なる決闘を邪魔したのだ。その罪は重い。 「いやぁ。聞けば使い魔というのは“主を護る”ものだそうじゃないですか。ならば、と思いまして」 直感的にギーシュは悟る。こいつは、丁寧な口調こそしているがこちらを明らかに下に見ている。不愉快だ。 (……護る、か。つまり……) 「君が相手をしてくれるとでも?」 「もちろん、その通り」 ざわめきが広がる。 『馬鹿だろ』『平民ごときが……』『おいギーシュ!舐められているぞ!』 当然だ。平民はメイジには勝てない。魔法という絶対的な壁がある以上勝てない。 「いいだろう。前に出たまえ!」 ギーシュからすればこれ以上女の子をいたぶる必要が無くなり、ある意味ほっとしていた。どんな仕掛けでルイズを助け出したか知らないが、所詮は平民。それに―― (これでやっと憂さ晴らしが出来そうだ) ルイズに対してはやはりどこか遠慮があった。屁理屈で八つ当たりの相手をさせたに過ぎず、それすら満足に出来なかった。 平民なら、文句は言われまい。決闘をしても法には触れない。ぼろぼろにいたぶってやろう。 「ま……待ちなさい……って……」 前に進み出ようとする使い魔を苦しい息の下とめようとする。 勝てるわけない。平民は貴族に勝てない。この不思議な使い魔でも……。 「勝てるわけ……ごほっ……無いわよ……」 「俺に追いつけるものなどませんよ」 「え?」 日の下で男が振り返る。実はルイズが彼の姿をはっきりと確認したのはこれが初めてだった。 自分が馬鹿にされる原因となった使い魔など見たくない。自分から近寄ろうとしなかったのも仕方ないだろう。それなりの長身。茶色の特徴的な髪型。青と白で構成された服。そして、特徴的な色の眼鏡。顔立ちはそれなりだがどこか二枚目になりきれないようなそんな雰囲気。 「すぐに終わらせるのでまっていてください~」 気の抜けた声と共にギーシュの前に立つ。恐れも、不安も無く、自然に。堂々と彼はメイジの前に立っていた。 「いけっ!ワルキューレ!」 一体のゴーレムが男に襲い掛かる。ルイズに向けられていたものとは違う、本気の一撃だ。小ばかにしたような口ぶりの平民に誇りが傷ついた貴族の一撃だった。だが、当たらない。ひょいひょいと常人ならとっくに食らっているはずの攻撃を避け続ける。 「ええい……!」 いらただしげに声を上げ、ギーシュは造花を振るう。彼の魔法によりさらに三体のゴーレムが出現。四方から彼の退路を立つ。勝った。ギーシュのみならず、他の見物人もそう思った。 そして、また、同じことが繰り返される。広がるのは炸裂音ではなく、静寂。囲まれていたはずの使い魔の姿はその中に見当たらない。 「これが……魔法使い……メイジの力か?」 「何!?」 声が放たれたのはギーシュの背後。 「いつの間にっ……!?」 恐れが混じり始めたその声に何人が気づいただろうか。平民が、まったく魔法を歯牙にもかけない。 「くぅ……」 「ここいらで手打ちとしないか?おぼっちゃん。争いばかりをするのは文化的とはいえないぜ?」 渡りに船といえる。決闘で勝者なしなのはいただけないが、この不気味な使い魔と戦いを続けるよりはましだろう。 (だがっ!……だがっ!) 「僕にも意地がある!貴族としての意地が!平民ごときに引き下がってたまるものか!ああ、そうだとも!」 振るわれる造花。生み出されしゴーレムの数は先ほどの三体を合わせて七体。これがギーシュ・グラモンの全力……だった。そう、今までは。 (足りない!この使い魔を捕まえるには足りない!この小ばかにした平民を徹底的にぶちのめすために!) さらに感情が高ぶる。どこか甘えが入っていた精神が引き締められる。 「はぁああああああああああっ!いっけぇ!ワルキューレたちよ!!!!」 さらに二体ものゴーレムが出現する。合計九体のゴーレムが戦列を組み、使い魔に向け全力で疾走。避けることなど許さず、押しつぶすための無骨な突進。ギーシュ自身は意識こそしていなかったが、この瞬間の力だけはラインに届こうかという強力なものだった。 「――なるほど。だが……まだ足りない!」 異様な光景が展開する。彼の周囲の大地が抉られた様に消失していく。そして、その削られた部分の代わりとでもいうように彼の足に金属の光沢が生まれる。変化は一瞬。 その足は、鎧のようなモノに覆われていた。 (それがっ……!) 「どうした!押しつぶせ!!」 妙な術だ。先住魔法かとも一瞬思ったが彼はどう見てもエルフとは言えない。なら何か、などと考える必要は無い。何をしようとも、この一撃で勝負を付けてやればいいのだから。 「はぁっ!」 一瞬。この日三度目、見物人たちは男の姿を見失った。今までと違うのは隊列の中心にいたワルキューレの胴に大穴が開いていること。そして、今までと同じく―― 「足ァりないぞぉおおおおおっ!!!!」 彼の声によりその位置が分かったことだ。その位置は空。空中で加速し、ワルキューレの中に飛び込む。次の瞬間、ワルキューレがぼろきれのように宙を舞う。一体、二体、三体、四体! 「ちぃっ!?」 ワルキューレの一体を呼び戻す。もう作り出すほどの気力は無いのだ。 「お前に足りないものはっ!それはっ!」 周囲のゴーレムを片付けた使い魔が朗々と声を放つ。 「情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ!」 高速でその姿がかすむ。今までと違い位置がその砂煙でかろうじて分かる程度だ。 「そして何よりもっ!!!!」 瞬きをする暇もなく――何が起こったかもわからずギーシュはゴーレムごと跳ね飛ばされ、意識を失う。 「速さが足りないっ!!!」 この一言を締めくくりとして、決闘は終わった。 生徒が散る。どこか興奮したような、それでいながら納得いかないような雰囲気を漂わせてはいたが。 「終わりましたよ、ヴァリエール様」 ルイズの目の前で男が眼鏡を持ち上げ、にやりと笑う。 「あ、あなた……」 「いったでしょう?すぐに終わるって」 「あ……」 馬鹿にしていた平民のはずだった。自分を貶めた憎むべき使い魔のはずだった。いや、憎んでいた。だが、彼はただの平民などではなかった。使い魔として、自分を護ってくれたのだ。 「……ありがと」 「どぉういたしまして」 なぜかあっけなく出た感謝の言葉。それに対する陽気な返答。それをどこか心地よく感じながら男を見る。 「そういえば、貴方の名前、まだ聞いてなかったわよね……なんていうの?」 眼鏡を前髪にかけ、ルイズの目を正面から見据え男は名を告げた。 「HOLDのストレイト・クーガーです」 前ページ次ページ最速の使い魔
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「何…コレ…?」 その日、トリステイン魔法学院において進級を賭けた使い魔召喚の儀式において少女… ルイズ・フランソワーズ・ル・ブランド・ラ・ヴァリエールは幾度かの失敗の後、ついに初成功ともいえる魔法で使い魔を召喚するに至った。 その際に彼女はこう求めた。 --この宇宙のどこかにいる神聖で強力な使い魔よ-- と… しかしどうだ…目の前にいるのは幻獣とも人とも言い難い形状。 いや、そもそも生物であるかどうかすらも怪しい物体であった。 大きさはおよそ4メイルほど…目や口、鼻や耳どころか手足すらないただの巨大な白い球体がそこに鎮座していたのである。 「おい、ゼロのルイズがワケのわからないもんを召喚したぞ!」 「本当だ!なんだよあれ、流石ゼロのルイズだな!」 「……ッ!!」 こんなはずではなかった…。 本当なら赤髪の同級生が呼び出した火蜥蜴よりも、青髪の同級生が呼び出した風流よりも強力な使い魔を召還し、周りを見返す筈だったのに…! 遠くから聞こえてくる野次を背に受けながらルイズは屈辱にぎりりと血が滲みそうになるほどの力で己の杖を握りしめた。 「ミ…ミス・ヴァリエール、早くコントラクト・サーヴァントを…。」 頭の薄い教師・コルベールがルイズに促すが、正直口も何もあったもんではないこの物体にどうやって契約させるべきかコルベール本人もわからずにいた。 …しかし次の瞬間、轟音が周囲を包み込む。 その轟音を放ったのはつい今使い魔(?)を召喚してみせたルイズ本人であった。 あろうことかルイズは召喚した物体に向けて何度も爆発を起こすしかない魔力を込めた杖を振り下ろしていたのである。 「ミス・ヴァリエール!一体何を!?」 「止めないでくださいミスタ・コルベール! これは何かの間違いなんです! 私ならもっと美しく強力な使い魔を呼び出せます!だから、だからこんなものは間違いなんです!!」 半ば錯乱したルイズは静止するコルベールの声など気にするでもなくソレに向かい爆発の失敗魔法をぶつけてゆく。 ……それが後に恐ろしい事態を引き起こすとも知らずに。 「はぁ…はぁ…」 ひととおりの精神力を使い尽くし、肩で息をするルイズ。 眼前の物体は爆発による粉塵に包まれ今や見る影もない。 いや、ゼロの名を持つこの少女は系統魔法に関する成功率は皆無にしても、失敗魔法における破壊力だけは軽く教室ひとつを吹き飛ばすほどのものである。 そんなものを連続で受けたのだ。 誰もが召喚されたばかりのソレは跡形もなく消し飛んでいると感じた。 ……しかし! --ドクン… もうもうと立ち上る砂塵の中、粉々に砕け散った筈のソレはついに恐るべき脈動を始めたのである。 それに最初に気付いたのはつい先程同じく使い魔召喚の儀式で風竜を呼び出した青髪の少女であった。 彼女の名はタバサ。本名シャルロット・エレーヌ・オルレアン。 大国ガリアの王族にして国の危険な汚れ仕事を請け負う北花壇騎士7号。 これまで彼女は幾度となく命懸けの危険な任務をこなし、その小さな体に百戦錬磨ともいえる危機管理能力を宿していた。 その彼女の第六感が今まさにこの場における危険性を電流の如く伝え、全身を駆け回っていた。 『アレは危険だ…! オーク鬼やエルフなんて生易しいもんじゃない!! 危険……キケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケン!!!!!!』 タバサは生まれて初めて経験するともいえるその圧倒的な気配に蛇に睨まれた蛙のように立ち尽くすしかなった。 「どうしたの、タバサ?」 突然かけられた声にタバサは、はっと我を取り戻し声のした方向を見る。 するとそこには頭ひとつ分は身長の高い赤髪の親友キュルケが心配そうに自分を見下ろしていた。 「…………逃げて。」 キュルケの瞳をまっすぐ見つめながら、蚊の泣くような声でタバサが言葉を紡ぐ。 「…え?」 何のことだ?とキュルケが訪ねようとしたその瞬間、普段寡黙なはずのタバサが喉も裂けんばかりの声を張り上げた。 「早く逃げて!!みんな、みんな死んでしまうッッ!!」 その言葉に周囲にいた誰もが『何を馬鹿なことを』という表情を浮かべる。 だがその僅か数分後、彼らは彼女の言葉の意味をその身を持って思い知らされることとなる…。 そして“滅び”が幕を開けた。 --グルルル… どこからか聴こえてきた不気味な音。 いや、音ではなくそれは声…。それも高位の獣が有する獰猛な唸り声であった。 獣であれば周りにはつい今しがた召喚されたばかりの使い魔たちがいる。 しかし今聴こえてきた声の質はまるで地獄の底から響くかのような音量と威圧感を孕んでいた。 「な…なんだ今の…?」 「さ、さぁ。でも確か音がした方って……」 生徒のひとりがゆっくりと指をさす。 そこは未だ砂塵が巻き上がるルイズが作った爆心地。 まさかそんな場所に大きな獣などいるわけがない。いるわけがないのだが…。 --ルル…グルルルルル… 「!?」 聴こえた、今度こそ確かに聴こえた。 誰も目配せをし、一斉に煙の向こうにいるであろう何かに目を凝らす。 彼らはタバサの必死の警告などすっかり忘れていた。 …それがいかに愚かなことであったかも知らずに。 その時、一陣の風がふわりと砂煙を吹いた。 それを合図にしたかのように徐々に濃さを失ってゆく砂塵。 その向こうでうっすらと視界に飛び込んできたものを見た誰もが、驚愕に目を見開いた。 「な…何なの…あれ…」 その中でも一番驚いていたのは他の誰でもないルイズだ。 そこにあったのは先程の白い球体などではなく長い棘を無数に生やし、5倍近くの大きさに成長した黒く巨大な物体であった。 もしかしてさっきのものは幻獣の卵か何かだったのだろうか? そんなことを思いながらルイズがそれに近付こうとした瞬間、突如として轟音とともに中庭の一角が吹き飛んだ。 「…え?」 ルイズにはそれが何であったかがすぐに理解できた。 それもそうだ、何もない空間を爆発できるのはゼロと蔑まれてきた自分の特技ともいえる失敗魔法だけなのだから。 「ルイズ!何すんだよ、危ないじゃないか!!」 「そうだ!もうちょっとで大怪我するとこだったんだぞ!」 周辺にいた生徒たちから罵声が飛ぶ。 「違うわよ!今のは私じゃない!私じゃないの!!」 「じゃあお前以外に誰があんな爆発起こせるっていうんだよ!?」 「そ…それは……でも、本当に違うんだってば!!」 ルイズが身の潔白を晴らそうと大声を張り上げたそのとき、再び巨大な爆発が発生した。 それも一発や二発ではない。 打ち上げ花火の如く巻き起こる無数の爆発は地面を、木々を、 更には厳重に固定化の魔法がかけられたはずの学院の外壁や校舎すら破壊し始めたのである。 突然の出来事に一瞬にして魔法学院は蜂の巣をつつくどころではない大騒ぎとなり、崩壊してゆく教室から逃げようと無数の学生たちが我先にと外へと駆け出してきた。 「くそっ、一体何が起きてるというのだ!!」 魔法で防御壁を作り、生徒たちを守りながらコルベールは呟く。 この学院の防護壁はスクウェアクラスのメイジでさえ破壊するのは難しいというのに目の前ではそれがいとも簡単に砕け散ってゆく。 だがコルベールは脳内で瞬時に状況を整理し、そしてあることに気付く。 (あの物体の周囲には爆発が起きていない!…つまり!!) 「みんな!伏せなさい!!」 防御を解除したコルベールは皆にそう指示し、詠唱を始める。 (出来ることなら、もうこの力を破壊に使いたくなかったが…やむを得ん!!) そして魔力を極限にまで高めたコルベールは、杖から高温を示す青色をした灼熱の炎を走らせた。 炎は大蛇のように黒い物体に絡みつくと、一瞬にしてそれを業火で覆い尽くす。 すると、あれほど激しかった爆発がぴたりと止んだではないか。 「…やったか。」 その様子にコルベールはふぅと息を吐く。 「おぉ!ミスタ・コルベールがなんとかしてくれたようだぞ!!」 「すごい。見直しましたよコルベール先生!!」 学院の危機を収拾してみせたコルベールに生徒や他の教師たちが歓声を上げながら続々と集まってくる。 「はは、なんとか上手くいったようですな。 しかしミス・ヴァリエール、申し訳ありません。せっかく召喚した貴女の使い魔を殺してしまいました。」 「い…いいんです!元はといえば召還した私が悪いんですからどうか頭をお上げになってください。」 自分の召喚した使い魔が引き起こした事態にも関わらず それを鎮めてくれた恩人にすまないと頭を下げられ、ルイズは慌ててフォローを入れる。 「でも、あれは一体何だったんでしょうか?いえ、もう終わったことですが…。」 何とか話題を逸らすためそう口にしたルイズ。 しかしそのすぐ近く、青い髪の少女だけが髪と同じように顔色を真っ青にしながらぽつりと呟いた。 「………まだ。」 「…え?タバサ。何か言っ……」 ルイズがそう聞いた瞬間-- 『グルル……ギィイイィィイィジャァアアァアアァアアアアアアァアァアッッッッ!!!!』 燃え盛る火炎を払いのけた悪魔が天を揺るがすばかりの雄叫びを上げながら姿を現した。 その姿は先程と違い、鋭い3本の爪を生やした2つの腕を持ち 血のように真っ赤な双眼を爛々と光らせ、無数の牙の覗く口からは粘液の糸を引かせている。 一見すると蜘蛛のようにも見えるが、その姿は蜘蛛と呼ぶにはあまりに禍々しく、邪悪であった。 「うわぁあああああっ!!」 突然現れた怪物に各所から一斉に悲鳴が上がる。 真っ先に逃げ出す者が多数であったが、中には少数だが震える手で杖を向ける者もあった。 そして怪物に向かい攻撃呪文の詠唱に入ったそのとき、怪物は2本の腕で地を這いながら凄まじい勢いで前進を始めたのだ。 なんという醜悪さ。 なんという威圧感。 そのあまりにもおぞましい光景に大半の温室育ちの貴族たちはひっとスペルを紡ぐことを止めてしまう。 そこへ向かい怪物はひと鳴きすると全身の無数の棘から一斉に青い灼熱の火炎を迸らせた。 あまりにも一瞬の出来事に、最前列にいた貴族たちは悲鳴を上げる間もなくその業火に焼かれ崩れ落ちてゆく。 「ば、馬鹿な…!あの炎は…私の…」 それを見ていたコルベールは驚愕した。 それもそうだ、その炎は今しがた自分が目の前の怪物に向けて放った炎と同様のものだったのだから。 「うぉおおおおおおおおお!!」 刹那、炎を放ち続ける怪物に向かい四方から暴風、雷、氷の槍、火球に濁流、大地の礫が放たれた。 それを皮切りにして更に他の生徒や教師たちも、ありとあらゆる属性の攻撃魔法を放ち始める。 この魔法学院にいる数百にも及ぶメイジたちからの一斉攻撃。 これならばいかに強力な幻獣といえど塵ひとつ残さず消滅できるであろう。 誰もがそう思った。 …そう思っていた。 「はぁ、はぁ…どうだ化け物め。」 肩で息をしながら呟いたのは学院屈指の風の使い手、疾風のギトー。 その高慢な態度から生徒たちからの人気は皆無に等しいが、実力は学院でも数少ないスクウェアクラスの教師である。 彼は風の上級魔法『偏在』で分身を作り出し、その全員でもってドラゴンすら一撃で落とすといわれる強力な攻撃魔法、『ライトニング・クラウド』を怪物の頭上から無数に放っていた。 普通ならばそれだけでどんな相手でも即死は免れないはずである。 それに加えてあれだけの量の魔法を叩きこまれたのだ。まず生存は有り得ないであろう。 ギトーは偏在を解除し、あの怪物の死を確認するべく巻き上がる砂塵を風魔法で吹き飛ばそうとした。 だがそのとき、砂塵の向こうから一条の閃光が走る。 それがギトーがこの世で見た最後の光景であった。 「……え?」 多くの者が目の前の光景に間抜けな言葉を漏らす。 それもそうだ。 何故、何も残っているはずのない場所から 閃光が走る? 何故、一瞬でギトーが黒こげになっている? そしてその疑問は最悪の形で彼らに答えを示した…。 『ジィィィィイイイイャァアアアアアアアアアアッッッ!!!!!』 巻き上がる煙を払いのけた怪物が悪魔の叫びを上げながら再びその姿を現したのである。 なんとその姿は以前より更には多くの棘を全身に生やし、体格はこれまでの倍近くにまで成長しているではないか。 その姿に誰もが悲鳴を上げ、杖すら放り出して逃げ始める。 腰が抜けて無様に這い蹲る者・恐怖の余り失禁する者・全てを諦め呆然と座り込む者。 そこにはもう貴族の誇りなどというものは存在していなかった。 それでも悪魔は容赦なく逃げ惑うアリ達に向け、全身の棘から破壊と絶望を振り撒き始めたのである。 「嘘…だろ…」 生徒のひとりは眼前に広がる惨劇を目にした直後、飛んできた巨大な岩石の槍に体を貫かれた。 ほんの刹那…残った意識の中で彼はこう思いながら息絶えた。 (……何であいつは僕たちの魔法を使えるんだよ?) そう、今怪物が放っているもの…それは先程自らが受けたはずの4系統からなる様々な攻撃魔法なのである。 それも、杖も詠唱もなく…全身から同時に火炎・突風・濁流・岩石・雷に氷の槍まで放っている。 おまけにその威力は一発一発がスクゥエアのそれを遥かに上回ると言ってよいほどの破壊力があり もう誰にもこの怪物を止めることなどできなかった…。 そして召喚から僅か30分弱。 阿鼻叫喚の地獄絵図とともに、かつてトリステイン魔法学院があった場所はたった一匹の怪物により数百の死者を出しながら瓦礫の山と化した。 怪物は破壊の限りを尽くした後、その歩みを首都であるトリスタニアに向け前進を開始。 後に大陸全土を震撼させることとなる。 ………… …… … 遥か遠い世界、ハルケギニアとは別の宇宙に存在する青い惑星ではこのような記録がある。 --決してその者に触れてはならない。 さすれば世界は滅びへと向かうであろう。 その者を目覚めさせてはならない。 それは開けてはならないパンドラの箱なのだから。 力を以てその者を倒すことは不可能。 力は同じく力によって滅ぼされるであろう。 その者、完全にして究極の生命。 その者、破壊の化身にして他者の愚かさを映す鏡。 その者の名は、『完全生命体 イフ』--
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 「無礼な!私の足を踏んだのは貴君であろう!」 「なにを…!?罪を着せるのはやめていただきたい!」 大量の人が行き来する狭い道の真ん中で二人の貴族が喧嘩をしている。 そのせいでまわりにいる平民達や他のメイジ達が足止めを喰らっていた。 貴族は平民とは違いプライドも高く、止めさせようにも二人より格下のメイジや平民ではどうしようもない。 とばっちりをくらうだけだ。 二人が言い争い始めてから数分が経過した時、杖を持ったピンクヘアーの少女と小瓶をたくさん持っている黒髪の少女が前から歩いてきた。 右側にいる大量の小瓶を両手で大事そうに持っている少女が無垢な笑顔を当たりに振りまきながら。 「そもそも貴君がそうやって堂々と道の真ん中を歩いているから……ん?……ぉぁ!?」 「なにをいうか!貴君が私の横を通ったから……はん?……ぬぉっ!?」 それに気づいた二人が少女達を見るとサッと右端に引いた。少女達はそのまま人混みの中へと消えていった。 そのあと周りで喧嘩を見ていた者達も道を行き来し始め喧嘩が起こる前の状態に戻った。 「……………。」 「………。」 右端に移動した二人の貴族は互いを見合うと握手をした。歓喜の表情を浮かべて。 数分前――― 「緑茶」という東方から来た品を売っていた屋台の前で嬉しそうな表情を浮かべて立っていた霊夢を見つけ、問いただしたところ。 この緑茶は霊夢が元いた世界にあった大好きな物らしい。 それを聞いたルイズは… 「へぇー…、ちょっと私も飲んでみたいわねぇ?…少し約束してくれる。」 「いいけど、服を着せろとか四六時中私の側にいなさい。とかは抜きよ?」 霊夢にそう言われ、ルイズは「あぁ、それでも良かったかなぁー?」と薄々思っていた。 「違うわよ、帰りの際もしも荷物が多くなったら少しだけ持ってよ。そしたらこの『緑茶』を買うわ。」 と言った 。 杖を修理した後、おやつや紅茶の茶葉とか書物等を買おうと思っていたのだ。 霊夢はそれを聞き、あっさり承諾してくれたのだが…茶葉が入った小瓶を十個くらい買うのは予想外だった。 しかも値段が普通の紅茶より少し高かったので財布のダメージも大きい。 まぁ実際ルイズも少し飲んでみたいという気持ちはあったので 損にはならないだろう。と思うしかなかった。 ルイズは横でにやついている霊夢と共に、まず最初の店に到達した。 ここは杖を売ったり買い取り、修理などをしている店で他とは違い看板にデカデカと綺麗な文字が書かれている。 さらにここはその中でも最高良質の杖を売っていたり杖を修理する者達は超一流などと。いわゆるセレブ専用の店なのだ。 「これがその店?なんか周りの店と比べてかなり派手ね。」 「まぁ貴族とかメイジしか来ないしね。とりあえずあんたは入れないから近くにいて。」 それを聞き、霊夢が怪訝な顔をして首を傾げる。 「なんで?」 「ここは従者とか使い魔の出入りは禁止なの。それにその服装じゃ芸人か貧民に間違われるわよ?」 「何よそれ、まぁ興味ないから別に良いけど。じゃあここら辺の近くを適当にぶらついてるわ。」 霊夢はそう言うと踵を返し人混みの中へ行くのを見たルイズは店の中へと入っていった。 ここブルドンネ街は時間が経つごとに人が増えていく。 王宮やあちこちの店で働く人たちが通りに並ぶ色んな飲食店へと足を運ぶ。 子供達はおもちゃの剣や鉄砲を手に持ち嬉しそうに噴水の周りを走っている。 若いカップルがショーケースに並べられた服を欲物しそうに見ていた。 そんな様子を、霊夢は落書きがある塀の上に腰掛け眺めていた。 ふと空を見上げてみると太陽が丁度十二時の方角にまで上っていた。 「もうお昼か…。」 霊夢はポツリとぼやくと勢いよく塀から飛び降り、着地した後何事もなかったかのように歩き始める。 ルイズが店に入ってからもう一時間を超えている。一体あの棒きれ一本にどれくらいの時間を掛けるのだろうか? そんな事を思いながら霊夢は次は何処をほっつき歩こうかと考えていた時である。 「おぉ、ひょっとして君は…ミス・レイムではないか?」 誰かが自分の名前を呼んできた。 振り返るとそこにいたのは金銭的な問題と頭髪の少なさで苦しんでいるミスタ・コルベールであった。 「確か…コルベールでしたっけ?」 霊夢も最初この世界へ来たときに言っていた彼の名前を思い出して言った。 「いやぁ、奇遇だね、こんな所で会うなんて。」 コルベールはそう言うと背負っていた革袋を地面に置くと霊夢の方へと近づいた。 「実は森の方で研究材料を探していて、丁度今から昼食を食べに行こうとした矢先だったのさ。」 そういってコルベールは先程足下に置いた革袋を嬉しそうに指さした。 袋の形状からして恐らく石の様な物が入っているのだろう。 「ふーん、研究材料ねぇ…。」 霊夢は興味なさそうな目で革袋を見た。 「待たせてゴメン、ちょっと直すのに時間が掛かったわ…!料金も必要以上に取られちゃったし!」 そんな時、後ろから誰かが霊夢に声を掛けながら走ってきた。 振り返ると新品同然になった杖を腰に差したルイズがピンクのブロンドを揺らしながらこちらへやってきた。 「随分と時間が掛かったわね。お陰で随分と暇をもてあましたわ。」 霊夢はやっと来たルイズに少々うんざりしながらも声を掛けた。 「うぅ、だって店の人が新しい杖に買い換えろって言って来るのがしつこくって……あら?」 ふとルイズは霊夢の横に見知った顔の人物が居ることに気が付いた。 「やぁミス・ヴァリエール。君は杖の修理に来ていたのかい?」 「ミスタ・コルベールじゃないですか!こんな所で逢えるとは奇遇ですね。」 ルイズはそれが教師だと知るや頭を下げ挨拶をした。 「ホラホラ、挨拶はそれくらいでいいからそろそろ何処かで昼食でも食いに行きましょう。」 後ろにいた霊夢はそう言うと頭を下げていたルイズの肩を掴みズルズルと引きずり始めた。 「ちょっ…!あんた何してるのよ!?」 それに気づいたルイズは霊夢の手を振り解くと少し怒った顔で怒鳴った。 「アンタ今何時だと思ってるの?もうお昼の時間よ。」 まるでどちらが主人なのかわからない強気な口調で霊夢はそう言った。 そんな風に二人がいがみ合っているのを見てすかさずコルベールが臨時の仲介となった。 「まぁまぁ二人とも、お昼がまだなのなら私と共に食べに行きませんか?まだ私は食べていないので。」 コルベールはそう言って軽く一呼吸すると――だけど、と言い足した。 「食費は自費で頼むよ?なんせ私の財布のそこは結構浅くてね。」 それなりに美味しい店で昼食を食べた後。 そこに連れてってくれたコルベールと別れ、ルイズは次に霊夢を連れ、街ではかなりの大きさを誇っている書店へと足を運んだ。 中に入ってみると端から端まで本棚だらけでその本棚には様々な書物が入っている。 「へぇー…結構たくさんあるのね。」 「でしょ、ここは魔法学院の教科書の原本もあるのよ。」 そういってルイズが天井からつり下げられた沢山の看板から「初心者魔法講座」―勿論霊夢には読めなかったが―の真下にあるエリアへと歩を進めた。 霊夢もルイズの後に続いた。 辿りついたそこは本棚と天井の隙間が数十センチ程しか無く、棚にはビッシリと様々な色の書物が置かれている。 紅魔館の魔法図書館程ではないが、本屋というより図書館を思わせた。 「そこで少し待ってて…。さてと、まずは右端の一番下から…。」 そういってルイズは屈み、本棚の一番下の列に置かれている本のタイトルを見始めた。 興味がない霊夢は完璧に置いていかれ、ただルイズの行動を見ているだけしかできなかった。 「あら、ルイズと紅白少女じゃない?」 そんなとき、後ろから声が掛けられたので振り返るとそこには赤い髪と大きな胸が特徴の『微熱』のキュルケと、 青い髪と透き通るほどの白い肌が特徴の『雪風』のタバサがそこにいた。 「誰が紅白少女だ、というかなんであんた達がこんな所にいんのよ?」 霊夢はキュルケを嫌な目で見るとキュルケを指さして言った。 「あら、いたら悪いのかしら?タバサと一に本を買いに来ただけよ。」 そう言ってキュルケは顔をタバサの方に向けた。 「いっつも男の子としか考えていないあんたが本を買いに来るなんて珍しいわね?」 続いてルイズが嫌みたっぷりに言った。 「ふふ、もてる女は辛いわ…。こんな小さい娘に嫉妬されるなんてね。」 それにカチンと来たルイズが思わず杖をキュルケに向けた。 「よしなさいルイズ。今あなたの財布の中身少ないんでしょ?今ここで爆発を起こせば弁償代が凄いわよ?」 キュルケはそれを鼻で笑う、タバサはそんなこと気にせずずれたメガネを手でクイッと直した。 霊夢は大きくため息を吐くと安全そうなタバサの側に寄った。 「あ、あらーらららららぁ?こここ香すすす水の買いすすすぎぎで財布が底につつきそうなあなたも人のこと言えないんじゃないかししら?」 ルイズは杖をしまうと顔をピクピクさせながら所々噛みながらそう言った。 「ルイズ…そんなに噛んでたら何を言ってるかわからないわ。」 キュルケは微笑み混じりのあきれ顔で言った。 そんなルイズに思わず霊夢は額に手を当て盛大にため息を吐いたとき、外から声が聞こえてきた。 タバサ以外の3人が外の方を見てみると一人の給士が貴族に手を掴まれていた。 「あれ?あの子、何処かで見た気が…。」 霊夢にはその給士にほんわりと見覚えがあった。 それは以前、ギーシュとの決闘があった日に紅茶を入れてくれた女性であった。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページ凄絶な使い魔 第五話「元親の朝」 朝、ルイズは目を覚ました。 寝ぼけたまま、目を擦ると、自分が制服のブラウスを着たままだと言う事に気が付いた。 とりあえず、ムク~っと上体を起こし、そのまま自分の着た服をしばらく、見つめていたが、 やがてパタリと、再びベッドに寝っころがる。 なんで私、服のまま寝てるんだろう、いつもならネグリジェに着替えて寝るのに……。 えーと、昨日何があったっけ……、昨日…、昨日…、……あっ!! バネ仕掛けの人形のように跳ね起きたルイズは、ようやく、昨日の出来事を思い出した。 「私、チョーソカベを召喚して、使い魔にしたんだ」 ……そして、着替えるのが面倒だったんで、そのまま寝たんだ…、わたし。 部屋を見渡すが、元親の姿は見えない。 「……どこ行ったのよ、ご主人様を一人にして、ホントにもうっ、帰ってきたら罰として、御飯抜きね!」 ル:「ご飯抜きよ!」 元:「そうか……、ルイズを一人にしてしまうとは使い魔失格だな」 ル:「まったく、朝、ご主人様を起こすのも、使い魔の大事な仕事のひとつよ!忘れちゃダメなんだから」 元:「そうなのか、……知らぬ事とはいえ、俺は凄絶にダメすぎる男だ、自分が恥ずかしい」 ル:「……反省してるようね、……いいわ、許してあげる、さぁ一緒にご飯食べましょ!」 元:「ルイズ……、天よ、俺を良い主に巡り会わせてくれた事を感謝する!」 「デヘヘ……、これイイかも!」、 そんな学園内で使い魔相手に妄想を膨らませている唯一の少女は、のそのそとベッドから降りる。 そして、改めて、着たままの制服を見てみると、やはりブラウスとスカートは皺がばっちりがついていた。 「ハァ……、当然よね、……着替えなきゃ」 元親がいないのは好都合だ、今のうちに着替えてしまおう。 ルイズはクローゼットを開けて、替えの制服を取り出す。 その時、掛けてある薄手のネグリジェが目に止まった。 ふと、考え込む。 元親の前で体の線が見えるスケスケのネグリジェを着ることが、果たして自分に出来るだろうか……。 「……なななな何考えてるのかしら、私たら! 元親は使い魔よ、私が意識したら、向こうだって恥ずかしいに違いないんだからっ! 普通にすればいいのよ、普通に!」 落着き無く、クローゼットを閉めると、変な考えを頭の中から振り払って、さっさと着替える事にした。 ……ああ、ルイズ、彼女の不幸はその時、ドアの鍵を確認しなかった事だ。 いつもなら鍵を閉めて寝るが、昨日の晩は元親がいたので鍵をかけ忘れている事に彼女は気づいていなかった。 ルイズの指がブラウスのボタンを外しにかかった。、 その1時間ほど前、元親は廊下から聞こえる足音で目を覚ました。 住み込みの使用人たちが女子寮の廊下を忙しく渡り歩いているのである。 彼女たちも極力足音を立てないように努力はしているが、どうしても消しきれるものではない。 元親は壁に背を預けて寝ていたため、余計に響いて聞こえていたのだ。 元親は低血圧風にしばらくあたりを見回していたが、状況を理解すると、無造作に頭をかいた。 「この世界の朝か…、月は二つでも、日は一つしかないようだな」 立ち上がって背伸びをし、部屋を眺めてみる。 思えばここにあるものすべてが物珍しいはずであるのに、ずいぶん順応している自分にふと気がつく。 たとえばこの窓はギヤマンの板が付いている。 これほど大きさと、透明なものは見た事がないが、それほどの感動を元親は感じない。 (物珍しくはあるが) 昨日の夜もそうだ、ルイズが指を鳴らすと、部屋の灯りが独りでに消えた。 (あれはまあ便利だ) 日本よりも数段進んだ国の文化に触れながらも、なぜ、ここまで冷静か考えてみた。 思い当たるのは、それは全て魔法を前提として存在しているという、一辺倒な見方をしている事だった。 なにせ、人が鳥のように自在に空を飛ぶ世界である。 要するになんでもありだ、そう思えば大概の事は納得してしまう元親だった。 ふと振り返って、寝台で寝ているルイズを見てみる。 まだ完全に夢の中のようだ。 とりあえず、まだ起こすには早かろう、そう思い、再び外を眺めると、大きな洗濯衣類らしきものを抱えた女が 歩いてゆくのが見えた。 そう言えば自分の服も関ヶ原の合戦後、着たきりだった事に気がつく。 「……服の替えはないが、洗うしかあるまい」 主の前で何時までも戦場の死臭をつけておくわけにもいくまいからな……。 そう思うと、ドアへと向かった。 …が、ドアが開かない。 おかしい……、しばし、思案に暮れていたが、昨日コルベールが学院長室に入る時を思い出し、ノブを回してドアを引く。 カチャ…、開いたドアを興味深げに観察した後、静かに閉めると、屋敷内の見物も兼ねながら、外を目指した。 「そこの娘よ」 「はい?……あら貴方は」 シエスタは大量の衣類の入った籠を抱えたまま振り返ると、そこには楽器を背負った、変わった服装の男が立っていた。 「ん、……たしか昨日の…」 「ええ、食事をお届けしたシエスタと言います」 一度見たら忘れるはずのない元親の姿は、ただ食事を届けただけのメイドにもはっきりと覚えられていた。 「大変な量だ……、毎日これだけの服を洗うのか?」 シエスタが抱える洗濯の量に元親は目を見張る。 「そうですね、私が担当する分はこれ位です、あと3人、私と同じ使用人がいて、手分けして洗うんです」 たとえ3人で洗うにしても、それなりの量に見える。 「どうかなさいました?」 「ああ……、実は俺も服を洗いたいのだが……洗濯の仕方を知らん」 「そうでしたか、ならばお任せ下さい、私が一緒に洗いますよ、お届けはヴァリエール様のお部屋にお運びすれば よろしいですね?」 そうにこやかに笑うシエスタの言葉に元親は甘えることにした。 「……恩に着る」 そう言うと、元親はシエスタからひょいっと洗濯物籠を取り上げた、驚いた様子のシエスタはひたすら恐縮したが、 元親はさっさと、籠を肩に担ぎあげた。 「気にするな……、届けよう、……ついでに水場を教えてくれ、体を洗いたい」 「え、あの……、あ、ありがとうございます…、えっと…こっちです!」 余談だが、その日の洗濯はいつも以上に時間がかかる事になった。 シエスタを含む3人の使用人は水浴びをする元親を盗み見ながらの作業だったので、大幅に時間がかかったのである。 「はぁ……イケメン…、しかも、……痩せマッチョ……、はっ!いけないこんな時間!」 「…っちょっと、シエスタっ!急がないと食事間に合わないよ!!」 「ぎゃぁぁぁ、あんた鼻血でてる、シーツ汚しちゃダメーッ」 一方、元親はシエスタからタオルを一枚借りるとそれを腰に巻く、とりあえず、部屋へと急いだ。 まだ、早朝で人の姿は少ない、さっさと部屋に帰った方がいいだろう。 元親自身は別に裸を見られたからと言って、恥ずべき物は何もない。 むしろ、立派な身体だろ、と思うくらいだが、先ほどの娘達の反応から思うに、 何かいらぬ騒ぎが起きそうだ、という予感がした。 予感というか、この格好で歩けば騒ぎが起きないわけがないだろ、とツッコミたくなる。とにかく 元親はもと来た道を帰り始めた。 女子寮を腰に巻いたタオルと背には蝙蝠髑髏という、どこの風呂上がりのヘビメタの兄ちゃん?で歩く元親の姿は、 さすがに使用人からギョッとした視線を受ける。 「……理由あってこんなナリをしているだけだ、(ry」 と説明して部屋へと向かうが、廊下の曲がり角で出会いがしらにメイドに遭遇したりする。 一瞬の空白の後、金切り声をあげようとする女を、とっさに口を押さえて声をふさぐと、理由を説明する。 (その光景を客観的に説明すると、「静かにしろ…」と押さえつけた後、震える上がるメイドに一方的に 理由を説明して、解放、メイドは脱兎の如く走り去る、となる。) ……そんな事が2回あった。 ルイズの部屋も近くなり、もう、さすがに人に会うまいと思っていたが、2度ある事は3度あった、 ただし3度目の遭遇は……。 廊下の先の扉が開き、青い髪の少女が出てきた。 その少女は、元親の姿を見ても全く反応がなく、スタスタとこちらに歩いてきた。 そしてその少女のあまりの無反応ぶりに、元親は、このまま普通に通り過ぎて構うまい、と思った。 彼は気がつかなかったが、彼女はルイズに召喚されたあの広間にいた少女の一人である。 名をタバサといい、学生ながらトライアングルメイジという天才少女である。 元親が召喚された時、彼女は元親に対し、少しだけ興味を持った。 人間が召喚されるなんて聞いたことがなかったし、 あの青年が見かけと裏腹に、相当な実力を持った人物である事を持前の洞察力で察知したのである。 直観では傭兵、それも相当つかうタイプ…、でも何故楽器なんて持っているのか……。 ……格好自体も変だ。 そして、それ以降、昨日の午後からの授業には顔を見せてない事もあり、「今日は現れるだろうか?」と考えていた所、 朝一番に彼と遭遇したのだ。 それはタバサとしては、それなりに驚くべき偶然の出来事であり、そして、その元親の格好は予想外の出来事だった。 ……何故、半裸? ……その格好で背中に楽器背負う姿を客観的に想像した事は? ……女子寮で生徒と遭遇しても普通にスルーするつもりとは、…どういう神経? 昨日感じた関心より、さらに強いインパクトを彼女に与えたようだった。 そんな彼女に、ふといたずら心が沸き起こったのは元親とすれ違う瞬間だった。 ……この人、どの位、つかうんだろう? そう思った時、彼女はすれ違いざま、子供のような外見から想像もつかない敏捷さで杖を振るい、元親に足払いをかけた。 ……が、いつの間にか背に背負っていたはずの楽器が、その杖を受け止めていた。 仕掛けたタバサもよく分からない出来事だった。 無表情のまま少女は元親を見上げる。 「どうして?」 「……何がだ?」 「背負っていたはず」 元親は指で蝙蝠髑髏を差した、帯紐がほどけて垂れ下がっている。 「紐をほどいて下ろしただけ?」 「それ以外に何がある?……あとは体が反応しただけだ」 それ自体が人間の常識を超えた速度で行われたのだから、説明されたとして、タバサにとっては理解に苦しむことだろう。 だが、タバサがこの青年に対して持っていた疑問の一つは解消した。 ……楽器は…この人の武器だ。 おそらくどんな体勢だろうと、体の一部のように使うに違いない そう、だからこんな格好でも身につけてる。 「こんな遊びは、ほどほどにしておけ……」 そう言うと元親は立ち去って行った。 ……さっき彼の左手が光っているようだったが……、気のせい? タバサは相変わらず無表情に元親の後姿を見ていたが、その後、食堂へと向かっていった。 突然、ドアが開けられた時、ルイズは下着に足を通した状態のまま硬直した。 開いたドアには元親が無表情に立っていた。 ……数瞬後、何事もなかったように再びドアを閉め、元親は出て行った。 部屋の中から、ドタンバタンと激しい音が聞こえている。 元親は腕組しながら、ルイズの着替えが終わるのをまっていたが、突然、扉が勢いよく開くと、中から 伸びてきた腕に部屋に引きずりこまれた。 ぜーはー、ぜーはーと荒い息を立てるルイズはチラっと元親を見るや、 「あああああああああアンタ、なんて格好してんのよ!!!」と盛大に手で顔を覆った。 際どい所は隠れていたが、元親の腰のタオルがはだけていた。 「さあな……、引っ張り込まれた時に結びがほどけたんだろう」 いや、さっきの立ち回りの時に、結び目が緩んだのかもしれん…、などと冷静に考えながら元親は 腰にタオルを巻きなおす。 「この格好は……服を洗ったからだ、他に着替えもないのでこの布を借りた」 「なに、パンがなかったから、代わりにケーキを食べたみたいな口調で言ってるのよ、普通じゃないでしょ、その格好!」 怒涛の勢いでルイズは元親に詰め寄るが、やはり当の本人はたいして気にしてない。 「まさか、ここに来るまでに誰かに見られたり……」 「一応は急いだ、……最低限の人数だ」 ノオオオオオオ……裸の男が部屋に入っていったら間違いなく変な噂が立つじゃないの……、 キュルケだって男引き込む時は窓から出入りさせてるのに……。 「はぁ、はぁ、……まぁ、起きてしまった事はしょうがないし、……貴方の替えの服がないのは 私が用意しないと、どうしようもない事よね………」 その後、俯きながらルイズは何か言い辛そうにそっぽを向いていた。 「あのさ、チョーソカベ……」 「なんだ?」 「ッ…………あの」 「……?」 「その……、あれよ」 「……?」 「つまり……、見た?」 「……ああ、裸の事か」 フラッ……、ルイズが倒れそうだったので、元親が支えてやる。 「……いい、自分で立てるから、うっ、うううううっ……」と泣きながら元親の手を拒否する。 「……そうよ、貴方は使い魔、……グスッ、……使い魔に見られたからって、グスッ、どうって事ない、……グスッ」 泣きながら自己弁論を繰り返すルイズ、それを見ながら元親は、確かに婦女子には辛いかもしれんなと思いなおした。 元親自身は土佐を治めていた頃は、正室、側室あわせて数人を囲っていた為、やや女性に対してドライな所もある。 裸を見られたからどうした?子が産めなくなるのか?と女性団体からクレームが来そうな発言を普段ならしそうな所だが……、 どんな心境の変化か、元親は泣きじゃくるルイズの肩をそっと手を置いた。 「ルイズ……、実はな、一瞬で見えてなかったのだ、…だから気に病む必要はない」 「………ほんと?」 「ああ……、だから涙をふくのだ」 そう言って涙を指で拭いてやる元親。 だが、そんな元親の行為とは裏腹に、滝のように涙は流れつづけた。 (ううう、実は見てるに違いないけど、その優しさが、素直にうれしい……うううううっ……) ……今度はうれし涙であった。 恥ずかしーやら、うれしーやら、……とにかく泣きやんだ後、ルイズは朝食に向かう事になったが、 半裸の元親を連れていくわけにはいかない。 「私は朝食に行ってくるから、こっちの部屋に食事と替えの服は届けさせるわ、絶対部屋から出ちゃダメよ」 「ああ、承知した……」 じゃ、また後でね、そう言うとルイズは食堂へと向かっていった。 元親は寝台に腰かけ、食事が届くまでの時間つぶしに蝙蝠髑髏を触り始めた。 すると、ゆっくりとドアが開く。 使用人が食事を持ってきたにしては、ルイズが出て行って幾ばくも経ってない。 「……誰だ?」 元親は開いたドアの向こうへ声をかけると、そこに現れたのは、情熱的な赤毛が印象的で、豊満な体つきの若い女だった。 「ミスタ・使い魔さん、お暇なら、…アタシとお話するのはどう?」 彼女は妖艶にほほ笑んだ。 前ページ次ページ凄絶な使い魔
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 霊夢が正体不明のキメラと戦ってから早三日目―― トリステイン魔法学院にある食堂の朝は早い。 日が昇る二時間前に食堂の厨房で働いているコック達が起床し、朝食の支度を始める。 魔法学院に在学している生徒や教鞭を取っている教師たちは勿論、学院の警備を担当している衛士隊の分もあるのだ。 給士達もそれに見習うかのように起きてテーブルクロスを敷いたり、パンやフルーツを入れる為のバスケットを用意する。 ハルケギニアでも一、二を争う名門校と言われているだけあってかその動きは洗練され、そして無駄がない。 一部の給士達は仕事の合間に軽い会話を交えてはいるものの、手の動きが一切乱れていない程である。 料理を作るコック達もまた一流揃いであり、料理長に至っては自分で店を開いても充分やっていける程の腕を持っている。 他の者達もまた料理の腕には大いに自身があり、また料理長の性格もあってかお互いを信頼しあって働いていた。 そうしてゆっくりと、しかし確実に朝が訪れていようとしているなか、食堂の近くに作られた水汲み場に、一人の少女がいた。 彼女が着ている長袖のブラウスに白いフリルが付いた黒のロングスカートは、魔法学院の生徒達に支給されている制服ではない。 かといって教師と呼ぶには余りにも幼く、だけど子供と呼べる程小さくもない。 しかしウェーブのかかった金髪はまだ寝癖がついており、それが何処か子供っぽさを演出している。 人形とも思える程綺麗な瞳が入った眼はとろんとしており、まだベッドに潜っていたいという願望が浮かんでいた。 そうしたければ、紐を使って背中に担いでいる箒を使ってすぐにでも自分が゛居候゛しているもう一人の少女の部屋へと行くことが出来る。 ただそれをすると部屋の主に怒られるだろうし、何より寝起きに説教というのはキツイものがある。 それに、今こうしてわざわざ日が昇る前に外へと出た一番の原因は自分の不甲斐なさであった。 両手で持っていた籠の中に入っている゛大量の洗濯物゛を見て、少女は溜め息をつく。 「まったく、霊夢を相手にジャンケンなんてどうかしてたぜ…」 少女、魔理沙は後悔の念が混じった独り言を呟きながら、3人分の洗濯物を洗い始めた。 それから軽く一時間ぐらい経ったであろうか、女子寮塔にあるルイズの部屋では霊夢が目を覚ました。 ベッド代わりに使っている大きなソファに寝そべったまま目を開けると、数回瞬きをする。 右の耳からは暖炉の中に入れていた薪がパチパチという乾いた音を立てて部屋の中を暖めていた。 (あぁそういえば、魔理沙のヤツは洗濯に行ってるのよね…) 次に眼を動かして、魔理沙がいないのとルイズが未だ寝ているのを確認した後、ゆっくりと上半身をおこした。 体の上にかかっていた柔らかいシーツをどけると大きな欠伸をし、枕元に置いていた靴下を手に取る。 今水汲み場で洗濯をしているはずの魔理沙と同じ眠たそうな顔でもたもたと靴下を履き、その足をソファの上から床に下ろした。 途端無機質らしい冷たさが足から入ってジワジワと体中に浸透していき、頭の中もスッキリしてくる。 段々と意識がハッキリとしていくのを感じながらも、霊夢はゴシゴシと目を擦るとテーブルの上に置いていた自分の着替えへと手を伸ばした。 その向かい側には魔理沙が来ていたであろう白地に黒い星の刺繍があるパジャマが脱ぎ捨てられている。 「相変わらず、片づけとかそういうのが出来てないのね」 霊夢はポツリと呟き、ゆっくりと自分が来ている寝間着を脱ぎ始めた。 ◆ 以前ルイズと共に幻想郷に帰り魔理沙を連れて再びこの世界へと戻ってくる前に、神社にあった私物を幾つか持ってきていた。 といっても大した物はなく精々愛用している湯飲みや急須、戸棚に入れていた茶葉などである。 本当なら茶菓子も持っていきたかったのだが、ごっそりと消えていたので結局持ってこずじまいになってしまった。 その中には当然替えの服や下着もあるのだが、それを見ていたルイズは有り得ないと言いたげな表情を浮かべて言った。 「信じられない…なんで着替えの服が少ないうえに似たような服ばっかりなのよ!」 そう、下着はともかく箪笥に入っている服という服が全てが紅白の巫女服なのである。 一応細部に違いがあるものの、全体的なシルエットは殆どおなじであった。 更に数も少なく、精々六、七着程度しかない。 よそ行きや私服、パーティー用に会食用、礼服といった着替えを数十着くらい持つのが基本である貴族のルイズには信じられないことであった。 しかし霊夢には当然そんなことなど関係なく、その時はふ~んとだけ言って軽く流していた。 ◆ (そういえば…私ってあまり服なんかに興味が沸いたことなんかなかったわね) 服の着替えが終わり、姿見の前に立って頭に付けたリボンの調整をしつつ、霊夢はふと思った。 人里からかなり離れている神社に住んでいるということもあるが、霊夢は服に関してはあまり興味が無い。 無論一切無いということはないが、それでも彼女ほどの年齢の少女ならば、普通自分の服やアクセサリーにかなりの興味を示すものだ。 実際霊夢の周りにいる魔理沙やアリス辺りなんかは興味があるのか、時折人里で買ったり自宅でアクセサリーや服などを自作している。 そしてこの部屋の主であるルイズも例に漏れず、クローゼットには様々なドレスがありタンスの中には装飾用の宝石や指輪も幾つかあった。 このように女の子というの生物は、自然と身の回りを綺麗な物で囲みたいお年頃なのである。 だがしかし、そんな少女の中に霊夢という例外は存在していた。 (まぁ…あまりそういうのには興味がないし…何よりも考えるのが面倒だわ) 霊夢は首を横に振りつつリボンの両端を引っ張っていると、ふと窓の開く音が聞こえた。 誰かと思いそちらの方へ目を向けると、案の定そこにいたのは洗濯籠を左腕に抱え、空飛ぶ箒に腰掛けている魔理沙がいた。 右足だけが不自然に上がっているところをみると、半開きになっていた窓を軽く蹴って開けたのであろう。 「随分早いわね。アンタのことだからもう少し時間は掛かると思ったけど」 「なーに、魔法の森よりかは大分空気が乾燥してるしな。それほど時間はかからなかったさ」 霊夢は軽い冗談でそう言いつつ、リボンの調整を終えると自分の来ていた寝間着と魔理沙のパジャマを拾い始める。 それに対し魔理沙も軽い感じの言葉で返しつつも腰掛けている箒をうまく操り、左腕で抱えている洗濯物入りの籠を部屋の中に入れた。 ついで魔理沙もすばやく部屋の中に入ると空中に浮かんでいる箒を右手で取り、空いた左手で窓を閉めた。 霊夢の方はというと拾い終えた寝間着やパジャマを洗濯物を入れているのとは別の籠に入れていた。 「まだルイズのヤツは寝てるのか。幸せなヤツだぜ」 手に持っていた箒を壁に立てかけ、勢いよく椅子に座った魔理沙は呟いた。 ルイズは幸せそうな寝顔を浮かべており、あと一時間は夢の世界でしか味わえない事を体験しているのであろう。 魔理沙の言葉にルイズの方へと顔を向けた霊夢は、白黒の魔法使いへと向けて一言言った。 「アンタみたいに朝っぱらから空を飛んでいるよう魔法使いとはワケが違うのよ」 「酷い言い草だな。そういうお前も空を飛ぶじゃないか」 魔理沙は両手でヤレヤレという仕草をしつつ、霊夢に言う。 しかし霊夢はそれに怯まず、むしろカウンターと言わんばかりの返事を返す。 「少なくとも、私は朝食を食べてから飛ぶようにしてるわ」 「よく言うぜ。そう言ってお前が飛んでるところを見たことがない」 「まぁね。その後に神社の掃除とか賽銭箱の確認もあるし」 「…実際にしてる事と言えば、神社の掃除だけじゃないのか?おまえんところの賽銭箱なんて何も入ってないだろう」 遠慮のない魔理沙の言葉に、霊夢の眼がキッと鋭くなった。 魔理沙の言葉通り、博麗神社の賽銭箱には多少の埃や塵は入っているものの、肝心のお賽銭などは入っていない。 偶には言っているのは葉っぱや虫だったりと霊夢の望んでいない物が入っていることもある。 そんな神社の巫女である霊夢にとって魔理沙の言葉は少しだけ聞き逃せず、文句交じりの言葉を返した。 「そんなに言うんなら足を運んだ時にお賽銭入れていきなさいよ。この泥棒黒白魔法使い」 「冗談言うなよ貧乏紅白巫女。ご利益が何なのかわからない神社に賽銭なんて御免だぜ」 霊夢の刺々しさが混じった言葉に魔理沙は苦笑いしつつ、霊夢と同程度の刺々しさを持った言葉を返した。 そんな風にして、お互いの話が元の話題から逸れていくうえに段々と喧嘩腰になろうとした時… 『おいおい、こんな狭い部屋で喧嘩なんかしたらご主人様にボコられるぞ』 ふとベッドの方から聞こえてきた男の声に二人は会話を止め、そちらの方へと視線をやる。 声の聞こえてきた先には鞘に収まった一振りの太刀がベッドに寄り添うかのように立てかけられており、声の主と思える者はいない。 しかし二人は知っていた。先程の声が、あの太刀から発せられたものだと。 「それは霊夢の事を言ってるんだろデルフ?言っておくが私はただの居候だぜ」 先程の゛賽銭箱゛と同じくらい聞き捨てならない言葉を聞いた霊夢は魔理沙の方へと視線を向けて言った。 「私だってアイツの使い魔になった覚えはないわ。むしろ無理矢理使い魔にされたのよ」 『ま、どっちにしろ静かにしないと。オメーラ本当に追い出されるぜ?』 デルフは笑っているのか、鞘越しに刀身をプルプルと震わせた。 ◇ 霧雨魔理沙とデルフリンガー。 この二人が顔を合わせたのは二日前の朝、つまりはデルフが帰ってきた日の翌日である。 その日は少し早めに起きた魔理沙はベッドの上で上半身だけ起こし、何気無く部屋の中を見渡した。 ルイズと霊夢が未だ眠っているということを知って驚いた後、ふと見慣れない物が目に入ったのである。 (なんだあの剣は…みた感じ大分古そうな代物だな。というか何時の間に?) この部屋の住人たちにはあまり似合わない一振りのソレを見て、魔理沙は首を傾げた そんな時であった。その太刀――デルフリンガーが話し掛けてきたのは。 『よう。見ねぇ顔だがオメェはどっから来たんだ?』 突如その刀身を動かしながら喋ってきた事に対し、魔理沙は驚きつつも返事を返した。 「…私は霧雨魔理沙、そこら辺にでも普通の魔法使いだが…お前はそこら辺の武器屋じゃ売って無さそうだな」 突然の事で一瞬驚きはしたが、魔理沙の瞳は起きたばかりだとは思えぬほど輝いている。 今まで多くのマジックアイテムを蒐集してきた彼女であったがこのような喋る剣を見たことがなかったのである。 デルフの方も魔理沙の様子を見て(目のような部分は見あたらないが)嬉しそうな感じで言った。 『あったりめーよ!何たってオレ様は、インテリジェンスソードのデルフリンガーだからよ!』 デルフは部屋に響き渡る程の大声を出した。 しかしその結果、直ぐ傍のソファーで横になっていた霊夢の足に蹴飛ばされる事となった。 それから今日に至るまで、魔理沙はデルフという面白い話し相手兼ねマジックアイテムと親しくなった。 暇さえあれば話し掛けたり錆だらけの刀身を見て苦笑したりといった事をしていた。 デルフの方もそういうのは満更でもないのかそんな魔理沙に対しては本気で怒鳴るような事も無かった。(刀身が錆びていると言われた時は流石に怒ったが) 「全く、こうも騒がしいとお茶も飲めないじゃないの」 ただ余りにも騒ぎすぎたためかルイズと霊夢に怒られたりもしたのだが。 特にルイズからは「次、騒ぎすぎたらベッドに入れてあげないからね。ダメ剣は学院の倉庫に入れてやるんだから!」と言われた。 ◇ 魔法学院の食堂で働く者達は朝早くから起きて仕事をするが、その後にも当然仕事はある。 料理の仕上げや貴族の子弟達が食事を出来るよう準備した後、小休止を入れて再び動く。 それが意味する事は、この食堂に朝食を頂きに学院の生徒や教師達が来るという事であった。 朝食を頂く前の祈りも終え、生徒達は目の前に広げられた食事に手を伸ばしていた。 フルーツソースのかかったパイ皮に包まれた焼き鱒や豊富な野菜が入ったスープ。 焼きたてのクックベリーパイに、大きな籠に幾つも入った真っ赤な林檎。 しっかりと中まで火が通った鳥の丸焼き、そして極めつけに朝からワインを瓶で丸ごと一本 彼らが手を付けるメニューの中には、これが朝食のメニューなのかと思ってしまう料理もある。 教師たちならともかく、まだまだ育ち盛りの多い生徒達にとって質素――彼らの目から見て―な食事では満足しないのである。 料理長であるマルトーはそんな生徒たちに対してこりゃあ将来が大変そうだな、と思っていた。 しかし作らなければ仕事にならないので、同情するようなことはしなかった。 ◆ 「…ねぇねぇ。三日前の事件…あれってまだ解決してないのでしょう」 「えぇそうよ。確か警備の衛士たちが全員眠らされていたって事件…一体何だったのかしら?」 ふと耳に入ってきた話に、ルイズはクックベリーパイを食べるのを止めてしまう。 そして口元にまで近づいていたパイが刺さったままのフォークを受け皿の上に下ろし、安堵の溜め息をついた。 彼女にとって、この話を原因を作ったのが誰なのかは既に知っており。事情も聞いた。 といっても半ば無理矢理にでも聞いた。そうでなければあの少女は話してもくれないだろうから。 話を聞く限り、どうやら事件の原因や何があったのかは、全然わかっていないようだ。 少女の方も「まぁ跡形もなく消したし、今頃風に乗って何処かへ行ってるはずよ」と言っていたから大丈夫であろう。 ルイズが再度安堵の溜め息をついたとき、ふと横の方から声が掛かった。 「どうしたのよルイズ?具合でも悪いのかしら」 「…え?」 ふと自分の名前が呼ばれた事に少し驚き、そちらの方へ視線を向ける。 そこにはもう食事を終えたのか、綺麗にロールした金髪が目映い『香水』のモンモランシーがいた。 普段ならば自分の名前を呼ばないような彼女に名前を呼ばれ、思わず唖然としてしまう。 まさか今日は空から雨じゃなくて香水がふってくるのではと思い、鳶色の瞳に不安の色がよぎる。 それを見て何を考えているのかわかってしまったのか。すぐさまモンモランシーの顔に怪訝な色が浮かぶ。 「私が貴方の名前を呼ぶことってそんなに珍しいのかしら…?」 「そうなんじゃない?むしろ私が声を掛けた場合より驚いてるかもね」 「へ~、そうなんだ。…って、なんでアンタが私の後ろにいるのよ」 モンモランシーの言葉を返したのは唖然とした表情を浮かべていたルイズではなく、キュルケであった。 いつの間にか自分の背後に立っていたキュルケに軽く驚きつつ、モンモランシーは言った。 「貴方と同じよ。朝にあまり食べ過ぎるのもどうかと思ってもう出ようかと思ってたところよ」 燃えさかっている炎と同じような色をした赤色の髪を片手でサッとかき揚げつつも、キュルケはあっさりと言う。 それを聞いたモンモランシーは納得したかのような表情を浮かべた後、何度か頷いた。 「昔はそれ程気にしてなかったけど、何故か今年に入って妙に気になるしね…」 少し憂鬱そうな彼女の言葉に、キュルケも同意するかのようにウンウンと頷く。 「そうよね~。…まぁ私が知ってる限り、二人だけはもっと食べないとダメかも知れないけど」 そう言って未だ唖然としているルイズの顔へと視線を向けた。 自分の髪と同じ色の瞳には、何故か哀れみ色が惜しげもなく浮かんでいる。 まるで路地裏に捨てられた子猫を遠くの窓から見つめているかのような悲哀の色が。 「え…?何よ、何で私をそんな目で見つめてるのよ」 入学どころか生まれる前から好敵手であったツェルプストーの娘にそんな目で見られ、思わず驚いてしまう。 困惑の表情を浮かべているルイズに、モンモランシーが声を掛ける。 「大丈夫よルイズ…私だって数年前くらいは貴方と同じだったし…その、ちゃんと食べればもっと伸びるはずよ。…多分」 その声にはキュルケの言葉とよく似た悲哀の色が漂っていた。 「何よそれ!教えるのならハッキリ教えなさいよ!?」 この二人が言っていることの意味が良くわからないでいるルイズは、思わず言葉を荒げてしまう。 一方、食堂出入り口の傍にある休憩所でも、話をしている二人と一本の姿があった。 「…そういやアンタ。意志を持ってるって他にも特徴は無いの」 霊夢は朝食とした出た白パンの一欠片をスープに浸しながら、テーブルの上に置いてあるデルフに話し掛けた。 『唐突だなオイ…いんや、オレにはそんな力はないさね』 「つまらないわねぇ。アンタ本当に暇なときの話し相手じゃない」 『あのな、オレは意志を持っているタダの武器だぞ?武器なら敵に向けて振るのが一番良い使い方さ』 「そもそもアンタ、刀身が錆びてるんだから戦うのは無理なんじゃない?……ハグ」 霊夢はカチャカチャと音を立てながら喋るデルフにそう言い放ち、スープに浸ったパンを口の中に入れる。 無造作に置かれたインテリジェンスソードはそれを聞いて悲しかったのか、鞘が小刻みに震え始めた。 ◇ 霊夢とデルフが再会したのは今から三日前の夜。霊夢がキメラを倒して部屋に帰ってきた後である。 部屋に帰ってきた彼女がまず目にしたのは、ベッドで寝ている魔理沙の横でちょこんと座っていたルイズであった。 彼女は霊夢の姿を見るなりバッとベッドから飛び降り、どことなく疲れている巫女に詰め寄った。 「あっレイム!あんた今まで何処行ってたのよ!というか何してたのよ!」 「何処でも良いじゃないの。ちょっと虫退治に行ってただけだから。あとは眠いからまた明日ね…」 帰ってきて早々、ルイズの罵声を耳に入れた霊夢はうんざりとした様子で返すとソファに腰を下ろす。 霊夢としてはルイズに詰め寄られるよりも早く寝間着に着替えて横になりたかった。 そんな霊夢の態度にルイズは顔を赤くし、さっきよりも大きいボリュームで怒鳴ろうとしたとき――何者かが割って入ってきた。 『おいおい、使い魔とそのご主人さまはもっとこう…和気藹々としてるもんだろ。お前ら殺伐し過ぎだよ』 少しエコーが掛かっているような男の声に、ルイズと霊夢は一斉にそちらの方へと視線を向ける。 声の先にあるのは、ベッドの上に置かれた傍に一本の太刀であった。 何処かで見覚えがあるものの、一体何処で見たのかと一瞬だけ悩み、すぐにその答えが出た。 「デルフじゃないの。…そういや部屋に持ってきてたのをすっかり忘れてたわね」 『OK、お前らには共通点が一つだけある。お前らはまず自分たちの持ち物の存在を忘れないように心がけろ』 今思い出したかのような霊夢の言い方に、デルフは何処か諦めにも似た雰囲気を刀身から漂わせつつも言った。 ◇ 「まぁなんだ。武器として使われる以外にも良い使い方はきっとあると思うぜ」 霊夢とデルフの会話を横から聞いていた魔理沙は、手に持っていたフォークでデルフの入った鞘を軽く小突いた。 『おいおい…慰めてくれるのは嬉しいがそんな物で鞘を小突くなっての』 しかしそれがイヤだったのか声を荒げ、激しくその刀身を動かした。 それに驚いたのか否か魔理沙はすっとフォークを下げると受け皿に置き、肩をすくめて言った。 「何だよデルフ。フォークに付いてるソースなら洗えば落ちるだろ?」 多少の悪気が入った魔理沙の言葉にデルフはその刀身を一層激しく揺らす。 『そういう問題じゃねーっての!鞘っつーのはオレっちを剣にとって、家であり服でもあるんだぞ!』 デルフの言葉に、魔理沙は満面の笑みで言った。 「なら問題ないぜ。何せ服も家も、ついた汚れを水で洗い落とせるからな」 (ホント、見ていて飽きないわねぇ…) 霊夢は魔理沙とデルフのやりとりを見ながら、紅茶を啜っていた。 デルフと魔理沙、一見喧嘩しているようにも見えるが魔理沙の多少意地悪な性格がその一線を越えないでいる。 あっけらかんとした顔の彼女から出てくる言葉には毒が入っているものの、それを言う本人には何の悪気もない。 しかし、霊夢が知ってる限り゛毒が混じった言葉を出す゛ような性格の持ち主なら魔理沙の他にも何人かいる。 紅魔館のパチュリーはハッキリと言うし、妖怪の山からやってくる文は会話の途中途中に紛れ込ませ、紫に至っては意味が良く分からない毒を吐いてくる。 だが魔理沙にはその他にももう一つ゛笑顔゛という効くヤツには良く効く有効な武器を持っていた。 女の子の優しい笑顔とは違う、自分だけの秘密基地を作り終えたばかりの男の子のような元気で活発的な笑顔。 特に同じ魔法の森に住む人形遣いには効果抜群らしく、何度激しい喧嘩になっても結局最後には元の状態に戻ってる。 とまぁそんな魔理沙の笑顔にこのインテリジェンスソードは仕方ないと悟ったのか、 「イヤだから…はぁ~」諦めの雰囲気がイヤでも漂う深い溜め息をついている。 霊夢は紅茶を啜りながらも、そんな二人のやり取りを静かに見守っていた。 「平和ね…本当に平和ね」 幻想郷の巫女は誰に言うとでもなく呟いた。 その姿はとても、多くの人妖と戦ってきた少女には見えなかった。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん