約 41,349 件
https://w.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/69.html
「あのバカ! 何でこんな日に限って呼び出すのよ!」 私は声に出して自分を励ますと、庭の門を手で押した。思わず手を引っ込めたくなるほど冷たい。目の前の家だからって横着しないで手袋してくればよかった。雪は降ってないけど風が冷たい。 大斗の手紙が学校の下駄箱に入っていたのは昨日の放課後だった。 ラブレター、ではもちろんなく、硬い字体で明日どうしても話す必要があるから家に来るように、とだけ書いてあった。しかも誰にも言うなとまで書いて。 学校でも話せないことって一体何なんだろう。昨日久しぶりにあの変な夢を見たのもあって、胸騒ぎがした。 大斗の部屋に入ると、薄暗く、人の気配がなかった。 「里菜、こっち」 どこかからくぐもった声が聞こえて、私は迷わず横のクローゼットを開けた。 その向こうは広い空間になっていた。三つのコンピューター画面の光で、キーボードを打つ大斗の影が浮き上がっている。床にはケーブルや紙が足の踏み場のないほど散らばっている。私はその光景を横目で見ながら「抜け道」の扉を閉めた。 この部屋は大斗の「趣味」、ハッキングのための部屋だ。本来のドアは改築の際に埋められてしまい、出入り口は大斗の部屋のクローゼットだけ。部屋の汚さもあって家族すらほとんど出入りしない。それをいいことに誰かさんの電話内容から宝石店の防犯ビデオまで、見つかったら一発で警察行きにされそうなデータをあさっている。しかも今までハッキングした情報は全部記憶しているらしい。 ちなみに「こんなにたくさん電気使ったら親に怒られない?」と聞くと、「地下の電気ケーブルから直接電気ひいてるから、俺んちの電気代にはならないんだ」だそうで(立派な電気泥棒だ)。 ここまで知ってるのは、小五の時「抜け道」を見つけた私ぐらいだろう。 物を踏まないように気をつけながら大斗の横まで行くと、大斗はちらりとこちらを見ただけで、ヘッドホンを押し付けてきた。会話はなし。ハッキングに没頭してる時はいつもこんな感じだ。私は大人しくヘッドホンをつけた。 大斗がマウスを操作して、ヘッドホンから雑音交じりの音が漏れ出した。この数カ月で聞きなれてきた言葉。アラル語だ。 『――それで、オルキーランの場所は特定できたのか』 『町内にあることは間違いありません。波長からクラルは短剣型だということも確認されていますし、明後日、更に性能の良い機械が届く予定ですから、住居単位で場所が特定できます』 『分かった。持ち主が判明したら直ちにそこへ向かえ。地球人の物取りのやり方は覚えているな』 『はい。アラルの仕業とばれないよう、使うのは地球の工具とナイフ。持ち主を刺し殺した後、クラルと共に金品を持ち去り金目当てのように見せる、ですね。間違いのないよう、クラルに刻まれている文字も必ず確認しておきます』 『よし。では住居の特定が済んだ後、また連絡を――』 短剣型、町内、持ち主を刺し殺す。頭の中を今聞いた言葉が駆け巡る。 短剣ってまさか、あの短剣のこと? じゃあ、あれを宇宙人の政府が探してる訳!? そう言われてみれば、あの文字は宇宙のどこかの文明のだったのかも知れないし。夢で言ってた「追っ手」っていうのもこれの事かも知れない。 もしかしたらあの短剣には何か不思議な力でもあって、夢で伝えようとしてるのかも! 夢でも短剣の力で風を起こしてるようなシーンがあったし。で、きっとアラルはその力を狙ってて。 何だか映画に出てきそうな話にも思えるけど、今回だけは妙に現実味を帯びていた。既にこの数カ月間のアラルの事自体、本の中から飛び出して来たような出来事なんだから。 部屋の中なのに、指先が妙に冷たい。 やがて大斗が私のヘッドホンを外した。私が気付かないうちに、再生が終わったらしい。乾いたつばをゆっくりと飲み込む。 大斗が固まったままの私をじっと見つめた。 私は大斗が「冗談だよ」って笑ってくれるのを期待した。でも、大斗の目は少しも笑っていなかった。大斗が口を開く。 「昔、お前んちに短剣売りに来てた人がいたよな。確か変な記号も彫ってあったし。……やっぱ心当たり、あるみたいだな」 私は肩をこわばらせたまま頷いた。 大斗がパソコンに向き直って続ける。 「これが、昨日通信をキャッチしたときの内容。で、この通信元をたどってみると……」 画面に県内の地図が映し出される。一本の直線が、二つの場所をつないだ。 「ここから二十キロの距離にある一軒家と、県内の自衛隊基地だ。アラルの在日の軍人だろうな」 軍隊。あまりにも日常からかけ離れていて、心の中で繰り返してみても、どこか知らない国の言葉を口にしているような気がした。 どどっと重い音がして、屋根の雪が落ちた。カーテン越しにも、雪の影が見えた。 でも、心が実感を持てないままでも、「軍隊」という存在は確かに私の日常に近づいてきているはずで。私はふわふわした感覚のまま、今の状況を考えるしかなかった。 戻る 進む .
https://w.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/58.html
「にんげんのこどもさん わたしの くびを おってください」 くるしそうに、そう言いました。 「わたしは のろわれた はなです わたしを おると あめが ふります あめが ふれば みずが あふれて しおだまりと うみが つながります そうしたら さかなは うみへ かえれます」 男の子はおどろきました。 「そんなことしたら あなたが しんでしまうよ」 ひるがおは、はかなげに笑いました。 「わたしは いいのです わたしの いもうとたちが これから さくでしょう のろわれた はなでも やくに たてるのなら わたしは それでいいのです さぁ はやくしないと しおだまりが ひあがって しまいます あなただって さかなを たすけて あげたいでしょう はやく わたしを おってください」 男の子は必死にやめさせようとしましたが、ひるがおの決意はかたいようでした。 せっかく咲いた大事な自分を捨てて、ひるがおは魚を救おうとしているのです。 どんなに辛い決断だったでしょうか。 男の子は決心して、ひるがおの言うことを聞いてあげることにしました。 男の子の指が、そっとひるがおの首にかかります。 ひるがおは少しうなだれるようにして、指に首を預けました。 雨が降れば、男の子の国もくずれてしまいます。 でも、それより魚の命が大事です。 男の子はゆっくりと力を込めて、 ひるがおの根元をひきました。 ぷつん。 小さな、ひめいのようなよろこびのような音を立てて、緑色のつるからひるがおの花がはなれました。 男の子の指は、少しふるえていました。 ぽたり。 ひるがおの花びらにあった朝つゆが、男の子の指をぬらしました。 ぽたり。 男の子のうでに、水のしずくが落ちました。海のようなしずくでした。 ぽたり、ぽたり。 砂浜にもしずくが落ちて、白い砂が黒くなりました。 ぽた、ぽた、ぽたぽたぽたぽた…… 雨が、降り始めました―― 魚のこどもは、運良く降り出した雨のおかげで、しおだまりから出て海へもどる事ができました。 魚のこどもは、もう二度とあさせで遊ぼうとしませんでした。 いつしかこどもではなくなった魚は、たまにふと、不思議な気持ちになります。 ひょっとしたら自分は、何かとても大切にされているのではないか、と。 誰かが自分を、とても優しく支えてくれているのではないか、と。 ひょっとしたら、命すら捨てて自分を助けてくれているのではないか、と。 そう感じるたび、そうまでされたこの命を、大事にしなくてはならないと思うのでした。 見たこともない誰かに、感謝しながら。 前へ 2010杏まほろば部誌に戻る .
https://w.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/61.html
「……はぁ?」 真っ先に声を上げたのは童顔髭面だ。 「お前、頭おかしいのかよ? ラーグノムつったらアレ、あのやたら襲い掛かってくる狂った獣だろ?」 女は僅かに顔色を変えた。怒りで。眦はさらに吊り上がる。 「……そうだ」 「で、そのラーグノムを救うって? 俺達を襲うそいつらを? 馬鹿じゃねーの、そんな事して何になんだよ。何の得があんだよ。救うだァ? 寝言は夜に言えよ」 ひらひらと手を振って嘲笑い、髭面は蔑んだ視線を送った。 女は一瞬で頬を紅く染め、 「お前らには……お前らには、彼らの気持ちがわからないから、そんな事が言えるんだ!!」 言うなり駆け出してまた出て行った。 「な、なんだったんだ……」 店主は食器を磨くのを再開した。にしてもこの店主、余程物を磨くのが好きらしい。 「ラーグノムを救う……か」 消し炭色の髪の男が呟く。声にはまるで意味不明な魔法の呪文を聞いた時のような、不可解そうな響きがあった。 ふと、エルガーツと呼ばれた少年が立ち上がった。 殆ど手をつけていない果実酒の代を置き、二人に笑顔を向けて、一気にまくしたてる。 「あのさ、ここまで一緒に仕事してくれてありがとう。お疲れさんでした。オレ、行くよ。また会ったら、そんときは宜しくな」 「もう行くのか? 今回限りのつもりで組んだが、これからも一緒でもいいんだぞ?」 傷のある男が顔を上げ尋ねる。 「なんだよ、あのキ印女に惚れでもしたのかよー?」 髭面がニヤニヤと聞いた。さっきの不機嫌そうな表情はどこへやらだ。 「ち、違うって! ただ、さっきのラーグノムを救うってのが気になって……じゃあな!」 エルガーツは慌ただしく出ていった。 残された二人と店主。髭面は行儀悪く椅子の背を抱えた。 「行っちまったか……お前とじゃ仕事にありつけねェな」 「髭剃れよ」 「ヤだよ俺童顔だもん」 二人は顔を見合わせ溜息をついた。 置物の木像を磨く手を止め、店主は呟く。 「あー、今手伝い欲しいんだよな二人くらい。お前らここで働かねぇか?」 その頃先程の女はと言うと。 「……またやってしまった……」 膝を抱えて落ち込んでいた。 村の外れの牧草地。羊の鳴く声が果てもなくのどかだ。 さっき、店を出た勢いでここまで走って来てしまったのだ。 「今度こそ、話を聞いて貰うまで耐えるつもりだったのに……!」 拳を握り締めドンと草原に打ち降ろす。深くえぐれた。 「やはり、私には人間の助けを借りるなど無理なのか? いや、無理ではない筈だ。私も人間なのだし。しかし、私は……」 もうこの問いと答を何度繰り返しただろう。五つの村を回り、先程の酒場と同じ会話を五度した。 『ラーグノムを救いたい』 この言葉を発すれば誰もが眉をひそめ、理解出来ない物を見る目で見た。酷い場合はさっきのようにはっきりと嘲笑われた。 『寝言は夜に言えよ』 寝言などではない。私は真剣だ。なのにどうして私は話すら聞いてもらえないのだろう。 わからない。人間の心は聞こえない。 「人間など……人間などいなければ……」 群れからはぐれた羊が寄って来て、めぇと鳴いた。手を伸ばし、その顔を撫でてやる。 「大丈夫……私は諦めないさ。お前達の仲間の、私だけが出来る事だからな」 羊が再び鳴いて、名残惜し気に、足早に去っていく。 戻る 進む .
https://w.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/160.html
また何かがぶつかる音がして、戦闘機が揺れた。それでも何とか持ちこたえてくれている。 「そっちからは仕掛けてくる気ないの」 音が止んだかと思うと、ウィラの大声が聞こえてきた。大声でも冷たさを失っていないところはさすが。私も戦闘機の下から顔をのぞかせて言い返す。 「まだ習ったばっかりなのに、そんなに上手くできるわけないでしょ! 攻撃だってろくにできないし、防御なんてやったことすらないんだから!」 「なら避けろ」 「無茶言うなって!」 そこで向こうからかなり大きな物体が飛んでくるのが目の端に見えた。あれがぶつかったら今度こそやばいかも。 私が戦闘機の陰から走り出すと、背後で今日一番の破壊音が聞こえた。肩越しに振り返ると、タンスに吹き飛ばされた戦闘機が、さっきまで私がいた場所にスローモーションのように崩れ落ちていく。私は体の血がすっと足元に落ちていく感覚を味わった。 ウィラ、まさか私を殺す気じゃないでしょうね。 戦闘機に気を取られている間に、ウィラの方からまた何か飛んできた。どうにか木の裏に隠れた、はずだった。 幹を回りこんできた鉄パイプに気付いた時には胸元に衝撃が走っていた。肺の空気が全部押し出されるのが分かる。不思議と痛みは感じない。勢いよく地面に叩きつけられて、ようやく痛みの感覚が戻ってきた。土の臭いが鼻をつく。 急いで起き上がろうとしたけど体が動かない。首を動かしてみると、胴体の上に鉄パイプが浮いていて、それが体を押さえつけていた。仰向けのままその下から抜け出そうとすると、鉄パイプの高度がぐっと下がって、私の体を地面に固定した。 そうやってもがいているうちに、足音が近づいてきた。顔の上に影が落ちる。見上げると、ウィラが無表情にこちらを見下ろしていた。人差し指を真っ直ぐ私に突きつけている。暗がりの中で、腕輪の文字の光がゆっくりと消えていった。 「クシェズ トアド(勝負あり)」 ウィラが静かに言った。その後何も言わずにきびすを返す。遠ざかっていく音が聞こえる中で、私の上にあった鉄パイプがゆっくりと移動して、私の横で地面に落ちて転がった。 私は数秒地面に寝転がっていた後、肘を使って起き上がった。胸の辺りがはれたかのように痛い。深呼吸してどうにか肺に空気を入れようとする。遠くの方でウィラが話しているのが聞こえた。 「リナは練習しても意味なんかないですよ。まだ訓練するとしても、私は絶対教えたくありません」 「ウィラ、誰もが一回で覚えられる訳じゃないでしょう。演習だって乱暴すぎるわ」 「乱暴? 私は投げる物にちゃんとクッション効果が効くようにしていましたけど。それにリナは、一つぐらい覚えてて、反撃できても良かったんじゃないですか? でもリナはただ逃げてただけ。ちゃんと見てたんですか、ルリィア(先生)?」 サラがまだ呼び止めようと声を上げていたが、それ以上ウィラの声は聞こえてこなかった。 サラがさっきいた部屋の中央で話していたのなら、ウィラはわざと私に聞こえるよう大声で話したことになる。私は胸を押さえながらため息をつくと、クラルを持った方の手を地面について立ち上がった。クラルを鞘に収めながら、サラの所まで戻った。全然戦い方覚えてなかったからっていっても、全然反撃できなかったのが悔しかった。 サラは閉じた扉の方をじっと見ていたが、やがて息を吐きながら首を振った。困ったような目で私を見る。 「怪我は無い?」 「いいえ全く」 私は胸を押さえていた手を下ろして、首を横に振った。その拍子に心臓の辺りがずきりと痛む。サラは長いポニーテールを揺らしながらまたため息をつくと、無造作に腰の短剣を抜いた。動かないで、と私に声をかけると、クラルを片手で持って、自分の顔の前に構えた。小声で何かつぶやく。 ふっと胸が軽くなって、痛みも消えた。口を開きかけた私を、サラは手で止めた。そして私を待たせると、どこかに行ってしまった。 しばらくして戻ってきたサラは、男の人を一人連れていた。二十歳位で、茶色の髪と目。白い半そでにジーンズ地のベストとズボンを着こなしている(見ていてこっちが寒くなってくるのも事実)。 私はその人に見覚えがあった。食堂でタセン君が紹介してくれた人で、確か……ソシン・タダキス。背中に長剣型のクラルを背負っていて、腰のポーチには沢山の種類の薬草が入っている。ついこないだ一人前のオルキーランになったばかり。しょっちゅうあちこちをぶらついていて、なかなか捕まらないことで有名。 ウィラとは対照的にほとんど日に焼けたことが無いような白い肌で、おまけに背が高い。つまり美男子度でいったら大斗その他諸々のクラスメイトなんかよりずっと上って事。ちょっとそばかすがあるのが玉にキズなんだけど。 そして何より私の目をひいたのが、耳の形だった。尖っている。私みたいな尖ってんだか尖ってないんだか位じゃなくて、地球人の耳の端をつまんでふっと上に引き上げたような、きれいな形をしている。 「リナさん、だったよね。サラから君を教えるように頼まれたんだ」 そう言ってタダキスさんが手を差し出してきた。小指の外側にもう一本指がある。これもソシンさんがルシン人の血を引いている証拠だ。私はその手を握り返した。きゃしゃな体の割に大きな手だ。 「よろしくお願いします、タダキスさん」 「ソシンでいいよ。訓練はウィラがやっただけ? それじゃ最初からだね」 自分のクラルを肩から下ろしながら、ソシンさんがにっこりと笑った。 戻る 進む .
https://w.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/67.html
本当に、素晴らしいとしかいいようがなかったと思う。 銀色の刃が光を反射して光っている。鞘に収まっていた時のイメージとは違い、磨きこまれて透き通るようだ。峰の所には、何か文字のようなものが刻まれていた。 「これ何語?」 兄貴が覗き込みながら眉をしかめた。確かに見た事のない文字(?)だった。点と曲線で出来ていて、爪ぐらいの大きさ。それがびっしりと刻んである。裏側は英語の筆記体のようなものが書いてあったけど、こっちも全然読めそうにない。 当の母さんも首を傾げた。 「何か言葉みたいだけどね。持ってきた人も分からないみたいだったし」 しばらく黙って、短剣を光に当てていた。宝石には正直興味がないけど、この刃には何故だかついみとれてしまう。 「これ、私の部屋置いといてもいい?」 「はあ!?」「いいわよ」 私がポツリとつぶやくと、兄貴があきれた声を出して、母さんがあっさりOKした。 「こんなの置いといてどうすんだよ。危ねえだけじゃん」 兄貴はずっとぎゃあぎゃあ騒いでたけど、私は指で耳栓をして無視した。 私はこれが気に入ったの! 一回決めたら譲らないから! 「逃げろ! 時間がない。もう追っ手はすぐそこまで来ている」 「追っ手? どういうことだ?」 「説明は後だ。命が、将来がかかっている。急げ――」 下でどたばた言う音がして目が覚めた。寝起きのいい私には珍しく、何だかだるい。やけに切羽詰った夢を見たような気がするし。真っ暗な中で、声だけ聞こえてきてたけど、何て言ってたっけ。 枕の上で頭を動かすと、短剣が机に置いてあるのが目に入った。昨日どこに置こうか散々迷ったんだけど、結局決まらないまま寝ちゃった。 ぼうっと短剣を見たまま寝転がっていると、階段を勢いよく駆け上がってきて、ドアを激しく叩く音がした。私が起き上がるより先に兄貴が飛び込んでくる。パジャマ姿のままだ。 「里菜早く起きろ! テレビですごいもんやってるぞ!」 「今日休日でしょ。後でもいいじゃん」 私が面倒くさくて目をこすると、兄貴がイラついて足を踏み鳴らした。 「とにかく、来い!」 そう言って私の腕をつかむと、ベッドから引きずり出して一階のリビングまで連れ込んだ。家で一番大きなテレビに父さんと母さんが見入っている。 私も画面に目をやって、眠気が一気に吹き飛んだ。 『世界各地の空港にUFO着陸』 『乗組員は各国の指導者と会談希望』 一瞬、ドッキリ映像かと思った。でも、いくつもの国の映像が流れているし、慌てふためく人達も仕掛け人なんて人数じゃない。……本当の話なんだ。 私はソファに座るのも忘れて、テレビに見入った。ちょうど成田空港をバックに、リポーターが興奮気味に話しているところだった。興奮しすぎてろれつが回ってない。 『謎の乗り物に乗った、高度技術を持つ文明からの使節を名乗る団体は、さっ、先ほど官僚に誘導され空港の部屋に通されました!! それではっ、彼らが降りてきた時の様子を見てくだ、ご覧ください!!』 画面が切り替わって、円盤状の物体を自衛隊が何重にも取り巻いている様子が移った。銃がきっちりと物体に向けられている。銀の深皿を二枚張り合わせたような、まさに「UFO」だ。 その一部からタラップが降りて、背広をきっちりと来た人々が降りてきた。外見は地球と変わらないし、そのままかばんを持って会社に出勤してきそうだ。「UFO」からそんな人たちが降りてくるのは、ものすごく違和感のある光景だった。 先頭の人物が遠巻きにしている人に話しかけている。その人が驚きながら言葉を返している様子から見て、言葉は通じているみたいだ。 その時、庭の窓を叩く音がした。初めて庭に人がいるのに気づいた。Tシャツジーンズ、上着を羽織った状態で立っているのは、向かいに住む幼馴染の大斗だった。 「こんなときに限って、俺んちテレビ映らないんですよ。アンテナおかしくなったみたいで。パソコンの映像でがんばってたんだけど、やっぱり小さすぎて。おじゃまします」 母さんが窓を開けると、大斗はそう言いながら靴を脱いで上がりこんできた。私の前を通り、兄貴の横に座りこむ。 「よっエルフ」 大斗が私だけに聞こえるよう小声で言ってきた。私の頬が少しだけひきつった。さりげなく足をひっかけてやる。 私の耳は、普通より少し尖った形をしている。それで小学生の時は「火星人」だの「エルフ」だのとからかわれた。短かった髪をセミロングにしたのは、その頃からだ。耳の形が見えないように。 それでも体育で髪を結んだ時なんかに、事情を知らない子から「ファンタジー映画にいそう」とか「エルフみたい」とか言われる事がある。最近は笑って済ませられるようになったけど、内心は毎回記憶をえぐられるようで痛い。親や親戚中を思い出してもこんな耳の人いないし、遺伝ではないと思うんだけど、原因はよく分からない。 「来るならちゃんと玄関から来なさいよ」 私は大斗に向かって、兄貴越しにとげを含めて言ってやった。大斗は不機嫌そうな目を向けてくる。 「何回鳴らしても気づいてもらえなかったんだよ」 全く。アンテナがいかれたのだって、どうせ「趣味」のためにテレビのアンテナ動かして、戻せなくなったんでしょ。相変わらずはまってるんだろうし。最近は、知らないけど。 小学生の頃はよく遊びに行ってたんだけど、中学に入ってからは、周りの雰囲気もあって、話もほとんどしなくなってしまった。男の子と普通に話するだけで、みんなニヤニヤしだすんだから。 大斗が私の視線に気づいたのか、ちらりとこっちを見た。私はそっぽを向くようにテレビ画面に目を戻した。 瞬間、風で使節の一人の袖がめくれた。 私ははっとしてよく見ようとしたけど、本当に一瞬しか見えなかった。 私には、銃だったように見えた。……でもこの人たちはただ地球の人と交渉しに来ただけなんだから。きっと、見間違いだ。 頭ではそう思っているのに、心の方が、どうも何か落ち着かなかった。 もう追っ手はすぐそこまで来ている。 夢が急に鮮明に蘇ってきた。夏の昼近いのに、寒かった。 戻る 進む .
https://w.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/133.html
「それではもう一度確認しますね。名前、年齢そして出身を」 うららかな春の陽ざしがまだ新しい後者の窓ガラスから差し込む。 「アイナ タツマチ、十一才。日本の埼玉が出身です」 彼女らのいる場所にふさわしい流暢なクイーンズイングリッシュを操って、木造りの小さな教室に残響にその、まだ幼さが残る声を響かせた。 「ご家族のことについて教えてください」 愛和と机二つ分を隔てた向こう側に、窓を背に座る初老の女教官が、厳格な声で質問を続ける。 「父は外資系の仕事をしています。家のことにはあまりよく関わりませんが、家族を大切に思う立派な人だと私は思っています。母はおととし病気で帰天いたしました。生前はイタリア語と英語を操って通訳の仕事をしていました。私が生まれてからは仕事を辞め、私に英語をはじめ、様々なことを教えてくれた人です。今は父が再婚し、義母がいます。彼女は結婚を期に仕事を変え、現在はフリーのデザイナーをしています。兄弟はいません」 平然とした口調で淀みなく答える。すべて想定され、対策を立てた内容だから、さして戸惑うこともない。 「スポーツは何かしますか?」 「好きな本のジャンルは?」 「わが校への志望理由を」 「目指す職業は?」 「尊敬する人を教えてください」 想定された問いには問題なく、想定されなかった問題にも適度な思考を挟みつつ、やはり相手の目を見て自分の言葉で答えた。 いくつ質問に答えたか忘れるくらいには緊張していたらしい。 実際長い時間が過ぎたのかもしれない。 とにかく、質問が途切れ、質問者の左右に座っていた教官が記録用のバインダーをぱたりと閉じたときに、ほっとして肩が凝り固まっていたことに気がつく。 しかしまだ面接は終わっていない。これは自分の夢を叶えるための大切なチャンスなのだ。なにがなんでもつかみ取らなければならない。 だから「オーケー」と教官が言っても愛和はすぐに急いて動くことはなかった。笑顔で指示を待つ。そして案の定次に教官が言った言葉は、先程までの質問とは全く違う、しかし重要な内容だった。 「これはただ私の好奇心からなのだけど」と前置きをし、先程までの硬い表情を崩し、明るいほほえみを見せて教官が聞く。 「他人がもっていない、あなたがもっているもの。またその逆に他人は持っていて、あなたがもっていないものを教えてくださる?」 想定していた内容ではあったが、自分で納得のいく答えはその時には出せなかったことを思い出した。けれど咄嗟に、その時には浮かばなかった答えが思い浮かぶ。 迷わず言った。 「私にないものは、時間。お金。親のものは私のものではありませんから。逆に持っているものはこの身一つ。そして学ぶ意欲。本当に私の自由になるものはただこれだけ。ただし私以外には絶対に自由にならないものです」 聞いた教官は驚いたように眉を上げ、それから面白そうに小さく声をあげて笑った。 「新学期にあなたに会えることを楽しみにしていますよ。アイナ」 「麻美さん! 私イギリスに行くわ」 「ふーん。好きにすれば」 小学五年生が家の中心で叫んだ愛もとい決意は、やる気のない声にさらりと流された。 しかし義母の言葉に愛和は十分に満足していた。言質は取ったのだ。親が許可したなら後はサインをいくつか書いてもらえればそれで全て解決である。 一昨年母が死んだ。義母はそのすぐひと月後にきた。家のことに全く関心を示さない彼女の存在に戸惑ったのは一瞬。自分がどうにかしなければ、家の中が崩壊すると察した愛和はその日から炊事洗濯掃除をはじめ家計のやりくりを含む家事を一手に引き受けた。 それほどまでに彼女は生活不適合者であったのだ。 「愛和ちゃーんそれよりお小遣い頂戴よ。新しいバッグ買いたいの」 ソファにごろごろしながら、片手にポテチ、もう片手にはファッション雑誌を開いて言う。これで割とスレンダーな体型を維持するとか、ほんとに反則だ。 「明日からおからだけ食べてくらすのは嫌よ。今月はもう靴も服も買ったじゃない。あと三週間待ちなさいな。そしたらお父さんが連れてってくれるから」 「んー」 めんどくさがリで流行に流されやすい。そして諦めが早いこんな母親だから、愛和はずっと前にもうこの家にい続けることに嫌気がさしていた。中学校から全寮制の学校に行きたいと考えたのは義母が来て三ヶ月目。できれば県外、いや、国外でもいい。兎に角週末ごとに家にかえってきて家事に忙殺される可能性のある距離は絶対に嫌であった。 そのためには一にも二にも勉強と考え、母が仕込んでくれた英語やイタリア語の腕を磨いた。トイックや、英検にも挑戦したし、役に立つだろうと思った資格は片っ端からとった。 まだ小学校に入る前に、母の提案でめんどくさがる父を連れて出かけた家族旅行先のイギリスにいる母の友人に手紙を書いた。インターネットで知り合った人に頼んで現地の学校について教えてもらった。 そして決めた学校はイギリスのケンブリッジ近く、全寮制のセカンダリースクールである。書類審査のための論文は問題なく通過した。最終選考は学校に直接出向いての面接であったが、修学旅行と偽って渡英した。パスポートは最後に母がとってくれたものが有効であった。費用は近所の中学生に英語を教えて、稼いだものを使い、足りない分は家計から少しだけちょろまかした。 書類なんてこちらで用意すれば、よくよく考えもせずに義母がサインをしてくれるのだ。十二歳以下は飛行機の国際路線に乗るとき、送り迎えが必ず必要であるが、それだってやろうと思えばどうにでもなる。現地の迎えは前もってメールで連絡し、学校の関係者に頼むことができた。 進む .
https://w.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/26.html
雷華のターン 「おーぷんせさみ!」 魔法の言葉を叫んで、美紀は手を高々と掲げた。指輪が不思議に発光して少女を包み込む。 「開けゴマ!」 同じ意味の言葉を叫ぶこちらは男子。美紀の昔からの友人で、今じゃ一緒に戦う仲間である達之だ。 数瞬ののちにはそこにはフリル過多の白い衣装と、黒のタキシードを纏った少年少女が立っていた、 「あくの化身なんてほっとかっぷるによって成敗されるべし!」 のりのりで美紀が言う。手に持った白のブーケをつきつけているが、はっきり言って迫力が今ひとつである。 「僕らの恋路の邪魔はさせないよ!」 ステッキをつきつけて達之も言うが、やはり迫力は足りない。なにせ、どう見ても結婚式ごっこをしている子供二人なのだ。 だから敵さんもなかなかやりにくいらしい。 「まさか、噂のピンキーズか……。ゴホン。うるさい!われら悪の組織のじゃまはさせぬわ!」 真に迫らない宣言である。 最近現れた悪の組織とやらは、丁度十年前に発見された異界の扉の向こうから新しいエネルギーを取り込み、それを自らの人体に注入することで、ひどく強い力を身に付けた集団である。 世にもありがちな世界征服とかいう目標を掲げ、世界を蹂躙しようとしている。 名目だけはまるでお話の世界でも、実際にやることはあくどく現実である。 資金調達と称して銀行強盗を行う。 姿は透明。力は強く、指紋も残らない。そんな亜人が強盗を行うのだ。やみくもに銃を撃てば仲間に当たるし、だからと言って素手で組みかかれば逆に首を折られる。 既に犠牲者の数は三桁を超えている。さらに言うなら被害額は一兆にも上った。 それを重く見たのは異界の住人たちであった。 エネルギーの悪用は彼らにとっても望ましくない事態であったらしい。そういうわけで彼らはこちらの世界の各地で10代前半の少年少女たちに力を貸し与え、その子らの想像する最も素敵な姿をとらせることによって、マイナスの思考を媒介にはびこる異界の力をこの世界から排除しようとしているのである。 この二人もそんな経緯に巻き込まれて、ピンキーズになるはめになった。 小学校の帰り道、夕日が鮮やかな橋の上で一世一代の達之の告白のシーンに突如現れた謎の手のひらサイズの猫のような生物に、『きみたちは選ばれた!』とかなんとかいわれて毎夜家を抜け出してはこんなことをすることになったのだ。 「噂には聞いていたけれど、ここまでかわいらしいとは……。萌え(ポッ)」 「この変態!スケベ!死ね!」 「殺しちゃまずいよ。証言とれないもの。」 子どもらしからぬ過激発言の主は美紀。いさめる達之の言葉も決しておとなしいとは言えない。苦笑いである。 「とりあえず、この花弁の舞でもうけなさい!」 ブーケを大きく振り回す。花束の根元を縛っていた白いリボンが風を巻き起こし、ブーケの花弁を散らした。花弁が鋭利な刃となっていわゆる悪人面を通り越して凶悪な獣の顔となった敵を切り裂く。 白いワイシャツの残骸を人間にあり得ないほど発達しすぎた筋肉の上に残した悪の組織の一員は、腕を交差させて顔を守る。 攻撃の隙間を縫って飛びかかろうと、隙を窺っているのだ。 「そうはさせない!」 達之がステッキをビリヤードのキューのように構えて突いた。衝撃波が発射され、飛びかかろうとした敵を地にうちつける。 「とどめ!」 「うん!」 左手と左手をあわせて一言 「らぶしゃわー!」 発射されたピンクの光線が敵をうちぬき、その残光がやんだ後には見るのも悲しい痩せた男が倒れていた。 星雨のターン☆ 「にゃんこは敵のじゅーよーな幹部だって言ってたけど、案外あっけなかったね~」 のんきに言いながら、美紀はせっせと男を縄でぐるぐる巻きにする。先ほどの必殺技で力を失った男は、衰弱状態で、抵抗する気力も無い。 「おまけに私に向かって変態発言ぶっぱなすし。ほんっと最悪!」 「そりゃあ、ウェディングドレスとタキシードで目の前現れたら誰だって戸惑うって」 達之は苦笑しながら、今まで倒してきた敵のことを思い返していた。自分たちが今まで成果を上げてきたのは、この格好を見た敵に隙ができること、そして自分たちが見かけによらず強い、ということのおかげなのだ。 「告白シーンでなければ、こんな衣装になることも無かったと思うんだけどな……」 達之のつぶやきは、美紀にスル―された。この力を得たおかげでヒーロー気分の美紀と毎晩一緒にいられるのは幸せだけど――とはさすがに口に出さない達之である。 うう、とうめき声を上げながら、男が目を開けた。 「ようやく話ができるようになったわね」 美紀が腰に手を当てて、す巻き状態の男を見下ろした。 男の唇が動く。 「さっきの愛の一撃、効いたぜ……。今度はゴスロリ姿も見てみたフゴッ」 途中で言葉が途切れたのは、美紀の回し蹴りが男の横頭部に決まったからである。それを見て、達之はやれやれと頭を振った。 「このおっさん、まだ懲りてないわけ!? 分かったわそれじゃあ生身のあんたにもう一発――」 「まあ美紀落ち着いて。相手は悪の組織の一員なんだから。そう簡単に改心するようなやつじゃないって」 達之がなだめると。 「それもそうね」 美紀はあっさりうなずいた。こうして戦士になる前から、「正義のヒーロー」というやつが好きなのだ。いわゆるヒーロー論を持ち出せば案外簡単におとなしくなる。 達之は美紀に代わって男の前に立った。顔がきりりと厳しくなる。 「教えてもらおうか。お前らのボスはどこにいる!」 「へっ、聞いてどうする気だ」 さっきの達之の言葉ではないが、王道的に往生際の悪い奴である。 「決まってる。倒しに行くんだ」 そう言ってやると、男はぜいぜい言うのどの許す限りで笑い始めた。 「何がおかしいのよ!」 美紀がむっとして言う。 男は笑いをこらえながら答えた。 「お前らみたいな即席ヒーローなんざにうちの首領がかなうはずないってことさ。まあ、教えてやるから行ってみるがいい」 そう言って男はある廃工場の住所を告げた。どうやらその地下に敵の本拠地、異界の力を取り込む扉と敵の首領がいるらしい。 「よし、早速乗り込むわよ!」 今にも駆け出しそうな美紀を、達之があわてて止めた。 「駄目だよ、もうすぐ夜が明けるし、今日は家に帰らないと」 「ラスボスが目の前にいるのよ!? ここで一旦帰れっていうの!?」 「でも、マルにもこのことを言わないと」 「にゃんこのことなんか後でいいでしょ!?」 「にゃんこと言うなといっとろうが!」 二人の会話に手のひらサイズの猫が割り込んできた。達之の頭の上に着地する。見た目は可愛いのだが。 「わしの名はマルティス! せめてマルと呼べい!」 「ヤダって言ってるでしょ! 名前くらい可愛い呼び方してもいいじゃない!」 口調がジジ臭いのが玉に傷である。 替え玉のターン? 「おほん。……まあ、今行っても返り討ちになるだけだからのう。力も回復させにゃあならん」 「そんなの……」 「ね、やっぱり止めとこう」 「……しょうがないわね」 美紀はしぶしぶといった様子で頷いた。 二人と一匹はその場から飛び去ってゆく。 崩れていく男の顔には笑みが浮かんでいた。 深夜に二人は廃工場に向かった。 「どっせーい!」 昨日のフラストレーションをぶつけるかのように、美紀は扉を蹴り破る。 「なあ、ここって本拠地なんだよな」 達之が不安げに呟く。 「なんかもっと、敵がいるもんじゃない?」 ヒーロー物の最終回付近では、敵も味方も総力を上げて戦うはずだ。なのに、誰もいない。 こうやって扉をぶち破っても静寂が返ってくるだけ。いつもなら馬鹿笑いやら鳴き声の一つでも返ってきていいはずである。 強化された筈の感覚でも、何も異常が見当たらない。 「きっと、わたしたちに恐れをなして逃げ出したのよ」 はあ、と美紀は溜息をついた。 「もっと、大暴れできると思ったのにな」 不満げに肩をいからせる。 「もう、一体どうなってんのよ!」 ひゅっと、奇妙な音がした。 達之と美紀は振り返る。 夕暮れのターン ゴツンッという音を聞いた時、達之は目の前に星が瞬くのを見た。と思うとすぐに星は光を失い、目の前が暗くなって行くのを感じながら、達之は意識を失った。 一面全くの闇だ、薄眼を開けながら達之は思った。自分の見ているものが廃工場の中なのか、それともどこか他の景色なのか。背中から伝わってくる冷たいコンクリートの感触に、ここが野外でないことだけを彼は理解した。暗闇の中で、彼は色々なことを考えた。美紀はどうしただろう、初めに思ったのはそのことだった。美紀と、そしてマルと、二人はどこへ行ってしまったのか、無事なのか、考えても分かるはずの無いことも、暗闇の中では考えないわけにはいかなかった。 小豆のターン 美紀が叫ぶ。 「ダ、ダーリン!」 「達之!」 マルも叫んだ。 怪人に殴られた達之が倒れ伏す。ピクリとも動かない。 「ダーリン死んじゃやだよ、死んじゃやだよう!」 美紀は真っ先に達之にかけ寄り、揺さぶった。しかし達之は、なされるがままにグラグラと頭を揺らすだけだった。 マルは魔法の力で美紀を達之から引っぺがす。 「や、やめよ! 脳震盪を起こした者を揺さぶってはならぬ。安静にさせるのじゃ、安静第一じゃぞ」 「グスッ、ダーリンが……ダーリンが……」 廃工場に少女の鳴き声と嗚咽が響く。それに重ねるように、下品で耳触りな嘲笑が聞こえ始めた。 ──ガッハッハッハー! 常に動きまわっているかのように、あちこちから声が聞こえてくる。 「ピンキーズと言えども、やはりガキ! こんなにも簡単に罠にかかるとはな!」 マルが毛を逆立てて歯をむき出しにする。 「ひきょう者め、恥を知れ!」 ──褒め言葉だな、痛くもかゆくもないわ! 「姿を見せよ!」 ──それもそうだな。とくと絶望するがいい! 同時に、ピンキーズとマルを囲むようにして怪人たちが姿を現した。その数は十を軽く超えている。 その中に、一際巨大で、一際まがまがしい怪人の姿があった。 「俺が首領のトウゾー=クノオ・ヤカタだ。宿敵ピンキーズとにゃんこよ! お前たちが倒した怪人は12、だがまだ配下には、28もの猛者がいる。ここにいるのは全兵力! これで我々の勝ちは決まったなぁ! 戦略が大事なのだぁ、戦略がなぁ!! かかれぇものども!」 トウゾーが腕を振って指示を出した。しかし動く怪人は一人もいなかった。 「ど、どうした野郎ども! 宿敵ピンキーズだぞ! 今こそタマとってまえや!」 それでも静まりかえっている部下たち。その中の一人が、トウゾーの前に進み出て言った。 「首領! 俺、あんたを見損ないました!」 「な、なにぃ!?」 「あ、あんな萌え萌えでかわいらしいピンキーズを、あんな手でやっつけようなんて、あんたに悪役の矜持ってものはないんですか! それでも悪役ですか! 根性無し!」 「バカ者ぉ! このままやられ続ける方が悪役としてダメだろうがぁ! やつらを倒して悪役の誇りを取り戻すのだあ!」 「うそつけぇ! そんなのは悪役っていわねぇ! 小悪党って言うんだよ猿山のボス気どりがぁ!」 「そうだそうだー!」 「その通りだー!」 「ふざけんなー!」 「えぇぃ、言うことを聞かんかー!」 トウゾーが一人の怪人を殴る。怪人が「殴ったね!?」と言ったのを皮切りに、ピンキーズを囲んでいた怪人が一斉に、主であったトウゾーに躍りかかった。たちまちのうちに廃工場で大乱闘が起こった。 その時、澄み渡るような声が響き渡った。 「私たちをわすれんじゃないわよ! 行くわよ、ダーリン!」 「うん、行くよ、ハニー!」 「「えたーなるじゃすてぃすこすもさいこきねしすはかいこうせんらぶしゃわー!」」 「ぐわー!」 らぶぱわーが廃工場を吹き飛ばす。怪人たちは未曽有のらぶぱわーを前に次々と浄化されていき、消え去った。 ここに、トウゾー=クノオ・ヤカタに率いられた四十人の怪人たちは、全滅したのである。 「ふぅ、回復が間に合ってよかったわい」 マルがしたり顔で、額の汗を拭いていた。
https://w.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/84.html
Ⅲ(トゥラ)転機 息が上がり、のどがふさがるような感覚を覚えながら、私はひたすら走った。角を曲がるたびに速度を落とすのがもどかしい。地上行きのエレベータに飛び込むと、チョッキの上からクラルを握り締めた。 自分にできることを必死に考えていた時に、ふと、視界にどこか基地でない場所が被った。目を閉じると、その光景だけがまぶたの裏に浮かんだ。いつもの不思議な夢と同じ。誰かがクラルを振って、燃え盛る火を消そうとしていた。 それが見えた瞬間、これしかないと思った。 軽い振動と共にエレベータが止まり、ドアが開いた。開ききる前に飛び出す。民家の中の監視用機械やロボットの隙間をぬって、屋根裏の展望台に上がった。私の体温に反応して、部屋の電気がつく。 目の前に緑の海が広がっていた。と、言ってもこの高さからあの巨大な木々を見下ろす事はできない。実際に高い所に展望台を作るとアラルにばれるから、上空に浮かせているカメラからの映像を壁に映し出しているんだ。そしてその映像に目をこらすと、遠くでかすかに煙が上がっているのが分かった。リラックス用のいすや机の間を抜けて、そのそばに歩み寄る。 一度振り返って他の人がやってこないのを確かめると、チョッキのボタンを外して、ゆっくりクラルを引き抜いた。上手くいく自信は、正直言ってない。でも、今他に手はないし、やる価値はあるはずだ。 柄を両手で握ってひじを伸ばすと、目を閉じた。クラルの柄が冷たく感じられる。深呼吸すると、スクリーンを見てたときのようにどこかの光景が頭に浮かんだ。私は目を閉じたまま、そこに見える人の動きを、真似ていく。 私は森の上に立ち込める黒い雨雲を思い浮かべた。見ているだけで気が重くなってくるような色。そこから大量の雨が降り注ぐ。雨雲と対照的に鋭く透明で、真っ直ぐ地面に落ちてくる。その粒は時を追うごとに大きくなっていく。冷たい風が吹いている。 地上では炎が燃え盛っていた。そこに小さな槍のように降り注ぐ。 火はしばらく抗うように腕を宙に伸ばしていたけど、やがて地面の中に消えた。その上にまだ水は染みていく。 まだ遠くの火は消えてないけど、もう集落は安全だ。村の真ん中で固まっていた人たちが、呆然として空の雲を見上げている。その髪を冷たい雨が濡らす。 もう、大丈夫だ。 そう安心すると同時に、頭の中のイメージがふっと暗くなった。 再び目を開けると、頭上で明かりがまぶしく光っていた。何度か瞬きすると、それが見慣れた寮の天井だと分かる。自分はベッドに寝かされて、布団もきっちりかけてある。体を起こすと、枕元にクラルが鞘に入って置かれているのが視界に入った。 「やっと起きたか、あんぽんたん」 その声に振り向くと。大斗がドアを開けて入ってくるところだった。 「……火事は、どうなったの」 自分の声があまりにかすれて弱々しくて、うろたえた。大斗が水の入ったコップを手渡してくれた。私が口をつけると、大斗が横のイスに座りながら肩をすくめた。 「どうなったって言われてもなあ。データが少ないんではっきりした事はいえないけど、乾季にしちゃ珍しい大雨で、あの辺一帯の火事が消えちまったらしい」 そう言いながら、冷たい目でこっちを見てくる。 「そう」 私は布団の上に視線を貼り付けながら答えた。体がお叱りに備えて硬くなる。私がコップを机に置くと同時に、思いっきりどつかれた。 「馬鹿、ど阿呆、すっとこどっこい! お前いきなり何てことしてんだよ! いきなり走ってったんで追っかけて探してたら、監視室の壁際で気絶してたんだぞ! 周りに気づかれないように部屋まで運び込んで、他の人にお前がいないことの言い訳して。丸二日も迷惑かけられたんだからな!」 ったく、と厳しい表情のまま、袋に入ったパンを投げてよこした。食堂の余りかな。そう言えば、お腹の中が空っぽだ。ぼんやりしながら受け取った。 「そんなに、寝てたの?」 私がパンに目を落としながら聞いて、大斗が大きく頷いた。 「何やらかしたかは、大体分かってるからいい。どうやったか、その方法をどうして知ったか、説明しろ」 大斗がむすっとしながら腕を組んだ。私は時々パンを口に入れながら、ぽつぽつと話した。 「今までクラルの力で自分を守れたから、助ける事もできるんじゃないかって思ったんだ」 大斗が黙って頷いた。 「どうしたらいいか考えてたら、誰かが火を消そうとしてる映像が見えた。時々見てる夢みたいに。とにかく、それがヒントになって、後のやり方は体に染み付いてるみたいに自然と出てきた。で、雨雲や火事を思い浮かべたんだけど、本当に見てるみたいにリアルだった。その火が消えた後、画面がブラックアウトするみたいに、その、気を、失っちゃった」 大斗がふうんと頷いた。表情はいくらかやわらいでいる。私は今さらながら無謀な事をしたのが恥ずかしくなって、パン袋を握り締めた。そんな事をしてその後どうなるかなんて、分かってなかったのに。 「その誰かっていうのは知ってる奴だったのか?」 大斗に聞かれて、私は口元に手を当てて考え込んだ。 「正直、よく分からない。でも、無条件で信頼できるような感じだった。……自分を信じるみたいに」 私が最後の一切れをかじると、大斗が口を開いた。 「クラルには、物を動かす能力以外にも力が秘められてるってことか。しかも今回は目に見えていない所にまで効果を及ぼした。ということは、前にクラルを使ったときより上達してるんだ。それに、そのやり方からすると、クラルの力はイメージとか考え方で表現されるのか? となると――」 大斗の言葉がだんだん小さくなって、一人で考え込みだした。私はパン袋を壁のごみ入れに押し込んで、一昨日から来たままらしい服のしわを伸ばした。 クラルの力は、正直私にもよく分からない。でも少なくとも、私を助けてくれるし、きっと頼りになる力なんだと思ってる。 戻る 進む .
https://w.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/113.html
ネトシル達が振り返ると、足元に炎に照らされた赤黒く長い影が伸びていた。一つは細く、もう一つはそれに比べ幅があって短い。 その影を辿った二人の視線は、影の持ち主たる二人のものと絡まった。 剣舞の芸人と、団長だった。 剣舞士は刃のように怜悧な切れ長の目で、団長は背後に舞い踊る炎より緋く怒りに燃えた瞳で、こちらを睨んでいた。 「ようこそ夜のサーカスへ、お客サマ。でもね、昼間に入場口から入ってくれないと、困るんだよ。それとも次の公演で、猛獣に食べられるショーの出演希望者かな?」 笑いを含んだような声で問う団長。逆光で表情は見えないが、心から笑ってなどいないのは明らかだ。 「残念ながら、火の輪くぐりの火付け役ですら、このサーカスで働くのは御免だ」 鼻で笑ってネトシルが答えた。眼に宿る怒りでは、彼女も負けていなかった。 「君は気になっていたんだよ……鳩をみんな呼び寄せてしまうし。それに、今までのお客様の中でそんな反抗的な表情で動物ショーを見た人はいない。そんな、言う事を聞かない愚かな獣みたいな目でね」 エルガーツは、ネトシルが怒りで膨れ上がったように感じられた。「言う事を聞かない」「愚かな」どちらも彼女にとって火に油を注ぐには十分すぎる言葉だった。 「獣は人の僕ではない! 命を盾に自由を奪い娯楽の道具にするなどと……許せない!! 愚かなのは貴様等だ、思い知れ!」 ネトシルは両腰に提げた鞘からナイフを抜き、団長に飛びかかった。 がきんっ! 金属同士が打ち合わされる音が鳴る。ネトシルの刃は、横合いから伸びた曲刀によって遮られていた。 「俺の事はシカトかい? お嬢ちゃん。どっちがボールか分かんねぇデブじゃなくてさ、俺と遊ぼうぜ」 剣舞士がにやにやと笑いながら、曲刀一本でナイフを止めている。 ネトシルの瞬発力はかなりのものだが、身構えていただろうとはいえ剣舞士の反射神経も恐ろしいものがあった。 団長と曲刀との間に剣舞士は体を滑り込ませ、ナイフを止めた曲刀にもう一本の曲刀を重ねる。そして重ねた曲刀を払ってネトシルを弾き飛ばした。舞うような全く淀みない動きだった。 余りに自然な動きに、一瞬ネトシルは目で追うだけになってしまい、対応しきれず弾かれるまま大きく体勢を崩してしまう。 「ネトシル!」 駆け寄ろうとしたエルガーツの前を何かがよぎり、エルガーツの足元でぱしぃんという音を立てた。地面が小さく爆ぜる。 「そっちのお兄さんは、ワタシが相手だ。聞き分けの悪い子は、たっぷり調教してあげよう」 嗜虐的に目を細めた団長が、乗った玉の上からエルガーツを見下ろした。束ねて持った革製の鞭を左右に引いて、高く鳴かせる。それはあらゆる意味で獣を屈服させる音に他ならなかった。 「そっちの猛獣程じゃないがな、」 ちらりとネトシルに視線を走らせる。崩れた体勢は素早く立て直し、距離をとってナイフを構えていた。 「オレだって伊達に貧乏農民の家で馬車馬の如く働かされて来た訳じゃない。調教するのは少々骨だと思うぜ」 エルガーツも鞘を払って剣を抜く。 鞭に絡め捕られないよう、剣を右側に引いた構えを取った。 剣舞士は曲刀の飾り紐を腕と手に巻きつける。 団長は鞭を振り上げる。 「イィィッツ、ショォォタァァァイム!!」 狂気を含んだ笑みを浮かべ、振り下ろす。 地を傷付ける甲高い音を合図に、四人は動き出した。 戻る 進む .
https://w.atwiki.jp/bungeibuanzu/pages/130.html
冬になると、私はいつも落ち着かない。 まるで少年のころのように、心がまとまりをなくす。何も手につかなくなる。 憎しみも、興奮もすべてがごちゃ混ぜになる。憂鬱な季節だ。 休日になると起きてすぐ子供は私の書斎に来る。幼稚園のときからで、高校生になっても変わらない。 だが、今日の息子は平日の朝から書斎にいた。 「朝からいい身分だな」 正直、話をする気分ではなかった。いろんなことが湧き上がってはきたくなるような日。しかし、こんな息子を見るのは初めてだった。まじめ、とは言いがたいが学校をサボるようなことは一度もなかったのに。 「だってやることないし」 私の書庫の漫画を本棚に背を預けながら読んでいる。そこだけ見ればいつもどおりだ。 「勉強は?」 「昼から」 「そうか」 椅子に腰かけようかと思ったが、止める。隣に、彼に倣った体勢で床に座る。 「ねえ。昔、休みの日はなに観てた」 唐突に聴いてくる。 「父さんが子供のころはスーパーヒーロータイムがあってだな」 「子供向けだろ」 「裏切り、仲間割れ。なかなか見ごたえがあったんだ」 息子はため息をつく。 「ほんと好きだったんだね。なんでブルーレイとか古いので残しとかなかったのさ」 「想像力が足りなかったんだよ」 「平和ボケ?」 「たぶんな」 備え付けのテレビのスイッチをつけようとすると、息子が止める。 「観たくない」 「気がまぎれるんじゃないか?」 「面白くないよ。何にも」 そう息子ははき捨てる。何だろう。放っておけない。 「何でだ?」 「うそ臭いんだよ。仲良しこよし仲良しこよし。明るい家庭、楽しい未来。露骨過ぎるよ。ひどいやつがいないわけがない」 息子は語る。何かに取りつかれたのように。 「なんだかさ、どろどろしてるんだよ。みんな気持ち悪いんだ。常識で生きることが一番だって、それでしか人間は生きてちゃいけないって本気で思ってるんだ。そして、そんな人しか自分たちの周りにいないって思い込んでる」 「いつもきれいなことを考える人間がいるわけないんだ。すれ違うカップルを八つ裂きにしたい、こいつの弁当をトイレに流してやりたいとか、ふと考えちゃうのに。わからないふりだよ。」 「言葉に出す必要のないことだな」 わかってるよ、それくらい、と息子はつぶやく。 「俺、あいつらがわからない。わかってるのかわからない振りをしてるのか。奥が見えない。俺と生き方も考え方も違う。気持ち悪いのが皮なのか、中なのか見当もつかない」 「たぶん、あいつら誰かが人を殺しても責めるだけだぜ。『人殺しはいけないことだって』何が引き金か、どんな状況にいたのか、そういった過程を飛ばして責めるだけなんだ。正しいとは思うよ。でも、それだけなんだ」 「何か、あったのか?」 彼はこちらを向き、なんともいえない表情をした。 「……倫理の授業だよ。マッチ売りの少女」 「どういうことだ」 はん、と息を吐き彼は嘲笑する。 「『こんな子が出ないように皆さんは努力しなければなりません!助けてあげられるようないい大人になりましょう!』なんて、言うわけだよ。するとね、女子の一人が手を上げてさ、恐る恐るだけどこう言ったんだ。『それって女の子を買うってことですか、先生』って」 こんな時勢に勇気のある子だ。でも……。 「その子は?」 「教師連中に連れて行かれたよ。カウンセリング受けさせるんだって。笑っちゃうよな。そのやり取りわかってないやつがほとんどなんだぜ。なんでどうして、って具合にさ。 ははっ。――『思ってても口に出すなよ』って輩が一人もいないんだ」 カウンセリングだ。彼らにとっては、カウンセリングだ。 私はこぶしを握る。 「でも、俺なにもできなかったんだ」 彼の声がかすれる。 「わかってたのは俺だけなのに、その考え方は正しいって味方できたのに。できなかった。しなかった。 それじゃあ変わらないんだよ。わからなかったあの馬鹿どもと。……悔しいんだ。あの子に味方できなかったよりも、それが悔しい。間違ってるけど、あの子の安全よりこの現実のほうがつらい」 天を仰ぐ。まるで誰かの許しを請うように。 ――納得した。落ち着かないわけだ。 私がいる。 顔の似ていない、あのときの私がいる。 わかっていながら何もできなかった私が、私に救いを求めている。 冬。 年末のおもちゃ屋。楽しかったクリスマス。楽しかった正月。 全てが終わった日。なくなってしまった日。 終わりを理解できなかったあのとき。手遅れだった日。 何の力にもなれなかったかもしれないけど、何かできたのではないか。 どうして、何もしなかったのか。 この子は、あのときに比べればまだ何とかできる。何かをやれる可能性が残っている。 「行きなさい」 「……え」 「後悔するだけか?」 私は、息を吸う。あの、愚かで未熟できらきらしていた一瞬を思い出しながら。 「くだんねえアホどもなんぞ、ファックしちまえ!」 息子はきょとんとして、それから今日初めて笑顔を見せた。 冬は誰にとっても厳しく、雪は何もかもを覆い隠してしまう。過ぎない時はない。終わらない季節はない。 春は、やってくる。 2011杏夏部誌に戻る .