約 22,064 件
https://w.atwiki.jp/bsr_e/pages/1121.html
白く大きな鳥が、高殿飛び出してきたようだと思った。 白い夜着が闇に浮かぶ。内側から光っているかのようで、幸村は目を細めた。 「政宗殿――っ!!」 名を叫び、背に負っていた刀を投げた。刀を受け取ったのが見えた。 抱えていた女を立たせ、小十郎に預けている。 あれはひょっとすると政宗の正室だろうか。遠目にも美しい人だと分かる。 「駆けてくだされ!!」 声が、はたして届いたのかどうか。政宗は刀を抜いて鞘を腰に差していた。いつも通り、突き刺すような構えを取る。 竹中が何か喚いている。殺せ、という言葉が風に乗って聞こえてきた。 矢が飛んだ。刀が舞う。矢は勢いを失ってへろへろと地面に落ちた。 政宗は高殿を一度見上げ、それから駆けた。敵が追うが斬り捨てられる方が速い。 「よお。久しぶりだな」 血に濡れた刀を下げ、政宗は笑った。凄絶な、けれどどこか子供じみた笑み。 こんな笑い方をする政宗を、幸村は知っている。 げっと幸村は呻いた。右目が動いていない。こんな真似は生きている者にはできない。 「ままままま政宗殿っ!?」 「yeah。さて、状況を説明してもらおうか」 刀で肩を軽く叩き、政宗は幸村を見上げた。身長は大して変わらない。 心まで覗こうとする政宗のこの仕草は、恐ろしさすら感じた。 「先に伊達軍を解放いたしました。砲台には、伊達の残党がおります。数はおよそ二百」 「二百か……減ったな。それで、そっちは何人連れてきた?」 「某を含めて二人。しかし、一騎当千の兵にござる」 「上等。――それで、これからどうする」 「逃げます」 政宗は高らかに笑った。戦場にそぐわない明るい声だが、政宗には似合っている。 愛姫を背負った小十郎がようやく到着した。 「いーねいーね、最高だ」 刀を振る。心底楽しそうな表情。凄絶な、刃を思わせる立ち姿。圧倒的な存在感。 これが、伊達藤次郎政宗。 「小十郎」 「は」 「愛を頼む。怪我でもさせてみろ、首が飛ぶと思え」 「承知いたしました」 「真田。俺が血路を開く。お前は殿を務めろ」 白い衣装は、闇の中で目立つ。だからこそ政宗は正面に立つことを選択した。 「――承知」 白い装束が駆けた。刀を振るい、体を血に染めていく。 「Let s patry!! yeah-ha!」 雷光が散る。幸村は一度高殿を見た。半兵衛と秀吉の姿はない。怒声が遠い。 死にはしないだろう。だが、痛手は受けたはず。当分は動けまい。 二槍を握り直し、稲葉山を駆けた。 夜の戦場は初めてではない。月や星の僅かな光を頼りに進むのは、昼以上に神経を使う。 政宗は恐らく初めてのことだろう。しかし死者の眼は夜目が利くのか、正しい道を躊躇うことなく下っていく。 途中で現れた敵兵は次々と斬り倒されていく。時折雷光が炸裂した。 光が舞っている。 小さく淡い光。 蛍だ。 季節が僅かに巻き戻ったかのような錯覚に襲われた。 蛍たちは確実に正しい道を示し、敵が潜んでいる辺りになると多く見られた。 幸村は槍を振るい、炎を操りながら天を仰いだ。 どこかが炎に包まれたのだろう。天をも焦がす勢いで火柱が上がった。 「あれは……」 政宗が立ち止まる。炎を睨む。 「砲台か。それとも城か」 一体どちらが。 それはやたらと元気のいい声で判断がついた。普通の軍団は、「いやっほー」などと言わない。 誰もが安堵の息を吐いた。 「城、だな」 「伊達の兵は、まこと立派です」 「お前ら、いい軍団を育てたな」 坂を下る。蛍がいくつか光り、先の道を照らしていた。 螺旋収束9
https://w.atwiki.jp/bsr_e/pages/1116.html
「いいか。豊臣に統合されても、伊達で培った誇りは忘れるな。俺がどうなろうと、絶対暴れんじゃねぇぞ。――小十郎、皆を頼む」 背を向ける。半兵衛に従って足を進めた。 「……世継ぎを君に産んでもらおう。君を、側室として迎えさせる。それまでに伊達の臭いを落としたまえ」 「世継ぎを産むのに、側室なのかよ。正室っていたか? 目通りくらいしてぇんだけど」 「いないよ。弱点になるような女はいらないからね。君、まさか正室として娶られたいのかい」 「……てめぇが、正室になればいいだろうが」 「僕がかい? それはないよ」 水を向けたつもりだったが、半兵衛の声は少しも動じた素振りを見せない。 立ち止まって振り返り、微笑みすら見せる。 機嫌がいいだけなのかいつもこうやって笑っているのか、政宗には分からない。分かりたくもない。 「秀吉が僕を慕うなんてありえないし、あってはならない。僕が慕って跪いているのが、あるべき形だ」 意味が分からない。 「秀吉が誰かを慕うなんてありえない。僕が慕い、体を開く。僕の一方的な片思いなんだ。大体、誰かに溺れる秀吉なんて醜いだろう?」 政宗は足を止めた。不思議そうに半兵衛が振り返る。 慕いあう男と女。それで十分ではないのだろうか。 幸村はどうだろう。 夏以来会っていない。書状も送ってない。 忍びの報告によると、甲斐は戦の気配もなく平和だという。きっと元気なんだろうな、と思っている。 どういうわけか、無性に声が聞きたくなった。顔も見たい。 ああこういうのが慕うってことか、と政宗は冷静に判断する。 「それは……おかしいだろ。男と女で、思慕しあってるんなら、そういうことじゃないだろ」 「君には分からないよ。……話し過ぎた。黙って歩け」 半兵衛は足を進める。細い背中。飾り布が揺れている。 稲葉山城の高殿に幽閉する、と半兵衛は言った。 地下牢があるにはあるが、そこは以前明智光秀に破られて以来使用されていないらしい。 用意された着物を着て高殿に入った。武器の類は何一つ持っていない。腰が軽くて頼りない。 数日して、半兵衛は女を連れて入ってきた。 「……政宗様」 愛姫だった。駆け寄って抱き締めた。 「愛!」 「政宗様。ご無事で、何よりです」 「俺のことはいい。なんで、お前まで」 「わたくしが申し出たのです。共に、参ると。共に、豊臣の側室に入ると。 そうすれば、伊達領の無事を保障すると約束させました」 「なんで……放っておけば、いいじゃねぇか。農民は、誰が君主だろうと田畑を耕すぜ」 「政宗様が愛された奥州を、わたくし自ら荒らすなど、妻としてあるまじきこと。 お忘れですか、わたくしたちは夫婦なのですよ?」 愛姫は微笑む。その頬は腫れている。腕を見ると、縄で縛られたような跡や硬いもので殴られたような跡がいくつもついている。 半兵衛を見た。半兵衛は嗜虐的な笑みを浮かべている。 「どういう……ことだ……」 「合意の上だよ。愛姫の純潔は、秀吉に捧げてもらった」 愛姫は体を竦める。それだけで、半兵衛の言葉が真実だと理解した。 手が震えた。息が荒くなる。 愛姫をきつく抱いた。細くて小さな体が必死に耐えている。 「申し訳ありません、政宗様。愛は、愛は……」 「痛がって暴れるからね。少し痛めつけさせてもらった。大変だったよ。 でもね、愛姫はちゃんと秀吉を受け入れた。もう愛姫は豊臣のものだ」 「どうか、愛を殺してくださいまし……っ」 半兵衛の言葉と愛姫の言葉が重なった。 政宗は体の中で獣が暴れているような錯覚に襲われた。 小さくなって震える愛姫を見た。穢されても、頬を腫らしていても美しいままの、兄嫁。 大切にすると誓ったのに。 感情が突き抜けていく。 それは紛れもない――怒り。 螺旋収束4
https://w.atwiki.jp/bsr_e/pages/1126.html
天井の羽目板をそっとずらす。 (いた) 白い夜着になった女がいた。長い髪をしていると、政宗だと分からない。 灯りが揺れている。 二組の布団が敷かれ、襖の傍に目隠しとして几帳が置かれている。 二本の樹の枝が一本の樹のように絡まりあった模様が描かれている。 (連理の枝か。お館様の贈り物かな?) 明国の詩歌に由来する、男女の深い仲や睦まじさを意味するものだ。 しかし目隠しというか衝立代わりというかで置かれているのだが、布地が非常に薄い。 あれでは、襖がついうっかり開いたままだった日には丸見えと変わりない状況に置かれるだろうに。 ひょっとしたら、それが目的なのかもしれない。 政宗はじっとしている訳ではない。 緊張しているのか、それとも単に好奇心旺盛なだけなのか、あちらを見たりこちらを見たり、 几帳を手に取って何かぶつぶつ呟いたり、顔に手を当てたり髪をくるくると指でいじったりしている。 焦った様子はない。だからといって落ち着きを取り戻そうともしない。 そういえば、寺に預けていたとき、政宗は当然のように男の格好をしていた。 坊主も、事情を話すまで男だと思っていた。 (慣れてないだけ?) だから、女の格好というものに慣れておらず、ましてや本来の、女の格好で幸村に抱かれるのは初めて、 あるいは初めてに近いのかもしれない。 几帳が動いた。白い夜着の幸村が現れる。 政宗はと見ると、鏡の前で顔を気にしている最中だった。慌てて鏡を伏せ布団の横に座る様子が微笑ましい。 「如何されたのですか?」 「いや、寝化粧って初めてで」 寝るときの化粧は、高貴な女性の嗜みだ。 まさか伊達さんとこって実は財政難? と思ったが、「伊達政宗」が寝るとき化粧をしていたらそれはそれで笑ってしまう。 貴族じゃないんだから。 「変な感じ」 「そうですか? とても……」 「とても?」 「旨そうな色だと思いますが」 体を屈め、顎を取る。慣れてる。 「旨そうって……桜の実とか? あれまずいぞ」 「……鳥は、旨そうに食っております」 鳥が餌を啄ばむように、音を立てて口付ける。触れ合うだけのものが、次第に深いものに変わっていく。 「はぁっ――」 息を吸う。ただそれだけの音がひどく響いた。 政宗の手が動く。白い手だ。幸村の日に焼けた色をした首に絡む様子が艶かしい。 指が茶色い髪を絡め取る。折角整えたのに、と惜しむ。 「やっと……」 掠れた小さな声で幸村が囁く。政宗が抵抗することなく布団の上に押し倒される。 夜着の裾が割れた。白い脚。大きな傷跡が眼に飛び込んできた。幸村は傷跡をやわやわとなぞり、政宗にまた口付けた。 「やっと、手に入れた」 (どういうことだ?) 耳をそばだてる。どんな小さな声も聞き逃さないよう、耳に全神経を集中させる。 「俺は、お前以外に許したことないぜ? そりゃ……ちょっと、色々あったけど」 「そういうことではない。ずっと、」 「ずっと?」 政宗の手が幸村の頬を挟む。子供に対してするような仕草だ。ただその動きには女の艶が滲んでいる。 政宗の手を取り、幸村は掌に口付けた。顔を動かし、口付けの位置がどんどんと下がっていく。 胸に顔を寄せる。政宗の腕が幸村の頭を包む。 見ていて、ものすごーく恥ずかしい。 「攫ってしまおうと思ってた」 「怖いこと言うんだな」 政宗は楽しそうに笑う。 「言ったら本当になってしまう。それが、怖かった」 別にいいじゃん、と思ったが、互いの立場を考えると、確かに恐ろしいことだ。確実にどちらかが滅ぶ。 「大丈夫だ。もう俺は奥州に戻れない。奥州は…どうなってる?」 「各地の豪族が、統一しようと粘っておりますが、おそらく北の一揆衆が一番の強さを誇るかと」 「あのお嬢ちゃんか。そりゃ誰も敵わねぇな」 政宗は寂しそうな目をした。黒い目が揺れている。 こんな風に、結ばれるなんて考えもしてなかっただろう。 どちらかが不幸にならないと結ばれなかったはずだ。 政宗はすべてをなくした。だから幸村が娶れた。 皮肉な話だ。 螺旋収束14
https://w.atwiki.jp/bsr_e/pages/1120.html
一瞬だが、気を失っていたらしい。愛姫は軽く頭を振り、髪の乱れに手をやった。 「政宗様」 反射的に名を呼ぶが返答はない。 重い、と思って目を開ける。自分を庇った小十郎の顔があった。 「お怪我は、ありませんか」 「はい。小十郎様は大丈夫ですか」 「こんなもの、怪我のうちには入りません」 着物の背が煤けている。おそらく、やけどを負っているだろう。しかし今は気にしている暇はない。 「政宗様は」 「大丈夫でしょう。我々には、蛍がついております故」 愛姫は首を傾げた。小十郎に庇われるように立ち上がる。 室内の様子は散々なものだった。秀吉が砲弾によって開けられた穴を睨みつけている。 半兵衛はヒステリックに何かわめいている。伝令が何人も行きかっている。 一体何が起こったのだろう。 「砲台八雲、何者かに占拠された模様!」 「武器庫が爆破されました!」 「敵方、およそ一万!」 「――旗印は、竹に雀!」 「うちのモンか」 いくつもの怒号や罵倒が行きかう中、政宗の独白がやけにはっきりと耳に届いた。夜着を直し、愛姫を見て微笑む。 ――誰。 こんな、笑い方をしただろうか。こんな風に、気品ある笑みを浮かべただろうか。 強気で負けず嫌いで、それが可愛らしい、半年ほど年が上の妹。愛姫には兄弟がいない。 妹や弟が欲しかったから、政宗との奇妙な夫婦生活は楽しかった。 「伊達のものなら、俺らを傷つけやしねぇし、伊達じゃねぇにしても、俺らの旗印を挙げる以上、 俺らに敵対する意思はない。お前らはどうだろうな」 「莫迦な。伊達は、僕たちが吸収した!」 「HA! 心までは無理だったってことだろ。恐怖で統制したものは、必ず崩れる。 歴史書くらい読めよ。先人は正しいぜ?」 「何だと……! 貴様、誰に向かって物を言っている!」 「竹中半兵衛様」 しなやかな立ち姿。雰囲気が違う。 圧倒的な存在感。女としては長身の体が、いやに大きく感じられた。 陽光のようだ。苛烈で強い光の化身。 愛姫の知る政宗は、こんなに強い人ではない。 「恐怖は裏切った時の反動がでかいぜ? 一番楽なのは、そいつの野望を自分の物にすることだ。 ……もっとも、それができる器を持ってねぇfoolにゃ、無理だろうけどな」 白く整った造作の顔に、似合いすぎるくらい似合った凄絶な笑みを浮かべる。 「さて、牢獄が破壊されたみたいだな。本丸も落城するのは目に見えてる。 砲台は占拠された。兵は役に立たない。……俺なら、降伏するぜ?」 「黙れ! 貴様の首を晒せばすむことだ!」 関節剣がしなる。まっすぐに政宗を狙ったはずの刃は、政宗を傷つけることなく半兵衛の手に戻った。 政宗は軽い足取りで後ろに僅かに動いただけ。 無駄のない、美しさすら感じる動き。 気品と優雅さに満ちた、けれど威厳あふれる所作。 僅か数日しか知らない。お互いに幼く、所謂「初夜」も迎えていない。 目の前で泡を噴いて亡くなった。腕の中で重みが異様なものになった恐怖。逃げていく体温を必死に抱き締めた。 「あなたっ……!」 小十郎の制止を振り切った。自分にこんな力があるなんて思いもしなかった。駆け寄り、強く抱き締める。 冷たい。温もりも心音もない抱擁を交わす。 顔を見上げた。似ているようで似ていない顔立ち。右目が奇妙なぐらい動かない。けれど少しも気にならなかった。 「どうして、どうしてもっと早く来てくださらなかったのですか! 愛は、愛は寂しゅうございました」 「悪かったな、愛。思い通りに動けねぇんだよ。生きてねぇし」 髪を撫でる手も、ぞっとするほど冷たい。 生きているときに触れられた記憶を手繰るが、どうしても「政宗」が触れてくる記憶と混じり、どちらがどちらなのかまるで分からない。 「何を……言っている」 「悪いね。てめぇらの首を取りたいところだけど、今は逃げさせて貰うぜ」 視界がめまぐるしく動いた。横抱きにされ、そのまま扉にに飛び込む。雑兵が転がった。 顔を胸に押し当てる。 柔らかくてとくとくと脈を打っているはず胸が冷たく硬く、愛姫は目尻に涙を浮かべた。 螺旋収束8
https://w.atwiki.jp/bsr_e/pages/1122.html
稲葉山が見えなくなった途端に、政宗は息を切らせて地面に転がった。 片膝を立てて立ち上がろうとするが、足が震えてうまく立てない。 またどこかにいかれたのか、と幸村は天を仰いだ。そして視線を政宗に戻す。 政宗が二人いた。 「……政宗様」 どちらがどちらなのかすぐに分かった。 鏡に映したように同じ顔、同じ姿。けれど発せられる気配が違う。 光と影。陰と陽。 彼らはまさしく「対」であり、兄と妹なのだ。 「政宗」が地面に額を擦り付けた。 「兄上、申し訳ありません。伊達は……」 「乱世ってやつは、容赦ねぇよ。誰にでもchanceをくれてやる代わりに、誰でも地獄に突き落とす」 「定めだと……仰るのですか。兄上、私は、まこと至らぬ妹です」 「よく、がんばったな」 ぽん、ぽん、と。幼子にするように頭を叩く。 「もう、いいんだ。お前は女に戻れ。――竜樹」 「政宗」の表情が崩れた。兄に縋り付いて泣きじゃくる。 それは菩薩の名。 偉大なる賢者にして衆生を救う者。 そして政宗のまことの名前。 幸村は兄の方の政宗と眼が合った。政宗はにこりと笑うと、妹を幸村に託すように押した。託されたので受け止める。 「泣き虫だしすぐ怒るし、凝り性だし好奇心旺盛だし突拍子もないこと突然言うし、 言い出したら聞かないところがある。それに何より、伊達という後ろ盾をなくした。 ……いい所といや、俺に似て美人ってことと、体は丈夫だから子が何人も産めるってことくらいだ」 「それだけいい所があれば十分でござる」 「ならばよし。……ああ、今度こそお別れだ」 政宗の体が、霞でできているかのように頼りないものになった。向こうが透けて見える。 彼が死者なのだと改めて思い知らされた。 勝手に、神のように政宗の体に降りてくる者だと思い込んでいた。 愛姫が政宗に縋り付いた。 「愛も、連れて行ってください。辱めを受け、もう生きていけませぬ」 「……それは、できない。お前は生きろ」 「あなた」 「I love you」 人目を憚ることなく、愛姫は体を精一杯伸ばした。政宗は微笑み、口付けを受ける。 唇はすぐに離れた。愛姫の髪を一房手に取り、そっと唇を押し当てる。 「my sweet honey。お前は、こっちに来るのはまだ早い」 「そのようなことはありませぬ。愛は、愛は」 「言っただろ? 今度こそお別れだって」 ふ、と政宗の姿が掻き消えた。愛姫は地面に倒れ込んだ。 「あ…………ああ………あアアァ――――――――!!」 愛姫は慟哭の涙を流した。心を裂くような絶叫を聞き、首を振る。 政宗が愛姫に縋りついた。彼女の肩が震えている。 このまま、皆消えてしまうのではないか。そう思い、小十郎を見た。 小十郎は厳しい顔をして中空を睨んでいた。 「真田。政宗様を頼めるか」 「貴殿に問われるまでもない」 即答すると、小十郎は笑った。そして手を合わせ、経文を唱える。幸村もそれに倣った。 ふ、と白い光がひとつ灯った。 光はふわりふわりと頼りなげに周りを回ると、天へと吸い込まれていった。 螺旋収束10
https://w.atwiki.jp/bsr_e/pages/1129.html
政宗は目を覚ました。 灯したままになっていたはずの灯りは消えているが、遠くで酒宴がまだ続いている音がしていた。 「……気がつかれましたか」 声がかかる。幸村の顔が近くにあった。 「どれくらい、寝てた?」 「さあ……半刻も経ってはおらぬかと」 「そうか」 布団を被り、並んで横になる。 背中に腕を回すと、幸村の腕が頭を包み込んだ。幸村の手が髢の乱れを直し、布団の外に出した。 「やっぱ、長い方がいいか?」 「お好きなように」 「じゃあ伸ばす」 胸に顔を押し当てた。とくとくと脈が打っていて心地いい。 「ああ、そうだ。伝えてなかった」 「何を?」 まどろんでいたら話しかけられ、政宗は顔を上げた。幸村は微笑みながら顔を寄せてくる。 「好きです」 直球の言葉に政宗は体を震わせた。首に腕を絡め、額を押しつけて笑う。 「捻りも何にもねぇのな。お前らしい」 「政宗殿こそ」 「……俺は、やっぱり「政宗」なのか?」 「? どういうことですか?」 政宗は体を持ち上げた。幸村は褥に寝転び、不思議そうに見上げる。 「竹中が……竹中半兵衛が、そうやって俺が「伊達政宗」を名乗れば名乗るほど、その名を貶めるって」 「そうでしょうか。……兄上殿は、とても、穏やかに逝かれたように思いました」 「兄上が? そう、見えたのか?」 幸村は微笑んで手を伸ばした。 「はい。志半ばにして不慮の死を遂げられたはずなのに、とても穏やかで、 政宗殿の体を借りられるときも、常に政宗殿の事を思っておられた。兄弟とは、よきものにござる」 「……そっか」 「政宗も、竜樹も、貴殿の名でござる」 「ああ、そうだな。……どうせ、これから「奥方」とか「お方様」とか「北の方」とか 「真田の正室」とか呼ばれるんだし、気にしてもしょうがねぇか」 政宗は褥に寝転んだ。幸村の腕を探し、指を絡めた。 「そういえば、さっき、人の気配を感じた」 「どちらから」 「……屋根、か? 殺気とかはなかったから、maybe、忍びが探り入れてるんだと思うぜ」 「……佐助……」 「え、なんて?」 「いや、なんでもない。明日も早いですぞ。お休みなさいませ」 「?? ああ、good night」 政宗は目を閉じた。 隣で幸村が考え事をしている。当分寝そうにない。夫に寝顔を見せないのが妻の務めというものらしいが、眠気には勝てない。 幸村の心の臓が脈を打つ音を数えながら眠りに落ちていった。 螺旋収束17
https://w.atwiki.jp/nennouryoku/pages/358.html
投稿日: 02/09/02 12 50 00325 能力名 収束する人生() タイプ 未来予知 能力系統 特質系 系統比率 未記載 能力の説明 確率を操作、能力者の周りにおいて よいことと悪いことがおきるの確率に偏りが非常に生じにくくなる。 さいころで偶数と奇数をあてる賭けをした場合、能力者が奇数にかけ五回連続偶数が出て負けたとき、 次も奇数にかけて、偶数が出て負ける確率は64分の1になる てゆうか負ける確率が64分の1 悪いことがおきればその分いいことがおきる 能力者は幸せの絶頂にも不幸のどん底にも長くとどまることはないはずだが、確率の機会の操作なので 能力でさいころの出目を予想して、大金(幸福)を手にしてもそれにあった不幸が訪れることはない。 制約\誓約 - 備考 - レスポンス 類似能力 コメント すべてのコメントを見る 未来予知 特質系
https://w.atwiki.jp/cheese1031/pages/44.html
(1) ならば が成立する。 (証明) 仮定を言い直せば である。いま、1 β α なる β をとれば、 となることがわかる。これを上と比較すれば、十分大きい j に対して が成立することが分かる。よって、 (2) β 0 , A 0 のとき、 が成立する。 (証明) アルキメデスの公理より、 mβ 1 なる正整数 m が存在する。 いま、 であることは分かるので、 βm = α 1 とおくと、十分大きな n に対して すなわち が成り立つ。よって この例では調和級数との比較を用いて級数の収束性を議論したが、 他にもコーシーの収束条件を用いたものなどがあるので注意。
https://w.atwiki.jp/bsr_e/pages/1117.html
「竹中―――――っ!!」 掴み掛かるが避けられる。 振り返って睨みつけると、半兵衛は微笑みながら間接剣をしならせた。鞭のようにふるい、愛姫の着物を切った。 切っ先は政宗に向いていない。愛姫に向いている。 「いいのかい? こんな狭いところで戦ったりして。うっかり、愛姫を殺すかもしれないね?」 「…………!!」 「さて、今宵はどうしようか。愛姫、君はどうしたい」 「やめろ」 「どうしてほしい?」 「やめてくれっ……」 膝から崩れ落ちると頭を下げた。半兵衛の足を掴むと踏みつけられた。 「頼む、これ以上愛に伽を命じないでくれ。どうか……どうか……」 今まで築いてきたものは全部失った。 これ以上、何も失いたくない。 「それ相応の代価はあるのかい?」 顔を上げた。体を起こす。 「俺を……好きにしていい。何をしてもいい。だから……」 零れる言葉は、自分のものとは思えないくらい脆かった。 奥州の筆頭としての誇りも、伊達の当主としての誇りも、すべて踏み躙られた。 まだ辛うじて残っていた女としての誇りを、自らの意思で差し出そうとしている。 頬を涙が伝った。目を閉じ、幸村を想う。 ごめん、幸村。 「いいよ。早速手配しよう」 半兵衛は笑う。悪魔の笑みに、政宗は地獄に叩き落されたような気分になった。 佐助が見たのは、黒い装束を用意する主君の姿だった。 闇に紛れる戦装束。真田幸村が選ぶような装束ではない。 速く走れる馬を選び、鞍を載せる。こそこそと出ようとしているものだから、 さすがに放っておくことはできずに声をかけた。 「……どこに行くの、旦那」 振り向いた幸村の顔は険しい。戦に臨むときの顔とよく似ているが、昂揚感はない。 これほど静かな幸村を見るのは珍しい。明日は夏なのに雪かもね、と考える。 「政宗殿を救いに行く」 「伊達政宗? ……ああ、豊臣に滅ぼされたよね。今は、稲葉山だったっけ?」 「佐助は来なくていいぞ。これは、俺の私闘だ」 「私闘って、何? 豊臣に喧嘩売るの? 伊達を勝手に滅ぼされたから?」 「それもある」 「それ「も」? どういうこと? 伊達政宗が女だったことと、何か関係ある?」 幸村は目を伏せた。気まずいことがあると勘付いた。長年仕えているのだ、すぐに分かる。 伊達政宗が女であり、影武者であったことは伊達が滅んだ時点で日本中に知れ渡った。 どうやら幸村は以前から知っていたらしく、一報を聞いたときも静かなものだった。 「そういえばさ、前はよく姿を消してたよね。あれから色々調べたんだけど、 同じ時期に伊達政宗も奥州から姿を消してたらしいね」 「俺と会っていた」 答えは単純。説明もなし。 幸村らしい簡潔な言葉。 予測はしていたが、言葉にされるとダメージは大きい。 「妻を取り返す、てこと?」 こくりと頷く。佐助はため息をついて額に手をやった。莫迦だ莫迦だとは思っていたが、 まさか好きになる相手を間違えるくらい莫迦だとは思わなかった。 普通の、女中や上田城下の娘や武田家中の娘辺りと結ばれれば、それなりに幸せだろうに。 「しょうがないなぁ。俺も行くよ」 「……給金は出せんぞ。これは、内々の私闘だ。仕事でもなんでもない」 「いいよぅ、もう」 くしゃくしゃと幸村の髪を撫でた。 小さな頃から変わらない、茶色くてすぐはねる頭。 「旦那が出て行って、傍に俺がいる。忍びってそういうもんよ?」 「無謀だぞ。豊臣の軍を、稲葉山の城を相手に、たった二人で戦うのだぞ」 「そういうこと、忍びなら慣れてるしへーきっ」 「……何度も言うが、給金は出ないぞ?」 「しつこいなーもう。俺様がついていくっていってるんだから、存分にこき使いなさい! ほらさっさと馬に乗る!」 容赦なく頭をはたいてから、佐助も馬を用意した。連れ立って門をくぐる。 闇に紛れ、一路稲葉山を目指す。季節外れの蛍が一匹、馬の尾についていたがすぐに消えた。 螺旋収束5
https://w.atwiki.jp/bsr_e/pages/1124.html
佐助は末席に座っていた。別に天井裏でいいのに、と思ったが主人の好意はありがたく受け取ることにする。 祝言といっても近親者を集めて酒宴を開くだけ。それも、婿方のみ。 真田幸村の祝言ともなれば盛大に執り行うべきなのだろうが、何せ急なものだから何もかもが慌しかった。 上座にいる男を盗み見る。深い赤の直垂なんてあったっけ? と考え、 そういえば亡きお父上の形見にあったような、と思い出す。 嫁が纏う打ち掛けも、母の形見を直したものだそうだ。虫が食って穴が開いていたらしい。 後で叱ろう、と佐助は心の帳面に書きとめておく。 虫に食われて穴が開いた部分に刺繍を施し、穴を模様の一部として埋め込んである。 それがまた細やかで華やかで、流石だなぁと感心した。派手なことをさせると、本当に一級品だ。 (女って、すげー) 髢(かもじ:付け毛)をつけて化粧を施し華やかな打ち掛けを纏えば、誰もかの奥州筆頭伊達政宗だと気づかない。 化け物だと思った。 家臣が何か喋りかけている。政宗は椿色の紅を差した唇を持ち上げて微笑み、和やかな声で答えている。声がまた格別、と誰かが言った。 並んで座れば、確かに大変見目麗しい二人である。 中身の正体を知っている佐助は笑いを堪えるのに必死だった。 「佐助」 顔を上げると、信玄の顔があった。佐助は慌てて姿勢を正し、御酒を受けた。 近う、と手招きをされ、膳を脇にどけてから体ごと傍に寄った。 「幸村は、まぐわい方を知っておるのか? まさか一緒の褥ですやすやと寝ておれば、そのうち子ができるなどと考えておらんだろうな?」 まさか、と笑った。しかし次の瞬間に真顔になった。 この時代、性教育といえば所謂「房中術」である。 男の気と女の気を混ぜて云々という理論を学び、像や張型などを用いたり遊郭に赴いたりして華麗に教育を施す。 幸村は、それら一式を「破廉恥でござる」と逃げた素敵な過去を持っている。 「知ってる、と思いますよ。だから「破廉恥」なんでしょ?」 「……その、慣らし方とか、言葉をかけたりとか、そういう――作法をだな」 「知ってる……と思いますよぉ? お館様もご存知でしょ? 旦那ってば、奥州まで逢引に出かけたことあるんですよ? まさかそのときに何もなかったって」 「何かあったと思うか?」 あっただろいくらなんでも。 佐助は信玄を見た。好奇心というより、本気で心配している顔をしていた。 親心を感じ、軽く頭を下げた。 「探れ」 「は」 二人の様子を盗み見る。政宗が幸村の袖を引き、何か話しかける。 耳打ちをする様子はそれはそれは仲睦まじいのだが、情を通じた男女にならあるであろう「匂わせ方」みたいなのが欠けている。 どちらも、あっけらかんとしているというか。 (肌を知ってる、んだよなぁ) 幸村から女の匂いを嗅いだことはある。ああついに、と思ったものだ。 なんとなく親離れをされたみたいで寂しかった。いや仕込んだ覚えはないが。 健康な若い男が、これまた健康でついでに美人の娘が傍にいて、はたして何もしないものなのか。 (大丈夫でしょ) 膳を戻し、信玄が注いだ酒を飲む。酒は常日頃から控えている。 いくら飲まされても平気だが、勘が鈍る事態はなるべく避けておきたい。 女中が、風呂の用意が整ったと告げた。政宗が顔を上げる。 「……ああ……」 その声が妙に落ち着いていて、佐助はやっぱり関係持ってるよな、と確信する。 (やっぱり、探った方がいいのかなぁ) 覗き魔みたいでものすごく嫌なのだが、主の主による命令には逆らえない。 中間管理職って辛いな、と一人ごちた。 螺旋収束13