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前ページ次ページ狂蛇の使い魔 第五話 浅倉が広場を後にした、ちょうどその頃。 本塔最上階の学院長室では、魔法によって映し出された広場の光景に、二人の人物が見入っていた。 「オスマン殿、やはり彼は……」 「……概ね間違いはないじゃろう。」 一人は、サモン・サーヴァントの際にルイズたちの監督をしていた、禿げた頭が特徴のコルベールという男。 もう一人、コルベールにオスマンと呼ばれたその人物は、白い髪に白い口髭の年老いた男。 彼こそが、この学院の学院長である。 そんな二人が、なぜこんなことをしているのか。 それは、ギーシュと浅倉が決闘を始める少し前。 コルベールが慌てて学院長室に入ってきたのが始まりである。 コルベールが手にしていたのは、珍しい形のルーンが描かれた一枚のスケッチ。 サモン・サーヴァントの際に騒動を起こした、ルイズの使い魔の平民のものであるという。 コルベールはそれを、伝説の『ガンダールヴ』のものと一致した、と言った。 「なるほど……。じゃが、たまたま似た形のルーンが現れただけかもしれんぞ?」 「しかし、オスマン殿……」 コルベールが言いかけた時、部屋のドアがノックされた。 「失礼します、オールド・オスマン」 入ってきたのは、オスマンの秘書であるミス・ロングビルであった。 「なんじゃね?」 「ヴェストリの広場にて、生徒が決闘をしているようです。」 オスマンが呆れた顔をして、やれやれと呟く。 「して、誰が決闘をしておるんじゃ?」 「一人は、我が校の生徒、ギーシュ・ド・グラモン。もう一人は……」 「もう一人は?」 「ミス・ヴァリエールの喚んだ、平民です」 その言葉に、オスマンとコルベールは顔を見合わせる。 「噂をすれば、ですな。」 「全くじゃ。……丁度いい。様子を見てみるかの。」 そう言うとオスマンは魔法を唱え、広場を映し出した四角い画面を眼前に出現させた。 「駆けつけた教師たちが、『眠りの鐘』使用の許可を要求しておりますが……」 尋ねてきたロングビルに、オスマンは映像を見たまま、振り返らずに答えた。 「平民相手なら使わずとも十分じゃろ。そう伝えといてくれ」 「……分かりました」 失礼します、と一礼すると、ロングビルは映像に夢中な二人を残し、部屋を出ていったのだった。 そして、現在に至る。 決闘の結果は圧倒的なものであった。 様々な武器を自在に操り、瞬く間に敵を蹴散らして退けた、あの平民。 これなら、彼が『ガンダールヴ』だというのも頷ける。 (それにしても……) 窓際に移動し、オスマンは考える あの平民が持っていた、紫色の奇妙な箱。 色や描かれた模様は違えども、この学院に存在する『破滅の箱』と形状が酷似している。 つい最近手に入れた、手にした者は呪われるという秘宝…… 彼なら、何か知っているかもしれない。 (あとで尋ねてみる必要がありそうじゃのう……) 「ところでオスマン殿。この事を王室に報告しないのですか?」 オスマンの思考が一段落した時、コルベールが思い出したように尋ねた。 「なに、あんなやつらにわざわざ報告せんでいい。そんなことをしたら、彼の身が心配じゃ」 「それもそうですな」 コルベールはそう応えると、そろそろ授業がありますので、と言い部屋を出ていった。 (最近は奇妙な出来事が多いのう……) そう考えながら、オスマンは白髭を撫でながら、窓の外に広がる空を見上げた。 晴れ渡った青空の中に、幾ばくかの薄雲が漂っていた。 その日の夜。 「ねえ、昼間のあの変な格好、何? あ。あと、あのでっかい蛇! 教えなさいよ!」 ルイズは自室で浅倉を質問攻めにしていた。 「うるさい奴だ。俺はもう寝る」 そう言うと、浅倉は部屋の隅で寝転がった。 両手を頭にあて、すぐに目を閉じる。 「ち、ちょっと待ってよ! せめてあんたの名前くらい教えなさい! それぐらいならいいでしょ!?」 「浅倉だ」 目を開けずに、浅倉は答えた。 「アサクラ? アサクラね。それと……」 「じゃあな」 「あああ待って! 最後に一つだけ!」 浅倉が目を開け、ルイズを睨む。 「しつこい奴だ。そんなに俺をイライラさせたいのか?」 その形相に、ルイズは思わずひっ、と声をあげた。 「ほ、本当に最後よ! ……あんた、私のことどう思ってる?」 真剣な目付きでルイズが問う。 浅倉はしばらく天井を見て考えると、目だけをルイズの方に向け、答えた。 「この生活は悪くない」 「え? それってどういう……」 ルイズが言い終える前に、浅倉は再び目を閉じた。 (結局、よく分からなかったわ……) 満足のいく答えを得られなかったルイズは、両手で頬杖をつき、ふぅ、とため息を吐いた。 もう一度、寝ている浅倉を見る。 「でも、私と一緒にいるのは嫌じゃないみたいだし……大丈夫、かな」 そう自分を納得させるように呟くと、ルイズは浅倉から視線をずらし、窓の方へと目をやった。 雲に覆われた二つの月が、その隙間から弱々しい光を放っていた。 所変わって、部屋の片隅に大きな置き鏡がある、学院のとある一室。 その鏡の中に広がる虚像の世界に、銀色の鏡のような空間が出現していた。 それは少しずつ大きくなっていき、しばらくすると、人型の白い物体を四つばかり吐き出した。 吐き出すと同時に、謎の空間は跡形もなく消滅した。 二メイルほどもあるその四つの物体は、しばらくすると不気味な呻き声をあげながら、ふらふらと立ち上がった。 鈍重な動きで顔を動かし辺りを見回すと、おぼつかない足取りでどこかへと去っていく。 後には、何事もなかったかのように部屋の様子を映し出す、その大きな置き鏡があるのみであった。 前ページ次ページ狂蛇の使い魔
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反省する使い魔! 第十三話「土の略奪●雷鳴の起動」 「ねぇタバサ、あなたはどう思う?」 「………?」 食事を終え、ルイズに付き添って医務室にいるキュルケとタバサ。 メイジの女医師に音石からもらった金を支払い、 治療をしてもらっているルイズの後ろで キュルケがタバサの耳元で、ルイズに聞こえないように呟いた。 「……何が?」 「オトイシの『アレ』の事よ」 『アレ』とは言うまでもなく 『レッド・ホット・チリ・ペッパー』のことである。 「彼の能力のこと?」 「そうよ、あたりまえでしょ? あららァ~、それともなにィ?もしかして変の意味で考えちゃったァ~?」 「………あなたと一緒にしないでほしい」 「ふふっ、それもそうね。そう睨まないで頂戴 それで、どう思う?」 「………どう、とは?」 「なんでもいいのよ、いろいろと疑問はあるでしょ? いくつか聞かせてくれるだけでいいの、 わたしも考えたんだけどさァ~、 いろいろと疑問が多すぎて逆にサッパリなのよ」 ある意味キュルケらしいとタバサは思った。 次にタバサの口から小さくやれやれと溜め息が出る、 なんでもかんでも自分に意見を求めるのはキュルケの悪い癖だ。 でもそれはそれでキュルケらしいと、妙に納得もいった。 そしてそんな親友キュルケの為に、頭の中で疑問点をまとめる。 「彼は……ただの平民じゃない」 「そりゃそうよ、あんな強い亜人を操れる彼が 『ただ』の平民だったら、私たちメイジの立場がないわ! あ……でも、それならあの亜人は一体何なのかしら? やっぱり、あのギターって楽器がマジックアイテムになってるのかしら?」 「………たぶん、ちがう」 「どうしてそう言い切れるの?」 「正直言うとこれは勘。でも少しだけ思い当たるところはある。 以前彼自身もマジックアイテムを使っていると言っていた でもあれはたぶん嘘、態度があまりにも素っ気無かったし それに彼が『能力の正体がマジックアイテムを使っている』と すんなり答えたところがとてもひっかかる」 「…確かに、彼の性格から考えてそんなに自分の能力の秘密を すんなり他人に教えるなんて奇妙で不気味ね…… でもじゃあそれって………」 キュルケが顎に手をあてて考える仕草をとる。 そしてそんなキュルケの考えを予想できたタバサは 彼女のために結論を口にした。 「あれは……マジックアイテムとも……魔法ともまるで違う わたしたちの常識を遥かに超越したナニか」 「……もしかして、未知の先住魔法とか?」 「それも考えにくい、彼はエルフには見えないし そもそもあの亜人には、魔力の流れを感じなかった」 「そう…よね…、ギーシュとの決闘のときは 距離があったからわからなかったけど、 昨日の戦いでは彼と彼の亜人のすぐ傍に私いたけど そんな感じ全然しなかったわ………」 なにやら更なる疑問が増えてしまった気がして、 キュルケは両手でわしゃわしゃと頭を掻き回した。 「あァーーもうッ!わっかんないわねぇ!! 一体彼って何者なのよ!!」 「病室では静かに!!」 (まったく、仮にも貴族がなにやってんだか…) 後ろで突然叫んだことで、医務室の専属メイジに 元気よく怒鳴り怒られたキュルケにルイズは胸の中で溜め息をついた。 【ガチャリ】「失礼します」 するとキュルケたちのさらに後ろで、 医務室の扉が開く音と同じくしてモンモランシーが入ってきた。 「あら、モンモランシーじゃないの 一体どうしたのよ?熱でもあるの?」 「はァ?な、なんでそうなるのよ?」 キュルケの挨拶に続いた質問にモンモランシーは首を傾げた。 しかしキュルケは別に皮肉で言っているわけじゃない。 本当にモンモランシーを心配して質問したのだ。 なぜなら………、 「だって…あなた顔すっごい赤いわよ?」 「え、ええぇッ!!?」 モンモランシーはすぐさま両側の頬っぺたに手を当てた。 ………熱い、とても熱い。熱と勘違いされて当然の熱さ。 原因はわかってる、わかってはいるけど…… まさかここまで自分は顔を紅くしているとは思わなかった。 そんな自分の顔をルイズたちがまっすぐ見ている。 実際は純粋にクラスメイトを心配している視線なのだが、 モンモランシーはそんな視線をとても直視できなかった。 「ちょ、ちょっと!ひ、ひ、人の顔をまじまじ見ないでよ!?」 くるり、っとモンモランシーは顔を隠すために体ごと後ろを向いた。 しかしそこに最高のタイミングで…………、 【ガチャリッ】「よー、ルイズいるかァ?」 「キャアアアアアアアアァァァァァッ!!!??」 「おわァッ!!?」【ビックゥッ】 原因である男、音石明が入ってきた。 モンモランシーの壮大な絶叫が鳴り響く。 当然この後、医務室専属メイジに 「病室では静かにッ!!!」 とキュルケと同じように怒鳴られたのは言うまでもない。 まあこの医務室専属メイジ自身もけっこう大概のような気もするが……… 「てめぇ一体どういうつもりだァ? 俺が日頃大音量に慣れてるギタリストじゃなかったら 今頃耳の鼓膜がブチ破れてるぜ!」 「あ、あなたがいきなり現れるからいけないんでしょう!?」 「てめぇの頭は間抜けかァ? ついさっきまで一緒にここまで来たんだから当たり前だろーが!!」 また怒鳴られないために結構セーブした声で音石がモンモランシーに抗議する。 ついでに言うとこの医務室は貴族専門で、 給仕以外の平民は立ち入り禁止されている。 その証拠として、医務室専属メイジに怒鳴られた後 「ここは平民の立ち入りは禁止よ!」と睨まれたが ルイズの計らいのおかげで、 今は問題なく医務室内でモンモランシーに講義できている。 そんなドアの前の二人のやり取りに、キュルケとルイズは意外そうな顔をした。 毎度のコトながら、そんなキュルケとルイズに対して タバサはいつものように本を読んでおり、 モンモランシーの絶叫の際も一切動じなかった。 「あの二人、いつの間にあんなに仲良くなったのかしら?」 キュルケの口から当たり前の疑問がこぼれた。 まあ無理もない、はたから見れば実に奇妙な光景だ、 外見的にも十分奇妙。 顔に古傷を持ち、学院の女子生徒にも引きを取らない長髪の男。 ロールヘアーと大きなリボンとロール頭が特徴的な少女。 絵になってるようでなってないような組み合わせだ。 当然外見だけじゃない、その人間関係的にも実に奇妙。 方や不思議な能力を使い、この学院の生徒一人を半殺しにし、 生徒たちの間でお尋ね者扱いされているなぞが多い男。 方やその半殺しにされた生徒の恋人関係にあった香水の少女。 『奇妙』、実にシンプルにひと言である。 そんなひと言が、この二人にはとてもよく似合っていた。 「で?ふたりして一体何しに来たのよ? しかもオトイシ!なんであんたがモンモランシーと一緒にいんのよ!?」 「治療してもらったばっかなんだろルイズ? 傷が治ってすぐにそうカッカすんなよ、気分がダルくなるぞ?」 (誰のせいだと思って………!!) ルイズが心の中ではき捨てた。 彼女からしてみれば、自分の使い魔が よその女の子(しかもクラスメイト)と仲良くしているのは あまりいい気分ではない。 普段こういう感情の対象はキュルケだと相場が決まっているが、 とうの本人は奇妙な事に音石に対して そういうアプローチは今のところ一切していない。 おそらく二日前、音石がキュルケの部屋から出てきたあのとき 自分の知らないなにかがあったのだろう…… 少なからず、キュルケを人間的に変えるなにかが……。 「でもまあ勘違いすんなよルイズ おれはお前らが医務室にいると思って様子見に来たんだよ でも肝心の医務室の場所がわかんなかったんだが そこをこいつが親切に案内してくれたっつ~なりゆきよ~」 「そういうことよ、変な勘違いしないでよね まったく、これだから『ゼロ』のルイズは……」 「だれが『ゼロ』よ!!」 「たくっ、お前ら二人そろってカッカしてんじゃねぇ! また怒鳴られちまうだろうがッ!! まったく、ルイズの性格考えて、変な勘違いして怒らねぇように わざわざわかりやすく簡潔に説明してやったってのによぉーー、 これじゃ無駄骨もいいとこだぜ……… モンモランシー!頼むからルイズをしょうもねぇことで 怒らせんのはやめてくれ、ルイズが怒りのまま爆発起こして その後片付けっつー二次被害受けんのは俺なんだぞ!? ルイズもルイズだぜぇ~?いちいち相手の挑発にのるようじゃ 周りが見えなくなって、おまえ自身が一番損する羽目になるぜぇ?」 「「…………………う~~…」」 ルイズとモンモランシーは小さな唸り声をあげる。 (普段の俺ならこういううっとおしい状況はとりあえずギター響かせて 押し黙らせるんだが……、まあ場所が場所だしな… てゆーかよ~、他人に説教すること自体俺らしくもねぇな 他人に説教できるほど立派な人間ってわけでもねぇぞ俺) いろいろと呆れた仕草を音石は髪を掻くことで表した。 「そうよ、よく考えてみればこんなことしてる場合じゃないわ! え~~とっ【ガチャリッ】……………あれ?」 モンモランシーがルイズたちを通り過ぎると、 医務室に設置されてあるいくつかの扉のうち、 手前から二番目の扉を開いた。しかしその扉の先には、 窓から太陽の光に照らされた高級そうなベッドや 棚などの家具が置いてあるだけで そのベッドにもその部屋にもだれもいなかった。 (さすが貴族の学校の医務室だぜ この医務室だけでもこんなに豪華な個室が設置されているとは。 個室ひとつひとつがまるで高級ホテルの宿泊部屋だぜ、 なんだってたかが医務室にこんな無駄な作りするかねぇ~~~) 音石がその無駄に豪華な医療用個室にも呆れるが モンモランシーはなぜか少し混乱していた。 しかし、モンモランシーのその混乱の正体を察した 医療室専属メイジがモンモランシーを助けた。 「ああ、ミスタ・グラモンなら一番奥の部屋ですよ」 「え?ですが前はここに………」 「なんでも『奥のほうが静かで落ち着く』だそうです それで今日の朝、部屋を移したんです」 「あ…、そういうことですか。ありがとうございます」 トテトテとした足どりでモンモランシーは 医務室の一番奥の扉に向かっていった。 こう見ると扉まで意外に距離があった。 音石がそんなモンモランシーを眺めていると モンモランシーはそのまま扉をノックし、個室の中へと入っていった。 するとルイズが急に音石の上着の袖を引っ張ってきた。 「なんだよ?」 「はいこれ、言われたとおり残りは返すわ」 手渡されたのは彼がルイズに託した金貨が入った袋だった。 音石が中身を確認すると、まだある程度の量は残っていた。 「はっ、意外だな」 「…なにがよ?」 「自分でもわかってるくせに聞くなよ、俺を試してんのかァ?」 使い魔の責任は主人の責任、主人の責任は使い魔の責任。 これがメイジと使い魔の間での鉄則だ。 音石が言う意外とは、 『使い魔のものは主人のもの』という理由で ルイズが金を没収してこなかったことに対してだ。 「フフフッ、でもルイズの気持ちなんとなくわかるわ、 わたしだって仮にオトイシが使い魔だったら同じことしそうだもの」 「どういうこった?」 「あなたがそれだけ『特別』だってことよ 使い魔らしくないって言ったほうが正しいかしら?」 「あー…、なるほどな」 音石が袋を懐に仕舞う。 『特別』―――――――、たしかに音石は『特別』だろう。 使い魔らしくないというのもそのまま的を射ている。 サモン・サーヴァントで前例のない召喚された人間。 『忠実』とまで主人に従わない使い魔らしくない使い魔。 不思議で奇妙な『特別』な能力・スタンドを扱う人間。 その上、そんなスタンド使いのなかでも あの『弓と矢』を手にしていた『特別』なスタンド使い。 ここまで特別だとかえって清々しいものだ。 その特別のおかげで、ルイズは本来の使い魔の扱い方を 特別な音石に同等に扱うのが滑稽に感じているから すんなりと金を返してくれたのだ。 (ん?まてよ………) 袋を懐に仕舞い終え、上着から手を出したときに 音石はあることに気がついた。 医務室専属メイジが口にしたとある名前だ。 「ミスタ・グラモン?おいおいおい、 それって俺が決闘で半殺しにしてやった小僧のことか? あの野郎、あれからだいぶ経ったのにまだ治ってねぇのかよ どれどれぇ、おれも様子を見に行ってみるか」 「あ、ちょっとオトイシッ!?」 急に奥へと向かっていった音石に ルイズは驚いて声をかけたが、 音石はそれを無視しモンモランシーの後を追った。 (ふっふっふっ、ベッドで安心して寝ているところに 寝かした理由の張本人が突然現れたら…………… ギヒヒッ、あいつ慌てふとめくぜ!) 早い話タチの悪い嫌がらせである。 22にもなるいい歳した大人なのに どうもこういう子供じみた嫌がらせをするのは どちらかというと音石本来の性格の悪さにあるのだろう。 【ガチャリ】「おらァ、入るぜ」 ノックもせず、モンモランシーが入っていった個室のドアを開ける。 部屋の構造は最初の個室と大して変わらず、 中央の壁際にベッドが置いてあり、窓がひとつ、 ドアの近くに花瓶がのった小さな机と椅子。床にしかれた絨毯。 どれもこれもが気品溢れる豪華な代物だった。 そしてその豪華なベッドの上で横になっている ギーシュが入ってきた音石を見た瞬間 顔を蒼白にし、全身がガタガタ震え始めた。 そしてその音石もギーシュが自分に完全に恐怖する様を見て 気分がいいのか、悪どい笑みを浮かべはじめる。 「ようクソガキ、思ったより元気そうじゃねぇか さすが魔法だな。あれだけぐちゃぐちゃにしてやったってのに たった数日でほとんど治ってるじゃねーかァ。ええおい?」 「き…き、き、き、君は!? な、な、なぜ!?き、き、きみがここにィ!!?」 ギーシュの体は魔法の治癒のおかげで音石の予想以上に回復していた。 半殺しにされた当初こそは、バイクで事故って間もない墳上裕也を 余裕で上回る包帯やギブスなどでの施されようだっただろうが 数日経った今となっては片手と片足を包帯でぶら下げているだけの この世界の治癒の魔法の凄さを思い知らされる傷の治りようである。 「ちょ、ちょっとオトイシさん!? 一体なんのつもり、きゃあっ!?」 モンモランシーが二人の間に割って出ようとしたが 音石がすかさずモンモランシーの腕につかみかかり 彼女を自分の傍に引き寄せ、彼女の耳元で話しかけた。 「べつになんもしやしねぇよモンモランシー ちょっとばかしからかってやるだけさ」 普段のモンモランシーならそれでも止めに入るだろうが 今の彼女の状況が彼女をそうさせないでいた。 その状況というのが………、 (か、顔が!……あわわ、か、か、顔が近い……) そう、モンモランシーの耳元で呟く必要があったため 二人の顔の距離が必要以上に接近しているのである。 それこそ、鼻息の生温かさまで感じ取れる程の ウェザー・リポートといい勝負であった。 しかもモンモランシーは異性にここまで顔を近づかれた経験など ギーシュのときですらなかったため、 モンモランシーの顔にどんどん赤みがかかっていく。 【ボォンッ!】 そしてとうとうその赤みが限界値に達したのか モンモランシーの頭の上で小さな噴火が起こり、 次に湯気が立ち昇り、彼女はそのまま硬直してしまった。 立ったまま赤面で硬直してしまったモンモランシーを通り過ぎ 音石はさらにギーシュのベッドに接近した。 「ぼ、ぼ、僕をどうするつもりだッ!?」 ギーシュはこのとき、 自分をこんな目に合わせた元凶に対する恐怖のせいで その元凶に対するモンモランシーの態度の異変に気付かないでいた。 まあその元凶本人もモンモランシーの態度に気付いちゃいないが…… 「さてなァ…、どうすると思うよ?」 ギーシュの恐怖からくる冷や汗と心臓の鼓動が増す、 普通なら平民が貴族に対して手を出すことは絶対的なタブーだ。 今だってそうだ、互いの承諾の元で行われる決闘とはワケが違う。 だが目の前の男は…………『例外』すぎる!! 平民でありながら自分を凌駕したチカラを使い、 平民でありながら自分をここまでボコボコにした例外者である。 (ま、まさか……こんな大怪我で動けない僕を さらにボコボコにする気かァーーッ!!?) ギーシュはあわてて枕元においてある 自分の杖の薔薇に手を伸ばした。 しかし虚しいことに、その伸ばした手は薔薇を掴むことはなかった。 なぜなら薔薇を掴む寸前に、音石に横取りされてしまったからである。 「おいおい、物騒なことすんなよなァ~~ ここは医療室だぜ?静かにしねぇと駄目じゃねぇか 俺みたいに、ここ担当してるメイジの女に怒られちまうぜ?」 希望が奪われたことにギーシュは泣きそうになった。 いや、これから泣かされるのだろう。 できればその程度であることを願った。 「へ、平民の君が貴族である僕に手を出したらどうなるか わかっているのか!?決闘のときは運良く問題にならなかったが 今回はそうはいかないぞ!?君がどれぐらい強くても 世界中のメイジが君を追い、間違いなく処刑するぞッ!?」 ギーシュの混乱した様を眺めながら 音石は内心でおおいに爆笑していた。 ギャハはァーーッ!なにもしねぇってのにバカが吠えてやがるぜ!! 音石からしてみればギーシュのその姿は滑稽でしかなかった。 包帯で手足を固定されているためベッドから動くことができず 頼みの綱であった杖も手元になく、ただ自分に威嚇するその姿、 動物園の檻の中で観客に威嚇する小動物、まさにそれである。 音石はそのまま、ギーシュの虚しい威嚇を眺めていると ある人物が部屋に入ってきた――――――。 「ちょっとオトイシ!やめときなさいよ さすがにギーシュに悪いわよ!」 治癒のおかげで完全に回復したルイズである。 音石は首だけ後ろに向け、それを確認する。 そのルイズに反応して硬直していたモンモランシーも 別の意味で帰ってきたようだ。 まあ、ルイズがそういうならここらあたりで勘弁してやるか 音石は満足そうに息を吐き、ギーシュから背を向けようとした しかしまさにその時だった。ギーシュが言葉を発したのは…… 「お、おいゼロのルイズ!! はやくこの使い魔をなんとかしてくれ!! 主人なら使い魔の管理ぐらいちゃんと【グイッ!】ひ、ひィッ!!?」 言葉の途中に音石は瞬発的にギーシュの胸倉を掴みかかった! そしてそのまま手足の包帯での固定もお構いなしに ギーシュを無理やり力尽くで自分のほうへと引き寄せた。 「おいテメェ……、マジで入院期間先延ばししてやろうか……?」 「う、……うう、…うああ…あ………」 とうとうギーシュの目から涙が溢れる。 その音石の行動にすぐさまルイズとモンモランシーが止めに入った。 「なにやってるのよオトイシ!?いくらなんでもやりすぎよッ!?」 「そ、そうよオトイシさん!さっきなにもしないって言ってたでしょう!?」 「てめぇらは黙ってろッ!!!」 【ビクゥッ!!】 音石の怒鳴り声にその部屋にいた全員がびびった! そこには先程までの年下の小僧に嫌がらせをする大人気ない姿ではなく、 なにか怒りに触れた悪鬼の如き、威圧ある姿があった。 「う、う………ゆ、許してくれ……」 涙で顔を濡らしたギーシュから謝罪の言葉が出る。 しかしその言葉は音石の怒りにさらに触れるだけだった。 「決闘の時もそんなこと言ってたなァ~~~~、ええおい? お前は謝ることしかできねぇのか?よぉ、どうなんだ小僧?」 「う………うう…それ以外なにをすれば……… お、お金が……う、う……ほしいんなら幾らでも払う……だ、だから……」 「このボケがァッ!! 金で治まるよーな問題なら俺もここまでマジになりゃしねぇよッ!! 俺が頭にきてんのはな~、てめぇがやるべきことに気付いていねぇことだッ!!」 胸倉を掴んでいた手を離し、ギーシュをベットに叩きつけた。 ギーシュは喉を押さえて咳き込みながら、 音石を恐る恐る見上げ、そして呟いた。 「やるべき……こと………?」 「……………………………」 音石は何も言わず黙り込んでいる。 聞かずとも自分で考えろ。そう示しているのだろう。 そしてギーシュは考える…………。 一体自分のなにが悪かったのだろう? 二股をしていたこと事態はあくまで自分の個人的な問題に過ぎない。 ならばその罪を無関係な給仕になすりつけたことだろうか? いや、近い気もするが一番の理由はそうではないような気もする。 考え方を客観的にしてみよう………、 一番重要なのは『目の前の男が何に対して反応した』かだ………。 ・ ・ ・ ・ ・ 『ゼロのルイズ』!! ギーシュは一気に理解した! 目の前の男はルイズを侮辱したことに怒りを表しているのだ! だが何故だ?使い魔としての本能がそうさせているのか? それとも彼の元からの性格がただのお人よしなのか? いいや、そんなものはどうでもいい!問題はそこではない!! 一番の問題は、自分がルイズを今まで侮辱し続けたことにある! 自分の誇り高き家柄、グラモン家の教訓はなんだ? 薔薇である女性を守る棘であることだろう!? それなのに自分は今まで彼女になにをしてきた!? 魔法が使えないから!?確かに彼女は魔法は使えない、 だがそれでも魔法が使えるようにと必死で努力している 事実彼女は筆記試験では常にトップだ。 ……………だからこそ尚更なのかもしれない。 魔法が使えない故に実技では常にルイズはゼロ点だ。 それに対して筆記試験では常にルイズはマン点だ。 それがものすごく気に入らなかったんだ………、 ゼロに嫉妬している自分に苛立ちを覚えてしまっていたのだ。 自分だけじゃない、ほとんどのクラスメイトがきっとそうだ。 だからみんなルイズを罵倒したのだ、見下していたのだ、 侮辱していたのだ、『ゼロのルイズ』と……………。 刹那、個室の外の廊下から足音が聞こえてきた。 このタイミングでやってくるような人物は大体予想できる。 扉が開かれる、予想通り医務室専属のメイジの女性だ。 「一体なんの騒ぎですか!?」 「え……あッ!?い、いえ!これは………その…事情がッ……」 ルイズは焦った、自分の使い魔がまた同じ生徒相手に しかも重症の状態で暴行を働こうとしたなどと 学院側に知られたら今度こそ退学になる恐れがあったからだ。 なんとか誤魔化そうとルイズが必死で思考を廻らせる。 「……いいえ、なんでもありませんよ」 ルイズは自分の耳に届いた声を疑った、 何を隠そう、その声は間違いなくギーシュの声だったのだ。 「お騒がせしてすみません 急に窓から虫が入ってきたので、つい慌ててしまって……」 「む、虫ですか?」 「ご心配なく、もう追い払いましたので…… 本当に申し訳ない、ご迷惑をお掛けしてしまい……」 それならいいんですが……、と言い残し そのメイジの女性は扉を閉め、部屋を後にしていった。 足音が遠退いていくにつれ静寂が部屋を支配する。 しかしその静寂のなか、ギーシュは深く息を吸い、目を閉じた。 そして静かに吸った息を吐き捨てると、開いた彼の目はルイズを見た。 「な、なによ……?」 「ルイズ……………すまなかった……」 「………え?」 足が動けないせいで ベットの上で横になっている状態の体を精一杯前に傾け ギーシュはルイズに向けて頭を下ろした。 「僕は、いままで君に酷い事をしてきた…… だが今更僕がなにを言ったところで、言い訳にしか感じないだろう いままで君に対しての侮辱してきたのは事実なんだからね…… だが一言、これだけは言わせて欲しい………、本当にすまなかった」 「ギーシュ………」 モンモランシーから彼の名が零れた………。 ルイズ自身もどこか複雑な表情を浮かべながら、 何を言うべきか考えているといったところだろう。 (ここまでくりゃあ、後はこいつら自身の問題だな せいぜい達者にやんな、時間はたっぷりあるんだからよ) 自慢の長髪をなびかせながら、音石は静かにその個室を後にした。 医務室を出る途中にキュルケたちに何があったのか質問されたが、 音石は「でけぇお邪魔虫が部屋を出て行ったんだよ」とだけ述べ 扉を開き、そして閉め、医務室を後にしていくのだった…………。
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前ページ次ページ蒼炎の使い魔 夜 厨房を出たときはすっかり日も沈んでいた。 カイトは上機嫌で廊下を進んでいる。 もちろん主人の部屋に戻るためだ。 彼はご飯を食べただけですっかり厨房が好きになっていた。 シエスタも笑顔で、「また来てくださいね」と言ってくれた。 餌付けに近い行為だったが。 廊下を進み部屋に近づいたときにふとあるものを見つけた。 以前見たサラマンダーだ。 相変わらずこちらを見て震えている。 サラマンダー、フレイムはとあるクエストを受けている。 依頼者『主人』 クエスト名『ある人物をつれて来い』 対象レベル『(本人にとって)∞』 報酬『無し』 ※ちなみに拒否権も無し。 強制されていた。 また主人が病気にかかったらしい。 そしてターゲットも彼(?)にとっては最悪の相手である。 命令されたらやらなければならないのが、使い魔の辛いところだ。 フレイムは覚悟を決めてこちらに向かってくるカイトの前に立つ。 そして、 「キュル…」 「…ハアアアアアア」 「キュルル」 「…ハアアアアアア」 「キュル?」 「ハアアアアアア」 本人達にしか分からない会話を繰り広げる。 やがて会話が通じたのだろうか。 部屋に戻るフレイムの後をカイトがついて行く。 中は薄暗くカイトは辺りを見回した。 突然ドアが独りでに閉まると、前方に薄暗い明かりがつく。 そこにいたのは、ベッドの上で男が見たら羨ましがる格好をしたキュルケの姿だった。 「ようこそ、そんなとこに立ってないでこちらにいらして?」 彼女は色っぽい声でカイトを誘惑する。 言われたとおりカイトは彼女の元へ近づいていく。 それを見てキュルケは続ける。 「私をはしたない女と… …私は病…あなたの… 微熱…だから…」 黙る彼にキュルケはどんどん話していく。 これが彼女の病気である。 ようは惚れっぽいのだ。恋愛をゲームのように楽しんでいる。 だがカイトとしては意味が分からない。 今日食事を知ったばかりなのだ。 異性間のやり取りなど知るはずもない。 女好きの銃戦士なら喜んで誘いに乗るだろうが。 寒くないのか。 これがキュルケに対して思ったカイトの気持ちだった。 彼女の気分が最高潮に達したのだろうか立ち上がりカイトを抱きしめようとする…が。 突然来た窓からの来訪者に中断される。 どうやら彼女に用事があるようだ。 「キュルケ!その男は誰だ!」 「ペリッソン、えっと後2時間後に」 「話がちが…うわあああ!!」 最後まで話せずに彼は落ちていく。 キュルケが魔法を使ったのだ。 続けてまた一人の男が来る。 「キュルケ!s…!!」 問答無用で彼女は魔法を使いその男を落とした。 ちなみにここは3階だ。 落ちたときの怪我が心配だ。 まだまだ来訪者はどんどん来る。 もうカイトは置いてけぼりだ。 結局用事はなんだったのだろうか。 あまり遅すぎてもルイズに怒られるだろう。 忙しそうに問答無用で窓から男達を落していく彼女を見て静かに退室する。 「はあ、はあ。これで終わったわ…。あれ?」 キュルケは来た男を全員叩き落すと不思議そうに周りを見る。 先ほどまでいた愛しの彼が見当たらないのだ。 「フレイム、彼は?」 キュルと一声なく。フレイムもいつ居なくなったのか分からないようだ。 慌てて上着を着て廊下に出る。 それと同時に隣の部屋のドアが閉まる音がした。 「あら、お帰りカイト。遅かったわね」 「…ハアアアアアア」 中でルイズとカイトの声が聞こえる。 どうやら邪魔者を退治していたときに部屋に戻ってしまったようだ。 キュルケは無言で部屋に戻り、突然叫んだ。 「ふ、ふふふ…。見てなさい「微熱」の称号は伊達じゃないわ!!」 相手にされなかったのがよほど悔しかったのだろう。 ルイズの部屋 『伊達じゃないわ!!』 隣でキュルケが叫んでいるのが聞こえる。 「まったく、うるさいわね」 彼女は勉強の途中だったのだろう、顔をしかめていた。 「ところでカイト。部屋に戻るときはノックをして返事が来たら開けなさい」 「…ハアアアアア」 カイトはコクリと頷いた。 それに満足そうな顔をしてから勉強を続ける。 今日の復習をしているらしい。 カイトは邪魔にならないように後ろに立って黙っている。 誰かの邪魔をすることはやってはいけないとカイトは知っていた。 以前、緑の服を着た斬刀士と一緒に行動していたとき、 突然性質の悪いPCに付きまとわれたことがある。 ダンジョンで探索をしているときも話しかけてきた。 それを見て彼は一言笑顔で、 「人の嫌がることはやめなよ…」 と言って耳元で何かをボソボソ話しかけたのだ。 すると、まるで別人のように血相を変えて逃げてしまったのだ。 ルイズは知らない。 厨房でメイドに必要以上に気に入られてしまったこと。 ついさっきまでキュルケに誘惑されていたこと。 何も知らないほうが幸せなこともある。 彼女にとって今日はとても平和な1日だったそうな… 前ページ次ページ蒼炎の使い魔
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翌日の天気は快晴だった。明けきったばかりの文字通り雲一つ無い蒼穹から、 暖かな陽光が降り注いでいる。絶好の探検日和、と言えるかもしれない。 まだ授業も始まらない早朝、ギーシュは自室で向こう数日分の大荷物をパンパンに 詰めた鞄を手に唸っていた。 「ぬぬっ・・・どうにも重い・・・今までレビテーションに頼りすぎてたな」 手に持った瞬間から苦しげな顔を見せながら、それでも魔法を使わないことには 無論訳があった。今回の小旅行――と言ってしまってもいいだろう――の目的は、 まず第一に探検であるわけで・・・つまりは人跡未踏の森林や遺跡の奥深くに まで足を踏み入れる可能性がある。となれば、そこを根城にしているであろう オーク鬼やゴブリンといった好戦的な化物に襲われることも覚悟しなければ ならない。よって、ここは出来る限り無駄な魔法の行使は控えるべきである ――ということがその理由であった。 両手で鞄を吊り上げて、ギーシュはよたよたと正門へ向かう。寮を出た所で、 「ギーシュ!」 待っていたようにそこに立つモンモランシーと出会った。 「モンモランシー!どうしたんだね、今朝はやけに早いじゃないか」 「ま、まあね・・・」 問い掛けるギーシュに、モンモランシーは何故か眼を逸らしながら答える。 「・・・ねえ、明日は虚無の曜日でしょ」 「確かそうだね それがどうしたんだい?」 「・・・・・・こ、香水の材料が切れたのよ それで、明日城下に買い物に――」 「おっと、すまない僕のモンモランシー そろそろ待ち合わせの時間だ」 「え?」 「ちょっと数日ほど旅行に行ってくるよ 君と会えないことを思うと胸が 張り裂けそうだが、どうか泣かないでおくれモンモランシー きっとこれは 始祖の与え賜うた試練なのさ」 「な、ちょっと・・・」 「名残惜しいがしばしのお別れだ 僕の無事を祈っていておくれ それではね」 「待っ――・・・!」 相変わらず人の話も聞かず、ギーシュは薔薇をかざしながらそれだけ言うと 荷物を抱き上げてそそくさと走り去ってしまった。一人この場に残されて、 モンモランシーは豊かな金糸を震わせながら呟いた。 「何よ、バカにして・・・!」 大荷物の人間を6人も乗せては、いかに風竜と言えど長時間の飛行は出来ない。 ましてシルフィードはまだ幼生である。必然、近場から順々に潰して行くことに なった。 一行が最初に向かったのは、打ち捨てられた寺院だった。もはや村であったこと すら判らない程に荒廃した廃墟にあって尚形を失わないそれも、しかしかつての 荘厳さはとうに消え失せ、今はただ物悲しい静寂だけが満ちている。 永久に続くかとすら思われたそのしじまを、突如響いた爆裂音が消し去った。 ルイズの爆破に、この村を廃墟に変えた魔物――オーク鬼の群れが寺院の中から 眼を血走らせて飛び出した。 「んだァ?豚の化物かありゃあ」 長らく手入れされず伸び放題に成長した大木の枝に悠然と腰掛けて、ギアッチョは 興味深そうに眼下を眺める。その横で、化物が怖いかはたまた落下が怖いのか、 シエスタがひしと幹に抱きつきながら応じた。 「オ、オーク鬼です 獰猛で人間の子供を好んで食べる・・・私達の天敵みたいな 存在ですね」 プリニウスやプランシーがこの場面に遭遇すればさぞかし眼を輝かせることだろう。 巨大な棍棒を手にし、申し訳程度に毛皮を纏い二本足で立つニメイルを越す豚の 魔物。妖異と非現実の極致。彼らで無くとも、ギアッチョの世界の人間ならば 誰もが眼を釘付けにされるであろう光景だ。 最初に出て来た数匹が、ギョロギョロと辺りを見回す。十数メイルの正面に一人の 人間を確認するや否や、 「ぶぎィいいぃいいィィイいいぃィッ!!」 耳障りな鳴き声を上げて突進した。その背後を、次から次へと現れる仲間達が 土煙を舞い上げながら追い駆ける。だが彼らのターゲットであるところの少女は、 逃げも隠れもせずにただ一人その場に棒立ちしていた。 そう、ルイズは囮であった。寺院の中に恐らく十数匹単位で潜んでいるであろう オーク鬼達をギリギリまで引きつけて、両脇の茂みに隠れるキュルケ達が 一網打尽にする。それが彼女達の作戦であった――のだが。 「ワ、ワルキューレ!突撃だ!!」 実物の食人鬼に恐怖したか、ギーシュがはやった。先頭のオーク鬼目掛けて 七体のワルキューレが一気に攻撃を仕掛ける。七本の長槍がオーク鬼の腹を 突き刺したが、厚い脂肪に阻まれて致命傷には至らなかった。 「ぴぎぃいぃぃいいッ!!」 「あっ!?」 狂乱したオーク鬼が棍棒を滅茶苦茶に振り回し、七体の騎士はあっと言う間に 粉砕されてしまった。そのまま槍を拾いワルキューレが出てきた方向へ突進 しようとするオーク鬼を、空を切って飛来した炎が焼き尽くす。一瞬遅れて 出現した氷の矢が、崩れ落ちた魔物の背後に控える数匹の身体を貫いた。 「・・・で?どーするのよ」 茂みから姿を現して、キュルケが投げやりな口調で言う。先の攻撃に警戒を 強めたオーク鬼達は、再び寺院の中へと隠れてしまっていた。 「と、突撃あるのみだよ!」 「バカ、メイジだけで敵陣のど真ん中に突っ込めばどうなるか解るでしょ!」 「うっ・・・」 本来護衛とするべきワルキューレを使い果たしてしまったギーシュは、ルイズの 指弾に反論出来ずに呻いた。 「寺院ごと燃やすわけにはいかないし・・・このまま篭られちゃあ打つ手が 無いわよ」 小さく溜息をついて、キュルケが意見を求めるようにタバサを見た瞬間、 「・・・来る」 いつもの無表情にほんの僅か警戒を滲ませて、青髪の少女は静かに杖を構えた。 その刹那――鋭い破砕音を上げて、寺院の三方に設えられた窓が同時に破られた。 「なッ!?」 扉を含む四箇所から、潜んでいたオーク鬼達が一斉に外へ飛び出す。集まっていた ルイズ達を、先程の七倍はいようかという魔物の群れが見る間に包囲して しまった。 「し、しまった・・・!」 「・・・形勢逆転」 「飛ぶわよッ!!」 一瞬の機転で、キュルケはルイズを抱き寄せて叫ぶ。同時に唱えたフライで、 必殺の間合いに入る寸前に彼女達は間一髪上空へ脱出した。 そのまま十数メイルの距離を開けて着地するルイズ達目掛けて、オーク鬼の 群れが猛然と走り出す。 「ルイズ、足止めをお願い」 タバサは顔をオーク鬼の集団に向けたままそれだけ言うと、間髪入れずに詠唱を 開始した。 「分かったわ」 自分を信用し切ったその行動に、ルイズは逡巡無く答える。小さな杖を突き 出して、次々と爆発を放った。 「ぶぎぃいいッ!!」 眼前で前触れ無く起こる爆発に、オーク鬼の足が鈍る。致命傷を与える程の 威力は無いが、足止めには十二分に効果を発揮した。 最短のコモン・マジックで、壁を作るようにルイズは休むことなく弾幕を張る。 クラスメイト達心無い者が見ればそれは失笑を誘うような光景だろう。しかし、 ――・・・それが何だって言うのよ 今のルイズに恥ずかしさや後ろめたさは微塵も無かった。たとえ失敗であろうと、 自分の魔法が仲間の役に立っているのだ。化物の大群を前にしても、その事実 だけでルイズの心には無限に勇気が湧いて来る。 やがて、ルイズの横で二つの魔法が完成する。オーク鬼の群れ目掛けて、 タバサのウィンディ・アイシクルが空を裂く音と共に驟雨の如く降り注いだ。 無数の氷柱に貫かれ、数匹のオーク鬼は声も上げずに絶命する。怯んだ魔物達に 畳み掛けるように炎の渦が押し寄せ、更に数匹を焼き払った。 「あっ・・・お三方とも凄いです」 老木の枝からおっかなびっくり身体を乗り出して言うシエスタに、ギアッチョは 仏頂面を変えずに応じる。 「いや」 「えっ?」 「いいセンいっちゃあいるが・・・間に合わねえな」 よく解らないながらも、シエスタはギアッチョに向けた顔を荒れ果てた庭に戻す。 その僅かな時間の内に、そこは様相を変じていた。 「――――っ!!」 ルイズ達は思わず耳を塞ぐ。残る十匹余りのオーク鬼の怒りの咆哮が、彼女達の 鼓膜を破らんばかりに廃墟中に響き渡った。 仲間を倒されたオーク鬼達の怒りは、今やルイズの爆破への怯えを完全に 上回っていた。手にした木塊を振り回しながら、聞くに堪えない叫び声と共に 怒涛の勢いで突進する。もはや一匹たりともルイズの爆破に気を留める者は いなかった。 「くっ・・・」 倍近く速度を増して迫り来る魔物の群れに、キュルケは僅か眉根を寄せる。 見誤っていた。敵が予想外に強靭で想定の七割程度しかダメージを 与えられなかったこともあるが、それにも増して埒外だったのは―― オーク鬼達のこの速度だ。逃走しながら呪文を唱えてはいるが、この距離と 速度では魔法は撃てて後一度――しかしその一度で殲滅出来る可能性は相当に 低い。だが、かと言ってレビテーションで逃げることは出来ない。「風」の フライと違い、コモンであるレビテーションは物を浮かせるというだけの単純な 魔法である。フライのような瞬間的な加速の出来ない性質上、高く浮かぶには 時間がかかる。今から方針を変えていては間に合うものではない。そして フライによる脱出もまた、系統魔法であることとキュルケとタバサしか使用 出来ない現状では難しいと言わざるを得ない――結局の所、望みに賭けて このまま攻撃することが最善の、そして唯一の手段であった。 「・・・イス・イーサ・・・」 タバサも同じ結論のようだった。小さな口から迷わず紡がれる呪句で、彼女の 無骨な杖に再び冷気が集まり始め、 「・・・ウィンデ」 冷たく小さな声が止むと同時に、無数の氷の弾丸が一斉にオーク鬼へと撃ち 出された。それを確認してから、キュルケは小さく杖を振る。氷柱の軌跡を 追いかけて、業火の螺旋が続けざまに忌むべき魔物の群れを襲った。 氷と炎が爆ぜて巻き起こる黒煙と砂埃が、オーク鬼達をその断末魔ごと覆い 隠す。しかし、油断無く後退を続けるルイズ達が僅かな期待の視線を煙幕に 向けるよりも早く――オーク鬼の残党が四匹、憤怒の咆哮を撒き散らしながら 姿を現した。 生き残った四匹の人喰い鬼達は、更に速度を増してルイズ達に襲い掛かる。 「く、くそっ!」 なけなしの魔力で作り出した青銅の槍を構えて、ルイズ達の前にギーシュが 飛び出した。しかし、その力の差は誰が見ても歴然である。血走った眼を ギーシュに向けると、オーク鬼はまるで路傍の石を排除するが如き気安さで 棍棒を振りかぶった。 「ミ、ミスタ・グラモンが・・・ギアッチョさん!!」 シエスタは悲痛な声でギアッチョを振り向く。だが数秒前まで彼が座って いた場所から、ギアッチョの姿はいつの間にか消えていた。 三匹のオーク鬼達は、一体今何が起きたのか理解出来なかった。自分達と先頭の 仲間との間に、「何か」が落ちた――次の瞬間、仲間の首は見事に胴体と泣き 別れていたのだ。必死に情報を整理しようとする自分達を嘲笑うかのように、 仲間の首を刎ねた「何か」はゆっくりとこちらに向き直る。その正体が人間で あると気付いた時には、更に二つの首が宙を舞っていた。 「ぶぎィィイイイイッ!!!」 最後の一匹になった化物が、あらん限りの咆哮で大気を震わせる。男が一瞬 眉をしかめた隙を逃さずその脳天に人の胴体程もある棍棒を振り下ろしたが、 男は身体を半身にずらして難無くそれを回避した。同時に剣を握った左手では 無く何も持たない右手を突き出すと、静かにオーク鬼の胸に押し当てる。理解の 出来ない行動にオーク鬼は思わず動きを止めたが、すぐに棍棒を持つ腕に再び 力を込めた。理解は出来ないが、殺すことに問題は無い。 「・・・・・・?」 オーク鬼は漸く気がついた。拳に力を込め、手首に力を込め、腕に力を込め。 男の頭を粉砕するべく腕を振り上げる――常ならば意識することすらしない、 単純な動作。ただそれだけのことが、どう意識しても「出来ない」。まるで 彫像にでもなったかのように、己の腕はピクリとも動こうとしないのだ。 …いや。腕だけでは無かった。気付けば腰も、足も、そして首も―― 五体全てが、凍ったようにその動きを止めていた。 「・・・・・・!!」 凍ったように? 否。 オーク鬼の身体は文字通りの意味で、いつの間にか完膚無きまでに凍結 されていた。そしてそれに気付いた瞬間。原因や因果を考える暇も無く、 オーク鬼の身体は粉々に砕け散った。 「あ、ありがとう・・・助かったわ」 血糊を拭いた木の葉を投げ捨てて、ギアッチョは少しばつが悪そうにして いるルイズ達に向き直った。 「そんな顔すんな おめーらに落ち度はねぇよ 悪ィのは・・・」 つかつかと歩み寄ると、ギーシュの金髪に容赦無く拳を振り下ろす。 「あだぁあっ!!」 「こいつだ」 「このマンモーニがッ!おめー一人のミスでよォォォ~~~~、全員殺られる とこだったじゃあねーか!ええ?」 「うう・・・すいません・・・」 地面に正座するギーシュの頭上から、ギアッチョの叱責が降り注ぐ。長らく 使われなかったマンモーニという呼称がショックだったのか、ギーシュは肩を がっくりと落とすが、ギアッチョは一切容赦をしない。 「フーケとアルビオンの時ゃあちったぁ見所があるかと思ったが・・・ おめーは追い込まれねーとマトモに戦えねーのか?ああ?」 「い、いや・・・それは」 「それは何だ」 「そ、」 「うるせえ!」 「酷ッ!」 ギアッチョは両手でギーシュの頭をぎりぎりと掴んで立ち上がらせる。 「あだだだだだ!」 「よォーーく解った・・・おめーには度胸と根性が足りねえ!」 「そ、それは追々身に着けていこうかと・・・」 「やかましいッ!帰ったら一から叩き直してやっから覚悟しとけッ!!」 「えええええ!?」 ギーシュが物理的に地獄に落ちることが決定した瞬間だった。 へなへなと地面にくずおれるギーシュに眼を向けて、三人の少女は同時に 溜息をつく。 「ま、これでちょっとは成長するかしらね」 「因果応報」 「・・・あれ?ところで何か忘れてない?」 「ギアッチョさーん・・・」 古木の幹にしがみつきながら、シエスタはか細く悲鳴を上げる。 「み、皆さーん・・・下ろしてくださいぃー・・・」 彼女が救出されたのは、それから十分後のことであった。
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前ページ次ページ暗の使い魔 薄暗い洞窟内を、壁に備え付けられた僅かな松明の明かりが照らしていた。 湿った岩壁からシトシトと、わずかに水が滴り落ちる。 その音を聞くものは、岩の亀裂に潜む蝙蝠のみであろうか、いや。 「見つけたぞ!」 「ぐっ……畜生!」 無数の足音が洞窟内にこだました。 そして同じ数の荒い息遣いとともに、甲冑に身を包んだ大勢の兵が、狭い通路内に押し寄せる。 「逃がすな!追え!」 無数の兵士は、皆一様に長槍を携え、背には赤地に黒色であしらわれた桐花紋の旗印。 今この日本において、最も強大な力を誇る勢力。 豊臣の軍勢である。 時は戦国時代の日本。そしてここは九州・石垣原の洞窟。 その屈強な軍勢に追われるのは一人の男。 薄暗い洞窟の中、その男は迷路のように入り組んだ洞窟内を、己の足で必死に逃げ回っていた。 ズルズルと、重いなにかを引き摺っており、その足取りは決して速くはない。 しかし男は、己が誰よりもこの洞窟の構造を把握している事を武器に、決して捕まらない自信があった。 「ふぅ……とりあえず撒いたか?」 洞窟の暗がりに潜みながら、ゆっくりと腰をおろす。 もう何度こうして身を潜めただろうか。 男には、自分がこうして追われる理由について、心当たりが有りすぎた。 「なんで小生だけがこんな目に」 己の不運を悔やんでも何も始まらない。 しかしながら、いつもこうして災難に遭う度に、男はその理不尽さを呪わずにはいられなかった。 がしゃりがしゃりと、甲冑の武者が通り過ぎ去る音が聞こえる。 そして、音が完全に遠くへ行った事を確認し、暗がりから身を表したその時。 「だから貴様は間抜けなのだ」 男の心臓が飛び上がった。 背後から、冷たく淡々とした声が男の耳に届いたのだ。 「ッ!?」 慌てて背後の暗がりを見やる。 「貴様は、最後の最後で詰めが甘い。それでいて決断が早すぎる」 変わらぬ調子で、冷淡な声が闇の中から響いてくる。 「だ、誰だ!」 男の問いかけに、声の主が暗がりから姿を現した。 「毛利!」 そこにいたのは、緑の甲冑に身を包んだ一人の男であった。 その手に身の丈ほどもある輪状の刃を携え、ゆっくりと歩み出でる。 端正な顔立ちだがそこに表情はなく、冷たい視線だけが男を捕らえていた。 毛利元就、日の本・中国の地を治める武将である。 「なんでお前さんがここに!」 敵意半ば、恐れ半ばといった様子で男は毛利に問う。 だが、当の毛利は意に介した様子も無く、静かに輪刀と逆の手を掲げる。 すると、どこからとも無く、一文字に三つ星の旗印を掲げた無数の兵達が現れ、男を取り囲んだ。 毛利元就の手勢である。 「ぐっ……!」 「貴様の考える事など、たかが知れている」 なお淡々と告げる毛利を、男は歯を噛み締めながら睨みつける。 「観念するのだな」 「ふん!何の目的があって小生を捕らえる?」 「それはあの男に聞くのだな」 「あの男、刑部か……!」 自分に兵を差し向けた人物を知り、男の表情はますます歪んだ。そして、それと同時に男は悟った。 このまま、ここで捕まるわけには行かないと。 「捕らえよ」 毛利の指示に5、6人の兵士達が武器を携えにじり寄ってくる。男は観念したかのように両腕を頭上に掲げる。 ようやく観念したか、と兵達が警戒を解いた、その時であった。 「うぉらあっ!!!」 ずどん!と、男を中心に辺りに凄まじい衝撃が走った。 取り囲もうとしていた5・6人の兵達は、予想だにしない振動をもろに受け、洞窟の岩壁に一人残らず叩きつけられる。 周囲を取り囲む兵士らも、一瞬なにが起きたか理解できなかった。 見れば、男が両腕を何かに叩きつけているのが見え、そのたびに辺りの兵達が木の葉のように宙へと舞っていた。 「どうだ!油断したな!」 混乱する兵らを見て、男はほくそ笑んだ。隊列は乱れ、もはや包囲どころではない。 逃げるなら今のうちだ、と崩れた隊列の一角から脱出を図ろうとする。だがしかし。 「詰めが甘いと言っている」 「うおっ」 突如、男の眼前を刃が通り過ぎた。 咄嗟に後方へと退避すると、己の前髪の端がぱらりと地面に落ちるのが見えた。 すとん、と男の目前に毛利元就が着地した。 空いた手で、自分の服についた土埃を軽く払いながら、毛利は変わらず冷ややかな視線で男を見下ろしていた。 「詰めが甘いだと?」 「そうよ」 どちらも至って冷静に答える。 「いや、そうでもない」 その一言と共に、毛利にむかって駆け出す男。 「ここでお前さんを叩きのめせば!それで詰みだ!」 「笑わせるわ!」 毛利の右に構えた輪刀と、男の引き摺るそれが、激しい金属音と共に激突した。 再び辺りに衝撃が走る。ガツンガツンと、互いの得物が火花を散らす。 それは、周囲の何者も介入できない、激しい剣劇であった。 ギシギシと互いの腕が軋むほど、そのぶつかり合いは激しさを増していった。 混乱から回復し、再び隊列を組み直した兵達は、成すすべなく勝敗を見守る。 ここで勝敗を分けるは、純粋なパワーと疲労。 純粋な力で言えば、毛利よりも男が勝っていた。しかし、長時間の逃亡による疲労を加えれば、勝負は互角。だが…… 「負けるか!」 「くっ!」 軍配は男に上がりつつあった、そして。 「おらぁ!」 ぎん、と鈍い金属音が響いた。男の左斜め下よりの一撃が、毛利の輪刀を吹き飛ばしたのだ。 勢いよく打ち上げられた輪刀がざくりと、固い岩の天井に突き刺さる。 「もらった!」 男が勝利を確信し、丸腰の毛利に向かって攻撃を加えようとした、その時であった。 「なっ!?」 眩いほどの光と共に、毛利元就の周囲が爆ぜた。 「ぐあっ!」 そのまま後方へ吹き飛ばされ、男は地面にずしゃりと転がる。 みれば毛利の全身がまばゆいほどの光を放ち、辺りを照らしているではないか。 薄暗い洞窟が真昼のように光を浴びる。兵達は目を覆った。 毛利から発せられるその光こそ、この日ノ本に生きる将である証。 そして戦国の世に生きる武将のみが扱える、奥の手である。 その感覚が、より鋭く研ぎ澄まされた時発動し、脅威の力と、空間を超越した速度を得ることが出来るという秘技だ。 そのまま毛利は3~4mはあろう天井に向かって飛び上がると、突き刺さった輪刀を勢い良く引き抜く。 そして、目にも留まらぬ速さにて男に迫り、その全身を切り刻んだ。 「ぐっ!があ……っ!」 まるで舞を踊るかのような、怒涛の連続の斬撃が、上下斜めから襲い来る。 体制を立て直す暇も無い男は、それらの攻撃を避け切るすべも防ぎきる術も持たなかった。そして。 「ハアッ!」 「うああああっ!」 下段よりの強烈な切り上げ、その一撃が再び男の身体を軽々と吹き飛ばした。 あたりを囲む兵もろとも吹き飛ばし、男は固い岩壁に叩きつけられた。 「ぐっ……!」 壁を背に、そのまま力なく床に崩れ落ちる男。 「手こずらせおるわ……!」 若干のイラつきを含んだ言葉を男に投げかけ、毛利元就は男を見やった。 毛利が輪刀を男の喉元に突きつけ、男は荒い息をつきながらギロリと毛利を睨みつける。 全身に傷を負いながらも、戦意を失わないその態度は周囲の兵達を驚かせた。しかし、もはや男に成すすべはない。 再び男を兵達が囲む。その光景を見て、男は悔しそうに歯噛みした。 「(結局こうなるのか。何とかならないのかっ)」 男が勝機を諦めかけた、その時。 「鏡!?」 男の目と鼻の先、毛利と男を隔てるように突如、鏡のようなものが出現したのだ。 「何?」 毛利自身も目を疑った。謎の物体の出現に、急ぎ距離をとる毛利。そして次の瞬間。 「なっ!何だ?何だぁ!?」 鏡が男に迫る。そして鏡に触れた男が、見る見るうちにそれに吸い込まれていくではないか。 これには流石の毛利元就も言葉を失った。一体何が起きたのか、恐らくその場に居た誰もが理解出来なかったであろう。 「毛利っ!畜生!離せ、離しやがれ!」 半身を鏡に飲まれながら、男は精一杯の抵抗を示す。しかしながらその抵抗むなしく、男は。 「なぜじゃああぁぁぁぁ……」 情けない叫びとともに、謎の鏡の中へと消えていった。 そしてその鏡自身も消え去ると、後には何一つ残っては居なかった。 辺りを沈黙が支配する。薄暗い空洞を僅かな松明が照らす。 湿った岩壁から滴り落ちる水の音のみが、ただただ虚しく洞窟内に響き渡った。 それを聞くのは残った無数の毛利兵と、ただひたすらに冷たい表情を浮かべる一人の将のみであった。 暗の使い魔 第一章 『召喚!不運の軍師、異世界へのいざない』 前ページ次ページ暗の使い魔
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ルイズはその魔法を即座に思い出した。 『ライトニング・クラウド』 雷を発生させる凶悪な攻撃魔法、それが扉にいた四人のワルド、風の遍在に よって放たれたのだ。 青白い光が空気中をジグザグに走り、炸裂。よくて大怪我、悪ければ死亡。だが、 ルイズとキュルケ、タバサは怪我ひとつしていなかった。 失敗した、わけではないはずだった。空間を叩き割る音、それがいまも耳鳴り として残っている。 耳鳴り、とは。 「ンドゥール!」 ルイズが呼びかけるが、返事はなかった。彼は杖を突いたまま立ち、微動だに していない。心配は杞憂に終わったのか、いや、そうではなかった。彼はただ、 倒れることを拒否しているのだ。耳の穴から真っ赤な液体が流れ出しているにも かかわらず。 「保険が効いたみたいだ」 ワルドが服のほこりを払い、立ち上がった。ウェールズたちは逆に窮地に立たさ れてしまった。一人と四人、計五人のワルドに囲まれている。式の前からすでに 作り上げていたのだ。ンドゥールは呪文を聞いていたかもしれなかったが、どの ようなものかはわかるはずもない。 「……よくぞ四人も遍在を作り上げるものだ。その技量には敬服しよう。しかし、 同じことができないとは考えなかったのか」 ウェールズが腕を押さえながら言った。苦渋に満ちた顔。 「そんなことはない。だが、詠唱の暇は与えなければ問題はない!」 戸から四人のワルドが襲い掛かる。杖は魔法を付加され、鋭利な刃物と化している。 ウェールズが女子たちを守るために立ちはだかろうとする。しかし、一体はふわりと 彼を飛び越し、四人に向かっていった。 「もらった!」 遍在のワルドが持つ杖、その切っ先がンドゥールの肩を突き刺した。もちろん 頭部を狙ったものだったが、ほんの一瞬早くルイズが彼を突き飛ばしたのだった。 「いい判断だよ」 本体のワルドがその遍在を自分の下に引き寄せた。 「しかし、先延ばしにしたに過ぎない。婦女子方、覚悟はよろしいかな」 笑ってそんなことを口にする。ンドゥールに止めを刺さないのは、いつでもできる からである。聴覚を破壊されては、ただの死んでいないだけの男だ。そんな死に 際の相手より生きて牙を剥いている方に目を向ける。集団で戦う際には当たり前だ。 それが、普通の相手であったならばだが。 ワルドは嘗め回すようにルイズたちを見やる。三人は杖を向け、戦う意思を見せて いる。どうも大人しく命を絶ってはくれなさそうであった。トライアングル二人と、いまだ 自分の力を理解していないメイジ、実質二人のスクウェアを相手にするには不足である。 それに、敵はまだいるのだ。 礼拝堂に突如大きな振動が襲ってきた。 「なによ今度は!」 ルイズが声を上げる。響きは外から聞こえてくる。それだけでなく大地が不規則な震動を している。明らかに自然の現象ではない。疑問に答えるように、いやらしさを含んだ優しい 声でワルドが言った。 「攻城が始まったのだよ。約束を守ると思っていたのかい?」 ルイズとンドゥールの二人は横っ腹を空気の塊で殴られた。力は強く、大きなゴーレムに 殴られたかのようだった。 キュルケが炎を生み、タバサが氷の槍を作り向かわせた。だが両者とも強力な風に煽られ あらぬ方向へ飛ばされてしまった。しかし、二人のワルドは優位さを確かめるよ うに静々と近寄って きている。 「ルイズ。君は諦めないのだね」 「当たり前だわ。殺されるのは嫌だもの」 「でも、どうやってだい? 後ろの級友も不安げな顔つきだ。味方を巻き込んで自爆してくれるのなら 手間も省けるんだが」 嫌なところを突かれた。 (でもわたしにはこれしか戦う方法がないんだもの。仕方ないじゃな……まだあったわ。戦う術は なにも魔法だけじゃない) ルイズは地面に転がっていたデルフリンガーを拾った。手にずしりとくる重たさだが、 振れないことはない。むしろちょうどいいぐらいだ。剣もよろこんで手伝うといってくれた。 「伝言だ! 時間を稼げ、だとよ!」 デルフリンガーがそう言った。それはンドゥールが、あのような状況でもいまだ諦めて いないこと、勝利を模索していること。 それは勇気を与えてくれる。不屈の魂がルイズの幼い身体を奮い立たせる。 彼女は剣を構え、まさしく騎士のような姿を取った。 ワルドは驚きながらも若干楽しそうに声を上げた。 「すばらしいよ。君はいい。妻になってほしかった女性だよ」 「ぜえったいに、いや!」 強い拒絶。その後に小さな笑いが起こった。 「見事に振られたわね。あんたは退場なさい!」 キュルケが火を放つ。タバサもタイミングをずらし、氷の槍を打ち出した。 風の盾で火を防いだのでこと受けきることはできない。ならばと、二人のワルドは 蝶のように舞い、華麗に避けて見せた。その最中にも魔法の詠唱をしていた。 それは風の魔法を使うタバサにはわかった。先ほどと同じもの。 『ライトニング・クラウド』 二つの雷が絡み合いながら三人に襲い掛かった。 炸裂、またしても空気を叩き割る音がした。ところが、タバサもキュルケも無傷のまま だった。静電気すら起こっていない。その理由は、目の前の小さ な少女がその身で 庇ってくれたからだった。 ルイズは、立っていた。二つの足と一つの剣で身体を支えていた。両腕が焼け爛れ、 今にも気を失ってしまいそうだった。だが彼女は朦朧とした意識である疑問にぶつかっていた。 それは単純なことである。 なぜ生きているのか―― 彼女はおちこぼれではあったが勉強には熱心だった。そのためワルドの使った魔法がいかな 威力か、それは頭に入っている。だからこその疑問。まず、 二重で受けてしまえば生存できる はずがないのだ。 「……イズ!」 誰かの声が聴こえた。心配してくれるのがよくわかった。 頭の中は衝撃で混濁している。家族や友達、使い魔の顔が浮かんでくる。そして、憧れていた 男の顔も。いまそれは憎き敵である。忘れてしまいたい。記憶を消してしまいたい。でも、それ は逃げだ。敵から逃げてはいけない。 戦わなくてはいけない。ルイズは叫んだ。 「キュルケ! タバサ! わたしが守るから好きにやって!」 「……わかったわ!」 今度はキュルケはより巨大な炎を作り出した。さらにタバサは風を吹かせ、その炎を圧倒的な 津波へと成長させる。それが飛んだ。 あまりの巨大さ、避けれるものではない。ワルドは二人で力を合わせ、その攻撃に飲み込まれ ることのないように竜巻を作った。ワルドたちの目前で炎が壁となり視界を包む。だが、所詮、 それだけ。時間が経つにつれ徐々に勢いを弱め、彼の眼に三人の姿が映りこだした。 このとき、ワルドは不思議に思った。とっておきの攻撃を防いだのだ。 それなのに、なぜ、してやったりとした顔をしているのか。 視界が開けたまさにその瞬間、背後から答えが襲ってきた。 「ざまあ!」 キュルケが歓喜の声を上げた。彼女の自慢の使い魔、フレイムがワルドの背後から炎を 吹きかけたのだ。至近距離からのそれ、人間に耐え切れるようなものではない。見事に ワルドの一人は消し炭になってしまった。 が、惜しいことに本体ではなかったようである。すぐさまフレイムは魔法で殴り飛ばされた。 「ひどいことをするわ。人の使い魔に」 そうぼやきながら、キュルケは事態が悪くなったことを悟る。もはや小細工は通用しない だろう。ウェールズも三人が相手なため徐々に押され始めている。助けは来ない。 ンドゥールは意識が戻ってきているのかゆっくりと体を起こし始めているが、戦力にはな らない。耳から血が出ているということは鼓膜を破られたのだ。 無音の暗闇に彼は閉じ込められている。 「さあ、もう十分だろう」 ワルドは笑っている。彼にとってこれはお遊びなのだ。子供が蟻をいたぶるのと同等。 それだけの実力差がある。キュルケはつばを飲む。汗が体中に浮かんできていた。額 に前髪が張り付い ていて、うっとおしかった。 「タバサ、あなたの使い魔は来れないの?」 「できない。レコン・キスタが邪魔」 キュルケが舌打ちする。 ワルドが呪文の詠唱を始めだした。キュルケも対抗して魔法を唱える、が、杖の先から 炎は出てこなかった。魔力が尽きてしまったのだ。タバサは氷の槍を飛ばす。それは、 またしても軽々と避けられる。 詠唱が終わった。 『ライトニング・クラウド』 今度こそ死んじゃうかも。ルイズは雷を眺めながらそう思った。 悔しくてたまらなかったが身体の痛みが意識を朦朧とさせ、感情は爆発しなかった。 だから静かに思った。アンリエッタとの約束が守れなかった。ウェールズを守れなかった。 ワルドを倒せなかった。キュルケやタバサ、ギーシュを巻添えにしてしまった。 ただ一人の使い魔、ンドゥールになにもできなかった。 ごめん 青白い蛇はルイズに迫ってくる。彼女はそれを見て、死を嫌った。嫌ったものの、 受け入れるしかないと諦めたまさにそのとき、ひょうきんな声がした。 「思い出したぜえ!」 手に握っていたデルフリンガーが雄たけびを上げた。途端、その錆びついた刀身が 太陽のような輝きを放ち、殺意を持った雷という蛇を『食って』しまったではないか。 「雷を二発も食らったショックで思い出した! 俺はよお、あまりに暇だったんで身体 を変えてたんだ!」 輝きが収まると、そこにはいま磨き上げたかのような剣があった。 白銀のような美しい刀身だ。 「おい娘っこ、あいつの魔法は全部俺が止めてやる!」 「もっとはやく、気づきなさい、よ」 憎たらしい口を利かせたが、ルイズはほっとした。防御はこれでいい。あとは、後ろの 二人が、やってくれる。 そう『安心』して、彼女は気絶した。 「あとは私たちに任せなさい」 キュルケは倒れるルイズを抱きとめ、額にキスをしてデルフリンガーを取った。 びゅん、と、振ってからワルドに剣先を突きつける。ちらとウェールズを見るもこちらに 気を向ける余裕はなさそうだった。だったら自分たちだけでなんとかしてみよう。 「ねえ、ちょっと作戦があるんだけど」 「……わかった」 タバサに伝え終えると、キュルケはゆっくりと足をすすめ始めた。ワルドの杖はいま、 風の魔法が掛けられてあるようだった。白い竜巻のようなものがついている。確実に それは彼女の肉体を貫くだろう。 キュルケは脳内でどう動くかを考える。先日のンドゥールとの決闘からして、剣で戦って も勝ち目はない。どう攻めても防がれ、胸かのどか額に穴を開けられるだろう。ならば どうしたらいいのか、簡単なことだ。 彼女は地面を 蹴った。 ワルドは迎え撃とうと、風のように静かに迫った。技量は天と地ほどの差がある。彼の勝利 は必然。 だからキュルケは、振りかぶった剣を目前で止めた。 「ほお!」 杖先は剣の腹に衝突した。キュルケはわかっていた。振り下ろそうと、払おうと、突きをしようと、 すべて避けられるか流されるかして杖先で貫かれるということを。だから彼女は、それらすべて をしなかった。戦わなかった。防御に徹した。 それすらも難しくあったがワルドの慢心が可能にした。 しかし、そんなことをしたところで止められるのは一瞬だが、その一瞬さえあれば作戦は完成 する。キュルケはすぐさま後ろへ跳んだ。 ワルドは見た。タバサ、彼女の周囲には、先ほどまでとは比べ物にならないほどの氷の槍が 浮かんでいるのを。十や二十どころではない。彼は後ろに下がり壁を作る詠唱を始めた。 おそらくそれでも防ぎきれない。ならばあとは肉体を駆使しかわすだけしかない。 風の壁を作る。氷の槍が飛来する。一撃でも食らえば致命傷になりかねない太さだ。 銃弾のごとき速度をもったそれらが風と衝突した。拮抗は一瞬、風は易々と槍を弾き飛ばしたかのように 見えた。だが、実際は違う。ワルドもそれに気づいた。 槍は、風の力を利用し方向を変えただけだったのだ。 新たに切っ先が向いたのは、ウェールズを狙っているワルドの遍在たち。急ぎ意思を送り、背後に迫る 脅威をどうにかするべく命令する。だが、ワンテンポ遅い。無傷ではすまないと判断し、一人が腹に槍を ぶち込まれながらも呪文を詠唱する。他の二人は避けながら時間を待つ。やがて呪文が完成し、今度 こそ風は槍を散らしていった。 「甘く見ていたよ。なかなかやる」 ワルドは遍在たちを一旦自分の下に引き寄せた。五人が三人になっているが、これは キュルケの計算違いだった。本来ならさっきの作戦で遍在を全て倒して、ウェールズに とどめを決めてもらおうとしたのだ。 「タバサ、まだいける?」 小声で尋ねると、否定の返答がされた。これで魔力が残っているものはいなくなった。 ウェールズが彼女たちのもとにやってきて、眼前にたった。 「援護を感謝しよう」 「あら、どういたしまして。でも、どうします?」 「なに、勝算はないことはない。外の戦よりも遥かにましだ」 ウェールズは笑っていた。たしかに、三人を相手にするだけなのだから十倍以上の軍勢 とは比べようもない。 だが、そんな彼の笑みを吹き飛ばすことが起こった。 大地からより大きな震動が伝わってきた。 それはこれまでのものとは大きく違っていた。 真下からなにかが上ってきているのだ。 ウェールズはとっさの判断で四人をその場から突き飛ばした。 直後、彼の足元から何かが生えてきた。 「な、なんだこれは!」 ウェールズにはわからない。しかし、キュルケにはわかった。多少小さくなっていようと 間違いなかった。ほんの数ヶ月前、自分たちを殺そうとした女盗賊、フーケのゴーレム だった。本人はウェールズの目の前にいる。 彼女は高笑いを上げ、ウェールズに詰め寄った。 「やあ、久しぶりじゃないかっていっても覚えてないでしょうねえ。あんたはまだガキだったもの」 フーケはうろたえているウェールズを一発、素手でぶん殴り地面に蹴り落とした。 彼はレビテーションを唱え、床に静かに降り立つ。頬を押さえフーケを見上げた。 「まさか、サウスゴータ家のものか」 「そのとおりだよ。なんだ、覚えてるんじゃないか」 フーケは笑っていた。どうやら二人の間にはなにがしかの関係があるようだが、それはいまは どうでもいい。 問題は勝算が消えてしまったことである。 「そうそう、こいつらを渡しておくわ。なかなか頑張ったわよ」 彼女はゴーレムの中からギーシュとヴェルダンデを引っ張り出してきた。気絶しているギーシュ をヴェルダンデが担いでウェールズたちの下に走った。 「言っとくけど、俺ができるのは魔法の吸収だかんな。あんなゴーレムを土 に戻すのは無理だぞ」 「役立たずねえ」 「うっせえ」 デルフリンガーに軽口を叩くも、キュルケの心には敗北感が広がり始めていた。 ウェールズも同様だろう。苦々しい顔をしている。 ワルドがゴーレムの影から姿を出す。もう一度魔法を使ったのだろう、五人に戻っていた。 これでもうウェールズに勝ち目は、なくなった。 ワルドが告げた。 「観念したまえ。王族らしく自決させてやるぞ」 「断る!」 「ではどうするのだ?」 ウェールズは苦虫を噛んだ。これでは勝てない。勝てるはずがない。それならせめて客人だけ でも助けたい、と、彼は思っているが、目の前の敵がそれを許すはずがない。己の裏切りを知る ものを生かしはしない。 ワルドはこの戦いが終わるとトリステインに戻り、そのまま魔法衛士隊に戻るだろう。誰もが婚約者を 失った彼に同情する。そして愛しい姫のそばに居座る。許せられない。しかし、それを止める力がない。 悔しさで死んでしまいそうだった。 ワルドが近づいてくる。ウェールズが睨む。 歩みは止まらない。 彼らに死が着々と 近づいてくる。だが、ウェールズはそんなものが怖いのではない。あの愛しい姫と、 勇敢な客人をみすみす死なせてしまうのが怖いのだ。 このとき、彼は始祖ブリミルに願った。みっともなく、助けてくれと。 それは、叶えられる。もっともそれはそんな大昔に死んでしまったものではなかった。 自分が間諜ではない証拠に、やろうと思えばいつでも殺せると証明した、物騒な男だった。
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前ページ次ページ攻撃力0の使い魔 (ここ…どこ……? 寒い…苦しい…何も見えない…何も聞こえない……) ルイズは、凍てつくような寒さの 真っ暗な闇の中にいた。 全身に力が入らない。 まるで重さが無くなったかのように 体が軽い。 にも かかわらず、開放感は いっさい無い。 むしろ、あまりの閉塞感に 気持ち悪くて吐きそうになる。 とにかく寒い、苦しい。何より……寂しい。心細い。 (どうして……? こんなに好きなのに……なんで こんな仕打ちを……) 心の中で誰かに呼びかける。 自分がこんな苦痛を味わう原因を作った、その誰かに。 それが誰かはわからないが、ルイズは その人物のことを知っているような気がした。 その人物のことを思うと、胸が苦しくなる。たまらなく愛おしくなる。 ……どのくらいの時間が流れただろう。未だ、ルイズの苦しみは続いていた。 そして……彼女は気づいた。 (そっ…か……そうよ……わたしは…苦しんでるかぎり…絶対 あなたを忘れない…… だから…わたしに こんな苦しみを……そうなんでしょ……?) その結論を手にして、ルイズは たまらなく嬉しくなった。 その発見に、胸が熱くなる。 心が、熱く焼けただれて、吐き気がするほど嬉しかった。 ある時……突然、世界が揺れた。 ルイズの知覚できる範囲…世界が、何かに引き寄せられている。 引き寄せる力が強くなり、体も どんどん重くなっていく。 世界が激しく揺れ、赤熱した光で視界が満たされる。 (熱い……! たすけて……! たすけて……) 誰かの名を呼び、助けを求める。 元より、自分の知っている人間は その人だけだ。自分の世界には、その人しか いらない。 自分の意識と体が激しく焼き尽くされるのを感じながら、ルイズは名前を呼び続けた。 凄まじい衝撃が走った。あたりに轟音が響く。 熱い……! 痛い……! 苦しい……! だが、まだ自分は生きている。 何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。体が動かない。立ち上がれない。歩けない。 ……左腕に力が入る。 (……! 動く……!) 左腕だけは、まだ感覚が残っていた。 ルイズは、左手で力いっぱい地面を引っかくように握り締める。そして 指を開く。 また握る。また開く。 そうやって左手の握力だけで体を動かしていく。 焼けただれた肌と地面が擦れて痛い。が、気にせず進む。 地面を握った指先の爪が割れて痛い。が、それも気にせず進む。 ルイズは、文字どおり「左腕だけ」で前に進んだ。 自分をこんな目に遭わせた、愛しい人を目指して。 左腕以外の部位が さっきの出来事で焼失したことなど、今はどうでもいい。 彼に会いたい。いや、会わなければならない。 そして、伝えるのだ。いかに自分が彼を愛しているか。いかに自分の愛が強いか。 そうだ。世界を、自分の 彼に対する愛で満たそう。 そうすれば、きっと……喜んでくれる。 「……っ!!」 シーツを跳ねのけて飛び起きる。 気がつくと、ルイズは 部屋の中…ベッドの上にいた。 カーテンが綺麗に整えて開けられた窓から、朝日が差し込んでいる。 「あっ!」 思わず、自分の体を確かめる。 ……手も、足も、胴体も、頭も、ちゃんと全部揃っている。 なぜ そんなことをしたのか自分でもわからないが、とにかく ホッとした。 「……夢?」 そういえば、何か…とてつもなく苦しくて…そして悲しい夢を見ていた気がする。 だが、どんな夢だったのかは思い出せない。汗だか涙だかわからない水滴が、頬を伝って滴り落ちた。 大量の水分を含んだネグリジェが気持ち悪い。こちらは間違い無く汗だ。 だんだん頭がハッキリしてきたルイズは、部屋の中を見回す。誰もいない。 (まさか、昨日のことも夢……!?) いや、そんなハズはない。事実、昨日 自分は使い魔の召喚に成功した。 その証拠に、昨日の夜 脱ぎ散らかした衣服が 無くなっている。 ルイズの召喚した使い魔が、洗濯のために運び出したのだろう。 今 あいつが部屋にいないのも、きっと そのためだ。 どんどん正常な思考を取り戻していく頭で状況を整理していると、突然 ドアのカギが回され 扉が開く。 そして、昨日 ルイズが召喚した亜人:ユベルが現れた。 「……やあ。おはよう、ルイズ。よく眠れたかい?」 トーンの低い女性の声で、ごく自然に呼び捨てにしてくる。だが、もう いちいち気にしない。 「ちょっと…ノックくらいしなさいよね……まあ…真面目に仕事してるみたいだし、許してあげるけど」 「あぁ……洗濯なら、そのへんにいたメイドに頼んでおいたよ。ボクより 彼女たちのほうが ずっと上手いだろう?」 「あ、あんたねぇ……洗濯も使い魔の仕事だって 昨日 言ったでしょ」 「そうかい? でも 残念だが、ボクはキミの召使いになるつもりは無いからね」 どうやら「使い魔」についての認識が根本的に食い違っているようだが、それは今後ゆっくり教育していけばいい。 「……まあ、済んだことはいいわ。じゃあ…ホラ」 ルイズが ベッドから降りて床に立ち、そのまま じっとユベルを見つめる。 「着替えさせて」 「なに?」 「あんたが わたしの着替えを手伝うの」 「……それも使い魔の仕事なのかい?」 「そうよ。だから早くして」 「……言っただろ。ボクはキミの召使いじゃない。下僕でもなければ奴隷でもない。言わば協力者だ。 キミや ほかの人間でもできることを、なぜ ボクがしてあげなきゃならない?」 「な…っ!」 なかなか思いどおりにならない使い魔に、ルイズは だんだん腹が立ってきた。 たしかに 使い魔の召喚と契約は大成功を収めたと言えるが、正直 今の関係は、ルイズが理想とする貴族の姿には ほど遠い。 さすがに奴隷ではないにせよ、使い魔は 下僕であるハズなのだ。 だが「自分は下僕ではない」と言う相手に「いいや、おまえは下僕だ」などとは言いづらい。相手が未知の亜人ならば、なおさらだ。 そこでルイズは「使い魔」という言葉の定義を利用して、それとなく使い魔の立場を伝えることにした。 「使い魔っていうのは、そういうもんなの! いいから言うとおりにしなさいよ!」 「……ふっ、そうかい。キミがそう望むなら……仕方無いね」 「へ?」 急に素直な反応を示すユベルに、拍子抜けして 思わず間抜けな声が漏れる。 が、すぐに 主人としての威厳を示すために立ち直る。 「わ、わかればいいのよ、わかれば。そこと そこと…あと そこに着替え入ってるから」 その言葉を聞いたユベルは背中の2枚の翼を広げ、宙に浮き上がる。 そして……ルイズに乗り移った。 (ちょっ…何してるのよ! 昨日 これはしないって言ったじゃない!) そう困惑するルイズの頭の中に、ユベルの声が響く。 (何を驚いているんだ。簡単なことだろう? キミは、ボクに着替えを手伝わせたいと思っている。逆にボクは、キミが自分で着替えればいいと思っている。 その2つの条件を、同時にクリアしようとしただけじゃないか) (……っ!) たしかに間違ってはいない。だが、何か釈然としない。 ルイズが反論を考えているうちに、ユベルはルイズの体で ルイズの着替えを済ます。 着替えが完了すると ユベルはルイズの体から抜け出し、さらに部屋からも出て行こうとする。 「あっ、ちょっ! ご主人様をほっといて どこ行く気よ!」 「……キミはこれから、食堂へ朝食を摂りに行くんだろう? でも ボクはキミたちと違って 物は食べないからね。そのあいだ、好きにさせてもらうよ」 「って、こら! 待ちなさいったら!」 ……部屋の外で、ユベルの動きが止まる。だが、ルイズを待っているわけではないらしい。 ルイズの位置からは壁で見えないが、廊下にいる何かと向き合っているようだ。 廊下に飛び出したルイズは、その「何か」の嬉しくない正体を発見した。 「はぁい、おはよう ルイズ。そうやって並ぶと、ホントに子供みたいね?」 「っ! キュルケ……!」 ルイズよりも背が高くてスタイルの良い 赤い長髪で褐色の肌をした少女。 朝っぱらから出会って早々、体型のことを冷やかされる。身長か、それとも胸か。 ……が、そのライバルが 自分の使い魔に上から見下ろされているという愉快な構図が、ルイズの怒りを相殺した。 「……で、あなたが ルイズの使い魔さんね? 初めまして。 あたしはキュルケ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー」 亜人の顔を、キュルケが見上げる。親友タバサの1.5倍近い身長から、3色の視線が降り注いでいる。 見たことも聞いたことも無い種族の亜人だ。たしかに「悪魔」と言われても、嘘には聞こえない。 「ボクはユベル。よろしく、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー」 「……キュルケでいいわ」 「なんで わざわざフルネームで言いたがるのよ……」 長い名前を1発で覚えて すらすら言うユベルに つっこむ。 ツェルプストーと仲良く会話するな、とは言い忘れる。 「それにしても……ゼロのルイズが、まさか亜人を召喚するなんてねぇ……驚いたわ」 「ふん、何言ってるのよ。こうして使い魔の召喚と使役には成功してるんだし、もう『ゼロ』じゃないわ」 「……そう。よかったじゃない」 胸を張るルイズを、特に馬鹿にするでも茶化すでもなく、キュルケは軽くねぎらった。 「ところで……ねぇ、ユベル。あなたって…女? それとも男?」 「……!?」 幼い頃から刷りこまれてきた、ツェルプストー家の忌むべき特質のことがルイズの頭をよぎった。 「ツェルプストーっ! あんた まさか、人の使い魔に手を出す気!? それも亜人に!」 「え? い、いや! そんなつもりは無いわよ! パッと見 男か女かわからなかったから、興味本位で訊いただけ!」 ルイズの懸念と疑念を払いのけるように手を振ってキュルケは否定する。 さすがに、この相手に手を出そうなどとは思わない。 「ふーん……そう? でも、訊いても無駄よ。本人もわかってない…というより興味無いみたいだから」 その質問については、すでにルイズが昨日のうちに済ませてしまっていたのだ。 まあ 一般的な感性の持ち主なら、ユベルの その左右非対称な性別の正体が気になるのも 当然だろう。 「あら、そうなの? まあ たしかに、綺麗に半分ずつだもんねぇ……それが正解なのかしら?」 「脱いでみれば わかるかも……」という考えが頭をよぎるが、すぐさま思いなおす。 もし、その性別の象徴も半分に分かれているのだとしたら……? そんなものを見る心の準備は できていない。 そんなキュルケを、ユベルは無言で品定めをするように3つの目で見つめ続けている。 男たちの 性的な意味を多分に含んだ熱視線とは、まったく違う。 少なくとも、キュルケの女性としての魅力を はかっているわけではない。 その異質な視線に耐えられなくなったのか、キュルケが口を開く。 「あっ、それより……! あたしも使い魔を召喚したのよ。誰かさんとは違って、一発でね!」 「う……うるさい! 試行錯誤の末に誰よりも大成するタイプなのよ、わたしは! たぶん!」 キュルケの背後から 大きな赤いトカゲが姿を現した。ユベルの視線が そちらに移る。 「このトカゲ……炎属性・爬虫類族か」 トカゲを見たユベルが そう呟いた。その「なんとか属性・なんとか族」という表現に、ルイズは顔をしかめる。 昨日 何度 質問しても、ユベルが「闇属性・悪魔族」というものについて 答えてくれなかったからだ。 だが、なんとなく予想はついていた。 そして、このキュルケの使い魔に対するユベルの評価で、その予想は信憑性を持った。 「……あー、つまり火系統のトカゲって意味ね」 つまり「闇属性・悪魔族」のユベルは……? 「トカゲじゃなくて『サラマンダー』よ。尻尾の先に火が灯ってるでしょ。 しかも、フレイムは 火竜山脈に生息する亜種で、普通のサラマンダーより ずっとレア物なんだから」 「れ、レア度なら こっちだって負けてないわよ……! どこから来たかわからないくらいレアなんだから!」 「え? ルイズ、あんた……自分の使い魔に出身地も教えてもらってないの?」 「わたしだって知りたいわよ! でも、本人がわかってないんだから 仕方無いでしょ!」 まるで レアカードを自慢し合う子供のように 使い魔談義をする2人を、ユベルは見守る。 十代の父が、幼い十代にプレゼントした最初のレアカード……それが「ユベル」だった。 過ぎ去った日に思いを馳せ、決意を固める。 (十代……ボクは必ずキミを取り戻してみせる。そして……) 前ページ次ページ攻撃力0の使い魔
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Fate/stay nightからセイバー召喚 ゼロの使い魔(サーヴァント) 00プロローグ ゼロの使い魔(サーヴァント) 01第一話 ゼロの使い魔(サーヴァント) 02第二話
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前ページ次ページ“微熱”の使い魔 トリステイン魔法学院の院長オールド・オスマンは学院長室で読書にふけっていた。いつもだったら秘書のミス・ロングビルにセクハラをしているのだが、今は極めて真剣な表情である。 読んでいるのは、一応は書物にあたるのだろうが、きちんと職人が作ったものではなく、いくつもの紙片を適当に束ねたような粗雑なつくりのものだった。しかし、それに書かれている文字は、ハルケギニアで使われているものではなかった。 厳しい表情で読書を続ける中、いきなり学院長室のドアがノックされた。 「誰じゃね?」 オスマンはすばやく本をふところにしまいこむ。 乱暴にドアを開け、飛び込んできたのは頭のさびしい中年教師ミスタ・コルベールだった。 「オールド・オスマン! 大変なことが……」 「何じゃね、ミスタ・エグゼビア」 「コルベールです! どうしたらそんな名前が出てくるんですか!?」 「おお、そういえばそんな名前じゃったね。それで何事かね、ミスタ・ファンタスティック」 「コルベールですってば! ますます離れてますぞ!!」 「しょっぱなの軽いギャグじゃ。……で、何かねミスタ・コルベール?」 「これを見てください!」 「えーと、何だっけ、これ? ああ、『始祖ブリミルの使い魔たち』か。また古臭いものを…。で、これが何?」 「これも見てください! これも!」 コルベールは何かのスケッチらしきものをオスマンに見せた。 「これは使い魔のルーンのようじゃが……。むう?」 オスマンはスケッチと、本に描かれている絵を見比べ、表情を引き締めた。 「このルーンは、ミス・ヴァリエールの召喚した平民の少年に刻まれたものです。見てください、これは文献に記される、ブリミルの使い魔ガンダールヴと同じものではありませんか!!」 「……」 「つまり、あの少年は伝説の使い魔ガンダールヴではありませんか!?」 「確かに、この二つは同じもの。しかし、じゃね。それだけで決め付けるのは早計というもんじゃ」 「無論のこと、それだけではありません」 コルベールはもったいぶって咳払いをする。 「先日、ミス・ツェルプストーが学院近くの森にいった際のことですが」 「ああ、報告には聞いとる。ミス・ヴァリエールが狼に襲われて怪我をしたそうじゃな」 「その際、かの少年は狼の群れを瞬く間に蹴散らしたそうです。それも風のような速さで。その前後……彼はナイフを手にした時からルーンが光り出し、超人的な力を発揮したとか」 「こういっては何じゃが、そのナイフが何らか特殊なものであった可能性は?」 「ありません。念入りに調べましたところ、かなり質のいいものではあるようですが一切魔法の痕跡は見当たりませんでした」 コルベールの説明に、オスマンはむう、とうなった。 「しかしのう。やはり、それでもまだ伝説と結びつけるのは早計も早計じゃよ。ミスタ・コルベール」 仮にガンダールヴだとしてもじゃ、とオスマンは白いひげをなでた。 「ならばこそ、なおさら慎重にならねばのう。王室のばーたれどもに知れれば、使い魔もミス・ヴァリエールも何をされるかわかったもんではない」 「確かに……」 「ミスタ・コルベール、密かに使い魔の少年のことを調査してみてくれ。あくまで、それとなくな」 「わかりました」 「ああ、それから……ミス・ツェルプストーの使い魔も、人であったな。こっちは少女とか……」 「はい、“シグザール”という、異国の地の人間です。錬金術という未知の技術を持っていて、こちらも……」 「錬金術か」 きらり、とオスマンの瞳が光った。 「何か、ご存知なので?」 「いやいや…。そちらのほうも、調査をしておいてくれよ? ちゅうかミスタ・コルベール、すでに色々と接触しておるんじゃろう?」 「まだいくらか話を聞いたり、本を読ませてもらった程度ですが…。錬金術というものは相当に奥深く、高度な技術体系であることは間違いないようです」 「そうか………」 こつこつ。ドアがノックされた。 私です、と秘書ロングビルの声がドアの向こうからした。 「入りなさい」 部屋に入ったミス・ロングビルは書類を机の上に置いた。 「王室からです。最近治安の悪化が激しいので、注意をするようにと」 「ふーん。わざわざ王室から……。ふん、盗賊やオークどもの動きがのう」 オスマンは書類を読みながら、顔をしかめる。 「それに、“土くれ”かい」 「はい。巷を騒がしている“土くれのフーケ”が城下町を荒らしているとか……」 「物騒じゃのう。生徒に注意を呼びかけんとな」 「もしかすると、この学院もフーケめが襲撃してくるかもしれませんぞ」 「まあ、怖いことおっしゃらないで…!」 コルベールの言葉に、ロングビルは顔を引きつらせる。 「いや心配には及びません。もしもの時にはこの“炎蛇”のコルベールがお守りしますぞ」 そう言って、コルベールはばんと胸を叩いてみせた。 「まあ、頼もしい」 笑顔を見せるロングビルに、いやなに、男として、教師として当然のことです、とコルベールはちょっとばかりやにさがった顔で言った。 その様子に、オスマンはけっとそっぽをむいた。 ぱかん、ぱかん、と才人は厨房の裏手で薪を割っていた。生来の調子の良さ、もとい適応力が幸いしたのか、もう完全に使用人たちの中に溶け込みつつある。 最初は皿洗いなどをやっていたが、今では水くみや薪割りなどの力仕事が主になりつつあった。 「ふう……」 こんもりと薪が小さな山となった頃、才人は汗をぬぐった。そして、左手のルーンを見る。 ――コルなんとかという先生、調べておくって言ってたけど……。ホントに何かわかるのかねえ? 使い魔として契約とした時には特殊な能力を授かることもある。そんなことを話していたが。 少し休んだ後、また薪割りにとりかかる。その矢先、才人は手を止めた。 一人の生徒がフラフラと歩いているのが見えたのだ。 ――あいつは……。 ギーシュというキザ男だった。食堂での喧嘩騒ぎの時とは裏腹に、妙にやつれているように見えた。 「やあ、ゼロ…いや、ミス・ヴァリエールの使い魔くんじゃあないか……」 ギーシュは才人を見ると、覇気の欠片もない顔で挨拶をする。 「………」 あの時笑い者にされて悔しい思いがあるだけに、才人はそれを無視する。 「ふっ……。無視かい、それもいいさ」 ギーシュは自嘲を浮かべて、才人のそばに立つ。 「人生とは、愛とは残酷なものだなあ。薔薇とは凡人には理解されにくいものらしいよ……」 ――何言ってんだ、こいつ………………。 一人勝手にぶつぶつ言っているが、要約意訳をすると、モンモランシーという子に振られたということらしい。 ――けっ。ざまーみやがれ。 まったくもっていい気味である。 放っておくと、ギーシュは一人でしゃべりっぱなし。ひょっとして友達いないのだろうか。そうか思うと、今度は地面から出てきたでかいモグラと戯れだした。 ますますもって薄気味悪い。 ――気持ちわりいなあ…。どっかいけ、おい。 いらつきながら、才人は薪割りを続ける。 そこに。 「ここにいたわね」 今度はルイズがやってきた。 「街に行くわよ。ついてきなさい」 唐突に、そんなことを言う。 「……なんで?」 「いいからついてきなさい!」 ルイズはいらだったように、才人の腕をつかんで引っ張っていく。 「な、何言ってんだよ! まだ薪割り終わってねーし……! つうか何でお前と……」 才人の言葉に、ルイズはわなわなと震え出す。 「あ、あんたは私の使い魔でしょうが!? 黙ってご主人様についてくればいいの!!」 「やだよ」 才人はルイズを振り払った。 「最低、理由ぐらい説明しろっての」 「………………」 ルイズは怒ったのごとく、ふーとうなった。しかし、しばらくすると、声を抑えながら何やら話し始めた。 「……この前、森で私を守ったでしょ!! だから、その……忠誠には報いるところがないとね!!」 「あー、つまりお礼ってことか」 「ご、ご褒美よ! 忠誠を見せた使い魔に対するね」 ふんとルイズはそっぽを向くが、その顔はかすかに紅い。照れているのか。 ふーん、と才人は納得したような顔をした。 「わかったら、さっさといくわよ!」 「別にいらね」 先に立って歩き出そうとしたルイズは、才人の言葉につんのめる。 「いらないっ!? せ、せっかく私が…………!!」 ルイズは顔をトマトみたいに真っ赤にさせて才人を睨んだ。 「別に、あれはお前だから助けたっつーわけじゃねえし」 「何よ、それ……」 「ああいう時は、助けるもんなんだろうが、人間として。それとも何か? お前が俺の立場だったら見捨ててたのかよ」 「……そんなこと」 「だったら、それでいーだろ。用はそんだけか? だったら俺、忙しいから」 才人はまたぱかん、ぱかんと薪割りに専念しだす。 ルイズはそれを見ながら、ぶるぶると震えていた。いつの間にか、手に杖を握っている。 「こ……の……」 目に涙を浮かべながら、ゆっくりと杖を振り上げる。 「まちたまえ、使い魔くん」 ルイズが杖を振り下ろそうとした時、ギーシュが才人に声をかけた。これにきっかけを奪われ、ルイズは得意の失敗爆発魔法を発動することはなかった。 「横から見せてもらったが、君は少々冷たいんじゃあないか? レディーのアプローチを断る時には、それなりの作法というものがある。君のはあまりにも野蛮すぎるよ」 ギーシュは髪の毛を軽く弄りながら、どうだね、とポーズを決めて言った。 「関係ねーだろ。つーか、相変わらずキザなしゃべりかたしやがんなあ……。おめーはちび○子ちゃんの花輪くんか?」 「……ハナワ? 何だい、それは……。まあ、いい。一人の薔薇の紳士として言わせてもらうが……。ミス・ヴァリエールは、使い魔に対する褒美と言い条、君と親交を深めたいと見たが……」 「ちょっと!? な、な、何勝手なこと、言ってるのよ……。私は別にこんな犬なんか……」 「犬!? てめ、人をよくも……」 「おうっと、待った。短気はいけないよ、使い魔くん」 犬呼ばれりされてムッとする才人だが、ギーシュが制する。 「使い魔、使い魔、うっせーな! 俺には、平賀才人……いや、サイト・ヒラガつう名前があるんだ!」 「では、サイト。君はさっき人として、とこう言っていたね。噂で聞いているが、君は狼に襲われたミス・ヴァリエールを救ったとか……それは人として当然のことだから、別に礼はいらないと」 「あ、ああ……」 「だがね、こういう場合礼をのべ、感謝するのも人として当然じゃあないのかい」 「……まあな」 ギーシュの意見に、才人はうなずく。 「そうだろう。そしてだ……その感謝を素直に受ける。これは、悪いことかい? いや、悪いことじゃない。自然なはずだ……」 「…………」 「ならば、“お礼”をしたいというミス・ヴァリエールに同伴したって、いいんじゃないのかい。それとも、何か思うところでもあるのかい?」 何か思うところでもあるのか……その言葉に反応したのは、ルイズだった。何かをうかがうような目で、才人を見つめる。 「……そんなもん、別にねーよ」 「というわけらしい。ミス・ヴァリエール、彼は君についていくそうだよ」 ギーシュはルイズを見て、ひときわキザな仕草で言ってみせた。 「ふ…ふん!! 最初っから素直にそう言えばいいのよ!! 余計な手間かけさせて……」 ルイズはわざとらしく大声で叫びながら、才人を引きずっていく。 「い、いてえな! おい、引っ張るんじゃねーって……!」 ギーシュはルイズと才人を見送りながら、ふうーと頭を振った。 「やれやれ……。こういうのは僕のキャラクターじゃあないんだけど……。まあ、たまにはいいさ。そうは思わないかい、ヴェルダンデ」 そうつぶやき、使い魔であるジャイアントモールの頭をなでる。 もぐもぐもぐ……。 モグラは巨大な体躯に似合わぬ円らな瞳で主人を見上げた。 「ふっ…。人と人と結びつけるのもまた、薔薇の役目か。やっぱり、僕のキャラじゃあないね」 ギーシュは苦笑して、胸にさした造花の薔薇の弄る。 「しかし、悪くもないか」 タバサは熱心に本を読んでいた。これ事態はいつものことである。が、いつもとは違っている部分もあった。 まず本が違う。読んでいるそれは、エリーの持ってきた本のうちの一冊"絵で見る錬金術"。絵本のように、錬金術についてイラスト中心でわかりやすく記した超初心者向けの本だ。 書かれている文章のほうも実に簡単なものである。 タバサはそれを食いいるように読んでいた。その横には、エリーの姿が。 「……これは?」 「これはねー……ロウのつくりかたで」 タバサがたずねると、エリーは細かく説明を始める。 そんな二人の"お勉強会"を横目で見ながら、キュルケはふわあ、とあくびをしていた。 ――せっかくの虚無の曜日なのに、二人とも熱心ねえ……。 エリーとタバサは暇を見ては互いの国の言葉を教え合っている。会話そのものは問題なく、言葉の表現や文章の構造なども意外に似ている部分が多いので、それほど難しいものではないらしい。 もっとも、その"お勉強会"は傍から観察していてあんまり楽しいものではなかった。 キュルケはしばらくの間ぼけーっとしていたが、急に立ち上がり、部屋を出ていった。 「どうしたのかな?」 エリーが首をかしげていると、すぐにキュルケは戻ってくる。 「二人とも、出かける用意して!」 キュルケはうきうきとした顔でそう言った。 「え……なんで?」 「ルイズと、あの使い魔くんが出かけたみたいなのよ。二人きりで、馬に乗ってね」 「へえ、サイトが……。あれから、仲良くなったのかなあ」 「それをこれから確認するんじゃない」 つぶやいたエリーにむかい、キュルケはにこりと笑った。 「え」 どゆこと? エリーはきょとんとする。 「だから、追いかけるのよ。二人をね」 「……ええーと」 「悪趣味」 コメントに困るエリー。一言で片づけるタバサ。 「というわけで、タバサ。あなたの力を借りたいんだけど……。お願い、あなたの風竜じゃないと、追いつけないの」 キュルケは手を合わせてウィンクをする。 タバサはしばらく黙っていたが、静かにうなずいた。そして、窓を明けて口笛を吹く。 ばさり、ばさり。 巨大な羽音をたてて、タバサの使い魔であるドラゴンが舞い降りてくる。 「うひゃあああ……」 その姿にエリーは見惚れるしかなかった。 風竜は大きなくりっとした瞳で主人を、そしてエリーやキュルケを見つめ、きゅい、と鳴いた。 前ページ次ページ“微熱”の使い魔
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前ページ次ページ死人の使い魔 第三話 グレイヴを召喚してから数日が過ぎた。ルイズとグレイヴの生活にも 一定のパターンができあがってきていた。 朝、ルイズがベットで目覚めるとともにグレイヴは初日に与えられた イスで目を開く。特に本人からの要望はなかったのでイスが彼の寝床と なった。寝床兼生活スペースかもしれなかった。ルイズの部屋にいる間は、 ほとんどをそこに座って過ごしている。 案外気に入っているのかしらね。そんな風に思う。 グレイヴとの生活が始まってからルイズの目覚めはよくなった。 一度寝坊しかけて彼に起こされたときは心臓が止まるかと思った。 割と本気で。それ以来、彼より早く起きるように心がけている。 朝の準備を終えるとルイズは朝食をとるために食堂へと向かう。 グレイヴは食事をとらないため、授業まで部屋で待機させている。 授業の時間になると教室でグレイヴと合流する。 恐らく、グレイヴは教室に移動するときまで、部屋のイスに 座りっぱなしのはずだ。確認したことはないが正しいと思う。 もしかして私が部屋を出たあと、私のベットでゴロゴロしてたりして。 そんなことを想像する。 ……ありえないわね。万が一それが真実だったとしてもその場面だけは 目撃しないようにしないと。私の今後のために。 グレイヴは喋らない平民の使い魔として学院で少し知られてきた。 ときどき、本当にときどきだが彼の正体について言ってやりたくなる ときがある。 昼食の時間になると再びグレイヴと別れる。部屋で午後の授業まで 待たせているのだが、コルベールに呼ばれ彼の研究室、もしくは トレーラーに行くことがある。少しでも手掛かりが欲しいらしいが 結果は芳しくないようだ。 そんなある日、コルベールは彼の左手に目をやる。 召喚されたものにばかり気を取られていましたが、珍しいルーンですね。 一応メモしておきましょう。 その日の夜、彼はそのルーンが伝説の『ガンダールヴ』のルーンと 同じであることに気づく。すぐにオスマンに知らせたが、彼も頭を 抱えていた。 『ガンダールヴ』とは始祖ブリミルの使い魔であったされるものだ。 あらゆる武器をつかいこなし、その強さは並みのメイジでは歯が 立たないくらいだったとされている。 「ただでさえ厄介なのにこのうえ『ガンダールヴ』じゃと」 「とりあえずこれも秘密じゃな、ミス・ヴァリエールにもな」 「彼女にもですか?」 「これ以上秘密を抱えさせるのもかわいそうじゃろ、それに、この問題は ひょっとしたらガーゴイルということよりもやっかいかもしれんしな、 他言無用じゃ」 「わかりました」 最近というかグレイヴを召喚してからルイズは、彼のことを考える時間が 多くなった。もちろん、恋などではない。グレイヴの正体についてだ。 彼はなんのために作られたのだろうか?そう彼が人為的に生み出されたの ならきっと何か目的があるはずだ。それも並大抵ではない。なんせ人の血で 動くのだ。家事などをするために作られたのだとしたら、ちぐはぐ過ぎる。 人の生き血をすする召使い。ありえないわね。 しかし想像はつく。ミスタ・コルベールも気づいているだろう。 彼は戦うために生み出されたのではないか?その想像はきっと正しい。 想像を裏付けるものの一つとは彼の持っている鞄と棺桶だ。 非常に重いのだ。それを軽々と持ち運ぶ怪力。鞄の中に入っている二つの ものは鈍器なのでは?棺桶もなんらかの武器かもしれない。 そう考えると彼が鞄を手放さない理由もわかる。戦うために生み出された 彼が武器を手放すわけにはいかないのだ。 両手にあの鈍器を持って戦う彼を想像する。少し、いや大分かっこ悪い気がする。 ちゃんとした武器を与えたほうがいいかしら?見栄えのする大剣とか。 でも買う前にミスタ・コルベールに相談したほうがいいかもしれないわね。 剣を持たせるなどとんでもないと反対されるかもしれないし。 しかしそれは杞憂に終わった。彼は特に反対しなかった。 コルベールは相談されたことについて考えていた。グレイヴに剣を持たせる。 彼は『ガンダールヴ』でもあるのだ。どんな反応をするか、持ち前の好奇心が うずいた。 彼が剣を持つ危険についても考えてみたが、剣を持たせるくらいは 大丈夫な気がする。ここ数日、彼と付き合ってみての印象だ。少なくとも 学院の人々に危害は加えないと思う。もしかしたらこの学院で一番 グレイヴを信用している人物は彼かもしれなかった。 虚無の曜日になりルイズはグレイヴを連れ剣を買いに出かけた。 遠出をするとグレイヴに伝えると、彼はいつもの鞄に加え棺桶まで 持っていこうとした。あんなもの馬に乗せられるわけないと置いてこさせたが、 鞄はしっかり持ってきている。 トリステインの城下町を武器屋に向けて歩いているが、グレイヴはやはり 目立っていた。長身に加えてあの格好である。かなり目を引く。 それに彼の雰囲気を感じてか、微妙にだが周りの人が道を譲ってくれている ように思える。見た目だけでも護衛の役目を果たしているわね。そんなことを 考えながら歩いていると、武器屋に到着した。 どんな剣がいいか分からないので、グレイヴに選ばせてみる。 「グレイヴ、好きな剣を選んでいいのよ」 しかし彼は何も選ばない。イライラし声をかけようとすると、不意に声が 聞こえた。 「迷っているなら俺を買え、おめえさん『使い手』だろう?体格も立派だし、 雰囲気もただもんじゃねえ。是非とも、おめえさんに使って貰いてえ」 グレイヴは声のほうを向く。ルイズには彼が驚いているようにみえた。 そこには一本のボロボロの剣があった。ルイズも最初驚いたが インテリジェンスソードと知って納得する。 それよりもグレイヴの反応が気になった。いつもと明らかに違う反応。 もしやあの剣の言ったことに何か関係しているのだろうか?確か『使い手』 とか言っていた。 本当はインテリジェンスソードの存在を知らなかったからの反応だったの だが、ルイズには分からなかった。まさかインテリジェンスソードの存在を 知らないとは思いもしなかったのだ。 よし、これにしよう。 見た目はみすぼらしくグレイヴに持たせたくはなかったが、彼の正体を知る きっかけになるかもしれない。インテリジェンスソードを買い、グレイヴに 持たせる。デルフリンガーというらしい。 帰る道中デルフリンガーにグレイヴのことや、『使い手』のことを尋ねて みるが、どうにも要領を得ない。 グレイヴも特に反応はしないし、あの剣を買ったのは失敗だったかしら? 学院に着くとルイズはグレイヴを連れて中庭に向かう。そこでルイズは グレイヴにデルフリンガーを抜かせてみた。詳しいことは分からないが様に なっているようにみえる。するとデルフリンガーが気になることを言う。 「おでれーた、相棒、おめえさん人間じゃないな?それに心も感じられねえ」 ルイズが驚きながらに言う。 「あんたグレイヴのことが分かるの?教えなさい。今すぐ、できる限り詳しく」 「待て、待て、落ち着け、俺もそんなに詳しく分かるわけじゃねえ。 ただなんとなくそう感じただけだ」 「なによ、当てにならないわね。でもグレイヴが人間じゃないってことは 秘密だからね、誰にも言うんじゃないわよ。それからグレイヴのことが何か 分かったらすぐに教えなさい。いいわね」 「いいともさ、俺も相棒のことを言いふらしたりはしないよ」 そんな会話の中、グレイヴは突然デルフリンガーを地面に突き立てる。 「おーい、相棒?」 アタッシュケースを開けケルベロスを手に取る。 何をしたいのかしら?ルイズは疑問に思うが、デルフリンガーは気づいた ようだった。 「そりゃないよ、せっかく俺を買ったんだから俺を使ってくれよ。銃より剣の ほうがいいぜ」 「あれって銃なの?」 あんな形の銃など見たことがない。そういわれてみれば引き金らしきものがある。 「ねえ、グレイヴ、一発撃ってみなさい。どれくらいの威力があるか 見てみたいわ」 横でデルフリンガーが銃なんて邪道だ、などと言っているが無視する。 しかしグレイヴは撃たない。何故かしら?目標を決めてないから? 周囲を見ると丁度いい目標があった。本塔の壁である。確か固定化の魔法が かかっていて、そのうえ厚みもあり凄い丈夫なはずだ。いい的だと思ったのだ。 そのときは。 変な形をしているし片手で扱う銃のようなので、かなり距離のある的まで 届きすらしないかも、そう思い気軽に言う。 「ほら、撃ってみてって」 グレイヴが本塔の壁に銃を向ける。 せめて届いてほしいわねなどと考える 引き金が引かれる。 轟音が響き、思わず耳を押さえる。本塔に近づき銃弾のあとを確かめようと する。しかしそんなに近づかずとも本塔の壁にヒビが入っているのが見えた。 「嘘……」 思わず声が漏れる。あれがあの変な銃の威力?信じられない威力だ。 「おでれーた、これが相棒の銃の威力かい?」 デルフリンガーも驚いている。 突然、グレイヴの気配が変わった。持っていたデルフリンガーを投げ捨て、 先ほど撃った銃を一丁ずつ両手に構える。下からデルフリンガーの苦情が 聞こえてくる。 どうかしたの?と聞こうとするが、その言葉を発する前に巨大な土ゴーレムが 現れた。ゴーレムはルイズ達のことなど気にもせず、本塔のヒビの入っている 壁を殴り、穴を開ける。 ルイズはあまりのことに頭がついていってなかった。グレイヴも銃を構えた まま動かない、様子をうかがっているのかもしれない。 それからゴーレムは学院の外へと歩き出す。 我に返ったルイズがあわてて言う。 「あそこは確か宝物庫だったはずよ、急いで追いかけないと」 「もう無理だ、追いつけないって。ずいぶん離されちまった」 デルフリンガーが引き止める。しかし追いつけなくとも、何か手がかり くらいは見つけられるかもしれない。ゴーレムの逃げたほうへ走り出す。 グレイヴもついてくる。 「お~い、置いていかないでくれえ」 後ろでデルフリンガーが叫んでいたが気にしている余裕はない。 上空には何か飛んでいるのが見える。あの盗賊の使い魔だろうか? 空を飛んで逃げられたら絶対に追いつけない。焦りながら懸命に走る、 すると遠くでゴーレムが突然崩れるのが見えた。 空を飛んでいた何かも、いつの間にかいなくなっていた。崩れたゴーレムに 追いついたが、そこには土の山があるだけだった。 こういうときこそ、落ち着かなくては。そう自分に言い聞かせ事態を 整理する。 あのゴーレムは本塔にあったヒビを殴っていた。その結果穴が開き、 宝物庫が襲われた。つまり襲われた原因、少なくとも穴が開いた原因は あのヒビのせいということになる。あのヒビの原因は考えるまでもない。 盗賊について思いだそうとするが離れていたこともあり、黒いローブに すっぽり身を包んでいたことくらいしか分からない。 盗賊には逃げられ、手がかりもない。ルイズは頭を抱えた。 前ページ次ページ死人の使い魔