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前ページ風神が使い魔 そう言って風子に顔を向けたのは緑色の髪に理知的な顔をした妙齢の女性だった。 「なにかご用ででしょうか?」 「えっとさ、洗濯場? ってのはどこか解る? 全く人に合わなくてさ、ここがどこだかもよく解らないんだ」 「……学院長室前まで……適当に歩いて来た……と?」 声色が少し変わって口調が第一声とは大分違って聞こえた。額を手で押さえている。どうも相当にショックがあったみたいだ。 「それで、なんのご用でしょうか? 見たところこの学校の生徒ではないようですが?」 そのままの姿勢で数秒過したあと、持ち直したのか最初と同じ調子で聞き返してきた、顔には微笑も浮かんでいる。 「だからさ」 面倒くさそうに答えた風子、手に持った数着の衣類をブラブラと揺らせて続ける。 「これが洗える場所ってどこか解る? できれば案内もして欲しいんだけど」 「水汲み場でしょうか? ならこちらの方になりますが、あなたは平民でしょう? なぜこんなところに?」 「あ~……使い魔になった……」 心底嫌そうに目の前の女性に伝える風子、これを聞いて風子を見る視線が変わった、若干探るような眼つきになったその人は問いかけの言葉を口に出す。 「使い魔になった……とは、それはまた災難でしたね。それで、何所から来たのでしょうか? 学園の名においてあとでご両親に手紙を出させて頂きたいと思うのですが」 これを聞いてちょっとだけ楽しくなったのか、いたずらを今からする子供のような笑みが風子の顔に上がった。 「――異世界から来たんで、そんな心配は要らないんだよね」 これを聞いて驚かない人間など、世の中にさほどいないだろう、と考えていた風子は眼前の女性の驚いた顔に満足げな笑みを浮かべる。 「それは、また……災難でしたね、それで、誰の使い魔になったのかお聞かせ願えませんか?」 「――ルイズだよ、下の名前はまだ覚えてない、覚える必要もなさそうだし」 ここで目の前の女性はどこか納得した風な表情を見せた。探るような視線を向けるのを止め、どこか同情的になった顔を向けて、話を先に進める。 「それで、洗濯場を探しているのでしたよね? それならばこちらです、ご案内しましょう。あのヴァリエール嬢の使い魔になられたとは、大変ではございましょうが頑張ってくださいね」 「助かるよ、ありがと」 お礼を言った風子の前を通り、そのまま水汲み場の方へと歩き出した。その魅力的なお尻の後について行きながら風子はもう一度お礼を言う、聞きたいことがもう一つあったから、この異世界人の言葉を信用してくれた、その人の名前を知っておきたかったから。 「ありがとう、あんたの名前はなんて言うんだい」 「ロングビルと申します、この学園の長の秘書をやらせて頂いております、それほど長くお付き合いできるとは考えておりませんが、よろしくお願いします。そちらは?」 少し、気だるげに、少し、楽しげに。振り返らず前を歩くその人から、そう答えが返ってきた。そして、聞き返された、聞かれれば答えなければなるまい。 「風子、こっちの世界の言い方なら風子 霧沢! 末永くよろしく頼むよ!」 「それでは、ここが水汲み場となります、この季節の水は冷たいでしょうが、頑張って下さいね」 「ん、感謝してるよ、時間とらせて悪かったね」 いえいえ、と笑って踵を返したロングビル、その時、大きな、非常に大きな爆砕音が響き渡った、静けさが場を支配して数秒経った、 遠くから生徒達の騒ぐ声も聞こえて来る、風子の側からはロングビルがどんな表情をしているかは解らないが、取り敢えず雰囲気が変わったことぐらいは掴んだ。遠慮げに質問してみる。 「え……っと? 今の音は?」 「……まあ、あなたなら確実にそのうちに解る事です」 ここでいったん言葉を切ったロングビル、盛大に溜息を吐いたあと、こう続けた。 「今は、わたくしがあれの事後処理をしなければならないことだけ、覚えておいて下さいね」 先程は少し楽しげに見えた背中も今は大分煤けて見えた、どうやらこれから来る後始末の面倒臭さにまいっているよう、 「解った、うん、解ったよ、なるべくこーゆーことがおきないように頑張ってみる」 「助かります……それでは私はこれで」 そういってその場を離れ爆心地に向かって歩き出したロングビル、その背中には年齢には似合わない哀愁が漂っていた……。 角を曲がり、その背中が見えなくなるまで取り敢えず見送った風子、一つ大きく声を発し、両手で頬を張り、捲る袖の無い袖を捲った。 「頑張って洗濯てやつをやってみますか!」 風子にとってしたことのない手洗いでの洗濯に苦戦しつつ時間が過ぎて行った。どれだけ時間が経ったのか解らない、けれど今思うことは一つ、 (お腹……減った) 恐らく朝方に召喚され、なれないことをしたため普段より多くエネルギーを消費した風子、洗うべきものはまだ残っているがそれよりも今優先されるのは空腹を満たすことだった。 と、そのときちょうど、メイド服を着たいかにもな女性が風子の目の端に引っ掛かった。 (助かった! これでなにか食べ物が!) ダッシュで近寄って目の前に立ち塞がる、笑顔を浮かべて聞いた。 「何か食べる物が欲しいんだけど」 立ち塞がれた瞬間、訝しげに風子を見て立ち止まらざるをえなくなった少女は、笑顔をみた瞬間固まり、怯えた顔つきになった。 「ま、賄いの料理でよければご案内しますが、ど、どうでしょう」 「うん、なんでもいいよ、食べられれば、早く案内してくれない?」 少女の顔を見て自分がどんな顔をしているかある程度自覚した風子だったが、あえて表情を作り直すことはしなかった、早く食べ物を胃の中に収めたいため、目の前の少女を脅しつけているこの状況のままでいいや、面倒臭いしとか思った。 足取りのしっかりしていない少女の後ろに付いて厨房らしきところに到着した。 見渡すとどう使うのかよく解らない道具や、見たことのあったりなかったりする食材がところ狭しと並べられている。この場所に着くなりここで待つように言って風子から逃げるように奥の方に消えて行った黒髪の少女の帰りを待った。 やがて奥の方から黒髪の少女が戻ってきた、片手にシチューらしき物が入ったお皿を持っている。 「はい、どうぞ」と、手渡されたお皿を片手に呆然と突っ立つ風子、少女に聞いた。 「いや……ありがとう、しかしよく戻ってくる気になったね、普通はうやむやにして逃げちゃうと思うんだけど?」 「ええ、そうしようかと私も思いましたけど、本当にお腹が空いているんだろうなあ、と思うとどうしても」 柔らかに微笑んで風子を正面から見つめてそう答えを返してきた。こちらも先程とは打って変わった笑みを顔に乗せもう一つ聞く。 「こんな第一印象最悪の女にありがと、優しいあんたの名前はなんて言うんだい?」 「この学園付きのメイドでシエスタと言います、よろしくおねがいしますね?」 ん、こちらこそよろしく、と、返して手近に在った椅子に座った風子は一気にシチューを啜りだした。 「美味しかった、ありがと!」 最後の一口を胃の中に収め、目の前に座るシエスタに中身の無くなったお皿を渡した。 「はい、あんなに美味しそうに食べてもらってありがとうございます」 「そりゃまあ、腹が減ってたからねえ」 「これからもちょくちょく迷惑を掛けに来ると思うけどよろしく頼むよ」 「ええ、どうぞ、良い人みたいですし、厨房のみんなで歓迎しますよ」 くすくすと笑って席を立った風子はそのまま出口に向かって行く、後ろ手に手を振りつつ厨房を出る直前、振り返ってシエスタを見た。変わらずニコニコと笑っていた、 (あんたの方が相当良い人だと思うんだけどね) って言葉は口にせずそのまま外に出た。 その後は特筆すべき事柄もなく夜になった。風子にとって激動であった一日が終わろうとしている。 一つあるとすれば夕食時豪華な貴族達の晩餐を目の前に貧相な料理を出せれたことに切れかけた風子がルイズに「床で食え」と言われて完全にぶち切れ、結局外で夕食を済ませたことぐらいだろうか。 その後部屋に戻ってきたルイズは随分と不機嫌そうにしていたが、今は怒りも薄くなったのか穏やかな顔で机に向かい、紙にペンを走らせていた。 「なあ、そーいやそれ、何書いてるんだい?」 ぼんやりとそれを眺めていた風子がなんとなくと言った風にルイズに聞いた。 「あんたには教えらんないほど高貴なお方に手紙を書いているのよ、こうして昔はよく手紙のやりとりをしたことだし、読まれずに捨てられるる事はないと思うから」 こちらも片手間にのんびりと続きを書きながら答えた。深く聞くつもりのなかった風子はもう一度聞き返すことなどはしなかったため、しばしの間部屋にはルイズがペンを走らせる音だけが響いた。 「ん、こんなところでしょう」 手紙を書き終えたのか、机の上に出してあった封筒を手に取り、手紙を丁寧に折りたたんでその中に入れた後、最後に封筒の裏側に何かを書いて、指を鳴らした。するとどうだろう、部屋の明かりが落ちた。 「さ、今日はもう寝ましょ、あんたも疲れたでしょう?」 「まて、あたしはどこで寝ればいいんだ? 寝る前に何か体が暖められる物くれないと床で寝るとかそーいうことの前に凍え死ぬよ私」 重たげな眼のルイズはそれを聞いてもう一度指を鳴らし、部屋の明かりを付けた。机の横にあるタンスを引き、ごそごそとやった後、取り出した毛布を風子に投げてよこす。 「サンキュ、で結局私はどこで寝ればいいんだい?」 風子が受け取った毛布を片手にルイズに訊ねた。それを聞いたルイズは何も言わず、床を指差した。 「了解……じゃ、お休み」 半ば予想していたのかさっさと適当に床に寝転び、毛布を引被った風子はそれきり何も言わなくなった。ルイズはもう一度指を鳴らし、部屋の明かりを消した後、自分も布団を被る。 数分後、そこには穏やかそうな寝息の音と、寝苦しそうな寝息の音しか聞こえなくなった。 風子にとっての異世界での一日目が終わった。 前ページ風神が使い魔
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前ページ次ページゼロの騎士団 ゼロの騎士団 PART2 幻魔皇帝 クロムウェル 5 「夢芝居と落ちこぼれ」 ルイズはその時、乾いた金属音を聞いた。 その音の方向を見ると、そこには彼女の知っている人物が片膝をついていた。 (ニュー!) ルイズの声は届かずに、ニューは片膝を着きながら、衝撃で痺れた手を押さえていた。 その様子を見ていた、一人が声をあげる。 「勝負あり、そこまで!」 審判を務めていたであろう者は、ニューと同じような人物だった。 少なくとも人間には見えない。 ルイズにはいきなりの状況に、訳が分からなかったが、近くにもう一人見知った顔が居た。 (ん、何をやっているのかしら?あ、あれはゼータじゃない) 気付かなかったが、対戦相手は彼女の友人の使い魔のゼータであった。 おそらく、練習試合なのだろう――訓練場の様な場所を見てルイズはそう考える。 剣の技量は知らないが、ニューがゼータ相手に勝てるとはルイズも思わなかった。 「ありがとうございます」 ゼータがニューに試合後の礼をする。だが、そこには充実感や爽快感はなく、一種の含んだ空気が漂っていた。 その原因は外野の空気に思えた。 (またかよ、5戦全敗) (ゼータが強いと言う事を差し引いても、これは異常だよな……) ルイズの耳に、誰ともわからない声が聞こえる。複数の男達の声が聞こえる。 (え!何?何の声?) 誰とも知れない声に、周りにいる人物たちを見渡す。その顔には、蔑むような視線がルイズにも見てとれた。 ルイズにはその声が解らなかったが、周りの空気から何となく事情を読みこめた。 彼は馬鹿にされている――自分の様に クラス内でルイズに対する視線と、今のニューに対する視線は同じ物を感じる。 だが、これは何なのだろう。思い当たる事は、つい最近の出来事。 (これは、夢、ニューの昔って事かしら) 数日前に見た夢に似ていると何となくルイズは感じ取った。 (そう言えばアイツ、騎士になりたいって、言ってたわね……) 以前、教室の掃除の際の話をルイズは思い出していた。 (しかし、アイツって魔法は使える割に、剣は本当に駄目だったのね) ゼータの技はルイズも知っているが、それでも差があると思った。 あの時は謙遜とは感じなかったが、こうまで酷いとは。 (いつも偉そうな割に、こんな所もあったのね) 彼女の知っているニューは、どちらかと言えば自信家で毒舌な人物である。 自身を馬鹿にしてはいないが、少なくとも尊敬しているとは到底思えない。 だから、今の落ち込んだ顔を見て、少し微笑む。 それから、誰も居なくなった訓練場に、ニューとルイズが残される。 (慰めてあげようかしら) 優越感からそんな事を考える。 しかし、これは夢の為ルイズに気づかないのだった、ニューは近くに落ちた剣をじっと見つめている。 「はぁ、僕には才能がないのかな……」 肩を落として溜息をつく。 ゼータだけでは無い、昨日は弟弟子のリ…ガズィにも敗れた。 ある程度わかっていたことであったが、それでも、この現実は辛い物がある。 その様子を、最初はいい様と思っていたが、段々といたたまれないものを、ルイズは感じ始める。 才能がないのかな…… 自分もよく口にする言葉、人の居ない所で練習して失敗する。 そして、いつもその言葉に落ち着く。 聞こえないとはいえ、何か声をかけたい。 その思いもむなしく、ルイズに声が響く。 (……いつもの所に行くか) 数秒考え込んだ後、深呼吸してから立ち上がり、ニューは歩き出した。 ニューの後を付いて行くと、そこは図書館の様であった。ニューが部屋に入ると、また人間とは違った者が出迎える。 緑色の体にローブをまとい、ニュー達と違い青いゴーグルで覆われている。 ルイズは知らないが、彼は法術隊の中で、もっとも古株の僧侶 ガンタンクⅡであった。 「ガンタンク殿、お邪魔します」 「こんにちは、ニュー殿」 やってきたニューに対して、ガンタンクは丁寧に挨拶をしてから、二人は手近な椅子に座る。 「また、ご教授して貰いたいのですがよろしいですか?」 「ええ、良いですよ」 ニューの申し出に、ガンタンクは喜んで応じる。 ルイズが何をするのか見ていると、ガンタンクは何やら話し始めたようだ。 (講義なのかしら) 詳しい内容は分から無いが、それは魔法学院で聞く講義の内容に似ている気がした。ニューはその話を聞きながら、何度も頷いている。 向かい合う様は生徒と教師の一言に尽きる。 タンクの言葉が途絶える。どうやら、終わりらしい。 次に、杖を取り出してガンタンクが魔法を唱える。 「では、今度は実践してみましょう。ミディ」 手から柔らかい暖かい光があふれる。 ミディ――ガンタンクの魔法は、ニューが使う魔法の中でも簡単なものである事をルイズは知っていた。 ニューも続いて、魔法を唱え手から暖かい光が溢れ出す。 どうやら、剣とは違い魔法の方は本当に才能があるようだ。 少なくとも未だに、魔法が正確に使えないルイズにはそう思えた。 タンクは休憩を促し、お茶を持って来る。 「しかし、貴方は勉強熱心ですな」 一息ついた所で感心したように、タンクはニューを見る。 タンクがニューに魔法を教え始めたのはここ一か月ほどの事であるが、少なくとも簡単な魔法でもこれほど早く習得するとは思いもしなかった。 「僕は剣が下手ですので、せめて簡単な魔法が使えたらと」 ニューがお茶を飲みながら、それに答える。 騎馬隊の中にはごく少数ながら、簡単な回復魔法が使える物が居る。ジムスナイパーⅡやジムコマンド等はリ…ガズィやゼータには剣で劣るが、そう言った面で貢献している。 ニューが自身に魔法が使える事に気がついたのは最近であり、今ではタンクの下で暇な時に教えを請う事が日課であった。 そして、この時間が弟弟子達への劣等感と訓練で負け続けるニューにとっても心の支えとなっていた。 (剣では貢献できないかも知れない。けど、こう言った事でみんなに貢献できるかもしれないから) ニューの心の声はルイズにも聞こえていた。 タンクはそんなニューの葛藤には気付いているか分からない曖昧な表情を浮かべる。 あるいは、それに気付いているのかもしれない。 「しかし、貴方はもっと修業を積めば法術士になれるかもしれないのに、本当に勿体ないですな」 タンクが残念な感情を含んだ声で呟く。 今ではほとんど見る事がなくなった職業 法術士――回復だけでは無く、数多の攻撃魔法を使いこなす法術士は今では幻と呼ばれていた。 興味深く耳を傾けるニューに、タンクは思う所があるのか話を続ける。 「貴方なら伝説の魔法ギガ・ソーラも使えるかも知れません」 「ギガ・ソーラとは?」 ニューもその様な魔法は聞いた事無かった。 ここにきて、いろいろな魔法を聞いたがその魔法は初めて聞くものがあった。 「ギガ・ソーラは伝説の魔法と言われています。その力は絶大で戦局にも影響を与えると言われました。 しかし、絶大故に術者にも多大な負担を与える為に使える者がほとんど居なくなってしまいました」 「そんなにすごい魔法なのですか」 昔話を聞いた子供の様に、ニューは顔を輝かせる。 (僕も修行すれば、そのような凄い魔法が使えるのだろうか) ニューはなんとなくそんな事を思った。 反対にルイズは疑問の表情を浮かべる。 (そんなすごい魔法、ニューは使えるのかしら?) ニューの魔法を見てきているが、ギガ…ソーラだけはルイズも見た事がなかった。 「……話しはそれくらいにしましょう、ところで、どうですか、本当に法術隊に入りませんか?うちは人手不足なんです、貴方が来てくれたら歓迎しますよ」 先程までとは違い、声に戯れは感じない。 それを感じ取り、ニューも表情を硬くする。 「申し訳ありません、僕は騎士になりたいのです」 タンクの声を聞いて、ニューも申し訳なさそうに答える。 (私は、お爺様や父様みたいに立派な騎士になりたかったんだ) ニューの言葉がルイズの心の中によぎる。 何となく何かを理解したのか、タンクはニューの顔を見て顔を崩す。 「そうですね、人には生き方があります。貴方はまだ若い、後悔しないはずがありません。だから、貴方の出来る事を、貴方にとっての答えを見つけなさい」 (え!……今の言葉、私に言った言葉じゃない) ルイズの意識は、その言葉を最後に遠くなった。 夢から覚めたのかと思ったら、どうやら違う様であった。はっきりとは分からないが屋内に居るのだろう。 外は暗く、感覚はないが、何となく音で雨の気配を感じた。 そして、その室内にはうす暗い明かりの中十数人の人の気配を感じる。 「この雨が、我々の命を繋ぎ止めているのであろうな」 アレックスが窓から外を見ながら、緊張した面持ちで呟く。 丘の様になった地形から、アレックスに習い窓から外を見ると、少し離れた所には無数の明かりが森の中から見えていた。 「国境にまで偵察に来てみれば、これ程までの敵と遭遇するとは……」 この間までの均衡状態とは違い、近頃のアルガス王国は世代交代もあり、ムンゾ帝国に後れをとっていた。 アレックスはそれを感じ取り、今回国境まで威力偵察にきた。 しかし、ムンゾ帝国も同じ事を考えてたらしく、遭遇戦となる。 敵は九百近い数でありアレックスは退却を決断する。 幸い、歩兵を中心としたムンゾ帝国に対して、数十騎とはいえ馬に乗っていたから、降り出した雨の助けもあり、ここまで退却する事が出来た。 しかし、予想外の豪雨で川が氾濫し、結果的にムンゾ帝国の侵攻部隊と共に、ここに取り残される。 「ムンゾ帝国が近頃力をつけて来たのは本当の様ですな……」 アレックスに、タンクが言葉を入れる。 「そうだな、奴らの力は以前よりも増している、なんとかしないとな……夜明け頃には雨がやむ、向こうはそれと共に攻撃を仕掛けてくるだろう」 自身も語りたくないが、迫る危機に話題を変える。 その言葉に、声は出ないが空気は重くなる。 雨で敵が攻撃できないように、援軍もまた思うように進軍出来ないでいた。 このままでは……周りの顔は深刻であった。 戦争――とは言えないまでも相手と命をかけて殺し合う。 ルイズは、無言でその様子を見ていた。 一対一の決闘とは違う、自分の力が及ばない領域。 剣が使える、力が強い、魔法が使える。 それらの意味を嘲笑う物。 戦争とは常に有利な状況とは限らない。そして、今まさにその状況であった。 「アレックス団長、試したい事があるのですがよろしいですか?」 (……アレを試してみるしかない) 最後の言葉から数分の沈黙の後、不意に、ガンタンクはアレックスに提案を出す。 (……アレって、何かしら?) 「タンク殿、なにか考えでも?」 タンクは古株でこの中では相談兼知恵袋と考えている。 アレックスの返事には何か期待の意味がルイズは感じる。 タンクは自身の考えに絶対の自信はないのか、言葉はゆっくりとしたものであった。 「はい、私とメタス、そしてニュー殿でギガ・ソーラを試してみたいのです」 その言葉に、真っ先に二人がが反応した。 「無茶です、僧侶ガンタンク、我々二人の力でも無理だと言うのに」 オレンジ色の体に緑のゴーグルの僧侶メタスが反論する。 彼からしてみれば、それは干ばつの際に行う雨乞い程度の認識しかなかった。 ましてや、その中心人物に自分が来るとなれば猶更であった。 そして、もう一人も同じ考えであった。 「え!無茶ですよ、タンク殿、僕は簡単な魔法しか使えないんですよ」 (無理だよ、私に出来る訳ないよ) タンクが自分の名を出した事に、ニューは狼狽する。 この中で、一番期待されていない存在の自分が、急に出て来た事に戸惑う。 (なんで僕なんだよ、僕の名前なんか出したら) 懸念は当たる。自分の名前を聞いて、周りの空気も再び重くなる。 しかし、タンクはニューが望むような冗談を言った訳では無い。 「もちろん解っています。しかし、貴方はものすごい力をお持ちだ、私達だけでは無理でも貴方の力を借りれば、出来るかも知れません」 (何を言ってるんだ、この爺さんは) (無理だぜ、あぁ、ここで全滅かな) タンクの言葉を聞いても、他の者達は呆れていた。 彼らの認識ではニューは頭数にすら入っていない。 せいぜい回復を頼むくらいの薬箱の様な存在である。 それを、周りの騎士達の言葉を聞いて、ルイズは憤りを感じる。 (何もしない癖に、何言ってるのよ!) 何もしないのに、ただ僻んだり、愚痴る。 そうなりたくないと考えるルイズにとって、彼らの考えや行いは最低と言えた。 アレックスはそれを聞いて、無言で考え事をしている。 もちろん、兵たちの空気も感じている。 (このままでは全滅は必至、ならば賭けるしかあるまい) 自分の決断を部下は無能と罵るだろう。 しかし、自身に案がなく、このままでは、遠からず全滅するのであれば、それに頼るしかアレックスには無かった。 (無能だな、私は) ルイズ以外、その顔は見えなかった。 自嘲を含んだその顔は、皮肉にも最も人間らしいとも言えた。 「僧侶ガンタンクⅡの策を受け入れる、夜明けと同時に、ギガ・ソーラを唱え、それと同時に、奇襲を掛ける。全員、時間まで休んでおくように!」 アレックスの言葉を聞いて、ざわめきが聞こえ始めるが、アレックスが一喝するとそれは音を下げた。 しかし、騎士達の空気はいよいよ重くなっていった。 場面が暗転し多様な感覚で、ほぼ一瞬と言う間に、時間は夜明け前になっていた。 突撃のカモフラージュの為、騎士達は、小屋から出て事態を見守っている。 その中心には、アレックスと三人の術者達が居た。 (これで最後かな) (母ちゃん、ゴメンよ) 騎士達の声にない悲痛な叫びがルイズにも聞こえた。 若い兵士の一人は、よく見ると槍を持つ手が震えている。 「では、頼む」 アレックスが開始の合図を出す。 先程までとは違い、危機が目の前にある今、すがるような視線が中心に集まる。 「ニュー殿、メタス、では行きますよ」 タンクが二人に呼びかける。 「はい」 (嫌だな……みんな期待している) 恐らく一睡もしていないであろう腫れた眼で、ニューはタンクの杖を握る。 三人は無言で集中し始め、晴れていた空は、心なしか、晴れかけた空が、また曇り始めていた。 その様子に、騎士達に期待の混じった声が少し上がる。 余裕があるのか、まだ、ムンゾ帝国の兵士たちは動く気配を見せない。 (まだ、これでは……) 周囲の期待に反して、タンクは焦りの表情を浮かべる。 「ニュー殿、メタス、もっとです!」 自分に向ける意味を含めて、若い二人に檄を飛ばす。 重なった杖により強い重さを感じる。 「はい」 (これ以上は無理だよ) タンクの叱咤にニューとメタスが返事をするが、内心はルイズに聞こえていた。 自分の中で、二つ名と共に最も忌み嫌う言葉――無理 (アイツには無理だよ、だってゼロのルイズなんだぜ) (また失敗したのか、だから無理だって言ったのに、ゼロのルイズ!) ルイズにはその時、自身への言葉が思い出された。 拳を握る。覚えたくなかったが、いつの間にか覚えている感覚。 (ニュー……) それだけを言った後、ルイズは黙っていた。 そして……… (馬鹿ゴーレム!アンタ何弱気になっているのよ!アンタが出来なかった皆が全滅するのよ!) 目を見開き走りだしたルイズが、触れる事が出来ないニューを叩きはじめる。 (アンタ何時も偉そうな癖に、口が悪い癖に………教室で私に偉そうなこと言ったのは嘘だって言うの!馬鹿ゴーレム、出来なかったら一生ご飯抜きよ!) ……どうでもよかった。 夢である事も忘れ、ルイズは必死にニューを激励する。 その声は届かない。しかし、ルイズは声を上げずには居られなかった。 使い魔は自身の鏡――思えば似ているかもしれない。 家の名前を背負っている所、自信家な所 ……そして、本当は弱気な所も。 (アンタは騎士としては駄目かも知れない、けど、アンタにはアンタの出来る事があるのよ!) 自信家で口が悪く、性格も良いとは言えない。しかし、魔法が使える使い魔として自慢できる存在。 (アンタがそんなのだと、私まで……を諦める事になるじゃな(……けど)え!) ルイズの言葉をニューの心の声が遮る。 (期待――今まで無意味だと思っていた。だけど、それは誰も本当は望んではいないからなんだ!) 立派な騎士になれ――本当に望んでいるのか? その言葉に込められる意味、思いやり?社交辞令?騎士の家に生まれたから? (期待……今までで一番嫌いな言葉。でも、今は違う!生き残る事を皆が望んでいる。……やらなきゃ、そうしなくちゃみんな全滅する!) その言葉と共に、杖に輝きが増していく。 (僕にだって出来る事があるんだ!) 曇った空に一筋の光が見え始める。 (いける!) 「いきますよ!」 「はい!」 タンクが合図を送り、ニュー達が返事を返す。 そして、その声は同時であった。 「ギガ・ソーラ!」 それは、ルイズが見てきた中で、一番強い光であった。 遠くから見ると、暗い雲の中から、一つの光が降り注いだ様だった。 光は大地に突き刺さり、そして…… 目を突き刺すような光の強さの割には、何一つ音がしなかった。 (何が起こったって言うの!) ルイズも目がやられており、視界が開けるには十数秒を要した。 そして、光が終わり、自身の眼で何が起こったのかを確認する。 (何……これ……) ルイズは目の前の森を見た。いや、見ている筈であった。 数秒前まで、森とその中には無数の殺気があった。しかし、それはすべて消えていた。 森があった所には、何一つなく、茶色い土の色のみであった。 ぬかるんだ土もなく、ただ、抉られたようなクレーターが広がるのみであった。 「おお、やったぞ!」 確認した誰かが、歓喜の声をあげる。 異常な事態よりも、自分達の生存が確認できて、彼らは素直に喜んでいた。 騎士達の歓声で、正気を取り戻し、ルイズはニューを探す。 そして、自身の使い魔を見つける。 彼はそこに居た。 (ニュー!) 本来、祝福されるであろう彼は、力なく倒れていた。 ニューに近寄ろうとするが、視界に暗幕が下りる。 そこから先は良く解らなかった。 時間、その他の感覚もほとんど感じ無い。 「ルイズ、何をやっているんだ?」 心配して、近寄った筈の男の声が聞こえた。 真っ先に回復しつつある聴覚で情報を求める。 声の方向を向くと、そこには倒れた筈のニューが居た。 「ニュー、アンタ倒れた筈じゃ………」 「寝ぼけているのか、ベッドから倒れたのはお前だ、ウォータ」 「うひゃ、あひゃ、なっ!何すんのよ、この馬鹿ゴーレム!」 水を顔にかけられて、ルイズは触覚と視覚を完全に覚醒させる。 そこには、いつも通りの憎たらしい顔があった。 ルイズが暖かい空気と、冷たい感覚に挟まれている事に気づく。彼女はベットから落ちたようであった。 「起きたようだな、全く、これから、姫様の命令を果たさなくちゃならん時に……」 腰に手をあてて、呆れた様子でルイズを見下ろす。 それが気に入らないので、ルイズは起き上がる。 「……てっ、解っているわよ!着替え持ってきなさい!」 ルイズはニューの後ろにあるクローゼットを指差す。 「はい、はい」 ルイズの不機嫌に慣れているのか、背を向けて、ニューがルイズのクローゼットを開ける。 ルイズは、さっきまでの頼りなさげな青年と、目の前の皮肉屋な青年と姿を合わせながら、ため息をついた。 「33 ニュー!アンタ、何弱気になっているのよ!」 ニューの過去 彼はその後…… MEMORY 前ページ次ページゼロの騎士団
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (55)英雄的な行為 シルフィードの翼が風を切り裂き、風竜は俊敏な動きで空へと駆け上がっていく。 目標はウェザーライトⅡから放り出された二人。モンモランシーとギーシュ。 「タバサ!?」 吸引力によって気流が乱れ、周囲は嵐のように風が猛威をふるっている。 そんな中を縫って現れた救いの主に、モンモランシーが驚きの声を上げた。 他方、助けに来たタバサはこのような状況にあっても普段と変わらぬ無表情で、おおよそ何を考えているか分からない顔だ。 そんな彼女が、口を開いた。 「……手」 「!」 ごうごうと騒ぐ風音が邪魔で、モンモランシーには彼女が何を言ったのかをよく聞き取ることができなかった。 だが、すっと差し出された手の意味だけははっきり理解できた。 慌ててギーシュの方を確認すると、彼はすでにタバサの使い魔であるドラゴンに、マントの端を咥えられていた。 残るが自分だけ。そう悟るとモンモランシーはその手を捕らえるべく、精一杯腕を伸ばしたのだった。 主人がモンモランシーを捕まえたことを確認すると、シルフィードは一転、上昇から急降下へと移った。 「全くもうっ、なんて飛びにくい空なのねっ!」 ギーシュを口から手に持ち替えたシルフィードが文句を言う。 何せ昇る分には追い風だが、降る今度は向かい風なのだ。こんな空を飛ぶ経験などそうそう無い。 「我慢して」 そう言うタバサも、先ほどから進行方向にある障害物を呪文で排除して進路を確保する作業で余裕が無い。 風の竜と風のメイジだからではない。最高に息のあった二人だからこそ、この空を自由に飛べるのだ。 「タ、タタタタ、タバサ! あなたの使い魔、喋ってる!?」 「黙ってて。舌を噛む」 モンモランシーの声を一言で制してタバサは早口にルーンを唱えた。 低位の風呪文を発動させて、粉砕されたフネの破片の軌道をずらす。 落ち着いているように見える彼女だったが、その額からは一筋汗が流れていた。 シルフィードは吹き上がる気流を見切り飛ぶ。その姿は正に〝風の精〟の呼び名に相応しい美しさを備えていた。 だが、この空は彼女の独壇場に非ず。 シルフィードが一つ羽を大きく羽ばたかせ、急激にその軌道を変化させた。 その直後、先ほどまでシルフィードが飛んでいた軌道を、強烈な稲妻が貫いていった。 「お姉さま! 何か後ろにくっついてきた!」 「振り切って」 急降下からまた一転。今度は水平に体勢を立て直し、シルフィードは乱れに乱れた風の中をジグザグに飛翔する。 しかしその背後にぴったりとくっついて、嬲るようにして稲妻が数度走る。 前方に障害となるものがないのを見取ってから、タバサは敵の姿を確認するべく、背後を振り返った。 すると、シルフィードの背後およそ五十メイルの位置で、こちらにぴったりと張り付いてきている赤い竜の姿が確認できた。 この出鱈目な空は、シルフィードの独壇場に非ず。 嵐の次元〝ラース〟の空を我がものとしていたその稲妻のドラゴンから見れば、この程度の空は上機嫌な天気と同じなのである。 「無理! 二人もお荷物抱えたままじゃ絶対追いつかれちゃうのね!」 「………」 タバサは無言。 稲妻のドラゴンから、再び雷撃が放たれる。その殆どをシルフィードは回避したが、二度ほど危うい位置を貫いていった。 『ウィンディ・アイシクル』 機会を伺っていたタバサが、背後に向かって氷雪の呪文を放った。 ルーンによって作り出された無数の氷錐が、弾幕と化しながら敵へと向かう。 だが、ドラゴンはそれすらも恐ろしいほどの精密な動きで、間隙を縫うようにして難なく回避してしまった。 「~~! 本当なら早さならシルフィの方が絶対に上なのに、きゅいきゅい!」 シルフィードが泣き言を言っている間にも、徐々に稲妻のドラゴンとの距離は縮まっている。 先ほどから数度雷撃がシルフィードの尻尾にかすり、その度に彼女は『ひゃん!』という、オスマンに尻を撫でられた女子生徒のような声を出しているのだが、 それはドラゴンの稲妻がいつでもこちらを撃墜可能であるということの証明のようにタバサには思えた。 ドラゴンの知性がどれほどのものかタバサにも分からなかったが、こちらを嬲って反応を楽しんでいるように感じられるのだ。 タバサは考える。 状況は確実に悪化してきている。今すぐにでも何か手を講じなければ、最悪の未来が変えられなくなってしまう。 時間はあまり無い。 だというのに、上手い方策が思い浮かばない。落ち着いた顔色とは裏腹に、彼女の心はどんどんと焦った。 そんなときだった。 「やあドラゴンくん! 今、本当なら自分の方が早いって言ったよね! それは、強がりかな!? それとも事実かな!? 余計な重りが無くなれば逃げ切れるっていう意味だと思って差し支えないのかな!?」 叫ばれた声。 タバサ達が騎乗するシルフィードに掴まれていたギーシュの声であった。 「違う」 タバサは咄嗟に否定する。 「違わなく無いのね! そうよ! お荷物さえいなきゃシルフィの方が絶対に早いのね」 「黙る」 と、シルフィードがこれ以上余計なことを言わないように、タバサが杖で頭での頭を小突いた。 ギーシュが何を考えているのか、タバサには手に取るように分かったからだ。 けれど、そのやりとりがますますギーシュの決意を固くした。 「いいや、黙るのは君だタバサ! ドラゴンくん、それはつまり、重りの片一方、つまり僕を放せば、タバサとモンモランシーの二人は助かるってことでいいんだね!?」 「ギーシュっ!?」 それまで口を出すことを控えていたモンモランシーが驚きに声を上げた。 シルフィードはそれに被せるようにしてその答えを発した。 「できる!」 「ようし分かったドラゴンくん! では僕を放してくれたまえ。それで君は彼女たちを乗せて、どこか安全なところに逃げるんだ!」 「………」 タバサには最初にギーシュが声をかけてきたときから、彼の言わんとしていることが分かっていた。だから嘘を言ったのだ。 シルフィードの言っていることは確かだ。この場を切り抜けるためには、誰かが犠牲にならなければならない。 だが、それを良しとしないからこそ、彼女は嘘をついたのだ。 「やめてギーシュ! そんなことしたらあなたが死んでしまうわ!」 「いいや大丈夫だモンモランシー! 見てごらん周りを! この辺のものはみんな下へ向かって落ちて行っている! ここは あの吸い込む力の範囲外っていうことだ! 『フライ』さえ唱えられれば、どうってことはないっ!」 「でも! 下は戦場なのよ!?」 「はは、望むところだ! 君を傍で守れなくなるのは残念だが、それに見合うだけの活躍を引っ下げて君の元に帰るよ! そう、不死鳥のごとくね! さあドラゴンくん! 議論している時間はもう無いんだろう! 早く僕を捨てるんだ!」 そのやり取りを耳にして、雷撃を必死に避けながらシルフィードはタバサを伺った。 タバサは無表情な顔で少しの間目を閉じて考え、それからこくんと小さく頷いた。 「分かったのね!」 「待って!」 モンモランシーが制止の声を上げた。 「止めてないでおくれモンモランシー。僕はきっと君の元に帰ってくるから……」 「分かってるわよ……。ただ、ギーシュ! 私が渡したお守りのこと、忘れないで! あれはきっとあなたの役に立つから!」 その言葉にギーシュは、無言のまま右手を横に伸ばし、親指を上に突き上げる仕草で応えた。 無論、シルフィードの手に吊られた状態の彼の仕草を、鞍に跨っているモンモランシーは見ることは出来ないので、要は格好つけである。 「それじゃいくのね!」 「ああっ、景気よくいってくれたまえ!」 返事を聞いたシルフィードの、それっ! のかけ声で手を放されるギーシュ。 自由になった彼の体から、一瞬重さが消える、ふっと浮き上がる感覚。 「う……」 そしてギーシュは真っ逆さまに。 「うわあああああああああああああああああ!!!!」 覚悟を決めていようと、怖いものは怖い。 落ちるギーシュからこの日何度目の叫びが上がった。 あるいはそれが、一人の男の英雄物語の産声だったのかも知れない。 「しっかり捕まってて」 ギーシュが落ちていったのを確認したタバサの口から、そんな言葉を呟かれた。 モンモランシーはその言葉が誰に向けられたものなのか、理解するのに一瞬の時間を要した。 そしてすぐに気づく、自分以外いないではないか。 彼女が慌ててタバサにしがみついたのと、シルフィードが急反転したのはほぼ同時だった。 稲妻のドラゴンは、獲物がヒトを落としたのに気がついて、単純な思考でまずはそちらを餌食にしようと考えた。 翼を調整し、降下の姿勢を取ろうとする。 だが、それを見越したように、目標にしていた仔竜が翼をうって上昇軌道に入った。 それを見たドラゴンは、そう高くはない知能ながらこう思った 〝小癪な〟 自分が今落ちていったヒトを食おうと追いかければ、一端上昇してそれから輪を描くように急降下してくるであろう仔竜に、背後を取られることになる。 理論的な思考では無いながらも、『狩るもの』『狩られるもの』だけで構築された世界で生きてきたドラゴンは、本能的にそう察知して降下を取りやめ、自らもまた、上昇するべく力強く羽ばたいたのだった。 「……案外頭が良い」 「ちょっとタバサ! あのドラゴン、ままま、まだこっちを追って来てるわよっ!?」 「問題無い」 本調子とは言わないが、ギーシュという重しが無くなったことで、シルフィードの動きは格段にキレを取り戻していた。 逃げるにしても戦うにしても、これでやっと舞台に上がれたということである。 反撃開始。 そう思ってタバサがシルフィードに更なる反転軌道を指示して、正面からその脳天めがけて必殺の氷錐をたたき込もうとした矢先だった。 ヒュゴッという音と共に、突如として横から割り込んできた赤と青の光に貫かれ、稲妻のドラゴンが撃墜されたのである。 そして、呆気にとられているタバサ達に投げかけられたのは、タバサには聞き覚えのある声だった。 「ようやっと見つけたぞ。かの娘にえにし深きニンゲンよ」 輝く軌跡を残し――信じられないが、突如としてその場に現れたのだ――その場に現れたのは、全身を赤にも青にも見える鱗で覆った、一匹のドラゴンだった。 「……ふむ、見知らぬ顔もある。ならば再び自己紹介をしよう」 人語を発するドラゴンは、尊大に言った。 「(Z-- )90°-- (E--N2W)90°t = 1」 そう、その姿を、その声を忘れるはずがない。 タバサ達の前に姿を現したのは、サン・マロンの実験農場から脱出しようとしたシルフィード達を追いかけてきたあの竜だった。 「ワルドからおまえを見つけた場合、必ず始末し、その亡骸を彼女に見せつけろという指示を受けている。まあ、極力綺麗な形で死んで貰わねばならないのが至極面倒ではあるが……。過程は兎も角、結果に関しては我も知的好奇心をそそられる。 そういう訳であるからして、我が知識欲の為に、お前達にはここで死んで貰わねばならない」 「………」 無意識にタバサの奥歯が噛み締められる。 逃げることはできない。 サン・マロンでこの竜に追いかけられたとき、シルフィードは万全の体勢だった。だというのにこの竜はなんら苦にする様子を見せずに、自分達に追いついて見せた。 モンモランシーを乗せた今、逃げを打って、逃げ切れる可能性は万に一つもない。 ならば戦う他、道はないのである。 それに、タバサにしてもこの竜には用があったのだ。 「ふむ、まだ名前を聞いていなかった。これから我に殺されるニンゲンよ。その名を述べよ」 竜が言葉を放ったその顎の隙間からは、ちろちろと火の粉が舞っている。 無論、そのような問いかけに答える必要は無い。 しかし、それでもタバサは口を開いた。 「〝ガリア北花壇騎士団長〟シャルロット・エレーヌ・オルレアン……または、タバサ」 あえて口にすることで、戦いに対して気持ちを固める、そんな意志が込められた言葉であった。 敵の目的が自分達の死をルイズに見せつけることならば、最悪彼女の助けを借りることは逆効果になりかねない。 自分とシルフィードだけで、目の前の強大な敵に立ち向かう、そんな覚悟を決めた言葉だった。 そして、 「〝ただの学生〟モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。お手柔らかに、お願いしますわ。ドラゴンさん」 予想していなかった声が聞こえたのは、タバサの後ろからだった。 その声に心中だけで驚いたタバサが、微かに首を右に動かした。 敵を前にして振り返るほどの余裕は見せられない。 微妙な仕草で疑問のニュアンスを受け取ったのか、モンモランシーは応えて言った。 「どうせ空の上では一心同体。あなたとこの子に命を預けているんだもの、だったら一緒に戦ってもいいでしょう?」 その言葉は、まあ、事実である。 振り返れないタバサにはモンモランシーの表情までは読み取れない。 けれど、言葉に込められた真剣味だけは汲み取れた。モンモランシーは生半可な気持ちで言っているわけではない。 「それに……ここでガタガタ震えていたら、私がここにいる理由、それも嘘になってしまいそうだもの」 そこまで聞くと、タバサは再びドラゴンに向き直った。 そうして再び模索する。 二人と一匹、それだけの戦力で、この難敵に立ち向かう方策を。 アルビオン内部。 隊員の数を一人減らしたキュルケ達決死隊は、中枢へと向けてひた走っていた。 呼吸を大きく乱すほどではないが、それでも焦った様子で一同は駆ける。 先ほどから、大陸全体を揺るがしているような低音を伴った振動が、中枢に近づいているはずのキュルケ達にまで伝わってきているのだ。 外で何が起きているかを確かめる術はないが、事態が自分達に有利なように好転しているという保証はない。 ならば一刻も早く使命を果たすことこそ、今彼らがとるべき行動であった。 「! ついた!」 マチルダの鋭い言葉に、全員の足が止まる。 ごつごつとした岩肌が露出した通路を抜けて、彼らはぽっかりと広がる開けた場所に出ていた。 微かに赤く発光している岩肌によって、周囲を見渡す程度の光源はとれている。 一同が到達したそこは、巨大な空洞。 広さはかなりあるようだ。 端の方まではよく見えないが、そこまでの距離は数リーグはあるのではなかろうか。 「あれが、アルビオンを浮かせている風石だよ」 そう言った彼女が指さしたのは、この大空洞の中央に鎮座している巨大な立方体。 薄く光を放つそれは、キュルケがそれまで見てきた風石とは比べられないほど大きかった。 高さにして一〇〇メイル以上はあるのではなかろうか。 「あれさえ破壊すれば、このアルビオンは――」 「――墜ちるだろうな」 マチルダの声を途中から続けたのは、低い男の声だった。 その声に、マチルダがぎくりと体を震わせる。 背後から聞こえた声に、全員が振り向いた。 そして、退路をふさいでいる存在に絶句した。 そこにいたのは、巨大な炎の固まりだった。 いや、より正確には、あるものの形をした炎。 大きさは雄牛ほど。四肢で地面を踏みしめ、尾があり胴があり頭がある。目と思われる場所はらんらんと白い炎が輝いている。 その姿は、まるで猫科の動物のようであった。 一方声の主は、怪物の背の上にいた。 「ただのネズミとタカをくくっていたが、随分と素早いネズミだったようだ」 炎の獣に跨ったその男も大きかった。 騎乗した姿では正確なところはわからないが、長身のカステルモールよりも更に身長がありそうだ。 それに何より、細身であるカステルモールよりもずっと体格が良い。 両手両足を問わず、引き締まった体に鍛え抜かれた筋肉の鎧を纏っている。 そして何よりも目を引くのは、メイジであることを示すマントと、片目を覆う眼帯。 騎士の一部が、その姿を見て、うっと呻きを漏らした。 その者達は知っていたのだ。その風体が、かの〝伝説の傭兵〟の特徴と一致することを。 カステルモールも目の前に現れた男が生ける伝説メンヌヴィルだと気付いた一人だったが、それでも彼の対処は迅速であった。 敵は所詮一人、開けた場所で戦えば、所詮は多勢に無勢。 騎士道には反するが、今は任務最優先。始祖ブリミルとてお許しになるだろう。 「総員! 散――」 次の瞬間、カステルモールの叫びをかき消して、ごうと何かが彼の真横を駆け抜けていった。 「―――」 声ならぬ声が、カステルモールの口から漏れる。 もうそこに、メンヌヴィルの姿は無かった。 「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」 その代わり、彼の耳に飛び込んできたのは、耳を覆いたくなる悲鳴だった。 慌ててカステルモール達が振り返ると、そこには例の真っ赤に燃え上がる炎獣がいた。 猫に咥えられたネズミのような格好で体を持ち上げられている騎士は、苦痛に叫び声を上げて、やたらめったら杖を振り回している。 咥えられた腹部からは、黒い煙が上がっている。肉の焼ける臭いが周囲に漂った。 生きながら焼かれる苦しみ、それは想像を絶するものに違いない。 「くそっ!」 カステルモールが止める間も無く、そう叫んだ騎士達の数名が、仲間を助けるべく杖を手にして前に出た。 そこから先に起こったことは、虐殺としか表現できなかった。 一人目。 恐るべき俊敏さで突進してきた炎の固まりに巻き込まれて、一人がまず火だるまになった。 二人目、三人目。 火猫の大きく割けた口に噛み付かれ、最初に襲われた騎士と一緒に、炎にまかれながら食い殺された。 四人目。 杖にブレイドを纏わせ立ち向かったが、たちまち炎の爪に切り裂かれて絶命した。 五人目。 ブレイドを叩き付けるのに成功したものの、血の代わりに吹き出した炎をまともに浴びて、瞬時に炭化して果てた 六人目。 傷つけられて怒り狂った炎獣が吠え、カステルモール達に向かって火を吐き出し、逃げ遅れた一人が直撃を浴びた。 七人目。 背後から攻撃しようと飛びかかり、接近するところまでは成功した。 だが、振り返りつつ放たれた、遠心力が乗ったメイスの一撃が頭部に直撃、血と脳漿を周囲にまき散らした。 八人目。 賢明にも距離をとって、風の呪文で攻撃を仕掛けたが、メイスから放たれた炎がその風ごと騎士を巻き込み、結果、自分の魔法を利用される形で炎の竜巻に焼き殺された。 以上、全てがほんの十秒やほんのそこらで行われた虐殺である。 犠牲になったのは計八人。 ガリアが誇る精鋭の花壇騎士が八人。 カステルモール以外の全員が、殆ど何の抵抗をすることもできずに、一瞬で命を奪われたのである。 これを悪夢と言わずなんと呼ぼう。 幾多となく敵と戦い、ヒデゥンスペクターとの不利な戦いにも果敢に立ち向かったカステルモール。 その彼が恐怖した。 八人のうち六人を殺したのは、男が騎乗していたモンスターだ。だが、それを優々と乗りこなし、最適な舵取りをしたのはメンヌヴィルだ。 付け加えて言うなら、最後の二人の攻撃は掛け値無しに最適だった。 最高のタイミング、最上の攻撃選択、最強の一撃であったはずだ。もし仮に自分が同じ局面に立ったとしたら、同様の攻撃を行ったことは想像に難くない。 だが、それをあの男は、何でもないことのように一蹴して見せた。 まるで飛び込んでくることが分かっているかのように背後へ攻撃を行い、そこから攻撃してくるのが分かっているように風の呪文に合わせて炎を放った。 それは、炎の怪物の脅威などよりも、ずっと恐ろしいことのようにカステルモールには思えたのだ。 (本当に恐ろしいのは、炎の怪物よりも、極限の戦闘技術を、息を吸うように駆使したあの男だ) カステルモールは氷のような冷たい目をしたその男を、大義もない、名誉も無い、栄光もない、ただ純粋な死と炎に彩られた魔人を、心の底から恐怖した。 「どいて頂戴」 気圧されたカステルモールの体を、そんな言葉と共に横へ押しやる者がいた。 前に出たのは、残り三人となってしまった決死隊の、名目上のリーダーであるキュルケだった。 「ミス・ツェルプストー、ここは一度引いて対策を練ってから出直すべきだ……」 カステルモールはカラカラに乾いてしまった口で、かろうじてその言葉が捻り出した。 「そいつの言うとおりだよ……あれは正真正銘の化け物だ。地力が違いすぎる。正面から戦って、どうにかなるような相手じゃない」 マチルダもカステルモールの言葉に同意した。 だが、キュルケは二人の言葉に薄く笑って返した。 「ミスタ・カステルモール、ミス・マチルダ、どうもありがとう。……でもね、私はあいつに出会ってしまった以上、もう後に退くことはできないの」 静かだが凛としてよく通る声で、キュルケは言った。 そのやりとりに興味を覚えたのか、メンヌヴィルもキュルケの方を見た。 その場にいる誰もが、自分の一挙一頭足に注目した。 そのことがキュルケには心地よかった。 ――キュルケは深く大きく息を吸う。 種火を大きくするときに、風を起こして煽るよう、体の隅々にまで空気を運ぶ。 すると心の中に燻っていた熱が、かっと一気に呼びさまされた。 熱い熱い、身を焦がすような熱だ。 そしてその熱に逆らうことなく、彼女は吠えた。 「メェェェェェェェンヌヴィルゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!」 大空洞に反響する叫び。 キュルケは吠えた。 「父と母を殺した男! やっと見つけた! ついに見つけた! このときを、どれだけどれだけどれだけどれだけ待ち望んだか! 」 心の赴くままに、怒りと憎しみに身を焦がし、キュルケは吠え狂う。 「絶対に、許さないっ!」 タバサが赤青のドラゴンと対決する意志を固めた同時刻。 アルビオン内大空洞においても、一つの戦いの幕が上がった。 自分を捨てて他人のために命を投げ出すことができるものこそ英雄だ。 ――モット伯からギーシュへ 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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前ページ次ページ世界最強コンビハルケギニアに立つ 日は沈み、二つの月が大地を照らしている。 カチャカチャという硬い音がルイズの部屋に響く。 部屋に存在しているのはルイズと暁の二人のみ。 ボーは使用人たちの宿舎に寝泊りすることにしており、夜はここにはいない。 ルイズはベッドに腰掛け、ぼんやりと暁を眺めている。 彼は先程から壁際でL字型の黒い金属の塊を分解していた。 何かの箱だったのだろうか、中からは様々な形の小さな金属が次々と出てくる。 ルイズには何をしているのか、そもそもそれが何なのかはさっぱりわからなかったが、 それらの細かい金属を布で拭いたりしているので、手入れをしているのだというのは漠然と理解できた。 「ねぇ、アカツキ」 「あん?」 作業を中断し、暁が顔を上げる。 ルイズはずいぶんと久しぶりに自分から話し掛けたような気がした。 昼間のボーとギーシュの決闘以来ずっと彼女は考え事をしていたので、会話らしい会話をしていなかったからかもしれない。 「あんたたちって、元の世界で何してたの?」 「お嬢さんは知らなくていいことさ」 質問の答えは返ってこない。 口調こそ柔らかいものの、それは明確な拒否である。 仕方なく、ルイズは質問を変えることにした。 「アカツキも、ボーくらい強いの?」 「どうだろうな」 「どうだろうなって……」 「お嬢さんはどう思う?俺はあいつくらい強いと思うか?」 少し楽しそうな笑みを浮かべながら暁が問いを返してくる。 どうやらルイズの反応を見て楽しんでいるようだ。 「……わかんない。強いんだろうとは思うけど」 なんとなくではあるが、暁も強いのだろうというのはルイズにも想像がつく。 だがボーと同じくらい強いと思うか、と問われると答えに詰まるのも事実だ。 それくらいボーという男の強さは現実離れしていた。 「まぁ、ボーの野郎は戦い方が無駄に派手だからな。 俺はあいつみたいに馬鹿正直に突っ込んでいくような真似はしないし、できない。 だが、ボーにできなくて俺にできることもある。劣ってるとは思わんね」 返ってきた答えは予想通りのものであり、別段ルイズを驚かせる類のものではない。 だが、それは彼女の心を少し重くする答えだった。 「あんたたちってたぶん、生半可なメイジよりよっぽど強いのよね」 ボーは最低レベルの『ドット』とはいえメイジであるギーシュをまったく問題にしなかった。 おそらくは『トライアングル』、下手をすれば『スクウェア』クラスのメイジでもボーには手を焼くだろう。 それどころか、負けるかもしれない。 暁の言葉を真実とするなら、強い使い魔をルイズが望み、実際その通り規格外の人間が二人も召喚されたことになる。 本来であれば喜ばしいことであるはずだが――その事実はルイズにとっては重かった。 「お嬢さんもしかして昼間からずっとそれで悩んでるのか? 俺たちを使い魔にするには自分がヘボ過ぎるんじゃないかって」 顔を上げていた暁と視線が交錯する。 「そんなこと――」 図星だった。 魔法が使えない『ゼロ』のルイズが異常に強い平民を召喚する。 それはある意味痛烈な皮肉と言えた。 もし弱ければ雑用として自分の身の回りに置くこともできたのかもしれない。 だが、暁やボーのような規格外の人間をたかだか見習いのメイジであるルイズはどう従えればいいのかまったくわからずにいた。 「気にするな」 「え?」 暁は既に視線を下に落とし、ルイズの顔を見るでもなく作業を再開している。 まるで、その程度の話題だと言わんばかりに。 「どんなヘボでも主人は主人だ、ちゃんと従うさ。ボーの命の分働くって言っちまったしな」 少し嫌そうな響きを含んではいたものの、暁の言葉に少しだけ気持ちが軽くなる。 そして心に余裕ができたせいで、少しだけムッとした。 「……ヘボってどういう意味よ」 「そのままの意味だ。悔しいならさっさと魔法を使えるようになるんだな」 ルイズの反応が面白かったのか、暁が喉の奥で笑う。 「あんたねぇ、もう少し主人に対する礼儀ってもんがあるでしょう!」 ルイズは吼えた。 その表情が赤いのは怒っているせいか恥ずかしがっているせいか、ルイズ本人もよくわかっていない。 いや、わかりたくない。 いずれにせよ暁の人を喰ったような態度のせいなのは間違いないのだが。 「やっぱり面白いなお嬢さんは。気が強いんだか弱いんだか」 心底面白い、といわんばかりに暁が笑う。 作業のほうは完全に中断している。 本腰を入れて自分をからかうつもりなのだろうとルイズは推測した。 「……もしかして主人に対する礼儀から教えなくちゃならないかしら?」 無理矢理笑顔を作り、暁を見下ろす。 どう見ても引きつっているのだが、ルイズとしては微笑みかけているつもりであった。 当の暁はというと、肩をすくめ『結構だ』と苦笑した。 「まぁ、そのうち出て行きかねない俺のほうはどうでもいいが、ボーには感謝しとけよ。 あいつはたぶんお嬢さんが気に入ってる。とうぶん付き合うつもりなんじゃねーかな」 「え」 おそらく、この瞬間のルイズの表情はひどく微妙なものだっただろう。 強い使い魔――正確には契約していないが――に気に入られるというのはうれしいことである。 問題があるとすればそれがボーだということ。 あの無意味に暑苦しい男に気に入られるのは……どうなのだろう。 ルイズは数瞬悩んだ後、結論を出した。 「あんたも付き合いなさいね」 「ボーへの感謝の気持ちは無しか」 「感謝はもちろんするけど、ボーだけが使い魔なんて精神的にもつわけないでしょ」 ルイズはため息を吐いた。 それに対し暁が浮かべたのは呆れたような、それでいてどこか納得したような苦笑だった。 「アカツキはよくボーとコンビなんて組んでられるわよね。私には無理だわ、絶対」 「好きで組んでるわけじゃないさ」 ルイズよりも大きなため息。 「コンビだってあいつが勝手に言い出したことなんだぜ。 そもそもあいつと知り合ってまだ数ヶ月ってとこなんだがなぁ」 どこか遠くを見つめながら暁が言葉を紡ぐ。 その顔には疲れた笑みが張り付いており、苦労しているのだろうというのが容易に想像できた。 「……苦労してるのね」 「まぁな」 ルイズはそれ以上の慰めの言葉が浮かばなかった。 ボーの傍らに居つづけると言うのはそんなに疲れることなのだろうか。 ――間違いなく疲れるだろう。 悩む必要性のない疑問の答えは一瞬で出た。 二人の間に微妙な空気が流れる。 「……まぁ、見た通り実力はあるし裏表の無い男だから信頼はできるんだがな」 暁は再び下を向き、作業を再開した。 「暑苦しいし見事な自己中だが、悪い男じゃない。お嬢さんもじきに慣れるさ」 「あんたが言っても説得力ないわよ」 違いない、と暁が笑う。 それでも、二人の間に信頼関係があるのはルイズにもわかった。 お互いを認め合っているような、そんな空気。 ――自分も、いつか彼らに認めてもらえる日が来るのだろうか。 そんなことが頭をよぎったが、強く首を横に振る。 自分は彼らの主人である。 認めてもらうのではなく、認めさせなければならないのだ。 「絶対にあんたたちを従えられる力を持ったメイジになってやるわ」 「俺がいるうちになれるといいな」 愉快そうな暁の表情を眺めながら、ルイズもまた笑みを浮かべた。 コンコン。 暁がちょうど手元の金属の塊を組み立て終わった時、ルイズの部屋のドアがノックされた。 「誰かしら」 ルイズが怪訝そうな表情を見せる。 まださほど遅い時間ではないものの、育ちのいい子供なら寝ててもおかしくない時間である。 コンコン。 もう一度ノックの音。ルイズがベッドを降り、ドアのほうへと向かった。 当然ながらドアにはカギがかかっている。 もっともカギがかかっていなくても、貴族のご息女が無断で部屋に侵入してくる姿など想像できないが。 「誰?」 問いかけに対する返事はない。 考えにくいことだが、あまりよろしくない来訪者かもしれない。 そう思い、暁もゆっくりと腰を上げようとしたとき、扉の向こうから聞き覚えのある声がした。 「あれ?タバサじゃないか、こんなところで何をしてるんだい?」 それは昼間ボーと決闘した変な少年――ギーシュの声だった。 ルイズがドアを開くと、そこにはギーシュと暁の知らない少女がいた。 青みがかった髪の眼鏡をかけた少女。 年齢はルイズと同じかそれ以下に見える。 その顔にはおおよそ感情と言うものが浮かんでおらず――どこか虚ろでぼんやりとした印象の少女であった。 教室で見たような気はしたが、こうしてしっかり見たのは暁にとっては初めてだった。 「ギーシュと……タバサだったかしら?何してるのよこんなところで」 どちらもルイズとはあまり仲の良いわけではない――タバサに関して言うなら話したことすらない――人物である。 そんな二人が今現在、ルイズの部屋の前にいる。 「ギーシュは何?お礼参り?」 ルイズは目を細め、ギーシュを見た。 彼はそれを慌てて否定する。 「いやいやいや!そんなわけないじゃないか!君の中で僕はどれくらい見苦しい男なんだよ!」 「見たまま」 「見たままね」 「君たち酷くないかい!?」 タバサとルイズの容赦ない言葉が胸に突き刺さったようで、ギーシュはよろめいた。 見ている分には面白い男だなぁ、と暁は思った。 関わり合いにならなければ面白いというのはボーに通じるものがあるのかもしれない。 「僕は君の使い魔の二人と話しがしてみたくてはるばる女子寮までやってきたのさ。 部屋の前に着いたらタバサがいて少し驚いたよ」 気を取り直して、といった感じでギーシュが自らの用件を述べる。 何故しゃべるのにいちいち細かく、しかもキザったらしく動く必要があるのか暁には疑問だった。 ……そこは気にしてはいけないのだろうか。 「ボーはここにはいないわよ、あいつは使用人の宿舎で寝泊りしてるみたいだから」 「そうか……師匠はいないのかぁ」 数秒の間。 『師匠?』 暁とルイズの声が見事にハモる。 二人の表情は全力で『何言ってるんだお前』と言っていた。 むしろ口に出さなかったことを褒められるべきかもしれない。 そんな二人の表情を気にせず、あるいは気付かずにギーシュは続ける。 「そう、師匠。いやぁ、僕は彼の振舞い、言動、力強さに感銘を受けてね。 彼は平民だそうだけど、僕は彼に貴族のあるべき姿を見たんだよ。 ああ無論父上のことは尊敬してるし、父上のようになりたいとも思っているよ。 でもあのボー・ブランシェという人物から感じたのはもっとこう、違う何かだったのさ。 例えて言うなら物語の中の英雄が目の前に飛び出してきたかのような――」 「もういい、もういいから。わかったから」 熱っぽい表情で嬉々として語りつづけるギーシュをルイズが遮る。 左手で頭を押さえているのは、おそらく頭痛に耐えているからだろう。 暁も当然ながら頭痛がした、それも相当酷い。 タバサは相変わらずの無表情だが、明らかに先程よりギーシュと距離を置いて立っている。 「で、タバサは何の用?」 ギーシュから目を逸らし、ルイズはタバサに問い掛ける。 「聞きたいことがある」 そう言いながらタバサが暁のほうを見る。 二人の目が合う。 暁にはそれが何かを期待している目に見えた。 タバサのような少女に期待されることなど、暁には心当たりがなかったが。 「とりあえず二人がどんな場所からきたのか、とかいろいろと興味があるんだ。 ルイズ、君さえよければ彼と話させてくれないかい?」 ギーシュの言葉にタバサがコクリと頷く。 二人の期待に満ちた視線を受けながら、ルイズは何かを迷っているようだった。 ああ、と暁は苦笑した。 ルイズにはいままで夜に部屋を訪ねてくるような友人も恋人もいなかった、それはおそらく間違いない。 だからこういう場面でどうしたらいいのかわからないのだろう。 そんなことを考えながらルイズを眺めていると、振り向いた彼女と目が合った。 「……何よ」 「いや、別に」 ルイズはしばらく露骨に不服そうな表情で暁を見つめていた。 そしてため息とともにギーシュとタバサのほうへと振り向く。 「いいわよ、こんな使い魔でよかったらいくらでも話させてあげるわ」 「おお、すまないねルイズ」 「感謝」 その言葉にギーシュがうれしそうな表情を浮かべる。 タバサのほうも心なしか微笑んでいるようにも見えた。 「立ち話もなんでしょ、入って」 おそらく照れているのだろう、若干顔を赤くしながらルイズは二人を部屋に招き入れる。 そんな彼女の様子を暁は面白そうに眺めていた。 前ページ次ページ世界最強コンビハルケギニアに立つ
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前ページ次ページサーヴァント・ARMS さて、学院と名前がつく以上、朝食の時間が終われば今度は授業である。 魔法学院の教室は小中高校のような長方形の構造ではなく、1列ごとに段がある大学の講義室に近い。 講義用の教卓と黒板が1番下の段で、階段の様に席が続いているのだ。 涼とルイズが教室に入っていくと、先に教室に来ていた生徒達が一斉に振り向き、そしてクスクスと笑い始める。 食事の時に分かれたキュルケも居た。周りを男子が取り囲んでいる。 容姿から簡単に想像がついたが、案の定クラスではアイドル扱いされているようだ。少し離れた席で腕組みして隼人が静かに座っている。 ………違う。居眠りしていた。 その後ろの席には黙って本を読んでいるタバサがいて、その隣に武士が居る。 サーヴァント・ARMS:第3話 『授業』スクールレッスン その外の生徒は皆、様々な使い魔を連れていた。 フクロウもいればデッカイヘビもいるし、カラスも居れば猫もいる。 中にはバシリスクだの目の玉お化けなバグベアーだの蛸のような人魚のようなスキュアだのとファンタジーど真ん中なのもいた。 もっとも涼達の場合は更にとんでもない物――隕石そっくりな地球外生命体やサイボーグやナノマシンや超能力者や、果てには全長100mを超えそうなだい怪獣(しかも中身は涼自身)や何やらかんやら―― ――は嫌って程見てきたので、今更こんな生物見ても大して驚けない。ちょっと夢が無いかもしれないが仕方が無い。 今度は食堂とは違い、ルイズの許しを貰って涼は席に座る事が出来た。 その時ルイズがチラチラと隼人の方を見ていたので、理由はバレバレである。 扉が開いて、教師が入ってきた。 紫色のローブに身を包んで帽子を被った人の良さそうな中年の女性である。カツミの母親――もっとも涼達と同じで血は繋がっていないが――を思い出した。 彼女は教室を見回すと、満足そうに微笑んだ。 「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。 このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 シュヴルーズの視線が涼、隼人、武士の順に移る。 「おやおや、ミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ。変わった使い魔を召喚したものですね」 「お褒めに預かれて光栄ですわ、ミス・シェヴルーズ」 皮肉を込めてキュルケが答えた。隼人はまだ寝ている。 ルイズは俯いている。涼は教師があまりそういう事言うのは拙いんじゃないか?と思った。 タバサは教師がやってきたのも気にせずまだ読書中である。武士は居心地が悪そうに身じろぎした。 この辺りで誰かから「召喚できないからってその辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」なんて冷やかしが入りそうなものだったが、今回に限って入りはしなかった。 『ゼロ』と呼ばれて落ちこぼれ扱いのルイズだけならともかく、トライアングルクラスの実力者であるキュルケとタバサも召喚したのは同じような平民(?)の少年。 下手すると2人にもケンカを売った事になりかねないから言いたくても言えないのである。 世界が変わろうが、基本的に己より上の実力者相手だと弱腰なのは変わらないという事か。 なんともはや。 「では、授業を始めますよ」 シュヴルーズが杖を振ると、あまりにも唐突に石ころがいくつか現れた。 種も仕掛けもありません、とはこの事か。 話す内容はどうも復習的な内容らしく、それぞれの系統の魔法についての説明だった。 この世界の魔法がどんな物か分からない涼達にとってはかなりありがたい。・・・まだ居眠り中の隼人はともかく。 曰く、魔法には四大系統というものに分けられる。つまり火、水、風、土の四つの系統に。 後は失われた系統として5番目に虚無というのがあるとか。最近のファンタジーゲームよりはよっぽど単純だ。 魔法というものはこの世界ではどうやら科学技術のかわりとして重宝しているらしい。 ――けどそれだと、ある意味俺らが召喚されたのってとんでもない皮肉だよなあ―― なにせ涼達は最先端の科学技術で生み出され、科学技術(とその他諸々)によって生まれたARMSを体内に宿している身だ。 ま、彼達の在り方にそんな事さっぱり関係ないのだが。 とりあえずこの世界の技術レベルが中世ヨーロッパ並みな理由がなんとなく分かった。 シェヴルーズが再び杖を振ると石ころが光りだして、光が収まるとそれは輝く金属に変貌していた。 キュルケが金だと勘違いし過剰反応を起こしていたがそれは割愛。 ルイズに聞いてみると、いくつ系統を足して魔法を使えるか、その数によって魔法使い――メイジのレベルが決まるんだとか。 そんな風に涼がルイズの話を聞いていると、シェヴルーズに見咎められてルイズがご指名を受けた。 その瞬間、涼は確かに教室中の空気が凍りついたのを感じた。 別にバンダースナッチが室温を-273℃まで低下させた訳ではない。 慌ててキュルケが立ち上がって声を上げた。何でか声が少し震えている。 「先生!」 「なんです?」 「やめておいた方が良いと思いますけど・・・」 「どうしてですか?」 「危険です」 即答だった。生徒の殆どがクラーク達並にぴったり息を合わせて頷いた。どういう事かさっぱり分からないのは涼と武士だけだ。 隼人はやっぱり寝ていた。 しかしキュルケの説得は実らず、ルイズが教卓の元へと向かっていく。 『・・・高槻涼よ、この者達は一体何を恐れているのだ?』 「さあ、俺にもわからん・・・」 相当ろくでもない事が起こると予想・・・どころか確信しているらしい。 前の方の席の生徒は魔法で防壁みたいな壁を作っているし、後ろの方は机の下に隠れて耳を塞いでいる。タバサは武士を連れて教室から出て行った。 ――何だか爆発でも起きるみたいな・・・って、爆発?まさか―― 気がつくともうルイズが杖を振り下ろそうとしていたので、涼は慌てて立ち上がった―――― 次の瞬間、教卓が文字通り『木っ端微塵』に爆発した。 爆風に耐え切れず、防壁は吹き飛ばされた。 その陰に隠れていた生徒もなすすべなく床に叩きつけられた。 驚いた使い魔たちが暴れだした。悲痛な鳴き声。生徒の悲鳴、絶叫、怒号。 阿鼻叫喚、死屍累々―――後者はともかく、文字通りの大パニックである。 そして爆心地に居たルイズとシェヴルーズは爆発をもろに受けて――― 「・・・・・え?」 「こ、これは・・・」 「ふう、間に合って良かった」 ―――いなかった。 左右それぞれルイズとシェヴルーズを脇に抱える形で、涼が爆心地から離れた教室の隅に居た。 ――すこし久々だったから出来るかどうか判らなかったけど、高速移動が使えて良かった―― 少々煤にまみれてはいるが、3人とも怪我は無い。 「何だ!?何が起こった!?」 「だから言ったのよ!あいつにやらせるなって!」 「もう!ヴァリエールは退学にしてくれよ!」 「俺のラッキーがヘビに食われた!ラッキーが!」 「ちくしょう!だから『ゼロ』のルイズにやって欲しくなかったんだ!いつもいつもとんでもない失敗しやがって!」 ………もっとも、周囲は反比例して被害甚大だが。 ちなみに最初のセリフはようやく目覚めて状況把握が出来ていない隼人のものである。 ――あー、もしかして『ゼロ』って、魔法の成功率ゼロだからだったりするのか?―― 実はドンピシャな推測を立てた涼がルイズとシェヴルーズを下ろしたその時、キュルケから何が起こったのか聞いた隼人が思わず叫んでいた。 「こんのバッキャロー!!ドジ踏むならもうちょっとマシなドジ踏みやがれ!」 それは隼人の短気な性分と、昨日からのルイズの―特に涼に対しての―横暴とも言える振る舞いに対する悪感情から放たれた言葉だったが。 今回ばかりは、タイミングが悪すぎた。 ――隼人、追い討ちをかけないでくれよ―― すぐそっぽを向いたお陰でほんの一瞬だが、ルイズの瞳に浮かんだ涙に気付いた涼は、額を押さえて思わず天を仰いだ。 空は、見えなかったが。 「・・・これって、どう収拾つければいいのかなあ」 「無残無残」 結局教室が破壊されたために授業は中断。 一部の生徒や使い場がパニック性の極度の興奮状態に陥ったので、結局今日の授業はお開きとなった。 他の生徒は昼食を取りに行ってしまったので、今教室に居るのはルイズと涼だけである。罰として教室の片づけを命じられたのである。 隼人や武も手伝おうとしたのだが、シェヴルーズに止められたので渋々キュルケやタバサと共に立ち去った。 これは罰なので、他の人が手を貸すのは矯めにならない、という事だろう。 もっとも結局清掃業者が勧誘したくなりそうな手際の良さでテキパキ教室の後片付けを終わらせたのは涼であって、ルイズは単に机を拭いた程度なのだが。 「これでよし。それじゃあ昼飯食べに行くか、ルイズ」 「・・・・・・・・・・何も言わないの」 「ん?何がだ?」 「だから!魔法に失敗した事よ!」 いきなりルイズは爆発した。物理的ではなく感情的に。 「バカにしたいならすればどーなの!そんな言われた通り黙々とやってないで!言いたい事があればハッキリ言ってみなさいよ!!」 「別にそんな事いきなり言われてもなあ・・・それに俺はルイズの事バカにするつもりなんて、これっぽっちも無いぞ?」 「ありきたりな嘘つかないで!あんたも思ってるんでしょ?貴族なのに、メイジなのに魔法が全然使えないって! 私だってね、好きでいつもいつも失敗してるんじゃないのよ!本も毎日何冊も何冊も読んだ!魔法の練習も勉強も人一倍やってきた! なのに爆発ばっかり・・・何で・・・何でなのよ―――――・・・・・・」 血を吐くような叫び。 それは努力も実らず、努力を誰にも認めて貰えずにいたルイズの独白。 だが、それは。 「・・・あのさ、ルイズ」 今日この日。その想いは実り始める。 「俺が認めるよ、ルイズの事」 「・・・・・え・・・?」 「だってさ、ルイズは俺を召喚したんだろ。『コントラクト・サーヴァント』って『魔法』で。それならさ、ルイズも魔法が使えたってことじゃないのか」 「でも・・・あんた、平民じゃない」 「んー、まあある意味その通りなんだけどな―――『ただ』の平民じゃないんだよ、これでも」 自画自賛は涼の趣味ではないが、嘘は言っていない。 ただの人間として平穏な人生を送るために、涼達は戦ってきた存在なのだから。 「はぁ?どういう意味よ」 「まあその時がもし来たら教えるからさ、とりあえず元気出せって。きっと昼飯食べたら元気も出るぞ」 「・・・わかったわよ。その前に、厨房に寄るわよ」 「何でだ?」 「・・・あんたの分の食事。申し越しマシなの出してあげるから、か、感謝しなさいよね」 「・・・ああ、サンキュ」 「ところで授業の時にあんた、いつの間にか私とミス・シェヴルーズを抱えてたけどあれって一体どうやったの?」 「ああ、あれか?まあ簡単に言えば俺の中の『力』の1つって感じだな」 先に厨房へと向かうため、食堂の前を通り過ぎた時にその声は聞こえてきた。 「いいだろう!!君に決闘を申し込む!!」 「上等だぁ!!相手んなってやる!!」 『うおおおおおおおおおっっ!!!』 「ちょっと、ケンカは良くないよ隼人くーん!!」 「・・・何だコリャ」 「それはこっちのセリフよ」 前ページ次ページサーヴァント・ARMS
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前ページ次ページ萌え萌えゼロ大戦(略) 「……これは……なんということだ」 夜闇のニューカッスル上空。高度6000メイルの高空に、風竜に騎乗し、 漆黒の装束に身を包んだ一人の竜騎士がいた。 彼の名はギンヌメール伯爵。トリステイン王国竜騎士隊第2大隊の隊長である。 トリステイン王国の航空戦力でも唯一『風の門』付近まで達する高高度と、 風竜以上の速度を想定した高速度の敵に対応できる訓練を積んだ彼の部隊は、 銃士隊隊長アニエスがラ・ロシェールに派遣された直後に極秘裏に アンリエッタ姫よりニューカッスルの強行偵察を命じられていた。 そこで、隊長である伯爵自らが将校斥候として先頭に立っていたのだった。 逆を言えば、彼を含め数人の騎士くらいしか、この任務を無事達成できる 見込みがなかったとも言える。 ガリア南薔薇騎士団による埋葬が昼夜の別なく行われているそこは、 真夜中でもあちこちで埋葬の炎が灯っている。『遠見』の魔法により 天幕に描かれた交差する二本の杖――ガリア王国の紋章を確認した伯爵は、 炎に照らされた消し炭となった骸たちの多さに、思わずうなる。 「姫殿下のおっしゃったことは事実だったか……。しかし、これは……。 タケオ、まさか、これはお前の国の兵器のなせる業か……?」 伯爵の問いかけに答えるものはいない。高高度強行偵察を成功させた 伯爵は、発見されないうちに騎竜の翼をトリステインに向ける。全速で 飛ばせば一日もあればトリスタニアに到着する。この情報を早く届けねば……と、 そこまで考えたとき、思考よりも先に体が手綱を引いていた。目の前を 火線が通過する。そこに、上空から悪魔のような囁きが聞こえた。 「……へぇ。ボクの攻撃を躱すなんて……ナマイキ」 伯爵は振り返ることもせず、騎竜を一気にダイブさせる。 幸いニューカッスルはアルビオン浮遊大陸の端にある。浮遊大陸の地表 ぎりぎりまでジグザグ降下し、そこからさらに海上まで一気に高度を落とす。 ニューカッスルにいる南薔薇騎士団には発見される危険性があるが、 生還できなくては意味がない。風竜が悲鳴を上げるが、それでも伯爵は 手綱を緩めない。 「もう少しだ、シャルル!こらえてくれ!」 伯爵が海上に達したとき……彼を追ってくるものはなかった。 朝靄のラ・ヴァリエール城。その前庭に竜籠が降り立つ。アンリエッタ姫が 愛用しているような、また魔法学院に備え付けられているようなアルビオン産の 深紅の絨毯ではなく、トリステインの伝統的な緋毛氈が竜籠の扉の入り口まで 敷かれ、籠の中から降りてきた初老の貴族を迎える。 ラ・ヴァリエール公爵。年の頃は五十を過ぎ、白くなり始めたブロンドの髪と 口髭を揺らし、王侯もかくやとうならせる豪華な衣装に身を包んでいた。 その左目には片眼鏡が嵌り、鋭い眼光をあたりにまき散らせている。 つかつかと歩く公爵に執事が取り付き、帽子を取り、髪を直し、着物の袷(あわせ)を 確かめる。公爵は渋みがかったバリトンで「ルイズは戻ったか?」と尋ねた。 その言葉に、長年ラ・ヴァリエール家の執事を務めているジェロームは、 恭しく一礼すると、「昨晩お戻りになりました」と答えた。 「朝食の席に呼べ」 「かしこまりました」 ラ・ヴァリエール家の朝食は、日当たりの良いこぢんまりとしたバルコニーで 取るのが常である。その日もテーブルが引き出され、陽光の下に朝食の席が しつらえられた。上座にラ・ヴァリエール公爵が腰掛け、その隣に夫人が並ぶ。 そして珍しく勢揃いした三姉妹が、歳の順番にテーブルにつく。 ルイズは昨夜ほとんど寝ていないためふらふらの体である。その横で カトレアがいつもより体調が良さそうに見えるのとは対照的。 なお、ふがくはこの朝食の席には参加していない。招待されなかったと いうのが一番の理由だが、カトレアに誘われたときにも、特に感情を込めず 「久しぶりなんだし親子水入らずで楽しむのもいいと思うけど」と言った その言葉を、ルイズが内心恨めしく思っていた。 公爵は、かなり機嫌が悪い様子だった。 「まったくあの鳥の骨め!」 開口一番。公爵は枢機卿をこき下ろす。その言葉に、夫人は表情を 変えずに夫に問うた。 「どうかなさいましたか?」 ルイズはいつ自分に御鉢が回るか気が気でない。けれど、父が枢機卿と 会ったのは、自分が王宮を辞してからだったようだ。もし王宮で顔を 合わせていたらと考えると、そのまま卒倒してしまいそうになる。 「このわしをわざわざトリスタニアに呼びつけて、何を言うかと思えば…… 『一個軍団編成されたし』だと!ふざけおって!」 「承諾なさったのですか?」 「するわけなかろう! すでにわしは軍務を退いたのだ。わしに代わって兵を率いる世継ぎも 家にはおらぬ。何より、その理由が気に食わぬ!」 「理由とは?」 夫人はあくまで表情を変えない。その様子に、公爵はやや気持ちを 落ち着かせた。 「うむ……鳥の骨が言うには、三日前、アルビオンのニューカッスルにて 王党派の最後の反撃が行われたらしい。すでに簒奪者どもが公表したように、 その戦いでテューダー王家は滅亡したというのだが……。 鳥の骨め、何が『その戦いで貴族派は五万の陸兵と二隻の軍艦を失い、 旗艦を含む敵主力艦隊も大破した』だ。たった一隻の戦列艦しか持たぬ 王党派にそのようなマネができたなど信じられるものか!しかも貴族派の 再編成が完了する前に一気にロンディニウムを陥落させ王権を復興するなど、 何を馬鹿なことを!」 テーブルを叩く公爵。ルイズが真実を話すべきかおろおろし始めたとき、 カトレアがそっとテーブルの下でルイズの手を握った。 「なるほど。でもよいのですか?祖国は今、一丸となって仇敵を滅すべし、 との枢機卿のお触れが出たばかりではありませんか。ラ・ヴァリエールに 逆心あり、などと噂されては、社交もしにくくなりますわ」 そうは言いながら、夫人はずいぶんと涼しい顔をしていた。 「あのような鳥の骨を『枢機卿』などと呼んではいかん。骨は骨で十分だ。 まったく。あまつさえ、鳥の骨は姫殿下に速やかなる即位まで進言しておる。 それに加えアストン伯などトリステインに逃げおおせたアルビオン王党派残党の 庇護を引き受けてまで鳥の骨に賛同しておる有様。そのようなことをせずとも、 アルビオンなど、空域封鎖で干上がらせればなんの問題もなく陥落するわ!」 違う――それまで黙っていたルイズが、わななきながら口を開いた。 「と、父さまに、伺いたいことがございます」 公爵はルイズを見つめた。 「いいとも。だが、その前に、久しぶりに会った父親に接吻してはくれんかね。 ルイズ」 ルイズは立ち上がると、ととと、と父に近寄り、その頬にキスをする。 それからまっすぐに父を見つめ、尋ねた。 「どうして父さまは枢機卿のお言葉が嘘だと思われたのですか?」 「常識的にあり得ないからだ」 「王党派に援軍が現れたとか、新しい武器を使ったとか、お考えにならないの ですか?」 「どこの国が援軍を差し向けたと言うのだ?それに……いいか?」 公爵は皿と料理を使って、ルイズに説明を始めた。 「『攻める』ということは、圧倒的な兵力があって初めて成功するものだ。 王党派は三百。貴族派は五万。それに艦隊支援もある」 かちゃかちゃと器用にフォークとナイフを動かし、公爵は肉のかけらで 軍を作る。 「攻める軍は、守る側に比べて三倍の数があってこそ確実に勝利できる。 これほどの戦力差、もはや三倍どころの話ではないことが分かるだろう?」 「でも……」 公爵はルイズの顔を覗き込んだ。 「これほど戦力差が開いては、たとえどんな新兵器を投入したとしても、 勝敗は覆らないのだ。そして、それは我がトリステインがアルビオンを 攻めるとした場合にも言えるのだ。我が国がゲルマニアとの同盟を果たしたと して、その兵力は六万にしかならぬ。それで、もし攻めて失敗したら なんとする?その可能性は低くないのだ」 ルイズはここにふがくがいないことが悔しかった。父の言うことは正論だ。 ハルケギニアの常識の範囲では。だが、ふがくやルーデル、それに敵として 襲ってきたあの双子のような『鋼の乙女』は違う。もしかすると、枢機卿は ふがくを見たからこそ、先手を打つことを考えたのかもしれなかった。 「父さま……」 公爵は、そこまで言うと立ち上がった。 「さて、朝食は終わりだ」 ルイズはぎゅっと唇をかみしめて、たたずんだ。 「ルイズ。お前には謹慎を命ずる。しばらくこの城で頭を冷やすことだ。 わしが良いと言うまで、この城から出ることは許さん」 「待って!」 ルイズは叫んだ。公爵は震えながらも自分をまっすぐに見つめる娘に 正面から向かい合った。 「なんだ?話は終わりだと言っている」 「ルイズ……?」 エレオノールが、もう止めなさいとばかりにルイズの裾を引っ張った。 カトレアも、そんなルイズを心配そうに見ている。 「……わたしなの」 「何?」 「わたしが命じたの!ふがくに、五万の敵を焼き払えって……!」 ルイズは顔を上げた。その顔は涙で濡れている。 「ルイズ!?あなた、何を言っているの!?」 エレオノールが信じられない顔をしている。 「ねえ、父さま。父さまは、黒い雨に打たれたこと、あります? 人がいっぱい燃えると、その後に黒い雨が降るの。 でも……、その雨でも、ふがくが放った火は消えなかった!ふがくが 爆弾で区切った中に、燃えるものがなんにもなくなるまで!」 その言葉で、公爵の目の色が変わった。夫人も、エレオノールも。 カトレアだけが、そんなルイズを慈しむような目で見ている。 公爵は、ルイズの前に向かうと、膝をついて娘の顔を覗き込んだ。 「……お前、一体何をしてきたのかね?」 「ルイズ、まさか……姫殿下のお願いって……」 エレオノールが両手で口元を押さえながら言った。こくりと、ルイズは頷いた。 そして、ゆっくりと話し始める。 「わたし、姫さまのお願いで、アルビオンに行ったわ。そのときにギーシュ…… ミスタ・グラモンにも話を聞かれちゃったから、ふがくに一緒に連れてって もらって。 姫さまの密書を皇太子さまに渡して、手紙を受け取って……それで帰れば よかった。でも、姫さまの密書には絶対皇太子さまの亡命について 書かれているって思ったから、亡命してもらうために、ふがくと、 途中で一緒になったルーデルに敵を焼き払えって……命令したの。 ……でも、あんなつもりじゃなかった、間違ってたって気づいたけど、 中止させられなかった。わたし……なんであんなこと言っちゃったんだろうって……」 公爵はルイズを抱きしめた。力強く、無言のまま。 誰も一言も言葉を発しなかった。そうしてしばらく時間が経ち…… 公爵は立ち上がる。 「……わしは、王家に杖を向けなければならぬかもしれぬ。 これはグラモン元帥も同様であろうな。ジェローム!」 公爵の言葉に、「はっ!」と執事が飛んできて、公爵の脇に控える。 「『フガク』とか言ったな。その者は今どこにいる?」 「父さま。『ふがく』ですわ。あの子なら、あの尖塔の上に」 そう言って、カトレアは昨夜ふがくが昇った城で一番高い尖塔を指さす。 「あの子はわたしたちが一番理解しやすいものにたとえればガーゴイル……。 とはいえ、それは単純にわたしたちが理解しやすいものというだけで、 普通に感情を持ち、そればかりか祖国では士官と同じ扱いを受けていると 聞きました。それなのにわたしたちがあまりに酷い扱いをするのですもの。 だから昨日の夜からずっとあそこに。朝食にわたしが誘ったんですが、 招待されていないからって……」 「カトレア。それについては昨夜新しい部屋を用意させたはずですが?」 夫人の言葉に、カトレアはゆっくりと首を振る。 「母さま。これがたとえばガリアの士官、ロマリアの神官に同じことを したとして、ただ部屋を替えた、それで許せ……となるでしょうか? 確かに、あの子はガーゴイルのような存在で、ルイズの使い魔として 召喚されました。でも、元の国でそれなりの扱いを受けていたものを、 遠い国に召喚され、使い魔にされたからといって、下僕以下に扱って よいとは、わたしは思いません」 「むう……」 うなる公爵。カトレアはさらに続ける。 「それに、ルイズの言葉も嘘ではないと思います。実際に、わたしは 昨晩ふがくと一緒にルイズが見たのと同じ、『風の門』を越えた向こう、 二つに分かれた空を見せてもらっていますもの」 「でも、カトレア!どう考えても、たった一晩で魔法学院からアルビオンへ たどり着くなんて……国で一番速い風竜でも無理よ!」 エレオノールの言葉に、カトレアは再び首を振る。 「ふがくの速度は、わたしを気遣ってくれても竜籠が馬車に思えるくらい。 とっても速いのよ、姉さま」 「……『風の門』の向こう側。あなたたちはそれを見たというのね? カトレア。ルイズ」 そう言って夫人はカトレアとルイズを見る。その目には娘を心配する 様子がありありと見えた。 「……カトレア。『風の門』を越えたとき、気分はどうでした?」 カトレアは一瞬質問の意味を量りかねた。だがそれが自分の体調を 聞いているのではないと判断し、こう答えた。 「少し空気が薄くなった感じはしましたけれど、暖かく、晴れ晴れとした 気分でした」 「ルイズは?」 「わたしは……ただ空が美しいって思って……。でも、特におかしな ところはありませんでした」 夫人はしばらく瞑目する。そして静かに言った。 「……『風の門』に達する時点で、すでに魔獣や幻獣が飛ぶための魔力は 乏しくなり、鍛えた者でなければ息をすることも苦しい状態になっている はずです。それに『風の門』の正体は、東に向かって荒れ狂う乱気流 ――フネですら、あっという間にバラバラになってしまうほどのもの。 ましてその先に達すれば、体は凍り付き、口や鼻、耳から血を吹き出し、 意識を失いかねません」 「ふがくもそんなことを言っていましたわ。でも、自分と一緒にいるから 大丈夫だと」 カトレアの言葉に、夫人は視線を尖塔の上にいるふがくに向ける。 そして、言った。 「わたしも興味がわいてきました。それに、家を預かる者として、他国の 士官待遇を受ける者への非礼は詫びねばなりません」 それからまもなく。ふがくがカトレアとルイズに呼ばれてバルコニーに 降り立ったとき――そこに予想もしなかった来客が訪れる。 「……ワルド子爵か?一体何事だ」 公爵は無礼を承知でバルコニーに舞い降りたグリフォンに騎乗する 貴族の名を呼んだ。 ワルドは公爵夫妻に無礼を謝罪すると、居住まいを正した。 「アンリエッタ姫殿下よりの伝言をお伝え致します」 「姫殿下の……?」 そう言ったのは公爵夫人。魔法衛士隊の一角であるグリフォン隊の 隊長自らが急ぎやってくる事態など、ただ事ではない。 「はい。すでにご承知のことかと思われますが、先日、ルイズが姫殿下に 報告したニューカッスルの件で、姫殿下は銃士隊を脱出した王党派を 救助したフネが帰港したラ・ロシェールに向かわせた直後、竜騎士隊 第2大隊にニューカッスルの強行偵察を命じられました。 その結果、ルイズの言っていたことが証明され、王宮にて緊急臨時閣議を 開くべく諸侯の招集を命じられました」 「なんだと?では、鳥の骨はわしに軍編成を要求する前にルイズに会って いたというのか?」 公爵の言葉に、ワルドは短く「はい」と答えた。 「ニューカッスル城郭の周辺は、城郭が無傷なことが信じられないほどの 有様だったとのこと。また、ガリア南薔薇騎士団がニューカッスルにて 救護活動を行っていることも判明。 今回の件、枢機卿猊下ではなく姫殿下自らが先頭に立つご様子です。 閣下、急ぎ王宮へ」 「わかった。ジェローム!」 公爵は執事を呼び、竜籠の用意をさせる。慌ただしく公爵が王宮に 向かった後、それを見送ったワルドに夫人が話しかけた。 「ご苦労でした。ワルド子爵。あなたもずいぶんと出世したものね」 「いえ。今回はルイズのおかげです。そうでなければ、僕がまだ王宮で 何かできるような立場にはありません」 その言葉には嘘があった。確かにアンリエッタ姫は竜騎士隊に強行偵察を 命じた。しかし、平行してシンからニューカッスルの状況に対する報告は 受けていた。アルビオンに潜入していたエージェントは、シンだけではない。 ニューカッスルから脱出した貴族にも、テューダー王家につながる アンリエッタ姫に協力する者はいたのだった。そして、ワルド本人も、 今は『ゼロ機関』のエージェントとして動いていた。 「ですが、こうなれば……ルイズの言葉を信用しないわけにはいきませんね」 そう言って、夫人はふがくに向き直る。そして、頭を下げた。 「今回の非礼、誠に申し訳なく思っております。できれば、あなたが 国に戻られたときにも、ラ・ヴァリエール家、いいえ、トリステイン 王国が敵意を持って迎えたとは思わないでいただきたいと思います」 「私がお上にそんな報告をすると思っているのかしら?見くびられたものね」 「ふがく!」 ルイズが声を上げる。それをカトレアが押しとどめた。 「そんなことよりも、昨日のあの敵意むき出しの視線、そっちの理由が 知りたいわね」 ふがくは礼を失しない程度に冷ややかな視線を公爵夫人に向ける。 だが、公爵夫人はそれを意にも介さず言う。 「あなたとルイズが、ともに死と硝煙の臭いをまとっていたからです。 娘の使い魔とはいえ、娘に害をなすのであれば捨て置くことはできません。 ですが、先程娘から聞いた理由があれば納得もできます」 そう言って、公爵夫人はふがくに視線を向ける。その視線も刃のように鋭い。 二人の間に飛び交う視線に、ルイズは冷や汗を垂らした。 「……な、なんでこうなっちゃうのよ……」 「ふがくの態度も警戒心が強くなっちゃってるわね。わたしと話して いるときはそうでもなかったのに」 カトレアがルイズの横で困ったような顔をする。二人の後ろから、 エレオノールが溜息混じりに言った。 「……わたしと話していたときにも警戒されていたけどね。おちび、 あなたと一緒にいるときもあんな感じなの?」 ルイズがふるふると首を振る。 「確かに最初は……。でも、それはわたしの方にも問題があったからだし。 今はそんなことなかったのに」 ふがくと公爵夫人、二人の緊張に割って入ったのが、誰であろうワルドだった。 「まあまあ。カリーヌ様。ここは穏便に。 ふがく君も、別にラ・ヴァリエール家の人間と事を構えるためにここに いるわけではないのだろう?」 ワルドの言葉に、今にも杖を抜きかねない雰囲気だった公爵夫人の 刃のような気配が霧消する。ふがくも、完全に警戒を解いてはいないが、 それでもそれまでの殺気立った雰囲気は消えてなくなっていた。 「……ふふ。ジャン坊やの前で、大人げなかったかしらね」 「まぁ、私も別に……」 互いに見えない矛を納めた様子にほっと胸をなで下ろす三姉妹。 それを確認してから、ワルドが言う。 「カリーヌ様は、つまりふがく君がルイズに害を与える存在ではないと 確認できればよろしいのですよね?」 公爵夫人は無言で頷く。 「ふがく君も……まあ、この行き場のない気持ちは晴らせたらいい……かな?」 「閣下の考えが見えないわね。何が言いたいわけ?」 やや不審げな視線をワルドに向けるふがく。ワルドはそれを気さくに 笑ってみせる。 「僕に妙案があるんだ。聞いてもらえるかな?」 ワルドの『妙案』に、当事者である公爵夫人とふがくのみならず、 三姉妹も驚きの声を上げた。 前ページ次ページ萌え萌えゼロ大戦(略)
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前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ 二五四 君の口から出たあまりに意外な第一声に、ルイズはしばらく考えこむ。 「あー、そうね。私がご飯を分けてあげたすぐ後に、決闘騒ぎになったんだっけ」 ルイズは、花も恥らうような輝かしい笑顔を浮かべる。 「あの後も戻って来なかったから、ちゃんとご飯を食べられたかどうか心配してたんだけど、調理場でご馳走になってたのね」 形のよい眉がわずかに吊り上がる。 「あっはっは、よかったよかった」 この笑い声は、ひどい棒読みだ。 君は彼女にあわせて笑うが、次に来るであろう怒声を予想して身構える。 しかし、ルイズは怒声のかわりに、君の脚に強烈な蹴りを浴びせる。 過去に幾多の危難を乗り越えてきた、君の鋭い勘と俊敏な身のこなしをもってしても、この一撃をかわすことはできない。 君は向こう脛を押さえながら、しゃがみこんで声にならぬ悲鳴をもらす(体力点二を失う)。 「このバカ使い魔!駄目平民!駄犬!」 のたうち回る君を見下ろしながら、ルイズは君を罵倒する。 「ご主人様の命令を無視して騒ぎを起こして、やっと戻ってきたと思ったら、ご飯は食べてきたですって!?」 「すげぇ、ゴーレムと渡りあった剣士を一撃で……」 「……なにが起きたんだ?」 再び生徒たちがざわめく。 教室内のほぼ全員の注目を浴びようとも、彼女の罵声は止まらない。 「普通、そこは謝るところでしょうが!あんたみたいに常識も礼儀もない動物には、一から躾(しつけ)が必要みたいねぇ!」 「ミス・ヴァリエール、そろそろ授業を始めたいんだが……」 困惑した表情のコルベールが口にした言葉は、誰の耳にも届かない。六八へ。 六八 放課後の自由時間、寄宿舎の部屋に戻った君たちだったが、怒りの収まらぬルイズは『晩ご飯抜き及び外出禁止』を君に言い渡すと、つかつかと部屋を出て行く。 君は決闘後に昼食をたっぷりとったうえ、一食抜く程度の事態には慣れているため、この罰はそれほどの苦痛ではない。 主のおらぬ部屋を見回し、これからどうしたものかと考える。 ルイズの命令を無視して部屋を出る・一七五へ 暇つぶしに部屋を掃除する・一三八へ 椅子に腰をおろし、考えを整理する・一四九へ 一四九 椅子のひとつに腰をおろし円卓に頬杖をついて、今日あったことを思い起こす。 この一日で、実に多くのことが起き、多くの人に会い、多くのことを知ることとなった。 巨大な学院、怪物を≪使い魔≫として従える若き魔法使いたち、≪四大系統≫、≪錬金≫、魔法をもつ貴族ともたざる平民の格差。 シエスタ、キュルケ、ギーシュ、マルトー、コルベール。 自分を下僕扱いする高慢な少女が、貴族でありながら一切の魔法を使えぬ≪ゼロ≫と、嘲笑されていること。 しばらくして、コルベールの話を思い出す。 ここは非常に奇妙な世界だが、その世界にとっては『異物』とでも呼ぶべき、見慣れぬ存在が出現しているという。 そしてその『異物』は、あの闇の大地、危険なカーカバードに住まうものばかりなのだ。 火狐、スカンク熊、沼ゴブリン……謎の死体が持っていた本というのも、カーカバード語で記されているのだろうか。 そんなことを考えながら、君はいつしか眠りに落ちる。二六八へ。 二六八 それからの数日間は暴力沙汰もなく、平穏無事に過ぎる(体力点を最初の値に戻せ)。 偏屈な老人の身の回りの世話をしながら魔法を修行した君にしてみれば、年端もいかぬ少女の我儘につき合うのはそれほどの難事ではない。 掃除や洗濯といった雑用も器用にこなす君が(これも修行時代の賜物だ)、彼女の機嫌をそこねるのは着替えを手伝わされるときだけだ。 このときだけは、君はルイズの倫理観を堂々と非難し、結果、朝食抜きを申しつけられることも多い。 だが、そのようなときには調理場に足を運び、マルトー料理長やシエスタの歓迎を受けながら、食事を用意してもらうのである。 君もただ善意にあずかるのは申し訳ないとばかりに、故郷アナランドの笑い話や君自身の冒険談を披露する。 ルイズの授業中は、彼女のそばの席につき、熱心に講義の内容に耳を傾け、自前の羽ペンと羊皮紙でメモをとる。 「平民はどんなに努力したって、爆発ひとつ起こせないわよ」とルイズは言うが、 実際にこの世界の魔法が身につかずとも、知的好奇心を満たすというのは意義があることだと君は答える。 この世界の魔法の仕組みを知れば、もとの世界に戻る方法を見つける手がかりになるかもしれぬ、というのが君の本心なのだが。 そうした日々を送り、このハルケギニアに召喚されてから六回目の朝を迎える。 「明日は≪虚無の曜日≫、つまり休日だから朝になっても起こさないで」と昨夜ルイズに言い付かった君が、 日課になっている朝の洗濯と剣の素振りを終えて部屋に戻ってみると、彼女はすでに目覚めており、着替えも自分で済ませている。 いつもと違う彼女の行動に驚く君を見て、ルイズは微笑む。 「朝ご飯がすんだら、街まで出掛けるわよ。そのボロ服とか剣とか、いいかげん買い替えたいでしょ?」 君は驚きのあまり口もきけない。 貴族らしからぬ吝嗇(りんしょく)ぶりを示していた彼女が、下僕のために金を使うと言い出すとは。九三へ。 九三 ルイズによると、トリステイン王国首都である城下町、『トリスタニア』までは馬で三時間ほどかかるそうである。 君は、慣れぬ鞍の上でふらふらと揺れている。 マンパン潜入の任務以前にも広く諸国を旅したことのある君だが、いずれの行程も徒歩が中心であり、こうやって馬を駆った経験はほとんどないのだ。 反対に、ルイズは乗馬が楽しくてしかたがないらしく、馬を相手に四苦八苦する君を置き去りにして、どんどん先に行ってしまう。 林道に入ったところでようやくルイズに追いついたと思った君は、木陰の下で異様な光景を目にする。 ルイズの乗っていた馬が、横向きに倒れてもがいているのだ。 馬と周囲の地面は、大量の血に濡れている。 ルイズは馬のそばで放心したように座り込んでいるが、声をかけるとあわてて君のほうに駆け寄ってくる。 なにが起きたのかを問おうとした君は、草陰に一対の眼が潜んでいるのを見出す。 よく見ると、その眼の持ち主は不細工な獅子っ鼻を持つ、毛むくじゃらの生き物だ。 やがてその生き物は草陰から姿を現し、君たちのほうへと近づいてくる。 大型犬ほどの体格であり、黒と黄色い縞の毛皮で全身が覆われた獣だ。 「なに……あれ?」 ルイズが震えながら、当惑の声をあげる。 君はどうする? ルイズを馬上に引き上げ、その場から走り去るか(二八五へ)? 馬から降り、獣の前に立ちはだかるか(三九へ)? 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
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「宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よ!強く、美しく、そして生命力に溢れた使い魔よ! 私は心より求め、訴えるわ。我が導きに応えなさい!」 本日数十回目の爆煙が上がる。 が、今回も爆煙の中に生き物らしき影は浮かんではいなかった。 (今度もダメだったか・・・) ルイズがそう思った直後に爆心地で何かがキラリと光ったのを見つけた。 確かめるためにも近づいて見ると、なにかが落ちていた。 「なにかしら、これ?」 爆心地に落ちていた物をおもむろに拾い上げる。それは八角形のリングだった。 その瞬間、取り巻きの生徒達から爆笑が上がった。 「いくらなんでもそんなもん召喚すんなよwww」「流石『ゼロのルイズ』、まともなものを召喚しねぇや。そこに(ry」「せめて平民を召喚しろよpgr」etcetc・・・ そんな爆笑を受け、顔を真っ赤にしながらルイズはそれを否定する。 「な、こ、これは違うわよ!ミスタ・コルベール、やり直しを・・・・・、ってあれ?このリング、向こう側が見えない?」 本来見えていなければいけない風景が、リングを通してみると真っ暗で何も見えない。 さらに詳しく調べてみようと、リングの穴を覗いていると異変が起こった。 突然、リングが鋭い閃光を放ち始めたのだ。 「え、ちょ、なんなのよ、これ!?」 突然の出来事に、とっさにリングを放り投げるルイズ。 リングはますます放つ光を強くする。 そして、ひとしきり光った後に少女がリングの中から現れた。 この不思議現象を前に、その場に居合わせた生徒全員が唖然としながらもその光景を見届ける。 銀髪の少女がルイズに傅く。 「はじめまして、御主人様。私は守護月天シャオリンと申します」 「しゅ、しゅごげってん?」 ルイズは聞いたことのない単語をオウムのように繰り返した。 「はい」 にこやかな表情で、シャオは質問に答え始める。 「空に浮かぶ月のように主から離れることなく守り続ける者という意味です。私の名前はシャオリン。シャオとお呼びください」 「ところで、御主人様。あなたのお名前は?」 シャオと名乗る少女がルイズに名前を尋ねてきた。 「ルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」 「ゼロのルイズって名乗るの忘れてるぞ~」 「うっさい!!」 いつもの調子を取り戻した外野から野次が飛んできたが、シャオには聞こえていなかったようだ。 彼女は目を閉じ、黙祷しているように見える。 まぁ、実際のところルイズの名前を頭の中で反復しているだけなのだが。 「・・・」 「・・・・・」 「・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 しばしの沈黙が流れた後に、シャオは口を開いた。 「素敵なお名前ですね」 嬉しそうに答えるシャオを前に、ガクッと崩れ落ちるルイズ。 (この子、天然だわ・・・・) そう思っているルイズに、今度はコルベールが声をかける。 「そろそろ契約の続きをしてもらえないかな、ミス・ヴァリエール。いいかげん次の授業が始まってしまう」 コルベールのしごく全うな意見に、ルイズは多少戸惑いながらも契約を再開し始める。 「・・・女の子だからノーカウントよね。シャオだっけ?ちょっとじっとしてて」 そう言うと、ルイズは契約のための呪文『コレクト・サーヴァント』を唱え始めた。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔と為せ」 そして重なるルイズとシャオの唇。 「え、えっとぉ・・・」 流石に呆然となるシャオの右手には契約の証となるルーンが刻まれていた。 こうして"ゼロ"と呼ばれている少女は春の使い魔召喚を成功させたのである。
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前ページ次ページZERO A EVIL 途中からシエスタが手伝ってくれたおかげで、昼食前に掃除を終わらす事ができた。 「それでは、私は昼食の支度がありますので、これで失礼します」 「あ……う、うん」 シエスタはそう言って教室から出ようとしたが、ルイズが何か言いたそうにしているのに気が付いた。 「ミス・ヴァリエール、どうかなさいましたか?」 「え! どどど、どうして?」 「いえ、何かおっしゃりたい事がおありのように見えましたので」 シエスタにそう言われて、ルイズはかなり動揺しているようだ。目線を上にしたり、下にしたりと落ち着きがない。 やがて後ろを向いて一つ深呼吸をすると、意を決したようにシエスタに向き直った。 「そ、その、あああ、ありがとう!」 「え?」 「か、勘違いしないでよね! こ、これは貴族が平民に対する最低限の礼儀なんだからね!」 ルイズはシエスタに感謝していたが、貴族のプライドと気恥ずかしさからこのような言い方になってしまった。 シエスタも感謝の言葉をかけられるとは思ってもいなかったので、少し驚いてしまう。 だが、すぐに笑顔を浮かべるとルイズに向かって頭を下げる。 「ありがとうございます。そう言っていただけると手伝った甲斐もあるというものです」 「そ、そう」 「ええ。後で食堂にもいらしてくださいね。今日はデザートにおいしいケーキを用意していますので」 「わかったわ」 「では、失礼します」 そう言うとシエスタは教室を出て行った。 ルイズはシエスタが出て行った後に改めて教室を見回してみる。自分が爆発を起こしたとは思えないほど、教室はきれいに片付いていた。 なんだか自分の心もすっきりしたように感じ、さっきまでとは違い晴れやかな気分になる。 しばらく教室を眺めていたが、お腹も減ってきたので食堂に向かうことにした。 食堂に入ると、すでに多くの生徒達で賑わっていた。 メイド達は昼食の世話で忙しそうに働いている。その中にはシエスタの姿も見えた。 邪魔をしては悪いと思い、特に声もかけずに席に着く。 ずっと掃除をして体を動かしていたせいか、昼食はいつもよりおいしく感じられた。 昼食が終わった後、デザートのケーキがメイド達から運ばれてくる。 「ミス・ヴァリエール。今日のケーキはコック長のマルトーさんの自信作だそうですよ」 そう言われてメイドの方を見ると、そこにはシエスタの姿があった。 「そ、そう。期待しておくわね」 「ええ。どうぞ」 そして、ルイズの前にケーキの入った皿が置かれる。 一口食べてみるが、コック長の自信作だけあって中々の味だ。甘くておいしいケーキに思わず顔がにやけてしまう。 「いかがですか?」 「ええ、おいしいわ」 「喜んでいただけてなによりです」 シエスタとそんな会話をしていると、後ろの席が妙に騒がしくなる。 どうやら、男子生徒達が色恋沙汰の話で盛り上がっているようだ。 その話の中心にいるのは、ギーシュ・ド・グラモンだ。彼は確かに二枚目で、女子生徒にも人気がある。 だが、ルイズには彼のきざったらしい仕草はとてもかっこいいとは思えなかった。そもそも、ルイズはこの学院の男子生徒にはまったく興味がない。 自分には許婚のワルド子爵がいる。 彼に比べたら、この学院の男子生徒など幼稚な子供にしか見えない。比べるのも失礼なくらいだ。 (子爵様。今頃どうしていらっしゃるのかしら……) もう随分と会っていないワルド子爵の事を考えていると、不意にシエスタから声がかかった。 「ミス・ヴァリエール。今、ミスタ・グラモンのポケットから何か落ちたみたいなんですが」 「ん?……何かの液体が入った小瓶みたいね」 ギーシュのポケットから落ちた小瓶はルイズとシエスタのいる方に転がってきた。 それをシエスタが拾い上げる。 「気付いていらっしゃらないみたいなので、私が渡してきますね」 「あんたはまだケーキを配り終わってないでしょ。私が渡しておくから仕事に戻っていいわよ」 「え! でも……」 「いいから。あんたは気にしなくていいの」 「すいません。それではお願いします」 ルイズはシエスタから小瓶を受け取ると、ギーシュ達が話している方に向かった。 (シエスタには教室の掃除を手伝ってもらったし。貴族として、平民の恩義には報いるのが礼儀よね) 本当は親切にしてくれたシエスタに恩返しがしたかっただけなのだが、プライドの高いルイズはそう考えて自分を納得させていた。 ルイズはギーシュ達の所までやってくると机の上に小瓶を置いた。 「ギーシュ。落し物よ」 「何を言っているんだいミス・ヴァリエール。これは僕の物じゃないよ」 「あんたが落としたのを見てた子がいるのよ。いいから受け取りなさいよ!」 「しつこいね君も……」 ルイズが小瓶を渡そうとしていると、ギーシュと話をしていた生徒達が騒ぎ出した。 「それはモンモランシーが作っている香水じゃないか!」 「ああ、間違いない! ……ということはギーシュはモンモランシーと付き合っているのか!」 「ち、違う! いいかい……」 ギーシュが何か弁解をしようとした時、一人の女子生徒がこちらに向かってくるのが見えた。 マントの色から一年生だとわかる。 「ギーシュ様、やっぱり……」 「ケティ! これは……」 ギーシュが何かを言う前に、一年生の少女は泣きながら走り去ってしまった。 そして、すぐに別の少女がやってくる。次にやってきた少女はルイズにも見覚えがあった。 さっき男子生徒の会話の中にも出てきた縦ロールの金髪が特徴的なモンモランシーだ。 「やっぱり一年生の子に手を出してたのね!」 「誤解だよ、美しいモンモランシー。そんな怖い顔をしないでおくれ」 「誤魔化さないで!」 そう言うとモンモランシーは机に置いてあったワインをギーシュの頭にかける。 「最ッ低!」 ギーシュに止めのセリフを言い放ち、モンモランシーは去っていった。 いきなり茶番劇を見せ付けられ唖然としていたルイズだが、用事も済んだのでケーキを食べに戻ることにする。 が、立ち去ろうとしたルイズをギーシュが呼び止めた。 「待ちたまえ! ミス・ヴァリエール!」 「何よ、何か文句でもあるの。言っとくけど私は悪くないわよ、二股かけてたあんたが悪いんだからね!」 ルイズのこの言い方は、ギーシュの怒りに火を付けてしまう。 「ゼロの君に、話を合わせる機転を期待した僕が馬鹿だったよ!」 「な、なんですって!」 いきなり馬鹿にされたせいで、ルイズの頭に一瞬で血が上る。 「あんたなんて、私の許婚の子爵様に比べたら唯のお子様よ! 振られて当然だわ!」 さっきまでワルド子爵の事を考えていたせいか、ルイズはつい言葉に出してしまう。 それを聞いたギーシュはにやりと笑うと、ある言葉を口にする。 だがそれは「ゼロのルイズ」よりも言ってはいけない言葉だった。 「ふん。ゼロである君の許婚なんて、どうせたいした事無い男に決まってる!」 その言葉を聞いた瞬間、ルイズの視界が真っ赤に染まる。 かつてないほどの怒りと憎しみで、ルイズの心は張り裂けそうだった。 (この男は子爵様を侮辱した! 私の子爵様を!! この男だけは許せない! 絶ッ対に許せない!!) ルイズの左手のルーンが光を放つ。今までと違い、光っているのがはっきりとわかるほどだった。 そして、左の拳がギーシュの顔面に突き刺さる。 ルイズに殴られたギーシュは鼻血を出しながら、机の上まで吹き飛ばされる。鍛え抜かれた体を持つ男に殴られたような、鋭く重い一撃だった。 だが、そんな事はどうでもいい。ゼロであるルイズにここまでやられて黙っていられる訳が無い。 ギーシュは立ち上がるとルイズに向かって叫んだ。 「もう許さん! 決闘だ!」 「……いいわ。どこでやるの?」 「ヴェストリ広場だ! 準備が出来たら来たまえ!」 そう言うとギーシュは、鼻血を手で拭いながら食堂を出て行った。 近くで騒いでいた他の生徒達もヴェストリ広場に向かう様だ。 ギーシュを殴ったルイズだったが、この程度では怒りと憎しみは収まらない。 すぐにヴェストリ広場に向かおうとするが、自分の方に駆け寄ってくる人物に気付き足を止める。 「ミス・ヴァリエール!」 ルイズに駆け寄ってきたのはシエスタだった。 小瓶をルイズに渡した後、ケーキの配膳の仕事に戻っていたが、先ほどの騒ぎに気付き慌ててやってきたようだ。 「申し訳ありません! 私のせいで大変な事に……」 ルイズに向かって謝ると、深く頭を下げる。 自分がギーシュの小瓶に気付いたせいで、ルイズが騒ぎに巻き込まれたのを気にしているようだ。 「あんたのせいじゃないわ。これは私とギーシュの問題よ」 「でも……」 「いいから!」 気持ちが高ぶっているせいか、つい言い方がきつくなってしまう。 シエスタも黙ってしまい、二人の間に気まずい空気が流れる。それを嫌ったルイズは、足早にヴェストリ広場に向かった。 シエスタはルイズの背中を見送る事しかできなかった。 ヴェストリ広場に着くと、すでに多くの生徒が集まっているのがわかった。娯楽の少ない学院生活の中で、決闘という言葉は多くの生徒達の興味を集めたようだ。 広場の中央にギーシュの姿が見える。どうやら鼻血はもう止まっているようだ。 「ルイズ、逃げずによく来たね」 「あなた程度の相手に、何故私が逃げないといけないのかしら?」 「その減らず口をいつまで叩いていられるかな? いくぞ!」 ギーシュが薔薇の造花をあしらった杖を振る。 すると花びらが舞い、鎧を着た女性の人形が現れる。これこそ、ギーシュがワルキューレと呼ぶゴーレムであり、彼の得意とする魔法だった。 「魔法が使えない君と違って、僕はメイジだから魔法を使わせてもらうよ。文句はないだろうね?」 ギーシュは自分の勝利を確信していた。魔法が使えないルイズに自分が負ける訳が無い。 ワルキューレで少し脅かしてやれば、すぐに降参するだろうと思っていた。 だから彼は考えもしなかった。 今のルイズにとって、決闘という言葉がどういう意味を持つのかを…… 「行け! ワルキューレ!」 ワルキューレをルイズに向かって突撃させる。 ルイズは固まって動けないか、逃げるだろうと思っていたギーシュは、後はどうルイズのプライドを傷付けて謝らせようか考えていた。 だが次の瞬間、彼は驚愕の表情を浮かべる。 ルイズがワルキューレに向かって、ものすごいスピードで突っ込んできたのだ。 そのままワルキューレに近づいたルイズは、左手で掌底をワルキューレの腹部に炸裂させる。 スピードが乗っている掌底を受けたワルキューレは、吹き飛ばされて地面に激突し動かなくなった。 今の技の名は「骨法鉄砲」。 夢の中で格闘家だったルイズが、遠くにいる相手によく使用していた技だった。 誰もが唖然としている中、ルイズはギーシュの方を見る。 まるで、次の獲物を見定めるように…… ワルキューレが倒された事でギーシュに動揺が広がる。 だが、ゼロのルイズに負ける訳にはいかない。すぐさま、次のワルキューレを繰り出す。 今度は一度に三体のワルキューレを作り出し、ルイズの周りを包囲する。 さっきの攻撃ではワルキューレは一体しか倒せない。三体同時で攻めかかれば、ルイズにはどうすることもできないと考えていた。 しかし、ルイズはいきなりワルキューレよりも高く飛び上がったかと思うと、一体のワルキューレの顔と胸の部分に二段蹴りを放つ。 そして、その反動を利用して他のワルキューレにも次々と蹴りを放っていく。 ルイズが着地すると同時に三体のワルキューレは崩れ落ちた。 この技の名は「デスズサイズ」。 まるで死神の鎌のように広範囲を攻撃する真空二段蹴りだ。 自慢のワルキューレを四体も倒され、ギーシュが怯んだ隙をルイズは見逃さなかった。 すぐさまギーシュの目の前まで近づくと、鳩尾の辺りに拳を放つ。ギーシュの表情が苦悶に歪み、あまりの苦しさに地面に蹲る。 その隙に、ルイズはギーシュの背中から腕を回し体を両腕で掴むと、そのまま上空に飛び上がる。 空中でギーシュの頭を下に向け、全体重をかけて脳天を地面に叩きつけた。 必殺技の「アクロDDO」。 夢の中で格闘家だったルイズは、この技で多くの対戦相手の命を絶ってきたのだ。 ヴェストリ広場は静まり返っていた。 ギーシュは白目を向いて痙攣している。辛うじて生きているようだが、かなり危険な状態だった。 ルイズはギーシュの方にゆっくりと歩み寄る。 ギーシュの近くまで来ると、いきなりギーシュの体を蹴り上げた。 その光景を見た瞬間、ヴェストリ広場に女子生徒の悲鳴が響き渡る。 ルイズはギーシュを殺す気なのだと誰が見てもわかった。 「よ、よせ! それ以上やったら本当に死んじまうぞ!」 「誰でもいいから! ルイズを止めなさいよー!」 「で、でも! どうやって!」 生徒達の叫びが飛び交い、ヴェストリ広場は騒然となる。 ルイズを止めるにしても、先ほどのギーシュとの戦いを見てしまえば、足が竦んでしまうのも無理はなかった。 その時、一人の少女がルイズの前に立ちはだかる。学院の生徒ではない、メイド服に身を包んだ黒髪の少女だ。 ルイズの前に立っていたのはシエスタだった。あの後、ルイズが心配でヴェストリ広場に来ていたのだ。 シエスタはルイズに向かって叫ぶ。 「もうやめてください!ミス・ヴァリエール!」 その声を聞き、ルイズの動きが止まる。 「退きなさいシエスタ。決闘で真の勝利を得るには、相手の命を絶たなければいけないのよ」 シエスタには信じられなかった。 ルイズとは少し話をした程度だったが、こんな事を言う人物ではなかったはずだ。まるで、ルイズの姿をした別人と話しているように感じた。 違和感を感じたシエスタだったが、今はルイズを止めなければならない。 「嫌です! ミス・ヴァリエールが今やろうとしている事は決闘じゃありません! ただの殺人です!」 その言葉を聞いた時、ルイズは不思議な感覚に襲われる。同じような言葉を以前にも聞いたような気がするのだ。 一体どこで聞いたのかルイズが思い出そうとすると、脳裏にある若者の姿が思い浮かぶ。 | てめえのやってる事は格闘技じゃない……ただの殺戮だ! その言葉を思い出した瞬間、急速に頭が冷えてくる。そして同時に、左手のルーンも徐々に輝きを失っていった。 真の勝利の為に、相手の命を絶たなければいけないと考えていたのは自分じゃない。あれは夢の中の話だったはずだ。 だが自分は今、ギーシュの命を絶とうとしていた。 背中に嫌な汗が流れる。得体の知れない恐怖を感じ、ルイズは後ずさった。 「ミス・ヴァリエール?」 「ち、違う……わ、私じゃない……」 「え?」 そう言うと、ルイズはその場から走って逃げ出してしまう。 シエスタは慌ててその後を追った。 ひたすら走り続けたルイズが辿り着いたのは、自分の使い魔を召喚した場所だった。そこには使い魔の石像が立っているだけで、他には誰もいない。 走り続けたせいで息が上がってしまい、呼吸を落ち着けていると、誰かがこっちに走ってくるのがわかった。 「はぁ…はぁ…。ミ、ミス・ヴァリエール!」 シエスタだ。息を切らしながらこっちにやってくる。 ルイズは後ずさりするが、使い魔の石像にぶつかってこれ以上下がれなくなる。 そうこうしている内に、シエスタがルイズの目の前までやってきた。 「や、やっと。追い着きました」 シエスタはルイズの前で息を整えている。 ルイズはどうしたらいいかわからくなっていた。だから、今自分が思っている事を素直に口に出す事しかできなかった。 「ち、違うの! あれは私じゃない! 私じゃないの!!」 髪を振り乱し、目に涙を浮かべながら必死に叫ぶルイズ。 そんなルイズをシエスタは優しく抱きしめ、小さな子供を落ち着かせるように背中を軽く叩く。 抱きしめられたルイズは、シエスタの胸に顔を埋めて大声で泣き始めた。 シエスタはルイズに優しく言葉をかける。 「大丈夫ですよ。私は信じてますから」 今、自分が抱きしめているのは間違いなく本物のルイズだ。シエスタはそう思いながら、ルイズを抱きしめ続ける。 そんな二人の姿を見ていたのは、使い魔の石像だけであった…… 前ページ次ページZERO A EVIL
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「宇宙の果てのどこか(ry」 呪文の内容なんてどうでもいいですけど、それは使い魔を呼び出す『サモン・サーヴァント』の魔法です。 “魔法が一切使えない魔法使い”と馬鹿にされている『ゼロのルイズ』ことルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは顔をすすだらけにしながら、それでも呪文を唱えていました。 他の生徒たちのあざ笑う声を聞きながら、それでもコルベールに言い渡された最後のチャンスに彼女はかけたのです。 ていうか一生懸命がんばる女の子をあざ笑うなんて、なんて品位のない方々でしょう。 まあそれはともかく、爆発の煙が晴れて出てきたのは、変態としか呼べない男でした。 「へ、変態だ!」 「ゼロのルイズが変態を呼んだぞ!」 ルイズは呆然とその男を見つめていました。 年のころは60前くらいでしょうか? ひげが白いせいか顔つきや体つきに比べふけて見えます。 服装は太陽を模したようなおかしなサークレット、そして腰みの、ただそれだけ。 ミスタ・コルベールに再召喚すら却下され、ルイズは絶望に打ちひしがれながら周りを見渡している男にに近づきました。 男は何か言っているようでしたが知ったことかとばかりに顔を引き寄せ、無理やりコントラクト・サーヴァントを行いました。 ルーンが刻まれる熱にのたうつ男を少しゆがんだ笑みで見つめた後、ルイズは問いかけました。 「あんた名前は?」 「私ですか? 私はアドバーグ・エルドルと申しますが……ここはどこですかな?」 その変態はとても強かったのです。 最初はギーシュとの決闘でした。 脇でおにぎりを作ろうとしてマルトーにジャーマンスープレックスを食らってぼこぼこの顔のまま食堂の手伝いをしていたアドバーグさんが、ギーシュの八つ当たりを受けていたメイドをかばったのが始まりでした。 高らかにバラの杖を掲げるギーシュと、それをいつもの変態的な格好で見るアドバーグさん。 だが次の瞬間、メイジたちは凍りつきました。 キタキター! の声に合わせて動く腰と手足。 変則的なチョップに見えなくもないそれが、ワルキューレを粉々に粉砕していきます。 恐怖に駆られたギーシュはさらに六体のワルキューレを出しますが、それらもすべて華麗にキモイ動きで避けられ、砕かれていきます。 最後にアドバーグさんのヒップアタックの直撃を受け、ギーシュは気絶してしまいました。 その何日か後に、アドバーグさんと同じ格好で目の幅の涙を流しながら踊るギーシュの姿が見られたそうです。 二番目は『土くれのフーケ』でした。 “破壊の杖”という名前のロケットランチャーを狙って学園の宝物庫を襲ったのでした。 まあ謎はさておきフーケ戦の前にルイズはアドバーグさんを伴って町に買い物に出かけました。 理由は格好です。 アドバーグさんが言うには自分の出身地に伝わる伝統舞踊の衣装とのことですが、まあたしかに普段着には適していません。 そんなわけで普段着を買いに来たのです。 途中すりをヒップアタックで吹き飛ばしたりしましたが、無事に普段着を買うことができました。 「あれ? 俺の出番は? なあ!」 ガンダールヴ? 知りませんよそんなもの。 フーケにとっては悪夢だったのではないでしょうか? 自慢のゴーレムで殴りつけても気の抜ける音楽と共に振るわれる突きで簡単に砕かれてしまいます。 鉄に錬金しても結果は同じです。なんで素手で鋼が砕けるんでしょう? とにもかくにもフーケは退治されました。 普通なら衛兵とかに連れて行かれたりするんでしょうが彼の名はアドバーグ、贖罪代わりにフーケことマチルダさんはキタキタ踊りの弟子にさせられました。 ギーシュが開放されてうれしそうにしていたのが印象的でした。 ちなみに“破壊の杖”ですが、アドバーグさんとはこれっぽっちも関係ないのでそのまま宝物庫に戻されました。 彼が「あれは杖ではなく筒ですなぁ」とか言っていたのが印象的でした。実は結構賢い人なのです。 さて、フーケ関連のイベント(?)も終われば使い魔の品評会です。 アドバーグさんは当然キタキタ踊りを披露しようとしましたが、ルイズの必死の説得で踊るのは彼本人ではなく弟子のミス・ロングビルになりました。 さて、ここで思い出すべきはキタキタ踊りの本来の姿です。 アレは若い女性の踊りでしたが、後継者がいないため彼が忘れないように踊っていたのです。 ミス・ロングビルは美人でスタイルもグンバツです。 それはもう映えました。 気の抜けたような音楽はキレイな舞踊の歌に変わり、キモイはずのその動きは艶やかさをかもし出します。 やっぱり女性のための踊りを体の硬い男が踊っちゃいけないってことですね。 品評会の一位はタバサのシルフィードでしたが、キタキタ踊りは男性陣の中ではダントツで一位でした。 夜中にアンリエッタ王女が尋ねてきました。 なんでも政略結婚の邪魔になるかもしれない昔の恋人への手紙を取り返して欲しいそうです。 え? ネタバレしていいのかって? 長編じゃないから問題ありません。 にしてもこの王女、この態度はわざとなのか天然なのかどっちでしょう? わざとなら腹黒いことこの上ないですし、天然ならそういう演技が身につく生活環境ってことです。どっちにしろ泣きそう。 「それにしてもあなたの使い魔の踊りは美しかったですわね」 「あ、あはは、そうですねぇ……」 真実は言わぬが花というやつです。 ちなみにアドバーグさんはといいますと、今夜も広場でミス・ロングビルと一緒にキタキタ踊りの練習です。 ミス・ロングビル、なにやら吹っ切れた様子で楽しそうに踊っています。 最近は踊り子としてかなりの額を稼いでいるとか。 「盗賊なんでヤクザな商売はもうやめよ! 私は踊りに生きる!」 向こう側の勇者がブーたれる声が聞こえるような気がします。 ちなみに彼女を脅迫に来た白仮面(遍在)ですが、踊りに見とれているうちに背後から近づいてきたアドバーグにキタキター! とばかりに吹っ飛ばされてしまいました。遍在だからそのまま消えます。 「こんな時間にこんな場所まで覗きに来るとは! 世も末ですなぁ」 違うんだ! 星空で白仮面が叫んだような気がしました。 さて、お手紙を回収に出発です。 アドバーグさんはルイズを馬の前に乗せパカラパカラ。ちなみにちゃんと普段着です。 アドバーグさん、キタの村にいたころは移動手段に馬を使っていましたから手馴れたものです。 旗から見ていると乗馬している男とその孫のようなほほえましさです。 ワルド? そんなのいましたっけ? 「あれ? どこだい、僕のルイズ!」 置いてきぼりになっていた模様です。 勇者と魔王を倒す旅までしたアドバーグさん、宿屋の部屋でそのころの話を物語のようにルイズに聞かせます。 ちなみにルイズ、現在は買ってきた染色剤で茶髪になっています。 これはアドバーグさんの知恵でした。 「密命ですからな、ルイズどのの髪の色では見つかってしまう恐れがあります。薄い金色か茶色か迷いましたが茶色なら平民と同じでばれにくいでしょう」 「良くこんなこと考え付くわね」 「魔法は使えませんからなぁ。知恵を使わねばなりませんよ」 「ま、確かにそうね」 「急ぎですから早めに寝るとしましょう」 この案が功を奏したのか、レコン・キスタは二人を見つけることができませんでした。 さすがアドバーグさん、勇者と魔王を倒しに行っただけあります。まあ魔王に踊りを勧めるような人ですが。 「ああまずいぞ、これはまずい。ルイズはどこに行ったんだ?」 ワルドはピンク色の髪を目印に捜しているようでした。……なんで染めていると考えないのかしら? 船はどうやら何日か待たないと出せないらしいです。と思ったら風のメイジが風石の代わりをしてくれるとのこと。 ラッキーとばかりに便乗します。 でもいきなり海賊と鉢合わせです。運がない。 貴族の人は魔力切れの上船底に監禁中だそうです。 しょうがないからアドバーグさん、ルイズを背にかばいつつ奮戦しました。 海賊の副船長っぽいのを伸したあたりでルイズが叫んでいるのが聞こえたので戦闘を中断です。 ……どうも依頼の相手のウェールズ皇太子だったようです。なんたること。 手紙はお城まで行かないとないそうです。 ルイズ、アドバーグさんとアルビオンのお城まで。 ルイズがウェールズ皇太子に必死に何か言ってますけど、アドバーグさんは特に関係ないのでパーティの御馳走をほおばっていました。 次の日風のルビーを受け取っていると、爆音と共に数名の白仮面が攻め込んできました。 どうもレコン・キスタっぽいです。予定調和ってやつでしょうか。 その一人が不意打ちでウェールズ皇太子の胸を貫こうとした瞬間、横からの衝撃で吹っ飛び消えてしまいました。 我らがアドーバグさんの参上です。 遍在、意味がありません。アドバーグさんに次々撃破されていきます。 最後の一体から仮面が落ちました。どうやら本体だったようです。 その顔は少なくともルイズには見覚えのあるひげ面。 「ワルド様!? まさか、まさか裏切ったのですか!?」 「ルイズ、僕には君が必要なんだ。一緒に来て欲しい。君がいれば世界を手に入れられる!」 予想外のことがおきすぎてぶっ飛んでしまったようです。何の脈絡もなくそんなこと言っても言われてるほうには寝言にしか聞こえません。 「ふざけないで! 私を裏切って! アドバーグ、やっちゃってぇ!」 「キッタキター!」 アドバーグさんにはギャグ補正がかかっています。 何があっても死なない彼に、魔法があたるわけがありません。 「何故だ、何故当たらない!」 「にゃんこらしょー!」 ワルドはアドバーグのヒップアタックに吹き飛ばされました。 それを彼のグリフォンが拾って天井の穴から逃げていきます。 レコン・キスタの軍が攻めてきます。 王子は逃げろといいますが、おかしなスイッチが入ったのかルイズは目が渦巻きになっています。 「あははははは! 行くわよアドバーグ!」 レコン・キスタの兵はルイズの失敗魔法とキタキタ踊りの前に敗れ去りました。方法? そんなもの『キタキタ親父だから』ですよ。深く考えると禿げます。 ルイズは二つのルビーをこっそり着服しました。まるでどこかの世界の勇者のようです。 何かいろいろあってルイズたちは現在タルブの村にいます。 いる理由はシエスタがルイズを誘ったからです。仲いいですね。人気の百合の花でしょうか? まあいいや。 ちなみにマチルダさん、耳がとがってる女の子を連れてきた模様。 気のせいですと言い張ってヨシェナヴェをむさぼっています。 しかしみなさま、「ああ、気のせいか」はないんじゃないでしょうか? ルイズは始祖の祈祷書とか言うのを読んでます。読むって言っても白紙ですけど。 アドバーグさんが表紙の絵を見ながら「ククリどのの魔法書と同じ表紙ですなぁ」とか言ってるのは無視しましょうね。 さっさと帰ればいいのに酒を入れるから村で寝込んだままになっちゃいました。 回復して帰ろうとしたら、アレに見えるはレコン・キスタ。 ウェールズ皇太子は亡命してがんばってるというのに遠慮や美学のない人たちです。 この村には『竜の羽衣』とか呼ばれてるゼロ戦がありますけど、アドバーグさんが知ってるわけがありません。 トマ君とかがいれば別ですがアドバーグさんからすれば「変わった代物ですなぁ」でおしまい。 「ルイズどの、早く避難しないといけませんぞ!」 「らによう! あらしのみゃほうをくらいらさい!」 酔っ払ったままの頭で炸裂する失敗魔法、同時に光る始祖の祈祷書。 そのままぶっ倒れかけたルイズを支えるアドバーグさんの目に、爆発が描いた魔法陣が飛び込んできました。 それは見覚えのある、ネコのような猫の目のような魔法陣。 まあなんということでしょう。大きな、ネコのような間抜けな顔をしたオブジェが出現しました。 『ナアアアァァァア~~~~~~~オ』 あまりに気の抜ける声に、レコン・キスタの皆さんは総崩れです。 立ちたくても足腰がなえて動くこともできません。ほら、ドラゴンもぼとぼと落ちてます。 それは旗艦レキシントン号にいるお偉いさん方も同じです。 気が抜けて立っていられないワルドの目に飛び込んできたのは、かつて己を吹き飛ばした腰みのの理不尽という恐怖でした。 ビ~ヒャラ~ラ~という間抜けな音と共に、ピンク色を背負った何かが戦場の真ん中を土煙を上げて疾走しています。 かろうじて動ける兵士たちをそのクイックイッキュッという擬音が似合いそうな動きで吹き飛ばし、その恐怖はただレキシントンへ向かって一直線。 それでもワルドは何とか立ち上がり、その人影に向かって杖を向けます。 「この変態がぁ! 食らえ! 『ライトニング・クラウド』!」 その魔法よりも一歩早く、アドバーグさんが背負っていたルイズが酔ったままの勢いで杖を振るい、失敗魔法が魔法陣を描きます。 それは目と多角形を組み合わせた、すべてを台無しにする魔法陣。 『はぁ~さっぱりさっぱり!』 ワルドの頭の上でくるくる回る扇を持った妖精。 ワルドの杖から放たれたのは雷鳴と雷光ではなく、破裂音と紙ふぶき、それに紙リボンでした。 「ななななな、ウウウウウインド・ブレイク!」 眼前に迫るアドバーグさんに向けて振られた杖から飛び出したのは、見たこともないクリーチャーでした。 「野菜を食べよう!」 ただそれだけを叫ぶとアドバーグさんを飛び越えかなたへ。 唖然とするワルドの視界が腰みので埋め尽くされ、彼はそのまま意識を失いました。 「にゃんこらしょー!」 ワルド撃沈。 レキシントンの各部から連続して崩壊音が響きます。 「あははははははは! 食らえ食らえ~!」 狂ったように叫ぶ杖を振るうルイズから放たれる失敗魔法、それは着弾地点に魔法陣を描きます。 魔法陣から生えたつたがレキシントン号に絡みつき、爆発するイチゴをばら撒きます。 同じように魔法陣から飛び出した炎が地面をもぐり兵士たちを吹き飛ばします。 何とか立ち上がった兵士が剣を構えますが、同じく出現した嫌な感じの顔のネコがどこからともなく取り出したガラスを引っかいて動きを止めてしまいます。 武器を落とし耳をふさいだ瞬間横合いからのキタキタ一撃、哀れ彼らは青空に笑顔で決め! 声と音に耐性がつき始めたのでしょう、よろよろと起き上がりすわ攻撃だと杖を振るうルイズと踊るアドバーグさんめがけドラゴンたちが殺到します。 杖を掲げたルイズとそれを守るように構えるアドバーグさんの真下で、ひときわ大きな魔法陣が輝きました。 それは怒れる大地、それは地下の魔神。 魔神ベームベーム顕現せり。 見上げる高さとあふれる威圧感、そびえ立つその巨体をぐるりと回る無数の目、それらが一斉に輝きけたたましい雷光を放ちました。 とどろく爆音、吹き飛ぶレコン・キスタ。ベームベームの上で踊るアドバーグさん。 雷光のいくつかがレキシントンを吹き飛ばし、ワルドがハヒフヘホ~とか叫びながらお星様になったころ、寝こけるルイズと一心不乱に踊るアドバーグさんだけになっていました。 せっかく駆けつけた軍隊は、その惨状にただただ唖然とするほかありませんでした。 村を上げて祝杯です。 オールド・オスマンも出席日数がどうとか忘れて酒盛りです。 舞台ではアドバーグさんが後ろのほうで見守る中、ミス・ロングビルと養女のティファニアがキタキタ踊りを披露しています。 男たちは全員そろって前かがみです。ギーシュなど下品にも口笛を吹いてモンモランシーにフルボッコです。 アドバーグさんは感動の涙を流しながらうんうんうなっています。後継者ができてよかったね。 後ろのほうでルイズがわめいています。どうやら魔法が使えるようになったのをキュルケに信じてもらえず憤っているご様子。 「証明してやるわ!」と杖をとりいつもの失敗魔法を唱えました。 かっこつけずに魔法陣を書けばよかったのに、いつものように詠唱なんてしちゃうからいけなかったんです。 舞台の下で小さな炸裂音がしたと思ったら舞台が踊り子とアドバーグさんを乗せたまま浮かび上がりました。 なんということでしょう。舞台の真下にできた魔法陣から幻獣ヨンヨンが召喚されてしまったのです。 踊りに夢中で気づかないキタキタ三人衆を乗せたまま、ヨンヨンは日食に消えていきました。 ルイズはとりあえずごまかすために、美しく締めることにしました。 「アドバーグ、いろいろありがとう! あなたのこと、きっと忘れないから!」 ルイズは美しい涙を流します。でも“きっと”とか言ってるあたりもう駄目です。 他の人たちも一応ルイズに習い、日食に向かって涙を浮かべます。 後ろのほうですごい顔をしているたまねぎっぽい何かを気にしたら負けです。 「宇宙の果てのどこか(ry」 使い魔がどこかへ行ってしまったため、ルイズは特別措置として再召喚が許されました。 系統はまったく違いますが魔法が使えるようになった彼女を笑うものはもういません。 魔法は唱えられ、爆発の代わりに魔法陣が輝きます。 そして新たな使い魔が、ここトリステインに顕現しました。 それはあまりに美しく それはあまりに気高く それはあまりにセクシーで それはあまりにたくましい そして何よりそれは、息が止まるほどかっこいい 魔法陣の上で浮かび上がり輝く四つの影。 あまりのかっこよさにその場の全員が言葉を失い、オールド・オスマンに至っては涙を流していました。 運命に導かれ「すぎた」世界最強の四人衆。60年間無敗の男たち。 彼らこそ『爺ファンタジー』!! ルイズはひどくさめた思考で、ただポツリとつぶやきました。 「絶対アドバーグと同じとこのやつだ……」 女王は今日も道を行く 四つの指輪をその手にはめて 四つの秘法を携えて 四人の使い魔引き連れて 女王は今日も道を行く 虚無の女王は道を行く 次回:『ゼロのかっこいい奴ら』 続くわけがない。 アドバーグさんは結局最後まで、異世界だと気づかなかったのでした。