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ナナリーが夢の世界に旅だっていたころ、 ルイズとキュルケは中庭にいた。 「じゃあ始めましょうか」 キュルケが言った。 「そうね、でも危ないことはやめましょう」 「あら? おじけづいたの?」 ルイズをからかうように言う。 「違うわよ!誰があんたなんかに。 ただ、あんたが怪我でもしたらナナリーが悲しむでしょ」 ルイズ何がなんでもナナリーを悲しませるようなことはしたくないようだ。 キュルケはそんなルイズを見て笑った。 馬鹿にしているわけではない。 逆にルイズのそんなところは認めているくらいだ。 「じゃあこうしましょ」 キュルケが勝負方法を提案した。 その方法とは… 「本塔の外壁を壊す!あんた頭おかしいんじゃないの!?」 勝負方法は、互いに魔法で外壁をどれだけ破壊できるかというものだった。 「おかしくないわよ。 これなら怪我人はでないでしょ?」 「だからって、そんなことしたら停学ものなのよ! やっぱり頭がおかしいとしか思えないわ」 キュルケは呆れた口調でかえした。 「あのねぇ…本塔の外壁がどれだけ丈夫か知らないの? たとえトライアングルクラスのゴーレムでも打ち破るのは不可能なの。 あんたみたいなゼロには傷ひとつつけられないかもね」 そして、少しの挑発も混ぜていた。 「…いいじゃない。やってやろうじゃないの」 ルイズは面白いぐらい簡単に挑発にのった。 全てキュルケの計算通りとなった。 「じゃあ私からいくわね」 キュルケはそういってルーンを呟く。 すると杖の先からはメロンほどの火の玉が現れた。 「まだまだ終わらないわよ」 メロン程度だった火の玉はさらに巨大なものへとなっていく。 ついには、人が丸々おさまるほどのものへとなっていた。 「ごめんなさいね。あんたの壊す壁、無くなっちゃうかも」 そう言いキュルケは杖を突き出した。 火の玉は真っ直ぐ外壁へと飛んでいく。 火の玉が壁にあたると大爆発がおきた。 「手応えありね」 キュルケは鼻で笑った。 徐々に爆煙がはれていき外壁が姿をあらわした。 「え…嘘……」 キュルケは驚愕の表情を見せる。 あれほどの爆発がおきたのにもかかわらず、 壁には傷ひとつついていない。 「ふふっ、あんたのへぼ魔法じゃそんなものなのね」 ルイズは高らかに笑っていた。 キュルケは余程悔しいのかギリッと歯を噛み締める。 「じゃあ私がお手本を見せてあげる」 そう言いルイズはルーンを呟いた。 余裕の態度をとっていたルイズだが、実はそれなりに焦っていた。 キュルケの魔法の実力はルイズも認めている。 そのキュルケの魔法が一切効かないとはキュルケはもちろんルイズも予想だにしていなかったのだ。 あの壁、固定化以外に防御呪文でもかかってるんじゃないの? とルイズは思った。 「私もファイアーボールで勝負してあげる」 散々ルーンをとなえたうえでルイズは杖を振った。 もし失敗したところで引き分けだ。 ルイズはポジティブに考えることにした。 ルイズの杖の先から火の玉……は出なかった。 そのかわり壁が盛大に爆発した。 「また失敗…」 ルイズはその場に膝をつく。 「なに言ってんの。あんたの勝ちじゃない」 「……え?」 まさかと思いつつもルイズは壁に目を向けた。 「あ…崩れてる…」 壁はたしかに破壊されていた。 キュルケの魔法ですら傷つかなかった壁がルイズの失敗魔法でこわれたのだ。 ルイズは呆然としていた。 まさか勝つとは思わなかったからだ。 「あ…や、やったー!私勝っちゃった!」 ルイズはその場で跳びはねて喜んだ。 「ふん…私に勝ったんだから少しは自信をもつことね」 「え?あんたもしかして…」 もしかしたら、キュルケは ルイズに自信をつけさせるためにこの勝負を持ち掛けたのかもしれない。 昼間、武器を買うなどといいだしたルイズに自信をつけさせるために… ルイズはキュルケに素直に感謝した。 「キュルケ…あの…ありが……」 しかしルイズの言葉は遮られた。 「なにあれ…」 キュルケの表情は尋常なものではなかった。 目は見開き口は大きく開いている。 ルイズはキュルケの目線を追った。 そこにいたのは身の丈30メイルはある巨大なゴーレムだった。 「な、なんなのよー!」 突然の出来事にルイズは絶叫した。 なにかの大きな物音でナナリーは目を覚ました。 その原因というのもルイズとキュルケだったのだが。 「今のは何なんでしょう?」 ナナリーは、何かあったのではと思い心配していた。 「ルイズさん起きて下さい」 とりあえず隣に寝ているであろうルイズを起こす。 「あ……そういえば」 しかし、すぐに隣にいるのがルイズではないことに気づいた。 「たしかタバサちゃんのお部屋で眠ってしまったような…」 寝る前の曖昧な記憶をなんとか思い出す。 「タバサちゃん起きて、今大きな音がしたの」 タバサの体をゆする。 しかしかえってくるのは寝息だけ、そればかりか、 「ひゃ…」 タバサはナナリーに抱き着いてきた。 突然のことにナナリーは驚く。 「た…タバサちゃん?」 もう一度タバサに呼びかける。 しかし、かえってきたのはやはり寝息だけだった。 「お…とう……」 タバサが何かを呟く。 寝言だろうか? 「お父様…お母様…」 ナナリーはその声を黙って聞いた。 そして、やさしくタバサの頭を撫でる。 「おやすみなさい」 ナナリーは、タバサを静かに寝かせてあげることにしたのだ。 そのとき、今度は今までより更に大きな音がした。 何かが壊れ、崩れおちる音だ。 ナナリーはタバサの頭を抱きしめ、 彼女が安心して寝られるようにと優しく声をかける。 「大丈夫…大丈夫だから…」 ルイズは目の前で起きていることが信じられないでいた。 突然現れた巨大なゴーレム。 それが本塔の壁を破壊したのだ。 「きゅ、キュルケ!あれなんなの!?」 「私に聞かれてもわからないわよ!」 キュルケも相当慌てた様子だ。 よく見るとゴーレムの上には人が乗っていた。 「あ…もしかして…」 キュルケには何か思い当たるふしでもあるのだろうか? 「なに?」 「あれじゃない?フーケ」 フーケとは、巷で有名な魔法使いの怪盗のことだ。 「そ、そうよ!きっとそうだわ!」 よくよく考えてみると、ゴーレムが壊したあたりにあるのは宝物庫だったのだ。 ゴーレムはいつの間にか、学園の外に向かって歩きだしていた。 おそらく既に盗みは完了しているのだろう。 「行くわよ!」 ルイズはそれを追って走り出す。 「ちょっ、あなた、追ってどうするのよ!」 「捕まえるに決まってるでしょ!」 相手はあの巨大なゴーレムを作り出した魔法使いだ。 たとえ追いついたところで、 ルイズではどうしようもない。 「…もう」 キュルケはルイズの後を追った。 しかし、結局ルイズ達がフーケに追い付くことはなかった。 ゴーレムは学園の外に出ると突然崩れ、土の山となった。 もちろんそこにフーケの姿はない。 ようするに、ゴーレムは囮で、フーケは別に逃げたということだろう。 翌日、学園はその件で大きな騒ぎとなった。 盗まれた物は『破壊の杖』というものらしく、 なんでも、秘宝といわれるほど貴重なものらしい。 ナナリーはそのことをルイズから聞いていた。 ちなみに、昨夜、その一件の後、 ナナリーがいないことに気づいたルイズは大慌てで学園内を探し回っていた。 キュルケが何の気なしに 「タバサの部屋にいるんじゃない?」 と聞いた次の瞬間にはダッシュでタバサの部屋までむかっていた。 ナナリーを見つけたときのルイズは、 汗は涙と鼻水で悲惨な状況であった。 その後、ナナリーを部屋に連れ帰ろうとしたルイズだが。 抱き着いているタバサを起こしたくないとナナリーにお願いされ、 しぶしぶ一人で帰ったのだ。 そして現在、まだ日も昇ってないというのにルイズはタバサの部屋にきていた。 タバサは今だ熟睡中だ。 ナナリーは、タバサを起こさないように小声で話す。 「その、破壊の杖というのは何なんですか?」 「なんでも凄いマジックアイテムらしいの。 その名の通り、あらゆるものを破壊するとかしないとか」 「それは怖いですね…」 「大丈夫!ナナリーは私が守るから」 ちなみにルイズはタバサのことをお構いなしに声を張り上げている。 おそらくルイズの声のせいだろう。 タバサが目を覚ました。 「おはようございます」 眠気まなこを擦るタバサに、ナナリーは笑顔で朝の挨拶をする。 「…おはよう」 タバサはナナリーを確認したのち挨拶をかえした。 「ごめんねタバサちゃん。昨日は急に寝ちゃって」 「かまわない」 ナナリーとタバサが楽しそうに会話をしている。ルイズはその様子をじっと眺めていた。
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謙虚な使い魔~アンドバリの呪縛~ アルビオン空軍工廠の街ロサイスは、首都ロンディニウムの郊外に位置している。 フネの造船所や製鉄所が立ち並ぶロサイスは、元々は王立空軍の発令所でもあったが、今ではアルビオンを掌握したレコン・キスタの指令所となっている。 その赤レンガの大きな建物には、誇らしげにレコン・キスタの三色旗が翻っている。 そして、一際目立つのは、天を仰ぐばかりの巨艦であった。 全長二百メイルにも及ぶ元アルビオン空軍本国艦隊旗艦の『レキシントン』号は、これまた巨大な盤木にのせられ、改装工事が行われていた。 アルビオン皇帝のオリヴァー・クロムウェルは供のものを引き連れ、その工事の視察していた。 「なんとも大きく、頼もしい艦ではないか!このような艦を与えられたら、世界を自由にできるような、そんな気分にならんかね?艤装主任」 「…わが身には余りある光栄ですな」 気のない声でそう答えたのは、『レキシントン』の艤装主任に任じられた、サー・ヘンリー・ボーウッドであった。 彼は革命戦争の時、レコン・キスタ側の巡洋艦の艦長であった時の功績が認められ、『レキシントン』号の改装艤装主任を任される事になったのである。 そして、艤装主任はそのまま艦長へと就任するのが王立であった頃からのアルビオン空軍の伝統であった。 「見たまえ、あの新型大砲を!わたしの友人による設計でね、東方のロバ・アル・カリイエからやってきて、エルフから学んだ技術をもとに設計したこの長砲身の大砲は、なんと従来の戦列艦が装備するカノン砲のおおよそ一・五倍の射程距離を持つそうだ!」 興奮して語るクロムウェルに対してボーウッドはつまらなそうに頷く。 元々ボーウッドは心情的には、王党派であった。 しかし、軍人は政治に関与すべからずとの意思を強く持つ生粋の武人でもあったため、上官であった艦隊司令が反乱軍についたため、ボーウッドもまた仕方なくレコン・キスタ側として革命戦争に参加したのである。 軍人として、指揮系統の上位に存在するものの決定に黙って従っていたが、一個人としてクロムウェルは忌むべき王権の簒奪者としてしか見ていなかった。 「これで『ロイヤル・ソヴリン』号にかなう艦は、ハルケギニアのどこを探しても存在しないでしょうな」 ボーウッドは間違えた振りをして、艦の旧名を口にした。 クロムウェルはその皮肉に気付き微笑んだ。 「ミスタ・ボーウッド、アルビオンにはもう王権(ロイヤル・ソヴリン)は存在しないのだよ」 「そうでしたな。しかしながら、たかが結婚式の出席に新型の大砲をつんでいくとは、下品な示威行為と取られますぞ」 トリステイン王女とゲルマニア皇帝の結婚式に、国賓として初代神聖アルビオン皇帝兼貴族議会議長のクロムウェルや、神聖アルビオン共和国(アルビオンの新しい国名)の閣僚は出席する。 その際の御召艦が、このレキシントン号であった。 「ああ、きみにはこの『親善訪問』の概要を説明していなかったな」 「概要と言いますと?」 また自分の知らぬ所で決められた策略か、とボーウッドは頭が痛くなった。 クロムウェルは、そっとボーウッドに二言、三言耳打ちした。 ボーウッドは顔色を変えた。 目に見えて、青ざめて、軽蔑のまなざしでクロムウェルを見た。 「馬鹿な!そのような王道から大きく外れた行為など!」 「これも軍事行動の一環だ。ミスタ・ボーウッド、きみならその事が理解していただけると思っているのだがね」 こともなげに、クロムウェルは呟いた。 「トリステインとは、不可侵条約を結んだばかりではありませんか!今まで自ら申し出た条約を破り捨てた国はどこにもない!このアルビオンが卑劣な条約破りの国として、ハルケギニア中に恥を振りまく事になりますぞ!」 激高したボーウッドが叫んだ。 「ミスタ・ボーウッド、それ以上の政治批判は許さぬ。これは議会で決定し、余が承認したものだ。余はきみが忠実なる軍人だとばかり思っていたが、いつからきみは政治家に転向したのかね?」 「しかし…」 「確かにいままでハルケギニアの歴史上に類を見ない事だろう。しかしだからこそ誰も成し得なかった事が達成できるとは思わないかね?ハルケギニアは我々レコン・キスタと言う旗の下一つにまとまるのだ。一時的な誹りなど、エルフどもの手より聖地を取り戻せば気にならんよ」 ボーウッドがクロムウェルに詰め寄った。 「条約破りがただの誹りですまされない!ハルケギニアが一つにまとまる前に、アルビオンは各国の敵とみなされるのは目に見えている!閣下は祖国を裏切るおつもりですか!」 クロムウェルの傍らに控えたワルドがボーウッドの喉元に杖を突きだして制した。 「艦長、改装作業にしては些か興奮しすぎのようだな」 ワルドはそう言うと帽子のつばを指で少しあげる。 「……ふん、国を裏切る事さえいとわぬ貴殿にはわからぬ事だな」 突きつけられた杖にも動じず、ボーウッドはワルドを睨み返す。 「大丈夫だ子爵、杖を下げたまえ。ミスタ・ボーウッド、きみは引き続き艤装作業を続けたまえ」 クロムウェルがそう促すと、ボーウッドは不服そうな顔をしながらも、艤装作業を確認するためにその場を去った。 「子爵、きみは竜騎兵隊隊長としてこのレキシントン号に乗りたまえ」 「目付け、というわけですか?」 「いや、そうではない。あの男はわかりやすいほどに頑固で融通がきかない人物ではあるが、それ故に裏切る事は絶対にしない。余は単純に、スクウェアメイジであるきみの能力を買っているだけだ、きみは飛竜に乗った事はあるかね?」 「いえ、ありませぬ。しかし、私が乗りこなせぬ幻獣はこのハルケギニアには存在しないと存じます」 「流石は子爵だ、何とも頼もしい。そうだ、子爵に会わせておきたい者がおってな。少し余の執務室まで来ていただけるかな?」 ワルドは恭しく頭を垂れる。 「是非とも」 そうしてワルドはクロムウェルに連れられて、レコン・キスタ司令所にあるクロムゥエルの執務室へとやってきた。 予め執務室に通されていたのか、二十代半ばぐらいの女性がソファーでクロムウェル達が現れるのを待っていたようだ。 細く、身体にぴったりとした黒いコートを身にまとい、ワルドが知る限りでは見た事のない、奇妙ななりだった。 マントも着けず、杖も見当たらないので、メイジではないのだろうか? 「おお、ミス・シェフィールド待たせたね。我々の『支援者』は元気だったかね?」 シェフィールドと呼ばれた女性は立ち上がり、冷たい目でワルドを眺めまわし、顔を一瞬しかめた。 そして何事も無かったかの様にクロムウェルに向き直る。 「以前変わりなく。クロムウェル様によろしく伝えて欲しい、との事です。ところでそちらの方は?」 「おお、そうであった。彼はワルド子爵、ハルケギニアでも有数のスクウェアクラスのメイジであり、我々の頼もしい同志だ。ワルド君、彼女が例の新型大砲の設計をした余の有能な秘書、ミス・シェフィールドだ」 ワルドは帽子を取り、シェフィールドに一礼する。 「ほう、遠くロバ・アル・カイリエで、エルフの技術を学んだ技師と聞いていたものだから、もっと厳つい人物を想像したが…」 ワルドはシェフィールドをじっと見つめる。 何度も確認するように、特に額を隠すように伸びた彼女の艶やかな髪を眺め回す。 「私の顔になにか?」 「失礼、以前どこかで会った様な気がしてな……ニューカッスルだったかな?」 シェフィールドは首を振る。 「ニューカッスルの時、私はとある『支援者』の下へ使いにでていたのだから、卿にお会いするのは本日が初めてだと思います」 そうか、と言ってワルドは首を傾げる。 クロムウェルが軽く笑う。 「子爵はさぞかし女性にもてるのだろうな、会った数々の女性の中にミス・シェフィールドに似た方でもいたのではないかね?」 「いえ、そういう訳では…」 「ところでミス・シェフィールド、我等の『支援者』から何か良い知らせはあったかね?」 「ええ、『親善訪問』作戦が行われる地がタルブと知り、地の利を活かせる水空両用艦を二隻、とそれに付随する降下隊を二隊、閣下のために送っていただけるそうです。クロムウェル様の皇帝就任祝いも兼ねてだそうです」 クロムウェルは満面の笑みになる。 「おお、それは素晴らしい!これでこの作戦の成功も確実なものとなるな!確か両用艦と言えばガリア王国の技術だったな。すると『支援者』はガリアの者かな?」 「クロムウェル様、例の約束をお忘れなきよう……」 シェフィールドが困った表情をする。 「おっと、すまない。『支援者』の素性は詮索しない、と言うのが約束であったな。しかし、我々と同じ志を持ちながら、名乗り上げる事ができない立場とは、難儀なものだな」 シェフィールドは視線でクロムウェルに合図して、そしてワルドの方へと視線を向ける。 クロムウェルはその様子を見て、シェフィールドの言いたい事を察した。 「ああ、すまぬ子爵。少し込み入った話をするのでな、少し席を外してくれるかね」 「御意」 ワルドは帽子を深く被り直し、一礼すると、クロムウェルの執務室を出た。 (あの女…確かに今まで会った事はない。だが、遠い昔どこかで見た事がある気がするこの感覚はなんだ?) ワルドの胸に何か詰まるような不快感が広がり、咄嗟に手で胸を抑える。 執務室から離れた廊下で立ち止まると、ワルドは壁に寄りかかり、呼吸を整え、目を瞑り、耳を澄ます。 風メイジ特有の空気の流れを読む聴覚をもって、離れた執務室に聞き耳を立てる。 執務室のドアに直接耳を当てたかの如く、クロムウェルとシェフィールドの会話がはっきりと聞こえてくる。 『クロムウェル様、先ほどの者の心は支配されていない様に見受けられましたが』 『ワルド子爵の事かね?せっかくの数少ないスクウェアメイジを、余がその心を支配してしまってはもったいないだろう。自分で物を考えられぬ木偶は、蘇らせた死者どもだけで十分だ』 『強力なメイジであるからこそ、その扱いには用心する必要があります』 『余も無条件で子爵を信用しているわけではない。彼がなぜ、魔法衛士隊隊長と言う座を捨ててまで、余に忠誠を誓うのかがまだ見えてこない。ボーウッドと違い、子爵はいつ裏切ってもおかしくないだろう。しかし、その忠誠が本物であれば、彼以上に頼もしい味方はいない』 『それを見極めるために、敢えて泳がせていると?』 『その通りだよ、ミス・シェフィールド。今度の『親善訪問』では子爵をミスタ・ボーウッドの監視下に置くつもりだ。子爵とは対極な性格をしたミスタ・ボーウッドなら、子爵の思惑に対して敏感に感じ取る事ができるだろう』 瞼を閉じたまま、ワルドは静かに鼻で笑う。 (まさか、こちらが目付けを付けられるとはな。所詮クロムウェルの言う『信頼』とは人を利用するためのものか) シェフィールドの事が気になり、聞き耳を立ててはみたが、なんて事はない、くだらない話しかないと思ったその時、 『もしそれで子爵が我々に害を成す者だとわかれば、ミス・シェフィールドより譲り受けたこの指輪で心を支配してしまえば良い』 ワルドの瞼はぴくりと動いた。 (指輪だと?) 『死者に偽りの生を与え、又人の心を操る事ができるそのマジックアイテムは、誰でも扱える代物。くれぐれも他の者に知られぬよう、お願いいたします』 『心配はいらぬよ、ミス・シェフィールド。未だに皆は余が虚無の担い手であると信じておる。まさか余がただの平民の司教であるとは夢にも思っておらんよ』 驚愕の事実を聞いてしまったワルドは執務室から遠く離れた廊下で目を見開いていた。 「ふっ……ははは!まさか『虚無』と呼んでいたものがただのマジックアイテムとは。心にない信仰を説く司教が、まさか虚無を語るペテン師でもあったとは、とんだ皮肉だ!」 ワルドの顔に不気味な笑みが浮かぶ。 「しかし、人の心を支配できるマジックアイテムか。もしそれが本当であれば、『虚無』の力に匹敵する事は間違いない。いや、うまく使えば『虚無』の担い手ごと操る事もできるだろう。何としてでもその指輪を手に入れねばならぬな……それがあれば、今度こそルイズを……」 その頃トリステイン魔法学院、 「ブロント?今何か言った?」 タルブの村から学院に戻ったルイズは、自室で大量に積み重なった本がそびえ立つ机に向かっていた。 キュルケ達と共に無断で授業を数日間サボってしまったため、遅れてしまった分の課題を山盛り与えられていたのだ。 それに加え、エルザがまとめ上げたと思われる、過去数百年の間に使われた詔集が一番上に乗せられていた。 「おいィ?お前らは今俺が何か言ったのを聞こえたか?」 ブロントは油布で丁寧にイージスを拭き、手入れしていた。 「聞こえておらぬのう」 イージスは数百年振りに武具としての手入れ受けて、気持ちよさそうな顔をしている。 「何か言ったのか?てか、相棒、イージスばっかりじゃなくてさ。俺様もやってくれ。潮風が身体にべた付いて気持ち悪ぃったらありゃしねえ」 壁に立てかけられデルフリンガーがうるさく鍔を鳴らして、ブロントの気を惹こうとする。 「そう?気のせいかしら……あー、それにしてもこの量、気が滅入るわ。詔も考えないといけないし」 課題の筆休めに、詔集のページを何枚かぺらぺらと捲り、目を通す。 「火に対する感謝、水に対する感謝、と各四大系統に対する感謝の辞を、詩的な言葉で韻を踏みつつ詠みあげるなんて、困ったわ。詩的なんて言われてもわたし詩人じゃないもの」 ルイズがうー、と唸りながら頭を抱えている横でデルフリンガーが何やら騒がしく喚く。 「やい、てめ、イージス。姉御の時はてめえが先だったから身を引いてやったがよ、今度の相棒は俺様が先だぜ?先輩の俺様を差し置いてチョーシに乗っているんじゃねぇぜ!」 「そちは相変わらず器が小さいのう。何が先や、後やと悩んでおると、いらぬ錆が増えるだけだと言うのに。そもそもブロントの事はそちより先に知っておるわ」 「あ?それは相棒と組む前にちらっと会っただけの話だろ?俺が言っているのは、お互いに命を預けあい、幾多の戦場を駆け巡るため、『相棒』として組んでからの話だ!」 イージスは溜め息を吐くような表情を作る。 「愚かな。無知故に、その様な瑣末な事で優位に立とうとするそちの姿、いつ見ても哀れじゃのう。すでに勝負はついておるのに」 「ああ?誰が『哀れ』だって?おい!イージスちょっと表へ出ろ!相棒!俺を…」 デルフリンガーが言い終わる前に、ルイズが立ち上がりデルフリンガーを鞘に押し込めた。 「うるさいうるさい!ったく!気が散るじゃない!剣の癖にやかましいのよ!」 ルイズは鼻息荒くデルフリンガーを紐で縛りあげ、鞘に固定した。 「もう、こいつの声を聞いていたら、詩的も何もないわ。ブロント、そこの『詔集 第一巻』を取って頂戴」 「これか?」 磨き終わったイージスを自分のベッドの上に置くと、ブロントは机の上からルイズが最近一番使っている本を取った。 「それは『始祖の祈祷書』、それじゃなくて、『詔集』と書いてある本よ」 ブロントは祈祷書を元の場所に戻すと、本の山を見つめた。 ルイズが次に良く広げている立派な装丁が施された本を取るとそれをルイズに差しだした。 「それは『不治の病と治癒のポーション』、ちゃんと題名書いてあるでしょ、ちゃんと見てから寄こしなさいよ」 ブロントは顔をしかめる。 「おまえもしかして文字が読めないと俺を馬鹿にしているんですか?」 「えっ?いや、馬鹿にしているわけじゃ…ってブロント、あんた字が読めないの?」 「俺がどうやって文盲だって証拠だよ言っとくけど俺は文盲じゃないから」 「そ、そこまで言ってないわよ」 不機嫌になり始めた自分の使い魔にルイズが狼狽する。 拗ねてしまったのか、ブロントは本を机に置いて、夢幻花の鉢植えの手入れを始めてしまった。 「そう言えば、ここはヴァナ・ディールとは違う言語体系だったのう。私もハルケギニアに初めて訪れた際は、暫し言葉に困ったわ。召喚されて数月も経たぬブロントではまだ字が読めぬのも無理ない故」 ベッドに置かれたイージスが天井を仰ぎながら、ルイズに語る。 「あれ?でも、ブロントは召喚された時からちゃんと話せていたわよ、ちょっと訛りが強いけど」 「セラーヌの時もそうであったが、召喚されし使い魔は、<サモン・ゲート>を潜り抜けた時、主人と問題無く意思の疎通を図れる様、言葉が通じる様になるそうじゃな。しかし、主人との会話にかかわらない文字の方までは<サモン・ゲート>の効力が及ばぬとは、都合が良いのか悪いのか判らぬ魔法じゃのう」 「そうだったの……詔集から幾つか詠みあげて貰おうと思ったのに……」 イージスの隣に座ったルイズはちらりとブロントの方を見ると、背中をルイズに向けて甲斐甲斐しく夢幻花の世話をしていた。 が、時々手を止めてはルイズとイージスの会話に耳を傾けている様だった。 「私はタルブで幾度も婚礼を立ち会った故、多くの詔を諳んじておる。片田舎の漁村の物で構わぬのであらば、詠み上げてもよいぞ。王室のそれとは趣に差異はあるが、似たようなものじゃ」 「もしかして、その中に初代村長様のも入っているのかしら?」 「セラーヌのか?入っているも何も、婚礼において詔を詠み上げる風習を始めたのが他ならぬセラーヌじゃ。それを気にいった時の国王が少し形を変えてしきりに王室中に広めた様だがのう。しかし誰が先に成したかや本来の形式はどうである等とは些細な問題じゃ、肝心なのは頼まれた巫女が相手をどう想って詠み上げたかじゃ」 「相手をどう想った、か…うん、イージス。お願い、聞かせてくれるかしら、そのセラーヌ様の詔を」 「セラーヌと聞いて、どうやらへそ曲がりの使い魔も興味惹かれた様じゃの」 ルイズはそう言われて、ふと気付くとブロントがいつの間にかイージスを間に挟んで、隣に座っていた。 「それほどでもない」 イージスはにっこりと微笑む表情を浮かべる。 「相変わらずじゃな、ブロント。まあ良かろう。まずはセラーヌが初めてハルケギニアで詠み上げたものからじゃな。では、『この麗しき日に……」 イージスが朗々と詔を詠み上げた。 ルイズはそれを聞きながら色々と想いを馳せる。 特に婚礼の巫女をルイズに態々指名したアンリエッタ王女の事を強く思った。 ルイズにとって、アンリエッタはどれ程大切な存在なのか、そして今アンリエッタは何を思っているのだろうか。 「姫さま……」 その頃、トリステイン王国と、ガリア王国に挟まれた内陸部に位置する、ハルケギニア随一の名勝を誇るラグドリアン湖にて。 「何かおっしゃいましたか?アニエス」 緑鮮やかな森に囲まれた絵画の様に美しく澄んだ湖水に佇むのはアンリエッタ王女と、アニエスと呼ばれた女性だった。 「いえ、殿下。私は何も……」 短く切りそろえた鮮やかな金髪に、すっきりと簡素に整えた剣士風の出で立ちのアニエスは、恭しくアンリエッタに跪く。 「そうですか、わたくしの気のせいですわ。水精霊の囁きでも聞いたのでしょう」 ラグドリアンの湖は水の精霊が住まう場所として知られている。 湖の底奥深くに水精霊たちは城と街をつくり、独自の文化と王国を築いている。 その姿を見たものは、その美しさに心をうたれ、どんな悪人でも心を入れ替えるという。 そんな水の精霊は誓約の精霊とも呼ばれ、その御許においてなされた誓約は、決して破られる事が無いと伝えられている。 アンリエッタはここでウェールズに永遠の愛を誓った。 「アニエス、無理を言って世話をかけますわ。わたくしの我儘に付き合わせてしまって」 「殿下、どうかお気になさらずに。しかしメイジの近衛でなく、ただの平民である私でよろしかったのでしょうか?」 アンリエッタは深い溜め息をつく。 「力あるメイジの貴族を信用する事ができない王女など、さぞかし滑稽でしょう。魔法の使えぬあなたの様な平民を御す自信しかない無能な王女など」 「殿下、悪い御冗談はやめてください。このアニエス、殿下に拾われた大恩が胸中に溢れども、その様な事は……」 アンリエッタは軽く微笑む。 「ええ、わかっておりますわ、アニエス。ですが王宮にはそう思い、王権の簒奪を試みる貴族が多数暗躍しているのもまた事実。わたくしの魔法近衛隊の中にも潜んでいるのかもしれません」 アンリエッタが物哀しそうな表情をして、湖の前で屈みこみ、水面に映る自分の顔を覗きこむ。 「何よりも、わたくしの浅慮故、裏切り者にわたくしの大切な人の命を受け渡してしまったのですから……」 「殿下……」 アンリエッタは手で軽く水面を漉いて、そして立ち上がる。 「アニエス、これからわたくしがここで口にする事は一切忘れて欲しい」 「御意」 アンリエッタはドレスの裾をつまむと、水の中に入っていった。 足首まで水につかると、アンリエッタは神妙な顔をして、高らかに宣言した。 (身勝手なわたくしをお許しくださいまし、ウェールズさま) 「トリステイン王国王女アンリエッタは水の精霊の御許で改めて誓約いたします。この身、例えゲルマニアに捧げる事になろうとも、この心は永久にウェールズさまを愛し続ける事を!」 湖の水面がそっとゆらぎ、再び静寂が湖を包む。 アニエスは驚きを隠せなかった。 この事が自分以外の誰かに知られれば、大変な事になるであろう。 もっとも、発言力を持たぬ、ただの平民であるアニエスが口外した所で、何とかうやむやにできるとアンリエッタも見越した上でアニエスを護衛として連れてきたのだろう。 アンリエッタが湖からでてくる、ぽたぽたと水が靴から滴り落ちる。 「さあ、アニエス。王宮に戻りましょう。あまり長居しては王宮の皆が騒ぎだしますわ」 「殿下、早く馬車に戻り、着替えを。大事な御身体に障ります故」 アニエスはそう言って、頭を垂れる。 アンリエッタは湖を包む森の外れに停めてある馬車に乗り込む前に、最後に湖を一瞥した。 そして誰にも聞こえぬように小さく呟いた。 「あの時、何故貴方は愛を誓ってくださらなかったの?ウェールズさま……」 その頃タルブの砂浜、 「何か言ったかい?シエスタ君」 ウェントゥスはまるで瞑想しているかの如く、白い砂浜の真ん中で目を瞑っている。 背後から近寄ったシエスタだったが、振り向かずに誰であるかウェントゥスに言い当てられ、シエスタは一瞬驚いた。 「あ、いえ!その、ミスタ・ウェントゥス、お昼がまだのようでしたので。手軽に食べられる物お持ちしました」 「悪いね。私の様な根無し草に気を遣わせてしまって」 ウェントゥスは目を開き、立ち上がると、口笛を吹いた。 すると遥か上空から、使い魔の黒鷲が砂浜に舞い降りてきた。 「ミスタ・ウェントゥス、また使い魔を通して辺りを見回っていたのですか?」 「いかにも。この子は目が良いからね、傭兵どもの動きを監視するのに、大いに役立っているよ。ところでシエスタ君、『ミスタ』はよしてくれ、私は貴族ではないのだから」 ウェントゥスは懐から干した腸詰の様なものを取り出すと、それを使い魔の黒鷲に放り投げた。 黒鷲は軽く「クアッ」と鳴くと、それを嘴で器用に受け取り、飲み込む。 「ですが、メイジの方に失礼があっては……」 「ハハハ、つまらない魔法が使えるだけさ。勝手にこの村に邪魔しているこちらが本来気を遣わなければならぬのにな。呼び捨てで構わないよ」 「さすがに呼び捨てする訳にはいけませんわ。えーと、そのウェントゥス…さん?」 橙の色眼鏡を掛けているせいか、表情が読み取りにくいが、ウェントゥスがにこりと微笑む。 「ウェントゥスさんって、メイジにしては随分と変わっているんですね。立ち振舞いは貴族みたいな気品があるのに、その、あまり他の貴族みたいに威張り散らさないと言いますか」 「何、メイジとて平民と同じ人間さ。刺されれば同じ赤い血を流し、夜になれば眠り、年が経てば老いる。そして日が真上に昇れば……」 その時ウェントゥスの腹がぐぅと鳴る。 「腹が減るものさ」 シエスタは思わず笑ってしまった。つられてウェントゥスも笑う。 シエスタは持っていた紙の包みを開くと、それをウェントゥスに差し出す。 「サラダをタコスにしたものです、どうぞ召し上がってください」 「ああ助かるよ。どんな偉大なメイジでも、空腹に打ち勝てる魔法など唱えられないのだからね。その点で言えばきみの方がメイジよりずっと偉大と言えるかな?」 ウェントゥスはそう言って、包みからタコスを手で受け取り、かぶりつく。 焼いたトウモロコシの生地がパリリ、と小気味良い音を響かせる。 シャキシャキと立った細切れの野菜が零れそうになる。 ゴロゴロとした海の幸に絡むアップルビネガーの香りがまた食欲をそそる。 手づかみで豪快に食べるウェントゥスだが、やはりどこか気品が漂い、絵になるとシエスタは感じ取り、思わずその食べっぷりに見とれる。 「とてもおいしかったよ。やはりこの村の料理は絶品だな」 すっかりタコスを平らげてしまったウェントゥスは満足そうな顔をする。 「気に入って頂けたようで、よかったですわ」 「さて、一休みもした所で、また少し見回りをするか」 ウェントゥスは羽を休めていた黒鷲の頭を軽く撫でると、黒鷲は頷き、また大空へと飛び上がった。 紙の包みを丁寧に折りたたんでいたシエスタがウェントゥスになんとなく聞いてみた。 「あれから何かわかりました?集められている傭兵たちが何をするか」 ウェントゥスは突然、真剣な表情になる。 「いや、ここ数日は目立った動きは無いな。二千人程の傭兵どもが今ラ・ロシェールに留まっているようだが、何か事を起こす様子もない」 「王宮の方はこの事を御存じなのでしょうか?」 「匿名でだが、何度か知らせている。流石に今は知るべき者に知れているだろう。王宮の方も特に動きを見せていないから、危惧するような問題では無いのかもしれないな。だが用心する事には越したことがないな」 「……ウェントゥスさんはなぜそこまでして、この村の事を気にかけてくれるのですか?」 「ん?なぜ、と言われてもな……最初はとある私の大切な者の力になりたくて、成り行き上でここに辿りついてな。そして、偶然が重なるものなのか、ここが我が友に縁がある地と知り、少し興味を持ったと言うのもあるな」 「友、ってブロントさんの事ですか?」 「そうとも、我が友であり、もっとも憧れている人物さ。そして彼には返しても返しきれぬ恩がある。その彼の姉が治めたと言うこの地に何かがあっては、私は友に顔向けできんよ」 シエスタはそれを聞いて、なんだか自分の事みたいに嬉しくなった。 「やっぱりブロントさんって凄いですよね。わたしも何かあの人に憧れちゃいます。でもあの寺院でびっくりしました、まさかこの村の領主様の弟さんだっただなんて」 ウェントゥスは突如、思い出したかのように手を叩く。 「ああ、そうだシエスタ君。前から聞こうと思っていたのだが、あの寺院いざという時に、村の避難場所として使えそうかね?」 「ええ、大昔にそういう使い方もしていたそうですよ。頑丈な石造りなので、あの大きな扉を閉めてしまえば、下手な砦よりも安全だとか」 ウェントゥスは「ふむ」と答えると、その場に座り込み、目を瞑った。 使い魔と視界を共有し、トリステインを上空から見渡す。 そして空の遥か彼方に小さく浮かぶアルビオンを見つめて、小さく呟く。 「さて、どう動くか……レコン・キスタよ……」 第21話 「時の輪の交わる処」 / 各話一覧 / 第23話 「いきなりトリステインの危機」
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ナナリーの目が覚めたのはまだ太陽も昇っていない、早朝のことだった。 そんななかでも、外からはもの音がする、 おそらくはメイドさんたちが働いているのだろうか。 ナナリーはしばらくボーッとしていた。 昨日はたくさんの考えごとをした。 そのぶん頭を休ませなくてはいけない。 ナナリーが悟りをひらきそうになったころルイズは目をさました。 「おはようございます。ルイズさん。」 「あ…うん?あんただれよ?」 ルイズは寝覚めが悪かった。 「あの…ナナリーです。」 「あ、すいません!姫様!」 ルイズは二段階で寝ぼけた。 「……ルイズさん?」 「あ…ナナリー…」 ルイズがナナリーを正確に認識するのに15秒をようした。 「じゃあちょっと待ってて、着替えたら水桶に水汲んでくるから。」 「あ…ルイズさ…」 ナナリーが呼び止める間もなく、 ルイズは素早く着替えをすましてでていった。 ナナリーはなにより早く、このネグリジェを着替えたかった。 「おまたせ」 ルイズが水桶に水を汲み、帰ってきた。 「あの、できれば着替えを…」 「まず顔をふくからね」 「あ…はい…」 ナナリーはおしに弱い性格だった。 ルイズはタオルを水にひたし、 軽く絞った後でナナリーの顔を拭いていく。 「どう?気持ちいい?」 「はい、冷たくて気持ちいいです。」 「ふふっ、そう。」 ルイズは満足そうに鼻歌を歌う。 貴族の彼女が人のためにこうも尽くすとは誰が思っただろうか。 ルイズは自分の顔もふきおわると、今日の授業の準備を始めた。 ナナリーはネグリジェのままだった。 「…あ、あのぉ、ルイズさん」 「どうしたの?」 「あの…着替えを…」 「……忘れてた」 ルイズの寝ぼけはまだ続いていたらしい。 ルイズはここで悩んだ。 彼女に何を着せたらいいのか。 昨日着ていたドレスか…いや、 これから毎日ドレスというわけにはいかない。 ではどうしようか。 ルイズにひとつの閃きがうかんだ。 「この服はなんなんですか?」 「この学校の制服よ。」 ルイズの制服を、ナナリーはすんなりと着ることができた。 部屋を出てみると、丁度隣の住人も部屋を出るところだった。 「あら、ミス・ヴァリエール」 「み…ミス・ツェルプストー」 キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・ツェルプストー ルイズの級友でありライバルである。 「ルイズ、その娘はだれ?知らない顔ね。」 キュルケはナナリーを指差した。 本来ならば、人間の使い魔が来たこと知っているはずなのだが、 あまりにもナナリーが貴族らしく、(おまけに制服なんてものを来ているため) 普通に生徒だと思い込んでしまったのだ。 「私の使い魔よ。」 「………は?」 このときのキュルケの顔はかなりのマヌケ顔であった。 キュルケも、人間の使い魔がどんなものか見てやろうと思ってたのだが、 普通に生徒だと思っていた人物が使い魔と聞かされ、驚きを隠せないでいた。 「で…でで、でもその娘貴族よね?」 「貴族?そんなもんじゃないわよ。 いい、ナナリーは…」 「ルイズさん!」 ナナリーに止められる。 「あ…そうだった…」 昨日の夜、ルイズとナナリーは約束をしていたのだ。 ナナリーはこの世界の人間ではない。 だから皆には皇族ではなく平民と伝えてほしいと。 「違うって、じゃあ何なの?」 「た…ただの平民よ。」 「……平民ねぇ」 キュルケは疑いの眼差しを向けていた。 「まぁ、いいわ。それより、 使い魔というのはこういうのを言うのよ。フレイムっ!」 キュルケの後ろから大きなトカゲが出てきた。 サラマンダー。火トカゲである。 「ふーん…」 だがルイズは動じない。 「あら?驚かないのね。」 ルイズ「当たり前でしょ、 ナナリーのほうがずっと可愛いじゃない。」 「何言ってるのよ。平民とサラマンダーじゃ サラマンダーのほうが上じゃない」 「平民だったらね…」 ルイズは意味深に勝ち誇っていた。 キュルケは、そんなルイズの態度が気に入らない。 二人が睨みあってるなか 「うわぁすごい、温かいですね。」 ナナリーはフレイムに興味津々だった。 「だ、だめよナナリー!噛まれでもしたらどうするの!」 「大丈夫ですよ。この子、とっても大人しいですから。」 「ふふっ、そうでしょ。 ルイズ、あんたより使い魔のほうが物分かりが良いようね。」 「う…う~…」 よほど悔しかったのか、ルイズは歯ぎしりをしはじめる。 「あの、キュルケさん。 お願いがあるんですが」 「ん?なぁに?今気分がいいから聞いてあげる。」 これは昨晩コルベールに言われたことだが。 女子僚の階段を降りるさいはルイズ以外の生徒に頼むようにと、 「あの、車椅子を降ろすのを手伝っていただけませんか?」 「いいわよ。それくらいならレビテーションでちょちょいのちょいだからね。 まぁ、ゼロのルイズには無理だろうけど」 「ぐ~…」 ことがことだけにルイズは言い返せない。 たしかに自分一人ではナナリーを階下に降ろすことは無防である。 「なんでツェルプストーと一緒に朝ごはんなんて…」 ルイズはぶつぶつと愚痴をこぼしていた。 「ルイズさん、仲良くしなくちゃ駄目ですよ。」 「………うん」 ルイズは、ナナリーの一言に弱い。 お姫様等は関係なく、ナナリーという存在自体に純粋に弱いのだ。 「いいじゃない、私はナナリーと一緒で嬉しいわ。」 「こらぁ!ナナリーに馴れ馴れしくするな!」 食堂への移動でさえ騒がしくあった。 食堂につくと、 ルイズはナナリーを当然のごとく席につかせた。 椅子をどかし、車椅子のまま席につかせる。 キュルケもその様子を特に気にすることはなかった。 ルイズはこのためにナナリーに制服を着せたのである。 周りの生徒もナナリーに違和感を感じることはなかった。 「ところでナナリー」 ルイズがナイフとフォークを使いながら ナナリーに話しかける。 「はい、なんでしょうか?」 「あなたは…その…魔法は使えるの?」 「いえ、私のいた世界では魔法自体がありませんから。」 「そ、そうなの!」 実のところ、ルイズは昨日からずっと悩んでいたのだ。 ナナリーは皇族、もしかしたら自分よりはるかに高い魔力を持っているかもしれないのか、と。 「よかったぁ…」 使い魔が自分より魔法を上手く使えたらどうしよう。 ルイズはそう思っていたのだ。 「あれ?あまり食が進んでないわね?」 ナナリーは目が見えないながらも器用にナイフとフォークを使っていた。 しかしやはり、常人にくらべたらスローペースになってしまう。 「もう…言ってくれたなら私が食べさせてあげるのに。」 そい言いながらナナリーのナイフとフォークを奪っていた。 「あ…大丈夫です。自分でなんとかしますから。」 「そんなこと言って、スープをこぼしちゃったらどうするのよ。」 なぜかルイズは満面の笑みだった。 周囲もその光景には目がいってしまう。 女子生徒が女子生徒にご飯を食べさせてもらっているのだ。 周囲の生徒の中にも気づきはじめてるものがいた。 こんな生徒いたであろうか? 車椅子の盲目の少女など聞いたことはない。 普通ならここで、ルイズの召喚した平民の話が出てくるのだろうが、 あまりにもナナリーの制服に違和感がないため。 転入生でもきたのか? という結論を各々で出してしまっていた。 食事を食べ終わり、本来ならば、授業を受けにいくところなのだが… 「オールド・オスマンに呼び出されてるのよね。私だけ」 「はい、昨日そう承りました。」 「ナナリー、部屋に戻ってる?」 「いえ、これからまた車椅子を戻すのは大変だと思うので、 私はここで待ってることにします。」 「…大丈夫かなぁ」 ルイズはナナリーが心配で仕方がなかった。 目も足も不自由なナナリー、 彼女に何か危険なことがおこったらどうしよう…… 「大丈夫です。行ってきてください。」 「でも…」 キュルケはこの光景をずっと見ていた。 そしてついに、じれったくなった。 「ああもう!さっさと行きなさいよ! 彼女にはフレイムを付けておくから、 何かあったら私がくるわ!」 「…ありがとうキュルケ」 まさか、ルイズに礼を言われるとは思わず、 鳥肌がたつほど気持ち悪かった。 ナナリーは暇を持て余していた。 特にやることもなく、たまにフレイムとじゃれあう程度だ。 他の使い魔とも遊びたいのだが、フレイムがガッチリボディーガードをしてるため 近づいてすらこない。 「暇ですねぇ…」 ナナリーは車椅子でふらふらと周りを探索していた。 「おはようございます!ミス……あれ?」 黒髪のメイドがナナリーに挨拶をした。 本来ならほとんどの生徒の名前を覚えている彼女だが、 ナナリーの名前を知ってるはずもなく、 妙にテンパっていた。 「あ…あの…ここまで出ているんですよ。 あの…あの……」 あまりにも可哀相なのでネタばらしをした。 「私は生徒ではないんですよ。そんなに畏まらないでください。」 「…え?そうなんですか?」 「はい、使い魔をやらせていただいてます。」 「もしかして…ミス・ヴァリエールの…」 「はい、ルイズさんの使い魔です。」 メイドはそれを聞いてさらに驚く。 「だ、だって使い魔は平民だって。」 「平民ですよ。」 それほどナナリーの姿は貴族のそれそのものらしい。 「そうなんですか、新しい生徒さんかと思いましたよ。」 ナナリーはそのメイドに何故か懐かしさを感じた。 この世界に、日本人のメイドなどいるはずないのに何故だろうか。 もしかしたらメイドというもの自体に懐かしさを感じてるのかもしれないが。 「あの、ところでお名前を聞いてもよろしいですか?」 「はい、シエスタといいます。」 「シエスタさんですか。私はナナリー・ランペルージです。」 「すいません。私お仕事の途中なので」 「あ、こちらこそすいません。」 そう言うと、シエスタは足早に去っていった。 これで暇に逆もどりだ。 フレイムにお願いして、他の使い魔と遊ばせてもらおうと試みる。 しかし、フレイムは立派騎士であった。 結局、ナナリー姫に他の使い魔を近づける様子はなかった。
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謙虚な使い魔 ◆ ◆ ◆ ◆ ルイズは潮の香りを感じていた。元々ルイズ本人は海とは縁が無い人生を送っていたが、この香りは何か懐かしい感じがした。 視界が鮮明になるとそこは以前ルイズが夢で見ていた港町の光景の中で何か大きな物を抱えながら駆け足で人ごみの間を駆け抜けていた。 そしてその港町の通りにある酒場の羽扉を抱えた荷物ごと押し開けて入った。 『頼まれたもの持ってきましたが』 以前の夢の時の様にルイズの口が勝手に開いていた。 『おう!坊主、ボスディン菜持って来てくれたか!早かったな!いやぁこれで助かったよ。今日は思ったより客が多くてな。夕方前に足りなくなって、うちの店の名物料理が作れなくなってしまうかと思って困ってたとこだったんだ』 顔から獅子の様に髭を生やしたオーク鬼程に巨大な亜人はワハハと笑いながら配達の駄賃を渡してくれた。 『それにしても坊主は立派だよな、まだ小さいってのに街を駆け回って自分の食い扶持は自分で稼いでるなんてよ』 『それほどでもありませんよ』 ルイズは何かとても聞き覚えがある言葉を発した様に思えた。 『坊主の頑張りは港の皆にもそこそこ知られているぜ。母ちゃんを早くに亡くしたってのに一人で頑張って生きてるだなんてよ』 『今は一人じゃないよ、姉さんもいるから』 『お、そうだったのか?そいつはよかったな!俺たちガルカは血が繋がる家族は無いが、その変わり絆で繋がった家族は沢山いる。絆ってのはやっぱりあると嬉しいよな。お、そうだったそうだった、サラダには使えねえ余る部分で作った賄いだけどよ、味ではうちの名物料理には負けねえぜ!もって帰って食ってくれよ。姉ちゃんの分も入れておくから』 そういって大柄の亜人は酒場の厨房の奥から紙袋を持ち出して来てルイズのに手渡した。 『ありがとう』 『おう、また何かあったら頼むぜ坊主!姉ちゃんにもよろしくな!』 そうして手で袋を抱えながら港を駆け回り、一つの小さな家にはいった。 『ただいま』 『あら、おかえり――――。お仕事終わったの?』 赤いローブを着た以前の夢に登場した女性のエルフが出迎えてくれた。 『うん、おまけで昼ごはんも貰ってきた』 『ふふふ、出合った時はわたしに任せなさい、とは言ったけれど、その弟がしっかり者過ぎてお姉さんとしてはちょっと寂しいわ。生活する分ぐらいなら十分あるんだから』 『ううん、街の人の頼みをこなしていく仕事するのは僕は好きだから』 『わたしがあなたの年の頃はまだ屋敷でお母様に甘えていた時期だったというのに。――――が良ければここで一人で住まなくても私の所で一緒に暮らしていいんだから』 『ありがとう姉さん、でも僕はここの海が好きだし、それに……母さんの墓もあるし』 『そうね……わかったわ。でもこれだけは忘れないで、――――、あなたはもう一人じゃないんだからね。人間は一人だけだとはどんなに頑張っても背中は無防備になるわ、だから誰かその無防備の背中を預けられる人が必要になるわ』 『姉さんは大げさだな、今までもそうだし、僕一人で生きて行けるよ』 ローブの女性は両手をルイズの肩に乗せるとじっと見つめてきた。 『あなたは人に頼らず一人で何でもできちゃうからお姉さん逆に心配なのよ。背中を見てもらう人がいないまま大きくなったら何時かはそのまま自分の重さで背中から倒れこむ事になるわ。お姉さんのわたしがいるんだから必要な時は頼ってよ?いい?』 『わかったよ、姉さん』 『よし。わたしは明日には一度帰らないと行けないけれど、これ渡して置くから、何かあったら呼んでよ?』 そういってルイズは色は違えど、見覚えがある一粒のパールを手渡された。 『本当はもう少し居たいのだけれど、ごめんね。わたしの留守を守ってるダーリンに何時までもまかせっきりにする訳にも行かないから』 『しょうがないよ、姉さんは侯爵家の当主なんだから。それより姉さんの分も貰ってきたから昼ご飯にしようよ』 そういって紙袋から包みを取り出して、包みを開けると色とりどり海鮮物と野菜が凄く薄いパンの様な生地に挟まれた料理があった。 『フフン……♪お姉さんは知っているわ。これはこの国の名物料理のタコスでしょ?お姉さんは味にはちょっとうるさいんだから。海鮮物は私の所では中々手に入らないから、ここは良いよね、いつでも新鮮なカニや魚が食べられて』 『……姉さんってもしかしてしょっちゅう家に来るのはそれが目的なんじゃないの?』 『そんな事ないわ、――――に会いたいから来てるに決まってるじゃない。海鮮グルメはほんのついでよ。そうだ、今度お姉さんが来た時はここじゃ食べられない取っておきの王国風オムレツ作ってあげるわ』 目の前のエルフの女性がルイズににっこりと笑いかけ、『タコス』を頬張ると次第に風景が真っ白に擦れていった。 ◆ ◆ ◆ ◆ ルイズは机に突っ伏した体勢で目が覚めた。 (あ、私また机で寝てしまったんだ) 城下町に出向き使い魔に剣を買い与えてから一週間近く経っていた。 あれからルイズは時々こうして学院図書館から借り出した書物を読み解くのに夢中になり、そのまま机で一晩過ごす事が間々あった。 肩の毛布に気づき、それを掛けたであろう使い魔の姿が部屋になかった。 「ブロント?」 ルイズは部屋をキョロキョロと見回した。ブロントのベッドも空になっており、動くものは風に揺れる植木鉢の花ぐらいだけであった。 [――起きたか、今寮の塔に戻っているんだが――] ルイズの胸元にあったリンクパールがそう返事するとルイズの部屋のドアがガチャリと開きブロントが入ってきた。 その手には紙に包まれた物を持っていた。 「もうすぐ授業がはじまる。今から食堂行っても時既に時間切れ。だから手早く食べられるもの貰ってきた」 ブロントは包みの一つをルイズに手渡した。 「タコス?」 ルイズは自分自身『タコス』がどういうものかはよく知らないのに、ある種の既視感を感じて思わず聞いた。 「いや、さすがにここではその材料がないだろう。燻製したサーモンを挟んだサーモンサンドだ。頭が冴えるぞ」 包みを開けてみると全粒粉の黒パンに、香りよいスモークサーモンがトマトとキャベツと共に挟まれており、マスタードが掛けられていた。ほのかにビネガーの匂いも感じられた。 「これもブロントがいた所の料理?」 「ん?ああ。俺は最近あまりこれは食べないんだが、メイジには悪くは無いだろう」 ルイズはブロントに髪を梳かして貰いながらサンドを口に入れた。 「それにしてもブロントは色々な料理知ってるわね、料理人でもしていたの?」 「冒険者になると色々と詳しくなる」 ふーんと聞き流しながらサンドをはもはもと食べたルイズはブロントに着替えを済ましてブロントを付き添わせて教室に向かった。 ブロントは途中何人もの生徒達に呼び止められた。 「あ、ブロントさんおはよう!」 「ブロントさん一昨日は火打石集めてくれてありがとう、課題に必要な分が揃ったよ」 「おはようブロントさん!この前はありがとう!僕のラッキーもあれから随分と元気がでたみたいだよ」 「ねえ、ブロントさん聞いてくれる?触媒に使いたいキノコがあるんだけど、私の使い魔じゃ見つけてこれないらしいの・・・・・・」 と、すれ違う一人一人に声を掛けられる事になっていた。 「ブロント、いつの間にか随分と人気者になったみたいだわね、ご主人様の私を差し置いて」 ルイズは召喚されてから一週間程ですでに貴族と平民問わず学院中のほとんどに名前知られている自分の使い魔が少しおもしろくなかった。 何よりも『ブロントさん』と皆が呼ぶ中で誰一人として『ルイズ』に声を掛ける者がいなかった事に。 「それほどでもない、俺はルイズが授業中の暇な時間に学院内でできる依頼をこなしていただけなんだが」 「まったく、決闘騒ぎがあった後は他の皆はあんたに対してピリピリ警戒していたのに、今じゃみんな『ブロントさん』『ブロントさん』って」 ルイズも学院に入学して間も無く皆から『ゼロ』『ゼロ』と呼ばれるようになったが、それはもちろん好ましくない名の広がり方であった。 「おう!お嬢ちゃんそれが人徳ってもんよ。少しは相棒を見習…」 カチカチと口を挟んだデルフリンガーを途中でブロントは鞘に押し込んだ。 学院の広場にでた二人はそこで授業前の時間だと言うのに広場で何人もの生徒達が自分の使い魔を連れていた。 自分の使い魔に何か教え込んでいるやら、みんな多種多様に自分の使い魔に接していた。 そこで広場の生徒達を監督していた頭髪寂しい教師がルイズ達の姿に気が付いた様で近寄ってきた。 「おはようございますブロントさん、そしてミス・ヴァリエール」 先に使い魔のブロントの名前が言われた事にルイズは眉をピクッと動かした。 「ブロントさん、昨日譲って頂いたサイレントオイル、実に素晴らしいものですな!あそこまで摩擦を無くす純度の高い油は初めて見ましたぞ! 私の現在開発中のへび君に使ってみたのですが、まるで<サイレント>の魔法掛けたの如く、金きり音の問題が解消できて、更には回転速度まで大幅にあがってもう昨夜は興奮しぱなっしで・・・」 自分の世界に入り熱く語り続けるコルベールにルイズはこほんと咳払いをした。 「おはようございますミスタ・コルベール、ところで皆ここで何しているんですか?」 「ああ、これは失礼しました。私とした事が遂夢中になって語り始めてしまって。ええ、皆さんは今日の為に最後の仕上げの練習をしている所ですね」 「え・・・練習って・・・まさか今日・・・だ、だったけ?」 ルイズは顔を真っ青にした。ここの所寝る間も惜しみ書物と格闘していたので大事な今日という日の事をすっかり忘れていた。 「ええ、毎年恒例の二年生による使い魔の品評会。もう間も無く王宮の方々もお見えになると思いますよ。ああ、そう言えばブロントさん使い魔でしたな。 ブロントさんが一体何を見せてくれるのか気になりますな。ああっと何をするか言わなくてもよいですぞ、楽しみはその時までに取って置く方が良いですからな」 「あ・・・だってまだ・・・昨日がオセルの曜日で・・・えーと・・・まだ3日あるはず・・・あ、でもあの時徹夜したから・・・」 指を何度も折り返して本日は品評会を行うダエグの曜日では無い事を祈り、日にちを確認して見るルイズだった。 「では私は学院の警備に関する教諭達の会議がありますので失礼しますぞ、また品評会にて」 そういってコルベールは学院本塔へと去っていった。 「あー!どうしよう!どうしよう!何も用意してなかったわ!」 頭をわしゃわしゃしてルイズは叫んだ。 「品評会って何だルイズ?」 「毎年学院の二年生は使い魔を召喚した後、その使い魔をお披露目する『品評会』と言うがあるの!それには王宮の方々もお見えになるの!ああっ、今年は姫様も来るとお手紙まで頂いていたのに、今日になるまで忘れてたなんて不覚よ!」 「使い魔は何かそこでするのか?」 「召喚したメイジが使い魔に何か芸を一つさせるのよ。みんな召喚して間も無い事だから大した事じゃなくてもいいんだけど・・・ 逆にその短い間で使い魔をどれだけうまく扱えているかメイジの『素質』を観る為のものでもあるのよ」 「芸?」 「そうよ、芸!ねえ、ブロント何かできない?人様に見せてもいい芸!」 そういってルイズはブロントのサーコートの裾をぐいぐいと引っ張っりながら捲くし立てた。 「なんだ?踊ったり、歌ったりすればいいのか?」 「もうそれでいいわ!本当ならちゃんと準備したかったけれど、この際は贅沢言ってられないわ。ああもう来ちゃったわ!」 学院の校門に王宮からの馬車が止まり、物々しい程の数の学院の衛兵が集められ整列していた。 そうしてルイズの心の準備を無視するかの様に学院の外の広場にて品評会は着々と進行していった。 まずはキュルケのフレイムが吐く迫力のある炎のアートショーから始まった。 続いて他の生徒も自分の使い魔を使い芸を披露していった。梟の使い魔を空に飛ばして自分の腕に止まらせた小太りの主人もいれば、 頬に絆創膏を張った姿のギーシュは 「モンモランシー、この僕とヴェルダンデの晴れ舞台の勇士は君に捧げるよ~!」 と叫び、ヴェルダンデと呼ばれたジャイアントモールの使い魔と舞台の上でただひたすら自分の使い魔の円らな瞳を見つめるだけのギーシュもいれば、 「あんの馬鹿。こんな皆の前で何言ってるのよ・・・」 と呆れながら、金髪縦ロールの少女モンモランシーは、手の上に乗せて、リボンで着飾ったカエルの使い魔ロビンをぴょんぴょんと飛び跳ねさせていた。 タバサとシルフィードの番になると、見ていた王宮からの者達や学院関係者たちから歓声が沸いた。 圧倒的存在感を誇る風竜だけでも絵になるのに、それが空を飛び、急降下や回転しながら飛び回り、最後は王宮関係者の席にシルフィードが突っ込み、ぶつかる直前に身を翻してまた舞台の上のタバサの横に着地して見せて、皆をあっと驚かせた。 「では、最後は・・・ミス・ヴァリエール、お願いします」 ルイズは自分直接芸を披露するわけではないと頭ではわかっては緊張で心臓がバクバクいっていた。ブロントに「うっかり耳がばれない様に準備する、出番になったら呼べ」とだけ言われてブロントは袖幕に引っ込んでしまったのだ。 一人舞台の上に立ったルイズは皆の視線が集まる中ごくりと唾を飲み込み、意を決した。 「わたしルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、召喚した使い魔の・・・しゅ、種類は・・・・・・平民です!」 そういってブロントがいるはずの袖幕の方に手をかざした。 と、そこには静かな間だけがあった。 「どうかしたかね?ミス・ヴァリエール」 オスマン氏が声を掛けた。 (ちょっと、出番よ!早く出て来なさいよ!) ルイズは胸元のパールを口元まで引き寄せるとそう囁いた。 舞台の上で慌てる様子を見ていた生徒達からはクスクスと言う笑いが聞こえ始めていた。 「ブロントさんに逃げられちゃうなんて、無様ねヴァリエール・・・あら何かしら?ちょっと何か聞こえないタバサ?」 観客席にいたキュルケは隣で本を読みふけってるタバサを指で突っつきながら聞いた。 「弦楽器」 本から目を離さずポツリとタバサは答えた。 デンデデッデデレ・・・・・・ デンデデッデデレ・・・・・・ リズミカルな音が袖幕から聞こえてきた。 そして舞台の端から肩にハープを当て、それを弾きながら堂々と歩いて登場する男の姿があった、 デンデデッデデレ♪ デンデデッデデレ♪ その男は頭全体を覆う白い鉄の冑を被り、裸体に上に着ているものは橙色のベストと情熱的に赤い腰布の下に履いた白く、輝く、一枚のサブリガだった。 その鍛えぬかれたしなやかな肢体、そして引き締まった臀部のサブリガが舞台に現れた事により、たちまち女子生徒達から「きゃ~!」と言う悲鳴があがった。 (ちょっと!誰よこの変態!まさかブロント!?嘘よ!) 全てを否定したいルイズに反論するかの如く、目の前の鉄仮面はビシっとルイズを指差した。 ――至高の踊りが男に輝きをもたらすと知れ! 男の魂の叫びがルイズの心に突き刺さる。 そしてその男は華麗なステップを踏みながら、仮面の奥から聴く者の脳が削れてしまいそうになる美声が響いた。 「おい、誰だよあいつ?」 「ルイズの使い魔だからブロントさんじゃないのか?」 生徒達の何人かは謎の仮面男が現れた事にざわつき始めていた。 「ん?オマエ今なにか言ったか?」 「いや、何も言って無いぞ?」 ――『大いなる意思』が俺にもっと輝けと囁いている (か、かっこいいきゅい~!) 先ほど芸の披露を終えたシルフィードが真っ先に食いついて仮面の男に魅入られていた。 その大きな青い首と尻尾を男が弾く竪琴の音色に合わせ振り回していた。 男が空を飛び、腕を力強く突き出すごとに舞散る汗が陽の光を集め、煌々と輝いた。 「オ、オールド・オスマン・・・」 「う、うむ」 「こ、これもガンダールヴの力なんでしょうか?」 「わしに聞くな・・・」 そうオスマン氏とコルベールが顔を見合わせる中、仮面の男は足を素早く交錯しながら、言葉としては理解できない、心で感じ取る歌を歌い続けていた。 次第に何匹かのほかの使い魔達も歌に合わせ鳴いていた。使い魔達の合唱となり始めた事、最初は笑っていた者も息を飲んで仮面の踊りを鑑賞していた。 空中で回転を披露し、音もなく舞台に舞い降りた仮面の男は背中を向け、観客に流し目を送った。 ――それ以上じっと見つめるとオマエの心も掴んじまうぜ 「あああ!今の見たタバサ!ギーシュを倒した時の姿もかっこよかったけれど、今のであたし、今までに無いほど痺れたわ!ああ、この『微熱』が燃え上がったわ!まるで、まるで・・・」 「熱情」 本を読みながらタバサはポツリと付け足した。 「そう『熱情』よ!二つ名の『微熱』が『熱情』の炎となって今燃え上がっているわ!」 キュルケが興奮してタバサの両肩を持ってゆさゆさと揺らしている中、タバサも無意識の内に会場に流れる律動に合わせ、右手の人差し指で本をトントンと叩いていた。 そうして仮面の男は最後の大詰めに大きくステップを取りながら回転し舞台の中央で止まるとハープをジャン!と鳴らして片手を上げるようなポーズを取った。 数秒の間会場がしんと沈黙した後、王宮の者も含む観客達が一斉に立ち上がり惜しみない拍手を送った。 仮面の男が優雅に礼を取るとリンクパールを通じてルイズに語りかけた。 [――こんな芸でよかったか?――] 「・・・・・・格好はともかく、驚いたわ。あんた一体他にもどれだけの事ができるのよ」 [――冒険者になると色々と詳しくなる――] 「一体その冒険にいつ歌って踊る必要が出てくるのよ。それにしてもブロント・・・」 [――なんだ?――] 「あんた、よく見ると首、かなり長いわね」 ルイズは鎧をはずした己の使い魔を見て改めてそう感じてた。 [――それほどでもない――] 「誉めてないから!」 その時何かが激しくぶつかる様な豪快な音が学院中に響き渡った。 「なんじゃ!?」 「オールド・オスマン!本塔の方向にゴーレムです!」 学院本塔の前に30メイルはある土のゴーレム両腕を振るって塔に叩き付けていた。 「やっとここまでお膳立てが揃ったてのに、このゴーレムでも壊せない厚さとは計算外だったねえ・・・」 ゴーレムの肩に乗った黒いローブの人物は焦っていた。 「かと言ってこのまま『破壊の杖』を諦めるわけにもいかないねえ・・・」 ローブの人物は歯噛みをした。宝物庫の壁はスクエアクラスの<固定化>が何重にも掛けられていて、自分がもっとも得意とする『錬金』すら通さなかった。 しかし存在がばれてしまった今、会場の混乱が収まり次第衛兵達も駆けつけてしまうだろう、とローブの人物は次の手をじっと考え始めていた。 品評会会場では王宮の者達や生徒達を非難させる事で教師達や衛兵達は手が一杯だった。 「皆さん、落ち着いて非難してください!」 「早く王女殿下を馬車に!」 「くそ、驚いた使い魔達が邪魔で思うように収集が付かない!」 ルイズは舞台の上から混乱に陥っている会場を見ていた。巨大なゴーレムが百メイル弱先にいると言うのに、 使い魔や生徒達の混乱の所為で王宮の者達は自分達に設けられた席から動けないでいた。 その頃ブロントは鎧をガチャリと鳴らしながらデルフリンガーを左腰につけていた。 「あ、ちょっと一体何時の間に着替え・・・・・・って、もうそれ所じゃないわ!」 と、ふとルイズの頭にある事が過ぎった。 この現れたゴーレムの目的がこの王宮の者達だとしたら?姫様が目的だったとしたら? その可能性に思いついたルイズはいてもたってもいられなかった。 そしてルイズは駆け出した、 「・・・おいィ?いきなりどこに行く訳?」 ブロントはその後を追いかけた。 観客席ではキュルケとタバサは雪崩れ込む人ごみを避けるように一足早くシルフィードに乗り空へ避難していた。 「あら、ルイズったらブロントさん連れてゴーレムに立ち向かっていくわよ。」 同じシルフィードの背に乗っているタバサは興味なさそうに本を読み続けている。 「タバサったら!もうこんな時まで本なんか読んで。ヴァリエールとは先週の街での決着がまだ付いていないと言うのにここで先越されるわけに行かないの! それにブロントさんにどんな無茶させるか、何てわからないんだからお願い、タバサ私達も行きましょう!」 不安定な風竜の背の上でキュルケに掴まれぐいぐいと揺らされ観念したのか、タバサは本から目を離さず、自分の風竜に呟いた。 「本塔」 シルフィードはきゅい!と返事をするとルイズとブロント達が向かうゴーレムの元へと飛んだ。 「錬金も、ゴーレムでも歯が立たないとなったら、くやしいけど、ここは潔く引くしかないねえ」 ローブの人物は二度とこの絶好の機会を諦めるしかない事を悔しくも思いながら、ゴーレムに乗ったままその場を去ろうとした。 「逃がさないわよ!」 その場に駆けつけたルイズはすかさずルーンを詠唱しながら杖を振るった。 ルイズが唱えた<ファイアーボール>と言う名の『爆発』は狙った黒いローブの人物が乗るゴーレムから大きく外れ、後ろに立つ宝物庫の壁がどごーんと音を立てて爆発した。 「待ちなさい!」 ルイズは今度は外さないようにとゴーレムに不用意に歩み寄った。後ろからブロントが走りながらルイズを追いかけていた。 「ちぃ!もう邪魔が来たのかい・・・」 ローブの人物はゴーレムの腕でルイズの魔法の射線上から自分自身を庇うように覆った時、背後の壁からぴきき、とひび割れる音を聞いた。 「・・・へぇ・・・貴族の中にも大した奴もいるもんだねえ。折角のチャンスは生かさせてもらうよ!」 ローブの人物はは自分を庇っていたゴーレムの右腕を振るい上げさせ、そのままルイズとブロントの方へと振った。 ゴーレムの右腕は地面を掬う様に薙ぎ払い、土砂や塗装された石畳をルイズ達に投げ飛ばし、その勢いのままゴーレムの右手を鉄に変え、後ろの宝物庫の壁のひびが入った箇所に殴りつけた。 そして一枚の石畳の破片が物凄い早さで回転しながらルイズを目掛け飛んできた。 「きゃっ!?」 ルイズは立ちすくんだ。 バギン! 咄嗟にルイズの前に立ちはだかり庇ったブロントは盾で石畳の破片を叩き落すとその後波の様に襲い掛かった土砂にルイズ共々半身埋もれてしまった。 そして学院本塔周辺は乾いた土煙で覆われてしまった。 「あのヴァリエールったら賊が気づく前に魔法を入れるチャンスだったのにまんまと外しちゃって。こんなに視界が悪くなったら今度はこちらから攻撃する事ができないじゃない!」 キュルケは本塔の周りを旋回するシルフィードに乗ったまま、上空で<ファイアーボール>のルーンを詠唱し終えて、杖を振る体勢を取っていた。 同じくシルフィードに乗って、本を読んでいたタバサは片手で杖を振るうと突風が巻き起こり、舞い上がった土煙を吹き飛ばした。 「ありがとう、タバサ!あのゴーレムの姿が見えたわ!」 そう言って、キュルケは自分の杖を振り、宝物庫の壁に空いた横穴に掴みかかり直立不動で立つゴーレムに<ファイアーボール>を当てた。 キュルケから放たれた強大な火球が土のゴーレムに触れた瞬間、ゴーレムの巨体が何は抵抗もなく、枯れた木の葉の様にボロボロと崩れ落ちた。 「あら?ちょっと手ごたえがおかしいわね?」 キュルケは首を傾げた。 「もう、逃げた」 タバサがポツリと呟いた。 「ええ!?それを早く言ってよ!」 キュルケはタバサをまたゆさゆさと揺らした。 一方ルイズ達は半分土に埋もれた自分達の体を掘り起こしていた。 「あのローブの人物、去り際何か塔から持ち出していたけれど、まさかアレが噂の盗賊メイジだったのかしら・・・」 ルイズは自分の手でぺっぺっと軽く土を取り除いていたが、あまり状態は進展していなかった。 それを見兼ねたブロントは盾をスコップの要領でルイズの周りの土の大部分を取り除いた後、ルイズの両脇を抱えて引き上げた。 「おいィ?何いきなり突っ込んでいるわけ?痛い目を見たいのか?」 ブロントはルイズに声を上げた。 「私は貴族よ!敵に後ろを見せない者を貴族と言うのよ!」 パーン! 乾いた高い音が響いた。 ブロントは篭手を外した右手でルイズの頬を叩いていた。 「痛っ!この首長!ご主人様に一体何するのよ!」 「今のが石畳でなくて良かったな、石畳だったらお前はもう死んでるぞ」 ルイズは自分の頬を左手でさすっていた。 「だからって何も手をあげること無いじゃない!!」 「俺はお前を守るために盾をしてやってるんだからな。あのまま盾が間に合わなければすぐ死ぬくせに調子こき過ぎ。あまり調子に乗ってると土の中でひっそり幕を閉じる」 「でもここで逃げたら、ゼロのルイズだから逃げたって言われるわ!」 「逃げろとは言って無いんだが。事前にルイズが突っ込むとわかっていれば対応も出来ますが。わからない場合手の打ち様が遅れるんですわ?お?」 ブロントはルイズの両肩をぐっと掴んだ。 「俺を盾として掲げる前にルイズが先に死に急いだら敵に立ち向かう事もできずに骨になる」 声の荒げ方とは違いブロントの顔は何処かもの哀しそうだった。 「・・・わ、悪かったわね・・・確かにちょっと浅はかだったわ・・・」 ブロントはすっと手を引いた 「敵に立ち向かう時は仲間に背中を預けるものなんだが、俺はいつもそうやってきた。一人じゃないんだぞ、お前は」 ルイズにとって叱られる事は実家に居た時も上の姉や両親にされた事は過去にもあった。 だがこのブロントの様に顔を打たれて、ルイズの身を心配し、真摯になって怒られる事は今まで無かった。 ましてや自分の使い魔に叱られるとは予想もしていなくてブロントの言葉は深くルイズの心に突き刺さった。 「それと・・・さっきは叩いて悪かったな」 そう言ってブロントは右手をルイズの頬にあてがった。 ブロントの背中から覗く日の光がその白く輝く鎧に反射したのか一瞬ブロントがキラッと光った様にもルイズには見えた。 使い魔が素直に謝ったのを聞いた為か頬の痛みも幾らかは薄らだ様な気もした。 もう間も無くして、会場の混乱を治める事が終わったのか衛兵達や教師達が宝物庫前に駆けつけていた。 そして大きな風穴が新しく設けられた宝物庫の壁に文字が刻み付けられている事を発見した。 『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』 第8話 「武器の仕入れ」 / 各話一覧 / 第10話[前編] 「ゴーレムのまなざし」
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前ページ次ページ東方のキャラたちがルイズたちに召喚されました 聞く耳持たず、とはまさにこのこと。そのまま杖を構え詠唱を始める。慌てて防御用の 結界を用意するが、時間が足りない。特に、他人の分の結界を用意する時間が。 こうしてシュヴルーズは、眼前で起きた爆発により気絶したのだった。 ちなみに妖怪を含む使い魔達は、ルイズの爆発を昨日散々見てきていたので、 この爆発も予想の範囲内である。驚いて暴れたりすることもないし、騒ぎに乗じて 別の使い魔を飲み込んでしまうこともない。 それはもちろん生徒達も一緒なのだが、分かっているからといって二日酔いから 来る頭痛を押さえられるわけもない。ルイズの「調子が悪かった」という言い訳に 突っ込みを入れる気力もなく、頭を抱えて悶絶するのだった。 教室に残っているのは二人。ルイズと魔理沙は、爆発の後片付けをしていた。 ルイズ共々魔法を使っての片付けを禁じられたので苦戦している……と思いきや、 案外そうでもない。床に転がった破片を箒で掃き、汚れた机を雑巾で磨いていく。 窓にはめるガラスは、宙に浮かせた箒にくくりつけて運んだ。魔理沙曰く、私が 魔法を使ってるんじゃなくて、箒が勝手に宙に浮いてるんだぜ(*28)、だそうだ。 しかし。と、魔理沙は手を動かしながら考えた。この沈黙はどうしたものだろう。 ルイズも嫌々と汚れた机を雑巾で拭いている。魔理沙に背中を向け、無言で。 理由は何となく分かる。あとはどうするか。引くのは簡単。けれど、それは柄じゃない。 魔理沙は地雷と分かっていて、あえてその話題で話しかけた。 「すごい爆発だったな」 「…………」 返答はない。しかし肩が震えている。 「怒るなって。褒めてるんだぜ」 「ななな何をほほほほ褒めてるっていうのかしら」 「もちろん! 魔法はパワーだから……っと」 飛んできた雑巾を避ける(*29)。ようやく魔理沙の方を向いたルイズが見たのは、 腕を組んで立つ魔理沙の姿だった。それがまた癪に障る。 「まあ聞けって。 爆発が起きてる、ってことは、魔力の放出自体は正しく行えてるってことだろ」 「だから? 失敗は失敗じゃない」 「まず、発動しない原因を調査。問題を取り除いた後に練習。これで完璧だぜ」 完璧、といいつつ人差し指を立てる仕草が、さらにルイズの神経を逆撫でる。 何が調査と練習だ。簡単に言ってくれる。 「ふん。ちょっと自分が魔法を使えるからって偉そうにしちゃって」 その台詞に魔理沙はますます胸を張った。 「そりゃあ、普通の人間の魔法使いだからな。 魔法を失敗することに関しちゃ、自信があるぜ」 「……ふーん」 「あ、信じてないだろ」 「口先なら何とでも言えるわ」 「そうだな……」 魔理沙は辺りを見回した。もう掃除はほとんど終わっている。 「自分で言うのも何だが、掃除の手際はよかっただろ」 「……まあ、そうね」 正直、昼休みが終わるまでかかると思っていた。しかしまだ、昼休みは始まっても いない。ルイズが渋々と頷くと、魔理沙も我が意を得たりとばかりに頷いた。 「私の魔法は派手だからな。失敗したら大惨事だ」 だから掃除もうまくなったのさ。と肩をすくめる。 「大惨事……ね」 「言ったろ、魔法はパワーだ。家ごと吹っ飛んだこともあったぜ」 ふーん、と生返事をしてまたそっぽを向いてしまう。魔理沙から見えるのは横顔の 口元だけ。 「それで、どうしたの?」 「ああ、掃除するのをやめた」 「え?」 「どうせ吹き飛ぶんなら、掃除しなくても一緒だろ」 「む、無茶苦茶ね」 「ひどいな、合理的と言ってくれ」 お陰で家の中はまるで物置だぜ(*30)、という魔理沙の台詞に、くすり、とルイズの 口元が動く。ここまではいい。さて、ここからどうするか。仕上げに窓ガラスを拭きつつ、 魔理沙は考えを巡らす。事細かに説明するのは面倒だし、大体こいつが聞かないだろう。 私と違って天の邪鬼(*31)な様だし。となると、やってみせるしかないか。 ルイズに投げつけられた雑巾を回収し、自分の使っていたものと一緒に片付けると、 魔理沙は前掛けで手を拭きつつルイズに話しかけた。 「さて、ちょっと聞きたいことがあるんだが」 「なによっ」 身構えたように声を高くするルイズだが、次の魔理沙の問いに思わず素っ頓狂な 声を上げてしまった。 「この辺にキノコが生えているところはあるか?」 「はぇ?」 「キノコだ、キノコ。 食用にもなるキノコでもいいけど、食用にならないキノコの方がいい」 「……何しようっていうの?」 「調査と練習だ。説明が面倒だからな。見た方が早いだろ」 一体この使い魔は何を見せようというのだろう。先ほどの会話に関係があること なのだろうか。 「それを見せて、どうするのよ」 「どうするかはルイズの自由だ。だけどな……」 そこで次の言葉を探すように口ごもり、ついでに帽子を深く被り直した。 「……だけど、何よ」 「ルイズの恥ずかしい姿を見たんだ。 私の恥ずかしい姿も見せなきゃ、フェアじゃないだろ?」 「どういう理屈よ、それ……」 ウインクをしながらの魔理沙の台詞に、ルイズはついに深く考えることを止めた。 確かに魔法の失敗は、人に見せたくない恥ずかしい姿だけれど……まあいい。 見せたいというなら、見てやろう。それに確かに興味もある。魔理沙の言う、 キノコを使った失敗の恥ずかしい姿とはどういうものだろう? キノコね……と反芻しつつ、記憶を掘り起こしてみる。去年の授業だったろうか、 確か先生が言っていたのは―― 「南に十リーグくらいかしら? 森の中に生えてるそうよ」 「十リーグ?」 「馬で十五分くらいね」 「なんだ。私なら一瞬だな」 魔理沙はちらりとルイズの顔色を窺い、素知らぬ顔で付け足した。 「今度は、スピードだけではないところをお見せしましょう」 「それは楽しみね」 かろうじてそう答えたルイズの顔には、明らかに安堵の色が浮かんでいた。 それから三十分後。二人は鬱蒼と茂った森の中にいた。 「なるほど、こりゃあいい森だぜ」 「こんなに暗いのに?」 「ああ。キノコはこういう所の方がいいのさ」 会話する二人を乗せた箒は、木々の間をすり抜けながらゆっくりと飛ぶ。 魔理沙自身は地面ばかり見ているのに、箒は的確に木の枝やツタを避けていく。 「それでこの鍋は何なのよ」 箒の下には大きな鍋がぶら下げられていた。学院の中庭で妖怪達と話をしていた メイド(*32)に借りたのだ。中には水がなみなみと汲まれている。それでいてこぼれる 様子は全くないのだから、箒の飛行が如何に安定しているかが判るというものだ。 「そりゃ、魔女といったら箒と大きな鍋だからな」 「だからもうちょっと分かるように話しなさいよ」 「私のいた世界には、『考えるな、感じるんだ』という便利な言葉があってな」 「それって考える努力を放棄してるだけじゃない」 「無駄な努力は休むに似たりってな。お、発見だぜ」 まさに無駄話をしているうちに、さらに森の深部に入り込んだらしい。空は分厚い 木の葉に覆われ、辺りは昼間だというのに薄暗い。いかにも湿ってます、という 地面の上に生えている毒々しい色をしたキノコ目がけて、魔理沙は飛び降りた。 その後を箒がゆっくりと近づいていく。 「ふむ、数は十分だな」 周りを見回すと、そこそこの数のキノコが自生していた。おそらく毒があるのだろう、 生き物に囓られた跡もない。魔理沙にとっては好都合である。 転がっている岩を かまどのように組むと、懐から大きなアミュレット(*33)のようなものを取り出し、その中に 設置した。 そして箒に乗ったままのルイズを見上げると、大声で話しかける。 「ほら、降りてくれ」 「えー、靴が汚れるじゃない」 誰が喜んで、こんなジメジメした地面に降りるというのか。絶対に泥がつく。 魔理沙の靴も既に汚れているし。 「洗えばいいだろ」 「じゃああなたが洗いなさいよ」 善処するぜ、という魔理沙の返事に不安を覚えつつも、ルイズは魔理沙の手を借り、 湿った地面に降りた。余計な重量がなくなった箒を魔理沙は慎重に誘導し、先ほどの アミュレットの上に鍋を下ろす。 「熱くなるから注意してくれ」 ルイズに注意だけすると、今度はキノコに取りかかった。手袋をはめ、一つずつ慎重に キノコを採取する。手に持って眺めると、額のルーンが薄く輝いた(*34)。その様子に ルイズは驚きの声を上げる。 「何でルーンが光ってるのよ」 使い魔のルーンが光る、という話は見たことも聞いたこともない。 一方魔理沙も、驚いたような声を上げた。 「へぇ、光ってるのか」 「……マリサがなんかやってるんじゃないの?」 疑惑の視線に、魔理沙は心外だぜ、と声をあげた。 「これって使い魔の契約をしたってルーンだろ? こっちの世界のものだ。 私が知るわけないぜ」 「わたしだって知らないわよ」 ルイズの返答に、しかし魔理沙は納得したように何度も頷いた。 「なるほど、やっぱりこいつは特別みたいだな」 「やっぱりって……知らないって言ったじゃない!」 「使い魔は私だけじゃないしな。比較対象があれば比べるくらいはするぜ」 魔理沙の話によれば、他の誰も魔理沙と同じルーンが刻まれたものはいないらしい。 パチュリーという名前の魔女の話によれば、これは『ミョズニトニルン』と読めるという。 「ミョズニトニルン?」 「なんか知ってるのか?」 ルイズは首を傾げた。 「聞いたことがあるような気もするけれど……」 「まあいいや。どうせ時間はたっぷりあることだし」 ゆっくり調べるさ、といい魔理沙は作業に戻った。 キノコを一つずつ選別すると、鍋に放り込む。さらに懐から粉末状の何を 取り出し鍋に投入した。水が沸騰すると、なんとも奇妙な臭いが辺りに漂い始める。 ルイズは我慢できずにハンカチで鼻を覆った。 「さて、後は煮詰めるだけだぜ」 「一体これがなんだっていうのよ」 「魔法の元の元の元……ぐらいか?」 籠もった声での問いかけに魔理沙は、冗談めかして答えた。もちろんその答えは、 ルイズにとって納得できるものではない。 「そんな馬鹿な話があるわけないでしょ」 「そりゃ貴族様は、合い言葉を唱えて杖を振れば、魔法が発動するからな」 「…………」 文句を言いたげに口元がつり上がる。が、魔理沙はその鼻先に包みらしきものを 突きつけた。 「そろそろランチでもどうだ?」 言われてみればお腹が空いている。掃除で体を動かしたあと、昼飯も食べていない。 包みから漏れ出す美味しそうな匂いは、キノコの臭いにやられた嗅覚にも激しく 訴えかけるものだった。 魔理沙は返事を待たずに後ろを向くと、箒を呼び寄せる。椅子代わりに空中に 固定すると自分はさっさと腰掛け、ルイズを手招きした。 「ご主人様、どうぞこちらに」 「普通、ご主人様が座るまで待つものよ」 溜め息を吐きながら、ルイズも魔理沙の隣に並んで腰掛けた。 「……こんなところでお昼なんて」 「準備万端だろ」 ルイズがブリミルに祈りを捧げるのを待って、二人で包みの中身を食べ始める。 「よく用意したわね」 「鍋を借りたときにな……うん、朝もそうだったが旨いな、ここの食事は」 「当たり前でしょ。貴族のための魔法学院なのよ」 「使い魔に呼ばれた甲斐があったぜ」 「どういう基準よ」 口先の会話を交わしながら、互いに相手のことを観察する。 身長は同じくらい。ルイズの方が幼く見えるのは、主に体つきによるところが大きい。 ルイズが桃色がかったブロンドの長髪をそのまま流しているのに対し、魔理沙は金色の 長髪を三つ編みにしている。 ルイズは魔法学院の制服だ。白いブラウスにこげ茶のプリーツスカート、そして貴族で ありメイジの証でもあるマントを羽織っている。一方魔理沙は平民そのものの格好だ。 白いブラウスに黒いサロペットスカート、そして白いエプロン。これで頭に乗せた黒い 尖った帽子さえなければ、メイドと言っても通るかもしれない。 外見はそんなところだ。しかし、内面はどうだろう。 何この変な平民、というのがルイズの魔理沙に対する印象である。平民のくせに魔法を 使うし、口先だけかと思わせて、実は口先だけじゃなく、でも誠実かというと誠実というわけ でもなし、わたしを守ってくれようとしたり、危険な目に遭わせたり、一体何を考えているのか 全然解らない、というところだ。 一方、魔理沙のルイズに対する印象はと言うと、実のところそれほど悪くない。想像してた 貴族の子供から浮かべられる人物像とは大違いだ。ただもうちょっと心に余裕を持って 欲しいよな。霊夢ほどじゃないにしろ、と心の中で呟く。それもこれも、魔法が使えない、 ということが原因なんだろうけれど。だからこれからやることをルイズに見せようとして いるんだが。 いつの間にか見つめ合っていた二人は、態とらしく咳払いをした。グツグツという鍋の 煮える音の中、魔理沙の方から口を開く。 「ところで、使い魔って何をやるんだ?」 「そんなことも知らないで、使い魔をやるって言ってたの?」 やっぱりマリサって変な平民ね、とルイズが肩をすくめると、魔理沙は心外だとばかりに 言い訳を始めた。 「使い魔自体は見たことあるぜ。ほら、蝙蝠っぽい羽を生やしてるヤツ、いたろ?」 「子供みたいなの?」 「いや、あれじゃない。あれは吸血鬼(*35)だ。 そうじゃなくてもっと大人っぽいやつ」 「……ああ、いたわね」 ルイズも僅かに覚えていた。眼鏡をかけていたような気がするが、定かではない(*36)。 何しろあの時は、自分の召喚に精一杯だったのだから。 「あれは小悪魔っていってな。紫モヤシっぽい魔女に呼び出されたんだ」 パチュリーって名前な、と説明される。確かそれは、魔理沙の額に浮き出たルーンの 読み方を教えてくれた魔女の名前ではなかったか。 「知り合いだってのにずいぶんな言い方なのね」 「お互い様だ。アイツだって私のことを黒白とかネズミとか呼ぶんだぜ」 「分かる気がするわ」 黒白は服の色だ。ネズミだというのはきっと動きが速いからだろう。 そう納得する(*37)。 「それはともかく、あの小悪魔、使い魔として何をやってたと思う?」 「普通使い魔っていったら、主人と感覚を共有したり、秘薬の材料を集めたり、 主人を守ったり……」 「まぁそれが一般的なところだな。 だけどあいつは、ずっと本の整理をやらされてたぜ」 なにしろパチュリーは巨大な図書館を持っていたからな、という説明に、ルイズは 曖昧に頷くことしかできなかった。わざわざそのために使い魔を呼び出したというの だろうか。それとも、呼び出した使い魔が本の整理に向いていたから、本の整理を やらせていたのだろうか。そもそも巨大な図書館ってどれくらい巨大なんだろう。 学院にあるのより、大きいんだろうか。 会話が途切れる。魔理沙は立ち上がると傍らに落ちていた木の枝を手に鍋に向かい、 中身をかき回した。一段ときつい臭いが立ちこめる。 「なんでそれが、魔力の元の元の元、なの?」 先ほど、ルイズが抗議しようとした事だ。 彼女にとって魔法とは、そんな怪しげなキノコに宿るものではない。 「私はこの世界で言う平民と一緒だ。貴族のように、魔女のように、 魔法を使うなんて力はない。だから別のやり方を考えるしかなかったのさ」 そういうと魔理沙は鍋の中にから元はキノコであったろう固まりをつまみ上げた。 「見てろ」 そういうと魔理沙はその固まりを傍らの木に叩き付けた。ベシャリ、と音がする。 普通ならそれで終わりの筈だ。しかし。 「ふむ、青色か」 「え?」 僅かに。本当にごく僅か、言われなければ判らないくらいに、その固まりは発光 していた。もっとも、昨日の夜に見た星屑の煌めきからすれば、零に等しい。 ポケットから取り出したメモ帳に何かを書き込んだ魔理沙は、また別の固まりを 叩き付ける。 「これは外れ、と」 またメモ帳に何かを書き付ける。こうして次々とキノコだった物体を試していく。 何かしらの反応が現れるのは十回に一回くらいだ。それでも魔理沙は一つ一つ、 メモ帳に書き込んでいく。 「こうやって、使い物になりそうなキノコと、その条件を調べていくんだ」 「…………」 「そして、使えそうなヤツをさらに調べていく。こうして魔法の元を作っていくのさ」 「これをずっと繰り返すの?」 「繰り返すぜ」 本番では数日間煮込んだ上で、ブレンドしたり乾燥させたりするという。さらに、 叩き付けるだけじゃなくて、水に浸したり、火にくべたりとかもするぜ、と魔理沙は いうものの、地道な作業であることには違いない。 「今までもずっとこんなことやってきたの?」 「やってきたぜ」 ほらよ、と渡されたノートには、細かい字でびっしりとデータが書き込まれている。 それで五冊目だぜ、という説明に一瞬くらっとした。一体何回、何十回、何百回 同じ事を繰り返せばこれだけのデータとなるのだろう。 「これが、普通の人間である私が魔法使いとしてやっていく、数少ない方法だからな」 どんなに地味でもやるしかないのさ、と肩を竦める。 これがどれほどの手間と時間がかかったことなのか、ルイズにも理解できた。 だからこそ、分からないこともある。 「……なんでそうまでして、魔法を使うの?」 ルイズ自身も魔法が使えない。だから使おうと色々試してみた。けれどそれは、 『貴族ならば魔法は使えるもの』という前提に立ったものだ。何度も繰り返せば、 そのうちコツがつかめるのではないか、といったある意味、楽観的な見方をして いたのかもしれない。 しかし魔理沙は違う。全くのゼロから、自分の力のみで魔法を使うということを 達成している。この原動力は何だというのだろう? その問いに対する魔理沙の回答は、単純明快であった。 「魔法に、恋をしているからだ」(*38) 「こ……い……?」 思わず聞き返す。その単純明快すぎる答えは、ルイズには分からないものだった。 「好きなだけじゃない。 憬れだけでもない。 どうしても自分のものにしたいって想いだ」 これを恋と呼ばずしてなんて呼ぶ? と問われたルイズは、笑い飛ばすことが 出来なかった。その瞳に込められた真摯さに気がついたから。 魔理沙はルイズに背を向け、己の作業に戻った。 しかし、そのまま自分の話を続ける。 「あのまま元の世界にいたら、私は魔法を使えないただの普通の人間に なっていただろう。それどころじゃない。世界から魔法ってものがなくなるんだ。 それが……怖かった。恋する相手がいなくなることが」 「だからヨーカイ達と一緒に召喚されたっていうの」 ルイズに問いに、後ろ姿のまま頷き、そして振り返った。 「何しろ私は、魔法に恋した普通の人間の魔法使いだからな」 その恥ずかしげな、そして誇らしげな顔は、陰鬱な森の中でひときわまぶしく 輝いて見えた。思わずルイズが目を逸らしてしまうほどに。 「……やっぱりヘンな平民……」 その力ない言葉が単なる減らず口であることは、瞭然だった。だからだろう。 魔理沙は怒るでもなくニヤニヤと笑っている。 「ルイズはそのヘンな使い魔の主人なんだからな。よろしく頼むぜ」 「あたりまえでしょ。散々こき使ってやるんだから覚悟しなさい」 ルイズも口元を動かし、なんとか笑い返す。貴族の意地だ。貴族として、 平民である魔理沙の生き方に感銘を受けた、などとは口が裂けても言えないのだから。 それこそ、恥ずかしいことじゃない、とルイズは心の中でつぶやいた。 「……そういえば、マリサの恥ずかしい姿ってなんだったのよ」 「ああ、その話か」 最初の話を思い出しての問いに、魔理沙は本当に恥ずかしそうに答えた。 「私にとって魔法が恋人だとすると、このメモは恋文だな」 「……そうね」 「こうやって魔法に到達するために行う実験は、謂わば求愛行動だ」 「そう言われると、恥ずかしいわね」 「恥ずかしいだろ」 「そんなわけあるかーっ!」 「いや、本当に恥ずかしいんだって」 「やっぱりあんたはヘンな平民よ」 「ひどいぜ」 その二人の言い合いは、実に楽しげだった。 「あら、ようやくお帰り……って何よその臭いっ」 日が暮れようという頃になってようやくルイズの部屋の入り口に戻った二人を、 キュルケは鼻をつまんで出迎えた。 「え? そんなに臭うか?」 二人とも自分の匂いを嗅ぐ。確かにキノコの臭いが残っているが、自分たちでは それほどひどく感じない。どうやら長時間キノコ鍋の傍にいて、臭いになれてしまった らしい。 キュルケは二人を追い払うように、片手を振った。 「早く風呂に入って来なさいよ」 「へぇ、風呂があるんだ。そりゃ嬉しいぜ」 どこだ、と問いかける魔理沙の襟首を掴んで引き戻す。 「こら、平民が貴族の風呂になんて入れるわけないでしょ」 「みんな自分の使い魔と一緒に入ってたわよ」 「なによそれ」 憮然とするルイズを、可笑しそうに眺めるキュルケ。まったくトリステインの貴族は、 特にルイズは、身分の違いを気にしすぎる。だからこそ、からかい甲斐があるという ものなのだが。 「それとも『貴族』の使い魔を、『平民』の蒸し風呂に押し込めるつもり?」 貴族、を強調したその言葉に、苦虫を噛み潰したような顔をするルイズ。 困ってる困ってる、と内心の笑みを表に出さず、とどめの言葉を放った。 「まあ、ヴァリエール家はケチくさい方々だし、それも仕方ないのかしらね」 「誰がケチくさいのよ! ほらマリサ、こっちよ、ついてらっしゃい!」 「待てって、着替えとかどうするんだよ」 ルイズと魔理沙が大騒ぎをしながらキュルケの視界から消えてようやく、彼女は 笑みを顔に出した。まったく、このヨーカイという連中が召喚されてから、楽しいこと ばかりだ。戻ってきたら、昼間食堂で起きた事を話してやろう。きっと驚くに違いない。 なにしろ――(*39)。 「おーい、キュルケ」 「なに、モコウ?」 自室の中から声がかかった。振り向くと、自らの使い魔とした妹紅が、困ったような 顔をしてキュルケのことを呼んでいる。キュルケのネグリジェを纏ってはいるものの、 正直あまり似合っていない。主に、胸元が。 「なんか窓から部屋に入ってこようとした男がいたんで、撃ち落として しまったんだけど、まずかったか?」 「え?」 そういえば今日は誰かと約束していたんだっけ? と記憶を掘り返す。 「思い出せないってことは、大した男じゃないってことよね」 「誰かは知らないが、可哀想に。キュルケから言い寄ったんだろ?」 「過去は過去よ」 肩を竦めてみせるキュルケ。 「あまり男心を弄ばないことだ。そのうち恨まれるぞ」 「あら、身に覚えでもあるの?」 「ああ」 からかうような言葉に対して返ってきたのは、怖いくらいに真剣な眼差し。 「ただし、恨まれる方じゃないよ」 もう終わったことだけどね、と遠い目をする妹紅ではあったが、キュルケは背筋に走った 寒気を押し殺すのに必死だった。普段の泰然とした雰囲気から、只の人間ではないと 思っていたが、どうやらそれはキュルケの思っていたものとは全然違う理由によるもの らしい。もし今の、一瞬漏れ出した殺気が自分に向けられたものなら、自分は死を覚悟 していたかもしれない。それだけのものを身の中に秘めたこのフジワラモコウという存在は、 一体どういうものなのか。 そして、この殺気を向けられたものは、どういう存在だったのだろう。(*40) 「……いつか話して貰えるわね?」 「機会があったら、そのうちにね」 それよりこの服、胸元が余るんだが、ととぼけた様子でキュルケを部屋に 招き入れる妹紅には、もう先程の様な真面目な雰囲気はなかった。 本塔の地下に風呂場はある。浴槽は縦横それぞれ十数メートルはあり、壁からは 蒸気が噴き出している。もちろん鏡も設置され、自分の姿を映し一喜一憂する 女生徒も居る。 その巨大な湯船の片隅で、一組の貴族と平民がお湯につかっていた。 もっとも 双方とも、あまり嬉しそうではなさそうだが。 貴族であるルイズにとって、貴族以外が入っているという風景はどうにも受け入れ ずらい。それが人間でもない、異形の存在だとすればなおさらだ。 右を向けば、妖精が主人の肩に掴まって湯につかっている。左を見ると、兎のような 耳の生えた使い魔が、主人の背中を洗っている。そして正面では、自らの使い魔が 渋い顔をしていた。 「うー、やっぱり次からは蒸し風呂とやらのお世話になるぜ」 「この風呂のどこが気に入らないっていうのよ」 キュルケに焚き付けられたられたとはいえ、せっかく連れてきたのだ。せめて嬉しそうな 顔ぐらいしても、罰は当たらないんじゃないか。 マリサは何かを嗅ぐような仕草をすると、耐えられないというように鼻をつまんだ。 「いや、匂いがな」 「香水の匂い? いい香りじゃない」 「不自然だぜ」 彼女の今までいたところにも風呂はあったが、このように香水を入れる習慣は なかったという。むしろ、硫黄の匂いのする風呂(*41)があったりもするらしい。 それはルイズにとって想像もできないものであった。もっとも、あのキノコの臭いにも 平然としていたくらいだ。やはり色々と違うのかもしれない。 「嫌がってるのはマリサぐらいよ」 「そうか?」 「ほら、気に入ってる使い魔もいるじゃ――」 指差そうとするルイズの動きが止まる。湯船の縁に腰掛け、心地よさげに目を つぶっている彼女には、伸びた犬歯と蝙蝠のような羽があった。あれは昼間の話にも 出てきた、吸血鬼ではないだろうか。もっとも、脚を湯に浸し、時々パシャリと跳ね 上げる様は、幼子が水に戯れる様にも見えるのだが。 マリサはちらりとそちらを見やり、納得したように頷いた。 「あー、アイツは別だぜ。何しろお嬢様だったからな」 「……お風呂を楽しむ吸血鬼なんて見たことも聞いたこともないわ」 口の中で呟く。魔理沙にも聞こえるかどうかの小さな声であったが、当の吸血鬼は 片眼を開くとジロリとこちらを見遣った。 「聞こえてるわよ」 固まるルイズ。しかし魔理沙は普通に手をあげ、その吸血鬼に挨拶を送った。 「楽しんでるようだな」 「まあ、悪くはないわね」 そのまま脚を伸ばしチャプンと湯船に入った吸血鬼は、僅かに湯を揺らしながら 近づいて来る。その白い肌は同じ女性であるルイズから見ても、綺麗だと思わせ られてしまうものだ(*42)。 「レミリアのご主人様はどうした?」 「のぼせたって言って、あがっちゃったわよー」 つまらなそうに口を尖らせる吸血鬼。こういう仕草だけ見れば、実に子供っぽいのだが。 しかしそれも一瞬のこと。ルイズの事を見つめると、目を細め可笑しそうに相好を崩した。 「なによ」 強気を装うルイズではあったが、内心気が気ではなかった。なにしろ、吸血鬼 なのだ。いくら使い魔としての契約は結ばれているといっても、外見が少女のよう であるとはいっても、警戒はしてしまう。 しかしレミリアは気にした様子もなく、牙の生えた口を開いた。 「あなたの運命も、大きく変わりつつあるようね」 「え?」 突然出てきたこの場にそぐわない単語。 その言葉に戸惑う間にも、レミリアの話は続く。 「もっともそれがあなたにとって、幸福な方向に変わっているのか、 悲劇的な方向に変わっているのか、までは判らないけれど」 「なんだ、全然解らないぜ。なぁ?」 頷けばいいのか、否定すればいいのか。魔理沙の問いかけに固まるルイズを、 レミリアはいっそう面白そうに口元を歪めて眺める。 「まったく、これだから脳なんて科学的な組織のある生き物は困るわ」 「そりゃあ、私達は人間だからな」 レミリアはやれやれと肩をすくめた。 「ゆっくり考えるといいわ」 そういうと立ち上がり、背を向ける。二、三歩進んだところで、顔だけ振り向いた。 横目でルイズを一瞥する。 「だけど覚えておきなさい。 その変化に流されるのか、それとも抗うのか、それはあなたの自由よ」(*43) ルイズが息を吐いたのは、レミリアの姿が脱衣所に消えてからだった。 「何だっていうのよ、まったく」 「気にしない方がいいぜ。言ったろ、早く慣れないと辛いぞって」 もっとも私はこの風呂には慣れそうもないけどな、と笑う魔理沙とは対照的に、 ルイズの顔色は暗かった。 「もうしわけありません、もうベッドの予備はありません」 「あー、やっぱりな」 頭を下げる黒髪のメイド。夕食後、借りた鍋を返すついでに、寝床を確保しようと 予備のベッドがあるかメイドに聞いた結果がこれだ(*44)。もっとも魔理沙にとっては 予想の範疇である。なにしろ初動が遅すぎた。いくらここが立派な魔法学院だとは いっても、予備のベッドがそんな数多くおいてあるわけでもないだろう。それに妖怪 とはいえ少女、男子生徒と一つベッドで眠りたいと思う者はそう多くない。 ルイズだってそう思うだろ? と問いかけるものの、ルイズの反応は芳しくない。 何事か考え込んでいるようだ。むしろ黒髪のメイドの方が頬を赤くしている。そんな ルイズの様子に魔理沙は肩をすくめた。 「別に私は、ルイズと一緒のベッドでも構わないけどな」 「わたしが構うわよ!」 ルイズもこれには反発する。いくら相手は自分と同じような少女だとはいえ、平民 なのだ。メイドも、この平民はなんてことを言うんだ、というように恐れた様子でルイズを 見ている。 もちろん、そんなことを気にする魔理沙ではない。むしろ、にやりと笑い返す。 「平気だって。何しろ一つの布団で一緒に寝るのには慣れてるからな」 「え……」 「もちろん、女同士だぜ」 「ええっ マリサってそういう趣味が――」 「そういうって、どういう趣味だ?」 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる魔理沙と、頬を赤らめた上にそっぽを向く 黒髪のメイド。そして怒りと羞恥に顔を赤く染めるルイズ。 「あああああんた達なななな何を勘違いしてるのかしら」 「勘違いしてるのは、ルイズじゃないのか?」 「そんなわけないでしょ! ほら、さっさと行くわよ!」 ルイズは魔理沙の腕を掴むと、さっさと歩き出した。後に残されメイドはしばし 呆然とした後、残された鍋を掴みあげる。ふと気になって、臭いを嗅いでみた。 「これ一体何の臭いですかーっ」 メイドの悲鳴じみた声は、誰にも届かなかった。少なくとも人間には(*45)。 月明かりが差し込む部屋の中で、二人の少女がベッドの上で互いに背を向けて 横になっていた。一人は素肌の上にネグリジェ一枚、一人はシミーズとドロワーズ。 「マリサ……キリサメマリサ……」 ネグリジェの少女であるルイズが呟く。しかし、反応はない。起きていて聞いていない フリをしているのか、それとも寝ているのか。身じろぎをしたついでにちらりと背後の 魔理沙を窺うが、なんとも判らない。 ルイズは両腕で自分の体を抱きしめるようにすると、今日の出来事を思い返した。 まったく、今までの常識が覆されるような出来事が色々とあった。当たり前のように 空を飛ぶ妖怪の事。この世界のそれとは異なる魔法の事。平民のくせに魔法を使う、 自分の使い魔のこと。 しかし今ルイズの頭を離れないのは、吸血鬼に風呂場で言われた事であった。 運命が変わりつつある、とはどういう事なのだろう。わたしの魔法が使えないという事が、 変わるということなのだろうか。それとも、使えるはずのものが使えなくなる、ということ なのだろうか。 確かに、今までの生活とはまったく違う日常が始まった。今日一日でもそれはよくわかる。 でもそれはこの霧雨魔理沙という使い魔の所為だ。それともこの魔理沙が使い魔になる ということ自体が、何かの変化なのだろうか? 確かに自分の想像していた使い魔とは 大きく違ったけど。 大体使い魔の癖に生意気よ。明日からちゃんとわたしのことはご主人様と呼ばせなきゃ。 さっきもいつの間にか、一緒にベッドで寝ることになっていた。どうもマリサと話をしていると いつの間にか言い負かされている。ご主人様として失格ね。もっとしっかりしないと。 などと思いながら、眠りに落ちていく。 最後にルイズの脳裏に浮かんだのは、『魔法に恋する普通の魔法使い』である事を 宣言した時の、恥ずかしそうな表情をした魔理沙の顔だった。 *1 タイトルは、同人弾幕ゲーム「東方封魔録」のBGM名より借用 *2 酒を呑んでも飲まれるな *3 でも手伝わない *4 でも、羽 *5 実際の所どうなのかは不明 *6 もちろん、無詠唱 *7 ご愁傷様 *8 同音異義語が通用するのは何故だろう? *9 マル略 *10 ご愁傷様 *11 詳細はもっと後で *12 言わずと知れた遠見の鏡 *13 実際、酔っぱらっていたし *14 普段から、出歯亀視線に晒されていたからか? *15 光や波や距離を操るメンツにはこちらが見えたのかも *16 希望的観測 *17 原作的な運命の悪戯 *18 徹夜の宴会対策は万全だ *19 酒好きの連中であることには違いない *20 そーなのかー *21 野菜以外を食べれるのか不明 *22 技術者的興味 *23 人形使い的興味 *24 同好の士を捜している *25 なん……だと……?風に *26 妖精とかはじっとしているのが苦手 *27 何十倍も何百倍も何千万倍も生きてるのもいる *28 拡大解釈 *30 魔理沙の家が片づいていない理由が本当にこの通りかは不明 *31 天の邪鬼は自分のことを天の邪鬼と認めない。天の邪鬼だから *32 詳細は次の話で *33 ご存じミニ八卦炉 *34 有効活用中 *35 でも子供っぽいことはスルー *36 実際の容姿は不明。 *37 その答えは48点くらい。96点満点で *38 この一連の設定は、東方創想話に投稿されているSS、「東方萃夢想 Stage-Ex「乙女の鬼退治」-Normal 」にインスパイアされたものです。 *39 待て次号 *40 何が終わったことなのか。何を引きずっているのか *41 温泉大好き *42 それに劣等感も苛まれないし。体型的に *43 どんなに格好つけても全裸なので威厳なし *44 ゆっくりした結果 *45 妖怪は色々といる。出歯亀好きとか 前ページ次ページ東方のキャラたちがルイズたちに召喚されました
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謙虚な使い魔 朝日が差し込み始めた頃、鎧姿のままで眠っていたブロントはふと窓の方に何か気配を感じ、目を覚ました。 入り込む日光に混じり赤いローブを着た人物の姿が薄っすらと夢幻花の植木鉢の上からブロントを見つめていた。 (誰だ?) と思ってブロントは目を凝らしたが、人物の姿はすでに無く、太陽の眩しさによる錯覚であったような気もした。 不思議な事に、見たと思った人物の姿に警戒心は抱かなかった。何処かで会った様な気もするが良く思い出せなかった。 (夢幻花は時に幻覚を見せるというが・・・) と自分に言い聞かせ、気を取り直してかばんから水のクリスタルを取り出し、植木鉢に与え、花についた朝露を取り払った。 横でまだ寝息を立てているルイズを見て、昨日寝る直前に籠いっぱいの洗濯を頼まれていた事を思い出した。 ブロントはプリズムパウダーを自分の耳に塗りなおした後、 服が入った籠を片脇に抱え、洗濯ができそうな水場を求めて生徒宿舎の塔を降りた。 誰かに場所を聞こうにもまだ朝が早いのか他の生徒の姿が見当たらず、結局塔の外へまで出てしまった。 そこから先どうしたものか、と考え込んでいたブロントだったが、後ろから誰かに声を掛けられた。 「どうなさいました?」 「む?―」 振り向くと両手で重そうに大きめの洗濯籠を抱えていたメイドの格好をした少女が、心配そうにブロントを見つめていた。 「―俺は洗濯ができる場所を探していたんだが」 「ああ、それでしたら私もこれから洗濯するところなので一緒にいらしてください。あっ、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔の方ですか?」 彼女はブロントの鎧姿を見ながら言った。 「確かに俺はルイズの使い魔なんだがまだ他に誰にも言っていないはずなのによくわかったな」 「ええ、メイド仲間の一人が昨日ミス・ヴァリエールが鎧を着た平民を連れている所見たらしく、『使い魔として召喚された平民』と言うことで私達の間ではちょっとした噂になってますわ。」 と彼女は両手が塞がっていたので顎でブロントの鎧を指した。 「お前も使い魔なのか?」 「いいえ違います。貴族の方々をお世話するために、ここでご奉仕させていただいている平民です。」 「そうか」 ブロントはいまだ他の使い魔をまだ見ていなかったので他の使い魔も自分の様な人間なのでだろうと思っていた。 「あの、お名前聞いてもいいですか?私はシエスタと言います」 「俺はブロントだよろしくシエスタ」 「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね、ブロント様」 「さんでいい」 「え?」 「様じゃなくて『さん』でいい」 「あ、はい!ではよろしくお願いしますブロントさん」 「ではそっちの籠ももってやろう」 とブロントは空いてる手で、シエスタが抱えていた洗濯籠をひょいと持ち上げると自分の脇に抱えた。 「あっ、そんな悪いです!」 「これ位はなんでもにい。だが洗濯自体はあまりわからないから教えて欲しい。これはその礼代わり」 「そうでしたか、ではお願いしますね。でも片手でその籠もてちゃう何てブロントさん力持ちなんですね」 「それほどでもない」 「ふふ、ブロントさんは、結構謙虚な方なんですね」 そうしてブロントは水場でシエスタに教わりながらルイズの服を洗濯し、シエスタの分の洗濯物も干すのを手伝った後 「乾いたらミス・ヴァリエールの部屋まで服お持ちしますね。」 「助かる」 そう言ってブロントはシエスタと別れた。 そろそろルイズを起こす時間であったので、 ブロントはルイズの部屋に戻って見たところ、案の定ご主人様はまだすやすやと眠っており、起きる気配がまったく感じられなかった。 「そろそろ起きろ」 「ふわぁ・・・・・きゃあ!誰よあんた!」 「おいィ?何いきなり忘れているわけ?」 「あ・・・わ、私が呼んだ使い魔だったわね・・・ちょっと寝ぼけていただけよ!」 「まったく。このままでは俺の寿命がストレスでマッハなんだが・・」 とブロントは呆れた。 ルイズは昨夜の様に、ブロントに手伝って貰いながら着替えた。 「これから朝食取りに食堂に行くから私について来なさい」 と言われ部屋を出た二人は、丁度時同じくして隣の部屋から赤毛の少女が出てきた。 「あら、おはようルイズ。寝坊助の貴方にしては珍しく早いじゃないの?」 「ふん、うるさいわねキュルケ。私だって早く起きようと思えば起きれるんだから」 「はいはい・・・あら?ルイズが人間を召喚したって聞いていて冗談だとは思っていたけど、まさか本当に人間を喚んじゃうなんて、あなたらしいわ。さすがは"ゼロ"のルイズね」 と言いつつキュルケは興味深げにルイズの後ろに立つ白鎧姿のブロントの姿を見る。 「私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。で、貴方は?」 「俺は今は使い魔をやっているブロントと言う者なんだが」 「そう使い魔さんのブロントね、よろしく」 「ああよろしくツェルプストー」 まじまじとブロントの視線を浴びせかけるキュルケ 「ふふふ、私の事はキュルケって呼んで。貴方中々いい男じゃない」 「それほどでもない」 「それほどでもあるわよ、そこのルイズの使い魔やめて私の所へこない?もっと優遇してあげるわよ」 その胸を強調するようにブロントに近寄るキュルケの間にあわてて入るルイズ 「ち、ちょっとツェルプストー!何勝手に人の使い魔に色目使ってるのよ!それにブロント!アンタもそんなに相手の胸を見つめてるんじゃないわよ!」 とルイズは叫んでブロントの右脛に一発蹴りを入れたが石柱の様にビクともせず、逆に鉄の塊につま先をぶつけたのと同じ事となったルイズはピョンピョンと片足抱えながら飛び回る事となった。 「あら、見るだけなら幾らでも大歓迎よ、もっともブロント、貴方だったら見るだけ以上の事をしてもかまわないけど・・・」 「おいィ?何をいきなり話かけてきてるわけ?俺はそういう話は嫌いなんだが早くもこの会話は終了ですね」 「あら残念、でも謙虚で真面目なのは男性としては魅力的よ。それにしても平民の使い魔もそれはそれで一興だけど、どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ~。フレイムー」 そうキュルケが呼びかけるとキュルケの部屋から尻尾に火を灯らせた一匹の大トカゲが現れた。 片足飛びから落ち着いたルイズが驚いた声で叫んだ。 「キュルケ!それってもしかして・・・」 「そうよ、サラマンダーよ。見て?この尻尾。この立派な炎なんて絶対お火竜山脈の亜種よ。 メイジの実力をはかるには使い魔を見ろと言うけど、火のメイジである私にとってはぴったりの使い魔だと思わない?」 そうキュルケがルイズに自分の使い魔を自慢している間、ブロントは初めて会う自分以外の使い魔のフレイムをじっと見つめた。 (『力』を司る炎属性のモンスターの肉なら中々効果が高そうな料理が作れそうだな) とか思いながら見つめてくる鋭い冒険者の眼に感づいたのかフレイムはさささっとキュルケの背後に隠れるようにして逃げた。 「あら、どうしたのフレイム?あ、ちょっと先に行かないでよ。じゃあまたねルイズとその使い魔さん」 そういい残すとキュルケは自分の使い魔の後を追った。一方ルイズは「何よ、私だって幻獣を召喚したかったんだから・・・」 とぶつぶつぼやきながらブロントを連れて学院の食堂へと向かった。 「ところでルイズ、"ゼロ"ってお前の称号なのか?」 ブロントは前をドスドスと歩くルイズに聞いた。 「二つ名よ、メイジにはそれぞれの能力を表す二つ名が付いているの。さっきのキュルケは"微熱"、昨日会ったコルベール先生が"炎蛇"、ってもう今はそんな事聞かないでよ、気が利かないわね!」 「何イライラしているわけ?」 「イライラしてない!」 アルヴィーズと名がつけられたの食堂はブロントが思っていたより広く、内装も人形の彫像が並び必要以上に豪勢である様に見えた。 というより冒険者として野外での活動が多かったため、決まった部屋にて落ち着いて食事をするという習慣がなかった。 その為食堂と言うものに入るのも久しぶりだった。 「本当はこの食堂には貴族しか入ってこれないのだけれど、私の使い魔と言うことで特別にアンタも入れているんだから感謝してよね」 テーブルの上には朝食だというのに各席には何品もの豪勢な料理が並べられていた。 ブロントのような冒険者は素早く済ませられる一食一品が基本であったため、あまり見たことが無い光景であった。 (肉料理に、野菜料理に、スープ、穀物、魚介、さらにスィーツにドリンクまであるのか。 どれもこれも一度に全部まとめて摂ろうとするだなんてメイジと言うのは豪勢的に贅沢だ) とブロントは勝手に異世界の食事文化を自分なりの理論で解釈していた。 「あんたの席はそこじゃないわよ、私の特別な計らいであんたの分もココに用意してもらってあげたんだから」 といってルイズが『ココ』と床を指し、そこには黒パンが一塊と豆が少し浮かんだスープが皿に盛られ、置いてあった。 「おいィ?これは意味が無い事なのは確定的に明らか」 冒険者であるブロントにとって食事とは戦闘で事を有利に運ばせるための栄養摂取なのである。 そこでスタミナとなって持久力を上げるパン類と逆に、 液体を胃に入れる事によってスタミナを削いでしまうスープ類の食い合わせはナイトとしては意味不明な食事であった。 「平民であるアンタがこの食堂で食事できる事自体が光栄な事なんだから、そんな事で文句言わないの!ほんとは使い魔は外なんだから」 食事一つで生死を分けた生活をしてきたブロントにとっては、『そんな事』で済ませられる事柄ではなかった。 彼は一般的な観点とは違ったある意味で『食事に命を掛けていた』。 「ならば俺は少し外を見てくるんだが何かあればリんクパッルで呼べばいい」 そうブロントは言い残すとガチャと鎧の音を立て、食堂を去った。 「な、何よ?一体?」 (床に置いたのがまずかったのかしら?) ブロントは食堂を出て裏の方から、獣達の泣き声のようなものがする事に気づいた。 食堂の裏へと回ると、一角に多種類の獣やモンスターがいた。 ソウルフレアの様な蛸人間やアーリマンの様に空に浮く目玉のような如何にも『モンスター』な類から、 フクロウやカエルのような小動物までいた、そしてその中に先ほどあったフレイムの姿もあった。 (メイジの使い魔か?中々色々種類があるようだが) 初めて見る多数の生物達をもっとよく調べるために、それぞれをブロントはじっと見つめた 楽な相手だ 練習相手にもならない 練習相手にもならない 楽な相手だ 練習相手にもならない 練習相手にもならない 楽な相手だ 練習相手にもならない 練習相手にもならない 「む?」 一匹の青い飛竜の前でブロントの目が留まった。 ――計り知れない強さだ ブロントは他の使い魔の強さは大体掴んだが、この一匹の竜はどこか雰囲気が異質でその力をうまく推し量れなかった。 他の使い魔とは違う『何か』を持っているように見えた。 (何か竜騎士が連れる子竜がそのまま成長した姿みたいだな) 自分も過去に成り行き上で、竜騎士として卵から孵ったばかりの子竜と契約を結んだ事もあったが、今はおそらくヴァナ・ディールの自宅で小間使いのモーグリの丁重な世話を受けている事だろう。 あの残してきた子竜も成長すればこの様になるのかななどと思案に耽る一方、飛竜の方も見つめてくるブロントに気付き、 「きゅ~」 と小さく鳴きながらトストスと歩み寄り、ブロントの顔を舐め始めた 「おいやめろ馬鹿」 ブロントは口の端をほんの少しだけにこりとしながら優しく飛竜の顔を引き離して、 耳にかかったプリズムパウダーまで舐められては困る、と多少押さえつける形で青い飛竜の頭を撫でた。 「きゅいきゅい♪」 この頭を撫でられている竜、シルフィードは昔に絶滅されたとされる人語を話せる韻竜であったが、 いらない問題を避けるために主人の意向により韻竜である事を隠し、ただの風竜として振舞っている。 自分の本来の種族を隠しているこの一人と一匹は言葉は交わさずとも互いに何かを感じ取っていたのだろう。 「私の使い魔が何か?」 背後から青い髪をした眼鏡を掛けた少女がブロントに声を掛けた 「?」 ブロントはきゅいきゅいと鳴く竜を撫でながら、首を傾げながら少女を見た 「シルフィード、私の風竜」 と撫でられ恍惚な顔をした竜を指差した。 「ああ俺は少し自分以外の使い魔がどんなのか見ていたんだが、この竜が何か他の使い魔と比べて『何か』違うと思って近寄ったところ懐かれるはめになった。手を離すとすぐ舐めてきそうになるのでこの撫でる手がしばらく止まることを知らない。」 「!」 自分の使い魔の秘密を感づかれてしまったのかと思い少女は (喋ったの?) 問いただす目でシルフィードを睨み付けたが、シルフィードはブンブンと首を横に振った。 少女は自分の使い魔から詳しい話は聞く事にして、 とりあえず何か問題があった時のためこの白い鎧を着た男の名前だけでも知っておこうと思った。 「私はタバサ、貴方は?」 「ほう随分と覚えやすい名前だな。俺はブロント。今は使い魔をやっているブロントだ」 「そう、覚えておく」 とだけ短く言ってタバサと名乗った少女は自分の使い魔を連れて去っていった。 タバサとシルフィードの歩く姿を見送りながら、佇んでいたブロントは先ほどキュルケが話していた『使い魔を見れば主人の力量がわかる』と言っていた事を思い出し、 (タバサは他の生徒と『何か』違うのだろうか) と思案していた時に、懐に装着していたリンクパールからルイズが声を掛けてきた。 [――ブロント?今どこにいるの?私は朝食が終わったから、これから授業なんだけどアンタも来て頂戴――] 「今食堂のすぐ裏だそっちに向かう」 とパールに答えたブロントは主人の下へと向かった。 一方その時のタバサとシルフィード 「彼に何を感づかれたの?」 タバサは人目が付かぬ学院の一角で、シルフィードに何があったのか問い詰めていた。 「きゅい?おねえさまの言う通りシルフィはなにもしゃべってないのね!」 「そう、それで何でじゃれ合ってたの?必要以上に他人と接触してはダメと約束したはず」 「きゅい~、ごめんなさいなのね。でも彼ぴかぴかで綺麗だったからシルフィードとっても気にいったのね!」 「ぴかぴか?」 「きゅい!お日様を詰込んだみたいにとっても眩しくて暖かかったのね!あと多分彼とっても強いのね!きゅい」 「そう」 タバサ自身もブロントが只者では無い事をそれとなく感じていた。だがこの韻竜が語る事は自分が思っている事と少し違う感じもした。 「守ってくれそうな光がとっても凄かったのね!でもでも闇の力も結構もっていたのね!何か光と闇が両方そなわって最強に見えたのね!きゅい!」 シルフィードは頭をぐるんぐるんと振り回した。 「闇?」 「きゅいおねえさまなんかはどちかと言うと黒っぽい方ね!こう攻撃をビシビシしてくる感じなのね!おねえさまも強いのね」 「・・・そう大体わかった。3日間肉抜きの罰」 「きゅい!?おねえさま酷いのね!なんでなのね!なんでなのね!」 「勝手に他人と接触して約束を破った罰」 「きゅい~!!」 こうしてとばっちりにも近い形で罰をシルフィードが受けているとも知らず、ブロントは食堂でルイズと合流したあと 授業があると言う教室へ向かっていた。 第3話 「若きルイズの悩み」 / 各話一覧 / 第5話 「落とし主は誰だinトリステイン」
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謙虚な使い魔~アルビオンの幻影~ ルイズの部屋に現れたアンリエッタ王女は、感極まった表情を浮かべて、膝をついたルイズを抱きしめた。 「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!」 「姫殿下、いけません。こんな下賤な場所へ、お越しになられるなんて・・・」 ルイズはかしこまった声で言った。 「ああ!ルイズ!ルイズ・フランソワーズ!そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい!あなたとわたくしはおともだち!おともだちじゃないの!」 「もったいないお言葉でございます。姫殿下」 ルイズは緊張し畏まった口調で言った。 「やめて!ここには枢機卿も、母上も、あの友達面をしてよってくる宮廷貴族達もいないのですよ!もう、わたくしには心を許せるおともだちはいないわ。昔馴染みの懐かしいルイズ・フランソワーズ、あなたにまで、そんなよそよそしい態度を取られたら、わたくし死んでしまうわ!」 「姫殿下・・・」 ルイズは顔を持ち上げた。 「幼い頃、いっしょになって宮廷の中庭で蝶を追いかけたじゃないの!泥だらけになって」 「・・・・・・ええ、お目下を汚してしまって、侍従のラ・ポルトさまに叱られました」 「他にも――」 ルイズと王女は互いに昔の懐かしい思い出を語り合い始めた。 「ほう王女とフレンドなのか」 ルイズが顔を上げたので、ブロントも顔を上げルイズに尋ねた。 「姫さまがご幼少のみぎり、恐れ多くもお遊び相手を務めさせて頂いたのよ」 そこでアンリエッタは精悍な顔付きをしたブロントに気づいた。 「あら、ごめんなさい。もしかして、お邪魔だったかしら」 「お邪魔?どうして?」 「ああ、ルイズ・フランソワーズ。あなたが、こんな素敵な彼を恋人にしていたなんて、わたくしの事のように嬉しいわ。いやだわ。わたくしったら、つい懐かしさにかまけて、とんだ粗相をいたしてしまったみたいね」 「こ、こ、恋人ぉ!?いえ、そ、その、ち、違います姫さま!あれはただの使い魔です!・・・そう、ただの使い魔です・・・」 ルイズは首をぶんぶん振って、アンリエッタの言葉を否定した。 「使い魔?ですが品評会で踊りをみせて頂いたあなたの使い魔は、この方とは・・・」 ブロントは鎧を大きく鳴らしながらステップを踏んで、決めのポーズとり、その踊りで王女の疑問に答えてみせた。 ――千の言葉より残酷な俺という説得力 「えっ、・・・・・・ええっ!?まさか、本当に彼が!?」 ルイズは黙ってアンリエッタの問いに頷いた。 アンリエッタは、目の前の凛々しい姿の男が、使い魔の品評会にて逞しい肢体を露わにして踊ってみせた者であった事を知り、驚きを隠せなかった。 そしてアンリエッタはブロントの事をまじまじと見つめる。 「あの心に響く踊りを見せたのが彼だったなんて・・・ルイズ・フランソワーズ、あなたって昔からどこか変わっていて、わたくしを驚かせてばかりいましたけれど、相変わらずね」 「この使い魔が勝手にやった事で、別にわたしがやらせたんじゃありません」 「あの時のゴーレム騒ぎがなければ品評会の優勝者は間違いなくあなたの使い魔だったわ、ルイズ。あの舞と演奏は王宮内でも評判になって、再び見てみたい、と言っている方々が多数おりますわ。ふふ、わたくしもその内の一人ですけど」 「姫さま、もしかしてその事を伝えるために?」 途端、アンリエッタは憂鬱な顔をして深い溜め息をついて、ベッドに腰掛けた。 「ああ、毎日がその様な愉快な事だらけだったらどんなに良い事か・・・でも・・・・・・いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね・・・・・・あなたに話せる様な事じゃないのに、わたくしってば」 「姫さま、どうなさったんですか?あんなに明るかった姫さまが、そんな風に溜め息をつくという事は、何か悩みがおありなのでしょう?」 「唯一心を許せるおともだちを危険に送り込もうと思っていた自分が恥ずかしいわ、この事は忘れてちょうだい。ルイズ」 「いけません!昔は何でも話し合ったじゃございませんか!わたしをおともだちと呼んでくださったのは姫さまです。そのおともだちに、悩みを話せないのですか?」 ルイズにそう言われ、アンリエッタは嬉しそうに微笑んだ。 「わたくしをおともだちと呼んでくれるのね、ルイズ・フランソワーズ。とても嬉しいわ」 アンリエッタは決心したように頷くと、ルイズに悩みを打ち明けた。 トリステイン王国と共に長い歴史を持つアルビオン王国が今現在レコン・キスタを名乗る貴族派達による反乱がおきている事。 そしてそのレコン・キスタとはハルケギニア統一を目指しているため、現在圧倒的不利な立場にいるアルビオン王室が倒れたら、 次にトリステインに侵攻してくるであろう事。 それに対抗するためにトリステインはゲルマニアと同盟を結ぶ事を選び、そのためにアンリエッタ王女がゲルマニア皇室に嫁ぐ事になっていた事。 しかし、王女は以前、アルビオン王家のウェールズ皇太子に一通の手紙を送っていた。 その手紙にはゲルマニア側に知られれば婚姻を破棄されてしまうことは必須な事が書かれており、 トリステインとゲルマニアの同盟を望まないアルビオン貴族派の反乱軍の手にその手紙が渡ってしまえば、 すぐにでもゲルマニアの皇室に送り届けられるであろうという事。 「では、姫さま、わたしに頼みたい事というのは・・・・・・」 「無理よ!無理よルイズ!わたくしったら、何てことでしょう!貴族と王党派が争いを繰り広げているアルビオンに赴くなんて危険なこと、頼めるわけがありませんわ!」 「何をおっしゃいます!たとえ地獄の釜の中だろうが、竜のアギトの中だろうが、姫さまの御為とあらば、何処なりと向かいますわ!」 ルイズは膝をついて恭しく頭を下げた。 「このわたくしの力になってくれるというの?ルイズ・フランソワーズ!懐かしいおともだち!」 ルイズはアンリエッタの手を握り、熱した口調でそう言うと、アンリエッタはボロボロと泣き始めた。 「もちろんですわ!姫さま!このルイズ、いつまでも姫さまのおともだちであり、紛う事なき理解者でございます!永久に誓った忠誠を、忘れる事などありましょうか!」 「ああ!忠誠。これが誠の友情と忠誠です!感激しました。わたくし、あなたの忠誠を一生忘れません!ルイズ・フランソワーズ!」 ルイズとアンリエッタが互いの手を握り合って、目に涙を浮かべて感動している間、 デルフリンガーがブロントに囁いた。 「おい、相棒。扉の向こうにさっきから誰かいるぜ」 ブロントはすかさずデルフリンガーを抜き放ち、部屋のドアへと投げ刺した。 デルフリンガーはゴスッと音を立て、刃の根元までドアに刺さり、反対側に突き出た部分で聞き耳立てていた人物を出迎えた。 「よう!こんな時間にどーした気障っぽいにいちゃんよ?そんなとこで立ってると、部屋を出る奴にぶつかって危ねえぞ?用があるならちゃんとはいれや」 部屋のドアがキィと音を立てて開いた。 なんとそこには以前ブロントと決闘したギーシュ・ド・グラモンが立っていた。 ギーシュは固まった表情でデルフリンガーを凝視しながら、ドアノブにかけた手がぶるぶる震えていた。 「ギーシュ!あんた!立ち聞きしていたの?今の話を!」 「はは・・・いやね、薔薇のように見目麗しい姫さまのあとをつけてきてみればこんな所へ・・・・・・それでドアの鍵穴からまるで盗賊のように様子を伺えば・・・・・・そこの剣に出迎えられたと・・・」 ブロントが歩み寄り、ドアに刺さったデルフリンガーを引き抜いた。 「ドアの向こうで隠れていれば見破れないとでも思った浅はかさは愚かしい。またボコボコにされたいらしいな、知っていると思うが手加減できないし最悪の場合病室にまた行くことになる」 そう言ってブロントはギーシュの胸倉を掴む。 「ちょ・・・ちょっと待ちたまえ!ブロント・・・さん!」 ギーシュはブロントの手を振り解き、アンリエッタの前に素早く滑り込み、膝をつける。 「姫殿下!その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せつけますよう」 「グラモン?あの、グラモン元帥の?」 「息子でございます。姫殿下」 ギーシュは立ち上がり、恭しく一礼した。 「あなたも、わたくしの力になってくれるというの?」 「任務の一員に加えてくださるなら、これはもう、望外の幸せにございます」 熱っぽい口調でギーシュはそう言った後、誰にも聞こえぬ小声で呟いた。 (と言うより、加えてもらわないと今ここでホトゥケの刑にあってしまう!) 「ありがとう。お父様も立派で勇敢な貴族ですが、あなたもその血を受け継いでいるようね。ではお願いしますわ。ギーシュさん」 デルフリンガーが愉快そうにケタケタと鍔を鳴らした。 「よかったな、にいちゃん。もし一員に入れて貰えなかったら、今頃相棒の手によって俺の錆びの仲間入りしてたな!」 ブロントが、ポンポンとギーシュの肩に手を乗せた。 途端、ギーシュの額から今まで我慢していた汗がぶわっと流れ出す。 そんなやり取りには目もくれず、ルイズは真剣な声で言った。 「では、明日の朝、アルビオンに向かって出発するといたします」 「旅は危険に満ちています。アルビオンの貴族達は、あなたがたの目的を知ったら、ありとあらゆる手を使って妨害をするでしょう」 アンリエッタは机に座ると、ルイズの羽ペンと羊皮紙を使って、さらさらと手紙をしたためた。 アンリエッタは、じっと自分が書いた手紙を見つめて、顔を赤らめると、 決心したようにうなずき、末尾に一行付け加えた。それから小さい声で呟く。 「始祖ブリミルよ・・・・・・。この自分勝手な姫をお許しください。でも、国を憂いても、わたくしはやはり、この一文を書かざるをえないのです・・・・・・・自分の気持ちに、嘘をつくことはできないのです・・・・・・」 密書だというのに、まるで恋文をしたためたようなアンリエッタの表情だった。 ルイズは何も言わず、じっとそんなアンリエッタを見つめるばかり。 アンリエッタは書いた手紙を巻き、杖を振る。すると、手紙に封蝋がなされ、花押が押された。 「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡してください。すぐに件の手紙を返してくれるでしょう」 それからアンリエッタは、右手の薬指から指輪を引き抜くと、ルイズに手渡した。 「母君から頂いた『水のルビー』です。せめてものお守りです。お金が心配なら、売り払って旅の資金にあててください」 ルイズは深々と頭を下げた。 そしてアンリエッタはブロントの手を取った。 「頼もしい使い魔さん」 「それほどでもない」 「わたくしの大事なおともだちを、大切な人を、これからもよろしくお願いしますね」 朝もやの中、 ルイズとブロントとギーシュは馬に鞍をつけ、出発の準備をしていると、 ギーシュは困ったように言った。 「お願いがあるんだが・・・ぼくの使い魔をつれていきたいんだ」 「使い魔?あのジャイアントモールを?」 「おいで、ヴェルダンデ」 ギーシュは足で地面を叩くと、モコモコと地面が盛り上がり、小さなクマほどもある巨大モグラが顔を出した。 ギーシュはすさっ!と膝をつくと、そのモグラを抱きしめた。 「ヴェルダンデ!ああ、ぼくの可愛いヴェルダンデ!」 「これからアルビオンに行くのよ。地面を掘って進むジャイアントモールを連れて行けないわよ」 ルイズは困ったように言うと、ギーシュは地面に膝ついた。 「お別れなんて、つらい、つらすぎるよ・・・ヴェルダンデ・・・」 その時、巨大モグラが鼻をひくつかせた。ルイズの前でピクピク鼻を動かした後、比べる様に次はブロントの前でくんかくんか、と鼻を鳴らし、ブロントに擦り寄る。 「おいィ?何盾を嗅ぎ回っているわけ?」 巨大モグラはブロントに抱きつき、モグモグと嬉しそうにブロントの盾に鼻を擦り寄せた。 ミスリル鉱とダーク鉱を鋳造し合わせた合金に、アダマンチウムの板で表面を補強し、 黄金と白金で「生命力」を表す紋様が施されたブロントのケーニヒシールドは、 貴金属や宝石を好むジャイアントモールのヴェルダンデにとっては、 その甘美なる金属の匂いの魅力に抵抗する術はなかった。 「ヴェルダンデは貴重な金属の香りが好きだからね。どうやらその盾はかなりいい素材を使っているみたいだね」 ギーシュは腕を組んで眺めていた。 「おい、やめろ馬鹿。あんまりしつこいとバラバラに引き裂くぞ」 ブロントはヴェルダンデと取っ組み合いになり、ブロントは巨大モグラの両脇を腕で挟み込むと、 そのまま巨大モグラを持ち上げ、投げ飛ばした。 巨大モグラが飛んで行った先にいた人影にぶつかると思った瞬間、一陣の風が舞い上がり、 モグラをまたあらぬ方向へと吹き飛ばされた。 「誰だッ!ぼくのヴェルダンデになにをするんだ!」 朝もやの中から、一人の長身の貴族が現れた。羽帽子を被ったグリフォンに跨っていたあの貴族だった。 「僕は敵じゃない。姫殿下より、きみたちに同行する事を命じられてね。そこにいるルイズが僕の婚約者であると姫殿下に伝えたら、是非ともきみたちに同行するようにと僕が指名されたというワケだ」 長身の貴族は、羽帽子を取ると一礼した。 「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ。モグラの事はすまない。突然飛んできてぶつかりそうになったので、咄嗟に吹き飛ばしてしまった」 「ワルド様!?」 ルイズが思わず叫んだ。 「久しぶりだな!ルイズ!僕のルイズ!」 ワルドは人懐っこい笑みを浮かべると、ルイズに駆け寄り、抱え上げた。 「お久しぶりでございます」 ルイズは頬を染めて、ワルドに抱きかかえられている。 「相変わらず軽いなきみは!まるで羽のようだね!」 「・・・・・・お恥ずかしいですわ」 「彼らを紹介してくれたまえ」 ワルドはルイズを地面に下ろすと、再び羽帽子を目深に被った。 「あ、あの・・・・・・ギーシュ・ド・グラモンと、使い魔のブロントです」 ルイズは交互に指差していった。 「きみがルイズの使い魔かい?人とは思わなかったが、なかなか頼もしそうじゃないか。ぼくの婚約者がお世話になっているよ」 ワルドが握手を求める手を差し出した。 「何いきなり話かけて来てるわけ?」 ブロントは腕を組んだ姿勢のまま、ワルドをじっと見つめるだけで、握手に応じる気配がない。 「ハハッ、使い魔君には早速嫌われてしまったようだ。ルイズの婚約者としてその使い魔とも仲良くやって行きたいのだがね」 「汚い本能的になにかきたないと感じてしまっている」 ワルドの何かがブロントを不愉快にさせていた。ブロントの気持ちに共鳴するかの様に、腰に差したデルフリンガーまでもがカタカタと震えている。 「会ったばかりだというのに、えらく酷評だね。この旅を通じてその感覚が単なる誤解である事と理解していただいて欲しいね」 ワルドは差し出した手を引っ込めると、口笛を吹いた。 すると、朝もやの中からグリフォンが現れた。 ワルドはひらりとグリフォンに跨ると、ルイズに手招きした。 「おいで、ルイズ」 ルイズはちょっと躊躇う様にして俯いて、しばらくモジモジしていたが、ワルドに抱きかかえられ、グリフォンに跨った。 ワルドは手綱を握り、杖を掲げて叫んだ。 「では諸君!出撃だ!」 グリフォンが駆け出し、ブロントとギーシュも馬に跨り、後に続いた。 魔法学院を出発してからもう既に半日ほど、一行はラ・ロシェールの港町に向かい疾駆していた。 途中、ブロント達は駅で二回、馬を交換しながら何とかワルドのグリフォンの後を追いかけていたが、ワルドのグリフォンは疲れを見せずに走り続ける。 その間、ワルドに抱き寄せられるようにグリフォンに跨っていたルイズはふと気が緩み、 心地よいグリフォンの揺れでうつらうつらとワルドの腕の中で寝入ってしまった。 ◆ ◆ ◆ ◆ 夢の中でルイズは幼き頃の姿になっており、トリステイン魔法学院から、馬で三日ほどの距離にある、 生まれ故郷のラ・ヴァリエールの領地にある屋敷の中庭を逃げ回っていた。 『ルイズ、ルイズ、どこに行ったの?ルイズ!まだお説教は終わっていませんよ!』 そう言って騒ぎながらルイズの事を探し回るのは、母であった。 ルイズは母に見つからないように、身を隠しながら、彼女自身が『秘密の場所』と呼んでいる、中庭の池に向かう。 あまり人が寄り付かないそこは、ルイズが唯一安心できる場所だった。 中池には小船が一艘浮いていた。舟遊びを楽しむための小船であったが、二人の姉達は成長し、魔法の勉強で忙しく、 父も母も舟遊びには興味がなく、中庭の池とその小船はルイズ以外には忘れ去られていた。 なので、ルイズは叱られると、決まってこの中庭の池に浮かぶ小船の中に逃げ込むのであった。 ルイズは小船の中に忍び込み、用意してあった毛布に潜り込むと、 中庭にかかる霧の中から、一人のマントを羽織った立派な貴族が現れた。 『泣いているのかい?ルイズ』 つばの広い、羽根帽子を深く被り、顔が見えなかったが、彼が誰だか、ルイズはすぐわかった。 十年程若い姿をしているが、ワルド子爵だ。 晩餐会をよく共にした憧れの子爵の姿を見て、父と彼の間で交わされた約束の事を思い出し、ルイズはほんのりと胸を熱くした。 『子爵さま、いらしてたの?』 幼いルイズは慌てて顔を隠した。みっともないところを憧れの人に見られてしまったので、恥ずかしかった。 『今日はきみのお父上に呼ばれたのさ。あのお話のことでね』 『まあ!いけないひとですわ。子爵様は・・・』 『ルイズ。ぼくの小さなルイズ。きみはぼくのことが嫌いかい?』 『いえ、そんなことはありませんわ。でも・・・。わたし、まだ小さいし、よくわかりませんわ』 ルイズははにかんで言った。帽子の下の顔が、にっこりと笑った。そして手をそっと差し伸べてくる。 『子爵様・・・』 「ミ・レィディ。手を貸してあげよう。ほら、つかまって。もうじき晩餐会が始まるよ」 『でも・・・』 「また怒られたんだね?安心しなさい。ぼくからお父上にとりなしてあげよう」 ルイズは頷いて、立ち上がり、その手を握ろうとした。 その時、風が吹いて貴族の帽子が飛んだ。 『あ』 現れた人物の姿を見て、ルイズは当惑の声をあげた。 見覚えが無いエルフの少年の姿だった。 いつのまにか辺りの風景もガラっと変わっており、ルイズはそのエルフの少年に抱きかかえられ、エルフの少年は港町を駆けていた。 美しかった街並みも、今ではいたるところに火がついており、あちこちから煙がもうもうと上がっていた。 獣のような恐ろしいうめき声や悲鳴がいたるところから響いていた。 そして、街の通りには人の死体の様なものが転がっていたが、ルイズはそれらをよく見る事が怖くて、目をそむけた。 ルイズは動こうにも、体がまるで根が張ったかのようびくとも動かせず、エルフの少年に抱えられるままであった。 『約束したんだ・・・姉さんと・・・』 少年が呟き、ルイズはその声に聞き覚えがあった。 (亜人の港街でのわたしの声!?) エルフの少年は、ルイズを抱きかかえたまま、街の一角の物陰へと滑り込んだ。 『こいつが、咲き開くまで、必ず守り通すって約束したんだ!』 ルイズは、その少年に守られるように抱きしめられたまま、何もできずにいた。 (もしかして・・・この子・・・っ?) その時、遠くでうねる様な衝撃音がした。 ルイズは音がした方向に目をやると、白い閃光が球体となり、急速に大きく広がっていく。 『―――っ!』 ルイズは「逃げて!」と叫ぼうとしたが、口が塞がれているのかうまく声がだせない。 『―――っっ!』 閃光がもう数十メイルというところまで肥大していた。 ルイズは全身の力を振り絞って叫んだ。 『ブロントーーーーーー!!!』 ルイズの叫びが上がった瞬間、少年の周りに無数の花びらが包む様に舞い上がった。 舞い散る花びら一枚一枚には、様々な人物の顔や風景が鏡のように写りこんでいた。 その中にはルイズが夢で見たエルフの女性の姿が映りこんだ花びらが何枚かあった。 エルフの少年は抱きしめているルイズの事をじっと見つめると、微笑んだ。 『よかった・・・咲いたんだ・・・』 そして、二人は白い閃光に飲み込まれた。 辺りに舞う花びらが一枚、また一枚と閃光によりかき消される。 懐かしいと思った顔も、美しいと思った風景も、楽しいと思った記憶も、 閃光は一つ一つ飲み込んでいき、無情に消し去っていく。 遂に、周りの風景が完全に白く塗りつぶされて、少年姿のブロントだけが残されても、 ルイズはしきりに叫んだ。 『ブロント!ブロントーーーー!!!』 何も無いその世界で、 ルイズの声だけが少年の、ブロントの耳に届いていた・・・ ◆ ◆ ◆ ◆ 「ルイズ!大丈夫かい?」 ワルドに呼びかけ、肩を揺らされ、ルイズはハッと目が覚めた。 「ワルド!?ごめんなさい、わたしったら任務中なのに眠りこけてしまって」 ルイズはあたふたと慌てた。先ほどグリフォンの上で雑談交わすうちに、 昔の丁寧な口調でしゃべっていたルイズだったが、ワルドの要望により普段の口調に戻っていた。 「可愛い婚約者の寝顔が見れたのだ、いいってことさ。疲れてしまったのかい?僕のルイズ。でも、ラ・ロシェールまで止まらずに行きたいんだ」 「ええ、わたしの事は気にしなくていいわ。少し気が緩んでしまっただけよ」 ルイズは恥ずかしさのあまり顔を赤くして俯く。 「寝言できみは使い魔君の名前を何度も呟いていたが、もしかして彼はきみの恋人かい?」 ワルドは笑いながら言った。 「こ、恋人なんかじゃないわ。ただの使い魔よ」 「そうか、ならよかった。婚約者に恋人がいるなんて聞いたら、ショックで死んでしまうからね」 「お、親が決めたことじゃない」 「おや?ルイズ!僕の小さなルイズ!きみは僕のことが嫌いになったのかい?」 ワルドはおどけた口調で言う。 「嫌いなわけないじゃない」 幼い頃、親同士が決めた『婚約』の意味はその頃のルイズにはよくわからなかった。 ただ憧れの人とずっと一緒にいられる事だと教えてもらって、なんとなく嬉しかった。 「よかった。じゃあ。好きなんだね?」 ワルドは、手綱を握った手で、ルイズの肩を抱いた。 『好きなのか』と問われてルイズは答えに詰まった。 ワルドは確かに憧れの人ではあった、しかしここ数年会わずにいた相手を思い出の中の記憶だけで決めるのもどうかと思った。 今でもワルドに対して好感は持っていたが、それがほんとうに好きなのかどうかまだよくわからない。 ルイズは答えを出せないまま、後ろで馬に跨るブロントの姿をじっとみつめていた。 第11話 「稀なる客人」 / 各話一覧 / 第13話 「心の壁」
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謙虚な使い魔~アンドバリの呪縛~ シルフィードに乗った一行は、やがて西日がきらきらと美しく光り輝く海を目にした。 「あそこです!あの白く、開かれた砂浜がある所がわたしの故郷、タルブの村です!」 シエスタはそう言うと、草原の緑と海原の青に挟まれた、一粒の真珠の様に白い砂浜を指差した。 大空から眺めるその神秘的な風景に、みんな息を呑んだ。 海に興味はないと言っていたキュルケも、この自然が織りなす宝石の様な景観を前にして、その考えを改めざるを得なかった。 シエスタは自分の村の説明を続ける。 「村自体は小さな所ですけれど、旅人達の間では『トリステインの真珠』なんて呼ばれて親しまれているんですよ。新鮮な海の幸が獲れるので、料理人や食通の人達も良く訪れますね」 キュルケはふと疑問に思った事を口に出す。 「こんな貿易にも最適な良い場所があるのに、港町をつくらず、村のままだなんて。タルブって最近できた村なの?」 「いえ、確か五百年ぐらい前からある村のはずですよ」 「ごっ!?それってあたしの祖国のゲルマニアよりも長い歴史を持つじゃない!だと言うのにずっと小さな村っておかしくない?ここの領主って一体誰よ、まったくトリステインの貴族は目が節穴じゃない?大きな財産がここにあると言うのに五百年も気づいていないだなんて」 キュルケは目線をルイズに移してそれとなく話しを振る。 「トリステインはどこぞのお金にがめつい成り上がり国家とは違うのよ。人の手を余計にいれたら、この自然の美しさも台無しになるわ。ここの領主様もその事を承知よ、きっと」 「確かにここは綺麗な所だとはあたしも認めるわ。でも、そんな綺麗事ばっかり言っているからトリステインはみるみると国力を減らして弱まっているじゃない。見た目を気にするのもいいけど、実益も兼ねそろえなければいけないのが領主の勤めよ。そういう意味ではここの領主の仕事ぶりは怠慢もいい所だわ」 「長い歴史と伝統を持たない野蛮な国出身のツェルプスト―にはわからないかもしれないわね。五百年間も代々領地を受け継いでいくってだけでも大変な事なのよ」 ルイズとキュルケがお互いの国の統治方針をぶつけ合い始めた時、何か言いたそうにしていたシエスタがついに割り入った。 「あ、あの!実はタルブの村に領主様はいないのです!」 「えっ?」「えっ?」 ルイズとキュルケは意図せず、ぴったりと声を合わせてしまった。 「あ、いえ。いる事はいるのですが、実際の領主様はもういないと言うか……」 「どっちなのよ?」 「ええとですね、領地としてはあまり大きくありませんが、タルブ村を含むこのヴィルゴ領一帯は今でもタルブ村の初代村長の領地なんです」 「未だに初代村長の、って……普通それって受け継いでいくものじゃないの?ねえヴァリエール、トリステインでは変わった世襲方法でも行っているの?」 ルイズはキュルケの問いにただ首を横に振った。 シエスタが自分でわかる範囲で話を続けた。 「わたしもあまり詳しくは知らないのですが、何でもとある功績で領地を頂いた時、初代村長は当時の国王陛下直々に永久領主にして貰うように約束を取り付けて貰ったそうです。なんでも死んでも自分の領は守り続けると言う事で」 「初めて聞くわ、そんな話」 ルイズは怪訝な顔をする。トリステインに関する歴史は授業でも良く学ぶ題材であるし、自分でも一通り調べ上げた事もあった。 しかし、当時の国王からその様な特殊な約束を取り付けられる程影響力を持った人物がいた事どころか、『タルブ』という地名すらどの本にも書いてなかった。 「わたしの村の中だけに伝えられている話ですから、実際は本当の話かはわかりません。今は領主が不在の領地というだけで、村の税金はちゃんと自分達で王室に収めていますし、小さな村なので問題が起きても大体自分達だけで解決している、他の小さな村とあまり変わった所じゃないですよ。でもずっと村と言う規模を維持してきたおかげで、隣接する領主の目も惹かず、貴族間の利権争いにかかわらずに済んでいるらしいですが」 ルイズは手に持った『始祖の祈祷書』にふと目をやった。 傍から見れば合理的ではない事も、疑問に思わず律儀に『伝統』として続けて行くところはまさしく伝統を重んじるトリステイン王国らしいと言えばらしかった。 例えそれが空白の本を読みあげる事だろうが、五百年もの間領主が不在のままの領の存在を黙認する事だろうが。 その時、一同を背中に乗せたシルフィードが短くきゅいと鳴いた。 シルフィードが横から飛んでくる一羽の黒鷲の姿に気がついたのだ。 「ブロント、あれって確か……」 ブロントは黙って頷く。 黒鷲は大きくシルフィードの回りをぐるっと旋回すると、キーッと高く鳴きながら砂浜の方へと飛んで行った。 「何かしら?とにかく後を追ってあの砂浜に降りましょう、タバサお願い」 キュルケがそう言われ、タバサは頷き、シルフィードの首元を撫でながら砂浜に降り立つように命令した。 海風が心地よく吹く真っ白な砂浜は広く、大型なフネが何隻でもすっぽりと収まりそうなほどただひたすらに広かった。 漁具らしき網や、小船が点々と置かれている中、先ほどの黒鷲が一行の来訪を出迎えるように砂の上に立ってシルフィードを見つめていた。 ルイズ達がシルフィードの背中から降りると、黒鷲は羽根を広げ、よちよちとその二本足でブロントに歩み寄った。 「クァッ!」 黒鷲なりのあいさつなのか、短くそう鳴くと、羽根を閉じてルイズ達一人一人に向けて頭を垂れる。 そこに、橙色の防塵眼鏡をかけた、金髪の青年がやってきた。 ウェントゥスだった。 トリステイン上空でルイズ達と別れた時着ていた王族用の服装とは違い、地味に濃い青一色で統一されていた厚手の布を織りこんだガンビスンを着ていた。 腰にさした杖は剣の様に鞘に納められ、見た目上では軽装の傭兵か、道中の自衛のために剣を持ち歩く旅人と言った風貌だ。 「やあ、使い魔を通じて何者達かが竜に乗ってこの村にやって来ているのは知っていたが、まさかここで友よ、君に会うとは思っていなかった。君達も奴等の足取りを追ってこの村までやってきたのかい?」 「ウェー…!じゃなくてウェントゥス様!」 意外な人物を意外な場所で出会ったルイズが真っ先に驚いた。 「ねえヴァリエール、確かこの方ってアルビオンでの任務の時の人よね?その人が何でシエスタの故郷にいるわけ?」 ウェントゥスは屈託のない笑顔をキュルケに見せる。 「アルビオン脱出の際に世話になったね。あの時君達に礼を言えずにすまなかった。それと君達の使い魔にもね」 ウェントゥスは自分の使い魔の黒鷲がした様に一人一人に向かって礼を言った。 風竜のシルフィードにも礼を言うと、シルフィードが嬉しそうにきゅいきゅいと鳴いた。 「わたし達はこのメイドのシエスタの里帰りのついでに来たのですが、ウェントゥス様はどうしてこちらに?」 「ふむ、そうか、その様子だと任務のためにこのタルブ村に来たという事ではなさそうだな。なに、私も物見遊山でふらりとここにやってきた海風の様なものさ」 ウェントゥスは冗談っぽく言って見せる。 「と、誤魔化したいところだが、ヴァリエール嬢とその仲間達には教えてもいいだろう。何か分かり次第伝えると言う約束でもあるしな。そこにいるメイドの彼女の故郷がここだというのなら、彼女にも知っておいてもらって問題はないだろう。まずこれを見てほしい」 ウェントゥスは真剣な顔をすると、懐から皺だらけになった紙を取り出して、それを一同に見せた。 何やら傭兵の募集をかけるための張り紙の様であった。 ルイズ達が見た所別段おかしな事は書かれてはいない、どこの酒場にも張ってあるようなものであった。 「良くある傭兵を集めるための張り紙ね、別段おかしな所はないわ」 軍人の家系のキュルケやギーシュから見てもそうだった。 そこでウェントゥスは同じものを更に数枚ほど懐から取り出す。 「これ自体は別に何でもない傭兵の募集だが、問題はこれが今トリステイン各地の酒場に張られていると言う事さ」 「アルビオンに備えて軍備を固めているんじゃないの?うちのゲルマニアでも今は正規兵、傭兵問わず、もしもの事に備えて兵を集めていると聞いているわ」 「軍の大部分が貴族のメイジが占めるトリステインでは少し不自然な事さ。出自も身分も分からない、金で動く傭兵を雇用するとはトリステインらしくないのだよ。その手口はどちらかと言えば今空のアルビオンにいる奴等と似ているのでね」 ルイズははっとした顔になった。 「まさか、レコン・キスタ!?」 ウェントゥスはうむ、と頷く。 「私もそう思って、こうして傭兵紛いに身をやつして、トリステイン各地に集められた傭兵団を渡り歩いて調査していたのだが、そこで募集官が必ずと言っていい程口にする地名が『タルブ』だったのだよ。詳しい目的まではわからず仕舞いだったが、王国が軍備を整えるために集める場所としてはおかしいと思ってね、とは言え奴等が本格的にトリステイン内部から攻略しようと言う規模にしては、酒場で集めた傭兵達程度では些か少なすぎる」 「それでタルブを調査して何かわかったんですか?」 ルイズの後ろでシエスタも真剣な顔で聞いている。 「いや、至ってのどかな村だよ。海が美しく、海鮮料理が絶品で、私の様な流れ者でも優しく持て成してくれる村人がいるだけで、軍事的に攻略する理由はないだろうな。地理的に言えば海に面したこの広い砂浜がここだけ特有の物であるぐらいか。ええと、シエスタ君だったかな?せっかくの里帰り早々に物騒な話をしてすまなかったね」 「いえ……でもわたし達で備えておける事はないでしょうか?」 自分の故郷が何やらきな臭い事に巻き込まれるのではないかと心配したシエスタが思わず聞いた。 「一応その『もしも』の場合を想定した心構えはして置くと良いと思う。人は予期せぬ驚きに対しては対処が遅れ、案外簡単に崩れ落ちるからね。それとなくこの事を村の皆に、村の者である君から伝えてくれるといいだろう。よそ者である私がふれまわるのではいらぬ混乱を与えるだけだろう」 「ええ、わかりました。でもそんな事が起きないといいですね」 「なに、単に私の杞憂で終わるだろうさ。不可侵条約が結ばれたばかりの時に奴等もそこまで愚かな真似をしないだろうし。一応この事は私の方から匿名でトリステイン高等法院のリッシュモンに伝えておくさ。政治家として長年トリステインに仕える彼なら、この傭兵の動向の意味が判断できるだろう。以前、王女もリッシュモンは信頼に足る人物と語っていたしな」 ウェントゥスは張り紙を重ねまとめると、それを再び懐にしまった。 先ほどまで強張っていた表情を緩めて、微笑む。 「私の方はそんなところだ、それより友よ、この子の里帰りの付き添いと言う割には、やや賑やかなようだな」 「それほどでもない」 ブロントはウェントゥスに皆で行った宝探しの事と、それが徒労に終わり最後にシエスタの故郷に遊びに来た事を説明した。そして村の寺院にある『誓いの口』をこれから見に行く所であったと。 「ほう、『誓いの口』か。私もここにタルブに来て数日いるが、その様なものがあったとはな。もし邪魔でなければ私も便乗させて貰うぞ」 そうして一行はウェントゥスを加えてタルブ村の外れにある寺院へと向かった。 砂浜と草原が交わる所にひっそりと建つ寺院はどこか見覚えがある造りであるとブロントは感じ取った。 ヴァナ・ディールのサンドリア王国にある大聖堂とは比べ物にならないほど小さいが、でも石造りの拵えがそっくりだった。 「タバサ、あんたやっぱり入って見てみない?中に幽霊なんて別にいなかったわよ」 先に寺院の中に入って見て回ったキュルケが寺院の外にいるタバサに声をかけた。 だがタバサは首を横に振って、自分の風竜と共に外で待っているとでも言いたげであった。 「おいィ?何いきなり掴んできてる訳?」 ルイズはブロントのサーコートの裾をちんまりと掴んでいた。 「そ、その、使い魔が迷子になったら困るじゃない」 心なしかルイズの声が震えている。 「ミ、ミス・ヴァリエール。こ、ここは迷子になるほど中は広くありませんよ」 シエスタも声が上ずっている。 「そういうシエスタも何いつの間にかブロントの腕に掴まっているのよ」 「だってわたしここ苦手なんですよ!一人では絶対に来ませんよ!?」 そうして恐る恐る寺院の中に入ると、外から見るよりは中は広く感じる造りであった。 とはいえ質素な石造りで、大した飾りも無く、古ぼけた数列の長椅子と簡素な祭壇があるだけだった。 「何もでてこないわね。あら、これが例の『誓いの口』かしら?」 寺院に真っ先に入ったキュルケが祭壇の壁に貼り付けられたもの見つけた。 質素な寺院とは逆に、繊細な細工が彫り込まれた金属製の楯であった。 普段から手入れが行き届いているのか、年月によってくすんでいる祭壇と違い、その黄金に輝く楯は磨かれたように差し込む光をテラテラと反射した。 青い宝珠が八つ埋め込まれ、楯の中心には目を見開き、口を開けた、人の顔の様なものが彫り込まれていた。 「結構立派なものじゃない、今に動き出しても不思議じゃないわね」 キュルケは何気なく壁に掛けられた『誓いの口』を指でなぞった。 試しにその『口』に指を入れてみたが、特に何も変化はなかった。 「まあ、所詮迷信よ……ね……?」 ふとキュルケは楯の『目』がキュルケの方を見つめている事に気がついた。 (……あれ?最初からこっち向いていたかしら?) キュルケは突然背筋がぞくぞくとして、二、三歩程後ずさる。 「ツェルプスト―!何勝手に弄っているのよ」 「別にいいじゃない、減るものじゃないんだから」 キュルケは再び楯に目をやると、その無機質な目は真っすぐ正面を見据えていた。 (気の性だったかしら?) ルイズは寺院内を見回すとほっと息を吐いた。 「やっぱり幽霊なんていないじゃない。ま、別に怖かったわけじゃ…」 「あああああーー!!!」 突然デルフリンガーが叫んだため、ルイズとシエスタがびくっと飛び上がった。 ギーシュも驚いて長椅子に躓いて転んだ。 「てめ!こんな所にいやがったのか! デルフリンガーは鍔を激しく鳴らして誰かに向かって怒鳴っている。 「俺様は質屋に流れたってのに、てめは…むぎゅ!」 ブロントがデルフリンガーを鞘に押し込んで黙らせる。 「な、何よいきなり……驚いたわ……」 気丈に振舞って見せるが、ルイズは心臓をバクバク言わせていた。 ブロントはそんなルイズをよそに、壁にかかった楯をしきりに眺め回している。 黄金に輝く楯に見とれたブロントは、思わずデルフリンガーを抑えていた手を緩めた。 「ぷはぁ!おい相棒!人が話してる時に黙らせるのをやめろ!ま、人じゃねえが……ってそうじゃねえ!もうちょっとで鍔を噛むと思ったぜ」 『五百年の時を経ても、そちは相変わらず騒々しいのう』 何処からともなく、寺院内に威厳にあふれた声が低く響く。 「やあねギーシュ、あんた声がかれているわよ」 「いやキュルケ、僕は何も言っていないよ」 ギーシュはすっ転んで蹴飛ばした長椅子を元の位置に戻していた。 「あんな口調でしゃべるのはあんたぐらいしかいないじゃない」 ウェントゥスがキュルケとギーシュの肩を叩いて、壁にかかった楯を指差す。 「どうやら意思を持った武具と言うのは、我が友の剣だけではないようだ」 デルフリンガーがいつにも増して興奮しているのか、鍔がガタガタ揺らしながら寺院の楯に向けて怒鳴る。 「へっ!てめは相変わらずお高く気取っているな!俺よりも若造のくせによ!なあ?イージス」 デルフリンガーに『イージス』と呼ばれると、楯に彫り込まれた顔が意思を持ったかの如く動き出し、表情を作った。 そして、意思を持って語るデルフリンガーと同じく、『イージス』も語りだした。 「時の差なぞ、容易く埋まるものだと言うのに。そちが作られてから今では六千年だかは知らぬが、それに未だこだわるとは、そちは相変わらず未熟じゃのう。まあよい、それより久しいのう、よくぞここまで辿り着いたブロントよ」 ルイズ達は一斉にブロントの事を見た。 ブロントも眉をひそめた。ヴァナ・ディールでは『神楯』と呼ばれる伝説の盾イージスの存在は聞き及んでいたが、それが何故ブロントの事を知っているのだろうか? 「俺はお前の事知らないのだが。何で俺の名前知っているわけ?」 「おお、そうであったな、今のそちでは私を覚えておらぬのも無理ない事。よかろう、今一度我が名をそちの記憶に刻もう。……苦しゅうない、近う近う……」 ブロントは寺院の壁にかかった楯に歩み寄る。 寺院に差し込む光の中、黄金に輝く神楯と白い騎士が絵になるほど神々しい状況に、ルイズ達一同は息を呑んだ。 「我が名はイージス。不朽にして不壊なる神楯じゃ。……私は、かつてのごとく人々を護るために掲げられることになろう。さて、そのためには継承の儀式が必要じゃな。ブロントよ、そちのルーンが刻まれた左手で私に触れよ。前の所有者に会わせてしんぜよう」 ブロントは左手の篭手を外し、恭しくイージスに触れる。 左手に刻まれたカンダールヴのルーンが眩く光り、それに呼応してイージスが白く輝く。 その光の中から、ある人物の姿が浮かび上がる。 その人物の姿を見て、ルイズが思わず「あっ」と声を漏らした。 ルイズが夢の中で出会った深紅のローブを着た女性であった。 そして夢の内容が現実のものであれば彼女は……。 「卿が新しいイージスの所有者であり、 イージスのしもべという訳ね……」 ローブの女性の声は全てを包んで守ってくれそうな程優しく、聞く者に安らぎを与える。 ブロントに微笑むと、ローブの女性がブロントの顔へと手を差し伸ばす 「ふふ、見違えるようなその姿でもお姉さんにはすぐわかったわ。久しぶりねブロント。まさか五百年経ってから貴方に会えるとは思っていなかったわ。後でタブナジア侯国が囮として利用されて壊滅したと聞いて、貴方もその時亡くなったのと思って悲しんだのだから」 ブロントは二十年前記憶を無くした時、確かにヴァナ・ディールのタブナジア近郊にいたらしい事を知っていた。 もっともタブナジアと呼ばれた所は大爆発によって消し飛ばされており、自分自身なぜその跡地にいた事かも覚えていない。 「悪いが俺の記憶には何も無いな。俺は二十年前タブナジアにいたらしいんだが」 「なるほどね……ここハルケギニアの五百年は、貴方がいたヴァナ・ディールの二十年。ヴァナ・ディールで一年が過ぎると、ここでは瞬く間に四半世紀も過ぎてしまうわけね。今まで確信は持てなかったけれど、時の流れまでもが違うとすると、ここはやっぱりヴァナ・ディールとは別世界のようね」 キュルケ、ギーシュ、シエスタは不思議そうな顔でお互い見合わせる。 ブロントが遥か遠く東方から来たと聞いていたが、時の流れが二十五倍もの差で流れる『別世界』と言われてもピンとこなかった。 その時、ルイズは自分が見た夢が本当の事かどうかを確かめるべく、ローブの女性に聞いた。 「あ、あの!もしかして貴女はわたしの使い魔ブロントのお姉さんなのでしょうか?」 女性の姿が揺らめくと、ルイズに優しく微笑みかけた。 「ふふん♪そうよ、如何にも私がブロントのお姉さん、そしてここタルブ村初代村長のセラーヌ・イ・ヴィルゴよ。弟は昔の事をすっかり忘れてしまってるようだけど、その主人のルイズちゃんが知っていてくれて助かるわ。やっぱり人の枕元に立ってみるものね」 セラーヌが悪戯っぽく笑って見せる。 「とすると、私が見た夢は本当にあった事なんでしょうか?」 「貴女が弟の夢の何を見たのか、私はわからない。でもあの香りにはあらゆる意味で人の心を繋ぎ合わせ、留める事ができるようね。それによって本来このイージスから離れられない私もあの部屋を訪れる事ができ、貴女は弟の記憶奥深くに眠る記憶を覗き見る事ができたのかもしれないわ」 「確かに本来使い魔とその主人は感覚を共有すると言われているわ」 自分でそう言って、ルイズはふと思った。 自分がブロントの記憶を夢として見ている時、ブロントもまたルイズの過去の記憶を見ているのかもしれない。 「ブロント。あんた……夢で何かわたしの事見ていないよね?」 ブロントはしばらく上を向いて考えて、答えた。 「それほどでもない」 「それほどでも、って見てるんじゃない!」 「お互い姉の夢をたまたま見てしまう事は結構良くある事らしい」 「お姉さまの!?どっちの方を見たのよ!」 ルイズが必死になってブロントに詰め寄りつつも、それを事もなく受け流すブロントを微笑ましくセラーヌは見つめている。 「ふふふ、貴方達を見ていると、五百年前に私がここハルケギニアに召喚された時の事を思い出すわ」 「ヴィルゴ様も、ブロントさんみたいに使い魔だったのですか?」 シエスタはセラーヌに敬う様に頭を下げている。 「そうよ、使い魔として召喚されたわ。私の主人もルイズちゃんみたいに意地っ張りで、ちょっと泣き虫で、何でも自分でやってしまうブロントと違って、出来の悪い弟みたいでかわいかったわ。でも、最後にあの子は皆があっと言う程、立派に咲き誇ったけれどね……ふふ、そう畏まらなくてもいいわよ、シエスタちゃん。『様』なんて呼ばれる程大した事はやっていないのだから。セラーヌさんでいいわ」 「いえ、そういうわけには……」 「ふふ、あのやんちゃだったシエスタちゃんも随分と落ち着いたわね。ちょっと前まで漁の網に悪戯したとかでお父様にここまで連れられて、もう悪さしないって誓いを立てられていたっけ」 「そ、そんな事までも見ていたのですか!?」 「もちろんよ。タブナジアの海の様に美しいこのタルブをずっと私が守って行くとあの子と約束したものね。子供がいなかった私にとって、このタルブの村の皆が私の子供みたいなものよ、皆の事はちゃんと知っているんだから」 セラーヌは得意げにふふん、と鼻を鳴らす。 「相変わらずお節介焼きのようだな、姉御」 デルフリンガーがカチカチと鍔を鳴らす。 「五百年経っても相変わらずその口は治って無い様ね、ええっと、誰だっけ」 セラーヌがやや冷やかな態度を取る。 「ひっでえなあ姉御。俺だよ俺、姉御の相棒をやっていたデルフリンガーだよ」 「そうね、デルフだったわね。お節介焼きなのは私の勝手でしょ?何、それを馬鹿にする気?そうなら……」 「いや、ちょっと待って!そこまで言ってないだろ!姉御、落ち着けって!」 ブロントの手をあてられたイージスがやれやれ、といった表情をつくる。 「セラーヌ、そやつと遊んでおる程の暇はないぞ」 「あら、ごめんね、イージス。大事な継承の儀式の時に、再会の挨拶と別れを言っておきたいって無理を言ったのは私なのにね。もっと話したい事もあったけれど、儀式をすませましょうか」 セラーヌの優しそうな雰囲気が突如変わり、毅然とした態度を取った。 そして真剣な表情でもってブロントを見つめた。 「ブロント、卿は、卿を召喚せしその方の主人、そして多くの仲間に信頼をされているようね」 セラーヌは寺院に集まったルイズ、シエスタ、キュルケ、ギーシュ、ウェントゥスの一人一人を見渡した。 そしてちらりと寺院の入り口へと目をやった。異変を感じたタバサはキュルケ達の事が心配になったのか、恐る恐る中を覗いていた。 セラーヌはふっと笑みをこぼす。 「人は国難を迎えた時こそ、その友情の真価が問われるもの。ペルセウス様より預かりしこのイージスに選ばれた卿は、これからもその友情を大切にし、身を削り命にかえても仲間を護りぬくこと」 セラーヌが両手を差し出すと、イージスが壁から離れ、ブロントの手へと渡った。 「かつての、私がそうだったように、それがイージスを掲げる者、そして左手にそのルーンを宿いし者の宿命……」 セラーヌが左手を差し伸ばすと、イージスを持つブロントの左手に触れた。 触れられる感触は無いが、少しばかりブロントの左手が暖かく感じ、ルーンもそれに呼応して光る。 イージスが威厳を込めて口を開く。 「これで晴れて私はブロント、そちの楯じゃ。そちが仲間を護るのであれば、私はそれを阻まんとする敵の爪を折り、刃を避け、魔を防ぐ、揺るぎなき安全をそちに保障しようぞ。そちがどこに向かおうと私が必ず護る故……」 イージスの所有者がセラーヌからブロントへと変わった瞬間、ブロントの左手にズシリと重さが加わった。 その時、セラーヌの姿がうっすらと透けていった。 「そろそろ時間のようね。継承者がブロント貴方でよかったわ。今は記憶が無くても、こうして最後に会えたのだから。お姉さん安心したわ」 ブロントは少し考えこみ、言いにくそうに一言だけ口にした。 「姉さん……」 「ふふん♪そう呼ばれるのも久しぶりね。イージス、私が出来なかった分もしっかりブロントの面倒見てあげてね。それじゃあね、ブロント。ルイズちゃんを、皆を、しっかり守って行きなさいよ」 「うむ。セラーヌ、そちには長らく世話になったな。これからはゆるりと休むがよい。いずれまた弟に相まみえるその日まで」 イージスが放つ光が弱まり、セラーヌの深紅色のローブの色があせてゆき、姿が見えなくなってしまう。 ブロントは消えゆくセラーヌ他に何か言葉をかけたがったが、記憶を幾ら探っても出てこない自分にもどかしく感じつつも、何も言えなかった。 『どんな花を咲かせるのか、お姉さん楽しみにしているわ』 その言葉を最後に、セラーヌはルイズ達から消え去った。 「ブロントよ、そちもそう気負う事はない。そちの姿を一目拝めただけでもセラーヌは喜んでおったわ。記憶の有無など、この際大した事ではない。そちが健在であればいずれ取り戻すであろう事、セラーヌは承知じゃ」 静かな寺院にしんみりとした空気が流れる中、デルフリンガーが口を挟んだ。 「にしてもよ、イージスばっかり何かこう立派でずるいな。俺の時は継承の儀式も無く、百エキューで買われただけだぜ?お、そうだ!良い事考えた!相棒、俺達もここで継承の儀式を……うげっ!」 デルフリンガーはブロントの金槌の様に振り上げられた拳に強く叩かれて、おいそれと引っ張っても抜き出てこない程に鞘の奥深くに押し込められた。 それを見たイージスが溜め息を吐く。 「デルフや……そちはもう少し場をわきまえる術を学んだ方が良いのう……」 意思を持った武具同士の滑稽なやり取りを見ていて、ルイズ達はある程度明るさを取り戻す。 召喚される前のブロントを知るその姉にやっと会えたと思った矢先、別れが来てしまう。 時を越えてやっと会えた姉に、訳が分からぬ内に別れてしまう事を自分の二人の姉に当てはめると、ルイズは心が締め付けられそうだった。 ルイズはブロントを見た。 その顔は真剣で、決意を見せた表情だった。 新しく受け継がれたイージスをしっかりとその左手で握りしめていた。 「ブロント……」 ルイズは何か言葉をかけようとしたが、この場合なんて言えばいいのか思いつかなかった。 「……腹が減ったな。海鮮料理がでると聞いてこの村にやって来たんだが、それが楽しみで仕方がなかった」 ブロントは右手で優しくルイズの頭を撫でた。 自分が慰めようと思っていたら、逆に慰められてルイズは戸惑った。 「そ、そうね!ねえシエスタ、この村名物の料理ってど、どんなのかしら?」 思ったより自分の使い魔が落ち込んでいる様子ではなかったので、ルイズは安心した。 しかしブロントの言葉の端々がどこか無理している感じにも受け取れた。 「え、えーとですね。まずタルブ村を代表する料理と言えばタルブ村風サラダですね。人参、カブ、菜っ葉を細く刻んで、そこにその日獲れた魚や貝の身を色々織り交ぜて……あと、漁がうまくいった日にはキャビアもはいるんですよ!それにリンゴで作られた酢をかけて食べるんです。知ってます?これは実はとうもろこしを薄く伸ばして焼いた生地に挟んで『タコス』にもできるんですよ!これはぜひ皆さんに食べて頂きたいですわ。他にも……」 そうしてシエスタによるタルブ村の数々の料理の話を聞かされて、一行は腹を鳴らしながら寺院を去った。 村に着いた時、寺院の御神体が持ち出された事に一時騒然となったが、五百年もの間誰にも口を開く事無かったイージス本人が「構わぬ」と一言発した事により、村人達は納得せざるを得なかった。 村の掟が何であろうと、御神体自身がブロントに持ち出される事を望むのであればそうさせるしかなかった。それどころか村の老人の何人かは「ありがたい」、と言ってイージスを携えたブロントを拝んで行く始末となった。 その晩、予定よりも早いシエスタの帰郷、村の御神体の訪問、そしてルイズ達貴族の面々が一度にやって来た事により、シエスタの家族は盛大なもてなしを振舞う事になった。 キュルケやギーシュが騒がしく盛り上げたその日の夕食の時、ルイズはブロントが漏らした言葉を聞き逃さなかった。 他の誰も聞き取れないほどの、誰に向けて放った訳でもない小さな呟きだったが、その言葉はルイズの印象に強く残った。 ――『ただいま』 第20話 「夢追い旅」 / 各話一覧 / 第22話 「鎖と絆」
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ハミイー(リングワールド/ラリー・ニーブン、ハヤカワSF)がルイズに召喚されたようです キャラクターイメージ(おそらく左側) ※注 本スレでの使用は禁止 * * + + + /^l * ,-‐-y'"゙"''゙゙"´ | + ヽ、,;' * ´ ∀ ` * ミ * * + ミ つ と ミ * + ミ ゙;; ハ,_,ハ + ';, ミ ,; ´∀`'; ` ; , ' d゙ c ミ * U"゙'''~"゙''∪ u''゙"J オレンジ色の使い魔-01 オレンジ色の使い魔-02 オレンジ色の使い魔-03 オレンジ色の使い魔-04 オレンジ色の使い魔-05 オレンジ色の使い魔-06
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前ページ次ページ東方のキャラたちがルイズたちに召喚されました 04.恋色マジック(*1) ルイズはまぶしくて目が覚めた。霞がかかったような頭に苛立ちを感じながら身を 起こす。下はいつものベッドではない。それどころか屋内でもない。 服も制服のままだ。どうやらここは昨日、召喚の儀式を行った草原らしい。 一体何があったんだっけ? という疑問は、辺りを見回したとたんに氷解した。 「う゛あ……」 思わず、貴族らしからぬ呻きを漏らす。死屍累々。その言葉がここまでぴったりと くる光景は初めてだ、とルイズは思った。気持ちの良さそうな寝息を立てて寝ている 妖怪達と、気持ちが悪そうに呻きながら横たわる生徒達。 その間を埋める、酒瓶の山。どこにこんな沢山持っていたのだろう、という程に 並んでいる。 自分も飲んだはず。だから、記憶もとぎれとぎれ。しかし、しっかり覚えていることも ある。それは、自分の隣で心地よさげな寝息を立てていた。 「キリサメ、マリサ」 確かそういう名前だった。しかし名前を呼んだ程度では反応はない。ずいぶんと酒を 飲んだのだろう。酒の入っていた瓶をしっかり抱きかかえたままだ。わたしも飲まされて、 疲れていたから簡単に酔いが回って、それで酔いつぶれた、 ということだろう。 だけど、彼女がいるということは、間違いのない事実。それはすなわち、召喚の魔法が 成功したということ。これでもうわたしは、魔法が使えない落ちこぼれなんかじゃない。 そう思うと、頬がゆるむ。今のわたしなら、レビテーションの魔法だって成功するはずだ。 ほら、目の前にちょうどいい大きさの小石があるじゃないか―― こうしてその日の朝は、爆発音と共に始まった。 「うわ、なんだなんだ」 魔理沙が飛び起きると、そこには杖を振り下ろしたまま、呆然とした顔で突っ立って いるルイズがいた。 「あー、とりあえず、おはよう」 声を掛けられたルイズは、慌てて杖を背後に隠した。そして取り繕うように胸を張る。 「ご、ご主人様より寝てるなんて、使い魔としてどうなのかしら」 「なんだ、使い魔の仕事には、モーニングサービスまで入ってるのか?」 まあそれくらいなら構わないけどな、といいつつ周囲を見回し、魔理沙もこの状況に 気がついた。 「やめろー」 「このぜろめ」 「あたまいたい……」 「はきそう……」 口元を押さえたり、頭を振ったりしながら体を起こす生徒達。どう見ても二日酔いの 集団である。彼らにとってあの爆発は手厳しい目覚めの合図となったことだろう。 ここまで酒を飲まされ、酒に飲まれた(*2)経験は、彼らにはなかったのだから。 一方、妖怪達もあわてて飛び起きはしたものの、ここが神社の境内でないことに 気がつき、安心した表情で再び座り込んだ。そして一抹の寂しさに吐息を漏らす。 宴会の後を片付けようとする巫女に手厳しく追い立てられる(*3)、ということはもう ないのだ、ということに気がついて。 そしてこの場で唯一の大人の人間、コルベールは、周囲を慌てて見回していた。 なぜなら今日はまだ、虚無の曜日ではない。ということは、普通に学校があり、授業が あるということ。 「皆さん、急いで戻りましょう!」 慌てるように言うと、自分自身にフライをかけ、そのまま生徒と妖怪を後目に、 飛んでいく。生徒達も自身にフライをかけ、後に続こうとした。いつものように、 ルイズに嘲笑を浴びせることも忘れない。 「ゼロは歩いて……うぷっ」 「あなたも……フライを……ああ、もうダメ……」 バランスを崩してフラフラしたり墜落しそうになっていなければ、それはきっと効果的な 罵声になっていたのだろう。フライを維持するには、ある程度の精神集中が必要なのだが、 二日酔いの中でもそれを維持できている人間はそう多くなさそうだ。 歩いた方が安全なのだが、それでもフライで移動しようというのは貴族としての意地と 見栄だろうか。それを見ていた妖怪達はヤレヤレと肩をすくめ、ふわりと宙に浮き上がった。 自分の主人となった人間に肩を貸そうというのだ。 地面に残り、一人その光景を見上げていたルイズは、思わず呟いていた。 「なんでみんな飛べるのよ」 しかもルイズの見ていた限りにおいて、呪文が唱えられた様子はない。まるで、鳥が 空を飛ぶのは当然だ、とでもいうかのごとく、自然に浮いていたのだ。 その人数は、五十に近い。このヨーカイとかいう連中がこれだけ召喚されていた、 という事実に改めて驚く。さらに驚くべき事は 「翼だってないのに」 ということだ。羽を持つ妖怪・妖精はごく一部。中には、羽と考えるならまったく実用的 ではない、七色の飾りのついた何か(*4)を背に生やした者もいる。そんな者たちも、 当たり前のように飛んでいる。 「普通、飛べるぜ」 地面に残り、一人何かを探している魔理沙は、そんなルイズの独り言に対して律儀に 合いの手を入れる。 「普通ってねぇ。じゃああなたはどうなのよ」 「私だけなら浮ける程度だな」(*5) 「はぁ……」 その返答に大きくため息をつく。やっぱり魔法使いとは言っても平民ならこんなものなのか。 「ふふん。この魔理沙様をなめてもらっちゃ困るぜ」 ルイズの元に戻ってきた魔理沙は、一本の箒を担いでいた。昨日ルイズが召喚した ときに、魔理沙が座っていたものだ。宴会の邪魔になるからと、遠くに放り出されて いたらしい。 「ご主人様に向かって何よそれ。だいたいそんな汚い箒がどうしたっていうのよ」 ふくれっ面のまま問いかけるルイズに、魔理沙はニヤニヤと笑いながら答える。 「空を飛ぶ……いや、駆けるのさ。あいつらよりも速いぜ」 「ふーん」 「あ、信じてないだろ」 「だってこんなので、どうやって飛ぶっていうのよ」 この世界には、箒に乗って空を飛ぶ魔女、という概念はない。そのことを魔理沙は 知らないが、何であれ飛ぶということを否定されるということは、幻想郷随一の飛行 速度を誇る魔理沙にとって、我慢ならないことだ。 「よーし!」 魔理沙の瞳が輝きを帯びる。きっと博麗の巫女なら『魔理沙がまた碌でもないことを 考えている』と分かっただろうが、昨日主人となったばかりのルイズにそれを求める のは、酷というものであろう。 「それではこの霧雨魔理沙の飛びっぷりを、ご主人様にごらんいただきましょう。 特等席で」 「え? え?」 戸惑うルイズの目の前で、まず魔理沙は箒を空中に固定した。奇術師のように 地面と箒の間に腕を通し、本当に浮いてることを示してみせる(*6)。ふぇ? という ルイズの間抜け声に含み笑いを漏らしつつ、魔理沙は自らの箒にまたがった。 そしてルイズを手招きする。 「……そこに座れっていうの?」 「ああ、特等席だからな」 魔理沙の前のスペースを指さしつつ、魔理沙はにこやかに笑った。不自然なまでに。 さすがにルイズの六感が警報を鳴らす。しかし、逃げ出すわけにはいかなかった。 ここで逃げたら、自分の使い魔を信じていないということを決定づけることになる。 使い魔を信じないということは、それを呼び出した自分の魔法を信じていないと いうことだ。自分の唯一となる魔法の成果を否定できるわけがない。 それに、昨日の召喚直後、魔理沙は自分のことを守ってくれたではないか。 「さあ、追いついてもらおうかしら」 魔理沙の手を借りて箒にまたがったルイズの命令に、魔理沙は不敵に笑って返す。 「追いつく? ぶち抜くぜ」 それは、嘘ではなかった(*7)。 「すごいわねぇ、風竜は」 「なんだ、早くも他人の使い魔に浮気か?」 「きゅいきゅい!」 「この子、雌」 タバサの使い魔となった風竜、シルフィードの上に三人の少女が乗っていた。主人で あるタバサとその友人、キュルケ、そしてキュルケの使い魔となった藤原妹紅である。 「ふふ、妬いてるの? ……いたた」 「確かに焼くのは得意だけどな」(*8) 人を連れて飛ぶのはどうもね、といいつつ肩をすくめる。それが二日酔いの人間で あれば尚更である、と。 さすがのキュルケも、深酒は堪えたようだ。片手で頭を押さえつつ片手で妹紅に 捕まるキュルケに、友人のタバサが救いの手を差し出した、というわけだ。 三人乗せても、風竜の飛行速度は他の誰よりも速い。頭痛に辟易としながら キュルケが後ろを振り返ると、妖怪に肩を借りたり、首筋を掴まれたり、抱きつかれ たりして飛んでいる生徒達が見える。中には手を繋いだだけなのに、頬を赤くする 小太りの男子生徒の姿もある(*9)。その後ろに、普通の生き物を召喚した生徒達が フラフラと続く。さらに目をこらすと、未だ地上に留まっている 人影が二つ。 「気になるのか?」 「まさか。ただちょっとどうしてるのかと思ったのよ」 素っ気ない仕草に、妹紅は内心ため息をついた。昨日の様子でも、自分の主人で あるキュルケとあのルイズという少女にはなにやら因縁じみた関係があるということは 想像がつく。ただそれは自分と蓬莱山輝夜のような殺伐とした関係ではなく、どうやら ライバルのようなものらしい。問題なのは本人達がそれに気がついていないことで。 まあ、しばらくは放っておこう、と妹紅は心の中で決めていた。変に弄って悪い方に 転がっても困る。 「あいつらなら、すぐに追いついてくるさ」 「…………?」 「きゅいきゅい!」 今まで手元の本を読んでいたタバサが不思議そうに妹紅を見上げ、シルフィードが 非難じみた鳴き声をあげる。それも当然だろう。ここからならば、もう目的地である 学院の方が近い。今の速度のままでも、あと三十秒足らずで着くはずだ。 「来るさ。なにしろアイツは――」 不意に妹紅が後ろを振り返った。他の妖怪達も振り返っている。タバサも気がついて いた。爆発的な魔力の放出に。 「後方注意!」 誰かが叫んだが、その時には既に遅かった。 地上から飛び立った何かが白い固まりを纏い、ものすごい勢いで接近してくる。 そして誰かが反応するよりも早く、生徒達の真上を駆け抜けていった。その軌跡を なぞるかのようにまき散らされる星屑に、みな昨日の光景を思い出す。ルイズの 使い魔である霧雨魔理沙が放った、星の花火を。 これでもし、うわー、とも、ひゃー、とも、ひー、ともいえない悲鳴が聞こえなければ、 ルイズのことを羨む者がいたかもしれない。そのなんとも形容しがたい悲鳴は ドップラー効果と共に遠ざかり、まるで流星のように学院目がけて落ちていく。 「今日は一段と速いな」 「きゅい!」 妹紅の評に応えるように一声叫ぶと、シルフィードは追い掛けるように速度を上げた。 今までとは比べものにならない速度ではあるが、時既に遅し。それでも風竜として意地 なのだろう。 一方、妖怪にも速さを信条とする者がいる。 「私たちもいきますよっ」 「えっ、ちょっとアヤ、待っ――」 左手で主人の手を握ったまま、右手で団扇を打ち振るう。巻き上がった突風に己と 主人の体を乗せ、これまた男の甲高い悲鳴と共に空を駆けていく(*10)。 後に残された生徒達は呆然とそれらを見送り、そして己の使い魔をそっと窺った。 その様子に気づいた妖怪が、内心苦笑しつつ応える。 「私たちはこのままの速度でいいですか?」 「そ、そうね、速ければいいというものでもないし……」 そのやり取りに、頷く者多数。あんな無様な悲鳴を上げるハメになど陥りたくない。 二日酔いで調子が悪いと来れば、尚更だ。 みな、自分たちの使い魔はあのような無茶で主人を振り回す生き物ではないと思い、 安心していた――まだ、この時は(*11)。 学院の厨房を取り仕切るコックのマルトーは、昨日の晩から機嫌が悪かった。 生徒の一人や二人が夕食を食べないことはよくあること。そのような分は、コックや メイドの賄いになるので、みな密かに望んでいたりする。 しかし昨日の晩は、二年生全員が食事をとりに来なかったのだ。あの誰も座って いないテーブルの寒々しいことと言ったら! そして今朝もまだ、二年生は誰も食堂に現れていない。 「くそっ! これだから貴族ってやつは!」 いつもの愚痴が漏れる。食材を作る平民のことも、それを運ぶ平民のことも、 調理する平民のことも眼中にないのが貴族だ、というわけだ。 そんな中突然、外からどよめきと悲鳴が聞こえてきた。 「なんだー?」 様子を見に行った部下の報告に、マルトーは眉をひそめた。曰く、召喚の儀式を 行っていた二年生がようやく帰ってきたという。まずは生徒四人に、使い魔が一匹と 三人。つまり、人間と思わしき使い魔が三人もいるということだ。 しかもその人型の使い魔は、まだまだ数がいるらしい。 「人型の使い魔ねぇ」 この学院で長いこと働いているが、そんな話は初耳だ。もっともマルトーにはそれ 自体は関係ない。重要なのはただ一つ。 「お前ら! どうやら今日からお客さんが増えるらしい。気合いを入れてけ!」 「はいっ!」 コック達の返事が唱和した。使い魔であろうと旨いと言わせてみせる。 それが料理人というものなのだ。 一方、学院長室。コルベールの報告を、次の授業の担当であるシュヴルーズは顔を 強張らせ、学院長であるオスマンは鼻毛を抜きながら聞いていた。 「――という訳で、直近のところでは問題はなさそうですが……」 「ま、見た目は可愛らしい連中じゃな」 「見てたんですか!」 コルベールの視線が一瞬、オスマンの背後にある鏡に向かう(*12)。 「そりゃあなあ。教師も含めて全員帰ってこなかったら、心配もするわい」 「申し訳ありません」 禿頭を下げるコルベールに対しオスマンは、ヒラヒラと手を振った。 「よいよい。あの場は一緒に酒を飲むのが一番じゃろ。 それが連中のコミュニケーション手段のようじゃし」 「それで、どう思われますか。連中はおとなしくしているでしょうか?」 「さあ、どうじゃろうなぁ」 「いんちょー!」 引き抜いた鼻毛をはじき飛ばしながらの台詞に、非難めいた声を上げるコルベール。 しかしオスマンはそれを無視し、真剣な声色で話し始めた。 「ただな。連中を見た目通りの存在だと思わん方がよいぞ」 「はい。なにやら色々出来るようです」 そういいつつ、懐から幻想郷縁起を取り出したが、書かれている内容を説明すべきか 迷う。一応本人達から直接話は聞いたのだが、運命を操るだの、豊穣を司るだの、 永遠と須臾を操るだのと、どう考えても酔っぱらいの戯言としか聞こえなかったのだ(*13)。 受け取ったオスマンはペラペラとめくりながら、言葉を続ける。 「鏡で覗いた時にな。ヨーカイ共が、こっちを向いたんじゃ」 「はぁ……」 言葉の意味が分からないコルベールに嘆息し、説明を続けた。 「魔法を介して気取られず観察できる筈のこちらの視線を感じて、反応したんじゃよ、 連中は」(*14) 「……単なる偶然では?」 「三十人からが一斉に振り向いてもか?」 「それは――っ!」 絶句するコルベール。 「その上、笑顔で会釈までしてきおった。まったく、どういう連中なのやら」 そこまでしてきたのはごく一部なのだが(*15)、それでも肝が冷えたことは確かだ。 ペラペラと幻想郷縁起をめくっていた手が、ふと止まる。印刷されている文字は 読めないが、イラストの下に見慣れた文字が書き込まれていた。 「キリサメマリサに……ミス・ヴァリエール?」 「ええ。彼女も召喚に成功しまして」 「そりゃよかった」 不幸中の幸いというやつか、というオスマンの言葉は、おそらくこの学院全ての 教師の内心を代弁したものといっても過言ではない。ヴァリエール家という高名な 貴族の息女がこの学院に預けられたのは、魔法に関する能力についてということも、 大きな一因なのだから。 「それで――」 今まで一言も発しなかったシュヴルーズが、引きつったような声を漏らした。 「次の授業はどうすればよいでしょうか」 「……普通でいいんじゃないかの」 「普通……ですか」 「連中は、ここが学舎であることは理解しとるんじゃろ」 コルベールはうなずき、言葉を継いだ。 「それに使い魔としての責は全うすると」 「主人達が静かにしていろという限りは、静かにしているじゃろ」 「はあ……」 まだ要領を得ない表情のシュヴルーズに、オスマンはしたり顔で頷いた。 コンタクト・サーバントによる契約が成されているのだ。実際にはそれほど 心配するほどのこともないのではないか、と(*16)。 「そういえば契約といえば――」 何かを思い出したようにコルベールは、オスマンの手元の本を指さした。 いまだに開かれている霧雨魔理沙のページには、彼女の額に浮かび上がった ルーンが書き写されている。 「このようなルーン、私は見たことがないのですが……」 「……私もないぞ」 シュヴルーズも黙って首を振る。三人とも、教師として長い。数多くの使い魔を 見ているが、このようなルーンを見たことは初めてである。もっとも、このように 奇妙な連中が召喚されたのも初めてのことではあるが。そこに何かしらの関係性が あるのではないだろうか(*17)。 「調べてみます」 「うむ、任せる……が、無理はせんことじゃ」 「は?」 「いや、まだ夜は寒いじゃろ? 酒を飲んで外で寝て、風邪でもひいてないかと思ってな」 ま、そんなヤワなわけでもないか。と笑うオスマンに対し、コルベールの顔が 徐々に引きつっていく。 「寒く……なかったのです、そういえば」 「ふむ。運がよいことじゃな」 「夜を通して暑くもなく寒くもなく、心地の良い風が吹いて、 まるで春の木陰にいるような……」(*18) 「……運がよい、だけでもなさそうじゃな、それは」 三人そろって嘆息した。運や偶然でなければ、この新しい使い魔達の仕業なの だろう。 オスマンが杖を振ると、鏡に何かが映し出された。食堂のようだ。貴族たちと共に テーブルに着く、使い魔の姿が見える。二日酔いのせいか顔色の悪い生徒達に対して、 使い魔となった妖怪たちは実に楽しげな笑みを浮かべていた。 いったいこの妖怪という連中は何者なのだろうか(*19)。 ルイズは気がつくと、アルヴィーズの食堂に座っていた。その直前の記憶は、 急速に近づいてくる地面だった気がする。あれは死んだと思った。走馬燈も走ったし。 でも今は、こうしてちゃんと食堂に座っている。その上左手にはフォーク。 先にはつけ合わせの野菜が刺さり、囓った後まである。全然覚えてないけれど。 そして彼女をこのような目に遭わせた使い魔はというと、彼女の横に座り、 他の使い魔と出来の悪い漫才に興じていた。 「――それで、その速さの秘密はなんです?」 「ん? いつも通りだぜ」 「ふふふ。私の目はごまかせませんよ」 「じゃああれだ。『郷に入っては郷に従え』」 「あなたは、そう簡単に従うような人間ですか?」 「あー、そりゃ気のせいだ。今の私は、ご主人様の命令を忠実に守る使い魔だぜ」 「どこが忠実な使い魔よーっ!」 思わず大声で叫んでしまった。 「うるさいー」 「あたまにひびくって言ったでしょー」 「このぜろのばかがー」 呪詛のような呻きが周囲から返ってきた。どうやら二日酔いは未だに治って ないらしい。食欲もない様子だが、その分、妖怪達が食べている。 「ご主人様、食べないんですか?」 「むしろよく食べれるな、君たちは」 「?」 呆れたような男子生徒の答えに、猫の尻尾を二本持つ使い魔は可愛らしく首を 傾げながら、主人が取り分けた鶏肉にかぶりついた。彼もまた昨日の深酒が 堪えている。彼ら以上にこのヨーカイといわれる連中は酒を飲んでいる筈なのだが、 なんでこんなに普通なんだろう。それに意外とみな、行儀がよい。きちんとナイフと フォークも使っている。昨日の夜の騒ぎ方からすれば信じられないくらいだ。 もっとも中には、鶏を骨ごとバリバリと噛み砕き、主人の顔を引きつらせている 者もいる。見た目が可愛らしいだけに、ギャップが酷い(*20)。 また、野菜だけを少しだけ食べているものもいる。 「食べないの?」 「うん、朝からそんなに食べたら、太っちゃうよ」(*21) 使い魔となった妖精の返答に、複雑な表情を見せる女生徒。年頃の女性として、 やはり体型は気になるところだ。 また別の生徒は、自らの使い魔がメイドに真っ赤な飲み物を持ってこさせる様子を、 気が抜けた風に見ていた。 彼女がその血のように紅いワインを飲む様子を見ながら呟く。 「血は飲まないのか……」 「下手な血よりは美味しいよ」 そういうと何が可笑しいのか、ケタケタと笑う。 「人間って鶏を食べるのに、鶏小屋に入って生きてる鶏に噛みつくの?」 「まさか」 「じゃあ、そういうことっ」 無邪気な様子で盃を一気に空ける。ニコリと笑った口に覗く犬歯は、今し方飲んだ ワインで紅く染まっていた。 また食事とは関係なく、むしろ周囲の人形に興味を示している者達もいる。 「ねぇ、一つ分解してみていい?」(*22) 「やめなさい、高いのよ、あれ」 「大丈夫、ちゃんと元には戻すから」 「……まずは、もっと安いので試して欲しいわ」 また別の主従でも。 「可愛い子達ね。一体貰えないかしら?」(*23) 「やめてくれ、あれは学院の備品で、高いんだぞ」 「そう、残念だわ」 「だったら僕が一つ作ってあげよう」 「あら、あなた、そんなことも出来るの?」 「ふふん。僕は青銅のギーシュ。この二つ名が意味するところは――」 しまった、と思うも後の祭り。二日酔いとも思えぬ勢いで始まった自慢話を 聞き流すアリス。一部そういうのもいるが、おおかたの所、この主人と使い魔達は 良好な関係を築きつつあるようだ。 そんな二年生と使い魔を、一年生と三年生が左右から、教師達が上からちらちらと 窺っている。興味半分、恐怖半分、羨望少々、といったところだろうか。 召喚の儀式でこのような人の姿をした者達が呼び出されたということは、今まで 例がない。しかもみな基本的に、少女、もしくは年頃の女性の姿をしているのだ。 貴族とはいっても年頃の青少年、興味がないと言えば嘘になる。 とはいっても、異形の存在であることには違いない。妙な動きを見せたら即座に 対応できるようにと、杖を握りしめている教師もいる。もっとも大半の者達は 様子見だ。主人となった二年生と普通にやり取りをしている、ということもあるし、 その能力が分からない、ということもある。 先ほど中庭に突如として落ちてきた生徒と使い魔には、一時騒然となったものだ。 本人曰く、落ちてきたわけではなく着陸した、ということだが、フライという魔法の 能力では、あの勢いを制御できるものではない。 だから二年生達を羨む者達もいる。メイジの力を見るなら使い魔を見ろ、と一般的に 言われているではないか。あの主人となった生徒も、実はすごい力を秘めているの ではないか、という憶測も飛んでいる。 もっとも、実際にその着陸を自らの体で体験した生徒にとっては色々と不満が あるらしい。だから、こんな文句も出る。 「なんでわたしたちと一緒に座ってるのよ」 「まさか床に座らせて、食べさせるわけにもいかないでしょ」 不満気なルイスの声に、キュルケが面白そうに応えた。彼女の使い魔である 妹紅は、我関せずというようにハシバミ草を囓っている。その様子をタバサがじっと 見ているのは、単に退屈だからというわけではないようだが(*24)、この場には 関係ないので割愛。 「なんだ、このすばらしい使い魔に不満でもあるのか?」 「あたりまえでしょ。わたしは、追いつけ、っていったのよ」 「追いつけ、といわれたから、ちゃんとぶち抜いたってのに」 「なんで追いつくだけにしないのよ」 「私はいつだって全力全開だぜ」 「全力全開っていうより、全力全壊ですね」 親指を立てての魔理沙の台詞に、横から射命丸文が口を挟んだ。壊すのが 魔理沙の専売特許でしょう、と何やら懐から紙切れを取り出す。そこに印刷された 写真の中には、窓を壊しつつ外に飛び出す魔理沙の姿があった。 「なるほど、さすがアヤ、上手いこというね」 さらに口を出すマリコルヌ。いつも悪口を言い合う相手の参入は、ルイズにとって 都合が良かった。怒りの捌け口という意味で。 「かぜっぴきは黙ってなさいっ」 「俺は風上のマリコルヌだっ」 そのまま始まった二人の言い合いを余所に、魔理沙と文は顔を見合わせた。 「この世界は日本語というわけじゃないですよね」 「ああ、昨日の禿頭の教師が書いてた文字は、私には読めなかったな」 「それでも会話は通じるし、同音異義語を使った冗句も伝わってます」 「面白いこともあるもんだぜ」 「これなら、いつもの調子で新聞を書いても、ちゃんと訳してもらえそうですね」 「なんだ、ここでも新聞を作るつもりなのか?」 呆れたような魔理沙に、文はあたりまえじゃないですか、と鼻を鳴らした。 「新聞の名前も考えてあります。 その名も文々。※新聞(ぶんぶんまるこめしんぶん)」 「まる……こめ……?」(*25) 「私のご主人様に敬意を表してですね――」 「マルコメじゃなくて、マリコルヌ、だよぅ」 情けなさそうなマリコルヌの声。さすがに聞き流すわけにはいかなかったらしい。 「それを言ったら、私だってブンじゃなくてアヤです。 いいですか、こういうのはちょっとした教養と余裕がなせる言葉遊びで――」 そのまま説明とも説教ともつかない話が始まってしまったが、マリコルヌはそれを どこか嬉しそうに聞いている。堪らないのは口げんかの最中に放り出された格好と なったルイズだ。右腕を振り上げたままの肩を、ポンポンと叩かれた。 振り返ると、神妙な顔をした自らの使い魔。 「早く慣れないと、辛いぞ」 「そうそう。こんな経験、なかなか出来るものじゃないわよ」 キュルケに同調までされてしまい、ルイズは深く溜め息をついた。まるで自分だけ おかしいみたいじゃない。ルイズは他の生徒達とは異なる頭痛に襲われていた。 覚悟を決めて教室に入ったシュヴルーズは、意外と平穏な状況に内心安堵の息を ついた。見るからにつまらなそうな様子で座っている者達(*26)もいるが、騒がれる よりはよっぽど良い。むしろ気になるのは、観察するかのような視線だ。 普通に、という学院長の言葉を思い出しつつ、彼女は毎年恒例となった挨拶を 口にした。 「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、 こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 今年は特に、可愛らしい使い魔が大勢いますね、という声に、当の妖怪達は微妙な 笑みを浮かべた。確かに外見は可愛らしいが、大半の妖怪はシュヴルーズの何倍も(*27) 生きているのだから。 何はともあれ、こうして授業が始まった。生徒達の体調を考慮してか今回は復習的な 内容らしく、多くの生徒は聞き流している状態だ。むしろ、一部の使い魔達の方が熱心に 授業を聞いている。 シュヴルーズが実際に真鍮を練金してみせると、小さなどよめきが起こった。 「無から小石を生成したり、そこから組成を組み直して真鍮を作ったり…… 面白いわね」 「なるほど、パチュリーの言う通りだ。あの魔力消費量は異常だぜ。少なすぎる」 「実は召喚魔法の応用で、物体の入れ替えを行っているとか? そちらの方がよっぽど納得できるわ」 「重要なのは、それが体系だった魔法として成り立っている事よ」 「研究するための所ではなく、習得するための所、か」 「貴族の立場が圧倒的優位にある理由がよく分かるわ」 「お静かに!」 シュヴルーズの注意に、三人の言葉が止まる。しかし、シュヴルーズの冷や汗は 止まらなかった。観察されていたのは彼女個人ではなく、この学院、そして魔法 そのものだったことがわかったのだから。 もっとも、だからといってどうこうできるわけでもない。彼女はいつも通り授業を進める ことにした。ここでは生徒に練金を試してもらう場面。ならば―― 「ミス・ヴァリエール」 「はい」 「練金を、あなたにやってもらいましょう」 あなたの無駄口の所為よ、などと使い魔にあたっているが、それは違う。彼女が 魔法を上手く使えないということは、シュヴルーズも話にだけは聞いている。先ほどの 三人の前で実践させれば、何か原因のようなものもわかるのではないか、と考えたのだ。 ただ、どのように失敗するか、ということまで詳しく知らなかったのが、迂闊ではあるが。 もっとも、当の使い魔の方は乗り気でないようだ。 「止めた方がいいんじゃないか?」 「なによ!」 「いや、だってなぁ……」 周りを見回すと、生徒達はみな、ルイズに思いとどまるような言葉をかけたり、何か から避難するかのように机の下に潜り込んでいる。つまり、ルイズの魔法は危険なのだ。 そういえば今朝、爆音で飛び起きた直後に魔理沙が見たものは、杖を持ったルイズの 姿だった。そして昨日の夜のコルベールの話。併せて考えれば、何が起きたのか、 そしてこれから何が起きるのかは容易に想像つく。 「朝だって失敗したんだろ?」 「だから何よ! 今度はちゃんと出来るかもしれないじゃない!」 「失敗した原因は分かってるのか?」 「う……」 「それじゃあ失敗するだろ、間違いなく」 「うるさいうるさいうるさい! 何度も練習したんだもん。今度ぐらい成功するわよ!」 前ページ次ページ東方のキャラたちがルイズたちに召喚されました