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Call of lyrical Modern Warfare 2 第15話 "Whiskey Hotel" / 取り戻せ星条旗 SIDE 時空管理局 機動六課準備室 五日目 時刻 2005 地球 衛星軌道上 次元航行艦『アースラ』 ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長 地球の、衛星軌道上での核爆発。この情報がミスターRとミスRからもたらされた時、『アースラ』は幸か不幸か、地球に向かっていた。 超国家主義者たちの新たなリーダー、ウラジミール・マカロフのミッドチルダ臨海空港での無差別虐殺と計略により、つい先日まで同盟の関係にあったはずの地球のアメリカ合衆国と時空管理局は戦争状態に陥った。管理局側は米本土東海岸への奇襲空挺攻撃で米軍を翻弄し、首都ワシントンや大都市ニューヨークを蹂躙し続けている。このままでは戦火は拡大する一方であり、アメリカと管理局の共倒れを意図するマカロフの思う壺となってしまう。多くの人々は、その事実に気付かされないままに。 そこで、時空管理局の八神はやて三佐は、自身が指揮官として部隊の稼動準備を行っていた独立部隊『機動六課』、正確にはその準備のためである機動六課準備室を用い、事態の収拾とマカロフを捜索を開始した。 臨海空港でのテロが本当にアメリカの手によるものなのかどうかは、実のところ調査が完了していなかった。ただ、現場にテロの実行犯の一人と思われるアメリカ人の遺体が残されており、このためにテロはアメリカの仕業であるという推測が広まった。このためまずは調査を完了させ、その報告結果を待つべきという報復慎重派が管理局には多数いた。不運であったのは、彼らとは主張が相反するもの、すなわちただちにアメリカへの報復を強行すべきという報復強行派もまた、管理局には多数存在したことだ。強行派は慎重派を強引な手段で次々と逮捕してしまい、現在の管理局、それも地球への兵力輸送と攻撃を行えるだけの能力を持つ本局は主導権を強行派が握っている。 これに対し機動六課準備室は、報復慎重派の中でも特に大きな権限を持っていたクロノ・ハラオウン提督の救出作戦を決行。管理局の中でも優秀で人望もある彼を奪還し、クロノ自身が強行派に報復作戦の中止と撤退を呼びかければ、彼らは大きく動揺するだろう。強行派に鞍替えせざるを得なかった者も、戻ってくるかもしれない。 救出作戦ははやての呼びかけに応じた管理局の精鋭、それにジャクソンを初めとした米海兵隊や英SASの兵士たちの働きにより、無事成功。クロノはかつて自分が艦長を勤めていた次元航行艦『アースラ』へと帰還した。 クロノの救出に成功した機動六課準備室だったが、彼らは途中、気になる情報を入手した。地球でも現在、この戦争を裏で仕組んだ超国家主義者たちのリーダー、マカロフを追っている特殊部隊が活動中だという。部隊の名は、Task Force141。クロノとジャクソンの戦友、ソープもそこにいるらしい。もしも彼らとコンタクトが取れれば、地球と管理局の精鋭部隊で共同戦線を築くことが可能かもしれない。 そこで『アースラ』はTask Force141とのコンタクトを求めて、地球へ向かった。その途中、核爆発という情報を得た。 緊急招集がかかり、艦橋に集まった時の光景を、ジャクソンははっきりと覚えていた。この時間帯、本来はオペレーター席は当直勤務の者だけが座っているが、彼が艦橋に到着した時には全席が埋まっていた。中央の主任オペレーター席では、艦の主任オペレーターであるエイミィ・リミエッタという女性が、通信と解析の指示でてんてこ舞いをしていた。 何より、彼の視線を奪ったのは、艦橋にある大型の観測窓から見る地球だった。米本土、東海岸上空。自らの祖国。その東海岸が、暗い。西海岸や中央はまだ人々の生活がそこにあることを示す明かりが、宇宙である衛星軌道からでも見える。だが東海岸に限っては、真っ暗だった。「東海岸はみんな節電中か」と同僚のグリッグが言ういつものジョークも、耳に入らなかった。 それから、衛星軌道上に浮かぶ無数の残骸。これは何だろう、と思って観察を続けていたが、微速前進する『アースラ』の観測窓に、ドッと衝撃があった瞬間、艦橋で男女問わずの悲鳴が上がった。宇宙服も着ないままに、放り出された死体だった。服装からして、管理局の次元航行艦の乗組員であることが推測された。 ようやく、ジャクソンを含めて彼らは目の前でほんの数時間前、何が起こったのかを悟った。核爆発により、衛星軌道上に展開していた次元航行艦隊が、壊滅したのだ。大半は地上戦支援のためもっと高度を下げているとの情報だったが、『アースラ』乗組員たちが出くわした残骸は、衛星軌道上に残留していた艦のものだったのだろう。 現在、『アースラ』は救出活動を行っている。核爆発が追い詰められた米軍によるものなのかは不明だが、目の前で漂流している艦があれば、見過ごすことは出来ない。例え強行派の下で報復作戦に従事していた者であっても、今の彼らは助けを待つ漂流者であり負傷者だったのだ。 「医務室だけじゃ収まりきらないわ。食堂を臨時で救護室にして! 軽傷の者は幹部食堂、重傷者は私のいる一般食堂に!」 まるで野戦病院だ、とありったけの医薬品を担ぎ込むジャクソンは思った。一般食堂は現在、地獄絵図だ。火傷、切創、骨折といったありとあらゆる負傷者が運び込まれ、それを医師免許を持つ彼の恋人、シャマルと『アースラ』の医務室のクルーが懸命な治療を施している。シャマルは実質、重傷者治療の指揮を取っていた。 白衣の天使とはよく言ったものだが、クルーたちの着る白衣はもはや白くなかった。ほとんどが赤黒く染まっていたのだ。 「シャマル、モルヒネと包帯、それから消毒液だ。他に必要なものは?」 「ありがとう、そこに置いておいてください。医薬品はいいから、ジャクソンさんは私を手伝ってください!」 振り向きもせず、シャマルは言う。彼女に言われるがまま、ジャクソンは彼女を手伝った。と言っても、出来ることは少ない。医者でもなければ看護師の資格を持つ訳でもない彼は、あくまでもただの兵士でしかないのだ。負傷者の傷口を固く縛れ、と命じられれば包帯を持ち出して止血をする。抑えて、と命じられれば、麻酔が尽きたために苦しみもがく重傷者の手足を抑える。励ましてあげて、と命じられれば、泣き言を口にする負傷者に「治療はうまくいってるぞ」と励ましの言葉をかけた。言われたことをするしかない。彼にはそれが悔しかった。今、ジャクソンの愛する恋人は、目の前の命を救おうと必死になっているというのに。 一人の治療が終わった後、ようやく一旦重傷者の搬入が止まった。軽傷者はまだいるが、彼らはただちに命の危険が迫っている訳ではない。医者も人間なのだから、休める時に休まねば自分が怪我をしてしまう。 飛び散った血がそのままになった白衣で、シャマルは疲れたように腰を下ろした。明るく元気ないつもの彼女も、この時ばかりは疲れ切っていた。 「大丈夫か? 欲しいものがあったら言ってくれ。そうだ、喉が渇いたろう。水を持ってくる」 「あ、いえ、いらないです。それより…」 見かねたジャクソンが気遣って声をかけたが、彼女は首を振った。その代わりに、手を伸ばして彼のそれを掴む。血に塗れたシャマルの、細い指。しかしジャクソンは嫌悪しなかった。無言で、彼女の次の言葉を待つ。 「…傍にいてください。ちょっとだけで、いいから」 頷き、ジャクソンはシャマルの傍に腰を下ろす。医師免許を持っているからと言って、グロテスクな人の怪我を見ても平気かどうかと言えば、それは違う問題のはずだ。彼女の肩が、わずかに震えている。人の命をいくつも救ってきたその肩は、逆を言えばそれまでずっと人の生死を左右させてきたのだ。よくもプレッシャーで押しつぶされないものだ。 震える恋人を安心させるようにして肩を抱く兵士は、思考の片隅で祖国のことも考えていた。アメリカ合衆国。一度、彼が忠誠を誓った身の国。シャマルやはやてたちとの縁のおかげでミッドチルダの連絡官となっていたが、戦争がその関係を破壊しようとした。ジャクソンはその時、祖国ではなくシャマルたちと共にいることを選んだ。それがひいてはアメリカを救うことになる、と思っていた。 しかし、実際のところはどうなのだろう。艦橋で見た、暗闇の東海岸が脳裏から離れない。まるで、そこだけ黒いインクで塗り潰したかのようだった。黒い東海岸、黒いワシントン、黒いニューヨーク。このまま祖国は真っ黒に染まっていくのではないだろうか。そう思うと、気が気でない。 報復強行派は無論止めなければならないが、ジャクソンたちの手だけでは難しい。この戦争は一種の病気のようなものだ。マカロフを倒すと言う根本的な治療はもちろん必要だが、ジャクソン としてはこれ以上祖国の被害が拡大しないよう、報復強行派を止める対処療法も必要だ。そのためには今も戦っているであろう米軍に期待するしかない。核爆発で次元航行艦隊が壊滅したとなれば、反撃の糸口も見出せるだろうか。 かつての顔も知らない戦友たちに、彼は祈るような思いを寄せていた。頼む、星条旗を取り戻してくれ。 SIDE 米陸軍 第七五レンジャー連隊 五日目 時刻 1850 ワシントンD.C. ジェームズ・ラミレス上等兵 気のせいか、誰かに応援されたような気がした。頼む、星条旗を取り戻してくれと。 それが誰からのメッセージだったのかは分からない。空耳か、あるいは思い過ごしか。本当に遠く離れた誰かからの、応援だったかもしれない。 ラミレスは銃を握る腕に改めて力を入れた。空耳でも思い過ごしでもいい。これから自分は、本当に星条旗を取り戻しに向かうからだ。いや、正確には"自分たち"だ。星条旗を取り戻すため、集結したワシントン防衛の米陸軍、海軍、海兵隊、果ては脱出して陸戦に加わるざるを得なくなった空軍のパイロット。まさしく混成部隊。ラミレスと、彼が所属する第七五レンジャー連隊はその一員だった。 土砂降りの雨は、まだ続いていた。崩れ落ちた退避壕の天井からは容赦なく天から水が滝のように降り注ぎ、進む兵士たちの足をもつれさせようとする。しかし、その程度でレンジャーたちの前進は止まらない。これから向かう目的地は、アメリカ人であると自覚するならもっとも重要な象徴だからだ。 「ウイスキーホテルへ急げ!」 「聞いたろ、こっちだ!」 陸軍の兵士が方向を指差し、海軍の兵士が前を行く。ウイスキーホテルとは、NATOファネティックコードと呼ばれる通話表で『W』と『H』を意味する。ワシントンで『WH』という建物と言えば、もはや一つしかない。 前を行く戦友たちに続き、ラミレスが所属する分隊の長であるフォーリー軍曹がレンジャーたちの先頭に立つ。退避壕から地上に出れば、そこはただちに戦場だった――ホワイトハウスと言う、戦場。アメリカ合衆国の政府機能の中枢にして、合衆国を象徴するもの。防衛部隊の奮戦も空しく、管理局の陸戦魔導師たちに占拠されてしまったが、ここを奪還するのだ。幸か不幸か、ホワイトハウスは見るも無残な形で武装化されてしまっているが、いかなる理由か国旗はまだ星条旗のままだ。文字通り、星条旗を取り戻すための戦いになる。 無論、象徴を取り戻すためだけに彼らは危険を冒して敵が陣取るホワイトハウスに攻撃を仕掛けた訳ではない。ワシントン防衛の陸海空軍、海兵隊の残存兵力全てを持って挑むのには、それなり以上の理由があった。 「M240Bを撃ち続けろ! 左翼にもっと兵力を回せ!」 指揮官らしい男が、双眼鏡を手に最前線で指揮を執っている。ラミレスたちにホワイトハウスに集まるよう指示を下した、陸軍のマーシャル大佐だ。本来ならもっと安全な後方の指揮所で参謀たちと協議の上で作戦を決めるような者が、今まさに銃弾が目の前で飛び交う戦場に乗り込んで、自ら陣頭指揮に当たっている。 「大佐、状況は!?」 「我々は"希望の丘"を前にしているぞ、軍曹!」 フォーリー軍曹が大佐に駆け寄り、状況説明と指示を乞う。マーシャル大佐は興奮しきった様子で、しかし指示自体は冷静に下す。 「ホワイトハウスの電力はまだ生きている! つまり、あそこを奪い返せば司令部と通信が可能になるんだ!」 「もし駄目なら!?」 「海兵隊の通信手によれば、ワシントンは更地にされるそうだ! 空軍による焦土作戦が始まる!」 何だって、正気かよ司令部――分隊長と大佐の会話に聞き耳を立てていたラミレスは、怒りと焦燥が入り混じった視線でホワイトハウスを見る。二階に築かれた陣地から魔力弾の妖しい光が飛び、大地を耕すような勢いで放たれる。右翼に展開する海兵隊が機関銃で制圧を試みているが、敵はホワイトハウスの屋上にあるライトで夜の闇を切り裂き、海兵隊にお返しの銃撃を送って彼らの手を焼かせていた。敵はこちらの姿をはっきりとライトで映し出してしまえるのだ。 否、重要なのはそこではない。ライトが使えると言うことは、ほんの数時間前に発生したあのEMPの影響を受けなかったか、もしくは最小限の被害で済んだということだ。政府機能の中枢というだけあって、電磁パルスを浴びても耐えられるよう設計されていたに違いない。マーシャル大佐の言う通り、ホワイトハウス内にある通信機もおそらく健在であろうから、中央司令部と交信して爆撃中止を要請できる。 それにしても焦土作戦かよ。俺たちはまだ戦ってるんだぞ。中央司令部と連絡がついたら、力の限り罵倒してやる。ラミレスはしかし、そんな怒りも生きていればの話だと思った。今は、進 むしかない。ホワイトハウスを、取り戻す。 「分かったら行け! 軍曹たちは左翼だ!」 大佐の命令が下る。異議を唱える者はいなかった。ここで尻込みしていては、どの道ワシントンは焦土と化してしまう。例えホワイトハウスから激しい銃撃が放たれていようと、生き残るには前に進むしかない。 分隊、前進とフォーリーが例によって前に立った。ラミレスたちも続く。 背後からは続々と増援にやって来た味方がいて、決死の援護射撃を敢行する。それで敵の銃撃は収まらず、かえってホワイトハウスからのライトが浴びせられ、反撃を浴びてしまうが、おかげでラミレスたちに降り注ぐはずだった魔力弾はそちらに集中することになった。この隙を逃してはならない。 分隊にとって幸運だったのは、庭のど真ん中に墜落した友軍のヘリが立ち塞がっていたことだ。もはやローターは全て折れて千切れ、墜落時の衝撃でグシャグシャにひしゃげた機体だったが、敵の魔力弾を防ぐには充分過ぎるほどの盾となっていた。援護射撃が途絶え、ラミレスの足元にも光の弾丸が掠め飛ぶようになりだしたその時、彼はこのヘリの残骸に向かって走り、滑り込むようにして陰に入った。カン、カンと甲高い金属音が鳴り、兵士を狙ったはずの魔力弾は弾き返されていく。このヘリは死してなお、国のために尽くしていた。なんという愛国心、忠誠心。これで前進に合わせて動いてくれれば文句は無かったのだが。 とは言え、逃げ込んだはいいがこの先が問題だった。ホワイトハウスは真正面からは近付けない。厳重に封鎖されており、積み重ねられた障害物を撤去するだけでも相当な時間が食われる。 一番手薄なのは西側、大統領の執務室などが存在するウェストウイングからだが――勇気を振り絞り、残骸から身を乗り出して前進を図った味方の兵士が一人、西側から飛んできた魔力弾を浴びてしまい、悲鳴も上げないまま地面に崩れ落ちた。助けようと同僚らしい兵士が前に出ようと試みるが、途端に忌々しい魔法の弾丸が飛んできて、その動きを止める。 敵も必死。ラミレスは身をもって思い知らされた。EMPは、管理局の魔導師たちの装備にも重大な影響をもたらした。連中にとっての魔法は科学として成立しているものであり、様々な魔法の発動を補助するデバイスと言われる一種の魔法の杖も、電子機器が用いられていることが多い。だから、例えば飛行魔法を使っていた魔導師なども突然電磁波を浴びて、飛行の補助を行っていたデバイスが死ねば、墜落する可能性は充分にある。現に、ラミレスは目の前に落ちてきた魔導師を目撃した。召還魔法で竜を呼び出し、背中に乗っていた魔導師も、通常なら気性が荒くとても飼い慣らせないワイバーンを魔法で制御していた。その魔法の補助を担っていたデバイスが突然死ねば、竜も乗り手も混乱し、墜落してしまう。奴らも追い込まれている。ホワイトハウスに立て篭もる魔導師たちは、ここが陥落すれば行き場を無くすのだ。 「ラミレス、進めないか!?」 「援護射撃はどうなってんです、これじゃ釘付けだ。もっと火力を!」 離れたところにいるフォーリー軍曹からの声が飛ぶが、どうすることも出来ない。機関銃が支援の銃撃を行っているのは知っていたが、ウェストウイングに陣取る敵の攻撃までは抑えてくれなかった。 こうなったらイチかバチか――手に持つM4A1を握りなおす。身を乗り出し、どうか弾が当たらないことを祈って進むしかない。そう思ってヘリの残骸から離れようとしたその時、彼のすぐ隣に二人の兵士が駆け寄ってきた。自分たちと同じようにホワイトハウス奪還のため集まった友軍兵士、名も知らぬ戦友。一人は長銃身のM14を持ち、もう一人はM16A4を持っていた。 「おい、そこの若いの。俺たちが援護してやる」 「"俺たち"? 他にも来るのか」 「いいや、俺たちは俺たちだ――二人だよ。そんな情けない眼をするな。シュガート、やってくれ」 たった二人の援護、と聞かされてラミレスは泣きそうになったが、どうにも様子がおかしい。やって来た二人の兵士のうち一人、シュガートと呼ばれた兵士はM14を構えて、まずはこちらと言わんばかりに、ホワイトハウスの中央、レジデンスと呼ばれる建物の屋上に見えるライトを狙う。先ほどからこのライトが支援してくれる機関銃に浴びせられ、敵の銃撃を助けていたのだ。しかし狙うと言っても、眩い光を発するライトはおおよその位置は掴めても、正確な位置までは捕捉出来ないのではないか。 機関銃の発する連続した銃声、敵のものとも味方のものとも区別がつかない悲鳴と怒号、時折響く爆発音の最中、シュガートの持つM14が、七.六二ミリ弾特有の独特な銃声を放つ。一発、二発、三発。パッとライトの光が消えた。ホワイトハウスの屋上から振りまかれていたあの忌々しい光が。これで援護射撃を行う機関銃が狙われにくくなった。 シュガートはさらに、西側にいる敵にも狙撃を敢行。パン、パンと銃声が鳴り響き、アッと短いが悲鳴が上がる。敵の銃撃が、少しずつであるが、勢いを衰えさせていく。 「ほら、行け。今なら撃たれない」 M16A4を持つ兵士が、ラミレスの肩を叩いて前進を促す。迷っている暇は無い。頷き、彼は駆け出した。目指すはウェストウイング。そこから内部に侵入し、ホワイトハウス内の敵を掃討する。 走り出した若いレンジャー隊員を見送り、残って援護射撃を続ける二人の兵士は、ふと目の前で盾となるヘリの残骸を見る。グシャグシャにひしゃげているが、間違いなく陸軍のUH-60ブラックホーク輸送ヘリだ。 「おいゴートン、またブラックホークだ。モガンディッシュ再来だな」 「言うなよシュガート。お互いろくな思い出ないだろ、あそこは」 「違いない」 ゴートン、と呼ばれた兵士はM16A4をウェストウイングの方向に向ける。射線上に味方がいないのを確認した上で、引き金を引いて銃撃。薬莢が弾き出され、放たれた弾が不運にも狙われた魔導師の一人を射抜いて倒す。 「なぁシュガート、今度は生き残れるかな」 「あぁ、主役にはなれないかもしれんがね」 ウェストウイングに侵入出来たのは、ラミレスの他は分隊長のフォーリー、副官のダン伍長のほか数名のみだった。侵入するまでに出た犠牲が、大きすぎたのだ。 もっとも、それで進軍を止める訳には行かない。大統領の執務室に入った分隊は敵がいないのを確認し、増援を待たずしてさらに前進しようとする。 「ダン、扉を開けろ」 フォーリーの指示が飛ぶ。にも関わらず、ダン伍長は何を思ったのか動かず、普段なら大統領が座っているであろう椅子の背後にある壁、そこにある版画ばかり見ている。よほど物珍しいのか、しかしここは戦場だ。 もちろん、ダンは何も版画が珍しくて立ち止まっていた訳ではない。壁にかかった版画の向こうから、音声が流れ出ているのだ。ラミレスも先ほどから気になっていた。版画が外されると、壁に埋め込まれたスピーカーが姿を見せる。このスピーカーは、どうやら中央司令部からの通信放送を流しているらしい。 ≪――にいる全部隊に告ぐ。D.C.にいる全部隊に告ぐ。ハンマーダウンを実行する。繰り返す、ハンマーダウンを実行する。この通信を聞いた者は政府の重要施設へ向かえ。その屋上で緑色のスモークを焚け。確認後、ハンマーダウンは中止される。繰り返す、D.C.にいる全部隊に告ぐ――≫ 「軍曹、これ聞いてます?」 ダンがとぼけたような声で言う。ハンマーダウン、要するに焦土作戦だ。重要施設の屋上で緑のスモークを焚けば、爆撃は中止されると放送は言っている。重要施設、ラミレスたちはまさにそこにいるではないか。政府の重要施設、それもとびっきり重要な場所に。 「聞いてるから急ぐんだ! 扉を開けろ!」 了解、とダンが扉の前に立つ。鍵がかかっていたが、銃で鍵ごと撃って壊した。扉が開かれ、分隊は一気に進む。妙な気分だ、とラミレスは思った。大統領も歩いていたであろうホワイトハウスの中を、完全武装の姿で進むことになろうとは。出来れば観光旅行で来たかった。 テレビでお馴染みの報道フロアへ到着すれば、出迎えてくれたのはマスコミではなく魔導師たちだった。眩い閃光もカメラのフラッシュではなく、当たれば致命傷になりかねない魔力弾と来ている。 お返しの銃弾を叩き込み、ラミレスたちは壁に身を寄せる。手榴弾のピンを抜いて、スリーカウントしてから投げ込む。今日の報道発表は手榴弾三個。爆発したのを確認し、銃を乱射しながら突っ込んだ。爆風に怯んだ魔導師たちは体制が整う前に攻撃を受け、次々と倒れていく。 報道フロアを抜けて、さらに奥へ。もう一刻の猶予もない。立ち塞がる敵を薙ぎ倒していく。 ≪爆撃まであと二分≫ 「あと二分だ、急げ!」 放送が残り時間を告げて、フォーリーの指示が飛ぶ。とにかく今は屋上へ。しかし、屋内ゆえに入り組んだ地形と敵の必死の防衛網がラミレスたちの前進を阻む。 「伏せろ、陸軍!」 背後で突如、叫び声が聞こえた。振り返ると同時に、ラミレスは地面に己の身体を叩きつけるようにして伏せる。彼が見たのは、やたら大きな筒を構えた兵士が、敵に向かって何か叫んでいるものだった。 白煙が吹き上がり、頭の上を何かが飛んでいったと認識した直後、向こう側で爆発が舞い起きた。同時に、敵の悲鳴も。ただちに立ち上がってみれば、魔導師たちが地形ごと吹き飛ばされていた。 背後からAT-4ロケットランチャーで援護してくれたのは、海兵隊の迷彩服を着た兵士たち。否、海兵隊そのものだった。分隊長の二等軍曹が駆け寄ってきて、「ここは俺たちに任せろ」とフォーリーに言っている。 「敵はここで食い止めてやる、行け」 「頼みます、二等軍曹。ダン、ラミレス、ついて来い!」 言われるまでもない。ラミレスは先を急ぐフォーリーとダンを追いかけようとして、ほんの一瞬立ち止まり、先ほどAT-4をぶっ放し、こいつだけは空軍の迷彩服を着ていた女性兵士に親指を立てた。 言葉を交わす時間は無い。その必要も無かった。幸運を、と親指を立てただけで、女性兵士には伝わった。彼女は一瞬の微笑を浮かべて答えてくれた。 「敵を一人も通すな。ロケット、サントスと一緒に右を固めろ!」 「了解! エイリアンの相手よりは楽ですよ!」 「よし、その意気だ。2-5、退却!?」 『クソ喰らえ!』 背後で交わされる海兵隊員たちの合言葉の、なんと心強いことか。彼らに任せておけば、後ろから敵がやって来ることはない。ラミレスたちは、屋上に向かう。 爆撃まで残り九〇秒、と放送が告げた。 階段が瓦礫で埋まっていたが、レンジャーたちはその瓦礫の上を強引に突き進む。昇りきれば、もうあと一息で屋上に到達出来るところまで進んでいた。 しかし、よりにもよってこんなところで敵は防衛線を構築していた。即席ゆえに時間さえあれば突破は難しくないが、今はその時間が無い。やむを得ない、と判断し、フォーリーとダン、それにラミレスは突撃を敢行する。無論、ただ突っ込むだけではすぐに撃たれてしまうだろう。残った手榴弾とM203グレネードランチャーをありったけ叩き込み、遮蔽物を徹底的に破壊したところで一気に突っ込む。魔導師たちは急激に距離を詰められたことで混乱し、収まらないうちに分隊は銃撃を叩き込む。 一人の魔導師を撃ち倒した時、ラミレスの持つM4A1がカチン、と小さく断末魔を上げた。弾切れだ。空になったマガジンを取り外そうとして、チェストリグのマガジンポーチにもう残弾が残っていな いことに気付く。あとは同じくチェストリグにあるホルスターに収められた、ベレッタM92F拳銃だけだ。 不意に、背後に殺気。振り返ると同時に、弾切れになったM4A1の銃身を前に突き出した。ガッと衝撃が走り、かろうじて体勢を崩さず済んだ。生き残った魔導師の一人が、デバイスで殴りかかって来たのだ。敵の目は血走っており、相当興奮しているのが見て取れた。 拳銃を抜こうとした矢先に、もう一撃が振り下ろされる。再びM4A1で受け止めたが、今度は衝撃を受けきれず、ラミレスは無様に転んでしまう。M4A1も弾き飛ばされてしまった。好機と見たのか、魔導師はデバイスを槍のように突き立て、迫ってくる。こいつは何か言っていた。家族の仇だ、アメリカ人め。 倒れた姿勢のまま、兵士は突っ込んでくる魔導師に向けてM92Fを抜いた。照準もままならないまま、銃口だけを魔導師に向けて、右手だけで撃つ。手のひらに反動が走り、薬莢が弾き出され、放たれた銃弾が敵に吸い込まれていく。間一髪、ラミレスを殺そうとデバイスを突き立ててきた魔導師は、寸前で返り討ちにあった。 家族の仇だと――倒れ込んできた敵の死体を押しのけて、彼は言い様のない怒りに囚われた。お前らが仕掛けてきた戦争だろうが。ふざけやがって。お前らのせいで何人死んだと思ってる。 「爆撃まであと三〇秒だ! 屋上に上がれ、行け行け行け!」 先に進んだフォーリーの声が聞こえて、ラミレスは怒りの炎をそのままに駆け出した。階段を昇り、走りながらチェストリグの腰の方にあるパックから、緑色の発炎筒を持ち出す。 大勢死んだ。この戦争で、何人も何十人も、何百人も何千人も、もしかしたら何万人も。多くの人が家を失い、家族を失い、友を失った。それなのに、家族の仇だと? ふざけてる。管理局の奴ら、ふざけている。被害者面もいい加減にしろ。家族を、友を失ったのは、俺たちだってそうだ。他ならぬ、管理局の手で。アレン先輩も、帰ってこないんだ。 身体は疲れきっていた。通常なら、もう一歩も歩けないほどだ。にも関わらず、ラミレスは走った。怒りが、彼の原動力だった。 屋上に辿り着く。星条旗が風に翻っていた。先に到着していたダンとフォーリーは、すでに発炎筒を焚いて力一杯、緑色の煙を火災で紅く照らし出された夜の空に見せつけようとしている。ラミレスも同じように、発炎筒を焚いた。緑色の煙が、ホワイトハウスの屋上に流れていく。 ≪ホワイトハウス上空にグリーン・スモークを視認、グリーン・スモークを視認!≫ ≪攻撃中止、攻撃中止。ワシントン防衛部隊はまだ健在だ。繰り返す、攻撃中止!≫ 聞こえるはずの無い、爆撃機のパイロットと中央司令部の交信が耳に入ったような気がする。はるか空の向こうから黒い塊のようなものが急接近してきて、味方の戦闘機だと気付く。F-15Eストライク・イーグル、空軍の戦闘爆撃機。そのF-15Eが、ホワイトハウスの真上を通過していった。一発の爆弾も、投下することなく。 終わった。ホワイトハウスを奪還し、爆撃は中止された。ワシントンは防衛された。ひとまずは、だが。 「それで――」 役目を終えた発炎筒を投げ捨てて、ダンが口を開く。 「俺たちはいつクラナガンに行くんですかね」 ダンの眼が、憎しみに染まっている。クラナガンとは、ミッドチルダの首都だ。そのミッドチルダは時空管理局のお膝元であり、実質的にクラナガンは管理局にとっての首都であると言ってもいい。 自分たちの祖国を、これだけ滅茶苦茶にされたのだ。報復は、当然だ。 「その時は、滅茶苦茶にしてやる」 ラミレスは、天に向かって言い放つ。彼の眼もまた、憎しみの炎に染まっていた。否、ひょっとすれば、その炎は誰よりも強いものだったのかもしれない。 「その時が来たらだ、その時が来たら」 フォーリーの戒めの言葉も、今の彼には届かなかった。 戻る 次へ
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Call of lyrical Modern Warfare 2 第8話 Exodus / 奪還作戦 第二段階 SIDE 時空管理局 機動六課準備室 四日目 2200 宇宙空間 次元航行艦『アースラ』 ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長 『アースラ』が乗組員たちの手に帰した後、彼らはただちに次元の海へと脱出した。いつまでも港に留まっていてはいずれ、監視の傀儡兵が倒されていることに気付かれ、乗組員ごと再拿捕さ れるのが関の山だからだ。今度は監視と拘束では済まないかもしれない。少なくとも、八神はやて率いる『機動六課準備室』が動き出した時点で乗組員たちは皆共謀者、揃って"お尋ね者"とされ てしまっているだろう。 にも関わらず、誰一人として突然の脱出にも反対意見を述べず、管理局から追われる身となることを恐れ脱走や密告を図る者はいなかった。理由は、いたってシンプルなものだ。彼らの艦長、 『アースラ』の本来の主たるクロノ・ハラオウン提督が、その管理局の手によって身柄を拘束されていた。 「……確かに、クロノ君は今回の報復作戦には否定的だったよ。空港のテロだって、真犯人が別にいるってことを掴んでたようだし」 渡されたコーヒーのマグカップを指で撫でながら、艦の主任オペレーターであるエイミィ・リミエッタが、どこか疲れたようなため息混じりの声で、言った。無理もないだろう、と会議室の椅 子に座らず、壁に背中を預けてその様子を見ていたジャクソンは彼女の心情を理解する。自分たちの艦長が、彼女にとっては弟にも等しい存在であるクロノが、逮捕された。しかも、その理由が ミッドチルダ臨海空港における無差別銃撃テロを機に発した、管理局による地球への報復作戦に反対したため。エイミィ自身も彼の指揮下にあったと言うことで拘束されていたこともあるのだろ うが、何よりもまず、所属する組織が自分たちを逮捕すると言う行動に出た。誰だって、ショックの一つも受けるはずだ。 不意に、エイミィの肩が震えだした。嗚咽を漏らし、マグカップを机の上に置いて、指先で目元の涙を払う。感情が、抑えきれなくなったのだ。怒り、不安、恐怖、様々な負の感情が。すかさ ず、彼女の傍らにいた金髪の黒い制服を着た少女がエイミィの肩に手を置き、フォローに入った。確か、名をフェイトと言った。フェイト・T・ハラオウン。クロノとは義理の妹の関係だ。彼女も はやてが創設した機動六課準備室のメンバーの一員であり、後から合流してきた。 「エイミィ…大丈夫? ほら、ハンカチ…」 「う、ぐす、う、うん、ありがとう……」 もし合衆国海兵隊に「お前を逮捕する、身分剥奪だ」と言われたら、自分だってどうなるか。ジャクソンはふと考える。しかし今この時点で国に戻れば、本当にそうなると予測する。何しろ今の 自分は『脱走兵』だ。機動六課入りしたのも、彼自身の決断による。 はやて、と彼はその機動六課の長の名を呼ぶ。機動六課準室室長、八神はやてはジャクソンに名を呼ばれるまで、ずっと黙り込んでいた。何か、考え事をしていたようだが。 「この後どうするんだ? クロノはこの艦にはいなかった。おそらく別の収容施設に放り込まれたんだろうが」 「ああ、だいたい見当はついとるよ」 はやては、会議室のモニターを操作するスイッチを押す。モニターに映し出されたのは、どこかの異世界、白銀と呼ぶほど美しいとは感じない白一色の世界の衛星写真のような光景だった。お そらくは極寒の、それも常夏ならぬ常冬の世界だ。画面を埋め尽くす白は、降り積もったまま溶けない雪だろう。とても人間が住めるような環境とは思えないが、画像の中央からやや右上の部分 に、明らかに人工物と見てとれる妙な建造物があった。幾多もの監視塔らしきものに囲まれ、壁と堀に囲まれた、さながら監獄のような建物――いや、言葉通り監獄に違いない。クロノはここに いるのか。 「第四一管理世界"キャスノー"。管理世界とは名はついとるけど、管理局の手が入るまでは無人世界やった。そんでも豊富な地下資源があることが分かってからは資源採掘基地がたくさん出来た んやけど、やがてそれも取り尽くしてしもて……」 「残った施設は、刑務所になったってとこか。それもテロリストのリーダーとか、凶悪犯罪者を収容するための」 「そういうこと。おそらくクロノくんは、この世界の中でも特に厳重な隔離施設に入れられとる」 また厄介なところに連れて行かれたものだな。はやての解説を聞き、ジャクソンは衛星写真を苦々しい顔つきで眺めた。 もともと、彼らが『アースラ』の奪還に動いたのはクロノの拘束と言う情報を受け、一刻も早い解放のためだった。管理局では現在、すっかりアメリカ合衆国への報復攻撃を行うと言う一派が 主導権を握っている。まだ空港テロの証拠も不十分なうちに、だ。頭に血が上った彼らが冷静な行動に出るはずもなく、攻撃へ異を唱える者、まだ捜査を待つべきと言う慎重派は片っ端から逮捕 と言う暴挙に出た。結果として指揮権を掌握した彼ら主戦派は、次元航行艦隊を編成し、地球への北米大陸降下作戦を実施している。提督と言う大きな権限を持つクロノを奪還出来れば、主戦派 から指揮権をもぎ取ることも可能となるはずなのだが――『アースラ』に彼がいないのは計算外だった。すでに移送された後だったのだ。 とは言え、収穫はあった。『アースラ』と言う移動拠点を、乗組員ごと手に入れた。機動六課準備室はこの一件で完全に「謀反を起こした」と見なされるだろうが、次元航行艦で常に移動して いれば当分は追っ手を免れる。管理局だって、報復作戦中に脱走した次元航行艦一隻を追う余裕はないはずだ。 何より、彼らには心強い味方が一人いた。 「で、この食料と医薬品、それから俺たちの使う武器弾薬を提供してくれたって言う、"ミスターR"ってのは何者なんだ?」 もはや分かりきったような口調であるが、ジャクソンははやてに問う。機動六課準備室の後見人はクロノだが、そのクロノが逮捕されたとなっては別の誰かが必要なのだ。その誰かが、はやて が作戦開始前に口にした"ミスターR"なる人物らしい――あのオッサン、何をしてるんだ。もはや彼はミスターRが何者なのか、だいたい見えていた。 「それは聞いちゃいかんとこや。大人の都合ってやつで……」 「二十歳にもならんガキが何言ってる」 「あ、それ失言やで。私室長やのに。上司やのに」 「全然そんな風に見えないが」 「むきー! 怒ったでジャクソンさん!?」 プンスカと両手を振りかざして言葉通り怒った様子を見せるはやてと、しかしそれを見て笑うジャクソン。とても戦時の会話ではない。 ぷ、と誰かが二人のやり取りを見て吹き出して、振り返ればさっきまで涙を見せていたエイミィが顔を上げて、楽しそうに笑っていた。隣にいるフェイトは、どこか安心したような表情を浮か べていた。どうやら、落ち込んだ気分も少しは晴れたらしい。 「はー、まったくはやてちゃんと来たら。うんうん、分かった。泣いてる場合じゃないよね、お姉さんがサポートしてあげないと」 「エイミィさん……?」 「指示を出してよ、"艦長"」 なるほど、エイミィがはやてを"艦長"と呼んだのはもっともだ。今、この艦でもっとも階級が高いのは彼女であり、そして行動を起こしたのもまた彼女なのだから。はやてには艦長になる権利 があるし、義務がある。ただ、本人がそれを自覚したかは定かではない。"艦長"と呼ばれて、舞い上がっている。挙句、ジャクソンに文句を付け出した。 「艦長……艦長やって。ちょう、聞いたジャクソンさん? さすがエイミィさんやわぁ、年下の私でもちゃんと上司であることを認識してくれとる」 「エイミィ、無理しなくていいぞ。こいつすぐ調子に乗るから」 「そうだね、はやてはアクセル踏む係だから、私たちがブレーキにならないと」 「なー!? フェイトちゃんまで何を言うんや!?」 会議室に、再び笑い声が上がる。とりあえず、艦の運用に問題はないはずだった。 『アースラ』は、針路を第四一管理世界"キャスノー"に向ける。 SIDE 時空管理局 地上本部 四日目 2221 ミッドチルダ 地上本部司令部 レジアス・ゲイズ 中将 夜になって、突然招かれたにも関わらず、客人は落ち着いた様子を見せていた。コーヒーを秘書官に用意させようとすると、彼女はそれをやんわりと断り、逆に、自分にコーヒーを淹れさせて 欲しい、と言ってきた。よほど自分の淹れたコーヒーは美味いと自認する故なのか、それとも自分たちは信用されていないのか。虎のような、と揶揄される眼を持ってしても、翡翠色をした客人 の瞳の奥にある真意は見抜けなかった。 ただ、一つだけはっきりしていることがある。この客人は、味方だ。鼻持ちならない本局の――地上本部からは"海"と呼ばれる――奴らの中では、おそらく信用できる方に違いない。少なくと もお互いの利害は一致している間は、それだけは確かなことだ。 「いかがですか?」 客人――リンディ・ハラオウン総務総括官は、レジアスの心中のことを見抜いた訳ではあるまい。純粋に、香ばしい香りのするコーヒーの味を尋ねてきたのだろう。レジアスは、一口飲んで、 短く感想を述べる。美味い、と一言だけ。なんとも軍人らしい簡潔かつ明瞭な回答に、リンディはそれでも優しい微笑みを浮かべる。 「九七管理外世界の、喫茶店をやってる人から淹れ方を教わったんです。さすが桃子さんね、堅物の軍人にも美味しいと言わせるなんて」 「ワシはそんな堅物かね。これでも本局(海)の連中よりは、ずっと柔軟な考えをしていると思っておる」 「ええ。正直、真っ先に報復作戦に賛同するのは貴方だろうなと私も思ってました」 よく言う。ふん、と鼻を鳴らして、レジアスは一瞬の苦笑い。どうやら本局の方ではよほど自分は戦争狂の猪武者だと思われているらしい。とは言え、今回の事態で最初に動いたのは皮肉にも 地球への降下作戦能力を持つ本局の部隊だった。次元航行艦などの巨大な輸送手段を持たない地上本部は、もともと各管理世界に駐屯地を置いて治安維持に当たる。なまじ動けるだけ、本局は突 っ走ってしまったのだ。 「……レジアス中将が、今回の報復作戦に参加せず、本局からの兵力派遣の要請を断ったのは、やはり根拠があって?」 「根拠がないなら、こんなところでコーヒーなど飲んでおらん――そうだな、二つある。片方は、そちらも知っているはずだ」 なるほど、とリンディは頷く。先日、空港での無差別虐殺テロにおいて監視カメラの映像が解析された。映っていたのは、管理局でもマークしている地球のロシア出身の超国家主義者、マカロ フだ。現場に残されたアメリカ人の遺体とアメリカ製の銃器からテロはアメリカの手によるもの、と報復作戦を実施した連中は思い込んでいるが、マカロフはアメリカと敵対するロシア人だ。彼 がアメリカと手を組んだ? そう考えるのはおかしい。また、回収された薬莢も解析したところ、アメリカ製ではないことが判明する。地球のどこか、おそらくは南半球で製造されたものと断定さ れた。にも関わらず突っ走った輩が大勢いるのだから、おそらくは管理局はまんまとマカロフの罠にかかったに違いない。 しかし、レジアスは根拠は二つある、と言った。リンディも把握していない、もう一つの根拠が、別にあるというのか。 「今回の事態が起きる前、米軍のシェパード将軍がワシの元に連絡を寄越してきた。米軍と管理局の間で、精鋭を引き抜いて編成した特殊部隊を創設しようとな。しかし指揮権はシェパードが握 ると言うのが、気に入らなかった。ワシは断ったが、奴はその後、ワシの頭越しに首都防空隊に声をかけたようだ。気付いた時には、もう引き抜きが行われて、抗議を申し込もうとしたらあのテ ロが起きてそれどころではなくなったのだが」 「聞いたことがあります。"Task Force141"でしたっけ。地球からも各国の特殊部隊から精鋭を引き抜いて編成していると」 「うむ。で、問題はここからだ。三日前、米軍の展開する管理世界から、一人の兵士が引き抜かれた。ジョセフ・アレン上等兵と言う。空港テロの現場に残されていたアメリカ人の遺体と、映像 資料を照らし合わせた結果、髪の色、肌の色、輪郭、網膜パターンまで全て一致した」 え? と客人は耳を疑った。Task Force141に引き抜かれたと言うアレン上等兵が、テロの現場に遺体となって残されていた。何故だ、とまず最初に疑問が浮かぶ。Task Force141は米軍のシェパ ード将軍が指揮権を握る部隊。真のテロの犯人と思われるマカロフの元に、何故敵対するはずの彼がいたのか。 「ワシの考えだが――シェパード将軍は、おそらくアレン上等兵をマカロフの元にスパイとして送り込んだのではないか。ところがスパイであることがバレて、殺害され、テロの犯人に仕立て上 げられた」 「ちょっと待ってください。それなら、結局はマカロフが犯人と言うことですよね? テロを引き起こしたのは。何故アメリカ政府はその事実を公表しないんです」 「空港の監視カメラには、アレン上等兵自身もテロに加わっている様子が映っていた。軽機関銃を乱射していたんだ――シェパード将軍は、彼がテロに加担することになるのを知っていてスパイ として送り込んだのではないか? もしそうなら、公表出来るはずがない。アメリカはテロを止められる立場にありながら、それに加担したのだ」 「それでは、今回の報復作戦はその面では正当な行為となることに――」 「まぁ待て。ワシの考えはこれからだ……コーヒーはどうだ、飲むかね」 会話を区切るようにして、レジアスはコーヒーポットを差し出す。いえ結構、とリンディは断り、話を続けるよう促す。元より、彼の差し出すコーヒーはみんなブラックだ。甘党の自分には口 が合わない。それはまるで、彼の口にした情報さえもが彼女には信じられない、『ブラック』なものであることを暗に示しているようでもあった。 「仮に、だ。もしもシェパード将軍が、アレン上等兵がテロに加担することになるのを知っていたとして。さらに彼が犯人に仕立て上げられるのを予測していたなら。その結果がどうなるかは予 想出来る。アメリカ合衆国は、管理局に報復攻撃を浴びる羽目になる――それ自体が、目的だったとしたら?」 「……自分の祖国を、わざと攻撃させた? まさか。そんなことをして何のメリットが」 「普通ならあり得んだろうな。だが、気になってシェパード将軍の履歴を洗ってみた。彼は数年前、中東で三万人の部下を失い、以後は講演会などで、熱心に軍の必要性を説くようになった」 「――まさか、そんなことって」 「これはワシの考えだ。確信を持つには至っていない。だが――」 一口、コーヒーを飲む。砂糖もミルクも入っていないそれは、どこまでも苦い。淹れ立てだから、熱くもあった。舌が火傷するような熱さに、思わずレジアスは顔をしかめる。 「急がねば、大変なことになる。だから、息子を一刻も早く救出し、本局での指揮権を奪取させねばならんのだ。君を客人として招いたのは、これ以上本局で影響力のある人間を拘束される訳に はいかんからだ――しばらく、ここで動いてもらいたい。息子の救出は、君自身も望むところだろう」 「地上本部のレジアス中将が、リンディ・ハラオウンを保護してくれた、と解釈してよろしいんですね?」 「代わりに働いてもらおう。目的は本局の指揮権奪回と、テロの真相究明だ。必要なものがあれば言うといい、ただちに準備させる」 「そうですね――では早速」 リンディは、コーヒーカップを持ち上げて言う。 「お砂糖、もらえます? ブラックは好みではないのです」 「……ワシはブラックの方が好みなんだがなぁ」 SIDE 米陸軍 第七五レンジャー連隊 四日目 時刻 1851 ヴァージニア州北東 ジェームズ・ラミレス上等兵 戦闘で大事なもの、と言ったらまず、何が浮かぶだろうか? 的確な判断力? いざと言う時の行動力? 仲間を絶対に見捨てない連帯感? どれもが正しい。しかし、おそらくそれよりもずっと 大事なことがある。大事で、かつシンプルなものだ。極端な話、これさえ敵を上回っているならそうそう負けることはない。 正解は、装甲と火力だ。敵弾をいくら撃たれても跳ね返す強靭な装甲と、いかなる敵も即座にぶちのめす強力な火力。この二つが、何よりもまず優先される。もっとも現代戦では『情報』も同 じくらい重要な課題となるが、それはむしろ戦略的な観点からだ。戦術的な観点では、まず装甲と火力が優先される。 その意味では、第七五レンジャー連隊はツイていると言えた。歩兵だけでは決して到達できない道のりを、強力な装甲車が同行してくれるようになったからだ。ストライカーと呼ばれるこの車 両は時には歩兵の盾となり、時には歩兵の指示した目標を強力な一二.七ミリ機関銃で木っ端微塵に粉砕する。 「私のTask Forceは国外だ。君の部隊を指揮させてもらう、フォーリー軍曹」 ストライカーを同行させてくれたのは、シェパードと言う将軍だった。どこかで聞いた名だと思っていたら、以前他の世界に行っていた時に前線基地を視察にやって来た、あの将軍の名だった。 通信機越しだったので顔は無論見えなかったが、ラミレスはきっとこの将軍は兵の気持ちを理解してくれる、良き指揮官であるのだと考えた。最前線に臨む自分たちに、わざわざ他所の第八機甲 師団から装甲車を呼び寄せてくれた。何より、ただの歩兵一個分隊に将軍にもなる者が直接命令を下してきたのだ。信頼の証であり、大きく期待されているのだ。祖国を一刻も早く、余所者たち の手から解放せねばらならない。 「このストライカーが、君たちを支援する。奴らは我が国の通信情報網を破壊しつつある、ここで阻止するんだ」 「了解です、将軍。ご命令を」 フォーリー軍曹以下、分隊の士気は高かった。アメリカを、祖国の窮地を、我々が救うのだ。 かくして、部隊は破壊しつくされたレストラン街を離れ、一路住宅街を目指し、辿り着く。管理局の奴らは住宅街の奥地に対空陣地を築いて、避難民を載せたヘリにまで照準を合わせている。 これを叩かなければ、民間人が戦闘に巻き込まれてしまうのだ。分隊はストライカーを盾にしつつ、敵の妨害を撥ね退けながら進む。 「行け、行け!」 分隊副官、ダン伍長の指示が飛ぶ。住宅街はすっかり敵地だ。尻込みしていては包囲されるし、前進して敵を蹴散らしていくしかない。しかし、家屋に立て篭もる管理局の魔導師たちは魔法の 杖を手に、機関銃座の如く撃ちまくってくる。ラミレス自身も、右手に見えた黄色い壁をした家屋から激しい光の銃弾の雨に晒された。光の銃弾、魔法の弾丸。文字通りの魔法。ストライカーの 陰に隠れることで、銃撃を何とかやり過ごす。当たれば重傷、最悪死亡も免れない射撃魔法の弾丸も、鉄の壁の前には当たって砕けて散るしかない。SCAH-H小銃の銃床を右肩にしっかり当てて、 装甲車から銃口と半身のみを曝け出して撃つ、撃つ、撃つ。お返しの銃撃、こっちは鉛弾だ。黄色い家に立て篭もる敵の抵抗は、一瞬だけ陰りを見せた。 今だ、と後方の味方に合図。左手を激しく前に振って行け行け行け、と指示を出す。顔見知りの一等兵はただちに駆け出し、隙を突いて黄色い家屋の壁際に辿り着いた。手榴弾のピンを抜いて、 窓に向かって投げ入れる。直後、悲鳴が上がってお行儀よく玄関から敵兵たちが飛び出してきた。ドン、と彼らの背後で爆発音がして家の中で手榴弾が炸裂したらしいが、爆風と衝撃は魔導師た ちに届かない。代わりに、飛び出してきた彼らをストライカーのM2重機関銃が待ち受ける。銃声と呼ぶよりはもはや砲声と呼ぶに近い機械の獣の咆哮は、魔導師たちに牙を突き立て、容赦なく喰 い破っていった。制圧完了、目標を次に。 「伏せろ!」 誰かの叫び声。後で、フォーリー軍曹のものだと気付いた。そうでなくとも、ラミレスは反射的にアスファルトの大地に飛び込むようにして伏せる。身体を打ち付けてしまったが、死ぬよりは ずっとマシだ。直後、空気を焼くように熱い高温の何かが頭上をよぎっていく。火の玉だ。先ほど制圧したばかりの黄色い家屋に直撃し、木っ端微塵に吹き飛ばされる。木片が撒き散らされ、土 砂が舞い上がる。あの一等兵はどこにいったのか。姿は見えなかった。顔を上げた兵士が目撃したのは友軍兵士ではなく、忌まわしい紅い翼。飛竜だ。レストラン街で暴れまわったものよりはず っと小型だが、背中に何人も魔導師を載せている。火炎弾を口から吐き散らして街道上の米軍を牽制しつつ、ロープを地面に垂らして魔導師たちが降下しようとする――くそったれ、ヘリボーン ならぬドラボーンとでも言うのか。SCAH-Hの銃身にくっ付けてあったレーザー照準機のスイッチを入れて、赤い光を竜に当てる。それ自体は攻撃力のない代物だ。レーザーを当てられた竜も気付 いていないのか、こちらを振り向こうともしない。 「ストライカー! レーザー照準を当てている、そっちの機銃であの竜を撃ってくれ!」 「了解、ハンター2-1。竜を攻撃する」 装甲車の機銃座が回り、竜に照準を合わせる。竜の背中に乗った乗り手が――おそらくは召喚魔導師、竜の主だ――あっと気付いた時には遅く、放たれた銃弾が竜の鱗をぶち抜き、翼膜を破り、 息の根を止める。ボロ雑巾のように弾で弄ばれた飛竜は力なく崩れ落ち、まだ降下し切っていなかった魔導師も巻き込む形で墜落する。ざまあみろ畜生め。 とは言え、ストライカーが撃墜したドラボーンはわずか一機に過ぎない。現に射程外に降り立った魔導師たちは部隊を再編成し、街道を封鎖するかのような陣形で分隊の前に立ちはだかってい た。厄介な防御魔法を展開する隊を前に、一九世紀の地球の軍隊のように横一列に並んで前進する。少々の銃撃は魔法の前に弾き返され、逆にお返しの射撃魔法がフォーリー分隊に襲い掛かる。 装甲車がいなければ、たちまち分隊は致命的なダメージを負ったことだろう。 「ハンター2-1からストライカー! 連中に機関銃を叩き込んでくれ、蹴散らすんだ!」 「了解、射撃す――」 ガン、と金属ハンマーで叩かれたような轟音が鳴り響く。一五トンを超えるストライカーが、一瞬浮き上がったようにさえ見えた。いったい何だと恐怖と疑問が浮かんだ次の瞬間、また装甲車 の車体が思い切り強く叩きのめされた。たまらず後退、鉄の獣が怯えている。 「ハンター2-1、敵は強力な魔力弾を放ってきている。このままでは持たない、一時後退する!」 「駄目だ、下がるな、ストライカー! 俺たちが死ぬ! 一連射でいい、奴らを撃て! その隙に奴らを排除する!」 怯えているのは装甲車の乗組員たちだ。敵の魔導師たちは、通常の射撃魔法に効果がないと見るや、詠唱と展開に時間がかかるがその分強力な砲撃魔法を叩きつけてきた。一発、二発と耐える ことは出来ても、果たして三発目はどうか。しかし、ここで引き下がっては敵の思うツボだ。指揮官、フォーリー軍曹はあくまでもストライカーに銃撃を命ずる。言われた通り、装甲車の銃座は 隊列を組んだ魔導師たちに向けて、銃撃を叩き込む――ほんの一瞬だけ。大口径の一二.七ミリ弾はそれだけで防御魔法の光の壁にヒビを入れるが、一瞬の射撃だけでは意味がない。魔導師たち はただちに体勢を立て直し、すぐに後列の魔導師が砲撃魔法の準備に取り掛かる。 ここで彼らが予想しなかったのは、それまで後退の構えを見せていたストライカーが、突如として急発進したことだ。何故だ、奴らは今引き下がっていたではないか。驚きはしかし、すぐに恐 怖に変わった。鉄の獣が、猛牛の如く街道を突っ走り、魔導師たちに向けて"体当たり"を敢行する。前列の防御魔法を敷く魔導師たちは恐怖に駆られて逃げ出し、そのせいで後列の仲間たちを見 捨てる羽目に陥った。吹き飛ばされる魔法使い。体勢を立て直す間もなく、今度は遅れてやって来た第七五レンジャー連隊が殺到する。 二一世紀のこの世で、彼らは銃剣突撃を行った。いきなりの原始的な、しかし野獣の如くの咆哮を上げて迫る兵士たちの前に、魔導師たちは抵抗もままならなかった。何とか杖で抵抗を試みよう とするが、ほとんどは銃床で殴られ、至近距離で撃たれ、銃剣に突き刺される。抵抗らしい抵抗のないまま、彼らの防衛ラインは崩壊した。 「助かったぞ、ハンター2-1――と言いたいところだが、もっとスマートなやり方はなかっただろうか」 「文句を言うな。ほら、前に進め」 自分の身体の何倍も大きい装甲車を蹴って、ダン伍長は前進を急かす。まだ、目標の対空陣地は見えてこなかった。 住宅街を抜けた先のゴルフ場に、彼らの対空陣地はあった。しつこいほどに妨害を行ってくる管理局の部隊を蹴散らしながら、ついに分隊は目標を捉えることに成功した。陣地と呼ばれるだけ あって、即席の土嚢で――そういうところで魔法は使わないのか、とラミレスは疑問に思う。どうも妙だ――厳重に固められており、丸く円を描いた陣地の中で魔導師が、設置型の魔法の杖とで も呼ぶべきかのような対空砲に腰かけて、時折複雑な詠唱を行って魔法陣を展開させ、天空目掛けて青白い光の砲弾を放つ。おそらくあれが、対空射撃の魔法なのだろう。この場で銃撃してもよ かったが、もっと簡単な方法があった。 「ハンター2-1からマンハッタン・エコー。これより座標を指定する。砲撃してくれ、オーバー」 「マンハッタン・エコー、了解。座標を送られたし」 戦線後方で各地からの要請に基づき支援砲撃を行っている砲兵隊と、フォーリー軍曹が連絡を取る。指示を受けて、ラミレスはレーザー照準を敵の対空陣地の中央に当てた。そこから割り出され た座標が通信回線によって司令部に送られ、さらに砲兵隊へと通知される。砲兵隊はM777一五五ミリ榴弾砲のデジタル式弾道計算コンピューターに座標を入力し、砲撃を開始する。 砲撃ははるか二キロ後方の砲兵陣地から行われた。ラミレスたちは、無論その様子を見ることは出来ない。ただ、着弾の瞬間は目撃できた。目の前の対空陣地に、雷の如く振り下ろされた衝撃 と爆風の嵐が、徹底的に陣地を木っ端微塵に破壊する。炎が敵を呑み込み、衝撃が対空砲の砲身を蹴り折り、何メートルも宙に舞い上げて、地面に叩き付けた。攻撃成功、任務達成。これで民間 人の脱出は滞りなく行われるはずだ。 ところが、任務達成の喜びも味わう間もなく、通信機に司令部からの指示が舞い込んできた。あの、シェパード将軍からだ。 「ハンター2-1、こちらはシェパードだ。目標を達成したか?」 「こちらハンター2-1、目標を達成。敵の対空陣地は沈黙です――何か?」 「君たちに頼みがある。我が軍のVIPを乗せた輸送機が、敵の攻撃にあって墜落しそうだ。おそらくもう駄目だろう。墜落予想地点は、ブルックメア通りと思われる」 「VIPを保護するのですか?」 「その通りだ。彼には知らせてある、合言葉は"アイスピック"だ。彼は"フェニックス"と答えるはずだ」 「了解――あー、上空をC-130が燃えながら通過した。おそらくあれだ」 見上げれば、主翼から炎を吐き出しながらどんどん高度を下げていくC-130中型輸送機が見えた。機体は何とか姿勢を立て直そうともがいているようだったが、奮闘むなしく、機体の高度は下が る一方だ。ついに見えなくなったかと思うと、住宅街の向こうでドン、と大きな黒煙が上がる。だいぶ速度は落ちていたようだが、果たしてあれで乗っていると言うVIPは無事なのだろうか。 ともかくも、分隊は指示通りに動く。ブルックメア通りはすぐ近くだ。駆け足で進めば一〇分とかからず辿り着く。墜落地点は、すぐに見つかった。家屋の一つに、C-130の残骸が頭から突っ込 んでいた。家屋は半壊しているが、住所はどうにか読み取れた。ブルックメア通りの4677番地。しかし人影は見当たらない。例のVIPとやらは、どこに行ったのだろう。 「あの家を調べてみよう。もしかしたらあの中かもしれん」 「軍曹、家は半壊してますぜ」 「あと半分は健在だ」 やれやれ、面倒臭ぇ。ダン伍長は渋々と言った様子で、フォーリー軍曹について行く。ラミレスや他の分隊員も付き従った。 家屋は目茶目茶に崩れていたが、一階のキッチンと、二階に繋がる階段は崩れていなかった。アイスピック、と指示にあった合言葉で呼びかけながらラミレスたちは家に入るも、返事はない。 一階には少なくとも、誰もいないようだった――否、誰かが冷蔵庫を漁っている。おい、と声をかけると、そいつは驚いて振り返った。管理局の魔導師、こんなところにもいたのか。手には牛乳、 おそらく冷蔵庫の中身を拝借したに違いない。空き巣の現行犯だ、と仲間の兵士が銃撃一発。牛乳パックが弾け飛び、魔導師はキッチンに倒れた。 「アイスピック! アイスピック!」 「誰もいませんぜ、軍曹」 「二階を見てみよう。パニックルームだ」 「……手を挟まれたりしないですよね」 何を言っているのだろう、ダン伍長は。疑問に思いながら、ラミレスはフォーリーたちと共に二階に上がる。パニックルームは、一般家庭向けの緊急避難室だ。確かそんな映画があったな、と 銃を構えながら、脳裏に雑念が走る。もし、VIPが身の危険を感じてこの家に入ったのであれば、パニックルームに入ったのかもしれない。特に根拠もない予想だったが、どうやら当たったよう だ。二階に上がると、管理局の魔導師の死体が転がっていた。銃に撃たれたようで、パニックルームの前に倒れていた。一階で冷蔵庫を漁っていた奴の仲間だろうか。ともかくも、銃で撃たれた のならばVIPが立て篭もっている可能性はあった。 「アイスピック!」 フォーリー軍曹が、合言葉を言う。大きな声で言ったのだが、返事はない。もう一度言ってみるが、やはり沈黙しか返ってこなかった。やむなく、分隊はパニックルームに侵入する。 「――間に合わなかったか」 室内に足を踏み入れるなり、ダンが苦々しい顔で呟く。全員が銃を下ろした。警戒する必要はもうない。スーツを着たVIPと思われる人物は、銃を握ったまま死んでいた。もともと墜落時に負傷 していたのか、魔導師と相打ちになったのかは分からない。出血量が多すぎて、判別が出来なかったのだ。唯一、傍らに転がるブリーフケースは手錠で繋がっており、簡単には手放せないように なっていた。 「ラミレス、ブリーフケースを回収だ…それだけでいい」 「了解――」 こいつは何者だったのだろう。死人は何も語らない。ブリーフケースを回収したラミレスは、パニックルームから出ようとして、ダンが先ほどの管理局の魔導師の死体を見て、怪訝そうな顔を していることに気付く。 「軍曹、こいつ見てください。腕にタトゥーなんかしてます。フェニックス前線基地にいた魔導師を思い出してくださいよ。あいつら、タトゥーなんて入れるような奴らでした?」」 「それがどうした。素行が悪い奴だったんじゃないか」 「地球に侵攻するなんて一大作戦で、素行の悪い奴なんて使いますかね? そりゃあ、俺みたいなのが祖国防衛作戦に加わったりしてますが」 フムン、とフォーリーは言われて初めて、首を傾げる。改めて死体の装備を見てみれば、魔導師であるに違いないが、どうにも装備に統一感がない。個人の能力を重視して、装備統一を行わな かった部隊なのだろうか。それにしては、先ほどの銃剣突撃であっさり鎮圧されてしまう程度の練度でしかなかった。銃撃戦ではこちらを手こずらせる彼らが、白兵戦になると途端に弱体化して しまう。かつて、共に異世界を駆け回った魔導師たちは、そうではなかった。どうも、こいつらは復讐の念に燃える割りに、命を惜しんでいるようですらある。 ラミレスも、ダンの指摘で初めて違和感を感じるようになっていた。さっきの冷蔵庫を漁っていた魔導師にしても、ろくに抵抗せぬまま撃たれて死んだ。驚いて萎縮してしまったのか。それに しても、あまりにも呆気ない。彼らは、もっと手強い奴らだと思っていたのだが。 「……考えても仕方ない。ダン、こいつの写真を撮れ。諜報部に送ってやろう」 「あいよ」 「司令部、シェパード将軍に連絡だ。VIPは死んだ、ブリーフケースのみ回収」 とは言え、今は考えても答えが出ない。相手が何者であれ、祖国は今、蹂躙されているのだ。第七五レンジャー連隊は、次なる任務へ向かう。 戻る 次へ
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理由は何であれ、軍に入ったのは自分がそうすることを選んだからだ。 ある者は純粋に愛国心に目覚め、国を守りたいと思ったから軍に入った。ある者は職が見つからず、他に行くところもないため軍に入った。ある者は自分の夢を果たすため、必要な金や技能を 得るために軍に入った。ある者は日常に飽き飽きし、戦争というスリルを味わうために軍に入った。ある者は軍用機や銃が好きで、実物を操作してみたいと思い軍に入った。 志願の動機は、人それぞれだ。軍に入ると言うことは、限られた選択肢の中で、それは自分が自分自身のために選び取った道だ。選んだ後になって後悔や反省はあるだろう。だが、一つだけ、 これだけは確実なことが言える。 軍に入った。その行動は、己が意志に基づいて行われたのだ。 ――EMERGENCY BROADCAST SYSTEM―― (緊急放送システム) ――PRINCE GEORGE S COUNTY RESIDENTS ARE INSTRUCTED TO GO DIRECTLY TO THE HEALTH DEPARTMENT AT 147 KIRKWOOD AVE―― (プリンスジョージ郡にお住まいの住民の方は、カークウッド通り一四七番地の保健所にお集まりください) ――PICK-UPS EVERY 15 MINUTES FROM COMMUNITY COLLEGE CAMPUS IN UNIVERSITY TOWN―― (学園街のコミュニティ・カレッジのキャンパスより、一五分ごとに出発します) ――EMERGENCY EVACUATION IN PROGRESS―― (緊急避難を実施中です) ――HEAD IMMEDIATELY TO YOUR NEAREST EMERGENCY SERVICE SHELTER―― (ただちに、最寄の緊急避難所に向かってください) ――TROOPS WILL BE THERE TO MEET YOU―― (軍の兵士がそこでお待ちしています) ――BRING A PHOTO ID AND NO MORE THAN ONE BAGGAGE ITEM PER PERSON―― (写真付きの身分証を持参し、手荷物は一人につき一つまでとしてください) ――BE AWEWRE OF YOURE SURROUNDINGS. REMAIN ALERT―― (周囲に注意し、警戒を緩めないようにしてください) ――EMERGENCY BROADCAST SYSTEM―― (緊急放送システム) 駄目だな、とその陸軍兵士は、転がり込んだ民家のテレビの電源を消した。どの局も同じ内容ばかり流している。緊急放送システムは民間人に向けたものであり、情報を欲する軍の兵士は対象 のうちではないのだ。リモコンをかつては家族団らんの中心であったであろうリビングのテーブルに置いて、銃を手にして立ち上がった。 シュガート、と兵士は、先ほどからキッチンに潜り込んで何か作業に打ち込んでいる戦友の名を呼んだ。あいよ、と返事があって、ミネラルウォーターのペットボトルを片手に冷蔵庫の陰から シュガートと呼ばれた兵士が姿を現す。薄汚れた野戦服にチェストリグと言う姿は、誰の目にも彼らがこの家の本来の住民ではないことを明らかにしていた。 「やっぱりテレビは駄目だ、どこの局も避難情報ばかり流してる。全体の戦況が窺い知れそうなものは無いな」 「そりゃ残念。いよいよ俺たち独立愚連隊だな」 シュガートにあまり残念がった様子は見られない。ミネラルウォーターを使って何をしているのかと思えば、食塩をペットボトルの中に注ぎ込んでいる。さっきから何をしてるんだ、と聞けば 彼は特に表情も変えることなく、生理食塩水だ、と答えた。何故そんなものを、と言葉には出さず眼で訴えていると、シュガートはさらっと答えた。 「食塩水は消毒液の代わりになるんだ。必要だろ、この先いろいろと」 「俺もお前も軍医じゃなけりゃ衛生兵でもないってのに――だいたい生理食塩水って、大丈夫なのか? ほら、水と食塩の分量とか」 消毒液の代わりになると言う割りに、シュガートは明らかに目分量と味見で水と塩のバランスを調整しているように見えた。彼が経験豊富な軍医や衛生兵であるならもはや感覚でそういうものを 即席で作れるのもまだ理解できるが、あいにく彼も自分もただの歩兵だった。しかも、現在は本来所属する部隊からはぐれてしまっている。 シュガートは生理食塩水を製造する動きを止めず、質問に答えなかった。「無いよりマシだ」と少々ずれた言葉だけ返してきた。本当かよ、と苦笑いし、兵士は手近にあったお菓子の入った棚 からチョコレートを見つけ出した。ありがたい、ちょうど甘いものが欲しかったところだ。 「ゴートン、食い物をあまり奪っていくなよ。一応ここ、人が住んでる様子だったんだからな」 「戦争が終わったらちゃんと返すよ」 ゴートン、と呼ばれた兵士はそうは言いながらもチョコレートの袋を開け、粒状になっていた甘い食品を口に放り込んだ。包装はディズニーのキャラクターが描かれた子供向けの代物だったが 食べてしまえば大人も子供も関係ない。甘い食感が口の中で溶けて、戦場を潜り抜けてきた身体にわずかばかりの癒しを与えてくれる。 そうだな、大人も子供も関係ない。それどころか兵士も民間人も関係ない――すでに夜だった。外はいい加減暗くなっているはずなのだが、今日に限ってそれは無かった。窓の外に眼をやれば 首都の中央、ワシントンの中心部が紅に染まっているのが見えた。夜空さえもが赤く照らされ、まるで血の滲んだカーテンのようだった。敵弾はひとまずここには飛んでこないが、今頃あの紅の 夜空の発生源は戦場であるに違いない。大人も子供も、兵士も民間人も関係なく、全て平等に命の奪い合いが繰り広げられているのだろう。 ただちに自分たちも戦いに加わるべきだ――ゴートンの心の中で、アメリカ合衆国に忠誠を誓った兵士としての部分がそう叫んでいた。だがどうする、と冷静な思考が爆発しそうになる感情を 押し止めていた。 敵の奇襲によって、彼らが搭乗すべきヘリは目の前で破壊されてしまった。指揮官は早々と戦死し、命令もままならないまま、所属する部隊は皆が散り散りになった。身体一つで空から降って きた異世界の侵略者たちから逃げ惑い、ようやく安全らしいこの地帯にまでやって来た。命令を得ようにも、自ら行動しようにも、情報が圧倒的に不足していた。通信機もなく、家の電話はどこ にかけてもほとんど繋がらない。回線がパニックに陥っているのだろう。たった二人が突っ込んだところで、何の意味もない。死ぬ覚悟は出来ていたが、その覚悟を無駄にするような死に方だけ はしたくなかった。 「誰かいるか!?」 バッと、ゴートンはソファーに座り込んでいた身体を起こした。壁に立てかけていたM16A4を手に取り、突然声の聞こえた玄関の方に眼をやる。シュガートもミネラルウォーターのペットボトル を置いて、M14EBRに持ち替えていた。警戒しつつ、二人は声の主の出方を伺う。 「海兵隊だ! いたら返事しろ!」 海兵隊? ゴートンはシュガートに眼をやった。言葉が本当なら味方に違いない。だが、迂闊に返事をしていいものか。侵略者である時空管理局の連中は、つい先日まで同盟軍だった。こちらの 言語を理解しており、味方のふりをして近付いて来るという可能性は決して拭いきれない。 返答に窮していると、ついに玄関が開かれた。現れたのは、自分たちと同じ薄汚れた野戦服とチェストリグ、M4A1やM16A4で武装した兵士たちだった。間違いない、彼らはアメリカ合衆国の海兵 隊だ。警戒しつつ、ゆっくりと屋内に入ってくる。 「撃つな、海兵! こっちは陸軍だ!」 シュガートが最初に声をあげて、やって来た海兵隊の前に出る。彼に続いてゴートンも表に出て、ようやく出会えた味方と合流を果たした。 海兵隊は、指揮を二等軍曹が執っていた。本来の指揮官である少尉はすでに戦死し、現在はシュガートとゴートンの二人と同じように情報入手と通信手段の確保を目指していたという。二等軍曹 は名前をマイケル・ナンツと言った。 「君らは陸軍か。通信機の修理は出来るか」 「いいえ、ナンツ軍曹殿。私もシュガートもただの歩兵でして…」 「そうか、仕方ないな――ゴートンと言ったな、所属は?」 「デルタです」 ほう、と二等軍曹の表情が変わった。陸軍の精鋭特殊部隊デルタフォースの猛者が、こんなところに二人もいる。頼もしい部下を得たような顔をしていたが、一方でシュガートとゴートンの表情 は、何だか微妙な雰囲気だった。海兵隊の指揮下に入れられるのが、少しばかり気に入らない。そうも言ってられない状況なのかもしれないが。 その時、通信機を持った女性兵士が、ナンツのところにやって来た。名前は聞けなかったが、なんとなく女優のミシェル・ロドリゲスに似ているように見えた。疲れているにも関わらず、彼女の 表情には喜びの色が見えていた。 「二等軍曹、やりました! 通信機が復旧しました!」 「何だって? よし、よくやった」 ナンツがただちにマイクを受け取って、女性兵士が通信機のスイッチを入れる。司令部と交信し、あるいは近郊に部隊がいるなら連絡を取り合い状況を確認し、その上で命令を受けるか独自の判 断で行動することになるだろう。 繋がったのは、ワシントン防衛部隊の総司令部だった。間違いない、総司令部なら全体の戦況も把握しているはずだ。この何をしようにも状況が分からない自体を抜け出せる。民家に上がりこん だ海兵隊と陸軍の兵士たちは、全員が通信機に耳を傾けていた。 「こちらオーヴァーロード、2-5に命令を伝える」 「2-5、どうぞ」 「ワシントンの戦況は絶望的だ。大統領は首都の放棄と民間人の脱出後、空軍による航空爆撃をもって敵を撃滅する判断を下した」 「……2-5よりオーヴァーロード、なんと言った?」 「首都を放棄する。2-5は退却せよ、爆撃に巻き込まれるぞ」 首都の放棄。誰もが耳にした。聞き違いではない。アメリカ合衆国は、もはやこれ以上の防衛戦は不可能と判断し、ワシントンD.C.を放棄する。これが何を意味するかを、ゴートンは理解して いた。 アメリカはその首都を、自らの手で焼き払わなければならない。それほどにまで、追い詰められているのだ。 ボディパックと言うものがある。戦死した兵士を収納する袋、要するに死体袋だ。これらはその時に備えて――その時とはつまり、戦争だ――ある程度の数が常に保管されている。そのボディ パックの数が、もうすぐ足りなくなる。それはすなわち、戦死した兵士たちの数が、それほどにまで膨れ上がっていると言うことだ。 大勢死んだ。敵は衛星軌道上に待機する次元航行艦を低高度、そうは言ってもこちらの迎撃がぎりぎり届かない高度にまで降りて、搭載する魔導兵器をもって撃ち下ろしてくる。召喚魔法によ って呼び出された大量の竜はワシントンの街並みを破壊し、撃破するには重火器が必要なほどだった。その重火器でさえ、数は不足しがちとなっていた。 「負傷者だ!」 何時間眠っていたのかは分からないが、ラミレスはその声で目を覚ました。地下の避難所に雑魚寝していたが、疲れはあまり取れていない。 照明を最低限に抑えた地下施設は暗く沈んでおり、電子機器の光だけがやけに目立っていた。その光を目で追っていくと、わずかに点灯していた蛍光灯に照らし出された兵士の姿があった。衛 生兵だ。見れば彼の周囲には次々と担ぎ込まれていく兵士たちがおり、黒い紐や赤い紐、黄色の紐や緑の紐を結ばれていた。 黒い紐をつけた兵士は、もう動かない。あるいは虫の息で、誰の目にももう手遅れであることが見えていた。衛生兵が忙しなく動き回るのは決まって赤い紐を結ばれた兵士たちの周囲だった。 トリアージと言って、治療の優先度を示す方法だ。緑は治療の必要がない者、黄色は治療が必要な者、赤はただちに治療が必要な者、黒は死亡、もしくは助かる見込みの無い者を示す。 ラミレスは立ち上がり、鉛のように重い身体を引きずるようにして治療の現場に向かった。衛生兵たちは懸命に負傷者の治療を行っているが、明らかに手が足りていない。赤色の紐を結ばれた 兵士の中にはまったく処置がなされていないままの者さえいた。 不意に、足を掴まれた。ハッとなって顔を振り向けば、黒い紐を腕に結ばれた兵士が、光の無い瞳でこちらを見ていた。その姿を見て、思わずラミレスは声を上げそうになった。彼は左腕を失 っており、巻かれた包帯には血が滲んですでに意味を成さないほどに真っ赤に染まっていた。どう見ても助からない、「まだ死んでいない」と言うだけの状態だった。 兵士の口が、かすかに動く。もはや声も出ないのだろうか。驚きながらも意を決し、彼の口元に耳を近づけたラミレスはかろうじて、声を聞き取った。水をくれ、と。 「なぁ、彼は水が欲しいって言ってる。飲ませても大丈夫か?」 医者ではないので、水を飲ませていいものか分からない。手近にいた衛生兵を捕まえて訊いてみた。彼は一瞬だけ躊躇った様子だったが、左腕の無い兵士の黒い紐を見ると、黙って自分の水筒 を差し出した。礼を言って受け取り、飲ませてやる。 左腕の無い兵士は、美味そうに水を飲んだ。喉仏が上下し、水筒が空になるまで。最後の一滴を飲み干した時、彼はラミレスにまた何か言った。なんと言ったのだろう。今度は聞き取れること はなかった。光の無い瞳はもはや動かず、じっと天を見上げたままだった。ため息を吐き、瞼を閉じてやる。 涙がこみ上げてきた。これでもう、何人死んだだろう。たった今、目の前で死んだ兵士のことを彼は何も知らない。名前も、出身地も。敵の攻撃は熾烈を極め、すでに所属する第七五レンジャー 連隊以外にも部隊からはぐれた兵士がこの地下施設には集まっていた。だが、みんな同じ兵士だった。アメリカ合衆国の軍隊に所属する仲間だった。戦友だった。 ドッ、と地下施設に衝撃が走った。衛生兵たちが身を挺して負傷者を庇う。蛍光灯の一つが火花を散らして消えて、天井の板が崩れて落ちてきた。砲爆撃の音が、ズンズンと響いている。敵が、 異世界からの侵略者たちはもうここまで迫ってきているのだろうか。 冗談じゃない、とラミレスは立ち上がった。時空管理局の奴ら、ここを何だと思っている。好き放題にしやがって。ここはアメリカだぞ。お前らの土地じゃない。身体は疲れ切っていたが、胸 のうちにまるで燻っていた火種に油が注がれたようにして何かがこみ上げてきた。怒りだ。怒りが、彼を突き動かしていた。 「立て、レンジャー。出撃だ」 ラミレスの怒りを汲むようにして、分隊長の黒人兵士、フォーリー軍曹が出撃命令を下してきた。副官のダン伍長は明らかに疲れた様子だったが、銃を受け取ると即座に立ち上がった。分隊は地 下施設より階段を上がって外に出る。 「聞け、民間人の避難が敵の攻撃によって遅れている。俺たちが行って時間を稼ぐ。どうよ?」 『Hooah!』 ラミレスやダンだけではない。分隊長のフォーリーも顔には出さないが、きっと疲れている。分隊の誰もが、例外なく。それでも彼らは地下施設より地上に上がり、戦うことを選んだ。 命令だから。任務だから。仕事だから。彼らを突き動かしていたのは、それらだけではない。誰もが、己が意思に従い、動いていた。民間人への攻撃を許すわけにはいかない。我らは軍隊、我 らはレンジャー、我らは兵士。それぞれが、自分のやるべきことを成そうとしていた。 Call of lyrical Modern Warfare 2 第12話 Of Their Own Accord / "俺たちの国" SIDE 米陸軍 第七五レンジャー連隊 五日目 時刻 1835 ワシントンD.C. ジェームズ・ラミレス上等兵 燃えている。地上に上がって最初に目撃したのは、紅蓮の炎に染まる祖国の姿だった。アメリカの首都、ワシントンが燃えている。ワシントン記念碑はボロボロになっていて、その真下で友軍が 必死の防衛戦を展開していた――くそったれ、何の冗談だ。M1A2、味方の戦車が議事堂に向けて機銃を乱射している。アメリカの軍隊がアメリカの議事堂を銃撃。ジョークにしても胸糞悪いとい うのに、ラミレスが目撃した光景は紛れも無い現実だった。 敵の攻撃は、熾烈を極めていた。管理局の陸戦魔導師たちは政府関係施設をすでに占領し、ラミレスたちが目指す議事堂すらも敵の拠点となってしまっている。鉄条網と塹壕が敵のこれ以上の 侵攻を押し止めているが、味方の旗色はあまり良くない。大口径の魔力弾が降って来て、たった今追い越した友軍兵士が吹き飛ばされた。これでは負け戦も同然だ。 フォーリー軍曹はヘリによる航空支援を要請したが、司令部からは出来ないとの返答が来た。ポトマック川沿いの負傷者搬送に全力を尽くしているため、支援に回せるヘリはみんな出払ってい るとのことだった。地上戦力のみで奴らに当たれということか。嘆く余裕も暇もなく、兵士たちは燃えるワシントンの中を進む。攻撃に晒され、負傷した者には手も貸せないままに。 「司令部、我々は援護なしで西に移動中だ! 第一旅団に援護を頼みたい、中継してくれ!」 「こちら司令部、了解した。LAVを一両、そちらの支援に回す――ハンター2-1、目標の建物の北西に海軍のSEALが待機している。彼らと協力して敵を排除せよ」 総力戦だ。海軍の本領は本来なら海のはずだが、特殊部隊のSEALは陸に上がって管理局の侵攻部隊排除に回っている。司令部の命令を受け、第一旅団のLAVも駆けつけてくれた。本当は戦車の方 が装甲も火力も上で頼れるのだが、贅沢は言えない。LAVは装甲車だが、二五ミリ機関砲の威力は決して低いものではないはずだ。 魔力弾の雨を掻い潜り、砲撃で大きくへこんだ地面に足を取られながら、それでも何とかラミレスたちは議事堂の手前にまで到着した。道路を一本挟む形で、崩れかけた壁に身を潜めた。敵も こちらの目標は分かり切っているのか、遮蔽物があるのもお構いなしに光の弾丸をぶち込んで来る。レンガが割れて、運悪く壁に辿り着く直前だった兵士が撃たれ、砲撃で出来た穴に落ちた。誰 も助けようとはしなかった。身を乗り出せば次に撃たれるのは自分だからだ。 畜生、支援はまだか。ラミレスだけでなく、分隊共通の願いだった。銃だけを壁から突き出して適当に撃ちまくるが、議事堂を占拠する魔導師たちはその程度で怯むはずがない。そのうち身を 守ってくれていた壁すら魔力弾が貫通してくるようになった。敵は普通の射撃魔法では効果が無いと見るや、詠唱と集束に時間はかかるが威力の高い高初速の魔力弾に切り替えたのだ。 あっ、と短い悲鳴を上げて、ラミレスの隣にいた兵士がまた一人、壁を貫通してきた弾丸に撃たれ、ひっくり返った。手を伸ばして助けようとして、無駄だと気付く。とっくに夜なのに、炎で 紅く照らされる地面に、臓器がぶちまけられていた。畜生、と誰ともなく声が漏れる。 その時だった。突如、道路の向こうにあった議事堂の窓に小規模だが連続した爆発が巻き起こり、陣取っていた魔導師たちが吹き飛ばされていく。海兵隊のLAV-25歩兵戦闘車が、ようやく到着 したのだ。機関砲が火を吹き、なおも銃撃を試みる敵を木っ端微塵に薙ぎ倒していく。 「よし、味方が敵の頭を抑えているぞ。合図したら走れ、いいな!?」 チャンスだった。敵の注意はLAV-25に引き付けられ、壁に身を寄せるラミレスたちには向いていない。フォーリー軍曹が勇敢にも自ら壁から身を乗り出し、タイミングを見計らう。LAV-25はレ ンジャーたちの意思を汲むかのようにして、続いて銃撃を行う。議事堂の窓と言う窓にさんざん機関砲弾が叩き込まれたところで、GOの合図が出た。 「GO! GO! GO!」 押し出せ、行け、ケツを上げろ、進め兵隊、レンジャーども。脳内で、自分ではない誰かが命令してくる。否、誰かではなかった。脳裏に響く命令の声は、自分自身のものだった。ラミレスは M4A1を抱え、仲間たちと共に壁から身を乗り出し、走った。放置されている車を乗り越え、客も運転手もいなくなったタクシーを飛び越し、議事堂への入り口に辿り着く。敵の懐に飛び込んだ。 ここから先は対等な条件での戦闘だ。 壁に張り付き、中の様子を伺う。会話が聞こえた、敵の魔導師たちだ。LAV-25の機関砲に手酷くやられたらしく、悲鳴と怒号が飛び交っている。指揮官らしき者だけが、道路の向こうにいた米 軍兵士たちが姿を消していることに気付き、警戒しろと呼びかけていた。 OK、あんたの判断は正しい。言うことを聞く部下に恵まれなかったのが残念だったな――副官のダン伍長とアイコンタクト。彼は手榴弾を持ち出し、指の動きでその後に突っ込めと指示。ラミ レスは頷き、M4A1を構える。 ダンがピンを抜き、三カウントした後に手榴弾を投げる。ピンを抜いた瞬間、手榴弾は我らの戦友ではなくなるのだ。敵にも味方にも等しく、無慈悲に破壊の力を振り撒くのみ。入り口の向こ うで悲鳴が上がり、直後に爆発音。間髪入れず、ラミレスたちレンジャーが突入を開始する。 突然投げ込まれた手榴弾の爆発で、魔導師たちはパニックに陥っていた。普段なら隊列を組み、厄介な防御魔法を展開させることでこちらの攻撃を無力化しながら射撃魔法を撃って来る戦術も この時は隊列すら組まれていなかった。無防備な横っ腹に向けて、銃弾を叩き込む。銃声が響き、上がったはずの悲鳴が掻き消される。果敢にも抵抗してくる魔導師もいたが、ダットサイトが敵 の姿を映し出すのと魔法の杖であるデバイスを構えるのとでは、前者の方が早かった。引き金が引かれ、放たれた五.五六ミリ弾が敵を薙ぎ倒す。 一階の敵を掃討。議事堂の奪還はまだ始まったばかりだ。ラミレスたちは先を急ぐ。 階段を上がり、分隊は議事堂内を一階一階ごとに制圧していく。エレベーターは使えなかった。電源は生きているようだが、ラミレスが二階を進んでいる途中に見たのは、エレベーターのドアに 挟まれて息絶えている友軍兵士の姿だった。最後の一発まで孤軍奮闘したらしく、その証拠に周囲には空になったマガジンが多数放棄されていた。出来ることなら遺体を回収してやりたい。祖国を 守るために必死に戦い、そして死んだ兵士の遺体を、自動ドアがずっと閉じる、開くを繰り返しながら挟んでいた。一種の滑稽さすら感じさせられる、無残な惨状。祖国のために死んだ英雄を、こ んな形にして残しておいていい訳がない。それでも、分隊は前進を優先した。戦死者よりも、生きて避難を待つ民間人の救出支援の方が先立った。 文字通り血の犠牲を払いながら、レンジャーたちは五階に到着した。フォーリー軍曹が先頭に立って進み、警戒しながら分隊を率いていく。その時、彼の動きが曲がり角を直前にして止まった。 「何かいるぞ」と小声で言って、左腕を上げて前進停止の指示を下す。首だけ出して覗き込んでみれば、半壊した議事堂五階の南西に位置する部屋に、多数の魔導師らしき影が見えた。部屋の壁は 崩れ去っており、ワシントン記念碑が丸見えな状態になっているが、敵にとってはかえって好都合だったに違いない。奴らはここを拠点に、民間人脱出のヘリの動きを阻害しているのだ。 分隊は足音を立てぬようゆっくり、しかし迅速に部屋への入り口に忍び寄った。最初に議事堂に突入したのと同じように、手榴弾を放り込んでから一気に突入する魂胆だった。ラミレスは準備の ためチェストリグのマガジンポーチから、新たにマガジンを取り出す。M4A1に装填されていた中途半端に撃ったマガジンと交換。準備が整ったところで、レンジャーたちは突入を開始した。 まず手榴弾が放り込まれる。部屋の奥から悲鳴が上がり、直後に爆発音。GO!とフォーリーが指で突入開始の指示を下し、自身も先頭に立って突っ込む。魔導師たちは振り返って抵抗を試みるも 奇襲を受けた兵は大抵脆い。この敵も多分に漏れず、魔法の銃弾を放つ前に鉛の弾丸で沈黙させられていった。 敵を掃討し、崩れた壁なき壁の向こうに広がる光景を目の当たりにして、ラミレスはうわ、と思わず声に漏らした。ワシントンはとっくに夜の時間帯を迎えているにも関わらず、空は夕焼けに染 まったように紅い。ドス黒い煙も混じる形で。 ダン伍長が双眼鏡を持ち出し、記念碑の下に設けられている地下避難所への入り口を見る。それから記念碑より向こう側を見て、くそ、と吐き捨てた。彼は双眼鏡を指揮官のフォーリーに渡し、 見てくださいと言う。 ラミレスは双眼鏡を持たなかったが、そんなものに頼らずとも、避難所に危機が迫っているのは分かった。魔導師が召喚魔法によって呼び起こした竜だ。昨日、住宅街で大暴れしていた竜が、再 び姿を見せていた。おまけに今度は複数だった。避難所周辺に残る兵士が抵抗の砲火を上げているが、竜の進撃は止まらない。塹壕や即席のトーチカに竜は炎を吐いて浴びせて、文字通りに焼き払 う。出来の悪い怪獣映画、ラミレスの記憶では破壊されているのはいつも日本のトーキョーだった。今目の前で蹂躙されているのは、アメリカのワシントンと言う点だけがかろうじて、目の前の光 景が現実であることを教えてくれる。 「司令部、こちらハンター2-1だ。議事堂の五階南西の部屋を奪取、記念碑方面の避難所に接近する敵の竜を目視。避難所への支援が必要と思われるがどうか?」 「司令部よりハンター2-1、避難所にはまだ民間人が残っている。支援せよ」 「了解」 司令部との交信終了、分隊は竜を攻撃して避難所を支援する。しかし、竜を撃破できる重火器など誰か持参してきただろうか。最低でも対戦車火器がなければ、かえって竜を怒らせるだけになっ てしまうはずだろう。 「軍曹、竜をやっつけるのはいいんですがね。俺たちミサイルもロケットも持ってきてませんよ。重装備を運んできたヘリは昨日の夜に落とされて、川にドンブラコと流されました」 「私にいい考えがある」 ダン伍長のぼやきに、フォーリー軍曹は短く答え、そして視線でもって回答を示した。部屋の隅に、シートをかけられた何か大型の機材らしいものがあった。ひっぺ返してみると、管理局の連中 が使っている魔導兵器の一種だった。対空砲に分類されるもので、殺傷、非殺傷が選べる。射程も長く、威力も十分にあるため米軍内では要注意の通達が回されていた。 「使えるんですかこれ。俺たち魔法使いじゃないですよ、ステータスはデフォルトでMP0ですよ」 「問題ない、こいつは独自の魔力炉を持っているとの情報だ。分隊、こいつを使って竜を沈めるぞ」 滅茶苦茶だ、と誰もが思ったが、使える重火器は他にない。固定が解かれ、管理局の魔導兵器はレンジャーたちによって引きずり出された。外を狙えるよう配置がなされ、砲身が展開し、記念碑 より向こうにいる竜へと向けられる。ここまでは簡単だった。問題はこの先だ。どうやって撃つのか。ダン伍長が砲の後ろにあったパネルを見つけて開き、スイッチを操作しているが反応がない。 「どうしたブッサイク、もっと頑張れ!」 苛立ったダンが、パネルを乱暴に叩いた。するとどうしたことか、沈黙していたディスプレイに光が灯り、照準システムが起動する。「この手に限るな」と得意げにする副分隊長を差し置いて、 ともかくもラミレスは照準システムに手を出してみた。タッチパネルのようで、指の動きと砲身の向きが連動するようだった。ディスプレイに表示されるのは各種数値と、ワシントン記念碑、それ から竜。竜は青色のラインに囲まれており、照準を合わせようとするとエラーが出力された。さすがに管理局の対空砲と言うだけあって、敵味方識別装置(IFF)が搭載されているのだろう。 どうすんだこれ――山勘に任せて、タッチパネルでそれらしい部分を叩いた。強制発射など出来ないものか。それともIFFを切ってしまうようなスイッチは。反応しない。対空砲はうんともすんと も言わなかった。やはりよその世界の兵器をいきなり扱うのは無理があるか。ダンの真似をして、タッチパネルを拳で殴った。ピ、と短い電子音が鳴って、砲身が勝手に動く。自動照準、対空砲が 本来の仲間である竜に向けられた。伏せろ、と誰かの声がして、兵士たちは一斉に伏せた。ドッ、と次の瞬間、魔導兵器は青白いレーザービームを放つ。照準されていた竜は撃たれるはずのない砲 撃魔法の直撃を浴び、大破炎上。そのまま地面に崩れ落ちて死亡する。 もう一匹の竜はさすがに事情が飲み込めたのか、明らかにこちらに向けて敵意をむき出しにした咆哮を上げた。雑多な小火器で必死に抵抗する避難所周辺の米軍兵士よりも、敵に奪われた対空砲 のある議事堂が脅威だと認識したに違いない。紅の夜空を背景に、大地を踏みしめながら怪物が近付いてくる。 「ラミレス、近付いて来るぞ。早く撃て!」 「撃てないんです!」 「どうしてだ!」 「知りませんよ! 伍長が叩いたからじゃないですか!?」 それを言ったらお前もだろう、と突っ込みは返ってこなかった。対空砲はチャージの時間を終えたのか、再び勝手に動いて照準を近付く竜に合わせる。竜も正面対決の構えを見せて、口から火炎 の息吹をちらつかせていた。 逃げろ、と誰が言わずともレンジャーたちは動いていた。この場に留まっていてはまずい。分隊は魔導兵器を残し、大急ぎで部屋を抜け出した。 ラミレスは最後に部屋を出て、皆を追っていくらか走ったところで、一度振り返った。まさにその瞬間、彼らが残した対空砲は役割を果たしていた。青白い閃光を放って、竜を迎撃したのだ。竜 も直前、火炎を吐いて対空砲を破壊する。両者は意図せずして、相打ちの形となった。竜は直撃を浴びて大地に崩れ落ち、対空砲は部屋ごと業火に包まれ粉砕される。爆風が踊り狂い、衝撃がラミ レスの背中を蹴飛ばした。 数メートルを吹き飛ばされたラミレスは一瞬意識が暗くなり、しかし戦友たちがただちに助け起こす。 「ハンター2-1、よくやった! 避難所はまだ持ち堪えている! 諸君らは脱出を急げ、敵が議事堂の再占領を企んでいるぞ」 畜生、まだやんのかよ――どうにか自分で立ち上がり、回復したラミレスは戦友たちと共に、議事堂の屋上を目指す。すぐ後ろで、魔導師たちの怒号が飛び交っているのが聞こえた。 屋上に到着した分隊は、待機していたSEALと合流した。彼らはヘリを呼び寄せており、すでに議事堂から脱出する用意に入っていた。 「ここはもう持たないぞ、早く逃げろ」 「ご忠告どうも。しかし自分らの持ち場はここです」 紅の夜空の向こうから米海軍のSH-60シーホーク哨戒ヘリが、バタバタとローター音を立てて議事堂上空に接近。誘導を他の分隊員に任せたラミレスは崩れかけた階段の前で銃を構えているSEAL 隊員に退避を促すが、彼らは従わなかった。すでに階段の向こうからは魔導師たちがドタドタと足音を立てて接近しつつあるのが分かる。SEALは自分たちはヘリに乗らず、レンジャーを優先させる つもりなのだ。 風が巻き起こり、SH-60が議事堂の屋上に着陸した。レンジャーが乗り込めばまたすぐ離陸するため、ローターは回したままだ。吹き付ける風には、熱があった。火災のせいだろうか。ラミレスは なおもSEALに退避を勧めるが、彼らはあくまでも持ち場に残った。行ってくれ、とこんな状況で笑顔すら見せて。気張れよアーミー、ここは俺たちの国だ、と。 断腸の思いで、レンジャーはSH-60に乗り込んだ。途端にヘリは離陸し、議事堂を離れる。見下げた先の屋上では発砲炎と思わしき光が瞬いて、一方で地球の銃火器のそれとは明らかに異なる光 が走り、発砲炎が沈黙する。乗り込む直前に会話したSEALのあの隊員はどうなったのかは、言うまでもなかった。 また死んだ。顔も名前も知らない、しかし同じ国を守る戦友が。ラミレスは、胸のうちから何かがこみ上げてくるのを我慢できなかった。見れば、SH-60のキャビンにはドアガンとしてガトリング 機銃のミニガンが搭載されているではないか。一度は機内に落ち着けた身体を奮い立たせて、ミニガンに取り付く。 「司令部、こちらハンター2-1だ。ダガー2-1に乗って議事堂を離れた。避難所の状況は?」 「まだ避難は完了していない。彼らは第二次大戦記念碑方面から激しい攻撃を受けている」 「了解、空から出来ることはやってみよう」 フォーリーが司令部との交信を終えて、SH-60のパイロットに「やれるか?」と聞く。パイロットは親指を立てて、機を旋回させた。陸軍のレンジャーを乗せた海軍のヘリは反転し、第二次世界 大戦記念碑上空へと向かう。キャビンの扉が開かれ、ラミレス以外の分隊員たちは身を乗り出し、銃を地面に向ける構えを見せた。途中、目的を同じくとするOH-6の二機編隊と合流した。 三機編隊となったヘリは、第二次世界大戦記念碑、その中央に位置する噴水広場上空に到達。眼下には記念碑周辺で攻撃準備に入るものと思われる魔導師たちの姿と、鹵獲されたのか彼らの手に よって運用されるトラックの姿があった。 ドッと、轟音が走る。どこからか飛んできた魔力弾が、SH-60と編隊を組んでいた二機のOH-6のうち一機に直撃。乗り込んでいた兵士たちが空中に放り投げられ、機体はバランスを失って部品を 撒き散らしながら落ちていく。大地に激突することはなかった。落着する前に空中で爆発してしまったのだ。 「対空砲火だ、気をつけろ!」 「2-2が被弾、落ちた!」 くそ――ミニガンに取り付くラミレスは、ついに我慢が出来なくなった。下の記念碑にいる魔導師たち、異世界からの侵略者、敵。こいつらはどれだけ俺たちの戦友を奪えば、どれだけ俺たちの 国で好き放題すれば気が済むんだ。ふざけるな、畜生、この畜生ども。 怒りは兵士の身体を乗っ取って、理性を蹴り飛ばした。射撃命令は出ていなかったが、ラミレスはミニガンを地面にいる魔導師たちに向けて放った。回転する銃身が野獣の唸り声のような音を立 てて、銃口から放たれた攻撃の意思が大地に向けて降り注がれる。たちまち、魔導師たちが薙ぎ倒されていく。薙ぎ倒されながら、反撃の魔力弾を撃ち上げてきた。こうなれば命令など関係ない。 SH-60に乗り込んでいたレンジャーたちは、手に持つ銃火器で敵を撃つ。 「くそ、くそ、くそ、くそ」 ラミレスが罵倒の声を上げて、それをミニガンの唸り声が掻き消していく。敵はバタバタと倒れていった。 思い知れ、くそども。お前たちが来なければ、誰も死ななかったんだ。みんな死なずに済んだんだ。最後に水を飲ませてくれと言ったあの兵士も、エレベーターに挟まれて死んでいたあの兵士も、 屋上に最後まで残ったSEALの隊員も、みんな、みんな生きていたんだ。 「出て行け」 通信機が何かごちゃごちゃと言っているが、聞こえない。聞く気もなかった。今の彼は、眼下にいる侵略者たちを皆殺しにすることだけに集中していた。 「出て行け、このクソ野郎ども! 出て行け、死ね! 畜生が、何が時空管理局だ、ここは俺たちの国だ! 俺たちのアメリカだぞ!」 訳も分からず、涙が零れてきた。感情の高ぶりが、限界に来てしまったのだろうか。泣きながら怒りを露にする兵士は、ミニガンを撃ちまくる。 ガンッと、機体に衝撃が走った。被弾してしまったのだ。幸いにもまだ姿勢は維持できているが、コクピットの方からはパイロットの慌しい様子と鳴り響く警報音が、機体の状況を示していた。 遅かれ早かれ、SH-60はもう持たない。早く着陸せねば、墜落してしまう。 「司令部、司法省の屋上に多数の対空砲を確認した――おい、あの上まで飛ばすんだ。どうせ落ちるなら道連れにしてやれ」 「了解だ。しっかり捕まれ、アーミーども! カミカゼ・ダイヴだ!」 フォーリーはパイロットに特攻を命じて、パイロットもそれに応えた。被弾しながらでも飛行するSH-60は司法省上空に到達し、落ちる寸前まで搭載火器をありったけ叩き込む。司法省の屋上に 展開されていた魔導兵器は次々と粉砕され、しかしなおも破壊し切れず残っていた対空砲が、ヘリに照準を向ける。 再び、ラミレスたちを乗せた機体に衝撃が走った。今度はもう持たない。バランスを失ったSH-60はぐるぐると回転を始め、高度を急激に下げていく。ラミレスは機から振り落とされそうになり、 ミニガンに捕まって必死に耐えた。捕まる場所が落ちているのだから、あまり意味はなかったかもしれないが。それでも手が動いたのは、咄嗟の生存本能の働きだったのだろう。 パイロットが何か言っている。 メイデイ、メイデイ、こちらダガー2-1、墜落する。位置はP-B-2――最後まで聞き取ることは出来なかった。大地が目の前に迫ったかと思った次の瞬間、この 世の終わりかとも思えるような凄まじい衝撃が走り、ラミレスの視界は真っ暗に染まった。 死んだ、と意識が途絶える直前、彼は思った。 頭の中で、鐘が鳴っている。その音に混じって、銃声が聞こえていた。悲鳴も、怒号も、爆音も。死後の世界とはこんなに騒々しいのか。生きてるのも死んでいるのも、これでは変わらない。 視界がぼんやりと、しかし確実に回復してきた。回復? つまり自分は、まだ生きているのか。最初に見えたのは、ぐしゃぐしゃになってしまったヘリの機内と、外への出口を阻む残骸、未だに 回転するローター、その向こうで必死に防衛線を張る戦友たち。戦友たちの中には、フォーリーやダンもいた。みんなまとめてくたばったから、みんな一緒にあの世に来たのか。いまいち、現実感 の湧かない光景だった。 起き上がろうとして、手のひらに痛みを感じた。よくよく見れば、手にはめていたグローブがズタズタだった。手の皮が擦り剥けて、それで痛みを感じたのだ――痛み。死んでしまっては、痛み は感じられない。生きているからこそ、痛みがあるのだ――生きている。死んでなんかいない、俺はまだ生きてるんだ。 ようやく意識を取り戻したラミレスは、状況を確認する。乗っていたヘリは落ちた。フォーリーやダンが前に出てみんなと共に防衛線を張っている。燃え盛る炎の向こうから、墜落したヘリを目 標に敵の魔導師たちが集まってくる。くそ、なんてこった。まだゲームオーバーじゃない。戦闘は続行だ。 しかし手元に銃はない。墜落の衝撃で、どこかに吹き飛ばされてしまったのだろう。するとそこへ、意識を取り戻したラミレスに気付いた戦友の一人が、M4A1を持って駆け寄ってくる。 「これ持って伏せてろ!」 直後、戦友は後ろから撃たれて死んだ。遺品になってしまったM4A1、残弾はほとんどない。マガジンが一つ、それだけだ。残骸と化したヘリの機内で、それでもラミレスは抵抗することを決めた。 痛む手のひらを堪えて銃を構え、ダットサイトに捉えた敵影に向けて引き金を引く。一発、二発、三発。照準の向こうで敵がひっくり返るが、それでも魔導師たちは数に物を言わせ、後から後から 湧いて出てくる。たちまち、マガジンは空になった。カチンッと小さく機械音の断末魔をM4A1が鳴らす。 「ラミレス、これが最後だ。しっかり当てろ!」 弾切れに気付いたフォーリーが、新たな、そして正真正銘最後のマガジンを投げ渡してくれた。リロード、装填。銃に新たな命を吹き込んで、再び射撃を開始。敵は一向に減る様子がなかった。 「曳光弾、残り三発!」 業を煮やしたダンが前に出る。残り少ない弾を正確に当てようと、少しでも距離を詰めようとしたのだ。その行動は裏目に出てしまう。魔力弾の一発が、彼の肩を掠め飛んだ。あっと短い悲鳴が 上がり、フォーリーが副官を遮蔽物の影に引きずり込む。まだ息はある。だが、この状況では。 強い光が、レンジャーたちに浴びせかけられた。照明だ。こちらの位置が丸分かりになってしまう。魔導師たちはいよいよ、こちらを追い詰める魂胆だ。レンジャーたちは包囲され、逃げられな い。袋のねずみだった。 アレン先輩、いるなら助けてくださいよ――眩い光に照らされて、ラミレスは初めて弱音を吐いた。 戻る 次へ
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「二年前のことだ。俺は、管理局のある部隊と共に、超国家主義者たちのアジトに向かった」 ポツリ、ポツリと、文字通り昔を思い出すようにして、その髭面の男は語った。明らかに屈強と見て取れるほどの体格と鋭い眼光が、この時ばかりは背が曲がり、酷く気落ちしたようでもあった。 「諜報部の得た情報では、そこでろくでなし共が何かの研究を進めていると聞いた。今はそれが何であったかは、分からん。間違いなく何かの研究をやっていたとは思うが」 男は、黙って話を聞いていた隣に立つ兵士に視線をやった。腕組していたその兵士は、男からの無言の問いかけに、やはり無言で首を振る。当時の記録を当たってくれるよう頼まれたのだが、や はり失われている。男がアジトで撮影した写真や映像は、彼が捕虜になった段階で敵に持ち去られており、わずかに残る事前偵察での衛星写真も、それだけではアジトが何の研究施設であったのか を判別するまでには至っていない。 男は、アジトに潜入した部隊の唯一の生存者であり、そして証言者だった。 「罠だったんだ。超国家主義者たちは、俺たちが施設の奥深くまで侵入してくるのを待ち構えていた。どう足掻いても脱出は間に合わない、というところにまで誘い込んで、ボンッ。アジトは自爆 して、俺の部下も管理局の部隊も、ほとんどが死んだ。生き残っていたのは俺と、それからあと二人――管理局の奴らだ。名前は知らん、お互いコールサインで呼び合っていたからな」 男の視線が、ただ一人そこに存在した若い魔導師に移る。同じ時空管理局所属の者であったからには、何か知っているのではないか。残念ながら、魔導師は男の語った管理局の部隊について、あ まり詳しくは知らなかった。 一つだけ、「強いて言うなら」と前置きした上で魔導師が言うには、ちょうど同じ時期に、管理局の地上本部では有名だったエース級の魔導師が一名、行方不明になったという事実が語られた。 彼の名はゼスト、というそうだが、彼が髭面の男の言う管理局で生き残っていた二人のうちの一人なのかは分からない。 それで、と兵士が、男に話の続きを促す。髭面の男は、救助されてまだ一日と経っていないにも関わらず、葉巻を一本吸って、過去の話を続けた。 「自爆したアジトからどうにか抜け出した俺たちは、そこで待ち構えていたあのクソ共に捕らえられた。管理局の奴らがどうなったのかは分からん。俺だけが、ロシアのあの収容所に放り込まれて ――それから先は、ずっと寒さと強制労働に耐える毎日だ。今のロシアは内戦に勝ったとは言うが、支配力は衰えたままだ。収容所は超国家主義者たちの息がかかっていた。だが、それももう終わ りだ」 男が語り終えるのと同時に、新たな人物がやって来た。顔を骸骨のバラクラバで覆った兵士が、荷物を抱えて現れた。さらにもう一名、こちらは手に何も持っていない。バラクラバの兵士は年齢 が読めないが、もう一名の兵士は年若いのが見て取れた。 髭面の男が、その若い兵士の顔を見て、愉快そうに笑った。視線が、最初に腕組していた兵士に向けられる。 「ソープ、お前も部下を持つようになったか」 「そうだよ、プライス。ローチを見ていると昔の自分を思い出す」 「…何の話です?」 若い兵士は首を傾げてみせるが、プライスと呼ばれた髭面の男と、彼からソープ、と呼ばれた兵士は答えてくれなかった。代わりに、荷物を持っていたバラクラバの兵士が間に割って入る。 「マクダヴィッシュ大尉、命令の通りプライス大尉の装備一式です。しかし、救出からまだ数時間ですよ」 「いいんだ、ゴースト。このじいさんは前線に立つことを何よりの喜びとされておられる」 「"じいさん"か。お前にそう言われるようになるとはな」 葉巻の煙を吹かして、髭面の男はまた愉快そうに笑った。最初に見せた弱々しい、背の曲がった姿はすっかり消え失せていた。 「さぁプライス、一度通信室に行こう。司令官があんたと話したがってる。復帰と着任の挨拶と行こうじゃないか」 Call of lyrical Modern Warfare 2 第13話 Contingency / "火事を消すには" SIDE Task Force141 五日目 1000 ベーリング海 米海軍ヴァージニア級潜水艦『アリゾナ』 ジョン・プライス大尉 ≪地獄から戻ってきたな、プライス大尉≫ 衛星通信による通話で、初めてプライスはこのTask Force141の指揮官、シェパード将軍と対面を果たした。実際に顔を会わせているのではなく、通信機でのやり取りでだが。 「フライパンから、というべきですな」 ロシアのあの収容所もなかなかに地獄だったが、例えばプライスは"ヴォルクタ"というより過酷な収容所の話を聞いたことがある。過去、捕らわれたアメリカの諜報員がそこに送られたらしい。 その諜報員はどうにか脱出を果たし、ヴォルクタの収容所について「何をされた?」という質問に対し、「"何をされなかったのか"を聞きたいくらいだ」と返したという。地獄が――ヴォルクタ が業火で燃え盛る地獄に例えられるなら、あの収容所はせいぜい温められたフライパンの上だろう。 そうでなくとも、彼がこれから向かうのは戦場なのだから――プライスは、シェパードが自分の前線復帰をすでに知っているものと思い、話を進める。 「私がいない間に、世界は酷い状況になってるようですが…」 ≪ACSモジュールだ、大尉。超国家主義者たちの手に渡る前に回収できたと思っていたのだが≫ その話は聞いていた。かつての部下、今は立派に成長したソープことマクダヴィッシュ大尉とその部下ローチにより、墜落した人工衛星の姿勢制御部を超国家主義者たちの息吹がかかったロシア 軍基地から奪取したのだ。だが、少し遅かった。 ≪マカロフは合衆国に罪を被せて、気がつけば管理局とアメリカは全面戦争だ≫ 「まだ地球各国が静観しているようですが、事と次第によってはさらに拡大する。そうなれば悪夢だ…」 ≪ああ、まさしく地獄の業火に包まれる。それはなんとしても阻止せねば…この画像は、何だ?≫ 通信兵に断りなく、プライスはキーボードに手を伸ばして、それを指で叩く。ディスプレイに表示されるのは、ロシア海軍の潜水艦だった。ボレイ型原子力潜水艦。搭載されているのは通常魚雷 のほかに、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を搭載。これには核弾頭の装備も可能だった――核弾頭。 「油田で火事が起きたら、一番手っ取り早い消火法はさらに大きな爆発を起こすことです。酸素を奪い、炎を消す」 ≪……プライス大尉、君は先にブランクを取り戻したまえ≫ シェパード将軍は、彼が何を言わんとしているのかを即座に理解したらしい。しかし、プライスは本気だった。 「将軍、あなたは勝利のためならいかなる行為も辞さない、という考えはお持ちですか?」 ≪常に持っている≫ 「我々はすでに地獄の業火の中にいます。デカい花火が必要です」 ≪君は収容所に長くいすぎたんだ。マカロフを追うことに集中すべきだ≫ 「こんな戦争は早く終わらせる。管理局と戦争なんて、冗談にしてもクソ食らえだ…」 ≪プライス、これは"お願い"ではない、命令なんだ。君は――≫ その時、プライスの手が通信機に伸びた。いくつものケーブルを束ねるコネクタのロックを外し、引っ張る。プチッと、あっけなく切れる通信。通信兵が呆気に取られた顔で彼を見ていたが、何 事もなかったようにプライスはコネクタを元に戻す。その頃には、シェパードとの通信回線は切れていた。 通信室から出ると、通路で待っていたソープが、怪訝な表情で迎えてくれた。 「何があったんだ?」 「回線が切れちまった。シェパードから命令変更は届いてない――ソープ、その髪型は何だ」 「これか。いいセンスだろう。誰が見ても俺を俺だと認識出来る」 「そうか。若いもんのすることは分からんな」 SIDE Task Force141 五日目 1122 ロシア ペトロパブロフスクの南南東14マイル ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹 「お前さ、なんか呪われてるだろ」 着陸時に打ってしまった腰が痛むというのに、人の気持ちも知らないで魔法使いが言ってきた。うるさい、と反論することは出来たが、一応命の恩人である。呆れ顔のままで周囲を警戒するティ ーダ・ランスター一等空尉を一瞥しただけで、ローチは装備の確認を行う。 今度の任務は、再びロシア政府からの要請。この地点の付近にある潜水艦基地に係留されていた原子力潜水艦が、超国家主義者とその息吹がかかったロシア政府軍部隊によって占領された。Task Force141は、これを奪還する。 内戦に勝利し、一度は国内から超国家主義者たちを追い出すことに成功した現ロシア政府は、しかし内戦によって荒れ果てた国土の再建に精一杯だった。その付け入る隙を、祖国を追い出された 超国家主義者たちは狙ったのだ。おそらく、すでに各地で潜伏しているに違いない。管理局との"不幸な誤解"によって生じた戦争が終われば、次なる敵は――思考中断。余計なことを考えている暇 はないはずだった。 ローチにとって不運だったのは、空挺降下で輸送機から飛び降りたはいいが、パラシュートが開かなかったことだ。何度もピンを引っ張るが、抜けない。落下しながら力任せにようやくパラシュ ートを開いた頃には、安全高度を下回っていた。このままでは減速が間に合わず、地面に墜落してしまう。そこに現れたのが魔法使い、Task Force141で唯一管理局より参加している空戦魔導師、テ ィーダだった。曇り空の向こうから超高速で突っ込んできた彼は減速し切れないローチの体を支え、どうにか着陸に成功する。おかげで当初の着陸予定地よりずいぶん離されてしまったが、死ぬ よりはマシだろう。 M14の狙撃仕様、M14EBR狙撃銃に異常がないことを確かめたローチは、警戒に当たるティーダの肩を叩いて「問題なし、行ける」と合図。頷いた魔法使いは、彼とともに前進を開始しようとして、 動きを止めた。拳銃のような形をした魔法の杖、彼が言うところのデバイスの銃口を、雪で覆われた森林に向ける。誰かがいる。 「ソープ、ローチとティーダを見つけたぞ。二人とも無事だ――銃口を下ろせ、俺だ」 プライス大尉、とローチは安心したかのように呟き、銃口を下ろす。髭面、ブッシュハットの屈強な兵士、プライスがそこにいた。どうやらはぐれたローチたちを探しにきたらしい。 「二人ともついて来い。ソープ、俺は二人を引き連れて行く。北西の潜水艦基地だ」 ≪了解。ゴーストたちは別ルートで向かっている≫ 片方の耳に入れたイヤホンに、今度はマクダヴィッシュ大尉の声が入る。味方の通信可能距離に入ったのだ。ホッとしながら、ローチは歴戦の猛者について行く。この男が何者かは知らないが、 とにかくあのマクダヴィッシュ大尉が信頼する人物なのだから、おそらく間違いはないはずだ。 ティーダは、と言うと――特に表情も変えず、黙ってプライスの後について行く。何も感じないのか、それともただ表情に出さないだけなのか。考える余裕も、問いかける余裕もなかった。雪 に覆われた大地は、同時に敵地でもあった。 しばらく進むと、正面に人影が複数見えた。隠れろ、とプライスが手で指示し、各々が木や草の陰に身を寄せる。M14EBRのスコープを覗けば、五人の歩兵らしき姿が映った。小銃と手榴弾で武 装し、犬まで連れている。敵の哨戒部隊に違いなかった。 「敵兵が五人、犬が一匹」 ≪犬か…犬は苦手だ≫ プライスの報告を受けて、通信機の向こうでマクダヴィッシュ大尉が心底うんざりしたような声を上げている。そんなに犬が嫌いなのか、とローチは思ったが、見上げた先の歴戦の猛者が、に やりと一瞬笑う。まるで昔を懐かしむような笑みだった。これはきっと、本当に犬が嫌いなのだろう。 「プリピャチの犬に比べたらここの犬は子猫みたいなもんだ」 「余裕ですね、プライス大尉」 「まぁプリピャチの犬も、ペリリューの日本兵に比べたらチワワみたいなもんだがな」 はい? 何ですって、日本兵? 言ってる意味が分からない。当惑しているローチを余所に、敵の動向を見張っていたティーダが何かに気付き、プライスを呼ぶ。 「プライス大尉、トラックが来ます。三両、やり過ごしましょう」 「魔法か?」 「…何故分かったんです?」 「知り合いがいるからな。隠れろ、もっと深く」 ようやく、ティーダのプライスを見る目に変化があった。この男は、以前にも魔導師と行動を共にしたことがある。それもかなり、管理局の使う魔法について熟知している。驚くと同時に、認 めざるを得ないようだった。この髭面の兵士は、伊達に年だけを取っている訳ではない。 分隊はさらに木の陰が深い場所に潜り込み、伏せた。数分後、ティーダが探知魔法で見つけたトラックが三両、すぐ脇の道路を雪を蹴散らしながら駆け抜けて行く。行き過ぎたところで、立ち 上がって先ほど見つけた敵の哨戒部隊の様子を探る。煙草を吸うため、二名ほどが残っていた。あとの三名と犬は、すでに道路を進んで行った。 「一人やれ、もう一人は俺がやる」 プライスはやる気になったらしい。ローチと同じM14EBRを構えて、雪に覆われた森林の中から敵を狙う。当のローチはと言えばティーダと顔を見合わせ「どっちがやる?」と表情と視線で問い かけたが、「お前やれよ」と彼が眼で訴えたため、銃を構えた。 ガードレールの傍に立つ敵兵二名、狙われているとは露も思わず煙草を吸っている。狙撃スコープの十字線のど真ん中に敵を捉えたローチは、引き金に指をかけ、すっと息を吸い込み、呼吸を 止めた。呼吸によって上下する手ブレを少しでも抑え、狙う。右手の人差し指にそっと力を入れて、射撃。サイレンサーが装着されたM14EBRはプスッと間の抜けた銃声を発するが、肩に当てた銃 床への反動は紛れもなく銃弾が放たれた証拠だった。数瞬もしないうちに、彼の撃った銃弾が敵兵を貫き、弾き飛ばす。もう一人、とスコープの中に映る敵の片割れを見れば、こちらも一秒遅れ で撃たれ、見えない何かに殴られたように倒れる。撃ったのはプライスだった。 「よし、進むぞ」 いい腕してるな――老兵の狙撃の腕に感嘆としつつ、ローチは立ち上がって道路を進む彼の後に続く。少し進めば、橋を手前にして敵の哨戒部隊の残り三名と犬一匹が立ちはだかっていた。もっ ともこちらに気付いた様子はない。煙草を吸う者はいなかったが、どうにも敵がすぐそこに潜んでいるとは考えてもいないようだった。 「お前は左の犬とその飼い主をやれ。ティーダと俺は右だ」 言われるがまま、ガードレールの下に伏せて銃を構えて橋の左側に視線を送る。なるほど、犬と敵兵、合わせて二つの標的がそこにある。右の方にもちらりと視線をやれば、二人の敵兵が何か 会話しているようだった。こっちはティーダとプライスが撃つということだ。自分の仕事に専念する。 先ほどと同じように、M14EBRを構える。まずは犬から、とローチは狙撃スコープの十字をジャーマン・シェパードに向けた――"シェパード"ね、なるほど――雑念が脳裏をよぎる。無視して、引 き金を引いた。小さな銃声、肩に来る反動。犬が悲鳴を上げてひっくり返り、動かなくなる。傍にいた敵兵は何事かと驚くが、次なる銃弾が放たれ、その頭を撃ち抜いた。雪の大地に崩れ落ちる敵 を最後まで見届けず、右へと視線を移す。橙色の魔力弾がまず一人を吹き飛ばし、もう一人は鉛の弾丸が撃ち倒す。敵哨戒部隊、全滅。 「ビューティホー」 どこかで聞き慣れた気のする、プライスからの賞賛の言葉。分隊は前進を再開する。 橋を渡って、坂道を行く。左右を森林に覆われた道路の向こうは、青空が広がっていた。その青色の景色に、耳障りなローター音と共に二機のヘリが現れ、横切って行く。Mi-8ヒップ輸送ヘリ、 超国家主義者たちのものだろう。気になったのは、胴体下に何かを吊り下げていたことだ。プライスがその正体を見破っていた。 「ソープ、情報に間違いありだ。ここの奴らはSAMを持っている」 ≪了解――ティーダに伝えてくれ。飛ぶな、と≫ Mi-8が輸送していたのは、対空ミサイルの発射台だったのだ。空を飛ぶものは何でも標的になる。ソープに報告すると、彼の声が通信機から発する電波に乗って分隊に届く。通信魔法である念話 にも聞こえるようになっていたが、ティーダはなんとなくバツの悪そうな顔をしていた。彼は空戦魔導師なのだが、今のところ地面を這いつくばっている。 「そんな顔をするな、ティーダ。俺と行動を共にした魔導師は文句を言わなかったぞ」 「誰なんです、その魔導師って」 空戦魔導師からの問いかけに答えようとしたプライスだったが、ハッと視線を正面に向ける。それから数瞬して、何かの音が聞こえてきた。エンジン音か。しかし、トラックやジープにしてはや けに重々しい気もした。 数秒後、道路にぬっと黒い影が現れる。鋼鉄の騎兵、ロシアのBTR-80装甲車だった。哨戒部隊と連絡が途絶えたため派遣されてきたのか。否、重要なのはそこではない。砲塔にある一四.五ミリ 機関銃が、道路を進んでいたプライスたちに向けられていた。 「敵だ、逃げろ!」 あまりに突然のことで、一瞬呆然としてしまった。プライスの叫びでようやくローチは我に返り、言われた通り逃げた。まっすぐ走っても撃たれるだけだ。敵弾を阻害してくれる障害物の多い 方向、林の中に向かって走る。 彼らにとって幸いだったのは、BTR-80も反応が一瞬遅れたことだ。まさか、こんなところで侵入者たちと遭遇するとは思ってもみなかったに違いない。そうは言っても唸りを上げる機関銃弾の 威力は凄まじく、逃げ込もうとする林の木々は次から次へと叩き折れて行った。あんなものを喰らったら、人間など原型もなくなってしまう。 走れ、走れ、走れ! 生存本能が強く命令する。雪に覆われた大地を蹴り、折れた木を乗り越え、ひたすらに林の奥へ。どれほど走ったかは分からない。気がつけば、装甲車からの銃撃は止んで いた。追ってくる様子もない。木々が邪魔して、戦車ならともかく装甲車では進んでこれないのだ。 「ここまでは追ってこれまいな――ローチ、ティーダ、無事か」 「えぇ、何とか…」 「死にかけましたよ。やっぱり空が飛びたい……誰なんです、大尉と行動していた魔導師って。こんな無茶に付き合えるんですか?」 息を切らしながら、ティーダはプライスに問う。二人の若い兵士と魔導師に比べて、まったく何でもない様子の老兵は、質問に答えた。 「クロノ・ハラオウンと言う小僧だ。今は提督だとか言っていたがな……来い、敵に見つかったんだ。間もなく追っ手がこちらにも来るぞ」 プライスの予想は当たっていた。逃げ込んだ森林を進むうちに、ライトの光がいくつも見え始めて、さらに犬の鳴き声すら耳に入ってきた。 幸い、ロシアの大自然は彼らに味方した。降り積もった雪は敵兵たちの足をもたつかせ、視線を地面へと釘付けにさせた。漂う霧は視界を奪い、白いカーテンが分隊の姿を敵から隠し通してくれ た。それでも慎重に行動するからこそ、天はローチたちを見放さなかったと言える。冬を味方につけた彼らは敵の哨戒網を潜り抜け、ついに目標の潜水艦基地の手前にある丘の頂上に到着した。 丘から見下ろすと、眼下には人家が並んでいるのが見えた。しかし、人が住んでいる様子はない。住人は超国家主義者たちに追い出されたのか、それともこの集落はそれより以前から人が住んで いないのか。肉眼だけでは得られる情報が限られていた。 「ソープ、航空支援の状況は?」 ≪AGM搭載のUAVを飛ばしている。ローチが操作端末を≫ プライスに言われるまでもなく、ローチは背中に担いできた端末を持ち出す。雪を払いのけて開けば、こんな大自然の最中には不似合いなくらいの精密機器が姿を現す。キーボードを叩き、上空 を飛行しているであろう無人偵察機プレデターの操作画面へ。偵察機とは言っても対地ミサイルを搭載しており、いざとなれば空から攻撃が可能である。 端末のディスプレイに浮かぶ灰色の画面に、プレデターが捉えた地上の様子が映る。目視照合にて、丘の下に並ぶ集落と同じものが映っていることを確認。敵兵らしき姿は、とりあえず見当たら ないが――カッ、と何かが一瞬、画面の中で光った。集落の中央からだ。白煙が吹き上がり、雪が舞い散る。何かが打ち上げられた。何だこれは、と思ったその時、画面が揺れて、砂嵐が映り、す ぐに何も見えなくなった。端末から眼を離すと、集落の上空で黒煙が一つ巻き起こっている。 「くそ、撃墜された」 ≪何があった?≫ 「さっき言っていたSAMだ。プレデターが撃墜された。ソープ、予備を出せ」 ≪何だって、参ったな。プライス、プレデターに予備はないんだ≫ プライスが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。航空支援がないとなると、あとは独力で進むしかなくなる。敵が重火器や武装ヘリを投入してくれば、かなりの困難が予想された。 ところが、ローチが役に立たなくなった端末を閉じようとすると、隣にいたティーダが立ち上がった。それだけで、彼は魔導師が何をするつもりなのか分かってしまった。そうだ、こいつは飛 べるのだ。 「おい、よせよティーダ。今の見たろ? ミサイルに狙われるぞ」 「そりゃ狙われるだろうけどな。航空支援がやられたんだろ、代わりは必要さ」 無茶を言うな、と視線に制止の意味を込めるが、プライスは何も言わない。少しばかり考える素振りは見せたものの、出てきた言葉は制止ではなかった。 「行ってくれるか?」 「ハラオウン提督ならそうしたでしょう。大丈夫、質量兵器に落とされるほどヤワじゃない」 ニッと笑って、空戦魔導師は二人の兵士に背中を見せた。雪の大地の上に魔法陣を展開し、「それじゃ」と気軽な言葉を残し、飛び上がっていった。まるでもう地面を這いつくばるのはうんざり だ、と言わんばかりに。青空の向こうにティーダの姿が消えて行くまで、そう時間はかからなかった。 「大丈夫なんですか、本当に」 「信じるほかあるまい。それよりローチ、奴を助けたいならあのSAMを破壊するぞ」 疑問と言う体裁は取っていたが、実質批判的な声をプライスは受け流す。それどころかこの老兵は、ローチを置いて先に進んでしまう勢いだった。現に、雪が固まり氷状になった丘の斜面を一人 で先に下りていってしまう。あぁもう、と悪態を吐き捨て、ローチも後に続く。 SAMは集落の中央にあったが、プレデターの侵入に気付いた敵はとっくに警戒態勢に入っているだろう。だからこそ撃墜したのだ。プライスを追って集落に入ったローチは、人家の陰から次々と 白い雪原迷彩を着た兵士たちが飛び出してくるのを目撃する。装備はAK-47やFA-MASなど東西陣営の混成、超国家主義者たちの奴らだ。 丘の斜面から下りてきた二人の兵士を見つけた彼らは、即座に迎撃の構えを見せた。誰何など関係なく、手にした銃火器を撃ち放ってくる。嬉しくない歓迎だ、と思いながらローチは物陰に身を 寄せて、M14EBRで撃ち返す。もはや消音の必要はない。銃声が集落で木霊し、激しい銃撃戦が繰り広げられる。 プライス大尉は、と狙撃の最中で老兵の様子を探るが、M14EBRを手放した彼はどこで拾ったのかAK-47に切り替え、同じように物陰に陣取って迫る雑兵を撃ち倒していた。撃っては移動し、撃っ ては移動を繰り返す。敵はプライスを追い掛け回すが、歴戦の猛者は銃弾を浴びせられても少しも動じず、逆に撃ち返して敵に出血を強いる。何者だあのじいさん、とローチは思わず見とれそうだ った。 パンッと乾いた銃声が響いたような気がした。ハッとなって振り返ると、すぐ傍で弾を喰らったらしい敵兵がひっくり返ってのびていた。待て、俺は撃ってない。誰が撃ったんだ。射点を移動 しながら敵の様子を伺っていると、また銃声が響き、一人の敵兵があっと短い悲鳴を上げて雪の大地に転がり倒れた。狙撃だ。しかしどこから。そこでようやく思い出す。上空に上がったティー ダだ。天空からの援護射撃。 ≪ローチ、二〇〇メートル先の人家の陰だ。SAMがある≫ 「ティーダ、お前か」 ≪そうだよ、早く壊せ――あぁっ、こっちにミサイル向けやがったぞ。急げ≫ なるほど、観測もやっている訳だ。通信を終えたローチは、物陰から飛び出し、走った。途中、死んだ敵兵の腕からRPD軽機関銃を奪う。ベルト給弾式、弾はまだある。そいつを滅茶苦茶に敵兵 に向けて撃ち放ちながら、SAMの発射台に急いだ。あと二〇〇メートル、一五〇メートル、一〇〇メートル、弾切れ、RPDを捨てる。USP拳銃を引き抜いて、乱射しながら走る。残り八〇メートル。 その直後、集落の中央で爆風が巻き起こった。おわ、と悲鳴を上げつつも咄嗟に伏せる。何だ今のは、SAMの発射台がある方向だった。黒煙が立ち上る方角を見つめていると、複数の銃声がこち らに迫りつつある。聞き覚えのある銃声だった。五.五六ミリ弾の発砲音。西側装備だ。このロシアの大地で西側の銃火器で装備を統一している部隊と言えば、今のところローチとプライスを除け ばあとは一つしかない。 「撃つなよ、ローチ! 味方だ! 俺だ、ゴーストだ!」 やはりそうだった。別ルートから進行していた、Task Force141の現場副官、ゴースト率いる別働隊だった。SAMを破壊したのも彼らだった。 「助かったぞ、中尉」 「どうも。しかし連中、これでカンカンに怒るでしょうね」 出迎えたプライスの握手に答えるゴーストだったが、目的地はまだ先だった。これだけ派手に銃撃戦をやって、潜水艦基地の敵が何も構えていない訳がない。 案の定、超国家主義者たちに奪われた潜水艦基地は厳戒態勢に入っていた。ヘリポートではMi-24Dハインド攻撃ヘリが離陸準備中で、ローターはすでに回転しつつあった。付け加えるなら、歩 兵や装甲車すらもが走り回って各々が配置に就く途中だった。 Task Force141が、ハインドの離陸や敵の配置完了前に攻撃位置にたどり着けたのは、まさしく幸運と呼ぶほかない。それとも、精鋭部隊が成せる技だったのか。ともかくも、攻撃するならもは や一刻の猶予もないのは誰の眼にも明らかだった。敵の配置が完了してしまえば、いかどTask Force141と言えど犠牲を強いられることになる。 「ティーダ、聞こえるか。そこから離陸準備中のヘリは見えるか」 ≪しっかり見えますよ。こいつは普通の射撃魔法じゃ落とせそうにないですね、砲撃魔法を一発当ててやらないと。大尉、クレーンは見えますか? その真下です、目標の潜水艦は≫ 無人偵察機の代わりとなったティーダは、まったく優秀な観測兵だった。敵の配置を分かりやすく指示し、さらに目標である原子力潜水艦すら見つけた。ロシア政府が要請したTask Force141へ の任務とは、この原潜の奪還こそが目的だった。 何故ならば、この潜水艦はボレイ型潜水艦と言って、核弾頭も搭載可能だからだ――と言うよりは、現に核弾頭を搭載している。弱体化したロシア軍にとって、核戦力は大国でいられる唯一の証 と言ってもよい。それを超国家主義者たちは狙い、手中に収めたのだ。核兵器がテロリストの手に。悪夢以外何者でもない。幸いにも、まだ原潜は出港していない。そこを叩いてくれとのことだ。 潜水艦への突入を試みる者は、すでに決まっていた――プライス大尉。他のTask Force141隊員は、彼の突入を援護する。 「いいぞ、やってくれ。攻撃開始」 ≪了解、攻撃開始≫ プライスの指示で、はるか上空から閃光が降り注ぐ。ティーダの砲撃魔法だった。橙色のそれが、離陸寸前だったハインドの胴体を貫き、内側からの爆風が機体を食い破る。撒き散らされた破 片が降り注ぎ、周囲にいた敵兵たちの頭上に降り注ぐ。まさしく超国家主義者たちにとっては、突然の悪夢だったことだろう。 攻撃はそれだけでは終わらない。動揺する彼らに向けて、Task Force141はありったけの銃弾を叩き込んだ。ローチもこれに加わり、M14EBRで一人、また一人と敵兵を葬って行く。まずは第一の 防衛線を突破。部隊は一気に潜水艦基地になだれ込む。 第二防衛線に到達。空からの攻撃に浮き足立つ超国家主義者たちは、襲い来る精鋭部隊の前に後退するしかないかのように思えた。アドレナリンで疲労を感じずひたすら突っ込むローチは一旦 落ち着くべく、コンクリートの柱に身を寄せ、敵の様子を伺う。それが、結果的に彼の命を救うことになった。先行しようとした味方の兵士が、いきなり正面から受けた銃撃で弾き飛ばされ、地 面を転がり動かなくなる。咄嗟に手を伸ばそうとしたが、無駄だった。身を乗り出した瞬間、ブンッと目の前を何かが唸り立てて飛び去って行き、生存本能が前に出るなと警告する。敵の装甲車、 BTR-80が立ちふさがっていたのだ。一四.五ミリ機関銃をぶっ放し、彼らの行く手を遮る。 銃撃はローチの隠れるコンクリートの柱にも及んだ。柱の欠片が弾け飛んで、わ、とたまらず短い悲鳴を上げてしまう。ここにいるとやられる。しかし、敵はそれを待っているのだ。飛び出し た間抜けな獲物を銃口に捉える、その瞬間を。 「ティーダ、砲撃魔法撃てるか!?」 ≪充填中。目標はあの装甲車か、基地のど真ん中で暴れてる――≫ 「それだそれ、早く撃ってくれ!」 上空を飛ぶティーダに砲撃要請。とはいえそれまで持つだろうか。敵も馬鹿ではない。こちらの目的が原潜の奪還であることくらい、とっくに気付いているはずだ。出港準備を整えているだろう が、それを止めるためのプライスも装甲車に道を阻まれているのでは進めない。 せめてもの抵抗として、ローチはM14EBRの銃口を柱の陰から突き出し、滅茶苦茶に乱射した。装甲車相手に効き目があるとは思えない。だが撃たれっ放しでは敵を図に乗らせることになる。敵の 銃撃が、ローチの隠れる柱に集中する。うわぁ、と今度こそ情けない悲鳴を上げて、彼は身を縮こまらせた。 ティーダ、頼む、頼むから早く。俺が撃たれて死ぬ前に――祈りが天に通じたのか、BTR-80の頭上に橙色の閃光が走る。薄い上面装甲をぶち抜かれた装甲車はたちまち爆発、炎上して機能停止。 ずるずると安心感から崩れ落ちそうになるローチだったが、やけくそ気味に天に向かって親指を立てると、前進を再開した。 「潜水艦に向かう! ゴースト、皆を連れてあの建物から援護しろ!」 「了解です! ローチ、来い! ティーダは引き続き上空援護!」 防衛線を突破したTask Force141は、西にあった門の詰所の屋上に陣取った。ただ一人、プライスが係留されている原潜へ向かう。乗り込むためのタラップを外していないのは敵のミスだった。 髭面の兵士が潜水艦に突っ込んで行くのを見送ると、ローチたちの任務はひたすらに敵の攻撃を退けることになった。 響く銃声、唸る轟音、爆風と衝撃。悲鳴すらかき消される戦闘の最中で、ローチは気付く。プライスが突入した潜水艦の、ミサイル発射管のサイロが開かれつつあるのだ。敵は、やけになってこ こで核弾頭を発射するつもりなのか。 「ゴースト! あれを!」 「くそ、敵がヤケになったか。プライス大尉、聞こえますか!? 潜水艦のサイロが開放されつつあり! 制圧を急いでください!」 プライスからの応答は、ない。それどころか、潜水艦のサイロはさらに開放が進んでいた。 「大尉、応答を! サイロが開かれてる、急いで!」 なおも開放は止まらない。これだけ叫んでいるのに、通信機は沈黙したままだった。まさかプライスはやられたのか? いや、彼に限ってそんなことはあり得ないだろう。では、何故。 「プライス! あんた聞いてんのか!? サイロが開かれてるんだよ、ミサイルが発射されそうなんだ! 早く止めろぉ!」 とうとう、ゴーストがキレた。首元のマイクに向かって怒鳴り散らす。 ここでようやく、プライスの声が通信機に入った。しかし、応答ではない。まるで独り言だった。それも、何を意味するのか、聞いただけでは分からない一言だった。 「これでいい」 何がいいのだ。Task Force141の、誰もがそう思った。まさにその瞬間だった。原潜の開かれたサイロから閃光が上がり、同時に大量の発射煙が放出されたのは――"発射煙"。姿を現すのは、SL BMだった。潜水艦搭載の、弾道ミサイル。その弾頭に搭載されているのは、確か情報では―― 「待て…待て待て待て、プライス、待て、駄目だ!」 ゴーストの言葉を無視する形で、弾道ミサイルは放たれる。凄まじい勢いで上昇して行く。撃墜は無理だった。 「核ミサイルが発射された! コード・ブラック、コード・ブラック!」 何だよ、いったい――何が起きたんだ。プライス大尉が撃ったのか。 呆然としつつ、ローチは打ち上げられた核ミサイルをただ眺めるしかなかった。彼が出来ることは、そのくらいしかなかった。 油田の火事を消すには、さらに大きな爆発が必要だった。酸素を奪い、一気に火を消す。その爆発の根源が、今放たれたのだ。 戻る 次へ
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SIDE 時空管理局 機動六課準備室 五日目 1103 第四一管理世界"キャスノー" ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長 雪を踏みしめ、前を向いて歩く。単純な動作の繰り返し。それでも、吹き付けてくる風と雪は彼らの身体から体温と体力を奪っていった。鍛えられた兵士であるからこそ、まだ何とか耐えられて いるのだ。常人であればあっという間に音を上げ、動けなくなって死を待つばかりだったことだろう。 防寒具と野戦服で身を包んでいたジャクソンは、背後を振り返る。仲間を置き去りにしないよう、時折後ろを確認するようにしていた。大丈夫、二人ともついて来ている。ギャズもグリッグも特 に遅れている様子もなかった。顔についていた雪とも氷とも言える冷たい物体を叩いて落とし、彼はもう少しだ、と後方の仲間に腕を振って合図した。 何も、彼らは厳しい冬山で登山を行っている訳ではない。否、登山と言えば登山なのだが、目的は頂上に昇って達成感を味わうことではなかった。登山は目的地に辿り着くための手段に過ぎない。 それは、手に持つカービン銃が証明していた。登山が目的であれば、必要ないものだ。M4A1と言う。米軍が正式採用しているもので、ジャクソンの持つそれにはダットサイトとフォアグリップ、さ らにサイレンサーも装備してあった。誰を撃つのか? 敵を撃つのだ。何のために? 救出のために。 どれほど斜面を登っていたかも忘れかけた頃になって、ふと、ジャクソンは吹雪いて白く染まりがちな視界の奥に、何かを見出した。赤い光が、点いたり消えたりしている。間違いない、と彼は 思った。明らかな人工物、目標だ。背後の仲間に向けて振り返り、見えたぞ、と合図。後方を追従していた二人の兵士は顔を見合わせ、ペースを上げた。 二人を待つ間、ジャクソンは一旦腰を下ろして、双眼鏡を持ち出す。肉眼で目視した人工物の方向をレンズ越しに改めて見れば、思いは確信に変わる。パラボナ・アンテナを掲げた施設、雪山の ど真ん中にある。ここからではそれだけでも巨大に見えるが、双眼鏡が捉えた先には、さらに奥にも建造物が立ち並んでいる。ヘリポートらしい広場もあった。人影はまったく見えないが、この吹 雪と寒さだ。特に用事もないなら、好き好んで外に出るはずもない。 「ジャクソン、どうだ」 傍らにやって来たギャズに、双眼鏡を譲る。同じものを視認した彼は「あれだな」とジャクソンの確信にまったく誤りがないことを確認する。一方、同じくやって来たグリッグはいささか疲れた 模様。どうした、と批判気味な眼で見れば、黒人兵士がM240軽機関銃を杖のようにして雪の上に腰を下ろす。 「くそったれ、たまんねぇよ。寒すぎるぜ、尻が冷たい」 「ビールは冷えてる方がいいんだろ?」 「冷えすぎだ馬鹿。胃袋凍ったら飲めなくなるだろ」 それもそうか、と頷く。もっともビールを飲めるかは、ここから生きて帰れたらの話だが。いや、そもそも『アースラ』にビールなんてあっただろうか? まぁいい。帰ったら確かめよう。思考 を中断し、立てよ、とジャクソンは古い付き合いの戦友に促す。へいへい、と応じる程度にはまだ余裕が残っているらしい。疲れた表情は見せかけだろう。 ずるっ、と立ち上がりかけたグリッグが足を滑らせた。運悪く、彼が踏ん張った場所は先にジャクソンやギャズが歩いて踏み固められていた。それだけなら転んで終わりだったのだが、彼はます ます運が悪い。あろうことか、斜面をそのまま滑っていってしまった。グリッグ! 咄嗟に手を伸ばしても届くはずがなく、よりによって黒人兵士は目標の人工物の方角に向けて滑り落ちていった。 「いきなりトラブル発生かよ、先が思いやられるな」 「あいつ、ミサイルの発射を止める時も自分だけ別の場所に落ちたよな……」 顔を見合わせ、元SAS隊員と元海兵隊員はため息を吐く。昔話もそこそこに、彼らも斜面を滑って降りることにした。滑り落ちたグリッグが、施設の警戒ラインに見つかっていないことを祈りな がら。ここで見つかってしまっては、全てが始める前に終わってしまう。 氷と雪、風と永久凍土が大半を占めるこの世界で、ひっそりと作戦は開始された。 Call of lyrical Modern Warfare 2 第10話 The Gulag / 脱出 前編 SIDE Task Force141 五日目 0742 ロシア ペトロパブロフスクの東40マイル ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹 雪と風、寒さに晒されているという点ではこちらもまったく同じだった。図らずも、両者の目的は『重要人物を救出する』と言う点においても一致していた。 もっとも、それを今のローチが知る由はない。異世界の出来事など、今の彼にはどの道無関心なものだった。何より寒い。どうして輸送ヘリがこれなんだ、と悪態を吐き捨てたい。 Task Force141は、超国家主義者たちが石油採掘リグを占拠して設置した対空ミサイルの無力化に成功した。現在は南米で得られた「マカロフは囚人627号と言う人物を憎み、また恐れている」と 言う情報を元に、ロシアの強制収容所に向かっている。例の囚人は、その施設に収監されているとのことだ。ロシア政府に釈放するよう求めたが、事前にこちらの狙いを察知した超国家主義者たち は収容所を先に抑えている。任務は彼らを排除し、囚人627号を救出すること。 それにしても――しつこいくらいに、ローチは思う。寒い。彼を乗せたOH-6は本来観測や偵察に用いられる小型ヘリであり、一応人員も乗せることは出来るが、コクピットのすぐ横、つまり外に 座席を搭載してほとんど無理やり乗せているようなものだ。外気に晒される故、寒さは風を纏って襲ってくる。早く目的地に着いてくれ、と願わずにはいられない。 《ホーネット2-1、こちらジェスター1-1だ。支援に来た。対地ミサイルで武装している》 《コピー。ジェスター1-1、目標は正面の監視塔だ。やっちまえ》 おや、とローチははるか向こう、大空の彼方より何かが近付いてくるのに気付く。頭のすぐ上にあるローター音でこれまで聞こえなかったが、よく耳に神経を集中してみれば、何かが聞こえる。 遠雷のような轟き、雷? それにしては空は、悪天候とは言っても雷が落ちてくるようなものでもない。音の方向に注視していれば、何者であったのかすぐに理解できた。米海軍航空隊の戦闘機だ。 機種はF-15N、空軍の名戦闘機F-15を海軍向けに仕立て直したものだ。 海軍ってF-14とかF/A-18じゃなかったっけ――疑問をよそに、二機の鋼鉄の翼は編隊を組み、Task Force141を乗せたOH-6編隊のすぐ真下を飛び去っていく。この作戦は、Task Force141の指揮官 であるシェパード将軍からの要請を受けた海軍の支援も加わっているのだ。彼らは先行し、進路上に存在する邪魔な敵を蹴散らすことを主な任務としていた。 二機のF-15Nは、胴体下に抱えていたミサイルを発射。直後、ドッとアフターバーナーを点火させて加速し、左に急旋回して離脱していく。鮮やかなものだ、とローチはパイロットたちの操縦を褒 め讃える。出来ることなら、俺もあっちがよかった。戦闘機のコクピットは与圧が効いて、きっと暖かいだろう。さすがに旅客機のようにコーヒーは出ないだろうが。 発射母機が離脱に入った後も、ミサイルはまっすぐ目標に向かって突き進んでいた。狙いは、凍りつきがちな北の海に突き出るようにして浮かぶ岬、そこにあった灯台。対空砲もあったのだろう。 ミサイルは目標には直撃せず、岬の方に命中した。それでよかった。爆風と衝撃を受けた大地は根元から崩れ始めて、冷たい海水が灯台も対空砲も呑み込んでいく。あそこにいた敵兵たちは、きっ と何が起こったのか分からぬまま死んだことだろう。 《ホーネット2-1、進入経路クリア。幸運を》 《了解、支援に感謝する》 OH-6のパイロットは二機のF-15Nに礼を言い、崩れ落ちた岬の上空を通過。最終的な着陸地点である、強制収容所へ向かう。 準備しろ、と隣に座っていたマクダヴィッシュ大尉の指示。言われるがままにローチは機内に積んであったM14EBR狙撃銃を持ち出し、弾丸装填。 雲を突き抜け、海を越えて、ついに強制収容所が彼らの視界に入る。収容所、と言うよりはまるで城だった。これより我々は攻城戦を開始する、とでも言われた方が納得できそうだ。事実、そこ はかつて城だった。頑丈な城壁と、本物の地下牢を持っていた歴史ある建造物で――ろくな歴史ではないな、とはマクダヴィッシュの言葉だ――幾度も冬を乗り越えてきた。ロシアの歴史を、この 雪と寒さの世界からじっと眺めていたに違いない。現在では、何度も述べるように強制収容所となっているが。何故ここが収容所となったのかは分からない。地下牢があるから、と言う理由はもっ ともらしくはあるが、そこまでする意味は何なのか。"囚人627号"とやらは、それほどの凶悪犯罪者なのだろうか。マカロフにとって憎むべき敵であり、ロシア政府にとっても凶悪な犯罪者? 思考中断。ローチは目を見張った。彼らを乗せたOH-6は城の上空に到達したが、待っていたのは古城の見張りの塔を活用した対空陣地だった。古めかしい塔の上に、現代兵器である対空ミサイル が配置されている。なんてアンバランスな、と思うが、幸いだったのはどのミサイルサイトも、まだブルーのシートがかけられていたことだ。すなわち、敵は準備不足と言うことだ。 「安定させろ、ミサイルの操作員をやる」 「了解した」 マクダヴィッシュが、ヘリのパイロットに告げる。OH-6は塔の上空でホバリングに移行し、彼らに安定した射撃の土台を提供する。安定とは言っても、ふらふらと揺れてはいたが。その間にも、突 然の敵機襲来に驚いた超国家主義者たちが続々と姿を見せ、対空ミサイルにかけられていたシートを引き剥がしていた。 ローチは、揺れる座席の上でM14EBRを構える。狙撃スコープの向こうに敵兵を捉えた瞬間、引き金を引く。銃声と、肩に押し当てていた銃床に伝わる反動。薬莢が飛び出し、ミサイルの発射準備 を行っていた敵兵はひっくり返って動かなくなった。他の者はミサイルを諦めて小火器での抵抗を試みようとするが、マクダヴィッシュの狙撃がそれすら許さない。一発、二発と銃声と共に放たれ る正確な射撃が、塔の敵を次々と撃ち倒していった。 一つ目の塔を制圧し、二つ目へ。こちらは攻撃が後回しになったせいで、ミサイルの射撃準備も進んでいた。まだロックオンはされていないものの、天を睨む槍は小賢しくも目の前でホバリング 飛行を行うハエを叩き落とさんと、ゆっくりと回転を始めて――直後、どこからか矢のような物体が塔に突っ込むのが見えた。爆発、対空ミサイルは塔もろとも木っ端微塵に吹き飛ばされる。海軍 の支援攻撃、あのF-15Nの編隊の仕業に違いなかった。 突然、機体がガッと揺れた。まるで大波に晒された小船のように、強烈な横風を浴びてしまった。高鳴る警報、パイロットは操縦桿を必死に操り、何とか機を立て直す。何だいったい、と顔を上 げれば、飛び去っていく機影が見えた。間違いない、F-15だ。 「シェパード将軍、海軍に攻撃をやめろと言ってやってください! 今のは危なかった!」 「努力しよう、マクダヴィッシュ大尉。しかし、連中は我々ほど例の囚人に価値を感じていないようだ」 マクダヴィッシュは怒りの矛先を、後方で指揮に当たっているシェパード将軍に向けた。海軍に支援を要請したのは彼だった。ところが、返ってきた通信はあまり期待出来ない。本土を時空管理 局に蹂躙されている米海軍にとってみれば、Task Force141への支援は本来後回しか無視してしまうべき代物なのかもしれない。 「アメ公め。いい奴らだと思ってたんですがね!」 「ゴースト、お喋りはその辺にしておけ。聞かれるぞ」 副官ゴーストの怒りはもっともだが、あまり不満を漏らしていては支援の戦闘機は帰ってしまうかもしれない。まさかあのミサイルが今度はこっちに向けて撃たれるとは思わないが。ともかくも 支援は必要だった。対空ミサイルはまだ破壊し尽くされてはいない。 空からの銃撃と、ミサイルによる攻撃はしばらく続けられた。敵軍の対空砲火がいい加減やる気を無くし始めたところで、ようやくTask Force141は大地へと着陸を果たす。OH-6によるガンポッド 掃射の支援は続けられるが――ヘリの座席から降りて、地に足を着けたローチは銃を持ち換える。M4A1。この程度で、敵が引っ込むとは思えない。空からでは制圧し切れなかった奴らが、まだ城の 奥に潜んでいるはずだ。 「GO! GO! GO!」 マクダヴィッシュを先頭に、隊は前進を開始。目標は城のどこかにいると思われる、囚人627号の奪取。 SIDE 時空管理局 機動六課準備室 五日目 1110 第四一管理世界"キャスノー" ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長 シャーベットのようになった雪の斜面を滑って、ジャクソンとギャズは先に滑り落ちてしまったグリッグを追う。敵に見つかっていないかが心配だったが、幸いにも天候は彼らの味方となってい た。深い霧が出始めていたのだ。五メートル先の人影だって見分けがつかないほどの白い壁が、侵入者たちの姿を覆い隠してくれる。 「いきなり酷い目にあったぜ、あぁ畜生」 「死んでないだけマシだな」 下った先で、グリッグと合流。どの道この斜面は滑って降りる予定であったからいいのだが。手を差し伸べて助け起こし、その段階でジャクソンはハッと顔を上げ、身構えた。霧の向こうに、誰 かいる。無言でグリッグにそれを伝えて、後ろのギャズにも同様のことを伝えた。彼らはそれぞれ頷き、各々銃を構えて霧の向こうの影に注視する。 いきなり銃撃戦は避けたいが――雪で覆われた真っ白な地面に伏せて、M4A1を構える。やるなら先に撃った方がいい。しかし、こいつは何だ? 人のようにも見えるが、もしかしたら野生生物では ないのだろうか。この世界にそんなものはいただろうか。ブリーフィングでは言っていなかったが。 影が、こちらの存在に気付いた様子はない。ゆっくりと歩き、近付いてくる。霧の壁もいよいよ薄くなる距離になって顔の識別が出来るようになった頃、ジャクソンは即座にM4A1の銃口を敵に向 け、引き金を引いた。サイレンサーが銃声を掻き消し、放たれた弾丸はそれでも殺傷能力を維持したままに標的を貫く。 彼が撃ったのは、二足歩行のロボットだった。傀儡兵と呼ばれる魔法技術で開発された兵器の一種。おそらくはグリッグの姿を霧の奥から見つけて、しかしそのままでは識別できなかったために 近付いて来たのだろう。頭が弱点なのは人間と同じで、五.五六ミリ弾一発で沈黙してしまう。地面を覆う雪のおかげで、倒れた時の機械音も響かなかった。 ほっと息をつくのも束の間、"死体"がここにあってはまずい。グリッグが手早く傀儡兵を引きずって、適当に雪をかけてカモフラージュした。近寄れば分かるが、遠目に見れば盛り上がった岩に しか見えない、と思いたい。どの道時間をかける訳にもいかなかった。目的は死体の隠蔽ではない、クロノの救出だ。 「あのパラボナ・アンテナが最初の目標だな」 確認するようなギャズの言葉に、ジャクソンはそうだ、と肯定で返す。あれを止めなければ、今度は俺たちも一緒にこの収容施設に放り込まれてしまうだろう。ミイラ取りがミイラに、だ。 施設の中でも特に大きな存在感を持つアンテナは、この収容施設の眼とも言うべき存在だった。早い話が、レーダーだ。それも魔力には機敏に反応してみせる高性能な代物で、彼らが属する機動 六課準備室の主要メンバーたちでは――室長の八神はやてを筆頭に、高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、四人の守護騎士たち――あっという間に見つかってしまう。彼女らの魔法をもってすれ ば強引に力技で突破するのも可能ではあろうが、その時救出対象であるクロノの身の安全はどうなるか。最悪、奪取されるくらいならと殺されてしまうかもしれない。 そこで、ジャクソンたちの出番だった。魔力資質をまったく有しない地球の兵士たちが先行して施設に潜入し、レーダーを停止させる。これで六課の主要メンバーたちは接近することが可能にな るはずだ。戦闘能力に優れる彼女らが派手に暴れて敵の注意を引き付け、その隙にクロノを見つけ出し、救出する。いざとなれば場当たり的な対応(プランB)もあり得るが、とにかく今は決めた手筈 の通りに進めていくべきだろう。 施設の外柵に辿り着いた彼らは、まずは周囲に監視の目がないか確認。とりあえず今は誰も見ていないのを確認すると、ジャクソンとグリッグは周辺警戒。柵を破るのはギャズの役目だ。SAS出身 の彼は、潜入任務や敵地内の偵察に就いていたこともある。適材適所、今は彼に任せよう。 外柵は敵の侵入を防ぐのが目的であるに違いないが、ただ柵を設けているはずもない。見たところ電流は流れていないようだが、よく眼を光らせれば、細い銅線が引っ張ってあるのが分かる。柵 を破ったり乗り越えても、銅線の存在に気付かず足を踏み入れれば間違いなく引っ掛けて警報が鳴る。そうならないよう、ギャズはあらかじめ銅線をジャンパーさせて、ニッパーで切った。これで 侵入は悟られない。柵もいつかのミサイル発射阻止の際にやったように、液体窒素の入ったスプレー缶で凍結させ、引っ張って破った。ちょうど人一人が腰を屈めて入れるくらいの大きさの穴が出 来上がり、彼のOKのサインでジャクソンたちは施設内に入る。 壁から壁へ、物陰から物陰へ。派手に暴れて突き進む方が、案外簡単だったかもしれない。しかし彼らの任務は潜入であり、例え目の前に敵がいようと触れず触らず見つからず、極力無視して進 んでいく。 その時、先頭を行くジャクソンは動きを止めた。背後の味方に対して左手を握りこぶしにして見せて、停止の合図。パラボナ・アンテナは頭上にあり、彼らはその根元に来ていた。アンテナと併 設されているコンクリートの建物を見つけ、そこから太いケーブルが何本も伸びているのを確認。ここだ、レーダーの制御室。扉はあるが、氷で閉ざされたようにして開く様子はない。よくよく目 を凝らせば、扉のすぐ傍に赤いランプがあった。おそらく、扉の開閉を制御しているのだろう。 ギャズ、と声に出さずにトラップ解除の専門家を手招きし、扉を指さす。「開けられるか?」と目で訴えるが、ギャズは首を横に振った。電子ロックされており、開けるにはパスコードが必要だ。 代わりに彼は、自身の愛用小銃であるG36Cを掲げて、第二案を提案。しかし今度はジャクソンが首を振る。要するに、電子ロックを銃弾でぶち壊す。いくらサイレンサーがあるとは言っても、破壊 すれば敵を呼ぶ可能性がある。 じゃあどうする、とグリッグが無言の会話に横から割り込む。止まっていてはいずれ敵が来るかもしれない。ノックでもするか? と彼は提案するが、無論本気ではなかった。 雪の白と寒さが全てを支配する空間で、彼らはやむを得ないか、と電子ロックの破壊を真面目に考え出したところで、天佑が舞い降りた。何の用事があったかは定かでないが、突然、閉ざされてい た制御室への扉がピ、と電子音を鳴らして開かれたのだ。ガチャリ、と開かれた扉の奥から、管理局の武装隊の兵装をした男が出てくる――ロボットではない。監視用の傀儡兵ではなく、生きた人間 だ。 ――八神、確認するぞ。潜入した先で、もし強硬派の″人間″と遭遇した場合は……。 ――射殺を許可する。施設を警備する者はどの道犯罪者にも近い傭兵ばかりや。 脳裏に、出発直前のブリーフィングではやてと交わした会話がジャクソンの脳裏をよぎる。目の前の男はこちらに気付いた様子もなく、寒さに顔をしかめながら懐より煙草の箱を持ち出していた。 もし、ここで射殺すれば扉には難なく入れる。眼前に捉えた武装隊らしい男も、情報通りなら傭兵であって正規の局員ではない。彼らの多くは犯罪に、もしくは犯罪スレスレの行為に手を染めてお り、こんな状況でなければ刑務所行きのような奴らばかりだという。 しかし、人間だぞ。俺が引き金を引けば、奴は死ぬ。射殺許可を出した、八神の名の元に。俺はあの少女の手を、間接的にでも血に染めることになる――自分自身は、どうでもよかった。ジャク ソンは元より兵士であり、実戦を何度も潜り抜けてきた。戦争とはいえ、とっくに殺人という境界線は超えている。だが、はやては違う。あの少女は、本来なら家族を持った優しい女の子のはずだ。 鈍る決断、焦る思考。それらを瞬時に蹴散らし、彼に行動を起こさせたのは、生存本能だった。武装隊の男が何気なくこちらに振り返り、そしてあっ、と声を上げていた。煙草の箱を投げ捨て、 制御室の扉の奥に消えようとする――直前、ジャクソンは走った。武装隊の男に体当たりをかまし、彼を転倒させたのだ。苦痛と驚きで表情を歪める男は、転んだ姿勢のままで肩から下げていたス トレージデバイス、武装隊の標準装備である武器を取り出そうとする。咄嗟にジャクソンの足が男の腕を踏みつけてそれを阻止し、サイレンサーが装着されたM4A1を構える。迷うことなく引き金を 引き、一発。薬莢が弾けて飛んで、放たれた銃弾で頭を撃ち抜かれた武装隊の男は死亡した。 やっちまったな――元海兵隊員の胸に、感情がよぎる。今更後悔などはしなかった。ただ、目の前の事実に彼は、どうしようもない虚無感を覚えた。俺は結局、兵士でしかない。 「ジャクソン?」 「――行こう。制御室はたぶん、すぐそこだ。死体を隠して進む」 後にしよう、とギャズの声を聞いて、彼は元の思考に切り替えた。ぐずぐずしていては、作戦に支障が出てしまう。 彼の言うとおり、レーダーの制御室はもうすぐそこにあった。 SIDE 時空管理局 機動六課準備室 五日目 1135 第四一管理世界"キャスノー" 衛星軌道上 次元航行艦"アースラ″ 八神はやて三等陸佐 ≪"鳥″より"鳥籠"、応答されたし≫ 「来たよ、はやてちゃん!」 雪と氷の星の衛星軌道上で待機する次元航行艦"アースラ"の艦橋で、主任オペレーターのエイミィ・リミエッタの声が飛ぶ。待ち望んでいた潜入部隊からの通信が、ようやく飛び込んできたのだ。 スピーカーに、とただちに通信に応じる構えを見せたのは、八神はやて。機動六課準備室の室長であり、現在の"アースラ"の実質的な指揮官だった。 "鳥"とは第四一管理世界"キャスノー"の監獄に放たれた潜入部隊、ジャクソン、グリッグ、ギャズからなる三人の兵士たちのコールサインだ。"鳥籠"とは無論、母艦である"アースラ"を示す。ジャ クソンたちがこのコールサインを使用して無線封鎖を解除し、通信を送ってきたということは、彼女らにとって目の上のコブに等しい収容施設のレーダーを無力化に成功したという意味である。つま り、クロノ・ハラオウン提督の奪還作戦はまず第一段階が成功したということだ。にも関わらず、はやてはどことなく、スピーカーに切り替えて聞こえてくるジャクソンの声がどこか、暗く気落ちし たもののように感じた。 「こちら"鳥籠"――レーダーの無力化に成功したんやな、ジャクソンさん?」 ≪その通りだ。今、レーダーの制御室にいる。奴ら、通信波の探知もここで行っていたらしい。今、ギャズがレーダーと合わせてそっちの電源もシャットダウンさせている≫ 「よーし、ひとまずは第一段階クリアやな。何か問題は? あるんやろ、その様子やと」 スピーカーが、一瞬の沈黙。躊躇うような間を見せた後に、ジャクソンの声がいかにも言い辛そうな雰囲気を持って艦橋に響き始めた。 ≪……すまん、八神。すでに数名、射殺した。正規の局員ではないようだ、グリッグが調べたがみんなIDカードを持っていない。情報通り傭兵だな≫ 「そう、か…」 ≪なぁ、八神のお嬢ちゃん。ジャクソンを責めないでやってくれ≫ いきなり、割り込む形でスピーカーにジャクソン以外の声が響いてきた。この声はグリッグだ。 ≪こいつの判断は間違っていなかった。制御室に侵入する時も、中の奴らを排除する時も、射殺しなきゃ俺たちがやられていたんだ≫ 「あぁ、分かっとるよ。そもそも、射殺許可を出したのは私や。何も問題はない」 ≪……八神、本当か?≫ ジャクソンの声が、疑問に染まっていた。あいにく潜入部隊は誰も魔力適性を持っていないため、いわゆる念話によるモニターを介しての通信は出来ず、音声のみとなっている。だからこそ、魔力 反応を探知するレーダーに捕まらない地球の兵士たちが潜入部隊として選ばれた。しかし、きっと通信機の向こうで彼の表情は、声と同じく疑問の二文字で染め上っていたことだろう。 はやては、問いかけに対し、特に躊躇も見せずに答えた。「本当や」と、ただそれだけ。その一言が、より一層兵士の持つ疑問を大きくさせるのを承知の上で。 ≪撃ったのは俺だ。俺たちは兵士だ、今更敵の兵士を撃つことに躊躇いはない。けど、君はどうなんだ? 射殺許可を出した君は≫ 「哲学の問題なら後にしてや、ジャクソンさん」 ≪答えてくれ。任務に集中できなくなる。俺は、君の下した射殺許可の下に敵の傭兵を撃って殺した。いいか、撃ったのは俺の判断だ。だが許可を出したのは君なんだ≫ 困ったなぁ、とはやては苦笑いを浮かべた。口元は歪むが、眼はどこか悲しいものを感じさせるほどに澄んでいた。 決意、いや、覚悟か。まだ一〇代も後半に入ったばかりのこの少女は、背中に背負うものの重さを、十分に承知していた。そして、それを決して普段は表に出さないことも誓っていた。 「あんな、ジャクソンさん。私の、"夜天の書"の話はしたっけ」 ≪前に聞いた。前は"闇の書"と言って、過去にいくつも世界を滅ぼしたと≫ 「そう。私は、その呪われた過去も、みんな背負っとる。この言葉の意味、分かる?」 ≪……今更、人を何人か殺めたところで気にするものでもない?≫ 「ブブー。外れ、大外れや」 思わず毀れた、場違いな擬音に艦橋にいた"アースラ"クルーは思わず吹き出し、皆が揃って苦笑いを浮かべていた。視線がはやてに集中し、彼女はなんとなく気恥ずかしい気分になりながら、一度 咳払いして気分を変える。そう、今は真面目な話なのだ。 「管理局は今、たぶんとてつもない過ちを犯しとる。よりによって証拠も出揃わないうちから、ジャクソンさんたちの国と戦争や。しかも、反対するクロノくんを始めとした慎重派は軒並み逮捕や更 迭、解任してな。このままやったら、大勢死人が出てしまう。それも、何万人単位で――せっかく"闇の書"は暴走の危険を取り払われたのに、これじゃ意味ないやん」 ≪しかし、それと君が簡単に射殺許可を出したのと何の関係が≫ 「まだ分からん? 大勢を生かすために、私は必要なら少数を殺す。その覚悟をもって許可を出した」 本気だった。およそ、少女が持つものとは思えない鋭い眼光が、それを物語っている。無論、躊躇いや躊躇がない訳ではない。いくらアウトローの傭兵といえど、容易く命を奪っていい許可など下 す訳にはいかない。はやても、その程度の倫理観を失った訳ではない。命をやみくもに奪う者は、やがてやみくもに奪われる。 それでも、このままでは更なる犠牲が出てしまう。慎重派の中でも提督という大きな権限を持つクロノを奪取しなければ、地球への攻撃はいつまでも終わらない。一の犠牲を躊躇した結果、百の犠 牲が生まれてしまうのだ。はやては、百の犠牲を防ぐために、射殺許可を出した。命を奪うという許可を、自分の名の下に。 ≪……八神には、普通の女の子であって欲しかったんだが≫ どこか寂しそうな、ジャクソンの声。彼はすでに軍人であり、そして兵士だった。命を奪うという行為を仕事にするという、ある種の一線を超えた人間だ。彼は、はやてにそうなって欲しくなかっ た。自分の命を救ってくれた、八神家の当主は、あくまでも八神はやてという、普通の女の子として。 「あいにく、"夜天の書"の主となった時に、普通なんてのは無理やと思い知ったんや。それに」 ≪それに?≫ 「もし、私の躊躇がジャクソンさんを殺すことになったら、シャマルが泣く」 ≪その名前を出すなよ――分かった、間もなくギャズがレーダーの電源をカットする。そちらは頃合いを見て、攪乱部隊を出してくれ≫ 「了解。幸運を。通信、アウト」 さて、いよいよ後戻りは出来んかな――ふ、とため息を漏らして、はやては天を仰ぐ。もう、自分の名の下に射殺許可は出て、それは実行されたのだ。今更、振り返るつもりはない。 「リインフォースに怒られるかなぁ、やっぱり」 今はもういない融合騎のことが脳裏をよぎり、彼女は思わずクスッと笑った。自虐的なものではあったが。 SIDE 時空管理局 機動六課準備室 五日目 1141 第四一管理世界"キャスノー" ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長 「肝っ玉の太い女の子だなぁ、ジャクソン」 「ああ、まったくだ」 通信機のスイッチを切って、ジャクソンはグリッグに苦笑いで言葉を返す。 「よし、レーダーをカットするぞ」 ちょうどその時、制御室のコンソールと向き合っていたギャズが、いよいよレーダーの電源をシャットダウンさせる段階に至っていた。スイッチを押して、電源をオフに。これで、この収容施設 はその防衛においてもっとも重要な"眼"を失ったことになる。 しかも、元SAS隊員の手際は鮮やかなものだった。レーダー波の送信停止を悟られないため、テスト用の信号を送ってあたかも正常に作動しているかのように見せかけすらした。おまけに彼はコン ソールを叩いて、多目的ディスプレイの一つに収容施設の最近の犯罪者移送記録まで表示させた。名前を入力すれば、すぐに目的の人物は出てきた。クロノ・ハラオウン、艦隊の私物化と命令拒否に より提督を解任、以後はこちらにて収容する。 「艦隊の私物化だって? 私物化してんのはどっちだよ、報復強行派め」 「まぁ、俺らも似たようなものかもしれないな…ギャズ、クロノがどこにいるか分かるか?」 「ちょっと待てよ」 グリッグの愚痴めいた言葉に適当に相槌打って、ジャクソンはギャズに尋ねる。彼がコンソールのキーを操作すると、ディスプレイにはクロノの居場所と囚人番号が表示された。 「ここだな。俺たちのいるレーダー制御室より、南西方向に四五〇メートル。囚人番号は独房番号と同じのようだな。あいつ、囚人の癖に自室持ちだぜ」 「その番号は?」 「囚人627号」 果たしてそれは、偶然だったのか否か。地球で活動するTask Force141の兵士たちもまた、一人の囚人を追いかけていた。番号は、627号。 戻る 次へ
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戦いは終わった。 誰もが、そう思っていた。無論、あの戦いの当事者である「彼ら」でさえもが。 だけども、歴史は常に動いている。流れた血は何万ガロンに及ぶはずなのに、時代は再び、流血を要求する。 戦いは再び、巻き起こった。 誰もが、嘘だと思いたがっていた。無論、かつてのあの戦いの当事者である「彼ら」でさえもが。 だけども、世界は動き出してしまっていた。戦いは一つの世界に収まることなく、飛び火し、拡散し、拡大していく。 これは、再び巻き起こった戦いに臨む、兵士たちの群像劇。 Call of Lyrical Modern Warfare 2 予告編 多くのものが移り変わる中で、不変のものがある。 国境線や指導者たちが変わっても、「力」は常にその居場所を見つけ出す。 「あんたかい、マクダヴィッシュ大尉ってのは?」 「大尉、誰なんです?」 「俺か? ――俺はティーダ・ランスター。時空管理局本局所属、一等空尉様さ。よろしく、ローチ君?」 我々はロシア人と共に血を流してきた。彼らが、血を流しすぎているとも知らぬうちに――。 歴史とは勝者が記すものだ。そして、それは我々のはずだった。 だが、一人を倒しても、別の悪が現れ、あろうことか彼らは、はるか向こう、魔法の世界へと活動の舞台を移していった。 「マカロフは自分の戦争を続けてきた。ルールも、場所も選ぶことなくな」 「それで、はるばるミッドチルダですか」 「こいつは拷問も人身売買も、大量虐殺さえも躊躇わない。国家や思想のために殉じない、全ては金のためだ」 ミッドチルダ臨海空港。これが、狂犬の選んだ流血の地だ。 「いいか、ロシア語は使うな――」 君を潜入させるため、我々は相応の代価を支払った。 君自身も、何かを失うかもしれん。 「ひっく……えぐ……お父さん……ギン姉……」 「――っ、隠れるんだ。早く」 だがそれ以上に、多くの人命を救うことになるだろう。 「この襲撃は凄まじいメッセージになるな、マカロフ」 「違うな――メッセージはこれだ」 響く銃声。たった一発の銃弾が、彼らのメッセージだった。 「アメリカは俺たちを騙し通せると思っていたらしい。この死体が見つかれば――今にミッドチルダは、全面戦争を望むだろう」 燃え盛る日常。 燃え盛る町並み。 燃え盛る我が国。 燃え盛る星条旗。 燃え盛る仲間。 「何だ奴ら、宇宙人か!?」 「違う、時空管理局だ! 魔法使いどもめ、撃ってきやがった!」 飛び交う銃弾、魔力弾。 昨日の友は、今日の敵。 「畜生、畜生! 俺たちの国から出て行け、異星人め!」 「大量虐殺者の仲間どもが、くたばれ! 臨海空港の恨みは忘れんぞ!」 一方で、戦いに疑念を抱く者たち。 「ようこそ機動六課準備室へ。私が室長、三等陸佐の八神はやてや」 「管理局は今強硬派と慎重派で真っ二つだ。慎重派のリーダー、クロノを探し出す」 「頼むで、ジャクソンさん。すでにもう、グリッグさんとギャズさんには行ってもろうとる」 駆り立てるのは憎悪か。 それとも―― 「普通の人間は、今日が死ぬ日だと考えながら目覚めたりはしない」 「……大尉?」 「だが、それは悪くない。強がりではないしな」 彼らは選んだ。限られた"最悪"の中から、自分たちのための道を。 胸に活力を抱き、眼前に標的のみを見据えて―― 「俺たちが、必ず殺す」 戦いは、再び巻き起こる。 記憶せよ、彼らの戦いを。 見届けろ、彼らの生き様を。 歴史は勝者にとって記録されると言うならば、歴史は嘘で満ち溢れている。 だからこそ、知っていてもらいたい。せめて、あなたにだけは。 Call of Lyrical Modern Warfare 2 作戦開始まで各員、待機せよ。 「Standby……Standby……」 目次
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「普通の人間はな、今日が最期の日だと考えながら目覚めはしない」 砂の地で、男は語る。その身を自然と一体化させながら。 「だが、それは悪いことじゃない。強がりじゃなくてな――我が身の死期を感じ取った時、人はあらゆる制約から解放される」 マガジンに、銃弾を込める。何度となく繰り返してきた動作だ。手馴れた様子は、語りとは裏腹にこの男に死期が迫っていることなど微塵も感じさせない。 状況を整理しよう、と男は言った。 こっちに機関銃が一丁あるとしたら、あちらには千丁ある。マカロフがくれた――あの狂人と手を組むのは不本意だが、"敵の敵は味方"だ――情報が正しいかも分からない。 「装備も増援もない。自殺まがいな危険な賭けだ」 唯一救いがあるとすれば、賭けに出る直前、彼らは唯一信頼出来る仲間と交信できたということだ。もしもローチが生きているなら、彼らが失敗したとしても志を引き継いでくれる。 それに、何より―― 「数千年に及ぶ争いの血が染み込んだこの砂が、この岩が、俺たちの戦いを記憶してくれる」 ガシャ、と機械音を鳴らしてマガジンを銃に差し込む。弾丸装填、銃に命の息吹を吹き込む。 「何故なら、この選択は俺たちが無数にある"最悪"の中から、俺たち自身のために選び取ったものだからだ」 男は銃を手元に置き、他に唯一と言える武器を引き抜いた。鋭い刃、ナイフだ。 「俺たちは大地から出る息吹のように、前に進む。胸に活力を抱き、目の前の標的を見据えて――」 男の脳裏に浮かぶ、ターゲット。Task Force141の創設者にして司令官、シェパード将軍。 「俺たちが、必ず、奴を殺す」 Call of lyrical Modern Warfare 2 第19話 Just Like Old Times / 片道飛行 SIDE Task Force141 七日目 1732 アフガニスタン "ホテル・ブラボー" ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ大尉 自分たちを運んできたヘリのローター音が、碧空の向こうへと遠ざかっていく。ここから先は、いよいよプライスと自分のたった二人で臨むことになる。狙いは敵の大将、シェパードの首ただ一つ。 ≪それじゃあ、三時間後に迎えに来る≫ 「必要ない。ニコライ、こいつは最初から片道飛行だったんだ」 通信機の向こうで、ヘリのパイロットが返答に窮している。プライスもこの作戦がほとんど博打に等しいのは理解しており、だからこそ自分たちの行く道を『片道飛行』と揶揄したのだ。無論、そんな返答をされたヘリのパイロット、ニコライにしてみればたまったものではない。プライスもソープも、ニコライにとって間違いなく戦友と呼べる間柄だった。 ≪……幸運を、戦友≫ ヘリが見えなくなった。ローター音もはるか遠くに消えていったところで二人は行動を開始する。身体を覆っていた偽装のためのシートを引き剥がし、地面との一体化に終止符を打った。途端、アフガニスタンの砂の大地に姿を現すのは、完全武装した兵士が二人。プライスはトレードマークのブッシュハットを当然のように被っていた。 ソープはM200インターベーションを構え――重量一四キロ、ずしりと重い対物狙撃銃だ――同じように銃を構えて前進するプライスの後を追う。彼の銃はアサルトライフルのACRだった。 斜面の手前で、前を行く老兵が左手を上げて止まる。プライスに倣ってソープも止まれば、斜面の下を横切る道路に黒尽くめの兵士たちが屯しているのが見えた。数は五人、それから犬が二匹。 犬、犬か――憂鬱な気分になりそうだったが、黒尽くめの兵士たちは間違いなく自分たちを襲ってくるばかりか、超国家主義者たちとも交戦したシェパードの私兵部隊だ。民間傭兵会社『シャドー・カンパニー』の者たちだろう。奴らがここにいるということは、シェパードはやはりこの付近にいるということだ。 「いいぞ、二手に分かれた」 隣で敵兵たちの様子を伺っていたプライスが、静かに短く歓喜の声を上げる。兵士が二人と犬が一匹、哨戒に向かうようだ。残り三人と犬一匹は、依然として同じ場所に留まっている。 金額分の働きをしてくれよ、と唐突に隣の老兵が通信機に何かの小さな機械を取り付けた。回線をオープンにしろ、と指示が下り、言われるがままソープも通信機に手を伸ばす。 ≪アルファ、報告を≫ ≪川辺は異常無し≫ ≪ブラボー≫ ≪あー…砂嵐で何も見えん≫ ≪ズールー≫ ≪北口より哨戒を開始する≫ これは敵の無線だ。飛び交う電波を掴むことは出来ても、デジタル暗号化された交信内容まで聞き取れることはないはずなのだが。どうやらプライスが通信機のアンテナに取り付けた妙な機械は、暗号を解読して聞き取れるようにしてしまうデコーダーだったらしい。 「マカロフの情報に間違いはないようだな」 「らしいな。ということは、ここがホテル・ブラボーか」 以前にも来たことが? とソープは眼で上官に問うが、彼は答えなかった。返答の代わりに、SCARを斜面下の道路に残った敵兵たちに突きつける。 「俺は左の二人をやる。残りを頼む」 「了解」 インターベーションの狙撃スコープを覗き込む。一四キロという重量は取り回しには不便に違いないが、狙撃という状況でならかえって有利だ。発砲の反動で銃口がブレる可能性が大きく減る。 三、二、一とプライスが発砲の合図をカウント。ゼロのタイミングで引き金を引けば、サイレンサーによって銃声を消去された静かな殺意が銃口から飛び出す。放たれた銃弾は並んでいた敵兵の頭骨をぶち抜き、さらに奥に並んでいた者の胸を貫通した。 あとは犬だ――銃口をずらし、軍用犬の位置を探る。高度に訓練されているだろうから、目の前で主人が撃たれたとなれば吼えて異常を知らせるだろう。そうなる前に撃たねば。狙撃スコープに獣の姿を捉え、しかしプライスの撃った弾が先に犬の頭を撃ち抜いた。 道路上の敵は全滅。あとは哨戒に出た奴らだけだ。二人は斜面を滑り降り、敵兵たちが乗ってきたであろうハンヴィーを背にして再び銃を構える。正面に敵影、さきほど二手に分かれて哨戒に向かった奴らだ。同じように狙い、射殺。 「昔を思い出すな」 「チェルノブイリのか? 今度はあんたがマクミランだぜ、ジイさん」 ふん、と軽口にプライスは短く鼻を鳴らすだけだった。敵の死体を無視して前進、道路を進んだところで「ここがいい」と赤く錆びたガードレールの前で立ち止まる。 「フックをかけろ」 上官の指示を聞くまでも無く、ソープは先端にフックの付いたロープを持ち出した。錆びてはいても構造はしっかりしているガードレールにロープを巻き、フックで固定する。 ≪チーム4、状況を報告せよ――チーム4、応答せよ……北にいるチーム4から応答がありません≫ あぁ、こいつらチーム4という部隊だったのか――ガードレールを乗り越える前に、ちらっと死体に眼をやる。敵の通信がこう言っているということは、そう遠くないうちに死体も発見されるだろう。ぐずぐずしてはいられない。ソープとプライスはロープ一歩でガードレール下へと飛び降りる。 崖の途中までは勢いよく降下して、真下に二人の敵兵が立っているのが見えてからはゆっくり、慎重に降下速度を落とす。崖の面をゆっくりと歩きながら、二人はナイフを引き抜いた。 ゆっくりと、慎重に。暗殺者の如く。ソープが目標に選んだ敵兵が、ふと隣の兵士の影に視線をやり、何かおかしいことに気付く。次いで自分の影を見て、上に何かいることに気付いて視線を上げて――わずかに、遅かった。崖から降りてきた暗殺者が彼らに襲いかかり、悲鳴も聞き取られぬよう口を塞いで刃を心臓に突き立てる。ジタバタともがくのも一瞬のことで、たちまち敵兵たちはその場に崩れ落ちた。 敵兵の死体を隠す間も惜しく、プライスとソープは即座に崖下にあった洞窟へと潜り込んだ。洞窟そのものは天然自然のようだが、内部にちらほらする光は人工に違いない。短機関銃のヴェクターを構えて進めば、資材やライトが置かれていた。この先に、奴がいる。 SIDE Task Force141 七日目 時刻 1611 地球 アフガニスタン上空高度一〇万メートル 次元航行艦『アースラ』 ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹 思った通り、病室の外に見張りはいなかった。まだ身体の節々は痛み、疲労感も抜けきらないローチは誰もいないことを確認して、『アースラ』の廊下に出た。 あの女医――シャマルという若い女は、救出されたばかりの彼に対してしばらく安静にしてゆっくり休むことを強く命じた。まるでローチのその後の行動を予測していたかのように。それは結果的に正しかったのだが、彼が素直に従うことを期待したのは間違いだった。見張りの一人も立てないのだから、ローチは楽々と病室から廊下に出て、目的地へ向かう。 プライスとソープは、自分を救出するようこの『アースラ』の連中に頼んだ。ジャクソンという元米海兵隊員を始めとした機動六課準備室なる部隊はその要望に応え、シェパードの私兵部隊の包囲網から彼を救出した。ローチはすぐさま上官たちの下へ向かおうとしたが、まずは体力の回復に専念しろという医療班からの指示で病室に入れられてしまった。彼が黙って従うはずもないというのに。 おそらく、プライスとソープの二人はシェパードを討つために行動を開始しているはずだ。人の気配に注意しながら、入院着で進む兵士は推測される状況を脳裏で整理する。戦力は多い方がいい。自分も彼らの元へ向かって、シェパード討伐に加わるべきだ。そして、ゴーストやティーダの仇を。 『アースラ』に連れ込まれてから病室にまで移動するまで、彼はしっかりと自分の動いたルートを把握していた。武器弾薬を預けた武器庫の位置さえ覚えていた。本来は武器庫ではないらしく空の倉庫だったようだが、とにかくそこに行けば自分の使っていた銃がある。入室に必要な暗証番号も盗み見ていた。 武器庫に入ったら装備を取って、気の毒だが適当にクルーの一人に銃口を突きつけて人質になってもらう。そして自分をプライスとソープたちの下へ届けるよう頼むつもりだった。人質は早い段階で解放するが、どのタイミングで解放すべきか――思案していると、武器庫にたどり着いた。暗証番号を入力するテンキーもあるから間違いない。早速番号を打ち込んで、プー、と拒絶するように警告音が鳴った。 何だと、番号に間違いはないはず――ハッと振り返る。人の気配を感じたからだ。 「たったあれだけの移動で艦内の通路を把握するか。さすがに精鋭、Task Force141というだけあるな」 「あんたは……」 苦笑いしながら腕組して立っていたのは、救出された際に初めて会った機動六課準備室なる部隊の男だった。名前をポール・ジャクソンという。元米海兵隊曹長という肩書きだったが、こちらの行動は予測されていたらしい。 ジャクソンの隣で、困ったようにため息をつく女性がいた。白衣に身を包んだその女はシャマルという。『アースラ』に収容されるなり、ローチの怪我の具合を見てくれたこの艦の医者だ。医者といってもローチの知る医療技術とは違うものを持っているらしく、森に潜伏している間に出来た小さな切り傷を淡い緑の光を放つ手で覆った時は何事かと思った。傷はそれだけで塞がっていた。 「なぁ、言った通りだろシャマル? 士気の高い兵隊は無茶をする。俺のようにな」 「まったく……分からないわ。どうして男の人ってみんなこうなの?」 見張りはいないと思っていたが、ツケられていたらしい。そうでなければこうもタイミングよくジャクソンが現れるはずがない。そして、こうして武器庫を訪れたローチの前に現れたということは、彼の目的すらも見破られている。 「止めるな、行かせてくれ」 ほらな、とジャクソンが眼でシャマルに訴える。再びため息を吐いたシャマルは、力なく刻々と頷いた。 「よし、医者の許可も下りた。行くぞ、ローチ。どうせお互い一度死ぬはずだった身だ」 「は……何? 行くぞって……」 「俺も行くんだ」 戸惑う兵士を無視して、ジャクソンはテンキーに改めて暗証番号を打ち込む。今度は歓迎するようなピ、と短い電子音が鳴って、武器庫の扉が開かれた。 「大抵の武器は揃ってる。M4A1にSCAR、ACRにM240軽機関銃。M14EBR、あとはM24もあるな。ん? SIG550まであったのか……」 「ま、待ってくれ。ジャクソン、あんた、プライス大尉たちとは……」 「戦友だ。数年前、ザカエフの撃った弾道ミサイルの着弾を食い止めた仲だ」 ガチャ、と手近にあったM4A1を手に取るジャクソンは、時間がないぞと彼を急かすようにしてACRを取り出した。 「戦友たちが死地に飛び込もうとしてる。黙って見てられるほど薄情でもないんだ」 「――分かった。ただしシェパードを撃つ役目は譲ってくれ、仲間の仇だ」 「順番に並ぶんだな」 ACRを受け取ったローチは、早速弾薬箱を持ち出してマガジンに弾薬を込めようとする。ジャクソンはすでに準備を始めていた。戦いの準備。兵士たちは、これから戦場に向かうつもりなのだ。 否、戦場に向かおうというのは兵士だけではなかった。 「ずるいぞ、二人だけで抜け駆けしようなんて」 「あ、提督…」 すまない、と一言断ってシャマルに脇にどいてもらい、武器庫に入ってくる影。ローチは誰だこいつは、という眼で見たが、ジャクソンは待ちわびていたように声を上げた。 「お前も来るか、クロノ」 「ソープは戦友だ。プライス大尉も」 SIDE Task Force141 七日目 1744 アフガニスタン "ホテル・ブラボー" ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ大尉 洞窟内はわずかな照明しか設置されていなかったが、かえって好都合だった。闇の世界に紛れ込んだ彼らは歩哨を静かに排除し、あとは扉一つ超えれば眩い太陽の光の下に出られるというところまで進んでいた。 このまま見つからずに行くといいが――歩みを止めず、ソープは胸中をよぎった不安に思考を傾けた。敵の傍受した無線によれば、確実に奴らも何かがおかしいことに気付き始めている。通信に応じるべき者が答えないのだから当然だろう。死体は隠しもしていないから、見つかるのは時間の問題だ。 カチャ、と行く先を照らしていた照明が突如として消えた。不安を心の片隅に追いやって、サブマシンガンのヴェクターを構える。故障や寿命で消えたにしては、照明の消え方が妙だった。誰かが意図的に電気を消したとしか思えない。 ≪チーム6、照明を落とせ。突入しろ≫ 案の定だ。通信機が傍受した敵の無線が、間もなく奴らがここになだれ込んでくることを示していた。前を行くプライスに眼をやれば、「始まるぞ」と一言呟いただけで迎撃態勢を取っていた。 ソープは洞窟内の突き出た岩に身を寄せ、行く手にあった扉の方に眼をやる。銃口を突きつけた途端、勢いよく扉が爆破された。直後、なだれ込んでくる黒い影。シェパードの私兵、PMC"シャドー・カンパニー"の傭兵たちだ。 照準用の赤いレーザー光線が洞窟内を切り裂き、ソープの足元を横切っていった。まだこちらの存在に気付いていない? 否、敵がいるということだけは分かっているはずだ。位置を掴んでいないのだろう。 ヴェクターの上部レールにマウントされたダットサイトを覗き込み、敵影を捉える。先制攻撃、引き金を引いた。サイレンサーによって音を消された静かな殺意が、私兵たちに襲い掛かる。たちまち、数名が短い悲鳴を上げてバタバタと倒れていった。奇襲成功だ。 「派手に行くぞ、撃て!」 ソープの銃撃で怯んだ敵兵たちに向かって、プライスが間髪入れずに突っ込む。反撃の弾丸をものともせず、老兵は前進しながらSCARを撃ちまくった。後退もままならず、私兵部隊は圧倒されていく。 ≪チーム9、後方の部隊が全滅した!≫ ≪馬鹿な。そこはさっき調査したぞ。敵がいるはずが――≫ 慌てているようだな。無線の様子から察するに、敵の主力は行き過ぎた後だ。ならば引き返してくる前に、素早くここを突破せねば。 扉を抜けようとした二人はその時、聞き覚えのある声を耳にした。 ≪プライスだ≫ 前を行く老兵が、ほんの一瞬身を強張らせる。忘れもしない、この声はシェパードだ。仲間たちの仇。奴は間違いなくここにいる。シェパードもプライスたちが現れるのを想定していたに違いない。 ≪重要書類を回収しろ、残りは破棄だ。各部隊は敵を足止めしろ≫ 「プライス、奴は逃げる気だな」 「そうらしい。追うぞ」 爆破されて有名無実化した扉を抜けて、眩い太陽の下へ。切り立った険しい崖の間に出来た道を進むが、正面から降り注いだ弾丸の雨が行く手を阻む。橋で繋がった向こう側、敵の機関銃陣地だ。 ちょうどいい、とソープはまるで用意されていたかのようにその場に立てかけられていたライオットシールドを手に取る。銃弾に対して絶対無敵とはいくまいが、生身のまま突き進むよりははるかにマシだ。今度は上官の前に立って進む。 ガン、ガンとシールドに降り注ぐ銃弾はソープに止まれと警告するように衝撃を発生させる。無論、彼は止まらない。シールドのひび割れを無視して、なおも距離を詰めた。敵も焦り始め、銃撃がソープの方に集中を始める。バキ、と心臓に悪い音がして、いよいよライオットシールドが銃撃に耐えられなくなったことを示す。 機関銃陣地の敵兵が、いきなり見えない誰かに殴られたようにして吹き飛び、倒れた。慌てた周囲の仲間が退避か攻撃続行か一瞬迷ったところでもう一発。機関銃陣地は沈黙した。半壊したライオットシールドを投げ捨てたところに、SCARを構えたプライスが駆け寄ってくる。 ≪ブッチャー1-5、"鳥の巣"で合流し、"ゴールデンイーグル"を護衛しろ≫ 「ゴールデンイーグル、そいつがシェパードだ。行くぞ」 疲れ知らずかよ、このジジイ。一瞬肩をすくめて、自分よりはるかに年上の老兵の背中を追ってソープは前へと進んだ。 敵の迎撃は熾烈を極めたが、目標を目の前にしたプライスとソープの前進はそれでも止まらなかった。次々と私兵たちを撃ち倒しながら進み、再び洞窟内に入る。あまりの損害の多さに敵はいよいよ迎撃を諦めたのか、扉を閉めてしまった。無線によれば、その先が"鳥の巣"と呼ばれる拠点らしいのだが。 ≪ブッチャー5指揮官より本部。起爆コードを入力した。一〇分で柱に穴を開けて起爆を――≫ ≪遅い! "ゴールデンイーグル"は三分でやれと言っている!≫ 撤退ついでに爆破していく気か――扉を叩くが、無論それで開かれるはずもない。こうなればやることは一つだ。プライスとアイコンタクトし、扉の脇に身を寄せる。 爆薬をセットし、身構える。起爆、扉を丸ごと吹き飛ばして突入。中にいた数名の敵兵たちは何らかの作業を行っていたが、全員が一斉に中断し、銃を、ナイフを構えて迎撃の構えを見せた。それより早く、二人の兵士の銃口が跳ね上がる。照準に捉えた敵兵に向かって、綺麗にセミオートで二発ずつ弾を送り込んだ。黒い影がひっくり返り、巻き上がった粉塵が落ち着く頃には静寂が舞い戻ってきた。立っていたのはソープとプライスの二人のみ。 敵兵を殲滅して、初めて気付いた。扉の向こうは司令部だったようだが、見渡す限りのC4爆弾で埋め尽くされている。どれほど徹底的にここを爆破処分するつもりなのかと考えて、そうではないと気付いた。敵の放送が、C4だらけの司令部に響いてきた。 ≪全部隊へ告ぐ、こちらは"ゴールデンイーグル"だ。この拠点は敵に発見された。これより指令"116B"を発令する。もし残っている者がいれば、君の行動は名誉として称えられる。以上≫ ふざけるなよ、要するに残って死ねってことだろう。部下もろとも拠点を爆破しようとするシェパードに今更ながら怒りを覚えるが、今はそれどころではない。C4爆弾で埋め尽くされた司令部の中で、わずかに姿を見せていたディスプレイにいかにもな数字が表示されていた。これはカウントダウンだ。プライスがすでにキーボードに噛り付いて、爆破阻止は無理でもロックされた扉の制御強奪を試みている。 「ソープ、手伝え! そっちのキーボードだ!」 「どうすればいい!?」 「何でもいい、適当に打ち込め!」 言われるがまま、叩くようにして意味不明な文字の羅列を空いていたキーボードに叩き込んだ。ガチャ、とロックされた扉が開かれるのだから、案外適当な作りだったのかもしれない。それでもカウントダウンの数字が減っていく。残り二〇秒を切った。 駆け出し、開かれた扉を抜ける。カッ、と背後で何かが光り、一瞬遅れて爆発音と紅蓮の炎が巻き上がった。爆風は走るソープのすぐ足元にまで及び、彼は姿勢を崩され吹き飛ばされた。 一瞬、意識が遠のいていた。爆風に巻き込まれたには違いないが、吹き飛ばされただけでどうにか無傷で済んだらしい。立ち上がろうとすると、視界の向こうにプライスが銃撃戦を繰り広げているのが見えた。敵の防衛ラインと遭遇したのか。 ≪"ゴールデンイーグル"よりエクスカリバー、砲撃開始せよ。目標地点ロメオ――デンジャー・クローズ≫ ≪そちらと一〇〇メートルも離れていません、誤射の危険があります!≫ ≪これは提案ではない、命令だ≫ 何だと、奴は――その時、ソープは確かに目撃した。突き出た岩と並べられた資材、自然と人工物のコントラストの向こうに見覚えのある男が、複数の黒い兵士たちに囲まれて奥に進んでいくのを。間違いない、シェパードだ。奴は、自分のいる場所に砲撃の指示を出したのだ。味方もいるのを承知の上で。至近距離への着弾(デンジャー・クローズ)をやれと言うのだ。 「伏せろー!!」 プライスの叫びが響く。部下に向けて。あるいは、巻き込まれる敵に向けてのものだったのかもしれない。次の瞬間、轟音と爆風が巻き起こった。岩が吹き飛び、資材が巻き上げられ、必死に戦っていた兵士たちがただの肉片へと姿を変える。後に残ったのは一枚の地獄絵図だった。まだ生き残っている敵兵たちも、這いずり回って助けを求めていた。 「……シェパードは本当にデンジャー・クローズを気にしないな」 ため息を一つ吐き、プライスはソープを助け起こす。まだ追撃は終わっていない。シェパードは、もう目の前に迫っていた。 戻る 次へ
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「諸君、ミサイルの目標は東海岸だ。我々はホワイトハウスを失うことになる」 地下深くの分厚いコンクリートの外壁、さらには地表に聳え立つ天然の山岳そのものが強固な盾となる司令部で、この国の国防長官はため息を吐いて、そう言った。 彼を囲む閣僚たちも、同様に残念そうな表情を浮かべている。首都を蹂躙され、さらに超国家主義者たちがそこに付け入るかのように弾道ミサイルを撃ってきた。今後の対応が、ますます苦しくなるところだ。 それでもなお、彼らはこの地下司令部から出るような真似はしなかった。そこがもっとも安全だからだ。核攻撃であっても耐えられる地下司令部は、糧食の備蓄も充分にある。国防長官を初めとして、国家の意思決定に関わる重要人物たちはほとんどがこの施設に逃れていた。 しかし、その最中において、顔色を変えない男が一人いた。軍人であるようだが、閣僚たちの前であっても制服は着ず、代わりに灰色の迷彩服を着て、肩から拳銃の入ったホルスターを下げていた。拳銃は大口径のリボルバーであり、実弾が込められている。ここは安全な地下司令部であるというのにだ。 「また建て直せばよいことです」 暗く沈みがちな閣僚たちを前にして、その軍人は平然と言い放った。事実として、ホワイトハウスは過去に一度全焼している。一八一二年、米英戦争の際にイギリス軍に焼き討ちにあったのだ。 余談ではあるが、この際にホワイトハウスは再建され、焼け焦げた部分を白で塗り潰した。そのために『ホワイトハウス』と呼ばれるようになったと言われている。 軍人の発言は危機を前にして不謹慎であったかもしれないが、ともすれば国家存亡の危機にも関わる事態を何日と目の当たりにしている官僚たちにとって、むしろ彼の言うことは力強く頼もしく聞こえたことだろう。次々と彼らの視線が軍人に集まり、しかもその眼は、明らかに救世主を見つけたような色をしていた。 ――貴様らは都合のいい時にだけ軍人に頼るのだな。 軍人は、そんな閣僚たちの視線を受けて、胸のうちでドス黒い炎を燃え上がらせた。だが、決してそれを誰かに悟らせるようなことはなかった。何も言わず、国防長官の前に向かって歩く。 「被害予測は?」 国防長官が軍人に尋ねる。これまでと同じく、彼は表情を変えることなく淡々と答えた。 「三万から五万。あの"悪夢未遂"に比べれば少ないでしょう。ただし、都市機能は全て麻痺するはずです」 悪夢未遂とは、数年前に超国家主義者たちがロシアのミサイルサイロ基地を占領し、あろうことか核ミサイルを発射した事件のことだ。あの時はイギリス陸軍特殊部隊SASとアメリカ海兵隊、さらに時空管理局との共同作戦でどうにかミサイルを自爆させることが出来たが、もし着弾していれば北米は死の大地と化していただろう。犠牲者予測は、四百万人を超えていた。 そう、あの時も世界を破滅から救ったのは『我々』だったのだ――軍人は、国防長官の言葉をじっと待つ。国防長官はため息を吐き、そして言った。 「将軍、我々は君の警告にもっと耳を傾けるべきだった」 「このままでは、我々の名は歴史の教科書に刻まれるでしょう。滅亡を傍観していた者として」 国防長官の顔が、露骨に歪む。彼だけではなかった。閣僚たちは皆、自分の名が不名誉な形で教科書に載るのを恐れていた。 アメとムチだ、と軍人は思う。ここで、彼らに自身の行動の正しさを認めさせなければならない。 「しかし、それを阻止する手はあります。全ての元凶は、マカロフです。奴を表へと引きずり出せば、合衆国の無実はおのずと証明されるでしょう」 「好きにやりたまえ、将軍。君には軍の指揮の全権を委任する――大統領には、私から話しておこう」 これでいい、と軍人は決して口には出さず、国防長官の命令に黙って頷く形で事の流れが思い通りになったことに、ひとまずの満足を覚えた。無論、これで終わりではない。軍の指揮を委ねられたのは、必要な条件をクリアするためのうちの一歩に過ぎないのだ。 部下を呼んだ彼は、至急、Task Force141に連絡を取れと命令を下した。さらに、衛星写真やこれまでの諜報活動の報告をまとめ、マカロフの居場所を突き止めろとも言った。これまでは後手後手に回っていたが、すでに地道な諜報と偵察が実を結んで、奴の居場所を特定するのには充分な情報を得ていた。 あとは、パズルの一ピースを手に入れて、重ね合わせるのみだ――軍人の眼は、一枚の衛星写真に向けられた。グルジアとロシアの国境付近を映したものだ。木が立ち並び、その中でポツンと一軒家が立っている。一ピースは、ここにある。 だが、パズルを完成させるのは最終的に、一人でなければならない。軍人の眼は衛星写真から、別のものに向かっていた。Task Force141の部隊章、自らが創設した部隊だった。 Call of lyrical Modern Warfare 2 第14話 Second Sun / "曇りのち…" SIDE 米陸軍 第七五レンジャー連隊 五日目 時刻 1850 ワシントンD.C. ジェームズ・ラミレス上等兵 死ぬはずだった。だが死んでいなかった。暗闇の底から意識が現世に舞い戻ってきた時、最初に感じたのは銃声と怒号、それから手のひらに感じた痛みだった。 何だと思って見てみれば、ボロボロになったグローブの破けた部分から、擦り剥けた皮膚がむき出しになっていた。だが、痛むということは、自分は死んでいないということだった。 「これ持って伏せてろ!」 墜落し、グシャグシャになったヘリの機内に自分はいた。眼を覚ましたのに気付いたのか、外で戦っていた味方の兵士はこちらに振り返り、M4A1を差し出してくる。直後、彼は撃たれて死んだ。周りは敵だらけで、劣勢は明らかだった。 思い出した。ラミレスは、渡された銃のグリップを握ることで、ようやく意識をはっきりさせた。管理局の奴らがアメリカ東海岸に兵を降下させて、好き放題に荒らし回っていた。兵士である彼は戦友たちと共にこれを迎え撃ったが、奴らは次元航行艦なんてSFじみた兵器を衛星軌道にまで下ろしてきて、強力な艦砲で次々と米軍の抵抗を粉砕していった。ラミレスも乗り込んでいたヘリが撃墜されて今、こうして敵の魔導師部隊に包囲されている――。 弾はあまりにも残り少なかった。それでも彼は、ヘリの機内から出来る限りの抵抗を試みた。痛む手のひらでM4A1を構えて、訓練で教わった通りにダットサイトに捉えた敵を撃つ。いくらか連射したところで、カチン、と銃は小さな断末魔を上げた。 「ラミレス、これが最後だ。しっかり当てろ!」 墜落したヘリの外で奮戦していた分隊長、フォーリー軍曹が正真正銘、最後のマガジンを投げ渡してくれた。リロード、空になったマガジンを捨てて新しいマガジンを差し込む。チャージングハンドルを引いて、M4A1に命の息吹を吹き込んだ。射撃再開、五.五六ミリ弾を敵に放つ。これもあっという間に弾切れし、あとは魔導師たちに撃たれるばかりになった。魔力弾がラミレスに襲い掛り、ヘリの装甲がかろうじて彼の身を守っていた。 「曳光弾、残り三発!」 残り少ない弾をせめて全弾命中させようと、副官のダン伍長が前に出る。だがそれが仇となって、魔導師たちの放つ弾丸の一発が彼の肩を掠めた。短い悲鳴が上がり、倒れた彼の体をフォーリー軍曹が必死に遮蔽物の内側へと引きずりこむ。ダンはまだ死んでいなかった。しかし、容赦なく敵弾は飛んでくる。手当てのしようがなかった。 その時、包囲されたラミレスたちの分隊に、強い光が浴びせられた。スポットライトだ。しかしスターの気分にはなれない。ここは劇場ではなく戦場だ。沸き起こるのは拍手ではなく、敵の怒号だった。かろうじて、ラミレスは光を浴びせてくるのが敵の次元航行艦だと分かった。奴らは、こんな低空にまで艦を下ろしてきたのだ。 アレン先輩、いるなら助けてくださいよ――眩い光に照らされて、ラミレスは初めて弱音を吐いた。 SIDE アメリカ航空宇宙局"NASA" 五日目 時刻 1851 北米上空 高度二〇〇〇キロメートル 名も無き宇宙飛行士 コールサイン"サット1" 星を眺めていると、地表で戦争の真っ最中だと言うのが嘘のように思える。あるいは、馬鹿馬鹿しく思えてくる。見下ろせば自らの故郷、地球が足元に広がっているが、一度でも宇宙空間の広大さを味わえば、視界を埋め尽くすこの青の星もなんとちっぽけなことか。 彼が宇宙飛行士になったのは、もちろん子供の頃からの純粋な憧れを忘れなかったからだ。だがそれと同じくらい、いい加減地球での生活が鬱陶しく感じていたという理由もあった。出会う奴らはみんな腹の中に黒いものを隠し持っていて、こういう奴らがいるから人間同士は争うのだな、と感じていたのである。だから、人間に会わなくて済む宇宙に行きたかった。ひょっとしたら人間以外の知的生命体と出会えるかもしれない、という期待も抱いて。 知的生命体は、確かに存在した。文字通り次元を超える形で、彼らは現れた。だが彼らは、宇宙飛行士が期待していたものとは違った。彼らは時空管理局を名乗り、同じ人間で、しかもアメリカに戦争を仕掛けてきた。人間に会うのが嫌で、あるいは戦争に巻き込まれるのが嫌で宇宙に来たというのに、時空管理局の奴らは衛星軌道上に宇宙戦艦を展開している。まったくふざけた話だ、こちらの都合などお構いなし。だから人間は嫌いだ。 幸い、彼と彼が宇宙空間で住処にしている国際宇宙ステーションに、管理局の奴らが手を出してくることはなかった。連中は無差別テロの報復だと言っているが、宇宙ステーションのようにある 程度国際性を持つものには攻撃してこない。管理局はアメリカ以外の地球の国家に対して、この報復は正当なものだということをアピールしたいのだろう。アメリカ人以外の宇宙飛行士も乗り込んでいる宇宙ステーションを攻撃しては、無差別攻撃になってしまう。 それにしても静かだな、宇宙は平和でいい――宇宙飛行士は現在、ステーションを離れて宇宙服を着込み、ヘルメットにカメラを搭載して観測任務に当たっていた。眼下に浮かぶ青の星は、西側が昼間で太陽に照らされている。中央よりやや右、東側に見える北米大陸は夜だった。大陸で光が灯っている部分は、人が住んでいるところだ。 眩しい太陽を見つめていた彼の耳に、通信機を通じてステーションからの指令が飛んできた。ようやく任務開始だ。 ≪サット1、こちらISS(国際宇宙ステーション)管制部。地球の夜側を見て欲しい。ヒューストンが君の頭部カメラの映像を要求している≫ 「了解、夜側だな――具体的にどの辺りだ?」 ≪ステーションの太陽光パネルから一五度東、地平線の辺りだ≫ 首をひねって、宇宙飛行士ことコールサイン"サット1"は言われた場所に視線をやる。視界に映るのは地球の北米大陸と、それから交信中の宇宙ステーション。長く伸びた太陽光パネルよりさらに先を見ろという。地平線の向こうには、何も見えない。 ≪OK、それでいいぞ、サット1。こちらISS、ヒューストン、どうだ?≫ ≪こちらヒューストン、サット1からの映像、良好≫ いったい何を見たがってるんだろうな、ヒューストンは――地球のヒューストン市にあるジョンソン宇宙センター管制室の目的が、いまいち分からない。ヘルメットに搭載しているカメラは固定型だから、否応無しに彼の視界と同じものを捉えることになる。地平線の向こうには、何も無い。 数秒後、彼は地平線の向こうから、何かが打ち上げられるのを目撃した。打ち上げられる、つまりこの宇宙飛行士は、突如出現した物体をロケットか何かと認識したのだ。その認識はステーションの管制部もヒューストンの管制室も同様であり、人工衛星の打ち上げを疑った。サット1が記憶する限りでは、今日はそんな予定は無いはずなのだが。 ≪ヒューストン、確認したい。今日は衛星の打ち上げは無かったよな?≫ ≪こちらヒューストン、確認する≫ 打ち上げられたロケットらしき物体を見ていると、宇宙飛行士はすぐにでも逃げ出したい衝動に駆られた。何故だ、と自分でも思うが、理由を説明できない。強いて言うならば、予感だ。あのロケットは、人工衛星の打ち上げではない。ほら、見ろ。衛星を積んだロケットがあんな角度で曲がるものか。 北米大陸の、東海岸に向けてまっすぐ飛ぶロケット。この距離では見えないが、確かあの辺りには時空管理局の艦隊が展開していたはずだ。今日になってみんな低高度に降りていったが―― ≪ヒューストン、こちらISS。アレについて何か、あー……≫ カッ、とロケットが突如、北米の東海岸上空で炸裂した。強烈な光だった。まるでついさっきまで見ていた太陽の光のようだった。二つ目の太陽。 その瞬間、宇宙飛行士の戦争が嫌だから宇宙に来たという思いも、人間以外の知的生命体に会いたいという夢も、何もかもが全て吹き飛ばされた。通信機は甲高い高音を鳴らして断末魔を上げ、二つ目の太陽はその凄まじい力を持って、東海岸に灯る光を根こそぎ刈り取っていった。悪夢はそれに止まらず、衝撃波が眼下にあった宇宙ステーションを木っ端微塵に粉砕し、高速で舞い散る残骸が凶器となって周囲に飛び散っていく。宇宙飛行士も、その残骸に巻き込まれてしまった。 いったい何だ。何が起きたんだ。嫌だ、死にたくない。残骸がこっちに来る。嫌だ、駄目だ、来るな。死にたくない。 咄嗟に腕で身を庇うが、何の意味も無かった。吹き飛ばされてきた宇宙ステーションの残骸の群れが、彼の命を奪い去っていった。 SIDE 米陸軍 第七五レンジャー連隊 五日目 時刻 1852 ワシントンD.C. ジェームズ・ラミレス上等兵 「何が起こった!?」 誰が言ったか分からないが、その言葉はこの場にいる全ての人間が共通する思いだった。 追い詰められたラミレスたちと、その周囲を取り囲む管理局の魔導師たち。ラミレスたちには低空に下りてきた次元航行艦からの強烈なスポットライトが浴びせかけられ、ついにここまでか、と分隊の誰もが諦めかけていた。 まさにその時だった。はるか天空で、闇夜を蹴飛ばすかのような勢いで正体不明の巨大な爆発が巻き起こったのは。まるで太陽だった。その爆発の直後、浴びせられていた強烈な光がフッと消えた。それだけではない。次の瞬間、次元航行艦がプツリと糸でも切れたかのように、落ちた。運悪く下にいた魔導師たちは次元航行艦の墜落に巻き込まれ、一瞬にして壊滅する。 墜落してきたのは、次元航行艦だけではなかった。OH-6やUH-60、味方のヘリが落ちてきた。F-15らしい友軍の戦闘機はグルグル回りながら高速でビルに突っ込んだ。召喚魔法で呼び出された魔導師たちの竜が、もだえ苦しみながら落ちてきた。空戦魔導師たちが、悲鳴を上げながら手足を無意味にばたつかせて落ちてきた。落ちてきた、落ちてきた、落ちてきた、とにかくありとあらゆる空を飛ぶものが、あの爆発の直後に一斉に空から落ちてきた! 「通りから離れろ、逃げろ!」 次元航行艦の墜落で難を逃れたかのように思えたが、空からありとあらゆるものが落ちてくるようではこちらも危険極まりない。フォーリー軍曹の指示が飛び、慌てて分隊はその場を逃げ出した。 ラミレスも戦友の一人が墜落したヘリから救い出してくれたことで逃げ出すが、そんなことはお構い無しに空からはあらゆるものが落ちてくる。墜落の轟音が、ワシントンの市街地に響き渡る。 何だ、いったいこれは。どうしたんだ、これは。いったい何が――考える暇などないはずなのに、思考は回るのをやめなかった。それでも身体は動く。M4A1を抱えて、走る。ヘリがすぐ後ろに落ちてきた。衝撃で転びそうになるが、耐える。魔導師が三人ほど、目の前に降ってきた。地面に叩きつけられる。死体を踏み越えて、前を行く。安全な場所はどこだ。分隊は走り、空から落ちてくるものに巻き込まれそうになりながら、どうにか壁に穴が空いたビルを見つけた。ここに入れば"雨宿り"できるか。 「止まるな、走れ!」 「冗談じゃねぇぞ、クソッタレ!」 兵士たちの泣き言は、無論墜落の轟音によって掻き消された。何か大きなものが数メートル先に落ちてきて、弾け飛んだ部品が燃えながらラミレスの前を行く兵士たちの足元に滑っていく。「うぉおおお!?」と悲鳴を上げながら、兵士たちは咄嗟にジャンプしてそれを避けた。そのままヘッドスライディングで、ビルに飛び込む。コメディのような光景、だが現実だった。 「何が起きてるんだ!?」 「EMP(電磁パルス)だぁ!!」 それがどうした、今それを知って何の役に立つ! 胸のうちで悪態を吐き捨てながら、ラミレスは他の分隊員より数秒遅れる形でビルの中に飛び込んだ。その直後、背後でドンッと強い衝撃と轟音が響き渡る。次元航行艦が、墜落してきていた。 今日の天気は、曇りのち、様々な飛行物体。 「いったいどうするんです? 管理局の奴らが俺たちを襲うわ、空から何か色んなもんが降ってくるわ、もうしっちゃかめっちゃかだ。これじゃあもう……」 退避したビルの堅牢さに感謝しつつ、ちゃっかり持ち直して生き残っていたダン伍長が、情けない声を上げていた。突如として空からありとあらゆる飛行物体が全て落ちてきたのだから、いかに鍛えられた軍人であろうと、情けなくもなる。 ところが、こんな状況であるにも関わらず、指揮官のフォーリー軍曹は鋼の意思を見せていた。 「落ち着け伍長! 我々の武器はまだ使えるんだ。つまりあのクソどもの尻を蹴飛ばしてやれるんだ!」 そうは言いますけどね、とダンはなおも泣きそうな顔をしている。当然だろう、とラミレスは思った。この状況でまだ闘志を失っていないフォーリーが異常なのだ。 とは言えとりあえず、外の様子は落ち着いたようだった。もう、何も降ってこない。あちらこちらで火災が巻き起こっているおかげで、夜にも関わらず街は異様に明るかった。無論、分隊でそれでは外に出てみよう、という気持ちになる者はいなかった。ただ一人、やはりフォーリーを除いては。 「ここにいろ」 「出るんですか? 正気ですか?」 指揮官陣頭とはよく言ったものだが、フォーリーは文字通りだった。ダンの呼び止める声も無視して、彼は小銃のSCAR-Lを構え、セオリー通り周囲を警戒しながらゆっくりと進む。敵がいないのを確認したところで、ビルの中にいる部下たちに親指を立てて、脅威がいないことを連絡する。 「もう大丈夫だ、来い。戦争は終わってないぞ」 マジかよ、と文句が漏れるが、それでも渋々、分隊は動き出した。航空機や次元航行艦、あるいは竜の死骸でいっぱいになった市街地の道路に展開するが、彼らは弾を持っていない。残弾はごく少数だった。 ともかくも、弾薬調達もせねばならない以上は前に進むしかない。空になったマガジンを差したまま、ラミレスも形だけ銃を構えて前進する。その時、彼は気付いた。さっきまでダットサイトに点いていた赤い光点が、消えているのだ。スイッチが切れたかと思ったが、何度やってもダットサイトは息絶えたままだ。参った、これではろくに照準がつけられない。 「ダットサイト動いてるか? 俺のは駄目だ」 「俺のもだ…妙だな、これもEMPか」 「通信も駄目だ、街灯も消えてる」 どうやら他の分隊員も同じらしい。やむを得ず、切れたダットサイトのままM4A1を構えて前進再開。 市街地は静かだった。さっきの騒ぎで、自分たち以外は敵も味方も全滅してしまったのでは、と思ってしまうほどだ。その証拠に、フォーリーが道路の上に何かあるのを見つけた。それは友軍の兵士だった。駆け寄って容態を見るが、すでに息絶えた後だった。肩を落とす分隊だったが、幸運にもこの死んだ兵士はまだ弾薬を手放していなかった。さらに周囲を捜索すると、投下されたままになっている補給物資が見つかった。食い物でもあればよかったのに、とラミレスは思うが、とりあえず弾薬が補給できただけでも朗報だった。アイアンサイトのM4A1も見つかり、ダットサイトが死んだM4A1よりはよほど頼りになると持ち替えた。 そうしていると、分隊員の一人が近付く影を発見した。彼は咄嗟に敵味方識別のため、合言葉を投げかけた。 「スター!」 返事は無い。なおも影は近付いてくる。分隊に緊張が走った。各々が銃を構える。 「スター! 答えねぇと撃つぞ!」 「合言葉なんて覚えてねぇ! 俺はただの伝令だ、撃つなよ!」 よかった、とラミレスは銃口を下ろした。影が寄越してきた返事は、どう聞いても立派なアメリカ人の発する英語だったからだ。暗闇から影が姿を見せて、米陸軍の兵士であることは間違いないことを示す。こんなところを一人で何をしていたのだろう。 「正しい返事はテキサスだ、兵隊。伝令内容は?」 フォーリー軍曹が前に出て、伝令にやってきた若い兵士に聞く。彼は足を止めず、伝令を伝えながら市街地の奥へと進んでいく。 「マーシャル大佐がWH(ウィスキーホテル)で混成部隊を編成してる、このまま北に行ってくれ!」 「お前はどうすんだ」 「他の奴らにも伝える! さぁ、行ってくれ!」 ウィスキーホテルか、とフォーリーが呟く。そんなホテル(宿泊施設)の名前あったっけ、とラミレスは首を傾げていたが、どうやら指揮官には思い当たる節があるらしい。分隊は彼の指揮の下、再び前進を再開する。 前進の途中、雨が降り出した。確かに曇ってはいたのだが、雨雲には見えなかっただけあって、意外なことだった。それもちょっとやそっとではない、相当な豪雨だった。電灯も消えて通信も駄目で、暗視ゴーグルなどもってのほかとなれば、視界はますます悪くなる。そうでなくとも、身体が冷えるのは厄介なことだった。なるべくなら屋内にいたい。 果たしてそんな分隊員たちの思いを汲み取ったか、それともその道がウィスキーホテルなる場所への近道なのか不明だが、フォーリーはビルを伝って進むことを指示した。ありがたくも思ったラミレスだったが、よくよく考えればそれは敵も同じことだ。ひょっとしたら、扉一枚の向こうで敵の魔導師たちも悪態を吐きながら雨宿りしているかもしれない。そう思うと、扉を開けて進むのが怖くなった。 分隊員の一人が交代で先頭に立った時のことだった。屋内に入った彼らは扉を一枚一枚開けて敵がいないかを確かめながら進んでいた。最後の一枚を、分隊員が開く。「スター」とやや抑えた声で、合言葉を言いながら。味方も、同じように雨宿りしている可能性はあった。 ところが、合言葉の返事は「テキサス」ではなく、激しい魔力弾による銃撃だった。先頭に立っていた分隊員が撃ち倒されて、息絶える。クソ、とダンが漏らして、扉の奥に手榴弾を投げ込みながら叫ぶ。 「コンタクト!」 畜生、こんなところで――苦虫を噛み潰した表情を浮かべ、ラミレスは銃を乱射しながら扉の奥へ突っ込む。オフィスのようだが、部屋の中は暗く、敵の位置が見えない。壁が大きく崩れていて外には大きな官公庁のものらしいビルが見えた。時折光る雷の光が、ほんの一瞬だけ部屋を照らす。 魔導師たちも、おそらくは混乱していたに違いない。魔力弾が乱射され、オフィスの机や椅子が撃ち抜かれ、書類が宙に舞うが、ラミレスたちの位置を把握するには至っていない。 落ち着け、と兵士は自分に言い聞かせる。敵の位置を把握するんだ。闇雲に撃っても当たらない。 カッ、と雷が光る。暗く見えなかったオフィスの中が、再び一瞬照らし出される――いた! 焦燥に染まった魔導師たちの表情までもが確認出来た。ラミレスは暗くなった次の一瞬を利用して物陰から身を乗り出し、M4A1を記憶を頼りに構えて撃つ。乾いた銃声、弾き出される薬莢。放った五.五六ミリ弾が闇を引き裂き、あっと短い悲鳴が上がる。一方で、敵は無闇な乱射でしか対応出来ないでいた。魔力弾は、なおも空を切るばかりで当たらない。その射撃はやがて、自らの位置を曝け出すことになる。銃声が鳴り響き、分隊は一人、また一人と魔導師を撃ち倒していく。 「全部やったか!?」 「クリア、行くぞ!」 敵の殲滅を確認した分隊は、前進を再開。しかし本当に、こんなところにホテルがあるのだろうか。空になったマガジンを交換しながら、ラミレスはフォーリーの後を追う。彼は、崩れたビルの壁面の前に立っていた。飛び降りても問題ない高さだったが、それにしても向こうに見えるのは官公庁らしいビルだけだ。ホテルなんて、どこにもない。 「アイゼンハワー行政府ビルだ。ウィスキーホテルはあの先だ」 え? とラミレスは自分の耳を疑った。官公庁らしいビルだとは分かっていたが、崩れた壁の向こうに見えるのはアイゼンハワー行政府ビル。ということはつまり、自分はとんでもない思い違いをしていたのではないか。行政府ビルより先にある建物で、ウィスキーホテル。ウィスキーとはNATOファネティックコードでW、Hはホテルと読まれる。行政府ビルより先にある建物で、WH。それはすなわち―― 「この雨の中を行くんです?」 「他に無いだろう」 「最悪だ…なぁラミレス、どっちが悲惨だと思う? 降ってくるヘリを避けたりするのと、雨でずぶ濡れになってケツを凍らせるのと」 「え、いや…さ、さぁ?」 まさかウィスキーホテルのことを本当に宿泊施設のホテルだと思っていたなど言えるはずもなく。曖昧な笑みで、ラミレスはダンの問いかけを誤魔化すことにした。 ずぶ濡れになりながら、途中で敵と交戦しつつ、どうにか分隊はアイゼンハワー行政府ビルへと辿り着いた。フォーリー軍曹は道を知っているらしく、分隊は行政府ビルの地下へと入ることになる。 「雨宿りー、っと」 「助かったぜ」 ダンを初めとする分隊員たちは、ようやく屋根の内側に入れたことを喜んでいたが、フォーリーは「静かにしろ、行け」と休む間もなく前進を指示。もちろん服を乾かすほど待つつもりのない分隊員たちは分かってますよ、と言いながら地下へと降りていく。 先頭は交代制で変わっていたが、この時はラミレスが担当だった。M4A1を構えて、濡れたブーツの感触に顔をしかめながら、階段を下りていく。地下に到達し、行政府ビルにしては何やら物々しい雰囲気の通路を進むと、巨大な扉が目に入った。思わず立ち止まり、扉に描かれた紋章を見る。少々かすれて、しかもカラーではないが、ワシのマークははっきりと見て取れた。これはすな わち、アメリカ合衆国の国章だ。 ここだな、とフォーリー軍曹の声。どうやら、ここが目指すべき場所に繋がる道らしい。しかし、この分厚い巨大な扉はどう見てもただの扉ではない。耐爆仕様の、退避壕に使われている類の扉だ。否、そこはまさしく、退避壕だった。 「ワォ……見ろよ。大統領の退避壕は西棟地下にあると聞いていたけどよ」 「いや、あれは観光用だろう。ダン、開けてみろ」 指揮官の命令で、ダンがわずかに開いた隙間に指を入れて、耐爆仕様の重い扉を開く。中を覗き込んだ彼は、口笛を鳴らす。初めて見る本物の大統領の避難所に、驚きと感銘を受けたのだ。 しかし、ラミレスで覗き込んで見えたのは、荒れ放題の内部だった。果たして、大統領の身はどうなってしまったのか。 「まぁ本物かどうかともかく、とりあえずここは駄目だろうな。ちゃんと逃げれてるといいが」 ダンの言葉を背中に受けつつ、ラミレスは扉を完全に開けて、内部に入っていった。目的地はここではない。さらにこの先だ。 目指す建物の名は、ウィスキーホテル――正しい呼び名は、『White House』という。 戻る 次へ
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――記念すべき初任務が、盗みか。 ――人聞きの悪いこと言わんといてや。これは人質解放作戦やで? ――分かってる。しかし、いいのか? 俺たちは魔導師じゃない、兵隊だ。 ――しゃあないよ。管理局の施設だけあって、魔力に対する監視網は万全なんやから。 ――それで質量兵器投入か。お前さん、結構利用できるものは何でもするというか、その……。 ――"狸"って言いたいんやったら、褒め言葉やで? ――分かったよ、狸さん。ギャズ、グリッグ、準備いいか? ――グリッグだ、いつでもいいぜ。 ――こちらギャズ、配置に就いた。 ――了解。作戦を開始する。 Call of lyrical Modern Warfare 2 第7話 The Hornet s Nest / 奪還作戦 第一段階 SIDE Unknown 四日目 2000 時空管理局 本局 第五港湾地区 ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長 妙なところにまで来てしまったな、とかつての海兵隊員は思う。 野戦服にサイレンサー付きのM21狙撃銃を両手に持ち、接近戦に陥った場合に備えてMP5Kを肩に引っ掛けている彼の肩に、しかし以前なら縫い付けられていたはずの星条旗はなかった。今のポー ル・ジャクソンは、アメリカ合衆国の海兵隊員ではない。祖国が異世界からの侵略に蹂躙されているにも関わらず、彼はあえて帰国して戦うことを拒んだ。この戦争には、何かがある。単にアメリ カと管理局が全面戦争に陥るだけでは済まない、別の何かが。それを知るために、彼は国旗を一度捨てた。 普段なら停泊中の次元航行艦で賑わう管理局本局のこの港湾地区は、普段の様子が夢であるかのように静かなものだった。停泊中の艦船は大半が出払っており、補給物資を積み込む作業員や損傷 箇所の修理を行う工員の姿もない。積み上げられたコンテナや資材だけが不気味なまでに静かに佇む、無人地帯。いるのはジャクソンだけのようにも思えた。 否――物陰から物陰へ、飛び込むようにして移動する元海兵隊員は、まだ停泊している艦船が一隻いるのを見つけた。わざわざ双眼鏡で確認することもない。双胴の、SF映画に出てくるような次 元航行艦。確か、事前のブリーフィングによれば名を『アースラ』と言った。"彼女ら"にとって、思い入れのある艦なのだという。今回の目標は、あれだ。 しかし、とジャクソンはM21を構えて、狙撃スコープで『アースラ』に乗り込むまでの道を確認し、障害が立ち塞がっていることを確認する。艦の入り口には橋がかけられているが、当然見張りが 立っていた。人間ではない。地球への降下作戦で、本局は人員のほとんどをそちらに割いている。彼が見たのは、自動人形だった。 「ジャクソンより各員、情報通りだ。艦への入り口は一つ、見張りが立っている。傀儡兵、これも情報通り二足歩行の小型のやつだ。数は二、同時に倒す必要がある」 首元のマイクに向けて、同じように港湾地区に侵入しているであろう二人の仲間に通信を送る。その間にも、狙撃スコープから眼は放さない。橋の前に立ち塞がる自動人形――傀儡兵は、魔法で 動くロボットだ。本局の大半を掌握した地球への報復強行派は、人数不足をこうした無人兵器によって補っているのだろう。とは言え、ジャクソンたちにとってはかえって好都合だ。傀儡兵は大型 で火力のあるものだと手強いが、小型のものは並みの歩兵とそう変わらない。魔導師と違って魔法による防壁も展開できないので、こちらの銃弾は充分に通用するだろう。 「ジャクソン、ギャズだ。こちらも目標を確認した。グリッグ、俺が外したら頼む」 「外したら? どうしたイギリス人、自信なさげだな」 片耳にだけ装備したイヤホンからは、配置に就いている味方の声が電波に乗って飛び交うのが聞こえた。ギャズはイギリス陸軍特殊部隊『SAS』の出身であり、射撃の腕は問題ないはずだ。だから ジャクソンと同じ海兵隊出身のグリッグから心配されたのだが、深い意味があっての発言ではなかったようだ。 「万が一、さ。お前らアメ公と違って俺は慎重なんだ」 「慎重すぎても失敗するぜ――まぁいい。ジャクソン、お前の発砲が合図だ。やってくれ」 了解、と短く答えて、ジャクソンはM21を構え直した。腰を落とし、肩のくぼみにしっかりと銃床を当てる。右手はグリップを握り込み、左手は長い銃身を支える。引き金に指をかけて、覗き込ん だ狙撃スコープの照準を、こちらの存在に気付かないでいる傀儡兵の頭部に合わせる。人間と同じで、そこが彼らのメインコントロールユニットだと聞かされていた。難しく考える必要はない。 すっと息を吸い込み、呼吸を止めた。呼吸に合わせて上下左右に揺れていた照準が微動だにしなくなり、目標を正確に捉える――引き金を引く。発砲、サイレンサーが響き渡るはずだった銃声と 閃光を掻き消して、七.六二ミリ弾特有の反動のみが銃撃の証明を行う。狙撃スコープの向こうで、傀儡兵は突然見えない何かに殴られたようにしてひっくり返る。もう一機、と照準をずらせば、 残った一機も仲間と同じ運命を辿っていた。クリア、ひとまず障害は排除した。 M21狙撃銃を右肩に戻したジャクソンは立ち上がり、MP5Kを構えて狙撃ポイントを脱する。小さな黒い銃を抱えるようにして走り、『アースラ』の入り口に繋がる橋へ辿り着いた。先ほど撃ち倒 した傀儡兵は煙を上げて動かなくなっており、彼が近付いても反応しなかった。念のため銃口を向けながら、足で小突いて機能停止を確認。それが済むと、彼は右手でMP5Kを保持したまま、左手で 背後に親指を立ててみせた。途端に、どこからともなく先ほどの通信の相手が出てくる。グリッグ、ギャズの二名。数年前、地球の超国家主義者との戦いで共に死地を脱した戦友たちだ。 「よし、ここから先は発砲に注意だ。『アースラ』の乗組員たちが監禁されている」 「あのクロノって小僧もここにいるのか?」 「それをこれから確かめるのさ」 そうかい、と質問を送ったグリッグは納得してみせて、カービン銃のM4A1を構えて進む。背後の援護と見張りはギャズがG36Cを構えて行う。装備がバラバラなのは、準備の期間が短すぎて統一の 手間が取れなかったからだ。最悪、傀儡兵の持っている魔導杖を奪って戦うことになるかもしれない。魔力適性は三人とも皆無なので、槍か棍棒のようにする他ないが。 橋を渡って自動扉を抜けて、艦内へ。情報によれば、乗組員たちは全員が食堂に監禁されているとのことだ。通路を注意深く進み、三人の兵士たちは乗組員の解放に向かう。 港湾地区がそうであったように、艦内は異様なまでに静かだった。照明と空調は機能しているが、傀儡兵が巡回している様子もない。よほど襲撃の可能性は低いと思われていたのか、それとも罠 か。姿が見えない以上、彼らは進むしかなかった。 先頭を行くジャクソンが、足を止めた。左手をグーにして上げて、止まれの合図。壁に身を寄せて、目的地の食堂前にまで到達したことを知らせる。眼と身振り手振りだけで彼はグリッグとギャ ズに配置に就くよう促し、二人はそれに従う。食堂への扉は電子ロックされているようだが、物理的に解除する手段を彼らは用意していた。 ギャズが、粘土のような物体を持ち出し、扉に押し付ける。信管とコードをセットし、起爆準備完了。粘土はC4爆弾だった。どうせ押しても引いても開かないならば、爆破してしまえと言う魂胆 だった。とは言え、監禁されている乗組員たちまで吹き飛ばしてしまっては意味がない。量は控えめに、扉を爆破できるだけに留めてあった。 視線を交わす。アイ・コンタクトで意思疎通。突入準備が整った。ジャクソンはギャズにやれ、と合図。彼は頷き、起爆スイッチを押す。直後、轟音と共に弾け飛ぶ扉、舞い上がる煙。悲鳴が食 堂内で聞こえたので、やはりここで間違いない。爆破直後にも関わらず、ジャクソンとグリッグは煙を突っ切って突入する。 煙の向こうに、敵がいた。床や椅子の陰に伏せる乗組員たちの中で突っ立っている傀儡兵。ゆっくりと、スローモーションのような動きで手にした魔導杖を銃口のようにこちらに突きつけてくる ――動きは、生身の兵士たちの方が上だった。MP5Kの銃口を跳ね上げたジャクソンは、素早く照準を敵に合わせて、短い間隔で引き金を数回引く。軽快な射撃音と共に薬莢が弾け飛び、小口径の弾 丸を一度に何発も浴びた傀儡兵がのけぞり、倒れる。右手に見えていた敵には、すでにグリッグのM4A1が向けられていた。五.五六ミリ弾が放たれ、こちらの傀儡兵も崩れ落ちるようにして倒れ、 撃破された。煙が晴れるまでの一分もない時間のうちに、兵士たちは食堂にいた傀儡兵たちの制圧を完了する。 「オールクリア、上手いぞ」 「ナイスショット、いい腕だぜ」 短くお互いの腕を褒め合って、ジャクソンとグリッグは銃口を下ろした。爆破担当のギャズも加わって、乗組員たちの救助を行う。彼らはいずれも目隠しされて手足も縛られていたが、負傷した 者はいないようだ。一人一人、拘束を解いてやる。 乗組員たちのうち一人の解放を行おうとしたジャクソンは、ふと気付く。どこかで見覚えのある女性だった。栗毛色の髪をリボンで束ねた、どことなく姉貴のような雰囲気を持った女性。目隠し と口を覆っていたテープを引き剥がすと、やっぱりな、と納得した。確か、以前にクロノ・ハラオウンの元を訪ねた際に顔見知りになったことがある。名前を、エイミィと言ったか。 「エイミィ・リミエッタ? 俺が分かるか、ジャクソンだ。クロノの友人。奴はいるか?」 「ええ、分かります――クロノ君は、分からないけど。あの、どうしてここに。いったい何が」 「説明は後だ。動かないでくれ」 顔を合わせるなり疑問の声を上げるエイミィを無視して、ジャクソンはナイフを持ち出した。まったく、魔法の世界だと言うのに拘束方法はなんて原始的なんだ。胸のうちで悪態を吐き捨てながら 彼はナイフで彼女の手足を縛る縄を切り解いた。これで晴れて自由の身、見渡せばギャズもグリッグも他の乗組員たちを皆、解放していた。 「さて、どこから説明しようか――ああ、誤解しないでくれ。俺たちは君たちに危害を加えるつもりはない、本当だ」 解放されたばかりの『アースラ』乗組員たちは、しかし疲れと疑問が入り混じった表情をしていた。視線が自分たちの銃に向けられていることに気付き、兵士たちは得物から手を離して攻撃の意 思はないことをアピールする。とは言っても、それですぐに信用してくれるはずがなかった。どこからどう見ても、彼らの兵装は地球の質量兵器。管理局と地球、正確にはアメリカだが、とにかく 戦争状態にある相手と思われても仕方ない。 「あーあー、ちょっと。なんでうちらの到着待たんの。こら、ジャクソンさん」 どうしたものか、とジャクソンが頭を悩ませていると、不意に、独特のイントネーションを持った若い女性の声が響き渡った。振り返れば、見慣れた少女がそこにいた――八神はやて。彼女の姿 を見た時、わっと乗組員たちが湧いた。ようやく信頼できる人に会えたと言う様子だった。先頭に立ったエイミィが、はやての質問の雨を浴びせている。 「はやてちゃん!? 嘘、なんでここに!? クロノくんは? って言うかこの怖い兵隊さんたちは何!? 色々教えてよ、お姉さん分かんないことだらけだから!」 「ちょ、ちょう落ち着いてな、エイミィさん。他の方々も――あー、どこから話そうか。なぁ、ジャクソンさん?」 「おいおい、室長がそんなのじゃ困るぞ」 室長、と言う言葉に、乗組員たちは反応した。今のはやては、何かの要職に就いているのだろうか? 答えは、彼女自身の口から語られることになった。 「ゴホンッ――まぁその、記念すべき初任務やった訳やよ。"機動六課準備室"の、な」 SIDE Task Force141 四日目 1619 ブラジル リオ・デ・ジャネイロ ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹 ここに、一つの動物の群れがあったとしよう。性格は非常に獰猛で、一匹では大したことはないが、ほとんどの場合、彼らは無数とさえ思えるような数で攻め入ってくる。そんな群れの長を捕獲し たならば、群れの者たちはどんな行動に出るのか? 答えは、至って単純だ。長を奪還すべく、攻め込んでくる。それも、一度に大量に、だ。 ローチたちTask Force141が直面しているのは、まさしくそういう敵による追撃だった。南米、ブラジルに居城を構える武器商人、アレハンドロ・ロハスは配下にスラム街の一帯を掌握できるほど の部下を持っており、ロハスを確保するということは、彼らが奪還に乗り出すのは当然のことと言えた。ロハスの確保に至るまで相当な数のギャングを排除したが、それすら氷山の一角に過ぎない。 Task Foroce141は一騎当千の強者揃いであることは間違いないが、ギャングどもはそれを数の暴力によって覆そうというのだ。これに打ち勝つことは出来ない。勝てない相手からは、逃げるしかない。 ところが、彼らを回収すべきはずの手段は司令部との通信が飛び交い混迷する一方の回線により、完全に消え去ってしまっていた。通信機のスイッチを入れてもほとんど雑音同然の音声しか拾わず 孤立無援、袋の鼠も同然に近い状況だ――"近い"と言うのは、完全に閉じ込められた訳ではないからだ。米軍による正規の脱出法は完全に消えたが、まだ非正規の方法が残っている。 「一人心当たりがある。携帯電話を貸してくれ、どれでもいい」 指揮官、マクダヴィッシュ大尉が突然妙なことを言い出した。何を考えてるんですか、と胸中に走った疑問はあえて口に出さず、ローチはスラム街の中の一軒、銃撃戦に巻き込まれるのを避けて住 民が逃げ出した無人の家屋に上がりこみ、古い型の携帯電話を探し当てた。そいつを上官に渡すと、マクダヴィッシュは迷いのない動きで番号を押し、電話する。どこにかけているのだろう。 「ああ、ああ、そうだ。今すぐ繋いでくれ――何? 海外通話にはカードがいる? そんなものないぞ。いいから繋げ……出来ない? くそ、ふざけやがって」 「どうしたんです?」 「ゴースト、お前財布持ってるか」 苛立ちを声と表情で露にするマクダヴィッシュに、副官のゴーストが尋ねてみる。回答は誰もが予想にしなかったものだ。クレジットカードの番号を教えてくれと。しかし、そうそう上手いこと 持ち合わせているものでもなかった。戦場に私物の財布を持ち込んでも意味がない。スラム街にクレジットカードなんてブルジョアめいたものがあるはずもない。 「大尉、俺のでよければ――経費で払ってくれますよね、これ」 「駄目ならシェパード将軍のポケットマネーから払ってもらおう。あー、VISAの……」 幸い、ただ一人クレジットカードを持ち合わせている者がいた。ミッドチルダ、時空管理局出身のティーダ・ランスター1尉だった。何で持ってるの、とローチが問いかけると、彼は地球で買い物 する時のため、と真顔で言った。おそらく本当であるに違いない。ミッドチルダと地球が正式に交流を持った時、異世界に進出を果たしたのは米軍や各国大使館以外にも、金融業界があった。しかし 特殊作戦に従事する者が、戦場にカードを持ち込むとはいかんせん緊張感が足りないのではないか。そう言いかけて、ローチは口を噤んだ。やめておこう。今はなんであれ、ティーダのカードが役に 立っているのだし。 「お得なプレミアムパック? いらん、早く繋いでくれ……よし、繋がった。ニコライ、久しぶりだな。助けてくれ」 どうやらマクダヴィッシュの言う"心当たり"と繋がったらしい。これで脱出の手はずは整うだろうか。ふと、ジェットの轟音を耳にして、兵士たちは上を見上げる。リオ・デ・ジャネイロの中でも 比較的標高が高い位置にあるこのスラム街は、空港に向けて着陸する、あるいは離陸する一般の旅客機がよく見えた。いっそあれに飛び乗れたらな、とはゴーストの呟き。飛び乗る、そういえば魔法 使いは飛べるのではないか。 「ティーダ、お前だけでも飛んで逃げたらどうだよ」 「冗談。俺だけ逃げても意味ないだろ?」 それもそうか、とローチは笑った。魔法使いらしからぬ装備をしたこの空戦魔導師は、自分たちと一緒に地面を這いつくばって行くつもりなのだ。 結論から言うと、ロハスは知っていることを全て喋った。ソープとゴーストが、彼から聞き出したのだ。スラム街を駆け抜けながら、彼らは分隊員に情報を伝達する。 「ロハスが知っていたのは、マカロフの居場所じゃなかった。奴は、マカロフがアメリカと管理局よりもずっと憎んでいる男がいるってことだけを話した」 「今はその情報に頼るしかない。もしそれが本当ならそいつを見つけ出して、マカロフを釣る餌にしよう」 しかし、聞き出せたのはたったそれだけなのか。誰しもが疑問に思うことだろう。よほどマカロフは、自分の情報を包み隠すことに長けているようだ。直接武器の取引を行った死の商人でさえ、彼 の行方は知らない。ところで、その武器商人はと言えば、虫の息と呼ぶにふさわしい状態で貧民街に放置されたままだった。死んではいないが、自力で動いていけるとは思えなかった。 「大尉、ロハスはどうすんで?」 「地元の警察に譲ってやる。もう通報済みだ」 ティーダからの問いかけに、マクダヴィッシュは足を止めず答える。なるほど、それがいいに違いないと質問者は呟いた。ロハスはギャングたちを束ねる頭領だ。地元警察も逮捕してしまえるならた だちに動いてくれるだろう。 問題はここからだ。マクダヴィッシュ大尉が救出用のヘリを呼んでくれたらしいが、回収地点に到達するまでは貧民街を抜けてその先、市場を通り越して広場に向かわねばならない。ヘリが着陸出 来るような地点は、そこしかないのだ。だが、怒り狂ったギャングどもは群がる蜂の如く、異邦人たちの撤退を阻止しに来るだろう。まさしく蜂の巣を突いたかのように。 Task Force141は指揮官を先頭にして坂を上り、市場へと繋がる道路に出た。そこでローチが目にしたのは、数両の自動車と、武装した集団――まずい、テクニカル(武装車両)だ。荷台に大口径の 機関銃を搭載して、容赦なく撃ってくる。ギャングどもが、彼らの進路を予測して配置したに違いなかった。 散れ、とマクダヴィッシュの指示が飛んだ。言われるまでもなく、ローチは手近にあったコンクリートの壁に飛び込む。敵が、こちらに気付くのにそう時間はかからなかった。理解不能なくらい早 口でまくし立てられた異国の言葉が走り、すぐに銃撃戦が始まる。彼の身を守る防壁は、しかし防弾に使うにしては少々頼りなかった。現に、ピュンピュンと貫通した小銃弾が身体のすぐ傍を掠めて 飛んで行く。死の恐怖が、ほんの一瞬で命を奪いかねない状況だ。くそ、と罵り、手にしていた短機関銃UMP45を持ち出し、危険を承知で身を乗り出す。短機関銃は威力と射程で小銃に劣る分、反動と重量が軽く、取り回しが良い。素早い照準、捉えた敵を撃つ、撃つ、撃つ。いくらか射撃した後、再び身を潜めてクイックリロード。中途半端に消耗したマガジンのままでは、いざという 時命に関わる。マガジンを銃に差し込み、再び銃撃。ダットサイトの向こうでギャングがあっ、と悲鳴を上げて家屋の屋上から文字通り撃ち落とされるのを確認し、駆け出す。次の障害物まで突っ走 り、身を隠す。少しずつでも前進していかねば。 「うわ、ち、くそっ」 ドンドンドン、と明らかに自分の持つUMP45や普通の小銃と違う、低く重い銃声が鳴り響いた時、ローチはそれが、自分に向けられているのだと思い知らされた。遮蔽物、それもそこそこに分厚そ うな家屋の陰に身を寄せたと言うのに、飛び込んできた銃弾は易々と貫通し、彼の周囲に着弾し、跳ね飛ぶ。テクニカルのM2重機関銃の射撃に違いない。口径一二.七ミリ、第二次世界大戦の頃から ずっと現役である老兵は、しかしその威力にまったく衰えを感じさせない。歩兵などボロ雑巾のように弄んでしまう。苦し紛れにUMP45を右手で壁から突き出し、引き金を引いて照準も何もない滅茶 苦茶な乱射で抵抗を試みる――駄目だ、これは死ぬ! 怒ったように反撃の銃撃を浴びせかけられ、ローチは身を伏せ、縮こまるしかなかった。勝てない。火力で圧倒的に負けているのだ。他の味方 も、状況は似たようなものだろう。ティーダ、と首元のマイクに戦友の名を浴びせて援護を求めようとするが、返事がない。 「車だ、車を撃て!」 誰の指示だったかは分からない。しかし、片方の耳に突っ込んだイヤホンに誰かの声が入ってきて、藁をも掴む思いで彼は指示に従った。機関銃座が設けられている白い車体のテクニカルに向けて UMP45を乱射。敵兵たちは激しく撃ち返してきたものの、弾に当たらないことを祈るほかなかった。身を掠め飛ぶ、銃弾と言う名の死神の嵐。訳の分からない雄叫びが聞こえて、それが自分のものだ と気付いたのは銃が、カチンッと機械的な断末魔を鳴らした時だった。リロードをやろうとして、いきなり後ろから首根っこを引っ張り掴まれ、強引に地面に叩きつけられる。ひっくり返る視界の最 中で彼が見出したのは、鮮やかな橙色をした髪の男。ティーダに、それからその背後で顔を髑髏のムバラクで覆った兵士もいた。これはゴーストだ。大胆にも遮蔽物に隠れようともせず、小銃のACR をフルオートでぶっ放していた。 直後、轟音。スラム街に熱風が渦巻いたかと思うと、黒煙と炎が敵のテクニカルを包み、荷台にあった機関銃がひっくり返っていた。慌てて逃げ出す敵兵たちの背中に向けて、今度はティーダの放 った魔力弾が叩き込まれる。彼は命中させる気はないらしく、威嚇射撃に止めていた。どの道、一人や二人撃ち倒したところで意味のない戦力差なのだ。適当に恐怖心を煽って撃たせず引っ込ませた 方が、脱出はやり易くなる。 テクニカルは、よくよく見れば日本のトヨタ製だった。日本車は高品質だとローチは聞いていたが、エンジン部にあまり多量の銃弾を撃ち込まれても耐えられるほど頑丈ではなかったのだろう。彼 の撃った銃弾と、それからゴーストの放ったACRの銃弾がやがて火災を引き起こし、引火と爆発を発生させたのだ。くそ、日本人はギャング相手にも商売するのか。 「立てるか?」 ティーダに差し出された手を無視して、ローチは立ち上がる。まだ、回収地点には到達出来ていない。ギャングどもも、これで諦める訳ではないだろう。Task Force141は硝煙と敵の死体で埋もれ るスラム街を進み、市場へと向かう。 「ティーダ、ケンタッキーは好きか!?」 案の定、市場に辿り着いた兵士たちと魔法使い一名は、激しいギャングどもの待ち伏せに会っていた。入り組んだ地形は視界を遮り、敵と味方の区別を困難にする。挙句、ここは敵地であり、敵兵 たちは土地勘を持っているのだから質が悪かった。普段はスラム街の中でも比較的活気がありそうな市場は、たちまち銃声と爆音、怒号に染め上げられる。放置された籠に中にいたニワトリたちが、 なんだかずいぶん場違いな感じがした。彼ら、もしくは彼女らはコケーッと悲鳴を上げるばかりで、何も出来ない。 物陰に隠れて、それでもなお銃撃に晒されるローチは、近くで彼を援護していた魔導師を呼んだ。呼ばれたティーダは拳銃型のデバイスで激しく敵にお返しの魔力弾を叩き込みながら――部隊の中 でも、彼の銃撃は猛威を振るっていた。入り組んだ地形であってもティーダの放つ弾は文字通り魔法で、見えない敵だって追尾する――「あぁ!?」と聞き返す。何を言ってるのか聞こえなかったら しい。仕方なく、兵士は少し離れたところで銃撃から身を隠すマクダヴィッシュに視線をやった。やれ、と指揮官は手で合図。了解、と口には出さず行動でローチは返事した。手には、手榴弾。 「フライドチキンは!? って言うか鶏肉好きか!?」 「嫌いじゃねぇよ、訳分かんねぇけど!」 それはよかった、とピンを抜く。一、二、三とカウントした後、ローチは手榴弾を敵がいると思しき方向に投げた。カラン、と一度地面をバウンドして転がった手榴弾は、市場の奥で爆発。一つと 言わずにもう二つ、と同じように手榴弾を投げ込み、爆発、爆発。直後、銃撃が止んだ。入り組んだ地形は爆風のエネルギーを反射させ、その威力を拡散させることなく、敵に死神となって襲い掛か ったのだ。市場に展開するギャングたちは、味方だと思っていた地形により敗北を喫したことになる。 ところで、何故ローチがフライドチキンは好きか、とティーダに訊ねた理由であるが、哀れにも爆風に巻き込まれたニワトリたちが市場には多数存在した。可哀想に、戦争に巻き込まれてしまった ばっかりに。次に生まれてくる時は、今度こそ美味しいチキンになるといい。 「カーネル・サンダースが泣いてるぞ。泣きすぎて川に投身自殺するんじゃないか、これ」 「ああ、十年ぐらいしたら上半身が出てくるさ」 さらば、ニワトリたちよ。君の犠牲は無駄にしない。ゴーストとマクダヴィッシュが短い追悼の言葉を送って、Task Force141は市場を抜けた。ようやく回収地点、ヘリが着陸できそうな広い平地 が見えてきた。と、その時、碧空の向こうからバタバタとローター音を鳴らしてやって来るヘリが見えた。ギャングどもが攻撃ヘリなど持っているはずもないから、おそらくマクダヴィッシュが呼ん だ救援のヘリだろう。その証拠に、指揮官は通信機でヘリと交信している。 「ニコライ、あと二〇秒で到着する。そっちも準備しててくれ!」 「友よ、それでは遅すぎるかもしれんぞ。上から見えるが、民兵どもがどんどん集まってきてる」 オープンにしていた通信回線に、ロシア訛りの強い英語が入ってきた。マクダヴィッシュがニコライと呼んだ、ヘリのパイロットのものらしい。ここまで来て、敵はまだ諦めないのだ。よほど主君 を奪われた憎しみは深かったのか、それとも単に血に飢えているのか。どちらにせよ、言えることは一つだ。逃げなきゃ、やばい。 家屋を抜けて近道し、ついに回収地点に辿り着く。頭上には、ヘリが待機していた。吹き付ける風、うるさいくらいのローター音がかえって頼もしい。ニコライのMH-53ペイブロウ大型輸送ヘリ。 米空軍で使用されている機体だが、国籍標識がないのを見るに、ひょっとしたら自家用機かもしれなかった――軍用の大型ヘリを自家用機? 乗ってるのはなんてブルジョアな奴なんだ。スラム街を 歩いたら金目のものを引っ手繰られるぞ。 ローチの思いは、現実のものになってしまった。ヘリとTask Force141が遭遇するなり、辺りからわらわらと銃を持ったギャングたちが押し寄せてきた。敵は直感的にMH-53を敵とみなし、激しい銃 撃を浴びせる。もちろん、歩兵用の小火器で簡単に落ちるほどニコライのヘリは脆いものではないが、こんな状況下で回収など出来るはずがない。 「駄目だ、攻撃が激しすぎる。着陸出来ない!」 「ニコライ、離脱しろ! 予備の回収地点に行ってくれ!」 「そうするよ、幸運を!」 やむを得ず、部隊はこの場での回収を諦めた。マクダヴィッシュを先頭に、Task Force141はギャングの攻撃を跳ね除けながら、家屋の屋根へ昇る。スラム街の屋根は繋がっていると言ってもいい ほどの密集しており、ほとんど平地と変わらないからだ。もちろん、敵の脅威が及ばない地点にまで移動せねばならないが。 「大尉、あのロシア人は信用できるんですか!? 逃げたってことはないでしょうね!?」 「ゴースト、無駄口叩く余裕はない!」 「くそ、了解です!」 ローチは、なんとなく嫌な予感がしていた。屋根に昇るが、回収地点はまだ先だ。文字通り屋根伝いに目標に向かって精一杯の駆け足で向かうが、スラム街の屋根はそう頑丈なものではない。足を 踏みつける度にギシッと軋む音がして、屈強な兵士たちが何人も同じ屋根の上を走り抜けていく。慎重に、などと言ってられる余裕もないが、それでも足が竦んでしまう。急げよ、と空は飛べるはず なのに最後まで徒歩で行くことになったティーダが背中を押してくれなければ、彼は一人置いていかれたかもしれない。 「戦友、上から見てるとスラム街全体がそっちを殺しにかかってるようだぞ。何か悪いことしただろ、動物殺したりとか」 「つまらんことを言ってる余裕があるなら離脱の準備をしろ! だいたいニワトリ殺したのは俺じゃない!」 そんな、大尉。俺が責任取るんですか。馬鹿なことを考えながら、跳ぶ、着地、走るを繰り返す。ヘリはもう目の前のところに来ていた。あと少しで――悪い予感が当たった。屋根が、途中で途切 れていたのだ。しかし今更躊躇は出来ない。部隊は皆、思い切り飛んで乗り越えていく。 ローチは、と言うと屋根が途切れる直前で踏み込み、一気にジャンプ。先に飛んだ――彼の場合は本当に飛んでいた。もう徒歩で援護する必要がない――ティーダの後を追う。だが、失速。踏み込 みが足りなかったか、それとも見えざる神の手が彼を跳ばせまいと足を引っ張ったか。ともかくも、ローチは向こう側に着地出来なかった。ギリギリのところで縁には掴まったものの、重力が彼を地 面に引きずり落とそうとズルズル引っ張っていく。うわわわ、と情けない悲鳴が上がった。 誰かが、自分のコールサインを呼んだ。ハッと見上げれば、先頭を進んでいたはずのマクダヴィッシュが、目の前にいた。彼は、手を差し伸べる。雪山でそうしたように。ローチも、彼の手を掴も うとしていた――届かない。差し出された手が、差し出した手がどちらもあと数センチのところで空を切り、そのままローチは、地面へと落ちてしまった。 頭の中で、鐘が鳴り響いている。それが命の危険が迫っていることを知らせる生存本能の警鐘だったのか、それとも彼を呼ぶ声だったのかは判別できない。おそらくどちらも正解だろう。ほんの数 十秒か数分か、ローチは気を失っていた。通信機には、ずっと彼を呼ぶマクダビッシュの声が響いている。ようやく我に返って、落下したのだと自分の状況を認識する。 ふらつく足取りで、どうにか立ち上がる。そうだ、逃げなければ。民家の壁に手を当てて支えにすると、屋根の上で誰かが騒いでいた。民間人かと思ったが、銃を手にしている――やっと、意識が はっきりしてきた。あれは、ギャングたちだ。こちらを指差して、何か言っている。まずい、見つかった! 「ローチ、逃げろ!」 マクダヴィッシュの声。言われずとも、彼は駆け出していた。偶然扉が開いていた民家の一つに突っ込む。直後、激しい銃撃が逃げ込んだ家屋の窓ガラスを木っ端微塵に叩き割った。飛び込んでき た銃弾が家電製品を傷つけ、火花を散らす。敵はもう間近に迫っている。 とにかく逃げた。飛び込んだ家屋に裏口があったのは、この上ない幸運だった。銃は落下した時に手放したらしく、今の彼は丸腰に近い状態だったが、かえって好都合だったかもしれない。身軽に なった身体は、墜落の衝撃などなかったように軽く、障害物を乗り越えていくのに最適だった。とは言え、危機感は消えない。走り抜けていく兵士のすぐ後ろを、死神が通り抜けていった。銃弾が真 後ろに着弾しているのだ。所詮訓練されていないギャングの射撃は上手いものではないが、恐怖心を煽るには充分過ぎる。 裏口を抜けて細い路地を銃撃に晒されながら逃げて、やっと屋根に辿り着く。滅茶苦茶に逃げ回っていたのだから、凄い偶然だ。ヘリが上空を通過していって、ニコライのMH-53が迎えに来てくれた ことに気付く。あれを逃がしたら、今度こそ終わりだ。踏み越え、乗り越え、駆け出し、走り、跳び、ついにヘリが目前に迫る。家屋を抜けて、柵の一つもないベランダから跳び込む。キャビンから 下ろされていた縄梯子に手を伸ばす――また届かない。畜生、俺は呪われてるのか。神よ、俺にここで死ねと!? 伸ばした手を、誰かが掴む。ティーダだった。空戦魔導師が、ヘリに併走する形で空を飛び、ローチを救出したのだ。 「神が許さなくても俺が許すってね――大丈夫か、落ちるなよ」 「言われなくてももう落ちたくねぇよ」 眼下は大西洋に繋がる海、ここで落ちたら今度こそ死んでしまう。必死にティーダの手を掴んで、ローチは早くヘリに入れてくれ、と悲鳴に近い声で訴えた。 「友よ、どこに行けばいい?」 「潜水艦だ」 一方、MH-53のコクピットではホッとした様子のマクダヴィッシュが、パイロットのニコライに行き先を伝えていた。 死地から脱したTask Force141には、しかしまだやるべきことが残っている。マカロフが唯一アメリカよりも憎む『囚人627号』を探さなければならない。 戻る 次へ
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活動予定 みなさんで適当にクラン内戦とか企画してくださってかまいませんよ! クラン戦結果 いんぐー様・・・大敗orz まあ初クラン戦なのでこんなものかと思います。次回に向けて精進です! F.D様・・・辛勝 クラン戦は1回のみやりました。 こちらと相手の方のメンバーの集まりが悪く、グダグダになってしまいました。 やっぱり時間が早すぎましたね・・・ 次回は森下隊長殿に参加してもらいたい限りです。 クラン内戦優勝・・・ヒロ太郎 人がまったく集まりませんでした。 MW2wiki大会(主催JCPT) DAKUENDO様・・・1回戦負け 1ー2で負けました。 メンバーが集まっていれば勝てました。 次の大会まで腕を磨いておきたいですね。 クラン戦予定 とくになし