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ルイズがビュウを使い魔として召喚したことで、その周囲は大なり小なりの差異はあれこそ、それなりの変化というものに巻き込まれることになった。 一番代表的なのはタバサだろう。 主たるメイジにのみ忠実であるはずの使い魔が、主以外の存在、つまり竜騎士であるビュウに懐いてしまっているという現実は、きっとタバサにとって想定外の事態だったに相違ない。 その結果としてのタバサの変化というのは、普段無表情の鉄面皮で通している彼女が、ビュウと一緒の時には露骨に不機嫌そうな表情をしてみせるというものであった。 これをいい変化と言ってしまうのは、タバサにとっては甚だ不本意であろう。 しかし、それまでのタバサを知る彼女のクラスメートたちにしてみれば、それは間違いなくいい変化であるように思われた。 無口で無表情、感情なんてないかのように振舞っていたそれまでのタバサは、お世辞にも周囲に好意的な存在として受け入れられていたとは言えない。 そのタバサが使い魔を取られるかもしれない、と不機嫌そうな表情を見せる、つまりは嫉妬にも似た感情を露にするというのは、タバサという少女の人間性を周囲に理解させるには十分だった。 もちろんそんなものはタバサの一側面に過ぎないのだし、それをもってタバサという少女の全てを理解し受け入れるなんてことは誰にも出来ないであろうが、 今まではその一側面さえ窺い知ることが出来なかったのだから、これはやはり大きな変化と言える。 ビュウ召喚によって影響を受けた人物はまだいる。 その一人が魔法学院の教師、ミスタ・コルベールだ。 彼の場合はタバサのように情緒面の影響を受けたというのではなく、彼が召喚されたことによって、その仕事の範囲が広がったという意味で影響を受けた。 つまり、ビュウが召喚されたせいで余計な仕事を背負わされたということだ。 コルベールに課せられた新たな仕事は主に二つある。 一つは現在のビュウの大きな目的、オレルスへの帰還に向けた手伝いである。 具体的には魔法学院の図書館内にある無数の書物の中から、オレルスに関する記述のあるものを探すというものだ。 正直言ってこの仕事は難航している。 対象となる書物が多すぎることも問題であろうが、オレルスに関する記述を扱った書物が図書館内に存在する確率が極めて低いからだ。 少なくとも、この仕事をコルベールに押し付けたオールド・オスマンは、館内にそんな記述を扱った書が存在するとは思っていない。 海岸の砂浜から、あるかどうかも分からないような砂金の一粒を探すようなこの作業に、だからかコルベールは熱意をもって取り組んでいるとは言い難かった。 もう一つの仕事というのは、ビュウの左手に現れた使い魔のルーンについての調査である。 ルイズがビュウと契約を果たした一週間前、契約のその場には立会人としてコルベールも参列していた。 そして契約終了後、ビュウの左手に現れた見慣れぬルーンに、オールド・オスマンとコルベールの二人は注目したのである。 とは言うものの、こちらについては一週間が過ぎた現在時点であらかたの調査は終えていた。 後は裏づけを取るだけという状況なのだが、それがなかなか難しい。 さし当たってはまた今日辺り、ビュウを自分の研究室に呼び出して聞き取りを行おうと思っているのだが、どうなることやら……。 さらにもう一人、ビュウの召喚の余波を大きく受けてしまった人物がいる。 誰あろうキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー、その人である。 もっとも、彼女の場合は前述の二人とは異なって、ビュウ当人からの影響によって状況の変化に晒されたとは言いがたい。 キュルケはそのビュウを召喚した人物、ルイズの変化によって間接的に変化に晒されてしまったのである。 直接的な切欠は、召喚と契約に失敗したと思い込んだルイズが、心身ともに弱っていたせいか、長年いがみ合ってきたはずのキュルケに気弱な涙を見せてしまったことだろう。 儀式の失敗を悔やみ、家族の信頼を裏切ってしまったと涙するルイズ。 そこにいたのはキュルケのよく知る、魔法の一つも使えないくせに態度ばかり一人前の貴族ぶった小生意気な宿敵ではなく、等身大の十六歳の女の子だったのである。 キュルケは正直扱いに困った。 いつものように小馬鹿にして突き放そうにも、そうしてしまえばあのときのルイズは崩れ落ちてしまいそうに弱っていたし、かといってそうする以外にルイズの扱い方なんてキュルケは知らない。 だからルイズが泣き出してしまったあのとき、キュルケは考えるのを諦めてルイズのしたいようにさせた。 泣きたいだけ泣かせてやった。 だが、そんなことがあったからといってルイズに情が移ったとかそういうことは断じてない、とキュルケは主張する。 実際あの出来事があった後も、キュルケはいつも通りにルイズを茶化したり、挑発するような言葉を投げつけている。 ところが、当のルイズがビュウのことばかり気に掛けているせいで、キュルケがどんなにからかったり茶々を入れたりしても、こっちの挑発に乗ってきてくれないのだ。 そんなルイズでは面白くない、からかい甲斐がない。 それが気に食わなくて無理やりこちらに意識を向けさせようとしても、気のない返事を返してくるばかりで、これではまるでキュルケの空回りだ。 おかげでここ最近、なんとも歯がゆい気分を味あわされている。 しかもそんなキュルケの姿が周囲からは不可思議、というか滑稽に見えるらしく、クラスメイトのモンモランシーからこんなことを言われた。 「なんだか最近の貴女って、想い人を他人に取られそうになって焦っているのに、だけど素直になれない初心な少女みたいだわ」 なんという誤解、そしてなんという言い草だ。 殆どムキになったかのような勢いでモンモランシーの言葉は否定しておいたが、後になって冷静に思い直してみたら、あれでは図星を突かれて必死に誤魔化していたようじゃないか。 そしてその翌朝になってみれば、案の定誤解を深読みしたモンモランシーによって学内にはキュルケについてのあらぬ噂が流れている。 思えばキュルケがルイズを部屋に連れ込んだときも、事実に尾ひれ羽ひれをつけた噂を流してくれたのはモンモランシーだった。 フツフツと沸きあがった怒りのままに食堂ですれ違ったときに思い切り足を踏みつけてやった。 が、その程度で怒りが収まるはずもなく、その日、キュルケの心の閻魔帳にモンモランシーの名前が極太で書き込まれたのである。 さておき、そんな調子でここ最近のキュルケはルイズのためにペースを狂わされっぱなしだった。 もういっそのこと、ほとぼりが冷めるまで、或いはルイズとビュウの関係が落ち着くまであの近辺には近寄らない方がいいんじゃないか、という気さえしてくる。 だがそれが出来ないのがキュルケという少女だった。 ペースが乱されるからといって、そこで退いたら負けと同じではないか。 勝ち負けの問題じゃないとか、そもそも何に対して負けたのかとか、そういう理屈の話ではない。 感情の、そして誇りの話だ。 ツェルプストー家の人間がヴァリエール家の人間に対して退くなんて、そんな真似は家名に懸けて許されないのである。 だからキュルケは午前の授業が終了した直後、ルイズとビュウが交わしたこんな会話を聞いて、また茶々を入れずにはいられなかったのである。 多分、こんなにも上の空で授業を受けたのは初めてなんじゃないかしら、とルイズは思った。 昼休みを目前に授業の残り時間もあと五分といったところだろう。 昼休みを前にした生徒たちはまだしも、授業をしている教師でさえ気もそぞろのようで、先ほどから授業内容とは関係のない雑談めいた話ばかりしている。 以前までのルイズなら、そんないい加減な態度の教師には反発を覚えていたところだろうが、今日のルイズはそんな教師のいい加減さに感謝していた。 今のルイズに必要なのは授業で学ぶ魔法の知識などではなく、ビュウと会話をするために必要な話のタネなのだ。 竜騎士とはいってもハルケギニアのそれとは違って魔法の使えないビュウにとって、魔法の授業というのはあまり楽しいものではないらしい。 そのため授業の内容では話のタネにはなってくれないのだ。 しかしこういった雑談であれば「そういえば先生あんなこと言ってたわね、ビュウはどう思う?」といった感じで、話の取っ掛かりにもしやすい。 ルイズはちらちら横目で隣に座るビュウの様子を伺いながら、耳をダンボにして教師の雑談を聞いていた。 そんな時間もやがて過ぎ去り、午前の授業終了を告げる鐘が鳴る。 「ん、もうこんな時間か。それでは午前の授業はこれまでとする。各自、復習を怠らないように」 教師がそう言って教室を後にすれば、あたりは昼休みらしい喧騒に包まれた。 先ほどの授業内容を友達同士で確認し合う姿も見受けられるし、連れ立って食堂に向かう者もいる。 ルイズはといえば、大きく深呼吸を二度三度と繰り返し、ビュウに声をかけるタイミングを計っていた。 胸の前で小さくコブシを握り、よし、と意気を込める。 しかしルイズがビュウに声を掛けるのより、ビュウがルイズに声を掛ける方が早かった。 「ルイズ、ちょっといいかな」 機先を制され一瞬ぎくりとするが、深呼吸と咳払いを一つ、冷静さを取り戻す。 「ビュウ? な、なにかしら?」 「悪いんだけど、今日のお昼は同席できない」 「え――、ど、どうして?」 折角ちゃんとお話ができるように話題を確保して心の準備もしてたのに――。 なんとか引き止めなくては、と言葉を募ろうとするが、 「コルベール先生から呼び出しを受けてるんだ。先生の仕事で聞きたいことがあるらしくて」 「そうなの……でも、お仕事じゃあ仕方ないわよね」 ビュウのその返答の前に、脊髄反射的にそう返してしまっていた。 「ごめん、だからお昼は他の人たちと……」 「ううん、気にしないで。私一人でも大丈夫だから。ビュウ、また後で」 「あ、うん」 それにしても、まるで夫の出張が決まった夫婦のような会話である。 しかも夫婦仲があまり上手く行っていない感じの夫婦だ。 お互いのぎこちなさもさることながら、ビュウが昼食に同席しないと聞いた途端口が滑らかになる辺りに、新婚生活(?)への疲れが覗き見える。 そしてビュウを見送ったルイズは、彼が扉の向こうに消えるなり机に突っ伏した。 (あ~、もう、なにやってるの私! そこで安心してどうするのよ!? 引き止めるんじゃなかったの、ルイズ!) 先送りにしても意味なんてなにもない。 こんなことくらいでいちいち安心してるくらいなら、一刻も早くまともに会話できるようになって、いちいち緊張しないで済むくらいならないといけないのに。 情けなさ過ぎて自分が嫌になる。 机に突っ伏したまま目を伏せて、大きくため息をつくルイズだった。 聞きなれた癪に障る声がルイズに掛けられたのは、そんなときである。 「お疲れのご様子ね、ヴァリエール」 顔を上げる。 そこには褐色の肌と炎の赤髪をもつ少女が、若干不機嫌そうに立っていた。 「ツェルプストー? なによ、なんか用?」 「別に? ただまあ、身の丈に合わない使い魔なんかと契約しちゃうと大変ね、ってからかいに来ただけよ」 「そんだけ? 用がないなら放っておいて。正直あんたに構ってる暇なんてないの」 キュルケの声に応じて顔を上げたルイズだが、すぐにまた机に突っ伏してしまう。 からかいに来た、だなんて正面切って言ってくる馬鹿に構っていられる精神的余裕などないのである。 だが、そんなルイズの態度にヒキリとキュルケのこめかみがひきつった。 これなのだ。 こうしたルイズの態度がキュルケのペースを狂わせるのである。 こっちの挑発に乗ってこない、面白くない、からかい甲斐がない。 キュルケの知っているゼロのルイズは、こっちがちょっとからかってやれば小鳥のようにピーチクパーチク囀ってなんぼなのだ。 なのにこの態度、これじゃあまるで構ってやってるこっちが馬鹿みたいじゃないか。 だから、正直ムッとする。 『――想い人を他人に取られそうになって焦っているのに、だけど素直になれない初心な少女みたいだわ』 不意にモンモランシーの言葉が脳裏を過ぎるが「違う違う! そんなんじゃないないわよ!」と頭を振って否定した。 そうじゃない、そうじゃないのだ。 (私はただ、そういうのじゃなくて……) いったいどうしたいのか――、自分でもそれが分からないまま、思いついた文句をそのまま口に出して罵ってしまう。 「情けない。自分の使い魔に遠慮して、気疲れして、それでこの私に言い返す気力もないだなんて。そんなザマでヴァリエール公爵家の娘を名乗るなんて、お笑いだわ」 「なんとでも言いなさいよ。今の私が情けないのなんて百も承知してるんだから……」 「虚勢を張る元気もないってわけ? 重症ね」 「そう思うんなら放っておいて」 突っ伏したまま顔を背けるルイズ。 キュルケはため息をついて髪をかきあげた。 イライラする。 なんなのだ、このうじうじ娘は。 こっちがこんだけ構ってやってるのに、辛気臭い、いい加減にして欲しい、普段のアンタはそんなんじゃないでしょう。 腰に手をあて、身を乗り出す。 「あのね、ヴァリエール? あんたが何に悩んでそんな追い詰められてるのかなんて、そんなのこっちにだって分かってるわよ」 「だったらなに? あんたには関係ないでしょ?」 「関係大アリよっ! あんたがそんなんじゃあこっちの調子が狂っちゃうっての!」 怒鳴りつけるように言ってしまう。 まだ教室に残っていた生徒たちの視線がこちらに集まるのを感じたが、そんなの気にしてなんていられない。 ルイズも背けていた顔をキュルケに向ける。 「はぁ? なにそれ? そんなの、それこそ私には関係ないじゃないの」 「だから関係大アリだって言ってるでしょ!?」 「し、知らないわよ。ていうか何をそんなに怒ってるの? らしくないわよ?」 「それが調子が狂うってことなの! 分かりなさいよ!」 あのねぇ、とルイズが身体を起こす。 正面からキュルケを見据えた。 思えば、今日初めてルイズと目が合った気がする。 「分かった、分かったわよ。私がらしくないせいで、私をからかって遊びたいあんたの調子まで狂っちゃうっていうのはよく分かったわ」 「だったら、いつまでもへこたれてないでさっさと元気出しなさいよ」 「それが出来ればとっくにそうしてるわよ。あのね、言いたくないけど私にだって悩みはあるの。 魔法以外にも出来ないことなんて山ほどあって、その一つが今抱えてる問題なの。 でも私はそれを出来るようになろうと思って今頑張ってるところなわけ。分かる?」 「それくらい、分かってるわ」 「それが分かってるなら、なんで放っといてくれないわけ? 放っておいてくれたら私は頑張ってビュウともちゃんとした関係になって、それで勝手に元気にもなるわ。 でもそこにあんたがいちいち構いかけて茶々なんて入れてきたら、そんなの今の私にとっては邪魔でしかないの。わかる? 邪魔なの、はっきり言って」 言っている内にルイズのテンションも上がってきてしまったのだろう、攻撃的な言葉がドンドン口をついて出てきてしまう。 言われているキュルケも同じだ。 からかってやろうくらいのつもりで声を掛けてみたのに、こうも真顔で言われると腹が立つ。 道理がどうとかで言えば、ルイズの言葉の方にこそ道理があるから、余計にイラッときてしまうのだ。 「それとも、なに?」 鼻をフンッと鳴らしてルイズ。 「ビュウと上手く行ってない私を見かねて、何かアドバイスでもくれてやろうってつもりだったとでも言うの、ツェルプストー?」 見上げながら見下す、という器用な態度でそう言ったルイズの言葉に、キュルケは一瞬キョトンとしてしまった。 『アドバイスでもくれてやろうってつもりだったとでも言うの、ツェルプストー?』 その言葉にキョトンとしたキュルケは、言葉の意味を噛み締めたの後、今までの自分の行動と言動に酷く納得した。 要するに自分は、今のこのうじうじしたルイズをなんとかしたかったのだろう。 けれど、そんな自分の真意に今の今まで気づいていなかったから、今日までのキュルケの言葉はどうにも空回って、ルイズの心に届かなかったのである。 でも、自分の本心に気づいた今なら違う。 今のルイズに張り合いがなくて詰まらないなら、張り合いのある面白いルイズに戻してやればいい。 そのための障害があるのならば、まあ面倒ではあるけどそれを乗り越えるのに手助けしてやるのも吝かではない。 (だってそんなの、今のままのうじうじとみっともないルイズのせいでこっちの調子を崩されてるなんて、 そんな状況に比べたら、多少我慢してでも元の状況に戻してやった方が、なんぼかマシってもんだわ) そんなことを思う自分自身に、プッと噴出す。 いきなり噴出したキュルケに、怪訝な顔を向けるルイズを見て自分の考えは間違っていないと確信した。 からかい甲斐のないルイズなどルイズではない。 張り合い甲斐のないヴァリエールなど、ライバルではないのだ。 ヴァリエールの人間の手助けをしてやるなんて、全く持ってツェルプストーらしくもないが、しかし――、 (でもね、遊ぶための火種が尽きてしまっては、火遊びなんて出来やしないのよ) その格好の火種であるヴァリエールの人間に再び火を灯してやるだなんて、そう考えれば今の自分は実にツェルプストーだ。 腰に手をあて、轟然とルイズを見下ろして言ってやった。 「そうよ。男のあしらい方一つ知らない無知なお子様に、この微熱のキュルケが一つ手解きしてあげようじゃないの」 そんなことを言ったキュルケに、ルイズは酷く間の抜けた顔を見せたのだった。
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ここ『女神の杵』では、かつて貴族たちが集まり、陛下の閲兵を受けたという練兵場がある そこではある貴族達は己の誇りと名誉をかけて決闘を行っていたという話もある 今では物置場となり樽や空き箱が積まれかつての栄光を懐かしむように石でできた旗台が佇んでいる そこに二人の男がやって来た、ワルドとロムだ 二人は練兵場の真ん中に立つとそれぞれ20歩ほど離れて向かい合った 第8話 闘え!戦士の誇りと命の為に 「古き良き時代、王がまだ力を持ち貴族たちがそれに従った時代、貴族が貴族らしかった時代だ・・・・」 ワルドが旗立て台を眺めながら語り始めた 「名誉と誇りをかけて僕たち貴族は魔法を唱えあった」 ワルドは皮肉を含めた笑みを前を向いた 「でも実際はくだらない理由だったらしい。例えば、女を取り合ったりしてね」 ロムは腕を組んで話を聞いていた 「・・・少し長くなったね、では決闘を始めようか」 「ああ」 ロムは腕を解くと腰にあるデルフリンガーの柄を握ると、ワルドは左手で制した 「どうした?」 「立ち会いにはそれなりの作法というものがある。介添人がいなくては」 「介添人?」 「もう呼んである」 ワルドがそう言うと物陰からルイズが現れた ルイズは二人の顔をみてハッとした顔になった 「ワルド、来いと言うから来てみれば、何をする気?」 「彼の実力を、ちょっと試したくなってね」 「馬鹿な事は止めて、今は、そんなことする時じゃないでしょ?」 「それが貴族という奴はやっかいでね、どっち強いか弱いか、気になるんだ」 ルイズはロムの方を見る 「すまないマスター、決闘を申し込まれた以上、答えなければいけない」 ギーシュとの決闘の時と一緒の答えが出てきてルイズは止めるのを諦めた 「なんなのよ、もう!」 ルイズが癇癪を起こすのと同時にロムはデルフリンガーを引き抜いた 左手のルーンが輝く、それを見たルイズは昨晩ワルドが言っていた事を思い出した 「伝説の使い魔の印?」 「そうさ、彼の左手に刻まれたルーン。始祖ブリミルに仕えたと言われる伝説の 『ガンダールヴ』の印だ」 ワルドは話を続けた 「誰もが持てる使い魔じゃない。君はそれだけの力を持ったメイジなんだ」 「信じられないわ・・・」 ・・・・ルイズはロムの顔を見た 確かにロムは頼もしい使い魔だ でも『ガンダールヴ』とは行き過ぎた話だ そう思っているとワルドは口を開いた 「では、介添人も来たことだ、本当に始めるか」 ワルドが腰から杖を抜き、フェンシングのように前方に突き出す 「行くぞ」 ロムもデルフリンガーを両手で構えて言った 「ああ、全力で来い」 ロムとワルドは同時に地を蹴り先程まで自分達が居た場所でぶつかった 剣と杖の間に火花が散る。細身の杖であったが長剣を受け止める 競り合いが続くが先に身を引いたのはワルドだった そのまま後ろに引くと思うとシュシュ、と風切音と共に高速で突いてきた (速い!これは目で見るんじゃない!心眼で見切る!) ロムは突きを下から抉るように杖を勢いよく切り上げる 杖先は空を向き、ワルドは懐に隙ができる 「なんと!!」 思わず声を上げたワルドは黒いマントを靡かせ身を引いたすぐにロムの蹴りが身体があった場所で空を切った ワルドは優雅に宙を跳び退さり構えを整えた 「なんでぇ、あいつ魔法を使わねえのか?」 デルフリンガーがとぼけた声で言った 「俺の実力と手の内を調べているんだ。どうやら昨日見せた分だけでは足りないようだな」 (流石は魔法衛士隊。魔法だけかと思っていたが近接戦闘も強いな) ロムは冷静な声で答えた、同時にワルドは『通常』の自分とも退けを取らない騎士であることも悟った 「魔法衛士隊のメイジはただ魔法を唱えるだけでは無い」 ワルドが杖を振りながら言う 「杖を剣のように扱いつつ、詠唱を完成させる。軍人の基本中の基本だ」 振るのを止めるとワルドは杖を突き出すと鋭い目付きを見せた 再び両者はぶつかり合う、カキン、カキンと斬りあう音が鳴りあう 「君は素早く力強いな!流石は伝説の使い魔だ!」 ワルドはロムの剣を細かい動作で受け流しながら言う 「それに剣の振りも素人ではない!うちの一番若い奴等と同じ、いやそれより強いな!」 ワルドの声はいやに楽しそうだった、同時に動きが段々速くなっていった 「だが君には我等とは足りないものがある」 「足りないもの?」 「そうだそれは・・・」 ワルドの突きは更に速くなる・・・、ロムは見切ろうとするが 「デル・イン・ソル・ラ・ウィンテ・・・・・・」 ワルドが低く呟いていることに気付く 「相棒!いけねぇ!魔法がくるぜ!」 「天空真剣!!」 デルフリンガーとロムが叫んだ 「隼ぎ・・・」 ボン!と大きな音が鳴りロムが横にブッ飛ぶ (うおおお!空気がハねただと!?) ロムは地を踏みつけをブレーキをかける ズザザザザザと音を立てて後ろへ下がるが膝を地に付けつつなんとか踏ん張れた ロムが正面を向くとワルドが杖を自分に向けていることがわかる 「君に足りないもの・・・それは・・・・・・・」 ワルドは少しためた 「『魔法』だ。」 「君は魔法が無い世界から来たからわからないかもしれないが、この世界は魔法が絶対だ 強い魔法なら尚更・・・・」 ロムは立ち上がろうとするが殴られた方の腕が痺れてデルフリンガーを落としてしまう 拾おうとするがワルドが強風を起こす デルフリンガーはカランカランっと鳴りながらワルドの方へと転がっていき思いっきり踏まれた 「貴族の決闘は杖を奪われた方が敗けだ。・・・勝負ありだな」 ワルドが冷淡に言った 足下でデルフリンガーが喚いている 「・・・・・・いや、まだ俺は戦える・・・・!」 ロムはそう言うと右手から剣狼を出す 「(・・・あれは、剣狼!)止めて、ロム!」 ルイズが大声を出す ロムははっとなった顔でルイズの方を向いた ロムの顔を見たルイズはビクッと震えた、今まで、あんなに・・・・、ロムの恐い顔は見たことがなかった 「わかった・・・・マスター」 ロムは小さな声でそう頷くとルイズはホッとして小さな胸を押さえた 「今のでわかったよ。ルイズ、彼では君を守れない」 近づいてきたワルドがしんみりした声で言った 「・・・・だってあなた魔法衛士隊隊長じゃない!強くて当たり前じゃないの!」 「そうだよ。でもルイズ、強力な敵に囲まれた時に君はこう言うつもりかい?私達は弱いです。杖を収めてくださいと」 ルイズは黙ってしまった そしてロムを見つめるがワルドに促された 「今は一人にしておこう」 ルイズは躊躇ったがワルドに引っ張られる (・・・・まだ手が痺れている、流石は『ガンダールヴ』) そして、練兵所では二本の剣を握ったロムだけが残った 沈黙が続く ロムは深呼吸した後、埃まみれの剣を見つめた 「すまんなデルフ、このような結果になってしまって」 「気にすんなよ、あいつは相当の使い手だぜ?競り合った相手がすげー。だから相棒、お前はすげーよ」 「・・・そういって貰うと助かるな」 ロムが少し笑みを浮かべるとデルフリンガーは大笑いした 「はっはっはっは!相棒は笑った方がカッコいいぜ! ところで相棒、さっき握られた事で思い出した事があるんだけどよ」 「なんだ?」 「うーん何だっけな・・・、よく思い出せねぇ。何せ大昔の事だからよ・・・」 「なんだそれは」 「まあ少したてば思い出すかもしれねぇなぁ、じゃあ戻ろうぜ」 「ああ」 ロムは剣狼をしまうと出口に向かって歩き出した (魔法・・・、メイジ・・・・、俺の拳と剣で乗り越えることができるか?) その夜・・・、ロムは部屋にこもって剣狼を持って座禅を組む 一階でギーシュ達が飲んで騒ぎまくっている声が聞こえる。キュルケに誘われたが丁寧に断った 2つの月が重なる晩の翌日、アルビオンに向かって船は出港するという ロムはベランダに出て夜空を見上げた 瞬く星の中で流星が一際輝き、赤い月の光が白い月の後ろで見えた 月を見るとこの世界に来て初めての夜を思い出す 今頃、妹は無事なのか、クロノスの皆はどうなっているのか そんな風に考えていると後ろから声を掛けられた 「何しているのよ、ロム」 ルイズがそこに立っていた 「負けたぐらいでそんなに落ち込んじゃって。私を守る使い魔じゃなかったの?」 「落ち込んでなんかいないさ」 「じゃあどうしていたの?」 「・・・・考えていたんだ。君をちゃんと守って任務を終えることができるか」 ルイズははぁ~とため息をついた 「ちゃんと守ってもらわなければ困るわよ。しっかりしなさい。 それにしてもあんたなんでその剣を持っているのよ、大体それは・・・・」 ルイズが喋り続ける ルイズの口の動きを見ながらロムは思った、いつもの高慢なルイズの顔ではなく、年相応のルイズの顔はとても可愛らしい その顔を見ると妹と重なり可愛いく見える どこか可愛く感じられた さらに思い出せばルイズはフーケとの戦いでゴーレムに立ち向かう勇気を見せてくれた ゼロと呼ばれて悔し涙も流した 思い出せば思い出すほど女の子らしい一面が可愛らしく感じた・・・・ 「・・・な、何よ。何ジロジロ見ているのよ」 ルイズの頬に赤みが差していた 「今、私に叱られてそんなに悔しいの?情けないわね。そんな事じゃあんたなんかほっといて私はワルドと結・・・・」 そのときだった 月の光が突然消えた ルイズは驚いた顔になり、ロムが後ろを振り向くとそこには巨大な何かがいた 輪郭からほのかに漏れ出す光を頼りに目を凝らす それは岩でできたゴーレムだった 巨大ゴーレムの肩に誰かが座っている 髪をたなびかせ悠然としていた 「「フーケ!」」 二人同時に怒鳴った 「ふふふ・・・感激だわ。覚えていたのね」 「牢屋にはいっていたのでは・・・・」 「親切な人がいてね。私みたいな美人は世の中に出て役に立たなければいけないと言って、出してくれたのよ」 フーケの横に黒マントを着て白いマスクをつけた貴族が立っている アイツが出したのか? 「どういう経緯かは知らんが・・・、・欲望に染まり、悪に走った者には栄光は無いぞ!貴様等!!」 ロムは銀色に輝く剣狼を出して切っ先をフーケに向ける 「残念だわそんな言われよう・・・・、折角お礼を言いに来たのによぉ!?」 フーケは目を吊り上げ狂的な目を浮かべた 振り上げられたゴーレムの拳が唸りベランダを粉々に砕く 「ルイズ!避難するぞ!!」 ロムはルイズとデルフリンガーを抱えて一瞬で部屋を抜け出し、階段を駆け降りた 玄関から現れた傭兵の一団が一階の酒場で飲んでいたワルド達を襲った ワルドとタバサが魔法で応戦するがあまりの多さに苦戦しているらしい 「こいつら!メイジとの闘いに慣れているよ!!」 「見ればわかるわよ!魔法が届かない場所から攻撃してきてる!」 テーブルを立ててそれを盾にしている ギーシュとキュルケが叫ぶ奥にいる客達が悲鳴をあげているにも関わらず衛兵たちは矢を放つ 二階から降りてきたルイズとロムが駆け寄ってきた 「巨大なゴーレムがいるわ!」 「わかっているわ!ほら、あそこ」 キュルケが顔を横に振る、吹きさらしから巨大な足が見えた 「まずいな。このままではこっちがやられてしまう。もしこのまま魔法を使い続ければ」 「終わり」 ワルドの言葉をタバサが簡潔に結論付けた 「ではどうする?」 「僕のワルキューレで引き止めてやる!」 「一個小隊が関の山ね。相手は手練れの傭兵たちよ?」 キュルケとギーシュが言い争いをしている ワルドがそれを制すると低い声で語りは始めた 「いいか諸君、この任務は半数が目的地にたどり着けば成功とされる」 それを聞いたタバサはキュルケとギーシュを杖で指して「囮」と呟いた そしてワルドとルイズとロムを指して「桟橋へ」と呟いた 「時間は?」 「今すぐ」 「聞いたとおりだ。裏口に回るぞ」 「え、え?、ええ!」 ルイズが戸惑いの声を上げる 「ま、しかたがないわね。私はあなた達がアルビオンに行く理由なんてわからないもんね」 キュルケが髪をかきあげてつまらなさそうに言った 「ううむ、また、姫殿下とモンモランシーには会えるのか・・・・」 ギーシュは薔薇をちぎりながら言った 「タバサ、君たちは・・・・」 ロムはタバサの方を向いて戸惑いながら言うとキュルケが促した 「いいから行きなさいってば。生きて帰ったらお礼をいっぱい貰うからね?」 ルイズとロムが立ち上がり低い姿勢で走った 矢が唸りをあげて彼らに降りかかろうとするがタバサが杖を振り風の壁を作って防いだ 厨房を出て通常口にたどり着くとルイズは出る前にペコリとおじぎをした そして桟橋に向かって走る途中、酒場から大きな爆音が響いた 「・・・・始まったようだな。僕達も急ごう」 「え、ええ!ロム!・・・・ってロム!?どこへいったのよ!?ロム!?」 月夜に人影が浮かんだ
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前ページ次ページつかわれるもの 第03話 語られるもの その日の夜、トウカは空に浮かぶ二つの月を見つめながら、深い溜め息をついた。 (聖上……某は最後の御命令を、全うする事が出来ぬやもしれません……) トウカはどこか悲しげに、窓の外を見つめる。 その隣で、ルイズとカルラの情報交換は続いていた。 「別の世界から来た……か。俄かには信じられないわね……」 「わたくしだって信じたくありませんわ。でもこの月を見て、この世界がわたくし達の世界だ、と認識するのは難しいですもの」 「こっちだって信じられないわよ……月が一つしかなくて貴族が居ない世界なんて」 ルイズの溜め息とカルラの溜め息が重なる。 ふと、窓から月を見つめていたトウカが口を挟んだ。 「ルイズ殿……某達がトゥスクルに帰る方法はあるのか?」 トウカ達にとって、今現在もっとも重要な問題。 『トゥスクルからトリステインまで一方通行です』などと言われたら、もうどうする事も出来ないのだ。 「判らないわ……だって別の世界なんて聞いた事も無いし、それを繋ぐ魔法なんてある訳が無いわよ」 「だとしたら!何故某達がこの世界にやって来れたのだ!?」 「そんな事、私に判る訳が無いでしょう!?」 段々と部屋が険悪な雰囲気に包まれて行く。 今にも喧嘩に発展しそうな二人の間に、やれやれといった様子のカルラが割って入る。 そして、睨み合う両者の頭をわしわしと撫でた。 「二人とも落ち着きなさい。頭に血が上っていては、冷静な考えなど浮かぶ訳がありませんわ」 カルラは笑みを崩さないまま、二人を交互に見つめる。 頭を撫でられた気恥ずかしさによる物もあるのだろうか、無言の笑みには妙な迫力を感じた。 ルイズとトウカは大きく息を吸い込み、溜め息と共に頭の熱を押し出す。 「すまない、某としたことが……ついカッとなってしまった」 「べ、別に良いわよ……。ただでさえ良く判らないところに連れて来られて、混乱してたみたいだしね」 まるで手の掛かる妹みたいだ、とカルラは思った。もっとも弟こそ居るものの、自分に妹は居ないのだが。 妹達、もとい戦友とご主人の二人を見てカルラは満面の笑みを浮かべる。 そして、ふと思い出したかのようにルイズに向かって一つの事を尋ねた。 「それで、使い魔っていうのは具体的に何をすれば良いのかしら?」 カルラの思惑はこうだ。 今現在の状況で帰る方法が判らないのであれば、この国で生活していく他無い。 この世界やルイズについても興味はあるし、色々と退屈はしないだろう。 しかしいずれはトゥスクルへ帰らねばならないのだ、その為に必要な情報を集めなければならない。 その点、この国で一番の学び舎ともすれば、情報の収集に役立つものがあるだろう。 それに、ここに居れば少なくとも寝床と食事の心配をする必要が無い。 とすれば、使い魔として生活する事が帰る方法を探すのにもっとも都合が良い、という事だ。 「えーっと、そうね……」 そんなカルラの思惑など露ほども知らぬルイズは、少し頭を捻りつつ使い魔に与えられる能力について考える。 「……まず、使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」 「某の見ているものが……見えるのか?」 「……何も見えないわね」 ルイズは残念そうに顔を俯かせるが、すぐに顔を上げて言葉を続ける。 「えーと、それから使い魔はね、主人の望むものを見つけてくるの。例えば秘薬の材料とか……でも無理そうね」 「んー、薬の材料ならたまーにエルルゥの手伝いなんかもしてましたし、多少は判りますわよね?」 「そうだな。もっとも、こちらにそれがあるのかは判らないが」 「本当!?エルルゥが誰かは判んないけど、そんな事も出来るんだ!」 まぁハルニレやトゥレプといった薬草類や、紫琥珀といった鉱物類が存在するのかも判らないし、仮にそれらが見つかったとしても、ルイズに調合できるのかと言えばそういった訳でもないのだが。 しかしながら予想だにしていなかったその答えに、ルイズの機嫌が上方修正されたのは言うまでも無い。 「それで最後の一つ、これが一番重要なんだけど……、使い魔は主人を守る存在でもあるの。その能力で主人を敵から守るのが一番の役目!」 「特に能力なんてありませんけど、護衛なら充分可能ですわよ」 余りにも軽いカルラのその発言に、ルイズは少し意外そうな声をあげた。 「へぇ……コルベール先生は魔力反応があるって言ってたし、てっきり何か出来るのかと思ってたわ」 「……魔力とやらは良く判らないが、某達には一人につき神が一体宿っている。恐らくその影響だろう」 神が宿っている?それは一体何なんだろう?こっちの神とは違うのよね?などと頭に疑問符を浮かべていたルイズだが、一先ず思考を中断する。 「ふーん……それについてはまた今度説明してもらうけど、魔法とかが出来る訳じゃないのね」 「……確かに某達はオンカミヤリュー一族のような術法を持ち合わせている訳では無い。だが某とて武人の端くれ、ルイズ殿に降りかかる火の粉位は払ってやれるさ」 先程までとはうって変わって、優しい表情で声を掛けてくるトウカ。 余りにも不意打ちに見せられた表情に、ルイズは少々顔を赤らめてしまった。 その恥ずかしさからだろうか、トウカに向かって思い切り怒鳴りつける。 「と、当然でしょ!私の使い魔なんだから!もう、グダグダ言ってないでさっさと寝るわよ!」 ルイズは宣言と同時に服を脱ぎ始め、大きめのネグリジェを纏ってベッドに飛び込む。 それを呆然と見ていたトウカは、申し訳無さそうにルイズに問う。 「ところで……某達の寝床は?」 あ、といった表情をベッドから覗かせるルイズ。暫くして申し訳無さそうに呟いた。 「また今度用意してあげるから、今日は床で寝てくれない?」 てへっと擬音が付かんばかりに舌を出し、トウカ達に毛布を投げる。 そしてそのまま頭から布団を被ったと思うと、すぐに寝入ったようだった。 その様子を生暖かい目で見つめていたカルラとトウカは顔を見合わせると、大きく溜め息をついた。 「大変な子に召喚されちゃいましたわねー……」 「全く……先行きが不安になるな……」 「ま、あるじ様が起きる前に帰れば良いんですから、気楽に行こうかしらねー」 「カルラ……少しは危機感というものを持ったほうが良いのではないか?」 暫くの間トウカは小言をこぼしていたが、いつの間にかカルラは寝息を立てていた。 もう全て割り切るしか無いのだろうな……などと考えながら、トウカは座ったままカルラと一緒の毛布にくるまり、ゆっくりと夢の世界に落ちていった。 前ページ次ページつかわれるもの
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私の使い魔はゴーレムだ。 ……いや、本人はアンドロイドだと主張しているのだが。きっと前にいたところでの高等なゴーレムを表す言葉なのだろう。 こだわる気持ちは、まぁ、何となくわからないでもない。私だって、メイジのことを「やぁ、すごい呪い師ですね」とか言われたら、思わず反論しちゃうだろうし。 もっとも、この使い魔に関して、最初はてっきりただの平民を召喚してしまったのかと思った。 何しろ、外見的にはほとんど人間と見分けがつかない。見かけはもちろん、動作も人形っぽいところなんて全然ないし、何より人間同様ごはんを食べて動いているのだから。 話によると、お腹が空くと力が出ないらしい。どんだけ人間らしいのよ! ただ、ものすごい怪力だ。身長の何倍もありそうなガレキを持ち上げたときは、さすがに驚いた。おまけにすごく頑丈。私の失敗魔法の爆発に巻き込まれても、ケロッとしてるくらい。 性格は、ちょっと……いや、かなり天然ボケなところもあるけど、じつはお人好しで優しいということも、わかってきた。 いつもニコニコしてて、怒ったり泣いたりしたところを見たことがないくらい能天気だけど、それもまたポジティブで明るいと言えないこともない。何かと振り回されることも多いけど、いっしょにいると楽しいし。 感覚の共有も、秘薬の原料の採集もできないが、じつはけっこう”当たり”の使い魔を引いたんじゃないか……と、最近は思うようになった。 ――まぁ、こんなこと、絶対、口に出しては言えないけどね。 バタバタバタ…… あ、あの子が部屋に帰って来たみたい。 「ルイズさ~ん、ユーリィお腹が空いたですぅ」 「もうっ、ユーリィ、アンタ一日何回食べたら気がすむのよ!」 ~終わり~ -「銀河お嬢様伝説ユナ」のユーリィ・キューブ を召喚
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前ページ次ページGOTHIC DELUSION ZERO 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン!我の運命に従いし、"使い魔"を召喚せよ!」 その日、トリステイン魔法学院では使い魔召喚の儀式の真っ最中であった。 使い魔召喚の儀式とは、この魔法学院に通う生徒達が2年へ進級するにあたって行われるものである。 同時に彼らのパートナーである使い魔を決める大事な場でもあるのだ。 使い魔は生涯をかけて主を守り、導き、そして共に歩む。 故に、使い魔召喚は神聖な儀式として、代々執り行われてきたのである。 そして、今その使い魔召喚を行っているのは桃色がかった髪の少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールであった。 ルイズが召喚の魔法『サモン・サーヴァント』の呪文を唱え、杖を振ると目の前に小さな爆発が起きる。 だが、もくもくと上がる煙が消え去っても、そこには何も無かった。 「また失敗かよ!!」 「何回目だっけ?」 「さあ?もう10回は軽く超えるんじゃないの?」 周りの級友たちの声がルイズの耳へと入る度に、彼女は腹を立て、ムキになって呪文を唱える。 そしてまた爆発を起こし、その回数だけを重ねていく。 そんなことの繰り返しに、周りの級友たちも流石に煽りだけではなく、本気の抗議の声を浴びせかける。 「いい加減にしろ!!」 「一体、何時までやってんだ!!」 「もう止めちまえ!!」 他の級友たちは既に使い魔を召喚し終え、契約まで済んでいた。 未だに召喚すら出来ていないのはルイズただ一人だけであった。 学院の教師の一人でこの場を監督しているコルベールはそんなルイズを見て、思わずため息を吐く。 コルベールはこの学院内ではルイズの努力を認めている数少ない人物であったが、流石に今の状態のまま続けていても埒が明かないと思い始めていた。 「……ミス・ヴァリエール。このまま続けていても同じことの繰り返しだ。今日のところは次の召喚を最後にしようじゃないか」 「……え?」 ルイズはこのコルベールの言葉に少なからずショックを受ける。 とうとう自分は見限られてしまったのだと。 彼女も彼女でコルベールのことを多少は信頼していたのである。 そんな信頼している教師から遂に最後通告を出されてしまった。 自分の不甲斐無さに思わず下唇を噛む。 (……させなきゃ。絶対に次で成功させなきゃ!!) ルイズは強迫観念とさえ言えるほどの自己暗示をかけると、スッと目を閉じた。 そして意識を最大限に集中させ、呪文を唱え始める。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン!宇宙のどこかにいる私の僕よ!神聖で美しく、そして強力な使い魔よ!私は心より求め、訴えるわ!我が導きに応えよ!」 杖を振った瞬間、今までにない程の大爆発が目の前で起きた。 物凄い爆風が巻き起こり、思わずルイズは二、三歩後ずさってしまう。 しかし、その鳶色の目を閉じることは無く、大量の煙で覆われた場所をしかと見つめる。 (私の……私の使い魔!!) ドラゴンやグリフォンとまではいかなくてもいい。 猫や犬……果てはネズミやカエルだって構わない。 ただ、そこに自分が召喚に成功したという証があって欲しいと願いを込めて凝視していた。 やがて、煙の膜が徐々に薄くなるにつれて、中に何かの影が見え始めた。 そのシルエットから察するに、そこそこ大型の生物のようである。 (やった……やったわ!!) それまでの過程はともかく、召喚が成功した。 そして、使い魔もそこそこ大物である可能性が高い。 ルイズは湧き上がる喜びの感情を隠すことが出来ずにニヤけていた。 だが、その喜びも束の間であった。 煙が晴れて、その中の正体がハッキリすると、ルイズの顔が凍りつく。 級友たちの中の一人がするどくその正体を見とめると、大きな声を上げた。 「……ゼロのルイズが、平民を召喚したぞーーーーー!!」 その言葉が切っ掛けとなり、周囲に笑い声が巻き起こる。 中には、直接的にルイズを馬鹿にしたようなことを言ってのける者もいた。 だが、それらの言葉はルイズには届くことは無かった。 彼女は彼女で目の前の現実を受け入れきれずにいたのであった。 (何よ、これ?嘘、でしょ?え?) 何度目を擦って確認しても、そこにいるのは仰向けに倒れた平民と思われる傷を負った男。 身の丈はコルベールくらいあり、何やら上下にボロボロの黒い服を着ている。 髪型も特に癖っ毛ということは無く、セットしている様子も無く、ただストレートに伸ばしているだけ。 長過ぎず、短過ぎず、といったところか。 多少茶色掛かっているが、基本的には黒い髪である。 ここハルケギニアでは黒い髪というのは珍しく、ここトリステイン魔法学院でも使用人の中に一人該当する人物がいるくらいである。 だが、珍しいだけで存在はしているのだ。 顔は目を閉じてはいるものの、至って平凡。 特に美男子というわけでもない。 これがルイズの呼び出した使い魔の姿であった。 全身に傷を負ってはいたものの、致命傷という風には見えず、また普通に息をしている為、治療は後回しにすることとなった。 「……さあ、ミス・ヴァリエール。『コントラクト・サーヴァント』を」 コルベールは無慈悲にルイズへとそう告げる。 少しの間、その男を見つめていたルイズではあったが、すぐにコルベールへと向き直り、必死の形相で言った。 「ミスタ・コルベール!お願いです!!『サモン・サーヴァント』をやり直させてください!!」 しかし、コルベールは無言で首を振る。 更にルイズが食い下がると、コルベールは困ったような顔で言った。 「ミス・ヴァリエール……残念ながら『サモン・サーヴァント』のやり直しは許可出来ない。『サモン・サーヴァント』は神聖な儀式なんだ。やり直すということは始祖ブリミルへの冒涜にもなる」 「そんな……!?でも、平民を使い魔にするなんて聞いたこともありません!!」 「それでもだ。……分かって欲しい。それにもう一度『サモン・サーヴァント』を行って成功させる自信があるとでも言うのかい?」 最もな疑問であった。 此度の成功の前には、数多の失敗があった。 ルイズ本人でさえ、再び『サモン・サーヴァント』が成功するとは思っていなかった。 だが、それでも変えたかった。 彼女が望んでいたのは普通。 例え、ネズミやカエルだったとしても、それで良かったのだ。 ルイズは生まれてこの方、系統魔法をまともに成功させたことが無く、その為に周りから浮いてしまっていた。 せめて他で補いたいと、筆記などの実技以外の部分で好成績を修めても、その現状は変わらなかった。 それならば、使い魔だけは他の者と同じようなものでありたい。 そう願い、成功させたと思ったら、その使い魔が人間……それも平民である。 耐え難い事実。 それを受け入れるくらいなら、始祖ブリミルに背いてでももう一度召喚をしたかった。 だが、それが出来る筈もないのだということも頭のいい彼女には分かっていた。 暫くの間、コルベールと問答をしていたが、それも切り上げて、ルイズは渋々倒れている平民の男の元へと足を向ける。 そして、男の顔の側まで来ると、観念したかのように『コントラクト・サーヴァント』の呪文を唱え始めた。 (もう背に腹は変えられない。それは分かっている。でも……) 迷いを抱えたまま、半ば棒読みで『コントラクト・サーヴァント』の呪文を紡ぐ。 「……我が名はルイズ・ フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 そうして、男の唇に自らの唇を重ねようとした。 その時であった。 「やめろ!!!!」 突如、舌足らずな子供のような、だが何処か威厳を感じる声が辺りに響いた。 その声に思わずルイズは男の唇に触れる寸前に止めてしまう。 コルベールや級友たちは声の正体を探して辺りを見回していた。 すると、再びその声が今度はルイズに向けて放たれた。 「たかみちはわたしの遂<ミニオン>だ!おまえのつかいまなどにはけっしてならない!!」 ルイズはその声の方へ目を素早く向けた。 他の者たちが声の正体を見失っているのとは対照的に、ルイズにはその声の主のいる場所がすぐに分かっていた。 視線を向けたそこには一人の小さな少女が立っていた。 美しい髪と満月のように丸く大きい瞳。 そして、まるで何処かのお嬢様だとしか思えないゴシックロリータの服装。 今、目の前で倒れている男の知り合いにしては、あまりに不釣合いな存在に見えた。 ルイズは少しムッとした表情で少女へ問い質した。 「……アンタ誰よ?一体何なの?」 少女はそんなルイズの視線をしっかり受け止め、寧ろルイズが怯みそうになるぐらいに強く睨み付けたまま言った。 「私の名はロー。ファルシュ・ドロレス・ヴァレンタインだ。ゴシックハートは<決して錆びぬ思い>。最上なる高貴、揺るぎなき誇りを掲ぐ<星の揺籃>の血と名を継ぎし者なり!!」 前ページ次ページGOTHIC DELUSION ZERO
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前ページ次ページゼロの花嫁 瀬戸を離れて夕波小波 人魚呼び出すゼロのルイズ 義理を立てりゃ、道理が引っ込む 笑ってやって下せぇ 苦い不幸の始まりでございます ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは追い詰められていた。 使い魔を呼び出すサモンサーヴァントの儀式。 これに成功しなければ彼女は進級出来ないのだ。 仮にもヴァリエール家の人間が落第するなどという事があってはならない。 正に祈るような気持ちで呪文を唱えた。 呪文は完璧、失敗による爆発も起きない。 ゲートは召喚された、ここまでは問題無い。 ぼて。びちびちびちびち。 楕円状のゲートから何かが落っこちてきた。 最初に目に入ったのは見事なその尻尾、鱗に覆われたそれは魚の尻尾と思われる。 しかし、その上半身は美しい少女の姿をしていた。 「これ……もしかして……人魚?」 以前読んだ伝承に、確か人魚の記述があった。だが、あれは作り話ではなかったか? 呆気に取られるルイズ、それは隣で見ていたコルベール先生も同様で、二人はその美しい人魚の姿に見入っていた。 人魚は、最初周囲を探るように見渡す。 すぐにルイズとコルベールに気付き、数秒の間の後、物凄い勢いで騒ぎ出した。 それは、遠くからこちらを囲むようにしてみているほかの生徒を見て、更に激しくなった気がする。 話す内容は支離滅裂で何を言っているのか良くわからなかったが、最後に叫んだ声だけはルイズにも聞き取れた。 「人魚エンシェントリリック! 眠りの詩!」 ラァリホエ~~~~~~♪ そしてみんな意識を失った。 最初に意識を取り戻したのはルイズだった。 「む~、頭痛い……」 「大丈夫?」 そう問いかけてきた声に聞き覚えが無かったので、ルイズはちらりとそちらを見る。 腰まで伸ばした後髪、年は十四、五ぐらいであろうか。 清楚な佇まいを持つ、美しい少女であった。 「あなたは?」 「瀬戸燦言います。よろしゅう」 そう言ってにぱっと笑う彼女は、本当に美しいと思えた。 何故か赤面してしまうルイズだったが、首を横に振って意識をはっきりさせる。 「そ、そう、私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 「ルイージマリオズッケェロ? 首だけになって拷問とかされてそな名前やね」 「何処のマフィアよそれ!? ルイズよルイズ!」 勢いでそうルイズがつっこむと、燦はまた笑った。 「そか、ルイズちゃんか。私も燦でええで」 再度赤面するルイズ。 これが、二人の出会いであった。 ようやく起きたコルベールを交えてお互いの状況を確認するルイズと燦。 他の生徒は既に教室へと戻っている。 その際、彼らが空を飛ぶのを見て燦はえらく驚いていた。 「サンは魔法を知らないの?」 「そないに当然な顔して言われても……大体ここ何処なん?」 「トリステイン魔法学園」 「……瀬戸内魔法学園に変えん? それなら少しは親しみのある名前になりそーやし」 「いや歴史有る魔法学園の名前をそんな理由で変えられても」 二人のやりとりに、コルベールがわざとらしく咳をしてルイズを促す。 ルイズは助けを求めるようにコルベールに問う。 「あ、あのーコルベール先生。流石に平民の使い魔は……」 「駄目です、ミスヴァリエール。使い魔召喚の儀式はそうほいほいとやりなおせる類の事ではありません」 がっくりと項垂れるルイズ。 燦は不思議そうにルイズに聞いた。 「なあなあ、それ何なん?」 「使い魔よ使い魔。あなたは私の使い魔として召喚されたの」 「ようわからんけど、私そろそろ家に戻らんとお父ちゃんに怒られるねん」 そこでルイズは初めて気付いた。 そう、平民、人間を使い魔にするという事は、その人間を家族から引き離すという事なのだ。 今度はさっきよりも強い口調でコルベールに言う。 「ミスタコルベール、彼女には家族も居ます。それを無理矢理使い魔にするのはいくらなんでも非道がすぎるのでは?」 ルイズは、もちろん燦の事も心配しているが、これでうまい事再挑戦をさせてもらおうという計算があったのも事実である。 コルベールも少し悩んでいるようだ。 「それはそうだが……いや、前例も無い事だしやり直しは認められない。その場合はミスヴァリエールは留年という事になる」 留年、という言葉にルイズは身を硬くする。 が、それ以上に燦がその言葉に大きく反応した。 「ちょっと待ってや! 留年て何なん? ルイズちゃん留年してしまうん?」 返答に困ってコルベールはルイズを見る。 ルイズは俯いて肩を震わせている。 燦はルイズの肩を掴む。 「なあ、ルイズちゃん。留年て本当なん?」 それが引き金であった。 激昂して燦を怒鳴りつけるルイズ。 「そうよ! あんたみたいな平民が召喚されたせいで私は留年するかもしれないのよ!」 燦は青い顔をしてコルベールに確認する。 「そうなん? なんとかならへんの?」 コルベールも心苦しそうだ。 「ああ、ミスヴァリエールが誰よりも努力している事は私も良く知っている。出来る事ならなんとかしてやりたいが、使い魔との契約が出来ないのであれば留年扱いとなる……」 コルベールの言葉に燦はコルベールの腕の裾を掴む。 「そしたら、私はルイズちゃんに召喚とかいうのされたんやろ? なら私がルイズちゃんの使い魔になれば留年しないで済むん?」 「そ、それはそうだが……」 燦は力強く頷く。 「じゃったら私がルイズちゃんの使い魔なる!」 ルイズは燦とコルベールとのやりとりを黙ってみていたが、そう言う燦の言葉に首を横に振る。 「私の使い魔になるって事は、ご両親とも会えなくなるって事よ?」 燦はわかっているのかいないのか、拳を握って答えた。 「お父ちゃんもお母ちゃんもきっとわかってくれる! それに、困ってる人を見捨てたりするんわ瀬戸内人魚の名折れじゃ!」 何故か燦の背後で津波が岸壁へと叩きつけられ、白い波頭が舞い上がる。 「任侠と書いて人魚と読むきん!」 燦のあまりの迫力に気圧されるルイズとコルベール。 ふと、ルイズは気になった事を口にした。 「そういえば、貴女さっき足が魚じゃ……」 突然燦が慌てだす。 「そ、それは夢じゃ! そんな白昼夢私知らん!」 「そう、人魚よ。自分でも今咆えてたし……」 「それはドリームじゃ! そんなデイドリーム私知らん! そそそ、それよりルイズちゃん! はよその契約せんと!」 大慌ての燦はとても怪しかったが、契約を早く済ませた方がいいのは確かである。 「そ、そうね。でも、本当にいいの?」 「もちろんじゃ! 瀬戸内人魚に二言は無いきに!」 「……人魚?」 「ル、ルイズちゃん! はよー契約や契約!」 「わ、わかったわ」 深呼吸一つ、ルイズは意を決して燦の両肩に手を乗せる。 「ちょっと、かがんで……そう、それで、目をつぶって」 「わかった。どんと来てや」 言われるままに目を閉じる燦に、ルイズは呪文と共に口づけを交わす。 ルイズが口を離し、そっと目を開くと燦は驚いたのか目を大きく見開いてこちらを見ている。 何か言いたいようだが、言葉にならないようだ。 その様子に、ルイズの頬も紅潮する。 「こ、これは契約なの。だから回数には含まれないんだからね。わかった……」 みなまで言わせず、燦はその特技である『ハウリングボイス』を放っていた。 ルイズが目を覚ましたのは医務室のベッドの上であった。 目を覚ますなり、隣で寝ていた燦が飛びついてくる。 「ごめんな~ルイズちゃん、本当にごめんな~。ウチ驚いてしもてつい……」 びーびー泣きながらそう言う燦を宥めつつ、自分の身に降りかかった出来事を思い出す。 「あー、何かこー謎の衝撃波によって全身裂傷、耳血を大量に噴出し、血だるまになってた記憶が……」 「堪忍や~、堪忍してつか~さい~」 どうやらアレはやっぱり燦の仕業らしい。 「何はさておき、事情の説明をしなさい。一体アレは何?」 燦は、頭をかきながらこう答えた。 「いや~、私昔から声大きゅうてな~」 「人一人ぼろ雑巾にするぐらいの大声って何よ!?」 至極真っ当なルイズのつっこみに燦は脂汗を流す。 「そ、それは……」 ルイズから顔を逸らす燦。 「それは?」 「ま、魔法じゃ……こう、杖振ったり箒に乗ったりするはりーぽったー的な……」 「魔法!? でも呪文も唱えてなかったわよ!」 「そ、それは……その……そういう特別な魔法なんよ」 そこまで言って、自分の無茶言い訳さかげんに更に脂汗が流れる。 しかし燦の言葉にルイズは飛び上がって喜んだ。 「凄い! 凄いわサン! それってもしかして先住魔法!?」 『うっわ、めちゃめちゃ信じとる!?』 今更引っ込みはつかない、無理矢理話を合わせる燦。 「そ、それ、その長寿魔法言うやつ。長生き出来るんや、きっと」 ルイズはベッドから飛び降りて燦の手を取る。 「やったわ! これでみんなを見返してやれる! 私だってやれば……やれば出来るんだからっ!」 感極まって涙目になるルイズ。最早修正は不可能と思われる。 物凄く心苦しい燦をさておいて、一人テンションを上げるルイズ。 そこにノックの音と共にコルベールが入ってくる。 「おお、起きたかねミスヴァリエール」 コルベールの顔を見るなり、ルイズは嬉々としてこの事を報告する。 「聞いてくださいミスタコルベール! サンは先住魔法の使い手なんです! この間私を吹っ飛ばしたアレも魔法なんですって!」 その言葉に驚くコルベール。 「なんと!? 確かにアレには呪文の詠唱も無かった。だとすればミスヴァリエール、君の努力が遂に実ったという事か! 素晴らしい! 私も心から祝福させてもらうよ!」 「ありがとうございます、ミスタコルベール……これで、もう誰にもゼロだなんて呼ばせない……うぅっ」 「良く頑張った、君は良く頑張ったよ」 医務室で感涙にむせぶルイズとコルベール。 ちなみに燦は、二人が何か言う度に心に鋭い何かが突き刺さるような衝撃を受け続けていた。 この空気に耐えられそうに無い燦は話題をそらしにかかる。 「それはそれとして……なあルイズちゃん、使い魔って何するもんなん?」 まだ半泣きであったルイズだが、燦の問いかけに少し首をかしげる。 「そうね……とりあえず、燦は炊事洗濯掃除とかは出来る?」 「もちろん、得意分野じゃ」 「んじゃ後は、私を守るんだけど、それもサンの先住魔法なら大丈夫よね! ねえ、他にはどんな事出来るの?」 そう問われた燦の動きが止まる。 『他のて、後は歌とか……イカン、眠りの詩教えたら人魚姿誤魔化したのがバレる。詩系はダメとなると……後は……』 ぽんと手を叩く燦。 「そしたらルイズちゃんヤッパ持ってへん? 出来れば長ドスがええんじゃけど」 二人には全然理解出来ない単語である。 「何それ?」 「えっと、刃物や。それも1メートルぐらいの長い奴がええ」 「剣の事? もしかして剣使えるの?」 「うん、私それ得意なんよ」 少し期待外れの答えであったルイズ。燦の体格では武器を使えたとしても、さほどの強さは期待出来ないであろう。 「魔法は他には無いの?」 「ごめんな、私まだ子供やからハウリングボイスだけなんじゃ」 残念ではあるが、それでもあのハウリングボイスの威力は身をもって知っている。あれだけでも十二分である。 「構わないわよ。それじゃあ、そろそろ部屋に行きましょうか」 そう言って燦の手を取るルイズ。 だが、それをコルベールが止めた。 「ミスヴァリエール、実は君に話さなければならない事がある」 ルイズが振り返ってコルベールを見ると、コルベールは眉間に皺を寄せていた。 あまり良い話ではなさそうだと思ったルイズは少し身構える。 「なんでしょう、ミスタコルベール」 コルベールはルイズから目線を逸らし、僅かな躊躇の後、思い出したように陽気に言った。 「そうだ、君の治療の件があった。今回の件は授業中の事故という扱いにしておいたから、治療にかかった水の秘薬は経費で落ちたよ」 すっかり忘れていたが、治療もタダではないのである。 気を失う最後の瞬間、自分が全身血まみれになっていた記憶がある。 今は何処も痛くない事を考えるに、治療するのにはかなりの量の水の秘薬を必要としたであろう。 「助かります。結構かかりましたか?」 あらぬ方を見ながら指折り数えるコルベール。 「そうだね、全身36箇所の裂傷と耳からの大量出血。特に裂傷はどれも放っておいたら傷が残るようなものばかりだったから、通常の治療の倍の秘薬が必要だった」 改めて聞かされて冷や汗をかくルイズ。 「……結構、危険だったんですね」 「ああ。でも傷を残すなというのは学院長の指示でもあるし、君は気にしなくていいよ。確かにあれは事故だったんだから」 「本当にありがとうございます。サン、今後は気をつけてよね」 「大丈夫! もー二度とせん!」 「よろしい」 ルイズは深く頷いた後、コルベールに向き直る。 「では先生、失礼します」 そう言って二人は医務室を出ていった。 残されたコルベールは笑顔でそれを見送った後、その場にひざまずく。 「先住魔法……アカデミーにバレたらまずいですよね……しかし、ああも嬉しそうにされると……言い出しずらいです、はい」 この事は明日一番に伝えよう、それまでにサンの手に浮き出た紋章も調べておこうと心に決めたコルベールであった。 二人はルイズの部屋に入る。 ぼろぼろに引きちぎれた制服の代わりに医務室備え付けの寝巻きを着ていたルイズはさっそく服を変えようと燦に命ずる。 「サン、着替えるから下着と寝巻き取ってちょうだい」 「ん、わかった」 燦ががさごそと服を漁っている間にルイズはさっさと服を脱ぐ。 すぐに寝巻きと下着を見つけ、それを手に振り返る燦。 「ルイズちゃん、これでええん……っっ!!!!」 ルイズの姿を見た燦はその場に硬直する。 ルイズは下着も脱ぎ、一糸纏わぬ姿であった。 「そうそう、それよそれ。早く着させてちょうだい」 燦はそんなルイズの姿を指差し震えている。 「る、ルイズちゃん……やっぱり女好き好きアマゾネス……」 明らかにおかしい燦の様子に、ルイズは数歩歩み寄る。 「どうしたのよ?」 「イヤーーーーーーー!!」 悲鳴と共に放たれたハウリングボイスは、ルイズを紙くずのように吹き飛ばし、壁面へと叩きつける。 再び刻まれる全身への裂傷、そして壁面に叩きつけられた事による打撲、ほとばしる耳血。 「……二度と、何だって?」 辛うじて残った意識のままそんな事を呟くルイズ。 燦は大慌てでルイズへと駆け寄ってくる。 「ご、ごめんルイズちゃん! 大丈夫か!?」 「……無茶言わないでよ……」 「しっかり! しっかりしてルイズちゃん! 一緒に瀬戸の海を見ようって約束したじゃろ!」 「……してないし……」 「嘘じゃ……こんなん嘘じゃルイズちゃん……嘘じゃーーーーー!!」 「……そりゃ、嘘にしたいでしょうけどね、アンタは……」 「誰か! 誰かおらんの! 衛生兵! 早く来てくれんとルイズちゃんが……ルイズちゃんが死んでしまうっ!!」 「……誰かじゃなくて、アンタが助け呼んで来なさいよ。いや、ワリと本気で……」 「誰か助けて! ルイズちゃんを! ルイズちゃんを助けてーーーー!!」 「……お願い、悲鳴はいいから、早く医務室に……」 結局、たまたまルイズの部屋に来ようとしていたキュルケがこの悲鳴を聞きつけ、医務室へと連絡する。 すぐさま駆けつけた医療スタッフにより、タイヤの付いたベッドに乗せられたルイズ。 「患者は!?」 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、上から76、53、75、系統ロリツンデレ、裂傷多数、大量の耳血に全裸です」 「出血がひどい、水の秘薬をありったけ持って来い!」 何やら騒がしい医療スタッフと、それに突き従うように後を追う燦とキュルケ。 「ルイズちゃん! しっかり! 今お医者さんが助けてくれるき!」 「……全裸で血だるまって、一体何したのルイズは?」 ベッドに横になった事で安心したのか、ルイズは静かに目を閉じる。 同時にルイズの全身がびくんびくんと跳ね出した。 「くそっ! 痙攣だ! 手術室へ急げ!」 「ルイズちゃん! ルイズちゃん!」 いきなりのルイズの変貌に真っ青になってルイズにすがりつこうとする燦。 それを医療スタッフが遮る。 「邪魔をするな! テンブレードと……」 突き飛ばされ、その場に座り込む燦。 移動ベッドと医療スタッフはそのまま正面の扉を開き、手術室へと消えていく。 扉が閉まると同時に輝く手術中のランプ。 燦はその扉にすがるように張り付く。 「お願いじゃ! ルイズちゃんを助けてあげて! ルイズちゃんを……ルイズちゃんを……」 そのまま泣き崩れる燦。 キュルケはそんなルイズの肩に手を置く。 「後は医療スタッフに任せましょう。ほら、そこのイスにかけて」 しばらくの間、泣いている燦を宥めるキュルケ。 そして落ち着いた頃を見計らって事情を尋ねた。 「一体何があったの?」 「ひっく……ルイズちゃんが女好き好きアマゾネスなんにびっくりして、つい……ぐすっ……」 「わかったわ、もう少し落ち着いてからにしましょう」 早々に事情を聞くのは諦めるキュルケ。 そこに話を聞いたコルベールが駆けてきた。 「ミスツェルプストー! ミスヴァリエールが大怪我を負ったと聞きましたが!」 「はい、今手術中です」 「何故そんな事に、怪我はどんな感じです?」 「全身に裂傷、後耳血ですわ」 それだけで状況を察するコルベール。 「……サンさん、どういう事ですか?」 燦はまだしゃくりあげながらだが、すぐに答える。 「やきに、ルイズちゃんが女好き好きアマゾネスやったんよ。私、それに驚いてしもて、つい勢いでハウリングボイスを……」 ため息をつきながらコルベールはキュルケの方を向いて問う。 「ミスツェルプストー、貴女はそんな話を聞いた事がありますか?」 「……今のでわかったんだコルベール先生は。申し訳ありませんけど、この子が何を言ってるのか私にはさっぱりです」 「ですから、ミスヴァリエールに女性を愛好する性癖があったのかと」 「あるわけありませんわ。ルイズの部屋に誰か女の子が出入りしているというのは聞いた事がありませんもの。そもそも、プライドの塊みたいなヴァリエールがそんな真似するとは思えませんわ」 「なるほど、確かにそうかもしれないな。なら詳しい事はミスヴァリエールが意識を取り戻してからだな」 不意に手術室から怒鳴り声が聞こえてくる。 どうやら手術室では何らかの展開があった模様。 「ドクター! あなた一体何処触ろうとしてるんですか!?」 「ええい離せ! 漢には人間失格とわかっていてもやらなければならん事があるのだ!」 「うおっ!? ブレード挿した状態からそんなに動いたら……ぎゃー! 傷口がー! 止血を! 止血剤を!」 「かくなる上は止む終えまい。三年生にも協力を要請する。水魔法が得意な生徒へ伝えてくれ。ロマンが君達を待っている、魂に賭けて誓おう! お触り自由であると!」 ドガン! 「水系統の三年女子に限定します。よろしいですね」 「イエスマム!」 手術室の扉が開き助手の一人が出てくると、中の様子が見える。 一人の男性医師が頭部から間欠泉の様に血を噴出して倒れ、その他の医師達は黙々と治療に専念している。 医療スタッフの配慮か、どうやら女性スタッフのみでの手術になっている模様。 「峠は越したみたいですわね。ルイズ、貴女の純潔と誇りは守られそうよ」 「それは何より」 冷静にそう呟くキュルケと、あの医師はオスマン菌にでも冒されたかなどと考えながらそっぽを向いている律儀なコルベールであった。 前ページ次ページゼロの花嫁
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前ページ次ページゼロの騎士団 ゼロの騎士団 PART2 幻魔皇帝 クロムウェル 5 「夢芝居と落ちこぼれ」 ルイズはその時、乾いた金属音を聞いた。 その音の方向を見ると、そこには彼女の知っている人物が片膝をついていた。 (ニュー!) ルイズの声は届かずに、ニューは片膝を着きながら、衝撃で痺れた手を押さえていた。 その様子を見ていた、一人が声をあげる。 「勝負あり、そこまで!」 審判を務めていたであろう者は、ニューと同じような人物だった。 少なくとも人間には見えない。 ルイズにはいきなりの状況に、訳が分からなかったが、近くにもう一人見知った顔が居た。 (ん、何をやっているのかしら?あ、あれはゼータじゃない) 気付かなかったが、対戦相手は彼女の友人の使い魔のゼータであった。 おそらく、練習試合なのだろう――訓練場の様な場所を見てルイズはそう考える。 剣の技量は知らないが、ニューがゼータ相手に勝てるとはルイズも思わなかった。 「ありがとうございます」 ゼータがニューに試合後の礼をする。だが、そこには充実感や爽快感はなく、一種の含んだ空気が漂っていた。 その原因は外野の空気に思えた。 (またかよ、5戦全敗) (ゼータが強いと言う事を差し引いても、これは異常だよな……) ルイズの耳に、誰ともわからない声が聞こえる。複数の男達の声が聞こえる。 (え!何?何の声?) 誰とも知れない声に、周りにいる人物たちを見渡す。その顔には、蔑むような視線がルイズにも見てとれた。 ルイズにはその声が解らなかったが、周りの空気から何となく事情を読みこめた。 彼は馬鹿にされている――自分の様に クラス内でルイズに対する視線と、今のニューに対する視線は同じ物を感じる。 だが、これは何なのだろう。思い当たる事は、つい最近の出来事。 (これは、夢、ニューの昔って事かしら) 数日前に見た夢に似ていると何となくルイズは感じ取った。 (そう言えばアイツ、騎士になりたいって、言ってたわね……) 以前、教室の掃除の際の話をルイズは思い出していた。 (しかし、アイツって魔法は使える割に、剣は本当に駄目だったのね) ゼータの技はルイズも知っているが、それでも差があると思った。 あの時は謙遜とは感じなかったが、こうまで酷いとは。 (いつも偉そうな割に、こんな所もあったのね) 彼女の知っているニューは、どちらかと言えば自信家で毒舌な人物である。 自身を馬鹿にしてはいないが、少なくとも尊敬しているとは到底思えない。 だから、今の落ち込んだ顔を見て、少し微笑む。 それから、誰も居なくなった訓練場に、ニューとルイズが残される。 (慰めてあげようかしら) 優越感からそんな事を考える。 しかし、これは夢の為ルイズに気づかないのだった、ニューは近くに落ちた剣をじっと見つめている。 「はぁ、僕には才能がないのかな……」 肩を落として溜息をつく。 ゼータだけでは無い、昨日は弟弟子のリ…ガズィにも敗れた。 ある程度わかっていたことであったが、それでも、この現実は辛い物がある。 その様子を、最初はいい様と思っていたが、段々といたたまれないものを、ルイズは感じ始める。 才能がないのかな…… 自分もよく口にする言葉、人の居ない所で練習して失敗する。 そして、いつもその言葉に落ち着く。 聞こえないとはいえ、何か声をかけたい。 その思いもむなしく、ルイズに声が響く。 (……いつもの所に行くか) 数秒考え込んだ後、深呼吸してから立ち上がり、ニューは歩き出した。 ニューの後を付いて行くと、そこは図書館の様であった。ニューが部屋に入ると、また人間とは違った者が出迎える。 緑色の体にローブをまとい、ニュー達と違い青いゴーグルで覆われている。 ルイズは知らないが、彼は法術隊の中で、もっとも古株の僧侶 ガンタンクⅡであった。 「ガンタンク殿、お邪魔します」 「こんにちは、ニュー殿」 やってきたニューに対して、ガンタンクは丁寧に挨拶をしてから、二人は手近な椅子に座る。 「また、ご教授して貰いたいのですがよろしいですか?」 「ええ、良いですよ」 ニューの申し出に、ガンタンクは喜んで応じる。 ルイズが何をするのか見ていると、ガンタンクは何やら話し始めたようだ。 (講義なのかしら) 詳しい内容は分から無いが、それは魔法学院で聞く講義の内容に似ている気がした。ニューはその話を聞きながら、何度も頷いている。 向かい合う様は生徒と教師の一言に尽きる。 タンクの言葉が途絶える。どうやら、終わりらしい。 次に、杖を取り出してガンタンクが魔法を唱える。 「では、今度は実践してみましょう。ミディ」 手から柔らかい暖かい光があふれる。 ミディ――ガンタンクの魔法は、ニューが使う魔法の中でも簡単なものである事をルイズは知っていた。 ニューも続いて、魔法を唱え手から暖かい光が溢れ出す。 どうやら、剣とは違い魔法の方は本当に才能があるようだ。 少なくとも未だに、魔法が正確に使えないルイズにはそう思えた。 タンクは休憩を促し、お茶を持って来る。 「しかし、貴方は勉強熱心ですな」 一息ついた所で感心したように、タンクはニューを見る。 タンクがニューに魔法を教え始めたのはここ一か月ほどの事であるが、少なくとも簡単な魔法でもこれほど早く習得するとは思いもしなかった。 「僕は剣が下手ですので、せめて簡単な魔法が使えたらと」 ニューがお茶を飲みながら、それに答える。 騎馬隊の中にはごく少数ながら、簡単な回復魔法が使える物が居る。ジムスナイパーⅡやジムコマンド等はリ…ガズィやゼータには剣で劣るが、そう言った面で貢献している。 ニューが自身に魔法が使える事に気がついたのは最近であり、今ではタンクの下で暇な時に教えを請う事が日課であった。 そして、この時間が弟弟子達への劣等感と訓練で負け続けるニューにとっても心の支えとなっていた。 (剣では貢献できないかも知れない。けど、こう言った事でみんなに貢献できるかもしれないから) ニューの心の声はルイズにも聞こえていた。 タンクはそんなニューの葛藤には気付いているか分からない曖昧な表情を浮かべる。 あるいは、それに気付いているのかもしれない。 「しかし、貴方はもっと修業を積めば法術士になれるかもしれないのに、本当に勿体ないですな」 タンクが残念な感情を含んだ声で呟く。 今ではほとんど見る事がなくなった職業 法術士――回復だけでは無く、数多の攻撃魔法を使いこなす法術士は今では幻と呼ばれていた。 興味深く耳を傾けるニューに、タンクは思う所があるのか話を続ける。 「貴方なら伝説の魔法ギガ・ソーラも使えるかも知れません」 「ギガ・ソーラとは?」 ニューもその様な魔法は聞いた事無かった。 ここにきて、いろいろな魔法を聞いたがその魔法は初めて聞くものがあった。 「ギガ・ソーラは伝説の魔法と言われています。その力は絶大で戦局にも影響を与えると言われました。 しかし、絶大故に術者にも多大な負担を与える為に使える者がほとんど居なくなってしまいました」 「そんなにすごい魔法なのですか」 昔話を聞いた子供の様に、ニューは顔を輝かせる。 (僕も修行すれば、そのような凄い魔法が使えるのだろうか) ニューはなんとなくそんな事を思った。 反対にルイズは疑問の表情を浮かべる。 (そんなすごい魔法、ニューは使えるのかしら?) ニューの魔法を見てきているが、ギガ…ソーラだけはルイズも見た事がなかった。 「……話しはそれくらいにしましょう、ところで、どうですか、本当に法術隊に入りませんか?うちは人手不足なんです、貴方が来てくれたら歓迎しますよ」 先程までとは違い、声に戯れは感じない。 それを感じ取り、ニューも表情を硬くする。 「申し訳ありません、僕は騎士になりたいのです」 タンクの声を聞いて、ニューも申し訳なさそうに答える。 (私は、お爺様や父様みたいに立派な騎士になりたかったんだ) ニューの言葉がルイズの心の中によぎる。 何となく何かを理解したのか、タンクはニューの顔を見て顔を崩す。 「そうですね、人には生き方があります。貴方はまだ若い、後悔しないはずがありません。だから、貴方の出来る事を、貴方にとっての答えを見つけなさい」 (え!……今の言葉、私に言った言葉じゃない) ルイズの意識は、その言葉を最後に遠くなった。 夢から覚めたのかと思ったら、どうやら違う様であった。はっきりとは分からないが屋内に居るのだろう。 外は暗く、感覚はないが、何となく音で雨の気配を感じた。 そして、その室内にはうす暗い明かりの中十数人の人の気配を感じる。 「この雨が、我々の命を繋ぎ止めているのであろうな」 アレックスが窓から外を見ながら、緊張した面持ちで呟く。 丘の様になった地形から、アレックスに習い窓から外を見ると、少し離れた所には無数の明かりが森の中から見えていた。 「国境にまで偵察に来てみれば、これ程までの敵と遭遇するとは……」 この間までの均衡状態とは違い、近頃のアルガス王国は世代交代もあり、ムンゾ帝国に後れをとっていた。 アレックスはそれを感じ取り、今回国境まで威力偵察にきた。 しかし、ムンゾ帝国も同じ事を考えてたらしく、遭遇戦となる。 敵は九百近い数でありアレックスは退却を決断する。 幸い、歩兵を中心としたムンゾ帝国に対して、数十騎とはいえ馬に乗っていたから、降り出した雨の助けもあり、ここまで退却する事が出来た。 しかし、予想外の豪雨で川が氾濫し、結果的にムンゾ帝国の侵攻部隊と共に、ここに取り残される。 「ムンゾ帝国が近頃力をつけて来たのは本当の様ですな……」 アレックスに、タンクが言葉を入れる。 「そうだな、奴らの力は以前よりも増している、なんとかしないとな……夜明け頃には雨がやむ、向こうはそれと共に攻撃を仕掛けてくるだろう」 自身も語りたくないが、迫る危機に話題を変える。 その言葉に、声は出ないが空気は重くなる。 雨で敵が攻撃できないように、援軍もまた思うように進軍出来ないでいた。 このままでは……周りの顔は深刻であった。 戦争――とは言えないまでも相手と命をかけて殺し合う。 ルイズは、無言でその様子を見ていた。 一対一の決闘とは違う、自分の力が及ばない領域。 剣が使える、力が強い、魔法が使える。 それらの意味を嘲笑う物。 戦争とは常に有利な状況とは限らない。そして、今まさにその状況であった。 「アレックス団長、試したい事があるのですがよろしいですか?」 (……アレを試してみるしかない) 最後の言葉から数分の沈黙の後、不意に、ガンタンクはアレックスに提案を出す。 (……アレって、何かしら?) 「タンク殿、なにか考えでも?」 タンクは古株でこの中では相談兼知恵袋と考えている。 アレックスの返事には何か期待の意味がルイズは感じる。 タンクは自身の考えに絶対の自信はないのか、言葉はゆっくりとしたものであった。 「はい、私とメタス、そしてニュー殿でギガ・ソーラを試してみたいのです」 その言葉に、真っ先に二人がが反応した。 「無茶です、僧侶ガンタンク、我々二人の力でも無理だと言うのに」 オレンジ色の体に緑のゴーグルの僧侶メタスが反論する。 彼からしてみれば、それは干ばつの際に行う雨乞い程度の認識しかなかった。 ましてや、その中心人物に自分が来るとなれば猶更であった。 そして、もう一人も同じ考えであった。 「え!無茶ですよ、タンク殿、僕は簡単な魔法しか使えないんですよ」 (無理だよ、私に出来る訳ないよ) タンクが自分の名を出した事に、ニューは狼狽する。 この中で、一番期待されていない存在の自分が、急に出て来た事に戸惑う。 (なんで僕なんだよ、僕の名前なんか出したら) 懸念は当たる。自分の名前を聞いて、周りの空気も再び重くなる。 しかし、タンクはニューが望むような冗談を言った訳では無い。 「もちろん解っています。しかし、貴方はものすごい力をお持ちだ、私達だけでは無理でも貴方の力を借りれば、出来るかも知れません」 (何を言ってるんだ、この爺さんは) (無理だぜ、あぁ、ここで全滅かな) タンクの言葉を聞いても、他の者達は呆れていた。 彼らの認識ではニューは頭数にすら入っていない。 せいぜい回復を頼むくらいの薬箱の様な存在である。 それを、周りの騎士達の言葉を聞いて、ルイズは憤りを感じる。 (何もしない癖に、何言ってるのよ!) 何もしないのに、ただ僻んだり、愚痴る。 そうなりたくないと考えるルイズにとって、彼らの考えや行いは最低と言えた。 アレックスはそれを聞いて、無言で考え事をしている。 もちろん、兵たちの空気も感じている。 (このままでは全滅は必至、ならば賭けるしかあるまい) 自分の決断を部下は無能と罵るだろう。 しかし、自身に案がなく、このままでは、遠からず全滅するのであれば、それに頼るしかアレックスには無かった。 (無能だな、私は) ルイズ以外、その顔は見えなかった。 自嘲を含んだその顔は、皮肉にも最も人間らしいとも言えた。 「僧侶ガンタンクⅡの策を受け入れる、夜明けと同時に、ギガ・ソーラを唱え、それと同時に、奇襲を掛ける。全員、時間まで休んでおくように!」 アレックスの言葉を聞いて、ざわめきが聞こえ始めるが、アレックスが一喝するとそれは音を下げた。 しかし、騎士達の空気はいよいよ重くなっていった。 場面が暗転し多様な感覚で、ほぼ一瞬と言う間に、時間は夜明け前になっていた。 突撃のカモフラージュの為、騎士達は、小屋から出て事態を見守っている。 その中心には、アレックスと三人の術者達が居た。 (これで最後かな) (母ちゃん、ゴメンよ) 騎士達の声にない悲痛な叫びがルイズにも聞こえた。 若い兵士の一人は、よく見ると槍を持つ手が震えている。 「では、頼む」 アレックスが開始の合図を出す。 先程までとは違い、危機が目の前にある今、すがるような視線が中心に集まる。 「ニュー殿、メタス、では行きますよ」 タンクが二人に呼びかける。 「はい」 (嫌だな……みんな期待している) 恐らく一睡もしていないであろう腫れた眼で、ニューはタンクの杖を握る。 三人は無言で集中し始め、晴れていた空は、心なしか、晴れかけた空が、また曇り始めていた。 その様子に、騎士達に期待の混じった声が少し上がる。 余裕があるのか、まだ、ムンゾ帝国の兵士たちは動く気配を見せない。 (まだ、これでは……) 周囲の期待に反して、タンクは焦りの表情を浮かべる。 「ニュー殿、メタス、もっとです!」 自分に向ける意味を含めて、若い二人に檄を飛ばす。 重なった杖により強い重さを感じる。 「はい」 (これ以上は無理だよ) タンクの叱咤にニューとメタスが返事をするが、内心はルイズに聞こえていた。 自分の中で、二つ名と共に最も忌み嫌う言葉――無理 (アイツには無理だよ、だってゼロのルイズなんだぜ) (また失敗したのか、だから無理だって言ったのに、ゼロのルイズ!) ルイズにはその時、自身への言葉が思い出された。 拳を握る。覚えたくなかったが、いつの間にか覚えている感覚。 (ニュー……) それだけを言った後、ルイズは黙っていた。 そして……… (馬鹿ゴーレム!アンタ何弱気になっているのよ!アンタが出来なかった皆が全滅するのよ!) 目を見開き走りだしたルイズが、触れる事が出来ないニューを叩きはじめる。 (アンタ何時も偉そうな癖に、口が悪い癖に………教室で私に偉そうなこと言ったのは嘘だって言うの!馬鹿ゴーレム、出来なかったら一生ご飯抜きよ!) ……どうでもよかった。 夢である事も忘れ、ルイズは必死にニューを激励する。 その声は届かない。しかし、ルイズは声を上げずには居られなかった。 使い魔は自身の鏡――思えば似ているかもしれない。 家の名前を背負っている所、自信家な所 ……そして、本当は弱気な所も。 (アンタは騎士としては駄目かも知れない、けど、アンタにはアンタの出来る事があるのよ!) 自信家で口が悪く、性格も良いとは言えない。しかし、魔法が使える使い魔として自慢できる存在。 (アンタがそんなのだと、私まで……を諦める事になるじゃな(……けど)え!) ルイズの言葉をニューの心の声が遮る。 (期待――今まで無意味だと思っていた。だけど、それは誰も本当は望んではいないからなんだ!) 立派な騎士になれ――本当に望んでいるのか? その言葉に込められる意味、思いやり?社交辞令?騎士の家に生まれたから? (期待……今までで一番嫌いな言葉。でも、今は違う!生き残る事を皆が望んでいる。……やらなきゃ、そうしなくちゃみんな全滅する!) その言葉と共に、杖に輝きが増していく。 (僕にだって出来る事があるんだ!) 曇った空に一筋の光が見え始める。 (いける!) 「いきますよ!」 「はい!」 タンクが合図を送り、ニュー達が返事を返す。 そして、その声は同時であった。 「ギガ・ソーラ!」 それは、ルイズが見てきた中で、一番強い光であった。 遠くから見ると、暗い雲の中から、一つの光が降り注いだ様だった。 光は大地に突き刺さり、そして…… 目を突き刺すような光の強さの割には、何一つ音がしなかった。 (何が起こったって言うの!) ルイズも目がやられており、視界が開けるには十数秒を要した。 そして、光が終わり、自身の眼で何が起こったのかを確認する。 (何……これ……) ルイズは目の前の森を見た。いや、見ている筈であった。 数秒前まで、森とその中には無数の殺気があった。しかし、それはすべて消えていた。 森があった所には、何一つなく、茶色い土の色のみであった。 ぬかるんだ土もなく、ただ、抉られたようなクレーターが広がるのみであった。 「おお、やったぞ!」 確認した誰かが、歓喜の声をあげる。 異常な事態よりも、自分達の生存が確認できて、彼らは素直に喜んでいた。 騎士達の歓声で、正気を取り戻し、ルイズはニューを探す。 そして、自身の使い魔を見つける。 彼はそこに居た。 (ニュー!) 本来、祝福されるであろう彼は、力なく倒れていた。 ニューに近寄ろうとするが、視界に暗幕が下りる。 そこから先は良く解らなかった。 時間、その他の感覚もほとんど感じ無い。 「ルイズ、何をやっているんだ?」 心配して、近寄った筈の男の声が聞こえた。 真っ先に回復しつつある聴覚で情報を求める。 声の方向を向くと、そこには倒れた筈のニューが居た。 「ニュー、アンタ倒れた筈じゃ………」 「寝ぼけているのか、ベッドから倒れたのはお前だ、ウォータ」 「うひゃ、あひゃ、なっ!何すんのよ、この馬鹿ゴーレム!」 水を顔にかけられて、ルイズは触覚と視覚を完全に覚醒させる。 そこには、いつも通りの憎たらしい顔があった。 ルイズが暖かい空気と、冷たい感覚に挟まれている事に気づく。彼女はベットから落ちたようであった。 「起きたようだな、全く、これから、姫様の命令を果たさなくちゃならん時に……」 腰に手をあてて、呆れた様子でルイズを見下ろす。 それが気に入らないので、ルイズは起き上がる。 「……てっ、解っているわよ!着替え持ってきなさい!」 ルイズはニューの後ろにあるクローゼットを指差す。 「はい、はい」 ルイズの不機嫌に慣れているのか、背を向けて、ニューがルイズのクローゼットを開ける。 ルイズは、さっきまでの頼りなさげな青年と、目の前の皮肉屋な青年と姿を合わせながら、ため息をついた。 「33 ニュー!アンタ、何弱気になっているのよ!」 ニューの過去 彼はその後…… MEMORY 前ページ次ページゼロの騎士団
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前ページ絶望の使い魔 自らの髭をさすりながら古い本を読んでいる老人がいる。 本の題名は『始祖ブリミルの使い魔たち』。 老人─オールド・オスマンはちらりと傍らにある鏡に映し出されている光景を見る。 森の中で一人のピンクの髪の少女が巨大なオークと本を挟んで向かい合っているのだ。 何か話しているようではあったが音声は拾えない。 話し合いがひとしきり終わると森の開けた場所までオークと移動し、 そして向かい合うと少女は背負っていた剣を抜く。 ここで少女を映していた鏡はただ老人の顔を写すだけとなる。 ここ最近オスマンはこの少女の様子を観察することが多くなっていた。 先程見た一連の動きはパターン化されているといってもいいほど毎日のことである。 分かるのは少女が戦闘を行おうとすると遠見の魔法は常に見えなくなることと、 彼女が人間を食べるはずの凶悪なオークと意思疎通を行っていることだ。 前者は何らかの阻害魔法を使うことでできそうである。 しかし後者はモンスター心通わせる能力を持っていることになる。 魔物を従える──まるで始祖ブリミルの使い魔の一匹、ヴィンダールヴの能力ではないか。 彼女の使い魔のルーンはガンダールヴであったはずだ。 手にしている本を見ても間違いなくガンダールヴであることを示している。 伝承では虚無の呪文は詠唱が長く、その時間を稼ぐために使い魔がいたと聞く。 ルイズ本人の戦闘能力の上昇はガンダールヴと言える。 ここにきてヴィンダールヴの能力まで保持していることがわかった。 始祖の使い魔2体の能力を有するメイジ。 ここで問題なのは『使い魔ではなくメイジである少女がその能力を持っていること』だ。 結論としては少女が扱っている力はけっして始祖の力ではないということだ。 おそらく使い魔の先住魔法か何かであり、その魔法の副作用のようなものでルイズの性格、 性質が変化してしまったのだろう。ルイズが力を得る前、召喚した直後の危険と判断したときに 亜人を始末して置けばよかったと何度も考えたが過ぎたことは仕方がない。 使い魔を始末するための魔法の選定は終わった。すべては計画通り。 あとは彼女の行動次第である。 _________ 夜が更け、ろうそくの灯りに照らされながらルイズは手紙を書いていた。 誘拐未遂からもうすでに3週間ほど時が経っており、 噂されることの中心はルイズの行ったことから離れている。 その中には土くれが牢からまんまと逃げ果したという話があった。 あの怪我でよく逃げられたものだ。 現在書いている手紙は実家のほうに金を無心するためのものである。 今、ルイズはお金の重要さを実感しているのだった。 というのも、人を動かすということに金がかなりかかることに気付いたのだ。 ルイズが作らせた組織は少しずつ不必要な構成員を減らしているとのことで出費は減るだろうが ルイズの小遣いだけではいささか不安であった。そしてこのたびの報告内容だ。 アルビオンの方面への輸送経費が恐ろしくかかると手紙に書いてあった。 浮遊大陸であるアルビオンへの交通の便は恐ろしく悪い。 そこに行くには大量に風石を積んだ船で空を駆けなければならないのだ。 風の力を溜め込んだ風石は高価であり、できるだけ消費を少なくするのが当然である。 よってアルビオン─トリステイン間の航路はアルビオンがもっとも近づいてきた時に活発となる。 しかしルイズはアルビオンの位置に関係なく連絡を密にするように言っていたので その交流時期の外れた数少ない貴重な便に乗せてもらうために余分に金が必要となったのだ。 こうしたことにより、普段から使わず大量に貯めてあった財布の中身が警告を発し始めたのだ。 ルイズ自身が組織を作れと言っておいて金払いがよくなくなるのは信頼の失墜に繋がってしまう。 リーダーの男はともかく他の連中は金が切れれば離れていくだろう。 よって金の工面は優先事項となった。 当初、ルイズはこの組織にはアルビオンのことを調べてもらうだけのつもりであった。 すでにアルビオンの反乱が成功することは確定している。ここで切っても痛手はない。 しかし、上げてくる報告書は思っていたよりも広く調べられており、 この間読んだときには注目すべきおもしろい情報が載っていたのだ。 それはトリステイン貴族にアルビオンの貴族派の仲間と思われる者がいるというのだ。 すでに何人かリストになっている。確実であると判明しているのはどこも中小貴族ばかりだが 大貴族の中にも怪しい者がいるようだ。アルビオンの反乱軍、レコンキスタの手が思ったよりも 伸びていることに驚いた。これならトリステインとの戦争になるのはそう遠くない。 こうしたことからルイズは切らない方が有益であると判断した。 この2週間にあったことをゆっくり思い出す。 あの後、オークに魔道書を説明してもらった。 やはり身振りだけでは難しかったが少しづつ分かる文字を増やしていき、 だいたいの概要を把握するまでになった。 魔道書に載っていた魔法陣は契約するためのもので、契約をすることで先住魔法が使えるようになるらしい。 その日からルイズはオーク監修の元、魔道書に載っていた魔法と契約し始めた。 初めて呪文の契約をした時、ルイズは喜び勇んで呪文を唱えた。 るいす”のこえは やまびことなって あたりに ひびきわたった! とりあえずオークの胸倉を掴んで思いっきり引き寄せ睨みつけたが、その光景はデルフリンガーから見れば 体格差により詰め寄ると言うよりぶら下がって遊んでいるように映ったという。 もちろんからかってきたデルフリンガーには仕置きをしておいた。 さらに詳しく理解してくるとなぜ使えないのかがわかった。 まず、この先住魔法にも適性と言うものがあるらしい。適性がないと契約しても使えないらしい。 次に魔法を唱える術者の力量。系統魔法のようにメイジを明確にランク分けしているわけではないがやはりそれなりのレベルと言う区切りがあるらしい。 今回の魔道書に載っていた先住魔法はほとんどが戦闘用の魔法であることがわかったが その中でルイズがほしかったものがあった。 回復魔法である。 誘拐時にオークが唱えたその効果を見て以来、ルイズは期待していた。 しかし無残にもその適正はルイズにはなかったのである。 回復呪文の中で、もっとも簡単だと思われる「ホイミ」が使えなかったのだ。 ヒャドなどの水系統を唱えられるのなら回復魔法もいけると考えていたルイズは 1時間ほど膝を抱えて地面に座り込んでしまった。 しかし神は救いも与えている。幾つかの攻撃魔法と便利な補助魔法が少しだけ使えたのだ。 補助魔法も闇の衣で効果がないと考えていたが試してみると重ね掛けができ、ルイズは興奮して 淑女にあるまじき狂態を見せてしまった。 それを見ていたのは一本の剣と一匹のオークだけであった。 忠実なオークはもちろん剣の方も再三ルイズをからかって酷い目に合わされていたので その時のことは一匹と一本の記憶の片隅にしっかりと保存されることになる。 実戦経験の少なさを補うことと、新しく覚えた魔法を用いた戦闘に慣れるために ルイズはデルフリンガーが言っていたオークとの剣の修練を行うことにした。 とはいえ、補助魔法の影響下で滑らかに動けるようになることが目標としていたため、 ただ実戦さながらに戦うだけであった。 デルフリンガーの期待に添えたかははなはだ疑問であるが、 オークと戦っているとデルフリンガーは剣の扱いがどうのとうるさく言ってこなくなったので 諦めたのだろうと思う。彼にはこれからも剣という名の鈍器としてがんばってもらいたい。 羽ペンを置いたルイズは書き上がった手紙を読んでいく。 その文面は己の使い魔を出汁にしたものだ。 大筋の内容は『寝たきりの使い魔を起こすために水の秘薬を買ってみたが効果がない。 もっといろんな薬を試したいのでお金を送って欲しい』となっている。 使い魔に関わることなのできっと大丈夫だろう。 手紙をしっかりと封蝋したルイズは部屋から出て、兵の詰め所に行く。 これは普段なら手紙の宛名方面に行く荷馬車に任せるのだが、 早く手紙を送るならここにいる衛兵に頼めばよいと聞いたことがあったからだ。 詰め所にいた兵士にしっかりと明日の朝一番で送るように告げるが胡乱な目でルイスを見てくる。 兵士は気だるそうにしていたがルイズが金貨を5枚ほどテーブルに置くと 馬の使用の手続きをいきなり始め、緊急だ!と奥の兵士に声を掛ける。 掛けられた者はテーブルにあった金貨を確認した後、 3枚取るとルイズの手紙を丁寧に懐に入れてそのまま厩に向かってしまった。 手続きを行った兵士は残った金貨を懐に入れながらできるかぎり急がせましたとルイズに報告する。 やはりお金は大事だと再確認したルイズであった。 ───────────── 夢を見た。 身体が揺れている感覚がする。視界は少し暗いだけ。 小さな小船の上で毛布を被り泣いていたようだ。 目を手で覆い、身体を縮めて震わせている。 これは小さい頃の夢だ。ヴァリエール公爵領の本邸で叱られて逃げ出した時、 自分だけの秘密の場所―庭の池に浮かぶ小船に隠れて過ごす。 「泣いているのかい、ルイズ」 その声に顔を上げる。 被っていた毛布を頭から外すが、その人物は日を背負い逆光になって顔が見えない。 泣いている顔を見られたくなかったルイズはすぐに顔を毛布に埋める。 これは違うとルイズは感じていた。こんなものはだめだ。 次の瞬間、ルイズの手にはデルフリンガーが握られており、体からは力強い躍動を感じる。 目の前の優しく声を掛けてくる敵を袈裟切りにする。 さっきまで優しげな顔をしていたその人物は何が起こったのかわからないといった顔で血を吐く。 裏切りを受けた者の表情とはなんと甘美なのだろう。 そして視界すべてが闇に塗りつぶされ、闇がルイズを包んでくれる。 毎晩与えられる優しく抱きしめてくれるような感覚にルイズは溺れてしまっていた。 ──────── その日の最初の授業は風の盲信者ギトーの講義であった。 久しぶりに授業に出たというのにギトーの授業がくるとはなんと運の悪いと自らを嘆きながら ギトーが熱弁をふるう様を半目で見ているとそれが耳に入ってきた。 皆、ギトーの演説には辟易しているのであまり真剣に聞かずに話していたのだが、 その中の使い魔品評会という単語をルイズの耳は拾ってしまった。 そういえばもうすぐそんな季節である。授業どころか最近はいつも外に出ていたため全く気付かなかった。 使い魔品評会・・・毎年行われる新しく召喚された使い魔に芸をさせるというものだ。 最近使い魔にしつけをする場面に出くわすことが多かったがそれが理由か。 ルイズの使い魔は眠ったままである。しかも行われるのは明日らしい。 使い魔が動かなければ、どうすることもできないではない。 ルイズはメイジとなったというのに学院の他のメイジと同じようにこなせない自分に怒りを覚える。 そのとき手元でメリっと音が鳴り、前後や近くの生徒がこちらを見てくる。 彼らは一様に顔を青くした後、授業中であるにも関わらずゆっくり席を立ち、ルイズの近くから離れていく。 ルイズも自分の手を見やると机の天板を握りつぶしてしまっていたことに気付いた。 この机の修理や片付けはどうなるのだろうかとルイズが考えていると 教室全体の雰囲気が慌しくなる。何事かと思うが原因はキュルケが炎を出していた。 どうやらギトーが挑発し、それにキュルケが応えようとしているようだ。 結果はギトーがキュルケの炎を吹き飛ばして終わり。 「諸君、風の前ではすべての者は立つことはできない。火、水、土そして伝説の虚無さえもなぎ払うだろう。 私はここに風の最強の証を君たちに見せよう!ユビキタス・デル・ウィンデ・・・・」 詠唱が終わった後、教壇には三人のギトーがいた。 「これは風の遍在だ」 ギトーの二体の遍在はそれぞれに向かって風の魔法を使う。風の魔法エアハンマーがぶつかり合う。 生徒の注目が集まっているのを見てから遍在2体が消滅する。 「風は遍在する!いかに相手が強かろうが数の力には適わない!これが風最強の証明だ!」 そのとき戸口が開いてコルベールが入ってきた。ずいぶん慌てているように見える。 生徒に強さを見せつけたことで機嫌のいいギトーは朗らかに対応する。 「どうしました?ミスタコルベール。今は授業中ですぞ」 「授業は中止です、はやく外に出て準備をしてください。 急な話ですが明日の使い魔品評会ですが王女、アンリエッタ姫がご観覧なさるのです。 ゲルマニア親善訪問より戻られた足でこちらに向かわれており、本日到着予定だそうです」 それだけ言うとすぐに扉より出て行ってしまう。 そして少しずつ伝えられた内容が頭に染み込んでいくと、生徒たちの間でざわめきが起こった。 生徒たちが整列し道を作り、目の前を騎士に護衛された馬車が通っていく。 時折馬車の中から微笑みながら手を振る少女に歓声を上げていた。 その少女は馬車の外から見えない位置に座ると大きくため息をついた。 「姫様。ため息をつくのはこの馬車の中でだけですぞ」 頭に小さなティアラを乗せた少女、トリステインの王女であるアンリエッタ・ド・トリステインは 自分に話しかけてきた目の前に座る人物に目を向ける。 トリステインの政治で辣腕を振るうマザリーニ枢機卿。権力の集中により彼はよく悪く言われるが 間違いなくトリステインのために行動している。 このたびのゲルマニア訪問も彼が調整したものであった。 今回の訪問によりアンリエッタの将来が決まってしまったことで恨み言の一つも言いたいが トリステインのためを思うなら一番の選択肢であろう。しかし今回のこと問題を残していた。 その問題を知るのはおそらく自分だけだろう。そしてこの問題は公にすることができないため、 アンリエッタは目の前の人物に相談することもできない。だからこそ自分は気分転換にかこつけて 親友がいるこの学院に来たのだ。この問題を解決できるであろう人物に会うために。 「此度のことで姫様は何か悩んでらっしゃるようですが大丈夫です。 私がすべて取り計らいます。何も心配はいりません」 マザリーニ枢機卿の言葉にさらに自分がなんとかせねばなるまいとアンリエッタは決心した。 学院の生徒たちが王女に注目していたとき、ルイズはその隊列の中でも魔法衛士隊を観察していた。 一人ひとりがトライアングル以上のメイジであり、かなりの剣の腕前まで持っている。 最終的にトリステインを平らげるにはこいつらが立ちふさがるであろう。 だがこのルイズを相手にグリフォンに乗っているのは失敗である。いつか来るそのときが待ち遠しい。 歓迎式典が終わり、授業が無いことを確認したルイズは図書室にいた。 読んでいるのはマジックアイテムの本。魔法陣については分かったがそれ以上に気になるものがあった。 それは夢で見た光る玉だ。まさに夢で見た効果は天敵と言えるほどではないだろうか。 これについては調べるにしても他の者に知られるのはまずい。 なんと言ってもルイズにとっては危険な物である。 例え信用が置ける者であっても知られるわけにはいかない。 同じく図書室にいたタバサも誘わず黙々と探し続けた。 ────────── 今日、使い魔品評会が午後から行われる。 すでに中央広場にちょっとした舞台会場が設置され、学園内は魔法衛士隊の面々が巡回を行っている。 昼食の時間になった頃に使い魔の目が覚めていないことを確認し、 ルイズは使い魔品評会を辞退することにした。 ぎりぎり間に合うのではないかと考えていたが、そんな都合のよいことは起きなかった。 落胆の念がかなり強く、立ち上がるだけなのに苦労する。 医務室を出てすぐに会ったコルベールに使い魔品評会を辞退することを告げると、 コルベールも使い魔が起きない現状を知っていたので了承し、 握りこぶしを作って報告するルイズが落ち込まないようにと励まそうとする。 「あなたの使い魔はすばらしい力を持っています。 心無い人は眠っているだけだと言ってくるかもしれませんが、優れていることは間違いありません。 メイジの実力は使い魔を見ればわかると言います。 優れているが眠っている使い魔と同じく貴方の力もまた使い魔と同じくまだ眠っているだけなのです。 あなたは間違いなく最高のメイジですよ」 コルベールがルイズをメイジとして持ち上げるように話すのを聞き、ルイズは少し冷静になることができた。 魔法が使えるようになってから自分がメイジだと変に意識しすぎていたことにルイズは気付いたのだ。 もともとルイズが剣を持ち始めたのも、型に当てはめずに自分を強くしようと思ったからである。 コルベールに礼を言って別れると図書室に向かうことにする。 今回のことで初心を思い出し、自分に精神的な未熟さを実感した。 それにまだまだ振り回されるかもしれないことに頭を痛める。 致命傷にならないうちになんとかしないといけない。 使い魔品評会はタバサの風竜が最優秀賞を勝ち取ったそうだ。 その夜、ルイズが部屋でデルフリンガーと先住魔法について話していた。 普段なかなか喋らせてもらえないデルフリンガーは機嫌がよさそうだ。 「お前さんのは契約はしているがエルフとかが使う先住魔法とはちょっと違うんだよなぁ」 「エルフがどんな先住魔法を使っているか知らないけどオークが持ってきた奴だからね。 でも回復魔法が使いたかったわ。あれほど恐ろしい魔法はないわよ。 死んでなければ大怪我を負っても回復できるとかありえないわ」 「確かにありゃすげぇよな。あいつとおめえさんとの剣の修練の名を借りた殺し合いで どちらも死んでねぇのは間違いなくあの「べほまら」とかいう魔法のおかげだ。 戦うのはいいけど心臓に悪いぜ」 「あんたのどこに心臓があんのよ」 「ひでえな。こんなに心配してやってんのによ。 こんなことならおめぇさんが失敗した時にもっとからかってやればよかったよ」 「あんた息の根止めるわよ?」 「俺は剣だから息なんてとうの昔に止めてらぁ。むしろ息なんてしたことねぇ」 「それは私への挑戦と受け止めたわ」 そう言うとルイズはデルフリンガーを手に取り、折るように力を加える。 「あ、ごめん、言い過ぎました。申し訳ございません」 すぐに謝罪してきたデルフリンガーに半目を向けながら、床に放り出す。 床に投げられたデルフリンガーは先程の殊勝な態度はどこへやらすぐに文句を返してくる。 「ったく。剣の扱いが荒いぞ。もっと丁寧に扱えよ」 「あんたの減らず口が減ったら考えてあげるわよ」 デルフリンガーの不満にしっかりとルイズは返す。 「嬢ちゃんとはこんだけ馬が合うってのになぁ。相棒じゃねぇのが残念だよ」 ルイズはふと気になる言葉を聞いたので眉を動かす。 「また剣の振り方がどうとか言い始めるんじゃないでしょうね。そんなの習得するのに何年かかるのよ。 戦闘への慣らしの方が重要でしょ。技術ってのは後から付いてくるって聞くしね。 ところで、相棒じゃないってどういうこと?あんたは私の剣でしょ?」 ルイズは少なからずこの剣に心を許していた。現段階でルイズの裏側を一番知っていると言える存在だ。 しかしここでそれが否定されるように感じてルイズは不安を抱いた。 「いや、それはもういいよ。おめえさんには必要なくなった。 それと相棒ってのはな、持ち主とか使用主ってことじゃねぇよ。 ええっと、・・・なんだっけ?忘れちまったなぁ」 マヌケなデルフリンガーの返答があったとき、ルイズの部屋にノックが響いた。 デルフリンガーへの追求を抑え、軽く闇の衣を纏う。 先程の会話を聞かれていたかもしれないことに背筋が寒くなる。 ルイズは慎重に扉を盾にしながら開ける。そこにはローブを纏った不審人物がいた。 部屋に入ってこようとするので、肩を掴み壁に押し付け、精一杯ドスを効かせた声で話しかけた。 「どちら様でしょうか?不審な動きをすると唯ではすみませんよ?」 「ル、ルイズ?」 どこかで聞いたたことあるような声に首を捻る。言葉に焦りが混じるローブの人物がフードを外した。 下から現れたのは頭にティアラを乗せた同年代くらいの少女。 その顔を見てやっとトリステイン王女であるアンリエッタだということに気付いた。 まさかの訪問客に思考が停止しそうになったが被り振りながら冷静になろうと努める。 なぜ王女がこのように人目を忍んでくるのかが疑問に思うが、 とりあえず部屋に入りたそうにしているので入れてやる。 部屋に入った王女はディテクトマジックで部屋を探索した後、懐かしそうに話始めた。 うれしそうに昔話に興じる王女の相手をしながら考える。 様子からしてルイズとデルフリンガーの話は聞いていなかったように見えた。 ルイズと王女はそれなりに親しかった事もあり、会いにきただけということもあるかもしれない。 宮廷で言えないような愚痴でも言いにきたのだろうか? さっさと本題に入りたいルイズはアンリエッタに質問をする。 「姫様。それで今日は旧交を温めに来られたのでしょうか?」 ルイズが促すとアンリエッタは途端に浮かない顔をしてきた。 「私、結婚するの」 合点がいく。アンリエッタはこの事で愚痴を言いに来たに違いない。 確かこの娘はアルビオンの王子が好きだったはずだ。 いつぞやは逢引のために抜け出す時に身代わり役として寝床に潜っていたこともあった。 アルビオンの戦況ではその王子の属する王党派が終わろうとしている。 今入っている情報は反乱軍の兵士によって城の包囲が完了しそうであるとのことだ。 その暗い表情のアンリエッタに口の端で笑いながらもしっかり手で隠して事情を伺う。 「おめでとうございます。それでお相手の方は?」 「ゲルマニアの皇帝です」 それを聞きルイズはなるほどと頷く。 「今回のゲルマニア訪問の目的はそれでしたか。 まあ今のアルビオンでの内乱で、貴族派の反乱が成功すれば次はトリステインですからね。 ゲルマニアとの同盟は賛成します。王族としての責務大変であろうことをお察しします」 ゲルマニア─トリステイン間の婚姻による同盟。 当然考えられることであった。しかしこれはまずいことになってきた。 同盟が成立すれば反乱軍が攻めにくくなってしまう。この婚姻は妨げなければならない。 どうしたものか・・・ しかしアンリエッタはその言葉に絶句する。おそらくルイズならゲルマニアの皇帝との婚約に怒りを感じて そんな境遇の自分に同情すると思っていたのだ。 部屋に入る時といい、冷静なルイズの言葉に戸惑いが生まれる。 「その通りです。ですが、問題があるのです。 アルビオンのウェールズ様を覚えておりますか?」 「覚えてますよ。あのアルビオンの凛々しい王子様ですね?」 「そう、そのウェールズ様に私はある手紙を出してしまったのです」 「手紙を出すくらいで問題にはなりませんよ」 「いいえ、違うのです。 その手紙にはゲルマニアに送られれば婚約は解消されるほどのことが書かれているのです。 ・・・はっきり言ってしまいましょう。手紙私からウェールズ様への恋文です。 婚約解消となればトリステインは独力で反乱軍と戦わねばならなくなります。 この国のためにもなんとしてもその手紙を回収しなければなりません。 それも絶対の信頼の置ける者でなければこんな任務を拝命させるわけにはいかないのです。 しかし私が信頼できるような者は宮廷にはいません。どうすればいいのでしょう。 誰か罪深い私を助けてくれるような者はいないのでしょうか」 アンリエッタはちらちらとルイズを見ながら事情を説明してくる。 話し方からして、ルイズが自分から志願してくれるのを待っているようであった。 まさに渡りに船の申し出であった。この任務に失敗すれば同盟の話はなくなる。 その様を思い浮かべたルイズはアンリエッタににっこりと微笑みを送る。 「姫様!ここに私がいるではありませんか。私にどうか命令してください。 手紙を見事手に入れてこいと。それだけで動く貴方の友が宮廷にはいなくともすでに目の前にいます」 驚いているような顔を作りながらアンリエッタは言葉を返す。 「いけません!貴方をそのような危険な場所に行かすなどどうしてできましょうか」 「姫様のためならば危険なぞ省みない覚悟です」 「本当に行ってくれるのですか?」 「もちろんです。私以外にこれほど適任な者もいないでしょう。 このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、トリステイン貴族として、 そして何よりあなたの親友として!この任務果たしてみせます」 「ああルイズ!私はなんとよい友を持ったのでしょうか」 「任せてください。すべてうまく行きますよ。すべて、ね・・・」 アンリエッタは最初に感じた違和感を忘れ、 ルイズの微笑みと自信のこもった言葉に大きな安心を覚えていた。 自分の指から指輪を抜いてルイズに手渡す。 「ルイズ。これは王家の宝、水のルビーです。これをあなたに。 もし路銀が足りなくなればそれを売り払ってください」 ルイズはありがとうございますと言いながら受け取り自分の指に嵌めた時、 突如大きな音をたててその扉が開いた。そこにいたのは金髪の優男。 その名をギーシュ・ド・グラモンという。 ずいぶん前にルイズに決闘でフルボッコにされた男だ。 「話は聞かせていただきました!その任務、私にも任せてもらえないでしょうか?」 どうやら聞き耳を立てていたようだ。 ルイズはため息をついてからアンリエッタに視線を送る。 アンリエッタは純粋に驚いているだけのように見える。 とりあえず提案だけでもしてみる。 「この女子の宿舎に忍び込んだネズミは始末したほうがよいですね?」 「それは少し過激です。でも聞かれた事が事ですし仕方ないのかもしれませんね」 その会話を聞いてギーシュは失敗という言葉が頭をよぎる。 トリステインの一輪の花、アンリエッタ殿下に名前を覚えてもらい、 もしかすれば親しくなれるかもしれないチャンスに舞い上がり、 部屋に突入してしまったが窮地に立たされてしまった。 ギーシュはルイズの恐ろしさを文字通り身に染みて理解していた。 決闘での悪夢はいまだに夢に見てしまう。 そして土くれのフーケを学院長室まで引きずっていったのをギーシュはしっかりと見ていた。 なんのためらいも無くやると言ったらやる性格。 使い魔を召喚してから変化した凶悪なルイズが今は口封じという口実を手にして ギーシュに視線を向けている。顔から血の気が引き、手がぶるぶる震え始める。 「お、おお、お待ちください。私、ギーシュ・ド・グラモンはトリステイン貴族の一人として 姫殿下のお役に立ちたいのです」 その言葉にアンリエッタが反応する。 「グラモン?あなたはグラモン元帥の身内の方ですか?」 「息子であります!」 「あなたも私の力になってくれるのですか?」 「このギーシュ。姫殿下のためならばどのようなことでもやり遂げて見せます」 二人のやりとりを横から見ながらルイズは考えていた。 危機を脱しようと思っているギーシュはなかなか饒舌である。 しかしギーシュを連れて行くとどうなるだろうか。連れて行くなら先住魔法は使えない。 打算の結果、不可との結論が出る。 「だめよ。貴方じゃあ足手まといにしかならないわ。身の程を知りなさい」 しっかりと釘を刺すがアンリエッタがにっこりと微笑む。嫌な予感しかしない。 「ルイズ、そう言わずともいいじゃない。彼は彼で私のために動こうとしているのです。 そんな貴族の忠誠を無碍にはできません。ぜひ彼も連れて行ってください」 「そ、そうだ!ドットとはいえメイジだぞ。ゼロの君とは違う!」 どうやらアンリエッタは本当に足手まといとなるとは考えていないようだ。 そして彼女に支持されたギーシュはかなり勢い付いてしまっている。 その言い草にルイズは静かに怒りを覚える。 「そのゼロにボロクズにされたのは誰かしら?ミスタグラモン? まあいいわ付いてくるのはいいけどこの任務は非公式だから死んでも名誉の戦死とはいかないわよ?」 「の、望むところだ。表に出なくとも貴族としての行動ならば誰が謗ろうとも恥じることはない」 名誉がない。そのことを聞いてギーシュは唾を飲み込んだがアンリエッタがこの場にいることを思い出し、 見栄をを張り通してきた。 仕方がない。ギーシュには途中で死んでもらうことにしよう。 それよりこのような任務を任せるほどアンリエッタが自分を信頼していることにルイズは注目する。 信じれる者が近くにいないとはなんとおもしろい姫だろうか。 もっとも信頼しているのが昔いっしょに遊んだだけのルイズであるというのが一番の笑い話である。 ルイズはアンリエッタが小娘である自分にこのような任務を与えることを馬鹿にするように考えていた。 しかし、貴族王族といった権力の渦の中でそのようなものに煩わされない友であり、 最近、トリステインで暴れていた土くれのフーケを捕まえるという偉業を達成しすることで 実力を示したルイズはアンリエッタからしてみれば今回の任務にまさに打ってつけの人材であったのだ。 アンリエッタよりウェールズへ宛てた手紙を受け取り、ギーシュとアンリエッタが帰った後、 一通の手紙を書く。その手紙を持ってタバサの部屋に行く。 扉をノックしたが返事がないので勝手に入ることにした。 部屋にはベッド、机、本棚だけであり、かなり殺風景と言えるだろう。 タバサは机に向かい椅子に座って本を読んでいたが、 ルイズが視界に入ると本にしおりを挟み机に置いて向き直ってきた。 「タバサ、今からちょっと付き合ってくれない?」 タバサが頷いて了承を示したのを確認するとルイズは使い魔で近くの森まで運ぶように頼んだ。 すぐにタバサは窓まで行き、口笛を鳴らす。ルイズとタバサはすぐに飛んできた風竜に乗り込み、 森の入り口に向かった。ルイズ持っていた手紙を手近な木の枝に結びつけるとすぐに学院へ帰る。 もちろん魔法衛士隊の巡回に見咎められたが、今日行われた使い魔品評会でタバサとその使い魔は よく知られていたためすぐに開放された。 何事もなく終わったがタバサの風竜がずっとこちらを睨んでいたことが気にかかった。 元々使い魔には避けられていたが明確な敵意を向けるのはシルフィードだけだ。 タバサの風竜はアルビオンへ渡るのに使えるだろうが、タバサを完全に支配下に置いていないことから 協力を断念せざるを得ない。まだ彼女には光があるのだ。 タバサの母はおいしいネタだが、シルフィード然りまだルイズを裏切る余地がある。 それを完全に消すまでは弱みをみせることはできない。 朝が来る。 ルイズはすぐに寝巻きから旅装に整えてデルフリンガーを背負い、使い魔のいる医務室に向かう。 ルイズが使い魔に会いに行くのは毎朝の日課となってしまっていた。 今だに寝続けている使い魔に変わった様子は観られない。 今日から少し長く使い魔と離れることになる。 魔法が使えなかったルイズが始めて成功した魔法で呼び出された使い魔。 ゼロと陰口を叩かれていたルイズに新しい価値観と力を与えてくれた存在。 そして毎晩のように夢の中で安らぎ教えてくれている。召喚してからルイズは与えられてばかりである。 これでは主人とはとても言えないだろう。 いつまでも使い魔におんぶに抱っこでは格好がつかないではないか。 せめて目覚めさせなければ。 使い魔がいままで夢の中でルイズに伝えていたことを考える。 とにかく人間が負の感情を抱くようにすればよかったはずであった。 希望を見出せない世界を創ることはルイズ自身も望むことである。 「言っとくけどあんたのためにアルビオンに行くんじゃないんだからね。 私は私がやりたいから行くのよ。勘違いしないようにね」 使い魔には感謝をしているというのに口をついて出たのは憎まれ口であった。 眠っていて聞いてないであろう相手とはいえどうにも素直にはなれない。 そんなルイズの目に一瞬だけ黒く輝いた使い魔の左手のルーンの光が飛び込んだ。 返事は期待していなかったルイズは激励を受けたように気分が高揚してくる。 「あら?このルーン。もしかしてこのすごいのが相棒だったのか? じゃあ嬢ちゃんは・・・」 デルフリンガーが何かを言っているがルイズは無視して使い魔を見つめる。 「ついでだしあんたも叩き起こしてあげるわ!感謝しなさい!」 堂々と啖呵切ったルイズは医務室から出る。 まだごちゃごちゃ言っているデルフリンガーは鞘にしっかり入れて黙らせた。 ルイズはそのまま集合場所に着いたときすでにギーシュが馬を用意して待っていた。 「ルイズ、馬の用意をしておいたよ」 ギーシュがルイズに話しかける。 この任務で大事なのはすばやく手紙を奪取し、それをゲルマニア皇帝に送ることだ。 確かにゆっくりと旅して間に合わなくなり、貴族派の手に手紙が渡っても 高確率でゲルマニアの皇帝に送られるだろう。 しかし少ない可能性だがアンリエッタとゲルマニア皇帝との婚姻がアルビオン側に伝わることになれば ウェールズ王子が自ら手紙を処分することもあるかもしれない。 できるかぎりの速さが必要なのだ。 馬の具合を確かめているとギーシュが話しかけてくる。 「あの、つ、使い魔を連れて行ってもいいかな?」 メイジの使い魔を連れて行くことは別段おかしいことではない。 疑問に思っていると地面が膨らみ、何かが顔を出す。 それは1メートルを超えるでかいモグラだった。ルイズから隠れるようにギーシュの後ろに行くが 鼻をすんすん鳴らしながらつぶらな瞳でルイズの方を見ている。 ルイズはその使い魔が自分の手元を見ていることに気付き、右の眉を上げる。 その反応を敏感に捉えたのかギーシュは反対されると思ったのかまくし立て始める。 「ごめんよ。急ぎの任務であるのに地面を進むジャイアントモールを連れるなんてだめだろう。 馬鹿なことを言っていると僕だってわかってる。でも僕とヴェルダンテは一心同体なんだ!」 いきなり使い魔を抱き始めたギーシュは放っておき、手を動かす。動く手に沿ってジャイアントモールの 瞳も動く。どうやら指輪を嵌めている手を見ているようだ。指輪をはずしポケットに入れる。 視線がポケットに向けられているのを確認し、もう一度付け直す。 「ギーシュ、このモグラ、私の指輪を見ているようだけど?」 「え!・・・そ、それはヴェルダンテの習性だよ。彼はよく鉱石を見つけ、集めてくれる。 土メイジとしてはすばらしいパートナーだろ?」 使い魔を自慢するギーシュは本当に殺したい。 「連れて行ってもいいわよ」 「ほ、本当かい?ありがとう!」 地獄に仏を見つけたかのような顔をするギーシュに釘を刺す。 「ジャイアントモールは土の中を移動するけれどその潜行速度は馬並みよね? ただし遅れたら放って行くわよ」 ベルダンテベルダンテと騒いでいるギーシュはこの旅の中でその短い生涯を遂げることになるだろう。 今の内に騒いでおくといい。 そのときルイズはギーシュの後ろにこちらに近づいてくる影を見つけた。 見たところ年齢は二十台後半といったところか、かなりの美形で体格もよい。 騎士の一人なのだろう。こんな朝早くから騒いでいるので様子を見に来たのかもしれない。 足音が聞こえるようになってやっとギーシュもその騎士に気付いた。 「ええと、朝から騒いでしまい失礼しました。特に問題はないので・・・」 「いや、僕は君たちの護衛を任されたのだよ。 私は魔法衛士隊グリフォン隊隊長のジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだ」 ルイズはそれを聞いて歯噛みする。護衛を付けられてしまった。 それもそうだ。普通に考えてこれは当たり前の処置。 いくらアンリエッタがルイズを信頼していてもこれは国家の大事なのだ。護衛が付くのは当然だろう。 だがルイズから見れば護衛ではなく監視でしかなかった。 魔法衛士隊と言う実力でしか入ることのできない部隊。 その隊長を務めるからにはこのワルドはかなりの実力者なのだろう。 だが予定は特に変わらない。『貴族派の刺客』に殺されるのが二人に増えるだけだ。 しかしこのワルドの実力がどれほどのものであるかがわからなければうかつなことはできない。 「久しぶりだね。僕のルイズ」 微笑みながら話しかけてくるワルドに不審な物を見る目を向ける。 「おや?僕のことを忘れてしまったのかい。婚約者に忘れられるなんて僕は悲しくて死んでしまいそうだよ」 そう言われてルイズは自分に婚約者が居たことを思い出す。 たしかにワルドはルイズの婚約者であった。そういえば憧れていたような気もする。 最近いろいろあったので綺麗に忘れていた。死んでしまいそうならそのまま死んでくれたらいいのに。 「すっかり忘れていました。それに婚約は親が勝手に決めたことです。 それに振り回されてはいけませんわ」 ワルドはルイズの綺麗な笑顔での忘れていました宣言に対しても全く動揺した様子を見せない。 なかなかに面の皮が厚い。 「なんと言うことだ。でもこの旅できっと二人の間を縮めてみせるよ」 ワルドが口笛を吹くとグリフォンが空から降りてくる。 それにワルドが騎乗し、ルイズに向かって手を差し出してきた。 「ルイズ、こちらにおいで」 ルイズが素直に寄っていくと突如グリフォンが暴れだした。 ワルドは不意を突かれてグリフォンから落とされたが、きれいに受身を取って起き上がる。 グリフォンは威嚇音を出しながらそのままワルドに爪を向けようとした。 「止めなさい」 それをルイズが止める。グリフォンはワルドから目を離さないように動きながら ルイズの横にくると従者であるかのように伏せる。このグリフォンの動作に笑みを堪えきれず、 ルイズは手で釣りあがる口元を隠す。 これがルイズが始めて魔物を従えるということに成功した瞬間であった。 オークは最初から従順であったのでルイズはしっかりと自覚できていなかった。 これまで学院の使い魔たちには避けられ、本当に魔物を操れるのか不安であったが、 そんな悩みを一掃してしまった。使い魔となった魔物だけが従わないのだと理解できた。 ルイズは愛おしそうにグリフォンの鼻先をなでてから馬に乗せようとしていた荷物をグリフォンに付け直す。 ギーシュとワルドはそれを見て絶句していた。 しっかり飼いならされ、訓練を受けたグリフォンが騎士に逆らい、初めて会った少女に従っているのだ。 「ワルド子爵。この子、貴方を乗せたくないみたいよ?嫌われたわね。 この子には私だけが乗っていくから貴方は用意した馬に乗って頂戴」 あっさりとそう宣言した後、自分の荷をくくり付け終わり、ルイズはさっさと出発しようとしている。 「ヴィンダールヴ?いや、しかし使い魔はガンダールヴのはず・・・ 始祖の魔法か?・・・・」 ワルドの呟きは誰にも聞かれず空に解けて消えた。 魔法学院の学院長室。 オールドオスマンはその出発の様子をしっかりと見ていた。 隣にいる王女にはよくぞルイズを国から離してくれたと喝采を送りたい。 「しかし大丈夫なのでしょうか。頼んだのはいいですがやはり不安です」 「そのためにグリフォン隊の隊長殿を付けたのでしょう? それに貴方が思っているよりもミスヴァリエールは強いですぞ」 「そうですね。さっきも騎士のグリフォンを奪うなんてことして・・・ あの子は昔から変わっていたけど、ここでも変わらないのね」 アンリエッタが微笑ましそうに見ていたその光景はオスマンから見れば異常としか言いようがない。 訓練を積んだグリフォンが主人に攻撃したのだ。異常でなかったらなんだというのだ。 「彼女らに始祖ブリミルの加護のあらんことを・・・」 祈る王女から視線をはずしこれからのことを考える。 アルビオンに行くには浮遊大陸がもっとも近づいてきたときでないと航行便は出ないだろう。 3日以上はまだトリステインにいる計算になる。 王党派と連絡を取るのに手間取ると任務終了までにどれだけ時間がかかるかわからない。 亜人を滅するのは彼らがアルビオンについてからでいいだろう。 前ページ絶望の使い魔
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前ページ次ページ重攻の使い魔 第3話 『決闘未満』前編 ルイズが教室を爆破したことで、せっせと後片付けをする羽目になっていたその頃、トリステイン魔法学院図書館、フェニア・ライブラリ内において、一心不乱に書物を漁る人物がいた。始祖ブリミルがハルケギニアに新天地を築いて以来の、全ての歴史が納められたこの図書館は非常に広い。高さが30メイルにもなる書棚が所狭しと屹立している様は圧巻の一言であった。 その中でも、機密性の高い書物や、著された時代が非常に古く、固定化の魔法を施してなお劣化を止める事のできない書物のような、貴重な書物が収められているのがフェニア・ライブラリである。教師以外の立ち入りが禁止され、その教師ですらそうめったには足を踏み入れないエリアにて、しらみつぶしに書物を調べていたのはコルベールだった。 なぜ彼がそのように必死になっているのかと言うと、昨日ルイズが召喚したゴーレムの左拳に現れたルーンが気に掛かって仕方がなかったからである。ルーンは珍しいものであったが、スケッチを取ったその時は思い出すことができなかったのだ。その後、非常に古いルーンだということは思い出したのだが、細かいことはやはり記憶の霞の向こうにあった。 幸い今日、彼の受け持つ授業は午後からであったので、こうして朝食も取らずに日が昇る前から探し続けているのである。9時間ほど探しているのだが、中々お目当ての書物を見つけ出すことができず、昼食の時間も迫りつつある。流石に昼食まで抜くわけにはいかないため、後1冊調べて駄目だったら明日に回そうと最後の書物を手に取り、なんとも幸運なことにその書物こそがコルベールの探していた書物だった。 その書物は、始祖ブリミルとその四体の使い魔たちについて記された古書だった。あるページにてコルベールの手が止まり、そこに記されている一節と図説に目を通すと、彼の顔に驚きと納得の二つの表情が同居した。コルベールは軽く始祖ブリミルに感謝の言葉を述べると、件の書物を抱え、学院長室へ向かって急いで走り出した。 コルベールが本塔最上階に位置する学院長室の扉を叩くと、室内から重々しい声で入るように告げられた。扉を開き室内に入ると、正面の学院最高権力者に相応しい調度が施された机に立派な白髭を蓄えた老人が座り、その傍に緑色がかった金髪の女性が控えていた。 「失礼します、オールド・オスマン。少しばかりお耳を拝借したいのですが」 「おやコルベール君ではないか。要件は手短にな。わしは昼食を取らねばならんからの」 「は。できればミス・ロングビル……人払いを願えますか」 古書を抱え、かしこまったコルベールの態度にオスマンは感じる所があったのか、昼行灯とした表情から一転、他人に何事も言わせぬ雰囲気を纏った。オスマンは傍に控えていた秘書のロングビルに退室を命じ、室内の会話を聞くことを禁じた。ロングビルは特に渋る様子も見せず、素直に学院長室を出て行った。 「して何事じゃ。なにやらただならぬ雰囲気じゃが」 「これをご覧下さい。このページです」 コルベールは先程のページをオスマンへと見せる。 「これは『始祖ブリミルと使い魔たち』ではないか。また古臭い文献を引っ張り出してきおったな。これがどうかしたのかね?」 「実は昨日、ヴァリエール公三女の召喚の儀式に立ち会いまして、その時に召喚された使い魔に刻まれたルーンに関してお伝えせねばならないと思い立ち、こうしてお時間を頂いているのです」 ブリミル教の始祖に関する書物、そしてそれが関係するルーン。予想される結論に、オスマンの顔は一段と険しい表情となり、コルベールへと先を促す。 「詳しく説明するのじゃ。ミスタ・コルベール」 ルイズの錬金失敗による爆発により、瓦礫の山となった教室を片付け終えたのは昼休みの直前だった。キュルケは最初こそルイズを見張っていたが、どうにも退屈で仕方なかったのか、気が付けば姿を消していた。ルイズはこれ幸いとばかりにゴーレムを使って瓦礫の片づけを進めることにしたが、それでもなお瓦礫の量は膨大であり、結局昼食の時間を過ぎてしまった。もしゴーレムなしで片付けていたら夕方になっても終わらなかったに違いない。ルイズは普段犬猿の仲のキュルケが姿を消してくれたことに心底感謝した。あの気に食わない女でもたまにはいいことをするものだ。 いい加減空腹を感じていたので、昼食を取ることために食堂へと向かう。昼食の時間は過ぎてしまったが、無理を言えばおそらくありつけるだろう。ルイズはゴーレムに労わりの言葉を掛け、次いで自分を抱えるように命じた。ゴーレムは素直に厳つい左腕を差し出し、その上にルイズが腰掛けると、静かに立ち上がり食堂へ向かってのしのしと歩き出した。 「なにかしら。食堂が騒がしいわね」 食堂の前に着くと、なにやら室内でヒステリックに怒声を上げる男の声と必死で謝っている女の声が聞こえてきた。ルイズは男の声に聞き覚えがあり、なんとなくだが怒りの原因も推測できた。 ぴょんとゴーレムの腕から飛び降りると、ルイズは食堂の扉を開いた。すると目の前で長身金髪の優男が顔を真っ赤にしながら、使用人の少女を激しく叱責していた。優男の顔が真赤になっているのは怒りだけが原因というわけではなかった。その端正な顔の両頬には鮮やかな紅葉が咲いていたのである。 「申し訳ありません、申し訳ありません! わたくしはただ落し物をお渡ししようと思っただけなんです!」 「それが余計なことだというんだ! 君の浅はかさのために二人の女性の心が傷付いたんだぞ! そしてこの僕の名誉も傷付けた! この責任、どう取るつもりなんだ!?」 「も、申し訳ありません、申し訳ありません! どうか、どうかお許し下さい!!」 顔面を蒼白にしながら必死で許しを請う少女に対し、優男は糾弾の手を緩めることはなかった。何が何でも少女を許すつもりはないらしい。周囲の生徒は面白い捕り物でも眺めるかのように、遠巻きにはやし立てていた。 ルイズはうんざりとした表情を貼り付けながら、優男に話しかける。 「ちょっとギーシュ、なにぎゃあぎゃあと喚いてんのよ。みっともないったらありゃしないわ」 背後から声を掛けられたギーシュと呼ばれた少年が振り向くと、憤然やるかたないといった顔をしていた。みっともないと言われたことで更に怒りを加速させたようで、ルイズに傲然と噛み付く。 「ふん、ゼロのルイズじゃないか。魔法も使えないメイジが僕に声を掛けないで欲しいね。みっともないのは君の方じゃないのか?」 「魔法が使えないからってなんだってのよ。あんたみたいに逆らえない女をいたぶる趣味の男の方がよっぽど格好悪いわよ。どうせ二股がバレて引っ叩かれたんでしょう。ほんと学習能力の無い男ね」 「……口には気をつけたまえよ。君がヴァリエール家だからといって、ここじゃ特別階級じゃないんだ。何かあっても生徒間の問題で済むからな」 ギーシュの二つの紅葉を咲かせた顔は更に赤く染めあがり、見るからに怒りは頂点に達していた。その口はどうにも穏便ならない言葉を抑えきることはできないようで、感情に任せるままに言い返す。 「なに? それでわたしを脅してるつもりなの? あんたがその節操のない下半身をどうにかすればいい話でしょう。誰彼構わず突っ込んでんじゃないわよ」 ルイズの軽蔑を込めた揶揄に、ついにギーシュの怒りが炸裂したようだった。一段とヒステリックな怒声を上げる。 「いいだろう! ここまで僕を侮辱すると言うことはそれなりの覚悟があるんだろうな!? どちらが上なのか分からせてやるよ!」 ギーシュは胸のポケットから花を一輪取り出すと、さっと振り上げ声高に宣言した。 「決闘だ!!」 最後にヴェストリの広場へ来いと言い放ち、ギーシュが憤然と食堂を飛び出していくと、ルイズは思わず溜息をついた。怒りで周りが見えなくなっているらしいギーシュは、扉の外に立っていたゴーレムにすら気が付かなかったようだった。ルイズは何となく悔しい気分になっていたが、まあどうでもいいことであった。床にへたり込み、すんすんと泣き続けている少女に、とりあえず声をかける。 「あのさ、あんたなにやらかしたの? あいつが二股ばれたってのは間違いなさそうだけど、なんであんなに怒ってたのよ?」 「み、ミス・ヴァリエール……。その、実は……」 少女ははらはらと泣きはらしながら、訥々とこの騒ぎの原因を語り始めた。少女の話によると、ギーシュが香水の入った瓶を落とし、それに気付いた少女が拾い上げて渡そうとした。そのときギーシュは友人に異性関係を尋ねられ、何とかはぐらかしている最中だった。少女が拾った香水はどうやらモンモランシーと呼ばれる少女のものだったようで、それに気付いた友人達がモンモランシーと付き合っているのかと囃し立てた。運の悪いことにその場には二股相手のケティと呼ばれる少女が居合わせていたらしく、涙目でギーシュに詰め寄ると、別れの言葉と平手を叩きつけ、走り去ってしまった。更に今度は二股を知り怒り狂ったモンモランシーが、有無を言わさずギーシュに絶縁状を叩き付けた。そして一連の痴話喧嘩のきっかけとなった少女を糾弾していたと、そういう訳であった。 「ほんとに馬鹿じゃないのあいつ。全部あいつの自業自得じゃない」 少女の話を一通り聞こえると、ルイズは心底呆れ返っていた。 「わ、わたくし、もうどうすればいいか分からなくて……うくっ。い、一体これからどんな目に遭うのか……ひぐっ」 使用人の少女は尚も青白い顔のままぶるぶると震えていた。使用人、いわば平民は貴族に対し抗うことはできない。たとえ理不尽な糾弾だったとしても、平民はそれを受け入れるしか選択はないのだ。貴族と平民。その間には社会的地位や魔法の有無など、厳然たる壁が立ちはだかっている。 一介の平民がそのような貴族の怒りを買うということは、すなわち死を意味する。魔法であっさりと殺されるか、拷問にかけられて殺されるか。しかも酷い時には自分ひとりではなく、一族郎党処刑されることもありうる。もしくは殺さずに人身売買にかけられ、どこかの好事家の貴族に売り飛ばされてしまう。死なないにしても、人生と言う意味では死に等しい。使用人の少女は、自らの暗い未来に絶望し、恐怖に震えているのだ。 ルイズは別にこの件に関わる必要などなかったのだが、ゴーレムを使い魔としたことで気が大きくなっていることと、教室爆破の事後処理で不機嫌になっている所にギーシュの馬鹿げた怒りを目にしたことで、つい売り言葉に買い言葉で決闘騒ぎにまで発展させてしまった。とはいえ特にルイズは決闘の心配などしておらず、それよりも空腹が気になって仕方がなかった。 「あーもう、もう泣くんじゃないわよ。決闘を申し込まれたのはわたしだし、そもそも悪いのはあいつなんだから」 「で、でも……」 「デモもストもないわよ。いい加減あいつの馬鹿面には辟易してたところだし、わたしがお仕置きしてやれば少しはおとなしくなるでしょ」 実の所、ルイズとしてはこの決闘は願ったり叶ったりだった。私闘は規則で禁止されているものの、自分を馬鹿にしてくる連中を黙らせるのには丁度いい機会だ。一度のお咎めで今後の雑音を排除することができるのなら安いものだ。ここいらで自分の使い魔に戦わせてみよう。 「でさ、あんたなんて名前なの? まだ聞いてなかったけど」 「す、すいません。わたくし、シエスタと申します……」 「そ。ならシエスタ、今回は特別にあんたの厄介事をわたしが引き受けてあげるわ」 貴族であるルイズから発せられた言葉にシエスタと名乗った少女も含め、周囲は騒然となる。みな貴族が平民に肩入れするとは信じられないと言った表情であった。シエスタはかけられた救いの言葉に感極まったようで、手を胸の前に組みながらルイズに感謝の言葉を述べる。 「ほ、本当ですか!? あぁっ、ありがとうございます!」 「本当よ。ただわたしお腹すいてるから、昼ごはん持ってきてちょうだい。決闘するにしてもその後よ」 「は、はい! ただいまお持ちしますぅ!!」 シエスタは一目散に厨房へと走り去っていく。その後姿を眺めた後、ルイズはゴーレムを呼び、自分の席へと向かう。ゴーレムが食堂にのそりと入ってくると、扉付近に群がっていた生徒達は雲の子を散らすように逃げていった。昨日の夕食と、今朝の朝食で、もうすでに2度、目にしているはずなのだが、未だ慣れないらしい。遠巻きにひそひそと囁きあっているのが見える。 シエスタが昼食を運んでくると、有象無象の囁きなど気にもしないといった態度で、ルイズは食事を始める。このゴーレムがいる限り自分はゼロのルイズじゃない。ルイズにとってゴーレムとは自信の象徴だった。 ヴェストリの広場とは、魔法学院の敷地内『風』と『火』の棟の間に位置する中庭のことである。ここは学院の西側に位置するため、日中でもあまり日が差すことはなく、薄暗く常にひんやりとした広場だった。先程食堂で怒りを振りまいていたギーシュはここを決闘の場と決めた。 ギーシュは不機嫌の絶頂にあった。あの後、ギーシュの後を付いてきた友人達が脂汗を浮かべた顔でしきりに決闘するのはやめておけと言うのだ。ヴァリエールの使い魔のゴーレムは普通ではないと。 (この僕がゴーレムでの戦いで敗れると思っているのか!?) そう、ギーシュは『土』のメイジであり、ゴーレムを駆使して戦う人間だった。その彼がゴーレムでの戦いで勝ち目がないと言われれば、プライドを傷つけられるのは想像に難くなく、事実ギーシュは友人達に抑えきれない怒りをぶつけていた。 (今までゴーレムを使ったこともない、落ち零れのゼロのルイズめ。偶然高位のゴーレムを召喚したからっていい気になりやがって! あんな図体がでかいだけのウスノロゴーレムなんてワルキューレでズタズタにしてやる!) ギーシュは怒りで平静を失ってはいたが、自らの使うワルキューレ単体であのゴーレムに勝てるとは思っていなかった。自らの戦いの極意は7体のワルキューレによる波状攻撃。それならば、あの見るからに鈍重そうなゴーレムを屠ることなど容易い。ギーシュはそう考えていた。 昼食を取り終え、食堂を出て指定された広場に向かう間もシエスタはルイズとゴーレムにぴったりとくっ付いてきた。先程からいつまでもありがとうございます、このご恩は忘れません、だのとしつこく感謝の言葉を掛けてくるので、ルイズはいささかげんなりとしていた。貴族の少女に巨大なゴーレム、そして使用人の少女という酷く不釣合なトリオを組みながら決闘の場へと足を進める。 「諸君、決闘だ!!」 「ギーシュが決闘するぞ! 相手はゼロのルイズだ!」 どこから聞きつけたのか、ルイズ一行が広場に到着すると、そこには人だかりができていた。ギーシュの宣誓に盛り上がる観衆の声がルイズの鼓膜を震わせる。ギーシュはルイズの方向を向くと、怒りで歪んだ剣呑な表情を見せた。 「とりあえず、逃げずに来たことは褒めてあげようじゃないか」 「誰が逃げるってのよ」 ゴーレムを引き連れて現れたルイズは、何を馬鹿なことをと言わんばかりの態度で応酬する。 「さて、観客を待たせるのも申し訳ない。今すぐ始めようじゃないか」 ギーシュはそう言うと、やはり胸ポケットから一輪の薔薇を取り出し、さっと優雅に振り上げた。7枚の花びらがはらりはらりと宙を舞ったかと思うと、瞬時にして女戦士を象った人形の姿となった。 「『青銅』のギーシュ・ド・グラモン。7体のワルキューレでお相手する。君の使い魔もゴーレム、僕が使役するのもゴーレム。よもや数が不平等だなどとは言うまいね?」 ギーシュは挑発するが、ルイズはどこ吹く風であった。メイジと使い魔は心で繋がるもの。このゴーレムの心を感じることはできないが、強靭な体から力が発っせられているのを感じる。教師も力があると認めた使い魔だ。こんな優男ごときに負けるはずがない。根拠は薄いが、ルイズは自らの使い魔の勝利を確信していた。 「さあ、あの馬鹿を死なない程度に懲らしめてやりなさい!」 ルイズはゴーレムへと威勢よく命令する。主人の命令を受け、ゴーレムの瞳がにわかに明るくなる。ゴーレムの肉体に秘められた力の一端が今、解放されようとしていた。 前ページ次ページ重攻の使い魔
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「BIOSHOCK」よりビッグダディ(バウンサー型)と無線機が召喚される話 プロローグ chapter01 chapter02 chapter03 chapter04