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10 救出部隊 京都府舞鶴市上空 2012年 6月5日 18時07分 太陽が沈もうとしていた。 西に大きく傾いた太陽の光が、まばらに浮かぶ雲を赤く染め上げている。もう幾らもしないうちに舞鶴市は黄昏時を迎えようとしていた。 その中を2機のSH-60J哨戒ヘリコプターが、南へ向かっていた。 白い機体の右側面は西日を反射して煌めき、機体に2基備えられたゼネラル・エレクトリック/IHI製T700-IHI-401C発動機が爆音を響かせている。 ローターブレードが大気を切り裂き、6トンを超える重量を持つ機体を、力強く前進させていた。 護衛艦みょうこう立入検査隊第2班長、妻木敏明二等海曹は、2番機のキャビン内にいた。 彼は濃紺の警備服の上に88式鉄帽とプレート入の防弾ベストを装着し、右の太股には9㎜拳銃をぶら下げている。 身体やベストのあちこちに装備品をゴテゴテと取り付け、胸に64式小銃を抱いた彼の表情は、目を保護するダストゴーグルに隠されて窺えない。 彼と同じ様な装備に身を固めた立入検査隊員達5名もまた、彼等を収容するために吊下式ソーナーから座席に至るまでを取り払ったキャビンの床で、小さくなって座り込んでいた。 唯一人センサーマンだけが、機体の左側面のバブルキャノピーに頭を突っ込み、空と地上に目を光らせていた。 妻木は、焦燥感に身を焦がされる想いでいた。普段は常におどけた態度で周囲を笑わせたり、呆れさせたりしている妻木だが、今その面影はない。 ああ、自分は焦っているな。妻木は分割した意識の一部分でそう思った。熟練したSPY員である彼は、同時に複数の思考を処理できるよう普段から訓練されている。 現在、彼の思考の大部分はヘリが目的地に着いてからのことで占められていた。 何度も確認した手順をなぞり、失敗を想定し、対処法を考え、想定外の事態を想定しようとしては、上手く行かずにまた最初に戻る。 思考の迷宮に迷い込んでいるのだった。 これは、拙いな。俺らしくもない。畜生、とっとと着いてくれ。 妻木は、自分を焦らせている原因となった、ブリーフィングの内容を思い出した。 「今から20分ほど前、『教師と子供が取り残されている』と警察に通報があった」 立入検査隊先任海曹、可児一曹の言葉に隊員達が顔色を変えた。 「通報者によれば、同僚の教師から救助を求めるメールが届いたそうだ。どうやら校舎内に取り残されているらしい」 ホワイトボードに貼られたA4の紙にはにはこう書かれていた。『おとなふたりこども5人倉梯小たすけて』 切羽詰まったメールの内容に、隊員達が低く唸った。 「同時期に、市の交通局からも『倉梯小にまだ誰か取り残されている。バスが救助に残ったが、連絡が途絶えた』と通報があった」 可児は立検隊員を見渡すと、殊更にゆっくりと続けた。立検隊員達の中には身を乗り出すものもいた。 「警察は要救助者が存在すると判断し、総監部に支援を要請してきた。現場は既に敵の制圧下にあり、警察では対処できない。よって──」 可児は巌の様な顔に笑みを浮かべると、叩きつけるように言った。 「我々は要救助者の救出のため出動する!喜べ小僧共──出番だ!」 可児の言葉に対して、間髪入れず男たちの叫びが返ってきた。彼らは焦れていた。その鬱憤を晴らす機会が訪れたのだった。 可児は満足気に口を歪め、指揮官である明智一尉を一瞥した。明智が控え目に頷くのを確認すると、作戦計画の示達を始めた。 「作戦は単純だ。2機のヘリで倉梯小のグラウンドに降りて、取り残されている先生と子供を助け出す」 可児が続ける。 「俺達は、子供らがヘリに乗って飛び立つまで、そこを守りきればいい」 第3班長斎藤二曹が質問した。 「俺らはどうやって帰るんです?残りのヘリ1機には全員乗れんでしょう?」 「ヘリは子供らを送ったあと、戻ってくる。それまで、グラウンドを確保する」 「周り中敵だらけですよ!?」 斎藤の悲鳴のような問いかけに対し、可児は事も無げに言った。 「確保が無理な場合は、徒歩で東舞鶴駅まで脱出する」 「なんてこった」 可児も表情ほど内心に余裕があるわけではない。綿密な計画を立てるには、時間が全く足りなかった。取り残されている教師(若い女性らしい)との連絡は、途絶えている。メールすら出来ない状況に置かれているようだった。 事態は一刻を争うと総監部は判断した。このため、何とも乱暴な作戦が立案されたのだった。 「ヘリから、周りの連中を吹き飛ばしたらどうですか?」 妻木二曹が不満げな口振りで言った。救出作戦に異論は無いが、色々できることがあるだろう、と思っている。 「ヘリからの機銃掃射は許可されていないんだ」 すまなそうな口調で、明智一尉が言った。妻木が反発する。 「何でできないんですかッ!」 「──妻木、お前の下宿森本町だったな。大家の婆さん元気か?」 可児が口を挟んだ。 「は?まぁ元気ですよ。こないだもいらないって言ってんのに米とか野菜とか持ってきて……それが何か関係あるんですか?」 「大家の婆さんが避難したかどうか確認がとれていない。市内のあちこちで同じ状況だ。市側が大混乱なんだ。お前、この状況で──撃てるか?」 妻木は答えることができなかった。 エレウテリオ騎士団の侵入により、舞鶴市の避難誘導は混乱した。なりふり構わず避難を急いだ結果、収容先での人員の把握がおろそかになったのだった。 その結果、自衛隊は民間人誤射の可能性がある攻撃手段を自制せざるを得なくなった。市街地には民間人がいない、と断言できないためである。混乱の原因を考えれば、自業自得と言われても仕方がなかった。 ミーティングが終わる頃、整備員が離陸用意が整ったことを報告してきた。可児は周囲を見渡した。全員が今すぐにでも走り出しそうな様子だった。 可児は明るい声で叫んだ。 「よぅし小僧ども、クソヤロウどもから子供を助け出しに行くぞッ!」 「オゥ!」 「1班と3班は1番機、指揮官と2班は2番機に搭乗!準備でき次第離陸する。小僧ども、40秒で支度しろ。かかれッ!」 れ、の音が発せられる前に、隊員たちは弾かれたように動き出していた。 「よし、行くぞ!第3班搭乗かかれッ!」 「愚図愚図すんな!走れ走れ走れ!」 妻木も、自分の班員とともに、ヘリに向けて走り出した──。 妻木は我に返り、ふと班員の様子が気になった。彼は隣に座る進士三曹の顔を覗き込んだ。 進士は、人の良さそうな丸顔にびっしりと汗を浮かべ、一点を見つめていた。小刻みに震えている。極度の緊張状態に置かれていた。 おいおい、ガチガチじゃねぇか。しょうがない、ジョークの一つでも披露してやるか。 妻木がくだらない冗談を言うのは、彼なりのリラックス法であった。彼は適度な軽口は、任務遂行に役立つと信じていた。 だが、彼は躊躇した。冗談を言おうと顔を上げたところで、機内がエンジンとローターブレードの発する轟音に包まれていることを思い出したのだった。 馬鹿でかい声で叫ばなきゃ、誰も気付かないな。止めた。ジョークは叫ぶもんじゃねぇし、『え?聞こえなかったので、もう一回言ってください』なんて言われたら最悪だ。 それに──。 「まもなく目的地上空!降下に備えてください!」 センサーマンが叫んでいた。彼は大きな仕草で機体前方を示す。1番機が機体をバンクさせ、降下態勢を取りつつあった。 眼下には舞鶴市街。徐々に薄暗くなる街のあちこちに、敵が見えた。実のところ、飛行場を離陸してから5分も経っていなかった。 妻木は、いつの間にかカラカラに乾いていた唇を湿らせると、機内の騒音に負けないよう声を張り上げた。 「1番機が降りるぞ!キャビンドア開け。支援射撃用意!」 キャビンドアが開け放たれると、合成風が妻木の顔を叩いた。生温い風は、硝煙と──微かな血の臭いがするように思えた。 京都府舞鶴市倉梯 倉梯小学校 2012年 6月5日 17時52分 時間が過ぎるほど、教室の空気は重苦しいものとなっていた。日が傾き、夜が迫っているのが分かる。このまま夜を迎えると思うと、恐怖で胃が握りつぶされそうだった。 教室の中で必死に息を潜める香住ほのかの中に、絶望が広がり始めていた。 救助が来る様子は全く無かった。時間が経つにつれて、付近には得体の知れない雄叫びや、馬の嘶く声が増えていた。 暴徒が周りを取り囲んでいるに違いなかった。 どうしよう。どうしよう。逃げられない。 大学を出たばかりの彼女にとって、現状は荷が勝ちすぎた。パニックにならないだけでも、幸運であると言えた。 実際、幾度かそうなりかけたのだが、その度に彼女の胸の中で震えている子供たち──彼女の教え子たちの存在が、ほのかを踏み留まらせていた。 そう、この子たちだけでも。わたしが守らなきゃ。 「増えてきよるなぁ……。」 心底残念そうな口調で、先輩教諭の小代英樹がつぶやいた。彼は校庭を覗き込んでいた。そこには、時間と共に甲冑を纏った男たちや、化け物の姿が増えていた。 「どうして、集まっているんでしょう?」 ほのかは恐る恐る訊ねた。普段口うるさい小代だが、今は唯一頼れる存在である。 「……多分、軍隊を休ませる場所にするんとちゃうやろか?校庭や体育館があるやろ。人をぎょうさん収容できるから」 小代の言葉に含まれる不吉な響きに、ほのかは気付いた。 「じゃあ、きっと校舎にも……」 「入ってくるやろなぁ……いや、入ってきたみたいや」 ほのかは教室の入口ドアを見た。普段何気なく出入りしているドアの向こうが、あの世とか地獄と呼ばれる場所に繋がっているように思えた。 ──突然、音楽が流れた。 明るいメロディーが、教室の重苦しい空気を掻き乱した。ほのかはそれが日曜日の朝に放送されている子供向けのアニメの主題歌であることに気付いた。 しかし、今の彼女たちにとっては呪いと変わりなかった。 見つかってしまう!一体どこから? 音は、ほのかにしがみついた少女の携帯電話から鳴っていた。恐らく、心配した親がかけたのだろう。 少女は慌てて音を消そうとしたが、上手くいかなかった。泣きそうになっている。 ほのかには携帯電話のメロディーが校舎中に響き渡っていると思った。身体が動かない。 小代が動いた。 「堪忍な、まみちゃん」 小代は携帯を取り上げると、窓を開け外に放り投げた。ピンク色の携帯電話は校庭に落ちて鳴り止んだ。 壊れたらしい。 暴徒を呼び寄せる音は断てたものの、窓を開け携帯電話を放り投げるという行為は、確実に校庭にいる者たちの注意を引いてしまっていた。 ほのかは窓の外を見た。校庭にいる何人かが間違いなくこちらを見ていた。 逃げなきゃ!でも、どこに?どうやって? 頼みの小代も、自分の行為の結果に衝撃を受けていた。何かをつぶやいているが、聞こえない。胸に抱いた教え子たちが袖を引くのにも気付かない。音も視界も消えていき、世界が急速に遠ざかるような感覚を覚えていた。 ほのかは、もう一度外を見た。 ──あの人たちはどうして空を見ているのだろう? ほのかは不思議に思った。校庭にいる者たちは、もうこちらを見ていない。ほのかは彼らのように空を見上げた。 音が戻ってきた。 猛烈な風と音を引き連れて、白い何かが校庭に降り立とうとしていた。 小代が、言った。 「自衛隊や!助けが来たッ!」 ほのかは、ぼんやりと思った。 白い機体に赤い日の丸が、とてもきれいだな。 「齡五十を数えれば、大抵のことには驚かぬと思っていたが、まだまだ世は驚きに満ちていると見える」 エレウテリオ騎士団副団長セサル・ディ・アランサバル男爵は、馬上で唸っていた。 彼の周囲では、従士や兵が空を見上げて右往左往している。道の左手にある大きな建物(恐らく兵舎だろう)とその営庭の方角からは、脅えた馬の嘶きが聞こえていた。 「竜だ!竜がでたぞ!」 混乱の元凶は空にあった。 アランサバルの手勢は、迂回機動により敵陣を突破した後、撤退する敵に食らいつきながら市街地に侵入していた。 陣地への突撃で配下のゴブリンの七割──約300と兵100を失ったものの、未だ手元には騎士20騎と兵200、弓兵70、ゴブリン100を残している。 敵の本拠を叩けば勝ちだ、という意識が兵たちの頭にあるため、士気は未だ高く維持されていた。 しかし、まもなく日が落ちる。夜戦は余程のことがない限り、兵を失うだけである。西方諸侯領軍の戦術常識からいけば、そろそろ野営地を確保すべきであった。 この為、アランサバルは先程発見した、兵を休ませるのに具合の良さそうな建物の中を調べさせようとしていた。 そこに竜が現れたのだった。 「男爵殿、如何なさいますか!?」 配下の騎士が、すがるように言った。突然現れた白い竜に怯えているのだろう。 アランサバルは、配下の不甲斐なさに苛立ちを覚えた。騎士が竜を怖がって何とする。 「狼狽えるなッ!あの奇怪な竜なら、昨日落としただろう」 アランサバルの言葉に、周囲の者は落ち着きを取り戻した。確かに、昨日現れた竜は魔導師の攻撃魔法と弓兵の射撃で落としていた。 アランサバルは二匹の竜を観察し、兵を腹に収めていることに気付いた。 あの竜は、軍竜か。ふん、余程この建物が大事と見える。 「魔導師を呼べ。それから、弓兵を集めよ。一斉に仕掛ける」 「ははッ」 一匹が地表に降りようとしていた。けたたましい鳴き声と共に、猛烈な風を起こしている。アランサバルのマントが風を受けて大きくはためいた。 アランサバルは馬首を巡らせると、副官に下知を下した。 「兵を建物に差し向けよ。彼処には何かある」 「御意」 「子爵の手勢はどの様な様子だ?」 「は、騎士団はエレウテリオ子爵の下知を受け、敵を追撃しております」 アランサバルは数秒間思案した。エレウテリオ子爵は、薄暮にさしかかっても攻め手をゆるめる気はないようだった。 ならば、儂も団長殿に倣おう。敵を叩いておかねば、野営もままならんしな。 アランサバルは敵の追撃と、眼前の建物の制圧を決心した。 「さて、皆の者。我らは、ドラゴンスレイヤーの栄誉を手にする機会を得たぞ。競って名を上げよッ!」 京都府舞鶴市倉梯 倉梯小学校 2012年 6月5日 18時12分 「下はクリアか?」 機長が怒鳴った。副操縦士は素早く頭を振り、地上を確認した。 「甲冑を着けた兵隊と変なばけものの他デッキクリアー!」 「よーし、降りるぞ。お客さんたち準備はいいな!」 ……それは、クリアーなのか? 可児は疑問に思ったが、機長が行けると判断したなら行けるのだろう。大体、今の可児達に深く考える贅沢は許されていなかった。 1番機に搭乗した可児達がまず地上に降り、周囲を確保する手筈だった。2番機が上空から支援射撃を開始している。 「降りるぞ小僧ども!ケツを上げろ!」 可児は機内の隊員たちに怒鳴ると、キャビンドアに身体を向けた。ダウンウォッシュが機内に激しく吹き込み、ゴーグルなしでは目も開けられない。 地上が急速に近付いてきた。あと2メートル。 1メートル──。 機内が一度大きく揺れた。次の瞬間、浮遊感が消え、機内の隊員たちは着陸したことを知った。 可児が猛烈な勢いで怒鳴った。 「行け行け行け!周囲を確保しろ!」 魔王のような形相の可児に追い立てられ、第1班の班員2名が素早くキャビンドアから飛び出した。一人は左に64式小銃の銃口を向け、膝射姿勢をとる。もう一人は──こけた。 「痛ェ!」 「ば、莫迦やろう。なにしてんだ!」 「チョッキが重くて……」 彼らに続いて機外に飛び出した可児は、中腰のまま器用に倒れている班員を蹴飛ばすと、矢継ぎ早に指示を出した。 「第3班は玄関口を確保しろ!第1班は散開!道路側を警戒!おい、頭をあげるな。ローターが回っとる!……お前はさっさと起きろ」 続いて機外へと出た斎藤二曹に率いられた第3班の4名は、中腰の姿勢で校舎の玄関口に向けて駆け出した。 銃声が響く。ヘリに驚いて腰を抜かしていた敵に対し、1番機が制圧射撃を開始したのだった。 「道路側、敵がいます!」 傍らで班員が報告した。 「各個に撃て。頭を上げさせるな!」 可児は指示しながら、機内を振り返った。1番機に乗っていた全員が降りていた。操縦席を見る。機長がこちらを見ていた。 可児は左手の親指を立て、大きく腕を突き出した。機長が頷くと1番機のエンジン音が一段と大きくなり、ヘリは軍用機特有の力強さで、上昇を開始した。 まずは上手くいったか。あとは2番機が降りるまで、敵を寄せ付けないことだな。 班員はそれぞれ膝射または伏射姿勢をとり、目に付いた敵に対して射撃を開始していた。今のところ敵が迫ってくる様子は無い。第3班長から無線が入った。 『クアーズ1、クアーズ3。校舎入口を確保した。校舎内で敵と交戦、2名射殺』 『クアーズ1了解。そのまま確保しとけ』 『了解』 全ては今のところ順調だった。我々は奇襲に成功したらしい。 『クアーズ1、クアーズリーダー。マイヅル36進入開始』 『クアーズ1了解。下はクリアです。手早く願います』 『クアーズリーダー了解』 2番機に搭乗している明智一尉から、無線が入った。先程一度小さくなったヘリのローター音が急速に大きくなる。2番機が降りてきたのだった。 校庭の土は午前中の雨で湿っており、土埃を巻き上げる心配は無い。 可児は道路側に目をやった。先程までと何か違うと思った。何だ?この違和感は。 すぐに気付いた。身体を晒しておたついている敵が、いなくなったのだった。それでいて、気配は感じる。敵が統制を取り戻した証拠だった。 早く降りてきてくれよ。 可児は心の中で念じた。統制を取り戻した敵は、すぐに反撃に出ると分かっていた。早く遮蔽物に潜り込まないと、危険だった。 「おら、行け行け行け!」 第2班長の妻木二曹の威勢の良い声が響いた。第2班員がヘリから飛び出てくる。 「先任!第2班ただいま参上!」 「声が震えてるぞ、妻木」 可児が道路を睨みながら答えると、妻木は口元を苦笑いの形に歪めた。そうこうしているうちに、2番機から明智一尉がよろめきながら降りてきた。 「可児一曹──何とか──降りれたよ」 明智はすでに汗塗れで、息も上がっていた。 「まだ、降りただけですよ──ッ!」 可児が応えようとした時、道路から飛来した矢が、足元に刺さった。それを合図にしたかのように、次々と矢が降り注ぐ。 「ここは、やばいッスよ!」 妻木が叫んだ。 「敵集団、道路側距離50!」 進士三曹が敵を発見し、警告した。そうしている間に、矢がヘリにも飛来し始めた。機体に当たり、硬質な音を立てる。ローターブレードに弾かれて、粉々になるものもあった。 「ど、どうする?」 明智が首を竦めて言った。 あんたかが決めないでどうする。可児は徒労感を覚えつつ、進言した。そのまま、矢の飛来方向に単射で3発小銃弾を撃ち込む。手応えは無い。 「校舎に入りましょう。要救助者の捜索に当たるべきです」 「そ、そうだね。その通りだ」 明智は人形の様に首を縦に何度も振ると、裏返った声で同意した。 「総員、校舎に走れェ!」 『クアーズ3、クアーズ2。今からそっちに行く。援護頼む!』 可児が命じ、妻木が第3班に無線で援護を要請した。 玄関口に陣取った第3班が小銃や機関拳銃を発砲する。銃弾が校庭と道路を隔てるフェンスや街灯に当たる度に、明るい火花を散らした。 敵の矢が、途絶えた。 可児達はその隙に校舎に向けて脱兎のごとく駆け出した。2番機はすでに高度を上げている。 十秒ほどで、総員が玄関口に駆け込むことに成功した。第3班員は、その隙に素早く弾倉を交換している。班長の性格を反映してか、そつがない。 隊員の多くが、息を切らしているなか、可児は平然としている。 「第1班で出入口を確保。第2、第3班は指揮官と共に、要救助者を捜索する。宜しいですね?」 可児は明智に訊ねた。息を切らしてしゃがみ込みそうになっている明智に、嫌も応も無かった。 「──任せる」 「水雷長、任せていただけるのはいいんですが、急いでください」 派手に交戦した結果、敵が増援を呼び寄せる可能性は高い。猶予はあまり無いのは明らかだった。 周囲の隊員の呆れ顔に囲まれた明智は、命令を発した。 「民間人を捜索、絶対に救出する。みんな、よろしく頼む」 水雷長にしては、気持ちの入った命令だな。可児は一瞬だけ口元に笑みを浮かべた。 明智一尉と通信員、2個検査班8名の計10名は、胸までの高さの下駄箱をすり抜け、校舎内に進入した。 最近の学校の常として、まず正面に職員室がある。廊下側の壁が全て窓になっていて、中が丸見えであった。逆に言えば、職員室から、校舎への人の出入りを教員が把握できる作りである。 「最近は、こんな作りなんだな」 「昔、どっかの誰かが学校で大暴れしたからな。……で、どうします?」 第3班長斎藤二曹が、明智に訊ねた。明智は、相変わらずの口調でおずおずと答えた。 「う。じゃあ、第3班は職員室を確認後向かって左側の各部屋を捜索。僕は、第2班と右に行くよ」 背後では、第1班の射撃音が鳴り響いている。それに対して、校舎内は嫌になるほど静かだった。 「一階の捜索が完了したら、報告してくれ。くれぐれも誤射だけはしないようにね」 「了解」 「よーし、第2班集合。隊形とれ」 妻木の指示で班員が集合する。先頭の沢井三曹が、64式を突き出すように前方に向けた。 全員が触れ合うほど密着し、片手を前の隊員の肩に置いた。 「沢井前方警戒、土本と俺は側方、進士後ろな」 土本三曹と妻木は銃口を真下に向けた。電気の消えた校舎内は徐々に薄暗さを増していた。普段子供達の声で賑やかな場所が人の気配が絶えただけで、途端に不気味な雰囲気を溢れさせている。 「お前ら、何イメージした?」 「バイオ」 「バイオ」 「メガテン」 「うん、よく分かる。夜の学校って怖いよな」 「マジ、やばいッス」 妻木は班員の態勢が整ったのを確認した。 「絶対に敵と確認してから撃つこと。リッカーが出ても泣かない。訓練通り行くぞ」 「了解。たまに天井見ます」 「了解。おっかねぇ」 「了解。仲魔には……出来ないですよね」 妻木の合図で四人は前進を開始した。重心を落とし、足音を消す。 理想通りにはいかないな。妻木は思った。装具はやたら雑音を立てるし、プレートの重みでまるで自分がアヒルの様だ。汗が吹き出る。ゴーグルが曇り、視界が狭まる。 ああ、畜生。俺の呼吸音がうるさいぞ。 先頭の沢井が止まった。 「左手前方、引き戸」 短い報告。妻木は腕と手の動きで指示を出した。土本がするすると前進し、ドアを開ける位置に着く。 最後尾の進士が準備よしを報告した次の瞬間、沢井を先頭に三名が教室内に突入した。 土本がドアを引く。沢井と妻木が左右に分かれ、銃口を前方に突き出した。素早くクリアリングを行う。進士が散弾銃を構え、続いた。 無人。 「クリアー」 「クリアー」 「クリアー」 各自の受け持ちに異状が無いことを知らせる。見える範囲に敵はいないようだった。だが、調理実習室らしい室内に、物陰は無数に存在した。 全ての物陰に敵が潜んでいるように思えた。突き出した64式の重みで腕が痺れる。 「沢井、前進して確認。進士援護しろ」 射撃員の沢井が慎重に室内を進み、物陰を一つ一つ確認した。息が詰まる。 最後の流し台を確認すると、沢井が身体を起こし、大きく息をついた。 「室内クリアー、です」 たった一つ部屋を確認しただけでとてつもなく疲労していた。陸自を見直したぞ。妻木は汗を拭いながら思った。 出入口を守る土本に声をかける。 「三名出るぞ」 土本は油断無い口調で応答した。 「了解、出ろ」 室内の三名は、廊下に出ると再度隊形を組んだ。最後に出た進士が青いサイリウムを入口に置いた。 「班長、これ全部やるんですか?」 「当然……とはいえキツいな」 学校である。廊下の先に部屋は無数にあった。土本が進言した。 「外で聞いてたけど、これだけ静かだと俺らがどうやっても音は消せないッス。もう少し、賑やかにやってもいいんじゃないスカ?」 「……アメちゃん式にやるか」 妻木は進言を受け入れた。ふと、軽口を叩きたくなった。 「じゃあ、次から突入はこうだな。ドア蹴っ飛ばして、『行け行け行け、自衛隊だ伏せろ伏せろ伏せろッ!』ってな」 思いのほか大声が出てしまった。自分の声が廊下に反響する。班員も微妙な顔をした。冷たい視線が無言で彼を責める。 「──!」 一瞬の静寂の後、どこからか声がした。続いて、やかましい足音。鉄のぶつかり合う音。音は二階から聞こえ、徐々に大きくなり──。 全員が前方30メートル。廊下の先、階段があるあたりを見つめた。薄暗い。 唸り声のような、獣が喉を鳴らすような声が聞こえた。 ガシャリ。鉄の靴底が床を叩く音と共に、階段から何かが姿を現した。 身長1.3メートル程度、猫背のその生き物は人の形をしていた。頭髪は無くつり上がった目は爛々とこちらを睨んでいた。大きな鉤鼻がある。左右に裂けた口元からは、涎を垂らしている。 粗末な革鎧を身につけ、手には剣の様な物を持っていた。 おいおい、やっぱり化け物かよ。妻木は一瞬呆気にとられた。あいつも、驚いている──のか?。 奇妙な睨み合いは、続いて騒々しく現れた同じ生き物と甲冑に身を固めた兵士達の怒声によって破られた。 「──!!」 生き物達は意味の分からない叫びと共に、猛烈な勢いで走り寄ってきた。手に手に剣をかざしている。殺気が膨れ上がった。 妻木は我に返った。これは敵だ。クソ、走って来やがる。俺はドーン・オブ・ザ・デッドは嫌いなんだ。 「敵だ。撃てッ!」 沢井が64式を敵に向け、発砲した。二番手の土本も素早く横に出て9㎜機関けん銃を構える。 狭い廊下に強烈な銃声が反響した。放たれた二種類の弾丸は、突撃してきた敵に容赦なく突き刺さった。7.62㎜弱装弾を受けた敵は血と肉片を派手に弾けさせる。9㎜パラベラム弾を受けた敵は、ミシンに縫いつけられたように複数の弾痕を穿たれ、その場に倒れた。 数秒で敵は全滅した。硝煙が辺りに漂い、最後の銃声が長く尾を引いた。 妻木は耳を押さえていた。高い金属音が耳の中で鳴り響いている。 「──曹、妻木二曹!大丈夫ですか?」 進士が不安げに呼びかけていた。 「み、耳栓をわすれてた」 妻木は頭を振りつつ答えた。室内の反響は予想以上だった。 『クアーズ2、クアーズ3。今の銃声はなんだ?』 無線のヘッドセットから、斎藤二曹の訝しげな声が聞こえた。妻木は耳鳴りを無理やり我慢しつつ、マイクに怒鳴った。 「こちらクアーズ2。敵と交戦、4名射殺。こっちは敵に見つかったから派手にいく」 『了解』 彼が無線で話している間にも、敵が集結しつつあるようだった。 沢井が交換した弾倉をダンプポーチに押し込みながら、警告を発した。 「班長、また来た!」 そのまま、発砲。盾を構えた兵士が、悲鳴をあげてのたうち回る。盾と鎧で弾頭が歪んだせいで、体内に入った弾が内臓をズタズタに引き裂いた様だった。 明智が言った。 「妻木二曹、先に進めるかい?」 「はぁ?敵が来てるんですよ!奴らを倒さないと!」 土本が発砲。手斧を投げようとしていた敵兵が仰け反る。 「だ、だけど。時間がない。僕も戦うから、敵を排除しつつ先に進もう」 正直なところ、妻木は彼らの指揮官がここまで我を出すとは予想していなかった。だが、一理あった。 「分かりました。俺と進士で廊下を抑えます。水雷長は後方警戒をお願いします」 妻木は続いて、射撃中の二人に呼びかけた。 「沢井、土本!お前ら二人で部屋の中見ていってくれ!二人でできるか?」 「やらないと前に進まんでしょう!やりますよ!なぁ、土本」 「なんとかするッス」 妻木は、後方警戒をしていた進士の肩を掴むと前に出た。敵に向けて弾を叩き込んでいる二人と代わらなければならない。 「3で代わるぞ!1、2、3!」 沢井と土本が銃口を下げ、一歩下がる。妻木と進士が横に並んで前に出た。面倒だが味方撃ちを避けるために必要な手順だ。 今からは自分と進士で敵を打ち倒し、たった二人に部屋を捜索させなければならない。何て綱渡りだ。彼は困難さに身震いした。 「よし、沢井、土本、室内を確認しろ!」 妻木の指示に沢井が勢いよくドアを開け、滑るように室内に突入していった。土本が続く。 「自衛隊だ!伏せろ伏せろ伏せろォ!」 沢井達は叫びながら部屋を捜索していく。日本語での呼びかけは、理解できる者であれば従ってくれるだろう。こちらの位置が暴露した状況では、有効な手段と言えた。 妻木は隣で散弾銃を構える進士に言った。 「いいか、敵が来たらまず俺が撃つからな。お前はリロードの時、カバーしてくれ。今は撃つな──」 「妻木班長、敵ですッ!」 そう叫ぶやいなや、進士が発砲した。バックショットの強烈な反動を、全身を使い受け止める。妻木の耳元で轟音が鳴り響いた。 彼が耳を押さえて膝を着く先で、チェインメイルの部品を撒き散らしながら、敵の兵士が吹き飛んだ。 「ああああぁぁああ──テメェ……。変更だ。進士先頭、俺がカバーするわ」 「また、敵です!死ね死ね死ねェ!」 再度発砲。轟音。化け物が足を吹き飛ばされ、俯せに倒れる。妻木が呻く。 そんなやりとりの間に、室内の捜索を終えて、二人が外に出てきた。少なくとも、上手くいっている間は、効率アップが見込めそうだった。 京都府舞鶴市倉梯 倉梯小学校 2012年 6月5日 18時32分 激しい銃声が校舎内に鳴り響いた時、斎藤達彦二等海曹率いる第3班は、一階の捜索を終えようとしていた。 無線で状況を確認した斎藤は、手早く班員の状況を確認すると、校舎の突き当たりに位置する階段に目をやった。 建物の端に、二階へと続く階段と、外に繋がる非常口があった。 「妻木の阿呆が敵を引きつけている間に、二階は俺達で捜索することにしよう」 斎藤は薄笑いを浮かべた。口振りとは裏腹に、むしろ良くやったと思っていた。第2班が敵を引きつけてくれれば、仕事はやりやすくなる。 斎藤は水測員──ソーナーマンである。中学を卒業後すぐに江田島の海上自衛隊生徒となった彼は、そこで水測員という仕事に興味を覚えた。潜水艦という見えない敵を追い詰める、そのための耳となるということに面白味を覚えたのだった。 部隊配属後、周囲は彼の才能に気付いた。ひよっこであるはずの斎藤3曹が、船団襲撃のため忍び寄る対抗部隊の海自潜水艦を、いとも容易く発見したのだった。 彼はどういうわけか『違和感』に敏感だった。普通なら聞き逃す程度の反応に彼は必ず気付いた。 そして、彼は一度『違和感』を覚えたら、決して放置しなかった。几帳面で冷静な性格が、潜水艦にとっては蛇のようにしつこい水測員を生み出していた。 彼の性質は、水測の仕事以外にも発揮されている。 「好安、仙石前衛につけ。水野はバックアップ」 「了解。敵は向こうにいってますかね?」 前衛についた運用員の好安三曹が、尋ねた。斎藤は、数秒間沈黙し、答えた。 「音も気配も今のところ無い。ただし気を抜くなよ」 好安と仙石は互いに援護しつつ銃口を二階に向けた。 「クアーズリーダー、クアーズ3。一階捜索終了。異状無し。二階に上がる」 『こちら──クアーズリ──ー。行ってくれ。こ、こっちは敵──けだから』 無線は銃声と怒声で聞き取り辛かった。 「よし、行くぞ」 斎藤の指示により、第3班は階段を昇り始めた。壁には、児童の書いた標語や行事の際の写真が貼ってあった。『みつけよう相手の長所。考えて相手の気持ち』 ふん、奴らが何を考えているか、か。そんな事より鉛弾を浴びせる方が早い。奴らは、それだけのことをしたからな。 斎藤の耳に、音が聞こえた。自分達の装具の音や足音、呼吸音に混ざった微かな違和感。どっちだ?上か? いや、後ろだ──! 「水野!非常口だ、離れろ!」 叫びながら身体を回す。バックアップの水野3曹の横、校舎一階非常口の扉が激しく打ちつけられた。 扉に設けられた鋼線入りの窓ガラスの向こうに、必死の形相で扉を破壊しようとする敵兵が見えた。もう、幾らも保たない。 ここの非常口は道路に面している。敵が目を付けたな。 斎藤は、このまま二階に行くか、ここで踏み留まるか、の判断を強いられた。放置すれば味方が挟み撃ちにあう可能性がある。しかし、任務は要救助者の捜索だ。 どうする── その時、第1班から無線が入った。 『クアーズ3、クアーズ1』 「こちらクアーズ3。こっちも敵に補足されました。非常口から入ってこようとしています」 『楽しくなってきたな。二階へは行けるか?』 可児の声は本当に楽しそうだった。 「不可能ではありませんが、挟み撃ちの危険があります」 『それは、何とかする。二階に上がったら、手前から四つ目の校庭側の教室に向かえ』 指示が詳しすぎる。斎藤は訝しげな声で尋ねた。 「何事です?」 『うちの若いのが校庭にピンクの携帯が落ちているのを見つけた。で、その真上の教室の窓が一つ開いていてな』 「なるほど。了解、向かいます。クアーズ3以上」 斎藤は返答を待たずに交話を打ち切った。非常口が弾け飛んだからだった。扉の残骸を掻き分けて、敵兵が雪崩込んできた。一人がクロスボウを構えようとする。 水野3曹が9㎜機関けん銃を腰だめに構える。安全装置を解除。発砲。ボルトが猛烈な勢いで前後する。銃口が跳ね上がり、9㎜パラベラム弾がばらまかれた。 発射速度がやたら速い上にオープンボルト方式の撃発機構を採用している為、連発での射撃は精度を期待できない。 しかし、非常口で団子になっている集団に対しては、無慈悲な効果を発揮した。血塗れになった敵兵が悲鳴をあげて折り重なる。 「水野、二階に上がるぞ。好安、仙石交代しろ」 「はいッ」 好安、仙石の2名が散弾銃と64式小銃を非常口に向けた。敵が頭を出したなら、容易く蜂の巣にできる。 斎藤は水野を伴い、未だ静寂に包まれた校舎二階に足を進めていった。 伝令が、今日幾度目かの凶報を伝えた。 「騎士ゴイト・ディ・アブレウ殿討死!」 これで何人目だ。このままじゃ、西ロッサの諸侯が全部御家断絶になっちまうぞ。 攻撃の指揮を執る、ホルヘ・ディ・ロンゴリア帝国準男爵は、目の前にそびえる石造りの建物を睨みつけた。 既に、5名の騎士と、20名近い兵を失っていた。 見たこともない巨大な軍竜の腹から、黒い鎧を纏った兵が10名程現れたと思ったら、これだ。奴ら、あの魔導具で武装しているに違いない。でなければ、あの様な攻撃魔法を連発できる筈がない。 峠の陣を抜いた際、敵兵の残した杖が回収されている。従軍している魔術師が言っていた。 『如何なる魔力が封入されているかは判りかねるが、これは矢の代わりに焔を放つ魔導具でありましょう』 冗談ではない。城住みの三男坊として冷や飯食いに甘んじるよりは、と従軍を申し出たが、この様な敵とは聞いていない。 全ての兵に魔導具が行き渡る敵。人狼より酷い。北方の魔女どもか、南の蛮族と戦った方がマシだ。 だが、ここは既に敵地の奥深くであった。敵を破らねば、終わりだ。そして、俺は兵を指揮して、竜牙兵より気合いの入った奴らと戦わなければならない。 また一人、兵が撃ち抜かれた。頭上を我が物顔で飛び回る竜からの射撃だ。 「魔術師はまだか!」 「まもなく、3名が参られます。弓兵も物陰を伝い、集めております」 魔術師が揃えば、一泡吹かせられるだろう。 「ロンゴリア殿、兵の士気が持ちませぬ!」 部下の悲鳴が聞こえた。ロンゴリアは、腰の剣を抜き駆け出した。 「魔術師と弓兵はアランサバル殿の下知を受けよ!我は陣頭指揮を執る!動ける者は続け!」 俺は、きっと朝を迎えられないだろう。 京都府舞鶴市倉梯 倉梯小学校二階 四年二組教室 2012年 6月5日 18時37分 壁の向こうで銃撃の音が響く。重たい銃音と軽い銃音、何かが砕ける音。叫び声も聞こえる。頭では、助けに来てくれた自衛隊が戦う音だと分かってはいるものの、一民間人の香住ほのかを萎縮させるには充分だった。 子供達は大声で泣き出していた。 そもそも純粋な暴力に対して、訓練を受けていない人間は、驚くほど脆弱である。まして、幼い子供達に耐えられるはずもない。 小代もほのかも、すぐにでも廊下に駆け出したい気持ちと、今いる場所が一番安全だという気持ちがせめぎ合い、凍りついたようにその場でうずくまっていた。 一度、窓から助けを求めようと考えた。しかし、流れ矢が壁に当たるのを見て、慌てて頭を引っ込める羽目になった。 小代が、泣きじゃくる男子児童──普段は悪戯ばかりする子だった──の背中をさすりながら、言った。もう、声は抑えていない。 「香住先生、収まるまで待とう。これじゃ動けん」 ほのかは、血の気の失せた顔で頷いた。とても今の安全な場所──実際には何の盾にもならない机と椅子に囲まれた──教室の片隅を動く気にならなかった。 銃声と争う物音は、段々近付いているようだった。きっと、自衛隊がこちらに助けに向かっているのだろう。ほのかはそう信じた。 それは正しい認識だった。確かに、救出部隊が教室を目指していた。しかし、教室に向かったのは、彼等だけでは無かった。 教室の後側のドアが乱暴に開かれた。ほのか達の期待を裏切り、入ってきたのは目を血走らせた異界の男だった。 鈍く光る兜を被り、鎖を編んだ鎧を着ていた。日本人ではない。顔には無数の古傷があった。何より、ほのかが今まで見たこともない目──凄惨な戦場をくぐり抜けた殺人者の目をしていた。 息が詰まった。ほのか達が座り込んでいる教室の前側、教壇の辺りからは距離があったが、見つかるのは時間の問題だった。 「せんせぇ、怖いよう」 胸の中で、か細い声がした。しかし、彼女にはその声に応えるすべが無かった。ほのか自身が、恐怖で泣き出しそうだった。 ごめんね。先生も怖いの。 諦めが胸を埋め尽くそうとしていた。彼女は自分達を見つけるであろう男を、見た。 そして、見つけた。 異界の兵士が首からぶら下げた携帯電話を。 それは、スワロフスキーでデコレーションされていた。場違いなほど華やかな、女子高生が持つような携帯。 おそらく、華やかさ故に奪われたのだろう。そして、持ち主はもうこの世にいないだろう。 その瞬間、ほのかの頭の中で、携帯の持ち主が教室の隅で震える子供達と重なった。いけない。そんなことはさせてはいけない。 「小代先生。子供達をお願いします」 「香住先生、何を!?」 気がつけば身体が勝手に動いていた。彼女は立ち上がると、教室の出入り口に走りながら兵士に叫んでいた。 「こっちよ!」 兵士は一瞬虚を突かれ、慌てて武器を構えた。しかし、若い女だと知るとにやにやと下卑た笑みを浮かべた。 ほのかは廊下に走った。兵士は子供達に気づいていない。当然の如く彼女を追った。 必死で廊下に逃れると、薄暗い中を逃げ出した。足がもつれる。背後からは何事かを叫びつつ追いかける、兵士の荒々しい足音が迫った。 わたしの足ではすぐに追いつかれるだろう。わたしは死ぬんだ。きっと、酷いことをされる。神さま、せめて子供達だけは── そして、無情にも彼女の行く手は阻まれた。身体に衝撃を感じた次の瞬間、男の手に捕まれていた。別の兵士が待ちかまえていたのだ。彼女は、自分を捕らえた人物が鎧を着込んでいることを知り、絶望した。 嫌だ、死にたくない。お母さん。 香住ほのかは、あまりの恐怖にそのまま気を失った。そのため、彼女がぶつかった相手が放った言葉を、聞くことができなかった。 鎧を着た、黒い男は言った。 「よく頑張った。もう、大丈夫だ」 それは、日本語であった。 「こっちよ!」 女性の声が聞こえた。 バディの水野三曹と並んで二階廊下を前進していた斎藤は、突然教室を飛び出した人影を見つけた。素早く小銃を構える。 「待て、民間人だ!」 斎藤は、それが明らかに女性であることに気づいた。銃口を下げる。その女性は斎藤に気づかない様子で、そのまま小柄な身体をぶつけてきた。 軽い衝撃。防弾ベストのセラミックプレートが軋んだ音を立てた。慌てて抱き止める。探していた民間人に間違いなかった。その後には、彼女を追ってきた敵兵の姿があった。 まさか、囮になったのか?この人は。 斎藤は、気を失い脱力する彼女をしっかりと抱き止めると、力強い口調で言った。どうにか安心させたかった。 「よく頑張った。もう、大丈夫だ」 そのまま片膝を着き姿勢を下げる。水野が9㎜機関けん銃を突き出し、セレクターを単発の位置に合わせた。 「おっと、貴様はここまでだ!」 彼が無造作に発砲すると、敵兵は驚愕の表情を浮かべていた顔面を撃ち抜かれ、血と脳漿をリノリウム張りの廊下の上に撒き散らし、倒れた。 「敵、1名射殺」 「水野、そのまま教室内を確認。民間人がいると思う」 「了解」 水野は慎重な動作で、教室内に滑り込んでいった。すぐに答えが出た。 「要救助者発見!やったぞ、みんな無事です!」 水野の弾んだ声が聞こえた。斎藤は破顔すると、無線機のプレストークスイッチをONにした。 「各部、こちらクアーズ3。キスカ、キスカ、キスカ」 京都府舞鶴市倉梯 倉梯小学校上空 2012年 6月5日 18時48分 SH-60J哨戒ヘリ1番機、コールサイン『マイヅル27』は倉梯小学校上空を飛行中だった。太陽はほぼ西の稜線に沈み、辺りは急速に暗さを増している。 機長は機体を慎重に右旋回に入れた。コレクティブピッチレバーを操作し、高度を維持する。眼下に倉梯小学校の校庭が見えた。 「まるで、砂糖に群がる蟻だな」 機長が言った。校舎玄関口に陣取った味方は、旺盛な火力で敵を寄せ付けていなかったが、周囲には続々と敵兵が集まりつつあった。 ヘリの立てる騒音に混じって、銃声が響く。地上の物では無い。 『くそ、外した。もう少し揺らさないで行けませんか?』 ヘッドセットから悔しげな声が聞こえた。地上部隊を小銃で支援している、センサーマンの声だ。 「贅沢言うな。お前の腕が悪いんだ」 『せめて、74式ならなぁ』 彼は74式車載7.62㎜機関銃の使用許可が降りなかかったことをぼやいた。 「でも、腕ばかりの話じゃ無いですよ。まもなく日没です」 副操縦士の言葉通り、街は急速に輪郭を曖昧にしつつあった。敵の姿も、夕闇に沈もうとしている。 「確かにな。おぅ、暗視装置とQNHのチェックしとけよ」 「了解──QNH30,04」 気圧高度計は150フィートを指していた。機長は、うっすらとこめかみに汗を浮かべた。まもなく夜が来る。高度と建物と僚機、そして敵か。今まで以上に意識を払わないと、墜ちるのは簡単だな。 「高度に気をつけろよ。あれだ、映画とかでよくあるだろ?ヘリが高度を下げすぎて、墜とされちまうやつ」 機長は副操縦士に話を振った。 「あるある。定番ですよね!」 副操縦士は暗視装置を確認しながら答えた。機長は、おどけた口調で言った。 「あるよな!ヘリに鎧武者が登ってきて、パイロットが斬り殺されるのな」 「え?何ですか、それ?」 「え?」 「ヘリが墜ちるならRPG-7でしょう?ブラックホークダウン見てないんですか?何ですが、鎧武者って?」 「う、うん、戦国自衛隊って言ってね……いや、良いんだ。知らないなら、良いんだ……」 機長はジェネレーションギャップを感じた。寂しい気持ちになった。角川映画の傑作なのに。 センサーマンが何か言っている。あいつなら分かるかも。 『……奴は……だ!逃げない奴は……』 あいつも駄目だ。 無線機が鳴った。 『マイヅル27、36。こちらクアーズ。要救助者確保、収容を要請する。レッドフレアを焚く』 「27了解!やったな!」 機長は弾んだ声で答えた。 『36了解。27の進入を援護する』 「よっしゃ!ちっと手荒く降りるぞ」 マイヅル27は、味方が待つ校庭に向けて、猛烈な勢いで降下を開始した。 京都府舞鶴市倉梯 倉梯小学校校庭 2012年 6月5日 19時03分 「よし、ヘリが着陸したぞ!」 「敵の頭を下げさせろ!撃ちまくれェ!」 「敵の弓兵を何とかしてくれ!このままじゃ、動けん!」 校庭に着陸したSH-60Jのメインローターが大気をかき回している。その音に負けないよう、隊員達は声を張り上げた。 『誰彼』時である。校庭で戦う彼等の表情はよく分からない。辺りは暗く、先程まで赤々と焚かれていたレッドフレアの名残が、僅かに残るのみであった。 取り残された教師と児童計7名を無事保護した『みょうこう』立入検査隊は、彼女達をいち早く安全な場所へ脱出させるべく、本作戦で最後の──そして、最も困難な段階に臨んでいた。 小銃弾が放たれる。マズルフラッシュに照らされて、その時だけ隊員の顔が白く浮かび上がった。 「斎藤、妻木!頭を上げさせるな!」 可児一曹の指示が飛ぶ。それに対抗するかのように、遮蔽物に身を隠した敵兵から矢が放たれた。狙いは甘いが、無視できる程では無い。 「やってますけどね!奴ら平気で撃ち返してきますよ!」 妻木二曹が怒鳴り返した。遮蔽物の陰から僅かに露出する敵を狙うものの、容易には当たらない。 「当てようと思うな!牽制だ。手前を狙え!」 「……なるほどね。音が大切か」 可児の指示に、斎藤二曹が頷いた。狙いを僅かに下げる。 発砲。銃弾は敵の手前の地面を抉り、擦過音と共に、土を撒き散らす。 常人であれば、自分が狙われている状況で冷静に撃ち返すことは難しい。そして、より明確にそれを実感させるには、頭上を飛んでいく銃弾の音よりも、自分が身を預けるコンクリートが弾け、フェンスが火花を散らす方が容易い。 斎藤の射撃に習い、各隊員が敵兵が身を隠した遮蔽物に射撃を集中した。 途端に、目に見えて飛来する矢が激減した。それを見て明智一尉が命じた。 「よ、よ、しい、行くぞ」 なんとも気合いの入らない声ではあったが、それでも命令は命令である。隊員達は行動を開始した。 「よし、合図で走るぞ!」 「良いですか、絶対に立ち止まらないでください」 小代とほのか、そして隊員3名が胸に児童を抱く。小代もほのかも恐怖で顔面は蒼白だったが、隊員の指示にはっきりと頷いた。 『これが映画なら、貴女を抱きかかえてヘリまでお送りするんですが』そう言ってニコリと笑った隊員の顔を、ほのかは思い出した。『申し訳ありませんが、自分の体力を鑑みますと、走っていただいた方が速いと考えます』身も蓋もない話だった。 わたし、そんなに重たいかな。平均より明らかに慎ましい自分の身体を見下ろしながら、ほのかは少し不満に思った。 そんな彼女達の左右に、武骨なヘルメットと防弾ベストを身に纏った隊員達が立った。普段なら威圧感を感じるであろう姿だが、今はその武骨さが頼もしい。 いつの間にか、恐怖は和らいでいた。 「いいぞッ!行け行け行け!」 可児一曹が、叫んだ。 64式小銃を持つ隊員が敵に牽制射撃を浴びせる。残りの隊員は民間人を守りつつ、ヘリに向けて走った。 「頭を下げろ!ローターが回っているぞ」 「壁を作れ!」 陸自誘導隊が持つような防弾盾を、『みょうこう』立入検査隊は装備していない。飛来する矢に対しては身を挺して防ぐしかなかった。 散発的にバネが弾けるような音がする。暗がりから羽音を響かせ矢が飛来した。 こちらがろくに敵を視認できないのに対して、敵は校庭に着陸したヘリを狙っているようだった。 機体の灯火や操縦席の計器を消せない以上、これを目標に矢を放つのは容易い。もちろん、牽制射撃を浴びながら精密な弓射などは不可能であったが、不運な一撃は起こりうる。 キャビンから身を乗り出したクルーが手招きをしている。ヘリに向けて走る彼等にとって、残り数十メートルが永遠に思えた。 「魔術師3名、配置につきました」 異界の軍勢が放つ焔の礫が、彼等が身を隠す石造りの壁を抉った。多くの兵は肝を潰して縮こまっていた。身を曝した者がどうなるかは、あちこちに転がる死骸が示してくれている。 彼等を指揮するロンゴリアも、正直なところ兵達に倣いたい気分だった。もちろん、そんな事は帝国準男爵の誇りにかけ、出来ようはずもない。指揮官がその様な醜態を見せれば、兵はたちまち離散するからである。 結論として、彼は貴族の責務と目の前の現実を何とか折り合わせ、石壁の陰で周背筋を伸ばし、指揮を執った。幸いなことに彼の手勢のうち、騎士、郎党達はかろうじて戦意を維持していた。 彼等は弩弓兵を従え、身を隠せる場所を見つけ、そこに伏せた。焔の礫が止んだ隙に、敵の軍竜のいる辺り目掛けて矢を放つ。当然めくら撃ちに近く、また矢を一発放てば十倍になって焔の礫が返ってきたが、少なくとも彼等は戦っていた。 膠着した戦況に歯噛みしつつ、ロンゴリアは敵の目的を推測しようとしていた。 陣に拠って戦うことばかりであった奴らが、わざわざ軍竜で乗り込んできた訳は、何だ? ロンゴリアは自軍に置き換えて考えた。貴重な軍竜と、精兵を敵の勢力圏に送り込み、何をするか?本陣への奇襲では無かった。輜重を襲うわけでもない。 なれば──何か重要なものを取りに来たのだ。それは相当高位の貴族、僧侶または重要な宝具の類に違いあるまい。 「敵軍に動きあり!」 配下の騎士が叫んだ。ロンゴリアは石壁の角からわずかに顔を出すと、敵に目を凝らした。暗がりの向こうを、敵が軍竜に向けて走る気配がした。 彼は、一度壁の後ろに引っ込むと、一つ深呼吸をした。行かせてしまえば、おそらく自分達は生き延びれるだろう。だが── 高位の捕虜とドラゴンスレイヤーの称号があれば、村の一つくらいはもらえるかもな。 ロンゴリアは、営庭のあちこちに潜む手勢全てに聞こえるよう、声を張り上げた。 「者共、一斉に矢を放て!魔術師は軍竜を狙うぞ」 弩弓兵が矢を放ち、魔術師は一斉に呪文の詠唱を始めた。 集団の右側を走っていた好安三曹が呻いた。ぐらりとよろめく。右肩に矢が突き立っていた。 「糞ッ!痛えぞ」 好安が顔をしかめる。しかし、足を止めることはない。矢は次々と飛来していた。その中を隊員達は集団を守り、黙々と走った。周囲を固める隊員の武装は9㎜機関けん銃か散弾銃であり、現在の交戦距離では反撃効果が薄い。 「おい、ヤバいぞ。撃て撃て!」 敵の制圧は小銃を装備する妻木たちの役目である。彼等は、明らかに勢いを増した敵に対して、やや慌て気味に射弾を集中した。 頭を下げるのが遅れた敵の弩弓兵が何人か、頭部に銃弾を喰らい、もんどりうって倒れる。鉄製の兜も、全く用をなさない。仲間の脳漿をまともに浴びた兵が、無様に悲鳴を上げた。 敵の弓は速射が出来ないようであった。味方の射撃が敵を抑えている隙に、隊員たちはヘリに辿り着いた。 「ガキ共をまず乗せるぞ!」 「了解!」 「了解ッス!」 肩口に矢が刺さったままの好安が叫ぶ。水野と土本が胸に抱えた子供達をキャビンに押し込んだ。周囲では他の隊員が壁を作っていた。 「はいはい、乗ったら奥に詰めてね。よくがんばったね」 センサーマンが手早く子供達を抱え上げ、キャビンに収めていく。子供達はもはや泣く余裕も無く、されるがままであった。 「うわッ!」 周囲を守っていた進士三曹が、悲鳴を上げ倒れた。ドサッという音を立て、校庭の土の上に転がる。そのままぴくりとも動かなくなった。 「進士さん!?畜生!」 機関けん銃を乱射しつつ、水野は進士を見た。進士の胸には矢が突き立っていた。 「進士がやられたぞ!」 誰かが叫んだ。目の前で、初めて仲間を喪う事態に、隊員は動揺した。激昂した好安が、散弾銃を放つ。ろくに狙いを付けず放たれた散弾は、地面をむなしく抉った。 「くそ、いい人だったのに」 「この野郎!糞野郎!」 しかし、口々に敵を罵りながらも、隊員達は手を休めなかった。子供達を全員乗せ終わると、二人の教師を誘導する。敵の矢に倒れた進士のためにも、任務を完遂しなければならない。隊員達は奮い立った。 「進士の仇だ!」 「ん、僕の仇?……痛たたた」 地面に仰向けだった進士がむくり、と無造作に上半身を起こした。 「はぁ!?」 「進士さん死んだんじゃ?」 周囲の唖然とした問いかけに、夢から覚めたような表情の進士は、自分の胸を見下ろした。クロスボウの矢が、折れてぶら下がっていた。よく見ると、矢はチョッキのポケットを貫いているが、鏃が見えていた。 進士が手で払うと、あっさりと地面に落ちる。進士は仲間を見上げた。 「プレートが無ければ、即死だったよ」 軍用小銃弾を食い止めるために作られたセラミック製抗弾プレートが、クロスボウの矢を完璧に食い止めていた。 「……まあ、無事で良かった」 「妻木班長の言うこと聞かなくて良かったですね」 隊員達は口々に言いながら、戦闘に復帰した。そんなやりとりの間に、教師二名もヘリに乗り込んだ。 それを確認した進士が言った。この中で、彼が先任だった。 「好安三曹と、本田三曹はそのまま乗って」 「は?何でですか?」 「君ら二人、怪我してるだろ」 好安は肩に、第1班の本田は太腿に、それぞれ矢傷を負っていた。 「俺は、まだ戦えます!」 「これくらい──」 「無理しない!それに、君らには子供達を護衛してもらわないといけない。重要な任務だよ」 進士は二人の抗議に被せるように、鋭く言い放った。センサーマンが割り込む。 「早くしてくれ。ここは危険だ」 「あ、ああ。──進士三曹、後は頼みます」 好安と本田がヘリに乗り込む。センサーマンがにこやかに言った。 「本日は錨観光舞鶴営業所をご利用頂き、誠に有り難うございます。当機はこれより離陸いたします」 進士が答える。 「大切なお客様です。よろしく願います」 「お任せください。さて、お客様。シートベルトはございませんので、何かにお掴まりください」 センサーマンは機内に向けて言うと、キャビンドアに手をかけた。表情を引き締める。 「ドア閉めるぞ。離陸するから、離れろ!戻ってくるまで頑張れ!」 進士は笑顔で応えると、機長に向けて親指を立てた。メインローターの回転数が増し、ダウンウォッシュが強まった。 「システムグリーン、離陸用意よし」 副操縦士が報告した。計器類は全て問題無い。キャビンのセンサーマンからは、全員何かに掴まったと報告が上がった。機長は周囲を確認した。 刻々と闇に近づいていた。『みょうこう』立入検査隊員は危険区域から出たようだ。たまに矢が飛んでくるが、大概はローターに弾かれるか、機体を僅かに凹ませる程度だった。問題ない。 「よし、上がるぞ」 機長が宣言した。 その時、彼の視界の右隅で何かが光った。機長は顔をそちらに向けた。彼の目に校舎の陰に生じた、三つの蒼白い光が見えた。 投光器?しかし、奴らそんなもの持っていたか? 機長の認識は間違いであった。蒼白い光は急速にその大きさを増した。いや、大きくなっているのではなかった。 光はこちらに向けて猛烈な勢いで迫っていたのだった。 京都府舞鶴市倉梯 倉梯小学校校庭 2012年 6月5日 19時23分 「放てェ!」 騎士の号令が響く。数名の弩弓兵が矢を放った。放たれた矢の行方は定かではない。ロンゴリアは、石壁の陰から、やや遠い位置に布陣した手勢の様子を確認していた。 弩弓兵が一本矢を放つと、必ずその付近に無数の礫が撃ち込まれた。今も、弩弓兵の一人が顔面を砕かれた。 これは、たまらんな。何処の何奴だ、蛮族兵は鎧袖一触だ、などと言った奴は。狼の餌になっちまえ。 ロンゴリアは胸の中で一通り罵ると、傍らに控える魔術師を一瞥した。魔術師に余り頼らない兵制の西方諸侯領軍であるが、それでも騎士団には魔術師が従軍している。 彼等は主に敵(ここ十数年は野盗や叛徒だが)の魔術師に対抗する役を与えられていた。具体的に言えば、魔力感知や対魔術抵抗等である。 しかし、重要視はされていない。野盗や叛徒の類に手練れの魔術師が含まれることは稀であったし、いたとしても大抵は兵の数で押し潰せた。騎士団首脳部を暗殺されるようなことを防げれば、事足りていたのである。 これは、西方諸侯領が、帝國の旧本領にして、今は唯一敵国と接しない諸侯領であることと関係が深い。 『豊穣の顎』『麦の王冠』と称される大穀倉地帯を持ち、かつ帝國がまだ王国であった黎明期から続く、旧い都と諸侯が存在する帝國で最も安定した地域。 そんな土地の守護を司る騎士団は、ただ重厚かつ壮麗であることを求められていた。他の地方のように、猖獗を極める土地と魔獣を相手にしたり、剽桿な異民族国家と戦う必要が無い以上、魔術師は添え物で良かったのである。 そしてそのツケを今我等が身を持って払っている、か。 魔術師が必要な詠唱を終えていることを確認しながら、ロンゴリアは思った。敵の礫は弩弓兵に向いている。 トロい魔術師でも顔を出せるのは、今しか無い。例え未熟であっても、魔術師の光矢なら、効果はあるだろう。 「よし、今だ。軍竜に放て!」 ロンゴリアの指示に従い、くすんだ茶色のローブを纏った魔術師が3名、一斉に光矢を放った。蒼白い光弾が夜を切り裂いて、敵の軍竜に飛ぶ。軍竜は飛び立とうとしているところであった。 そのうち一発は、魔術師が制御を誤ったか、敵の手前で地を穿った。激しい光が、ロンゴリア達の目を眩ませる。 しかし、残りの2発は確実に軍竜を捉えた。頭(かどうかは定かでないが)と胴に一発ずつ。光矢が炸裂する。 よし、これならば。 ロンゴリアは戦果を確信した。 激しい光に、機長は目を眩ませられた。拙い。機長は努めて冷静さを保とうとした。離陸中のこの瞬間は、迂闊な操作が即墜落を意味する。 だが、本当の試練は遅れてやってきた。右前で閃光、衝撃、何かが割れる音。一瞬遅れて警告音が響く。どこからか風を感じた。 「な、何があった?」 「敵の攻撃です!機長大丈夫ですか!?」 意志の力で辛うじて生物的な反射を抑えた機長は、機体を安定させることに成功した。 「銃撃か?ロケットか?」 「わかりません!光が飛んできたのは分かるんですが──ESMダウン、データリンク駄目、対気速度計も駄目か」 「エンジン出力は大丈夫だな、高度上げるぞ!」 「操縦系統は生きてます。くそ、レーダーにもアラートが……」 飛行に必要な出力とローターが生きていることに、機長はとりあえず安堵した。まずは高度を上げ第二撃を避けなければ。そういえばキャビンは大丈夫か? 『機長!大丈夫ですか?こっちは揺れましたが、皆無事です──よしよし、大丈夫。落ちないよ』 ちょうどその時、センサーマンの気遣うような呼びかけが、ヘッドセットから響いた。一番大切な乗客は無事なようだ。 相変わらず警告音と警告灯がやかましい。だが、優秀な副操縦士が猛烈な勢いで機体の状況を確認している。機長は高度計を見た。150フィート、上昇中。残燃料よし。燃料漏れも無いようだ。 その時、機長はようやく視界がおかしなことに気づいた。眼下の街並みも、空もよく見えない。どうしたことか。 「これは……」 計器類の灯りに照らされた操縦席の風防ガラスには、大きなひび割れが生じていた。ふと、右に視線を向けると、側面のガラスは割れており、せり出した可動式防弾板が焦げていた。 「……危なかった、のか?」 「です。機長、飛行可能」 一瞬呆然とした機長は、現状を思い出した。俺は生きている。任務はまだ途中だ。そして、この惨状。 「前が見えん。操縦を渡すぞ。ユーハブコントロール」 「アイハブコントロール」 副操縦士は慎重に機体を舞鶴航空基地に向けた。機長は無線機に手を伸ばし、地上部隊に呼びかけた。 「クアーズ、マイヅル27。敵の攻撃を受けたが無事だ。帰投する」 『マイヅル27、クアーズ。無事でよかった。救出に感謝する──さようなら。アウト』 外から入る風が焦げ臭い。機長は隣で機を操る副操縦士を見て思った。 そろそろこいつも、独り立ちの時期だな。しかし、あの攻撃は一体……俺の機は再出撃は無理そうだぞ、畜生め。 敵の軍竜はよろめくこともなく、飛び立って行った。轟音が遠ざかる。ロンゴリアは、当てが外れたことを知った。 「ええい、役立たずが!」 思わず、傍らの魔術師を罵る。彼の怒りを受けた魔術師の一人が慌てて弁明した。 「ロンゴリア殿、所詮光矢は初歩的な魔術。人は打ち倒せても、あの様な巨大な魔獣には」 「だが、昨日は倒したではないか!」 「あれはバリスタと騎士団本隊の高位魔導師殿の手柄に御座います」 「お主等では無理と申すか」 魔術師は、空を指差し、湿った声色で答えた。 「敵の軍竜に痛手を与えた、ということもあり得ましょう。現に敵の軍竜は去ったのです!」 確かに、そうとも言えるかもしれん。ロンゴリアは考えを改めた。それに、軍竜には通じずとも、敵兵になら── そう考えたところで、目の前の魔術師が吹き飛んだ。慌てて地に伏せる。反応の鈍い残りの魔術師もあっという間に肉片と化した。 熱く生臭い血が、ロンゴリアに降り注いだ。鎧が錆びちまう。彼はまずその事を思った。 敵の反撃は素早く、執拗だった。あれだけ光を放てば、狙われて当然であった。 ロンゴリアは貴重な魔術兵力を失った。 永遠にも思える程の時間が過ぎ、敵の反撃が止んだ。実際は僅かな時であったかもしれない。ロンゴリアは、耳鳴りを感じつつ、周囲を見渡した。 配下は遮蔽物の陰に縮こまるか、地面に打ち倒されていた。 そして、敵の気配は消えていた。あれだけ猛烈な攻撃を仕掛けた後、敵はいつの間にか消え失せていた。 逃げられた。ロンゴリアがそれに気づいたのは、ゆっくり百を数えた程の時が過ぎてからだった。 おのれ。逃がさぬぞ。ここまでやられて、黙ってはおれぬ。 自軍の惨状を敵への怒りに転嫁し、ロンゴリアは追撃を決意した。
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382 名前:弥次郎@お外[sage] 投稿日:2024/01/02(火) 19 37 09 ID p2570027-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp [50/81] 憂鬱SRW GATE 自衛隊(ry編設定集【米海軍 モダン・ホーネット】 F/A-18G/H モダン・ホーネット 原型機:F/A-18E/F スーパーホーネット 設計・開発:ボーイング 改良:地球連合 運用:平成世界米国海軍 区分:マルチロール戦闘機(艦上機) 全長など:基本的には原型機に準ずる 装甲材:エネルギー転換装甲 防御システム:ピンポイントバリアシステム チャフフレアディスペンサー 動力:熱核タービンエンジン×2 乗員:1名(G型)/2名(H型) 固定武装: 20ミリ機関砲 搭載武装: 空対空兵装: AIM-9 サイドワインダー短距離空対空ミサイル AIM-7 スパロー中距離空対空ミサイル AIM-120 AMRAAM中距離空対空ミサイル MMR-117 12連マイクロミサイルポッド 対地兵装: AGM-65S マーベリック改空対地ミサイル AGM-84H/K SLAM-ER空対地ミサイル AGM-154C掩蔽壕破壊用空対地ミサイル MMR-119G 14連装対地マイクロミサイルポッド 対レーダー兵装: AGM-88D HARM対レーダーミサイル 対艦兵装: AGM-84Jハープーン空対艦ミサイル 空対地兵装: ハイドラ70ロケット弾7連装LAU-68Eポッド TLS-100 戦術レーザー砲 概要: 平成世界米国海軍において運用されていたF/A-18E/F スーパーホーネットを改修したモデル。 OTMやEOTを随所に取り込み、かつ空母艦載機として運用できるように設計が改められた。 その現代・近未来化からモダン・ホーネットの異名を持つ。 前史: 米国海軍は平成世界でもまれにみるスケールの空母を中心とした艦隊を整え、圧倒的なパワープロジェクションを有していた。 それは度々政治的な要求とともに活動し、そのプレゼンス能力を発揮、あるいは抑止力として活動してきた。 当然、海軍の活動する範疇において外敵が出現するということも想定されたため、米国および米海軍は技術供与を受けることとなった。 何時何処でどんな外敵が現れ、侵略などをしてくるかは全くの未知数。そうであるがゆえに備えるのは必須であった。 当時、すでに将来的な艦載機として後のF-35となる航空機の開発は進んではいたものの、急な設計変更には無理があった。 加えて、開発側としては海のものとも山のものとも知れない技術の導入には批判的であり、国防を担う兵器を他国依存とすることへの反発があった。 現場や特地に現れたヴォルクルスを知る層からすれば噴飯ものであったが、受け入れられた層は絶対数から見れば少なかったのである。 そこで、他の軍と同様に、既存機を改修して導入し、技術導入と国産化を図る方向で動き出すこととなった。 土台として選ばれたのは、現行の運用機であり、同時に量産もされているF-18となった。 改修: 改修に際して導入されたのはF-15やA-10といった航空機に投入されたそれと同じものが中心となった。 無論、フレームや装甲の時点から材料を変更するという、大幅どころではない改修のため、ほとんど新規設計に等しいものとなった。 とはいえ、運用上の観点から、大きな形状の逸脱やシステム面での過剰な変更などは行われていない。 艦載機として運用するということは、空母に縛られるということであり、いたずらに大型化などをしては使えないという事態に陥るためである。 むしろ、新技術の導入や新工法の採用による軽量化や単価の低減、整備個所の削減が行われ、艦載機としての運用のしやすさは向上したくらいである。 空母という環境下における整備性や運用性の向上というのは、陸上の航空基地よりもはるかに恩恵が大きい。 そのため、特地のエリア52に召集された空母の整備士達からは歓迎の声が上がった。 また、搭載可能な武装が増え、バリアの搭載が行われるなど、パイロットへの要求が拡大したことで、それを補助するシステムも増強された。 マン・マシンインターフェースの改良やコクピット周りの近代化、さらには補助システムを増強することによって対応している。 383 名前:弥次郎@お外[sage] 投稿日:2024/01/02(火) 19 38 05 ID p2570027-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp [51/81] 実戦運用: 正式な配備が始まったのはリアクター戦争の直前という、ぎりぎりの場面であった。 海軍の艦載機が政治的な要求からF-35の簡易型であるF-36へと変えられかけ、またF-18の改修や教育も十分とは言えなかった。 それでも、海軍は意地でも少ない予算の中でF-18の改修と運用の体制を整えており、パイロット養成も進めていた。 その甲斐あって、開戦時に空母及び艦載機が置物にしかならないという事態は避けられたのであった。 しかし、問題だったのは米海軍を指揮するはずの連邦政府であり、怪獣事変もあり政治的な混乱が続いていた。 それは開戦後に至っても同じであり、やむなく米海軍は傭兵という体裁で、ロシア海軍やイギリス海軍など派遣先の海軍麾下に収まることで活動を行った。 その中において、モダン・ホーネットはアメリカ海軍のうっ憤を晴らすように大きな働きを見せ、生まれ変わった実力を世界に見せつけることとなった。 兵装: 兵装面ではこれまでに運用されていた兵装をそのまま流用できる。 それらに新技術が導入して改修モデルが作られるなどしたが、本題から外れるのでここでは割愛する。 兵装としては多目的に選択して搭載できるようになっており、マイクロミサイルなども実装。 その他既存兵装の改修と合わせ、原型機を超えるスペックと運用性などを実現している。 MMR-117 12連マイクロミサイルポッド 海軍採用型のマイクロミサイルポッド。 空母での運用を前提として、パーツの軽量化や構造の単純化を図ったバリエーション。 単価・整備性などがほかのモデルよりも優れる。 MMR-119G 14連装対地マイクロミサイルポッド 陸軍の運用モデルと同様のマイクロミサイルポッド。こちらは対地攻撃特化型。 ピンポイントでの爆撃も、広範囲にばらまいての爆撃も思いのままということもあって採用された。 TLS-100 戦術レーザー砲 自衛隊においても採用された高出力レーザー兵器。 対地攻撃兵装とされてはいるが、その実態は現れるかもしれない外敵への備えとして採用されている。 同時に、米海軍におけるレーザー兵器技術導入の先駆けとしての面も存在している。 バリエーション: F/A-18G 単座型。 マン-マシンインターフェースの改良も行われたため、十分に単独での制御も可能となっているが、それでも要求度合いが増えた。 そのため複座型のG型の割合が増えてしまうこととなった。 F/A-18H 訓練用も兼ねる複座型。 搭載火力が増大し、ピンポイントバリアシステムなどを実装したために従来機以上に複雑な制御が必要となったことで、兵装システム士官の役割は大きくなっている。 実際、シミュレーターなどにおける訓練では、トップガンのアビエイター達ですら、単独では乗りこなせないことが多かった。 これは訓練である程度改善はしたものの、複座型の割合が増えたのは言うまでもない。 EA-18Gブロック2 電子戦機であるグロウラーに新技術を投入して改修したモデル。 電子戦闘にかかわる技術も向上しているため、その能力などは極めて高い。 EA-10と異なり、空母での運用可能なこちらは海軍の電子戦機として活用された。 空中給油型 新型のエンジン及び素材等の採用により、積載量が増大したことを生かした空中給油機としての運用。 もとよりスーパーホーネットは、空中給油システムを搭載して増槽をつけることにより13トンの燃料を抱えて飛ぶことができた。 モダン・ホーネットでは上昇した積載量及びエンジン変更により、破格といっていい燃料搭載量を獲得するに至った。 これは軍全体で運用される航空機すべてに新技術を導入して運用することができないことによる、つなぎとしての運用がメインであった。 しかし、リアクター戦争時においては諸般の事情から旧式機も戦線投入されることとなり、つなぎ以上の活躍をすることとなった。 384 名前:弥次郎@お外[sage] 投稿日:2024/01/02(火) 19 38 54 ID p2570027-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp [52/81] 以上、ウィキ転載はご自由に。 以前話していたモダン・ホーネットでした。 海軍及び海兵隊での運用ですね。 あとはハリアー2とかオスプレイの改良型とかでしょうか…
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平成16年(ワ)第301号 自衛隊イラク派遣違憲確認等請求事件(甲事件) 平成17年(ワ)第205号 自衛隊イラク派遣違憲確認等請求事件(乙事件) 平成17年(ワ)第273号 自衛隊イラク派遣違憲確認等請求事件(丙事件) 主 文 1 甲事件原告A,B,C,D,E,F,G及びH,乙事件原告I並びに丙事件原告Jの請求の趣旨(1)ア,イ記載の各請求に係る訴え(本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴え)をいずれも却下する。 2 上記甲,乙及び丙事件原告ら10名のその余の請求並びにその余の甲,乙及び丙事件原告らの請求(本件損害賠償請求)をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は,甲,乙及び丙事件を通じ,甲,乙及び丙事件原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 請求の趣旨 (1) 甲事件原告A,B,C,D,E,F,G及びH,乙事件原告I並びに丙事件原告J(以下「原告Aほか9名」という。)の請求 ア 本件派遣差止請求 被告は,イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法(平成15年法律第137号,以下「イラク特措法」という。)及び同法4条に基づき定められたイラク特措法に基づく対応措置に関する基本計画(以下「基本計画」という。)により,自衛隊をイラク並びにその周辺地域及び海域に派遣してはならない(以下,この請求を「本件派遣差止請求」といい,同請求に係る訴えを「本件派遣差止めの訴え」いう。)。 イ 本件違憲確認請求 原告Aほか9名と被告との間において,被告が,イラク特措法及び基本計画により,自衛隊をイラク並びにその周辺地域及び海域に派遣し,同法及び同計画に基づく活動を行っていることが憲法前文,9条及び13条に反して違憲であることを確認する(以下,この請求を「本件違憲確認請求」といい,同請求に係る訴えを「本件違憲確認の訴え」という。)。 (2) 甲,乙及び丙事件原告ら(以下,単に「原告ら」という。)の請求(本件損害賠償請求) 被告は,原告ら各自に対し,金1万円並びにこれに対する甲事件原告らについては平成16年9月29日から,乙事件原告らについては平成17年5月3日から及び丙事件原告らについては平成17年6月28日から,いずれも支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(以下,この請求を「本件損害賠償請求」という。)。 (3) 訴訟費用は,甲,乙及び丙事件を通じ,被告の負担とする。 (4) 上記(2)につき仮執行宣言 2 請求の趣旨に対する答弁 (1) 本案前の答弁 ア 原告Aほか9名の本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えをいずれも却下する。 イ 訴訟費用は,甲,乙及び丙事件を通じ,原告らの負担とする。 (2) 本案の答弁 ア 原告らの請求をいずれも棄却する。 イ 訴訟費用は,甲,乙及び丙事件を通じ,原告らの負担とする。 ウ 担保を条件とする仮執行免脱宣言及び執行開始時期を判決が被告に送達されてから14日経過後とする宣言 第2 事案の概要 1 事案の要旨 本件は,原告らが,「被告(国)は,イラク特措法及び基本計画に基づき,自衛隊をイラク並びにその周辺地域及び海域に派遣しているところ(以下,この派遣を「本件派遣」という。),原告らは,本件派遣によって,①憲法前文を根拠とする平和的生存権,②憲法前文及び13条を根拠とする平和追求権,③憲法前文の平和的生存権を制度的に具体化した憲法9条を根拠とする戦争や武力行使をしない日本に生きる権利並びに④人格権又は人格的利益を侵害され,多大な精神的苦痛を被った。」などと主張して,国家賠償法1条1項に基づき,前記精神的苦痛に対する慰謝料の一部として,各1万円の支払を求めるとともに(附帯請求は,甲,乙及び丙事件の各訴状送達の日の翌日からの民法所定年5分の割合による遅延損害金請求である。),原告Aほか9名が,前記①ないし④の各権利に基づき,被告に対し,本件派遣の差止めを求め,また,被告との間で,本件派遣が憲法前文,9条及び13条に反して違憲であることの確認を求めている事案である。 2 前提となる事実(当裁判所に顕著な事実) (1) イラク特措法は,平成15年7月26日,国会において可決され,同年8月1日,公布,施行された。 (2) 政府は,平成15年12月9日,同法4条に基づき,基本計画を閣議決定した。 (3) 防衛庁長官は,同法8条2項に基づき,基本計画に従い,対応措置として実施される業務としての役務の提供について実施要項を定め,平成15年12月18日,内閣総理大臣の承認を得た上,翌19日,陸上,海上及び航空自衛隊に対し,対応措置を実施するよう命じた。 (4) これを受け,同日以降,自衛隊は,順次部隊を現地に派遣し,医療,給水,公共施設の復旧・整備,物資などの輸送を中心とした活動(人道復興支援活動)や諸外国が行うイラクの国内の安全と安定を回復する活動の支援(安全確保支援活動)を行っている。 (5) 基本計画に示された派遣期間は1年間とされていたが,政府は,平成16年12月9日,基本計画の変更を閣議決定し,自衛隊による活動を継続することとし,同日,防衛庁長官は,実施要項を変更し,内閣総理大臣の承認を得た。 3 原告らの主張(請求原因及び被告の主張に対する反論等) (1) 本件訴訟の意義 本件訴訟は,原告らが,政府によって日本国憲法が決定的に侵害され,自衛隊のイラク派兵が強行されるのを目の当たりにして,これを黙認すれば,憲法の根幹が破壊され,立憲主義は崩壊し,再び戦争への道が開かれるのではないかという強い危機感を抱き,提訴したものである。 米英によるイラク戦争は紛れも無い侵略戦争であり,この戦争を支持すること自体が違憲行為である。ましてや自衛隊のイラク派兵は,国連憲章にも国際法にも違反する米英の侵略・占領への積極的加担であり,憲法秩序を根底から破壊するものといわざるを得ない。すなわち,自衛隊のイラク派兵は,以下に述べるとおり,明白に違憲である。 第1に,自衛隊のイラク派兵は,そもそもその根拠となるイラク特措法が憲法9条違反であるばかりでなく,重火器等を携行していること,占領軍の一員として占領支配の一翼を担うこと,国際法上違法な米英軍の侵略行為と占領に加担するものとして憲法前文及び9条に違反する。 第2に,現状での自衛隊のイラク派兵は,「現に戦闘行為が行われておらず,かつ,そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる」(イラク特措法2条3項)とはいえない地域で実施されており,明らかにイラク特措法に違反している。また,イラク南部のサマワで人道復興支援活動を展開する陸上自衛隊が始めからその正当防衛の限度を超えた重火器等を携行して他国の領土で活動していることは,自衛の範囲を超え,実施地域での武力行使を招くおそれがあり,自衛隊法3条1項にも違反している。 また,イラクに派兵されている自衛隊をイラク多国籍軍に参加させることも憲法違反である。 そこで,原告らは,下記(2)で述べる権利等に基づき,裁判所が違憲審査権を行使することを求め,提訴するものである。 (2) 本件派遣によって侵害される原告らの権利等について ア 平和的生存権 憲法前文は,「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」したことを受けて,「全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免かれ,平和のうちに生存する権利」を有することを確認している。この憲法前文は,近代憲法の下において,平和が人権保障の基本的な条件であるにもかかわらず,平和に関する問題が個々人の権利の問題ではなく,多数決によって運用される代表民主制の論理の支配する事項とされ,結局,人権は多数決原理によっても侵すことのできないものではあったが,その基本的な条件である平和に関する事項が多数決原理によって支配されていたため,絶対的に保障されるはずの人権が,「多数決原理によって決められる国の政策によって平和が達成されている限り」という留保付きで保障されるにすぎなかったことを克服した規定である。また,憲法前文には,裁判規範性が認められ,かつ,憲法前文には,「平和のうちに生存する権利」と明記してある。この憲法前文によれば,全世界の国民には,戦争などに起因する恐怖や欠乏に脅かされない権利,すなわち平和的生存権が保障されているというべきである。憲法前文,9条及び13条などを総合的に解釈すれば,平和的生存権は,「戦争などに起因する恐怖や欠乏に脅かされない権利」であり,極めて明快な内容を有し,決して抽象的な権利ではなく,明らかに裁判規範性を有する具体的な権利である。 被告は,平和的生存権は具体的権利ではない旨主張し,平和的生存権の具体的権利性を否定したこれまでの裁判例を指摘する。しかしながら,①本件派遣においては,自衛隊が専守防衛の範囲を明らかに超えて,武器を携帯して海外の戦闘地域に派遣されていること,②現代社会においては,国際紛争に武力介入することによって民間人に対する無差別テロ行為の危険性が非常に高まっていること,③海外で活動する日本人が増加していること,④アメリカ合衆国の国家安全保障戦略が先制攻撃を肯定するに至ったことなど,従前の平和的生存権の具体的権利性が争われた裁判時の社会情勢とは全く異なっており,仮に本件派遣以前の自衛隊の海外派遣時には平和的生存権の具体性が依然として顕在化していなかったとしても,本件派遣によって平和的生存権の具体性が明確に顕在化したというべきである。 イ 平和追求権 平和的生存権は,上記アで述べたとおり,それ自体具体的な権利であるが,それにとどまらず,憲法解釈の指針になると解すべきである。したがって,憲法の各条項の解釈に当たっても,憲法前文に定められている平和的生存権の理念を反映することが求められる。そして,憲法13条は,生命,自由及び幸福追求に対する権利を保障している。この生命,自由及び幸福追求に対する権利は,戦争のない社会が前提となって初めて認められる権利である。「生命」も「自由」も「幸福の追求」も,戦争をする,あるいは戦争をしようとする国家の下では保障されない。そこで,憲法13条を憲法前文の平和的生存権の理想と一体化してとらえた場合,生命,自由,幸福を追求する13条の核心部分として,平和な社会の実現を目指し,能動的に平和を追求する権利が保障されていると解すべきである。そもそも,平和な社会を実現する権限は,国家の専権であるはずがない。憲法13条及び憲法前文によって,原告ら各自に,日本国の内外を問わず,平和な社会を追求する権利(以下「平和追求権」という。)が保障されていると解すべきである。 ウ 戦争や武力行使をしない日本に生きる権利 憲法は,前文で確認された平和的生存権を制度面で具体的に実現すべく,9条により国が戦争や武力の行使,武力による威嚇をすることを禁止した。これにより,国は,戦争や武力行使をしない義務が課されているというべきである。この義務に違反する国の活動は,憲法の根本原理である平和主義に対する緊急かつ重大な憲法違反行為であり,国会の審理において民主的に違憲状態が回復されることを待つことのできない決定的な違憲状態にあるといえる。したがって,国が憲法9条の義務に反する違憲行為をした場合には,原告らは,直接「恐怖や欠乏」に陥ることがない時点においても,すなわち,憲法前文の「平和的生存権」の侵害に至らない時点においても,国が憲法9条に反する活動をしたこと自体によって,直ちに違憲行為の排除を請求する権利,すなわち戦争や武力行使をしない日本に生きる権利が保障されていると解すべきである。そして,国が「戦争や武力行使」に至る違憲な行為に及んだ場合には,戦争や武力行使をしない日本に生きる権利が侵害されたこととなり,憲法9条によって直ちに国に対してその違憲行為を差し止める権利が保障されていると解すべきである。 エ 人格権 本件派遣は,日本人や日本に生活する人々を実際に戦争状態に巻き込む危険性(テロ行為や人質事件に巻き込まれる危険性も含む。)の高い行為である。そして,原告らは,平和主義を原則として,戦争及び戦力の放棄を宣言している憲法の保護の下にあり,この憲法の平和主義の理念を支持している。したがって,原告らは,政府の行為によって,戦争や人殺しに加担しないことが法的に予定されるという一定の特殊な地位にあるというべきである。原告らは,本件派遣によって,戦争や人殺しに加担したくないという信念を踏みにじられ,イラクで子供を含む多数の市民が死亡していることや日本人が拉致,殺害されたことに深い悲しみを覚え,無差別テロ行為の被害に遭いたくないという恐怖感を抱くなど,本件派遣による不快感,不安感及び焦燥感などの精神的苦痛は深刻である。これらの感情は,通常の社会生活上生じ得ないような精神的苦痛であり,社会通念上受忍すべき限度を超える。したがって,本件派遣は,原告らの人格権又は国家賠償法上保護に値する人格的な利益を侵害するというべきである。 (3) 本件派遣差止めの訴えについて ア 本件派遣は,自衛隊を海外に派遣し,外国の軍隊と一体となって戦争遂行に加わる国家の行為であり,憲法9条に明白に違反し,原告Aほか9名の平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利並びに人格権又は人格的利益を重大かつ根本的に侵害するものである。この侵害行為に対して損害賠償が認められたとしても,その侵害行為である本件派遣の差止めが認められなければ,前記各権利に対する侵害が継続することになり,日本人や日本に生活する人々を実際に戦争状態に巻き込む危険性(テロ行為や人質事件に巻き込まれる危険性も含む。)は,極めて高くなる。また,自衛隊に対して攻撃が加えられれば,自衛隊は反撃せざるを得なくなり,報復と憎しみの連鎖により,武力衝突は拡大の一途をたどり,前記各権利への侵害は,もはや事後的な損害賠償では回復不可能となる。また,そもそも前記各権利は,戦争を事前に回避するという差止請求こそが正に権利の内実をなすというべきである。そうすると,前記各権利は,その権利の内容として,侵害の差止めを求めることができる権利であると解すべきであり,本件においては,民事上の請求として,被告である国に対し,本件派遣の差止めを求めることができる権利であると解すべきである。 イ よって,原告Aほか9名は,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利並びに人格権による差止請求権に基づき,被告に対し,本件派遣の差止めを求める。 ウ 被告は,本件派遣差止めの訴えが法律上の争訟ではない旨主張する。しかしながら,法律上の争訟の要件は,①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であること,②それが法令の適用により終局的に解決できるものであることの2点であり,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利並びに人格権又は人格的利益は,上 記(2)で述べたとおり,具体的な権利であるから,上記①の要件を充足する。また,本件派遣の差止めが認められれば,原告Aほか9名の前記各権利に対する侵害が除去され,紛争を終局的に解決するから,上記②の要件も充足する。したがって,本件派遣差止めの訴えは,法律上の争訟であり,不適法ではない。 エ また,被告は,「本件訴訟は,一見,具体的な争訟事件のごとき形式を採っているものの,実際には,私人としての原告らと被告との間に利害の対立は存在せず,原告らは,司法的解決のために本件を提起したものではない。本件訴訟の目的は,日本国政府に政策の転換を迫る点にあることは明らかである。」と主張する。しかしながら,原告らは,本件派遣が違憲,違法であり,本件派遣によって原告らの具体的な権利が侵害されていると主張しているのであって,原告らの請求が認められた結果,日本国政府が政策転換を余儀なくされたとしても,それは立憲主義の帰結であって,憲法を頂点とする現行法体系の予定するところである。 (4) 本件違憲確認の訴えについて ア 上記のとおり,本件派遣は違憲であるので,原告Aほか9名は,被告に対し,本件派遣が憲法前文,9条及び13条に反して違憲であることの確認を求める。 イ 被告は,本件違憲確認の訴えは,法律上の争訟ではなく,また,確認の利益もないから不適法であると主張する。しかしながら,本件違憲確認の訴えは,本件派遣が原告らの平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利を侵害し,憲法前文,9条及び13条に反して違憲であることの確認を求める訴えであるから,法律上の争訟である。また,本件派遣は,単なる事実行為ではなく,専守防衛の範囲を超えた戦争行為であり,日本人や日本に生活する人々に必然的に戦争状態下での生活を強いるものである。戦争状態下では,生命,身体の安全が脅かされ,あらゆる人権が戦争遂行の目的のために制限を受けることになり,最大の人権侵害と具体的損害を与えるものであることは明白である。仮に,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利並びに人格権又は人格的利益への侵害が認められたことによって本件損害賠償請求が認容されたとしても,本件派遣が違憲であることの確認がなされなければ,本件派遣が延長され,あるいは,いったん派遣が中止されても再開され,今後も違法行為が繰り返される危険がある。したがって,本件確認の訴えには,確認の利益が存在し,本件違憲確認の訴えは適法である。 (5) 本件損害賠償請求について ア 原告らは,本件派遣によって,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利並びに人格権又は人格的利益を侵害され,多大な精神的苦痛を被った。 イ よって,原告らは,国家賠償法1条1項に基づき,被告に対し,本件派遣によって原告らが被った精神的苦痛に対する慰謝料の一部として,1万円及びこれに対する各事件の訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 4 被告の主張(本案前の主張及び原告の主張に対する反論等) (1) 原告らの主張する平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利について ア 平和的生存権 平和的生存権が憲法上保障された具体的権利であるか否かについては,最高裁平成元年6月20日第三小法廷判決(民集43巻6号385頁)が,「上告人らが平和主義ないし平和的生存権として主張する平和とは,理念ないし目的としての抽象概念であって,それ自体が独立して,具体的訴訟において私法上の行為の効力の判断基準になるものとはいえない。」と判示し,同様の判断が多数の裁判例によって繰り返されている。 また,平和的生存権が具体的権利ではないことは,学説の通説的見解である。すなわち,権利には極めて抽象的,一般的なものから,具体的,個別的なものまで各種,各段階のものがあるが,そのうち裁判上の救済が得られるのは具体的,個別的な権利に限られる。しかし,平和的生存権は,その概念そのものが抽象的かつ不明瞭であるばかりでなく,具体的な権利内容,根拠規定,主体,成立要件,法律効果など,どの点をとっても一義性に欠け,その外延を画することさえできない極めてあいまいなものであり,このような平和的生存権に具体的権利性を認めることはできない。憲法前文で確認されている「平和のうちに生存する権利」は,平和主義を人々の生存に結びつけて説明するものであり,その「権利」をもって直ちに基本的人権の一つとはいえず,裁判所の救済が得られる具体的権利であるということはできない。 イ 戦争や武力行使をしない日本に生きる権利 原告らは,平和的生存権のほかに,戦争や武力行使をしない日本に生きる権利の侵害を主張するが,このような権利が憲法9条によって保障されているという主張は,原告ら独自の見解であり,結局のところ,平和的生存権を若干具体的な表現を用いて言い換えたものにすぎず,その実質は,平和的生存権と同一であるから,上記アの平和的生存権に関する議論が当てはまり,その具体的権利性は否定される。 ウ 平和追求権 憲法13条については,憲法に列挙されていない道徳的権利ないし理念的権利ともいうべき抽象的な利益が一定の段階に達したとき,それを憲法上保護される法的権利とみなす根拠となる規範であり,同条後段にいう幸福追求権は,個別的基本権を包括する基本権であって,個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利の総体であるとする見解も有力である。しかしながら,そのような見解においても,その中身を構成する権利,自由として具体的にどのようなものが考えられるのかは明確でなく,その具体的権利性を安易に認めると「人権のインフレ化」を招いたり,裁判官の主観的な価値判断によって権利が創設されるおそれがあるから,幸福追求権の内容として具体的な権利と認めるためには,要件を厳格に解することが必要であるというべきである。 そして,原告らは,その請求の根拠として平和追求権なる権利を主張する。しかしながら,原告らは,平和追求権の具体的な内容を何ら主張しておらず,被告のいかなる行為によって,どのように原告らに保障された具体的な権利の侵害が生じるというのか全く判然としないことは明らかである。 結局のところ,原告らの主張する平和追求権は,その主張する平和的生存権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利とその内実を同じくするものと解されるところ,前記各権利について具体的権利性が認められないことは上記のとおりであるから,平和追求権も具体的な権利ではないというべきである。 エ 人格権 原告らは,本件派遣によって原告らの人格権又は人格的利益が侵害された旨主張するが,そもそも人格権とは,各人の人格に本質的な生命,身体,健康のほか,名誉,氏名,肖像,プライバシー,自由及び生活等に関する諸権利の総称にすぎず,個別的,具体的権利として人格権という権利が存在するわけではないから,人格権に基づく請求をする場合には,まずもって,その具体的内容を特定して主張しなければならず,人格権の具体的内容が特定されていない請求は,法的根拠を欠き,主張自体失当というべきである。そして,原告らは,人格権の具体的内容を何ら特定していない。 また,仮に人格権の具体的内容を観念し得るとしても,原告らの主張する人格権の具体的内容は,結局,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利にほかならず,原告らの主張するこれらの権利が憲法上保障された具体的権利でない以上,人格権としても観念し得ないというべきである。 (2) 本件違憲確認の訴え及び本件派遣差止めの訴えは,法律上の争訟とはいえないことについて(本案前の主張) ア 裁判所の審判の対象 裁判所は,一切の法律上の争訟について裁判する(裁判所法3条)。すなわち,我が国の裁判所が現行の制度上与えられているのは司法権を行う権限であり,そして司法権が発動するためには具体的な争訟事件が提起されることを必要とする。裁判所は具体的な争訟事件が提起されないのに将来を予想して憲法及びその他の法律命令等の解釈に対し存在する疑義論争に関し抽象的な判断を下すごとき権限を行い得るものではなく,特定の者の具体的な法律関係につき紛争の存する場合においてのみ裁判所にその判断を求めることができるのであり,裁判所がかような具体的事件を離れて抽象的に法律命令等の合憲性を判断する権限を有するとの見解には,憲法上及び法令上何等の根拠も存しない(最高裁昭和27年10月8日大法廷判決・民集6巻9号783頁)。また,裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は,裁判所法3条にいう「法律上の争訟」,すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって,かつ,法令の適用により終局的に解決することができるものに限られ,したがって,具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争であっても,法令の適用により解決するに適しないものは,裁判所の審判の対象となり得ないというべきである(最高裁平成元年9月8日第二小法廷判決・民集43巻8号889頁)。このように,裁判所の審判の対象は「法律上の争訟」でなければならず,「法律上の争訟」といえるためには,①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であること,②それが法令の適用により終局的に解決することのできるものであること,以上の2つの要件を満たすことが必要である。 イ 法律上の争訟性の具体的な判断事例 福岡高等裁判所那覇支部平成16年1月22日決定(乙2)は,自衛隊のイラク派遣執行停止申立事件の却下決定に対する即時抗告事件において,「抗告人は,本件本案訴訟は抗告訴訟であると主張するけれども,自衛官をイラク共和国に派遣するとの決定は,抗告人個人の権利ないし法律上の利益に直接の影響を及ぼす法的効果を有するものではないから,本件本案訴訟が抗告訴訟であるとすればその要件を満たさない不適法なものであることは明らかである。抗告人は,自衛官をイラク共和国に派遣することによって日本が戦争の惨禍に巻き込まれ,抗告人の生命や財産その他の諸権利が危殆に瀕することになると主張するけれども,このような理由をもって,自衛官をイラク共和国に派遣する行為が抗告人個人の権利ないし法律上の利益に直接の影響を及ぼす法的効果を有するということはできない。」と判示した上,「本件本案訴訟は法律上の根拠を欠く不適法な訴えである」としている。 同裁判例の判示するとおり,当該訴えが適法となるためには,その対象となる行為が,国民一般に抽象的な影響を及ぼすのみでは足りず,国民個々人の具体的権利ないし法律上の利益に直接の影響を及ぼすものでなければならないと解される。 そして,前記のとおり,原告らの主張する平和的生存権,戦争や武力行使をしない日本に生きる権利及び平和追求権が具体的権利として国民個々人に保障されたものではないことは明らかである。したがって,前記各権利を根拠とする本件違憲確認の訴え及び本件派遣差止めの訴えは,原告ら個人の具体的権利ないし法律上の利益に直接の影響を及ぼすことを根拠とするものではないから,不適法であるというべきである。 ウ まとめ 以上のとおり,原告らが主張する平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利は,いずれも憲法上保障された具体的権利ということはできず,また,原告らの主張する人格権も観念し得ないから,被告との間で具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争が起こり得ないことは明らかである。すなわち,本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えは,原告Aほか9名の具体的な権利義務ないし法律関係に直接かかわらないものであり,「当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であること」との要件を欠く。本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えは,原告Aほか9名が,国民(主権者)としての一般的な資格,地位に基づき日本国政府に政策の転換を迫る民衆訴訟の実質を有するものというべきであるから,裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に当たらず,不適法というほかない。よって,本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えはいずれも却下されるべきである。 原告らは,原告ら自身の主観的利益に直接かかわらない事柄に関し,国民としての一般的な資格・地位をもって上記請求をするものであり,本件を民事訴訟として維持するため,一見,具体的な争訟事件のごとき形式を採ってはいるものの,実際には,私人としての原告らと被告との間に利害の対立紛争は現存しない。原告らは,司法的解決のために本件を提起したものではなく,本件訴訟の真の目的が日本国政府に政策の転換を迫る点にあることは明らかである。 (3) 本件違憲確認の訴えが確認の利益を欠くことについて(本案前の主張) ア 具体的紛争解決制度たる訴訟制度は,基本的に現在の争いを解決することを目的とするものであるから,端的に原告らの具体的な権利又は法律関係についての紛争の解決を求めるべきものであり,単なる事実ないし過去の法律関係の存否の確認は,原則として訴訟制度の目的に沿うものではなく,事実ないし過去の法律関係の存否を確認することが現在の紛争の直接的かつ抜本的な解決手段として最も有効かつ適切と認められる場合に限って許される。 イ ところで,原告Aほか9名が本件違憲確認請求の根拠として主張する平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利は,前記のとおり,憲法上保障された具体的権利ではなく,また,原告らの主張する人格権も観念し得ず,前記原告らの法的地位を基礎付けるものではないから,本件派遣は,原告らの有する法的地位に何らの影響を及ぼすものではなく,何らの法律効果も伴わない単なる事実行為にすぎないのであって,このような単なる事実行為が違憲であることの確認を求める訴えは,確認訴訟における対象適格性を欠くというべきである。 ウ また,本件派遣によって原告Aほか9名が具体的に権利を侵害されたというのであれば,端的にそれを理由として損害賠償を求めれば足りるのであり,現に,原告Aほか9名は,本件派遣が違憲・違法であるとして,本件損害賠償請求も行っている。したがって,本件損害賠償請求とは別個に本件派遣の違憲等確認判決を求めることは迂遠であって,原告らの主張する上記各権利の救済手段として有効かつ適切であるとはいえない。したがって,本件違憲確認の訴えは,確認の利益を欠き不適法である。 エ よって,本件違憲確認の訴えは,確認の利益を欠くから,却下されるべきである。 (4) 本件派遣差止請求について ア 前記のとおり,本件派遣差止請求は,本件派遣の差止めを民事上の請求として求めるものであるが,仮に,本件派遣差止請求に係る訴えの適法性の問題をおくとしても,係る請求が成り立ち得るためには,原告らが当該行為を差し止め得る私法上の権利,すなわち差止請求権を有していることが不可欠である。 しかしながら,上記のとおり,原告らが差止請求権の法的根拠として主張する平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利は,いずれも国民個々人に保障された具体的権利とはいえず,また,原告らの主張する人格権も観念し得ないことは明らかであり,原告Aほか9名が,前記各権利に基づく差止請求権を有しない。 イ したがって,本件派遣差止請求は,主張自体失当である。 (5) 本件損害賠償請求について ア 原告らは,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利並びに人格権又は人格的利益を被侵害利益として,本件損害賠償請求をしている。しかしながら,前記のとおり,原告らが被侵害利益として主張する平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利及び人格権は,いずれも具体的な権利ではなく,また,国家賠償法上保護された利益とも認められない。 イ また,本件派遣は,原告らに向けられたものではなく,原告らの法的利益を侵害するということはおよそあり得ない。 ウ さらに,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求においては,原告らの国家賠償法上保護された利益が現実に侵害されたことが必要であり,侵害の危険性が発生しただけでは足りないところ,原告らは,現実に侵害が発生したことについては何ら主張していない。 エ したがって,本件損害賠償請求は,いずれにしても主張自体失当である。 第3 当裁判所の判断 1 平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利について (1) 原告らは,本件派遣によって,憲法前文を根拠とする平和的生存権,憲法前文及び13条を根拠とする平和追求権並びに憲法前文の平和的生存権を制度的に具体化した憲法9条を根拠とする戦争や武力行使をしない日本に生きる権利という憲法上保障された人権が侵害されたと主張する。そこで,以下,原告らの主張するこれらの権利が,憲法上保障された具体的権利ないし利益であるといえるか否かについて検討する。 (2) まず,平和的生存権について検討する。 確かに,憲法前文は,「日本国民は,恒久の平和を念願し,人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて,平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは,平和を維持し,専制と隷従,圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと務めてゐる国際社会において,名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは,全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免かれ,平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と宣言し,憲法9条は,戦争放棄,戦力不所持及び交戦権の否認を規定している。この平和主義が憲法上極めて重要な理念であることはいうまでもない。そして,全世界の国民が平和のうちに生存することは,その基本的人権の保障の基礎的な条件であって,憲法が全世界の国民について平和のうちに生存する権利を確認し,それが実現されることを希求していることも解釈上疑義がない。 しかしながら,憲法が上記のような理念を採用していることと,憲法前文に規定されている「平和のうちに生存する権利」がその侵害に対して裁判上の救済を求めることが憲法によって保障されている具体的権利ないし利益であることとは,解釈上別個の問題である。 確かに,いまだ主権国家間,民族,地域間の対立による武力紛争が地上から除去されていない国際社会においては,全世界の国民の「平和のうちに生存する権利」を確保するため,国家は,憲法の基本原理である平和主義に従って平和を維持するよう努め,国民の基本的人権が侵害,抑圧されるといった事態を生じさせることのないように努めるべき憲法上の責務を負っているというべきである。そして,国家がこの義務に反した結果,憲法上保障された基本的人権に対して違法な侵害,抑圧が具体的に生じた場合には,当該国家の行為によって基本的人権を侵害された個人は,当該基本的人権の侵害を理由として,裁判所に権利の救済を求めることは可能といえよう。 しかしながら,「平和」という概念は,万人によってその実現を希求されるべき究極の理想ではあるものの,あくまでも理念ないし目的としての抽象的概念であって,各人の思想,信条,世界観及び価値観などによって,多義的な解釈を余儀なくされるものである。それゆえ,各人の「平和」観も様々であるといわなければならない。また,「平和」とは,ひとり個人の内心において達成できるものではなく,常に他者との関係を含めて達成し得るものであり,「平和」を具体的に実現する手段や方法も,様々な考え方が成り立ち得る多様なものである。このことは,国民の負託を受けた国会が「我が国を含む国際社会の平和及び安全の確保に資することを目的」として立法したイラク特措法(同法1条参照)に対して,原告らが非常に否定的な評価を下し,同法に基づく本件派遣によって,かえって我が国の平和と安全が害されていると主張していることからも分かる。また,原告らは,憲法は一義的に「非武装平和」を「平和」の実現手段として採用していると主張するが,「非武装平和」の概念も,やはり多義的な解釈を余儀なくされるものである。 そして,憲法前文や9条など現行憲法の規定からも,「平和」の概念や「平和」を達成するための手段や方法のうち,いずれが正当であるか,また,いずれが優れているかを直ちに導き出すことはできない。したがって,なるほど憲法前文には,「平和のうちに生存する権利」という文言が存在するが,現行憲法の解釈によって「平和のうちに生存する権利」の個別具体的な内容を一義的に確定することは困難であり,結局,権利の個別具体的な内容を確定し得ない以上,憲法前文によって「平和のうちに生存する権利」という具体的権利ないし利益が保障されていると解することはできない。すなわち,原告らの主張する平和的生存権をもって,個々人が,同権利を侵害する国の行為について救済を求め得る裁判規範性を有する具体的権利ということはできないといわざるを得ない。 (3) そして,上記(2)で述べた「平和」概念の多義性やその達成手段の多様性によると,原告らが憲法13条を根拠として主張する平和追求権についても,同じく憲法上保障された具体的な権利ないし利益とはいえないと解さざる得ない。 (4) また,上記(2)に述べたところに加えて,憲法9条が国家の統治機構ないし統治活動について定めたものであって,国民の権利を直接保障したものとはいえないことにかんがみると,原告らが主張する戦争や武力行使をしない日本に生きる権利についても,憲法上保障された具体的権利ないし利益であるということは到底できない。 (5) なお,原告らは,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利は,相互に重なり合い,関連し,補完し合って広義の平和的生存権を形作っていると主張する。この広義の平和的生存権という概念が,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利とは別個の権利として存在する概念として主張されているとしても,上記(2)で述べた「平和」概念の多義性やその達成手段の多様性などによると,広義の平和的生存権なる権利が憲法上保障された具体的権利であるということはできない。 (6) 以上のとおり,原告らが主張する平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利は,いずれも憲法上保障された具体的権利又は利益ということはできない。 2 原告らの主張する人格権又は人格的利益について (1) 原告らは,本件派遣によって,戦争や人殺しに加担したくないという信念を踏みにじられ,イラクで子供を含む多数の市民が死亡していることや日本人が拉致,殺害されたことに深い悲しみを覚え,無差別テロ行為の被害に遭いたくないという恐怖感を抱くなど,本件派遣による不快感,不安感及び焦燥感などの精神的苦痛は深刻であると主張する。 (2) しかしながら,本件派遣によって,原告らの人格権又は保護に値する人格的な利益が侵害されたとはおよそ認められず,そもそも,本件派遣によって原告らの人格権又は保護に値する人格的な利益が侵害されるという事態は想定し得ないというべきである。その理由は,次のとおりである。 ア まず,本件派遣は,原告らに対して何らかの直接的な義務を課したり効果を及ぼしたりする性質のものではない。したがって,本件派遣によって,直接,原告らの生命,身体に対する侵害への恐怖と不安が発生するとはいえない。この点,原告らは,本件派遣によって,日本人又は日本で生活する者に対して無差別テロ行為の危険性が高まったと主張する。しかしながら,テロ行為の動機,原因が多様であることは公知の事実であり,本件派遣によって原告らの主張するような無差別テロ行為の具体的,現実的危険性が高まったか否かはそもそも確定できる性質のものではないから,原告らの主張は採用することができない。このことは,甲事件原告Fが主張するイラクにおけるボランティア活動がいわゆる反米武装勢力によるテロ行為などによる治安の悪化などによって困難になったという不利益についても同様である。 イ また,確かに,原告らの多くが本件派遣に対して激しい嫌悪感等を抱いていることは容易に推測でき,これを精神的苦痛と表現することができないわけではない。しかしながら,それは間接民主制の下において決定,実施された国家の措置,施策が自らの信条,信念,憲法解釈等に反することによる個人としての義憤の情,不快感,焦燥感,挫折感等の感情の領域の問題というべきであり,そのような精神的苦痛は,多数決原理を基礎とする決定に不可避的に伴うものである。そして,①本件派遣が原告らに何らかの直接的な義務を課したり効果を及ぼしたりする性質のものではないこと,また,②本件派遣が多数決原理によっても侵すことのできない原告らの人権を侵害するものではないことにかんがみると,本件派遣によって原告らに生じた精神的な苦痛は,間接民主制の下における政策批判や原告らの見解の正当性を広めるための活動等によって回復されるべきか,又は,間接民主制の下において不可避的に発生するものとして受忍されるべきである。したがって,本件派遣によって原告らの感じた精神的な苦痛が原告ら個々にとって主観的にはいかに深刻であろうとも,こうした個人の内心的感情が法的保護に値するものであるということはできず,本件派遣によって原告らの人格権が侵害されたとか,原告らの精神的な苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えたものであるということはできない。 3 本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えについて 以下,上記1,2で検討したところを前提に判断する。 (1) 原告Aほか9名は,本件派遣によって,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利という憲法上保障された基本的人権並びに人格権を侵害されていると主張して,被告に対し,民事上の請求として,本件派遣の差止めを求め,また,本件派遣が憲法前文,9条及び13条に反して違憲であることの確認を求めているので,これらの訴えの適法性について検討する。 (2) 原告Aほか9名が本件派遣差止請求及び本件違憲確認請求の根拠として主張する平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利は,上記1で判示したとおり,憲法上保障された具体的権利ないし利益とはいえない。また,同原告らの主張する人格権又は人格的利益も,上記2で判示したとおり,本件においては法的保護に値するものではない。したがって,同原告ら自身は本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えについて民事上の請求であると主張するが,前記各訴えは,同原告らの固有の法律上の利益に基づき提起されたものと認めることはできず,その実質は,単に国民ないし市民一般の地位に基づき,本件派遣の差止め及びその違憲の確認を求めるものであるというべきである。すなわち,いずれの訴えも,「(国の)機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟」で,「自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するもの」であり,行政事件訴訟法に規定された民衆訴訟(行政事件訴訟法5条)に該当し,民事訴訟としては不適法である。 そして,民衆訴訟は,「法律に定める場合において,法律に定める者に限り,提起することができる」(同法42条)が,本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えに類する訴訟は現行法上認められていないから,結局,いずれの訴えも法律に定めのない民衆訴訟であり,行政訴訟としても不適法というほかなく,却下を免れない。 (3)ア 仮に,原告Aほか9名が主張するように,本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えを同原告らの個人的な権利利益を目的とする主観訴訟と解するとしても,以下のとおり不適法というべきである。 イ イラク特措法は,同法に基づく人道復興支援活動又は安全確保支援活動(以下「対応措置」という。)の実施に関し,次のとおり規定し,本件派遣は,これらの法令に定められた手続に基づき実施されている。 a 内閣総理大臣は,対応措置のいずれかを実施することが必要であると認めるときは,当該対応措置を実施すること及び当該対応措置に関する基本計画の案につき閣議の決定を求めなければならない(同法4条1項)。 b 防衛庁長官は,基本計画に従い,対応措置として実施される業務としての役務の提供(自衛隊による役務の提供に限る。)について実施要項を定め,これについて内閣総理大臣の承認を得て,自衛隊の部隊等にその実施を命ずるものとする(同法8条2項)。 ウ 上記イによると,本件派遣は,政府が閣議決定した基本計画とこれに基づく防衛庁長官の実施命令を根拠とするものであるが,まず,閣議決定は,内閣の意思決定であり,それ自体が外部に効力を及ぼし国民の具体的な権利義務を形成し,又は確定する効力をもつものではない。次に,防衛庁長官の実施命令は,行政内部の指揮監督権の行使にすぎないから,これも国民の具体的な権利義務を形成し,又は確定する効力をもつものではない。したがって,いずれも行政処分には当たらず,本件派遣差止めの訴えは,行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟,すなわち抗告訴訟(行政事件訴訟法3条1項)には当たらない。 とはいえ,本件派遣差止めの訴えは,行政権の行使に直接介入することを目的とするものであるから,抗告訴訟と同様の規律に服すべきである。このような観点からみると,本件派遣差止めの訴えは,抗告訴訟でいえば,義務付けの訴え(行政事件訴訟法37条の2)又は差止めの訴え(同法37条の4)のいずれかに相当すると解される。そして,義務付けの訴え,差止めの訴えのいずれにおいても,訴えを提起しようとする者に「重大な損害を生ずるおそれ」のあることが訴訟要件となっているところ(同法37条の2第1項,37条の4第1項),本件において原告Aほか9名が主張する権利ないし利益は,上記1,2で詳論したとおり,具体的権利ないし法的保護に値する利益とはいえないから,同原告らについて「重大な損害を生ずるおそれ」を観念することができない。そうすると,本件派遣差止めの訴えは,抗告訴訟としての義務付けの訴えや差止めの訴えの場合と同様,その余の点について判断するまでもなく訴訟要件を欠き,不適法といわざるを得ないから,却下すべきである。 エ また,本件違憲確認の訴えは,確認の訴えであるから,まずもって原告Aほか9名の有する権利又は法律関係に現に存する不安ないし危険を除去すべき現実的必要性があって初めて訴えの利益が肯定される。しかし,これも上記1,2で詳論したとおり,同原告らの主張する権利ないし利益は,具体的権利ないし法的保護に値する利益とはいえないから,それらに対する不安ないし危険は存在せず,訴えの利益を認めることができない。したがって,その余の点について判断するまでもなく,本件違憲確認の訴えは不適法であり,却下すべきである。 (4) 以上のとおり,本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えは,いずれの見地から検討しても不適法であるから却下すべきである。 4 本件損害賠償請求について (1) 原告らは,本件派遣によって,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利並びに人格権又は人格的利益を侵害され多大な精神的苦痛を被ったと主張する。 (2) 国家賠償法1条1項の損害賠償請求の対象となる国の不法行為は,確立された権利に対する侵害行為のみならず,いまだ権利としては明確に確立されていなくとも,法律上保護されるべき利益に対する侵害が違法であると認められれば成立するものというべきである。そして,個人の精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えるような場合には,人格的な利益として法的に保護すべき場合があり,それに対する違法な侵害があれば,その侵害の態様,程度いかんによっては,不法行為が成立する余地があるものと解すべきである。 (3) しかし,まず,上記1で判示したとおり,原告らの主張する平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利は,具体的権利ないし利益とはいえないから,本件派遣によって,これらの権利が侵害されることはあり得ない。したがって,これらの権利ないし利益が侵害されたとして慰謝料を請求する本件損害賠償請求には理由がない。 (4) 次に,上記2で判示したとおり,本件派遣によって,原告らの人格権又は国家賠償法上保護に値する人格的利益が侵害されたとはおよそ認められず,そもそも,本件派遣によって原告らの人格権又は国家賠償法上保護に値する人格的な利益が侵害されるという事態は想定し得ないから,これらの権利ないし利益が侵害されたとして慰謝料を請求する本件損害賠償請求にも理由がない。 (5) そうすると,その余の点につき検討するまでもなく,原告らの本件損害賠償請求は,いずれも理由がないから,これを棄却すべきである。 5 結論 よって,主文のとおり判決する。 甲府地方裁判所民事部 裁判長裁判官 新 堀 亮 一 裁判官 倉 地 康 弘 裁判官 岩 井 一 真
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俗にペンタゴンと呼ばれるワシントンD.Cのほど近くにある五角形の庁舎の異名は、世界中に知れ渡っている。 その建物の中には世界中の軍の情報が集まると言われ、世界中からその情報を狙われる、現代の情報戦の 最前線の一つである。 ある朝、その建物の中で情報管理担当の官僚達が大慌てに慌てていた。 「長官! 大変です!」 青い顔をした官僚がペンタゴンの三階に位置する国防長官の執務室に入ってきたのは、昼食前の時分のこと だった。 ノックをして扉を開けた官僚の目に、まず部屋の正面に鎮座する大仰な執務席が映った。が、この机の前に 部屋の主が座っていることは稀である。 官僚が主のいつもの特等席である部屋の隅の書棚の前に目をやると、額の両脇から頭頂付近まではげ 上がった面長顔が目立つ、老齢の男が立っていた。 彼は眼鏡のつるをきゅっとずり上げて、官僚の言葉の続きを促した。 「何が大変かね」 「厳重に保管されていたはずの極秘資料が忽然と姿を消してしまいました!」 「あっ、そう」 国防長官は気のない返事をすると、あごに手を当てて何やら思案し出したようだった。彼はしばらく考え込んだ 後、手招きをして官僚を近くに呼び寄せた。 目の前の官僚に彼は小声で言った。 「コピーはあるの?」 「はい」 「原本は手違いで廃棄したことにしよう。あと重要な資料は紙じゃなくて電子データで保存するように…それから」 国防長官はさらに声を低めて言った。 「この事は内々で処理したまえ。後の処理は丁寧に、ね」 厳重にセキュリティが敷かれ、明らかに誰も立ち入っていないはずの所から資料が紛失したということが公に なるのは、"事情を知る人間にとって"とても好ましくない出来事である。なかったことにするのは当然の対応だった。 叱責されずにほっとした官僚が去った後、国防長官はすぐに大統領に電話をかけた。 数回のコールの後、電話口に大統領が出るや彼はこう切り出した。 「大統領、一緒に昼食でもいかがでしょうか」 「また随分いきなりだね」 大統領が了承すると、彼はすぐに通用口に車を用意するようにと側近に言付けた。 大統領官邸内、大統領の私室に小洒落たテーブルと椅子が用意され、注文を取りに来た給仕に簡単な 食事を頼むと、大統領は腕を組んで椅子の背もたれに寄りかかった。 「さて…楽しいランチという訳にはいかないようだね」 疲れた様子で椅子に腰掛けた国防長官は大きくため息をつき、話を切り出した。 「あんまり露骨にやってきたのでびっくりしましたよ、私は」 「何をだね」 「国防総省の資料が盗まれたんですよ」 「誰に」 「ロシアですよ、ロシア」 「そうなの?」 「証拠がないのが証拠ですよ」 「そんないきなり断定しなさんでも」 「人事じゃないですよ大統領! これからどうするか対策しないと…」 まくし立てる国防長官の様子を、冷めた目で見ていた大統領が呟いた。 「対策ねえ。君らもロシアの最新鋭機の設計図を頂いてきたのだろう?」 「我々はコピーを取ってきたのです。原本は持ってきてません」 彼らが国防上、異界を通した、いわば亜空間ミサイルの他にもう一つ懸念していた事態。それは人の往来が 自由になってしまうということである。 ゲートは対ゲート結界を使わない限り、世界のどこにでも開くことができる。人のいる場所でもいない場所でも、 自由自在だ。そこでは税関や国境警備など何の意味もない。 ペンタゴンでの事件のように、事前に場所さえわかっていれば誰も入れないはずの倉庫に入って資料を盗んで くることなど造作もないことだ。 「こちらも同じことをやっているとはいえ、スパイは入り放題、機密情報はだだ漏れ。表立たないようにという暗黙の 了解があるからまだいいものの、これからどうなることやら…」 自国アメリカは言うに及ばず、すでにロシア、日本も諜報員を大幅に増やし、世界中に放っているはずである。 異界の秘密を知る者がさらに増えたなら、未曾有の混乱を引き起こすだろう事が容易に想像できた。 部屋の扉がノックされ、給仕がクラブハウスサンドを大皿に盛り付けてやってきた。テーブルの上に置かれた サンドイッチにさっそく手を伸ばし、大統領は言った。 「ややこしい話だな。ではこれから合衆国が取るべき選択肢を聞こうか」 右手の人差し指を一つ、上に立てて国防長官は言った。 「結局、取るべき道は一つしかないのです。ロシアと共存する時間が長くなればなるほど、混乱が混乱を生み、 やがて破綻に至るでしょう」 大統領はサンドイッチをかじるとゆっくりと咀嚼した。 「むぐむぐ…戦わなかった場合だ、情報が第三国に漏れるまでどの程度の猶予があると思うかね? 長官」 「まず一年以内には。何か大きな出来事があればもっと早いかもしれません」 もう他国も感づいているかもしれないという予感は二人とも持っていた。基地の部隊が大移動を繰り返すのを 偵察衛星を持っている国が見逃すはずはない。一年という期間はこの当事国がとぼけにとぼけきっての数字である。 「ロシアと戦って、負けたらどうなる」 「負けは許されません」 国防長官はきっぱり言うと、彼もまたサンドイッチを手に取り口の中に詰め込んだ。 しばしの沈黙の後、ようやく口の中のものを片付けた国防長官が決意を込めて言った。 「この戦いは『勝ち』『負け』『引き分け』の他に『双方負け』の結末もあります。このうち『負け』と『双方負け』は 何としても回避しなければなりません。そのような状況になったなら、チェス盤をひっくり返すしかありませんな」 チェス盤をひっくり返すという言葉の表す意味は一つ。大統領は眉間にしわを寄せ、弱ったようにため息をついた。 「全て焼き尽くすのだな? 我々の世界でないとはいえ、悪夢のような話だ」 「良い夢が現実になるのは好ましい事ですが、悪夢は夢のままに終わらせなければ……大統領」 大統領は給仕を呼びコーヒーを頼んだ後、足を組み直して言った。 「各結果の条件を聞こうか」 「はい。勝ちの条件は先に異世界の相手から手を切らせる事です。お互い自ら手を引く事は考えにくいですし、 負けが確定的なら戦略核の使用に躊躇はないでしょうから、それだけです。負けはロシアにそれをされること。 引き分けはお互いに異世界から手を引き、全てなかったことに。双方負けは異世界の情報が第三国に漏れて 収拾不可能になることです」 「……切れ目の入った綱をお互いに切らないように綱引きするという訳だね。大変な戦争だ」 大統領は先への不安からか終始眉間にしわを作っていたが、長官にはそれなりの勝算があった。米国は異界が 滅びても困りはしない、しかし地球世界での立場の逆転を狙っている分だけ、ロシアは異界へのこだわりが少しだけ 強いに違いない。そこで主導権が取れる、と。 長官と差し向かいの椅子から離れ、側にあった黒い革張りのソファにどん、と尻を落ち着けた大統領はしばらく 沈黙したままであった。 やがて給仕がコーヒーを持ってきた。大統領はブラックコーヒーの入ったカップと皿をソファの上で受け取り、 すすった。そしてカップから口を離し、静かに言った。 「半年以内だ。必ず勝利したまえ」 ボレアリアとフォリシアの国境付近、大森林上空を飛行する四機のフランカーが編隊を組み、敵の首都 リクマイスへ向けて進路を取っていた。 飛行機雲も引かずに静かに飛ぶその機体の、緩やかに後方へと流れる流線型の翼の表面は、奇妙な図形、 紋章で埋め尽くされている。 異界の民が見れば一目でわかる、魔方陣である。 ロシアがフォリシアと交流を持ってすぐに計画し、三ヶ月で実用に乗せた、この急造の戦闘機達は魔法の 雷撃や衝撃波を放つのでも、姿を消すのでもない。 ただ一つ、シンプルに戦闘機に必要な機能を魔法によって追求したモデルである。 『ファーストルック、ファーストキル』 ラプターが実現していた戦闘機の理想を、ロシア空軍は魔法の力によって覆そうとしたのだった。 いかに近付くまで発見されないかではなく、こちらの機体が遠くから敵に見えてしまうなら、さらにその遠く から自分達が発見できればよい、というポリシーの元に、タンデム後座に遠見の術を操るための魔道師を乗せた。 おかげで戦闘機の操作をパイロットが一人で行わなければならなくなったが、代わりに目視、電波、赤外線 領域全てに格段の有効距離が手に入った。 そもそもこのアイディアは異界側で昔に考案されていたものだったのだが、彼らが偵察に使う鳥類は概して 眼がよく、また遠見の魔方陣の効力を上げるにはかなりの面積を要するため、鳥に体長を超える魔方陣を ぶら下げるのでは飛行に邪魔でろくに飛べない、ということで採用されていなかった。それを聞きつけたロシア 高官がヒントを得て、今回の改修が施された訳である。 「訓練のときは死ぬかと思いました」 隊長機の後部座席に乗る魔道師が笑いながら言った。 フォリシア軍の魔道師隊から派遣されるや、戦闘機という未知の乗り物に乗せられ空中を振り回されたのだから 無理もない。次々と脱落していく魔道師の中で使い物になるまで残ったのは、結局十数人のみだった。 そして今までに用意できたマジックフランカーは六機のみである。三ヶ月の突貫工事にしては上出来、と 露大統領が褒めてくれたとはいえ、これで圧倒的物量の米軍に立ち向かえるのかといぶかしむ声も露空軍の 中から聞こえてきていた。 「この三ヶ月、訓練の日々によく耐えてくれた。いよいよ実戦だが緊張するか?」 前の席に座る露パイロットの言葉に魔道師は少しむっとした顔で答えた。 「飛行機は初心者ですが、こう見えても私は歴戦の魔道師。新兵扱いはやめて頂きたい」 「ああ、すまん、期待しているよ。無事に戻ったらウォッカで一杯やろう」 会話する彼らの機の前方には前衛のフランカー二機が先行していた。もちろん彼らにも魔法の改造が施されている。 しばらく畑と平屋建ての慎ましい家が並ぶ農村の上空を飛んだ彼らのはるか前に、敵機は忽然と姿を現した。 E-2と護衛のF-16二機である。 異世界と関わってまだ日が浅く、それほど信頼を得ているわけでもない米軍が各地にレーダーサイトを建てて 見張るというわけにはいかない。地上には移動式の簡易レーダーがいくつかあるだけだ。 カバーできない地域を補うため、こうして早期警戒機が時折、異世界の空を見回っていた。 「奴等、気付きやがったな。慌てて引き返していくぜ。F-16じゃスホーイにゃ勝てねえもんな」 「追いますか? 隊長」 脇に控える列機から無線が入った。 「逃げる相手を追うにはちょっと遠い。ま、すぐに本命が来るさ」 通常であれば、四百キロ先から天上の神の如く下界を見渡す早期警戒機が戦闘機を発見したとしても、戦闘機の 方が先に彼らを発見する道理はない。 だが、魔法の眼を持っている彼らは違う。 「敵早期警戒機、F-16二機、方位六○、四百キロ。合図を待て」 「了解」 前線のフランカーに指示を送った隊長は、改めて遠見の魔法に感心した。 「こりゃあいい、まるで機体に大口径の望遠鏡を積んでるようなもんだ」 「望遠鏡…とは何ですか?」 後部座席で魔道師が怪訝な顔で聞いた。 異世界に望遠鏡はない。このような魔法があるなら、わざわざレンズを組み合わせて遠くを見る道具を作る 必要もないのである。 「星を見るための道具だよ。帰ったらゆっくりと説明してやろう。もうすぐ奴等が本命の敵を呼んでくる。見逃すんじゃ ねえぞ!」 程なくして、はるか北東の高空に新たな敵影が現れた。まず後方に電子戦機、引き返してきた早期警戒機と 護衛、そして彼らが待ち望んでいたF-22四機である。 「前衛、目標が見えているか? 挨拶代わりの花火をブチ込んでやれ」 「了解」 前衛のフランカーに備え付けられた大型ミサイルは、かつて米国も開発し、捨てたものであった。 ロシア軍機のはるか先にいた早期警戒機は、AWACSの調整の遅れにより到着するまでしばらくかかるという 事情で、その間の指揮を任されていた。 彼らが異変に気づいたのは、それからすぐのことだった。 「本機にレーダー照射……ロックオン?」 レーダー波を見ていた操作員は最初、機器の誤検知ではないかと思った。 「ハハハ、そんな…相手は四百キロの先だぞ? ロックオンなどできる訳がないだろう」 他の操作員も誤検知だろうと笑い飛ばしたが、次の瞬間、その余裕は吹き飛ばされた。 「フランカー、ミサイル発射!」 その報を聞いた操作員たちはひどく慌てた。彼らはどうせ威嚇の応酬程度だろうとたかをくくっていたのだ。 ロシアには対AWACS用超長射程ミサイルが存在することは噂に聞いていたが、まさかいきなりここで使ってくる とは誰も思っていなかった。 「回避、回避! チャフを放出しろ!」 「レーダー停止! ミサイルのパッシブレーダーに探知させるな!」 ミサイルは回避行動をとる警戒機に対して、確実に軌道を修正しながら加速、接近していく。それは誘導に 中間アップデート機能を追加したこの機体のためだけの試作品だった。 操作員はここにきてようやく先程の反応が誤検知ではないことに気がついた。 「バカな、バカな! あの距離から『ロックオン』だと!? 信じられん!」 警戒機へと同時に電子戦機へも長射程ミサイルは発射されていた。こちらの中の人間もまた混乱中だった。 「くそう、こりゃパッシブ誘導じゃねえ! どうやってあんな遠くから…ミサイルは迎撃できないのか!?」 先行していたラプターが迎撃を試みるが、マッハ四以上の高速で飛ぶ飛行物体に何かが当たる訳もない。 あざ笑うかのようにそれは彼らの横を通り過ぎていった。 必死の回避機動もむなしく、鈍重な彼らにロシアの鉄槌が振り下ろされたのはそれから間もなくの事であった。 二機の撃墜を確認して、ロシア軍機の隊長は機内で小躍りして喜んだ。 「見ろ、ラプターどもめ、司令塔がいなくなって右往左往だぜ!」 戦闘機同士の情報連携が主となる並列共有型の露軍と違い、米軍は管制機が頭脳となり指令を下す トップダウン型である。きめ細かく統制された機動ができるのは米軍型の方だが、頭脳が消えたときの痛手は ロシアの比ではない。 混乱に乗じてラプターを一機ずつすり潰してやろうと考えていた隊長だった。 が、予想に反して米軍機はそそくさと機体の鼻を元来た方へと差し向けた。 隊長はその早い判断に感心した。 「いい判断だ…が、天下のアメリカ軍ともあろう者がそんな簡単に逃げちゃいけねえなあ。全機追撃するぞ!」 逃げるラプターを彼らも大急ぎで追撃に回る。 しかし何しろ距離が遠い。機動力ではフランカーをも上回るといわれるラプターに追いかけっこで勝とうというのは 並大抵ではない。 「まだ腹にでかい荷物抱えてる奴は撃っちまえよ!」 長距離ミサイルを残したままの僚機に隊長が声をかけた。 「まだ200キロ以上あります。当たりませんよ」 「当たらなくていい。『ステルス機がアウトレンジされた』これだけ相手が理解すれば十分だ」 「了解。発射します」 再び長距離ミサイルが米軍機へ向けて発射された。これは先程の対AWACSミサイルとは違い、射程は少々 短いものの機動力が大幅に強化されている。圧倒的な機動力を誇る戦闘機に当たる確率はさすがに低いものの、 ひらりとかわせるというものでもない。 ラプターの機内にロックオンの甲高い警報音が鳴り響く。 事態を受けたパイロットの反応はやはり同じようなものであった。 「このラプターを! あの距離でロックオンだと!? 夢でも見ているのか!?」 とはいえ、信じようが信じまいがミサイルが一直線に向かってきているのは事実である。避けない訳にはいかない。 フレア、チャフを放出し、ロックオンされたラプターは急旋回でミサイルを撒きにかかった。 「よし、追うぞ。AMRAAMの射程に入るなよ」 ロシアのミサイルの射程はそのほとんどが西側のミサイルより長大である。しかし近年では、アビオニクスの 不備やステルス性によりその優位を生かせなくなっていた。 それが異世界で魔法の力を借りることにより蘇った。彼らは相手が何もできない位置から一方的に攻撃できるのだ。 一方、必死の回避機動を続けるラプターに対し、ミサイルは正確に彼の後を追い、まさに直撃する寸前だった。 それは突如軌道をはずれ、あらぬ方向に飛んでいってしまった。ラプターが最後に放出した新型のフレアに 反応したのだった。 ミサイル内蔵のレーダーは本機のレーダーと違い魔法で強化されている訳ではない。ステルス機はごく短距離 でしか探知できないため、使い物にならないのだ。 そのため、彼らが装備するミサイルのシーカーは赤外線シーカーに取り替えられていた。最新鋭機は赤外線 対策もされているとはいえ、電波に比べれば格段に探知距離は広い。 「クソッ、はずれたか! …少し遠いか…よし、引き揚げだな」 彼らと敵との距離は中距離ミサイルで追い詰めるにはまだ少々距離があった。隊長は追撃をやめ、列機に 退却を指示した。 「隊長! ラプターを叩き落すチャンスです! 追いましょう!」 あっさり退却を決めた隊長に対し、部下たちは口々にまだいけると反論した。が、隊長はすぐに拒絶した。 「この戦いのルールを忘れたか? 時間かけすぎると後ろから敵が出てくるぜ」 陣取りゲームとも評される、このゲートを賭けた異界の攻略法はまさに対ゲート結界の争奪戦に他ならない。 ゲートを新設するには数時間ほどかかるのだが、既存のゲートの魔方陣を描き換えて、現出する座標をいじる ならば大体一時間程度ですむ。 艦船の場合、一時間では空に開くゲートから撃ち出される対艦ミサイルの射程から逃れられない。だから、 この異世界の戦いにおいて、軍艦は潜水艦以外使用できないに等しい扱いになっている。 飛行機ならば一時間あれば地平線の彼方まで飛んでいくので、そうした心配はない。だが、深追いすると 当然、後ろにゲートが開いて挟み撃ちされる危険性が増す訳だ。 相手の対ゲート結界を潰し、自らの対ゲート結界を作り、それで初めて安心できる領域になるのである。 「ここで焦って追わずとも、アウトレンジされた理由がわからんうちは虎の子のラプターどころか、F-15さえ うかつには出せんだろうよ。ロシアなら『整備不良で壊れた』と言えば皆納得するが、あちらはそうじゃない。 できれば今回でAWACSを落としておきたかったところだが、早期警戒機と電子戦機、十分な戦果と言っていい」 戦功をあげようとはやる部下をなだめ、引き返した隊長は、唐突に後席の魔道師へ話しかけた。 「上を見てみろ。地上より濃い青だろう? 最高上昇高度まで昇れば昼間の星が見れるかもしれんぞ?」 「……おおっ」 魔道師は空を見上げた。地上では見たことのない澄んだ紺色であった。 突然勝手のわからぬ異国に派遣され、訓練に必死で空を観察することなどとてもできなかった。最初の戦いを 終わらせた今、彼は初めてゆっくりと空を見た。 鳥よりはるかに高いところから雲海を見下ろし、音より速い速さで飛んだ者は、この世界では自分たち、 派遣組の魔道師以外にはいないに違いない。 「地べたに這いつくばってたら真っ平らにしか見えん大地も、この高度なら丸い、ということが一目でわかるな。 貴重な体験だ、故郷に帰ったら家族に自慢してやれ」 「やはりもっともっと上空に上がったら完全な球になるのですか? 星の姿というのはどういうものなのか、 興味があります」 当然だが異世界に自らの星の姿を見たものは一人もいない。 隊長は誇らしげに言った。 「俺らの世界で最初に宇宙、地球の外に出たのは我が国のガガーリン大佐だ。彼は『地球は青かった』と言った。 きっとこちらの星も青く美しいのだろうな」 東京近県、某大学の実験室ではただならぬ実験が行われていた。 「…このように賢者の石を触媒にして熱と圧力をかけますと…」 お忍びで通ってきた首相を前に、主任研究員はまさに得意満面で先ほどから説明を続けていた。 彼らの眼前に鎮座する超高圧をかけられる精密機器の表示板には、中の熱、圧力の変化の具合が逐一 表示されるようになっている。そのメーターには数百気圧という高圧が示されていた。 「そろそろ頃合でしょうか」 研究員は機械を停止し、小一時間ほど前に挿入された鉄のサンプルを取り出した。 研究員は親指大のサンプルをつまみ上げた。入れる前まで鈍い銀色だったそれの輝きは、明らかに派手に きらめく金色に変わっていた。 「これぞまさに錬金術。鉄を金に精製しました。賢者の石一キロで、金ならば一トン以上精製できる計算です」 異界と接触を持ったときから密かに続けられていた研究は、ついに完成の目を見たのだった。 「魔法の世界が本当にあるのなら、錬金術もできると思っていたよ。中世の錬金術はおそらく、こちらの世界に 持ち込まれたごくわずかな賢者の石を使って行われたのだろうな」 異界人が最初に賢者の石を日本に持ち込んだときから、この計画は密かに始まっていた。研究者らがその 性質に目を見張っていたとき、首相はどこからか集めてきた古代の錬金術の資料を持ち込み、彼らにその 研究を検証させた。 そして今日、技術がほぼ完成した事を受け、極秘の視察と相成った訳である。 「…で、金以外の金属も作れると聞いたけど、どうなの?」 はい、と頷いた研究員は実験室の棚から様々なサンプルを取り出してきた。 「とりあえず使えそうな金属で今成功しているのは、金、銀、白金、タンタル、タングステン、イリジウム…」 レアメタルの名前を次々に読み上げる研究員の様子を首相は満足気に眺めていた。 「ウランはできそうかな?」 「まだ試しておりませんが、おそらく可能でしょう。原子量が増えるほど精製できる量も減りますが…」 首相は数回手を打ち鳴らし、高らかに言い放った。 「素晴らしい! 黄金の国ジパングの復活だ! ハハハハ…ん?」 悦に浸る首相の携帯電話が急に鳴り出した。興を殺がれた首相は肩をすくめて携帯電話の通話ボタンを押した。 「何かあったかな?」 報告を聞いた首相の眉間にたちまちしわが刻まれた。それは米軍が緒戦の空戦で敗北すると同時に、露機甲 師団が大進攻、との報だった。 「ロシアもやるねぇ…」 首相は視察を切り上げ、すぐに東京に引き返すため、公用車に乗り込んだ。後部座席に腰を落ち着けた彼は、 横に座った補佐官に今後の対応を質した。 「例の交渉はもう済んだよね?」 「はい。先方は何も要らないと言っていましたが、後から恨まれても困るので…軍の兵糧が不足気味との事 でしたので五万トンの食糧援助で決着しました」 「いいね。古米が余ってしょうがないから一石二鳥だ。糠臭いのから引き取ってもらおうか」 政府は自衛隊と米軍で北と東から挟み撃ちにするため、少し前からフォリシアの北方にある小国と領内通過の ための交渉を行っていた。 この国は日本が異世界に現れる前は、ボレアリアを圧倒するフォリシアに便乗して領土をかすめ取っていた 経緯がある。 自衛隊が来てからは獲得した土地を放り出し、我関せずという態度を取ってきたのだが、自衛隊にせっつかれると 途端に態度を変え、両国の友好のため通過を認めると言い出したのだった。もちろんその内情、恐怖で震え 上がっていたのは言うまでもない。 「アメリカがあっさり負けてしまっては元も子もない。陸自の展開を急がせてくれ。もっともアメリカが圧勝して しまってもまずいのだが………困ったもんだ」 首相は眉間にしわを寄せたまま渋い笑みを浮かべた。 「『狡兎死して走狗烹らる』と。世知辛いもんですね」 補佐官の言葉にうんうん、と頷いて首相は続けた。 「政治なんてそんなもんさ…ロシアがいなくなったら次は日本だ。今のうちに我々をはずせない状況を作って おかなければね。アメリカには頑張ってロシアと正面対決してもらおう。走狗になんてなってたまるか。最後に 笑うのは我々だ」 そう言うと、首相はフフン、と不敵に笑った。
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【スレ27】予備自衛官 このページのタグ:警察・自衛隊・軍事 946 :おさかなくわえた名無しさん:2007/09/07(金) 18 18 50 ID ihVj3BXl ところで予備自・予備自補の人いる? 947 :おさかなくわえた名無しさん:2007/09/07(金) 18 57 11 ID bnLfC9VA 946 いるけど、語るほどの生活してないよ。 出頭命令の出てないとき:普通の社会人。 出頭命令が出て駐屯地にいるとき:普通の予備自 だから。 948 :おさかなくわえた名無しさん:2007/09/07(金) 18 58 15 ID ihVj3BXl 947 日本の予備役がものすごく少ないのは 会社の理解を得れない人が多いの? 949 :おさかなくわえた名無しさん:2007/09/07(金) 19 25 27 ID bnLfC9VA 948 予備自衛官にも大雑把に分けて2種類あるので、どちらのタイプであるか によって会社の受け入れ具合が違うんじゃないのかな。 即応予備(現役が不足しそうになったら、真っ先に呼び出される予備) は、訓練日数が多いから、かなり融通の利く職場でないと辛いものがあるそうです。 我々、予備自衛官(即応予備が呼び出されても、まだ人員不足の場合に呼び出される 後詰の予備)は年間五日間だけの訓練に出ればよいし、その5日も分割可能だから、 なんとかやりくりできます。 共産党系・社民党系の強い企業では居心地悪いだろうけど。 余談ですが。 予備自衛官補(自衛隊にいたことの無い民間人から、予備自衛官になるための訓練中の人) は、訓練を受ける場所と日程がかなりシビアに決まってるので、日程調整がつけられないと 予備自になれない。 こちらは、2週間の訓練で予備になってしまう「技能」予備自補と、50日の訓練が課される 「一般」予備自補がある。後者は、時間に余裕のある学生やフリーターもいますね。 前者は何らかのスキルがないと応募できないので、社会人がほとんどです。 950 :おさかなくわえた名無しさん:2007/09/07(金) 19 56 34 ID ihVj3BXl 949 答えにくい質問かもしれませんが 予備自補の技能がちょっとの訓練を積んだだけで 兵卒をとばしていきなり下士官(一部は士官)になるのはどう思いますか? 951 :おさかなくわえた名無しさん:2007/09/07(金) 20 30 21 ID ihVj3BXl 950 予備自にならない人も多いようですけど なんで予備自になろうと思ったんですか? 953 :おさかなくわえた名無しさん:2007/09/07(金) 21 09 47 ID hI54pIgM 950 予備自補(一般)出身の予備自です。補のときに技能の方と一緒に訓練したことも ありますが、一般が50日でやる訓練プラス自分の職種に関する訓練を10日間で こなさないといけないので、ダイジェスト版を早送りのようなかんじですべてが 流れていき、実際に部隊に行ったときにどうすればいいか自信がないという話を 聞きました。号令の掛け方など戸惑うことが多いでしょうね。 予備自補制度は予備役の層を厚くするために作られたものですが、受験者の大半が 常備自衛官を目指す学生なので、多くが予備自になる前に採用試験に合格してしまうのと、 社会人は時間が取れず、3年以内に訓練を終わらせることができずに辞めていく人が多いので なかなか予備自補から予備自になる人は少ないそうです。 964 :おさかなくわえた名無しさん:2007/09/07(金) 23 25 27 ID bnLfC9VA 950 それが必要だから付与されている、んじゃ無いですかね? なにせ我々公募予備(技能)の階級はあくまでも、技能に付随しているもの なんですよ。我々、個々人に付いてるものじゃありません。 たとえば、同期に外科医がいます。彼はその医療技術ゆえに高い階級を 付与されています。ぶっちゃけ、彼個人の人格がどうであるとか、自衛隊のマナー を知っているかどうかは関係なく、この外科医の持つ「外科医としての技術」を 有効に使うために、高い階級が用意されてるわけですよ。 自衛隊の事をろくに知らないから、という理由で、経験豊富な外科医を少尉に したらどうなりますか?士として採用したら、どうなりますか? 必要なときに、指揮が取れません。 有事になったら、怪我人を治す現場で指揮を取るべき医師は、経験豊富な外科医です。 指揮を執るためには、階級が必要だってことでしょう。 この例のように、要するに、階級は我々の技能を活用するための手段ですね。 だから、必要以上に高い階級も用意されてないですしね。 通訳(語学技能者)や衛生乙種(看護師)は、幹部になりません。必要ないでしょ? 953 正直なところ、私も自信ないですよ。号令かけるのは苦手です。 >予備自補から予備自になる人は少ない そうなのか〜。まあ日程のやりくりが大変でしたからね。 965 :おさかなくわえた名無しさん:2007/09/07(金) 23 34 31 ID bnLfC9VA 蛇足ですが。 通訳に付いては、あまり低い階級の者を出すと、相手に失礼になります。 かといって無駄に高い階級を付与すると、身内にとって使い勝手が悪くなります。 というわけで、落としどころとしての曹、という階級なんじゃないかな? と、思いますよ。 整備などの業種も、やはり経験豊富な人ほど他を指導しなくちゃいけませんから、 曹にせざるを得ないんでしょうね。でないと使い勝手が悪いんじゃないかと。
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289 :<平成日本召還拾遺物語 その2> ◆OZummJyEIo:2007/01/31(水) 22 38 42 ID Nz0LbtT60 ○高速多機能艦 竹の戦い6 1/3 ――1 敬礼と答礼。 「お待たせしました。騎兵隊です」 「ああ確かに騎兵隊だ。マカロニウェスタンも真っ青な、派手な登場だ」 諧謔の色を漂わせて言う火場二尉に、此方も少しばかりおどけて返事をする西部方面普通科連隊(WAiR)分隊指揮官。 2人は期こそ違うものの、防衛大時代からの友人関係だったのだ。 「いけませんか?」 「いや、大いに助かったよ」 握手をする2人。 ダークエルフ族難民第1グループと第4041警備中隊会話が、漸くの事で合流出来た場所は、木々どころか 草すらも疎らな荒野の中。 丘と呼ぶのもおこがましい一寸した起伏の上でだった。 そんな2人の周囲では、第4041警備中隊が展開している。 009式装輪装甲車は停車して乗員たちを降ろし、軽装甲機動車は偵察機能の強化として車載されていた 暗視装置を用いてガァバン王国自警団の逆襲を警戒している。 普通科――歩兵たちは、塹壕を掘り銃座を作るなどして戦闘態勢を取っている。 そんな厳重な警戒体勢の下で、第4041警備中隊に随伴してきていた大隊付衛生隊の自衛官らが、 怪我人達を診ている。 消毒液の匂いが振りまかれるが、それ以上に、辺りには硝煙の匂いが強い。 当然だろう。 周囲は極寸前まで戦場だったのだから。 そう、先程までダークエルフ族難民第1グループはガァバン王国自警団に包囲され、攻撃されていたのだ。 隠密行動に秀でたWAiRや体力のあるダークエルフ族難民を集めていた第1グループであったが、 余力に乏しい難民を集めた第2グループの囮として、やや派手に行動していたが為、ガァバン王国と ザベィジ国の国境を越えた辺りで、自警団の包囲網に捉えられてしまったのだ。 襲い掛かってくる自警団。 手に手に鍬や鎌のような臨時の武器、或いは狩猟用と思しき弓矢を携えてであった。 対するWAiR側も、ガァバン王国領内では浸透工作を行っていた事の証拠を残さない為、余程の時以外の 火器使用を制限してたが、国境線を越えていた事から反撃を行ったのだ。 通常であれば結果が容易に見える戦い。 否、戦うまでも無いだろう。 中世レベルの装備に組織としての規律も何も無い暴徒と、近代兵器を装備した高錬度の軍の戦いなのだ。 WAiRの隊員達は、此方が攻撃を開始した時点で自警団は逃げ散ると思っていた。 少し脅せば大丈夫だろうと思っていたのだ。 だがその予想は覆される。 バタバタと仲間が打ち倒される状況に於いて尚、自警団は狂的な熱意を持って攻撃を続行したのだ。 周辺から続々と集まり、三々五々と突撃をしてくる。 攻撃の手数――WAiRとダークエルフ族の護衛隊の数が少なかった事や、重火器の類が第2グループの 護衛用にと渡して、火力が乏しかったと云うのもあるだろう。 或いは自警団側が、仕留める寸前獲物が手痛い反撃をしたという事へ逆上したと云うのもあるだろう。 結果として言える事は、このちっぽけな丘が血に染まったと云う事である。 第4041警備中隊が到着したのは、そんな熱狂的な自警団の圧力に側が屈しようとした時であった。 状況を見た火場二尉は、即座に部隊へと火力の自由使用を許可を出したのだ。 009式装輪装甲車の35㎜砲で衝撃を受け、更には完全武装の歩兵が展開しだした事で自警団は壊乱し、 撤退していったのだ。 「有難う火場二尉。貴方の積極的行動で我々は助かった。本当に有難う」 満腔の敬意をもって感謝の念を告げるのはダークエルフ側の指揮官だ。 右腕を吊っている。 最前線で魔法を放っていた彼は、弓矢で射られていたのだ。 「いえ。我々は任務を果たしただけです」 分隊指揮官の時とは違って、真面目な表情を見せる火場二尉。 290 :<平成日本召還拾遺物語 その2> ◆OZummJyEIo:2007/01/31(水) 22 39 23 ID Nz0LbtT60 ○高速多機能艦 竹の戦い6 2/3 「我々がもう少し早く到着していれば良かったのですが………」 怪我人達に視線を送って、言葉を濁す火場二尉。 遅れた主因を考えれば、胸を張れる筈も無かった。 WAiRにせよ、ダークエルフ族の護衛隊や難民にせよ、無傷な者など誰も居なかった。 程度の差こそあれ、誰もが怪我を追っていた。 只救いなのは、死者が出て居ない事だろうが。 だがそれでも動かし辛い重体の者が2人は居た。 2人とも、防具も無く軽装のダークエルフ族難民だった。 「来て下さっただけで十分。診てもらっている2人、アンソンもハウも例え命を落としたとて感謝をするでしょう。 絶望を抱えて逝かずに済むのですから」 だから気にせずに居て欲しいと、続けた。 「そうそう。お前は真面目過ぎるのが玉に傷だな。此方はそれなり。一応のGood Endだ。後は………」 「第2グループですな」 女子供を中心に編成された第2グループを思い、ダークエルフ族の代表は祈る様に目を閉じた。 ――2 逃避行によって疲労困憊となり、身動きの取り辛くなった女子供で編成された第2グループ。 此方は、第1グループが囮となったお陰で比較的安全に自警団の包囲網を突破する事に成功していた。 ヘリコプターの着陸の可能な平野に出ると共に、竹へと通信をし、迎えのヘリを呼ぶ。 12名の難民。 4名のダークエルフ族護衛隊。 5名の自衛官。 計21名が、平野地にある僅かばかりの岩の陰に身を寄せ合っている。 否。 それだけでは無い。 自衛官とダークエルフ族の、梟を使い魔としたエルが、若干はなれた高台から全周への警戒を行ってた。 又、岩陰の自衛官達も弛み無く、重火器を外へと向けて警戒している。 張り詰めた緊張感。 実は竹より、UAVが撃墜されたと云う事が伝えられているのだ。 周囲に的の姿が無いとは云え、何処かには装備良好の敵軍が存在しているのだ。 故に、最後の一瞬まで、気を抜けない。 抜かない。 気が緩めば、最後の最後に取り返しの付かない事になる。 その事を自衛官もダークエルフ族も、良く良く理解していた。 爆音 耳朶を打つ猛音。 それは空を圧して飛ぶ音。 「来たか………」 険しい顔をしていた自衛官が、片頬を緩めた。 聞きなれた轟音、間違う筈も無い。 特殊戦、特殊部隊での運用向けに改造されたUH-60Jブラックホークの飛翔音だ。 改造が転移後の、しかも派遣先での現地改造の為、形式番号こそ変化は無いが、自衛隊の内では、 Mホーク、或いはUH-60J(M)とも呼ばれている機体であった。 「大丈夫、アレは味方です」 傍らで、硬い表情で、自衛官が渡したポンチョに包まって座り込んでいるダークエルフ族の親子に、 自衛官は笑って告げた。 迎えが来たのだ、と。 291 :<平成日本召還拾遺物語 その2> ◆OZummJyEIo:2007/01/31(水) 22 40 38 ID Nz0LbtT60 ○高速多機能艦 竹の戦い6 3/3 「お日様の国の機……ヒコウキ?」 舌ったらずな言葉遣いに、自衛官は笑みを浮かべる。 「そうだよ。ヘリコプターって言うんだよ」 「へりこぷたー?」 可愛らしく首を傾げて、それから母親を見る女の子。 母親は優しい笑顔で、だが力強く娘を抱きしめた。 「貴女の祈りが通じたのかもね」 「うん」 満面の笑みで頷く少女。 その身は薄汚れていたが、笑顔は輝いていた。 隊内ではロリ疑惑を持って見られる程に子供好きな自衛官は、この笑顔を護る為なら死ねるとか、 子は国の、人類の宝や等と、ヘルメットの下で笑み崩れていた。 荒野へと着陸したUH-60J。 乗り込むのは子供、女性、そして老人。難民全員である。 UH-60Jの定員を超えては居たが、全員が軽量――栄養状態の悪さから痩せており、又、子供を母親に 抱きかかえて貰う事で何とかスペースを確保したのだった。 増槽や、武装をした上で重量が一杯一杯となったUH-60Jが重々しく空へと駆け上っていく。 そのキャビンの中から、子供たちが手を振っていた。 自衛官や、ダークエルフ族の護衛隊の面々も手を振り返す。 だが機体は名残惜しさを感じさせる事無く、即座に飛んで行く。 海へ。 「行ったな」 下士官が満足げな笑みを浮かべる。 「ええ」 ロ疑惑な自衛官は、胸のポケットからヨレた煙草を取り出して銜えると、下士官へも差し出す。 下士官は悪いな、と言って銜える。 護衛隊のダークエルフ族の連中にも渡すが、此方は、この世界では珍しい紙巻の煙草に、しげしげと見て、 それから銜えた。 ZIPライターで火を点ける。 煙草は、臭いで所在が悟られる恐れがあるので、作戦中には吸わないのがWAiRの嗜みではあったが、 UH-60Jを呼んだ後なのだ。 今更、臭いを隠すも無いと云うものであった。 一服。 正に至福の時。 「後1時間と云った所ですかね」 「いや、+30分はみておけ。乗り降りと燃料補給は同時に出来ん。松型は飛行甲板が狭いからな」 「ああ、でしたね」 倦怠感を口元へと浮かべて哂うロ疑惑自衛官。 下士官も、まぁ似たようなものだ。 「敵、来ますかね」 「判らん」 自警団は巻いた筈だったが、場所は未だにガァバン領内なのだ。 ガァバンの正規軍が動く可能性も否定出来なかった。 「まっ、何とかするさ」
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64: 弥次郎 :2021/03/02(火) 00 00 16 HOST p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp 憂鬱SRW GATE 自衛隊(ry編 証言録「GATEを超えて、未来がやってきたぞっ」3 『投げ銭はありがたいけど、事務所とサイトに持っていかれる割合大きいのね…』 「そういうものだ。これでもまだマシなレート。そもそも、物価の違う世界なのだしな」 『もっと効率よく稼ぎたいんだけど…』 「だが、こういった場所でも地道に稼がねば借金は膨らむ一方だぞ」 『(Fで始まる4文字の悪態)』 ルルPと投げ銭からいろいろと差し引いた収益を確認するマギーさん。彼女の借金は膨大だ。 「……桜子ちゃん、流石に股間が布越しに見えるのは問題だと思うんだけど。 いかに僕が女の子に見えても、そこだけは立派に男なんだけど」 「い、いや、そこはこのファウルカップで…!」 「やめて!ヒュンってするっ!そこは装甲化できないんだよッ!」 きわどい衣装を着るにあたっての義文と桜子の会話。 「若、まさかとは思いますが、転換なさらないですよね…?」 「あのね、四箇。いくら女性みたいな体で声も女性らしくても、そこは譲れない一線だから。 ジェンダーアイデンティティーは男だよ、しっかりと。この後の人生もそのつもり」 「……そうですね、若は週刊ジェンダーアイデンティティー分裂の危機の人生を送ってこられましたからね。いっそ体を男らしく施術なさっては?」 「いや、それもなんというか…周囲が反対するだろうし、お母様にもらったこの肉体を軽々しく変えたくないっていうか」 「めんどくさ…」 「四箇ーッ!」 お付きの侍女四箇(よつか)と義文の会話。ちょっとめんどくさいところもある義文であった。 「ホシはやはり育ちが良いですわね」 「練習なさっているのですね」 「……これでも、ね。それで、次回の動画は?」 「やはり視聴数を稼ぐには、実践できるレベルのマナーと技術を教えるのがいいと思うのです」 「後援してくださる企業にも利がなくてはなりませんもの」 「なるほど」 双子に挟まれるアマツミカボシだが、彼女らの事情も分かるので真面目に収益増加に協力。 「クイズ、体力、雑学、計算能力、スポーツ……他局もバラエティに力を入れている感じだな」 「どっちかというと手あたり次第?トーク番組やワイドショーが面白みに欠けるってネットでこき下ろされているのが響いているんだろうな」 「でもワイドショーでセンセーショナルな飛ばしをやるのはやめらんないかー」 「アイデンティティーだからやむなし」 平成世界のTV局、必死に視聴率稼ぎに取り組むも、旧態依然の体制の刷新に苦労している模様。 「わが社への問い合わせも相次いでいるのでな……体裁もある、スポンサーは降りさせてもらう」 「そんな…」 「せめて視聴率や話題性で説得力を持たせてもらいたいものだな」 平成世界のTV局、連合の放送局にスポンサーを次々と吸われていくことに。スポンサー問い合わせもブローの如く響いた。 65: 弥次郎 :2021/03/02(火) 00 01 13 HOST p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp 「くそ、なんで数が取れない…!」 「ネットの評判に流されるとは馬鹿な奴らめ…」 「政府の傀儡なんて、報道なものか!」 「そうだそうだ!」 商売が上がったりなマスコミ関係者。因果応報というやつであった。 「……なんか、こっちにいる間にTVとか新聞とかだいぶ変わったよなぁ」 「そうですね。出ている人間も、内容も、なんだかおとなしいというか静かに淡々としているというか」 「論調がトーンダウンしていますね」 「この前知り合いとそのこと話していたんですけど、政府がテレビ局から電波の割り当て取り上げるって警告したとか…」 「電波の割り当ての取り上げ…?」 「要するに、放送させないってことですよ」 「マジかよ」 特地の自衛隊にも伝わる報道関係の変化。 『本日は特地につながる「門」が移設されました人工島「蓬莱」に、特別な許可を得て入っています』 「すっげぇな…」 「島をポンと一つ作ったのかよ」 「そういえば、アルヌスで作業が進められているって聞いたけど、まさか…」 連合が平成世界にポンと巨大建造物を作ったことをアピールする番組を見て、特地派遣組。 「アメフトの人気が高まっている…?」 「なんでも、スティーブン・アームストロングという人物の影響だとか」 「ああ、あの…」 「彼はアメフトをたしなむスポーツマンだそうで、それにあやかる子供が増えているんです。 彼のチャンネル、プロの解説者も真っ青な専門的なアメフトの試合の解説をしていますから」 アメリカ向けのチャンネルで「ストロングアメリカ」を標榜するアームストロング上院議員の影響は随所に。 「……フンッ!……フンッ!」 「だ、大統領?」 「大西洋連邦の大統領に負けたくないのだ…!」 米軍にかつて属し、メダル・オブ・オナーを送られているマイケル・ウィルソン・Jr.に張り合うべく体を鍛え始めるディレル大統領。 66: 弥次郎 :2021/03/02(火) 00 02 03 HOST p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp 以上、wiki転載はご自由にどうぞ。 69: 弥次郎 :2021/03/02(火) 00 13 40 HOST p1537109-ipngn14201hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp おっと、やはり深夜にやるものじゃないですね… 64 『投げ銭はありがたいけど、事務所とサイトに持っていかれる割合大きいのね…』 「そういうものだ。これでもまだマシなレート。そもそも、物価の違う世界なのだしな」 『』 「だが、こういった場所でも地道に稼がねば借金は膨らむ一方だぞ」 『(Fで始まる4文字の悪態)』 ↓ 『投げ銭はありがたいけど、事務所とサイトに持っていかれる割合大きいのね…』 「そういうものだ。これでもまだマシなレート。そもそも、物価の違う世界なのだしな」 『もっと効率よく稼ぎたいんだけど…』 「だが、こういった場所でも地道に稼がねば借金は膨らむ一方だぞ」 『(Fで始まる4文字の悪態)』
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某年 某月某日 日曜日 3時に目が覚めた。眠気は無いが、やる事も無い。 電力供給が増える5時半まで窓から空を見て過ごす。夜明け空は美しかったが空腹感は酷かった。 食堂が開くと同時に朝食を摂る。温かい食事は落ち着く。家で冷たいものを齧るのは御免だ。 6時過ぎから仕事にかかる。テレビを見たかったが、電力が少ないので我慢せざるを得ない。 データのチェックが正午前に終わる。意外と早かった。おかげで電気代が安く済みそうだ。 正午過ぎ、やや遅めの昼食を摂って外を歩いていたら停電があったが、1時間程で復旧した。 家に帰って窓の外に停電の原因を発見。高台にある部屋を選んだのはこんな時に便利だからだ。 港に船団が入っている。荷降ろしで予想以上の電気を使ったようだ。 沖には護衛艦が3隻、うち2隻にはヘリが着艦していた。あれは「あきづき」と「すずなみ」だったか。 もう1隻は小型の急造艦だろう。物資の安全のためとはいえ、複雑な思いがする。 夕食のために出かけたら、さっそく市民団体が出てきていた。珍しい事に、ベニヤ製ではなく プラスチック製のメガホンを使っている。資源の無駄遣いがどうのと訴える連中にしては豪勢な事だ。 そのメガホンを回収すれば紙パックの内張りがいくつ出来るのやら。 家に帰る途中、地面に変な模様が描いてあった。複雑な模様が絡み合って矢印を構成している。 矢印の向きがウチの会社の方を向いているようだ。どうも気味が悪い。外の世界の住人がした事なのだろうか。 もう夏時間に慣れたのだろうか、朝早くから起きていたので18時頃にはもう眠くなってきた。 データを書き込んだ社用HDDを専用ケースに収めて鞄に入れたのは確認したので、もう休む事にする。 某年 某月某日 月曜日 早寝したのが裏目に出たか、2時半に目が覚めてしまった。 3時間も無為に過ごすのは御免だが、明かりをつけて近所から何か言われるのも御免だ。 豆球で本を読みながら時間を潰す。クラークはやはり良い。 外が明るくなったような気がしたので外を見た。空は暗いのだが海の表面が明るかった。 昔シャレで買った高感度望遠鏡が役に立った。護衛艦が動き始めて、艦載ヘリが甲板に引き出されてきた。 20分ほどして、クラーケンというのだろうか、大きな烏賊のようなものが浮かんできた。 「長さ数ファーロングもあろうかという白い触手」が今まさに目の前にあった。 クラークやメルヴィルの言った事は正しかった。奴はとてつもなくでかい。 その後は各種報道の伝える通り、砲撃や銃撃、雷撃までもが加えられて怪物は1時間程度で沈黙。 夜明けと共に波間を漂う肉塊と化した。あれではインクは回収できなかっただろうな。 発砲音から考えると現場は自宅から4km程度離れていたと思う。 すっかり興奮して朝食の味が分からなかった。出社してからも案の定、怪物の話題で持ちきりだった。 きっと明日の新聞は20ページを超えているだろう。同僚には望遠鏡の話はせず、閃光と大音響がした事や 海の表面が光っていた事などのみ話した。俺だって下手に目を付けられたくはない。 金曜日に依頼のあった試作品のデータをまとめて先方に提出した。 このデータだけでは判断が付かないが、軍用品かそれに類するもののような気がする。 むろん勘に過ぎないが。あるいはコンテナ用の新型タグあたりか。 午後には新しい依頼が入った。納期は木曜日の午前中。チェック項目がかなり多い。 帰宅前に社内で伝達放送を見る。明日はこの地区を含めた広い範囲で昼間の電力を一律15%引き下げとの事。 冗談じゃない、明日一日丸潰れじゃないか。減少範囲が港に近いエリアばかりだ。船団絡みで何かあったか。 きっとあの怪物に肝を潰して荷降ろしのペースを早めるつもりなんだろう。畜生、怪物なんか糞喰らえだ。 帰宅したら配給キップが届いていた。一週間分きっちり揃っている事を確認して、財布にしまう。 早寝すると明日も早く目が覚めそうな気がしたので、出窓のプランターをいじって時間を潰す。 日没前、港で照明が点灯した。夜通し荷揚げ作業を行うらしい。船団の中の人はパニックに近い心境なのだろうか。 某年 某月某日 火曜日 電力減少の影響は思ったより小さくて済んだ。 夕方のニュースでは引き下げ幅が10%になっていたから、猛烈な抗議が殺到したのだろう。 とはいえ今回の仕事はチェック項目が多いから、進み具合はあまり良くない。 それでも頑張って7割近くまで進んだのは、自分でも驚くばかりだ。ここのところ調子がいいのだろうか。 電力管理法が施行されてから明日で2年経つ。思えば今いる会社もこの法律のお蔭でできたようなものだ。 電子回路やプログラムの試験には意外と電力を使う。試験専門の会社もここを含め、多く立ち上げられた。 「あの日」以降プラスチックやレアメタルの価格は急騰、電子回路の数を減らしつつ機能を維持する事が 至上命題となった。それでいて耐久性は高く、省資源で高性能を求められるのだから開発者は大変である。 入港している船団が気になったので、終業後に調べてみた。 コンテナ船が5隻、小型タンカー1隻、帆走貨物船が3隻、新型の太陽電池コンテナ船が1隻。 護衛に「あきづき」「すずなみ」「ひのき」が付いている。艦載ヘリのうち1機が昨日の戦闘で不時着したそうだ。 乗員に怪我人が出なかったのは幸いだった。予定では1週間の滞在だったそうだが、急遽4日間の滞在に 短縮するらしい。という事は今日は積み込み作業が行われているのだろうか。 急ぎすぎて中身が傷まなければ良いが。この小さな沿岸都市では3ヶ月に1回の船団以外には まとまった物流が期待できない。鉄道は人員輸送でパンク寸前だし、自動車は昔のように気軽には使えない。 飛脚自転車便は遅い上に大した量も運べないし、当然の事ながら航空輸送などもってのほかだ。 食料は地元産でなんとかなるとしても、そろそろインク切れのペンとか機械の消耗部品なんかは どうしても必要なんだ。浄水場関連の資材も含まれているだろう。それがやられたら、また自家製蒸留水だ。 ここのところ睡眠時間が短い。眠気を感じる訳ではないから、睡眠不足ではないのだろうが気味が悪い。 今朝も夜明け前に目が覚めた。こんな事が続くなら暇潰しの方法を考えるか、医者に行って相談するか…… 某年 某月某日 水曜日 データ測定が完了してチェックも済んだ。驚いた事にデータのまとめも済んで明日一番にでも提出可能だ。 同僚が「変なものでも食ったか?」などと言ってきた。変なものを食ったら能率は落ちるだろう、冗談はよせ。 昼食のために出かけたら、地面にまた変な模様を見つけた。 本当にこの街に外の世界の住人が紛れ込んでいるのだろうか?お目にかかってみたいと思う反面、 恐ろしいような気もする。まさかとって食われもしまいが、術を使うという。ひょっとしてあの模様は 「魔方陣」というものなのではないかとも思う。だが何のための? 16時前に船団が出航していったようだ。汽笛が遠ざかっていく。航海の安全を祈る。 帰宅途中、様々な店舗に入荷の張り紙が出ていた。オバサンが嬉しそうな顔で服を買い求めている。 あの顔は日曜日にメガホンを握っていた市民団体のメンバーだ。こんな小さな街では知った顔を あちこちで見かける。知り合いに港で業務を行っている自衛官がいる。もし彼にあのオバサンの事を 話したら、一体どんな顔をするのだろう。おそらくこんなのはもう慣れっこなのだろうが。 浅黒い人物を見たような気がした。噂に聞く「ダークエルフ」という奴だろうか。 曲がり角をのぞいて見たが、それらしい人影は誰もいなかった。きっと昼間の模様に触発された幻想だろう。 家に帰ったら、くたくただった。疲れたので夕食は簡単に済ます。立って食べるのも疲れるので 自宅で食べようかとも思ったが、廃棄物税や資源回収税を徴収されるのはまっぴらだ。外で食べてきた。 だいいち冷たい食事が夕食なんて、滅んでから久しいイギリス人じゃあるまいし。 電子レンジとガスコンロが懐かしくなった。今ではどちらも超がつく贅沢品だ。 エコをさほど気にせずに済む世界になったと思ったらエコ生活せざるを得ない状況に陥る。皮肉なものだ。 港を出た船団は今頃どのあたりだろうか、太平洋に出た頃だろうか。 怪物や敵対勢力に襲われて沈没する事案は年に1回は起こっている。自衛隊も大変である。 さすがに起きているのが辛くなってきたので19時に寝ることにする。
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2 京都府舞鶴市海上自衛隊北吸岸壁護衛艦みょうこう 士官室 2012年 6月4日 16時7分 護衛艦みょうこう当直士官、稲富祐也一等海尉は、テレビ画面を見ながらあんぐりと口を開けていた。 とても現実の光景であるとは思えなかった。自分のよく知る街が、燃えている。自然災害の結果であればまだ納得がいったであろう。 だが、眼前に映し出されたものは、どう見ても現代日本のものではない甲冑を着た人間(一部は明らかに人間ではないように見える)に、市民が殺害されていく姿。 特撮ではないだろうか──そんな考えも浮かんだが、彼の中の自衛官としての思考がそれを否定した。 これは現実だ。俺が狂っていて、この士官室で幻覚を見ているのであればいいが、そうじゃない。であるならば、現実が狂っている。なんてこった。 稲富一尉は、護衛艦みょうこうの砲術長として砲熕武器を指揮する立場にある。筋肉質だが身長163センチの短躯である彼のことを、口さがない一部の乗員は「豆タンク」とか「ドワーフ」と呼んでいる。 だが、その綽名の示す通り、太い眉を蓄え、巌のような作りの容貌を持つ彼は、常に積極的で精力的な士官であるという評価を得ていた。普段の性格が陽性であることも相まって、曹士の評判も悪くない。 稲富は、かぶりを振って気持ちを切り替えると、副直士官に指示を出した。 「幹部に電話してくれ。非常事態だ。艦長には俺から連絡する」 「はい。乗員はどうしますか」担当警備区で非常事態が発生した以上、乗員を集めなければならない。曹士の取りまとめ役である警衛海曹に指示を出す必要があった。 「当然、警急呼集をかける。ああ、警衛海曹を──」 「当直警衛海曹、沢田曹長入ります。各パート先任者に連絡を指示しました。警急呼集でよろしいですね?」 稲富の思考が言葉になる前に、当直警衛海曹である沢田曹長はすでに士官室に姿を見せていた。 何をぐずぐずしているといわんばかりの態度である。稲富は思った。若い幹部じゃ歯が立たねえ訳だよ。まあ、こんな時は頼もしくもある。 「警急呼集だ。それから、機関科には試運転の用意をさせてくれ」 「災害派遣でしょうか?」副直士官が言った。 「どう考えても、それで収まるとは思えないな。──武器に火を入れることになりそうだ」 副直士官は顔を引きつらせると「電話をかけます」と士官室を出て行った。 「沢田曹長、どうなるかな、これ」 テレビを見ると、中継が途切れたらしく、スタジオの男性司会者が必死に現場レポーターを呼んでいた。 「ろくなことにはなりませんな。少なくとも、綾部市で終わるとは思えません」 よく見ると、鉄面皮に思えた沢田曹長の顔面にも冷汗が浮いていた。誰も、こんな経験などしたことがないのだ。稲富は、胃の辺りに重たい感触を覚えつつ、艦長の電話番号を呼び出した。 京都府舞鶴市 舞鶴市役所会議室 2012年 6月4日 19時14分 「綾部市からの連絡は途絶しました。市長、副市長共に行方不明です。警察も消防も応答しません。中心部は暴徒に制圧されたようです」 「暴徒?甲冑と槍で武装した1000人からの集団を、君は暴徒とよぶのかね?」 総務部長が苛立ちを隠さない口振りで、担当職員に質問した。 「福知山はどうや?」 「はい、さらに大規模な暴徒に襲撃された模様です。ただ市長は辛うじて難を逃れたようです。ただ、現在も騒乱が続いております」 「京都南部及び兵庫方面との連絡は絶たれたということだな」 職員の報告は気の滅入るものしかなかった。舞鶴市長、京極高男は薄くなった頭髪をぼりぼりと掻き毟り、さらなる報告を求めた。 「市内の状況は?」 「現在、市広報車を走らせて、綾部方面に向かわず、テレビラジオの情報に注意するよう呼びかけています。今のところ、パニック等は発生しておりません」 「市内インフラは平常通りです。綾部市域は大規模停電が発生しているようですが、舞鶴市内は今のところ被害が報告されておりません」 「綾部市からの避難民は、とりあえず各公民館、文化公園体育館、市民病院、赤十字病院、共済病院等に収容していますが、負傷者が多数発生しています」 「すでに消防本部の要請によりDMATが派遣され、救急医療に当たっています」危機管理・防災課の職員が発言した。 舞鶴市に限って言えば、現状はまだそう悪いものではなかった。市内のインフラと治安は守られ、通信手段も確保されている。しかし、明日の朝もそうであるとは、誰も言えない。速やかに手を打つ必要があった。 京極は、市職員を20年勤めあげた後、市長選に出馬し当選した、何処にでもいる経歴の平凡な市長であった。 冴えない風貌をした彼の強みは、幼少時から舞鶴市で育ち、誰よりも街を知っているという事と、その見かけによらず判断が早いという事である。 彼は、迷うことを嫌った。 「暴徒は必ずここに来る。その前に市民を避難させなければならない。市民に避難指示を出す」 京極は矢継ぎ早に指示を出した。広報車と防災無線を活用し、南部地域を優先して避難を指示。市民は最寄りの公民館、学校等に集合させる。市バスと民間バス会社を総動員して、市民の移動に当たらせる。 京極は警察署長に向き直った。 「署長、舞鶴市の警察力で暴徒に対処は可能ですか?」 舞鶴警察署長の表情は、くるくると変わった。治安を預かる者の矜持もあったであろう。しかし、最終的には苦い物を飲み下した様な表情で、絞り出すように答えた。 「──舞鶴警察署員170名余では、1000名を超える暴徒を抑えることは困難であります」 京極は、5秒ほど思考を巡らせた後、静かに告げた。 「舞鶴市長として西舞鶴地区から市民を避難させる。市民の避難先を東舞鶴各施設とする。消防は入院患者の移送に全力を挙げるように。警察は、避難誘導を確実に行ってください」 会議室内が一瞬凍りついた。市長が西地区の放棄を宣言したのだ。数名の職員が何か言いたそうな素振りを見せたが、結局それは果たされなかった。 綾部市からの映像は、それだけの力を持っていたのだった。ぐずぐずしていれば、綾部市の二の舞になる。その認識が、市長の判断を後押しした。 「小浜市、高浜町の担当者に連絡して、市民の受け入れを調整してくれ。向こうは大きな施設がたくさんある。こういうときに役に立つはずだ。市各課は防災避難計画に基づき市民の避難誘導に必要な行動をとること」 「非常事態宣言を出そう。対策本部は此処に設置する。電話回線の増設を急いでくれ」 「保安庁と自衛隊に連絡官を出すように要請してくれ。彼らの力が必要だ」 「災害派遣を要請するのですか?」その指示を聞いた総務課長が、質問した。 「災害派遣では、この事態には対処できんよ」京極は、静かに否定した。 「府知事に電話をつないでくれ。治安出動の要請を依頼する」 職員が会議室を慌ただしく出ていく中、京極は警察署長を呼びとめた。目には何かを決意した光があった。 「署長、頼みたいことがある」 「……なんでしょうか?市長」 「避難途中に暴徒に乱入されたらおしまいだ。我々には時間が必要だ。時間を──稼いでいただきたい」 京都府舞鶴市真倉 国道27号線上 2012年 6月4日20時35分 「202より現本。現在まで真倉阻止線異状なし。」 『現本了解。引き続き阻止線にて警戒に当たってください』 片側一車線の国道27号線上には、赤色回転灯を点けたパトカーが2台、人員輸送用のワンボックスが1台、道路を塞ぐようにして停車していた。 その周囲には警官が8名、配置に就いていた。いずれも、出動服の上から防護衣とバイザー付ヘルメットで身を固め、ポリカーボネート製の大盾を所持している。 腰には拳銃の携帯が許可されていた。 「なあ尾崎、相手は騎士様らしいぞ。高らかに名乗りをあげて、槍をしごいて突撃だ。堪らんな」 「やかましい。ちゃんと前見とかんかい!只でさえ貧弱な阻止線なんやぞ」 彼らの任務は、市民の避難完了まで現阻止線を可能な限り維持すること、である。同様の阻止線が市街地に通じる全ての道路上に設けられていた。 本来であれば、3倍の人員があっても覚束ない状況である。しかし、市民の避難誘導のために、警察、消防、市職員の大部分が忙殺されている現状においては、警察官8名が配置された真倉阻止線は、最も強力な阻止線であると言えた。 例え、その半数が地域課や交通課の職員であったとしても。 昼間の熱気は夜になっても冷めきっておらず、風は生温い。周囲の建物はは避難が完了しているため、電気は消えており、月明かりに照らされるばかりであった。 「嫌やなあ。蒸し暑いし、静かで陰気臭いし、お化けでもでそうや」 奥村巡査は、首に巻いたマフラーで汗を吹きながら、呟いた。空に浮かぶ満月は、何故か普段より大きく見えて、不穏な雰囲気を振り撒いているように思えた。 「……なんか、聞こえる」 後方からは、サイレンの音や自動車のエンジン音が、絶えることなく聞こえている。それらに混ざって、微かに違う音が聞こえた。 一定のリズムで何かが地面を叩いている。それは次第に大きく、また複数の音源から発せられるようになった。 音は阻止線の前方から聞こえてくる。 「……まじかよ」奥村巡査が前方に目を凝らすと、そこには騎乗した集団が、満月の光を背に受けながら、こちらに近付きつつあった。 「来たぞ!マイク使え!」 パトカーの拡声器が、大音量で警告を発した。 『前方の集団に告ぐ。こちらは警察です。現在の位置で止まりなさい』 集団は、止まらなかった。馬は速足に変わり、騎乗した者たちは何かを構えた。 「あかん、やばい」尾崎巡査は背筋に悪寒を感じた。何かを弾く様な音と何かが風を切る音が聞こえた。 「奥村!パトカーの後ろに下がれ!」尾崎巡査は大盾を構えながら、相棒に指示を飛ばした。その直後、ザァという音とともに、複数の矢が彼らに降り注いだ。 京都府舞鶴市真倉 国道27号線上 2012年 6月4日20時39分 よく整備された街道の先に、赤い光が点滅している。どうやら鉄の車が道を塞いでおり、それが光っているらしい。なんとも面妖な光景だった。 帝国西方諸侯領エレウテリオ子爵配下の帝国騎士エミグディオ・ディ・モデストは、今日何度目かの異様な光景に向かい合った。 当初は異様な文物に心を惑わされたが、軽騎兵を率いる騎士らしく、考えても分からないことについては考えることを止めた。 単純に、脅威があるかどうかを判断し、命ぜられた使命を果たすことに集中することにした。 さもなければ、この異国の地で、わずか30騎余を率いて斥候に出ることなど出来はしない。 「何者かがおりますな。あの鉄の車、昼間の市邑で衛卒が詰め所に停まっておったものと同じやもしれませぬ」 騎兵組長の一人が報告する。 「盾を持つ者がいるな。10名ほどか……蹴散らすぞ」 モデストは、街路上に立ち塞がる以上、その向こうに奴らが守りたいものがあるに違いないと判断した。であれば、これを突破し、さらに先を探るべきである。 『────!』 その時、鉄の車が吠えた。予期せぬ大音量に愛馬が足を止める。何語かは聞き取れない。これ以上冒涜的な光景は見たくもない。自分がよく知る世界を作ろう。モデストはそう思った。 「皆、聞けい!三斉射の後、突撃に移る。蹂躙して街道の先を探るぞ。構え──放てぇ!」 部下が怯えてしまう前に、戦闘に突入する。彼はそう決めた。配下の軽騎兵達は、短弓を素早く構え、立て続けに三度矢を放った。敵に乱れが生じている。 「帝国西方騎士エミグディオ・ディ・モデスト、参る!皆続けぇ!」 スピアを振りかざし、モデストは突撃にかかった。配下の軽騎兵も短弓を短槍に持ち替え、彼に続く。僅か10名足らずの衛卒に、騎兵30騎の馬上突撃を止めることなど出来はしない。モデストは確信していた。 京都府舞鶴市真倉 国道27号線上 2012年 6月4日20時42分 呻き声が周囲から聞こえていた。尾崎巡査が周囲を見回すと、ガラスの割れたパトカーの周りに、腕や足に矢が刺さった同僚が転がっている。 さっと見た限りでも、3名が負傷していた。パトカーのシートや、一部は車体にまで矢が突き立っている。 「き、来たぞ!」 奥村巡査が悲鳴のような声で警告を発した。道の向こうからは恐ろしげな喚声を上げながら、地響きとともに騎兵が迫っていた。もう50メートルもない。 「車両の後ろに退避しろ!奥村、脇坂を引っ張ってこい!」 尾崎巡査は同僚に指示しながら、腰の拳銃を抜き出した。震える手で安全ゴムを外す。口の中がカラカラだった。パトカーを盾にしてニューナンブM60を構える。もう20メートル。相手のぎらついた目が見えたような気がした。 「正当防衛射撃だ。単射、撃て!」 阻止線の指揮を執る、速水巡査部長の叫び声が聞こえた。尾崎巡査の視界には、自分に向けて突っ込んでくる騎兵しか見えなくなっていた。あと10メートル。 「正当防衛射撃」と何度も呟きながら、尾崎巡査は引き金を引いた。 京都府舞鶴市真倉 国道27号線上 2012年 6月4日20時44分 先頭を進んでいた騎兵が弾かれたように落馬する。鋭い擦過音を残して、何かが右頬のすぐ傍を通り過ぎて行った。周囲を見ると、数名が落馬している。敵の衛卒は鉄車の後ろに隠れて何かを放っているようだった。 「構うな!乗り崩せ!」 モデストは配下を鼓舞し、突撃した。敵が何をしようと、この段になって騎兵は止まらない。モデストは、一番手近にいた衛卒に、スピアを突き込んだ。 だが、鉄車という障害物によって速度を減じられた彼の乗馬突撃は、衛卒の持つ盾に弾かれてしまった。初めての感触であった。 鉄の盾を突いたとは思えないほど柔らかく、それなのに突き通すことが出来ない。 スピアを弾いた衛卒は一瞬怯んだ様であったが、すぐさま右手に構えた何かをこちらに向けてきた。 「seitou-bouei-syageki」詠唱とともにその小さな筒の様なものが光を放った瞬間、破裂音が響き、モデストは胸に衝撃を受け、弾き飛ばされた。熱い塊が喉を駆け上る。彼は自分が血を吐いたことを知った。 周囲では、配下の軽騎兵が光る筒に打たれて、次々と落馬していた。衛卒は大盾を構え、筒から光を放っている。 衛卒ではなく魔法戦士団!薄れゆく意識の中で、モデストは己の過ちを悔み、敬愛する騎士団長の武運を祈った。 エレウテリオ団長、此は魔導の國にございます。油断召されるな。 京都府舞鶴市真倉 国道27号線上 2012年 6月4日20時48分 騎兵の突撃はどうにかしのぎ切ったようだ。尾崎巡査はまだ痺れる左腕を庇いつつ、ゆっくりと立ち上がった。大盾は大きく歪んでいる。もう一撃食らえばどうなっていたかわからない。 「みんな、無事か?」 「な、なんとか……」 「速水巡査部長がっ!」 悲鳴の上がった方向をみると、速水巡査部長が騎兵と刺し違える形で息絶えていた。 警官隊の損害は、殉職1名、重傷3名。その他のものもどこかに傷を負っている。弾も予備弾を装填すればあと1弾倉分はあるものの、同規模の突撃に堪えることは不可能であった。 「202より現本。マル被の襲撃を受けた。速水巡査部長が殉職、重傷3名。現阻止線維持のためには、応援が必要。 なお、マル被は約30名程度。騎乗した外国人の集団であり、12名が死亡。5名が重傷。軽傷者は逃走した」 『現本より202。相手の凶器は何か?騎乗した外国人と言うのは何人か?』 「槍と弓矢。全員が甲冑を着けている。人種は不明。英語はしゃべっていないようだ」 『現本より202。相手は何だ?本当に騎士なのか?君は大丈夫か?』 無線の声は、尾崎巡査の正気を疑っているかのように聞こえた。 土手っ腹に槍が刺さって死んだ速水巡査部長の死体。銃弾を受けて斃れ伏す西洋騎士。足を折った馬が、悲しげに嘶いている。同僚は放心状態で、自分の足に刺さった矢を見つめている。 尾崎巡査は、全てがばかばかしくなり、無線機に向かって怒鳴り上げた。 「202より現本。そんなに知りたきゃ見に来い!くそったれ!」
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西暦2020年7月16日 13:00 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街近郊 「ひーかるーうみ、ひーかるおおぞら、ひーかーるー」 「一尉殿、一体何処に海があるんですか?」 調子よく歌っている佐藤に、二曹は容赦なく突っ込みを入れた。 現在彼らは、完全武装の一個小隊と共にダークエルフの隠れ家に向けて移動していた。 夜遅くに本国から届いた命令は、彼の現在の行動を承認していた。 「いやねぇ、随分と久しぶりに外出した気がしてね。 ここの所城の外の事は若いのにまかせっきりだったし。 いやぁ空気が美味い」 本来ならば、彼がここに出てくることはありえない。 だが、一歩間違えれば虐殺を行いかねない三尉か、昨夜大チョンボをやらかしたばかりの新入りに、こういった任務を与える事は出来なかった。 それに、佐藤自身が、たまには外出したかったのだ。 そんなわけで、彼らは今、ここにいる。 「こっちです」 誘導する姉妹の姉が手を振る。 妹の方は、既に隠れ家へと帰り、こちらの事を伝える事になっている。 「しかしなぁ、まだ65歳です、という表現には驚いたな」 「ですね、私たちよりよほど年上とは」 ダーク“エルフ”というくらいなのだから当然予測すべきだったが、彼女たちは部隊の誰よりも高齢だった。 もちろん、彼女たちの時間の尺度から考えれば、まだまだ少女に過ぎないが。 「さてさて、風邪か肺炎か、はたまた恐ろしい伝染病か、伝染病は勘弁して欲しいな」 「防護服はありませんからね」 「そろそろ到着のようです」 上官たちの無駄話を聞き流していた陸士長が報告する。 見れば、手に剣や斧を持ったダークエルフたちが、緊張した表情でこちらへ接近していた。 部下たちに発砲は控えるように命じつつ、佐藤は一同の前に歩み出た。 「日本国陸上自衛隊ゴルソン大陸方面隊ゴルシア駐屯地司令の佐藤と申します」 敬礼し、名乗る。 「早速ですが、病人を見せていただけないでしょうか?」 「あ、ああ、こっちだ。来てくれ」 礼儀正しく名乗りを上げられるのは予想外だったらしく、相手は面食らった様子で隠れ家へと一同を案内した。 <こちらイブニングライナー01!本部応答せよ!!> パイロットが必死に叫ぶ。 しかし、無線機からは空電以外の何も帰ってこない。 何もかもから通信が途絶えたのが五分前。 燃料も弾薬も全てが十分にある。 だが、それは何の気休めにもならなかった。 <おい!後ろからついてくるぞ!発砲許可は!?> ガンナーから明らかに狼狽した声が入る。 レーダーには先ほどからしつこく追尾してくる敵機の反応がある。 「なんなんだありゃあ!!」 パイロットは罵りの声を挙げた。 次の瞬間、レーダー上の反応は加速を開始した。 <どうする!> <やるぞ!> 素早く決断した二人は、機体を分担して操作した。 一人は火器管制を蘇らせた。 全ての火器が待機状態になる。 続けて機体が空を向く。 速度計が見る見るうちに回り、何かが彼らを追い越す。 透き通った羽、巨大な眼球、細長い胴体。 それは、どう見てもトンボだった。 <撃つぞ!一緒に始末書書けよ!> 機関砲が滑らかに動く。 飛び越した相手を思考する。 安全装置解除、目標は前方。 発砲。 機体に振動が生じ、機関砲弾の発射が体感できる。 綺麗な光が前方へと放り出される。 <なんだぁ!畜生逃げやがった!!> レーダーは敵機が見事な回避機動を描いた事を知らせていた。 曳光弾の軌跡がガンナーの必死の努力を伝えるが、レーダーはそれが無駄な射撃である事を知らせている。 「なんなんだありゃあ」 <おい!AAM使うぞ!> 「しょうがねえ、やるぞ」 相手はこっちに向かってきている。 ヘッドオンで勝負かよ、上等だ。 陸上自衛隊最新鋭戦闘ヘリコプターと、異世界の同名のトンボは、互いに正面を向き合った。 「しかし、魂消たな」 <ロケットランチャー装備のトンボかよ> 勝負は、彼らの勝ちだった。 あくまでも偏差射撃に過ぎない相手とは違い、空対空誘導弾を使用した彼らは、発射するなり急旋回を実施。 機体側面を通過するロケット弾に肝を冷やしつつ、レーダーが知らせた敵機の撃墜に安堵していた。 <それで、通信は?> 「だめだな、相変わらずだ」 周囲は相変わらずの闇だった。 星明りと月が知らせるところによると、見渡す限りの野原のようだ。 「糞、天測しようにも、ここは地球じゃないか」 パイロットは罵りの声を漏らした。 異世界に慣れていた彼らにとっては忌々しい事に、ここは地球と思われる惑星だった。 もちろん、ロケットランチャーを装備した小型機サイズのトンボがいる事から、地球ではない事はわかっている。 <なんか暗くなってないか?> 「曇ってきたんじゃ・・・」 相方に答えつつ、パイロットは上を見た。 そして、声を失った。 「じょうだん、だろ」 彼らの頭上に、巨大なマンタがいた。 今すぐ教本に載せたくなるほどに見事な擬装が施された隠れ家の中は、意外なほどに綺麗だった。 隠れ家というと、散らばった酒瓶、疲れ果てた男たち、そして薄汚い室内といったイメージがあるんだが。 診察を行っている医官を横目で見つつ、佐藤は周囲を見回した。 隠れ家というより、別荘といった表現が正しいな。 良く整理された室内、栄養状態に余裕はなさそうだが、健康そうな男性たち。 それとも、俺の認識が偏っているのか? 「うーん」 診察を終えたらしい医官がこちらを見る。 「どうだ?」 「破傷風ですね」 「まずいのか?」 「なんとも言えません。 軽度の症状に加えて、傷口が酷く化膿しています。 痛みと発熱はこれが原因ですね。 手持ちの機材と医薬品で対処は出来ますが、完治できるかと言われると難しいです」 「そうか、気道切開は?」 「酷くなれば必要になります」 破傷風、それは誰もが感染の可能性がある病気である。 世界中の土壌に菌は存在しており、怪我から感染する。 口が開けにくい、首筋が張る、寝汗をかくといった症状が見られ、次第に症状が増し、呼吸困難、歩行困難に至る。 治療をしないと全身にけいれんがおこり、最終的に窒息などで死に至る可能性がある。 初期状態ならば簡単な外科手術と投薬で完治するが、重症になると非常に厄介な病気である。 ICUを備えた本格的な医療設備など、第三基地まで戻らないと存在しない。 ヘリや車で輸送すればなんとかならないこともないが、現地民のためにそこまでの便宜供与は認められない。 火をつけ、物を凍らせ、烈風を起こし、不死者を浄化する魔法も、病気だけはどうにもならないらしい。 「怪我は治るのに病気は治せないというのは、便利なんだか不便なんだかわからんな」 「あの」 腕を組んでわかったような事を言う佐藤に、姉妹が声をかけた。 「母上は、母上は大丈夫なのでしょうか」 「気休めはやめて下さいね」 小声で医官はそう言うと、部下たちの所へと歩いていった。 どうしろっていうんだよ。 厄介な事を言ってくれる。 「必ず治すという確約は出来ませんな。 ですが、皆さんが我々に協力してくれるというのならば、治るかもしれません」 「何を、しろと言うのだ」 一同の代表らしい男が、険しい表情で口を開いた。 「実に簡単なことですよ。 我々は百年以上の長きに渡って練り上げられた医療技術を持っています。 貴方方から見ると妙な事をしている様に見えるかもしれませんが、邪魔をせずに協力していただきたいのです」 「それだけか」 「それだけ、と言いますと?」 「だから、金とか女とか、そういうのは」 「そういうのちょっとねぇ、出来ればこの周辺の情報とかを欲しいんですが」 「情報?」 佐藤の回答は、男にとっては予想外だったらしい。 「そりゃあまあ、私も健康な男なので、女も金も欲しいですけどね。 我々に必要なのはそれよりも情報なんですよ。 資源だったり存在しているかもしれない敵軍のものですね。 そういったものは、皆さんにはないのですか?」 「あ、いや、あったとして、それだけでいいのか?」 「構いませんよ」 佐藤はそう答え、部下たちに直ちに治療を開始するように命じた。 場合によっては手足を吹き飛ばされた負傷者を助けなければいけないだけあり、彼らの行動は非常に素早い。 機材を展開し、医薬品を確認する。 「それでは始めます。関係がない人は退出してください」 「よーしお前ら、周辺の探索にかかれ、皆さんも申し訳ありませんが退出をお願いしますよ」 「佐藤一尉」 「ん?」 「あなたもですよ」 「お、おう」 かくして、一同は屋外へと追い出された。 西暦2020年7月16日 13:00 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ダークエルフの隠れ家 「なかなかに快適そうな環境だな」 建物の周辺には、隠蔽された井戸やそれなりに作物が取れそうな畑などがあった。 「彼らが今まで生き残ってこれたのもわかりますね」 感心した様子で二曹が言う。 「うむ、これだけの拠点を周辺住民にばれないように維持していたとは。 しかも、一日二日じゃないぞ」 「はい、大したものです」 周辺を偵察している部隊からは、特に何の報告も入らない。 城に残してきた部隊からも同様である。 「平和が一番だな」 「そうですねぇ」 ほのぼのとしている佐藤たちの隣では、心配そうな表情を浮かべたダークエルフたちが、小声で何かを相談している。 頼むから、いきなり気が変わったりするのは勘弁してくれよ。 横目で見つつ、佐藤は内心で思った。 いわゆるライトノベルと呼ばれるものを好んでいるらしい二曹によると、医療行為はそれを知らない異世界住人に誤解を招く恐れがあるらしい。 動けないケガ人に接吻しているように見える人工呼吸。 あるいは死者を強姦している様に見える心臓マッサージ。 セクハラにしか見えない触診。 よくわからない薬を飲ませる投薬。 拷問に見える注射。 だからこそ、十分な同意を貰った上での治療実施が好ましい。 二曹は、佐藤にそう進言していた。 「我々も周囲を見回ってくる」 じっとしているのが落ち着かないらしいダークエルフたちは、佐藤にそう申し出た。 「申し訳ありませんが、周辺は部下たちが探索中です。 万が一にでも貴方方に攻撃を加えてしまっては申し訳ない。 今は、我慢してください」 「我らが黙ってやられるような者だと思われては困る」 「お互いにやりあってしまってはもっと困るんですよ」 「・・・わかった」 なんとか彼らを押し留め、佐藤はため息を漏らした。 今も治療が行われているであろう建物を見る。 「治ってくれるといいんだがな」 「今は、医官殿を信じるしかありませんね」 二人の心配は、手袋を外しつつ退出してきた医官の表情によって解決された。 「可能に関しては継続的な治療で大丈夫でしょう」 「破傷風は?」 「投薬の効果がなければ難しいでしょう。 さすがにここで気道切開はやりたくないですから。なんにせよ、今日出来るところはここまでです。 ドタバタしないのならば入って結構ですよ」 その言葉を待っていたダークエルフたちは、流星のような素早さで建物へと入っていった。