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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第19話 遠い星から来たお父さん (中編) エフェクト宇宙人 ミラクル星人 緑色宇宙人 テロリスト星人 登場! ミラクル星人を見送り、アイを引き取り手の商家に送り届けたルイズ達は、ブルドンネ街西のホテルに宿泊していた。 彼女達のとった部屋は、その2階にあるベッドが4つある家族連れなどが利用するための、貴族用のレベルで いえば中の中の一室で、ルイズのプライドと予算を天秤にかけて、一番安く出たここに6人が泊まることになったのだ。 割り振りはルイズ、キュルケ、タバサがそれぞれベッドがひとつ、ロングビルとシエスタがベッドひとつに ふたりで入り、才人がいつもどおり床、ただしカーペットが敷いてあるのでわらの上よりは寝心地はいい。 ちなみに、男女が同じ部屋に泊まるという問題については、仮にシエスタかキュルケが才人を誘惑したと しても、残りの片方とルイズがそれを阻む。才人から手を出してくる可能性は限りなくゼロに近いということで 安全という結論が出た。 時刻は地球時間でいえば午後8時を過ぎて、夕食を済ませた一行は、寝巻きに着替える前に部屋で雑談に興じていた。 「はー、それにしても今日はいろいろあったわねえ」 ベッドに腰を下ろして、ルイズはため息といっしょにつぶやいた。 「そうですよねえ、ミス・ヴァリエールとミス・ツェルプストーがサイトさんを取り合って、商店街中駆け回ってましたから」 「そっちじゃないわ、まあ意識的に避けようとしてるのもわかるけどね」 おどけた様子で話すシエスタに、ルイズは今はやめておけというふうに言った。 「あ、そうですね。でも、あんな亜人が人間に混ざって街の中に住んでたと思うと、頭では悪い人じゃないと思っても、 やっぱり少し抵抗感があります」 少しうつむき加減でシエスタが言うと、キュルケもそれに同意するように言った。 「あたしもね。ついこの間人間に化けていた敵と戦ったばかりだから、いまいちバム星人とかぶっちゃってさ。 ねえダーリン、ほんとにあの亜人は悪い奴じゃないの?」 「ああ、俺のいた国でも、あの人の同族が昔やってきたことがあるそうだ。それにしても、こっちでも同じように 留学にやってきている人がいたとは驚いたな」 宇宙という概念がないハルケギニアの人のために、才人はルイズ以外には宇宙人を亜人、彼らがやってくるのは はるか東方の地ということにしてある。 しかしそれにしても、この世界に宇宙人はヤプールを介して異世界からやってくると思っていただけに、ヤプールと 関わり無くハルケギニアに宇宙人がいるとは思わなかった。おまけに、彼の話が本当だとすると、この世界にも 才人の世界と同じようにミラクル星があるということになる。だが、考えてみれば地球にも大昔から少しずつ 宇宙人がやってきていたというし、ウルトラマンの同族が何千年も前に現れていたという記録もあるそうだから、 ありえない話ではないだろう。 ウルトラマンダイナの例もある、ふたつの世界に同じような星が存在していても不思議はない。もしかしたら、 このはるかな星空のかなたに、ウルトラ兄弟のいない別の地球があるのかもしれない。 「なんだみんな、うかない顔して? 別に侵略者が現れたってわけじゃないだろ?」 なにか暗い雰囲気に、才人が不思議そうにそう言うと、ルイズが首を振って答えた。 「そうじゃないのよ。確かに、ミラクル星人はいい人だったかもしれないけど、あなたも先週の王宮での戦いは 覚えてるでしょ。人間に化けて王宮を破壊しようとしたよね。基礎知識のあるあなたはいいかも知れないけど、 わたしたちには見ただけじゃ、いい星人か悪い星人かなんて区別つかないからね」 それを聞いて才人ははっとした。確かに、もし目の前にいきなり見も知らぬ宇宙人が現れたら、警戒し、 恐れを抱いてしまうだろう。 すると、キュルケとロングビルも重苦しそうに言った。 「まあねえ、あたしも誰かれかまわず敵を作る趣味はないけど、わたしたちと同じ姿になった敵が中には いると思ったら、いやでも身構えちゃうからねえ」 「ミス・ツェルプストーの言うとおりね。ただでさえ、人間と亜人はそれぞれを蔑視して、それぞれ干渉しないように 住みわけてるんだから……それに、確かに一部にいい人はいるけど、エルフやオークとかほとんどの亜人は 人間と敵対してるし、人間に化けてくるやつには、吸血鬼みたいなひどいのもいる。ましてや、ヤプール みたいなのがいるご時世じゃねえ」 ふたりとも、理屈では共存の可能性を示唆しながらも、現実には亜人と人間は相容れないものだと 結論を出していた。 「わかったでしょ、人間と亜人は似てるけど別個の存在なのよ。平民と貴族はまだ同じ人間だけど、 まったく違った生き物といっしょに生きるなんて、しょせん無理、ミラクル星人だって、ずっと人間に 化けてたからハルケギニアにいれたんだから」 ルイズにそう断言され、才人はなんだか悲しくなってきた。 「本当にそうなのか、違う者同士が仲良くするのって、そんなに難しいことなのかよ」 才人のつぶやきには、悲しみと、静かではあるが怒りの感情が混ぜられていた。 ルイズは、そんな才人に、再びこの世の中の在りようというものを説いて聞かせようとしたが、彼女が 口を開くより先に、もうひとつの声がふたりに話しかけた。ただし、外からではなくふたりの内から。 (そんなことはない) (!? エース) それは、ふたりの心の中から、ウルトラマンAがふたりに向かって語りかけてきた声だった。 (この宇宙には、異なる星の者同士が手を取り合っているところがいくつもある。それに、私の兄から 聞いた話がある。かつて、ミラクル星人と同じく、孤児となってしまった少年を引き取り、共に生きていた 宇宙人がいたと) (えっ!? それは本当ですか) (本当だ。しかも、その少年は、彼が宇宙人であると知りながらも家族のように仲良く過ごしていた という。恐れず、語り合えば、たとえ姿形が違おうとも友にも、家族にもなれる。それに、才人君、 忘れてはいないか? 我々ウルトラマンもまた宇宙人だということを、君達地球人は、我らと40年もの 間、共に歩んできたのだよ) エースの言葉に、才人はふつふつと勇気が湧いてくるのを感じた。 (そうだ、そうだよ。俺達は、ずっとウルトラマンといっしょにやってきたじゃないか、地球人にできたことが ハルケギニアの人にできないわけはない!) 思い起こしてみれば、ほんの数年前にも、GUYSがファントン星人と友好を結んだり、エンペラ星人との 決戦のときには、多くの宇宙人がメビウスの危機に駆けつけてくれた。星を越えた友情は、決して荒唐無稽な ものではないのだ。 だが、そんな才人にルイズは苦しそうに言った。 (そういえば、あんたの国には貴族と平民の違いはないんだったね。けれど、ハルケギニアでは、人間だけ でも貴族と平民の中にもさらに細かく身分が分けられて、それらは絶対だとほとんどの人が信じてる。 ましてや今あたしたちが戦ってるのは、狡猾で卑劣なヤプール、友好的なふりをしてだまし討ちにしてくる ことだって充分に考えられるわ。そんなことになったらどうするの?) (それは……) 才人には答えられなかった。地球人ならば可能なことでも、ハルケギニア人には困難なこともある。 さらにルイズの言うとおり、ヤプールがそんな卑劣な手を使ってきたとしたら、人間は人間以外の人々を 全て敵だと見るようになるかもしれない。 だが、それに答えたのはエースだった。 (何度でも、信じてくれ) (え?) (例え相手が誰であろうと、信じて語り合おうと思う心を持ち続けてくれ。その思いが裏切られ、傷つけられても、 また手を差し伸べる優しさを失わないでくれ。たとえそれが、何百回繰り返されようと) (エース……) (人に裏切られるということは、大変な苦しみだ。だが、それで人を信じなくなるか、もう一度人を信じてみる のか、どちらが本当に勇気のある選択か、よく考えてみてほしい) エースはそう言うと、心の中へと帰っていった。 「ルイズ、ちょっとルイズ」 「……え?」 「え? じゃないわよ。どうしちゃったの、急にぼぉっとしちゃって」 不思議そうに自分の顔を見つめるキュルケの声に、ルイズは再び現実に戻った。 ルイズはしばらく考え込んでいたが、やがてキュルケに向かって真剣な顔で話しかけた。 「ねえキュルケ」 「なに?」 「もし、もしもよ。あんたがさ、悪い男にだまされてひどい目にあったとしたらさ、あんたはもう男を信用しなくなる? それとも、また信じてみる?」 キュルケは、唐突なルイズの質問に、しばらくぽかんとしていたが、腕組みをして豊満な胸をさらに 持ち上げるようなしぐさをすると、微笑しながら答えた。 「まず、わたしが男にだまされる、そこのところは訂正してもらいたいわね。けれど、わたしも人にだまされた 経験が無くはないわ、容姿に恵まれた者は、ねたまれるのが常だものね、ね」 そこまで言うと、キュルケはなぜかタバサのほうを向いて、軽くウィンクすると、タバサも軽くうなづいた。 「ま、それはいいとして、そうね。とりあえず、だました奴はただじゃおかないわね。けれど、ほかの人にも それを適用したりはしないわ。どうあれ、人は人だもの」 「それなら、ある亜人にだまされても、ほかの亜人は関係ないと思える?」 「難しい質問ね。自分とまったく違うタイプの人と接した場合、その人そのものがその人の属するグループの 特徴だと思い込んでしまうのが、人の心理というものだしね。けど、あなたの言いたいことはわかったわ。 わたしも、気をつけることにするわ……けど、あなたらしくもなく丸い考え方ね。彼の影響かしら? ん」 「な、なにを馬鹿なことを! わ、わたしがこんな奴の言うことに、ふらふら惑わされるわけないじゃない!」 顔を真っ赤にして言うルイズに、キュルケはわかったわかったと笑いながら言った。 シエスタとロングビルは、ふたりの会話を黙って聞いていたが、その内容にはそれぞれ思うところが あったようで、自分の胸に手を当てて、じっと考えていた。 そして、瞬く間に夜は更けて、夜更かしなトリスタニアの街もすやすやと眠りにつき、ルイズたちも そろそろベッドに入ろうかというころになった。 「そろそろ遅いわね……明日は朝一番で帰るわ、もう寝ましょうか?」 ロングビルに言われて、ルイズ達はそれぞれベッドに入った。普段着のままだが、ここの寝巻きは どうも質が悪かったので、誰も着替えようとしなかった。 そしてシエスタが窓を閉めようとしたとき、階下のロビーがなにやら騒がしいのに気づいた。 「なにかしら、こんな時間に?」 シエスタは不思議に思ったが、2階からではいまいちよくわからない。 すると才人は、もしかしてまたツルク星人のような奴がと思い、デルフリンガーを担いで立ち上がった。 「また街でなにかあったのかも、ちょっと見てくる」 「あっ、ダーリン、じゃあたしも行く」 「ちょ、どさくさまぎれでサイトをどっかに連れ出す魂胆じゃないでしょうね、あたしも行くわ」 「そ、そういうことでしたらわたしも行きますとも、ええどこまででも!」 才人としては、ちょっと見てくるだけのつもりだったのだが、またキュルケとルイズが張り合った せいで、ぞろぞろと、しかも何故かロングビルとタバサまでついてきて、もうさっさと様子を見て 寝ようと、うんざりした。 だが、ロビーに下りて騒ぎの原因を突き止めたとき、まぶたを覆っていた眠気も一気にどこかに 吹き飛んでしまった。 「お願いだから、お姉ちゃんたちに会わせて!!」 「だから、そんな人はここにはいませんと言っているでしょう。これ以上騒ぐなら、子供でも容赦しませんよ!」 「あの子、アイちゃんじゃないか!?」 驚いたことに、日暮れに送っていったはずのアイがボロボロの身なりでホテルのボーイと怒鳴りあっている。 ボーイは、あくまで紳士的に対応しようとしているようだが、汚い身なりの子供を相手にするのもそろそろ 限界にきているようだ。 「この、ここは貴族様もお泊りになるホテルだぞ。お前のような小汚いガキのくるところじゃない、さっさと出て行け!」 とうとう我慢の限界にきたボーイは、薄汚い本性をあらわにしてアイに平手を向けた。だが、それが振り下ろされる より早く、ルイズの声が鉄槌のようにボーイの耳朶を打った。 「待ちなさい!! その子はわたしの妹です。一切手を触れることは許しません!」 「!?」 「あっ! お姉ちゃん!」 ルイズ達の姿を見つけたアイは、泣きながら駆け寄ってきた。ボーイは石像のように固まってしまっている。 「えっ、いえ、しかしお客様……」 「なにか?」 ルイズに、豹のように冷たい視線を向けられて、ボーイは返す言葉を失った。だが、2流でもホテルのボーイ としてのプライドがあるのか、まだ食い下がろうとしたが、そこにキュルケが立ちふさがって、穏やかな声で言った。 「ミスター、あたくしの友人に身分は関係ありませんわ。非礼はおわびしますが、ここは寛大な心で見逃して いただけないでしょうか。お互いのためにも」 そして、ロングビルが無表情でボーイの手に銀貨を一枚握らせると、ようやく彼もこれ以上食い下がる愚を 悟ったらしく、一礼して去っていった。 「お姉ちゃん、うっうっ……」 アイはシエスタの胸に顔をうずめて泣いていた。よく見れば、彼女の身に着けているものは、まるで 雑巾のようなボロボロの衣服が一枚だけで、靴さえ履いていない。 やがてロングビルが上着をかけてやり、才人がくんできた水を飲むと、アイはやっと落ち着いた。 「いったい何があったの、ここはもう安全だから、ゆっくり言ってみて」 シエスタがアイの背中をなでてあげながら、優しく話しかけるとアイは思い出すのもおぞましい とばかりに、のどから吐き出すように自分になにがあったのかを話した。 それによると、彼女を引き取った商家というのは、ほかにも身寄りの無い子供を引き取って 育てたりと評判のいいところだが、その実、裏では子供を集めては奴隷として売りさばくという、 血も涙も無い奴隷商人だったのだ。 才人達も、自分達でアイをその商家に送っていっただけに、驚きを隠せなかった。特にロングビルは 顔を紅潮させ、わずかだが歯軋りをしていた。元盗賊として長いこと裏家業に生きてきただけに、 その正体を見破れなかったのが悔しかったようだ。ロングビルでさえ騙されたのだから、気のいい ミラクル星人にはなお見破れなかったのだろう。 地下牢に放り込まれそうになったところで、かろうじて隙を見て逃げ出してきたのだと彼女は言った。 「子供を売り物にするとは、とんでもねえ連中だ」 「まったくね、それでわたし達のところへ逃げてきたの、まあこの辺で貴族が泊まれる場所なんて そうはないからね。安心しなさい、弱い者を守るのが貴族の務め、そんな悪党にあんたを渡したりしないわ」 才人とルイズも怒りをあらわにして言った。 しかしアイはなおも興奮したままで、ルイズにつかみかかるようにして叫んだ。 「違うの、わたしはいいの、おじさんを、おじさんを助けて!!」 「おじさん……ミラクル星人か、あの人がどうしたんだ!?」 ただならぬ様子に、才人はアイの肩をつかんで尋ねた。するとアイは、あのビー玉を取り出して、 彼の前に差し出した。 「このビー玉、これだけはなんとか取り上げられずに守ったの、でも、あそこから逃げてきたあと、 怖くて、これをのぞいたら、そうしたら……」 才人はビー玉を取り上げると、ルイズと共に中をのぞきこんだ。 また、ビー玉の中が泡立ったかと思うと、再び映像がふたりの脳に投影されてきた。 場所はどこかの森の中、そこをミラクル星人が歩いていると、突然彼の前の暗がりから巨大な 半月刀を持ち、緑色の体に、大きく吊り上った目を持つ怪人が現れた。 「!? お前は」 「ぐふふ、ミラクル星人、お前の持つハルケギニアの調査資料を渡してもらおうか」 怪人は刀を振りかざして、下品に笑いながらそう言った。 (テロリスト星人だ!) 才人はそいつに見覚えがあった。地球で愛読していた怪獣図鑑のZATの欄にあった写真とうりふたつ、 【緑色宇宙人 テロリスト星人】、好物の天然ガスを求めて、あちこちの星を襲っては住民を殺戮し、 ガスを強奪していく宇宙の盗賊だ。 だがミラクル星人はひるむことなくテロリスト星人に言い放った。 「ヤプールの差し金か。断る、この資料を渡せば、お前達はこの美しい星を侵略するために使う だろう。断じて渡しはせん!」 「ふん、生意気な、喰らえ!!」 テロリスト星人は左手に仕込まれている機関銃、テロファイヤーをミラクル星人に向けると、 ためらいもなく銃弾をミラクル星人にあびせた。 「ぐわっ!!」 それは致命傷ではなかったが、ミラクル星人は撃たれた肩を押さえて苦しんだ。 そして、彼は踵を返すと、道を外れて森の奥へと駆け込んでいった。テロリスト星人はあざ笑いながら 自分も森の奥へと入っていく。 「ふははは、逃げろ逃げろ、簡単に捕まっては面白くないぞ、せいぜい楽しんでなぶり殺してやる」 そこで再び視界が泡立ち、映像が終わった。 「テロリスト星人め!」 才人はビー玉を握り締めて、ギリギリと音が鳴るほど強く歯軋りをした。 「そうか、このことを伝えるために、必死にここまで来てくれたのか、本当に不安で、苦しかっただろうに」 アイの手のひらの上にビー玉を握らせてやると、アイは涙をいっぱいに浮かべながらルイズ達に すがりついた。 「お願い! お姉ちゃんたち、貴族なんでしょ、魔法使えるんでしょ、お願い、おじさんを助けて!」 けれど、突然のことにキュルケやロングビルは、まだ信じられないというふうに立ち尽くしている。 だが、才人はすぐにルイズに向き直ると。 「ルイズ、さっきの場所はどこだ!?」 すでに才人の心は、ミラクル星人を助けに行くと決まっていた。しかしトリステインの土地勘が無い 才人には、あれがどこの森だったのかはわからない。 「ちょっと待って…………まてよ、あの道にあった立て札は……そうだ、ラグドリアン湖への一本道、 ここから6リーグほどの場所よ」 ルイズはそう断言した。 「わかった、ちょっと馬借りるぞ、朝までには戻る」 才人はそう言って出て行こうとしたが、その前にルイズが立ちふさがった。 「ちょっと待ちなさい。あんた、こないだ次はわたしもいっしょに連れて行くって言ったのをもう忘れたの?」 「え、もしかしてお前」 「当然でしょ。彼は命を賭けてハルケギニアを守ろうとしてくれている。そこに住んでいるわたし達が 助けなくて、どの面下げて貴族と名乗れるの?」 「ルイズ、お前ってやつは……」 いつも他人のことなど知ったことかといった態度をとるルイズの思いもよらぬ言葉に、才人は感極まって しまった。 すると、それまで成り行きを見守っていたタバサが。 「馬じゃそこまでは時間がかかりすぎる。わたしのシルフィードに乗っていくといい」 「タバサ、お前も手伝ってくれるのか!? てか、こんな話を信じてくれるのか?」 「子供が親のことでうそはつかない……」 タバサがそう言うと、泣いていたアイの顔から悲しみが消えた。 そして、それまで行動を決めかねていたキュルケとロングビルも才人の前に出て。 「タバサがそう言うなら、わたしも手伝わないわけにはいかないわね」 「秘書とはいえ、学院にいる者として、生徒だけに危ない橋を渡らせるわけにはいかないわね」 「ありがとう、ありがとうお姉ちゃんたち」 すでにアイの目から涙は消え、満面の笑みだけがそこに浮かんでいた。 「よし、そうと決まれば善は急げだ。タバサ、頼む」 ホテルから出て、タバサが口笛を吹くと、1分もせずに月を背にしてシルフィードが降りてきた。 ただ、シルフィードにとってもおねむの時間だったらしく、はれぼったい目をしていたが、あくびを しそうになったところでタバサが杖で頭をこずいて目を覚まさせた。 「乗って」 まずタバサが乗り込み、続いて才人、ルイズ、キュルケ、最後にロングビルがアイを抱いて 飛び乗った。 「あの、わたしはどうすれば」 戦う力は無いために残されたシエスタが、才人達を見上げて聞いた。 「シエスタ、君は衛士隊の詰め所に奴隷商人達のことを訴え出てくれ。人間を商品にするなんて、 絶対に許しておけねえ」 拳を握り締めて言う才人に、シエスタもそうですねと強くうなづいた。だが、ロングビルが 難しい顔でそれを止めた。 「待って、これだけのことを誰にも気づかれずにやり続けていられたのは、いくら偽装が 巧妙だったからといっておかしいわ。衛士隊にも裏金を回して口止めがされている恐れが あるわ」 「そんな、女王陛下の衛士隊が」 シエスタは、まさかと思ったが。 「別に衛士全員を買収する必要はないわ、命令を出す隊長、もしくはここら一帯を警備する 数人を篭絡すればことが済むことよ。アイちゃんみたいな脱走者がこれまで出なかったとは 考えにくいから、おそらく前者ね。訴えに行ったら、逆に捕まりかねないわよ」 裏社会で生きてきたロングビルの言葉には説得力があった。しかし、だからといって悪党共を のさばらせていいはずはない。才人は少し考え込むと、再びシエスタに言った。 「よし、じゃあ王宮に行って、銃士隊の隊長のアニエスという人に協力を頼んでくれ。 ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールのヒラガ・サイトの紹介だと言えば、きっと力を貸してくれるはずだ」 「えっ、じ、銃士隊って、このあいだ大殊勲を立てたところじゃないですか! その隊長さんと 知り合いって、サイトさんいったい……?」 「あ、まあいろいろあってな。ともかく時間がない、頼んだよ」 「わかりました。サイトさんのお頼みですから、まかせてください。では、お気をつけて」 シエスタが駆け出すのと同時に、シルフィードは宙へ飛び上がった。 たちまち、うっすらと明かりの残るトリスタニアの街が眼下で小さくなっていく。南西の ラグドリアン湖方面へ向かって、シルフィードは全速で羽ばたいた。 「うわっ!? は、速え!」 風竜シルフィードの全力飛行は、才人の想像を超えていた。家々があっという間に後ろに 流れていく、まだ幼生体だというが、馬なんかとは比較にならない。 「頼むから、間に合ってくれよ」 しかしそのころ、もはやミラクル星人の命運は今まさに尽きようとしていた。 「ぐ、うう……」 ミラクル星人は、森の中の小川を川原づたいに必死に逃げ延びていた。 すでにテロファイヤーを何発も体に受け、もう森の中を走り回る力は残されていない。 だが、なんとかこの先の川原の地下に眠らせてある宇宙船の元までたどり着こうと、 足を引きずりながら、あきらめずに歩いていた。 対してテロリスト星人は、まるでネズミをいたぶる猫のように、ひと思いにミラクル星人を 仕留めようとはせず、その後ろから森の中を邪魔な木々を右手に持った半月刀、テロリストソードで 切り倒しながら悠々と追ってきていた。 「がっはっはっはっ、そらそら、早く逃げないと撃っちまうぞ。命が惜しければ、さっさと 調査資料を渡すんだな」 「……断る」 だが、これだけ追い詰められてもミラクル星人の心は折れていなかった。 「ちっ、強情な奴よ。どうせこの星では貴様を助ける者なんて誰もいやいないんだ。 とっととあきらめやがれ」 暴力こそ至上の喜びとするテロリスト星人は、ミラクル星人の絶望と命乞いの言葉を 聞こうと、わざと急所を狙わずにいたぶり続けてきたが、体中傷だらけになってもなお あきらめようとしないミラクル星人に、そろそろ我慢ならなくなってきていた。 そして、これ以上なぶっても無駄だとわかると、テロリスト星人はジャンプして ミラクル星人の頭上を飛び越え、川原の前で道をふさいでしまった。 「さあ、これで逃げ道はないぞ。これが最後だ、調査資料をよこせ!」 「断る」 「ぬぅぅ、戦う力もないくせに生意気な、死ねぃ!!」 とうとう怒ったテロリスト星人は、怒りのままに袈裟懸けにミラクル星人にテロリストソードを 振り下ろした。 「ぐわぁっ!!」 左肩を切り裂かれたミラクル星人は、ひとたまりもなく川原の砂利の上に倒れこんだ。 いままでのなぶるための攻撃ではなく、本気で殺しにきている。 「馬鹿な奴め、どうせこうなることは分かっていただろうに、調査資料はもらっていくぞ。 ヤプールは人間のマイナス感情につけこむのが得意だからな、お前の資料でこの星の 人間共の生態が知れれば、侵略のスピードはぐんと増すだろう。俺様はこの星の 手つかずのガスでもいただきながら、ゆっくり見物させてもらうわ。貴様は地獄で 精々歯軋りするがいい、ふははは」 高笑いしながらテロリスト星人は、倒れているミラクル星人に向かって剣を振り上げた。 だが、そのとき!! 「待てぇぇ!!」 「!?」 突然真上から聞こえてきた声に、とっさに空を見上げたテロリスト星人の目に、月を背にして 急降下してくる何かが映り、本能的にテロリスト星人はその場を飛びのいた。 次の瞬間、テロリスト星人のいた場所を銀色の一閃が通り過ぎていき、ミラクル星人の 足元に、何かが着地した。 「間に合ってよかった」 「き、君達は……」 先頭をきってシルフィードから飛び降りてきた才人に続いて、降下してきたシルフィードから ルイズ達が次々に降り立って、傷ついたミラクル星人を守るように陣をしく。そして最後に ロングビルがアイを抱いて飛び降りると、アイは泣きながらミラクル星人に抱きついた。 「おじさん! おじさん!」 「アイちゃん……そうか、君が皆さんを連れてきてくれたのか」 ミラクル星人は、苦しい息のなかで、アイの頭をなでてやった。 その姿は、本当の親子のよう、いや、ふたりの心はすでに親子以上の絆で結ばれているのだろう。 ロングビルは、懐から包帯と傷薬を取り出し、慣れた手つきでミラクル星人の傷を 治療していった。怪盗時代から手傷を負ったときのための備えだったのだが、こんな形で 役に立つことになろうとは。 それを見届けると、才人は改めてテロリスト星人に剣を向けた。 「ここまでだテロリスト星人、もうお前の思い通りにゃさせねえぞ」 「ぬぅぅ、なぜこの星の人間が味方をする?」 「そんなことはどうでもいい。お前もヤプールの手先だな」 「ふん、手先とは言ってくれるな。俺様はそいつの持つ調査資料を奪うためにヤプールに 雇われただけよ。その代わりに、俺様はこの星に手付かずで眠っている大量のガスを いただくのさ。ひ弱な人間どもめ、邪魔するというなら貴様らもまとめて皆殺しだ!」 「やれるものなら、やってみろ!!」 瞬間、才人はテロリスト星人に斬りかかった。 激しい金属音と火花を散らせてデルフリンガーとテロリストソードがぶつかり合う。 「わたし達も、やるわよ!」 才人がテロリスト星人と打ち合っている間に、キュルケ達も呪文の詠唱にかかる。 自分の欲望のためだけに弱者を虐げ、親子の絆を断ち切りかけて恥じない残忍な やり口に、彼女達の怒りも頂点に達していた。 「でやぁぁっ!!」 「ぐっ、人間風情が!」 激しい打ち合いが両者の間で続く、攻めているのはテロリスト星人だが、才人は その斬撃を全て受け止め、なおかつ押し返すほどの勢いを見せていた。 「はーははっ、おでれーたな相棒、いつの間にこんなに腕上げやがった!?」 デルフリンガーも、決して遅いとは言えないテロリスト星人の攻撃をすべて的確に 跳ね返す才人に、例のおでれーたを口走る。 「ツルク星人の二段攻撃に比べればたいしたことはないぜ。人間をなめるなよ、テロリスト星人!」 そう、あのツルク星人との死闘、アニエスとの猛特訓が才人の腕を格段に引き上げていた。 今の彼の技量は、単にガンダールヴの力で底上げされていた一週間前とは違う。全体的に 見ればまだまだ穴だらけだが、敵の攻撃を見切ることに関してだけは、すでに達人の域に入っていた。 「おのれこしゃくな、だが受けてばかりでは勝てんぞ!!」 苦し紛れに攻勢を強化するテロリスト星人、確かに、才人が受けてきた訓練は受け止めること までで、反撃にはいたっていない。 しかし、才人は最初から自分だけで勝とうとは考えていなかった。 テロリスト星人の打ち下ろしてきた斬撃を、下段からはじき返すと、彼はガンダールヴで 強化された脚力を使い、全力で後ろに飛びのいた。 「今だ!!」 「なに!?」 才人が叫んだ瞬間、テロリスト星人は自分を三方から囲んでいる魔法の光を見たが、 そのときにはすでに手遅れだった。 『ファイヤーボール!!』 『フレイム・ボール』 『ウェンディ・アイシクル!』 棒立ちのテロリスト星人に3人の魔法の集中攻撃が飛ぶ。ルイズのファイヤーボールだけは、 やはり失敗して爆発になったが、この場合とりあえず破壊力さえあれば呪文の成否はどうでもいい。 高熱火炎、音速に近い速度で飛ぶ鋭利な氷の弾丸、とどめに巨大な爆発がテロリスト星人を包み込んだ。 才人は、ツルク星人との三段攻撃でアニエスの突破口を開いたときのように、最初から威力の 高い魔法攻撃でとどめを刺せるよう、呪文詠唱の時間稼ぎをしていたのだった。 「やったか?」 爆炎に隠れて、テロリスト星人の姿は見えなくなっていた。人間ならば骨も残さず吹き飛んで いるような攻撃だったが、相手が宇宙人ならその限りではない。 「おのれ、おのれおのれぇ! 許さんぞ、人間共!!」 怒鳴るようなテロリスト星人の声が聞こえたかと思った瞬間、煙の中が一瞬光り、 とっさに才人達はその場から飛びのいた。 そして次の瞬間、煙を吹き飛ばして現れたテロリスト星人の姿がみるみるうちに巨大化していき、 あっという間に身長50メイルを越す巨体となった。 「ぐはは、踏み潰してくれるわ!」 巨大化したテロリスト星人は怒りに任せて所かまわず足を振り下ろす。 「ちょ、こんなの反則じゃない!」 「……いったん退却」 キュルケとタバサはこうなっては勝ち目がないと、森の木々の合間を利用して逃げに入った。 「敵に背を向けないのが貴族、とかいわねえよな?」 「言いたいけど、あんたは言わせたくないんでしょ。まあこんなのフェアじゃないしね。逃げるわよ!」 才人とルイズも降ってくる巨大な足から逃げ回る。 だが、そのときテロリスト星人の目に、ロングビルとアイ、それにミラクル星人を乗せて飛び立とうと しているシルフィードの姿が映った。 「おのれ逃がすか!! 資料をよこせ!」 振りかぶられたテロリストソードが一気にシルフィードに向かって振り下ろされる。 シルフィードもそれに気づいたが、もう避けきれない。 「そうはさせるか!」 才人は思い切りデルフリンガーをテロリスト星人の手に向かって投げつけた。 「!?」 デルフリンガーは星人の手の甲に突き刺さった。それはテロリスト星人にとって痛覚を伴う ものではなかったが、神経は反射行動を起こして剣線がわずかにずれ、テロリストソードは シルフィードの翼の先端をかすめ、地面に深く食い込んだ。 「ぬぅぅっ!! 逃がすか!!」 高く飛び上がるシルフィードに向かって、テロリスト星人は左手のテロファイヤーを向ける。 そのとき、迷わず才人とルイズはその手のリングを重ねた。 「「ウルトラ・ターッチ!!」」 闇夜を割いて、輝く光が天に駆け上る。 シルフィードに向けて放たれたテロファイヤーの間に割り込んだ閃光が、その全弾を叩き落し、 雄雄しき姿となって現れた。 「デヤァ!!」 双月を背に、ウルトラ兄弟5番目の弟が光臨した!! 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第85話 蒼月の激闘 高次元捕食体 ボガールモンス 宇宙大怪獣 ベムスター ウルトラマンジャスティス 登場 月にはウサギがいて餅をついていると、昔の日本の人々は夜空にロマンを追い、 近代になって月が岩と砂ばかりの荒涼たる世界であると知っても、その強い 思念は、多少はた迷惑な怪獣を生み出すほどに、宇宙の銀世界にひときわ美しく 輝く地球の兄弟星に思いを寄せてきた。 そうした人間の思いは、時空を超えたハルケギニアの人間にも同じように 宿っており、彼らから見れば夜空に美しく映える青と赤の月は、むしろ余計な 科学的知識がない分、見上げた人々はそこに神秘と敬意を抱き、はるか天上の 神の世界に思いをはせていった。 だが、いまや美と神秘の象徴であった月は、宇宙正義と宇宙悪とが雌雄を 決する血みどろの死闘場と化そうとしていた。 「ヘヤッ!」 右腕を引き、左拳を前に突き出すファイティングポーズをとって油断なく構える ウルトラマンジャスティスの目の前には、二匹の大怪獣が立ちはだかって 隙を狙っていた。 一匹は、高次元捕食体ボガールの進化体ボガールモンス、ヤプールによって 再生され、ハルケギニアを餌場として着々と力をつけてきたボガールは、 捕食活動を妨害し続けるジャスティスを倒すために第二形態に進化して挑んだが、 ジャスティスの実力はその想像をはるかに超えており、宇宙のかなたから 新たな怪獣を呼び寄せた。そのもう一体の異形の鳥形怪獣こそ、かつて ウルトラ兄弟を数度にわたって苦しめ続けた、宇宙大怪獣ベムスターだ。 「シュワッ!」 しかし、相手が何であろうと先手必勝を旨とするジャスティスは、見たことのない 相手であろうと、反撃をさせずに倒してしまえばよいと、ベムスターへ向かって 高速移動で距離をつめて先制攻撃のパンチを繰り出した。 「ゼワッ!」 掛け声とともにベムスターの左肩付近に命中したパンチが火花を上げる。 それでも、かつてMATの大型ミサイル攻撃にもまったくダメージを負わなかった ベムスターの堅固な皮膚は、ジャスティスの一撃をも衝撃を緩和して受け取め、 反撃として鋭い一本爪のついた腕を振り下ろしてきた。 (防御力、パワーともにかなりのものだ。だが、恐れるほどではない) 打撃を受け止めたジャスティスは、冷静にベムスターの力量を分析していき、 今のところは、これまでに戦った敵をしのぐほどではないと判断して、警戒は 続けながら打撃戦を続けていく。 「ヘヤアッ!」 ボディに連続でパンチを打ち込み、かと思えば足払いを食らわせて月面上に 転がして、背中から抱えて投げ飛ばす。その隙をついてボガールモンスが 破壊光線を撃ってきても見切って回避し、反撃に放った光弾が奴の翼の 一部を抉り取って爆発する。 もちろん、二体の怪獣は怒りに燃えて反撃するが、ジャスティスは正面から力で ねじ伏せる。ウルトラ戦士にも戦うスタイルがあり、ウルトラマンのような 万能タイプをはじめとして、セブンのようなテクニカルファイター、タロウのような パワーファイターと様々だが、ジャスティスはまぎれもなく重量級の戦いを 得意とするヘビー級のストロングファイターであった。 「デヤアッ!」 渾身の力を込めたダブルパンチが六万一千トンのベムスターの体を、木の葉の ように軽々と吹き飛ばす。 「デリャァッ!」 間髪いれずにボガールモンスにも反撃や逃げる隙も与えずに、急速に間合いを 詰めてジャスティススマッシュの至近距離からの連射で痛めつけて、ふらついた ところで強烈な回し蹴りをくわえてなぎ倒した。 この、あまりにも一方的な展開をもしジャックやメビウスが見ていたら、その強さに 唖然としていただろう。それほどに異世界の存在であるジャスティスは、 戦闘能力にかけてとぴ抜けていた。 青い星と赤い月を背にして悠然と立ち、ジャスティスは一見ダンスを踊るように ふらふらと起き上がってくるボガールモンスを見据えると、両腕を上げて躊躇なく 必殺光線のエネルギー充填の体勢に入った。 「アレハ……」 ボガールモンスは、一度食らって九死に一生を得た破壊光線の威力を思い出して 戦慄した。あのときは、かろうじて脱皮に成功して離脱できたが、まともに直撃 されていたらひとたまりもなかったであろう。それは進化体となった今でも そうは変わらないが、だからこそ奴はこの怪獣を呼び寄せたのだ。 空間移動する隙を与えまいと睨みつけるジャスティスの前で、ボガールモンスは 同じようにふらついているベムスターの後ろに隠れるように回りこんだ。 (ぬ? 手下を盾にするつもりか) 別に珍しいことではない。追い詰められて仲間を見捨てたり、身代わりにしようとする 宇宙人や怪獣などは人間に限らずごまんといる。そんな共通の醜悪な心根を持つ 破壊者たちをジャスティスは全宇宙で見てきており、だからこそ容赦などする気は 毛頭なく、丸ごと吹き飛ばすべく全力で一撃を放った! 『ビクトリューム光線!』 サボテンダーやレッサーボガールを欠片も残さず粉砕した金色のエネルギー流が 一直線にベムスターに向かう。だが、ベムスターがなぜ宇宙大怪獣と呼ばれるのか、 そのゆえんをまだジャスティスは知らなかった。 奴は、真正面からくるビクトリューム光線に対して避けるどころか、五角形が 連なった模様をした腹を突き出すと、その中央部に開いた口に、エネルギー流を まるで換気扇に吸い込まれていく煙のように軌道を変えて飲み込んでしまったのだ。 (なにっ!?) 光線を避けたりバリアで跳ね返すならともかく、吸収してしまったことには ジャスティスも驚いた。だがこれこそがベムスター最大の特徴であり、歴代の ウルトラ戦士や防衛チームに恐れられた理由なのだ。 ベムスターは頭についている特殊合金をも食いちぎる口のほかにも、腹に ついている五角形の吸引アトラクタースパウトという口からあらゆる物体や、 エネルギーさえも吸い取り、体内にあるベムストマックと呼ばれる強力な胃袋で 瞬時に消化して自らのエネルギーに転換してしまう機能を持っており、 この吸収能力のすさまじさは、ジャックのスペシウム光線やメビウスの メビュームシュートさえも飲み込んでしまったことから証明されている。 そして、それはすなわち光線技が戦いの決め手であるウルトラ戦士にとって、 まさに天敵ともいえるほどの封じ手になり、今ビクトリューム光線を吸収した ベムスターは、そのエネルギーを変換することによって宇宙空間を長期間 飛んできて消耗した分を補給し、元気いっぱいとなってジャスティスに 反撃を開始した! 「ヌウォッ!」 口ばしを突きたてながら突進してきたベムスターを受け止めきれずに、 月面にこすった足跡をつけながらジャスティスは後退した。しかも、ベムスターは これまでの恨みを晴らすかのように、防御のあいだをかいくぐって打撃を いれてきて、たまらず距離をとろうとすると奴の頭部に生えている一本角からの 破壊光線、『ベムスタービーム』がジャスティスを吹き飛ばした。 (……やってくれる) ダメージを受けながらも、ジャスティスは冷静さを失わずに立ち上がり、 目の前の怪獣を見据えた。まさか、ビクトリューム光線を吸収してしまうとは 思わなかった上に、そのエネルギーが付加された奴のパワーは先程より 跳ね上がっている。 (こんな怪獣がいたとは……!) ベムスターは爪を振り上げて、ジャスティスが与えたダメージがなかった かのように威嚇のポーズをとってくる。最初に見たときに感じた、この怪獣の 自信の理由はこれだったのかとジャスティスは理解した。おそらくは光線だけ ではなく、火炎や冷凍ガス、カッター光線などの、通常は決め手とされる武器は ことごとく吸収できるのだろう。これならば、どんな怪獣や宇宙人が相手でも、 最初からきわめて有利に戦える。 その証拠に、ベムスターの種族は地球をはじめ、宇宙のあちこちに 度々出現して、その最初の一匹がウルトラマンジャックと戦ったのを皮切りに、 その後ウルトラマンタロウ、メビウス、ヒカリとも同種族が戦っているが、 どれも人間の援護やほかのウルトラマンの助力を得てようやく勝てていて、 ウルトラマンが単独で勝利できた例は、ナックル星人が再生させて、 初代とまったく同じシチュエーションでジャックにぶつけた一体を例外として、 実はただの一回も存在しないのである。なにせ、こちらの武器も必殺技も、 なにもかも吸収してエネルギーにしてしまうために手の出しようがないのだ。 必殺光線を連射し、エネルギーを消耗したジャスティスに対して、エネルギーを 吸収したベムスターは元気を増してジャスティスに襲い掛かる。 「ヌワッ、ヌォォッ!」 鋼鉄をも噛み砕くベムスターの口ばしがジャスティスをつつき、隙を見て 鋭い爪がわき腹や腰を刺し貫こうと狙ってくる。 また、当たり前のことだがボガールモンスも見物に徹しているわけはなかった。 雷型の破壊光線がベムスタービームと共同でジャスティスに炸裂し、 たまらずによろめいたところで、ベムスターと挟み撃ちにする形で太い腕を 振りかざして接近戦を挑んでくる。 「ヌグゥゥッ!」 万全の状態ならばこの二体を相手でもジャスティスは問題なく戦えただろうが、 ビクトリューム光線二発の消耗は少なくはなかった。そしてとうとう、これまでの ハルケギニアでの戦いでは、一度も点滅することのなかったカラータイマーが 赤く鳴り始めてしまった。 「ソロソロアブナイヨウダナ?」 赤く輝くカラータイマーの点滅が、ウルトラマンの命の灯であることは地球人に 限らず多くの宇宙人に知られており、ジャスティスのエネルギーが残りわずか だということをそれで知ったボガールモンスは恨みを込めてほくそえんで、 さらに嬉々としてジャスティスを痛めつける。 「……」 だが、それとてもジャスティスの闘志を折ることはできていなかった。二大怪獣の 猛攻にさらされながらも、じっとその攻撃を耐え、受け流しつつ、エネルギーの 消耗を抑えながら逆転のチャンスを狙い続けていた。 むろん、ウルトラマンといえども痛みも苦しみも人間同様に存在するので、 その、強靭な精神力は、「さすが」の一言では到底言い表せないほどだったが、 二匹の怪獣は水に落ちた犬に石をぶつけて遊ぶ残忍な子供のように、 一方的にジャスティスをなぶることに狂奔し、はさみ打って抵抗ができないように しながら、爪で、牙で、角で、さらに光線を撃ちまくる。煮え湯を飲まされ続けた 憎しみと、本来持っていた残忍性、そしてもう一つの目的を達せられそうだという 興奮が、ボガールモンスを駆り立てていた。 「オマエ、ワタシノゴチソウニナレ」 ボガールモンスの背中についている翼状の器官が巨大化し、食肉植物の葉の ように大きく広がる。そのグロテスクな姿には、それがなんであるかを知らなくても、 少しでも想像力を持つものであれば、その目的と用途を戦慄と共に悟っただろう。 ボガールの目的は、その始まりから帰結にいたるまで食事をすること以外にはない。 その対象は怪獣にとどまらず、生物であるのなら一切の差別なく食いつくし、 はてはウルトラマンとてその例外ではない。 (私を食う気か……) 以前の戦いでウルトラマンAを捕食しかけた奴の捕食器官も、本体と同じく進化を 遂げて巨大化し、いまやウルトラマンすら簡単に飲み込んでしまえるくらいに 開いて、背中からジャスティスを食い殺そうと迫った。 「オマエ、ウマソウ、ズットタベタカッタ」 鞭のように自在に動く尻尾でジャスティスの体を捕獲し、捕食器官で覆いつくす ようにボガールモンスは迫った。かつて地球に出現したときはメビウスに目をつけて、 ツインテールを囮に使ってまでおびき出し、その後も執念深く狙い続けてついに 果たせなかっただけに、捕食対象としてのウルトラマンにはまだ強い執着を持っていた。 これでジャスティスを食えば、奴は次にベムスターをも捕食しにかかり、あとは ハルケギニアはおろか、あらゆる星々の生命という生命を滅ぼしにかかるだろう。 まさに、宇宙の全てを食い尽くすまで収まらない食欲の権化。 そしてついに、ジャスティスの体が引きずり込まれるようにして捕食器官に 挟み込まれてしまうと、ボガールモンスは勝利と食事にありつける喜びに、 歓喜の叫びをあげた。だが、奴は食欲に忠実なあまりに、自らの敵が何者であるかを 破壊の快楽の向こうに忘れ去ってしまっていた。 「ヌゥン! デヤァァッ!!」 突然、収縮しかけたボガールモンスの捕食器官が膨れ上がったかと思うと、 水素ガスを詰め込んだ気球に火がついたかのように、猛烈という言葉すら 生ぬるい大爆発をあげて吹き飛んだ! それは、その瞬間をハルケギニアから見上げたならば、一瞬月が光ったように 見えたであろうほどの火炎を吹き上げ、その火炎の中心部から炎をまとって 現れた戦士の姿を見たとき、背中を丸ごと粉砕されてもだえるボガールモンスは、 狩る者と、狩られる者の立場が逆転したことを知った。 月面を力強く踏みしめ、何人にも屈しない絶対正義の使徒は今、その胸を 覆うプロテクターを通常の銀色から、邪悪を焼き尽くす太陽の光のような まばゆい金色に輝かせた、新たな形態にチェンジしていたのだ。 『ウルトラマンジャスティス・クラッシャーモード』 それは、ジャスティスが基本形態のスタンダードモードから、本気での戦いを 決意したときにのみ見せる最強の戦闘形態。この二大怪獣を宇宙に逃せば、 また数え切れないほどの命が犠牲になる。それを防ぐために、通常は封印し、 宇宙を荒らしまわった異形生命体サンドロスとの戦いのときでさえ使わなかった、 この力を解き放ったのだ。 「ハアッ!」 二匹の怪獣を見据え、両腕を左右に大きく開いたジャスティスの腕の先から 光が漏れて、一瞬ジャスティスが光の十字架となったかのように思えると、 さらに両腕を下回りにゆっくりと回していくにつれ、金色に輝くエネルギーが 頭上に光の玉となって収束し始めた。 「コレハ……!?」 本能的にボガールモンスは、これがビクトリューム光線さえはるかにしのぐ ほどの超エネルギーを秘めた一撃の前兆だと予知して戦慄した。そして、 再びベムスターを盾にしようとその背後に身を隠し、ベムスターはさらなる エサを得れる興奮から、捕食者がすぐそばにいることも知らずに、腹の口を 開いて待ち構える。これでは、むざむざとエネルギーを食われるだけだが ジャスティスはそんなものは見えていないといわんばかりに、エネルギーの 集中をやめない。 「シュワッ……」 膨大なエネルギーがジャスティスの頭上で、まるで真夏の太陽のように 赤々と燃え上がりながら収束し、解放のときを待っている。 ここは、一人のウルトラマンと、二匹の怪獣のほかは生命の兆しも見えない 荒涼たる月の世界、誰一人見守る者もなく、見届ける何者もない世界で、 ジャスティスはその身に背負う使命を果たすべく、収束した全エネルギーを 腕を振り下ろすと同時に、煮えたぎる太陽のプロミネンスのような光線に 変えて解き放った! 『ダグリューム光線!!』 光の竜のような光芒は狙いたがわずに立ちはだかるベムスターの腹の口に 命中して、吸引アトラクタースパウトに吸い込まれていく。 「グフフ……バカメ」 同じ失敗を二度するとはと、ボガールモンスはせせら笑った。ベムスターは 注ぎ込まれ続けるエネルギーを着々と吸い込み続けて、歓喜の叫びを 高らかにあげている。 しかし、ジャスティスはカラータイマーの点滅が上がっていってもダグリューム光線を 発射する手を止めない。それは、正義は悪に対しては絶対に背を向けてはならないからだ! 「ヌォォォォォッ!」 全身の力を込めたダグリューム光線がなおもベムスターに注ぎ込まれ続けると、 やがてベムスターの体に変化が現れ始めた。その体にわずかな亀裂が生じて 木漏れ日のように光が漏れ出したかと思うと、それは一筋、二筋とベムスターの 全身に広がっていき、その後ろに隠れていたボガールモンスをも明るく照らし始めたのだ。 「コ、コレハッ!?」 ベムスターを倒す方法は大きく分けて三つある。一つは吸収されることのない 物理的な攻撃で攻めることで、ウルトラマンジャックがウルトラセブンから与えられた 新兵器・ウルトラブレスレットの光の剣、ウルトラスパークで切り裂いたことが これに当たる。 二つ目は、吸収する隙を与えずに一気に大威力の攻撃を叩き込むことで、 GUYSが粘着弾で腹の口を封じようとした作戦や、ウルトラマンヒカリが ホットロードシュートで倒したときがそれだ。 そして最後の一つは、ZATがウルトラマンタロウをも倒したベムスターを 完全撃破したエネルギー爆弾作戦のときのように、吸収しきれないような エネルギーを叩き込んで内部から吹き飛ばすことだ! 「ヌォォッッッ!!」 さらに力を増したダグリューム光線が吸引アトラクタースパウトに吸い込まれたとき、 とうとうベムストマックの許容量をも超えたエネルギーは、さしずめ凝縮された ウラニウムが臨界点を超えたときのように、白光となってすべてを覆い尽くした。 「…………」 ベムスターが溜め込んだジャスティスのエネルギーと、ボガールモンスが 溜め込んできた怪獣たちの膨大なエネルギーは一つとなり、無音の世界を 光速で駆け巡ると、月面の1/3を、この星が悠久の時の中で刻んできた 無数のクレーターを、形も残さないほどの大爆発となった。 二大怪獣も、ジャスティスも炎は厚くて姿は見えない。この大爆発のことは、 ハルケギニアでも肉眼ではっきりと確認できており、翌日の日食のこととも 合わせて、神が見せた奇跡の前兆ではないかと、しばらく人々の口を騒がせる ことになる。しかし、月の地形をも変えてしまうほどの爆発の中で、ジャスティスは 二大怪獣といっしょに吹き飛んでしまったのだろうか? 月は猛火に包まれて、その火炎の中にはまったく生命のきざしは見えない。 けれど、今は青い月が赤い光で照らすハルケギニアの、どことも知れない森の 一角に、亜空間から光粒子が漏れ出したのに続いて、ジュリが次元の穴から ワープアウトしてきた。 「はあ、はぁ……どうやら、成功したようだな」 地面の上に降り立ったジュリは、呼吸を整えると、一本の大きな木の根元に 疲れきった体を横たえた。 あの、二大怪獣が大爆発したタイミングで、火炎はジャスティスが飛んで逃げても 逃げ切れないほどの勢いで広がっていたが、間一髪のところで、彼女は残った エネルギーを使って、ハルケギニアまで瞬間移動することに成功したのだ。 ただし、そのために消耗したエネルギーは大きく、ジャスティスはウルトラマンの 姿を保っていることさえ不可能になり、ワープアウトした時点でジュリの姿に戻り、 さらにワープした地点もアルビオンからは大きくずれて、トリステインかゲルマニアか、 ガリアかすらわからなかった。 「少し、無理をしすぎたか……ここまで消耗するとは」 強大な力には、それに見合った代償が必要になる。ジャスティスにとってもそれは 変わりはなく、圧倒的な強さを誇るクラッシャーモードやダグリューム光線も、通常は 封印されて使わないのは、その強さと引き換えにエネルギーの消耗は莫大で、 多用すればジャスティス自身の生命にも関わるためだ。 「回復には、最低四、五日はかかるか。それまでは戦えないな」 エネルギーを使いすぎたウルトラマンは、時間が経てば回復するが、かつて ダメージが溜まりすぎて死亡しかけたセブンのように、無理をすればそれだけ 命を削ってしまう。周りは静まり返った森で、人間の気配はなく、人里から大きく 離れているということだけはわかったが、この星には危険な生物が地球以上に あふれており、人間の盗賊程度だったら今の状態でも問題ないが、オーク鬼などの 大群にでも襲われたらさすがに危ない。 ジュリは、ともかく今は下手に動き回らずに回復を待つべきだと目をつぶろうと 思ったが、悪い予感というものはほとんど予知に近い的中率を持つらしく、人間の 匂いを嗅ぎ取ったらしい狼の群れが闇の中からうなり声をあげて現れた。 「やれやれ……」 ため息をついてジュリは立ち上がると、相当に飢えているらしくよだれを垂らしながら 近づいてくる狼の群れを見下ろした。見たところ、数は三〇匹前後、いつもであれば 相手にもならないが、人間でいえばフルマラソンの後にも匹敵するほどに疲れきった 今では、寿命が削れる程度の無茶をしなければ切り抜けられまい。 が、無理を押して立ち向かおうとしたジュリの前で、狼たちの反対方向から 闇を裂いて小さな赤い光が飛んできたかと思うと、群れの中で特に大きな狼に 突き刺さった。 「矢か……いや」 その赤い光の正体が、矢に取り付けられた導火線の火だとわかったときには 突き刺さった矢は真っ赤な炎をあげて爆発し、その狼を尻尾の先などのわずかな 肉片を残して粉砕し、さらにそいつがこの群れのボスだったようで、ほかの狼たちも 一気に散を乱して逃げ出していった。 「おいあんた、そんなところで何してるんだい?」 振り返ってみると、そこには革の胴着やよれた綿のズボンなどのみすぼらしい、 いや、この森の中では機動性と保護色をかねているのだろうと思われる服を 着た女が、今使ったと思われる弓を持って立っていた。 「人間か……」 「おいおい、助けてやったのに第一声がそれかい。まあこんなところじゃ亜人と 間違えても無理はないけどさ、確かにあたしは人間さ、それで満足かい?」 黒い髪を短く刈りそろえて顔にわずかにかけたその女性は、興味と警戒心を 半分ずつ込めた目でこちらを見ていたが、ジュリはそれがヤプールの刺客や、 知能の低い亜人種ではなく、本当に単なる人間だとわかるとほっと息をついた。 「すまないな、おかげで助かった」 「なあに、たまたま通りすがっただけさ。それにしても、あんたこそこんなところに 何の用だい。このファンガスの森は今でこそ落ち着いてるけど、それでも 狼や熊が頻繁にうろついてるんだよ」 月明かりの中を歩いてくるにつれて、その女性の容姿も詳しくわかってきた。 先の服装や髪の色に加えて、よく日焼けした顔立ちにはわずかに少女っぽさが 残っており、見るところまだ十代の後半から二十代の前半あたりだろう。 だがそれよりも、彼女が手に持った弓につがえられた矢の先端部には、火薬筒と 思われる円筒が取り付けられており、見かけに不釣合いなほどの重装備が ジュリの目を引いた。これならば重さで射程距離は落ちるだろうが、命中すれば 熊であろうと一発で仕留められるだろう。 「お前、兵士か?」 「ん? ああ、これのことかい。あいにくと、あたしはただの狩人さ。昔ここじゃ ちょいと面倒な獲物を狩ってたから、ないと落ち着かなくてね。それよりも、 いいかげんこっちの質問にも答えなよ。変わったかっこだけど、一番近い街からも 一〇リーグ以上離れたこんな辺ぴな場所に何のようだい?」 「……旅の途中で、どうやら道を間違えたらしくてな」 あながち嘘でもない答えを返すと、若い女は愉快そうに笑った。 「あっはっはっは! それでこんなところまで迷い込んでくるとは、たいした 方向オンチだねえ。けどまあ、ここにはわざわざ物取りが狙いにくるような もんは何にもないし、信じてやるよ。で、お前さんこれからどうするんだい?」 「……今は特に目的はない。また、足のままに旅するだけだ」 これは嘘ではない。当面の目的であるボガールの撃破はなったものの、 まだこの星は異次元人ヤプールの侵略対象にされている以上、見過ごす わけにはいかないのだ。 しかし、そう言って立ち去ろうとしたジュリを、女は呼び止めて言った。 「待ちなよ、今この森を無理に抜けようとすれば、また獣どもがわんさかと 集まってくるよ。見たところ、体調もよくなさそうだし、この近くにあたしの 家があるから休んでいきなよ」 「お前は、こんなところに住んでいるのか?」 「まあね、話せば長いが、誰にだって事情ってものはあるだろ。んで、どうするかい? 小さいとこだが、メシと寝床くらいは用意してやるよ」 その申し出を、ジュリは受けるか否かと考えたが、受ける以外に今は安全な 選択肢はないと判断した。どのみち変身もままならない今の状態では無理に 出回ったとしても何もできないだろう。休めるうちに休んで、体調を万全にするのも また戦いのうち、無理をするにも時と場合がある。 「わかった、やっかいになろう」 「そうかい、じゃあついてきな。こっちだ」 若い女は了承を得たことで軽く笑うと、指を立てて方向を示して、先に立って 歩き始めた。森の下草や木の葉、腐葉土が踏み鳴らされて特有の音を立てる。 しかし、いくらか歩く中でジュリは女の足音が右と左でわずかに違うことに気づき、 足首を見てみると、彼女の左足のズボンのすそからは、足首の代わりに木の棒が 伸びていて、それが義足だとわかった。 「お前、その足は?」 「ん? へえ、これに気づくとはあんたもなかなかだねえ。なに、昔大物と やりあったときにね……」 失われた左足に視線をそそぐ彼女の目に、一瞬感傷めいた光が浮かんだ。 「おっと、そういえば、さっきからお前だのあんただのと、まだ名前も聞いてなかったね」 「……ジュリ」 「そうかい、よろしくな。あたしの名は……」 そのとき、再び一陣の風が流れ去り、森の木々と木の葉を揺らしていった。 ファンガスの森は静まり返り、この森の唯一の住人と、その客人をじっと見守る。 ガリアの辺境に位置し、今やその名を知る者も少ないこの森に、名乗りあった 二人は立ち、やがてまた歩き始める。やがて青い月の炎も薄まり、双月も沈み行く中で、 ウルトラマンジャスティスの戦いは、この日一つの終わりを迎えた。 だが、そんな激闘があったことなどはハルケギニアの誰一人として知る者はいない。 大部分の人々にとって、その夜はいつもと変わらず月が照り、被災したロンディニウムも しだいに混乱から静けさへと移り変わり、やがて時間が日付を一日進ませる頃には、 あわただしすぎる一日に疲れきった人々は、安らぎの世界へと落ちていっていた。 けれども、安らぎを与える宵闇も、この世界を滅ぼそうとする悪の胎動を止める ことはできなかった。 王党派のこもった小城から北に五〇リーグ離れたところに、戦艦レキシントンを はじめとしたレコン・キスタ艦隊は、給弾艦から最後の補給を受けて、貴族は 在りし日の甘い夢に逃げ込み、平民たちはどうやって勝ち目のないこの戦いから 逃げ出そうかと、密談や、脱出の準備をひそかに進めて、それをする気もない者は 惰眠にすべてを預けて眠っていた。 そんな中で、いまや千名強にまで落ち込んでしまったレコン・キスタを率いる 立場にあるクロムウェルは、自室にシェフィールドを招いて密約を交わしていた。 「おお、それは本当ですか! でしたら、間違いなく勝利することができましょう」 「そうよ、あのお方はすでに全軍に出撃を命じたわ、計画が成功した暁には、 約束どおりこの大陸はあなたのもの、ですからはげむことね。これがお前に 与える最後のチャンスよ」 シェフィールドは突っ伏して土下座するクロムウェルに、自らの指にはめた 『アンドバリの指輪』をかざして、その指輪の宝石が放つ光を照らすと、 クロムウェルは大仰に喜んだしぐさを見せて、何度もひれ伏して見せた。 「いいこと、もう一度確認するけど、この世にある四つの系統の魔法の中で、 水の力は生命の活動をつかさどるわ、普通はそれを人体の治療などに 役立てるものだけど、水の力にはさらなる奥があるわ、それは何?」 「ははあ、禁術とされていますが、水魔法には人間の精神に作用し、 感情を操作したり、記憶を書き換えたりするものがあります」 模範解答をいただいたシェフィールドは、口元をゆがめてクロムウェルを 見下ろしながら、アンドバリの指輪を軽くなでた。彼の言った禁術とは、 簡単な例をあげれば、以前モンモランシーが製造に失敗して大事件を 巻き起こした惚れ薬のように、人間の心を操ってしまう魔法や魔法薬の ことを言い、これは実際的に麻薬にも等しい危険物なために、世界中で 厳しく規制されている代物であるが、シェフィールドの考えていることは その程度の生易しいものではなかった。 「そう、ご名答。そしてこのアンドバリの指輪に込められている水の魔力は、 人間の扱うそれとは比較にならないほどのパワーを秘めてるわ。これを、 これから私が王党派の城の水源に使って、その水を飲んだ人間を狂わせて 暴れさせるから、あなたはその混乱をついて我らの艦隊と挟み撃ちで 一気に王党派を殲滅なさい。いいわね?」 「ははあ、重ね重ねのご温情、決して無駄にはいたしませぬ」 「期待しているわよ」 とは言ったものの、シェフィールドの目はすでにクロムウェルを見ては いなかった。あの激戦で、いったいなにがどうなったのか理解を超えた ことが続いたが、とにもかくにも戦いを引き分けに持ち込んだクロムウェルに、 ジョゼフは最後の利用価値を見出しただけだった。 「もうレコン・キスタを動かすのも飽きた。そんな国の行く末などに最初から 興味もないし、そろそろ広げたおもちゃは行儀よくおもちゃ箱に戻すとしようか」 あくびをしそうな様子で、ジョゼフは無駄に状況がややこしくなって、 死に石ばかりでこれ以上盤を動かしにくくなったアルビオンをさっさと 片付けようと、シェフィールドにアルビオンでの最後の仕事をさせるとともに、 ガリアの一個艦隊にすでに出撃を命じていた。ただし、シェフィールドの 言葉どおりにレコン・キスタを勝たせるつもりはなかった。 「アンドバリの指輪の効果で、小僧と小娘の軍が混乱して、じじいの 艦隊が喜んで攻撃しているときに、我が艦隊が割って入ってレキシントンを 沈めれば、アルビオンとトリステインに同時に恩を売れる。どうやら トリステインの小娘は侮れぬ才覚の持ち主らしいからな。俺の差し手に 充分になる前に死なれては、後がゲルマニアの成り金やロマリアの 坊主だけでは面白くないからな」 自分が世界を盤にしてのゲームを楽しむにしても、相手がそれなりに いなくては張り合いがない。腕に自信のある差し手ほど、強い敵を求める。 どこの世界に、幼児を殴り飛ばして喜ぶ格闘家や、サルを相手に知識を 披露する学者がいるか、より楽しいゲームのために、まず敵を育てる。 クロムウェルは、そのための捨て石でしかなかった。 けれども、相手を捨て駒と思っているのはなにもシェフィールドだけではなかった。 彼女が計略を実行に移すために立ち去った後で、クロムウェルは大きく口元を 歪めて、ふっとせせら笑っていた。 「ふふ……愚かな人間め」 人形遣いの優越感に浸っている者は、自らも操り人形に過ぎないとは考えも しないものだ。これまでシェフィールドの優越感をくすぐりながら、あの手この手で 時間を引き延ばし、レコン・キスタを動かしてきたが、アルビオン全土を 壊滅させる作戦も失敗した今、それも終わりに近づいてきている。 「しかし、この期に及んでアンドバリの指輪か、さてどうしたものかな」 アンドバリの指輪のことは、クロムウェルもよく知っている。元々水の精霊の 有していた秘宝であるあれは、普通の人間が使っても上級の水魔法に 匹敵するくらいの真似ができるが、どういうわけかあの女が使えばノーバや ブラックテリナの規模には及ばなくても、多数の人間を操作することができるようだ。 だが、アンドバリの指輪の効力を多少惜しいと思うクロムウェルを一喝するように ヤプールの声が響いた。 「何を迷っているのだ! 我らの目的を忘れたのかぁ!」 瞬間的に個室は異次元空間となり、ヤプール人は自らの計略のために 邪魔になったシェフィールドを排除するために、クロムウェルに命令を与える。 「いいか、人間どもを追い詰めれば必ずウルトラマンAは現れてくるだろうが、 ここで余計な真似をされて、いらぬ混乱が起きては面倒だ。あの女を始末しろ」 「はっ、しかしあの女の策を用いれば、この世界にさらなる混乱をもたらす火種と することもできましょうが?」 「エースへの復讐に比べれば、人間の世界のことなど二の次だ! 積もり積もった 我らヤプールの怨念を、今こそ晴らすのだぁー!」 ヤプールの怨讐がこもった声とともに異次元空間は掻き消え、クロムウェルは 元の部屋の中に立っていた。ただ、そこにはさっきまではいなかった、もう一人の 長身の男の影が現れていたが。 「戻ったか、傷の具合はどうだ?」 「ふ、人間の体を修復するなど造作もないこと。ただ、この体の元の人格は、 役に立たないので封じ込めてあるがな」 「そうか、ならさっそくだがウォーミングアップをかねて仕事に行ってきてもらおうか」 月光のみが明かりとなる部屋の中に、二人の男の影が揺れて、一つが消えた。 そして、それから数時間後、王党派陣営の拠点である城に流れ込む、地下水脈の 源泉となる深山の湧き水に、シェフィールドの姿はあった。 「ここね」 そこは、平時であれば清らかな山水を求めて人々が集うであろうが、戦時である 今は誰もいない。というより、水源であるここに万一毒が投げ込まれたときのために、 一個小隊分の兵士が駐留していたが、シェフィールドがアンドバリの指輪の光を 向けると、全員が一瞬にして倒されていた。 しかし、そのまま水源に向かおうとしたシェフィールドは、闇夜の中から染み出るように 姿を現した男に阻まれて立ち止まった。 「お前は……ワルド子爵」 「こんばんわ、ミス・シェフィールド」 不敵な笑いを浮かべながら、ゆるやかに両手を広げて立ちはだかるワルドの姿は、 すでにカリーヌにやられた外傷は完全に消え去り、以前となんら変わらぬ様相で そこに存在していた。 「なんのご用ですの?」 口元にだけは笑みを浮かべ、親密そうに、かつ目にだけは警戒心を宿らせながら 問いかけるシェフィールドに、ワルドは喉を鳴らして笑った。 「いえいえ、私の主はもうあなた様に大変お世話になりましたが、そろそろ男らしく 独立独歩していこうと決意されましてね。それで、ごあいさつにと参ったしだい」 そのとき、シェフィールドの目の下の筋肉が微妙に震えたが、夜闇のせいで ワルドには見えなかった。 「へえ、あのクロムウェルがねえ。それで、私の助けはもういらないということなのかしら?」 「はい、ですからここはお引取りいただきたく存じます。あなた様と主様には……」 「その必要はないわ!」 ワルドが言い終える前に、シェフィールドの額に魔法文字のルーンが輝いたかと 思った瞬間、彼女はアンドバリの指輪をワルドに向けて、その光を放っていた。 「うぉぉっ……」 ワルドの体が倒れこみ、にぶい音を立てるとシェフィールドはせせら笑った。 「フン、メイジ風情が楯突こうなどと百年早いわ。最初から杖を持っていなかったのが あなたの敗因ね。さて、あの小心者が裏切るとは思わなかったけど、お前なら 手駒としてそこそこ優秀でしょうから、しばらくは私の道具にしてあげるわ」 シェフィールドはつまらなさそうにつぶやくと、ワルドを使って裏切り者を始末 させるために、再びアンドバリの指輪を向けた。だが、彼女が指輪の効力を 使う前に、倒れていたワルドが起き上がって笑った。 「ふむ、生体組織を遠隔操作する類の道具か、確かに中々強力ではあるようだな」 「な……なんだと!?」 シェフィールドは、首を鳴らしながら平然としているワルドに、初めて平静を乱して 後ずさり、手の中の指輪を見つめた。 「ば、馬鹿な……この、アンドバリの指輪で操れない人間などいるわけが……」 「ふっふっふ。そう、確かに人間なら操れるだろうが、あいにく私には効かないようだね」 「なにっ!? ま、まさか!」 人間になら効果がある。しかし、このワルドには通用しないということは、彼女の 脳裏に不吉な仮説を立てさせた。 「ふふふ。さて、ではご苦労をかけさせましたお詫びにそろそろお休みいただきましょうか。 永遠に、ね」 ワルドが笑い、両手の手袋に手をかけたとき、泉に一陣の風が吹いて木の葉を 巻き上げ、かなたの空へと運び去っていった。 善も悪も関係なく、人々の運命の糸はねじれ、からまりながら、切れなかった ものは前へ前へと伸びていく。その先にある何かを求めて。 そして、宵闇の封印が太陽によって破られた、いつもと何も変わらない快晴の 夏の日の朝が明け、この日、二年近くに渡ったアルビオン王国の内乱は、最後の 戦いの幕を上げた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第68話 決闘!! 才人vsアニエス (後編) 殺し屋宇宙人 ノースサタン 登場! 「決闘のルールは、お前が決めろ」 「どちらかがあきらめるまで、それだけでいい」 人のいなくなった小さな村の、小さな広場で、アニエスと才人がそれぞれの剣を抜いて、一〇メイルほど離れて身構えていた。才人の左手のガンダールヴのルーンが武器を抜いたことに呼応して輝き、対してアニエスは自然体で、どこからの攻撃にも対処できるように悠然と立っている。 その二人の姿を、ルイズたちは広場の端からじっと見守っていた。 「どちらも、動かないわね」 「二人とも、相手の実力を知ってるからよ。うかつに手を出せば、カウンターを受けるのはわかっているからね」 ルイズのつぶやきにキュルケが答えた。魔法にせよ、剣にせよ、人間が扱う武器ということに関しては変わりなく、攻撃した瞬間こそ最大の隙が生まれる。 確かに、アニエスと才人では剣術の腕に天地ほどの差があるが、才人はそれをガンダールヴのルーンで極限まで高められた運動力と反射神経で補っている。アニエスといえど、至近距離から人間の反射速度を超えた速さで攻められたらかなわないだろう。むろん、それは才人にしても同じで、速いだけで突進しても、剣筋を読まれてやすやす回避されてしまう。 ロングビルと、彼女に背負われたミシェルも、もはや止めようのない戦いを、息を呑んで、どちらかが動くのを待っている。 「先に動いたほうが、負けるってやつですかね……」 「馬鹿を言うな、隊長はそんなに甘くない」 誰よりもアニエスの力を知っているミシェルは、この沈黙が長くは続かないということを確信していた。 「こないのなら、こちらからいくぞ」 最初に動いたのはアニエスだった。しかし、一気に距離を詰めるのではなく、一歩一歩、隙無く構えたままで間合いを詰めていく。才人は心の中で舌打ちし、ロングビルやキュルケはなるほどと思った。これでは、才人の一番の勝機であるカウンターが使えない。 「さすが、小手先の生兵法が通じる相手じゃないな」 才人は心の中で苦笑して、こうなったら真っ向勝負しかないと覚悟した。どのみち、自分から申し込んだ決闘である以上、逃げるわけにはいかない。二人は、互いの距離が剣先をつき合わせられるくらいにまでなったときに、同時に地面を蹴った。 その瞬間、才人の裂帛の気合を込めた縦一文字の斬撃と、アニエスの猫のようにしなやかな跳躍がぶつかって、才人の斬撃が空を切ったときに、アニエスの剣の柄が才人の腹にめり込んでいた。 「甘い、隙だらけだ」 出来の悪い生徒を酷評する教師のようなアニエスの声が流れたとき、才人は嗚咽を漏らしながら、地面にひざをついていた。 やはり、この人はとんでもなく強い、正面きって戦ったら、その予測は見事に上方修正されて的中し、才人は戦いを挑んだことを後悔はしなかったが、少しでも甘い見通しをしていたことを今更ながらに悔いていた。だからといって、これで終わりというわけでは決してない。 「まだやるか?」 「当然!」 起き上がって、再びデルフリンガーを構えた才人は、今度は自分から打って出た。右上段に振りかぶって、ガンダールヴの力を振り絞っての突撃は、並の戦士であれば反応すらできなかったであろう。彼は、万一にもアニエスを殺すわけにはいかないと、片刃剣であるデルフリンガーを峰に返しているが、それでも棍棒と同じなのだから、直撃すれば骨の五、六本は砕け散る威力だ。 が、わかっていることではあるが、アニエスは並の戦士ではない。 「隙だらけだと、言っただろうが!」 デルフリンガーが広場の地面を掘り返したときには、アニエスは才人の顔面を剣を握ったままの拳でかちあげたばかりか、背後に回りこんで背中を蹴り飛ばしていた。 「痛ーっ……」 パーカーの前半分を泥で汚して、唇から血を流しながらも、才人は振り返って悠然と自分を見下ろしているアニエスを見上げた。 どうも、さっき上方修正した評価もまだまだ甘かったようだ。自分は最初から全力なのに、この人は剣の刃すら使っていない。本気を出してないどころか、才人をまともに敵とすら見ていないだろう。 これならば、宇宙金属の刀や、人間と宇宙人の身体能力の差というハンディがなければ、一人でツルク星人を倒すことも可能なのではなかったのではと才人は思ったくらいだ。むろん、それは彼女が宇宙人ではなく、あくまで人間相手の戦闘のエキスパートであるということを考慮すれば、いささか過大な評価であるのだが、アニエス自身も、宇宙人相手には生半可な実力では敵わないことを知り、あれからずっと鍛錬を欠かさず、その実力はあのときより格段に上がっていた。少なくとも剣を使った戦いでは、テロリスト星人くらいならば圧倒できるだろう。 「どうした、当然まだやるのだろう」 「当たり前だ!」 三度目はやはり才人のほうが仕掛けた。小細工は通じない、かといって大降りの攻撃が当たる相手ではないならば、こちらも動体視力の全てを駆使して、アニエスの手元を見て、その動きにあわせて小手を狙う。 「さっきよりはましだが、集中しすぎだぞ」 アニエスが剣を戻して足を振り上げると、剣に視線が集中していた才人の腹に、見事にカウンターの形でキックが入り、またも才人はもんどりうって倒れ、胃液を逆流させた。 それでも、才人はくじけない。四度目の攻撃では突きを狙って弾き飛ばされ、五度目では足元の土をはじきあげて目潰しにしようとしたが、剣を下げたためにできた隙をつかれて、顔面にしたたかにパンチを食らって鼻血を流した。 「汚い顔だな」 「別に、ハンサムでもイケメンでもないんだ。多少崩れたところで問題にゃなりませんよ」 せめて、ツルク星人の二段攻撃のような必殺技が自分にもあればと思うが、ゲームじゃないんだから、レベルが上がって○○を覚えました、などと都合のいいことは起こらない。袖で鼻血と泥をぬぐうと、才人は六度目の攻撃をかけていって足払いを食らわされ、七度目の攻撃で額から血を流し、八度目で左肩をはずされた。それでもなお、デルフリンガーを握る手は緩まない。 九回目、十回目、何度仕掛けても才人の攻撃はアニエスにかすりもせずに、彼女自身は息一つ乱してはいない。 ぶつかる度に、醜く傷ついていく才人の姿を、ルイズたちはじっと見守っていたが、やがて十六度目の突撃で、腹部を強打された才人が一時的な呼吸困難に陥って地面に崩れ落ちると、ついに見ていられなくなったミシェルがルイズに怒鳴った。 「ヴァリエール! もうやめさせろ、いくらやっても隊長に敵うはずがない。お前はあいつの主人だろう、なぜ止めないのだ!?」 するとルイズは、一瞬だけミシェルに横目を送ると、すぐに立ち上がろうとしている才人に視線を戻し、そのままで静かに話し始めた。 「……わたしも、一応あいつの主人である以上、半年にも満たない程度だけど、少しはあいつのことを理解してるつもりよ。あいつはね、普段は大抵適当で、いい加減だけど、自分で決めたルールだけは絶対に譲らないのよ」 「自分で決めた、ルール?」 「そう、あいつはね、言ってみれば、弱きを助け強きをくじくといった、そんな子供じみたルールを自分に課してる。理不尽だと思えば貴族に物申すことも辞さないし、それを貫く諦めの悪さを持ってる。単なる意地っ張りといってもいいけどね」 ルイズは、才人が自分に召喚されてすぐ、まだウルトラマンAと会うより前に、ギーシュと些細なことから決闘をしたときのことを思い出した。あのとき才人は、まだハルケギニアのことをほとんど知らずに、メイジであるギーシュと素手で戦って、青銅のゴーレム・ワルキューレに、今よりもずっとひどく、腕を折られ、骨を砕かれるほどに散々叩きのめされた。それでも、たかが平民と見下して降参しろと言ってくるギーシュに、「下げたくない頭は、下げられねえ」と、最後まで抵抗し続けて、初めてガンダールヴの力を発動させて勝利した。 「理解に苦しむでしょう? けどね、あいつはそれに誇りを持ってるし、何より、わたしも含めていろんな人を、そのルールで守ったり、救ったりしてきたわ」 ホタルンガに捕らわれたとき、才人は我が身を省みずに助けに来てくれた。ツルク星人が暴れたときも、犠牲者が増えるのが我慢できずに飛び出していき、ミラクル星人がテロリスト星人に襲われたと知ったときも、助けに行くのに一切躊躇しなかった。 「あいつはね、悲劇ってやつが大嫌いなのよ。だから、目の前で誰かが不幸になろうとしたら、無理矢理にでもシナリオを変えようとする。たとえ、あなたが裏切り者でもね」 「……」 「考えてみれば、あいつは主人を守るっていう使い魔の役目を、誰よりもこなしているのかもしれないわね。まあ、その対象があたしだけじゃないってのが、多少しゃくだけどね」 思い起こせば、才人は毎度不服と不平を並べながらも、誰かを助けてきた。ロングビルがフーケとして捕まったとき、衛士隊に引き渡せば死罪になるとわかったとたんに才人が大反対したから、ルイズも彼女を擁護しようと思ったし、また、ギーシュも、才人と決闘して負けて以来、傲慢さがなりをひそめて、馬鹿なのはそのままだが、憎めない性格になったのも、ある意味では才人に救われたといえるかもしれない。 それに、ミシェル自身もワイルド星人の事件の際に、崩れる地底湖の崩落から救われているし、何より、なんだかんだと言いながら、才人はずっとルイズの隣にいてくれる。 「ただ、あいつがそうまでして戦う本当の理由は、まだわたしにもわからない。だから、主人としてわたしはサイトのやることを見届ける。あなたも、たとえこの決闘がどういう形で終わるにせよ、最後まで見届けないと許さないわよ。あいつは、あなたのために戦っているんですから」 「……わかった」 自分に、まだこの世に残った義務があるのならば、せめてそれを成し遂げよう。今さら歪みきった自分の運命が修正されるとは思えないが、この決闘で、才人がどういう答えを見せてくれるのか、それを見届けるのが、こんな自分に手を差し伸べてくれた才人への、せめてもの礼儀だと、ミシェルは二十回目の攻撃をアニエスに弾き飛ばされて、背中から地面に叩きつけられた才人の姿を、目を逸らすことなく脳裏に焼き付けていった。 戦いは、永遠に続くようにも思われた。 照りつける夏の暑すぎる日差しの中で、全身砂と泥まみれになり、左手がしびれて動かなくなって、右手でかろうじてデルフリンガーを握っているだけの状態ながら、才人は三八回目の攻撃の失敗からも、ようやく立ち上がってアニエスに剣先を向けた。 「まだ、意識はあるか?」 「ああ、一応な」 すでに目が半分開かなくなって、本能が無意識に立たせているのではと思えるほどにボロボロの状態になった才人が、意外にも明瞭な返事をすると、彼とは正反対に、一太刀も浴びることなく、暑さで流した汗以外は最初と何も変わることなく立つアニエスは、そろそろ飽きてきたとばかりに、軽くため息をついてみせた。 「まだ、負けを認めんか?」 「全然、おれはまだまだ元気だぜ」 「念のために言っておくが、自分が傷ついてみせて、私の同情を買おうというならば、無駄な狙いだぞ」 「へっ、アニエスさんが、そんな甘えさせてくれる人じゃないのはわかってますよ。それに、そんなんじゃ負けたも同然だ!」 そうして、才人は三十九回目の攻撃をおこなったが、すでに体力は落ちきり、全身にダメージを受けている今では、最初の頃のような速度もパワーもなく、アニエスは剣を使うこともなくかわすと、後ろから才人の首根っこを掴んで地面に引きずり倒した。 「いい加減に、手加減して戦うのもくたびれてきた。これ以上やるというのなら、殺しはしないが、手足を切り落とすくらいはしてやるぞ、あきらめろ!」 しかし、才人は顔面を地面に強く押し付けられながらも、決してまいったとは言わない。 「そうか、ならば仕方ない。せめて剣を握れない程度で済ませてやる。覚悟しろ!」 業を煮やしたアニエスは、いまだデルフリンガーを握って離さない才人の右腕に、剣を突きたてようとした。それを寸前で防いだのは、それまで無言で見守っていたルイズたち、そしてミシェルの彼の名を呼ぶ声であった。 「サイト!!」 その声を聞いたとき、才人の中に沈んでいた最後の力が、輝きを増した左手のガンダールヴのルーンとともに蘇った。彼は、肺の底辺から搾り出してきた叫び声とともに、押さえつけていたアニエスの予想を超えた力で呪縛から脱出し、彼女を払いのけると、動かなくなっていたはずの左腕も使って、デルフリンガーを正眼に構えなおしたのである。 「まだ、それほどの力が残っていたのか……」 才人に与えたダメージからみて、もう起き上がる力もないと思っていたアニエスは、はじめて余裕を崩して才人を見返した。さらに、ルイズたちの中から歓声があがり、黙って使われ続けていたデルフも、「相棒は不死身かよ」と、驚いた声をもらした。 けれど、才人は皆を見渡して軽く笑い、ルイズたちにありがとよと言うと、何かを成し遂げたように晴れ晴れとした声で、ミシェルに微笑みかけた。 「ミシェルさん、あんたまだ、それだけ元気な声を出せるんだな、よかった」 「え……」 思いがけない才人の優しい言葉に、ミシェルはたった今自分が大きな声で叫んだのを思い出して、まだ自分にそんな気力が残っていたのかと驚いた。また、意表をつかれたのはアニエスも同じで、いぶかしげに問いかけた。 「お前、まさかこのために?」 返ってきた答えは、勝ち誇ったようにも聞こえる才人の短い笑い声であった。 「……ミシェルに、生きる気力を取り戻させるために、あえて傷ついてみせたのか、しかし、それもお前が私に勝たないことには、無駄なあがきに過ぎんぞ」 「いいえ、おれは負けませんよ。絶対にね」 「わからんな、勝機などどこにもない。かといって私を説得できるはずもない。なのに、なぜあきらめん? お前のその自信はどこから来る?」 すると才人は、今度はやや自嘲げに笑って、アニエスの顔を見た。 「別に、自信なんてありませんよ。おれごときが逆立ちしたってあなたに勝てないのは、もう嫌というほど理解しました。単に、おれはおれの理想を裏切りたくないだけです」 「お前の……理想?」 「傷ついて打ちのめされても、何度でも立ち上がって、誰かのために戦うこと! だから、おれは絶対にあきらめないし、負けもしない!」 デルフリンガーを強く握りなおし、才人は一片の迷いなく言い放った。 「そんなことが、私相手にかなうと思うのか!?」 「できる!!」 このとき、一瞬だがアニエスは才人に気おされた。 「どんな強敵が相手でも、どんな卑怯な策略に陥れられようと、ウルトラマンは絶対にあきらめずに立ち向かって、何度も不可能を可能にしてきた。それが、絶望に打ちひしがれた人々にも希望を与えて、奇跡を起こしてきた。それが……おれの憧れた、ウルトラ兄弟だ!!」 その瞬間、ガンダールヴのルーンがこれまでにない輝きを見せ、才人の体が重力を逆に受けたかのように飛び出した! 「なにっ!?」 万全のときと比べてさえ、はるかに勝る速度と威圧感に、アニエスもとっさに対応できずに、反射的に剣を上げて才人の斬撃を受け止めざるをえなかった。二つの剣が、衝突の勢いで火花を散らし、勢いに押されてアニエスの足が後ろに ずり下がる。 「くっ……まだこんな余力がっ!」 まさか力で押されるとは思っていなかったアニエスは、それまでの余裕をかなぐり捨てて、才人の全力に全力で応えた。つば競り合いで鈍い金属音が流れ、二人の歯を食いしばる音が、それに二重奏となって戦いの旋律を奏でる。 けれど、アニエスも銃士隊隊長としての意地があり、押し切られるのをよしとしなかった。 「っ、なめるなぁ!!」 全身のばねを使って、才人の突進の衝撃を吸収しつつ、逆襲に転じたアニエスの体運びの見事さは、ロングビルやミシェルでさえ感歎を禁じえないものであった。勢いを殺され、行動の自由をアニエスに回復された才人は、体勢を立て直すには時間が足りなさすぎ、人体急所の一つであるこめかみに、剣の柄を使った一撃を叩き込まれてよろめいた。 だが、急所への攻撃が直撃したというのに才人は倒れない。 「お前……本当に不死身か?」 「おれは、ただの人間ですよ……」 驚いたことに、この冷徹豪胆な女騎士の顔に、明らかな焦りの色が浮かんでいた。もうすでに、普通の人間ならば激痛で立っていられないほどのダメージを与えたはずなのに、どうして立っていられるのだ。 「ちっ、もういい加減にしろ! これ以上戦えば、お前は確実に死ぬぞ、それでもいいのか!?」 これまで才人はあくまでデルフリンガーの刃の部分を使わずに、峰でのみ戦っていたので、アニエスもそれに応えて才人への反撃はすべて体術か、柄を使用していたが、それでもこれ以上の打撃は致命傷になってしまうだろう。 「……死ぬのは、まっぴらごめんこうむりますね」 「ならばさっさと降参しろ! そうすれば」 「そうすれば、ミシェルさんが殺されてしまうでしょう……そっちも絶対やです」 「ちぃっ……」 どれだけ痛めつけられても、まったく心を折る気配を見せない才人に、逆にアニエスのほうが追い詰められているかのように、ルイズたちには見えた。 「アニエスさん、お願いします。ミシェルさんを、見逃して……いいえ、許していただけませんか」 「許す、だと……何度も言わせるな。隊の模範となるべき隊長が、造反者を許すなど、できるわけがない」 「わかってます。けど、それじゃあ銃士隊という組織や、アニエスさんたちの誇りは、”守る”ことはできますが、たった一人の人間を、”救う”ことはできません。それに、いろんな消えない傷を残してしまう」 皆を見渡して、才人は不思議な微笑を見せたように見えた。見えたというのは、もはや彼の顔が傷つき、汚れすぎて表情が不明確であり、もしかしたら悲しんだのか、ただうなずいただけだったのかもしれない。 それよりも、アニエスやルイズたちは、これまで才人が単にミシェルの境遇を悲しみ、純粋な善意でその生命を守ろうとしているだけだと思っていたのだが、彼の言葉を聞くと、それだけではないことに気づいていた。 「お前、まだ何か、そこまで意地を貫く理由を隠しているな? もういい加減白状しろ! お前をそこまで駆り立てるのは、理想だけではあるまい。もう一本、何がお前を支えている!?」 すると才人は、今度こそはっきりとわかるようにため息を吐き出し、観念したように答え始めた。 「……好きに、なっちゃったからですよ」 「なに?」 「ルイズ、キュルケ、ロングビルさん、アニエスさん、ミシェルさん、それにこの場にいないみんなも、こっちに来てひとりぼっちだったおれと、つながりを持ってくれた大事な人たちだ。だから、アニエスさんの手が仲間の血で汚れることも、ルイズたちが人が死ぬのが仕方がないことだとあきらめるようになるのも、絶対に認められねえ!」 一瞬の時間の空白をおいて、アニエスをはじめとしたその場にいる全員が、頭をハンマーで殴られたような衝撃を感じたのは、自らの見識が狭隘だったことを思い知らされたからだけではなかった。 「わたしたちの、ために……」 才人が守ろうとしていたのは、ミシェルの命だけではなかった。アニエスやルイズたちの心に、永遠に消えない暗い影が差さないように、皆の心までも救おうとしていたのだ。 「だから、おれは負けるわけにはいかない! あきらめるわけには、いかないんだぁーっ!!」 「ぬううっ!」 最後の力を振り絞って向かってくる才人を、アニエスも今度は本当の全力をもって迎え撃った。技量がどうとかいうのならば、才人の斬撃は単なる上段からの振り下ろしだが、そこに込められた気合は、まさに鬼神も退くといった絶大なもので、それはアニエスにはっきりとした恐怖すら感じさせたのである。 刹那…… 二人の激突は、一瞬で終わった。 共に、渾身の力で剣を降り抜いたとき、剣と剣の衝突の火花が閃光のように見守っていたルイズたちの目を焼き、次の瞬間に目を開けたときには、すでに戦いは終わっていた。 二人の剣のうちの一本が、主人の手を離れて回転しながら宙を舞い、広場の一角に突き刺さったとき、その主人もまた、全ての力を使い果たして倒れたからである。 「サイト!」 今度こそ、目を閉じて動かなくなった才人へ向けて、ルイズたちが駆け寄って助け起こしたが、才人は息はしていたが、すでに意識は完全に途切れていた。 「終わった……」 死んだように倒れた才人の姿に、ルイズたち、そしてミシェルは才人の敗北を確信し、つらそうに目を閉じた。 これで、才人の願いは完全に断ち切られ、同時にミシェルの命運も完全に尽きた。やはり、伝説の使い魔の力をもってしても、圧倒的な実力差を覆すことはできなかった。才人の力からすれば、信じられないほど善戦したといっていいが、決闘は勝たなければ意味がないのだ。 アニエスは、倒れている才人にゆっくりと歩み寄ると、傷だらけになった彼の顔を見下ろした。 「サイト……よくやったとほめてやりたいところだが、決闘に情けは許されん、わかっているだろうな」 聞こえるはずのない声を送りながら、アニエスはルイズとキュルケが憎しみをこめて睨んでくるのを無視し、覚悟を決めてロングビルの背から、なんとか自力で降りようと苦悶しているミシェルを一瞥して、もう一度才人に視線を戻した。 「この勝負は、私の……」 そのとき、ルイズたちは不自然なところで言葉を切ったアニエスの表情が、微妙に変化していたのに気づいた。勝利宣言を前にして、壁にぶつかってしまったかのように固まるアニエスの姿に、ルイズたちは怪訝な表情をしたが、やがて彼女たちの不審はそのアニエス自身によって破られた。 「……なるほど、そういうことか……ふふふ、はーっはっはっは!」 突然堰を切ったように大笑しはじめたアニエスに、ルイズたちは今度はだらしなく口を開いてあっけにとられる番であった。 「た、隊長?」 特に唖然としたのがミシェルだったのは言うまでもない。これまで猛禽のように目じりを鋭く研ぎ澄ませ、一切の妥協を許さないと冷徹無比な厳格さを保ち続けていたアニエスが、まるで憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとした穏やかな表情で笑っている。 「サイト! お前この私をハメてくれたな、お前が最初に提示したこの決闘のルールは、『どちらかがあきらめるまで』だった。つまり、どれだけ傷つこうが気を失おうが、お前があきらめない限り、私が勝利することは絶対にない。すなわち、勝敗がつかない以上、私がミシェルに手を出すことはできない。そういうことだな!」 心の底から愉快そうに、最初からこの決闘は、どちらが勝つこともありえないのだと悟って呵呵大笑するアニエスの言葉に、ルイズたちの顔にも笑みが浮かんできた。 「それじゃあ、この決闘は……」 「引き分け……てことは、改めて勝負がつくまで、どっちも勝利条件を履行することはできないってこと……つまり!」 頭の回転の速いルイズとキュルケは、それでもう全部を理解した。才人は、勝利条件にミシェルの身柄を預かるとは言ったが、本当の目的はアニエスに処刑をやめさせることだったはずで、それは見事に成功した。しかも、どんな理由があろうとも、一度受けた決闘の条件を反故にすることは、騎士として絶対にできないのだ。 アニエスは、手のひらを顔に当てて、こみ上げ続けるおかしさに耐えようとしていたが、あまりに見事にひっかけられてしまったのがおかしくておかしくて、こらえるのはとても無理そうだった。 「本当に、とんだ茶番劇につき合わせてくれたものだ。まったく、なにが伝説の使い魔だ、このペテン師め!」 だが、これほどに優しいペテンはほかになかろうと、穏やかな顔で、アニエスは眠り続ける才人の顔を見下ろして思った。 それに、ルイズたちもだまされていたことには変わりないのだが、これほどあざやかなペテンだと、怒るよりも先に唖然としてしまうし、何よりもだまされたことがこれほどうれしいペテンがほかにあるだろうか。 「あっはっは! サイト……あんたって奴は、人に心配させたと思ったら……」 「ほんと、それでこそあたしが見込んだダーリンよ! きゃははは!」 「ぷぷ……この私が、こんな簡単にひっかけられるなんて……あなた、詐欺師の才能ありますよ」 笑いはルイズたちにも伝染し、才人とミシェルを包んでいく。 呆然とするしかないのはもちろんミシェルだ、こんな展開、いったいどこの誰が予測できるというのか。才人とアニエス、どちらが勝とうと、つらい別れが待っていると思っていたのに、今はみんなでそろって笑っている。 だがやがて、呼吸を整えたアニエスは才人の前で座り込んでいるミシェルの視線にまで顔を下げると、その目をじっとのぞきこんで、ゆっくりと話しかけた。 「さて、ミシェル……次は、お前が選択する番だ」 「え……?」 「形はめちゃくちゃだが、サイトは身をもってお前の命をつなぎとめた。しかし、結局命をどう使うのかは、その人間本人が決めることだ。ここで死ねば、もうお前は二度と苦しまずにすむ。けれど、もう一本、多くの苦難と、我慢ならない怒りや憎しみにさいなまされるかもしれないが、新しい道をサイトは作ってくれた。どちらを選ぶか、ここで決めろ」 「……私は」 彼女は、じっと才人の顔を見下ろした。はじめて会ったときから、こいつには驚かされっぱなしだが、今回は格別だ。実力もなにもかも違うというのに、本当に最後まであきらめずに戦い、奇跡を起こしてしまった。 それに、才人は生きる希望を失った自分に怒鳴った。 「守るべきものなど、いくらでもある、か……」 才人にとっては、本当にそうなのだろう。国や立場などは最初から関係なく、目の前に不幸になろうとする人がいれば、手を差し伸べていく。そう、彼があこがれたウルトラ兄弟のように、そこには心ある人々を守りたいという優しさのみがあり、それに特別な資格などは必要ない。 ミシェルは少しの間考え込むと、やがて決心したようにアニエスの目を見返した。 「私には、もう帰るべき場所はありません。ですがそれでも、生きていいというのであれば、残った人生は、サイトの示してくれた道を、最後まで駆け抜けてみたいです!」 「そうか、だがお前のこれまでの罪が消えることはない。険しい道だぞ」 「わかっています。ですが、その……できるなら、サイトに恩返しも、したいし……」 そこで、ふとアニエスはミシェルのこわばっていた顔が、サイトを見ているうちになんとなく紅潮してきたのに気づいた。 「なるほど、生きる目的はもう見つけたようだな」 「あっ、いえ……その」 「ふっ、いまさら片意地を張ってもしょうがあるまい。まあ、生きる目的がないよりはあったほうがいい。だろう、ミス・ヴァリエール?」 「な、なんでわたしに、きき、聞くのかしら」 妙に赤面するミシェルと、反比例して顔をこわばらせはじめたルイズを交互に見渡して、アニエスは意地の悪い笑みを浮かべた。彼女自身には、そういった類の経験はほとんどないが、仮にも女ばかりの銃士隊の隊長である。部下のそういった関係には不干渉だが、自然と目と耳にそういう話は入ってくるので、意外にも知識はそれなりにある。 「だが、サイトも罪作りなやつだ。意識がなくて、幸せなのか不幸せなのか、しかし……感謝するぞ」 アニエスは静かに思った。本当に、たいしたペテン師だ、生きるか死ぬかの死闘と思わせておいて、負けなかったばかりか、ちゃっかりおいしいところだけをかっさらっていってしまった。そればかりか、自分も部下殺しという重いかせを負わずにすんだし、誰の心にも傷をつけずに戦いを終わらせた。 だがそれだからこそ、そんなささやかな幸せを奪おうとする者への怒りは深い。背後から突然不気味な気配を感じたアニエスは、とっさに護身用の短剣を懐から抜いて、気配のした方向へと投げつけた。 「出て来い、のぞき見など下種のやることだぞ!」 短剣はダーツのように空を裂き、一軒の家の屋根の影に吸い込まれていった。 しかし、次の瞬間には何かにはじき返されたかのように、真っ二つにへし折れて戻ってきたかと思うと、続いて影の中から青い色の肌と、鋭く尖った耳、さらにオレンジ色に不気味に輝く目を持った怪人が飛び出してきたのだ! 「こいつは!」 突然のアニエスの行動に驚いたキュルケたちだったが、屋根の上から前回転しながら着地してきた怪人を見て、とっさに才人たちを守るように布陣して、すぐさまそれぞれの武器を抜いた。 「亜人……じゃないわね。てことはまた、ウチュウジンってやつね……」 「ふん、ミシェルが死んでないのに気づいて送ってきた刺客ってわけね。サイトが動けないこんなときに……」 ロングビルとルイズも、その異形の怪人がハルケギニアのものではないと一瞬で悟り、迎撃態勢を整える。ここで才人の意識があれば、こいつがGUYSのアーカイブドキュメントMACに記されたノースサタン星人だと気づいたであろう。等身大の姿を現したことは一度しかなく、写真も残っていないが、こいつと格闘戦を演じたMACの北山隊員が資料用にと書いたスケッチが残っていたのだ。 臨戦態勢を整える一行の前で、青い怪人、ノースサタンは拳法の構えのように、両腕を上げてじりじりと近づいてくる。 「ウェールズめ……もう完全に人間ではなくなったのか」 「だが、こんな奴が追っ手にかかるということは、裏にヤプールがいるということを証明することでもある。なんとしてでも切り抜けるぞ」 無言で一行はアニエスの言葉にうなずいた。追っ手として差し向けられるということは、それなりに戦闘力に長けた宇宙人だと見て間違いはないだろう。 今のところ、ブラック星人のように怪獣を引き連れている様子はないが、つまりは単独で充分戦えるということだ。 ノースサタンは、暗殺対象にこれだけの護衛がいるとは思っていなかったのか、用心しているようにじりじりと間合いを詰めてくる。けれども、その構えには隙がなく、相手が相当な使い手だと見抜いたアニエスは、振り返らずに後ろにいる他の者たちに声をかけた 「ミス・ヴァリエール、ミス・ロングビル、サイトとミシェルをつれて下がれ」 「えっ! なにを言うのよ、わたしだって戦えるわ!」 「馬鹿者! 重傷者を二人も守りながらまともに戦えるか! それに、主人であるお前以外の誰がサイトを守ってやれるというのだ!」 「うっ……」 また、自分のことばかりに目がいって、才人のことを忘れていたことにルイズは自らを恥じたが、それでも自分のなすべきことを思い直して、才人を肩に背負おうとする。 「感謝しなさいよ。使い魔をおんぶしてあげる主人なんて、普通はいないんですからね」 そう言いながら、頭一つ大きい才人をあまり苦もなくルイズは担ぎ上げた。 「い、意外と力ありますね……」 ミシェルを背負いなおしたロングビルが、平然と先に立っていこうとするルイズを追いかけながら言った。 ルイズは、人より小柄だが、普通のメイジなら魔法で済ませられたりすることまでずっと自力でやってきたり、あの母親の教育方針で乗馬その他の修練も幼い頃から積んできたために、シエスタなどには及ばないにしても、相当な体力を持っているのだ。 そして彼女たちを背中で見送ったアニエスとキュルケは、逃げていくターゲットを追いかけようとするノースサタンの前に立ちふさがって挑発していた。 「ここを通りたければ、わたくしたちを倒してからにしていただきましょうか」 言葉が通じているかどうかまではわからないが、ノースサタンは瞳のない目を閃かせて、攻撃目標を二人に変えたようだった。まるで、悪魔のような醜悪な顔が二人を睨みつけるが、ツルク星人、ムザン星人との戦いを潜り抜けた二人は臆することはない。 「さて、足手まといになるなよ、ミス・ツェルプストー」 「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ。あなたこそ、わたくしのパートナーが務まりますかしらね」 減らず口を、と、アニエスは不敵な笑みとともにつぶやき、愛剣を上段に構える。 また、キュルケもタバサがいないのが残念ですけれど、と、その場に似合わぬ妖絶な笑みを浮かべると、その身に流れる燃え滾るような情熱を、現実に破壊をもたらす烈火に変えるべく、呪文を唱え始めた。 しかし、いくら並ぶもののない剣士とメイジといえど、まったく未知の宇宙人を相手に、即席のタッグで勝機はあるのだろうか? いや、似ているようであり、逆に、まったく似ていないともいえる二人であったが、一つだけ、これだけは絶対に同じものがあった。 「私の部下には……」 「ルイズたちには……」 そう、彼女たちに宿る意志もまた、才人と同じ。 「絶対に手を出させん!」 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第58話 CREW GUYS再集結!! アニマル星SOS 大海亀怪獣 キングトータス、クイントータス、ミニトータス さすらい怪獣 ロン カプセル怪獣 アギラ 高次元捕食獣 レッサーボガール 高次元捕食体 ボガール ウルトラマンタロウ ウルトラマンレオ 登場! 「テッペイ、コノミ、よく来てくれたな!」 フェニックスネストに、CREW GUYSの懐かしい声が響き渡る。 「お久しぶりです。リュウさん、ミライくん」 「二人とも元気そうね。最近のみんなの活躍、幼稚園のみんなも頼もしく見てたのよ」 かつてリュウやミライとともに、エンペラ星人の脅威と戦った前GUYSの仲間、クゼ・テッペイとアマガイ・コノミが 帰ってきた。二人は、テレビの報道などで最近のCREW GUYSの活躍は耳にしていたが、つい先日トリヤマ 補佐官から声をかけられてやってきたのだった。 「それにしても、さすがお二人ともすごいですね。僕たちが、まだまだだってことがよくわかりました」 カナタも二人の助っ人参戦に喜びと、未熟さへの苦笑を混ぜた笑みを浮かべた。ペスターの攻略法を的確に 教えてくれたテッペイと、テッペイにガボラが出現する前兆があると言われてあらかじめ発電所近辺で待機 していたコノミによって、ペスターは撃破され、ガボラはミクラスの怪力に負けて地底に逃げ帰っている。 いずれも、現在のGUYSのメンバーだけではなし得なかった戦果だ。 「けど、お前たちどうして?」 リュウはそこだけは不審気に聞いた、二人がやってきてくれたことは確かにうれしいが、二人ともGUYSの ほかにも、テッペイは医者になるために医大に通う道、コノミにも幼稚園の先生としての道がある。まさかとは 思うが、それを放り出してきたのではと思ったが、二人はそんな様子は微塵も感じさせなかった。 「大丈夫です。僕がスケジュール管理がうまいのは知っているでしょう。GUYSと医学生の両立、昔ほど こちらにい続けるとはいきませんが、可能な限りお手伝いさせていただきます」 「私は、ちょうどこれから幼稚園が夏休みだから。リュウさんたちのお手伝いが少しでもできればと思って」 「お前ら……だが」 「おっと、勘違いしないでください。もちろんそれもありますが、僕たちも、安心してそれぞれの道に行くために わざわざ時間を割いてこっちに来てるんです」 頭の上にクエスチョンマークを浮かべているリュウに、テッペイは微笑しながら続けた。 「つまりです。また、全宇宙規模の危機がおとずれようとしているかもしれないときに、今のGUYSの戦力では 心もとないですが、彼らが早く一人前になってくれれば僕らも安心して引退できるということです」 つまり、テッペイたちは新人たちの先輩として、その指導をしてくれるということだ。考えてみれば、教官として これ以上の人材はない。それに、今はともかく一人でも優秀な人材が欲しいのも事実だ。 「そうか、そういうことなら、悪いが頼む。このひよっこたちをビシビシ鍛えてやってくれ」 リュウは、カナタをはじめとする新人たちを見渡して、よく通る声で言い放った。特に、さきほどの戦いで ペスターの分析に手間取った新人のオペレーターはテッペイに直接敬礼を返している。 「本当にありがとうございます。テッペイさん、コノミさん」 「なんの、水臭いですよミライくん。地球のこともそうですが、ミライくんのお兄さんがピンチだってときに、 僕たちが黙ってられるはずがないじゃないですか」 「そうよミライくん、みんなで頑張ってウルトラマンAを助け出しましょう」 ミライは、テッペイとコノミの思いやりに涙が出る思いだった。このメンバーでまたいっしょに戦えるということは、 それだけで笑みが漏れてくる。だが、GUYSにはまだ二人メンバーが残っている。ミライは、喜び合う若者たちを 眺めながら、話しかける機会をうかがっていたトリヤマ補佐官に話しかけた。 「そういえばトリヤマ補佐官、ジョージさんやマリナさんには声をかけたんですか?」 「ん? ああ、連絡はついたんだが、二人とも今はスペインリーグとレースで日本を離れていてな、もう少し したら日本に戻るというから、暇を見て来てくれるそうだ」 「そうですか、お二人とも忙しいのに……トリヤマ補佐官、お気遣いありがとうございます」 「いやあ、あははは」 照れくさそうに笑うトリヤマ補佐官に、今回ばかりは頭が上がらない。そんな和気藹々とした雰囲気を、 サコミズ総監や、ミサキ女史は微笑みながら見守っていたが、次の瞬間そんなサコミズ総監の笑顔を 引きつらせる声が響いた。 「おっと、助っ人はここにもいるわよぉ」 いつの間にか、ドアのところに白衣をまとって、髪を後ろで留めた博士風の女性が、活発そうな笑みを 浮かべて立っていた。 「フジサワ博士!」 「はぁーい、元気してたあ? お久しぶりね、フシギちゃん」 いたずらっぽくミライに微笑んだのは、異次元物理学の権威、フジサワ・アサミ博士であった。まだ若いが、 かつてヤプールの異次元ゲートを封印するために使われたメテオール、『ディメンショナル・ディゾルバー』や、 エンペラ星人の暗黒四天王の一人、不死身のグローザムにとどめを刺した『マクスウェル・トルネード』などを 発明した天才科学者だ。また、サコミズ総監やミサキ女史とは旧知の仲で、特にミサキ女史とは名前で 呼び合う親友だけども、サコミズ総監とは。 「サコちゃんも元気そうねー……けーど」 「う、うん久しぶりですねフジサワ博士」 フジサワ博士に横目で睨まれて、サコミズ総監は手に持っていたコーヒーカップを机に置いた。 「私の前では絶対飲まないでって、言ったよね? コーヒー」 「う、うん、大丈夫、すぐに歯を磨くから」 ただ、大変にコーヒー嫌いのために、大のコーヒー党のサコミズ総監は昔からこの人がやや苦手なのであった。 総監が隊長であったころから平然と高圧的に接してくるし、今でも総監に向かって上から目線で言えるのは この人くらいだろう。 「まあいいわ、今回は私のほうが突然押しかけたことだから許したげる」 「ほっ、けどフジサワ博士、どうして突然?」 「ヤプール相手に、この私を呼ばないなんてほうが失礼じゃない? それに、私は奴に借りがあるのよ。 あいつは私の『ディメンショナル・ディゾルバー』で異次元のゲートを塞いだはずなのに、あっさりと復活して くれたからね。このままにしておけるわけないじゃない」 科学者として、発明品の失敗をそのままにしてはおけないと、彼女の瞳は熱く燃えていた。ともあれ、 フジサワ博士の助力は正直とてもありがたい。サコミズ総監は多少微妙な感じだが、一同は揃って博士を歓迎した。 「よしよし、ジョージがまだいないのが残念だけど、じゃあ再会を祝して乾杯といきますか!」 「博士、まだ勤務中ですよ」 「だーれが宴会までするって言ったの? 景気づけにジュースかなにかで一杯飲むだけよ。あ、もちろん コーヒーは抜きでね」 こうなれば、もう総監にも拒否権はない。それに、乾杯程度ならすぐ終わるし、景気づけも悪くない。 「じゃ、そうと決まれば善は急げ、みんなコップを持って明るいところに集合!」 「おーっ!」 鶴の一声で、新旧GUYSの面々は、暇なときにはよく空を見たりしているフェニックスネストのデッキに 集まった。 「かんぱーい!」 「乾杯!」 隊員たちの唱和とともに、歓声が空に吸い込まれていく。昔は怪獣退治に成功したお祝いにビールで 乾杯したこともあったそうだが、さすがに今のご時世ではそうはいかず、オレンジジュースでの乾杯となった。 短い時間だが、和気藹々とした空気が流れる。これからまた怪獣が現れ、死闘の連続となるのだろうから こんな時間も必要だろう。 しかし、コップの中身を喉に流し込んで空を見上げたとき、ミライとセリザワの目に空に輝く光の文字が 映ってきた。 「メビウス……」 「はい、ヒカリ」 「どうしたんですか?」 突然空を見上げて深刻そうな顔つきをしている二人にテッペイが尋ねてきた。 「光の国からの、ゾフィー兄さんからの、ウルトラサインです」 怪訝な顔をしているテッペイたちに、ミライはそう説明した。ウルトラマンが他の惑星にいる仲間に連絡を するときに使うウルトラサインは、地球人の目には見えないのだ。 「ウルトラの星からの! そ、それでなんて言ってきているんですか!?」 「はい、それが……」 興奮するテッペイや仲間たちに、ミライはウルトラサインで送られてきた驚くべき内容の事件を話していった。 それは、すぐ前に、ウルトラの星のあるM78星雲の一角にある、とある惑星で起こったことだった。 そこは、通称アニマル星と呼ばれる地球に環境のよく似た星で、かつてウルトラセブンのパートナーとして 地球で活躍したカプセル怪獣アギラの故郷であり、今は任を解かれたアギラや、ほかにもかつて地球を 離れて親子で宇宙に旅立った大海亀怪獣キングトータス、クイントータス、ミニトータスの親子が海辺で遊び、 地底では同じく地球から運び出された冬眠怪獣ゲランが卵といっしょに眠り、キングゼミラの生んだ卵が いつの日かの孵化のときを待っている。そう、ここは悪意はないが、その存在そのものが脅威となって 住む星を追われた多くの平和的な怪獣たちが、仲良く暮らしている星である。 そこへ、ある日突然次元を破って多数の高次元捕食獣レッサーボガールが出現し、平和に暮らしていた 怪獣たちや動物たちに襲い掛かってきたのである。むろん、怪獣たちも自分たちを守るために必死になって 応戦した。その先頭に立ったのは、言うまでもなく、任を解かれたとはいえ勇敢さにはひとかけらの曇りも 陰らせていなかった、あのアギラであった。 アギラは、持ち前の素早い動きで一匹のレッサーボガールの懐に飛び込むと、トリケラトプスのような 角を奴の腹に引っ掛けてひっくり返し、腹の上にのしかかって何度もジャンプして苦しめた。そうなると、 本来戦いを好まない怪獣たちもアギラの勇気に奮起して、この無礼な侵入者たちを撃退しようと反撃を 試みていく。キングトータス、クイントータスが手足を引っ込めて空中へ飛び上がり、レッサーボガールどもの 頭の上から火炎球を投下し、地球に居たときより成長したミニトータスも、手足を引っ込めた円盤状の形態で 高速回転して体当たりをかける。他にも、地球では名も知られていない怪獣たちが殴りかかったり、 火を噴いたりして応戦し、本当に戦う力のない者たちを逃がそうとする。たとえ非力な集団でも、リーダーが 勇猛であればその勇気が伝染し、より以上の実力を発揮するという好例であった。 それでも、今度のレッサーボガールたちは最初から巨大なものばかりであり、次元の裂け目から最終的には 一〇体もの大群で現れたために怪獣たちも押され始め、奴らが目と手から放つエネルギー弾や、凶悪な パワーによってアギラやトータス親子も傷つき、そしてついに奴らが巨大なハエトリグサのような口を大きく 開き、怪獣たちを捕食しようとした、そのときだった! 『ストリウム光線!!』 突如天空から降り注いできた虹色の光が先頭をきっていたレッサーボガールの一体を吹き飛ばし、 次の瞬間、真紅に輝く光の玉が舞い降りてきた。そしてその中から現れる猛々しい巨躯と、天を睨む大きな 二本の角を持つ巨人。見よ、ウルトラ兄弟六番目の弟、ウルトラマンタロウの雄姿を!! 「トァァッ!!」 タロウは一〇匹ものレッサーボガールの群れに敢然と正面から立ち向かっていった。大地を強く蹴り、 天高く跳び上がったタロウの体が空中で目にも止まらぬ速さで回転しながら不規則に宙を舞う。そしてその速度を 最大限にまで高めたとき、獲物を求めて急降下する燕のように蹴りつけた!! 『スワローキック!!』 顔面に直撃を食らった一匹がたまらずに吹っ飛ばされ、地面を勢いよく二〇〇メートルは吹っ飛ばされた。 だが、レッサーボガールどもは狂犬の群れのようにいっせいにタロウに襲い掛かってくる。 「トォッ!!」 それに対してタロウは再び宙に跳び、スワローキックの連続で対抗していく。超高速での飛行と急降下キックの 連続に、レッサーボガールどもはまったく対応できない。あっという間に群れは散り散りになり、個別にタロウを 追い回したあげくに味方同士でぶつかって転んでしまう始末だ。 タロウは思うさまに敵を翻弄すると、着地してアギラを助け起こした。 「アギラ、よくやったな。後はまかせろ」 傷ついたアギラの背を軽くなでて、タロウは仲間たちを連れて下がっているように指示した。アギラは、言葉を しゃべることはできないが、タロウの意思を理解してよろめきつつトータス親子やほかの怪獣たちを引き連れて 下がっていく。かつてリッガーと戦ったとき、ダンが時限爆弾島の中枢を破壊するまで食い止めたように、 敵を倒せないまでもここの怪獣たちを守り抜くという使命は立派に果たしたのだ、恥じるべき何者もなかった。 そして、アギラから使命を受け継いだタロウは敢然と、怒るレッサーボガールたちに再び向かっていった。 「いくぞ!!」 一匹のレッサーボガールと真っ向から組み合ったタロウは顔面を殴りつけ、ひるませたところに膝蹴りを 叩き込み、そのまま流れるように投げ飛ばした! 地面を転がる一匹を踏み越え、さらに二匹が迫ってくる。タロウは奴らよりはるかに素早い身のこなしで これをかわし、さらにエネルギー弾を撃ってきた奴にチョップを打ち込み、肩を掴んで巴投げで別の奴へと ぶっつける。 そうかと思えば、突撃してきた奴に足払いをかけて転ばせ、腕力に自信を持って向かってきた一匹を、 さらに強力なパンチでグロッキーにしていく。その圧倒的な身のこなしとパワーには、さしものレッサーボガール どももきりきり舞いさせられるばかり、ウルトラ兄弟最強のパワーの持ち主は、東光太郎時代に培った ボクサーの軽やかなフットワークも加わって、いわばライト級とヘヴィ級、両方の長所を併せ持つウルトラ級 パンチャーであったのだ。 こんな相手を敵にしては、以前メビウスを苦しめた怪獣であろうと勝負にならない。否、あのときのメビウスと タロウではそもそもの実力差が大きく開いている。 「それにしても、いったいなぜこの星にこいつらが……?」 戦いながらタロウは浮かんできた疑問の答えを考えていた。このレッサーボガールという怪獣が、メビウスが 地球滞在していたときに戦ったものと同種であることは、光の国からメビウスの戦いを見守り続けていたタロウは 知っている。しかし、生き残りがいたとしても光の国のすぐそばのこの星を狙ってくるとは、単に食欲に駆られて のことか? それにしてもこれほどの群れが一度にとは、こいつらはそれほど仲間意識のある怪獣ではなかった はずだが、誰か先導した者でもいたのか。 ともかく、場所がM78星雲の中だったために、光の国に滞在していた自分はすぐさま駆けつけることができたが、 光の国の庭先とも言うべきこの星が襲われるとは、由々しき事態に間違いはない。それに、せっかく安住の地を 得て平和に暮らしている怪獣たちの生活を脅かすとは許せない。タロウは怒りを込めて、一体のレッサーボガールの どてっぱらに、渾身の正拳突きをお見舞いした。 『アトミックパンチ!!』 タロウの超パワーのパンチはレッサーボガールの腹を突きぬけ、背中まで貫通した。タロウは致命傷を負って もだえるその一体から腕を引き抜くと、今度は別の一体の頭上へと高く飛び、急降下してその首に手刀を叩き込む! 『ハンドナイフ!!』 一撃でレッサーボガールの首が寸断されて宙を舞う。一瞬のうちに二体を格闘技のみで葬り去り、さらなる余裕を 持って残った八体へと向かっていく。圧倒的な実力差、タロウに太刀打ちするのならレッサーボガールでは 余りに荷が重すぎた。 しかし、このまま戦えばタロウの圧勝かと思われたとき、突如レッサーボガールどもは攻撃目標をタロウから 逃げようとしていたこの星の怪獣たちに向けて襲い掛かっていった。 「なに!?」 タロウは慄然とし、そして焦った。残り八匹のレッサーボガールと戦って撃破するなら、実力差から申し分ない。 しかし、八匹を食い止めなければならないとしたら話が違う。自分に背を向けてアギラに先導されて逃げていく 怪獣たちへと向かうレッサーボガールに、タロウは組み付いて投げ飛ばし、背中からキックを入れて転ばせるが、 群れ全体の進行は止まらない。 「くそっ、どういうことだ!?」 知能が低く、統率された行動などとれないはずのレッサーボガールの突然の方針変換に、タロウはやはり こいつらには操っている黒幕がいるのではと当たりをつけたが、今はともかくこいつらを止めるしかない。 だが、怪獣たちに向かうのを止めようとするタロウの前に、三匹のレッサーボガールが振り返って立ちふさがってくる。 足止めをするつもりか、やはりこの知的な行動はレッサーボガールのものではない、しかしその黒幕を探している 時間はない。 一方、タロウが残った三匹を相手に一方的だが時間を浪費する戦いを強いられている頃、この星の豊かな 森林の影から戦いを見守る人影、別世界でジュリと戦ったあの女だ。こいつは、レッサーボガールが現れる 前にこの星に現れて、絶好の餌場となるここへ手下の群れを呼び寄せ、怪獣たちが充分弱ったところでまとめて 捕食しようと狙っていたのだが、予想以上に早くウルトラマンタロウが駆けつけてきたために出て行くことを 中止して、テレパシーで手下を操っていたのだ。 そして、今タロウを足止めできているうちに、残った手下で怪獣たちを捕まえてと意図していたのだが、 その企みは同じ森に住んでいる八メートルほどの小型怪獣の鳴き声で打ち砕かれた。飛んで逃げようと していたミニトータスを長く伸びる舌で捕まえ、助けようとするキングトータスとクイントータスをも組み伏せた レッサーボガールの頭上に新たな赤い球が出現し、それは奴らが気づいた瞬間には、真紅に燃える彗星と なって舞い降りてきていたのだ! 『レオ・キック!!』 彗星が、一匹のレッサーボガールのシルエットと重なり、すれ違った瞬間にはその一体の上半身は消滅していた。 文字通り、下半身だけを残して恐るべき破壊力によってもぎ取られていったのだ。そして、その一撃をもたらした 者こそ、大地に降り立った赤き獅子の勇者!! 「エイャァ!!」 戦え!! ウルトラ兄弟No.7、ウルトラマンレオよ!! レオはキングトータスとクイントータスを襲っていた二匹を蹴り倒し、ミニトータスを襲っていた一匹の舌に 向かって、赤いエネルギーをまとった手刀を振り下ろした。 『レオ・チョップ!!』 張り詰めたゴムがちぎれるように、レッサーボガールの舌が千切れ飛んでミニトータスが解放される。 「レオ!!」 「タロウ兄さん、ご無事ですか?」 思いもよらぬ弟の救援に驚くタロウの目の前で、レオは残った四匹のレッサーボガールを同時に迎え撃つ。 宇宙拳法の達人であるレオにとって、力任せに襲ってくるだけの怪獣など恐れるにも値しない。タロウにも 劣らぬ俊敏さで一匹の懐に入り込んでパンチの連射を叩き込み、怒った他の三匹が同時にエネルギー弾を 放ってくるのを、流れるようなサイドステップとバック転でかわす。いくら連射しようと、ケンドロスのブーメラン攻撃や、 ノースサタンの含み針をすべて見切れるレオに当たるわけがない。 お返しにと、間合いをとったレオは右手にエネルギーをため、赤く輝く光の球に変えて投げつけた! 『エネルギー光球!!』 直撃を受けた一匹は頭部を粉砕されて、倒れた体も一歩遅れて砕け散る。残りは六体! 「タロウ兄さん」 「レオ、いくぞ!」 タロウとレオは視線をかわし、同時に残ったレッサーボガールに構えをとる。いまだ数では二対六と不利、 しかし、兄弟が力を合わせればこの程度の数の差など問題にならない。 タッグを組んだタロウとレオは、前転して勢いをつけると、同時にキックを打ち込んだ! 「イヤァァッ!」 マネキンのようにあっけなく倒れるレッサーボガールを乗り越えて、さらに四体が二人の前に立ちふさがる。 しかし、そのときにはすでにレオは空高く跳び、タロウは両手を前にかざして光の壁を作り出していた。 『タロウバリヤー!!』 四体分のエネルギー弾の乱射はすべてバリヤーにはじき返され、落下してきたレオの手刀が一閃する! 『ハンドスライサー!!』 縦一文字の斬撃炸裂! 食らった一体が左右真っ二つに寸断される。 最初の半分に数を落としたレッサーボガールは、それでも無価値となった数の有利を頼んで戦意と殺意を 失っていないが、タロウとレオの攻撃は緩みはしていない。タロウのスワローキックの連続と、レオの格闘攻撃が 真上と真下の三次元攻撃となって襲い掛かり、対して連携などとりようもないレッサーボガールは個別に 反撃を試みるだけで、二人にはかすりもしない。そしてタロウの空中攻撃に対抗しようと三匹が背中合わせに 固まったときに、レオも跳んだ! タロウに目を取られて動けないでいる三体の上空から、回転しながら勢いよく 直角に降下したレオのキックが同時に炸裂する。 『きりもみキック!!』 かつて双子怪獣レッドギラスとブラックギラスを葬り去った必殺技が炸裂し、三匹の首が一辺にはじけ飛ぶ!! さらに今度は両手を高くかかげたタロウの体が急速回転を始め、大気を渦巻かせる巨大竜巻を発生させた! 『タロウスパウト!!』 一瞬で最後の二匹を飲み込んだ巨大竜巻は、抵抗などまったく許さぬ勢いを持って上空高く吹き飛ばした。 「ようし、とどめだ、レオ!」 「はい、タロウ兄さん」 上空から回転しながら落ちてくるレッサーボガールへ向けて、二人は最後の一撃の体勢をとった。 両手を頭上で合わせ、腰に落としたタロウの体が虹色のエネルギーで輝き、レオが両手を体の前で高速で クロスさせると同時にエネルギーがスパークし、タロウは腕を逆L字に組み、レオは両腕を突き出し、必殺の 光線を放った!! 『ストリウム光線!!』 『シューティングビーム!!』 虹色と赤色の破壊光線が、一寸の狙い違わず撃ち抜いた時、二つの火炎の花がこの戦いの終焉を告げた。 この星を襲った一〇体のレッサーボガールは、天を焦がす大爆発を最後に、二人のウルトラ兄弟の前に 全滅したのだった。 アギラやトータス親子をはじめとする怪獣たちも無事だ。タロウとレオは満足そうにうなづいた。 「ところでレオ、どうしてお前がここに?」 「ロンが、私を呼んでくれたのです」 見ると、レオの足元に小さな怪獣が駆け寄ってきた。それは、かつてレオの故郷、L77星でレオのペット だった怪獣、ロンだった。昔、ロンはレオと同じくマグマ星人によってL77星が滅ぼされたときに故郷を 失い、宇宙をさまよっているうちに巨大化し、性格も荒くなって地球で暴れていたが、レオによって正しい 心を取り戻されて元の大きさに戻され、今はこの星で暮らしているのだった。 「そうか、そうだったのか」 これで、今は任務で光の国を離れているはずのレオが駆けつけてこられた理由がわかった。タロウは レオといっしょにロンの頭をなでてやって礼を言った。おかげで、この星の危機を犠牲を出さずに切り抜ける ことができたと。 だが、平和が戻ったと思われたそのときだった。 突如、森の一角から禍々しいオーラが立ち上り、人間の姿が宙に浮かんだかと思うと、それが一瞬で 変異して、レッサーボガールとよく似た、しかし比べようもなく邪悪な雰囲気を持つ怪獣が現れたのだ。 「お前は!?」 「ボガール……」 タロウには、そいつの姿に確かな見覚えがあった。かつて宇宙の星星を荒らしまわり、あらゆる生命を 食いつくし、絶滅させていった凶悪な食欲の権化、高次元捕食体ボガール。これでレッサーボガールどもが この星に大挙して現れた理由もわかった。けれど、ボガールは確か数年前、地球でメビウスとヒカリによって 倒されたはずなのに。 「ボガール、きさま、生きていたのか」 「キサマラ……ヨクモ、テシタドモヲ……マタ、ショクジノジャマシタナ」 片言でしゃべるボガールは怒りをあらわにして、タロウとレオに攻撃態勢をとってくる。どう見ても、話の 通じる相手ではないと理解した二人も再び身構える。 しかし、両者が激突する前に、ボガールの後ろの空間が割れて、赤黒い次元の裂け目が生じた! 「ボガール貴様、勝手に何をしている!?」 「グ……キサマカ」 次元の裂け目から響いてきた禍々しいエコーのかかった声に、タロウとレオも思わず立ち尽くした。 それが、異次元でボガールの人間体と話していたクロムウェルの声だと彼らが知るはずもないが、 空間を割って移動するやり方には、はっきりと心当たりがあった。 「ヤプール、やはり貴様が黒幕についていたのか!!」 タロウはかつて地球で二度ヤプールと戦ったことがある。特に、Uキラーザウルスと戦ったときの印象は 強烈で、そのときの邪悪なオーラと今次元の裂け目から漂ってくるものの質は同じだった。ただし、 ヤプールとは多数のヤプール人の意識集合体なので、今話しているヤプールは、あのときのヤプールとは 同一人物とも別人ともいえる。 「ぬぅ……ウルトラマンタロウか。ボガールの馬鹿め、貴様が先走ったおかげでウルトラ兄弟に我らの ことが知られてしまったではないか!」 「シルカ……アレシキデ、ワタシノウエハミタサレン」 「ともかく戻れ、エースを倒すまで、貴様の能力を失うわけにはいかんのだ!」 次元の裂け目は急膨張すると、ボガールを強制的に引き込み始めた。これはかつてギロン人が アリブンタのえさとなる人間を捕らえるために使った異次元蟻地獄の変形だろう。ボガールは抵抗 するが、なすすべなく引き込まれていく。 「待て、逃がさんぞ!」 タロウとレオは、ここで逃がしてはなるまいと光線で追撃をかけた。 『ストリウム光線!』 『エネルギー光球!』 二人の攻撃は、消え行くボガールまであと一歩と迫ったが、わずかに次元の裂け目が閉まるほうが 早く、空しく空を切って飛び去っていった。 「逃がしたか……」 異次元に逃げ込まれてしまっては、こちらとしては追撃のしようがない。だが、残念そうに拳を握り締める タロウに、レオは今の会話でわかっただけの情報と、希望を示した。 「タロウ兄さん、奴を逃がしたのは残念でした。けれど、これでヤプールが復活しているということと、 ヤプールとボガールがつながっているということがわかりました。そして何より、奴はこう言いました。 「エースを倒すまで、貴様の能力を失うわけにはいかない」、と、つまりエース兄さんは今もどこかで 無事でいるということです」 「そうか! 思い出してみれば、ヤプールならボガールを復活させられても不思議ではない。それにしても、 今回は餓えたボガールが独断で行動したらしいが、我らにとっては貴重な情報を得れたことになるな」 「そうですね。それに今のボガールはメビウスが戦ったときに比べて、かなりパワーダウンしていた ように見受けられました。だからヤプールも慌てて回収したんでしょう」 もしヤプールがボガールを無理矢理にでも回収しなければ、奴は間違いなくタロウとレオに葬り去られて いただろう。それでも、存在を知られるのを覚悟で出てきたのはボガールにそれだけのことをする価値があるからだ。 「これは、大きな転機になるかもしれん。とにかく、ゾフィー兄さんに急いで報告しなければならんが、 レオ、私はこの星の怪獣たちのために、もう少しここに残りたい。すまないが、宇宙警備隊本部へ 直接報告へ行ってくれないか?」 「わかりました。では、こちらはお任せします……ロン、よく私を呼んでくれた。元気でいろよ」 レオは、かつての家族の頭をひとなですると、後は振り返らずに飛び去っていった。 そして、残ったタロウはアギラやトータス親子など、傷ついた怪獣へ向けて両手を掲げて治療光線を 放っていった。 『リライブ光線』 きらめく光のシャワーが怪獣たちの傷を癒していく。ウルトラの母の血を引くタロウは治癒の力でも 兄弟の中で群を抜いているのだ。けれど、タロウはこのままヤプールの跳梁を許せば、この何倍もの 犠牲が出ることになると、背筋を寒くした。今回のヤプールとボガールの言動を見ると、奴らはもうしばらく 力を蓄えるまで潜んでいるつもりだったのだろうが、尻尾を掴んだ以上必ず引きずり出してやる。 その後タロウは、また先走ったボガールが攻撃を仕掛けてこないかパトロールの強化を要請するために 自身も光の国に帰還していった。だが、そのころにはすでにレオからゾフィー、そしてウルトラの父に事態が 報告され、ゾフィーから地球のメビウスとヒカリへ向けてウルトラサインが放たれていたのだ。 こうして、はるかM78星雲で起きた事件の全容をGUYSの皆に説明し終わったミライは、深刻に考え込んでいる 皆を見渡した。やはり、かつて必死の思いで倒したボガールが復活し、さらにヤプールと手を組んでいると なると平然とはしていられない。特に、ミライは目を閉じて瞑想しているように考え込んでいるセリザワ、 ヒカリに声をかけた。 「ヒカリ……」 「わかっているメビウス、私は、大丈夫だ」 その声には、こもった感情を理性で押さえつけているものがあった。ヒカリとボガールには、浅からぬ因縁がある。 かつてボガールは、科学者であったヒカリが愛した奇跡の星アーブを滅ぼし、死の星に変えてしまった。 そのときヒカリはアーブを守れなかった悲嘆から、アーブの怨念に取り付かれて復讐の戦士、ハンターナイト・ツルギと 化して宇宙のあちこちで暴力をふるった。地球に来てから、メビウスやGUYSとの触れ合いでウルトラマンとしての 心を取り戻し、ボガールとの復讐劇にも決着をつけたが、やはり心穏やかならぬものがあるのは仕方がない。 「ここ最近の怪獣の頻繁な出現は、ボガールのせいだったんでしょうか?」 話を進めようと、ミライはその話を振ってみた。ボガールは、自身の食料となる怪獣を地の底の眠りから蘇らせたり、 宇宙から呼び寄せたりする能力を持っている。かつてのディノゾールをはじめ、本来現れずにすんだはずの 怪獣が大挙ボガールのせいで現れて、結成当時のリュウたちは苦労したものだ。 「いえ、可能性は高いですが断定はできないですね。ボガールの仕業なら、食料にするために奴も現れるはずですが、 今回のとおりヤプールはボガールを隠したがっています。となると、地球の混乱を狙ったヤプールの仕業ではないでしょうか」 テッペイの仮説には証拠はなかったが、十分な説得力を持っていた。だがそれにしても、片方だけでもやっかいな 相手が形だけとはいえ手を組んでいるとは先行きが思いやられる。ボガールの能力と、ヤプールの智謀が化合したら どんな恐ろしい手で攻めてくるか。考えただけで気が重くなる。 その陰鬱な空気を変えたのはサコミズ総監だった。 「みんな、ヤプール、そしてボガールまで復活を遂げているのは確かに容易ならざる事態だ。しかも、ヤプールは 行動を秘匿しようとしていたことからも、これまでにない規模での侵略、我々への復讐をもくろんでいるんだろう。 しかし、同時にこれまで不明だったウルトラマンAの安否の一端も掴めた。ヤプールにすれば、慌てたはずみで 口をすべらせたのだろうが、我々にとっては大きな前進だ。この宇宙のどこかで、ウルトラマンAは今でも ヤプールの計画を阻んでくれている。我々も、早く彼を見つけ出そうじゃないか」 「……G・I・G!!」 いっせいにCREW GUYSの隊員たちはサコミズ総監に向かって返礼した。隊長を降りても、この人がGUYSの 大黒柱なのには変わりない。あっというまに隊員たちに満ちていたマイナスの気をプラスに変えてしまった。 これまでは漠然としていた、対ヤプール、ウルトラマンA救出作戦が現実味を帯びてくると、リュウたちはさっそく 訓練だと元気よく駆け出していって、テッペイは新人といっしょに情報分析、コノミはサポートと適材適所に ついていき、フジサワ博士も「さすがサコちゃん、やるじゃない!」と褒めていった後、対ヤプール用新型 メテオールの開発に取り掛かっていった。 こうして、GUYSは小さいながらも確実な一歩を踏み出した。 「エース兄さん、待っててください。すぐに助けに行きますからね」 「ボガール……次に会ったときには、今度こそ二度と蘇れないよう、完全に倒してやる」 ミライは空を見上げ、見果てぬ先で戦っているであろう兄に誓い。ヒカリは復讐心を押さえ、今度は宇宙警備隊員として ボガールの殲滅を誓った。 だが、堤防のこちら側で大荒れだからといって、向こう側も同じだとは限らない。時空の壁を越えた場所では、 まだ台風もその雲を陰らせてはおらず、平穏な陽光のもとで暖かな夏の日差しが少年少女たちを照らしていた。 「ふぃーっ……気持ちいい」 ルイズは足を小川のせせらぎの中につけて、夏の猛暑の中で味わえる最高の快楽を満喫していた。 すでに港町スカボローを出て一日、馬車でののんびりした旅とはいえ、ほろの中でも夏の暑さはこたえる。 そんなときに見つけたのが、街道に平行して流れる幅五メイル程度の小川であった。見回せば、向こうでは アイちゃんとキュルケが水遊びをしていて、ロングビルは監督役、タバサは水に足をつけながら本を読んでいて、 シエスタは夕食に使うんだと魚を獲る罠をこしらえている。そんでもって才人はといえば。 「しゃあ、三回成功! 次は四回だっと。うーん、なかなかよさそうな石がないなあ」 と、石投げの水切り遊びに熱中している姿はどちらが子供かわかりはしない。怒鳴りつけてやろうかと ルイズは思ったが、足元から伝わってくる涼しさのおかげでどうでもよくなった。 「こんなことなら、水着でも持ってくればよかったわね」 と、ルイズがつぶやいたのを才人は聞き逃したが、仮に準備があったとしてもこの世界の女性用水着は ゆったりとした無地のワンピースのような色気のかけらもないものなので、期待したあげくに、間違いなく 激しくがっかりしたことだろう。 しかし、この暑さだと着衣のままでも水に飛び込みたくなる。どうせすぐ乾くだろうし、水遊びが楽しそうな キュルケたちを見ると、飛び込んじゃおうかなと思ったとき、彼女の足に川の流れに流されてきた何かが 軽く当たって、それを水中から拾い上げた。 「……貝がら?」 それは、ピンク色の光沢を持つ手のひらほどの貝がらだった。見ると、向こうでは才人も同じ貝がらを 拾って水切り石の代わりにして遊んでいる。どうやら水切りにはちょうどいいらしく、記録が伸びたと 喜んでいる。 「おーいルイズ、これけっこう面白いぞ。桜貝に似てるけど、なんて貝かな」 そう言われても、いちいち貝の名前なんて知るはずがない。というか、けっこうきれいな貝なのだから 「この貝がら、君の髪の色といっしょで首飾りにしたら似合うよ」くらいは言えないのだろうか、まぁかといって ギーシュのように饒舌に口説き文句を言う才人など気持ち悪いだけなのだが。 よく見ると、川原のあちこちには同じ貝がらが散乱している。ルイズたちと同じように休憩している 旅人の中には拾って持ち帰ろうとしている者もいるようだが、宝貝などは見慣れているルイズは特に 執着は持たずに投げ捨てた。キュルケたちも同じなようで、シエスタなどは魚のほうに興味があるようだ。 ちなみに、試みにロングビルやタバサに貝の名前を聞いてみたが、知らないと言われた。まあどうでも いいことなのだが。 「この調子だと、明日には着くわね……ふわぁぁ」 疲れが水の中に溶けていくような感触は、やがて眠気へと変化していった。 「キュルケおねえちゃん、この貝がらアイのたからものにするー」 「いいわね。大事にしなさい、じゃそろそろ上がろうか」 川から上がってアイの足をタオルで拭いているキュルケの姿には、ルイズも自然と笑みが漏れてくる。 にっくき宿敵だが、面倒見がよく子供受けするタイプだということくらいはわかる。いろいろと対象的な 相手だが、こういうところはうらやましいと思った。 この風景だけ見ると、とてもこの国で未曾有の内戦が続いているとは思えない。街道を行き交う人々も あからさまに武器をたずさえている人はほとんどなく、商人から自分たちのような旅人、作物を運ぶ農夫と 様々な身なりの人々が額に汗して歩いており、中にはこの暑さにも関わらずに全身黒一色で固めて 平然と歩いている人も見かけたが、すぐに雑踏の中に紛れていってしまったためにそこで忘れた。 実際ルイズが見るところ、トリステインとあまり差がないように思われ、アルビオンは平和な大陸だった という噂は、これを見る限りは本当だった。 白の大陸は暖かな自然に囲まれて、今のところは平和が続いていた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第86話 暗黒の意思 変身超獣 ブロッケン 登場! どんなに長い夜であろうと、明けない夜はない。たとえ、その夜明けが望まれない ものであったとしても。 長いようで短くもあった内乱を続けたアルビオン王国にとって、王党派と反乱勢の その正真正銘の最終決戦となった、ある夏の日の戦いは、ごくごく平凡な形で始まった。 王党派は夜明け前に全員起こしがかかり、内臓に負担がかからない糧食をとった後に、 北の空へと向かって待機し、太陽が昇ったその数時間後に目的のものは現れた。 「北北西、距離二万、敵艦隊を確認! 戦艦一、護衛艦三」 王党派の拠点の城の最上階の見張り台の兵士の叫びとともに、王党派は全軍 戦闘配備をとり、全戦力を敵旗艦レキシントン号を撃沈するためだけに備える。 その様子を、ウェールズとアンリエッタは城のテラスから見下ろしていたが、 やがて肉眼でも敵艦隊が見えてくると、自然とそちらを見上げていた。 「やはり正面から来ましたわね」 「ああ、奴らにはもう小細工をする余裕もないし、風石や弾薬の余裕もないだろう。 戦略的に、今さら撤退しても戦力の回復は不可能だし、もうレコン・キスタが 逆転に望みをかけられる手段は一つしかない」 「わたくしたちを、殺すことですわね」 もしここで王党派の旗手であるウェールズを失えば、王党派は再起不能の打撃を 受ける。けれども、敵の大将をとれば大逆転という軍事的な冒険に出て成功した 例は少なく、地球の例を取ってみても大阪冬の陣で徳川家康に肉薄した 真田幸村も、その壮絶な戦いぶりが伝説とはなったが、結局は力尽きて全滅している。 ただし、その逆もないとは言い切れず、だからこそ敵は死に物狂いになって攻撃を 仕掛けてくるだろうが、これを撃退してこそやっと平和がこの大陸にやってくる。 また、無言でうなずいて、接近してくるレキシントンを見つめ、来るべき時を 待ち受けているウェールズとは別個に、アンリエッタはおそらくはやってくるであろう 悪魔の襲撃を見落とすことのないよう、神経を集中して空を見やっていた。 ”ヤプール、今もこの空のどこかから見ているのでしょう。お前たちの企みは わかっています。どこからでもかかってきなさい。このアルビオンを、トリスタニアの 惨劇の二の舞にはさせません” 何の正統な理由もなく、破壊し、服従させることだけが目的の侵略者・ヤプール。 あの燃え盛る街と、何の罪もないのに焼け出され、断末魔の悲鳴をあげて 死んでいく人々の姿は忘れることはできない。アンリエッタは、このアルビオンをも 同じ目に合わせようと企んでいるのなら、全力を持って阻止すると心に誓った。 その後ろには、護衛としてカリーヌとアニエスが油断なく直立不動で構え、 レコン・キスタの事情に詳しいミシェルは準参謀で、ルイズたち一行は、護衛兼、 ヤプールの攻勢が始まった場合に対応するためにつばを飲んで待っていた。 「敵、距離一万! 竜騎士等は見受けられません」 レキシントンにはドラゴンをはじめとした、幻獣を搭載する母艦機能もあった はずだが、戦闘空域に達しようとしている今でもそれらが飛び立つ気配はなく、 やはり昨日の戦いで消耗した分の補充が、もう不可能なのだということが 察せられた。 「これなら、案外早くけりがつくんじゃない?」 「甘いわね。制空権をなくしているとはいっても、レキシントンはアルビオン 最強の戦艦であることには変わりないわ。それに、敵も今回は窮鼠と化してる。 一隻だけだからこそ、逆にあなどれないわ」 敵の残存戦力が少ないからと、楽観ムードを漂わせているルイズをキュルケが たしなめている間にも、レキシントンは巨体ゆえに一見したら止まっているのでは ないかと思えるが、しかし確実に接近してきて、その距離が二〇〇〇になった ところで戦闘開始の号砲は鳴った。 「対空砲、撃ち方はじめ!」 先日の戦いで、一門だけ生き残ったゲルマニア製の長射程砲が火を噴き、 レキシントンからやや離れた空間で砲弾を炸裂させると、レキシントンは 照準を外そうと右に転舵しながら、左舷の大砲を城の前で陣を張って待ち受ける 王党派軍に向けてくる。 もはや、戦闘回避は不可能、ここにアルビオン内乱の最終決戦、第三次 サウスゴータ攻防戦の幕は切って落とされた。 「竜騎士隊、突撃せよ!」 「各部隊は散開し、それぞれの判断に従って対空攻撃をおこなえ!」 「敵弾、来ます!」 「東側陣営に着弾、バレーナ小隊、指揮官戦死!」 「衛生兵は、ただちに負傷者を後送せよ。全部隊、全兵器使用自由、集中攻撃をかけろ」 矢継ぎ早に命令や報告が乱れ飛び、戦場はたちまち両軍の砲弾や魔法が交差し、 落とそうとする王党派と、落とされまいと必死で前進を続けるレキシントンが攻防を 繰り広げる姿は、遠くから見れば大変に勇壮に見えただろう。 その戦闘の様子を、ルイズたちは遠見の魔法でその場所にいるように眺めていたが、 先日の戦いとは違って、間近で見る凄惨な人間の殺し合いは、ルイズたちの想像を はるかに超えていた。 「母さん、母さん……」 「腕……俺の腕はどこへ行った」 「兄さん、首、あれ? 首から下は……」 ほんのわずかな時間で、死への門をくぐるもの、体の一部を失って捜し求めるもの、 発狂して幽鬼のように戦場をうろつくものが続出し、それは戦場を武勲を立てる場だと 考えていたルイズに、耳を塞ぎ、目を閉じてもなお嘔吐をもたらすほどの凄惨さを 叩きつけていた。 「ルイズ……」 アンリエッタも、目を逸らしたいのを我慢して必死に自分の命令で死地に赴いた 人々を見つめる。カリーヌやアニエスは何も言わずに、唯一変わらないタバサを 例外にして、才人やキュルケですら、目の前に見せ付けられる現実には顔を 青ざめさせていた。 「なんなんだよこれは、こんなもの、まともじゃねえ」 才人も、ウルトラマンAとともに数々の怪獣や宇宙人と戦い抜いてきたが、 それらには平和を守るための使命と誇りがあり、戦う先にある平和を望むことが できたのだが、目の前のものは、そうした『戦闘』ではなく、人間と人間が 身勝手な理由で無関係な人々を代わりに戦わせる最悪の愚行、『戦争』であった。 『戦闘』と『戦争』は、似ているようでまったく違う。ウルトラマンと怪獣、侵略者の 戦いには、平和を守る使命、破壊本能、支配欲、生存のためと両者ともに、 もしくは片方だけでもそれぞれちゃんと理由をもっているし、レッドキングと チャンドラーの縄張り争いにさえ、きちんとした戦う理由があり、そのために自ら血を 流しているから、そこには戦う者の美しさがある。 ただし、そこに『国』という枠が入ると戦いはその質を大きく変える。 意思と意思のぶつかり合いであった『戦闘』は『戦争』へと変わり、この戦いでも 一部の忠誠心あふれた貴族を除いては、ほとんどの者が徴兵され、扇動されて 戦っているので、ひとたび心が折れれば、そこには醜悪な本能の露呈しか残らず、 筆舌しがたい苦悶と絶望の場となる。まさに、人間の生み出す中でこれほどの 愚行はほかにない。そんな中で、わずかな慰めがあるとすれば、ウェールズや アンリエッタがそうしたことを理解しており、自らの身を敵の囮として、戦いを ほんのわずかでも早く終わらせるように勤めていることだろう。 そのわずかな一端にルイズたちは触れ、一刻もはやく終わってほしいと心から願った。 しかし、ルイズたちが良心から人々の苦悶に必死に耐えている間にも、 絶望と悲嘆の声を望むものは、さらなる混沌の種をこの戦場にばらまいた。 それは、戦闘開始から一時間ほど後に、両軍の戦闘が硬直状態になったときであった。 「っ? 地震か!?」 突然城の床が大きく揺れ動いたかと思うと、次いで慌てて駆け込んできた伝令の 兵士によってもたらされた報告が、戦場が最初の変化を遂げたことを告げた。 「ほ、報告します! 突然一階に所属不明のメイジが侵入してきて暴れております。 現在近衛師団が応戦していますが、どうやらスクウェアクラスらしく、こちらのメイジや 兵では太刀打ちできません。至急応援を願います」 「なに!? レコン・キスタにまだそんな戦力があったのか。まさか、レキシントンは囮で、 その隙に我らを襲うのが狙いか」 ウェールズは想定外の事態に驚いたが、ルイズたちはすでにその相手について 想像がついていた。 「ワルドか……」 遠見の魔法で確認して、間違いがないことがわかると、奴に手傷を負わされた ミシェルや、形だけとはいえ婚約者であったルイズの顔に憎憎しげな色が浮かんだ。 アンリエッタや仮面の下のカリーヌも、表情は変えないが心境は同じようなものだ。 「また性懲りもなくやってきたのね。けど、あいつは昨日『烈風』に瀕死の重傷を 負わされたんじゃあ?」 「ヤプールなら、人間の体を一晩で治すなんて簡単だろうぜ。にしても、あの野郎、 ひどいことしてやがる!」 超獣を次々と作り出し、かつては死者を蘇らせることまでやってのけたヤプール にとって、人間の命などはとるに足りないものなのに違いない。 ワルドは、無差別にあらゆる魔法を撃って、食い止めようとしている兵士たちを 蹴散らすだけではなく、抵抗できない者には風を、逃げ出そうとする者には雷を与えて、 死と破壊を振りまいている。むろん、王党派のメイジも食い止めようとしているようだが、 スクウェアクラスの魔力をさらに増大させているワルドには歯が立たない。しかも その力は、己の欲のために悪魔に魂を売った結果で、裏切り者、卑怯者、あらゆる 悪罵を投げつけてなお余りある。 「ほんの少しでも、あいつに気を許していた自分が腹立たしいわ」 「ああ、見れば見るほどムカつく顔してやがる。だが、よほどワルドの体が 気に入ったんだな。もしかしたら、今ならワルドの体のまま倒すことができる かもしれない」 ウルトラマンとて、同化した人間や、人間に変身した状態で殺されたら ひとたまりもない以上、ワルドの体のままでなら人間の力でも倒せるかもしれない。 才人の言葉でそれを確信したルイズは、すぐに杖を上げていた。 「わたしが行きます!」 「ルイズ!?」 「今、動ける余裕のある戦力はわたしたちしかいません。それに、あいつだけは わたしのこの手で引導を渡してやらねば気がすみません!」 幼い頃から優しくしてくれたのは、いずれ利用するためだったと知ったときに、 ルイズのワルドに対する感情は、すべて黒く塗り替えられていた。怒りと悲しみが 渦巻いて、今にも爆発しそうなほどに膨れ上がっていく。しかしそれを聞いて、 アンリエッタは確かに予備戦力として残しておいたが、あの『烈風』でさえ てこずった相手に本当にぶつけていいのかと、この場になって急に迷いが生じた。 「しかし、相手はただでさえスクウェアメイジ、あなたの力では」 本来ならアンリエッタはカリーヌに出てもらおうと思ったのだが、残念ながら 昨日の戦いでカリーヌの精神力は空になってしまっていて、一晩の休養では 回復しきれず、並のトライアングルメイジ程度の力にまで落ち込んでしまっていた。 もっとも、使い魔とともに戦えばまた別だが、城の中でラルゲユウスを 暴れさせるわけにはいかない。 いや、それ以前に、アンリエッタはルイズたちを予備兵力にしたのは冷静に 判断した結果だと自分では思っていたが、ひょっとしたらルイズに目の前で 死なれたくはないというわがままを、無意識にしてしまったのではないかと 湧き上がってきた焦燥感の中で、自己嫌悪に陥りかけていた。しかし、アンリエッタの 意思とは裏腹に、ルイズはまぎれもなくカリーヌの娘であった。 「戦いはメイジのクラスだけで決まるものではありません。わたしには、 わたしにしかない武器、たとえワルドとともに自爆してでも主人のためにつくす、 最強の使い魔がついていますわ!」 「ちょっと待て、それっておれのことか?」 怒りのボルテージを上げて首根っこを掴んでくるルイズが、なにやら非常に ぶっそうなことを言っているのに、才人はだめもとでツッコミを入れてみたが、 返ってきたのはやはりの答えだった。 「命をかけて主人を守るのが使い魔の仕事でしょ。あたしがあのバカに 一発入れるまで、何が何でもわたしを死守しなさい。なんのためにあんたを 食べさせてると思ってるの?」 「それを言われるとなーんも言えんなあ」 自爆しても復活できるのはタロウとメビウスだけだぞと思いつつも、 才人はルイズの性格上、受けた恨みは必ず晴らすとわかっているので、 あきらめも早く、背中のデルフに合図をして、かくなる上はルイズを守って あのいけすかない中年をぶっ飛ばすかと覚悟を決めた。 「というわけで姫さま、ちょっと行ってぶっとばしてまいります」 「で、ですけれど!?」 「心配いりませんわよ姫さま。わたしたちも行きますから」 そういつもどおりの口調で割って入ったキュルケとタバサに、ルイズは 今回は意外な顔はしなかったが、ワルドとの因縁は自分の問題だと首を振った。 「あんたたちには関係ないわ、ここで姫さまたちを守っていて」 するとキュルケは軽くため息をつくと、呆れたように言った。 「はーあ。あんた、たった二人であいつに勝てるつもり? それに、関係に ついて言うんだったら、あたしもあいつには、ダンケルク号でいらない苦労を させられた恨みもあるしね。あ、それとも、デートの邪魔されるのはいやだった?」 「なっ、こ、こんなときに何言い出すのよ!」 そう言われてしまっては、来るなと言えるわけもなかったが、ルイズはいつの間にか キュルケもタバサも隣にいるのが当たり前にものを考えるようになっていた自分に 気づいて、別の意味で赤面した。けれど、キュルケはそんなルイズの気負いなどは 気づいていないと言わんばかりに、彼女の肩を叩いた。 「それにルイズ、ここでアルビオンやトリステインが万一レコン・キスタの手に 落ちるようなことがあれば、次はゲルマニアやガリアが戦場になることを 忘れたの? わたしたちの働きに、世界の命運がかかっているのなら、 こんな燃えることはないわ。それに、なんにせよ乗り込んだ船を途中で 見捨てるのは心苦しいしね」 キュルケに合わせてタバサもうなずき、話は決まると、一行はアンリエッタと ウェールズの護衛をアニエスたちに任せて、階下への階段を駆け下りて行った。 「ご武運を……いえ、始祖ブリミルよ。どうかあの人たちをお守りください」 大勢の人々に、自分の命令で殺し合いをさせているのに、親友の無事を 祈るのは偽善かもしれないと思いつつも、アンリエッタは心から願った。 『烈風』やアニエスは何も言わずに、彼らと共に戦えないことをふがいなく 思っているミシェルとともに若者たちを見送り、窓外には、被害を受けながらも まだ戦う六万強の兵と、その上にはレコン・キスタの怨念が宿ったように 砲撃を続けるレキシントンの姿があった。 そのころ、すでにこの城に侵入したワルドは一階、二階の防衛線を突破して、 アンリエッタたちのいる四階へと続く、三階の大ホールに到達し、そこで必死の 防衛線を引く兵士たちを、まるで人体をむしばむウィルスのように圧倒しながら 進んでいたが、そこへやってきた桃色の髪の少女を先頭にした一団が、一錠の薬となった。 「そこまでよ! それ以上の暴虐はわたしたちが許さないわ」 「ほう、また来たな、愚かな人間どもよ!」 ワルドの前に立ちふさがったルイズたちにワルドの発した第一声は、そこに いるのがもはやワルドではなく、ワルドの形をした何者かであることを確信させた。 「久しぶりねワルドさま、わたしのことを覚えていらっしゃるかしら?」 「なに……いや、この男の記憶に反応があるな。ルイズ・フランソワーズ、この男の 婚約者か。ふふふ、また会ったね、僕のルイズ、とでも言っておこうか?」 ルイズの眉に、あからさまに不快な震えが走った。 「あいにくと、婚約は正式に破棄しました。本日まいりましたのは、今日までの 負債を利子つきでお返しするためですわ」 「ほお、だがこの男の記憶では、お前の力はいまだ目覚めてはいないのだろう。 そんな不完全な力で、勝てると思っているのか?」 そのとき、悠然と余裕を示すワルドの言葉が、怒りと不快感に満ちていた ルイズの心に一筋の理性の光を差し込ませた。 「目覚めては……? どういうことよ」 「ふふふ、どうやらこの男は貴様を利用して、かなり大それたことを考えていた らしいな。大方、ともに世界を手に入れようなどとでも言って、そそのかす つもりだったのだろうが、愚かなことだ」 「わたしの力で、世界を……?」 困惑が、ルイズの心臓に下手なダンスを躍らせた。目覚めていない力? 世界を手に入れる? 初歩のコモンマジックすら使えずに『ゼロ』の忌み名 しかない自分に、ワルドはいったい何をさせるつもりだったのだ? ただの 妄想、あるいはワルドに乗り移ったものの口からでまかせか? しかし、 それほどまでしてほしいものがあったから、ワルドは十年以上に渡って 念入りにヴァリエール家に取り入ってきたのではないか? いったい、 自分にはなにがあるというのだ? 「落ち着けルイズ、あいつの口車に乗せられるんじゃねえよ」 「はっ!?」 自分を見失いかけたルイズを現実に引き戻したのは、またしても才人の、 自分にとって唯一間違いなく存在する頼もしい使い魔の声であった。 「こんな奴の言うことなんか気にすんな。なんのためにここに来たのか 忘れたのかよ? お前はおれが守るから、あの中年に一発くれてやれ」 「そうね、わたしとしたことがうっかりしてたわ。わたしのやるべきことは……」 すっと、まっすぐに杖の先をワルドに向けると、奴はさらに愉快そうに笑った。 「いいのか? この人間の体を壊せば、貴様の力の秘密はわからなく なるかもしれんぞ?」 「わたしを見くびらないでほしいわね。自分のことは自分でなんとかするわ。 それに、お前はもう人間じゃない!」 杖を振るい、ワルドの至近に『錬金』の失敗で爆発を起こさせたのをゴングに、 キュルケとタバサが左右に展開して、ルイズはワルドの正面から、才人に 守られながら戦いが始まった。 「いくわよタバサ!」 左右からワルドを挟みこみ、息の合った二人のファイヤーボールと ウェンディ・アイシクルが同時に襲い掛かる。 「こざかしい!」 しかしワルドは『エア・シールド』でそれを無効にすると、高笑いしながら ルイズと才人に向かって『ライトニング・クラウド』を放ってきた。 「死ねぃ!」 雷撃は、至近の床を掘り返しながら一直線に二人に向かい、二人の すぐそばの柱で爆発して二メイルばかり吹き飛ばした。 「って、おいそれ反則だろ!」 才人は石や氷とかの類だったらはじきとばす自信はあったが、さすがに 雷を跳ね返すのは無理だった。しかし、さっきのかっこいい台詞はどこへやらで、 「や、やっぱりやめときゃよかったかな!?」 と、うろたえた才人に手の中のデルフリンガーが叫ぶように語り掛けた。 「心配すんな相棒、おれをあいつの魔法に向けろ!」 「なにっ!?」 「説明してる時間はねえ! また来るぞ!」 「っ! ええい、ちくしょう!」 また襲ってくるライトニング・クラウドの雷を前に、避ければルイズに直撃する 状態で、才人はせめて避雷針になればとデルフリンガーを前に突き出した。 すると、それまで赤錆が浮いていて一〇〇エキューで叩き売られていた デルフリンガーの刀身が輝きだし、なんと雷撃を引き寄せるようにして全部 吸い込んでしまったではないか。 「わっはっはっはぁ! どうだ、見たか相棒! これがおれっちの能力よ。 いやあ、ずいぶん長く使ってなかったから完璧に忘れてたわ。それに、 見てみろこの俺さまの美しい姿をよ」 「お前、こいつは!?」 才人とルイズは、輝きが収まった後のデルフを見て二度びっくりした。 赤さびた二束三文の安物はそこにはなく、今にも油がしたたってきそうな 見事な波紋を浮かべた、白銀の長刀が輝いていたのだ。 「これがおれっちの本当の姿さ。もう何百年前になるか、あんまりおもしれえことも ないし、ろくな使い手も現れねえんで飽き飽きして、自分で姿を変えてたんだった」 「てめえ! そういう重要なことをなんでさっさと言わねえんだよ」 「だぁーから、忘れてたって言ったろ。俺はお前らと違って寿命がねえからな。 何百年も思い出さなきゃ、そりゃ忘れるさ」 「だからって、そんなすごい機能あるって知ってたら、これまでにも別な作戦の 立てようもあったのによお」 「いや、それについてはほんと悪かったわ。だが、けちな魔法なら俺さまが みーんな吸い込んでやるから安心して戦え」 「んったく! 後で覚えてろよお前!」 自分の剣と口げんかしていたアホな時間のうちにも、才人はさらに撃ちかけ られてきた『エア・ニードル』や『ウィンド・ブレイク』をデルフリンガーで吸収、 あるいははじき返した。とにかく、なんでそんな機能があるのかとか聞きたい ことは山ほどあるが、今はバルンガみたいなその能力を役立たせてもらおう。 「どうだワルド、お前の攻撃は通用しないぞ」 「ちょこざいな、手加減してやっていれば調子に乗りおって」 挑発に乗ったワルドは魔法の威力を上げて才人を攻め立てるが、デルフは つばを激しく鳴らして大笑いしながら、それさえも飲み込んでいく。 「マジですげえなデルフ。よぉし、みんな、一気にいこうぜ!」 「わかったわ!」 勝機が見えたなら一気にたたみかけるしかない。正面から才人と彼に 守られたルイズ、両側面からキュルケとタバサが同時攻撃をかける。 「こざかしいわ!」 しかしワルドも自らの周りに空気の防壁を張って守りを固め、さらにその 内側から攻撃をかけてくる。これではデルフリンガーでもやすやすとは突破 することができない。 「さすが、スクウェアクラスは伊達じゃないわね」 「それだけの力、正義のために使ってくれればな」 一旦引いて態勢を立て直したルイズたちは、あらためて容易ならざる相手 だということに気合を入れなおした。しかし、彼らは知らないことではあったが、 ワルドの魔法のなかでもっとも恐れるべきものである『偏在』だけは、先の カリーヌ戦のときとは違ってワルドの精神を何者かが完全に乗っ取っているため、 分身体にまでは影響をおよぼすことができないためにコントロールすることができず、 パワーアップしているとはいえ一人だけを相手にすればいいのは非常な幸運といえたのだ。 トライアングルクラスの炎と雪風、伝説の使い魔の攻防かねそろった剣技、 そして失敗魔法と揶揄されながらも、逆に誰一人真似できない攻撃力を 持つ爆発が、邪悪な風に立ち向かう。 だが、四人の攻撃によって劣勢に近い状態に追い込まれながらも、ワルドの 顔から人を馬鹿にした笑みが失われることがなかった意味を、誰も気づくことは できなかった。そこに、恐るべき企みが秘められているとも知らずに。 それから十数分、さらに数十分。 戦闘はワルドとのもの以外にも遠慮なく進行し、王党派軍とレコン・キスタ 艦隊は激しく砲火を散らし、地上の迎撃部隊にも少なからぬ被害を出したが、 レキシントンの護衛についていた護衛艦は全て撃沈し、ただ一隻だけ残り、 他の戦艦とは段違いの耐久力を見せる旗艦レキシントンも、数百門あった 砲門の半数を破壊され、いまや軍隊蟻に取り付かれた猛虎のように、 巨体をもてあましながら、王党派の竜騎士や、対空砲火、遠距離攻撃の 魔法などを受け続けていた。 「敵旗艦はすでに中破、もうこちらにたどり着く余裕はないでしょう。撃沈は、 時間の問題と思われます」 報告を持ってきた兵士の朗報にも、アンリエッタやウェールズは快哉を あげたりはしなかった。戦術的に見れば、いかな大型戦艦とはいっても 七万の大軍には勝てないのは最初からわかっていたことだ。 あの、威容を誇った巨大戦艦も、やはり一隻では圧倒的多数を覆すことは 不可能で、落城寸前の城郭のように全身から炎を吹き上げて、それでも 残った砲門で散発的に攻撃を仕掛けてきているが、それも最後の悪あがきに 近く、もうどんなことをしても逆転は不可能であろう。 だが、すでに勝負の見えた戦いはともかく、アンリエッタはなおもワルドを 相手に戦いを続けるルイズたちの安否を思う心が、重く強くのしかかっていた。 「やっぱり、ワルドは強かったのね。わたしは、あなたたちを行かせるべきでは なかったのかもしれない。けれど……」 義務と私情のはざまで若いアンリエッタは揺れ、この城の中で、今でも足元に 伝わってくる振動に知らされて、遠見の鏡の中で激しく魔法の火花を散らせて、 若い命を危険にさらしている四対一の激闘を見守った。 「ルイズ、頑張って……」 せめて、無事を祈るだけはと、その小さな声は、アンリエッタの口の中だけで つぶやかれ、隣にいたウェールズにも聞こえることはなかった。 だが、古ぼけた城に染み付いた苔のような薄暗い柱の陰から、まるで 地の底から響いてくるような、低く小さいのに、直接頭の中に共鳴する 暗く陰鬱な声が、その場にいた全員の耳に届いてきた。 「ふふふ……ずいぶんな偽善ですな、姫様?」 「!? 誰だ!」 とっさに振り向き、剣を、杖を向けた護衛と王族の視線の先には、 誰もいない部屋の隅の暗がりがあった。しかし、その陽光を嫌うような 湿った影の中から、影よりも濃い黒い服とマントをまとい、同じく漆黒の 帽子で顔の半分を隠した老人が、染み出るように歩みだしてきたのだ。 「ふっふっふふふ……」 「貴様、何者だ? どうやってここに入ってきた?」 並の者ならそれだけで腰を抜かすほどのカリーヌの殺気を浴びせ かれられながらも、平然として薄ら笑いを続ける老人が帽子のつばを あげて顔を見せたとき、アンリエッタはおろかカリーヌさえ背筋に寒気を覚え、 アニエスとミシェルはその恐怖に震えた。 「き、貴様は……」 「ふふふ、そちらの二人とは二度目と……久しぶりですな、ウェールズ王子?」 「なにっ!? 馬鹿を言え、私は貴様など知らないぞ」 突然話しかけられてとまどうウェールズに、老人は不気味な笑い顔を見せると さらにせせら笑うように続けた。 「おやおや、記憶を失っているとはいえ薄情な……あなたに、この国を取り戻す 力を与えてあげたのは、私ではないですか」 「な、なんだと?」 「姫様、王子、おさがりください。こいつは、こいつは……」 顔面を蒼白にして剣をかまえるアニエスと、傷をおして杖を向けるミシェルを なめるように見渡しながら、薄ら笑いを消さない老人の視線が自分を向いたとき、 アンリエッタは魂が吸い取られるような錯覚を覚えながらも、必死に気力を 振り絞って、無礼な闖入者に宣告した。 「何者かは知りませんが、ここにいるのはトリステインの王女と、アルビオンの 皇太子と知っての狼藉ですか。名乗りなさい、あなたは、何者ですか!?」 二つの国の誇りと名誉を背負い、強く言い放ったアンリエッタの言葉が 響いたとき、場は一瞬光が差したように思われたが、その言葉を受けた 老人が含み笑いをしながら、ああそういえば自己紹介がまだだったなと つぶやき、両手を奇術師のように広げて口を開くと、そこは死の恐怖が 支配する暗黒の空間に変貌した。 「異次元人、ヤプール」 最初の一瞬は、誰も動けなかった。 次の一瞬は、その言葉を理解して、恐怖が全身を駆け巡った。 だがその次の瞬間には、たった一人、誰よりも速く己の職責を思い出した カリーヌの放った魔法がヤプールに襲い掛かっていた。 『ライトニング・クラウド!』 威力が衰えているとはいえ、巨像をも一撃で炭にする雷撃が巨人の手のひらの ように老人を包み込み、雷光の檻が包み込んで焼き尽くそうと迫った。しかし…… 「だめだ! そいつに攻撃は」 アニエスの脳裏に、かつて超獣ドラゴリーが現れたときの記憶が閃光のように 蘇ってきたが、叫んだときにはもう遅かった。雷撃は、ヤプールの手前で曲がって、 奴の後ろや天井、床の石畳を粉砕するだけで、その笑いを止めることはできなかったのだ。 「なにっ……」 「やはり……」 あのときと同じだ。奴は何らかの方法で攻撃を無力化している。しかし、まさか 今のでもスクウェアに近い威力があったライトニング・クラウドでさえ、身じろぎも せずに跳ね返してしまうとは。 「無駄なことはやめるといい。私の周りの空間は歪曲し、いかなる攻撃も通す ことはない。猿の頭でも、多少は理解できるだろう」 「貴様……」 異次元人であるヤプールにとって、この程度の空間操作はお手の物だった。 隠す気もない侮蔑の言葉とともに、ヤプールは打つ手が無くなって歯を 食いしばっているカリーヌやアニエスたちを楽しそうに眺めると、わざとらしく帽子を かぶりなおして、アンリエッタとウェールズに向き直った。 「ふふ、さて、うるさい者たちも静かになったところで、直接話をするのは トリスタニアの時以来、およそ半年ぶりかな。王女様」 その言葉に、アンリエッタのまぶたの裏に、ベロクロンによって焼き尽くされた トリスタニアの街と、鼓膜には勝ち誇った声で降伏と奴隷化を勧告してきた ヤプールの声がありありと蘇ってきた。 「あのときのトリスタニア……お前が、お前があの惨劇を作り出したというのですか!?」 「そのとおり、あのときはずいぶんと楽しませてもらったものだ。そうそう……それに、 ウェールズ殿、あなたにも長い間楽しませていただいた。本日は、せめてお礼を 一言ぐらいはと思って参上した次第」 「な、なにを言っているのだ?」 とまどうウェールズに、ヤプールは口元を大きく歪めて笑いかけた。 「聞きたいのかね? よろしければ説明してあげようか」 「耳を傾けてはなりません、ウェールズさま!」 ここで真実を暴かれたら、ウェールズの心は壊れてしまうかもしれないと 恐れたアンリエッタは、ヤプールの言葉をさえぎると、怒りと、義務感で 心の底から引き出してきた勇気を、そのままヤプールに叩き付けた。 「あなたの、あなたのせいで、トリステインもアルビオンも、国も街も、大勢の 人々の命が犠牲に。もうこれ以上の茶番はたくさんです。答えなさい! お前はいったい何者なのです。なぜこんなむごいことを続けるのですか!?」 「ふっ、それがお前たち人間の望んだことだからだよ」 「なっ!?」 「ふふ、我々ヤプールは、生物であって生物ではない。貴様たち人間の 心から生まれる、怒り、憎しみ、悲しみ、嫉妬、嫌悪、そういった邪悪な 思念、マイナスエネルギーが異次元の歪みにたまり、生まれたのが我々だ」 「わたしたち人間の、心から?」 そのとき、さっきの一撃で壁が崩れ、部屋に差し込んできた陽光が老人の 体を照らすと、その影は人間ではなく、全身にとげのようなものを生やした ヤプール本来のシルエットとなって、壁に映し出された。 「我らは暗黒より生まれ、全てを闇に返すもの。自分以外の全てのものの、 屈服と支配を望むのは、お前たちの持つ本能だろう? 見てみるがいい、 あの人間どもの醜態を、同族同士で意味のない殺し合いを延々と続ける。 なんとも楽しい見世物だ」 誰も、反論の余地がなかった。目の前でおこなわれている戦争と、ヤプールの 侵略攻撃のどこが違うと問われて、はっきりと自分を擁護できるほどきれいな 戦いでは、これはない。 「それではお前が、この戦争を画策して、この国に内乱をおこさせたというのか?」 怒気を交えて叫ぶウェールズに、ヤプールはつまらなさそうにかぶりを振った。 「それは違う。我らは人間同士のつまらぬ争いなどをいちいち作り出しはせん。 教えてやろう。この戦争を裏で操る者は我らの他にもいて、我らはそれを 多少利用したに過ぎない、我らの目的は、別にある」 「目的……?」 見ると、これまで人を馬鹿にした笑いを浮かべていたヤプールの顔が、 目つきを鋭く尖らせて、刺す様なオーラを発していることで、奴が遊びを やめて本気になったことがわかり、アンリエッタたちも、これまで天災のように 訳もわからず攻撃を仕掛けてくるヤプールの目的、それが明かされるとなって、 一様に息を呑んだ。そして。 「復讐……」 一瞬、何を言われたのか、誰もが理解できなかった。 「今から数十年前、我らはこの世界と同じように、ある世界の侵略をもくろんだ。 見るがいい……」 すると、部屋の風景が揺らぐように変わり、そこに初めてヤプールが地球への 攻撃をおこなった、ベロクロンの東京攻撃のシーンがホログラフのように 映し出された。 「これはっ!?」 東京の街の風景は、それだけでそこがハルケギニアとはまったく違う世界の ものであることを知らされたが、それよりも傍若無人に暴れまわるベロクロンの姿は、 まさに半年前のトリスタニアを髣髴とされて、蘇ってくる怒りが心に立ち込めた。 だが、トリスタニアと同じように好き放題に暴れるベロクロンの暴虐は、長くは 続かなかった。その前に立ちふさがった者こそ。 「ウルトラマン……エース」 そう、それが今なお続くヤプールとウルトラマンAとの、長い戦いの幕開けで あったのだ。 ベロクロンが倒された後は、場面はめまぐるしく変わり、数々の超獣と エースとの戦いが続き、やがて場面は両者が直接対決した異次元での 巨大ヤプール戦となったが、自ら挑んだ戦いでも最後はエースの勝利で終わった。 「地球の支配をもくろんだ我らの計画は、奴の手によって防がれてしまった。 だが、たとえ死しても我らの怨念は消えることはない」 復活したベロクロン2世、ジャンボキングとの最終決戦などが映し出され、 さらに復活してウルトラマンタロウと戦ったとき、Uキラーザウルスとなって メビウスをはじめとするウルトラ兄弟と戦ったときの光景が、彼女たちを圧倒した。 「我らは、我らを滅ぼしたウルトラ兄弟や人間どもが憎い。だから我らは、 この世界で力を蓄え、一挙に地球を滅ぼそうと考えたが、またしても 奴は我らの前に立ちふさがった。心底忌々しい、奴らウルトラ兄弟、 特にエースへの復讐に比べたら、こんな世界のことなど枝葉にすぎんわ!」 「あなたたちは……本物の悪魔ですね」 これまでの、この世界で失われた命、撒き散らされた悲しみがすべて逆恨みの 生んだ代物だということを理解したとき、彼女たちの心には、怒りをも超えた 何かが生まれつつあった。 「これではっきりしました。今までわたしは、なんのために戦うのかわかりません でしたけれど、あなたたちのような悪魔に、この世界を好きにはさせません!」 それは、アンリエッタからヤプールへの宣戦布告であった。それを受けて、 ヤプールの邪気に圧倒されていたウェールズや、アニエスとミシェル、 そしてその言葉を待っていたカリーヌは、いっせいに武器を向けた。 「アルビオンの民に代わって、私が貴様を倒す」 「覚悟しろ、今度こそ生きて帰れると思うな!」 トライアングル以上のメイジが四人、いかな強力な防御を持っているとはいえ、 これに耐えられるわけはないと思われた。しかし、ヤプールが不敵な笑みを 浮かべながら手を上げた瞬間、彼らの目の前の床が破裂するように下から 吹き飛んで、そこから竜巻に巻き上げられた木の葉のように、才人やルイズたちが 吹き上げられてきた。 「げほっ、うぅ、いったぁ……」 「ルイズ、大丈夫!?」 床に打ち付けられて咳き込んでいるルイズたちに、アンリエッタは駆け寄ると 水魔法で傷を癒していった。幸い、誰も軽傷ですんでいるようだが、なにがあったのかと 問いかけられると、才人が起き上がって剣を構えなおした。 「あの野郎、あの狭い中で『カッター・トルネード』なんか使いやがったら、天井が 抜けるに決まってるだろ。むちゃくちゃしやがって」 つまり、密閉された閉鎖空間で大規模な空気の対流を作り出してしまったために、 全員が飲み込まれて上層階にまで飛ばされたということらしい。しかし、床に 空いた大穴から、遅れてワルドが浮遊するように上がってきて、老人のそばに 着地すると、楽しそうなヤプールの声が響いた。 「ふっ、どうやら役者がそろったようだな」 「お、お前は!? ヤプール!」 「なっ、なんでこんなところに!」 才人とルイズにとってはドラゴリー戦、キュルケとタバサにはホタルンガ戦以来と なる悪魔との思いもよらぬ再会が、四人の背筋を凍らせた。 「お前たちとも、前に会ったな。事あるごとに、よくも我々の作戦の邪魔をしてくれたな。 だが、それもここまでだ。邪魔者がそろった今こそ、まとめて消えてもらおうか」 「そうか! だからこのタイミングで」 「ふははは、貴様らがこの世から消えればこの世界はさらなる混乱に陥るだろう。 そこから生まれるマイナスエネルギーを得て、我らはさらに強大となる。絶望して 死ぬがいい。さあ、巨大化せよ。変身超獣ブロッケン!!」 とっさに、カリーヌやタバサが魔法を放ったが、それもすべてはじかれて、ヤプールの 死刑宣告同然の命令が下ると同時に、手袋を脱ぎ去ったワルドの手のひらの目が 緑色に輝いたかと思うと、体が白色の光に覆われて、見る見るうちに膨れ上がって 部屋の中に満ち始めたのだ。 「いけない! 押しつぶされるわよ」 あっという間に部屋中に満ちていった光から、一同は窓から逃れようとしたが、 光が膨張する速度は予想よりずっと早く、窓のすきまもふさがれて、部屋の隅へと 追い込まれていった。 「お母様、ノワールは!?」 「だめだ、ここで大きくしたら私たちも押しつぶされる」 「いやぁぁっ!」 ヤプールの哄笑が響き渡る中で、部屋の隅に追い詰められたアンリエッタたちは 死を覚悟して、思わず目を閉じた。 だが、膨張する光が床と天井を押しのけて、彼女たちの寄りかかる壁に のしかかろうとしたとき、才人とルイズは皆を守るようにして手をつなぎ、刹那、 古城は降りかかった重量に耐えられずに、轟音を立てて崩壊した。 そして、その瓦礫の中から姿を現す異形の影…… 「ち、超獣だぁーっ!!」 王党派とレコン・キスタを問わずにあがった悲鳴、そこに現れた四本足の ケンタウロスのような姿と鰐のような頭を持った超獣こそ、ワルドに乗り移っていた 者の正体、その名も変身超獣ブロッケンだった。 だが、悪の手が無慈悲に命を奪おうとするとき、それを阻もうとする光の意思も現れる。 あの瞬間、死を覚悟して意識を手放しかけたアンリエッタは、いつまで経っても 痛みも冷たさも襲ってこないことから、ゆっくりと目を開けてみると、自分が不思議な 温かさを持つ銀色の光に包まれているのに気づいた。 「ん……こ、ここは、天国?」 けれども、ゆっくりと手を動かしてみると、自分はまだ死んではいないようで、しかも 周りを見渡せば、そこにはウェールズもカリーヌも、キュルケ、タバサ、アニエスも ミシェルもいて、皆目を覚ますと、不思議と自然に上を見上げて、そこにある希望を見つけた。 「あっ……」 「ウルトラマン……」 「エース!」 そこは、エースの手のひらの上で、彼女たちは城が崩壊する寸前に、エースによって 救い出されていたのだった。 (間に合ってよかった……) 手のひらに乗る小鳥のように、全員が無事に微笑んでいるのを見届けると、ルイズと 才人はほっと胸をなでおろし、そして地面にひざを突いて皆を下ろしたエースは、 城の瓦礫を押しのけながら前進を始めた超獣に向かい合う。 「ヘヤァッ!」 しかし、エースによって全員が助け出されたというのに、ヤプールは異次元空間から 狂喜した叫びをあげていた。 「ふっふっふっ、とうとう現れたなウルトラマンA! さあ、復讐の時だブロッケン!」 崩れ行く城に、鰐と宇宙怪獣の合成超獣と、ヤプールの高笑いがこだました。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第53話 間幕 『烈風』カリンの知られざる伝説 ダイナよ再び 吸血怪獣 ギマイラ 人間怪獣 ラブラス ウルトラマンダイナ 登場! 「ジュワァ!!」 天に立ち上がった光の中から、勇気に溢れたその巨身に、力の赤と奇跡の青を見にまとい、銀色の巨人が立ち上がる。 人が前を向き、果て無き空へと進もうとするとき、宇宙に潜んだ無数の悪意が襲い来る。 だが、人間がどうしようもない困難に直面し、それでもあきらめないとき、光は必ず現れる。 いざゆけアスカ!! ティガから受け継がれた使命とともに、リーフラッシャーを掲げて今こそ変身!! 君の名は、ウルトラマンダイナ!! 「デヤッ!」 ギマイラの前に立ちふさがったダイナの先制のパンチがギマイラのボディに炸裂する。さらに、顔面に向かって 右フック、左アッパー! そこへすかさずストレートキック! ダイナの戦い方は常に真っ向勝負、小細工などなしで怪獣に正面から立ち向かっていく! そして奴の首を掴んで、力づくで投げ飛ばし、タルブの草原に背中から叩きつけた。 地響きがとどろき、遅れてやってきた振動が佐々木とカリーヌの足元を揺さぶる。 「ウルトラマン……この世界にもいたのか」 佐々木は、ギマイラ相手に一歩も引かない戦いを演じるウルトラマンの姿に、感慨深げにつぶやいた。 姿形は彼の知るウルトラ兄弟たちをはじめとしたウルトラマンの誰とも似ていないが、その顔つきや、何より 胸の中央に青く輝くカラータイマーはウルトラマン以外の何者でもない。 「あの巨人は、我々の味方なのか?」 当然ウルトラマンのことなど知らないカリーヌは佐々木に問いかける。はじめて初代ウルトラマンの姿を見たときの 科学特捜隊のように、その目には純粋な驚きが宿っている。 「ああ、私の故郷で言い伝えられてきた光の国からの平和の使者、本当に存在したんだな」 佐々木にとっても、GUYS隊員として映像資料でウルトラ兄弟の姿を見たことはあるが、実際に本物のウルトラマンを 見るのは初めてだ。だが、こうして間近で見てみると、その圧倒的な存在感がひしひしと伝わってくる。 ただ、佐々木もこの30年ハルケギニアで生きてきたが、ウルトラマンやそれに類する話はまったく聞いたことがない。 聡明なカリーヌにしてもそれは同様で、いったい、あのウルトラマンはどこから来たのだろう。アスカが言っていた ティガやダイナという別次元の地球のウルトラマンは……と思ったところで、彼らは墜落していったアスカのことを思い出した。 「あっ、そういえばアスカくんは!?」 「向こうに墜落していったが、大丈夫か?」 撃墜されたガンクルセイダーの墜落していった方向を見て、二人はとりあえず火柱や煙があがっていないのを見て ほっとした。被弾して撃ち落されたが、損傷は翼端のみで、彼の技量なら不時着は難しくはないだろう。安否は 気になるが、本当に危なければ射出座席で脱出することもできるはず、今はとにかく怪獣とウルトラマンのことが先決だ。 むろん、そうしているうちにもダイナとギマイラの戦いは続いている。 先制攻撃でダメージを与えたが、ギマイラも簡単にノックアウトするようなやわな怪獣ではない、まだ余裕を 持ってダイナの前に立ち、その口からあの恐るべき猛毒と破壊を合わせ持つ白い霧を吐き出してきた。 「シャッ!」 だがダイナは殺虫スプレーのように向かってくるそれを、サイドステップで軽々とかわした。まるで 一塁ベースからの盗塁のような素早さだ。 そして、守備の後は攻撃をする番だ。ダイナが手のひらを合わせると、そこに青白い光を放つ光弾が 作り出され、次の瞬間一気にそれを押し出した! 『フラッシュ光弾!!』 エネルギー弾は見事にギマイラの胴体に命中、激しく火花を散らして巨体を揺さぶる。バッターアウトには 遠いが、まずはワンストライクといったところだ。 「すごい……」 あのギマイラを圧倒している……佐々木は年甲斐もなく興奮していた。自分たちのウルトラ作戦第一号で 奴には少なからずダメージがあるはずだが、それでも初代ギマイラと戦った80にもひけをとらないほど強い。 しかし、形勢不利と見たギマイラは、再びタルブ村を包む霧の中へと逃げこもうと、踵を返して進み始めた。 「まずい、奴を逃がすな!」 奴のテリトリーに入り込まれては危険だとカリーヌが叫ぶと、まるでそれに答えたようにダイナはギマイラの 尾を掴んで引き戻そうとする。 「ヌウァァッ!!」 渾身の力を込めて尻尾を引っ張られ、ギマイラは自分の巣を目前にして引き戻されていく。ギマイラも、 万全の状態であったらダイナを振り切れたかもしれないが、カリーヌに足を集中攻撃された後であるために ふんばりがきかないのだ。 さらに、ダイナは力を込めてギマイラを引っ張り、奴の体を宙に浮かせて村とは反対方向に放り投げた。 「デャアァッ!!」 土煙と轟音を立てて、巨体が着地の勢いのままに転がる。しかし、砂塵の中から起き上がってきたギマイラは なおも凶暴なうなり声を上げて立ち上がってくる。 「しぶとい奴だ……」 やはり奴は並の怪獣ではない。大勢の人の生き血を吸ってエネルギーを蓄えたその体には、すさまじいまでの スタミナが宿っており、ダイナの猛攻もいまだに致命的にはなっていない。 「デヤァッ!!」 ダイナのかけ声と、ギマイラの咆哮が合図となったように、両者は突進し、また正面から激突した。 ウルトラキックがギマイラの腹に炸裂すると、おかえしとばかりにギマイラの尻尾が鞭のようにダイナの 顔面をひっぱたく。パワーとパワー、闘志と殺意、正義と悪意が猛烈な火花を散らす。 その激闘を、佐々木とカリーヌは手に汗を握って見守っていた。 「ようし、頑張れ!」 子供の頃に戻ったように、佐々木は声のままにダイナに声援を送る。 戦闘は一進一退、引き裂くようなギマイラの咆哮と、迎え撃つダイナの技の衝撃が空気を揺さぶる。 戦いの様相はほぼ互角、パワーではギマイラが勝るが、スピードと技ではダイナも負けていない。 なにより、ギマイラは頭部と足元に打撃を受けていて機敏に動けないのが効いている。 だが、このまま戦い続けていけばダイナが優勢だというところで、ギマイラがその裂けた口を大きく 開き、タルブ村の方向へ向かって大きく吼えた。 「なんだ?」 「……佐々木、油断するな。来るぞ!」 霧に向かって、杖を向けて身構えたカリーヌの視線の先で霧の表面がうごめき、無数の人影が現れてきた。 それは当然、ギマイラに操られている村人とマンティコア隊の面々だ。よく見ると、長い間血を吸われ続けていた せいか、顔が青白く、おぼつかない足取りであるが、確実にダイナとギマイラの戦いへと向かっていく。 「皆が!?」 「大方、人質に使うつもりだろう……止めるぞ、援護しろ!」 ここで数百人はいる人間に足元に群がられたらダイナは戦えなくなる。どこまでも卑怯な怪獣のやり口に 怒りで目じりを吊り上げながら、カリーヌは残り5体の偏在を作り出し、自分も含めて6人で飛び出して、 『拘束』の魔法で作り上げた空気のロープで次々に縛り上げていく、マンティコア隊も昨日は元気だったが、 今日は昨日の戦いのダメージと、血を吸われて消耗しているせいで『拘束』を振り払うことができずに、 体をがんじがらめにされて倒れていく。 「おいおい、手加減してくれよ」 トライガーショットの射撃精度を上げるロングバレルで人々の手前の地面を撃って足止めをしたり、 メイジの持っている杖を狙い撃ちにしながら佐々木はカリーヌに言った。拘束するだけといっても、締め付けが きつければ消耗した体には負担が大きい。 「考えている、お前も中々いい腕だな」 「どういたしまして」 ほめられはしたものの、自分の家族や友人に銃を向けるのはいい気はしない。これが、ディノゾール戦後の トライガーショットであれば、バリヤフィールドを発生させるメテオールカートリッジ、『キャプチャー・キューブ』が 装備されているので一気に閉じ込めることができるが、残念ながら彼のものには基本形式のレッドチェンバーと イエローチェンバーしかない。 しかし、相手も死に体とはいえメイジである。ゾンビのようによろめきながらも魔法を撃ってくるのには油断できない。 それでも、ここで食い止めなくてはウルトラマンが危ない、戦いに背を向けて二人は操られた人々を倒し続けた。 ギマイラはフットワーク軽く戦うダイナについていけずに、自慢のパワーも空回り気味で追い込まれ始めている。 ダイナはむきになって角を振りかざして向かってくるギマイラからいったん距離をとると、腕を体の前でクロスさせ、 鋭い輝きを放つ光球を作り出して放った! 『フラッシュサイクラー!!』 輝く光のつぶてがギマイラの胴体に炸裂し、巨体が大きく揺さぶられる。まだ致命傷とまではなっていないが、 確実に効いている。 よし、このままなら勝てる、誰が見てもそう思われた光景だったが、ギマイラの目はまだ蛇のような執念深い 光を失ってはいなかった。くるりと首をダイナから離して、その方向を地上で戦っているカリーヌに向けると、 その長大な一本角を青白く輝かせ、不気味ないなづまのような光線を彼女に、しかも偏在ではなく本物の彼女へ 向けて放った! しかし、『拘束』を維持するために精神を集中していたカリーヌは、それに気づくのが一瞬遅れてしまった。 「危ない!!」 刹那の瞬間、それに反応できたのは、彼女の偏在ではなく、ずっと彼女を守り続けていた佐々木だけだった。 無防備な彼女の背を突き飛ばし、ギマイラの光線の直撃を浴びた佐々木の体に、全身を焼け付くような痛みが襲う。 「ササキ!!」 「よせ、来るな!!」 体を青いプラズマ状の光に包まれながら、佐々木は必死に駆け寄ってこようとするカリーヌを制し、体がまだ 自由になるうちに、全力で彼女から離れるように走った。 「うぉぉっっ……!」 苦しみの声が途絶えたとき、佐々木の体はおどろおどろしいエネルギーに包まれて、一瞬のうちに膨れ上がった かと思うと、ギマイラより小柄ながら茶色い体表をした身長55メートルものアロサウルス型の怪獣へと変化してしまったのだ!! 「ササ……キ?」 カリーヌは、目の前で起きたことが到底信じられないと、両腕をだらりと下げて呆然とつぶやいた。 また、ダイナも突然後ろに出現した怪獣に戸惑い、それが人間が変異したものであることを知って愕然とした。 なんてことだ……この可能性はわかっていたはずなのに。 ギマイラには、霧を出して人間を操る他にも、全怪獣の中でも特筆して恐るべき能力が備わっている、それが 『人間怪獣化能力』、奴の角から発射される光線には人間の体組織を変異させて、巨大怪獣へと変えてしまう まさに吸血鬼の牙のような効果がある。かつてもUGMの隊員がこれを受け、人間怪獣ラブラスへと変貌させられて しまったことがある。そしてラブラスへと変えられてしまった者はギマイラの意のままに操られてしまうのだ。 「ササキーッ!!」 ギマイラの咆哮とともに、佐々木、いやラブラスは苦しみながらも左腕についた巨大なハサミを振りかざして ダイナに向かっていく、カリーヌの叫びももはや届かない。 また、カリーヌにも残ったマンティコア隊の者たちが襲い掛かってくる。その中には、あのゼッサールもいたが、 もはやほとんどゾンビのような姿になって杖を向けてくる。 「おのれぇっ!!」 がむしゃらに杖を振り、『拘束』を唱える。昨日と同じように、敵の理不尽なまでの能力に無力感が湧いてくるが、 佐々木は自分の身代わりとなった。ならば、せめて最初に決めた責務くらい果たさなくては顔向けすらできないではないか。 そして、今やラブラスとなってしまった佐々木は、戦えと頭の中に響いてくるギマイラの咆哮に必死で抵抗していた。 体は変異させられてしまったが、心は人間のままである。しかし変異させられてしまった肉体は、彼の意思に反して 戦いへと走っていく。 "避けてくれ、ウルトラマン!" 残酷に残された視覚を通して、佐々木は声にならない声をダイナに向けて放った。もちろんダイナもラブラスが 佐々木が変貌させられてしまった怪獣であることは承知しているので、パンチでもって迎え撃つことはしない。 「ヘヤッ!」 ハサミでつかみかかってくるラブラスを、ダイナは攻撃を受け流す形でそらす。だが、後ろからはギマイラも 迫ってきて、否応なくダイナは2対1の不利な戦いを強いられてしまった。 「ダアッ!!」 突進してくるラブラスを軽いキックで押し返し、ギマイラの吐き出してくる白煙をかろうじてかわす。 ギマイラ一体ならダイナの実力なら充分に倒せる、しかしラブラスに背を向けたら、その左手についている ダイヤモンドをも切断できるハサミがダイナの首を狙ってくる。 「セヤッ!!」 柔道の要領で、ダメージが少ないようにラブラスを投げ飛ばすが、それではラブラスはすぐに起き上がってくる。 もちろんそうしている間にも、佐々木はなんとかギマイラの咆哮に抗おうともがくが、そう簡単に抵抗できるほど ギマイラのコントロール能力は弱くない。耳を押さえて声を聞かないようにしようとしても役に立たない。 しかも、ギマイラと最初に戦い始めてから時間がかなり過ぎ、ダイナのカラータイマーが点滅を始めた。 それを見計らったかのように、ギマイラとラブラスが同時に攻め込んでくる。このままではダイナが危ない。 だがそのとき、ダイナの額がまばゆく輝いて、その身を光で包み込んだ!! 「ヌゥゥ……ダァァッ!!」 これは、かつてアリゲラと戦ったときと同じダイナのタイプチェンジ能力、だが今度はあのときのストロングタイプではない。 光が晴れたとき、そこには全身を空のような青い色に包んだダイナの姿があった!! 『ウルトラマンダイナ・ミラクルタイプ!!』 青いダイナは角を振りかざして向かってくるギマイラの突進を、当たる寸前にまで引きつけ、一瞬にして その背後に回りこんだ!! 「なにっ!?」 その素早さは、ギマイラやラブラスだけでなく、カリーヌの目さえも捉えることができなかった。 さらに、ダイナは驚いて振り向こうとするギマイラのさらに後ろに回りこみ、背中にキックを加えて前のめりに倒させる。 それだけではない、今度は光とともにダイナが姿を消したと思った瞬間、まったく逆の方向に現れたではないか。 「な……なんという速さだ」 ようやく偏在もあわせて全員の拘束に成功したカリーヌは唖然とつぶやいた。風系統の使い手で、文字通り風を読み、 並外れた動体視力を持つカリーヌでも今のダイナの動きは捉えきれない。 『ダイナテレポーテーション』 そうだ、青いダイナは超能力戦士、いかな環境にも適応し、その動きは目で追うことすら難しい。 瞬間移動の連続で、ダイナはギマイラを文字通りきりきり舞いさせる。しかし、ミラクルタイプは高いスピードと 超能力と引き換えにパワーは落ちるために、頑強なギマイラにダメージを与えることは難しい。それでも、捕らえる こともできないスピードでは相手のパワーも役には立たない。 「デヤッ!!」 ダイナのパンチがギマイラのボディを打ち、ダメージとはいかぬまでにも動きを鈍らせる。 また、ギマイラがダイナを捉えきれないことによってラブラスへの拘束力も緩んでいると見えて、ダイナを追う動きも 低下しているように見える。 今がチャンスだ!! ダイナはギマイラから距離をとり、その手のひらにエネルギーを集中させる。 『レボリュームウェーブ・アタックバージョン!!』 これはミラクルタイプの必殺技、空間を超衝撃波で歪ませてミニ・ブラックホールを作り出し、敵をそこに突き落とす 大技で、当たれば時空のかなたへ追放されて二度と戻ってはこれない。 「ダァァッ……ジャッ!!」 エネルギー充填を終え、拳を引いた構えをとるダイナはギマイラに狙いを定める。これで発射すれば、奴は 次元のかなたへと消滅する。 だが、ダイナが拳を打ち出そうとしたその瞬間、ギマイラはそのつりあがった蛇のような目をラブラスに向けると、 レボリュームウェーブの発射寸前にその体を抱えあげて盾としたではないか! これではラブラス、すなわち 佐々木まで巻き込んでしまう。 「ヌウッ!?」 思わず動きを止めるダイナを、狡猾なギマイラが逃すはずがない。奴の口から先が枝分かれした長い舌が 飛び出してダイナの首に絡みついた。 「ウワァァッ!!」 首に強烈な力で巻きついたギマイラの舌に締め付けられ、ダイナの口から苦しみの声が上がる。 さらに、ギマイラは巻きついた舌に電流を流して、これでもかとダイナを痛めつけてくるではないか。 「おおのれぇぇ!!」 卑劣もここに極まれり、カリーヌの怒りも極地を迎える。もとより戦いとは汚く残忍なものだとわかっている、 しかし盗賊、謀略、数々見てきたがこいつほど非道な敵はそうはいなかった。 ギマイラはダイナの首を締め上げたまま、嬲るように電撃を加え続けている。カラータイマーの点滅も 速度を増して、活動限界はもはや間近だ。 「ヌワァァッ!」 苦しむダイナはギマイラの舌を振り払おうとするが、ミラクルタイプではパワーが足りない。それどころか、 ギマイラはダイナにとどめを刺さんと、ラブラスに命じてその左腕のハサミをダイナに向けさせてくる。 ダイナが危ない! 何か、何か手はないのかとカリーヌは必死に考える。すでに百人以上を『拘束』し続ける ために力を消費している以上、できることは限られている。ならばいっそ仲間に殺されるのを覚悟で、残りの 精神力をすべて怪獣に叩き付けてやろうかと覚悟を決めかけたとき、ひとつの声がカリーヌの動きを止めた。 「おじいちゃーん! 怪獣なんかに負けないでーっ!!」 それは、山小屋で待っていたはずのレリアの声だった。見ると、ティリーもあの大きな帽子を押さえながら いっしょに走ってくる。彼女たちは最初遠くから見守っていたが、やはりいてもたってもいられずに次第に 近くに寄ってきて、佐々木がやられたのを見るや飛び出してきたのだ。 「お前たち、待っていろと言っただろう!」 さらに、戻れと言いかけてカリーヌは喉まで出かけたその言葉を飲み込んだ。なんと、孫娘の声に反応するように、 ラブラスが振り上げたハサミを押し戻そうともだえている。そのときカリーヌたちは、佐々木が怪獣に変えられても 意識はそのままであると気づいた。 「おじいちゃーん、がんばってーっ!」 「ササキさーん!」 二人が声の限りに叫ぶたびに、ラブラスは、いや佐々木は耳を押さえて必死で自分を操ろうとするギマイラの 呪縛と戦ってその歩を戻していく。カリーヌはその光景を見て自分の硬直した思考を恥じた、なぜ力で持っての 抵抗しか思いつかなかったのかと、そして今また一人だけで戦おうとしていたことを恥じた、戦っているのは 自分だけではない、ササキもレリアもティリーも、アスカもともに命を懸けているのだ。 「ササキーっ!! この私を殴った者が、その程度の呪縛に屈するのか!! みんな死力を尽くしているんだ、お前も 耐えて見せろ!!」 カリーヌもまた、喉も裂けんとばかりにラブラスに呼びかける。火の玉でも風の刃でもなく、言葉の弾丸こそが 今は最強の武器だった。 邪悪な力と人間の意思、三人の声がラブラスに残った佐々木の自我を揺さぶり、ギマイラもそれをねじ伏せようと 咆哮を放つ。二つが天秤のように佐々木の中で動く。しかし、ギマイラの邪念はなおも強力で、佐々木の意思さえも 消し去ろうとしてくる。 が、そのとき。 ”じいさん!! あんたの力はそんなもんか!? 世界は違っても、平和のために戦い抜くのが防衛チームの使命だろ!! それがあんたのいたGUYSの誇りなんじゃねえのか!!" 突然、ラブラスの頭の中にアスカの声が響いた。 そうだ、いかなるときでも怪獣や侵略者の脅威から人々を守るのがGUYSの使命だ。それがセリザワ隊長の 教えてくれたGUYSの誇りではないのか!! それを思い出したとき、ラブラスのハサミはダイナではなくギマイラの首を一撃していた! 「おじいちゃん、すごい!」 「佐々木、さすがだな……」 完全に自分の意思によってギマイラに立ち向かうラブラスの姿を見て、レリアとカリーヌは思わず笑みを見せた。 ギマイラはまさかの手下の反逆に驚き、ダイナを締め上げていた舌を戻して、防戦に回っている。 開放されたダイナは、怪獣のコントロールに打ち勝った佐々木の意思の強さに、地にひざを突きながらも 頼もしく見守っていた。 (佐々木のじいさん……あんたはやっぱり、俺の大先輩だぜ) テレパシーでたった一言声援を送っただけなのに、あの人は本当にすごい、ダイナ……アスカは老いてなお 消えない平和を守る者の誇りをその目に焼き付けた。 完全に肉体を掌握したラブラスは、エネルギーの尽きかけたダイナを守ってギマイラに立ち向かっていく。 だが、ダメージを負っているとはいえギマイラは強く、またラブラスには左手のハサミ以外に武器はないために 肉弾戦では不利だ。ギマイラの太い腕がラブラスの頭を殴り飛ばし、とげだらけの尻尾が体を打ち据える。 「だめだ、力量が違いすぎる」 カリーヌは両者の組み合いから、一瞬でラブラスがいかに奮戦しようとギマイラには勝てないことを悟って 慄然とつぶやいた。考えてみれば、あれだけ狡猾で卑劣な奴だ、万一のためにも自分より強い手下を 作ることなどはするまい。最初は虚をついて善戦したラブラスも、すぐにギマイラのパワーに押し返されて 苦しんでいる。しかも、ダイナも解放はされたものの、ダメージが大きくエネルギーが底を尽きかけている 状態で助けに行くことができない。 「ウルトラマン、がんばって!」 レリアの必死の叫びにダイナは立ち上がろうと体に力を込めようとするが、エネルギー不足のために 力が入らず、カラータイマーの点滅はさらに早くなっていく。 しかし、佐々木の奮闘は別なところで価値を生んだ。ラブラスにコントロールを振り切られてしまって反撃を 受けたために、ギマイラの人々へのコントロールも緩み、カリーヌは人々を拘束する負担から解放されたのだ。 満を持してカリーヌの援護攻撃の呪文が放たれる! 『ライトニング・クラウド!』 偏在と合わせて6人分の雷撃がギマイラを襲う! しかしギマイラはわずかに体を震わせただけでまるで 効いた様子がない、それどころか怒りの矛先をカリーヌたちに向けようとしてくるのを防ぐために、ラブラスが 盾になってさらに痛めつけられてしまう始末だ。 「おのれっ化け物め、ドラゴンでも10匹は黒焦げにできる威力なのだぞ!?」 カリーヌは歯噛みするが、それが怪獣というものなのである。ならば、やはり特攻しかないのかと 5体の偏在を体当たりさせようかと考えたとき、彼女の頭の中に強い声が響いた。 "空をその雷で撃て!!" 「なっ、なに!?」 驚いて周りを見渡すが、そこにはレリアとティリーが怪訝な顔をしているだけである。それで彼女は その声が自分だけに聞こえたことを知り、話しかけてきた相手が目の前で地に伏している巨人であると気づいた。 「ウルトラマン……私に、呼びかけているのか?」 その問いかけに、ダイナは答えずに見つめ返してくるだけだ。しかし、そうしているうちにもギマイラは ラブラスに、あの破壊性の白色ガスを噴きつけ、弱ったところを嬉々として蹴りつけている。もう迷っている 時間はない、残ったわずかな精神力を、怪獣にぶつけるか、それともあの声を信じて空へと撃つか。 カリーヌは無意識のうちに頭上を見上げていた。そこには、昨日から続く黒色の分厚い雲が陽光を遮って 立ち込めている。 「空へ……そうか、そういうことか! ならば、私の残った力、全部くれてやる!!」 意を決したカリーヌは、偏在とともに残った全精神力を集中し、一気に天空へと解き放った。 『ライトニング・クラウド!!』 6条の雷が天へと立ち上がる竜のようにさかのぼっていき、黒雲へと吸い込まれていく。それと同時に 5体の偏在も解除され、抜けた力に抗うように脂汗を額に浮かべつつカリーヌは黒雲を見上げた。 「どうだっ?」 これでまともな攻撃魔法を使う力は全て使い果たした。後は文字通り天にゆだねるのみ。そうだ、 真夏の気候が作り出した巨大な積乱雲は氷や水の粒がぶつかり合う気流の巣、そこに雷撃を 叩き込んできっかけとすれば、電流は巨大な発電機とでもいう黒雲の中で増幅され…… やがて、本物の雷を生む!! 「やった!!」 雷鳴がとどろき、稲光が黒雲から森へと落ちて炎を吹き上げる。カリーヌの雷撃がスイッチとなり、 瞬時にタルブ村周辺は雷の巣となった。 そして、これを待っていたようにダイナは残った全ての力を振り絞り、天へと向かって両腕を振り上げる!! 「ヌゥゥゥッ……デヤァァッッ!!」 そのとき、黒雲からダイナへ向かって巨大な雷の矢が何十本と降り注いだ。猛烈なスパークが巨体を 包み込み、数万ボルトの電撃が襲い掛かる。 しかし、電撃はダイナの体を痛めつけるどころか、黒雲からどんどんダイナへ向かって吸い寄せられて、 カラータイマーの中へと吸い込まれていくではないか!! 「私の雷撃を、吸収しているのか……?」 呆然とカリーヌはつぶやいた。ダイナはカリーヌの作り出した巨大な雷の電力を超能力で操って、自らの体に 落雷させ、自分のエネルギーに転換していたのだ。 『ネイチャーコントロール!!』 天候をも自在に操るダイナの奇跡の力、まるで天が光の戦士に助力しているようだ。 だが、ギマイラはダイナが力を取り戻しつつあるのを見ると、鼻先に生えた巨大な角を振り立てて突進してきた。 今ダイナは完全に無防備だ、これを受けたら……だが、そのとき瀕死のラブラスがダイナの前に盾となって 敢然と立ちふさがった!! 「ササキー!!」 「おじいちゃーん!!」 ギマイラの角がラブラスの腹に突き刺さり、悲痛な叫び声とともに巨体がタルブの草原の上に倒れこむ。 「……っ!」 ティリーの口から短いうめきが漏れる。 倒れたラブラスはもう動かず、言葉にもならない悲鳴の中、変貌させられた肉体が微細な光に包まれて 縮小していく。後には、草原の上に物言わぬ姿で横たわっている佐々木の姿があった。 「おっ……おじいちゃーん!!」 思わず駆け出したレリアの後姿を見送りながら、カリーヌの肩が静かに震える。もう貴族の誇りや軍人の 矜持など知ったことか、あの佐々木の散り様を見て、あんな非道な敵の所業を見て、怒らないやつは人間じゃない!! 「ぶっ飛ばせぇぇーっ、ウルトラマン!!」 その瞬間、完全にエネルギーを回復したダイナはカリーヌの声に応えるように、ギマイラに再び向かい合った。 「ヘヤッ!!」 復活したダイナから、はっきりとした怒りのオーラを感じ取り、ギマイラがわずかにひるんだようにあとづさる。 だが、奴はそれでも凶悪怪獣の意地か、角から破壊光線をダイナに向かって放ってきた。しかし、破壊光線は 前に突き出したダイナの腕の中でストップされ、青い光球へと変わっていく。 「ヌウゥゥ……デヤァ!!」 受け止めた光線を固めたエネルギーの塊を掲げると、ダイナは増幅した奴自身のエネルギーを青い光線へと 変えて打ち返した!! 『レボリュームウェーブ・リバースバージョン!!』 爆発が引き起こされ、自らのエネルギーに打ちのめされてギマイラの巨体がよろめく。 「今だ、ウルトラマン!!」 「フゥゥ……ダァッ!!」 ダイナの額が輝き、ミラクルタイプからダイナ本来の姿に立ち戻る。 『ウルトラマンダイナ・フラッシュタイプ!!』 そして、ギマイラを見据えたダイナは怒りの心を力に変え、まっすぐに己の敵を見据えてその腕を十字に組んだ!! 『ソルジェント光線!!』 青くプラズマのように美しく輝く光線が光の鉄槌となってギマイラへと吸い込まれていく。 全ての力を込めた最大出力の必殺光線の前には、いかな敵とて耐えられはしない。轟音とともにギマイラの体は 超エネルギーの破壊力に耐え切れず、大爆発を起こして木っ端微塵の破片となって飛び散った!! 「やった……」 残骸となってギマイラはその存在を失っていき、奴がタルブ村を封じていた霧も制御を失って風に流されていく。 宇宙を荒らしまわり、人々の生き血をすすり続けてきた宇宙吸血鬼は、ついにこのハルケギニアの地に滅び去ったのだった。 「ショワッチ!」 戦いは終わった。自らの役目を果たしたダイナは雷鳴もやんだ空へと飛び立ち、消えていく。 しかし、喜びもつかの間……失われたものは大きかった。 「おじいちゃーん……うぅぅ」 もはや目を開かぬ佐々木のそばで、レリアの嗚咽が風に流れていく。 怪獣ラブラスにされてしまった人間は死ぬことによってでしか元に戻れない。佐々木にも、当然それはわかっていた のだから、あえて死を選んだのかもしれない。けれど、残される者にとっては悲劇には違いない。 「怪獣でもよかった……死んじゃやだよ」 「……」 小さいころからずっと可愛がってもらっていたレリアが泣き叫ぶのを、カリーヌはやりきれない気持ちで見守っていた。 怪獣は倒した、村は、マンティコア隊は救われた。しかし、代償として佐々木の命は失われた。死は戦いの常とはいえ、 神よ、始祖よ、これではあんまりではありませんか……心を覆った暗雲はいまだに晴れない。 「しまった……遅かったか!」 息を切らせて走ってきたアスカも、佐々木の遺体を見てがっくりと肩を落とした。彼もGUYSメモリーディスプレイで 見たギマイラのデータで、ラブラスにされた者が死ななければ元には戻れないということは知っていたが、 死ぬ前になんとかできないかとわずかな期待をかけていた。 だが、カリーヌとアスカが意を決してレリアに声をかけようとしたとき、じっと見守っていたティリーがレリアの手をとった。 「まだ、間に合うかもしれません」 「え……」 レリアの顔に喜色が浮かぶ。しかし、カリーヌは信じられずに叫んだ。 「馬鹿な! いかな強力な『治癒』といえども死んだ人間を蘇生させることはできん。気休めを……」 気休めを言うな、と言いかけたときにはすでにティリーは佐々木を挟んでレリアと反対側に座り込み、祈るような ポーズで魔力を集中し始めていた。しかし、確かに魔力はどんどん高まっているが、ティリーは杖を持たずに 呪文も唱えていない。 「これは……」 カリーヌは息を呑んで見守りながらも、冷や汗が背中を伝っていくのを感じていた。杖を使わずに、メイジの操る 四系統魔法は使えない。それは、四系統魔法よりはるかに強力な先住魔法、それを使いこなせるのは…… そのとき、一陣の風が吹き、ティリーがずっと目深にかぶっていた幅広の帽子を吹き飛ばした。 「っ……エルフ!?」 帽子の下に隠されていたティリーの長く尖った耳を見て、カリーヌは絶句した。大昔から始祖の宿敵として、 聖地を占拠しているという忌まわしい種族、そして最強の先住魔法の使い手として一人で百のメイジに匹敵する と恐れられる敵が、今目の前にいる。 ティリーはそんなカリーヌの視線が突き刺さるのにも気づかないほど深く集中していたが、やがて彼女が 右手にはめていた青い石の指輪から、一滴のダイヤの破片のようにきらめくしずくが零れ落ちたかと思うと、 息絶えた佐々木の体に吸い込まれていき、やがて瞬きを5回ほどしたくらいの後、佐々木のまぶたが わずかに振れて、静かに眼を開いたではないか。 「っ……おじいちゃん!」 「レリア」 人目もはばからずに泣きながら抱きついてきた孫娘の体を、佐々木は優しく抱きとめてやった。 「しかし私は、確かに死んだと思ったのだが」 「ティリーちゃんが、魔法で治してくれたんだよ」 生きていて、しかも人間に戻れていることに驚いている佐々木に、アスカもうれしそうに説明した。 「そうか、ありがとう」 「いえ、お気になさらずに……わたしは自分がやるべきことをやっただけですから」 優しい笑顔を見せてくるティリーに、佐々木も微笑み、レリアも泣きながら礼を言った。 「ぐすっ……ありがどう、ほんどうに、ありが、とう」 強く抱きしめあう祖父と孫娘の姿に、見ているアスカのほうが涙腺がゆるんでいた。 「……よかったなあ」 これで、あの悪魔のような怪獣の道連れにされる人間はいないということだ。ギマイラに操られていた 人々も、かなり弱っているが皆息がある。 めでたしめでたし、全てが終わったかに思えた。 けれど、皆が泣き、また笑うなかで一人だけ沈痛な面持ちで立ち尽くしていたカリーヌがティリーに 杖を向けたとき、反射的にアスカはその前に立ちふさがっていた。 「なんの真似だ」 「どけ、エルフは始祖ブリミルの仇敵だ。見つけたら即刻始末する、それがこの国の、教会の掟だ」 そのカリーヌの目には、以前垣間見せた人間性はなく、法と規則を絶対とするマンティコア隊隊長の、 冷徹な光が宿っていた。 「寝言は寝て言え、バカヤロー」 アスカの答えも、簡潔で苛烈だった。今カリーヌの精神力が底をついていなければ吹き飛ばされる くらいはしただろう。それでも、あと人一人殺すくらいの力は残っている。 「お前は、この国の法に逆らおうというのか?」 「あんたこそ、自分が何しようとしてんのかわかってんのか?」 わずかな空間を挟んで、アスカとカリーヌの視線がぶつかり合って火花を散らす。佐々木は、二人の ただならぬ様子に気づいたものの、命はとりとめたが傷はまだ深くて立ち上がれず、レリアはティリーが 帽子をなくしていることに気づいて拾いに走っていっていたが、あまりに張り詰めた空気に声を出すことが できずにいた。そして、当のエルフの娘は、自らが争いの元になっていることを悲しみ、敵意がないことを 示すために両手を差し出しながらカリーヌの前にひざまずいた。 「アスカさん、カリーヌさん、わたしのために争わないでください。確かに、わたしはエルフです。けれど、 あなたがた人間に危害を加えるつもりはありません」 その言葉は真摯で、うそを言ってはいないことはカリーヌにもわかった。 「ならば、なぜ東の砂漠に住むはずのエルフがここにいる?」 「それは、詳しくは申せませんが、アルビオンという国にどうしても行かなければならない理由があるからです。 それで、わたしは人目を忍んで一人でここまで来ました。けれど、決してあなた方に害をなすことはいたしません」 エルフがハルケギニアで人目に触れれば、即刻殺されるということはわかっているはずなのに、それを承知で 来るからにはよほど重要な用があるのだろう。この娘は線は細いが芯はしっかりしている、理由はたとえ拷問に かけられてもしゃべらないだろうと、カリーヌはあらためて杖を向け、あらためてアスカにさえぎられた。 「どけ」 「どかねえ」 「どかんのなら、貴様も私の敵ということだな」 「どの口がほざくんだ、あんたが昨日大怪我したとき助けてくれたのは誰だよ」 「その点は感謝している。しかし、これはこの国の法……」 「ふざけんな!」 カリーヌの言葉をさえぎったアスカの怒声には、明らかな理不尽さへの怒りがこもっていた。 「この国の法がどうだか知らねえが、ここで彼女を殺すことに何の意味があるんだよ。誰が不幸になるっていうんだ、 言ってみろよ」 「私の意思などは問題ではない。これはこの国を統治する目に見えない秩序を維持するための行為だ。たった一つの 法を破ることが、その後多くの人々を不幸にする可能性があるのだ」 「そりゃ建前だろ、俺が聞いているのは教会だの法律だの、他人の決めたことじゃない、あんた自身がどう考えてる かってことだ。彼女が誰をどう不幸にするっていうんだ、不幸なのはそんな考え方しかできねえあんたの脳みそだろ!」 カリーヌの威圧感にもアスカはまったく引く気はない。鋼鉄の規律という信念にもとずいて、私情を消して杖を 振るおうとするカリーヌに、まっこうから立ち向かうアスカ。力での戦い以上に、人間の心の戦いのほうが重く、 どちらも譲らない。 しかし、強すぎる信念は時に目を曇らせる。エルフだから無条件に殺せというのは、突き詰めれば背の低い者や 気弱な同級生を気持ち悪いなどといって排除する小中学生の心理にも似た、幼稚で愚劣な行為でしかない。 それをどうやってカリーヌに理解させるのか、言葉だけではだめだと思ったアスカは強行手段に打って出た。 「そうか、どうしてもエルフってのがダメだって言うんなら……自分の目で確かめてみろ!」 「なっ!?」 アスカは突然カリーヌの手を掴むと、魔法を振るう間を与えずに力いっぱいティリーの前に放り投げた。 疲労がたまっていたカリーヌは杖をとられて、さらにティリーと抱き合うような形で草原の上に転がり込んでしまった。 「な、なっ?」 「だ、大丈夫ですか?」 すぐそばで顔を合わせて、驚く二人の美少女。絵にはなるけど、この際それは置いておこう。 「は、離れろ!」 「きゃっ!」 ティリーの体を突き飛ばしたカリーヌは、尻餅をつき荒い息を吐きながら、目の前にいる人間の宿敵と教わって きた種族の娘を見つめた。すでに、杖は取り上げられて、体も疲労しきっている。しかし、悪魔のはずの相手は、 何もしないどころか、むしろ無力なはずの自分を怯えたように見つめている。このとき初めてカリーヌは、自分が この相手に対してどうするべきなのかに、迷いを覚えた。 エルフとは、人間の敵、だから殺す。それは正しいのか。自分で考える? 法の是非を? そんなことが許されるのか? 信念は、法は絶対だと訴える。それがもっとも道理にあっているし、軍人として正しいとわかっているが、自分の 中の何かがそれを押しとどめる。 いったい、自分は何に従えばよいのだろう? 道理と、不条理の間をカリーヌの精神はさまよった。 だが、それは本来迷う必要もない答えだった。 ティリーはカリーヌの前にひざをついてその手をとり、困惑に包まれた目を見据えて、自分を殺そうとした相手に 向かって穏やかな声で語りかけたのだ。 「お……お友達になりましょう」 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第87話 二大超獣エースに迫る! 変身超獣 ブロッケン 一角超獣 バキシム 登場! このハルケギニアという世界には、誰もが知っている伝説がある。 六千年の昔、まだ人も獣も混じって暮らす、混沌とした地であったハルケギニアに、 どこからかやってきた神の使い、始祖ブリミルが降り立ち、この地に平和と四系統の 魔法をもたらして、四つの国の基礎をおつくりになったという。 しかし、始祖ブリミルがどんな人であったのかについては、あまりにも昔のこと すぎて諸説入り乱れ、信頼できる資料は残されていない。 ただ、その第一の使い魔にして、生涯その傍らにあって始祖を支え続けたという 伝説のガンダールヴが召喚されたという、数十年に一度の日食の日のことを、 人々は『神の左手の降臨祭』もしくは『日食の降臨祭』と呼び、遠い昔から 祝い続けていた。 そしてくしくも、今年はその日食の日であり、ハルケギニア中の人々は、 一日限り仕事を忘れて欠けた太陽に祈りを捧げ、その後は飲めや歌えと狂奔する。 半月前に怪獣ザラガスに襲われたトリスタニアの街も、今ではほぼ完全に復興を とげて、その下町のチクトンネ街にある一番の居酒屋である魅惑の妖精亭でも、 正午近くに予想されている日食に合わせて、この日だけは日中に店を開くために、 店員の女の子たちがジェシカの威勢のいい声に叱咤されながら走り回っていた。 「さあ、みんな! 今日は真昼間からチップをかせげるまたとない掻き入れ時よ、 これを逃したら一生後悔するからね」 「おーっ!」 才人たちを見送って後も、魅惑の妖精亭は営業を休まずに続け、看板娘の ジェシカを筆頭に、その父のスカロンのパワーにも引っ張られて集客を続け、 この日も明るい笑顔とともに、大もうけを目指していた。 「さあ妖精さんたち、夜の花は昼間でも輝けるってことを見せてあげましょ。 ウドちゃんカマちゃーん、ドルちゃんがサボった分はお給金から引いておくわよ、 早く呼んでいらっしゃーい。みんな、時間がないから頑張ってね!」 「はい! ミ・マドモワゼル!」 もとより大半の子たちは行くべきところもないところをスカロンに拾われて、 その器量に惚れこんで少しでも恩を返せればと頑張っているだけに、 大きく明るく返事をして、開店の準備に精を出していく。 「この調子なら間に合いそうね。けど残念ね、正式には聖堂で王族の方々が そろって祈りを捧げるのに合わせて全国民がお祈りするのに、肝心のアンリエッタ 王女が外征に出ていてお留守だなんて」 「仕方ないわよお父さん。お姫さまにはこの国を守る大切なお仕事があるんだし、 アルビオンが平和になったら、向こうの国からもお客さんがトリステインに来て くれるかもしれないじゃない」 相変わらず、初見の人間には到底親子とは映らないほどギャップの大きい スカロンとジェシカは、外で特別開店の飾りつけをしながら会話に花を咲かせていた。 「あっそうだ、平和になったらいっそアルビオンへ営業へ行きましょうか?」 「あっ、それいいかも! 国の復興のときにはお金も大きく動くしね。それどころか 魅惑の妖精亭アルビオン支店なんてやってみてもいいんじゃない。店の子も増えて、 みんな経験も積んできたからいい機会かもよ!」 「やーん、ジェシカちゃん天才! さすがわたしの娘」 なんともたくましく、雑草の花はそれだからこそ美しく輝いて広がっていく。 だがそれも、平和な世の中であればこそで、今おこなわれているアルビオン 内乱が、もし王党派の敗北で終わるようなことがあれば、ここも安全に 商売をしてはいられなくなるだろう。 立ち話に区切りをつけたスカロンとジェシカは、あらためて空を見上げて、 奇跡を呼ぶという太陽の欠けるときに思いを寄せた。 「もうすぐよね、待ち遠しいわ……それにしても奇跡か……そんな大それたもの はなくてもいいけれど、誰もがこうしてお日様を見上げられる日が来るといいわね。 こんなささやかなお願い、神様に届くかしら」 「大丈夫よ。こんな世の中だって、神様も今日ぐらいはチップを落としていって くれるわよ。それにしても暑いわねえ、アルビオンに行ったシエスタたち、 楽しくやってるかしら……」 この日、アルビオンを含むハルケギニア全土は雲ひとつない快晴、絶好の 日食日和で、大都市から地方の小村まで、誰もが太陽が欠けるという奇跡の ときを心待ちにしていた。 魔法学院では使用人たちに特別休暇が与えられ、ラグドリアン湖の湖畔では、 モンモランシーの実家に彼女を送っていく途中のギーシュとリュリュの 三人が湖面に映った太陽を見つめ、タルブ村ではレリアが佐々木の墓に祝いの 酒をかけながら娘たちの無事を祈り、遠く離れたガリアでもホテルの屋上で イザベラが、日傘の影でメイドに扇であおがせて涼みながらその時を待ち、 エギンハイム村では巨木のてっぺんに作った展望台に翼人と村人が立って、 翼人と人間の両方の作法で祈りを捧げている。 そして、ハルケギニアを見下ろす、ここアルビオンでも、町々では人々が 神の奇跡に内乱の終わりを願い、おごそかに空を見上げて祈っていたが、 そんな戦火を避けてきた人たちが集まるある町に、ティファニアと子供たち、 そして彼女たちの身を案じて来たロングビルの姿もあった。 「マチルダ姉さん、奇跡って本当かな……?」 「さてねえ、教会の連中は声高に触れ回ってるし、以前にあったときはわたしも 赤ん坊だったから……おっと、そんな悲しそうな顔しないでおくれよ! そうだね、 起きるんじゃないかい」 ロングビルからマチルダの口調に戻った彼女は、うっかり蓮っ葉な態度を とってしまったことを慌てて謝った。とはいえ、奇跡にすがりたいのは彼女とて 同じなのだ。このアルビオンを覆う悪意のパワーはすさまじく、とてもではないが 魔法の力すら失った自分などではどうこうすることはできない。 「奇跡、起きるよね?」 もう一度同じ問いをかけてきたティファニアに、ロングビルは彼女の目と、 その後ろで落ち着かずに遊んでいる子供たちを見渡して、自嘲気味に笑うと 優しく口を開いた。 「あたしの望む奇跡は、あんたたち全員がすこやかにたくましい大人に育って くれることだけだよ。でもさ、神様ってやつがどんなやつかは知らないけど、 あたしはほとんど一回死んでから帰ってくることができた。だから、案外粋な ところがあるのかもね」 「え? 一度、何?」 「ああ!! 今のなし、なんにもなかった! なかったからね!」 「はい?」 危なかった。自分が盗賊をしていて、毎日命の危険に身をさらしていた というのはティファニアたちには秘密だったのだ。しかし、こうもあっさりと 秘密を口にしそうになるとは、やっぱり自分には盗賊の素質などはなかったのかも しれない。速めに足を洗えたのは本当に正解だった。 「ごほん、ああ……まあ、奇跡なんて大げさなことを言ってもさ、別にお前は そんな大それたことを望んでるわけじゃないんだろ。だったらさ、遠慮せずに 神様にお願いしてみな。今日だったら、神様もよく聞いてくれるかもしれないしさ」 「うん、そうだね。ありがとう姉さん、わたし精一杯祈ってみるよ」 泊まっている宿屋の窓を開けて、ティファニアはエルフであることを隠す帽子を 深々とかぶったまま、両手を合わせて、目をつぶって太陽のほうへと祈った。 「神様お願いです。みんなをどうか無事に帰してきてください。もうこの子たちから 大切な人を奪わないであげてください……」 ティファニアと子供たちの祈りが天に届くかは、すでに罪深き身となってしまった ロングビルにはわからなかった。 彼女たちの見上げる空には、太陽と、青と赤の月が輝き、それらの三つの影は ゆっくりと一つに近づき、ハルケギニアの全ての民が待ちわびる、その瞬間へと 近づいていた。 が、日食が蒼天にこぼれた染みだと悪意で表現するのならば、ただ一箇所、 天の陽気とは裏腹に殺意と邪気で満たされ、今まさに全世界の趨勢を決する戦いが 始まろうとしている場所は確かにあり、それは彼女たちが無事を願う者たちの いるところであった。 アルビオン大陸中央部、サウスゴータ地方に聳え立つ小さな古城を踏み壊し、 その巨体を現した超獣にウルトラマンAが立ち向かい、幾年にも渡ってウルトラ兄弟 への怨念を蓄えつつけてきたヤプールは、その邪念を呪いに変えて吐き出した。 「ついに現れたなウルトラマンAよ! さあ、闇の底から蘇った悪魔の化身よ。 今こそ復讐を果たすのだぁぁぁっ!」 ヤプールの怨念に満ちた声を受けて、崩れ去った古城の瓦礫を踏みつけながら、 ヤプールのしもべがウルトラマンAをめがけて、雄たけびをあげながら驀進していく。 奴の名は変身超獣ブロッケン、ヤプールの超獣合成機によって鰐と宇宙怪獣が 合成されて誕生した、身長六五メートル、体重八万三〇〇〇トンにも及ぶ、超獣の 中でも最大級のボリュームを誇る怪物だ。 「シュワッ!」 だが、ついに正体を現したブロッケンに対して、エースも構えをとって向かえ、 手裏剣を投げつけるように突き出した指先から先制攻撃の光線を放った。 『ハンディシュート!』 連続発射される小型光線がブロッケンの正面から当たって爆発するが、 巨躯を誇るブロッケンには大して効かずに、怒りに燃えたブロッケンは両腕の爪の 先から破壊光線を撃ち返しながら、うなり声をあげて迫ってくる。しかし、それが エースの狙いであった。 (そうだ、ついてこい) このまま戦えば大勢の人々を踏み潰してしまうだけに、エースは光線を回避しつつ、 慎重に奴を牽制しながら人のごったがえしている戦場から、反対側の平原へと誘導していく。 けれども、いつもとは違って、その心境は決して穏やかではなかった。 (やはり、こいつだったか) ブロッケンを前にしたエースの心に、以前戦ったブロッケンとの記憶が蘇る。 ワルドの手にあった目と口から、十中八九と予測をつけていたが、的中したことに 喜びなどはまったくない。なぜなら、こいつはヤプールの操る超獣の中でも、 特にエースがピンチに追い込まれた相手だからだ。 正面から見据えるだけでも、普通の超獣の二倍はある体格は軽くエースを 見下ろすほどあり、人馬形態の体格と超獣屈指の体重から生み出される パワーは、それだけでも充分すぎるほど脅威となる。 しかも、以前はブロッケンは右腕を失っているというハンデを背負っていたが、 今度は万全な状態な上に、ヤプールによってさらに強化されているのに違いない。 ”はたして勝てるか” そんな、不吉な考えがエースの心にさしたとき、それを晴らしたのは恐れを 知らない若い声であった。 (ブロッケンか、やっぱりな。ヤプールもとんでもないやつを切り札に出して きやがったぜ。やっぱ、実際見てみるととんでもない迫力だな。けど、こいつを 倒せばこんなくだらない戦争も終わるんだよな) (腕にまで目と口があるなんて。まるで、ケンタウロスの体を持つ三頭の ドラゴンね。それに、よくも姫さまたちを手にかけようとしたわね。もう絶対に ゆるさないんだから!) ブロッケンを見て、その威圧感に圧されながらもやる気を出している才人と ルイズの勇気が、エースの心にも闘志をよみがえらせてくる。 そうだ、例え相手がなんであろうと逃げることはできない。そういえば、自分も 北斗星司だったころには猪突猛進くらいで生きてきたが、知らないうちに心に 白髪が増えていたようだ。 (ようし、いくぞ!) 恨みを込めた遠吠えをあげて迫るブロッケンを、エースは正面から受け止めて、 そのボディに渾身のパンチを打ち込む。避けられない戦いはついに本格的に その火蓋を切った。 「ヘヤァッ!」 ブロッケンの鼻から吹き出される高熱火炎をかいくぐり、ブロッケンの左腕を 掴んだエースは、もぎとれるくらいの力を込めてひねり上げ、悲鳴をあげた 奴の頭をあごの下から殴りつける。 並の怪獣ならばこれだけで軽く脳震盪を起こすだろうが、奴は睨みつけるように エースを見下ろすと、鞭のように長く伸びた二本の尻尾を振りかざしてエースの 首を絞めようと狙ってきて、チョップで跳ね返したエースに、鋭い牙の生えた口が ついた腕で噛み付こうとしてくる。 「ヌワァッ!」 かといって距離をとろうとすれば、爪の先や尻尾の先からの破壊光線で 狙い撃たれ、かわしても至近での爆発がエースを包み込む。 (なんて火力だよ!?) 近、中距離での攻撃力ではベロクロンさえ上回る破壊力を発揮するブロッケンの 力は、知っていたはずの才人の予測もはるかに超えていた。しかし、エースの 闘志は一人だけのものではない。 (鞭って自分で使うのはいいけど、他人に使われると、どうしてこうむかつくのかしらね) (だったらお前、おれを殴るのをやめろ) (いやよ、犬のしつけには鞭が一番だもの。けど、あんたも最近すばしっこくなって きたから、振りかぶろうとしたらすぐに逃げるから困ったものよ) ふっと笑いかけたルイズの言いたいことを、エースは乱暴なたとえだなと内心 苦笑しながらも理解して、もう一度ブロッケンに接近戦を挑んでいった。 むろん、飛び道具にも増して現在の地球上で最強の爬虫類である鰐の力を 受け継ぐブロッケンにとって接近戦は望むところで、至近距離での火炎放射と 三つの口で噛み付いてくるが、エースは正面を避けて奴の側面に回りこむ。 しかし、普通なら死角になる場所さえ、ブロッケンは自由自在に動く二本の鞭状の 尻尾で補っていた。それらは、まるで蛇になっているという伝説の怪物キマイラの 尾のように動いて、エースを打ち据えようと振りかぶった。その瞬間。 (今だ!) このタイミングを見計らって、エースは奴の尻尾の付け根に渾身のチョップを 打ち込んだ。するとたちまち付け根にある神経節が衝撃で麻痺して尻尾の 動きが止まり、できた隙を逃さずに横から思い切り蹴り飛ばした。 「テェーイ!」 いくら打たれ強いといっても、生物である以上強いところもあれば弱いところもある。 横合いからキックを決められたブロッケンは勢いよく吹っ飛ばされて、土煙を 巻き上げながら倒れこんだ。ルイズの与えたヒント、鞭は相手に叩きつけるためには 一度振りかぶらなければならないから、その隙をつけという答えが見事的中したのだ。 (ようし、今がチャンスだ!) 巨体をもてあましたブロッケンは一度倒されると簡単には起き上がれず、 溝にはまった馬のようにもがいており、今ならいけるとエースは横倒しになった 奴の上にのしかかり、マウントポジションからパンチを連続で浴びせかけた。 「デャッ、ダァッ!」 けれどブロッケンも、痛みを怒りに変えてエースを跳ね飛ばしながら無理矢理 起き上がり、尻尾の先から放つスネーク光線をエースに放ち、当たりはしなかったが 間合いを外し、戦いをもう一度振り出しに戻した。 (さすが、一筋縄でいく相手ではないな) 態勢を立て直した両者がにらみ合う中を、天空に燃える太陽と、その傍らに並ぶ 二つの月がひときわ熱く、明るく照らし出していた。 そして、今や両者の戦いは、すべての人間たちにも注目されていた。 「ようし、そこよ。いけーっ!」 「危ない! 後ろから触手がくるぞ」 離れた丘の上から子供のように声援を送るキュルケと、ブロッケンの動きを 読んで警告を叫ぶアニエスだけではなく、アンリエッタとウェールズが風の 魔法で声を増幅して、全軍に向かって演説していた。 「アルビオンのすべての兵士たち、今、目の前でおこなわれている戦いは 現実です! 聞いてください。このアルビオンで起きている様々な異変や長引く 戦争は、ヤプールが裏で糸を引いていたのです。奴は、わたしたちを抹殺する ことで、アルビオンはおろか、ハルケギニア全体に終わることのない戦争を 広げようと画策していました」 「諸君、私も気づかされた。これまでの戦いすべてが、敵に仕組まれていた ことを、我々も、そしてレコン・キスタの貴族たちも、最初から争いを好む者たちに よって利用されていたのだ。だから、本来我々が争わなければならない 理由などは何もない。我々が無意味に争って、限りなく生まれる悲嘆と憎悪こそが 敵の狙いだったのだ。だからもう、終わらせよう。そして平和な国を取り戻し、 自分たちの家へ、家族の下へ帰ろうではないか!」 兵士たちの間から、いっせいに天も割れよといわんばかりの大歓声が沸きあがった。 それを受けてアンリエッタとウェールズは叫ぶ。 「あの戦いを見てください。今、この世界は異世界からの侵略者に襲われています。 ですが、異世界からは救世主もやってきてくれました。こうして戦ってくれている彼、 ウルトラマンがそうです。彼はこれまでも、ヤプールの超獣からわたしたちを 守ってくれました。けれど、わたしたちが愚かな争いを続ける限りヤプールは 無尽蔵に力を得ることができます。わたしたちの敵は、わたしたちの生み出す 邪悪な心そのものなのです。そしてこれ以上、悲劇を繰り返さないために トリステインとアルビオンは、これから手に手をとりあって、争いのない平和な 世の中を作ることを神と始祖に制約します」 「戦争は、今日で終わりにしよう。さあ、みんな、悪魔どもに、もう人間はお前たちの 思惑どおりにはならないということを、教えてやろうじゃないか!」 大地を揺るがす大歓声がそれに応え、アンリエッタとウェールズは先頭に立って、 最後までこの戦いを見届けようと恐怖心をねじ伏せて、震えそうになるひざを 押さえて立ち、そして後は、飾り物の自分にできるのはこれぐらいしかないと、 アンリエッタは両手を合わせて一心に祈り、その肩を彼女の愛しい人が支えた。 「神よ、どうか悪魔の手からこの世界をお守りください」 人間の心の光と心の闇、ウルトラマンAとブロッケンの戦いはまさにそれを 現実に顕現したものであった。大地を揺るがし、大気を震わせ、光が舞って 炎が猛る。そんな中でも、大宇宙の神秘はウルトラマンAとヤプールの戦いをさえ 小さいものとあざ笑うように、数十年の長い時を超えて、本来出会うことのない 太陽と月が重なる時を、今ここに作り出した。 「殿下! 太陽が……欠け始めました!」 気象観測を任務とする兵士のたった一言の叫びが、戦いに心を奪われていた 人々に、はるかな時を超えて起こる最大級の天体現象が、ここにその瞬間を 迎えたことを伝えた。 「日食が、始まった……」 昼を照らす太陽と、夜を照らす月が交わるときに生まれる闇の時間、日食。 ハルケギニアの歴史では、始祖の降臨祭に次いで聖なる日と言われ、平和と 幸福を人々が祈るこの日を、戦塵に汚して荒れ狂い、血と死のカーニバルと 化する悪魔を倒すために、その心に光を宿す者たちはあえて剣をとる。 そして人間たちも、心を持たない臆病者や卑怯者はとうに逃げ去り、残った 勇気ある兵士たちは戦いを終わらせる最後の戦いを見守り、エースの勝利を願い続けた。 「がんばれーっ! ウルトラマーン!」 「化けもんをやっつけてくれーっ! 俺たちが応援しているぞ」 月に覆われ始めたとはいえ、なお強烈な光を持つ太陽は変わらずにハルケギニアを 照らし続け、祈りをささげるアンリエッタと彼女を守るウェールズを先頭に、二人を 救ってくれたエースの勝利を願う人々を見守っていた。 だが、世界に光が満ちようとも悪魔の邪悪な野望の影が晴れることはない。 ”フッフッフフフ……今のうちに喜んでおくがいい、愚かな人間どもよ。希望に 満ち満ちたところから突き落とされたときにこそ、その絶望は何倍にも増加する。 さあ、そろそろ第二幕をあげてやろうではないか!” ヤプールの暗黒の想念がアルビオンの大気の中を毒の煙のように流れていき、 その怨念の命令を今や遅しと待ちわびていた者は、冷ややかな目ではるかな 天空から戦いを見守っていた。そこは、すでに撃沈寸前になって誰からも 忘れ去られているレキシントン号。すべての砲門を失い、生き残った乗員は 総員退艦の末に、船を見捨てて脱出していった。ボーウッドは戦闘のさなかに 負傷して運ばれていってからは、二度と艦橋に戻ってくることはなかった。 ……だが、幽霊船のように、ただ浮くだけの無意味な木の塊となったこの船の 艦橋で、たった一人残っていたクロムウェルは、眼下を見下ろしながら薄い笑みを 浮かべて、思わぬ来客を迎えていた。 「ほう、まだ生きていたのか。人間というものは、案外しぶといものだな」 「クロムウェル……貴様、よくも私を殺そうとしてくれたな」 振り返りもせず、後ろ目で視線を流したクロムウェルの見る先には、ほんの昨晩まで 彼がひざまずいて慈悲をこうていた女、シェフィールドがあちこち引き裂かれた 黒服と、浅からぬ深さを持った赤い傷を全身にまとわされながらも、憎悪に満ちた 目でこちらを眺めていた。どうやって戦場の中を空を飛んでいるこの船に来れたのか わからないが、いや、人間にしては神出鬼没なこの女のこと、なんらかの仕掛けを この船にあらかじめ仕掛けていたのかもしれない。 「ふぅ……私は奴に、確実に仕留めろと言っておいたのだが、よく生きていられたものだな」 「あいにくと、手持ちの魔道具のほとんどを使ってしまったけど、やられる寸前に アンドバリの指輪で仮死状態になってやりすごしたのさ。死んだと思ってとどめを 刺さずに行ってくれたのが幸運だったよ」 「ふっ、ならばそれも本体ではあるまい。我らを出し抜くとは、一応、さすがとだけは 言っておこうか。だが、もうお前にも、愚かなお前の主にも用はない。これまでよく働いて くれた。礼を言おう」 すると、シェフィールドの顔に明らかな怒気が浮かんだ。自分のことではなく、自分の 主が侮辱されたことに反応したようだったが、かろうじてそれを押し殺し、尊大な 態度をとる操り人形だと思っていた男を弾劾する。 「貴様、いったい何が貴様をそこまでに変えたのだ? ただの臆病な地方の一司教 でしかなかったお前が! 答えろ、クロムウェル」 「クロムウェル? ふっふっふっ、お前の言うクロムウェルという男はとうの昔に 死んでいるよ。ずいぶん前から入れ替わっていたが、気づかなかった己を呪うのだな」 「っ!……クロムウェルを殺して、成り代わっていたのか」 「そのとおり、お前たちのような愚か者を騙すのはなかなか楽しかったし、長引いた 戦争のおかげでマイナスエネルギーもだいぶ補充できた。まったく感謝に耐えんよ。 もっとも、お前もそこに転がっている愚か者たちのように、これから死ぬのだがな」 そう言って、あごで床を指した先には、何人もの豪奢な服を着た死体が横たわっていた。 それは、レコン・キスタ派の貴族たちの亡骸、だが戦闘で死亡したのではない。 どの死体にもほとんど傷はなく、それぞれ喉に深々と突き刺さった鋭いダーツが 致命傷となっていた。彼らはもはや敗北が必至だと知ると、よくもこれまで調子の いいことを言って我らをだましてくれたな、貴様には一足速く地獄へ行ってもらうぞと 目を血走らせて艦橋へつめかけ、そして皆殺しの目にあったのだ。 「まったく、人間というものはつくづく愚かよ。見た目で相手を判断する。そこに 大きな落とし穴があるとも知らずにな……さて、そろそろ私も行かねばならん。 ちょうど太陽も隠れて、闇が濃いよい眺めになってきたことだ。だがその前に、 貴様は消えてもらおうか!」 クワッ! そう表現するふうにクロムウェルが目を見開いて、口が裂けるくらいに 広げたかと思うと、奴の喉の奥から真っ赤な光がシェフィールドに向かって放たれた。 「くっ!?」 シェフィールドは貴族たちの死に様から、とっさに腕を喉元にやって守ったが、 赤い光に当てられた腕には、大降りのナイフほどもある巨大なロケットが突き刺さって 打ち抜いていた。だが血は流れずに、シェフィールドの腕が無機質な人形のものに変わる。 「ほう、思ったとおり遠隔操作型の魔法人形か、さすが抜け目がないな。どうだ、 愚か者の主人などは捨てて、我らと手を組まないか?」 「ふざけるな! 私の主人はジョゼフ様ただお一人だ!」 「それは残念、ならばジョゼフに伝えておけ。お前の作ったゲームはなかなか楽しかった。 その礼に、今しばらくの命はくれておいてやる。せいぜい世界が燃え尽きるその日まで 余生を楽しむのだな。フフフ、はーっはっはっは!」 高笑いをしながら、クロムウェルは次第に不気味な異次元の光に包まれていく。 シェフィールドは、だまされていたことと主を嘲笑されたことに激しい怒りと憎悪を こめて奴を睨みつけたが、壊れてどんどんただの人形に戻っていく魔法人形では 何もすることができない。だが彼女は人形の口と耳を通して、最後の質問を奴にたたきつけた。 「言え! 貴様の本当の名を!」 すると、クロムウェルは口元を悪魔のように大きく歪めて笑うと、床に崩れて倒れていく 人形に向かって、人間ではない本当の声で答えた。 「私の名はバキシム……ヤプール人だ」 その瞬間、巨大戦艦レキシントン号は地上に落下して燃え上がり、そのどす黒い 火炎の中から、悪魔がその雄たけびをあげた。 「超獣だぁーっ!」 兵士たちのあいだからあがったその悲鳴こそが、目の前の出来事を何よりも 如実に表現し、そして恐怖と絶望の波が心を支配していく始まりであった。 「ゆけぇーバキシム! お前の力でエースを倒し、我らの同胞の悪霊が待つ 地獄へと送り込むのだぁーっ!!」 一角超獣バキシム、けたたましい鳴き声をあげて、太い二本の足に支えられた 蛇腹状の胴体の上に、緑色の瞳のない目を爛々と輝かせたオレンジ色の頭と、 鋭く天を突く一本角をそびえさせて現れたこいつこそが、宇宙怪獣の能力と 地球のイモムシの体を与えられた破壊工作員にして、クロムウェルに成り代わって アルビオンの人々の運命をもてあそんだ悪魔の正体であり、ウルトラマンAへ 復讐を果たすためのヤプールの切り札だった。 (そんな! ブロッケンに続いてバキシムだって!?) 巨体ゆえの重量で、地面をへこませながら前進を開始したバキシムを見て、 才人は愕然とした。今でもブロッケンとはやっと互角の勝負をしているというのに、 ブロッケンに続いて超獣屈指の重量を誇るバキシムと戦う余裕などはエースに 残っているはずもなかった。だが、だからこそといわんばかりにバキシムは、 櫛状に鋭いとげの生えた両腕のあいだからミサイルを発射してエースを攻撃してきた。 「ヘヤァッ!」 とっさにかわしたエースのいた場所を強烈な威力を持つミサイルが吹き飛ばし、 土と石を草原ごと大量に王党派軍の頭上に降りかからせた。 「まずい! 全軍後退しろ、急げ!」 ミサイルの破壊力から、離れていても爆風で被害を受けると判断したウェールズは 全軍にそのままの姿勢で後ろに下がることを命じた。なまじきびすを返させると 急いで逃げようとするあまりに混乱が起きる危険性があったからだが、その判断は 正しかった。バキシムのミサイルはベロクロンほどの数は撃てないものの弾頭は 大型で、かつて襲った超獣攻撃隊TACの基地に大打撃を与えているのだが、 彼を信頼する兵士たちは隊列を保ったまま数百メイル後退するのに成功した。 しかし、バキシムにとっては人間たちなどはどうでもよく、ミサイルに続いて 七万八千トンもある体重を活かしてエースに突進攻撃を仕掛けていった。 もちろん、単純な突進ならばエースにとって避けるのは難しくはないが、華麗に かわしたと思った瞬間、ブロッケンのスネーク光線がエースの背を打った。 「フワァッ!?」 死角からの攻撃を受けて、エースはよろけて倒れる。そして、それを見逃す バキシムではなかった。巨体に似合わずすばやく反転してくると、今度は 鼻の穴からさっきよりも大型のミサイルを発射してきたのだ。 「グォォッ!」 ミサイルの着弾の爆炎に包まれて、エースから苦悶の声が漏れる。 (いけない、守りに入ったらそのままやられるわ!) (反撃だ、このままじゃやられる!) 二大超獣を前に、ルイズも才人も完全に余裕を失って叫ぶが、エースもそれには 同感であった。バキシムとブロッケン、超獣の中でも屈指の火力とパワーを誇る この二体を相手に、守りに入ったところで防ぎきれるわけがない。 「トォォッ!」 反撃に出たエースは空中高く飛び、バキシムへ向かって急降下キックをお見舞いし、 蹴倒したところで反転するとブロッケンの首根っこを掴んで投げ捨て、草原を 人工の巨大地震で揺さぶった。 「おおっ、すごい!」 地面に伏す二匹を見て、兵士たちのあいだから歓声があがる。あんな巨大な 超獣を投げ飛ばすとはやはりウルトラマンはすごい、これならば二匹が相手でも 勝てるかもしれないと。 だが、奴らは単に巨大で鈍重なだけの怪獣ではなく、その身に極限までの 改造を施されて、全身を武器に作り変えた生きた要塞ともいうべき超獣だった。 二匹は起き上がると、エースから受けた攻撃などはまるで最初からなかったと いうように、ミサイル、レーザーをSF映画の宇宙戦艦のように雨あられと エースに浴びせかけたのだ。 「ウワァァッ!!」 バリヤーを張る暇すらなかった。いや、最初にブロッケンと戦い始めて以来、 消耗を続けていたエースはすでに大量のエネルギーを失っており、この攻撃で 舞い上がる炎の中で、もはやエースのカラータイマーは青い輝きを保っている ことは不可能になっていた。 (強いっ……) 月面のように掘り起こされ、焼き尽くされた大地の上にエースはひざを突き、 苦しげに頭を上げて二大超獣を見上げた。この、これがヤプールの切り札か、 かつて戦ったときにも増して両方とも強力になっている。おそらくは、ハルケギニアで 収集したマイナスエネルギーに加えて、かつて倒された奴ら自身の怨念に よってパワーアップをとげたに違いない。 ”怨念を晴らすまでは、幾度でも蘇る” それはまさに、ヤプールの本質そのもの。エースへの怨念を残して、怪獣墓場を さまよっていた超獣たちの魂は、ここに復讐の機会を得て歓喜に沸き、積み重ねた 怨念を力に変えて、蘇ってきたのだ。 「ふはははっ! エースよ、我らの怨念の深さを思い知れ! そして兄弟たちも いないこの世界で、なんの助けにもならない非力な人間たちを恨みながら みじめに死んでいくがいい!」 異次元空間から、ヤプールの狂喜に満ちた笑い声が響き渡る中で、二大超獣は 力を失いつつあるエースへと向けてミサイルとレーザーの照準を合わせる。 これをまともに受けたら、いかなエースでもひとたまりもない。 さらに、それにも増して人間たちのあいだにも動揺とともに絶望感が伝染病の ように速やかに拡大しつつあった。 「ああっ……怪物が、二匹も」 「ウルトラマンも歯が立たないなんて。終わりだ、アルビオンはもう終わりなんだ!」 恐怖は何よりもたやすく人間の心を支配する。そして理性を麻痺させ、人間を 本能のままに動く獣に変えてしまう。今はまだ、アンリエッタやウェールズが 堤防となって決壊を抑えられているが、もしエースが倒されようものならば、 七万の人間の恐怖はアルビオン全体へと拡散し、この大陸はヤプールの超獣の 恐怖に支配される暗黒の地と化してしまうだろう。 「エース、頑張って」 「立て、立つんだ」 アンリエッタやアニエスの声が届き、エースは苦しい身を起こして立ち上がる。 だが、ブロッケンはそんなエースをあざ笑うかのようにレーザーを放つ。 「ヘヤァッ!」 側転でかわしたエースのいた場所で連続した爆発が起こり、距離をおいては 的になるだけと接近しようとしたエースを、バキシムの火炎放射が草原を焼きながら 阻止してくる。 「グワァッ!!」 七万度もの高熱火炎がエースをあぶり、敵を前にしてエースのひざが大地に 着かれて、体が麻痺したように痙攣して動かなくなってしまう。 (くそっ、離れても近づいても駄目なのか。ちくしょう、おれはこんな大事なときに 役に立てないなんて) この二体には死角らしいものが見当たらない。ましてや弱点などもないため、 今回は才人も作戦の立てようがなく、無力感が彼の心を侵していった。 そして無力感は絶望感となり、未来への希望をも黒く塗り込め始める。もしこの 二匹がハルケギニア中で暴れたら……才人とルイズ、二人の脳裏によぎるのは あの時空間で見た、崩壊して死の街となったトリスタニアの記憶。 (そんな、そんなはずはない、あの未来は消滅したはずよ!) エアロヴァイパーによって連れて行かれたあの破滅した未来は、奴の死と 同時に消え去ったはずだ。それに、未来が変えられるということは我夢が 教えてくれたではないか。だがここで負けたら、あの未来へと続く破滅の道が 新たに生まれてしまう。すべての命が滅ぼされ、漆黒の荒野と化したあの世界を ヤプールに作り出させないためにも。 (ここで、ここで負けるわけにはいかない!) かつてをはるかに超える邪念を宿らせて迫るバキシムとブロッケンに、エースは 消えない正義の火を胸のカラータイマーに宿して立ち上がる。しかし、月に侵食 されて光を失っていく太陽のように、破滅の未来は確実に目の前にやってきていた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第91話 迷いと戸惑いと… ウルトラの父 ゾフィー 登場 「地球に……帰れるのか……」 戦いから時が過ぎて、すっかり日も落ちた静かな夜の闇に才人のつぶやきが 流れて消えた。 ここは、ウェストウッド村のティファニアの家、さらにその隣にある小さな畑。 超獣サボテンダーに踏み潰されたあとに耕しなおされたが、作物は時期を 逃したために黒い土があらわになっている。けれども空を見るには村の中で 一番開けているその真ん中で、才人はズボンのポケットに手を突っ込んだまま、 かかしになったようにもう二時間もこうして空を見続けていた。 「サイト、もういいかげん中に入りなさい。スープが片付かなくて、テファが困ってるわよ」 背中からした声に振り向いてみると、そこには彼のご主人様が一人で立っていた。 「ルイズ、悪い、今メシを食う気にはなれないんだ」 「そう……でも、あれだけ動いたんだから、食べなきゃ体がもたないわよ……って、 ミス・ロングビルが言ってたわ」 「……サンキュー」 柄にも無く穏やかな口調で、ずっと戦いどおしだった才人の身を下手な照れ隠しを しながら案じてくれているルイズに、今の才人は一言の礼を持ってしか答える ことができなかった。 二大超獣との激闘から、もう六、七時間はゆうに過ぎた。あれから後で、 GUYSの面々といったん別れた才人とルイズたちは、避難していた ロングビルやティファニアたちといっしょに、ウェストウッド村に帰ってきていた。 しかし、皆と再会しても才人は上の空で夕食にも参加せずに、こうしてずっと 一人でもの思いにふけっていたのだ。 「まだ、あのことを考えてたの?」 「ああ」 それ以上を言う気力は湧かずに短く答えた才人に、ルイズも無理に問いただそうとは しなかった。いつものように強権的に口を開かせるには、その問題はあまりにも 重すぎたからである。 「あの空の上に、あなたの故郷があるのね」 「ああ……おれのふるさと、地球が……」 「チキュウ……」 ルイズは、感情の浮かんでいない言葉で、才人の故郷の名前を復唱した。今や、 手の届かない幻ではなくなった地球へとつながる亜空間ゲート、それがこの空の はるか上に月の光に隠れて、確かに存在しているのだ。 「あの先に、日本が、東京が、アキバが、おれの学校も、友達も……母さんも、 父さんもいる」 「……」 きっと今、才人は故郷にいたころの思い出を一つ一つ呼び起こしているのだろう。 もう二度と帰れないと思っていた自分の家や、離れ離れになってしまった家族、 思い出は、その人間の過去から今へと続く大切な架け橋だ。悲しいものも、 うれしいものも、今の自分を形作るかけがえのないブロック、そしてルイズも そんな彼の姿に、意図しなかったとはいえ才人にそんな苦しみを与えてしまった ことに罪悪感を感じていたから、じっとその横顔を見つめていた。 だが、思い出に浸るだけでは未来には踏み出せない。 「サイト、まだ迷ってる?」 「わからない……というか、まだ心の整理がついてないのが正直なとこだ」 「そうね。たった一日で、あまりにも多くのことがありすぎたわ……」 才人とルイズは、満天の星空の下で二つの月を見上げながら、これまでの人生で 一番長かった今日の日の出来事を思い出した。 レコン・キスタと王党派・トリステイン連合軍の最終決戦、姿を現した超獣ブロッケンと バキシムとの死闘と敗北、そして時空を超えて助けにきてくれたウルトラマンメビウスと CREW GUYS、彼らはまさにハルケギニアの伝説にあるとおりの、奇跡となって この星とエースの絶対絶命の危機を救った。 しかし、戦いに勝利して才人とルイズの前に現れた彼らとの出会いは、そのまま 才人にとって喜びとはならなかった。時空を超えてハルケギニアにやってきた GUYSの存在は、この世界にとってイレギュラーな存在である才人に、ここは 地球ではなく、自らもまたこの世界には異質な存在であることを自覚させ、 そして地球人としてこのハルケギニアでどうするのかの、重要な決断を迫っていた。 「地球に、帰れる……」 リュウからその言葉を聞いたときに、才人の心を貫いたのは歓喜ではなく、 狼に育てられた少年が初めて人間を見たときの、そんな感情だったかもしれない。 地球、それは才人の故里、才人が生まれ、育ち、多くの人を愛し、そして 愛されてきた、忘れることのできない思い出の場所。しかし今、地球という言葉は 残酷なまでの鋭さをもって才人の胸に突き刺さっていた。 「地球に、本当に帰れるんですか?」 「ああ、そのためにガンスピーダーの座席を一つ空けてきたんだ。それに、 君は家族から捜索願いが出ている。ご両親も、大変心配しておられるようだ」 その言葉を聞いて、才人の心に強い衝撃が襲った。 「おれがここにいることを、母さんたちは」 「いや、まだご存じない。なにせ、時空を超えた場所にいるなんて、俺たちでさえ 半信半疑だったんだ」 「そう、ですよね」 才人の心に、忘れかけていた両親のことが蘇ってきた。勉強しなさいとばかり 言っていた母に、無口なサラリーマンだった父、あのころはそんな特別なものだとも、 貴重なものだとも思っていなかったが、離れてみたら、思い出してみたら喉の 奥から何かが湧いてきて、あふれそうになってくる。だがそれと同じくらいに、 思い出すと胸が締め付けられる人たちがこの世界にもいることに、才人は気づいた。 この世界で出会った人たち、ほんの半年に過ぎないが、いろんな人たちと 出会った。意地悪な奴、悪い奴もいた。でも優しくしてくれた人もたくさんいた。 才人の学院での生活を陰ながら支えてくれたオスマン。 キザでバカでアホだけど、けっこう気さくでいいところのあるギーシュ。 身分のかきねを越えて友達になれたギムリやレイナールたち。 優しくて可愛いメイドのシエスタに、すっかり頼りになる先生になったロングビル。 人間じゃないけど、たよりになる相棒のデルフリンガー。 綺麗で尊敬できるお姫様、アンリエッタ。 きびしいけれども、自分を認めて頼りにしてくれたアニエス。 自分自身の罪と向き合って、人間の弱さと強さを見せてくれたミシェル。 ふざけてばかりいるけど、いつでも明るくはげましてくれるキュルケ。 無口だけど、いつもいざというときには助けてくれるタバサ。 才人は地球に帰れるという現実を前にして、いつの間にかハルケギニアが 居心地良くなっていた自分が生まれていたことに気がついた。 そして、そばにいるだけで、胸が高鳴るご主人様。 高慢ちきで、生意気で乱暴だけど、たまに見せる優しさが、胸をどうにかするルイズ。 桃色のブロンドと、大粒のとび色の瞳を持った女の子…… 誰一人として、大切でない人はいない。誰一人として、別れたい人はいない。 帰りたいのは事実だ。しかし、この人たちと別れていくのは、身を切られるように 苦しくてつらい。けれども、地球でもそうして自分のことを思ってくれているであろう 両親や、友達のことを考えると、同じくらい苦しくなった。 そして、それはもう一人にも、つらい現実を突きつけていた。 「……ねえサイト、今の話、よく聞こえてなかった。もう一回言ってくれる」 リュウが最初に才人にその言葉を言ってから、ずっと魂の抜けた幽霊のように 立ち続けていたルイズの、いつもでは考えられないほどに弱弱しい声でつぶやかれた その言葉が、才人を夢想の世界から呼び戻した。 「ルイズ」 「ねえ、この人たちなんて言ったの? わたし、話の意味がよくわからなかったから」 「地球に、おれの故郷に帰れるんだってさ」 もしこのとき才人が落ち着いていれば、ルイズの言葉のその奥に込められている 思いを、断片だけでも読み取ることができたかもしれないが、今の彼にはその余裕も、 ましてや相手の気持ちを充分に汲み取ってやるだけの経験ももってはおらず、 残酷にも質問に対する回答をそっくりそのまま彼女に返してしまった。 ”サイトが、帰る……? ルイズはその言葉を聞いたとき、長い裁判の末に死刑判決を宣告された被告人の ように、だらしなく口を開けて、両腕をだらりと垂れ下がらせて立ち尽くした。けれども、 ルイズの明晰な頭脳は痴呆に陥って逃避することを許さずに、その言葉の指し示す意味と、 それがもたらす結果を正確に読み取って、反射的に叫んでしまっていた。 「な、なによそれ! 使い魔は主人と一心同体ってのを忘れたの!? あんたは 死ぬまで、わたしの使い魔なん、だか、ら……」 いつものように怒鳴りつけようとしたルイズの言葉は、その中途で才人の うつむいた横顔を見てしまったことで、失速して消えてしまった。 ”サイト、泣いてるの……” ルイズの目の前で、才人は涙を流さずに泣いていた。歯を食いしばり、こぶしを 強く握り締めて、涙を見せまいとして泣いていた。 使い魔だからといって引き止めることは簡単だ。しかし、両親に会いたいという 才人を引き止める権利が自分にあるのか? いや、そんなことは言い訳だ。 自分は恐れている。才人を失うことに、彼が隣からいなくなることに。 半年前、ルイズは一人ぼっちだった。魔法の才能がなく、学院の誰からも 見下げられ、ゼロのルイズとさげすまれて、誰にも頼らずに生きてきた。 それが変わったのは、あの使い魔召喚の儀式からだ。才人が来てから、 自分の周りは騒がしくなった。やたら騒ぎを起こし、トラブルを持ち込んでくる あいつがいなければギーシュやタバサとは、今でも名前も知らないに違いない。 シエスタともティファニアとも知り合えず、一年のころと同じ孤独な学院生活を 送っていたに違いない。 ”わたし、ずっとサイトを頼って生きてきたんだ” ルイズはいつの間にか才人に大きく依存するようになってしまっていた自分に 気づいて愕然とした。才人がいなくなったら、また自分は一人ぼっちになってしまう? それは今のルイズにとって、恐怖以外の何者でもなかったが、同時に決して 口に出すことのできないものでもあった。 一方、才人に地球に連れて帰れることを告げたリュウは善意のつもりで 言ったのに、なぜか暗い顔をしている才人に首を傾げていたが、その鈍さに 呆れたマリナが耳元でささやいた。 「このバカ! 考えてみなさいよ。前にインペライザーと戦ったときだって、 ウルトラの国に帰らなきゃいけなくなったミライくんがどれだけつらかったか」 「! そうか……悪かった」 失言に気づいてリュウが素直に謝ってくれるのも、才人にとっては余計に 心苦しいだけであった。 「いえ、皆さん方が来てくれなくても、いつかはこうなるはずだったんです」 前にフリッグの舞踏会のあとで、才人はルイズにヤプールの異次元空間を 逆用すれば地球へ帰ることができるかもしれないと語った。しかしそれは おぼろげな可能性であったし、はるかな未来のことだと思っていた。 「おれはともかく、ウルトラマンAは絶対にいつかは元の世界に帰らなきゃ ならなかったんだ。そうなることはわかりきっていたはずなのに」 そう、遅かれ早かれこんな機会が来ることはわかりきっていたはずなのに、 自分の中の臆病な部分が、そのことについて考えることをずっと先延ばしにしていた。 けれど、考えることを先延ばしにしていたのは才人だけではなかった。 「待ってよ、わたしとサイトの命はエースのおかげでつながってるのよ。サイトが 帰っちゃったら、いったいどうなるの!?」 悲鳴のように叫んだルイズの言葉に才人もはっとなった。そうだ、自分たち 二人がウルトラマンAに合体変身するようになったのも、二人がベロクロンに 殺されて、その命を助けるためだったではないか、ここで才人が地球に帰還して エースと分離することになったら、その命は。 だがそれは、決断をしたくない、させたくないという二人の甘えが呼んだ一本の 藁であった。そして、心の中のエースに問いただしてみた答えは、そんな二人の わずかな期待を簡単に打ち砕くものであった。 (君たち二人の負った傷は、もうほとんど治っている。才人くんから分離しても、 もう問題はないだろう) 「……」 明らかに肩を落とした様子の二人に、エースは罪悪感を覚えたが、ここはあえて 厳しく突き放したのだった。なぜなら、ここで治っていないと言って才人をとどまらせるのは 簡単だったが、それで惰性で戦い続けたとしても、そんな馴れ合いの関係では いつか限界が来る。戦いは、何よりも強く心を持たなければ、悪辣なヤプールらの ような侵略者の姦計とは戦えない。 才人はじっと、指にはめられたウルトラリングを見つめた。あの日、二人が エースに救われて、その命を受け入れたときから、これは二人をつなぐ絆の 象徴だった。しかし、才人がエースと分離すれば、当然これは…… 「でもそれじゃあ、ルイズ一人でヤプールと戦うことになります。そんな、こいつを 置いて帰るなんて」 そう、才人がいなくてもヤプールが滅んだわけではない以上、エースはこの世界に 残らなければならないだろう。そうなれば、今のところ新しい同調者もいないために 必然的にルイズが一人で変身することになる。しかし、ルイズは激しく侮辱を受けた かのように口泡を飛ばして怒鳴り上げた。 「ば、馬鹿にしないでよね。あんた一人がいなくなって、あたしがおじけずくとでも 思ってるの? 貴族は、国のために命をかけるのが当たり前だって言ってるはずよ。 あんたなんていなくたって、わたしは誰とだって戦うわ」 「そんな、お前一人で戦うつもりかよ!」 「うるさいうるさい! そんな、同情なんか、安っぽい義務感なんかでいっしょに いてほしくないわよ。帰りたいなら、帰ればいいわ! あんたずっと帰りたいって 言ってたじゃない」 「な、なんだよそれ、おれがどんなにお前のことを……」 だが、短気を起こしてルイズに怒鳴り返そうとした才人の肩をジョージがつかんで、 耳元で「レディが無理をしてるのに、男が怒っちゃいけないよ」とささやくと、 ルイズが震えながら歯を食いしばっているのが見えて、思慮の浅い自分を 恥じて怒りを静めた。しかしこれで、才人がハルケギニアに無理をしてでも とどまらなければならない理由はなくなってしまった。後は、帰るか残るかを 決めるのは才人の感情、意思によってしかない。 しかし、考えをまとめるよりも早く、またやっかいなトラブルの種が空からやってきた。 「あっ、あそこよタバサ。おーい、サイトぉ、ルイズ!」 よく聞きなれた大きな声が上から響いてきて、上を見上げるとそこには思った とおりにシルフィードに乗ったキュルケとタバサが、こちらに向かって降りて くるところだった。 「あちゃーっ、なんてタイミングの悪い」 いつもなら歓迎すべきところなのだが、今回ばかりはタイミングが激悪だった。 「敵か!?」 「待ってください、あれは味方です!」 ドラゴンの姿を見て、反射的にトライガーショットを構えるリュウたちを才人は 大慌てで止めたが、銃を向けられたことで、才人たちが捕まっているのだと 誤解してしまったらしいキュルケたちはこちらに向かって杖を向けてきた。 「サイト、ルイズ、今助けるわ!」 「だーっ! 違ーう!」 大声で怒鳴ったときには、例によって炎と風が放たれた後で、迎え撃たれた トライガーショットのバスターブレッドとぶつかって、相殺の爆発が宙を焦がす。 二人とも、もうたいした魔法を使うだけの精神力は残っていないはずだが、 生身の人間相手にはドットの低級魔法で威力は充分、しかも、攻撃を加えられれば 戦う気がなくても GUYSも自己防衛のために、自分に向かってくる炎の弾を 撃ち落さなくてはならず、それがまた上空の二人を刺激した。 「待ってください! あれは敵じゃありません。おーいキュルケ、タバサ、 おれたちは無事だ、だからやめろ!」 才人は銃口の前に立ちふさがって、なんとかGUYSの面々には銃を下ろさせる ことには成功したが、両手を振りながら大声で空の上のキュルケとタバサに 怒鳴ったものの、人間の叫び声くらいでは、爆風とシルフィードの羽音にかき消されて、 上空の二人には届かず、またもファイヤーボールが降ってきた。 「聞こえないのか!? くそっ! やめろってのに」 「キュルケーっ! タバサーっ! ああもうっ! ツェルプストーの女は血の気が 多すぎるから嫌いなのよ!」 「リュウさん、こうなったら僕が」 「待て、お前がウルトラマンだってのを、ばらすのはまずい」 才人とルイズは別格として、この星の人間にもメビウスの正体を知られるのは 好ましくない。しかしこのままではどちらかに必ず怪我人が出る。なんとか 止める手立てはないか、リュウたちや才人は必死になって考えた。 だが、さっきのショックが覚めやらないルイズの怒りは、吐き出すところを 求めた結果、もっとも単純明快な方向に落ち着いた。 「ああもう、うるさいうるさい、うるさーい!」 ついにキレたルイズの特大の爆発が全方位に無差別炸裂し、キュルケと タバサやGUYSの面々はもちろんのこと、着陸しているガンフェニックスが わずかに浮き上がったほどの爆風が通り過ぎていったあとで、地面の上に 立っている者は、当の本人以外は一人もいなかった。 「お、お前やりすぎだ……」 「なによ、これが一番てっとり早いでしょうが」 それは……確かにそうかもしれないが、荒っぽすぎるぞと、ツッコミを 入れたところで才人はバッタリと草の上に倒れこんだ。それは図らずも、 ハルケギニアの人間の持つ”魔法”という能力の強力さを、地球人が 初めて認識したときだった。 それから、ああだこうだと言い合いが続き、やっと話がまとまったのはゆうに 一時間が経過してからであった。 「じゃあ確認するけど、つまり、この人たちはサイトの国の人たちで、サイトを 探しにやってきたわけで、あれはあなた方の乗り物なわけね」 「まあな、GUYSガンフェニックス、こいつなら時空の壁を突破するくらい わけないぜ。どうだ、かっこいいだろ」 「へー……サイトの国って、こんなのが飛び回ってるんだ。変わってるのね」 「そりゃあ、地球ではドラゴンなんていないからね。でも、ドラゴンに似た怪獣は 知ってるけど、本物のドラゴンを見るのははじめてだわ。うふ、けっこうかわいい 顔をしてるじゃない」 「怪獣マニアのテッペイや、かわいいものが好きなコノミに見せたら狂喜乱舞するな。 けれど、この国では君たちのようなレディたちまで戦いに駆り出されているのかい?」 「あら、ご丁寧にどうも。遠い異国にも、あなたのような紳士がいてうれしいですわ。 けれど、おびえ惑っているような臆病な男よりも百倍、わたくしのほうが強い ですわよ。ああ、もちろんあなた方は違いますわ、わたしの炎を正確に撃ち落すなんて、 なかなかお見事な腕前でしたわ」 さっきまでの争いがうそのように、キュルケはGUYSの面々と打ち解けていた。 もちろん、GUYSの皆のほうもファントン星人やサイコキノ星人、メイツ星人らと 交流を重ねてきて、宇宙人を相手にして差別せずに交流する心を養ってきた からというのもあるが、その社交性の高さはうらやましいくらいである。なお、 ほめられてまんざらでもない様子のシルフィードと、超獣を相手に獅子奮迅の 大活躍をしたガンフェニックスを間近で目にして興味をそそられ、じっとそばで 観察していたタバサは、ミライから詳しく解説を受けている。 「タバサはともかくキュルケには、人見知りというものがないのかな」 「ほんと、あの年中お気楽極楽ぶりは、ときたまうらやましくなるわ」 才人とルイズは、人の苦労も知らないでと明るくおしゃべりをしているキュルケに 驚くやら呆れるやらで、正直唖然としてしまっていた。けれども、重苦しく沈痛な 空気をかき回し、少しなりとて二人に笑顔を取り戻させてくれたのも事実だ。 本当に、得がたい友人、そのことを思うたびに地球に帰らなければならないという 事実が、重くのしかかってくる。 ただその前に、残っていた王党派がどうしたのかについて心配していたことは キュルケの口からだいたい語られて二人を安堵させた。戦闘の混乱はもうだいぶ おさまって、今はアンリエッタたちが中心になって後始末に走り回っている。 飛行兵力こそなくなって、伝令などはすべて馬か徒歩を使わなければならないので 時間はかかるだろうが、それは逆にいえばガンフェニックスが捜索される危険性が なくなったということにもなって、これ以上余計なトラブルが起きることを恐れた 一同をほっとさせた。ともかく、もう戻ったとしても、姫さまもアニエスたちも会っては くれないだろうが、これに関してはもう心配する必要はないだろう。 「姫さまたち、ご無事でよかった」 「ああ、これでこの国はもう安心だな」 二人は、エースの眼を通して確認したものの、あの激戦の中で最後まで 皆が無事でいてくれたことに安堵した。それに、アルビオンからヤプールの影が 一掃された以上、この大陸を覆っていた戦乱は急速に鎮まっていくだろう。 もちろん、まだ不平貴族や戦禍を受けた民衆と、職を失った傭兵が盗賊に 転職するなどの問題は山積みだが、それらはこれからウェールズたち、この国の 新しい統治者たちのすべきことで、少なくともこの件については、もう自分たちの 入っていく余地はない。ただ、アンリエッタの言っていた『始祖の祈祷書』とやらに ついては、まだ当分待たなければならないだろう。それでも、この内戦が終われば、 今のところはハルケギニアに大きな戦乱の種はなく、しばらくは平和が続くと見て間違いはない。 「どういうことですか?」 「茶番劇が終わったってことだけですよ。やれやれ、苦労したかいがあったってもんだ」 事情を知らないミライにたずねられて、才人はこれに関しただけは満足げに 背伸びをしながら、ルイズたちと喜びを共用した。 それから、おまけのようについてきたことだが、ワルドが生きて見つかって 捕縛されたという知らせもあった。なんでも案の定、乗り移られていたときの 記憶は無くなっていて、本人はなにがなんだかわからないまま兵士たちに袋叩きに されてお縄になったそうで、一発殴ってやる機会はなくなったがいい気味だった。 しかし、そんな喜ばしいこともそうでないことも、次のキュルケの放った一言によって、 全て二の次のことへと押し込められることになった。 「それでサイト、故郷に帰っちゃうの?」 なんの溜めも前置きもなく、簡潔に、間違えようもないくらいにキュルケに明確に 問いかけられた言葉に、才人はすぐに答えることはできなかった。 「そう、ルイズが心配なのね。わかるわ」 「ち、ちょっとキュルケ!」 「わたしは嘘を言ってないわよ。けど、わざわざ迎えが来るということは、サイトの国でも サイトを待っている人がいるということでしょう。帰らないわけにはいかないんじゃない」 「うっ」 「それにルイズもよ、サイトが帰れるなら帰してあげたいって言って、図書館で調べもの とかしてたんじゃない? いざそのときになって、怖くなったの?」 「う……」 キュルケは軽いように見えて、言うべきことは遠慮せずに厳しく言ってのける。 それが、時には残酷に見えることもあるが、彼女は、ごまかしや問題の先送りを好まない。 図星を射抜かれて、言葉に詰まる二人を順に見渡して、軽くため息をつくとタバサに 振り向いて言った。 「で、タバサ、あのガンフェニックスとかいう、ひこうきだっけ? あんたから見て、 あれはどんなもんだった?」 「……理解、できなかった。今まで見た、どんな文献にもあんなものは載っていない。 どうして飛べるのか、あの光の矢はなんなのか、どんな説明を受けてもわからなかった。 でも、強いて言うなら……」 「そう、やっぱりあなたも、あれと同じものを連想したのね……」 うつむいて、自信をなくしたようにぽつりぽつりとしゃべるタバサを見て、キュルケは 本当にこの見たこともない鉄の塊が、本当に遠く離れた異国から才人を迎えに やってきた使いであると理解した。これならば、本当にハルケギニアの外から やってくることができるかもしれない。そして、才人をあっという間に連れて帰る こともできるだろう。けれども、それはルイズにとってはもちろんのこと、才人と 親しくなった者たち、もちろんキュルケやタバサにとって、悲しいことであるには違いなかった。 「ねえ、いったんサイトのふるさとに戻って、またこっちに来てもらうってのは できないの? なんなら、夏休みも残ってることだしルイズも向こうに連れて行って もらっちゃうって手もあるんじゃない」 キュルケの提案は、ある意味でとても魅力的に思えた。二つの世界が完全に つながった以上、都合のいいときにどちらかの世界を行き来すれば、それは 理想的な状況といえるだろう。しかし、その虫のいい考えは、時空を超えてきた テッペイの声によってあっけなく粉砕された。 「いいえ、それは無理です。亜空間ゲートの発見から、ディメンショナル・ ディゾルバーRの完成までに、あまりに時間がなさすぎました。日食のときには まだゲートの位相の計算も、ディゾルバーRも不完全で、この作戦はなかば賭けに 近いものだったんです。亜空間ゲートを維持していられるのは標準時間で三日、 それを過ぎてしまえば、次のゲートを開けるのは最短で三ヶ月かかります。 しかも……確実に同時間軸のそちらにつながるかどうかの保障はできません」 その答えには、用語や単語の意味を半分も理解できなかったが、ルイズと 頭の回転の速さではひけをとらないキュルケも、また軽口を叩くことはできなかった。 要は、サモン・サーヴァントのゲートを自由な場所に永続的に開き続けるにも 等しい想像を絶する難題だったのだ。しかも、残されたリミットの短さは 例外なく彼と彼女たちを打ちのめした。 「三日……」 才人は自分自身に確認する意味でも、そのタイムリミットを噛み締めるように 口にした。それが、彼に残された決断のための猶予、すなわち、地球に帰るか、 もしくはこのハルケギニアに残るか、二つに一つ。しかし、まだ十七歳の 彼にとって、それはあまりにも困難な二者択一であった。 「……少し、時間をくれませんか?」 選択の重圧に耐え切れなくなった才人は、ぽつりとそれだけを口にした。 聞いていたGUYSクルーたちは、彼の気持ちが痛いほどわかるだけに 無言でこの場の指揮官であるリュウに視線を向けると、彼は才人の目線に 立って穏やかに、しかし甘えを許さない力強さを含めて言った。 「わかった。今日は俺たちは引き上げる。明日にまた来るが、ようく考えていてくれ。 俺たちは君だけに関わっていられるわけじゃあない。ただ、君がどういう判断を しようと俺たちはそれを尊重する。誰でもない、君自身が考えて決めるんだ。 君も、もう自分の決断に責任が持てないほど子供じゃないはずだ。いいな」 「……はい」 「声が小さい!」 「はいっ!」 ウルトラ5つの誓いの一つ、他人の力を頼りにしないこと、才人にとってこれは 人生最大の壁だろう。それをどう越えるのか、それによって今後の才人の人生は 大きく分かれていくだろう。怪獣と戦うときよりはるかに重い、人生の分岐点に 今彼は立っていた。 「じゃあ、またな」 最後にリュウは、もう余計なこと言わずに、隊長らしく堂々と振り返らずに ガンローダーに乗り込み、マリナとジョージも続き、セリザワも無言でリュウの 決断に従うようにガンローダーに乗り込み、そして彼らはガンフェニックスを駆って、 空のかなたにある地球へと帰っていった。 後には、こぶしを握り締めて重く沈んでいる才人と、そんな才人を無言で 見詰めているルイズが、しばらくのあいだ彫像と化したようにたたずんでいた。 回想を終えて、二人の前にはまた夏の夜空が広がった。空の月と星は微動 だにせず、時間はまるで凍り付いてしまっているかのように夜は静まり返っている。 永遠に夜が明けなければいいのに、才人はそう願ったが、時間は止まってなど いないことを主張するかのように、二人の後ろから一人の声を響かせた。 「才人くん、ルイズさん」 「あ、ミライさん」 そこには、明日来るガンフェニックスがこちらの世界に迷わずに来れるように、 ナビゲートするために残ったウルトラマンメビウスことヒビノ・ミライ隊員が、 二人を心配したように立っていた。 「あまり夜風に当たっていると、風邪をひくよ」 この世界には不似合いなオレンジ色のGUYSの制服を月明かりに目立たせて、 微笑を浮かべながら歩いてくるミライに、才人は申し訳なさそうに頭を下げた。 「すみません。心配をかけてしまって」 「僕なんかよりも、その言葉はみんなに言ってあげるといいな。みんな、食事 しながらでも君のことばかり話してたよ」 すでに皆にも、才人が地球へと帰らなければならないことは話していた。 ロングビルは大人らしく、さびしくなるわねと一言だけ言ってくれたが、肩に 置いてくれた手には力がこもっていた。ティファニアは、せっかくできたお友達が もういなくなってしまうのかと、とても悲しんでくれた。特にシエスタはミライに 向かって「サイトさんを連れていかないでください」と懇願したが、ロングビルに 「それはサイトくん自身が決めることよ。あなたももう子供じゃないんだから 聞き分けなさい」と諭されると、ぐっと涙を拭いてくれた。 「あんなに君のために一生懸命になってくれるなんて、みんな、いい友達だね」 「はい」 ミライは「まだ決心がつかないのかい」などと、才人を焦らせることを言ったりは せずに、軽く肩を叩いていっしょに星空を見上げた。元々、裏表のない快活な 性格の持ち主なのでテファたちともすぐに打ち解けて、今ではキュルケや タバサにせがまれて、向こうの世界のことなどをいろいろと話している。 そんな彼の姿は人間とどこも変わりなく、ルイズは本当に彼があのメビウスなのかと、 疑問に思った。 「ねえ、あんたもウルトラマンなのよね?」 「ええ、けど僕はあなたたちと違って、ウルトラマンの力で人間の姿を借りている だけですけど」 「とてもそうは見えないわ。どこからどう見ても、人間そのものよ」 本当に、言われなければとても人間ではないなどとは思えなかった。その姿が というだけでなく、空気というか、そばにいることにまるで違和感を感じない。 けれども、彼は間違いなくエースの弟であり地球の平和を守った栄光の ウルトラマンの一人なのだ。 それから、才人とルイズはミライから、いくつかの話を聞かせてもらった。 人間、ヒビノ・ミライとして、宇宙人、ウルトラマンメビウスとして生きてきた彼の 話は二人にとってとても新鮮で、そして彼から伝わってくる穏やかな優しさは 緊張していた二人の心に、落ち着きを取り戻させてくれた。 「僕は、エース兄さんたち、伝説のウルトラ兄弟にあこがれて宇宙警備隊に 入ったんだ。タロウ教官の特訓は、厳しかったなあ。でも、なんとかテストに合格して、 地球に派遣されたときはうれしかったな。それで、地球でリュウさんやみんなと 出会って、はじめて戦ったのがディノゾールでした」 「あ、そのディノゾールとの戦い、おれ橋の上から見てました!」 「そうなんだ。でも、あのときは街の被害のことまで頭が回らないで、リュウさんに 「なんて下手な戦い方だ」って、怒られちゃいました」 「はぁ……あ、ごめんなさい」 「でも、それも今では懐かしい思い出です。隊長から教わったんだ。どんなことも、 時が経てばそれは思い出というものに変わる。それが、何よりも大切な宝物なんだって」 本当に、ミライには傲慢なところはかけらもなく、その無邪気な笑顔を見ているだけで、 彼がGUYSの中でも信頼されているのが聞かずともすぐにわかり、才人は 思い切って、ウルトラマンとして同じ選択をしたであろう彼に、質問をぶつけてみた。 「ミライさんは、光の国に帰らなければならなくなったとき、どんな気持ちでした?」 するとミライは懐かしそうに空を見上げて思い出を語り始めた。 「……悲しかったな。リュウさんや、みんなと別れ別れになるのはすごくつらかった。 けどね、僕は兄さんから教えてもらったんだ。たとえ離れていても、仲間たちと 心がつながっている限り、決して一人じゃあないんだって」 「心が、つながっているから……」 それは、誰あろう今ここにいるウルトラマンAこと、北斗星司から教えられた ことであった。しかし、ミライと同じようにするためには、まだ才人がこの世界で つちかってきたことは少なく、また、心が幼いのかもしれない。 「おれは、父さんや母さんが待ってる地球に帰らないといけない。それは わかってます。けど、けど……」 「……」 ミライは、かつてインペライザーが地球に来襲したときにウルトラの国に帰還を 命じられたときの自分を、才人の中に見た。 「そうだね。やらなければいけないこと、最善の選択というものは決まっているのかも しれない。けれど、君は君自身で、後になって後悔しない選択をすべきだと思うよ」 「後悔しない、選択?」 「そう、けれどそれが何かは君が見つけるんだ。それは、ルイズちゃん、君も同じかな」 「え? わたしも」 「そう、彼は君のパートナーなんだろう。だったら、君が彼のためになにをして あげられるか、彼の決断を待つ以外にもあるんじゃないかな」 「わたしが……」 ルイズは、才人が故郷へ帰るのならば、それを引き止める権利はないと思っていたが、 才人のためになにをしてあげることができるのかということを考えていなかった自分に はっとした。確かに、理不尽にこの世界に連れてきて、拘束し続けてきた自分に 何の言う資格があるだろう。けれど、傍観していればいいのかと言われれば、 それは違うと思った。 「さあ、難しい話はそろそろ休憩にしよう。才人くんも、スープとか軽いものなら 大丈夫だろう。ウルトラ5つの誓い、はらぺこのまま学校に行かぬこと、おなかが 空いてちゃあいい考えは浮かんでこないよ」 「あっ、はいっ!」 すると急に胃袋の辺りから、ひもじいよと悲鳴が聞こえてきて、才人は今更ながら テファやシエスタの料理が恋しくなった。ただ、その前に才人はミライに後一つだけ、 どうしても言っておかなければならないことが残っていた。 「ところでミライさん、実は明日行ってみたい。いいえ、皆さんに来てほしいところが あるんですが」 「えっ? けれど、ゲートを開いていられるのはあさってまでだから、自由に 行動できるのは明日までだよ。それでもいいのかい?」 「はい、おれはともかく、皆さんには……いえ、そこで皆さんを待っている 人がいるんです」 「僕たちに、この世界で?」 才人は怪訝な顔をするミライに、今はそれ以上聞かないで、行けばすべて わかりますとだけ答え、その才人の表情から真剣さを見て取ったルイズは、 ごく近い記憶の中から才人が考えていることを読み取った。 「サイト、もしかして」 「ああ……タルブ村だ」 時間がないのはわかっているが、CREW GUYSの人たちが来ているのならば、 どけて行くわけにはいかないだろう。それに、その中でなにかの答えが見つかるかも、 そんな気がした。 「わかった。みんなには僕から伝えておくよ。明日、そのタルブ村へ行けばいいんだね。 じゃあ、明日に備えて力をつけておかなくちゃ、食べる子は育つって言うだろ。さっ、 入った入った」 「いや、それ寝る子はじゃないの?」 が、ミライは笑いながら強引に二人の肩をつかんで、温められたシチューの香りのする 家の中へと連れて行った。 帰るか、とどまるか……どちらにせよ失うものは大きく、つらい決断となる。 けれど、逃げはしない。それが自分を支えてくれた人たちや、なによりもこれまで 積み重ねてきた自分自身に対する最低限のけじめだと、才人は思った。 タイムリミットはあと二日、魔法学院の夏休みはまだ半分しか過ぎていなかった。 一方そのころ、ヒカリからのウルトラサインを受け取った光の国では、 ウルトラの父やゾフィーらが、エースの無事を確認したというその報告に 安堵の色を浮かべていた。 「大隊長、報告はお聞きになりましたか?」 「もちろんだとも、息子の無事を聞き逃す親がどこにいる。エースよ、必ず 無事でいると信じていたぞ」 「ええ、本当によかったです」 二人は、エースの無事を我がこと以上に喜んでいた。 今頃は、ウルトラサインによって宇宙に散った兄弟や、ほかのウルトラ戦士たち にも知らせが届いていることだろう。休まず宇宙を駆け回っていたウルトラマンも、 セブンも、ジャックも、レオ兄弟や80、捜索に加われずに歯がゆい思いを していたタロウも、きっと喜んでいるのに違いない。 ウルトラの父と、ウルトラ兄弟のあいだには血縁関係はタロウ以外にはなく、 兄弟間でもレオとアストラを除いては血はつながっていない。しかし、兄弟たちと ウルトラの父と母のあいだには、血のつながりよりも濃い絆があるのだ。 だが、同時に確認されたヤプールの復活は、この二人をしても慄然とさせる のには充分だった。もし、メビウスの救援が一分でも遅れていたら間違いなく エースは殺されていただろう。 「ヤプールめ、このわずかなあいだにそこまで力を増大させていたとは、 やはり恐ろしいやつだ」 また、宇宙の各地では怪獣の出現の報告が目に見えて増えている。 一例を挙げても、先日アストラが惑星フェラントで光熱怪獣キーラを発見し、 撃破したのを皮切りに、80が地球への進路をとっていた凶剣怪獣カネドラスを 太陽系に入る前に捕捉して撃滅している。ほかにもジャックやセブンも パトロールのさなかに、何者かに監視されているような気配を感じたというし、 宇宙の異変はもはや気のせいでは済まされないレベルまで拡大しているようだ。 「それに、勇士司令部や宇宙保安庁の間でも、ここのところ不穏な動きを する宇宙人や、正体不明の宇宙船の目撃報告が増加しています。恐らく、 ヤプールの動きに呼応しているものと思われますが」 「嵐の前の静けさというやつか……また、この宇宙に多くの血が流れる」 「ともかく、今はメビウスからの続報を待ちましょう。場合によっては、 宇宙警備隊始まって以来の戦いとなるかもしれません」 宇宙の平和をつかさどる光の国にも忍び寄るヤプールの暗雲、それが どういう未来をもたらすのか、ウルトラマンさえまだ知らない。 しかしそのとき、タルブ村の近くの山では、すでに小さな事件が幕をあげていた。 山の中にうずもれた、小さな木作りのほこら。そこに草木を掻き分けて やってきた二人組の男たち。 「おう、情報どおりだ。イカサマの宝の地図の中からマジものを見つけるには 苦労したが、わざわざこんな山奥まで来たかいがあったってもんだ」 「兄貴、この中にその、異国の旅人が残していったってご神像があるんですね?」 「ああ、大昔に暴れていた魔物を倒した旅人が、その霊を永遠に封じ込める ために残したって代物がな。うまくすれば、高く売れるぜ」 「でも兄貴、その魔物っていったい?」 「どうせでかいオーク鬼かなんかの類をおおげさに言ってるだけさ、迷信だよ 迷信。さあて、それじゃご開帳といくかい」 この、二人組のこそ泥によって、ほこらに安置されていた四〇サントほどの 石作りの小さくて風変わりな像が盗み出された日の夜、タルブ村近辺の 山林のみを、震度十二以上の超巨大地震が襲い、地すべり山津波が 一帯を破壊しつくした。 そして、盗み出された石像にはハルケギニアのものではない文字で、こう書かれていた。 『魔封・錦田小十郎景竜』 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第17話 間幕、タバサの冒険 第一回、タバサと火竜山脈 (後編) 毒ガス怪獣ケムラー 登場! 鉱山村を破壊したケムラーは、そのまま街道に沿って、この近辺最大の都市に向かって進んでいた。 タバサとシルフィードは、高空からのしのしと草原を踏み潰しながら進むケムラーを見下ろしている。 火竜の群れを全滅させ、タバサの渾身のジャベリンをも跳ね返したこの怪獣に、現在のところ彼女達に打つ手は 無かったが、このまま放置すれば奴の進む先すべてが危険にさらされる。 タバサは、街に到達する前にケムラーを倒すことを決意したが、シルフィードはそんな主人の無謀としか言えない 決意に、胃が痛くなる思いを味わっていた。 「はぁ。それでお姉さま、戦うのはわかったけど、これからいったいどうするのね。お姉さまの魔法でもあの怪獣には 通用しません。お姉さまが玉砕なんて愚劣なことする人じゃないのは知ってますけど、犬死はごめんなのね。 きゅいきゅい」 むろん、タバサも無謀な玉砕戦法などとる気は毛頭ないし、こんなところで死ぬ気もない。ただそれでも、 今目の前にある状況は、彼女がこれまで数多くこなしてきた怪物退治の任務はおろか、今回の火竜退治の 任務をはるかに超える難易度であることは間違いなかった。ただし、同時に『あきらめる』という選択肢も持って いない。上空から、冷徹に澄んだ目でタバサは怪獣の攻略法を探していた。 見たところ、あの怪獣にこれといった弱点は見当たらない。頭部から尻尾の先まで頑強な皮膚に覆われ、 比較的薄いと思われた尾の付け根でもジャベリンの直撃を跳ね返しただけに、どこを狙っても結果は同じだろう。 目や口の中ならある程度の攻撃は効くかもしれないが、火竜のブレスに全身を包まれながら無傷だったために、 まぶたや口内も相当な強度だと思っていい。また、そんなところへやすやすと攻撃などさせてくれるはずもないし、 どうにか傷つけられたとしても致命傷には到底なりえないので、逆上して暴れられたらそれこそ近隣が根こそぎ 壊滅させられてしまう。 ここから都市までの距離は残りおよそ10リーグ、時間にしたら30分ほどしかない。 都市には、すでに鉱山村から逃げた山師達によって怪獣出現の報は入っているだろう。しかし怪獣がこちらに 向かっているという情報が裏付けられ、住民全員が避難するには30分ではとても足りない。 空からはすでに街陰が見え始めている。そして、人間が生活するうえで必ず出る調理や暖房の煙、 鍛冶場やパン工場などの煙が立ち昇っているのがいくつも見える。明らかにケムラーはそれらを目指して進んでいた。 「お姉さま、もう余裕がないのね。良い考え浮かばないなら逃げようなのね。きゅいきゅいきゅい!!」 シルフィードが焦ってわめきだした。 タバサはうるさいと思ったが、シルフィードの言うとおり余裕が無いのも確かだ。街に接近された、街に入られた後で 戦いを挑んでも、奴の吐き出す毒ガスで街が壊滅してしまう。 また、シルフィードの言うとおり良い考えも浮かばない。ただし思考停止には及んではいなかったタバサは、街道の 傍らにあった小さな宿場町に目をつけた。すでに怪獣の接近で、そこの住民は避難しているようだ。 「あそこに降りて」 タバサは先回りして、シルフィードから降りると、シルフィードに上空で待っているように指示して、その宿場町の 倉庫に備蓄されてあった暖房用の石炭に『発火』の魔法で火をつけた。 たちまち倉庫に火が回り、石炭の燃える黒い煙が空に立ち昇る。それを見たケムラーの行く足が変わった。 「これでしばらくは時間が稼げる……」 黒煙に喰らいつくケムラーを、近くの建物の陰から観察しながらタバサは言った。動いている最中は下手に 近づけないが、食事に夢中になっている今ならかなりの距離まで近づける。石炭が燃え尽きる前に、なんとしても 怪獣の弱点を見破ろうと、タバサは眼鏡の奥から青い目を怪獣の隅々まで這わせていた。 「どんな生き物でも、必ず泣き所が一つはあるはず……」 だが、頭の先から尻尾の先端まで見渡しても、黒々と分厚そうな皮膚が連なっていて、急所らしきものは見当たらない。 やがて、燃え盛っていた石炭の煙も細くなり始め、さしものタバサの額にも焦りの汗が浮かび始めた。 と、そのとき上空に待機していたシルフィードが、タバサが心配なため低空に降りすぎたのか、ケムラーの視界に もろに入ってしまった。 「きゅい? きゅ、きゅいーっ!?」 タバサのほうばかり見ていたシルフィードは、すぐ下から響いてきたうなり声を聞き、そちらを見下ろして 盛大な悲鳴をあげた。怪獣が口を大きく開け、背中の甲羅のような羽根をいっぱいに広げて威嚇してくる。 そうなるともはや風韻竜の誇りもどこへやら、半泣きになりながらガスも光線も届かない高さまで逃げていった。 だがそのとき、ちょうどケムラーの真横から見ていたタバサは、ケムラーが背中の羽根を広げたとき、 その下ににぶく光って、さらにドクンドクンと脈動する大きなこぶがあるのを確かに見た。 すぐさま、タバサの小さな脳髄からあるだけの知識と経験が引き出され、そのこぶの正体を推測した。 まず、あんな頑丈そうな甲羅でガードしているからには重要な器官であることは間違いない。そして、 脈動していたということは、それが生物にとってもっとも重要な器官、心臓である可能性が高い。 考えがまとまったタバサはすぐさま口笛を吹き、シルフィードを呼び寄せた。とはいえ、相当な高さまで 逃げていたらしく降りてくるまで5分もかかった。その間ケムラーが残りの煙を吸い込むのに集中して、 付近に毒ガスを撒き散らさなかったのは幸運と言うしかない。 やっと降りてきたシルフィードにまたがり、「お姉さま、怖かったのね」と泣くシルフィードをややなだめると、 ケムラーの上空およそ1000メイルで、タバサはこの怪獣を倒すための作戦を話した。 「……む、無茶なのね! いくらお姉さまの腕でも無謀なのね、少しでもずれたら即死なのね、他の方法を 考えるのね、そうするのね!!」 タバサの提示した作戦とは、シルフィードが囮になり、怪獣に甲羅を開けさせたところをタバサが撃つ というシンプルなものであったが、囮役がシルフィードしかいない以上、タバサは自力で怪獣の至近距離 まで接近せねばならず、当然移動と攻撃の同時に魔法を使えないため、威力の高い攻撃魔法を詠唱する 余裕がない。だが、移動と攻撃を同時におこなうためにタバサが考え出したのはとんでもない方法だった。 「空から落ちながら呪文を唱えれば、接近と攻撃が同時にできる」 そう、タバサは高度1000メイルの高さから自由落下しながらケムラーの心臓を狙おうというのだった。 これには当然シルフィードが大反発した。空中での微妙な方向転換などは、携帯している風石を使えば 呪文を唱えながらでもできるかもしれないが、ちょっとでもタイミングを間違えば、怪獣の背中にしろ 地面にしろ、高速で激突することなり命は無い。しかしタバサの決意は固かった。 「考えたなかで、最善の手段がこれ……失敗したら、あいつは2度と急所は見せなくなる。街もすぐそこまで 来ている……」 もう、ああだこうだと考えている時間も無いとタバサは決行を決めていた。 街の人々も、ようやく迫り来ている怪獣に気づいたようだが、逃げるには間に合わないし、下手に迎撃など されたら、それこそ死体の山ができるだけだ。 あきらめたシルフィードは、しぶしぶ主人をケムラーの頭上、高度1000メイルに連れて行った。 「ここでいい、降りる」 タバサはケムラーの真上でシルフィードから下り、フライで浮遊の体制に入った。メイジにとって空中に 浮遊するのは基礎の基だが、高度1000メイル近くの高空に停止し続けるのは精神力をかなり削る。 シルフィードは、いつも無茶ばかりして、自分にもそれをさせる主人を呪いながらケムラーの真正面に 飛び出し、大きく翼を広げて火竜の真似事のような威嚇を始めた。 「きゅい、きゅいきゅいきゅい、きゅーい!!」 お世辞にも迫力があるとはいえなかったが、シルフィードは本気も本気である。 すると、外敵の存在に気づいたケムラーは前進をやめて、先程のようにうなり声をあげて威嚇し返してきた。 野太い声が耳を突き、シルフィードは生きたここちがしなかったが、まだ逃げ出すわけにはいかない。 「きゅーい!! きゅいきゅーい!!」 喉も枯れよとばかりに叫び声をあげる。 それに対してケムラーもうなり声を高くして反撃してくる。どうやら、シルフィードが一匹だけなので なめられているようだったが、しつこく逃げ出さないためにケムラーもとうとう我慢を切らして背中の羽根を 開き、口を大きく開けてひときわ大きなうなり声をぶつけてきた。 「お姉さま、今なのね!!」 待ちわびた瞬間を見て、シルフィードは叫んだ。だがその瞬間ケムラーの口の中がピカッと光る。 百匹以上の火竜の群れを全滅させた猛毒の亜硫酸ガス、それがシルフィードに向かって放たれた。 「!?」 とっさにシルフィードは口と鼻をつぐんで急上昇に入った。間一髪、ケムラーの吐き出した毒ガスは、 足の先、ほんの爪のわずかな先を通り過ぎていく。 その瞬間、タバサはフライを解除して自由落下に入った。たちまち小さな体が重力に引っ張られて、 真下の怪獣に向かって猛烈な速度で加速していく。 だが、頭から落ちながらタバサは呪文の詠唱をおこなっていた。使うのは最大威力のジャベリン、 落下しながら空気中の水分を結集させて巨大な氷の槍を形成していく。いくら露出している急所とはいえ、 怪獣の体を人間の力で打ち抜くには、落下による加速度も最大限に利用しなければならない。 ケムラーは飛びのいたシルフィードに目を奪われて、まだタバサには気づいていない。 可能な限りの精神力をつぎ込んだ、全長8メイルものジャベリンを作り上げたタバサは、ケムラーの 頭上、およそ200メイルの高さで目を見開き、脈動する心臓を目掛けて一気にジャベリンを打ち下ろすと、 すぐさま詠唱をフライに切り替え、高速で詠唱を開始した。 たちまち、落下のGとそれに逆らう魔力がせめぎあい、彼女の全身を押しつぶされるような圧力が 襲い、意識が遠のいていく。人間が自由落下した際の終末速度は時速約二百数十キロ、最大速度の ジェットコースターが急ブレーキをかけたようなものだ。だがタバサは強い精神力で強引にそれを ねじ伏せると、ケムラーの背中のほんの10サント上で、完全に落下の勢いを相殺し、岩肌のような そこに、倒れるように着地した。 (やった……の?) 急速な気圧の変化で悲鳴をあげる頭を抑えながら、タバサが確認したのは当然攻撃の成否、 振り返り、ぼやける視界を目をこすって振り払ったそこにあったのは……。 「お姉さまー!! やったのねー!!」 ジャベリンは見事ケムラーの心臓を真上から深々と貫き、ガラスの塔のようにそこにそびえ立っていた。 そして次の瞬間、ケムラーは喉から搾り出すように苦悶の声をあげると、両足を震わせて、地面に 地響きとともに崩れ落ちた。 「かっ……た……っ! う、はぁ……はぁ……はぁ」 目的を果たしたという安心感が、なんとか彼女を立ち上がらせていた精神力を切り、タバサは一気に 襲い掛かってきた頭痛と全身を貫く圧迫感に耐えかねて、がくりとひざを突いて荒い息を吐き出した。 これが常人なら、痛みに耐えかねて気絶していたに違いない。 「やったやったーっ、お姉さま本当にやったのね。シルフィはお姉さまを信じていたのね。きゅいきゅい」 シルフィードは喜びのあまり、きゅいきゅいとはしゃぎながらタバサの頭上を旋回している。 だが、このときタバサは頭痛と体中のしびれで、狩人が獲物を仕留めたときに、もっともしなければ ならないことである『獲物の死亡』を確認するということができなかった。 そう、ケムラーはまだこの時点では完全に死んではいなかったのである。 再び遠吠えをあげ、両足をふんばって立ち上がったケムラーの上で、タバサは転がり落とされないように しがみつくので精一杯だったが、シルフィードの絶叫が耳を打ち、とっさに上を見上げた。 「お姉さま!! 逃げて!!」 なんと、開いていたケムラーの羽根が背中の上にいるタバサに向かって閉じてくる。 このままでは押しつぶされると、タバサは残った力で『レビテーション』を自分にかけて、飛び上がった。 だが。 「く……不覚……」 完全に閉じられたケムラーの羽根の上で、かろうじて杖だけは握っているが、息を切らして四つんばいに なった状態でタバサはいた。 ケムラーは、心臓を貫かれたというのにまだ動こうとしている。それなのに、なぜかタバサはケムラーから 離れようとしない。それを見たシルフィードが驚いてタバサの目の前に着地してきた。 「お姉さまどうしたの!? はやく逃げないと、さっ、シルフィに乗るのね」 だが、タバサは苦しそうに首を振ると。 「だめ……」 「だめって、なにがだめなの? もうこいつは放っておいても死ぬの……お姉さま、足が!?」 シルフィードは、驚きのあまり絶句した。 なんと、タバサの左足の足首から先が、閉じたケムラーの羽根の間にがっちりと挟みこまれていたのだ。 あの瞬間、かろうじて羽根につぶされるのだけは防いだものの、疲労のせいでレビテーションをかけるのが 一瞬遅く、左足だけ間に合わずに、タバサは虎ばさみにかかった熊のようにケムラーの上に磔にされてしまったのだ。 ただ、この時点ではそこまで深刻な問題ではなかった。急所を撃ち抜いた以上、ケムラーが力尽きた後で ゆっくり手段をこうじればいいからだ。 しかし、事態はふたりの思惑とは反対に最悪の方向へと向かおうとしていた。苦しみながら立ち上がった ケムラーは、振り返るとゆっくりと足を引きずりながらではあるが、やってきた道を引き返し始めた。 「……まさか!?」 タバサは引き返し始めたケムラーの考えを悟って愕然とした。彼女の以前読んだ本の中に、動物の中には 死ぬときに、生まれた場所など、ある特定の場所に戻ろうとする本能を持つものがいることを思い出したからだ。 それは、一般的には『象の墓場』と呼ばれているものが有名だが、ケムラーの場合は逃げ帰ろうとしているのか、 帰巣本能か、あるいはどうせ死ぬなら生まれた場所でと思ったのかはわからない。だがその行く手には、 確実に火竜山脈が、最終的にはその火口が灼熱のマグマを煮えたぎらせた口を開いて待っていた。 「きゅい! まずいのね、早くなんとかするのね、なんとか!」 シルフィードに言われるまでもなく、タバサもこのままでは道連れにされてしまうとわかっている。 山脈はまだ遠く、到達までには1時間以上、さらに登ることを考えたら2時間以上はかかるだろう。 それまでにケムラーが絶命してくれればいいが、例えばハルケギニアに元々生息する亜人の一種である ミノタウロスは、首を切り落とされてもしばらくは生きていられる生命力を持つ、それよりはるかに大きく 強靭なこの怪獣が、心臓をつぶされたからといって2時間くらい生きていられないと誰が断言できるだろうか。 ケムラーは、グググと苦しそうな息を吐きながらも、確実に一歩ずつ山脈に向かって前進していく。 ようやく息を整えたタバサは、両手を使ってはさまれた左足を引っ張るが、型にはめこまれてしまったように びくともしない。 力技では無理だと悟ると、次に当然魔法を使っての脱出を図った。 『連金!』 魔力の輝きが彼女の足を覆う頑強な羽根に吸い込まれて消えていく。けれども羽根にはまったく変化が 見られない。ケムラーの羽根の強度が『連金』の威力を上回っているのだ。 その後も、タバサは思いつく限りの魔法をこの羽根にぶつけてみたが、ひとつとして羽根に変化を与えられた ものはなかった。 そうしているうちにも、ケムラーはじわじわと山脈の方向へ近づいていく。 シルフィードは、誰か助けが来てくれないものかと周りを見渡したが、街の方からも人影はまったく見えない。 怪獣を恐れて近づくのを拒んでいるのだとすぐにわかった。懸命だが、今は誰か愚かでもいいから来て欲しいと 思わずにはいられない。 それならばと、街に行って誰かを呼んでくると言ったら、駄目だときっぱりタバサに命じられた。どうせ誰が 来てもどうにもできないだろうし、危険に余計な人を巻き込みたくない。それより疲れたから水がほしいと 言われ、シルフィードは背中に乗せられたままになっていたバッグから、器用に水筒を取り出してタバサに渡した。 「……おいしい」 ただの水だったが、それは戦いに疲れたタバサの喉をうるおしてくれた。彼女は、水筒の水を半分飲み干すと、 残った分をシルフィードの大きな口の中にそそいでやった。 シルフィードもふぅと息をつき、張り詰めていた空気が少しだが和らいだ。 「これからどうするのね……」 悲しそうに言うシルフィードに、タバサは空を見上げて答えた。 「まだ時間はある……でも、最後には……」 空は、火竜山脈の噴煙にも負けずに青く広がっていたが、ふたりの行く先には、黒く冷たい岩肌しか待っていなかった。 それからは、タバサはもてる知力のすべてを駆使して脱出を図った。 もう一度『連金』を最大で、一点に集中して羽根を土に変えようとしたが通じなかった。 杖を岩をも切り裂く刃物にする『ブレイド』の魔法で、羽根を切りつけてみたが、傷一つつかなかった。 シルフィードがもう一度ケムラーの眼前に出て、可能な限りの挑発をおこなって羽根を開かせようとしたが、 死期の近づいたケムラーは、もうシルフィードに見向きもしなかった。 氷の塊を羽根のすきまに押し込んで、こじ開けようとしたがびくともしなかった。たまりかねたシルフィードが すきまに爪を差し込んで引っ張っても同じだった。 そしてそうしているうちにも、ケムラーは進む道は街道から荒野に、荒野から山肌に変わり、ゆっくりと、 しかし確実に火口が迫ってきていた。 タバサは小さな手の中にある、節くれだった大きな杖を見つめた。 彼女は、この任務が始まってから今まで使用した魔法のひとつひとつを思い出した。フライ、ジャベリン、 ブレイド、それらをすべて足して自分の最初の精神力の最大値から引いたとき、残った精神力はあと ラインクラスが一回くらいという結果が出た。 左足は、まだはさまったままで、まるでケムラーの背中からタバサが生えているかのようだった。どこかの 国の伝説に、半人半馬のケンタウロスという魔物がいたが、そのなかのある賢者は、不死の力を持っていたが、 哀れにも毒矢に射られて最後を迎える。 数多くの怪物を倒し、不死身なように生き延びてきたタバサも、最後は毒の怪獣とともに、火山に落ちて 悲劇の幕を閉じるのだろうか。 次第に高度が上がり、空気が薄くなるとともに硫黄の臭いが強くなっていく。 火口も目前に迫ってきたとき、遂にタバサは覚悟していた最後の手段をとることに決めた。 杖を振りかざし、淡々とした様子で呪文を唱えると、杖を魔力がまとい、それを鋭利な刃物に変えていく。 『ブレイド』の魔法だ。しかし、ケムラーの羽根にはブレイドの切れ味でも通用しない、ならば代わりに 斬るべきものは…… 「シルフィード」 魔法を完成させたまま、タバサは静かな声で使い魔の名前を呼んだ。 「なんなの? 何かいい考えでも浮かんだのね?」 「うん……だから、わたしがいいって言うまで目を閉じててくれる」 シルフィードは、主人の奇妙な命令に首をかしげた。 「きゅい、そうしたらお姉さま逃げられるの?」 タバサは無言でうなづいた。すると、シルフィードはうれしそうにきゅいきゅいと笑うと、両手で目を覆ってみせた。 「これでいいのね?」 「そう、そのまま……」 言い終わらないうちに、タバサは目をつむると、『ブレイド』をかけた杖を自分の左足に向かって強く振り下ろした。 だが…… 「!? シルフィード」 タバサが目を開けて見ると、なんと杖が振り切られる寸前に、目を閉じていたはずのシルフィードが杖を 咥えて止めていた。 「お姉さま、悪いけど今回だけはお姉さまの命令に逆らうのね。シルフィは、にぶいかもしれないけど、 その魔法とお姉さまの雰囲気を見たら、お姉さまが何を考えてるかくらいわかるのね」 「っ、離して。もうこれしかここから逃れる術はないの、もう時間がない!」 初めて声を荒げてタバサは怒鳴った。もう火口はすぐそこに迫っている。時間にしたら1分もない。 だがシルフィードは頑として杖を離そうとはしなかった。 「だめなのねだめなのねだめなのね!! どんなになってもシルフィはお姉さまのそんな姿見たくないのね。 こんな奴のためにお姉さまがこれからずっと苦しみ続けるなんて、絶対認められないのね!!」 「お願い……いい子だから、このままじゃこの先どころか明日さえわたしにはなくなってしまう。 そのために痛みを背負う必要があるなら、わたしはそれを選ぶ」 タバサも必死になってシルフィードを説得する。力では人間が竜に敵うはずもないのだから、 どうにかシルフィードに杖を離させるしかない。けれどもシルフィードは杖を噛み潰すほど強く 咥え込んで離そうとしない。 「だめなのね……お願いだから、シルフィの目の前でこれ以上苦しみを背負わないで……もう、 シルフィのほうが苦しくて見てられないのね」 いつの間にか、シルフィードの瞳からは人間のものと変わらない大粒の涙がボロボロと零れ落ちて、 杖とタバサの手を濡らしていた。 このままでは、自分もろともシルフィードまで道連れにしてしまう。タバサは、それだけは避けようと、 渾身の力をこめて杖を引っ張った。しかし、涙で濡れていたために、杖はすべり、タバサの手のひら から抜けて、シルフィードの口に咥えられたたまま取り上げられてしまった。 「う……!?」 だがその瞬間、絶望に染められていたタバサの脳裏に、一筋の光が閃いた。 それは、まったく単純で、なぜこれまで思いつかなかったのかと情けなく思うほどのことであったが、 この状況から唯一、他に脱出できるかもしれない手段であった。 「杖を返して」 「だめ、いやなのね!」 「そうじゃない。別の方法を今思いついた、だから、早く!!」 シルフィードは、涙を拭いてタバサの顔を見ると、そこには先程までの悲壮な覚悟ではなく、新たな 道を見つけた『希望』の光があった。 「ほ、ほんとうに?」 半分鼻声で聞くシルフィードに、タバサは黙って、しかし今度は力強くうなづいた。 シルフィードも馬鹿ではない、タバサの残り精神力は『ブレイド』を不発させた今、ドットどころか コモンスペル一回がせいぜいだろう。それなのに、トライアングルクラスのスペルを駆使しても脱出 不能なこの状態から挽回できるとは思えない。ただ、こういうときにタバサがシルフィードの期待を 裏切ったことは一度も無い。 「わかったのね。お姉さまを信じるのね」 そしてシルフィードから杖を受け取ると、すぐさま涙と唾液で濡れたそれを足元に構えて、呪文の 詠唱を始めた。ただし、それは上級スペルの複雑で長いものではない、むしろシルフィードもよく知って いるような単純でありふれた、『錬金』のコモンマジックだった。 「錬金? でもそれが効かないのはもうわかってるでしょ!」 「かけるのは、甲羅じゃない」 そう言うと、タバサは魔力を開放し、『錬金』の魔法がタバサの足元に吸い込まれていく。 確かに、ケムラーの羽根、甲羅にはいかなる魔法も通用しない。だが甲羅以外ならば話は別だ、 『錬金』の対象となったのは、左足といっしょにはさみこまれたタバサの靴とソックス、これを瞬間的に 油に変えることによって、わずかではあるが足と甲羅の間に隙間が生まれた。 「くっ!」 一瞬拘束が緩んだ隙を逃さずに、タバサは左足を引き抜いた。油のおかげで摩擦が軽減されている とはいえ、こすれて皮がずりむける痛みが走るが、タバサはなんとかギリギリのところで死神の 足枷から脱出した。 だが、すでに火口は目の前に迫っている。あとケムラーが2、3歩も歩けば火口へとまっ逆さまだ。 「お姉さま、早く乗って!!」 慌ててシルフィードが背中を差し出すが、長い時間拘束されていたせいか、足が言うことを聞かずに 立っていることができない。やむなく、シルフィードの足に杖を握ったまま抱きつくと、すぐさまシルフィードは 空へと飛び上がり、次の瞬間ケムラーはマグマの煮えたぎる噴火口へと向けて落下していった。 刹那、火竜山脈はケムラーを飲み込むととともに、激しく身震いし、やがてその山頂部をも吹き飛ばさん ばかりの勢いの火焔と黒煙を上げて、大爆発を起こした。 シルフィードは、その爆発の影響圏から逃れるために必死で飛んだ。 タバサも、振り落とされまいと必死でシルフィードの足にしがみついた。 やがて、火山弾も衝撃波も届かない距離まで逃げ延びたとき、ようやくシルフィードは速度を落とし、 足にしがみついて震えている主人の襟首を咥えて背中に乗せてやった。 「助かった……のね?」 「うん……任務は終わった……じき噴火も治まる、帰ろう」 ほこりと汗で黒く汚れた顔を、いつもどおりの無表情に戻してタバサは言った。すりむいた左足が 痛むが、今は確かに生きているという証拠で、むしろありがたくすら感じた。 任務の内容の、火竜の人里へ降りてくる理由の調査は済んだ。そして山脈に生息する火竜の数は 激減し、怪獣もいなくなったので、もう人里に降りてくることもないだろう。 噴火も、本格的なものではなく、膨大な質量の物体を飲み込んだことによる表面的なもので、長続きは しないだろう。付近の街も、火竜山脈近辺では噴火はつきものなので被害もそうは出ないはずだ。つまり、 もうここに居る理由はなくなったのだ。 シルフィードは、開放感から大喜びで翼をひるがえした。 「じゃあ行くのね。こんな忌々しい場所からはさっさとおさらばしましょう」 「シルフィード」 「うん、なんなのね?」 頭の後ろから話しかけてきた主人に、シルフィードは目を後ろに向けて答えた。 すると、タバサはぽつりぽつりと、ゆっくり、そして優しく言った。 「今回は、あなたがいなければわたしは勝てなかった。万一、勝てたとしても大事なものを失っていた。 あなたがいてくれたから……」 それは、なんとも予想もしなかったタバサなりの、不器用だが、精一杯の感謝を込めた言葉だった。 シルフィードは、とたんに気恥ずかしくなって、きゅいきゅいわめきながらなんとか答えようとした。 「なな、急になに言い出すのね!! お姉さまらしくもない。そ、そりゃあシルフィはお姉さまの使い魔 だからお姉さまを助けるのは当たり前なのね。それに、えーと、人間は仲のいい人同士をお友達って 呼ぶのね。お友達は助け合うものなのじゃないのかね!?」 しどろもどろになりながら、シルフィードは言葉をつむいだが、タバサからの返事はなかった。 もしかして、任務を終えたときはいつもみたいに、また無表情で本を読んでいるのかと思って背中を 覗いてみたら、タバサはシルフィードの背中に顔をうずめて、すぅすぅと寝息を立てていた。 それを見て、シルフィードはほっとするとともに、そういえばお姉さまの使い魔になって以来、今回ほど 精神的にも肉体的にもすり減らす任務は無かったと思い、目元を緩めて微笑んだ。 「まったく、いつもこんなだったら可愛げもあるのにね。でも、疲れたのね……」 そのとき、タバサがぽつりと、苦しそうに寝言を言った。 「う……お母様……」 それを聞いて、シルフィードは悲しげな顔をした。タバサの母親は、過去に彼女を守るために自ら 犠牲になった。タバサは、夢の中でまでもそのときの光景に苦しめられているのだろう。 見ていられなくなったシルフィードは、しばらく考え込んでいたが、やがていいアイデアが浮かんだらしく、 くすくす笑いながら、首を回すと、うなされているタバサの耳元でこしょこしょとささやいた。 「こらーっ、この馬鹿犬ーっ」 それはとある人物のものまねであった。 するとタバサは、ぴくりとし、やがてくすくすと微笑を浮かべ始めた。 「やれやれ、まったく手間のかかるご主人様なのね。でも、せめてシルフィの背中でくらい、いい夢を 見るといいのね」 シルフィードの背後で、噴火を続ける火竜山脈がみるみる小さくなっていく。 燃え滾る炎と、どす黒い煙が、火竜山脈が自ら生み出した怪獣への弔いの灯火のように立ち上り、 連続する爆音が、鎮魂歌のように高く遠く響いていた。 だが、今のタバサには、それらすら心地よい子守唄のような響きとなって聞こえていた。 なぜなら、その爆音は、彼女の友の魔法の音とそっくりだったからだ。 第一回 完 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第55話 大怪鳥空中戦!! (前編) 始祖怪鳥 テロチルス 登場! 長い夜が明けて、翌日、一行は帰りにまた必ず立ち寄ることを約束し、タルブ村を旅立った。 ラ・ロシュールはタルブ村から三時間ほどかけて山を越えたところにある港町だった。人口はおよそ三百人ほど、 街としての規模では大きなものではないが、港町だということで、常にその一〇倍以上はある人数でにぎわっている。 だけれど、ここにたどり着いたときに才人が得た感想はそういうことではなかった。 「山の中にある港町なんて、初めて見たぜ」 見渡す限り、町の周囲は切り立った山肌で覆われていて、海の姿などはどこにも見えない。それもそのはず、 ここは風石によって浮遊する空中船のための港であり、古代の世界樹と呼ばれていたらしい数百メートルはある 巨大な枯れ木を桟橋代わりにした、役割としては空港に近いものだったからだ。 一時期は、アルビオン王党派とレコン・キスタの戦争で出港数が減っていたが、今はまた行き来する回数も増えて 町は非常なにぎわいを見せている。一行は、そんな活気のある街中を潜り抜け、港湾事務所でちょうどこれから 出航する予定の客船の切符を七人分買った。 「家族割りとか団体割引とかありゃいいんだけどな」 料金は一人当たり四〇エキュー、全員合わせて二八〇エキューで、才人のぶんはルイズが、アイのぶんはロングビルが 出して、シエスタのぶんは旅行中の貴族三人の世話代としてルイズ、キュルケ、タバサが少しずつ持っていたのだが、 片道だけでのこの料金の高額さに、いいかげんこちらの世界の金銭感覚も身についてきていた才人は、どうにも 居心地の悪さを感じていた。ちなみに、平民の一年間の生活費は平均一二〇エキューほどである。 「なに? その家族ワリとか団体ワリビキとかって?」 平然とした様子で金貨で支払いをしていたルイズが、聞きなれない単語を聞きつけてたずねてきた。 「家族でとか、一定以上の人数で買い物をすると料金が安くなるシステムのことさ。他にも、特定の曜日とか、 ある数字のつく日には安売りをするってサービスもあったな」 旅行会社のCMや、スーパーやレンタルビデオのポイント制など、地球では客寄せのために様々なシステムが ちまたにあふれていたが、ハルケギニアではまだ経済そのものが未成熟なようで、同じものでも店によって 金額が大幅に違ったり、法外な値段がまかり通っていたりとけっこう苦労したものだったが、どうやら上級貴族の ご令嬢であるルイズにはよく伝わらなかったようだった。 「へーえ、で、それがなんなの?」 「なんなのって……そりゃお前、どうせ買うなら安いほうがいいだろ。そういうシステムがあれば、もっと安く船に 乗れるのにって思ったんだが」 「はーあ、平民はこれだからね。いいこと、貴族はそんなさもしいことはしないで、常に最高のものを求めるの、 わずかばかりのお金にこだわるなんて、ほんと恥ずかしいったらないわ」 胸を張って、貴族のあるべき姿というやつを講釈するルイズだったが、才人は大きくため息をついただけで 肯定も否定もしなかった。いや、返事をする気も失せていたというほうが正解だろう。わずかばかりの金だと 偉そうに言うが、それだけあれば何日食っていけるか、そういえば前にギーシュの家は戦場で見栄を張って 目立つために、いまや借金まみれで成り上がりのクルデンホルフに頭が上がらないと聞いたことがあった気が するが、なるほど実例が目の前にいるとよくわかる。しかも、こちらは後ろ盾の財源がギーシュなどに比べて 莫大であるために、金と湯水の区別がついていない上に悪意がないのでなお性質が悪い。 けれど、才人が返事をしないのを肯定だと受け取ったのか、ルイズはさらに自信を増して、傲然といえるほどに 居丈高に才人に命令してきた。 「いいこと、あんたもこのわたしの使い魔なら、そんなつまらないことは考えないで、もっと優雅にふるまうことでも 考えていなさい」 どうも久しぶりに、ルイズにはじめて会ったとき以来の胸のむかつきが蘇ってくるのを才人は感じていた。 価値観がまったく違うゆえのすれ違いはこれまでもあった。ただしルイズなりの譲れない矜持に関わるものには 才人もある程度の理解を示せていたが、こればかりは一パーセントも同調できない。 「なによ、なんか文句があるの?」 本人には自覚はないだろうが、貴族の傲慢さをそのまま表に出して命じてくるルイズに対して、才人は言い返そうか、 それとも形だけは従って要領よく済ませようかと考えたが、彼と同じように顔をしかめているロングビルとシエスタの 顔が目に入って意を決した。 「優雅、ね。別に、お前がどうふるまおうと勝手だが、その金はお前が汗水垂らして稼いだ金じゃないだろ。 それで優雅な生活をしようなんて、ねえ」 「……っ! な、なによ。わたしがわたしのお小遣いでどうしようと当然のことでしょ」 「ああ、そりゃお前のお父さんやお母さんが頑張って領地の人たちのために働いて、収めてもらった税金だろ。 お前の両親が使うなら当然だけど、お前何もしてないじゃん」 「……っ!」 ルイズは何も言い返せずに沈黙した。効果的な反論など、できるはずもなかった。才人とても、洗濯やら 掃除やらの雑用をこなして毎日を食わせてもらっている身分だから、今のルイズに対して遠慮する気は まったくなく、的確にルイズの急所を射抜く言葉を放っていった。 「もし、お前のお母さんに、働かずに優雅な生活をしたい、とか言ったらなんて言われるかね」 それが、とどめになった。特に深く考えなくても、あのカリーヌにそんなことを言えば、どういう反応が返って くるかは目に見えているからだ。ルイズは悔しさと恥ずかしさのあまりに顔を赤く染めて、脂汗を流してうなだれている。 けれど、才人はまだ言いたいことはあったが、それ以上ネチネチ言うのはやめておいた。説教など柄ではないし、 今回はとりあえずルイズに、まだ自分が両親の背中に背負われていて、乳母車の上からドレスを着てパーティに 出ようとしていることを思い知らせれば十分だった。シエスタとロングビルもすっきりしたようだし、逆ギレされても 面倒なので、ざまあみろ程度で引き下がっておこう。 けれども、そう思った矢先にルイズはいきなり自分の財布を全額才人に押し付けてきた。当然才人は何を するんだと押し返そうとするが、ルイズは強引に財布を押し付けて怒鳴った。 「その財布は、あんたが持ってなさい!! あたしが持ってると、その……無駄遣いしちゃうから……だけど! 勘違いするんじゃないわよ! 万一にも帰りの旅費が無くなっちゃわないように、それまで、預けとくだけだから、 あんたを信頼して渡すとか、そういうんじゃないからね!!」 「……了解」 財布をパーカーの内ポケットにしまいこみ、才人はそれっきりそっぽを向いてしまったルイズを見て苦笑した。 まったく、理解力は充分に備わっているはずなのに、表現が不器用だったらない。だがそれでも、お金の 大事さを少しでも理解してくれたならそれでいい。なお、キュルケも今だ親に食わせてもらっている身分には 違いないので、今回ばかりは他人事とは思えずに、化粧する回数を減らそうかなとひそかに考えていた。 その後、一行はのんびりとレリアに用意してもらったブドウジュースなどを飲みながら乗船時間を待っていたが、 やがて荷役用のドラゴンを使ったコンベアで空中を運ばれて、馬車ごと一隻の大型客船に収容された。 「でっかい船だなあ」 才人は乗り込んだ大型船の甲板を見渡して感嘆とした。姿かたちこそ中世的なガレオン型の帆船だが、 全長一五〇メイル、全幅二〇メイル、四本マストの威容は自分がボトルシップの中に紛れ込んでしまったように思える。 「ふふーん、それは当然よ。この『ダンケルク』はトリステインの誇る最大の豪華客船だもの! 本当ならあんた みたいな平民は、最下層の船底でネズミ退治しながらでもやっと乗れるかどうかってとこなのよ」 ルイズの鼻高々な自慢話も今回は素直に聞けてしまう。無駄なく作りこまれた船体構造と、美しく飾り付けられた 装飾や、船首の女神像などはド素人の才人でもかっこいいとしか表現できない。収容能力も乗客を馬車ごと 積み込めることから、いわゆるカーフェリーの機能も有していると見え、さらにシルフィードなどの大型使い魔も 世話する施設もある。なんとまあファンタジーの世界もたいしたものではないか。 が、そうして才人の尊敬する眼差しを気持ちよさそうに受け止めていたルイズを、キュルケの一言がしたたかに 打ちのめした。 「そりゃ当然よ。だってこの船は元々ゲルマニアで建造された客船『シャルンホルスト』をトリステインが 買い取ったものですもの、出来がいいのは当然よ」 「な、なんですって……?」 「あら? 知らなかったの、冷静に考えてごらんなさいよ。トリステインにこんな大船を建造できる技術があるはず ないじゃない。入れ物だけもらって飾り立てはしたみたいだけど、やっぱ素材がよくないとねえ」 ルイズの機嫌が目に見えて悪くなっていくのを、才人はペギラのせいで凍り付いていく東京の風景のように見て、 ここで爆発でも起こされて退船を命じられては大変と、話題を変えることにした。 「まあまあ、ところでロングビルさん、俺達の船室は?」 「あっ、それならデッキ下の二等船室を三部屋取ってありますから、お好きなときにお休みになってください」 しかし、それがなおルイズの機嫌を悪くすることになった。 「二等船室? わたし達は中流貴族なんかじゃないのよ、なんで一等船室をとらなかったのよ」 ラ・ヴァリエールのルイズは、当然一等船室が与えられるものと思っていたが、それと比べるとかなり風格の 落ちる二等船室には我慢できないようだった。さっきのことがあったばかりだが、やはり身についた習慣は そう簡単には変われないようだ。もっとも、二等でも一流ホテル並みの様式はあるし、料金も平民が数ヶ月は 遊んで暮らせるだけはあるのだが。 「はぁ、それが実は一等船室は全部貸切状態でして、申し訳ありません」 「貸切? このご時世にどこの金持ちだか知らないけど豪勢なものね」 自分のことはすっかり棚に上げてえらそうに弾劾するルイズの姿を、キュルケやシエスタなどはおかしそうに 見ていたが、急にその一等船室のあるマスト直下のトップデッキから聞きなれた声がして、一同はそろって振り返った。 「ん? 聞きなれた声がすると思えば、ラ・ヴァリエール嬢にサイトではないか」 「おお、本当だ。おーい、ルイズ、ぼくのルイズ」 そこにいた、青髪の女騎士と、口ひげを生やした長身の貴族を見て才人とルイズは目を丸くした。 「ミシェルさん」 「ワルドさま!」 なんと、ここでこの二人と会うとは思っていなかった一行は、お互いに顔をつき合わせて驚きあった。 話を聞いてみたら、先日話したアルビオンへの特使としてこれから王党派の元へと向かう途中だという、 一行はそういえばそんなことを言っていたなと思ったが、まさか同じ船に乗り合わせるとは予想外だった。 「また会いましたねミシェルさん、お元気でしたか」 「おかげさまでな、今じゃ銃士隊は入隊希望者続出で大忙しさ。どうだ、お前も入ってみる気になったか」 すでに気心の知れた仲である二人は、王女の魔法学院来訪以来の再会を素直に喜び合っていた。だが、 その一方でルイズとワルドは。 「ワルドさま、少しおやつれになりましたか?」 「ああ……あの怪獣との戦い以来、君のお母様が教官についてくれてね。【『烈風』カリンの短期修行コース・ 初級編】というのをやらされていて、連日オーク鬼の巣に放り込まれたり、素手でコボルドと戦わされたり、 目隠しして弓矢や魔法を避けさせられたりと、しかもそれが精々基礎体力作りだっていうんだから、せっかくの 一等船室でも疲れがなかなかとれないよ」 肉がげっそりと落ちたワルドの姿を見て、一行は『烈風』カリンは現在でも絶好調だと確信した。今頃は 残ったグリフォン隊の隊員たちがしごかれているだろう。『烈風』、いまだ衰えず。 こうして、思いもかけない再会を果たした一行を乗せた『ダンケルク』号はラ・ロシュールを出航した。 目指すはまだ見ぬ北の国、帆を揚げろ! 取り舵一五度! とぉーりかーじぃ!! 船乗り達の勇壮な叫びが青空に 吸い込まれていく。そこで待つものは何か? 速度を上げて、浮遊大陸アルビオンのある北の空に飛び去っていく『ダンケルク』号の姿は、遠くタルブ村 からも一望できていた。 「行きましたわね。私たちの子供達が……」 村はずれの、ガンクルセイダーを収めた寺院のそばの墓地から、レリアは娘の乗っているであろう船を 見送っていた。この墓地には、彼女の祖父、佐々木が今は眠っている。そこへ、木陰から青いローブを まとって姿を隠した長身の人物が現れた。 「すまなかったなレリア、面倒な役目を押し付けてしまって」 「いいえ、ようやくずっと話したくて話したくてうずうずしていたことをしゃべれたんですもの、楽しかったですわ。 けど、あなたの娘にくらいはご自分でお話すればよかったのではなくて?」 レリアに、誰もいませんよと呼びかけられると、その人物はローブのフードを脱いで、長く伸びた桃色の ブロンドの髪を頭の後ろでまとめて、鋭いながらも今は穏やかな光をたたえた素顔をさらした。 「こんな恥ずかしいこと、面と向かって言えるわけがあるまい。それに、子供に甘い顔は見せられん」 「あらあ、娘が宮廷に上がるときには始終使い魔をそばで見張らせて、魔法学院に入学してからも、うちに 来るたびに心配だ、心配だとうわごとのように言っていた人が甘くないですって?」 「うっ……ぜ、絶対にそのことはあの子には言ってはいかぬぞ」 「あらあら、最近の貴族様は、人にものを頼むときの態度もご理解してはいらっしゃらないのかしら? それなら、軽薄な平民のお口はかるーくなってしまうかもしれませんわね」 思いっきりにこやかに、しかし目だけは全然笑っていない作り笑顔をレリアに向けられて、彼女はシエスタに 胸の大きさでやり込められたときのルイズのような表情を一瞬浮かべると、仕方なさげに、いないはずの 人の目を改めて確認して頭を下げた。 「お願いします。このことはどうか内密にしてくださいませ」 「よろしい。よくできました」 もし、誰かがこの光景を見ていたとしたら、自らの目を疑ったことは疑いようもないだろう。それほどに、 今一平民に頭を下げている人物の一般的なイメージは強烈なのだ。 けれど、貴族に思いっきり卑屈な態度をとらせたことで、いたずらにも充分満足したレリアは再び空のかなたの 船に目を向けると、感慨深げにつぶやいた。 「それにしても、二日前に急にあなたがここにいらして、突然娘がそちらに行くから、あのときのことを話して やれと言ってきたときには驚きましたよ。なにか、あったんですか?」 「……お前も薄々は気づいているだろう。今、この国は……いや、ハルケギニアは激動の時代を迎えようと している。ヤプールの襲来以来、凶暴化する亜人たち、どこからともなく現れる異形の者たち」 「ええ、まるで三〇年前のときのように、この世界中がなろうとしているのかもしれません」 国を問わずに巨大な怪物が現れ、侵略者の手先が跳梁跋扈する。すでに、このタルブ村もコボルドの群れに 襲われ、平穏な場所ではなくなっている今、レリアにも時代の変化は十二分に感じられていた。 「そんななか、私の娘が召喚した使い魔が、ササキやアスカと同じ黒い目と髪を持つ少年だったことは、 もはや単なる運命のいたずらとは思えない。これから、あの子の存在がこの世界の存亡に関わってくると 思ったのは、考えすぎだろうか」 「いいえ、私も、あの少年がガンクルセイダーを簡単に動かしたときは、アスカさんが戻ってきたのかと 思いましたもの。そこに、また私の娘も関わってくるなんて、よほど縁があるんでしょうね」 「だからな、あの子たちが運命に飲み込まれてしまう前に、私から託せるものは全部与えてやりたいと思うのだ」 「親バカですわね」 「お互いにな」 顔を見合わせて微笑みあう二人の顔は、貴族でも平民でも、ましてや戦士でも農婦でもない、ただの母親の顔だった。 やがて、彼女たちの血を分けた子供たちを乗せた船は、ゆっくりと遠くの山のかなたへとその姿を消していく。 その旅路の先に、何が待っているのかは神ならぬ彼女たちには知りようもない。しかし、一人の人の親として 願うのは、ただ無事に帰ってきてくれということだけ。 そして、空の果てへと消えていく船影を最後に望み、二人は静かにつぶやいた。 「娘をよろしく頼みますよ、異世界の少年……今度は、我らの子供たちが往く……」 ………… けれども、当の異世界の少年は、そんな母親たちの期待とは裏腹に、おのぼりさん全開で豪華客船『ダンケルク』号の 乗り心地を楽しんでいた。 「いやあ、いい眺めだなあ」 当初乗船料金の高さに遠慮していたが、いざ乗ってみると甲板から下界を眺める風景はまさに絶景だった。 昔修学旅行で九州へ行ったときに乗ったジャンボから見た風景とはまた別の趣がある。そんな彼の隣には、 ミシェルが並んで手すりに腕を置き、常は見せない穏やかな顔をしていた。 「はっはっは、田舎者まるだしだぞサイト、もっとしゃきんとしろ、仮にも公爵令嬢の使い魔だろう」 「いんですよ、そんなもの。使い魔はしゃあないとしても、俺は奴隷でも下男でもないんだから」 実際、才人はルイズに仕えてはいるが、才人もルイズに保護されているということを自覚しているので、 二人の関係は初期のいがみあったものから、今では表面上はともかく二人の信頼関係は相当なものといっていいだろう。 「ふむ、しかし平民のお前が貴族たちばかりの中で、よくそんなに自由にしていられるな」 「そうでもないよ。ま、最初は大変だったけど、付き合ってみたら貴族の中にもいい奴はいっぱいいるし、王女様も 優しい人だし、今じゃトリステインもけっこういい国だと思ってるよ」 「そうか、トリステインがいい国か……」 なぜか自分の国がほめられたというのに、ミシェルは表情にかげりを浮かべていた。才人はそれを、船酔い でもしたのかなと気楽に思っていたが、彼女は遠くの空を寂しげに眺めながら、軽く息をついて語りだした。 「なあサイト……私は今でこそ銃士隊の副隊長なんて職務を預かっているが、数年前まではそれはひどい 暮らしをしていてな。それこそ、生きるためにはなんでもやったものさ」 じっと、才人はミシェルの昔話に耳を傾けた。 「幼い頃に、それなりに裕福だった実家が没落して、後は天涯孤独、父の昔の友人が後見人になってくれる までは、それこそ今日を生きるのが精一杯だった」 「……」 ぽつりぽつりと、懐かしさとは程遠い思い出を語るミシェルに、才人はなぐさめの言葉をかけはしなかった。 このハルケギニアでは、そのぐらいの境遇は珍しくないし、彼女もそれを求めてはいないとわかっていたからだ。 「人買いの元を転々としたこともあったし、売られた屋敷から着の身着のままで逃げ出したこともある。 盗みも騙しも殺しも、あのころの私は人間ですらなかった」 アイの境遇と似ているなと、才人は心の中で二人を重ね合わせた。両親を失ったアイは幸いにも、 ミラクル星人やロングビルという引き取り手にめぐり合えたが、全体からすればほんの一部なのだろう。 「それで、今になって思うことがあるんだ。こんな悪党がのさばり、平気で安穏とすごし続ける国とは、 いったいなんなんだろうって」 「でも、お姫様はそんな国を変えようとしていますよ」 才人は政治のことはよくわからないが、先日魔法学院でアンリエッタが見せた手腕だけでも、彼女が 非凡な才覚の持ち主だということはわかる。 「ああ、確かにこの国は変わりつつある。けれど、いつまでも姫様が統治していられるというわけでも あるまい。今アルビオンで反乱を起こしているレコン・キスタというのは、王族によらずして、政治を おこなう改革をハルケギニア全土に広め、エルフから聖地を奪還することを目指しているそうだ、 私は立場上、彼らと戦わねばならないが、王権から脱した新しい政治体制には興味を引かれなくも ない……お前はどう思う?」 そう言われては、政治に興味がなくても返答しなければならない。正直、社会科の成績はあまり よくなかったが、あごに手を当てて考える仕草を数秒見せた後、才人は自分なりの考えを披露した。 「……少なくとも、トリステインには必要ないんじゃないかな」 「なぜだ?」 「俺も、ルイズからざっと聞いたことがあるけど、レコン・キスタって言ってみれば、『王様になりたい奴ら 連合軍』だろ。聖地がどうたらこうたら以外には、別段これといった改革も聞きゃしないし、第一平民の ほとんどはそんなこと望んでないよ」 国民の中に現体制への不平不満を持つ者はそれはいる。しかし、それは地球でもどこの国でも 同じであり、日本、アメリカ、ヨーロッパ、孤児もこじきもなく政権に不満を持たれない国家など存在しない。 才人が比較対照にしたのは、中学の授業で出たフランス革命だったが、重税に耐えかねた民衆が 自発的に起こした革命とは明らかに様相が違う。それに、無理に共和制にしなくても、地球にだって まだ王国は数多く残っている。 「そんな、単なる王様のとっかえっこごっこをしたところで、今よりよくなるとは思えないしね。むしろ、 能力があれば平民でもどんどん取り入れられていくっていう、ゲルマニアのほうがいいんじゃないか?」 それは才人の率直な意見だった。今あるものが悪いからといって、新しいものがそれよりよいものだと いう保障などはどこにもなく、それは願望という色眼鏡をかけて見える虚像に過ぎない。 「だが、アンリエッタ姫の退位後、また政治が乱れたらどうする?」 「そんときは、あらためて革命だのなんだの起こせばいい。どっちみち、いいことでも押し付けられた ことは、定着しやしないよ」 他者から押し付けられた秩序には必ず反発が来る。仮に、宇宙から地球人よりはるかに優れた 宇宙人がやってきて、「愚かな人間を、我らが統治して永遠の平和と完璧な秩序を与えてやろう」と、 言ってきたとして、それはすばらしいと諸手を上げて受け入れるだろうか? 答えは簡単、余計なお世話と 言うだけだ。たとえ善意でも、押し付けではそれは侵略と変わりない。明治維新、アメリカ独立など、 どれもきっかけは外圧だが、当事者たちが自発的に起こした結果である。 「で、俺の結論だけど、今のトリステインに革命は必要ない。少なくとも当分は」 「それでも、今のトリステインには自らの利権ばかりを求める薄汚い奴らが大勢いる。お前はそれらを なんとかしたいとは思わないのか?」 「そりゃ、俺も嫌いな奴はいるよ。けど、毛虫がついたからって木を切り倒しては、若木を植えなおしても 実が生るまですごい年月が必要になる。面倒でも、ついた虫を駆除していかないと、やってくる小鳥まで 迷惑する。木を植えなおすのは、木自体が老いて倒れたときでいい」 我ながら下手な比喩だと思うが、ミシェルの言う国を手術して一気に治す方法に対して、才人は投薬や リハビリで長期的に治す方法を提示してみせた。だがそれ以上に、才人はハルケギニアを手術しようと しているというレコン・キスタという医者が信用できなかった。国を食いつぶす寄生虫を追い出したとしても、 後に戦争好きのガン細胞が住み着いては迷惑この上ない。 才人は言いたいことをしゃべり終わると、彼にその問題を出した相手の顔をのぞき見たが、その顔色が 彼女の髪の色にも似て青白く見えて、自分がとんでもなく愚かなことをしゃべったのではと急に不安に なって、慌てて説明を求めた。 「あの、俺なんか変なこと言いましたか?」 すると、ミシェルは残念そうに目じりを落とし、作り笑顔で答えた。 「いや、お前も貴族に虐げられている身分だから、反王制の革命を望んでいるかと思ったのだがな。 正直、私にとっても色々と考えさせられることがあって、有意義な話だった。だが、お前は平民のくせに ずいぶんと博識だな、その歳でもう政治評論ができるとは」 「まあ、俺の国じゃ誰でも一応は学校に行けたから、それくらいはね」 そこだけは誇らしげに才人は語った。 「なるほど、お前はずいぶんと住みいい国にいたみたいだな」 「そうでもないさ」 それも、才人にとって偽らざる本心だった。住めば都というわけではないが、地球を懐かしいとは思うが、 トリステインに比べて天国だったなどとは思わない。どちらも所詮人間が集まったものである以上、 自然破壊やすさんだ人間の心など、問題は数多い。 「それよりも、なんでそんな話を俺に?」 「……そうだな、そういえばなぜだろう?」 「はぁ?」 ミシェルが本気で不思議そうに首をひねるので、逆に才人のほうが面食らってしまった。 「強いて言えば、これから重大事に臨むにあたって、誰か信頼できる人物に愚痴を聞いてもらいたかった…… サイト、お前だからかな」 「えっ!?」 そのとき、気恥ずかしげに微笑んだミシェルの顔が、やけに可愛らしく見えたので、才人は思わず 息を呑んで、その顔を失礼にもしげしげと見回したのだが、彼の心臓が下手なダンスを踊りだすころには、 彼女はすでにいつもの人を寄せ付けない孤独な表情に戻って、空の果てに視線を差し向けていた。 気のせいだよな……才人は意味もなく高鳴った鼓動を抑えながら、一瞬持ち上がった考えをありえないと 脳内のダストシュートに放り込んだ。ミシェルの見る空の先には、いったい何があるのだろうか…… アルビオンは、まだ影も形も見えない。 そこへ風魔法を使った船内放送が流れてきた。 "ただ今より、トリステイン・ゲルマニア・アルビオン連合護衛艦隊が合流します。一般のお客様方に つきましては、航海の安全を保障するものですので、どうかご安心ください" 甲板から身を乗り出して見ると、『ダンケルク』に追いつくように、多数の砲門を構えた戦闘用帆船が何隻も追走してくる。 「なんだあ? あの艦隊は」 「なんだ、知らないのか? このところ、アルビオン航路の船が何隻も消息を絶つ事件が相次いでいてな、 戦争に便乗した空賊の仕業とする説が強くて、こうして厳重に防備しているってわけさ。なにせ、乗せている ものは我々だけでなくて、王党派への膨大な物資もある。同盟締結を望むゲルマニアも念を入れて艦艇を 派遣してきているくらいだ、見ろ」 ミシェルの指差した先には、中型の船体に外からでもよくわかるくらいに大きな砲を無理に取り付けた、 ややアンバランスな印象を受ける艦が飛行しており、彼女はそれらも合わせて艦隊の概要をざっと説明してくれた。 まず、前述の二隻はゲルマニアの砲艦『メッテルニヒ』『タレーラン』といい、小型でありながらその火力は戦列艦に 匹敵するという。 別のほうを見渡せば、護衛艦隊にはトリステイン空軍の四隻の巡洋艦と、その後ろには戦列艦並の船体の 艦首から中央にかけてだけ砲門を揃え、艦尾側には竜騎士を搭載するスペースを備えた奇妙な艦、今度実戦配備 されることになる新鋭の『竜母艦』という艦種の実験艦、無理矢理艦種を定めるならば『戦列竜母艦』とでもいうべき 恐らく最初で最後の一隻になるであろう孤高の、『ガリアデス』が巨影を浮かべ、さらにその艦隊先頭には、 アルビオン王国が今回の使節への礼として送り込んできた大型戦艦『リバティー』がその堂々たる威容を浮かべている。 これらの艦隊が『ダンケルク』号をはじめ、貨物船『マリー・ガラント』『ワールウィンド』『ラングレー』を 囲んで堂々たる輪形陣を組んでいた。 「大艦隊だな」 単純に感想を述べた才人は、漠然とだが、この同盟にトリステインや他の国がどれだけ注目しているかを 感じた。もしこの同盟が正式に締結できればレコン・キスタに対して各国連合軍は圧倒的な戦力で挑むことが できるが、万一失敗すれば、孤軍で戦っている王党派に対してレコン・キスタにも勝ち目が出て、アルビオンが 制圧されてしまう恐れがある。 「まあ、これだけの護衛がついていれば空賊など恐れるに足るまい。安心しておけ」 「ああ」 特に考えもなく答えた才人だったが、その言葉ほどには安心してはいなかった。何か根拠があったわけでは ないが、何かこの先から漂ってくる風にはいい感じがしない。杞憂であればよいのだが…… しかし、悪い予感というものは往々にしてよく当たり、それは空賊などという生半可なものではなかった。 「敵襲ーっ!!」 陸地から洋上へ艦隊が出たとたん、けたたましい鐘の音とともに響いてきた声に、才人たちは船室から メインデッキに駆け上り、そこで護衛艦隊の砲火を悠然とかわしながら飛んでいる巨大な鳥の姿を見た。 「巡洋艦『トロンプ』大破! 墜落していきます!」 その巨鳥の体当たりを受けて、船体の半分を失って沈んでいく帆走巡洋艦の姿を、一行は呆然と 見つめていた。そいつは、あの『烈風』カリンのラルゲユウスにも匹敵する巨体を持ち、真っ赤な頭と鋭い くちばしを持った姿は、伝説のロック鳥を思わせる。そんな悪夢のような存在が今、甲高い鳴き声をあげながら、 撃沈した船の乗組員をついばんでいた。 「始祖怪鳥、テロチルス……多発する遭難の原因はこいつだったのか!?」 巡洋艦を体当たりで沈めながら、かすり傷ひとつ負わずに飛び続ける巨影を間近に見て、才人はこれなら 空賊のほうが百倍よかったと、会った事もない空賊たちに何で来てくれなかったのかと理不尽な怒りを向けた。 かつて帰ってきたウルトラマンでさえ一度はとり逃した、白亜紀に生息していた凶暴な肉食の翼竜…… 空中戦においては絶大な戦闘力を誇り、MATの主力戦闘機マットアローもまったく歯が立たなかった。 ましてや、球形の砲弾を撃ちだすしかできないこの艦隊の火力など考えるにも及ばない。 「サイト!」 「ああ、テロチルス相手じゃこの艦隊の武装じゃ歯がたたねえ!」 見ると、テロチルスは艦隊の砲撃を意に介さずに、悠然と艦隊の前面に回りこもうとしている。戦艦 『リバティー』が大口径砲での攻撃をかけているが、テロチルスは新マンのスペシウム光線さえ跳ね返した 相手だ、そんなもので撃墜できるはずがない。戦列竜母艦『ガリアデス』からも竜騎士が緊急発進しているが、 速度が違いすぎて追いつくことさえできず、逆に追い詰められてぺろりと平らげられてしまう始末だ。 今、この艦隊を全滅から救えるのは自分達しかいないと、才人とルイズは無言で視線を合わせた。 しかし、そうしているうちにもテロチルスの攻撃は続く。 "上甲板のお客様! 危険ですからすみやかに船内へご避難ください、大丈夫です。本船は強力な 護衛艦隊が防御しています。必ずや敵を撃退してくれますので、どうか落ち着いてご避難ください!" ぜんぜん大丈夫ではない。才人はそういえば昔見た何かの映画でも、絶対大丈夫とかえらそうなことを ぬかしていた割には、あっさり空賊に用心棒を撃ち落されて拿捕された豪華客船があったなと思い出した。 しかし、確かに上甲板にいても振り落とされる危険がある。ここは洋上、貴族なら落ちても『フライ』で 助かるかもしれないが、陸地まで精神力が持つまい。ただし、こちらには別に方法がある。 「タバサ、シルフィードを放しましょう!」 「急ごう」 タバサとキュルケは、急いでシルフィードを解放しようと、使い魔用の檻のほうへと走っていった。 残った面々のうち、ロングビルとシエスタはすでにアイを連れて船室へ避難していき、才人とルイズは 船内への扉の前まで行ったところでUターンして、舷側に走りよった。 「リバティーが、燃えてる……」 テロチルスの攻撃の前には、巨大飛行帆船もまったくの無力だった。これまで堂々たる威容を 見せていた巨大戦艦は、まだ沈んではいないものの、マストの一本をへし折られ、左舷から砲弾の 炸薬の引火によるものと思われる黒煙を噴出している。 さらに、奴はリバティーに体当たりをして離れる際に、またその巨大なくちばしに、何人もの白い 水兵服の人間をくわえていた。 「野郎……もう許しちゃおかねえ!」 必死に手を振りながらテロチルスののどの奥に消えていった人影を見て、ついに才人の怒りも 頂点に達した。 「ルイズ、いいよな!」 「ええ、ここでこの船が沈められたら、ハルケギニア全体が戦禍に飲み込まれる危険もあるわ。 行きましょう!」 そのとき、二人の思いに呼応するように、二人のその手のウルトラリングも輝いた。艦隊前面で 再襲撃の機会を狙っているテロチルスを見据え、その手を上げて、同時に振り下ろす! 「ウルトラ・ターッ……!?」 「きゃあっ!?」 だが、二人の手のひらが重なりかけた瞬間、突如二人を強烈な爆風と衝撃波が襲い、二人は 甲板に叩きつけられてしまった。 「ぐぅぅ……大丈夫かルイズ?」 「なんとかね……それよりも、今のは?」 才人の手を借りて立ち上がったルイズは、船尾方向から真っ赤な光が『ダンケルク』を照らしてくるのを見た。 "弾薬輸送船マリー・ガラント、爆沈!!" 何が起きたのか理解できなかった二人に、明確な答えを与えたのは、右舷にいた砲艦『メッテルニヒ』 から流れてきた放送だった。艦隊の最後尾にいた輸送船、王党派に渡す予定だった大量の火薬を積んでいた 『マリー・ガラント』号は、その全身から火炎を吹き上げながら、目的地を海底へと変えてまっ逆さまに墜落していく。 あれでは、生存者は誰もいるまい。 しかし、二人は燃え盛る『マリー・ガラント』を見て思った。 「なんで!? 怪獣は正面にいるのに」 「まさか……」 そうだ、艦隊の真正面にいるテロチルスが、最後尾にいた『マリー・ガラント』を攻撃できるはずがない。 そして、才人の悪い予感は再び最悪の形で実現することになった。燃え盛る『マリー・ガラント』の断末魔の 炎の中から、テロチルスのものとは違う野太い鳴き声が『ダンケルク』をはじめとする全艦に響き渡ったのだ。 「おい……」 才人は、その声に聞き覚えがあった。忘れもしない、ウルトラマンメビウスが地球に来てあまり経たないころ、 テレビのニュースでは、三三年ぶりに噴火を始めた大熊山のことが報道されていた。はじめこそ、単なる 火山噴火のニュースかと思われていたのだが…… 「うそだろ……」 黒煙の中から、その巨体を現す黒い影、真っ赤なとさかと槍のようなくちばし、その下に垂れ下がった毒袋。 輸送船を一撃の体当たりで撃沈させ、なおも恐ろしげな鳴き声とともに飛翔を続ける極彩色の巨鳥。 かつて、二人のウルトラマンを死に追いやった恐るべき空の悪魔が、今そこにいた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔