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第213話 疑問符の戦果(前篇) 1485年(1945年)1月15日 午前6時 ヒーレリ領リーシウィルム沖 「発艦始め!」 まだ夜が開け切らない、寒い冬の洋上で、凛とした声音が鳴り響いた。 飛行甲板上でエンジンを唸らせていた艦載機は、待っていましたとばかりに次々と発艦していく。 戦闘機、艦爆、艦攻で編成された第1次攻撃隊は、僅か20分で発艦を終えた。 第58任務部隊の旗艦である正規空母ランドルフの艦上で、第58任務部隊司令官マーク・ミッチャー中将は薄ら寒い艦橋の張り出し通路から、 艦橋の内部へ移動した。 「司令官。各任務群共に、第1次攻撃隊の発艦は完了したようです。」 参謀長のアーレイ・バーク少将は、今しがた通信参謀から受け取った報告を、ミッチャーに伝えた。 「今の所、予定通りだな。」 ミッチャーは単調な声音でバーク少将に返答する。 マーケット・ガーデン作戦の開始日は、1月21日と定められているが、マーケット作戦実行部隊の一翼を担う第58任務部隊は、 一足先にヒーレリ領を叩く事になっていた。 その最初の目標が、今まで無視して来たヒーレリ領有数の港湾施設、リーシウィルムである。 第5艦隊司令部からは、15日にリーシウィルム、16日と17日にリリャンフィルク周辺の鉄道、港湾施設、並びに手付かずのまま残されている 航空基地を叩くように命令を受け取っている。 攻撃隊の編成については第58任務部隊に任せると伝えられているため、ミッチャーは5つの空母任務群のうち、最初の第1次、第2次攻撃隊を TG58.1、TG58.2、TG58.3から発艦させ、後の第3次、第4次攻撃隊をTG58.4,TG58.5から発艦させようと考えていた。 第1次攻撃隊は、ファイタースイープと通常編成の攻撃隊を合同で編成している。 TG58.1からはF6F24機、F4U34機、SB2C24機、TBF24機、TG58.2からはF6F38機、F4U52機、SB2C18機、 TBF20機。TG58.3からはF4U60機、SB2C18機、TBF18機が出撃している。 戦闘機208機、艦爆60機、艦攻64機。総計332機の大編隊は、一路リーシウィルムに向かいつつあった。 「参謀長。予定通り第2次攻撃隊も発艦させよう。」 「アイアイサー。至急、各艦に伝えます。」 バーク参謀長はそう答えた後、通信参謀に、各艦に命令を伝えるように指示を下した。 やや間を置いてから、ランドルフの艦長が電話越しに飛行長へ 「第2次攻撃隊、発艦準備急げ!」 と、鋭い声音で指示を飛ばす。 5分も経たない内に、飛行甲板上には、第2次攻撃隊の戦闘機、艦爆、艦攻が次々とエレベーターに上げられ、順序良く敷き並べられていった。 午前7時50分 リーシウィルム港東2ゼルド地点 第5親衛石甲師団第509連隊第3大隊を乗せていた軍用列車がリーシウィルム付近に到達し始めたのは、午前8時をもう少しで迎えようかと 言う時であった。 この時、大隊のキリラルブス搭乗員は、全員が長旅の疲れで寝込んでいたが、突然の空襲警報に叩き起こされてしまった。 「空襲警報発令!空襲警報発令!」 車両の真ん中の通路を、血相を変えた大隊の伝令兵が口でそう叫びながら駆け抜けて行く。 座席に毛布を被って寝入っていたフィルス・バンダル伍長は、当然の空襲警報発令に、最初、これは夢でないかと思った。 「ああ?空襲警報発令だとぉ?あいつ、なに寝ぼけてやがんだ。」 フィルスは、眠気でぼやけた意識を晴らそうとしながら、突拍子の無い事を叫ぶ伝令兵を睨みつける。 その伝令兵は、あっという間に、後ろの車両に駆け込んでいった。 「……とにかく寝よう。」 フィルスは、伝令兵の言葉を気にする事無く、再び睡眠を取ろうとした。 だが、彼がうとうとしかけた時、再び伝令兵が空襲警報発令!と絶叫しながら彼の居る車両に駆け込んで来た。 「やかましいぞこの馬鹿野郎!こっちは疲れて眠ってるんだ!」 フィルスと同様に、伝令兵の絶叫に腹を立てていた者が居たのだろう。誰かが乱入して来た伝令兵に食ってかかった。 その時、前の車両から新たな人物が入って来た。 「おい!貴様らいつまで寝ている!?」 「ちゅ、中隊長殿!おはようござます!」 伝令兵に怒鳴り散らした搭乗員が、慌てた口調でその人物に挨拶をする。 「挨拶は後だ!それより、今は寝ている場合じゃない!さっさとこいつらを叩き起こせ!」 彼らのやり取りを聞いていた搭乗員達は、伝令兵に噛み付いた兵に起こされるまでも無く、全員が自分で起き上がった。 その時、誰かが窓の外を指さして叫んだ。 「お、おい!ワイバーン隊が飛んで来たぞ!」 フィルスは、咄嗟に窓辺に目を向ける。 最初は何も見えなかったが、しばらくして、軍用列車の上空を通り過ぎたワイバーンの編隊が、海がある方角に向けて飛んで行くのが見えた。 数は約50騎ほどである。 「先程、リーシウィルムの海軍部隊から魔法通信が入った!本日午前7時40分頃、洋上の監視艇が、リーシウィルムに向かう敵艦載機と 思われる大編隊を発見したようだ!」 彼の言葉を聞いた搭乗員達は、飛び上がらんばかりに驚いた。 「中隊長殿、それは本当ですか!?」 「昨日の情報では、敵機動部隊はリリャンフィルクの攻撃に向かっている筈じゃ無かったのですか?」 搭乗員達は、中隊長に対して次々に質問を浴びせて行く。 第5親衛石甲師団は、いち早く配置先に到着するため、最短コースを選んだのだが、この移動路は海岸線に線路が引かれている場所が多く、 特にヒーレリ領では、線路と海岸線との距離が2、3ゼルドしか離れていない箇所が多い。 第5親衛石甲師団の将兵は、噂になっているアメリカ機動部隊の艦載機に襲われやしないかと、常に不安に思っていた。 そのため、師団司令部では将兵の不安を少しでも和らげるため、海軍から敵機動部隊に関する情報を回して貰うように手配していた。 昨日の情報では、アメリカ機動部隊はリーシウィルム寄りの西方220ゼルドを北西に向かって進んでいると伝えられたため、将兵達は、 敵がリーシウィルムには来ないであろうと思い、安堵していた。 ところが、来ないと信じていた筈の敵機動部隊が、急にリーシウィルムに向けて、艦載機の大編隊を送り込んで来たのである。 驚かぬ者など居る筈が無かった。 「昨日までの情報によれば、確かに敵機動部隊はリリャンフィルクに向かっていたと思われていた。だが、敵の狙いはリリャンフィルクでは 無かったようだ。」 「敵艦載機はどれぐらい居るのですか?」 「それは、俺にも分からん。だが、少なく見積もっても200機近くは居るかも知れん。」 「200機……さっき飛んで行ったワイバーン隊はせいぜい50騎前後。これでは、とても防げませんよ!」 「中隊長!前方の機関室に行って、速度を上げるように言いましょう!10ゼルド南にあるリフィンの森に入れば、敵艦載機に襲われても 爆弾を浴びる可能性は低くなります!」 「既に、大隊長が機関室に行って指示を下している。」 中隊長がそう答えた時、後ろから通信員が報告を伝えに来た。 「中隊長。リーシウィルム港付近の監視艇から追加報告です。敵艦載機約300機は、リーシウィルム港に尚も接近中、間も無く味方ワイバーン隊と 交戦を開始する模様なり」 午前8時10分 リーシウィルム港西10マイル地点 第58任務部隊より発艦した第1次攻撃隊328機(途中で4機が不調で引き返した)は、制空隊のF6F、F4U100機を前方に押し出した 形で進撃を続けていた。 TG58.1に所属している空母イントレピッドは、12機の艦爆と12機の艦攻を攻撃機として発艦させている。 空母イントレピッド艦爆隊VB-12の一員として、第2小隊の2番機を操縦しているカズヒロ・シマブクロ1等飛行兵曹は、先発するエセックス隊の 前方で繰り広げられている空中戦を遠目で見ていた。 「カズヒロ!制空隊の連中はどうだ?上手くやっているか?」 後部座席に乗っているニュール・ロージア1等兵曹がカズヒロに聞いて来た。 「ああ。敵ワイバーンの動きを上手く抑えている。こっちに向かって来る敵は居ないようだぜ。」 カズヒロはそう返答しながら、やや遠くの空中戦を見続ける。 (状況からして、敵の方が、こっちの制空隊よりも少ない。あんな不利な状況だったら、俺ならさっさと逃げ出しそうやっさ…… でも、敵も頑張るやぁ……) 彼は、独特の口調でそう独語する。 制空隊は100機以上は居るのに対して、敵のワイバーン隊は50騎程度しかいない。 これでは、攻撃隊に襲い掛かる事もままならないばかりか、自分達の身を守る事で精一杯な筈だ。 だが、敵ワイバーン隊は数の上で不利であるにもかかわらず、屈しようとはしなかった。 (父ちゃんから聞いた、三山時代の南山王も……最後はああやって戦ったかも知れんなぁ) カズヒロは、父に小さい頃から聞かされてきた、故郷沖縄の歴史を心中で思い出していた。 制空隊は、敵ワイバーン隊の迎撃を上手く抑え込んだ為、攻撃隊は悠々とリーシウィルムに近付きつつあった。 「攻撃隊指揮官より各機へ!これより攻撃を開始する。各隊は割り当てられた目標を攻撃せよ!」 攻撃隊指揮官機を務めるエセックスの艦攻隊長から指示が伝わり、攻撃隊各機はそれぞれの目標に向かって進み始めた。 イントレピッド攻撃隊は、港湾部からやや内陸部にある敵の物資集積所を攻撃する手筈になっていた。 イントレピッド隊が進撃を続ける中、一足先にエセックス隊の艦爆、艦攻が港湾施設に向かって突進して行く。 リーシウィルム港周辺には対空火器が設置されていて、エセックスのヘルダイバー隊の周囲に、高射砲弾が炸裂するが、 経験豊富なパイロットで占められている艦爆乗り達は、それに臆する事無く、目標を正確に見定めて攻撃に移っていく。 程無くして、エセックス隊の突進を受けた港湾施設が、1000ポンド爆弾の直撃を次々に受けて、忽ちのうちに爆炎と黒煙に 包まれていく。 手痛い一撃を受けた港湾施設に、駄目押しとばかりにアベンジャー隊が水平爆撃を食らわせ、港湾施設に集中する倉庫等の目標が、 加速度的に破壊されていった。 倉庫や港の船舶を爆撃しただけでは飽き足らないのか、一部のアベンジャーやヘルダイバーは、これでもかとばかりに機銃掃射を仕掛けている。 「ふぅ、エセックス隊の連中、暴れに暴れているねぇ。」 エセックス隊のアベンジャー、ヘルダイバーの暴れっぷりを見ていたニュールが、苦笑いを浮かべながら喋った。 「エセックス・エアグループの搭乗員は荒っぽい奴がいるからな。飛行長のマッキャンベル中佐からしてその通りだし。」 「ハハ。あの上官にして、この部下ありって奴か。」 「だな。まっ、実際は良い奴が多いんだけどね。」 カズヒロはそう言ってから、ふと、目標である物資集積所の向こう側に、点在する林に隠れた線路らしき物が北から南に延びているのが見えた。 そして、その線路の上に、うっすらと何かが移動している姿も…… 「おいニュール。目標の向こう側に、線路らしき物を見つけたぜ。」 「線路か。どうせそれだけだろう?」 ニュールはどうでも良いと言わんばかりの口調でカズヒロに返す。 「いや……線路だけでは無い。こっちから見辛いが、何か列車らしき物が動いているみたいだ。」 カズヒロはそう言いながら、持っていた双眼鏡で、動いている物の正体を確かめる。 双眼鏡越しに見えたそれは、明らかに列車であった。 彼らの位置から列車までの距離は6キロ程離れていたが、パイロットであるカズヒロの視力は2.5と高く、彼の眼には客車らしき車両と、 その後ろに繋がっている幌つきの無数の貨車。そして、一番最後の車両に積まれている対空機銃と思し物が写っていた。 「ニュール。あれは敵の軍用列車だな。結構長いぞ。」 「軍用列車だと?本当か!?」 「ああ。こっからじゃ詳細は分からんけど、幌が付いている貨車がかなり多いから、前線に何か物資を運んでいるかも知れんぜ。」 カズヒロは双眼鏡を構えながら、その線路の先を見る。 軍用列車が走るその先には、濃い森林地帯があった。森の状況からして、線路が木々に覆われている事は容易に想像が付く。 もし軍用列車が森林地帯に逃げ込めば、いくらヘルダイバーとはいえ、急降下爆撃で仕留めるのは不可能になる。 攻撃するなら、今、やるしかない。 「カズヒロ!すぐに中隊長に報告しろ!あれは重要な兵器を運んでいるかも知れんぞ!」 「了解!」 カズヒロは即答すると、レシーバー越しに中隊長を呼び出した。 「中隊長!こちらは2番機。聞こえますか!?」 「こちら中隊長。よく聞こえる。何かあったのか?」 「目標より4キロ東に線路を見つけました。それに加えて、線路上を移動する軍用列車も見つけました!もしかしたら、レスタン領に 増援を運んでいるかもしれません!」 レシーバーの向こう側に居る中隊長は、すぐに答えなかった。 30秒ほど間を置いてから、返事が届く。 「確かに見えた。お前の言う通り、あれは敵の増援を運んでいるかも知れん。あそこの森林地帯までもう距離が無い。攻撃するなら、 今のうちだな。」 「中隊長、では、攻撃ですね?」 「ああ。物資集積所の攻撃は、第3小隊とアベンジャー隊に任せよう。第2小隊は俺の小隊と共同であの列車を叩くぞ!」 中隊長は命令するや否や、すぐさま増速して直率の小隊と共に前進し始めた。 カズヒロは第1小隊に属しているため、左斜めを飛ぶ中隊長機につられる形でスピードを速める。 第1小隊と第2小隊8機のヘルダイバーは、急速に軍用列車との距離を詰めて行く。 だが…… 「くそ!軍用列車と森林地帯の距離が近い!」 カズヒロは悪態をついた。 発見のタイミングが遅かったのか、軍用列車の先頭と森林地帯との距離は、指呼の間にまで迫っていた。 「第1小隊は貨車!第2小隊は客車が集中している部分を狙え!突撃!!」 中隊長はすかさず指示を下した。 降下を開始したのは、意外にも第2小隊からであった。 「第2小隊の奴ら、早々と降下を始めたな。焦ってるのかな?」 カズヒロは、横目で急降下に移っていく第2小隊を見つめながらそう呟いた。 前方の中隊長機が機を翻して急降下に入る。カズヒロも、手慣れた手つきで機体を捻らせた後、機首を下にして降下に移った。 カズヒロ達が冷静に攻撃を開始したのに対して、狙われた方の軍用列車。 第509連隊第3大隊が乗る軍用列車では、誰もが恐怖に顔を歪めていた。 「敵がこっちに急降下して来たぞぉ!!」 窓から顔を出して上空を見ていた兵士が、顔面を真っ青に染めながら絶叫した。 ウィーニ・エペライド軍曹は、耳に今まで聞いた事が無い、甲高い音が響き始めた事に気が付いた。 「この音は……もしや……!」 ウィーニは、徐々に大きくなって来る甲高い音が、噂に聞いている死の高笛なのかと思った。 死の高笛とは、アメリカ軍の急降下爆撃機が発する急降下音の事である。 米艦爆が発するダイブブレーキの轟音は、第3大隊の将兵達に計り知れない恐怖を与えていた。 唐突に、ウィーニの後ろに居た別のキリラルブスの射手が、大声を上げて窓から飛び出ようとした。 「おい!何をしているんだ!?」 「離してくれ!ここにいたら死んでしまう!!」 その伍長は、制止する仲間を振り払って、窓から体を乗り出そうとするが、2、3人の仲間が強引に伍長を取り押さえた。 甲高い轟音が極大に達したかと思った時、ウィーニは自然と、頭を抱えながら床に伏せていた。 その次の瞬間、車両の右側で物凄い轟音が鳴り響き、車両が線路から飛びあがらんばかりに激しく揺れ動いた。 爆発は1度だけでは無く、2度、3度、4度と連続した。 最後の爆発は、ウィーニが乗る車両から10メートルと離れていない場所で起きた。 その瞬間、凄まじい轟音が鳴り、爆風と破片が車両の左側のガラスを1枚残らず叩き割った。 爆風と共に煙が車内に吹き込み、ツンとした硝薬の匂いがあっという間に充満する。 「ぎゃああーーー!!やられたぁ!!!」 誰かが負傷したのだろう、車両の後ろ側で悲痛な叫びが上がった。 ウィーニは、誰が負傷したのか確認しようと、体を起こし掛けたが、その瞬間、彼女達が乗る車両から離れた後方で再び強い衝撃が伝わり 起き上がる事は叶わなかった。 またもや数度の爆発音が後方から伝わった後、車両が再び揺れ動いた。 上空を何かが轟音を唸らせながら、車両の真上を飛んで行く。ウィーニはふと、音が飛び去る方角に目を向ける。 そこには、黒っぽい色に染まったずんぐりとした形の飛空挺が居た。その飛空挺の胴体には、鮮やかな白い星が描かれている。 (あれが、ヘルダイバー……!) ウィーニは、その敵機が、空母艦載機のヘルダイバーである事に気付いた。 唐突に、視界が遮られた。 「良かった……無事に森林地帯に逃げられた。」 ウィーニの隣で、同じように伏せていたフィルスが、ホッとため息を吐きながらそう言った。 「台長。これで安心ですよ。上は森の木々がカバーしています。これなら、精密爆撃が得意なヘルダイバーも手出しは出来ませんよ。」 フィルスは、落ち着いた声音でウィーニに言い、にこやかな笑みを浮かべた。 そのフィルスの上を、衛生兵が数人の兵と共に大慌てで上手く飛び退きながら車両の後ろに駆け抜けて行く。 「おっと、そろそろ立たないと……」 フィルスはそう言うと、体を起こして立ち上がろうとする。だがどういう訳か、彼はなかなか立ちあがれない。 「あ、あれ?おかしいな、膝がガクガク動いて立てない。」 フィルスは苦笑しつつ、懸命に立ち上がろうとする。だが、それでも立てなかった彼は、仕方なく座席に座る事にした。 「台長、大丈夫ですか?手を貸しますよ。」 フィルスは、伏せたままの彼女に手を差し伸べる。ウィーニはその手を取って、起き上がろうとした。 その時、股間の辺りで違和感を感じた。 「……!」 一瞬、彼女の表情が強張った。 「ん?どうかしたんですか?」 「い……いや!何でも……ない。」 ウィーニはすぐに起き上がり、体を縮めこませながら座席に座った。 「台長?本当に大丈夫ですか?」 フィルスの言葉に、ウィーニは何も言わなかったが、代わりに2、3度頷いた。 彼は、ウィーニがしきりに股間を隠している事に気付き、それ以上は何も言わなかった。 2人が、爆撃のショックで体を小刻みに震わせている時、そのすぐ後ろで、衛生兵と同僚達のやり取りが聞こえて来る。 「どうだ?助かるか……?」 「……いや、もう、何もやる必要は無くなったよ。」 「……え?どういう事だ?」 「もう、亡くなっちまった。破片が胸を貫いているから、もうどうしようもなかったが……」 「なんてこった………こいつは、子供連中をいじめるだけの、うんざりした仕事からようやく解放されたって言ってたのに……」 後ろから流れて来る暗い空気は、すぐに車両全体に充満していき、それから5分と経たぬ内に、車両内部は、うすら寒く、重苦しい 空気に包まれていた。 同日 午後4時50分 ヒーレリ領リーシウィルム 米機動部隊による波状攻撃が終わりを告げたリーシウィルムは、再び静寂に包まれていたが、リーシウィルムから東に10ゼルド 離れた場所にある、ヒーレリ領南部航空軍司令部では、その静寂とは裏腹の状況が展開されていた。 「統括司令官殿!何度も申しますように、私はそのような命令は受け入れられません!」 第31空中騎士軍司令官であるワロッカ・ラバイダロス中将は、ヒーレリ領空中騎士軍統括司令官であるバフォンド・ピルッスグ大将に 向けて、きつい口調で言い放った。 「我が部隊は元々、レスタン領への増援として編成された部隊です!それなのに、いきなり、洋上の敵機動部隊への攻撃に向かえと 命じられては困ります!」 「何故困るのだね?」 痩身のピルッスグ大将は、ラバイダロス中将をじと目で見つめる。 「リーシウィルムの70ゼルド沖には、アメリカの機動部隊が不用心にも接近しておるのだぞ?このヒーレリ領南西部に、ワイバーン部隊の 大群が居るとも知らずにな。これは、敵が油断していると言う明らかな証拠だ。今を置いて、叩く機会は無いと考えるが。」 「今はもう、夜間ですぞ!?出撃できるワイバーン隊はあまりおりません!それ以前に、我々はレスタン領で戦う事を予定されて編成されたのですよ? こんな、場違いな所で戦う事は出来ません!」 「ふむ……貴官の主張も理解できる。だが、君は知らないのかね?」 ピルッスグ大将は、傲然と胸を逸らしながら言う。 「陸軍総司令部からは、好機あらば、あらゆる兵力を用いて、敵機動部隊の殲滅を計れと命令されておる。私は、ヒーレリ領空中騎士軍統括司令官だ。 確かに、君は一時的にヒーレリ領に居候している身に過ぎんのだろうが、同時に、“一時的に”私の部下でもある。つまり、君達のワイバーン部隊や 飛空挺部隊も、私の指揮下にあるのだよ。」 「そ……そんな命令聞いておりませんぞ!?」 「命令を聞いていない?それは……どういう事かな。」 「我々の部隊は秘匿部隊であるため、1月初旬頃から魔法通信の送受信を限り無く少なくしながら行動しておるのです。一応、重要な命令文は受信 するように命じられておりますが……その件については、私は何も知らされておりません!」 「なんと……知らされていないだと?2日前に発せられたばかりだぞ?」 「なっ……!?」 ラバイダロス中将は、思わず絶句してしまった。 彼には、そのような命令は全く知らされていなかった。 「で……では、我々は……」 「まぁ、私も鬼では無い。私としては、今日の報復を今すぐしてやりたいが、君達がそう言っている以上、無理に通す事は出来んだろう。よろしい、 本国の指示を仰いでみる。」 ピルッスグ大将は、穏やかな口調でラバイダロスにそう言った。 「魔道士官!すぐに本国に確認しろ!」 ピルッスグは、魔道士官に指示を下す。指示を受け取った魔道士官は、頷いてから確認作業に入った。 「はぁ……感謝いたします。」 「心配したかね?」 唐突に、ピルッスグ大将は質問をして来た。 「は……と、いいますと?」 「私が、このまま無茶な主張を押し通すと思ったかね?」 「はぁ……閣下のお家の事に付いては、いくつか聞き及んでおりましたので。」 「ふむ。馬鹿な弟を持つと、苦労するのはいつも、兄である私だな。」 ピルッスグ大将は苦笑しながら言う。 「ピルッスグ家が、多方面に関係を持っている事は確実だ。だが、それを成し遂げたのは私では無い。弟の方だよ。私はどちらかと言うと、 弟よりは役立たずの方でね。家では寂しい思いをしている物だ。」 ラバイダロスは、先ほどとは打って変わった、優しげなピルッスグに、内心驚いていた。 「私は先程、君に厳しく言ったが、あれはあくまで職責上の事さ。君が本国から何も聞いておらず、本国も君らに対して、何の指示もしないと 言うのであれば、私は君達に何もせずに、レスタン領に送り届けよう。万が一の場合は、我々の場所からも、援軍を送り届けて良いぞ。」 「援軍と申されましても……ヒーレリ領西部には、300騎ほどしかワイバーンが居ないのでは?」 「今日一日の防空戦で、300騎以下に減っている。だが、されど300騎以下だ。リーシウィルムは、約1000機近くの敵艦載機の猛攻に よって、確かに壊滅的打撃を受けた。被害はそれだけに留まらず、第5親衛石甲師団の部隊にも被害が生じている。だが、幸いにして航空戦力は まだ残っている。信じられるかね?この地方に駐屯していた私のワイバーン隊はたったの70騎足らずだ。70対1000。戦えば全滅するのは 目に見えている。だが、戦闘が終わってみれば、なんと、まだ34騎も残っている。無論、この状態では、部隊は壊滅したも同然だが、律儀に 敵の攻撃隊を迎撃し続けて、それでも34騎ものワイバーンが残っている。これは、まさに奇跡と思わんかね?」 「は……確かにそうですな。私の指揮下にある空中騎士隊とは大違いです。」 「私は噂話でしか聞いておらんのだが、君の指揮下にある部隊には、新米が多数いるようだな。」 「はい。1個空中騎士隊は、歴戦の部隊で、夜間戦闘もこなすのですが、残りの3個空中騎士隊は、錬度が完璧とは言えません。」 「編成上では、4個空中騎士隊のうち、3個が夜間戦闘も行えると聞いているが……そこの部分でもそうなのかね?」 「……正直申しまして、私が教官なら、半数以上は落第点スレスレか、確実に不合格です。残りも、夜間飛行はこなせるが、攻撃は難しいと 思える者しかおりません。一応、部隊としては存在しますが、実質的には、書類上の部隊と言っても過言ではありません。」 「そんなに酷いのか……私は、君になんて悪い事を言ってしまったのだろうか。」 今度は、ピルッスグが謝る番だった。 「いえ……統括司令官の言われる事も理解できます。閣下の立場からすれば、我々に出撃せよと申すのは当然の事です。」 ラバイダロスは、最初とは打って変わった、落ち着いた口調でピルッスグに言う。 最初は、いきなり部隊を出撃させる必要があると言って来たピルッスグに強い反発心を覚えた物だが、実際は心優しい人物であると分かり、 内心ホッとしていた。 (ピルッスグ家は、シホールアンル10貴族にも選ばれる大貴族と聞いていたから、色々とごり押しして来るんだろうと思っていたが…… この人は別なんだな) ラバイダロスは、目の前に居る心優しき上官に、そんな印象を抱き始めていた。 だが、彼の安心も束の間であった。 「閣下!本国の総司令部より通信です!」 「うむ。読め。」 ピルッスグは魔道士官に命じた。 「ヒーレリ領航空部隊は、敵機動部隊に対して、直ちに攻撃を開始せよ!兵力不足の場合は、レスタン領に展開予定の増援ワイバーン隊も 参加させよ!以上であります。」 「………」 「………」 予想外の言葉の前に、2人の将星は、言葉を失ってしまった。 午後7時30分 リーシウィルム沖西方70ゼルド地点 第503空中騎士隊は、寒い夜空の中、高度50グレル以下、速力200レリンクで敵機動部隊の予想位置を目指しながら前進を続けていた。 「先導騎!生命反応は捉えたか?」 第503空中騎士隊の指揮官であるレビス・ファトグ少佐は、攻撃隊の2ゼルド前方を飛んでいる先導騎の竜騎士に、魔法通信で尋ねる。 「いえ、今の所、敵らしき反応はありません!」 頭の中で返信を受け取ったファトグ少佐は舌打ちする。 「参ったな……レンフェラルからの情報では、この海域に敵機動部隊が居る筈なんだが……敵に逃げられたかな?」 ファトグ少佐は、敵が発見できない事に苛立つ半面、内心ではこれで良いかもしれないという、見敵必殺をモットーとするシホールアンル軍人 にしては珍しい思いを抱いていた。 (もし、敵がさっさと逃げてくれれば……後ろから付いて来ている奴らを、無為に失わなくて済む) 彼は心中で呟きながら、顔を後ろに振り向けた。 第503空中騎士隊は、68騎のワイバーンでもって出撃しているが、それとは別に、第601空中騎士隊と第602空中騎士隊から発進した、 160騎のワイバーンも出撃を終えている。 この3個空中騎士隊は、レスタン領に移動予定であった第31空中騎士軍に所属しており、日も暮れた午後6時頃に、軍司令官であるラバイダロス 中将から直々に出撃を命じられた。 3個空中騎士隊228騎の大編隊は、夜間戦闘のベテランである第503空中騎士隊を先導役に当てる形で前進を続けている。 この3個空中騎士隊の任務は、リーシウィルム沖を北に向かって北上し続ける米機動部隊に痛烈な打撃を与える事である。 だが、ファトグ少佐は、この戦力で、敵機動部隊に大損害を与える事は難しいと考えていた。 3個空中騎士隊の内、満足に戦闘をこなせそうな部隊は、経験豊富な兵ばかりを集めた第503空中騎士隊だけであり、残りの2個空中騎士隊は、 竜騎士の大半が新米という有様であり、更に錬度に関してもまだ不安が残っていた。 ファトグ少佐としては、せめて、第503空中騎士隊だけで敵機動部隊の攻撃に移りたかったが、3個空中騎士隊で攻撃せよとの命令が下った 以上は、実行するしかなかった。 (敵機動部隊と戦闘となったら、一体、どれだけのワイバーンと竜騎士が失われるのだろうか。俺達も危ないが、後ろの新米共は更に危ない。 どうせなら、もっと訓練を行わせてから、前線に出したかったのだが……) ファトグ少佐が思考に費やせる時間は、余り長くは無かった。 「隊長!2時方向に多数の生命反応を探知!距離は約12ゼルド!(36キロ)」 この時、ファトグ少佐の心中には、やっと見つかったかという思いと、まずい事になったという思いが複雑に絡み合っていた。 第58任務部隊旗艦である空母ランドルフのCICでは、TF58司令官のミッチャー中将が、対勢表示板上に描かれた敵騎群を険しい表情で 見つめていた。 「司令官。ピケットラインに配置した駆逐艦からは、敵編隊は100メートル以下の低高度で接近して来たとの報告が届いています。」 「まずいな……上空警戒のアベンジャーの交代する時に接近して来るとは。敵に悪運が強い奴が混じっているぞ。」 ミッチャーは、バーク参謀長の言葉に対して、眉をひそめながら答える。 「敵編隊は、このままのコースで行けばTG58.5かTG58.4に攻撃を仕掛ける可能性があります。」 「上空に上がっている夜間戦闘機は何機だ?」 「8機です。所属はハンコックとアンティータム。いずれもF4Uです。」 「他に飛ばせる機は?」 「このランドルフとボクサーからF6F4機、F4U4機を増援に向けられますが、残りは準備中の為、すぐには出撃出来ません。」 「ラングレー隊はどうなっている?VFN-91だけでも早く飛ばせんか?」 「今確認してみます。航空参謀!」 バーク少将は航空参謀を呼び付け、急いでラングレーに確認を取らせた。 2分後、ラングレーから返事が届いた。が……その返事は、ミッチャーの期待とは裏腹の物であった。 「目下、早急な発艦は不可能なり。発艦準備完了までは、あと20分掛かる見込み……か。」 「当分は、ハンコックとアンティータムのコルセアと、増援の8機に任せるしかありません。」 「参ったな……たった16機で、敵の大編隊を食い止める事はほぼ不可能だぞ。」 「不可能ではありますが、敵の数を減らす事は出来ます。それに、ハンコックとアンティータムのF4Uは、海兵隊の夜間戦闘機隊から 送られた物で、パイロットは既にエルネイル戦線でシホールアンル軍と夜間戦闘を経験済みです。ある程度は減らせますよ。」 ハンコックとアンティータムは、今回の作戦では戦闘機専用空母としての任務が与えられており、ハンコックはF6F48機、F4U34機を、 アンティータムはF4U72機を搭載している。 両艦は、それぞれTG58.4とTG58.5の防空任務の要となっているが、搭乗しているF4Uのパイロットは、半数以上が実戦を経験して 来た腕自慢のパイロットである。 機数は少ないとはいえ、敵編隊に少なからずダメージを与えられる事は期待できる。 「また、すり減った敵航空部隊は、機動部隊の対空砲火で対処できます。全部叩き落とす、と言う事は難しいですが。」 「どうせなら、いっそ、この間提出された案のように行けば、敵の撃墜比率も上がると思ったが……敵にもまだ“当てて来る奴が多い”以上、 そうもいかん。後は、各艦長の腕次第だな。」 先日提出された案……それは、機動部隊の防空戦闘時に関する意見書である。 この意見書には、防空戦闘時には、全艦が一定の速度、間隔を保ちつつ航行するという物である。 ミッチャーは、一月に一度行われる、各母艦の艦長達を招いた勉強会で、この意見書にあった案を採用したらどうかと言った。 防空戦闘時には、敵の攻撃をかわすために、各母艦も急回頭を行って爆弾や魚雷の回避に努めている。 だが、これでは輪形陣がばらつきやすくなる上、母艦の機銃員達も急回頭によって機銃や高角砲の照準を一時的とはいえ、狂わされる為、 少しばかりであるが、敵ワイバーンや飛空挺に対する弾幕が薄くなると言う問題があった。 それを解消するために、先の案が提出されている。 要するに、回避運動を行わず、機銃や高角砲がまともに狙い撃てる時間を極力増やし、圧倒的な弾幕で持って敵ワイバーンや飛空挺を片っ端から 叩き落とそうと言うのである。 だが、空母艦長達の大部分は、この案に反対であった。 「敵ワイバーンの竜騎士や、飛空挺パイロットの技量が落ちたとはいえ、依然として敵航空部隊は侮れない強敵である。敵にとって、空母は 涎が出そうなほどの獲物であり、もし直進ばかりを続けると気が付いたら、敵は1隻に対して5、60騎もの大群で襲い掛かって来るだろう。 そうなれば、我が太平洋艦隊は、大規模な航空戦がある度に、数があるとはいえ、高額な正規空母を1隻ないし、2隻ずつ失う事になりかねない。」 空母艦長達は、このような反対意見を述べ、頑として新戦法の採用を拒んだ。 ミッチャーはそれでも、この新戦法の有用性を説明し続け、以降の防空戦闘時に役立てようと考えたが、艦長達の言う事も理解できるため、 結局、この新戦法を取り入れるのは時期尚早と判断され、採用は見送られた。 (ミッチャーとしても、航空戦や海戦の度に、正規空母を複数失った提督と言われたくなかった) 「夜間戦闘隊、敵編隊と接触!間もなく交戦に入ります!」 レーダー員が、やや声を裏返しながらそう伝えて来る。 レーダー上に移っている光点は2つ。 1つめは、艦隊の南東方面から向かいつつある。その光点は数が多く、敵が相当数のワイバーンか飛空挺を動員している事を伺えさせる。 もう1つは、その光点に向かいつつある小さな光点だ。この光点が、頼みの綱の夜間戦闘機隊である。 やがて、大小2つの光点が重なり合った。 午後7時55分 TG58.4旗艦 空母シャングリラ TG58.4司令官であるフレデリック・ボーガン少将は、旗艦シャングリラのCICで、対勢表示板を見つめていたが、その時、予想していた 報告が耳に入って来た。 「敵編隊、夜間戦闘隊の防衛ラインを突破!我が任務群に向かって来ます!」 「敵編隊の数は?」 ボーガンはすかさず聞き返した。 「約60騎前後です!」 「まずいな……あまり数が減っていないぞ。」 彼は眉をひそめた。 最初、敵編隊の数は70騎前後であり、夜間戦闘機隊は、数こそは少なかったものの、最低でも敵を14、5騎は叩き落とすか、傷つけて 編隊から脱落させるだろうとボーガンは考えていた。 だが、夜間戦闘隊は思った以上に戦果を上げておらず、逆に敵の護衛騎に追い回され、今までに3機が犠牲となっていた。 敵編隊は、夜間戦闘機隊に襲われる前と同じ攻撃力をほぼ維持したまま、TG58.4に接近しつつある。 「敵編隊、艦隊より8マイルまで接近!間もなく外輪部の駆逐艦と戦闘に入ります!」 「ピケット艦より入電!艦隊より80マイル南東に新たな敵編隊!数は約200騎前後!」 ボーガンは、2つ目の報告を耳にするなり、険しい表情を浮かべた。 「200騎前後だと。畜生!敵の奴ら、本気でTF58を叩くつもりだぞ!」 ボーガンは悪態を交えながら、そう言い放った。 空母アンティータムの艦上では、配置に付いた機銃員や高角砲要員が眦を決しながら、戦闘開始の時を待ち続けていた。 ヴィンセント・バルクマン少尉は、艦橋前に配置されている2基の連装両用砲の内、2段目にある2番両用砲の指揮官を務めている。 彼は、砲塔中央にある観測用ハッチから顔を出し、敵編隊が迫っていると思われる輪形陣右側に顔を向けていた。 (畜生め。空母群は5つもあるのに、シホット共は何でTG58.4に向かって来るんだよ!あの人でなし共め!) 彼は内心で、このTG58.4を狙って来た敵編隊を呪いつつも、ヘルメットの下に付けた、両耳のレシーバーからは射撃管制官からの 指示を聞き続けていた。 「敵編隊約50騎、二手に別れながら依然、前進中。戦闘に備えろ。」 「こちら2番砲塔、了解した!」 バルクマン少尉は、緊張で上ずった口調で、口元のマイクに向けてそう返した。 輪形陣右側で発砲炎と思しき閃光が煌めき、その直後、上空に高角砲弾炸裂の光が暗闇の向こうに灯る。 光の明滅は無数に湧き起こっている。 (駆逐艦が高角砲を撃った!いよいよ戦闘開始だな!) バルクマン少尉は内心でそう叫びつつ、緊張を和らげるため、へその下を撫でた。 「射撃指揮所より両用砲へ!敵機約20騎前後が駆逐艦の上空を突破して本艦に向かいつつある!敵編隊は超低空より12騎、高度300メートル ほどから14、5騎だ。両用砲は超低空より接近する敵を撃て!」 「2番砲塔了解!」 バルクマン少尉は観測用ハッチから顔を引っ込め、砲塔内の部下達に指示を伝える。 「敵編隊が向かって来る!目標は超低空より接近する敵騎!恐らく雷撃隊かも知れん、内輪を突破して来たら狙い撃ちにしろ!」 彼はそう伝えた後、再びハッチから顔を出した。 アンティータムの右舷前方800メートルの位置に占位する戦艦マサチューセッツが、右舷の両用砲と機銃を撃ちまくる。 マサチューセッツに習うかのように、右舷後方の重巡ニューオーリンズも両用砲、機銃をここぞとばかりに撃ち放つ。 敵ワイバーン隊の姿は見え辛いものの、高角砲弾炸裂時の閃光で、一瞬ながらもハッキリとした姿を見る事が出来た。 敵編隊は、戦艦や重巡から5インチ両方砲弾や40ミリ弾、20ミリ弾の弾幕射撃を受けて、次々と撃ち落とされていく。 唐突に、ワイバーンが飛んでいた海面で強烈な閃光が煌めき、その直後には派手な水柱が噴き上がった。 撃墜されたワイバーンが海面に墜落した瞬間、腹に抱いていた魚雷に機銃弾か、高角砲弾の破片が命中して大爆発を起こしたのであろう。 敵ワイバーン隊は1騎、また1騎と叩き落とされていくが、それでも9騎程が迎撃を突破してアンティータムに突進してきた。 「撃て!」 バルクマン少尉がすかさず命じる。次の瞬間、2門の5インチ両用砲が火を噴いた。 軍艦の艦載砲としては小さな部類に入る5インチ砲だが、近い場所で聞くとその砲声と衝撃は侮れない物がある。 両用砲の射撃に加え、舷側の40ミリ、20ミリ機銃座も一斉に射撃を開始する。 敵ワイバーン隊は、前方のアンティータムと、後方のニューオーリンズ、マサチューセッツから挟み撃ちにされ、瞬く間に2騎が叩き落とされた。 「更に2騎撃墜!」 射撃指揮所から伝えられるその言葉を聞いて、バルクマンは敵を1騎残らず殲滅出来るかも知れないと思った。 だが、それは甘い考えだった。 「敵ワイバーン急速接近!降爆だ!!」 唐突に、射撃管制官から慌てふためいたような声が流れた。 バルクマン少尉は咄嗟に上空を見上げた。 高度300メートルから接近して来た敵ワイバーンは、全速力でアンティータムに向かっていた。 アンティータムに向けて突撃を開始する頃は、14騎居たワイバーンも、今では7騎に減ってしまったが、それでも竜騎士達は臆する事無く 相棒を突っ込ませた。 暖降下爆撃の要領で接近して来た7騎のワイバーンは、すぐさまアンティータムの機銃に狙い撃ちにされる。 更に2騎が撃墜されたが、あのワイバーン隊に指向出来た機銃は、雷撃隊も同時に相手していることも災いして、思いの外少なかった為、 撃墜できたのは2騎だけであった。 5騎のワイバーンが次々と爆弾を投下する前に、アンティータムは右に急回頭を行った。 5騎のワイバーンは、それぞれ2発の150リギル爆弾を搭載しており、総計で10発の爆弾がアンティータムに降り注いだが、爆弾の大半は アンティータムの左右両舷に降り注いで空しく水柱だけを噴き上げただけに留まったが、最後の3発が連続してアンティータムに命中した。 爆弾が命中した瞬間、バルクマン少尉は体が飛び上がり、背中を砲塔の側壁に打ち付けてしまった。 彼は一瞬だけ気を失い、気が付いた時には、砲塔内に夥しい煙と火災の熱気が籠っていた。 「くそ……一体どうしたって言うん」 彼は最後まで言葉を発せなかった。 唐突に、体が浮かびあがる様な猛烈な衝撃が伝わった。衝撃は、右舷前部から伝わり、非常に大きかった。 彼の体は再び飛び上がり、側壁に体をぶつけてしまった。 その揺れが収まらぬ内に、再び同じような衝撃が伝わり、バルクマン少尉はアンティータムが、海底から現れた巨大な獣に引っ掴まれて、 派手に振り回されているのではないか思った。 揺れが収まると、彼はよろめいた足取りで砲塔の外に歩み出た。 「何てこった……第1砲塔が……!」 彼の目の前には、無残にも変わり果てた第1両用砲座があった。 砲塔は、左半分が大きく破損し、2本あった砲塔は、1本が千切れており、もう1本があらぬ方向に折れ曲がっている。 砲塔の外には、2名の水兵が血まみれで横たわっており、戦死している事は明らかであった。 午後8時15分 ファトグ少佐は、ようやく部隊の終結を終え、帰還の途に付いていた。 「……敵正規空母1隻撃沈確実、1隻撃破。巡洋艦1隻撃破……か。」 ファトグは、洋上ゆらめく炎を見つめながら、自分達が上げた戦果を確認する。 彼が1個中隊を率いて雷撃したエセックス級空母には、右舷側に4本の水柱が立ち上がっており、それ以前に爆弾命中によって甲板上に 火災を起こしていた。 その敵空母は、火災煙を発しながら洋上に停止している。 敵の捕虜から得た情報では、エセックス級空母は爆弾に対する防御力は優れているが、魚雷に対する防御いま一つであり、片側に魚雷が 3本命中すれば致命傷となると伝えられている。 ファトグ隊は、計4本の水柱を確認している。 それに加えて、魚雷を当てた空母は火災を起こして停止しているため、致命傷を負った事は充分に考えられた。 また、別の正規空母にも、魚雷は命中させられなかったものの、爆弾を最低でも4、5発命中させているため、実質的に空母としての 機能を喪失させている。 それに加えて、護衛の巡洋艦1隻にも損傷を与えている。 68騎の空中騎士隊……護衛を除けば50騎程度の飛行隊が挙げた戦果としては、まさに大戦果と言える。 だが、同時に代償も大きかった。 「攻撃前には、50騎は居た攻撃騎が、今はたったの21騎か……やはり、アメリカ機動部隊の攻撃は、死地への旅出も同然だな。」 ファトグ少佐は小声でぼやきながら、生き残りのワイバーンを率いながら、戦闘海域を離れて行った。 そのファトグ隊と入れ替わりに、第601空中騎士隊と602空中騎士隊の攻撃隊はようやく、戦闘海域に到達した。 第602空中騎士隊第2中隊に所属するフェルビ・ジュベルドーナ伍長は、初めての実戦に興奮しつつも、仲間のワイバーンと共に暗い洋上を飛行していた。 「右前方に火災炎を視認!」 第602空中騎士隊の指揮官が、右前方洋上にゆらめく炎を見つけた。 「確か、俺達の前にはベテラン揃いの第501空中騎士隊が居たな。流石は、年季が入っているだけあって、きっちり仕事をこなしている……」 先輩達に続いて、俺達も頑張らないとな。 ジュベルドーナ伍長は、最後の部分は口中で呟いた。 彼は、昨年の9月にワイバーン竜騎士として軍務に付き始めたばかりで、それ以来はずっと、本国で訓練を行って来た。 年は19歳であり、第602空中騎士隊は、指揮官を除く大多数の竜騎士が同じような年齢の者ばかりである。 今回が初の実戦であるため、彼は極度に緊張しているが、訓練通りにやれば必ず、敵艦に魚雷を叩きこめると彼は信じていた。 第602空中騎士隊は、601空中騎士隊と共に順調に進み続け、火災炎を見つけてから20分後には、敵機動部隊まであと10ゼルドの 位置にまで接近していた。 「これより、敵機動部隊に向けて攻撃を開始する!事前の打ち合わせ通り、まだ無傷の空母群から攻撃する。601空中騎士隊はここから 南西の位置にある生命反応を辿れ。602空中騎士隊は、損傷空母のいる空母群のすぐ南に居る空母群を狙う。」 攻撃隊指揮官を兼ねる601空中騎士隊の飛行隊長が、魔法通信で命令を飛ばす。 ジュベルドーナ伍長も、ここで自らの生命反応探知魔法を使って前方の生命反応を探してみる。 彼の脳裏には、前方に大きく3つの生命反応が固まっているのが分かった。 3つの大きな生命反応は、それぞれが5ゼルド程間隔を開けながら航行しているのが分かる。 (こんなに纏まって行動するなんて、敵も馬鹿だな。) ジュベルドーナ伍長は、心中で米機動部隊の指揮官を嘲笑した。 「これより攻撃態勢に入る!」 601空中騎士隊指揮官の新たな声が頭の中に響いた。 その直後、上空から何かの轟音が響いて来た。 ジュベルドーナ伍長はハッとなってその音がする方向を見つめる。その方向は、真っ暗闇に覆われて何も見えない。 彼は素早く、暗視効果のある魔法を発動させ、その音の正体を確かめようとした。 うっすらとだが、真っ暗だった視界が明るくなる。 「あれは……ヘルキャット!」 ジュベルドーナは、驚愕の表情で、自分の目に映った敵機の名を叫ぶ。 上空から急降下して来たヘルキャットは、あっという間の内に602空中騎士隊の編隊に接近し、機銃掃射を仕掛けてきた。 ヘルキャットに狙われたワイバーンは、突然の奇襲に対応できなかったため、一瞬のうちに全身に機銃弾を浴びて撃墜されてしまった。 「敵だ!敵の戦闘機だ!!」 602空中騎士隊の指揮官が、慌てた口調で叫ぶ。 「護衛隊!敵の戦闘機を追い払え!!」 指揮官は、攻撃隊の周囲に張り付いていた、護衛役の24騎のワイバーンに命じた。 24騎のワイバーンは指示に従い、編隊から離れようとするが、その護衛隊に、新たな敵機がやはり急降下で襲い掛かって来た。 今度の敵機もやはりヘルキャットであり、両翼の12.7ミリ機銃を乱射しながら編隊の下方に飛び抜けて行く。 戦闘ワイバーン2機が致命傷を負い、海面に墜落して行った。 それから敵戦闘機とワイバーン隊との間で戦闘が続いた。 この時、602空中騎士隊に襲い掛かった戦闘機は、軽空母ラングレー所属のVFN-91のヘルキャット12機である。 海軍航空隊では珍しく、レスタン人パイロットで編成されたこの夜間戦闘機隊は、機動性にやや難があると言われているヘルキャットを 軽戦闘機のように使いこなし、次々とワイバーンを叩き落として行く。 これに対して、竜騎士の大半が新米であるシホールアンル側は、米夜間戦闘機の猛攻の前に、完全に後手に回っていた。 しかし、それでも数の多いシホールアンル側は、12機のヘルキャットを徐々に押し始めた。 空戦開始から15分後、VFN-91のヘルキャット隊は、1機の喪失も出していないにも関わらず、40機以上のワイバーンに取り囲まれ、 危機的状況に陥っていたが、彼らの運命は未だに決して居なかった。 VFN-91を追い詰めたワイバーン隊を、海兵隊のコルセア隊が側面から突き上げたため、形勢は逆転した。 それに加えて、護衛戦闘隊が全く居なくなった為、他の空母から飛び立ったヘルキャットやコルセアに襲撃され、601空中騎士隊と 602空中騎士隊は、完全に編隊を崩され、バラバラのまま敵機動部隊の輪形陣に突っ込んで行った。 602空中騎士隊は、ようやく米機動部隊の至近にまで辿り着いていたが、この時、56騎は居た攻撃ワイバーンは、今や41騎にまで目減りしていた。 編隊もバラバラであり、敵の機銃掃射で傷付いたワイバーンも少なくない。だが、彼らは新米であるにも関わらず、戦意は旺盛であった。 「やっと……やっと見つけたぞ!」 ジュベルドーナ伍長は、先頭隊の突入で迎撃の対空砲火を放っている米機動部隊を見つめながら、絶叫していた。 彼の第2中隊は、他の中隊と比べて比較的纏まった隊形を維持しながら、米機動部隊の輪形陣に突っ込んで行った。 ジュベルドーナの第2中隊は雷撃班であるため、生き残った9騎のワイバーンは横一列に並びながら、150レリンクの低速で輪形陣の突破を図る。 輪形陣外輪部の駆逐艦が猛烈に両用砲や機銃弾を放って来る。 (これが、敵機動部隊の対空砲火なのか!?) ジュベルドーナは、初めて目の当たりにする敵機動部隊の対空砲火に度肝を抜かされた。 駆逐艦の対空砲火は、1隻が放つ量はさほど多くない物の、思いの外近くで炸裂する両用砲弾や、至近距離ばかりを通り過ぎる機銃弾は脅威である。 また、駆逐艦の数は1隻だけでは無く、6、7隻と多く、しかも陣形の片側を完全にカバーしているため、飛んで来る両用砲弾や機銃弾の数はかなりの物である。 「もっとだ!もっと高度を下げろ!」 第2中隊の中では唯一、実戦経験がある中隊長が、魔法通信を使って部下達に伝えて来る。 高度は20メートルほどしかない。 一瞬でも相棒に間違った指示を送れば、確実に海面に接触するが、中隊長は、これよりも更に下げろと言う。 (無謀過ぎるが……やはりやるしかない!) ジュベルドーナは、相棒のワイバーンに、更に高度を下げろと、繋げた魔術回路を通じて命じる。 唐突に、前方遠くで眩い閃光が煌めく。位置からして、敵の空母か戦艦が居ると思われる方角だが、どの艦に何を命中させたかは判然としない。 だが、ジュベルドーナは、自然に味方部隊が敵艦に爆弾か魚雷を命中させたのだと確信していた。 第2中隊が敵駆逐艦の輪形陣を突破しようとした時、一番右端を飛んでいたワイバーンが対空砲火に撃墜された。 「8番騎の生命反応が消えた!」 ジュベルドーナは後ろに振り向こうかと思ったが、すぐに考え直した。 今は視界が極端に悪い夜間である。 せめて、味方の死に様ぐらいは見ようと思っても、真っ暗闇の中に消えて行く味方騎など、見える筈は無い。 (今は、任務に集中しなければ!) ジュベルドーナは、湧き起こる恐怖感を無理矢理抑え込みつつ、ワイバーンの高度と速度を維持する事に、意識を集中させた。 駆逐艦の陣形を突破した後は、巡洋艦がしばしの間、第2中隊の相手となる。 第2中隊の目の前には、大小3つの艦影が見えている。 3つの影のうち、最先頭を行く影は他の2つよりも形がかなり大きい。 「あれは……見た限りだと、敵の戦艦みたいだが……あれが噂のアイオワ級戦艦なのだろうか?」 ジュベルドーナは、その戦艦が、マオンド戦線で派手に大暴れしたという強力なアイオワ級なのかと思った。 その戦艦はアイオワ級では無く、アラスカ級巡洋戦艦の3番艦トライデントであり、兵装も艦の外見も大きく違っている。 だが、トライデントは、形式上は巡洋戦艦となっている物の、対空火力は5インチ連装両用砲8基16門、40ミリ4連装機銃19基76丁、 20ミリ機銃42丁と新鋭戦艦並みに強力であり、これを片舷だけでも5インチ砲8門、40ミリ機銃10基40丁、20ミリ機銃21丁と、 実に巡洋艦1隻分の火力を敵に使う事が出来る。 トライデントの他にも、後続する巡洋艦カンザスティとガルベストンは、共に新鋭のボルチモア級重巡洋艦とクリーブランド級軽巡洋艦であり、 5インチ砲だけでも最大8門ずつは第2中隊に向ける事が出来た。 3隻の戦艦、巡洋艦が両用砲と機銃を第2中隊に向けて撃ち放つ。 その猛烈な銃砲弾幕の前に、あっという間に2騎が叩き落とされた。 第2中隊は犠牲に顧みず、依然として突進を続け、遂に巡洋艦、戦艦の防御ラインを突破したが、それまでに中隊は3騎に減っていた。 「見えた……敵空母だ!!」 ジュベルドーナは、眼前に現れた敵空母を見るなり、歓喜の叫びを上げた。 目の前を航行している敵空母は、明らかにエセックス級の大型空母だ。 ジュベルドーナは、初陣にしてエセックス級空母を雷撃すると言う、滅多にない機会に恵まれたのである。 「今までに散った仲間の仇だ、腹の魚雷を叩き込んでやる!!」 彼は、かぁっと頭が熱くなるような感覚に囚われながらも、相棒に高度と速度の維持を伝え続ける。 距離は徐々に縮まっていく。敵空母からは、猛烈な対空砲火が注がれてくるのだが、不思議にも1発の機銃弾も命中しなかった。 「ぐぁ!後を頼む!!」 唐突に、魔法通信に仲間の声が聞こえたような気がするが、ジュベルドーナはそれに気を止める事も無く、投下地点まで相棒を前進させる事に 意識を集中する。 魚雷投下までの時間は、意外にも早く感じられた。 敵空母との距離が300グレルに迫った所で、ジュベルドーナは魚雷を投下した。 重い魚雷がワイバーンの腹から離れ、ワイバーンの体が一瞬浮き上がるが、ジュベルドーナはすかさず、相棒に高度を下げろと命じた為、 何とか高度10メートル程を維持できた。 ジュベルドーナは敵空母の右舷後部をかすめるように避退に移った。 至近距離をひっきりなしに機銃弾が駆け抜け、両用砲弾が周囲で炸裂する。 魚雷投下という任務を終えた後、ジュベルドーナはひたすら、米艦艇の猛攻に耐えるしかなかった。 「畜生!こんな所で、死んでたまるか!!」 今までに抑え込んでいた恐怖感が噴き出し掛けるが、ジュベルドーナは何とか抑え続ける。 その時、後方から重々しい爆発音が聞こえてきた。その直後には、何かの誘爆と思しき爆発音と、後方から差し込んで来たオレンジ色の閃光も確認できた。 ジュベルドーナは振り返らなかったが、爆発音からして、確実に敵空母を仕留めただろうと確信していた。 1月16日 午前7時 ヒーレリ領ヒレリイスルィ 第4機動艦隊司令官であるリリスティ・モルクンレル大将は、いつも通り朝7時に起きた後、軍服に着替えて朝食を取ろうと、部屋を 出ようとした時、突然、魔道参謀が血相を変えながら司令官公室に入って来た。 「失礼します!」 「おはよう……って、何かあったの?」 「司令官……ヒーレリ領南西部で、陸軍のワイバーン部隊が、アメリカ機動部隊との間で大規模な戦闘を行った模様です。」 「魔道参謀、それは既に聞いているけど……まさか、戦闘が起こった時間は夜間?」 「はい。」 「ちょ、ちょっと待って。」 リリスティは困惑する。 「ヒーレリ領のワイバーン部隊は、もう航空攻勢に移れるほどの戦力を有していない筈じゃ。」 「攻撃に使われたワイバーン隊は、ヒーレリ領に元々居た部隊ではありません。」 「……!?」 リリスティは、即座に事態の深刻さを悟った。 「そんな……冗談でしょう。」 彼女は頭を抱えてしまった。 「決戦用に用意された部隊を勝手に使ったと言うの?なんて……馬鹿な事を!!」 リリスティは怒りの余り、目の前に置かれていたゴミ箱を蹴り飛ばそうと思ったが、魔道参謀の手前、そうする事も出来ず、 ただ、天井を仰ぎ見るしか無かった。 「ねぇ……決戦部隊を勝手に使ったのは、現地のワイバーン隊司令官なのかな?」 「いえ、現地の司令官は、どうやら命令に従っただけのようです。」 「命令に従った?」 リリスティは魔道参謀に顔を向け、意外だと思わんばかりに目を丸くする。 「と言う事は……命令は、もっと上から出ている事なのね。」 「はい。報告書をお持ちしましたが、ご覧になりますか?」 リリスティは、無言で魔道参謀が持っていた報告書をひったくった。 「どれどれ……15日夜半に、第31空中騎士軍に攻撃を命じる……ハッ。何ともご立派な命令だ事。レスタン領での決戦兵力が、 これでどれだけ減ったのかな……」 彼女は、憎らしげな口調でそう吐き捨てながら、2枚目の紙に視線を移す。 「……え?ちょっと待って。」 リリスティは、急に不審な顔つきになりながら、2枚目の紙をはためかせながら魔道参謀に聞く。 「これはどういう事なの?誤報じゃないの?」 「は……私も最初は、自分の目を疑いましたが……どうやら、嘘ではないようです。」 「嘘じゃ……ない?」 リリスティは、納得がいかなかった。 「ワイバーン220騎を投入して……大型空母3隻撃沈、2隻撃破、戦艦1隻撃破、巡洋艦、駆逐艦各3隻撃破。我が方の喪失、 ワイバーン140騎。」 「ワイバーンの損害が大きいのは非常に痛い事ですが、事実であれば、敵機動部隊は1個空母群が壊滅したと思われます。」 「……昼間の戦闘でも、敵空母を沈めるのは意外と難しいのに、夜間戦闘でこれだけの戦果を上げた……じゃあ、昨年9月の戦闘はなんだったの?」 リリスティは、2枚目の紙を手で叩きながら言う。 「1800ものワイバーンと飛空挺を投入したけど、それでも空母5隻と戦艦1隻しか撃沈できなかったのよ?なのに、レビリンイクル沖海戦よりも 遥かに少ない数で、大型空母3隻撃沈だって?魔道参謀、あたしはハッキリ言う。」 リリスティはそう言いながら、魔道参謀に2枚の紙を押し付ける。 「今後、幾度かヒーレリ領沖で戦闘があるかもしれないけど、それに関係する、本国からの情報は余り信用しなくていい。」 「え?しかし……」 「冷静に考えて。視界の悪い夜間と、新米ばかりのワイバーン隊。この2つが合わされば何が起こるかは、ベテランのワイバーン乗りなら必ず分かるわよ。」 リリスティは魔道参謀に言いながら、過去に自分が犯した失敗を思い出す。 「あたしも経験がある。だから、この件に関しては、なるべく信用しない事ね。信用したとしても話半分……いや、話一割と考えた方が、丁度いいかもね。」 彼女はそう苦笑した後、ゆっくりとした足取りで司令官公室から出て行った。
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第36話 夜海のロウソク 1482年8月16日 ジェリンファ沖西南150マイル沖 午前2時 バルランド海軍第23艦隊に所属する巡洋艦ウォンクコーデは、隷下の巡洋艦1隻と駆逐艦6隻で、 輸送船14隻を取り囲みながら時速6リンルのスピードでジェリンファに向かっていた。 「この行程も、あと4分の1で終わりですな。」 ウォンクコーデの艦長であるルイック・リルク中佐は、副長の声を聞いて頷く。 「毎度の輸送任務とは言え、夜間の当直は疲れるな。」 リルク艦長は欠伸をかみ殺しながら副長に返事した。 バルランド王国は、陸路での兵員輸送の他に、定期的に海路での兵員、物資輸送を行っている。 毎度、輸送船の積荷は違ってくるが、大体が食料や大砲の弾薬、兵の甲冑や剣といった必要物資に、 500人から1000人単位の兵員をバルランド北部に送っている。 今回は、14隻中、5隻の輸送船には食料や弾薬、6隻には武器や医薬品、衣類等、3隻には合計で 1個連隊2200人の兵員と物資を乗せている。 この部隊はバルランド王国北部を守る第97軍団の増援部隊であり、到着後は97軍団に加わって シホールアンル軍に備える予定だ。 「眠気覚ましに、茶でも飲まんか?」 リルク艦長は、伸びた不精髭を撫でながら副長に聞いた。 「では、一杯いただきましょうか。」 「よし、分かった。従兵!眠気覚ましに茶を淹れてくれ。2杯だ!」 リルク中佐は従兵にそう告げると、従兵は艦橋の奥に引っ込んでいった。 間もなくして、従兵が茶を持って来てくれた。その時、艦隊司令官が艦橋に上がってきた。 「やあ諸君、おはよう。」 「おはようございます。といっても、まだ真夜中ですが。」 艦長は茶を飲みながら、司令官であるウォロ・ルークン少将に言った。 「おはようを言うには早すぎたかな。それよりも、わしも茶を一杯貰おうか。」 艦長は従兵に茶をもう一杯淹れてくれと頼んで、従兵はさっきと同じように奥に下がっていった。 「航海は順調かね?」 「ええ。いたって順調です。今日の正午までには、ジェリンファに到達するでしょう。」 「ふむ。それなら良いな。それにしても艦長、君はいい軍艦を欲しいとは思わないかね?」 「いい・・・軍艦ですか?」 ルークン少将の言葉に、リルク艦長は困惑した表情で反芻する。 「そうだ。我が海軍の艦艇は、シホールアンルやマオンドの艦と違って性能が低すぎる。 その気でかかれば、敵艦を叩き沈める事が出来るが、いつまでも性能の低い艦ばかりでは、 乗っている将兵に申し訳が立たない。」 バルランド海軍は、慢性的な艦艇不足に悩んでいる。 緒戦で少なからぬ艦艇を失っているバルランド王国は、以降のシホールアンル海軍との決戦を避けて艦艇を温存してきた。 しかし、性能はシホールアンル軍の軍艦に劣っており、上層部ではシホールアンル側の艦艇を上回る性能を持つ 艦の自己開発、又は購入を行おうと躍起になっている。 リルク中佐の指揮するウォンクコーデはレーダル級巡洋艦に属する。 性能は全長84グレル(168メートル)幅8.4グレル(16.8メートル) 基準排水量4300ラッグ(6450トン)速力は13リンル(26ノット) 武装は6.3ネルリ(16.1センチ)連装砲を3基6門積んでいる。 シホールアンル側のルオグレイ級や、旧式に分類されるオーメイ級にさえ太刀打ちできない。 駆逐艦のほうは14リンルまでしか速度が出せず、砲も3ネルリ砲4門しか積んでいない。 しかし、そのシホールアンル側はここ最近、バゼット半島の北側までしか艦隊の行動範囲を定めていないため、 半島の南側海域の制海権は南大陸軍が握っている。 そのため“安全海域”を航行する輸送船団は、順調に物資、兵員を運び続けていた。 「まあ、ここの海域は安全だからいいが、敵に立ち向かうとなれば、この艦ではやり合いたくないな。 せめて、アメリカ軍の持つニューオーリンズ級やブルックリン級を我が海軍にも欲しい物だ。」 ルークン少将はため息混じりにそう呟いた。 アメリカ海軍のこれまでの活躍は何度も聞いている。 ルークン少将は、ここ最近米海軍の巡洋艦、とりわけブルックリン級軽巡に惚れ込んでいた。 何よりも、シホールアンル側の巡洋艦を圧倒する15門の主砲に魅力的な発射速度、それに意外に頑丈な艦体。 彼にとっては、まさに理想の巡洋艦であった。 「司令官、ここ最近はシホールアンル側は表立った行動を見せていませんが、司令官はどう思われます?」 艦長の質問に、ルークン少将は肩をすくめた。 「さあ。私はシホールアンルの軍人じゃないから、あまり分からんよ。だが、私の意見からすれば、不気味だな。」 「不気味・・・・ですか?」 リルク艦長の言葉に、ルークン少将は頷く。 「本来ならば、奴らは必ず動き出す。陸か、海で。今までそうしてきたのに、あの4月の攻勢失敗以来、 シホールアンルは目立った動きを見せていない。つい最近は、ヴェリンス共和国に攻勢を仕掛けて、 領土を完全に分捕ったが、そのままミスリアルに雪崩れ込むと思ったら、何故か国境線でピタリと止まった。 そこが、私には分からん。」 ルークン少将は顔をしかめながら言う。 彼としては、ここ最近のシホールアンル側の動きが鈍い事に、彼らの意図を分かりかねていた。 彼のみならず、南大陸連合軍首脳部や、果てはアメリカ南西太平洋軍司令部までも、あれこれ予想は立ててみるのだが、 いずれの首脳部も、頭を悩ませていた。 「まっ、前線の一指揮官が、あれこれ考えても仕方あるまい。今は、この輸送任務を無事終わらせる事に集中するのみだ。」 そう言って、ルークン少将は艦長の肩を叩く。 「所で艦長。君にはジェンリファで、馴染みの者が居ると聞いたが?」 ルークン少将は人の悪い笑みを浮かべながら、リルク艦長に聞いた。 リルク艦長はなぜか気まずそうな表情を滲ませる。 「どうしてそのような事を聞かれるので?」 リルク艦長は苦笑しながらルークン少将に言った。その時、 「未確認艦、本艦隊に接近!」 突然、艦橋に飛び込んできた緑色の軍服を付けた将校、魔道将校が彼らに報告して来た。 「未確認艦だと?位置は?」 すかさず、リルク艦長が聞き返した。 「はっ。反応は本艦隊より北北西方面、距離は9ゼルドです。」 「9ゼルド?馬鹿に近いな。」 リルク艦長は顔を険しくしてそう呟いた。 突然、砲声が轟いた。 「!?」 リルク艦長とルークン少将は顔を見合わせた。 「司令官!」 「て、敵だ!」 ルークン少将は慌てふためいたように叫んだ。その直後、上空に赤紫色の光が、ぱあっと煌いた。 この照明弾の色は、シホールアンル軍の使う照明弾の物だ。つまり、 「シホールアンル軍だ!全艦戦闘用意!」 ルークン少将は声をわななかせながら命令を発した。 ウォンクコーデの艦内で鐘の音が鳴り響き、眠っていた乗員達が飛び起きた。 「敵艦隊発見!これより戦闘に移る。総員、戦闘配置につけ!」 艦長の鋭い声音が伝声管を伝って艦内に響いた。誰もが仰天しながら、それぞれの配置に付いて行く。 「これより、第23艦隊は敵艦隊を迎撃する!輸送船団は全速力でジェリンファに向かえ!」 艦橋では、ルークン少将が魔道将校に、指揮輸送船に送る魔法通信の内容をメモに取らせている。 「取り舵一杯!」 艦長の指示に従い、ウォンクコーデの艦体が左に振られていく。 輸送船の周囲から離れた寮艦がウォンクコーデの後方に着き始めたとき、敵艦隊が砲撃を開始した。 砲弾は、ウォンクコーデの左舷側海面に落下し、水柱が吹き上がった。 ウォンクコーデが、敵と反航戦の態勢を取った時、艦長は命令を下した。 「目標、敵1番艦、撃ち方はじめ!」 リルク艦長が命じ、ウォンクコーデが前部4門の主砲を放った。 弾着を確認する前に、敵艦隊から第2射が放たれる。 ウォンクコーデの右舷側海面に水柱が立ち上がる。水柱の本数は軽く10は超えていた。 互いに高速のまま、距離を詰めていく。 ウォンクコーデが4回目の斉射を行った時、周囲に水柱が立ち上がり、次いで被弾の衝撃が艦体を揺さぶった。 「中央部に命中弾!」 伝声管から乗員の悲鳴じみた報告が届いた。 「こっちはまだ夾叉も得ていないと言うのに。」 ルークン少将は歯噛みしながらそう呟いた。 ウォンクコーデが第5射を放つが、その10秒後に飛来してきた敵弾が周囲に落下し、うち数発がウォンクコーデを打ち据えた。 「第3砲塔被弾!砲塔要員全員戦死!」 「後部艦橋に命中弾、死傷者多数、衛生兵をよこして下さい!」 悲痛めいた報告が、次々と送られてくる。その時、魔道将校が青ざめた顔つきで艦橋に現れた。 「敵艦隊の陣容は、巡洋艦5、駆逐艦12です。」 「なんだと?」 ルークン少将は、敵の余りの多さに愕然とした。 第23艦隊の持ちえる艦は、巡洋艦2、駆逐艦6である。それに対し、敵は2倍の戦力でこっちに向かって来た。 それも、敵艦はいずれも、こちら側の艦の性能を凌駕している。これでは、到底勝ちようが無い。 「おのれぇ・・・・徹底的に殲滅する腹だな・・・・・・だが、」 ルークン少将の目に、狂気めいたものが混じった。 「ただではやられん!面舵一杯!敵艦隊の針路を塞ぐ!」 彼の命令の下、ウォンクコーデ以下8隻のバルランド艦隊は、やや間を置いた後、ウォンクコーデを順番に敵の針路を塞ぎにかかった。 回頭中にも、敵艦隊の砲撃は止まない。回頭しようとした駆逐艦が1隻、7.1ネルリ弾を2発食らった。 2発のうち、1発は艦首の喫水線に命中し、艦首の下側部分を大きく食い千切って海水が艦内に侵入し、スピードがみるみるうちに衰えた。 慌てて、後続艦が避けようとするが、時既に遅し。 大音響と共に、損傷した駆逐艦の後部に激突し、完全に停止してしまった。 そこに、敵駆逐艦の砲弾が殺到する。 たちまち、多量の砲弾を叩きつけられた不運な駆逐艦2隻は、短時間で燃える松明に変換させられた。 そして、シホールアンル艦隊はルークン少将の決意を嘲笑うかのように、先頭の2隻だけを回頭させ、 同航戦の態勢を整えて、残りは輸送船団に向かわせた。 「我々を素通りするとは!全力で持って叩きに来い!この腰抜けめが!!」 ルークン少将は、第23艦隊を迂回して輸送船に向かっていく残りのシホールアンル艦に罵声を浴びせる。 「艦長!こうなったら」 彼はリルク艦長に新たな指示を下そうとした時、敵艦の砲弾が落下してきた。 その中の1弾は、艦橋を直撃し、艦橋に詰めていた者全てを戦死させた。 護衛艦8隻が海の松明と化して10分後、別の海域でも火の手が上がり始めた。 炎はぽつ、ぽつ、と。 それはロウソクに火をともすように増えていき、最初の火の手が上がって10分後には14の炎が海上でゆらめいていた。 遠めで綺麗に写ったそのロウソクの火は、さほど間を置かずにぽつぽつと消え始めた。 1482年8月18日 バルランド王国ヴィルフレイング 午前8時 ヴィルフレイングの一角にある木造の2階建ての建物。 その中にある南太平洋部隊司令部で、5人の男たちは額を寄せ合って地図を睨んでいた。 「ここで、輸送船団は襲われたと言うのだな。」 男の中の1人。南太平洋部隊司令官、チェスター・ニミッツ中将は地図のとある一点を指差した。 その点。バルランド王国領ジェンリファから南西150マイル沖に付けられた罰印。 この罰印は、16日未明、シホールアンル艦隊の突然の襲撃で全滅させられた、バルランド軍護送船団が進んでいた位置だ。 「バルランド側は、巡洋艦2隻と駆逐艦6隻で輸送船14隻を護衛していたようです。バルランド側の報告では、 午前2時の定時報告を最後に連絡が途絶え、翌17日ジェリンファの海岸で沈没船の残骸が漂着しているのを 現地の部隊が確認したようです。今もって護衛艦、輸送船の1隻も入港しない事から、敵艦隊に1隻残らず 沈められたものと判断します。」 参謀長のスプルーアンス少将は、怜悧な口調で説明した。 「巡洋艦2隻、駆逐艦6隻の護衛艦隊を沈めるには、最低でも巡洋艦3、4隻、駆逐艦8から10隻は必要です。 バルランドの護送艦隊は最低でも巡洋艦4隻、駆逐艦10隻程度の敵艦隊に襲撃されたものと推定します。」 作戦参謀のポール・ルイス中佐がスプルーアンスに代わって説明する。 「その事からして、この敵艦隊はバゼット半島を大きく迂回してから、この輸送船団を襲撃したのでしょう。」 「解せんな。」 ニミッツは首を振った。 「なぜ敵は遠出までをして輸送船団を襲ったのだ?確かに、バルランド海軍はシホールアンルよりは装備が劣るが、 制海権は我が方にある。太平洋艦隊の空母部隊も幾度と無くこの海域に進出して警戒に当たっていた。 敵にとってはあまり踏み込みたくない海域なのに、どうしてこのような危険な事をするのだね。」 「恐らく、味方の士気向上のためではないでしょうか?」 スプルーアンスが言って来た。 「ここ最近、シホールアンル側は目立った勝ち戦をやっておりません。そのため、前線の将兵の士気が落ちてしまった。 そこで、一見大博打のような作戦を立ててそれをやった。と、私は思います。あるいは」 スプルーアンスは、視線をジェリンファ沖から、何故かヴィルフレイングに向ける。 「何かを誘っているのか・・・・・」 その言葉に、ニミッツが反応する。 「何かを誘っている、か。レイ、誘っているとは、つまり我々の事かね?」 スプルーアンスは無言で頷いた。 「最新のスパイ情報では、今の所、敵の竜母部隊はエンデルドに留まっていますが、戦艦が、2、3隻ほど足りぬようです。」 「戦艦が2、3隻ほどか。参謀長、もしこのような輸送船団を殲滅する場合、攻撃側は高速艦で目標を攻撃するだろう?」 「そうです。敵の竜母はエンデルド、しかし、7隻いたはずの戦艦が2、3隻足りぬとなると、シホールアンル側は 襲撃艦隊に戦艦を組み込んでいる可能性があります。その敵戦艦は、27、8ノットの速度が出せるオールクレイ級でしょう。」 「と、なると。バゼット半島の南海岸沖には、戦艦を含む敵艦隊がうろついていると言う訳か。」 ニミッツは気難しそうな表情を浮かべる。 「バルランド側から護衛に関して、何か言ってきそうだな。」 「護衛任務に関して、ですな。」 情報参謀のバイエル・リーゲルライン中佐が発言する。 「そうだ。バルランド海軍の艦艇は、南大陸の中では一番の性能だが、シホールアンルやマオンド海軍の艦艇に 比べたら性能は低い。そのため、バルランド側が護衛に関して何か言ってくるかもしれん。私としては、 少々気が乗らんのだが。」 「もしかして、司令官はバルランド海軍の事を気に成されているのでしょうか?」 リーゲルライン中佐の質問に、ニミッツは頷いた。 「我々が頼りになるのはいい事だが、この国の軍は貴族の影響力が高い。そのため、我々が活躍する度に またぞろ訳の分からん事を言ったりするかもしれん。」 「つまり、嫉妬・・・・ですな?」 スプルーアンスの言葉に、ニミッツは大きく頷いた。 「そうだ、レイ。だが、嫉妬を抱くのは仕方なかろう。本来、主役であった彼らは、突然転移してきた我々に 活躍の場を奪われたのだ。嫉妬を抱く者が出てきても、仕方あるまい。話はずれたが、今後はバルランド側の 要請があった時に、どの任務部隊にどの艦を付けて送り出すか、それを今から話し合おう。」 ニミッツがそう言った直後、作戦室に通信将校が現れた。 「ニミッツ司令官。バルランド軍上層部から船団護衛を要請したいとの報告が入りました。」 通信将校が持っていた紙の内容を読み上げた後、ニミッツ中将はほら来たとばかりに苦笑した。 「早速、お呼びがかかったな。」 ニミッツ中将は、スプルーアンス参謀長に意味ありげな口調で言った。 翌日午後2時、ニミッツの姿は、再びヴィルフレイングにあった。 「諸君、バルランド側は我が太平洋艦隊に対して、船団の護衛を要請してきた。出発は2日後の早朝だ。」 「取り決めが早いですな。」 スプルーアンス少将は眉をひそめながら言う。 「つい2日前に、船団全滅の憂き目を見たというのに、それでもバルランド側は船団輸送を強行するのですか。」 「前線部隊の士気を下げぬ為には、物資補給は大事であると言われたよ。インゲルテント将軍は、なかなか強かな人だ。」 ため息混じりにニミッツはそう言った。 「決まったからには仕方ない。レイ、現在出港できる艦隊は?」 「キッド提督の第2任務部隊はすぐにでも出港できます。それから4日後には、第17、14任務部隊が整備と補給を 終えて西海岸に向かう予定です。」 ヴィルフレイングには、現在第2任務部隊と第14、17の任務部隊が待機している。 ハルゼーの率いる第16任務部隊は、東海岸沖を北上して敵の警戒に当たっている。 このうち、第2任務部隊は既に出撃準備を整えており、2日後の出港は可能である。 「第2任務部隊の編成はどうなっている?」 「第2任務部隊は、戦艦アリゾナ、ペンシルヴァニア、重巡ニューオーリンズとアストリア、駆逐艦16隻で編成されています。」 「巡洋艦が足らんな。他の戦隊から2隻、巡洋艦をTF2に回そう。」 「TF15のサラトガは今整備中で港内から動けません。ですので、TF15から巡洋艦を2隻ほど回してはどうでしょうか。」 「そうだな。では、それでいこう。TF2に回す巡洋艦は・・・・」 ニミッツは考えた。TF15に所属する巡洋艦は重巡洋艦のサンフランシスコと軽巡ボイス、ホノルル、アトランタである。 もし、敵が水上艦艇で押せば、手数の多いボイス、ホノルルが最も役に立つであろう。 しかし、万が一の事も考えて、アトランタ級も加えた方が良いか? しばらく黙考したあと、ニミッツは決断した。 「ボイスとホノルルにしよう。それから、万が一の事も考えて、護衛空母のロング・アイランドと水上機母艦のラングレーを加えよう。 これなら、敵艦隊がどこにいようが、日中の間はラングレーの索敵機で常に、艦隊の周囲を警戒できる。」 「では、司令官。TF2司令部にはホノルルとボイス、ロング・アイランドとラングレーを加えると伝えます。」 スプルーアンスの言葉に、ニミッツは頷いた。 「TF14のレキシントンとTF17のヨークタウンの航空兵力は、今の所どうなっている?」 ニミッツ中将は航空参謀のエディ・ウィリス中佐に聞いた。 「両艦とも、戦闘機はこれまでの戦訓から、ほぼ半数近くか、半数以上を積んでおります。これにドーントレスやアベンジャーを 通常編成で乗り組ませてあります。両任務部隊の搭乗員の技量は相当向上しております。」 「ヨークタウンとレキシントンのパイロットは他艦と比べると新人の比率が多いからな。今は敵さんの竜母がエンデルドに 留まっているからいいが、対機動部隊戦闘になった場合は少し不安だな。」 2ヶ月前までは、ヨークタウンとレキシントンのパイロットはほぼベテランが占めていた。 しかし、本国での搭乗員大量養成がスタートすると、教官不足が生じてきた。 海軍上層部は実戦経験のある母艦航空隊から搭乗員を引き抜いて、教官配置に付かせたが、ヨークタウンとレキシントンでは、 引き抜かれた搭乗員が他艦より多かった。 今は配属されてきたばかりの新人が、その穴を埋めているが、実戦経験の無い搭乗員がどこまでやれるか。 ニミッツ中将はその事にやや不安に感じている。 「下手糞でない事は確かです。使えますよ。」 ウィリス中佐は自信ありげな口調でニミッツに語りかけた。 「そうだな。さて、まずは第2任務部隊を出港させて、グレンキアの近海でバルランド軍の輸送船団と合流させよう。」 ニミッツ中将はそう言って、艦隊の派遣を決定した。 その翌日、第2任務部隊は予定よりも早くヴィルフレイングを出港、一路西海岸へと向かった。 3日後にはTF14とTF17が後を追う予定である。
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『神賜島』という島がある。 いや、最近皇国に『神賜島』と名付けられた。それまではこの世界に存在しない島。 対馬の北北西、丁度元世界の朝鮮半島のあった場所に皇国の出現と同時に出現した、満州程の大きさの島だ。 現在は皇国が(転移以降に接触した各国に対して)領有を宣言し、実効支配している。 転移以来、皇国はこの島の調査を行っていたが、そこで驚愕の事実が判明した。 埋蔵されている石油は測定不能な程多量。 石炭や天然ガス等の埋蔵も確認されており、森林資源も豊富。 加えて、島にはそれ以外にもダイヤモンドや鉄鉱石、ボーキサイト、タングステン等の他 金銀銅は言うに及ばず、亜鉛から錫から天然ゴムまで、皇国の欲する資源が山ほど眠る。 人の気配も無いようで、まったく手付かずの島らしい。 皇国の首相はこの報告に、これは何の冗談かね? と聞き返したという。 だが、東大(東京皇国大学)の高名な地質学者が現地調査しても、答えは同じだった。 結局、首相自らが現地入りして大量のゴムの木を見るまで、政府ではこれは夢か幻と思われていた。 だが、これが現実のものとして受け入れられると、政府の方針は大転換を要求される。 日に日に減っていく備蓄資源と戦いながら逼塞するのではなく、 明治より続く経済成長を持続させ、さらに発展させるという方針に。 本国の目と鼻の先にある巨大な資源地帯の獲得。 資源開発が軌道に乗るまではさらに2~5年程度の時間が必要との見積もりであったが、 誰もが思ったのは「これで皇国は救われた」という事だった。 『新都』 神賜島の南部にある天然の良港に面した“村”に付けられた名である。 現在は、まだ木造の出張所程度の建物しかないが、便宜上ここが神賜島の『首都』となっている。 というより、神賜島でこの村以外の場所は皇国の調査隊などを除けば無人である(と、今のところ考えられている)。 「対馬が見えるのですね」 「ええ。天気が良ければ、ですが」 村はずれの小高い丘に登っているのは、皇国政府が派遣した武官と文官。 武官は海軍の少佐、最初に(公式に)神賜島を発見した人物で、文官は内務省官僚である。 「しかし、議会もよく決断しましたね。 一般会計、特別会計合わせて100億円規模の投資とは」 「それだけの“価値”が、この島にはあるのですから」 「自噴する油田を見てからここに立っていても、未だに信じられませんよ」 「私も同じですよ、少佐。あの森の遥か向こうに、巨大油田があるなんて」 「アメリカやイギリスと連絡が取れなくなったと聞いた時、 私は不覚にも皇国はもう終わりだと考えてしまいました。 しかし、世界は皇国を見捨てなかったのですね。 毎月ちゃんと神社にお参りしていたからでしょうか?」 「そうかもしれませんね。 神社といえば、本国はこの丘に神社を建てる予定らしいですよ」 「ほう、早速ですか」 「……繁栄すると良いですね」 「ええ、きっと繁栄します。いえ、我々の手で繁栄させていくのです」
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第225話 第3海兵師団VS第5親衛石甲師団 1485年(1945年)1月28日 午後1時30分 レスタン領ハタリフィク レスタン領軍集団司令官であるルィキム・エルグマド大将は、司令部内にある作戦室で、部下の幕僚達と共に戦況地図を眺めていた。 「閣下。各部隊は、敵の攻撃を受けつつも、前線より6ゼルド後方の第3予備陣地に向けて後退中です。」 「うむ。今の所、計画通り、という事か。」 エルグマドは、単調な声音で言いながら、指先をレーミア湾上に向けた。 「レーミア湾には、敵の戦艦部隊が居座っておる。敵の前進部隊を撃退するには、まず、遅滞戦術を行いながら、部隊の主力を 第3予備陣地に退かせるしかない。そのためには……」 エルグマドは、一瞬だけ、悲痛な表情を現すが、すぐに元の無表情に戻る。 「各部隊から抽出した後衛部隊の奮戦が、今後、我が軍が効果的に防戦を行えるか否かに繋がるのだが……魔道参謀、どうなっておる?」 「ハッ。各隊とも、奮闘しておりますが……敵部隊は後衛部隊に襲い掛かるや、圧倒的な火力と機動力でもってたちまちのうちに戦線を 突破するため、後衛部隊も思うように敵を阻止できていません。後退中の部隊を幾らか前線に回して、本格的に防戦を行って初めて、 敵部隊の前進を食い止めている有様です。」 質問を受けた魔道参謀のフーシュタル中佐が、幾分、苦しげに聞こえる口ぶりでエルグマドに報告する。 「各隊の損害は?」 「第47軍は、第41軍団の指揮下の2個師団が戦闘力を3割低下。1個機動砲兵旅団は戦力を6割も低下させています。 第42軍団指揮下の2個師団は、それぞれ、戦闘力を3割、または3割5分に低下させており、随伴の1個機動砲兵旅団は、連戦で 戦力を5割以上失っています。第47軍は、今日の昼までに、半壊に近い状態に陥ったと判断するべきでしょう。」 「……恐ろしい損害だが、敵の強力な攻撃を受け続けても、尚、半分以上残ったのだから良しとするべきかもしれんな。」 「しかし閣下、問題は第42軍です。」 フーシュタル中佐が戒めるかのような口ぶりでエルグマドに言う。 「第42軍は、敵が上陸して来た当初から今日まで、常に最前線で戦い続けています。23日には、消耗した第22軍団が後退しており、 第42軍は実質的に1個軍団規模の戦力しか有しておりません。その第42軍も、基幹戦力の2個師団が既に戦力の4割9分を失い、 随伴していた機動砲兵旅団は、後退した部隊から幾ばくかの野砲や、石甲部隊を与えられたにもかかわらず、戦力は戦闘開始前の3割以下に 落ち込んでいます。第42軍は、戦闘に必要な物資を比較的、多く保有していた事もあり、敵の前進部隊に対して効果的に迎撃を行う事が 出来ましたが、それすらも、沖合の米戦艦によって粉砕され、少ない戦力が更に減少しています。私としましては第42軍が、第2親衛石甲軍より 派遣された第1親衛軍団の支援を受けられているとはいえ、敵の攻勢を支え切れているのは、ある意味、奇跡に等しい事だと考えています。」 「魔道参謀の言われる通りですが、私としましては、敵側の支援部隊が海上の敵艦隊しか居ないため、我が軍は敵の攻勢に対して、ある程度有効な 迎撃を行えている物と見ています。通常なら、敵は沖合の艦隊に加えて、上空に無数の支援機を飛ばして攻撃を行いますからな。」 作戦参謀のヒートス・ファイロク大佐が付け加えた。 「とはいえ、敵戦艦の射程範囲内ではまともな迎撃が出来ん。前線部隊には、後衛部隊が頑張っている間に、何としてでも第3予備陣地に辿り着いて 貰わねばならん。」 主任参謀長のヴィルヒレ・レイフスコ中将が言う。 「今の所、敵は前線から2ゼルド前後離れた場所で停止している。その間、他の部隊も順調に後退出来るはずだ。夕方までには、各師団共に、主力を 第3予備陣地に布陣できるだろう。作戦参謀、今の内に、第3予備陣地までの間に敷いた、定期警戒線の部隊にも後退を命じた方が良いと思うのだが…… どうかね?」 「主任参謀長、今の時点では、それは危険だと思います。各師団共に、上陸作戦前にあった18000から20000前後の兵員は3割から4割。 場合によっては半数程を消耗している所もありますが、それでも、警戒線に布陣させた部隊は、後退中の部隊が通過するまで待機させるべきです。」 「しかしだな。前線から予備陣地までの3つの警戒線には2個中隊ずつが布陣しておる。各師団とも、ある意味ではこの“温存”していた部隊を 欲しがっておるのだ。この部隊が加われば、各師団は2個大隊程の、ほぼ無傷の部隊を戦列に加える事が出来る。敵が進出を止めている以上、 すぐにでも警戒部隊の待機を解き、後退中の部隊と加わって第3予備陣地に移動するべきである、と思うが。」 「敵が、短時間で前進を再開する事も考えられるぞ?」 横からエルグマドが言って来た。 「確かに、各師団とも、温存していた2個大隊は喉から手が出るほど欲しいだろう。この各2個大隊は新式の携行魔道銃こそ持っていないとは言え、 疲弊した部隊と違って、これから、まだまだ戦える部隊だ。だが、わしはこの警戒部隊を動かす事は危険だと思っておる。」 「し、しかし閣下!各師団共に、戦力が著しく低下しております。敵が進出を止めたのは、我が軍が構築した抵抗線で少なからぬ損害を出し、 戦力の再編を行う為でありませんか?第47軍、第42軍の各抵抗拠点でも、少なからぬ戦車と敵車両を撃破したとの報告が入っています。」 「同時に、敵は戦車多数を含む大部隊が拠点を蹂躙して戦線を突破、たちまち後方に雪崩れ込んで行った、という報告もあちこちから入っておる。」 エルグマドは戒めるかのような口ぶりで、レイフスコに言う。 「敵が近々、前進を再開する事は明らかだ。敵の前進を鈍らせる為にも、警戒部隊は各警戒線に待機させる。」 「……では閣下。仮に敵が前進を再開したとして……携行型魔道銃を持たぬ警戒部隊はどうなります?野砲の阻止砲撃のみでは、津波のように 押し寄せて来る敵機械化軍団の前に心許ない事が、午前中の戦闘で確認されています。きっちりと砲の数を揃え、歩兵達には最新式の携行型魔道銃 まで配備されていたにもかかわらず、です。閣下、確かに、敵が前進を再開するかもしれませんが、同時にまた、すぐには前進を再開しない事も 考えられます。ここは、予備陣地の兵力を集中する為にも、後退中の部隊と共に、警戒部隊も後方に下げるべきではありませんか?」 「ふむ……つまり、主任参謀長は、このわしに賭けをせよ、というのかな。」 エルグマドはさりげない口調で言う。しかし、レイフスコには威圧したかのように聞こえたのか、顔が固まった。 「……実の所を言うと、そうなります。ですが、判断されるのは閣下であります。私は私なりの考えを示しただけです。」 「そうか。」 エルグマドは、相槌を打ちながら顔を頷かせた。 「君の言う事も一理あるな。敵機械化軍団に大打撃を与え、撃退するには、予備陣地に集結させる兵力を増やす事だ。そこの所は理解できる。 だが……わしとしては、君の言う事には賛成できん。」 エルグマドは、きっぱりと言い放った。 「もし、敵が前進を再開した場合、警戒部隊も居なくなった陣地を、敵は何の苦もなく通過して行く、そうなれば、敵は後退中の味方部隊を、 背後から思う存分襲う事が出来る。現に、午前中の戦闘では、第47軍のある大隊が敵の機械化部隊に追いつかれた末に全滅しているではないか。 敵が更に級進撃を重ねた場合、被害は更に重なるだろう。そうならんためにも、わしは警戒部隊の後退を認める事はできん。」 「では……閣下は、警戒部隊に、敵前進部隊と最後まで戦え、と言われるのですか?」 レイフスコの言葉を聞いたエルグマドは、大きく頷いた。 「各師団が揃えていた2個大隊は犠牲になうだろうが、敵に追いつかれれば、被害は2個大隊だけでは済まん。師団丸ごと消える可能性がある。 いや……最悪の場合、防衛戦の中核戦力たる軍までもが、敵機械化軍団の波に押し潰されるかも知れんな。」 エルグマドは、単調な声音でレイフスコに答えた。 唐突に、会議室に魔道士官が入室し、一枚の紙を魔道参謀に手渡した。 (……何かあったな) エルグマドは、すっかり見慣れた一連の流れに対して、心中で呟く。 「閣下。後退中の第47軍司令部より通信です。敵部隊、再び前進を開始せり。敵部隊の先鋒は第1警戒線より1000グレル(2キロ)まで接近している模様。」 同日 午後1時35分 第3海兵師団第3海兵戦車連隊は、同行している第3海兵連隊と共に敵の抵抗を排除しながら前進を続け、午後1時20分には、攻勢発起地点より 5キロ東に位置する第1目標である寒村、リククダリアを占領していた。 リククダリアの占領は午後12時を予定されていたが、第3海兵師団の前進部隊は敵の猛烈な抵抗を受けながら(敵の自爆攻撃すらあった)前進を 続けていたため、第1目標の到達には思いのほか時間が経っていた。 それと同じ頃、第3海兵師団と並ぶように、その南7キロの位置から攻撃を開始したカレアント軍第1機械化騎兵師団もまた、シホールアンル軍の 激烈な抵抗に遭い、進撃速度を鈍らせていたが、午後12時には攻勢発起地点より6キロ東の村ルドロゴに到達し、更に前進を続けている。 この他に、第6海兵師団とカレアント軍第2機械化騎兵師団が、第3海兵師団、第1機械化騎兵師団の担当戦区より南の位置で攻撃を行っていたが、 第6海兵師団は午後12時の時点で5キロ、第2機械化騎兵師団も同じく5キロしか前進していなかった。 攻勢に参加している各師団とも、今後も敵の抵抗が激しい事を見込んで、後発部隊との合流や、戦力の再編を行った後、再び前進しようとしていた。 しかし、それを是と思わない者も居た。 第3海兵戦車連隊指揮官である、ヨアヒム・パイパー中佐は、仏頂面を浮かべながら、しきりに前方と、腕時計に視線を移していた。 「それで……師団司令部からは、第21連隊が到着するまで待て、と?」 「いえ、それだけではありません。」 連隊指揮戦車の無線手である中国系アメリカ人のマロ・ベネット軍曹が答える。 「師団司令部は、側面援護の第1、第2海兵師団の到達後、前進を再開しろ言っとります。」 「第1、第2海兵師団だと!?連中はまだ攻勢発起地点から1キロも前進していないじゃないか!」 パイパーは呆れたように言った。 「じゃあ、俺達は、敵部隊の主力が、防備の整った野戦陣地に逃げ込むまで、のんびりと待てって事か!」 パイパーは憤慨しながら、無線手に言う。 「それは……師団司令部に問い合わせてみないと……繋ぎますか?」 ベネット軍曹が聞いて来るが、パイパーは首を振った。 「いや、もういい。」 彼はそう答えた後、自らの手元に置かれている戦力を即座に思い出す。 第3海兵戦車連隊は、敵の第1防御陣地との戦闘で9両のパーシングを撃破されている。 これで、第3海兵戦車連隊に残された戦車の数は、105両に減ってしまったが、パイパーは、この戦力でもまだ行けると確信している。 また、第3戦車連隊と共に行動している第3海兵連隊も、陣地の占領に2個中隊を割いただけで、戦力の大半が健在であり、第3海兵連隊 指揮官であるジェームズ・スチュアート大佐は師団司令部に対して、 「早急に前進し、後退する敵部隊を追撃、殲滅すべし」 という意見具申を送っている。 だが、第3海兵師団司令部は、進撃停止を命じた午後1時20分から今まで、前進部隊に対して現地点に待機せよ、という命令を 繰り返し送るばかりであった。 (師団司令部の考えも分からないでは無い。敵の抵抗はかなり激しく、俺の部隊も、新たに9両の戦車を失った。だが、敵は今、部隊の大半が 後退している。敵はどこぞからから集めて来た、兵員輸送用のキリラルブスを大量に使って、後衛部隊を除いた将兵を迅速に移動させていた。 こうしている間にも、敵は着々と、後方の予備陣地に近付きつつある。時間は……無いな) パイパーは、心中で呟くと、意を決したかのように、大きく頷いた。 「無線手!スチュアート大佐に無線を繋いでくれ。」 「アイ・サー。」 無線手が、第3海兵連隊指揮官を呼び出す。程無くして、無線手がパイパーに話しかけてきた。 「連隊長、スチュアート大佐と繋がりました。」 「御苦労ベネット。こっちに繋いでくれ」 パイパーは礼を言ってから、耳元のレシーバーに入って来る声に聞き入った。 「こちらスチュアートだ。聞こえるか?」 「パイパーです。唐突で申し訳ありません。」 「いや、構わんよ。それよりも、話とは何かね?」 「ハッ。我々は今、師団司令部の命令で待機している訳ですが、小官としましては、このまま待ち続けていたのでは、後退した敵部隊の 主力をみすみす見逃してしまうのでは?と思うのです。そこでですが、この際、我々だけでも前進を再開してはどうかと思うのですが…… 大佐はどう思われますか?」 「……君の言う通りだな。」 スチュアート大佐が答える。 「俺の見た所、敵は野砲部隊による抵抗や、小銃を配備した歩兵部隊によってこちらを迎撃して来るが、いつもならのそのそ出て来る キリラルブスが居ない。居るとしても、兵員輸送に特化した移動用キリラルブスが、ケツをまくって逃げて行っただけだ。君は、こう 考えているんだろう?『兵員輸送用キリラルブスしか居ないのなら、側面を衝かれる心配は無い。今の内に追撃して、後退中の敵部隊を 叩くべきだ、』と。」 「はい。そうであります。」 パイパーは、きっぱりと答えた。 「師団司令部は、天候不順のため航空支援が行えないため、前進部隊が、温存していた敵部隊の逆襲に遭って大損害を受ける事を恐れて いるのでしょう。その考えは、正しい。ですが、航空支援を行えないのは敵も同じです。それに、戦場は時間を追うごとに、その様相を変えて いきます。私は敵がまともにキリラルブス部隊を投入できない今こそ、後退中の敵部隊を叩きのめす、絶好の機会であると思います。この 敵部隊を殲滅出来れば、後方の敵陣地も戦力を失い、防備が薄くなります。そうなれば、我々はさほど労せずに、陣地を突破できる筈です。」 「うむ。同感だ。」 無線越しのスチュアートは、快活の良い声音で相槌を打つ。 「いいだろう!今すぐ前進しよう!師団司令部には、私が報告しておく。」 「ありがとうございます。あと、私から1つ提案いたします。」 「うん?提案というのは何だね?」 スチュアートの問いに、パイパーは一呼吸置いてから答えた。 「師団司令部からの命令は、これからの前進に有用でないと思える物は全て無視した方が宜しいでしょう。どうも、師団司令部の連中は、 電撃戦と言う物をさほど、理解していないようですからな。」 「ハッハッハ!なるほど!」 スチュアートは豪快に笑った。 「流石はノール攻防戦の英雄だ。今の提案、しかと受け入れさせて頂こう。」 「ハッ。光栄であります。」 「……では、前進しよう。隊形は先と同じく、パンツァーカイルで行く。一緒にシホット共の臭いケツを蹴飛ばしに行こうじゃないか。」 「わかりました。すぐに前進を命じます。」 パイパーはそう返答した後、スチュアート大佐との会話を終え、すぐに各大隊へ命令を伝えた。 「こちらパイパー!これより前進を再開する!各隊、準備を整えろ!」 彼が連隊の各隊に指示を飛ばしてから僅か30秒後に、次々と返事が返ってきた。 「こちらサードタイガー、準備よし!」 「レッドパンサー準備完了です!」 「こちらホワイトキューベン、各中隊とも準備完了!どこまでも行けますぜ!」 パイパーは、先の戦闘で指揮下の戦車を失っているにもかかわらず、士気が旺盛である事に大きな満足感を得ていた。 「こちら連隊長。連隊はこれより、後退中の敵部隊を追撃する。前進再開!」 パイパーの命令が下るや、待機していた第3海兵戦車連隊の各戦車大隊は、一斉に行動を起こし始めた。 護衛の戦車連隊が移動した事に習って、機械化歩兵大隊である第3海兵連隊も移動を開始する。 第3海兵師団の1個戦車連隊並びに、1個海兵連隊は、再び30キロ以上のスピードで前進を始めた。 同日 午後7時00分 レスタン領ロイクマ 第5親衛石甲師団は、午後6時30分、第2親衛軍団司令部より、第3予備陣地を突破したアメリカ軍部隊の迎撃を命じられ、待機地点で あった寒村から、第3予備陣地が構築されていたロイクマ地方へ急行していた。 第509連隊第3大隊に属しているウィーニ・エペライド軍曹は、中隊の他のキリラルブスと共に、隊伍を組んでキリラルブスを移動させていた。 彼女は、キリラルブスが持つ独特な振動に体を揺さぶられながら、ハッチから身を乗り出して、薄暗くなった空を見上げていた。 「………寒いなぁ。」 彼女は、ぽつりと呟きながら、右の掌を広げて、しとしとと降り注ぐ雪を乗せる。 防寒用の手袋に包まれた掌に、幾つもの雪の粒が落ち、やがては溶けていく。 雪の冷たさは、手袋の薄い皮の上からも充分に伝わって来た。 「台長!」 車内から彼女を呼ぶ声が聞こえる。ウィーニはそれに気が付き、体をキリラルブスの中に引っ込めた。 「どうしたの?」 「中隊長車から最新の戦況報告が入りました!第3予備陣地の敵部隊は、第47軍と第42軍の各師団を分断した後、尚も前進を続けているようです。 敵部隊の先頭は、第3予備陣地から1ゼルド近くも進出しているようです!」 「1ゼルド近くか……第47軍と第42軍は全滅したの?」 「いえ、第47軍、42軍共に、戦力を残していますが、敵の急進撃で2個師団が壊滅状態に陥ったようです。」 「……わかった。」 ウィーニは感情のこもらぬ口調で返した後、台長席に座ったまま外の様子をぼーっと見つめ続けた。 最初の異変は、午後2時前に起こった。 第47軍は、それまで順調に後退を続けて来たが、唐突に進出を停止した敵部隊は、これまた、唐突に前進を再開した。 連合軍はまず、第32歩兵師団に襲い掛かった。 第32歩兵師団は、第3予備陣地までの警戒線をあと1箇所超える所まで迫っていた。 だが、その頃になって、2つの警戒線が相次いで突破された事を受け、後退中であった部隊の中から、2個大隊を引き抜いて迎撃に当たらせた。 この迎撃には、第2親衛石甲軍から救援としてやって来た1個石甲大隊も加わっていたのだが、敵部隊はこの迎撃部隊を、1時間の戦闘で撃破し、 一気呵成に第3予備陣地に襲い掛かった。 異変は南の方でも起こり、同じく進出を止めていたカレアント軍機械化部隊が、アメリカ軍部隊に習うかのように急進撃を開始。 警戒線に配置されていた後衛部隊は瞬く間に撃破され、あっという間に戦線を突破された。 午後3時頃には、後続の連合軍部隊が続々と到着し、今や第3予備陣地には連合国軍のほぼ全軍が殺到し、防衛戦を突き破らんばかりに猛攻を 加え続けた。 そして、午後5時10分。アメリカ軍の一部隊が遂に第3予備陣地を突破。アメリカ軍部隊は、その僅かな隙間を瞬く間に押し広げ、午後6時には 2個師団相当の敵機械化部隊が予備陣地を各所で寸断し、戦線後方に進出しつつあった。 この2個師団は、攻勢を受けている戦区の北部地区だけの数であり、南部地区では、第42軍の残余部隊と、第2親衛軍から派遣された第1親衛軍団が 敵の猛攻を抑えていた。 もし、この2個師団が第1親衛軍団の背後に回れば、第1親衛軍団に属する2個師団並びに、2個旅団は包囲されてしまう。 それを防ぐため、第2親衛軍団は、主力である2個石甲師団を投入して火消しに努めようとしていた。 午後7時30分を回った頃には、周囲は完全に真っ暗になった。 ウィーニは、南に2ゼルド程離れた戦域でひっきりなしに明滅する閃光と、銃声と思しき連発音が響いて来るのを、しかと耳にしていた。 「台長!第4親衛師団が敵の機甲師団と激突したようです!前線はかなりの激戦の模様!」 「……第4親衛師団が戦っている相手は何?アメリカ軍?」 「いえ……敵はカレアント軍のようで、多数のシャーマン戦車を始めとする戦車部隊で攻撃して来ているようです!」 ウィーニはその言葉を聞いた時、脳裏に昔の思い出がよぎった。 (この戦争が開始され、戦線が南大陸に移った後も、あたし達はカレアントを、獣人が作り上げた野蛮な国だと教えられてきた。装備の劣る カレアントの蛮族なぞ、2か月で滅ぼせる、と、あたしは上官から聞いていた。それから考えると……) ウィーニは台長席から身を乗り出し、顔を、彼我の発砲炎で明滅する戦場に向ける。 (私達は間違った事を教えられたのかもしれない。知識も教養も無いカレアントの蛮族達は、最新式の武器を与えられても使いこなせず、 使い慣れた古い武器しか使わない、と。その結果がコレ……か。) ウィーニは内心、自嘲気味になりながら頭を横に振った。 昔から教えられてきた言葉……南大陸の蛮族達は大したことは無い。 あいつらにシホールアンルの武器を与えても、勝つのはシホールアンル軍だ……という、明らかに見下した言葉の数々。 それがどうか? 知識も教養も無い筈の“蛮族達”は、アメリカ製の兵器を与えられた瞬間、これまでの差を縮めんとばかりに戦い、今では、この北大陸奥深くに 大軍で持って攻め入っているではないか! 「……今思うと、呆れてしまうけど……それでも、シホールアンルはあたしが生まれた国である事に代わりは無い。今はただ、戦うしかないね。」 ウィーニは、気だるげな口調で言いながら、再び、体をキリラルブスの中に沈みこませ、台長席のハッチを閉めた。 「台長!中隊本部より通信です!間もなく、戦域に到達する、各台、戦闘に備えよ!」 「了解。」 ウィーニは、小声で即答した後、車長席に設けられた小さな監視窓に目を向ける。 監視窓の向こうには、同じ中隊のキリラルブスが隊伍を組んで進んでいる。 唐突に、中隊のキリラルブスがスピードを上げ始めた。 「台長、小隊長より通信。速力20レリンク(40キロ)に増速。」 「了解。増速する。」 キリラルブスの操縦手も兼ねるウィーニは、頭の中で増速を命じる。 簡易魔法で、キリラルブスに張り巡らされた魔術回路がウィーニの指示を受け取り、すぐさま増速していく。 ひっきりなしに動く4本の脚から、更に強い振動が伝わって来る。 今ではこの振動にすっかり慣れているが、キリラルブスに乗り始めた頃は、この振動に酷く悩まされた物である。 ウィーニの第1中隊は、前進中の大隊指揮台の後を追うように、だだっ広い草原を駆け抜けていく。 それから5分ほど走った後、第1中隊は右に大きく曲がり始めた。 この時、第509石甲連隊に属している3個キリラルブス大隊は、前進して来たアメリカ軍戦車部隊を迎え撃つため、左右に展開している。 左翼は第1大隊が配され、中央は第2大隊、右翼は第3大隊が受け持つ事になった。 各大隊48台。第509連隊全体で、計144台のキリラルブスが、大きく左右に別れて、敵を迎え撃とうしている。 敵を待ち構えているのは第509連隊だけではない。第509連隊と同じく、138台のキリラルブス(16台が故障で戦線に出られなくなった)を有する第510連隊も、予備部隊として509連隊の背後に展開している。 509連隊が消耗した後も、510連隊を投入すれば敵戦車部隊は大打撃を受けるであろう。 また、510連隊が危機に晒されても、後方に展開している512石甲機動砲兵連隊が掩護の砲撃を行う予定だ。 午後7時15分。後方に展開した石甲機動砲兵連隊から照明弾が放たれた。 照明弾が炸裂し、草原が赤紫色の光に照らし出される。 光の下に、無数の蠢く物があった。 「台長!中隊長より通信!敵戦車部隊発見!敵の数は多数!」 「遂に……か。」 通信手から報告を伝えられたウィーニは、小声で呟いた後、自らの気を引き締めた。 「中隊長より更に通信!各隊、前進せよ!」 「了解!」 ウィーニは鋭く答えた後、味方のキリラルブスに習うように、自らのキリラルブスに移動を命じた。 それまで停止していたキリラルブスの体がやにわに動き出し、猛スピードで敵戦車部隊との距離を詰めていく。 第509石甲連隊は、いわゆる鶴翼の陣を形成しながら、敵との距離を詰めようとしていた。 対する敵戦車部隊は、楔形の隊形を維持したまま前進を続けている。 その時、敵戦車部隊がいきなり、前進を止めた。 「中隊長より通信!敵戦車部隊が停止した模様!」 「え?敵が停止した?」 ウィーニは怪訝な表情を浮かべながら、通信手に聞き返した。 通信手の返事を聞く前に、ウィーニは小さな監視窓から、強烈な青白い光が差し込んだ事に気が付く。 「あれは……照明弾?」 彼女は、不安げな口調で呟いた後、不意に悪寒を感じた。 (何……この、嫌な胸騒ぎは?) ウィーニは、心中にどす黒い不安感が広がりつつある事に気付いた。 「台長!中隊長が停止せよと命じています!」 通信手が切迫した声音で彼女に知らせて来る。 長い間、闇の狩人として過ごしてきたウィーニは、根拠が無かったにもかかわらず、中隊長の言う通りにすれば大丈夫であると、胸の内で 確信していた。 「停止!!」 彼女は小さく叫びながら、自ら操縦するキリラルブスを停止させた。 この時、彼女は監視窓の向こう側の空に、一瞬ながら、何かの影が飛んでいる事に気が付いた。 「……飛空挺?」 彼女は、ぽつりと呟いた。その直後、前方で幾つもの爆発が湧き起こった。 彼は、前方に見える目標を凝視しながら、投下スイッチにかけた指に圧力をかける。 風防ガラスにビュウビュウと音を立てながら、雪混じりに冷たい風が当たる。 彼は、その時が来た事を確信した。 「爆弾投下!」 気合の混じった一声が発せられ、投下スイッチを押す。 機体の両翼の付け根に取り付けられていた500ポンド爆弾が懸架装置から外れ、2発の爆弾が照明弾に照らされた、敵キリラルブス群目掛けて落ちていく。 その直後、キリラルブス群のど真ん中で派手な爆炎が噴き上がった。 「司令!敵部隊の真ん中に爆弾が炸裂しました!効果ありですよ!」 第212夜間戦闘航空団の司令を務めるエヴレイ・ゼルレイト准将は、愛機であるP-61Bヴラックウィドウの操縦桿を握りながら、知らされて来た報告を 聞いて小さく頷いた。 「思い知ったかシホールアンル軍!夜の住人が誰であるか、たっぷりと思い知らせてやる!」 ゼルレイトは獰猛な笑みを浮かべながら、声高に言い放った。 彼が指揮している航空団は、元々は第6航空軍の所属であったが、今年の1月に第5航空軍に転属となり、1月の中旬からは第5航空軍の 所属部隊として行動していた。 ゼルレイトの航空団は、1月下旬以降からの天候不順に伴い、他の夜間戦闘飛行団が夜間作戦を相次いで中止するのに習って、しばらくの間は、 夜間は作戦飛行を行わない事を決めた。 だが、本日午後3時頃、状況は大きく変わった。 ゼルレイトは、唐突に第5航空軍司令部に呼び出されるや、航空軍司令より夜戦を行うであろう、海兵隊とカレアント陸軍の航空支援を行えないかと言われた。 ゼルレイトは、いきなりの質問に戸惑ったが、その後、すぐに出来ると答えた。 第212夜間戦闘航空団は、主に夜間の航空作戦を行う夜戦専門の部隊であるが、彼らはこれまでに幾度か、雨天時の航空作戦もこなした事があった。 それ以前に、雨天時の航空戦を決行したのは212航空団以外にも記録されている。 しかし、雨天時の航空戦は視界が非常に悪く、かつ、大編隊での航空攻撃は大惨事につながる恐れがあるため、どこの航空軍でもあまり多くはやっていなかった。 ましてや、今回は雪が降りしきる中での航空作戦である。 この悪天候下で作戦を行える部隊は、連合軍部隊には全くと言っていいほど存在しなかった。 だが、212夜間戦闘航空団だけは別であった。 元々、レスタン王国時代の飛竜騎士出身のパイロットが多い212航空団は技量優秀であり、ヴァンパイアの特徴でもある驚異的な暗視力でもって夜間の 戦闘を満足に行える事が出来る。 昨年の8月から今年1月まで、計7回、雨天時の作戦を経験しているが、7回中、5回は任務を達成している。 夜間の航空戦闘の専門家とも言える212航空団に、近接航空支援の要請が来るのは、ある意味当然の事言える。 ゼルレイトは頷き、航空軍司令から命令を受け取った後、自らの航空隊が配属されている基地に急いで電話を繋ぎ、作戦準備に取り掛かった。 この攻撃に参加した部隊は、ゼルレイトの直率する第910夜間戦闘航空群と911夜間戦闘航空群、そして、地上攻撃の専門部隊である 第961夜間爆撃航空群である。 この3個航空群からP-61B32機、A-26B18機が第1次攻撃隊として午後6時10分頃に出撃し、その30分後には、新たにP-61B18機と A-26B18機が第2次攻撃隊として発進。海兵隊戦車部隊の航空支援を行った。 ゼルレイトの直率する910NFG(夜間戦闘航空群)は、僅か数分の間に、16機全てが、抱えて来た2発の爆弾を投下した。 910NFGに狙われたキリラルブス部隊は、第5親衛石甲師団第509石甲連隊に属している第3大隊であった。 爆弾がキリラルブスの至近で炸裂し、夥しい破片がキリラルブスの石の装甲に突き刺さる。 破片の大部分はその頑丈な装甲に弾かれた物の、一部の破片は、薄い下部の装甲部を突き破り、内部の兵員を殺傷した。 直撃弾を受けたキリラルブスは、爆発と同時に地面にへたり込み、それから永遠に起き上がる事は無かった。 911NFGは、左翼に展開している第1大隊を襲撃し、少なからぬ数のキリラルブスを爆弾で吹き飛ばしたばかりか、機銃掃射を行って1台、また1台と、 行動不能に陥れていく。 敵の石甲連隊の至近に対空部隊が居たのであろう、あちこちから対空砲火が放たれるが、視界の悪い夜間……しかも、降雪下という悪条件にも関わらず、 まるで、晴天の空を飛んでいるかのような動きで、縦横に飛び回る32機のヴラックウィドウは、1機も欠ける事無く飛び続けている。 A-26で編成された961NBG(夜間爆撃航空群)所属の飛行隊は、910NFGと911NFGが攻撃している部隊の後方に展開している、連隊規模の キリラルブスを見つけるや、血に飢えた野獣の如き勢いで、そのキリラルブス部隊に迫った。 961NBG所属の第644飛行隊指揮官フラキス・ワキア少佐は、眼前に浮かび上がる、整然と並んだキリラルブス群をぎろりと睨みつけた。 「見つけたぞ、侵略者共!」 ワキア少佐は不敵な笑みを浮かべつつ、機首の爆撃手に声をかけた。 「敵との距離は!?」 「現在1000メートル!爆弾投下距離まであと600です!」 ワキアはその知らせを聞いた後、唐突に、機体の右横で高射砲弾が炸裂するのが見えた。 「敵の対空部隊が俺達を見つけたようだな。」 ワキアは呟いたが、その口調は、対空砲火なぞどうでもいいと言っているかのようだ。 彼の乗るインベーダー目掛けて、高射砲弾のみならず、魔道銃までもが撃ち放たれたが、低高度を550キロ以上の猛速で突っ切って行くA-26は、1発も 被弾する事無く、標的との間合いを急速に詰めていく。 「機長!爆弾投下します!」 「よし、やれ!」 ワキアは爆撃手に命じる。その直後、彼の愛機の胴体から、1発の500ポンド爆弾と、1発のナパーム弾が投下された。 爆弾は、第510石甲連隊の第2大隊目掛けて猛速で落下し、ちょうど、待機していたキリラルブス群のど真ん中に着弾した。 爆弾が炸裂し、夜目にも鮮やかな爆炎と共に大量の土砂が噴き上がった。 この爆発で1台のキリラルブスが爆砕されたが、その直後には、ナパーム弾が地面に落下し、500ポンド爆弾爆発とは違った、恐ろしい光景を キリラルブス隊に見せ付けた。 2発目の爆弾と思しき物が落下するや、紅蓮の炎が勢いよく後方に広がり、着弾地点からやや後方にいた4台のキリラルブスが高熱の炎に包まれた。 ワキア少佐の攻撃に習うかのように、残りのA-26も次々と爆弾を投下して行く。 第510連隊第2大隊は、この爆撃だけで8台のキリラルブスが破壊されるか、損傷したが、961NBGの攻撃はこれだけではなかった。 爆弾投下を終えたA-26は、更に攻撃を続行した。 961NBGの攻撃隊は、500ポンド爆弾とナパーム弾の他にも、主翼に6発の5インチロケット弾を装備していた。 爆弾投下を終えた機体は、反転するや、別の石甲大隊にロケット弾攻撃を仕掛けた。 5インチロケット弾は、その場で停止していたキリラルブス群の中で次々と爆発し、あるロケット弾はキリラルブスの薄い上面装甲部に命中し、 乗員もろとも爆砕した。 別のロケット弾は、1台のキリラルブスの後ろ右脚に直撃した。 脚部に被弾したキリラルブスは、途端にバランスを崩し、地面に擱坐してしまった。 傍若無人に暴れ回るインベーダー隊に対して、シホールアンル側も黙って見ていた訳では無く、既存のキリラルブスを改造し、連装式旋回魔道銃を 積んだ対空キリラルブスが必死に対空砲火を放つ。 第5親衛石甲師団は、元は国の宝とも言われた魔法騎士師団を元に編成された石甲部隊であり、師団の将兵は大多数が魔道士だ。対空キリラルブスの 射手には、視界の悪い夜間でも、自ら修得した暗視系の魔法を発動させて視界を広げ、効果的に対空戦闘を行える筈であった。 だが、敵軽爆撃機の動きは、夜間を飛んでいると思えぬ物であり、しかも、相当実戦慣れしているのだろう、機体を小刻みに動かしながら見事な 機動を行っている。 猛速で飛び回るインベーダーの前に、魔道銃の射手達も効果的な対空射撃を行えないでいた。 悪戦苦闘を続ける事しばらく。遂に、1機のインベーダーが魔道銃の光弾をもろに受けた。 敵機の右主翼に光弾を浴びせ、命中個所から夥しい破片が飛び散ったと思いきや、そこから真っ赤な炎が噴き出した。 「ざまあ見ろ!アメリカ人共!!」 敵機撃墜の戦果を上げた射手は、被弾炎上し、高度を下げていくアメリカ軍機に罵声を浴び得た。 だが、その直後、意外な事が起こった。 なんと、被弾したインベーダーは、もはやこれまでと見たのか、いきなり、対空キリラルブスに機首を向けたのだ。 「!?」 射手は驚愕のあまり目を見開いた。 (くそ、死なば諸共と言う訳か!) 射手はその場から離れる事無く、右主翼から火を噴きながら、急速に向かって来るインベーダーに向けて射撃を続けた。 旋回機銃の射撃ペダルをより強く踏み込み、連装式の魔道銃が勢いよく光弾を吐き出す。 七色の光弾は、インベーダーの胴体や主翼に吸い込まれ、遂には左主翼からも火を噴いたが、インベーダーはいくら光弾を撃ち込まれようが、 スピードを緩めることなく、対空キリラルブスに向かって来た。 「駄目だ!逃げるぞ!」 射手は敵機を落とす事を諦め、装填手や、他の部下達にそう叫んだ。 部下達が真っ先に逃げ出したのを確認した射手は、自らも逃げようと、射手席から腰を上げようとした瞬間、インベーダーからまさかの機銃掃射が放たれて来た。 機銃の曳光弾が自らの腹に突き刺さり、体は射手席に縫いつけられた。 「げぶっ!?」 射手は、12.7ミリ弾の直撃によって致命傷を受け、口から大量の血を吐き出した。 インベーダーの機首がぐんっと迫って来た。 もはや、距離は限り無く縮まっており、射手は、敵機の操縦手の顔を見る事が出来た。 インベーダーが追突する瞬前、射手は再び、驚愕の表情を浮かべた。 (あ……あの目は……レスタン人!?) 射手が心中でそう叫んだ時、対空キリラルブスは被弾したインベーダーの体当たりを受け、インベーダー共々、爆発炎上した。 アメリカ軍機の空襲は、僅か10分ほどで終わったが、第5親衛石甲師団が被った被害は甚大であった。 「第1中隊、稼働キリラルブスが9台に低下した模様!第2中隊は中隊長が戦死し、稼働キリラルブスは12台。第3中隊は被害が少なく、 稼働キリラルブスは14台のようです。」 「たった1回の空襲で13台もやられるとは……」 被害報告を聞いたウィーニは、通信手の報告を聞いた後、米軍機の空襲の威力に半ば驚いていた。 「第1大隊も被害が大きい様です。なんでも、10台以上がやられたとか……でも、うちらの連隊はまだマシなようで、後方の510連隊は、 インベーダーの爆撃で1個石甲大隊が壊滅状態に陥ったとの情報も入っています。」 「本当かよ……これから、アメリカ軍戦車との戦闘に入ろうとしていると言う時に!」 射手のフィルス・バンダル伍長が悔しげに言った。 「あ…台長!中隊長から通信です!各隊、戦闘を開始せよ!」 「………了解。」 ウィーニは、複雑な表情を浮かべつつも、命令通りに動く事にした。 第509連隊の鶴翼隊形は何とか保たれており、指揮下の3個大隊は命令通り、米軍戦車部の包囲を試みる形で突進を開始した。 ウィーニも属している第1中隊は、戦力が半分近く減ったにも関わらず、全速力で突進して行く。 後方の砲兵連隊から照明弾が打ち上げられ、それが敵戦車部隊の上空で炸裂する。 赤紫色の光が再び地面を照らし出し、そこにあった敵戦車部隊の姿を闇夜の淵から浮かび上がらせる。 「敵戦車はシャーマン戦車!」 台長席の上にある監視窓から敵戦車の姿を確認したウィーニは、内部の部下達に敵の正体を伝える。 照明弾に照らし出された敵戦車部隊は、履帯をきしませながら、楔形隊形のままキリラルブス群との距離を詰めつつある。 敵部隊の側面を衝こうとしていた第1中隊は、シャーマン戦車の左斜め前方、または正面から向かい合う形となっていた。 唐突に、第1中隊指揮台が停止した。 「停止する!」 ウィーニは、先程とは打って変わった明瞭な声音で叫びながら、キリラルブスを停止しさせた。 キリラルブスは、やや前屈みになる形で停止した後、姿勢を水平に戻す。 「目標、11時方向のシャーマン戦車、距離500グレル!(1000メートル)」 バンダルは、ウィーニの声を聞きながら、目標と思しきシャーマン戦車に狙いを付ける。 キリラルブスの砲身は、左右の旋回角度が14度、仰角は21度、俯角はマイナス7度まで下げる事が出来る。 バンダルは、目標の戦車が砲塔を向けながら急停止するのを見逃さなかった。 「射撃用意よし!」 「撃て!」 ウィーニの一声が聞いた瞬間、バンダルは照準器の向こう側に居るシャーマン戦車目掛けて砲弾を放った。 50口径2.8ネルリ砲(73ミリ)は、650グレル(1300メートル)の距離からでも、シャーマン戦車の正面装甲部を撃ち抜ける。 バンダルの放った2.8ネルリ弾は、シャーマン戦車の左側面に命中した。 シャーマン戦車の車体に火花が散り、うっすらと煙が上がる。 シャーマン戦車に現れた変化は、最初はそれだけであったが、バンダルは、その時点で勝利を確信していた。 バンダルの放った砲弾を受けたシャーマン戦車は、一見、大した傷を負っていないように思われたが、敵戦車は、第1中隊に砲身を向けたまま、全く動かなくなった。 「 最初の射撃で敵戦車1台撃破とは、やるね。」 後ろからウィーニが声をかけて来た。それに、バンダルは照準器を見据えたまま礼を言った。 「へへ、訓練通りにやれば、誰でも出来ますよ。でも、お褒めの言葉、喜んで頂戴します。」 バンダルの放った砲弾は、シャーマン戦車に命中した後、車内で炸裂せず、内部で跳ねまわった。 不幸中の幸いと言うべきか、はたまた、悪魔の仕業と言うべきか。 砲弾が炸裂しなかったため、内部に詰められていた76ミリ砲弾の誘爆を起こさなかったが、その代わり、5名の戦車兵は跳ね回った砲弾によって、体が原形を 留めぬまでに破壊され、車内には乗員達の真っ赤な血と肉片でグロテスクに彩られていた。 「目標変更!12時方向の敵戦車!」 バンダルはウィーニの言われるがままに、次の目標に砲身を向ける。 彼は、停止し、砲塔を向けているシャーマン戦車に照準を合わせた。 「装填よし!」 後ろから声が狩る。 「射撃準備よし!」 「撃て!」 ウィーニの命令がかかった瞬間、バンダルは砲弾を発射させる。 今度の射撃は、シャーマン戦車を捉えるには至らず、敵戦車のやや正面に着弾した。 「外したか!」 バンダルは小さく叫びながら、照準を修正する。その時、シャーマン戦車も砲を撃って来た。 敵戦車はウィーニらのキリラルブスを狙ったのであろう、砲弾が彼らの乗るキリラルブスのすぐ目の前に着弾し、破片が頑丈な石の体を叩いた。 「バンダル……落ち着いて狙って。そうすれば当たるよ。」 ウィーニから冷静な声音でアドバイスが送られて来る。バンダルは、照準器を覗き込みながら了解と呟き、照準を修正した。 「射撃準備よし!」 「撃て!」 バンダルは2.8ネルリ砲弾を撃ち放つ。今度は、見事に砲弾が命中し、シャーマン戦車は車体後部から爆炎を噴き上げていた。 「やった!命中したぞ!」 バンダルは喜びの余り、右の拳を打ち振るった。 「!」 その時、ウィーニは、敵戦車部隊が再び前進した事を自らの目で確認した。 「敵戦車、前進再開!」 ウィーニがそう叫んだ時、唐突に、後方から監視窓に、淡い赤色の光が差し込んで来る。 直後、強烈な爆発音が鳴り響いた。 「第2小隊長台被弾した模様!」 通信手が吐き出したその言葉に、ウィーニは無反応のまま、次の指示を待った。 「台長!中隊長から命令!敵部隊へ突進し、距離を詰めよ!」 「了解!」 ウィーニは命令を受け取ると、すぐに魔術回路を通して、自ら操るキリラルブスに前進せよと命令を送った。 ウィーニのキリラルブスが移動を開始する前に、中隊長の直率する小隊が我先にとばかりに前進を開始し、全速力でシャーマン戦車群に向かって行く。 一足遅れて、ウィーニが操るキリラルブスも前進を開始した。 アメリカ軍戦車部隊は、依然として楔形隊形を維持したまま前進を続けている。 シャーマン戦車は、目に見えるだけでも、6台程が擱坐し、うち4台は激しく燃えていた。 第1中隊は先の空襲と、先程の交戦で半数近い戦力を失った物の、敵戦車を6台破壊したのだ。 そのうち2両はウィーニが指揮するキリラルブスの戦果だ。先の空襲の報復としてはまずまずの戦果と言える。 第1中隊が前進を再開する中、第2中隊、第3中隊再び前進を開始し、次第に距離を詰めていく。 シャーマン戦車との距離が300グレルに達した所で、第1中隊は急停止した。 「目標、1時のキリラルブス!」 彼女は次の目標をバンダルに示した。 バンダルは、すぐさま目標を見つけ、照準を合わせる。 「照準よし!射撃準備よし!」 「撃て!」 そのやり取りをへて、キリラルブスの50口径2.8ネルリ砲が轟然と火を噴いた。 砲弾は、敵戦車のキャタピラに命中し、爆炎と共に夥しい破片が舞い上がった。 「よし、命中!」 「バンダル!敵戦車はまだ生きている、砲をこっちに向けようとしているわ!とどめを刺せ!」 ウィーニはすぐさま、追い討ちをかけるように命じる。 「装填よし!」 装填手がバンダルに知らせる。 「射撃準備よし!」 「発射!」 ウィーニは気合を入れるかのように命じた。バンダルが再び砲弾を放つ。 砲弾は、シャーマン戦車の砲塔基部に命中した。 その直後、砲弾が敵戦車内部の砲弾を誘爆させたのか、シャーマン戦車の砲塔が爆発と共に、宙に吹き飛んだ。 第1中隊は新たに4両のシャーマン戦車を擱坐させた。 長砲身砲の威力は絶大であり、側面はおろか、正面装甲ですら難無く貫き、行動不能に陥れていく様子は、第1中隊の将兵達に絶対の自信を与えつつあった。 第1中隊と同じように、第2中隊と第3中隊もシャーマン戦車相手に戦いを挑み、犠牲を出しながらも、着々と戦果を重ねつつある。 第509連隊第3大隊は、敵戦車部隊に対して互角以上の戦いを繰り広げ、第1大隊もまた、敵の戦車部隊に損害を与え続けていたが、全く空襲を受けず、 戦力を温存して居たままの、中央の第2大隊は、シャーマン戦車に対して苦戦を強いられていた。 だが、交戦開始から20分が経過した頃には、敵戦車部隊の前進は完全に抑えられ、第509連隊は逆に、敵戦車部隊を押し始めていた。 「む……敵戦車が後退し始めている!」 それは、ウィーニ達のキリラルブスが、都合4台目のキリラルブスを撃破した時……第509連隊全体で、35両目となる戦果を上げた時に起こった異変だった。 第509連隊は、この時点で22台のキリラルブスを失っていたが、シャーマン戦車の大群は、第509連隊の猛攻によって楔形陣形を完全に崩されていた。 「流石のアメリカ軍も、こんなに押されていたら敵わないと思い始めたか。」 ウィーニは、いつものように、感情のこもらない口調でそう呟いた。 「台長!中隊長より命令です!これより、敵部隊を追撃する!」 「……追撃……ねぇ。中隊はもう、半分も残っていないのに、大丈夫なのかぁ。」 ウィーニは言いながら、中隊の戦力は5台に減った事を思い出した。交戦前、9台はいた第1中隊は、今ではたったの5台に減っていた。 第1中隊は、敵に最も近い位置にいる為、敵に攻撃を集中され、損耗率は連隊の中でも最も高い物となっていた。 しかし、第1中隊長は(元は、ウィーニと同じ闇の代行人である。)敵が後退して行く事に上気したのか、追撃を命じて来たのである。 「通信手、あたしが直接話しかけてみる。」 ウィーニは通信手にそう言ってから、通信魔法を起動して第1中隊長を呼び出した。 「中隊長、聞こえますか?」 「……エペライド軍曹か。どうした?」 「中隊長、追撃の件ですが、もう少しお待ちになってはどうですか?」 「待つだと?いや、それは出来んよ!」 中隊長は、ウィーニの提案を一蹴した。 「エペライド軍曹。“現代戦”は迅速に動き、敵を出来る限り叩く事が最も良いやり方だ。今の内に敵を徹底的に追い詰め、大出血を強要すべきだ!」 「しかし、アメリカ軍はシャーマン戦車よりも強力なパーシングという、新鋭戦車を多数保有しています。追撃中にパーシングと出会ったら、中隊は 全滅する恐れが……」 「軍曹!第3大隊長も追撃を許可している、大丈夫だ!」 第1中隊長はそう返した後、すぐにウィーニとの会話を打ち切った。 敵のシャーマン戦車は、砲塔を後ろに向けながら急速に後退して行く。 第1中隊長の直率する小隊は、それを逃がさぬとばかりに急発進し、猛然と追い掛けていく。 ウィーニは首を後ろに振った。 監視窓には、後方から味方のキリラルブス多数が前進している様子が見える。 第3大隊は全力で、敵の追撃にかかったようだ。 「クッ……仕方ない。前進する!」 ウィーニは諦めたかのように言ってから、キリラルブスを前進させる。ウィーニの後に付いて来た第3小隊の唯一の生き残りである、1台のキリラルブスも その後に続いた。 だが、その前進も、ほんの僅かしかできなかった。 前進し始めてから10秒後、前方でアメリカ軍の物と思しき青白い照明弾が煌めいた。 「……!」 ウィーニは、監視窓から差し込んで来るその光に一瞬だけ、目を眩まされたが、すぐに視力が戻った。 「え……あれは……まさか」 その時、ウィーニは、後退して行くシャーマン戦車と代わるように、戦場に姿を現した敵の増援と思しき新手を、直に確認する事が出来た。 敵戦車の姿は見え辛いが、その形だけはわかる。 この時点で、彼女が長年培ってきた、暗殺者としての警戒反応が、頭の中でこれ以上無い程になり響いていた。 外観は、シャーマン戦車がやや丈高い不格好な形に対して、新たな敵戦車は、シャーマン戦車と同じく、丈高い物の、全体的にかなりバランスが取れていた。 それに加えて、シャーマン戦車よりも大きな砲塔には、これまた、シャーマン戦車よりも長い砲身が付いていた。 距離は、目測で700グレル程であろうか。射程内ではあるが、視界の悪い夜間だ。必中を狙うには、最悪でも500グレルまでは近付きたい所だ。 だが、先を行く第1中隊長のキリラルブスは、すぐに停止したかと思うと、いきなり砲を打ち放った。 第1中隊長のキリラルブスに習うかのように、残り2台のキリラルブスも砲を放った。 やや間を置いて、敵戦車の至近に1発の砲弾が着弾した。 どういう訳か、地面に着弾した砲弾は、その1発だけであった。 「……通信手!中隊長に、すぐに逃げろと言って!」 「…え?台長、それはどういう事です?」 通信手は、怪訝な表情を浮かべながらウィーニに問う。だが、ウィーニは、その問いには答えなかった。 「いいから早く!」 いつもは無表情かつ、声に感情が無い彼女が珍しく、声を荒げて無線手を促した。 その気迫に押された通信手は、慌てて中隊長に、一時後退するように提案した。 しかし、それは無駄であった。 敵戦車は、第1中隊長のキリラルブスと、それに率いられる2台のキリラルブスを発見するや、10両前後が一斉に停止し、砲を向けて射撃を行った。 それは、あっという間の出来事であった。 3台のキリラルブスの周囲に次々と爆発が起こり、キリラルブスが隠れて見えなくなる。 その中に、砲弾の誘爆と思しき火柱が2つ上がった。 周囲の煙が薄くなると、砲撃を受けた3台のキリラルブスが見えた。 「ああ……中隊長が……!」 ウィーニは、目の前の現実が半ば信じられなかった。 3台中、2台のキリラルブスは原形を留めぬまでに爆砕され、周囲にはそれぞれ、4本の脚がひび割れ、または大きく欠けた状態で残っているだけであった。 残った1台は脚部を薙ぎ払われただけで済んだようだが、それも地面に擱坐している。 ウィーニが今、相対している敵戦車こそ、アメリカ軍が送り込んだ最新鋭戦車、M26パーシングであった。 「一旦後退する!後ろの味方と合流するよ!」 ウィーニは素早く決断すると、キリラルブスの向きを変え、その場から後退していった。 第3海兵戦車連隊は、後退して来た第1海兵師団所属の第1戦車大隊と、第2海兵師団所属の第2戦車大隊と入れ替わるように、戦場に突入して来た。 「連隊長!第31大隊が敵のキリラルブスと交戦を開始!既に3台を破壊した模様です!」 「了解!敵さんに、パーシングの威力を見せ付けてやるぞ!」 パイパーは、無線手のベネット軍曹にそう答えた。 彼の指揮戦車は、第33大隊第1中隊と共に前進を続けている。 第3海兵戦車連隊は、いつも通りのパンツァーカイル陣形を形成したまま、敵の石甲部隊と激突しようとしていた。 「連隊長!2時方向よりキリラルブス多数!先行する第1大隊を側面から襲おうとしています。」 「そうはさせるか!第33大隊!先行部隊を狙う敵を叩け!第1大隊、第2大隊、側面から敵が接近しつつある、停止しろ!」 パイパーはすかさず、第33大隊長に指示を飛ばした。 「こちらホワイトキューベン、了解!」 第3大隊指揮官から返事が来た後、第3大隊指揮下の3個戦車中隊は、順繰りに停止していく。 パイパーの言葉を聞いた他の戦車大隊の指揮官も、すぐに部下の戦車中隊に命令を送り、第3海兵戦車連隊に属する全てのパーシング戦車が、 隊形を維持したまま草原のど真ん中に立ち止まった。 「砲手!2時方向のキリラルブスを狙うぞ!」 「了解です!」 砲手が張りのある声音で返しながら、照準を合わせていく。 目標のキリラルブスは、依然として前進しているため、砲手はキリラルブスのやや手前を狙う。 上空にはひっきりなしに照明弾が上がっているため、容易に照準を合わせる事が出来た。 「照準よし!」 「撃て!」 パイパーの号令と同時に、砲手は砲弾を撃ち放った。 76ミリ砲の射撃よりも凄まじい衝撃が車内に伝わり、砲口のマズルブレーキからオレンジ色の発砲炎が噴き出す。 砲弾は、惜しくも目標の後ろ側に外れてしまった。 「外れたぞ!もう少し前を狙え!」 「了解です!」 パイパーと砲手が短いやり取りをしている間、装填手は、熱した薬莢を吐きだした備砲に、抱えていた90ミリ砲弾を手早く突っ込む。 90ミリ砲弾は、76ミリ砲弾よりも形も大きく、重量も増えているのだが、訓練で鍛えられた装填手は何の苦も感じる事無く、スムーズな 動きで砲弾の装填を終えた。 「装填よし!」 「照準よし!」 「撃て!」 パイパーの指揮戦車が再び咆哮する。今度の射弾は、見事、キリラルブスの横っ腹に命中した。 90ミリ砲弾を受けたキリラルブスは、搭載弾薬の誘爆を起こしたのか、大爆発を起こしながら、胴体が真っ二つに割れた。 「まずは1台……」 パイパーは小声で呟きながら、次の獲物を探す。 彼と行動を共にしていた第33大隊の各中隊も、次々と備砲を放つ。 第33大隊は、高速で移動中のキリラルブスを砲撃しているため、大多数の戦車がなかなか命中弾を得られなかったが、それでも1台、 また1台とキリラルブスを仕留めていく。 キリラルブスは、第33大隊に横合いから攻撃を仕掛けられても見向きすらせず、ひたすら先行する第31大隊に向かって行く。 先頭のキリラルブスが、第31大隊まであと800メートル程まで近付いた時、急に停止するや、残りのキリラルブスも次々と停止し、備砲を放った。 第31大隊の戦車も、横合いからキリラルブスの攻撃を受けた事に気付き、何台かが備砲を向けて応戦する。 「こちら第1中隊長車、シホット共の砲弾でキャタピラが切られた!」 「中隊長車を掩護しろ!モタモタするな!」 「畜生!敵弾を受けたせいで砲塔が回らん!!」 「目標、3時方向のキリラルブス!撃て!」 「ファック!こっちが固いもんだから、意地になって撃ちまくってやがるぞ!」 第31大隊の各戦車から、叱咤と罵声、被害報告が次々と入って来る。 だが、戦闘は第31大隊に有利な形で進みつつあった。 キリラルブスは、第31大隊の右側面から仕掛け、距離800メートルほどからパーシング目掛けて砲弾を放つ。 あるパーシングは、履帯部分に砲弾を受け、たちまち行動不能となる。別の戦車は砲塔基部に砲弾を食らい、砲が旋回不能に陥って実質的に 戦闘不能となった。 キリラルブス群の砲撃は驚くほど正確であり、外れ弾を意味する地表の爆発はあまり起こらなかった。 だが、それは皮肉にも、パーシングの頑丈さを、より誇示にする結果にもなった。 キリラルブスの砲弾は、確かにパーシングの砲塔部分や車体を捉えている。 これがシャーマン戦車なら確実に撃破しているのだが、パーシングはその分厚い装甲によって、殆どの砲弾を弾き飛ばすか、あるいは爆発させても、 砲弾の爆発エネルギーは表面部分だけに留まり、車体内部には全くと言っていいほど被害を与えていなかった。 パイパーは知らなかったが、第31大隊を襲ったキリラルブスは、第509連隊第1大隊であった。第1大隊は29台のキリラルブスを有しており、 それらは、迎撃のため、砲身を向けて来た13両のパーシングを真っ先に狙った。 キリラルブスの射手は、元々は特務戦技兵や、魔法騎士団の中で技量優秀の兵ばかりを集めただけあって、射撃のセンスは抜群であった。 彼らは、自らの射撃の腕を披露するかのように、敵の自慢である主砲塔を狙い撃ちにした。 腕の良い兵士は、それを戦場で充分に活かし、敵を薙ぎ倒して行く。 しかし、それは時として、過ちを生む事もある。彼らの過ちは、その時に起きていた。 砲塔を狙った2.8ネルリ弾は、全てが114ミリの分厚い装甲を突き破れなかった。 一部の射手は、主砲塔ではなく、履帯部分や車体に狙いを付けて砲撃を行い、それが、最初の射撃で2両のパーシングを行動、または戦闘不能にするという 戦果に繋がった。 この時、第1大隊のキリラルブス乗り達は、大きく動揺した。 なにしろ、必殺の一撃があっさりと弾かれてしまったのである。 「何をしている!次だ!早く次の弾を撃て!」 あるキリラルブスの台長(キリラルブス乗りには車長と呼ぶ者も居る)は早口で射手を促し、装填手が砲弾を込めたのを確認してから、再び砲撃を放つ。 だが、今度の射弾も、敵戦車の分厚い装甲によって弾かれる。 その時、敵戦車が第1射を放って来た。 90ミリ砲弾は、キリラルブスのやや傾斜した正面装甲をあっさりと突き破り、内部で炸裂する。 4名の搭乗員はたちどころに爆砕され、更に搭載弾薬が誘爆を起こし、キリラルブス自体もまた派手に吹き飛んだ。 この一撃で3台のキリラルブスが撃破され、4つ脚のゴーレムはその場に躯を晒した。 「くそ!ならば……車体部分はどうだ!?」 仲間のキリラルブスが撃破される光景を目の当たりにした各台長は、砲塔部分ではなく、車体部分を狙えと命じた。 生き残ったキリラルブスのうち、まず10台がパーシングの車体側面、または履帯部分を狙って砲撃する。 新たに、1両のパーシングが敵弾によってキャタピラを切断され、行動不能に陥る。それに加えて、6両が被弾する。 だが、それでも、パーシングを撃破する事は出来なかった。 お返しとばかりに、パーシングが主砲を放つ。新たに5台のキリラルブスが爆砕されるか、脚部を吹き飛ばされて擱坐した。 第1大隊のキリラルブスと、第31大隊のパーシングは更に砲火を交えるのだが、第1大隊の攻撃は敵に利かず、逆に、パーシングが砲を放つたびに、 キリラルブスは次々と撃破されていく。 「ええい!距離を詰めろ!至近距離から砲弾をぶち込むんだ!」 業を煮やした第1大隊長は部下達にそう命じるや、自ら先頭に立って、猛速で突進した。 第1大隊は、第31戦車大隊のみならず、パイパーの直率する第33戦車大隊からも砲撃を受けていたため、29台あったキリラルブスは、 僅か12台に減っていたが、大隊長はその事を気にせず、第31大隊めがけて突進した。 第31大隊の戦車も、10台が向きを変え、シホールアンル側の挑戦を受けて立った。 正面に向き終わったパーシングが、突進してくるキリラルブスに砲を放つ。 10両のパーシングは、最初の射撃を全て外す。 しかし、第2射目で1台のキリラルブスを撃破した。 続く第3射目で新たに2台撃破したが、敵キリラルブスは退く様子を見せず、僅か100メートルほどの所まで接近してから停止し、パーシングの 大きな正面目掛けて次々と備砲を放った。 大隊長車の放った砲弾は、パーシングの正面装甲部に命中し、派手に爆炎を上げた。 「やった!爆発したぞ!こんな近距離から砲弾を食らえば、あの太っちょ野郎も流石にくたばるだろう!!」 大隊長はがははと笑いながら、敵戦車の撃破を確信した。 だが、その直後……彼は信じられない光景を目の当たりにする。 敵戦車を覆っていた黒煙はすぐに晴れ、眼前には、先と全く変わらぬ威容を見せるパーシングが居た。 「……!」 大隊長の笑みが凍りついた時、パーシングの砲口から発砲炎が噴き出す。その直後、激しい衝撃が伝わり、大隊長は意識がぷっつりと途切れた。 ウィーニは、後続の第2中隊と第3中隊に合流した後、再びパーシング戦車目掛けて突進、停止を繰り返しながら砲火を交えていたが、彼女の目から見ても、 キリラルブス隊の苦戦は明らかであった。 「射撃準備よし!」 「撃て!」 何度繰り返したか分からぬ流れを経て、彼女のキリラルブスは、100グレル向こうに居るパーシングに向けて、2.8ネルリ砲弾を放つ。 だが、その射弾も、パーシング戦車の分厚い装甲の前に弾き飛ばされた。 「クッ…!」 彼女は悔しさに顔を滲ませながら、咄嗟にキリラルブスを移動させる。 今の位置から右斜め方向に前進したキリラルブスは、その直後に敵の砲撃を受けたが、発射後、すぐに移動した事が幸いして敵弾を受ける事は無かった。 ふと、彼女のキリラルブスの前を、2台のキリラルブスが全速力で駆けて行くのが見えた。 彼女はしばしの間、その2台のキリラルブスの動きを見つめる。 「……あの動きなら、敵戦車に近付けるかも。」 不意にそう呟いた彼女は、その2台のキリラルブスの後を追う事に決めた。 「……?台長、一体何を?」 通信手が聞いて来たが、ウィーニはそれを無視して、ジクザグに動きながら、パーシングに迫っていく2台のキリラルブスに続いた。 彼女は、キリラルブスの動きをこまめに変えながら前進させていく。 パーシング戦車の砲弾が至近で着弾する。爆発の衝撃が彼女のキリラルブスを揺さぶるが、損傷は受けずに済んだ。 「……なるほど、後ろに回り込もうってわけね。」 ウィーニは面白げに呟いた。 目の前を行く2台のキリラルブスは、1両のパーシングの後ろに回り込もうとしていた。 敵は依然として楔形隊形を維持しているが、敵戦車は他の味方の応戦に忙殺されているのと、射線上に味方戦車が重なるためか、あまり撃ち返して来ない。 応戦しているのは、2台のキリラルブスに狙われた1両のパーシング戦車だけだ。 先頭の1台が、遂にパーシングの背後に回り込む。2台目も背後に回り込むか、と思われたが、その瞬間、別のパーシングの砲弾を食らい、爆砕された。 だが、その犠牲は無駄ではなかった。 1台目のキリラルブスは敵戦車の背後に回り、急停止した。 即座に体を向けた後、僅か10グレル程の距離から砲を発射した。 この時、初めてパーシングが損害らしい損害を受けた。後ろから至近距離で高初速の砲弾を受けた敵戦車は、後部付近から紅蓮の炎を噴き出した。 「やった!味方がパーシングを撃破したぞ!」 その様子をじっと見つめていた射手のバンダルは、飛び上がらんばかりに喜んだ。 ウィーニはその声を聞きながら、先のキリラルブスが撃破したパーシングとは別のパーシングに向けて、自ら操るキリラルブスを接近させていく。 彼女は的確に操作を続け、遂に、目標のパーシングの後ろに回り込む事が出来た。 ウィーニはキリラルブスを旋回させ、砲をパーシングの後部に向けた。 「照準よし!射撃よし!」 「発射!!」 彼女は裂帛の勢いで命令を発した。 キリラルブスの砲が火を噴き、10グレルも離れていない位置にいるパーシングの後部付近に砲弾が命中した。 その直後、敵戦車は先程撃破されたパーシングよりも、派手な爆発を起こした。 撃破を確信したウィーニは、すぐにキリラルブスを操作し、現場から立ち去ろうとする。 ウィーニは頭の中でキリラルブスをジクザグに操作する。 後方から敵の砲弾が迫り、すぐ後ろや、側面で爆発が起こる。 至近弾が炸裂する度に、ウィーニの乗るキリラルブスは激しく揺さぶられ、時折、砲弾穴に足を取られ掛けるが、ウィーニは懸命に操作を続け、 味方を殺された米軍戦車の報復を避け続ける。 敵戦車部隊との距離は急速に開きつつあったが、ウィーニは初めて、計り知れない恐怖感を感じていた。 (なんて事……これが、アメリカ軍との戦い……いや、“本物の戦場”という奴か……!) 彼女は、胸の内で独白しながら、必死にキリラルブスを操り続けた。 敵部隊から1000グレルほど離れた時、通信手から2つの報せが伝えられた。 「台長!第1大隊長が戦死した模様です!それから、後方の第510連隊が前線に到達、敵戦車部隊と交戦を開始した模様です!」 午前0時30分 レスタン領ロイクマ 戦闘が終結してから30分が経ち、パイパーはようやく、車長席のハッチを開け、上半身を外界に晒す事が出来た。 「……こりゃまた……凄い光景だ。」 パイパーは、ため息を吐きながらそう呟く。雪が降っているため、彼の口からは濃い白い息が吐き出された。 先程まで、彼の戦車は敵の大部隊と戦闘を繰り広げていた。 パイパーの指揮戦車と、生き残りの戦車の前方には、多数の火災炎が立ち上っていた。 30メートルほど前方には、90ミリ砲弾を食らって真っ二つになったキリラルブスが、濛々たる黒煙を上げながら炎上している。 そのすぐ後ろには、不運にも撃破され、煙を噴き上げるパーシングがある。 戦車の側では、脱出した乗員が衛生兵の手当てを受けていた。 目を別の方向に向ける。 そこには、多数の破壊された輸送用の物と思しきキリラルブスと、無数とも思える歩兵の死体が見える。 戦死者の死体の中には、海兵隊員と思しき者も多く見受けられ、その多くは、構築された塹壕の周囲に散乱していた。 「む……あれは……」 この時、パイパーは、後方から走り寄って来るM3ハーフトラックに気付いた。 ハーフトラックはパイパーの指揮戦車の右側に停止した。 荷台の上から、誰かがパイパーに向かって手を振って来た。 「おいパイパー!生きていたか!」 「スチュアート大佐。」 パイパーはそう返事してから、指揮戦車から降りる。 彼は、ハーフトラックから降りて来たスチュアート大佐と固い握手をかわした。 「何度か危ない目に遭いましたが、なんとか……」 「損害の方はどうかね?」 「なかなか酷いです。交戦開始前は、105台はあった稼働戦車が、今じゃ79台に減っています。定数の半分程度ですよ。」 「……君にばかり無理を押し付けた形になってしまったな。」 スチュアート大佐は申し訳なさそうに言った。 「いえ……損傷戦車の半数は、修理すれば戻ります。それよりも、大佐の連隊も相当な被害を受けているようですが……」 「ああ、たっぷりさ。お陰で、2個中隊相当の兵力が、連隊の編成から消えたよ。」 スチュアート大佐は顔を曇らせながら、周囲を見渡した。 「第1海兵師団と第2海兵師団の損害はまだ分からんが……あちらさんも今日1日で結構な損害を受けている。特に、師団直属の戦車大隊は 半壊状態のようだな。」 「シャーマンじゃ仕方ありません。それに、敵のキリラルブスは高確率で砲弾を当てて来ました。75ミリ砲弾に匹敵する砲弾を受けては、 シャーマンジャンボでもない限り、大損害を受けるのも仕方ありません。やはり、我々が先行すれば良かったですかね。」 パイパーはスチュアート大佐に言いながら、自らが下した判断に後悔の念を抱いていた。 パイパーの指揮する第3海兵戦車連隊は、スチュアート大佐の第3海兵連隊と共に、午後1時30分から再び前進を開始し、午後5時までには 敵の主要防御線があるロイクマまで、あと3キロにまで迫った。 パイパーはここで、師団司令部より前進停止命令を受けた。 彼はこの命令を無視しようかと考えたが、師団司令部より送られた敵信情報が彼を躊躇させた。 師団司令部は、敵が本格的な装甲部隊を防御線に配備している様子を事細かに伝えており、敵部隊は、約200台以上のキリラルブスを伴う事がわかった。 パイパーは、このまま前進するかどうか決めかねていたが、師団司令部から送られて来た更なる命令電を受信した事から、彼はそのまま、停止命令に従う事にした。 第3海兵師団司令部は、パイパーに第1海兵師団と第2海兵師団に属している2個戦車大隊と共に前線を突破せよと伝えていた。 パイパーの戦車連隊は、この時までに105台に減っており、総戦力で2倍以上の差を誇る敵装甲部隊と戦うには荷が重過ぎた。 彼は、第1、第2海兵師団の戦車大隊が到達するまで、一時前進をストップし、増援の2個戦車大隊が来るまで待機に入った。 午後5時30分には、第1戦車大隊と第2戦車大隊の80両のシャーマン戦車が到着し、いよいよ前進再開の時が近づいて来た。 そこで、パイパーは第1、第2戦車大隊の指揮官達と話し合い、防御力、攻撃力共に優れている第3海兵戦車連隊が先行し、第1、第2戦車大隊はその後ろから 続行して来てはどうかと提案した。 だが、第1、第2戦車大隊の指揮官は、この提案に難色を示し、機動力の劣る重戦車部隊が敵に包囲されれば分断され、各個撃破の憂き目に遭うと発言し、 機動力の勝る第1、第2戦車大隊に先鋒を務めさせ手はどうか、と、逆に提案された。 パイパーはこの提案を一蹴しようかと考えたが、重戦車であるパーシングは、不整地では確かに遅く、目一杯スピードを上げても30キロ台が限度である。 それに対して、第1、第2戦車大隊のシャーマン戦車は、なりこそパーシングよりも世代が古いが、型式はM4シリーズでは最新型のA3E8 (後にイージーエイトと呼ばれる)であり、機動力もこれまでのM4シリーズと比べ、格段に向上していた。 また、この時には、第5艦隊司令部から陸軍航空隊に要請した、夜間の近接航空支援が実施されるという報せも入っており、第1、第2戦車大隊の指揮官は、 空襲で戦力が減少した敵石甲部隊なら、M4シャーマンでも戦える筈だ、と、強く主張していた。 パイパーはやむなく、第1、第2戦車大隊指揮官の案を受け入れ、第3海兵戦車連隊は後方で掩護する形となった。 だが、戦闘は第1、第2戦車大隊指揮官が予想していた物とは異なり、先行のシャーマン戦車群は、手錬のキリラルブス群の猛攻の前に、終始押されていた。 第1、第2戦車大隊、反撃で20台以上のキリラルブスを撃破したが、逆に37台の戦車を撃破され、第1戦車大隊長は戦車上戦死するという事態にまで至った。 パイパーは、第1、第2戦車大隊が形勢不利と見るや、すぐさま第3海兵戦車連隊を前線に押し出す一方、第1、第2戦車大隊の生き残りに一度退くように命じ、 戦況の挽回をはかった。 パイパーの指揮する第3海兵戦車連隊は、敵のキリラルブス相手に獅子奮迅の働きを見せたが、敵も新手のキリラルブスを投入してパイパー戦隊の前進を阻もうとした。 また、敵は後方の石甲機動砲兵連隊から支援砲撃を行い、前進中の戦車部隊を苦しめた。 敵の砲兵隊は、後からついて来た砲兵隊によって制圧されたが、その後も戦闘は激しさを増し、最終的には、双方とも機械化歩兵、または石甲化歩兵を投入しての 激しい攻防戦が展開された。 午後0時。第3海兵戦車連隊は、第1、第2戦車大隊の生き残りと共にキリラルブスの反撃を退け、敵が構築した塹壕線の突破に成功。 続行し、あとから戦闘に加わった第3海兵連隊も、第21海兵連隊と共同で敵の石甲化歩兵部隊を撃退し、敗走させた。 この時点で、第3海兵師団は敵の主要防御線……第3予備陣地の後方5キロ地点にまで進出を終えていた。 午後0時10分頃になると、カレアント軍第1機械化騎兵師団も前線の突破に成功し、北部戦線で迎撃に当たっていた敵部隊も、第3海兵師団が後方に回り込む事を 恐れ、軍団単位で後退を始めた。 第3海兵師団の損害は無視できぬ物があったが、彼らが得た成果は大きかった。 だが、パイパーは、心中では第1、第2戦車大隊を先行させた事を悔いていた。 もし、第3戦車連隊が先行していれば、第1、第2戦車大隊は戦力の半分近くも失う事にはならず、第1戦車大隊の指揮官も戦死する事は、無かったのではないか…… 「パイパー。君の気持も分からんではない。だが、過ぎた事を悔いても仕方がない。それに、君達が先行していたら、大損害を被っていたのは君らかも知れん。ここは戦場だ。 味方に犠牲が出る事は覚悟しなければならない。」 「は……確かに。」 「戦友たちの死は悲しい物だが……それと引き換えに、我々は敵を敗走させる事が出来た。パイパー、私達は、彼らの死を無駄にする事無く、務めを果たす事が 出来たんだ。そう気を落とす事もあるまい。」 「……そうですな。」 パイパーはスチュアート大佐の言葉に納得し、深く頷いた。 午前1時 レスタン領フルクヴォ ウィーニは、ロイクマから東3ゼルドの場所にある臨時の終結地点に到達した後、他の隊の生き残りと共に30分程待機していた。 「……集まったのは、たったのこれだけ?」 ウィーニは、自分の目に映った光景が信じられなかった。 出撃前、144台はあった第509石甲連隊のキリラルブスは、今では68台しかなかった。 その68台のキリラルブスも、体のあちこちが爆炎で煤け、破片で細々とした傷が付いている。 それは、共に脱出して来た第510連隊も同じであった。 「台長、510連隊の生き残りは、3個大隊合わせて70台しか無い様です。」 「70台……第5親衛石甲師団の主力である2個石甲連隊が……たった数時間で壊滅って……」 ウィーニは、脳裏に、あの悪魔的な性能を持つ戦車の姿を思い浮かべる。 パーシングと呼ばれるその戦車は、驚異的な防御力で味方の砲弾を悉く弾き飛ばし、圧倒的な火力で持って、味方のキリラルブスを吹き飛ばした。 彼女は、偶然にも1台のパーシングを撃破していたが、所属していた第1中隊は、16台中14台が撃破され、生き残りは彼女のキリラルブスも含めて、 僅か2台という有様であった。 第5親衛石甲師団は、この2個石甲連隊に加えて、最後の塹壕線に第511魔法石甲騎士連隊を布陣し、第512石甲機動砲兵連隊にも掩護射撃を行わせ、 砲兵連隊は満足に砲弾を撃たぬ内に敵の砲兵隊に制圧され、防戦に努めた歩兵部隊やキリラルブス隊の奮闘も、勢いに乗るアメリカ軍部隊の進撃を止める 事はかなわず、遂に押し切られてしまった。 結局、第5親衛石甲師団は担当戦区から叩き出され、師団の戦闘キリラルブスは半数以下に、第511連隊も1個大隊に壊滅的打撃を受け、戦闘力が大幅に低下した。 不幸中の幸いとして、第512石甲機動砲兵連隊は一応健在であり、各種支援部隊もほぼ無傷で残っているため、師団としての戦闘能力は、 辛うじて残っている。 とはいえ、第5親衛石甲師団が、この数時間で多数の戦力を失った事は確かであった。 「パーシングさえいなければ、俺達は勝つ事が出来たんですが……」 中から、失望を滲ませた声が響いて来る。 声の主は、射手のバンダル伍長だ。 「台長、俺達って……アメリカ人達に勝つ事が出来るんでしょうか……パーシングという化け物を、大量に投入して来るあいつらに……」 「……どうなんだろうね………」 ウィーニは、ただ、小声でそう言うしか出来なかった。 「……これが、本当の戦争………あたしが本国でやっていた任務は、こんな物に比べれば、なんとも小さく、くだらない物なんだろうか……」 彼女はそう呟きながら、敗戦という現実の前に、酷く打ちのめされている自分が居る事に気付く。 同時に、個人の魔法技術や、圧倒的な格闘術、そして、洗練された暗殺術を駆使した闇の仕事で世の中を変える時代は、もはや終わりを告げたという現実を、 痛いほどに感じ取っていた。 ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- SS投下終了です。長い間間隔が開いてしまい、申し訳ありませんでしたm( __ __ )m 955 :名無し三等陸士@F世界:2011/07/27(水) 20 57 42 ID Xlst5aOg0 戦車は「台」ではなく「両」だと思うが間違えたのかな? 956 :ヨークタウン ◆x6YgdbB/Rw:2011/07/27(水) 21 25 45 ID h8ytV.eo0 ぐは、申し訳ありません。訂正ミスですorz あと、他の所にもちょくちょくミスが……申し訳ないですorz 957 :名無し三等陸士@F世界:2011/07/27(水) 22 02 22 ID qJ6WMSIk0 955 正確にはどちらかに統一されているわけではないですね 読み方 戦車に関しては「台」でも「両」でも合っているようです。 多分キリラルブスの数え方と混ざっているだけだと思われます。 ttp //www.benricho.org/kazu/sa.html#se みんなの知識~戦車の数え方
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/1088.html
第168話 リモントンギ攻防戦(前篇) 1484年(1944年)7月31日 午前8時 ジャスオ領ウルス・トライヌク ウルス・トライヌクで休養を取っていた第3海兵師団の各部隊は、早朝にも関わらず、慌ただしく動き回っていた。 第3海兵師団第3戦車大隊の指揮官であるヨアヒム・パイパー少佐は、愛車のキューポラから上半身を出して、各隊の準備状況を眺めていた。 「おい!モタモタするな!時間がないぞ!」 「早くしろ!遅れると味方に置いて行かれるぞ!」 「このばかたれが!さっさと動かんか!」 「徹甲弾は余分に積んどけ。規則なんぞ守らんで良い。」 あちこちで命令や叱咤の声が響く中、パイパーはそんな事はどこ吹く風といった顔つきでタバコを吹かしていた。 「あと4、5分で出発できるな。」 パイパーは、せわしなく動き回る部下達見つめながら、そう独語する。 第3海兵師団は、本来ならば正午にはここを出発する予定であった。 しかし、101空挺師団の側面をいつまでも開けておくにはいけない事と、同師団が対峙しているシホールアンル軍部隊が、 反撃を企図しているであろう新手の部隊である可能性が高く、第3海兵師団司令部は上層部の許可を取り付けて、出発時刻を 正午から早朝に早めた。 最も、第3海兵師団司令部の決定には反対意見もあった。 第3海兵師団は、本来ならば第1海兵師団並びに、第2海兵師団と一緒に前進を再開する予定であった。 それなのに、予定を早めて1個師団のみで出撃するのは時期尚早ではないか、との指摘があった。 対して、師団長であるグレーブス・アースカイン少将(6月に昇進し、第3海兵師団の師団長に任ぜられた)は、 「装甲部隊が居ない101師団では、いくら勇戦しても敵を押しとどめる事は不可能だ。101師団に一番近い位置ある 戦車部隊は、我々第3海兵師団の第3戦車大隊だ。ここは、一番近くにある戦車をなるべく早い内に、101師団の近くに移動すべきである。」 と、強い口調で軍団司令部に言った。 また、第3戦車大隊の指揮官であるパイパーもアースカイン師団長の考えに賛同し、 「戦車が居ると居ないとでは、戦闘の様相は大きく変わる。第3海兵師団は陸軍のようにまっとうな戦車連隊を保有してはいないが、 それでも58両の戦車を有している。対して、シホールアンル側も多くのキリラルブスを用意するだろうが、シャーマン戦車の性能は キリラルブスのそれを上回っており、たとえ、敵がこの58両のシャーマンよりも倍以上、いや、3倍以上の戦力を擁していても、 この58両が居ると居ないとでは、反応は変わるだろう。だから、ここは101師団を支援するためにも、師団長の言う通り、 部隊を前進させるべきだ。」 と述べ、アースカイン師団長を援護した。 それに加え、海岸部に急造されつつある飛行場は単発機用の滑走路が、30日の正午に仮設ながらも完成し、同日の夕方に 第1海兵航空団の戦闘機隊が駐留し始め、早くも同地での航空援護が可能となった。 海兵隊航空隊のエルネイル駐留によって、同地の航空作戦はよりやり易くなり、101師団にはこの航空隊からの航空支援が約束された。 この他にも、他の戦域の支援で多忙な陸軍航空隊に代わって、第3艦隊からも母艦航空隊が101師団の担当戦域に派遣される事が決まり、 いつ始まってもおかしくない敵の反撃に対する備えは、着々と整いつつあった。 「大隊長、A中隊、出撃準備整いました。」 パイパー車にA中隊指揮官から報告が入る。 それから1分ほどの間に、残りのB、C、D中隊の指揮官から同様の報告が入る。 パイパーの率いる第3海兵戦車大隊は、書類上では各中隊が16両ずつのM4A3シャーマンを保有し、4個中隊総計で64両のM4A3戦車を 有している事になる。 各戦車中隊は、上陸当初は各連隊に分散して配置され、歩兵部隊の支援に当たるが、今回のような大陸制圧作戦では陸軍と同様に戦車部隊を 大隊規模に纏めて、攻撃の先鋒を務めさせるようになっている。 陸軍と違って、島嶼攻略の水陸両用作戦を得意とする海兵隊にドイツ軍式の前進隊形を取り入れるのは極めて異例であったが、機械化の進んだ アメリカ軍内ではこのような特異な編成も実行可能であった。 「もうそろそろ出撃命令が下るな。」 パイパーはこともなげに呟いた。 後方から爆音が聞こえ始めた。彼は振り返って、その音の正体を確かめた。 西の空から、幾つもの機影が現れた。近づくにつれて、その機影の特徴的な形が明らかになる。 Ju87スツーカよりも角度が深いだろうと思えるほど湾曲した主翼を持つF4Uコルセアが40機、その40機が幾つもの編隊に分かれて 第3海兵師団の上空を通り過ぎていく。 「カクタスから飛んできた支援機だな。」 パイパーは、上空を飛ぶ航空隊のあだ名を呟きつつ、急造飛行場から飛び立った40機のコルセアを頼もしげな目つきで見送る。 カクタスとは海兵隊航空隊に付けられたあだ名である。 元々は、2年近く前のミスリアル王国攻防戦に参陣した第1海兵航空団を始めとする海兵隊航空隊に付けられたものだが、 そのあだ名はいつしか、海兵隊航空隊の全てを指すものになっている。 そのカクタス航空隊のコルセアが、一足先に101師団の戦域に向かって行く。 「空の守りは頼んだぜ。」 パイパーは、飛び去っていくコルセアの編隊に向けて言葉を送る。 海軍航空隊や陸軍航空隊は、上陸開始前からシホールアンル側のワイバーン隊と戦火を交えているが、敵の航空戦力は未だに健在で、 時折、数十騎単位のワイバーン隊が地上攻撃に現れる事もある。 パイパーの第3戦車大隊も敵ワイバーンの空襲によって戦車3両を撃破されるという手痛い損害を被っている。 そんな忌々しいワイバーン隊から守ってくる戦闘機隊は、海兵隊のみならず、連合軍の地上部隊将兵から頼りにされている存在だ。 (これで、敵のワイバーンに不意打ちにされる事はないだろう。) 彼はやや安堵した気持ちでそう思った。 「大隊長!大隊長!」 急に、無線手のウィル・ロードル軍曹が上ずった声で彼を呼んだ。 「何だ?」 「101師団から発せられた無線通信を傍受しました!どうやら、シホールアンル軍は攻撃を開始したようです!既に、101師団には 砲撃が加えられ、更に30騎以上の敵ワイバーン隊が向かいつつあるとのことです。」 「来たか。」 パイパーは別段驚く事もなく、小声で呟く。 「大隊長!たった今、連隊本部から出撃命令が下りました!」 「了解した!」 パイパーは待ってましたと言わんばかりに答える。 「こちらパイパー!これよりリモントンギに向かう!前進開始!」 彼は、マイクに向かって命令を伝えた。 彼の命令を受け取った第3戦車大隊を始めとする第3海兵師団前進部隊は、すぐさま前進を開始した。 第3戦車大隊の先鋒を務めるA中隊が楔形隊形で街道と草原を突っ切っていく。 両翼にはB中隊とC中隊が、同じように展開し、その中に第3海兵連隊の将兵が乗るハーフトラックが続く。 その後方にはD中隊が付き、全部隊が時速40キロで101師団の戦区目指して驀進して行った。 午前8時 エルネイル沖西方40マイル地点 第3艦隊に所属している第38任務部隊第1任務群では、北方戦線の支援に向かう艦載機の発艦を終えていた。 北方戦線、・・・・101空挺師団の戦区に行われる航空支援は、第1任務群のみならず、第2任務群からも行われる予定であり、 第2任務群は20分後に艦載機の発艦を開始する筈であった。 第3艦隊旗艦ニュージャージーでは、第3艦隊司令長官であるウィリアム・ハルゼー大将とその幕僚達が、どこか浮かぬ 表情を浮かべながらCICに陣取っていた。 通常ならば、ハルゼーは艦橋の張り出し通路に出て、艦載機の発艦風景に見入っているのだが、今日はそうも行かなかった。 「長官、さきほど傍受した魔法通信の通り、敵のワイバーンの大編隊が我が機動部隊に近付きつつあります。」 航空参謀のホレスト・モルン大佐は、円盤状の表示板に描かれた敵編隊の図を睨みつけるように見つめ続ける (いや、実際睨みつけていた)ハルゼーに説明する。 「クレーゲル魔道参謀によると、敵編隊は2隊に別れており、それぞれが100騎以上の大編隊となっているようです。 この2編隊はそれぞれ20マイルずつの距離を開けており、先頭グループは北西20マイルにいるTG38.2から、 北東30マイルの距離まで迫っています。敵編隊の進路は、第1編隊と第2編隊で異なっており、第1編隊はTG38.2、 第2編隊はTG38.1に向かいつつあります。」 「つい先ほど、この近海からレンフェラルが発したと思しき魔法通信が傍受されています。」 魔道参謀に任ぜられているラウス・クレーゲルが、やや場違いと思えるような間延びした口ぶりでハルゼーに伝える。 「魔法通信はTG38.1の位置を記す内容で、10分おきに似たような内容が発信されてます。TG38.2の近くにも、 同じような偵察用のレンフェラルが潜んでいるかもしれません。」 「となると、TG38.2からは支援隊を発進させる事は出来んな。」 ハルゼーは苦々しげな口ぶりで言い放つ。 「最近は引き籠り気味のシホットにしては、久しぶりに活発に動いてきたな。しかも、俺の機動部隊に挑んでくるとは、良い度胸だ。」 「しかし長官。敵はまずい時に勝負を挑んできましたな。」 参謀長のロバート・カーニー少将が不安も露わな顔つきで言う。 「このエルネイル沖で、動けるのはTF38の2個空母群と、TF37所属のTG37.2のみです。TG37.1と37.3は 洋上補給のため、作戦海域から離脱しています。こんな時に敵ワイバーンの大編隊が・・・・ましてや、100機以上の攻撃隊を 送りだした後に襲い掛かってくるとは。」 「なに、状況はさほど悪くない。」 カーニーの不安を打ち消すかのように、ハルゼーは快活の良い口調で言う。 「確かにTG38.1からはかなりの数の艦載機が出払ってしまったが、敵さんが現れたおかげでTG38.2からはまだ攻撃隊が 発艦していない。こいつらに加わる予定だった戦闘機隊と、元々使える予定だった戦闘機を加えれば、それなりの戦闘機戦力が集まる。 もし敵が、TG38.2からも攻撃隊が発艦したあとに現れればえらい事になっただろう。だが、災い転じて福となすということわざが 示す通りに、俺達にはある程度まとまった数の戦闘機が残された。こいつらをぶつけりゃ、艦隊の被害は何とか抑えられるだろう。」 「なるほど。状況は確かに悪くないですな。」 カーニー少将がホッと胸を撫で下ろす。他の幕僚達からも安堵の色が見えた。 しかし、誰もが決して安堵していた訳ではない。 「だが、こうなると、101師団の支援が予定よりも手薄になってしまうな。」 ハルゼーはため息を吐く。 「TG38.1から発艦させた攻撃隊と、カクタスの奴らを合わせれば、まあまあの航空支援が出来るだろうが、それでも不安が残るな。」 その時、彼の心中にとある疑問が浮かぶ。 (まさか、シホットの連中は、俺達の艦隊から支援機を出したくないがために、久方ぶりに俺達を狙ったのだろうか?) 午前8時15分 リモントンギ 第101空挺師団506連隊長であるロバート・シンク大佐は、リモントンギ市内にある4階建ての市庁舎に設けた連隊本部から、 東に1キロ離れた前線を見つめていた。 「敵のワイバーンの数が多いな。」 シンク大佐は、前線の上空で動き回る幾つもの点に視線を向けている。 前線の上空では、10分前に到着した海兵隊のF4Uと、来襲してきたワイバーンが激しい空中戦を繰り広げている。 最初はコルセア40機に対して、ワイバーンは30騎ほどであり、コルセア隊の方が優勢であったのだが、2分前に新手のワイバーン隊 20騎余り来てからは、ほぼ互角の戦況となっている。 (いや、互角ではないな) シンクは内心で訂正する。 敵の増援が来てからは、コルセア隊は押され気味になっている。 それに、つい今しがた、コルセアの迎撃を突破した数騎のワイバーンが連隊の守備陣地に襲い掛かったばかりである。 総合性能では敵ワイバーンに優れているF4Uとは言え、数が敵より少なければ自ずと限界が生じる。 「だが、この程度の空襲ならまだ耐えられる。問題は、敵の地上部隊が攻勢に出てきた時だな。」 シンクの懸念は、空よりも陸の方にある。 敵部隊は、キリラルブスという戦車に匹敵する陸上兵器を多数有しているとの情報が入っている。 それに対して、506連隊の属する101師団は、歩兵が主体の部隊であり、装甲兵力は全くない。 師団砲兵隊は居る物の、味方と敵部隊の位置が1キロも離れていないため、誤射の危険が大きい。 一応、対戦車用のM1バズーカを装備してはいるが、それでは満足に対応しきれないし、それ以前に、対戦車班は上陸初日の激戦で 少なからぬ犠牲を出している。 この決定的とも言える差を埋めるには・・・・ 「海兵隊が必要だな。」 シンクは呟く。 101師団の後続部隊である第1海兵師団と第3海兵師団は、共に戦車大隊を有している。 このうち、第3海兵師団は既に出撃し、あと20分以内には前線に到達する予定だ。 「20分。あと20分耐え抜けば、戦力が揃う。それまで、前線を維持しなければな。」 シンクはそう呟き、部下達が耐え抜くように祈った。 だが、彼の祈りは戦神に聞き入れられなかった。 「左上方より敵ワイバーン接近!」 前進部隊を率いていたパイパーは、突然舞い込んできた報告に顔色を変えた。 「何だと?数は!?」 彼は報告を送ってきたA中隊の指揮車に聞き返す。 「約20騎です!」 「これはまずい事になった。」 パイパーは舌打ちする。 コルセア隊と戦っているワイバーン隊の他に、別働隊が居たのだ。 恐らく、この別働隊は後方から接近しつつある増援のために前もって準備されていたのであろう。 ワイバーンと思しき飛行物体が急速に接近しつつある。 そのワイバーン隊目がけて、対空部隊の対空砲火が火を噴く。 4丁の12.7ミリ機銃を束ねた4連装機銃が、勢いよく銃弾を放つ。 パンツァーカイル陣形の外側に配置された対空機銃搭載車は、一様に右上方から迫るワイバーン目がけて機銃を撃ちまくっている。 ワイバーンの先頭は、その機銃の弾幕を紙一重で避け、陣形の間近まで接近し、そこで爆弾を投下した。 胴体に取り付けられていた2発の爆弾が放り投げられ、ハーフトラックの群れの中で炸裂した。 爆発の瞬間、ハーフトラック1台が爆砕され、2台が横転する。中に乗っている1個分隊ほどの兵は殆どが戦死するか負傷した。 2番騎、3番騎と、敵ワイバーンは次々と飛来して爆弾を投下する。その度に、車両が叩き潰され、擱座していく。 ワイバーン1騎が、4連装機銃の十字砲火をまともに浴びた。 体の両側面に多量の高速弾を浴びたワイバーンと竜騎士は、ものの数秒でバラバラに引き裂かれた。 別の1騎が急所に致命弾を浴び、爆弾を投下する暇も与えられぬまま、そのまま地面に落下した。 パイパーはキューポラから顔を出したり引っ込めたりしながら、ワイバーンと前進部隊の戦闘を眺める。 直属の戦車の中には、キューポラの側にある12.7ミリ機銃を振りかざして応戦する者もいる。 だが、その兵にもワイバーンからの光弾が浴びせられる。 先ほどまで顔を真っ赤に染めながら応戦していた兵は光弾を受け、車体の後ろの地面に叩きつけられた。 その戦車に爆弾が落下し、1発が命中弾となる。 ドーン!という轟音が鳴り、戦車の左側面から紅蓮の炎が噴きあがった。 「B中隊4番車被弾!」 B中隊の指揮官から悲痛めいた口調で報告が伝えられてくる。 「5番車がやられた!」 更にC中隊指揮官からも報告(というよりは絶叫に近い)が届く。 「くそ!あっという間に2台もやられたのか!!」 パイパーは忌々しげに顔をゆがめる。 更に対空車両までもがワイバーンのブレス攻撃を浴びて、機銃手や運転手共々火葬にされてしまった。 敵ワイバーンとの戦闘が開始されてから10分後には、第3海兵師団前進部隊はハーフトラック12台と戦車3両、対空車両3両を 破壊され、陣形も壊乱状態に陥っていた。 陣形が崩れた事により、部隊は完全に足止めを食らってしまった。 「6時方向からワイバーン2騎!」 パイパーは自らの戦車に向かってくる敵ワイバーンを見るなり、操縦手に伝える。 周囲には、破壊された車両が黒煙を噴き上げている。損傷車両の周りには、無残にも討ち取られた海兵隊員や乗員達が横たわっている。 「まだだ、切るなよ。」 彼は振動に揺られながらも、迫りくるワイバーンを睨み続ける。 敵ワイバーンが距離200まで迫った時、不意に口が開くのを捉えた。 「右に切れ!」 彼はすかさず指示を伝える。戦車が向きを変えるのと、2騎のワイバーンがブレスを吐くのはほぼ同時であった。 パイパーはすぐに身を車内に隠し、ハッチを閉める。 急激に右へ曲がったため、車体が僅かに傾ぐ。後方をゴォー!という何かの音が通り過ぎていく。 音はすぐに止んだ。 シャーマン戦車は、ガソリンエンジンを積んでいるため、後部部分を上空から狙われるとかなり脆い。 シホールアンル側は、その特性を知っており、爆弾を非搭載時に戦車を攻撃する時は、後ろ側から攻撃せよと命じてあった。 パイパー車を狙った2騎のワイバーンは、セオリー通りに後ろ上方から攻撃を仕掛けたが、パイパーの巧みな判断で撃破できなかった。 彼は咄嗟にハッチから顔を出す。その時、2頭のワイバーンがパイパー車の上空を飛び去っていく。 そのワイバーンに対空機銃が追い撃ちをかけるのだが、全く当たらない。 「畜生め!このままじゃ、101師団の支援どころじゃないぞ!」 彼は憎らしげに喚いた。 しかし、第3海兵師団の苦闘もそこまでであった。 「なんてこった、第3海兵師団が敵ワイバーンに襲われているぞ!」 支援攻撃隊指揮官である空母ヨークタウン艦爆隊長のフリック・モートン少佐は、眼下に移る光景を信じられない気持で見つめていた。 この日は、陸軍航空隊が総力を挙げて、エルネイル周辺のワイバーン基地に大空襲を仕掛けており、敵のワイバーン隊はその防戦に 忙殺されているはずであった。 だが、シホールアンル側は攻撃を受けている航空基地とは別の基地から攻撃隊を発進させ、味方機動部隊や地上部隊を攻撃しているのである。 「エンタープライズ戦闘機隊は、好き勝手に暴れるシホットを追い払え!残りは101師団の支援に向かう!」 「了解!」 エンタープライズ戦闘機隊指揮官から応答の声が流れる。 支援攻撃隊は、空母ヨークタウンからF6F12機、SB2C16機、TBF12機。 エンタープライズからF6F16機、SBD14機、TBF8機。 ホーネットからF6F16機、SB2C11機、TBF12機。 軽空母フェイトからF6F13機の計130機で編成されている。 本来ならば、TG38.1のみならず、TG38.2からも120機ほどが加わる予定であった。 だが、機動部隊本隊は今、敵ワイバーンの空襲下にあり、TG38.2は攻撃隊を出せぬまま防空戦闘に従事している。 130機の編隊から16機のF6Fが離れていく。 それまで、地上部隊相手に好き勝手していたワイバーン群に変化が生じる。 残り16騎に減っていたワイバーンは慌てて向きを変え、F6Fに殺到する。 ワイバーン群がF6Fに矛先を変えたのを見たパイパーは、チャンスであると確信した。 「全部隊!前進を再開する!今は落伍車に構うな!」 彼は有無を言わせぬ口調で命じる。 生き残りの戦車や車両は、ゆっくりと前進しながら、以前と同じようにパンツァーカイル隊形を形成していく。 訓練で何度もやっただけあって、隊形を整えるのが早い。 やがて、ワイバーンの前進部隊は、今度こそ101師団の支援に向かうべく、リモントンギに向けて驀進して行った。 午前8時30分 リモントンギ 101師団とシホールアンル軍の戦闘は、早くも最高潮に達していた。 上空で未だにコルセアとワイバーンが死闘を繰り広げる中、地上では銃弾や光弾、それに砲弾や攻勢魔法がひっきりなしに飛び交う。 第506連隊第2大隊に属するE中隊では、草むらに隠れた将兵たちがライフルや機銃を撃ちまくる。 「中隊長!キリラルブスです!」 中隊長であるトーマス・ミーハン中尉は耳元で部下の声を聞いていた。 「くそ、ついに石の化け物を投入してきたか!」 彼は焦燥の混じった口調で叫ぶ。 「中隊長、第3海兵師団はどうしたんですか!?今頃はもう来ているはずなのに!」 「それは俺に聞くな!今は目の前の戦闘に集中しろ!」 側でライフルを撃っていた兵が苛立ったように叫んだが、ミーハン中尉は敵の方向を指さして逆に指示を下す。 隣でライフルを撃ちまくっていた兵がいきなり悲鳴を上げる。咄嗟に振り向くと、その兵は右手の人差し指が千切れていた。 「衛生兵!ここに負傷者だ!」 ミーハンは、右20メートルほど横で負傷兵の手当てをしている衛生兵を呼びつけるが、その負傷兵の手当てに忙殺されてなかなか来ない。 「しっかりしろ!大丈夫だぞ!」 ミーハンは、痛みで顔を引きつらせる負傷兵を励ましながら、自らもガーランドライフルを撃ちまくる。 草陰の合間にシホールアンル兵と思しき人影が魔道銃を撃ちまくる。 唐突に、真正面から、キリラルブスが草や木をなぎ倒しながら現れた。 キリラルブスの砲口から火が噴く。 陣地の目の前で砲弾が炸裂し、大量の土砂が噴き上がる。伏せ損ねた兵3人ほどが吹き飛ばされた。 キリラルブスは間髪入れずに砲を放つ。砲弾は草むらの奥に撃ちこまれ、30メートル離れた後方で着弾した。 後方からもう1台のキリラルブスが続く。 敵側前線のシホールアンル兵達は魔道銃は勿論、攻勢魔法も盛んに発してキリラルブスの前進を援護している。 「どんどん撃て!撃ち負けるな!」 後ろから副隊長のウィンターズ中尉が部下達を叱咤しながら通り過ぎていく。 敵のキリラルブスの周辺に迫撃砲弾が落下するが、至近弾ではキリラルブスを傷つけらない。 キリラルブスが前面の穴から魔道銃を撃ちまくる。30口径を乱射していた兵2人が撃たれた。 「対戦車班が出ます!」 唐突に、2名の兵が陣地の前に躍り出た。 バズーカを持っている兵に、装填手がロケット弾を込める。装填手が頭を2回叩き、装填官僚と伝える。 バズーカの筒先からロケット弾が勢いよく撃ちだされ、キリラルブスの車体底部に命中した。 キリラルブスは戦車と違って歩行式のため、低い場所からみれば、車体の底部を見る事ができる。 装甲の薄い底部にロケット弾を食らったキリラルブスは一瞬にして動きを止め、その場にへたり込んだ。 別のキリラルブスが、小癪な対戦車班を吹き飛ばそうと、搭載砲をぶっ放す。 砲弾は対戦車班に当たると思いきや、すぐ真上を通り過ぎ、後ろの木をなぎ倒してずっと後方で炸裂した。 そのキリラルブスも、別の所から忍び寄っていた対戦車班に狙い撃たれ、瞬時に擱座する。 対戦車班に敵側の射撃が集中される。4名の対戦車班は大慌てで陣地に逃げ戻った。 「よし、まずはあの化け物の動きを止めたぞ。」 ミーハンは満足げな口ぶりで呟く。そこに、F中隊とD中隊が布陣している方角からいくつもの炸裂音が響いた。 「F中隊とD中隊にも敵が向かっています!」 誰かが叫んだ。よく見ると、草陰から4、5体ほどのキリラルブスが、砲を放ちつつ、闘犬さながらの動きで飛び出している。 その直後、通信兵から驚くべき情報が伝えられた。 「中隊長!左翼のD中隊とF中隊が勝手に退却し始めたようです!」 「何だと!?」 彼は仰天した。 「あの腰抜け共が!第2大隊がここを放り出したら、リモントンギ全体が敵の野砲に撃たれちまうんだぞ!」 ミーハンはそう叫びながらも、内心で思考をめぐらせる。 目の前には、新手のキリラルブスが出てきている。キリラルブスの周囲には、魔道銃を構えた敵の歩兵も見える。 こちらの対戦車班が立て続けに2台撃破したせいか、キリラルブスの動きはのろい。 盛んに魔道銃や砲を撃ちはするものの、その行動は先と比べて慎重そのものである。 (今のところ、E中隊が相手している敵は慎重に部隊を進めている。だが、D中隊とF中隊を蹴散らした敵は、調子に乗って別の大隊にも 襲い掛かるに違いない。下手すれば、E中隊は包囲されるかもしれない) どうすればいい?このままここを死守するべきか。 それとも・・・・撤退するべきか? ミーハンは迷いながらも、敵目がけてライフルを撃ちまくる。そこに、通信兵が彼を呼びつけた。 「中隊長!中隊長!」 「何だ!?」 「航空支援です!航空部隊の指揮官が指示をくれと言っとります!」 「貸せ!」 ミーハンは受話器をひったくった。 「こちらは指揮官のミーハン中尉だ!」 「こちらビッグE艦爆隊の指揮官だ。今からそっちに支援爆撃を行うから、何か目印になるものを投げてくれ。」 「わかった!」 ミーハンはそう言うと、すぐに色つきの発煙弾を投げろと命じた。1人の兵士が赤色の発煙弾を敵目がけて投げつける。 発煙弾は、味方から40メートル、敵から50メートル離れた場所に落ち、やがて赤色の煙を放出した。 「今、赤の発煙弾を投げた!シホット共は煙から50メートル北にいる。俺達からかなり近いが、大丈夫か?」 「お安い御用だ。今からやる、伏せてろ!」 無線はそこで切れた。ミーハンはすかさず、中隊の全員に支援爆撃があることを伝える。 「海軍の攻撃機が爆弾を投下する!気をつけろ!」 彼がそう叫んだ直後、上空から何か甲高い音が響き始めた。 甲高い轟音はやがて大きくなり、まるで耳の奥を掻き毟るかのような錯覚に陥る。 (急降下爆撃か。誤爆はしないでくれよ!) ミーハンは、耳に響くダイブブレーキの音を聞きながら、爆弾が味方の陣地に落ちてこないようにと祈った。 金切音が極大に達した時、エンジン音の咆哮が混じる。一瞬、北側の上空に向けて飛び抜ける機影が見えた。 その刹那、キリラルブスの群れの中で爆発が起こった。 爆炎と共に茶色い土砂が宙高く吹き上げられる。 そこから10メートルと離れていない場所に別の爆弾が落下し、1台のキリラルブスが横に吹き倒された。 エンタープライズ艦爆隊の爆撃は、ミーハンのみならず、E中隊の将兵全員が見ほれるほど完璧であった。 まるで、狙い澄ましたかのように、爆弾はほぼ横一列で弾着する。 1000ポンド陸用爆弾が炸裂するたびに、キリラルブスが爆砕され、随伴歩兵がバラバラに粉砕される。 ドーントレス隊は1000ポンド爆弾の他に、両翼に2発の小型爆弾も搭載していた。 その小型爆弾は後方の林に弾着し、今しも前進中の部隊に加わろうとしていた敵の歩兵やキリラルブスを叩き潰す。 外れ弾は側の木々を吹き飛ばし、あるいは爆風でなぎ倒して、呻いていた負傷兵がそれに下敷きになって絶命する。 エンタープライズ隊の攻撃はこれだけに留まらず、続行してきたアベンジャー隊も、2000メートルの高度から101師団とは 反対側にある林目がけて、2発ずつの500ポンド爆弾を降らせる。 計16発の500ポンド爆弾は、林の中で炸裂し、あちこちで弾薬が誘爆したと思しき2次爆発が起こる。 水平爆撃は広範囲に爆弾がばら撒かれるため、自然に101師団側の陣地にも降り注ぐ。 1発の爆弾は、E中隊から20メートルと離れていない場所に着弾した。 大音響と共に土砂が舞い上がり、爆風が伏せている兵の背中を掠めていく。幸いにも、この誤爆による死傷者は皆無であった。 「馬鹿野郎!俺達までふっ飛ばすつもりか!!」 通信兵のジョージ・ラズ伍長が側に落ちたヘルメットを拾いながら、上空を飛び去っていくアベンジャー隊をののしった。 その傍らで、ミーハン中尉は海軍の正確な支援爆撃に賛嘆の言葉を漏らしていた。 「さすがは、海軍でも有数の母艦航空隊だ。今まで、目の前で好き放題やってたシホット共が、いまでは滅茶苦茶だ。」 つい先ほどまで、キリラルブスを盾にしながらじりじりと進んでいたシホールアンル軍は、ドーントレス隊やアベンジャー隊の爆撃を 食らった事で、ほぼ半数以上の戦力を失っていた。 12台はあったはずのキリラルブスは3台のみしか動かなくなり、随伴歩兵はほぼ壊滅状態だ。 (ビッグE・・・・エンタープライズ所属の航空隊は、開戦以来の精鋭部隊だからな。常に海を走りまわる移動目標を相手に している奴らにとって、動かない地上目標を狙う事はあさめし前って事か。いやはや、大したもんだ) 「中隊長!D、F中隊の戦区を突破しかけていた敵部隊も、海軍航空隊の支援爆撃を受けて前進をストップしたようです!」 ラズ伍長が喜色を滲ませながらミーハンに伝える。 「行けるぞ。この調子で敵を食い止め続ければ。」 ミーハンはそこまで行ってから絶句する。散々叩かれた林の向こうから、またもや新手のキリラルブスと歩兵が現れてきた。 新たに出てきたキリラルブスは計12台。うち、半数は車体のどこかが傷付いているが、戦闘には支障を来さないのであろう。 このキリラルブスは、戦死者の遺体などお構いなしに踏みにじりながら、やや早いスピードで突っ込んでくる。 「くそ、また来たぞ!迫撃砲はどうした!?おい、ありったけの砲弾を撃ちまくれと伝えろ!」 ミーハンは通信兵にそう命じた。 その瞬間、彼は右腕と肩に強い衝撃を感じ、頬に何か温かい物が張り付いた。 気がつけば、彼は地面に仰向けで倒れていた。 「ちゅ、中隊長!!」 傍でBARを撃っていた兵士が慌ててミーハンに取り付く。 「ああ、なんてこった。衛星兵!こっちだ!」 「くそ、やられてしまったか。」 ミーハンは肩と腕からくる激痛に顔をしかめた。試しに、指を動かそうとする。 だが、感覚が全くない。 「じっとしててください!腕が千切れかけています!」 「何だと・・・・くそったれめ!」 ミーハンは思わず罵声を挙げる。 腕の傷口から大量の血が流れていく。痛みよりも、出血の影響で徐々に意識が薄れ始めてきた。 「く・・・指揮を取らねば。」 「中隊長、いけません!」 無理やり起き上がろうとするミーハンを、兵は抑えようとするが、彼はすごい剣幕で兵を睨みつけた。 「馬鹿野郎!俺はE中隊の指揮官だ!たかが腕1本が使えないからって、まだ死んだわけではない!俺がまだ動ける限り、指揮は取り続ける!」 彼の言葉に、その兵は圧倒され、押し黙ってしまった。 「それよりも、おまえは銃を取って敵と戦え!いまここでE中隊が抑えなければ、敵はたちどころにリモントンギを奪取してしまうぞ!」 「し、しかし。」 「俺に構わんでいい!さっさと敵を撃て!」 ミーハンに強引に命じられた末、その兵士は慌てて射撃を再開した。 「中隊長!衛生兵です!」 衛生兵がミーハンの側に走り寄ってきた。 「やあドク。やられちまったよ。」 ミーハンは引きつった笑顔を浮かべる。 「話はあとです!中尉、手当てしますから横になってください。」 「駄目だ。横になっては戦況が見渡せられん。そのまま治療しろ。」 彼は衛生兵に命じてから、後ろに顔を向ける。 さっきから迫撃砲の支援射撃が無い。 「迫撃砲はどうしたんだ?おい、後ろの連中は何をやっているんだ!?」 「中隊長、迫撃砲小隊が弾切れだと言っています!」 「なんてこった、状況は悪化するばかりじゃないか!」 ミーハンは思わず頭を抱えそうになった。迫撃砲の支援があれば、キリラルブスは倒せないまでも、敵の歩兵を削ぐ事ができる。 しかし、迫撃砲の支援が無ければ、敵は歩兵を伴ったまま陣地に突っ込んでくる。 そうなっては、白兵戦が得意のシホールアンル側にとって願ってもないチャンスが訪れる事になる。 先頭のキリラルブスの筒先が、ミーハンの居る陣地に向けられ、固定された。 それに気付いているのは、何故か彼1人のみだ。他の兵は別のキリラルブスや歩兵に向けて銃を撃ちまくっている。 「敵が大砲を向けているぞ!移動しろ!」 ミーハンは大声で命じた。だが、もはや間に合うまいと思っていた。 恐らく、1秒後にはあの砲口から砲弾が飛び出ているだろう。そうなれば、自分たちは確実に死ぬ。 (万事休す!) ミーハンの心中に、後悔の念が渦巻いた。 その刹那、キリラルブスの右側面に爆炎が噴きあがった。爆発音と共に石造りの車体が大きく欠損する。 次いで、その周囲に爆発が起こり、シホールアンル兵諸共、土砂が宙高く噴きあがる。 「なっ・・・・!」 ミーハンは一瞬、何が起こったのかが分からなかった。 誰もがキツネにつままれたような表情を浮かべた時、耳にキャタピラの駆動音が響いてきた。 「おい、この音は?」 ラズがBARを撃っていた兵に聞く。 「さぁ・・・・・あ、まさか!」 兵は最初首をかしげたが、やがて、思い当たりがあるのか、急に表情を和らげた。 「戦車だ!シャーマン戦車が来たぞ!」 「戦車・・・・マリーンの連中、やっと来たか!」 ラズも、増援に来る筈だった第3海兵師団の事を思い出し、いきなりその兵と抱き合った。 「おい、海兵隊だ!ごろつき野郎共が応援来たぞ!」 「マリーンに負けるな!撃ちまくれ!」 第3海兵師団の参陣で意気を取り戻したのだろう、機銃や小銃がこれまでよりも激しく撃ち放たれる。 E中隊の兵達が敵に容赦のない射撃を加えている時、第3海兵師団の前進部隊は、突出しつつあった敵を包囲するかのように前進を続けていた。 「目標、11時方向のキリラルブス!距離500!」 パイパーは、ペリスコープから見えるキリラルブスを見つめながら、砲手に指示を伝える。 砲手が狙いをつけ、照準よし!と叫んだ。 「撃て!」 凛とした声音で命ずる。直後、ドン!という音と共に76ミリ砲が放たれる。 砲弾は過たずキリラルブスに命中した。右側面から真っ赤な炎を噴き出したキリラルブスは、地面にガクリとへたり込んだ。 僚車も砲弾を放ち続け、次々とキリラルブスを仕留めていく。 キリラルブスも負けじと、何台かが向きを変えて、パイパー戦隊に立ち向かおうとする。 その横合いからE中隊の兵が放ったロケット弾が命中し、黒煙を噴き上げる。 中から慌てて乗員が飛び出し、地面に飛び降りるが、ライフルや機銃弾に射抜かれて、全員が射殺された。 「隊長!敵が後退し始めます!」 「こっちでも見えてるぞ!」 パイパーは、報告を伝えてきた操縦手にそう返す。 第3戦車大隊のシャーマン戦車に襲われ、相次いで被害を出したたために敵は恐れを成したのであろう。 健在であったキリラルブスが慌てて避退しようとする。歩兵もキリラルブスを追っていく。 「情け無用!撃ちまくれ!」 パイパーは叫んだ。ここで敵を逃がせば、また再編成を終えてやってくる。 後顧の憂いを断つためには、逃げる敵も徹底的に叩かねばならない。 応、とばかりに76ミリ砲が火を噴く。 この砲弾は、惜しくも逃走するキリラルブスの至近に弾着しただけとなったが、近くにいた兵2人が破片を食らって倒れ伏す。 「こちらC中隊、敵キリラルブスが後退を開始。追撃します。」 「こちらD中隊、敵キリラルブス4台を撃破。敵は後退を開始しました。これより追撃に入ります。」 無線機に、分派したC、D中隊から報せが入る。 これより10分前、パイパーは敵約1個大隊が前線を突破しつつあると聞き、戦力を2分してこの1個大隊を包囲しようと決めた。 C、D中隊は、後退してきた101師団の兵達をけし掛けながら前進し、敵キリラルブス部隊と正面から打ち合った。 元々、初期装備型のキリラルブスではシャーマン戦車に太刀打ちできない。 キリラルブスは、C、D中隊の戦車3両を撃破したが、逆に9台を破壊された。 それに、再び盛り返した101師団の部隊と第3海兵師団の部隊が猛反撃に出たため、敵1個大隊は前進をストップした。 そして、パイパーの指揮する部隊と戦っていた味方が後退を開始したのを聞くや、この大隊の指揮官は、包囲される前に急いで後退せよと 命じ、突破し、確保しようとしていた陣地を放棄して丘の上の林に逃げ戻りつつあった。 「突出してきた敵1個大隊は、やはり包囲出来なかったか。」 パイパーは思わず舌打ちしたが、すぐに気を取り直す。 「だが、これで戦線は安定した。さて、ここからは俺達の番だぞ、シホット!」 彼は小声ながらも、意気込んだ言葉を発した後、部隊に敵を追撃せよと命じたのであった。 第3海兵師団所属の戦車部隊は、敵を追い返しただけでは飽き足らず、逆に敵陣目がけて突っ込んでいく。 シャーマン戦車は林に隠れる敵の歩兵を蹂躙しながら、逃げるキリラルブスに容赦なく砲撃を浴びせる。 無論、海兵隊側も無傷では済まず、今も反撃を食らったシャーマン戦車が黒煙を噴き上げ、乗員が大慌てで外に飛び出していく。 だが、残りの戦車はそんな事はお構いなしとばかりに、林の向こうへ突進していく。 ミーハン中尉は、衛生兵の手当てを受けながら、ひたすら前進を続けていく海兵隊を見つめていた。 「あいつら、無茶しやがる。」 周りで、E中隊と海兵隊員が通り過ぎ間際に挨拶をかわしていく中、彼は頬を緩ませながら呟いていた。 「今は敵を追っ払うだけでいいのに。」 「ウチの連中はじっとしているのが苦手でね。」 不意に、後ろから声が聞こえた。振り返ると、そこには海兵隊の将校が立っていた。 「それに、さっきは俺達もワイバーンの空襲を受けたんだ。恐らく、パイパーさんはここぞとばかりにさっきの仕返しをしてやろうと 思ってるんだろう。」 「なるほどね。やられたら倍返しって奴か。」 ミーハンはそう呟いてから苦笑する。 「あんた大丈夫かい?」 「いや、この通りボロボロさ。衛生兵がモルヒネを打ってくれたから、今はこうしてしっかり喋れているが、とにかく、俺は野戦病院送りだな。」 「たっぷり休養が出来るな。紹介が遅れたが、俺は第3海兵連隊所属のルエスト・ステビンス中尉だ。」 「ミーハンだ。101師団506連隊に属している。あんたら海兵隊が来てくれたお陰で助かったよ。」 「なに、俺は後ろで震えてただけだ。今はまだ何もしていない。」 ステビンス中尉は肩をすくめながらミーハンに答えた。 「じゃ、俺は行くよ。遅れるとボスに怒られるんでね。」 「頑張れよ。俺の代わりにシホット共の顔をぶん殴ってくれ!」 ミーハンの気の利いたジョークにステビンスはハハハと笑いつつ、前進する戦車部隊の後を追って行った。 「中隊長、残念ですが、右腕はもう・・・・・」 衛生兵がすまなさそうに言ってくる。 「・・・・・まぁ、なってしまった物は仕方あるまい。これで、俺は前線指揮官をクビになるな。」 ミーハンはしばし顔を暗くするが、顔とは裏腹に生きのある声音で返した。 (さて、俺が使えないとなると・・・・・後任はやはり、あいつしかいないだろうな) 彼は、暢気ながらも、どこか悔しげな気持ちで、中隊の副隊長に告げる言葉を考え始めていた。
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38 : 平成日本償還 :2010/03/01(月) 03 47 19 ID ZypV.lAg0 ○第二次メクレンブルク事変 編10 1/7 ――1 日本国陸上自衛隊90式戦車。 大協約 主力鉄竜Mk-Ⅶ カッティング 。 共に大日本帝國陸軍97式中戦車の面影を持たぬ、末裔であった。 スィムラ砦前面から撤退したMk-Ⅶ カッティング 部隊。 ほうほうのていでの撤退であったが、その戦意は衰えていなかった。 否。 ある意味で戦意は上がっていた。 信じがたい話だが真実である。 Mk-Ⅶ カッティング は、 大協約 最強の鉄竜だ。 伝説の97式中戦車を絶対的に凌駕する鉄竜なのだ。 撃破された2両は残念だが、あのカガクの帝國に魔道を使わせたのだ。 その存在の重さに帝國が慄いたのに違いないと殆どの車内で盛り上がっていた。 現時点で喪われたのは2両。 これに、足回りの故障などで進軍途中で置いてきたのが4両と、基地を出撃した時に比べて部隊は総戦力の25%を喪失しているにも関わらずである。 何とも能天気な話ではある。 一応の弁護をするならば、彼らにとって100kmからの進軍時に交戦せずに目的地へと到達する鉄竜は約7割と見積もられていると云う現実がある。 それも、大甘に見積もってである。 これは、基本的に 大協約 世界での鉄竜は工業製品と言うよりも高度な手工芸品である為、足回りやエンジンなどの消耗部品の規格が無きが如しと云う有様が原因であった。 部品1つを組み替えるだけでも現場で微調整をする必要が発生し、或いは整備士に職人的感を要求するのだ。 ある意味で、或いは悪い意味で97式中戦車の末裔と呼べるだろう。 そんなMk-Ⅶ カッティング であるにも拘らず4両、2割以下の消耗で到着したのだ。 ある意味で 大協約 第14軍団の練度の高さを示していると言えるだろう。 であればこそ、士気も高まりこそすれども、下がる筈が無かった。 「卑怯な帝國が魔道を使いやがった。鉄竜を持ってこい! 正面からぶっ潰してやる!!」 「そうだそうだ! 一撃で撃ち抜いてやる!!」 「カーンと、帝國の大砲を跳ね返すのも良いな」 「連中に、我々が如何に研鑽したかを教えてやろう!!!」 「おおっ!!!」 日ごろは紳士然とした口調の指揮官士官達すらも、そんな隊員たちの雰囲気にあてられて怪気炎を上げていた。 鉄竜の整備を鉄竜付き整備班に任せ、自らは柔らかな鉄竜騎兵用革鎧姿のままに思い思いに談笑している鉄竜部隊の隊員達。 そこへ、さらにボルテージの上がる報告が来た。 帝國軍襲来、である。 「帝國軍がだと!? あの要塞に立てこもっている連中が打って出て来たか!!」 喝采を上げる将兵。 正に、武勲の稼ぎ時であった。 「総員、騎乗急げっ!! 帝國に我らの鉄竜を見せ付けてやるのだっ!!!」 「おぉっ!!!!」 その覇気は天を突かんばかりであり、最高潮へと達していた。 まるで史劇の1シーンを切り抜いたかのようであった。 実際、後の世ではよく題材とされていたのだ。 日本と 大協約 との戦争を題材とした絵画に於いては。 [扉の前]なる題名と共に。 39 : 平成日本償還 :2010/03/01(月) 03 48 23 ID ZypV.lAg0 ○第二次メクレンブルク事変 編10 2/7 そして 大協約 鉄竜部隊は、扉を開けた。 現代戦への、扉を。 黄色い誘導棒を持った憲兵に誘導され、前線へと向かう鉄竜部隊。 その脇で鉄竜部隊指揮官は、作戦団司令部からきた参謀から地図を片手に状況を聞いていた。 「帝國軍は、コチラから仕掛けて来ています。現在団外周部隊より約6km、偵察部隊をそのまま交戦させていますが、突破されるのも時間の問題でしょう」 偵察部隊は、基本的に戦竜すらも参加していないのだ。 その程度の部隊が帝國軍に対応出来る筈も無かった。 一瞬だけ目を瞑る鉄竜部隊指揮官。 だが、彼が示した人間的な反応はそれだけだった。 「作戦団のほぼ中央部に来るか。で、我々は方位17から回れば良いのだな?」 「はっ。そちらであれば、鉄竜隊の足手まといになりそうな部隊は居りませんので存分にやれるとの事です。団司令部には特竜を充てますので、他の事には構わずに」 作戦団司令部を囮として、帝國軍部隊を引き付け、その側面を鉄竜で突く。 コレも又、豪胆であった。 「分った。積み込んでいる対鉄竜弾を使い切って、この場を帝國鉄竜の墓場にしてみせようぞ!」 「おおっ、頼もしいお言葉です!」 「ではっ!」 「はっ!」 敬礼と答礼。 参謀と別れた鉄竜部隊指揮官は、己の鉄竜へとよじ登った。 砲塔、指揮官ハッチへと腰まで潜ると、背筋を伸ばしてハッチ脇に付けられた伝声缶の蓋を開いた。 「鉄竜、前へ!」 帝國軍迎撃を行おうとして混乱する第142作戦団の集団を抜け、事前に指定されていた場所へと到達した鉄竜部隊。 既に作戦内容は伝達されていた。 後は帝國軍が出てくるのを待つのみである。 誰もが前方を注視していた。 鉄竜長はハッチから身を乗り出し、高価な双眼鏡で先を見ていた。 運転士は、操縦用のレンズ越しに。 砲撃照準士は、照準用の望遠レンズ越しに。 副砲士は、ハッチから顔を出して裸眼で。 正副の装弾士は、それぞれの砲弾を足元に置いて小声で会話し、そして通信士はじっと通信機とにらめっこをしていた。 重く響くエンジン音。 遠くから聞こえる砲声、銃声の数々。 それが段々と大きくなっていく事から、戦闘が近づいてくるのが分る。 固唾を呑む、そんな時間。 そして誰かが叫んだ。 「帝國軍だっ!!」 40 : 平成日本償還 :2010/03/01(月) 03 49 13 ID ZypV.lAg0 ○第二次メクレンブルク事変 編10 3/7 鉄竜部隊の場所から約3kmほど北の丘陵地帯から、正に壊乱したが如き姿で撤退してくる偵察隊。 そしてしばしして姿を見せた帝國軍の軍列。 鉄竜。 黒い 大協約 軍の鉄竜と比べ、薄汚れて見れる緑色の鉄竜。 紛う事なき帝國製の鉄竜であった。 帝國軍はそのまま、特竜が群れを成す作戦団司令部へと突き進もうとしていた。 鉄竜部隊指揮官の手が大きく2度、振られた。 エンジン音が大きくなり、大地が揺れる。 合計18両の鉄竜が走り出す。 車体前部に取り付けられた100mmにも達する大口径砲が揺れる。 但し、短砲身である。 それは取り回し的な理由と共に、 大協約 側の冶金技術の限界故にであった。 砲の威力を大きくするには、大別すれば2つの手段がある。 大口径化と長砲身化だ。 大口径化は、単純に使う装薬の量が増える事によって威力が向上する。 これに対し長砲身化は、砲弾が砲身を長く通る事で、装薬の恩恵を多く受ける事が出来るのだ。 又、副次的要素として、長砲身化は、砲の命中精度を高める側面もある。 砲身から砲弾へと、より永く、そして精確に目標への筋道を与えられるからだ。 更には射程も延びる。 比較して、長砲身化の砲が恩恵は大きいと言えるだろう。 にも拘らず、Mk-Ⅶ カッティング の100mm1s型対鉄竜砲が、大口径化を選択した理由はコストと、そして技術的な限界であった。 確かに長砲身化は利点が多い。 だが同時に、製造に高い技術を要求されるのだ。 長い砲身を精密に作り上げ、同時に、射撃時の高温で歪まぬ強度を与える。 しかも、鉄竜に載せる為には軽く、である。 簡単に出来るものでは無かった。 否。 正確には、出来なかったのだ。 冶金の専門家と呼べるドワーフ族、その中でも“世界の裏切り者”である東ガルムのドワーフ族を使い潰す勢いで研究させても、である。 鉄竜に搭載出来るだけの大きさのものが出来ても、形だけ。 精々が1~2発の発砲で歪むのだ。 しかも、その命中精度はお粗末の一言。 とても実用に足るものでは無かった。 それ故の、短砲身大口径化。 尤も、簡単に大口径化と言っても、簡単では無かった。 長砲身化に比べて簡単なだけであり、大口径化も又、苦難の連続であった。 それは最初の対鉄竜砲である47mm対鉄竜砲の開発から、97式中戦車の持つ一式47mm戦車砲をあらゆる面で上回る、この100mm1s型対鉄竜砲が完成するまでに実に半世紀近い時間が必要であった点にも現れていた。 帝國との戦争で 大協約 の諸国が疲弊し、更には帝國が消えて差し迫った状況で無かったとは云え、である。 そんな苦難の末に生み出された、帝國鉄竜を屠れる100mm1s型対鉄竜砲。 それ取り付けられているのは車体である。 コレは、砲基部が巨大であり過ぎた為であった。 帝國の主力鉄竜である97式中戦車を真似て砲塔に取り付ける事も考えられたが、試作した車両で実験したところ、整備された平地ならともかく、不整地ではまっすぐに走る事も覚束なくなってしまったのだ。 コレは、鉄竜の重心が上がり過ぎた事が原因であった。 チョッとした段差でも、グラングランと揺れるのだ。 いや、揺れると言う言葉では生温い。 横転しそうになるのだ。 であれば、そんな物が採用される筈も無かった。 技術者の一部からは砲塔型の持つ利点を考え、車体を大型化してでも搭載すべきとの意見もあった。 正論ではある。 車体に取り付けてしまえば砲は安定するが、同時に主砲の仰角や方向射界が限定されてしまうからだ。 この意見には、運用側からも賛同する声が上がったが、100mm1s型対鉄竜砲の重量(実に10tオーバー)を支えられる車体を作ろうとすれば、そして、それに帝國鉄竜の砲を防ぐだけの装甲を施そうとすれば、60t乃至は70t級の化け物となる――そんな試算が出ては、通る筈も無かった。 インフラが耐えられぬからであり、そしてそもそも、その重量を支え得る足回りを生み出す鉄を量産し得ないからである。 諸々を超えて生み出された100mm1s対鉄竜砲であるが、問題はまだあった。 大口径化によって砲弾が大型化した事による発砲速度の低下である。 41 : 平成日本償還 :2010/03/01(月) 03 50 08 ID ZypV.lAg0 ○第二次メクレンブルク事変 編10 4/7 これは、100mm1s型対鉄竜砲の発砲間隔が、その前の主力対鉄竜砲である70mm2l型対鉄竜砲の1/3以下と云う事を、運用側が危惧した結果であった。 如何に長射程大威力であっても、発砲間隔に切り込まれては問題であるからだ。 又、100mm1s型対鉄竜砲の砲弾が極めて高価である事も問題であった。 そして発砲すれば、砲身命も縮む事になる。 有体にいって、100mm1s型対鉄竜砲を陣地などの歩兵に使うには、余りにも勿体無いとの意見が出たのだ。 砲身を余り痛めない、柔らかな外殻を持った散弾も開発されていたが、それでも装薬を使う事で砲身命は縮むし、値段は、従来の砲弾に比べて、やはり高いのだ。 その回答として行われたのが、砲塔に搭載する副砲である。 70mm3ss型歩兵砲だ。 名前の通り直射を優先した対鉄竜砲では無く、100mm1s型対鉄竜砲よりも更に極端に短い砲身を持った歩兵砲だった。 対歩兵と陣地、そして対鉄竜戦時の牽制用としての中口径砲である為、歩兵部隊向けの量産された優良歩兵砲がそのまま採用されたのだ。 砲弾の共通化による、補給の簡便化と共に、この砲が直射と共に曲射も可能であり、使い勝手が良い事が選ばれた理由だった。 これは陣地攻撃と共に、もう1つの役割、鉄竜を相手しての牽制用の、である。 曲射、即ち射角を高くすれば、70mm3ss型歩兵砲は100mm1s型対鉄竜砲よりも長い射程を発揮できるのだ。 言ってしまえば、Mk-Ⅶ カッティング は70mm3ss型歩兵砲による対地散弾乃至は煙幕弾を使用する事で、97式中戦車以降の改良されているであろう帝國鉄竜の長射程砲と対峙したとしても、100mm1s型対鉄竜砲の射程まで近づく事が可能となるだろう。 そこまで考えられていたのだ。 最新最強であっても慢心しない。 Mk-Ⅶ カッティング に隙など無かった。 問題は、敵が、敵である平成日本の持つ科学力が帝國などでは及びつかぬ別次元へと到達していたと云う事である。 それは、一言で言って不幸な現実であった。 横隊で突撃するMk-Ⅶ カッティング の群れ。 戦闘重量約50tの鉄竜の群れは、大地を揺るがす迫力があった。 轟音。 そして巻き上がる砂塵。 それを見ていた第142作戦団の将兵達は、迫り来る帝國軍を見ても尚、心に余裕を持てる程に勇気を与えられていた。 喝采を上げている将兵。 その歓声に、砲塔から上半身を出していた鉄竜部隊指揮官は満足げに唇を歪めると、それから通信士に繋がっている伝声缶を開いた。 「各車へ連絡! “敵鉄竜部隊との距離が2000まで近づいた時点での発砲を認める”だ。復唱はいらん!!」 現時点で距離は約3000m。 後1000で交戦する。 否が応にも盛り上がる雰囲気。 だが、只1人、100mm1s型対鉄竜砲を扱う砲撃照準士が伝声缶に確認の声を上げた。 「竜長、有効射程外ですぜ?」 上官の意見を真っ向から否定する目的では無いので小声でだ。 それを鉄竜部隊指揮官は、豪胆に笑い飛ばす。 「構わん、景気付けだ。帝國軍の度肝を抜くぞっ!!」 一応は最大射程内であり届くことは届くのだ。 そして理論上は2000mで97防御値――25mmの帝國装甲鋼であれば叩き割る事が可能であった。 だから鉄竜部隊指揮官は判断を下したのだ。 大協約 に残っている資料によれば、帝國鉄竜部隊の最大交戦距離は1000程であったと言う。 それ故の判断であった。 「了解! ならば我らの砲を、力をみせつけてやりましょう!!」 鉄竜部隊指揮官の判断に意を唱える形となった事を詫びるように、そして鉄竜内の雰囲気を鼓舞するように大声で言う砲撃照準士によって、鉄竜内の更に盛り上がった。 そんな鉄竜内を見て、笑みを大きくする鉄竜部隊指揮官。 その時、光が瞬いた。 「えっ?」 慌てて視線を前に戻した鉄竜部隊指揮官。 42 : 平成日本償還 :2010/03/01(月) 03 50 44 ID ZypV.lAg0 ○第二次メクレンブルク事変 編10 5/7 「なっ!?」 その目がやや左側を走っていた鉄竜が、その後方に居た鉄竜もろとも吹き飛ぶのを捉えた。 「何がっ!?」 砲弾が誘爆してかの火球を呆然と見た鉄竜部隊指揮官。 一瞬にしてMk-Ⅶ カッティング が粉砕されるという、信じられない事態を脳が処理出来なかったのだ。 その耳に、追い討ちが掛けられた。 それは、誰かの報告だ。 否。 悲鳴だった。 「帝國鉄竜、発砲!!」 その報告に、鉄竜部隊指揮官の心は更に揺さぶられた。 距離が3000もあって、何故に発砲する。 当たる筈がない。 当たる筈がないんだ。 そんな鉄竜部隊指揮官をあざ笑うかの如く、更に複数のMk-Ⅶ カッティング が粉砕される。 火球に包まれるもの、只黒煙を上げて停止するもの。 信じられない現実がそこに、量産されていた。 「隊長!!」 呼ばれた声――悲鳴に、鉄竜部隊指揮官は自分を取り戻す。 打開策を必死に考える。 此方も発砲。 無駄。 届かない。 回避機動を取る。 無理。 集団で横隊なのだ、これで各鉄竜が各個に動かれては、事故が多発するのが見えている。 ではどうするか。 轟音と悲鳴と破壊音に耳朶を揺さぶられながら考える事を、数秒。 鉄竜部隊指揮官は、1つの決断を下した。 「副砲、煙幕弾を使用。目標距離は500! 連続発射だっ!!」 「無茶です竜長っ! それじゃ前が見えないっ!! 照準も操縦も出来なくなっちまいますぜっ!!!」 煙幕弾による効果は、煙による視界封鎖と、砲弾による対魔法捜索妨害があるのだ。 Mk-Ⅶ カッティング には、魔道暗視装置が搭載されているが、コレすらも撹乱するのだ。 「構わん! 今のままでは射爆場の移動標的と変わらんっ!! 撃て、副砲士っ!!!」 「アイ、鉄竜長!!」 鉄竜部隊指揮官の前、70mm3ss型歩兵砲がクィっとやや下を向いて、それから発砲。 やや間抜けな音と共に砲弾は飛翔し、炸裂する。 煙々と吹き上がる白煙。 キャタピラの巻き上げた砂塵と相まって、即座に視界が閉ざされていく。 そして、通信はしなかったものの、指揮識別竿の掲げられた鉄竜が行った事ならば、とばかりに僚竜たちも煙幕弾を発砲する。 たちまちの内に、何も見えなくなった。 心なしか、砲声が緩くなった様に感じられた。 それに人心地ついた鉄竜部隊指揮官は、新しい指示を出した。 「運転士、速度を緩めろ。手隙の人間はハッチから顔を出して周囲を観測しろ」 五里霧中。 濃厚なスープのような視界に、手探りで進むしかない状況。 43 : 平成日本償還 :2010/03/01(月) 03 51 49 ID ZypV.lAg0 ○第二次メクレンブルク事変 編10 6/7 自分で生み出した状況であるにも関わらず、この状況を罵りそうになる鉄竜部隊指揮官。 「っ!」 一瞬だけのど元が緩み、それを指揮官としての自制心が閉めなおす。 この状況を命じたのは自分。 にも関わらず声を荒げては、部下からの信頼を喪う――そう思えばこそだ。 だが、そんな事を思う贅沢さが許されたのは、ホンの数秒だけだった。 何故なら、明らかにMk-Ⅶ カッティング のモノでない砲声と、そして至近での爆発音が続いているからである。 「通信士、点呼を取れっ!」 思わず悲鳴の様な声を上げた鉄竜部隊指揮官。 だが、その事を恥じるよりも先に、その意識は霧散していた。 肉体と一緒に。 ――2 自らの煙幕によって閉ざされた視界の中、遠距離から一方的にそして瞬く間に撃ち滅ぼされたMk-Ⅶ カッティング の群れ。 それを成したのは、たった2両の90式戦車だった。 20両を超えるMk-Ⅶ カッティング は、たった2両の90式戦車に屠られたのだ。 Mk-Ⅶ カッティング に誇りを持っていた鉄竜搭乗員達にとっては悪夢の様な状況であるが、それを成した側にとっては、至極簡単な話だった。 90式に搭載されている熱線映像装置は、視野と魔法的探知手段のみを妨害する 大協約 側の煙幕を無意味なモノとしていた。 更に、熱線映像装置から得た情報を生かす射撃統制システムは、不整地での走行中であるにもかかわらず距離3000もの遠距離標的に当てるだけの能力を持っているのだ。 自動装填装置による、尋常ではない連射能力と相まって、それは達成されたのだ。 「敵戦車、全車沈黙だな」 熱線映像装置で、Mk-Ⅶ カッティング 全車両の各坐を確認した戦車長は、誇る事も無く呟くと、砲手に車体側の砲弾を砲塔の自動装填装置へと補充する様に命じる。 90式戦車は砲塔後部の自動装填装置へ、即応として18発の砲弾を収めているが、それだけではなく車体側に20発を超える砲弾が積まれているのだ。 これから中隊戦闘団を追従し、敵部隊の本営を蹂躙するのだ。 弾が幾らあっても邪魔と云う事は無い。 敵の戦車は余りにも脆弱過ぎて、そして大型過ぎたため、より確実な撃破の為にAPFSDSよりもHEAT-MPを使用していたのだ。 HEAT-MPは榴弾兼用である為、その消費は、これからの敵本営攻略時に影響が出そうであるが、近距離で44口径120mm砲の爆風を食らえば只では済まんので、問題にはならないだろう。 そう、中隊戦闘団の指揮官である善行二佐は判断を下し、命令をしていたのだった。 「本隊へ追従する。2号車、問題は無いな」 『大丈夫です』 「宜しい。ならば続けっ!!」 1500馬力の水冷ディーゼルエンジンが、全力のうなり声を上げる。 そして50tの車体は、多少の起伏など無視し走り出す。 その様は正に鋼鉄の獣、或いは鋼の竜であった。 「順調ですね」 誰に言う事も無く呟いた善行二佐。 断続的な発砲音や爆発音、或いは激しい振動の中にあるにも関わらず、冷静さを維持している辺りに、この男の本質が出ていた。 鬼とも評された、兵士としての、指揮官としての貌である。 44 : 平成日本償還 :2010/03/01(月) 03 52 56 ID ZypV.lAg0 ○第二次メクレンブルク事変 編10 7/7 そんな善行が乗っているのは、中隊戦闘団指揮用の通信機能強化型89式歩兵戦闘車――まぁ実態は、歩兵の代わりに基幹連隊指揮統制システムの通信と情報端末を乗っけただけのものだが、中々に使い勝手が良かった。 本来、陸上自衛隊は、この手の任務用には82式指揮通信車を整備していたが、車種を絞る事による兵站への負担軽減と、なによりもその足回り、装輪式である事による限界性能の低さ、或いは他の機甲科車両へと追従出来ないリスクを考えて、このメクレンブルクの地へは持ち込まれていないのだった。 まぁ持ち込んでいたとしても、車両自体の数が少なく、そもそもとして師団や特科部隊の指揮用である為、中隊に回って来たかと言えば、かなりの疑問ではあるが。 さておき。 その改造89式歩兵戦闘車の中で善行は、分派していた90式戦車2両が任務を達成し、合流に向かってくる事を確認した。 市販のノートパソコンを流用したReCsの情報端末は、後方の支援によって整理された情報を即、表示してくれるのだ。 戦場の霧を晴らす技術。 だが今、善行にとって何よりも有りがたいのは、上空を飛ぶプレデターUAVからの情報である。 上空から得る俯瞰情報によって、容易に第142作戦団の指揮系統を把握する事が可能となるからだ。 試験評価の為にFMSで輸入された貴重な6機のMQ-1Bの内の2機が、このメクレンブルクの地に来ているのだった。 当初、航空自衛隊サイドは予備部品も殆ど無い試験評価用の機体を実戦投入する事を渋っていた。 が、最終的には、高々度からの偵察手段が他に無かった事や、実戦投入による運用情報の取得というメリットに負ける形で、MQ-1Bの試験評価部隊を分派していたのだった。 そんな訳で善行二佐は、数少ない戦力を最大限有効に活用する事が可能であったのだ。 特竜の位置を確認しては90式戦車を充て、或いは歩兵が溜まっている場所へはスィムラ砦から迫撃砲を発砲させ、見事に第142作戦団司令部の防御ラインを無力化させた。 更には、分派していた90式戦車2両の合流コースをやや南よりにさせる事で、作戦団司令部の基幹人員の退路すらも潰させていた。 逃すわけにはいかないのだ。 別に、無駄に残虐さを発揮しようとしている訳では無い。 増援部隊の到着と戦闘準備が完了するまでの時間を稼がねば成らぬのだからだ。 善行の中隊戦闘団は普通科中隊を基幹としているが故に戦力が少なく、第142作戦団総体を撃破する事は困難である為、指揮システムを完膚なきまでに破壊する事で、その再編と再侵攻を遅らせる事が狙いであったのだ。 だからこそ、善行二佐には 大協約 第142作戦団の司令部人員を1人たりと生かして帰す積もりは無かった。 車内に固定されたノートパソコンのディスプレイには、第142作戦団側の防御部隊が組織的抵抗能力を喪失しつつある様が表示されている。 作戦団司令部を丸裸にしたのだ。 である以上、素早く料理せねばならない。 「頃合ですね」 メガネを押し上げる善行。 それから、下命する。 降車戦闘を。 それまで89式歩兵装甲車の中で揺らされるだけだった、鍛え上げられた歩兵達が大地へと降り立つ。 「総員降車、急げぇっ!!」 通信のみならず、中隊先任下士官である若宮二等陸曹の怒鳴り声が、銃声に混じって響く。 そんな中へと善行も降り立つ。 無論、指揮を執る為だ。 兵は、自分達と共に歩む指揮官を好む。 それを理解する善行は、銃弾の飛び交う中であろうとも、躊躇は無い。 「では行きましょう」 手を二回振る善行。 それが突撃の合図だった。 歩兵達が前に進み、それを支える89式歩兵戦闘車。 その両翼に、90式戦車が突き、突撃路を守っている。 それは21世紀に於いて尚、歩兵の本分とは歩く事であると信奉する、根っからの陸上自衛隊は普通科の将校である善行の薫陶が行き届いた、全面攻勢であった。 そしてその善行。 若宮を隣にし、後ろには通信機を背負った通信兵と、それから 大協約 軍の情報を持っている特務情報幕僚のダークエルフを連れて走り出す。 大協約 第142作戦団が、その指揮中枢を喪い潰走を始めるのは、その30分後の事であった。
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7月11日、午前10時 サイフェルバン東沖230マイル付近 レキシントンの艦尾に向けて、1機のF6Fが最終アプローチラインに入った。 そのF6Fは失速することもなく、見事な着艦を見せた。 「司令官、戦闘機隊の収容終わりました。」 参謀長のアーレイ・バーク大佐がミッチャー中将に報告した。 「うむ。」 ミッチャーは頷いた。今回の空中戦は、敵バーマント軍の飛空挺の大多数をサイフェルバンに たどり着く前に多数のF6Fで叩き落したことで、米側が完勝した。 空中戦では8機のF6Fを失ったが、敵の飛空挺300機以上を撃墜した。 この戦果は昨夜の空襲で少なからぬ犠牲を出し、敗北感に打ちのめされていた第58任務部隊の 気分を明るくさせた。 「これでサンジャシントとドーチの仇は取れましたな。」 「敵さんも、わが機動部隊を怒らせたらどうなるか、骨身に染みただろう。 だが、まだ仕事は残っているぞ参謀長。偵察機が敵の飛行場を探している。 見つけたらすぐに待機していた攻撃隊で叩くのだ。」 午前9時ごろからサイフェルバン内陸に向けて8機のアベンジャーが飛び立った。 今のところまだ報告は入っていないが、第3、第4任務群の格納庫には合計で240機の攻撃隊が 既に装備を終えて待機している。 今は戦闘機の収容が終わったから、じきに飛行甲板上に上げられていつでも発艦できるように準備が始まるだろう。 「お返しはたくさんしないといけないからな。」 ミッチャーはぶすりとした表情でそう呟いた。 午前10時50分、ランドルフの偵察機からサイフェルバン西300キロの地点に敵の本格的な飛行場があると報告してきた。 第58任務部隊の第3、第4群から合計で240機の攻撃隊が発艦したのは、これから30分後の事である。 午後2時30分、グリルバン郊外 バーマント軍航空基地 グリルバンの航空基地に米艦載機が来襲したのは午後0時を少し過ぎた後である。 グリルバンに司令部を置いているサイフェルバン方面航空隊統括司令官のライクル騎士中将は、 未帰還機の余りの多さに愕然としていた。 360機の大編隊で送り出したのに、わずか28機しか戻らなかったのだ。 ライクル司令官はしばらく執務室から出てこなかった。 その悲しみなどどうでもいいとばかりに来襲した米艦載機はグリルバンの飛行場を傍若無人に 荒らしまわった。 米艦載機の空襲によって、2000メートルの滑走路はたちまち穴だらけにされ、主要な建物、 指揮所や整備部品が置かれている倉庫、宿舎、弾薬、燃料タンクなどは片っ端から銃爆撃を受け、 見るも無残な姿に変わり果てた。 特に、燃料タンク、弾薬庫の大爆発は5キロ南に離れたグリルバンの住民たちまでも仰天させた。 空襲の間、パイロットやライクル司令官らはすぐさま地下壕や物陰などに隠れて難を逃れようとした。 米艦載機は思う存分暴れまわった後、塩が引くようにいつの間にかいなくなっていた。 そしてその後に残されたのは、破壊しつくされた飛行場だった。 今は消火活動や後片付けに基地の兵士たちは従事している。その破壊された基地を見ると、 いかに米艦載機がこの手のプロであるか理解できた。 激しく燃え盛っている燃料タンクに消火隊が群がり、必死に水をかけている。 弾薬庫の消火は既に終了していたが、2階建ての施設は跡形も無く吹き飛んでしまっている。 滑走路は小さいもので5メートル、大きいものでは10メートル以上の穴が無数に開いており、 最低でも2週間は使えないだろう。 飛空挺の生き残りは、退避させる暇も無かったため、全機が機銃弾によって ただの鉄製のぼろに成り代わってしまっていた。 パイロットが無事だったのが不幸中の幸いである。 「うまいものだな。」 破壊された基地を見渡しながらライクル司令官は呟いた。彼の自信に満ちた闘志は、 今ではすっかり消え失せていた。顔は10年分は老けたように見えた。 懐から思い出したように一枚の紙を取り出した。それは飛空挺を全機送り出した20分後に入ってきた 魔法通信の内容を書き写したものだ。 「サイフェルバン南東に敵機動部隊あり。敵艦隊は高速でサイフェルバン方面に向かいつつあり」 ライクル中将は紙をくしゃくしゃにすると、残骸の中に捨てた。 顔にはやりきれない怒りが浮かんでいた。 「この通信が、出発前に届いていたら・・・・・・・・・・・多くのパイロットを死なせずに済んだものを・・・・・・・」 そう、海竜情報収集隊はアメリカ機動部隊の欺瞞行動に嵌められたのだ。 これまで、海竜情報収集隊は多くの有力な情報をバーマント軍に送ってきた。その情報は常に正確だった。 だが、今回はそれを逆手に取られたのである。 (敵が海竜の存在を知ったとなると、今後は正確な情報が届きにくくなるな) 彼はそう思った。そしてこれからは海竜自体も敵によって次第に数を減らされていくだろう。 「敵に与えた損害はわずかで、我がほうの損害は極大とは・・・・敵将はかなり頭が切れるな。」 ライクルは内心で敵将を褒めた。 (一度、敵の総司令官、スプルーアンスとやらに会ってみたいものだ) これまで縦横無尽に活躍してきた、バーマント軍の空の精鋭を壊滅させた敵将に対し、 僅かながら尊敬の念が沸き起こった。 その時、若い魔道将校が紙を持って彼の側にやってきた。空襲が終わった10分後に、 ライクル司令官は被害の実情を報告していた。 その返事がやってきたのだろう。 「司令官、先ほどの報告の返事が来ました。」 「読め。」 彼は魔道将校に背を向けたまま答えた。 「ハッ。サイフェルバン方面の全空中騎士団は、至急作戦行動を中止せよ。 後の指示は追って連絡する。とのことです。」 7月12日 午前7時 バーマント公国首都ファルグリン 公国宮殿にある大会議室に、陸軍と海軍、それに空中騎士団の総司令官、そ れに皇帝と直属の将官が集まっていた。 この他に皇帝の娘であるエリラ・バーマント皇女もなぜか席に座っていた。 「さて、サイフェルバン方面の詳しい話を聞かせてもらおうか。」 玉座に座るグルアロス・バーマントの冷たい声音が凛と響いた。彼の機嫌はかなり悪かった。 (これは皇帝陛下の雷が落ちるぞ) 海軍最高司令官のネイリスト・グラッツマン元帥は内心でそう呟いた。 戦況が悪くなると、時たま何人かの高級将官が罰を受けるのである。 死刑になることは滅多に無いが、その代わり一生牢獄に放り込まれ、 日の目を見ることなくそこで息絶えることになる。 「わが陸軍は、敵異世界軍の侵攻に対し、勇敢に戦っております。しかし、サイフェルバン駐留軍は、 既に6万を超える死傷者が出ており、敵上陸軍はサイフェルバンのわが軍を包囲しようとしています。 現状から行きますと、包囲された場合、サイフェルバンは持って3週間ほどです。」 「なぜだ?敵の蛮族共なぞ、我が強大なバーマント陸軍の前には蟻と獣でしかない。すぐに増援を送るのだ。」 「しかし、肝心の鉄道は敵飛空挺によって各所が寸断されており、今現在も修理中です」 「海軍は?海軍はどうなのだ。まだ主力部隊が突入していないぞ。」 皇帝のその言葉に、グラッツマン元帥は口を開いた。 「我々海軍も高速艦10隻をサイフェルバン沖に突入させようとしました。 しかし、突入した第2艦隊は1隻も帰ってきていません。 恐らく敵の有力な艦隊と交戦した後、全滅したようです。 海竜隊の報告では、敵の大型艦2隻と小型艦1隻が南に避退して行ったとあるので、 第2艦隊は3隻の敵艦を撃破したようですが。」 「そうか・・・・・・・・・」 皇帝は気持ちを落ち着かせようと、腕を組んで下にうつむいた。その表情には怒りが渦巻いている。 グラッツマンはちらっと皇帝の側に座る皇女のエリラに視線を移した。 (なんでこいつがいるんだ。) グラッツマンは苦々しい気持ちでそう思った。 顔立ちは美しいながらも精悍で、体つきはとても良い。 普段は格闘や剣術といった武芸もたしなむため、肌は小麦色に焼けている。 一見美人のこの皇女だが、グラッツマンは彼女が大っ嫌いだった。 エリラは時折、このような会議に姿を現すかと思えば、彼らの言うことにあれこれ口を出すのである。 実は彼女はこのバーマント公国の次期皇位継承者で、父であるグルアロスは彼女が勝手に進言するのは 何も気に留めていない。 それどころか、勉強になるからいいという始末である。 1ヶ月前などは、まだ準備が整っていないのに、 「王都に侵攻したほうがいいんじゃないの?」 と皇帝に進言した。その事がきっかけで王都侵攻が皇帝によって決められ、2個空中騎士団が 侵攻するまでの間、王都を爆撃しようとした。 だが、この時王都には異世界の航空隊が進出しており、これらに襲撃された空中騎士団は全滅してしまった。 この時はまだいい。しかし、彼女は以前にもこういう横槍を入れては勝手に軍を動かすときがあった。 成功するときは成功するが、失敗するときは目も当てられない結果になる。 将軍連中の頭越しにあれこれ指図するエリラは、今では彼らに嫌われていた。 (今日は珍しく黙っているが、いずれ口を出してくるかもしれんな) 彼は内心で心配していた。できればこのまま彼女には黙ってもらいたい。 皇帝はしばらく考え込んでいた。その間、不気味な静寂が辺りを包み込む。 飛空挺の戦力も壊滅し、サイフェルバンの陸軍は劣勢、そして海軍部隊は最新鋭の 高速艦を参加艦艇全滅という悲運に見舞われている。 しかし、殴られたままでは引き下がれない。 「だが、打つ手は打たねばなるまい。我が軍だって敵に被害を与えている。 第13空中騎士団は敵の空母を撃沈したし、惨敗した航空戦でも、 機銃で少ないながらも敵機を撃墜している。それに前にも言ったが敵はわずか15万の少数だ。 今はサイフェルバンで苦戦しているがいずれ、我が軍は大軍を送り込んで目に物を見せてやれる。 だからサイフェルバンは当分の間、持ちこたえねばならん。」 「しかし、鉄道の修理がまだ済んでおりません。」 「なら早く直したまえ。」 皇帝は有無を言わさぬ表情でそう言った。オール・エレメント騎士元帥は、蛇に睨まれた蛙のように押し黙った。 「皇帝陛下、空中騎士団の増援についてですが、現状では新たに空中騎士団を送り込むのは自殺行為も同然です。」 バーマント空中騎士軍司令官のジャロウウス・ワロッチ騎士大将は、哀願するような口調で話し始めた。 「立て続けに起こったアメリカ軍との戦闘で、我が空中騎士団のこれまで被った損害は飛空挺886機、 パイロットは1508名を失っており、もはや半分の戦力しかありません。それにあてになるのは首都にいる 4個空中騎士団400機のみで、残りは訓練中か、編成を終えたばかりの新米です。この4個空中騎士団を失えば、 我々バーマント航空部隊は壊滅します。」 「ふむ。で、君は何が言いたいのかね?」 「サイフェルバン方面の増援中止です。」 しばらく会議室はしーん、と静まり返った。 その静寂を破ったのは皇帝だった。 「そうであれば・・・・・仕方が無かろうな。空中騎士団は陸軍や海軍と違い、数も人員も少ない。 よろしい、増援中止を許可しよう。」 (さすがに、皇帝陛下も空中騎士団を失うのは痛いのだな) グラッツマンは恐らく、空中騎士団の増援を断行させるだろうと考えていたが、これまでの優位は、 空中騎士団があったからこそ実現したものだった。 もし空中騎士団を失えば、バーマントの大陸統一は遠のくだろう。 皇帝陛下はそれを恐れ、空中騎士団の温存を決めたのだ。彼はそう確信した。 (賢明な判断です。皇帝陛下) 彼は内心で喜んだ。だが、そこへある人物が口を開いた。エリラ皇女である。 「お父様、まだ手があるじゃないですか。海軍はたかだか10隻の軍艦を失っただけです。 まだ主力は敵船団に突入してはいませんよ?」 会議室の司令官たちは、電撃が走ったかのような感覚に見舞われた。 またいらぬ事を!!このまま黙っていればいいものを!! 誰もが口や表情に表さなかったが、内心ではそう思っていた。 「そう言えば、確かにそうであるな。夜間に突入した第2艦隊は、確か3隻の敵艦を撃破したと言ったな?」 グラッツマン元帥は内心しまったと思った。報告に敵艦3隻撃破したと言ってしまったのだ。 アメリカ軍の艦艇は我がバーマント軍より勝っているものの、数が揃えればそれを撃破、うまくいけば 撃沈できることも不可能ではない。皇帝はそう思っている。 エリラはむしろ皇帝より強く思い込んでいるに違いない。 畜生、次期皇位継承者だからといって調子に乗りおって!皇帝も皇帝だ! グラッツマンは内心で2人を罵った。既に皇帝は乗り気になっている。 「皇帝陛下、私もそれはいい案だと思います。重武装戦列艦5隻を擁する第3艦隊は最強です。 これらを投入すれば、敵アメリカ軍の艦隊と5分に渡り会えるはずです。」 皇帝直属将官であるミゲル・アートル騎士中将も頷きながらそう言った。 彼は35歳で中将に上り詰めた実力派の将官だが、常に皇帝のイエスマンであるために、 グラッツマンは彼のことを皇帝の腰巾着と陰で罵っている。 (貴様まで口を出すな!) 彼は怒声を上げかけたが、寸前のとこで抑えた。 彼自身もバーマントの大陸統一を熱心に願っている。あの馬鹿皇女も、腰巾着の言う事も全てが間違いではない。 時には2人の皇帝に対する助言がきっかけで大勝利を得たこともあった。 (たまたま通りかかった破壊船が第2艦隊の乗員を救出し、事情を調べたが、敵の警戒艦は思ったより少なく、 数は10隻程度しかいなかったと聞く。ならば、今回第3艦隊を送れば、10隻しかいない敵艦を蹴散らして、 サイフェルバン沖の貧弱な武装の敵輸送船を叩き沈められるかも知れん。) 考えれば意外に出来なく無さそうでもない。彼はそう思った。 その時、皇帝が声をかけた。 「グラッツマン元帥、第3艦隊をサイフェルバン沖に突入させられないかね?」 7月13日 午前0時 バーマント公国首都ファルグリン郊外 ここはファルグリン郊外の森の中にある墓場。普段は誰も通らないひっそりとした場所である。 その墓場のすぐ近くにある貧相なボロ屋に、髭面の男は待っていた。 「来るのが遅いですね。」 髭面に対して、敬語で痩身の男がそう話した。 「あの人は普段忙しいからな。それに遅いのはいつものことだろう。」 髭面の男はニヤリと笑みを浮かべながらそう言った。 「それにしても、毎回思うことなのですが、集合場所が墓場の近くというのはもう止しませんか? なんか幽霊が出てきそうで嫌なのですが。」 「馬鹿野郎。幽霊が何だ、むしろ幽霊なんかかわいいほうだ。本当に怖いのは人間なのだよ。 命令ひとつで何の罪も無い国を潰そうとするのだからな。」 髭面の男が淡々とした口調で言う。 「馬鹿げている。全く馬鹿げている。疑心暗鬼で他国に攻め込むなんて、愚か者のすることだ。 いくらヴァルレキュアの技術革新が進んでいようと、明らかにバーマントに攻め込もうとはしなかった。 しかし、統一したい欲望に皇帝陛下は溺れて、この国の歴史に大きな影を作ってしまった。 そんな時に異世界軍が現れるのは、神が天罰を与えたからさ。」 「その天罰を、我々が味合わされているというわけですね。」 「ああ、そうだ。たかが欲望のために、外国民や臣下を狂気に等しい戦争で殺しまくる。 本当に馬鹿げている。」 髭面の男はそう言うと、深くため息をついた。 その時、ドアを叩く音が聞こえた。 「誰だ?」 痩身の男が聞くと、外から返事があった。 「皇帝陛下は大逆人だ。」 髭面と痩身は互いに顔を見合わせ、頷いた。 「いいぞ、入れ。」 髭面がそう言うと、ドアがぎいっと音を立てて開いた。ひんやりとした夜風が吹き込んだ。 黒いフード帽をつけた男が入ってきた。 「待たせて申し訳ありません。」 「いや、いいんだ。あんたは重要な職種についているんだからね。どうだ、何かバレた兆候はないか?」 「いえ、今のところ何もありません。それにしても毎回ここの集合場所は何かいるのかといつも心配になりますよ。」 「なあに、今のところ幽霊なんか出ていないよ。心配しなさんな」 そう言うと、髭面はガッハッハッ!と豪快に笑った。 「おーい!君の兄さんが来たぞ!」 髭面は大きな声で奥を呼びかけた。奥からは長髪の女性が出てきた。 「兄さん!」 長髪の女性は、フード帽を見るなり走りより、抱きついた。 「お前か。久しぶりだな、元気だったか?」 「ええ、元気よ。兄さんこそ元気そうね。」 長髪の女性はニカっと笑い、互いの再会を喜んだ。再会の喜びもそこそこに、髭面の男が本題を切り出した。 「所で、宮殿のほうはどうなのだね?」 「ひどいです。」 フード帽は、途端に苦々しい表情でそう言った。 「昨日の会議で、皇帝陛下は空中騎士団の増援を中止しましたよ。」 「なんだ、それなら別に酷くは無いと思うが?」 「問題はここからです。空中騎士団の増援は中止になりましたが、代わりに海軍の第3艦隊が、 サイフェルバンに派遣されることになりました。」 「第3艦隊だって!?」 髭面は驚いた表情でそう叫んだ。 「そうです。さらに詳しく言うと、第3艦隊派遣の原因はエリラ皇女にあります。」 「またあの馬鹿娘が口を出したのか。」 髭面はため息混じりにそう呟いた。第3艦隊とは、バーマント公国屈指の打撃艦隊で、 重武装戦列艦ザイリン級5隻を基幹に中型戦列艦6隻、最近配備されたばかりの高速戦列艦3隻、 小型戦列艦12隻、小型高速戦列艦8隻、合計34隻の大艦隊である。 ザイリン級は米海軍で言う戦艦の艦種で、速度は燃料が石炭であるにもかかわらず23ノットという 信じられないスピードを出せる。 主砲は33・8センチ砲10門を持ち、ヴァルレキュア戦では、第3艦隊が、当時ヴァルレキュア領 だったクロイッチの要塞砲と激しい撃ち合いを演じ、これに勝利している。 その他の艦も26ノットのスピードを出せ、高速戦列間にいたっては、先の第1次サイフェルバン沖海戦で 数の優位性もあるが、米軽巡モービルとデンヴァー、駆逐艦マグフォードを叩きのめした侮れない敵である。 だが、いくら優秀な艦が揃っている第3艦隊でも、それをさらに上回る艦を山ほど持っている米艦隊相手には、無謀もいいところである。 「既に皇帝陛下が作戦の立案を命じました。」 「・・・・・・・・」 髭面は目を覆った。これでまた多くの命が散ってしまうだろう。いくら重職にあるフード帽でも、 むやみに反対意見を唱えれば、たちまち投獄されてしまう。 「こうなる犠牲がまた新たに出る前に、早く革命をやらなければ!」 痩身の男が拳をあげて髭面に言う。 「だからこうして集まっているのだ。だが、最初はこのように少数のほうがいい。そうじゃないと、 官憲に見つかって終わりだ。」 「焦りは禁物です。今は徐々にやっていくしか。」 長髪の女性もそう言う。 「そうです。今しばらくは辛抱するべきです。」 フード帽も同じことを言った。 「そうだな。そのためには、まずは情報だ。さて、次の情報だが・・・・」 髭面はフード帽から新たな情報を聞き出そうとした。 密会は40分続いた。 「とりあえず、今日はこれまでにしておこう。」 髭面は今日の密会を終わることを告げた。 「これからも苦難の連続になるだろう。だが、革命の成就まで我々が、他の同志達と共に味わった事は、 これからのバーマント、そして大陸にとってもかけがえの無いことになるだろう。バーマント公国に栄光あれ。」 髭面がそう言うと、他のメンバーも最後の言葉を唱和した。 4人はそれぞれバラバラになって散っていった。夜はまだまだ深い。 (革命のため、そして俺と妹のためにも、失敗は許されない。) フード帽の男、ミゲル・アートルは改めてそう決心した。
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848 :創る名無しに見る名無し:2014/06/02(月) 23 42 02.86 ID jy5VWoMx 青の平原・・・・空中大陸の端に位置する平原で、魔鉱石の影響か降水量が少なく、晴天が続く土地で、これと言った 特産物も無いため、ソラビトに取って特に重要でもない空中大陸の一角と言う認識しか無い。 しかし、空中大陸に足を踏み入れた斑のリクビトは、この平原に集まり、異形の鎧虫を従えて、奇妙な魔導具を持ち込んでいた。 「ふむ、彼らは彼らの空の領域を持つらしいが、そこに我らが乗り込んできたと言うのか?」 「お父様、正確に翻訳できたわけではないのですが、彼らは元々別の世界に居て、天災によってこの世界に放り出されたらしいのです。」 「そして、偶々我々の移動ルートと被ってしまったと、お互い災難ではあるな、しかし、千と数百年間、我々はこの道を通ってきたのだ、後からやって来た者たちに彼是言われる筋合いはないだろう。」 「航路を修正できない事を告げると落胆していましたが、空の領域を持つ者同士、国交を結ぼうと彼らは言いました・・・。」 「しかし、大使館は用意出来ぬぞ?大地を捨てた時点で我々は腕を翼に変え、3本の指に辛うじてリクビトと同じ自由さを残し、物を作る事を止めたのだ、今更石切りなど出来る筈もない。」 「それは、彼らが用意すると、何でも大きな鳥をとめるための平らな石の道を作り、その近くに大使館を置こうと言うのです。」 「大きな鳥・・・例の怪鳥か?あれに乗って此処に来ると言うのか?」 「それよりも、もっと大きなものだと・・・あれほど大きな鳥より更に上をいくものが存在するとは・・・。」 「ふむ、何にせよ、彼らも空を飛べる以上、鎖国と言う選択も、もはや選ぶことも出来まいさ、彼らに伝えるがよい、大使館の建設の許可をすると・・・。」 「はい」 「(青の平原は、石材も木材も無い土地だ、果たして彼らにそれが出来るのか?)」 「大陸の端で、比較的地層も薄いが、十分に飛行機の離着陸に耐え得る強度を持つと・・・。」 「飛行場を建設するとなると、重機の持ち込みが必要になりますね・・・・。」 「あぁ、それに関しては、上の方で話をつけるらしいな」 「もし此処に出来た場合、着陸するときに空島を追いかけながら着地する事になりますね。」 「鈍足だが、向こうも移動している分、難易度も高そうだ。」 「まだまだ調査するべき所は多いです、空港と大使館を用意するにも、適している場所を見つけないと意味がありませんからね。」 後日、斑のリクビトが再び、青の平原に集まり、先日とは打って変わって慌ただしく活動をしていた。 「何やら騒がしいな、彼らは一体何をしているのだ?」 「分かりません、空を眺めては何かを耳に当て呪文の様なものを唱えている様ですが・・・。」 「大がかりな魔法を使おうとしているのかもしれんな、空をしきりに気にしている辺り天候に関係する魔法かもしれん。」 「何かを置いている?」 「まさか、建物が生える種でも植えているのでは無いだろうな?あれ程の怪物を従えているのだ、その様な物を持っていても不思議ではない。」 暫くすると、リクビトが眺めている空の方向に、奇妙な違和感を感じ、空の民はその方向に注視した。 前にも同じ事があった様な・・・そう、ニフォンの怪鳥が空の国に現れた時と同じ様な・・・。 黒い点が徐々に大きくなり、斑模様の巨鳥が数匹編隊を組んで、青の平原に現れ、轟音を響かせながら腹部から何かを生み落した。 「きゃああああぁぁーーー!!?」 「な・・何と!?」 「馬鹿な、巨大とは聞いていたが、あそこまで大きいなど・・。」 「何かを落としていったぞ?しかし、落ちる速さが妙に遅い?」 「斑のリクビトが、落下物に集まっている?」 「なぁぁぁっ!?鎧虫だ!黄土色の鎧虫が中から出て来たぞ!?」 「あれは、鎧虫の卵だったのか?一本腕の鎧虫とは・・・なんと面妖な・・・。」 斑の巨鳥・・・・C-130H輸送機は、重機と建築資材のコンテナを誘導ビーコンの位置に投下し、空中大陸を横切り空の彼方へ消えて行ったが、その巨体が故に、多くのソラビトに恐怖心を与えたという。 後に、空中大陸に空港と大使館を建設した日本は、空の国と国交を結び、世界を一周する空中大陸に観測機を持ち込み、観測衛星の代わりに利用し、低コストで大量の地形情報を集める事に成功した。 あとがき ぐふっ・・・・駄目だ、知らない事が多すぎて、まともに書けないOTL あ、投稿した後気づいたけど、国交を結んだ後に大使館と空港を建設したんだったOTL(この書き方だと勝手に作った後に国交結んだ事になるぞっ? 一応空の国の大使館も日本に置いております。わ・・・私の脳味噌のライフはゼロよ! 異世界の魔物を駆除しつつ、魔物の肉を食糧源にできないかなぁ・・・。(森を砂漠に変える数と食欲の巨大なイナゴ型の魔物とか 人工衛星 日本が主張するすべての領域は転移しています。また、史実通りの日本と思っていてください。(ただし、新世界の首相は不明という事で ただ単に打ち上げるタイミングが悪く、打ち上げた直後に転移が発生してしまった為、今現在、作っている最中という事です。 浮島を撃墜すべきか 日本の勝手な都合で罪もないソラビトの土地を撃墜するわけにも行きませんしね。 なんだったら、利用するものはとことん利用してやると言う感じで進んでゆくのが良いでしょう。
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第48話 リルネ岬沖の決闘(後編) 1482年 10月24日 午後3時 リルネ岬南西沖480マイル沖 シホールアンル帝国海軍第22竜母機動艦隊は、リルネ岬沖南西の海域を、時速11リンルの速度で航行していた。 旗艦ゼルアレの艦橋では、司令官であるルエカ・ヘルクレンス少将が幕僚達と話し合っていた。 「一応、第2次攻撃隊を出すんだが、それにしても、結構な数のワイバーンがやられちまったな。」 ヘルクレンスは、紙に書かれた内容を見つめて、先から複雑な表情を浮かべていた。 第22竜母機動艦隊は、午前中にアメリカ機動部隊に向けて攻撃隊を出した。 この竜母部隊は、旗艦ゼルアレが戦闘ワイバーン24騎、攻撃ワイバーン32騎。 寮艦リギルガレスが戦闘ワイバーン26騎、攻撃ワイバーン40騎積んでいた。 攻撃隊は、戦闘ワイバーン30騎、攻撃ワイバーンの全力で編成されている。 攻撃のタイミングはピッタリであり、空母レンジャー級1隻、巡洋艦1隻を撃沈。 空母1隻大破、巡洋艦1隻中破、グラマン7機撃墜の戦果をあげた。 だが、帰還して来たワイバーンは、出撃前と比べてかなり減っていた。 ゼルアレに帰還したワイバーンは、戦闘ワイバーン9騎に、攻撃ワイバーン16騎。 リギルガレスは戦闘ワイバーン11騎、攻撃ワイバーン21騎。 実に戦闘ワイバーン10騎、攻撃ワイバーン33騎を失ったのだ。 そして、使用不能と判断されたワイバーンは攻撃ワイバーン5騎。 損耗率は5割近くに達する。 たった1度の攻撃でこれほどの犠牲が出たのである。 ちなみに、第24竜母機動艦隊から出撃したワイバーン隊も大損害を受けている。 出撃した戦闘ワイバーン72騎、攻撃ワイバーン98騎。 帰還したワイバーンは、戦闘ワイバーン52騎、攻撃ワイバーン53騎である。 「再出撃が可能なワイバーンは32騎。これでは、残りの敵空母を攻撃しても、撃沈できるかどうか・・・・」 幕僚の1人が、憂鬱そうな口調でヘルクレンスに言う。 「だが、竜騎士達は攻撃させてくれと言って来ている。お前達も見ただろう?」 10分前、突然竜騎士達が艦橋に押しかけてきて、艦長とヘルクレンスに第2次攻撃を強く要望してきた。 「敵空母5隻のうち、1隻は撃沈し、3隻は大破させました。残るはあと1隻です!確かに、アメリカ機動部隊の 対空砲火はかなり激しい。しかし、あと1隻の空母を沈め、いや、飛行甲板を破壊すれば、敵は艦載機が使えなく なります!そうすれば、戦闘行動可能な空母を失ったアメリカ艦隊は必ず撤退します!」 竜騎士達は掴みかからんばかりの勢いで言って来たが、ヘルクレンスは答えを出さず、検討すると言って彼らを追い返した。 それから、彼らは第2次攻撃隊を出すかどうかを話し合っているのだが、現実は厳しい。 「半数以下に減ったワイバーンで敵空母を攻撃しても、攻撃隊の損耗ぶりから見ると、沈める事は難しそうです。」 主任参謀が言う。 彼は内心、攻撃隊を出したくは無いと思っている。 しかし、同時に残り1隻の空母を仕留めたいという気持ちもある。 「分かってるよ。確かに、沈める事は難しいだろう。だが、甲板に穴を開ける事は出来る。 要は、アメリカ野朗の飛空挺が飛ばないようにすればいいんだ。そうすりゃ、しばらくは安泰だ。」 ヘルクレンス少将は、ニヤリと笑みを浮かべた。 「第2次攻撃隊を発進させる。目標は、無傷のアメリカ空母だ。」 彼は決心した。それから、第22竜母機動艦隊は、第2次攻撃隊の発進準備を急いだ。 午後3時20分、新たなる戦いに挑もうとしていた第22竜母機動艦隊の上空に、1機のドーントレスが現れた。 午後3時20分 第15任務部隊旗艦空母ワスプ 「7号機から入電。我、艦隊より南西海域、方位230度方向に敵機動部隊発見。距離は220マイル。 敵は艦隊に竜母2隻を伴う。司令官、ついに見つけました!」 参謀長のビリー・ギャリソン大佐は弾んだ声音で、ノイス少将に言った。 「うむ。この報告を、直ちにTF16、17に伝えろ。それから第2次攻撃隊発進準備を急がせろ。」 彼は、急いで他の任務部隊にも情報を送らせた。 ヨークタウンとエンタープライズの修理は、攻撃隊が戻って来た午後2時50分には終わっていた。 両空母の応急修理班はよく働き、約束通りの時間に穴を塞いでくれた。 戻って来た攻撃隊は、乗員の歓呼を浴びながら無事、母艦に足を下ろす事が出来た。 攻撃隊の損害は少なくなかった。 TF16は、F4F48機、SBD40機、TBF32機を出した。 帰還機は、エンタープライズがF4F17機、SBD12機、TBF12機。 ホーネットがF4F23機、SBD14機、TBF13機。 TF17は、F4F36機、SBD36機、TBF28機が出撃。 帰還機は、ヨークタウンがF4F14機、SBD11機、TBF12機。 レンジャーがF4F10機、SBD12機、TBF10機。 そして、TF15ワスプの帰還機がF4F8機、SBD10機、TBF10機。 現地で被撃墜、途上で脱落、海没した機はF4F24機、SBD28機、TBF17機。 そのうち、ホーネット所属機、レンジャー所属機はヨークタウン、エンタープライズ、ワスプに入るだけ収容された。 そのお陰で、ヨークタウン、エンタープライズ、ワスプはフル編成に戻ったが、入り切らぬ艦載機は全て海没処分された。 喪失機は、艦隊上空で行われた空戦で撃墜された14機のF4Fと、修理不能と判断された機、ホーネットで焼失した分、 レンジャーと共に沈んだ機も合わせて、計178機に上った。 決戦前には462機いた艦載機のうち、4割ほどを一挙に失ったのである。 これは余りにも痛すぎる損害であった。 だが、中破したヨークタウンとエンタープライズは応急修理で甦り、ワスプも健在である。 艦載機は284機を保有しており、まだまだ戦える。 「攻撃隊の発進準備はどうか?」 ノイス少将は、航空参謀に聞いた。 「発進準備はあと1時間で終わります。」 「そうか。」 航空参謀の答えに、彼は満足気に頷いた。 ワスプは、攻撃に参加していなかったドーントレス4機、アベンジャー4機のうち、ドーントレス4機を索敵に出していた。 残ったアベンジャーは雷装のまま待機させた。 その他、ワスプに着艦してきた艦載機のうち、再出撃が可能と判断されたドーントレス16機、 アベンジャー12機に爆弾、魚雷を搭載中である。 この他に、TF17のヨークタウンも、ドーントレス14機、アベンジャー16機が再出撃可能であり、 これも1時間後に出撃が可能となる。 その一方で、TF16のエンタープライズは敵輸送船団の索敵を行うため、2時頃にドーントレス3機、 3時頃にアベンジャー4機を発艦させている。 その一方で、ハルゼー中将は、ミスリアル沖に展開している潜水艦部隊の報告を心待ちにしていた。 潜水艦は第18、19任務部隊の合計30隻がバゼット半島周辺や艦隊の側方警戒に配置されているが、 その潜水艦部隊も、未だに敵輸送船団を発見出来ないでいる。 「輸送船団の事も気になるが、後方の敵機動部隊も脅威だ。こいつらを速めに片付けておかないと、後々面倒な事になるからな。」 「依然として、敵はワイバーンを保有していますからな。夕方までには決着をつけませんと。」 「夕方までか。私としては、今すぐにでも後ろの敵さんを片付けたいよ。敵船団の攻撃に、エンタープライズのみの 攻撃隊では足りなさ過ぎる。敵は500隻だ。ボストン沖海戦では、レンジャーとヨークタウンがマオンド軍の輸送船団を 存分に痛めつけたが、艦載機のみで沈めたのは200隻中50隻程度だ。これがビッグEのみなら撃沈できる船は もっと少なくなる。だから、私は早めに敵と決着を付けたいのだ。」 最も、夜までに敵船団を見つけなければ、攻撃できるかどうかも分からんが・・・・・ ノイス少将は、最後の一言は言葉に出さなかった。 「今は、攻撃隊が発信準備を整えるまで待とう。」 午後4時30分 リルネ岬沖南南西110マイル沖 「司令官。TF15、16より第2次攻撃隊発艦しました。」 司令官席に座るウィリアム・ハルゼー中将は、不機嫌そうな表情崩さぬまま頷いた。 「これで、背後に隠れていたシホットの竜母はなんとかなるだろう。あとは、どこぞに雲隠れした輸送船団だが・・・・」 彼は艦橋の前をずっと見続ける。 リルネ岬の北200キロにあるノーベンエル岬。その沖合いにシホールアンル側の輸送船団がいる事は確かだ。 だが、どの海域にいるのか、ノーベンエル岬からどの方向の海域にいるのかが全く分からない。 数時間前に攻撃した敵機動部隊の動向は、潜水艦から報告があった。 報告によると、竜母3隻、戦艦1隻を含む有力な艦隊が北東方面に避退中のようだ。 これで、当面の脅威は去った。 次の目標は輸送船団である。その輸送船団は、どこを目指し、どこにいるのだろうか。 「クソ!早い時期に海兵隊をミスリアルに入れておけば良かったかもしれんな。 そうすれば、陸上の航空基地と共同で、敵の艦隊を探す事が出来たろうに・・・!」 ハルゼーは苛立った口調でそう呟いた。 ふと、空を見てみる。 空は、まだ青空が広がっているが、日は大分傾いている。 気象予報班の報告によれば、今日の日没は6時半になると言う。 だとすると、攻撃隊を今から発艦させても、敵艦隊に取り付くのは良くて、日没前となる。 帰還時には、既に夜になっており、パイロットは不慣れな夜間飛行を強いられる。 まだアメリカ海軍の空母艦載機隊は、夜間飛行の訓練をあまり行っておらず、満足に夜間飛行をこなすパイロットはいない。 そのパイロット達に、不慣れな夜間着艦を強要できない。 「とりあえず、報告が入らん事にはどうにもならんな。」 ハルゼーはため息混じりに呟いて、報告を待った。 偵察機から報告が入ったのは、午後5時10分であった。 午後4時25分 リルネ岬沖南南西120マイル沖 「敵編隊接近!総員戦闘配置!」 第15任務部隊の全艦に突如警報が発せられた。 この時、TF15の南西70マイル沖に50騎以上の機影をレーダーが捉えていた。 すぐに、ワスプからF4Fが発艦し、敵編隊に向かって行く。 戦闘機隊の発艦からそう間を置かずに、F4Fとワイバーンが空中戦を始めた。 他の任務部隊からやって来たF4Fと合同で、敵編隊を叩くが、最終的に23騎の攻撃ワイバーンが TF15の輪形陣に迫って来た。 「敵編隊艦隊の左舷側、方位260度より急速接近中!」 CICで、レーダー員が緊張に声を上ずらせながら、艦橋に報告する。 ワスプの左舷後方に位置する軽巡洋艦クリーブランドは、向けられる5インチ連装両用砲を左舷に向けた。 「来たぞ。シホット共がよだれを垂らしながらワスプを見てやがるぜ。砲術長!VT信管は各砲塔に回したか!?」 艦長のトレンク・ブラロック大佐は、快活な声音で電話の向こうにいる砲術長のジョシュア・ラルカイル中佐に聞いた。 「各砲塔に一定量の砲弾を回してあります。時限信管と一緒に発砲する予定です。」 「OK!VT信管の実戦テストだ。観測班にしっかりデータを取れと言ってやれ。」 「アイアイサー」 そこで、電話が切れた。 やがて、ワイバーン群が輪形陣の左側から進入してきた。 ワイバーン群は400キロ以上のスピードで、高度4000メートルほどの高さから一気に駆け抜けようとする。 そこに高角砲弾が炸裂し始めた。ワイバーン群の周囲に、無数の高角砲弾が炸裂し、黒い小さい煙が一面に広がる。 だが、ワイバーン群は数が少ない事をいい事に、飛行機では出来ぬ機動を繰り返して高角砲弾の破片に当たるまいとする。 それでも、1騎のワイバーンの至近に高角砲弾が炸裂し、そのワイバーンはバランスを崩して墜落していった。 激しい対空砲火だが、駆逐艦群があげた戦果は、今の所1騎のみだ。 前方の軽巡ナッシュヴィルが高角砲を撃ち始めた時、 「両用砲、撃ち方始め!」 ブラロック大佐は大音声で命じた。 左舷に向けられていた、5インチ砲8門が発砲を開始する。 各砲塔2本の砲身が、4秒置きに1発の割合で交互に射撃を繰り返し、ワイバーン群の周囲により一層、多くの砲弾が集中する。 唐突に、先頭のワイバーンの至近に2つの爆煙が沸き起こる。 その瞬間、翼を分断されたワイバーンは錐揉みとなって墜落していく。 3番騎も高角砲弾に引き裂かれ、1番騎の後を追うかのように海面に突っ込んだ。 「いきなり2騎撃墜か!テスト開始早々、戦果を挙げたか!」 ブラロック大佐は満足気な笑みを浮かべて、初戦果を上げた砲術を褒める。 「砲術!いいぞ、その調子だ!」 その後も、ワイバーン群は進み続けるが、これまでより一際激しい対空砲火に次々と撃ち落されていく。 クリーブランドが放つVT信管は、額面通りに作動しない砲弾もあり、普通の時限信管と同じように 見当外れの位置に爆発する物もある。 が、額面通り作動した砲弾は、ワイバーンの至近距離で炸裂し、ワイバーンと竜騎士に無数の破片を浴びせてずたずたに引き裂いていく。 これに、他の巡洋艦の高角砲も加わる。 この輪形陣でも、やはりアトランタ級軽巡の砲撃は凄まじかった。 アトランタ級軽巡サンディエゴは、他の姉妹艦と同様、5インチ砲14門を乱射して、敵のワイバーン群を高射砲弾幕に捉えていく。 正確無比のVT信管や、機関銃の如く放たれる高角砲弾に、ワイバーン群はこれまでにないペースでバタバタと叩き落されていく。 だが、それでも全てを落とす事は至難の業であった。 残る8騎のワイバーンが、1本棒となってワスプに急降下して行った。 「機銃、撃ち方始め!」 砲術長のラルカイル中佐が、鋭い声音で各機銃座に指示を飛ばす。 クリーブランドの右舷に配置されている40ミリ連装機銃4基、20ミリ機銃10丁が猛然と撃ちまくる。 40ミリの図太い火箭がワイバーンの横腹に吸い込まれる。 その次の瞬間、ワイバーンの胴体が真っ二つに別れ、血を撒き散らしながら海に落ちていく。 VT信管の炸裂をすぐ後ろに受けたワイバーンが、背面を切り刻まれて、無念の雄叫びを上げて墜落していく。 ワスプ上空に打ち上げられる弾幕に次々と討ち取られていくが、ワイバーンはそれを振り切ってワスプに接近していく。 ワスプが急に、左に艦首を回してワイバーンの投弾コースから逃れようとする。 また1騎のワイバーンが、機銃に撃ち抜かれて墜落するが、先頭のワイバーンは高度600付近で爆弾を投下した。 急転舵するワスプの右舷側海面に水柱が吹き上がる。 次いで2番騎の爆弾が右舷後部舷側付近に落下して、衝撃が14700トンの艦体を小突き回す。 3番騎の爆弾は左舷側海面に落下する。 「もう少しだ!頑張れ!」 誰もが、全弾回避してくれと、ワスプの奮闘を見守る。 4番騎の爆弾も見事にかわし、右舷側海面に無為に海水が吹き散らされる。 このままワスプの強運が打ち勝つと誰もが確信した時、いきなり飛行甲板の前部に黒い粒が刺さったと見るや、 そこから火柱が上がった。 火柱は黒煙に変わり、被弾箇所から多量の煙が吹き上がって後方にたなびいていく。 「ああっ、ワスプが!」 ブラロック艦長は、呻くような声でそう言った。 最後の最後で、ワスプは被弾してしまったのだ。 敵弾は第1エレベーターから8メートル後ろに離れた位置に突き刺さった。 飛行甲板を貫通した爆弾は格納甲板に踊りこみ、そこで炸裂した。 炸裂の瞬間、前部に集められていたF4Fのうち、7機が爆砕され、爆風が格納庫の周囲に損傷を与え、 飛行甲板の穴を押し広げた。 だが、ヨークタウン級並みか、それ以上の装甲を施された防御甲板は敵弾の貫通を許さず、事前に格納庫の シャッターを開けていた事も幸いして、爆風の過半は艦外に放出された。 このため、ワスプの被害は傍目よりは少なかった。 ワスプは黒煙を噴きながらも、前と変わらぬスピードで航行している。 その事が、護衛艦の艦長たちを安心させた。 「どうやら、ワスプの被害はそれほど深刻でもないようですぞ。」 副長のラリー・ウェリントン中佐がブラロック艦長に言って来た。 「命中箇所は、あの位置からすると第1エレベーターより後ろ側ですな。あの位置ならば、甲板に穴が開いた だけなので、鎮火すれば応急修理が可能です。それに、命中弾は500ポンドクラスが1発だけですから、 被害は思ったより軽微でしょう。」 「なるほど。となると、ワスプは母艦機能を維持できると言う事か。なら安心だな。」 ブラロック大佐は、そう言ってホッと息を吐いた。 この攻撃で、米側はF4F6騎を撃墜され、ワスプが命中弾1を被ってしまったが、火災は20分ほどで 消し止められ、破孔は40分後に、応急修理で塞がれた。 第22竜母機動艦隊が放ったワイバーンは総計で54騎であったが、帰還の途につけたのは、 戦闘ワイバーン7騎と、攻撃ワイバーン3騎のみであった。 午後5時50分 リルネ岬沖南西340マイル沖 「リギルガレスと駆逐艦2隻が沈没。このゼルアレが大破か・・・・・また酷くやられたもんだな。」 第22竜母機動艦隊の司令官である、ルエカ・ヘルクレンス少将は、乾いた口調でそう呟いた。 30分前に、彼の艦隊はアメリカ軍艦載機に攻撃された。 艦隊はよく戦ったが、リギルガレスがヨークタウン隊の集中攻撃を受け、爆弾4発、魚雷4本を左舷のみに受けて沈没。 ゼルアレも爆弾5発、魚雷1本を左舷に受けて大破された。 この他に、駆逐艦2隻が爆弾を浴びて沈没し、艦隊の隊形は大きく乱れていた。 「司令官。ワイバーン隊からは、ワスプ級空母1隻に爆弾を命中させましたが、爆弾1発のみでは戦闘能力を奪ったか 否か、微妙な所です。ここは、攻撃隊を収容後にエンデルドに戻り、再起を図ったほうがよろしいかと。」 「もちろんさ。ワイバーンの数がこんなに減ったんじゃ、満足に戦えない。でも、今回の海戦では、 敵も全ての空母に手傷を負わされている。俺達は、敵の機動部隊相手にほぼ互角の戦いが出来た事になるな。 確かに満足いく戦果ではねえが、それは敵も同じだろう。お互い、目的は敵の母艦を全て沈める事だったはずだ。」 ヘルクレンスはそう言いながら、敵味方が受けた損害を思い出していた。 味方の竜母部隊は、合計で3隻の竜母を失い、4隻が大中破している。ワイバーンの損害は300騎を超える。 だが、こっち側に大打撃を与えたアメリカ側も、正規空母2隻を失い(ホーネットを撃沈したものと誤認) 2隻を大破、1隻を中破させられ、巡洋艦1隻撃沈、1隻中破させ、飛空挺の損害は200機を超えるだろう。 戦術的にはややこちらの不利だが、手持ち空母を全て傷付けられたアメリカ機動部隊は、輸送船団に対して 航空攻撃を思うように仕掛けられない。 空母部隊が引っ込んでいる間、こちら側はミスリアル西部に上陸部隊を上げる事が出来る。 つまり、肝心の上陸作戦は成功裡に終わる事になり、戦略的な勝利はシホールアンル帝国が得ることになる! そして、ミスリアルの魔法都市ラオルネンクを占領し、魔法技術を奪えば、今日の大海戦で失われた将兵も浮かばれるに違いない。 「結果的にはこちらの不利だが、まともにぶつかれば、アメリカ側も大損害を受ける事は避けられぬと 分かったはずだ。それだけでも、今回の海戦で得られた教訓は大きい。」 「では、攻撃隊が帰還した後は、艦隊をエンデルドに戻してもよろしいですね?」 「ああ。ここは一度戻って、兵達をゆっくり休ませよう。」 ヘルクレンスは主任参謀にそう返事した。 「それにしても、リリスティの姐さんが負傷するとは思わなかったな。指揮は第2部隊のムク少将が引き受け、艦隊は北東に避退中 である事は既に確認済み。第24から輸送船団に回された戦艦と巡洋艦は何時ぐらいに合流する?」 「予定では、夜の7時あたりに船団護衛の艦隊と合流する予定です。万が一、アメリカ軍の戦艦が襲ってきても、 あちらは3隻、こっちは6隻ですから船団に近づけませんよ。」 「船団護衛に関しては万全と言う訳か。怖いのは敵の潜水艦だな。海軍の大半の艦艇に、生命反応探知装置が行渡ってはいるが、 深深度に潜り込まれたら使えんからな。」 「確かに。司令官、とにかく急いで艦隊を集結させましょう。各艦ともバラバラになっています。」 主任参謀の提案にヘルクレンスは頷き、各艦に集合の指示を伝え始めた。 潜水艦のノーチラスはこの日、作戦中の機動部隊の側方警戒の任を帯びて、機動部隊より南西200マイルの海域を航行していた。 艦長のトーマス・グレゴリー少佐は艦橋で他の見張り員と共に周辺の海域を捜索していた。 「艦長、TF17を襲った敵機動部隊は、機動部隊より南西側の海域にいるみたいですぜ。」 グレゴリー艦長の隣で見張りをしている哨戒長が、彼に言って来た。 「俺も聞いたよ。レンジャーが沈められたらしいな。ハルゼー親父は恐らく、カンカンに怒って、南西側の海域に 偵察機を飛ばしているだろう。残りのシホットは、機動部隊がさっさと片付けちまうだろうよ。」 「機動部隊がですか・・・・・機動部隊がやるのもいいですが、たまには自分達も大物を食ってやりたいですな。」 哨戒長は半ば本気、半ば冗談の口調で言った。 「その気持ちは分かるな。潜水艦屋は、水上艦乗りの奴らからはどこか見下されているからなぁ。 俺もたまには考えているよ。一度でいいから、戦艦か空母を沈めて、そいつらを見返してやりたい、と。」 そう言ってから、グレゴリー少佐は肩をすくめる。 「まっ、その考えがすぐに実現できれば、俺は嬉しいのだがね。人間、高望みする奴に限ってよくよく運が 無いからな。戦争に生き残っていくには、焦らず、目立たず。ごく普通がいいのさ。」 「ごく普通ですか。自分としてはもちっと、理想を高くしてもいいと思うんですがね。」 「ふむ。それもそうか。」 「私としては、念願のアイスクリーム製造機が配備されたので充分満足してますが。」 「哨戒長!言ってる事が普通ですぜ。もっと高望みしないと!」 右舷を見張っていた水兵がニヤニヤしながら、言葉の矛盾を突いてきた。 「だまっとれ!人間と言う生き物はな、心変わりがしやすいんだよ。 この野郎、あれこれ口出しすると、海に放り込んじまうぞ!」 哨戒長は水兵の首根っこを掴んで、海に落とす真似をする。もちろん本気ではなく、哨戒長もにやけながらやっている。 その行動に、見張りに立っている水兵達が笑い声を上げた。 艦長も思わず微笑んだ。その時、 「艦長!レーダーに反応です!」 突然伝声管からレーダー員の声が聞こえた。 「レーダーに反応だと?どこからだ?」 「南西の方角、方位260度から飛行物体です。距離は20マイル」 「南西の方角からか。明らかに敵だな。」 グレゴリー艦長は確信した。南西の方角に味方機動部隊はいない。 だとすると、TF17を襲った敵機動部隊から発艦した、第2次攻撃隊であろう。 「急速潜行!」 グレゴリー艦長はすぐにそう命じ、見張り員達を全員艦内に入れた。 それからノーチラスは、潜望鏡深度で敵編隊が通り過ぎるのを待っていた。 「敵編隊、通り過ぎました。」 レーダー員の言葉に、グレゴリー艦長は頷いた。それから、彼は副長に顔を向けた。 「副長、ちょっと来てくれ。」 彼は副長のアイル・ワイズマン大尉を呼びつけた。 2人は海図台の所まで移動した。 「さっき、シホールアンル側のワイバーンの編隊が通り過ぎていった。敵編隊は我が艦の南西20マイルの距離に現れた。 この敵編隊が味方の機動部隊を狙っているのは確実だ。恐らく、敵さんはこの方角の海域に潜んでいるのだろう。」 グレゴリー艦長は、チャートに赤い線を引いた。赤い線は、ノーチラスを中心に左右に伸びている。 右上には味方機動部隊の位置を示すマークが書かれている。赤い線は、敵編隊の進路を表している。 「敵ワイバーンの航続距離は500マイル。ですが、それはあくまでカタログ数値ですから、実際にはもっと近寄っている 可能性がありますね。理想的な距離として、約250マイル程度の距離が欲しい所でしょう。」 「と、すると。ノーチラスの近くに敵機動部隊がいるかもしれんな。」 グレゴリー艦長は唸るように言った後、しばらく考え事を始めた。 「艦長。もしや・・・・」 副長はまさかと思いながらも、グレゴリーに聞いてみる。 「おっ。分かったかね?」 グレゴリーは、自らの意図を察した副長に微笑む。 「そう。俺は大物を狙うと思っている。敵の竜母をな。」 「なるほど。」 副長は深呼吸をしてから、言葉を続ける。 「お言葉ですが、艦長。ノーチラス1艦のみで敵の機動部隊に飛び込むには、余りにも無謀かと思います。 敵艦隊には、最低でも8隻ないし10隻程度の駆逐艦がいます。敵の駆逐艦は、マオンド軍駆逐艦が持っている 生命反応探知装置を装備しています。ソナーと違って魔法石で動いているようですが、これに探知されると、 撃沈される可能性があります。」 「だが、その魔法使いの作った装置も、ソナーと同じように万能ではいない。」 グレゴリー艦長は怜悧な口調で言い返した。 彼の目は鋭く、一瞬ワイズマン大尉はその視線に射すくめられた。 「俺の友人に、イギー・レックスと言う男がいる。そいつは大西洋艦隊で潜水艦セイルの艦長をしているんだが、 俺は2ヶ月前にそいつと会ったんだ。そいつは俺に色々語ってくれたが、確かに敵駆逐艦のマジック・ソナーには 手を焼かされたと言っていた。だがな、同時に弱点も教えてくれたよ。」 グレゴリー艦長は、左手に丸まった紙を、右手に消しゴムを持った。 彼は紙を消しゴムの上に移動させる。 「この紙が敵駆逐艦。消しゴムが潜水艦だ。俺はレックスから聞いたんだが、敵の駆逐艦はマジック・ソナーで こっちの生命反応を探している。効力は潜水艦の深度が浅ければ浅いほど強力になる。深度20メートル程度の 海底にボトム(沈底)しても、見つかったら袋叩きだ。だが、このソナーも、深度40メートルあたりからは 効能が半減し、80メートル当たりだと敵艦は思うようにこちらを探せないらしい。」 彼は紙と消しゴムを移動しながら説明した。 「要するに、敵さんが来る時は、こっちは深みに潜ってやり過ごせばいいんだ。敵の駆逐艦が来たら、 その都度深く潜行してやり過ごし、去ったら浮上しつつ、目標に移動していく。難しいかもしれんが、 やってやれん事は無い。」 「艦長の言う事は分かりました。ですが、この海域にはノーチラスしかいません。他に味方が居ないのでは、 攻撃はおぼつかないでしょう。」 「うむ、確かになぁ。」 グレゴリー艦長は顎の無精髭を撫でながら頷く。だが、彼の表情は明るくかった。 「確かに、この海域には近くに味方は居ない。そう、今の時間はな。」 彼は不敵な笑みを浮かべながら、真上を指差した。 「だが、数時間以内には味方が敵機動部隊攻撃に向かう。恐らく、敵艦隊は艦載機の攻撃に回避運動を行うだろう。 その際、敵艦隊の陣形は崩れている可能性が高い。俺達はそこを狙って、味方が打ち漏らした巡洋艦か、竜母を沈める。」 「では艦長。本艦の向かう先は?」 「南西だ。」 グレゴリー艦長はそう言うと、艦の針路を南西、方位260度の方角に向けた。 それから、浮上航行で17ノットのスピードで向かっていたノーチラスは、途中味方空母艦載機の大編隊を発見した。 遠くの編隊はノーチラスに気付く間もなく、同じ方角を進んでいった。 10分後に、敵艦隊を視認したノーチラスは、再び潜行し、海中から忍び寄って行った。 午後5時40分 「潜望鏡上げ!」 グレゴリー艦長は、潜望鏡上げさせた。 ブーンという小さくも無いが、大きくも無い駆動音と共に、潜望鏡が上げられる。 やがて、音が鳴り止むと、彼は潜望鏡に取り付いた。 海面に突き出された潜望鏡が、ぐるりと回転する。回転は、とある方向にレンズが向いた時に止まった。 「いたぞ。敵艦隊だ。」 グレゴリー艦長は敵艦隊を確認した。 これまで、ノーチラスは味方機に攻撃され、必死にのたうち回る敵機動部隊の様子を、海中から伺っていた。 目には見えないものの、高速艦が鳴らす高速推進音に至近弾の爆発、そして、魚雷の重々しい炸裂音が何度も聞こえていた。 特に魚雷が炸裂する音は大きく、その音の数からして、敵の竜母1隻は沈没確実の被害を受けたと、誰もが確信している。 それ以上に、彼らにとって嬉しい事がある。 それは、敵が自ら、ノーチラスのいる海域にやって来た事である。 回避運動を繰り返した敵機動部隊は、知らず知らずのうちにノーチラスが航行していた海域にまで到達していた。 そして、グレゴリー艦長は確認のため艦を潜望鏡深度にまで浮上させたのである。 「信じられん。竜母だ!目の前に敵の竜母がいる!」 グレゴリー艦長は、嬉しい誤算を目の前にして喜びを抑え切れなかった。 潜望鏡の向こうには、ノーチラスから5000メートルの距離に、のっぺりとした平の甲板に、申し訳程度の艦橋の敵艦。 極上の得物である竜母が、艦首から白波を蹴立てて航行している。 ノーチラスに左舷を晒す形で航行する敵艦は、飛行甲板からは黒煙を噴いており、まだ損傷箇所の消火活動を行っているようだ。 幾分左舷側に傾いている事から、この敵艦は左舷に雷撃を食らい、艦腹に海水を飲み込んだのであろう。 「副長、見てみろ。」 彼はワイズマン副長に代わる。 「明らかに敵の竜母です。左舷に航空魚雷を食らったようですな。」 「ああ。速力はせいぜい12ノット程度だ。」 ワイズマン副長が潜望鏡から離れ、再びグレゴリー艦長が潜望鏡をのぞく。彼は竜母のみならず、周辺を見渡す。 いくつか、駆逐艦らしき護衛艦が複数点在していたが、いずれも距離は離れている。 しかし、その舳先はどれも竜母を向いていた。 「何隻か護衛艦が見える。どうやら旗艦の周りに集結中のようだ。潜望鏡下げ!」 グレゴリー艦長は潜望鏡を下げさせた。 あたら長い時間潜望鏡を露出すれば、敵艦に発見されて位置を晒す恐れがある。 「どうします?やりますか?」 ワイズマン副長は艦長に尋ねた。 現在、敵の竜母はノーチラス右舷前方から左舷側に向けて航行している。 敵はこちらに気付いていないのだろう、ちょうど面積の大きい舷側をノーチラスに晒す格好である。 願っても無い雷撃の機会だ。 「俺達はツイているようだな。副長、やるぞ!」 グレゴリー艦長は真剣な表情で副長に言った後、電話で水雷室を呼び出した。 「水雷室!」 「はっ。こちら水雷室です。」 「今から敵艦を攻撃する。魚雷発射管1番から4番まで発射する。」 「1番から4番までですな。分かりました!」 電話の向こうの水雷長は弾んだ声でそう言うと、電話を切った。 グレゴリー艦長は、敵艦隊を視認した後、予め水雷室に魚雷発射管に魚雷を装填させるよう命じていた。 ノーチラスの前部発射管のうち、1番から4番発射管には、既に魚雷が装填済みであった。 それから6分後、6ノットのスピードで前進を続けたノーチラスは、再び潜望鏡を上げた。 潜望鏡が海面に突き出され、レンズがとある方向でピタリと止まる。 「ようし、竜母はまだいる。絶好の射点だぞ!」 敵の竜母は、ノーチラスから4500メートルほどの距離を、先とほぼ同じ状態で航行している。 違う所といえば、先はやや斜め前から見ている格好であったのに対して、今は横側から見る格好である。 「目標、艦首前方の敵母艦。距離4500メートル。雷速44ノット。水雷室、発射準備いいか?」 グレゴリー艦長は水雷室を呼び出した。 「艦長、発射準備OKです!いつでもどうぞ!」 彼は躊躇わず、発射命令を下した。 「魚雷発射!」 その命令の直後、1番発射管と3番発射管から魚雷が放たれ、2秒後に2番、4番発射管から魚雷が撃ち出された。 12ノットという、のんびりしたような速度で航行していく竜母の横腹に、4本の航跡が吸い込まれるように進んでいく。 (あれなら全部命中するな) グレゴリー艦長はそう確信しながら、すかさず次の命令を下す。 「潜望鏡下げぇ!急速潜行!」 「潜望鏡収納、急速潜行、アイアイサー!」 ノーチラスの2730トンの艦体は、徐々に深い海中に沈み始めた。 潜行開始からそう間を置かずに、ズドーンという、くぐもったような爆発音が聞こえた。 「魚雷命中です!」 ソナー員のベンソン1等水兵が大声で報告して来た。喜ぶ間もなく、またズドーンという魚雷炸裂の音が聞こえて来た。 「もう1本命中!」 次の瞬間、ノーチラスの艦内で歓声が爆発した。 「やったぞ!シホットの軍艦を叩き沈めてやったぞ!」 「これで水上艦の奴らに胸を張って言い切れるぜ。」 「2本も命中すれば手負いの敵艦なぞ轟沈だ!シホットめ、サブマリナーの意地を思い知ったか!」 初めての敵艦撃沈に、ノーチラスの乗員たちは喜色満面でそれぞれの感想を口にする。 「浮かれるのはまだ早いぞ!」 乗員達の心中を察したグレゴリー艦長がすぐに、天狗になった彼らの気持ちを戒めようとする。 「これからは護衛艦の攻撃があるかも知れんぞ。シホット艦から遠く離れるまで、決して油断するな!」 グレゴリー艦長の言葉をこれだけであったが、すぐに乗員達の興奮は収まった。 「これから本艦は、この海域から離脱する。各員、これまで通り持ち場で義務をこなしてくれ。」 艦長はそう言って、マイクを置いた。 「しかし、2本のみ命中とはな。俺はてっきり、4本とも命中したと思ったんだが。」 グレゴリーは頭を捻りながら、そう言う。 すると、ソナー員のベンソン1等水兵が意外な言葉を口にした。 「4本とも当たっていますよ。」 「・・・・何?それは本当か?」 「ええ。ちゃんと聞こえましたよ。最初の2本が敵艦の横腹に当たった音が。」 「と言う事は・・・・・恒例のアレか。」 「ええ。そうなります。」 ベンソン1等水兵は、ソナーに耳を傾けたままそう返事した。 実を言うと、アメリカ海軍が保有するMk14魚雷は欠陥魚雷である。 Mk14魚雷の信管は衝突で作動する起爆尖であるが、この起爆尖が目標に命中しても作動しない場合が多かった。 魚雷が命中しても爆発しない、という報告は大西洋艦隊所属の潜水艦部隊から多数報告されており、 海軍兵器局は新たな信管の開発に頭を捻っているようだ。 その不発魚雷の欠陥振りが、ここでも遺憾なく発揮されたのである。 「なんてえ魚雷だ。それで2回の炸裂で終わった、と言う事か。」 グレゴリー艦長はげんなりとした表情で、ため息を吐きながらそう言った。 「下手すりゃ、4本とも起爆しなかった、て事も有り得ますよ。今回はむしろ、運が良かったかもしれません。」 「なるほど・・・・運が良かったか。それで、敵艦はどうなった?」 「その敵艦ですが、魚雷命中のあと、敵艦のスクリュー音が途絶えました。恐らく、航行不能になったかと。 それに、何かが誘爆するような爆発音も微かに聞こえました。僕の判断ですが、あの敵艦は長く持たないでしょう。」 「と、言う事は、撃沈確実と言う事か。」 彼の言葉に、ベンソン1等水兵は頷いた。その時、ベンソンが耳に手を当てた。 「・・・・艦長!左舷前方より敵艦らしき高速推進音!他にも、いくつかの推進音が聞こえます。」 ベンソンはそう言った後、すぐにヘッドフォンを耳から外す。 「くそ、奴さん、竜母がやられたんで、俺達を探して居やがるな。おい、今の深度は!?」 「50メートルです!」 潜行開始から10分が経つが、まだ50メートルの深度だ。 (この艦も古いからなあ。所々、カタログ通りにいかぬ部分があるな) グレゴリー艦長はそう思いながら、ノーチラスが早く潜ってくれる事を祈った。 敵艦の推進音が右舷後方に抜けようとした時、 「着水音探知!爆雷です!」 ベンソン1等水兵が緊迫表情で艦長に言って来た。 「爆雷が来るぞ!総員衝撃に備え!」 グレゴリーが発令所の皆に向けて叫ぶ。 艦内の空気が一気に冷え付き、誰もが上を見上げてその時を待つ。 潜水艦乗りにとって、場くらい攻撃と言うものはどんな事よりも恐ろしい物だ。 爆雷がひとたび炸裂すれば、満足な防御を持たぬ潜水艦は海中で衝撃に小突き回される。 乗員は狭い艦内で壁に叩きつけられたり、床に転倒する。 爆雷炸裂の衝撃をモロに食らえば、艦体は叩き割られて海底に没していく。 水上艦の沈没は、まだその最期を看取る寮艦等がいるが、潜水艦の喪失と言うものは誰も看取るものが存在せぬ、 ひどく寂しい物だ。 乗員の誰もが緊張の面持ちで、じっと待っていると、突然ドン!という小さな爆発音が聞こえ、艦が微かに揺れる。 最初の爆発は怖くないが、時期にそれが近くなり、最後には艦を炸裂の衝撃で激しく揺さぶる。 「深度、60」 観測員が現在の深度を読み上げる。 2回目の爆発が聞こえる。振動が先ほどより大きい。3回目、4回目と、爆発音と振動は徐々に大きくなって来る。 「大丈夫、外れるぞ。」 グレゴリー艦長が陽気な声でそう言う。 その直後、ダァン!という爆発音が鳴り、ノーチラスが大きく揺れる。 乗員が壁に叩きつけられたのか、一瞬悲鳴らしき声が聞こえた。 ドダァン!という先のものより倍する爆発音が聞こえ、艦体が激しく揺さぶられる。 いきなり側壁のパイプから水が勢い良く吹き出す。 「バルブを閉めろ!」 グレゴリーがすかさず指示し、2人の兵が慌ててバルブを閉める。 その直後に炸裂音が鳴り、三度ノーチラスが揺らされる。一瞬発令所の中が真っ暗になり、2秒後には再び電気がつく。 炸裂音が鳴り、衝撃に揺さぶられるたびに、発令所ではひっきりなしに報告が舞い込み、指示が各所に飛んで行く。 「畜生ぉ・・・・俺はこんなとこで死なんぞ!」 とある兵曹が、必死の形相で喚きながらバルブを閉めていく。 その兵曹は、ヴィルフレイングでカレアント出身の女性と付き合っている。 1度だけ写真を見せてもらったが、獣耳を生やした若くて、可愛げのある女性だった。 その彼が、自らの生のために行動しているのか、女性とまた会いたいがために行動しているのかは分からない。 分かる事は、それぞれの乗員達が、このノーチラスを沈めまいと懸命に努力している事である。 10月24日 午後7時 リルネ岬沖南南西100マイル沖 第16任務部隊司令官、ウィリアム・ハルゼー中将は、暗くなった海面を見つめていた。 エンタープライズの前方には、軽巡洋艦のフェニックスがいる。 本来ならば、前方にいるのは戦艦のノースカロライナのはずである。 だが、TF16には今、ノースカロライナはいない。 「ラウス君。君の案を取り入れて、とりあえず襲撃部隊を送ったが、俺としては勝算は五分五分。 悪くて四部六部であちらが有利だと思う。」 「まあ、とりあえずは敵の戦艦をなるべく叩いてから、船団を襲った方がいいです。そうでなければ、 後々、退路を絶たれて酷い損害を負いますからね。」 ラウスはどこかのんびりとした口調で言う。 「まっ、後はリーらに任せるしかないな。今は結果を待つしかない。」 その時、通信参謀が入ってきた。 「司令官、潜水艦のノーチラスから入電です。」 「ノーチラス?まさか、別の艦隊を見つけたとか言うまいな!?」 ハルゼーは怪訝な表情で通信参謀を見つめて、紙をひったくった。 「いえ、どうやら違うようです。」 通信参謀はそう言うと、ハルゼーに微笑んだ。 「我、機動部隊より南西220マイルの位置を航行中の敵竜母部隊を捕捉、雷撃により敵竜母1隻撃沈確実 * o + # * そうか!ノーチラスはよくやった!」 ハルゼーの顔に笑みがこぼれた。 「ラウス君。南西のシホットの竜母は、2隻とも沈んだぞ。襲撃部隊が敵に取り付く前に朗報が舞い込んでくるとはな。」 「これで、後方の敵は心配しなくて済みますな。」 ブローニング参謀長の言葉に、ハルゼーは満足気に頷いた。 「後は、リーらが残りのシホットを叩きのめすだけだ。」 午後7時30分 ノーベンエル岬南南西250マイル沖 ハルゼーが、敵竜母撃沈の朗報に胸を躍らせている時、ノーベンエル岬の南南西の方角を、一群の艦艇が航行していた。 艦艇群は3隻の巨艦に、6隻の中型艦、16隻の小型艦で成っている。 その艦艇群は、アメリカ機動部隊から抽出された輸送船襲撃部隊である。 襲撃部隊は、主力に戦艦ノースカロライナ、ワシントン、サウスダコタで編成している。 それを支えるのは、重巡洋艦アストリア、ヴィンセンス、ペンサコラ、ノーザンプトン、ナッシュヴィル、サヴァンナ。 駆逐艦デューイ、エールウィン、モナガン、シムス、グリッドリイ、ブルー、マグフォード、ラルフ・タルボット、 パターソン、ジャービス、リバモア、デイビス、フレッチャー、オバノン、ニコラス、モンセン。 計25隻の艨艟が、針路を北北東に向けて、時速24ノットのスピードで航行している。 これらの艨艟が向かう先には、護衛艦群に援護されながら、上陸地点に急ぎつつあるシホールアンル輸送船団があった。 この世界初の大規模夜戦となるノーベンエル岬沖海戦は、刻々と、開始の時間を迎えようとしていた。
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※投稿者は作者とは別人です 469 :外伝:2009/08/08(土) 21 47 31 ID GB.Z00rQ0 来るべき大作戦に向けて決意を新たにするものもいれば、毎日の戦闘に牛乳配達のように臨む ものもいる。 1944年8月6日、ハーロック大尉率いる第17戦闘飛行隊は、はフリトルマ上空一万二千 フィートをヘルフォウツに向って進撃していた。 ファントム・F・ハーロックJrは26歳。 ドイツからの移民で第一次大戦でドイツ空軍の戦闘機乗りだった父に倣い、胴体に一族の家紋 である髑髏の盾を描いた愛機を「わが青春のアルカディア号」と命名していた。 恥ずかしいことこの上ないセンスだが本人はいたって真面目である。 第17戦闘飛行隊の所属する第五混成航空団は、その名のとおりアメリカ人とアメリカで訓練 を受けた亡命ヘルベスタン人ほか各国志願兵で編成されており、航空団が持つ四つの戦闘機隊 はカーチスP-40ウォーホークのM型とN型を装備していた。 戦闘機としてはすでに盛りを過ぎた感のあるP-40だが、発動機を強化したK型以降のモデ ルは中・低高度域ならばマオンド軍のワイバーンに十分対抗可能と見なされており、P-51 やP-47といった高性能機は対シホールアンル戦に優先的に投入されていることもあって、 レーフェイル大陸に展開するアメリカ陸軍戦闘機隊の中でカーチス戦闘機は依然として第一線 機の面目を保っていたのである。 「そろそろ合流地点のはずなんだが…」 「影も形もありませんわね」 ハーロックの言葉にウィングマンのカルラ少尉が相槌をうつ。 カルラは代々傭兵稼業を営んできたギリヤギナと呼ばれる部族の出身で、虎に似た耳と尻尾、 そしてアルベルト・ヴァーガスの描くピンナップガールに勝るとも劣らない見事なバストを持 つ大人の色香に溢れた女性であると同時に、徒手格闘においては第17戦闘飛行隊最強のパイ ロットでもある。 この日第17戦闘飛行隊はロバニルを発進してヘルフォウツを空爆する第375爆撃飛行隊の B-24リベレイターを護衛することになっていたのだが、予定時刻を過ぎてもカヌーに翼を 取り付けたような特徴ある四発爆撃機の編隊はいっかな姿を見せないのであった。 「大尉、二時の方向を見てください」 イエロー小隊三番機のウテナ少尉が通信を入れてくる。 「あれは土下座台地じゃないか!」 ハーロックは思わず声を高くした。 “土下座台地” レーフェイル大陸三大奇景の一つに数えられるこの台地は石灰岩の地層が風雨による侵食を受 け、真上から見ると丁度orzのポーズに見えるため、付近を飛行するパイロットは皆このユニー クな地形を航法のチェックポイントにしていた。 だが目の前に土下座台地があるということは第17戦闘飛行隊は本来のコースからたっぷり9 0マイルは南にずれていることになる。 470 :外伝:2009/08/08(土) 21 48 45 ID GB.Z00rQ0 レーフェイル大陸ではよくあることだが、この日ヘルベスタン上空では異種類の風が異なった 高度で吹いており、ちょうど第17戦闘飛行隊が飛行していた高度域では、海から流れ込んで くる強い南風が戦闘機の進路を横滑りさせる形で吹いていたのだった。 「不味いな…」 ハーロックの声は上擦っていた。 「不味いですわね」 カルラの背中を冷たい汗が伝う。 今回の作戦では「人種の垣根を越えて自由と民主主義のために戦うアメリカ軍」をアピールす るため、第五混成飛行団を題材にしたプロパガンダ映画を製作する目的でハリウッドから招い たスタッフを爆撃機に乗せ、第17戦闘飛行隊の空中戦での活躍をカメラに収めることになっ ていた。 ランデブーに失敗し爆撃機、特に撮影隊の乗り込んだB-24が撃墜されるなどということに なったら、混成飛行団の総元締めであるシェンノートから雷が落ちることは間違いない。 全速でヘルフォウツに向った第17戦闘飛行隊が第375爆撃飛行隊に追いついたときにはす でにワイバーンの編隊が爆撃機に取り付いており、何機かのB-24は黒煙を吹いていた。 「全機突っ込め!」 戦闘機乗りは一斉に増槽を投棄し、スロットル基部のカバーを外すとレバーを通常の全開位置 よりさらに奥まで押し込む。 緊急出力の使用により更に三百馬力を上乗せされたP-40は尻を蹴られたような勢いでワイ バーンに襲い掛かった。 この日遭遇したワイバーン部隊はたまたま戦意の低い隊だったのか、それとも戦力を温存する よう命令されていたのかP-40の挑戦を受けようとはせず、一斉に退避にかかった。 ウテナ少尉は一騎のワイバーンに狙いを定めて機銃のスイッチを押したのだが、電気系統の故 障で右翼の機銃は全て発射不能になっていた。 左翼の三挺の五〇口径機関銃が火を吹くと偏った反動で飛行機のバランスが崩れ、P-40は 手のつけられないスピンに陥ってしまった。 「同志スターリン、私に世界を革命する力を!」 アメリカ留学中にマルクス・レーニン主義に染まったウテナの叫びが次元を越えてフサ髭の独 裁者に届いたのか、どうにか機体のコントロールを取り戻したウテナだったが空中戦の現場に とって返すには高度を失いすぎていた。 不運なウテナ以外は全員狩りを堪能し、この日の第17戦闘飛行隊は撃墜確実13騎、不確実 6騎を報じた。 (戦後判明したマオンド側の記録では同じ戦闘での損害は行方不明(被撃墜と同義)4名、負 傷7名となっている) 第375爆撃飛行隊の方は、2機が基地に辿り着くことができずモンドーの戦闘機用滑走路に 不時着したものの、撃墜された機はなかった。 471 :外伝:2009/08/08(土) 21 50 07 ID GB.Z00rQ0 その後隊員たちの日常生活を取材するため撮影班がキャンプを訪れることになった。 爆撃機の援護が遅れたためあやうく死ぬところだった撮影スタッフは正直いって最初は第17 戦闘飛行隊クルーにあまり良い感情をもっていなかったのだが、たまたま撮影班が到着したと きにキャンプの近くを流れる川で行水をしていたカルラが当時のアメリカ人には原爆級のイン パクトを与える大胆な水着姿を披露したことで、撮影班との関係は大いに改善されたのだった。