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ヒーロー、子供のころの夢だった。大人になった今僕はその夢を捨てた。あきらめたのではなく捨てさせられた。 二十年前この世界は平和だった。いや平和という皮を全世界でかぶっていたのだ。二十年前世界になにが起きたのかを先に語っておこう。二十年前世界で恐慌が起きた。それは発展途上国だろうが先進国だろうが関係なく世界が暗雲に落ちた。 それは僕たちの国も同じだった。技術を持つ国は我先にと発展途上国に侵攻し土地やレアメタル等の希少金属などを奪おうとしていた。その進公先にはアジアや中東などが狙われた。そして我らが日本もその技術力を駆使して攻め込もうとしていた。その矢先に中東のある国がヨーロッパ連合を打ち破った。我らが日本軍はその知らせを聞き進行を躊躇してしまった。ヨーロッパ連合は技術もありながら軍の数も最大で会ったのだ。日本軍は技術はあるが兵の数は少なかった。 そして最大の厄介事は日本を助けに来てくれる先進国は全て遠すぎたのだ。韓国も中国もアジアの先進国はアジア連合に入りそして我が日本はヨーロッパ連合に入ったのだ。一番近い友軍でもアメリカだった。しかしアメリカは一向に助けてはくれなかった。そして十九年前ある事件が起きた。中国・韓国連合がせめてきたのだ。日本は何とか退けたがしかし、大打撃を受けた。それを打開する政策として日本が行ったのが募兵だった。 僕はヒーローになりたかった。この戦争で功績を残し祖国のヒーローとしてあがめられたかった。僕はたくさんの敵兵を葬り、またたくさんの仲間を葬られた。自分の隊の編制は次々と変わり戦争が始まってから三年、隊に入ってから2年で僕いや、俺は中隊長になっていた。軍人に入ってくるのは変わり者が多く、俺みたいに手柄を立てて国から英雄の称号をもらうために入ったやつもいれば、金のために入ったやつもいる、また恋人を守るため、家族を守るために入ったやつもいた。 だが、現実は厳しかった。何かを守るために入ってくる奴は半年もたたずして死んでしまう。俺らみたいに何かを得ようとして入ってくる奴のほうが生き残ってしまう。むろん俺もそうだった。しぶとく生き残っていた。そして俺は気がつけば三十のおっさんになっていた。 そしてこの戦争に嫌気がさしてきた。殺しても殺されても人は戦地どんどん投入されてくる。しかし武器や弾薬などはどんどん枯渇してくる。それに対してアジア連合は武器の性能は低いが資源物が大量にあるためこれでもかと言うほど投入してくる。もはや勝敗は明らかだった。 戦争開始から六年で戦争は終わった。勝敗はアジア連合軍に上がっていた。ヨーロッパ連合軍ではイギリスとアメリカが最後の最後で寝返ったためお偉いさんは誰も処刑されずにまた国も生き延びた。 だがそれ以外の国ではひどかった。軍は縮小され、膨大な賠償金を課され、支配国から奴隷国となり、そして軍の上層部はほとんどが処刑された。どの国も抵抗する力さえ失い、供用語が中国語へと変わり、食い物も無くなりすたれていった。 二一八六年二月十一日、俺の処刑予定日だ。何もすることが起きずただこの数カ月を呆けていた。俺の上司に当たる全ての人はもう処刑されていていない。そして次は俺だ。俺の部下は誰一人もいない。皆死んだ。同期も一人もいない。皆殺された。知り合いは誰もいない。だが、悲しくはない。それが戦争だ。負けた国は何をすることも感じることも許されないのだ。 そして、処刑日当日俺は清潔な軍服に袖を通し、中隊長の証である腕章を付け、家を出た。最後まで日本国軍人であるために。処刑場につき、処刑場に案内された。昔ながらのギロチンだった。俺は誰の手も借りず自分で刃が落ちてくるであろうところに首を置いた。 刃が落ちて首に当たる瞬間、 僕は英雄になりたかった 叫んだ、今まで生きていた分を全部吐き出すように……。 2010杏まほろば部誌に戻る .
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こちらは現在部誌で連載中および連載を終了した作品のバックナンバーを集めた書架です。 以下の作品名のリンクからそれぞれの棚へお進みください。 こえをきくもの *師走ハツヒト ステラ・プレイヤーズ *大町星雨 The fairy tale of St. Rose *雷華 .
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またまたある日の事だ。銀ギツネが口の周りを赤く染めて何かを運んできた。それは長い尾を持っていて、茶色の毛並みを血でぬらしていた。顔は醜く歪んでいて、濁った黒い目が恐怖で見開かれていた。 銀ギツネはそれを、石の目の前に置いた。 「これはネズミというものだ。僕が食べる物の一つだよ」 石は興味深そうにネズミを見た。ピクリとも動かない。動物は動く物なので、動かないこれは植物なのだろうと石は思った。少なくとも、自分の仲間である岩石ではなかった。 石がそう言うと、銀色のキツネは真っ赤な舌を見せて笑った。 「このネズミも僕と同じ動物だよ。僕が殺したから死んだのだ。動物は死ぬと動かなくなるんだ」 石はなるほど、うなずいた。では、昼夜問わず動いている雲はなんなのだろう。そう言うと、銀ギツネは困ったように首をかしげた。 「あぁ、そうか。雲も動物なのかも知れないなぁ。近くで見たことが無いから、今まで考えたこともなかった。今度、雲と出会えるくらい高い所に行ったら聞いてみるよ」 石は、それはいい、と言った。そしてその時は、自分をくわえて登ってくれ、と頼んだ。頼んでから、これはすごい思い付きのように感じた。ずっとずっと昔からここで、じぃっ、としていたのに。運んでもらうということを考えたことがなかったのが全く不思議だった。 「それは楽しそうだ!」 銀ギツネも嬉しそうに笑った。 「よしっ、練習がてら、そこの川まで運んでみようじゃないか」 銀ギツネは鼻で、遠くにあって青い線のように見える川を示した。石も、行こう、早く行こう、と銀ギツネを急かした。 さっそく銀ギツネは、口で石をくわえ、川の方へと歩き始めた。 しかし銀ギツネは、運ぶ途中で何度も石を地面に置いて休憩した。川の近くまで来た時には、くわえずに前脚で石を引きずっていた。 石を川の岸辺に置いてから銀ギツネは申し訳なさそうに言った。 「君は僕には重すぎたよ……。それに長い距離を運んだら、きっと僕は歯を痛めてしまうよ」 石は諦めるしかなかった。もし銀ギツネが歯を痛めたら、物を食べることができなくなってしまうだろう。そして物を食べることができなくなったら、銀ギツネは──キツネに限らず動物は──死んでしまう。 それでも石は満足していた。地表に顔を出してからずっと丘の上にいたのだ。遠くからでは青色にしか見えなかった細い線が、今では目の前で、澄んだ水をたたえて流れている。 石は、うなだれている銀キツネに、明日から水で遊んでみよう、と声をかけた。 「それはいい!」 石と銀ギツネは互いに笑い合ってから、さようならをした。 空にたちこめる黒い雲のせいで、きれいな夕焼けは見られなかったが、石は新しい居場所が嬉しかったので気にしなかった。 戻る 進む .
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「いやー楽しかったねぇ!」 何も知らない旅人は顔を上気させてエルガーツの背中をばんばん叩いた。 「そっちの彼女も最後立ち上がっちゃって、意外と熱くなるカンジの人だったんだねぇ!」 とかなんとか言い出したのでネトシルはしどろもどろに「ま、まぁな」とか言って誤魔化した。 「サーカスはまた移動するけど、今夜くらいはここに泊まるかな? 夜中にこっそり見に行っちゃおうかなぁ」 ぼそりと呟いた旅人の言葉にネトシルとエルガーツはぴくりと反応した。 それだ。 ネトシルとエルガーツ、それに興奮醒めやらぬ様子の旅人は、宿に戻った。 旅人はネトシルに「今夜僕の部屋に来ない?」などとそのものずばり過ぎる誘いをかけていたが、最早返事もされなかった。 それでも旅人にめげた様子はない。 サーカスの為に客が多く、ネトシルとエルガーツが男女の組にも関わらず相部屋にされたのは逆に好都合だった。お互いの部屋を行き来すれば音が立つからだ。 宿の一室で、二人は声を潜めるようにして相談を交わす。 「……最優先は」 「動物達を逃がす。それと、少しだけ」 「やり過ぎるなよ」 「わかってる」 「まぁ……信じとくよ」 「ありがとう」 ふ、とどちらともなく息をつく。小さく。 「問題は動物達が団員の所に行かない事だな。それに団員に気付かれないようにするのが厄介だ」 エルガーツが腕を組んで眉を寄せた。 「それについては簡単だ」 対照的にネトシルはさらりと答えた。 「私に考えがある」 そして口角を上げる。仄かに底意地の悪い、獰猛な笑みだった。 夜が更けてゆく。サーカスの興奮も、それにつれ鎮まってゆく。 ひとときの夢のような祭が終わりを告げた後は、誰もが寝床で続きを見るのだろう。晩くまで今夜の事を語り合っていた者達も眠りに就いた頃、ネトシルは仮眠から目覚めた。 目を開けると、手燭の明かりの中に、エルガーツの顔が浮かび上がっていた。手燭の眩しさに二、三度まばたきをしてから目で問いかけると、頷いた。仮眠している間に準備は出来たらしい。 先にエルガーツに仮眠を取らせ、夜目の利くネトシルが野に入り材料を手に入れる。次にエルガーツが起きて代わりにネトシルが休み、エルガーツが仕掛けを作る。部屋の隅に置かれたその仕掛けを、音の立たないようにそっと抱え、二人は部屋を出た。 獣達を、鞭の虐待から救う為に。二人は、夜闇の隙間を駆ける。 誰も起こさぬよう細心の注意を払って宿を抜け出す。鍵が掛かっているが内側からなのですぐに外れた。 国が乱れる以前は、家の戸を閉ざす習慣などなかった。 良き時代の思い出が、エルガーツの胸に爪を立てて過ぎった。振り払うように、先を行くネトシルを追う速度を上げる。 錠の落ちた家々、頭上の星々が後ろに流れていく。 ネトシルは猫が歩く程の足音しか立たないのに、こんな時ですら足が速かった。あっという間に村外れのサーカス小屋へたどり着いた。 エルガーツは物陰に隠れ、自分が持ってきた分の仕掛けをネトシルに渡した。受け取ったネトシルはサーカス団員の寝息の立つテントに息も足音も潜めて近付き、その仕掛けをテントの傍に置いて回る。 仕掛けは、少し見ただけでは枯れた細長い草を一掴み、集めて束ねただけの物に見えた。草の束の内側には、別種であるがやはり草が入っているのが合間から見える。こちらはまだ青い。 最後にネトシルは手燭を傾け、その仕掛けに火を放った。細長い草に一気に火が広がる。 全ての仕掛けに火を移し、素早くネトシルが物陰に隠れると、それを見届けたように、 ぴぃっ、ぴぃぃぃぃっ! 仕掛けが甲高い音を立てた。 「な、なんだぁ……?」 ぴぃぴぃと夜空を突裂く音を聞き、団員達が起き出した。 そして火に気づき、慌てふためいて他の団員達を起こす。 「お、おいっお前ら起きろ!」「何事だ!?」「何なのこの音……?」「きゃあああ! 火事よ!!」「誰か水、水持って来いっ!」 原因不明の火と音に、団員達の眠っていたテントは大混乱の坩堝と化した。 「あったぞ、これだ!」 苛立ちを積もらせ、最優先の消火より気を散らす笛音をひとまず消そうと原因を探していた団員は、すぐに燃え盛る炎の中から仕掛けを見つけ出した。 何の事はない、どうやら草の塊のようだ。 「へっ、驚かせやがって。ただのゴミクズじゃねぇか」 突き壊せば音も消えるだろう。そう思い、団員は適当な棒を拾って来た。睨み据えられ、怯えるように段々か細くなりつつもぴぃぴぃと鳴き続けるそれに、怒りと僅かな嗜虐心を込めて棒を突き刺す。 先端が触れるその瞬間、 ぱぁんっ!! 「ぉあぁっ!?」 仕掛けが爆ぜた。 戻る 進む .
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彼女によると、動物の声が聞こえるというのは、完全に解るという意味ではないらしい。 人間は言葉を話そうとする時、ある程度自分の考えをまとめ、削ったり付け加えたりする。もしくは、嘘にまったく作り替える。 そして口に出すとき、その思いを誰かにあるいは自分に伝えようと強く意識する。 彼女は、それと同じように、動物が誰かに伝えたいと思う強い意識を感じ取る事が出来る。 実際、動物は人間より空気や雰囲気を発したり感じたりする力が強い。 それを通じて、動物同士は異なる種類でもある程度の意志疎通が出来る。 しかし、人間はそれを使う力が弱い。 人間だけは、他の動物と違う。 それは今迄人間が作り上げて来た高い塀だ。人間はその中の城で、土臭い動物達と別格に暮らして来た。 それは同時に深い溝でもある。 どんなに動物達と交わろうとしても、もはや決して叶わない程、既に人間達は隔たれてしまったのだ。 ネトシルは声は聞くだけで相手に伝えられはしない。だが、は発せられるし感じられる。 彼女は、溝の中の存在だ。 「異端なんだよ、私はね。どちらの仲間にも入れない。 そしてラーグノムも。彼らは、人によってあの姿にされたら、混ぜられてしまったら、もうどちらの群れにも戻れない。ただ、恨みを吐き出し、悲しみを訴えるだけだ」 そう言ってネトシルは笑った。自嘲の笑み。 「だから私はラーグノムを助けたいんだよ。同じ物だから。私にしか出来ないから」 言い終わった彼女からもう自嘲は消えて、瞳は決然としていた。 「分かった。そういう事なら、ラーグノムを救うの、オレにもやらせてくれ」 ネトシルがこちらを向いて、もう一度、心から微笑んだ。 「さて、ラーグノムを救う具体的な方法なのだが」 そう言って立ち上がりかけた瞬間、遠くから羊の絶叫が響き渡った。 何者かに襲われたようだとエルガーツが把握する前に、ネトシルは弾かれたように駆け出していた。 殆ど反射なのだろう、彼女にとって動物は近い物であり過ぎるのだから。 エルガーツもすぐ後に走り出したが、ネトシルは速かった。 それは肉食獣の迅捷さ。狩るという意志。迷いのなさ。そして獣の、仲間を守る強さ。 見えた。羊の一頭に奇妙な動物が噛み付いている。 牧羊犬より少し小さい程の大きさながら、尾は細く長い。脚の頑丈さは犬のそれで鼻面も長いが耳は立ち、凶暴に爛々と光る眼は縦に割れていた。 それでも羊とは明らかに大きさが違い過ぎる。無謀としか思えない攻撃だった。 ラーグノムだ。 喰らい付いて離さず、羊は絶叫を上げ続けている。近くにいた牧童も相手がラーグノムと知り、恐ろしくて近づけないでいる。逃げ惑う他の羊達は少し離れて分厚い輪を作り、噛まれている一匹を 取り囲む形になっていた。その羊達はかき分けるのには少し多すぎる。ラーグノムに近づく術をエルガーツは見出せなかった。 傷は深く、赤い肉の中に白い骨が見える。掻き分けていく間にラーグノムに脚をもがれるだろう。 羊の群れの縁まで駆け付けたネトシルは、大きめの羊の一匹に手をかけると、跳んだ。 羊に手を付きそれを支えにし、走る勢いを殺さず体を持ち上げ、逆立ちになった状 態から全身の発条を生かした高い跳躍で一息に群れを飛び越した。 赤い髪が残像を引いて軌跡を追う。 空中で一度体を丸め回転し、その間に片方の鞘からナイフを抜く。逆手に構えたナイフが陽光に煌めいた。 そしてその勢いのままナイフをラーグノムの首に走らせる! 体重、落下速度、回転力、全てを乗せて斬り下ろす! ラーグノムの首から血が吹き出るのとネトシルの着地は同時だった。 少し遅れてラーグノムが倒れ伏す。 集まった牧童達から歓声が上がった。 ネトシルはボロ布を取り出しナイフの血を拭いながら、まだ彼女がラーグノムを一瞬で屠った事に呆然としている牧童達に、負傷した羊を運び手当するように言った。 残りの羊も逃げ去り、さっきまでの混乱はなかったように、ラーグノムの亡骸とネトシル、それとエルガーツが残された。 既に人々も動物もラーグノムの災害に慣れ切っている。 「これが、『ラーグノムを救う』事だ」 ネトシルは血まみれの布を少し持ち上げた。凶々しい赤。奪った命の色。 「薄々気付いてたんだけど、やっぱりな」 エルガーツは頷いたが、ネトシルは目を見開いた。 「気付いて……? エルガーツ、お前も聞こえるのか?」 「いいや」 エルガーツは首を横に振った。 「オレには聞こえないけど、ラーグノム達の暴れ方はどう見たって捨て身過ぎる。それに、ネトシルに出会って確信したんだ。あのラーグノムを救うという言い方。多分こいつらさ、死にたがってるんじゃないかな」 そもそもラーグノムを救うという最初の言葉。 あれは選別の意味があったのだ。 救うという事に反応する善の意志があるか。 抽象的表現でも、話を聞いてくれるか。そして一番に、ラーグノムを殺すという言葉の残虐性を隠す為に。 手段は殺すでも、目的は救うなのだ。 一番最初にそれを心得ていなければ仲間は務まらない。 戻る 進む .
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ある日の夜半すぎのことでした。マンションの裏手にあるゴミ捨て場には透明なビニール袋がいくつも積み重ねられ、ゴミ捨て場の戸の隙間から入る街灯の明かりがわずかに戸の中を照らしておりました。 そのたくさんのゴミ袋の、ある一つの袋の中では、色とりどりの、けれどもそれぞれへこんだりひん曲がったり、形がばらばらの缶たちが皆ざわざわとお喋りをして、夜を過ごしておりました。そんな中、一人のカセットボンベが太った緑色の判事に向かって声を張り上げて言いました。 「判事さん、大体あたしゃ納得がいかないんだ。そもそもこの馬鹿亭主がいつもいつも酒の臭いばかりさせていやがるから、ゴミ箱へ捨てられるときになってやっと別れられたと思ったってのに、捨てられた後もまだ付きまとって来るなんてさ!」 それに答えて、銀地に何やら黒い文字が描かれた缶が、酒臭い息を吐きながら怒鳴りました。 「なんだとこの馬鹿野郎! こっちだって好きで飲んでるんじゃねえや! 男には付き合いってもんが、ヒック、あるってのに、そのたんびに怒鳴られたんじゃたまったもんじゃねえ。判事さん、なんとかこいつを説得してくださいよ。ねえ、ここまで来たんだから、いまさら別れるだの何だの、もう無しでしょう、ヒック」 緑地に漢字のような模様の書かれた、太った判事は、自分のすぐ後ろに控えている、背の低い助手と何やら相談して、それからちゃぷちゃぷ音をたてながら、わざと気取った声で言いました。 「二人とも、頭を冷やしなさい。特に奥さんは逆立ちしてガス抜きをしてくるがいい。旦那さんも奥さんに話すときはもう少し言葉を丁寧にすることだ。これ以上言うことはない。あとは二人で話し合うのだ。さあ、もう行きたまえ」 二人はどこか納得がいかないという顔をしながらも、判事の言葉にうなずいて立ち去りました。二人が立ち去るのを見届けると、判事は助手に向かって小声で言いました。 「次は頼んだよ。あいつは下品な奴だから、私は関わりたくないんだ。なるべく君一人で対応してくれよ」 助手がいかにも嫌そうにうなずくと同時に、おもてに泡がたくさん描かれたラムネの缶がやって来て訴えました。 「判事さん、聞いて下さいよ。さっきからゲップが止まらないんです。治し方を教えてくれませんか。ウッ、ゲップ」 ラムネがゲップをする前に、判事は素早く助手を振り返りました。すると助手は、以前にせきが止まらないと言って相談に来た缶から集めた煙草の灰を、黙って判事に差し出しました。判事は大きくうなずくと、なるべく笑顔を作って、ちゃぽちゃぽ音をたてながらラムネに言いました。 「それなら、これを飲むといいでしょう。ゲップなんてすぐに止まってしまいますよ。さあ、どうぞ」 「やあ、これはありがたい」 と、ラムネは灰を受け取るや否や、それを一息に呑み込みました。すると、確かにゲップはすぐにおさまりましたが、今度はせきが止まらなくなってしまいました。ラムネはせきこみながら判事に文句を言いました。 「判事さん、ひどいや。ゲフン、ゴホン。一体何を呑ませたんです」 判事は今度こそ本当に笑って言いました。 「それは煙草の灰だ。言った通りゲップはおさまったろう。あとのことは知らん。さっさとどこかへ行ってしまえ、下品な奴め!」 ラムネはまごついて、それから大急ぎでどこかへ行ってしまいました。判事はその様子を見て、助手に言いました。 「フ、フ、フ。あの顔を見たか。まったく馬鹿なやつだ」 しかし助手はにこりともせずに、判事に何かささやきました。すると判事は、 「おっと、もうそんな時間か。なら、早くやってしまえ。まったく、私に言う前に自分からやればいいだろうに」 と、偉ぶって助手に言いました。それを聞いて助手は高い声を張り上げて言いました。 「皆さん、本日の、裁判は、ここまでです。まだ、用件がおありの方は、また、あす以降に、お願いします」 それを聞いて缶たちはおしゃべりをやめて、めいめい勝手な方角へ散って行きました。判事もほっとした顔で、寝床へ戻ろうとちゃぱちゃぱ音をたてて歩き出しました。ところが、さっき助手が大声を出したのがいけなかったのです。突然、地響きがしたかと思うと、袋の中ではいっぺんに天地がひっくり返り、あちこちで缶同士が体をぶつける音が響きました。 音がおさまってから助手が顔を上げると、太った緑色の判事は地面に倒れ伏し、その頭は濁った緑色をした川の源流となっていました。助手はそれを見て、ふうとため息をつくと、空いた場所に寝床を作り、横たわって動かなくなりました。それきり静まり返った袋の中で、缶たちはゴミ捨て場の戸の隙間から入る朝の柔らかな日に照らされ、色とりどりに光っておりました。 .
https://w.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/92.html
こちらは2011年春に発行した部誌に掲載された作品です。 新年度となり、夕暮れ、替え玉、雷華の3人の部員を迎え、賑やかなスタートを切りました。 以下の作品名の後の数字のリンクからそれぞれの作品へお進みください。 ~特選集~ 文芸部の活動中に書いた作品の内、それぞれ部員が自作品で最も良いと思った物を掲載しています。 天網恢恢(夕暮れ) 1 くもりのち(小豆) 1 2 チム・チム・チェリー!~灰被り姫と星の王子さま~(師走 ハツヒト) 1 2 3 終末時計(大町 星雨) 1 ~書き下ろし集~ 今回の部誌の為に書き下ろされた作品を掲載しています。 ※「こえをきくもの」「ステラ・プレイヤーズ2」は連載作品です。 すき焼き(夕暮れ) 1 2 うそまち(替え玉) 1 2 3 こえをきくもの(師走ハツヒト) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 ステラ・プレイヤーズ〔ⅱ〕(大町 星雨) 1 2 3 4 5 6 7 8 .
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「あのバカ! 何でこんな日に限って呼び出すのよ!」 私は声に出して自分を励ますと、庭の門を手で押した。思わず手を引っ込めたくなるほど冷たい。目の前の家だからって横着しないで手袋してくればよかった。雪は降ってないけど風が冷たい。 大斗の手紙が学校の下駄箱に入っていたのは昨日の放課後だった。 ラブレター、ではもちろんなく、硬い字体で明日どうしても話す必要があるから家に来るように、とだけ書いてあった。しかも誰にも言うなとまで書いて。 学校でも話せないことって一体何なんだろう。昨日久しぶりにあの変な夢を見たのもあって、胸騒ぎがした。 大斗の部屋に入ると、薄暗く、人の気配がなかった。 「里菜、こっち」 どこかからくぐもった声が聞こえて、私は迷わず横のクローゼットを開けた。 その向こうは広い空間になっていた。三つのコンピューター画面の光で、キーボードを打つ大斗の影が浮き上がっている。床にはケーブルや紙が足の踏み場のないほど散らばっている。私はその光景を横目で見ながら「抜け道」の扉を閉めた。 この部屋は大斗の「趣味」、ハッキングのための部屋だ。本来のドアは改築の際に埋められてしまい、出入り口は大斗の部屋のクローゼットだけ。部屋の汚さもあって家族すらほとんど出入りしない。それをいいことに誰かさんの電話内容から宝石店の防犯ビデオまで、見つかったら一発で警察行きにされそうなデータをあさっている。しかも今までハッキングした情報は全部記憶しているらしい。 ちなみに「こんなにたくさん電気使ったら親に怒られない?」と聞くと、「地下の電気ケーブルから直接電気ひいてるから、俺んちの電気代にはならないんだ」だそうで(立派な電気泥棒だ)。 ここまで知ってるのは、小五の時「抜け道」を見つけた私ぐらいだろう。 物を踏まないように気をつけながら大斗の横まで行くと、大斗はちらりとこちらを見ただけで、ヘッドホンを押し付けてきた。会話はなし。ハッキングに没頭してる時はいつもこんな感じだ。私は大人しくヘッドホンをつけた。 大斗がマウスを操作して、ヘッドホンから雑音交じりの音が漏れ出した。この数カ月で聞きなれてきた言葉。アラル語だ。 『――それで、オルキーランの場所は特定できたのか』 『町内にあることは間違いありません。波長からクラルは短剣型だということも確認されていますし、明後日、更に性能の良い機械が届く予定ですから、住居単位で場所が特定できます』 『分かった。持ち主が判明したら直ちにそこへ向かえ。地球人の物取りのやり方は覚えているな』 『はい。アラルの仕業とばれないよう、使うのは地球の工具とナイフ。持ち主を刺し殺した後、クラルと共に金品を持ち去り金目当てのように見せる、ですね。間違いのないよう、クラルに刻まれている文字も必ず確認しておきます』 『よし。では住居の特定が済んだ後、また連絡を――』 短剣型、町内、持ち主を刺し殺す。頭の中を今聞いた言葉が駆け巡る。 短剣ってまさか、あの短剣のこと? じゃあ、あれを宇宙人の政府が探してる訳!? そう言われてみれば、あの文字は宇宙のどこかの文明のだったのかも知れないし。夢で言ってた「追っ手」っていうのもこれの事かも知れない。 もしかしたらあの短剣には何か不思議な力でもあって、夢で伝えようとしてるのかも! 夢でも短剣の力で風を起こしてるようなシーンがあったし。で、きっとアラルはその力を狙ってて。 何だか映画に出てきそうな話にも思えるけど、今回だけは妙に現実味を帯びていた。既にこの数カ月間のアラルの事自体、本の中から飛び出して来たような出来事なんだから。 部屋の中なのに、指先が妙に冷たい。 やがて大斗が私のヘッドホンを外した。私が気付かないうちに、再生が終わったらしい。乾いたつばをゆっくりと飲み込む。 大斗が固まったままの私をじっと見つめた。 私は大斗が「冗談だよ」って笑ってくれるのを期待した。でも、大斗の目は少しも笑っていなかった。大斗が口を開く。 「昔、お前んちに短剣売りに来てた人がいたよな。確か変な記号も彫ってあったし。……やっぱ心当たり、あるみたいだな」 私は肩をこわばらせたまま頷いた。 大斗がパソコンに向き直って続ける。 「これが、昨日通信をキャッチしたときの内容。で、この通信元をたどってみると……」 画面に県内の地図が映し出される。一本の直線が、二つの場所をつないだ。 「ここから二十キロの距離にある一軒家と、県内の自衛隊基地だ。アラルの在日の軍人だろうな」 軍隊。あまりにも日常からかけ離れていて、心の中で繰り返してみても、どこか知らない国の言葉を口にしているような気がした。 どどっと重い音がして、屋根の雪が落ちた。カーテン越しにも、雪の影が見えた。 でも、心が実感を持てないままでも、「軍隊」という存在は確かに私の日常に近づいてきているはずで。私はふわふわした感覚のまま、今の状況を考えるしかなかった。 戻る 進む .
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「にんげんのこどもさん わたしの くびを おってください」 くるしそうに、そう言いました。 「わたしは のろわれた はなです わたしを おると あめが ふります あめが ふれば みずが あふれて しおだまりと うみが つながります そうしたら さかなは うみへ かえれます」 男の子はおどろきました。 「そんなことしたら あなたが しんでしまうよ」 ひるがおは、はかなげに笑いました。 「わたしは いいのです わたしの いもうとたちが これから さくでしょう のろわれた はなでも やくに たてるのなら わたしは それでいいのです さぁ はやくしないと しおだまりが ひあがって しまいます あなただって さかなを たすけて あげたいでしょう はやく わたしを おってください」 男の子は必死にやめさせようとしましたが、ひるがおの決意はかたいようでした。 せっかく咲いた大事な自分を捨てて、ひるがおは魚を救おうとしているのです。 どんなに辛い決断だったでしょうか。 男の子は決心して、ひるがおの言うことを聞いてあげることにしました。 男の子の指が、そっとひるがおの首にかかります。 ひるがおは少しうなだれるようにして、指に首を預けました。 雨が降れば、男の子の国もくずれてしまいます。 でも、それより魚の命が大事です。 男の子はゆっくりと力を込めて、 ひるがおの根元をひきました。 ぷつん。 小さな、ひめいのようなよろこびのような音を立てて、緑色のつるからひるがおの花がはなれました。 男の子の指は、少しふるえていました。 ぽたり。 ひるがおの花びらにあった朝つゆが、男の子の指をぬらしました。 ぽたり。 男の子のうでに、水のしずくが落ちました。海のようなしずくでした。 ぽたり、ぽたり。 砂浜にもしずくが落ちて、白い砂が黒くなりました。 ぽた、ぽた、ぽたぽたぽたぽた…… 雨が、降り始めました―― 魚のこどもは、運良く降り出した雨のおかげで、しおだまりから出て海へもどる事ができました。 魚のこどもは、もう二度とあさせで遊ぼうとしませんでした。 いつしかこどもではなくなった魚は、たまにふと、不思議な気持ちになります。 ひょっとしたら自分は、何かとても大切にされているのではないか、と。 誰かが自分を、とても優しく支えてくれているのではないか、と。 ひょっとしたら、命すら捨てて自分を助けてくれているのではないか、と。 そう感じるたび、そうまでされたこの命を、大事にしなくてはならないと思うのでした。 見たこともない誰かに、感謝しながら。 前へ 2010杏まほろば部誌に戻る .