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「カタリナさん、あそこに洞窟の入り口らしきものが見えます・・・!」 頭髪と思しき部分が無数の蛇で構成された悍しい半人半妖の姿の魔物を斬り捨てたカタリナは、慣れない高所での連続戦闘に息を切らせながらフェアリーの言葉に従って、指差された方角へと目を向ける。するとその先には、確かに山肌に唐突な穴がぽっかりと口を開けている部分があった。 「やっと入り口ね・・・。全く、もっと通行の便を考えた場所に用意してもらいたいものだわ・・・」 よもや人が来訪することなど、さしもの悪竜も想定外であろうことは当然わかってはいるものの、この過酷な状況には毒吐かずにはいられない様子でカタリナは剣の汚れを振り払いながら呟いた。 二人が麓の宿場町を発ってから、凡そ五日ほどが経過していた。 登山の嗜みなど当然ないカタリナは宿場宿の主人から女子供だけでの登山を強く止められたが、それでも行かぬわけにはいかないからと無理やりに今は使われていない荒れ果てた登山道跡を聞き出し、また平時に狩人や鉱夫らが使っていたという中間キャンプ地を経由して高い標高に体を慣れさせつつ、ここまで辿り着いていた。 確かに空気は平地よりも格段に薄く、この酸素濃度に体を適応させるために時間を費やすことになったのは非常にもどかしかったものだが、一方で幸いなことに、このルーブという山はこれほどの高所にあっても、驚くことに全く寒くなかった。 近年で噴火の知らせがあったわけではないものの、このルーブ山は今も活動を続ける活火山であり、比較的地面から近い部分に溶岩流があると推定されている。そのため、山肌は思った以上に暖かさを保っているらしい、という説明を宿場宿で受けた。 だがそれだけでは、この高所に突風の吹き荒れる中でも凍えずに済む、ということは本来あり得ないだろう。 この通常ではあり得ない気候の原因こそが、詰まるところは、このルーブに棲まう竜の為せる奇跡であるのだという。 巨龍種はその規格外の体を自在に操るために、体温が非常に高いだろう、ということが研究者の間では定説となっている。そのため巨龍種の多くは、其々の独自器官の他に、その活動を可能とするのに必要とされる膨大な熱量を体内で生成するのだそうだ。 そしてそれは、体内器官による生物的な熱量の生み出し方だけではなく、朱鳥の加護を生まれながらにして備えている場合が殆どであろうことまでが、最近の研究で凡そ判明しているのだという。 そして当然その熱量を効率的に維持するには、その棲み家も同じく温暖であるということが大体の場合において必須条件になる。 そのため、巨龍種が住う場所はその巨龍種の持つ朱鳥の加護の強さに応じて、周囲の気温すら高くなることが多い。この現象が、巨龍の活動における術的な要因の介在を立証する証拠ともなっている。 これらの理由が、このルーブという山がこの寒気にこの標高にあっても、あまり寒さを感じさせないという結果に繋がっているのであった。 「あっつ・・・ここ本当に冬の山なわけ・・・?」 そう言った事情を知識としては仕入れていたものの、いざ洞窟内に足を踏み入れてみるとその熱気はよもや冬のそれとは全く無縁に思え、まるで密林にあった火術要塞にでも入り込んだのではないかと思えるほどだ。 都合よく階段状になっていた箇所を危なげなく下り、程なくして外部の光が届かなくなったところでフェアリーが松明に火を灯しながら奥の様子を観察する。 「・・・どうやら、火山ガスが吹き出している箇所が其処彼処にあるようです。慎重に進みましょう」 「厄介ね・・・。松明で引火とかしなきゃいいけれど」 カタリナは洞窟内での妖魔の襲撃に備えマスカレイドを小剣の状態で構えながら、足元に気をつけつつ進む。 そうして進むにつれ、思ったよりもこの洞窟は広々とした空間が広がっており、天井も高いことが分かってきた。その予想外の広さに軽く感嘆しながらカタリナが見渡していると、フェアリーは周囲が広く見渡せるように浮かび上がり、そして何かに耳を済ませるように目を閉じた。 「この空洞は、どうやら溶岩が流れた後に出来たものだそうです」 「溶岩が・・・、ねぇ。正に自然のなせる技ってわけね」 カタリナが知る溶岩とは、それこそ火術要塞の至る所に湧き出ていたものだが、それが山を流れこのような巨大な空洞を作るなどということは、彼女にはまるで想像もつかないことであった。 「地表を流れる溶岩の表層が冷えて固まっても、その下では熱量を保ったままの溶岩が流れ続け、こうした空洞を作り上げるのだそうです」 フェアリーの話を興味深く聞きながら注意を怠らず進んでいくが、多少の足元の危うさを除けば、この空洞は非常に快適なものだった。何しろ、山中では幾度となく出会った妖魔の類が、この空洞内では全く存在していないからだ。 「通常ならばこうした山中の空洞には魔物や暗闇を好む生物が入り込むのですが、この空洞の中はあまりにも竜の気が強すぎて、他の生物が寄り付かないのだそうです」 「なるほどね・・・。ていうかフェアリー、それ一体どこから得ている情報なの・・・?」 とてもためになる話ばかりなのだが、ふとその情報の出所が気になってカタリナが中空のフェアリーに問いかけてみる。するとフェアリーは二度三度瞬きをした後、首を傾げた。 「さぁ・・・この空洞の中にある、何かだと思います。周辺に思念を飛ばしたら返ってきたので、正確には・・・」 他の生物が寄り付かない、という前提なのに返ってくるその念とやらこそ随分と怪しい気もするのだが、とりあえずそこに突っ込んでも仕方がないだろうという結論に達したカタリナは、適当に相槌を打って先に進むことにした。 時折岩肌から噴出している火山性のガスを避けるように進んでいくと、更に奥へと二人を誘う段差が現れる。 「・・・この奥のほうから、とても強大な気配を感じます・・・。恐らく、グゥエインのものかと思われます」 「この空洞で大当たりだった、ってことね。兎に角、進みましょう」 果たして、話し合いというものが成立するのかどうか。 出たところ勝負の感は否めないが、ここまできたからには覚悟を決めてやるしかないなと腹を括ったカタリナは、慎重に歩を進めた。 「ふざけないで!!サラは今一体何処にいるの!!!?」 ピドナ商業地区の一画にてカタリナ・カンパニーの事務所も兼ねるハンス家の一室から、エレンの悲痛な叫び声が部屋の外まで木霊する。 トーマスとユリアンが宥めるために彼女に相対しているが、先ほどから何度も似たような叫びが聞こえてきていることから察するに、その効果は極めて薄い様子だ。 やがて、衝突音にも似たような響きと共に勢いよく開かれた扉から飛び出してきたエレンは、その先の広間で彼女らの様子を心配しながら待っていたモニカらを殆ど無視するように通り抜け、一目散に外へと行ってしまった。 「・・・エレン・・・」 その様子を止められるはずもなく、モニカがただただ心配そうな様子でエレンが去っていったあとの扉を見つめる。 飛び出してきたエレンに遅れるようにして部屋から出てきたトーマスとユリアンは、非常にバツが悪そうな表情で広間の一行に合流した。 その場に集まっていたのは彼ら以外に、モニカ、ポール、ロビン、ミューズ、シャール、ブラックだ。 ミューズらよりも一足早く、エレンら一行は目的であった氷の剣を携えてピドナへと帰ってきていた。 彼女らの所持していた古代魔術書に関しては引き続き聖都ランスの天文学者ヨハンネスの兄妹であるアンナが解読を進めてくれており、これは子細分かり次第ピドナへと連絡をしてくれるように話がついていた。それを受けてピドナに一度戻ろうという事の運びとなりピドナへと戻ったエレン達だったのだが、トーマスらが居ないことを受けて待機をしていたのだった。 だが、数日後にいよいよ帰ってきたトーマスらの表情は何やら非常に複雑な様子であり、これは何か事情があるのだな、ということは出迎えた誰もが感じた。 無論それは帰路におけるルートヴィッヒとの対談によるものであるが、それとは別に予想外にトーマスらの一行の中に最愛の妹の姿を見かけなかったエレンがその事について問うと、トーマスらは更に悲痛な表情を浮かべながら、サラから届いた書状を苦々しい様子でエレンに見せたのだった。 「・・・わたくし、エレンを見てきますわ」 そう言ってモニカが小走りで広間を後にすると、それを為す術なく見送ったその場の面々は軽く互いに視線を交わし、なんともバツが悪そうに肩を竦ませた。 「・・・ったくガキのお守りじゃあねえんだからよ、キーキーうるせぇな」 「いやまぁそうは言ってもよ、そう簡単に割り切れるもんじゃないだろうさ、血の繋がった姉妹なんだから。ってかほんとにあんた、ハーマンの爺さんなのか・・・?」 一人飄々と、いつもの調子で煙草に火をつけながら一連の騒動を見ていたブラックが言うのに合わせ、ポールが嗜めるようにいいながらも半分疑いの眼差しでブラックを眺める。 その感想はユリアンも同様に抱いていたが、彼と初めて会ったロビンはそんなことを露ほども知らず、事も無げに腕を組むのみだった。 「・・・一旦、エレンはモニカ様にお任せしましょう。我々が追いかけても、ああなったエレンは間違いなく聞かないでしょうから」 「・・・同感だ」 トーマスのその言葉に、ユリアンも深く頷きながら同意する。シノンの若衆の中では最早常識であるのだが、このように気分を害した時のエレンの取り扱いは、非常に繊細なものなのだ。微に入り細を穿つ、というものである。 そして大抵の場合、周囲が必死に試みるエレンへの接触では状況の改善に一切繋がらない。これには、とにかく時間が必要なのだ。 彼女の機嫌の回復はいつだって、サラを心配する自発的な気持ちが発端となって起こる。 自分がこんな事では、サラを守れない。サラの元に戻ろう。その思考によってのみ彼女は機嫌を取り戻し、やがて皆の輪に戻ってくる。 昔からトーマスは、そんなエレンの行動基準を特段に心配していたものであった。 もしサラがエレンの元から居なくなったとしたら、エレンは一体どうするのだろうか、と。 その答えは、この年の始まり、およそ一年前から始まったこの旅の中で多少の変化として彼女に蓄積されてきたはずだが、今ここに至っては矢張り彼女の根本は変わっていないのだと彼には感じ取れた。 「・・・分かった。じゃあこっちはこっちで、必要な話を整理しちまいたい。ヤーマス以降に起こったことを、先ずは聞かせてくれ」 シノン出身組らの様子からエレンの対応に頷いたポールは、仕切り直すようにそう言って、皆にテーブルにつくように促した。 ああして、幾ら声を荒げて周囲の全てを拒絶したとしても、何も状況は良くなんて、ならない。 そんなことは、誰よりも自分自身が、痛いほど一番わかっている。だって、愚かしいほどに何度も何度も、それを彼女は繰り返してきたのだから。 だから毎度毎度、大人げなくこんなことをしている自分をどこか頭の中で冷静な自分が思いっきり冷めた様子で見下ろしていて、本当にそんな自分のことが世界で一番、嫌になる。 だが、それでも。 それでもこれは自分にとって必要な、ある種の「儀式」のようなものなのだ。 こうして兎に角周囲の雑音から一旦離れて自分一人になり物事を見つめ直すことで、全てを投げ出して只々喚き散らしてしまうだけの愚かな自分を何とか抑えるのだ。 そうして一頻り自分の中で自分をこき下ろした後、暫く何も考えずにただただ気分が落ち込む時間が続く。そうして幾ばくかの時間が過ぎ、いい加減そうしていることに飽きたら、いよいよそこから、これからの自分がやるべきことを考えるのだ。 手段なんて、なんだって、どうだっていい。 兎に角重要なのは、やるべき事が何なのか。 彼女は先ず、それだけしか考えない。 それが定まれば、あとは我武者羅に前進するだけだ。 (・・・何をするべきって、勿論今直ぐにサラを探しにいく。それ以外の選択肢なんてないわ) ハンス邸を飛び出して当ても無く歩きながら、ぐるぐると思考の堂々巡りを繰り返していたエレンは、気がつけば潮風に誘われるままに港まで辿り着いていた。 サラが、ひょっとしてその辺りにいないものか。 そんな有り得るわけのない妄想と共に、エレンは何げなく港を見渡しながら続けて歩いた。 思えばロアーヌでの事件からこの一年で何度も行き来したピドナの港だが、流石に世界一の港は何度来てもその広大さに驚くばかりだ。 何しろ、同時に数百人を乗船させることが可能なガレオンシップを数十隻も停めることができる程の巨大な港だ。じっくりと見て回るだけで、それこそ一日を費やしてしまうことだろう。 港には等配置に灯台や検問塔が立っており、そこでは常にピドナ港専任の水先人が行き来の絶えない大小の船舶を忙しなく曳船誘導している。 その行き来する船を何気なく見ているだけでも、時間はあっという間に過ぎ去ってしまいそうだ。 港はいくつかの区画に分けられており、停船区画だけでも世界各地のどこに向かうかで場所が異なる。例えばヤーマスやウィルミントン等の大規模な商都が点在し最も往来の多い静海地方との行き来をする船が一番市場に近い区画に位置しており、次いで香辛料を中心とした貿易や観光渡航が盛んな温海地方往来用の区画。そしてピドナの位置するマイカン半島からトリオール海を挟んで南にあるトゥイク半島の都市国家リブロフとの定期便区画の向こうに、ロアーヌやツヴァイク等のヨルド海を往来する航海船がある。 実のところ船ではロアーヌとの行き来をしていないエレンは、何気なく興味を惹かれて港の奥に位置するヨルド海方面へ向かう船の区画へと歩いていった。 ぼんやりと眺めているうちに気がついたのだが、こちらの区画に停まっている船は、静海方面に行く船に比べて帆の配置が特徴的だ。 北のツヴァイク地方から吹き降りる風が特徴的なヨルド海は東西間の航海で真後ろからの風を捉えることが難しく、更には南東のタフターン山から吹く風と海上で頻繁にぶつかり複雑な気流を生み出すので、それに適時対応できる縦帆が採用されているのである。 無論そんなことなど全く知らないエレンは、形の違う帆の数々を物珍しげに眺めながら歩いて行き、そしてその向かっていた先に突然に、見知った姿を視界に捉えた。 「・・・あれ、ハリード・・・?」 視線の先には、遠目から見ても分かる特徴的なナジュの衣服に身を包んだ長身の男、ハリードが船着場におり、停泊している客船の近くで船員となにやら話をしているところのようだった。 今回はピドナ港の圧巻ぶりのお陰でいつもよりもずっと早く気分が晴れていたので、エレンは特に考えるまでもなく、そのままハリードの方へと歩いて向かっていった。 「おっさん、久しぶり。なにしてんの?」 「・・・エレンか」 ハリードはヤーマスに向かったエレンらとは別でトーマスらピドナ組と行動を共にしていたはずだが、そういえばトーマスらがハンス邸に帰ってきたときには、何処にも彼の姿はなかった。 しかしそれ以前にサラのことで頭がいっぱいだったエレンはすっかりハリードのことを失念していたのだが、こうして数ヶ月ぶりに会うハリードは、どこか以前の彼とは様子が違うように彼女には思われた。 「なにしてんのよ、こんなとこで」 「別に」 いやこんなところにいて別にってことはないでしょう、とエレンは思ったものだが、しかしそれを口に出すことなく彼女は目の前の男の様子を窺った。 どうも、普段とは様子が違うように思ったのだ。 抑もハリードと会うの自体が数ヶ月ぶりではあるが、その手前まで半年あまり行動を共にしていた彼女から見ると、明らかにこの男の様子は普段と異なる。なんというか、その表情や声色から、以前は常日頃感じていた彼の余裕が感じられないのだ。 他人の余裕のあるなしが分かる程度には自分の冷静さは戻っているな、等と場違いな分析を頭の隅に追いやり、エレンは次に一歩引いたように姿勢を仰け反らせながら、その場の状況を見極めんとする。 ハリードは、普段通りの格好だ。この男は常に軽装で、旅のために余計なものを殆ど持ち歩かない。しかし、腰の曲刀カムシーン(本当は違うらしいが、ハリードがそう言い続けるのでエレンもカムシーンと呼ぶことに慣れてしまった)は散歩だろうが遠出だろうが持ち歩いているので、つまりこの姿からは彼の行く先の検討はつきそうにない。 視線を、彼の周囲に移す。 彼女らが今立っている場所は、ピドナ港の中でも何方かと言えば奥まった位置だと言える。つまり、敢えて用事がなければ普通はこない場所だと言えるだろう。 まぁ、そこにまさかの敢えて特段の用事がないのにふらっと来てしまった自分自身がいる時点でこの推察には致命的な矛盾があるような気もするのだが、そこは一旦置いておいて考える。彼女が元々見てみようと思っていたヨルド海方面への船着場は、此処からもう少しだけ奥にある。現在位置はその手前にある区画であり、このマイカン半島の南に広がるトリオール海を挟んで向かいにあるトゥイク半島へと向かう船舶の船着場だ。 トゥイク半島に向かう船は、基本的に一箇所にしか寄港しない。リブロフだ。 そしてハリードは自分が話しかける直前まで、傍にいる船員と話をしていた。 つまりこの場所から察するに、ハリードはここで船に乗ろうとしていた、というようにも見受けられる。 「で、どうするんですかい、旦那」 「あぁ・・・頼む」 丁度エレンの思考を証明するかのように、恰幅の良い港の船員が小首を傾げながらハリードに声をかける。するとハリードはそれに応え、短く頷いた。 「じゃ、前金で100オーラムいただきますぜ」 「あぁ」 短くそういって、そのまま懐から素直にオーラム金貨を出して払うハリード。 これはもう確定で、今のこの男は様子が明らかに可笑しいということにエレンは思い至る。 如何に世界的に船旅が高額化している状況があるとはいえ、この守銭奴が100オーラム程の大金を一銭たりとも値切ることもなく即払いするなど、普段ならば絶対にあり得ない。 何しろこの男との旅の幕開けであったミュルスからツヴァイクへの渡航の際も、一切合切船旅の質は求めないから最も安い客室がいい、なんなら船員用の雑魚寝部屋でも良いから兎に角、極限まで安くしろ。そのように乗船案内人に迫っていたほどの男だ。 仮にも女連れで旅に赴く初っ端からあの光景は一周回って清々しいなとエレンは思ったものだが、そんな彼の通常が、今は全く垣間見えない。 エレンという女はどうも「女の勘」という類の色恋沙汰に特化した第六感は持ち合わせていないのだが、逆にそういう話題以外の事ならば驚くほど勘が鋭い時がある。 それが、今だった。 「ハリード、故郷に戻るの?」 「・・・・・・何のことだ」 唐突なエレンの質問に、ハリードは一瞬答えるのを躊躇うかのようにして言葉を紡いだ。 一丁前に平然を装おうとしている様子だが、彼女にはそんな内部の揺らぎもお見通しだ。 「おっさん、なんか無くしたって顔してる」 「・・・・・・」 エレンに唐突にそう言われ、ハリードは何やら憮然とした表情で眉間に皺を寄せる。 全く、年甲斐もなく表情のわかりやすい男だ。 だが諦め悪くハリードも一つ息を吐き、それによって冷静さを取り戻して口を開こうとするが、それにもエレンが空かさず牽制した。 「誤魔化しは要らないからね。あたしには分かるの。だってあたしが、そうだから」 エレンは、彼女の中で絶対の確信を持っていた。この男は、恐らく今、何か大きなものを『無くして』いる。 お互いに生まれも育ちも年齢も性別も、何もかもが違う。だがそれだと言うのに今のこの男は、自分と全く同じ表情をしているのだ。 自分だってこんなことを話している余裕は本当は一秒たりともないというのに、まるでこの男の様子は、そんな風に無様に焦るばかりの自分自身を見せつけられているようで、皮肉なほどに彼女は先ほどまでの心中の荒れ模様が嘘のように冷静さを取り戻していた。 「・・・そう、だったな」 エレンの言い様に全く以て返す言葉を失っていたハリードは、漸く絞り出すようにして、そう言った。 その納得しきりという雰囲気の言葉がまるで、元々お互いそうであったことを今更思い出したかのような言い草だったものだから、エレンはどうにもその部分には納得がいかずに眉間に皺を寄せる。自分で言っておいてなんだが、このおっさんなんかに自分のそんな姿を見せた覚えは、特にないはずなのだが。 「ふ・・・そんな顔するな。俺にも分かっていることくらいあるんだ」 エレンが考えていることが表情からあまりにも分かり易く読み取れるので思わず口をついて息が零れ、そのまま言葉を紡ぐ。全く、この女と関わると小難しく悩んでいる自分がどこか馬鹿らしく思えてきてしまう。 だが、それでも勿論、彼の抱えている空白は何も埋まらない。 そしてそれは、一方のエレンも同じことなのだ。 しかし、そういう場合にとりあえず一歩踏み出すためのきっかけを、何かを変えるための手段を、エレンという女は知っている。 このハリードという男に、既に教えられているのだ。 「一緒に行ってあげる」 「・・・あ?」 エレンのいきなりの言葉に、ハリードは思わず声を上げる。 「とりあえず船でリブロフに 行くんでしょ。私もそっちに用事あるの。だから、一緒に行ってあげる。さぁ、いきましょ」 「お、おい・・・」 ハリードが声をかける間も無く、エレンは乗船口へと向かって歩き出してしまった。しかもなんと船賃を要求する船員に対して、連れが一緒に払う、とでも言うような仕草でハリードの指さす始末だ。 そして当然のように船員がハリードに向かってにやりと笑いかけながら手を差し出してくると、暫し呆気にとられていたハリードは成す術もなく船員に追加の船賃を手渡したのであった。 (サラが寄越してきた手紙は、リブロフが出処だってトムは言っていた。もう二ヶ月以上も前のことらしいけど、このご時世に女の子の一人旅なんて絶対に目立つわ。足取りが辿れる可能性は、けっして低くはないはず) エレンは背後に追い付きながら何やら執拗に抗議の声を上げているハリードを半ば無視するようにしながら歩を進めつつ、思考していた。 (あの子はトムの元で成長して、一年前よりとても逞しくなったと思う。多分あたしなんかより色々と知っていることも多い。でも、それだから安心なんて・・・全く出来ない。あの子をこのまま信じて戻るのを待つなんて、できっこない) ロアーヌで喧嘩別れをしてから数ヶ月後にピドナで合流して以降、エレンの目から見てもサラはとても活き活きとしていた。カタリナカンパニーの秘書役として精力的に働きながら、周囲のいろんな人物との交流にも積極的だった。以前の臆病だった性格からは信じられないほど、随分と変わったように感じられたものだ。 だが、姉としてそんな妹の変化を好ましく思うと同時に、一方では何とも形容し難い小さな違和感が頭の片隅にずっとあったのも事実なのだ。 (あたしだけが取り残されていく、みたいな醜いだけの感情じゃない。いや、それがあたしのなかに全くないわけではないのも事実だけど、兎に角この違和感は・・・そんなんじゃないのよ。もっと漠然としていて掴みにくいけれど無視することは絶対にできない・・・そう、直感みたいなもの) 今ここでサラを追いかけなければ、もう二度とサラとは会えなくなってしまう。 大袈裟ではなくそれが本当に起こるかもしれないというような、そんな焦燥感。 エレンは今この時になって、この直感は全く正しいのだと殆ど確信していた。 「おい、聞いてんのかエレン!」 「なによ、煩いわね!」 いよいよ肩を掴まれながら制止され、そこで漸くエレンは彼女を引き止めてきたハリードに向かって罵声を浴びせながら振り返る。 対して、まさか自分の正当極まる抗議に対して『煩いわね』などと乱雑な返しをされるとは思ってもみなかったハリードは大層面食らったようで、言わんとしていた言葉もすぐには出てこなかったようだった。 「なによ、もう船賃払っちゃったんでしょ。ならいつまでも女々しいこと言わないでよ」 「いやお前女々しいとかそういう・・・つかお前、俺が何でリブロフに行くのかとか・・・」 「目的は、リブロフじゃないでしょ」 ぴしゃりとハリードの言葉を遮るように、エレンがそう断言する。 するとハリードはその言葉が図星であることを肯定するかのように、続く言葉を発せられずに押し黙った。 「ていうか、どうせ目的なんてないんでしょ。分かるわよ。だって顔にそう書いてあるもの」 「・・・・・・」 エレンのずけずけとした物言いに、しかしハリードは返す言葉がない。 だがそこでエレンは追撃をするでもなく、なにを思ったかハリードの手を取り、甲板へと歩いていく。 「お、おい、なんなんだ」 自分よりも歳が十以上も下の娘に手を引かれるという構図に困惑しながらハリードが声を上げるが、そんなことは知ったことではないエレンは、問答無用で彼を船首付近の甲板の縁まで連れて行った。 そして船の縁に手をかけられるあたりで立ち止まり、船上を吹き抜ける潮風を全身で受けながら、これから船が向かわんとしている南へと視線を向ける。 「ほら、海を見て風に当たれば、気分も変わるわ」 「・・・お前なぁ・・・」 ハリードはすっかり呆れた様子でエレンに何かを言おうとするが、しかしエレンはこちらに視線を合わせようともせずに、南の水平へと瞳を向けている。 その様子を見て又しても彼女にかける言葉を失ったハリードは、結局他にやれることもなく、彼女に倣って南へと視線を傾けた。 そこには、最近はやたらと見慣れたピドナの港の風景と、そしてその先に広がるトリオール海の景色。 船の上ということで高さは違えど、先ほども見ていた光景だ。そこに吹き抜ける風も、別段先ほどのものと何が変わるわけでもない。 だが、それだというのにこれは、一体どうしたことだろう。 ついさっきまでの自分よりも確かに彼は今、その心が不思議と落ち着いており、静かに前を向いているのだ。 「ね。気分、変わったでしょ」 その様子を見抜くように横目でハリードをちらりと覗いたエレンは、口の端を吊り上げるようにしながら、ニヤリと笑って見せる。因みにこれはハリードの笑い顔の真似なのだが、本人が思っている以上に全く似ていないので本人にはこれっぽっちも伝わっていない。 だが自分の中に不思議と冷静さが宿っていることを確かに実感していたハリードは、エレンに応えるように自分の未熟さを皮肉って口の端を吊り上げて返し、そしてエレンの頭をがしがしと乱暴に撫でる。 「やだちょっ、なにすんのよ!」 「礼だ、とっとけ」 これには予想通りに喚き散らすエレンに対し、ハリードはどこ吹く風で海へ視線を向ける。 「・・・礼を言われる筋合いなんてないわ。まだ何も変わっていない。変えていくのは、これからでしょ」 乱された頭頂部の髪を整えるように手櫛で流し、トレードマークのポニーテールを結び直しながらエレンが言う。 対してハリードは肩を竦めながら、一つ息を吐く。 「変わったじゃねえか」 腰に身につけたカムシーンと名付けている曲刀に手を触れ、半身をエレンへと向ける。 「さっきまで一人だったのが、今は二人だ。これは大きな変化だろうよ」 「ふん・・・一年前のことくらいは、覚えていたみたいね。ボケてなくて安心したわ!」 ハリードの言葉にエレンは満面の笑みで応え、そしてふと真面目な面持ちに戻って海を見た。 「あたしは、サラを探す。おっさんも向こうで用事が終わったら、手伝ってよね」 「俺よりも目的が明確な分、分かりやすくていいな。前金次第では、考えてやろう」 「おっさん、あたしにそんな金があると思ってんの?」 そうして他愛のない会話をしながら二人が出港を待っているところに、ふと視界の端に市街地の方面から走ってくる鮮やかな布地の色の衣服を身に纏った人物の姿が映った。 どうやらその人物は声を発しながら向かって来ていたようで、エレンがその姿にしっかりと気づいた時には、その聞き覚えのある声が耳に届いていた。 「エレンーーー!!」 「あ、モニカ!!」 走り寄ってきたモニカの姿を認めたエレンは、船の縁から身を乗り出すようにして大きく片手を振った。 「エレン、いったいどこへ行くのです!?ハリード様まで!」 「モニカ!あたし、サラを探しに行くわ!おっさんも野暮用よ!どうかトムに宜しく言っておいて!」 エレンがモニカに向かって声をあげている合間に、いよいよ二人の乗った船の出港を知らせる鐘の音が辺りに響き渡る。 もうそこから先は、何やら叫んでいるらしいモニカの声も全く聞こえず、エレンは体全体を使うようにして目一杯手を振るだけだ。 「お前、仮にも母国の侯族を呼び捨てって、まずくないか?」 「いいのよ、第一モニカから言ってきたんだし。ってかおっさん、そういうの気にするタチだっけ?傭兵ってどっちかっていうと反体制主義じゃないの?」 「いやまぁ一般的にはそうかも知れんが、俺にも一応、事情っつうもんがあってだな・・・」 なんでか気安く呼び合っている二人の様子をみてハリードは思わず突っ込むが、思いの外鋭い返しが来たものだから口籠ってしまう。 そのまま視線を戻し、港が見えなくなるまでモニカに手を振り続けるエレンを尻目にハリードは船の食堂へと向かうことにした。 何しろ、予期せぬ出費で二人分の船賃を出すことになったのだ。これはしっかりと元を取らなければ、やっていられないというものなのである。 「なーるほどな・・・。状況は大凡、分かったよ」 ハンス邸にて行われていた話し合いの中で、ウィルミントンからピドナに辿り着くまでの話を聞き終えたポールは、ゆっくりとそう言った。そして自分の中で考えを纏めるようにコツコツと指先で米神の辺りを突きながら、状況整理とこの後に行うべき行動の指針について思考する。 「・・・しかしまぁ、なんつーか流石はルートヴィッヒだな。一本取られた・・・ってか、全く予想だにしなかった行動だわ」 「あぁ。ただ彼の今回の決断は、我々の向かう方向と限りなく近いのも確かだ。今の我々に選べる選択肢は殆どないが、前向きに捉えるしかないだろうね」 トーマスの見解にポールは薄く頷きながら、しかし直後に彼の隣で視線を落としたまま表情を固くしているままのミューズへと視線を移した。 当然その更に隣に控えるシャールも同じような表情であり、彼女等からしたらこの状況の好転の仕方は、そう簡単に受け入れられるものではないだろうことが窺える。 だが、やるからにはそれを飲み込み、理解してもらわねばならないだろう。なので、単刀直入に聞いてみることにした。 「ミューズさんとシャールさん。あんた達は、どう思っているんだ?」 「・・・・・・・」 二人はポールの問いかけに、しばし無言で応える。だが、ポールは特に答えを急がせようともしない。こういう問題は自分で答えを出さなければならないのだ、ということを、彼はキドラントでの騒動から経験している。 やがて、ミューズが面を上げた。 「私は、この機を逃すべきではないと、理解しています」 短く答えるその様子を、ポールは見つめる。 彼女の瞳には、迷っている様子はない。 隣のシャールもまた、そんな主君を真っ直ぐに見つめている。既に彼は主君の意志に従うと決めているのだ。 「当然、油断はしません。あの男がいつ我々に仇をなす行動を起こすのか、わかりませんから。でも今暫くは、あの男の提案に乗りましょう。それが我々のためであり、メッサーナの為になると私は理解しています」 「・・・あぁ、そうだな。兎に角こいつはチャンスだ。これを機に逆にこちらがあちらさんを喰っちまうつもりでいこうぜ」 最愛の父を討った仇に対し、この若い娘はしっかりと折り合いをつけようとしている。それのなんと気丈で、聡明なことか。 仮に自分があの時にニーナを失った上で祖父や教授と対峙していたら、たとえ全ての事情を知ったところで、彼らに対し何もしないでいられる保証などないと感じてしまうだろう。 「・・・じゃあ、やることは決まっているわけだ。明日のピドナ宮殿でのなんとかの集いとやらで、予定通りロアーヌの戦線への経済的支援を進めるんだな?」 「その通りだよ。そこまでは既にルートヴィッヒ軍団長とも話をしている。今年は現在魔物と交戦中のロアーヌを除いたほぼ全ての主要都市の要人が集まっているらしいから、行動を促す効果は相当に高いだろう」 ポールの問いかけにトーマスが頷きながらそういうと、ポールは手元の紅茶を一口飲んでから両腕を組んで背もたれに寄り掛かった。 「となると、そこからは例のアビスリーグとやらに関する情報を探っていかなきゃならないな。んー・・・こりゃヤーマスでドフォーレ捌いてもらっているキャンディにも協力を仰いだほうがよさそうだ。ロビン、済まないが一度書簡を持ってヤーマスに渡ってもらえるか?」 「構わない。街がどうなっているのかも気になるしね」 ロビンの快諾を得ると、今度はブラックへと視線を移す。 「ハーマン・・・じゃないんだよな。ブラック、でいいんだっけ」 「ブラック様でもいいぜ」 「オーケーブラック様、お宅は俺に付き合ってもらうよ。潜って情報収集をするのに、あんたの雷名はめちゃくちゃ役立ちそうだしな」 軽口に軽快に返してくるポールにブラックがふんと一息吐いて反応すると、ポールはそれに肩を竦めて返しながら話を纏めにかかる。 「よし、ロビンとブラックと俺はすぐにでも動き出そう。情報が上がり次第共有するから、トーマスの旦那はミューズ様やモニカ様を頼むよ。それじゃあ・・・」 そう言って席を立とうとした丁度その頃合いになって、息を切らせた様子のモニカが帰ってきたところだった。 「モニカ!エレンはどうだった?」 彼女の姿にいち早く反応したユリアンが問いかけると、モニカは何やら彼女にしては珍しく呆けた様子で、ぽつりとつぶやいた。 「エレンとハリード様が・・・駆け落ちしてしまいました」 「・・・え?」 モニカの突然の衝撃的な告白に、その場の一同は凍りついたように固まってしまった。 前へ 次へ 第八章・目次
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#blognavi 「思川の流しびな」が2日、小山市の観晃橋下流で行われた。 読売新聞2006/07/03 全文 小山駅西口の大通り(祇園通り)の西端にあるおが観晃橋です。ちなみにもう少し下流に行くと幼い兄弟の投げ捨て事件があった場所になります。 カテゴリ [小山] - trackback- 2006年07月03日 16 24 01 名前 コメント #blognavi
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使用Webカメラ 詳細不明 春から高校2年生、工業高校の情報系の学生 姉は18歳(!!)看護系学生、ジャニヲタ スティッカムで参戦の期待のホープ、しかし配信をするとほかのことにPCが使えなくなってしまう PCを新調するらしいのでPC新調後の配信が楽しみである。 (PCは新調され、新PC到着当日にセッティング実況を行っていた。現在エンコードによる配信も可能な模様) 文化放送などのヘビーリスナーで配信以前にはげに凸した際にはヲタ芸を打てることを明かす。 なにげにwebカメラ垂れ流しスレは1スレ目から見ているらしい
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—カランカラン…コロロン…—— 「いらっしゃい」 イスカンダールから見て左側の扉が軽快に開き、それと同時にドアベルが賑やかに響き渡る。 扉の外から吹きつける寒気を含んだ風と共に店内にするりと入ってきたのは、身のこなしから見ても随分に腕が立ちそうな、勝気な雰囲気の女だった。 女は薔薇を思わせる赤い色調の衣服を身に纏い、色素薄めな金髪を赤のバンダナでまとめ上げたラフな出立ちだ。そしてその女と共に吹き込んできた風が含む懐かしい世界の香りに、イスカンダールは思わず目を細め、うっすらと笑みを浮かべる。 地元世界と繋がるのは、中々久しぶりだ。 「へぇ・・・ニバコリナにこんなところがあったなんてね。知らなかったよ」 そう言いながら後ろ手に扉を閉めた女は、衣服にうっすらとついた雪を入り口で払い、物珍しそうに店内を眺めながらカウンター席へ腰掛けた。 「ニバコリナは案外入り組んだ作りの街だからな・・・目立たないところに店を構えていると、案外分からないもんさ」 「そんなんで商売やっていけんのかいってツッコミは、やめておくよ」 「そうしてくれると助かる」 そう言いながらイスカンダールはニヤリと笑い、カウンター下から取り出した温かいおしぼりを女に手渡してやる。 女はそれを受け取るとその暖かさでしばし悴みかけていた手を解し、次いでカウンター内のボトル棚に並ぶ酒瓶たちへと視線を向けた。 「こりゃあ、かなりの品揃えだね。見たことのないものも多い。あたしもそこそこ酒は飲んできた方だけど、こんなに知らないのがあるところは初めてだよ」 「ふふ、品揃えにはちょっとした自信があってな。好みの味があれば、幾つかおすすめも出せるが」 イスカンダールの言葉を流しながらボトルたちを順々に眺めていた女の目に、見慣れぬ絵柄のラベルが貼り付けられた瓶が飛び込んでくる。 そのボトルには、一角獣と薔薇を模したと思われる紋章のようなものが貼り付けられていた。 「そいつは、どんなやつなんだい?」 女が指差したボトルを見たイスカンダールは、ほう、と物珍しげに声を上げながら、棚からボトルを取り上げる。 「月並みな物言いだが、中々にお目が高い。こいつは、ローザリアという国で作られる林檎を原料としたブランデーでな。毎年ローザリア独立の記念日に合わせて献上される、本数限定の逸品だ」 「へぇ、林檎のブランデー。じゃあそいつを貰おうか。そのまま飲んでも良いんだろうけど・・・せっかく腕の良さそうなバーに来たんだ。それで何か一杯、カクテルでも頼むよ」 「お安いご用だ」 オーダーを受けたイスカンダールは、早速カクテル作りに取り掛かろうと、まず材料となるボトルを幾つか取り出し、女の前でカウンター越しに並べていく。 次いでシェイカーを手に取って目の前に設置すると、滑らかな手つきでメジャーカップを手元から掬い上げ、順々にカクテルの材料を計量しながらシェイカーの中へと注いでいった。 —カラン…コロン…—— ちょうどイスカンダールがこれからシェイカーに氷を入れようかとしているところで、彼から見て右側の扉がゆっくりと開く。 そこから中に入ってきたのは、凛々しくも何処かあどけなさが残る印象の青年だった。その服装は明らかに高貴な身分の出身であることがわかる、美しい刺繍の施されたものを身に纏っている。 「・・・ここは・・・もしかしてシフが言っていた・・・」 「いらっしゃい」 青年が何やら呟きながら店内を見渡している中、イスカンダールが声をかけると、青年はそれに気がついてぺこりと軽く頭を下げ、カウンター席へと近づき、腰掛けた。 イスカンダールは青年にもおしぼりを出すと、メニューも一緒に手渡しながら、シェイカーへ氷を入れる作業に戻る。 その間も青年は、物珍しげに店内を見渡していた。 そして、何故だか随分と驚いたような様子で自分のことを見ている先客らしき女と視線がかち合い、何事かというかのように軽く首を傾げる。 「あの・・・私に何か?」 「あ、あぁ・・・すまないね。ちょっと、あんたの雰囲気が知り合いに似ていたもんだからさ」 「そうでしたか。私は、イスマス侯ルドルフの息子、アルベルトと申します。お名前をお伺いしても?」 アルベルトと名乗った青年がカウンターのイスから半身だけ女に向けて胸に手を当てながら応えると、女はそんな様子にも一々目を丸くしながら、次にはふっと懐かしげに微笑んでアルベルトに向き直った。 「あたしはローラ。ここの町外れで、子供らに読み書きを教えているんだ」 ローラと名乗る女のその微笑みに、何故だかアルベルトも何かを感じ取ったかのように目を瞬かせ、そして優しげに微笑み返した。 「ローラさん・・・ですか。偶然ですね、貴女の雰囲気も、どこか私の知り合いに似ています」 「そうなのかい。それは何だか、出来すぎた偶然だね」 そう言いながらはにかみ笑いし合う二人の前でシェイカーを振っていたイスカンダールは、ローラの前にすっとショートグラスを差し出した。 その美しい色合いに思わずローラがへぇと呟くと、つられてアルベルトもそのグラスを見て目を見張る。 「・・・見事なヴェルニーグラスですね」 「おや、あんたはこれを知っているのかい」 アルベルトが呟くと、ローラはグラスとアルベルトを交互に見た。 「はい。ローザリアの特産であるヴェルニー合金を用いたグラスはどれも美しい光沢を放ちますから、分かり易いのです。それにしても、ここまで薄く均一な形のものは珍しいですね」 「ローザリアっていうと、確かこのお酒の作られている国だっけか。あんた、詳しいんだねぇ」 ローラの前に差し出されたグラスへ、シェイカーの中身を注いでいく。 美しいルビーレッドのカクテルがグラスに満たされると、カシャリと音を鳴らしてシェイカーを引き戻したイスカンダールがお待たせしましたとばかりに一礼をして見せる。 「やはりこのボトルで作るカクテルと言えば、こいつだろう。ジャックローズという。どうぞ召し上がれ」 イスカンダールの紹介を耳にしながら、ローラはグラスの脚を手に取り、口に含む。 キリッとした柑橘系の酸味と林檎由来の奥深いブランデーの風味に、舌鼓を打つ。 「・・・こいつは美味いね。気に入ったよ」 「それはよかった」 その様子を見ていたアルベルトの視線が、今度はローラの前に並べられていたボトルに注がれる。 「それは・・・オーダージュですか。ローザリアブランデーの中でも最上級のものですね」 「ふふ、流石にお詳しいな」 アルベルトがボトルを見ながら熟成年数を言い当てると、イスカンダールはニヤリと笑みを浮かべながら返す。 するとアルベルトは、少し照れ臭そうに笑みを浮かべながら頭を軽く掻いた。 「イスマス領でも果樹園は多かったものですから、知識は一応。それに・・・散々酒にも付き合わされたので、少しは味も分かるようになりました」 「へぇ、若そうに見えるのに、随分と舌が肥えてるんだね」 アルベルトの話を耳に挟みながらローラが茶化すと、アルベルトはどこか親しみのある笑顔でローラを見返す。 「えぇ。丁度先ほど申した、貴女に似た雰囲気の方に付き合わされたもので」 「ふふ、それじゃあ、さぞ強いんだろうね」 「その人には全く敵いませんけれど、嗜む程度には。では私には・・・ウォッカをいただけますか」 アルベルトのオーダーを聞いたイスカンダールは、中々意外なチョイスだなと感じながらも快く引き受け、どのボトルを出そうかと暫し思考の海に浸る。 マルディアス世界のウォッカといえばバルハラント産だが、それでは芸もない。ここはやはり、こちらの世界のもので何か用意するべきだろう。 「ウォッカかい。この辺りじゃ見慣れたもんだけど、あんたの年頃とその身なりで呑むには、随分と渋いチョイスだねぇ」 「あはは・・・実は、これが初めて教えてもらったお酒なんです。シフというバルハル族の女性なのですが、彼女が好んで呑むのがウォッカだったもので」 そう言いながら笑みを浮かべるアルベルトの前にイスカンダールは早速、ショットグラスに注がれた透明の液体を差し出す。 「こいつは、彼女の住むニバコリナで作られるウォッカでな。バルハラントに負けず劣らずの寒冷地域さ」 「へぇ、ローラさんはそこに住んでいるんですね。益々シフとの共通点が増えますね」 そう言いながらアルベルトは、グラスの中身を舐めるように口に含む。確かに、強くはないが自分のペースで飲むタイプのようだ。 「・・・美味しい。味そのものはクリアですが、仄かな甘みを感じますね」 「あぁ、ニバコリナのウォッカは色々とフレーバーも多くてな。そいつは特に混ぜ物をしていないスタンダードボトルだが、その仄かな甘さは特徴的なものさ」 流石に味の違いを的確に突いてくるアルベルトに、イスカンダールはやたら満足げに頷きながらウンチクを添えた。 しかしそうして酒を飲む様にもなんだか外見のあどけなさとアンバランスさを感じ、ローラはそれを微笑ましく思ってしまう。 「あんたは、あたしの知り合いがもう少し成長したらそんな感じになりそう、って雰囲気だね・・・もしエスカータに寄ることがあれば、是非アンリって子を尋ねてみてほしいよ」 「アンリさん、ですか。分かりました。そのエスカータという国のことは存じませんが、いつか訪れることがあれば、是非お会いしてみたいと思います」 二人は、それぞれの知る親しい知人の話を交えながら、暫しの歓談を楽しむ。 ニバコリナやエスカータ等の地元ネタならばついつい口を挟みたくなるところだが、ここでのイスカンダールはあくまでバーテンダーである。 二人の会話に時折合いの手を入れるに留め、二人の談笑する様を、そのゆっくりとした時間を守護することこそが己の役目であると心得ている。 そうして一歩引いたところから穏やかにイスカンダールの見守る先で、二人の男女は初対面であるにも関わらず、どこか気の置けない雰囲気である相手に思いのほか饒舌になり、数杯のグラスを空にしながら話に花を咲かせていくのであった。 登場したお酒(一部架空物) ジャックローズ 標準的な配分としては、アップルブランデー2:ライムジュース1:グレナデンシロップ1の割合でシェイクするショートカクテルです。元は「アップルジャック」という名前のブランデーで作られ、グレナデンの赤さが薔薇を思わせることから命名されたそうで。個人的には、フランスのカルヴァドスという林檎ブランデーで作る方が好みです。今回登場したのは、マルディアス世界はローザリア産の六年以上熟成された林檎のブランデーを材料と妄想しています。 ニバコリナ産ウォッカ アンリミテッドたるイスカンダールの出身世界にある、豪雪の街ニバコリナで作られるウォッカです。現実世界でウォッカといえばロシアのイメージですが、今回のウォッカは北欧産のアブソルートウォッカをイメージしています。色々なフレーバーのウォッカがあるので、飲める方であればお好きな味がきっとあるはず。 BAR「イスカンダリア」一覧に戻る TOPに戻る
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先ほどまで上ってきた道とは正反対の方向にある、広場の階段を下っていくと、狭い川が流れていた。 ごろごろと大小の岩の上を渡って川を越えると、やがて木々に囲まれてひっそりと小屋が姿を現した。 まるで隠れるように建っている古ぼけた小屋に、蒼魔は不気味な感覚を抱いた。 それは未央や響も同じなのだろう、気味悪そうに小屋を見ている。 「気をつけて」 斑鳩が三人の側で囁いた。 「思念の糸が細くなっている。どうやら正体はラルヴァで間違いなさそうよ」 「じゃあ、ラルヴァがこの噂を流したとか、噂に協力したって事なんですか?」 未央が不思議そうな顔をして言った。 授業では、人間以上の知性を持つラルヴァの存在も習ってはいたが、俄かには信じがたいのだろう。 それは蒼魔も同じだった。 わざわざ生徒達のバカらしい都市伝説に協力して、人を殺すとは思えない。 「勿論、一概にはそうとは言えない。噂の出所を確かめるなんて、雲を掴むような話だし。ただ、都市伝説やオカルトなんかの類には、非常に強い念がやどるわ」 斑鳩は足を止めて、詳しい説明を始める。 「人間の強い念はラルヴァを引き寄せたり、ラルヴァの餌として好かれやすいの。だから、私達が調査した結果ラルヴァが実際に事件を起こしていたケースはかなり多い」 「要するに、合理的に殺人がしたいのさ」 叫が、ラルヴァを馬鹿にするかのように鼻で笑いながら言う。 「自分だけで殺人をすれば、すぐさま醒徒会に消滅させられて終わり。でも、都市伝説になぞらえたり、妖怪だのオカルトっぽく振舞う事で、自分の実体を見つかりにくくできる。現に俺達の部活はそのために存在してる訳だ」 「醒徒会の人達じゃ解決できないから?」 響がそう言うと、叫はまた鼻で笑う。 「そりゃそうさ。噂や都市伝説なんてグレーな事件を解決するには、かなりの時間がかかる。その間にも人間を襲うラルヴァは発生するんだ。醒徒会の方々は見た目に派手で分かりやすいラルヴァを倒してくれるから生徒達の憧れの的だが、俺達の部活の存在なんて知ってる人間がいる事自体珍しい」 彼は一々皮肉を混ぜなければ話せないらしい。 だが確かに、忌憚研究部なんて存在は、蒼魔も高等部に入って、深赤に聞いて初めて知ったわけで……。 「まぁ、醒徒会は中等部から大学部まで広く活動してるけど、僕達は高等部だけだからね」 小金井がさびしそうに言う。 未央が意外そうな顔をした。 「研究部って、高等部にしかないんですか?」 「実際、一番噂や都市伝説の被害が起こってるのが高等部だからね。強烈な殺人が混じった都市伝説に、実際手を出したりしてしまうのはこの時期が多い」 「皆ストレスが溜まってるのさ」 叫がまた皮肉をまじえて鼻で笑う。 「さて、おしゃべりはもういいだろ? さっさと風間を助けるぞ」 そう言って、叫は小屋の数歩手前まで歩き、横に祈が並んで、二人は手をつないだ。 「何をしてるんです?」 蒼魔が若干引きながら斑鳩に質問すると、斑鳩はニヤリと笑った。 「彼達の能力よ。二人の思念波を共鳴させる事で、ラルヴァや人間の存在を探知できるの。私の思念探知は対象が一人だから、詳しい調査はできないけれど、彼達の『共鳴(レゾナンス)』はその場に居る人間が何人か、ラルヴァの種類まで特定できるし、テレパシーまでできる便利機能付きよ」 二人は手をつないだまま目を瞑り、集中すると、やがて淡い紫色の光が輪を描くように彼達の全身を囲み、無数に増え続けて広がっていった。 その輪が蒼魔の体を貫くと、蒼魔はまた、先ほど受けた思念探知と同じ感覚を覚える。 自分の臓器を除かれているような感覚。 決して心地よくはない、胸焼けがするような感覚だ。 「人体をスキャンしているようなものだから」 斑鳩はそれを良く理解しているのだろう、蒼魔に小さくフォローを入れた。 輪が小屋の中を隅々までスキャンしていく。 回転に回転を重ねて、全ての部分に輪が触れた後、やがて輪の広がりは収縮していき、二人の体に収まった。 「ラルヴァ一体、人間一体を感知しました。ラルヴァはカテゴリーエレメント反応、人間に近い場所にいます」 「憑依していると?」 「可能性は高いです」 「ふむ……」 小金井が考えるような表情で眼鏡を上げる。 「とにかく、コンタクトしてみよう。憑依タイプのラルヴァなら、近くに行かない事には退治できないし」 小金井がそう言うと、水川と月白が先頭に立ち、小屋へ入っていく。 「彼達の能力は戦闘向きなの。私や木戸君達は戦闘よりも探知向きだから、ここからは彼達の出番ね」 斑鳩は続いて入っていく小金井、叫と祈の後ろについて蒼魔達に話す。 「俺達、本当についていってもいいんですか?ここからは邪魔でしかないと思うんですけど」 蒼魔がそう言うが、しかし斑鳩はそれに答えなかった。 ただ、意味ありげな笑みを残しただけで。 小屋の中に入ると、数年は人が入っていなかったのだろう、埃が充満しており、床に積もった大量の埃がまるで雪の様に白く光っていた。 壁に面して置かれている大きな籠や鎌、棚にしまわれている工具等も埃をかぶっている。 十畳くらいの広さの物置小屋として使われていたようだ。 その小屋の奥、藁が敷かれている小さな壁際のスペースに、一人の制服女子がうずくまっていた。 「あの子……」 未央がつぶやく。 「戸田さんじゃない? ほら、A組で学級委員やってた」 戸田、という女子に蒼魔は覚えがないが、外見で深赤ではない事は分かった。 黒い髪を響や斑鳩の様に長く伸ばしている。 彼女に近づいて、小金井が優しく声をかけた。 「大丈夫ですか?」 彼女は声をかけられて初めて、ゆっくりと顔を上げる。 その表情は異様な物だった。 まるで、餌に飢えた野犬が放つような、ギラギラした光を携えた瞳。 「……仕方なかったの」 彼女は小金井を見つめてはいるが、何か別の物を見ているような虚ろな瞳のまま、小さく話し始める。 「高等部に入ってから、成績がガクンと落ちて。勉強についていけなくなって、大学部への進学が難しいって言われて。親は私を大学部に入れたいから、学級委員とかでポイント稼げって。死ぬ気で勉強もして、優等生ぶってなんとか推薦で入れって言われてて」 自分の中の、暗い、深い、憎しみを吐き出すように言葉を連ねていく。 蒼魔は非常に不快な気持ちを感じた。 まるで自分の鬱憤をぶつけるように早口で話す彼女は、蒼魔にとって気味が悪い存在だった。 「私だって、一生懸命やってるのよ。本当は皆と帰りに食堂で買い食いしたり、カラオケ行ったり雑貨屋さんめぐりしたりしたいの。でもしょうがないじゃない。予習しないと授業についてけないし、どれだけがんばっても学年五十位にも入れない。それなのに、それなのに……」 彼女はうつむいて、何かを堪えるように膝に置いていた手を強く握り締める。 頭上のあたりから、何か黒いオーラのようなものが発せられていくのが見えた。 「何で私を仲間はずれにするの。何で、私を『お堅い優等生』だとか『点数の為ならパンツも見せる女』とか言うの? 何で、私を無視するのよ! 将来の為にこんなにがんばってるのに、何で私が空気読めない人間だなんていわれないといけないの? 私はただ、皆に助けてほしいだけなのに。ただ、一緒にがんばろとか、励ましてほしいだけだったのに!」 彼女の悲痛な叫びが続くにつれて、オーラはさらに強く、濃い黒を発していく。 「! これは……まずい」 小金井が焦りながらこちらを振り向く。 「離れて、これは強力なラルヴァです!」 言われるまま、蒼魔達は入り口付近まで下がる。 戸田はこちらには聞き取れない声で、何かをつぶやき続けていた。 黒いオーラはいつの間にか小屋全体に充満し、視界を悪くさせる。 「と、東堂君」 未央が顔をこわばらせてこちらを見ている。 「どうした」 蒼魔が聞くと、未央は顔を引きつらせながら、視線を蒼魔の足元に下げる。 それにつられて足元を見ると、黒い髪の毛が蒼魔の足の間を通って伸びていっていた。 「うわっ!」 蒼魔が慌てて飛びのくと、髪はある程度の塊のまま更に伸びていき、丁度蒼魔が居た辺りから天井に向かって伸び始める。 その先端に、小さな鬼のような顔が見える。 「あれ……何? 戸田さんの髪の毛?」 未央が泣きそうな顔で言った。 その声に反応して、鬼がこちらをギョロリと見る。 「ひいっ」 未央が叫び、すくみあがった瞬間。 鬼がゆらりと、奇妙な動きをした。 「危ない!」 響が未央にタックルを仕掛け、二人は床にもつれる。 その刹那、鬼はすさまじい速度で未央が居た床を貫いた。 「きゃあっ!」 木片と埃が舞い上がる。 「周りを見なさい!」 斑鳩が蒼魔を引き寄せ、強い口調で言った。 蒼魔が見渡すと、鬼の顔は無数に存在していた。 いつの間にか壁や天井に張り付いた大量の髪の毛が、小屋全体を覆いつくさんとしている。 戸田の姿はもう見えなくなっていた。 「戦闘開始!」 小金井が叫ぶと、水川と月白が彼女に近づいた。 鬼は彼達を見ると、また先ほどの、突進前に行った奇妙な動きをする。 「来ます!」 後ろで祈が叫んだ。 鬼がすさまじい勢いで、二人に襲い掛かる。 その瞬間。 水川は右手から眩しい程の光を放ち、やがてそれは体の半分程の長さの剣の形に収束されていく。 それを一振りすると、剣の先端から発せられる衝撃波で次々と髪が切断されていった。 鬼達は本体から離され、勢いを失って床にポトリと落ちて消滅する。 「鋭利な剣(ヴォーパルソード)。彼の魔力エネルギーを剣として出現させる能力よ」 斑鳩が鬼を警戒しながら説明してくれた。 また隣の月白は、いつの間にか周囲の鬼を一掃している。 まるでぽかりと空間が空けられたかのように、彼の周囲だけが髪の毛も鬼もごっそりなくなっていた。 「月白君の能力は四鏡(フォーミュラ)といって、異次元を操る能力なんだけど……詳しくはわからないの」 斑鳩がそう説明して、蒼魔の腕を引いて右の壁付近に移動する。 丁度前方に小金井が見えた。 「仕方ないですね……」 小金井は両手を前に出して、ゆるやかな丸を作る。 そして目を瞑ると、やがて手の中で光の塊が発せられる。 「はっ!」 両手を広げると、光の塊は無数の十字架となって宙に浮いた。 「十字の浄化(ジャッジメントクロス)。広範囲攻撃型の能力なんだけど、ラルヴァにしか効かないの」 「ラルヴァ以外に使う必要なんてないでしょう」 蒼魔が小さく突っ込みを入れると、斑鳩は肩をすくめる。 小金井が右手を前に振ると、十字架は天井に、壁に、彼女が居た空間に向かってぶつかっていく。 十字架に触れられた髪の毛はまるで高熱の物体に触れたかのように急激に溶け、無数の鬼が苦しそうに悲鳴を上げた。 「す、すごい……なんか、戦闘漫画みたい」 いつの間にか隣に来ていた未央が、呑気な感想を漏らした。 しかし、消滅した大量の髪の毛は気がついたらまた伸びはじめ、鬼は無数に再生されていく。 「数が多すぎる!」 小金井がそう言って、じりじりと後退させられた。 水川や月白も処理しきれないのか、少しずつ入り口に下がってくる。 「やばいんじゃないの……これ」 未央がそこでようやく状況を把握したのか、顔を強張らせた。 「上よ!」 斑鳩が蒼魔達の体を押し退ける。 天井から突撃してきた鬼が、棚を粉砕して壁を貫いた。 「斑鳩先輩!」 三人を押すだけで精一杯だったのか、鬼と壁の間に斑鳩は取り残されてしまった。 「ちょ、ちょっと、東堂君。助けないと!」 月白達は目の前の鬼を倒すので精一杯のようだった。 蒼魔は粉砕された棚から零れ落ちた鎌を広い、髪の毛を切断しようと振り下ろす。 しかし髪はびくともしなかった。 「無駄よ! もうこれはただの髪じゃなくてラルヴァなんだから」 斑鳩が髪と壁に挟まれて身動きを取れないまま、厳しい口調で叫んだ。 「つったってどうすれば……」 とにかく蒼魔は、鎌を何度も振り下ろして髪を切断しようとする。 助かった事に、鬼は壁を貫いて嵌ってしまったようだった。 「あれは……!」 ふいに後ろから、木戸のどちらかの声がした。 振り向くと叫だった。 彼は驚いたように奥の壁、先ほど戸田が居た方向を見つめている。 視線を移すと、大量の髪の毛に絡まれて別人と化した戸田が姿を現した。 「いやあ!」 響が悲鳴を上げる。 戸田の肌は青く、目には白目しかない。 だらしなく開いた口からは、涎が首筋を通って垂れていた。 「……仕方ないじゃない……」 口から発せられたのか、蒼魔達の脳に直接問いかけているのか、とにかく彼女がそうつぶやくのが聞こえた。 「親の期待が重いの……毎日が退屈で仕方ないの……将来が不安でしょうがないのよ……ちょっとくらい、ハメを外したっていいじゃない。くだらない噂話を実際にやってみたって、いいじゃない。私をいじめてきた奴は、私を苦しめているわ。でも、私は誰も苦しめてなんてない。ただ、いじめてきた奴の名前を薪に書いて川に流しただけじゃない。なのにどうして私が注意されなきゃいけないの! どうして私が、責められなきゃいけないのよ!」 彼女の悲痛な叫びは、蒼魔の脳にガンガンと伝わってくる。 それは全員に聞こえているらしい、響が隣で口を覆い、うっすら涙を浮かべた。 「……かわいそう」 「いけない! 同情してはいけない! 取り込まれるぞ!」 小金井が響を見て、真剣な表情で怒鳴る。 蒼魔の後ろの、壁に食い込んでいた髪から枝毛のような物が飛び出してくる。 それは響の腕に絡まり、やがてどんどんと伸びて響の体を捕らえた。 「いやああああ!」 響は必死で振り払うが、更に絡まるだけだった。 しかし水川達は鬼に牽制され、身動きができない。 「やめてえーーー」 ずるり、と響の体が引きずられていく。 未央も蒼魔も彼女の体を掴むが、人間では適わない力で彼女は引きずられていった。 「助けて、助けて東堂君!」 響が必死に蒼魔の手を掴む。しかし蒼魔と未央共々、響の体は本体のすぐ側まで引きずられた。 漆黒の様な髪から、ガパリと口が開く。 中も暗闇だった。 「いやっ! いやっ!」 必死に叫んで、髪から逃れようとする。 口の中に、うっすらと深赤の姿が見えた。 「あれ! 深赤だ!」 未央が叫ぶ。 「深赤!」 蒼魔も叫ぶが、深赤はぐったりと倒れて反応しない。 「だめ……! もう……」 未央が顔をゆがめ、手の力が弱まっていくのが分かった。 かくいう蒼魔も、これ以上は握力が持ちそうにない。 「いやああ!」 響は今にも発狂しそうに、悲痛な叫びを発した。 ふいに、後方から伸びた手が響きの腕を掴む。 祈だった。 「大丈夫? 兄さんも手伝って!」 叫も軽く舌打ちをしながら、ひらりと鬼の間を潜り抜けて響の体を掴む。 「でも……どうすればいいの! このままじゃ」 未央が精一杯響の体を引っ張りながら、蒼魔に言った。 「風間が起きれば、内側からこいつを攻撃できるんじゃないか」 叫が言う。 確かに、外側からの攻撃は効いていないようなので、考えられる話だった。 「深赤! 起きろ!」 蒼魔がそう叫ぶと、未央達も続いて叫ぶ。 しかし、一向に深赤は起き上がらなかった。 「東堂君!」 ふいに壁側から声がした。 斑鳩が、壁に挟まれたまま叫ぶ。 「貴方が、なんとかするの! 貴方には力があるはず!」 「俺は一般人です!」 蒼魔はすぐさま否定するが、斑鳩はかぶりを振った。 「いつまで一般人ぶってるの? 貴方は異能力者よ! 貴方の『中』を見た時に分かった。貴方には能力がある! この現状を打破できるのは今、貴方だけだわ!」 「……やれよ。水無瀬は三人で何とか堪える」 斑鳩の声を聞いて、叫が小さく言った。 蒼魔は手を離す。 「集中するの! 自分の内側の声に耳を傾けるのよ!」 「……深赤」 自分が能力者だとは思えない。 だが、今は深赤を助けたい。 深赤を見ると、胸が熱くなっていくのが分かった。 瞳の奥まで上り詰めた熱が、頭上へと開放されていく感覚。 自分の中に潜んでいる何かが、逆流して強い衝撃を発している。 衝撃に耐えられずに、蒼魔は倒れこんでしまった。 「東堂君!」 響が叫ぶ。 「おい、もうもたないぞ!」 叫は顔を歪めて、じりじりと引きずられていく体を必死に引き止めた。 蒼魔はゆっくりと起き上がる。 しかし、体には何も変化はない。 やはり、自分は異能力者ではないのだ……。 「あっ、深赤が!」 ふいに未央が叫ぶ。 未央の視線の方向を見ると、深赤が立ち上がっていた。 だが、彼女の瞳は閉じたまま、表情は先程と全く変わっていない。 「深赤?」 未央が声をかけるが、彼女は全く反応しなかった。 蒼魔はとりあえず響の体に近づく。 すると、深赤も同じように、響の体に向かって走った。 「え!?」 未央が驚いて声をあげる。 叫が蒼魔と深赤を見比べた。 蒼魔が右手をあげると、深赤も右手を上げる。 まるで鏡のように、深赤は蒼魔の動きを完全に真似していた。 「同調してるんだ、お前に!」 叫がそう言う。 まさか、自分に本当に能力があったとは……。 「それなら……!」 蒼魔は右足を高く上げて、意識を集中させた。 すると深赤が上げた足に、柔らかな光が発せられていく。 「いける! そのままラルヴァに放って!」 祈の言葉通り、蒼魔は右足を強く振り下ろした。 深赤の右足から発せられた衝撃はラルヴァを貫き、激しい悲鳴と共に深赤が居た空間は引き裂かれた。 「うわあっ!」 唐突に引っ張る力をなくした髪が、響の体を開放し、叫達が床に倒れる。 鬼の顔は消え、髪はしゅるしゅると元の長さに戻っていった。 そして深赤もどさりと床に放り出された。 「深赤!」 未央が深赤の体を抱く。 「よくやったね東堂君。まさか君が異能力者だったとは。風間君のいとこだから、やはり異能も受け継がれていたのかな?」 「最初からあるなら使えよ、勿体ぶりやがって」 小金井が賞賛する隣で、叫が起き上がりながら文句を言う。 蒼魔は何か言おうと思ったが、声がでなかった。 心なしか足元がぐらぐらする。 視界が徐々に暗闇に侵食され、やがてぐらりと歪み……。 「東堂君!」 意識を失う直前、響の声が聞こえた。 気がつくと、保健室に運び込まれていたらしい。 隣に斑鳩が座っている。 「気がついた?」 蒼魔はゆっくり起き上がった。 「ありがとう、君のおかげで事件は無事解決よ」 「なんで……」 蒼魔はまだくらくらする意識のまま、ボソリとつぶやく。 「なんで、俺が異能力者だと?」 斑鳩は小さく微笑む。 「私の能力は、ただ対象物を探すだけじゃないわ。人間の深層意識にダイブして、無数の思念の糸を判別できる。」 「俺の中に入ったんですか。あんた、変態だな」 蒼魔は厳しい言葉を放つが、斑鳩はまるで動じなかった。 「同属嫌悪?」 それだけ言うと、斑鳩は席を立ってカーテンを開く。 カーテンの向こうでは、深赤や響、未央が椅子に座っていた。 「東堂君!」 誰からともなく近づいてくる。 「よかったあ。東堂君が無事で……」 「力を使って倒れただけよ」 ホッと胸をなでおろす響に、斑鳩が宥める。 深赤はなんだか照れくさそうに、蒼魔の前に立つと頭を掻いた。 「蒼魔、悪かったな……。オレ、不意を突かれてさ。あの子に注意したら、いきなり髪の毛がおそいかかってきたから、油断しちゃって」 「いや……お前が無事ならそれでいいよ」 蒼魔は気だるくそう言うと、立ち上がって肩を鳴らす。 「戸田さん、あの後忌憚研究部の部室に運び込まれたんだけど、しばらくしたら意識が戻って、反省してたみたい。……あのラルヴァは人の心の闇をくらう精霊タイプで、実際に人を殺したりはしてなかったの。大事にならなくてよかったね」 響が微笑みながら言った。 万事解決、という事か。 なんだか気が抜けた。 「にしても、東堂君が能力者だったなんてね。おどろきだよ」 未央が明るい口調で言う。 確かに、自分でも驚きだ。 自分はずっと、一般人だと思ってきたから。 「異能力者は生まれた時に決定されるけど、能力自体に目覚めるのは本人次第だから……。東堂君は、あまり目覚めたくなかったみたいね」 斑鳩は挑発するような口調でそう言う。 蒼魔は斑鳩を睨みつけて、否定した。 「別に、そういうんじゃないですよ」 深赤の手前、能力者を否定するような発現はしたくなかった。 「それはそうと」 しかし斑鳩は蒼魔の言葉を無視して話を続ける。 「東堂君、忌憚研究部に入る気はない?貴方なら貴重な戦力になると思うんだけど」 「そうだな、蒼魔が入ったらオレも心強いぜ」 急な勧誘に、深赤も同意する。 しかし蒼魔は、即座に首を横に振った。 「悪いけど、興味ないんで」 そのまま靴を履いて、保健室を出る。 「東堂君」 ドアを閉める直前、斑鳩の声がした。 「君が望まなくても、君の『中』にある深く根付いた糸は、君を決して逃さない。宿命からは逃れられないのよ」 何故かその言葉は、いつまでも蒼魔の脳裏に焼きついて消えなかった。 続く トップに戻る 作品保管庫に戻る
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宮廷内の空気が一変したのは、更にあくる日の夕刻頃であった。 普段は気品に包まれた宮廷内が、戦場に漂う殺伐とした空気に包まれる。地下牢にまで聞こえてくる行軍の地響きと高らかな勝ち鬨に、カタリナは自らが動く時が来たことを確信した。 すぐさま隠していた鍵を用いて地下牢の扉を開け放ち、牢屋の外へと出る。地響きから察するに、軍隊自体はまだ城下町にたどり着いたかついていないかといったところであろう。宮廷内から切り崩すには、これ以上ない最高のタイミングだ。 去り際に、カタリナは自分の入っていた牢のすぐ隣の牢の中をみる。そこには、昨夜知り合ったポールと名乗る男がのん気に座敷に寝転がって眠っていた。結局明け方までしゃべり続けてしまったとはいえ、この喧騒でも起きないとは、意外にもこの男、大物かもしれない。 特に声をかけるつもりはなかったので、代わりにカタリナは懐から取り出したタロットカードをポールの入っている牢屋の中においた。昨日の話の中で彼は故郷に恋人がいること、その恋人も占いに興味があったことなどを話していたので、特に自分ではこだわりがあるわけでもないものだから譲ってやるのも悪くないと思ったのだ。 すぐに地下牢の入り口まで戻ってきたカタリナは、姿の見えぬ牢番を気にせず、すぐ脇の壺の奥から愛用の小剣を取り出した。 「よしよし、これで準備は万端・・・っと」 埃を払うように軽く叩いて腰の定位置に小剣を差したところで、カタリナの耳に階段を急ぎ気味に駆け下りてくる足音が聞こえてきた。 カタリナが其方を振り向くと、なんと先日自分を捕まえた兵士の一人がえらい形相で地下牢の入り口に飛び込んできたところであった。 「カ、カタリナ・・・!?なぜ牢から出ている!?・・・いいや、そんなことはどうだっていい!貴様、モニカ姫をどこにやった!!?」 掴みかからんばかりの勢いで迫る兵士。若干後退してそれをかわしたカタリナは、どうやら冷静さを失っているらしいその兵士に向かって不敵に笑いかけた。 「あら・・・今更気がついたのね?本当に近づかないでいたことは褒めてあげましょう。約束を違えぬロアーヌの民らしくて、素敵よ・・・でも、もう手遅れね。モニカ様は既にミカエル様の陣営に合流しているわ」 「な・・・!」 愕然とする兵士。心底おかしそうにそれを見つめたカタリナは、今度は逆に兵士に詰め寄りながら口を開いた。 「この戦、貴方達の負けよ。君主を違えた罪は、その身の破滅を以て贖うがいいわ」 「貴、貴様ぁぁぁぁぁっ!!」 逆上した兵士が腰の剣を抜き放ってカタリナに切りかかる。しかし大上段の一振りは難なくカタリナにかわされ、空を切った。そこにすかさず回りこんだカタリナが、兵士の首筋へと手刀を放つ。 「がっ!?」 あっけなく崩れ落ちる兵士を一瞥したカタリナは、それにかまうことなくすぐに階段を駆け上って行った。 (まずはモニカ様の部屋に戻って、身代わりの安否を確かめてあげないと・・・) 流石にそのままにしておくのは拙かろうと思い、とりあえずカタリナは一階にでたらそのまま二階へと向かう階段に行こうとした。 しかし、一階へと続く階段を上りきったところで、カタリナの足は止まってしまった。 「・・・・・・な、何が起こっているの・・・?」 先ほどまでは感じなかった過剰なまでの違和感が、突如として宮廷内を包み込んでいた。 確かに宮廷内の空気が普段と違うことは、地下牢にいる時点で察していた。だがいま感じているこれは、戦場の殺伐とした空気ではない。どちらかといえば、暗闇の中の陰鬱とした重苦しいような息苦しいような、そんな空気に似ている。 周辺を見渡しても、風景自体はいつもの宮廷となんら変わりはない。しかし、決定的に肌に感じる空気そのものが違うのだ。 いやな予感が頭をよぎったカタリナは、弾かれたようにその場から走り出した。 (この空気・・・あの時に似ている・・・。私が幼い頃に見た・・・そう・・・死蝕の時に感じた、あの空気に似ているんだ・・・) 宮廷の中央部に近づくほどに、その違和感は体を突き刺すほどに強く感じられてきた。 駄目だ、これ以上は進んではならない。体がそう訴えているにもかかわらず、カタリナは止まることをせずに走り続けた。 そして、謁見の間へとたどり着いた。 「・・・・・・」 無言でその扉を見上げる。 重厚な創りのその扉の中から、確かに感じる。体全体が拒否反応を起こすほどの醜悪な空気の元凶の存在を。死蝕のときに感じた絶望感ほどではないにせよ、その時に感じた様々な良からぬ空気の中に、この感覚は確かにあったのだ。 数瞬のためらいの後、カタリナは意を決して扉を押し開いた。重苦しくゆっくりと開く扉の中は、荘厳であり、威厳に満ちた空間だ。 「・・・・・・っ」 そしてその空間の中に、在ってはならないものが在った。 「・・・ほう、てっきりミカエルが来たものかと思っておったが・・・。何をしに来たのだ、女よ。わざわざ喰われに来たのか?」 カタリナが見つめる先、ロアーヌ侯爵専用に設えられたその玉座には、見るに耐えないほどのおぞましい姿をした悪鬼が鎮座していた。 「・・・何故・・・このような場所にいるの?ここはお前達の生活圏ではないはずよ。アビスの淵へと帰りなさい」 カタリナは表情を強張らせ、正面から悪鬼を睨みつけた。 いまや違和感は嫌悪感へと変わり、漂う空気は呼吸をすることさえ躊躇われるほどに瘴気に満ちているようだ。 「・・・くくく、生活圏だと?そんなものはお前たち人間が勝手に喚いているだけの話であろう。劣等種がぬけぬけと。わざわざこの我がお前たちに代わりここを支配してやろうというのだ。歓迎してみせよ」 「何を馬鹿なっ!・・・そもそも何故このタイミング・・・」 そこまで言って、カタリナはようやく合点がついた。そもそも才気も無く、毛ほどの度胸も持ち合わせぬゴドウィン如きが突如の謀反ということ事態、頭から疑問に思うべきではなかったのか、と。 「・・・そうか、お前が今回の本当の黒幕というわけなのね。・・・それで、アビスに染められたおろかな男は、何処に?」 その場から微動だにせず、カタリナは悪鬼に問いただした。悪鬼はそんなカタリナの態度がおかしかったのか、不快な笑い声を上げながら答える。 「くっくっく、胆の据わった女よ。・・・あの男ならば、とうに逃げ出したわ。今頃は我の同胞にでも食いちぎられていよう」 事も無げに悪鬼が告げる。カタリナはそれを聞いてさも不快そうに眉をひそめたが、すぐに険しい表情に戻って一歩前に出た。 「・・・そう。では、そこをどきなさい」 言葉と共に、腰の小剣を抜き放つ。同時に、悪鬼はその目を細めた。 「女よ。我に命令など」 「そこをどきなさい!」 悪鬼の言葉を遮り、再び口を開いた。今度は謁見の間全体に響き渡るほどの声でだ。 「それこそは、聖王三傑のお一人にして初代ロアーヌ侯であらせられるフェルディナント様が設えた、由緒ある玉座。お前如き醜悪な悪鬼が触れていい代物ではないわ」 カタリナの言葉を聴いた悪鬼の目の色が変わった。その形も見開かれ、口元は憎悪に歪んで瘴気を吐き出す。 「いい度胸だ、女よ。悶え死ぬが良い」 言葉と同時に悪鬼は飛び立ち、たちまちのうちに数メートルもの距離を飛び上がった。そしてそのまま上空から急降下し、一直線にカタリナ目掛けて右の腕を振り下ろす。その先に光る凶悪な爪が一分の狂いも無く、カタリナの首筋に吸い寄せられるように近づいてきた。 対するカタリナは、腰から抜き放った小振りの小剣のみ。この一撃で勝負が決することを、悪鬼は確信していた。 だがその直後、悪鬼は一瞬だけ、赤い閃光が目の前を走った気がした。そして次の瞬間には激しい金属音と共に、本来ならば必殺のはずのその爪は弾かれてしまっていた。 「・・・なんだと?」 一瞬にして何が起こったのかわからなかったのか、悪鬼は数歩後退して再びカタリナをにらみ返した。 しかしカタリナは先ほどまで立っていた場所からほとんど動いていない。その手に持っているのは、先ほどと同じ小剣だ。あのような女の二の腕とか細い小剣では、この悪鬼の渾身の一撃を防ぐことなど不可能なはずであった。 「・・・貴様・・・なにを・・・。・・・!?」 そこまで言ったところで、悪鬼は自らの右腕、カタリナ目掛けて振り下ろした己の手の異変に気がついた。岩をも砕く悪鬼の爪に、あろう事か、一筋の皹が入っていたのだ。 「我らがロアーヌの栄光ある玉座を一時でも汚したその行為、万死に値するわ。このカタリナの手にかかって消えなさい」 そういってカタリナが小剣を再び構える。その様に悪鬼は逆上した。 「調子に乗るなよ人間がっ!!」 しかし先に動いたのはカタリナだった。目にも止まらぬほどのスピードでドレスをはためかせながら悪鬼の懐まで詰め寄ったカタリナは、そのスピードに乗ったままの小剣を思うがままに突き出す。 「ギッ!!?」 すかさず振り払いに掛かる悪鬼。一撃目こそ脇を若干深く抉られたが、その後は二、三箇所切りつけられたものの、その傷は致命傷には程遠く、カタリナを後退させることに成功した。 「・・・人間と思い油断したか・・・」 目を細めてカタリナを正面から睨みつけた悪鬼は、構えを低くとり、息を荒げながら足腰に力を入れた。 一方のカタリナは振り払われる際にかすり傷を負った程度で、再び悪鬼に対峙していた。 「・・・本気になるのかしら?そうね、いくら魔物とはいえ、お前如きに油断されたまま勝っても空しいわ。全力で来なさいな・・・そして、消えなさい」 挑発めいた台詞と共にかすかに笑ったカタリナは、悪鬼と同じく姿勢を低くとり、何を思ったか小剣の柄を両手で後方に構え、眼光鋭く悪鬼を待ち構えた。 「ガァァァァァァァアアアアッ!!」 ドン、という衝撃音を伴いながら悪鬼はカタリナに向かって突進した。それは何の芸も無い純粋な突進だったが、その巨体とスピードから繰り出されるであろう打撃は、人間であれば即死するには十分すぎるほどのものだ。 だが、カタリナは動こうとせずにその場で待ち構えた。見る見るうちに視界は悪鬼の凶悪な体で埋まっていく。そして、その巨体がカタリナを捉えようとした刹那、全身全霊の力を両手にこめたカタリナは、小さくつぶやいた。 「起きなさい・・・マスカレイド」 そして、両者の間に再び、赤い閃光がほとばしった。 前へ 次へ 序章・目次
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俺は幽霊だ。 幽霊の中には、生きてる頃の記憶があるやつもいるらしい。 が、俺には生前得たであろう知識以外、何の記憶もなかった。 別にそれで困ったことはないし、特になんの感情も持たない。 記憶がないことは、どうということはない。だが…… 「……っく……ぐすっ……」 目の前で泣いている少女に、何も出来ないことは、少し辛い。 生きていれば、涙を拭くことも出来るし、抱きしめることだって出来る。 でも俺は幽霊だから、ハンカチを持つことも出来ないし、少女に触れることすら出来ない。 さっきから奇跡が起きないかと、少女に触れようとしているが、全部少女を通り抜けてしまう。 それが悲しいのか、少女は余計に泣いてしまう。 何も出来ない自分が、とても悔しい。 俺は、どうして死んでしまったんだろう。 「ユウ?どうしたの?」 名前を呼ばれはっとする。 今のは夢だったんだろうか。幽霊でも夢を見るんだろうか。 そう考えていると、目の前の少女も同じことを思っていたのか、 「夢でも見てたの?幽霊でも夢を見るんだね」 そう言って、少女はにっこりと笑う。 泣いてばかりだった子が、少し変わった『友達』が出来て、人間は嫌いなままだけど、人間とも仲良くできるようになって、笑顔が増えた。 たまに泣くこともあるけれど、昔と違って涙を流しても、体温を感じることが出来るし、涙を拭いてくれる奴もいる。 それでも、たまになんで死んじゃったのか、と思うときはある。 生きていたら、人間を嫌って、人間から離れて暮らすようなこともなかったんじゃないか、と。 「さ、一緒にお散歩いこ!」 『あぁ』 けど、幽霊じゃなかったら、こんな風に笑いかけてくれなかったかもしれない。 幽霊だから笑顔に出来るんだ、と考えると、幽霊も捨てたもんじゃないな、と思う。 作者 銀
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1 名前:どうですか解説の名無しさん[] 投稿日:2009/05/02(土) 20 53 49.87 ID BhBdRBTE 1日、巨人小笠原(残機6)が豚インフルエンザに感染してることがわかった。 この件を受け超正義銀河巨人軍は巨人小笠原の遠方隔離を発表、即日島流しを執行。 東京湾には多くのファンが巨人小笠原を見送りにくるも、あいにくの酸性雨で溶解死。 これには超正義銀河巨人軍を率いる原監督も溶け残されたキンタマに舌鼓を打ち、 「季節の味だね、口の中に春が広がる」と笑顔を輝かせた。 なお、無人島に流れついた巨人小笠原は「毎日サバイバル」とコメント、 新天地での生活に夢と股間を膨らませていた。 2009年5月2日(土)10時30分 読売新聞 15 名前:どうですか解説の名無しさん[] 投稿日:2009/05/02(土) 21 04 02.00 ID z0Pm/ov1 BE 1760616768-2BP(876) 次世代に君臨出来るカッス職人を生み出すという使命を持つ我々は つまらないカッススレには断固とした態度で望まねばならない 僕はもっと、流れるような射精を見たい。 30 名前:どうですか解説の名無しさん[] 投稿日:2009/05/02(土) 21 30 54.28 ID 8AWNiqQx 1 旧応援歌を彷彿とさせるのは○ 38 名前:どうですか解説の名無しさん[] 投稿日:2009/05/02(土) 21 43 19.84 ID 2HOOR5ZD また“カッスミラクル”!巨人小笠原初16強 ◆金球 世界選手権第4日(1日・東京ドーム) 男子シングルスタマタマ3回戦で、世界ランク99位の 巨人小笠原(35)=タマハウス=が同2位の桑原外野手(26)=湘南電力=との日本人対決を4-1で制し、初の16強入りを決めた。 鋭いバック(四つんばい)のドライブショットで試合を決めると、巨人小笠原は「タマーッ!!」という叫び声を響かせた。 前日の2回戦で世界10位の那須野巧(横浜)を破った勢いに乗り、日本代表の桑原外野手も撃破。 「打ったのは内角のストレート。気持ちで打った。打ったタマは覚えてない」と笑顔でタマを張った。 4回戦の相手は3回戦で世界ランキング一位の二岡を破った世界33位の小谷野。 格上だが「(世界を驚かしちゃ)いかんのか?」と気合は十分だ。メダルに向かって、巨人小笠原が奇跡を起こす。 http //news.www.infoseek.co.jp/topics/sports/n_kasumi_isikawa__20090502_3/story/20090502hochi302/ 43 名前:どうですか解説の名無しさん [2009/05/02(土) 21 51 50.50 ID Zx/sLbZw] 俺としては十分笑えるんだがなあ… あんまり厳しくしすぎてもカッスラーは育たんぞ 48 名前:どうですか解説の名無しさん [2009/05/02(土) 21 56 33.50 ID HqjwRBNi] 43 同意 この中に無理やり玄人ぶってる奴は必ず一人はいるだろう ちょっと前ならなかなかの評価はもらえてただろう 53 名前:どうですか解説の名無しさん[] 投稿日:2009/05/02(土) 22 09 36.85 ID 1OBQ2azK 1 なかなか良いと思うが昨晩から今朝に掛けて良作が出過ぎた分、物足りなさはあるな 及第点 59 名前:どうですか解説の名無しさん[] 投稿日:2009/05/02(土) 22 17 25.21 ID E7ffjR8X ν速に小笠原スレ立てたのお前らか 63 名前:どうですか解説の名無しさん[] 投稿日:2009/05/02(土) 22 22 11.67 ID pOLg9z0v ほんとカッスはぐうの音も出ないほどの畜生だな http //live24.2ch.net/test/read.cgi/livebase/1241265229/
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登録日:2018/04/07 (土) 12 58 45 更新日:2024/03/18 Mon 17 42 26NEW! 所要時間:約18分で読めます ▽タグ一覧 DS METAL_SAGA クレアテック ゲーム サクセス タッチペンオンリー ニンテンドーDS メタルサーガ メタルマックス モバイル ゲームスタジオ 戦車 鋼の季節 『METAL SAGA~鋼の季節~』は2006年6月15日にサクセスから発売されたニンテンドーDS用ソフト。ジャンルはRPG。 メタルサーガシリーズの二作目だが、開発がクレアテックでありスタッフもメタルマックスと共通する人物が多い。 しかもストーリーは初代メタルマックスの直接の続編。否が応でも期待は高まったのだが…… ☆ストーリー 町外れの農場で、姉と父の親友の三人暮らしをしている主人公。彼らの元へ「疾風のジェシィ」というハンターが訪れる。 ジェシィの持つ「ノアシード」、それは主人公の父レバンナがかつて破壊した「ノア」のバックアップであり、これを破壊せねばノアの脅威は除かれることはないという。 挙句こいつは破壊不能、しかもノアの手先たる機械群が奪還のために追ってくる。現に農場も襲撃され、父の親友クリフが命を落としてしまった。 そして主人公は父の遺産「ハンビー」を駆り、ノアシード破壊の旅に出るのであった。 竜退治はもう飽きた!とぶち上げた作品の続編のわりにファンタジー物の続編っぽい気が ☆難点 本作の評価は芳しくない、というか『黒歴史』『クソゲー』扱いが大方だろう。 大きな原因は3つ。 まず一つはフルタッチペンオペレーションであること。ボタンはクラクションを鳴らすために使用する。 単に操作性が悪いばかりでなく、ダンジョンの難度上昇やハマリの原因でありストレスフル。 次いで不具合の多さ。戦車改造でフリーズ、特定操作後クイックセーブでフリーズ、 想定範囲外でボスを倒すとフリーズ、バグでラスダン侵入してフリーズorハマリ、などなど。 そもそも特定条件下でなく唐突にフリーズすることもあり、そちらは再現性が低くこまめなセーブ以外での対処ができない。 そしてラストダンジョンそのもの。これに関しては後述する。 ☆システム だが、本作はメタルマックス3へつながる過渡期の作品であり、後々まで続くシステムの根幹はここで作られたものも多い。 ツリー式戦車改造 シャシーの穴を開ける改造からタイプそのものを変化させる方式になった。シャシー特性も初登場。 元に戻すことはできない上、道具欄を増やすにはこのシャシー改造しかないのが厄介。 固定装備も登場したが、一切改造できないのが問題。 戦車道具の重量 本作から戦車道具に重量が設定された。 戦車の複数人乗り 本作の仕様上、劇的な効果は無い。また、ポチを乗せることはできない。 属性/耐性の整理 キャラクターのステータスで耐性を一覧表示するようになり、その内容もわかりやすく%表記。 防御力は属性攻撃には無効のためかなり重要。 ハンターズアイの登場により敵の耐性も把握できるようになった。 人間武器の複数装備 三つまで装備し、戦闘中に使い分けることが可能になった。 属性/耐性が大きく作用するようになったため重要。 人間道具欄 カテゴリごとにタブ分けされ一括所持する形式に変更。 本作ではステータス項目も同列に並んでいるため便利が良いのだが、細かいボタンが密着していて使いづらい。 回数制特技 特技には使用回数が設定され、宿に一泊orレベルアップで回復する形式になった。 習得もレベルアップ、正確にはクラス特有のレベルによる。 武器の攻撃範囲/回数 扇形、帯状など、範囲を攻撃する武器が登場。 攻撃回数が2連射や2体というものも登場、後のシーハンターである。 今週のターゲット 指定のモンスターを指定数倒す、依頼方式に変更。 キャンセルができない上、出現しないモンスターが指定されている場合があるので要注意。 付け替え式称号 称号は条件を満たすとリストに追加され、好きなものを選択して主人公につけることができる。 埋蔵アイテム 例外はあるが探知機の反応なしでは掘り出せなくなった。 また、特殊砲弾のほとんどが埋蔵品/ドロップ品になっている。(*1) 専用センサーを使用してのアイテム集め みんな大嫌いなテスラ・セル集めの源流は本作にあり、『グラビタイト』を含むさまざまなアイテムを探すことになる。 ただし本作では全10個で、かつ9個で切り上げることができる。 更に、エネルギー充填のようなもう一手間もなく準備完了するので、これは3で悪化しているわずかな点。(*2) 2R以降は完全な寄り道としてデザインされ、問題なくなった。たぶん。 システムではないが、ミュート族とハイテク海女の登場も本作から。 『お尋ね者との戦い』が『WANTED!』と名を変えた正式な曲名が判明したのも本作から。 ☆引き継がれなかった仕様 フルタッチペンオペレーション 言うまでもない。 特に本作は溺死街や第二フリーザといった移動しにくい場所が目立ち、辛い。 3のパッケージにタッチペンを使用しない旨が表記され、また 斜め移動が出来ない 原因。(*3) ワールドマップ フィールドを自由に移動するのではなく、拠点やダンジョンの情報を得た後にそこまでの経路上を移動する。 中盤までほぼ一本道で、寄り道スポットも多くはなく、世界を歩き回ることに関しては不自由。 コンピュータ操作 『下画面のキーボードとマウス』を操作して『上画面の入力枠とカーソル』を操作する。 キーボードが小さい上にエンターキーが存在しないのがめんどくさい。 パーティ 人間2+犬。戦車は1台+牽引1。 また、戦車に二人とも乗った際は同じ武器を二人で使用することができない。 パーツ耐久力制 装甲タイルが廃され、戦車パーツごとに耐久力を持つ形式に変更された。 そのため本作では攻撃能力を一切持たない武器パーツがあり、ダメージを請け負わせることが可能。 戦車用回復アイテムはタイルパックでなく『修復スプレー』になっている。(*4) 探知機のショートカットボタン 当然下画面に配置される。便利なのだが、ボタンが小さくミスタッチで移動しかねないのが難。 まだキラキラや装備のレアリティ、サブジョブなどは登場しておらず、経験値・金ともに渋めの設定でバランスは悪くない。 存在に気付いた時点でバランス崩壊しそうなブツもあるにはあるが。特技と弾薬の補給はできないから大丈夫 ☆キャラクター 主人公 当然固定メンバー。1の主人公の息子。 ハンターだが特技や装備に恵まれ、降車しての戦闘も得意。専用装備も(完成すれば)強力。 表情豊かな立ち絵が存在し、また、セリフになっている選択肢が登場しているため何とも子供っぽい。 しかしぐんぐんと成長し、女を口説くまでになる……ってソッチ方向かよ。 ジェシィ 冒険開始時点で参入するハンター。主人公を師として導く大人の男。(*5) ただ、操作不能で主砲をバンバンぶっ放す、賞金のピンハネ、とどめはクルマの持ち逃げとやらかしている。 序盤で離脱し、その後はパーティに再参入することはない。 + ネタバレと小ネタ クルマの件は事故なのでそれ自体に非はない。しかし何故名前を付け替えた。名前変更屋無いのに 生きて再会は出来るのだが、賞金首との戦いで目を負傷しリタイア。裏はあれど、町を救うための名誉の負傷である。 その後は農場で姉ちゃんと暮らし、エンディングではいい雰囲気に。 なお、賞金のピンハネは謀殺してから受け取れば防げる。 ポチ ドッグ。モンスターに襲われていたところを救われ仲間になる。前足の包帯がチャームポイント。 他のドッグたちとの交渉を取り持ってくれるなど、なかなかの活躍ぶり。 戦闘中の操作はできないが賢く、参入以降ほぼ常時パーティにいるため重要戦力。(*6) + バグ わんわんグルメで毛づやを相当上げてやるとそれ以降爆発的に成長しバランスを完全に破壊する。 ポチタンクが存在していなかったのでまだマシと思いたいが、代替品が存在するので大差ない。 レオーニ 新職業「料理人」。人情家の巨漢。定期船の船長のためにダンジョンへ向かい、そこでのトラブルをきっかけに仲間入り。 「ネタ」を調理する技能を持ち、人々の心を癒したり主人公たちの力を増したりと活躍する。 彼個人の戦闘能力は対バイオ系に特化したソルジャーといった感じ。 メグ 眼鏡っ娘メカニック。あるダンジョン探索のために手を組み、仲間になる。 ドジだがかなり肝は据わっており、戦闘中に修理を行う場面もある。 あちこちに存在する壊れた機械を修理できるので割と重要。 能力的には後のメカニックたちとあまり変わらない感じ。お色気キックはなかなか強烈。 マリオン 女ソルジャー。踊り子を辞める際のひと悶着に主人公が噛み、その後モンスター討伐のために共闘そして参入。 順当にすごく強いのだが、空前絶後の珍特技『人間戦車』が異彩を放つ。 戦車の機銃を生身で使えるよ! だからどうした。という隠し芸的な何か。 サージ ノアに挑んだ伝説のハッカーを探していたところ既に故人であることが判明し、孫の彼が参戦。 こまっしゃくれた子供だが、腕は本物。ストーリー後半の鍵である。 小柄な主人公よりさらに小さく、二人して女装して敵地潜入するイベントから始まる辺り何というか……攻めてるなぁ。 敵メカから特技を吸い出して習得する特性を持つが、パラメータが貧弱で参入も遅いため戦力化するのに難儀する。 以上がパーティメンバー。以下NPC。 レバンナ 主人公の父親。既に故人で、農場の片隅に墓があるのみ。 かつてノアを倒したハンター。無汚染野菜の開発をしていたが、病に倒れ亡くなったと語られる。 クリフ レバンナの相棒、メカニック。(*7)主人公姉弟の保護者。 冒頭で敵を撃退するも死亡。強い男になれ、と遺言を残す。 かなり老け込んでおり、1からの年月とその苦労がうかがえる。 + ネタバレ 彼と敵キャラ以外、ほぼ死者は出ない。モブが死にまくる3以降とのギャップが凄まじい。 イングリッド レバンナたちの仲間、ソルジャー。(*8)クリフと同年代だと思われるが、だいぶ若々しい。 彼女を探すことが初期の目標であり、中盤で(ジェシィともども)合流できたのだが、襲撃の対処で海に転落。 しばらくして農場に帰ってくるのだが、何やら様子が……? + ネタバレ 農場に現れたのはモンスターが化けた偽物。ドロップは粘れ 本人とは後々再開できるのだが、記憶を失い穏やかな暮らしをしていた。 かくまっていた人々の意向を受けて、主人公は彼女を島に残して立ち去る。 カレン 主人公の姉。いざとなればショットガンも持ち出す肝っ玉姉ちゃん。 例によって無料で寝泊まりさせてくれる。 キキ 主人公に懐いている女の子。彼女のために『こんやくゆびわ』(正体は指貫)を探すのが最初のイベント。 残念ながら結婚エンドはない。実家に引き取って一緒に暮らす結末くらいあっても良かったのにね。 マダム・ザザ 二番目の町『溺死街』の顔役。「人探しならザザに訊け」と言われるほどの情報通。 ジェシィに妖怪ババアなどと言われるが、自分でも称してしまうほどの大物婆さん。 彼女が主人公たちを気に入ってくれたお陰か、中盤以降彼女の店に仲間が集合する。 後のヌッカの店の源流、とも言えそうなのだが、溺死街の奥まった位置なので不便。 タニア 四番目の町「フラミンゴ・ヴィル」の顔役の娘。街中でたそがれているが、ただのハンターでは相手にされない。 親交を深めていくと最終的には結婚エンドを迎え、彼女の父親を追い落とす展開になる。 ファング ソルジャー。メグの元カレ。鉄道建設工事のバイトをしている。 パーティに参入することは無いが、彼専用装備が存在する。(*9) ツナデ 溺死街のハイテク海女。賞金首『電磁海月』を倒すため、身体を張って協力してくれる。 ピンチの状況を妙に詳しく説明する、冷静なんだか何なんだかよくわからない子。 Dr.ミンチ 毎度おなじみ電撃蘇生術の研究家。いつもの二人もいっしょ。 序盤で主人公に救助された後は特に出番はない。もちろんゲーム的には死者蘇生でお世話になるが。 Dr.レジェンド 通称Dr.L。あれこれ作ってくれる、ヤミクモ博士やバトー博士に相当する人物。でんでんででんでん。 作品の一つ『オデン砲』はパーツが全ては揃わず、バグもあって扱いづらい。 エバ・グレイ ノアシード破壊の手段を得る手掛かりとなる人物。『2』の同名人物とは違い、まだ若い。 そのためには賞金首「マリリン・グレイ」を倒す必要があるというのだが…… とにかく、その後『グラビタイト』を探して各地を飛び回ることになる。 ☆戦車 ハンビー HMMWVっぽい。レバンナの形見。デフォルト名『レバンナ号』。 初期で装備が一通り揃っているが、ジェシィが主砲を無駄撃ちした挙句、彼が乗ったままはぐれる。 再会時に正規入手となるが、その際にはデフォルト名が『ジェシィ号』に…… 装甲車 装輪タイプ。メグと共に賞金首と追っかけっこをしながら入手する。 炎上ダメージを無効化する仕様のため、別の賞金首との対決にも持って来い。 対空戦車 ゲパルトっぽい。変なギミックのダンジョン『ピラミッドヒルズ』に安置されている。 ただ、本作では対空攻撃はそこまで重要でなかったり…… キャデラック ピンクのオープンカー。三番目の町で売られているクルマ。 こんなイカすクルマなら女の子のハートだってブチ抜けるってもんさ。 突撃砲 ヤークトパンターっぽい。街中の倉庫に保管されているが、入り口は並の電子ロックではない。 そんなところからクルマ盗んで大丈夫かって? 後で街ごと乗っ取ってうやむやにするんだよ。 エイブラムス M1エイブラムスっぽい。あるダンジョンに大量に埋蔵されている。 一両入手すると残りは警報音と共に一斉に姿を消すのだが、何があった。 レッドウルフ 毎度おなじみ、メルカバモチーフの真っ赤な戦車。ある町の中で氷に埋もれている。 なお、ウルフとRウルフが同系統の車種となったのは本作(前者は伝説戦車のみだが)。 戦闘機 飛べない戦闘機。あるフィールドでの発掘品。 牽引して持ち出すと元の位置に戻るバグを抱えていて、その場で一度乗る必要がある。 スターリン 撃破した賞金首「グラマースターリン」。 固定装備や重量のせいで扱いづらく(*10)、フリーズバグの温床でもある不遇の存在。 伝説戦車 Dr.Lに作ってもらえる戦車。専用シャシーを含むさまざまなタイプ。 「スタイル」「大きさ」「方向性」「雰囲気」を指定するアバウトな設計。 専用のタイプや派生形態があるので色々遊んでみるのも一興。 ☆賞金首 ドロップアイテムを複数設定されている賞金首はいない。星の変動もないためこの点はマシ。 ヌマンバ 沼地に棲む巨大ワニ。Dr.ミンチ一行を襲撃し、主人公は苦労して誘導した末に賞金をピンハネされる。 ドロップアイテム『ヌマンバファング』はソルジャー専用。期待させる数値だがマリオンとの合流時には凡庸になっている悲しさ。 零九式安全神話 旧世代の施設に残された防衛システム。二本の柱の間に吊るされた目玉、という感じの姿。 ジェシィとはぐれた後に賞金を受け取るのがコツ。 デアボラ一家 「デ・ア・ボ・リ・カ、じゃ! ボケナスが~!」 自称は『クラン・デアボリカ』。 トカゲ風の女デアボラ、マッチョ獣人デウード、細身の狼デジャンの三人(?)組。全員ミュート族らしい。 三回遭遇し二回戦う因縁の相手。ジェシィ(&ハンビー)とはぐれたのはこいつらの襲撃が原因。 スナザメキング 2のスナザメとほとんど同じ姿。当然砂漠に住む。 生息地で立ち往生している人物がいて、手助けするイベントが存在する。 今回の鉄のフカヒレは実用品。戦車用防具『フタ』という微妙なカテゴリだが。 ブラスバンシー 『リターンズ』初出のラッパ烏賊。生態系を破壊する食欲という凶悪な設定が追加された。 レオーニ加入直後に交戦できる。生息地が面倒なダンジョンなのでそのまま撃破したいところ。そう巧く行くかどうかは別だが。 スレイプニル 六本脚の馬のようなマシン。ロケット墓場というダンジョンでメグとともに追いかけられる。 素直に考えると逃げ回って装甲車を入手し逆転、なのだが先に戦車を仕入れて入り口で撃破できるのもメタルらしさ。 二回倒せるバグあり。 バーナータイガー 虎縞の戦闘車両。火炎属性攻撃が得意。 ドロップアイテム:タイガーバーン。これがいいたかっただけだろ。 超タナカ シリーズ定番、追いかけっこマッチョ。 タンクトップ姿のバーコード禿メガネでエンジンを背負ったサイボーグ。 コイツがプロレス技を使ったことが後のレスラーに繋がっ……考えすぎか。 1000-イヴ 女王アリ型マシン。アリ塚に籠り、手下のアリ(こいつらは生)にサブワイという街を襲撃させた。 マリオン合流・ジェシィ再会&リタイアとストーリーに絡んでくるのだが、放置出来てしまう辺りが何ともはや。 パワード・アープ 多脚マシン。サージがノア・シードを調査した際に出た信号に応じて農場を襲撃した。 囮としてコイツと交戦したイングリッドは海に転落、行方不明になる。 最後はサージのハッキングで異常をきたし、撃破される。 マリリン・グレイ 白いミニのワンピースと長い金髪の女サイボーグ。 エバ・グレイ博士の依頼で撃破する。深い関わりがあるようだが多くは語られない。突っ込んで聞ける様子でもない。 ドロップアイテムが『ブロンドヘルム』……頭部を丸ごとかぶるのだろうか。 U-シャーク 初出は『2』。姿も変わっていない。 本作では定期船を襲撃するまでに凶暴化しており、殺された用心棒の仇討ちを挑むことになる。 賞金以外にも報酬がもらえるのだが、なんと『エンジェルリング』。金の指輪じゃないのかよ 電磁海月 溺死街に現れたモンスター。アンドンクラゲ(*11)に近い姿。 海中にいるため、ハイテク海女の協力がなければ戦うことはできない。 キラーキッチン 流し台、電子レンジ、冷蔵庫がセットで暴走したモンスター。 出現域はある程度特定できるが正確な場所が分からない、というかランダムなのが面倒。 キューバ 立方体型のモンスター。ワールドマップ上に居座る。 後の『てきよけスプレー』を無限に使用できるアイテムを落とす。 カミカゼの騎士 おなじみのカミカゼ、今回はホバーカーのようなものに乗って登場。ワールドマップを徘徊する。 冗談のような高防御力を持ち、割と普通に攻撃してくるので強敵。バグあり。 グラマースターリン 定番の超巨大戦車。そして初の倒して入手する戦車。これでもかと生えている大砲がイカス。 ジョニーDバッド ロックンローラースタイルのミュート・サイボーグ。リーゼントがミサイルランチャー。 かなりの強敵な上に、妙に哲学的なセリフを遺す男。あの"目"と対話していたのであろうか。 ヤマトサウルス 2の軍艦サウルスとあまり変わらない見た目だが、構図がよりダイナミックになっている。ダイナミックというより松本零士 オーバーロード ノア勢力の空中要塞。普段からワールドマップ上空をゆったり飛び回っている。終盤に一度交戦するが、本番はラスト直前。 戦闘は三段階に分かれ、HP総計は20万を超える最強の賞金首。空を落としたその先には…… ☆ラストダンジョン + ネタバレ。長い。 本作のラストダンジョンは賞金首でもある飛行要塞「オーバーロード」。本作の集大成である。 終盤に交戦し撃破・墜落させるのだが、変な位置で墜とすとフリーズしてしまう。 墜落後侵入できるこのダンジョンは全員の力が必要となる。 戦力としてポチとマリオンが。 壊れて開かない入り口をメグが修理。 進路を妨害するロボットに対しレオーニの料理を提供。(*12) 閉ざされたゲートを開放するためサージがハッキング。 ……そのハッキングが問題で。 仮想世界にダイブして操作する必要があるってことで、主人公・サージ・ポチのパーティで固定。 もちろん戦車は使えず、ラストダンジョンらしく超電導Xが電気攻撃を乱発。 迷路の壁に接触すると特定地点に戻されるギミックまで搭載。 誰が呼んだか電流イライラ棒。 しかもこの区間が一番長い。全体の6~7割くらいサージのパート。メグとレオーニなんてピンポイントで済むのにさ 難所を乗り越えてゲートを開放すると、戦車を最深部に持ち込みいざ最終決戦 とはならない。 待ち構えているのは、中ボスと……車止め。 前代未聞空前絶後の 徒歩限定 の最終決戦である。 最終ボスは当然ノア。 ノアシードをオーバーロード内で再起動させることで破壊する隙が出来るのだ!やっぱファンタジーの続編ぽいな 第一形態『ベビーノア』は主人公専用武器『ノアシード破壊砲』以外一切通用しない。 これを撃破すると第二形態『ゴーストノア』に変化。こちらは通常の攻撃が通じる。 以前と同じセリフを吐くノアを破壊すると、晴れてエンディング。きれいに大団円を迎える。 その後はきちんと「ラスボス撃破後」の状態になる、シリーズでも少し珍しい展開。 ◆その他細かいネタ ワールドマップはメキシコの西部に似ている。そのためか登場する『ピラミッド』も中米風。 恒例のミニゲームはいつもの『戦車でバンバン』と、スロットマシン。 後者は『役を揃えてモンスターにダメージを与えて倒す』という形式。登場するモンスターは1に登場する賞金首。 本作と同様のシステムの携帯電話用ゲーム『メタルサーガ ~旋律の連鎖~』も存在する。こちらは『2』のスピンオフ。 そして先述した通り、メタルマックス3・2R・4へと受け継がれ洗練されていくことになる。 追記・修正をお願いします。特にスナザメキングと立ち往生する女性のくだり。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] 操作性の悪さと各所に点在するバグにさえ目をつぶれば割と面白い -- 名無しさん (2018-04-24 22 06 03) ストーリーは良いのに操作性がタッチペン限定で悪いし、バグは多いし・・・・・・なんだかなぁ。 -- 名無しさん (2018-09-07 12 48 24) バグはまあ長所で相殺されてるしと目をつぶれんではないが、用語のしようがない最悪最低の操作系の大減点がほんとに痛すぎる。MM系で1周しかしなかったナンバーはコイツとゼノだけだった…… -- 名無しさん (2022-10-28 23 04 27) 名前 コメント
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夕暮れ間近の駅のホームは、帰宅の途に着く学生達の姿が目立った。 髪を染め、シャツのボタンを第2ボタンまで開け、短い丈のスカート姿の学生達のグループもいれば、 校則をしっかり守った服装をし、参考書片手に電車を待つ学生もいる。 少女もまた、この駅を利用している学生の一人だった。 耳が隠れる程度の黒髪、膝が隠れる程度の丈のスカート。 猫背気味に立つその姿は活発な雰囲気からは程遠かった。 むしろ、教科書を片手に電車を待つ姿は優等生そのものである。 やがて、電車がホームへと滑り込んできた。 降りる人間が降りたのを見計らいながら、少女は電車の中に入って一番端の手すりがある席に座る。 少女が座ってから程なく、電車は動き出した。 隣に座った人間に迷惑にならないようにしながら、少女はホームで電車を待っていた時と同様に 教科書を片手に勉強を開始した。 揺れる電車の中で文字を読んでも酔わないのか、少女は顔色一つ変えることなく不定期にページを捲っている。 時折、眠そうに目を擦りながらも少女はけして教科書から目を離そうとはしなかった。 内容をよく咀嚼ように、ゆっくりと、時には前のページに戻りながら少女は教科書を読み進めていく。 少女が電車に乗ってから約一時間。 次の停車駅を告げるアナウンスが流れてから数秒ほど遅れて、少女はそのアナウンスに反応する。 教科書を鞄へとしまい、制服のポケットから携帯電話を取りだして時刻を確認し、少女は席を立ち上がった。 * * * ドアの前へと立ち、電車がホームに到着するのを待つ少女の瞳はどこか曇っている。 数分後、電車がホームに到着しドアが開いた瞬間、少女は素早く電車から降りて歩き出した。 少女は早足で改札を抜け、そのまま住宅街がある方向へと歩いていく。 十分程歩いただろうか、やがて少女の目の前には建築されてから数年程度と思われるマンションがあった。 少女はマンションの中へと進み、エレベーターに乗って8というボタンを押す。 程なく、少女を乗せたエレベーターは目的の階に到着した。 エレベーターを降り、少女は一番奥のドアまで一直線に歩く。 鞄から鍵を取り出し、ドアを開けて少女は素早く中へと体を滑り込ませるように入って鍵を閉めた。 ただいま、と挨拶をすることなく少女は廊下を進み、リビングへと足を踏み入れる。 部屋の灯りを点け、黒い革張りのソファーへと鞄を放り投げて少女は大きく溜息を付いた。 そのまま、少女はリビングから一旦姿を消す。 次にリビングに現れた少女は、部屋着と思しき淡い紫のジャージを着ていた。 少女は携帯電話を操作し、アラーム設定をした後…ソファーへと浅く腰掛ける。 先程放り投げた鞄から教科書、ノート、プリントの束そして筆記用具を取り出した少女は、それらをソファーの目の前にある 焦げ茶色の低いテーブルへと広げた。 間を殆ど置くことなく、少女はシャープペンシルを片手にプリントへと視線を向ける。 A4サイズのプリント数枚の束にぎっしりと詰め込まれた問題、それらを少女は教科書やノートを見ながら一心不乱に解いていった。 少女がそのプリントの束を半分ほど片付けた頃、携帯電話のアラームがけたたましい音を立てる。 「ここまでしかでけへんかった…早くご飯食べて片付けんとあかんなぁ」 シャープペンシルをテーブルに置き、携帯電話のアラームを止めた少女はうーんと一つその場で伸びをする。 携帯電話の時刻は、夜の六時半だった。 少女は立ち上がるとリビングからキッチンへと移動し、冷蔵庫の中身を確認する。 「あー、そろそろ買い出しにいかんとなぁ。 今日はもう買い物行きたくないし、ある材料で何とかしよ」 そう言って、少女は冷蔵庫から鮭の切り身、バター、ほうれん草を取り出した。 少女は手際よく調理を進めていく。 二つあるコンロを同時に使い、かたやほうれん草を煮るためにお湯を沸かし、かたやフライパンをしかけて火をかけ。 料理を作ることに手慣れているのだろう。 少女は二十分もしないうちに鮭のバター焼きとほうれん草のおひたしを完成させた。 インスタントスープの素を開封し、マグカップに中身を零し入れてお湯を注ぎ入れ、淡いピンクのご飯茶碗へと軽くご飯を盛ってリビングへと戻る。 「…いただきます」 抑揚のあまり感じられない声が無音のリビングへと響く。 テレビを点けることもなく、目の前の食事を淡々と少女は片付けていった。 無表情に食べ進めていく姿は、食事を楽しむと言うよりも食べなければいけないから食べるというような義務感すら漂わせていた。 食事を片付けた少女は、素早く食器類をまとめて流し台へと運ぶ。 手早く洗い物を済ませた少女は、晩ご飯を食べる前と同様にテーブルの上に勉強道具を広げて勉強を再開した。 少女がプリントの束を片付けた時には、既に時計の針は夜の十一時を回った頃だった。 勉強道具を片付け別室へと鞄毎戻った少女は、机の所に貼られた時間割に視線を向ける。 明日の授業に必要な教科書類を鞄へと詰め、ハンガーに掛けられた制服のポケットにハンカチとティッシュを詰め、 少女はタンスから下着を取り出して浴室へと向かった。 シャワーを浴び、髪と体を洗った少女は湯船へと浸かる。 目を伏せ溜息をつきながら、少女の視線は浴室の天井へと向いていた。 「あー、しんど。 早く中学卒業したいわほんまに」 温かい湯船に浸かりながら、少女は過去を思い返す。 今も尚少女を苦しめる、悲しい過去を。 * * * 少女が生まれたのは、滋賀県にあるそこそこ大きな街だった。 天真爛漫でおてんばだった少女の人生がねじれ始めたのは、少女が八歳になる年のこと。 両親に連れられ、ドライブに出かけていた少女は突如―――車が大破する“ビジョン”を見た。 自分の乗る車ではなく、その前を進行する他人が乗った車、それが反対車線から来たトラックとぶつかるというビジョン。 両親はそのことを知る由もなく、少女を横目に楽しそうに会話している。 話さなければ、そうしなければ巻き込まれてしまう。 少女は楽しげに会話をしている両親へと、自分の見たビジョンを話した。 そんなわけないじゃない、そう言って微笑む母親。 それに同調し、速度を緩めることなく前の車の追うように車を運転する父親。 両親の頬が引きつったのは、少女がその未来を告げた数分後。 たまたま、信号に引っかかった少女達が見た光景は―――僅か百メートルほど先でトラックと衝突し大破した乗用車だった。 その一件から、少女は不定期にビジョンを見るようになる。 小学校でも、家にいる時でも…不意にそのビジョンが現れ、少女はその度に周りの人間に見たビジョンの内容を告げ続けた。 最初のうちは、ただの偶然だろう、そう周りの人間は高をくくっていた。 だが、どんな些細なことでもそうなると“予言”する少女は―――いつしか、両親から疎まれ、級友達からはイジメを受けるようになる。 進学し、中学生になっても尚そのイジメは続き、両親の態度は変わらない。 深く傷ついた少女は、転校すればこのイジメから逃れられるのではないかという想いから、両親に転校させてほしいと願い出た。 その願いは聞き入れられ、少女は中学二年生の春に故郷から遠く離れた都会の街の中学校へと転校する。 だが、そこでも―――少女はイジメのターゲットに選ばれてしまったのだった。 ビジョンを見れるようになった頃から受け続けたイジメによって、少女は幼い頃の天真爛漫さ、活発さを失っていた。 誰と会話をするにしても、何処かおどおどとした態度は―――いじめる理由としてはうってつけである。 少女にとって不幸だったのは。 彼女達は、けして目に見えるような痕跡を残すようなイジメ方をしないということだった。 ねちねちと罵詈雑言を浴びせ、周りの目を盗んでは脇腹などの服に隠れて見えない部分を少し強く殴るだけ。 だが、周りの目を盗み常に心ない言葉を浴びせ続けられ、時には暴力を振るわれるのは多感な年頃の少女にはかなり辛いことだった。 少女が電車での移動時間も、家に帰ってからも勉強に精を出す理由。 それは、いじめてくる少女達から逃れるために、少女達ではけして進学出来ないようなレベルの高校へ進学するためだった。 元々勉強が出来る部類だった少女だが、地方と都心部の学校ではかなりレベルが違う現実があった。 故郷の進学校なら余裕で進学できる程の成績を修めていても、都会の方の進学校を目指すとなると事情が変わってくる。 息抜きにテレビを見たり、読書する時間などを惜しんで少女は勉強に励んでいた。 レベルの高い高校にさえ進学すれば、イジメから逃れられるに違いない。 だが、少女は気付いていなかった。 それこそは、かつての自分が取った行動と何の変化もなく、自分自身が変わらなければ今と同じ結果になるのが目に見えているということを。 少女は風呂から上がり、服を着替えてベッドに入る。 明日もまた、周りの目をかいくぐっての罵詈雑言に身を晒されることに諦念を覚えつつ、少女は眠りの淵へと落ちていった。 少女は夢を見ていた。 自分に心ない言葉を浴びせ、今までにないくらいの暴力を振るう少女達。 いつまで続くのかと思った光景は場面転換し、少女は駅に一人立っていた。 自分とは思えぬほど、目の前の少女は暗い空気を纏って佇んでいる―――それこそ、電車が来たら飛び込んでしまいそうな程に。 その光景に、早く終われ、終われと叫ぶ少女が最後に見たのは…涙を流しながら自分へと話しかける、見たことのない女性の姿だった。 「…嫌な夢見たわ。 てか、この夢…まさか、予知夢じゃないやろな…」 携帯電話のアラームと共に起きた少女は、起きて早々溜息混じりに呟いた。 背中にかいた汗、起きても尚まざまざと思い出せる程のリアルな夢は―――予知夢なのではないかと思わせるには十分すぎる程だった。 少女が有する能力―――“予知-プリゴニクション-”。 その名の通り、未来に起こる出来事について前もって知ることができる超能力であり、現在の知識・情報を基にした推測や演繹の類いではなく、 全く未知の事柄をも知覚することができる能力である。 物心付いた頃とは違い、今ではその能力を自在に行使出来るようになった少女。 だが、こうして…眠っている間に予知能力が発動することは今まで無かったことだった。 当たって欲しくない、そう思うのとは裏腹に、少女は見た夢が的中することを感覚的に悟る。 いっそ、その未来を現実のものにしないために学校を休むことさえ考えたが、少女は結局シャワーを浴びた後学校へ行くことを選択した。 レベルの高い進学校に行くことを希望する以上、成績も勿論のことだが、内申書のことを考えると体調が余程悪くない限り 欠席することは躊躇われる。 少女は溜息を付きながら、制服に着替えて家を後にした。 * * * 心ない言葉を浴びせられながらも、今日の授業は全て終わった。 早く帰宅して勉強しなければと、少女はいつものようにいそいそと帰宅するために教科書類を鞄に詰めていた、その時だった。 「光井ー、この後予定ないよな。 うちらと一緒に遊びにいこうぜ」 少女―――“光井愛佳”は背後から聞こえてきた声に、背中が震えるのを感じた。 愛佳をいじめる主犯格の少女が発した言葉は、言葉だけならただ遊びに誘っているようにしか聞こえない。 だが、愛佳はその言葉が純粋な“遊び”ではないことを感じる。 拒否して逃げ出したかった。 だが、そうしたら―――言葉と“軽い”暴力だけで済んでいるイジメが、さらにエスカレートするかもしれない。 今でも心ない言葉に傷つき、時には学校に行きたくないと思いながらも必死に登校しているというのに、 これ以上何かされたら心が折れてしまいそうだった。 声がした方に振り返り、愛佳は不本意ながらも首を縦に振る。 ニヤリと笑った少女達の顔に寒気すら覚えながら、愛佳は鞄を両手に抱えて少女達の後を追いかけていった。 少女達の後を追った愛佳が見たものは、寂れた児童公園。 人っ子一人見当たらない公園は、遊具がさび付き、漂う空気はただただ寂しさだけを伝えてくる。 嫌な予感がして、愛佳は思わず立ち止まる。 だが、愛佳の背中を少女達の一人は乱暴に押して、砂場の方へと無理矢理歩かせていった。 「てかさー、いい加減お前学校辞めろよ。 見ててうざいんだけど」 「そーそー、いつも勉強できるんです、あんた達とは違うんだって言わんばかりに、 偉そうにしちゃってさー、勉強出来るから何だっつーの」 「超絶ブスだし、勉強以外何も取り柄もない暗くてつまんない子だしねー」 「何とか言えよ、その口は何のためにあるんだよ!」 言葉と共に、愛佳の鳩尾にめり込んだ蹴り。 痛みもかなりのものだったが、それ以上に精神的ダメージの方が大きかった。 今まで、言葉でごちゃごちゃ言うのと軽く殴る以外何もしてこなかった少女達が、いきなり激しい暴力を振るってきた。 監視の目がない時でもそこまでの暴力を振るってはこなかった少女達の行動は、体よりも心に遥かに大きなダメージを与える。 砂場に転がった愛佳は、為す術もなく少女達の暴力をその身に受け続けるしかなかった。 愛佳の耳に、顔とか目に見えるところは止めておかないとまずいぞという声や、目に見えない範囲ならどこ殴ってもいいんだよね、 という耳を覆いたくなるような確認の声が届く。 太ももに、鳩尾に、腕に、肩に。 制服に隠れて見えない箇所へと、今まで堪えていたものを吐き出すかのように繰り出される攻撃に、愛佳はただただ歯を食いしばる。 早く終わって、早く終わって、そう念じ続けるしかなかった。 やがて、愛佳への攻撃の手が止む。 ようやく終わったのかと息をついたその瞬間、愛佳は身に起こったことが信じられずに固まった。 「あー、ごめーん。 埃まみれで可哀想だったから、つい水かけちゃった」 「うわー、この季節に水かけるとかひどくない?」 「えー、綺麗にしてあげようとしただけだしー」 「そうそう、別に悪いことしてないしうちら。 あ、鞄も埃まみれで可哀想だから洗ってあげようか」 その言葉に、愛佳は思わず止めてと叫んだ。 だが、その願いは叶えられず―――愛佳の鞄は水をかけられていく。 愛佳のアイデンティティとさえいえる、大切な勉強道具が濡れていった。 水によって教科書も、ノートも参考書の類も…何もかもが濡れていく。 「てか、本当ブスでガリ勉しか取り柄ないくせに男に色目使ってんじゃねーよ」 「そうそう、あんたがどんだけ好きでも無駄なんだし、ガリ勉はガリ勉らしく勉強だけしてればいいんだよ」 「ま、勉強できてもその容姿じゃ彼氏なんてこれから先出来ないだろうけどねー」 「はは、勉強が恋人ってねー、ほーんと、可哀想」 口々にそう言いながら、少女達は鞄を放り捨てて去っていった。 後に残されたのは、濡れ鼠になった愛佳と無残な姿になってしまった大切な勉強道具達。 痛みに顔を引きつらせながら、愛佳は這うように鞄の元へと歩み寄る。 暴力を今まで振るってこなかった少女達が何故急にこんなことをしたのか、愛佳には見当が付かなかった。 鞄を抱え、立ち上がった瞬間に愛佳の中にストン、と答えが落ちてくる。 今日、愛佳は隣の席の男子が教科書を忘れたので教科書を見せてあげたのだ。 せいぜい、思い当たることと言えばそれくらいしかない。 まだ異性に興味を覚えたことのない愛佳は知らなかった。 その男子は、イジメの主犯格である女子が密かに好意を寄せていた男子であったことを。 取り立てて会話があったわけじゃない、ただ見せて欲しいと言われたから見せただけで、それ以上の他意はなかった。 無論、仲良くなる気なんてなかったし、寧ろ、忘れてくるくらいなら置き勉でもすればいいのにと思ったことを覚えている。 「…そんなしょーもないことで、何でうちがこんな目にあわなあかんねん!」 言葉と共に愛佳の口から漏れてきたのは嗚咽だった。 何も悪いことなんてしていないのに、何故こんな目に遭わなければならないのか。 教科書を見せてあげただけ、たったそれだけのことすら彼女達は許してくれない。 とぼとぼと駅へと向かう愛佳の胸に過ぎったのは、これから先への不安だった。 * * * 電車を待つ愛佳の目は何処までも虚ろだった。 ずぶ濡れの姿に加え、水が滴り落ちる鞄を持った愛佳を周りの人間は遠巻きに眺めるだけ。 愛佳の心を支配するのは、暗い感情だけであった。 能力に目覚めた時からイジメを受けながらも自分なりに必死に頑張ってきたけれど、頑張るだけ無駄なんじゃないか。 一生懸命頑張って、希望通りの進路に進めたとしてもまたこういう目に遭うんじゃないか。 そもそも、何故こんな力を持って生まれてきたのだろうか。 この力さえなければ、今頃故郷から遠く離れた地で一人孤独に暮らすことなく、友達や家族と共に笑いあえていたはずだった。 未来なんて見えなくたっていいのに、こんな力必要なんて無いのに。 この力がある限り、これから先生きていてもいいことなんて訪れないのではないか。 例えこの力を使わなくても、この力を有している限り自分にとって不幸な出来事がずっと続くかも知れない、愛佳はそこまで思い詰めた。 暗い感情に支配された愛佳は、まもなく電車が来るというアナウンスに導かれるようにふらふらと歩き出す。 一歩一歩、黄色の線を越え、後一歩踏み出せばホームへ落下する。 その刹那だった。 愛佳の体は突如後ろへと引かれる。 ホームに尻餅をついたのと、電車がホームへ滑り込んだのはほぼ同時だった。 「…何があったかあーしには分からんけど、でも、そう簡単に命を粗末にしたらダメやよ」 低く、怒気を孕んだ声に愛佳はとっさに後ろを振り返る。 愛佳と同じように尻餅をついていたのは、愛佳の視た“予知夢”の最後に現れた女性だった。 * * * 女性に促されるまま、愛佳は一旦駅の改札を出た。 そのまま、女性が歩いていく方向に着いていった先にあったのは、先程とは別の児童公園。 女性はベンチに座ると、隣に座るように促す。 スカートが乾いていないままベンチに座ったせいか、ひどく冷たくて気持ちの悪い感覚が愛佳の下肢に走った。 顔を顰めた愛佳の姿に女性は小さく微笑みながら、何があったか話して欲しいと懇願するように呟く。 その声に込められた切実さに突き動かされるように、愛佳は口を開いた。 物心付いた時に目覚めた能力のせいでイジメにあっていたこと、そのせいで都会の学校へと転校することになったこと。 転校してきたけど、結局昔と変わらずイジメを受け続けていること、そして、さっき今までになかったようなことまでされて、 もう、生きていても仕方ないんじゃないかと思ったことを一気に話す。 「―――努力したって、未来なんて変わらへん。 幾ら未来が見えても、それを変える為に努力しても何も変わらん。 努力しても何も変わらへんのに、ただ今の辛い時間が続くだけなのに生きるとか正直アホくさいですわ」 言い切った愛佳は、女性の方を振り返って目を見開く。 見ず知らずの愛佳のために―――女性は涙を流していたのだった。 「ちょ」 「何で、何で転校してくるくらい行動力あるのに、その子達に抵抗せんの? 未来は変えられへんってキミは言うけどさぁ、未来は変えられるんだよ、キミ次第で。 はっきり止めてって言って、暴力振るわれるなら全力で抵抗すればいい」 「そんなん出来たら苦労せんわ! 何も知らんと偉そうに言わんといて!」 「確かに、あーしは何も知らんよ、キミがどれだけの想いを抱えているかなんて、100%分かるわけじゃない。 でもね、未来なんか変わらへんなんて言ってても、心の何処かで未来を変えたい、そう思ってることくらい分かる。 後ほんのちょっとや、今あたしに食ってかかったみたいに想いをぶつけて、精一杯抵抗すればいい。 そうせんと、何も変わらんよ、本当に」 涙を流しながら、真剣な眼差しを向けてくる女性に愛佳はただ呆気に取られるしかなかった。 どうして、この女性は見ず知らずの他人の話を信じ、他人のために涙を流すことが出来るんだろう。 今まで、自分のために涙を流して真剣な想いをぶつけてくれた人間はいなかった。 いじめてくる人間、それを見て見ぬ振りをする人間ばかり。 そういうものだと思っていたし、自分のことを想ってくれる人間が現れるなんて考えも及ばなかったこと。 「―――あーしも、キミと同じ、能力者や。 助けを求めるキミの声が聞こえたから、ここにいる。 でもな、あーしはキミにこうして説教は出来ても、それ以上の行動は出来ん―――何でか、分かるよね?」 「…自分の未来は、自分で切り開くしかない。 誰かや何かが未来を変えてくれるって期待したって、自分の思い通りになんて動いてくれへん。 せやから―――自分で頑張るしかない」 「そういうこと。 周りに一人でも信頼出来る人間がいるなら、その人と一緒に頑張ることも出来るだろうけど、 今キミの周りにそういう人がいないのなら、辛くても自分だけで頑張るしかない」 そう言って、女性はベンチから立ち上がって歩き出す。 背筋をピンと伸ばして歩くその姿は、自分とさほど身長は変わらないはずなのにとても大きく見えた。 その背中が去っていくのが名残惜しくて、愛佳は女性へと声をかける。 「あの、よかったら―――愛佳と友達になってください!」 「キミがちゃんと勇気を振り絞って行動することが出来たら、その時はここに来ればええ。 ―――ここは、過去と向き合いながらも一生懸命未来を切り開いていこうとしている子達が集う場所やから」 言葉を紡ぎながら、女性はポケットからメモ帳とボールペンを取り出し、さらさらと何か書いていく。 程なく、女性はボールペンを仕舞い、メモ帳から切り破いて少女へと手渡し―――微笑みながらその場から“消えた”。 突然の事態に驚きながらも、愛佳は手渡されたメモ帳の切れ端を大事そうにその手に包む。 愛佳のために泣いて怒って、真剣に向き合ってくれた女性。 この女性、そしてそこに集う人達の元へと行くためには、今の自分のままじゃいけない。 事態を変えるために大した努力もせず、心ない言葉や暴力を受け止め続けるしかない自分のままでは駄目なのだ。 まだ、正直怖くないかと言えば嘘になる。 嫌だと言葉で、態度で示しても結局何も変わらない可能性だってあるのだから。 それでも、何もしないままでは本当に何も変わらない。 神様なんていやしない、自分の未来は―――この手で切り開くしかないのだ、例え、そのために深く傷つき涙を流すことになろうとも。 愛佳は大きく息を吸い込むと、ベンチから立ち上がって駅へ向かって歩き出す。 体はズキズキと痛むし、濡れた服の感触が気持ち悪い。 顔を顰めながら、少し猫背気味に歩く愛佳の姿は、何故か不思議と明るい空気を纏っている。 帰り道を歩く愛佳の胸を満たすのは―――未来への希望だった。 * * * 翌日、愛佳はいつものように学校へと姿を現す。 相変わらず、少女達は愛佳に向かって心ない言葉を浴びせた。 だが、愛佳はその言葉に対しておどおどとした様子を見せるどころか、少女達をキッと睨み付ける。 放課後になり、愛佳はいつもと同じように帰宅準備をした。 今までとはどこか違った空気が面白くないのか、案の定―――少女達は鞄を持って帰ろうとする愛佳に声をかける。 「光井、これから一緒遊びにいこうぜー」 「帰宅部だし、どうせ用事もないでしょ」 「…ええで、ちょうどうちもあんたらに言いたいことあったし」 低く小さな声だった。 だが、確かに―――今までの愛佳とは違うことを感じ取った少女達は、そのことに内心驚きながらも愛佳を連れて歩き出す。 昨日と同じ公園へと連れて来られた愛佳。 調子こいてんじゃねーよ光井のくせに、という主犯格の少女の声が合図となり、少女達は一斉に愛佳に向かって襲いかかる。 抵抗なんてするはずがない。 所詮光井、少し生意気な態度を見せていても殴ればいつも通りだと想っていた少女達に―――愛佳は飛びかかった。 蹴られたら蹴り返し、殴られたら殴り返し。 必死になって愛佳は少女達に抵抗する。 向こうは四人、こっちは一人というかなり不利な状況など今の愛佳の頭にはこれっぽっちも浮かばない。 先に根を上げたのは少女達の方だった。 地面に膝を付きながら愛佳を睨み付けてくる少女達に向かって、愛佳は大きな声を上げる。 「あんたらがいくらいじめてきても、うちはもう逃げへん! 殴ったら殴り返すし、蹴ったら蹴り返すし、言われたら言われ返したる! 覚悟しとき、今までやられてた分も含めて今度からきっちり返したるからな!!!」 愛佳の叫びに、少女達は弾かれるように公園から退散する。 殴り合いの際に放り投げた鞄を拾い上げ、愛佳は駅に向かって歩き出した。 いつも乗る電車とは逆方向に行く電車が来るホームへと立つ愛佳。 背筋をピンと伸ばして立つ姿は、もういじめられっ子には見えないほど凛とした空気を纏っていた。 電車に乗り込んだ愛佳は、鞄から教科書の代わりに小さな紙片を取り出す。 その小さな紙片を見つめて、愛佳は小さく微笑んだ。 (待っててくださいね、うち、ちゃんと勇気出して頑張ったから) 小さな紙片に書かれていた文字―――“喫茶リゾナント”とその建物の住所。 電車に揺られながら、愛佳はその紙片を大切に胸ポケットへと仕舞い込む。 女性、そしてそこに集う仲間達のために何が出来るだろうか。 何が出来るかなんて分からないけれど、分かっていることがある。 未来を予知出来る能力“予知-プリゴニクション-”。 それで未来を知ることが出来るならば、そこに集う“仲間達”と共に…今日のように未来を切り開くために戦おう。 虚ろな目をした少女はもう何処にもいなかった。 超能力組織リゾナンターへと、この日第6番目の能力者が加わる。 誰も知りうることのない未来を視ることのできる、幼き予知能力者“光井愛佳”。 その目が見つめるのは、希望か絶望か。 その答えは―――愛佳以外誰も知ることはなかった。