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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第7話 降り立つ光の巨人 宇宙有翼怪獣アリゲラ 登場! 彼女は、夢を見ていた。 暖かいまどろみのなかで、子供のころからの思い出がひとつずつ浮かんでは消えていく。 人が昔を思い出すとき、その中にはよい思い出もあるが、大半は悲しい記憶だという。 幸せだった子供のころ、しかし突然全てを奪われて落とされた暗黒の淵。 それらをもたらした者達への怨嗟の念。しかし彼女の心を闇の一歩手前で引きとめた手、守ろうと決めた者。 裏の世界で悪と善の矛盾した思いで生きてきた日々。 そして現れた闇の化身の暗黒の世界への招待、死の直前にわずかに見えた光に手を伸ばしたとき、彼女の意識は光の中へと呼び起こされた。 「はっ……こ、ここは?」 「おお、ようやく目を覚ましたかね、ミス・ロングビル」 彼女、ミス・ロングビルこと『土くれのフーケ』は目を覚ますとあたりを見渡した。 木製の簡易な部屋と鼻を突く薬の臭い、思い出した場所は魔法学院の医務室、そして彼女のベッドの横にはオスマン学院長がいつもどおりの表情で椅子に座っていた。 「わ、私は……」 まだ頭がくらくらする。なにかを考えようとしても集中できなかった。 「無理をするでない。あれから君は半日眠っていたんじゃ、まだ調子はよくなかろう」 「半日……はっ! ……」 あの夜に起こった出来事を思い出して、ロングビルはとっさに身構えたがオスマンは顔色を変えずに穏やかなまま言った。 「心配せんでも誰にも言っとりゃせん。安心せい」 「でも、あなたは私が……」 「ああ、知っとる。フーケ、ただここでの君はロングビル、わしゃその呼び方のほうが好きでね」 「ちっ! ぐぁっ!」 起き上がろうとしたロングビルは全身を貫いた痛みでベッドに崩れ落ちた。 「しばらくは安静にしておれ。なにせ死んでもおかしくない目にあったのじゃ、体をいたわりなさい」 「あんた、私をどうするつもりだい?」 彼女はロングビルではなくフーケの口調でオスマンに問いかけた。 「それは……いや」 オスマンは口を開きかけると、一度やめてからあらためてゆっくりと話し始めた。 「その前に、一言礼を言わせてくれ。君はあの超獣に閉じ込められたときにミス・ヴァリエールを助けてくれたそうじゃな。教師として、生徒を助けてくれたことを深く感謝する」 彼はそう言うとロングビルに向かって深々と頭を下げた。 「なっ!? ……あっ、あれは……そ、それよりあたしはお前の生徒を殺そうとしたんだぞ」 「それは、本当の君ではないのだろう」 「うっ……だが、あたしのことを誤解してるのかもしれないけど、必要とあればあたしはガキどもを遠慮なく殺してたよ」 「それはそれ。そのときはともかく今は君はわしの恩人じゃ、素直に礼を述べて何か悪いかな?」 思いもかけないオスマンの言葉にロングビルはうろたえていた。 するとオスマンは椅子によっこらしょと座りなおすと、杖に寄りかかりながら話しはじめた。 「なあミス・ロングビル。わしは君がどんな経緯で裏の道に手を染めるようになったかは知らないし、聞く権利もない。 ただ、わしは君のこれまでの働きに感謝しているし、君個人のことも好きじゃ、たとえ仮の姿だったとしてもな」 「……だから?」 「率直に言おうか。怪盗をやめて、このままここで働かんかね?」 「そりゃできない相談だね。あたしも遊びでやってたわけじゃないんだ」 ロングビルの返答にはまったく迷いがなかった。 「ふむ。だがそれでは君はまた闇の中へと逆戻りしていくことになるぞ、再びヤプールに狙われてもよいというのかね?」 「うっ」 ロングビルは返答につまった。 また襲われたときは、はっきり言って手立てはない。そして、あの死にながら生かされているような闇の世界、今度落ちたら戻ってこれるとは思えない。 「ミス・ロングビル、わしは人よりもちいとばかし長く生きてきた。だから君のこれまでの怪盗としての悪名など、闇のほんの入り口に過ぎないことがわかる。引き返すなら今のうちじゃ」 「なら、なんでヤプールは中途半端な悪人のあたしを狙ったんだ?」 「ヤプールの言うには単なる悪人ではなく、悲しみや憎しみ、複雑にねじくれた心がよいらしい。奴は君の心の葛藤のすきまを狙ったのじゃ」 「ちっ」 「しかし、だからこそわしは君が本当の悪人ではないと思う。人がそれほど深い悲しみを背負うのは誰か大切な人を奪われたとき、 心の底まで悪なら悲しみはどこかに捨てていく。それに、君が闇に全てを奪われかけたとき、君は誰かの名を呼んでいた。まだいるのじゃろう? 君にも大切な誰かが」 「! ……」 ガディバに取り込まれかけ、命すら危なくなったときロングビルの心を光に引き戻したのはたったひとつの名前、彼女はその名の持ち主のことを思い出して胸を押さえていた。 オスマンはあらためて、もう一度ロングビルに言った。 「もう一度言おう。怪盗をやめてここで働く気はないか?」 「……残念だけど、それはできない。言ったろ、遊びじゃないんだ」 「……金かの?」 「ああ、結局世の中はそれさ。人間ってやつは王から平民までこいつの業からは逃れられやしないのさ」 「では、わしが盗みをして稼ぐぶんの金額を給料に上乗せしてやる、と言ったらどうだね?」 「なに?」 オスマンは懐から一枚の紙切れを取り出した。 それは学院の勤務契約書で、そこには以前の3倍に加算された給料が明記されていた。 「からかってるんじゃないだろうね?」 あまりに都合のいい話に当然ロングビルは信用できないといった顔をした。 「心配するでない、学院の金には手を出さん。これはわしの懐銭じゃ、昔いろいろ貯めたものの年をとるとろくな使い道がなくての、このくらいなんということはない」 「そうじゃない! なんでたかが盗人のあたしのためにこんなことをするかと聞いてるんだ!」 「年をとると耳もいろんな意味で遠くなっての、フーケの手がかりを探すために衛士隊がここ最近の不自然な金の流れを探ったが、結局何も見つからなかったという。 つまり、君は盗んだ金や品物を自分のためには使っていないのだろう? 君の普段の生活も浪費とはまったく無縁じゃったしな」 ロングビルはオスマンの見識の鋭さに正直言って驚いた。 普段はただのダメじいさんと思っていたが、中身のほうはなかなかどうして。 「誰のためかは知らぬが、どうせ人のための金ならきれいなほうがよいとは思わぬか?」 「同情ってのならお断りだよ」 「そうかの、同情とは一番大切な優しさだとわしは思う。誰かをかわいそうだと思い、助けたいと思う。そのなにが悪い? もちろんその表現の仕方は大事じゃが、人の不幸に同情できないような人間がなぜ人に優しくできる」 「……」 「それに、何度も言うが君は生徒の恩人じゃ。礼をせねば貴族としても教師としても大人としても立つ瀬がない。第一、君はそれだけの報酬をもらう実力があると思うが?」 確かに、ロングビルが魔法の名手であり秘書としても有能なのは学院の誰もが知っている。 突然のアップも、フーケ退治に功績があったからだとか言えば疑う者はまずいないだろう。 「もし、それでも断ったとしたら、どうする?」 ロングビルは細めた目でオスマンを見つめながら言った。 「……」 「はっ、つまり選択じゃなくて強制じゃない。だったらはっきりここで働けって言いなさいな。きっぱりしない男はいくつになってもみっともないものよ」 沈黙の答えの意味を理解したロングビルは苦笑しながら言った。 するとオスマンはごほんと咳払いをするとおもむろに。 「ミス・ロングビル、君の勤務継続と副業の禁止を命ずる。報酬は前給金の3倍、返答はいかに?」 ロングビルは答えずにペンを取り上げるとサラサラと契約書にサインして見せた。 「ほらよ。まったく、とんでもないところに潜り込んでしまったものですわ。こうなったらボーナスと退職金をもらうまでテコでもやめませんからね。ふふ」 彼女は契約書をオスマンに渡すとようやく笑顔を見せた。 「うむ、わしもうれしいわい。これで……ん!? こ、これは」 なんと給料明細のところが塗りつぶされて3倍だった数字が5倍にランクアップされている。 「勘違いしないでください、財宝や魔法道具のぶんを穴埋めするにはそれくらいはいるってことです。それに私を買おうっていうのならそれ程度は出してもらわなくては」 今度はロングビルがオスマンにしてやったという不敵な表情を見せた。 「く、仕方あるまい……男に二言はないからの、じゃがこれでこれからも……」 「セクハラは許しませんからね」 「!?」 顔をにやけさせようとしたオスマンにロングビルは速攻で釘を刺した。 「……こほん。あー、それからフーケはヤプールに操られたあげくに超獣に殺されたということにしておくわい。 森の超獣の死骸を見れば疑う者はおらんじゃろ。君は体調が整ったら職務に復帰してくれい。それから……」 オスマンは懐から一本の杖を取り出した。 「これは君に返しておこう。杖なしでは他の人間にかっこうがつかんだろうからな」 ロングビルはその杖を受け取ると、少し手のひらの上でもてあそんでいたが、やがて呆れたような顔でオスマンに言った。 「……学院長、いくらなんでも信用しすぎなのでは? 今ここで私が約束を破って魔法で逃亡を図ったらどうするつもりですか?」 「うむ、そのことで実は言い出しにくかったのじゃが、ミス・ロングビル、ちと試しに適当に何か魔法を使ってみたまえ」 「?」 彼女はその言葉の意味を理解できないでいたが、とりあえず自身がもっとも得意とする錬金の魔法を棚の上のビンに唱えた。 だが、何も起こらなかった。 「あ、れ?」 驚いてロングビルはほかにもいくつかのドットやコモンマジックを唱えてみたが、やはりどれも無反応であった。 「やはりの。まさかと思っていたが」 「ど、どういうことだ!? ……いや、ですの?」 「君を助けたあと、念のためディティクト・マジック(探知魔法)を使ったのじゃが……恐らく君はヤプールに邪念を吸い出されたのと同時に魔法の力も奪われてしまったのじゃろう」 「!? そんな」 ロングビルは愕然とした。メイジが魔法を使えないということは鳥が翼をもがれるようなものだ。 「永続的なものなのか、時間がたてば回復するのかはわからんが、しばらくは杖はかざりとして持っておきたまえ。 なに、心配することはない。職務上そう魔法はそう必要ないし、万一文句を言う奴がいても、だったら他に有能な秘書はいるのかと言えば誰もぐうのねも出んじゃろ」 オスマンはそうカラカラと笑ってみせた。 そしてロングビルは、たった魔法が使えなくなったというだけで、この国で自分のいられる場所がここだけになっていくのを肌で感じていた。 「さて、そろそろわしは行くわい。君ももうしばらく休みなさい、色々考えを整理する時間も必要じゃろ。お休み、ミス・ロングビル」 「おやすみなさい……学院長」 オスマンは足音を立てないように静かに医務室を後にした。 そして廊下に出ると、そこにはふたりの人間が待っていた。 「ありがとうございます、学院長」 「ミス・ヴァリエール、気にすることはない。わしは責任者として当然のことをしたまでじゃ。それよりもミス・ロングビルの上乗せぶんの給料の半分は君が持つということではないか、本当に大丈夫なのかの」 オスマンは待っていたルイズと才人に、簡単に説明をしてからそう聞いた。なにしろ秘書二人半分の給料である、ルイズの家が名門とはいえ学生に自由にできる額には限度がある。 「恩人に最大の謝意を示すのが貴族の義務です。なんとか生活費をやりくりしてみます、幸い平民やメイドに知り合いもいることですし、彼女は私の命の恩人、私にはこれくらいしかできることはありませんから」 「そうか、よい心がけじゃ。じゃが無理はするなよ」 オスマンはルイズの肩を軽く叩いてそう言った。 そして、その後ろで真剣な顔をしている才人を見て。 「わしに、何か言いたいことがあるようじゃな……ここではなんじゃ、わしの部屋へ行こうか」 放課後、日の落ちたあとの学院長室は生徒たちの喧騒ももう聞こえずに静かだった。 「それで、話とはなんじゃな?」 その問いに、才人はまっすぐにオスマンの視線を見据えて答えた。 「あなたが使った、あの『破壊の光』についてです。あれは明らかにこの世界のものじゃない。いったいどうやって手に入れたんですか!」 「ちょサイト、あんた学院長に向かって!!」 ルイズはすごい剣幕でオスマンに詰め寄るサイトを叱り付けたが、このときばかりはサイトはまったく引き下がらなかった。 「ミス・ヴァリエール、しばらく彼の好きにさせてやりなさい。サイトくんといったね、これのことだね」 オスマンは、ごとりと『破壊の光』を机の上に置いた。 「やっぱり、ビームガンの一種だ」 地球からやってきた才人には、それがこの世界のテクノロジーで作られた代物ではないことが一目でわかった。 「ふむ、君にはそれがなんであるのかがわかるようだね」 「俺の世界の武器とよく似ています。思い出しましたが、昔恩人からもらったそうですが、その人はいったい!?」 するとオスマンは遠い目をして、つぶやくように語り始めた。 「あれは昨日のことのように思い出せる。もう30年になるか、わしは森に薬草をとりに出かけておった。しかしそのときはどうにも収穫が悪く、気がついたら人の入り込まない奥地にまで足を踏み入れていた……」 30年前。 深い深い森の奥で、一昔前のオスマンはようやく目的にしていた薬草を見つけていた。 「やれやれ、ようやっと見つけたわい。まったく今年は不作もいいとこじゃ、こんな年寄りに重労働させよってからに」 木陰でひっそりと生えていたその薬草を摘むと、オスマンは疲れた体を木の根っこに腰掛けさせて、ふぅと息をついた。 森の涼しげな風が汗ばんだ体をひんやりと心地よく通り過ぎていく、木漏れ日が揺らめき、周囲は静けさに包まれていた。 「ずいぶんと奥まで来てしもうたの……わしとしたことが年甲斐も無く張り切りすぎたか……少し、休むとするか……」 小鳥の声に耳を預けて、オスマンはゆっくりとまぶたを閉じた。 それから、どれくらいたっただろうか。 オスマンは、まだ眠気が残っているのにもかかわらず、何か違和感を感じて目を覚ました。 「……ううむ。どれくらい寝入っていたのか……」 目の前には、眠る前と変わらない眺めが広がっていた。それこそ、何も変わらない姿で。 だが、何かおかしい。 「……鳥の声が聞こえない……」 眠る前にはにぎやかなくらいに聞こえていた鳥たちの声が今はひとつも聞こえない。 いや、それどころか動物も虫も、生き物の気配がまったく無くなっていた。 「……」 悪い予感を感じ、オスマンは薬草のつまったバッグを背負うと腰を上げた。 と、そのとき突然突風が吹きすさんで森の木々が大きく揺らめき、巨大な影が空に現れた。 「ワイバーン!?」 それは、凶暴さで知られる竜の中でも、腕の代わりに巨大な翼を手に入れたドラゴンの亜種、飛竜・ワイバーンの姿だった。 「くっ!」 ワイバーン相手に素手では勝ち目がない。オスマンは木に立てかけてあった杖に手を伸ばした。 しかし、ワイバーンの翼の羽ばたきが作り出す突風で杖はオスマンの手の寸前で吹き飛ばされてしまった。 「ああっ!!」 杖が無ければメイジはただの人間と同じだ、そして老いたオスマンには走って逃げる体力もない。 飢えたワイバーンが裂けた口からよだれを垂らして迫ってくる。 もはやこれまでか、とオスマンがあきらめた、そのとき。 「待ちやがれ、このバケモン!」 突然森の奥からひとりの青年が飛び出してきた。 彼は腰の銃を手に取ると、銃口をワイバーンに向けて引き金を引いた。 閃光一閃!! 銃口から放たれた光は一筋の矢となってワイバーンに吸い込まれて爆発を起こし、ワイバーンは何が起こったのかを知ることも無いまま断末魔の遠吠えをあげて大地に落ちた。 「大丈夫か、じいさん?」 青年は銃をしまうとオスマンに駆け寄ってきた。 「あ、ああ、助かったよ、ありがとう」 礼を言いながら、動悸が治まってくるにしたがってオスマンは彼が妙なかっこうをしているのに気がついた。 不思議な光沢を放つ服に派手めの服に変わった形の兜をつけていた。理解しがたいがそうとしか表現できなかった。 ただ、とりあえず顔つきは間違いなく人間である。やや抜けたところがあるが美形といっていいだろう。 「ほんと、危ないところだったんだぜ。あとちょっと遅れてたらじいさんぺろりとやられてたな。運がいいぜまったく」 彼はそう屈託のない笑顔で笑って見せた。 だがそのとき、無数の羽音とともに、今度は数多くの影が彼らの頭上に現れた。 「ワイバーン!? 群れをなしていたのか!?」 そこには、10匹を超える数のワイバーンが凶暴なうなり声をあげて空を覆っていた。 普通野生のワイバーンは単独で行動するが、餌が不足したときなどは群れを作って集団で狩りをすることもあるという。 オスマンは、今度こそ終わったと覚悟したが。 「仲間を連れてきやがったか、おもしれえ、食えるもんなら食ってみやがれ!!」 彼は、再び銃を抜くとオスマンを木陰に隠してワイバーンの群れの真下へと飛び込んでいった。 ワイバーンは飛び出してきた獲物に喜び勇んで飛び掛ってくる。彼は先頭きって飛び込んできたワイバーンを撃った。 「食らいやがれ!」 再び閃光が走ってワイバーンが撃ち落される。だが2匹、3匹目が次々と来る。 彼は走りながら追ってくるワイバーンを狙いすまして撃つ、撃つ。 しかし、残るはあと3匹となったところで完全に怒りが頂点に達したワイバーンは3匹同時に火炎のブレスを放ってきた。 「あ、危ない!!」 オスマンは思わず叫んだ。あれを受けては骨も残るまい。 だが、彼は地面に身を投げ出すと、そのまま転がりながら回避して、さらに撃った。 1匹目が落ちる、2匹目も落ちる。 そして3匹目は、彼に向かって2回目の火炎放射を放とうとした瞬間、顔面に直撃を受けて自ら放とうとした火炎に包まれて火達磨になって落ちた。 「見たか!! 俺のファインプレー」 彼は起き上がると銃を指でくるくると回しながら陽気にそう言った。 そして彼は腰が抜けているオスマンに駆け寄ると「大丈夫か」と声をかけた。 「わしは大丈夫じゃ……しかし、あれだけの数のワイバーンを……君はいったい?」 「なーに、宇宙人なんかに比べればたいしたもんじゃないさ。それより、立てるかい?」 彼はオスマンに手を貸して立たせてやった。 「……」 見れば見るほど奇妙な格好であった。彼が銃を持っていて、なおかつ動きやすそうで兜のようなものをつけていることから戦闘服であろうが、柄はまったく見覚えがなかった。 「ありがとう。けれど、君はどこから来たのかね。わしもだいぶん生きてるがその服と武器はこれまで見たこともない」 すると彼はこれまでの陽気な笑顔ではなく、苦笑しながら空を見つめて言った。 「ここからすっごく遠いところさ。それこそ、この空のかなたくらいにね」 「遠く……東方からか?」 「ま、そういうことにしといてくれよ。それより、もうすぐ日が落ちるから早く帰ったほうがいいぜ」 「ああ、 と、そのとき彼らの頭上をこれまでとは比べ物にならない、まるで夜になってしまったかのような影が覆った。 はっとして、空を見上げたそこにいたものは、真っ赤な体に巨大な翼、大きく裂けた口と目を持たない顔を持つ全長50メイルを超えようかという超巨大な飛竜がいた。 巨大飛竜は、ふたりに向かって大きく吼えた。森が揺らめき、風がとどろく。 オスマンは、今度こそ全身の力が抜けていくのを感じた。こんな化け物、たとえ軍隊がいたとしても勝てるかどうか。 「もういい、わしは置いておいて君だけでも逃げなさい」 しかし彼は笑って答えた。 「わりいけど、怪獣と戦うのが俺の仕事でね、そこの木の影に隠れててくれ、絶対に出るんじゃないぞ」 彼はオスマンを強引に木陰に隠すと、怪獣のもとへと飛び出した。 「こっちだ! 怪獣野郎」 彼はオスマンのいる気の影からできるだけ離れるように走った。 巨大飛竜は森の木々を踏み潰しながら彼を追っていく。ワイバーンを倒したあの銃もこの怪物にはまるで通用していない。 そして、巨大飛竜はその肩に空いた砲身のような穴から真っ赤な火炎弾を彼に向かって撃ちだした。 大爆発が起こり、森が焼け、空が赤く染まる。 「ああっ!!」 オスマンは、彼の姿が炎に包まれようとしているのをまるで時間が圧縮されているかのようなゆっくりした流れで見ていた。 だが、そのときオスマンは見た。 彼がまさに炎に飲み込まれようとした瞬間、彼の手の中に握られた小さな何かが輝いたのを。 そして聞いた。強さと勇ましさを意味するその名を。 「ダイナァァ!!」 太陽のような光が森の一角を包み、オスマンは見た、怪獣に向かって立ちはだかる光り輝く銀色の巨人を。 「光の……巨人」 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第25話 甘い薬の恐怖 大モグラ怪獣 モングラー 登場! その日、才人は学院の水場で、いつもどおり洗濯に精を出していた。 「平和だなあ」 手を動かしながら、思わず才人はつぶやいた。 この日は天気晴朗にして、風は穏やか、日差しは温かく、湿度も良好、暑くも寒くもなく、平和そのものの陽気 であった。 水場の向こうの広場では、シエスタが何百枚になろうかという生徒達のシーツをうきうきしながら干している。 「晴れた日には布団を干すものです」 と、この間シエスタが言っていたことを思い出しながら、才人は夏の青空の下を風に吹かれてひらひらと舞う洗濯物と、 その間をスカートをなびかせて軽やかに駆けるメイド服の少女。この場にカメラがあったなら、百枚くらい撮って 末代までの家宝にできるのに、などと清純な自然の中で不純なことを考えていた。 これでは、もし撮られた写真の数だけ自分を増やせる二次元超獣ガマスが美少女の姿をしていたら、 才人はハルケギニアを滅ぼしていたかもしれない。まあそんなことをした日には、「焼却、ついでにあんたも燃えろ!」と、 ルイズにネガごと一片も残さず消し去られてしまうだろうから大丈夫だろうが、もし秋葉原なんかでそれを やられたら地球は……。 物語を戻そう。 あのフリッグの舞踏会から、早2週間、怪獣や宇宙人の襲来もあれ以来なく、ヤプールも中休みをしているのか ハルケギニアは平穏に包まれていた。 しかし、この日の夜。恐るべき事件が幕を上げようとは、まだ誰も知るよしもなかった。 夜もふけ、生徒達の誰もが自室に戻っていったそんな時間、女子寮のある部屋から、煌々とした明かりが漏れていた。 この部屋の主は、長い金色の巻き毛と青い瞳の少女。名前はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、 ルイズの級友の一人であり、水系統の使い手である。 ちなみに通り名は『香水』と呼ばれており、その通りに趣味と実益をかねて香水作りを得意としている。 かつて才人がハルケギニアにやってきた翌日に、ギーシュと決闘をする騒ぎがあった、その発端となった 香水も彼女がギーシュに送ったものであり、その後紆余曲折あったものの、王宮での活躍や先日のフリッグの舞踏会で いっしょに踊ったことなどもあって、ギーシュとはよりを戻し、一応彼氏と彼女という関係に落ち着いている。 今日も、彼女は放課後の日課である香水製作に打ち込んでいたが、この日は少々おもむきが違っていた。 いつも通りに香水の原料の薬草や魔法薬のビーカーやフラスコをランプの炎にかけているところは同じだが…… いや、年頃の女性の部屋がなかば化学の実験室のようになっている時点でかなり異様だが、問題はそこではない。 今、彼女が混合している薬品の種類や調合手順は、香水のものとはまったく違っていた。 端的に言うと、それは禁断のポーション、国の法で作成、所持を禁じられている代物、ましてや使用するなどはもってのほか。 しかし、趣味は道徳に勝る。あらかたの香水や魔法のポーションを作り飽きてしまった彼女は、好奇心のままに、 禁断のポーションの作成に手を出してしまったのである。もちろん、そんなことは言い訳にはならずに、発覚しようものなら 大変な罰金が科せられて、彼女の実家さえも危機に陥ることになるが、若さというのは恐ろしい。要するに、 興味本位で覚醒剤に手を出して破滅する中学生などと同じパターンだ。 さて、そんなリスクを背負っているとは自覚せずに、彼女は秘薬の製作の最終段階に取り掛かろうとしていた。 「竜硫黄と、マンドラゴラを同時に入れて、透明になるまでかき混ぜてっと……」 大枚をはたいて手に入れた禁断のポーションのレシピによれば、その作業がすめば、後はある特殊な秘薬を 混ぜれば完成とあった。 モンモランシーは胸をわくわくさせて、薬壷の中の液体をかき混ぜ続けた。なお、この姿を人が見たら、ランプの 薄暗い明かりに照らされて、笑いながら薬を混ぜている彼女はすごくコワく見えただろう。 そして、液体がレシピのとおりに透明になると、彼女はとうとう最後の、一番大事な秘薬を投入しようと、それを 入れてある香水の瓶を手に取った。これを手に入れるために払った代価はエキュー金貨にして700枚、平民が5、6年は 暮らせる額で、彼女の貯金のほぼ全額に当たる。それだけ高価で貴重だということだ。 容量も、小瓶の中にほんのわずかにあるだけで、失敗しても次はない。 「そーっと、そーっとよ……」 こぼさぬように細心の注意を払いながら、高鳴る心臓の音を抑えながらモンモランシーは小瓶をゆっくりと傾けていった…… と、そのときだった。 彼女の部屋のドアを、まるで太鼓を打ち鳴らすかのような激しいノックが揺さぶった!! 「モンモランシー、ぼくだ、ギーシュだ! 君への永遠の奉仕者だよ。このドアを開けておくれ」 「!?」 それはこの学院でもっともやかましい男にして、単細胞で、直情型で、その他いろいろあるが、とりあえずバカと言い捨てて 間違いではない男、ギーシュの突然の訪問であった。 だが、そんなことはこの際問題ではなかった。 「あ、ああ……」 今のショックで、モンモランシーの手元が狂い、一滴ずつ投入しなければならない秘薬がいっぺんに全部入ってしまった。 そのため、ポーションは過剰反応を起こし、静かにピンク色に変わるはずが、真っ赤になってポコポコと泡立っている。 これはどう見ても失敗だ。 「……ギ、ギーシュぅぅぅ!!」 精魂込めて莫大な労力と経費を費やしてきた実験を、たった一瞬で台無しにされ、彼女は抑えきれない怒りを、 無神経にドアを叩き続けているバカ男にぶっつけることを迷わず決定した。 開錠の魔法で、鍵が外され、扉が古びた木がきしむ音を立てて、ゆっくりと開いた。 「おお、ようやく君の美しい顔を見せてくれたね。実は、あのフリッグの舞踏会のときの君の姿を思い出したら我慢 出来なくなってしまってね。二人でいっしょに月夜を眺めながらワインでもと、こうしてやってきた次第さ」 まったく空気を読めずに、とうとうと自らの死刑宣告文を読み上げながら、ギーシュはきざったらしく語って いたが、モンモランシーはそんな台詞は1文字も耳に入れずに、ぽつりとギーシュに言った。 「じゃあギーシュ、わたしのお願いをひとつ聞いてくれる?」 「君の頼みとあれば、この命だって捧げるさ!」 「そう……じゃあ、死んで」 「へっ?」 一瞬何を言われたのか、理解できずにギーシュは間抜けに立ち尽くしたが、どす黒い声で呪文を詠唱する モンモランシーの姿に、はっと我に返った。 「モ、モンモランシー!?」 「ギーシュ、あなたはこの学院のバイキンなの、バイキンは消去しないといけないよね。だから、死んで」 ようやくギーシュは自分がとんでもなく危険な状況にあることを理解した。 モンモランシーに向かって、すさまじい強さの魔力が集まっていく。彼女は、メイジとしてまだまだ低級の はずだが、今の彼女から立ち上るオーラはトライアングルクラスはおろか、スクウェアクラスさえ凌駕しかねない ように見えた。まるで大いなる海の力が彼女に宿ったかのようだ。 空気中の水分が凝縮して、渦を巻く水の玉が形作られていく。 ギーシュは全身から血の気が引いていくのを感じた。いつものモンモランシーなら水の塊で溺れさせてくる 程度(それでも充分人は死ぬが)で済ませてくれるのだが、巨大な圧力をかけられた水は、鋼鉄すらも寸断する、 あんなものをぶつけられたら確実に死ねる。 「ま、まってくれ……ぼ、ぼくが悪かった。だ、だから……」 必死に命乞いをするギーシュだったが、モンモランシーは冷酷に言い放った。 「悪かったって、なにが?」 「だ、だから……そうだ、一年のシンシアといっしょに遠乗りに行ったときのことだろう、あれは違うんだ、 彼女から詩を送られて、そのお礼のために……」 ブチッ この瞬間、モンモランシーの堪忍袋を押さえていた、最後の細い糸が切れた。 「地獄に落ちろぉぉっ!!」 この瞬間、モンモランシーはルイズでさえ発揮したことがないほどの怒りを込めて、超圧縮された水の玉を ギーシュに投げつけた。 それは、まるで鉄のように命中しても砕けずに、瞬時にギーシュの体を壁に叩きつけ、そのまま勢いを 緩めずに壁ごとギーシュを外にたたき出した後、花火のように爆裂した。 「ぎゃあぁぁぁっ……」 石造りの壁をぶち破って、ギーシュは階下の地面に向かってまっ逆さまに落ちていった。 「はぁ、はぁ……はぁ……」 怒りを全部吐き出して、壁に大きく開いた穴から吹き込んでくる風に当たりながらしばらくするうちに、 モンモランシーはようやく落ち着いてきた。 そして熱狂が冷めて、自分のやってきたことを冷静に見つめなおしてみると、禁断のポーションを作ろうと していたのだという恐怖と罪悪感がいまさらながら襲ってきた。 もし、このままポーションが完成していたら、自分は使いたいという欲求に勝てなかっただろう。そして、 誰かに使用すれば、ここは魔法学院だから発覚するのは時間の問題、衛士隊に引き渡され、莫大な 罰金か牢獄暮らし、家名は地に落ち、一族郎党路頭に迷うはめに…… そう思うと、ギリギリのところで踏みとどまれてよかったと、どっと冷や汗が浮かんできた。 「結果的に、ギーシュに助けられたことになるわね。し、仕方ないから、明日会ったら許してやっても いいかな……」 ぽっと顔を赤くしてつぶやいたモンモランシーだったが、部屋に戻った彼女の目に、件の禁断の ポーションの失敗作が、不気味な泡を立てているのが入ってきて、顔をしかめた。 もう用済みで、さっさと処分したい代物だが、物が物だけに正規の処分法で学院の魔法薬の処理場に 持って行くわけにもいかない。 どうしたものかと考え込んだモンモランシーだったが、薬壷からただよってきた、失敗作の甘ったるい 臭いが鼻を突くと、とたんに面倒くさくなって、窓を全開にすると中庭に向かって力いっぱい薬壷ごと 放り投げてしまった。 「あー、これですっきりした。やっぱり悪いことはするもんじゃないわね。さっ、もう寝よ寝よ」 気分がさっぱりしたモンモランシーは、部屋の明かりを消すと、そのままベッドに入ってすやすやと 寝入ってしまった。 一方そのころ、スクウェアクラスの魔法の直撃を受けて、塔の上から落下させられたギーシュは、 奇跡的にもたいした傷もなく、女子寮から退去しようとしていた。 「あいたた……どうも今日は虫の居所が悪かったみたいだな。また出直すか」 信じがたいことに、平然とした様子で歩いていく、人間技とは思えないが、考えてみれば才人だって ルイズからの攻撃であれば、爆発の中心にいようとすぐに蘇ってくることから、男という生き物は、女性からの 攻撃に対しては特別な防御力を備えているのかもしれない。 これ以上ここにいては、さっきの爆音を聞きつけて誰かがやってくるかもしれない。校則で女子寮に男子は 立ち入り禁止になっているし、今は夜中、間違いなく疑われる。ギーシュは足早に女子寮から離れようとした。 と、そのときである。彼の前面の地面が盛り上がって、そこから体長2メイルくらいの大きなモグラが顔を出してきた。 「おお! ヴェルダンデ、ぼくのヴェルダンデじゃないか、おお、いつ見ても君は美しい。そうか、この不幸な 主人を慰めようとしているのだね。ああ、君はなんて優しいんだ」 それは、ギーシュの使い魔のジャイアントモールのヴェルダンデであった。特徴としては大きさの他には、 大きく突き出た鼻がチャーミング(と、ギーシュは言っている)もちろん、ハルケギニアの特有の種であり 地球には存在しない。 とまあ、ギーシュの言葉からもわかるように、主人に溺愛されている彼(オスである)だったが、 今回顔を出してきたのは、決して不憫な主人を慰めるためではなかった。 ヴェルダンデは、自分の台詞に酔っている主人をスルーすると、彼のかたわらに落ちていた なんともはや甘くていい臭いのする液体がこぼれている小さな壷に飛びつくと、それをぺろぺろと舐め始めた。 「あっ、ウェルダンデ、落ちてる物を口にしてはいけません! 行儀が悪いでしょう。食べ物ならきちんと ミミズをあげるからやめなさい!」 まるでママさんである。しかしヴェルダンデは、その液体の味がよほど気に入ったのか、その後も 押さえつけようとするギーシュを無視して舐め続け、両者の珍妙な相撲は夜が更けるまで続けられた。 が、そんな平和な光景もここまでだということを、まだ知っている者は誰もいなかった。 翌日、山裾から日が昇り、魔法学院にまた朝がやってきた。 小鳥のさえずりが朝を告げ、厨房からは早くも煙と湯気が立ち上る。 女子寮では、まだルイズと才人がぐーすかと眠っていることだろう。 そんななか、珍しく早く目を覚ましたギーシュは、特にすることもないからと、ヴェルダンデの顔でも 見ようかと、中庭へと下りていった。通常使い魔は専用の厩舎のようなところに住まわされるか、 主人の部屋と同居するかだが、ヴェルダンデはモグラ、地面の下ならどこでも自分の家である。 「ヴェルダンデー、ぼくのヴェルダンデー、顔を見せておくれ」 中庭の真ん中に立って、いつもどおり愛しい使い魔の名前を呼んだ彼の前に、ヴェルダンデは すぐにいつもと変わらない姿で現れた。 ただし、姿だけは…… 「ヴ、ヴェルダンデぇぇぇ!!」 ギーシュの絶叫が、誰もいない中庭に響き渡った。 この日、ギーシュは授業を欠席した。 「ミスタ・グラモン……いないのですか、では、ミスタ・エリュオン……」 教師は特に気にせずに授業を開始した。元々生徒のサボりは珍しいことではない上に、ギーシュが 特に熱心な生徒でもなかったために、他の生徒達もすぐにそれを忘れてしまった。 だが、放課後になると、どこからともなく現れたギーシュは、WEKCの少年達が溜まり場にしている 納屋で雑談をしていた才人、ギムリ、レイナールを学院から離れた森の中にひきずるように連れて行った。 「どうしたんだよギーシュ、今日は授業にも出てこないでどうした?」 連れて来られた森の奥で、なにやら切羽詰った様子のギーシュにレイナールが尋ねた。 「君達を……親友だと、絶対信用できる人間だと見込んで話があるんだ」 「なんだ、かしこまって……」 「またモンモランシーに浮気がばれたとか?」 レイナールもギムリも、どうせギーシュのことだから女がらみだとは思ったが、ギーシュの目は真剣だった。 「サイト」 「ん?」 「特に、君に話しておきたいんだ。君は、怪獣のことには詳しいんだよね?」 「まあ、それなりにはな」 どういうことだ? と才人は首をひねった。 どうもギーシュの様子がおかしい、いつもの彼なら、どんな大変な事態(他人から見たらくだらないことが多いが) に陥ろうが、生来のナルシストぶりを発揮して、窮地に陥った自分を美化して陶酔にひたるのだが、今回はそんな 余裕もないように見えた。きょろきょろと周りを見回し、人影がないか常に気にしている。 「3人とも、これから見せることは絶対秘密にしてくれると約束してくれるか?」 「……どうやら、ただごとじゃないみたいだな」 3人はふざけるのをやめて、顔を見合わせてうなづきあうと、「約束する」とギーシュに言った。 そして、3人の顔が真剣なのを見たギーシュはもう一度周囲を確認すると。 「……大丈夫だよ、出てきておくれ」 そう、森の一角に向けてささやいた。 すると、彼らの立っている地面が、いきなり地震のように揺れ動きだした。 「うわっ!?」 いきなりのことに、立っていられず彼らはひざを突いた。 やがて、目の前の地面がもこもこと小山のように盛り上がり始めると、彼らの目はそれに釘付けになり…… 「な、なんだあれは!?」 小山の頂上が突然崩れたかと思うと、そこからとてつもなく巨大なモグラの頭が顔を出してきたではないか! 「か、怪獣だぁ!!」 「お、大モグラ怪獣モングラー!?」 突如現れたモングラーの姿に、とっさに才人は懐のガッツブラスターを、ギムリとレイナールは杖を取り出して 目の前の大モグラに向けたが、その前にギーシュが両手を広げて立ちふさがった。 「待ってくれ! 撃たないでくれ! あれは怪獣なんかじゃない、ぼくのヴェルダンデなんだ!」 「ヴェルダンデ!? お前の使い魔か? だが大きさが全然違うじゃないか!」 言われてみれば、特徴的な鼻は確かにヴェルダンデのものだ。しかしジャイアントモールは2~3メイルが せいぜいだ、目の前のこいつは頭だけでも10メイル相当はある。 「ぼくにだってわからないさ。なんでか朝になったら、こんなに大きくなってたんだ。昨日の夜まではなんでも なかったのに……こんな姿が人に知られたら……」 普段能天気なギーシュとは思えないほどにがっくりとうなだれて、今にも泣き出しそうな表情に、 さしもの才人達も同情を禁じえなかった。 だが、事態が深刻なのはすぐにわかった。 これが2ヶ月前なら、お調子者のギーシュのことだから、きわめてレアリティの高い使い魔だとして大いに 自慢するかもしれないが、怪獣災害の多発するようになった今、怪獣を飼っているなど容認されるはずもない。 よくて没収されて魔法アカデミーの実験材料か、辺境への放逐、悪くすれば速攻で処分されてしまう。 もちろん、ギーシュの学生としての身分も、家名の立場も危うくなる。 先生方に相談することもできずに、半日の間にすっかりやつれてしまったように見えるギーシュだったが、 早々に名案などあろうはずもなく、とりあえず詳しく話を聞いてみることにした。 「とにかく、訳も無く巨大化するはずもない。昨日までは変わりなかったっていうけど、本当に何か変わった ことはなかったのか?」 「特になかったと思う……ヴェルダンデは、いつもはずっと土の中にいるから、ぼくも行動を完全に把握 できてはいないし」 確かに、ほかの使い魔たちならともかく、呼ばない限りめったに地上には出てこないモグラの行動を 把握することは不可能に近い。 「もしかして、ヤプールの仕業か?」 「ヤプールだったら大暴れするように改造するさ、ただでかくなっただけで、おとなしいものじゃないか」 ギムリの説を才人は一蹴した。ガランやブラックピジョンのようにヤプールが人間のペットなどを奪って 超獣化させた例では、どれも凶悪な超獣と化している。 こういうときは、仲間内の中で一番の知性派で良識派のレイナールの意見がほしいところだ。 「ギーシュ、昨日の夜から朝までの間に、何か違和感を感じなかったか? 使い魔と主人は感覚を 共有できるから、どちらかに大きな変化があったら、相手にも多少なりとて影響があるはずだ」 さすが、いいことを言うと才人とギムリは感心した。使い魔との契約を考えた見事な意見だ、だてに 眼鏡はかけていない。 「そういえば、昨日最後にヴェルダンデと別れて、眠る前にずいぶん体がだるかった気がする。あれは、 モンモランシーの愛の痛みだったと思っていたけど、もしかしたら」 「そのときだな、巨大化したのは」 レイナールのおかげで、問題は一歩前進した。ヴェルダンデが巨大化した原因は、その直前に何かが あったと考えるべきだろう。 才人は今のこともふまえて、もう一度ギーシュに質問をぶつけてみた。 「ギーシュ、その別れる前に何があったのかをよく思い出してみてくれ。多分そこで何かがあったんだろう。 例えば、何か妙なものを食べてたとか」 彼の脳裏には、かつて地球でモングラーとなったただのモグラが巨大化した理由が浮かんでいた。 「ええと……ええと……そうだ! あのときヴェルダンデは、地面に落ちてた薬壷からこぼれてた液体を 舐めてたんだ!」 「それだな。その場所に案内してくれ」 4人は、ヴェルダンデを地中に帰すと、ギーシュの案内で昨晩の場所へと駆けつけた。 「ここだ、ここだよ」 「ここって……女子寮のまん前じゃないか、こりないねえお前というやつは」 「そんなことはこの際いいから、その薬壷ってのは、これじゃないのか」 レイナールが、杖の先にひっかけて、泥に汚れた薬壷を拾い上げてきた。 すでに中身は空になっていたが、才人は中から漂ってくる甘い匂いをかいで、自分の考えていた仮説が 正しかったことを確信した。 「やっぱり、ハニーゼリオンだな」 ハニーゼリオン、それはかつて地球で開発された特殊栄養剤の一種であり、生物を急成長させる効果が ある。ただし、過剰に摂取すると、このようになんでもない生物を怪獣化させてしまう恐るべき副作用を持つ。 問題は、なんでそんなろくでもないものがこんなところに転がっていたのかだが、それは薬壷を見た ギムリがすぐに答えを出した。 「これは、モンモランシーの使ってる薬壷じゃないか?」 「そういえば……じゃあ、この薬を作ったのはモンモランシー?」 「そんな! 彼女がそんな恐ろしいことをするもんか!」 「するかどうかはモンモンに直接聞いてみればいいだろ。とにかく、手がかりは掴んだんだ」 ああだこうだと言いながらも、4人は揃ってモンモランシーの部屋に押しかけた。 ドアを激しくノックして、怒ったモンモランシーが顔を出したと思った瞬間、4人は部屋の中になだれ込み、 件の薬壷を彼女の前に突き出した。 「モンモン、この薬壷、お前のだよな」 それを見た瞬間、モンモランシーの顔色が変わった。突然の無礼な来訪者に怒って赤かった顔が、 見る見るうちに青ざめていく。才人達はそれで確信を持った。 「そ、そうだけど、それが何か」 「中に入ってた薬はなんだ?」 「う……た、ただの、失敗作の香水よ」 モンモランシーはうつむいて、たどたどしく冷や汗を流しながら答えた。やはり怪しい。 「目を見て言え、単なる薬じゃないだろ。相当やばいもんだろうが、今なら正直に話せば、先生方には 黙っていてやってもいいぞ」 「う、ほ、本当に?」 その一言で、もうやばいものを作ってましたと告白したようなものだが、4人はとりあえず揃って頭を 縦に振ってみせた。 「う……じゃ、じゃあ言うけど、絶対に他の人には言わないでよね、実は……」 遂に折れたモンモランシーは、とくとくと自白を始めた。そして、その薬の正体は、4人を例外なく 驚愕させた。 「ほ、惚れ薬ぃ!?」 そう、モンモランシーが作ろうとしていたのは、ご禁制の人の心を操る薬、惚れ薬だったのだ。 彼女は、好奇心のほかにも、浮気性のギーシュの気を引こうとしてこれに手を出していたのだ。 まったく女心というものは恐ろしい。 「なによ、そんなに驚かなくたって失敗しちゃったんだから別にいいじゃない!! 大体ギーシュ、 あなたがあっちこっちの女の子にやたら声をかけまくるのが悪いんだからね!!」 全然よくない。大麻草を栽培しようとして枯らしてしまったから無罪だなどということがありえないように、 彼女のやったことは重罪だが、逆ギレしてしまったモンモランシーは、溜め込んできた思いもあって、 ギーシュに八つ当たりをしていた。 そして、あんまりにも馬鹿らしい真実に、才人は呆れ返ってその様子を眺めていた。 「なるほど、惚れ薬を作ろうとして失敗したら、何がどうなっているのかハニーゼリオンができてしまった というわけか……」 ある意味、彼女は天才かもしれないなと才人は思ったが、別に探偵をやっているわけではないから、 犯人を見つけても事件は解決しない。 「それでモンモン、この薬の解毒薬はないのか?」 「え!? ないわよそんなもの、作ろうと思えば作れるけど、材料はこのバカのおかげで全部消費しちゃった から作りようがないの」 それを聞いた才人は、頭を抱えた。 「そうか、惚れ薬の失敗作で変化したなら、その解毒薬でなんとかなるかと思ったんだが」 「え? もしかして、あれを誰かが飲んじゃったの?」 モンモランシーの顔が引きつった。 「ギーシュ、この際彼女にも聞いてもらったほうがいいだろう。実は……」 事情を知らされたモンモランシーが天地がひっくり返ったほど驚いたのは言うまでもない。 「だからモンモランシー、ぼくのヴェルダンデの、ひいてはぼくがこの学院にいられるかどうかの瀬戸際 なんだ。どうか解毒薬を作ってくれ、お願いだよ」 ギーシュの普段のからは想像できないような切実な願いに、しかし、モンモランシーは苦しい表情をして、 言いにくそうに答えた。 「残念だけど、ほとんどの材料は揃えられるけど、一番肝心な『水の精霊の涙』が、どこももう売り切れで 手に入らないのよ。ただでさえとてつもなく高価なものだし、予約を頼んでもいつになることか」 「水の精霊の涙だって!? それは、確かに難題だな。魔法の秘薬のなかでも5本の指に入るほどレアな 代物、おまけに桁外れに高価ときている」 材料がなくてはどうしようもない。4人の顔は絶望に包まれ、ギーシュはもう死霊のようになっている。 「ごめんよヴェルダンデ、でも君を死なせはしない、どこまででもいっしょにいこう……みんな、短い間だった けど、楽しかったよ」 生気を失ったギーシュの独白が、その唇から零れ落ちた。 だが、そのときモンモランシーが、思い切ったように、驚くべきことを口にした。 「一つだけ、方法があるわ」 「えっ!?」 「ラグドリアン湖にいる、水の精霊に直接かけあって、涙を分けてもらうの。わたしの家系は、代々水の 精霊との交渉役をやってきたから、わたしにもその心得はあるわ。ただし、水の精霊はとても気難しい から、ちょっとでも機嫌を損ねたら、もう2度とチャンスはないわ」 それを聞いて、4人の顔に喜色が宿った。 「なんだ、そんな方法があるなら最初から言えばいいのに」 「馬鹿言わないで、そんな簡単に手に入るならわたしだって買ったりしないでとりに行ってるわ。いいこと、 水の精霊は気難しいだけじゃなくて、恐るべき先住魔法の使い手、うっかり機嫌を損ねて水の底に 沈められた先祖が何人いたことか……命がかかってると思いなさい」 4人は、背筋が寒くなるものを感じた。 特に才人以外の3人は、先住魔法という言葉に敏感に反応した。人間の系統魔法とは違う、圧倒的な 威力を誇る先住の魔法は、ハルケギニアの人間にとって恐怖の代名詞でもある。 「わ、わかった。じゃあ、善は急げだ、さっそく行こう」 「ちょっ、今から!?」 「地中にいるとはいえ、たまに呼吸のために顔を出すからいつ見つかるかもしれないんだ。それにどうせ 明日は虚無の曜日で休みだろ」 「わかったわよ。わたしの責任だし、けじめはつけるわ……やれやれ、野宿はお肌によくないのに」 モンモランシーは、ぶつくさ言うと、それでも旅支度を始めた。ここからラグドリアン湖まではゆうに 半日はかかる。 男達は部屋から出ると、それぞれの準備のために一旦自室へ戻っていき、才人はルイズにその むねを報告した。 「と、いうわけなんだが、行っていいかなルイズ」 「はぁ、あんたはどこまで厄介ごとを持ってくるのよ。ほんとにお人よしなんだから……あんなのほっとけば いい……とも今回は言えないか、仕方ないわ、すぐに準備するから手伝いなさい」 「えっ、お前も来るのか?」 意外なルイズの言葉に、才人は思わず声を大きくした。 「勘違いしないで、万一なにかあったら、あんた一人じゃ変身できないでしょ。第一、何かあったらお互いに 相手を連れて行くのがあんたとした約束、この際だから、旅の間にそのたるんだ根性を叩きなおして、 誰が主人で誰が下僕かわからせてやるわ」 口元を歪めて、愛用の乗馬鞭のほかに予備の鞭を3本もバッグに詰めたのは、馬に乗るときのためでは ないだろうと、才人は明るくない未来に祈りをささげた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第90話 決断のとき ウルトラマンメビウス マケット怪獣 リムエレキング 登場 アルビオン大陸を覆っていた戦雲は、長い戦いの末に払われた。 しかし、一つの戦いの終わりは、また新たなストーリーの始まりでもある。 激闘の末に、ブロッケンを倒し、バキシムを退けてヤプールの陰謀を完全に 打ち砕いたウルトラマンA、ウルトラマンメビウス、ガンフェニックスが空のかなた へと飛び去っていったのを見送り、アンリエッタとウェールズたちは、いまだに 興奮冷めやらぬ兵たちをまとめて、負傷者の救護から使い物にならなくなった 城から別の拠点への移動の準備と、戦闘中にも増して忙しい時間が待っていた。 「水のメイジと秘薬は重傷者の介護に優先的に回しなさい。自分で歩ける程度の 負傷者は、たとえ貴族でも後回しにしてかまいません」 「内戦終結を国中の生き残った貴族や領主に知らせて、王政府に従属することを 制約させるために送る書簡と、各国に王政府が復古したことを宣言する書簡が 何百通も、しかも早期にいるだと? なぜそんなことを早く……ええいペンと 公文書紙をもて! それから使者の準備をしろ」 次から次へと面倒な仕事が二人のもとへ入ってくるが、二人は疲れた体を押して その公務を果たしていった。しかし、レコン・キスタの完全崩壊と内戦の終結は、 数日と経たずにアルビオン全土、さらにはハルケギニア全土に伝わって、 また人々は安心して生活できる日が戻ってくるだろう。そのためと思えば、 この程度の苦労はなんでもなく、むしろ力が湧いてくるくらいだった。 その光景を、戦いから解放されたカリーヌ、アニエスらは当然自分たちも 手伝いながら、どこか楽しそうに横目で見ていた。 「ふむ……あれだけのことをこなしたばかりだというのに元気なものだ。やはり、 若いというものはいいものだ。私もあれくらいのころは」 「ほお、伝説の『烈風』の青春? それは少なからず興味がありますな」 短いとはいえ、ともに死地を抜けて戦友と呼べる間柄になったカリーヌとアニエスは、 頼もしく働いている自分たちの主君を見て、満足げにつぶやいていた。しかし、 その余裕は数秒も経たずに破られた。 「お二人とも、仕事は山積みなんですから私語は謹んでください! 隊長、 恩賞を求める貴族や傭兵の部隊が詰め掛けてきてますから、実績と身元、 功績の証拠を書類にまとめて提出するように説明してきてください! 『烈風』どのも、補給部隊がもうすぐ到着するはずですから出迎えと護衛を お願いします。とにかく人手が足りないんですから!」 「あっ! す、すまん」 「むう、騎士など平和になれば役立たずか……」 戦闘となれば一騎当千のアニエスとカリーヌも、戦いが終わってみれば馬車の 中に作った簡易事務所の中で、被害報告や嘆願書やらの書類と格闘している ミシェルに怒鳴られる立場に転落してしまっていた。 「やれやれ……事務仕事を部下に任せきりにしていたツケがこんなところで回ってくるとは」 「まあ、若いうちは何事も経験と思うことだ。愚痴をこぼしていられるのも、今のうちだぞ」 これからさらに忙しくなるだろうし、笑って済ませられないことも数多く出てくるだろうが、 こうして、新生アルビオン王国とトリステイン王国はこの日、新しい一歩を踏み出した。 しかし、どんなに太陽が明るく照らそうとも、いつかは日が沈んで夜が来るように、 ヤプールがまだ滅んでいない以上、この平和がかりそめのものであることを 誰もが知っていた。そう、確かに、ヤプールはこの世界における最大の作戦を失敗し、 多数の怪獣、超獣を失い、バキシムも深手を負ったためにすぐには手を打てない だろうが、奴が復讐をあきらめるということは絶対にない。必ず、より強力な超獣と より悪辣な計略を持って侵略攻撃を仕掛けてくるだろう。それまでに、こちらも 迎え撃てるだけの戦力を整えておかねばならない。戦いは、まだこれからが本番だった。 そしてもう一つ、人間たちを救ったあと、高空をマッハで飛び、かなたへと 飛び去っていった三つの光、その行方がどうなったのか、それからもう一つの幕があがる。 二大超獣を撃破し、大空へと飛び立ったウルトラマンA、ウルトラマンメビウス、 そしてガンフェニックストライカーは瞬く間に人間たちの肉眼で観測できる距離から 飛び去っていっていたが、彼らは神でも霊魂でもない。その消えていった先は 天上界でも冥界でもなく、まだこの世界に確かに存在していた。 ここは戦場から一〇リーグばかり離れた、森の中にぽっかりと開いた草原。 そこに、青々と茂る草花をカーペットにして、才人とルイズが寝転んでいた。 「生きてるなあ」 「そうよねえ……」 全身の力を抜いて、草原の上に大の字で寝転んだ二人の肌を太陽の日差しが 暖めて、吹き去っていった風が冷やし、草の香りが鼻腔をなでる。ハルケギニアの 自然の息吹が、二人に生きているという実感を与えていた。 とにかく、今回の戦いはいままでとは激しさが違った。怪獣、宇宙人、円盤生物、 そして超獣の息もつかせぬ波状攻撃……よくぞ、生き残れたものだ。死を恐れない とか口では偉そうなことを言えるが、やはり生きている幸福は生きているときに だけ味わえるものだ。 「なあルイズ」 「ん?」 ルイズはぼんやりと返事をした。戦いのダメージは、エースが後遺症が残らない ようにしてくれたとはいえ、全身をガタガタになったような疲労感が包んでいる。 しかしそれは心地よい疲れだった。大きな仕事をやりとげた後の、満足感の ともなう疲労感だった。 「俺たち、やったんだよな?」 「ん? んっふっふっふふ……あーはっはっはっ!」 なんのことかと思ったら、そんなことかとルイズは笑い出した。 「おい、なんで笑うんだよ?」 「あっはっはっ! だって、あんまり当たり前なこと言うんだもの。そんなに 自信がなかったの? バカねえ、わたしが保障してあげるわよ。わたしたちは 勝った、どっか間違ってる?」 「はっ……そうか、そうだよな」 ルイズの一言で、才人もようやく胸をなでおろして、ルイズといっしょに大きな 声で遠慮のない笑い声を、彼ら以外誰もいない草原の上に響かせた。 そしてひとしきり笑ったあとで、上体を起こすと顔を見つめあった。 「よう、ゼロのルイズ」 「なに、馬鹿犬」 いつもだったら腹立たしい言葉も、今は何も感じない。むしろ、貴族だの軍隊だの 政治だの、そんなものとは何一つ関係のない凡人以下の自分たちが、一時的にせよ 世界を救ったという圧倒的な優越感が二人の心を満たし、自然と手を握り合った。 そして目と目を見つめあい、どちらからともなく顔を近づけはじめた。 が、そこで突如頭上から響いてきたジェット音と、森の木々をもゆるがせる暴風で 我に返って空を見上げると、そこには。 「サイト、あれは!」 「そうか! 忘れてた」 草原の中央へと向かって、大きな影を差しかけながら降下してくる炎を描いた 鋼鉄の翼。空からジェットの垂直噴射でガンフェニックストライカーが降下してきたのだ。 それは、今から数分前のこと。 「ではメビウス、またあとでな」 「はい、兄さん」 人間たちの見える距離から離れたと確認したウルトラマンAは、ヒビノ・ミライの 姿に戻ってガンフェニックスのコクピットに座ったメビウスと分かれて、一旦別の 方向へと飛んでいった。マグネリウム・メディカライザーでエネルギーを補充 できたものの、活動限界時間は刻々と近づいてきており、早めに変身を解除する 必要があったのである。 「さて、それではどのあたりに……」 見下ろす先は、人里はなれた未開の樹林地帯が延々と続いていた。 サウスゴータ地方はアルビオンの重要な拠点であるが、ひとたび都市部を 離れると、手付かずの自然が残っている。ただそれはいいのだが、そんな中で 変身解除しても上空のガンフェニックスに気づいてもらえないし、気づいて もらえたとしても着陸することができない。 だが、時間が近づいてカラータイマーも鳴り出し、さすがに焦りが湧いてきたときに 森の中にぽっかりと開いた草原を見つけて、そこへ向かって手を合わせると リング状の光線が二つ発射されてエースの姿が掻き消え、草原に降り立った リングの中から二人の姿が現れた。ただし、二人とも疲労感だけはしっかりと エースから分け与えられていたために、開放感からすっかりガンフェニックスと メビウスのことを忘れて、寝込んでしまっていたのだった。 「すげえ、本物のガンフェニックストライカーだ!」 雑誌やテレビの中で親しみ、何度か東京上空を飛んでいくのを遠くから見ていた CREW GUYSの主力戦闘機が今、目の前に実物が下りてこようとしている。 「サイト、一応聞いておくけどあれって……」 「ああ、おれの世界の戦闘機だ。すっげーっ! こんなに近くで見るの初めてだ」 興奮して目を輝かせている才人と、圧倒されているルイズの前で、ガンフェニックスは ジェット噴射で彼らの髪をなびかせながら着陸し、ガンウィンガーのコクピットが 開くと、そこから才人にとってあこがれの人物が降りてきた。 「ヒビノ・ミライ隊員だ!」 そう、彼こそウルトラマンメビウスその人。あのエンペラ星人との決戦のときに、 才人も彼がメビウスであることを知って、ずっと一度会ってみたいと思っていたのだ。 さらに見てみれば、ガンローダーやガンブースターからも、TVで見知ったGUYSの 隊員たちが続々と降りてくる。皆、地球を救ったまぎれもない英雄たち、才人 だけでなく、地球で彼らのことを知らないものはいない。 だが、ガンフェニックスから降りて、こちらに向かって駆けてきたミライ隊員の 第一声は、二人を仰天させた。 「エース兄さん!」 「え?」 「へ?」 一瞬、空気が凍りついた。にこやかに笑っているミライに対して、二人の顔は 驚愕とパニックで引きつってしまっている。が、それも当然である。いきなり 正体をそのものずばりで言い当てられてしまったのだから。だけど、二人が 鯉のように口を無意味に動かしながらうろたえていると、そこへセリザワが とがめるようにミライへ告げた。 「メビウス、お前と違って人間と同化したウルトラマンは元の人格と同居して いるんだ。そんな直接的に言っては驚かせてしまうだろう。それに、彼らにも 人間としての生活があるんだ。それを考えろ」 厳しいセリザワの言葉に、ミライははっとしたように二人に向かって頭を下げた。 「す、すみません。つい兄さんとまた会えたことがうれしくて」 「あ、そんないいですよ」 ほとんど九十度の姿勢で、すまなさそうに頭を下げられては怒るセリフなど 湧いてくるはずもなかった。 しかし、頭の回転が人一倍速いルイズはセリザワとミライの言葉の中にあった 聞き捨てならない単語を耳ざとく捉えていた。 「ちょっ、ちょっと待ってよ。わたしたちを兄さんってことは、あんたは……」 するとミライはルイズのほうを向いてにっこりと笑い。 「はじめまして、僕はヒビノ・ミライ、ウルトラマンメビウスです」 「えっ……ええーっ!」 びっくり仰天して、思わず後ろに飛びのいたルイズを見て、才人はやったねと ばかりに口元をほころばせた。見ると、後ろのほうでもマリナ隊員やジョージ隊員が 苦笑いしていた。 「あーあ、そりゃまあびっくりするよね。あたしたちだってそうだったもの」 「そうだよな。で、ミライ、その二人がか?」 「はい! お二人の手の、ウルトラリングがその証拠です!」 明るくはきはきと語るミライは、頼もしい兄を自慢するようでとても輝いていた。 それはそうだ、エースだけではなく、長男ゾフィーから一つ上の兄の80まで 誰もが地球と宇宙の平和を守り抜いてきた永遠のヒーローたちだ。今では メビウスもその栄光あるウルトラ兄弟の中の一人であるが、彼にとって 兄たちがあこがれの人であるのは変わりない。 がしかし、目の前にいる子供二人がウルトラマンだとはにわかには信じがたい GUYSの面々に興味深げに見つめられて、ルイズは自分がまるで珍獣になった ような気分を味わっていた。 「ちょっとサイト、この連中なんなのよ!?」 「おっ、落ち着けルイズ。えーっと、話せば長いことながら……とりあえずサインください」 「あんたが落ち着けぇ!」 あこがれのヒーローのウルトラマンメビウスと会えて、才人はアイドルの コンサートで偶然声をかけてもらったミーハーな女の子のようになっていた。 といっても、本物のウルトラマンや防衛チームの人たちに会えたのだから 才人ならずとも大なり小なり動揺しただろう。道端で総理大臣だの大統領に 会ったのだとかいうのとは格が違う。 ちなみにそのとき、エースは大混乱まっしぐらな才人とルイズを置いていて、 メビウスとテレパシーでわずかだが先んじて会話をしていた。 (あらためて、よく来てくれたなメビウス) (はい! リュウさんや、GUYSのみんなのおかげです) ウルトラマンA、北斗星司はGUYSの面々を見て、かつてのTACの仲間たちの ことを思い出した。かつて、ウルトラマンジャック、郷秀樹はGUYSのことを家と 表現したが、それほどの絆で結ばれた仲間を得ることほど、人生においての 宝はない。 (迷惑をかけたな。皆は変わりないか?) (はい、ゾフィー兄さんも、大隊長もきっと喜ぶと思います) (そうか……) メビウスはうれしそうに言うが、その言葉でウルトラの父や兄弟たちに心配を かけていたとわかって、エースは罪悪感を覚えた。それに、ボガールによって M78星雲のアニマル星が襲撃されたことなどを聞かされて、ヤプールの 攻撃が向こうの世界にも及びはじめたことを知って慄然となった。 (ほんの半年でそこまで……ヤプールめ、怪獣墓場にはまだ数多くの凶悪 怪獣たちが眠っている。このままでは、奴の戦力は際限なく強化されていくぞ) いくら攻撃を食い止めても、ヤプールはいくらでもやり直しが利く状況では いつまで経っても戦いは終わらない。新たなる戦いの予感が、エースの心に 走ったが、彼は才人とルイズの分も疲労していたので、残念ながら会話は それ以上長くは続けられなかった。けれどそれでも、ミライは心配しつづけていた 兄の無事を確認できてうれしかった。 しかし、感動の再会を果たした兄弟とは裏腹に、いつものやりとりをはじめた 二人だったが、才人も浮かれてばかりはいられなかった。 「しかしミライ、あんまりホイホイ正体明かすようなまねすんなよ。いくら相手が お前の兄さんだからってな。さてと、君が平賀才人くんだな?」 「え!? どうして俺のことを」 てっきりGUYSはウルトラマンAを追ってやってきたと思っていた才人は 驚いたが、リュウはまだ貫禄というものにはほど遠いものの、姿勢を正して 彼に言った。 「GUYSの情報収集力を甘くみちゃいかん。ウルトラマンAが消息を絶ったのと 同じ日に、君が失踪した秋葉原で次元の歪みが観測されていたんだ。 それで調べた結果、君のことが捜査線に浮上してきたのさ」 セリザワ隊長とサコミズ隊長を真似しているのだろうけれど、どちらかといえば トリヤマ補佐官のほうを連想させるリュウの仕草と口調に、マリナとジョージは 声を殺して笑っていた。 「じゃあ、GUYSはおれを探してここへ?」 「人命救助も、立派なGUYSの仕事だからな。命の大切さに、人間もウルトラマンも 差はねえよ。しかし、まさかウルトラマンAと合体してるとは思わなかったけどな」 「あ、はい……ぼくらは、エースに命を救われたんです」 才人はリュウたちに、ベロクロンに一度殺されて、それでウルトラマンAに 救われたことを語った。 「本当は、ぼくたちはとっくのとうに死んでるはずだったんです。けれど、エースに 助けられて、それでせめて役に立てればと思って」 「そうか、苦労したんだな。たった一人で、よく頑張った」 「いえ、おれは決して一人じゃああり……いだだだっ!?」 一人ではありませんでしたと、そう言おうとしたところで才人は耳を思いっきり 引っ張られる痛みに襲われた。 「こらあ、このバカ犬! さっきからご主人様を無視して、なに一人でくっちゃべってんの!」 存在をスルーされていたことで、夜叉のようになっているルイズの顔を見て、 しまったルイズのこと忘れてたと思ったときには遅かった。 「あだだだ! ルイズ、ちょっとやめろって!」 「うるさい! だいたいあんたはなにかれ構わず気が散りすぎるのよ。もう 何百ぺんも、なにを置いてもわたしを第一に行動しなさいと言い聞かせてあげてる でしょうが!」 才人は、そんなに言われたか? ていうか忘れてたのは謝るから爆発は 勘弁してくださいと、必死に懇願したが、ルイズの怒りはそんな簡単には 収まりそうもなかった。なにせ、プライドと独占欲が人一倍強い上に、主人と 使い魔という関係から才人に対しては自制心が極端に薄い彼女のこと、 最初はガンフェニックスや、ウルトラマンメビウスに驚いて慌てたが、 気が落ち着いてみれば、無視されていた不愉快さプラス、せっかくさっきは 才人といい雰囲気になりかけたところで水を差された腹立たしさが蘇ってきて、 ルイズの機嫌はツインテールを食べ損ねたグドンのようになってしまっていた。 もっとも、そんな二人の様子を見てあっけにとられたのは、もちろん二人の いきさつなど知るはずもないGUYSの面々であった。 「えーっと、そちらのお嬢さんは……」 GUYSの面々は、視線を隣で不機嫌そうにしているルイズへと向けた。 すると、ルイズはきっとして振り返ると、地球の街場で見かけるような 女子高生とは比較にならないほど、鋭い目つきで彼らを睨み付けた。 「なに!?」 目つきの悪さなら、残酷怪獣ガモスといい勝負をしそうな今のルイズを 前にしては、大抵の男はおじけずいて声をかけられないだろう。だが、 そこで持ち前を発揮したのが、GUYS一の伊達男のジョージだった。 「失礼、セニョリータ、君のパートナーを無断でお借りしてすみませんでした。 私はCREW GUYS JAPANの隊員でジョージと申します。よろしければ うるわしき貴女のお名前をお聞かせ願えますか?」 「あら、少しは礼儀のわかる奴がいるみたいね。いいわ、わたしの名前はルイズ・ フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、以後お見知りおきを」 聞いているこっちが恥ずかしくなるジョージの歯の浮くようなセリフが、 意外とルイズの気に入ったようだった。とはいえ、同じような台詞ならほかの 貴族から飽きるくらいに聞かされているであろうルイズに通じたのはジョージの 人柄のなせるわざか。ともあれ、ずいぶんと今更だが、ここに来てようやくルイズと GUYSの面々はお互いに名乗りあった。しかし、さっきの才人の説明でルイズが 才人と同じく、ウルトラマンAと分離合体している人間なのはわかったが、 その才人との係わり合いがGUYSの面々を唖然とさせた。 「こいつはわたしの召喚した使い魔、だからわたしはこいつの主人なのよ!」 「はぁ?」 怪訝な顔をする一同を前にして、才人は頭が痛くなるのを我慢して、あまり 思い出したくない召喚時の思い出と、ルイズとはそれでご主人様と使い魔という 関係になってしまったこと、それでこの半年をいろいろな事件に見舞われながらも 微妙な関係を続けてきたことを、とりあえずルイズを怒らせない程度にまとめて 説明した。しかし、戦闘中にもこの星の住人は完全な地球人型で、星もほぼ完全な 地球型惑星であることは観測されており、だからこそ宇宙服もつけずに ガンフェニックスから降りてきたのだが、ここまで地球とそっくりだと時空を超えて きたという実感も薄まってしまっていた。 「なによ?」 「えーっと……人間、だよな?」 「はぁ? なに寝とぼけたこと言ってるの、あんたバカぁ?」 と、言われてもリュウたちから見れば、ルイズは中学生くらいの普通の女の子に しか見えないので、なんと言ってきりだせばいいのか困惑してしまっていた。 なにせ、過去の記録はともかくGUYSが直接会ったことのある宇宙人では サイコキノ星人のカコや、メイツ星人のビオも人間と同じ姿をしていたが、 あれはあくまで地球人に変身していたのであって、元から完全な地球人型の 宇宙人と会うのはこれが初めてである。またルイズのほうも、GUYSの 面々をあからさまに警戒している。 「お、おいルイズ」 「なによ、ケンカ売ってるのはあっちでしょ。人のことじろじろ見て、失礼ったらないわ」 それはそうなのだし、ルイズの性格から言って見世物のようにされるのは到底 我慢ならないものなのもわかるが、自分でさえハルケギニアになじむにはかなりの 時間を必要としたのだ。まして、GUYSの面々はこちらに来てまだ一時間も経って いないのである。 これはまずいかも……互いに、話を切り出せずににらみ合いが続き、このままでは、 ただでさえ短気なルイズが怒って、話がややこしくなると思った才人は慌てて 両者のあいだに入って、まためんどくさいなあと思いながらも、ルイズには GUYSが自分の国でウルトラマンといっしょに平和を守った人たちであること、 GUYSの面々には、このハルケギニアは地球と非常によく似た環境や文明を持って いるが、彼らが魔法と呼ぶ超能力は持っているものの、まだ自分たちが星というものに 住んでいる概念すらないことを、大急ぎで説明した。 「……というわけです。あー疲れた」 さっきから説明しっぱなしで才人はようやく息をついた。ほんとに、こんなに しゃべったのは久しぶりだ。召喚のときから今までのことを、ほとんど根こそぎ 口に出してしまったように思える。水があったらペットボトル一本分は飲みつくしたい ところだが、才人やウルトラマンAが消えたいきさつから、このハルケギニアの 概要をまとめて聞かされたリュウたちのショックは大きかった。 「つまり、ここには宇宙船とか時空転移装置とかいうものは?」 「そんなもん、あったらとっくに使わせてもらってますよ」 「あー……なんてこったい」 才人が次元の裂け目に消えてしまったことについては判明していたものの、 そんなものを作り出すのだから、てっきり科学の進んだ星に連れ去られて しまったものだと思い込んでいたGUYSの面々は、それがまさか使い魔召喚の ための儀式による事故だったとは思いもよらず、拍子抜けしたようにしていた。 唯一の例外は、ウルトラマンヒカリと意識を共用しているセリザワで、彼はその 科学者としての知識と経験から、彼らにこう説明した。 「テレポーテーションやワープのミスで、たまにとんでもない場所に出たり、 時空を超えた場所からものを呼び寄せたりすることがある。ある星の例だが、 ブラックホール兵器の実験中に、誤って古代の巨大昆虫を呼び出してしまい、 都市がひとつ壊滅させられた例があるそうだ」 ウルトラマンでさえ、空間移動には膨大なエネルギーを必要とする。この星では それがサモン・サーヴァントという形でそれが日常的におこなわれているが、実は 自分の望んだものを遠方から転移させてくるというのは大変なことなのだ。 また、魔法についてなのだが、一応証拠としてルイズが爆発を起こして見せたものの、 分身したり火を噴いたりと、超能力を持った宇宙人は山のようにいるので初期の 才人のようにGUYSの面々は特に驚いたりはしなかった。むしろそれよりも、 あらためてルイズの顔と才人の顔を間近で見比べて。 「しかし、ほとんど地球人と同じなんでびっくりしたぜ」 そう言われて才人ははっとした。確かに、地球人から見ればルイズたちは 別の星の、いわゆる宇宙人に違いない。魔法という超能力を使える以外は 一切違いがないので、これまで考えたこともなく、思わず自分もルイズの顔を じっと見つめた。 「なによ、わたしの顔になんかついてるの?」 「あ、いや……なんでもねえよ」 髪の毛をかきむしって、才人はいかんいかんと自分自身に警鐘を鳴らした。 考えてみれば、ウルトラマンはいうに及ばず地球人だって立派な宇宙人ではないか、 彼は自分の心の中に、宇宙人イコール悪という間違った方程式ができていたことに 自己嫌悪を覚えると、それを意識して追い出した。しかし、同時にやはり自分は 違う星に生まれたのだということをあらためて実感してしまうことになった。 「言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」 「いや、ほんとになんでもないって。あ、そういえばエースはM78星雲出身の ウルトラマンは、この世界の人間と同化しないと一分間しか行動できないって 言ってたのに、どうしてメビウス……ミライさんはなんともないんですか?」 余計なことを言ったらまた殴られそうだったので、才人はとにかくごまかした。 「そういえば……あのときエースは太陽の光に苦手なものが含まれてるとか 言ってたけど、どうしてあんたは平気だったの?」 ウルトラマンダイナやウルトラマンジャスティスはM78星雲出身ではないので 別格だと思っていたが、エースと同族のメビウスはその制約を受けてしまうはず なのだ。しかしミライは少し考え込むと、その質問に一つの仮説を提示した。 「いえ、エース兄さんの言うとおりだと思います。僕も変身したときに、少しからだが 重いような気がしました。僕が平気でいられたのは、多分これのおかげだと 思います」 そう言ってミライは左腕に現れたメビウスブレスをかざして見せた。 「これは、ウルトラの父から預かった神秘のアイテムなんです。武器としてだけでなく、 様々な環境から僕を守ってくれています」 「へえ、便利なものがあるものだなあ」 才人はミライの腕に赤く輝くメビウスブレスを見て思った。メビウスブレスは 今でも謎の多いアイテムで、変身のときやメビウスの技の元になるだけでなく、 本来ウルトラ心臓を持つタロウにしかできないウルトラダイナマイトを、ウルトラ心臓の 代わりになることで可能にするなど、超絶的な力を秘めている。これが、どういう 理屈かはわからないが、メビウスをこの星の環境から保護しているのだろう。 「この星は、僕たちM78星雲のウルトラマンにとっては過酷な環境なんですね。 エース兄さんをずっと助けていただいて、どうもありがとうございました」 「いや! 命を助けてもらえたことに比べればこのくらい」 「まあまあミライ、つもる話は多いが、ともかく今はみんな無事だったことを喜べよ。 ほんとに、無事でよかったよかった。なあ」 「あ、ありがとうございます」 豪快にリュウに肩を叩かれると、才人の体が強く震えた。自分のような、 まだ未成熟で、魔法の力で底上げした強さしかない細身ではなく、長年の鍛錬と 実戦で鍛え上げられた大人の体、戦士の肉体の力強さだった。もっとも、 マリナなどは「熱血バカはこれだから」などと呆れているが、やがて才人に 向かって話しかけた。 「ところで才人くん、私たちに聞きたいことがあるんじゃないかな?」 「あっ、そ、そうだった!」 うっかりあこがれのGUYSやウルトラマンメビウスと会えたことで舞い上がっていたが、 考えてみれば、聞きたいことはほかにも山のようにあった。どうしてGUYSがこの世界に 来れたのか、地球は今どうなっているのか、ほかにも地球に残してきた両親の ことなど数限りない。だが、頭の中を整理すれば一番に聞きたいことは決まっていた。 「ど、どうやって、あなたがたはこの星にやってきたんですか?」 やはり、何をおいてもそれしか考えられなかった。地球とハルケギニアは完全に 次元を超えた別宇宙にあるのに、いったいどんな方法を使ってその壁を超えてきたのか? しかし、それに答えたのはここにいる誰でもなかった。 ”それに関しては、私が説明してあげるわ” 突然、どこからともなく響いてきた声に才人とルイズは驚いたが、ジョージが GUYSメモリーディスプレイを差し出すと、そこにはフェニックスネストの ディレクションルームで手を振るフジサワ博士が映し出されていた。 「はじめまして、才人くんに、異星のお譲ちゃん」 「わっ! なによこれ」 「あー、簡単に言えば遠く離れたところにいる人と話せる道具かな」 才人も、ルイズに地球のものを説明する要領をわかってきていた。どうせ理屈を 教えても無駄なのだから、役割だけを答えればいい。地球人の自分が魔法の 理屈を理解できないのと同じことだ。 ディスプレイを通して見る後ろのほうでは、サコミズやミサキが見守る前で、 新人隊員たちが緊張して構え、データの記録と分析に当たっている。あと、 留守番部隊のテッペイとコノミが、「魔法の星なんて、リュウさんたち、なんて うらやましいんだ」と、学術的興味とロマンの両面から残念がっている。 だが、きさくに話しかけてくるフジサワ博士から教えられた答えは、二人を 仰天させるのに充分だった。 「日食が、地球とハルケギニアを結ぶゲートですって!?」 「ええ、地球でも今年に数十年に一度の大型の皆既日食が起きるって ことは知ってた? あなたの消えた日の異次元のゲートを調査しているうちに、 それと同じ波長の時空波を突き止めて、しかも観測を続けた結果、それがピークに 達するのが偶然にも日食のときだとわかったの。多分、二つの星は時空間で 何かしらの結びつきがあって、それが強く顕実するのが日食のときなんでしょうね」 その理由はフジサワ博士にも残念ながらわからない。強いていうなら古代に なんらかの魔法の力が働いたのかもと、あいまいな答えしか出てこなかったが、 原因よりむしろ結果が大事であった。 「じゃあ、あそこにはまだ……」 「ええ、肉眼で視認はできないでしょうけど、地上高度六千メートルに、 確かに亜空間ゲートは存在してるわ」 才人は思わず空を見上げて、目を焼いた日の光を手でさえぎりながらも 顔を上げ続けた。目には見えないが、太陽の中に地球へとつながる門が、 この世界に来てから探し続けてきた門が、あそこにあるのだ。 「ただ、時空のゲートは見つかっても、それが正しくこの世界に通じている かどうかまではわからなかったわ。下手に飛び込んだら、それこそGUYSも 全滅なんてことにもなりかねなかったしね。けど、あなたたちは本当に 運がよかったわね」 「どういうことですか?」 意味がわからなかった才人に、フジサワ博士に代わって説明したのは ミライだった。彼は、昨日の異空間内での戦いのときにゼロ戦に乗った 才人の姿を見かけ、それでその消えた先にウルトラマンAもいると確信して フジサワ博士に連絡をとり、開いたゲートを通してわずかに伝わってくる エースの思念をたどって、ここまできたのだと語った。 「あのエアロヴァイパーの時空間にGUYSも……そうとわかっていたら……」 「ああ、気に病むことはないわよ。ガンフェニックスの記録を見たけど、あんな 一瞬のこと、ミライくんでもなければ気づけっこないわよ。けれど、それだけでは 二つの世界を結びつけることはできなかった。それで開発したのが……」 そこでフジサワ博士は、科学者らしくもったいつけた様子で間をおくと、 手品のタネを明かすように誇らしげに語った。 「新型の、メテオール!?」 「そう、私が作った最新型メテオール、『ディメンショナル・ディゾルバーR(リバース)』、 かつて異次元人ヤプールの異次元ゲートを封鎖したディメンショナル・ディゾルバーの 極性を反転させて、異次元ゲートを封鎖するのではなく、固定して半永久的に 開いたままにするのよ」 自分が作ったんだぞと、誇らしげに語るフジサワ博士の態度は、どこかしら エレオノールを連想させてルイズは嫌な感じになったが、これで一番の謎は解けた。 「苦労したのよ。日食がゲートを開く鍵だとわかったのはいいけど、地球で次の 日食までたった一日しかなかったし、ゲートをこじ開けるにはフェニックスキャノンを 使わなきゃならないから、フライトモードを起動させるのにみんな不眠で頑張ったんだから」 「そこまでして……」 「気にしなくてもいいわよ。みんなお礼なんか目当てじゃないんだし、それに、 私はもう一つ実験してみたいこともあったしね」 「え?」 怪訝な顔をした二人の前で、緑色の粒子がきらめいたかと思うと、ルイズの 目の前に、白くてまるっこいからだをしたぬいぐるみのような怪獣が現れた。 「ひっ……きゃーっ!」 思わず突き飛ばしてしまったルイズの手の先で、小型の怪獣はくるくる 宙を舞うと、ひょいとマリナの頭の上に乗っかった。 「あはは、心配しなくてもいいわよ。リムはとってもおとなしくていい子なんだから」 「そ、それってGUYSのマスコットの?」 「ええ、マケット怪獣のリムエレキング、愛称はリム。どう、可愛いでしょ」 そう言って、マリナはそっとリムをルイズに差し出した。この、体長ほんの 40センチほどしかない小さなエレキングは、ミクラスなどと同じくGUYSの 粒子加速器で生成された高エネルギー粒子ミストを使って生み出される、 擬似的な生命体『マケット怪獣』の一体である。ただし、意図的にではなく 過去に粒子加速器の故障で偶然生まれたためにほとんど戦闘力はなく、 現在はその愛らしい姿からCREW GUYS JAPANのマスコットキャラとして 人気を集めている。とはいえ、小さいけれども怪獣であり、ハルケギニアで 小さいころから色々な幻獣を見てきたルイズも、恐る恐るといった様子で 受け取ると、そっと抱きしめた。 「へ、平気よね?」 「大丈夫です。リムも僕たちの大切な仲間です。人に危害を加えたり するようなことはしませんよ」 ミライもそう保障してくれて、ルイズは最初はビクついていたが、やがてリムが 小さな声で鳴いて、体をもぞもぞと腕の中で動かすと、ルイズの顔も赤ん坊を抱いた 母親のように柔らかくなっていた。 「……けっこう、かわいいかも」 もっとも、才人にとってはリムよりもそんなルイズの表情のほうが可愛らしく、 思わず顔がにやけかけたのを見られかけて、慌てて話題を戻させた。 「そ、それで実験ってのはこのことなんですか?」 「ええ、亜空間ゲートを越えて、どれだけのものを送り込めるかやっておきたくて、 けれどリムを出現させるための分子ミストもそちらに送り込めるということは、 少なくとも、二つの世界の行き来にはほとんど支障はないみたいね」 要するに、ガンフェニックスなどを使えば、ハルケギニアと地球の行き来が 可能だということを意味していた。しかしそれは、才人にとって無意識に 考えることを避けてきた、一つの選択をいやおうなく思い出させることでもあった。 そして、半分自慢に近い説明を終えたフジサワ博士が満足して引っ込み、 テッペイが話の要点をまとめようとしたとき、才人の動揺は決定的になった。 「通信の確保及び、ゲート内の空間の航路確保の計算も完了しました。 現在、両世界間の直結はほぼ完璧です。これならば、才人くんをこちらの」 「あっ! そういえばリムエレキングをこっちで実体化できるということは、 もしかしたらほかのマケット怪獣も?」 「え? ああ、それは……」 強引に話に割り込んで中断させたが、それは、地球との行き来が可能だと わかったときに、半年前の自分ならば必ず口にしたはずの言葉を、今口に出すこと、 そして聞くことを恐れているということを思い知らせるだけであった。 「サイト、どうしたの? なんか顔色が悪いわよ」 「そ、そうか? 気のせいじゃないか」 無意識のうちに湧いてきた冷や汗を、ルイズは目ざとく見つけていた。 しかし、ごまかしきれずに心音は高鳴り、口の中はからからに干からびてくる。 その理由は、自分でわかっている。 「いえ、ほんと顔色悪いわよ? どっか、怪我でもしてた?」 普段、大抵のことではほうっておかれるルイズがここまで言うのだから、 顔色がないのは本当のことなのだろう。心配したマリナが、医療セットを とってこようかと言ってきたが、問題は心理的なものなのだから体をどうした ところで回復したりはしない。 今の才人は、まるで悪い点をとったテストのことを親に思い出されたくない 小学生のように、皆の一挙一頭足におびえていた。だが、どんなに 引き伸ばそうとしても、それが一時しのぎにしかならず、どれだけ聞きたくないと 思っても、その時は躊躇無くやってくる。 「よかったな、これで日本に帰れるぜ!」 まったくの、何の邪気もない親切心で言われたその一言が才人を打ちのめした。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第96話 一人の変身 ウルトラマンメビウス ウルトラマンヒカリ 彗星怪獣 ドラコ 肉食地底怪獣 グドン 再生怪獣 グロッシーナ バリヤー怪獣 ガギ マグマ怪地底獣 ギール 登場! 才人とルイズ、地球とハルケギニアや、宇宙の様々な人々の思いを乗せて、 夜の帳は二つの月が沈むまで続き、そして東の空に真っ赤に燃える太陽が 登ったとき、全宇宙の未来を左右するかもしれない運命の日の朝は明けた。 遠くに見える山すそから登った太陽が黄色い光で魔法学院を照らし出す。 その窓枠の隙間から差し込んできた朝日をまぶたの上に受けて、才人は 目を覚ますと、ベッドから降りて窓を大きく開け放った。 「朝、か……」 見渡す限りの清浄な青空と、それに照らされた学院が、半年間見慣れたままの形で 眼下に広がっている。しかし、広大な中庭の中に着陸しているガンウィンガーを 見ると、昨日までのことが夢でも幻でもなく、今日この世界と別れて地球へ帰らなければ ならないのだということを、あらためて覚悟させられた。 「ルイズ、起きろ朝だぞ」 「うーん、あと五分……」 気分を変えようとしてルイズを揺さぶった才人だったが、ルイズはまだ寝ぼけて いるらしく、布団にしがみついたままで動こうとしなかった。 「こいつは……」 こんな日だというのに、まるで緊張感のない一言目の台詞に、才人は思わず このまま帰ってやろうかと、少々腹立たしい気分になった。そりゃあ、一睡も できずに朝まで目を腫らしたままでいてほしいとか、そんなわけではないが、 それにしたってあんまりというものがあるだろう。 めんどうくさくなった才人は布団をひっぺがそうかと思ったが、ふとちょっとした いたずらを思いついて、ルイズの耳元で声真似をした。 「こらルイズ、ちびルイズ! 起きなさい」 「ひぎゃ!? ご、ごめんなさいお姉さま、いますぐに! あ、あれ?」 もっとも苦手とする姉エレオノールの物真似に、寝ぼけていたルイズは 飛び起きると、才人がニヤニヤしながら隣に座っているのを見て、混乱する 頭で状況を整理して、十五秒後に自分がだまされたことに気がついた。 「あ、あんたねぇーっ!」 「大成功っと、王宮で一度見ただけだけど、お前の姉さん怖そうだったしな。 普段ならひっかからないだろうけど、さすが寝起きじゃ判断できなかったか」 「よ、よくもだましてくれたわね。しかもよりによって、エレオノールお姉さまの 声で……か、覚悟はできてるんでしょうねぇ」 「お前がいつまでもぐーすか寝てるからだろ! こっちは早くに目が覚めちまった ってのに、ずいぶんと深くお休みのようですいませんでしたねえ」 憎憎しげに言う才人の言葉に、ルイズははっとなって昨晩のことを思い出した。 あのとき、母親からのメールを見て泣き崩れた才人を見て、彼の家族を 離れ離れにしてしまった罪悪感と、もう才人をここに引き止めておくことは できないという悲しさから逃れようとして、思わず子供の頃のように 毛布を頭からかぶってうずくまってしまったのだが、どうやらそのまま昼間の 疲れから眠り込んでしまったようだ。 「そうか、あんた今日帰るんだったわよね」 「そうだよ、やっと思い出したか? それをまあのんきにぐーすかと、たいへん 幸せそうでけっこうでしたねえ」 「なによそれ……わたしがどんだけあんたのために……ああそうよ、だって 同然でしょ、たかが使い魔一匹親元に帰すだけで、このわたしがメソメソする とでも思った? 思い上がりもはなはだしいわ」 「ふん、どうせおれはいくらでも代わりのいる使い魔なんだろ、とっとと帰って やるから、あとはドラゴンでもなんでも勝手に呼び出しやがれ」 売り言葉に買い言葉、憎まれ口の応酬を始めてしまった二人は、才人は 自分が帰るというのに平気な態度をとっているルイズに、ルイズは何食わない 顔をして帰ろうとしている才人へ、共にいらだちを言葉に込めて叩き付けた。 それが収まったのは、『アンロック』で部屋の扉を開けて無遠慮に踏み込んできた 乱入者の、炎の魔法の一発によるものであった。 「目は覚めた?」 キュルケがそう言うと、髪の毛の一部を焼け焦げさせた二人は、黙って コクコクとうなずいた。水で酔いを醒ますのは聞いたことがあるけれど、 炎で目を覚ますことになるとは思わなかった。 「まったく、なにかぎゃあぎゃあと騒がしいと思って来てみたら、あんたたちは ほんといついかなる状況でも、マイペースというか、進歩というものがないわねえ、 おかげでこっちの目もばっちり冴えちゃったわよ」 やや論点はずれているが、てっきり昨夜は最後の夜だから男と女でいいところまで 行ったんじゃないかと期待していたキュルケは、欠片の進歩も無く予想を裏切って、 普段どおりのケンカをしていた二人に、失望もあらわにため息をついた。 けれど二人からケンカの理由を聞いたキュルケは、一転して猫のように くすくすと口に手を当てて笑った。 「そう、つまりお互いに、相手に心配してもらいたいって思ってたんだ。じゃあ わざわざケンカする必要なんかないじゃない」 図星を指された二人は、仲良く「ひぐっ」と、情けない声を出して顔を赤くした。 まったく、いつまでたってもまともに本心を表せない二人の嫉妬や甘えなど、 百戦錬磨のキュルケの目にかかれば、特殊噴霧装置で色をつけられた クール星人の円盤のようなものだった。 人間というのは不思議なもので、これから人生を左右するような大変なことが 起きるとわかっていても、そのときまではなぜか至極普通に日常を送れてしまう。 ルイズと才人は、やはりどう周りが転ぼうとルイズと才人以外の何者でもなかったらしい。 よく見れば、キュルケの後ろにはタバサも来ており、いつものように身長より ずっと大きな杖を抱えて、無表情で立っていた。 「時間……」 はっとして時計を見ると、時刻は早くも朝の七時に迫っていた。GUYSが 最後にこちらにやってくる時間が九時に予定されていることを考えると、 時間はほとんどないといっていい。 「アルヴィーズの食堂に、朝食を用意していただいてるわ。二人とも、さっさと 着替えていらっしゃいな」 「ええ……」 あっさりときびすを返してキュルケとタバサが部屋から出て行くと、二人は 大急ぎで服装を整えて食堂へ向かった。 学院は、この時期ほとんど無人ではあるが、ここに住み込んでいるオスマンや、 警備兵のためにごく少数の使用人が残っており、食堂にはいつもの貴族用の 豪華なものとは比べ物にならないが、湯気を立てた朝食が六人分用意されていた。 「ミライさん、セリザワさん、おはようございます」 「おはよう、才人くん、ルイズちゃん」 すでに席についていたミライとセリザワにあいさつをして才人はルイズと並んで 席に着いた。見ると、二人の上着や手のひらには洗ってはいるが黒い油汚れが ついており、多分日の出とともにガンウィンガーの整備を済ませたに違いない。 「あの、迎えのほうは?」 「すでに地球との連絡はとった。九時には予定通り、ここにやってくる。君も、 用意を怠らぬようにな」 恐る恐る尋ねた才人の言葉に、セリザワは余計な修飾は一切つけずに 簡潔そのもので答えた。それは、もう決めたことには口出しはしないのだと、 突き離されたように才人は感じたが、万一トラブルが起きて地球に帰れなく なったらと、期待していた部分があったのも事実ではあった。 六人は、ルイズたちは始祖へのお祈りの後に、才人たち地球組は 「いただきます」とあいさつして、黒パンや野菜スープの朝食に手を付けていった。 しかし、食事を始めたあとも誰も一言も発せず、ただでさえ広すぎる食堂に 六人しかいないために、場の空気はやたら重苦しいものになっていった。 そのときである、才人の左向かいの席で皿に盛られたサラダを黙々と口に 運んでいたタバサのところから塩の小瓶がこぼれて、才人の足元にまで 転がっていった。 「とって」 「うん? ああ」 頼まれて、才人はかがむと小瓶を拾い上げて、タバサに手渡そうと手を伸ばした。 「ほら、もう落とすな、よ……?」 不思議な既視感が才人を襲った。なんだ、前にもこんなことがあったような? こぼれた瓶を拾って渡そうとして……そうだ、あれは。 ”落し物だよ。色男” 思い出した。忘れもしない、召喚された翌日の昼休みのこと。 あのとき、突然召喚された上に主人と名乗ったルイズにぞんざいに扱われて、 イライラしていた自分は、唯一優しくしてくれたシエスタに恩返しをしようと、 手伝いを買って出て、それで食器運びの最中に偶然、まだ名前も顔も知らなかった ギーシュが落とした香水の小瓶を拾って…… 「サイト、どうしたの?」 小瓶を持ったまま固まってしまった才人に、ルイズが声をかけると、彼ははっとして タバサの前に塩の小瓶を置くと、一度ぐるりとアルヴィーズの食堂を見渡して、 微笑を浮かべた。 「懐かしいな、ここはあのときのまんまだ。覚えてるか? あんときは、お前は あのへんの席に座ってて、おれはその隣の床でメシ抜きにされて、そんでギーシュの やつが向こうのほうでバカな話で盛り上がってたよな」 次々に指差して語る才人の言葉に、ルイズも彼が何を言おうとしているのかを 記憶の奥底から蘇らせていった。 「ああ、思い出したわ。けど、あれはあんたが悪いんでしょ。わたしが魔法を 使えないゼロだって言ったら、ルイルイルイズはダメルイズ。魔法ができない 魔法使い。なんてイヤミな歌を作るからでしょうが」 「う、お前ってほんと記憶力いいよな。でもしょうがねえだろ、あのときおれは お前のことが大っキライだったからな」 「い、言ったわねぇ!」 ルイズの手が杖にかかったが、才人は落ち着いたままで思い出話を続けた。 「あのとき、まではな。けど、お前はまだ魔法の怖さを知らないおれが、無謀な 決闘をしようとしてるのを必死で止めてくれたし、おれがボロボロにされた ときには泣いてくれた。気を失っていた三日間、看病してくれたって聞いたとき には本気でうれしかったんだぜ」 「なっ、なななっ!?」 一気にまくしたてた才人の思いもかけない言葉に、ルイズは振り上げかけていた 杖を持ったままで、顔を真っ赤にして硬直してしまった。 そして、才人はもう一度食堂をぐるりと見渡した。 思えば、このハルケギニアでの冒険は、この食堂から始まったのかもしれない。 もしも、あのときの決闘がなければ、ギーシュや悪友たちとの友情が芽生える ことはなかっただろう。 決闘に勝ったごほうびとして、トリスタニアへ剣を買いに行き、ベロクロンの 襲撃に遭ってウルトラマンAと出会う機会もなかったはずだ。 それに、ルイズともいがみ合ったままで、打ち解けるのもかなり先になり、 下手をすれば放り出されるか、飛び出していくかして、二度と会わずに 別れ別れになったかもしれない。 一気にこみ上げてきた思い出からか、饒舌になって話す才人に、ルイズは 怒るべきか喜ぶべきかわからずに、手を振り上げたままで固まっている。 「思えば、おれたちが今こうしていること自体が奇跡みたいなもんだな。普通に 考えたら、おれとお前なんか、三日もあれば破綻してるぜ、うんうん」 「む、そりゃあんたが一〇言った中の三もできないようなグズだからでしょう。 ヴァリエール家にも何百人と使用人はいたけど、あんたほどの無能は 一人もいなかったわよ」 「だから、おれは元々召使でもないただの学生だったって、何度も言った だろうが! 夢にも思ってなかったことが、一日や二日でうまくなるか」 「はっ! 無能の言い訳の常套句ね……けど、だったらなんであんたは 今日まで、わたしのところから出て行かなかったの?」 「……大嫌いだったのは、あのときまでだって言っただろ。一応、おれは 受けた借りは返す主義なんでな」 「そう……」 所詮、才人が自分に付き合ってくれたのは、恩返し、ただの義理だったんだと ルイズは肩の力が抜けた。しかし、才人はそこでふっと笑うと。 「けどな、理屈じゃねえんだよ……す……な、人のそばにいたいって気持ちは」 「えっ……今、なんて?」 一瞬、何かとんでもないことを言われたように感じたルイズは、聞き 取れなかった部分を、もう一度言うように才人に迫ったが、才人はもう、 「ここまで言ったんだ、あとはちっとは察しろ!」とばかりに口をつぐんで、 乱暴に食事を口にかっこんでいった。 「ちょっと! 今なんて言ったのよ! もう一度言いなさいってばあ!」 ルイズが詰め寄っても、才人はそっぽを向いたままで、つんっとして 答えない。けど、それを見ていたキュルケは、そ知らぬ顔でサラダに 塩を振りかけているタバサに耳打ちした。 「タバサ、あなた図ったわね」 「デジャヴュ……」 塩の小瓶は、タバサの利き手の反対側の、普通なら絶対触って転がしたり しない位置に、”最初と同じように”置かれていた。どうやら、二人とも見事に タバサの手のひらの上で踊らされていたらしい。まあ、二人とも単細胞な点では 共通しているから、こういう手にはもろいだろう。正面から門を開けることが できないのならば、隣の塀を乗り越えるなり、穴を掘ってもぐりこむなりすればいい。 なお、恋愛感情というものに対してうといミライは、人間の心ってやっぱり とても複雑なものなんですねと、感心したように言ってセリザワに、お前は やっぱりもうしばらく地球で勉強したほうがいい、と言われていた。 タバサの姦計で、互いに心の一丁目くらいまでは到達した才人とルイズ、 しかし二人にとって本当に知りたい心の深淵部は、まだまだ多くの扉を 超えた先にあった。 「サイト! 言わないとぶっ飛ばすわよ」 「うるせえ! 言ったら……言ったら……」 ただ、普通の恋人同士ならば、それらの扉は時間をかけて一つずつ開けていく ことだろうが、そうした段取りさえ、他人から見ればおよそくだらないとしか 言いようのない見栄や意地で乗り越えられないでいる二人が、本当の意味で 信頼しあうのには、あと何が必要なのか、本人たちもその答えを欲しながら、 時間は無情にも柱時計の鐘が九回鳴る時間へと進んでいった。 「来たな」 きっかり地球時間で午前九時に、ミライのメモリーディスプレイからの 誘導電波を受けて、ガンローダーとガンブースターは学院外の草原に着陸した。 今回、こちらに来ているメンバーは、才人を連れ帰るためのガンスピーダーの 座席一つ分を空けても、リュウ、ジョージ、テッペイ、マリナが揃ってやってきて、 フェニックスネストでオペレートに残ったコノミをのぞいてGUYS JAPANが 勢ぞろいしたことになる。 才人は、とうとうやってきたその瞬間に、大きく深呼吸すると、幼児が初めての 予防接種を受けるときにも似た、逃げ出したくなる不安感の中で両のこぶしを 汗で湿らせながら握り締め、彼らがここに到着してから、この世界の調査分析を 済ませて出発するまでのあいだに、どうすごそうかと考えていた。 だが、急いで降りてきたリュウたちはミライたちの姿を認めると、すぐさま駆け寄って なにやら話すと、才人に驚くべきことを伝えてきた。 「予定が早まったですって!?」 「ええ、来る前にゲートの閉じる時刻を再計算したら、今からあと三十二分後に ゲートはガンフェニックスの通れる大きさでなくなって、五〇分後には完全に 閉じてしまいます。すみませんが、急いでもらえますか」 テッペイから慌てたように教えられた事実に、才人たちはガンフェニックスが安全に ゲートにたどり着くまでの時間を考えると、ここにいられるのはあと二十分足らずという、 そのあまりにも短い時間に愕然とした。 「準備はできてるか?」 「あ、はい……」 才人はノートパソコンなど、地球に持って帰る品物を詰めたリュックを背負って 待っていたが、その顔には地球へ帰れるという喜びよりも、やはりルイズたちを 残していくことへの憂いが浮かんでおり、リュウたちは地球に帰らなければならなく なった才人を、以前光の国に帰還命令を受けたときのミライとだぶらせたが、 同時にあのときのミライとはどこか違うとも考えていた。 「いいのか、本当にこれで?」 余計だと思ったが、リュウはそう言わないわけにはいかなかった。 その目はこう言っていた。 ”いいのか? こんな中途半端な終わり方で?” ”いいのか? お前の仲間たちを悲しませて?” ”思い残すことはないのか?” ”それで本当に後悔しないのか!?” 彼が去った後にこの世界に残る数々の歪みは、容易にリュウたちにも想像できる。 以前のミライは、今の才人のように義務と感情の板ばさみで苦しんでいたが、 自分の選んだ道のためには迷わず命を懸けるだけの覚悟を持っていた。対して、 お前はどうか、それほどの意思と覚悟があるのか。どうなんだと鋭い視線で 問いかけられて、才人はびくりとしたが。 「……はい! これでいいです、連れて……帰ってください」 それは、決して明朗でも快活でもなかったが、意思を示された以上、もう彼らには 不満は残っても、それを拒否する権利はなかった。 「わかった! だったらさっさとあいさつくらいはすませちまえ」 「あっ、はい!」 もう、知らん! とばかりに怒鳴られたことで、才人は雷光を受けたように飛び上がると、 慌てて沈痛な顔で見送ろうとしているルイズたちの前に立った。 「なんだよみんな、別れに涙は禁物だぜ。今生の別れってわけでもないんだし、 また必ず機会はくるってばさ」 それが、から元気だということは言った本人が一番よくわかっていた。けれども、 タイムリミットが来てしまった以上、もはや気休めは何の意味も持たない。 もうそんな上っ面の言葉はいらないと、厳しい目つきで訴えてくるルイズたちを見て、 才人はついに観念した。 「みんな、さよならだ」 それが、彼が選んだ決別の言葉だった。 「それだけ?」 「うるせえ、気の利いた台詞を言いてえのはやまやまだが、おれは国語の成績が ”2”だったんだ。キュルケ、タバサ、お前たちには借りが山ほど残ってるけど、 返しきれなくてすまねえ。それにデルフ、これまでありがとな」 才人は、背中に背負っていたデルフリンガーを下ろすと、ルイズに手渡した。 「なあ相棒、ガンダールヴのこととか、もっと教えてやるからここに残れよ」 「悪い、けどおれが向こうに帰ったらこのルーンも消えるかもしれねえ。そうしたら、 また別のガンダールヴとやらを探してくれ」 まだ、才人がルイズの使い魔となるきっかけとなったガンダールヴのルーンの 謎は武器の使い方が達人級になることと、身体能力を極限まで引き出すこと以外には ほとんど解けていない、普通の使い魔のルーンには主人に服従するようになる、 一種の洗脳効果があるらしいが、前にエースに聞いてみたところでは才人の精神に 外部から干渉が加わってはいないようだった。もっとも、忘れっぽいデルフに期待 してはほとんどいないのだが、地球に帰ってしまえばそれも変わった刺青くらいの 意味しかなくなる。 「ギーシュたちには、適当に言っておいてくれよ」 「はいはい、けどきっと残念がるでしょうね。知ってる? 彼ら、ああ見えてけっこう 義理堅いのよ」 自称、水精霊騎士隊、通称WEKCと名づけてやった悪友たちの顔を思い出して、 才人は苦笑した。この世界に来てから、貴族はみんないけすかない野郎ばかりかと 思ってい たが、ギーシュと決闘してからいつのまにやらぞろぞろと集まってきた ギムリやレイナールといった連中は、日本の高校に通っていたときの友達と なんら変わることはなかった。 「アニエスさんやミシェルさんたちにも、悪いけどよろしく頼む」 銃士隊の隊長の、あの勇敢な女騎士にも才人はいろいろなことを教わった。 戦うことの厳しさ、自らに課せられた責任を守りきらねばならないつらさ、 体を張って戦う人間がどういうものか、肌で体感できた。もしも、彼女たちとの あの三段攻撃の特訓がなければ、その後の激しい戦いにガンダールヴの力 だけで生き残っていけたか自信はない。 それに、ミシェル、彼女と会えなくなることもつらい。初めて会ったときは 誰も寄せ付けないとげとげしさをまとっていて、かわいくないなと思ったりも したけれど、その内にはとてももろくて傷つきやすく、そして優しい心を隠していて、 そのひたむきさゆえに道を誤りもしたが、だからこそ守ってあげたいという気になった。 彼女を頼むというアニエスの頼みを反故にしてしまうのは、罪悪感でいっぱいだが、 心の中で謝る以外に方法はなかった。 ルイズは、確実に才人に好意を持っているであろう彼女に伝えていいものかと 思ったが、それも才人の主人としての義務だと、自分に言い聞かせた。 ほかにも、コック長のマルトーや、魅惑の妖精亭のジェシカたちなど、言い出せば きりがないが、それまで言っていては本当に決意が揺らいでしまうかもしれないと、 頭を振って打ち切った。 そして最後に。 「ルイズ」 「サイト」 互いに相手の名だけを言い合って、二人はそれぞれの右手を差し出した。 そこには、ともに中指にはめられたウルトラリングが銀色に輝き、これまでの 二人の絆を象徴するように存在していた。 才人は、覚悟を決めたように左手を伸ばすとリングを抜き取り、一度ぐっと 握り締めるとルイズに向かって差し出した。 「これからは、お前が」 「うん……」 リングを受け取ったルイズは、一瞬躊躇したが左手の中指に一気にはめ込んだ。 その瞬間、リングを通してルイズの体に何かが入ってくるような熱さが駆け巡った かと思うと、才人の指の太さに合わせて大きめだったリングが、彼女の体の 一部だったかのように、ぴったりと細い指に納まっていた。 これで、二人の体に別れていたウルトラマンAは、ルイズ一人の体に 一体化したことになる。もちろん、傍で見守っていたキュルケやタバサには、 今の二人の行為が何を意味していたのかはわからないが、それが二人にとって 何か重大な儀式のようなものであったことを理解していた。 「じゃあ、またな」 「うん、じゃあね」 周りの人間が予想、あるいは期待していたのとは異なり、二人の別れの言葉は 実に無個性な、短いもので終わった。 才人は、ルイズに背を向けて、ガンローダーのほうへと歩いていく。その後姿に、 ルイズは衝動的に、何か言わなければいけないのではないかと思った。けれど、 何を言えばいい? 行かないで? ここにいて? いや、それは言ってはいけない…… ”どうせ無駄……” タバサの厳しい言葉が脳裏に蘇り、焦燥感が急速に増していくが、それなのに 喉はからからに渇き、舌は凍りついたように動かない。しかし、才人はどんどんと 遠くへと行ってしまう。 「もういいのか?」 「はい」 リュウに頭を下げた才人は、振り返らずにガンローダーへと歩いて行き、 ほかの誰もがその後姿を無言で見詰めて、ルイズはぐっと、歯を食いしばって ガンローダーに乗り込もうとしている才人を感情を無理矢理押し殺している顔で 見つめていたが、その沈痛な表情にテッペイは隣のジョージに向かってぽつりとささやいた。 「なんか、僕たち悪者みたいですね」 「なんだ、気がついてなかったのか? ドラマとかだったら間違いなく憎まれ役だよ。 けどな、大人は子供のために憎まれ役を買って出なきゃいけないときもあるんだよ。 お前にも、思い当たる節はあるだろう?」 「まあそりゃあ……小さいころは、父さんや母さんの言うことがいじわるばかりに 聞こえたこともありましたが、ジョージさんもそうだったんですか?」 「……」 ノーコメントらしいが、誰にでも親にせよ先生や近所の大人からにせよ、 やれああしろこうしろ、またはあれやこれはするなとか、うるさく言われたり、 なかば強制されたりして大人を憎んだことはあるだろう。だが、それらは本当に 憎らしくてやっているわけではない。その子のことを大事に思っているからこそ、 厳しい顔で迫るのだ。 今も、才人にとって帰るべき場所があり、そこへ戻ることを彼が選択した というのならば、たとえ彼の友人たちから恨まれようと、それをかなえてやる のがつとめだろう。 また、エースを補助してボガールを撃破するためにこの世界に残ることになる ウルトラマンヒカリ=セリザワに、リュウはくれぐれもお気をつけてと伝えていた。 「隊長は、これからどうなさるつもりですか?」 「ボガールがいるならば、必ず怪獣を呼び寄せて事件を起こすはずだから、 しばらくはここで下働きでもして世界観に慣れながら情報を集めるつもりだ。 それに、仮にいなかったとしても、ヤプールやほかの宇宙人が騒ぎを起こせば、 すぐに駆けつけるつもりだ」 宇宙警備隊員は、地球のような惑星に長期滞在して防衛する際には、その星の 住人になりきって生活して、陰から平和を守っていかねばならない。これは 宇宙警備隊の基本任務であり、本来たまたま地球に立ち寄ったウルトラマンや ウルトラセブン、地球に亡命したレオを除いて、ウルトラマンジャックから メビウスまで連綿と受け継がれてきたことである。それに、本来科学者である ヒカリにとって、魔法という未知の法則が息づくこのハルケギニアは、 観察対象として興味をそそられる部分があった。 「わかりました。では三ヵ月後に必ず迎えに来ますので、よろしくお願いします」 現在、完全なディメンショナル・ディゾルバーRの完成を、フジサワ博士以下 GUYS科学陣の総力を挙げて研究しているが、ただでさえ不安定な時空を 数十年に一度の皆既日食という触媒すらなくして固定するのは、天才と 呼ばれた彼女をもってしても容易なものではなかった。しかも、最短のチャンスと 予想されている三ヵ月後の日食にしても、半分も欠けない部分日食である ために今回よりも可能性は低く、もしかしたら二度と戻れないかもしれない 異世界に、尊敬するセリザワを残していかねばならないリュウはつらかった。 「地球は、お前たちに任せたぞ」 だが、リュウたちGUYSクルーの迷いは、セリザワの一声で払われた。 そうだ、地球とて安全なわけではない。むしろ、ヤプールの復活で活性化した 宇宙人や怪獣の猛威にさらされていく可能性が、これからはどんどん大きく なっていくのだ。それをメビウスと力を合わせながら食い止めて、三ヵ月後には ゲートを再度開いてヤプールを一気に撃破しなければならないのだ。 「じゃあ、これを持っていってください」 リュウは最後に、二個のアタッシュケースをセリザワに手渡した。一つは、 トライガーショットの整備キットなど、この世界で必要になるものなどを コンパクトにまとめたもので、セリザワは中身を確認するとすぐ閉じたが、もう一つの ケースのほうは、なぜかリュウと軽く目配せをしただけで中身を改めようとはしなかった。 そして、別れの時間はやってくる。 「飛ぶぞ、準備はいいか?」 「はい!」 「ガンフェニックス・バーナーオン!」 垂直噴射で草原を焦がしながら、ガンローダーは離陸し、空中でミライの操縦する ガンウィンガーやガンブースターと合体し、ガンフェニックストライカーの形態となる。 その光景を、セリザワは無言で見つめ、キュルケとタバサは手を振り、ルイズは 唇を噛み締めながら見守っていた。 「これでいいのよ……これで」 ルイズの脳裏に、キュルケから聞かされた昔話の少年の姿が蘇る。だが、なんと 言われようと、あんなに才人のことを心配してくれている母親の元に才人を帰さない わけにはいかない。これが才人が一番幸せになれることだと、ルイズは信じた。 信じようとした。 しかし、飛び立とうとするガンフェニックスを、学院の城壁の上から憎悪を込めて 見下ろしている、黒衣の人影があることに、そのときまだ誰も気づいていなかった。 「おのれウルトラ兄弟に地球人どもめ、よくも我らの計画を台無しにしてくれたな。 このまま帰すと思うなよ」 アルビオンでのウルトラマンA抹殺計画を、突如出現したウルトラマンメビウスと CREW GUYSによって失敗させられ、現有戦力の大半を失ってしまった ヤプールが、そこにいた。 奴はこれまで、まったくの予想外にこの世界に現れたウルトラマンメビウスたちが、 どうやって地球とハルケギニアを往復しているのかを慎重につきとめて、その 方法がこの不安定な亜空間ゲートだと知ると、迷わず復讐の攻撃に打って出て きたのだ。 「まさか、人間ごときが亜空間移動を可能にするとは予想外だった。しかし、 そのゲート発生装置は未完成のようだな。恐らくは、今度閉じたら数ヶ月は 開くことはできまい。ふっふっふ……ならば、当分は光の国からの援軍は 来ることはできなくなる」 ヤプールが地球では正面きって超獣を出現させて攻撃に出なかった理由が ここにあった。確かに、復活が不完全で作り出せる超獣の数が揃いきっていない というのも大きいが、かつてUキラーザウルス・ネオでメビウスとウルトラ四兄弟を 追い詰めながら、ゾフィーとタロウの参戦で逆転されてしまったように、 地球を下手に追い詰めてウルトラ兄弟の総がかりを招いたらまず勝ち目は無い、 しかも宇宙警備隊に属しているのは当然ウルトラ兄弟だけではなく、その気に なれば兄弟と同格の実力を持つ別の戦士を送り込むこともできるのだ。 しかし、次元で隔離されたこのハルケギニアでならば、前回の様によほど 特異な状況でもなければ救援に駆けつけることはできずに、たとえウルトラマンが 三人もいたとしても各個撃破も夢ではない。ヤプールは不気味に笑うと、右手を 高く掲げて、マイナスエネルギーをそこに集中させていった。 「くっくっく、ウルトラ兄弟よ、先の戦いで私が戦力を使い果たしたと思っている だろうが甘いぞ。確かに、バキシムの再生もまだで、今投入可能な超獣は 残っていないが、まだこういうこともできるのだ。さあ、この世界にうごめく 邪悪な魂よ! 破壊を、殺戮を喜びとする凶悪な心を持つ者たちよ。ここに 集まれ! そして全てを破壊するのだあ!」 ヤプールが手を握り締めたとたんに、紫色の邪悪なエネルギーは四方に 飛び散り、数秒の間隔を置いてその影響を現世に現し始めた。 はじめに、その異変に気がついたのはタバサだった。高位の風と水の 使い手である彼女は、自分をとりまく空気に普段とは違った、べたついて くるような不快な感触を覚え、さらに同じような気配を感じ取ったシルフィードが 主人に言った。 「お姉さま、風の精霊が、悲鳴をあげてるのね。なんかとっても、ぞわぞわする ような悪いものが大気の中に渦巻いてるのね!」 「わかってる。この不快な気配……キュルケ!」 「ええ、最後まで平穏無事にすむとは思ってなかったけど、やっぱり仕掛けて きたようね。ほんとに、涙の別れをなんだと思ってるのよ!」 見えない手で肌をなでられているような不快感を感じ、即座に杖を構えて 戦闘態勢を整える二人の足元から、明らかにただの地震とは違う不気味な 振動が少しずつ伝わって、大きくなり始めた。 そして、人間の第六感とほぼ前後して、科学の目も異常事態に気がつき、 警報を鳴らしていた。 「これはっ! リュウさん、強力なマイナスエネルギーとヤプールエネルギーが 発生しています」 「なにっ!」 テッペイの叫びに、リュウはとっさにガンローダーの計器を見渡すと、 レーダーにまだ微弱ながら、大型の生命反応が多数映し出されているのが 目にはいってきた。 「ミライ!」 「間違いありません、奴です」 ミライも、かつて間近で感じたヤプールの気配を強く感じて、鋭くあたりを 見渡した。一見、それらはのどかな自然と中世の城を描いた絵画のように 平和に見える。だが、ミライの目は空高くを見上げたときに、ガンフェニックスの レーダーよりも早く、宇宙空間から大気圏に突入してくる巨大生物の姿を 捉えていた。 「リュウさん、左十時の方向、宇宙から怪獣が降りてきます!」 「ちっ! 俺たちを帰らせないつもりか! 仕方ねえ、やるぞみんな!」 「G・I・G!」 帰還コースへの自動操縦を解除して、戦闘モードに入ったガンフェニックスは 急速旋回し、ミライが捉えた敵怪獣に対して備える。 だが、突然の怪獣の来襲に驚いたのは、彼らよりもむしろ才人のほうだった。 「えっ? あ、ちょっと、どういうことなんですかミライさん」 「ヤプールだ、怪獣が迫ってきてる。しかも、一匹や二匹じゃない!」 「なんですって!? 待ってくださいよ、ここはまだ学院の上空じゃないですか! てことは……ルイズ!」 才人は愕然とし、眼下に見える学院を見下ろして、広大な草原のあちこちから 複数の土煙が吹き上げるのを見た。それは、紛れも無く地中から巨大な物体が 地表に現れようとしているサイン。 「ミライさん、地底からも怪獣が!」 「えっ!? あ、あれは!」 彼はその一つの中に、まず前方に向かって大きく伸びた巨大な角と、真っ赤に 輝く瞳の無い目を持った頭を見て、次に土砂を弾き飛ばすように現れた、二頭の 大蛇のような太く長大な鞭状の腕を確認して叫んだ。 「地底怪獣、グドン!」 そう、そいつこそかつてウルトラマンジャックを一度は倒し、東京を壊滅の危機に 落としいれた凶暴な地底怪獣で、さらに新GUYSが初めて戦った怪獣として 記憶にも新しい肉食地底怪獣グドンだった。 しかも現れたのはグドンだけではない、土煙の柱の中からはさらにグドンより 巨大で同じように鞭を持つ怪獣や、角ばった頭部を持つ二足歩行型の恐竜型怪獣、 扁平な体を持つ土色をした甲殻類のような怪獣が続々と這い出してきたのだ。 「よ、四匹!? テッペイさん、あいつらは?」 才人はグドン以外は見たこともない怪獣軍団に、自分よりはるかに専門知識のある テッペイに助けを求めたが、そいつらはテッペイの知識にもGUYSのアーカイブドキュメント にも記録されていない、異世界の種類だった。 角ばった頭部を持つ恐竜型怪獣は、ウルトラマンダイナと戦った怪獣グロッシーナの 同族怪獣、また平たい体を持つものはウルトラマンガイアと戦った怪獣ギールの同族で、 どちらも地中をテリトリーにする性質と高い凶暴性を持つ。 さらに、最後の一匹がその姿を完全に地上に現したとき、キュルケとタバサは 二本の巨大な爪のあいだから鞭を生やし、前に突き出した一本角を持つ特徴的な シルエットに、あのエギンハイム村での戦いを戦慄とともに思い出していた。 「タバサ! あの怪獣は!」 「……生きてたの」 そう、ムザン星人によって操られ、エギンハイム村と翼人の森を荒らしまわった バリヤー怪獣ガギに間違いない。サイクロメトラは反物質袋を取り除かれていたから 爆発に巻き込まれることはなかったが、いずれ寄生され続けていた反動から 死ぬはずだったのが奴の生命力が上回ったようだ。 四匹の怪獣は地底から現れると、そろって雄叫びをあげて学院に向かって 進撃を始めた。 「あいつら、学院を狙ってる!」 ヤプールによって呼び出されたからには、それは当然の行動であったが、 ほかの三匹はともかく、ガギとは一度戦ったことがあり、その破壊力や能力を 熟知しているキュルケとタバサは、なんとか食い止めようとシルフィードで飛び立った。 むろん、GUYSとて黙っているわけではないが、ガンフェニックスは空中から 襲い掛かってきた、昆虫のような翼を持つ黒色の怪獣に追撃されていた。 「テッペイ! あれも未確認の怪獣か!?」 「いえ、ドキュメントSSSPに記録があります。彗星怪獣ドラコ、かつて地球に 接近したツィフォン彗星から飛来した怪獣で、レッドキングと戦ったこともあります」 これで、確認された怪獣は総勢五体! GUYSもかつて経験したこともないほどの 大軍団だ。しかも、その半分以上はデータのない未知の敵、タイムリミットの迫る中、 リュウはGUYS隊長として決断を迫られていた。すなわち、このままゲートへ 向かって地球へ撤退するか、それとも。 「テッペイ、ゲートが閉じるまで、あと何分だ?」 「あと……十五分です!」 「てことは、フルスピードで飛ばしたとして、とどまれるのは十分ぐらいか…… よし、俺たちのためにこの世界の人たちに迷惑をかけるわけにはいかねえ、 総力戦で一気に叩き潰すぞ! GUYS・サリー・GO!」 「G・I・G!」 ガンフェニックストライカーが分離し、甲高い鳴き声を上げながら追尾してくる ドラコを三方向に分かれてかく乱する。 「ジョージさん、僕も行きます!」 「ミライ、よしガンウィンガーは俺にまかせろ」 敵の数を見て、ガンフェニックスだけでは手に余ると判断したミライはリュウの 指示を待たずに変身を決断した。メビウスブレスを輝かせ、金色の光が コクピットから飛び立つ。 「メビウース!」 空中でその姿を現したメビウスは、突進してくるドラコを正面から受け止めると、 空中から引き摺り下ろそうと翼を掴んで、もろともに草原の外れに墜落した。 さらに、草原に残ったセリザワも、前進してくる怪獣軍団を睨みつけて、 右腕に出現させたナイトブレスに、ナイトブレードを無言で差し込んだ。 「あれは、ウルトラマンヒカリ!」 四大怪獣の前に青い光とともに立ち上がったヒカリの姿に、コクピットから 覗き込んでいた才人が叫ぶ。見ると、地面に叩き落されたドラコもメビウスから 離れて怪獣軍団に加わり、メビウスもヒカリに並んで学院を守ろうと構えをとる。 しかし、いくらメビウスとヒカリといえども相手は五匹もの大軍団、しかもどいつも 一筋縄ではいかない強敵ばかりだ。半分ずつ請け負い、ガンフェニックスの 援護があるといっても一対二、一対三の圧倒的不利な戦いを強いられる。 だが、これを打ち崩す手が一つだけあった。 「わたしが、やるしかないんだ……」 草原の端に、一人だけ残ったルイズは、こみ上げる悪寒にも似た気持ち悪さの 中で、ぐっと胸の前で祈るように握り締めた両手を見ていた。そこには、半年間 右手に輝き続けたリングと対を成すように、左手に才人のはめていたリングが 冷たく銀色の輝きを放って、ルイズが決断する瞬間を待っていた。 「わたしが……わたしが、やるんだ」 ルイズは、自分自身を叱咤するようにつぶやいたが、その声は震えていた。 怖い……才人がいないことが、このリングが光るとき、いつも才人がそばに いてくれた。そうすると、どんな強敵が相手でも、すうっと勇気が湧いてきたのに、 今は何も感じない。どうして、自分はこんなに臆病だったのか? 力はある、 戦えるはずなのに、勇気だけが欠け落ちたようにからっぽだった。 「サイト……ううん、これからは、わたしが一人でトリステインを、ハルケギニアを 守っていかなきゃいけないんだ。あんな……あんな使い魔の一人が欠けたからって なによ。わたしは、ルイズ・フランソワーズ! 『烈風』の娘よ!」 そのとき、ルイズはかっと目を見開くと、両手を大きく広げて、こぶしを握ると 胸の前で突き合わせて、リングの光を一つにつなげた。 「ウルトラ・ターッチ!」 光がほとばしり、メビウスとヒカリの前に輝いた光の柱の中からウルトラマンAが その銀色の勇姿を現す。三人のウルトラマン対五匹の怪獣軍団、しかし、才人の 欠けたウルトラマンAは、果たしてこれまでどおりに戦えるのだろうか? タイムリミットは、刻一刻と迫りつつあった。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第26話 悪夢を砕く友情の絆 夢幻超獣 ドリームギラス 登場! 物語の時系列は、ここで才人達がラグドリアン湖へと向けて出立した、その一週間前に遡る。 二つの衛星を従えた、大宇宙に青く輝く美しい星をめがけて、宇宙のかなたから2つの怪しい影と、 それらを追って、1つの紅く輝く光が近づいてきていた。 2つの影はその後ろから追撃してくる光から逃げようと、すさまじいスピードでこの星系に突入してきた。 しかしいくら逃げようと、その光はぴったりとくっついてまったく振り切ることはできない、それでも二つの影は 進路上の邪魔なアステロイドやスペースデブリを砕きながら猛烈な勢いで飛び回り、まるで何かに 引き寄せられるように、一直線にその美しく輝く星へと迫り、この星、地球を宇宙に輝くエメラルドとすれば、 いわばサファイアのように生命にあふれたこの星を見るやいなや、その根源に刷り込まれた本性に従い、 凶悪なうなり声をあげて、その惑星の特に強烈なエネルギーを発生させている北半球の半島状の地方に 進路を向けた。 だが、彼らは本能に従うあまり、自らが追われる立場にあることを忘れていた。 星に降ろしてなるものかと、急追してきた光から、一方の影に向かって光弾が放たれ、油断していた その一方は直撃を喰らって半島のほうへと墜落していったが、先行してかわしたもう一方は、自分を呼ぶ 何かが存在するであろう半島の北方に浮かぶ浮遊大陸に進路を向け、追ってきた光もそのあとを追っていった。 それは誰も知らない宇宙でのできごとであった。 それから6日後。 まだ才人達が平穏な日々を満喫しているころ、学院にまだ昼間だというのに、一羽のフクロウが飛んできた。 それは、学院の上空にやってくると、何かを探しているかのようにしばらく旋回を続けていたが、やがて ある一室の窓に向かって真っ直ぐに舞い降りていった。 その数時間後、学院から二人の生徒が姿を消したころから、この事件はもう一つの顔を見せ始める。 やがて太陽が山影に姿を隠し始めるころ、トリステイン国境をガリアに向かう飛竜の上に二人の姿はあった。 「ねえタバサ、もうすぐあなたの実家よね。あなたの実家がガリアにあるって、はじめて知ったわ」 「……」 それはキュルケとタバサの二人だった。乗っている飛竜はもちろんタバサの使い魔のシルフィードである。 昼間、タバサの部屋に遊びに行ったキュルケは、彼女が実家に帰るために旅支度をしているのを見て、 強引に彼女にひっついてきたのだった。 「ね、なんでまたトリステインに留学してきたの?」 しかしタバサは答えなかった。ただじっとひざの上の本に視線を落として見つめ続けている。そしてキュルケは そんなタバサの様子を見て気づいてしまった。彼女が魔法学院を出て以来、開いていた本のページは最初から 一枚もめくられてはいない。 キュルケは、尋ねるのをやめるとシルフィードの上に腰掛けなおして、夕焼けに染まりつつある景色に目をやった。 どうもいつもと違う雰囲気を感じてついてきたが、何かただならぬことがこの先の彼女の実家で待っているのかも しれない。ならば無理に聞き出さなくても、時が来ればおのずとわかるだろう。 性格から趣味趣向全てがコインの表と裏のように違う二人が友達になれたのは、磁石のSとNのように不思議な 相性のよさがあるからだけではない。聞かれたくないことを無理に聞いたりしないから、安心しあえるのだ。 「大丈夫よ。なにが起こったって、このあたしがついてるんだから」 キュルケの、楽天的だが母親のように優しい声が、広い空に短くこだましていた。 そして、夏の長い太陽も山影に姿を消し、二つの月と無限の星空が天空に瞬くころ、シルフィードはタバサの 実家に到着した。 そこは、古い立派なつくりの大名邸、さらに、門に刻まれたガリア王家の紋章を見てキュルケは息を呑んだ。 しかし、よく見るとその紋章は大きく傷つけられ、その称号を奪われていることが読み取れた。 屋敷に着くと、たった一人のペルスランと名乗った執事に出迎えられ、二人はホールにまで案内された。 「お嬢様、お帰りなさいませ」 「……」 タバサは答えずに、キュルケに「ここで待ってて」と言い残すと屋敷の奥へと去っていった。 キュルケは、タバサが去っていった後の扉をじっと見つめていたが、ペルスランが紅茶と茶菓子を運んでくると、 思い切って老執事に尋ねてみた。 「この屋敷、見受けたところ王弟家のものと思いますが、どうして不名誉印などを飾っておかれるのかしら?」 「……あなた様は、シャルロットお嬢様のお友達でいらっしゃいますね。よろしければ、お名前をうかがわせて いただいてよろしいでしょうか」 「ゲルマニアのフォン・ツェルプストー。ところで、シャルロットと言われましたけど、それがあの子の本当の 名前なのね。ああ、わからないことだらけだわ、タバサったら、何も話してはくれないから」 キュルケのその言葉を聞いて、老執事は悲しげにうつむくと、やがて静かに語りだした。 「そうですか、お嬢様はタバサと名乗っておいでで……わかりました。お嬢様がこの屋敷にお友達を連れて こられるなど、長年絶えてなかったこと、お嬢様が心許すお方なら話してかまいますまい。ただし、愉快な話 ではありませんぞ」 「ええ、わたしも少しは察しがついてるわ。お願いしますわ」 「……では、お話しましょう。オルレアン家の神にも見放された歴史を……この屋敷は牢獄なのです」 そのころ、タバサは屋敷の一番奥の部屋を訪れていた。 この部屋の主がノックに応えなくなって、すでに5年が過ぎている。そのころタバサはわずか10歳だった。 扉を開け、中に入ったタバサを、殺風景な部屋と、この5年間、何十、何百回と繰り返してきた出来事が 彼女を襲うとき、その胸の奥に渦巻く冷たい雪風と、煮えたぎるような憎しみを知るものは、これまで あの老執事一人しかいなかった。 「継承争いの犠牲者?」 ペルスランから、タバサの家の秘密を聞かされ、キュルケは驚きを隠せずにいた。 タバサが本当はガリアの王族であり、本当の名前はシャルロットということ。彼女の父上のオルレアン公は 現ガリア王の弟で、人格・能力ともに次期国王として確実と目されていたが、それゆえに悪意の対象となり謀殺され、 残された力のない彼女の母は娘の身の保障と引き換えに毒を仰いで心を病み、シャルロットもタバサと偽名を 名乗り、言われるがままに北花壇騎士として国の汚れ仕事をさせられていると知った。 考えてみれば、タバサとは随分ふざけた名前だ。遠方から来たという才人は気にしなかったようだが、 ハルケギニアでは犬猫につけるような名前、貴族で自分から名乗る者など普通はいない。 「そうだったのね……」 想像をはるかに超える壮絶なタバサの過去に、キュルケはそれ以上の言葉を失った。 タバサとは、彼女の母親がシャルロットに買い与えた人形の名だという、それを自らの偽名に使い、 憎い敵に手紙一枚で命がけでこき使われる彼女の心境は想像に余りある。 ここに来る前に、ページをめくらぬ本を見つめ続けていたときも…… 重苦しい沈黙がしばらくホールを支配した。 だがやがて扉が開き、タバサが戻ってくると、ペルスランは一礼して王家からの、差出人はあのイザベラからの 手紙を彼女に手渡した。 「明日とりかかる」 タバサは一読すると、読み始める前と変わらぬ態度で短く言った。 「了解いたしました。使者にはそう取り次ぎます。ですが今回の任務の場所ですが、1週間ほど前に星が落ちた とかで、最近は近辺の住民にも不吉な噂が流れたりしております。くれぐれもお気をつけください。ご武運が あらんことをお祈りいたしております」 ペルスランはそう言い残すと、一礼して静かにホールを立ち去っていった。 タバサはキュルケに向き直ると、口を開こうとしたが、それより一瞬早くキュルケの言葉が彼女の口を塞いだ。 「これ以上は来るなって、そう言いたいんでしょ? でもね、悪いけどさっさの人に全部聞いちゃったの。 だから、わたしも着いていく。いやとは言わせないわよ」 「危険!」 少しだけ動揺を見せて制止しようとしたタバサだったが、肩を優しく抱いてキュルケは言った。 「だったらなおさらよ。わたしを、あなたを一人で行かせて黙ってられるような、そんな女だと思ってるわけ」 タバサは何も答えない。ただじっと下を向いてうつむいていた。 その夜、二人は同じベッドでいっしょに寝た。 タバサは気を張り詰めて疲れたのか、すぐに寝息を立て始めたが、キュルケはそんな彼女のあまりにも あどけなく、もろく儚げな寝顔を見ていると、中々さっき聞かされた話が頭をよぎって眠れなかった。 「安請け合いしちゃったけど、こりゃ大事ね」 ぽつりと、独り言をキュルケはつぶやいた。ガリア王家がタバサを体よく始末しようとして送りつけてくる 依頼、もしかしたら死ぬかもしれなかったが、それでキュルケの決意が変わるわけはなかった。 そんなことより、彼女にはこの小さな友達のほうがなにより大事だった。仮にこの任務を無事に終える ことができたとしても、それで終わることは無く、王家は次々に困難な依頼を送りつけてくるだろう。 それから、果たして自分はタバサを守ることができるだろうか…… 「母さま……」 タバサが寝言をつぶやいた。キュルケはぴくりと反応し、彼女の顔を覗き込んだ。 「母さま、それを食べちゃだめ。母さま」 寝言で、何度も何度もタバサは母を呼んでいた。額にはじっとりと汗がにじみ、息はぜん息の患者のように荒れている。 "父さま、母さま……" 夢の中で、タバサは10歳のころに戻っていた。 優しかった父、美しかった母、輝くような幼い日の思い出が走馬灯のように通り過ぎていく。 しかし、ある日突然父の訃報が届いたときから、光は漆黒に塗りつぶされていく。 "父さま、なぜ父さまが死なねばならなかったの? 父さまがどんな悪いことをしたっていうの?" 父の死から程無くして呼ばれた宮中で、自分と母を待っていたのは父を追い落とし、玉座を奪った父の兄と 名乗る男の冷たい視線だった。 "この男、この男が父を殺した!" タバサの心に、その男の顔が浮かぶたびに、抑えきれぬ憎悪がその胸を焼く。 その当時、幼かったタバサにはそれはわからなかったが、彼女の母は今のタバサと同じ気持ちだったろう。 「この子は勘当いたしました。わたくしと夫で、満足してくださいまし」 毒の料理を前にして母が言い放った言葉に、その男は口元を歪めてうなづいた。 "母さま、それを食べちゃだめ。母さま" 夢の中で、タバサは何度も母に訴えたが、その声は過去に届くことはなかった。 そして、その日から彼女は母を失った。 それからの人生は、茨の道を素足で歩くのと等しいものであった。 屋敷に残されたのは心を失った母と、たった一人だけ残留を許された老執事のみ。 与えられたのは、シュバリエの称号とガリア北花壇騎士という年端もいかない少女にはふさわしくない身分。 「仇を討とうなどとは考えてはなりませんよ」 母は最期にそう言い残した。 しかし、一度にすべてを失った幼子が自己を保つには、憎しみにすがるより他に術はなかった。 "あなたをこのようにした者どもの首を、必ずここに並べに戻ってきます" 病床の母の前で、幾百と繰り返してきたその言葉。 あるときは高山に巣食う巨大竜退治。 またあるときはリュティスの闇世界に潜む悪徳賭博組織の壊滅。 任務の難易度は回を越すごとに増していった。 "寒い、熱い、痛い、苦しい" 頼れるものも、すがれるものもなく、ずっと一人だった。 そんな月日が始まって、いつの間にか4年が経ち、子供から少女へと成長した彼女はトリステイン魔法学院への 留学を命じられる。 それが、4年経ってもなお、いかな困難な任務にも生還し、ますます実力に磨きをかけてきた彼女を 体よく遠くて、なおかつ目の届く場所に置いておこうという魂胆によるものだということは明らかだった。 学院に入学してからも、最初からタバサは他人と関わる気はまったくなかった。 いつ死ぬかわからない世界で生きている自分には、もはや友など必要ないし、関係ない人間を危険に巻き込む ことはできない。そうして、タバサは他人との一切の交流を絶って、無言のまま学院を生きてきた……はずだった。 あるとき、タバサはプライドだけは高くて、ほかの一切がともなわない貴族の悪い見本のような生徒達に 因縁をつけられ、同じくそれらの生徒達とトラブルを起こしていたある生徒と、つまらぬたくらみによる謀の ために決闘をすることになった。 結果は、引き分け。 そして、誤解が解けたあと、その相手といっしょに首謀者の生徒達を散々痛めつけてつるし上げたときは、 何年ぶりかの愉快さを感じたものだ。 「本くらいなによ、あたしが本の代わりに友達になってあげるわよ」 そのとき言われた言葉は、今でも強く心に残っている。 それが、タバサが沈黙のままに友情を認めた最初の相手、キュルケとの出会いであった。 それからの1年は、学院はタバサにとって悪い場所ではなくなった。 命がけの任務は相変わらずだったが、かたときの平穏に勝手にずかずかと入ってきて、飽きずに大きな声で 周りを騒がすかけがえのない存在がいるようになった。 そして、2年生に昇級してからは、また驚きの連続であった。 使い魔として学院の授業で呼び出した韻竜のシルフィードはキュルケに負けず劣らずよくしゃべり、さらに 時には命をかけて自分を助けてくれる二人目の友になった。 ゼロのルイズ……1年のころは気にも止めていなかったが、様々な事件を通じて共に行動するようになって、 その勇気と、誇り高さはまぶしいくらいだ。 本当にシャルロットは明るい子だな……幼いころ父によく言われていたことが、彼女を見ていたら思い出す。 さらに、その使い魔のサイト……人間が使い魔として召喚されるとはどういうことだと思いもしたが、 それほど気にしていなかったおかしな服装をした平民の少年。 しかし、普段はとぼけていながら、いざというときの勇気と、優しさは太陽のようだ。 いつの間にか、タバサの心には大勢の人が住むようになっていた。 だが、それでもタバサの心には決して拭い去ることのできない暗い闇が根付いていた。 今もまた、死ねとばかりの任務を送りつけてきた男の顔が浮かぶ。 "憎い" そいつと結託し、寄生虫のように権力と富を欲しいままにしている連中の顔が浮かぶ。 "いつまでもそうしていられると思わないで" これまで退治してきた怪物達、始末してきた悪党や王家の敵達の憎しみに満ちた声が蘇ってくる。 そのとき、タバサの心に憎んでもあまりあるあの男の声が響いた。 「お前は死ぬまで、おれの飼い犬さ」 カッと、タバサの心に怒りと憎悪がひらめいた。 しかし、その声は夢の中で黒い手となってタバサの心の中のわずかな光を握りつぶそうとしてくる。 まるで、お前にはそんなものは必要ないさといわんばかりに。 父と母との思い出の光景が、任務の中で出会った人々とのわずかな心の交流の思い出が、次々と 塗りつぶされて消えていく。 "やめて! やめて!" タバサは叫ぶが、体は凍り付いてしまったかのように動かない。 さらに、闇の手に、これまで倒してきた敵の姿が加わり、嬉々とした歪んだ笑みを浮かべて、タバサの 部屋、母からもらったドレスを引き裂き、仲のよかった使用人達を追い回して食らってゆく。 "やめてやめてやめて!!" 必死の叫びも、その者達に邪悪な喜びを与えるばかり。 そして夢のビジョンは現代、トリステイン魔法学院の風景に移り、闇は一つに凝縮していき、一個の 巨大な怪物の姿、夢魔となって具現化した。 それは、真っ赤な全身に崩れたタツノオトシゴのようないびつな頭を乗せた超獣! タバサ自身の心の闇が生み出した悪夢の化身、夢幻超獣ドリームギラスが現れたのだ。 ドリームギラスはその巨大な体で魔法学院を破壊しはじめた。 強固な外壁も超獣の力にはかなわず、砂の城のようにもろく崩されていく。 "やめて! やめなさい!" 生徒や教師達が逃げ出していくが、ドリームギラスは口から強烈な水圧の水を吐き出して逃げ惑う 人々を打ち据え、地面に叩きつけていく。 調子に乗ったドリームギラスは、そのまま勢いに任せて、タバサの住んでいる寮、キュルケ達と ともに学んだ教室、安住の場所の図書室を次々に破壊していく。 "やめて、壊さないで!" 学院が一撃崩されるごとにタバサの心は強く痛んだ。 そのとき、学院からシルフィードやキュルケ、ルイズやサイト、彼らが飛び出してきて勇敢に ドリームギラスに挑んでいった。 "やめて! 逃げて!" 必死に彼らに叫ぶが、タバサの喉は石になってしまったかのように音を発しない。 剣が、魔法が巨大な敵に挑んでいく。だが、悪夢はあくまで残酷だった。 ドリームギラスが口から高圧水流を吐くと、彼らはまるで紙細工のようにもろくつぶされていった。 "あ……ああ……これ以上、わたしから何を奪おうというの……" 仲間も、友も失い、絶望の声がただ流れた。 しかし、ドリームギラスはタバサの心を嬉々として破壊し続けていく。 そして、奴はついにタバサのもっとも触れられたくないものを破壊しにかかってきた。 夢のビジョンは再び変わり、風景は見慣れた自分の屋敷になった。 ドリームギラスは門のところから、ゆっくりとこれ見よがしに庭の木々を踏み潰しながら屋敷のほうへと 進んでいく。 "まさか! それだけは、それだけはやめて!" 奴が何をしようとしているのか、それに気づいたタバサは血を吐くような絶叫をあげた。 あそこには、病床の逃げることすらかなわない母がいる。 "母さま! お願い逃げて! 逃げて、逃げて逃げて!" のども裂けんばかりに叫ぶタバサの声は、まるでガラスケースに閉じ込められてしまったかのように、 誰にも届かない。 それに手も足も動かない。 魔法も使えない。 誰も助けに来てはくれない。 モウワタシニハナニモノコッテイナイ…… "母さま……あなたを失ったら、わたしは本当にからっぽになってしまう……" タバサの手が、悪夢の空をむなしくきった。 かに思えたそのとき…… 空を掴んだかに見えたその手を、誰かがしっかと握り締めた。 "!?" 一瞬、幻覚かと思ったが、それは確かにタバサの冷たく冷え切った手を握り、暖かさが伝わってくる。 そして、彼女の心に忘れることのできない、熱く、それでいて優しさのこもった声が響いてきた。 「大丈夫、あなたは決して冷たくなんてない。この微熱が、全部あっためて溶かしてあげる。それに、 あなたには強い味方が大勢いる。困ったときは、必ず誰かが助けに来てくれるから」 冷たい世界が、次第にぬくもりへと変わっていく。 闇に日差しが、光が差し込んでくる。 その光景に、悪夢の化身は驚き、慌てていく。 だがドリームギラスはタバサの心のもっとも弱い部分を切り崩すことで、一気に再びその心を闇に 閉ざそうと、タバサの母の眠る屋敷に向かってその腕を振り上げた。 "母さま、逃げて!" タバサが叫ぶ。もう止められない、間に合わない。 希望はこのまま絶望に変わってしまうのか。 「大丈夫、お姫様がピンチのときは、ヒーローが必ず来てくれるから」 ドリームギラスの手が今まさに屋敷にかかろうとしたその瞬間。 突如、その眼前にまばゆい光が走り、ドリームギラスを吹き飛ばした! あの光は!! タバサはその力強い光が何であるのか知っていた。 やがて光は集い、ひとつの姿を形作っていく。 そう、闇を照らせる唯一のものは光、その光の化身こそが、強く輝く銀色の巨人!! 今こそ輝け、ウルトラの光!! 心で叫べ、正義の使者のその名を!! "ウルトラマンエース!!" 人の心を自ら生み出した闇が染めるなら、それを祓うのもまた人の生み出した心の光。 屋敷を守るように立ちはだかり、光の戦士が光臨の雄叫びをあげる!! 「ショワッチ!!」 今、タバサの心の光に答え、悪夢を砕くべく夢の世界にウルトラマンAが光臨した!! 「ショワッ!!」 エースはドリームギラスへと真正面から立ち向かっていく。 気合一閃!! 必殺チョップが腹を打ち、メガトンキックが巨体を揺さぶる。 「デヤァッ!!」 首根っこを掴んで力の限り投げ飛ばし、悪魔の巨体が宙を舞い、大地に激しく叩きつけられる。 しかし、ドリームギラスは起き上がると、口から真っ赤な水をエースに吐きつけてきた。 "危ない!" だが心配は無用、そんなちょこざいな手など効きはしない。 エースは体の前で両腕を回転させ、光の壁を出現させた! 『サークルバリア!!』 赤い水は全てバリアにはじかれてボタボタとこぼれていく。 水が尽きて悔しがるドリームギラス。 それで終わりか! ならばこっちの番だ! エースは天空めがけて大ジャンプ、天の光を背に浴びて、流星のごとくドリームギラスめがけて急降下キック! 「トォーッ!!」 顔面直撃、ドリームギラスはひとたまりもなく吹っ飛ばされる。 "やった!" 思わず歓声をあげるタバサ、それに答えてエースは額のビームランプに両手を揃える。 『パンチレーザー!!』 青色破壊光線が超獣の額に命中、いびつに歪んだ顔面をさらに黒こげに染めていく。 けれど、こんなもので終わりはしない。 エースはドリームギラスに向けて猛然と突進していく。 "がんばれ! エース!" いつの間にか、タバサは幼子のように声を張り上げてエースを応援していた。 そのとき、タバサの肩を誰かの手がぽんと叩いた。 「言ったでしょ、ピンチのときには必ず誰かが助けてくれるって。正義の味方はどんなところにだって来てくれるのよ」 振り返ると、そこにはいつものように元気いっぱいな笑顔を浮かべているキュルケがいた。 それだけではない。 「もー、お姉さまはシルフィがついてないとほんとダメなのね。だからぜーったい離れないのね。きゅい!」 翼を元気よく羽ばたかせたシルフィードが頬をすり寄せてくる。 「あんたにはいろいろ借りがあるんだから、簡単に死んでもらっちゃ困るのよ。べっべつに心配してるわけじゃ ないんだからね!」 顔を膨れさせたルイズが。 「おいおい、何度も助けられてその言い草はないだろ。やれやれ、ところでさ、こないだ乗せてくれたシルフィードの 背中さ、すっげえ気持ちよかったから、また乗せてくれよな」 大剣を背負ってるくせに、間の抜けた顔をしたサイトの姿が。 見渡せば、ほかにも偉そうな態度でギムリやレイナールに指示しているギーシュ。 ロングビルに蹴りを入れられているオスマンを呆れ顔で見ているコルベール。 ほかにもシエスタやペルスラン、任務の先で知り合った人々、ミラクル星人やアイの姿もある。 いつの間にか、タバサの周りは大勢の人々で埋め尽くされていた。 短い間に、知らないうちに、いや、気づこうとしなかったのに、タバサの心には数え切れないほどの人が住み着いていた。 "キュルケ……あなたの言ったとおりね" もう、何も怖くはない。 何人であろうと、この記憶を奪い去ることはできない。 さあ、消え去れ悪夢よ!! 夢の世界を包む光によって、もはや死に体のドリームギラスに、エースは一度大きく体を左にそらせ、 投げつけるようにとどめの一撃を放った!! 『メタリウム光線!!』 光の鉄槌が邪悪な超獣を叩きのめす。 ドリームギラスは断末魔の叫びを短く残すと、大爆発を起こして塵一つ残さず消し飛んだ!! "やったあ!" 闇を、悪夢を粉砕し。光が、平和が訪れた。 「よーし、お姫様を胴上げよ!」 キュルケの宣言に、全員が「おーっ!!」と答えてタバサを取り囲んだ。 "えっ? ちょ、ちょっと" だが、大勢の人々によってあっというまにタバサの小さい体は持ち上げられて、みんなの頭上へと放り投げられた。 ばんざーい! ばんざーい! なにがなんだかわからないけど、タバサが一回宙を舞うごとに、みんなの笑顔が眼に飛び込んできて、 悪い気分ではなかった。 小さなころ、母に読んで聞かせてもらった『イーヴァルディの勇者』の物語では、竜にさらわれた少女を助けに、 勇者イーヴァルディが駆けつけてきてくれる。子供向けのおとぎ話、そんなことはありはしないと思っていたが、 イーヴァルディはいつもすぐそばにいてくれているのかもしれない。 そのうち、人々の中に、笑顔を浮かべる生前の父と、在りし日の母の姿を見つけて、タバサはこれが 夢なんだなあと悟った。 けれど、こんないい夢はずっと見たことがない。 現実には決してありえないけど、夢を見るのに制限もルールもありはしない。 せめて今くらいは…… 何度目かの万歳のあと、母の胸のような心地よさに包まれて、タバサは優しい眠りのうちへと抱かれていった。 「……落ち着いたみたいね。まったく寝顔は妖精みたいに可愛いんだから」 月明かりの差し込むベッドの上で、タバサの小さな体を優しく抱きしめながら、キュルケは小さくつぶやいた。 あのときから、うなされているタバサを見かねて、冷えた彼女の体を自分の体温で温め、おびえるタバサの耳元で、 子守唄のように彼女を励まし続けていたのだった。 「ゆっくりおやすみシャルロット。今夜はずっと、あたしがそばについててあげるわ」 まるで母と娘のように暖めあう二人を、双子の月と星達だけが見ていた。 翌日。 屋敷の門の外で、透き通るような青空に小さな声と明るい声の二つが響き渡った。 「……じゃあ、行ってくる」 「うーん! いい天気ね。こりゃ、吉兆ってやつじゃない」 背伸びをしながらキュルケが陽気に言った。 門の外にはシルフィードが待っている。これから死地に赴くというのに、天気晴朗、風は穏やか、まるで ピクニックにでも出かけるようだ。 「んじゃあま、さっさと済ませちゃいますか。なーに、このあたしがついてるんだから、どんな難問でもちょちょいのちょいよ!」 「うん、頼りにしてる」 「え?」 思いもよらぬタバサの返事に、キュルケは一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。 だが、タバサはいつもどおりの無表情、さっきの台詞などどこふく風。さっさとシルフィードに乗り込んでしまった。 「早く乗って」 しかし、そのときキュルケは気づいた。いつもなら、「乗って」とは言っても非常時以外は「早く」とはつけない。それは、 1年間ずっといっしょにいたキュルケでしか気づけなかったほどの小さな変化だったが、タバサの心境がいつもとは よい意味で違う方向に向いていることを示すものだった。 「ははっ、どうしたのタバサ、今日はなんか機嫌いいみたいじゃない」 するとタバサは、キュルケに背を向けたまま、ぽつりと。 「ちょっと、いい夢みたから……」 と、答えて、それを聞いたキュルケは爆笑した。 「あっはっはっはっ、それはよかったわね。それで、ね、ね、どんな夢だったの?」 「秘密」 「ふーん、まあいいわ。でも、そんなに印象強い夢ならひょっとして正夢になるかもよ」 「……」 「あはは、冗談冗談。さっ、そろそろ行きましょうか。任務は『ラグドリアン湖北西にて、原因不明の森林の立ち枯れと 急激な砂漠化が始まっている。早急にその原因を究明し、原因を排除せよ』だっけ? どうせどっかのアホ貴族が 失敗作の魔法薬でも不法投棄でもしたんでしょ。そんなのあたしの炎で焼き尽くせば即解決よ。今回はつよーい味方が いるんだから、どんと安心しなさいって、ね」 日差しの強い夏空へ向けて、二人を乗せたシルフィードは飛び立った。 だが、その先に待つものの恐ろしさを、まだ彼女達は知らない。 それでも、このパートナーがいればどんな困難でも乗り越えられる。そう思わせる何かを、二人は手にしつつあった。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第13話 落日の決闘!! 四次元ロボ獣メカギラス 登場! 燃えるような夕日の下、その紅い光に照らされてウルトラマンAがトリステイン城を守るように構えている。 迎える相手はバム星人の作り上げたロボット怪獣メカギラス、巨大なパワーを秘めてミサイルと破壊光線で 武装した鋼鉄の巨竜。 今、両者の銀色の体は夕日に照らされ、まるで黄金のような幻想的な輝きを放っていた。 (こいつを倒さないと、トリステインは滅ぼされるわ。サイト、いつもどおりサポート頑張んなさいよ) (うーん。こいつに関してはよく分からないんだが、とにかく勝たないと話にならないからな!!) (来るぞ、ふたりとも!!) かん高い音を上げて、メカギラスの頭部からミサイルが放たれてエースの周辺で爆発を起こし、エースは 城へ被害を出さないために天高く飛び上がる。戦いが始まった。 その様子はトリステイン城を見上げるトリスタニアの街全域からも眺めることができた。 「おい、大変だ!! 外に出てみろ」 「なんだ、城が、城が燃えてる!!」 「それに、怪獣もいるぞ、戦っているのは……」 「ウルトラマンAだ!!」 空中へ跳んだエースは、メカギラスの頭上を飛び越えて反対側に着地した。 「デヤァッ!!」 エースはメカギラスの真後ろから飛び掛る。鈍重なメカギラスは急には振り返れずに後ろはがら空きだ。 (もらった!!) 才人が叫んだように、メカギラスは足をガシャガシャさせているだけでまるで旋回が間に合っていない。 だが、メカギラスはそのままの姿勢のままで首だけを関節部から180度回転させると、ミサイルと破壊光線を エースに向かって連射してきた。 「シャッ!!」 間一髪、エースは側転でそれをかわしたが、流れ弾が街に着弾して各所で火災が発生し始めた。 (街が!) (待て、今はこいつを倒すのが先決だ。住民達も先のベロクロンとの戦いの後の避難訓練が行き届いている。 すぐには惨事にはならない) あの炎の下で、いくつの家が焼かれ、いくつの幸せが壊されているのか、それを思うとエースの胸も痛む。 しかし、その悲劇を少しでも減らすために、今は心を鬼にしてメカギラスを倒さなければならない。 そのあいだにも、夕日の赤い光に、炎の赤が加わり、血の様に街に広がっていく。 「ダッ!!」 エースは、首に合わせてようやく旋回が終わったメカギラスに向けて、再び構えをとった。 そのころ、エースによって窮地を救われたキュルケとアニエス達は、城中に残っていたWEKCと銃士隊を かき集めていた。 「ギーシュ、みんな無事?」 「ああ、僕らはみんな大丈夫さ。それよりも、これはどうなっているんだい? 敵の計画は阻止したんじゃなかったのか」 「あいにく、敵が悪あがきしてね。だめだった。ね」 「ね、じゃないだろ、どうするんだよ!!」 ギーシュ達はどうしていいのかわからずに、完全にパニックになってしまっている。 「お前達、静かにしろ!!」 「はいっ!!」 アニエスは一喝して少年達を黙らせると、銃士隊を見渡して言った。 「全員揃っているな。いいか、第1班は私とともに女王陛下、王女殿下方を城から避難させる。ミシェル、お前は 残りの班を指揮して火災の延焼を全員が避難するまでなんとか食い止めろ」 「はっ、隊長、ご無事で」 「お前もな。だが無理はするな、王族と首脳陣の避難が完了したらあとは各自の判断で脱出しろ」 「はっ!!」 ミシェルは、銃士隊の4/5を引き連れると、燃え盛る炎へ向けて立ち向かっていった。 そしてアニエスは次にギーシュ達を見渡すと、よく通る声で言った。 「それから、お前達!」 「あっ、はいっ!!」 「お前らもミシェル達に協力して消火と城の者達の避難に当たれ、どんな方法を使ってもかまわん。消火不能だと 判断したら破壊してもいい。私が責任をとる!!」 「!?」 「どうした、ウルトラマンが怪獣を抑えている今しか猶予はない。早く行け!!」 「はい!!」 生徒達は、ここでもアニエスの気迫に圧倒されていた。部下の責任を全て自分一人でかぶるなど、簡単に 言えるものではない。 しかし、生徒達にも貴族の子弟としての意地があった。平民に責任を負わせて助かろうなどといった 腐った考えを持った者は少なくともこの中にはいない。水や土の系統の使い手は消火にまわり、炎に相性の 良くない火や風の系統の使い手は『開錠』や『連金』を応用して避難経路を造ったり、『レビテーション』や 『フライ』で水場から消火用水を運んできたりしていた。 だが、火災の勢いはそれらの努力をあざわらうかのように徐々に延焼を広げていった。 そして一方、アニエスらは王女アンリエッタをはじめとした王族や国の重鎮達を避難させるために謁見の間まで やってきていた。 「皆様方、炎がそこまで迫ってきています。ここは危険です、ただちにご避難ください!」 アニエスは狼狽している貴族や大臣達を、隊員達に命じてなかば強引に退去させていった。 「アニエス、来てくださいましたか」 「女王陛下、姫様も早くご避難ください」 しかし王女アンリエッタはかぶりを振って答えた。 「私は最初の戦いのとき、絶対にこの城から逃げ出さないと誓約しました。皆が戦っているというのに王族が 敵に背を向けるわけにはいきません」 「姫様、それは違います。今皆が必死に戦っているのは姫様達を安全な場所までお連れし、ひいてはこの国を 守るためなのです。敵と戦っての討ち死になら私がどこまでもお供します。しかし炎にまかれて死んでは 犬死以外の何者でもありません」 王族の誇りを守ろうとするアンリエッタをアニエスは必死で説得した。 「わかりました。ただし、王族はこの城の主です。この城から離れるのは最後の一人となってからです。 あなた方も、一人も残らず逃げ延びたら、私もここを離れましょう」 「うけたまわりました。それでは、城の東側はまだ火が回っていません。お急ぎください」 すでにここにも煙が流れ込みはじめて来ている。一刻の猶予も無いが、幻獣などの目立つ乗り物を使っては いい的にされてしまうので、走って逃げ延びるしかない。 (だがそれも、ここであの怪物を倒せたらの話だ。首都を壊滅させられては、すぐに滅亡はせずともトリステインの 国力は激減する。ウルトラマンA、頼む、なんとしてでも奴を倒してくれ) 熱気を帯びた廊下を駆けながら、アニエスはエースの勝利を切に願っていた。 だが、ウルトラマンAはメカギラスを相手に、予想外の苦戦を強いられていた。 (くそっ、バリアか!?) メカギラスの弾幕をかいくぐり、掴みかかろうとしたエースはその寸前で、突如見えない壁にぶつかって 跳ね飛ばされてしまった。その壁はメカギラスの全体を包み込んでいるらしく、エースのチョップもキックも 歯が立たない。なおかつ、メカギラスの攻撃は素通しするらしく、バリアの前で立ち往生しているエースに 向かって至近距離から破壊光線を放ってきた。 「グワッ!! ヌォォッ」 直撃を食らったエースは思わずひざをついてしまった。まだたいしたことは無いものの、これを何発も食らっては 危険だ。 (エース、危ない!!) (!?) とっさに右に飛びのいたエースのいたところを、ミサイルと破壊光線の乱射が通り過ぎていき、それが街に 当たってまた火災が広がっていく。 (大変だ、このままじゃ街が燃えちまう!) (ちょっと、このままじゃせっかく復興したトリスタニアが台無しになっちゃうじゃない!! サイト、あんたあいつ のこと知ってるんでしょ、弱点とかないの!?) (そうは言っても、前のメカギラスは記録にあるのはウルトラマン80が異次元から引きずり出したのを 倒したところしかないから、どうやって戦ったのかは分からないんだ!) 悪いことに、才人の知識には、どうやってウルトラマン80がメカギラスを破ったのかというその方法が無かった。 もちろんエースの地球滞在以降に出現した怪獣なので北斗の知識にも無い。少しでも良い材料があるとしたら 誘導装置を全て破壊したことで、メカギラスが異次元に逃げこむことと、テレポート攻撃をしなくなっていること があるが、それを差し引いても、その攻撃力と防御力はすさまじかった。 (もう、だったらあのなんとか光線で決めちゃいなさーい!!) しびれを切らしたルイズに思わずエースもびくっとしたが、今はそれしかないかもしれない。エースは上半身を 大きく左にひねると、投げつけるようにメカギラスに向かって両腕をL字に組んだ。 『メタリウム光線!!』 エースの腕から必殺の光線が放たれる。しかし、やはりメカギラスの直前で、まるでガラスにぶつかった 水鉄砲の水のようにはじかれてしまった。 (くそっ! メタリウム光線でも駄目なのか!!) 時間の経過とエネルギーの消費でエースのカラータイマーが鳴りはじめた。 メカギラスはその場からほとんど動かずに、首だけを旋回させてミサイルと破壊光線を連射してくる。 まさに動く要塞だ、だがその鉄壁の防御を破らなくては勝機はない。 そのとき、さらにメカギラスの破壊光線が飛んできて、とっさにかわしたエースの居た場所で爆発を起こした。 (このぉ、自分だけ一方的に攻撃できるなんて卑怯よ!!) 思わず怒鳴り声を上げたルイズだったが、その言葉を聞いて才人ははっとした。 (待てよ、向こう側の攻撃は通すってことは……エース!) (なるほど、目には目を、バリアには……) 合点したエースは、メカギラスの真正面に立ち、まるで挑発するように身構えた。 当然、メカニズムの塊であるメカギラスには挑発など意味がないが、その電子の頭脳は、停止した標的に 向かって正確に照準を合わせた。 (来る!!) メカギラスの両腕が高く上がり、錆びた扉を思い切り開いたようなこすれた鳴き声が上がったとき、エースは 両手を高く掲げて、そのまま円を描くように体の前で回転させた。 (バリアには、バリアだ!!) 瞬間、メカギラスの頭部から発射された破壊光線がエースに殺到する。しかし、それらはエースの眼前に 出現した丸い光の壁にさえぎられて、そのままメカギラスへ向けて跳ね返されていった。 『サークル・バリア!!』 あらゆる光線をそっくりそのままお返しするエースのバリアにはじかれたメカギラスの破壊光線は、 メカギラス自身のバリアは素通りするという特性はそのままに、メカギラスのボディを直撃し、その内部の 回路や構造体をショートさせ、焼き切らせていく。 (いまだ、エース!!) よろめくメカギラスに向かってエースは跳ぶ。すでにバリア発生装置も破壊されたのか、エースをさえぎる ものはない。 「デヤッ!!」 エースの跳び蹴りがメカギラスの右肩を直撃し、肩の関節部分から盛大に火花が散った。 「テヤッ!!」 後方に着地したエースはすかさず反転して、今度は左肩にキックをお見舞いした。再び花火のように 大量の火花が散り、メカギラスの両腕は力を失ってだらりと垂れ下がった。 (今だ!!) (とどめよ!!) すでにメカギラスは駆動部もやられたのか、全身から火花と煙を吹き始めている。だが、それでも奴は 命じられたただひとつの『破壊』というプログラムを遂行するために、体中の関節をきしませてエースに向き直った。 「シュワッ!!」 エースは胸の前で両腕をクロスさせると一瞬、白い閃光が走った。 「デヤァ!!」 瞬間的にエネルギーが圧縮され、そのまま両腕を水平にメカギラスに向かって押し出すと、腕の間から 三日月形に整形されたエネルギーの刃が飛び出した。 『ホリゾンタル・ギロチン!!』 これぞ、エースがもっとも得意とするギロチン技のひとつ、水平発射されたカッター光線は狙い違わずに メカギラスの首に命中、関節部を切り裂いて頭部を空中に吹き飛ばした。 そして、宙に飛んだ頭部が大地にひしゃげた音を立てて転げ落ちた時、残った胴体も完全にコントロールを 失ったらしく、小さく爆発を起こした後に両腕が関節部からもげて、あとは積み木の城を崩すかのように ガラガラと音を立てて崩れ落ちていった。 「やったあ!!」 城の者、街の民、貴族平民、あらゆる身分を問わずに、この戦いを見守っていた者達全員から歓声があがった。 もちろん、才人とルイズも同様である。 (よっしゃあ、勝ったぜ!!) (ふん、このわたしにケンカ売ろうなんて百年早いのよ) メカギラスを撃破し、得意満面のふたりであったが、そのときエースは厳しい声でふたりに言った。 (いや、まだだ!!) ふたりは突然のエースの声にびくりとした。メカギラスは確かに倒したはずだ、なのにまだ何かあるというのか? 「シャッ!!」 しかしエースは何も言わずに跳ぶと、トリスタニアの市街地の中に静かに降り立った。 街の人々は、突然やってきたウルトラマンAに驚き、逃げ出す者もいるが、エースはそれにはかまわずに、 今の戦いの流れ弾で火災を引き起こした家屋に、両手のひらをつき合わせて向けた。 「シャッ、デュワッ!!」 すると、エースの手のひらの間から大量の水が噴出して、炎を覆い、みるみる消し止めていく。 『消火フォッグ』 エースの能力の使い道は攻撃だけではない。時にはこうして怪獣の被害にあった人々を救い、その被害を 最小限に抑えることもできるのだ。 「やった、火が消える!」 「火事が消えていくわ、アンナ、ミナ!!」 「よかったな奥さん、これで取り残されてた子供達も助かるぜ!」 「おかあさーん、エース、ありがとー!」 街のあちこちから、人々がずぶぬれになるのも構わずに手を振っているのが見える。 (怪獣を倒しただけでは、まだ戦いは終わったわけではない。戦いのあいまに傷つき、大切なものを失っていく 人々のことを忘れてはいけないよ) エースにそう諭されて、ふたりは有頂天になっていた自分を恥じた。 一軒、また一軒と、エースは延焼のひどい家屋から順に消し止めていく。しかし、燃え上がっている家屋は 多く、すぐにすべてには行き届かない。だが、エースの行動に勇気付けられた人々は、自分達の手で火災を 消し止めようと、力を合わせてバケツリレーなど消火活動に当たっていった。 そんな人々の様子を、才人は頑張れと声援を上げて、ルイズは気恥ずかしそうに唇をかんで見守っていたが、 エースの視界に、炎上し続けているトリステイン城が入ると、ルイズはまるで我が身が燃やされているかのように 叫んだ。 (エース、城が、トリステイン城が燃えてる!! 先に、先にあっちの火を消して!!) だが、エースはそれを承諾しなかった。 (だめだ、城はもうほとんどの人が避難し終わっているが、街の延焼は今消し止めないと犠牲者が大勢出る) (でも、数千年の歴史と伝統の王城を……) (歴史と伝統は千年あれば作れるが、失われた命は何万年たっても戻ってきはしない。ルイズくん、君にも 聞こえるだろう。炎にまかれて苦しむ人々の声が、それに背を向けることが、君にできるのかい?) かつて北斗星司として、超獣の脅威に苦しみ、道を見失った少年や少女達をはげましたときのように、 エースの言葉は、貴族として王家のために尽くすか、それとも力無き人々を守るのかと対立する ルイズの心を揺さぶった。 そして、迷うルイズに才人は、少しとまどいながら話しかけた。 (なあルイズ、俺はお前の言う貴族の誇りと義務ってやつは、正直理解できねえ。だけど、その誇りを守るために 一生懸命に頑張ってるお前は、本気ですげえと思ってる。けど……) (……くっ、うるさいうるさい!! どいつもこいつも人の気も知らないで……貴族として生まれた者がどれだけの 義務と責任を負うかも知らないくせに!) (ああ、確かに知らない。けれど、目の前で家族や友を失おうとしている人の涙より重いものがあるのか?) (…………) ルイズは今度は怒鳴りつけることもせずに、言葉にできない感情を才人に向け、才人はそれを黙って受け止めた。 才人にとって、目の前の光景は決して他人事ではない。地球も、彼の召喚された当時こそ平和であったが、 ほんの数年前までは、毎日のように怪獣や宇宙人の襲来が相次ぎ、ニュースで犠牲になったそれらの人の 名前が読み上げられる度に、次は自分かと心の中で思っていた。 だから、そんななかでいつも必ず駆けつけて、人間のために戦ってくれるウルトラマンの存在は本当に 心強かったし、あこがれた。そして、だからこそ才人には、目の前の人々を見捨てることはできなかった。 やがて、街の人達の懸命の努力もあって、市街地の火災は完全に消し止められた。 「ショワッチ!!」 エースはトリステイン城の上空へ飛ぶと、空中で静止したまま消火フォッグを雨のように降らせた。 しかし、城の火災はかなりなものに拡大しており、多少勢いは弱まったものの、鎮火のきざしは見せなかった。 しかも悪いことに、戦いの後の上に長時間消火にエネルギーを消費したために、エースのカラータイマーの 点滅は、もはや限界に達しようとしていた。 (くそっ、もう力が……) カラータイマーの点滅はウルトラマンの命そのものを表す。その点滅が消えてしまったら、エースは2度と 立ち上がる力を失ってしまうのだ。 だがそのとき、城から脱出していたキュルケ達が、エースのピンチを見て取って、振り返った。 「エースが危ないわ、みんな、エースを助けましょう。城の火をわたしたちで消し止めるのよ!」 キュルケは、ホタルンガとの戦いで、カラータイマーの点滅が危険を表すものであることを知っていた。 しかし、彼女の意気込みとは裏腹に、ギーシュが汗まみれで息も絶え絶えな表情で言った。 「ミ、ミス・ツェルプストー……き、君の言うとおりだ……だけど、もう僕達には、系統魔法どころか、 フライひとつ使うだけの精神力も、の、残ってないんだ……」 そう、トライアングルクラスの使い手で、莫大な精神力を持つキュルケやタバサはまだしも、大半が ドットやよくてラインクラスの力しかない少年達の力はすでに限界にきていた。 「そんな……」 キュルケは愕然とした。自分にはまだ余力があるから気がつかずにいたが、少年達はもう立つだけで 精一杯の力しか残っていない。そして、いくらなんでも自分とタバサだけではエースを助けて城の火を消す などということは不可能。 (みんな、もういい。早く離れてくれ……) 皆の声を上空で聞き、エースは残りの力を振り絞って消火フォッグを放つ、だが、炎の勢いは治まらず、 もはやこれまでかと思われた。そのとき。 「皆さん、下がってください」 キュルケ達の後ろから、鈴の音色のような声が響き、生徒達が思わず振り返ると、そこにはトリステイン王女 アンリエッタが、アニエスら銃士隊に護衛されて立っていた。 「ひ、姫様!?」 「皆さん、ありがとうございます。あとはわたくしがやります」 思いもよらぬアンリエッタの言葉に、ギーシュ達トリステインの貴族らは苦しい息の中で必死になって止めようとした。 「ひ、姫様、そんな、危のうございます。早く、ご避難をっ、ゴホッ、ゴホッ!!」 「ありがとう、けど大丈夫です。アニエス、城の中の者は全員避難したのですね?」 「はっ、城内の者は牢獄の罪人にいたるまで一人残らず、間違いありません」 アニエスの報告を受けて、アンリエッタはこくりとうなづくと、宝玉をあしらった杖を取り出し、そして生徒達を見渡して言った。 「この中に、風系統の使い手で、まだ余力を残している方はいらっしゃるかしら?」 すると、タバサがキュルケに押されて前に出てきた。 「あなたは……いえ、ごめんなさい。わたしに力を貸していただけるでしょうか?」 アンリエッタは、タバサの独特の青い髪の色と、見覚えのある顔つきに一瞬気を取られたが、今は気にしている 場合ではないと思いあたり、誠実に協力を請った。 「……」 タバサは何も言わずに首を前に振った。 「ありがとう。では、皆さんは離れて、あなたはわたくしに合わせて風のスペルをお願いします」 アンリエッタとタバサは横に並ぶと、城へ向かっての呪文の詠唱に入った。系統はアンリエッタが『水』『水』『水』、 タバサが『水』『風』『風』の6乗のトライアングル。それらは重なり、増幅しあって、やがて巨大な水の竜巻を作り出した。 魔法の理論上で言えば、トライアングルクラスの魔法を最高の精度で組み合わせれば、ヘクサゴン・スペルという 通常とは比較にならない威力を生むという。しかし、そのためには使い手が最上級であることを前提に、両者のあいだに 完璧な同調をも必要とする、まさに理論上での極大魔法であったが、そのとき皆は、竜巻にいびつな形ながらも 刻まれた六芒星の輝きを確かに見た。 竜巻は、城を包み込むと、ゆるやかだが大河の流れのように雄雄しく回転し始めた。炎は水の勢いに押されて 次第に小さくなっていくが、まだ火勢は強い。しかし、ふたりの呪文が完成したとき、竜巻はその姿を変えた。 竜巻に含まれる水分が急速に冷却、凝固を始め、水の竜巻は氷の竜巻に姿を変えていく。 「きれい……」 誰とも無くそうつぶやいたように、夕日の残光を受けて、氷の竜巻はまるで金塊が飛び交っているように輝いていた。 しかも、それは空気中の水分はおろか、エースの消火フォッグの水分までも吸い込み、内部を真空に変えて 炎から熱と酸素を奪い取り、あれだけあった火炎を、まるで握りつぶすかのように消滅させてしまった。 「やったやった。火が消えたぞ!」 「やっぱ、王家の魔法は俺達とは段違いだな。王女様、ばんざーい!!」 竜巻が役目を終えて消滅したとき、太陽は完全にその姿を隠し、代わって双月が輝きだし、銃士隊や WEKCの生徒達、ほかにもこの光景を見ていた大勢の人々から一斉に歓声があがった。 アンリエッタは、振り返って微笑むと一礼して言った。 「皆さん、ありがとう。けれど、これはわたくしだけの功ではありません。敵と戦いながら、城の人々を逃がし、 炎の勢いを喰い止めてくれた銃士隊と、魔法学院の生徒の皆様がいてくれたからこそ、わたくしが魔法を 使うだけの猶予が残っていたのです。そして……」 彼女はそこで一旦言葉を切り、空を見上げて、星空を背にして見下ろしているエースに語りかけた。 「ウルトラマンA、この国を、再びヤプールの脅威から救ってくださって、ありがとうございます。トリステインの 民全員を代表して、心よりお礼を申し上げます」 そして、優雅に会釈すると、片手を振って感謝の意思を示した。 エースは、それを見届けると、一度だけゆっくりとうなづいて見せ、満天の輝きを見せる星空へと飛び立った。 「ショワッチ!!」 人々は、エースの姿が夜空に見えなくなるまで、手を振り、ありがとうと叫びながら見送っていた。 「それから、あなたにもお礼を……」 「友達のためにしただけ……気にしなくていい」 アンリエッタが、タバサにも礼を言おうとしたとき、タバサはもう用は済んだとばかりに背を向けていた。 「待って、あなたはわたくしの恩人です。さきほどの魔法は、わたくしだけではあれだけの力は出せません でした。それに、あなたのその髪の色と、魔法の才、あなたはもしかして……」 「姫様、もし本当に私に感謝する気持ちがあるなら、それ以上の詮索はしないでもらえますか」 タバサはそれだけ言うと、友の待つ元へと帰っていった。 (いいえ、わたくしの記憶が正しければ、あなたは間違いなくガリア王家の……しかし、なぜ……?) アンリエッタは、タバサの背中を見送りながらも、心の中から湧き上がる疑問を抑えられなかった。 そして。 「おーい、おーい!」 「!! その声は!?」 「サイト、それにルイズも、まったく悪運の強いやつらだ」 月の光に見守られ、ふたりは仲間達の元へと帰還した。 それから数時間後、かろうじて形だけは焼け残った謁見の間に、生徒達と銃士隊の面々が整列して、 玉座に座ったアンリエッタの言葉を待っていた。 「皆さん、今回の一件は本当にありがとうございました。おかげで、トリステイン城はなんとか機能を 失わずに済み、人命の被害も最小限にとどめられました。もう、何度お礼をしても足りないくらいですが、 わたくしはあなた方のような頼もしい騎士達を持てて、心から誇りに思います」 すると、全員を代表してアニエスが前に出て言った。 「もったいないお言葉です。我ら一同、王家の武器としていつでも命を捨てる覚悟はできています。 また、戦いのときは我らの命、ご自由にお使いください」 「その忠誠には千の感謝でも足りませんわ。ですが、あなた方の命はまずはあなた方のものです。 あなた方の死はあなた方の家族や友人、そしてわたくしの心を痛めるということを忘れずに、 最後まで大切に守り抜いてくださいね」 「はっ!」 アンリエッタの言葉に、彼らはひざをついて頭をたれ、最高位の敬礼で答えた。なかには、ギーシュの ように感極まって涙を流している者までいる。アンリエッタは、しばらくその様子をすまなそうに見ていたが、 やがて意を決したように、悲しげな声で彼らに言った。 「さて、実はここで皆様に謝らなければならないことがあります。今回の功績に対して、全員にシュバリエの 称号を送りたいところなのですが……」 「それに関しては、私から説明いたしましょう」 申し訳なさそうにしているアンリエッタに代わって、隣に控えていた枢機卿マザリーニが前に出てきた。 彼の言うところによると、敵の城内侵入をたやすく許してしまったばかりか、陽動作戦にまんまとはまって 城を無防備にしてしまった以上、彼らに勲章を与えれば軍の無能をさらけだすばかりか、女子供に手柄を すべて横取りされたと軍内部からも不満が出る、だから今回のことは、軍が出払ったときに偶然敵が 襲撃してきたことにして、国民には発表したいということだった。 もちろん、これには生徒達はおろか、銃士隊の隊員達からも言葉には出さないものの、副長のミシェルなどは 貴族のこの汚いやり方に、歯軋りをして怒りを表していた。 また、破壊されたメカギラスの残骸は、後日王立魔法研究所に運ばれて研究材料にされるとのことだったが、 怒りに燃える彼らの耳には届いていなかった。 だがその一方、彼らの怒りと不満を一身に受けているはずのマザリーニは、落ち着いた表情のまま、 残りの句を継いだ。 「以上、"私の"考えに従ってもらうことになる。皆、異論はないな」 異論も何も、王族を除けば国の最高権力者であるマザリーニの意向に背くことはできない。不満を持つ 者達は、(薄汚い鳥の骨め)(王女殿下の心を踏みにじりやがって)(それが貴族のやることかよ)と胸の中で 彼を罵倒したが、唯一アニエスだけは微動だにせず頭を垂れていた。 (例え汚く思われても、全体の感情に配慮しなければならないこともある。だが、それを自分の発案だと 言い切ることで、皆の不満を一身に集めて、王女殿下に災が及ばないようにするとは、マザリーニ枢機卿、 鳥の骨などと揶揄されても、貴方という人は……) マザリーニは、これだけの人間からの負のオーラを一身に受けながらも、痩せた体を揺るがせもせずに 立っている。いや、彼の立場からしてみれば、こんなものは序の口で、利権争いに貪欲な貴族達との 駆け引きでは、それこそこの国を守るために心を鬼にして戦っているのだろう。 王女以外にも、忠誠をかたむける価値のある人間の存在に、まだこの国も捨てた物ではないなと思い、 自身の目的のためにも及ばずながら尽力しようと、アニエスは思った。 やがて、またアンリエッタが皆にねぎらいの言葉をかけて場を和ませた後、この場を締めくくる言葉を述べた。 「銃士隊、そして学院生徒の皆さん。改めて、心よりの感謝をあなた方にささげます。今回は、本当に 申し訳なく思いますが、あなた方の活躍は、永久にこの胸にとどめておくことをお約束いたします。そして、 あなた方でしたら、次は今回以上の手柄を立てることもできると信じています。そのときは、わたくしの 名誉に賭けて最大限の礼を尽くしましょう。共にハルケギニアに平和をもたらさんことを!!」 「杖にかけて!!」「剣にかけて!!」 生徒達と銃士隊の唱和が、猛々しく城を超えて夜空にもこだました。 その声は、平民で使い魔であるという理由で謁見の間の扉の外にある控え室で待たされている才人とデルフの 耳にも届いていた。 「どうやら、話は終わったみたいだな。まったく貴族の話ってやつは長ったらしくていけねえや相棒」 「そうだな。ふぁぁ……俺もう眠いや」 「お前さんは間違っても偉くなれんタイプだね。式典の最中に居眠りしてぶち壊す類だ」 「へん、偉くなんて、なりたくもねえ、や……」 急激にまぶたが重くなり、それっきり才人の意識は深いまどろみの中へと落ちていった。 「相棒、お前さん今日はよく頑張ったよ。その若さで、たいしたもんさ」 デルフは才人の背で、我が子をほめる父のようにつぶやいた。 と、そのとき扉が開き、謁見が終わったルイズやアニエス達が控え室に入ってきた。 もちろん、いびきをかいて気持ちよさそうに眠っている才人の姿が目に入る。当然、きまずい空気が流れた。 「…………」 「あ、娘っ子……相棒もさ、今日はさ、疲れてたんだよ」 しかしデルフの声は、ゆっくりと杖を振り上げるルイズの耳には届かない。 そして…… 「この、馬鹿犬ーっ!!!」 「わーっ!! ルイズ、ここはまずい!!」 ルイズの爆発魔法が炸裂し、皆は壁際まで吹っ飛ばされて、才人は夢の世界から引きずり出された。 「な、何が……げっ、ルイズ!?」 「あ、あんたってやつは……ご主人様がいないと思って、まあ気持ちよさそうに……」 「ま、待て、話せばわかる!」 「うるさーい!!」 本日、最大最後の大爆発が夜空に響き渡った。 逃げる間もなくキュルケもアニエス達も巻き込まれて伸びてしまい。最後にルイズは精神力の使いすぎで、 才人は吹き飛ばされて頭を打ったせいで、ばったりと床に倒れこみ、そのまま寝息を立て始めた。 やがて、轟音を聞きつけた兵士達がやってきて、彼らをどかそうとしたが、そこへアンリエッタが やってきて彼らを止めた。 「そのままにしておいて、朝まで寝かせておいてあげなさい」 「しかし、この聖なる王城の床でこのような無礼な真似を」 「いいのです。彼らはこの国とわたくしの恩人、今はそっとしておいて。ああ、風邪をひくといけませんわ、 毛布を持ってきてあげなさい。命令ですよ」 アンリエッタが最後に強い口調で言うと、彼らは慌てて毛布を取りに駆けていった。 「本当に疲れていたのですね。アニエス、皆さん、本当にご苦労様です」 ひとりひとりの顔を見渡し、最後に突っ伏して眠っているルイズに目をやると、アンリエッタは懐かしそうに その寝顔に語り掛けた。 「ルイズ、あなたは今でも変わりませんね。元気で、真っ直ぐで……」 ルイズの顔にかかった髪を優しくはらうと、アンリエッタは王城の奥へと静かに去っていった。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 それは、リュウが照準機の中に拡大されたドラコの右肩に、針の穴のように かすかに見える傷跡を捉えて、意識をトリガーに集中したその一瞬の隙の ことだった。メビウスとヒカリに両腕を、エースに首根っこを押さえつけられて 動けないでいたドラコの、その昆虫型の赤い複眼だけは接近してくるガンローダーの 姿を克明に捉えていた。奴はガンローダーがなにをしようとしているのかを瞬時に 把握すると、身動きできない状況からも右腕だけを上に向かって振り、 鎌を手先から外して飛ばして、ガンローダーに襲い掛かからせたのである。 「なにっ!?」 思いもよらぬ攻撃に、リュウはとっさに回避しきることができなかった。回転して 飛んでくるドラコの鎌はガンローダーの左上面をなめるようにすれ違っていくと、 グドンの皮膚をも切り裂いた鋭さでガンローダーの装甲をたやすく切り裂いた。 「うわあっ!」 「ぐあっ!」 被弾の衝撃で左翼から煙を吹き、コクピットの内部にも激しく火花が散って リュウと才人に襲い掛かる。 「リュウ!」 「サイト!」 GUYSクルーやキュルケたちの絶叫が響き、損傷したガンローダーは煙を吹きながら 墜落していく。 「リュウ、機体を立て直せ!」 「ああ、ぐっ! 腕が」 リュウの利き腕は被弾のショックで負傷し、とても操縦桿を握れる状態では なくなっていた。このままでは地面に激突して粉々になってしまうだろう。 そのとき、才人は自らも火花で負った火傷をおして操縦桿を手にした。とたんに、 もう二度と使うこともあるまいと思っていたガンダールヴのルーンが輝き、 ガンローダーの操縦方法が頭の中に流れ込んでくる。 「操縦切り替え完了! 上がれぇぇぇっ!」 渾身の力で操縦桿を引いた才人のルーンの輝きに応えるように、ガンローダーは 地面とほんの数メートルのところで機首を立て直し、地面をはいずるようにして 機体を持ち直させた。しかし、才人の力をもってしてもそこまでが限界で、メビウスと ヒカリと、エースを弾き飛ばしたドラコは今の投げナイフのように使えるようになった 鎌をさらにガンローダーに向けて投げつけてきた。 「くそぉぉっ!」 ちょっとでも操作を間違えばすぐ失速してしまう状態で、才人はなんとかドラコの 左腕からの鎌を回避することに成功したが、それすら予測していたらしい右腕からの 鎌は一直線にガンローダーのコクピットに向かって飛んでくる。 「サイト!」 「リュウ!」 シルフィードの背から、ガンウィンガーとガンブースターからの仲間たちの声が 響くが、もはやどうしても間に合わず、才人も自分に向かって回転しながら 飛んでくる鎌を振り返って、見つめるしかできない。 ”ああ……草刈りで、すっぽ抜けた鎌が飛んでくるのってこんなもんなのかな” 死神が肩を叩きに来るときまで来ているというのに、才人の脳裏にはそんな つまらないことしか浮かんでこなかった。ちくしょう、おれは結局最後までみんなに 迷惑かけっぱなしかよ。 だが、最後の瞬間に才人に届いたのは、死の宣告ではなかった。 「サイトーッ!」 「っ!? ルイズ?」 耳にではなく、頭の中に直接響いてきた声は、才人にとって忘れようとしても 忘れられなかった彼女のものに、間違いはなかった。 そして、眼前に迫った死神の鎌の前に立ちはだかってさえぎった銀色の影。 「グアアッ!」 あの瞬間、ただ一人エースだけが驚異的な瞬発力を発揮して、跳ね飛ばされた 状態から起き上がり、ドラコの鎌からその身を盾にして、ガンローダーを守ったのだ。 そう、その身を盾にして。 「ウルトラマンA!」 「エース兄さん!」 人間たちと、メビウスの絶叫が響いたときエースはゆっくりと前のめりに倒れた。 その背には、ドラコの鎌が深々と突き刺さっている。ガンローダーの身代わりと なったエースは、彼らの死を自らを犠牲にして防いだ代わりに、その力を全て 使い果たして、カラータイマーの点滅を消した。 「あっ……あああ!」 才人の、皆の見ている前でエースの体が透き通っていき、やがてその巨体が 空気に溶け込むように消滅したとき、そこには草原の上に倒れているルイズの 姿だけが残っていた。 「ウルトラマンAが!」 「エネルギーを、使い果たしたんだ……」 ジョージの、テッペイの悲嘆にあふれた声がガンフェニックスに、さらに フェニックスネストに流れ、CREW GUYSに絶望が流れる。 「エース兄さん!」 「エース……くっ、おのれえっ!」 カラータイマーの点滅を早めさせ、息苦しそうにひざを突くメビウスとヒカリも 自分の無力さをなげく。 「ル、ルイズ? な、なんであの子が!」 「まさか……ルイズが」 キュルケとタバサも、目の前で起きた信じられない出来事に自分の目を疑い、 そして…… 「ルイズ……ばかやろうが……」 涙で襟元まで濡らしながら、才人はルイズへの感謝と、自らへの怒りで 身を焼いていた。あの瞬間、ウルトラマンAが飛び込んできてくれなかったら、 自分たちは間違いなく死んでいた。けれど、力を失っていたはずのエースが 発揮したにしては信じられない速さ、それを呼び起こしたのはあのときの ルイズの声に違いない。 「ちっきしょうおっ!」 ドラコの急所を狙った瞬間、奴の鎌攻撃を、照準に集中していたリュウは ともかく、自由だった自分は気づくことができたはずだ。もしも半瞬早く気づいて、 リュウに知らせていたら、結果は逆だったかもしれない。結果的に勝利を 逃してエースとルイズに迷惑をかけたのは、おれのせいなんだと、才人は 自分を責めた。 「おい! 悔しがるのはあとにしろ、まだ戦いは終わってねえぞ」 無理矢理止血して、我を取り戻したリュウが才人を激しく叱咤して、はっとした 才人はどうにかコントロールをある程度回復させたガンローダーを上昇させた。 しかし、残酷なヤプールは倒れ消えたエースに歓喜の声をあげるだけでなく、 勝利と、復讐をより完璧なものにするために、さらに残虐な命令をドラコに下した。 「ふっはっはははは! 勝った、とうとう我らはエースを倒したぞ。だが、 まさかそんな小娘に憑依していたとはな! さあ、ゆけ怪獣ドラコよ、その小娘を 踏み潰し、エースに完全にとどめを刺すのだぁーっ!」 異次元からの凶悪な思念波がドラコを動かし、ドラコはヤプールの命令に 従って倒れ伏しているルイズを、その巨体の下敷きにしようと前進を始めた。 「まずいっ!」 「行かせるか! ウィングレッドブラスター!」 ドラコの意図を悟ったGUYSは阻止しようと正面から攻撃を加えるが、やはり まったく通用しない。 「ルイズ! 起きるんだ、ルイズーッ!」 才人の必死の叫びが、喉も枯れんとばかりにコクピットに響く。普通に 考えたら、そんな声が届くはずは無く、二人だけに通じていたテレパシーも 今はない状態では、才人の叫びも無駄でしかなかっただろう。なのに、 奇跡は起こった。 「う、ううん……サイ、ト? ひっ!?」 ルイズは、すぐそばまで迫ってきていたドラコの巨体を見上げたとき、 奴から明らかな自分に対する悪意と殺意を感じて、全身を貫く寒気に襲われた。 「逃げろぉ! ルイズ」 「サイト? ひっ、ひゃぁぁっ!」 聞こえるはずのない才人の声に突き動かされたように、ルイズは眼前に 迫ったドラコから逃げ出した。それこそ、泥にまみれて、涙と鼻水を垂れ流して、 無様に、みっともなく。 「助け、たすけてぇぇっ!」 嬉々として蟻を踏み潰す幼児のように迫り来るドラコから、ルイズは何度も 転びながら、それでもときには四つんばいになりながらも逃げ続けた。 死にたくない、死にたくない、死にたくない! 生への純粋な渇望が、 ひたすらに彼女を突き動かしていた。 「ヘヤァッ!」 「セアッ!」 メビウスとヒカリが特攻同然で体当たりをかけ、押しとどめようとしても ドラコは軽々と彼らを退け、一時の時間稼ぎにしかならない。だが、その わずかな隙をついて、キュルケとタバサがルイズを救い出そうと、シルフィードを 急降下させた。 「ルイズ! 今助けるわ」 「キュルケ、タバサ!」 そのときのキュルケには、いつものルイズをからかって遊ぶ小悪魔的な 雰囲気は微塵もなく、タバサとともに友達を助けたいという一心のみがあった。 降下するシルフィードからタバサの杖が伸び、ルイズに『レビテーション』を かける用意に入る。しかし、複眼でシルフィードの姿を捉えたドラコは、 口を大きく開くと、そこから壊れたスピーカーの音を数百倍にしたような 破壊超音波を放ってきた。 「きゃぁぁっ! あ、頭がぁっ!」 「うぁっ! いゃああっ」 「いっ!? ああぐっ!」 キュルケとタバサは耳を押さえてもだえ、シルフィードも頭を万力で締め上げられる ような激痛に耐えられずに、きりもみしながら墜落していった。 「やろう、まだこんな隠し技を!」 宇宙空間でも飛行できるガンフェニックスの各コクピットの中はまだ無事だが、 常人がこれを聞き続けたら聴力を失ってしまうかもしれない。最後の希望が 打ち砕かれたルイズは、耳を押さえて苦しみながら、あと数歩で間違いなく 自分を踏み潰して跡形もなくするであろうドラコの足を、地面にあおむけに倒れて 眺めていた。 「あ……ぅ、た、た」 あと二歩、ドラコはぼやける風景の中でゆっくりと迫ってくる。舌ももつれて、 悲鳴さえもまともに発音することはできない。なのに、ルイズの心はある一点に 集中して恐ろしいまでに研ぎ澄まされて、確実にやってくる死にあらがうかの ように、たった一つの言葉を吐き出させた。 「助けて、サイトぉ!」 それが、メイジと使い魔につながるという魔法のせいなのかはわからない。 分離したとはいえ、長期間ウルトラマンAを通じてつながっていたなごりが あったのかもわからない。 いや、無粋な詮索をやめて一言でそれを表現するのならば、『奇跡』と、 人は呼ぶだろう。 「ルイズーッ!」 はじかれたようにガンローダーの操縦桿を握りなおした才人は、リュウの 静止も聞かずに機体をドラコにめがけて降下させていく。なぜなら、才人は 聞いたのだ、ルイズが助けを呼ぶ声を、ルイズが自分を呼ぶ声を。 そして、才人はコクピットの下にある黄色いレバーを手に取った。けれど それを握り締めたとき、一瞬のとまどいが才人の心をよぎった。 ”父さん、母さん、じいちゃん、ばあちゃん、みんな……” 才人の家族や地球の友達の顔が脳裏をよぎる。会いたい、会って「ただいま」 と言ってやりたい。しかし、これを引いてしまえば、それはもうかなわない 夢になってしまう。 ”でも、ごめん。おれには、どうしても守りたい人ができたんだ!” 意を決してレバーを引いたとき、ガンローダーの風防が吹き飛び、才人の体が 空中に投げ出される。 「ばっかやろーう!」 リュウの叫びを背中にわずかに聞いて、空中に飛び出た才人の体は重力に 引かれてまっすぐに舞い降りていく。そう、彼が引いたのはガンローダーの 脱出レバーだった。 猛烈な風圧が全身を襲い、等加速度直線運動の法則に従って、才人は絶対に 助からない速度にまで加速しながら頭から落ちていく。なのに、背中に背負った パラシュートを才人は開かない。いや、あえて開かずに、ガンダールヴの力で 計算されて飛び出した彼の体の行く先には地面ではなく黒い壁が聳え立っていて、 そしてパラシュートから、ロープがからんだときにそれを切断するためのナイフを 取り出した才人の左手にルーンが輝き。 「でぇぃやぁぁっ!」 ナイフは深々と、ドラコの肩にほんの五センチだけ残されていた傷口を貫いていた。 とたんに、激痛が全身を走ってドラコは苦しみだす。当然だ、人間とてつまようじで 刺しただけでも痛い。 「よくもルイズをやりやがったな、この野郎」 ガンダールヴで強化された肉体でドラコの肩口にナイフを握り締めてとりついた才人は、 なおも傷口をえぐる。しかし、猛毒を持った蜂の一刺しは大熊を絶命させることもあるが、 才人のそれはまったくの自殺行為でしかなかった。 「あの馬鹿! なんてことを」 「サイト、やめて、逃げて!」 ジョージとキュルケの悲鳴が響いたとき、まとわり付く害虫に怒りを燃やした ドラコの鎌が、才人の前に迫っていた。 「えっ……?」 空中に投げ出されたとき痛みはなかった。ただ、自分の体を妙な無重力感が 包んだかと思ったあとで、目の前が空の青から真っ赤に染まり、その後全身の 骨が砕ける不快な感触が伝わってきたあとで、彼の世界は真っ黒になった。 「サイト……? い、いゃああーっ!」 引き裂くようなルイズの悲鳴がすべての惨劇を物語っていた。 ルイズの目の前に落ちてきた才人の体は、両手両足がありえないところから 曲がって、愛用してきたパーカーとズボンの一箇所たりとも、赤く染まっていない 場所はないと見えるほどに、鮮血に彩られていた。 「畜生! おれたちがついていながら」 「なんて……こと」 GUYSクルーたちや、超音波攻撃からようやく起き上がってきたキュルケたちも、 才人の惨状にがっくりと肩を落とした。彼らからは、二人は小さな人形のようにしか 見えないが、六〇メートルもの高さから転落して助かる人間などいない。 いない、はずだった。 「ル、イズ……か?」 「はっ? サイト、サイト!」 わずかに漏れた頼りなげな声を聞き取ったルイズは、才人の手をとって顔を 覗き込んだ。 「お、まえ……そこに、いる、のか?」 「そうよ、わたしはここにいるわ! わかる、聞こえてる?」 生きている、才人はまだ生きているという喜びにルイズは才人の手を握り締めたが、 才人の手からぬめりとした生暖かい感触が伝わってきて、それがルイズのひじから 袖に達して、白いシャツを真紅に染めていく。 「ああ……お前の、手の、感触だな……けど……わりい、もう、目が見えねえんだ」 「バカ! なんて無茶をするのよ。ああ、血が、血が止まらないっ!」 無駄とわかっていながら、ルイズはハンカチを取り出し、制服をズタズタの布切れに しながらも才人の傷口に当てていくが、簡易の包帯は吸血鬼のように才人の血液を 吸い上げるだけで、いっこうにおさまる気配を見せない。 「やだ、やだやだ。止まって、止まってよお!」 とび色の瞳から涙をこぼれ落ちさせながら、ルイズはこのときほど魔法の力が ほしいと思ったことはなかった。百万の敵を倒すような、誰よりも速く空を飛ぶような、 黄金を錬金するようなものでなくていい。ただ一つ、才人の傷を治せる魔法があれば、 もう一生魔法なんて使えなくていい。 けれども、もうどんな治療をしても手遅れと悟ったのか、才人は数回血反吐交じりの せきを吐き出した後で、さっきより弱弱しい声でルイズに語りかけていった。 「もう……いい、それよりも、早く、逃げろ」 「バカッ! あんたをおいて逃げられるわけないじゃない。なんでよ……なんで、 故郷に帰って家族と平和に暮らせるはずだったのに、なんで戻ってくるのよ!」 「そりゃ……お前が心配ばっかり……かける、からだろう。だ、第一……た、 助けてって、言ったのは誰だよ?」 「うう……でも、そのせいであんたは……なんで、なんでここまでするのよ! 死んだら、死んだら意味ないじゃない!」 それは、半年前のルイズならば絶対に出てくるはずのない言葉だった。 才人はルイズが、命の大切さに気づいてくれていたことに、しびれていく 顔の筋肉をわずかに動かして微笑を浮かべたが、あえてそれを否定する 言葉をつむいだ。 「命より、大切なものが……ある、からな」 するとルイズは涙で顔をずぶぬれにしたままで、烈火のごとく怒った。 「なによそれ! ウルトラマンとの誓い? 平和を守る決意? ばっかじゃないの! 誇りのために死ぬなんてバカらしいって言ったのはあんたじゃない! 誇りより、 命より大切なものってなによ! 答えなさい、このバカ犬ーっ!」 そのとき、ふっと才人は悲しげな表情を見せて、ゆっくりと答えた。 「お前が……好きだから」 「えっ!? 今、なんて……」 思いもかけない才人の言葉に、ルイズの心音が高鳴っていく。 「ルイズ、おれは……お前が好きだ……それじゃ、だめかな?」 「えっ! ええっ!?」 それが、才人の最後に出した答えだった。 ルイズが好きだ、だから守りたい。 どんなにわがままを言われようと、どんなにつらくあたられようと、それでも 守ってやりたいという単純で純粋な願い。 何もかも捨てても、これだけは手放したくないというどうしようもない思い。 ただ、その気持ちにはずっと前から気づいていたが、告白する勇気だけが、 この土壇場にくるまで、情けないが湧かなかった。 「サイト、あなた」 「あーあ……とうとう、告っちまった……がっ! で、でも……おかげで、 なんかすっきりしたぜ」 肺から血と、口の中で折れた歯を混ぜ合わせたものを吐き出す才人の 命が急速に失われていっているのは、誰の目から見ても明らかだったが、 意外にも才人の心はこれまでにないくらい晴れやかだった。 はじめから、こうしておけばよかった。なんでこんな簡単なことが、いままで できなかったんだろう。まったく自分はどうしようもない臆病者だ。おかげで、 もう誰にも会えないところに行っちまう。でも、ルイズを助けられたんだから まあいいか……あと、思い残すことがあるとしたら。 「サイト、サイト……」 才人は、どう答えていいのかわからずに、顔をぐしゃぐしゃにしながらあたふた しているルイズの気持ちが、握られた手から伝ってくるのを感じると、心の中で 苦笑しながら、全身を覆う寒気と、急速にやってくる眠気に耐えて口を開いた。 「ルイズ」 「なに? なによ」 「答え……聞かせて、くれねえかな?」 ルイズの心音が最大規模になるのと同時に、心を押し付けるような圧迫感が 包んでいく。 「そ、それは……」 「なん、だよ……おれにだけ、告らせといて、ずるいぜ……」 不愉快そうに才人はつぶやいたが、ルイズにとってその言葉は、これまで 絶対に言ってはならない禁忌であった。貴族と平民、メイジと使い魔、 体裁、意地、家名、誇り、ルイズにとって捨て去ることのできない様々な ものが強固なダムとなってそれを押さえつけ、本当の思いが流れ出すのを せき止めてきた。 「わたしは、あんたのことを最高の……」 使い魔だと言おうとしたところで、ルイズははっと気づいた。 「サイト……?」 今まで荒い息を続けていた才人が、いつの間にか静かになっていた。 「ねえ、サイト……」 返事はなかった。 「冗談でしょ、ねえ」 肩を揺さぶると、横向きに転がった才人の口から大量の血が吐き出された。 「あたしをからかってるんでしょ。ねえ、起きてよ、起きなさいよ。ねえ、ねえ、 起きなさいって! 起きなかったら殺すわよ!」 どんなにルイズが揺り起こそうとしても、もう才人の口から息が吐かれる ことなかった。そして、涙と血で赤黒く汚れた才人の左手の甲から、 契約の日以来ずっと存在してきたガンダールヴのルーンが、一瞬鈍い 輝きを放って消えたとき、ルイズはその意味を知った。 「ルーンが……そんな」 使い魔のしるしが消えるとき、それは主人か使い魔か、そのどちらかが 死んだときしかありえない。 「いや……いゃぁーっ! サイトぉーっ!」 平賀才人は死んだ。 彼のなきがらを抱いて、ルイズの慟哭が遠く響いても、もう才人の心臓に 鼓動が蘇ることはない。 しかし、泣き叫ぶルイズにまでも彼のあとを追わせようと、悪魔の手は 残酷にも迫りつつあった。 「ルイズ! 逃げてぇ!」 キュルケの声がルイズに届いたとき、ルイズの姿は才人ごと暗い影に 覆われた。才人によってルイズの抹殺を妨害されたドラコが、今度こそ その命を餌食にしようとやってきたのだ。 巨大な足が頭上に迫り、キュルケの血を吐くような叫びが響くが、もうルイズの 耳には届かない。 「ばか、ばかばかばかサイト……いくらあたしを助けても、あんたが死んだら 意味ないじゃない……あんたのいない世界に、わたしの生きる意味なんて ないじゃない……だって、だって」 確実に迫ってくる死など、もうどうでもいい。ようやくわかった。失ってようやく。 こんなことになるくらいなら、言えばよかった。 自分は、なんてバカだったのか、誇りや名誉など、才人とてんびんにかける 価値自体、ありはしなかったのに。 涙といっしょに、自分の中のどろどろしたものが流れ出していくようにルイズは 感じた。もう、ほかのことなどどうでもいい。全部捨ててしまってかまわない。 そのかわりに、今なら言える。 才人に伝えたくて、伝えたくて、何度も胸をこがしたあの言葉を。 もうどうしようもなく手遅れだが、今ならそれが言えた。 「わたしも、サイトのことが好きなんだからぁーっ!」 その瞬間、ルイズと才人ごと、ドラコの足がすべてを踏みにじっていった。 翼を広げ、両腕を広げたドラコの勝利の雄たけびが残酷に学院にこだまする。 「ふっはっはっははは! 勝った、とうとう我らは勝ったのだぁ! 見よ、 人間どもよ、ウルトラ戦士どもよ。ウルトラマンAの死を! さあドラコよ、 あとはメビウスどもと、目障りなものどもにとどめを刺すのだ」 ヤプールの狂気に満ちた哄笑が、これほど残忍に人々の心を打ちのめした ことはなかっただろう。メビウスもヒカリも、GUYSも、キュルケたちも、絶望と 悲嘆に打ちのめされていた。 しかし、どんなに絶望の闇の中が深く濃く世界を覆い尽くそうとも、人がいる限り どん底からでも、希望の光は生れ落ちる。 それに、最初に気づいたのはメビウスだった。ルイズを踏み潰したはずのドラコの 足の下から、木の葉の隙間から木漏れ日が森の中に降り注いでくるように、 はじめは鈍く、やがてだんだんと金色の光があふれ出してくる。 「あの、光は……」 金色の輝きは、急速に膨れ上がると、まるで足元に太陽が出現したように ドラコを照らし出し、さらに輝きを増していく。 「これは……いったい!?」 ドラコもヤプールも、何が起こったのかわからない。 「テッペイ、いったい何が!?」 「わかりません! 分析不能です」 GUYSのスーパーメカニックをもってしても、解析結果はエラーを出すばかり。 「な、なんなの! なにが起こってるの?」 「わ、わからない」 キュルケもタバサも、うろたえるしかできない。 ただ、メビウスとヒカリだけはその輝きに確かな希望を見始めていた。 「メビウス……?」 「はい……あのときと、同じです」 マイナスエネルギーが人間の心の闇の象徴ならば、この光はそれと 対を成す希望の光、かつてエンペラ星人との決戦のとき、フェニックスブレイブの 奇跡を生み、そして時空を超えた闇との決戦で、超八大戦士に究極の力を もたらした輝き、それは! 「ウルトラ・ターッチ!」 二つの声が一つに重なり、爆発した光芒がドラコを吹き飛ばす。 「なんだっ!」 「ジョージさん、見てください、あれは!」 それはたとえるならば、古き星が滅び、新たな星の始まりを祝する超新星爆発。 「ウルトラマン……エース」 「生き返り、やがったのか」 思いはめぐり、とまどい、やがて答えにいきつく。 「ルイズ」 「サイト……」 仲間の思いを背に受けて、迷いを断ち切った願いは一つ。 「エース兄さん」 闇を打ち払い、未来をつかむために、今こそ蘇れ光の戦士! 「ショワッチ!」 光よ輝け、闇よ怯えろ! 心の光と共に、超戦士立つ。 『ウルトラマンA・グリッターバージョン!』 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第31話 宇宙正義の守護者 (前編) 怪獣兵器 スコーピス サボテン超獣 サボテンダー ウルトラマンジャスティス 登場!! アルビオンの領土の中央部、サウスゴータと呼ばれる地方の一角の森林地帯の中に、ウェストウッドという 小さな村がひっそりとある。 ただし、村、といっても実際は小さな小屋が十件ばかりあるだけで、街道から離れていて人が訪れることもほとんどない。 それに、この村には一般的な村人と呼べる人間はほとんどいなかった。なぜなら、この村の住人の9割以上は 皆年の頃10前後の少年少女ばかりだったからである。 「あと、それと、その果物をお願いします」 そんな中で、唯一子供達と違う……といってもまだ幼さを残した顔つきの、大きな帽子をかぶった金髪の少女が、 行商人から食物や衣類、生活雑貨の類を買い求めていた。 大きな荷馬車からは様々な雑貨から、異国から運ばれてきたと見えるような珍しい物まで色とりどりに 目を楽しませてくれる。ただし、行商人の人のよさそうな笑顔の下の肉体はがっしりと引き締められていて、 半端な盗賊などはものともしないような戦士のような雰囲気も見える。もっとも、そうでなければこの戦時下で 商品を持って歩くことなどはできないのかもしれないが。けれど少女はそんな時代の息苦しさを感じさせない 明るい笑顔を浮かべて行商人に言った。 「いつもありがとうございます。あなたが持ってきてくれるものは大変助かります」 「いえいえ、これも商売ですから……そうだ、お得意さんのお礼と言ってはなんですが、これを差し上げます」 行商人は、ぽんと手を叩くと荷物の中から小さな鉢植えを取り出して少女に渡した。 「これは……なんですか?」 少女は見たこともないその植物を見て首をかしげた。緑色で丸っこく、全体に鋭い針のようなとげがびっしりと 生えている。 「それは、はるか南方の植物で、サボテンというそうです。私も最近知り合った商人から譲ってもらったんですが、 私のような者が持っていても使用が無いですからね。見てください、そのてっぺんのところ、つぼみがもうすぐ 咲きそうですよ」 見ると、球体の頭頂部に小さな赤いつぼみがかわいらしくついている。 少女は満面の笑みを浮かべて行商人にお礼を言った。 「ありがとうございます。大事に育てます」 「お気にいってもらえてうれしいです。それでは、こちらにはまた2週間ほど後に寄らせていただきます」 お代を受け取った行商人は、にこやかな笑顔で少女に頭を下げて、荷馬車で立ち去っていった。 そして行商人を見送った少女は荷物を家の中に運び込もうと、かさばるそれを力いっぱい持ち上げて、 一生懸命運び始めた。すべてが彼女を除いて子供用とはいえ、十数人分ともなればそれなりの量になる。 「ふぅ……最近は暑くなってきたわね。このサボテンは花壇のほうに置いておきましょう」 十と数分のち、ようやく大体の荷物を室内に入れてほっと一息ついたとき、彼女の耳にその子供達の 一人の声が飛び込んできた。 「ティファニアお姉ちゃん!」 「あら、ジムじゃない、どうしたの?」 少女は、自分の名前を呼んできた少年の目線に腰を落として優しく尋ねた。 「大変なんだ、エマがどこにもいないんだ!」 「まぁ! いつからいないの!?」 「もうしばらく……あいつ、そろそろ北の森に木の実が生り始める時期って言ってたから、たぶん」 「大変! 村の外には野盗がいっぱいいるから、出ていっちゃだめって言ってあったのに」 ティファニアは慌てて探しに出ようとした。行商人から、最近戦争が起こってあぶれた傭兵が野盗化して あちこちで被害が出ていると聞かされていたので、彼女なりに用心していたのだ。 唯一の護身用の武器である魔法の杖を確認し、子供達に戻ってくるまで家から出ないようにと言い聞かせて、 彼女は木の実の生っている北の森のほうへと駆け出した。 しかし、村から出る寸前で、彼女は探しに行こうとした本人の元気な声を前から聞いた。 「テファおねえちゃーん!」 「エマ!!」 胸の中に思いっきり飛び込んできたエマを、ティファニアは抱きとめて頭をなでてやった。 「もう、心配したんだから……怪我はなかった?」 「うん、悪い人達に追っかけられてすごく怖かったんだけど、あのお姉ちゃんに助けてもらったの」 エマが指差した先には、あの黒服の女性が無言で立っていた。 「あなたが、エマを助けてくれたんですか?」 「野盗に追われていたところを偶然通りがかってな」 彼女は無愛想に答えたが、エマはうれしそうに彼女の服のすそを掴んで助けられたことをティファニアに話した。 「このお姉ちゃんすごいんだよ。あっというまに悪い人たちをみんなやっつけちゃったんだから! ねえねえ、 お姉ちゃんも魔法使いなの?」 「いや、だが似たようなものかもな……お前がこの子の保護者か、これからはもう少しきつく言い聞かせておくことだな」 「はっ、はい!」 まるで母親に叱られたように、ティファニアは背筋を正して答えた。 彼女は、それだけ言うと踵を返して立ち去ろうとしたが、ティファニアはその手をとると、慌てて引きとめようとした。 「待ってください! エマの危ないところを助けてもらったのに、そのままなんてできません。なにかお礼させてください」 「偶然通りすがって、そのついでに送ってきただけだ。旅の途中なのでな、気にすることはない」 「じゃあ、せめて一晩泊まっていってください。もうすぐ暗くなりますし、夜の一人歩きは危険です」 彼女は眉ひとつ動かさずに少しの間考え込んでいた。はっきり言って野盗などいくら来ようとものの数ではないが、 この娘はこちらがうんと言うまで離してくれそうにない。かといって無理矢理引き剥がしていくのもどうかと思っていたら、 エマも服のすそをつかんで絶対に離さないよと意思表示をし始めた。 「ねえお姉ちゃん、一晩でいいから寄っていってよ。テファお姉ちゃんのお料理はすごくおいしいんだから、ねえ」 その、子供ならではの純真な瞳に、彼女もついに根負けしたかのように、ふぅと息をついた。 「……わかった、一晩だけやっかいになることにしよう」 「よかった! 子供たちも喜びますわ。わたしはティファニア、みんなはテファって呼びます。あなたのお名前は?」 「ジュリ、そう呼んでもらえればいい」 こうして、不思議な旅人を加えてウェストウッドの日は落ちていった。 日が落ちると、その日森の空は満点の星空に変わった。 地球のようなネオンの輝きやスモッグによる邪魔もなく、二つの月を囲むように幾億の星星と、それが織り成す 大銀河が天空を銀色に明るく染めている。 ティファニアの家から料理のできるよい香りの煙が漂いはじめるころには、彼女の家の居間は待ちに待った 夕食と、思いもかけない客人の来訪にはしゃぎ立つ子供達の騒ぎ声で、そこだけ別世界のようににぎやかになっていた。 子供達は、最初無表情で椅子に腰掛けている黒服の女性に警戒心を見せたが、ティファニアがエマが森で 助けられたことを話して、そのエマが母親にするようにジュリのひざの上に飛び込んでいくと、一斉にジュリを 取り囲んで、どこから来たのとか、桃りんご好きとか色々勝手なことを聞き始めて、ティファニアが座りなさいと 声をかけるまでジュリは落ち着くどころではなかった。 ただ、食事時になっても何故かティファニアは帽子を目深にかぶったままで、室内では邪魔であろうのに 外そうとはしていなかった。もっとも、帽子をかぶったままなのはジュリも同じで、ティファニアはそのことを 指摘されるかもと思っていたが、ジュリは気にした様子をまったく見せないので、少し安心できていた。 「それでジュリさんは、どうして旅をしてらっしゃるんですか?」 夕食のシチューを行儀よくスプーンで口に運びながら、ティファニアはなんとなく聞いてみた。 「……ずっと追っているやつが、このあたりに逃げ込んでな。今度こそ始末しようと探しているのだが、 気配を隠しているらしく、なかなか見つからん」 「追ってきたって……ジュリさんって、お役人なんですか?」 「いいや、宇宙正義にもとずき、宇宙の秩序を乱すものを排除するのが私の使命だ」 「はあ……」 ティファニアはよくわからないと、大きな瞳をぱちくりしながら聞いていた。 「それで、ジュリさんが追ってきた相手って?」 「スコーピス、数多の星を滅ぼした宇宙怪獣サンドロスの使い魔の、その最後の一体だ」 「星って、お空のあの星のことですか?」 「そうだ、お前たちには理解しづらいかもしれんが、あの星星にはここと同じように様々な文明が存在している。 ただ、とてつもなく遠いからここからでは小さな点にしか見えんし、この星の人間の力ではそれを知ることも できないがな」 「はあ……」 話はティファニアの理解できるレベルをはるかに超えていた。子供達にいたっては、まるで外国語を聞いて いるようにぼんやりして、シチューをかきこむことのほうに集中していた。 けれど、今の話にたったひとつだけティファニアにも理解できる部分があった。 「あのお、使い魔って、魔法使いの人が使役してるっていう、動物なんかのことですよね。つまり……その サンドロスっていう人の使い魔のスコーピスという生き物が逃げ出して、ジュリさんはそれを追いかけている ということですか?」 「ふむ、まあそういうことにしておくか……ここまで二体逃げてきた中で一体は撃ち落し、その後気配が 消えた、恐らくこの星の何者かに倒されたのだろうが、残る一体は私が必ず始末する」 それならばティファニアにも理解できた。要するに、悪い人の悪い使い魔が逃げ出して、ジュリはそれを 追っているということだ。 だが、スプーンを握ったままティファニアがうなづいていると、今度はジュリのほうが話を振ってきた。 「このあたりで、何か最近変わった話を聞いたり見たりしたことはないか? 例えば空から何かが降ってきたり、 森が突然枯れ始めたとか」 「……はっ、いっ、いいえ、そういったことは特に」 慌てて手を振って答えると、ジュリはほんの少しだけ眉をひそめた。 「そうか、やはり気配を隠しているな、面倒なことだ」 「すいません、お役に立てなくて……わたし、もうずっとこの村から出たことがなくて」 すまなそうにしょんぼりとティファニアはうなだれた。 「気にするな、だがいずれ奴はしびれを切らせて動き出す。凶暴で残虐な奴だ、子供達を大切に思うなら、 しばらくは遠出をせずに村でじっとしていろ」 「はい、わかりました!」 子供達の安全がかかっているのならティファニアにとっても人事ではない。背筋を正して、まるで敬礼の ようにぴしっと返事をした。 といっても、元気いっぱいの子供達にとってはそんな重大な話もどこ吹く風、あっという間に皿の上を 平らげてふたりに擦り寄ってくる。 「ねえお姉ちゃん、早く食べないと冷めちゃうよ」 「ジュリお姉ちゃん、うちに着てよ、いっしょに遊ぼう」 「えーっ、ジムずるい、ジュリお姉ちゃんはあたしたちと遊ぶの」 すっかり子供達に懐かれてしまったジュリはどうしたものかと思案にくれた。 深い森の奥で毎日を過ごしてきた子供達は刺激に飢えており、その発散するパワーはものすごいものであった。 結局、ティファニアが間にとってとりなしてくれたものの、子供達が疲れて寝付くころにはすっかり 夜も更けてしまっていた。 そして夜も更けて、虫の鳴き声だけがわずかにするだけの時刻。 子供達も自分達の家に帰って休み、ようやく解放されたジュリはティファニアの家に泊まることになって、 客人用のベッドメイクをしているティファニアの後ろで、壁に寄りかかったままじっとしていた。 「あの、狭いところで申し訳ありませんが、よろしければどうぞ……」 控えめに言ったティファニアだったが、ジュリは壁に寄りかかって目をつぶったままだった。 「あの、お気にめしませんでしたか?」 「……睡眠という行為は特に必要としない。奴がいつ現れるかわからん、私はここで見張っていよう」 「はあ……」 ティファニアは本日何度目になるかの「はあ……」を口にした。 とにかく、彼女にとってこのジュリという女性は理解の範疇を大きく超えていた。これまでにも旅人を泊めた ことは幾度かあったが、彼女はよほど遠方から来たようで、こちらの常識が通じない。なにせ仕草にいちいち 隙がないし、話すことは難しすぎてよくわからない。ただ、エマを助けてくれて、あれだけ懐くのだから 悪い人ではないのだろうと、それだけは確信していた。 だが、ティファニアもまたジュリにまだ隠していることがあった。しかし、それを自分から伝えるには彼女に とって大変な勇気を必要とすることだった。それに、ティファニアにはもう一つ、どうしてもジュリに聞いてみたい ことがあった。 「あっ、あのっ!」 「ん?」 何かを決意したように、目を見開いて叫ぶティファニアをジュリはいぶかしげに見つめた。 「あ、あの……た、大変失礼な質問だと思うんですけど……ジュリさんって、その……人間なんですか?」 普通の人間なら、こんな質問をされたら烈火のごとく怒るだろう。人付き合いの少ない彼女でもそれぐらいは 分かった……それでも聞いてみようと思ったのは、ジュリから漂ってくる雰囲気が、ティファニアがこれまで 出会ったどんな人間とも違う、むしろ人間と一線をひいているようなところがあったからだが、ジュリは平然とした様子で。 「人間ではない。姿を借りてはいるがな」 「……!! じゃあ……」 「心配するな、本質的にはお前達とそこまで違いはしない。それに、生物学的に言うのならば、お前も人間では ないのだろう?」 心臓に矢を突き立てられるような感覚をティファニアは覚えた。 「気づいて、らしたんですか?」 恐る恐る、それまでずっと目深にかぶり続けていた帽子を脱いだとき、ティファニアの顔の両側には、人間の ものよりずっと長くとがった耳があった。 それは、ハルケギニアに生息する多くの亜人の中でも、もっとも強く、もっとも人間に近く、そしてもっとも人間とは 相容れないと言われている種族、エルフの持つ特徴だった。 「見れば、大抵の種族の見分けはつく……なぜ人間の集団の中に一人だけでいるのかは知らんが、その様子だと 人間との間で何かあったようだな」 「私は、人間の父とエルフの母の間に生まれた混じり物……ハーフエルフなんです。父と母は昔……」 「思い出したくない思い出なら、無理に話さなくてもいい」 その話をしようとして、ティファニアが悲しげな顔になりかけたとき、ジュリは話に割り込んで止めた。 エルフは、大昔から人間と対立してきた種族として知られている。人間とは意思の疎通も、望めば愛し合い、 子を生すこともできるほど人間とは近い関係でありながら、ある理由のために何千年も両者は血を流し、 憎しみあい続けてきた。 「はい、でも……ジュリさんは、エルフであるわたしが怖くはないんですか?」 「お前の種族を恐れる理由を、私は持っていない。ところで、ティファニア」 「あっ、テファでいいです。なんでしょうか?」 「お前は、この村の子供達にとってなんなのだ?」 「えっ?」 唐突なジュリの問いかけに、ティファニアはすぐに返事を返せなかった。 「見たところ、この村にはお前を除いて大人は誰一人いないようだ。そのお前もまだ年若い、なぜだ?」 「……この村は、孤児院なんです。あちこちで戦争や野盗のために親を失った子供達を、わたしが引き取って 育ててるんです」 「そうか、道理でな。しかし生活費用などはどうしているんだ?」 「私の親戚の方が援助してくださって、お金を送ってくれてるんです。あとは自分達で畑を耕したりして、なんとか やりくりしています」 「なら、決して楽ではあるまい。私のような部外者を泊めてよかったのか?」 「いいんです。久しぶりのお客さんで、子供達も喜んでますから……ところで、ジュリさんはこれまでどんな旅を されてきたんですか?」 ティファニアの問い返しに、ジュリはすっと目を閉じて、昔のことを思い出すように瞑目した。 これまでの自分の旅路は、一言で語りつくすにはあまりに長すぎる。それに、語っても理解してもらえるとは思えない。 しかし、特筆して深く記憶に残っていることならばある。 「少し前のことになる。ここからはるかに離れたところに、この星とよく似た、人間達の住む場所がある」 ジュリは、ゆっくりと自分がこれまで生きてきた中でも、閃光のような煌めきを持つ一つの思い出について語り始めた。 「その人間達も、お前達のように泣き、笑い、怒り、思いやる心を持っていた。しかし、その人間達は将来宇宙の秩序を乱す 危険な存在になる可能性があった。ちょうど、あの野盗どものようにな」 ティファニアは無言でうなづいた。 「だから私は、宇宙の絶対正義をつかさどる存在、デラシオンの決定に従い、その人間達をすべてリセットしようとした」 「リセットって……」 「文字通り、完全な消去だ」 冷や汗と、心臓の鼓動が高鳴るのをティファニアは感じていた。 ひとつの星、彼女の感覚からいえば一つの国というあたりになるが、その全てを消去……それはすなわち とてつもない数の人間を殺すということに他ならない。けれど、ジュリはそんな恐ろしげな雰囲気は微塵も感じさせずに 穏やかな口調で話を続けた。 「しかし、その星の人間達はあらがった、絶対的な力の差があるにもかかわらずにな……」 "無駄だ、奇跡などない" "だとしても、あきらめはしない!" 「……それで、どうなったと思う?」 「えっと……わかりません」 「ふ……彼らは、私の予想をことごとく上回った。奇跡など存在しないと考えていた私の目の前で、次々と 驚くべきことが起きていった」 "怪獣たちが、地球の危機に……" "なぜ!? 怪獣が人間と" 「それまで、私は人間とはどうしようもなく愚かでちっぽけな存在だと思っていたが」 "これが人間の本性だ……守る価値などない" 「しかし、それは人間の持つ一面でしかなかったと気づいた」 "自分より、子犬の命を……" "これが、人間の未来を信じた理由なのか!" 「それで、ジュリさんは……」 「いつの間にか私も彼らを助ける側に回っていた……絶対正義に従うと決意していた私の心を、彼らは変えてしまった……」 "信じれば、夢は叶う……か" 「ふ、希望という曖昧なものを、信じていなかったはずの私がな……」 軽く含み笑いをして、懐かしそうにジュリは言うと、ティファニアはぱあっと笑った。 「よかった。やっぱりジュリさんって、すっごく優しい人だったんですね」 「……」 ジュリは答えずに、じっとティファニアの顔を見て思った。 (お前も、そういえば似ているな……人間の未来を信じ続け、私の心をも変えてしまった、彼のように……) "なぜ……私を助ける?" "僕らは、ウルトラマンだから" 今はどこの空を飛んでいるのか、ジュリは誰よりも優しかった一人の勇者のことを思い浮かべた。 「さあ、もう夜も遅いぞ。寝ろ」 「あ、はい!」 慌ててティファニアはベッドにもぐりこんだ。 部屋の明かりが消され、薄目を開けたティファニアの目に、壁に寄りかかったままのジュリの姿が映った。 そういえば、さっきの話の結末を聞いていなかったなと思ったが、きっと大丈夫だったんだろうと、静かに 眠りに落ちていった。 さらに時間が過ぎて、月が天頂に届く深夜。 森の奥から足音を殺して、ひっそりと村に近づく怪しい人影があった。 「へっへっへっ……よく寝てるようだな」 それは昼間ジュリに叩きのめされた野盗の一人だった。 こいつらはあれだけやられたのにも関わらずに、まだ性懲りもなく村を襲おうと、斥候としてこの男を放ってきたのだ。 「……寝込みを襲えば、いくら強くても関係ねえ。あのアマ、今度こそ思い知らせてやる」 実際は、いつ襲おうが野盗ごときがジュリ相手に万に一つも勝ち目はないのだが、愚か者たちは浅知恵を発揮して、 無益かつ非生産的な努力に血道を上げていた。 彼は村人に感づかれないように忍び足で村の裏手からこっそりと近づき、そこにある畑の中を横切っていく。 「へっ、まったく無用心じゃねえか」 子供達が精魂込めた野菜を汚い足で踏みにじりながら、野盗の男は畑を横断して、一軒の家の軒下にある 花壇のところにまで忍び寄った。 男は家の中を窺おうと、そこにある小さな花々も踏みにじって進もうとしたが、コツンと足元に硬い感触を感じて 立ち止まって下を見下ろした。 「ん? なんだこりゃ」 そこには、彼の見たことも無い奇妙な形をした植物が花を咲かせていた。 「けっ、なんでえこんなもの」 花を愛でる心などさっぱり持ち合わせていない野盗は、その鉢植えを蹴り飛ばそうとした。 だが、蹴りが当たる瞬間、その植物は鉢植えから飛び出すと、そのまま宙を飛んで、真赤な花でまるでヒルのように 野盗の喉元に喰らいついた! 「なっ、なんだこりゃ!? あっ、ぎっ、ぎゃぁぁーっ!!」 夜の村に突如響いた断末魔の叫びは、当然眠っていた村人達を呼び起こした。 「どうしたのみんな!? なにがあったの」 叫び声のした家の周りには、すでに寝巻き姿の子供達が輪をなしていた。 彼らの前には荒らされた畑と花壇、そして足跡があった。 「盗賊……」 こんなひどいことをするのは他に考えられない。 だが…… 「服だけ?」 そう、花壇には野盗のものとおぼしき小汚い服が落ちているが、野盗本人の姿はどこにも見えなかった。 子供達は服を脱いで逃げちゃったのかな、と推理しているが、上着どころか下着までも丸ごと残されている のはいくらなんでも変だ。それに。 「見ろ、足跡は来たときのものだけだ。立ち去った形跡はない」 ジュリが地面を指して言ったとおり、野盗の足跡は花壇で途切れていて、まるでそこで消えてしまったかのようだ。 第一、あの叫び声はどうみても断末魔だ。ここで何者かに襲われたとしか考えられない。 と、そのときティファニアは昼間この花壇に置いておいたサボテンの鉢植えがからっぽになっているのを見つけた。 「あら、あのサボテンどこに行っちゃったのかしら?」 荒らされた花壇をランプで照らして探してみたが、あの特徴的な丸い姿はどこにも見当たらない。 けれど、野盗が近くに来ているのは間違いない以上、このままにはしておけない。 「テファ、それは後にしろ、あの馬鹿ども、まだここを狙っているようだぞ」 「あ、はい。みんな、今日は危ないみたいだから、朝までわたしといっしょにいましょう」 野盗達がどのくらいの規模か分からない以上、用心に越したことはない。子供達は今夜はみんな揃って眠れる と喜んでいるが、事態の深刻さを分かっていないだけにティファニアは一人で大変そうだ。 だが、子供達を連れて家に戻ろうとしたとき、突如地面がぐらりと揺れ、微小な振動が森の木々を揺り動かし始めた。 「えっえっ、なに、なんで揺れてるの?」 「きゃはは、おもしろーい」 「おねえちゃん、こわいよ」 このアルビオンは浮遊大陸であるから地震というものはない。ティファニアと子供達は初めて体験する大地の 揺れに驚き慌てた。 しかし、ジュリは振動とともに伝わってくる邪悪な気配をしっかりと感じ取っていた。 「動き出したか……スコーピス」 その少し前、森の奥に潜んでいた野盗達の本隊も、思わぬ揺れに翻弄されていた。 「うっ、うわっこりゃ一体なんだ!?」 野盗達のしゃがれ声の悲鳴が森に響き渡る。その数はおよそ20人、昼間ジュリにのされた残り4人の姿も その中にある。どいつも無精ひげを蓄えた、元傭兵とわかるくたびれた鎧を着ていて、戦争に出るか盗みを働くかの 二つのみで生きてきた男達は直下からの突き上げに、地面にはいつくばってもだえていた。 そして、地面が大きく割れ、幾人かの者達が飲み込まれたと思ったとき、そこから長大な尾を持った巨大な 甲虫、怪獣兵器スコーピスがその姿を現した。 「なんだ……こりゃ」 それが野盗達がスコーピスの足に踏みにじられる前に言った最後の言葉だった。 地上に姿を現したスコーピスは、鳴き声を上げると、さっそくフラジレッドボムとポイゾニクトを使って破壊活動を 開始した。 森の木々が焼き払われ、腐らせられて消えていく。 そして目の前に、明らかに人造物とわかる建物が密集しているのを見つけて、その破壊衝動に従って ウェストウッド村へと進撃を始めた。 もちろん、その巨大な姿はティファニアや子供達、ジュリにもはっきりと見えていた。 「な、なな、なんですかあれは!?」 「……あれが、スコーピスだ」 ジュリはそう言うと、ゆっくりとスコーピスへ向かって歩み始めた。 「奴は私が倒す。お前は子供達を連れて逃げろ」 「そんな! あんなのに無茶ですよ」 もちろん、ティファニアは慌てて止めるが、ジュリは一度だけ振り返ると、すでに戦士の顔になって言った。 「心配するな、奴を倒すのが私の使命だ。子供達を守るのが、お前の使命だろう」 「……はい! さあ、みんな行くよ」 その強く言い聞かせるような言葉に、ティファニアは子供達をまとめると駆け出した。 スコーピスは森の木々を踏み潰しながら悠々と近づいてくる。 その眼前に、ジュリは毅然と立ちはだかっているが、巨大怪獣に対してたった一人の人間はあまりに果敢なげに見えた。 けれど、ジュリの心に使命を果たそうとする責任感はあっても、恐怖などは微塵もない。 ジュリが左胸に着けていた羽根を模した小さなブローチを手に取ると、片翼のみであったブローチの翼が両方に現れ、 眩い輝きを発し始めた。 「サンドロス、貴様との因縁も、これで最後だ」 ブローチの光を胸に押し当てると、ジュリの姿が金色の光に包まれて消えていく。 そして、光は空に舞い上がって、一瞬巨大な光球となってスコーピスの目の前に現れたと思うと、そこから光り輝く 赤い巨人が姿を現した。 「テファお姉ちゃん、あれ見て!!」 「うわーっ、巨人だ!」 「あれも怪獣なの?」 「違うよ、行商人のおじさんが言ってたでしょ。きっとあれが、ウルトラマンだよ!」 逃げていた子供達とティファニアも、夜空を真昼のように明るく照らす光の中から現れた巨人の姿に、思わず 足を止めて見入ってしまう。 だが、口々に叫ぶ子供達とは別に、ティファニアはその巨人から力強さとともに、とても優しいものを感じていた。 「ジュリさん……?」 しかし、スコーピスはその巨人の姿を見たとき、明らかな怯えと、破壊本能を打ち消すほどの恐怖を感じた。 なぜなら、ある星の伝説にこんな一節がある。 "宇宙には、光り輝く神がいる" そう、スコーピスが悪魔なら、悪を打ち砕く正義もまた存在する。 ジュリの正体、それは宇宙の絶対正義を守護する伝説の巨人。 太古より、宇宙の秩序を乱すものと戦ってきたその者の名は、ウルトラマンジャスティス!! 「ショワッ!!」 ジャスティスは、村を守るようにスコーピスの正面に立ちふさがり、拳を前に突き出すファイティングポーズをとった。 宇宙に散ったスコーピスの残党を倒し続け、残るはこの一匹のみ、これまでサンドロスとスコーピスによって 滅ぼされた数々の惑星のためにも、もう逃がすわけにはいかない。 だが、スコーピスも恐怖に怯えながらも、生存本能に突き動かされてジャスティスに挑んできた。 奴の額が赤黒く光り、フラジレッドボムの連射が襲いくるが、ジャスティスは身じろぎもせずに、腕で払うだけで その全てを軽々と打ち落としてしまった。 「デヤッ、シャッ!!」 ジャスティスにはかすり傷ひとつ無い。 自身の攻撃がまったく通用しないことに愕然としたスコーピスは、金切り声を上げながら長大な尾をジャスティスへと 向けるが、その一撃も片手で軽く止められ、逆に先端を捕まえたジャスティスは、それを掴むと一思いに引きちぎってしまった!! 「デアァッ!!」 ゴムのはじけるような音とともに、真っ二つにされたスコーピスの尾が宙を舞う。 さらに、ジャスティスは引きちぎった尾を無造作に捨てると、瞬時にスコーピスの顔面に強烈な蹴りをお見舞いした。 「ダァッ!!」 一撃で牙や触覚を何本もへし折られ、巨体が後ずさりする。 戦闘開始から一分と経たず、もはやスコーピスは完全に戦力と戦意を喪失していた。 とにかく、全てにおいて格が違う。 大人と子供、いやそれ以上……母体であるサンドロスであったならまだしも、その手駒ごときではジャスティスの 敵ではない。 「フゥゥッ」 ジャスティスが気を集中すると、その腕にエネルギーが集中していく、積年の因縁に引導を渡す最後の一撃、 両拳を打ち出すとともに、それは金色のエネルギー流となってスコーピスに襲い掛かった! 『ライトエフェクター!!』 光は圧倒的な威力を持ってスコーピスの体を貫通、どてっぱらに風穴を開けられたスコーピスは耐えられるわけもなく、 断末魔の叫びを短く残すと大地に土煙とともに崩れ落ちた。 しかし、本来ならばライトエフェクターはスコーピスの体を貫通どころか粉々に粉砕するほどの威力を持つ、 ただしこの場所で本気で放てば被害はティファニア達や村にも及ぶ危険性があったので、わざと威力をしぼった。 これでさえ、相当に手加減していたのだ。 大地に崩れ落ちたスコーピスが完全に動かなくなったのを見届けると、ジャスティスはゆっくりとウェストウッド村を 振り返った。 ティファニアと子供達は無事なようだ。子供達はこちらに向かって笑いながら手を振っているのが見える。 しかし、ジュリとして彼らのもとに帰るわけにはいかない。寂しいが、スコーピスの最後の一匹を倒した今、この星に とどまる理由はなくなった。宇宙の秩序を守る使命のため、いつまでも同じ場所にいるわけにはいかない。 なごり惜しげに、ジャスティスは子供達を見下ろしていたが、そのわずかな感傷のために、すぐ後ろで起こっていた 異変に彼女は気づくのが遅れてしまった。 それは、スコーピスが倒されてジャスティスが振り返った直後、森の木々の陰からぴょこんと飛び出してきた 緑色の球体、あの小さなサボテンがスコーピスの死骸に採りつき、その残留エネルギーを吸収、瞬時に小さな サボテンの姿から全身をハリネズミのような棘に覆われた緑色の巨大な超獣へと変化したのだ!! 「あっ、危ない!!」 エマの声が響き、ジャスティスが振り返ろうとした瞬間、超獣の棘だらけの太い腕がジャスティスの首筋を直撃した!! 「グワァッ!!」 さしものジャスティスも背後からの不意打ちには対応できずにダメージを受けて吹っ飛ばされた。 初撃を成功した怪獣はうれしそうに体を揺すりながら、ガラガラと聞き苦しい鳴き声を上げている。 (なっ、なんだこの怪獣は!?) なんとか体勢を立て直したジャスティスは突然現れた怪獣を見据えた。 まるでサボテンを2足歩行にし、尻尾と頭を取り付けたような不気味な姿、くぼんだ目は赤く爛々と光り、 花弁のような口からは鋭い牙が生えている。これこそ、異次元人ヤプールが宇宙怪獣とサボテンとハリネズミを 合成して誕生させたサボテン超獣、サボテンダーだった。 「デュワッ!!」 再びジャスティスは初めて見る異形の怪獣へと構えをとった。 ウルトラマンジャスティスVSサボテンダー、アルビオンを舞台にジャスティスの新たなる戦いが始まろうとしている。 しかし、異次元人ヤプール……宇宙の平和を乱す最悪の悪魔の存在を、ジャスティスはまだ知らない。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第28話 ウルトラマンエースVS異形の使い魔! 怪獣兵器 スコーピス 大モグラ怪獣 モングラー (ヴェルダンデ) 登場! 怪獣兵器スコーピス……それはかつて生命のあるあらゆる星を不毛の荒野に変えようとした悪魔のような怪獣、 異形生命体サンドロスが手駒として大量に作り出した人工怪獣たちのことである。 宇宙空間を飛行する能力は当然、ミサイルやレーザーも寄せ付けない頑強な外骨格、最大の武器は口から 吐き出す腐食光線ポイゾニクトと額から放つ破壊光弾フラジレッドボムで、これを使って破壊の限りを尽くす。 その猛威はわずか一体で星を一つ滅ぼしてしまうほどである。 数年前にサンドロスは滅ぼされたものの、宇宙に散ったスコーピスたちの生き残りは野生化し、サンドロスから 与えられたあらゆる生命の抹殺というプログラムのみが一人歩きし、宇宙のあちこちを荒らしていた。 そして今、そのうちの一匹がこのガリアに来襲し、ラグドリアン湖周辺の広大な地域をわずか1日で 砂漠に変えてしまった。 ただし、この個体は宇宙での戦いで負った傷でそれ以上は動けず、砂中に潜んで傷の回復を図っていたのだが、 原因不明の砂漠化を調査しにやってきたタバサとキュルケを発見して、その凶暴性のおもむくままに二人に 襲い掛かっていた。 シルフィードに向かって放たれたフラジレッドボムの赤黒い光弾が猛スピードでタバサとキュルケの頭上を 通り過ぎていく。的が小さいだけにそうは当たらないので、二人は余裕を持って攻撃魔法の詠唱をおこなう ことができるが、スコーピスも怪獣兵器の異名はだてではない。 「ああもう! なんて硬い怪獣なの!」 フレイムボールの直撃に焦げ目すらつかないスコーピスの頑丈な体に、頭にきたキュルケが叫んだ。 スコーピスの外骨格には並大抵の攻撃は通用しない。だが、奴はどういう理由か大きく負傷している、 付け入る隙はあるとタバサは考えた。 「あいつの左下半身、焼け焦げて殻がはがれてる。あそこなら攻撃が効くかも……」 得意のジャベリンをスコーピスの殻に簡単にはじかれてしまったタバサは、敵の傷口に攻撃を集中しようと考えた。 「やっぱりそれしかないか……このあたしがそんな姑息な手段に頼るしかないってのは腹が立つわね。 しかし……見事なまでに左足と左の羽根がもぎ取られてるわね。墜落した衝撃でかしら」 「飛べるんだから、空から落ちて大ダメージを受けるなんて考えにくい。焼け焦げてるのも妙、何者かに攻撃を 受けたのか……?」 思わず口に出たその仮説は、キュルケだけでなく、口にしたタバサ本人にも戦慄を覚えさせた。 「まさか……あれにこれほどの傷を負わせるなんて、どんな化け物よ。まさか、ウルトラマンA……?」 「わからない。けど、それに匹敵する何かと戦っていたのは、多分間違いない」 「もう一人、ウルトラマンが……まさかね。他の怪獣と同士討ちしてたと考えるのが妥当よね……」 頭に浮かんだ想像を、まさかと思いながらもキュルケもタバサも胸のうちにしまいこんだ。 もしもエース以外にもウルトラマンがいてくれるなら、これほど頼もしいことはないが、まだそんな姿を見たものは 誰もいない、根拠の無い期待はしないほうがいい。 だが、まだ彼女達は過去にエース以外のウルトラマン、ウルトラマンダイナがハルケギニアに現れていたことを知らない。 二人は、もう一度フレイムボールとジャベリンの詠唱を始めながら、シルフィードにフラジレッドボムの間合いを 計らせながら慎重に接近を狙った。 外れたフラジレッドボムが砂丘や森に着弾して爆発を引き起こす。直撃されれば木っ端微塵は間違いない だけに、シルフィードの目つきも真剣になっている。 それでも、タバサの冷たく研ぎ澄まされた目が、フラジレッドボムの発射のほんのわずかな間隙を見つけた。 「今!!」 その瞬間、シルフィードは急旋回して、最大スピードでスコーピスの懐にもぐりこんだ。 『フレイムボール!!』 『ジャベリン!!』 氷の槍がスコーピスの左脇腹のえぐり、高熱火炎が広がった傷口に侵食してさらに内部を焼いた。 「やったわ!!」 やっと怪獣にダメージらしい打撃を与えられた。 思わずタバサの肩をぶんぶん振り回して興奮するキュルケ、だが痛む傷口をさらに広げられて、激痛に 怒りを燃え上がらせたスコーピスは、すれ違って後方に飛び去ろうとしていたシルフィードに向けて、 巨大なサソリのような尻尾を振り下ろしてきた。 「しまった!」 ほんの一瞬だが浮かれてしまったことを二人は後悔した。なまじか優れている動体視力のせいで、目の前に 迫ってくる巨大な尾がだんだんと近づいてくるのが見えてしまう。 キュルケは目をつぶって観念したが、シルフィードの力を信じているタバサは命中する寸前に急降下の 指示をするのと同時に一番詠唱の短い風魔法を頭上に向かって放ち、下降への推進力に変えた。この間 わずかコンマ1秒、何千回と詠唱を繰り返してきた経験と、とっさの判断力、シルフィードとの連携のどれが 欠けてもうまくいかないタバサならではの神技、スコーピスの尾はシルフィードの真上3メイルを砲弾のように 通り過ぎていった。 (やった!?) このときばかりはさすがに死を覚悟した。戦争の耐えないハルケギニアでは、死は特別なことではないが、 死んで成し遂げられることはない。 だがそれでも、巨大な尾が超高速で走っていったことは、その周辺に強烈な衝撃波を残し、あおりをもろに 受けたシルフィードは叩きつけられるようにバランスを失って、スコーピスの作り出した砂漠の上に墜落していく。 スコーピスは、その様子を後ろ目で見て、勝どきのようにかん高い鳴き声をあげた。 「う……タバサ、大丈夫?」 シルフィードから投げ出され、体中砂だらけになりながらキュルケはタバサを助けおこした。 「大丈夫……砂がクッションになってくれた。それよりもシルフィードが……」 タバサは砂の上に横たわっているシルフィードを見て、悔しそうにつぶやいた。 柔らかい砂地は二人の落下の衝撃を和らげてはくれたが、人間に比べてかなり重いシルフィードまでは 無理だった。着地の際に右の翼の付け根を傷めたらしく、右の翼はビクビクと痙攣するだけで羽ばたけ そうもない。 しかし、そんなことでスコーピスが獲物を見逃すわけはない。不自由な半身を引きずりながら、ゆっくりと 二人とシルフィードにとどめを刺すために反転してくる。 「キュルケ、あなたは先に逃げて」 一人だけなら『フライ』の魔法で空を飛べば逃げ切れるかもしれない。しかし、タバサは傷ついたシルフィードを 見捨てていくことはできない。『レビテーション』で浮かせて運ぶしかないが、同時に二つの魔法は使えない。 これでは狙ってくださいと言っているようなものだ。 「馬鹿言ってるんじゃないわよ! あんた死ぬ気!」 憤慨したキュルケは迷わずタバサに手を貸した。二人がかりのレビテーションならばシルフィードの巨体でも かなり楽に運べるが、ここは砂漠、砂に足をとられて自由には動けない。 「ひとりでなんとかできるから、キュルケは先に行って」 「だから! あんた一人じゃどうにもならないって言ってるでしょ!」 「できる」 「できない!」 「できる」 「できない!」 ここまで来たらもはや意地の張り合いである。双方ともに相手を説得する台詞など持ち合わせていないし、 パートナーもシルフィードもどちらも見捨てることなど絶対にできない。シルフィードもどうすることもできずに、 ただ二人を交互に見て、きゅいと鳴くしかない。 だがスコーピスはそんな二人と一匹をまるごと吹き飛ばそうと、口を開いてポイゾニクトの狙いを定めた。 「あっ、まずっ!」 「……!」 スコーピスの口に赤黒い光が収束する。タバサは無駄と知りつつ、氷の壁を作って防御する魔法 『アイス・ウォール』を唱え始めた。 だが、タバサの詠唱が完成する直前。 「ちょっと待ったあ、怪獣野郎!!」 スコーピスの横っ面を光の弾丸がひっぱたいた。ポイゾニクトの発射直前の攻撃に、スコーピスは溜め込んだ エネルギーを拡散させ、新たな敵を捜し求めて、それを湖の上に見つけた。 「やっぱしあんま効かないか……だが、なんとか間に合ったみたいだな」 久しぶりに撃ったガッツブラスターを構えて、ほっとした様子で才人が言った。 湖の上に作られた道を、数頭の馬を駆けさせて、ルイズ達がようやく駆けつけたのだった。 一行は、湖岸に着くと馬から降りて走り出した。砂漠では馬は使えない。 「こりゃ、近くで見るといちだんと怖いな。ギーシュ、やっぱりやめないか」 ギムリがスコーピスの姿を見て、ひびって言ったが、ギーシュはやる気まんまんな様子で、ワルキューレを 一体錬金すると叫んだ。 「なにを言うか! そんなことではぼくらがいつか公式に水精霊騎士隊と名乗るという夢はどうする? それに ヴェルダンデのためにもここは引けん! さあワルキューレよ、貴族の誇りと勇気をあの虫けらに思い知らせてやれ!」 ギーシュが薔薇の花の形をした杖を振るうと、青銅の騎士人形は一直線にスコーピスに向かって飛んで いく。しかし、一行の中でそれにこの砂漠の砂粒ひとつ分さえ期待を抱いているものはいなかった。 案の定、スコーピスはなにをするでもなく、ワルキューレはスコーピスの腹に軽く触れただけでばらばらに なって落ちていく。 やっぱり……口には出さなかったが全員がそう思った。大体学院有数の使い手であるキュルケとタバサの 攻撃でさえ効かないのに、ドットメイジのギーシュの攻撃が効いたら天地がひっくり返る。 「あ、あれぇ……おかしいなあ」 少しもおかしくない。というよりその根拠のない自信はいったいどこから湧いてくるのか、一度頭を かちわって見てみたい、きっと七色に光り輝いているのだろうが、それよりいいかげん矛先をこっちに向けてきた スコーピスのほうが大きな問題だった。 「来るぞ!」 フラジレッドボムが彼らのいた場所を吹き飛ばした、一行はとっさに飛びのいて難を逃れ、当たらなくてよかったと 冷や冷やしたが、同時に大量の砂煙を巻き起こしたためにスコーピスもすぐには次の攻撃を仕掛けては来ない。 「どうすんのよ! あんなのとまともに戦えるわけないじゃない!」 怒ったモンモランシーがギーシュに詰め寄った。ギーシュのためと、タバサとキュルケが心配でついてきては みたが、やっぱりどうしたって敵いそうもない。 「し、しかしあいつを倒さないと水の精霊の涙が」 「現実を見なさいよ! 勇敢に立ち向かうだけで勝てるなら負けるやつなんていないわよ。少しは頭を使いなさい!」 「は、はい……」 ようやく熱狂を覚まさせられたギーシュがうなづくと、一行は円陣を組んだ、この砂煙が去るまでに策を 立てなければならない。皆の視線は自然レイナールに集まった。 「みんな、このまま戦っても勝ち目はない。幸いあいつは動けないみたいだから、ぼくとギムリが奴の気を そらすうちに、ほかのみんなはタバサとキュルケを助けて、後はあいつの見えないところまで全力で逃げる。 あとのことはそれから考えよう」 皆がうなづくと、ギムリとレイナールは先んじて飛び出した。まだ学生とはいえさすがは貴族の子弟、 やると決めたら危険に飛び込むことを躊躇しない。 「よし、じゃあぼく達も……あっ!」 ギムリ達に続いて飛び出していこうと思ったギーシュだったが、そこで肝心なことを思い出した。 そうだ、ルイズと才人は飛べないんだった。フライでは人を抱えて飛ぶことはできない。 どうしようか、とすがるようにモンモランシーを見るギーシュだったが、彼女はそ知らぬ顔。しかしそれを 見ていたルイズがギーシュに指を突きつけた。 「あんた、たった今モンモランシーに頭を使えって言われたばかりじゃない。あんたには、空を飛ぶより 速いものがあるでしょうが!」 「え? ……そうか、ワルキューレ」 合点がいったギーシュはすぐさまワルキューレを錬金した。忘れがちだがワルキューレは熟練の傭兵を しのぐほどの力と素早さを誇る。以前才人と決闘したときに使った際も、10数メイルの距離を一瞬で 詰めて才人をボコボコにしている。人間を乗せて走るくらいたやすいものだ。 「さあ乗りたまえ、ワルキューレは馬なんかよりずっと速いぞ、二人のところまであっという間だ」 誇らしげに言って、ワルキューレを呼び出したギーシュだったが、やはり彼のことだから大事なことを 忘れていた。ワルキューレは青銅製の等身大の騎士人形、当然すごく重い、そしてここは砂漠。 「ああっ! ぼくのワルキューレが沈むう!」 やはり2、3歩歩かせただけで砂中にズブズブと沈んでいく。見ていられなくなった才人はギーシュに 言って、ワルキューレの足に雪国で使う『かんじき』のようなものを作らせた。これでようやく沈まなくなり、 ギーシュはルイズと才人に礼を言った。 「あ、ありがとう。君達は頭がいいなあ」 「……どういたしまして」 「あんたが考えなしすぎるだけよ。それより、次が来るわよ!」 言った瞬間砂煙が晴れ、スコーピスは丸見えになった彼らにフラジレッドボムを放ってきた。 「走れ、ワルキューレ!」 4人を背中に乗せた4体のワルキューレは、砂の上をマラソン選手のように走り出し、着弾の爆発が 彼らの背後で巻き起こる。 スコーピスはすぐに第2撃を撃とうとするが、その前をギムリとレイナールがハエのように飛び回って 気を引いた。 「化け物! お前の相手はこの俺だ!」 「こっちだこっちだ!」 フラジレッドボムの連射が二人を襲うが、人間ほど小さな相手に命中させるのは簡単ではない。 だがそれも時間の問題でしかないが、その貴重な時間のうちに、ルイズ達はタバサ達の元に たどりついていた。 「大丈夫か、二人とも?」 「あ、あなたたちどうしてここに!?」 まったく思いもよらずに助けに現れた才人達にキュルケもタバサも驚いていたが、才人は話は後で と答えると、ギーシュが新たに錬金したワルキューレの背にキュルケを乗せた。 その間にもモンモランシーは水魔法でシルフィードに応急の手当てを施し、ワルキューレの背から フライをかける。 「よっし、逃げるわよ!」 二人は助けた。長居は無用、ルイズは逃げると聞いて仏頂面をしているが、フーケのときと同じ失敗を むざむざ繰り返したら、今度こそ学習しない"ゼロ"が確定してしまう。 また、スコーピスを引き付けてくれている二人もそろそろ限界に近づいてきている。 「ギーシュ、いいよ!」 「よし、走れワルキューレ!」 6体のワルキューレは一行を乗せて全速力で走り出した。 しかし、6体ものワルキューレが一斉に走る姿はさすがに目立ちすぎた。いや、逃げるものをこそ好んで 追い詰めようとするスコーピスの残忍な本能がそれを呼んだのかもしれない。突然スコーピスはギムリと レイナールから視線を離すと、一行へ向かってフラジレッドボムを放ってきた。 「まずい! 散れワルキューレ!」 ギーシュの叫びから一瞬遅れ、バラバラに飛び去ったワルキューレたちのいた場所を、フラジレッドボムが 掘り起こし、爆発の火炎とともに四方に大量の砂煙を飛散させた。 「あっ! ギーシュ、ギーシュどこ!?」 「ここだ、何も見えない。どこにいるんだモンモランシー!」 もうもうと立ち込める砂煙の中は、一寸先さえ見えない黄土色の世界となり、すべての視界を覆いつくした。 だが、例え暗闇の中であろうと、ルイズと才人は光によって呼び合った。 「サイト!」 「ルイズ!」 リングの光が闇を縫い、伸ばした手と手が重なり合う。 「「ウルトラ・ターッチ!!」」 乾いた嵐を吹き飛ばし、ウルトラマンAただいま参上!! 「トォーッ!!」 登場一発、ジャンプキックがスコーピスの胴体を打ちのめし、激突のショックで激しく火花が飛ぶ。 いかにスコーピスの体が頑丈とはいえ、エースの攻撃にまでは耐えられない。角や触覚を何本もへし折られ、 スコーピスは背中から砂の上に崩れ落ちた。 凶悪怪獣を一発で地に沈めたエースの勇姿に、少年達も歓声をあげる。 「ウルトラマンAだ!」 「よっしゃ、これでもう大丈夫だぜ!」 空の上からレイナールとギムリがいっしょにガッツポーズをとると、地上でもキュルケ達がいっせいに表情を ほころばせた。 「いっつもおいしいところで登場してくれるわね。よーし、がんばれー! ウルトラマンエース!」 「ヒーロー……本当に、また来てくれた……」 声を震わせ、感慨深げにしているタバサをキュルケが後ろからおもいっきり抱きしめている。 「ウルトラマン…………はっ、ぼくとしたことがつい見とれてしまった。いやあ、さすが正義の味方は美しいな、 まあ、ぼ……」 「ギーシュなんかより断然かっこいいわ! あれこそが勇者よ」 「くの……ほう、が」 モンモランシーの言葉にギーシュがダメージを受けていたりしたが、その期待に答えるためにも、なんとしても ここでスコーピスを倒さなければならない。 「シャッ!」 着地したエースは、油断なく構えて起き上がろうとするスコーピスを見据えた。 まだ奴はどんな武器を隠し持っているかわからないから、うかつにはかかれない。 幸いスコーピスは半身を負傷しているせいで、すぐには起き上がってこれそうもない、その間にエースの中では 3人が作戦会議を立てていた。 (それにしても、今度はサソリの化け物とはね。サイト、あいつの名前は?) (いや、俺もはじめて見る奴だ。エース、あなたは?) (私の知る限りではない、この世界の特有種なのかもしれん……それと、超獣とは違うようだが、こいつには 何か何者かの邪悪な意志を感じる。どこかの宇宙人の侵略用怪獣なのかもしれん) エースはその長年つちかった経験と勘によって、スコーピスが怪獣兵器であることを見抜いた。 そして、そうであるのならばなおさらこいつはここで倒さなければならない。 ようやく起き上がり、エースを見たスコーピスは、なぜか一瞬怯えたようにびくりとしたが、すぐにエースを 新たな敵だと認識して、壊れた笛のような凶悪な鳴き声をあげてきた。 (それでサイト、あいつへの対策は?) (お前な、少しはお前も作戦立ててくれよ) (黙りなさい。ここのところ役立たずが続いたんだから、名誉挽回の機会を与えてあげようっていうご主人様の 温かいご好意よ) 到底そうは思えないんだが、と思った才人だったが、もうスコーピスは目の前だ。 (よし、あいつはサソリだから……エース、尻尾に気をつけろ!) (わかった!) それは半分助言であり、半分は見たままを言ったものだった。 エースの視線が光線を出すスコーピスの口と額に集中しているうちに、頭上を飛び越えてスコーピスの 巨大なカギ爪付きの尻尾が迫ってくる! 「セヤッ!」 間一髪、エースは向かってきた尻尾を左腕を使って受け止めた。 攻撃が失敗したことを見たスコーピスは、伸ばした尾を引き戻そうとするが、そうはさせじと引き戻される より速く、エースの手刀が尻尾の真ん中を斬りつける。 『ウルトラナイフ!!』 超獣の首さえ切り落とす一撃が、スコーピスの尻尾を真っ二つに切り裂いた。 (よしっ! いまだエース!) 尻尾を失ったスコーピスは苦しげな遠吠えをあげた。 攻め込むなら今がチャンスだ、エースはスコーピスの体にパンチ、キックの連撃を撃ち込んでいく。 スコーピスの体は尻尾が無くなれば接近戦には向いていない、鋭い爪のついた腕はあるが、ほかの武器に 比べれば補助的なもので、懐に飛び込んできたエースを相手にするには頼りなさ過ぎる。 しかし、このままであれば楽勝かと思われた戦いであったが、エースが次の攻撃のためにいったん間合いを 離した瞬間、スコーピスは口を開いてポイゾニクトの発射体勢に入ると、その狙いをエースではなく、なんと 地上で見守っていたキュルケやギーシュ達に向けた。 (あっ、危ない!) エースはとっさにスコーピスとキュルケ達のあいだに立ちふさがったが、放たれたポイゾニクトの直撃を もろに受けてしまった。 「グッ、グォォッ!」 ひざを突いてくずおれるエース、それを見てスコーピスはうれしそうに甲高い鳴き声をあげ、さらに フラジレッドボムの連射をエースに撃ち込んできた。 「グワァッ!!」 ここでエースが避けたらフラジレッドボムは後ろのキュルケ達を直撃する。バリアを張る余裕もなく、 ただ耐えるしかエースにはできなかった。 「エース!!」 エースの巨体に守られながら、キュルケ達は必死でその名を呼んだ。 「まずい、まずいよキュルケ、このままじゃエースが」 「あの怪獣、最初からこれが狙いであたし達を、なんて卑怯な奴!」 キュルケは血がにじむほど唇を噛み締めた。 本当なら、怪獣はウルトラマンの敵ではなかっただろう。自分達の存在がなければ、エースは存分に 戦えるのにと、助けたくてもエースの体に守られている以上援護は不可能な状況で、4人は悔しさに震えた。 そして、エースの限界も刻一刻と近づいていた。 カラータイマーの点滅がいつもより早くあがっていく。 (エース、大丈夫か!?) (まだ……持つが、これ以上は……くそっ) スコーピスは反撃の機会を与えまいと、フラジレッドボムを絶え間なく撃ち続けてくる。 そして遂に、スコーピスはエースにとどめを刺そうと、フラジレッドボムの攻撃を続けながら、ポイゾニクトの 発射体勢に入った。 (これまでか……っ!) あれを食らってはもう耐えられない。 絶望か、と誰もが思いかけた。 だが、スコーピスがポイゾニクトを発射しようとしたその瞬間、スコーピスの足場の地面が突如陥没して、 スコーピスを地中へと引きずり込み始めたではないか! (いったい、なにが……あっ、あれは!) 見ると、スコーピスの下半身に巨大なモグラが抱きついて、その身の自由を奪っている。 (あれは……ギーシュの使い魔のヴェルダンデ!?) そう、モンモランシーの薬のせいで怪獣モングラーと化してしまったヴェルダンデが、今エースの危機を 救わんと勇敢に宇宙怪獣に立ち向かっている。 スコーピスは反撃しようにも、尻尾を失い、半身が傷ついた状態では思うように動くことすらできずに、 アリジゴクにはまったようにもがくしかできない。 (エース! 今だ!) ヴェルダンデの勇気を無駄にするわけにはいかない。 「デヤァッ!!」 エースは残ったエネルギーを振り絞り、拳に込めてスコーピスへと正拳突きのようにして撃ちだした!! 『グリップビーム!!』 強力な破壊光線がスコーピスの胴体を捉えて火花を散らせる。 (爆発するぞ! 逃げろヴェルダンデ!) 才人はエースを通じてヴェルダンデにテレパシーを送って警告した。それに応じてヴェルダンデは掴んでいた 足を離して地中深く潜っていく。 それからほんの数秒後、過剰に注ぎ込まれたエネルギーに、遂に耐え切れなくなったスコーピスは、 あおむけにゆっくりと倒れると、全身から炎を吹き出して、砂漠を揺るがすほどの轟音と衝撃波を撒き散らし ながら爆発した。 「やった! 勝ったぁ!」 爆発が引いて、スコーピスの跡形もなくなったのを見ると、少年少女達の遠慮のない歓声が響き渡った。 「タバサ、エースがやってくれたわよ! これであなたの任務も完了ね!」 「ええ……」 タバサは、キュルケの言うように素直に喜ぶことはできなかった。今回の任務は、エースがこなければ まず成し遂げることは不可能だっただろう。まだまだ自分には力が足りない、人ととしてどこまで強く なれるかはわからないが、自分の望みをかなえるだけの力にはとても足りない。 ただ、手放しで大喜びしているギーシュらほどではないが、仲間達とともに分かち合う勝利というのは、 うれしいものであるのは間違いなかった。 そのギーシュはといえば、エースとともにヴェルダンデが活躍したことに、涙まで流して歓喜に震えていた。 「やったやったやったよ! 見たかい、ぼくのヴェルダンデがウルトラマンの危機を救ったんだよ。ああ、 ぼくはハルケギニア一の幸せ者だ、こんな素晴らしい使い魔を得られたメイジなんてほかにはいないだろう。 そうだろうモンモランシー!」 「まあね。あなたの使い魔は素晴らしいわね……けど、それよりもこれで」 「そうだ! これで水の精霊の涙が手に入るんだ! よーし、待っててくれ、すぐに元の姿に戻してあげるからね!」 「やれやれ……この優しさが人間にも向けばいいんだけどね、特にわたしに……」 一人で万歳三唱をしながら大喜びしているギーシュを見ながら、モンモランシーは切なげにつぶやいた。 (やった……しかし、恐ろしい怪獣だった) 爆発で作られた巨大なクレーターを見つめながらエースは思った。 まるで破壊するためだけに存在するような怪獣、こんな奴が何匹も暴れたらそれこそ宇宙はめちゃくちゃに なってしまうだろう。 「ショワッチ!」 これが最後であってくれと祈りながら、エースは蒼穹の空へと飛び立った。 そして、キュルケとタバサも含めて、湖のほとりでルイズ達は再び水の精霊と会った。 「約束を果たしたようだな、単なる者達よ……ならば我も約束を守ろう」 水の精霊の体が短く震え、ピンポン玉程度の水滴が切り離されて、ギーシュの持ってきた小さなビンに納まった。 こぼしては大変と、慌てて蓋を閉めて、ビンの中に納まった水の精霊の涙をまじまじと見つめ、ギーシュは 満面の笑みを浮かべて、ビンをモンモランシーに手渡した。 「これで解毒薬を作ってくれるね。はーあ、ようやくヴェルダンデを元に戻してあげられる。あと少し待っててくれよ」 「はいはい、学院に戻ったらね。まさか、怪獣退治まですることになるとは思わなかったわ」 目的の半分を果たした二人は、もう解決したかのように喜んでいるが、水の精霊が湖水に戻る前に、 才人は気になっていたことを聞いてみた。 「ちょっと待ってくれ、少し聞きたいことがあるんだ……どうして水かさを増やしてるんだ。あんたは、 いくつかの悩みを抱えてるって言ってたよな。まさか他にも怪獣が?」 水の精霊は、大きくなったり小さくなったり、様々に形を変えた。どうやら考えているようで、微妙に 人間のようで人間ではない仕草がなんとも面白い。 「……お前たちになら話してもよかろう。確かに、ここのところ邪悪な気配が世界に漂っているが、今のところ この湖を襲ってきたのはあいつだけだ。今から数えるのも愚かしくなるほど月が交差する時の間、お前たちの 暦にして2年ほど昔になるか、我が6千年の昔より守りし秘宝を、お前達の同胞が盗み出したのだ」 「秘宝?」 「そうだ、『アンドバリ』の指輪、我と同じ水の力を込められた唯一の秘宝だ」 その名前を聞いて、ピンときたようにルイズはつぶやいた。 「アンドバリの……そういえば、伝説の秘宝の本でそういうものがあったわね。人間の心を操り、死者に 偽りの生命までもたらすという……水系統の禁忌の邪宝」 「ふむ、お前達の概念ではそうかもしれんが、我にとっては水の力を蓄える大切な秘宝。だから我は この世界を水で満たすことによって、そのありかを探そうと考えていた」 なんとも、何百何千年単位のとてつもなく気の長い話だった。 「気が長い話だな。じゃあ、機会があったら俺達が取り返してくるよ。水を増やされたら、周りの人達が困るだろう」 「……わかった。お前達を信用することにしよう」 「ありがとう。それで、そいつの名前とかわからないのか?」 「確か個体の一人がクロムウェルと呼ばれていた……それから、お前達二人」 水の精霊は、才人とルイズを指差すと、手招きするようにして二人を岸辺まで呼んだ。 二人は、怪訝な顔をしながらも、水の精霊の機嫌を損ねてもまずいなと、首をかしげながら岸辺に歩み寄った。 「よし、そこでよい。二人とも水に手を漬けよ」 「えっ!?」 二人は思わず顔を見合わせた。水の精霊が心を操るということを思い出したからだ。 しかし、水の精霊は穏やかな声で言った。 「案ずることはない。お前達に危害は加えぬ」 二人は、恐る恐る湖水に手のひらを漬けた。 すると、湖水からまるで電気のように水の精霊の思考が伝わってくる。 (これは! テレパシーの一種か) (さすが、水の精霊と呼ばれるだけはあるわね……) 二人は頭の中に直接響くお互いの言葉に驚いた。まるでエースと一体となっているときのように、 心と心がつながっている。 (聞こえるようだな。お前達とは、こうして話したほうがよいと思ってな……光の戦士よ) (えっ!?) ルイズと才人の驚愕の感情が、それぞれに伝わる。 何故水の精霊がそのことを知っている。そしてどうしてこうして話そうというのか。 (驚かせて悪かったな。しかし、我はお前達と共にある強い存在に覚えがある) (えっ、ウルトラマンAとか!?) まさか、そんなことが…… (いや、お前達の光とは違うが、とてもよく似た存在だった。もはや我の記憶すらかすむ、今からおよそ 6千年の昔、この地を未曾有の大災厄が襲った。無数の怪物が大地を焼き尽くし、水を腐らせ、空を濁らせ、 世界を滅ぼしかけたとき、その者は光のように天空より現れ、怪物達の怒りを鎮め、邪悪な者達を滅ぼして 世界を救った。彼がいなければ、我もお前達もこの世には存在しなかっただろう) (それほどの戦士が、6千年も昔に……) あまりにも想像を超えた話に、才人は唖然とするしかできなかった。 (ふむ……もしかしたら、お前達と彼とにつながりがあるかもと思ったのだが。どうも我の思い過ごし だったようだな……すまぬ) (いや、俺達に似てたってことは、その人もきっとウルトラマンだったんだろう。これで、またハルケギニアに ウルトラマンが来てたってわかっただけでもよかったよ) (そうか、もしかしたらいずれお前達も彼と会うことがあるかもしれぬ。何かあったら来るがよい。お前達の 水の流れは覚えた。この世の秩序を守るためなら、我は手を貸してやろう) (ありがとう、じゃあ俺も、そのアンドバリの指輪ってやつを見つけたら、必ず持ってきてやるよ) 才人は水の精霊と固く約束をかわした。 だが、ルイズは水の精霊の話を聞いて、それとは別の疑問も感じていた。 (6千年前といえば……始祖がこの地に降臨したと言われる時代じゃない。もしかして、何か関係が……) また、新たな謎が生まれたが、今はそれを確かめようもない。 だが、二人が水の精霊と話している間に、一行の中からタバサの姿が消えていた。 それはほんの2分前、水の精霊との会話を見守っていたタバサとキュルケの元に、例のガリア王宮からの 指令を送ってくるフクロウ、目的の人物の元へ自動的に向かう鳥形の魔法人形が飛んできて、内部に 仕込まれていた手紙を吐き出した。 まだ任務完了の報告すらしていないのにもう次の任務が? 任務がダブるなどというようないいかげんな ことはさすがにイザベラもこれまでしなかったのだが、何かあったのかといぶかしげに手紙を開いて、 タバサの眉がぴくりと震えた。 「どうしたの? また無茶な命令?」 肩越しに覗き込んできたキュルケに、タバサは手紙の中を見せた。 「どれどれ……なに? すぐ帰れですって」 そこには、ガリア語で"任務を中断して、即時にリュティスに帰還せよ"と書かれていた。しかし、それは タバサの部屋や屋敷に届いた、形式だけは公文書を取り繕ったものではなく、そこらにありそうな安物の しわくちゃの紙に殴り書きで書かれたひどいものだった。 「なにこれ……わけわかんない」 「……」 キュルケの言うとおり、タバサにもこの文面からでは何も読み取れない。 ただし、これを書いた人間が相当に焦って書いたということだけはわかる。なにかはわからないが、 リュティスで事件が起こって、タバサの力が必要とされているのは間違いないだろう。 そして、どうあれ北花壇騎士であるタバサにとって命令は絶対である。 「すぐ行く。シルフィード、もう飛べるね」 タバサが声をかけると、シルフィードはきゅいと元気よく翼を広げて答えた。すでにモンモランシーの 治療で、その傷はほとんど癒えていたのだ。 「待ってタバサ、わたしも行くわ」 シルフィードに飛び乗ったタバサに慌てて声をかけたキュルケだったが、タバサはゆっくりと首を横に 振って言った。 「だめ……リュティスまでは連れて行けない。キュルケはみんなと学院に帰ってて」 「で、でも」 「大丈夫、なにがあろうとわたしは戻るから……だから待ってて」 「わかったわ……気をつけて、待ってるからね。わたしのシャルロット」 キュルケは最後に、満面の笑みとタバサの本当の名で彼女を見送った。 タバサもそれに答えて、一瞬だけ笑顔を見せると、シルフィードとともに空のかなたへと飛び去っていった。 だが、数時間後にリュティスに到着したタバサが見たものは、以前来たときとは見る影もなくめちゃくちゃに 荒らされた王宮の庭園と花壇、そして完全に破壊されて瓦礫の山となったプチ・トロワの無残な姿だった。 「これは……いったい?」 さしものタバサも呆然とした。 破壊されているのはプチ・トロワとその周辺に限られているようで、グラン・トロワやリュティスの街には 被害はないようだが、戦争か大地震の後のような惨状は、まるでこの世の終わりだった。 「グラン・トロワへ……」 ともかく、これではイザベラの生死もわからないが、とにかく彼女を探さなくては始まらない。 しかし、グラン・トロワの一室でタバサを待っていたのは、とても話などできないほど変わり果てたありさまに なったイザベラの姿だった。 「いったい……ここで何があったの?」 部屋から出て、胸の動揺を冷たく凍りついた無表情で覆い隠しながら、タバサはこの部屋の警護についていた カステルモールというらしい若い騎士に尋ねた。 「はぁ、なんとご説明したらよいものやら……事のはじまりは先日の正午、イザベラ様が突然サモン・サーバントを なさるとおっしゃったのです……」 彼は淡々と記憶の糸をたぐりながら、タバサにプチ・トロワを襲った事件のあらましを語り始めた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第30話 ガリア花壇の赤い花 (後編) 宇宙魔人 チャリジャ 宇宙大怪獣 アストロモンス ウルトラマンティガ 登場! ウルトラ兄弟のいる地球とも、ハルケギニアとも次元を隔てたある世界に、もう一つの地球がある。 そこは、我々のいる世界とよく似ていて、怪獣や宇宙人が現れ、人間がそれに立ち向かっていく。 しかし、怪獣たちの脅威はときに人の力を上回る。 そんなとき、その世界にもまた人類のために戦う光の戦士がいた。 超古代の遺伝子を受け継ぐ青年、マドカ・ダイゴは3000万年前の光の巨人の力を受け継ぎ、闇の力に立ち向かう。 力の赤と、速さの紫をその身にまとって、いかな敵にも屈しはしない。 その名は……ウルトラマンティガ!! 「ショワッ!!」 街影から望む朝日を受けて、今ティガがハルケギニアの地に立ち上がった。 迎える敵は、宇宙大怪獣アストロモンス、かつては超獣を倒したこともある超強力な大怪獣だ。 「フッフッフッ……やはり来ましたね、ウルトラマンティガ」 アストロモンスの肩あたりに、チャリジャがいつの間にか浮かんでいた。 「……!」 「1965年の世界では、あなたとウルトラマンのおかげでヤナカーギーがやられてしまいましたが、今度の 怪獣もけっこう強いですよ」 彼らは、ここに来る以前に、過去の時代にタイムスリップして戦っていたが、チャリジャの復活させた 宇宙恐竜ヤナカーギーは倒され、元の時代に戻る途中にチャリジャの時空移動にイザベラの魔法が干渉し、 ダイゴはそれに巻き込まれてしまった形になる。 チャリジャがなにを考えているのかはいまだにわからないが、このまま怪獣を次々に復活させられては かなわない、こいつはここで倒す! 「では、か弱いわたくしはこのあたりで失敬します。頑張ってくださいね」 チャリジャはドロンとテレポートして消えた。 残されたアストロモンスは、右手のムチと左手の鎌を振りかざして雄たけびをあげる。 「デャッ!!」 ティガも右手を前にして構え、アストロモンスに向かっていく。 先手はティガ! 振り下ろされてきたムチをかいくぐったミドルキックがアストロモンスの脇腹を打ち、 巨体を揺さぶる。 けれど、宇宙大怪獣にとってその程度の打撃はたいしたダメージにはならない。 すかさず、斬りつけてきた鎌を白刃取りのように受け止めて流し、至近距離から膝蹴り、ひじ打ちを 叩き込む。 「タアッ!」 流れるような連続攻撃が巨大怪獣の体を打ちのめしていく。 その勇姿に、避難しかけていた人々も振り返って熱い声援を送り始めた。 ウルトラマン、かつて壊滅しかけていたトリステインに現れて以来、幾度となく異世界からの侵略者と 戦い続けている謎の巨人。 トリステインからガリアに移ってきた人々は、あれはトリステインに現れたエースとは違うと主張したが、 正体がなんであれ、人間のために戦ってくれているのは間違いない。 「テァッ!」 怪獣の突進してくる勢いを利用して、合気道のようにこれを投げ飛ばす。 確かに体格ではティガはアストロモンスより一回り小さいが、その代わりに格闘テクニックと俊敏さでは 負けていない。その攻撃の先を読み、最適の反撃を繰り出していく。 だが、アストロモンスもチャリジャが駆け回って探してきた怪獣だ、右手のムチをでたらめに振り回し、 近づけさせないようにしながらティガの体を乱暴に痛めつける。 「グッ……」 ガードしててもその上から衝撃が伝わってくる。中距離ではリーチの差でティガが不利だ。 が、そのとき突然アストロモンスがムチでの攻撃をやめた。 「いまだ! 奴はスキだらけだぞ」 人々からいっせいに歓声があがる。どうしてか、奴はムチも鎌もぶらりと垂れさがらさせていてスキだらけだ。 今なら奴のどこであろうと攻撃しほうだいに見えたが、ティガはそれを躊躇した。あまりにも無防備すぎる、 これは誘いだ! 「ダッ……シャッ!」 ティガは一歩だけアストロモンスに近寄ると、間髪入れずに後方へバック転で飛びのいた。 すると、奴の腹の巨大な花の中央部から真っ白な煙が噴出してティガに襲い掛かった!! 「セァッ!!」 ギリギリのところでその煙をかわしたティガの目の前で、煙を浴びた草花や建物の残骸が水をかけられた 紙細工のようにドロドロになって溶けていく。強酸性の溶解液だ! 間合いをとって、油断なくティガはアストロモンスに向かって構える。懐に飛び込めばこちらが有利だが、 あのムチと鎌、さらにこの溶解液ではもう簡単に近づかせてはもらえまい。 対してアストロモンスは、近づけさせなければ有利だと学習し、ムチを振り回しながら猛然と迫ってくる。 「……」 ティガは逃げずに、向かってくるアストロモンスをじっと見据える。 そして、両者の距離が一足の間合いとなり、巨大なムチが高く振り上げられたとき、ティガはひざを突き、 両手を胸の前でX字に揃えた。 「あっ!」 人々は、一瞬後に起こるであろう惨事を予感して、ある者は目をそらし、ある者は目をつぶった。 しかし、視線をそらさずにティガを見つめ続けていた人たちはまったく違う展開を、その生涯の記憶に焼き付けた。 ティガの胸の金色のプロテクターが一瞬輝き、両手が水平に押し出されると、そこから三日月形の光の刃が飛び出した!! 『ティガスライサー!』 それは振り下ろされてくるムチの真ん中を捉えると、大根のようにスパッと巨木ほどの太さがあるムチを輪切りに してしまった。 「タッ!」 ムチを失って慌てふためくアストロモンスに、ティガの猛反撃が開始された。 一気に距離を詰めてハイ、ミドル、ローキックを打ち込み、ジャンプして頭にチョップを打ち下ろす。 「タァッ!」 さらにふらつくアストロモンスのどてっぱらに向けて、渾身のパンチを送り込む。 だが。 「ヘヤッ!?」 アストロモンスの腹の花の中央部に命中したパンチが抜けない。 いや、それどころかティガの腕が花の中へとズブズブと呑み込まれていくではないか! 「ウァァッ!!」 これこそ、アストロモンス最大の隠し技、かつて出現した個体が超獣オイルドリンカーを丸呑みしてしまったように、 奴の花はもう一つの口となっているのだ。 「ああっ、ウルトラマンが喰われる!」 ティガはふんばるが、奴の吸引力のほうが強い。このままでは人々の悲鳴のままに、ティガはアストロモンスの エサにされてしまう。 アストロモンスはこれで勝利を確信したのか、小気味良く喉を鳴らしてひじまで呑み込まれてしまったティガを 見下ろしている。 だが、そのとき!! 「ヌゥゥ、デャァッ!!」 ティガの額が輝いたかと思うと、その身を包んでいた色が一瞬にして真紅に変化した。 『ウルトラマンティガ・パワータイプ』 これこそティガの真骨頂 『タイプチェンジ能力』 ティガは戦況に合わせてバランスの基本形態から力とスピードの 2つの形態に自在に変化することができるのだ! そしてこれがその一つ、無双の超怪力を発揮する赤のパワータイプだ。 燃えるような赤に身を包んだティガは、腕が呑み込まれた状態のままアストロモンスの巨体を軽々と持ち上げると、 自身をコマの軸に見立てて大きく回転しはじめた。 「ダァァッ!!」 回転で強烈な遠心力が加わって、風車のようにアストロモンスの巨体が回転する。 それは普通に引き抜くよりも強いパワーを与えただけでなく、回転によってアストロモンスの三半規管を麻痺させ、 吸い込む力を弱めさせた。 「ダアッ!!」 一気に勢いを加えた瞬間、遂にティガの腕がアストロモンスの花から吐き出された。 それと同時に回転軸を失った羽根の部分は、遠心力に導かれるままに放り出されて庭園の芝生の上に転がった。 着地で巻き上がる土煙と砕かれた草木が宙を舞う、しかしアストロモンスは回転で酔いながらもまだ起き上がってくる。 だがそれを見逃すティガではない。奴が反撃できない隙に駆け寄って、奴の左手に残った巨大な鎌を両手で 掴み、それを勢い良くひざに叩きつけると、大鎌は枯木が折れるような音を立てて真っ二つにへし折れた。 アストロモンスは自失していたところに、左腕をへし折られたショックで強烈な悲鳴をあげる。 これで、もう奴に武器は腹からの溶解液しか残っていない。それとて、至近距離で真正面にいなければ喰らいはしない。 距離をとってティガはとどめの体勢に入った! 「セヤッ!!」 ティガが両手を下向きに広げると、赤熱するエネルギーが両手を上に上げるに従って集まっていき、頭上に掲げられた ときには太陽のように真赤に燃える球体となって、ティガはそれを投げつけるようにアストロモンスに向けて発射した!! 『デラシウム光流!!』 炎のボールは燃え盛る炎の河となってアストロモンスに向かう。 しかし、命中直前アストロモンスはその巨体のどこにそんな力があるのか、鳥のように羽ばたいて空に飛び上がっていって しまったではないか。 逃げる気か!! 誰もがそう思った。両腕を失い、怪獣にもう巨人に勝つ術はなくなった、ならば余力があるうちに逃げ去るしかない。 翼もないその図体からは想像もできないが、アストロモンスはなんと空中をマッハ3もの超スピードで飛行する能力を 持っている。このままでは逃げられてしまう。ティガの飛行速度はパワータイプで同等のマッハ3、すでに戦い始めてから 相当時間も経ち、ティガの活動制限時間である3分に近づき、カラータイマーも点滅を始めている、このままでは追いつけない。 ただし、そのままであるならば。 「ハッ!!」 両腕を額の前で交差し、額の輝きと同時に振り下ろすと、今度はその身を包む色が赤から一瞬にして紫に変化する。 『ウルトラマンティガ・スカイタイプ』 力のパワータイプから素早さのスカイタイプへ、タイプチェンジによってティガに対応できない戦場などない! 「ショワッチ!!」 俊敏性を最大まで高めた姿でティガは飛翔した。この姿のときの飛行速度はマッハ7、あっという間にリュティス上空で アストロモンスの背後に追いつく。 その風を切り、朝日を浴びて輝く勇姿に、目を覚ましたリュティスの市民達も空を見上げて見とれる。 「みんな、空を見ろ!」 「怪獣、それに……」 「ウルトラマン!!」 たとえ地球でもハルケギニアでも、光の巨人が人々の希望であることに違いは無い。 「シャッ!!」 圧倒的なスピード差でアストロモンスの上空に出たティガは、天空から急降下キックを奴の背中におみまいした。 見事命中、背骨を逆向きに強制的に変形させられて、裂けた口から苦悶の声があがる。 だが、ティガはうかつに奴を撃ち落すわけにはいかない、下は市街地、墜落すれば甚大な被害が出る。 ティガはアストロモンスの真後ろにつけると、奴の背後から狙いをつけて、右手から青白い光線を放った! 『ティガフリーザー!!』 冷凍光線が奴の下半身から瞬時にして氷付けにし、行動の自由と飛行能力を奪う。 そして墜落していくアストロモンスを、空中で受け止めると、そのまま力いっぱい宮殿の方向へ向かって投げ飛ばした。 「デャァッ!!」 クルクル回転しながらアストロモンスは隕石のようにヴィルサルテル宮殿の庭園に落下し、荒れ果てていたそこに さらに巨大なクレーターを轟音とともに新造した。 しかし、それでもまだ奴は生きていた。 墜落のショックで氷が砕け、全身ボロボロになりながらもまだ起き上がってくる。 恐るべき生命力……そう、生物を超えた生物、それが怪獣なのだ。 その目の前に、ティガは昇り行く朝日を背に浴びながらゆっくりと降り立ち、正面で両腕をクロスさせ、かけ声と共に 三度その姿を変えた。 「ハッ!!」 それは、最初にティガが現れたときの、銀色の体に赤と紫を併せ持つティガの基本スタイル。 『ウルトラマンティガ・マルチタイプ』 そしてティガはアストロモンスを見据えると、両腕を素早く正面に向かって突き出した。 一瞬の閃光、さらにその腕を左右両側に向かってゆっくりと広げていくに従って、ティガのカラータイマーに向かって 白い光が集まっていき、両腕を完全に開き終えたとき、光の力は極限まで高められ、ティガの最強必殺光線の準備が整った。 「デヤッ!!」 瞬間、L字にクロスさせたティガの右腕から、白色の光線が放たれる!! 『ゼペリオン光線!!』 光のエネルギーが奔流となってアストロモンスに吸い込まれていく。 数々の凶悪怪獣を葬ってきた光の鉄槌の前には、いかな宇宙大怪獣とて耐えられない。わずかな断末魔を残した後、 注ぎ込まれたエネルギーの内圧によって、瞬時に粉々の破片となって爆散した!! (やった……) 微塵に粉砕された怪獣の破片が朝日に輝いて、雪のように風に乗って飛んでいく。 ティガは、ウルトラマンの勝利に湧く人々の歓声を背に受けて、天空を目指して飛び立った。 「ショワッチ!!」 人の意思は、時に人に知られずにすれ違っていく。 庭の片隅をひょこひょこと逃げてゆく白塗りの似非紳士の前に、ガッツスーパーガンを構えたダイゴが立ちふさがっていた。 「追い詰めたぞチャリジャ、これ以上この世界で好き勝手はさせない」 「うーん……あの怪獣にはちょっと自信があったんですが、さすが強いですねウルトラマンティガ……ですが、 ちょっと相談なんですけど、ご存知の通り、この星で何をしようが地球には影響はありません。ですから、あなたを 地球の元の時代に送り届けて差し上げますから、わたくしを見逃してはいただけないでしょうか?」 チャリジャの持ちかけた取引に、しかしダイゴは断固として言い放った。 「だめだ、どこの星の人間だろうと、平等に平和に生きる権利がある。その平和を乱そうとしているお前を 許すわけにはいかない!」 「……ですよね、仕方ありません。少し惜しいですが、この星ともそろそろお暇しましょう。お土産も充分にいただきましたし」 チャリジャが脇に抱えたトランクケースを開けると、そこには様々な形のカプセルや、何かの種、用途不明な機械が ぎっしりと詰まっていた。 「そいつは、まさか!」 「ご明察、私は怪獣バイヤーですからね。元手がかからずにこれだけ商品が集められて幸せいっぱいです。さて、 それではお先に失礼します」 トランクの中の装置のボタンがポチリと押されると、チャリジャの周りの空間が水飴のようにぐにゃりと渦を巻いて 歪み始めた。 ダイゴはとっさに引き金をしぼるが、ビームは空間の歪みに吸い込まれてチャリジャに届かない。 「では、さようなら」 「待て!!」 チャリジャの姿は、渦の中に吸い込まれるように消えて行き、後を追ってダイゴも歪みの中に飛び込んでいった。 ハルケギニアに二人の姿は消滅し、空間の歪みもそれを見どけるようにして消えた。 その後、ダイゴは元の世界に帰還し、直後に南太平洋に復活した超古代遺跡ルルイエで邪神ガタノゾーアとの 最後の戦いに望むことになる。 彼が、ハルケギニアでのわずかな時間の出来事を思い出すことになるのは、それからしばらく後のことである。 しかし、そのほんの一時は、カステルモールを初めとするガリアの人々にとっては生涯忘れえぬものとなって 記憶に刻み付けられていた。 「以上が、私が見聞きして、可能な限り調べ上げたこの事件の概要です」 戦いから半日が過ぎて、日も傾きかけたグラントロワの一室で、タバサはカステルモールからヴィルサルテル宮殿を 襲った怪獣と、それと戦ったウルトラマンの話を聞かされ終わった。 話は、当然ダイゴに関することは入っていなかったが、イザベラが呼んだ不思議な怪人物と、そいつが持ってきた 球根、その直後に庭園に出現した食肉植物と、一連の出来事がその怪人物からつながっていることは明確に 読み取ることが出来た。 「それで、その怪人は?」 「はっ、その後四方手を回していますが、発見されておりません。彼女もあの様子ですし、すでにどこかに逃げ去った ものかと思われますが……」 実際に、花壇騎士の攻撃をものともしない相手だけに、捕まる可能性は低いだろう。その件はそれ以上の期待は できそうもない、これは相手の出方を待つしかない。それよりも、当面問題なことは目の前にあった。 「わかった……けど、あれはどういうことなの?」 ドアをわずかに開けて、二人は室内にいるイザベラの様子を覗き見た。 そこにはベッドの上に腰掛けて、ぼぉっと宙を眺めている彼女の姿、しかしその目は虚ろで焦点が定まっておらず、 ときおり思い出したように…… 「ダイゴ……さま……」 と、うわ言のようにつぶやいていて、こちらが何を言ってもまったく応答がないばかりか、顔中まるで熱病にでも 侵されているように真っ赤にほてっていて、タバサには訳がわからない。 しかもそれに混ざってときたま、「ああっ!」とか「胸が熱い……」とか意味不明なことを口走ってはベッドの上で もだえていて、正直気味が悪いことこの上ない。 「まさか……毒でも盛られた?」 タバサは一瞬母を狂わせた水魔法の毒薬のことを思い出した。イザベラに同情する義理は無いが、もしそうだとすれば 由々しき事態だ。けれどカステルモールはなぜか微笑を浮かべながら首を横に振って。 「いいえ、あれはもっと重くてやっかいな心の病です。しかも、誰でも一度は経験するね……はは」 そう言うカステルモールがイザベラを見る目は、以前と違って『人間』を見るものであった。 怪獣が倒された後、庭の片隅でボロボロの有様になったイザベラが発見されたとき、彼女は気絶しながらも、 誰のものともわからないハンカチをしっかりと握り締めていた。しかも、体のあちこちにつけられていた傷は手当て されており、誰かが彼女を助けたのだということはすぐにわかった。 この宮殿にイザベラを助けようなどと考える者は一人もいないはずだ。なのにいったい誰がこんなに丁寧な手当てを していったのか……余計なことをと、彼女を恨む者達は思ったが、そのときイザベラがすうっと目を開いた。 「あんた……は?」 「!! ……はっ、東花壇騎士団長カステルモール、ただいま姫殿下をお救いに参上いたしました」 目の前にいたカステルモールは驚いたが、とりあえず本心を押し殺して東花壇騎士団長として形式通りの挨拶をした。 しかし、イザベラはぼおっと自失したままで、人形のように反応しようとしなかった。 「姫……様?」 もとかして恐怖のあまりおかしくなられたのか? と、彼が思ったとき、イザベラはそのとき誰一人予想できなかった 行動を起こした。 「助けに……来てくれた……ほん……とうに…………うっ、うえぇぇぇん!!」 なんとイザベラは突然目に大粒の涙を浮かべると、まるで幼児のように大きな声をあげて泣き出した。 「ひっ姫様!?」 今度は、騎士達が茫然自失することになった。てっきり何故もっと早く助けに来なかったなどと金切り声を上げて 叱責されるものと予想していただけに、まるで幼児のように泣き喚く彼女の姿は、とてもあの傲慢な女と同じ人間 だとは信じられなかったとしても仕方が無い。 「怖かった、怖かったよお……でも、でも本当に助けにきてくれたんだよな……」 極限状態の中で、心を覆っていた虚栄の皮がはがされて、ただの小さな子供だけがそこにいた。 カステルモールは泣きじゃくるイザベラの背中を優しくさすってやった。 彼も、彼の部下達も大切なことを忘れていたことに気がついた。 いくら王女であろうと、いくら捻じ曲がっていようと相手は子供、自分達は簒奪者の娘、王女と家来の関係だからと 彼女の行動を正そうとはまったくしてこなかった。子供の尻のひとつも叩いてやれないで何が大人か、確かに イザベラが性悪だったのは間違いない。しかしそれを助長し、ここまで育ててきたのは自分達だ。 やがて泣き疲れて彼女が眠ってしまうと、彼はその身を抱きかかえると、寝室まで丁重に運んだ。 けれど、目を覚ました後にイザベラはあのとおりに誰かの名前を呼ぶばかりで、別人のように呆けているばかりだ。 「重くて……やっかいな病?」 「恋の病ってやつですよ。しかも、極めて重度のね……まぁ、間違いなく初恋でしょうから、強烈ですな」 「……」 タバサには、それは理解の外にあるものだった。いつもキュルケが隣でうるさく講義しているから、知識として 頭にはあるが、その人のことばかり頭に浮かんで他のことが考えられなくなるなどこれまで一切経験がなかった。 それにしても、それはあの非人間の見本であったようなイザベラをここまで変えて、さらに周りから見る目までも 変化させてしまうものなのだろうか。 「……どうすれば、治るの?」 「時間にまかせるしかありませんな。そのうち熱も冷めるというものでしょう……しかし、我らは正直ほっとしてるのです。 あのイザベラ様に、こんな人間らしい……いや、可愛らしい一面があるのだと……」 「……」 複雑な思いをタバサは抱いた。あのイザベラでさえ人間らしいというのなら、果たして自分はなんなのだろうかと。 「シャルロット様も、生きている限り必ずお分かりになる日が来ますよ……イザベラ様が今後どう変わっていくのか、 それとも何も変わらないのか、それはまだ分かりませんが、しばらくはあなた様の元に無茶な指令が行くことも なくなるでしょう。王宮は、我らが責任をもってお守りしますので、あなた様はしばしお休みくださいませ」 そう言いながらも、カステルモールは心に迷いが生まれるのを感じていた。これまで彼をはじめとした大勢の オルレアン派の者達は、いずれ簒奪者である現王と、その娘であるイザベラを追放してシャルロットを王座に 迎えようと考えていたが、あの泣き顔を見たあとで、果たして自分はそれをできるだろうか…… しかし、事態は彼らの思惑とは別に、さらに悪いほうへと動こうとしていた。 グラン・トロワのさらに深奥、花壇騎士でさえ立ち入れない薄暗い一室に、薄笑いを浮かべた一人の男がいた。 「人を超えた巨人の力か……なかなかに興味深い……そうは思わんか、余のミューズ?」 その男は、青い髪の下の暗く淀んだ瞳を細めて、水鏡に映し出されたティガとアストロモンスの戦いの記録を見ていた。 「おっしゃるとおり……その力、手に入れば大望の成就のこの上ない力となりましょう。ですが、求めて手に入る ものでもないかと……この力は人知を超えております」 男の背後から、黒いローブに身を包んだ女性の声が響いた。しかし、男は顔色ひとつ変えずに、なおも低い声で言った。 「だろうな……この力は仮にエルフどもの力を借りたとしても及ぶまい。まさに神の領域、しかし……だからこそ 手に入れたいのだ!!」 まるで高価なおもちゃを親にねだる子供のように、男は見ようによっては無邪気にも、見ようによっては欲深い 暴漢のようにも見える顔で、包み隠さずに本心を吐き出した。 すると…… 「では、少々お手伝いいたしましょうか?」 「誰だ!?」 部屋の片隅の暗闇から、突如響いた軽口の言葉に、黒いローブの女性はとっさに身構えた。 「ほっほっほ……いえいえ、怪しい者ではございません。わたくし、こういうものでございます。どうかお見知りおきを……」 「……ほう、面白い……余に力を貸そうというのか……見返りはなんだ?」 「特に……ただあなたの領内でのわたくしの行動の自由さえくだされば……いや、やっぱりこの世界はあきらめるには 惜しいですからね」 「ふ……よかろう」 かつて、手に余る力を手にしようとした者達が辿った運命、それを彼らはまだ知らない。 けれど、運命の歯車の行く手を知りえる者は、善にも悪にも一人も存在しない。 このガリアでの事件も、ハルケギニア全てを覆う流れからすれば、ほんの一部の出来事でしかなかった。 時を同じくして、ガリア、そしてトリステインからも北方に遠く離れた巨大な浮遊大陸国家アルビオン…… その巨大な都市郡からも、にぎわう町々や王軍と反乱軍との戦場からも離れた深い森の奥にも、始まりの時は訪れようと していた。 深い森の奥の道なき道を、一人の5才くらいの幼い少女が息を切らせて走っていた。 その後ろからは脂ぎった顔を血走らせて、手に手に凶悪な輝きを放つ刀や斧などを持つ男達、一目見て傭兵崩れか 盗賊だとわかる風体の者達が追ってきていた。 「待てこのガキ!! てめえをとっつかまえりゃ、あのみょうちくりんな術を使う小娘に人質に使えるんだ。殺しゃしねえから 黙って捕まりやがれ!!」 彼らはつばを吐き散らし、口汚い言葉を吐き出しながら、藪の中を掻き分けて少女を追っていた。 平らな場所であったら、鍛えた彼らは簡単に少女を捕らえられただろうが、藪や木立が密集する森の中では小柄な 少女でもなんとか逃げれていた。 しかし、それでも体力は差がありすぎる。次第に彼女は追い詰められていった。 「ぐすっ……テファお姉ちゃん」 彼女はそれでも捕まるまいと、半べそになる自分を励ましながら走った。 木の実を多くとって仲間達を喜ばせてやろうと、うっかり森の奥に入りすぎてしまい、運悪く野盗の集団と出くわしてしまった。 これで捕まってしまっては、自分のせいで仲間達や、一番大切な人がひどい目にあわされてしまうかもしれない。それだけは なんとしても避けようと、彼女は必死に走り続けた。 だが、もはや前すらろくに見えない中で、ひとつの藪を抜けて開けた場所に飛び出したとき、彼女はその正面にいた 誰かと思いっきりぶつかってしまった。 「きゃっ!!」 尻餅をついて、もうこれまでかと恐る恐るぶつかった相手を少女は見上げた。 だが、その小さな目に映ったのは、荒くれた野盗ではなかった。 それは、長身の黒い服を着て、同じ黒い帽子をかぶった若い女性、少女は一瞬野盗の仲間かと思ったが、 その女性は少女の目線にまで腰を落とすと、穏やかな口調で言った。 「どうした?」 そこに野盗のような悪意やとげとげしさは微塵も感じられなかった。 この人は違う……直感的にそう判断した少女は、必死で助けを求めた。 「助けて! 悪い奴らに追われてるの!」 しかし、少女が言い終わる前に、追いついてきた野盗達が二人を取り囲んだ。 数は全部で5人、リーダー格と思われる大柄な男を筆頭に、どいつも明らかに血でできたさびの浮いた刀を振りかざしている。 「やっと追いついたぜ……ん? なんだてめえは」 「おいてめえ、そのガキをこっちにわたしな、さもねえと痛い目を見るぜ」 「親分、こいつ女ですぜ。ついでにとっ捕まえていっしょに売り飛ばせばいい金になりやすぜ」 「そりゃいい、げへへへ」 野盗達は荒い息を吐きながら、下品な声で品性のかけらもない相談を楽しそうにした。それが、野盗達が民衆を襲う上で 相手への威嚇になると経験的に学んできたこと、目の前で屈強な男達に余裕たっぷりでこんな話をされたら、普通の人間は 恐怖で萎縮する。 けれど、今度の相手は野盗達のつまらない経験が通じるような相手ではなかった。 「失せろ」 「なっ……なに!?」 その女性は野盗達の会話などまるで耳に入っていないように、平然と『命令』した。 「失せろ……目障りだ」 そこには一片の恐怖もなく、野盗達の存在などまるで意に介していない…… いや、それどころか、ただ立っているだけなのに、この光景を見る者がいたとしたら野盗の姿が森の木々と同化して 見えるのではないかと思うほどに、絶対的なまでの存在感の差が彼女にはあった。 そうなると、元々自制心など無きに等しい野盗達は、雀の涙ほどのプライドを傷つけられたことに激昂し、次々に 獲物を二人に向かって振り上げた。 「やっちまえ!!」 「殺せ!!」 怒りに我を忘れて、野盗達は当初の目的さえ忘れていた。 少女はもうだめだと思って目をつぶる。しかし、黒い服の女はさっき少女に語りかけたときとまったく同じように。 「掴まっていろ」 彼女は少女を脇に抱えると、四方から斬りかかってくる野盗達を無視して、大地を蹴って跳躍した。 「なっ!?」 驚いたのは野盗達である。武器が宙を切ったときには、相手は地上5メイルほどの高さまで一瞬で飛び上がっていたのだ。 そして、重力に従って落ちてきたと思ったときには、彼らの視界は真っ黒に塗りつぶされた。 野盗達が獲物を振り上げるより早く、彼らの顔面に回転しながら降下してきた彼女のキックが4人にほぼ同時に命中!! 華奢な体つきからは想像もできないほどに重い蹴りに、野盗達は何が起こったのかもわからないうちに顔面を へこませて意識を飛ばされた。 残ったリーダー格の男は、あっという間に仲間が倒されたのを悪夢でも見ているかのように見ていたが、 彼女に「仲間を連れてさっさと失せろ」と言い捨てられて、奇声をあげて切りかかっていったが、首根っこを締め上げられて 悶絶させられたあげく、近場の木に投げ捨てられて無様に気を失った。 その間、わずか10秒足らず。 あっという間に5人の野盗を叩きのめし、彼らへの興味をなくした彼女は、抱えていた少女をゆっくりと地面に下ろした。 「大丈夫か?」 「……あ……はわわ」 しかし少女はあまりにも信じられない出来事と、高速で振り回されたことで完全に我を失っていた。 幸い目をつぶっていたせいで、野盗達の見苦しい姿は見ずにすんでいたが、追われていた恐怖から解放されたことも あって幼い心にはショックが強かったようだ。 すると彼女は少し困った顔をしたが、やがて思い出したようにポケットから何かを取り出すと、それを手のひらに乗せて 少女の目の前に差し出した。 「……?」 少女は一瞬なんだかわからなかったが、鼻孔に漂ってくる甘い香りをかぐと、混乱していた心がしだいに落ち着いていった。 それは、包み紙にくるまれた丸い一粒の飴玉、そのどこにでもありそうな一粒を、大事そうに、しかし惜しげもなく 差し出しながら、彼女は微笑を浮かべて言った。 「どうだ? 甘いぞ」 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔