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前ページ次ページお前の使い魔 わたしとダネットは、キュルケのげんこつとタバサの杖で付けられたたんこぶを冷やす為、医務室に来ていた。 なんか最近、医務室と縁があるわね。こんな縁は嬉しくないけど。 「全く……何なんですかあの青い髪したちび女は。お前より凶暴です。」 「誰が凶暴よ!!」 怒鳴りつつも少しホッとする。どうやら、召喚した最初の時、タバサが風の魔法で吹っ飛ばして気絶させたのは知らないみたいだ。 知ってたらタバサに掴みかかりかねないもんねこいつ。 まあこんな感じでダネットと睨み合いながら、恒例行事と化してきている口喧嘩をしていると、医務室のドアからノックの音が聞こえた。 「誰よ?」 ダネットと喧嘩していたせいで、若干怒り混じりの声を出すと、少し遠慮がちにドアが開いた。 「ギーシュじゃない。何よ? まだ決闘の横槍で言いたいことでもあるの? でもあれはむしろ感謝してもらいたいぐらいよ。全く……危うく目の前で惨殺死体見せられるとこだったわ。」 わたしが一気にまくし立てると、ギーシュは少し頬を引きつらせ、「ハハ……いや、それはもういいんだ。そうじゃなくてだね」と言って、ダネットをちらりと見た後、何かを決心したような顔になり、わたしに向き直った。 「な、何よ? わたしに文句でもあるの?」 「すまなかったルイズ。」 「は? どうしたのあんた? 熱でもあるの?」 いきなり謝られても困る。流れが全くわからない。 本気で熱でもあるんじゃないかしらこいつ。 「いや、実はだね。決闘の前に彼女と言い合いになった際、僕は君を侮辱してしまってね。まあ、それが彼女に火を付けてしまい、ああして決闘騒ぎにまでなってしまったんだ。」 おい、どういう事だダメット。わたしは何も聞いてないわよ。 そんな目線をダネットに送ると、ダネットはばつが悪そうに頬を掻いてそっぽを向いた。 ん?もしかして照れてる? 「聞いてないのかい? うーむ……いやね、僕はあの時、興奮して言ってしまったんだ。『ゼロ』のルイズと同じで、使い魔も無能だと。」 「あんた喧嘩売ってんの?」 わたしが頬をひく付かせてギーシュを睨むと、ギーシュはぷるぷると顔を横に振って、必死に弁明しだした。 「お、落ち着いてくれルイズ。続きがあるんだ。それで、僕がさっきの侮辱の言葉を言ったら、彼女何て言ったと思う?」 「キザ男!! ぺ、ぺらぺらと何でも喋るんじゃありません!!、く、首根っこへし折りますよ!?」 何故か真っ赤になりながら、手をばたばたさせてるダネットを睨みつけて黙らせ、ギーシュに話の続きを言うよう促す。 「彼女は、自分が侮辱されたことよりも、君が侮辱されたことに腹を立てた。『あいつはゼロじゃない。何も無いゼロなんかじゃない。その言葉を取り消しなさい。謝りなさい。』ってね。」 それを聞いた後にダネットを見ると、真っ赤な顔で、何故か「うー」と威嚇の声をあげた。ダネットなりの照れ隠しなのだろうか。 「まあそんな訳で、僕は謝罪しにきたと言う訳だよ。そして改めて、すまなかったルイズ。それに使い魔の……」 「ダネットよ。ご主人様に大切な事を何も言わない、ダメな使い魔のダメットでもいいけどね。」 「だ、誰がダメですか!!ダネットです!!」 ギーシュは、また「うー」と唸りながら頬を膨らませるダネットを見て微笑み、薔薇を模した杖を口元に近づけながら、最後に「いい使い魔を持ったね、ルイズ。」と言って部屋を出て行った。 部屋に取り残されたわたしとダネットは、お互いに顔を背けながら無言になる。 うー、ダネットにつられてわたしまで顔が赤くなっちゃうじゃない。何なのよ全く。 5分ほど経っただろうか。突然、ダネットが沈黙を破る為か、赤い顔をしながら言った。 「お、お前!! お腹が空きました!! ご飯にしましょう!!」 「そ、そうね。そうしましょうか。」 どこか他人行儀になりながら、わたしとダネットは医務室を出て、食堂に向かう。 食堂の手前まで来て、ダネットは厨房の方に向かおうとした。 多分、使用人の使ってる食堂に向かおうとしたのだろう。 わたしは、そんなダネットに思わず声を掛けていた。 「だ、ダネット!!」 「な、何ですか?」 お互いにぎくしゃくしながら向き合う。 「その……あり、あり……」 「あり?」 『ありがとう』そんな簡単な一言がどうしても言えない。 プライドが邪魔してるんじゃなく、単純に恥ずかしい。 使いまに感謝の念を抱くなんて、わたしはメイジ失格かもしれない。 いや、今はそんな事より言わなきゃ。『ありがとう』って。 表情がコロコロ変わるわたしを見て、不思議に思ったのかダネットが怪訝そうな顔で尋ねる。 「どうしたんですかお前? お腹でも痛いんですか?」 「違うわよ!! その……あり……あり……有難く思いなさい!!今日の夕飯はわたしと一緒に摂る事を許すわ!!」 違うでしょわたし!! ここは『ありがとう』でしょ!!ほら、ダネットもぽかんとしてる!!あーもう何でいっつもこうなのよ!! 必死に弁解しようと、わたしは両手を振って訂正しようとする。 「あ、そうじゃなくてあのね。そのね。えっとね!!」 「仕方ありませんね。そこまで言うなら、一緒に食べてやらないこともないのです。感謝しなさい。」 ダネットは、そんなわたしの心中を知ってか知らずか、微笑みながら言った。 いや、あの笑い方はわかってやってる。いや待て、こいつはダメットだ。実はわかってないのかもしれない。きっとそうだ。うん。そういう事にしとこう。 「い、行くわよ!!」 「ええ。お腹一杯食べましょう!!」 その後、ダネットの『お腹一杯』の基準を思い知らされ、また食堂にわたしの怒号が響き渡ったのは余談である。 戦争のような食事も終わり、わたし達は部屋に戻った。 ここで、重要な事にわたしは気付く。 「そう言えば、あんたの着替えって無かったわね。」 「言われてみればそうですね。じゃあ、明日は狩りにでも行きましょう。」 斜め上の返事をされ、わたしの思考が止まる。 「は?」 「ですから狩りです。獲物の皮を剥いで服にするのです。もしくは、獲物と引き換えに乳でか女にでももらいましょう。」 どこの原住民だこいつは。 皮をなめして服にするなど、何日かかるかわからないし、わたしはそんな血生臭そうな光景見たくもない。 引き換えと言っても、キュルケもいきなり動物の肉なんぞもらって服をよこせと言われたら困るだろう。 「服ぐらい買えばいいでしょ。」 「私、お金持ってませんよ?」 「それぐらいわたしが出すわ。使い魔の服も用意できないとか言われたら、ヴァリエール家の恥よ。」 「おお、お前いい奴ですね!!見直しました!!」 こんな事で見直されるわたしって一体……。 「後、ベッドとかも用意しなくちゃね。いつまでも一緒のベッドっていう訳にもいかないし。」 「私は一緒で構いませんよ?」 「あんたと一緒に寝てたら、いつかわたしが凍死しそうだから却下。」 「お前はたまに、よく判らない事を言います。このぐらいの気温なら、毛布があれば凍死なんてしません。」 「その毛布をわたしから剥ぎ取ったのはどこのどいつよ!!」 怒鳴られてふてくされたダネットを余所目に、今後の事を考える。 買い物は明後日の虚無の曜日に行くとして、それまでは同じ服で我慢してもらおう。わたしだって凍死の危険がありつつもベッドを使わせるんだからお相子よね。 でも、せめて寝巻きぐらいどうにかしないと、一緒に寝るのは抵抗がある。 ここはキュルケに……いや、あいつに貸しは作りたくない。絶対に今後、何かある度にネチネチ言ってくるに決まってる。 となると……。 「お前の服、丈が短くてスースーします。もっと大きいのはないのですか?」 「それが一番大きいのよ!! 小さくて悪かったわね!!」 「あと、胸がきついです。」 「う、うるさいわね!! な、何よその笑顔!! 喧嘩売ってんの!? 買うわよ!! 買ってやりますとも!! 表に出なさい!!」 「外は寒いから嫌です。こんなちっちゃい服じゃ凍えてしまいます。」 「ちっちゃいって言ったわね!? しかも胸の部分を見ながら!! 胸の部分は寒さと関係無いでしょ!!」 「ルイズ!! ダネット!! あんた達うるさいのよ!! 少しはあたしの身にもなんなさい!!」 こうして決闘の夜はふけていった。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 何だろうここ?真っ暗だ。わたし、どうしたんだっけ?あれ? あ、そうか。この感じは夢だ。 『……………………』 誰よあんた? わたしに何か用? 『……た……す……ね』 はっきり言いなさいよ。聞こえないわよ。 『時がき…・・・で……ね』 は?何? 『あなた……らの性を望み……すか?』 せい?せいって性? 失礼な奴ねあんた。どこからどう見たって女でしょう? 『では、あなたの望みの名は?』 名前って、わたしの名前はあれよ。あれ。 あれ?名前……名前……あれ? ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「あれ?」 部屋の外はまだ暗い。どうやら夜中のようだ。 隣では、すやすや眠るダネットの姿。 どうやらわたしは変な夢を見たようだ。 とは言っても、夢の内容は思い出せない。まあ、思い出せないということは、取るに足らない夢だったという事だろう。 「寝なおそ。」 二つの月が、とても綺麗な夜だった。 前ページ次ページお前の使い魔
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反省する使い魔! 第七話「決闘・三年ぶりの戦い」 ヴェストリの広場… ルイズたちに案内されてやってきた広場には 音石やルイズたちが想像していた以上にギャラリーが集まっていた。 しかし、観客は多いほど盛り上がるしやり甲斐がある… ギタリストとして熱く生きることを目標とした音石にはちょうどよかった。 「ギーシュ!あいつが来たぞ!」 観客の一人マリコルヌがそう言った瞬間、ギャラリーたちが一斉に音石を見た。 そしてギーシュが高らかに杖の薔薇を掲げる。 「さあ諸君、決闘だ!!」 観客たちがよりいっそう強い歓声を上げる。 音石がギーシュのいる広場の中央に向かい、 ルイズとシエスタは野次馬に紛れ込んだ。 「逃げずにきたのは褒めてやろうじゃないか、正直意外だったよ…」 「御託はいいんだよ、さっさと始めようぜ」 「まあ、待ちたまえ。軽くルールだけは説明しておこう、とはいっても単純だ、 どちらかが敗北を認めるまでだ。立会人はここにいる観客たち…、 ついでに言っておくが僕はメイジだから当然魔法で戦わせて貰うよ? だが僕は慈悲深い、ハンデとして…僕の杖であるこの薔薇… 君がこの僕からコレを奪うことができたら君の勝ちにしてやろう フフッ、とは言っても所詮平民ごときにできやしないだろうがね」 「フッフッフ、よく言うぜ。逆に聞くがよ、魔法がなかったら何にもできやしない 口だけ野郎のお坊ちゃまが魔法以外でどうやって俺に勝つ気だ? テーブルマナーでもしてくれんのかよ?」 「………いいだろう、そんなに死にたいのならっ!!」 音石の挑発に頭に来たギーシュが勢いよく薔薇を掲げ、魔法を発動しようとしたが… 「ン!だがちょっと待ってくれ……… その前にオレのほうも『ハンデ』を決めとくぜ」 音石の発言にギーシュ含め、周りの観客たちも一瞬キョトンとしたが すぐそれは爆笑に変わった。 ギーシュが目を閉じ、顔に薔薇を近づけクックックッと皮肉そうに笑った。 「『ハンデ』だと?クックック何を馬鹿なことを…平民ごときに 『ハンデ』など必要な…」 「ギーシュ危ない!!」 「え?」 【バキィッ!!】 「うぐぇっ!!!」 「おいおい、なに決闘中に目なんか瞑ってんだぁ~? ふっふっふっふ、眠いんだったらコレで目ぇ覚めただろぉ」 音石が言うコレとは 目を瞑った瞬間、ギーシュに一気に近づき 彼の顔面にお見舞いした音石の拳のことである。 生徒の一人がギーシュに警告したときは時既に遅しだった。 「なんて卑怯な……!」 「さすが平民だな!そこまでして勝ちたいのか!?」 「神聖なる決闘を…、なんて奴だ!!」 「おい平民!卑怯だぞ!!」 観客からの熱烈なブーイングを受けるものの、 音石はギーシュにそれ以上の追撃はしなかった。 いや、それどころか元いた位置に後退し、ギーシュが立ち直るまで 待っていたのだ。 「ぐ…はっ…、やってくれたな…… よもやこんな手を使ってくるとは…、さっき貴様を褒めてやろうと言ったが… 取り消させてもらうぞ、平民…」 ギーシュの殺気と怒りが篭った目が音石を睨み付けるがそれでも ギーシュの目に臆する事も無く、音石は余裕の笑みを浮かべていた。 そんな音石の余裕の表情に、ついに必死で平静を保っていたギーシュの 怒りが爆発した! 「平民ごときがっ!!貴族をコケにするのも大概にしろぉーーーーッ!!!」 今度こそ勢いよくギーシュが薔薇を振る。 すると花びらが宙を舞い、地に触れる。 その途端、まるで地面から生え出てくるかのように 甲冑を身に纏った一体の青銅の女戦士が現れた! 大きさは大柄の人間ぐらい、およそ2メートル前後ほどである。 「ほぉ~、そいつがてめえの魔法ってワケか?」 「この『ワルキューレ』が貴様を嬲り殺してやる!! この『青銅』のギーシュを怒らせたことをあの世で永遠に後悔するがいい!!」 「『ワルキューレ』……ねえ…… しかし嬲り殺す?ククク、そんなノロそーな鉄くずでかァ~?ククククク 笑ったものか!アクビしたものか!こいつは迷うッ迷うッ」 ワルキューレが音石に突進を仕掛けてきた。 こうして決闘の火蓋が切って落とされる! 所変わってここは学院長室 魔法学院の最高責任者、学院長オールド・オスマンが パイプを吸いながら、退屈そうに机に置かれている大量の書類を眺めていたが やがて、ソレもそっちのけで愚痴をこぼしていた。 「退屈じゃの~、ミス・ロングビル」 オールド・オスマンがいうミス・ロングビルとは 彼の秘書を勤める、緑色の髪と眼鏡をした若い女性の事である。 彼女もまた秘書用の机で書類をまとめている。 「オールド・オスマン、そういう台詞は 仕事を終わらしてから言ってください」 「いやいや、そういう意味での退屈じゃなく……なんと言うかの… そう!毎日が平和すぎてつまらんのじゃ!」 「平和が一番じゃありませんか」 「しかし、こうも毎日が何も無いというのもかえって体に毒じゃろ」 すると、ミス・ロングビルが書類を書く手を止めた。 「オールド・オスマン」 「何じゃ?」 「そーやって私の気を逸らしてる間に スカートを覗くのはやめてください」 ミス・ロングビルが自分の机をずらすように動かすと 机の下から、オスマンの使い魔であるネズミ、モートソグニルが姿を現し 素早くオスマンの元に帰っていった。 使い魔には主人と感覚を共有する能力などがあるらしく オスマンは自分の使い魔のネズミを使い、ミス・ロングビルの スカートの中を覗いていたのだ。 ついでに言うとなぜか音石にはこの使い魔としての 能力が搭載されていないらしい。 「なんじゃバレとったのか、つまらんのぅ ミス・ロングビル、あまり年寄りの楽しみを奪うものではないぞ フム、なるほど…今日はシロか」 「……今度やったら王宮に報告します」 「フォッフォッフォッ、いちいち王宮が怖いよーで この魔法学院の長が務まるかい」 オスマンが笑いながら、自慢の長い顎髭をいじり ロングビルがため息をついていると、学院長室の扉が 不意に大きな音を立てた。 入ってきたのは慌しい様子のコルベールである。 「学院長!た、た、た、大変です!!」 コルベールの顔は汗でびしょ濡れだった。 どうやらよほど慌てて走ってきたようで呼吸もだいぶ荒い。 「どうしたんじゃ、コルベール君 そんなに慌てて…、瞬間育毛剤でも発明したのか?」 「そんなんじゃありません!!あ、いえ、それよりも 見てもらいたいものがあるんです!」 コルベールが手に持っていた本をオスマンに差し出した。 どうやらかなり古いものらしく、だいぶ痛んでいる。 「ほう…『始祖ブリミルと使い魔たち』か、 こいつがどうしたんじゃ?」 「実はさっきまで図書室で調べモノをしていたんですが…」 「調べモノ?」 「はい、…昨日の使い魔の儀式で人間が召喚されたのは 学院長もご存知でしょう?」 「当たり前じゃ、人間が召喚されるなど前代未聞じゃからの」 「実はその召喚された人物がしていた使い魔のルーンが 見たことなかったモノだったので調べてみたんですが… ここです!このページ!ここに記されているルーン!」 コルベールが興奮を抑えきれないまま、昨日紙にスケッチした 音石のルーンと、その本に記されているルーンをオスマンに 見比べさせた。オスマンの目が素早くスケッチと本を見比べ理解した。 なるほどの、コルベール君が慌てるのも無理もない オスマンの顔が引き締まった。 するとまた突然、扉から甲高い音が響いた。 一人の教師が血相を変えてやってきたのだ。 「オールド・オスマン!一大事です!! 生徒が決闘をはじめています!!」 「まったく次から次へと… 忙しいったらありゃせんの~…」 「ついさっきまで退屈じゃの~とか言っていたのは どこの誰でしたっけ?」 「抜け目ないの~、ミス・ロングビル… それで?決闘をしておるのは一体どこのどいつじゃ?」 「あ、はい…一人はギーシュ・ド・グラモンです」 「やれやれ、あのグラモン家のバカ息子か。大方、女の子が原因じゃろう」 「い、いえ…確かにもとの原因はミスタ・グラモンの女癖にあったようなのですが どうもミス・ヴァリエールが呼び出した平民が彼に 暴行を加えたそうなんです」 「彼がッ!?」 コルベールが驚きの声を上げるのとは裏腹に、オスマンは なにかを考え込んでいるのか目を瞑って黙り込んでいる。 「オールド・オスマン、いかがなさいましょう? 教師の何人かが『眠りの鐘』の使用許可を求めていますが…」 「………いや、一旦様子を見ることにしよう、 ほかの教師たちにもそう伝えておけ、何か問題が起こった場合 全責任はわしが取る」 「りょ、了解しました」【バタンッ】 教師が部屋を退出するのを確認するとオスマンが杖を振るった。 すると、壁に飾られていた大きな鏡がなにかを映し出した。 ソレはまさしく決闘が行われているヴェストリの広場の様子だった。 鏡の中でギーシュと音石が向かい合っている。 オスマンもコルベールもロングビルもそれぞれ別々の思考を 張り巡らせながら、黙ってその決闘を眺めていた。 所戻って決闘中のヴェストリ広場 観客の歓声が轟くなか ギーシュのワルキューレの拳が音石に襲い掛かるが、 音石は横にステップしそれをかわす。 次に地面を叩きつけるかの様に拳を振り下ろしてきたが それもバックステップで回避する。 「くっくっく、エラそーに大口叩いてた割には 逃げてばかりじゃないか?少しは僕のワルキューレに 攻撃してみればどうなんだい?」 音石から20メートル程、間隔を空けているギーシュが そう言い放つがそれでも音石は避け続けている。 「あのバカ!避けてばっかじゃあそのうちバテちゃうじゃない!」 そんななか、ギャラリーの中にいるルイズが声を荒げている。 やっぱりここは不本意だけど自分が出てギーシュに謝ったほうが いいんじゃないだろうか…。不安になりながらルイズは 決闘の様子を眺めていたが、それでも音石は避ける一方で 反撃する気配を見せなかった。 「なによなによ!おもしろいものって 避けてばっかて事なんじゃないでしょーねっ!?」 「あ~ら随分とご立腹ね、ヴァリエール」 「当たり前でしょう!!………って、キュルケ、なんでアンタが!?」 「こんなおもしろそうな事が起こってるのに見逃さない手はないでしょ?」 ルイズの後ろから声をかけたのはキュルケだった。 タバサも彼女の横に並んで相変わらず本を読んでいる。 「ねえタバサ、あなたの意見が聞きたいわ。どう思う?」 「……彼には何か勝算がある」 「勝算!?あいつさっきから避けてばっかじゃない! どこに勝算があるっていうのよっ!?」 「少しは落ち着きなさいよルイズ、 でもタバサ、どうしてそう思うの?」 「さっき彼がギーシュに騙し討ちを仕掛けた時、 成功したにもかかわらず、彼は追撃せずあえて後退した 確実に勝利を狙うのならあのまま杖を取り上げるなり、 攻撃を続けたたりしたほうが確実、 でも彼はそうしなかった。ギーシュが仕掛けてくるのを 待っていた、つまり………」 「たとえギーシュが魔法を使ってきても、ソレに対応できる 何らかの自信と勝算がある、ってこと?」 タバサが言おうとした内容をルイズが察し呟く。 タバサはコクリと頷いた。 キュルケもルイズもなるほどと納得はしたもののソレでも重要な所が 未だわからなかった。 「でもタバサ、その勝算って一体何なのかしら? あの使い魔、メイジじゃなさそーだし 特に武器を持っているわけじゃないのよ?」 「わからない、でも考えられる可能性がひとつだけある… 彼がぶら下げているあの見たことない楽器……」 「まさかあれがマジックアイテムの類ってこと!?」 「確証はない、あくまで可能性……」 「……仮にあれがマジックアイテムだとして どうして彼はさっさとソレを使わないのかしら?」 「たぶん様子見、ワルキューレを通して ギーシュの実力を推測してるのだと思う… もしそうならそろそろ頃合……」【オオォーーーーーーーーーーーーーッ!!!】 ギャラリーのいきなりの歓声に 3人が咄嗟に広場に目を戻した。 なんと音石がワルキューレを猛撃を切り抜け、 ギーシュに突っ込んでいるのだ! 一気に間合いに入りギーシュを倒すつまりだ! 広場にいる誰もがそう思った、 しかし同時に音石のその行動を誰もがあざ笑った…、 なぜなら……、 「ハッハッハッ!僕のワルキューレを無傷で切り抜けたのは 敬意を表してあげよう、平民にしてはたいしたものだ! 見た目によらずなかなかいい動きをする……しかし、甘いな!! 僕が操れるワルキューレは1体だけだと思っていたのかい!?」 そう、ギーシュが操れるワルキューレの数は1体だけではなかったのだ! 手に持つ薔薇を振ると、地面から新たに3体のワルキューレが現れたが それだけではない、その3体すべてが槍を武装していたのだ。 「チィッ!」 音石が舌打ちをし、仕方なくバックステップで 距離をとろうと考えたが、後ろにはまだ最初の1体がいるのを思い出し 音石が咄嗟に足を止めたが、その瞬間をギーシュは見逃さなかった。 「そこだ!ステップ移動は止まった瞬間におおきな隙ができる!! ワルキューレ一斉攻撃!その平民を八つ裂きにしろぉッ!!」 前方の槍を持ったワルキューレ3体が 正面、右側、左側から、 音石の後方にいる何ももっていない素手のワルキューレが 音石の背後を、 一気に取り囲み、一斉に攻撃を仕掛けた!! 「いやあアァァァァァァァァァァッ!!!」 シエスタかルイズのかもわからない甲高い悲鳴が広場に響いた。 いや、案外モンモランシーかケティの悲鳴だったのかもしれない……。 「そんな……!!学院長!!!」 学院長室でコルベールが叫ぶ、ミス・ロングビルも なんてこと!と今にも言いそうな顔をしていたが オールド・オスマンの目がよりいっそう鋭くなっている。 「は、早く広場に行って彼に治癒の魔法を……!!」 「まてぃっ!!コルベール君、よく見てみるのじゃ!!」 すぐに広場に向かおうとしていたコルベールは オスマンの声にピタッと止まり、もう一度 広場を映しこんでいる鏡を見てみた。そこには… 「な!?こ、これは一体!!?」 広場の観客たちを初め、ギーシュ、ルイズ、キュルケ、タバサ、シエスタ達は 一瞬何が起こったのか理解できなかった。 だれもが音石のインパクトのある串刺し死体を 強く思い浮かべていたからだ、 しかし、今その広場には音石の周りにワルキューレだった青銅が 粉々になって散らばっているという結果だけが残っていた。 「青銅つっても所詮こんなもんか、案外モロっちーもんだな」 「な、なにを……した?」 「メイジの強さを確かめる為っつっても、さっきのは さすがに焦ったぜ、生身じゃあれぐらいが限界だな」 「僕は何をしたかと聞いているんだ!答えろ!平民!! い、いや…少しだけ見えたぞ、なにか…異様に光った腕が ワルキューレの影から見えた!あれは一体なんだ!?」 「………てめぇ見えてんのか?…いや、そう言えば あのシュヴルーズって教師が言ってたな 『メイジが魔法を使う要は精神力にある』 なるほどな~、精神力を扱うってとこらあたりが俺たちと同じだから 見えていてもおかしくはねーってわけかい……」 「なにを一人でブツブツ言っている!答えろ!あの腕は何だ!!? 貴様、まさかメイジなのか!?それともただの平民なのか!?どうなんだ!?」 ギュウウウアァーーーーーーーンッ!!! 「な、なに!?」 「フッフッフッフッフッフ……」 音石が突然ギターを弾き、笑い始めた、 ギーシュはさらに混乱しながらも、 音石が自分に接近してきているのに気が付き、 すぐさま、新しいワルキューレを作り出した、 しかし4体が一斉に破壊されたことを警戒しているのか 作り出したワルキューレの数は1体だけだった。 「く、くそ!一体何がおこっているんだ…、確かめてやる! いけ!ワルキューレ!!今度こそ八つ裂きにしろぉッ!!」 ギーシュが音石に杖を指し、ワルキューレが先ほどと同じように 剣を手に、音石に突撃を仕掛けた。 周りのギャラリーも平民がワルキューレ4体を一瞬で粉々にしたという 予想外な自体にざわめき始めている。 「あの平民、一体何をしたんだ!?」 「お、落ち着け!ただの平民がギーシュのワルキューレを 倒せるわけがないだろ!!単にギーシュの錬金が甘かっただけさ!!」 「なにか…一瞬光ったような…」 「ギーシュ、落ち着け!そんな平民にうろたえる必要なんてないぞ!」 当然、混乱しているのはルイズたちも同じだった。 ルイズもキュルケもわけのわからない結果に驚愕し、 日頃、特に感情を顔に出さないタバサさえも、本から目を離し 目を見開いている。 「ね、ねえタバサ…、彼一体なにをしたの!?」 「わからない、ワルキューレが陰になって見えなかったから見当も付かない… 少なくとも、普通の人間が青銅を粉々にするなんてありえない」 「そう…よね…、ねえルイズ。あなたは何か見えた? やっぱりあの楽器、マジックアイテムだったかしら?」 「ぜ、全然……わたしにもサッパリ… で、でも……私にも見えた、ちょっとだけ… あれは…、そう間違いない!あれは『尻尾』よ! ワルキューレの足の間から『尻尾』のようなものが視えたのよ!! あいつ、ただの平民なんかじゃない!わたしたちの想像できない 何かを隠し持ってるっ!!」 剣を手に持つワルキューレが向かってきている、 それでも音石は余裕の表情を一切崩さなかった。 運が悪かった、それ以外何者でも無いだろう…、 普通の平民なら十中八九、ギーシュが余裕で勝っているだろう、 しかし悲しきかな、ギーシュが相手にしている平民は本当に特別だった。 異世界から召喚された人間という事実だけでも十分特別だろう… だが、真の『特別』はそれだけではない、真の『特別』とは! 人並みを外れ、その外れた数が多ければ多いほど真の『特別に』近づくのだッ!! そして音石は叫んだ、自分の『特別』を! 才能持つ者にしか手にすることができない特別、自分を『スタンド』を!! 「『レッド・ホット・チリ・ペッパー!!!』」 【ドグォンッ!!!】 「…………………………は?」 マヌケそうな声がギーシュの口から漏れた。 言葉が見つからなかったのだ。一体何が起こったのかわからなかったのだ。 自分は今間違いなく平民と向かい合っていた。 その間にいるのは自分が作り出したワルキューレだけだった、 じゃああれはなんだ?一体なんなんだ? 獰猛な目を持ち、尖った口ばし、尻尾を生やし 体を発光させているあの怪物は一体なんだと言うのだ!? 「い、い、い、一体なんなんだそれはあアアアァァーーーーーッ!!!??」 ギーシュは喉が枯れてもおかしくない大声で叫んだ。 ギーシュだけではない、当然ギャラリーも今までとは 比にならないくらいに騒ぎ出した。 ルイズ、キュルケ、タバサはもはや互いに語り合う事もなく ただ目を見開きながら、レッド・ホット・チリ・ペッパーを眺めていた。 「教えてナンになるんだよ?教えてオレに得があるかァ~? 教えたところでてめーみてーなガキに理解できんのかよ? カスみてーな質問してんじゃねーよ、くっくっくっく」 「うっ……うう……ワ、ワルキューレ!」 「邪魔だ」【ドガァッ!】 「なッ!?ぼ、僕のワルキューレを…い、一撃で!?」 「つくづくカスみてーな脳ミソだな、さっき一斉に4体を破壊してるのに たった1体でどうにかできるわけねーだろ? こんなノロい鉄くずが我が『レッド・ホット・チリ・ペッパー』を 上回るとでも思ってんのかァー?ボケが」 ギャラリーはさらにパニックになった。 なんてことだ!あの亜人は姿がおぞましいだけでなく 強さもデタラメだ!どうなっているんだ!? なぜあれほどの亜人をあの平民が操っているんだ!? ギャラリーの混乱は増すばかりだった。 「くっくっくっく、いいね~~、この歓声が実にいい… やっぱり、ギタリストとして熱く生きるオレは こーゆーのが必要なんだよなァ~~~、フッフッフッフッフ おらぁガキ共ッ!!声が小せぃんだよ、もっと張り上げろッ!! もっと俺を熱くさせろぉッ!!!」 ギャギャアーーーーーーーーーーーーーンッ!!! ギターを奏で、ギャラリーはいっそうパニックの声を高めた。 レッド・ホット・チリ・ペッパーも観客にインパクトを与えるために 音石の周りを飛び回っている。 ギーシュはこの理解不能な事態を受け入れることができなかった、 自分は今間違いなく人間の平民を相手にしていた筈なのに、 本当なら自分のワルキューレがあの無礼な平民に鉄槌を下す筈なのに、 しかしなんてことだ、自分が相手にしていた平民はただの平民では なかった。亜人を操る平民なんて聞いたことがない。 自分はとんでもない奴を敵に回していたんだ、 「う、う、うわああああああああああああッ!!!」 ギーシュは無我夢中で杖を振り、残り最後の2体のワルキューレを生成した。 理解不能ではある、しかし今あの男は自分と戦っているんだ。 戦っている以上、あの男はあの亜人を使って自分を攻撃してくる。 青銅を一撃で粉砕するほどのパワーをもし生身の自分が受けたら… 間違いなく死ぬ! 「たった2体だけって事は…、そいつらで最後ってわけか オーケー、ギャラリーも最高に盛り上がってるところだ ここいらで一気に決めちまったほうが最高にカッコいいよなーッ!」 「く、来るな!来るんじゃないッ!!」 駆け出した音石にギーシュのワルキューレがヤケクソに 手に持つ剣で無茶苦茶に振り回している。 「山カンにたよってヒョッとして大当たりなんつー 都合のいい発想はやめろよな」 【グゥアシッ!】 「なッ!?う、受け止めた!?」 レッド・ホット・チリ・ペッパーは我武者羅に振り回している ワルキューレの剣をなんと指2本だけで摘み止めたのだ。 「無駄無駄、てめーのワルキューレのスピードなんて 仗助のクレイジー・ダイヤモンドの比じゃねーんだよ、 こんなすっトロい鉄くずがオレの相手になるかよぉっ!!」 【ドゴォッ!】 最後のワルキューレもあっけ無く破壊され ギーシュは完全に戦意を喪失した。 音石はレッド・ホット・チリ・ペッパーをおさめ 戦意を喪失し立ち尽くしているギーシュに 容赦なく顔面にひじ打ちを叩き込んだッ! 「うぐァッ!」 鼻血をぶちまけ、ギーシュは地面に倒れこもうとした 音石はギーシュの胸倉を掴み、ソレを阻止した。 「う…げ……ま、参った……降参だ…」 「だめだな、このまま終わらせるわけにはいかねェ、 今ここでお前を徹底的に痛めつける、周りの連中が 二度とオレやルイズ、シエスタを見下さねーよーになァ」 「ひっ……そ、そんな……ゆ、許してくれ……」 「ハッ、許して?…お前は今にも泣き出しそーになってまで 頭を下げまくってたシエスタを許してやんなかったくせによ~、 今ここでオレが許してやるとでも思ってんのかァ~? そういう都合のいい考えもやめろ………殺すぞ?」 「ひ、ひいぃッ!?」 「まあどうせ、これだけの差別社会だ、 貴族であるお前が平民であるオレを殺してもどうせお咎めなしで 逆にオレがお前を殺したらお咎めありなんだろ? だから殺しはしねェ、安心しろ… だがな、よーは殺さなかったらいいだけの話なんだ …………………………だから………」 音石はギーシュを地面に叩きつけ、両腕をポキポキ鳴らし始めた。 ギーシュはもはやそんな音石の凄まじい威圧に 動くことができなかった。動いたら間違いなく殺される。 人間としての本能がそう思ったからだ。 「だから半殺しで勘弁してやるッ!! せいぜいベットの上で尿瓶のお世話にでもなってもらうんだなッ!!!」 「ひ、ヒイイイイイイイイイイイイィィィィッ!!!」 【ドガァベギッバギッバゴォペキポキグチャメメタァグチャ!!!】 ギーシュはこの日、両手両足指鼻などの骨をすべて折られるという 重傷負ったが、魔法の治癒のおかげで数日で復帰した………。 決闘には勝ったものの、音石には不可解な疑問があった。 なにを隠そう、その疑問とは自分のスタンド、 レッド・ホット・チリ・ペッパーのことである。 (どうなってやがる?俺のレッド・ホット・チリ・ペッパーは 三年の歳月を費やして回復するには回復した…… 確かに、レッド・ホット・チリ・ペッパーは本来 近距離パワー型ではある……… だがそれでも、電気なしであそこまでのパワーが出ねェ筈だ こいつは一体………) 音石はギターをいじりながら考えふけっていたが、 やがてルイズがこちらにやって来るのが見え、一旦この疑問は保留した。 「オトイシッ!!」 「よおルイズ、どうだ?面白いモンが見れただろ?」 「アンタ一体あの亜人はなんなの!?きっちり説明しなさいッ!!」 「おいおい、落ち着けよ。まっ、お前の性格じゃあ無理な話か」 「あんた一体何者なの!?」 「まあ待てよ、教えてやるがさすがにここでじゃまずい できれば誰にも聞かれたくねーからな……」 「………わかったわ、それなら私の部屋に」 「お待ちください、ミス・ヴァリエール」 ルイズの背後から一人の女性が声をかけてきた。 その女性は先程、学院長室にいたミス・ロングビルだった。 「ミ、ミス・ロングビルッ!?」 「失礼しますミス・ヴァリエール、学院長がお呼びです。 至急、使い魔と共に学院長室に来るようにと」 「…………わかりました。オトイシ、ついて来なさい」 (このタイミング…、やれやれ こいつはメンドくせー質問攻めにあいそーだな) そして音石はルイズとミス・ロングビルに案内され 学院長室に向かったのであった。
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反省する使い魔! 第十三話「土の略奪●雷鳴の起動」 「ねぇタバサ、あなたはどう思う?」 「………?」 食事を終え、ルイズに付き添って医務室にいるキュルケとタバサ。 メイジの女医師に音石からもらった金を支払い、 治療をしてもらっているルイズの後ろで キュルケがタバサの耳元で、ルイズに聞こえないように呟いた。 「……何が?」 「オトイシの『アレ』の事よ」 『アレ』とは言うまでもなく 『レッド・ホット・チリ・ペッパー』のことである。 「彼の能力のこと?」 「そうよ、あたりまえでしょ? あららァ~、それともなにィ?もしかして変の意味で考えちゃったァ~?」 「………あなたと一緒にしないでほしい」 「ふふっ、それもそうね。そう睨まないで頂戴 それで、どう思う?」 「………どう、とは?」 「なんでもいいのよ、いろいろと疑問はあるでしょ? いくつか聞かせてくれるだけでいいの、 わたしも考えたんだけどさァ~、 いろいろと疑問が多すぎて逆にサッパリなのよ」 ある意味キュルケらしいとタバサは思った。 次にタバサの口から小さくやれやれと溜め息が出る、 なんでもかんでも自分に意見を求めるのはキュルケの悪い癖だ。 でもそれはそれでキュルケらしいと、妙に納得もいった。 そしてそんな親友キュルケの為に、頭の中で疑問点をまとめる。 「彼は……ただの平民じゃない」 「そりゃそうよ、あんな強い亜人を操れる彼が 『ただ』の平民だったら、私たちメイジの立場がないわ! あ……でも、それならあの亜人は一体何なのかしら? やっぱり、あのギターって楽器がマジックアイテムになってるのかしら?」 「………たぶん、ちがう」 「どうしてそう言い切れるの?」 「正直言うとこれは勘。でも少しだけ思い当たるところはある。 以前彼自身もマジックアイテムを使っていると言っていた でもあれはたぶん嘘、態度があまりにも素っ気無かったし それに彼が『能力の正体がマジックアイテムを使っている』と すんなり答えたところがとてもひっかかる」 「…確かに、彼の性格から考えてそんなに自分の能力の秘密を すんなり他人に教えるなんて奇妙で不気味ね…… でもじゃあそれって………」 キュルケが顎に手をあてて考える仕草をとる。 そしてそんなキュルケの考えを予想できたタバサは 彼女のために結論を口にした。 「あれは……マジックアイテムとも……魔法ともまるで違う わたしたちの常識を遥かに超越したナニか」 「……もしかして、未知の先住魔法とか?」 「それも考えにくい、彼はエルフには見えないし そもそもあの亜人には、魔力の流れを感じなかった」 「そう…よね…、ギーシュとの決闘のときは 距離があったからわからなかったけど、 昨日の戦いでは彼と彼の亜人のすぐ傍に私いたけど そんな感じ全然しなかったわ………」 なにやら更なる疑問が増えてしまった気がして、 キュルケは両手でわしゃわしゃと頭を掻き回した。 「あァーーもうッ!わっかんないわねぇ!! 一体彼って何者なのよ!!」 「病室では静かに!!」 (まったく、仮にも貴族がなにやってんだか…) 後ろで突然叫んだことで、医務室の専属メイジに 元気よく怒鳴り怒られたキュルケにルイズは胸の中で溜め息をついた。 【ガチャリ】「失礼します」 するとキュルケたちのさらに後ろで、 医務室の扉が開く音と同じくしてモンモランシーが入ってきた。 「あら、モンモランシーじゃないの 一体どうしたのよ?熱でもあるの?」 「はァ?な、なんでそうなるのよ?」 キュルケの挨拶に続いた質問にモンモランシーは首を傾げた。 しかしキュルケは別に皮肉で言っているわけじゃない。 本当にモンモランシーを心配して質問したのだ。 なぜなら………、 「だって…あなた顔すっごい赤いわよ?」 「え、ええぇッ!!?」 モンモランシーはすぐさま両側の頬っぺたに手を当てた。 ………熱い、とても熱い。熱と勘違いされて当然の熱さ。 原因はわかってる、わかってはいるけど…… まさかここまで自分は顔を紅くしているとは思わなかった。 そんな自分の顔をルイズたちがまっすぐ見ている。 実際は純粋にクラスメイトを心配している視線なのだが、 モンモランシーはそんな視線をとても直視できなかった。 「ちょ、ちょっと!ひ、ひ、人の顔をまじまじ見ないでよ!?」 くるり、っとモンモランシーは顔を隠すために体ごと後ろを向いた。 しかしそこに最高のタイミングで…………、 【ガチャリッ】「よー、ルイズいるかァ?」 「キャアアアアアアアアァァァァァッ!!!??」 「おわァッ!!?」【ビックゥッ】 原因である男、音石明が入ってきた。 モンモランシーの壮大な絶叫が鳴り響く。 当然この後、医務室専属メイジに 「病室では静かにッ!!!」 とキュルケと同じように怒鳴られたのは言うまでもない。 まあこの医務室専属メイジ自身もけっこう大概のような気もするが……… 「てめぇ一体どういうつもりだァ? 俺が日頃大音量に慣れてるギタリストじゃなかったら 今頃耳の鼓膜がブチ破れてるぜ!」 「あ、あなたがいきなり現れるからいけないんでしょう!?」 「てめぇの頭は間抜けかァ? ついさっきまで一緒にここまで来たんだから当たり前だろーが!!」 また怒鳴られないために結構セーブした声で音石がモンモランシーに抗議する。 ついでに言うとこの医務室は貴族専門で、 給仕以外の平民は立ち入り禁止されている。 その証拠として、医務室専属メイジに怒鳴られた後 「ここは平民の立ち入りは禁止よ!」と睨まれたが ルイズの計らいのおかげで、 今は問題なく医務室内でモンモランシーに講義できている。 そんなドアの前の二人のやり取りに、キュルケとルイズは意外そうな顔をした。 毎度のコトながら、そんなキュルケとルイズに対して タバサはいつものように本を読んでおり、 モンモランシーの絶叫の際も一切動じなかった。 「あの二人、いつの間にあんなに仲良くなったのかしら?」 キュルケの口から当たり前の疑問がこぼれた。 まあ無理もない、はたから見れば実に奇妙な光景だ、 外見的にも十分奇妙。 顔に古傷を持ち、学院の女子生徒にも引きを取らない長髪の男。 ロールヘアーと大きなリボンとロール頭が特徴的な少女。 絵になってるようでなってないような組み合わせだ。 当然外見だけじゃない、その人間関係的にも実に奇妙。 方や不思議な能力を使い、この学院の生徒一人を半殺しにし、 生徒たちの間でお尋ね者扱いされているなぞが多い男。 方やその半殺しにされた生徒の恋人関係にあった香水の少女。 『奇妙』、実にシンプルにひと言である。 そんなひと言が、この二人にはとてもよく似合っていた。 「で?ふたりして一体何しに来たのよ? しかもオトイシ!なんであんたがモンモランシーと一緒にいんのよ!?」 「治療してもらったばっかなんだろルイズ? 傷が治ってすぐにそうカッカすんなよ、気分がダルくなるぞ?」 (誰のせいだと思って………!!) ルイズが心の中ではき捨てた。 彼女からしてみれば、自分の使い魔が よその女の子(しかもクラスメイト)と仲良くしているのは あまりいい気分ではない。 普段こういう感情の対象はキュルケだと相場が決まっているが、 とうの本人は奇妙な事に音石に対して そういうアプローチは今のところ一切していない。 おそらく二日前、音石がキュルケの部屋から出てきたあのとき 自分の知らないなにかがあったのだろう…… 少なからず、キュルケを人間的に変えるなにかが……。 「でもまあ勘違いすんなよルイズ おれはお前らが医務室にいると思って様子見に来たんだよ でも肝心の医務室の場所がわかんなかったんだが そこをこいつが親切に案内してくれたっつ~なりゆきよ~」 「そういうことよ、変な勘違いしないでよね まったく、これだから『ゼロ』のルイズは……」 「だれが『ゼロ』よ!!」 「たくっ、お前ら二人そろってカッカしてんじゃねぇ! また怒鳴られちまうだろうがッ!! まったく、ルイズの性格考えて、変な勘違いして怒らねぇように わざわざわかりやすく簡潔に説明してやったってのによぉーー、 これじゃ無駄骨もいいとこだぜ……… モンモランシー!頼むからルイズをしょうもねぇことで 怒らせんのはやめてくれ、ルイズが怒りのまま爆発起こして その後片付けっつー二次被害受けんのは俺なんだぞ!? ルイズもルイズだぜぇ~?いちいち相手の挑発にのるようじゃ 周りが見えなくなって、おまえ自身が一番損する羽目になるぜぇ?」 「「…………………う~~…」」 ルイズとモンモランシーは小さな唸り声をあげる。 (普段の俺ならこういううっとおしい状況はとりあえずギター響かせて 押し黙らせるんだが……、まあ場所が場所だしな… てゆーかよ~、他人に説教すること自体俺らしくもねぇな 他人に説教できるほど立派な人間ってわけでもねぇぞ俺) いろいろと呆れた仕草を音石は髪を掻くことで表した。 「そうよ、よく考えてみればこんなことしてる場合じゃないわ! え~~とっ【ガチャリッ】……………あれ?」 モンモランシーがルイズたちを通り過ぎると、 医務室に設置されてあるいくつかの扉のうち、 手前から二番目の扉を開いた。しかしその扉の先には、 窓から太陽の光に照らされた高級そうなベッドや 棚などの家具が置いてあるだけで そのベッドにもその部屋にもだれもいなかった。 (さすが貴族の学校の医務室だぜ この医務室だけでもこんなに豪華な個室が設置されているとは。 個室ひとつひとつがまるで高級ホテルの宿泊部屋だぜ、 なんだってたかが医務室にこんな無駄な作りするかねぇ~~~) 音石がその無駄に豪華な医療用個室にも呆れるが モンモランシーはなぜか少し混乱していた。 しかし、モンモランシーのその混乱の正体を察した 医療室専属メイジがモンモランシーを助けた。 「ああ、ミスタ・グラモンなら一番奥の部屋ですよ」 「え?ですが前はここに………」 「なんでも『奥のほうが静かで落ち着く』だそうです それで今日の朝、部屋を移したんです」 「あ…、そういうことですか。ありがとうございます」 トテトテとした足どりでモンモランシーは 医務室の一番奥の扉に向かっていった。 こう見ると扉まで意外に距離があった。 音石がそんなモンモランシーを眺めていると モンモランシーはそのまま扉をノックし、個室の中へと入っていった。 するとルイズが急に音石の上着の袖を引っ張ってきた。 「なんだよ?」 「はいこれ、言われたとおり残りは返すわ」 手渡されたのは彼がルイズに託した金貨が入った袋だった。 音石が中身を確認すると、まだある程度の量は残っていた。 「はっ、意外だな」 「…なにがよ?」 「自分でもわかってるくせに聞くなよ、俺を試してんのかァ?」 使い魔の責任は主人の責任、主人の責任は使い魔の責任。 これがメイジと使い魔の間での鉄則だ。 音石が言う意外とは、 『使い魔のものは主人のもの』という理由で ルイズが金を没収してこなかったことに対してだ。 「フフフッ、でもルイズの気持ちなんとなくわかるわ、 わたしだって仮にオトイシが使い魔だったら同じことしそうだもの」 「どういうこった?」 「あなたがそれだけ『特別』だってことよ 使い魔らしくないって言ったほうが正しいかしら?」 「あー…、なるほどな」 音石が袋を懐に仕舞う。 『特別』―――――――、たしかに音石は『特別』だろう。 使い魔らしくないというのもそのまま的を射ている。 サモン・サーヴァントで前例のない召喚された人間。 『忠実』とまで主人に従わない使い魔らしくない使い魔。 不思議で奇妙な『特別』な能力・スタンドを扱う人間。 その上、そんなスタンド使いのなかでも あの『弓と矢』を手にしていた『特別』なスタンド使い。 ここまで特別だとかえって清々しいものだ。 その特別のおかげで、ルイズは本来の使い魔の扱い方を 特別な音石に同等に扱うのが滑稽に感じているから すんなりと金を返してくれたのだ。 (ん?まてよ………) 袋を懐に仕舞い終え、上着から手を出したときに 音石はあることに気がついた。 医務室専属メイジが口にしたとある名前だ。 「ミスタ・グラモン?おいおいおい、 それって俺が決闘で半殺しにしてやった小僧のことか? あの野郎、あれからだいぶ経ったのにまだ治ってねぇのかよ どれどれぇ、おれも様子を見に行ってみるか」 「あ、ちょっとオトイシッ!?」 急に奥へと向かっていった音石に ルイズは驚いて声をかけたが、 音石はそれを無視しモンモランシーの後を追った。 (ふっふっふっ、ベッドで安心して寝ているところに 寝かした理由の張本人が突然現れたら…………… ギヒヒッ、あいつ慌てふとめくぜ!) 早い話タチの悪い嫌がらせである。 22にもなるいい歳した大人なのに どうもこういう子供じみた嫌がらせをするのは どちらかというと音石本来の性格の悪さにあるのだろう。 【ガチャリ】「おらァ、入るぜ」 ノックもせず、モンモランシーが入っていった個室のドアを開ける。 部屋の構造は最初の個室と大して変わらず、 中央の壁際にベッドが置いてあり、窓がひとつ、 ドアの近くに花瓶がのった小さな机と椅子。床にしかれた絨毯。 どれもこれもが気品溢れる豪華な代物だった。 そしてその豪華なベッドの上で横になっている ギーシュが入ってきた音石を見た瞬間 顔を蒼白にし、全身がガタガタ震え始めた。 そしてその音石もギーシュが自分に完全に恐怖する様を見て 気分がいいのか、悪どい笑みを浮かべはじめる。 「ようクソガキ、思ったより元気そうじゃねぇか さすが魔法だな。あれだけぐちゃぐちゃにしてやったってのに たった数日でほとんど治ってるじゃねーかァ。ええおい?」 「き…き、き、き、君は!? な、な、なぜ!?き、き、きみがここにィ!!?」 ギーシュの体は魔法の治癒のおかげで音石の予想以上に回復していた。 半殺しにされた当初こそは、バイクで事故って間もない墳上裕也を 余裕で上回る包帯やギブスなどでの施されようだっただろうが 数日経った今となっては片手と片足を包帯でぶら下げているだけの この世界の治癒の魔法の凄さを思い知らされる傷の治りようである。 「ちょ、ちょっとオトイシさん!? 一体なんのつもり、きゃあっ!?」 モンモランシーが二人の間に割って出ようとしたが 音石がすかさずモンモランシーの腕につかみかかり 彼女を自分の傍に引き寄せ、彼女の耳元で話しかけた。 「べつになんもしやしねぇよモンモランシー ちょっとばかしからかってやるだけさ」 普段のモンモランシーならそれでも止めに入るだろうが 今の彼女の状況が彼女をそうさせないでいた。 その状況というのが………、 (か、顔が!……あわわ、か、か、顔が近い……) そう、モンモランシーの耳元で呟く必要があったため 二人の顔の距離が必要以上に接近しているのである。 それこそ、鼻息の生温かさまで感じ取れる程の ウェザー・リポートといい勝負であった。 しかもモンモランシーは異性にここまで顔を近づかれた経験など ギーシュのときですらなかったため、 モンモランシーの顔にどんどん赤みがかかっていく。 【ボォンッ!】 そしてとうとうその赤みが限界値に達したのか モンモランシーの頭の上で小さな噴火が起こり、 次に湯気が立ち昇り、彼女はそのまま硬直してしまった。 立ったまま赤面で硬直してしまったモンモランシーを通り過ぎ 音石はさらにギーシュのベッドに接近した。 「ぼ、ぼ、僕をどうするつもりだッ!?」 ギーシュはこのとき、 自分をこんな目に合わせた元凶に対する恐怖のせいで その元凶に対するモンモランシーの態度の異変に気付かないでいた。 まあその元凶本人もモンモランシーの態度に気付いちゃいないが…… 「さてなァ…、どうすると思うよ?」 ギーシュの恐怖からくる冷や汗と心臓の鼓動が増す、 普通なら平民が貴族に対して手を出すことは絶対的なタブーだ。 今だってそうだ、互いの承諾の元で行われる決闘とはワケが違う。 だが目の前の男は…………『例外』すぎる!! 平民でありながら自分を凌駕したチカラを使い、 平民でありながら自分をここまでボコボコにした例外者である。 (ま、まさか……こんな大怪我で動けない僕を さらにボコボコにする気かァーーッ!!?) ギーシュはあわてて枕元においてある 自分の杖の薔薇に手を伸ばした。 しかし虚しいことに、その伸ばした手は薔薇を掴むことはなかった。 なぜなら薔薇を掴む寸前に、音石に横取りされてしまったからである。 「おいおい、物騒なことすんなよなァ~~ ここは医療室だぜ?静かにしねぇと駄目じゃねぇか 俺みたいに、ここ担当してるメイジの女に怒られちまうぜ?」 希望が奪われたことにギーシュは泣きそうになった。 いや、これから泣かされるのだろう。 できればその程度であることを願った。 「へ、平民の君が貴族である僕に手を出したらどうなるか わかっているのか!?決闘のときは運良く問題にならなかったが 今回はそうはいかないぞ!?君がどれぐらい強くても 世界中のメイジが君を追い、間違いなく処刑するぞッ!?」 ギーシュの混乱した様を眺めながら 音石は内心でおおいに爆笑していた。 ギャハはァーーッ!なにもしねぇってのにバカが吠えてやがるぜ!! 音石からしてみればギーシュのその姿は滑稽でしかなかった。 包帯で手足を固定されているためベッドから動くことができず 頼みの綱であった杖も手元になく、ただ自分に威嚇するその姿、 動物園の檻の中で観客に威嚇する小動物、まさにそれである。 音石はそのまま、ギーシュの虚しい威嚇を眺めていると ある人物が部屋に入ってきた――――――。 「ちょっとオトイシ!やめときなさいよ さすがにギーシュに悪いわよ!」 治癒のおかげで完全に回復したルイズである。 音石は首だけ後ろに向け、それを確認する。 そのルイズに反応して硬直していたモンモランシーも 別の意味で帰ってきたようだ。 まあ、ルイズがそういうならここらあたりで勘弁してやるか 音石は満足そうに息を吐き、ギーシュから背を向けようとした しかしまさにその時だった。ギーシュが言葉を発したのは…… 「お、おいゼロのルイズ!! はやくこの使い魔をなんとかしてくれ!! 主人なら使い魔の管理ぐらいちゃんと【グイッ!】ひ、ひィッ!!?」 言葉の途中に音石は瞬発的にギーシュの胸倉を掴みかかった! そしてそのまま手足の包帯での固定もお構いなしに ギーシュを無理やり力尽くで自分のほうへと引き寄せた。 「おいテメェ……、マジで入院期間先延ばししてやろうか……?」 「う、……うう、…うああ…あ………」 とうとうギーシュの目から涙が溢れる。 その音石の行動にすぐさまルイズとモンモランシーが止めに入った。 「なにやってるのよオトイシ!?いくらなんでもやりすぎよッ!?」 「そ、そうよオトイシさん!さっきなにもしないって言ってたでしょう!?」 「てめぇらは黙ってろッ!!!」 【ビクゥッ!!】 音石の怒鳴り声にその部屋にいた全員がびびった! そこには先程までの年下の小僧に嫌がらせをする大人気ない姿ではなく、 なにか怒りに触れた悪鬼の如き、威圧ある姿があった。 「う、う………ゆ、許してくれ……」 涙で顔を濡らしたギーシュから謝罪の言葉が出る。 しかしその言葉は音石の怒りにさらに触れるだけだった。 「決闘の時もそんなこと言ってたなァ~~~~、ええおい? お前は謝ることしかできねぇのか?よぉ、どうなんだ小僧?」 「う………うう…それ以外なにをすれば……… お、お金が……う、う……ほしいんなら幾らでも払う……だ、だから……」 「このボケがァッ!! 金で治まるよーな問題なら俺もここまでマジになりゃしねぇよッ!! 俺が頭にきてんのはな~、てめぇがやるべきことに気付いていねぇことだッ!!」 胸倉を掴んでいた手を離し、ギーシュをベットに叩きつけた。 ギーシュは喉を押さえて咳き込みながら、 音石を恐る恐る見上げ、そして呟いた。 「やるべき……こと………?」 「……………………………」 音石は何も言わず黙り込んでいる。 聞かずとも自分で考えろ。そう示しているのだろう。 そしてギーシュは考える…………。 一体自分のなにが悪かったのだろう? 二股をしていたこと事態はあくまで自分の個人的な問題に過ぎない。 ならばその罪を無関係な給仕になすりつけたことだろうか? いや、近い気もするが一番の理由はそうではないような気もする。 考え方を客観的にしてみよう………、 一番重要なのは『目の前の男が何に対して反応した』かだ………。 ・ ・ ・ ・ ・ 『ゼロのルイズ』!! ギーシュは一気に理解した! 目の前の男はルイズを侮辱したことに怒りを表しているのだ! だが何故だ?使い魔としての本能がそうさせているのか? それとも彼の元からの性格がただのお人よしなのか? いいや、そんなものはどうでもいい!問題はそこではない!! 一番の問題は、自分がルイズを今まで侮辱し続けたことにある! 自分の誇り高き家柄、グラモン家の教訓はなんだ? 薔薇である女性を守る棘であることだろう!? それなのに自分は今まで彼女になにをしてきた!? 魔法が使えないから!?確かに彼女は魔法は使えない、 だがそれでも魔法が使えるようにと必死で努力している 事実彼女は筆記試験では常にトップだ。 ……………だからこそ尚更なのかもしれない。 魔法が使えない故に実技では常にルイズはゼロ点だ。 それに対して筆記試験では常にルイズはマン点だ。 それがものすごく気に入らなかったんだ………、 ゼロに嫉妬している自分に苛立ちを覚えてしまっていたのだ。 自分だけじゃない、ほとんどのクラスメイトがきっとそうだ。 だからみんなルイズを罵倒したのだ、見下していたのだ、 侮辱していたのだ、『ゼロのルイズ』と……………。 刹那、個室の外の廊下から足音が聞こえてきた。 このタイミングでやってくるような人物は大体予想できる。 扉が開かれる、予想通り医務室専属のメイジの女性だ。 「一体なんの騒ぎですか!?」 「え……あッ!?い、いえ!これは………その…事情がッ……」 ルイズは焦った、自分の使い魔がまた同じ生徒相手に しかも重症の状態で暴行を働こうとしたなどと 学院側に知られたら今度こそ退学になる恐れがあったからだ。 なんとか誤魔化そうとルイズが必死で思考を廻らせる。 「……いいえ、なんでもありませんよ」 ルイズは自分の耳に届いた声を疑った、 何を隠そう、その声は間違いなくギーシュの声だったのだ。 「お騒がせしてすみません 急に窓から虫が入ってきたので、つい慌ててしまって……」 「む、虫ですか?」 「ご心配なく、もう追い払いましたので…… 本当に申し訳ない、ご迷惑をお掛けしてしまい……」 それならいいんですが……、と言い残し そのメイジの女性は扉を閉め、部屋を後にしていった。 足音が遠退いていくにつれ静寂が部屋を支配する。 しかしその静寂のなか、ギーシュは深く息を吸い、目を閉じた。 そして静かに吸った息を吐き捨てると、開いた彼の目はルイズを見た。 「な、なによ……?」 「ルイズ……………すまなかった……」 「………え?」 足が動けないせいで ベットの上で横になっている状態の体を精一杯前に傾け ギーシュはルイズに向けて頭を下ろした。 「僕は、いままで君に酷い事をしてきた…… だが今更僕がなにを言ったところで、言い訳にしか感じないだろう いままで君に対しての侮辱してきたのは事実なんだからね…… だが一言、これだけは言わせて欲しい………、本当にすまなかった」 「ギーシュ………」 モンモランシーから彼の名が零れた………。 ルイズ自身もどこか複雑な表情を浮かべながら、 何を言うべきか考えているといったところだろう。 (ここまでくりゃあ、後はこいつら自身の問題だな せいぜい達者にやんな、時間はたっぷりあるんだからよ) 自慢の長髪をなびかせながら、音石は静かにその個室を後にした。 医務室を出る途中にキュルケたちに何があったのか質問されたが、 音石は「でけぇお邪魔虫が部屋を出て行ったんだよ」とだけ述べ 扉を開き、そして閉め、医務室を後にしていくのだった…………。
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Fate/stay nightからセイバー召喚 ゼロの使い魔(サーヴァント) 00プロローグ ゼロの使い魔(サーヴァント) 01第一話 ゼロの使い魔(サーヴァント) 02第二話
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前ページ次ページ“微熱”の使い魔 トリステイン魔法学院の院長オールド・オスマンは学院長室で読書にふけっていた。いつもだったら秘書のミス・ロングビルにセクハラをしているのだが、今は極めて真剣な表情である。 読んでいるのは、一応は書物にあたるのだろうが、きちんと職人が作ったものではなく、いくつもの紙片を適当に束ねたような粗雑なつくりのものだった。しかし、それに書かれている文字は、ハルケギニアで使われているものではなかった。 厳しい表情で読書を続ける中、いきなり学院長室のドアがノックされた。 「誰じゃね?」 オスマンはすばやく本をふところにしまいこむ。 乱暴にドアを開け、飛び込んできたのは頭のさびしい中年教師ミスタ・コルベールだった。 「オールド・オスマン! 大変なことが……」 「何じゃね、ミスタ・エグゼビア」 「コルベールです! どうしたらそんな名前が出てくるんですか!?」 「おお、そういえばそんな名前じゃったね。それで何事かね、ミスタ・ファンタスティック」 「コルベールですってば! ますます離れてますぞ!!」 「しょっぱなの軽いギャグじゃ。……で、何かねミスタ・コルベール?」 「これを見てください!」 「えーと、何だっけ、これ? ああ、『始祖ブリミルの使い魔たち』か。また古臭いものを…。で、これが何?」 「これも見てください! これも!」 コルベールは何かのスケッチらしきものをオスマンに見せた。 「これは使い魔のルーンのようじゃが……。むう?」 オスマンはスケッチと、本に描かれている絵を見比べ、表情を引き締めた。 「このルーンは、ミス・ヴァリエールの召喚した平民の少年に刻まれたものです。見てください、これは文献に記される、ブリミルの使い魔ガンダールヴと同じものではありませんか!!」 「……」 「つまり、あの少年は伝説の使い魔ガンダールヴではありませんか!?」 「確かに、この二つは同じもの。しかし、じゃね。それだけで決め付けるのは早計というもんじゃ」 「無論のこと、それだけではありません」 コルベールはもったいぶって咳払いをする。 「先日、ミス・ツェルプストーが学院近くの森にいった際のことですが」 「ああ、報告には聞いとる。ミス・ヴァリエールが狼に襲われて怪我をしたそうじゃな」 「その際、かの少年は狼の群れを瞬く間に蹴散らしたそうです。それも風のような速さで。その前後……彼はナイフを手にした時からルーンが光り出し、超人的な力を発揮したとか」 「こういっては何じゃが、そのナイフが何らか特殊なものであった可能性は?」 「ありません。念入りに調べましたところ、かなり質のいいものではあるようですが一切魔法の痕跡は見当たりませんでした」 コルベールの説明に、オスマンはむう、とうなった。 「しかしのう。やはり、それでもまだ伝説と結びつけるのは早計も早計じゃよ。ミスタ・コルベール」 仮にガンダールヴだとしてもじゃ、とオスマンは白いひげをなでた。 「ならばこそ、なおさら慎重にならねばのう。王室のばーたれどもに知れれば、使い魔もミス・ヴァリエールも何をされるかわかったもんではない」 「確かに……」 「ミスタ・コルベール、密かに使い魔の少年のことを調査してみてくれ。あくまで、それとなくな」 「わかりました」 「ああ、それから……ミス・ツェルプストーの使い魔も、人であったな。こっちは少女とか……」 「はい、“シグザール”という、異国の地の人間です。錬金術という未知の技術を持っていて、こちらも……」 「錬金術か」 きらり、とオスマンの瞳が光った。 「何か、ご存知なので?」 「いやいや…。そちらのほうも、調査をしておいてくれよ? ちゅうかミスタ・コルベール、すでに色々と接触しておるんじゃろう?」 「まだいくらか話を聞いたり、本を読ませてもらった程度ですが…。錬金術というものは相当に奥深く、高度な技術体系であることは間違いないようです」 「そうか………」 こつこつ。ドアがノックされた。 私です、と秘書ロングビルの声がドアの向こうからした。 「入りなさい」 部屋に入ったミス・ロングビルは書類を机の上に置いた。 「王室からです。最近治安の悪化が激しいので、注意をするようにと」 「ふーん。わざわざ王室から……。ふん、盗賊やオークどもの動きがのう」 オスマンは書類を読みながら、顔をしかめる。 「それに、“土くれ”かい」 「はい。巷を騒がしている“土くれのフーケ”が城下町を荒らしているとか……」 「物騒じゃのう。生徒に注意を呼びかけんとな」 「もしかすると、この学院もフーケめが襲撃してくるかもしれませんぞ」 「まあ、怖いことおっしゃらないで…!」 コルベールの言葉に、ロングビルは顔を引きつらせる。 「いや心配には及びません。もしもの時にはこの“炎蛇”のコルベールがお守りしますぞ」 そう言って、コルベールはばんと胸を叩いてみせた。 「まあ、頼もしい」 笑顔を見せるロングビルに、いやなに、男として、教師として当然のことです、とコルベールはちょっとばかりやにさがった顔で言った。 その様子に、オスマンはけっとそっぽをむいた。 ぱかん、ぱかん、と才人は厨房の裏手で薪を割っていた。生来の調子の良さ、もとい適応力が幸いしたのか、もう完全に使用人たちの中に溶け込みつつある。 最初は皿洗いなどをやっていたが、今では水くみや薪割りなどの力仕事が主になりつつあった。 「ふう……」 こんもりと薪が小さな山となった頃、才人は汗をぬぐった。そして、左手のルーンを見る。 ――コルなんとかという先生、調べておくって言ってたけど……。ホントに何かわかるのかねえ? 使い魔として契約とした時には特殊な能力を授かることもある。そんなことを話していたが。 少し休んだ後、また薪割りにとりかかる。その矢先、才人は手を止めた。 一人の生徒がフラフラと歩いているのが見えたのだ。 ――あいつは……。 ギーシュというキザ男だった。食堂での喧嘩騒ぎの時とは裏腹に、妙にやつれているように見えた。 「やあ、ゼロ…いや、ミス・ヴァリエールの使い魔くんじゃあないか……」 ギーシュは才人を見ると、覇気の欠片もない顔で挨拶をする。 「………」 あの時笑い者にされて悔しい思いがあるだけに、才人はそれを無視する。 「ふっ……。無視かい、それもいいさ」 ギーシュは自嘲を浮かべて、才人のそばに立つ。 「人生とは、愛とは残酷なものだなあ。薔薇とは凡人には理解されにくいものらしいよ……」 ――何言ってんだ、こいつ………………。 一人勝手にぶつぶつ言っているが、要約意訳をすると、モンモランシーという子に振られたということらしい。 ――けっ。ざまーみやがれ。 まったくもっていい気味である。 放っておくと、ギーシュは一人でしゃべりっぱなし。ひょっとして友達いないのだろうか。そうか思うと、今度は地面から出てきたでかいモグラと戯れだした。 ますますもって薄気味悪い。 ――気持ちわりいなあ…。どっかいけ、おい。 いらつきながら、才人は薪割りを続ける。 そこに。 「ここにいたわね」 今度はルイズがやってきた。 「街に行くわよ。ついてきなさい」 唐突に、そんなことを言う。 「……なんで?」 「いいからついてきなさい!」 ルイズはいらだったように、才人の腕をつかんで引っ張っていく。 「な、何言ってんだよ! まだ薪割り終わってねーし……! つうか何でお前と……」 才人の言葉に、ルイズはわなわなと震え出す。 「あ、あんたは私の使い魔でしょうが!? 黙ってご主人様についてくればいいの!!」 「やだよ」 才人はルイズを振り払った。 「最低、理由ぐらい説明しろっての」 「………………」 ルイズは怒ったのごとく、ふーとうなった。しかし、しばらくすると、声を抑えながら何やら話し始めた。 「……この前、森で私を守ったでしょ!! だから、その……忠誠には報いるところがないとね!!」 「あー、つまりお礼ってことか」 「ご、ご褒美よ! 忠誠を見せた使い魔に対するね」 ふんとルイズはそっぽを向くが、その顔はかすかに紅い。照れているのか。 ふーん、と才人は納得したような顔をした。 「わかったら、さっさといくわよ!」 「別にいらね」 先に立って歩き出そうとしたルイズは、才人の言葉につんのめる。 「いらないっ!? せ、せっかく私が…………!!」 ルイズは顔をトマトみたいに真っ赤にさせて才人を睨んだ。 「別に、あれはお前だから助けたっつーわけじゃねえし」 「何よ、それ……」 「ああいう時は、助けるもんなんだろうが、人間として。それとも何か? お前が俺の立場だったら見捨ててたのかよ」 「……そんなこと」 「だったら、それでいーだろ。用はそんだけか? だったら俺、忙しいから」 才人はまたぱかん、ぱかんと薪割りに専念しだす。 ルイズはそれを見ながら、ぶるぶると震えていた。いつの間にか、手に杖を握っている。 「こ……の……」 目に涙を浮かべながら、ゆっくりと杖を振り上げる。 「まちたまえ、使い魔くん」 ルイズが杖を振り下ろそうとした時、ギーシュが才人に声をかけた。これにきっかけを奪われ、ルイズは得意の失敗爆発魔法を発動することはなかった。 「横から見せてもらったが、君は少々冷たいんじゃあないか? レディーのアプローチを断る時には、それなりの作法というものがある。君のはあまりにも野蛮すぎるよ」 ギーシュは髪の毛を軽く弄りながら、どうだね、とポーズを決めて言った。 「関係ねーだろ。つーか、相変わらずキザなしゃべりかたしやがんなあ……。おめーはちび○子ちゃんの花輪くんか?」 「……ハナワ? 何だい、それは……。まあ、いい。一人の薔薇の紳士として言わせてもらうが……。ミス・ヴァリエールは、使い魔に対する褒美と言い条、君と親交を深めたいと見たが……」 「ちょっと!? な、な、何勝手なこと、言ってるのよ……。私は別にこんな犬なんか……」 「犬!? てめ、人をよくも……」 「おうっと、待った。短気はいけないよ、使い魔くん」 犬呼ばれりされてムッとする才人だが、ギーシュが制する。 「使い魔、使い魔、うっせーな! 俺には、平賀才人……いや、サイト・ヒラガつう名前があるんだ!」 「では、サイト。君はさっき人として、とこう言っていたね。噂で聞いているが、君は狼に襲われたミス・ヴァリエールを救ったとか……それは人として当然のことだから、別に礼はいらないと」 「あ、ああ……」 「だがね、こういう場合礼をのべ、感謝するのも人として当然じゃあないのかい」 「……まあな」 ギーシュの意見に、才人はうなずく。 「そうだろう。そしてだ……その感謝を素直に受ける。これは、悪いことかい? いや、悪いことじゃない。自然なはずだ……」 「…………」 「ならば、“お礼”をしたいというミス・ヴァリエールに同伴したって、いいんじゃないのかい。それとも、何か思うところでもあるのかい?」 何か思うところでもあるのか……その言葉に反応したのは、ルイズだった。何かをうかがうような目で、才人を見つめる。 「……そんなもん、別にねーよ」 「というわけらしい。ミス・ヴァリエール、彼は君についていくそうだよ」 ギーシュはルイズを見て、ひときわキザな仕草で言ってみせた。 「ふ…ふん!! 最初っから素直にそう言えばいいのよ!! 余計な手間かけさせて……」 ルイズはわざとらしく大声で叫びながら、才人を引きずっていく。 「い、いてえな! おい、引っ張るんじゃねーって……!」 ギーシュはルイズと才人を見送りながら、ふうーと頭を振った。 「やれやれ……。こういうのは僕のキャラクターじゃあないんだけど……。まあ、たまにはいいさ。そうは思わないかい、ヴェルダンデ」 そうつぶやき、使い魔であるジャイアントモールの頭をなでる。 もぐもぐもぐ……。 モグラは巨大な体躯に似合わぬ円らな瞳で主人を見上げた。 「ふっ…。人と人と結びつけるのもまた、薔薇の役目か。やっぱり、僕のキャラじゃあないね」 ギーシュは苦笑して、胸にさした造花の薔薇の弄る。 「しかし、悪くもないか」 タバサは熱心に本を読んでいた。これ事態はいつものことである。が、いつもとは違っている部分もあった。 まず本が違う。読んでいるそれは、エリーの持ってきた本のうちの一冊"絵で見る錬金術"。絵本のように、錬金術についてイラスト中心でわかりやすく記した超初心者向けの本だ。 書かれている文章のほうも実に簡単なものである。 タバサはそれを食いいるように読んでいた。その横には、エリーの姿が。 「……これは?」 「これはねー……ロウのつくりかたで」 タバサがたずねると、エリーは細かく説明を始める。 そんな二人の"お勉強会"を横目で見ながら、キュルケはふわあ、とあくびをしていた。 ――せっかくの虚無の曜日なのに、二人とも熱心ねえ……。 エリーとタバサは暇を見ては互いの国の言葉を教え合っている。会話そのものは問題なく、言葉の表現や文章の構造なども意外に似ている部分が多いので、それほど難しいものではないらしい。 もっとも、その"お勉強会"は傍から観察していてあんまり楽しいものではなかった。 キュルケはしばらくの間ぼけーっとしていたが、急に立ち上がり、部屋を出ていった。 「どうしたのかな?」 エリーが首をかしげていると、すぐにキュルケは戻ってくる。 「二人とも、出かける用意して!」 キュルケはうきうきとした顔でそう言った。 「え……なんで?」 「ルイズと、あの使い魔くんが出かけたみたいなのよ。二人きりで、馬に乗ってね」 「へえ、サイトが……。あれから、仲良くなったのかなあ」 「それをこれから確認するんじゃない」 つぶやいたエリーにむかい、キュルケはにこりと笑った。 「え」 どゆこと? エリーはきょとんとする。 「だから、追いかけるのよ。二人をね」 「……ええーと」 「悪趣味」 コメントに困るエリー。一言で片づけるタバサ。 「というわけで、タバサ。あなたの力を借りたいんだけど……。お願い、あなたの風竜じゃないと、追いつけないの」 キュルケは手を合わせてウィンクをする。 タバサはしばらく黙っていたが、静かにうなずいた。そして、窓を明けて口笛を吹く。 ばさり、ばさり。 巨大な羽音をたてて、タバサの使い魔であるドラゴンが舞い降りてくる。 「うひゃあああ……」 その姿にエリーは見惚れるしかなかった。 風竜は大きなくりっとした瞳で主人を、そしてエリーやキュルケを見つめ、きゅい、と鳴いた。 前ページ次ページ“微熱”の使い魔
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トリステイン魔法学院開設以来の大惨事となった使い魔暴走事件より一夜明け、学院の教師たちは事件の 後処理に追われ、被害にあった生徒たちは、ある者は死に、又ある者は未だ治療を受け続け生死の境を彷徨う中、 中庭のテラスでのん気に紅茶と会話を楽しむ者たちがいた。 「いやあ~モンモランシーとデートの約束をしてね~。今度の虚無の日に街に出かけるんだよ~~」 「ギーシュ。それもう五回目だよ」 「聞いてないわよ、マリコルヌ」 声高く笑い嬉しさの余り顔が崩れているギーシュと、それを呆れた顔で見るトリッシュとマリコルヌである。 「でもさ、よく許してくれたわよね。普通は暫く顔なんか見たくないと思うけど」 「よくぞ聞いてくれた!実は全てヴェルダンデのおかげなんだよ!!」 トリッシュが嫌そうな顔で見ている事にも気付かず、ギーシュは顔を綻ばせ傍らに侍る巨大なモグラに頬擦りをする。 マリコルヌはギーシュとヴェルダンデのスキンシップを見て、自分がトリッシュに頬擦りをする光景を想像して 恍惚の表情を浮かべ、気持ち悪い物を見るようなトリッシュの視線にやはり気付かなかった。 「……それで、そのモグラがどうしたのよ」 「そうだ!その話だったね!!」 トリッシュとルイズが決闘の最中、広場の隅でいじけていたギーシュにヴェルダンデが地中から可愛い洋服を 掘り出してそれを差し出した事を幸福の絶頂と言った顔でギーシュが語り、その話を聞いていたマリコルヌは その洋服は自分が埋めた物と気付き、顔を引き攣らせた。 幸いなことにトリッシュはギーシュの話を聞いていた為、マリコルヌの表情に気付かなかった。 「お待たせしました」 ギーシュの話が八回目を迎える頃に、シエスタがイチゴのショートケーキが乗ったトレイを持って現れ配膳を始める。 トリッシュがトレイを見ると、テーブルには三人しか居ないのに何故かケーキが四つ置かれていた。 その『四つ』のケーキを見て、ある人物の事を思い出したトリッシュは、以前から疑問に思っていて聞き辛かった事を 思い切って聞いてみることにした。 「あのさ、『ミスタ』って敬称よね?」 「そうですけど、それがどうかしましたか?」 改まった様子のトリッシュに三人の視線が集まり、トリッシュは心に渦巻く疑念を吐露する。 「もしよ?グイード・ミスタって貴族が居たら『ミスタ・ミスタ』になるじゃない。それってどう?」 「どうって言われても…貴族の方なら敬称は付けないと」 困った様子で答えるシエスタと、トリッシュの疑問を考えるギーシュとマリコルヌ。 トリッシュは更に言葉を重ねる。 「でもさ、その人は名前を二回呼ばれる事になるでしょ?それって失礼じゃあないの?」 「ええと…だったらミスタ・グイードになるんじゃないですか?」 「シエスタ、それ名前を逆さまに呼んでるだけだから」 「しかしだね、他に呼びようがないじゃないか」 トリッシュの疑問に四人揃って頭を悩ますが結局答えは出ず、質問自体をなかった事にして決着となった。 「あら、楽しそうね。私も混ぜてくれないかしら?」 「モンモランシー!勿論だとも!ささ、僕の隣が空いてるよ」 ギーシュの隣にモンモランシーが座り、紅茶とケーキを用意する為にシエスタが厨房へ向かおうと歩き出すが その背中をギーシュが呼び止めて立ち止まらせた。 そしてギーシュは皆を見つめて突然頭を下げ、テーブルに額を擦り付ける。 「ちょっと!どうしたのよギーシュ?!」 モンモランシーがギーシュの肩を掴み身体を起こすと、その顔はいつになく真剣な表情を浮かべていた。 「実はみんなに頼みがあるんだ。とりあえずこれを見て欲しい」 そう言ってギーシュは懐から何枚かの紙片を取り出し、シエスタを含めたテーブルに着いている者たちに その紙片を配り始める。皆が一様に怪訝な顔をして紙片を見ると、そこには数行の文字が書かれていた。 「マリコルヌ。これなんて書いてあるの?私、字が読めないのよ」 マリコルヌはトリッシュから紙片を受け取りそれを読み上げる。 「ええと…ギーシュ様と言って眼に涙を浮かべ……って何だよこれ?!」 「ちょっとギーシュ!なんで私がワインをあなたの頭にかけなきゃいけないのよ!?」 「あの……私、何か粗相を致しましたでしょうか?」 口々に疑問と叫びを上げながらギーシュに詰め寄るが、その反応を予想していたのか詰め寄るマリコルヌたちを 手で制すると真面目な顔で皆を見渡し語りだした。 「みんなの疑問は当然だ。しかし!ここは僕の言う通りに行動して欲しい!このギーシュ・ド・グラモンの 一生に一度のお願いだ。どうかこの通りだ!是非!!僕に力を貸してくれ!!」 ギーシュが今度は地面に額を擦りつけ土下座する。その心の奥底から出る叫びに一同は静まり返り それぞれが了承したとばかりに頷き返し、ギーシュは涙を流しながら皆に感謝の言葉を述べた。 「サイトさんか私が、ミスタ・グラモンが落とした香水の壜を拾えば良いのですね?」 「それで僕が冷やかすと……」 判らない箇所をギーシュに質問しながらそれぞれが役割を把握し、打ち合わせが終わると それを待っていたかの様なタイミングでターゲットが現れた。ルイズとその使い魔である平賀才人である。 「よーっす、シエスター!」 「あ、さいとさん。こんにちは」 呼びかけられたシエスタが台詞を読む様にぎこちなく挨拶を交わす。物凄く不自然なシエスタの態度を サイトは不思議に思いながらも、ルイズと共にギーシュたちの座るテーブルに近づいて行くと、 太陽光を反射して光る小壜がギーシュのポケットから転がり落ちた。 「ギーシュ。なんか落としたわよ」 「「「あーーーーーーっ!!!」」」 ギーシュのポケットから転がり落ちた小壜をルイズが拾おうとし、一同、顔を蒼白にしながら叫びを上げる。 その声に驚いたルイズが身体を竦ませると、その隙にシエスタがサイトの方へ小壜を蹴る。 ギーシュ以下も役者たちがシエスタのファインプレーに心の中でガッツポーズを取るが、ルイズは蹴られた小壜を あっさりと拾いギーシュに差し出す。 「ハイこれ。大丈夫よ割れてないから」 ルイズとしては、自分が小壜を渡すことでギーシュからシエスタを守ろうとしたのだろうが、それはこのテーブルに 着く者たちにとって要らぬ気遣いであった。 「どうしたのよ?受け取りなさいよ」 ギーシュは石の様に固まった。ここで香水の壜を受け取ってしまっては全てが終わりである。 如何したものかとマリコルヌに視線を送るが、マリコルヌは黙って首を振る。 全てはサイトかシエスタが香水の壜を拾う所から始まるのである。ここで冷やかせばルイズと決闘になる。 それではダメなのだ。 「ほら!ギーシュッ!……あれ?」 (スパイス・ガール……香水の壜を柔らかくした。壜はルイズの手を貫通するみたいに通り抜ける) ルイズの手から逃げる様に壜が地面に落ちる。それをルイズは拾おうとするが、手から滑り落ちて拾えない。 ギーシュたちは何が起こったのか理解できなかったが、ルイズが壜に触れないことを見て胸を撫で下ろす。 「なんでよ~ど~して拾えないの~?」 「なにやってんだよルイズ。ほら、俺に任せろ」 サイトがルイズの隣から手を伸ばし香水の壜を拾おうとする。それを見てトリッシュが能力を解除した。 ギーシュ、演出、脚本の舞台が始まった。 「ほら、お前のだろ」 ルイズがジト眼でサイトを睨むが、サイトはその視線に気付かずに香水の壜をギーシュに渡そうとする。 「おお?そのあざやかなむらさきいろのこうすいはもしや、もんもらんしーのこうすいじゃないのか?」 「え?本当なの?モンモランシー」 マリコルヌは大根役者の様に抑揚のない声でギーシュを囃し立て、ルイズがモンモランシーに尋ねるも それを黙殺し、舞台は続く。 「違う。いいかい?彼女の名誉の為に言っておくが……」 トリッシュが突然立ち上がり、眼に涙を浮かべながらギーシュの前に立つ。 「ギーシュ様……」 「ちょ、ちょっとどうしたのよ?!」 眼に涙を溜めて、今にも泣き出しそうな顔でギーシュを見るトリッシュ。 自分の指をヘシ折り、顔を蹴り飛ばしたトリッシュの泣き顔を見てルイズは混乱した。 「やはり、ミス・モンモランシーと……」 「いや、これは誤解だよ。僕の心の中には君への想いだけ……」 「え?え?なになにどゆこと?」 混乱の度合いを増すルイズを置いてきぼりにして、二股かけられた女の子になりきったトリッシュは 思いっきりギーシュを殴り飛ばし、泣きながら何処かに走り去っていった。 「やっぱり、あの一年生に、手を出してたのね?」 「え?一年生って?マリコルヌの使い魔じゃなかったの?ひょっとしてメイジ?」 「お願いだよ。モンモランシー。咲き誇る……」 モンモランシーは、シエスタから受け取ったワインの中身を満身創痍のギーシュの頭にブチ撒けると トリッシュと同じく走り去ってしまった。 「なんだお前、二股かけてたのか?」 「あのレディたちは薔薇の存在の意味を理解してないようだ。そう言う訳で決闘だ!使い魔君!!」 「ちょっと!どういうこと!ぐえ…」 戻ってきたトリッシュにルイズは絞め落とされ、気絶したルイズを担ぎ上げて大急ぎで姿を消した。 「なんなんだ……?」 「さ、さいとさん、ころされちゃう。きぞくをほんきでおこらせたら……」 精一杯に怯えた顔を見せながらシエスタも何処かに走って行ってしまった。 「ギーシュなら昨日の広場で待ってるから、行ってあげなよ」 マリコルヌはサイトに決闘の場所を教えて中庭から立ち去った。 一人残されたサイトは何が何だか訳が判らないが、無視すると色々とマズそうなので仕方ないと言った様子で ギーシュの待つ広場へと歩き始めた。
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翌日の天気は快晴だった。明けきったばかりの文字通り雲一つ無い蒼穹から、 暖かな陽光が降り注いでいる。絶好の探検日和、と言えるかもしれない。 まだ授業も始まらない早朝、ギーシュは自室で向こう数日分の大荷物をパンパンに 詰めた鞄を手に唸っていた。 「ぬぬっ・・・どうにも重い・・・今までレビテーションに頼りすぎてたな」 手に持った瞬間から苦しげな顔を見せながら、それでも魔法を使わないことには 無論訳があった。今回の小旅行――と言ってしまってもいいだろう――の目的は、 まず第一に探検であるわけで・・・つまりは人跡未踏の森林や遺跡の奥深くに まで足を踏み入れる可能性がある。となれば、そこを根城にしているであろう オーク鬼やゴブリンといった好戦的な化物に襲われることも覚悟しなければ ならない。よって、ここは出来る限り無駄な魔法の行使は控えるべきである ――ということがその理由であった。 両手で鞄を吊り上げて、ギーシュはよたよたと正門へ向かう。寮を出た所で、 「ギーシュ!」 待っていたようにそこに立つモンモランシーと出会った。 「モンモランシー!どうしたんだね、今朝はやけに早いじゃないか」 「ま、まあね・・・」 問い掛けるギーシュに、モンモランシーは何故か眼を逸らしながら答える。 「・・・ねえ、明日は虚無の曜日でしょ」 「確かそうだね それがどうしたんだい?」 「・・・・・・こ、香水の材料が切れたのよ それで、明日城下に買い物に――」 「おっと、すまない僕のモンモランシー そろそろ待ち合わせの時間だ」 「え?」 「ちょっと数日ほど旅行に行ってくるよ 君と会えないことを思うと胸が 張り裂けそうだが、どうか泣かないでおくれモンモランシー きっとこれは 始祖の与え賜うた試練なのさ」 「な、ちょっと・・・」 「名残惜しいがしばしのお別れだ 僕の無事を祈っていておくれ それではね」 「待っ――・・・!」 相変わらず人の話も聞かず、ギーシュは薔薇をかざしながらそれだけ言うと 荷物を抱き上げてそそくさと走り去ってしまった。一人この場に残されて、 モンモランシーは豊かな金糸を震わせながら呟いた。 「何よ、バカにして・・・!」 大荷物の人間を6人も乗せては、いかに風竜と言えど長時間の飛行は出来ない。 ましてシルフィードはまだ幼生である。必然、近場から順々に潰して行くことに なった。 一行が最初に向かったのは、打ち捨てられた寺院だった。もはや村であったこと すら判らない程に荒廃した廃墟にあって尚形を失わないそれも、しかしかつての 荘厳さはとうに消え失せ、今はただ物悲しい静寂だけが満ちている。 永久に続くかとすら思われたそのしじまを、突如響いた爆裂音が消し去った。 ルイズの爆破に、この村を廃墟に変えた魔物――オーク鬼の群れが寺院の中から 眼を血走らせて飛び出した。 「んだァ?豚の化物かありゃあ」 長らく手入れされず伸び放題に成長した大木の枝に悠然と腰掛けて、ギアッチョは 興味深そうに眼下を眺める。その横で、化物が怖いかはたまた落下が怖いのか、 シエスタがひしと幹に抱きつきながら応じた。 「オ、オーク鬼です 獰猛で人間の子供を好んで食べる・・・私達の天敵みたいな 存在ですね」 プリニウスやプランシーがこの場面に遭遇すればさぞかし眼を輝かせることだろう。 巨大な棍棒を手にし、申し訳程度に毛皮を纏い二本足で立つニメイルを越す豚の 魔物。妖異と非現実の極致。彼らで無くとも、ギアッチョの世界の人間ならば 誰もが眼を釘付けにされるであろう光景だ。 最初に出て来た数匹が、ギョロギョロと辺りを見回す。十数メイルの正面に一人の 人間を確認するや否や、 「ぶぎィいいぃいいィィイいいぃィッ!!」 耳障りな鳴き声を上げて突進した。その背後を、次から次へと現れる仲間達が 土煙を舞い上げながら追い駆ける。だが彼らのターゲットであるところの少女は、 逃げも隠れもせずにただ一人その場に棒立ちしていた。 そう、ルイズは囮であった。寺院の中に恐らく十数匹単位で潜んでいるであろう オーク鬼達をギリギリまで引きつけて、両脇の茂みに隠れるキュルケ達が 一網打尽にする。それが彼女達の作戦であった――のだが。 「ワ、ワルキューレ!突撃だ!!」 実物の食人鬼に恐怖したか、ギーシュがはやった。先頭のオーク鬼目掛けて 七体のワルキューレが一気に攻撃を仕掛ける。七本の長槍がオーク鬼の腹を 突き刺したが、厚い脂肪に阻まれて致命傷には至らなかった。 「ぴぎぃいぃぃいいッ!!」 「あっ!?」 狂乱したオーク鬼が棍棒を滅茶苦茶に振り回し、七体の騎士はあっと言う間に 粉砕されてしまった。そのまま槍を拾いワルキューレが出てきた方向へ突進 しようとするオーク鬼を、空を切って飛来した炎が焼き尽くす。一瞬遅れて 出現した氷の矢が、崩れ落ちた魔物の背後に控える数匹の身体を貫いた。 「・・・で?どーするのよ」 茂みから姿を現して、キュルケが投げやりな口調で言う。先の攻撃に警戒を 強めたオーク鬼達は、再び寺院の中へと隠れてしまっていた。 「と、突撃あるのみだよ!」 「バカ、メイジだけで敵陣のど真ん中に突っ込めばどうなるか解るでしょ!」 「うっ・・・」 本来護衛とするべきワルキューレを使い果たしてしまったギーシュは、ルイズの 指弾に反論出来ずに呻いた。 「寺院ごと燃やすわけにはいかないし・・・このまま篭られちゃあ打つ手が 無いわよ」 小さく溜息をついて、キュルケが意見を求めるようにタバサを見た瞬間、 「・・・来る」 いつもの無表情にほんの僅か警戒を滲ませて、青髪の少女は静かに杖を構えた。 その刹那――鋭い破砕音を上げて、寺院の三方に設えられた窓が同時に破られた。 「なッ!?」 扉を含む四箇所から、潜んでいたオーク鬼達が一斉に外へ飛び出す。集まっていた ルイズ達を、先程の七倍はいようかという魔物の群れが見る間に包囲して しまった。 「し、しまった・・・!」 「・・・形勢逆転」 「飛ぶわよッ!!」 一瞬の機転で、キュルケはルイズを抱き寄せて叫ぶ。同時に唱えたフライで、 必殺の間合いに入る寸前に彼女達は間一髪上空へ脱出した。 そのまま十数メイルの距離を開けて着地するルイズ達目掛けて、オーク鬼の 群れが猛然と走り出す。 「ルイズ、足止めをお願い」 タバサは顔をオーク鬼の集団に向けたままそれだけ言うと、間髪入れずに詠唱を 開始した。 「分かったわ」 自分を信用し切ったその行動に、ルイズは逡巡無く答える。小さな杖を突き 出して、次々と爆発を放った。 「ぶぎぃいいッ!!」 眼前で前触れ無く起こる爆発に、オーク鬼の足が鈍る。致命傷を与える程の 威力は無いが、足止めには十二分に効果を発揮した。 最短のコモン・マジックで、壁を作るようにルイズは休むことなく弾幕を張る。 クラスメイト達心無い者が見ればそれは失笑を誘うような光景だろう。しかし、 ――・・・それが何だって言うのよ 今のルイズに恥ずかしさや後ろめたさは微塵も無かった。たとえ失敗であろうと、 自分の魔法が仲間の役に立っているのだ。化物の大群を前にしても、その事実 だけでルイズの心には無限に勇気が湧いて来る。 やがて、ルイズの横で二つの魔法が完成する。オーク鬼の群れ目掛けて、 タバサのウィンディ・アイシクルが空を裂く音と共に驟雨の如く降り注いだ。 無数の氷柱に貫かれ、数匹のオーク鬼は声も上げずに絶命する。怯んだ魔物達に 畳み掛けるように炎の渦が押し寄せ、更に数匹を焼き払った。 「あっ・・・お三方とも凄いです」 老木の枝からおっかなびっくり身体を乗り出して言うシエスタに、ギアッチョは 仏頂面を変えずに応じる。 「いや」 「えっ?」 「いいセンいっちゃあいるが・・・間に合わねえな」 よく解らないながらも、シエスタはギアッチョに向けた顔を荒れ果てた庭に戻す。 その僅かな時間の内に、そこは様相を変じていた。 「――――っ!!」 ルイズ達は思わず耳を塞ぐ。残る十匹余りのオーク鬼の怒りの咆哮が、彼女達の 鼓膜を破らんばかりに廃墟中に響き渡った。 仲間を倒されたオーク鬼達の怒りは、今やルイズの爆破への怯えを完全に 上回っていた。手にした木塊を振り回しながら、聞くに堪えない叫び声と共に 怒涛の勢いで突進する。もはや一匹たりともルイズの爆破に気を留める者は いなかった。 「くっ・・・」 倍近く速度を増して迫り来る魔物の群れに、キュルケは僅か眉根を寄せる。 見誤っていた。敵が予想外に強靭で想定の七割程度しかダメージを 与えられなかったこともあるが、それにも増して埒外だったのは―― オーク鬼達のこの速度だ。逃走しながら呪文を唱えてはいるが、この距離と 速度では魔法は撃てて後一度――しかしその一度で殲滅出来る可能性は相当に 低い。だが、かと言ってレビテーションで逃げることは出来ない。「風」の フライと違い、コモンであるレビテーションは物を浮かせるというだけの単純な 魔法である。フライのような瞬間的な加速の出来ない性質上、高く浮かぶには 時間がかかる。今から方針を変えていては間に合うものではない。そして フライによる脱出もまた、系統魔法であることとキュルケとタバサしか使用 出来ない現状では難しいと言わざるを得ない――結局の所、望みに賭けて このまま攻撃することが最善の、そして唯一の手段であった。 「・・・イス・イーサ・・・」 タバサも同じ結論のようだった。小さな口から迷わず紡がれる呪句で、彼女の 無骨な杖に再び冷気が集まり始め、 「・・・ウィンデ」 冷たく小さな声が止むと同時に、無数の氷の弾丸が一斉にオーク鬼へと撃ち 出された。それを確認してから、キュルケは小さく杖を振る。氷柱の軌跡を 追いかけて、業火の螺旋が続けざまに忌むべき魔物の群れを襲った。 氷と炎が爆ぜて巻き起こる黒煙と砂埃が、オーク鬼達をその断末魔ごと覆い 隠す。しかし、油断無く後退を続けるルイズ達が僅かな期待の視線を煙幕に 向けるよりも早く――オーク鬼の残党が四匹、憤怒の咆哮を撒き散らしながら 姿を現した。 生き残った四匹の人喰い鬼達は、更に速度を増してルイズ達に襲い掛かる。 「く、くそっ!」 なけなしの魔力で作り出した青銅の槍を構えて、ルイズ達の前にギーシュが 飛び出した。しかし、その力の差は誰が見ても歴然である。血走った眼を ギーシュに向けると、オーク鬼はまるで路傍の石を排除するが如き気安さで 棍棒を振りかぶった。 「ミ、ミスタ・グラモンが・・・ギアッチョさん!!」 シエスタは悲痛な声でギアッチョを振り向く。だが数秒前まで彼が座って いた場所から、ギアッチョの姿はいつの間にか消えていた。 三匹のオーク鬼達は、一体今何が起きたのか理解出来なかった。自分達と先頭の 仲間との間に、「何か」が落ちた――次の瞬間、仲間の首は見事に胴体と泣き 別れていたのだ。必死に情報を整理しようとする自分達を嘲笑うかのように、 仲間の首を刎ねた「何か」はゆっくりとこちらに向き直る。その正体が人間で あると気付いた時には、更に二つの首が宙を舞っていた。 「ぶぎィィイイイイッ!!!」 最後の一匹になった化物が、あらん限りの咆哮で大気を震わせる。男が一瞬 眉をしかめた隙を逃さずその脳天に人の胴体程もある棍棒を振り下ろしたが、 男は身体を半身にずらして難無くそれを回避した。同時に剣を握った左手では 無く何も持たない右手を突き出すと、静かにオーク鬼の胸に押し当てる。理解の 出来ない行動にオーク鬼は思わず動きを止めたが、すぐに棍棒を持つ腕に再び 力を込めた。理解は出来ないが、殺すことに問題は無い。 「・・・・・・?」 オーク鬼は漸く気がついた。拳に力を込め、手首に力を込め、腕に力を込め。 男の頭を粉砕するべく腕を振り上げる――常ならば意識することすらしない、 単純な動作。ただそれだけのことが、どう意識しても「出来ない」。まるで 彫像にでもなったかのように、己の腕はピクリとも動こうとしないのだ。 …いや。腕だけでは無かった。気付けば腰も、足も、そして首も―― 五体全てが、凍ったようにその動きを止めていた。 「・・・・・・!!」 凍ったように? 否。 オーク鬼の身体は文字通りの意味で、いつの間にか完膚無きまでに凍結 されていた。そしてそれに気付いた瞬間。原因や因果を考える暇も無く、 オーク鬼の身体は粉々に砕け散った。 「あ、ありがとう・・・助かったわ」 血糊を拭いた木の葉を投げ捨てて、ギアッチョは少しばつが悪そうにして いるルイズ達に向き直った。 「そんな顔すんな おめーらに落ち度はねぇよ 悪ィのは・・・」 つかつかと歩み寄ると、ギーシュの金髪に容赦無く拳を振り下ろす。 「あだぁあっ!!」 「こいつだ」 「このマンモーニがッ!おめー一人のミスでよォォォ~~~~、全員殺られる とこだったじゃあねーか!ええ?」 「うう・・・すいません・・・」 地面に正座するギーシュの頭上から、ギアッチョの叱責が降り注ぐ。長らく 使われなかったマンモーニという呼称がショックだったのか、ギーシュは肩を がっくりと落とすが、ギアッチョは一切容赦をしない。 「フーケとアルビオンの時ゃあちったぁ見所があるかと思ったが・・・ おめーは追い込まれねーとマトモに戦えねーのか?ああ?」 「い、いや・・・それは」 「それは何だ」 「そ、」 「うるせえ!」 「酷ッ!」 ギアッチョは両手でギーシュの頭をぎりぎりと掴んで立ち上がらせる。 「あだだだだだ!」 「よォーーく解った・・・おめーには度胸と根性が足りねえ!」 「そ、それは追々身に着けていこうかと・・・」 「やかましいッ!帰ったら一から叩き直してやっから覚悟しとけッ!!」 「えええええ!?」 ギーシュが物理的に地獄に落ちることが決定した瞬間だった。 へなへなと地面にくずおれるギーシュに眼を向けて、三人の少女は同時に 溜息をつく。 「ま、これでちょっとは成長するかしらね」 「因果応報」 「・・・あれ?ところで何か忘れてない?」 「ギアッチョさーん・・・」 古木の幹にしがみつきながら、シエスタはか細く悲鳴を上げる。 「み、皆さーん・・・下ろしてくださいぃー・・・」 彼女が救出されたのは、それから十分後のことであった。
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前ページ次ページ鋼の使い魔 トリステイン魔法学院の敷地内で、もっとも広い中庭に集められた生徒達が、それぞれに整列して、教師達を待っている。 やがてそこに学園長オールド・オスマンを筆頭に、教師達は生徒に対面するように並んだ。 オスマンは拡声の魔法をかけた杖に両手を乗せて、集まった二百人近い生徒達に向かって声をかける。 「諸君。本学院の今年度上半期の学期は、本日の正午をもって終了し、ふた月ばかりの休暇に入るわけだが、本年度は隣国との紛争などもあり、領地に帰っても休まらない生徒もおるだろう。 そこで儂は、通年確保しておる夏季休暇中の在学許可の枠を広げ、例年より多くの生徒や教師が学院に残れるように準備しておる。勿論、係累等後見人の承認は要るがの。 この休暇をどのようにつかうのも諸君らの意思次第である事を言っておこう。避暑に赴くもよし、独自に何がしかの研究に励むのもよいじゃろう。しかしこの学院の責任者として、 諸君らが壮健であって次学期を迎えられることを切に願っておる。 ふた月後にまた会うとしよう」 生徒側から感謝の拍手が送られ、次に教師達を先導とした移動が始まる。移動は学院の内壁正門で止まり、再び整列する。オスマンはそこで正門に向かって杖を構え、魔法で厳重な鍵を掛けた。 この鍵は原則、次学期の始業式まで掛けられたままになっている。裏門や脇の出入り口がいくつかあるから、学院に残る者たちにとって不便というほどでもない。 祭事の時に鳴らされるいつもとは少し違った鐘の音が学院に響いた。 終業式が終わり、生徒達は各々の予定に従って行動しはじめる。既に学院の裏門の前には生徒達を迎えに来た大小の馬車が並んで待っているのである。ルイズ・フランソワーズはまず、私物をトランクに詰め込むところから始めた。 「といっても、大したものはないのよね。姉さまのところに大体揃っているし」 ルイズの夏季休暇は、王都トリスタニアでアカデミー研究員をしている姉エレオノールが住むヴァリエール家所有の別宅で過ごす予定である。暫くの寄宿だが昔から使い慣れた勝手知ったる場所で、 わざわざ持っていかなければならないものはそれほどない。 したがって、ルイズの手荷物は貴族の旅荷としては比較的軽量な規模に収まった。 それを運んだシエスタ曰く、 「えぇ。ミス・ヴァリエールのお荷物はとてもよく纏められていて、他のお嬢様達が大型トランクを三つはお使いになるのに、ミス・ヴァリエールはお一つしか使われてませんでした」 人一人は優に入るトランクを引っ張るシエスタを連れて、ルイズは学院の本棟から少し離れた小塔に向かう。そこはコルベールが自分の為に学院で用意した研究室だ。 塔の脇に建てられた小屋からは細く煙が煙突より伸びている。ルイズが小屋の中に入ると、壮年の男が小屋の奥に作られた炉の火を落としているところだった。 「早かったじゃないか。手伝いに行こうと思ったんだが」 「煤けた格好で手伝いに来られても迷惑だわ」 「聞いたかい相棒、嬢ちゃんは使い魔である相棒の手なんて借りたくないってさ」 「それは困ったな。明日から職の手を探さなくちゃならないな」 「あんた達……!」 ルイズの癇癪が弾けると同時に炉の中に残っていた小さな火がかっと燃えて弾けた。溜まった煤が炉口から噴き出して二人と一振りに降りかかる。 二人は盛大にせき込んで、ルイズは息を吐いた。 「まぁいいわ。あんたはもう準備できてるの?」 「そこに置いてある荷物で全部だな。あとはコルベール師に挨拶して終わりだ。あの人は休みの間も学院にいるらしいな」 「休暇の時くらい家に帰ればいいのにね。何処の出身なのか知らないけど」 壮年の男は己の荷物が入った背負い袋を身体にくくりつけた。月日に焼けた金髪を長く後ろに撫でつけ、その動きは実年齢よりもいくらか若々しい。身なりからみて貴族ではない。しかし平民らしからぬ振る舞いに、 どこか気品がにじみ出ていた。 コルベールは自室に居た。窓の少ない塔の中は、埃っぽさと熱気が入り混じって、入ってくるものを立ち竦ませる不快さを感じさせた。 しかし塔の主人はそんなことはまったく気にしておらず、訪問者を快く迎え入れてくれる。 「おや、ミス・ヴァリエールにギュスターヴ君。今日は何か……?」 「はい。私はルイズについてここを離れますので、その間小屋の管理をお願いしたいのです」 自分の使い魔はこの禿頭の教師と仲が良いな、とルイズは前から思っている。趣味が合うのだろうか? そんな少女の呟きも知らず、コルベールは壮年の男――ギュスターヴの要請を聞きいれてくれた。 「ではお二人とも、休暇の間息災で」 「ありがとうございます。では」 「そう言えばシエスタは休まないのか?」 「メイド仲間のうちで何人かはこの機会に帰省するみたいですけど、私は残ってお仕事しますよ。お手当ても出るんですから」 「学院長も太っ腹よね」 裏門までの道でそう話していると、三人を誰かが呼びとめる。 振り向けば、赤髪の娘と青い髪を短く刈った少女が木陰から手招きしていた。 「ハァイ」 「なによキュルケ。私達急いでるんだけど」 赤髪のキュルケと言われた娘はルイズの険のある言葉に肩を竦ませた。 「ちょっと声掛けただけじゃない。もう少し肩の力抜いたら?」 「どうでもいいでしょう。で、何か用?」 「私達休暇中も学院に居るんだけど、何か休みの間予定があったら教えて頂戴、遊びに行ってあげるから」 「遊びに行って『あげる』ですって?」 ルイズのこめかみがぴくぴくと動いているのがギュスターヴから見える。この娘は感情の波が激しいことこの上ない。それを知っているくせに、キュルケはこう言い放った。 「だって貴方の事だもの。どうせ帰っても相手してくれるのがギュスだけじゃ、流石にギュスがかわいそうでしょう?」 「そ、そんなこと……」 「そんなことは、ないさ」 言いよどみかけたのを遮って、ギュスターヴは自信満々といった風に言った。 「俺たちはトリスタニアに行くんだ。ヴァリエールの末娘なら顔くらい見たい貴族だっているだろう。それほど暇じゃないかもしれないぞ」 「そうかしら?」 「そうさ。……だから遊びに行きたいなら素直にそう言ったらどうだ?」 「う……」 口ごもってキュルケは隣に居て沈黙を守る青髪の少女タバサに向けられた。 見返すタバサの目に表情はない。それが鏡を覗きこむような気分にさせた。 「……そうね。実はねルイズ。寮に残るのは女生徒ばっかりで男が全然いないの。当然よね、戦争になりそうなんだもの。だから退屈になったら、貴方のところにいってもいいかしら?」 ルイズは煮えかけた頭がだんだんと冷めてくるのがわかった。要するにキュルケは寂しいから構ってくれと言っているのだ。そう思えばほんの少し、自尊心がくすぐられる。 「来てもいいけど、姉さまも一緒にいるから居心地は保証しないわよ」 「あのお姉さんはいじり甲斐がありそうでいいわね」 キュルケの答えにルイズはさらに頭が冷めていくのであった。 寄越した馬車に乗せられたルイズとギュスターヴが到着するのが見えて、エレオノールは階下のロビーに降りることにした。 ヴァリエールの別邸は、王都の高級住宅街に数ある貴族の邸宅の中でも、上から数えた方が早い位に豪華な屋敷である。勿論ヴァリエール領にある本家と比べれば慎ましい出来であるが、調度品や建築の見事さは是非に及ばない。 ロビーでは使用人に荷物を託したルイズと、使用人について屋敷の奥へ行こうとするギュスターヴの後ろ姿があった。 それがちらっと見えただけでエレオノールは胸の奥がかっと熱く打たれてしまうのだ。 (あぁ、あの人もここで過ごしてくれるのね……) 一目会ったその日から、密かにエレオノールはギュスターヴへ思慕の情を募らせており、一時期は暇さえあればギュスターヴが立ち上げた百貨店に通いつめて、ギュスターヴの姿が無いか歩いたものだった。 ……その姿は周囲から「貴族の婦人が通い詰めるほど百貨店は良い店なんだ」というというように見られていたりする。おかげで店を切り盛りするジェシカは右肩上がりの左団扇である。 「……姉さま?」 出迎えに来てくれたらしい姉があらぬ方を見たままぼうっとしてるので、ルイズは手持無沙汰のままロビーに立たされる羽目になったのだった。 正気に戻ったエレオノールはルイズを連れて談話室に入ると、テーブルで薬湯と菓子を啄みながら学院での生活について事細かに聞き出し、オスマンが休暇中の寮滞在を認めた話を聞いて関心していた。 「よくそんな財布の余裕があったものね。アカデミーなんて予算を削られてしまうんじゃないかって汲々としてるのに」 「どうして?」 「軍備に国費がかかるからよ。アルビオンの奇襲で軍艦はほぼ全滅で、タルブでの合戦では勝ったけど王軍も被害甚大だそうだから」 そういうエレオノールに相槌をルイズは打てない。王軍の被害の一端は自分が行った虚無の発動が原因やも知れないから。 「王軍はタルブ戦役で功あった傭兵部隊を正規軍に組み入れたと聞くし、トリステインの格が落ちるというものよね。アンリエッタ女王には頑張ってもらいたいわ」 「姉さま、陛下を助けるのが私達貴族の義務でしょう?」 「当然よ。現にヴァリエール家は王家に資金と人足を供出したし、私もアカデミーでアルビオン軍が残した船から見つかった、砲弾の解析に駆り出されてるもの。うちで何もしてないのはあんたとカトレアだけよ」 「……仕方がないでしょう、まだ学生なんだもの……」 だがルイズは先日、内々にアンリエッタから彼女直属の女官としての権限を与えられているのだ。いざ王女からの命令があれば一目散に駆けつけなければならない。 その時は意外に早く訪れるのだが、ルイズとギュスターヴが別邸に着いたその日の夜、ギュスターヴはあてがわれた部屋で背中を伸ばしていた。 部屋を見渡すに一応、使用人用の部屋らしい。質素なベッドと椅子、テーブルと小さな衣装箱が一つだけ置いてある部屋だ。 「あまり歓迎されてないようだな、俺は」 独り言に答える声が荷物から帰ってくる。 「まぁ、仕えてる貴族のお嬢様がどこの馬の骨ともしれない男を連れてきているんだから、歓迎はされないわな」 答えたのは荷物に収まっている一振りの剣だった。知恵ある魔剣インテリジェンス・ソードの一つであり、古の虚無の使い魔『ガンダールヴ』が使っていたと自ら主張するデルフリンガーである。 「時に相棒よ。あんたはこれからどうするんだよ?お嬢ちゃんはひと夏ここで過ごすわな。その間それにつきあっているつもりかい?」 「そこなんだ、デルフ」 ベッドから起き上がって荷物からふた振りの剣を引っ張りだすと、それぞれをテーブルに乗せた。一方はデルフだが、もう一方は石でできた長剣だ。 「俺がルイズにアニマの使い方を教えたのは、一つにはそれがルイズの未来につながるものだと思ったからだ。この世界ではアニマの術を使えるものは居ない。ただ一人のアニマ術師になる。 あとはそれを自分で使いこなせるだけの精神を持っていれば自由に生きられるだろう」 世間知らずでわがままなルイズだが、ギュスターヴはそれが出来ると信じている。 「一つってことは、もうひとつあるんだな」 「始祖の祈祷書とやらが変化した卵型のクヴェルが気になる。鉛の箱にしまってあるが、あれは尋常な代物じゃない」 「アニマとやらが無い相棒に解るのかよ?まぁ、俺っちもありゃやばい代物だと思うどな……」 虚無に使われる立場のデルフから見ても、卵形と化した祈祷書は異常な存在なのだという。 「もしあれを再びルイズが手にする時があれば、ルイズ自身で制御できるようにならなきゃいけないだろう」 「それまでの訓練、ってことかい?」 「そんな時が来ないに越したことはないんだがな……」 ちらりと目が白い石剣を映す。 「嬢ちゃんに対する理由はそれでいいとして、あんたはその、なんだ……サンダイルってところに、帰りたくないのかい?」 「……帰りたいさ。帰って友人達に謝りたいな、黙っていなくなって済まないってさ」 「相棒は妻子居ないんだろ?その年でやもめたぁ、寂しいよなぁ……」 そこまで言って、デルフは何か閃いたようにカタカタと鳴った。 「解ったぜ、相棒がこっちに後ろ髪引かれて元の世界に帰る方法を探し渋っている理由。あんたは嬢ちゃんを自分の娘か何かみたいに思えて仕方がねぇんだ」 「ルイズが娘だって?」 「そうさ。手元で大事にしたいって気持ちがあるんだろ。だから離れるのを渋ってるのさ」 得意そうに魔剣は笑った。 だがそう指摘されたギュスターヴは、怒るでも笑うでもなく、むしろ神妙に表情を暗くして考え込んでしまうのだった。 「ど、どうしたよ?」 「……これが親の気持ちという奴のなのか?」 「いや、そうなんじゃないかって思っただけだよ。実際のところは知らないね」 そう言ってやるとギュスターヴはますます悩み深げにうつむいた。 皺を寄せて黙っている相棒をどうしたものかとデルフが考えていると、夜更けだというのに部屋を尋ねる者が居た。 「客だぜ相棒」 ノックにギュスターヴが答える間もなく訪問者は勝手にドアを開け部屋へと入ってくる。 部屋着に着替えたルイズだった。ルイズは部屋を一瞥し、自分の使い魔の境遇に文句をつけた。 「こんな貧しい部屋がこの屋敷にあったなんて知らなかったわ。私の使い魔に相応しくないと思うの」 「それで嬢ちゃんはどうするのよ?」 「明日から家令に言いつけて他の部屋を用意させるわ」 「別にこの部屋でいいだろう。気を使われると居づらくなる」 「あんたはそれでいいかもしれないけど、それで召使たちに舐められているんなら許しがたいわ」 部屋にやってくるなり青筋立てて息を巻くルイズに、先程まで考えていた事を頭に押しやり、ギュスターヴは言った。 「わざわざこの部屋に文句をつけにきたのか?」 「あっ、そうだったわ。姉さまと夕食を済ませた後、私宛に手紙が来たの」 これよ、とルイズが懐から出したのは小奇麗な封筒だった。送り主の名前はなく、ただ宛名だけが記されている。しかし、封蝋等の格式から見て、貴族の使う梟便で運ばれたものらしい。 「梟便?」 「伝書用に調教された梟に手紙を持たせて送るのよ。貴族の屋敷なら梟を受け入れる鳥小屋が天井裏にあって、そこに手紙を持った梟が入ってくるのよ。学院には何十羽も入ってこれる梟小屋が置いてあるわ」 「わざわざ梟に持たせるなんて手間暇かけるもんだな」 「中には自分の使い魔にやらせる人もいるけど……って、そんなことはいいのよ。問題はこの中身よ」 言ってルイズは剥がされた封蝋の下から便箋を取り出して見せた。その様子なら既に中身は確認済みなのだろう。 「読んでも構わないか?」 「汚さないでよね」 ギュスターヴは受け取ると、便箋に目を走らせる。ジェシカと手紙のやりとりをするようになって、一応日常の読文に支障はない。 「なんて書いてあるんだい?」 「かいつまんで言えばお茶のお誘いさ」 「茶ぁ?」 「もっと上品に言ってくれる?陛下からわざわざ謁見に来るようにという申し渡しよ。内々に送ってくるところを見ると、何か任務を与えられるんじゃないかしら」 一見、そう冷静にルイズは言っているが、内心では働ける事に喜んでいるに違いないと、ギュスターヴは思った。この娘のアンリエッタ女王への尊敬とトリステイン王国への忠誠は揺るがないものらしい。 「この手紙の日付を見ると明後日になっているな」 「そうよ。それまでに身の回りの物をそろえなくちゃいけないわね。明日は忙しくなるわよ」 「どうして?」 「休み一杯任務に費やすかもしれないから、明日のうちにめいいっぱい遊んでおくのよ。あと、買い物とか」 にひ、と意地の悪い顔をするルイズを少し疲れた気持ちでギュスターヴは見た。女の買い物に付き合うのはいつ何時でも大変なのだから。 前ページ次ページ鋼の使い魔
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前ページ次ページ攻撃力0の使い魔 (ここ…どこ……? 寒い…苦しい…何も見えない…何も聞こえない……) ルイズは、凍てつくような寒さの 真っ暗な闇の中にいた。 全身に力が入らない。 まるで重さが無くなったかのように 体が軽い。 にも かかわらず、開放感は いっさい無い。 むしろ、あまりの閉塞感に 気持ち悪くて吐きそうになる。 とにかく寒い、苦しい。何より……寂しい。心細い。 (どうして……? こんなに好きなのに……なんで こんな仕打ちを……) 心の中で誰かに呼びかける。 自分がこんな苦痛を味わう原因を作った、その誰かに。 それが誰かはわからないが、ルイズは その人物のことを知っているような気がした。 その人物のことを思うと、胸が苦しくなる。たまらなく愛おしくなる。 ……どのくらいの時間が流れただろう。未だ、ルイズの苦しみは続いていた。 そして……彼女は気づいた。 (そっ…か……そうよ……わたしは…苦しんでるかぎり…絶対 あなたを忘れない…… だから…わたしに こんな苦しみを……そうなんでしょ……?) その結論を手にして、ルイズは たまらなく嬉しくなった。 その発見に、胸が熱くなる。 心が、熱く焼けただれて、吐き気がするほど嬉しかった。 ある時……突然、世界が揺れた。 ルイズの知覚できる範囲…世界が、何かに引き寄せられている。 引き寄せる力が強くなり、体も どんどん重くなっていく。 世界が激しく揺れ、赤熱した光で視界が満たされる。 (熱い……! たすけて……! たすけて……) 誰かの名を呼び、助けを求める。 元より、自分の知っている人間は その人だけだ。自分の世界には、その人しか いらない。 自分の意識と体が激しく焼き尽くされるのを感じながら、ルイズは名前を呼び続けた。 凄まじい衝撃が走った。あたりに轟音が響く。 熱い……! 痛い……! 苦しい……! だが、まだ自分は生きている。 何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。体が動かない。立ち上がれない。歩けない。 ……左腕に力が入る。 (……! 動く……!) 左腕だけは、まだ感覚が残っていた。 ルイズは、左手で力いっぱい地面を引っかくように握り締める。そして 指を開く。 また握る。また開く。 そうやって左手の握力だけで体を動かしていく。 焼けただれた肌と地面が擦れて痛い。が、気にせず進む。 地面を握った指先の爪が割れて痛い。が、それも気にせず進む。 ルイズは、文字どおり「左腕だけ」で前に進んだ。 自分をこんな目に遭わせた、愛しい人を目指して。 左腕以外の部位が さっきの出来事で焼失したことなど、今はどうでもいい。 彼に会いたい。いや、会わなければならない。 そして、伝えるのだ。いかに自分が彼を愛しているか。いかに自分の愛が強いか。 そうだ。世界を、自分の 彼に対する愛で満たそう。 そうすれば、きっと……喜んでくれる。 「……っ!!」 シーツを跳ねのけて飛び起きる。 気がつくと、ルイズは 部屋の中…ベッドの上にいた。 カーテンが綺麗に整えて開けられた窓から、朝日が差し込んでいる。 「あっ!」 思わず、自分の体を確かめる。 ……手も、足も、胴体も、頭も、ちゃんと全部揃っている。 なぜ そんなことをしたのか自分でもわからないが、とにかく ホッとした。 「……夢?」 そういえば、何か…とてつもなく苦しくて…そして悲しい夢を見ていた気がする。 だが、どんな夢だったのかは思い出せない。汗だか涙だかわからない水滴が、頬を伝って滴り落ちた。 大量の水分を含んだネグリジェが気持ち悪い。こちらは間違い無く汗だ。 だんだん頭がハッキリしてきたルイズは、部屋の中を見回す。誰もいない。 (まさか、昨日のことも夢……!?) いや、そんなハズはない。事実、昨日 自分は使い魔の召喚に成功した。 その証拠に、昨日の夜 脱ぎ散らかした衣服が 無くなっている。 ルイズの召喚した使い魔が、洗濯のために運び出したのだろう。 今 あいつが部屋にいないのも、きっと そのためだ。 どんどん正常な思考を取り戻していく頭で状況を整理していると、突然 ドアのカギが回され 扉が開く。 そして、昨日 ルイズが召喚した亜人:ユベルが現れた。 「……やあ。おはよう、ルイズ。よく眠れたかい?」 トーンの低い女性の声で、ごく自然に呼び捨てにしてくる。だが、もう いちいち気にしない。 「ちょっと…ノックくらいしなさいよね……まあ…真面目に仕事してるみたいだし、許してあげるけど」 「あぁ……洗濯なら、そのへんにいたメイドに頼んでおいたよ。ボクより 彼女たちのほうが ずっと上手いだろう?」 「あ、あんたねぇ……洗濯も使い魔の仕事だって 昨日 言ったでしょ」 「そうかい? でも 残念だが、ボクはキミの召使いになるつもりは無いからね」 どうやら「使い魔」についての認識が根本的に食い違っているようだが、それは今後ゆっくり教育していけばいい。 「……まあ、済んだことはいいわ。じゃあ…ホラ」 ルイズが ベッドから降りて床に立ち、そのまま じっとユベルを見つめる。 「着替えさせて」 「なに?」 「あんたが わたしの着替えを手伝うの」 「……それも使い魔の仕事なのかい?」 「そうよ。だから早くして」 「……言っただろ。ボクはキミの召使いじゃない。下僕でもなければ奴隷でもない。言わば協力者だ。 キミや ほかの人間でもできることを、なぜ ボクがしてあげなきゃならない?」 「な…っ!」 なかなか思いどおりにならない使い魔に、ルイズは だんだん腹が立ってきた。 たしかに 使い魔の召喚と契約は大成功を収めたと言えるが、正直 今の関係は、ルイズが理想とする貴族の姿には ほど遠い。 さすがに奴隷ではないにせよ、使い魔は 下僕であるハズなのだ。 だが「自分は下僕ではない」と言う相手に「いいや、おまえは下僕だ」などとは言いづらい。相手が未知の亜人ならば、なおさらだ。 そこでルイズは「使い魔」という言葉の定義を利用して、それとなく使い魔の立場を伝えることにした。 「使い魔っていうのは、そういうもんなの! いいから言うとおりにしなさいよ!」 「……ふっ、そうかい。キミがそう望むなら……仕方無いね」 「へ?」 急に素直な反応を示すユベルに、拍子抜けして 思わず間抜けな声が漏れる。 が、すぐに 主人としての威厳を示すために立ち直る。 「わ、わかればいいのよ、わかれば。そこと そこと…あと そこに着替え入ってるから」 その言葉を聞いたユベルは背中の2枚の翼を広げ、宙に浮き上がる。 そして……ルイズに乗り移った。 (ちょっ…何してるのよ! 昨日 これはしないって言ったじゃない!) そう困惑するルイズの頭の中に、ユベルの声が響く。 (何を驚いているんだ。簡単なことだろう? キミは、ボクに着替えを手伝わせたいと思っている。逆にボクは、キミが自分で着替えればいいと思っている。 その2つの条件を、同時にクリアしようとしただけじゃないか) (……っ!) たしかに間違ってはいない。だが、何か釈然としない。 ルイズが反論を考えているうちに、ユベルはルイズの体で ルイズの着替えを済ます。 着替えが完了すると ユベルはルイズの体から抜け出し、さらに部屋からも出て行こうとする。 「あっ、ちょっ! ご主人様をほっといて どこ行く気よ!」 「……キミはこれから、食堂へ朝食を摂りに行くんだろう? でも ボクはキミたちと違って 物は食べないからね。そのあいだ、好きにさせてもらうよ」 「って、こら! 待ちなさいったら!」 ……部屋の外で、ユベルの動きが止まる。だが、ルイズを待っているわけではないらしい。 ルイズの位置からは壁で見えないが、廊下にいる何かと向き合っているようだ。 廊下に飛び出したルイズは、その「何か」の嬉しくない正体を発見した。 「はぁい、おはよう ルイズ。そうやって並ぶと、ホントに子供みたいね?」 「っ! キュルケ……!」 ルイズよりも背が高くてスタイルの良い 赤い長髪で褐色の肌をした少女。 朝っぱらから出会って早々、体型のことを冷やかされる。身長か、それとも胸か。 ……が、そのライバルが 自分の使い魔に上から見下ろされているという愉快な構図が、ルイズの怒りを相殺した。 「……で、あなたが ルイズの使い魔さんね? 初めまして。 あたしはキュルケ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー」 亜人の顔を、キュルケが見上げる。親友タバサの1.5倍近い身長から、3色の視線が降り注いでいる。 見たことも聞いたことも無い種族の亜人だ。たしかに「悪魔」と言われても、嘘には聞こえない。 「ボクはユベル。よろしく、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー」 「……キュルケでいいわ」 「なんで わざわざフルネームで言いたがるのよ……」 長い名前を1発で覚えて すらすら言うユベルに つっこむ。 ツェルプストーと仲良く会話するな、とは言い忘れる。 「それにしても……ゼロのルイズが、まさか亜人を召喚するなんてねぇ……驚いたわ」 「ふん、何言ってるのよ。こうして使い魔の召喚と使役には成功してるんだし、もう『ゼロ』じゃないわ」 「……そう。よかったじゃない」 胸を張るルイズを、特に馬鹿にするでも茶化すでもなく、キュルケは軽くねぎらった。 「ところで……ねぇ、ユベル。あなたって…女? それとも男?」 「……!?」 幼い頃から刷りこまれてきた、ツェルプストー家の忌むべき特質のことがルイズの頭をよぎった。 「ツェルプストーっ! あんた まさか、人の使い魔に手を出す気!? それも亜人に!」 「え? い、いや! そんなつもりは無いわよ! パッと見 男か女かわからなかったから、興味本位で訊いただけ!」 ルイズの懸念と疑念を払いのけるように手を振ってキュルケは否定する。 さすがに、この相手に手を出そうなどとは思わない。 「ふーん……そう? でも、訊いても無駄よ。本人もわかってない…というより興味無いみたいだから」 その質問については、すでにルイズが昨日のうちに済ませてしまっていたのだ。 まあ 一般的な感性の持ち主なら、ユベルの その左右非対称な性別の正体が気になるのも 当然だろう。 「あら、そうなの? まあ たしかに、綺麗に半分ずつだもんねぇ……それが正解なのかしら?」 「脱いでみれば わかるかも……」という考えが頭をよぎるが、すぐさま思いなおす。 もし、その性別の象徴も半分に分かれているのだとしたら……? そんなものを見る心の準備は できていない。 そんなキュルケを、ユベルは無言で品定めをするように3つの目で見つめ続けている。 男たちの 性的な意味を多分に含んだ熱視線とは、まったく違う。 少なくとも、キュルケの女性としての魅力を はかっているわけではない。 その異質な視線に耐えられなくなったのか、キュルケが口を開く。 「あっ、それより……! あたしも使い魔を召喚したのよ。誰かさんとは違って、一発でね!」 「う……うるさい! 試行錯誤の末に誰よりも大成するタイプなのよ、わたしは! たぶん!」 キュルケの背後から 大きな赤いトカゲが姿を現した。ユベルの視線が そちらに移る。 「このトカゲ……炎属性・爬虫類族か」 トカゲを見たユベルが そう呟いた。その「なんとか属性・なんとか族」という表現に、ルイズは顔をしかめる。 昨日 何度 質問しても、ユベルが「闇属性・悪魔族」というものについて 答えてくれなかったからだ。 だが、なんとなく予想はついていた。 そして、このキュルケの使い魔に対するユベルの評価で、その予想は信憑性を持った。 「……あー、つまり火系統のトカゲって意味ね」 つまり「闇属性・悪魔族」のユベルは……? 「トカゲじゃなくて『サラマンダー』よ。尻尾の先に火が灯ってるでしょ。 しかも、フレイムは 火竜山脈に生息する亜種で、普通のサラマンダーより ずっとレア物なんだから」 「れ、レア度なら こっちだって負けてないわよ……! どこから来たかわからないくらいレアなんだから!」 「え? ルイズ、あんた……自分の使い魔に出身地も教えてもらってないの?」 「わたしだって知りたいわよ! でも、本人がわかってないんだから 仕方無いでしょ!」 まるで レアカードを自慢し合う子供のように 使い魔談義をする2人を、ユベルは見守る。 十代の父が、幼い十代にプレゼントした最初のレアカード……それが「ユベル」だった。 過ぎ去った日に思いを馳せ、決意を固める。 (十代……ボクは必ずキミを取り戻してみせる。そして……) 前ページ次ページ攻撃力0の使い魔
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前ページ次ページ鋼の使い魔 泣き腫らした瞼が、風に当たってひやりとする。 ルイズがそんな感想を抱きながらも、背中の問答を特に気にもしないシルフィードは悠々と空を飛び、眼下には馴染みの魔法学院が見える。 シルフィードはいつものように、手近な広場に下りようと旋回を始めた瞬間、翼の端に『何か』が当たったと思った。 その『何か』は今度は当たった翼の端から伸びてシルフィードの頭に影を作るように覆いかぶさってくるようだった。 シルフィードは焦った。このあたりで自分と同じ高さを飛べるものはそれほど居ないはず。 動転した幼生竜は背中の主人達を一瞬忘れて、大きく傾斜して旋回し、自分に当たりそうになった『何か』から逃れようとした。 疲れで気が抜けていた背中の四人は、急な動きを見せるシルフィードに驚き、傾いていく竜の背中から落とされないように手近い背びれに捕まる。 キュルケはびっくりしてぎゅっと、目の前のこりこりとした触感のひれを抱きしめ、ギュスターヴは少しざらつくうろことひれの前のこぶを掴んで踏ん張った。 タバサもシルフィードの首根元に抱きつき、急に動き出した使い魔を叱咤しようと考えていた。 そしてルイズは………泣き疲れていたせいか、三人よりも反応が遅かった。 シルフィードの背中の何処にも捕まる事ができなかった。 「あ……」 遠心力に流れるように自分が竜の背中から引き剥がされた時、ルイズは浮遊感の中で一瞬愉しんだ。しかし次の瞬間、落下する感覚と風の音に恐怖した。 「あーーーーーー!!」 「ルイズーー!」 いち早く気付いたギュスターヴが手を伸ばすも、指はルイズに届かない。 どんどんと加速する落下速度がルイズに死の恐怖を与えつつあった次の瞬間、ルイズの体に掛かっていた落下加速が落ち、地面に近づくほどに落下が緩やかになる。 地面に付いた時、ルイズはぺたん、と尻をついただけで傷一つ負わなかったが、流石に腰が抜け、全身から脱力してへたり込んだ。 「は……はぇ……」 へたったルイズに近寄るのは、後退した壮年の男性。 「大丈夫ですかな?ミス・ヴァリエール」 コルベールその人だった。彼は広場に出ており、片手には糸を巻いた棒のようなものを握り、もう一方の手には魔法を使うための杖を持っていた。 落ち着いたシルフィードが広場に下りると、背中の三人は腰が抜けたままのルイズに駆け寄った。 「大丈夫なのルイズ?」 「も…もう落ちるのはいや……」 アルビオンから脱出した時もかなりの高度から落下したため、今のルイズは落下浮遊にかなり敏感になっているようだ。 ギュスターヴに手を引いてもらいどうにかこうにか、小鹿のような足取りで立ち上がったルイズに、コルベールは緩く頭を垂れた。 「いやぁ、申し訳ありませんミス・ヴァリエール。実験中のカイトが風に流れてしまって。ミス・タバサの風竜を驚かせてしまったようですね」 どうやらコルベールは空にカイト(凧)を飛ばしてなにやら実験をしていたらしい。そそくさと糸を巻き取り始めると、鳥のように左右に羽を広げた形のカイトが降りてきて、 器用に地面に落下させる。 「一体何の実験をしていらしたんですの?」 「え?…それは…まだ、ナイショですぞ」 コルベールはばつが悪そうに笑った。 カイトを回収したコルベールは咳払いを一つしてならぶルイズ、キュルケ、タバサを見た。 「しかし、ミス・ツェルプストーとミス・タバサはともかく、ミス・ヴァリエール。貴方は今まで何処へ行っていたのです?」 「え?…それはその…」 ルイズは密命ということで早急ぎ、楽員に休む旨の知らせをせずに学校を起った為、ここ数日は無断欠席の扱いになっていたのである。 もちろん、ここで密命をうけていたことを話すわけにはいかない。 「…い、今からオールド・オスマンへ報告してきますわ!では失礼!…行くわよ、ギュスターヴ」 まだ足腰がはっきりしないルイズがぐいぐいとギュスターヴの腕を引く姿は、遠めに見てもおかしなものだった。 『百貨店 建設』 それより3日後、トリステイン内にアンリエッタ王女殿下と帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世との婚約、それにあわせて両国の軍事協約を結んだ事が発表された。 さらにその翌日、アルビオン貴族連合『レコン・キスタ』はアルビオンの『統一』を宣言、国号を『神聖アルビオン共和国』と改名し、その初代皇帝としてレコン・キスタの首魁 オリヴァー・クロムウェルが新設された貴族統一議会の満場一致で就任した。 クロムウェルは皇帝として就任すると、アルビオン新政府は瞬く間にアルビオン国内の騒乱を鎮圧し、最も近いトリステインとゲルマニアに対し『不可侵条約』を打診した。 王政を打破して士気が上がっているはずのアルビオンからの打診に両国はそれを受諾する旨を共同して発表。トリステイン・ゲルマニア軍事協約が発効する翌月 ニューイの5日までには不可侵条約に関する三国共同の文書を作成する確約をとった。 各国の首脳陣はそれらの折衝に追われる日々を過すのだが、国に暮す人々にとっては概ね平和な時間が流れることになった。 勿論それは、トリステイン魔法学院の中も例外ではなかった。 アルビオンから帰還して数日経ったある日の夜のことである。 ギュスターヴは相変わらずルイズの部屋で寝泊りしていた。ルイズ本人も何も言わないから余人がとやかく言うことも出来なかった。 とはいえ、多少の住環境の改善がされているらしく、始めの頃毛布一枚だった寝床が、ルイズのベッドと並べられるようにマットが置かれるようになった。 「なぁルイズ」 「なによ」 ルイズは寝間着で机に向かって本を読んでいた。振り向けばギュスターヴは、見慣れない真新しい帳面を広げている。 「商売を始めたいんだが…」 「そう……?…商売?!」 「ああ」 一瞬聞き流しかけたルイズだが、ぐっと抑える。 「どうしたのよいきなり」 ギュスターヴも佇まいを少し直し、ルイズを見て話した。 「ルイズの使い魔をやり続けるにしても帰る道筋を探すにしても、色々と資金が居るだろうと思ってな」 「……やっぱり、帰りたいんだ…」 ルイズの声色がよろしくない、と思いながらも、ギュスターヴは包み隠さず話した。 「そりゃあ、帰りたくないといえば嘘になる。此処には俺を本当に知っているものは誰も居ないんだから…」 ギュスターヴの言葉にルイズはくしゃ、と顔を崩す。そしておもむろに立ち上がって、ベッドに身を投げた。 「勝手にすればいいんだわ。どうせ私は使い魔も御せないだめなメイジなんだもん。使い魔に相応しいメイジじゃ、ないんだもん…」 綺麗に敷かれたシーツに顔をぐりぐりとしているルイズは稚い。 「そんなことを言うなよ。…少なくとも、こうやってルイズ、お前の隣に居るのは嫌いじゃあないんだ」 ギュスターヴは、そんなルイズの頭を撫でてやった。年の割に発育の悪いルイズは、そうされていると幼児のようにも見えるのだった。 「……じゃあ、どうしてよ。どうして帰るかも知れないなんていうの。ずっと居るって言ってくれないの…」 自分が甘えているという自覚を持ちつつもルイズは聞かずに居られない。 寝物語を聞かせるように、ギュスターヴは優しく話した。 「…俺はサンダイルで、過分にも色々と人の上に立って人生を過してきた。俺が居なくなってもう、一月以上になるだろう。 俺が居なくなった後、サンダイルがどうなったのか興味があるのさ」 ギュスターヴの脳裏に、アルビオンで死地に赴いていったウェールズの姿がよぎる。 あれは俺だ。ルイズに呼ばれなかった時の俺だ…。 ウェールズは自分が死んでも何かが誰かに託されるだろうことを願って、戦場に逝った。 サンダイルの覇王ギュスターヴもまた、あの砦の炎の中で死んだのだ。 ならば、俺が社会に投げ込んだ鉄鋼は、どうなっていくだろう?誰かが引き継いでいってくれるものなのだろうか? 優しく撫でられていたルイズは、まどろみを感じながらぶちぶちしている。 「…皆魔法が使える中で、魔法の使えないあんたがどうして人の上に立てるのよ…嘘ばっかり…本当はこんなところからさっさと逃げ出したいんでしょう……」 重くなっていく瞼に抗えない。 「本当…嫌になっちゃう…商売がしたいんなら……勝手に……やりなさい……よ……」 「ありがとうルイズ。……おやすみ」 寝付いたらしいルイズからギュスターヴが離れる。 「でも……っちゃ……や…ん……」 「ん?」 ルイズが何か言っているかとギュスターヴは振り向くが、既にルイズの意識は落ちて静かな寝息に変わっていた。 ギュスターヴはルイズの許可をもらうと、フーケ捕縛時やモット伯告発で得た資金を元手に、まず最も近場である王都トリスタニアの経済状況を調べた。 しかし、そこで困ったことが判る。トリスタニアを中心とする首都経済圏の規模が、ギュスターヴの予想のそれを下回っていたのだ。 トリスタニア『を含めた』周辺の村や町を含めて23,000人程度の経済圏では個人の起業参入の選択肢がかなり限定される。 (因みにサンダイルのハン・ノヴァは1260年代で40万人弱の人口に膨らんでいた) ギュスターヴは以前トリスタニアを歩いた時に見た光景を思い出した。大小の商店が店を構える中、その軒先を露天商が有料で借り受けて商売をしていた。 露天商とはいえやはり商売人なら立派な店を持ちたいのが人情だろう。 ギュスターヴの発想。それはそのような露天商達を相手に商売をすることだった。 まず、ブリトンネ街等を始めとする商店街の一角に数階建ての建物を用意する。次に露天商を勧誘し、そこで店を開いてもらう。 張れて店もちになった商人達には売り上げの一部を場所代として支払ってもらうのだ。 この案を現実にするにはいくつかの問題があった。まずトリスタニアの商工ギルドの許可がいる。 これについてはコルベールやマルトーといった知己の協力を得て事なきを得た。 次に、露天商が招けるような建物の取得である。これが一番の問題で、結局取得できた物件を大幅に改装して用意する事になった。 後は建物に呼べる露天商と、常在できないギュスターヴの変わりに管理をしてくれる人間の手配である。 この問題ではなんとシエスタから意外な援助をもらうことが出来た。 「王都には親戚の親子がお店を持ってるんですよ。お手伝いになるか判りませんけど、紹介の手紙を書いておきますね」 シエスタの手紙と簡単な地図を手に王都に出かけた折、ギュスターヴは『魅惑の妖精』亭を訪ねた。 「そうね。そのお店でうちの店の宣伝とかもできるし、優先的になにか利用させてくれるなら全然オッケーよ」 『魅惑の妖精』亭オーナー、ミ・マドモワゼルことスカロン氏は独特な風貌であったが悪人ではなさそうだ。 「露天商の誘致と管理が出来る人間ね。ちょうど良い子がいるわよ」 そう言って奥のドアから現れ、紹介されたのはスカロン氏の娘ジェシカ嬢であった。 「この子もそろそろ商売人として独り立ちさせたかったし、人の使い方も巧いわよ。ジェシカ。あんたこの仕事できそう?」 言われて計画を書いた書類をまじまじと見たジェシカはにっと笑って答えた。 「面白そうだね、お父さん。ギュスターヴさん、だったっけ。このお店の開店までの手配、私に任せてみてくれないっかなっ?」 どうにょろ?と言いたげなジェシカの眼を見て、ギュスターヴは応と答えた。 それからの行動は殆どジェシカの独壇場だった。商店街から腕利きの露天商を引っ張り込み、店舗の改装にも着手。あれよあれよという間にブリトンネ街の一角には 地上3階建て、半地下の一階、内3階に計6人の店主が店を構える驚異の新商店が誕生する事になった。 それから後日、或る日のコルベール研究塔にギュスターヴはルイズを訪ねた。 ぼわん、と開けられた出入り口から砂埃を吐き出して、埃にまみれたルイズとギーシュが出てくる。 「げっほ、げっほ…ミスタ・コルベール!持ってきて欲しいものってこれですか?」 ギーシュとルイズは二人がかりで埃塗れの布に包まれた謎の物体を引っ張り出していたのだ。 「ギーシュ、あんた『レビテーション』で持って行きなさいよ」 「こんなかさばるもの一人で『レビテーション』かけても持っていけるわけないじゃないか」 「まったく、なんで私がこんな目に…」 二人に呼ばれていたコルベールは、自分の研究塔の脇に設営した大きな天幕から姿を現す。 「いやいや、ご苦労様でしたミスタ・グラモン、ミス・ヴァリエール。手が離せなかったもので」 「なんなんですかこれは?」 目の前に置かれた物体の布を剥ぐ。それは黒塗りにされ、一方から取っ手の付いた棒が張り出した『箱』だった。 「以前ゲルマニアに行った時に買ったきりで放置してたものです」 一応状態を確かめたコルベールは、二人係りで引っ張り出してきたものを軽々と引き上げる。 「これを取り付ければ…」 そういって大きく開けられた天幕に箱を引き込む。天幕の中にはレンガや土壁で出来た人一人入れるようなドーム状の建物のようなものが作られていた。 コルベールは箱を立て、建物のようなものの脇にくっつけた。 「ふむ。これで完成ですぞ」 「ミスタ・コルベール。これは一体…」 いぶかしむギーシュにコルベールは自慢げに答えた。 「これはですね。ミスタ・ギュスより伝授していただいた製鉄法を用いた溶鉱炉なのです」 「「溶鉱炉?」」 声を揃えるルイズとギーシュ。 「二人に持ってきていただいたのは箱型のふいごですよ。火入れはまだですが、これが使えればトリステイン産の鋼材よりも質の高い錬鉄が作れるようになります」 「しかしなんでまた自前の溶鉱炉なんて作るんですか?」 「今私のやっている実験は色々と複雑な要素が絡んでおりましてな…詳しくはまだ、秘密です」 なんとなく不満気なルイズとギーシュであった。 「でも最初に聞いた時は驚いたね。露天商にわざわざ店自体を貸して営業させるなんて」 天幕の外に簡易なデッキセットが置かれ、そこでギーシュが葡萄水を飲んでいた。 彼はルイズ達が留守にしている間、ちゃっかりコルベールの助手として居座っていた。モンモランシーやケティから逃げるにも体が良いからだ。 シエスタはこまごまと給仕をして回っている。 「店の名前はどうするんだい?」 「ん?…そういえばまだ決めてなかったな…」 手の手紙を弄びながら答えるギュスターヴ。 手紙には店舗の準備、商人の手配が出来たこと、4日後に控えた開店には顔を出して欲しい旨が書かれていた。 「開店直前まで店の名前が決まってないって、どういうことよ」 「でもこういうお店って何屋さんっていうべきなんでしょう?」 手紙には誘致した商人が主に扱っている商品についても書かれていた。日用品、食料、アクセサリー、などなど。変わったところでは 床屋と香水の計り売りなんてものも名前の中に入っていた。 「ギュスターヴ、ちゃっちゃと決めなさいよ」 「そうだなぁ……『百貨店』、なんていうのはどうだろう」 「「「ひゃっかてん?」」」 コルベールを除く三人が聞き直す。 「いろいろな物を置いているって感じがするだろう?」 「ま、いいんじゃない?」 「いいですね」 「うーん、僕なら『七色の薔薇園、五色の敷石、三色の川の流れる場所』とか名づけるなぁ」 まるで『明日の天気は晴かな』くらいの気軽さで言ったギーシュの言葉に、シエスタとルイズは冷たい声で答えた。 「それはないわ、ギーシュ」 「ないですね」 「えぇ?!ひどいなぁ」 「略すと七五三だな」 「なんだかもっと馬鹿にされている気がする?!」 そう言ったギュスターヴも特に他意のあるコメントではなかったりする。 そんな風に談笑がされるコルベール塔前に、風鳴りをして一体の竜が降りてくる。青い鱗のその竜に、蒼紅の二色の髪が風にはためいていた。 「ハァイ?お元気」 「ミス・ツェルプストー!」 シエスタはキュルケを認めると、サッと輪の中から一歩下がってみせたが、キュルケは手を振って制止した。 「あら、大丈夫よ?今日は談笑したいところだけど、ちょっと用事が違うの」 「用事?」 「私の用というか、タバサがね…」 キュルケが振り返ると、タバサはシルフィードから降りて談笑の輪に近づいていった。その手にはいつも持っている、身の丈を越える長い杖が、ない。 「貴方に」 「僕?」 声をかけたのはルイズでもギュスターヴでもなく、ギーシュだった。 「貴方に決闘を申し込む」 悠長にグラスに葡萄水をかっくらっていたギーシュは、貴族の息子らしくなく含んでいたものを盛大に噴出した。 前ページ次ページ鋼の使い魔