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第六章『意思の交差』 彼がそう思い 彼女がそう思い 僕はどう思ったのか ● 世界が南へと傾く中で佐山は周囲の確認を行う。 ……至とかいう男にはSf君がいる。私がするべきは…… 佐山は新庄を抱えて背後のベンチに飛び乗った。 「え、あっ!?」 大地が垂直と化す今、半端な設置物は落下する。滑り落ちるベンチで距離を稼ぎ、浮き足立った所で跳び捨てた。そうして辿りつくのは南方に建つ展望台だ。 「――佐山君っ!」 新庄の呼びかけは今や上となった北からの危機を知らせる為だ。休憩所のテーブルやパラソル、その先にある天守台の石垣が崩れたのだ。土石流となったそれを回避する場所を佐山は見定める。 ……東西どちらかの林だ! そしてこの展望台には行きつく手段、東側の林へと続く手摺りがある。吹き抜けの鉄橋と化したその上を佐山は走り渡った。 「他の皆は!?」 木の幹へ下ろした新庄が叫ぶ。問われて周囲を見れば自分よりも下方の木にSfがおり、その腕には至もいる。 「ふぬぅぅぉぉぉぉぉっ!」 そして唐突の叫びに見上げ、垂直の大地を駆け下りる大城を見た。 「――とぅッ!」 大城は地面を蹴って宙へ跳ぶ。腕を広げたその表情は満面の笑み、上空の太陽を後光として、 「げぶ」 林に墜落した。パチンコ玉の様に木々へと衝突し続け、やがて佐山達の立つ木に腹からぶつかって止まる。佐山は新庄と顔を見合わせ、無視しよう、と無言の内に決めた。直後、 「うわぁ……っ」 土石流が流れ、展望台や手すりが諸共に呑まれた。それを見つつ佐山は考える。この状況は厄介か、と。 ……否、初撃はかわせた。対処出来る相手だ…… そう思った所でSfが視界に入った。下方から飛び上がって来た彼女は至を下ろし、 「――敵が来ます」 見上げた先にこの状況を作った集団がいる。しかも彼等は、 「地面に垂直に立っている…?」 「賢石です」 Sfが答えた。 「概念を媒体に記録させた物で、所有者を変調させる事無く概念を付加、デバイスの燃料にもなります。……敵は歩行系概念の賢石を持つと思われます」 と、そこで音と振動が生じた。側に立つ木の幹が弾けたのだ。銃弾か、と佐山は思い、集団の最前に立つ騎士風の西洋甲冑が長銃を向けているのを見た。 「――来ないのか!」 叫びは二重、理解不能の言語に日本語が上乗せされていた。 ……これも概念の力か? おそらく意思疎通の類…… 便利パワーだな、と呟いた所でSfが自分を見るのに気付く。 「佐山様は武器をお持ちではありませんね? …これを」 Sfがどこから出したのか拳銃を差し出す。 「何の変哲もない様だが」 「全弾“弾丸・ファイトもう一発”と彫られた対1stーG用武装です。文字によって能力付加を果たす1stーG概念下では、一度命中した後に自動追尾が入ります」 「……追加の説明も頼めるかね?」 佐山の疑問に、Tes.、と了承が返る。 「字の表現力が豊かである程に力は強く具現します。全Gも含めて出来ないのは無敵化や不滅、蘇生という所でしょうか。――ともあれ1stーG概念下では、武装に字を与えねば本来の力が発揮されません」 そこまで答えたSfは、 「これより私は迎撃に入ります。もしもの際はそれで自衛を」 「随分と勇猛果敢な侍女だが、…勝算は?」 「Tes.。下に控えておりました私共の援軍が急行中、約五分で合流出来ます」 何より、とそこで区切り、 「――本局謹製、至様のご要求を万事叶えるSfに不可能はありません」 「俺のお前に対する不満解消は叶えてくれないがな」 そこで至が言葉を挟む。 「とっとと行ってこい。もし俺が死んだらお前のせいだぞ」 「Tes.、それもご要求でしたら後ほど叶えます」 では、とSfが腰を下ろして跳躍の構えをとり、 「待ちたまえ」 佐山が制止の言葉をかけた。 「時間を稼ぐだけなら何も率先して戦う必要は無い。……私がやろう」 「可能なのですか?」 Sfの問いに、勿論だとも、と返答、それから振り向いて新庄に拳銃を握らせた。 「今の君は非武装だったね?」 「で、でもそうしたら今度は佐山君が……」 「腕の傷があって今の私には上手く狙えない。だからこそ君に預けるのだよ」 私の危機にでも使ってくれたまえ、と続けてから至を見て、 「貴様は戦意無しだな?」 「ああ、貴様等で勝手にやれ」 「ふむ、そうさせてもらうよ役立たず。……Sf君、戦闘は彼等との交渉が決裂した時にしてくれたまえ」 「Tes.、では交渉をなさるおつもりで?」 ああ、と答えた佐山は言葉を続ける。 「その際の対応策も授けよう。――惑星の南が下となる、そこにある理論の穴だ」 新庄が、え、と声を上げた。 「この絶壁状況に何か打開策があるの?」 「あるとも。敵は気付いていない様だが、……そこをつけば手はあるかもしれない」 ● 垂直の地面に立つ騎士は王城派の仲間達が散開するのを見ていた。大型人種や有翼人、魔女を含んだ20名弱が標的の潜む林を包囲する。 「ふむ」 騎士は右手の長銃を見た。その弾倉には一冊の本があり、題名を記した背表紙を覗かせている。 「……ヴォータン王国滅亡調査書」 我等の恨みを記した書だ、と騎士は思う。1stーG唯一の国、滅びで失われた全てがこの中にある。 ……それを突きつける時が来た……! この長銃は書物にこもる思いを熱量に変えて撃ち出すストレージデバイス、原始的だが意思の分だけ出力は強まる。それを思い知れ、という騎士の思いが叫びとなった。 「――応答無しと見て、これより進軍させていただく!」 宣言に騎士は踏み出そうとし、しかし林から二つの人影が現れたのを見て止まった。 「片方は大城・一夫か」 傍らに立つのはスーツ姿の青年、その手は大城のネクタイを掴んでいる。二人は林の外れにある木まで移動、そこで大城が困った様な微笑を向けてきた。 「おーい、すまんが……お引き取り願えんかなぁ?」 「無理だ」 「無理ではないだろう?」 騎士の即答に少年が反応した。 「殺戮だけが目的ならばこうして翻訳の概念を用意する意味が無い」 「それが命乞いを強制する為だとしたら?」 騎士は長銃を向けるが少年に動じた様子は無い。 「昨今の騎士様は山賊紛いの行いをされるのだな」 「我等の目的は復讐、罪人に命の尊さを気付かせようというのだ。…それを山賊紛いとは言ってくれる」 「慈悲とはそれを行う者が決めるのかね?」 少年が腕を広げる。ネクタイを掴まれたままの大城は喘ぐ様にそれを追い掛け、 「ここは復讐の現場か歴史の分岐点か、…どちらだろう? もし後者の場合、全てを判断するのは誰だろう? もし自分だと言うなら全ての歴史書を焼いてくれ、後世にとって無意味だ」 騎士は今だ引き金から指を外さず、少年の言葉も止まっていない。 「慈悲深き騎士とは何だろう? 全てに認められる慈悲を知り、誇りの下にそれを行う者だと思うが?」 詭弁だ、と思い、しかしそれも正論の一つだ、とも思う。故に騎士は銃口を少年達から外した。 「その慈悲に感謝する」 「当然の事だ。……だがこの状況で何を求める?」 騎士の疑問に少年はぎこちない左手で万年筆を取り出し、 「さて、本日ここに用意した大城・一夫は時空管理局地上本部の全部長を勤め、その脳内は機密情報と18禁ゲームの記憶が混在する大宇宙だ。しかも経年劣化で堪えが薄れその蛇口もユルい」 大城が少年を半目に見るが状況がそれを無視。 「奥多摩山中に引きこもるオタク老人を、今日は特別に五体満足で連れ出した。しかも何とその貴重品を」 「人質に使うか?」 少年は左右に首を振ってペン先をネクタイに走らせた。翻訳概念で伝わるその字は、 「何と公開処刑やもしれん」 “刀”。そう記されたネクタイが硬化するのを騎士は見た。 「――馬鹿な事を」 背後で身構えた仲間達を騎士は制する。 「やるならばやれ、我等にとっては手間が省けるというものだ」 「この老人が貧相な性根を見つめ直して1stーGに亡命を希望しても、か?」 「虚言を弄すな!」 騎士は否定を叫び、大城も叫びをあげた。 「たぁすけてぇぇぇぇぇっ! わしゃまだ死にとぉないぃぃぃいてててててっ!」 そこで大城は少年に張り倒されるが騎士はそれを無視して考える。 ……どうする!? 何もせぬまま死なれる訳には…… 自分達の狙いは大城だ。彼を追い詰め1stーGに有利な交渉を行う筈だったが、先に死なれてはそれも出来なくなる。 「もし貴方達が手を出せば先にこの老人を始末する。そうなれば…それは貴方達の責任だ」 「殺そうとしているのは貴様だろうが」 「だが貴方は動かない。刀と化したネクタイで老人の首がスライスされるのを救わないのかね? ――そうなればまず私が処罰される。しかしその後に君達も糾弾され、……やがては1stーG全体に広まる」 少年は笑った。 「何が騎士、何が慈悲深いか! 今後一切の信用を失い蔑まれて生きていくといい、目先の勝利の為にな」 ……小僧め! 騎士は唸りと共に打開策を探る。 「……その刀は本物か」 「自分のGの力を信じないのかね? 振ればまな板までスッパリの一級品だぞ」 「一級品か」 そうとも、と少年は答えて再び万年筆を用いる。“刀”の上に書き足されたのは、 「どうだ、これで“するどい刀”だろう? もう光沢まで見せる程だぞ」 少年が告げ、しかし騎士は一つの事実に気付いた。ネクタイの表裏を指でつまむ少年の手付きだ。 「待て。――危うく異境の字に騙される所だった」 騎士は笑みを浮かべた。 「“刀”とは我等にすれば剣、つまり刀身と柄がある。ネクタイで再現した場合、斬れるのは垂れた部分だけだろう」 「試してみるかね? 珍獣が首無しに生きられるのか、それを確かめるのも悪くない」 やってみるが良い、と騎士は笑みを強める。 「貴様の持ち方が何よりの証拠、全体が刀身ならそんな手付きで鉄の重量は持ち切れん。十中八九、首に巻かれた部分は刀身ではない」 騎士は長銃を構え直す。それに対して少年は、 「では遠慮無く」 ネクタイに一つの線を書き加えた。それによって完成する字は、 ……“するどい刃”……ッ!? 騎士は遠目にネクタイが大城の首へ切り込むのを見た。 「ぬああああ止めんか~! それ打ち合わせになかったぞ!?」 「黙れ静まれここで終わりだ大人しく悲鳴を上げろしかも泣きわめけ」 佐山がそのままネクタイを引こうとし、 「――やめろ!」 騎士の叫びが銃声と共に響く。長銃より放たれた光弾が正確にネクタイを射抜いて大城を解放した。 「何が望みだ」 「目下この老人の首をスライスする事だが?」 「止めろと言おう」 「嫌だと言おう」 「何故だ」 それには大城も同意、女座りで少年を見上げ、 「ど、どうして御言君はそんな事がしたいのかなぁ?」 「黙れ。――騎士様、逆に訊こうか。貴方の望みは何だ?」 その質問に騎士が告げるのはたったの一語。 「……復讐だ」 だがそれは果たせぬものだ、と騎士は解っている。王城派は自分も含めて多くが高齢、経験はあるが体力が無い。つまり人員と組織的な持久力に欠けているのだ。 ……この場を殺戮で勝利しても最終的な勝利まで辿り着けない…… だからこそ今回人質を手に入れ、後の交渉を本当の舞台にしたかった。 ……何故だ? 何故これ程までに困難なのだ! この行いが不正だと言うのか。取り戻せないものを失わさせれ、それを糾弾する事が間違いだというのか。 ……過去を奪われ、未来も幾許と無い我等にどうせよと言うのだ!? 1stーGの滅びから約60年、残党である自分達は復讐以外の道も意思も残されていない。 「我々は明日、1stーGの和平派との暫定交渉を行う。そこで貴方達の事も考慮するという事で、ここは引き下がってもらえないだろうか」 「――我等に、退けと?」 「騎士の剣とは収められぬものか? ここで収めねば、この先いかなる交渉を経ようと1stーG全体に遺恨が及ぶぞ。……貴方の後ろにいる者達全てに」 それは背後の仲間達を言っているのか、それともこの場にいない1stーGの同胞を言っているのか。 「誇りの為には剣を収められぬ時もある。違うか?」 「それは貴方一人のものか? ――それとも貴方を待つ多くの人の為のものか?」 少年の言葉に騎士は歯を噛む。銃口を微かに震わせ、 「卑賤なGが、1stーGの騎士に誇りを説くか!?」 「私は貴方に問うたのだ、誇りとは何かを。説かれるのは私の方だ」 少年は自分の一切に動じず、ただ正面から見据えている。 「説いてもらおう、その答えを。――貴方達の誇りとは何かを。悠然とした態度で」 ……我等の誇り…… 騎士は思う。それは何たるか、を。 ……それは……ッ! 何か、と思い、そして得られるのは、 「―――は」 燃える様な激情とそこから生じる笑みだ。そうだったな、と呟いて騎士は長銃を下ろそうとし、 「――!」 騎士は見た。木々に座った一匹の黒猫を。 「……市街派の使い魔」 監視、その一語が騎士を過る。見れば仲間の誰もが自分と同じ様子だ。 ……やはり我々には、引き返す道は存在していなかった…… 張り詰めた無言の中、再び騎士は少年へと長銃を向けた。 「――すまん」 ● 「――すまん」 騎士の言葉にSfは役目の到来を悟った。 ……現在の私の役目は、決裂時の戦闘役…… 故に走った。葉の生い茂る一帯を出て、 「謝る必要は無い」 そう告げた佐山の横を抜け絶壁の大地へと迫る。 「馬鹿な! 貴様等ではこの大地に立てんぞ!」 騎士は否定を叫び、だがそれを無視してSfは一つの結果を果たす。中腰ながら垂直の大地に対して、 「立っただと!?」 Sfは身を低くしたまま駆け登り、やがて騎士の脇を抜けた所で大地から足を離した。 「貴様! まさか我々と同じ概念を――!?」 否。Sfの落下は大地と平行、その勢いを足した踵落としが騎士の背に入る。 「が」 よろめく騎士を足場にSfは再度跳び、着地するのはこちらから見て下方に立つ甲冑の大型人種だ。足場にされた彼は振り払おうとするが、Sfはそれを阻止する。 「――IS、発動」 侍女服のスカートが膨らみ数百の影を出現させた。内一つは極太のワイヤー、それが自動で大型人種を拘束する。残ったのはSfを周回する小物の群、それらはやがてSfの手に集まり機関銃を構成した。 「お静かに」 機関銃を大型人種の兜に当ててSfは他の王城派を見る。 「――何だ!?」 そこへ騎士の叫びが届いた。 「貴様は何者だ! 何故この大地を走る? その力は何だ!?」 「走れる理由も私の力も解らないとは。――故郷から殆ど出なかった田舎者ならではの限界ですね」 そう断じた所でSfは告げる。 「壁に見えるこの大地、実は斜面になっているのです。――何故なら地球は丸く、日本は北半球にあるのですから」 大地が平坦だった1stーGらしい失敗だ、とSfは思う。 「そして私の力についてもご質問なされましたが……これを見ればお分かりかと」 言葉と共にSfは襟を開いてみせる。そうして見える首もとを構成するのは、 「機械……?」 騎士の疑問にSfは、Tes.、と答える。 「本局が3rdーGの技術を用いて作成したLowーG製戦闘機人、SeinFrau――“在るべき婦人”の名を冠するのが私です」 Sfは再び能力を発現、もう一丁の機関銃を組み立てる。 「この力はインヒューレントスキル、概念と科学を融合させた戦闘機人ならではの能力です。……本局開発課の命名によれば、私のはIS“ドキドキ☆メイドさんのスカートはヒミツがいっぱい”だそうです」 そこまで告げてSfは一礼する。 「私は“在る事”を望まれ生じた人ならぬ者にございます。……さぁ来られませ、貴方の生じた理由を持って。もしその理由が私のものより弱ければ、貴方達は“在る事”すら出来なくなるでしょう」 銃声と共に大型人種の頭部が激震する。呻きもなく気絶した彼の傾倒を切っ掛けに王城派が迫る。 「――私は主人の為に生まれました」 身を低く大地を駆けて迫る剣を躱す。 「――私の鉄は彼の骨に」 弾丸が魔女の杖を砕いて術式を止める。 「――私の油は彼の血に」 連射がもう一人の大型人種を圧倒しる。 「――私の決断は彼の心に捧げられております」 狙撃が飛行する弓兵の翼を撃ち抜く。 「――ですが一つだけ、彼は私如きでは何も捧げられぬものを持っています」 それは、という一語で弾丸を補充する。 「――涙。それに対して無情の私は返すものを持ちません。故に私が欲すのは涙滴不要の結果のみ」 双銃の振り抜きで周囲に弾丸を巻く。 「――骨には鉄を、肉には鎖を、血には油を、心には決断を、そして涙には――」 迫った王城派が吹き飛ぶ中で一息。 「――無欲を」 広場に敵の身が、Sfの足が着く。地に伏した王城派は全体の約半数、残りは遠巻きにこちらを囲む。 ……ですが駆逐は容易いと判断します…… Sfは中腰のまま敵を見定め、そこで騎士が長銃を構えるのを見た。だがその先は自分ではない。 「三たび佐山様を狙って……」 騎士が撃つより早くSfの銃撃が入る。弾丸が騎士の腕を鎧ごと穿ち、しかし、 「構えを解かない?」 右腕は明らかに姿勢を保てぬ重傷、だが騎士は長銃を下ろさない。何故ならその腕に一文があるからだ。 「……“二度ある事は三度ある”」 1stーG概念下でそれは当人の容態を超えた行動の力となる。過程で流血が増すが姿勢は継続された。 「――日本文化にお詳しいと判断します」 ● 「――すまん」 林に残る新庄は騎士が長銃を構えるのを見た。 「一体、どうして……?」 何故か、という思いに周囲を見渡せば、 「……黒猫?」 「1stーGの用いる使い魔だ」 傍らに座る至が答えた。 「つまりあの馬鹿共は監視されていて、今頃それに気付いたんだ。――自分達は最早退けない、と」 大地を駆け上がったSfが闘争の音を上げ、思わず新庄は拳銃を握り締めた。佐山より託された拳銃は手に馴染まないが、 「僕が、任されたんだもんね」 自分の意志で必要だと思った時に使え、と。そしてその機会はすぐに来た。 「――!」 騎士が佐山を狙ったのだ。概念の力か、Sfに射抜かれてもその腕は動じない。明らかな佐山の危機だ。 ……使わなきゃ……! 新庄は射撃の姿勢を取り長銃を狙う。構えを保てても武器を壊せば攻撃を果たせない。だがそこへ不意の声が届く。 「何故頭を狙わない? …昔から甘いな、お前は」 至だ。その内容に新庄は身を止める。 「長銃なんて物を狙って外れたどうする? 確実に仕留めねばご執心の彼が死ぬかもしれんぞ?」 「――あ」 死、その言葉に新庄の手が震える。そして昨夜の人狼を撃てなかった自分を思い出した。 ……今度は、今度は撃たなきゃ……っ だから手に力を込めた。撃つ事を望み、引き金を絞ろうとし、同時に至が叫んだ。 「――殺せ!!」 指が引き金を絞った。その筈だった。しかし、 「え」 音が無い。振動が無い。一切の変化が無い。あるのは現状維持という結果だけだ。 「あ……!」 撃てなかった、そう思うと同時に自分のものではない銃声が響いた。 ● 銃口を向ける騎士に対し、佐山は一つの思いを得ていた。 ……必死だな…… 騎士の行動や表情を佐山はそう判断し、ここへ来る前にハラオウンが告げた言葉を思い出す。 ……本気とは強い力を出す事、一瞬の判断で戻れなくなる、か…… Sfに撃ち抜かれた騎士の腕を見る。概念の力が切れた時、あの腕はもう使い物にならないだろう。 ……しかしそれを代償に彼は私への攻撃を果たした…… 強い力だ、と。これが本気になるという事か、と思う。そうして連想される思いは、 ……私はどうだろうな…… 本気になった彼に対して自分はどうだろうか。自分は本気になれただろうか。更に思う事は、 ……やはり新庄君は撃たなかったな…… 今回も迷い、そして機を逃したのだろう。何事も本気な人だ、そう胸の内で評した所で呟いた。 「ならば本気になれなかったのは、私だけか」 その直後に佐山へ力が迫った。しかしそれは目前の光弾ではなく、上空からだ。 「――死なせない!」 声と共に桜色の光が降り、騎士の放った光弾を叩き潰した。 「な……!?」 驚愕する騎士と共に佐山は見た。自分の目前に舞い降りた白衣の少女を。 「――稀代の闘争本能ここに極まりかね? 高町」 杖を持ったその少女の名を佐山は呼び、 「あんまり驚かないんだね、佐山君」 白衣の少女、高町・なのはは困った様な微笑で振り向いた。 「日頃の君を見ていればこの程度では驚くに足らん。……ハラオウン達もいるのかね?」 「――そこまで解っちゃうものかなぁ」 答えたのは第三の声、それに伴うのは閃光だ。何かと見上げれば騎士を残して倒れ伏した王城派があった。長柄の斧を持った金髪の少女を中央に置いて。 「全竜交渉部隊実働班、フェイト・T・ハラオウンと高町・なのはって言うと解るかな?」 「いやいやフェイトちゃん、私等もおるっちゅう事を忘れんでな?」 今度の声は後方のやや下、新庄達のいる辺りだ。そこから現れるのは、 「八神か」 「やほー、昨日振りやねー?」 手を振る八神は無視、佐山はその後ろに立つ二人を見た。 「リインフォース君。それに……ギル・グレアムか?」 問われたグレアムは微笑して答えない。代わってリインフォースが口を開き、 「彼の事はこれよりこう呼ぶといい。……元護国課顧問の術式使い、と」 「更にもう一つ、だろう!?」 続くのは騎士の叫び、彼は無事な左手に長銃を持ち替え、 「1stーGを滅ぼした大罪人と裏切り者が!!」 光弾をグレアムとリインフォースに放った。それに対してグレアムが八神の前に歩を進め、ある物を投げた。 「……カード?」 投じられたのは青白い金属板、微かに光るそれは光弾を弾き、急速を持って騎士へと飛翔、 「……!」 騎士の長銃を砕いた。破片が飛散する中、弾倉の書物が賢石の効果を外れたのか佐山達の方に落下する。 「ふむ」 それを受け止めたグレアムが一言した。 「本は大事にすると良い。例え酷使する時でも、な」 ―CHARACTER― NEME:ギル・グレアム CLASS:司書 FEITH:1stーGの八大竜王 戻る 目次へ 次へ
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第三章『彼方の行方』 我等はこれより道を行く 奴等は後ろから見てるだけ 全てを知るから我等に託し ● 不意に戻った感覚が、佐山に身を包む暖かさを知らせる。 ベッド、か? 横倒しの身、背面にはシーツの硬さ、前面には掛け布団の軽さがある。 瞼を開けて見えるのは白い天井と灯る蛍光灯、身を起こせば同色の部屋や配置物も確認出来る。瓶の並ぶ戸棚、モニター付きの机、壁には午後八時半を示す時計がある。それらが佐山に現在位置を予測させた。 「医務室、か」 む? そこで佐山は違和感を得た。言葉が覚えの無い声で紡がれたからだ。 「――女性の声?」 今も出るのは女性のもの、思えば妙に身も軽い。そこで佐山は部屋の角に鏡を発見、ベッドから移動する。 「今度は一体何だ?」 最早楽しみですらある異常事態、鏡の前に着けば自身の姿が見れた。 「・・・誰だ君は」 女性が映っていた。赤い瞳と銀色の長髪、体つきも如実に現すタイトな黒服。体格も顔の造形も、その他全てが佐山本来のものと異なる。だが一つだけ、本来の姿と共通するものがあった。 「腕の傷痕。・・・私が異形から与えられたものか?」 川沿いで人狼の牙を受けた位置、そこには白く膨らんだ円形の皮膚がある。それを見て思うのは、あれは夢ではなかった、という確認と、あの深い傷がもう治るのか? という第二の疑問だ。 だが当面の問題は、この姿だ・・・ どーしたものか、と佐山は考えていると、かつて見ていた特撮“帰って来たトラウマン”を思い出す。 あれは全裸巨人に変身して都心で戦うというトラウマを抱えた主人公が、しかし秘密組織によって連れ戻されて戦わされるという人格矯正をテーマとする作品だ。それに寄ると変身する原因は、 「体内にスガタカワリンが溜まる為・・・!!」 そこで気付いた。女性の異常に膨らんだ胸部に。 ここにスガタカワリンが溜まっているな!? 佐山は確信、即座に掴んで絞る。出ろ諸悪の根源め、と思いを込めて。そうすれば、 『・・・何をしている、お前は』 突然、脳内に声が響いた。 出たな、スガタカワリンの精め・・・!! 『・・・何だそれは』 佐山は声を無視、より一層の力を込めて絞る。 『――もう少しユニゾンした方が良いのだが。・・・解った、出るからもうやめろ』 脳内音声の屈服と共に変化が起きる。佐山の体から人影が出て来るという変化が。それは、先ほど鏡に映ったのと同じ姿の女性だった。横目に鏡を見れば、簡素な寝間着を着る佐山本来の姿がある。 「・・・よもやシャマル達以外に手を出す者がいるとは」 銀髪の女性は佐山を見て溜め息。誰だ、と佐山は問おうとし、 「何やってるんだよ君は!」 顔面にスリッパを叩き付けられた。聞き覚えのある声と共に。 「・・・新庄君」 医務室のドアを背景に立つのは、茶色のスーツにスカート姿の新庄だ。 「見舞いに来れば君って人は! 覗き魔じゃなく変態だったんだね?」 「誤解だ新庄君。私はこのスガタカワリンの精を体から搾り出すべく・・・」 「何だよスガタカワリンって! 君の脳内物質!?」 「まあまあ、そのぐらいにしときましょ?」 新庄の後ろ、ドアを閉めて新しい人影が入ってくる。新庄と同じ茶色のスーツ、その上に白衣を着た金髪の女性だ。 「でも佐山君だっけ、貴方良い目をしてるわね? ・・・リインの胸に目を付けるなんて」 「先生っ!」 うふふ、と黒い笑いを浮かべる女性に新庄が注意する。 「・・・誰だ貴女は。それにここは一体・・・?」 「ここは時空管理局っていう組織の医務室よ。私は医療関係の長でシャマル、こっちは補佐を兼任してくれてる、リインフォースよ」 「先生、何言ってるんだよ! それは機密事項で・・・」 「隠す必要は無い」 それをリインフォースと呼ばれた銀髪の女性が遮る。 「どのみち彼はこの時空管理局へ来る事になっていた。・・・そうだろう? 佐山・御言」 「・・・私が呼ばれたのはIAIだが?」 「そのIAIの裏の顔だ、この時空管理局・地上本部は。・・・IAIの最奥地下に隠された主要施設、IAI社員達でも知らない特殊区画だ」 「・・・本当はね、問われても答えちゃいけないんだよ?」 囁いてきた新庄に、そうか、と頷きを返し、 「――ではリインフォース君とやら、君は何故私にそんな事を話す。・・・君にその権限が?」 「権限があるのは私ではない、お前だ」 話そう、とリインフォースは続け、シャマルは可笑しそうに喉を鳴らして笑う。 「お前は見てきたな? 山中で空間の異変や人狼を。――あれらはかつて滅んだ十の異世界、その残滓だ」 ● 「・・・で? そんなトンチキ話を私に信じろと?」 リインフォースの眼前、佐山が茶色のスーツを着込みつつ言った。着替えとして渡した地上本部の制服で、手首には自弦時計も付けさせた。着替え終えた佐山の右手には耳まで赤くした新庄の後ろ姿と、 「何考えてるの佐山君、女の子三人の前で生着替えなんてっ!! ・・・眼福だわぁ」 「前後の台詞が一致していないのだが? 大体貴女が女の子という歳かね」 薄ら笑いを浮かべたシャマルを一刀両断、リインフォースに佐山が向き直り、 「で、リインフォース君。・・・嘘ならもっとマシな事を言ってみては?」 「嘘ではない。まずは結論に至る説明を聞いてくれないか」 抗議に喚くシャマルを背景にリインフォースは答える。佐山はしばし間を空け、 「いいだろう。ここで頭から否定しても仕方が無い、話してみたまえ。・・・十の異世界があって、何故それが滅びた?」 ああ、とリインフォースは頷き、 「十の異世界はこの世界を中心とし、一定周期で交差して影響を与え合っていた。しかしある時、全ての交差周期が重なる事が判明した。そうなった場合、最も強い世界だけが生き残り・・・他は全て滅びる事も」 「それはいつの事かね? まさか明日とでも?」 「予測での衝突時刻は・・・この世界で言う一九九五年とされていた」 「・・・そんな事は起きなかったが?」 「当然だ、全ての異世界はそれ以前に滅ぼされたのだから。・・・お前の祖父達によって」 何? と佐山は返し、新庄も初耳だったのか目を丸くする。 「リインさん、どういう事? 佐山君、だっけ。まさか彼、八大竜王の孫って事・・・?」 「――八大竜王?」 十の異世界を滅ぼした者達の総称だ、リインは短く答え、 「そうだ、新庄。・・・この少年の祖父の名は佐山・薫、二つの異世界を滅ぼした男だ。そして我々は世界の存亡を賭けたその争いを―――概念戦争と呼んでいる」 そこまで聞き、佐山は顎に手を当てる。ここまでの説明を吟味する様に。 認めるか? 佐山の孫・・・ リインフォースは佐山の答えを待ち、そして出された佐山の答えは、 「条件次第では信じても良い」 というものだった。その言葉にシャマルが軽く驚き、 「あら、随分早く納得するのね」 「言っただろう、条件次第で、と。・・・それに私の中には君達を肯定する記憶がある」 「・・・山中での記憶、か?」 あぁ、と佐山は頷く。 「閉じられた空間、脳裏に響いた声、有り得ない異形、炎を吹く貴金属、さっきリインフォース君が私の体から出てきた事も含めてもいい。・・・そして極めつけは新庄君の感情だ」 「ボク・・・の?」 新庄が佐山の顔を見た。佐山は深々と頷き、 「あの時、君の表情は本物だった。真性の恐怖と緊張、腹に浮いたあの冷たい汗は演技で出せるものではない。・・・そう、腹に! 露にされた君の腹に浮いた汗は! 真なる君の感情!!」 「腹腹連呼しないで! ・・・ていうか誤解されるからやめてよ!?」 新庄が佐山のネクタイを牽引、喉を封鎖して言葉を止めさせた。 随分仲が良いのだな・・・ 慌てる新庄と痙攣する佐山、それを診るシャマルを眺めながらリインフォースは思う。 「――で」 顔を青ざめつつ佐山が復帰。リインフォースに向き直り、 「確かに異常事態はあった、しかしあれらが異世界の証明とはなりえない。世界は存在するからこそ証明されるのだからね。・・・十の異世界の存在証明は出来るのかね?」 「厳密な意味では出来ない、もう滅びているのだから」 しかし、と続け、 「解るだろう? どんな現象もある一定以上はトリックと考えない方が自然となる。異世界も同じだ、ある一線を超えた時から世界は別世界となる。・・・シャマル」 「はぁい。―――クラールヴィント」 佐山の隣、シャマルが腕を伸ばした。その人差し指と薬指には金の指輪がある。 『お呼びですか、ロード』 シャマルの指輪から女性の声が響いた。 「・・・人語を解する指輪とは。呪われていたりするのかね?」 「違いますぅっ! この子は私の大事なデバイスなんだから!! ・・・クラールヴィント、この失礼な子に見せてあげて? ・・・概念という、異世界の力を」 『Tes.。――近辺の概念をトレース、合一展開します』 金の指輪が小さく光り、 ―――地に足がついている。 世界が一変した。 ● 佐山の脳裏に響くのは自分のものに似た声、山中で聞いたものと同種だ。だが今回は別の異変もある。 「――腕時計が」 先ほどスーツと共に渡された黒い腕時計、それが振動していた。文字盤に一瞬赤い字が走る。 仕掛け時計か・・・? 見れば時計はその針を止めていない。山中ではあらゆる機械がその動きを止めていたのに。 「それは自弦時計という、概念空間に入る為のストレージデバイスだ」 リインフォースが腕時計を指して言う。 「デバイスとは?」 「概念を扱う機械達の事だ。多くは自我を持たないストレージデバイスという機種で、それはその一つだ。・・・シャマルが持つクラールヴィントの様に、意思を持つものもあるが」 「概念空間に概念? ・・・何だそれは」 「――説明しよう」 リインフォースは机へ移動してモニターを操作する。映されるのは、十の球体が一つの巨大な球体を囲んで並ぶ映像だ。 「十一の世界は歯車に見立てられ、Gと呼ばれていた。それぞれ1stーG、2ndーG、3rdーGという風に呼び分けられ・・・それぞれ個性を持っていた」 十の球体に1stから10thまでの数字が割り振られる。 「各Gの常識は全く異なっていた。あるGでは文字が能力となり、別のGでは金属が命を宿した。理屈も何もない・・・“それはそういうものだから”としか良い様の無い根本原因、それを概念と呼ぶ」 そこで映像は、“概念”と書かれた一つの球体が浮かぶものに切り替わる。 「概念を含んだ区域を概念空間、入った際に聞こえる声は概念条文と呼ばれる。概念条文は含まれた概念の象徴で・・・一定以上の強さを持って初めて声に聞こえる」 球体は大きな半球型となり、載せる字も“概念空間”と“概念条文”へと変わる。 そして急接近して内部に侵入、今度は波形が表示された。 「私達は概念を、変化する一定周期の震動波・・・つまり自弦振動だと考えている」 「ならば十のGとは――各々で自弦振動の周期が異なった世界という事か」 その通り、とリインフォースは応じ、それと同時に波形が三本に増えた。 「自弦振動は三種存在する。一つは世界そのものの自弦振動で、他の二つは世界に存在する全てのものが持つ自弦振動だ。所属Gを示す母体自弦振動と、個性を示す個体自弦振動という」 「ふむ。・・・三種の自弦振動、か」 「難しい事は無い。世界の自弦振動は地方別の風土、母体自弦振動は姓、個体自弦振動は名前の様なもの、そう思えば良い」 成る程・・・ 「名前が違えば別の人、姓が違えば別の家系とされるのと同じか。ならば山中で私が閉じ込められた空間は姓、・・・母体自弦振動のズレた空間か」 「少し違う、母体自弦振動が完全にズレればその空間は掻き消える。あれは母体自弦振動を一部ズラしたものだ。そうすればズレたものは二分化する。通常空間側と異世界側の両方、同時に重なって」 「あの山中は・・・通常空間側と異世界側に二重化したのだな? 振動差で異世界側にあるものはそこから出られず、通常空間側からの影響も受けない」 要するに、と佐山は区切り、 「世界の一部を間借りして異世界を再現する、・・・それが概念空間か」 「そう。そして概念空間を出入りするには母体自弦振動を合わせる必要がある。その変調を起こすものは“門”と呼ばれ、それを発動するのがその自弦時計だ」 リインフォースの指摘に佐山は黒の腕時計を見やる。機能の割に随分小さな機械だ、と思い、 「・・・ではこの時計を持っていなかった私が概念空間に入れたのは?」 「お前の個体自弦振動を密かに読み取り、入れるよう概念空間に登録させた者がいると聞く。・・・大方、大城の孫だろう」 聞き覚えのある姓に佐山は気付くが、しかし今は最後の確認を、との判断で後回しにする。 「・・・で、ここがその概念空間という証拠は?」 「それについては自分で確認した方が早いわ」 シャマルの声に佐山がそちらを見やれば、 「――壁に、立つだと?」 シャマルはドアのある壁、そこに垂直に立っていた。佐山から見てシャマルの体は真横に見える。 「今この部屋に展開されている概念条文は“地に足が着く”。つまり足裏側が下となり、引力の方向は個人で異なるの。・・・5thーGの概念を変化複製させたものなのよ?」 「真横の顔に話されるのも妙な感覚だが・・・変化させた複製? 新しくは作れないのか」 「概念は世界の根本、洒落て言うなら神の創造物よ? 人の身で作るのは矛盾するわね。・・・研究はされたそうだけど成功例は聞かないわ。今は劣化版、せいぜい亜種を作るのが精一杯」 「・・・これで解ってくれたかな、佐山君?」 新庄は窺う様に言う。その声色に浮かぶのは、やっとかな? という期待だ。しかし佐山は、 「あと一歩、かな。もう少し現実離れして欲しいのだが」 「・・・注文の多い人だね」 新庄は溜め息をつく。その様子にシャマルは笑みつつドアまで移動し、 「だったらこんなのはどうかしら?」 シャマルはしゃがんでドアを開く。そこに見えるのは通路ではない。 「・・・何だこれは」 見えたのは巨大なフロアだった。そこには作業着姿の人間達や異形達があり、それに稼働練習なのか巨大な人型ロボットがタンゴを踊る姿もある。シャマルと同じく、壁も天井も床として。 「あっちは元々地上本部で展開されていた概念空間ね。今私達がいる概念空間は、クラールヴィントがそれを読み取って展開したものなの。・・・同種だから連結させる事も出来たって訳」 「どうだ? これで私達の話を信じてもらえただろうか」 佐山は軽く頭を抱え、 「――ああ良いだろう。認めようじゃないか、その異世界とやらを。否、こんなトチ狂った事実がこの世界の現象と言えるものか」 新庄とシャマルは、やったぁ、とハイタッチ。リインフォースは薄く笑っていた。 ● フロアの人々に挨拶して扉を閉め、佐山達は話を再開した。 「つまり概念戦争とは、概念の所持量を巡る争いだった訳か」 「そうだ。世界そのものと言える超密度の概念、それを概念核というのだが・・・それを五割以上を失うとGは滅びる。そして現在、十種の概念核は全てこの世界にある。管理局が全て持つかは別にして」 「時空管理局は、そういった時も空間も異なる異邦人達に対応、管理する為に設立した組織って事ね」 「最初は本局っていう所だけだったんだけど、概念戦争に出る為にこの地上本部が作られたんだって」 「そして佐山・薫は初期の地上本部に所属、その一員として十のGと戦い、概念核を奪い滅ぼす事で戦いを終わらせた。――この世界の勝利でな」 ふむ、と佐山は応じ、 「それについていいが・・・しかし解せない。何故今になってそれを話す? 祖父が亡くなったから、という訳ではないだろう?」 あ、と新庄は口を開ける。 「そ、そう言えば何で?」 「新庄ちゃん・・・何も知らずに説明してたの?」 だって、と涙目の新庄にシャマルは苦笑し、 「それはね? この世界、LowーGが・・・再び滅亡の危機に瀕しているからよ」 「何?」 その答えに佐山は身を乗り出す。それはどういう事だ、と。 「それに抗う為に管理局は一つの計画を起こした。全竜交渉という計画を」 「交渉・・・? 一体誰と交渉するのかね。いや、それよりも世界の滅びに抗う手段が?」 ある、とリインフォースは答え、それは、と続けようとした。その時、 「それ以上言ったら困っちゃうでなーッ!?」 突然医務室のドアが開き、一つの物体が飛び込んだ。 それは老人だった。眼鏡をかけた初老の男、それがCの字の体勢で飛来したのだ。 「・・・ッ!?」 佐山は反応、右の拳を初老の腹に叩き込む。そうすれば今度は>の字になり、ドアの向こうへ飛び戻る。 今の顔と声に覚えが・・・ しかし佐山はかぶりを振る。あんな珍動物を知る筈が無い、そう思うからだ。だが、 「・・・ふ、ふふふ。葬式以来だな、御言君。――覚えておるかな? この大城・一夫を」 吹っ飛んだ老人が戻ってきた。今度は這いつくばった姿勢で、トカゲの様に。その顔に佐山は、あぁ、と頷き、 「そう言えば私は貴方に呼ばれたのだったな、御老体。・・・どうした、そんな這いつくばって。客を呼んだのなら茶の一つも出したまえ」 「うわ久しぶりに腹が立つナイス反応じゃな!?」 見下ろす佐山に大城は立てた親指を下に突き出す。それから佐山はリインフォースに今一度問うた。 「一つ聞き忘れたのだが・・・概念空間内で破壊があった場合、どうなる?」 「ああ、概念空間には元々存在したものの自弦振動が一部使われている。一度壊れた位ならば問題無いが・・・幾度も使用すれば何らかの形で本体にも被害が及ぶだろう」 「リ、リインちゃん!? そんな不吉な事言っちゃ大城泣いちゃうでなー!?」 「大城全部長! その穢れた口でうちのリインを呼ばないで下さい!」 「何っ? わしの発言って全否定ー!?」 シャマルは大城に詰め寄り、しかしリインフォースはどちらも無視して、 「しかしこれに生物は含まれない。少量の自弦振動では生命力に乏しく、未来への可変性も無い。動くだけですぐに砕けてしまう」 「山中の概念空間に動物がいなかったのはその為か。・・・つまりここにいる御老体は生100%か、実に汚らわしい」 「あ、汚らわしいになった! 穢らわしいから汚らわしいになったよ!?」 「・・・何を言っているのかね、どちらも同じ言葉ではないか」 「何か違うのっ! こう、含まれたグレードというか意味合い的なものがー!!」 うわぁん、と大城は泣き真似。佐山達は、痛いものを見た、という顔でそれを見下す。 「あ、あの皆!」 そこに新庄の声がかかった。 「大城さんが何しに来たか聞くべきだと思うんだ! 地上本部全部長が来るからには何か訳がある筈だよ!」 「だそうだが御老体、何か弁明はあるかね?」 「いきなり問い詰め系!? ・・・だってリインちゃんに全竜交渉の事まで言われたら、わし、出番無くなっちゃう」 「よーし諸君、今からこの痛い老人を拷問にかけようと思うのだが?」 「さんせー」 「異議はない」 「し、新庄君! 今わし酷い目に遭いそうなのだが助けてくれんかね!?」 「・・・」 「そっぽを向いちゃいやぁーッ!?」 それから数刻、包帯で簀巻きにされた大城に佐山は、 「で? 止めたからにはしっかり説明して貰おうか。全竜交渉とは何だ?」 「老人虐待の若人には教えないもんっ。・・・あぁうそうそ、だからその座薬はしまってお願いだから」 ふう、と大城は溜め息を一つ。 「この世界がマイナス概念で滅びそうなのは聞いたでな? それを知った管理局は全概念核を解放、このLowーGを強化してそれに対抗する事を決定した。その為に各Gの生き残り達と交渉し、概念核の使用許可を得ねばならん」 ふむ、と応じた佐山に大城は言った。 「それが全竜交渉。・・・そして我等が八大竜王、佐山・薫はその交渉役を君に譲ると言ったのだよ」 ● 「―――これが1st-G勢力の現状となります、至様」 Sfが書類を机に置いた。至はそれに反応もせず、書類の一枚を取って紙飛行機を作る。それを飛ばせばSfの額に当たり、 「・・・何か反応したらどうだ、Sf」 「では・・・至様、その折り方では空気抵抗が増えて飛び難いかと」 「そこじゃないだろ言うべきは!? ・・・全くつまらん奴だなお前は」 「Tes.、それが至様のご要求ですので」 そう答えたSfに至は、はん、と鼻を鳴らて残った書類を見やる。 「管理局に恭順した和平派、奴等を引き込もうと交渉に来た王城派の人狼は死んだ、か。それを発見した通常課にも死者数名、Sf、お前これをどう思う?」 「後の1stーGとの全竜交渉で、交渉材料になるかと」 「彼等の犠牲は無駄にしない、と言うんだ馬鹿。・・・覚えておけ、とりあえず表向きはそう言う、と」 「Tes.、ですが意訳として解り難いかと」 解り難いからこそ良いんだよ、と至は呟き、しかし、と続ける。 「親父も大変だな、王城派みたいな雑魚に振り回されて。1stーGの概念核、その半分を持つのは奴等ではなく市街派だというのにな」 「それ故に市街派は高い戦闘力を有します。迂闊に手を出せば被害は甚大かと」 「だから佐山・御言を交渉役にする、か? あんなガキに随分入れ込むな、親父も。・・・随分甘くなった」 「かつての一夫様は今と違ったのですか?」 「ああ、昔はそれこそ俺達を死地で鼓舞したものだ。・・・今は影も形も無いが」 「・・・全竜交渉とは如何様にして行われるものなのでしょうか」 「知りたいか」 「いえ別に」 「では教えてやる」 至は再び書類を一枚取り、手元で折っていく。 「十のGはそれぞれ独自の概念で作られていた。それらを総じてプラス概念というが、・・・逆にこのLowーGは何の力も無い、むしろ害を有するマイナス概念で作られていた」 「Tes.、それ故にLowーGは最底辺の世界とされ、真っ先に見捨てられたと」 「ああ、マイナス概念などあっても仕方ないからな。十のGは己の世界が滅びるのを厭い、LowーGを戦闘の場所に選ぶ事も多かった」 「各Gの生き残り達がLowーGに向ける遺恨はそれですか? 最底辺の世界が生き残った、と」 「理由の一つに過ぎんさ。・・・だが結果的に十のGは滅び概念核はLowーGに持ち込まれ、多くは管理局によって封印された。これが解放されればLowーGの常識が崩れるからな」 言葉の合間に紙を折り、擦る音が響く。 「だが十年前、ある事件を期に概念核が活性化した。放置すればLowーGが今よりも、それこそ自壊する程マイナスへ傾く事が解ってな、最早世界が変わるのを覚悟しての事だった」 しかし、という区切りが入り、 「分割された概念核は恭順しない生き残りが持つものも多く、その使用許可を得る為の・・・交渉が必要となった」 今さら勝者気取りで好き勝手は出来んしな、と至は笑う。 「マイナス概念の活性化に対抗してですか? ぶっちゃけ真実とは思えませんが」 「その証拠はお前自身だ、Sf。お前の体を造る技術元、3rdーGの戦闘機人達が何時目覚めたのか言ってみろ」 「・・・一九九五年、十二月二十五日です」 「そして聖者誕生と浮かれる日本で、その日何が起きた?」 「Tes.―――関西大震災が」 「そうとも。大阪を中心にして関西広域に広がった大災害。あれを期に概念核が活性化、LowーGにも僅かだが概念が漏れ出し、彼女達もギリギリで動ける様になった」 「・・・」 「マイナス概念の活性化は今も進行中、臨界点は活性化より十年後と予測されている。・・・つまり」 「二〇〇五年、今年の十二月二十五日ですか」 Sfの確認にも応えず、至は折り紙と化した一枚を書類の上に置く。その形を見たSfは、 「船、ですか?」 「馬鹿め、塔だ。・・・こう見るんだよ」 そう言って至は折り紙の置き方を変えた。そうすれば、確かに突き立つ塔に見える。 「これが、全ての始まりだ」 ● 黒い風は深夜の空を流れる。 漆黒に重ねられた漆黒は見る者にそれを判別させず、文字通り疾風となってある場所に入り込む。 そこで一つの偶然があった。疾風となったそれが、その場所である少女にぶつかったのだ。 その身の体現と同じ名を持つ少女に。 「ひぇっ!? ・・・か、風か? 驚かさんといて」 八神・はやて。黒の風は尊秋多学院校舎で、彼女の髪をそよいだ。 ―CHARACTER― NEME:大城・一夫 CLASS:地上本部全部長 FEITH:史上最高の変態 戻る 目次へ 次へ
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第八章『これからの質問』 貴方はどうですか、と聞かれた 答えてあげるのは知り得る事 もしくは話したくない事以外 ● 「……弟?」 寮室に生じた予想外の答えに佐山はそれを反復した。うん、と頷く新庄・切の右手には指輪は無い。 「姉さんから聞いてない? 佐山君の腕が治るまでこっちにいろって、そう言われたんだけど…」 「――お姉さんからは、私の事をどの程度聞いているのかね?」 その答え次第で、この切なる人物にどう接するかが決まる。 「交通事故に遭いそうになった所を助けてもらって、でも代わりに利き腕を怪我したとか。自分は仕事が忙しくて何も出来ないって…」 そうか、と了承する佐山は推測を巡らせた。 ……時空管理局の事を知らないのか? 新庄は記憶を失った所を管理局に拾われたと言っていた。ならばある程度は知っているかと思っていたが、どうやら知らされていない様子だ。 「すまない、一つ確認したい事があるのだが良いだろうか?」 新庄は小首を傾げる。 「別に良いけど……何?」 「大した事ではない」 と告げて佐山は新庄の右胸に手を添えた。 「――っ!?」 肋骨と薄い胸板の感触を得た直後、新庄の拳がこちらの腹を撃ち抜いた。 「い、いきなり何するんだよ!」 「……ま、前もって言ったではないかね…」 腹を抱えて踞った佐山は、胸元を隠す新庄を見上げる。 「大体、別に良いと言ったのは君ではないかね」 「そ、それはそうだけど…、こんな事されるとは思わなかったし……」 肩をすくめる新庄を目前に佐山は立ち上がり、 「――良いかね?」 目を見据えて再び問えば、僅かにどもった肯定が返された。 「ど、どうぞ…」 頬を赤らめた新庄は胸元を晒す。その行動に佐山は頷き、確認を再開した。 「…ん」 浅く胸を掴めば新庄は小さく息を漏らす。揉む様に指を押すが、返される感触は先ほどと変わらず固い。 ……男だ…… そう思った所で、今度はしゃがみ込んで耳を当ててみる。腰を抱き込んで動きを封じ、耳を澄ませば新庄の心音が聞こえてきた。僅かに速い心音は昨夜聞いたものとは違う、浅くて固い男性のものだ。 「……君の胸はずっとこうなのかね?」 「そ、そりゃそうだよ」 見上げる新庄の顔は上気したもの。眉尻を下げた悩ましげな表情でこちらを見返し、 「も、もういいよね? あんまり長いの、やだよ……」 ふむ、と佐山は認識の再編成を行う。 ……双子、と言っていたな…… ならば酷似した外見とまるで違う心音は両立しうるだろう。男女の双子は相似性が薄れるものだが、とも思うが現状を信じるならば例外という事になる。なので、 「安心したまえ、君に異常は見られなかった」 と、声をかけて安心させてやる事にした。 「い、いや、今佐山がすっごい異常だったと思うんだけど……?」 身を離した新庄は胡乱気な目でこちらを見ている。 「それはまた、初対面だというのに随分いきなりだね」 「その台詞は鏡を見て言うべきだよ……っ!」 不満そうな新庄を、まあまあ、と宥めつつ佐山は身を回した。以前より使っていた二段ベットの上段に持ち物を投げて軽装になる。 「このまま手取り足取り君の荷下ろしを手伝いたい所だが……、生憎と私は生徒会の会議に行かねばならない」 聞かされた新庄は驚いた様な表情を作る。 「今から? 時間ももう随分遅いよ?」 「ああ全くだ、生徒会の常識知らずには私も困っているよ。良識人の私にはついていけない事ばかりでね」 ● 「と言う訳で、知ってる事を洗いざらい話してもらおうか?」 深夜の入り際とも言える午後9時、衣笠書庫に佐山の声が響いた。包帯の巻かれた左腕が机上に乗る先、向かって左から高町、ハラオウン、八神が席についており、遠くのカウンターにはグレアムがいる。 「あー、何か尋問が始まった様な気がするんやけど、私の気のせいかー?」 「奇遇だな八神、私も始まった様な気がするよ。――さあ吐け」 「やる気満々かアンタ!?」 机を叩いて八神が抗議、それを横目にした高町は口を開き、 「ねえ、はやてちゃん……図書室で騒ぐと天罰が下るって知ってる?」 注意を紡いだ直後、八神は顔を真っ青にして縮こまった。 「うんうん、天罰は怖いもんね、図書室では静かにしなきゃね?」 「…高町、君は一体何をしたのかね?」 「え、天罰は見えない所に来るものだよ? ほらよく言うじゃない、“神は見えない所で報いたもう”って」 「暗殺推奨か。神の裁きは随分近代化したものだね……」 「そうだね。で、どうしようか? 私の神様は整体師資格を持っててね、話の腰が折れると叩き直してくれるんだよ?」 満面の笑顔を浮かべる高町に佐山は恭しく頷き、 「さて、では真面目な話をしようか」 ハラオウンと八神に半目で見られつつ話を仕切り直した。 「単刀直入に言って、君達と全竜交渉の関わりはどの程度なのだ?」 問いに答えたのはハラオウンだ。 「うんとね? はやてはグレアムさんの養子で小さい頃から1stーGの事を知ってて、私は一応10thーGの出身なの。なのはは……二年前からだね」 「その時にあった騒動で10thーGと6thーGの全竜交渉は終わっててね。ちなみに私の家族は一般人で管理局とは無関係、……って感じかな」 説明を引き継いだ高町の言葉にカウンターのグレアムが声を飛ばしてきた。 「テスタロッサの姓は、やはり10thーGと6thーGを束ねる事になったようだね」 「…どういう事だ?」 改めてハラオウンの顔を見れば苦笑が返される。 「10thーGと6thーGはね、私の姉さんが滅ぼしたんだよ」 姉がいた、というのは初耳だ。そう思う佐山にハラオウンは続けて、 「話は長くなるけど、新しく来たっていう同室の人は良いの?」 「ああ、後で学校内を案内する事になっている。……新庄君の弟だが、知っているかね?」 「んー、話ぐらいは聞いた事あるかなー」 「彼は管理局の事を知らない。今は荷物の整理中だ、まだ時間はあるだろう」 それにハラオウンが頷き、丸められた大きな布を机の下から取り出した。 「じゃあ駆け足で説明しようか。――LowーGと十のGの関係について」 机上に広げられた布は教材用の大型世界地図だ。高町と八神が左右に広げれば、机上に概略化された世界が示される。 「でも実際、私も護国課の話を聞くんは久しぶりやね。…管理局はその辺の事を資料室に保管しとるけど、許可とらんと入れてくれんしなぁ……」 唇を尖らせる八神の目前にソーサーとカップが置かれた。誰か、と佐山が見れば、そこにはトレイに三つのカップを乗せたグレアムが立っている。 「カフェといきたい所だが、すぐにという訳にはいかなくてね」 苦笑する老人は佐山達の前にもソーサーとカップを置き、手近な椅子を寄せて席を囲んだ。 「1stーGを滅ぼしたと言っていたが、どの程度まで協力的なのかね?」 「思い出した事を必要最低限、後は……君達の知識の補正程度といった所かな」 「いい具合に協力的だね」 笑んで佐山はカップを口に付ける。赤みを帯びた液体が紅茶の香りと味を口内に生じさせる。そうしてソーサーに下ろした所でハラオウンが口を開いた。 「グレアムさん達から神州世界対応論を聞いたんだったよね? かつて日本は世界各国と地脈で繋がっている事を利用し、世界中の異変を引き受ける事で二次大戦後の占領を免れたって」 ハラオウンの言葉にグレアムは頷きを一つ、その事で佐山は情報の正確さを再確認する。 「――続けたまえ。知りたいのはまず十のGの内訳だ。確か君達は、各Gがこの世界の神話や伝説に影響を及ぼしたと言っていたな」 「うん。中には神話の登場人物と同名の存在も多いんだよ? 佐山君が知ってるので言えば……」 「1stーGのファブニールやね。北欧神話に登場するヴォルスンガ・サガ、“ニーベルングの災い”とも言うけど」 八神が言葉を半ばから引継ぎ、地図における日本の近畿地方に指を置いた。1stーGを滅ぼした人物の養子、かつ元概念核保存器だったデバイスの主として、1stーGには精通した所があるのだろう。 「ともあれ、それが1stーGや。概念核の行方は知っとるよな?」 「半分は氷結の杖デュランダルに収められて西支部の地下、残りは過激派の機竜、ファブニール改にあるとか」 そこで佐山は視線をハラオウン達に向け直す。 「君達は機竜とやらを見た事があるのかね?」 ファブニール型じゃないけどね、と答えたのは高町だ。 「簡単に言えば竜を模したデバイスの事だよ。体長は三十メートル以上、飛行型の物もあるらしいよ」 「概念戦争では、単体戦力としては最強の兵器だった」 続いてグレアムが補足する。 「私が殺したファブニールは出力炉を一つしか持たない旧式で、それを破壊すれば死亡した。だが改型は二つの出力炉を持っている。故に概念核がある本命の武装用出力炉を破壊しても……」 「まだ稼働するファブニール改によって潰されるやも、か?」 「機竜は武装が無くても、その巨体だけで充分戦える代物だ」 その言葉に佐山は思い起こされる記憶がある。夕べ新庄に言われた、死ぬかもしれない、という言葉だ。 ……もし全竜交渉を受ければ、そういった連中も相手にする事になる…… だが、そうだとしても今はまだ情報を求める次期だ。故に佐山は断念ではなく続行を望む。 「次を聞こう、2ndーGは?」 「2ndーGは簡単、日本だよ」 ハラオウンは日本の伊豆七島辺りを指す。 「古事記とか日本書紀とか、それらの原型になったGだよ。概念核は八又っていう炎竜で、向こうの人達は殆どがLowーGに順化してる。全竜交渉の相手としては楽だと思うよ」 「3rdーGはギリシャ神話の原型らしいよ。何でも機械を生物化する概念核らしくて……昼間のSfさん、彼女は3rdーG概念で造られてるんだって」 そう告げた高町は瀬戸内海を示している。 「概念核は二つに分かれてて、片方はテュポーンっていう武神が持ってるらしいよ」 「……武神?」 初耳の単語に佐山は問い返し、言ってなかったけ? と高町は目を丸くした。 「武神っていうのは、大きな人型機械の事だよ。3rdーGはそれと戦闘機人の世界なの。で、概念核のもう半分は行方不明。……佐山君が全竜交渉を受けたら、その捜索も課せられると思うよ」 機竜といい派手な物ばかりだな、と佐山は思う。死ぬかもしれない、という事の意味を更に理解して、 「4thーGは?」 更に質問を重ねた。今度は八神が九州辺りに腕を伸ばす。 「アフリカやね。密林の奥に潜む木蛇ムキチ……のモデルになった概念核がいて、管理局に保管されとるよ。実際は別の名前を名乗ってるそうやけどな」 八神は続けて、次は5thーGやね、と北海道を指差す。 「5thーGは米国。何でも機竜が沢山おるGで、概念核の半分はトンでもない武器になって地上本部地下にあるんやと。もう半分は行方不明やけど」 「6thーGはもうケリがついているのだったな?」 ハラオウンが、うん、と応じる。 「インドの神話の元になったGだよ。概念核はヴリトラっていう竜で、向こうはそれを使って統治されていたんだって。……管理局でインド系の人とあったら、まず6thーGの人って思って間違いないね」 そうか、と佐山はハラオウンの言葉に頷きを返し、 「では7thーGは?」 と、説明の続行を促した。だがそれに対し、高町は困惑の表情を浮かべていた。 「7thーGは中国らしいんだけど……概念核がどういうもので、どういう人達がいたのか、私達は知らないの」 「……3rdーGや5thーGもそうだが、調べる事は多そうだな」 多分それも役目の一つだよ、とハラオウンは苦笑した。続けて四国を指差し、 「8thーGはオーストラリア。概念核を持つ石蛇ワムナビっていうのが西支部に保管されてるらしいよ」 「意外と西側に保管されているものが多い様だね」 佐山は中国地方に瀬戸内海、四国に九州と順々になぞっていく。ハラオウンは、そうだね、と意見を肯定しつつグレアムを見た。 「これだけ西側に集中してるなら近くにあった方が良いだろう、っていう判断らしいけど……本当なんですか?」 「実際その通りなのだが、……後に動かし辛くなったのは事実だね。各Gの残党が他Gの概念核すらも手に入れようと画策するようになってね」 「戦争が終わっても闘争は続く、当然と言えば当然だな。……9th―Gは?」 「中東、ゾロアスター神話の原型だって言われてるよ。ザッハークっていう巨大な機竜を持っていたらしいけど戦いに敗れ、概念核は地上本部の地下に保管されている」 「最後は10thーGだな。こちらももう交渉は終わってるそうだが?」 「――そうだよ」 肯定するハラオウンに覇気はない。先ほど10thーGの出身だと自称していたし、何らかの因縁があるのやもしれない、と佐山は思う。だがハラオウンは口を閉ざさず、 「10thーGはね、1stーGと異なる北欧神話の原型になってるの。1stーGが民話や伝説の基盤なら、10thーGは神族や世界樹が登場する真性の神話だね」 成る程、と佐山は返し、十のGの情報を全て聞き終えた。そうして理解出来る事は、 「7thーGは不明だが、どのGも概念核には竜が関わっているのだね」 「そうやね。…そして武器に収められている場合も多い。二つに分かれとった場合、大体は竜と武器に分かれとるんやないかな」 八神の肯定に佐山は思う。 ……竜と、それを倒す武器の関係という事か…… 力と抑止、富と権力、敵と英雄、竜とそれを倒す武器の関係はその象徴だ。それらを総合して考えれば、全竜交渉という名前の由来も自ずと解る。 「十のGの竜を束ねる意味で、全竜か」 「全竜っちゅうと……聖書の黙示録に言う悪魔の竜とも重なるな? 全竜は普く獣の相を持つってな」 椅子を座り直して八神は溜め息、私らに求められとるのはそう言う事なんやろうな、と続ける。 「私は……全竜交渉っちゅうんは、十の竜に対し、それを倒す武器を持って相対する交渉やと思っとるよ」 そう言う事か、と頷きそうになって佐山は止まった。 ……未だ不明な点も多い、ここで認めるのは総計か…… 加えて佐山は今の説明に不審点も持っていた。高町達の説明に誤りはないが、本人達が知らない事は全く語られていない。 ……何かが決定的に足りていない…… 何だろうか、と佐山は疑問に思う。先人である彼女達が知る以上の何を自分は知っているのだろうか。 「――ふむ」 佐山は腕を組み直して世界地図を見る。と、胸元に小さな動きを感じた。 「おや」 胸ポケットに収まっていた貘が這い出してきたのだ。うわぁ、触りたそうな表情をする高町達を無視し、佐山は指先で貘の頭を撫でる。それから、大人しくしていろ、と命じ、 「…そうか」 胸の内にあった気がかりが何かを悟った。それは今朝、貘に見せられた夢の遺跡だ。 「――ハラオウン、バベルという塔を知っているか?」 問いに三人の少女は目を丸くして顔を見合わせた。 「驚いた、私達でも名前しか知らないのに。……どうしてそれを知ってるの?」 「貘の力でね、巨大な塔を夢で見せられたのだよ。あれはこの地図においてどこにある?」 だが高町達は再び顔を見合わせた。眉根を詰めたその表情から答えは推測出来る。 「君達も知らないのか?」 「うん。バベルって言うからには大阪辺りにあるんだろうけどね。……そして、バベルはこのLowーGが持つ聖書神話に関係してるって事も」 「知らぬ割に随分と言いきるのだな」 という事はつまり、 「聖書神話は他Gの影響を受けていない、LowーG原生のものという事か?」 ハラオウンは首肯する。 「お昼にあった時に見てた本、衣笠教授が書いた十一冊の神話大全を覚えてる? あれは一冊目から十冊目までがこのGの並びと対応してるんだよ。そして十一冊目が何について記しているのか、解る?」 「……聖書か」 肯定の頷きを高町は行う。 「日本は世界各地の地相を持ってる。日本に立ってたバベルが中東に影響したのか、それとも逆なのかは解らないけど……でもそれがあるのは事実だよ」 「本当にバベルの詳細は解らないのか?」 「調べようとすんと完全に情報が断たれてまうんよ。あれじゃ逆に、存在してます、って言うとるようなもんや」 私達のGの事を何で隠すんやろな、と首を傾げる八神に佐山は苦笑、そして思う事は、 ……彼女達も自分達の状況を謎に思い、二年間の幾らかを調査に使ってきたのだな…… 理解出来た彼女達の行動に納得を得る。 「だから管理局の用語には聖書関係の言葉が含まれているのか。了解の際に使っているTes.――契約の意、聖書の事だ」 「そう言う事やな。聖書のLowーGに神話の原型となった十のG、合計十一のGがあった訳や。んで、グレアムおじさんを初めとする護国課ががそれ等を滅ぼしていった」 「……だがLowーGとは言ったものだな。どうしてそこまで卑下に入ったのか」 問われたグレアムは笑みつつ頷く。 「各Gの呼び名は、それぞれの世界の自弦振動から番号を振ったものだったよ。対して我々も名前を考え、本局上層部は正義の為にLawーGと名付けようとした。が」 「が?」 「件のテンキョー教授がその綴りを間違えて発表した。以来、LowーGだよ」 「それは笑うネタかね」 佐山は溜め息をつき、改めて空気を吸ってからごちる。 「――ともあれ、私の祖父はこれらのGの何れかを滅ぼしたのだな」 と言った所で胸に軋みが生じた。我知らずと表情を歪め、身が丸くなる。 「佐山君? まさかまた……っ」 異変に気付いたのか八神が腰を上げる。続いて高町やハラオウンも身を乗り出してきた。その時、 「あの、佐山君…いる?」 衣笠書庫の入り口からやや高めの声が届いた。 「――新庄、君」 やや俯いた顔を上げて佐山は書庫の出入り口を、そこに立つ新庄・切を見た。こちらに気付いた彼の両目は弓なりとなり、 「お仕事、終わった?」 問いを伴う微笑みとなった。それに答えようとし、佐山は一つの事実に気付く。 ……狭心症が収まっている? 何故かは解らない。新庄の存在が契機となった事以外は。 「――どうした事だろうね」 周囲に聞き取れない声量で佐山は呟いて席を立った。机を挟んで立つ三人を見れば八神が笑んで、 「行っといで。初めての同居人、大事にせなあかんよ」 佐山は頷き、新庄が待つ方へと歩んでいった。 ● 開かれた窓より差し込んだ月光が灯りのない美術室を照らしている。そしてブレンヒルトは月明かりに伸びた自身の影を見るともなしに見ていた。 「……随分と時間が経ったみたいね」 彼女が肘をつく机上には段ボール箱があり、その中では一羽の小鳥が眠っていた。健やかな様子にブレンヒルトは笑み、それを崩さぬまま足を振って黒猫を蹴りつけた。 「あ痛っ!? 何……折角寝てたのに」 抗議と共に黒猫は跳躍、最小限の足音で机に飛び上がってきた。だがブレンヒルトが見るのは段ボールの内側、小皿に乗った餌と水を確認してから立ち上がり、 「――行きましょうか、市街派の本拠地へ」 「え、小鳥は良いの?」 「眠ってる。だから今の内にね」 そう告げるブレンヒルトは襟首を開き、首に巻かれたチョーカーを撫でた。 「レークイヴェムゼンゼ、装束と箒をお願い」 『畏まりました』 チョーカーの三日月型の飾りが応え、生じた菫色の光がブレンヒルトを包んだ。光の殻に包れる中で制服が霧散、新たな衣服が構築されて幼い四肢を包んだ。やがて光の砕け、 「久しぶりに見るね、魔女の黒装束」 衣服を換装したブレンヒルトに黒猫の声がかかった。レークイヴェムゼンゼによって構築された衣服、黒い三角帽とワンピースが小柄な身を覆っている。 「デバイスによる衣服の強化再構築、管理局ではバリアジャケットとか言うらしいね」 「どうでも良い事よ、これの呼び方なんてね」 レークイヴェムゼンゼが独りでに解け、広げたブレンヒルトの右手に乗った。直後にリボンが一メートル半はある棒に変化、先端の三日月型の飾りからはブラシが伸び、さながら箒型となる。 「レークイヴェムゼンゼ・ベッセンフォルム。――これで一気に行くわよ」 ブレンヒルトはレークヴェムゼンゼを掴み、空いた左腕を横に振った。と、床に菫色の光による円陣が発生、その内側には膨大な数の1stーG文字が記されている。 『飛行兼加速魔法陣、展開を完了しました』 「上出来よ」 頷いたブレンヒルトは円陣へと歩を進める。すると右手にあったレークヴェムゼンゼの重量が消失、むしろ浮遊する様な感覚が得られた。それからブレンヒルトは振り返って、 「……何してんのアンタ、とっとと行くわよ」 机上で渋る様に身じろぎする黒猫を見た。 「ねぇ、行かなきゃ駄目? あっちってファーフナーいるからあんまり行きたくない」 「昔なじみなんでしょ? 何でそんな嫌うのよ」 「だってアイツ馬鹿なんだもん。声デカイしさぁ……」 黒猫の愚痴にブレンヒルトの眉尻が上がる。左腕を伸ばして黒猫を鷲掴み、 「じゃあ行くのが楽しみになるように特等席にいさせてあげる」 レークイヴェムゼンゼの先端部に抱きつかせた。 「あ、あのーブレンヒルトさん? ここって一番風圧のかかる場所じゃないかなーとか思うんだけど?」 「うふふ、だから特等席だって言ったでしょう?」 「特等席の意味違うよ!? 楽しみとは真逆にある特等席だよ!!?」 悶える黒猫を先端ごと握り込み、ブレンヒルトはレークイヴェムゼンゼのブラシ部に足をかけた。 「行きなさい」 『Pferde』 ブレンヒルトの命にレークイヴェムゼンゼは力を発揮する。ブラシ部に螺旋形の光が生じた直後、 「――!」 床の魔法陣が一瞬光を強め、レークイヴェムゼンゼは搭乗者達と共に夜空へと飛び出した。瞬く間に夜空に浮上、ブレンヒルトは満月に魔女としてのシルエットを作った。 ―CHARACTER― NEME:八神はやて CLASS:生徒会会長 FEITH:1stーGに通ずる少女 戻る 目次へ 次へ
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第四章『君の印象』 初めて出会う君に思いを得る 合ったり合わなかったりする事を ● 夜が訪れると学校はその性質を変える。勉学と交遊を楽しむ施設から、闇に沈む先行き不明の迷宮へと。 「忘れ物で夜の校舎に潜入なんて・・・私は小学生かっちゅうねん」 はやては尊秋多学院の校舎を歩いていた。手に持つペンライトが暗い廊下を僅かに照らす。 こんな時に限って、なのはちゃんもフェイトちゃんもお仕事で留守やし・・・ 頼りにならない親友をはやては思う。こんな夜更けまで帰らないとはよぽど長引いているのか、という心配と共に。 不意に見た窓には夜空がある。だが窓にはもう一つ映るものがあった。額に絆創膏を貼ったはやての姿だ。 「・・・佐山君、次会ったら覚えときや・・・っ」 乙女を傷物にした罰は受けてもらう、とはやては思う。佐山のデコピンは痕を残し、額に絆創膏を貼る羽目になったからだ。いかなる刑に処すべきか、と廊下を進み、気付けば目的地に辿り着ついていた。 「美術室。・・・多分ここやと思うんやけど」 はやては眼前の扉を睨むが、いつまで経ってもドアノブに手をかけなかった。 「べ、別にこわいとちゃうねんで? この中に何かいるんかなとかなんて・・・」 行き先不明の弁明を呟けば首筋を何かが撫でた。 「ひぇっ!? ・・・か、風か? 驚かさんといて」 振り返れば確かに窓が半開きになっており、まるで急かされた様だ、とはやては思う。 だ、だって・・・何か出たら怖いやん・・・っ! うぅ、と涙目にはやては唸る。誰か代わってくれー、と思いながら。しかし誰かがいる訳もなく、 「えぇい、女は度胸! ――かかって来いやーっ!!」 すんません! 何かおってもかかって来んでくださーいっ!! 二つの意思を持ちながら、はやては美術室の扉を思いっきり開いた。 その眼前に室内が晒される。暗がりは月明かりに照らされ、キャンバスや机、汚れた戸棚がその陰影を僅かに浮かばせていた。再び吹いた風が大窓のカーテンをはためかす。 「・・・さっさと見つけて、こんなトコおさらばやっ」 はやては身を低くして探索を開始、ペンライトと月明かりを頼りに模索すれば、 「おー、あったあった。・・・“おしおき天使ソドムちゃん”、早いとこ衣笠書庫に返さんとなー」 そう言ってはやては立ち上がり、そこで一つのものを見た。 「―――森?」 それはキャンバスに描かれた風景だった。匂いと一見した材質から油絵である事が解る。 「美術部の誰かが描いたんかな? でもこれは・・・」 その絵からはやては、誰かの回想を覗いているような感覚を得た。 まるでアルバムを・・・そう、古い写真を見てる様な・・・ 何だろうか、その思いにはやては手を伸ばす。そして表面に触れるかというその時、 「・・・・っ!?」 突然音が響いた。はやては身を竦ませ、 「あいたっ!」 尻餅をついた。あぅ、と尻をさすりながらはやては周囲を見渡す。原因は背後の椅子にいた。 「――黒猫?」 闇と同色の小動物、光る両目をこちらに向けるのは確かに猫だ。一体どこから、はやては呟こうとした。だが意志に反して喉は声を紡がない。 引きつっとる? 気付けば目尻に涙もある。あ、こらあかんわ、とはやてが思った時には意図せず息が漏れ、 「・・・大丈夫ですか?」 「うぉっひゃうっ!?」 新たに響いた声で完全に涙をこぼした。 ● 「落ち着きましたか? 生徒会長」 はやては紫の瞳を見た。灰色の髪を左右で結んだ少女、その身は小柄なはやてよりも更に小さいもので、 「どっちかっちゅうと幼児体型・・・」 「ふふふ、生徒会長? 私の話を聞いてましたか?」 少女が笑みを送ってきた。ただしその目は笑み以外の感情を宿していたが。 「あ、あぁ、すまんかったな・・・ブレンヒルトさん」 欧州系の容姿をしたその少女が誰なのか、はやては知っている。 ブレンヒルト・シルト。私と同学級で、次の美術部部長さん・・・ フェイトと同じ外国人の生徒、という事で割と印象にあった。まともに話すのは今回が初めてだったが。 「こんな夜更けまで見回りですか?」 「あー、いや、ちょっと忘れ物をな。・・・ブレンヒルトさんは何で残っとるん?」 「私は・・・絵を描いていたものですから」 絵? とはやてが問えば、はい、とブレンヒルトは答える。 「作業に集中し過ぎて気がつけばこんな時間です。・・・この部屋、防音も良いですから」 「ひょっとしてこれか? ブレンヒルトさんが描いとるのって」 はやては視線を逸らす。さっきまで見ていた森の描かれたキャンバスへと。 「ええ。――黒い程に暗く、奥底知れぬ・・・しかし豊かな森です」 そこではやては、ブレンヒルトの答えが微かに揺れを含んだ事に気付く。 何かに動じたんか・・・? しかし初対面の相手が何に対して動じたのか、など解る筈もなく、はやては感想を続ける事にした。 「・・・随分描き込んどるなぁ」 「何度か書き直してますから」 「絵っちゅうのはいっぺん塗ったら終わりとちゃうんか?」 「そういう手法もある、ということです。何をどう描くのか・・・それによって変わりますから」 そーゆーもんか、とはやては頷き、改めてブレンヒルトの絵を見入る。 深い黒と緑で彩られた森。キャンバスの形が窓の様に思え、はやてはいつの間にか顔を近づけていた。 「余り近付くと塗料がつきますよ?」 ブレンヒルトの忠告にはやてはあわてて身を離す。そこで一つの不可解な部分を見た。 「・・・なぁ、なんで一カ所だけ色塗っとらんの?」 はやては絵の一角を指差す。そこには塗料が無く、キャンバスの生地が剥き出していた。よく見てみれば、下書きなのか木炭で何かが薄く描かれている。 「小屋と・・・何人かの人か?」 「――ええ」 問うはやてにブレンヒルトは、 「森が森たる由縁はそこに人がいるからです。人がいるからこそ木々は群ではなく数えられる。森とはこの・・・この国で最初に覚えた字ですが、良い表現だと思います」 「じゃあここにいる人達は?」 「森には隠者が、世界を憂う賢人が住むものです。そしてその傍らには弟子や庇護を求めた者が寄り添い・・・周囲と隔絶された日々を送る」 成る程なぁ、とはやては絵を見たまま頷く。 「・・・設定マニアなんやね」 「今何か言いましたか?」 はやては、いえ何も、と即答。そのままブレンヒルトを見れば向こうもこちらを見ていた。 「な、何か?」 冷や汗を流すはやてにブレンヒルトは、いえ、と前置きし、 「・・・その額のものは?」 はやての絆創膏を指差して言った。 「ああ、これか? いやちょっと生徒会仲間にな」 「上役に手を上げるとは問題児ですね。・・・後で姉伝来の粛正作法を教えしましょう。どんな馬鹿も呼び声一つで参上する忠犬になりますよ?」 「それ別の何かを粛正しとるよ絶対」 どーして私の周囲はこんなんばっかなんやー、とはやては胸の内で溜め息。 「悪い子とちゃうんよ? ・・・あの子が本気になったら、こんなんじゃ済まんし」 「そんなに凶暴な生徒がこの学校に?」 凶暴とはちゃうよ、とはやては苦笑する。 「中二ん時に学生空手の無差別級で、決勝に進出すんも拳砕いて敗退。その後祖父からあらゆる知識を叩き込まれ、現在この学校じゃあ文武共に成績トップ。問題があるとすりゃぁ・・・」 ブレンヒルトから視線を外し、 「その能力と姿勢の偏りを知っとるせいで本気になれん事。・・・それは凶暴っちゅうより、行き場の無い力の塊やよ」 そしてはやては見た。小屋の側に描かれた人々の下書き、その内の一つが掻き消されていたのだ。 男の人、か? 微かに残る輪郭からはやては推測する。何故消したのか、はやてはブレンヒルトに問おうと振り向いた。その時、 「・・・誰かいるのか?」 ● 低い男性の声が美術室の向こう、廊下から聞こえてくる。 この声は・・・ はやてはその声に聞き覚えがあった。故に確認を飛ばす。 「グレアムおじさん、か?」 「おや、はやてか」 声に親しみが含まれて扉が開いた。そうして入ってくるのは、色褪せた銀の髪と髭を持つ英国風の老人だ。片手には光を放つ懐中電灯を持っている。 「こんな時間までどうしたんだい? いつもなら寮に戻っている時間だろう」 「う、やぁ、まあそうなんやけど・・・。おじさんこそ何しとるん?」 「私は見回りだよ。ずっと衣笠書庫にいるからね、教員の都合が悪い時は代行する事もある」 「・・・お人好しやなぁ」 と言うはやての笑みにグレアムも微笑むが、 「ところでその額は?」 「みんなこれの事言うな? いやちょっと生徒会仲間に」 「ふむ、それは良くないな。・・・よし、名前を教えなさい、はやて。私が制裁を下しに行こう」 「け、怪我させたらあかんよ!?」 「何、問題はない。我が祖国秘伝の奥義にかかれば、傷一つなく自らが穢れた魔女だと告白する」 「やーめーてーやー!!」 ほんともーなんで私の周りはこんなんばっかなんやろー・・・ おじさんは基本的に優しいのになー、とはやては思う。 そこでふとブレンヒルトが自分達を見ている事に気付いた。何か信じられぬものを見るような目で。 「どうかしたんか? ブレンヒルトさん」 「・・・生徒会長、グレアム司書と親しいんですか?」 固い声でブレンヒルトが問うてくる。何だろうか、とはやては思う。 「うん。グレアムおじさんはな、身寄りの無うなった私を引き取ってくれた養父なんよ。んで今は寮暮らしで別れとるけど・・・そうなる前までは一緒に暮らしてたんよ」 一緒に住んでたのは私だけやあらへんけどな、とはやては補足する。 「――そう、ですか」 それを聞いたブレンヒルトが俯いた。身を小さく震わせながら。 なんやろ・・・? 泣きそう、そう表現出来る姿だ。一体何が彼女をそうさせるのか、はやては疑問に思う。 「ブレンヒルトさん?」 「・・・帰ってくれませんか?」 ブレンヒルトが口を開いた。 「私、まだ絵を描いてる途中で・・・そろそろ再開したいんです」 何でや・・・? さっきまで一緒にいたのに、そんな思いがはやての中にある。それが何故突然突き放されたのか、と。 「―――帰って下さい」 ブレンヒルトはこちらを見ずに言う。何も聞きたくない、それを示す様に。 「帰ろう、はやて」 グレアムがこちらを見る。でも、とはやては言いかけるが、それが意味をなさない事は解っている。だからはやてはブレンヒルトを見て、 「じゃぁ帰るけど。―――また、話そうな?」 そう言い残し、グレアムと共に美術室を後にした。 ● はやてとグレアムの出て行った扉をブレンヒルトは見つめていた。 「・・・ブレンヒルト、大丈夫?」 凝視を続けるブレンヒルトに声がかけられる。だが周囲には声をかける様な誰かはいない。そこで椅子に座るブレンヒルトの膝に黒猫が乗った。そして黒猫の口が開き、 「ねぇ」 ブレンヒルトにかけられる声の主は黒猫だった。黒猫は心配そうにブレンヒルトを見上げる。 「・・・ねぇ、ねぇねぇ。ねぇってばっ! おーい、セメント娘ーッ!!」 「うっさいわね、握りつぶすわよ」 喚く黒猫の胴をブレンヒルトが鷲掴みにした。 「あーっ! ちょ、だめっ! 握力がっ! あ、ああ、肋骨揉んじゃやぁっ!?」 黒猫は手足と尾を振り回して抗議、ブレンヒルトは床に叩き付ける事でそれを許諾する。 「・・・ねぇ、最近LowーGの悪い癖が染み付いてない?」 「やかましい、使い魔の口は無駄口の為にあるんじゃないわよ」 とっとと見た事を話しなさい、とブレンヒルトは五体倒置の黒猫に言いつける。 「――1stーGの魔女に協力する、使い魔としての本分を果たしなさい」 ブレンヒルトの言葉に黒猫は、へぇい、と起き上がる。 「和平派は王城派の使いを追い返したよ。んでその使い、ガレ・・・何とかは管理局に追い詰められて自害した」 「人狼を? 確かにあの種は変身すると頭悪くなるけどその分強くなるわ。よくそこまで追い詰めたわね」 「追走部隊は全滅させたんだけど、その後概念空間に閉じ込められてちゃったの。・・・時空管理局の特課にね」 そう、とブレンヒルトは頷く。それから再び黒猫に視線を向け、 「ラルゴ翁は? 私達は今後どうするって言ってたの?」 「市街派はどちらとも連絡をとらない、だって。最近アッパー入ってるファーフナーの馬鹿が言ってた。それから、近い内に王城派が何かするだろう、って」 「王城派が? 和平派から抜けた理想だけの連中に何が出来るっていうのよ」 それなんだけどね、と黒猫は前置きを一つ。 「全竜交渉って覚えてる? 前にラルゴ翁が言ってた奴」 「あの胡散臭い情報屋から得たっていう話? 確か、マイナス概念の活性化に全概念核の解放で対抗しようとしてて、その使用権を得る為の交渉でしょ」 「そ、でね? それ用に編成されつつある部隊が動いたみたい。管理局特課の中でも少数精鋭で編成された全竜交渉部隊。・・・王城派の使いを追い詰めたのもそいつ等っぽいよ」 「で?」 「解んないかな、そんな連中なら上層部だって絡んでる。王城派は管理局じゃなくて全竜交渉部隊を狙ってんの。地上本部全部長の大城・一夫あたりでも捕まえれば何か交渉出来んじゃないか、って」 「ふぅん」 ブレンヒルトは腕を組んで熟考の構えをとる。そんなブレンヒルトから黒猫は目を逸らさない。 「・・・何よ?」 「――ねぇ、本当に大丈夫?」 何がよ、とブレンヒルトは睨むが黒猫は動じない。 「さっきの会話。――ギル・グレアムには、養女がいるって」 この猫・・・ 心配された、という事実に思うのは、僅かな嬉しさと強い反発だ。 「どうって事無いわよ。・・・それよりも、自分の知らない事を語るのは猫の感傷?」 真面目な話、と黒猫は断りを入れる。 「ブレンヒルトはある意味、1stーG崩壊において最も原因に近い場所にいたんでしょ? そんな身の上が、そろそろ戦いも終わるかっていうこの時に・・・」 黒猫は身を伏せ、 「1stーGを滅ぼしたあの人の監視、なんてさ。あんまり、精神衛生に良くないよ」 ブレンヒルトと黒猫の視線が交差する。 しばしそれが続き、先に外したのはブレンヒルトの方だった。苦笑を浮かべて黒猫を撫でる。 「そんなに私、ピリピリしてる?」 「・・・不機嫌は今に始まった事じゃないけどねー。ちゃんとカルシウム採ってる? 牛乳とかさ」 「嫌いなのよ、牛乳」 「だからいつまで経っても体が成長しないンっはぁン!? あ、ちょい待っ! お尻は最後の貞操ー!!」 あぁー、と悲鳴を上げる黒猫を無視してブレンヒルトは立ち上がる。窓辺に立てば見えるのは月明かりに照らされたグラウンド、そして二つの人影だ。 「ギル・グレアムと八神・はやて・・・」 互いに手を振った後、はやては学生寮へ、グレアムは衣笠書庫へと向かって行く。 「――あの男は、六十年前の亡霊が戻って来てるって知ったらどうするのかしらね」 そして目線が追うのは、学生寮へ歩くはやての姿だ。 「・・・貴女は、彼にとっての何なの?」 ● 佐山は新庄と共に、正門を目指してIAIの敷地を歩いていた。新庄は包帯の巻かれた佐山の腕を見て、 「良かったね、腕の傷が大体塞がって」 「激しく動かせばまた開く、と言っていたがね。・・・リインフォース君の能力、ユニゾン、か」 佐山は全竜交渉の説明を受けた後の事を思い出す。 「他者と合一して能力の強化や付加を行う力、か。姿が変わったのは相性の問題だと言っていたが」 「リインフォースさんはそれを治療に用いる事で、シャマル先生の補佐をしてるんだよ」 ほう、と佐山は頷き、新庄はその顔は窺う様に見上げた。 「ごめんね? 検証だからって上着とか持ち物とか、全部取り上げちゃって」 「スーツは使い物にならなくなっていたし、持ち物もほぼ同様だ。・・・それに御老体からはこの自弦時計も貰えたのだから問題はない」 「あれは貰えたって言わないよ! 強奪したっていうんだよっ!」 「おや新庄君、勘違いはいけないね? 珍獣と人間をひとまとめにするとは。・・・獣に人権は無いよ?」 新庄が半目を向けてくる。何か変な事を言っただろうか、と佐山は過去の言動を思い返すが心当たりはない。だが思い出す事はあった。 「御老体は言っていたな。・・・山中で私達を襲った相手は、1stーGだったと」 新庄は頷きを持って返す。その無言に、まだ思いがあるのだな、と佐山は判断するが指摘はしない。 「もし私が祖父から権利を受け継いだとしたら、彼等との交渉になるのかね」 「Tes.、だね。でも聞いた話じゃあの人狼は王城派らしいし、交渉で当たるのは市街派の方かなぁ」 そこで佐山は聞き慣れない単語を耳にした。 「Tes.、とは? 確か聖書における契約の意味だった筈だが」 佐山の質問に新庄は、あ、と口を開け、 「ごねん、説明忘れてたね。Tes.、っていうのは管理局特有の符号みたいなものだよ。了解とか相づちに使うの」 「成る程。・・・あぁ、話を中断させてしまったね。で、市街派とは?」 「1stーGの過激派の一つだよ。概念核の半分を収めた機竜を持ってるんだ。・・・機竜っていうのは竜を模した機械兵器の事だよ」 「そんな漫画兵器まであるのかね・・・。しかし半分か、もう半分は管理局が持っているのかね?」 「1stーGの八大竜王が持ち帰ったデバイスの中に収められてて、今はIAI本社地下にある地上本部西支部に格納されてるんだって。近々、こっちの方に輸送されるらしいけど」 と、そこで佐山は足裏に妙な感触を得た。柔軟な感触、まるで肉塊を踏んだ様な感覚だ。 何だ? と足を退けて見下ろせば、そこには小動物がいた。丸い体に猪の様な頭をした、手の平程の大きさだ。それは医務室で大城から預けられ、ずっと肩に乗っていた筈の存在だった。 「貘・・・とやらか。いつの間にか肩から転がり落ちたと見える」 「ちょっと佐山君! その子は一応稀少動物なんだから、もっと大事にしてよ?」 ああ、と佐山はしゃがんで貘を確保、頭の上に乗せてやれば蹄のある四肢で頭髪にしがみついてくる。 「全竜交渉の助けになる、って言ってたね。夢という形で過去を見せるとか何とか・・・」 「どのような過去を見せるというのか。・・・ろくな過去は無いだろうに」 そこでふと新庄が俯いているのを見た。何だろうか、と歩きつつ眺めれば向こうがそれに気付き、 「あ、御免ね? ボクは佐山君の事何も知らないな、って思って。・・・十年前の事とか」 「そう言えば話していなかったか。父はIAIの救助隊として関西へ赴き――」 佐山は続けようとした。しかし、言わなくていいよ、と新庄がそれを止める。 「狭心症があるんでしょ? ・・・あんまり言わない方がいい」 「別に私は構わないが」 「じゃあ構ってよ。家族の事とか自分の事とか・・・そんな他人みたいに言わないで」 「――何故君は、そんなに気にするのかね?」 佐山は新庄に問う。どうして他人の考え方を気にするのか、と。それに対して新庄は、 「・・・ボクね? 六歳より前の記憶が無いんだよ」 新庄は告白する。 「親とか自分の事も解んなくて・・・残ってたのは名前と、清しこの夜っていう歌。後はこの指輪だけ」 そう言って新庄は右手を上げて見せる。その中指にあるのは男物の指輪だ。 「君のと似てるよね。・・・何か知らないかな?」 「残念だが心当たりはないな。今のご時世、ファッションで指輪をする者も多い。・・・しかし、それを探ってどうする? 親の事など知っても面白い事は何もないよ」 「そ、それは知ってる事が当然の人だから言えるんだよ」 何も知らないボクには、と新庄は続け、しかしそこで口を閉ざす。そして次に出るのは、 「・・・ごめん」 という謝罪の呟きだ。 「何故謝るのかね」 「だって、こんなの押し付けだもん。・・・佐山君にとっては」 つい先ほど会ったばかりの人間が親や考え方を改めさせようとした、そう言いたいのだろうか。 君は正しいのに、何故自分が間違っているような顔をするのか・・・ 佐山は思い、そして口を開く。普段なら、解ってもらえて有り難い、という筈の場面だが、 「――そんな事はない」 紡がれたのはその一語だった。それを聞いた新庄は微笑み、 「ありがとう」 新庄の返事に佐山は頷く。そして気付けば正門に辿り着いていた。開いた門からは道路と森林が見える。 「ともあれ私が今考えるべきは―――全竜交渉を受けるかどうか、だね」 「でも全竜交渉はただの交渉じゃないよ? 引き受ければ相手と戦う事だってある。・・・あの人狼みたいな、必死な人達と」 必死、それについて佐山が思う事は一つだ。 彼に対して私は、必死だっただろうか・・・? 答えは否だ。そうなる前に決着は奪われ、またその時佐山は思ったからだ。自分は間違っている、と。 「大城さんが言うには、あの人狼は1stーG居留地に行ってらしいよ。ボク達が動き出した事に気付いて、和平派を引き込もうとしたみたい」 「わざわざ敵地の中央まで来て、か。・・・何が人を危険な道を行かせるのか」 「それは・・・」 「言葉では表せない何か、かな? 御老体は明日に皇居で概念戦争の始まりを見せ、明後日には事前交渉として1stーGの和平派代表と会わせると言っていたが」 それだけならば受ける気はなかった。しかし山中で見た過激派には興味を得た。 本気の者同士が必死を持ってぶつかる場所、か・・・ 「力を用いれば遺恨が生じる。しかしそうでなければ納得出来ない者達もいる。――矛盾を抱えた交渉だね」 だから私が選ばれたのか、と佐山が呟けば、新庄がこちらを覗き込んできた。 「何で、だから、なの? 何を持って佐山君が選ばれたの?」 「祖父が常々言っていた事さ、佐山の姓は悪役を任ずる、と。・・・つまり汚れ役が必要なのさ、そういう馬鹿な連中を叩き潰す為の」 自分はそれを望まれている、と思い、果たせるだろうか、とも思う。熟考していると、向こうから車のライトが近付いてきた。それを見た新庄が、 「うぁ、窓まで黒い高級車だ!? ・・・凄い待遇だけど、家族の人?」 「祖父の形見の様なものだ、自らの力で得たものではないよ。・・・君には」 いないのか、そう続けようとして佐山は言いよどむ。それに新庄は僅かに逡巡した後、 「大丈夫、ボクにも・・・弟がいるよ。双子のが」 そうか、と佐山は頷き、そして車が側まで来たのを見て、潮時か、と判断する。 「見送ってくれてありがとう、新庄・・・」 名前まで呼ぼうとして、姓しか知らない事を思い出した。密度のある一時を過ごした割に薄い付き合いだ、と思い、 「運。――新庄・運だよ。」 助け舟を出す様に、新庄は己の名前を苦笑と共に明かす。佐山は、そうか、と笑みを返し、 「・・・では、また明日、かね? 新庄・運君」 「うん。・・・また、明日」 新庄の応えが別れの合図となった。 ―CHARACTER― NEME:ブレンヒルト・シルト CLASS:美術部次期部長 FEITH:1stーGの魔女 戻る 目次へ 次へ
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第九章『意思の証』 そうありたい、と私は望む そうしたい、と私は望む そうする、のはその為の手段という事で ● 夜間の山中に菫色の光が生じた。閃光は闇に沈んだブレンヒルトを、そして片手に握られたインテリジェントデバイス、光の発生源たるレークイヴェムゼンゼを照らし出す。 「ご苦労様」 『いえ、また御用の際はお申し付けを』 レークイヴェムゼンゼは返答、待機形態であるチョーカーへと変貌した。それが首に巻き付いた後、ブレンヒルトはこの闇夜において唯一の照明、天上の月を仰ぎ見る。 ……私達のGには、無かったもの…… その中で最も頻繁に見るものだ。毎晩の月を見る度に、ここが自分の世界ではないと思い知る。 「どうかしたの? ブレンヒルト」 見上げていると黒猫の声がした。こちらを窺うような声に、何でもないわ、とブレンヒルトは返そうとして、 「……あんた、どこにいるのよ?」 見つけられなかった。全身を黒の毛で覆う獣は闇夜に紛れており、杳としてその位置を見出せない。 「え? ここだよ、ここ」 「ここじゃあ解んないわよ。私はアンタと違って夜目が効かないんだから」 「人間って不便だねぇ」 漠然とした納得を黒猫は呟く。どこにいるか解らない相手との会話に、ブレンヒルトは妙な居心地の悪さを味わう。と、唐突に黒猫がはっと声をあげた。 「という事はつまり、今ならブレンヒルトに何をしても報復されないってこと!? うわっ、日頃の鬱憤を晴らす良いチャンスじゃん!?」 意気揚々とした声と跳躍音が何度も聞こえる。こちらへ飛びかかる準備をしているようだ。 「……ふぅん。貴方、そう言う事言うんだ?」 「ふふふ、今さら後悔しても無駄無駄! 今という機会を逃す手は無し、覚悟するがいい!!」 演技がかった物言いにブレンヒルトは失笑。 「――ねえ、人間って順応する生き物だって知ってる?」 「へ? あーうん、忘れたりとか現状に馴染んだりとか、そう言う感じ?」 「そうそう。……でね、人の目も猫程じゃないけど闇に慣れるものなのよ? 相応の時間があれば、それなりに見えるようになるの」 静寂。 ブレンヒルトも黒猫も押し黙り、風にそよぐ草木の音がやけに大きく感じる。 「……えーとつまりそれは、ブレンヒルトさんはもう慣れておいでで?」 「いいえ、残念ながら。でも……そうね、ちょっとずつ見える様になってきたわね」 再び静寂。幾許かの間が過ぎ、 「で? 私に何をするんだっけ?」 「御免なさい申し訳ありません二度と言いませんていうか今言った事は取り消させて下さいお願いします!!」 よろしい、とブレンヒルトは頷く。と、そんな問答を行っている内に目が闇に慣れていた。微弱な月明かりを捉え、ブレンヒルトの双眸は周囲の環境を見取る。 「何時見ても人がいないわね」 「廃村、ってやつでしょ? ま、こんな山間部じゃ住み難いよ」 ブレンヒルト達の周りにあったものは、無数の家屋だった。長期に渡って放置されたのだろう、どの家屋も泥や埃にまみれ、細部には風化も見られる。 「このGの中で滅べるなんて、贅沢の極みね」 「どうせここに住んでた人等は他のGが滅びた事なんて……ううん、ある事だって知らないよ、きっと」 知ってたら少しは反省したかもね、と続ける黒猫にブレンヒルトは、 「でもどうして管理局は、概念戦争を人々に知らせなかったのかしらね?」 「英雄気取りたかったんでしょ? 世界を混乱させるよりも自分達だけで密かにケリをつけよう、ってさ。1stーGの王様とは反対だね?」 「ええ、王は1stーGを絶対に護ろうとしていたわ。防衛用に機竜を配置して、概念核も二分して。……そこをグレアムに付け入られたのだけれど」 語るブレンヒルトは黒猫と共に廃村を歩き始めた。 「あの男によって王城は破壊され、指揮系統は麻痺。レオーネ先生はファブニールと同化し、概念核の半分を出力炉に収めて護ろうとしたけど、グレアムに奪われたデュランダルで……」 一息つく。それから自嘲するような表情で、 「レオーネ先生のファブニールが、ラルゴ翁のと同じ改型だったら話は違ったかもね」 「……改型は何が違うの?」 「改型はね、稼働用と武装用に出力炉を二つ積んでるの。レオーネ先生の旧型は一つしかなかったから、それをデュランダルで貫かれた時、死ぬしかなかった」 「それを教訓にして追加した、って事?」 ええ、とブレンヒルトは答える。 「改型は武装用出力炉に残り半分の概念核を封じているの。もしそれが破壊されても、残った稼働用出力炉で敵を潰せる」 そう答えて、ブレンヒルトと黒猫は開けた場所に出た。家屋の群を抜けた先にあるそれは校庭、暗がりで見辛いが、ブレンヒルトの行く先には体育館があり、奥には校舎もある。 「もうちょっと近寄りなさい。でないと、レークイヴェムゼンゼの効果範囲に入らないでしょう?」 「あ、うん」 体育館の正面玄関に近付いた所で立ち止まり、ブレンヒルトは黒猫を呼び寄せた。足下に来た所で踏み潰し、完全に密着した所で指先をチョーカーにあてる。 「お願い」 『畏まりました。“門”を、開きます』 そう答えてレークイヴェムゼンゼは三日月型の飾りを光らせる。直後、 ―――文字には力を与える能がある。 それは1stーG概念より成る概念空間の展開。自らの声に似たそれが響き、体育館は要塞に変貌した。 諸処に見られる窓は板で塞がれ、かと思えばあちらこちらに大きな鉄の扉が増設されている。共通するのは一様に記された、“頑丈”や“鋼鉄”という1stーGの文字だ。 「久しぶりに来るけど……見つかったりしてない?」 正面扉の前に立つ大型人種の門番と会話、問題ないよ、という返答を得てブレンヒルトは頷く。ブレンヒルトは扉に手を伸ばした。だが手を添えた所でそれは停止、扉の向こうに騒音を聞きつけたからだ。 「……ファーフナーだ」 「元気ね。和平派飛び出して転がり込んできた時は死にそうだったのに」 聞きつけたのは黒猫も同じだったようで、心底と嫌そうな顔をする。ブレンヒルトはその様子を見て、 「――彼と一緒に、貴方もここにきたのよね」 からかうような口調に黒猫が、やめてよ、と答えた。 「利害が一致しただけだよ。和平派から市街派に移りたい、っていうね」 「通常空間でも行動出来る貴方がついてなかったら、多分途中でのたれ死んでたでしょうね、彼」 全くだよ、と頬を膨らませる黒猫にブレンヒルトは笑み、扉に触れる手へ力を込めた。軋むような音を立てて扉は開き、体育館の内部をブレンヒルトに晒す。 直後、強い語気からなる宣言が響いた。 「――俺達に必要なものとは何か!?」 ● 体育館の中に数限りない異形達が、1stーGを故郷とする市街派の者達が犇めいていた。 一見すると何の区別も無く見えるが、実は市街派の方針をめぐって論争する、急進派と穏健派の二種である事をファーフナーは知っている。 「俺達に必要なのは失われた故郷を取り戻す事だろう!?」 急進派の最前線に立ち、ファーフナーは猛烈な語気を穏健派に叩き付けた。 「デュランダルを取り戻して概念核を我等の物とする。それを解放してマイナス概念に対抗した後この世界を1stーGと化せばいい!!」 対して穏健派の若者が、違う、と声を大にして応じた。 「我々に必要なのはLowーGでの権利だろう? デュランダルを取り戻した後は、それを持って和平派と合流すべきだ! その後は概念解放を管理しつつ、我々に有利となる交渉を行う!」 若者は続ける。 「我々は戦うために集まった訳じゃない。目的は飽くまで、デュランダルの奪還とLowーGでの権利を得る事だ。ファーフナー、お前の主張は単なる逆侵略だぞ!!」 「逆侵略? 違うな失地回復といえ」 若者の主張に頷いた穏健派の面々、しかしファーフナーは反論した。 「俺達の祖先が護り続けた大地を滅ぼされたのだぞ? その代わりを求めて戦うのは当然の事だ」 「LowーGがそれを認める筈が無い!」 だからこそ戦うのだ、とファーフナーは論じる。そして、それが解らないのだろうか、とも思う。 「このLowーGでは概念戦争など無かった事になっている。全ての情報は秘匿され報復活動や情報公開は全て管理局に潰される。……ならば俺達はこのGの何処にいるのだ?」 言ってファーフナーは足下を指した。 「今俺達がいるのはこのGの影の部分だぞ!? 管理局の居留地にいた時もそうだ。押し込められた狭い土地は空も川も閉じられ、森は外界との交流を断つ為の壁となっていた!!」 「だからこそ我々はこのGで自由となる権利を得るのだろう?」 「自由? 閉ざされた世界で縮こまる事がか? ……俺や一部の種族は生きていくのに1stーGの概念が必要だ。お前らの言う自由とは俺達も含んでいるのか?」 「それは……」 「解るまいな。お前はLowーGにおける人間に近い種族だ。一日の半分を水に触れていれば一般社会に紛れられる、木霊よ。――お前には俺達の痛みが解るまいよ。常に前線で戦う苦痛もな」 若者は何か言おうとした。しかしそれは言葉を為さずに喉で消え、代わってファーフナーが弁舌する。 「俺達全員がお前達の様にこのGで生活出来る訳ではない。俺達にとっての自由とは……この世界を1stーGと同様にする事でしか有り得ない!! 箱庭の優遇がお前達の言う本当の権利か!?」 その言葉に若者は歯を噛んで俯き、そこで彼の肩に手が添えられた。若者の背後、穏健派の一群から進み出た老人だ。 「良い演説だな、ファーフナー。だがお前は一つ忘れている」 何をだ、と問い返したファーフナーに老人は頷く。 「1stーGが滅びた時、お前は生まれていなかった。滅びたのはお前の世界ではない、我々の世界だ。お前は……」 「ならば俺がLowーGの人間だとでも言うつもりか?」 老人の言葉をファーフナーは遮った。 「LowーGの人間は翼を持つのか?」 ファーフナーは背の両翼を思う。 「LowーGの人間は鱗を持つのか?」 ファーフナーは巨躯を包む鱗を思う。 「LowーGの人間は角が長いのか?」 ファーフナーは側頭から伸びた角を思う。 「俺の姿を見ろ。この姿をした生き物がLowーGに存在するのか? 否! 俺は1stーGにしか存在しない半竜という種族だ!!」 人型の竜、それがファーフナーの容貌だった。 「だが俺は何も知らない。数多くの祖先を、王のいた国を、限りある大地を、月の無い夜空を、自由に生きられる天地を。……そして! 敗北の日も護るべきものも知らない!!」 故に、 「――だから俺は誇りとは何なのかを知らない!!」 思いを吐露し、抜け切った息を補給。 「だが老人共よお前達はそれを知っている。だから狭い所に押し込められてもそれに頼れる。……しかし俺達には何もない。なのに俺達はどうしようもなく1stーGの者であり、そうでありたいと思っている」 背後に立つ急進派の同意をファーフナーは感じる。 「どうすれば良い? ……どうすればそれだけの誇りが持てる!?」 老人が、そして穏健派が沈黙する。 論争転じての静寂、そこでファーフナーは自分達を迂回する人影を見た。黒猫を連れた魔女装束の少女だ。 「奥に行くのか? ラルゴ様は眠っておられるぞ」 ファーフナーの向けた声に少女は足を止めた。急進派も穏健派も注目する中で少女は振り向き、怜悧な双眸でこちらを見据える。 「……貴方の声で起きてるでしょうよ、きっと」 「は、そうであれば良いが! ……それよりも首尾はどうなのだ? ナイン」 呼びかけたその名に、少女の双眸が細められた。放たれる眼光は怒りさえ含んでいる。 「その名で呼んでいいのはラルゴ翁だけよ。翁の権利を侵害する気?」 「これは失礼した、ブレンヒルト。お前はその名を取り戻す為に戦ってると思っていたのだが」 ファーフナーは言い改め、しかし言葉を止めない。 「グレアムとやらの監視に赴き、隙あらば暗殺する、という話だったのでは? それがもう三年目になるのに来るのは定時連絡だけ。……まさか言い包められたか? 何しろお前はそのグレアムと幼い頃……」 「止めろ!!」 叫んだのはブレンヒルトではなく、足下の黒猫だった。怒気に毛を逆立て、 「ブレンヒルトはちゃんと仕事をしてる! アンタ達が話し合ってる間も、王城派の戦闘や管理局の動向を見てたんだ!! アンタ達が今も話し合ってる情報もそうして集まったものだろ!?」 断言、だがそれを終えたところで黒猫は笑みを交えた。 「頑張れって言いたいなら、もっと素直になったらどう?」 対するファーフナーもまた小さく笑み、 「最近はそれを言うと鬱になる事が多くてな。遠回りで失敬した」 ファーフナーは黒猫と笑みの口調を交わして見合う。それから視線をブレンヒルトに移し、 「早く行け長寿の娘よ。後で俺も話を聞きに行く」 そう言うとブレンヒルトは顔を背けて歩き出した。遅れて黒猫も追随し、見えなくなった所でファーフナーは穏健派を見やった。 そして議論の場を締めくくる為、最早穏健派ではなく、館内全体に声を響かせる。 「――俺が望むのは1stーGが未だ共にあるという事実だ! この世を1stーGとせずにすむ方法があるならば言ってみるがいい!!」 ● ファーフナーの声を背にブレンヒルトは地下へと続く階段を下りていった。館内奥を丸々使った大型リフト、今は隔壁を閉じた縦穴に沿って伸びる通用口だ。 「…………」 “灯火”と記された釣り鐘の照る階段は傾斜が深く、ブレンヒルトは壁に手を当てて下りていく。冷ややかで固い感触を手に、やがてブレンヒルトは階段の終着点に辿り着いた。 そこは縦穴の底辺部、大型リフトの定着も相まって広大な空間となっている。 「……ラルゴ翁」 リフトの上には巨大な鉄塊があった。否、長胴に頭部と尾を備え、四肢の先に爪を備えたそれは竜の模倣。機竜と呼ばれる兵器が、ファブニール改と称される市街派の最強武器がそこにある。 そして市街派を率いる長の意思もまた、そこにあった。 「ブレンヒルト・シルト、ここに戻りました」 『ああ、お帰り』 現れたのは一人の老人だった。禿頭の長い白ひげ、褐色の肌をしたその人物が竜の背に立っている。しかしよく見れば老人の姿が半透明で、声が老人からではなく足下の機竜より響いている事が解った。 『どうだったかい?』 「私の使い魔が詳細を」 促されたブレンヒルトは黒猫を見やる。応じて黒猫は前に出て、 「王城派は三日後に降伏するって。これで自分達の活動を終えるって、使いが伝えてきた」 そこで溜め息。 「だからファーフナー達アッパー入ってんだよねぇ。ラルゴ翁、シメちゃってよ」 「こらっ、何言ってるのよっ」 ブレンヒルトが黒猫を踏みしめ、それを見るラルゴと呼ばれた老人は苦笑した。 『まあ報告は後で聞こう。他に、何か情報は?』 問うラルゴにブレンヒルトは、ええ、と首肯した。 「管理局は全竜交渉の専用部隊を、編成中で実戦投入しています。それから明日、和平派のファーゾルトと交渉役が暫定交渉をするそうです」 『……成る程、それでファーフナーは躍起になっているのか。彼はファーゾルトの息子だからねぇ』 「父親を負け犬と呼ぶ彼ですからね。さっきも上で、稚拙な論を重ねて正義としているようで」 『稚拙なのはしょうがない。行動に理由が必要な大人を、子供が説得しようとしているんだ』 だがね、とラルゴは言葉を挟む。 『適当な理由で動く事に慣れた大人じゃあ、子供が本当に稚拙な正義を唱えた時、最後には折れるんだよ。論じゃなくて、もっと厄介なものにね』 ラルゴは腕を組み、天井の隔壁を見上げる。その向こうにいるであろうファーフナーを見るように。 『ファーゾルトの息子は、まっすぐに育ったものだねぇ』 「本人は相当苦労してたけどね。あの1stーG居留地で」 かつてその居留地にいた黒猫は、僅かに遠い目をして答える。 「あの人は上手くやってると思うよ。概念の管理を管理局に一任して、狭い居留地の安全確保を願う。皆はその程度かって言うけど……概念を管理された居留地じゃ、住人全員が人質みたいなもんだよ」 「概念空間を解除されたら、大半は半月と持たないでしょうね」 『ファーゾルト達が生活出来ているのは、彼等の持ってきた持ち物や技術という交渉材料と、後は……それこそ管理局の温情というものだろうねぇ』 「……その言葉、皆に言ってはいけませんよ」 眼を細めたブレンヒルトにラルゴは、解っておるよ、と返す。 『ワシは皆を連れてここに辿り着き、持ってきた概念核の片割で概念空間を造った。元指導者のはしくれとして、現保護者として、皆を率いる必要がある』 面倒な事だがね、とラルゴは溜め息。それからブレンヒルトを見やって、 『交換しないかね? ワシのファブニール改とお前さんのレークイヴェムゼンゼを。ワシは冥界の住人と茶ぁ飲んでる方が気楽で良い』 「無理ですよ、機竜は同化したらそのままでしょう? それにLowーGは冥界の概念が弱過ぎて、レークイヴェムゼンゼを使っても住人とは僅かな間しか話せません」 『……もし彼等としっかり言葉が交わせれば、皆の遺恨も幾らかは減るだろうに』 ラルゴは浅く眼を伏せた。 『世界の崩壊を恐れねば、我々ももっと多くを救えたかもしれぬ。――君の鳥も、惜しい事をした』 「あれは……見捨てた彼が悪いのです」 『見捨てたのは彼かもしれん。だが、救えなかったのはワシ等だよ』 そこでラルゴは眼を開けた。それから暗闇の一角に向けて一つの名を呼ぶ。 『ファーフナー』 その名にブレンヒルトと黒猫は振り返り、そこで闇に佇む半竜の姿を見た。 「……何時から!?」 険を含んだブレンヒルトの問いに、ついさっきだ、とファーフナーは返答。 「そう構えるな。俺の属性は闇、闇渡りの半竜だぞ? それが闇ならば心の届く範囲においてどこでも移動出来る」 「それで盗み聞きって訳? 趣味悪」 黒猫の言葉を、言ってろ、と鼻で笑い、ファーフナーはラルゴを見る。 「話し合いが終わりました。俺達の意見が通った上で、ラルゴ様に判断を委ねるという形で」 ファーフナーの報告に、うーむ、とラルゴは唸り、 『明日のファーゾルトの動き次第で結論、という事でどうかね? ブレンヒルトの話では……明日、事前交渉があるのだろう?』 「ええ、和平派の情報なので確かでしょう」 ブレンヒルトの答えにラルゴは頷き、だがファーフナーは不満げな表情を作った。 「……ラルゴ様、何故いつも結論を先延ばしにされる? 俺達は貴方の下に集い、引っ張られてここまで来たんですよ?」 『いや、そんな自主性の無い事を言われてもなぁ』 「責任者の勤めでしょう」 『あー、それはそうなんじゃが……すまんなぁ』 その答えにファーフナーは項垂れた。全身で脱力を表し、金のたてがみを生やした頭を掻く。 「友であられたレオーネ様、それにミゼット様をグレアムとやらに殺され、王を護る事が出来なかった。……その恨みはラルゴ翁のどこにあるのですか?」 『あるのは確かだろうが何処かまでは解らんぞ? お前さんとしては、ワシの武装用出力炉にあって欲しいんだろうが』 ラルゴは頷き、今度は揺るぎなくファーフナーを見据えた。 『失われたのはワシの友だけではない。故にワシは私意で動かん事にしとる。動くのは機が満ちた時だけさ。そして今、機は満ちつつあるよ』 続けてラルゴは問う。 『その時お前さんは、何の為に戦うよ? ファーフナー』 対するファーフナーもまたラルゴを見定め、返答を放つ。 「――我等が持っている筈のものを取り戻す為に」 その答えにラルゴは、ふむ、と応じ、 『ならば絶対に、その言葉は覚えておこうかね』 ● ファーフナーも交えた報告を終え、ブレンヒルトは体育館の外に出ていた。といっても、一人で出てきた訳ではない。 「ラルゴ翁、外に出るのは久しぶりですか?」 問いが向くのは背後に立つ巨影、ファブニール改だ。体育館裏手の壁を改造した隔壁より前半身を出し、白と緑に塗装された機竜が夜空を眺めている。 『最近は会議ばかりでねぇ。ワシ無しだと概念空間が数時間で消えてしまうから、段々厳しくなっているんだよ』 今もお前さんの見送りと言って出てきてな、とラルゴは付け加えた。そこに笑みが含まれていた事に安堵し、 「ブレンヒルト」 そこで名を呼ばれる。呼び声の主は黒猫、ブレンヒルトが見ると黒い影がこちらに向かって飛来していた。それに対してブレンヒルトは、 「えい」 落下軌道上に手刀を伸ばした。ブレンヒルトの予想は的中、五指の先に黒猫の小さな身体が突き刺さる。一撃を受けた黒猫は、げふ、と気まずい呻きを漏らし、それから妙に晴れやかな笑顔で落下した。 「……何でさ」 「不意打ちなんて良い度胸じゃない。私でも夜目に慣れるって言ったでしょう? それとも猫の脳みそじゃ覚えてられなかったのかしら?」 「ブレンヒルトの下に合流しようとしただけでしょ!? 何、ブレンヒルトとの絆ってそんなに薄弱!?」 倒れた黒猫が喚くがブレンヒルトは無視、ファブニール改の頭部を見上げた。そこに一切の変化は見られない。しかし、ブレンヒルトは確かな気配の変化を感じたからだ。 「……本意じゃありませんからね、こういうやり取り」 『いやいや、昔よりずっと良く見えるよ? 元気そうで何よりだ』 答えるラルゴの声は笑みを多分に含んだもの。やっぱり、とブレンヒルトは溜め息をつき、 「真面目になれる時間が少ないだけです。ラルゴ翁はその逆なのでは?」 『そうさねぇ』 答えは曖昧な返事。だがラルゴはファブニール改の頭部を動かし、こちらを見た。 『――ブレンヒルト。君はこれから“行く”のかな? それとも……“帰る”のかな?』 「――――――――――」 思わず、息を飲んだ。 「ラルゴ翁……、貴方は、私が1stーGを忘れたと?」 『そうは言っていないよ。ただ君は、今の市街派の状況をよく思っていないようだからねぇ』 「……長寿族の性です。ああいう論争を嫌うのは」 だろうねぇ、とラルゴは一言。 『誰か、君と同じ長寿の誰かが、ずっと共にいるのが一番良いんだろうがねぇ。君から見れば誰も彼もが、私ですらも生き急いでいるようにしか見えないだろう』 「……年寄り臭いよ、ラルゴ翁」 「こらっ!」 仰向けでファブニール改を見ていた黒猫が一言、ブレンヒルトは注意の踏みつけを放った。 『は、そうなんだろうねぇ。――皆も気付いておるだろうが、ワシももう長くは持たん。機械としての寿命ではなく、ワシ自身の寿命が尽きようとしておる』 「………1stーGの機竜が持つ、欠点ですか」 『否、欠陥と言って良いだろうねぇ』 ラルゴは自身に架せられた致死の宿命を語る。 『かつて5thーGの機竜を元にどうにか建造したこの機竜。搭乗者は同化して操る訳だが……この時の拒絶反応が強過ぎる。それこそ、大半の者がそこで死んでしまう程に』 ブレンヒルトは思う。幼い頃にグレアムと出会ったあの機竜の暴走を。 『よしんばそれを抜けても、もう二度と降りる事は出来ない。そして……いつかは有機体である搭乗者と無機体である機竜の誤差が大きくなり、自壊する』 「……………っ」 語られるブレンヒルトは沈黙。そこまで言って、ラルゴも会話を仕切り直した。 『…そろそろ戻らなくて良いのかい? 来た時は何やら急いでいたようだが』 「そ、そうだよ!」 反応したのは黒猫だった。 「ほら、小鳥! ブレンヒルト、胸薄いからって忘れちゃあたたたたた待った待った踏み込んだら中身が!?」 ブレンヒルトは黒猫を再度踏みにじり、しているとラルゴから疑問の声があがった。 『小鳥?』 「……ええ、落ちていた小鳥を、性懲りも無く」 答えたブレンヒルトにラルゴは、ほほう、と喜色を交えた。 『……それで良いのだろうよ、ブレンヒルト。いや、ナインと呼ぼうかね』 「その呼び名は、とうに捨てました」 『だが、ワシにとってはそれがお前さんの名だ。かつてミゼットに拾われ、レオーネの研究所に住み着いた少女よ。あの頃は、グレアムも含めた四人で……』 「お止めください」 言い続けようとしたラルゴを、しかしブレンヒルトは遮った。 「――お互いに知る人の名を告げるのは、独り言よりも酷いものですよ」 ● ファブニール改の視覚素子が、夜空に飛び立ったブレンヒルト達を捉えていた。 『……さて』 少女達が無事に帰ったのを確認し、ラルゴは視覚素子を別の場所に集中させる。向けられた先は周囲に広がる森林、その一角だ。 『次は貴様等と話すとしようかね。やや不本意ではあるが』 ラルゴはファブニール改の音量を上げ、林間にも声を届ける。と、木々の闇から三つの人影が進み出た。 先頭は褐色の肌をした巨躯の初老。ターバンと眼帯で頭部を飾る中東風の男だ。続くのは青年と少女、闇にも映える緑と金の長髪をした二人組。青年は白のスーツ、少女は黒い修道服を着ている。 『また前触れも無く現れたものだね。…情報屋を気取る、聖王教会よ』 ラルゴは憎々しく呟き、だが三人組が近付いてきた所で一つの旋律を聞いた。それは金髪の少女が囁く一つの歌だ。 Silent night Holy night/静かな夜よ 清し夜よ All s asleep, one sole light,/全てが澄み 安らかなる中 Just the faithful and holy pair,/誠実なる二人の聖者が Lovely boy-child with curly hair,/巻き髪を頂く美しき男の子を見守る Sleep in heavenly peace/眠り給う ゆめ安く Sleep in heavenly peace/眠り給う ゆめ安く――― ラルゴはそれの歌を知っている。 『昔、一人になるとブレンヒルトがよく口ずさんでいた歌だね。LowーGの歌で、確か題名は……』 「清しこの夜、だよ。その子の歌も良かったんだろうけど……姉の歌声も中々だろう?」 言いかけた言葉は青年に奪われる。端整な顔に薄い笑みを浮かべた男は、口を挟んじゃいけません、という少女に注意された。その様子を見てからラルゴは初老を見据え、 『その二人は何者だ、ハジよ。何故連れてきた?』 「わしの養子みたいなものだよ、ラルゴ。男の方がヴェロッサ、女の方がカリムだ。どうだい、見目麗しいだろう? だが気をつけたまえ、これでも一騎当千の魔人だ」 二人にもそろそろ仕事を覚えてもらおうと思ってね、とハジは二人の若者を紹介、言い終えると共に二人は会釈する。その様子に、うんうん、とハジは頷き、 「今夜も一つ、貴殿等の為に情報を持ってきたぞ」 『恩着せがましいな。そしてまた言うのか? 自分達の下に入れ、と』 「下、とは心外だ。うん、本当に心外だ。対等の仲間として、全竜交渉を停めようと言うのだ。我等の目的は同じ筈だが、違うかね? どうだろうかね、ん?」 確かに、とも思うがラルゴは同意しない。 『前にも言った通りだ。我々は、自分の問題は自分で解決する。素性も知れぬ者と共闘する気はないね』 「同意してくれるならば、素性も目的も話すのだがね」 『それを信じられるかどうかは、その嘘くさい笑みに訊いてみるんだね。……駄目なもんは駄目さ』 にべもない否定、それを受けてハジは口元を手で覆う。そして、 「――成る程」 呟きが終えると同時、ファブニール改に搭載された機銃が銃弾を吐いた。連発される弾丸は地に穴を空け、背後の樹木を幾らか砕き、濃厚な粉塵を噴かせる。 ……恐ろしい話だね…… ハジがいい終えた瞬間、笑みも絶えた。その時感じた気配がラルゴに威嚇射撃を決行させた。といっても、当たっても構わない相手だったので幾らかは当たったかもしれないが。そうして粉塵が晴れ、 『……何?』 そこで見えたものは、ハジの前に立つカリムと名乗る少女だった。彼女は剣型のデバイスを構えており、刀身は歪んで薄く煙を昇らせ、そして足下には細々とした鉄塊が散っている。 ……まさか、弾丸を迎撃したのか!? 刀身の歪みや煙はその代償か。だとすれば、あの少女はどれ程の反射速度を持つというのだろう。威嚇射撃とはいえ、当たろうとしていた弾丸全てを防ぐ等、 ……それこそ、予言じみているねぇ…… 『成る程、一騎当千か』 ハジの紹介は間違っていなかったという事か、とラルゴはごちる。 「もう……義父さん、あんまり挑発しないで下さい! 防ぎ切れなかったらどうするんですか!?」 「はっはっは、わしは娘の腕を疑ったりはしないという事だよ。それとも自信が無かったのかね? ん?」 「じ、自信の有る無しじゃなくてぇ……っ!」 一息の後に憤慨するカリム、それを笑っていなすハジはファブニール改を見やり、 「まあいいだろう、今日は特別サービスだ。本題の前に我々の目的を教えようじゃないか、うん」 『全竜交渉の阻止。その為の、各G残党を集めた反乱軍の組織化か? 見た所ハジ、お前は9th―Gの者だろう? 後ろの二人はLowーGの者に見えるが……』 ラルゴの推測、しかしハジは、いやいやいやいや、と両手を上げて首を振る。 「惜しいが……違う、違うんだな。我々の目的は――全G概念の消滅だ」 『……何!?』 ハジの告白にラルゴは驚愕を得た。 「ラルゴ、我ら聖王教会は、現状我々が保つ以上の概念を消滅させる事を望んでいるのさ」 『何故だ!? それは自身の故郷をも捨てるという事だぞ!』 あるのさ、とハジは答える。 「そうする理由も意味も価値も、我々は持っているという事さ。うん、持っているんだ」 ハジは独白するように解答。言い終えて熱が引いたのか、語気の調子を整え、 「明日の朝、西の管理局からデュランダルが奥多摩の管理局に輸送される。輸送機が通過するのは、丁度この辺りだろうな」 『……何故それを教える? 我々は1stーGの概念を取り戻すが、貴様等の様に消滅を望まぬ。我々は敵になるぞ』 「解っている、うん、解っているとも。だからこれはサービス、精一杯のサ―――ヴィスだ」 忍び笑いする様にハジは言う。 「今の所は貴殿等がどうあろうとも構わない。構うのは、管理局に概念がある事だけだからね。もし貴殿等がデュランダルを取り戻したならば、その時に交渉しようじゃないか。うん」 『何を、交渉すると?』 「LowーGを視野に入れず、まずは真実を伝えて要求するよ。このLowーGを本当に本当のものとする為に」 『……本当に本当のもの?』 そうとも、と言ってハジは腕を掲げ、指を鳴らした。それが撤退の合図だったのか、カリムはハジの背後に戻り、またハジ達も出てきた林間の闇に戻っていく。 「お別れだラルゴ。次に会う時は……うん。お互いの立ち場は変わっているだろうね」 『待て、答えろハジ! それはどういう意味だ!?』 制止を呼びかけるラルゴ、しかしその頃には、ハジ達は林間の闇に沈んでいた。ただ、声だけが返される。 「簡単な事だよ。私達の全てを受け継ぐべき者に、真の意味で、全てを受け継がせよういうだけだ!!」 ―CHARACTER― NEME:ラルゴ・キール CLASS:市街派の長 FEITH:機竜を駆る者 戻る 目次へ 次へ
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第二章『二人の出会い』 出会って嘆いてぶつかる叫び 泣いて悔やんで拒絶が響き なら何故二人は出会うのか ● ―――貴金属は力を得る。 自らの声に似たそれが響き、佐山は一つの変化を知覚した。 停まった・・・? 具体的に何が変わった訳ではない。自分が立つ道路も、暗くなりつつある空も、眼下に広がる木々の斜面やその最底辺を流れる川も、何一つ変わってはいない。 しかし気配というものが無くなっていた。 木の上に住む野鳥、草むらに潜む虫、そよぐ風と揺れる木々。山中とはそういった目視出来ぬもの達の気配に溢れる場所だ。だがそれらは今、全てが失われていた。 「一体何が・・・」 佐山は呟きながら辺りを見回し、そして気付いた。背後から近付くそれに。 「車!?」 背後から一台の車が走り込んでくる。 違和感のあまり、道路の中央で棒立ちを・・・! 車はこちらへと高速で接近、避ける間もなく佐山に迫り、 「すり抜け、た?」 迫った車は自分と重なり、しかし佐山の身を跳ね飛ばす事も無く突っ切った。 そして佐山は見た。自分を透過したその車が、青みのある薄い影となって走り去るのを。 どういう事だ・・・ 佐山は車の走り込んで来た方を向く。そして目前にあるものは、 「――壁、か?」 一定以上先の風景を僅かに霞ませ、それより先に佐山を進ませない何かだ。まるでこちら側とあちら側の空間がズレた様だ、と思い、 「まさか・・・さっきの車は私が見えなかったのか?」 それならば説明がつく。向こう側の車がこちら側の佐山に干渉出来なかった様に、向こう側からはこちらが見えなかったのではないか、と。 「――どういう事だ」 解りはしない、謎ばかりでヒントすらもない。立ち尽くして思考に沈み、そしてふと佐山は音を聞いた。 物音でもなく自然の出す音でもない。それは声だった。ただし、本能のままに捻り出された声、それは悲鳴と呼ばれる。 「―――――」 耳は響く悲鳴を聞き、佐山は変化を得る。全身に力が込められ、そして過去を思い返すという変化だ。 かつて、母に連れられてこの辺りまで来た記憶。山中に連れられ、大事な人に会おうと言われ、 「しかしその約束は果たされず・・・か」 胸は軋むが、呼吸と意思を持ってそれを抑える。 「――よし」 悲鳴は山彦の様な音で佐山に届いた。つまり悲鳴の主がいるのは、 この斜面の下だ! 佐山はネクタイを緩め、スーツの上着を脱いでシャツを露にする。両方が果たされた時にはもう足が道路脇のガードレールに駆け寄り、そして飛び越えた。草のたわむ音と共に着地、即座に疾走する。 腰と共に重心を下げ、滑る様にして斜面を下る。夕闇も近い。日没ともなればさぞや暗いだろう。 急げ、その一念が佐山を駆けさせる。 そうして風を切り、木々の間を抜ければ見えてくるものが三つある。 一つは石や岩に囲まれた川。道路から見えたものだ。 もう一つは人間だった。それも仰け反った姿勢で宙を飛んだ、手に白い杖の様な物を持つ少女。 いかん! 少女の体が落下を始めた。地面は石と岩に埋められた川沿い、背から落ちればただでは済まない。佐山は上着を捨てて跳躍、慣性を持って少女へ近付き、 「・・・っ!」 抱えた。弧を描いて落下し、が、という硬い音と、じゃ、という湿った音を鳴らして佐山は着地する。少女を抱えた事で勢いが弱まったのも功を成した。 「――しかし世界とは不思議なものだ」 少女の危機回避に成功した所で佐山はそれを見た。この川に辿り着いた時に見えた、最後の一つを。 やれやだ、と佐山は思う。今日一日で随分な体験をしたものだ、と。 訳の解らない空間に閉じ込められ、悲鳴を聞いて山中を下り、少女を助け・・・ そして極めつけは、 「人狼、とでも言うのかね? ・・・まさか伝説上の異形に会えるとは思わなかった」 この少女を宙に送った相手なのだろう、佐山は人型の獣と対峙していた。 ● 佐山の視線の先、それは確かにいた。 鈍色の剛毛、強靭な巨躯、指先には長い爪、そして頭部は狼のものだ。その右足には裂傷がある。深くは無いが血が流れ、それが今の自分達を襲わない理由、そして血走った目でこちらを睨む理由だろう。 敵意、否、殺意は万端という事か・・・ 少女の落下は避ける事が出来たが、根本的な危機はまだ免れていない様だ。 「・・・え?」 そこまで考え、佐山は腕の中の少女が声を漏らすのを聞いた。 「――無事かね」 「き、君は・・・」 目を丸くして少女は佐山を見て、ふいに自分の姿を見た。佐山に抱きかかえられたその体は、 「・・・きゃぁ!?」 服が引き裂け、右脇から左腰までが露出していた。 しかし奇怪な服だ・・・ それは装甲服なのだろうか。白地に黒で彩られた装甲がボディスーツに付け足された様なデザインだ。そして何よりも、 あの異形の爪に引き裂かれた様だが・・・何故体に傷がついていない? 破れたボディスーツの下、色白の腹部には傷一つついていない。緊張故か汗に濡れ、小さく上下している。 「な、何見てるんだよ!」 紅潮した少女の拳が佐山の腹に突き刺さった。両腕は少女を抱えていたので対応出来ず、打撃はクリーンヒット。 「―――」 佐山は悲鳴すらなく倒れた。少女もそれに巻き込まれ、わ、と声を出して川沿いに落ちる。 い、いかん。今は先に確認しておくべき事があった! 内臓に響く痛みを堪えて佐山は上体を起こし、同じく身を起こす少女を見た。 「あの異形を退ける方法は?」 「え? あ、ていうか、君は何? 覗き魔?」 「覗き魔ではないし哲学的な問答をここでする気もない。問いは一つ、答えも一つだ。――あの敵を倒す方法は?」 少女は息を飲み、しかし人狼が動き始めたのを見て口を開いた。 「貴金属。――それに関するものじゃないと効果的な力を得られないんだ」 信じよう、と思う。今この状況が解り、協力してくれるのは彼女だけだ。 「――君の名は?」 「・・・新庄」 「そうか。では新庄君は下がっていたまえ。彼の相手は私がする」 その理由は、彼女が戦えるのか、という疑問故だ。彼女が宙を舞いながらも放さなかった白い杖、それこそが人狼の足に裂傷を与えた武器だろう。それを持ちながら人狼に勝る事が出来なかったのは、 彼女の意思、か・・・ 佐山に抱えられて初めて見せた、涙の薄く滲んだ新庄の瞳を佐山は思う。 彼女は甘い人間だ、攻撃力にはなれない・・・ だから佐山は走った。 「ちょ、ちょっと待って! ボクの仲間が来るのを待ってよ!」 そんな間は無い! 彼女の仲間がどのようなものかは知らないが、不確定要素に警戒した人狼の攻撃よりも先に現れるとは思えない。そして構えて攻められた時、不利なのはこちらだ。 人狼の巨躯に佐山は迫る。 ● 転ぶ事無く佐山は石の上を疾走、左手でシャツの胸ポケットから二本と形容出来る小物を引き出した。 「スイス製のボールペン。・・・先端は銀、貴金属だ」 二本のボールペンを指に挟み、 「――これで痛い目を見せよう」 投じた。 2メートルもない至近距離での速度は高速、残像を引いて人狼に迫る。 しかし人狼は反応、右手でボールペンを鷲掴みにした。瞬間、ボールペンを内包する右手が青白い炎を吹き出した。 「――が」 人狼の雄叫びは怒りによって上げられたもの。すぐさま右腕を振ってボールペンを払い捨てる。そして佐山はそれによって空いた右脇へと飛び込む。 だがそこで佐山は衝撃を受けた。何が、と確認すれば、 「・・・尾か!」 人狼の腰下から伸びる長い尾、人間では有り得ない第三の攻撃手段が佐山を打った。威力こそないが一瞬動きを止めるには充分。そして人狼の口、黄味を帯びた鋭い牙が迫り、 「・・・っ!!」 佐山の左腕を貫いた。巨大な口内、そこが佐山の二の腕の中程から先を完全に含んだ。 目前に迫る人狼の頭、そこに備わる目が笑みで佐山を見る。痛い目を見たのはお前だったな、と。 「―――あ」 後方、新庄が悲鳴を上げた。 そのまま人狼は首を振って佐山の腕を引きちぎろうとし、 「ッ!?」 その頭部が青白い炎に包まれた。 「―――――――――っ!!」 人狼が叫びを上げる。口が大きく開かれ、佐山はその隙に左腕を抜き出す。そして口の最奥には光る物が突き刺さっていた。 それは、佐山が投げた筈のボールペンだった。 「二本とも投げたと思ったかね? ・・・投げたのは一本だけだよ。もう一本は指に挟み、こうして手元に残っていた」 至近で投げられたので解らなかっただろう、と佐山は続ける。鷲掴みにした時も、燃え上がった痛みで正確な本数が解らなかっただろう、とも。 人狼は燃え上がる頭部を押さえて悶える。佐山は二の腕に空いた穴から血を零すが、一言を告げる。 「――痛い目を、見ているかね?」 ● 「嘘・・・。あの敵を・・・」 新庄は見た。突然現れた、恐らく一般人であろう少年が人狼を倒したのを。 ボクじゃ、勝てなかったのに・・・ 敵を倒す、そう出来る様に訓練された自分がそれを果たせず、無関係な筈の少年はそれを果たした。その事に思いを得る。 「・・・駄目だよ」 その言葉には二つの対象がある。一つは勝つべきだった自分が負けた事、もう一つは勝たなくて良かった人間の勝利を羨む事だ。無意識に力が込められた手、それに掴まれた杖を新庄は見る。 Exーst、柄の部分にそう銘打たれた杖は新庄専用のストレージデバイス。意思を持たないそれに対し、新庄が望んだ機能は一つだけだ。 ボクが望む以上の威力を出さない事・・・ 新庄の意思に呼応して出力が設定される、そう説明してくれたのは開発課のマリーさんだっただろうか。実際この機能は正常に働いている。使う様になって随分長いが、未だ暴発とは無縁だ。 しかしそれ故に、今は新庄の思いを裏付ける結果となる。 「ボクの意思に出力は呼応し・・・でもボクの目的を果たせなくて」 ならば自分の意思は目的に相応しくなかったのか、と新庄は思う。 「――駄目」 思うな、と。今は沈んでいて良い時ではない、と思う。新庄はかぶりを振り、自分を助けた少年に声をかけようとした。一緒に仲間の所へ行こう、今度はボクが助けてあげる、そう言おうとして。 しかし新庄が見たものは、 「・・・え?」 未だに頭部を炎に包み、しかし倒れぬ人狼だ。ふらつきながらも人狼は目前の佐山に向き直る。 「だ、だめ」 新庄はExーstを構える。先端基部のアンカーを引けば内蔵された水銀の光が放たれ、貴金属に関するものに力を与えるこの空間では、それこそレーザーとも言える切断力となる。 新庄はアンカーに指をかけ、 「―――あ」 見た。否、見てしまった。 抗議、諦め、嘆き、怒り、そして悲しみ。全てを含み、しかしどれでもない、そんな表情をする人狼の顔を。 「・・・撃たなきゃ」 アンカーを引かねばならない。そうしなければ少年が失われる。 「・・・撃たなきゃいけないのに」 迷ってしまう。無関係な少年とあんな表情をする人狼を、どちらも失わなくて済む方法は無いか、と。 「・・・や、やだぁ」 先ほどもそうだ。少年が来る前、人狼と交戦し、Exーstで足を裂き、 その事にボクは竦んで・・・ 震えた所に攻撃を受け、吹っ飛んだ自分を支えたのが少年だ。その少年に人狼が迫る。最早迷っている暇はない。新庄は腕に力を込めてアンカーを、 「―――動かな、い?」 否、動いてはいる。新庄の指は小刻みに震えていた。まるで怯える様に。 「――だ」 眼前、人狼が少年へと腕を振り上げる。 「駄目ぇっ!!」 ● 佐山の眼前、再起した人狼が腕を振り上げている。 まだ動くか! その思いが恐怖や驚きではなく、感嘆によって紡がれた事に苦笑する。 いける、まだいける・・・ 何が? という疑問の答えは既に佐山の中にある。 「本気になるという事を・・・」 目の前の敵をぶちのめして最後まで立っていれば良い。いかなる手段をとっても構わない。本気で潰せ、それが悪役として祖父から叩き込まれた事だ。 炎に包まれた人狼の口は未だに開きっぱなしだ。そこに拳でも叩き込んで喉奥のボールペンをより深く貫かせれば良いだろう。実際、そうしようと思った。 しかし、 「・・・・っ」 人狼の顔を佐山は見た。歪む表情、込められた感情の密度が佐山の身を硬直させる。 この感情を打ちのめす事が、本当に必要なのか? 思う。自分の悪が正しいのか、と。 しかし人狼は止まらない。腕が上がりきり、長い爪が微かに光る。 未熟だ。私は、本当に・・・! だが、佐山は動く。重傷の左腕に代わり、右腕を構えて打ち出そうとした。 その直後、佐山は見た。 目前の人狼が、桜色の閃光によって貫かれたのを。 人狼の胴体、それを閃光は右側から左側へと斜めに貫く。佐山は周囲を見渡すが、人影はない。 「・・・狙撃?」 それもこちらからでは何処にいるか解らない、遠距離からの、だ。 撃ち抜かれた人狼は硬直、ややあってから身を仰け反らせ、 「―――――――ッ」 それは叫びだった。抗議する様で、しかし感情の発露といえる叫び。 叫びの最中、人狼が動く。両腕を大きく振り上げ、右手の爪を己の喉の左側に、左手の爪を右側に当てる。そして、勢い良く引き抜いた。 果たされるのは、切開という名の自傷。 繊維質の何かが裂ける様な音がして、人狼は背後へと倒れた。 ● 人狼が倒れて事態は集結した。 佐山は新庄と共に、曲線を描いた岩の上に座っている。滑らかながらも段差のあるそれは、腰を下ろして一息つくには十分な場所だ。 「さっきの一撃は、ボクの仲間の狙撃だと思う。・・・多分、すぐに救助が来るよ」 その一言以来、新庄は項垂れている。俯く彼女に対し、何か言うべきだろうか、とも思うが佐山にはそれより先にやるべき事がある。 シャツの左袖を肩口で裂き切り、包帯代わりにして手早く左腕を止血する。牙による傷は大きく、この程度では応急処置程度だがやらないよりかはマシだろう。 と、そこまでやって佐山は、新庄が一連の動作に見入っている事に気付いた。 「・・・珍しいかね?」 「あ、いや、手慣れてるな、って」 「昔ナカジマ道場という、ここより少し上に行った所にある道場に通っていた事があってね。・・・そこで、実戦という形で習った」 傷の手当はまず傷を負う所から、とか言ってあの道場主は包丁片手に躍りかかって来たものだが、今も健在だろうか。 「いかん。山猿の事など考えていては意識が遠のく・・・!」 「あぁ! 顔色が真っ青を通り越して土色にっ!?」 失血と痛みに佐山は倒れた。そして頭部は、丁度正座に近い形となっていた新庄の両股の上に落ちた。ひゃ、と新庄は顔を赤くするが、佐山は至って蒼白。 「すまないが一時の間貸してくれ。・・・流石に疲れた」 下から見る佐山に、新庄は恥ずかし気に頷きを一つ。お互いに身を動かして体勢を整える。 それから幾許かの時が流れた。 仰向けになって見えてくる空は完全に漆黒、夜中と言っても良い時間になっていた。 結局IAIには行けずじまいだったな、と佐山は思う。 「―――御免」 唐突に、新庄が呟いた。 「撃つべきだったよね」 人狼が再び襲いかかった時の事を言っているのだろうか・・・? 「君はそう思っているのかね?」 佐山が問い返せば、新庄は眉尻を下げた顔を向けてくる。 「・・・君はああいう時、やっぱり撃つ事を選ぶの?」 「仮定ではあるが、確かにそれを選ぶだろうね。・・・君は何故撃たなかったのかね?」 「撃たなかったんじゃないよ。――撃てなかったんだ」 新庄は答える。 「君は最終的に動いたよね。・・・でもボクは敵の表情を見て、何も解らなくなったんだよ。何か他に、良い解決があるんじゃないか、って」 「私とは違う選択をしようとしたのか」 それが思い至らず、結局時間は経過してしまった。その末に敵は狙撃され、自害した。 甘い話だ。だから最悪の結果を得る・・・ だが、と思う。悪役の自分には出来ない判断だな、と。 「実際は、やはり私が間違っていて、君の方が正しかったのだろうな」 「ボクが正しい? でもボクは、ひょっとしたら君を危険に・・・」 「良いかね。君は、私と敵の命を天秤に乗せられなかった。それは正しい事だよ。――人の命を判断出来るのは間違った人間だけだ」 佐山は苦笑する。 「君は正しい事をした。謝るのは止めたまえ、代償を要求する事になる」 「で、でもボクは気にするよ」 そう言って佐山を見る新庄の表情は、 「・・・どうして君は、そう不安そうな顔ばかりするのかね? 確かに君の様な人間が生き残っていくのは困難だろうが、生き残った今は自分の正しさに自信を持って良いだろう」 その言葉に新庄は口を開く。きっと言おうとしているのは、佐山の言葉の否定だろう。だから佐山はそれを遮り、 「では代償として、子守唄でも頼もうかな。・・・少し眠りたい」 「・・・そのまま死んじゃったりしないよね?」 「そんなのは映画の中だけだ」 互いに笑みを交わし、視線をそらした後に新庄は、えーと、と前置きを一つ。 紡がれるのは佐山も知っている歌、清しこの夜だ。 Silent night Holy night/静かな夜よ 清し夜よ All s asleep, one sole light,/全てが澄み 安らかなる中 Just the faithful and holy pair,/誠実なる二人の聖者が Lovely boy-child with curly hair,/巻き髪を頂く美しき男の子を見守る Sleep in heavenly peace/眠り給う ゆめ安く Sleep in heavenly peace/眠り給う ゆめ安く――― 静かなリズムは眠気を誘い、その中で佐山は、 君は正しい事をした・・・ もう一度言おうと、そう思った。自分と彼女の声と鼓動が失われずに済んだ様に、新庄は、敵のそれも失わせたくなかったのだから。 しかし発声するだけの体力も尽き、佐山の意識は微睡みの中に沈んだ。 ● 少年が目を伏せた時、新庄は焦りを得た。 しかし少年の腹部が上下する事、自分が身を震わせた事で少年の眉が僅かに歪んだ事に気付く。 「・・・寝てるだけ、だよね」 物騒な事を考えたな、と新庄は反省、腹部を隠していた手で少年の髪を梳く。そうして変化した少年の表情が安堵に見えて、 「自惚れ、かなぁ・・・」 そして少年の額を撫で、そこに感じた冷たさに怖さを得る。しかし今度は、大丈夫、と自分に言い聞かせて新庄は彼の左腕を見た。止血が効いているのか、傷の割に流血は収まりつつある。 だが二の腕から先は赤く染まっており、何かの傷痕を残した左手にまでそれは及ぶ。 「・・・え?」 そこで新庄はある物に目をとめる。それは佐山の中指に嵌った女物の指輪だ。 疑問と共に新庄は自分の右手を見た。グラブを外して素手になれば、その中指にある物は男物の指輪だ。 まるであつらえたみたいに・・・? 偶然の一致という事もありえる。しかし、真逆の選択をした自分と彼の共通点に何か意味がある様な気がして、 「君は―――」 そこでだった。背後に何かが降り立った音を聞いたのは。 「・・・!?」 あわてて顔だけ振り向けば、そこに立つのは二つの人影だった。 一人は長柄の斧を持った黒服、その後ろには、先端が弧を描く杖を持った白服の二人が浮遊している。斧の方は黄、杖の方は赤の宝玉を、どちらも先端部に備えている。 「・・・負傷者を」 背後に立った黒服の表情は哀しさを含んだもの、白服はまるで自責するかような暗い表情だ。 新庄は見た。浮遊する白服、その足首から伸びる桜色の光翼を。 人狼を狙撃したのはあの人だ、と思い至り、そしてもう一つの思いが湧く。 ボクはこの人に、敵を殺めさせたの・・・? 厳密には違う。最終的には自害だったのだから。しかしそれに追い込んだのはまぎれもなく白服で、 「・・・ごめんなさい」 謝罪を紡ぐ新庄。その言葉に黒服は辛さを深め、そして白服は首を横に振った。 「――負傷者を連れて早く行こう?」 白服は言った。暗い感情を紛らわす様な声で、 「死んでなければどうにかなるんだから。――この世界では」 ● その一部始終を見るものがあった。 全身を夜空と同色とする金の両眼を持った小動物、黒猫だ。その喉には青い結晶を備えた首輪がある。 「―――――」 青い結晶が僅かに光を放ち、次の瞬間、猫の姿が変じた。 それは風だった。黒い風へと身を変じた猫は空を流れる。ある場所を目指して。 ―CHARACTER― NEME:新庄・??? CLASS:特課員 FEITH:??? 戻る 目次へ 次へ
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第七章『初めての再会』 はじめまして また逢いましたね ● 夕日に照る尊秋多学院の普通校舎がその影を長くし、その中でブレンヒルトは黒猫を見下ろした。 「で、学食に行こうとした私を何で引き止めたの? 理由を言いなさい三秒以内で」 「何でいきなり尋問形式なのさ。……ちなみに言えなかったら?」 「自分の胸と経験に訊きなさい。――あと二秒」 「……もし引き止めるに値しなかったら?」 「そう聞くって事は値しないのね? ――処刑決定」 一歩進み出たブレンヒルトに黒猫が飛び退き、 「お、王城派の事について! 全員で大城・一夫を襲撃したけど負けたの!」 身を伏せつつの報告にブレンヒルトは歩みを止めた。 「全員出たのに? 管理局からは誰が?」 その疑問に黒猫は、解ってるでしょ、とこちらを見上げる。 「ギル・グレアム。……闇の書と一緒に現れたよ、あの人は」 「――そう」 ブレンヒルトは沈黙し、黒猫は俯いた彼女に報告を続けた。 「でも彼等はゲストだった。主力はまた別」 そこで一度区切り、 「この学校の生徒会四人組、彼等が全竜交渉部隊みたい。……どうする?」 「どうする、って……有事でも敵なら戦うだけよ」 「出来る? いくらブレンヒルトでもあの子達に恨みは無いでしょ」 答えるのにブレンヒルトは一拍を要して、 「……敵として現れるなら、仕方ないでしょう」 黒猫は応じない。ただ目を細めた心配そうな表情でブレンヒルトを見るだけだ。 「でも全竜交渉部隊ってまだ編成中でしょう? グレアムと違ってまだ敵になるとは決まってないわ」 「――そう。なら良かった」 その言葉に喜色を感じ、気遣われた、とブレンヒルトは思う。気恥ずかしさを誤摩化す為にも話題を戻す。 「王城派は和平派に戻されるでしょうね。私達と交渉するには仲介役の増強が必要だもの」 「…こんな戦いで満足するなら最初から戦わなきゃ良いのに」 「それが誇りだもの。敵わないとしても現状出来る限りの戦いを挑み、自分達の主義を貫く事を望んだのよ」 ブレンヒルトは自嘲した様に笑う。 「だから彼等を嗤う事は出来ないわ。滅びによって私達が失ったものを、少なからず取り戻したのだから」 そう言って、ブレンヒルトは一つの音を聞いた。言葉を成さない響きだけのそれは、 「鳴き声?」 「あ、あそこ」 影の外に立つ並木へ黒猫が走った。ブレンヒルトもそれを追い、根元で踞ったそれを見る。 「――小鳥」 羽の揃った、しかしまだ幼い野鳥。それが飛翔に至らぬ羽ばたきを繰り返していた。 「どどどどうしよう!? 可哀想だよえらい現場見てるよこのままだと大変だよ食べていい!?」 「最後のが本音?」 錯乱する黒猫を蹴ってブレンヒルトは溜め息。 「関わっちゃ駄目よ? 自然の摂理に反するんだから。……上を見なさい」 ブレンヒルトが指差した先を黒猫が目で追う。並木の枝にあるのは器型の固まり、鳥の巣だ。 「鳴き声がしないでしょう? 他の子も親鳥も飛び立ったのね。――きっとこの子は飛べなかったのよ。その事を忘れたのか、力が足りなかったのかは解らないけど」 「随分詳しいね」 「覚えてないみたいだけど、あの時助けたのはアンタだけじゃなかったのよ」 ブレンヒルトは思い出す。まだ1stーGがあった頃の事を。 「昔、暴走した機竜が森に突っ込んだ事があってね。その後機竜はとある男によって倒され…そして傷ついた動物達が保護された。その内の一匹がアンタで、当時の私が世話したのが小鳥だったのよ」 「その男って……」 黒猫は続きを言いかけ、しかしそれを飲み込む。 「じゃあ、また助けたら?」 「駄目よ」 「何で? 前は助けてくれたんでしょ?」 その問いかけにブレンヒルトは激昂しかけた。 ……そうよ! そして1stーG崩壊であの小鳥は……!! それを胸の内だけに止め、うるさいわね、と呟く。 「来なさい、食堂に行く途中だったんだから。アンタの餌も貰ってこないと」 ブレンヒルトは踵を返そうとして、 「いいよ、餌ならここにある」 届いた声に身が止めた。 「どういうつもり?」 「自然の摂理ってこういう事でしょ? お腹空かした猫が動けない小鳥を前にしたら、食べるのは当たり前じゃん」 黒猫は小鳥へと前足を伸ばし、だが戻ってきたブレンヒルトに飛び退いた。 「……もし私がいなくなったらどうするの」 「本能に従って食べちゃうね」 「つまり私がこの子を見守らない限り、アンタはそうする機会があるって事ね」 ブレンヒルトが見下ろす先で小鳥はこちらを見ている。 ……また助けて、また喪うの……? どうだろう。今回はあの時の様な危機があるわけではない。しかし死とはそれ以外にも有り得るものだ。 ……この子を喪わさせない事が私に出来るの……? 無理だろうか、と思い、そこでブレンヒルトは聞いた。小鳥の鳴く声を。 「…………」 その声にブレンヒルトは息を吐き、そして黒猫に視線を向ける。 「あのね……いい?」 「うん、いいよ」 「何も言わない内に肯定しないの!」 肩を落として、 「……ものすごく責任がかかるのよ? 軽い事じゃないんだから」 「じゃあブレンヒルトはその責任を果たせない人なの?」 黒猫の返しに、問いに問いで答えないの、とブレンヒルトは注意する。そしてしゃがみ込んで手を伸ばし、すくい上げる手付きで小鳥を掌に乗せた。その動作に対して呟く事は一つ。 「……やっちゃった」 「あーあ自然の摂理を破っちゃった! いっけないなぁブレンヒルトちゃん?」 はしゃぎ回る黒猫をどうしてやろうかと思うが、あいにく両手はふさがっている。 「ひゃっほぅ人生で初めて勝利した気がするぅわぁっ!?」 全力で踏みつけようとしたが躱された。舌打ちしつつブレンヒルトは歩き出し、黒猫がそれを追い掛ける。 「どこ行くの?」 「食堂。この子用の餌とか段ボールとか、多分貰えるでしょう」 そう告げた所でブレンヒルトは眉を下げる。困った様な口調で小鳥を見つつ、 「でも本当にいけない事なのよ? 放っておくのが自然の摂理なのに」 「だから自然の獣がそれを遂行しようと」 「よく考えたらアンタは自然の動物じゃないでしょうがっ!」 ● 佐山は休憩所の席から広場を眺めていた。そこに崩落の跡やそれによる被害は一切存在していない。 ……全ては概念空間の中で起きた事、か…… 代わりにあるのは無数の制服と輸送車だ。屋台や植木屋、警備会社や野外ライブのトレーラーが点在する。 「ははは、見てくれんか御言君。美味そうじゃろ」 片手に焼き鳥を持った大城が近寄ってきた。 「ご満悦だな御老体。……管理局が夜店にも通じているとは驚きだ」 佐山は、戦闘後の概念空間に車両群が現れた時の事を思い出す。その乗員が広場の補修や自分達への治療を行った事も。 「一般職に偽装した管理局の出張部隊か」 「後始末とか被害の縮小とか、まあそんな所だなぁ。一応わしら、秘密組織だし」 「しかし護送車両をデコトラにするのはどうか。……騎士達が死に物狂いで抵抗していたぞ」 考え方の古そうな者達だったからな、と言って佐山は口を閉ざした。 ……あの戦いは無かった事に、か…… 本気の行き交ったあの戦いが隠される。日常の維持に必要な事だと知りつつも、あの場で唯一本気になれなかった自分として思う所がある。だがそれは胸の内だけにして、 「彼等が1stーGの過激派か?」 「の一つ、王城派じゃな。彼等は明日、暫定交渉を予定しとる和平派に合流してもらう」 「その和平派だが……そこでも今回の様にフィーバータイムかね?」 「大丈夫、和平派は話し合いを望んでおるよ」 そこまで言って大城は佐山の隣に腰を下ろした。 「わし等も、なるべく争わない、というのが方針でなぁ。目的はあくまで概念解放、拒む者も多いだろうが……かつて他Gを滅ぼした我々は、二度も戦争を起こしたくないんだなぁ」 乾いた笑みの大城を佐山は一瞥、大人は思いを多く持つものだな、と思い、 「つまり、遺恨を収めつつ概念解放を確約して世界が滅ぶのを防げ、と? 随分と都合の良い話を押し付けるな」 「全竜交渉とはその為のものでな」 そこで大城は腕を上げて拳を作る。 「全竜交渉には佐山・薫、君のお爺さんから五つの条件が立てられておる」 人差し指を立て、 「一つ、佐山・御言の探索に対して各G代表は自G以外の情報を伝えぬ事。またG崩壊に関する情報は原則的に佐山・御言自らが調査・判断するものであり、他者が指導する事を禁ずる」 中指も立て、 「二つ、管理局関係者は全竜交渉の前提と各G代表の紹介以外、全Gの情報指導・公開を禁ずる」 薬指も立て、 「三つ、協力者の補充は不問とするが強制は不可とする」 小指も立て、 「四つ、管理局は佐山・御言が自ら行動する際に全力を持って支援する」 最後に親指も立て、 「五つ、6thーGと10thーGの交渉は既に終了しているので、他Gとの交渉を火急速やかに行う事」 そこまで言って大城は腕を下ろした。 「どうだろうなぁ?」 窺う大城に対して佐山は鷹揚に頷く。 「正直に言うと弊害があるので遠回しに言うが、――やはり奴の脳は猿並みか」 その言葉に、きびしいなぁ、と大城は苦笑、佐山は発言を止めない。 「交渉しろと言いつつ教えるのは前提と紹介だけ、後は手探りで進めろ、と? 間違いが起きたらどうするつもりだ猿爺め」 「まぁ落ち着け。……多分佐山翁は、御言君に過去を知識ではなく経験として得て欲しいと思ったんじゃないかなぁ。貘も佐山翁のアイデアでな?」 佐山は頭上の重みを確認、見えはしないがそこに貘が乗っている事を意識する。 「と言われても私は未だこの状況が半信半疑なのだが」 「今すぐ結論を出す事もないでな。取り合えず事前交渉までは付き合ってもらえんかなぁ?」 大城の対応を聞いた所で、佐山は自分の中に熱意がある事を自覚した。 ……文句を重ねながらもやる気になっているのか…… まだ関わるかどうかを決める序の口だ、と自分に言い聞かせて思考を落ち着かせる。 「――確かに昨日の今日だしな。……ならばとっとと1stーGの情報を吐きたまえ」 佐山の答えに大城は肩を落とし、 「それについてはわしよりも適任者がおるでな、そっちから聞いてくれ」 同時に背後で足音が生じる。振り向いた佐山が見るのは銀髪の男女だ。 「リインフォース君とギル・グレアム、……君達が私に説明を?」 そうだ、と肯定してグレアムは佐山と向き合う席に座り、リインフォースもそれに倣う。 「聞いているかな? 1stーGの概念核は二分されている、と」 「何やらデバイスと、後は機竜なるトンデモ兵器に収められているとは聞いたな」 それにリインフォースが頷き、 「一つは管理局西支部に収められた氷結の杖デュランダル、もう一つは所在不明の過激派、市街派の持つ機竜ファブニール改の中だ」 覚えのある単語に佐山は首を傾げた。 「ファブニールとは……確か欧州の叙情詩に登場する竜だったな?」 「そう“ニーベルンゲンの指輪”だ。正しく言えば……その原盤となる北欧伝説、ヴォルスンガ・サガだね」 補足したグレアムが一冊の本を机上に置いた。見覚えのあるそれは、 「これは…騎士の長銃から落ちた本か」 「その通り、そして――」 更にグレアムは懐からカードを出して本に乗せる。すると佐山の意識に、読めない字で記された題名の意味が流れ込んできた。これも概念か、と思うがそれよりも重要なのは題名の方だ。 ……ヴォータン王国滅亡調査書……? それはファブニールと同じく北欧伝説に登場する名だ。 「何故、異世界である1stーGがこの世界の叙情詩と同じ名を持つ?」 「どうしてそれをこの世界のものだと思う?」 リインフォースの問いは微かに笑みを含んだもの。言葉を失う佐山にグレアムは、 「護国課設立の折、各地から有能な研究者やテストパイロット達が集められた。英国からも術式使いがやって来て、皆で地脈改造に乗り出した。だが改造施設が起動して以降、日本各地で異変が生じた」 「どのような?」 「世界各地で伝説上とされていた化物や世界が、地脈で繋がった地方に現れたのだよ。地脈改造は他Gとの接点を広げ、概念空間が日本の十カ所を中心に次々と展開、時に我々とも戦った」 そうして解った事は、と言う所でグレアムは一息。 「改造施設を置いた十カ所、そこに現れる他Gの文明は地脈で対応する国の伝説や神話、文明に相似するという事だった」 「では……」 「そうだ。LowーGは発生して以来、各Gと交差して接点を得ていた。交差の折に他Gの負荷が捨てられる吹き溜まりとしての接点を」 返されたリインフォースの言葉に佐山は思考する。 ……各Gの負荷が廃棄され、故にその文化の特性も得たという事か…… ならばLowーGから見た他Gはそれこそ神話の世界と言える。今まで以上に荒唐無稽になったな、と佐山は思い、そこで新たな足音を聞いた。 「あ、いた! リインフォースさーん!」 駆け寄ってくるのは白服の高町だ。何事か、と皆が彼女に視線を向け、 「はやてちゃんが倒れちゃったの! “史上初の12色ドレッシングやー”とか言ってホットドックに沢山ソースをかけて!」 「……何をやっているのだ? うちの生徒会長は」 顔色が信号機みたいにー、という叫びに佐山は溜め息をつく。 「高町、今は全竜交渉についての説明を受けている最中で――」 「な、何だと!?」 佐山が言い終えようとした瞬間、リインフォースが突然立ち上がった。 「主はやて、今貴女を救いにーッ!!」 突然の奇行に佐山が呆然、そうする間にリインフォースは走り去った。その方向を見つつ佐山は首を傾げ、 「……主はやて?」 佐山の呟きに、説明していなかったな、とグレアムが応じる。 「彼女はデバイスだよ」 「デバイスとは器具の類ではないのか?」 「殆どはそうだがね、彼女はユニゾンデバイスという特別な機種で――元々は1stーG概念核の制御器として造られた者だよ」 「それが八神を主としているとすれば……」 最早1stーGではなくLowーGを主としているという事だ。 ……“大罪人と裏切り者”とはそう言う意味か…… 先の戦いでそう叫んだ騎士を佐山は思い返して、 「――何を見ている? 高町」 こちらを凝視する高町に声をかけた。だが高町は佐山を見ず、周囲の老人達へと視線を向ける。 「…グレアムさん、大城全部長、ちょっと席をあけてもらえますか?」 「あっれぇ? 高町君、御言君と二人っきりになりたのがぶっ」 囃し立てる大城を手刀で沈め、グレアムが高町を見据えた。 「伝える事が?」 「――はい」 短い応答にグレアムは頷いて起立、大城を引きずって休憩所を去る。そうして残ったのは佐山と高町だけだ。 「それで、崇高なる私とタイマンで話したい事とは何かな? 下らない事なら即刑罰だね?」 「……うん、あのね」 「下らん。刑罰執行」 「まだ何も言ってないよ!?」 と叫んだ所で高町は嘆息、僅かな静止を経て佐山を見つめる。 「佐山君、全竜交渉に関わっていくの?」 「君もそれを訊くのかね? ……まだ未定で、それを考えている最中なのだが」 「もし関わるなら、それに足る理由を得ていた方が良いよ?」 佐山が見る先で高町は数分違わずこちらを見返す。 「昨日ね、佐山君達がいた森に私もいたんだよ。そして最後の狙撃を決めたのは、私」 「…何?」 高町の告白に佐山は疑問を呟く。 ……高町が、他者を自害に追いやった? 彼女が敵を定め、加えて自害に追い詰めた、その事に佐山は驚く。自分が知る限りの高町ができる事ではない、と。 「高町…」 「私は成り行きと付き合いで管理局の一員をやってるけど、そこまで深入りしてる。――考え直すなら今の内だって事を覚えておいてね?」 高町は佐山の追求を遮る。張り詰めた表情が佐山を見据え、 「この世界では、死んでなければどうにかなる。……だから、死んじゃったらどうにもならないんだよ」 ● 夕日が赤く彩る皇居東側、濠を渡る橋の欄干に佐山は新庄と腰掛けていた。高町やグレアム達は既に帰り、管理局の偽装車両群も撤収を始めている。 ……御老体はまだか…… 佐山が帰らなかったのは撤収前の大城を待ち、明日の事前交渉に関する話を聞く為だ。だが、 ……新庄君が帰らなかったのは何故だろう? 隣に腰掛ける新庄は何をする風も無く、ただ全身を夕日に浴びている。 「…もし新庄君も待たせているのだとしたら、あの老人には極刑が必要だね」 「な、何? 突然の危険発言は駄目だよっ」 こちらを見る新庄の表情は驚き、だが僅かな間でそれは消沈へと変化した。 「――あの、御免ね? 今日も昨日と同じ事をしちゃったよね」 自分の指示通り騎士を撃てなかった事を言っているのか、と佐山は思う。だとすれば、 「後にフォローもしてくれている、謝る事はない。君は高町とは違う、前に出る事だけが能ではないさ」 「そこで高町さんを引き合いに出す意味は何……? ていうか、僕フォローなんかした?」 「昨日は膝を貸してくれたし、今日はこうして私と話してくれている」 それを聞く新庄は深く溜め息。 「何だか、向いてないのかな? ボク」 「そんな事はない」 と、それが昨日と同じ台詞だと佐山は気付く。 ……どうやら私は、時折この人の言う事を否定したくなるらしい…… その理由を佐山は悟りつつ、しかし追求はしない。 「……あのさ、どうして佐山君は今日ここに来たの?」 「どういう意味かね? あれだけの情報を与えて、来て欲しかったのでは?」 「だって、佐山君はまだ全竜交渉の権利を得てないでしょ? 昨日の事もあるし…ここで退けば危険な目には遭わないんだよ?」 小さく首が傾げられ、 「――どうして?」 問いに対して、高町も似た様な事を言っていたな、と佐山は思う。 ……自分がここにいる理由、か…… どうしてなのか、というその理由は解っている。だがそれが伝わるか、それが解らない。 「――――」 何故か、と佐山は思う。生徒会選挙では大勢を前に演説し、勝利した自分がどうしてこの人の前ではそれが出来ないのか、と。そんな中、こちらの答えを待つ新庄に変化が生じた。 「……あ」 欄干に乗る新庄の手に佐山の手が重なっていた。自覚せぬ動き、だがそれを拒まれていない事に佐山は頷く。 「私の掌はどうなっている?」 「…熱いよ。鼓動もある」 重ねられた佐山の手をもう一つの新庄の手が包む。表裏にその柔らかさを感じつつ佐山は告げる。 「先の戦いで得た残滓だよ。……そして」 ……昨日の君に感じた熱と鼓動は、こんなものではなかった…… 高鳴りと強い熱を持ち、しかしもっと落ち着いていて深いものだった。その違いを思い、 「私はこれ以上のものを得たいと思っている」 「さっきあれだけ暴れてまだ足りないの?」 「足りないね。そして思うのだよ……私は本気になっていいのか、と」 「……どうしてそれを迷うの?」 向けられた表情から我知らずと視線をそらして佐山は答える。 「佐山の姓は悪役を任ずる。私はそれを行う様に育てられ、そして自らが定めた悪や敵に対してそれ以上の悪で叩き潰す事を望んでいる。…だが」 思うのだよ、と佐山は呟いた。 「私の悪は本当に必要なのか、と。――本気になる事は出来る、だが今の私は自分の選択に恐れを感じている」 「自信が無いの?」 答えない佐山に新庄は続けてる。 「確かに佐山君は結構いけると思う。でも大城さん達は誘ってるよ、死ぬかもしれないがやってみろ、って。そして佐山君は自分の本気が恐ろしいんだよね?」 だったら、と繋いで、 「全竜交渉に関わるのは……止めた方が良いんじゃないかな」 こちらの手を包む新庄の両手が強ばる。 「正直な話さ、見ててちょっと怖いんだよ佐山君って。初めて会った時も前に出て戦って、今日だって……」 「戦い、負ければ死んで、勝てば自分を恐れてしかも敵に恨まれる、か。だが案外それは望まれているのかもしれない」 え? と目を丸くする新庄に佐山は答えた。 「私一人が恨みを背負い、そして死ねばその分世界は軽くなる。時空管理局は無傷でね」 「だ、駄目だよそんなの! ……佐山君が風になったら、ボクは嫌だよっ!」 その叫びに身を響かせて佐山は思う。君は有り難い人だ、と。いつの間にか消えた胸の痛みに心地よさを感じ、 「まあ、死ぬぞというなら私も君に言いたいよ新庄君。必要な時に攻撃が出来ず、隙も作ってしまうような君にね」 切り返されて新庄は小さく唸り、やがて嘆息をついた。 「…そうかもしれないね。少し思ってるよ。両親を探す為に戦闘に関わって、でも全然役に立ってないって」 自責に表情を曇らせる新庄は佐山を見つめる。 「佐山君は勝つ事を狙って戦っているの?」 「ああ、そういう風に叩き込まれている。…戦うのなら損失分の代償を勝ち取れ、悪役として己が敵や悪だと定めたものを排除しろ、と」 「ボクもそれ位言えたらな。…ボクには佐山君みたいな、どういう風に戦おうかっていう姿勢が無いから」 「それを言ったら、私には君の両親探しの様な……自分の判断を支える自信の元がない」 「――逆だね、ボク達」 佐山の言葉に聞いた新庄が苦笑を零した。 「本当にボクとは逆だね。ボクなんかはどうすれば必死にならずに済むのか、っていつも考えるのに。もっと力が、余裕が欲しいって」 「確かに私達は正逆だね、新庄君。――その事を覚えておこう」 え? と窺う様に新庄がこちらを見て、応じるように佐山は彼女に包まれた手に力を込めた。 「君の私に対する意見は、私では望んでも手に入らないもう一つの答えだろう」 「……どういう事?」 「深く考える事は無い。絶対的な逆があっても意に介さねば無いも同然だ。だが、私達が自然体のままでお互いの逆を望んでいると、その事実を覚えておきたい。どうかね?」 「どう、って……どう扱ったものかなぁ……」 新庄は困った様に笑み、そこで佐山から視線を外す。追った先にこちらへと手を振る人影があった。 「大城さんが呼んでるよ」 新庄は欄干から降り、佐山も同様に降り立つ。そうして再度向き直った新庄は俯いて何かを思案する様な様子。 「……新庄君?」 「あのさ、これから寮に戻っても……驚かないでね」 「何か贈り物でも?」 佐山の問いを新庄は肯定する。 「今決めたんだ。……色々と悩むだろうけど、そうしなきゃ駄目だって」 「何が贈られるのかは解らないが、有り難く受け取る事にするよ」 その答えに新庄は面を上げて笑みを見せた。それを彩るのは夕日と暗がりの空、時は夜に近付いている。 ● 尊秋多学院の一角に建つ食堂棟、その地下階にブレンヒルトはいた。春休みでは利用者も少なく、故に彼女が段ボールに入れた小鳥を持ち込んでも、 「ぶぇっ不味っ! ねーブレンヒルト、鳥は何が良くてこんなの食べてんの?」 黒猫が人語を話していても、 「食えもしないつまみ食いしてんじゃないわよ」 それが悲鳴をあげても誰一人として気がつかない。痙攣する黒猫をブレンヒルトは無視、眼前の段ボールを見た。布巾が敷かれた内部には水とトウモロコシの粉末を乗せた小皿があり、中央に小鳥が踞っている。 「ほら見なさい、アンタが手を出すから怯えて動かなくなったじゃない」 当の黒猫はそれを無視して大の字、その無反応を見たブレンヒルトは卓上の割り箸を取って、 「最近バーベキューってやってないのよね。ほら、獣の肉を刺し貫く奴」 「わー元気元気、とっても元気ーっ! 何言われてもすぐに答えられるよーっ!!」 「一般人のいる所で喋ってんじゃないわよ」 急速で立ち直った黒猫に割り箸を叩きつけた。仰向けに倒れる黒猫は一声。 「どうかこの魔女に天罰が下ります様に……っ!!」 「そう言う事は当人のいない所で祈りなさい」 ブレンヒルトは告げるが黒猫は再度それを無視した。同じ目に遭いたいのかしら、と思った所で黒猫が何かを見ている事に気付いた。何を、と視線を上げれば、 「………!?」 英国風の老人が段ボールの小鳥を覗き込んでいた。その人物をブレンヒルトは知っている。 「――ギル・グレアム」 「君は……ブレンヒルト・シルト君だったか」 こちらを見た老人に名を呼ばれて小さく息を飲む。僅かに身が震えるのを自覚しつつ、 「何故、私の名を?」 「司書をしていれば図書カードを見る事も多い。それに君は図書委員に礼を言っても、私には言わないからね」 「責めるんですか?」 「これは君の名を覚えた理由だ、謝りを強要するつもりはないよ」 そう言って向けられた笑み、それに対してブレンヒルトは胸を軋ませる。 「……失礼します」 ブレンヒルトは段ボールを抱えて起立、黒猫と共にグレアムの横を抜けて階段を目指し、 「図書室は開けてある。生物関係の書架に飼い方の本があるから行くといい」 グレアムの声が届いた。それを背に受けたブレンヒルトは立ち止まるが振り向かない。 「命令ですか?」 「その小鳥の為だよ。……猫のいる環境で鳥を飼うのは感心しないがね」 「ご心配なく、この猫は私に忠実ですので」 言うと黒猫が足首を叩いてきたので蹴り返し、再起するのも待たずにブレンヒルトは歩き出した。急ぎ足で食堂を離れて階段を上り、やがて地上階に至る。そのまま玄関に差し掛かった所で、 「ちょ、ちょっと待ってよブレンヒルト!」 黒猫が追い付いた。小柄な体を酷使したのか呼吸は荒い。 「……意識し過ぎ」 「解ってるわよ」 黒猫が見上げるのを感じつつブレンヒルトは空を見上げた。夜更けの天を月光が仄かに照らしている。 「……明るい夜ね」 その情景にブレンヒルトが呟いた。 「私達の世界に月なんてものは無かったわ。余計なものの多いGよね」 「ブレンヒルトが何か喋り出した。センチメンタル入ってる?」 うっさい、と黒猫に言を飛ばしてブレンヒルトは思う。地下階で出会った男の事を。 「…ギル・グレアム。60年前、LowーGからやって来た術式使い。デュランダルを奪い、1stーGの天地を滅ぼした男。そして私にとって家族の様だった人達を殺して逃げた敵」 ブレンヒルトの独白が夜空に散る。 「――私達にとっての、最大の仇」 見るとも無しに視線を泳がせた先、ブレンヒルトは未だ灯りの灯る学生寮を見た。 ● 佐山は自分の寮室を前にして立ち尽くしていた。自分しかいない一人部屋、そこにもう一人の姿を見た為だ。 ……いや、新たな寮生についてはここに来る途中で聞いた…… 寮母からその人物が同居人になる、という事は先ほど知らされた。だが目前に立つ黒い長髪の人物は、 「――新庄君?」 佐山の声に相手は、あ、と声をあげて振り向く。服装は男物だが、その声や顔は新庄のものだ。 ……まさか、それだけで誤摩化せたのか……? ここは男子寮、女性の新庄が入れる筈は無い。だが現に彼女はここにいるし、手続きも済んでいるらしい。自分に全竜交渉を受けさせようとする管理局の差し金か、とも推測する。 ……どうするべきだ……!? 凄まじい速度で思考が展開し、やがて佐山は新庄が別れ際に言っていた事を思い出す。寮に戻っても驚かないでね、という言葉を。 ……無理だ、これは驚愕に値する……っ!! これが新庄の贈り物なのだろうか。だがそうだとしたら、佐山が取るべき行動は自ずと定まる。 ……有り難く受け取ると、確かに私は言った!! そうとも、と佐山は頷く。既に答えが出ていたのだ、と。ならば自分は彼女が望み、そして約束した事を遂行すべきだ。故に佐山は腕を広げ、満面の笑顔を新庄に向けた。 「――さあ、私の胸に飛び込んで来たまえ!!」 対する新庄は安心した様な顔で一息、そして広げられた腕を無視して一礼した。 「聞いた通りの不穏当な言動を有り難う。――新庄・運の弟で、新庄・切って言います」 ―CHARACTER― NEME:高町なのは CLASS:生徒会会計 FEITH:無自覚型恐怖の大魔王 戻る 目次へ 次へ
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第五章『過去の追走』 過去が私を追ってくる 私が停まらず駆けるのは それに追い付かれぬ為なのか ● 佐山は草原にいた。上空には青天、周囲には森林が広がる。だがそれよりも佐山には思う事があった。 ……浮いている? 視界が日頃よりも高いのだ。何事か、と確認してある物が無い事に気付く。体が無いのだ。ふむ、と佐山は一息ついて再度の確認を行う。 ……視覚、良し。聴覚、良し。思考、良し。触覚、余り無い。味覚、嗅覚、第六感は全て駄目…… つまり今の自分はほぼ見聞きしか出来ない状態、加えて浮遊する様な視線の高さ。佐山は結論した。 ……夢か…… 明晰夢か、と思うが疑問もある。夢とするには余りにも現実味があるからだ。まるで実体験の様だ、と佐山は思い、そこで背後に草を踏む音を聞く。誰だ、という言葉と共に振り返ろうとし、 「―――――」 果たされたのは振り向きのみ、声は放たれず視界は動く。 そこにいたのは一人の男だった。登山用の服に道具類を担いだ初老の入り際、その姿を見て佐山が思う事は二つだ。一つは身なりが現代のものではない事、そして、 ……左腕が無い…… 男の顔はこちらを向くが自分を見ていない。 「やはり…やはりここに!」 男は駆け出した。隻腕の走りは覚束ず、幾度も転びかけ、荷物を落としかける。しかし、 ……笑っている…… 渇望する何かを得た様な表情で男は走る。それは佐山が得たくても得られぬもので、何か、と思い通り過ぎた男を追って背後を見た。そこにあったものは、 ……塔!? 長大な建造物が聳えていた。先ほどまでは無かった筈、と思うがその答えはすぐに出る。 ……概念空間か。この男はその境界を抜けてきた…… 男は建造物を見上げてこちらに背を向けた状態。だがその呼吸と気配には抑え切れない熱意があり、 「…バベルよ」 それが建造物の名か、と佐山は推測し、 「概念戦争の始まりを告げる遺物よ! ――ここにいたか!!」 その内容に、どういう事だ、と佐山は思う。管理局の説明にバベルという名は無かった。それと同時に思う事もある。隻腕の男についてだ。 ……私はこの男を知っている……? 見知らぬ人物だ。濃い人脈を持つ自覚はあるが、概念空間に入って塔を見上げつつハッスルするような隻腕オヤジに心当たりはない。だが、 ……何処かで覚えが…… その瞬間、佐山は意識を殴られた様な衝撃を受けた。 ● 意識への衝撃に佐山は跳ね起きた。 「―――っ」 急な動きが衝撃の残滓と重なって目眩となるが、少し間を置けば安定する。そうして見えてる風景は広大な部屋と乱立する本棚で、自分は机を前にして椅子に座っているのだと自覚する。 「衣笠書庫、か」 大城達との待ち合わせ時間までの暇つぶしに来たが、いつの間にか眠ってしまった様だ。しかし、先ほどのあれは夢だったのか、と佐山は思い返す。そこで机上に寝そべる貘を見つけた。 「確か過去を夢の様な形で見せると…」 ならば自分が見ていたものは、 「あれは――かつてあった現実の出来事、か」 貘はこちらを見上げて首を傾げる。その無邪気な動作に佐山は苦笑し、 ……あの塔はやはり他のGに関係するものなのか…… そこで佐山は本棚へと移動、“神話学”と分類されたそこから一冊の本を抜き出した。背表紙にある題名は、 「神話大全・聖書編。――衣笠・天恭著」 佐山は本を開いてページを流し、目当ての単語を探し出した。 「…バベル。人々が天に至ろうと築き、しかし神の怒りに挫かれた言詞の塔」 聖書ではこれを期に言語が分かれたとしているのだよな、とも思い返し、 ……あれが他Gの物なら何故この世界の名を持つ……? このGの誰かが名付けたのか? とも類推しつつ本を戻し、そこで佐山は気付いた。抜き出した本と同シリーズの物が他に10冊あるのだ。 ……この本も合わせれば11冊、昨晩聞いたGの数と同数…… 「飛躍しすぎ、か?」 だが、と思う。時空管理局の表の顔、IAIの支援を強く受けるこの学校でこの合致か、と。 「――ふむ」 「あれ、ミコト?」 熟考の最中に名を呼ばれた。そして自分の事を名前で呼ぶ人間はこの学校に一人しかいない。 「ハラオウンか」 見れば本棚の影からハラオウンが顔を覗かせている。 「どうしたこんな所で。君もこの本に用があるのかね?」 「うん、神話とかで調べものがあってね? 折角だから、この学校の創設者の本で調べようと思って」 ハラオウンはこちらへと歩み寄り、本棚に収められた11冊の書物を指でなぞる。 「…衣笠・天恭。戦前から出雲社と関わりのあった神話学の権威で、この図書室が冠した名前の持ち主」 「の割には名前しか出ない人物だがね。写真も殆ど残っていないそうだ」 「日露戦争で負傷したんだって。だから余程の事がないと写真に映りたがらなかった、って」 「…随分と詳しいな」 訝しむ佐山はハラオウンは笑い、 「グレアムさんが言ってたの。若い頃に付き合いがあったんだって」 「ほう。…書庫に沈んだミイラの様な老人だと思っていたが」 はやての前で言ったら怒られるよ? とフェイトは注意し、 「IAIから派遣された人だしね。…十年くらい前に前任者が亡くなってから、ここの管理と企業向けの情報検索をしてるって聞いたよ」 その補足に佐山は思考する。 ……IAIからの派遣、か。これで関係を疑うのはやはり飛躍か? 冷静さが足りないか、と自分を判断し、そこでハラオウンがこちらを見ている事に気付いた。 「どうしたのかね?」 「…ミコトが何かに興味を持つなんて、珍しいなって思って」 「おかしいかね?」 ううん良い事だよ、とハラオウンは断りを入れる。 「――昨日言ってた事の答え、少しは出た? 本気についての事」 「残念ながらまだだよ、それに至るかもしれないヒントは得たがね」 「そう。…じゃあ覚えておいてくれるかな?」 ハラオウンがこちらを真っ正面に見据える。 「もしミコトが本気になれる事や、なれる人を見たら……恐れず、でも壊さない様にね? ――本気になるって事はとても強い力を出す事なの。一瞬の判断で後戻りが出来なくなる」 そこまで言ってハラオウンは俯く。斜に見えるその表情は泣き顔に近いもので、 「……どうしたのかね?」 「あ、あのね? …今晩の生徒会の自主集合、ひょっとしたらなのはが来れないかもしれない」 唐突な言葉に佐山は、何? と疑問符で答える。 「高町が来ない? あの善意と正義感と闘争本能を詰め込んだ戦闘民族がサボりかね?」 ずいぶんな言われ様だね、とハラオウンは一度半目になり、 「バイト先でね、大きな責任を負う仕事をしたの。……それで、深く考え込んでるみたいで」 「――責任、か」 それは自分が得ていないものだ、と佐山は思う。 ……力のある私にとっては、何事も責任以前の段階で終わるもので…… 未だかつて佐山は責任を感じた事は無い。万事が全力未満で解決出来るからだ。だがそれを高町は得たという。それがどのようなものかは知らないが、 「――少し、羨ましくはあるね」 え? とハラオウンは聞き返すが佐山は気にしない。そのまま時計を見て時間を確認し、 「私はこれから用事があるので失礼するよ。…次は今日の午後九時だね?」 出立の準備をする佐山にハラオウンは小さく動じ、 「で、でも、なのはは来れないかもしれないよ?」 「彼女が来れなければ何も出来ないのかね? それに高町は来るよ」 一息。 「――責任とは、それを果たそうとする者だけが得るのだから」 向けた背後でハラオウンが笑むのを佐山は感じる。 「それは信頼? それとも励まし?」 「どちらでもない。強いて言うなら、けしかけ、だよ」 「……そういう事は、本人の前で言ってあげれば良いのに」 いつも意地悪ばかり言ってさ、とハラオウンは続けるが、 「そんな事をしたら羞恥に悶死してしまうだろう? …高町が。卑賤な身の上で神にも等しい私の言葉を聞くなど」 「やっぱり言わない方が良いかもね」 衣笠書庫の出入り口まで歩んだ佐山にハラオウンは声をかける。 「行ってらっしゃい、ミコト。……今晩、待ってるから」 「…微妙にエロい送り出しだね」 答えればハラオウンは、ええぇっ? と慌てる。それを無視して佐山は外へ出た。 ● 尊秋多学院の美術室、開け放たれた窓から音が零れていた。言葉というには浅く、旋律のあるそれは歌声と呼ばれる。その主はキャンバスと向き合うブレンヒルトだ。 深い森の絵に筆を走らせる灰色髪の少女が、呟く様に謳っている。 Silent night Holy night/静かな夜よ 清し夜よ All s asleep, one sole light,/全てが澄み 安らかなる中 Just the faithful and holy pair,/誠実なる二人の聖者が Lovely boy-child with curly hair,/巻き髪を頂く美しき男の子を見守る Sleep in heavenly peace/眠り給う ゆめ安く Sleep in heavenly peace/眠り給う ゆめ安く――― 謳われるのは清しこの夜だ。朗々とする歌声は聞き手も無く散り、しかし唯一の例外である風が少女に語りかけた。 「……それってこのGの歌?」 声にブレンヒルトは歌を止め、窓辺で逆巻く風を見た。それはやがて黒猫に変じ、 「ブレンヒルトが……ううん、レオーネ様もミゼット様も好きだった、あの人が教えてくれた……」 「――今まで何処言ってたの?」 黒猫の言葉は遮られた。 「昨晩、話すだけ話したらいつの間にか姿を消したでしょう? 何処へ?」 ブレンヒルトの表情は固い。有無を言わさぬ気配に黒猫は溜め息をつき、 「…1stーGの居留地。あそこでも使い魔はたくさんいるから、ちょっと集会にね」 「何か解ったの?」 黒猫は問いに答えず、視線を深い森の絵に向けた。 「それも1stーGの風景?」 塗り直された絵は昨夜よりも深みを増し、しかし小屋の周囲は未だに手がつけられていない。 「ええ、レオーネ様の庵。私やミゼット様も住まわせてもらってて……アンタだってそうだったでしょ? 覚えてないの?」 「いや、物心つく前の事を言われてもねぇ……」 黒猫は遠い目を屋外に向ける。 「森も、庵も、歌も、全部知らないんだよねぇ」 知る前に1stーG滅びちゃったし、と黒猫は笑う。そこへ、 「なら教えてあげましょうか? ……1stーGの事」 ブレンヒルトは声をかけた。黒猫は驚いた様にその顔を見上げる。 「え、いいの?」 「アンタだって一応1stーGの生き物でしょうが。知りたいなら教えてあげるわよ」 目を輝かす黒猫を尻目にブレンヒルトは黒板まで移動、チョークで楕円を描く。それを横線一本で上下に区切り、 「これが1stーGよ。下半分が大地で、上半分が宇宙」 「すっごい手抜きだぁてててててっ! あ、ちょ、胃袋は掴めないーッ!?」 喚く黒猫を放り投げてブレンヒルトは黒板を叩く。 「良い? 兎に角これが1stーG。テーブル型の平面大地に天井で限られた宇宙、星は天井に張り付いてて、太陽は天と地下道を周回して昼夜を分けた」 「随分と狭かったんだね」 「ええ。でも文字に力を与えるという概念のお陰で不便は少なかったし、人や動物は互いを調整し合って生きていたわ」 「良い世界だった?」 ええ、という肯定の言葉に黒猫は続けて問う。 「――どうやって、滅びたの?」 その答えはすぐに出なかった。ブレンヒルトは俯いたまま息を吐き、 「…1stーGでは概念戦争が長く続いてね。王は敵の侵入口にも成り易い“門”を二つしか作らず、騎士や機竜は防衛に徹して、侵攻は殆どしなかったわ」 「その戦い方じゃ概念戦争には生き残れないんじゃないの? 護るだけじゃさ」 「それが1stーGの誇りだもの」 再度の問いは即答された。 「護る為に戦い、その誇りの為に戦う。…争いが嫌いな王だったのよ、概念戦争で妃を喪ったから」 そこでブレンヒルトは自嘲する様に笑う。 「もし1stーGが滅びるなら勝者のGに降伏する事になっていたわ。誇りを持ち続ければそれまでの戦いは認められるだろう、って。1stーGは自分が弱いGだと知っていたのよ。…そこにつけ込まれた」 教卓の椅子に腰掛けたブレンヒルトは遠い目をして、 「星祭の夜にあの男は裏切ったわ。そして騎士達が着いた時には王とレオーネ様は死んでて、ミゼット様は瀕死だった」 「そして概念核も奪われた?」 「王が二分した内の片割だけどね。それをレオーネ様が造ったデバイス、デュランダルで制御器から抽出したの。…概念核ごと、デュランダルも制御器も持ち出されていたわ」 ブレンヒルトは森の絵を指差す。 「あの森も何もかもが潰え、――そして皆この向こうへと去った」 ブレンヒルトは襟を引いて首もとを晒す。そこには三日月型の飾りを持つチョーカーがあった。 「1stーGのデバイス、レークイヴェムゼンゼだね。冥界との境を開いて魂達の協力を得る、元々は法務相談役としてレオーネ様が持っていた物」 「滅びの際に私がそれを受け継いだ、って事よ」 黒のリボンを撫でれば三日月型の飾りが僅かに光る。 『……ロード、お力を?』 「いいえレークイヴェムゼンゼ、貴方の出番はまだ先。――もう少しだけ待ってて」 その答えに沈黙したチョーカーを見て黒猫は首を傾げる。 「それがあれば亡くなったミゼット様達の協力が得られるんじゃないの?」 「無理よ。このLowーGでは冥界の概念が弱くて、概念空間に入らなきゃまともな交信が出来ないもの。それに魂の数が多過ぎて見つけられないわ」 向こうの皆が出してくれるならともかく、とブレンヒルトは付け足す。それから話題を戻し、 「生き残りは開かれた二つの“門”、王城側と市街側から逃れたわ。王城側から出た者達の殆どは管理局に恭順したけど、私達市街側から出た者達はそうしなかった」 「ラルゴ翁がいたからでしょ? 1stーGの武力を統率する名誉元帥、残った概念核を機竜ファブニールに搭載してこのLowーGに持ち込んだ」 「私達はそれにすがって生き延びたわ。そうして六十年、何時しか市街派と呼ばれる集団になっていた」 そしてブレンヒルトは黒猫を見据える。 「問題はもう一つの集団、王城派よ。管理局の保護の後、概念空間技術を持って脱走した貴族連中。…アンタの集めた情報ではどう動くの?」 ● 東京の駅舎を出た佐山は真っ正面の坂を登っていた。そうして坂を登り切れば、 「待ち合わせ場所とされた東御苑の本丸跡、か」 そこは芝生の広場だった。右手には天守台と休憩所、左手には展望台があり、周囲には林がある。 ……さて、待ち合わせの相手は…… 佐山が周囲を見渡せば程なくしてそれは見つかった。 「あ、佐山君ーっ」 「――新庄君」 休憩所のベンチに座るその女性に佐山は歩み寄る。 「こんにちは、かな? こういう時なんて言うんだろ?」 「会えて幸いだ、だよ、新庄君。……私を呼んでくれた事に感謝する」 笑んだ佐山に新庄も笑みを返し、二人はベンチに座る。 「……すまんがのう。君呼んだの、わしなんじゃが?」 そこで佐山は何かの鳴き声を聞いた。それはベンチの後ろから届くもので、 「おやこんな所に動物が。……奥多摩に帰れ御老体、都会の生態系を崩すな」 「え、再会して最初に言う事がそれ!?」 「野性化して知能レベルが下がったね? 動物と遭遇する事を再会とは言わんよ」 くはー、と大城が倒れて泣きながら身悶えする。ウナギの様な動作に新庄が慌てた。 「泣かないで大城さん! ――そんなに体液出したら周囲に菌が蔓延しちゃうよ!?」 「うあーん! 新庄君までわしをイヂメるーっ!!」 大城のリアクションは激化する。新庄は、うわぁ、とよろめきつつ距離を取り、 「……ふむ」 佐山は落ちていた小石を大城の側頭に叩き付けた。利き腕では無いがそれは見事に的中し、 「ご」 という呻きと共に動作を停止させた。 「――さて、これで大城菌の蔓延は阻止された訳だが」 「さて、じゃないよっ! どうするの大城さん仕留めちゃって!?」 「いや息の根はまだあるだろう。……害虫並みの生命力だからね」 痙攣する大城を尻目に新庄は詰め寄り、やがてその目線が佐山以外のものに向けられた。 「…ずっと一緒なんだ?」 新庄は背伸びしてこちらの頭を撫でるが、頭頂に感覚は無い。頭と手の間に一匹の動物がいるからだ。 「おや貘か。いつの間に頭の上に」 「随分馴染んでるみたいだね。そこが定位置なのかな?」 特に決めてはいないがね、と佐山は嘆息。そこで一つ喚起される記憶があった。 「新庄君。実は先ほど、貘に夢を見せられたのだがね」 「え、どんな夢?」 うむ、と佐山は頷き、 「青天直下の草原で息も荒い隻腕オヤジに迫られ、背後を見れば巨大な塔があった」 「それ夢判断的に佐山君の本性じゃない? 隻腕オヤジが君で、巨大な塔がいやらしさの規模とか」 新庄の答えに佐山は頷く。 「ならば私は見上げ切れない程にいやらしいのか。大したものだ」 「いや結構色々な情報が欠けてない? その夢の話」 「確かに。隻腕オヤジの格好は全て古びたものだった、それこそ戦前並みにね。そしてあの男は塔の事をバベルと呼んだ。――あれは何かね?」 「はん、貘に認められたか」 そこへ新たな声が響き、振り向いた先の休憩所に白髪の男を見た。傍らに立つ侍女も見て、佐山は昨日電車の中で会った人物だと気付く。 「誰だ貴様は。私と新庄君の会話に口を挟むとは無粋で礼儀を知らぬようだが――」 そこで右手の袖が引かれた。見れば新庄がこちらを見ていて、 「大城・至さんだよ。僕が所属する全竜交渉部隊の監督で、そこの大城さんの息子」 佐山は、何? という疑問符と共にベンチの向こうに伏す父親の方を見た。 「――あーっ! PCは夢への扉ー!!」 「…悪趣味の血は絶えないのだな」 大城の寝言に佐山はコメントするが、新庄はそれを無視する。 「至さん、佐山君が見た夢って貘の力なの?」 「ああ、貘は主が求めた真実を見せる。言語も本人の意思に置き換えるから他Gの過去を見る事も可能だ。…但し、それは主が望む限りだがな」 「では夢にあったあの塔は? バベルとは何だ?」 佐山も問うが、しかし至は鼻で笑う。 「聞けば何でも答えると思ったかクソガキ」 その答えに佐山は睨み、至は笑みを強めて、 「おいSf、無知なガキ共にある事無い事吹き込んでやれ」 傍らの侍女を呼んだ。侍女は、Tes.、と答えて佐山に一礼する。 「自己紹介は初となります、佐山様。私は至様専用の侍女でSfと申します。――以後、見知りおきを」 「随分と悪趣味な主を持ったものだね、君も」 「Tes.。…それが至様ですので」 「そこは納得する所じゃないぞオイ!?」 至は喚くが佐山は無視、Sfも同様の対応で説明を開始する。 「概念戦争の始まりは第二次大戦以前となります。…厳密には昭和初期、一人の学者がバベルに気付いて行動した事が切っ掛けですが」 「それは誰かね?」 「一高、今で言う東大の元教授で佐山様が通う学校の創立者。そして出雲社護国課の発案者、衣笠・天恭です」 Sfは続ける。 「彼は近畿への旅行中に一つの遺跡を発見しました、それがバベルです。彼はバベルを未知の遺跡だと言いましたが、誰もが半信半疑でした。バベル内部に彼しか入れなかった為です」 「その遺跡には……セキュリティがあった、と?」 「Tes.、何故かその機構が通すのは衣笠・天恭だけでした。故に知識独占の小細工とも疑われたが、見返りも無しに情報を全開示した事でそれはすぐに無くなったそうです」 そして、とSfは一度区切り、 「持ち帰った技術を利用した出雲社は他の産業を大きく突き放し、軍の研究機関としての地位を得ました。そうしてある時、日本の上層部に一つの提案をしました」 「それは?」 佐山をSfを見据え、向こうはそれに答えた。 「神州世界対応論。――日本の形状は世界の大陸に対応し、それらは地脈で通じている。それを調整すれば世界の動きを予見し運気を操る事も出来る、とする理論です」 Sfの言葉に佐山は半目になる。 「…そんな荒唐無稽な話を信じたのか、この国は」 「当初は上層部も同様の反応だったそうですが、出雲社が幾つかの未来を当てた事でそれは認められました。本国各地に調整施設を配備、護国課はその管理部署として設立されました」 「ではそれが?」 「Tes.。地脈は概念に関わるもので、それに干渉した事でLowーGは概念戦争を知る事となりました」 「どうだ、何も考えていない様な話だろう? 確かに日本は世界と繋がっていた。だがそれが何を呼ぶのか誰も解っちゃいなかった」 は、と声に出して至は笑う。 「頭の悪い奴ばかりという事さ。昔も――そして今もな」 至は広場の外れに視線を向ける。つられた佐山も同様の方向を見て、 「――!」 異形の集団を見つけた。西洋甲冑の人影を最前に、2メートル超過の巨躯や有翼の者共が在している。 「誰!?」 新庄は叫ぶが集団はそれに答えず動く。甲冑姿の人影が懐から二枚の板を取り出したのだ。 「概念反応を確認。――あれは概念空間展開用の装置です」 Sfの補足は、甲冑の人影が二枚の板を宙に投げた事で証明された。 ―――惑星は南を下とする。 ―――文字は力の表現である。 それは概念条文の複合展開だ。佐山が自弦時計の振動を得たのと同時、世界が変調を起こす。 「――な、に?」 大地が傾いたのだ。佐山の後方、南側へと。 ● 「――なんですって?」 尊秋多学院の美術室、ブレンヒルトは黒猫の報告に驚きの声を上げた。 「今ね、大城・一夫が全竜交渉の交渉役候補に情報開示をしてるんだって。明日、和平派の代表と事前交渉をさせる為に」 「その大城って馬鹿? そんな一気に動いたら、和平派に蹴られたばかりの王城派が慌てて動くわよ」 ブレンヒルトの言葉を黒猫は肯定する。 「皆も言ってたよ、王城派は切羽詰まってる、って。だから今回大城・一夫を狙って、失敗したら降伏するつもりらしいよ」 どうする? と黒猫は問い、 「……監視対象も動いてるのよね?」 「地上本部の局員何人かと一緒に向かってるっぽいよ」 ブレンヒルトはその言葉に頷く。 「だったらやる事は決まってるわ。――向かいなさい、変化の現場へ。監視対象が少し増えるだけよ」 ―CHARACTER― NEME:大城・至 CLASS:全竜交渉部隊監督 FEITH:過去を知る男 戻る 目次へ 次へ
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【なのは×終わクロ氏の作品】の参加者に与えられた支給品の経過 【八神はやて(StS)@魔法少女リリカルなのはFINAL WARS】 【デイパック】【支給品一式】は【クアットロ@魔法少女リリカルなのはStrikerS】に奪われています。 半壊した護送列車@ARMSクロス『シルバー』 【F-3 崩壊した橋】において橋代わり カリムの教会服とパンティー@リリカルニコラス 【クアットロ@魔法少女リリカルなのはStrikerS】 スモーカー大佐のジャケット@小話メドレー 【クアットロ@魔法少女リリカルなのはStrikerS】 【新庄・運切@なのは×終わクロ】 【デイパック】【支給品一式】は【I-5聖王のゆりかご・玉座の間】に放置されています。 ストームレイダー@魔法少女リリカルなのはStrikerS 破壊 ガソリン@アンリミテッド・エンドライン 【H-3 機動六課隊舎】を燃やすために全て消費 パピヨンマスク&スーツ@なのは×錬金 マスク【H-5 デパート3階】↓【柊つかさ@なの☆すた】↓【F-6 レストラン前(ミラーワールド)】 【ブレンヒルト・シルト@なのは×終わクロ】 【デイパック】【支給品一式】は【ユーノ・スクライア@L change the world after story】が入手しました。 双眼鏡@仮面ライダーリリカル龍騎 【ユーノ・スクライア@L change the world after story】 1st-Gの賢石@なのは×終わクロ 限界まで酷使による破壊 ベガルタ@ARMSクロス『シルバー』 【キース・レッド@ARMSクロス『シルバー』】↓【E-5】に放置 【エネル@小話メドレー】 顔写真一覧表@オリジナル クレイモア地雷×3@リリカル・パニック
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【魔法少女リリカルなのはFINAL WARS】 蒼天の書 柊かがみに支給されたボーナス支給品。 リインフォースⅡ専用の魔導書型ストレージデバイスで、主に儀式系を含む多くの補助魔法が記されている。 全容量の半分程度をリインフォースⅡ個人では使用しない融合時用の魔法データが占めている。 トカレフTT-33 エリオ・モンディアルに支給。 全長194mm・重量858g・口径は7.62mm×25・最大装弾数8というソビエト連邦陸軍が1933年に制式採用した軍用自動拳銃。 本来必須なはずの安全装置すら省略した徹底単純化設計且つ生産性向上と撃発能力確保に徹した構造をしている。 さらに過酷な環境でも耐久性が高く、それに加えて弾丸の貫通力に優れている。 第二次世界大戦中~1950年代のソ連軍制式拳銃として広く用いられた拳銃であり、正確な総生産数は不明ながらコルト ガバメントと並んで『世界で最も多く生産された拳銃』と称される事もある。 FINAL WARS内ではラドンに襲われた町で半裸に豹柄のコートというギャングっぽい黒人風の男性が所持していた。 リインフォースⅡ 早乙女レイに支給。 時空管理局空曹長にして、はやてが創り出した人格型ユニゾンデバイス。身長約30センチで、長い銀髪を持った少女の姿をしている。魔導師(作中では主にヴォルケンリッター)とユニゾンすることで、その能力を飛躍的に向上させることができる。また、彼女自身もストレージデバイス「蒼天の書」を用いた戦闘が可能で、主に氷結系魔法を得意とする。 天真爛漫な性格で、語尾に「~です」とつけるのが特徴。また、「よく食べてよく寝る」とのこと。参加者には、鞄型移動寝室(通称「おでかけバッグ」)に収納された状態で支給されている。ちなみに、この時も眠っていた。 【なのは×終わクロ】 Ex-st 高町なのは(StS)に支給。 新庄・運切の武器。白い砲塔に似た杖型のストレージデバイス(という名の概念兵器)。 砲門を取り換えて多様な砲撃ができる。威力は使用者の意志に比例する設定となっており、望みさえすれば自壊する程の大威力も発揮できる。 1st-Gの賢石 ブレンヒルト・シルトに支給。 賢石とは概念を媒体に記録させた物で、所有者を変調させる事無く概念を付加、デバイスの燃料にもなる。 1st-Gの概念『文字には力を与える能がある』を媒体とした物なので、通常空間でも1st-Gの術式が使用可能となる。 板型概念展開装置 キース・レッドに支給。 周囲の空間に概念を展開する金属製カード(簡単に言えば一定区域に特殊能力を付け足すアイテム)で、これは「―――惑星は南を下とする。」という概念のもの。 発動すれば一定区域は南方が下、北方が上になる様に地面が垂直になる。発動時に前記の文章(概念条文という)が効果範囲内にいる者の脳裏に響く。 本来はこれが発動している空間と現実空間は出入り不能になる。 ただし本ロワでは出入り自由で効果エリアは半径100m・効果持続時間は10分とする。使用回数1回。 レークイヴェムゼンゼ ヴィヴィオに支給。 1st-Gの魔女ブレンヒルト・シルトのデバイス(概念兵器)。意思はある。 普段は待機形態で三日月型の飾りがついたチョーカー、他に戦闘用の大鎌形態と飛行用の箒形態がある。 冥界との境を開いて死者と話せたり、一時的に実体化させる機能がある(ここで呼び出せる死者は元々の1st-Gの住人+この地で死んだ者)。 録音機 ギンガ・ナカジマに支給。 記録用のメモリ式携帯録音機(バッテリー式)。本来の持ち主は佐山・御言。 【小話メドレー】 スモーカー大佐のジャケット 八神はやて(StS)に支給。 海軍本部所属のスモーカー大佐の着ているジャケット。 オプションとして大量の葉巻と先端に海楼石を仕込んだ七尺十手が付いている。