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羊と犬とタイプライター/carnaval・『裏』 やあ、貴方が拾ったのですか? いまここで? 凄いな。羨ましい。そんな幸運が本当にあるんですね。 おめでとうございます。 ところで、ものは相談なのですが。 そのヒトメスを僕に売ってくださいませんか。 死んだ幼馴染にそっくりなんです。 おいくらですか。 まだ躾もすんでない。 ええ、まったく構いませんよ。 現金で……ではどうでしょう。 ………ああ、譲っていただける? ありがとうございます。心から感謝します。 ………可愛がる? もちろん可愛がりますよ。 さっきの話なのですがね。 僕の死んだ幼馴染。 そいつは金持ちの子でね。 飼ってたヒト奴隷をいじめるのが大好きだった。 いじめ殺したヒトの怨念で、今度はヒトとして生まれてきたのかと。 ふと、ね。そんなこともあるんじゃないかと、思いまして。 ………本当に、よく似ている。 この、言うことをいかにも聞かなそうな面構えと言い。 僕の家は当時とても貧しかった。 僕は影でよくいじめられていたんです。 じつに、躾甲斐がありそうだ。 ※ すっかり馴染んだ角部屋の下宿で、私は革トランクに荷物をまとめている。 私物は少なくない。 衣服に、生活雑貨。 お気に入りのペンや、ランプ、マグカップ、そのほか諸々。 本棚等の大きな荷物は、諦めて処分するしかないだろう。 一番重くて、一番大切なのは、タイプライター。 他の全てを諦めても、これだけは持って行きたい所だが。 でも、私物をまとめる猶予を与えられたことだけでも、充分に喜ばなくてはいけない。 タイプライターは魔滉式で、魔法の使えない者でも使える優れものだ。 これを探し出して買ってくれたネコはもう居ない。 思えば、あの男は私にとって、じつに『いい飼い主』だったのだ。 「家事とか、オレできねぇしなー……」 荷物をまとめるはずが、逆に惨憺たる有様になりはてた室内を見回す。 掃除とか片づけは苦手だ。 料理もできない。 イヌの国では手に入りにくいマッチでストーブに火を入れるあたりが精一杯。 「……オレみたいなの飼って、いったいどんな仕事させようってんだろうね。…あー…」 ナニもどうもない。 ヒト奴隷の価値なんて、用途なんて、『穴』さえ開いてりゃ勤まる。 知性も人格も関係ない。 それは私にとって死亡するも同然で、同時に気楽でもある。 仕事が勤まるということは、ただ飼われて養われていることより、ずっと楽だ。 奴隷でもないのに、自ら性を売る女なんて、いくらでもいるのだから。 トランクを漁る手が止まる。 「……オチ研かヒト牧場のほうが、まだ、マシだったよな、……きっと」 切り捨てたはずの後悔が、いまさらジワリと這い上がる。 奴隷として『物』扱いされるよりは。 まだ、自らの意思で選んで身体を売るほうが、いくらか『人間』らしいじゃないか、と。 例えソレが、どれだけ肉体的に精神的に過酷で、磨り潰されるような日々であっても。 選べるのなら、人間として、そちらを選ぶ。 その選択を誰が止められるのか。 「………将来設定、大狂いだ。あーあ」 嵐の後みたいになってる荷物を放り出して、マッチ箱を手に取った。 とっておきの香をひとつ、火にくべる。 エスニック風の香りがたつ中、慣れたベッドに横になった。 ちょっとだけ休憩。 そろそろ日も暮れるしおなかも空いたし、体調だって良くないし。 このベッドとも今夜でお別れなんだから、少しくらい名残を惜しんでも罰は当たらない。 ………そう云えば、今日は昼前から何も口にしていない。 面倒くさい。 一文無し同然の私でもパンの一切れくらい買う小銭は持っているけど。 身体が重い。何もしたくない。 ―――――あたま、いたい。おなか、いたいな。 くらくらする。 風邪でも、ひいたん、だろうか。 ………こまったな。風邪なんか引いたら、私、値段が下がっちゃう。 どんどん…どんどんどん。 「おい!? オツベル? どうした、何かあったのか!?」 聞きなれた声が遠くに響いた。 ※ 選択肢を選んでください。 偽羊の好感度が85以上、またはアイテム『ショコラトル』を獲得している。 →777へ進め。 偽羊の好感度が84以下である。 →666へ進め。 ※666 「うう……めそ…もそもそ…ひっく…」 「あらまあ。それは大変でしたわね」 「しくしく……もぐ…えうー」 「でも、今朝方よりずいぶんと顔色が良くなってますよ。痛いぶん、よく効いたんでしょうね」 「…………ずびー」 「お引越しのしたくなら、声をかけてくれればお手伝いしましたのに。重かったでしょう、この荷物」 「………もぐ…しく…」 「オツベルさんがいなくなったら淋しくなります。また遊びにいらしてね」 「…………くすんくすん…」 「お待ちしてますからね。そうそう、ところでオツベルさん、はいこれ、プレゼントです」 「………?」 「消臭効果をうんとアップした生理用ナプキン、一年分。お香って、意外と匂いは誤魔化せないんですのよ?」 「…………ふ、うう、はぅぅぅんんん管理人さぁあああんっ(ひしっ)」 「ええ、あの人なら大丈夫、以前に怪我をしたので鼻は悪いと仰ってましたから。このナプキンはイヌの国で 作られたものだから、これなら絶対に匂いではわかりませんからね。あちらに行っても元気で過ごしてくださいね」 ※ 『ねー旦那ー。あのさー、王都で一番の妓楼ってやっぱ●●●とか●●あたりー?』 『…待て、待て待て待て、それ聞いてどうする気だ行く気かナニする気だ!?』 『ナニって………えへへ。取材ー?』 『ばかやろ、お前みたいな……女みてーなのはだな、踏み入ったとたんに引ん剥かれて 前から後ろからヤられるのがオチだ! いいな、近づくな、絶対行くなよ!』 『……というわけで、旦那が教えてくんなかったから自力リサーチで行って来たよー。 ほいお土産、お友達ご優待割引券♪ 良かったねぇ旦那ぁ、今度行ってくりゃいいよー?』 『ななななななんだとぅーーー!?』 『ぎゃああ!? ちょ待、すとっぷギブギブ! ひっぱんな痛い脱げる脱げる!』 『おおお…おおおおおぅぅ…(号泣)駄目なのか…!? 前から後ろからヤられちまったのかー!?』 『誰がだバカ! ふつーに取材して来ただけだっ! すげえいい人だったぜ"桃色ラビット"のママ』 『ウサギの商売女にいい人もわるい人も関係あるかーーーー!!!』 『なぁに堅苦しいこと言ってんだよいい年した男が。軍の上部の常連客ちょー多いらしいぜぇ? んーと、ほれ●●の●●●とか●●●●なんかが週に一度は通ってるらしいし?』 『……●●●●大佐ぁーーー!??』 『オトコって虚しいイキモノだよなー。ひゃひゃひゃ。ちなみにママはマダラなんだってさ、これ秘密』 『…………嘘だあーーーーーー!!!』 『っるせぇよ!? って、やっぱ知ってんじゃん顔見知り? 常連? しょっくぅー? 大丈夫ー、 前の快楽は十二歳で極めちゃったから、魔術でチン●封印して、後ろの頂点を極めてるんだって☆』 『………。…………………。うう………ううううううう……(すすり泣き)』 ※ 「ええと……おかえりなさいませ、ごしゅじんさまぁ?」 ※ 「………以上の38点により、本官に任じられた任務は通常考えうる常務を著しく離脱しており、 このたびの失敗は任務を命じた上官殿にもあるものと……ええと? あ、あのな、なんだこの 達筆すぎる反省文じゃない物は?」 「反省文っす先輩! ねーちゃんと徹夜で書いたっす!」 「今度はねーちゃんてお前。……あ、いや待て、お前んとこは嫡子の息女ひとりだけじゃ」 「ねーちゃんはねーちゃんっす。妹は本当は妹じゃないけど妹っす。養子に来たときに、これからは 親戚なんだから、ワタシのことは妹だと思えって言われたっす。おれ言いなりっす。養子きびしいっす」 「………確か、お前んとこの親戚筋で妹なんて年頃って言ったら、二代前に入台……ああ! 言うな! いい、言わなくてもいい! 俺は何も聞かなかったー!」 「でも妹もねーちゃんもおれのことが嫌いなんっす。おれねーちゃんにもいじめられるっす。 うちのキー坊に悪い虫がついたって言われるっす。ひどいっす、おれ三日に一度は風呂にはいるっす。 ノミなんてついてないっす。ちなみにねーちゃんと妹も仲が悪いっす。おれの部屋は戦場っす」 「………………………。」 「あ、ところで先輩! おれ最近、カノジョが出来たっす! 嬉しいっす! やっと春が来たっす! 桃色バニーって店のいちばんの売れっ妓っす。バニー戦隊のクリムゾンブラックちゃんっす」 「………それは俺の知る限り彼女とは言わないしお前の人生は常春だしああもう何から突っ込めば… って、んん? 待て待て、その店は」 「先輩にだけ教えるっす、本当は誰にも秘密って指きりゲンマンしたっす。あの店の女の子たち、 じつはほとんどウサギじゃないんす。ひみつっすよ先輩、誰にも言っちゃだめっすよ」 「……そりゃ何が哀しくてウサギがイヌの国で売春しなきゃならねえんだよ。カネが目当てなら ネコの国にでも行くだろうし、本物のウサギならいちいちカネなんかとるか」 「あ、それともうひとつ、もっとすごい秘密があるっすよ! おれのカノジョのクリムソンブラックちゃんなんすけど―――――」 「その趣味の悪いネーミングに妙に親近感とか既視感を感じるなあ」 「……じつは、ウサギのつけ耳をつけた、本物のメスヒトなんっす! 名前はユカリちゃ…… せ、先輩!? 先輩どうしたっすか、どこ行くっすか!? 廊下を走ったら怒られるっす、 大声出したら叱られるっす、窓から外に出るのはハシタナイっす、せんぱいーーー!??」 ※ よいこの『ちゃんとできるかな』【ソティス幼年期教育現場の教科書より抜粋】 ●おとしものをひろったら おまわりさんにとどけましょう。 おまわりさんがちゃんと もとのもちぬしのひとに かえしてくれます。 おまわりさんがいないときは おとなのひとに わたしましょう。 ●おとしものが みたことのない ふしぎなものだったら? それはヒトのせかいの 『おちもの』 かもしれません。 あぶないのでさわらないようにしましょう。 おまわりさんか おとなのひとをよんで おしえてあげましょう。 ●おとしものが 『ヒト』だったら? ヒトはにんげんとはちがう みみ を しています。 もし『ヒト』のみみをしていたら、くびわをしているか たしかめましょう。 くびわをしていなくて ちかくに かいぬしがいなかったら やさしく て か あし を もって すぐにおうちに つれてかえりましょう。 かえったら おとうさんか おかあさんにいって くびわをつけてもらいましょう。 ※ 男は下宿の階段を駆け上がり、見慣れたドアを開け放ちました。 さらりとした風が吹き抜けました。 あまり昼間には来た事の無い、二階の奥の角部屋は空っぽでした。 急に部屋が広くなったような気がして、男は立ち尽くしました。 机もベッドもストーブもそのまま。 でもベッドマットは窓際の日の当たる場所に斜めに立てかけられていて、シーツと枕は どこかに出払っているようでした。 モップがけしたところなのか、板張りの床はうっすらと湿り気をおびています。 小物や本が詰め込まれていた棚はずいぶんすっきりしていました。 なにより、雑多な物と、紙束と、じっとりと座り込んで動きそうにもなかったタイプライターが、 ごっそり机の上から消えうせていました。 冬の間ずっと焚かれていたストーブに火の気はなく。 灰を掃除したのか、間抜けに口をあけた中すら、さっぱりと空っぽです。 ひどく絶望的な顔をして、男は一歩、後退りしました。 それから、落ち着かない風に、喉元や頭をさすって落ち着こうと努力します。 結局、気持ちは収まらないまま、ガンと壁に拳をぶつけると、来た道をとって返しました。 本当はどこに向かうべきか、彼は最初から知っています。 ※ 【犬と羊とタイプライター/carnaval・裏】 ―――――バッドエンド ―――――――――――――――――――――――――――――― ※777 「うう……めそ…もそもそ…ひっく…」 「あらまあ。それは大変でしたわね」 「しくしく……もぐ…えうー」 「でも、今朝方よりずいぶんと顔色が良くなってますよ。痛いぶん、よく効いたんでしょうね」 「…………ずびー」 「お引越しのしたくなら、声をかけてくれればお手伝いしましたのに。重かったでしょう、この荷物」 「………もぐ…しく…」 「オツベルさんがいなくなったら淋しくなります。また遊びにいらしてね」 「…………くすんくすん…」 「お待ちしてますからね。そうそう、ところでオツベルさん、はいこれ、プレゼントです」 「………?」 「消臭効果をうんとアップした生理用ナプキン、一年分。お香って、意外と匂いは誤魔化せないんですのよ?」 「…………ふ、うう、はぅぅぅんんん管理人さぁあああんっ(ひしっ)」 「ええ、あの人なら大丈夫、以前に怪我をしたので鼻は悪いと仰ってましたから。このナプキンはイヌの国で 作られたものだから、これなら絶対に匂いではわかりませんからね。あちらに行っても元気で過ごしてくださいね」 ※ 「ええと……おかえりなさいませ、ごしゅじんさまぁ?」 数日後。 あかるく清々しいお日様の下、陰気な顔のマダラの羊が、心底イヤそーに棒読みしました。 「………。」 対するわんこの旦那、言葉を失います。 男の夢とか浪漫とか幻想とかの具現の台詞なのに、こんなにトキメキを感じない言い方をするのはどうなんだろうか、 と思っています。 眉間を押さえて気を取り直します。 「……いや、あのな。なんだそれ」 「だって、………これからそう呼ばなきゃいけないんだろうなーって」 オツベル、ぶすぅっ、と不本意そうにへちゃむくれています。 言いたくないけど嫌々だけど仕方ないから言ってやる、という態度ありありです。 下宿の前庭、爽やかな休日の午前中です。 少ない休みを返上して、荷物を二階から運び下ろしてくれた男に対する態度ではありません。 前庭はレンガを敷き詰めたつつましげな道がつき、左右には下宿の家主の育てている蔦薔薇やら家庭菜園やらが 広がっています。 そんな素敵なガーデンで顔をつきあわせて、一人と一匹は揃って物言いたげな陰気顔です。 「……なんでだよ。だいたいな、お前がそんな、従者とか小間使いとか、そういう柄じゃないだろうが」 「当たり前じゃん。オレ、自由人なの。フリーダムなの。自分自身以外に主人なんて持たない主義なわけよ、判る?」 「なに、妙なこと言い出すなよ。笑っちまうかと思ったろうが。それになぁ」 前庭に積み重ねた荷物の山を見回して、男はぽりぽりと頭をかきます。 全部、男がオツベルに代わって運んだ荷物です。 「家賃だって出世払いって決めただろ? ……それに、お前みたいな小食、ひとり居候にしたところで たいした負担じゃない」 「そりゃ魔法を使う奴に比べたら誰だって小食だっつーの。…つか、イヌの国の食糧事情って魔法を使うのやめたら けっこう解決するんじゃ……まあいいや。ふーん。じゃあオレ、なーんにも気兼ねせずに、旦那んちで食っちゃ寝 してりゃいいわけだ? ふぅーん」 ゆーらりゆーらり、棒切れの身体を揺らせて、オツベルは刺々しく言います。 男は何も言いません。 その棘が、男に対してではなく、オツベル自身に向けた棘だと知っているからです。 ヒトのくせに、一般には弱すぎて愛玩家畜として保護されている生き物のくせに。 オツベル・スタァを名乗るこの個体は、飼われたり養われたりすることを嫌うのです。 自分自身を養えない自分を、悔しく、憎らしく思っているのです。 「……まあ、俺も半分は宿舎や仕事先で寝泊りするから、家の中に目が行き届かなくてな。 やりたきゃ掃除くらいしてくれても一向に構わないぞ」 「えー。オレに掃除やらせる気ー? まじ旦那、勇者? 前衛芸術家? 窓拭きとかやったこともねえよーぅ」 じゃあ大人しく食っちゃ寝しててくれ。 言いかけた言葉を男は飲み込みます。 正直に言えば、家に閉じこもって誰にも会わずに寝起きしてて欲しいと思っています。 イヌの王都は比較的、警察機構がまともに働いているとは言え、ヒトを放し飼いするなど心臓に悪くて 仕方がありません。 さて、不貞腐れているオツベルですが、文句を垂れる筋合いでないことは重々わかっています。 ですので、はあ、とため息をついて、肩を落とし、気持ちを固めます。 「……わかってる、ちゃんと」 「じゃあ、光熱費代わりに庭に水やりするってことでどうだ? ここと違って木しか生えてないが、夏場なんかは 水遣りのためだけに戻るのも人に頼むのも面倒で困ってたんだ」 「……みずぅ?」 何か言いかけたオツベル、きょとんと目を丸くします。 水やりなんて、オツベルの基準では夏休みの子供の手伝いレベル、仕事のうちにも入りません。 けれど毎日のそれがどれだけ面倒かと言うことも、この下宿生活で家主のガーデニングを見学して知っていました。 「……水やりで、光熱費代わり? ……他は?」 「他のは、出世払いなんだろう?」 抜けぬけと言うイヌの顔を、オツベルは不思議そうに見上げます。 食費に家賃に雑貨諸々。生きていくのは物いりです。 「……ふうん。へえ。ふぅーん」 「……何だ。言っとくがこれ以上は負からないぞ」 「んーー。まあ、そのくらいなら、やってあげてもいいけどー。……水やりってさ、『朝』起きてからでいいんだよね?」 「バカ抜かせ。夜中に水なんかやったら凍るし、夏場は湯になって木が傷んじまう。早寝早起きの習慣をつけろ、このモヤシ」 「えええー!? ぶーぶー、文筆業は夜じゃないと仕事進まないよー!」 「知らん。部屋にカーテン閉めて仕事すればどうだ?」 「えええええー!?」 大げさに不満そうにオツベルは声をあげます。 男は内心ほくそえみながら、知らん振りを決め込みます。 しばらく不平不満と、いかに夜の時間に筆が進むかを訴えていたオツベルは、やがてげんなりと肩を落としました。 「おうぼう家主ぃー」 「文無しに部屋を貸す優しい家主に何を言う」 これで話は着きました。 庭に下ろした荷物の山の中、貸し荷馬車の到着を黙って待ちます。 「……ねー。旦那んちって、どんなのー?」 「どんなのって言われてもな。ここよりは小さいよ。今はほとんど使ってない。…んー、俺の親父の代の……」 「ああ。妾宅」 「っ。お前、なんでそういうのにだけ勘が鋭いんだよ!? ……いや、第一違う。妾宅に建てたのは爺さんの代で、 親父の代には改装して、末っ子夫婦とか抱えの庭師一家なんかがだな」 「えー、オレあんま街の中心から離れるのやだなー。市場とか新聞屋とか近くないと困るぅー」 「困るーじゃねえ。我侭言うな。市場挟んでここから……反対側だな。距離はそんなに離れねえよ。 あのへんは昔は何にも無かったが、今じゃ猫井の社宅なんかが建って、ここより外食には困らないくらいだ」 「あー、再開発地区ってかんじ? ねー、旦那の宿舎からは遠いんだよね?」 「………まあな。でも、月の半分、いや三分の二くらいはそっちで寝泊りするから」 というのは嘘です。狭い宿舎のほうが性にあっているので、持ち家には様子見くらいにしか通っていません。 しかし今後、この居候がいるとなれば、徹夜仕事明けでもそちらに通うようになると、男は己が未来を 正確に予知しておりました。 「ちなみに、小さいけど天然温泉を引いてるから。掃除する気があるなら毎日入れるぞ」 「嘘!? マイ温泉!? うわ、すげーぶるじょわじー! やたー! おんせんー!」 オツベルの目が輝きました。 イヌの国は温泉地帯、貧しくても共同温泉でひとっ風呂くらいはなんとかなるお国柄。 でも内風呂で温泉となると、そう多くはありません。 簡単にはしゃぐオツベルを見ながら、イヌは満足そうです。 こほんと咳払いして続けます。 「……ま、ここの下宿の広い風呂に比べたら手狭だけどな、そこは衝動買いのツケで我慢するんだな」 「うぐ」 別にお前さんのことだからすぐに稼いで取り戻すんだろうけど、だいたい何時の間にあんな大金を 稼いでやがったんだ、林檎いっこも値切ってたくせに、まあお前がちゃんと水やりと鍵の番くらい 勤まるんなら、ずっとあそこに住んでくれたっていいんだむしろいてください、云々。 用意していた言葉をつなげようとして、その前振りに投げた言葉に、オツベルが固まりました。 「……う……うう」 しょぼーん、と細い背中が見る間にしょぼくれます。 あ、あれ、しまった、地雷を踏んだか、と男は背中にたらりと汗をかきました。 庭先にうずくまったオツベル、地面にのの字なんか書き始めました。 イヌ国での出版に向けて溜めていたお金と、そのために前借した資金。 その全てと、生活と、下宿の家賃のための金額を全部つっこんで、オツベルは先日、高い買い物をしたのです。 男は失言に唇を噛みます。 出費の痛手は大きく、オツベルはこうして住みなれた下宿を出て行かねばならなくなったのです。 出版社の印刷機の下に寝泊りするもん、と言い張るオツベルを男が我が家に勧誘するのとても骨でした。 それは確かに、高くて衝動的な買い物でしたが。 オツベルならば、オツベルがその場に居合わせてしまったのなら、仕方の無い出費だったと、男は知っています。 ちりんちりん、と鈴の音が鳴りました。 ちかごろ流行りの『じてんしゃ』に乗って、玄関先に小さな包みを抱えた男が立っていました。 「お届けものでーす。えー、『ゆかり』さん、ご在宅ですかー?」 「げふ」 イヌが意表を突かれて吹き込みました。 オツベルが嫌な顔をして立ち上がります。 「……オレのペンネームだよ。はいはーい。オレのことだと思いまーす」 花壇を身軽に跳び越して、ぺろぺろと手を振りながらオツベルが駆けて行きます。 サインして、届いた小さな木箱を受け取りました。 「ぅわおぅ!?」 受け取ったとたん、その予想外の重みで前のめりにコケました。 背の低い石塀にぶつかった箱が悲鳴をあげて砕けます。 がしゃん、とか、ごしょっ、とかいう重い騒音をたてて散らばったのは、箱にみっちり詰まっていた 銀貨銅貨の山でした。柔らかな庭土にぶちまけられた金属片には、金色の物も数枚混じっています。 優に、小食の羊が下宿代を支払いながら四ヶ月は暮らせる金額です。 「………。」 「………。」 オツベル、絶句。 イヌも絶句。 ぱちくり、と目をしばたかせた届け人、おもむろに帽子を脱ぎますと、そつなくオツベルに手を 差し出しました。 手の意味がわからなくて戸惑いの顔をしたオツベルですが、長い沈黙のあと、やっと気づいて、どうもと 言いながら手を握り返し、助け起してもらいます。 腰の土を無意識に払うオツベルに、届け人は帽子を丁寧に胸元に掲げて、一枚の紙片を取り出しました。 「お届け物なら赤犬急便、これ名刺です。今後ともどうぞごひいきに」 「は。あ、はい、ども」 オツベルは名刺を反射的に受け取りました。 届け人は深々と頭を下げると、姿勢を戻す動作で同時に帽子をかぶりなおし。 まったく何事もなかったように自転車に跨り、石畳の路地に消えていきました。 言葉もなく見送るオツベルたちの視線の先、もう見えなくなった角の向こうで、 遠くにちりりんと鈴が鳴りました。 「………。」 オツベル、のろのろと足元に散らばる大金に視線を落とします。 硬貨の小山の中に、ちいさな紙片を見つけました。 引きずり出してみれば、いわゆるピンクチラシの切れっ端の、その裏側に、殴り書きの 日本語で『今月分+先払い』と書いてありました。 「………。」 なんとも言えない味のある、疲弊し果てたような陰気な顔で、オツベルはノーコメントです。 一部始終を見守っていたイヌの旦那、おおまかな事情を察してやはり無言です。 硬貨の大半を占める銀貨が、午前中の陽を受けてきらきらと輝いています。 おなじく陽を受けて、庭に出された引越し荷物が、うず高く積まれています。 荷馬車はまだ着きません。 「………。」 「………。」 ぴーひょろと青空で鳥が鳴きました。 「……ねー、旦那ぁ」 「……ああ、なんだ?」 一人と一匹の声も薄っぺらで空々しく響きます。 世を儚む病棟の美少女のような顔で、オツベルはぽつりと言いました。 「花売りって……儲かるんだねぇ…」 ※ 『ねー旦那ー。あのさー、王都で一番の妓楼ってやっぱ●●●とか●●あたりー?』 『…待て、待て待て待て、それ聞いてどうする気だ行く気かナニする気だ!?』 『ナニって………えへへ。取材ー?』 『ばかやろ、お前みたいな……女みてーなのはだな、踏み入ったとたんに引ん剥かれて 前から後ろからヤられるのがオチだ! いいな、近づくな、絶対行くなよ!』 『……というわけで、旦那が教えてくんなかったから自力リサーチで行って来たよー。 ほいお土産、お友達ご優待割引券♪ 良かったねぇ旦那ぁ、今度行ってくりゃいいよー?』 『ななななななんだとぅーーー!?』 『ぎゃああ!? ちょ待、すとっぷギブギブ! ひっぱんな痛い脱げる脱げる!』 『おおお…おおおおおぅぅ…(号泣)駄目なのか…!? 前から後ろからヤられちまったのかー!?』 『誰がだバカ! ふつーに取材して来ただけだっ! すげえいい人だったぜ"桃色ラビット"のママ』 『ウサギの商売女にいい人もわるい人も関係あるかーーーー!!!』 『なぁに堅苦しいこと言ってんだよいい年した男が。軍の上部の常連客ちょー多いらしいぜぇ? んーと、ほれ●●の●●●とか●●●●なんかが週に一度は通ってるらしいし?』 『……●●●●大佐ぁーーー!??』 『オトコって虚しいイキモノだよなー。ひゃひゃひゃ。ちなみにママはマダラなんだってさ、これ秘密』 『…………嘘だあーーーーーー!!!』 『っるせぇよ!? って、やっぱ知ってんじゃん顔見知り? 常連? しょっくぅー? 大丈夫ー、 前の快楽は十二歳で極めちゃったから、魔術でチン●封印して、後ろの頂点を極めてるんだって☆』 『………。…………………。うう………ううううううう……(すすり泣き)』 ※ 「花売りって……儲かるんだねぇ…」 「冗談でもそういうこと言うとな、外国人滞在者保護の立場から、こっちにも考えがあるぞ?」 「考えー?」 「ああ。ヒントを出そう。輝黒鋼製のぱんつ」 「だが断る。……いやそれはマジで断る。あと目、目がマジなのまじ勘弁」 恐れをなしたようにオツベルはあとじさりました。 真顔で言い切った男はあくまで真顔です。 彼はやると言ったらやる男です。 「……まあ、男だし。オレ。…勤まるわけねぇし。あー、オンナに生まれてりゃ良かったなー」 ため息をつくようにオツベルが言いました。 オツベルの足元に散らばる硬貨は、オツベルが最近支払った大枚に比べれば微々たる物ですが、 小食な羊ひとりなら、下宿代を支払いながら優に四ヶ月は暮らせる金額です。 これだけあれば、あとは荷物を元通りに二階に運び込んで、すぐにも今までどおり仕事に打ち込むことが出来ます。 オツベルはこの下宿を気に入っていました。 それを、イヌの旦那はよく聞かされていました。 それなのに、イヌの男は、まだ一歩も動けず、何も言えないでいました。 やがて、ゆるゆるとオツベルが、ふりむきました。 「………金、出版社とか新聞社に借りてるんだ。前借りで。……それ返せるまで、やっぱりそっち行っていい?」 「……、いいとも。ああ、構わんさ。ど、どうせ遊ばせとくには勿体無いし、温泉あるし、ベッドマット干してきたし」 カクカクと肯く男、ちょっぴり早口で無表情です。 背中に隠した尻尾は千切れて飛べとばかりに振れています。 だってせったく荷物まとめたしー、と面倒くさそうに陰気な羊がぶつぶつ溢します。 くるりと半回転、ザルとかスコップ借りてくると言って、硬直する男の脇を行き過ぎます。 通り向けざま、ちょん、と細い指先が男の背に触れ、 「ありがと」 という小さくてぶっきらぼうな声が残りました。 背中から大砲でぶち抜かれたような衝撃で、男が今度こそ完璧に固まります。 軽い足音が遠ざかり、まるでタイミングを計ったように、窓から、お二人ともお茶にしませんかと声がかかりました。 男が、お帰りなさいご主人様、の代わりに、短いオカエリという言葉を聞くのは、この翌々日のことです。 ※ 「先輩、オンナを囲ったって本当っすか!」 ごん。ばたん。 ………。 窓の無い詰め所の、いつものデスク。 先輩と呼ばれた男は、一撃でノックアウト、机に鼻面をぶつけました。 おなじ部屋につめていた同僚たちは、ちょっと自然が呼んでる、自分も自分も、と言いながら そそくさと席を立っていきます。 鼻を押さえた男が、ゆっくり起き上がりました。 「……囲ってねえ。あとオンナじゃねえ」 「自分のオンナでもないのに囲ったっすか!? すげぇっす先輩、さすがっす、しびれるっす!」 だから、世間的には女性じゃないし、囲うとかそういうつもりじゃないし、プライベートだし。 衝動買いのツケで下宿代も払えなくなった身寄りのない外国人ひとり、顔見知りのよしみで仕方なく、 格安の出世払いで自宅に泊めてやることになった、それだけだってば。 たくさん言いたいことが浮かびますが、なんだか言葉になって出てきません。 「……あ゛ー……。」 自分で言いかけた言葉が、嘘でも建前でもなく、ほぼ事実であることに気づいてしまったりもします。 浮かれて毎日定時で帰宅しちゃったり、夜中に階下の部屋から寝息が聞こえる気がして眠れなかったりとかしていますが、実際問題、パーフェクトにプラトニックです。 偽の羊が偽であること、性別♀であることの二つは、ごく一部の者しか知らない秘密です。 だからどうしてこの後輩くんが、そんなような誤解に行き着いたのかは判りません。 ですが後輩くんは人の話をきちんと聞かない子ですので、この程度の誤認は日常茶飯事です。 男が訂正するのも疲れて黙っていますと、後輩くん、ますますバフバフでっかい口を開閉して お喋りを続けます。 「そのオンナもアレっすね! 自分のオトコでもないオトコの家に転がり込むなんて、もう 犯されたいとしか思えないっす! 淫乱っす男食いっす先輩逃げてーーー!」 がおー、と、乱食い歯を剥いて後輩くんは悲鳴をあげます。 この後輩くん、スカートはいてる女はみんな強姦願望があると信じてる口です。 「いや………あのな……アレは……そぉいうんじゃないから……いやホントに……」 なにか目じりに熱いものを感じながら、男は一応、動かしがたい事実を述べます。 「違うっすか!? そんなバカなことないっす!? だって一つ屋根の下に男女ふたりっすよ!? そのつもりじゃなかったら何っすかその女!? そこまで先輩の下半身を信頼してるっすか!? ありえないっす、男の下半身は別の生き物っす、でも先輩ならありえるっす、さすがっす!!」 うおー! と、後輩くんは、わけのわからない論理展開を賞賛の万歳で締めくくりました。 「…………下半身に、信頼………?」 あれー、そうなのかなー、そういうことなのかなー、と、男、後輩くんの勢いに押されて ちょっぴり考え込みます。 困窮した末でのこととは言え、男寡の家に転がり込んだ『彼女』のことを、ほんのり疑問に 思いながらも、つい棚に上げていたのです。 ………いやでもアイツ、女だってばれてないつもりなんだろ? あー、でも男同士でも、マダラはホモ殺しだから男だからって信用できない、って言ってたぞ? ってことは、えーっと、つまり? 「…………恋人でもない男の家に住むって……手を出されないって信頼してないと、全くありえない…?」 「当然っす! 聖人君子っす! 完璧な信頼っす! 紳士の王様っすよ! ときめくっす!」 「………………。」 ぼんやりと、男は思案します。 そういえば、引っ越してから数日、悶々としながら、何故かなんとなく手を出せないでいたのです。 自分でも、ちょっと不思議に思ってはいたのでした。 疑問は解決しました。 そこまで鉄壁の信頼を寄せられているのなら、そう簡単には裏切れません。 「…………あ」 男はぱくん、と顎を落としました。 意中の相手と、一つ屋根の下に暮らし始めたのに。 じつは、今までよりずっと、押し倒しにくい状況になってしまったと、今になって気が付きました。 「でも大丈夫っす先輩! オンナはちょっと強引な男のほうが好きっす! 据え膳食わぬは男じゃないっす!」 「……そ……そぉかな……う…ううう……はっ」 さめざめと涙に暮れかけた男、はたと気づいて顔をあげました。 「い、いやいやいや、違う、そうだそうだ待て待て待て。あいつ、どんな状況で何度押し倒しても泣くんだよ!」 悲しい事を口走りながら、男は目を輝かせます。 ここでない場所、いまでない時を垣間見る悪癖を持つこの男、パラレル世界? で、すでに何度かオツベルを押し倒しております。そして例外なく絶望的な顔で泣かれております。 男がこれまで手を出すのを躊躇い続けてきた理由の大きなひとつがそれであります。 「押し倒すからじゃないっすかね?」 男の幻視能力のことも知らないのに、後輩くん、さらりと脊髄反射で答えました。 「……………!?」 男、愕然と顔をあげました。 驚愕の表情で、まばたきもせず後輩くんを見つめます。 その手がわなわなと小刻みに慄いております。 長い沈黙がありました。 「押し倒すから……泣く………? そんな………バカな……?」 震えながら、理解を拒否して小首を傾げます。 「ふつーは泣くっす。陵辱行為は女性の尊厳を踏み躙るっす。時代は強姦を超えて合意のうえの和姦っす」 力強くこっくりと、真理を告げる預言者のように後輩くんが申します。 雷に打たれたように男はぶるぶると震えております。 「……じ……じゃあ……じゃあ…? 押し倒すのが駄目なんだったら、じゃあ……」 ふと、男のふるえが止まりました。 人間、極限の寒さに置かれると、もはや震えることもないというやつです。 自分の母が実は父だと知った子犬のように、男は自分の動揺にも気づかぬ体で聞きました。 「……じゃあ……俺はどうやってアイツを押し倒せばいいんだろう……?」 駄目男、ここに極まれりけり。 「まずはお友達からがいいんじゃないっすかね? たとえば」 ※ 「おかえりー。……旦那? どしたの?」 出迎えたオツベルが怪訝な顔で聞きました。 玄関に立つイヌは、まるで難破船から帰ってきた幽鬼のような顔をしています。 血の気のない、とは言っても毛むくじゃらなので顔色など傍目にはわかりませんが、とにかく 不景気な面の男が、おそるおそる片手を差し出しました。 「?」 ものすごく不審げにオツベルがノートを覗き込みます。 他の世界で言うところの良い子の学習帳、子供の小遣いで買える白紙のノート一冊。 質実貧乏なイヌの国製らしく素っ気無いグレーの表紙に、病的に震える文字で 『交換日記』 と書いてありました。 「………。」 「………。」 両者、無言です。 なんじゃあこりゃあ? と問う代わりにオツベルが半眼でイヌの旦那を見上げます。 男は凍りついたフランケンシュタイン風の濁って瞬きしない目で見つめ返します。 内心、あれ……俺……いったい何やってるんだろう…と自分でもわかってない感じです。 うんざりしきった顔で、オツベル、ため息をつきました。 「バカか。どこのちゅーがくせーにっきだよ」 「きゅうん………」 しおしおしお、と男の尻尾が垂れ下がりました。 もう生きていく気力もない……という風に肩まで傾く男の手から、ノートが抜き去られました。 「……面倒くせぇなあ。今日なんてオレ、食ったメシと旦那の面が笑えたってことくらいしか 書くことねぇぞ?」 オツベル、ぼりぼりと頭をかきつつ、億劫そうに言いながら、ノート片手にすたすた歩いていきます。 男は呆然とその背を見つめました。 ふと、オツベルが振り向いて男に言うには、 「……旦那。寒いよ。ドアしめてよ」 「……は。あ、ああ、悪い」 慌てて家に入ってドアを閉めます。 がちんと鍵をおろして、それから、奥へ振り向きました。 暗い廊下の奥、オツベルが向かう先の居間から暖かな光が溢れています。 ただよう匂い、今日の夕飯は近所の食堂の定番スープ、お持ち帰りのようです。 流れてくる温もりに誘われるように、男は意識せず踏み出しました。 ※ 「………以上の38点により、本官に任じられた任務は通常考えうる常務を著しく離脱しており、 このたびの失敗は任務を命じた上官殿にもあるものと……ええと? あ、あのな、なんだこの 達筆すぎる反省文じゃない物は?」 「反省文っす先輩! ねーちゃんと徹夜で書いたっす!」 「今度はねーちゃんてお前。……あ、いや待て、お前んとこは嫡子の息女ひとりだけじゃ」 「ねーちゃんはねーちゃんっす。妹は本当は妹じゃないけど妹っす。養子に来たときに、これからは 親戚なんだから、ワタシのことは妹だと思えって言われたっす。おれ言いなりっす。養子きびしいっす」 「………確か、お前んとこの親戚筋で妹なんて年頃って言ったら、二代前に入台……ああ! 言うな! いい、言わなくてもいい! 俺は何も聞かなかったー!」 「でも妹もねーちゃんもおれのことが嫌いなんっす。おれねーちゃんにもいじめられるっす。 うちのキー坊に悪い虫がついたって言われるっす。ひどいっす、おれ三日に一度は風呂にはいるっす。 ノミなんてついてないっす。ちなみにねーちゃんと妹も仲が悪いっす。おれの部屋は戦場っす」 「………………………。」 「あ、ところで先輩! おれ最近、カノジョが出来たっす! 嬉しいっす! やっと春が来たっす! 桃色バニーって店のいちばんの売れっ妓っす。バニー戦隊のクリムゾンブラックちゃんっす」 「………それは俺の知る限り彼女とは言わないしお前の人生は常春だしああもう何から突っ込めば… って、んん? 待て待て、その店は」 「先輩にだけ教えるっす、本当は誰にも秘密って指きりゲンマンしたっす。あの店の女の子たち、 じつはほとんどウサギじゃないんす。ひみつっすよ先輩、誰にも言っちゃだめっすよ」 「……そりゃ何が哀しくてウサギがイヌの国で売春しなきゃならねえんだよ。カネが目当てなら ネコの国にでも行くだろうし、本物のウサギならいちいちカネなんかとるか」 「あ、それともうひとつ、もっとすごい秘密があるっすよ! おれのカノジョのクリムソンブラックちゃんなんすけど―――――」 「その趣味の悪いネーミングに妙に親近感とか既視感を感じるなあ」 「……じつは、ウサギのつけ耳をつけた、本物のメスヒトなんっす! 名前はユカリちゃ…… せ、先輩!? 先輩どうしたっすか、どこ行くっすか!? 廊下を走ったら怒られるっす、 大声出したら叱られるっす、窓から外に出るのはハシタナイっす、せんぱいーーー!??」 ※ よいこの『ちゃんとできるかな』【ソティス幼年期教育現場の教科書より抜粋】 ●おとしものをひろったら おまわりさんにとどけましょう。 おまわりさんがちゃんと もとのもちぬしのひとに かえしてくれます。 おまわりさんがいないときは おとなのひとに わたしましょう。 ●おとしものが みたことのない ふしぎなものだったら? それはヒトのせかいの 『おちもの』 かもしれません。 あぶないのでさわらないようにしましょう。 おまわりさんか おとなのひとをよんで おしえてあげましょう。 ●おとしものが 『ヒト』だったら? ヒトはにんげんとはちがう みみ を しています。 もし『ヒト』のみみをしていたら、くびわをしているか たしかめましょう。 くびわをしていなくて ちかくに かいぬしがいなかったら やさしく て か あし を もって すぐにおうちに つれてかえりましょう。 かえったら おとうさんか おかあさんにいって くびわをつけてもらいましょう。 ※ 男は下宿の階段を駆け上がり、見慣れたドアを開け放ちました。 さらりとした風が吹き抜けました。 あまり昼間には来た事の無い、二階の奥の角部屋は空っぽでした。 急に部屋が広くなったような気がして、男は立ち尽くしました。 机もベッドもストーブもそのまま。 でもベッドマットは窓際の日の当たる場所に斜めに立てかけられていて、シーツと枕は どこかに出払っているようでした。 モップがけしたところなのか、板張りの床はうっすらと湿り気をおびています。 小物や本が詰め込まれていた棚はずいぶんすっきりしていました。 なにより、雑多な物と、紙束と、じっとりと座り込んで動きそうにもなかったタイプライターが、 ごっそり机の上から消えうせていました。 冬の間ずっと焚かれていたストーブに火の気はなく。 灰を掃除したのか、間抜けに口をあけた中すら、さっぱりと空っぽです。 ひどく絶望的な顔をして、男は一歩、後退りしました。 それから、落ち着かない風に、喉元や頭をさすって落ち着こうと努力します。 結局、気持ちは収まらないまま、ガンと壁に拳をぶつけると、来た道をとって返しました。 本当はどこに向かうべきか、彼は最初から知っています。 ※ ………ああ。先輩、行っちゃったっす。 まるで鬼神のようだったっす。 蒸気機関車のようだったっす。 先輩、せっかく秘密を教えてあげようと思ったのに、聞かないで行っちゃうなんて酷いっす。 人の話を最後まで聞かないなんて、先輩も仕方の無い子っすねー。 クリムゾンブラックちゃんは役職名で、ユカリちゃんは源次名っす。 飼い主の名前から源次名をとったって言ってたっす。 王都のど真ん中に落ちてきたカノジョを、その場で拾い主から現金で買った大富豪の飼い主っす。 ああいう店の女の子が、本名をほいほい表に出してるわけないっすよ先輩? 本当の名前は、ウメコちゃんっだって、おれだけこっそり教わったっす。 へんな名前っす。ヒトの名前はたいていヘンだけど、とびっきりヘンな名前っす。 おれがそう言ったら、カノジョ、私もそう思うって笑ったっす。 いままで他に、正面から言われたことないって言ってたっす。 きっといままでカノジョが会ってきた奴らはそんなこともわからないバカばっかだったんす。 すごかったっす、笑顔ちょーかわいかったっす。いつもはずっと怒ってる顔してるっす。 先輩にも見せてあげたいっす。純正品の『つんでれ』っす。本物っす。ブランド品っす。 この前、耳飾りをプレゼントしたんす。カノジョが着てる服の色の石のついたやつっす。 高かったんす、ネコの王女の一人が作ってて、マグロ二匹と宝石と銀のぶんの値段したっす。 おれボスに保証人になってもらってローン組んだっす。自動引き落としで楽勝っす。 幸運を招く耳飾りっす。ブッフーの糞を踏むところを鳥の糞で済むようになるっす。 変動確率操作指定なんとかって魔法がかかってて、もー、ちょーものすごいらしいっす。 あげたときに、私ピアスホールなんて開いてないって怒って箱ごと投げつけられたっす。 角がおでこに当たって痛かったっす。涙が出たっす。癖になりそうだったっす。 次に行くときには棘がいっぱいついて痛そうな薔薇の花束を持って行こうと思うっす。 先輩は初心者だから、豆腐とかクッションみたいなのから持っていくといいっすよ、…って 教えてあげたかったっす。はあ。残念っす。でもそそっかしい先輩もかわいいっす。 ※ 「あれ? おかえり旦那、なんだよ今日はちょー早いじゃん。って、うわ何、何何なに!? ひぁっっちょっ、うわぁ!? ひゃああああ!? 何すんだ何してんの、きつい苦しいぐぇ!?? おおおお待て待て待て頼むからちょっ落ち着け落ち着いてお願いお願いお願いーー!? つか何、何だよ、うわ、えっ、嘘なんで泣いてるの!? いやおかしい、おかしいから!? ………はぁ!? なにが!? いやっ鼻水! はーなーみーずー!? うさぎぃ!? 知るかよ、なんの話だよ、はあ!? うわそれ何、通信機!? いや待って、いらないから!? はかないから、そんな特注の鉄のぱんつとか!? ほらぁ、おるとろすさん困ってるじゃんか!? いや金はなんとか都合ついた、って金ならいくらでも払うとかどこのオヤジだお前、ひぃ!?」… ※ 【犬と羊とタイプライター/carnaval・裏】 ―――――トゥルーエンド
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羊と犬とタイプライター・カーテンコール 薪ストーブの上でコトコトとヤカンが鳴る。 曇った窓ガラスの向こうは夜の闇。 ちらつく雪がしんしんと、音を吸い取って静かに、静かに。 「ねー旦那ぁー」 鏡のような窓に向かい合ったまま、こちらを見ないで言う。 「犬の国ってさ、祭りみたいなもの、ないの?」 頭の両脇には重そうなマダラ模様のヒツジのツノ。 毛皮の代わりに着込んだセーターはぶかぶかで、針金みたいな体を強調している。 旦那と呼ばれた男は、ストーブの近くで湿ったコートをかざしている。 擦り切れたキャラメル色のコートは安物で、比べれば男の自前の毛皮のほうが上等なほど。 こげ茶色の毛並みの、薄水色がかった目の、狗頭人身の男は、億劫そうに牙を開いた。 「ある。でもこのあたりは街だからな。田舎じゃいろいろやってるはずだ」 ふぅんと、問いかけた割に興味なさそうに、マダラツノのヒツジ———— オツベルと名乗る異郷人は、窓の外に視線を投げた。 故郷を思っているのか、背中は何時にも増して小さく。 ぼんやりと言葉を途切れさせて、物憂げな顔が窓に映る。 「………お前の国の祭りは、どんな風なんだ?」 古びた煉瓦を思わせる声が、慎重に、そうとは聞かせず朴訥と、言葉を選ぶ。 「んー……。いろいろあるけど。いちばん大きな祭りはね、やっぱり夏と冬の二回だね」 窓際でゆらりゆらりと、夢遊病者のように体を揺らせて。望郷に耽る背中が、とても遠い。 「あっちこっちから大勢仲間が集まってね。その時しか会えない奴もいるし。 もう会えないと思ってた奴と、ばったりなんてこともあるよ。 神に直に会えるのも、大抵はその時くらいだね。……オレんち、地方だったから」 「……ほう。信仰心があるとは知らなかった」 窓に映る顔が、泣き出しそうな苦笑いに歪んだ。 気づかないふりをして、コートを熱に炙る。 しんしんと雪が降る。 窓を隔てて、部屋は暖かく、外は暗闇。 星も見えない夜空の向こう、もう帰れない場所を想う。 想い出は尽きず。 名残さえ、時とともに消え去るとしても。 かなわぬ夢に、いまだけ浸ることを許して欲しいと、ため息をつく。 「ああ……目の前に、ひゅーんって、落ちてこないかなあ……神の冬コミ新刊。 える、しってるか……やぎ子ちゃんは ぱんつ はいてない……」 「どんな神官だ。ウサギじゃなくてか」 「ううう……うさぎもはいてない…。 神様仏様お願いです、ハンターの最終回の載ってるジャ●プでもいいです… 最終巻が欲しいとまでは言いません、最終回打ち切りでコミック未刊行とか超ありえるし」 さめざめと泣く背中が侘びしい。 深く訊いてはいけない気がして、男はそれ以上問いかけるのをやめた。 年の暮れ。冬の只中。 しんしんと犬の国に雪が降り積もる。 ◆ ◆ ◆ びゅごー。 ごごごごごごごー。(※効果音。風。) ざく、ざく、ざく、ざく(※効果音。2人分の、雪を踏む足音) びゅごーーー。しゅもぉぉぉぉぉ(※効果音。横殴りの雪) 遠くからフェードインする馬鹿笑い×2。 「……ぅぁはははははははははははははははははははははは」 「……わははははははははははははははははははははははは」 「あははははははははははは。あははははははははははははははは!! 寒ぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーはははははははは」 「はははははははは。あーっはっはっはっはっはぁああああああああああー! 腹が立つから頼むから笑うなこの馬鹿野郎ぅぅぅうははははははははははは」 「ひぃははははははは、はははははは、は、あれだね、オレたちもうだめだね旦那。 いやだぁぁぁオレにはまだやり残したことがぁぁぁ、アイスマンは嫌だぁぁあああはははははは!!」 「ああああああああ肺が凍る肺が凍る肺が凍るーーーーー!! 止まるな歩け、 もうちょっとで山小屋が! 遭難者用の山小屋が!!」 「いひひひひひひ、ひゃはははははははは、むりむりむり前ぜんぜん見えないしーー! この手ぇ離したら一メートル先の旦那も見失うの確実だし、ってか今も顔とか 見えないし見えてもツララついてる犬の顔とかちょーうける、うはははははははは!」 「笑うなーー!? お前が来たいって言ったんだ、お前が止めたのに行くって言ったんだ! 何が霊峰だ何が年明け一番の日の出だ、だからよせってあんなに止めたんだーーーーー!!」 びゅごー。 ごばごばごばこばごば。(※効果音。風。はためく2人のコート。) 「着いてきてくれなんて一言も言ってねえーーーーー!! ああああくそ寒ぃ死ぬほど寒いぃぃ!」 「それはなぁぁぁ、お前みたいな外国人がなぁぁぁ、雪山で遭難なんかすればだなぁぁぁぁ、 延々探しに行くのは俺たちの仕事だからだー! 糞ったれ雪中訓練なめんなぁあああああああああああああ!」 「ぃぃぃやっほう冴えてるね旦那ぁー、一緒に死ねば探す手間はぶけるもんねー! あーはははははははは」 「死ぬのはお前だけだ、ああ畜生、クソッタレ!! 何で勝手に不凍薬の中身すげ替えやがったこのモヤシ!」 「あははははー、あんな淫猥な功能の黄色い水なんか飲めるか馬鹿ーーーーーーー!!」 「そんなこと考えるのはお前だけだ、お前だけだ!? あああああ寒い寒い寒い、馬鹿野郎、ちくしょー!!」 ごごごー。 ごごごごごごごー。(※効果音。風。風音に飲まれて音声が途切れる) 「………! …!! ……………!!」 「…! ………………!!」 「っああああああ、大人しく八房くんちでお節ご馳走になってりゃよかった、寒いよーーーーー!」 「ヤツフサ!? やつふさって誰だ、男か、男なのか!? お前ひとの名前勝手につけるの なんとかしろよ、紛らわしいよ、リストアップ面倒くさいって諜報部から文句来てるんだよ!!」 「あはははははははは寒いー! 聞こえねえー! 自分の声も聞こえねえーーー!!」 「ああああ畜生、山荘はどこだーーーーー!! 2人っきりで暖めあうんだーーーーーー!!」 びゅごーーー。しゅもぉぉぉぉぉ(※効果音。横殴りの雪) 「…いいかんじに追い詰められてきたのにゃー。もーちょっと置いとくと、 この一杯のスープの値段もうなぎ上りなのにゃ。はー、おこたぬくぬくにゃー」 「ご主人様ぁ。悪趣味ですよ。こんな山小屋まるごとひとつ幻術で隠すような事までして。 もういいんじゃないですか? 中に入れてあげましょうよ」 「にゃーはいま信仰を広める偉大な活動をしているのにゃー。追い詰められた後ほど 人の優しさは身に染みるのにゃ。どんな悪人でも改心するほどにゃ。ほらいいからさっさとお蜜柑剥くのにゃ」 びゅごー。 ごごごごごごごー。(※効果音。風。) 「……寒いよう寒いよう寒いよう。さむいー。さむいよー…。やだよー死ぬのはいやだよー」 「黙ってろ……体力を……消耗するから……山小屋……やまごや…」 「あああ手足の感覚がない……どこに行ったんでしょう私の手足……だから寒冷地仕様のオートメイルに 換えてくればよかったんだ……さむいよう…」 「寝るなー! 起きろーー!」 「寝てないー。寝てないー。すいませんー寝てましたー。 ……、おとーさんおかーさーん、どうか、ハードディスクは物理的に消去してください、 押し入れの奥の段箱は中身を見ないで焼いてください、それだけが、それだけが私の願いです…」 「起きろー!」 「こんなこともあろうかと、ちゃんと空間転移用マイクロブラックホールを用意しました、お姉さま… あああっ、お姉さま!? お姉さま、鉄下駄が曲がっていてよ!?」 「あんまり寝言ばっか言ってると口ふさぐぞこの野郎」 「……。っは!? やばいオレいま寝てた!? 旦那、旦那、いまオレの目の前にピ●クレディーがいて! パンもろで歌って踊るレディーが、男は狼だから気をつけなさいって懐メロ熱唱で!」 「ちっ、起きたか。……気を引き締めろ、寝たら死ぬからな、背負われるの嫌なら死ぬ気で着いて来いよぉぉぉ!」 「ああああああ、眼が覚めたらよけいに寒いぃーーーーーーー!! 骨が骨が凍る染みる寒いぃぃぃぃぃぃ。 …っく、だああああああ! 旦那ぁぁ! コート! コート出せコート! コートぉー!」 「ああ!? 俺のコートはお前が着てるのは気のせいかおい!?」 「知ってんだよそのリュックの底に趣味悪ぃ黒コート入ってんだろ出せ出せ出せ貸せぇぇぇぇぇぇぇ」 「っ!?(見られた!?) ない、そんなものは無い、幻覚だ錯覚だ、気のせいだ! …いやほんとに! (土壇場で口には出せないアイテムに入れ替えたから)」 「いいからとっとと出せ、見なかったことにしてやっからさっさと出せぇぇぇぇええええ!!」 「…にゃんと!? マダラのヒツジがイヌに襲い掛かったにゃ!? ヒツジ攻めのイヌ受け、下克上逆カプにゃ!? こ、これはますます目が離せないのにゃ!?」 「うわー! その流れでなんで僕を押し倒すんですかー!? あっダメ、いやああああんっ」 ◆ ◆ ◆ 同日某所。住宅街。 「はふぅ…栗きんとんうまうまー…。あっ、オレ、お餅なら雑煮じゃなくてお汁粉がいいなー♪」 「ダメに決まってんでしょ。ほらせっかく作ったんだから食べなさいっての。 ほーら、大人が好き嫌いしておかししいでちゅねー」 「わ、わかったよー、食べればいいんだろぉ……もそもそもそもそ」 「あ、そういえばねー、昼間に顔面ゔみ゙っからお歳暮来たよ」 「げほげほげほ」 「すっごい疲れた顔のムカデが届けに来たから、無記名だけど間違いないと思うなー、うん」 「………何したいんだろうな、あいつ。それで、開けてないよな?」 「ん、とーぜんでしょ。中から本人が飛び出してきて、やあびっくりした? とか言いそうだもん。 お散歩のとき、マタタビと石くくりつけて町外れの湖に沈めといたー」 「……そっか。じゃあ、氷が解ける季節までは平和だねえ。ごちそーさま」 「ばかたれ、食べ残してるじゃない。んもー、はい、あーん」 「あ、あーん…」 それでは皆様。よいお年を。 ◆ ◆ ◆
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羊と犬とタイプライター/carnaval・『裏』 やあ、貴方が拾ったのですか? いまここで? 凄いな。羨ましい。そんな幸運が本当にあるんですね。 おめでとうございます。 ところで、ものは相談なのですが。 そのヒトメスを僕に売ってくださいませんか。 死んだ幼馴染にそっくりなんです。 おいくらですか。 まだ躾もすんでない。 ええ、まったく構いませんよ。 現金で……ではどうでしょう。 ………ああ、譲っていただける? ありがとうございます。心から感謝します。 ………可愛がる? もちろん可愛がりますよ。 さっきの話なのですがね。 僕の死んだ幼馴染。 そいつは金持ちの子でね。 飼ってたヒト奴隷をいじめるのが大好きだった。 いじめ殺したヒトの怨念で、今度はヒトとして生まれてきたのかと。 ふと、ね。そんなこともあるんじゃないかと、思いまして。 ………本当に、よく似ている。 この、言うことをいかにも聞かなそうな面構えと言い。 僕の家は当時とても貧しかった。 僕は影でよくいじめられていたんです。 じつに、躾甲斐がありそうだ。 ※ すっかり馴染んだ角部屋の下宿で、私は革トランクに荷物をまとめている。 私物は少なくない。 衣服に、生活雑貨。 お気に入りのペンや、ランプ、マグカップ、そのほか諸々。 本棚等の大きな荷物は、諦めて処分するしかないだろう。 一番重くて、一番大切なのは、タイプライター。 他の全てを諦めても、これだけは持って行きたい所だが。 でも、私物をまとめる猶予を与えられたことだけでも、充分に喜ばなくてはいけない。 タイプライターは魔滉式で、魔法の使えない者でも使える優れものだ。 これを探し出して買ってくれたネコはもう居ない。 思えば、あの男は私にとって、じつに『いい飼い主』だったのだ。 「家事とか、オレできねぇしなー……」 荷物をまとめるはずが、逆に惨憺たる有様になりはてた室内を見回す。 掃除とか片づけは苦手だ。 料理もできない。 イヌの国では手に入りにくいマッチでストーブに火を入れるあたりが精一杯。 「……オレみたいなの飼って、いったいどんな仕事させようってんだろうね。…あー…」 ナニもどうもない。 ヒト奴隷の価値なんて、用途なんて、『穴』さえ開いてりゃ勤まる。 知性も人格も関係ない。 それは私にとって死亡するも同然で、同時に気楽でもある。 仕事が勤まるということは、ただ飼われて養われていることより、ずっと楽だ。 奴隷でもないのに、自ら性を売る女なんて、いくらでもいるのだから。 トランクを漁る手が止まる。 「……オチ研かヒト牧場のほうが、まだ、マシだったよな、……きっと」 切り捨てたはずの後悔が、いまさらジワリと這い上がる。 奴隷として『物』扱いされるよりは。 まだ、自らの意思で選んで身体を売るほうが、いくらか『人間』らしいじゃないか、と。 例えソレが、どれだけ肉体的に精神的に過酷で、磨り潰されるような日々であっても。 選べるのなら、人間として、そちらを選ぶ。 その選択を誰が止められるのか。 「………将来設定、大狂いだ。あーあ」 嵐の後みたいになってる荷物を放り出して、マッチ箱を手に取った。 とっておきの香をひとつ、火にくべる。 エスニック風の香りがたつ中、慣れたベッドに横になった。 ちょっとだけ休憩。 そろそろ日も暮れるしおなかも空いたし、体調だって良くないし。 このベッドとも今夜でお別れなんだから、少しくらい名残を惜しんでも罰は当たらない。 ………そう云えば、今日は昼前から何も口にしていない。 面倒くさい。 一文無し同然の私でもパンの一切れくらい買う小銭は持っているけど。 身体が重い。何もしたくない。 ―――――あたま、いたい。おなか、いたいな。 くらくらする。 風邪でも、ひいたん、だろうか。 ………こまったな。風邪なんか引いたら、私、値段が下がっちゃう。 どんどん…どんどんどん。 「おい!? オツベル? どうした、何かあったのか!?」 聞きなれた声が遠くに響いた。 ※ 選択肢を選んでください。 偽羊の好感度が85以上、またはアイテム『ショコラトル』を獲得している。 →777へ進め。 偽羊の好感度が84以下である。 →666へ進め。 ※666 「うう……めそ…もそもそ…ひっく…」 「あらまあ。それは大変でしたわね」 「しくしく……もぐ…えうー」 「でも、今朝方よりずいぶんと顔色が良くなってますよ。痛いぶん、よく効いたんでしょうね」 「…………ずびー」 「お引越しのしたくなら、声をかけてくれればお手伝いしましたのに。重かったでしょう、この荷物」 「………もぐ…しく…」 「オツベルさんがいなくなったら淋しくなります。また遊びにいらしてね」 「…………くすんくすん…」 「お待ちしてますからね。そうそう、ところでオツベルさん、はいこれ、プレゼントです」 「………?」 「消臭効果をうんとアップした生理用ナプキン、一年分。お香って、意外と匂いは誤魔化せないんですのよ?」 「…………ふ、うう、はぅぅぅんんん管理人さぁあああんっ(ひしっ)」 「ええ、あの人なら大丈夫、以前に怪我をしたので鼻は悪いと仰ってましたから。このナプキンはイヌの国で 作られたものだから、これなら絶対に匂いではわかりませんからね。あちらに行っても元気で過ごしてくださいね」 ※ 『ねー旦那ー。あのさー、王都で一番の妓楼ってやっぱ●●●とか●●あたりー?』 『…待て、待て待て待て、それ聞いてどうする気だ行く気かナニする気だ!?』 『ナニって………えへへ。取材ー?』 『ばかやろ、お前みたいな……女みてーなのはだな、踏み入ったとたんに引ん剥かれて 前から後ろからヤられるのがオチだ! いいな、近づくな、絶対行くなよ!』 『……というわけで、旦那が教えてくんなかったから自力リサーチで行って来たよー。 ほいお土産、お友達ご優待割引券♪ 良かったねぇ旦那ぁ、今度行ってくりゃいいよー?』 『ななななななんだとぅーーー!?』 『ぎゃああ!? ちょ待、すとっぷギブギブ! ひっぱんな痛い脱げる脱げる!』 『おおお…おおおおおぅぅ…(号泣)駄目なのか…!? 前から後ろからヤられちまったのかー!?』 『誰がだバカ! ふつーに取材して来ただけだっ! すげえいい人だったぜ"桃色ラビット"のママ』 『ウサギの商売女にいい人もわるい人も関係あるかーーーー!!!』 『なぁに堅苦しいこと言ってんだよいい年した男が。軍の上部の常連客ちょー多いらしいぜぇ? んーと、ほれ●●の●●●とか●●●●なんかが週に一度は通ってるらしいし?』 『……●●●●大佐ぁーーー!??』 『オトコって虚しいイキモノだよなー。ひゃひゃひゃ。ちなみにママはマダラなんだってさ、これ秘密』 『…………嘘だあーーーーーー!!!』 『っるせぇよ!? って、やっぱ知ってんじゃん顔見知り? 常連? しょっくぅー? 大丈夫ー、 前の快楽は十二歳で極めちゃったから、魔術でチン●封印して、後ろの頂点を極めてるんだって☆』 『………。…………………。うう………ううううううう……(すすり泣き)』 ※ 「ええと……おかえりなさいませ、ごしゅじんさまぁ?」 ※ 「………以上の38点により、本官に任じられた任務は通常考えうる常務を著しく離脱しており、 このたびの失敗は任務を命じた上官殿にもあるものと……ええと? あ、あのな、なんだこの 達筆すぎる反省文じゃない物は?」 「反省文っす先輩! ねーちゃんと徹夜で書いたっす!」 「今度はねーちゃんてお前。……あ、いや待て、お前んとこは嫡子の息女ひとりだけじゃ」 「ねーちゃんはねーちゃんっす。妹は本当は妹じゃないけど妹っす。養子に来たときに、これからは 親戚なんだから、ワタシのことは妹だと思えって言われたっす。おれ言いなりっす。養子きびしいっす」 「………確か、お前んとこの親戚筋で妹なんて年頃って言ったら、二代前に入台……ああ! 言うな! いい、言わなくてもいい! 俺は何も聞かなかったー!」 「でも妹もねーちゃんもおれのことが嫌いなんっす。おれねーちゃんにもいじめられるっす。 うちのキー坊に悪い虫がついたって言われるっす。ひどいっす、おれ三日に一度は風呂にはいるっす。 ノミなんてついてないっす。ちなみにねーちゃんと妹も仲が悪いっす。おれの部屋は戦場っす」 「………………………。」 「あ、ところで先輩! おれ最近、カノジョが出来たっす! 嬉しいっす! やっと春が来たっす! 桃色バニーって店のいちばんの売れっ妓っす。バニー戦隊のクリムゾンブラックちゃんっす」 「………それは俺の知る限り彼女とは言わないしお前の人生は常春だしああもう何から突っ込めば… って、んん? 待て待て、その店は」 「先輩にだけ教えるっす、本当は誰にも秘密って指きりゲンマンしたっす。あの店の女の子たち、 じつはほとんどウサギじゃないんす。ひみつっすよ先輩、誰にも言っちゃだめっすよ」 「……そりゃ何が哀しくてウサギがイヌの国で売春しなきゃならねえんだよ。カネが目当てなら ネコの国にでも行くだろうし、本物のウサギならいちいちカネなんかとるか」 「あ、それともうひとつ、もっとすごい秘密があるっすよ! おれのカノジョのクリムソンブラックちゃんなんすけど―――――」 「その趣味の悪いネーミングに妙に親近感とか既視感を感じるなあ」 「……じつは、ウサギのつけ耳をつけた、本物のメスヒトなんっす! 名前はユカリちゃ…… せ、先輩!? 先輩どうしたっすか、どこ行くっすか!? 廊下を走ったら怒られるっす、 大声出したら叱られるっす、窓から外に出るのはハシタナイっす、せんぱいーーー!??」 ※ よいこの『ちゃんとできるかな』【ソティス幼年期教育現場の教科書より抜粋】 ●おとしものをひろったら おまわりさんにとどけましょう。 おまわりさんがちゃんと もとのもちぬしのひとに かえしてくれます。 おまわりさんがいないときは おとなのひとに わたしましょう。 ●おとしものが みたことのない ふしぎなものだったら? それはヒトのせかいの 『おちもの』 かもしれません。 あぶないのでさわらないようにしましょう。 おまわりさんか おとなのひとをよんで おしえてあげましょう。 ●おとしものが 『ヒト』だったら? ヒトはにんげんとはちがう みみ を しています。 もし『ヒト』のみみをしていたら、くびわをしているか たしかめましょう。 くびわをしていなくて ちかくに かいぬしがいなかったら やさしく て か あし を もって すぐにおうちに つれてかえりましょう。 かえったら おとうさんか おかあさんにいって くびわをつけてもらいましょう。 ※ 男は下宿の階段を駆け上がり、見慣れたドアを開け放ちました。 さらりとした風が吹き抜けました。 あまり昼間には来た事の無い、二階の奥の角部屋は空っぽでした。 急に部屋が広くなったような気がして、男は立ち尽くしました。 机もベッドもストーブもそのまま。 でもベッドマットは窓際の日の当たる場所に斜めに立てかけられていて、シーツと枕は どこかに出払っているようでした。 モップがけしたところなのか、板張りの床はうっすらと湿り気をおびています。 小物や本が詰め込まれていた棚はずいぶんすっきりしていました。 なにより、雑多な物と、紙束と、じっとりと座り込んで動きそうにもなかったタイプライターが、 ごっそり机の上から消えうせていました。 冬の間ずっと焚かれていたストーブに火の気はなく。 灰を掃除したのか、間抜けに口をあけた中すら、さっぱりと空っぽです。 ひどく絶望的な顔をして、男は一歩、後退りしました。 それから、落ち着かない風に、喉元や頭をさすって落ち着こうと努力します。 結局、気持ちは収まらないまま、ガンと壁に拳をぶつけると、来た道をとって返しました。 本当はどこに向かうべきか、彼は最初から知っています。 ※ 【犬と羊とタイプライター/carnaval・裏】 ―――――バッドエンド ―――――――――――――――――――――――――――――― ※777 「うう……めそ…もそもそ…ひっく…」 「あらまあ。それは大変でしたわね」 「しくしく……もぐ…えうー」 「でも、今朝方よりずいぶんと顔色が良くなってますよ。痛いぶん、よく効いたんでしょうね」 「…………ずびー」 「お引越しのしたくなら、声をかけてくれればお手伝いしましたのに。重かったでしょう、この荷物」 「………もぐ…しく…」 「オツベルさんがいなくなったら淋しくなります。また遊びにいらしてね」 「…………くすんくすん…」 「お待ちしてますからね。そうそう、ところでオツベルさん、はいこれ、プレゼントです」 「………?」 「消臭効果をうんとアップした生理用ナプキン、一年分。お香って、意外と匂いは誤魔化せないんですのよ?」 「…………ふ、うう、はぅぅぅんんん管理人さぁあああんっ(ひしっ)」 「ええ、あの人なら大丈夫、以前に怪我をしたので鼻は悪いと仰ってましたから。このナプキンはイヌの国で 作られたものだから、これなら絶対に匂いではわかりませんからね。あちらに行っても元気で過ごしてくださいね」 ※ 「ええと……おかえりなさいませ、ごしゅじんさまぁ?」 数日後。 あかるく清々しいお日様の下、陰気な顔のマダラの羊が、心底イヤそーに棒読みしました。 「………。」 対するわんこの旦那、言葉を失います。 男の夢とか浪漫とか幻想とかの具現の台詞なのに、こんなにトキメキを感じない言い方をするのはどうなんだろうか、 と思っています。 眉間を押さえて気を取り直します。 「……いや、あのな。なんだそれ」 「だって、………これからそう呼ばなきゃいけないんだろうなーって」 オツベル、ぶすぅっ、と不本意そうにへちゃむくれています。 言いたくないけど嫌々だけど仕方ないから言ってやる、という態度ありありです。 下宿の前庭、爽やかな休日の午前中です。 少ない休みを返上して、荷物を二階から運び下ろしてくれた男に対する態度ではありません。 前庭はレンガを敷き詰めたつつましげな道がつき、左右には下宿の家主の育てている蔦薔薇やら家庭菜園やらが 広がっています。 そんな素敵なガーデンで顔をつきあわせて、一人と一匹は揃って物言いたげな陰気顔です。 「……なんでだよ。だいたいな、お前がそんな、従者とか小間使いとか、そういう柄じゃないだろうが」 「当たり前じゃん。オレ、自由人なの。フリーダムなの。自分自身以外に主人なんて持たない主義なわけよ、判る?」 「なに、妙なこと言い出すなよ。笑っちまうかと思ったろうが。それになぁ」 前庭に積み重ねた荷物の山を見回して、男はぽりぽりと頭をかきます。 全部、男がオツベルに代わって運んだ荷物です。 「家賃だって出世払いって決めただろ? ……それに、お前みたいな小食、ひとり居候にしたところで たいした負担じゃない」 「そりゃ魔法を使う奴に比べたら誰だって小食だっつーの。…つか、イヌの国の食糧事情って魔法を使うのやめたら けっこう解決するんじゃ……まあいいや。ふーん。じゃあオレ、なーんにも気兼ねせずに、旦那んちで食っちゃ寝 してりゃいいわけだ? ふぅーん」 ゆーらりゆーらり、棒切れの身体を揺らせて、オツベルは刺々しく言います。 男は何も言いません。 その棘が、男に対してではなく、オツベル自身に向けた棘だと知っているからです。 ヒトのくせに、一般には弱すぎて愛玩家畜として保護されている生き物のくせに。 オツベル・スタァを名乗るこの個体は、飼われたり養われたりすることを嫌うのです。 自分自身を養えない自分を、悔しく、憎らしく思っているのです。 「……まあ、俺も半分は宿舎や仕事先で寝泊りするから、家の中に目が行き届かなくてな。 やりたきゃ掃除くらいしてくれても一向に構わないぞ」 「えー。オレに掃除やらせる気ー? まじ旦那、勇者? 前衛芸術家? 窓拭きとかやったこともねえよーぅ」 じゃあ大人しく食っちゃ寝しててくれ。 言いかけた言葉を男は飲み込みます。 正直に言えば、家に閉じこもって誰にも会わずに寝起きしてて欲しいと思っています。 イヌの王都は比較的、警察機構がまともに働いているとは言え、ヒトを放し飼いするなど心臓に悪くて 仕方がありません。 さて、不貞腐れているオツベルですが、文句を垂れる筋合いでないことは重々わかっています。 ですので、はあ、とため息をついて、肩を落とし、気持ちを固めます。 「……わかってる、ちゃんと」 「じゃあ、光熱費代わりに庭に水やりするってことでどうだ? ここと違って木しか生えてないが、夏場なんかは 水遣りのためだけに戻るのも人に頼むのも面倒で困ってたんだ」 「……みずぅ?」 何か言いかけたオツベル、きょとんと目を丸くします。 水やりなんて、オツベルの基準では夏休みの子供の手伝いレベル、仕事のうちにも入りません。 けれど毎日のそれがどれだけ面倒かと言うことも、この下宿生活で家主のガーデニングを見学して知っていました。 「……水やりで、光熱費代わり? ……他は?」 「他のは、出世払いなんだろう?」 抜けぬけと言うイヌの顔を、オツベルは不思議そうに見上げます。 食費に家賃に雑貨諸々。生きていくのは物いりです。 「……ふうん。へえ。ふぅーん」 「……何だ。言っとくがこれ以上は負からないぞ」 「んーー。まあ、そのくらいなら、やってあげてもいいけどー。……水やりってさ、『朝』起きてからでいいんだよね?」 「バカ抜かせ。夜中に水なんかやったら凍るし、夏場は湯になって木が傷んじまう。早寝早起きの習慣をつけろ、このモヤシ」 「えええー!? ぶーぶー、文筆業は夜じゃないと仕事進まないよー!」 「知らん。部屋にカーテン閉めて仕事すればどうだ?」 「えええええー!?」 大げさに不満そうにオツベルは声をあげます。 男は内心ほくそえみながら、知らん振りを決め込みます。 しばらく不平不満と、いかに夜の時間に筆が進むかを訴えていたオツベルは、やがてげんなりと肩を落としました。 「おうぼう家主ぃー」 「文無しに部屋を貸す優しい家主に何を言う」 これで話は着きました。 庭に下ろした荷物の山の中、貸し荷馬車の到着を黙って待ちます。 「……ねー。旦那んちって、どんなのー?」 「どんなのって言われてもな。ここよりは小さいよ。今はほとんど使ってない。…んー、俺の親父の代の……」 「ああ。妾宅」 「っ。お前、なんでそういうのにだけ勘が鋭いんだよ!? ……いや、第一違う。妾宅に建てたのは爺さんの代で、 親父の代には改装して、末っ子夫婦とか抱えの庭師一家なんかがだな」 「えー、オレあんま街の中心から離れるのやだなー。市場とか新聞屋とか近くないと困るぅー」 「困るーじゃねえ。我侭言うな。市場挟んでここから……反対側だな。距離はそんなに離れねえよ。 あのへんは昔は何にも無かったが、今じゃ猫井の社宅なんかが建って、ここより外食には困らないくらいだ」 「あー、再開発地区ってかんじ? ねー、旦那の宿舎からは遠いんだよね?」 「………まあな。でも、月の半分、いや三分の二くらいはそっちで寝泊りするから」 というのは嘘です。狭い宿舎のほうが性にあっているので、持ち家には様子見くらいにしか通っていません。 しかし今後、この居候がいるとなれば、徹夜仕事明けでもそちらに通うようになると、男は己が未来を 正確に予知しておりました。 「ちなみに、小さいけど天然温泉を引いてるから。掃除する気があるなら毎日入れるぞ」 「嘘!? マイ温泉!? うわ、すげーぶるじょわじー! やたー! おんせんー!」 オツベルの目が輝きました。 イヌの国は温泉地帯、貧しくても共同温泉でひとっ風呂くらいはなんとかなるお国柄。 でも内風呂で温泉となると、そう多くはありません。 簡単にはしゃぐオツベルを見ながら、イヌは満足そうです。 こほんと咳払いして続けます。 「……ま、ここの下宿の広い風呂に比べたら手狭だけどな、そこは衝動買いのツケで我慢するんだな」 「うぐ」 別にお前さんのことだからすぐに稼いで取り戻すんだろうけど、だいたい何時の間にあんな大金を 稼いでやがったんだ、林檎いっこも値切ってたくせに、まあお前がちゃんと水やりと鍵の番くらい 勤まるんなら、ずっとあそこに住んでくれたっていいんだむしろいてください、云々。 用意していた言葉をつなげようとして、その前振りに投げた言葉に、オツベルが固まりました。 「……う……うう」 しょぼーん、と細い背中が見る間にしょぼくれます。 あ、あれ、しまった、地雷を踏んだか、と男は背中にたらりと汗をかきました。 庭先にうずくまったオツベル、地面にのの字なんか書き始めました。 イヌ国での出版に向けて溜めていたお金と、そのために前借した資金。 その全てと、生活と、下宿の家賃のための金額を全部つっこんで、オツベルは先日、高い買い物をしたのです。 男は失言に唇を噛みます。 出費の痛手は大きく、オツベルはこうして住みなれた下宿を出て行かねばならなくなったのです。 出版社の印刷機の下に寝泊りするもん、と言い張るオツベルを男が我が家に勧誘するのとても骨でした。 それは確かに、高くて衝動的な買い物でしたが。 オツベルならば、オツベルがその場に居合わせてしまったのなら、仕方の無い出費だったと、男は知っています。 ちりんちりん、と鈴の音が鳴りました。 ちかごろ流行りの『じてんしゃ』に乗って、玄関先に小さな包みを抱えた男が立っていました。 「お届けものでーす。えー、『ゆかり』さん、ご在宅ですかー?」 「げふ」 イヌが意表を突かれて吹き込みました。 オツベルが嫌な顔をして立ち上がります。 「……オレのペンネームだよ。はいはーい。オレのことだと思いまーす」 花壇を身軽に跳び越して、ぺろぺろと手を振りながらオツベルが駆けて行きます。 サインして、届いた小さな木箱を受け取りました。 「ぅわおぅ!?」 受け取ったとたん、その予想外の重みで前のめりにコケました。 背の低い石塀にぶつかった箱が悲鳴をあげて砕けます。 がしゃん、とか、ごしょっ、とかいう重い騒音をたてて散らばったのは、箱にみっちり詰まっていた 銀貨銅貨の山でした。柔らかな庭土にぶちまけられた金属片には、金色の物も数枚混じっています。 優に、小食の羊が下宿代を支払いながら四ヶ月は暮らせる金額です。 「………。」 「………。」 オツベル、絶句。 イヌも絶句。 ぱちくり、と目をしばたかせた届け人、おもむろに帽子を脱ぎますと、そつなくオツベルに手を 差し出しました。 手の意味がわからなくて戸惑いの顔をしたオツベルですが、長い沈黙のあと、やっと気づいて、どうもと 言いながら手を握り返し、助け起してもらいます。 腰の土を無意識に払うオツベルに、届け人は帽子を丁寧に胸元に掲げて、一枚の紙片を取り出しました。 「お届け物なら赤犬急便、これ名刺です。今後ともどうぞごひいきに」 「は。あ、はい、ども」 オツベルは名刺を反射的に受け取りました。 届け人は深々と頭を下げると、姿勢を戻す動作で同時に帽子をかぶりなおし。 まったく何事もなかったように自転車に跨り、石畳の路地に消えていきました。 言葉もなく見送るオツベルたちの視線の先、もう見えなくなった角の向こうで、 遠くにちりりんと鈴が鳴りました。 「………。」 オツベル、のろのろと足元に散らばる大金に視線を落とします。 硬貨の小山の中に、ちいさな紙片を見つけました。 引きずり出してみれば、いわゆるピンクチラシの切れっ端の、その裏側に、殴り書きの 日本語で『今月分+先払い』と書いてありました。 「………。」 なんとも言えない味のある、疲弊し果てたような陰気な顔で、オツベルはノーコメントです。 一部始終を見守っていたイヌの旦那、おおまかな事情を察してやはり無言です。 硬貨の大半を占める銀貨が、午前中の陽を受けてきらきらと輝いています。 おなじく陽を受けて、庭に出された引越し荷物が、うず高く積まれています。 荷馬車はまだ着きません。 「………。」 「………。」 ぴーひょろと青空で鳥が鳴きました。 「……ねー、旦那ぁ」 「……ああ、なんだ?」 一人と一匹の声も薄っぺらで空々しく響きます。 世を儚む病棟の美少女のような顔で、オツベルはぽつりと言いました。 「花売りって……儲かるんだねぇ…」 ※ 『ねー旦那ー。あのさー、王都で一番の妓楼ってやっぱ●●●とか●●あたりー?』 『…待て、待て待て待て、それ聞いてどうする気だ行く気かナニする気だ!?』 『ナニって………えへへ。取材ー?』 『ばかやろ、お前みたいな……女みてーなのはだな、踏み入ったとたんに引ん剥かれて 前から後ろからヤられるのがオチだ! いいな、近づくな、絶対行くなよ!』 『……というわけで、旦那が教えてくんなかったから自力リサーチで行って来たよー。 ほいお土産、お友達ご優待割引券♪ 良かったねぇ旦那ぁ、今度行ってくりゃいいよー?』 『ななななななんだとぅーーー!?』 『ぎゃああ!? ちょ待、すとっぷギブギブ! ひっぱんな痛い脱げる脱げる!』 『おおお…おおおおおぅぅ…(号泣)駄目なのか…!? 前から後ろからヤられちまったのかー!?』 『誰がだバカ! ふつーに取材して来ただけだっ! すげえいい人だったぜ"桃色ラビット"のママ』 『ウサギの商売女にいい人もわるい人も関係あるかーーーー!!!』 『なぁに堅苦しいこと言ってんだよいい年した男が。軍の上部の常連客ちょー多いらしいぜぇ? んーと、ほれ●●の●●●とか●●●●なんかが週に一度は通ってるらしいし?』 『……●●●●大佐ぁーーー!??』 『オトコって虚しいイキモノだよなー。ひゃひゃひゃ。ちなみにママはマダラなんだってさ、これ秘密』 『…………嘘だあーーーーーー!!!』 『っるせぇよ!? って、やっぱ知ってんじゃん顔見知り? 常連? しょっくぅー? 大丈夫ー、 前の快楽は十二歳で極めちゃったから、魔術でチン●封印して、後ろの頂点を極めてるんだって☆』 『………。…………………。うう………ううううううう……(すすり泣き)』 ※ 「花売りって……儲かるんだねぇ…」 「冗談でもそういうこと言うとな、外国人滞在者保護の立場から、こっちにも考えがあるぞ?」 「考えー?」 「ああ。ヒントを出そう。輝黒鋼製のぱんつ」 「だが断る。……いやそれはマジで断る。あと目、目がマジなのまじ勘弁」 恐れをなしたようにオツベルはあとじさりました。 真顔で言い切った男はあくまで真顔です。 彼はやると言ったらやる男です。 「……まあ、男だし。オレ。…勤まるわけねぇし。あー、オンナに生まれてりゃ良かったなー」 ため息をつくようにオツベルが言いました。 オツベルの足元に散らばる硬貨は、オツベルが最近支払った大枚に比べれば微々たる物ですが、 小食な羊ひとりなら、下宿代を支払いながら優に四ヶ月は暮らせる金額です。 これだけあれば、あとは荷物を元通りに二階に運び込んで、すぐにも今までどおり仕事に打ち込むことが出来ます。 オツベルはこの下宿を気に入っていました。 それを、イヌの旦那はよく聞かされていました。 それなのに、イヌの男は、まだ一歩も動けず、何も言えないでいました。 やがて、ゆるゆるとオツベルが、ふりむきました。 「………金、出版社とか新聞社に借りてるんだ。前借りで。……それ返せるまで、やっぱりそっち行っていい?」 「……、いいとも。ああ、構わんさ。ど、どうせ遊ばせとくには勿体無いし、温泉あるし、ベッドマット干してきたし」 カクカクと肯く男、ちょっぴり早口で無表情です。 背中に隠した尻尾は千切れて飛べとばかりに振れています。 だってせったく荷物まとめたしー、と面倒くさそうに陰気な羊がぶつぶつ溢します。 くるりと半回転、ザルとかスコップ借りてくると言って、硬直する男の脇を行き過ぎます。 通り向けざま、ちょん、と細い指先が男の背に触れ、 「ありがと」 という小さくてぶっきらぼうな声が残りました。 背中から大砲でぶち抜かれたような衝撃で、男が今度こそ完璧に固まります。 軽い足音が遠ざかり、まるでタイミングを計ったように、窓から、お二人ともお茶にしませんかと声がかかりました。 男が、お帰りなさいご主人様、の代わりに、短いオカエリという言葉を聞くのは、この翌々日のことです。 ※ 「先輩、オンナを囲ったって本当っすか!」 ごん。ばたん。 ………。 窓の無い詰め所の、いつものデスク。 先輩と呼ばれた男は、一撃でノックアウト、机に鼻面をぶつけました。 おなじ部屋につめていた同僚たちは、ちょっと自然が呼んでる、自分も自分も、と言いながら そそくさと席を立っていきます。 鼻を押さえた男が、ゆっくり起き上がりました。 「……囲ってねえ。あとオンナじゃねえ」 「自分のオンナでもないのに囲ったっすか!? すげぇっす先輩、さすがっす、しびれるっす!」 だから、世間的には女性じゃないし、囲うとかそういうつもりじゃないし、プライベートだし。 衝動買いのツケで下宿代も払えなくなった身寄りのない外国人ひとり、顔見知りのよしみで仕方なく、 格安の出世払いで自宅に泊めてやることになった、それだけだってば。 たくさん言いたいことが浮かびますが、なんだか言葉になって出てきません。 「……あ゛ー……。」 自分で言いかけた言葉が、嘘でも建前でもなく、ほぼ事実であることに気づいてしまったりもします。 浮かれて毎日定時で帰宅しちゃったり、夜中に階下の部屋から寝息が聞こえる気がして眠れなかったりとかしていますが、実際問題、パーフェクトにプラトニックです。 偽の羊が偽であること、性別♀であることの二つは、ごく一部の者しか知らない秘密です。 だからどうしてこの後輩くんが、そんなような誤解に行き着いたのかは判りません。 ですが後輩くんは人の話をきちんと聞かない子ですので、この程度の誤認は日常茶飯事です。 男が訂正するのも疲れて黙っていますと、後輩くん、ますますバフバフでっかい口を開閉して お喋りを続けます。 「そのオンナもアレっすね! 自分のオトコでもないオトコの家に転がり込むなんて、もう 犯されたいとしか思えないっす! 淫乱っす男食いっす先輩逃げてーーー!」 がおー、と、乱食い歯を剥いて後輩くんは悲鳴をあげます。 この後輩くん、スカートはいてる女はみんな強姦願望があると信じてる口です。 「いや………あのな……アレは……そぉいうんじゃないから……いやホントに……」 なにか目じりに熱いものを感じながら、男は一応、動かしがたい事実を述べます。 「違うっすか!? そんなバカなことないっす!? だって一つ屋根の下に男女ふたりっすよ!? そのつもりじゃなかったら何っすかその女!? そこまで先輩の下半身を信頼してるっすか!? ありえないっす、男の下半身は別の生き物っす、でも先輩ならありえるっす、さすがっす!!」 うおー! と、後輩くんは、わけのわからない論理展開を賞賛の万歳で締めくくりました。 「…………下半身に、信頼………?」 あれー、そうなのかなー、そういうことなのかなー、と、男、後輩くんの勢いに押されて ちょっぴり考え込みます。 困窮した末でのこととは言え、男寡の家に転がり込んだ『彼女』のことを、ほんのり疑問に 思いながらも、つい棚に上げていたのです。 ………いやでもアイツ、女だってばれてないつもりなんだろ? あー、でも男同士でも、マダラはホモ殺しだから男だからって信用できない、って言ってたぞ? ってことは、えーっと、つまり? 「…………恋人でもない男の家に住むって……手を出されないって信頼してないと、全くありえない…?」 「当然っす! 聖人君子っす! 完璧な信頼っす! 紳士の王様っすよ! ときめくっす!」 「………………。」 ぼんやりと、男は思案します。 そういえば、引っ越してから数日、悶々としながら、何故かなんとなく手を出せないでいたのです。 自分でも、ちょっと不思議に思ってはいたのでした。 疑問は解決しました。 そこまで鉄壁の信頼を寄せられているのなら、そう簡単には裏切れません。 「…………あ」 男はぱくん、と顎を落としました。 意中の相手と、一つ屋根の下に暮らし始めたのに。 じつは、今までよりずっと、押し倒しにくい状況になってしまったと、今になって気が付きました。 「でも大丈夫っす先輩! オンナはちょっと強引な男のほうが好きっす! 据え膳食わぬは男じゃないっす!」 「……そ……そぉかな……う…ううう……はっ」 さめざめと涙に暮れかけた男、はたと気づいて顔をあげました。 「い、いやいやいや、違う、そうだそうだ待て待て待て。あいつ、どんな状況で何度押し倒しても泣くんだよ!」 悲しい事を口走りながら、男は目を輝かせます。 ここでない場所、いまでない時を垣間見る悪癖を持つこの男、パラレル世界? で、すでに何度かオツベルを押し倒しております。そして例外なく絶望的な顔で泣かれております。 男がこれまで手を出すのを躊躇い続けてきた理由の大きなひとつがそれであります。 「押し倒すからじゃないっすかね?」 男の幻視能力のことも知らないのに、後輩くん、さらりと脊髄反射で答えました。 「……………!?」 男、愕然と顔をあげました。 驚愕の表情で、まばたきもせず後輩くんを見つめます。 その手がわなわなと小刻みに慄いております。 長い沈黙がありました。 「押し倒すから……泣く………? そんな………バカな……?」 震えながら、理解を拒否して小首を傾げます。 「ふつーは泣くっす。陵辱行為は女性の尊厳を踏み躙るっす。時代は強姦を超えて合意のうえの和姦っす」 力強くこっくりと、真理を告げる預言者のように後輩くんが申します。 雷に打たれたように男はぶるぶると震えております。 「……じ……じゃあ……じゃあ…? 押し倒すのが駄目なんだったら、じゃあ……」 ふと、男のふるえが止まりました。 人間、極限の寒さに置かれると、もはや震えることもないというやつです。 自分の母が実は父だと知った子犬のように、男は自分の動揺にも気づかぬ体で聞きました。 「……じゃあ……俺はどうやってアイツを押し倒せばいいんだろう……?」 駄目男、ここに極まれりけり。 「まずはお友達からがいいんじゃないっすかね? たとえば」 ※ 「おかえりー。……旦那? どしたの?」 出迎えたオツベルが怪訝な顔で聞きました。 玄関に立つイヌは、まるで難破船から帰ってきた幽鬼のような顔をしています。 血の気のない、とは言っても毛むくじゃらなので顔色など傍目にはわかりませんが、とにかく 不景気な面の男が、おそるおそる片手を差し出しました。 「?」 ものすごく不審げにオツベルがノートを覗き込みます。 他の世界で言うところの良い子の学習帳、子供の小遣いで買える白紙のノート一冊。 質実貧乏なイヌの国製らしく素っ気無いグレーの表紙に、病的に震える文字で 『交換日記』 と書いてありました。 「………。」 「………。」 両者、無言です。 なんじゃあこりゃあ? と問う代わりにオツベルが半眼でイヌの旦那を見上げます。 男は凍りついたフランケンシュタイン風の濁って瞬きしない目で見つめ返します。 内心、あれ……俺……いったい何やってるんだろう…と自分でもわかってない感じです。 うんざりしきった顔で、オツベル、ため息をつきました。 「バカか。どこのちゅーがくせーにっきだよ」 「きゅうん………」 しおしおしお、と男の尻尾が垂れ下がりました。 もう生きていく気力もない……という風に肩まで傾く男の手から、ノートが抜き去られました。 「……面倒くせぇなあ。今日なんてオレ、食ったメシと旦那の面が笑えたってことくらいしか 書くことねぇぞ?」 オツベル、ぼりぼりと頭をかきつつ、億劫そうに言いながら、ノート片手にすたすた歩いていきます。 男は呆然とその背を見つめました。 ふと、オツベルが振り向いて男に言うには、 「……旦那。寒いよ。ドアしめてよ」 「……は。あ、ああ、悪い」 慌てて家に入ってドアを閉めます。 がちんと鍵をおろして、それから、奥へ振り向きました。 暗い廊下の奥、オツベルが向かう先の居間から暖かな光が溢れています。 ただよう匂い、今日の夕飯は近所の食堂の定番スープ、お持ち帰りのようです。 流れてくる温もりに誘われるように、男は意識せず踏み出しました。 ※ 「………以上の38点により、本官に任じられた任務は通常考えうる常務を著しく離脱しており、 このたびの失敗は任務を命じた上官殿にもあるものと……ええと? あ、あのな、なんだこの 達筆すぎる反省文じゃない物は?」 「反省文っす先輩! ねーちゃんと徹夜で書いたっす!」 「今度はねーちゃんてお前。……あ、いや待て、お前んとこは嫡子の息女ひとりだけじゃ」 「ねーちゃんはねーちゃんっす。妹は本当は妹じゃないけど妹っす。養子に来たときに、これからは 親戚なんだから、ワタシのことは妹だと思えって言われたっす。おれ言いなりっす。養子きびしいっす」 「………確か、お前んとこの親戚筋で妹なんて年頃って言ったら、二代前に入台……ああ! 言うな! いい、言わなくてもいい! 俺は何も聞かなかったー!」 「でも妹もねーちゃんもおれのことが嫌いなんっす。おれねーちゃんにもいじめられるっす。 うちのキー坊に悪い虫がついたって言われるっす。ひどいっす、おれ三日に一度は風呂にはいるっす。 ノミなんてついてないっす。ちなみにねーちゃんと妹も仲が悪いっす。おれの部屋は戦場っす」 「………………………。」 「あ、ところで先輩! おれ最近、カノジョが出来たっす! 嬉しいっす! やっと春が来たっす! 桃色バニーって店のいちばんの売れっ妓っす。バニー戦隊のクリムゾンブラックちゃんっす」 「………それは俺の知る限り彼女とは言わないしお前の人生は常春だしああもう何から突っ込めば… って、んん? 待て待て、その店は」 「先輩にだけ教えるっす、本当は誰にも秘密って指きりゲンマンしたっす。あの店の女の子たち、 じつはほとんどウサギじゃないんす。ひみつっすよ先輩、誰にも言っちゃだめっすよ」 「……そりゃ何が哀しくてウサギがイヌの国で売春しなきゃならねえんだよ。カネが目当てなら ネコの国にでも行くだろうし、本物のウサギならいちいちカネなんかとるか」 「あ、それともうひとつ、もっとすごい秘密があるっすよ! おれのカノジョのクリムソンブラックちゃんなんすけど―――――」 「その趣味の悪いネーミングに妙に親近感とか既視感を感じるなあ」 「……じつは、ウサギのつけ耳をつけた、本物のメスヒトなんっす! 名前はユカリちゃ…… せ、先輩!? 先輩どうしたっすか、どこ行くっすか!? 廊下を走ったら怒られるっす、 大声出したら叱られるっす、窓から外に出るのはハシタナイっす、せんぱいーーー!??」 ※ よいこの『ちゃんとできるかな』【ソティス幼年期教育現場の教科書より抜粋】 ●おとしものをひろったら おまわりさんにとどけましょう。 おまわりさんがちゃんと もとのもちぬしのひとに かえしてくれます。 おまわりさんがいないときは おとなのひとに わたしましょう。 ●おとしものが みたことのない ふしぎなものだったら? それはヒトのせかいの 『おちもの』 かもしれません。 あぶないのでさわらないようにしましょう。 おまわりさんか おとなのひとをよんで おしえてあげましょう。 ●おとしものが 『ヒト』だったら? ヒトはにんげんとはちがう みみ を しています。 もし『ヒト』のみみをしていたら、くびわをしているか たしかめましょう。 くびわをしていなくて ちかくに かいぬしがいなかったら やさしく て か あし を もって すぐにおうちに つれてかえりましょう。 かえったら おとうさんか おかあさんにいって くびわをつけてもらいましょう。 ※ 男は下宿の階段を駆け上がり、見慣れたドアを開け放ちました。 さらりとした風が吹き抜けました。 あまり昼間には来た事の無い、二階の奥の角部屋は空っぽでした。 急に部屋が広くなったような気がして、男は立ち尽くしました。 机もベッドもストーブもそのまま。 でもベッドマットは窓際の日の当たる場所に斜めに立てかけられていて、シーツと枕は どこかに出払っているようでした。 モップがけしたところなのか、板張りの床はうっすらと湿り気をおびています。 小物や本が詰め込まれていた棚はずいぶんすっきりしていました。 なにより、雑多な物と、紙束と、じっとりと座り込んで動きそうにもなかったタイプライターが、 ごっそり机の上から消えうせていました。 冬の間ずっと焚かれていたストーブに火の気はなく。 灰を掃除したのか、間抜けに口をあけた中すら、さっぱりと空っぽです。 ひどく絶望的な顔をして、男は一歩、後退りしました。 それから、落ち着かない風に、喉元や頭をさすって落ち着こうと努力します。 結局、気持ちは収まらないまま、ガンと壁に拳をぶつけると、来た道をとって返しました。 本当はどこに向かうべきか、彼は最初から知っています。 ※ ………ああ。先輩、行っちゃったっす。 まるで鬼神のようだったっす。 蒸気機関車のようだったっす。 先輩、せっかく秘密を教えてあげようと思ったのに、聞かないで行っちゃうなんて酷いっす。 人の話を最後まで聞かないなんて、先輩も仕方の無い子っすねー。 クリムゾンブラックちゃんは役職名で、ユカリちゃんは源次名っす。 飼い主の名前から源次名をとったって言ってたっす。 王都のど真ん中に落ちてきたカノジョを、その場で拾い主から現金で買った大富豪の飼い主っす。 ああいう店の女の子が、本名をほいほい表に出してるわけないっすよ先輩? 本当の名前は、ウメコちゃんっだって、おれだけこっそり教わったっす。 へんな名前っす。ヒトの名前はたいていヘンだけど、とびっきりヘンな名前っす。 おれがそう言ったら、カノジョ、私もそう思うって笑ったっす。 いままで他に、正面から言われたことないって言ってたっす。 きっといままでカノジョが会ってきた奴らはそんなこともわからないバカばっかだったんす。 すごかったっす、笑顔ちょーかわいかったっす。いつもはずっと怒ってる顔してるっす。 先輩にも見せてあげたいっす。純正品の『つんでれ』っす。本物っす。ブランド品っす。 この前、耳飾りをプレゼントしたんす。カノジョが着てる服の色の石のついたやつっす。 高かったんす、ネコの王女の一人が作ってて、マグロ二匹と宝石と銀のぶんの値段したっす。 おれボスに保証人になってもらってローン組んだっす。自動引き落としで楽勝っす。 幸運を招く耳飾りっす。ブッフーの糞を踏むところを鳥の糞で済むようになるっす。 変動確率操作指定なんとかって魔法がかかってて、もー、ちょーものすごいらしいっす。 あげたときに、私ピアスホールなんて開いてないって怒って箱ごと投げつけられたっす。 角がおでこに当たって痛かったっす。涙が出たっす。癖になりそうだったっす。 次に行くときには棘がいっぱいついて痛そうな薔薇の花束を持って行こうと思うっす。 先輩は初心者だから、豆腐とかクッションみたいなのから持っていくといいっすよ、…って 教えてあげたかったっす。はあ。残念っす。でもそそっかしい先輩もかわいいっす。 ※ 「あれ? おかえり旦那、なんだよ今日はちょー早いじゃん。って、うわ何、何何なに!? ひぁっっちょっ、うわぁ!? ひゃああああ!? 何すんだ何してんの、きつい苦しいぐぇ!?? おおおお待て待て待て頼むからちょっ落ち着け落ち着いてお願いお願いお願いーー!? つか何、何だよ、うわ、えっ、嘘なんで泣いてるの!? いやおかしい、おかしいから!? ………はぁ!? なにが!? いやっ鼻水! はーなーみーずー!? うさぎぃ!? 知るかよ、なんの話だよ、はあ!? うわそれ何、通信機!? いや待って、いらないから!? はかないから、そんな特注の鉄のぱんつとか!? ほらぁ、おるとろすさん困ってるじゃんか!? いや金はなんとか都合ついた、って金ならいくらでも払うとかどこのオヤジだお前、ひぃ!?」… ※ 【犬と羊とタイプライター/carnaval・裏】 ―――――トゥルーエンド
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羊と犬とタイプライター・カーテンコール 薪ストーブの上でコトコトとヤカンが鳴る。 曇った窓ガラスの向こうは夜の闇。 ちらつく雪がしんしんと、音を吸い取って静かに、静かに。 「ねー旦那ぁー」 鏡のような窓に向かい合ったまま、こちらを見ないで言う。 「犬の国ってさ、祭りみたいなもの、ないの?」 頭の両脇には重そうなマダラ模様のヒツジのツノ。 毛皮の代わりに着込んだセーターはぶかぶかで、針金みたいな体を強調している。 旦那と呼ばれた男は、ストーブの近くで湿ったコートをかざしている。 擦り切れたキャラメル色のコートは安物で、比べれば男の自前の毛皮のほうが上等なほど。 こげ茶色の毛並みの、薄水色がかった目の、狗頭人身の男は、億劫そうに牙を開いた。 「ある。でもこのあたりは街だからな。田舎じゃいろいろやってるはずだ」 ふぅんと、問いかけた割に興味なさそうに、マダラツノのヒツジ———— オツベルと名乗る異郷人は、窓の外に視線を投げた。 故郷を思っているのか、背中は何時にも増して小さく。 ぼんやりと言葉を途切れさせて、物憂げな顔が窓に映る。 「………お前の国の祭りは、どんな風なんだ?」 古びた煉瓦を思わせる声が、慎重に、そうとは聞かせず朴訥と、言葉を選ぶ。 「んー……。いろいろあるけど。いちばん大きな祭りはね、やっぱり夏と冬の二回だね」 窓際でゆらりゆらりと、夢遊病者のように体を揺らせて。望郷に耽る背中が、とても遠い。 「あっちこっちから大勢仲間が集まってね。その時しか会えない奴もいるし。 もう会えないと思ってた奴と、ばったりなんてこともあるよ。 神に直に会えるのも、大抵はその時くらいだね。……オレんち、地方だったから」 「……ほう。信仰心があるとは知らなかった」 窓に映る顔が、泣き出しそうな苦笑いに歪んだ。 気づかないふりをして、コートを熱に炙る。 しんしんと雪が降る。 窓を隔てて、部屋は暖かく、外は暗闇。 星も見えない夜空の向こう、もう帰れない場所を想う。 想い出は尽きず。 名残さえ、時とともに消え去るとしても。 かなわぬ夢に、いまだけ浸ることを許して欲しいと、ため息をつく。 「ああ……目の前に、ひゅーんって、落ちてこないかなあ……神の冬コミ新刊。 える、しってるか……やぎ子ちゃんは ぱんつ はいてない……」 「どんな神官だ。ウサギじゃなくてか」 「ううう……うさぎもはいてない…。 神様仏様お願いです、ハンターの最終回の載ってるジャ●プでもいいです… 最終巻が欲しいとまでは言いません、最終回打ち切りでコミック未刊行とか超ありえるし」 さめざめと泣く背中が侘びしい。 深く訊いてはいけない気がして、男はそれ以上問いかけるのをやめた。 年の暮れ。冬の只中。 しんしんと犬の国に雪が降り積もる。 ◆ ◆ ◆ びゅごー。 ごごごごごごごー。(※効果音。風。) ざく、ざく、ざく、ざく(※効果音。2人分の、雪を踏む足音) びゅごーーー。しゅもぉぉぉぉぉ(※効果音。横殴りの雪) 遠くからフェードインする馬鹿笑い×2。 「……ぅぁはははははははははははははははははははははは」 「……わははははははははははははははははははははははは」 「あははははははははははは。あははははははははははははははは!! 寒ぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーはははははははは」 「はははははははは。あーっはっはっはっはっはぁああああああああああー! 腹が立つから頼むから笑うなこの馬鹿野郎ぅぅぅうははははははははははは」 「ひぃははははははは、はははははは、は、あれだね、オレたちもうだめだね旦那。 いやだぁぁぁオレにはまだやり残したことがぁぁぁ、アイスマンは嫌だぁぁあああはははははは!!」 「ああああああああ肺が凍る肺が凍る肺が凍るーーーーー!! 止まるな歩け、 もうちょっとで山小屋が! 遭難者用の山小屋が!!」 「いひひひひひひ、ひゃはははははははは、むりむりむり前ぜんぜん見えないしーー! この手ぇ離したら一メートル先の旦那も見失うの確実だし、ってか今も顔とか 見えないし見えてもツララついてる犬の顔とかちょーうける、うはははははははは!」 「笑うなーー!? お前が来たいって言ったんだ、お前が止めたのに行くって言ったんだ! 何が霊峰だ何が年明け一番の日の出だ、だからよせってあんなに止めたんだーーーーー!!」 びゅごー。 ごばごばごばこばごば。(※効果音。風。はためく2人のコート。) 「着いてきてくれなんて一言も言ってねえーーーーー!! ああああくそ寒ぃ死ぬほど寒いぃぃ!」 「それはなぁぁぁ、お前みたいな外国人がなぁぁぁ、雪山で遭難なんかすればだなぁぁぁぁ、 延々探しに行くのは俺たちの仕事だからだー! 糞ったれ雪中訓練なめんなぁあああああああああああああ!」 「ぃぃぃやっほう冴えてるね旦那ぁー、一緒に死ねば探す手間はぶけるもんねー! あーはははははははは」 「死ぬのはお前だけだ、ああ畜生、クソッタレ!! 何で勝手に不凍薬の中身すげ替えやがったこのモヤシ!」 「あははははー、あんな淫猥な功能の黄色い水なんか飲めるか馬鹿ーーーーーーー!!」 「そんなこと考えるのはお前だけだ、お前だけだ!? あああああ寒い寒い寒い、馬鹿野郎、ちくしょー!!」 ごごごー。 ごごごごごごごー。(※効果音。風。風音に飲まれて音声が途切れる) 「………! …!! ……………!!」 「…! ………………!!」 「っああああああ、大人しく八房くんちでお節ご馳走になってりゃよかった、寒いよーーーーー!」 「ヤツフサ!? やつふさって誰だ、男か、男なのか!? お前ひとの名前勝手につけるの なんとかしろよ、紛らわしいよ、リストアップ面倒くさいって諜報部から文句来てるんだよ!!」 「あはははははははは寒いー! 聞こえねえー! 自分の声も聞こえねえーーー!!」 「ああああ畜生、山荘はどこだーーーーー!! 2人っきりで暖めあうんだーーーーーー!!」 びゅごーーー。しゅもぉぉぉぉぉ(※効果音。横殴りの雪) 「…いいかんじに追い詰められてきたのにゃー。もーちょっと置いとくと、 この一杯のスープの値段もうなぎ上りなのにゃ。はー、おこたぬくぬくにゃー」 「ご主人様ぁ。悪趣味ですよ。こんな山小屋まるごとひとつ幻術で隠すような事までして。 もういいんじゃないですか? 中に入れてあげましょうよ」 「にゃーはいま信仰を広める偉大な活動をしているのにゃー。追い詰められた後ほど 人の優しさは身に染みるのにゃ。どんな悪人でも改心するほどにゃ。ほらいいからさっさとお蜜柑剥くのにゃ」 びゅごー。 ごごごごごごごー。(※効果音。風。) 「……寒いよう寒いよう寒いよう。さむいー。さむいよー…。やだよー死ぬのはいやだよー」 「黙ってろ……体力を……消耗するから……山小屋……やまごや…」 「あああ手足の感覚がない……どこに行ったんでしょう私の手足……だから寒冷地仕様のオートメイルに 換えてくればよかったんだ……さむいよう…」 「寝るなー! 起きろーー!」 「寝てないー。寝てないー。すいませんー寝てましたー。 ……、おとーさんおかーさーん、どうか、ハードディスクは物理的に消去してください、 押し入れの奥の段箱は中身を見ないで焼いてください、それだけが、それだけが私の願いです…」 「起きろー!」 「こんなこともあろうかと、ちゃんと空間転移用マイクロブラックホールを用意しました、お姉さま… あああっ、お姉さま!? お姉さま、鉄下駄が曲がっていてよ!?」 「あんまり寝言ばっか言ってると口ふさぐぞこの野郎」 「……。っは!? やばいオレいま寝てた!? 旦那、旦那、いまオレの目の前にピ●クレディーがいて! パンもろで歌って踊るレディーが、男は狼だから気をつけなさいって懐メロ熱唱で!」 「ちっ、起きたか。……気を引き締めろ、寝たら死ぬからな、背負われるの嫌なら死ぬ気で着いて来いよぉぉぉ!」 「ああああああ、眼が覚めたらよけいに寒いぃーーーーーーー!! 骨が骨が凍る染みる寒いぃぃぃぃぃぃ。 …っく、だああああああ! 旦那ぁぁ! コート! コート出せコート! コートぉー!」 「ああ!? 俺のコートはお前が着てるのは気のせいかおい!?」 「知ってんだよそのリュックの底に趣味悪ぃ黒コート入ってんだろ出せ出せ出せ貸せぇぇぇぇぇぇぇ」 「っ!?(見られた!?) ない、そんなものは無い、幻覚だ錯覚だ、気のせいだ! …いやほんとに! (土壇場で口には出せないアイテムに入れ替えたから)」 「いいからとっとと出せ、見なかったことにしてやっからさっさと出せぇぇぇぇええええ!!」 「…にゃんと!? マダラのヒツジがイヌに襲い掛かったにゃ!? ヒツジ攻めのイヌ受け、下克上逆カプにゃ!? こ、これはますます目が離せないのにゃ!?」 「うわー! その流れでなんで僕を押し倒すんですかー!? あっダメ、いやああああんっ」 ◆ ◆ ◆ 同日某所。住宅街。 「はふぅ…栗きんとんうまうまー…。あっ、オレ、お餅なら雑煮じゃなくてお汁粉がいいなー♪」 「ダメに決まってんでしょ。ほらせっかく作ったんだから食べなさいっての。 ほーら、大人が好き嫌いしておかししいでちゅねー」 「わ、わかったよー、食べればいいんだろぉ……もそもそもそもそ」 「あ、そういえばねー、昼間に顔面ゔみ゙っからお歳暮来たよ」 「げほげほげほ」 「すっごい疲れた顔のムカデが届けに来たから、無記名だけど間違いないと思うなー、うん」 「………何したいんだろうな、あいつ。それで、開けてないよな?」 「ん、とーぜんでしょ。中から本人が飛び出してきて、やあびっくりした? とか言いそうだもん。 お散歩のとき、マタタビと石くくりつけて町外れの湖に沈めといたー」 「……そっか。じゃあ、氷が解ける季節までは平和だねえ。ごちそーさま」 「ばかたれ、食べ残してるじゃない。んもー、はい、あーん」 「あ、あーん…」 それでは皆様。よいお年を。 ◆ ◆ ◆
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わんわん異聞+羊と犬とタイプライター 上司A氏は堅物だ。 そのAに、ドレスの花嫁がドロックキックを見舞ったとき、内心快哉を叫ばなかったと言えば嘘になる。 生憎、俺の花嫁ではない。 これまた堅物の同僚(仮にB氏とする)が恋人として連れてきた女だ。 実を言うと『女』ですらない。 花嫁はキックのあと、自分の耳を両手で毟り取り、足元に叩きつける。 床に跳ね返る、つけ毛ごととれた耳。 あまりの出来事に石になってるB。 これまた石のように動かない上司A、ただしそいつはいつものことだ。 現れたのはヒトの耳。 荒い息でドレスの裾をからげ、ふんと胸を張る。 女ですらない、華奢で小さいヒトメスは、止めに入った旦那にも華麗な後ろ蹴りを見舞って黙らせた。ああ、普段の2人の関係性が忍ばれる。 ああヒトだよそれがどうかしたかと堂々と宣言し。 慣れた手つきで赤いチョーカー、いや首輪をキリリと自らの首に巻き。 ヒトメス奴隷の、そこからの剣幕がまた凄かった。 主張の主な中身は、主人の職場における待遇の悪さについて。 どこの過保護な母親か、と問いたくなるような演説を喧々諤々。 いわく。 こんな生活能力皆無の男一人寡を一人暮らしさせるなんて殺人行為なに考えてんだ配属考えたのはお前かこの馬鹿、だいたい職務上独身義務付けって頭おかしいっつーの、そりゃコレに嫁ぐ酔狂な女はゼロだけど、ええあたしはヒトですともよ、だったら問題ナシだろうが。えーえー精一杯家事洗濯もろもろご奉仕させていただきますよ。そりゃ元の世界には帰りたくないとは言わないよ、でもコレ放って帰ったら、ずーっと「ああ、いまごろ三ヶ月前の牛乳に当たってないかな」とか「埃とゴミとカビに埋もれて窒息してないかな」とか「甘いもんばっか喰いまくって肥満で解雇されたあげく虫歯で総入れ歯になってないかな」とか、気が気じゃなくて仕方ないだろうがボケ。等々。 ————いやほんと。 勇者と賢者とモノ知らずは紙一重だ。 端で、そ知らぬ顔で直立不動してるのがほんっとに辛かった。 「そりゃあんたたち犬は他の種族より反則的に頑丈なのは知ってるよ!? コイツですら、…コイツですら! 他種族と比べたらもー圧倒的に強いんだから、他の人たちはそりゃもうもっと頑丈で賢いんでしょうよ! けどそれとこれとは別、生活習慣ないがしろにして弱らない生き物がいるわけないっつーの! ほれ、なんて言ったっけ、あのショタっぽいの。猫耳の。顔面ゔみ゙っの。顔面ゔみ゙っのくせに生意気なんじゃ! ああいうのだっているわけでしょ? ああいうのも取り締まるんでしょ? あのガキひとが弱いと見たら調子に乗りまくって、サドか、子供のくせにサドプレイか!? あああっもう思い出してもムカつく! しかも何、とどめ刺しかけて、君ら面白いから気に入った、また遊んでとか、勝手に死んだら酷いよ? とか、ふざけんじゃないっつーのよ! オモチャ!? オモチャ扱いですか!? こっちの世界ってあーゆー歪んだ奴が取り締まりし切れないくらいゴロゴロいるわけ!? そりゃ薬くれたおかげで死なずにすんだけどさ、それだって元々はお前にいたぶられた傷だってーの! ぬぁにが勝手に死んだらよ、はんっ、酷いって何、なーにーが出来るってのよ、たまたまヘタレに当たっただけで調子に乗って! ふんっ、出来るもんならやってみろっつーの、その酷いってのを!」 ……。 地団駄を踏む、という実物を、はじめて見た。 ようやく言いたいことが尽きたのか、顔を伏せてぜいぜいと荒い息。 静まり返った部屋。 ヒトメスの息がすこしだけ落ち着いた。伏せたままの顔。うなじににじむ、冷や汗の気配。 顔をあげる度胸はなかったらしい。 え、えへっ、と殊勝に可愛く肩をすくめて、そそそそそ、と石を通り越して氷になってる旦那の背中に隠れた。 俺は、堅物の上司が、はじめて微かにうろたえている気配を嗅いだ。 報告書には書いてなかったなと上司は言い。 堅物の同僚は、何も答えられず。 薄暗い寮の廊下。 部屋には入らずドアを背にして、がっくりと座り込む同僚を見つけた。 ぱちぱちと適当に鳴らす拍手に、疲れきった顔がこちらを向く。 「名女優じゃないか」 「……、エンゲキブ、だったって、言ってた。……。ありがとう。黙っててくれて」 「違う。口を挟むのも忘れてたんだ。あと俺はお前より旧式なぶん鼻も鈍い」 「……すまない」 事前の打ち合わせもなかったんだろう。疲労を隠さず、また膝に顔を埋める。 「で、名女優は?」 「……中。一人にしろって追い出された。いまベッドでひっくり返ってる」 背後のドアを示す。 さながらこいつは忠実で確実な門番ってところか。 いやはや。どっちがご主人様やら。 主人————門番犬扱いのコイツ————に最初に出会ったがために、コイツを「一般的な人間、またはそれ以下」と思いこんだヒト奴隷。世界を知らないがゆえに、稀代の大魔術師を、そこらにごろごろいるレベルの術師と勘違いした愛玩家畜。 ヒトは家畜だ。短命で脆弱だ。 ただしこの家畜は、言葉を話す。 余計なこと————例えば、ご主人様の実力そのものが国家レベルの軍事機密だとか————、を喋る玩具は縊られる。 死んだヒトほど慎み深いモノはない。 だが今回、ひとつ問題がある。この家畜は、我侭な犯罪者の『お気に入り』だ。 その犯罪者は傍若無人で、機嫌ひとつで町のひとつふたつ潰すは朝飯前。ついでにちょいと他人わり目や耳が「利く」から、お気に入りが生きているか縊り殺されたかどうか察するなんて、それこそ昼寝前。 秘密を握っていながら処分もできない厄介物。 それがあのヒト奴隷の立場だ。 ………ならば、どうする? 選択肢はない。 生かしておくしかない。 せめて誰の目にも触れないように、誰にも声の届かない場所で。 幸い、この家畜は主人に忠実だ。 ソレはまだ自分の握る物の重要性と自分の置かれた立場を理解していない。 だから秘密を他人に売るという行為も思い至らない。 そして主人は、基本的には組織に忠実な男だ。 実際問題、世話係にもなるペット一匹くらい、飼わせるのに何ら問題はない。 ————かくてご主人様と無知なペットは、2人っきりで末永く一緒に暮らしましたとさ、と。 「……うまくいくといいな」 「……。難しいと、思う。けど」 癇癪を起して地団駄踏みながら、やけっぱちの勢いに誤魔化して、誤魔化して。 わめくヒトメスは鼻を突く嘘の香りを撒き散らしていた。 上司殿はご主人様と違って鼻が利かないことを知っていたんだろう。 どこから嘘でどこまで事実かは知らない。 すべてが嘘ではないだろう。 せいぜい、少々都合よく誇張した程度の嘘。 自分たちを殺しかけた敵の存在を逆手に、これからの自分のたちの保障に換えようと。 仕様の無い小細工だと、誰が笑えるだろう。 ヒトの身で、家畜の奴隷の身で。吹けば折れる命しかないくせに。 たいした玉だ。 繰り返しになるが————生憎、俺の花嫁ではない。 「……、」 きょとんと番犬が顔をあげる。 それから、にやりと。 自慢たらたら、宝物を見せ付けるキラキラの子供の目で。 ————わー。こりゃ重傷だ。殺してえ。 「あ、そうだ。この嘘つき」 「……。論理的に言い直す気はあるか」 「ヒトは寿命が短いから十二・三歳で子供産むっていう、あれ。そんなわけないって怒られた。嘘つきー」 ぶーたれる。子供か。 そのうえ怒られたって何だ。あの蹴りだけは芝居じゃなかったか、やっぱり。 「それは悪かった。情報源にこんど追求しておこう」 そこで話題が途切れる。 沈黙のあと、うながすように緑の視線がこちらに向けられる。 「……それで。冷やかしに来たんなら、そろそろ勘弁してほしいなー、なんて」 それこそ、まさか。 本命、伝えに来た機密事項を耳打ちする。 これで用は済んだので、片手を振って廊下を去る。 聞こえよがしに足音を立て、故意に、最後は控えめに。 俺が角を曲がりきらないうちに、しばらく前からドアの裏側でじっと耳をそばだてていた家畜がどかんと扉を蹴り開けて主人を強襲する姿を目撃し、いわゆる胎教に悪い類の罵詈雑言、世にもナサケナイきゃいんという悲鳴を聞き、こってりと充満する甘ったるい匂いを、嗅いだ。 なんとも、はや。 ご馳走様。 ◆ ◆ ◆ —————ひからびた夢を見ていた。 目の前の、墓標の現実に目が眩む。 畑にもならない石くれだらけの冷たい丘陵地。 無数に並ぶ味気ない墓の群れ。 視線を落す小さな墓標の下の空櫃に、持って来た花を手向けていいものか迷う。 一年前の冬。 ここに名を刻まれた男は骨も残さず消え失せた。 雪の荒野に穿たれたのは大魔術の痕跡。無人の詰め所は食べかけの食事が二人分。片付き整えられた、温もりさえ香る日々の名残。 クローゼットは半開き、その奥にあるべき装備が見つからず仕舞い。 半年間の調査の結論は言うまでもない。葬るべき屍もないまま、かつての同僚の名はここに刻まれている。 俺はいつものように手にした花束の始末に迷う。 仕方なく墓の前に棄てるか、所在なく持ちかえるか。今日の俺はどちらのパターンだろう。 「なーなー。オレ、マドカちゃんはきっと巨乳だった思うんだけど。旦那はどう思うー?」 逡巡も感傷もぶち壊す間伸びた低音。 振り向けば、ドーナツそっくりの双角を紫と黄のマダラ模様に塗りたくった馬鹿が、上機嫌にふらふら揺れていた。 「……ちなみに俺はいま、お前を連れてきたことを猛烈に後悔したところだ。……マドカ?」 「うい。マドカちゃん。だってさー、時空の侵犯者を捕まえた国家のイヌだろー? 例のおとぎ話の、ナントかの猟犬じゃないか」 妄想を垂れ流す時の得意顔は墓を見つめて俺を素通りし。 俺は尻尾をぴくりともさせなかった俺自身を絶賛する。 「そんでもって、その猟犬を逆に『とっ捕まえた』んだから、その子は円【まどか】ちゃん以外ありえないんじゃね? どうよ」 陰気に、不謹慎にへらへら笑う。 細長い手足は華奢を通り越して不健康。 当人いわくマダラだからマダラにしたのさ、と語ったツノは悪趣味以外の何物でもなく。 「タマちゃんとかマルちゃんじゃあんまりだろ。だーかーら、マドカちゃん。 きっと、冬に閉じ込められた孤独なイヌをとろかせる、母性愛にあふれたメスギャルだったんだぜ。だから巨乳。デカチチ。いいなー、そりゃあとろけるよなー、情も移っちまうよなー。男って虚しいイキモノだぜー。ヒヒヒ」 マダラ角の羊は、俺の手から花束を奪い取ると、その細く白い手で花びらをむしり。おどけた仕草で墓標にふりまいた。 あの日の雪のように、ちらちら、ちらちら。 もう巻き戻せない時の砂のように。 「案外さあ、犯りまくってお前はオレの肉奴隷だー、なんて調子くれたところで、ドン引きされたあげく、しゃらくさいあなたがあたくしのオナペットよ、つって、あっちの世界に連れてかれちゃったんじゃね? オレ思うにさー、ふつーに殺されて死体で転がるよかさー、生きたまま消されるってほうがホラーじゃね? ちょー怖ぇ。明たる戸腋の壁に腥々しき血潅ぎ流て地につたふ、されど屍も骨も見えず。月あかりに見れば。軒の端にものあり。ともし火を捧げて照し見るに、男の髪の髻ばかりかかりて。怖いよなぁイソラちゃん。あれ、マルちゃんだっけ。どっちでもいいけど。つーかぁ、マリーセレストなんざ手垢つきすぎててつまんね。フライパンにカビた目玉焼きってどうよ実際。いまごろヒトの国で孤立無援、閉じ込めて首輪つけて飼われ犬。しまった、なんかシアワセそうでムカつくじゃねえか。あーぶだーくしょーん」 茎だけになった花束を無造作に投げ捨てる。 山脈を渡る北風があっというまに花びらをまきあげ、さらって行った。 想像する。いずれ手放す予定の奴隷とその主人。秘すべき猟犬。待機を命じられながら装備を固めて飛び出したのは何のためか。 骨の一片も見つからなかった意味が、圧倒的な破壊力の結果でないのなら、どんなにか。 ………ひからびた夢を見た。 決してこの俺自身と交わらない対岸の灯。 幻は理想的に優しく、比例して残忍だ。 「なー、そろそろ寒い。死ぬる。腹減った」 細い体。俺の肩先までしかない背。見ただけで心細くさせる折れそうなうなじ。 さっさと丘陵を降り始めた痩躯に、ふと。 眼球を寸刻みにする嘘に背中を押されるように、名を呼んだ。 「……■■■■■■。ツノがずれてる」 はっし、と。 反射的に動いた両手が、重そうな巻きツノを押さえる。 呼吸を止めていたのはほんの二秒足らず。 びびった、と言いたげに息をゆるめ、振り向く目がオレの顔を確かめる。 「冗談きついぜ旦那。うちの一族、折れたらそれっきりなんだぜ?」 大事そうに、どう見ても外したほうがマシに思える両ツノをなでまわす。 ぽんぽん、と確実にくっついていることを確認して、それきり、何事もなかったように、おどけた足取りを再開。 香る、嘘の気配。 常に言葉に誇張を織り込まずにいない奇人の、どこからが虚実でどこから本当なのか、この不器用な鼻は嗅ぎ分けてくれない。 よせばいいのに、今日のオレは舌が軽い。 「■■■■■■。今度、押し倒していいか?」 「よかねぇよ」 並ぶ墓標を飛び越える遊びに熱中していた奇人がぴたりと停止した。 「……よかねぇよ。ってか何さっきから。なに急に、ノンケでも欲情させるオレの美貌が悪いわけ? そりゃスイマっセン、おホモだちよりお友達でいたいのアタシぃ」 両手をカカシのように広げてくるりと半回転。 後ろ向きにひょこひょこと、坂を下るスピードはそのまま、いぶかしげな目がオレをねめつける。 「つか、まじ冗談のつもりなら勘弁。笑えねえわそれ。マダラがホモ嫌いな理由、くどく説明させてぇの? うっわ鳥肌たって来た。イヌにバックバージン奪われるくらいならまじ死んだほうがマシ。あー、もし、例えば旦那がワレメもキレーな幼女ってんならさ、オレとしてもやぶさかではございませんがぁー?」 自分の首に両手をまきつけ、舌を出す。 拒絶と、また嘘の匂い。その奥に、包み隠しても香る、怯える気配。 「あのなぁ、……いや、いい。もういい。いいか、今夜、夜這いに行くからな。全身風呂で磨いて待ってろ」 「おけ、待ってるー。首に縄巻いて手首切るナイフ用意して待ってるー」 もういつもの調子を取り戻し、マダラのツノの重みで首からもげそうになりながら。 墓場をあとにし、北風に黒髪をなぶらせて坂を下る。 ようやくはじめて墓に参ったような奇妙な感慨に首をかしげながら、背中を追い、俺も荒地に背を向ける。 「つーかぁ、あれよ。ホモとか孕まないから気楽にヤれるってノリがうぜぇっつーかぁ。実はオレ、孕ませ属性持ちだから。あー、次の新刊、孕ませ系にすっかなー」 そんで大陸全土に孕ませ萌えを普及してやんぜ、と独り言のように陰気に笑う。 無数の名前を使い分け、世界初の『流行創作作家』になりつつあるバケモノの、痩せぎすのか細い命が目の前にある。 「……ないわけじゃ、ないぞ」 「なにがぁー?」 くだらない夢を見た。 避けられるのにあえて蹴飛ばされる男の情けない悲鳴。 ドレスの裾をからげる白いふくらはぎ。 ■■によくない類の罵詈雑言。 花嫁が抱える、水袋のように重そうな、…… —————101を重ねてヒトツに。 —————タマシイの彼我を失くしたからこその成功例。 —————だからそもそも、混じりやすく溶け合いやすい。 —————特殊も特殊、その上で万にひとつ、億にひとつの確立。 『俺』が耳打ちする。 どれだけ特殊な状況下、そも奴隷でなく主人に手を加える術では無意味でも。 たったひとつでも『実例』があるなら、それは。 公然の秘密、奴隷に耽溺して婚姻を拒む王族、貴族、将軍どもに。 彼らと裏交渉するカードとして、手厚く大切に、でも無意味と知られぬようひた隠しに。 ………その『実例』は、国中に祝福されて世に在ることが、叶う。 「……旦那?」 穏やかなアルトで我に返った。 ひたりと脚を止めて。 棒切れのような体にまとわせた、ぶかぶかのイヌの服を旗のように、冷え切った風になぶらせて。 黒い眼が、俺を見ている。 「その癖、マジどうにかしたほうがいいよね。どうせ覗くんならもうちょい近いパラレル覗けばいいのに。ぜってー実現しないとか、回避したはずの失敗の結末とか『だけ』、いちいち見せられてまだ正気でいられるあんたが信じらんない」 知らない言葉で、ひどく的確に物を言う。 「……別に。支障はない。お前の妄想力と大差ないさ。いや、負けるか」 「誉め言葉だねそれは。……あのさぁ、ケガレの猟犬と、お馬鹿な魔法使いって、ひとつのものだと思うんだよ」 固有名詞覚えるの苦手なんだよね、と、ぽつりと毒づく。 何を思って、こいつが今、よりによってその話を再び持ち出したのか、判断できない。 「また得意の妄想か」 「卵と雛の話だよ。………開けちゃいけない禁断の箱ってさ、壷って説もあるけど。そいつの出所ってはっきりしないんだ。神様が最初のオンナに持たせたとも言うし、最初のオトコの家にあったとも言うし。共通してるのは、この世にはじめてニンゲンの男女が揃った場所に箱があるってとこだね。禁断の実と意味はおんなじで。ニンゲンに、純粋かつ崇高なタマシイなんてモノがあるんならさ、ケモノの部分、本能とか生殖って部分こそが不純物で、そいつがニンゲンを苦しめる『災厄』なわけ。生と死、愛憎と肉欲。アダムとイヴの場合、オンナに罪をぜんぶひっかぶせる話になってるけどさ。けどあれじゃん、罪をそそのかすのって蛇じゃん。カビた心理学で行くとナニだから、それはそれで間違ってないのかな」 「……魔法使いの話はどこに行った?」 「ああ。そうそうそれ。いやね。だからさ、禁忌を犯したのはどっちかって話。魔法使いは禁忌を犯して時の向こうを覗き見て、その罪でもって犬に狩られるわけだ。けどね、その猟犬にだって、世界の壁を越境して覗き見て、監視する能力がないと話が成り立たないでしょ」 原初の不浄より生まれた猟犬。 おとぎ話によれば。ソイツはふたつに分かたれた世界の、不浄の空の下に棲み。 生きとき生ける者すべてを憎みながら、俺たちの住む浄の世界を見上げている。 「それにね、その犬さんには、禁忌を犯した者をとっ捕まえる以外に、仕事がねぇの。無職。ニート。ヒッキーの、万年待機。魔法使いが時の彼方を盗み見るまで、そんな犬、存在しないのと同じ。箱の蓋を開けてみるまで箱は空っぽ、開けたらびっくりイリュージョン、半死半生のにゃんこがこんにちわ。……禁忌を破ることで世界に現れる猟犬なら。そいつはね、時を見透かす大魔術師の存在とイコールでさ。箱の蓋を開けるのは魔術師の役割だけど、箱から出てきたのも魔術師本人かもって話さ」 だからね、と、魔術師に見立てた右手人差し指、猟犬に見立てた左手人差し指を、指揮者のようにくるくる回して。 左手が、かぷりと右手に咬みついた。 「だからね旦那。そもそも、なんとかの猟犬は、生みの親の手を噛む為に生まれて来んのさ。…馬鹿じゃねえの、痛いんだから自分の手ぇ噛んでどうすんだって」 噛むなら親の手だよねえ、と矛盾することを楽しげに語る。 ————初期型の『俺』に、意図せず付与された能力。さんざん弄くられたあげく、何の役にも立たないと放置された邪魔な幻視。 猟犬の名を関する者が、愚かな魔法使いの水晶を身の裡に持つ、この皮肉。 「……なんだ。ずいぶん、その昔話がお気に入りじゃないか」 「んー、べっつにー。さっきの花束くるんでた新聞に載ってた。んで思い出した。オレ民話とか集めてるし。旦那が珍しくこのネタだと聞いてくれるし。あとこの馬鹿な魔法使いって旦那っぽくね? んでまあ、結論から言うとだなぁ、国家の犬はちゃんと魔法使いの手を噛んでて欲しいということなのです。マリーセレストの真相が人体焼失じゃあ、ロマンがねえよ。猫の手を噛んで逃げ出して、いまごろらぶらぶちゅっちゅでゴーゴゴーなほうがより燃える、いや萌える。♪愛は輝く舟〜、思い出さなくてもいいように〜♪」 出来損ないの魔法使いには自分の手を噛むなと言い。 消えた犬には、魔法使いを噛めと言う。 その矛盾。つじつまのあわない歪なパズル。 自らを作家ではなくパクリ職人だと言い張る大作家の、変名で書かれたすべての作品に通じる拙い優しさに。 出会うより以前、はじめて紙切れの上のインクの染みごときに涙させられた日からずっと、俺は。 眼球を切り刻む幻燈。 あお向けに押さえこまれた■■■■■■は、憤怒の形相で頬を濡らして。 ベッドの上、獲物を捕らえた犬—————俺だ、は、すべすべの白い肌に指を這わせる。 「……っじゃねえ、死ね! 退けっつってんだ、っ…が、あぐ、やめろぉぉ…!」 どこにそんな活力があったんだと問いたくなるほど暴れるが、圧し掛かる体を押しのけることもできない。 指がズボンに滑り込む。ぎゃああと、熱した油をかけられたように跳ねてのけぞる体を押しつぶし、 —————つけ下の下、偽ツノの下の『本当の耳』に、舌をねじ込む。 「ひぃあッ!?? ちょっ、何でっ……うあ、あああ、やめろ変態…!」 腰がくねって逃れようとする。 ねちっこく、あえてじわじわと焦らすように、指を進める。 もう片方の手で髪をつかみ、頭を固定する。 音をたてて、丹念に。淵をくすぐり、首にかけて唾液の道をつけた。 指が到達する。 声をかみ殺して細腰が、びくりと。 歯を食いしばり、真っ赤になって震えるくしゃくしゃの顔は、羞恥からなのか、屈辱か、…嘘がばれた気まずさか。遠巻きに見ているほうの『オレ』には判らない。 「……ちょっと濡れてる」 「ひ!? や、か、ぅがぁああああああああああ!!」 一段と暴れる体が、くいと軽く動かした指の動きで、声にならない声をあげてぴんと強張る。 ズボンに突っ込まれた手が服の下でもそもそと小刻みに。 そのたびに、ひゃう、やめろ、ぐああ、と、意地でも情緒のない悲鳴をあげて、ちいさいイキモノが身をくねらせる。 構わず、ぶかぶかの上着を咥えて、首元までたくしあげた。 薄っぺらい、アバラの浮いた胸板。 現れた、あるかなしかの膨らみに見入る。 ざり、と頂を舌でほじくってやると、ヴきゃああう!?、と、羞恥より何よりも驚愕の色声が跳ね上がった。 「も、ちょっ、んぅっ…! ほ、ほんとにやめッ、ん゛ぅぅぅぅ、なん、マジでや、や、あぐぅぅ…!」 ぶんぶんと首をふる。 鼻に付く、戸惑いと、怯え震える小動物の気配。 でもオレは、のらりくらりと嘘ばかり振りまくコイツに、本気を伝える術を他に知らない。 全力で抗って、これかと。 本気で暴れて、この程度かという事実に、胸が痛む。 どうして、こんなに弱っちくて、細くて、あっと言う間に燃え尽きる命なんかを、天は創りやがったのか。 再び耳元に口を寄せる。 涙目で、また舐められるのかと怖れて、めいっぱい顔を背けるのを追いかけて、耳元に囁きかけた。 「—————。」 きょとんと、背けた顔が目を丸くする。 一瞬、状況も忘れて、なにやってんだ? と問いかける目がくるりとこっちを向いた。 構わず続ける。 「…『■■■は執拗に指でこすりあげた。秘裂から溢れた愛液はすでに後ろの菊門まで濡らし』」 「……へ、あ、チョイ待て、な…」 ぱくぱくと、言葉も出てこないのか、まさかという顔で絶句。 囁きながら、俺は自分の言うとおりに指で柔らかな溝をなぞりあげる。 「いぅっ!? …っあ、や、待て、ちょっとっ、んくぅぅ…!」 「『愛液をたっぷり吸った指をあてがうと、門はあっさりと、指先を呑み込ん』……だめだな。まだそこまで濡れてない。仕方ない、もう一回頭から。『■■■は執拗に指で』……。」 「い゛っ…!? ひ、うあ、い゛ぎゃああああああああああああーー!!?」 今までで最高の、とんでもない悲鳴をあげた。 信じられない、という顔で、真っ赤になって、ありえないものを見る目で半狂乱に暴れまくる。 それを筋力ですらなく体格と体重差だけでねじ伏せ、二本の指全体で、くちゅくちゅと愛撫を再開。 「……指でこすりあげた。秘裂から溢れた愛液は」 「やがああああああ!! やめろおおおお!! 暗唱やめろおおおおおおおお!!」 真っ赤になって、半泣きでもがき暴れる。 怯えと、いつだって底辺に横たわっていた深い諦観と、ついでに脹らみかけていた快楽の匂いまで一撃粉砕だった。ごあああ、うにゃあああ、と奇声としか表現しようのない声をあげて、せめて自分の耳を塞ごうとする両手を、俺は優しく手にとり、丁寧に束ねて磔にする。 「門はあっさりと、指先を呑み込ん……堅いな、ちょっと力を抜け」 「抜くか馬鹿あああああああ!! わああああああ、ぎゃあああああ!! いっ、やだやだやだやだやだ、絶対嫌ぁぁぁぁぁぁ!! 馬鹿馬鹿、そこ違うチガウちがうからぁぁ! 入れるとこじゃねえからぁー! やめっ指ぃやあああーあーあー!」 「……自分で書いておいて何を言う。……そんなに、俺じゃ嫌か」 「ひぐっ、あ、ああああああ阿保かーーー!! 二次元と三次元一緒にすんな、そっ、そっちでリアルですんのは本気でアブノーマルな変態だけだぁあああああああああ!!!」 ぎゃおーー、と本気も本気、魂の叫び。 ……まいった。そう来たか。 「そーかそーか。……ん、意外と教え甲斐が」 「なにがだあああああああああああ!! 離せ、とにかく離せ、つーか読むな覚えるな忘れろぉぉぉ!! 嫌だったら嫌だ、もーやだ、ほんとにやだぁぁ…こんなのやだあ…」 …そんなに嫌なら。俺とじゃ嫌かって根性ふりしぼった質問をスルーしないで欲しい。 「……。すまん。悪い。もう止まれそうに無い。…滅多なことじゃ孕まないけど、もし孕んじまったらちゃんと、ペットとしてじゃなくて嫁に、がっ———!?」 「い゛でぇえええええ!?」 鼻面に頭突きが決まった。食らわせたほうも額を押さえて転げまわる。 泣きたい気分で、転がる半裸を見ていたら、突然憤怒の顔で跳ね起きてこっちを睨まれた。 「かっっ、…こっ、…こんなっ、……う、がああああああああああ!! 強姦魔猛々しいわ巫座戯るなあああああああ!! あ、あああ、ああ、死ね、死ねこの犬畜生ーーーーー!! 孕んだら嫁とかふざっ、ぎゃヴっ」 枕をひっつかんで襲い掛かろうとして、半脱ぎのパンツにひっかかってコケた。 豪快に半回転するあられもない姿は目に毒だ。 「なんで今ので怒るんだお前。……じゃあどうすりゃいいんだ。なあ。お前が書くだけ書いて棄ててた、キスするまで一年かかるヤツの真似じゃ、おまえの趣味じゃなさそうだし」 「………ゴミを漁るな、読むな覚えるなああああああああ!! あああああああああ!! あんたを殺してオレも死ぬぅぅぅぅぅぅ!!」 ……。 …………。 余計なものを見た。 「旦那ぁ?」 おーい、と目の前で手をひらひら振る細い手。 山地の日暮れは早い。 眩暈を振り払って、墓場の丘の現実に目を覚ます。 「今日はバッドトリップしすぎじゃね? はやくメシ喰いにいこーぜー」 心配のそぶりも見せないで、さっさと俺を置いて行くちいさい背中。 ゆっくりと追いかけるように、俺も踏み出した。 「ん、そうだ今さっきの。旦那ぁ、いまの箱とか犬のやつ、わりと綺麗にまぁるくオチがついたと思わね? やっべ名作のヨカン。なー、覚えといてよ、オレもう忘れたから」 「……読んだり聞いたりしたものは一字一句覚えてるよ。でもお前、せっかく書き写してやっても夜明けのラブレターだって叫んで破って棄てるから」 「げぇぇコーメーの罠。悪かったよもう棄てません。なんでかなー、思いついたときは世界の名作と思ってんだけどなー」 伸びる影法師。短い影と長い影。 「……。■■■■■■。今夜、押し倒していいか?」 「いーよぉ。ダイナマイト抱いて待ってるー。…ってか、何。犬の笑いのセンスわっかんねえー」 口にするだけ、実際の俺にそんな度胸はない。確かめて、予想を裏切られるのも、拒絶されるのも怖い。…クソッタレ。 もし俺がこいつを本当に押し倒すようなことがあるなら、それは。 こいつの言うところの、『ふるこんぷ後のループ三周後くらいじゃねえとありえねー』な、夢語り。 届かないものだけ夢に視る。 ありえないモノだけ覗き見る。 ……もしいつか実行するときは、もうすこし巧くやろうと、無駄な決意を固めながら。 墓参りの日の夕焼けを見送った。 【了】
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羊と犬とタイプライター よくわかるこれまでのなれそめ いぬのおまわりさんは働き者です。 きょうもねこの国との境ちかく、ネズミも住まない赤茶の荒野を、 ツギハギだらけの乗合馬車でがたごと行きます。 いぬのおまわりさんは働き者です。 およめさんももらわず、楽しみと言えばコーヒーを飲むことくらい。 だからこれまで、お仕事以外、まして自分の楽しみのためなんかに、 新聞や本を読んだことなんてありません。 ガタゴトガタゴト、乗合馬車は犬の王都を目指します。 いぬのおまわりさんはお仕事の帰り道。 だからこの馬車に乗り合わせたのもただの偶然で、 けして王都になんかたどり着けないなんて知りません。 知らないので、たとえば他のお客と楽しくお話しても まったくちっとも構わないのです。 向かいに座ったのは猫の商人と雄羊のマダラの二人連れ。 猫は無愛想、羊はへらへら機嫌がよくて、 めずらしい品物をいぬのおまわりさんに見せてくれます。 がたがたごとごと、馬車は荒野を進みます。 ふんわりと、ふしぎないいかおりがしましたが、 おまわりさんはしらんぷり。 いぬのおまわりさんは働き者です。 お仕事以外で本なんか読んだりいたしません。 けれど幸か不幸か、読んで楽しい本があることはつい最近知りました。 いぬのおまわりさんは働き者です。 たくさんのつらいこと、かなしいものを見てきました。 だからとてもおどろいたのです。 本の中には、もっとつらくてかなしいことが詰まっていました。 ほのおが、ごうごう、空を焦がします。 おんぼろの馬車はバーベキュー。 さわがしいいぬのこども、わかいカップル、きむつかしい年寄り、 無愛想なねこの商人も、みんな一緒にほのおの中。 いぬのおまわりさんは働き者です。 おしごとをなまけたことなどありません。 きょうもねこの国との境ちかく、だぁれも見てない荒野の中で、 きちんとまじめにオツトメします。 けれど何の間違いか、ふと思ってしまったのです。 つらくてかなしくて、どうしてか面白くて、だけどとてもやさしい、 この手書きの本の。 まだ書かれていない、つづきがよみたいな、と。 いぬのおまわりさんは働き者。 まいにち鍛錬を欠かさなかったので、おまわりさんは助かったことになりました。 国の境の赤茶の荒野の、だれもしらない秘密のできごと。 荒野のとうぞくたちには血も涙もありません。 いきのこったニンゲンは彼だけで、あとはみぃんな死にました。 「あっれ? なあちょっ待ってそこの、ねえ旦那! ケーサツの旦那っしょ!」 なんにちもなんにちもトリシラベを受けたあと。 やっとお日様の下に出てきた雄羊の角の若者が手を振りました。 いぬの王都の軍部の前で。 いぬのおまわりさんは、しらないふりで振り向きます。 おたがい悪運が強いねと、陰気に笑う偽の羊に、いやほんとにと生返事。 だからいぬのおまわりさんは知りません。 羊が猫のことでどれだけ泣いたかだとか。 ずっと後になって、あの旦那はほんとにバカだねと呟いてることだとか。 羊の仕事は本を書くこと。 本をつくるのはほかの誰かのおしごとです。 まだいぬのお店にない本を、とても面白かったとわらういぬなんかいないのです。 たとえば、はじめから猫と羊のことを知っていて。 もっと知るために、おしごとで読んだ怖い狗のほかには、だれひとり。 ひみつをのぞいた者は、黒コートにつれていかれてしまいます。 その黒コートは、いぬのおまわりさんと、きっとおんなじ顔をしているのです。 だから羊は知っています。 いぬの嘘と裏切りに、羊がまもられているということを。 わたくしたちの知っている犬は羊を護るものですが、 この二人はどちらもニセモノですので、どうなることかはわかりません。 ほんとうはいぬでもおまわりさんでもないイヌと。 ほんとうは男でもニンゲンでもない生き物と。 これは、そんな嘘つきの二人のお話です。
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検証者がとる、検証作業の前提となる仮説は、 キー配列-タイプバー配置強関係性説 鉛直軌道面で構成された、キーレバー軌道平面、キーレバーワイヤー接続点平面、タイプバー軌道平面の三平面の強関係性が、プロトタイプ機時代の1971年ごろから形成されたとする、カレントCurrent1949に依拠する。かつ、製造メンテの都合もあって接続点がレモン形あるいは見開いた目の形に並んだとする。レモン形目がたちまで行かずとも、最低、(キーレバーとタイプバー間のワイヤーが交差することがなかったならば?要検討。)、写真から観察されるのは、手前側本数分ぐらいのワイヤーが、プロトタイプ機1973年春モデルのワイヤーが、ほぼクロスすることなく張られているように見える。 つまり、製品発売機にみられる、キー配列とタイプバー配置の関係性を、過去にさかのぼっても、適用当てはめて、タイプバー配置を推定しようとするものである。 これは、一応定説であるとは思われるのだが、yasuoka (21275)氏自由度説http //b.hatena.ne.jp/raycy/20090830#bookmark-15652776やRoschロッシュ?氏記述http //www26.atwiki.jp/raycy/pages/23.htmlとは対立するものである。 タイプバー配置を変更操作することによって、タイプバー間の相互干渉の状況を確率的に軽減制御する効果が得られる場合がある タイプバーの配置操作が、操作感のうちタイプバー間の接触リスクに対しても、効果を及ぼすという立場をとる。 逆に、高頻度文字で頻出連続文字列をタイプバスケット上に隣接して並べれば、接触リスクをかなり高めることもできよう。これは比較的簡単そう、やってみようかhttp //blog.goo.ne.jp/raycy/e/7edd101c563060103648cfb6a0381ee0。評価方法が問題だけれども。印字空域の狭さ、、なかなか印字空域が開放されない、、管制塔指示待ち、、もう次キー打ってもいいですかあ。 検証仮説「だから絡みにくい」 開発期間かけて開発者自らも含めテスタータイピストとなってモニター、ダメだしして不具合かなりつぶしてってから、製品として発売された 「upstrike式なので、活字棒が絡んだりしない」説http //www26.atwiki.jp/raycy/pages/154.html はアンチ「QWERTY言説」とでもいうべきであろう。 「QWERTY言説」では、「タイプバーの並びを工夫変更した結果、絡みずらくなった」とされる。http //www26.atwiki.jp/raycy/pages/155.html 「QWERTY言説」では、「絡まなくなった」りはしない。強度頻度確率の軽減を主張している。根絶はできない。あとは、操作タイピング作法訓練の問題にも関連してくる。タイピング技能の確立、、 開発途中キーボードでのタイプバーの絡みやすさ状況を、安岡孝一氏提唱ショールズらの開発経過配列案(Griffith-Noyes-安岡配列http //www26.atwiki.jp/raycy/pages/152.html)も含め検討して、推察される変遷の可能性をさぐる。 検証手順 検証対象配列 1868年特許配列 yasuoka (21275)氏推定電信ABC・・・、 ZYX・・・配列。だだし、キーボードの段構成が指定されていたかどうか、。 yasuoka (21275)氏推定GNY=Griffith-Noyes-安岡配列 http //www26.atwiki.jp/raycy/pages/152.html 1872年サイエンティフィック・アメリカン誌掲載配列 1873年春モデル 発売初号系 その後の変遷12・・ 現行QWERTY ショールズ後年の改良配列 検証項目 白キーボード配列、白タイプバー配置の文字頻度順着色 あと、ディ・グラフdigraph連続文字列の検討は、まだ。 link_trackbackcounter -
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羊と犬とタイプライター よくわかるこれまでのなれそめ いぬのおまわりさんは働き者です。 きょうもねこの国との境ちかく、ネズミも住まない赤茶の荒野を、 ツギハギだらけの乗合馬車でがたごと行きます。 いぬのおまわりさんは働き者です。 およめさんももらわず、楽しみと言えばコーヒーを飲むことくらい。 だからこれまで、お仕事以外、まして自分の楽しみのためなんかに、 新聞や本を読んだことなんてありません。 ガタゴトガタゴト、乗合馬車は犬の王都を目指します。 いぬのおまわりさんはお仕事の帰り道。 だからこの馬車に乗り合わせたのもただの偶然で、 けして王都になんかたどり着けないなんて知りません。 知らないので、たとえば他のお客と楽しくお話しても まったくちっとも構わないのです。 向かいに座ったのは猫の商人と雄羊のマダラの二人連れ。 猫は無愛想、羊はへらへら機嫌がよくて、 めずらしい品物をいぬのおまわりさんに見せてくれます。 がたがたごとごと、馬車は荒野を進みます。 ふんわりと、ふしぎないいかおりがしましたが、 おまわりさんはしらんぷり。 いぬのおまわりさんは働き者です。 お仕事以外で本なんか読んだりいたしません。 けれど幸か不幸か、読んで楽しい本があることはつい最近知りました。 いぬのおまわりさんは働き者です。 たくさんのつらいこと、かなしいものを見てきました。 だからとてもおどろいたのです。 本の中には、もっとつらくてかなしいことが詰まっていました。 ほのおが、ごうごう、空を焦がします。 おんぼろの馬車はバーベキュー。 さわがしいいぬのこども、わかいカップル、きむつかしい年寄り、 無愛想なねこの商人も、みんな一緒にほのおの中。 いぬのおまわりさんは働き者です。 おしごとをなまけたことなどありません。 きょうもねこの国との境ちかく、だぁれも見てない荒野の中で、 きちんとまじめにオツトメします。 けれど何の間違いか、ふと思ってしまったのです。 つらくてかなしくて、どうしてか面白くて、だけどとてもやさしい、 この手書きの本の。 まだ書かれていない、つづきがよみたいな、と。 いぬのおまわりさんは働き者。 まいにち鍛錬を欠かさなかったので、おまわりさんは助かったことになりました。 国の境の赤茶の荒野の、だれもしらない秘密のできごと。 荒野のとうぞくたちには血も涙もありません。 いきのこったニンゲンは彼だけで、あとはみぃんな死にました。 「あっれ? なあちょっ待ってそこの、ねえ旦那! ケーサツの旦那っしょ!」 なんにちもなんにちもトリシラベを受けたあと。 やっとお日様の下に出てきた雄羊の角の若者が手を振りました。 いぬの王都の軍部の前で。 いぬのおまわりさんは、しらないふりで振り向きます。 おたがい悪運が強いねと、陰気に笑う偽の羊に、いやほんとにと生返事。 だからいぬのおまわりさんは知りません。 羊が猫のことでどれだけ泣いたかだとか。 ずっと後になって、あの旦那はほんとにバカだねと呟いてることだとか。 羊の仕事は本を書くこと。 本をつくるのはほかの誰かのおしごとです。 まだいぬのお店にない本を、とても面白かったとわらういぬなんかいないのです。 たとえば、はじめから猫と羊のことを知っていて。 もっと知るために、おしごとで読んだ怖い狗のほかには、だれひとり。 ひみつをのぞいた者は、黒コートにつれていかれてしまいます。 その黒コートは、いぬのおまわりさんと、きっとおんなじ顔をしているのです。 だから羊は知っています。 いぬの嘘と裏切りに、羊がまもられているということを。 わたくしたちの知っている犬は羊を護るものですが、 この二人はどちらもニセモノですので、どうなることかはわかりません。 ほんとうはいぬでもおまわりさんでもないイヌと。 ほんとうは男でもニンゲンでもない生き物と。 これは、そんな嘘つきの二人のお話です。
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犬と羊とタイプライター/carnaval・『表』 ※※※ 「よし―――――押し倒そう」 日暮れ後の群青色の空の下。 コブシを握り、堅い決意で誓うわんこが一人おりました。 そうとも。今日という今日はアイツを襲おう。 なぜだか今なら色欲に走っても許される気がするんだワン! ※ ランプの灯は消えて、部屋の中を照らすのはストーブの揺れる炎だけです。 ベッドの上で揺れる二人が、壁に大きな影法師をつくっています。 汗ばんだ額に、黒い髪が筋になって張り付いています。 しどけなく半開きの口元から、はっはっと短い吐息と、やわらかそうな舌がこぼれます。 男は、ベッドの仰向けに横たわって、その様子を見上げております。 その男の上に膝立ちでまたがる人影の、頭の両側に、重たそうな雄羊の角がついています。 けれどこの世界の雄のように体毛に覆われてはいません。 股間にも危険な陽物はついておらず、奥ゆかしい髪と同じ色の茂みがあるばかりです。 生まれたままのすべすべの裸体を、ストーブのオレンジの光がゆらゆら照らします。 薄闇に沈んだ部屋の中で、なめらかなラインの裸体がくねるたびに幻想的な陰影が宿ります。 男はその光景に、いきり立つよりもむしろ、深い感動をもって魅入られています。 けれど男も男ですので、敬虔な気持ちとは関係なく、息子さんは正直に天を向いております。 むき出しの下半身は、もう今か今かと待ちわびております。 その上に膝立ちでまたがりまして、雄羊のふりをした、そうでない生き物は、おそるおそる照準を定めます。 すでに男の指と舌で、身体の準備はすでに万端整っております。 改めてうっすら体毛で覆われた屹立にうるんだ視線を落として、あ、と躊躇うように息を飲みました。 ―――――こんなの無理。入んない。 そう心の中で怯えるのが、つんと男の鼻に匂いました。 男は急かさず、経験豊富の男としての矜持を支えに、じっと動きません。 ただ、すべすべふんわり、あったかい太股をゆっくり撫でさすります。 黒い髪が揺れました。唇を噛んでいます。 泣き言を口にしないのは、そもそも、初めてなのにこの体勢を要求したのは彼女だからです。 ―――――ちゃんとするもん。 軽くのけぞるように背を反らして、位置を修正いたします。 それから、タイプライターの使いすぎで腱の浮いた、すらりとした手を自分の股間に伸ばします。 茂みに分け入った白い指が、小刻みに震えながら、くちゃりと粘着質の音をたてて、その場所を左右に開きました。 自分の腰の影に隠れて見えない屹立の上に、ゆっくりと、腰を落と ※ 「……先輩? 先輩どうしたっすか!? ガン泣きっす、マジ泣きっす、悲しい夢でも見たんすか!?」 「う……うううううううう…」 案の定、そのあたりで正気に戻りましたとさ。 ここはいつもの軍の施設です。 先輩と呼ばれました男の勤め先でございます。 軍人と申しましても表立った戦争などできない犬の国、デスクワークもまた立派なお勤めです。 男はいろいろあって秘密部隊の最前線を離れておりまして、あっちこっちの部署を体よく使い回される身分です。 いまは王都の治安を守るぼくらの町のおまわりさんでありまして、後輩の面倒見も仕事のうちという次第。 いつものように出来のおぼつかない後輩の、これだけはいつも立派な出来の反省文をチェックしていた最中でした。 眼球に残る幻痛を、指で揉んでなだめます。 この男、ときおり唐突に、貧血を起して意識が飛ぶことがございます。 貧血と言うのは嘘っぱちで、彼はちょっとした幻覚を見る悪い癖があるのですが、それは一部の人にしか伝えていない秘密なのです。 幻覚を見ている間は、傍目には突然、目を半開きのまま気絶したように見られます。 戦闘員としての最盛期には、その幻覚を視ながら強引に振り切り、現実の光景を二重に捉えて行動していたものです。 近頃まったくたるんでいます。 「………なんでもない……なんでもないんだ……うう」 望陀の涙をハンケチでぬぐいまして、男は、気を取り直しました。 チェックを終えた反省文にポンとはなまる判子を押します。 わーい、はなまるっすー、と喜ぶ後輩に、しおしおになった目を向けました。 「お前はなあ………反省文だけは手本みたいにきっちり書けるのになあ……」 おもわず本音が漏れます。上司として減点です。 「え? そんなの当たり前っすよ先輩!」 高身長の多い軍部でも飛びぬけてでかい後輩、一部の心無い者たちにウドのなんとやらと呼ばれておりますが、その後輩が胸を張りました。 「だって反省文は持ち帰って書いていいっす! 妹と徹夜して書いてるっす! 出来がいいのは当たり前っすよ!」 「……………。」 ぱくん、と先輩の男の口が開きました。 その様子を、世間では唖然とか、開いた口がふさがらないとか申します。 いやいや待て待て、と眉間に手をあて聞き間違いかと考え直し、男はたずねました。 「………軍に提出する反省文、妹に手伝ってもらってるのか」 「ちがうっす先輩! おれは一人できちんと書いてるっす! でも妹が反省文があると何故か嗅ぎつけてくるっすよ! しかもおれががんばって書いた反省文、びりびり破くっす! ひどいっす、イジメっす! お兄様が軍部で叱られたってべつにどうでもいいけど、家の恥になるから仕方なく手伝ってあげますわって言うんす! 押し付けがましいっす! おれ養子だから言いなりっす! 早く寝たいのにおかげで徹夜っす! しかもおれが起きたら妹は机でぐーぐー寝てるんす! つらいっす! 養子つらいっす! でもくじけないっす!」 「……………いま、『おれが起きたら』とか言わなかったか?」 無駄な気がしながらも、男はつい我慢できず指摘しました。 「なにかおかしいっすか? 朝は起きるものと決まってるっす! 遅刻したらまた叱られるっす!」 「………今朝は思い切り遅刻してたし、徹夜してたの妹だけなんじゃ……いや、まあ、いいか」 面倒くさくなったので、男は追及を打ち切りました。 後輩君は、元々は捨て子です。 犬の都市部にありがちな孤児の一人で、幸運にも軍部に拾われ、のち王族の気まぐれな『福祉活動』の恩恵に与り、 継承権はないという条件つきで貴族の養子に潜り込んだという、奇跡のラッキーボーイです。 取り得と言えば図体のでかさと小食なことです。 小食なことは、犬の国ではイコール魔法がろくに使えないことも意味しています。 ようするに見事なまでにウドの何とやらなのです。 ステータスをすべてラックに振った一極男と呼ばれています。 彼を見る者は、その幸運を羨んだり妬んだり、なにやらちょっと安心したりすると申します。 しかし、彼のような者でも立派に生きていける社会じゃないとダメだよね、という意見もございます。 さて、反省文が合格したので、すっかり仕事のなくなった後輩君、おそろしいことに先輩の傷に塩を振りました。 「ところで先輩、どんな夢を見たんすか? オンナっすか?」 「…………。」 部署内の、デスクワークに没頭していた人々が、ぴしりと固まりました。 気温に例えると氷点下です。 けれど後輩君は怖いもの知らずですので、へっちゃらです。 「だいじょうぶっす先輩! オンナなんて下の口にねじこんじまえばあとは言いなりっすよ!」 明るく朗らかに、どんと胸を叩く後輩君です。 もう先輩君は見た目もしょぼくれて、老人が宇宙人を見る目で後輩君を眺めております。 もはや、どこでそんなファンタジー知識を拾ってきたんだ、元の場所に捨ててきなさいと言う気力もありません。 妹さんはこんな義理兄のどこがそんなに気にかかるのかなあと思いもします。 部署内のほかの人々は凍ったままです。 他の部署から回されてきた、微妙な立ち位置の中間管理職の男には、不吉な噂があるのです。 以前に休暇中に鉢合わせた事件で知り合った、見るも麗しい羊のマダラに懸想しているという、不吉な噂です。 女性の軍人も少なくないとは言え、結局は男の殿堂・軍隊に、そうした噂はつきものです。 そんなわけで、聞かないふりで聞き耳を立てながら、皆してそっと尻尾を股にはさんでガード強化の体勢です。 王都を訪れる異国の女性たちに言い寄り、それとなく諜報活動するのも男の仕事のひとつです。 仕事でオンナばっか相手にしてると私生活では男に走っちゃうんだよ、と、風の噂が申しております。 「それで、相手はどこのだれっすか先輩! おれ及ばずながらオーエンするっす! いいっす、先輩のためっす、任せてほしいっす! まずは市場で無味無臭の媚薬を仕入れて井戸にゲゴッ」 ぐらり、ばったり。 意気揚々と環境テロを実行しかけた後輩を、抜く手も見せず、男のコブシが黙らせました。 裏拳を振りぬいた姿勢のまま、シルエットになったその体の、目だけが燐光のように燃えております。 「………ばかだなあ、クスリは身体に悪いだろう?」 ぼそりと、大幅に遅れて、コメントしました。 常人の筋力を超えて、軍事機密的にパワフルな裏拳をまともに食らって、後輩君は床で大の字です。 これで午後からの仕事を邪魔されなくて済むなあと、他の面々はこっそり一安心です。 男はふと、後輩をここに寝かしとくと通行の邪魔だと気づきましたので、おもむろに椅子から立ち上がりました。 後輩の両足首をつかみますと、億劫そうに、死体に慣れすぎた墓堀人夫のように、無言でずるずる引きずって行きます。 たぶん美味しくないと評判の食堂にでも転がしてくるつもりでしょう。 こうして、部署につかの間の平穏が訪れました。 「…………ボス。ボースーぅぅぅ」 「言うな。泣くな。仕事はできる奴なんだ、仕事は」 ※ そうした経緯がありまして。 「よし―――――押し倒そう」 勤務時間を終えて軍施設を退出し。 五分ほど黙々と歩いて、ぴたりと立ち止まるなり、男はふたつの月に誓ったのでした。 道の真ん中で仁王立ち。 男は二メートル越えの偉丈夫です。 最近では隠れマッチョとか申します。 一番星を見上げる横顔は真摯で、精悍です。 でも心に誓っていることはぶっちゃけ鬼畜です。 いい年した大人がお星様を見上げて考えることではありません。 けれど心の声はおおむね他の人には聞こえませんので、誰も彼を止めません。 聞こえていれば、きっと心の優しい紳士かおばあちゃんあたりが、 あんたおやめなさい、犯罪ですよと言ってくれたことでしょう。 いまどきのお嬢さんであったなら、キモイと一刀両断のうえで通報です。 誰も止めないので、もちろん男はとまりません。 自らの誓いに、自分でぐっと胸を熱くして、歩き出しました。 帰宅を急ぐ人々を掻き分けて、のしのしと進みます。 その姿は、あたかも戦場に向かう殺人マシーンのごとくです。 鬼気迫るオーラが背後に燃えています。 もはや向かうところ敵ナシです。 標的の生命、いえ性命は今や風前の灯、生贄の子羊、ザラキエルの前にチェリーです。 そうこう申し上げているうちに標的の住まいに到着しました。 旅商人などが長期滞在に利用する、下宿のようなお宿です。 腹の足しにもならない岩石だけは豊富な犬の国、このお宿も石造りです。 勝手知ったる調子で食堂をかねた無人のホールを通りすぎ、石段を上がります。 二階のいちばん奥の角部屋が、標的の今の仮宿です。 ごんごんとノックをして、名前を呼びます。 部屋主の機嫌が悪いと、通例ですと中にも入れてもらえないのですが、今日は無理やりにも押し入るつもりです。 「………ひゃい………」 奥から蚊の鳴くような声がしました。 「……ひゃい?」 男は面食らいます。 こんな弱弱しい声なんて聞いたことがないのです。 血の気が引きました。 いったい何事かとドンドンとドアを乱打します。 「おい!? オツベル? どうした、何かあったのか!?」 どんどん、どんどんどん。 「………………んゅー……………ぐふ」 ますます様子が変です。 男は慌てふためきまして、こじあけるつもりでドアノブに手をかけました。 意外なことに鍵はかかっておりません。 開けたとたん、ガタの来ている彼の鼻にもツンと怪しい香りがしました。 「げほっ…! なん、」 鼻を手でおおって、うっすらとただよう煙をふりはらいます。 入って正面の壁際にはタイプライターの載ったデスクがあります。 デスク前の椅子の上は無人です。 あわてて左を見ますと、ベッドの上に、くたりと倒れこんでいる姿が目に入りました。 「オツベル!?」 ベッドの上、うっすら額を汗ばませて、その人物は横たわっていました。 枕は端に吹っ飛び、毛布はぐちゃぐちゃに乱れ、シーツも裸足のかきむしった跡だらけです。 オツベルと呼ばれた、頭に毒蛇的な紫と黄の雄羊の角をつけた『標的』は、億劫そうに目を開けました。 「あ………なに、かってに………はあ、はあ…出てけ、こっち、くんな……」 心配している男に吐く暴言にも、いつもの覇気がありません。 て言うか、寝乱れてます。 よほど寝心地が悪かったのか、さんざんベッドの上でもがいた形跡があります。 めくれたシャツの裾からすべすべした脇腹が、ずり上がったズボンの下から足首が覗いています。 苦悩めいた表情は、いままで見せたこともない顔です。 なにか、ひとりでどうしようもない苦痛を耐えていたかのようです。 男は思い当たることがあったのか、すぐさま取って返し、窓を開け放ちました。 まだまだ寒い犬の国、しかも陽も落ちていますので、ぴゅうと冷たい風が吹き込みます。 「んあっ……さむ」 「うるさい。馬鹿野郎が」 有無を言わせず、室内の煙を外に追い払います。 ついでにデスクに乗っていた小さい香炉を開けて、中の灰をやっぱり窓から捨てました。 じゅうぶんに空気が入れ代わったのを確認してから窓を閉じます。 ネジの鍵を閉めてカーテンを閉じ、飛び込んでから開けっ放しだったドアにも鍵をかけます。 ストーブに薪を足し、火かき棒で調整して、充分部屋が暖まるように調整します。 それから水差しの水を、干からびかけていたヤカンに足してストーブに載せます。 そこまでが流れるような動作です。 基本、几帳面でかっちりした男なのです。 散らかすのが得意な部屋の主は、まだベッドでくたりと横倒しになっています。 とろんとした目が、てきぱき働く男を見ていました。 一仕事を終えて、やっと思い出したように男はコートを脱ぎました。 オツベルが、億劫そうに身体を起します。 しかし途中で、「んうっ…」と小さく呻いて、またベッドに身体を沈めました。 「っ……はあ、はあ………ぁぅ…」 苦しいのか、身体を折り曲げて顔をしかめます。 その様子は、あたかも腹痛と頭痛発熱と肩こりと全身の倦怠感と筋肉痛とつわりがいっぺんにやってきたような有様です。 けれど男はそうではないことを正確に察していました。 怪しい香。悩ましげな顔。 導き出される推理はひとつしかありません。 なぜこんなきつい香を、どこから手に入れて、なぜ自室で焚いていたのか判りませんが、オツベルはたまに騙されたり面白がったりして意味不明な小物を買う悪癖がありました。 コートをコートかけにひっかけて、重い軍靴をごつり、ごつりと焦らすように響かせて、男はベッドサイドで立ち止まりました。 ぼうっとした目で見上げてくるオツベルを、じっと見下ろします。 ―――――旦那、なんか怖い顔。おこってる? なんで? でたらめな鼻が、ちらりと、オツベルの感情を伝えてきます。 そうじゃないと、口に出すことは出来ませんでした。 できるだけ顔を緩めて、ぎしりと、ベッドの端に腰を下ろしました。 肩越しにオツベルを振り返ります。 「………つらいのか?」 なんと声をかけるか迷いに迷って、ようやく、それだけ言いました。 オツベルは、きょとんと不思議そうに。 それから、へにゃりと笑いました。 「ちょっとねー」 ひひひ、と、せいいっぱい陰気そうに笑います。 男は、そうかと言いました。 …………たまには。そういう気まぐれもいいかも知れないと。 そんなような考えが、男の胸を行き過ぎました。 「なんとかしてやろうか?」 「なんとかー?」 ふざけた口調で、笑って首をかしげたので。 それならと、男らしく、行動で示すことにしました。 ※ 夕暮れ時を指して、黄昏時と申します。 誰そ彼時。 そこにいる人影がいったい誰なのか、夕闇混じる刻限にはふと見失うのだそうです。 人間の群れの中に、ふらりと見知らぬ誰かが紛れ込む刻限でもあるそうです。 陽が落ちて、部屋の中に宵闇が降りています。 ストーブは薪をたらふく咥えて煌々と燃え、部屋を僅かなオレンジ色で満たします。 いつもこの時間に住人によって灯されるランプは冷たく。 かわりに、おとぎ話の狼男のような巨きな影が、手の平にふうと吐息を吹きかけました。 吐息はふわりと光を帯びて、焚火に似た柔らかな明りで部屋を照らしました。 イヌの国の出身なら、たいていの者が使える魔法の技です。 円い鬼火は重みのないように浮き上がって、部屋の天井あたりで止まりました。 ベッドの上に転がったまま、オツベルはぼんやりとそれを見つめます。 オツベルに魔法は使えません。 猫の国でとっくに見慣れているはずなのに、じっと無心に光を見つめています。 それは、綺麗な星を見上げる顔によく似ています。 魔法の明りが安定したのを見届けて、イヌの男はふうと息をつきました。 「……旦那がそういうの使うの、はじめて見た」 「ん。そうだったか?」 なんでもないふりをして、男はベッドの端に腰掛けました。 この部屋に椅子はひとつきり、それは部屋の住人のお気に入りで、勝手に座ると怒られるのです。 だからいつも男の座席はこのベッドなのですが、今夜は少々遠慮がちに座っています。 安物のスプリングがぎしりと鳴りました。 反動で軽くバウンドしたオツベルが、横になったまま不思議そうに顔をあげます。 俺のは少し効率が悪いんだと、男がもそもそと言いました。 「初歩の魔法も中級くらいのも、おなじ位に消耗する。だから、あんまり使わないようにしてる」 「……そりゃーまた丼勘定だねー。ああ、煙草あんま吸わないのにマッチ持ってんの、そーゆーことかー」 オツベルがつくつく笑いながら、くにゃりとベッドの上で丸くなります。 あいかわらず顔色は悪いです。 頭の両側の雄角がとても邪魔そうです。 ぶかぶかの部屋着をまとった棒切れみたいな身体を、イヌの薄水色の目がじっと見下ろします。 ※ 選択肢を選んでください。 a.偽羊は風邪をひいている。 →避難所643さんの次回作にご期待ください。 b.風邪以外 →14へすすめ c.兎と犬の掌編を読んでいる。 →『表』のあと『裏』へすすめ ※ 14 視線と沈黙に気づいたオツベルが、すこし居心地悪そうに身じろぎしました。 でも、部屋の角に置いたベッドの上では逃げる余地はありません。 ぐらりと傾いた男が圧し掛かるように、オツベルの両脇に手を置きました。 「ふあ……っ? ふぇ、ちょ、旦那ぁ?」 「……いいから。じっとしてろ」 オツベルから見上げる男は逆光になって、まるで大きな影のようです。 押しても引いてもびくともしない大きさです。 対するオツベルは、男がちょっぴり触れただけでパキリと折れそうです。 男はそっと、精一杯慎重に、その肩に触れました。 それでもオツベルが逃げようとしないのは、男を信頼しているからでしょうか、それとも。 「身体の力を抜いて、……全部、俺に任せろ」 ※ 「んっ……う、ぁ…」 オツベルはベッドにうつ伏せにされています。 その上に男が圧し掛かり、ゆっくりとしたリズムで揺れています。 揺れるたびにオツベルはシーツをつかんで顔をしかめています。 声を漏らさないように耐えています。 「は、あ、んぅ……ふあ……」 「……ここか?」 「は、ぁん……んっ、そこぉ…ふあ、それっ……あ……きもちいー……」 とろけた声がこぼれます。 うっすら開いた目はすでに夢見心地です。 男から顔は見えないので、その声を聞いて、心地よさそうに耳を震わせます。 尻尾もふわんふわん、左右に振れています。 壊さないように丁寧に丁寧に、男はオツベルの身体に指を這わせます。 「ん、ん、んっ……は、ふぁあ……あ、や、旦那、軍人、で、なんで、こんな巧……」 絶え絶えの息の下、もつれる舌で、辛うじて言葉をつむぎます。 男は律動をやめないで、軽く頭を振りました。 「……軍人の身体は軍の備品みたいなもんだからな。維持管理も仕事のうちでね」 「は、あふ……んん、ん…維持管理、ね……っ、は、はあ…っ」 「ここ、こんな硬くなってる」 「っあう!? は、や、痛、痛い、そこ痛ぁ…!」 「ん」 男が動きを止めました。 どうしたものかな、という顔で、でっかいイヌの顎をひと撫でします。 「はっ、はっ、はっ………んう、あ、はぁぁ……」 苦痛から開放されて、シーツに突っ伏したオツベルが短く息をつきます。 その様子を目で堪能しながら、悦楽をおくびにも見せず。 男は再び、あっさりと医者の手つきでオツベルに触れました。 「ひあ、やぁっ、ちょ…!」 「ん。痛いか?」 「あ、あぅぅっ、そこダメだって、痛い、痛ぁっ、痛いっつってんだろバカぁあ…!」 たまりかねたオツベルが両腕をつっぱって上半身を反らし起します。 目じりには涙さえ浮いています。 「……力、抜いてろって」 感情を漂白したような声で男は言いました。 標的を捕縛する要領で、易々と立てた腕をすくいます。 「はぅんっ!?」 支えを奪われて、オツベルの上半身がばすんとベッドに落ちました。 太股の上にはイヌが跨ってがっちりと挟み込んでいます。 逃げられません。 崩れ落ちた細い肩を、大きな毛むくじゃらの手が押さえつけます。 「あんっ、や、痛い、いた、あああああんっ!」 「これでもまだ痛いか。……ん、まあ、大丈夫だ」 「んあ、ああ、はぅぅん……! あっあっ、だ、大丈夫っ……!?」 「うん」 子供がうなずくように、わんころコクリと請合います。 「今は痛くても、だんだん快感になってくるから」 「だっ……! ば、バカか!? それ大丈夫ちがう、うあっや、やめ、あ、あ、んはあああん!」 偽羊、陸揚げされた海老みたいにびちびち暴れますが、どうにもなりません。 閑静な住宅街を切り裂く声はすでに悲鳴の域です。 でも声の届く範囲のお宅は空き家で、下宿の他の住人は留守にしていると、男の優秀な耳はすでに リサーチ済みです。 状況、完璧。 自然と男の口元に笑みがこぼれます。 にたりと吊りあがる口はまるっきり人食い狼の顎そのものです。 ふふんふーん、とハミングさえ奏でます。 尻尾のフリフリぱたぱたはテンポを速めて、まるでお気に入りの玩具で遊ぶ飼い犬の如しです。 その下敷きになって、偽物の羊はじたばたもがき、男の指の動きにあわせて跳ねたり、 綺麗な悲鳴を上げさせられるばかりです。 ※ ところで、察しのいい方はすでに見抜いていることと思われますが。 下宿の二階の角部屋の、ベッドの上にて一人と一匹が繰り広げているこの饗宴。 実のところ、まったく色気もエロスも欠片もない作業なのであります。 端的に申しまして、按摩です。 整体です。 ツボ押しです。 横文字で表すとマッサージ、性的でない意味で、です。 こいつらここが何板なのかわかってんのかよ、です。 KYにも程というものがありますよ、であります。 うん、そんなこったろうと思ってた、と優しく微笑むお客さん、貴方には座布団一枚差し上げます。 「あー、腰椎が歪んでる歪んでる。おまえちったあストレッチくらいはだな」 「んぎゃあああああああ! ひぐぅぅぅぅぅぅぅ! ぐわああああああああ!!」 嬌声と申しますより屠殺中の家畜の悲鳴があがります。 なにしろヒトの数倍の筋力をデフォで備えたこの世界の住人ども、ドアノブひとつとっても 固いわ重いはでっかいわ、まったくもってヒトの非力さに考慮などしてくれないのです。 そのうえ机に向かって何時間もじっと固まっていることの多い文筆業、肩はがちがち、 腰は痛め、全身の血流も滞るというものです。 「痛い痛い痛い痛痛痛ぃぃんああー! ちょマジ痛いってば、んあああ! ギブギブギブ!」 肩の凝りをゴリゴリほぐされた後は腰の番です。 もうオツベルは悲鳴しかあげません。 傍目には痴態とか嬌声とか感じすぎて半泣きのような様相です。 でも当人はそろそろマジ泣きです。 愛液どころか鼻水が漏れる勢いです。 「んあっ、あ゛ぅぅっ、んくぅぅん! ひあ、は、んううううう!」 不摂生と無理の祟った体はどこのツボを押さえても激痛が走ります。 「ガチガチだなあ。こりゃ徹底的にほぐさないとなあ」 イヌの本性とは群れへの従属、同時に支配欲と征服欲とも申します。 イヌの旦那、オツベルが泣こうが喚こうが手を緩めようとしません。 普段、オツベルにいいように振り回されているせいでしょうか、オツベルを じたばた暴れさせて泣かせてるだけで、もう嬉しくてしょうがないのです。 エロ以外の大義名分で堂々と身体に触れられる上に、こんなに気持ちよく 声をあげてくれるとなると、もはや 止 ま る わ け が あ り ま せ ん 。 ニヤニヤしそうな顔だけは、まだ抑えていますが、目はすでにちょっとイッてしまっています。スイッチ入ってます。 俗にそれをSのスイッチと呼ぶ向きもございます。 オツベルの腰を男は抱え込むと、持ち上げてくるりと反転します。 「ひゃう!? ふあ、なに…!」 うつ伏せからあお向けにひっくり返して、片足をひょいと掴み揚げました。 「んあっ、はぅっ、もぉいい、もういいからぁ……!」 オツベル、雨の日の捨て犬みたいにぷるぷるとか細く震えております。 「ふっふっふ。まあそう遠慮するな。抵抗しても無駄だぞー、観念して力を抜けよー」 「ひぁん!? うあっ、やぁっ、ちょ、こんな格好やだぁあああ、あああああん!」 オツベルの片足が、高々と天に向かって挙げられました。 ぼくっ、ぼきばきべきぽきん。 「んやあああああ!? あああ、折れたあああ! すごい折れたよぉおおう!?」 「折れてないって。股関節の固まったのがほぐれたんだよ。ほら左足もいくぞー」 「やっ、だっ、やだってばああああ!? あっやぁぁ! 足、足離して、あううう!」 べきべきぼくん、ばきんぼきん。 「はぅん!? あ、は、あああ、ああああ、ぁぁぁぁん…」 男が、持ち上げていたオツベルの足を離しました。 失神寸前のオツベル、目も虚ろに、足と手とがぱさりとベッドに落ちます。 しかし、それでもなお鬼畜の責めは終わりません。 「じゃ次、足の裏な。ここが胃、ここが目、腎臓、このへんが肺」 「ッッッん゛あ゛あ゛あ゛あ゛!? ん゛がああ、あうあうあう、あはああああああんん!?」 足の裏を両手の親指でくにくにと揉み始めたとたん、力尽きたと思われたオツベルが 今まで以上に悶絶して飛び跳ねました。 ヒト世界で言う所の足ツボマッサージ、イヌ国軍部伝来の技もヒトのそれに酷似しています。 判りやすく表現いたしますと拷問です。まだしも生爪はがされるほうがマシでございます(断言)。 哀れオツベル、足先だけ捕まえられて、膝から上がくねったりもがいたり跳ねたりしています。 「あ゛あ゛あ゛! 痛い痛い死ぬ死ぬ死ぬ死んじゃうぅぅぅ! やはああああああ!」 「こんなので死ぬわけあるか。これくらいじゃ熟れた桃だって潰せない、と」 「はんんんっ、あぐ、あんんっ…! 嘘つきぃっ、痛い、イダ、あ゛あ゛、痛いもん、痛いもん…!」 旦那、そろそろ顔のニヤニヤが抑えられなくなっております。 オツベル、それに気づく余裕もなく、踊るように七転八倒中です。 開いてる足でぽこぽことイヌを蹴るのですが、まったく効きません。 「はうっ、んうっ、ぁぁあん…! 痛ぁ……! や、旦那、旦那ぁ、やあああ…」 とうとう哀願入りました。 はあはと息を荒げて、シーツを掴む手にも、もはや力が入らない様子です。 がっちり抱えられた足も、がくがくと震えています。 「ん、このあたりがイイのか?」 そ知らぬふりで、男は、狙い澄ましてぐりぐりと(指を)抉りこみます。 「うああああああん! ん゛あ、ん゛あ、っあ――――ぁ……!!」 ひときわ高い悲鳴をあげて、オツベルが仰け反りました。 「はっ、あ、ぁ! ひぅっ、痛いよぉおお…ばかぁあああ、何の恨みがあるんだよぅうう…!」 「はっはっは。身に腐るほど覚えがあるだろう。ここか? ここがイイのかー?」 「はぐぅぅぅ!? いぅっ、ぁん、ぁん、あぁぁああああん! あああ! んあああー! わ、わかったぁぁ、判ったからあ! もうしません、仕事邪魔したり砂糖いれたり カバン勝手に覗いたりしませんんんん! だからもうやだぁああああああああ!」 「うんうん、許す許す。ん~、軍式整体術二人組み式、フルコースいくからなー♪ ちゃんと最後までしてやるから覚悟しろよ? 終わる頃には身も心も病み付きになってるぞー♪」 「ひゃうんんんっ!? あ゛っ、あ゛あ゛あ゛っ、あ゛ー! やああああ、ばかぁああああ! そんなの、あ゛うっ、いらないぃぃ、はああ、あああ! は、んっんんん、んうー!」 「よーしよし。俺のことしか考えられなくしてやるからな……♪」 「ひいっ!? ちょ、それ用途違、男の台詞と違、あ、あんっあんっあんっ、あ゛、ふあああん!」 ………。 「………うっく……えぐぅ、しくしく……」 オツベルの目の淵から、ひとすじ、涙がこぼれました。 もう気も心も萎えて、くたりとベッドに沈みます。 タイトル、『このケダモノぉ……』です。 見ようによっては色気むんむんですが、端的に申し上げるなら、脱水後の ドラムに張り付いた洗濯物です。くちゃくちゃのぷーです。 対して施術を終えたイヌ、ぷふーと心地よい汗など拭っています。 やり遂げた感とほどよい運動と、何か英気を吸い取った風でつやつやぴちぴちです。 「……ふう。まあこんなところだろ。軽くなんか食って風呂に浸かって、とっとと寝ろ」 いそいそ、てきぱきと、男はコートを羽織ります。 じゃあまた明日な、なんて言いながら、返事も聞かないで部屋を出ます。 すんすんすすり泣くオツベルは見送る気力もありません。 ぱたんとドアが閉じました。 薄暗くて肌寒い廊下にひとり出て、はた、と男は止まりました。 「……ん? あれ? 俺、確か今日こそ……?」 首をひねります。 何かが胸にひっかかったのですが、思い出せません。 当社比でいつもの数倍の満足感を得たために、当初の目的を見失った様子です。 なんと恐ろしいことに、この男。 これ以上一緒にいたら本当に押し倒してしまうから、と滞在を切り上げて帰路につく 習慣が、すっかり骨身に染み込んでしまっていたのでした。 きつく張り詰めたアレやナニやらも、まったくいつも通りなので、気にも止まりません。 もはや紳士や臆病者を通り越して不能の疑惑が持たれます。 廊下を通り抜け、階段を下りながら、何だったかなあとしきりと考え込みます。 階段の途中で、とんとんと上がってくるチワワの美女と鉢合わせました。 「あら、いらしてましたの。もうお帰りですか?」 美女、ふんわりと微笑みます。 ヒトの年で言うなら二十歳そこそこ、おっとり優しげなこの美女が、この下宿の主人です。 「……あ、はい。こんばんわ。世話になってます。…もう帰るところです」 オツベルをこの下宿に紹介した男、ぺこりと頭を下げます。 「あら、お茶でも淹れますから、もうすこしいらしてくださいな」 「いえ、お気持ちだけで。……ああ、アレがちょっと調子を崩してるようなんですが」 「あら」 「たぶん今日はろくなモノを食ってないんで、その」 「はい、引き受けました。ちょうどそこのパン屋さんで焼きたてを買ってきたところなんです。 オツベルさんにおすそ分けしようと思って。スープの残りも温め来れば、軽い夕食には ぴったりですわ。いかがですか、せっかくですからご一緒に。お食事は大勢のほうが楽しい ですから」 「あ、いや。自分はもう食べてきましたから。アレを宜しく御願いします。では」 横をすり抜けて階段を下ります。 下宿の門を飛び出して、ようやく息をついて。 そこで、はた、と当初の目的を思い出しました。 「……ああ!? 押し倒……」 慌てて口を押さえたのは賢明と言えるでしょう。 振り向きますと、二階の廊下を、下宿の主が手にした明りが移動していくのが見えました。 向かう先はくちゃくちゃのオツベルの部屋です。 「あ……」 ぱくん、と呆けて顎を落とします。 完全に機を逃してしまいました。 「………。……うう。うううう。まあ…いい。いいさ。うん」 コートのポケットに両手を突っ込んで歩き出します。 丸くなった背中が侘しい佇まいです。 その夜、宿舎近くの飲み屋で呑んだくれる栗毛の軍人がいたそうですが、どこぞの旦那との因果関係は 定かではありません。どっとはらい。 ちなみにー、改造人間はアルコールくらいじゃいくら飲んでも呑まれないのねー。不便不便。 「あんたさん、カネの無駄なんだから、呑まなきゃいいのにねェ。 おらよ、火気厳禁、消毒薬の味しかしねェ高純度蒸留酒、"盛った兎でも昏倒する"銘酒・精霊殺し。 出所は聞くなよ。ストレートの燗で五合、飲めるもんなら飲んでみやがれ」 ※ 「うう……めそ…もそもそ…ひっく…」 「あらまあ。それは大変でしたわね」 「しくしく……もぐ…えうー」 「でも、今朝方よりずいぶんと顔色が良くなってますよ。痛いぶん、よく効いたんでしょうね」 「…………ずびー」 「お引越しのしたくなら、声をかけてくれればお手伝いしましたのに。重かったでしょう、この荷物」 「………もぐ…しく…」 「オツベルさんがいなくなったら淋しくなります。また遊びにいらしてね」 「…………くすんくすん…」 「お待ちしてますからね。そうそう、ところでオツベルさん、はいこれ、プレゼントです」 「………?」 「消臭効果をうんとアップした生理用ナプキン、一年分。お香って、意外と匂いは誤魔化せないんですのよ?」 「…………ふ、うう、はぅぅぅんんん管理人さぁあああんっ(ひしっ)」 「ええ、あの人なら大丈夫、以前に怪我をしたので鼻は悪いと仰ってましたから。このナプキンはイヌの国で 作られたものだから、これなら絶対に匂いではわかりませんからね。あちらに行っても元気で過ごしてくださいね」 ※ 【犬と羊とタイプライター/carnaval・表】 了
https://w.atwiki.jp/raycy/pages/163.html
http //b.hatena.ne.jp/raycy/20090825#bookmark-15394186 raycy 試作機ではⅠは8の右下隣にあるが、製品機では、9の右下隣に移された。 http //blog.goo.ne.jp/raycy/e/8afe6abaf1e8882fddbaacf9697a87bc 頻出18のタイプバスケット上での隣接を避けた傍証か?タイプライターの1900年問題? 2009/08/25 そしてショールズ後年の改善配列提案ではIOは下から二段目へ一段下へ段下げられてる。こうすれば、タイプバスケット上では89とほぼ異なる四分円ぐらい離れるだろう。(って、正しくは、このショールズ後年特許のタイプバスケットの形状は、円形じゃなくてレモン形⇔見開いた目の形eye-shapedですけれどもね。ますます正確に鉛直方向に駆動するための工夫なんです。コンパクト化が主目的なのかな?タイプバスケットの不要部(?)削れるって、。タイプバーとキーレヴァー両方への横ぶれ防止対策でもあるんでしょう。) patents?id=G-VVAAAAEBAJ pg=PA1 img=1 zoom=1 sig=DQuVV1Dhw40PJrfT7LONWWvJoLI http //blog.goo.ne.jp/raycy/s/eye-shaped 片や、ショールズ式の数字との共用から離れて、数字段に1と0をIOとは別に設けた。?それって、いつからだろう?要確認。この流れが、現代へ連なってるのかなって。 ショールズの「I(アイ)のうつろい」 ①プロトタイプ機1872年 >>②いわゆる製品初号系>>③ショールズ後年の改善配置 7 8 9 ① ② ③ http //www26.atwiki.jp/raycy/pages/142.html http //www26.atwiki.jp/raycy/pages/143.html ①②③ link_trackbackcounter -