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第179話 レビリンイクル沖海戦(後編) 午後2時10分 第37任務部隊旗艦 空母タイコンデロガ パウノールは、フランクリンから発艦した偵察機の報告を受けてから、しばしの間思考が停止してしまった。 「司令官、大丈夫ですか!?」 幕僚が心配になって声を掛けてくるが、パウノールは反応しない。 「司令官!パウノール司令官!!」 「ん?ああ。すまない。」 パウノールはようやく我に返り、幕僚に謝った。 「それにしても、とんでもない事になったぞ。」 彼はそう言ってから、深いため息を吐く。 「ハイライダーが見つけた艦隊は、明らかに正規竜母を含む機動部隊だ。そこから発艦した敵ワイバーンは総計で 300騎以上にも上るから、敵は恐らく、4、5隻程度は用意しているかもしれん。」 「4、5隻・・・・・では、サウスラ島沖海戦の敵正規竜母は一体?」 「うーん、詳しい正体は分からんが、シホールアンルの国力からして、エセックス級並みに竜母を揃える事は難しい筈。 しかし、形だけが立派な竜母を揃える事は可能だろうな。」 「形だけの竜母・・・・それはもしや、偽竜母の事ですか?」 タバトス大佐の問いに、パウノールは深く頷いた。 「断定は出来んが、姑息なマネをしたがるあいつらの事だ。偽竜母を仕立て上げて、それで我々を吊上げようとして いる事は充分に想像が付く。いや、」 パウノールは首を横に振った。 「確実に吊上げられたな。」 「しかし司令官。TF58がサウスラ島沖海戦で撃沈した竜母は、正規竜母も含まれていたとあります。 それも、6隻。これは、シホールアンル側が持てる正規竜母の全てです。」 「敵がたった6隻しか持っているとは限らん。それ以外にまた何隻か前線に出ていたかもしれん。とはいえ、 新たに竣工した正規竜母のみで新艦隊を編成しても、果たして、300騎以上のワイバーンを一気に出せるかどうか・・・・」 パウノールの言葉に、タバトスは見る見るうちに顔を青く染め上げていく。 「もしかしたら、サウスラ島沖に出て来た竜母は、囮だったかもしれない。」 「囮?相手は小型竜母も6隻引きつれていましたぞ。」 「だから囮なのだよ。」 パウノールは抑え込むような口調で言う。 「正規竜母に見せかけた偽物と小型竜母を組ませれば、見た目は立派な機動部隊だ。」 「偽物・・・!?では、サウスラ島沖海戦の敵機動部隊は。」 「偽竜母が何隻も混じっている、まやかしの主力部隊さ。俺も、たった今気が付いたのだが、まさかこんな所で 偽竜母を使って来るとはな。」 パウノールは、片手で額を抑えながらタバトスに言った。 「どうやら、連中は以前から俺達を潰す作戦を練っていたようだな。」 「・・・・なんたることだ・・・・」 タバトスは顔を真っ青に染めながら、力無く呟いた。 艦橋の空気は曇りに曇っていた。 自ら虎口に入り込んでしまったTF37は、拷問にも等しい試練を受け続けているのだ。 作戦開始前は、あれほど楽観気分に包まれていた幕僚達も、今では誰もが暗然とした表情を浮かべていた。 そんなTF37司令部に、新たな通信が舞い込んで来た。 「司令官!TG37.1より通信です!我、敵飛空挺の攻撃を受けつつあり!」 「見えたぞ、敵機動部隊だ!」 第6攻撃飛行隊に属しているハウルスト・モルクンレル中尉は、直属の上司である第2中隊長の声を聞くなり、体を引き締めた。 所々に雲が張っており、海面が見辛くなっているが、それでも雲の合間には陽光に照らされた海が見える。 その美しい洋上に、幾つもの黒い物が浮かんでいた。 「あれが・・・・姉さんが戦ったアメリカ機動部隊か。」 モルクンレル中尉はそう呟くと、急に胃が締め付けられるかのような感覚に囚われた。 彼は、第4機動艦隊司令官を務めるリリスティ・モルクンレル中将の弟である。 今年で24歳になるハウルストは、18歳の時に帝立士官学校に入学し、20歳の時に卒業している。 元々は飛竜騎士を目指していたハウルストだが、彼はその選抜試験で落第してしまい、その後は首都近郊の騎兵旅団に配属されていた。 22歳の時に飛空挺搭乗員の募集を目にした彼は、飛空挺乗りの道を歩む事を決め、1482年10月には騎兵旅団から飛空挺部隊へ 転属となった。 83年10月には無事、訓練課程を修了し、編成されたばかりの第6攻撃飛行隊に配置となり、翌年4月にはいよいよジャスオ領の 飛行場に配置される事が決まった。 だが、第6攻撃飛行隊は、ジャスオ領とは真逆のシェルフィクル地方にある寂れた土地の飛行場に配備された。 飛行場の周辺には何も無く、第6攻撃飛行隊の将兵は誰もが地の果てに飛ばされたのだと言い合っていた。 第6飛行隊が配属されてから3日後の4月18日には、空中戦を専門とする第7戦闘飛行隊と第8攻撃飛行隊が、同じ飛行場に配置された。 そして3日後には、洋上での飛行訓練が始まり、3個飛行隊・計200機の飛空挺は、何も知らされぬまま、ひたすら訓練に励むしか無かった。 作戦の全容が明らかになったのは、今から2日前の事だ。 「機長!あれが敵さんの機動部隊ですか!?」 後ろに座っている後部射手のロレスリィ・インベガルド軍曹が、興奮で声を上ずらせながらハウルストに聞いて来る。 「ああ。そのようだぞ。その証拠に、俺達の前で第7の奴らが戦ってる。」 彼は前方よりやや上の方向に指をさした。 攻撃隊のやや前方では、迎撃い上がって来た敵艦載機と味方の護衛機が戦っている。 彼らの位置からは、どれが味方でどれが敵かは分からなかったが、護衛機は奮戦しているようだ。 動き回る機体の中には、翼の主翼が折れ曲がった機が幾つも居る。 (あれがコルセアって呼ばれている飛空挺か) ハウルストは心中で呟く。 コルセアの外観は、スマートな感のあるケルフェラクと比べてどこか荒っぽそうな印象が感じられる。 コルセアの恐るべき所は、ヘルキャットよりも格段に優れた速度性能で、シホールアンル自慢のケルフェラクでも 苦戦する事が多いようだ。 ヘルキャットとコルセア、ケルフェラクが乱舞しているのを尻目に、攻撃隊は敵機動部隊へ向けて進んでいく。 5分ほど飛行してから、攻撃隊は大きく二手に別れた。 「第8飛行隊が輪形陣の右側に回り込んでいくな。」 ハウルストは、編隊から離れていく第8飛行隊に目を向ける。 第8飛行隊に属する64機のケルフェラクは、統率のとれた動きで第6飛行隊から離れつつある。 その半分は、雷撃進路に入るため、既に低空へ降下しつつあった。 やがて、攻撃開始の時がやって来た。 「各機に告ぐ。全機突撃せよ!繰り返す、全機突撃せよ!」 第6飛行隊の指揮官機から、各機に向けて通信が飛ぶ。 待ってましたとばかりに、対空砲の射程外で旋回を続けていたケルフェラクが、一斉に向きを変えた。 第2中隊は、第1中隊の後に続くようにして輪形陣に向かい始めた。 急降下爆撃を行う第1から第3中隊は、高度2000グレル(4000メートル)から敵輪形陣に向かう。 低空雷撃を行う第4から第6中隊は、30グレルの超低空まで降下してから、目標に向かい始める。 米機動部隊が対空砲火を撃ち始めた。 ハウルスト達と対面する事になった輪形陣の左側には、駆逐艦5隻と巡洋艦2隻、戦艦1隻が配備されている。 その向こうには、板を浮かべたような船が4隻、2列ずつになって航行している。 4隻中、2隻は大型空母で、2隻は小型空母だ。 ハウルストは、前方の2隻の大型空母に注目した。 「レキシントン級正規空母か。」 彼は、小声で空母の艦級を言い当てた。 レキシントン級正規空母は、シホールアンル軍内では開戦以来、各戦場で活躍して来た精鋭空母として広く知られており、 搭載されている航空団は、シホールアンルが誇る最精鋭の飛竜騎士団と比べても全く見劣りしない実力を持つといわれている。 「レキシントン級のうち、1隻は確か、姉さんが撃ち漏らしていたな。」 ハウルストは緊張を感じながらも、それを和ませるためにわざと不敵な笑みを浮かべた。 「俺が仕留めてやる。」 彼は、小声で呟いた。 先行している第1中隊に高角砲弾が集中している。 対空砲火はかなり激しく、第1中隊の周囲は、あっという間に砲弾の炸裂煙で埋め尽くされた。 第1中隊は、そのまま駆逐艦の上空を通り過ぎてから、急降下を開始した。 12機のケルフェラクは、半数に別れてからそれぞれの目標に突っ込んでいく。 「巡洋艦を攻撃するつもりだな。」 ハウルストはそう確信した。 眼下に見える巡洋艦2隻のうち、1隻はアトランタ級である事が確認されている。 先ほどの激しい対空弾幕は、このアトランタ級から発射された物が多分に混じっている。 もう1隻はポートランド級か、ノーザンプトン級巡洋艦であり、撃ち上げる対空砲もあまり多くは無い。 その2隻に向かって、ケルフェラクが6機ずつ急降下を行う。 対空砲の炸裂煙が、降下するケルフェラクを負っていく。 アトランタ級の対空射撃は激烈であり、7基の連装砲や機銃を撃ちまくるその姿は、まさに粗ぶる炎竜そのものである。 1機のケルフェラクが、至近に高射砲弾の炸裂を受ける。その瞬間、ケルフェラクは大爆発を起こした。 炸裂した砲弾の破片が胴体の爆弾に当たったのだろう。 散華したケルフェラクは皮肉にも、自らが抱いて来た爆弾によって粉砕されたのである。 更に高度が下がった所で、2番機が噴き上がる機銃弾を食らった。 大口径の機銃弾を受けた主翼が一撃の下に吹き飛ばされ、きりもみ状態となって墜落し始める。 アトランタ級が回頭を始めた。 細長い船体を持つ防空巡洋艦は、時速28ノットで急回頭を行い、ケルフェラクの急降下爆撃を避けようとする。 残り4機となったケルフェラクは、尚も降下を続ける。 新たな1機が機銃弾を食らってしまった。コクピットに突入した20ミリ弾は、薄い風防ガラスを叩き割って、搭乗員の胸板を容易く貫く。 射殺された搭乗員の血飛沫でコクピットが真っ赤に染まり、ケルフェラクは投弾コースを外れ始める。 損傷したコクピット以外には目立った損傷は無いが、搭乗員を失ったケルフェラクはそのまま降下を続け、ついには海面に 激突してバラバラになった。 残り3機が投下高度に達し、次々と爆弾を投げ落して行く。 アトランタ級の右舷前部側に弾着の水柱が噴き上がり、回頭中の艦体が衝撃で揺さぶられる。 2発目は左舷中央部側の海面に落下し、海水を高々と跳ね上げた。最後の3発目は、アトランタ級の後部に命中した。 後部に命中弾を受け、のたうつアトランタ級に、低空から5機のケルフェラクが迫る。 雷装のケルフェラクは、輪形陣突入前には32機居たのだが、巡洋艦の防御ラインに到達した時は26機に減っていた。 駆逐艦群は、主に低空侵入機に攻撃を集中したため、雷撃隊は相次いで撃墜された。 その生き残りの26機のうち、5機が未だに強力な対空火力を持つアトランタ級を黙らせるため、向きを変えて接近して来た。 アトランタ級の主砲が5機のケルフェラクに向けられ、咆哮する。 ケルフェラクの周囲に高角砲弾が炸裂し、海面が白く泡立つ。 1機が、40ミリ弾をまともに食らって空中分解を起こす。残り4機が、アトランタ級の左舷側から迫る。 更に1機が白煙を噴き出したが、その時には800メートルの距離にまで迫っていた。 被弾した機も含む4機のケルフェラクが、相次いで魔道魚雷を投下する。 魚雷が着水した瞬間、振動が魔法石に伝わり、動力部が作動する。やがて、魚雷は白い航跡を引きながらアトランタ級に向けて突進し始める。 アトランタ級は尚も急回頭を続けて魚雷を回避しようとする。 艦首が、4本の魚雷と向き合う形になった。アトランタ級の艦長はこのまま直進して、魚雷をやりすごそうと考えた。 だが、戦神はアトランタ級に過酷な運命を与えた。 艦長はすぐに愕然とした。魚雷の1本が、右舷側艦首部に突進して来た。距離は100メートルも離れていない。 「総員衝撃に備えよ!魚雷が来るぞ!」 艦長はマイク越しに、大音声で全乗組員に伝えた。その直後、猛烈な衝撃が基準排水量6000トンの艦を揺さぶった。 シホールアンル側は知らなかったが、このアトランタ級巡洋艦は、2番艦のジュノーであった。 ジュノーは1942年1月に竣工して以来、数々の海戦を潜り抜けて来たベテラン艦である。 初陣である第1次バゼット海海戦以来、ジュノーは艦隊の主力である空母を守るため、自慢の16門の5インチ砲や 機銃を使って艦隊防空網の要を担い続けて来た。 ジュノーはこれまで大きな損傷を負った事が無く、乗員達からは幸運のジュノーとして呼ばれて来た。 しかし、その幸運も今日限りで終焉を迎えてしまった。 右舷艦首部に命中した魚雷は、薄い装甲板を付き破って艦内に達し、炸裂した。 炸裂の瞬間、艦首の破孔から大量の海水が流れ込んで来た。 これに加え、ジュノーが28ノットという高速で洋上を驀進していた事が、被害拡大に繋がった。 艦首部の区画は、大量に入り込んで来た海水によって次々と浸水し、ジュノーの喫水は見る見るうちに下がった。 そこに2本目と3本目の魚雷が突き刺さった。 2本目は右舷中央部に命中した。魚雷は船体を突き破って内部で炸裂し、艦深部の缶室と機関室に損害を及ぼした。 更に、被雷と同時に発生した浸水によって被害個所は瞬く間に海水で満たされていった。 3本目は後部に刺さったが、この魚雷は不発であり、艦に何ら損害を与える事は出来なかった。 アトランタ級が魚雷と爆弾で叩きのめされている間、第2中隊は戦艦の上空を越えて、レキシントン級空母へ向けて降下をしようとしていた。 第2中隊の周囲に激しい対空弾幕が張られ、機体が音を立てながらしきりに揺れる。 「対空艦の上空を超えたというのに、相変わらず激しいな。」 ハウルストは、米艦隊の底なしの火力に肝を冷やしていた。 第2中隊は、巡洋艦の上空を飛び越えるまでは何とか被害を0に抑えていたが、戦艦の上空に差し掛かった時に、猛烈な対空砲火に見舞われた。 相次いで2機のケルフェラクが叩き落とされ、空母への降下地点に到達した直後にまた1機落とされた。 第2中隊は、たった5分と言う僅かな時間で、3機も落とされたのだ。 米機動部隊が放つ対空射撃の激しさは、姉であるリリスティから何度も聞かされていたが、実際に体験すると、何物にも勝る恐ろしさを感じた。 (道理で、味方のワイバーンや飛空挺の損害が大きい訳だ) ハウルストは内心で呟く。 第2中隊長機が降下を開始した。第2中隊が狙うのは、レキシントン級の2番艦である。 中隊長の率いる第1小隊と第2小隊の5機が降下を始め、次にハウルストの属する第3小隊が降下を始める。 70度の角度で急降下を開始する。眼前には、レキシントン級空母が居る。 レキシントン級空母は、ネームシップであるレキシントンとサラトガの2隻が居る。 ハウルストは、目の前の空母がレキシントンであるか、それでもサラトガであるかが分からなかったが、彼にしてみれば、 それはどうでも良い事であった。 レキシントン級空母が回頭を始めた。 第1小隊や第2小隊は、高角砲弾の炸裂を周囲に受けながらも降下を続ける。 不意に、1機のケルフェラクに砲弾が直撃し、爆発した。 戦友の乗ったケルフェラクは、無数の残骸となって海面に落ちていく。 第1小隊と第2小隊は、高度900グレルまで降下した所で機銃の猛射を受けた。 新たな1機が機体の全身を穴だらけにされ、しまいにはバラバラに分解された。 別の1機が不意に右主翼が吹き飛ばされ、激しく回転しながら海面に直行し始める。 残り3機となった第1小隊と第2小隊が、投下高度まで辿り着き、次々と爆弾を落とした。 爆弾が、レキシントン級の右舷側海面に落ちて、水しぶきを上げる。 次いで、2発目が右舷中央部側の海面に至近弾として着弾し、水柱が立ちあがる。 3発目は見事に飛行甲板中央部に命中した。 だが、この爆弾は信管が不良であったため、炸裂しなかった。 「くそ、不発とは!!」 ハウルストは、味方が挙げる筈であった戦果が無効になったのを見て、思わず悔しがった。 3機のケルフェラクが投弾を終えると、ハウルスト機に向けて、砲弾や機銃弾が注がれて来る。 唐突に機体の真後ろで砲弾が炸裂し、金属的な音が響く。 ハウルスト機は、レキシントン級の後方から突っかかる形で降下を行っている。 照準器には、敵空母の飛行甲板が捉えられている。 敵空母は回頭しているため、最初は狙いを外してしまったが、冷静に愛機を操作したお陰で、再び敵空母を照準に捉える事が出来た。 高度が下がるに連れて、レキシントン級はますます大きくなって来る。それに比例して、対空砲火も激しくなる。 高度が900グレルを切ってから、目を覆うような機銃弾の嵐が注がれて来た。 ハウルストは、内心で早く高度を上げねばと叫んだが、同時にもっと高度を下げなければ当たらないとも思う。 高度が400グレルを切ったあたりで、大きな揺れが愛機を襲った。 ハウルストはやられた!と思った。 しかし、彼の思いに反して、機体はまだ快調に動き続け、しっかり操縦桿も握る事が出来る。 高度が250グレルに達した所で、彼は爆弾を投下した。 重い300リギル爆弾が胴体から離れ、機体が軽くなる感触が伝わる。 ハウルストは、渾身の力で操縦桿を引き、機体を立て直す。 訓練で何度もやった行動だ。体は自然に動き、操縦桿はすぐにではないが、徐々に手前に引かれていく。 ふと、彼は横目で、低空で迫るケルフェラクを見たような気がした。 しかし、彼の意識は機体を水平に立て直す事だけ集中しており、低空のケルフェラクなどは気にも留まらなかった。 高度が50グレルを割った時に、ハウルストは愛機を水平にする事が出来た。 後方から爆発音が響いた。 「機長!命中しましたよ!」 後部座席から、絶叫めいた声音が聞こえた。 ハウルストは一瞬だけ頬を緩ませたが、すぐに無表情になり、地獄の釜からの脱出に集中し続けた。 10分後、彼は集合しつつある味方と共に、敵機動部隊から離れた空域で旋回していた。 「凄いな。敵空母が停止しているぞ。」 ハウルストは、操縦席の右側方から敵機動部隊の輪形陣を眺めていた。 敵艦隊は、ハウルストを始めとするケルフェラク隊の猛攻によって手痛い損害を被った。 空母のうち、レキシントン級空母1隻に爆弾3発と魚雷4本を浴びせ、インディペンデンス級に爆弾2発を食らわせた。 レキシントン級は飛行甲板に3発の直撃弾を食らった他、左舷に3本、右舷に1本を食らっている。 敵空母は徐々に速度を落として行き、やがては停止した。 今は左舷に大きく傾いた状態で盛大に黒煙を噴き出している。 インディペンデンス級は爆弾2発を食らいながらも、機関部には損害を与えられず、被弾した後も全速力で驀進しながら、対空砲火を撃ちまくっていた。 この他にも、アトランタ級巡洋艦1隻に撃沈確実の損害を負わせ、巡洋艦2隻と戦艦1隻に爆弾を浴びせた。 これが、第6飛行隊と第8飛行隊が挙げた戦果であるが、空母に手傷を負わせたのは第6飛行隊だけである。 第8飛行隊は、急降下爆撃隊が空母へ投下した爆弾を全て外すという悲惨な結果に終わった物の、雷撃隊は第6飛行隊と同様に空母への攻撃を成功させていた。 しかし、問題は攻撃が成功した後・・・・つまり、魚雷が海中に投下された後にあった。 第8飛行隊は、空母に辿り着くまでに18機が生き残って魚雷を投下した。 敵空母は急回頭を行ったため、魚雷の大半は外れてしまったが、それでも3本は確実に右舷側に命中していた。 だが、ここで思わぬ珍事が起きた。 あろうことか、命中した魚雷は全てが不発であり、目標のレキシントン級にはかすり傷すら負わせられなかった。 第8飛行隊の指揮官は、魚雷の酷い欠陥ぶりに、ここが戦場である事も忘れて、しばしの間激怒した。 それも当然である。 何しろ、折角転がり込んで来た敵正規空母撃破(それも、長い間シホールアンル軍を苦しめて来た精鋭空母の1隻である)という大戦果が、 魚雷の不良によって台無しになってしまったのだ。 これでは、どんなに優しい人物でも烈火の如く怒り狂うであろう。 しかし、救いはあった。 第6飛行隊が雷撃に成功した敵空母には、第8飛行隊が投下し、外れた魚雷のうちの1本が、反対舷に命中した。 片舷に3本も食らってグロッキー状態であったレキシントン級空母は、この最後の被雷によって止めを刺された形となった。 「これで、ケルフェラクでも敵空母を撃沈出来る事が証明されましたね。」 「ああ。」 ハウルストは頷く。 ケルフェラク隊は、果敢な攻撃により、敵正規空母1隻撃沈、1隻撃破、他に巡洋艦1隻撃沈、2隻撃破、戦艦1隻損傷という戦果を挙げた。 ケルフェラク隊には、映像を撮る事の出来る撮影機も混じっており、もし、その機が生き残っていたら、この戦果は貴重な資料として今後に役立つだろう。 (それにしても・・・・・) ハウルストは浮かない顔つきで、集合しつつある仲間の機を見つめる。 (随分とやられた物だなぁ) 彼は、ぼそりと呟いた。 第6飛行隊の生き残りは続々と集まって来ているが、その数は、攻撃開始前と比べて大きく目減りしていた。 午後2時55分 TF37旗艦 空母タイコンデロガ タイコンデロガの属するTG37.3は、この日で4度目の空襲を受けようとしていた。 「くそ、シホット共は一体どれだけのワイバーンを用意しているんだ!?」 タイコンデロガの艦長は、苛立った声音で言い放つ。 司令官席に座っているパウノール中将は、今しがた飲み干した紅茶を従兵に下げさせた。 「畜生。いつもは良く飲む紅茶も、負けが込んでいるとあまり美味いと感じん。」 彼は、しわがれた声でそう言う。早朝と比べて、パウノールは憔悴していた。 「TG37.1は、飛空挺の来襲でサラトガと軽巡ジュノーを大破させられ、どちらも助かるかどうか分からんと聞く。その上、 軽空母のモントレイまでもが使用不能にさせられた。これで、わがTF37で使える正規空母は4隻、軽空母は4隻に減ってしまった。」 「司令官。今はひとまず、空襲を乗り越える事を考えましょう。」 タバトス航空参謀が横から口を挟んだ。 「この空襲を凌げれば、残った航空戦力で反撃を行う事も可能です。」 「残った戦力か。この8隻の稼働空母が、あと何隻減るのだろうか・・・・・」 パウノールは、悲観的になりつつあった。 だが、その半面、艦隊司令官としての矜持が彼の理性を維持し続けていた。 「司令官。本隊に敵ワイバーン90騎が現れました。」 「90騎か、意外と少ないな。」 「はっ。それから、50騎がこちらに向かっています。」 「・・・・・・・」 パウノールは何も言えなかった。 タイコンデロガは、本体から10マイル離れた後方で、損傷艦と共に航行していた。 先の空襲で、TG37.3は4隻の喪失艦と13隻の損傷艦を出している。 そのうち、本隊と共に行動できる艦は本隊に戻り、大破、あるいは25ノット以上のスピードが出せなくなった艦は、そのやや後方から 続く事になっていた。 パウノールは、この損傷艦ばかりの艦隊に戦艦サウスダコタと駆逐艦3隻を護衛に付け、残りを艦隊の防空に回した。 敵は、この傷だらけの艦隊にも刺客を送り込んで来た。 5分後に、敵ワイバーンが姿を現した。 先ほどまで、100騎以上の大群で群がって来たせいか、今見えるワイバーン群は大した数では無いと思い始めていた。 だが、艦隊の将兵達は、自分達の置かれている状況を思い返し、気を引き締めた。 ワイバーン群が、艦隊の左側に回り込みつつある。 「敵は、陣形の右側に居るサウスダコタを警戒しているな。」 パウノールが呟く。 陣形の左側に回り込んだワイバーン群は、高空と低空の二手に別れてから攻撃を開始した。 損傷艦群が対空砲火を放つ。 ワイバーン群の周囲で炸裂する砲弾は、最初と比べて余りにも少ない。 損傷艦群の中には、アトランタ級防空巡洋艦のリノも含まれているが、そのリノも、使える主砲は6門に減じているため、 有効な対空射撃が困難になっている。 敵ワイバーンは、接近していく内に1騎、また1騎と落ちていくが、最初のようにばたばたと落ちる姿は見られない。 敵騎群は、5騎を失っただけで、悠々と陣形の外郭を突破した。 ワイバーン群はこのままの調子で、タイコンデロガに殺到するかと思われた時、唐突に3隻のフレッチャー級駆逐艦が猛然と火を噴いた。 この3隻のフレッチャー級は、低空侵入のワイバーンを狙っていた。 それまで、敵のか弱い抵抗を嘲笑いながら進撃を続けていた竜騎士達は、周囲で炸裂する対空弾幕に度肝を抜かれた。 フレッチャー級駆逐艦は、1隻で5門の5インチ砲を持つ。 それが3隻集まれば、計15門の5インチ砲を敵に対して放つ事が出来る。 3隻のフレッチャー級駆逐艦は、ここぞとばかりに撃ちまくる。 低空から侵入して来たワイバーンは、慌てて高度を20グレルまで下げるが、相次いで2騎が叩き落とされた。 高空のワイバーン群は、サウスダコタからの援護射撃や、タイコンデロガ自身が撃ち上げる対空砲火によって、急激にその数を減らし始めた。 いきなり活発化し始めた米艦隊の防空網の前に、低空で、あるいは高空でワイバーンが次々に落とされていく。 撃てる砲の数が減っていようが、VT信管の威力は健在であり、ワイバーン群は至近距離で炸裂する高角砲弾の前に犠牲を増やしていく。 だが、それだけであった。 傷だらけの艦隊では、50騎程度のワイバーンですら満足に数を減らす事は出来なかった。 高空から侵入して来たワイバーンが、最初に攻撃を行って来た。 このワイバーン群は、25騎から16騎に減じていたが、竜騎士達の士気は旺盛であり、誰もが手負いのエセックス級空母を仕留める事で頭が一杯だった。 ワイバーンに向けて、タイコンデロガは左舷側の高角砲や機銃を一斉に発射する。 敵騎は、20ミリ機銃、40ミリ機銃の弾幕に絡め取られて落ちていく。 しかし、残りの敵騎は投下高度に迫り、爆弾を投下した。 「取舵一杯!」 タイコンデロガの艦長は、声を張り上げた。 予め舵を切っておいたのだろう、艦首がすぐに回り始める。 (遅いな・・・・) パウノールは、回頭が遅い事が気になった。 その刹那、艦橋の左横から閃光が差し込んで来た。 閃光で奪われた視界は戻りつつあった。 (う・・・・) パウノールは、体に痛みを感じ、顔をしかめた。 (体が痛い。さっきの衝撃でどこかに体をぶつけたのだろうか) 彼はふと、そんな事を思った。 (そうだ、すぐに起きなければ) パウノールははっとなって、体を起こしに掛った。その瞬間、腹部から強烈な痛みが走り、喉から何かが込み上げて来た。 彼は、そのこみあげて来た物を吐き出した。 (一体・・・・何だ?) パウノールは、腹部の激痛に開けかけた目を瞑ったが、痛みを我慢して目を開ける。 彼の目に入って来たのは、著しく破損した天井であった。 (これ・・・・は・・・・?) パウノールは理解が出来なかった。 周囲に視線を巡らせる。そこには、あり得ない物が存在した。 艦橋内には、夥しい数の死体が散乱していた。 死体の種類は様々であり、満足に五体をとどめている物もあれば、どこかが欠損したり、上半身、あるいは下半身が無くなっている物もある。 艦橋職員や幕僚達は、文字通り全滅していた。彼の側に常に居続け、アドバイスを送って来たタバトス大佐も、今では物言わぬ骸と化している。 (なんたる事だ・・・・) 彼は、頭をハンマーで殴られたようなショックを感じた。 (最悪の事態になってしまった・・・・・こうなってはもう、TF37司令部は艦隊を指揮出来ない。誰かに・・・・誰かに代わりに指揮を譲らなければ) パウノールは、心中でそう決意すると、声を出そうとした。 だが、彼は声が出せなくなっていた。 (喉が、やられている。) パウノールはそう思った。その時になって、彼は自らもまた、死に関わる手傷を負っている事を確認した。 (艦が止まっている。そういえば、傾斜が酷いな) 彼は、タイコンデロガが左に傾いている事に気が付いた。 (また魚雷を食らったか。) 先のワイバーン群は、犠牲を払いながらも2隻目のエセックス級空母を仕留める事が出来たのだ。 (1日で、正規空母が2隻。それも、新鋭のエセックス級空母が2隻も・・・・・今頃、シホットの奴らは久方ぶりの大戦果に狂喜しているだろうな) 悔しげな心境でそう思うと、心なしか涙が出て来た。 (そもそも、あんな情報さえ来なければ・・・・こんな事にはならなかったのに・・・・・畜生・・・・・・畜生!) パウノールは、後悔の念で胸が一杯であった。 彼は、衛生兵が来るまで思考を続けたが、彼の手傷は思ったよりも深かった。 再び、彼は吐血する。今度は、先ほどよりも量が多い。 (もはや・・・・これまで・・・か) パウノールは、自らの死を悟った。 彼は虚ろげな目になりながらも、脳裏にある将官の顔が浮かんだ。 (シャーマン・・・・・どうか・・・・俺の代わりに、艦隊を率いてくれ。そして・・・TF37の生き残りを、無事に帰してくれ・・・・) 彼は、心中でそう呟くと、ゆっくりと瞼を閉じて行った。 攻撃を受けているのは、TG37.3だけでは無かった。 TG37.1も、3度目の空襲を受けつつあった。 「敵ワイバーン多数が、輪形陣右側の上空を突破しつつあります!」 戦艦インディアナの艦長であるユニオス・ルーストン大佐は、対空砲火の喧騒の中、見張りから発せられた言葉に耳を傾けていた。 既に、輪形陣右側の防空網は滅茶苦茶になっている。 巡洋艦と駆逐艦の上空を突破した多数のワイバーンは、急速に輪形陣に迫りつつある。 インディアナは、右舷側に向けられる高角砲や機銃を必死に撃ちまくる。 敵ワイバーンは、インディアナから発せられる対空砲火の前に、確実にその数を減らしてはいるが、敵の数は余りにも多い。 「低空のワイバーン28騎、間もなく直上に差し掛かります!」 「低空侵入のワイバーン、レキシントンより距離2000に接近!」 ルーストン大佐は、次々に入る報告に苛立ちを募らせていた。 (くそ、このままでは空母群が危ないな・・・) 現在、インディアナはレキシントンの右舷600メートルを航行している。 普通ならば、インディアナは900から1000メートルほど離れた位置に付かなければならないのだが、インディアナ艦長はレキシントンを 守るためには、より接近して援護を行う事が大事だと判断し、敢えてレキシントンの右舷前方600メートルに占位した。 護衛艦が相次いで被弾し、対空火力が確実に減っている以上、レキシントンを守るにはこうするしかないと、ルーストン大佐は考えたのであった。 「高空の敵ワイバーン10騎が急降下開始!目標は本艦の模様!」 見張りが、それまで以上に緊迫した声音で伝えて来る。 一部のワイバーンが、後続して来る雷撃隊に気を利かせたのだろう、インディアナの対空火器を減らすために急降下爆撃を仕掛けて来た。 「撃ち落とせ!戦艦の対空火力がどんな物が、思い知らせてやれ!」 ルーストン大佐は吼えるような声で指示を飛ばした。 敵ワイバーン群は、丁度、インディアナの上空を超えてから急降下を開始したため、左舷側の対空火器が射撃出来る状態になった。 それまで沈黙していた左舷の高角砲と機銃が一斉に火を噴いた。 10門の高角砲と、数十丁もの対空機銃が唸りを上げ、上空を砲弾と機銃弾で埋め尽くす。 レキシントンやベローウッド、モントレイから撃ち上げられた高角砲や機銃弾も加わり、敵ワイバーン群は次々と撃ち落とされる。 1騎、2騎、3騎と、敵ワイバーンはVT信管付きの砲弾に吹き飛ばされ、あるいは機銃弾によってずたずたに引き裂かれていく。 残った6騎のワイバーンは、高度800メートルまで降下してから爆弾を投下した。 「敵騎爆弾投下!」 見張りから報告が伝えられるが、ルーストン大佐は顔色一つ変えずに、ただ対空戦闘を見守る。 インディアナは回避運動を全く行わなかった。最初の爆弾が左舷側中央部の海面に着弾し、海水が跳ね上がる。 2発目の爆弾は、艦首正面の海面に至近弾として落下し、高々と水柱が跳ね上がるが、インディアナの艦首は、それを邪魔だと言わんばかりに踏み潰した。 3発目と4発目の爆弾が艦尾側の海面に落下した。 水中爆発の衝撃がインディアナに伝わる。35000トンの艦体は、一瞬後ろ側から持ち上がるような形で揺さぶられたが、その揺れもすぐに収まった。 5発目は右舷側の海面に外れ弾として落下し、6発目がついにインディアナに命中した。 重い300リギル爆弾は、第3砲塔の天蓋に命中し、派手な爆炎を噴き上げる。 爆弾命中の炸裂が、艦橋にも伝わって来たが、揺れは艦尾付近の至近弾よりも小さい。 「爆弾が第3砲塔に命中!損害は軽微!」 ルーストン大佐は、その知らせを聞いてニヤリと笑う。 (フン、シホット共の柔い爆弾なぞ、16インチ砲弾の直撃にも耐えられるように設計されたインディアナには通用せん。シホット共は、 本艦の対空火器を潰すつもりで編隊を分離させ、攻撃に当たらせたようだが・・・・それも無駄に終わったな。) 彼は、心中で敵の判断ミスを嘲笑った。 しかし、その嘲笑も、艦尾方向から伝わった突発的な振動によって吹き飛ばされた。 彼は、至近弾に取り囲まれるレキシントンに視線を移し、指示を飛ばしていた。 唐突に、原因不明の振動が艦全体を襲い始めた。 「な、何だこの揺れは!?」 彼がそう叫んだ時、後ろの艦内電話がけたたましく鳴った。 ルーストンは、電話に飛び付く。 「こちら艦長だ!」 「艦長でありますか!こちらはダメコン班です!先の至近弾で、推進機に異常が発生したようです!」 「何?推進機に異常が起きただと!?」 「はい!恐らく、至近弾が艦尾付近のスクリューシャフトを損傷させたかと思われます!それから、推進機の1基が停止しかけています!」 「停止しかけているだと?それは本当なのか!?」 「はい!間違いありません!」 ルーストンは唖然とした表情で受話器から耳を離した。 ダメコン班からの報告は事実であった。 インディアナは、艦尾付近に落下した至近弾によって、4基あるスクリューのうち、2基を損傷していた。 損傷した2基のスクリューの内、1基は損傷の度合いが激しい他、衝撃が艦内の推進器室にも損傷を与えていたため、スクリューの回転速度は 3分の1以下に落ちていた。 このため、インディアナは機関を全力発揮しているにも関わらず、最大速度である28ノットが出せぬ状態になっていた。 (なんてこった!これじゃただの足手まといになるぞ!) ルーストンは、思わず頭を抱えそうになった。 だが、インディアナの受難はこれだけではなかった。 彼は、見張りから「敵ワイバーン、魚雷投下!」という言葉を聞いた。 この時、彼は敵ワイバーンがレキシントンに向けて魚雷を投下したのだと思っていた。 実際はその通りである。 レキシントンを狙っていた敵ワイバーン群は、シホールアンル側の竜母部隊には珍しく、殆どが実戦を経験していない新兵 (とはいっても、入念に訓練は積んでいるため錬度は高かった)で編成されていた。 この新米竜騎士達は、訓練のお陰で、何とか米空母まで距離900メートルの位置に辿り着けた。 レキシントンを狙っていたのは、正規竜母ジルファニアから発艦した20騎のワイバーンであった。 目の前のレキシントン級は、随行するサウスダコタ級戦艦と共に回避運動を行いながら爆弾をかわしている。 レキシントンは、少しばかり舵を切っただけであったが、雷撃隊同様、新米ばかりで編成された爆撃隊は、急降下爆撃を全て空振りに終わらせていた。 雷撃隊の指揮官は、今がチャンスだとばかりに、レキシントンの未来位置を狙って一斉に魔道魚雷を投下させた。 本来ならば、もう少し接近してから魚雷を投下するのが良いのだが、それはベテランや、中堅の竜騎士が行う事であり、新米である彼らに 同じ事をさせるには、無理があった。 彼らの投下した20本の魔道魚雷は正確に作動し、扇状に広がって行く。 20本の魚雷網は、確実にレキシントンを捉えていた。 雷撃隊の指揮官は、レキシントンはもらったと確信していた。 しかし、彼らは思いがけぬ光景を目の当たりにする。 何と、レキシントン級のやや前方に出ていたサウスダコタ級戦艦が、速度を落とし始めたのである。 「なっ!?あいつら・・・・・・」 雷撃隊の指揮官は、その戦艦の献身的行為を目にして、思わず絶句してしまった。 アメリカ戦艦は、自らを盾にしてレキシントンを魚雷から救おうとしているのだ。 彼らはそう思った。 だが、実情は違っていた。 インディアナの乗員には、空母を守りたいと思う者は居るものの、わざわざ盾になってまで任務を遂行しようという者は皆無に近かった。 「回避だ!面舵一杯!」 艦長からしてそうであった。 しかし、 「艦長!魚雷7本が急速接近!距離200!!」 状況は絶望的であった。 重い戦艦の舵が効き始めるまで、時間は最短でも30秒は掛る。30秒たてば、艦首は思い通りの方向へ回り始める。 それまでに魚雷は、インディアナの腹を抉っているだろう。 「そ、総員、衝撃に備え!!」 ルーストン艦長は、大音声で乗員に命じた。 (こんな・・・・こんな馬鹿な事が!) 彼の心中で、やり場のない怒りが熱く煮え滾る。 (至近弾ごときで・・・・このような事態に陥るとは!!) ルーストンは、内心でそう叫んだ。 直後、35000トンの艦体は、右舷側から襲って来た激しい衝撃に大きく揺さぶられた。 シホールアンル軍の魔道魚雷は、戦争の後半頃になって、連合軍艦艇相手に猛威を振るったが、いずれの戦場でも魚雷の作動不良や不発に泣かされて来た。 後に、魔道魚雷は半ば傑作、半ば不良品として言われるようになるが、インディアナに命中した7本の魚雷は、全てが通常通りに作動していた。 インディアナの被雷から3分後に、別の竜母から発艦した雷撃隊は、軽空母ベローウッドに4本を命中させ、うち3発が起爆していた。 ベローウッドの被弾を最後に、シホールアンル側の航空攻撃は再び鳴りを潜めて行った。 午後3時20分 第37任務部隊第2任務群旗艦 空母フランクリン TG37.2旗艦であるフランクリンの作戦室に、パウノール司令官戦死の凶報が入ったのは、TG37.1の攻撃が終息してから5分後の事であった。 「そうか・・・・・分かった。」 第2任務群司令官であるフレデリック・シャーマン少将は、力無い声で、報告して来た通信参謀に返す。 「まさか・・・・パウノール司令官が・・・・・」 航空参謀は、今にも泣き出しそうな声音で言う。 「TF37司令部が事実上、壊滅してしまった今、誰かがTF37の指揮を取らねばならないが・・・・それにしても、よりにもよって、 こんな時に最高司令官が亡くなるとは。」 「艦隊の損害も、甚大その物です。」 参謀長が発言する。 「敵飛空挺と敵機動部隊との攻撃によって、我々は旗艦タイコンデロガを始めとする空母5隻、戦艦1隻、巡洋艦1隻、 駆逐艦14隻を撃沈破されています。そのうち、旗艦タイコンデロガやサラトガ、軽空母キャボットとベローウッド、 戦艦インディアナ、巡洋艦ジュノーは大破と判定される損害を受けています。特に、TG37.3の損害は甚大です。 使える空母がボクサー1隻に減った今、第3任務群は第2任務群か、あるいは第1任務群に統合するしかありません。」 「司令。たった今、第2任務群のモントゴメリー司令より指示を受けるとの通信が入っています。ここは、早急に 第2任務群が指揮をとり、悪化する状況に歯止めをかけねば・・・・」 「ふむ。」 シャーマンは頷きながら、頭の中では様々な事を考える。 被害甚大となった艦の中には、沈没確実の被害を被った艦が居る。その艦から生き残りの乗員を助けなければならない。 それと同時に、TF37は、陸上からの航空攻撃や、敵機動部隊からの反復攻撃を受ける可能性がある。 状況は、最悪である。12隻の空母のうち、使える空母は6隻しか居ない。 航空戦力も大幅に減少し、長い間迎撃戦闘を行って来た戦闘機パイロットは、半数以上が疲労している。 ここで、敵が再び大規模空襲を反復すれば、TF37は全ての母艦を撃沈されてしまうだろう。 (いや、陸上からの航空攻撃は、今の時間からしてもう無いかもしれない。) シャーマンは、自らの考えを一部否定する。 (敵のワイバーン部隊の中で、夜間作戦が可能な部隊はごく限られていると聞く。それに、敵の基地航空部隊は、我々との戦闘でかなり消耗 している筈だ。戦力を再編して攻撃を再開するにしても、もう少し時間はかかる。攻撃があるとすれば、明日になるだろう。我々は、明日の 早朝までには陸地から離れるから、敵の基地航空隊は、TF37に再攻撃を行う事は出来んだろう。) シャーマンは、心中でそう思った。 「陸地からの攻撃は、まず無いかもしれないな。だが、問題はまだある。」 彼は、ハイライダーから送られて来た情報を思い出した。 フランクリンは、新たに2機のハイライダーを発艦させていた。この2機は、機上レーダーで敵艦隊を探知し、位置と進路を知らせて来た。 情報によれば、TF37の南西側の海域270マイルの沖合を、敵機動部隊が航行しているという。 このまま行けば、TF37は安全圏に出るまでに、敵機動部隊から攻撃を受け続ける事になる。 (ただ待っているだけでは、基地航空隊の脅威は去っても、敵機動部隊の脅威は去ってはくれない。この脅威を取り払うには・・・・・ やはり、攻撃しか無い) シャーマンは顔を上げた。 「よし。通信参謀、艦隊の各艦に通達せよ。我、これよりTF37の指揮を継承。航空戦の指揮を執る。各空母は、攻撃隊発艦の準備を行われたし、だ。」 「司令、攻撃隊を発艦させるのでありますか?」 通信参謀が驚く。 「そうだ。攻撃だ。」 シャーマンは即答する。 「これより、各空母は急ピッチで攻撃隊を編成して貰う。それから、第3任務群は解隊し、第1任務群の指揮下に入るように伝えよ。」 彼は、有無を言わせぬ口調で通信参謀に命じる。 「急げ!敵は新たに攻撃隊を編成している筈だ。ここで反撃に転じなければ、我々はずっと、敵に付き纏われてしまうぞ。それに」 シャーマンはここで頬を緩ませた。 「ようやく、念願の正規竜母が現れたのだ。沈められる機会があるのならば、1隻でもいいから海底に送ってやるべきだろう。 攻撃隊のパイロット達も、早く出撃させてくれと、内心やきもきしている頃だ。」 「分かりました。全艦艇に指令を伝えます。」 通信参謀は頷くと、駆け足で艦橋から出て行った。 午後4時40分 TG37.2旗艦 空母フランクリン 幸か不幸か、太陽はまだ高い位置にあった。 時間は午後4時40分を回っているが、気象班が予測した日没まではまだ時間もある。 飛行甲板上には、弾薬を搭載した艦載機がずらりと並べられている。 弾薬の搭載作業は、事前に準備を終えていた事が功を奏し、比較的短い時間で終わった。 「第2次攻撃隊は、本艦からF4U24機、SB2C14機、TBF14機が発艦します。次に、イントレピッドからはF6F18機、 SB2C16機、TBF12機、軽空母ラングレーとプリンストンは、それぞれF6F12機とTBF6機ずつを発艦させます。」 「レキシントンとボクサーは?」 シャーマンは、すかさず航空参謀に聞き返す。 「レキシントンからはF6F18機、SB2C10機、TBF8機、ボクサーからはF4U30機、SB2C12機、TBF9機が発艦予定です。 このうち、本艦とボクサーのF4Uは、12機ずつ、計24機がロケット弾を搭載して、敵の輪形陣攻撃に当たります。それからプリンストン、 ラングレー、ボクサーの艦爆、艦攻も護衛艦の攻撃に回ってもらう予定です。」 「コルセアのロケット弾で駆逐艦の防空網に穴を開け、艦爆、艦攻の攻撃で巡洋艦や戦艦を叩き、残りの航空隊で敵竜母を狙う、か。 敵がやって来た戦術を、そっくりそのまま叩き返してやるという訳か。」 「はい。それも、徹底した形で行います。」 「潜水艦からは、何か新しい報告は無いか?」 「20分前の第一報以来、消息は途絶えています。」 今から20分前、TG37.2司令部に潜水艦タイノサから敵機動部隊発見さるという報告が伝えられた。 潜水艦タイノサは、僚艦であるハンマーヘッドと共に、この作戦で生じた未帰還機の搭乗員を救出するために派遣された潜水艦の1隻である。 アメリカ海軍は、アルブランパ港を監視している潜水艦部隊とは別に、12隻の潜水艦を動員してシェルフィクルやレビリンイクル列島の周辺に 配置していた。 タイノサとハンマーヘッドは、本来はトンボ釣りが主任務であったのだが、TF37が敵航空部隊の大空襲を受けているとの通信が入ってから は付近の哨戒活動を行っていた。 この2隻が、敵機動部隊発見という殊勲を挙げたのである。 「シホールアンル艦隊の最新の位置を掴めた事は幸いだが、それよりも、タイノサとハンマーヘッドは生き残って欲しい。」 「貴重な搭乗員救出艦ですからね。1隻でも失えば大損害です。」 「だな。」 シャーマンは頷く。 「2隻の潜水艦が命懸けで伝えて来た情報を生かすためにも、俺達は攻撃を成功させねばならん。」 彼は、静かながらも意気込みを感じさせる言葉を呟いた。 飛行甲板から、航空機のエンジン音が聞こえ始めた。 エンジン音はすぐに大きくなり、数分足らずで飛行甲板上は艦載機の発する爆音に満たされた。 「司令、各空母の発艦準備が間もなく終わります。TG37.1と37.3はあと10分で発艦準備が終わるとの事。」 「あと10分か。やはり、事前に準備を怠らなかったのが幸いしたな。」 シャーマンは満足気な笑顔を浮かべてから言う。 同時に、通信士官が紙を手に携えながら艦橋に飛び込んで来た。 「司令官!ピケット艦より緊急連絡です!」 「読め。」 シャーマンは冷淡な声音で通信士官に言う。 「はっ。ピケット艦コルホーンが、方位260度方向、距離180マイルの地点より接近する敵編隊を捉えたとの事です。」 「敵機動部隊から発艦したワイバーン隊だろう。早速追い討ちを掛けて来たか。」 シャーマンはうんうんと頷く。 「だが、シホット共が思い上がるのも、これまでだ。俺達も攻撃隊を飛ばし、敵機動部隊に空襲を行う。見てろよ、シホット。」 彼は、静かな口調で言い放った。 「バンカーヒルとタイコンデロガ、そして、TF37全体が味わった苦痛と恐怖を、そっくりそのまま叩き返してやるぞ。」 午後5時50分 シェルフィクル沖南南東380マイル沖 第2次攻撃隊が発艦を終えてから1時間が経った。 艦隊には、南西方面から新たな敵編隊が迫りつつあった。 「こちらフランクリン。ウィックスリーダーへ、敵編隊は君達から西に10マイル、1000メートル下方を飛行中だ。数は約200騎程だ。」 「こちらウィックスリーダー了解。すぐに向かう。」 ケンショウは、耳元のレシーバーから流れる隊長機とFDOとのやり取りを耳にしながら、先頭を飛ぶ隊長機に目を向ける。 「各機に告ぐ。聞いての通り、敵編隊約200騎が艦隊に近付きつつある。俺達は今より、この敵編隊を迎撃する。全機、俺に続け!」 イントレピッド隊を束ねるジャン・オーキス大尉の指示が飛び、イントレピッドから発艦した12機のF6Fは、オーキス機に従って、 敵編隊の居る方角に向かう。 迎撃に飛び立った戦闘機は、イントレピッド隊が12機、フランクリン隊が10機、プリンストン隊が8機、ラングレー隊が16機。 TG37.3のボクサーからはF4Uが14機発艦し、レキシントンからは12機が飛び立った。 総計で82機の戦闘機が発艦し、敵編隊に向かっているが、この82機が、TF37が出せる精一杯の戦力である。 残りの戦闘機は、第2次攻撃隊の護衛に出払っているか、艦内の格納庫で修理を受けている。 (いつもなら200機、多い時には300機以上を迎撃に出せる筈なのに、今ではたったの82機とは。この消耗率は異常だぞ) ケンショウは内心で思う。 早朝から始まった第1次攻撃隊の発艦から既に半日が過ぎ、TF37がCAPに繰り出せる戦闘機は、通常の半数以下である。 TF37の損害は、主力艦だけでも正規空母2隻、軽空母1隻が沈没確実の被害を受け、戦艦1隻に正規空母1隻、軽空母1隻が 沈没するかどうかの瀬戸際まで追い詰められている。 それと同時に、航空機の損失も膨大な物に上っており、TF37は推定で300機以上の艦載機を失っている。 この300機という数字は、敵に撃墜された機以外に、艦内で母艦と共に海没した機体や不時着水、あるいは着艦事故で失われた機も含んでいる。 戦闘はまだ続くため、航空機の損失数は更に増えるだろう。 イントレピッド隊が、他の母艦の戦闘機隊を率いる形で敵に向かってから5分が経過した。 「敵騎発見!」 オーキス大尉の叫び声が響いた。 イントレピッド隊の左下方に、敵ワイバーンの大編隊が飛行している。 敵編隊の全容は、所々に掛っている雲に覆われて把握しきれないが、FDOの言う通り敵の総数は、200は下らぬと思われた。 「イントレピッド隊はこれより、敵戦闘ワイバーンと空戦を行う。攻撃開始!」 オーキス大尉の気合のような言葉が響いてから、先頭の第1小隊が機首を翻し、1000メートル下方に居る敵編隊目掛けて突っ込む。 「第2小隊も続くぞ!」 「了解!」 ケンショウは小隊長にそう返事し、小隊長機にならって操縦桿を右に倒し、愛機を横転させながら降下の姿勢に移す。 視界がぐるりと回り、前方に翼を上下させるワイバーンの大群が見え始める。 緊密な隊形を維持しながら飛行を続けるワイバーン群だが、戦闘機の接近に気付いたのであろう、一部の敵騎が向きを変えて来た。 6000メートルを指していた高度計は急激に下がり、あっという間に5200まで下がった。 先頭の第1小隊が、向かって来たワイバーンに対して機銃を撃つ。 対するワイバーンも口から光弾を連射して来た。 第1小隊の攻撃で、1騎のワイバーンがひとしきり光を明滅させたあと、何かの液体らしき物を吹き出した。 同時に、第1小隊のうちの1機が機首から白煙を引き始め、小隊から離れ始める。 敵ワイバーン群が第1小隊とすれ違い、被弾騎を除いた残りのワイバーン8騎が第2小隊に迫る。 (来る!) ケンショウは心中でそう叫び、目測で敵が距離400まで接近した瞬間、機銃を発射する。 両翼の12.7ミリ機銃が唸りを上げ、6本の火箭が狙いを付けた1騎のワイバーンに注がれる。 機銃弾は敵ワイバーンの下方に逸れてしまった。 それと入れ替わるように、敵ワイバーンから放たれた光弾がケンショウ機に向かって来る。 緑色の光弾が機体の右方向を飛び去って行く。 敵の攻撃は逸れるかと思った瞬間、外から叩かれたような振動が伝わる。 振動は2回だけであり、いずれも機体に致命傷を負わせるほどではなかったが、 「畜生!」 ケンショウは悔しげな口調で罵声を上げた。 しかし、そんな感傷もすぐに振り払い、彼は新たなワイバーンとの正面対決に入る。 今度は5騎が迫って来た。 相手も500キロ以上のスピードで飛んでいるため、距離はあっという間に縮まる。 ケンショウは真ん中のワイバーンに狙いを付け、300メートルまで迫ってから機銃を撃った。 両翼の12.7ミリ機銃が再び唸り、操縦席にリズミカルな振動が伝わる。 今度は見事に命中した。 敵ワイバーンは、真正面からモロに連射を食らった。 襲い来る機銃弾は、敵の防御魔法によって弾き返され、敵ワイバーンの周辺が赤紫色に明滅する。 相手の攻撃は見当違いの所に飛んで行った。 ケンショウ機と敵ワイバーンが高速ですれ違う。彼はすぐに後ろを振り向いたが、目標のワイバーンの姿を確認する事は出来なかった。 (落とせてないだろうな。だが、防御魔法の明滅時間は比較的長かったから、あと少しで防御は敗れるだろう) 彼は心中でそう呟いた。 ケンショウも含む第2小隊は、全機が無事に敵編隊の下方に飛び抜けた。 「これより各ペアで戦闘に当たれ!ブレイク!」 中隊長機から指示が下る。それを聞いたケンショウは、相棒が後ろに続いている事を確認してから、愛機を左に旋回させた。 「さて、ここからが本番だぞ。」 ケンショウは自らを戒めるかのように、小声でそう言う。 敵編隊の周囲では、既に乱戦が始まっていた。 82機のCAPは、敵の護衛と渡り合いながら、隙を見ては攻撃ワイバーンに向かおうとした。 敵の護衛を振り切った2機のコルセアが爆音を響かせながら、攻撃ワイバーンに接近する。 狙われた攻撃ワイバーンが狙いを外そうと、慌てて蛇行するが、コルセア2機は無駄だと言わんばかりに容赦なく機銃弾を撃ち込んだ。 12.7ミリ機銃弾12丁の集中射撃を食らったワイバーンは、最初は防御結界に守られる物の、それもすぐに効果が切れる。 魔法の恩恵が無くなり、生身の体が晒された瞬間、竜騎士とワイバーンは無数の高速弾によってずたずたに引き裂かれた。 別のヘルキャットは、ワイバーンから真正面から受けながらも、それを強引に突っ切って攻撃ワイバーンへ急速接近する。 ヘルキャットは、ワイバーン群の指揮官騎と思しき敵騎を見つけるや、脇目も振らずに突進した。 ワイバーン群の指揮官は、自らに迫り来るヘルキャットを見て死を覚悟した。 その瞬間、下方から幾条もの光弾が吹き出し、それがヘルキャットに突き刺さる。 幾つもの光弾に穴を穿たれたヘルキャットは、主翼から黒煙を吐きながら錐揉み状態で墜落して行った。 敵編隊の周囲で戦闘機やワイバーンが墜落していく中、ケンショウ達は敵編隊の下方に居ながら目標を見定めていた。 「やはり、敵編隊の先頭付近をやるか。なあ、お前はどっちがいいと思う?」 「俺は君の指示に従うよ。それより、時間が無いぜ。」 ケンショウは、相棒にそう言われて苦笑する。 「そうだな。では、先頭のヤツを叩くか。」 ケンショウは頷いた。愛機のスロットルを開き、速度を上げる。 機首の2000馬力エンジンが轟々と開き、重い機体を高空に引っ張り上げていく。 目標は、敵編隊の一番右側を飛ぶ4騎のワイバーンだ。 上空では、味方の戦闘機隊と護衛のワイバーンが空戦を行っている。 敵編隊は半数近くをワイバーンで固めていたため、戦闘機隊の大半が戦闘ワイバーンとの空戦に忙殺されている。 だが、それでも一部の戦闘機は、ワイバーンに勝る速度性能を生かして、思い出したように敵編隊目掛けて突っ込んでいく。 味方戦闘機隊はいずれも上方から突っ込んできたため、敵の竜騎士達の注意は上に向いていた。 そのため、下方から迫りつつあるケンショウ機とそのペア機には気付かなかった。 「良いカモだぜ。」 レシーバーから相棒の声が聞こえる。 敵編隊との距離は既に600を割っている。ケンショウは、距離400まで近付いてから射撃をする予定であったが、敵は一向に気付く様子が無い。 そのまま2機のF6Fは、目標のワイバーン編隊の下方から接近を続ける。 と、その時、1騎のワイバーンがこちらに気付いたのか、急に体を左右に揺らした。 「今更気付いたって遅い!」 ケンショウは静かな声でそう言うと、躊躇い無く機銃の発射ボタンを押した。 曳光弾が敵ワイバーンの下腹に注がれ、しばしの間防御結界が働き、ワイバーンの周囲が光に包まれる。 光の明滅は僅か1秒で終わり、その次の瞬間、ワイバーンは全身を12.7ミリ弾に貫かれた。 「!!」 ケンショウはふと、背筋に悪寒を感じた。 「来るぞ!!」 彼は反射的に相棒に叫ぶと同時に、機体を右に横転させた。 愛機の姿勢がぐらりと右に傾いた時、斜め上方から光弾が降り注いで来た。 「ワイバーンだ!」 ケンショウは叫びながら、愛機を旋回降下させる。その時、彼は自らを襲ったワイバーンを見つけた。 襲って来たワイバーンは3騎いた。 その3騎は、ケンショウ機を狙って光弾を放って来た。ケンショウがこの集中攻撃を避けられたのは、奇跡に等しかった。 (タイミングが少しでもずれていたら、今頃は・・・・) 彼は脳裏に、自分の機体が炎に包まれながら墜落していく光景を思い浮かべ、身震いした。 (ええい、怖がっている暇は無い!) 彼は内心でそう思うと、再び奮起して襲い掛かって来たワイバーン相手にどう立ち回るかを考える。 「ケンショウ!そっちに2騎言ったぞ!俺の方にも1騎食らい付いている!」 「了解!」 ケンショウは答えながら、自分が圧倒的に不利な状況に陥ったと確信した。 速度性能ではヘルキャットが上だが、最近のワイバーンはスピードも580キロ程度は出せるため、この差は決定的ではない。 それに比べて、運動性能では圧倒的にワイバーンが上であるため、コルセアやヘルキャットでは1対1で分きつい。 それが2対1となると、ヘルキャットはかなり不利となる。 「奴らの思い通りになってたまるか!」 ケンショウは静かな声で言い放つと、スロットルを更に開き、エンジン出力を最大にする。 下降に入っていたヘルキャットは更に増速し、高度計の回転速度が更に上がる。 彼はGに耐えながら、後ろを振り向いた。 愛機の右後方にワイバーンが占位しているが、その姿は徐々に小さくなっていく。 しかし、後方から追跡して来るワイバーンは1騎しか見当たらない。 (もう1騎はどこに居る!?) ケンショウは心中で叫ぶ。 もう1騎のワイバーンは、いつの間にか居なくなっている。 彼は左右は勿論の事、全方位に目をこらしたが、もう1騎のワイバーンはどこにも居ない。 (見えるワイバーンと同じように、こっちの死角から追跡しているかもしれないな) ケンショウは、内心でそう確信した。 いつも慎重に行動する彼にしては、珍しく都合の良い判断ではあるが、戦闘で疲労していた頭は、この時、ケンショウの売りの1つである 慎重さを奪い去っていた。 高度1000メートルまで下降した所で、ケンショウは愛機を旋回させた。 「よし、続いて上昇に移るぞ。」 彼は旋回上昇に移ろうとした。その時、機体に横から殴られるかのような衝撃が伝わった。 金属が裂け、何かが音立てて砕けるような音が耳に響く。 防弾ガラスが割れ、その破片がケンショウの左頬を切り裂き、真っ赤な血がコクピット内に飛び散った。 「!?」 ケンショウは驚くと同時に、自らの失態を悟った。 機体の真上を1騎のワイバーンが飛び去る。 (くそ、しくじった!) ケンショウは叫び出したかったが、不思議と声が出なかった。 体は恐怖と緊張で硬直し、それまで滑らかに行っていた機体の操作にも無駄な手間が生じる。 エンジンにも被弾したのだろう、機首に穴が開き、2000馬力エンジンがひっきりなしに振動している。 速度は急速に落ち始め、今では440キロまで低下していた。 ケンショウ機をフライパスしたワイバーンが、距離800メートルの距離でくるりと向きを変え、また向かって来た。 ワイバーンの姿が徐々に大きくなる。最初は見え辛かったが、距離が狭まるに連れて、竜騎士の姿がはっきりと分かるようになった。 「逃げなければ!」 ケンショウは無我夢中で機体を操作する。 が、被弾でエンジンのパワーが落ち、各所に手傷を受けた愛機は、七面鳥を思わせるような緩慢な動きしかできなかった。 ワイバーンが500メートルまで迫った。相手の姿ははっきりと見て取れる。 「・・・・畜生!」 ケンショウは悔しさの余り、大声で叫んだ。 その瞬間、攻撃が放たれた。 「?」 ケンショウは思わず目を閉じたが、この時、彼は首を傾げた。 (この音は・・・・機銃弾?それに・・・・) 彼の耳に響いたのは、唐突に発せられた機銃の発射音と、2000馬力エンジンが発する爆音であった。 轟音が左から右に飛び去った。 ケンショウはすかさず、音が飛び去った方角に目を向ける。 自分を狙っていた筈のワイバーンは、突然の攻撃を受けて墜落しつつあった。そして、そのワイバーンを討ち取った張本人が、大きく旋回を行っていた。 「あれは、俺と同じF6F・・・・じゃないな。」 ケンショウは、その機に取り付けられている物・・・・夜戦仕様のF6Fに取り付けられた右主翼の丸い物に目が止まった。 「夜間戦闘機か。最新型のF6F-N5だな。」 彼は、安堵するかのような声音で呟く。 夜戦仕様のF6Fは、滑らかな動作でケンショウ機に近付いて来る。 ケンショウはまず、尾翼に注目した。 「ラングレー所属の艦載機か。」 彼は、尾翼に描かれている白地の長方形に黒のダイヤマークを見て、そのF6Fが軽空母ラングレーの搭載機であると確信する。 「そこのヘルキャット、聞こえる?」 無線機に声が響いて来た。ケンショウは、その声が異様に高い事にやや驚いた。 「ああ、聞こえる。感度はバッチリだ。」 「ふぅ、良かった。生きているみたいね。」 「お陰さまで、何とか生き延びる事が出来たよ。礼を言う。」 ケンショウは、右側方を飛ぶF6Fを見つめながら話す。 相手の顔は、風防眼鏡と飛行帽に隠れて見えない。 「君はラングレーの所属か?」 「ええ。と言っても、半ば居候のような物だけど。」 「居候か。てことは、君はあの噂の・・・・・・」 「あら、ご存知なのね。」 相手はそう言うと、ニコリと笑って来た。 「やはりね。あんたらの噂は前から聞いてるぜ。良い腕前だ。」 「どうも。」 相手は笑いを含んだ口調でケンショウに返した。 「しかし、酷い有様だねぇ。エンジンからは煙が出ているし、胴体は穴ぼこだらけだし、こりゃスクラップ前のポンコツ機みたいだわ。」 「俺の機体はそんなに酷い状況なのか?」 「ええ。何しろ、尾翼にも穴が開いているからね。でも、幸い、飛ぶ事だけは出来そうよ。今は、艦隊からやや離れたところで待機するのが吉かもね。」 「そうか・・・・・」 ケンショウは、幾分落ち込んでしまった。 さっきの判断は完全に誤りであった。もし、目の前のラングレー所属機が助けに来なければ、今頃は機体ごと海に叩き落とされていたであろう。 (まさに、九死に一生、て奴だな) ケンショウは鬱屈とした心中でそう思った。 「おっと、長話は良くないね。じゃ、私は姉貴の所に行かないといけないから、これで。」 「ああ。気を付けてな。さっきは助かった。」 ラングレー搭載のF6Fは、ケンショウの言葉を聞いた後、3度ほどバンクを振ってから離れて行った。 「あのF6Fのパイロット。女だったな。帰れたら、ラングレーの連中に聞いてみるか。」 迎撃隊の奮戦にもかかわらず、敵編隊は護衛のワイバーンの援護のお陰でさほど損害を受けずに、アメリカ機動部隊へ近付く事が出来た。 迎撃隊が戦闘を開始してから15分が経った頃、TG37.2は輪形陣の右側に迫った敵編隊を目視で捉える事が出来た。 巡洋戦艦アラスカは、陣形の右側に配置されている。艦の右舷側800メートル程離れた海域には、僚艦のボルチモアとサンアントニオが布陣している。 艦の乗員達は既に各所で配置に付き、敵の接近を今か今かと待ち構えていた。 「ついに来たか。」 アラスカの艦長であるリューエンリ・アイツベルン大佐は、第12戦艦戦隊司令官であるフランクリン・ヴァルケンバーグ少将の声を聞いた。 「多いですな。ざっと見ても100騎以上はおります。」 「うむ、厄介な事になって来たぞ。」 ヴァルケンバーグ少将は唸るような声音で返した。 「シホールアンル軍は、これまでの戦闘でマジックランスどころか、魚雷も使用している。既にTG37.1やTG37.3は大損害を 被ってしまった。この第2任務群までもが大損害を被れば、TF37は潰走を余儀なくされるだろう。」 「潰走ですか。嫌な言葉です。」 リューエンリは顔をしかめながら相槌を打った。 撤退と潰走。 この二つの言葉は、軍事にあまり詳しくない者が聞けば、似たような意味になると思われがちであるが、撤退と潰走では意味が異なる。 撤退は、軍人からすれば最も聞きたくない言葉の1つであるが、撤退という行動は、軍が部隊としての秩序を保ちながら戦線を離脱する事を言う。 潰走とは、その撤退中に起こりうる行動・・・・算を乱しての敗走の事を言う。 撤退はしていても、部隊としての秩序が保たれていれば再び軍として再生出来るが、潰走ともなれば、部隊を形成する基幹部隊がでんでんばらばらに 戦線を離脱するため、部隊は四分五裂して再編が困難な状況となり、もし再編の目処が付いたとしても、普通に撤退した部隊と比べて再編のスピードは 段違いに遅くなる。 これはTF37にも言える事であり、ここで更に大損害を受けてしまえば、TF37の命運は決まったも同然となる。 最悪の場合は、個別で離脱した損傷艦が、敵の水上艦隊やレンフェラルの襲撃で相次いで討ち取られる可能性もある。 いくら戦力が豊富なアメリカ海軍といえど、空母12隻を主力とするTF57を丸ごと失えば、戦力の再編に時間がかかり、以降の反攻作戦に 支障を来す事になる。 「最悪のケースを避けるためにも、ここは頑張らなければいけませんね。」 「だな、艦長。」 ヴァルケンバーグが頷いた瞬間、輪形陣外輪部から発砲音が響いた。 どうやら、敵編隊が輪形陣に向けて突入を開始したようだ。 「敵さんはいつも通りのサンドイッチ戦法を取らずに、片側を集中して攻撃するつもりのようです。」 「ほほう、一点集中と来たか。時間も時間だし、敵も焦っているのかもしれん。」 ヴァルケンバーグは、視線を夕日で赤らみ始めた空へ向ける。 時刻は既に夕方の6時を過ぎ、海上は夕焼けに覆われている。もう少し時間が経てば、日は完全に落ちる。 敵編隊の指揮官は、日没までに勝負を付けようと考えたようだ。 「だが、もはや敵の思う通りにはさせんぞ。」 ヴァルケンバーグは呟く。その瞳には、熱い闘志が籠っていた。 「先頭のワイバーン群、駆逐艦に向けて降下を開始!」 「輪形陣崩しをやるか。敵も生真面目だな。」 見張りの声を聞いたリューエンリは、小声で呟いた。 敵騎の数は、これまでの来襲騎数と比べて100騎前後と、幾らか少ない。(普通は多いのだが) しかし、それでも敵編隊は、少ない戦力を割いてまで輪形陣潰しを仕掛けて来た。 駆逐艦群が猛烈な対空砲火を放ち、突入して来るワイバーン群が次々と撃ち落とされていく。 しばしの間、敵ワイバーン群は撃たれっ放しの状態にあったが、やがて、高空から迫ったワイバーンが相次いで爆弾を投下した。 駆逐艦3隻の周囲に爆弾が落下し、水柱が噴き上がる。 1隻の駆逐艦が命中弾を受け、艦の前部から猛烈な火焔を噴き上げた。 更にもう1隻の駆逐艦が艦中央部に爆弾を食らい、爆炎が夥しい破片と共に噴き上がる。 駆逐艦2隻が相次いで被弾した事により、輪形陣の対空砲火網に穴が開き始めた。 その穴から、後続のワイバーン群が次々と輪形陣内部へ侵入を試みる。 「こちらは艦長だ。両用砲、撃ち方始め!」 リューエンリはすかさず、艦内電話で砲術長に指示を飛ばす。 それから2秒後に、アラスカの右舷側に配置されている4基の38口径5インチ連装砲が射撃を開始した。 8門の5インチ砲は射撃の切れ目を短くするため、2門の砲を交互に撃ち放っている。 アラスカの右斜め前800メートルを航行するボルチモアや、右斜め後ろを航行するサンアントニオも、それぞれ8門の5インチ砲を向け、 敵編隊を猛射している。 敵ワイバーン群は高空と低空に別れている。 駆逐艦攻撃に戦力を割いたため、敵騎の数は幾分減ったが、それでも70騎以上が上下に別れて輪形陣内部に突入しつつある。 アラスカのみならず、反対側に居る他の護衛艦艇も対空砲火を放っている。 陣形左側の護衛艦群は、位置の関係上、低空から迫る敵騎は狙えないが、代わりに高空から迫る敵騎には射撃を行う事が出来た。 アラスカは高空からの敵騎を狙って対空射撃を行っていたが、サンアントニオとボルチモアは、専ら低空侵入の敵騎を狙い撃ちにしていた。 2隻の重巡、軽巡が放つ対空砲火はまさに戦艦並みであった。 低空侵入のワイバーンは、矢継ぎ早に放たれるVT信管付きの高角砲弾や、40ミリ機銃弾の乱射の前に1騎、また1騎と、次々と討ち取られていく。 高空から迫る敵騎は、輪形陣内部に突入した瞬間に数騎ずつの編隊に別れた。 「高空の敵騎が分散!」 リューエンリは敵の動きを見て、思わず舌打ちをする。 「連中、180度方向に散らばりつつある。考えたな。」 「こうなっては、レーダー管制で繰り出される統制射撃も意味を成さなくなる。全く、厄介な事になった。」 ヴァルケンバーグも、額に冷や汗を浮かべながらそう呟いた。 小編隊のうちの幾つかが、唐突に急降下を開始した。 「あっ!複数の敵騎がボルチモアをサンアントニオに向かいます!低空侵入の騎も20騎前後が両艦に接近します!」 「巡洋艦にまで手を出すか。」 リューエンリは眉をひそめた。 敵ワイバーンは、低空と高空からほぼ同時にサンアントニオとボルチモアに向かった。 ボルチモアとサンアントニオは、これらに向けて高角砲と機銃を撃ちまくる。 敵ワイバーンは機銃弾や高角砲弾によってその数を減らして行くが、敵は全く怯む事無く、2隻の巡洋艦目掛けて突進する。 最初に攻撃を加えたのは、低空侵入を行ったワイバーン隊であった。 このワイバーン隊は5騎がサンアントニオに、6騎がボルチモアに対して攻撃を行った。 これらのワイバーンは、いずれも対艦爆裂光弾・・・・通称マジックランスを搭載しており、距離600に迫った所で2発ずつ搭載されていた マジックランスを一斉に撃ち放った。 ボルチモアとサンアントニオの右舷側に10発以上のマジックランスが殺到する。 対空砲火が迎撃するも、時すでに遅し。ボルチモアとサンアントニオの舷側に次々と爆発が起きた。 マジックランスの恐ろしい所は生命反応探知式という点にある。 この兵器は、必ず人が密集している場所に向かって行くため、着弾した場合の死傷者数がかなり多い。 ボルチモアは5発、サンアントニオは4発のマジックランスを受けた。 ボルチモアは、右舷側の機銃座と、右舷1番両用砲に損害を受け、機銃員の約半数が死傷するという被害を被った。 それに加え、1発は艦橋に命中したため、ボルチモアは艦長以下多数の艦橋職員を爆殺されてしまい、一時操艦不能に陥った。 サンアントニオは4発中、3発が右舷側の甲板に命中し、機銃座や両用砲座に損害を被った。そして、サンアントニオもボルチモアと同様に、 艦橋にマジックランス1本が突入したが、不幸中の幸いで光弾は起爆しなかったため、艦長戦死という最悪の事態は避けられた。 2隻の巡洋艦が相次いで被弾し、炎上した始めた所に、高空からワイバーンが急降下爆撃を仕掛けた。 ボルチモアとサンアントニオに爆弾が降り注ぐ。 急降下爆撃を行ったワイバーン隊は腕が悪かったのが、投下した爆弾の殆どが外れ弾となったが、それでも1発ずつがボルチモアとサンアントニオに命中した。 サンアントニオは、後部第3砲塔に爆弾を食らった。 爆弾が炸裂した瞬間、砲塔自体が弾け飛び、3本の砲身がくるくると回りながら吹き飛んでいく。 サンアントニオは後部部分の命中弾によって濛々たる黒煙を噴き上げたが、機関部にまでダメージは及んではいないため、そのまま30ノット以上の スピードで海上を驀進する。 ボルチモアは左舷側中央部に爆弾を受けた。 爆弾は、左舷側の丁度真ん中・・・・1番煙突と2番煙突の前側に命中し、2基の40ミリ4連装機銃座と、舷側に張り出されるような形で 釣られていた救命ボートが無残に粉砕された。 この被弾の直後、ボルチモアは急激にスピードを落とし始めた。 「ボルチモア、速力低下!」 リューエンリは、見張りの報告を聞くなり悔しげに顔を歪める。 「今の被弾で、ボルチモアは機関部にダメージを負ったかもしれんな。」 ヴァルケンバーグも、味方艦の落伍を目にしてに渋い表情を浮かべる。 「敵編隊の後続が更に接近します!」 リューエンリは見張りの言葉を聞きながら、目視で残りの後続部隊が輪形陣の内部に侵入しつつあるのを確認した。 「低空侵入騎が20から30・・・・降下爆撃隊が20騎前後残っています。」 「あれが奴らの全力だ。恐らく、低空侵入騎は魚雷を搭載しているだろう。艦長、最低でも低空侵入騎だけは食い止めろ。」 ヴァルケンバーグはリューエンリに言う。 「今、TF37の士気は危うい所まで来ている。ここでまた、空母を大破させられれば、士気はどん底まで落ちるぞ。」 「ハッ。分かっています。」 リューエンリはヴァルケンバーグに顔を向けて頷き、再び敵編隊に視線を送る。 「連中に、これ以上好き勝手させる訳にはいきませんからな。」 彼は静かな声音でヴァルケンバーグに返事しつつ、敵編隊を鋭い相貌で睨みつける。 「見張り員!低空侵入騎との距離を知らせ!」 リューエンリは大音声で命じる。 「ハッ!低空侵入騎は、本艦より右舷1800メートルまで接近中です!」 「ふむ・・・・あまり時間は無いな。」 リューエンリはそう呟くと、すぐに艦内電話に飛び付いた。 「砲術長。聞こえるか?」 「こちら砲術長です。何でしょうか艦長?」 「これより低空侵入騎に対して主砲を撃つ。すぐに発射準備かかれ。」 「え・・・・艦長!今は対空戦闘中ですぞ!」 「構わん。すぐに発射準備を行え!急げ!!」 リューエンリは有無を言わさぬ口調で砲術長に命じた。 砲術長は慌てて了解と言うと、すぐに艦内電話を切った。 「艦長・・・・まさか、主砲で敵騎を撃つつもりか!?」 「はい。無茶だ、と言いたいのは分かります。しかし、空母をなるべく傷付けぬためには、今はこれしか方法がありません。」 「しかし、相手はワイバーンだ。戦艦の主砲弾を撃っても、あんな小さい的に当たる確率は限りなく0に近い。いや、紛れも無く0だ。」 「それも承知しています。」 リューエンリはニヤリと笑う。彼の表情からは、僅かばかりだが、自身が感じられた。 「私が狙っているのは、敵騎を派手に脅かすだけです。その間、本艦の対空火器は使えなくなりますが。」 リューエンリとヴァルケンバーグが会話を交わしている間、アラスカの前後に配置された55口径14インチ3連装砲は、ワイバーンの居る 右舷側に向けられていく。 3基の主砲が敵に向けられる間、主砲発射準備のブザーを聞いた機銃員や給弾員は、旋回していく主砲を見るや、仰天し、大慌てで艦内に避難していく。 「こんな忙しい時に主砲を使うだと!?うちの艦長は何を考えてんだ!」 「そんな事知るか。さっさと走れ!主砲の発射に巻き込まれちまうぞ!」 ある機銃手は悪態を付きながら、射手席から飛び跳ねて艦内に続くハッチに走り寄り、ある給弾員は、装填しようとしていた機関砲弾を海に放り込んで、 仲間の後に続く。 最後の機銃員が艦内に飛び込み、扉が音立てて締められた瞬間、ブザーが鳴り止んだ。 9門の14インチ砲は、殆ど水平の状態で向けられていた。 ブザーが消えて3秒ほどの沈黙が流れた後、リューエンリは溜めた物を吐き出す様に、大音声で命じた。 「ファイア!」 その瞬間、アラスカの右舷側が爆発した。9門の14インチ砲は、一斉に砲弾を放つ。 大音響が0.2秒遅れで3度鳴り響く。 低空侵入を図っていた30騎のワイバーンにとって、アラスカの取った行動は、まさに常識破りの物であった。 ワイバーン隊の指揮官がアラスカの主砲発射に唖然となった時、目の前で巨大な水柱が立ち上がった。 その時になって、ワイバーン隊の指揮官は、アラスカの取った行動を瞬時に理解し、指揮下のワイバーンに対して指示を送ろうとした。 だが、指揮官はワイバーン共々、水柱に巻き込まれてしまった。 ワイバーンの群れの中で、9本の水柱が轟々と立ち上がった。 リューエンリは、指揮官騎らしきワイバーンが、水柱に巻き込まれる様子を見て、思わず溜飲を下げた。 「ワイバーンが・・・吹っ飛んじまった。」 彼は、小声で独語した。 ワイバーン群は、立ち上がる9本の水柱に姿を覆い隠されてしまった。 だが、水柱が晴れると、そこから多数のワイバーンが現れて来た。 敵編隊の数は幾らか減ってはいるが、それでも20騎以上は居る。主砲の水柱で落とせたのは、せいぜい2、3騎。多くても4、5騎程度のようだ。 「クソ!やはり、主砲弾をぶち込むというのは無謀すぎたか!」 リューエンリは、自ら考えた作戦は失敗したと悟った。 「おや?」 と、その時。傍で眺めていたヴァルケンバーグが、意外そうな声を漏らした。 「敵さん、編隊が大幅に乱れている。それに・・・・何かパニックを起こしているワイバーンも居るぞ。」 「何ですって!?」 リューエンリは双眼鏡を構え、改めて敵編隊を見つめる。 良く見ると、先ほどまで整然としていた編隊は、今ではでんでんばらばらとなり、1騎1騎が思いのまま飛行している。 それに加え、最後尾に居るワイバーンは、急に上昇したり、あるいは横転したりする等、怪しげな動きを見せている。 そのようなワイバーンが8騎ほど見受けられる。 「やったぞ!これで敵は統制雷撃がやり難くなっただろう。艦長、どうやら、君の作戦は当たったようだな。」 「ええ、確かに。」 リューエンリは僅かに頬を緩ませるが、すぐに引き締めた。 「ですが、まだ喜んでいる場合ではありません。敵は依然として近付きつつあります。後は、両用砲と機銃でどこまで頑張れるか。」 リューエンリはそう返した。その時になって、両用砲と機銃が戦闘を再開した。 再び対空砲火の弾幕が敵ワイバーンに対して張られる。 敵騎群は、大きく数を減らしている物の、一向に引く気配を見せなかった。 対空戦闘が終わりを告げたのは、それから10分後の事であった。 「うーむ・・・・空母がまた傷付いてしまったか。」 TG37.2旗艦であるフランクリンの艦橋で、シャーマン少将は腕組をしながら僚艦イントレピッドを見つめていた。 彼の表情は険しい。 「イントレピッドからの報告によりますと、先の空襲で爆弾3発と魚雷1本を受けた模様です。この損害で、イントレピッドは28ノットまで しか速度を出せず、飛行甲板は使用不能との事です。」 「爆弾3発に、魚雷1本か。TG37.3や、TG37.1に属している空母が受けた被害に比べると、まだ傷は浅いと言えるのが唯一の救いだな。」 「ええ。ですが、イントレピッドから発艦した攻撃隊は、他の母艦に移すしかありません。」 「攻撃隊の連中には苦労を掛ける事になったが、それはともかく、母艦に大破以上の損害が出なかった事は喜ばしい事だ。」 「ええ、確かに。」 ウェルキン中佐は頷いた。 「使える母艦がまた1隻減った事は痛いですが、とにもかくも、被害の極限には成功した、と言えますな。」 「ああ。」 シャーマンは頷きながら、黒煙を噴き上げるイントレピッドを見つめ続ける。 イントレピッドは、先の攻撃で飛行甲板に爆弾3発を食らった他、舷側に魚雷3本を受けた。 だが、敵の魚雷は3本中2本が不発であり、唯一、右舷側中央部に命中した魚雷だけが、イントレピッドに損害を与える事が出来た。 イントレピッドは、被弾によって前部エレベーターと後部エレベーターが使えなくなった他、艦深部の缶室にも損害が出たため、艦載機の発着は 不可能となり、速度も28ノットまでしか出せなくなった。 今、イントレピッドでは必死の消火活動が行われている。 艦体から流れる黒煙は後ろに棚引いているが、機関部へのダメージは深刻というレベルではないため、船としての機能は充分に生きている。 シャーマンは、損傷したイントレピッドから、その奥の右舷真横を航行するアラスカに視線をずらす。 「敵の雷撃隊は、イントレピッドに到達する前に、アラスカや巡洋艦群に散々痛めつけられていた。特に、アラスカが行った常識破りの攻撃の お陰で、敵編隊はイントレピッドを撃沈する機会を失った。航空参謀。」 シャーマンはウェルキン中佐に顔を向けた。 「もしアラスカが、あの時主砲を発射していなかったら・・・・イントレピッドがこうして、フランクリンの真横を航行している事は無かった かもしれんな。」 「ええ。敵のスコア表に、大型空母のシルエットがまた1つ増えていたでしょうな。だが、アラスカ艦長の咄嗟の判断が、それを未然に防いだ。」 「そうだ。ひとまず、これで敵の空襲は終わりだ。後は・・・・」 シャーマンは、心中で敵機動部隊に向かっている第2次攻撃隊の姿を思い浮かべる。 「こちらが繰り出したパンチが、うまくヒットするかどうか・・・だな」 時刻が午後6時45分を回った頃、TF37を発艦した第2次攻撃隊は、敵機動部隊が繰り出した迎撃を撥ね退けながら、敵機動部隊の上空に到達を終えていた。 「ふぅ。敵のワイバーン共は何とか食い止められたな。」 カズヒロは、イントレピッド艦爆隊第2小隊の2番機として敵機動部隊への攻撃に参加していた。 「カズヒロ、こんな天気で攻撃しても、ちゃんと当たると思うか?」 後部座席に座っているニュールが尋ねて来る。 空は既に太陽が落ちかけ、周囲は薄暗い。第2次攻撃隊は薄暮攻撃という、あまり好ましく方法で敵に挑もうとしている。 「自信はあまり無いね。」 カズヒロはきっぱりと言う。 「敵の竜母へ攻撃する、という事自体初めてだ。いつもの通りに上手くやれる自信は無い。だけど、やるしかない。」 「・・・だな。」 ニュールは頷いた。 「やるしかねえな。」 「そうさ。でなきゃ、TF37は明日も敵のワイバーン相手に海上でダンスだ。無駄なダンスをさせないためにも、敵の竜母に必ず爆弾をぶち込んでやる。」 カズヒロは強い口調で言う。彼の表情には、緊張と期待の混じった色が浮かびあがっていた。 「攻撃隊各機に告ぐ。これより、敵機動部隊を攻撃する。」 指揮官騎の声がレシーバーから聞こえ、各母艦航空隊に攻撃目標が割り当てられる。 「イントレピッド隊は敵竜母1番艦、フランクリン隊は敵竜母2番艦、レキシントン隊は敵竜母3番艦を攻撃する。ボクサー隊、プリンストン隊、 ラングレー隊はコルセア隊の突入後に敵護衛艦を攻撃せよ。」 攻撃隊指揮官は、一呼吸置いてから最後の一言を吐き出した。 「全機突入せよ!」 その命令が発せられるや、攻撃隊の先頭を飛行していた22機のコルセアが待ってしましたとばかりに翼を翻し、低空に降下していく。 敵機動部隊に対する攻撃は、まず、コルセアのロケット弾攻撃から始まる。 ボクサーとフランクリンから発艦したロケット弾搭載機は24機だったが、2機はワイバーンの襲撃によって、敵機動部隊に到達する前に撃墜されている。 残り22機となったコルセアは、輪形陣の左側に向かっていた。 コルセアは敵艦の射程に到達する前に、6機、または5機ずつに別れた。 コルセア隊の目標は、輪形陣外輪部を航行する敵駆逐艦である。 各機には、5インチロケット弾が8発ずつ搭載されており、これを撃ちこむ事によって敵艦の対空火力を減殺する。 その後、艦爆や艦攻が輪形陣を突破し、竜母や戦艦、巡洋艦に攻撃を仕掛ける。 時間の都合で、輪形陣の両側から攻撃する事は出来ないため、第2次攻撃隊は陣形の片方から敵艦隊の上空に侵入して攻撃する手筈になっている。 奇しくも、第2次攻撃隊の戦法は、敵機動部隊が送り出した攻撃隊が取った物と全く同じ物であった。 この時、第2次攻撃隊に襲われた艦隊は、リリスティが直率する第1部隊であった。 第1部隊は、輪形陣の外輪部に12隻の駆逐艦を配置している。コルセア隊は、左側の外郭を埋める6隻の駆逐艦全てに襲いかかろうとしていた。 駆逐艦群が前、後部に配置された主砲を放つ。 コルセア隊の周囲には砲弾が炸裂し始めるが、飛んで来る砲弾の数は多くは無い。 輪形陣外郭を固める駆逐艦群の任務は、輪形陣突破を図る攻撃機を複数の艦で攻撃し、弾幕で敵機を撃ち落とすか、あるいは追い返す事である。 通常なら10以上の砲弾が敵機の周りで炸裂する筈なのだが、コルセアは、それぞれ駆逐艦1隻ずつに迫っているため、敵駆逐艦は単艦で 迎撃をするしかなかった。 そのため、砲弾はばらばらの位置で炸裂し、高射砲弾幕を形成する事はほぼ不可能となった。 コルセア隊は、それぞれの小編隊が横一列となり、猛速で目標である駆逐艦に接近していく。 周囲に高射砲弾が炸裂するが、数が少ないせいもあって、全く命中しない。 コルセアは更に高度を落とし、高射砲の狙いを外そうと試みる。 駆逐艦スェルインバの艦長は、一向に両用砲が有効打を与えられない事に業を煮やし、砲術長に対して敵機の前方の海面を撃てと命令した。 両用砲は、狙いをコルセアの前の海面に定め、再び発砲する。 最初の砲弾が弾着し、水柱が噴き上がるが、弾はコルセアの後方に逸れていた。 敵機が800グレルに迫った所で、対空用の魔道銃が一斉に撃ち放たれる。 七色の光弾が、横一列になって迫るコルセアに注がれ、そこに両用砲の射撃も加わった事から、コルセアの周囲の海面は砲弾の破片の落下と、 光弾の弾着によって白く泡立った。 コルセア1機に魔道銃の光弾が集中された。その次の瞬間、コルセアの機体から弾着の火花が飛び散り、次いで、右の主翼から紅蓮の炎が噴き出した。 操縦不能に陥ったコルセアは、機体を右に傾けながら海に突っ込み、激しい水飛沫が噴き上がった。 魔道銃の射手達が頬を緩ませ、この調子とばかりに別のコルセアにも狙いを定める。 しかし、そのスェルインバが撃墜できたコルセアはこの1機だけであった。 コルセア隊の速度は600キロ近くにまで達しており、敵駆逐艦が対空射撃に専念できる時間は、思いのほか短かった。 コルセアは距離800メートルまで迫るや、両翼から機銃を放って来た。 スェルインバを襲ったコルセアは、正規空母フランクリンから発艦したVF-13所属の機体であり、6機中1機が撃墜されている。 残り5機のパイロットは、洋上に散った戦友の仇とばかりに機銃を乱射する。 合計で30丁もの12.7ミリ機銃から発射された弾丸は、文字通り弾丸の雨となってスェルインバを襲った。 コルセアのガンカメラは、スェルインバから放たれる七色の光弾と、コルセアから撃たれた無数の曳光弾が交錯した後、艦体のあちこちから 弾着の煙が噴き上がる様子を克明に捉えていた。 距離400メートルまで迫った5機のコルセアは、一斉に5インチロケット弾を発射した。 5機のコルセアが放ったロケット弾は計40発にも及び、それらが白煙を引きながら、猛速で敵駆逐艦目掛けて殺到していく。 40発中、その半数近い18発がスェルインバの艦体に満遍なくし、外れ弾となったロケット弾も、艦の周囲に弾着して水柱を上げた。 5インチロケット弾は、シホールアンル側が使用していく対艦爆裂光弾とは違って無誘導であり、威力も段違いに劣る。 しかし、ロケット弾の飛翔速度は爆裂光弾と比べて、約1000キロ以上とかなり早く、敵艦の乗員から見れば、ロケット弾はあっという間に距離を縮めて来た。 ロケット弾は、全てが瞬発信管であり、ある程度の装甲を有した軍艦には余り効果は無いが、スェルインバのような駆逐艦や哨戒艇といった、 弱装甲の艦艇に対しては侮れない威力を発揮する。 スェルインバは、艦体に満遍なくロケット弾をぶち込まれた。 それまで、コルセアに対して放たれていた主砲や魔道銃が、襲い掛かってっきたロケット弾によって瞬時に破壊されてしまった。 主砲塔は側面や天蓋を穿ち抜かれて使用不能になり、吹きさらしとなっていた銃座は、射手や給弾員もろとも艦上から薙ぎ払われた。 艦橋にも3発のロケット弾が命中する。ロケット弾は、光弾と比べて確かに威力は低い物の、それでも数発が纏まって着弾すれば恐ろしい結果を招く。 スェルインバの艦橋職員は、時速1000キロで突入して来たロケット弾によって、艦長を含むほぼ全員が即死した。 ロケット弾の連続爆発が止むと、スェルインバは艦の前部から後部にかけて火災を起こし、やがてスピードを落とし始めた。 残り5隻の駆逐艦も、スェルインバと同様にロケット弾の斉射を浴びせられた。 5隻の駆逐艦は次々と被弾していく。その内の1隻が弾薬庫の誘爆を引き起こし、艦体が艦橋の手前から引き裂かれてしまった。 被弾した6隻のうち、1隻が爆沈し、3隻が甚大な損害を負って艦隊から落伍して行った。 コルセア隊のロケット弾攻撃で対空砲火の薄くなった所を、好機とばかりに艦爆隊や艦攻隊が次々と突入し、輪形陣内部に侵入していく。 最初に輪形陣の内部へ侵入したのは、正規空母ボクサー、軽空母プリンストンとラングレーから発艦したヘルダイバー9機とアベンジャー19機である。 元々、ヘルダイバーは12機居たのだが、機動部隊手前で生起した空中戦で3機が迎撃のワイバーンによって撃墜されている。 アベンジャー隊も、3飛行隊合わせて21機は居た物の、やはり敵騎の急襲を受けて散華している。 ワイバーン隊の迎撃は熾烈であり、護衛のF6FやF4Uも、数で勝るワイバーンに押し切られてしまった。 そのため、攻撃隊は17機の艦爆、艦攻が目標到達前に撃墜されている。 とはいえ、生き残った艦攻、艦爆は、目標である敵艦まであと一歩の所まで迫っている。 その先陣を切るボクサー隊、プリンストン隊、ラングレー隊は、対空砲火を浴びながらも、目標目掛けてひたすら前進を続けていく。 駆逐艦の防衛ラインを最初に突破したのは、プリンストンとラングレー隊であった。 11機のアベンジャーは1隻の巡洋艦に狙いを付け、そのまま超低空で目標に接近していく。 プリンストン、ラングレー隊に狙われたのは、巡洋艦ルバルギウラである。 ルバルギウラはフリレンギラ級対空巡洋艦の2番艦であり、4インチ口径の両用砲を160門積んでいる。 プリンストン、ラングレー隊の指揮官は、無線で短い会話を交わし、このアトランタ級防空巡洋艦に匹敵する巡洋艦を潰すため、合同で雷撃を行う事にした。 11機のアベンジャーは、プリンストン隊が横一列になって先行し、ラングレー隊が同じ隊形でその後ろから続き、前後に2段構えの陣形を取る。 プリンストン隊が先行しているため、ルバルギウラの砲火をまともに浴びるのは必然であった。 5機のアベンジャーは、アトランタ級にも匹敵する対空砲火を浴びせられ、早くも1機が左主翼を高射砲弾に吹き飛ばされ、もんどりうって海面に叩き付けられる。 残り4機のアベンジャーも、周囲で炸裂する高射砲弾の破片を浴びる度に、機体の外板に傷が増えていく。 グラマンワークスの異名を取る航空機会社が作り出した雷撃機は、この戦闘においてもその名に恥じぬ強靭性を発揮した。 ルバルギウラの艦長は、高射砲弾が周囲で炸裂してもなかなか落ちないアベンジャーを見て苛立ちを募らせた。 アベンジャーは、高射砲弾が炸裂するたびに右に、左によろめくのだが、機体自体は火を噴く事無く、ルバルギウラとの距離を詰めていく。 距離1300メートルに近付いた所で、ルバルギウラの対空魔道銃が一斉に火を噴いた。 片舷だけでも22丁もの魔道銃が向けられるフリレンギラ級の対空射撃は、ライバルとされているアトランタ級のそれと遜色の無い物であった。 七色の光弾が鮮やかな軌跡を曳きながら、4機のアベンジャーに注がれる。 しかし、アベンジャーは高度5グレルという目も眩むような超低空で飛行しているため、光弾の大半は敵機の上か、あるいは横を通り過ぎると言う有様であった。 アベンジャー群は、周囲に高射砲弾の炸裂や、光弾を撃ち込まれても、海面が泡立っている事も気にせず、急速にルバルギウラへ向かって来る。 1機のアベンジャーが、操縦席の真正面から光弾を受けた。 その瞬間、操縦席の前面に何か赤い物が飛び散り、その1秒後に右主翼に光弾の連射が命中した。 アベンジャーは右主翼から夥しい燃料を吹き出した後、そこから炎を吹き出した。 パイロットを失い、機体にも致命傷を負ったアベンジャーは、機体をぐらりと右に傾け、炎上しながら海面に激突する。 その直後、海上で爆発が起こり、アベンジャーが墜落した箇所には炎が燃え広がった。 敵機の壮絶な最期に、ルバルギウラの射手達は怨念じみた物を感じ取った。 僚機の散華に怯む事無く、敵機は距離800メートルに迫ると、胴体から一斉に魚雷を投下した。 「敵機魚雷投下!距離400グレル!」 見張りが上ずった声で、艦橋へ報告する。 ルバルギウラの艦長は、魚雷の航跡を見定めた上で取舵一杯を命じた。 フリレンギラ級巡洋艦は、戦艦や竜母といった大型艦と違って機動性が良いため、艦の乗員からは踊り上手とまで言われている程だ。 ルバルギウラは比較的短時間で回頭を始めた。舵を回してから実際に動き出すまでの時間は、僅か20秒である。 鋭角的な艦首が鮮やかに回っていく。そんなルバルギウラの操艦でも、扇状に放たれた3本の魚雷をかわせるかどうかは分からない。 3本中、2本まではかわせたが、1本が左舷側後部に迫っていた。 「速度上げ!最大戦速!」 艦長は咄嗟に命じた。 ルバルギウラは、艦隊速度である15リンルに合わせてスピードを出していたが、機関室力を最大にすれば、17リンルまでスピードを出す事が出来る。 艦長は艦の速度を上げる事によって、左舷後部に迫る魚雷をかわそうとした。 「魚雷、尚も接近!」 見張りが逐一報告を知らせて来る。 ルバルギウラに真っ白な航跡が迫りつつある。魚雷は、ぎりぎりで衝突コースに乗っていた。 「魚雷、本艦まで40グレルに接近!」 見張りが更に声を張り上げた。甲板上では、新たなアベンジャー編隊に対して、両用砲や魔道銃が猛射しているが、ルバルギウラの艦長は その喧騒が耳に入らなかった。 (頼む、外れてくれ!) 彼は、心中で叫んだ。本当は声に出して叫びたいが、艦長である彼にとって、そのような事は許されるものではない。 彼は命中するかと覚悟し、足を踏ん張った。 しかし、ルバルギウラには、何の反応も無かった。 「敵魚雷、艦尾後方を通過!右舷側に抜けました!」 見張りが歓喜を上げるのを、艦長は伝声管越しに聞き取り、思わず安堵する。 そして、 「敵編隊、魚雷投下!距離350グレル!」 凶報も間を置かずに飛び込んで来た。 「畜生、アメリカ人共め!」 彼は唸るような声でそう言った。 第2陣のアベンジャーは、第1陣から放たれたルバルギウラの動きを読むようにして魚雷を投下していた。 アベンジャー群は投下する前に、対空砲火で1機を撃墜されたが、残りの5機は無事に投雷を果たしている。 アベンジャーが投下した5本の魚雷は、舵を切るルバルギウラの左前方から迫りつつあった。 「舵戻せ!」 艦長は咄嗟に伝える。このまま舵を切れば、ルバルギウラは右舷を敵の魚雷に晒す事になる。そうなっては、複数の魚雷を艦腹に叩きこまれてしまう。 少しでも被雷のリスクを少なくするためには、魚雷と真正面から向き合うしか無かった。 艦長の判断は僅かに遅れ、ルバルギウラは右舷やや斜め前から魚雷の来襲を迎える事になった。 アベンジャーが轟音を立てながら上空を飛び去って行く。5機中、2機は機銃を発射して、ルバルギウラの銃座を潰そうと試みた。 ルバルギウラは、両用砲や魔道銃を総動員して、小癪なアベンジャーを叩き落とそうとする。 1機のアベンジャーに光弾が集中した、と思われた次の瞬間、アベンジャーは両翼から火を吹き出し、力尽きたように機首を下げて、海面に激突した。 「魚雷2本、左舷方向に抜けます!」 見張りの声が艦橋に届く。アベンジャー群は、5本の魚雷を扇状に発射したため、2本は被雷コースから外れて行った。 残り3本が、ルバルギウラに迫って来る。更に右奥を進んでいた魚雷が被雷コースから外れた。だが、そこまでであった。 「魚雷2!本艦に向かって来る!距離30グレル!」 見張りの声音は、絶叫めいた物に変わっていた。 艦長は艦橋の窓から、2本の白い航跡が右前方からスーッと迫るのを見つめていた。 「総員、命中時の振動に備えろ!」 彼は艦内に繋がる伝声管へ向けてそう叫んだ。その直後、ルバルギウラは猛烈な振動に揺さぶられた。 ラングレー隊の放った魚雷は、2本が命中した。 まず、1本目は敵巡洋艦の右舷前部に斜め前から当たった物の、信管が作動しなかったため、不発であった。 その2秒後に、右舷中央部に2本目が同じく斜め前から突き当たった。2本目は無事に起爆し、ルバルギウラの横腹に穴を穿った。 リリスティは、モルクドの左舷を行くルバルギウラが、右舷から高々と水柱を噴き上げる様子を見て、憎らしげに顔を歪ませる。 「ポエイクレイに敵機が迫ります!」 間を置かずに、新たな報告が艦橋に飛び込んで来る。 リリスティは視線を移す。彼女の眼には、戦艦ポエイクレイの上空から、逆落としに急降下していく機影が捉えられていた。 「戦艦を狙うとは。」 リリスティは感情の無い声で呟く。 ポエイクレイは、両用砲や魔道銃を撃ちまくって、敵艦爆を迎え撃つが、思うように敵機を落とせない。 ポエイクレイに向かっている敵は艦爆だけではない。 低空からは9機のアベンジャーがポエイクレイの柔らかい腹に魚雷を撃ち込むべく、射点に迫りつつある。 ポエイクレイは上空のヘルダイバーと、低空のアベンジャーに対して対空戦闘を行っているため、満足な射撃が出来ていない。 リリスティの旗艦モルクドを含む4隻の竜母も、苦境に陥る僚艦を救うため、向けられるだけの両用砲や魔道銃を撃ちまくるのだが、敵機は その努力を嘲笑うかのように、次々と爆弾を投下した。 唐突に、1機のヘルダイバーが爆弾を投下した瞬間に魔道銃の連射を浴び、右の主翼を吹き飛ばされた。 切断面からは炎が吹き出し、ヘルダイバーは錐揉み状態に陥った後、海に落下した。 ポエイクレイの左舷側海面に高々と水柱が噴き上がった。水柱の頂が夕日に照らし出され、まるで大量の真っ赤な血が噴き上がったように思える。 ヘルダイバーの爆弾が次々と落下し、ポエイクレイの周囲にはひっきりなしに水柱が立ち上がる。 中央部付近に閃光が走った。 「ポエイクレイ被弾!」 見張りに言われるまでも無く、リリスティは自らの目で、ポエイクレイが爆弾を食らったのを確認していた。 前部艦橋と後部艦橋の間にある中央甲板には、4門の両用砲が設置されていたが、ヘルダイバーの1000ポンド爆弾は、この4門の両用砲を 纏めて吹き飛ばしてしまった。 最初の被弾から3秒後に、ポエイクレイは被弾個所から2次爆発を起こした。 「予備弾薬が誘爆したようね・・・・」 リリスティは小声で呟く。彼女の言う通り、ポエイクレイは破壊された両用砲の予備弾薬が誘爆を起こし、被害が拡大していた。 唐突に、ポエイクレイが左舷に舵を切った。後続の艦爆が投下した爆弾が、ポエイクレイの未来位置を抉り、空しく海水を噴き上げる。 米艦爆の急降下爆撃は、それで終わったが、ポエイクレイには別の敵が迫っていた。 「ポエイクレイにアベンジャーが接近します!あっ、魚雷を投下した模様!」 見張りは、緊張と興奮に声を裏返しながらも、刻々と状況を伝えて来る。 ポエイクレイに迫っていたアベンジャーは8機居たが、その内2機が対空砲火で撃墜され、残りの6機が距離900で魚雷を投下した。 ポエイクレイには、6本中2本が衝突コースに入っており、ポエイクレイの艦長は慌てて回避を命じたが、艦爆の対応に気を取られ過ぎていたのが 仇となり、魚雷を避ける事は出来なかった。 ポエイクレイの左舷に中央部魚雷が命中し、水柱が立ち上がる。 その次に、艦尾部分からも水柱が噴き上がり、ポエイクレイの艦体は、一瞬だけ後ろから突き上げられた。 「ポエイクレイが・・・・!」 リリスティの隣に立っていたハランクブ大佐が、僚艦の受難を前にして表情を凍り付かせた。 ポエイクレイは魚雷2本を受けたが、流石に防御の行き届いた新鋭戦艦だけあって、機関部等の艦深部の重要区画は無事であり、致命傷には至らなかった。 だが、ポエイクレイは致命傷こそは免れた物の、重大な損傷を負った事には変わりなかった。 「ん?ポエイクレイの動きが・・・・」 リリスティは異変に気付いた。 ポエイクレイは、若干左舷側に傾斜してはいたが、傍目から見れば大した損傷は負っていないと思われていた。 だが、ポエイクレイの動きは、被雷前と比べて明らかに異常だった。 ポエイクレイは、何故か左に回頭を続けていた。 「おい、ポエイクレイは一体何をしている!?」 ハランクブ大佐もポエイクレイの異変に気付いた。 「魔道参謀!各艦へ、ポエイクレイとの衝突に気を付けろと伝えて!」 「は、はっ!」 リリスティの急な指示に、魔道参謀は慌てながらも命令通りに動いた。 その間にも、敵の後続編隊が輪形陣内部に迫りつつあった。 「敵大編隊!我が母艦群へ向かって来ます!」 「ポエイクレイより緊急信!我、操舵不能!」 2つの凶報が時間差で入って来たが、リリスティは2つめの報告を聞くなり、顔を怒りで赤く染め上げた。 「く・・・・また戦艦がやられるとは!」 彼女は、怒りで口を震わせながら、敵機襲来前に第2部隊で起こった出来事を思い出した。 午後4時20分頃、第1部隊の北東側20ゼルド付近を航行していた第2部隊は、突然、敵潜水艦の雷撃を受けた。 当初、敵潜水艦の雷撃は輪形陣外郭を固める駆逐艦を狙ったようであり、敵潜水艦は駆逐艦から距離1000グレルという距離から魚雷を放っている。 しかし、駆逐艦が運良く、魚雷が発射される直前に潜望鏡を発見したため、魚雷発射と同時に舵を切った。 敵潜水艦は、発射された魚雷の数からして2隻から3隻は居たと思われたが、駆逐艦は見事な操艦で全ての魚雷を回避した。 狙われた駆逐艦は2隻であったが、この2隻の駆逐艦は魚雷をやり過ごすと、魚雷の発射点目掛けて突進した。 2隻の駆逐艦の艦長は、姑息なマネをしてきた敵潜水艦の息の根を止めるべく、生命反応を頼りに、あっという間に潜水艦を追い詰めた。 駆逐艦が、慌てて潜航していく潜水艦の真上に占位し、爆雷を投下しようとした時、後方から腹に答えるような爆発音が連続で轟いた。 魚雷は確かに目標から逸れた。だが、魚雷その物が、その時点で役目を果たした訳では無かった。 駆逐艦が避けた魚雷は、全てが輪形陣内部に侵入し、他の巡洋艦や戦艦、そして竜母にまで迫っていた。 発射された魚雷が10本以上あった事。そして、発射した潜水艦が扇状に魚雷を撃った事が、第2部隊の混乱に拍車を掛けた。 魚雷は、1本が巡洋艦イーンベルガに、3本が戦艦ロンドブラガに命中した。 イーンベルガは左舷中央部に魚雷を受け、艦腹に穴が開いた。 イーンベルガ被雷から僅か5秒後には、ロンドブラガが相次いで魚雷を受けた。 ロンドブラガは、2本が左舷前部に命中し、1本が中央部に命中した。これによって、ロンドブラガは左舷に傾斜した。 更に別の魚雷が竜母群に迫った所で、第2部隊の各艦は回避運動を行い、最終的には陣形が大幅に乱れてしまった。 幸いにも、被雷したイーンベルガとロンドブラガは、沈没するような損害は受けなかったが、両艦は9リンル以上の速度は出せなくなった。 リリスティは、敵潜水艦の思わぬ攻撃によって混乱した第2部隊を案じ、第1部隊を第2部隊より東に進めた。 そこに、アメリカ機動部隊から発艦した艦載機が襲い掛かって来たのである。 リリスティは、日が落ちた後は、戦艦部隊と巡洋艦部隊を、複数の駆逐艦と共に切り離し、アメリカ機動部隊に夜戦を挑もうと考えていた。 第4機動艦隊本隊には、新鋭戦艦であるネグリスレイ級戦艦が4隻おり、巡洋艦や駆逐艦も新鋭艦ばかりであり、水上戦闘になればアメリカ軍にも 充分に渡り合えると思われていた。 しかし・・・・ 「どうやら、艦隊を突っ込ませる事は出来なくなったみたいね。」 リリスティは口元を歪めながら独語する。 敵潜水艦の攻撃と、今行われているアメリカ機動部隊との攻撃で、予定されていた夜戦の主役になる筈であった戦艦4隻のうち、2隻までもが 魚雷によって損傷している。 1隻は浸水によって速度が出せなくなり、もう1隻は舵が故障してぐるぐると回るだけしか能が無い。 ネグリスレイ級戦艦は、性能からしてみればアメリカ海軍のサウスダコタ級戦艦とも対等に渡り合えるとされているが、たった2隻で、尚3隻の サウスダコタ級戦艦、2隻のアラスカ級巡洋戦艦を擁する敵機動部隊に立ち向かっても、必ず負ける。 こうなっては、竜母に搭載している航空兵力で攻撃を続行するしか、方法は無かった。 だが、その唯一の方法ですら、今しも迫りつつある敵編隊によって潰されるか否かの瀬戸際に立たされている。 「敵機急降下!ホロウレイグに向かう模様!」 見張りから、新たな報告が伝えられて来た。 どうやら、敵機は竜母に対して、攻撃を仕掛けて来たようだ。アベンジャーの編隊が、モルクドの前方1000グレルを横切って行く。 艦首の銃座が横合いから射撃を行うが、低空飛行している事に加え、殆ど追いかけ射撃のような形になっているため、弾は全く当たらない。 「本艦左舷上空にヘルダイバー!急降下―!」 相変わらず、見張りの声が伝声管を伝って、艦橋に響いてくるが、リリスティは動じなかった。 「さて・・・・ここからが勝負ね。」 彼女は、誰にも聞かれぬような静かな声音で、そう呟いていた。 カズヒロの操るヘルダイバーは、高度4000メートルの上空を飛行しつつ、攻撃目標である敵1番艦に向かっていた。 「空が暗くなりかけている。早いうちに済まさんと、薄暮攻撃が夜間攻撃になってしまうな。」 後ろに座っているニュールが、心配そうな声でカズヒロに言った。 太陽は半分以上が隠れており、空にはこの世界の特徴でもある、2つの月がうっすらと現れている。 敵艦隊に対する攻撃は、完全に薄暮攻撃の様相を呈しているが、真っ暗闇な夜間よりは今の内に済ませた方が幾分マシである。 「第1小隊が行ったぞ!」 カズヒロは、薄暗い中でも、艦首側に回った第1小隊が急降下を開始する姿を確認できた。 敵騎の襲撃で、第1小隊は4機から3機に減ってはいるが、そんな事は機にはしていないと言わんばかりに、3機のヘルダイバーは急角度で突っ込んでいく。 高射砲の弾幕がこの3機に向けて注がれる。 対空砲火の弾幕は意外と厚い。 先行のコルセア隊や、ボクサー、ラングレー、プリンストン所属の艦攻、艦爆は輪形陣左側の陣形を崩す事に成功した物の、竜母群の近くに来ると、 未だに無傷であった輪形陣右側の艦艇が激しく高射砲、魔道銃を撃ちまくって来た。 高射砲弾の弾着が連続し、第1小隊の各機に幾度となく至近弾が出るが、3機のヘルダイバーはダイブブレーキを開きながら、敵竜母1番艦目指して 急降下していく。 第1小隊が高度1000メートルに達した時、敵竜母はいきなり右舷側へ急回頭を行った。 小隊の指揮官は、敵竜母は僚艦の居ない左舷側を回頭すると思っていたのだが、敵はその逆を行った。 第1小隊の指揮官は知らなかったが、モルクドの右舷を航行していたホロウレイグは、ボクサー隊の攻撃を避けるために、右舷へ回頭を行っていた。 モルクドとホロウレイグの間隔は1200メートル程であったが、ホロウレイグが回頭した事によって、間隔が広まり、モルクドは右舷に回頭する事が 出来たのである。 第1小隊が次々に爆弾を投下した時には、敵艦は爆弾の命中コースから完全に離れていた。 最後尾のヘルダイバーが、引き起こしを掛ける際に被弾し、炎を拭きながら墜落して行った。 投下された3発の爆弾は、いずれも敵竜母の左舷側海面に外れて行った。 その頃には、第2小隊が敵艦の左舷側方向から急降下を行っている。 第2小隊の突入開始を尻目に、カズヒロ達の第3小隊は敵艦の左斜め後方に回り込んでいた。 時折、高射砲弾が近くで炸裂し、愛機が不気味な音を立てながら振動する。 「対空砲火が意外と激しいな。」 カズヒロは、緊張に声を震わせながら、後ろのニュールに話し掛けた。 「そりゃそうさ。連中だって大事な母艦は傷付けられたくはないだろうから、必死こいて対空砲を撃ちまくるのは当然だ。」 「確かにね。」 カズヒロは苦笑しながらニュールに答える。その時、後方で高射砲弾が炸裂し、後ろから押し出すような衝撃が伝わった。 「おわ!?」 カズヒロは、今までのよりも強い衝撃に、思わずやられたかと思った。 「おい、大丈夫か!?」 彼は咄嗟に、後部席のニュールを呼ぶ。 「ああ、大丈夫だ。心配無いぜ。」 「ふぅ、良かった。いきなりガン!て音がしたから驚いたぜ。」 カズヒロは安堵しながら、愛機の状態を確認する。 幸いにも、機体に命中した砲弾の破片は急所を避けたていたらしく、何ら異常は認められなかった。 「第3小隊!突っ込むぞ!」 無線機に第3小隊長の声が響いた。カズヒロは咄嗟に、薄暗い闇に隠れている敵竜母を見つめる。 敵竜母の上空を、第2小隊のヘルダイバーが超低空で横切って行く。 爆弾が右舷側海面に落下して、水柱が立ち上がる物の、敵竜母は何ら損害を受けた様子は無い。 「第2小隊も失敗したか。」 「第2小隊もだって?」 カズヒロの言葉に、ニュールは驚きの余り声を上ずらせた。 「第1、第2小隊が失敗したとなると、後は第3、第4小隊が残るのみだ。こりゃ責任重大だぞ。」 カズヒロはその言葉には答えず、2番機の後を追って急降下を開始した。 ヘルダイバーは左側にぐらりと傾き、機首が敵空母の甲板に指向される。降下角度は70度を超えていた。 主翼に取り付けられている穴開きのダイブブレーキが展開され、すぐに甲高い風切り音が鳴り始める。 対空砲火が急に激しくなり始めた。敵竜母の対空砲火は、新たに左舷後方から迫って来たヘルダイバー編隊に向けられている。 初めての敵母艦攻撃に、カズヒロは自分でも不思議に思うほど、心を落ち着かせていた。 小隊長機は、カズヒロ機よりも更に低い高度に達し、噴き上がる対空砲火に絡め取られる事なく、投下高度である600メートルを目指して急降下していく。 (流石は小隊長だ。いい位置に付いている。) カズヒロは、降下の際のGに苦しみつつも、小隊長の腕の良さに感心した。そのまま行けば、敵竜母の甲板に爆弾を叩き付けられるだろう。 だが、その次の瞬間、衝撃的な事が起こった。 隊長機の前面で高射砲弾が炸裂した直後、機体が飛び散って来た破片によって前面をずたずたに切り裂かれた。 そして、更に噴き上がって来た光弾の連射が追い討ちをかけ、隊長機はあっという間に爆発した。 (!?) カズヒロの内心に衝撃が走る。 小隊長機の余りにもあっけない最後。 文字通りの散華であった。 カズヒロは、小隊長機の最後に驚いたが、そのすぐ後には、むらむらと闘争心が沸き起こって来た。 敵竜母は再び回頭を始めた。 2番機は、敵艦の艦首が左に回り始めた直後に爆弾を投下した。 (2番機が爆弾を投下した・・・・・だが) カズヒロは爆弾の行方がどうなるか分かっていた。 2番機のパイロットは絶好のチャンスだとばかりに爆弾を投下したであろう。 しかし、敵艦は、パイロットが爆弾の投下レバーを押す直前に、被弾コースから逃れていた。 爆弾は、ぎりぎりの所で敵竜母右舷側海面に至近弾として落下した。 これまで7機のヘルダイバーが投弾に成功したものの、命中数は0。 いずれもが、本来は必中コースであった筈なのに、敵艦の艦長は巧みに爆弾を裂けている。 (やばい・・・・あの艦の艦長は出来る奴だ) カズヒロは内心で、敵竜母艦長の腕前の良さに感心した。 (だが、俺は絶対に当てる!) しかし、彼は諦めなかった。 高度計が1200を切り、1000に達しようとする。敵竜母は、対空砲火を狂ったように撃ちまくりながら、左舷へ回頭しつつある。 このままいけば、カズヒロ機も爆弾を外してしまう。 (このままでは当たらない。それでも、当てる方法はある) カズヒロは内心で呟きながら、愛機の動きを敵艦に合わせた。急降下を行いながら機体の向きを変えるのは至難の業である。 しかし、カズヒロは無我夢中で、愛機を敵艦に近づけていた。 (投下高度は・・・・400だ!) 彼は、事前に決められた投下高度を無視し、高度400で爆弾を投下する事にした。 海上には、ダイブブレーキから発せられる金切り音が最高潮に達し、敵艦の乗員達は耳を塞ぎたい衝動に駆られながらも、尚も接近する ヘルダイバーを撃ち落とそうとする。 目を覆うような光弾の連射が、次々と向かって来る。 右主翼にハンマーで叩かれたような音が響くが、カズヒロは意に返さない。 事前の指定投下高度である600を超えた。胴体の爆弾倉は既に開かれ、内部から1000ポンド爆弾が除いている。 更に3度ほど、強かな振動がヘルダイバーに伝わるが、カズヒロは気にしなかった。 目の前には、敵竜母が間近に迫っていた。大きさは、カズヒロの乗るイントレピッドよりは小ぶりであるが、それでも敵艦の巨大さは感じ取る事が出来た。 高度計が400メートル台に達するのを目にしたカズヒロは、投下スイッチを押した。 「投下ぁ!!」 道場の試合で相手を威嚇するのと同じように、彼はボタンを押すと同時に気合を放った。 ヘルダイバーの爆弾倉から、1000ポンド爆弾が誘導策に引っ張り出された後、敵竜母の甲板目掛けて解き放たれた。 カズヒロは機体が軽くなった感触を手に感じ取るや、咄嗟に操縦桿を引いた。 急激なGが彼の全身にのしかかって来る。 頭が締め付けられるかのような重圧に、カズヒロは必死に耐える。 高度計が100メートルを指してから、ようやく愛機の姿勢が水平になった。 「やった!命中したぞ!!」 後ろからニュールの弾んだ声が聞こえたのはその時であった。 そのヘルダイバーが投下した爆弾は、モルクドの後部飛行甲板に命中した。 爆弾は木製の飛行甲板をあっさりと突き破り、格納庫に達してから炸裂した。 爆発の瞬間、モルクドの艦体が激しく振動した。 「飛行甲板に敵弾命中!火災発生!」 振動に辛くも耐えたリリスティの耳に、そのような言葉が聞こえて来くる。 更にもう1機のヘルダイバーが爆弾を投げ落す。この爆弾はモルクドの右舷側海面に落下した。 ヘルダイバーの攻撃は休む間もなく続けられる。 第4波のヘルダイバーが、右舷側方から第3波と入れ替わるようにして急降下して来た。 モルクドの対空砲陣が猛烈な勢いで撃ちまくり、大事な母艦をこれ以上傷付けさせまいと奮闘する。 2番機のすぐ後ろで高射砲弾が炸裂するや、垂直尾翼が粉砕され、そのまま死のダイブへと移行する。 残り2機が、高度600メートルまで下降し、爆弾を投下した。 2発の1000ポンド爆弾がモルクドに降り注ぐ。 最初の1発目は、左舷側に至近弾として落下し、水柱が舷側の魔道銃を撃ちまくっていた数人の射手を海にはたき落とした。 2発目が、モルクドの飛行甲板に命中した後、盛大に爆炎を噴き上げた。 (これで2発目か。やはり、そのまま無傷で済むって事は無いものね) リリスティは、幾分醒めた気持でそう思った。 「低空よりアベンジャー接近!距離700グレル!」 ヘルダイバーの爆撃が終わった後も、攻撃は続く。 低空侵入を果たした10機のアベンジャーは、モルクドまであと一歩の所まで迫っていた。 敵機は対空砲火を浴びながらも、徐々に距離を詰めて来る。 海面スレスレを飛行する敵雷撃機は、魔道銃の射手にとってただ怖いだけでは無く、苛立ちをも募らせる難敵である。 低空侵入機に対しての射撃は、舷側が高い竜母にとってなかなかやり難い仕事である。 敵機が5グレル以下の高度で接近して来る物ならば、魔道銃は設置個所の関係上、銃身を、水平より下げながら撃たなければならない。 魔道銃は光弾を発射する指向性兵器ではあるが、米軍が使うような、火薬式の銃と同様に反動がある。 射手はこの反動を抑えながらアベンジャーを狙い撃つのだが、これが意外と難しい。 経験を積んだ射手は、5、6発置きに撃つ事で反動による影響を幾らか少なくできる。 しかし、経験が未熟な新兵の場合、興奮して魔力が切れるまで撃ちまくる場合が多い。 モルクドでも、そのような傾向は現れていた。 魔法石の交換を要求して来る射手は、殆どが新兵か、経験未熟な若い兵ばかりであった。 逆に、経験を積んだ物は、効率よく射撃を行い、常に弾道の修正を試みている。 1機のアベンジャーが、胴体を光弾の連射に撃ち抜かれた。 機体には目立った損傷は無かった物の、命中弾のうち数発はコクピットのガラスを砕いて、パイロットに命中していた。 操縦手を失ったアベンジャーは、頭から海面に突っ込んで、飛沫と共に姿を消した。 残ったアベンジャーは、仲間の死を見ても臆する事無く迫って来る。 敵機は、モルクドから800メートルまで近付き、胴体から魚雷を投下した。 9本の魚雷は扇状に広がっていく。 9本中、5本が直撃コースに入った。モルクドの艦長はすぐさま取舵一杯を命じ、艦の回頭を再開させた。 予め舵は切っていたのだろう。モルクドの艦体は、大型艦にしては滑らかな感じで左に回ろうとしていた。 モルクドの回頭のお陰で、大半の魚雷が艦の左右を通り過ぎる事になった。 だが、モルクド艦長の判断は、完全に良い物とはならなかった。 「左舷前方より魚雷接近!距離100グレル!」 2本の魚雷が、モルクドの斜め前方へ迫っていた。魚雷のスピードは思いのほか早く、あと10秒足らずでモルクドの艦体を抉る事は、ほぼ確実であった。 魚雷はあっという間に、モルクドの至近に迫った。 艦長が大音声で、艦内各部へ魚雷の衝撃に備えるようにと伝えていく。 幕僚達の顔は、一部を除いて真っ青になり、誰もが来るべき衝撃に耐えようと、足を踏ん張る。 そんな中、リリスティは平静さを保っていた。 (アメリカ人達は、このような状況を朝から幾度も体験して来た。今頃、アメリカ人達は自分達が味わった恐怖を思い知れ、とか叫んでいるかもしれないね・・・) 彼女は、内心でそんな事を思いながら、幕僚達がやるように、床に足を踏ん張り、姿勢をややかがめて魚雷命中時の衝撃に備える。 唐突に、突き上げるような強い震動が床から伝わった。 その瞬間、モルクドの左舷側前部には巨大な水柱が立ち上がり、24000トンの艦体が大きく右舷に傾いた。 強烈な振動のため、艦橋に居た乗員や幕僚の殆どが床に転がされてしまった。 リリスティはよろけながらも、振動が収まるまで耐え切った。 「応急班!至急対処を急げ!」 艦長が咄嗟に伝声管に飛び付き、応急班へ指示を送る。 「こちら左舷前部兵員室!艦長はおられますか!?」 「こちら艦長だ。どうした?」 「敵の魚雷は第4甲板前部食糧庫とワイバーン糧食庫の間で炸裂し、兵員室にまで浸水が及んでいます!今、乗員が消火作業と防水作業を行っています。」 「分かった。ひとまずは、浸水を食い止め、被害を抑える事を考えろ。じきに応急班も現場に辿り着くから、それまで頑張ってくれ。」 「はっ!最善を尽くします!」 艦長は、伝声管で各部署との確認を行っている。リリスティは、モルクドの速度が落ちている事に気が付いた。 「魚雷の浸水で艦が重くなっている。命中個所は前の辺りだから、命中と同時に艦の速度も相まって、浸水が多くなったかもしれない。」 彼女が小声でそう呟いた時、後方から大音響が轟いた。 (この音・・・・・もしや・・・!) リリスティは、音が聞こえた方角に何があるのかを思い出した。 「ギルガメルが大爆発を起こしています!」 見張りが泣かんばかりの声音で、伝声管越しに報告を送って来た。 ギルガメルには、空母レキシントンから発艦したヘルダイバー10機と、アベンジャー8機が迫っていた。 レキシントン隊の攻撃は、まず、艦爆の急降下爆撃から始まった。 彼らの攻撃は、どの母艦航空隊よりも精確かつ、気迫に満ちている物であった。 レキシントンのパイロットは、僚艦シスター・サラが沈没確実と判定される損害を被った事をきっかけに、全員が敵竜母撃沈の意気に燃えた。 ヘルダイバー隊は、対空砲火によって3機が撃墜されたものの、残り7機は高度300メートルまで突っ込み、怒りの一撃を加えた。 レキシントン隊に狙われたギルガメルは、まさに不運としか言いようが無かった。 7機のヘルダイバーが放った1000ポンド爆弾は、いずれもがギルガメルに降り注いで来た。 7発中2発が外れ弾となったものの、残り5発が飛行甲板の前、中、後部と、満遍なく命中し、ギルガメルはたちまち大破同然の損害を受けた。 それに加えて、低空から8機のアベンジャーが攻撃を加えて来た。 アベンジャー隊は、途中1機が魔道銃に撃墜されていたが、残る7機は、あろうことか、ギルガメルまで500メートルという近距離にまで迫り、 一斉に魚雷を投下した。 7本の魚雷のうち、1本がギルガメルの艦尾を抜け、もう1本は投下時に故障して、海中に沈んで行った。 だが、残り5本の魚雷が、ギルガメルの中央部から後部にかけて命中し、左舷側に高々と水柱を噴き上げた。 水柱が崩れ落ちた直後、ギルガメルは艦深部の弾薬庫から大爆発を起こし、多量の黒煙を吹き出しながら大傾斜し、被雷から5分と経たぬ内に停止した。 火災と黒煙を上げながら傾斜を深めていくギルガメルの姿は、この艦が竜母としての機能を失っただけでは無く、船としての機能も完全に失われた事を現している。 ギルガメルが遠からぬうちに、水面の底へ召される事は、誰の目から見ても明らかであった。 ギルガメルの被弾炎上を最後に、アメリカ軍機の空襲は終わりを告げ、敵編隊は去って行った。 「ひとまず、空襲は終わりましたな。」 リリスティの後ろに立っていたハランクブ大佐はそう言ってから、ホッとため息を吐いた。 「しかし、敵編隊も派手に暴れ回った物ね。」 リリスティは、艦橋の窓から燃えるギルガメルを見つめながらハランクブ大佐に返した。 彼女は表面上、冷静さを装っていたが、内心では竜母を喪失した事によって、少なからぬショックを受けている。 「ギルガメルはもう、助からないわね。」 彼女は、小さな声音で言いながら、拳を力強く握る。 ギルガメルは、開戦以来シホールアンル海軍機動部隊の一員として活躍して来た名竜母であり、搭乗員にも腕利きが多く揃っていた。 海軍内でも、不屈の古参空母として広く知れ渡り、ギルガメルよりも性能が上のホロウレイグ級竜母の艦長達も、ギルガメルに対しては 尊敬の念を抱いていた。 そんな名竜母ギルガメルも、その輝かしい艦歴に幕を下ろす時がやって来たのである。 「浮かぶ物は、いつか沈む。戦場では普通の出来事。でも・・・・」 リリスティは、顔を俯かせる。 「いつも見慣れた艦が沈んでいく光景は。やはり、慣れない物ね。」 彼女は、頬に一筋の涙を流した。 「司令官。ギルガメル艦長より、あと10分で総員退避が終わるようです。」 「・・・・分かったわ。」 リリスティはゆっくりと頷いた。 「司令官。夜戦の方はいかがいたしましょうか?」 「夜戦は中止する。」 彼女はきっぱりと言い放った。 「こっちの戦艦は、4隻中2隻が傷物にされて使えない。それに加えて、他の竜母や艦艇にも被害が出ている。ここは追撃を中止して、 損傷艦の援護に当たるべきよ。」 「しかし、敵機動部隊は全滅した訳ではありません。敵の正規空母は、多くても3隻程度は健在です。ここは追い討ちをかけて、敵に更なる 損害を与えるべきかと思いますが。」 「主任参謀の意見は最もだわ。」 リリスティは振り向く。 「でも、こっちにまで、更なる損害が出てしまう。あなたはさっきの空襲で分からないの?相手はあのアメリカ機動部隊よ。今は自分達が劣勢だから、 大慌てで逃げているけど、あたし達だけで追撃したら、これ幸いとばかりに猛然と反撃して来るわ。それに、こっちの損害も無視できないしね。 それ以前に、戦力が少ない。少ない手勢で数に勝る敵に挑めばどうなるかは、マオンド海軍が証明している。」 「はぁ・・・・では。我々は今後、損傷艦を引き連れて帰還する事になるのですな?」 「そうなるわね。」 リリスティはそう答えると、ため息を吐いた。 「それにしても、あたし達は運が無かったわね。」 彼女は肩を竦めながら主任参謀に語る。 「不意に近付き過ぎた挙句、敵さんから手痛い一撃をくらってしまうとは。本当、我ながら迂闊だったわ。」 「アメリカ人達も相当怒っていたようですからな。何せ、我が第1部隊は、4隻中、3隻の竜母を撃沈、撃破されてしまいましたから。」 「このモルクドは爆弾2発に魚雷1本。ホロウレイグは爆弾5発を食らっている。ギルガメルは・・・・まぁ、見ての通りね。」 「でも、これで敵機動部隊は、戦力の半数を撃破されました。それもこれも、皇帝陛下の策のお陰ですな。」 「そうね。」 得意気に語るハランクブ大佐の言葉に、リリスティはさり気なく答える。 (まっ、こっちが優勢だったとはいえ、あのアメリカ機動部隊とまともにやり合って、勝てたのは良かったわね。でも・・・・・) リリスティは、先ほどからある事を心配し始めていた。 陸海軍の共同の大規模航空作戦は、現時点で敵機動部隊が敗走しつつある事から、勝利はほぼ確定したと言える。 戦果は、暫定ながらも敵正規空母2隻、小型空母2隻、巡洋艦2隻、駆逐艦14隻撃沈確実。 正規空母2隻、小型空母1隻、戦艦1隻、巡洋艦5隻、駆逐艦8隻大中破。航空機約600機撃墜、撃破となっている。 この集計結果には、今後、多少の修正が為されるであろうが、それでも新鋭空母エセックス級正規空母の撃沈や、サウスダコタ級戦艦といった 大型艦に大損害を与えた事は確認されている。 それに対して、シホールアンル側は、陸軍がワイバーン468騎、飛空挺98機、リリスティの第4機動艦隊が、ワイバーン150騎を失うか、 あるいは損傷し、最後の最後で正規竜母1隻、駆逐艦2隻を喪失するという手痛い損害を被った物の、主力である正規竜母群は未だに4隻が無傷である。 この結果を見るに、敵機動部隊に壊滅同然の損害を与えたシホールアンル側が、この決戦を制した事になる。 しかし、リリスティは、自軍が与えた損害よりも、自軍が被った損害・・・・特に、航空部隊の損害が気になっていた。 この決戦に用意したワイバーン、飛空挺は約1800。 そのうち、撃墜された物は400から、多くて500。損傷は最低でも100以上は行く。 喪失と損傷を合わせれば、航空部隊は600以上。実に、総兵力の3割にも及ぶ損害を被った事になる。 今回の決戦では、腕利きの部隊も多く参加していたという。これらの部隊もまた、少なからぬ損害を受けている事はほぼ確実である。 今のシホールアンルの現状から言えば、今回の決戦で勝利はしたものの、それで生じたこの大損害は余りにも大きい。 ジャスオ領の戦闘の際、陸軍では2ヶ月半の間に、喪失並びに損傷を600騎出していた。 それに対し、今回の戦闘では、たった1日で600以上もの損害をだしてしまったのだ。 敵正規空母並びに、大型戦艦、その他諸々を撃沈破するために、シホールアンル軍は上手くすれば2カ月間は使える航空戦力を丸々すり潰したのである。 (この戦闘は、恐らく、後になって響いてくるかもね。部隊全体の錬度や、ワイバーン、飛空挺の補充の問題等で) リリスティは、内心で呟いた。 ギルガメルが沈没したのは、それから20分後の事であった。 攻撃隊が敵機動部隊への攻撃を完了した頃。 TF37でも、ギルガメルの後を追うように、最後の時を迎えようとするフネがあった。 空母サラトガの艦長であるジョージ・ベレンティー大佐は、艦橋の張り出し通路から敬礼をした状態で、最後の儀式を見届けていた。 辺りは日が落ちかけているため薄暗かったが、それでも、マストから引き下ろされていく星条旗だけはみえていた。 (3か月前に、俺がこの栄光の空母にやって来た時は、これで俺も古参の仲間入りになったかと思った物だが・・・・・それが、今では・・・・・!) ベレンティーは、悔しさのあまり叫びそうになったが、彼の艦長としてのプライドが、それを抑え込んだ。 飛行甲板には、ベレンティーと同じように下ろされる星条旗を、敬礼しながら見上げる乗員達が居る。 歴戦の空母、サラトガ。 開戦以来、数々の戦場で武勲を立てて来た彼女は、今日、軍艦としての輝かしい経歴に幕を閉じる。 サラトガは、今日の戦闘で4本の魚雷と3発の爆弾を受け、大破した。 特に痛かったのは魚雷による損害であり、左舷側と右舷側の缶室が破壊された上に、機関室にも重大な損傷を負った。 この事は、後の消火活動や復旧作業にも大きく影響し、最終的には左舷側に17度傾斜したまま洋上に停止する事になった。 空襲から3時間後には、火災も浸水も止まったが、機関室が損傷を負って満足な動力が確保できないため、艦の排水作業は遅々として進まなかった。 午前6時。瀕死のサラトガを運命づける決定的な出来事が起きた。 乗員達が総出で復旧作業に取り組んでいる最中に、浸水を止めていたハッチが水圧に耐え切れずに弾け飛び、再び浸水が発生した。 至急ダメコン班が駆け付けて対処を行ったが、今度ばかりは浸水を止める事は出来なかった。 浸水は拡大し、艦の深部を次々と呑み込み始めた。 ベレンティー艦長は熟慮の末、決断を下した。 それは、総員退艦であった。 短いながらも、荘厳な儀式は幕を閉じた。 「艦長より、総員に達する!これより、総員退艦を行う!各員は、魚雷の損害が少ない右舷側より脱出するように!諸君の武運を祈る!」 ベレンティーは、飛行甲板上を見回しながら言うと、乗員達に対して敬礼を送った。 乗員達も答礼を返した。 やがて、サラトガの別れが始まった。 それから20分後。ベレンティーは、僚艦ヘレナの艦上から、傾くサラトガを見つめていた。 不意に、遠くから腹に応えるような爆発音が聞こえた。 「あの音は・・・・・インディアナの雷撃処分は予定通り行われたのか。」 彼は、音の下方角に目を向けながら、寂しげな声音で呟く。 TG37.1は、空母サラトガと軽空母ベローウッド、戦艦インディアナ、軽巡ジュノーが大破した。 そのうち、ジュノーは総員退艦後に、魚雷発射管に詰められていた魚雷が火災に誘爆して爆沈し、ベローウッドは今から10分前にその後を追った。 戦艦インディアナは、右舷側に7本もの魚雷を食らったため、大浸水を起こして洋上に停止した。 後にダメコン班の奮闘で火災と浸水は食い止められた物の、インディアナは既に機関部が壊滅した他、推進機や舵機室にも重大な損傷を受け、 復旧は絶望的と判断された。 その瀕死のインディアナは、味方駆逐艦によって雷撃処分された。 サウスダコタ級戦艦2番艦として、42年半ばから活動して来たインディアナは、期待とは裏腹に、あっけない最後を遂げたのである。 「インディアナが先に逝くか・・・・・」 ベレンティーは、悲しげな口調で呟いた後、視線をサラトガに移した。 それから20分ほど経ってから、サラトガに大きな変化が見られた。 真っ暗になった洋上に浮かぶ黒い影は、急に沈下のスピードを速め始めた。 「あ・・・・・」 ベレンティーは、思わず声が漏れた。 サラトガが沈む。 ヘレナの甲板上に集まっていたサラトガの乗組員達は、誰もがレディ・サラを注視する。 サラトガは、左舷側へそれ以上傾く事無く、艦全体が沈降しつつあった。 黒い影。サラトガの乗員達がいつも見ていた、あの巨大な煙突が、徐々に下がって行く。 「レディ・サラが・・・・・俺の乗艦が・・・・」 隣に立っていた、古参の兵曹長が嗚咽しながら、サラトガの最後を見届けている。 サラトガの乗員達は、ヘレナのみならず、別の駆逐艦3隻にも救出されている。 駆逐艦の中には、サラトガとは馴染みの深かったデューイもおり、艦の乗員達も、サラトガの乗員達と同様に、慣れ親しんだシスター・サラの最後を悲しんでいた。 艦の沈降は緩やかに進んでいく。シンボルである巨大な煙突も、海中に消えていく。 やがて、浮いていた艦首側の飛行甲板も海に没し、サラトガの姿は見えなくなった。 開戦以来、サラトガは太平洋艦隊の所属艦として、シホールアンル軍と戦って来た。 レアルタ島沖海戦では、レキシントン、エンタープライズと共同して、この世界で初の戦艦撃沈という快挙を成し遂げ、史上初の空母対竜母の 戦闘であるグンリーラ沖海戦では、自らは脇役に徹しつつも、別働隊であった敵巡洋艦群を艦載機で翻弄した。 ガルクレルフ沖海戦では、敵の拠点であったガルクレルフ基地に、エンタープライズと共に殴り込みを仕掛け、その後のバゼット海海戦には 参加できなかった物の、後のミスリアル軍に対する航空支援では、海戦に参加できなかった鬱憤を晴らすかのように、艦載機隊が地上で奮闘している シホールアンル軍を蹂躙した。 43年前半の敵補給路寸断作戦では、僚艦レキシントンと共に作戦をこなし、9月の犯行時には、TF57の一員として作戦に参加し、44年前半に 行われたフリントロック作戦では、敵がTF58を襲っている間に、レキシントンと共同で敵の航空基地襲って壊滅状態に陥れ、5ヶ月後のエルネイル 上陸作戦では、第3艦隊の一員として史上最大の作戦に参加し、艦載機で上陸軍を支援した。 この世界にやって来てから3年11カ月。 英傑艦サラトガは、生き残りの乗員達が無事、退避出来た事で満足したかのように、静かに沈んで行った。 後に乗員達は、サラトガの最後を「穏やかであった」と、口に揃えて言う事になる。 空母サラトガの沈没を最後に、ヘイルストーン作戦は終わりを告げた。 第37任務部隊は、艦載機を収容し、損傷艦と合流後、出し得る限りの速度で現場海域を離脱した。 TF37はこの戦闘で壊滅的な打撃を被り、帰還後はTF38に編入される事になる。 この海戦の顛末は、後にラジオで放送され、アナウンサーが涙を流しながら、9月19日は史上最悪の海軍記念日である、 と言う事になるが、それはもう少し日が経ってからの話である。 レビリンイクル沖海戦 アメリカ海軍 損害 喪失 正規空母バンカーヒル タイコンデロガ サラトガ 軽空母ベローウッド キャボット 戦艦インディアナ 軽巡洋艦ジュノー バサディナ(19日午後5時頃、レンフェラルの攻撃によって沈没確実の被害を受ける) 駆逐艦カシンヤング以下10隻 大破 軽空母モントレイ 重巡洋艦ボルチモア 軽巡洋艦リノ サンアントニオ 駆逐艦4隻 中破 空母イントレピッド 重巡洋艦ピッツバーグ 軽巡洋艦モービル バーミンガム 航空機喪失 502機 シホールアンル軍 喪失 正規竜母ギルガメル 駆逐艦3隻 大破 正規竜母モルクド ホロウレイグ 駆逐艦3隻 巡洋艦2隻 戦艦2隻 ワイバーン・飛空挺喪失数 518騎 損傷179騎
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重厚な木製の扉を開けて入室してきた異世界人将校の姿に、クラリッサは反射的に身をこわばらせた。 守備隊の屯所を接収した臨時の捕虜収容所から引き出され、政庁に連れてこられてから、かれこれ半刻近く。 緊張と不安で気が参りかけていたところでの来客である。 入室してきたのは二人組だった。 ひとりは中肉中背の、どこか怜悧な雰囲気を身に纏った長身の将校。続いて入ってきたのは西方の騎馬民族にも似た彫りの浅い顔立ちの男で、こちらは先に入ってきた将校の部下だろう。クラリッサに細い目で軽く一瞥をくれただけで、そのままドアの傍らで休めの姿勢で待機する。 「待たせたようで済まないね、クラリッサ・クローデン大尉。」 笑みこそ浮かべていないものの至極穏やかな調子でそういうと、将校は簡素な木組みの机を間に挟んだクラリッサの対面の椅子に腰を下ろした。 「まずは自己紹介をさせてもらおうか。私はユーリー・ルーキン少佐、そちらに立っているのは部下のコクンコ中尉だ。…突然呼び立ててすまないね。お茶はいるかな?珈琲でも良いが」 「……結構だ」 微かに戸惑った様子でクラリッサが答えると、ルーキンはやれやれといったふうに肩を大袈裟に竦めた。 「私の勧めを受け入れたら自分の弱みになる、などと思っているならそれはとんだ勘違いだぞ?……まぁ、君の立場からすれば戸惑うのも無理のないことか」 最後の方はひとりごちるように呟くルーキンに、クラリッサは困惑することしきりだった。 困惑の原因はソ連の捕虜に対する扱いにある。 まず、この世界において、前世界におけるハーグ条約のような戦争捕虜の取扱いに関する明文化された条約は存在しない。 捕虜の取り扱いは各々の国家・文明圏によってまちまちであり、大概の場合、それは人道などというものからはかけ離れたものになる。 例えばモラヴィア軍の場合、投降してきたロシア人捕虜に関しては傷病兵は殆どがその場で処刑され、健常なものは奴隷として使い潰されるのが当たり前だ。 これはモラヴィアからすれば、ソ連自体が自国の手で召び出した被召喚物にすぎず、対等な国家とは認めていないからでもある。 いわんやロシア人など自分たちが新たに所有するべき土地を【不当に占拠している】蛮族でしかない。例外は将校だが、こちらも情報源としての役割が済めば待っているのは死だ。 実際、転移直後のレニングラード・沿バルト攻防戦において、占領下に置いた都市でモラヴィア魔道軍が振るった蛮行の数々はロシア人をして顔色をなくす程に凄惨なものだった。 ではモラヴィア以外の国はどうか? これがもし、同一の文化・文明圏の国同士であれば、捕虜の待遇や交換について協定を定めている国も一部にはある。 例えばネウストリアを中心とした精霊神教国などがそれだ。 しかし、そのネウストリアであっても、協定を結んでいない国や邪教蔓延るモラヴィア軍が相手では捕虜の扱いも過酷なものになることが多い。 ことが宗教問題でもあるだけに、大陸各国を巻き込んだ大規模な条約などなかなか結べるものでもないのだ。 こういった事情から、モラヴィア軍人にとって、投降というのは【死よりはマシ】という程度の行為であり、クラリッサにしたところで最悪蛮人の慰みものになったあげく殺されるのがオチだろうと半ば考えていたほどだ。 むろん、そのときには自身の持てる力を駆使して最後まで抵抗するつもりだった。 だが、実際にはどうか。拘束されてこそいるものの、食事は一日三度供され、恐れていた過酷な拷問もない。そして、ある日突然政庁に連れてこられたかと思えば、この待遇である。 寝返りでも促されているのだろうか?だが、たかが一大尉にそこまでするものなのか。 ソ連側の意図が読めず、押し黙って様子を伺うクラリッサに、ルーキンは微かに口の端に苦笑めいたものを浮かべた。 「君を呼んだのはほかでもない。ひとつ提案したいことがあってね」 そういうと、一枚の紙をクラリッサの前に滑らせる。 「君たちの国の言葉に翻訳してあるから読めるだろう。……何と言うか…通訳がいらんのは助かるが、こういうときは少々不便に感じるな」 召喚時の魔術の影響か、話し言葉が自動的に翻訳されてしまうために、会話する上での意思疎通には問題はない。 だが、ヒヤリングは問題なくとも文章の読解にはこの恩恵がないらしく、占領地の軍事・行政を掌握する際の大きな障害となっていた。 モラヴィア王国との最初の接触から未だ二月足らず。通訳の育成はネウストリアの支援のもとで行われているものの、未だ実用に耐え得るものではなく、現状ではモラヴィア側の書物の解読には現地人を徴用して行わせている状態なのだ。 加えて言うなら、読み解くのが高度な技術資料―――魔術書ともなると現状では完全にお手上げである。 モノがモノだけに、こればかりはネウストリアの人間に任せられるものでもなく、ソ連としてはモラヴィア占領地域で狩り出している魔術師を自国に協力者として取り込む必要があった。 そして、今回の面談はまさにその問題に直結したものだった。 紙面に書かれた文字を読み進めていくうちに、困惑に彩られていたクラリッサの表情が冷ややかなものに変わっていく。 やがて、読み終えたクラリッサは机に紙を置くとルーキンを正面から睨みつけた。 「ふざけないでもらおう。故国を裏切るなど、万に一つもありえぬことだ」 吐き捨てるように言う。それは誓約書だった。党への忠誠と人民への奉仕を誓いソ連邦に帰化するための。 クラリッサの反応は予想済みだったのか、ルーキンは気分を害した様子もなく、ただ肩を竦めた。 「立派な心がけだ」 それだけではなく、クラリッサを讃えるかのように笑みさえ浮かべた。 今度こそ完全に混乱したクラリッサの表情の変化を見ながら、ルーキンは「失礼」と一言ことわると懐から紙巻き煙草を取り出して咥え、マッチで火をつけた。 吐き出される紫煙が鼻についたのか、クラリッサは微かに眉を顰める。 ルーキンはまるで世間話でもするかのように語りだした。 「今のはあくまで提案だ。強制はしない。が、申し出を受ける受けないに関わらず、君はこの後ソヴィエト本国に移送されることになる。きみの祖国への忠誠心は賞賛されてしかるべきものだが、君自身のためにもこの提案は受けておくべきだと、私は思うよ」 ルーキンは生粋の防諜将校らしい相手の内面までを見透かそうとするような目でクラリッサをじっと見る。 恫喝されたわけでもないというのに、クラリッサは気圧されたように押黙った。 「ここに来るまで、君が何を警戒していたかは大体想像がつく。女性軍人が捕虜になって、真っ先に考えることだろう。実際、君の泣き叫ぶ姿に快感を覚えるような連中もここにはいる」 「……脅しか?」 「いや、案じているだけだ。君の立ち居振る舞いを見させてもらったが、拷問などに対して訓練を受けているようには見えなかったのでね」 拷問、という言葉にクラリッサの顔から血の気が引く。 「…まぁ、訓練など大した問題ではないがね。していようがいまいが、結局のところ人間は継続して与えられる苦痛には耐えられるものじゃない。そこに至る経過が異なるだけで、君が選びとることの出来る選択肢は一つしかないんだ。……申し訳ないがね」 そういうと、ルーキンは誓約書を机の上に置いたまま、席から立ち上がった。 顔を青くしながらも必死にルーキンを睨みつけるクラリッサに、彼女の抵抗心を打ち砕く言葉を放った。 「既に、我が軍はモラヴィア東部の州都ブルーノに手をかけつつある」 「――――――な…」 クラリッサは完全に絶句した。 東部属州の州都ブルーノはモラヴィア本国と東部をつなぐ交通の結節点であり、政軍の中枢。 それだけではない。モラヴィア王国の最も有力な穀倉地帯は西部から中西部にかけて集中しており、貿易都市ブルーノはそこから食糧を、また王都を含むモラヴィア中央から軽工業品や高度な魔術工芸品等をモラヴィア東部へと流し込む物流の大動脈であり、物資の集積拠点でもあるのだ。 ここを落とされた場合、士気の面での影響はもちろんのこと、兵站面においてもモラヴィア地方軍は深刻な危機に陥る この世界の軍は魔術を運用しているだけに、一部においては非常に先進的なドクトリン・軍編成を取っているが、その科学技術はあくまで近代以前のレベルに過ぎない。 兵器・弾薬・燃料等の補給面での負担は機械化されたソ連赤軍に比べれば格段に軽いと言えるが、それでも食料の供給を絶たれれば立ち枯れるほかない。 元々、大陸北限を占めるモラヴィア北東部はそこまで肥沃な土地というわけではないし、同時に東部から中部にかけて数多く存在する遺跡や魔術研究都市でのマナ乱獲が祟って砂漠化が一際進んだ土地柄でもあり、食糧生産高は王国領内で最も低い。 人口が少ないこともあって、元からの住民の食糧分程度は自給可能だが、対ソ戦に備えて集結中の地方軍の分はどうか? ブルーノの陥落。それはモラヴィア東部属州の失陥にほかならないのだ。 「馬鹿な!東グレキア平原の会戦から一週間…そんな短期間で―――」 その先は言葉にならない。 あの煉獄のような戦場で見た光景が、その先を言わせない。 不可能。本当に? モラヴィア魔道軍の精華を、まるで卵の殻を踏みくだくように粉砕してしまった鋼の大軍勢。 あの黙示録の軍勢が、モラヴィアの諸都市を焔に沈めていく光景が、まざまざと脳裏に浮かぶ。 「モラヴィア全土に赤旗が翻るまで、どれほどかかるものか……君にも祖国に守りたい人間がいるんじゃないか?そこもふくめて、今一度この申し出について考えてみてくれ。それがきみのためだ」 死人のように青ざめた顔色で顔を伏せるクラリッサ。その耳元で囁かれたルーキンの言葉は、悪魔の囁きのように彼女の意識に滑り込んで行った。
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第210話 一喜一憂の戦乙女 1484年(1944年)12月31日 午前9時 ホールアンル帝国首都ウェルバンル シホールアンル帝国の首都であるウェルバンルは、帝国内でも有数の人口を誇る大都市であり、町には様々な渾名が付けられている。 その中でも、最も良く呼ばれる物が、貴族の街という渾名だ。 シホールアンル帝国内に多数居る貴族の内、名門と言われている貴族は、半数以上がこのウェルバンルに居住しており、その1つ1つは 普通の一般住民の家よりも遥かに大きく、かつ、煌びやかである。 だが、その煌びやかな住まいの数々にも、家々によって差がある。 特に、シホールアンル10貴族と呼ばれる、帝国内でも屈指の名家は、普通の貴族よりも大きな住居を構えている。 その中の1つ……モルクンレル家は、他の名家よりも一回り大きな居住を構えていた。 1484年も、残す所後僅かとなったこの日。ウェルバンルは、5日前より降り続いている雪のため、気温はマイナス3度に達していた。 そのため、広大なモルクンレル家の室内も、各所で暖を取っているとはいえ、気温はあまり高くは無かった。 そんな中、屋敷の隣にある1階建ての建物……道場と呼ばれる建物の中では、1人の人物が汗を流していた。 剣を両手で構え、前方に意識を集中する。 目の前に、見えざる敵の姿を思い起こし、その敵を討ち取るべく、素早い突きを見舞う。 その突きは早く、瞬きをした瞬間には、対峙していた相手の首を串刺しに出来るほどである。 攻撃はそれだけに留まらず、剣を一旦後ろに引いた後は、右斜め下から左上にかけて大きく振り、その後に、鋭い斬撃を何度も繰り出す。 敵が居れば、首に致命傷を受けた上に、胸や腹を切り裂かれて凄惨な光景をその場に表していただろう。 見えざる敵を切り刻んだ後も、攻撃は止まない。 剣撃が止んだと思うや、猫のように体を振り向かせ、瞬時に右の回し蹴り繰り出す。 体から滲み出た汗が、その動きで前方に飛び散り、浅黒い筋肉質の体が一瞬だけ輝いた。 「!」 咄嗟に、何かを感じ取った彼女は、自然な動作で後ろに飛び退いた。 唐突に何かの影が、彼女が居た空間に暴れ込み、床に持っていたナイフを突き立てる。 「チィ!」 突然の敵の襲撃に、彼女は憎らしげに顔を歪ませながら床に足を付き、その直後に剣を突きだす。 だが、敵はその動きを呼んでいたようで、上半身を思い切り反らせ、体が湾曲したような橋になったと思いきや、剣の腹を思い切り蹴飛ばした。 強い反動が紫色の女の右手に伝わり、彼女は剣を手放してしまった。 蹴り飛ばされた剣は、彼女から左斜め後ろに音立てて落下する。 「い…つぅ!」 右手の痛みに顔をしかめた彼女は、しかし、形勢が自らに有利になったと確信し、素早く足蹴りを食らわせようとした。 その刹那、彼女の顔目掛けて何かが飛んで来た。 (しまった!) 自身の不覚を悟った彼女は、咄嗟に右腕を顔の前に出した。 右腕に、紐の様な物が巻き付いたと思いきや、急に、後ろに腕が引っ張られる。 「グ……!」 彼女は姿勢を崩すまいと、足を踏ん張って、引き倒そうとする敵に抵抗する。 しばしの間、彼女は棒立ちの状態となるが、隙の多いこの瞬間を、敵が見過ごす筈が無かった。 「取ったぁ!!」 剣を蹴り飛ばした敵が、雄叫びを上げながらナイフで斬りかかって来る。 全く、無駄の無い動作だ。切っ先は、彼女の胸の真ん中に向けられている。一瞬の内に、彼女は串刺しにされるだろう。 「甘い!」 彼女は鋭く呟きながら、一気に全身の力を抜き、あろう事か、左腕を拘束している敵の所に向けて転がり込んだ。 「えっ!?」 予想できなかった彼女の動きに、敵は一瞬驚くが、ナイフの切っ先は、彼女が床に転がりこんだ事で虚しく空を切る羽目になった。 咄嗟に転がった彼女は、ナイフを振りかざす敵とあっという間に距離を置き、一瞬の内に、左腕を紐で拘束していた敵と相対する。 「はぁ!」 彼女は、敵が引っ張っていた紐を、逆に力任せに引っ張る。 だが、彼女の背中はがら開きであった。 ニヤリと笑ったナイフ使いが、すぐにその背中目掛けてナイフを投げようとする。 その刹那、彼女の猛烈な力で引っ張られた相棒が、いきなり目の前に現れた。 「ちょっと待ってぇ!?」 相棒が、半泣き状態で、自らの顔にナイフを投げ込もうとしていた相手目掛けて絶叫する。 相棒は一瞬の内に、女の盾となっていた。だが、ナイフ使いは躊躇しなかった。 「御免!」 ナイフ使いが目を閉じる事無く、ナイフを投げた。 ナイフは相棒の顔面に直撃し、短い悲鳴を発して仰向けに倒れた。 相棒が倒れるのを尻目に、もう1本のナイフを握り、背中を見せていた紫色の女目掛けて投げようとする。 が…… 「遅い!!」 という声が聞こえるのと、ナイフを持っていた右手が、下方から思い切り蹴り上げられるのは、ほぼ同時であった。 敵が武器を失ったと見るや、紫色の女は一気に間合いを詰めて来た。 突発的に、素手を用いた格闘戦が始まる。 武器を失った敵は、素手での格闘戦も得意なのか、紫色の女に対して、初っ端から眼潰しを食らわせて来る。 だが、女は顔を横に反らせてその攻撃を避け、逆に回し蹴りを繰り出して来る。 敵もさる者で、右手で眼潰しを行う傍ら、左腕で鋭い蹴りを防いでいた。 それから1分程、互いに一歩も譲らぬ攻防戦が続くが、唐突に、拮抗した格闘戦は一気に崩れた。 敵が彼女の脇腹に決定的な一撃を加えた。突然の衝撃が右の横腹に決まり、彼女は顔を苦痛にゆがめる。 「が……はっ!」 彼女の姿勢が崩れたのを見計らって、敵は後ろに隠していたナイフを取り出し、すぐに首筋に突き立てる。 その瞬間、彼女の姿勢が更に崩れた。 いや、崩れたように見えた。 「わっ!?」 それは突然の出来事であった。 脇腹を抱えた彼女は、瞬時に体を沈みこませ、右足を素早く振りまわして、敵の両足を薙ぎ払った。 敵は、自分が吹き飛ばされた事も知らぬまま、背中から床に叩きつけられてしまった。 「しまっ……た!」 背中を床にぶつけた事で、一時的に呼吸困難に陥った敵は、それでも体を起き上がらせようと、首を上げる。 が、それは叶わなかった。 喉元に、持っていた筈の3本目のナイフが付けられている。刃先は皮膚に触れており、そのまま姿勢を起こせば、自らの動きで首を切り裂いてしまう。 眼前には、全身汗みずくとなりながらも、冷たい目付きで睨み付ける紫色の女が居た。 「………」 紫色の女は、恐ろしいまでの殺気を吐き出し、張り詰めた緊張が、道場の中を覆う。女は躊躇なく、刃先を押し込む。 敵が、紫色の女に殺される事は、ほぼ確実であった。 (……死ぬ……) 敵が、心中でそう呟いた瞬間、 「またあたしの勝ちね。」 いつも聞いている明るい声音が、耳元に響いた。 リリスティ・モルクンレルは、床に仰向けに倒れた、妹のサチェスティに穏やかな口調で勝利宣言を行った……が。 「……え?」 リリスティは、いきなり、目を潤ませるサチェスティを見て戸惑った。 「え、ええと……大丈夫?」 と、彼女が心配そうに声をかけた時、いきなりサチェスティは泣き出してしまった。 「ああああああ!また負けたぁ!!!!!!」 いきなり大声で泣き喚くサチェスティから、リリスティは仰天しながら後ろに飛び退いた。 「今度こそは行けると思ったのにぃぃぃぃぃ!悔しい!!!!」 まるで、赤子のように手足をじたばたさせながら、リリスティの妹は泣き喚く。 「うう……思いっ切り泣きたいのはこっちの方よぉ……」 リリスティは、後ろで声を上げた人物に顔を向ける。 彼女の後ろには、サチェスティに“捨て駒”として使われたもう1人の妹、レヴィリネがしくしくと涙を流している。 レヴィリネは、サチェスティが投げた木のナイフの柄が額に当たったため、そこの部分が赤くなっている。 「2人で今度こそは、と意気込んでやったのに、またあたしがこんな役回りとは……」 「ハハ、あんたも辛いもんねぇ。」 リリスティは苦笑しながらレヴィリネに言う。 「それはともかく、早くサチェスティを宥めてやんな。」 「はぁ……しょうがないなぁ。」 レヴィリネは深いため息を吐きながら起き上がり、負けた事でじたばたするサチェスティを宥めに掛かった。 リリスティは、2人の妹を見つめながら、内心でため息を吐く。 (今年の年末は嫌に大人しかったから大丈夫かなと思ってたけど……やっぱり襲って来たわね) リリスティは2人から顔を背けた後、げっそりとした表情を浮かべた。 リリスティは、実家に帰った後は気晴らしに、この道場で汗を流している。 今日のリリスティは、竜母機動部隊を率いている時と違って、肩が露出し、主に胸の部分から腹の上部分までしか覆いが無い白い上着 (後にタンクトップと呼ばれるような物である)と、腰から膝の上部分までしか無い短い下着を身に付けており、足には靴下と、特注の 軽い靴を履いている。 リリスティは、実家に居る時はいつもその服装で運動を行うのだが、ただでさえスタイルが良い彼女は、肩や腹部(やや腹筋が割れている) が露出しているこの恰好がかなり扇情的であり、しかも浅黒い肌の上に、伸ばしている艶やかな紫色の髪の毛を、ポニーテール状に束ねている 姿は、リリスティ本人の美貌と、凛々しさを一層際立たせている。 リリスティは、艦隊勤務でたまったストレスを、実家に帰る度にこの道場で発散させているのだが、そんな彼女のストレス発散を邪魔するのが、 サチェスティとレヴィリネである。 モルクンレル家は、リリスティの生みの親である父スラグド・モルンクンレル侯爵と、母アレスティナ夫人を始めとし、リリスティを含む7人 家族で構成されている。 モルクンレル家の第一子はリリスティであり、その2番目にサチェスティ、3番目にレヴィリネ、4番目にハウルスト、5番目にウィムテルス となっている。 彼女の2人の弟であるハウルストとウィムテルスは、今では成人して、共に帝国軍の一員として任務に付いており、ハウルストは飛空挺隊の 搭乗員として、ウィムテルスはレスタン戦線の石甲師団の小隊指揮官として日々、務めを果たしている。 リリスティが、この4人の妹と弟の中で、最も手を焼かされているのがサチェスティとレヴィリネである。 サチェスティとレヴィリネは、首都にある国外相の職員として日々働いているが、彼女達は、リリスティが実家に帰る度に、何故か決闘を 申し込んで来る。 実家で羽を伸ばしたいと思っているリリスティにとって、妹2人の執拗な挑戦は迷惑千万もいい所であった。 「あんた達……その根性は確かに見上げたもんだけど…もう、諦めたら?」 「諦めない!!」 サチェスティが、顔を真っ赤に染めながら言い返す。 「12年前に姉さんから必ず、一本取ってやるって約束したんだもん!絶対に諦めないからね!」 「失礼ながら、私も同感……かな。」 レヴィリネも小声で相槌を打つ。 リリスティはその言葉を聞くなり、深いため息を吐いた。 きっかけは、リリスティが、格闘術を習って大分慣れてきたサチェスティとレヴィリネから練習試合を申し込まれた時である。 この時、リリスティは2人の妹達に対して、やや手加減しながら2対1の練習試合に臨み、見事勝利した。 だが、それがいけなかった。 リリスティに負けた事が非常に気に入らなかったサチェスティとレヴィリネは、この時から、リリスティに対して執拗に決闘を挑み始め、 今まで30戦もやって来た。 ここ2年程は、事前に挑戦状を叩き付ける事も無く、ほぼ奇襲ばかり仕掛けて来ている。 普通なら、ここで大人の対応とばかりに、1度か2度ほどは接戦を演じて負けてもよさそうなのだが、リリスティも大人気ないもので、 妹達の挑戦に全力で答え続け、30戦中、全勝という結果になっている。 リリスティの負けず嫌いを受け継いでいる2人の妹……特にサチェスティは、今日こそはとばかりに奇襲を仕掛けて来たのだが、結果は いつも通りとなってしまった。 「とにかく、今回もあたしの勝ちね。ご苦労様です。」 リリスティの皮肉気な言葉が放たれ、それを聞いたサチェスティは、悔しげに拳を震わせた。 この最後のセリフが、何気にサチェスティの負けず嫌いを、大いに刺激させてしまっているのだが、リリスティはわざとそうしている。 性格的にあまり良い人間ではないようだ。 「まぁまぁ、サチェスティ姉さん。今日はこれぐらいにしようよ。ね?」 「うう……」 レヴィリネがサチェスティを宥める。 心優しい妹の説得に応じたサチェスティは、不承不承ながらも頷き、ゆっくりと立ち上がって道場から出ていく。 その後ろ姿を、リリスティは呆れながらも、確実に格闘術の腕を上げている2人の妹に感心していた。 (しかし……あの2人、完全に気配を立っていたわねぇ……一昔前までは、殺気を撒き散らしながら向かって来たから、軽くあしらえたけど。 まっ、今日の採点は、いつもよりも一番多めとして、49点ってとこかな) リリスティは、2人の妹に足して、心中で微妙な点数を付けた。 2人の妹が道場の出入り口にまで歩いた時、不意にサチェスティが振り向いた。 サチェスティの目はやたらに吊り上がっていた。 「また来らぁ!!」 粗野な捨て台詞を吐いた後、サチェスティはレヴィリネを連れて道場を去って行った。 午前10時 モルクンレル家 朝の運動を終えたリリスティは、その後風呂に入り、9時30分頃には風呂から出、着替えもそこそこに朝食を取った後、慌ただしく 最後の支度に取り掛かった。 リリスティは、せわしない動きで家の応接間に出てきた。 「もう10時か。急がなきゃね。」 彼女は、時計に目を向けながら、紫色のシャツの上に軍服を羽織る。 「姉さん、今日も出勤なの?」 煌びやかな椅子に座って、妹のレヴィリネと談話していたサチェスティが何気無い口調で聞いて来る。 先程、彼女はリリスティに負けた事を大いに悔しがっていたが、彼女は早々と気分の切り替えたようだ。 「ええ。ちょっとばかり、海軍総司令部までね。」 「ふーん……軍人って忙しいわねぇ。」 サチェスティは他人事のような口ぶりで返答する。 サチェスティは、リリスティとは3歳年下の妹で、今年で30歳を迎えている。 背はリリスティより低めで、母親譲りの艶やかな紫色の髪を、三つ網状にして背中に垂らしている。 体のスタイルは、胸の部分はリリスティより若干劣るものの、全体の美貌さはリリスティに勝るとも劣らない。 「まっ、リリスティ姉さんは軍の中でもお偉いさんだしね。2か月前に、また1つ階級が上がっているし。」 姉とは違って、レヴィリネはおしとやかな口調でリリスティに言う。 彼女はサチェスティと違って、髪を肩に届くか届かない所で切っているため、サチェスティやリリスティと違って全体の印象が異なる。 体つきはサチェスティとほぼ同じだが、そのショートヘアのお陰で、2人の姉よりも活発そうな感がありそうなのだが、本人が発する のんびりとした口調が、その印象をがらりと変えてしまっている。 年は28歳で、未だに華の20代を謳歌出来る事に喜びを感じているようだ。 「ああ、コレね。正直、あたしとしては別に、上がらなくても良かったんだけどね。」 リリスティはため息を吐きながら、羽織った軍服の肩の部分に付いている階級章を見つめる。 リリスティは、今年9月のレビリンイクル沖海戦で得た大勝利の立役者として広報誌に大々的に取り上げられ、いつしかレビリンイクルの 英雄と呼ばれるようになった。 それに加え、彼女は10月15日付けで海軍大将に昇進し、シホールアンル軍史上では初の女性の大将が登場する事となった。 これには、軍の首脳部や一部の貴族達から強い反感を買った物の、最終的には、皇帝オールフェスが承認するという声明が放たれた事と、 リリスティが引き続き、第4機動艦隊の指揮を執ると言う事で、何とか収まった。 本来であれば、リリスティは大将昇進後に、海軍総司令部のNo2である海軍部副総長に任ぜられる筈であった。 だが、リリスティはそのポストへの就任を固辞したため、彼女は大将に昇進したにもかかわらず、第4機動艦隊の指揮官という以前と 変わらぬポストに留まる事となった。 こうして、リリスティは依然と変わらぬ前線勤務に励む事になったのだが、軍服の肩に付いている、将星を現す紋章が4つに増えた事は、 彼女が海軍大将に昇進したと言う何よりの証拠である。 「じゃ、あたしは今年最後のご奉公に行って来るわ。」 「はいよ~。いってらっさい。」 サチェスティは気さくな口調でリリスティに言う。 「そのまま会議が長引いて、来年最初のご奉公もやりました、とかならなければいいけどね。ともかく、気を付けてね~。」 レヴィリネは、おしとやかな口調で、やや毒のある言葉をリリスティに言い放った。 「むむ……何か気にかかる言葉を聞いたような気がするけど、ひとまず。」 リリスティは軽く手を振ってから、ハンガーに掛けられているコートをひったくり、馬車が待っている正面玄関に向かって行った。 彼女の屋敷から、海軍総司令部までの距離は、馬車で15分程の距離にあり、時計の針が15分を過ぎた頃には、リリスティを乗せた馬車は、 赤紫色に彩られた海軍総司令部の正面玄関前に到着していた。 「お嬢様、目的地に到着しました。」 馬車を操っていた御者が、客車に乗っていたリリスティに声をかける。 「ありがとう、トリヴィク。また後でね。」 リリスティは、昔から親友同様に慣れ親しんだ御者にそう返しながら、馬車のドアを開く。 玄関前の左右に立っていた衛兵が、彼女が降りて来るのを見るなり、綺麗な海軍式の敬礼をする。 彼女は衛兵に答礼しながら、海軍総司令部の玄関をくぐった。 リリスティは、総司令部の職員達から奇異の視線を浴びせられるのを感じ取っていたが、彼女はそんな事を気にせず、2階の会議室に 向かって歩いて行く。 2階に上がった彼女は、そのまま会議室に向かい始めるが、会議室の手前にある廊下の前に出た時、不意に何か物音……まるで、慌てて 逃げるかのような足音が聞こえた。 (む?) 咄嗟に、彼女は右手の廊下に顔を向ける。 そこには誰も居ない。 (……今、誰か居たわね。あ、そういえば、この先に確か……) 不審に思った彼女は、廊下の先にある質素な休憩室に向けて足を進ませる。 ひょいと顔を覗かせると、そこには、何かを盗ろうとした瞬間に現場を抑えられたコソ泥のような表情を浮かべた誰か…… いや、彼女が良く知っている人であり……彼女の上司でもある人物が座っていた。 「あ……やっ。久しぶりだね。」 シホールアンル帝国皇帝オールフェス・リリスレイは、途端に爽やかな笑みを浮かべながら、リリスティに挨拶した。 「オールフェス……じゃなくて、陛下。何でこんなトコに?」 「ちょっとここにヤボ用があってさ。ていうか、今は別に、陛下とか言わなくていいぜ。」 元々、ネチネチとした性格であったサチェスティが見習ったほどの切り替えの良さに、リリスティは軽く溜息を吐いた。 「ホント、あんたは相変わらずねぇ。」 「そりゃこっちのセリフだぜ、リリスティ姉。あ、そう言えば、今日の会議、リリスティ姉も呼ばれてたんだな。」 「ええ、そうだけど……って、まさか、そのヤボ用って。」 「ああ。ちょいとばかり、海軍の連中がいい兵器を開発したと言うから、その報告を聞いてやろうかなと思って、こっちに お邪魔したんだよ。」 「報告なら、わざわざここに来なくても……あんたの住まいでさせればいいじゃない。」 「いや、最近は運動不足で体が鈍っててね。ストレス解消も兼ねつつ、散歩がてらにいいかなって出向いて来たんだけど。」 「こっちには、事前に何か伝えた?」 「いんや。アポなしだよ。というか、俺はこの国の主なんだから、別に必要無いんじゃない?」 けろりとした表情で、オールフェスはそう言い放った。 それを聞いたリリスティは、呆れながらも、オールフェスらしいとばかりに微笑む。 「まぁ……それはそうだけど。こう言う時は、事前に何か言っておくべきよ。でないと、こっちの人もびっくりするじゃない。」 リリスティは、そこまで言ってから、不意に何かを思い出した。 「って、まさかあんた。勝手に城を抜け出したんじゃないでしょうね?」 「あ……バレた?」 「………」 オールフェスの悪気の無い言葉に、リリスティは今度こそ、心の底から呆れてしまった。 彼女の脳裏には、顔を真っ赤に染め上げながら、オールフェスの所在を確認するマルバ侍従長の姿が思い浮かんだ。 リリスティとおオールフェスが会議室に入った後、海軍総司令官のレンス元帥は、幾分緊張した面持ちで口を開いた。 「それでは、本日の会議を開く。」 ようやく始まった会議に、オールフェスとリリスティを除く参加者達は緊張を感じつつ、本来の職務をこなす顔に戻った。 (リリスティが来る前に、皇帝陛下が“来襲”して来たので、彼らは全員が極度に緊張していた) 「最初に、海軍各部隊のこれまでの状況を確認したい。」 「ハッ。では、私が説明いたします。」 海軍総司令部の主席参謀長が答える。 今日の会議では、海軍総司令官のレンス元帥を始め、海軍部副総長と総司令部主席参謀、情報参謀、航空参謀、補給参謀、 人事局長が集まっている。 「現在、我が海軍は、5個の艦隊を保有し、その内3個は臨戦態勢にあります。この3個艦隊は、いずれもヒーレリ北西部にある ヒレリイスルィに集結しています。本来であれば、この艦隊はヒーレリ中西部沿岸のリリャンフィルクや、西南部のイースフィルクに 配置される筈でしたが、先月末より再び活動し始めた、アメリカ機動部隊の襲撃に備えるため、やむなくヒレリイスルィに根拠地を 移動させています。」 「リリャンフィルクとイースフィルク港の復旧具合はどうなっている?」 「は……一応、進んではおります。ですが、あまり芳しくはありません。」 主席参謀長は、やや声を曇らせながらレンス元帥に返答する。 リリャンフィルクとイースフィルクは、共にヒーレリ領内では有数の規模を誇る港で、シホールアンル帝国は、2ヵ月前まではここに 第4機動艦隊を始めとする主力艦隊を置いていた。 ヒーレリ領内は、他の属国と比べて戦場よりも遠い場所と言う事もあり、海軍基地のみならず、帝国軍の駐留部隊は、保養地さながらの 気楽さで日々の任務をこなしていた。 だが、11月も後半を迎えた時、そののんびりとした状況は一変した。 11月22日早朝。突如としてイースフィルク沖に現れたアメリカ軍の高速機動部隊は、早朝から午後2時までの間に、計3波、 総数700機以上に渡る艦載機でもってイースフィルク港や、その付近にあった軍事施設に猛爆撃を加え、港の港湾施設に蓄え られていた膨大な各種補給物資がほぼ全滅すると言う事態に見舞われた。 イースフィルク空襲さるという報告を受けた時、シホールアンル海軍上層部は、アメリカ機動部隊の急な出現に仰天していた。 海軍上層部は、レビリンイクル沖海戦と、ホウロナ諸島沖海戦(アメリカ名サウスラ島沖海戦)で消耗し尽くした米機動部隊は、小手先だけの 作戦行動はいつでも行えるだろうが、戦線後方の要所を叩けるだけの大規模な艦隊行動を行えるのは、せめて来年の1月からであろうと 確信していた。 彼らは彼らなりに、アメリカの国力を見据えたうえでこう判断していたのだが、現実は残酷であり、彼らは、自身の判断が甘かった事を酷く後悔した。 来年1月頃に本格的な行動を開始する筈であった宿敵、米機動部隊は、予想よりも早い11月下旬、戦場にその堂々たる姿を現したのである。 イースフィルクを襲った米機動部隊は、同日正午前に偵察ワイバーンに発見されている。 敵機動部隊は、空母4隻ないし、5隻程度の陣形を少なくとも3つ組んでいた事が偵察ワイバーからの報告で明らかになっており、復仇の機会に 燃えた同地の航空部隊は、早速、敵機動部隊撃滅のためにワイバーン180騎からなる攻撃隊を発進させた。 だが、米機動部隊は艦載機を収容した後、いち早く海域から撤退したため、攻撃隊が敵機動部隊を発見する事はなかった。 それから12月下旬まで、アメリカ機動部隊はヒーレリ近海に姿を現さなかった。 シホールアンル側は、敵機動部隊が引っ込んだ事で安堵したが、その静寂も唐突に打ち破られた。 12月21日、冬の悪天候を付いてヒーレリ沿岸に最接近した米機動部隊は、再びイースフェルクを空襲した後、翌日にはリリャンフィルクにも 魔の手を伸ばし、大損害を与えた。 特に、このリリャンフィルクでは艦艇の損害が大きく、最新鋭の巡洋艦1隻を含む5隻の主力型の艦艇が失われた。 実を言うと、このリリャンフィルク空襲で撃沈された5隻の艦艇は、ある作戦を実行するに当たって、第4機動艦隊と、その他の主力部隊から 回された虎の子の戦力であった。 そのある作戦とは、シホールアンル軍が極秘で行っていた、連合軍捕虜輸送作戦である。 シホールアンル軍は、今後予想されるスーパーフォートレスの本土への戦略爆撃に対する手段として、主要な軍事施設や工業施設の周辺に 捕虜収容所を建設し、そこに今まで得て来たアメリカ兵を始めとする連合軍捕虜を収監し、それを大大的に喧伝して戦略爆撃を躊躇させよう と考え、その作戦を実行に移した。 だが、作戦は、記念すべき第1回目の輸送から悲惨な結末を迎える事になった。 偽装対空艦を捕虜輸送船代わりに使って行われた第1次輸送作戦は、アメリカ海軍並びに、カレアント海軍、ミスリアル海軍の共同で行われた 捕虜奪取作戦であっけなく頓挫し、作戦に参加した駆逐艦2隻、偽装対空艦1隻は全てが未帰還となった。 シホールアンル軍上層部は、まさか、開始当初からこのような結果になるとは予想だにしておらず、輸送部隊全滅の報が伝えられた時は、 誰もが強いショックを受けていた。 だが、シホールアンル側は諦めなかった。 輸送部隊から送られてきた報告で、敵の捕虜奪取艦隊に、カレアント海軍の中でも随一の防御力を誇る巡洋艦(厳密には強襲艦である) ガメランが加わっていた事。 それに加えて、米機動部隊から分派されたと思しき空母と、その艦載機も加わっていた事が明らかとなり、シホールアンル海軍は、連合国 海軍の再度の襲撃に対抗するため、作戦開始当初の予定であった、偽装対空艦に対する護衛戦力を駆逐艦2隻から、巡洋艦2隻、駆逐艦6隻 に改め、更に今年12月2日には、最新鋭の小型竜母も護衛に付ける事も決まった。 第2次捕虜輸送部隊は、輸送艦の役目を果たす偽装対空艦1隻を編成に加えた後、12月12日にリリャンフィルク港に入港し、小型竜母の 到着を待った。 捕虜輸送艦隊の指揮官は、連合軍の襲撃艦隊に、カレアント軍の小癪な巡洋艦どころか、アメリカ軍の巡洋艦が襲い掛かって来ても蹴散らしてやると、 作戦開始前から気合を入れていたが、現実は残酷であった。 小型竜母の到着が23日に決まり、いよいよ作戦開始という時に、アメリカ機動部隊がリリャンフィルク沖に出現し、同地を攻撃するために 艦載機を大挙出撃させたのだ。 米機動部隊は、早朝から午後1時までの間に、実に4波、800機以上の艦載機を出撃させ、リリャンフィルク港に停泊していた在泊艦船や 港湾施設を猛爆した。 第2次捕虜輸送部隊も、この艦載機の波状攻撃の前に手も足も出ず、巡洋艦1隻、駆逐艦4隻、偽装対空艦1隻が撃沈され、巡洋艦1隻大破、 駆逐艦2隻中破という大損害を受けて壊滅してしまった。 リリャンフィルク港に元々居た在泊艦船も17隻が撃沈破され、港湾施設も6割が破壊されると言う甚大な損害を受け、リリャンフィルク港は 事実上、壊滅状態に陥った。 第2次輸送部隊は、小癪なマオンド巡洋艦ばかりか、米軍の水上部隊さえも返り討ちに出来るほどの戦力を有していたが、彼らは本来の任務を 開始する前に、襲撃艦隊とは比べ物にならぬほどの凶暴な、米機動部隊によって、たちまちのうちに戦力を食らい尽くされたのである。 米機動部隊はリリャンフィルク港を猛爆した後、返す刀でシェリキナ連峰の航空戦にも乱入し、同地の基地航空部隊や航空基地に大損害を与えた後、 悠々と引き上げて行った。 この、一連の猛攻で受けたシホールアンル側の損害は甚大であり、シホールアンル海軍は否応なしにヒレリイスルィに引っ込まざるを得なくなった。 「やはり……連日、悪天候が続いては、復旧作業も思うように捗らないか。」 「それもありますが、敵機動部隊が差し向けた敵艦載機が、徹底した空爆を加えた事にも、作業に遅れを来す要因の1つでもあります。 米艦載機は、こちら側が破壊されたら嫌な目標……倉庫や物資集積所は勿論の事、輸送船の荷降ろしを行う専用の昇降機材をも片端から 狙い撃ちにしていきます。これによって、本来であれば真っ先に復旧しなければならない荷揚げ用の昇降機材が多すぎる上、この悪天候で 作業員の労働時間が自然的に短くなるという悪循環が起こっているため、港の復旧は、遅れに遅れているようです。」 「今の所、第4機動艦隊を含む3個艦隊は、ヒレリイスルィにて待機状態にあります。先の空襲で、我が方は甚大な損害を被りましたが、 幸いにも、敵機動部隊がイースフィルクとリリャンフィルクだけに的を絞ったお陰で、竜母や戦艦といった決戦兵力には、何ら損害を 受けておりません。従って、一連の空襲で受けた我が海軍の被害は、決して重い一撃であったと言う事は無いと、思われます。」 総司令部副総長の言葉を聞いたリリスティは、むっとなった。 「主席参謀長。確かに竜母と戦艦は無傷だったけど、私の艦隊から分派した巡洋艦と駆逐艦は、5隻が沈み、3隻が損傷してドック送りになっている。 この艦隊は、第4機動艦隊の第3群と第4群の司令に無理を言って抽出させている。私としては、これらが失われただけでも、艦隊の防空戦力に穴が 開いたと思っているのに、貴方の口ぶりでは、この損害は微々たるものだ、と言っているように思える。」 「モルクンレル司令官。私は何も、喪失した艦艇に対して、何ら感じていないとは言っておりません。提督が指揮される第4機動艦隊は我が海軍の 主力です。その主力の一員である艦艇が、敵の空襲で失われた事は、本当に残念であると思います。」 副総長は、リリスティから視線をそらさぬまま、そう語る。 ふと、彼女は一瞬だけ、主席参謀長の目に影が過ったような気がした。 (へぇ……普段は、駆逐艦や巡洋艦など、ただの召使程度にしかならんとかいっている奴が、そんな事言うんだ。) リリスティは内心、弁解する主席参謀長を嘲笑ったが、顔は無表情のまま主席参謀を見つめ続ける。 「貴官がそこまで言うなら、私は何も言わない。話を続けて。」 「はっ。ありがとうございます。」 副総長は軽く一礼する。 彼の代わりに、今度は主席参謀長が口を開く。 「現在、第4機動艦隊並びに第2艦隊、第3艦隊はいつでも出動が可能な状態にあります。もし、アメリカ側が新たな進行作戦を 開始したとしても、遅くて2日以内には軍港から出撃が出来るよう、準備は整っております。第4機動艦隊の状況については、 モルクンレル司令官からご説明をお願いします。」 話を振られたリリスティは、軽く咳払いをしてから状況を説明し始める。 「第4機動艦隊は現在、正規竜母7隻、小型竜母8隻、戦艦5隻、巡洋戦艦3隻、巡洋艦17隻、駆逐艦69隻を保有しています。 艦隊が有するワイバーンは総計870騎で、練成も既に終えています。艦隊将兵の士気は意気軒高であり、いつでも決戦に臨めます。」 「提督の方から、今の艦隊編成に関して、何か意見はありますかな?」 「率直に申し上げますが……第4機動艦隊に必要とされる対空艦の数が、未だに足りません。」 「対空艦の数が足りぬだと?君の艦隊には、先日も最新鋭のマルバンラミル級巡洋艦を3隻送った筈だが。」 「その厚意に付いては、深く感謝しています。ですが、マルバンラミル級は確かに対空火力が強力である物の、フリレンギラ級に比べると、 敵に向けられる対空火力は幾らか劣ります。私が以前申し上げた話では、フリレンギラ級の改良型であるウィリガレシ級巡洋艦2隻を、 我が艦隊に配備して欲しいと述べた筈ですが……」 リリスティは、やや目を細めながらレンス元帥に言う。 ウィリガレシ級巡洋艦とは、フリレンギラ級巡洋艦の準同型艦的な位置にある防空巡洋艦であり、1482年2月に5隻が起工され、 その最新鋭艦である2隻が、11月下旬に就役している。 ウィリガレシ級巡洋艦は、基本的な兵装はフリレンギラ級と変わらないが、機関部の装甲強化や、艦の動揺を抑える等の改良を施しており、 基準排水量は6300ラッグ(9450トン)と、前級よりもやや重くなっている。 しかし、主砲は、フリレンギラ級の54口径4ネルリ砲よりも性能が高い61口径4ネルリ砲を搭載しており、これによって砲弾の初速が 早くなり、敵機の迎撃がよりやり易くなった他、対艦戦闘でも、その高初速によって敵巡洋艦の装甲を貫き、例えクリーブランド級や ブルックリン級相手に戦っても撃ち負けないと期待されている。 リリスティは、この2隻の防空巡洋艦を第4機動艦隊に組み込んでほしいと、再三再四に渡って上層部に頼み込んでいた。 彼女は、9月のレビリンイクル沖海戦で、指揮下の竜母部隊を従え、米機動部隊の撃破に大きく貢献したが、同時にまた、敵艦載機の 脅威を改めて痛感していた。 指揮下の竜母をこれ以上犠牲にしたくないと考えるリリスティは、艦隊防空力の更なる向上を行うため、各方面に対空戦闘力の向上した 艦を回してもらうように働きかけた。 その甲斐あってか、リリスティの機動部隊は、巡洋艦17隻のうち、7隻がマルバンラミル級、5隻がフリレンギラ級で占められ、 駆逐艦は69隻中20隻が、新鋭のスルイグラム級駆逐艦が配備され、20隻はマブナル級駆逐艦で占められる状態までになった。 それでも、リリスティは満足しておらず、更に対空艦の増派を司令部に要請した。 しかし、新鋭のウィリガレシ級は第3艦隊に配属された。 彼女は、この事に大きな不満を抱いたが、既に上層部が艦の配備を決定した事と、第4機動艦隊だけがいい物を独り占めしているという 声が上がっている事も考慮した上で、この件に関しては何も言わぬ事を決めた。 「ですが、その件に関しては、もう既に上層部で話が決まっておりますから、私としてはこれ以上、言う事はありません。無論、現状の 戦力で足りぬと言う認識は変わりません。しかし、私も一帝国軍人である以上、いつまでも同じ事に固執する事はありません。よって、 私としましては、戦力補充等に関する意見具申はありません。」 「そう言いつつ、言いたい事はしっかり言ってるじゃないか。」 それまで、黙って話を聞いていたオールフェスが口を開く。 「これは陛下……」 リリスティは、先とは違って、公の場で話すような口調でオールフェスに言う。 「私としましては、これが当然の事だと思いますので。」 「ふむ。モルクンレル大将とは長い付き合いだが、そこの所は本当に、昔から変わらない物だな。」 オールフェスは苦笑しながらそう言った。 「おっと、途中で割り込んでしまったね。どうぞ、話を続けてくれ。」 彼はおどけた口調で、会議の再開を促した。 「ひとまず、第4機動艦隊の状況は良好、という事でよろしいかな?」 「はっ。そのように理解していただければ。」 リリスティは、冷たい口調でレンス元帥に返した。 「第2艦隊、第3艦隊の方でも、第4機動艦隊と同様です。」 「うむ。準備は整っている訳だな。」 レンス元帥は満足そうに頷く。 「これで、フィレヴェリド級戦艦も早く完成していれば、まさに言う所無しだったのですが。」 「主席参謀長。君の言いたい事は良く分かるが、早くて1月。遅くても2月頃に予定されている敵の大規模作戦には間に合うまい。」 「……となると。後は、戦艦部隊に配備されつつある、切り札に頼るしかないですね。」 「ほう、もしかして、その切り札って言うのが、最近開発されたばかりの新兵器って奴かな?」 「流石は陛下。既に聞き及んでおりましたか。」 レンス元帥が慇懃な口調で言う。 「聞いたと言っても、その詳細までは分からないがね。それで、その切り札とは一体、何なのかな?」 「切り札と言いましても、限定された戦域でしか使えぬ物ですが……」 レンス元帥は、その切り札の詳細をオールフェスに話した。 5分後、説明を聞き終えたオールフェスは、満足気な顔を浮かべていた。 「……ほほう。確かに、万能兵器って奴じゃないみたいだが、それでも、戦艦同士の砲撃戦では役に立つかもしれねえな。」 「問題は、アイオワ級戦艦にも通用するかどうかです。」 「今後就役するフィレヴェリド級を除く我が方の戦艦が、敵戦艦の主砲口径より小さい口径の砲しか持たぬ以上、出来る事はそれぐらい しかありませぬので。もし相手がアイオワ級戦艦の場合は、新兵器が相手を撃ちのめす間に、こちら側が手痛い損害を受ける場合もあります。 そのため、現段階では、ネグリスレイ級が互角に撃ち合う事が出来るのはサウスダコタ級並びにノースカロライナ級が限度となります。」 「まっ、それでも、対抗できる手段が出来たって事はいい事だ。少なくとも、マオンド海軍の新鋭戦艦のようにはならないさ。」 オールフェスは愉快そうな口調でレンス元帥に言った。 「ところで、モルクンレル提督。君に話がある。」 「はっ、何でしょうか。」 リリスティは抑揚の無い口調で答える。 「今後の艦隊編成の事に付いてだが、我々も色々と話し合った結果、君達の艦隊に、第3艦隊に配属されていた巡洋艦全てと、駆逐艦の半数を 回す事に決めた。」 「……え?」 リリスティは、レンス元帥の言葉の前に半ば唖然となった。 「それはつまり、第3艦隊に配属されているルオグレイ級巡洋艦3隻のみならず、ウィリガレシ級巡洋艦2隻と、駆逐艦8隻も我が艦隊 に下さると言う訳ですか?」 「そうだ。」 レンス元帥は即答した。 「だが、その代わり。君の艦隊に配属されているネグリスレイ級戦艦は、全て第2艦隊に回す。」 その言葉を聞いたリリスティは、今度は失望の余り、言葉を失ってしまった。 「しかし、これは君の手元にある戦艦を永遠に取り上げると言う事では無い。この戦艦部隊は、機動部隊同士の航空戦の場合は、各竜母群の 護衛艦として働いてもらう。編成上、第2艦隊は第4機動艦隊とは別の部隊だが、実戦の場合は臨時に第2艦隊の指揮下に組み込み、来年1月 初旬に戦力化するプルパグント級竜母3番艦ラルマリアと、未成巡洋艦から改装した2隻の小型竜母を付けて、新たに1個機動部隊編成する。 水上砲戦となれば、巡洋艦5隻、駆逐艦12隻で編成された第2艦隊に、君の部隊から戦艦を回して敵艦隊に決戦を挑む。水上砲戦が終われば、 再び護衛艦として機動部隊に戻って来るだろう。」 「要するに、貴官の指揮官にある竜母群が、更に1つ増えると言う事ですよ。」 主席参謀長が穏やかな口調でリリスティに言う。 「竜母群が、もう1個部隊……ですか。」 リリスティにとって、今告げられた事は正直に喜べる内容だった。 だが、彼女は素直に喜べなかった。 「総司令官閣下。第4機動艦隊に対するこの厚遇は、誠にあり難き事ではありますが……戦力の面……特に、小型竜母のワイバーン搭載量や、 ワイバーン隊の錬度について、私は幾らか不安を感じるのですが。」 リリスティは、未成艦から改装された小型竜母……もとい、新鋭竜母のヴィルニ・レグ級がどのような性能なのかを熟知している。 ヴィルニ・レグ級小型竜母は、2年前より建造が始まった戦時急造型竜母であり、シホールアンル帝国造船界ではNo.2の規模を誇る ヴィンドラゴ造船商会から贈られた(帝国造船界最大手のイン・ヴェグト商会に対抗して行われている)大型船用の船体を利用して作られた物だ。 全長89グレル(178メートル)、全幅13.2グレル(26.4メートル)、基準排水量が5700ラッグ(8550トン)と、船体は ライル・エグ級竜母よりも一回り程小さい。 搭載ワイバーンは30騎、武装は両用砲5門に魔道銃24丁と、いずれもライル・エグ級竜母よりも劣り、防御力も並みの巡洋艦程度しかない。 速力は15リンルと、ライル・エグ級と同等であり、機動部隊に随伴するには、何とか合格点を与えられる性能ではある。 だが、全体的な性能は、ライル・エグ級と比べて一段落ちる印象があり、1番艦ヴィルニ・レグと2番艦グンニグリアは、共に今年の9月に 竣工したばかりとあって、乗員の錬度も未知数である。 また、新たに編成されたワイバーン隊も、今年の9月下旬に本格的な戦闘訓練を開始したため、ワイバーン隊の竜騎士は、新鋭正規竜母である ラルマリアも含めて新米が大多数を占めており、いざ実戦となれば任務を果たせられるか大いに疑問が残る。 第2艦隊自体は、元々がリリスティの機動部隊に所属していたルオグレイ級やオーメイ級巡洋艦と、駆逐艦が全てであるため、対空戦闘は勿論、 水上戦闘も満足に行えるだろう。 しかし、第2艦隊に守られる筈の主力竜母3隻が心許ないとあっては、万全と思える布陣でも、リリスティにはそれが、ただのはりぼてで出来た 簡素な作り物にしか見えなかった。 (この人達……ただ戦力の頭数だけ揃えればいいと思っているの?) リリスティは、心中でそう思った。 「ふむ、確かに君の言う通りだ。だが、この竜母3隻は、防空任務を主体に作戦行動を行わせる。要するに、君に護衛専門の機動部隊を1つ付けて やると言う訳だ。ただ、この3隻の竜母にも、少数ながら攻撃役のワイバーンを付けている。敵機動部隊を戦う際には、この攻撃ワイバーンも付けて、 敵の空母を叩いて貰いたい。」 「はぁ……しかし、相手は戦力を盛り返してきたアメリカ機動部隊です。あたし達の艦隊に、竜母が3隻も加わるのは誠に嬉しい限りですが、 相手も当然、猛攻を加えて来るはず。行けと言われれば、無論、私は行きます。ですが……本当に、この竜母群も戦列に加えてよろしいのでしょうか?」 「なに。今度の決戦では、我が海軍のみならず、陸軍からもワイバーン隊の協力を行うよう約束を取り付けてある。無論、敵も空母20隻以上を含む 大機動部隊だが、こちらもやっとの事で、敵と互角の竜母戦力を得ている。」 「陸軍のワイバーン隊ですか……確かに数はありますが、錬度は海軍航空隊ワイバーン隊よりも下回る部隊が多いと聞いています。」 リリスティは尚も食い下がる。 虎の子の3隻の竜母と、そのワイバーン隊も不安が残る航空隊だが、彼らは着艦技術と言う海軍航空隊独自の特殊技能を身に付けている分、まだ使える。 だが、陸軍のワイバーン隊は海軍のワイバーン隊よりも厳しい訓練を受ける機会が少なく、昔は陸海軍共、互角と思われていた航空隊同士の演習でも、 最近では海軍ワイバーン隊の方が勝利する事が多くなっている。 錬度が更に低い部隊が多分に混じっている陸軍ワイバーン隊が、果たして味方機動部隊との連携を果たせるのか? リリスティはこの点が非常に気になっていた。 「果たして、このような戦法でよろしいのでしょうか?」 「大丈夫だ、問題無い!」 レンス元帥は低く、しかし、叩き付けるような口調でリリスティに言った。 彼の口調は、まるで黙れと言わんばかりであった。 「モルクンレル提督。君の不安は良く分かる。だが、このように戦備は整っておる。後は、敵がどう出て来るか待つだけだ。その時こそ、敵に 講和を結ばなかった事を後悔させるチャンスだ。決戦の時には、君が再び活躍するチャンスでもある。私は、君に期待しているぞ。」 レンス元帥は、穏やかな口調でリリスティに言ったが、リリスティには、それが何らかの脅しにしか聞こえなかった。 会議は正午前までには終わった。 オールフェスは会議が終わると、 「今日はなかなか面白い話が聞けて良かったぜ。じゃ、俺はこれでおいとまするよ。」 と、軽やかな口調で言ってから、海軍総司令部を出て行った。 リリスティは、会議が終わった後、半ば放心しながら総司令部の出口に向かって行った。 「……竜母が増えて、アメリカの機動部隊に対抗し易くなったのはいいけど、場合によっちゃ戦艦を殆ど取り上げるぞ、なんて抜かしやがって…… それに、増えた竜母も、乗員と竜騎士も含めてほぼ“新品”となっちゃってる……あれで鬼畜三姉妹(連合国海軍の言うヨークタウン三姉妹である) の航空隊とぶつかったら、どうなるかわかってんのかなぁ……まぁ、軍艦の所有者はあたしでは無いんだけど……ああ、胃が痛い。」 リリスティは、きりきりと痛む腹を抑えながら、ゆっくりと階段を下りていく。 途中で、眼鏡をかけ、軍服を着崩した女性士官とすれ違った。 「……あ。アンタもしかして、リリスティ?」 後ろから唐突に声がかかった。 振り向いたリリスティは、声をかけた女性の顔をまじまじと見つめた。 その女性士官の肌は白く、髪を後ろに束ねている。 眼鏡をかけたその顔は理知的に見えるが、その目の下にあるクマのお陰で、鬱病患者のような印象を受ける。 軍服は着崩されているため、袖や裾がだらしなく垂れ下がり、開かれたシャツの胸元からはひっそりと豊満な胸の谷間が見えていたりする。 一目で見ればまあ美人であるが、そのだらしない姿のせいで、軍服を脱げば浮浪者と見間違えられるのは、ほぼ確実と言えた。 「ええと……だれだっ……あ!思い出した!」 その瞬間、リリスティは、そのだらしない姿をした女性が、士官学校の同期生である事を思い出した。 「あんたは……まな板のヴィル!!」 「そっちかよ!」 知らず知らずのうちに、リリスティは眼鏡の女性に頭をはたかれていた。 所変わって、ここは海軍総司令部の地下室に設けられた海軍情報室。 「ここが、私めの執務室であります。大将閣下。」 シホールアンル海軍総司令部情報室主任である、ヴィルリエ・フレギル中佐は、リリスティを自らの仕事部屋に案内した。 「ちょっと、今は2人しか居ないんだから、敬語なんていいわよ。」 「ハハ、本当、あんたは相変わらずだねぇ。」 フレギル中佐は、悪戯っぽい笑みを浮かべながら部屋の中に進む。 彼女の仕事部屋には、7つの執務机があるが、どの机の上にも、まるで狂ったように集めまくったかのような、夥しい数の紙の束が 置かれている。 書類は机の上だけでは無く、床中にも散らばっているため、まるで、物盗りに荒らされた被害者の家のごとき様相を呈していた。 「ごめんね。部屋中がちらかってるけど、適当な椅子に座っていいよ。」 彼女は、6つ並べられている椅子に手を差し向けながら、リリスティに勧める。 「じゃ、遠慮なく。」 リリスティは、適当にイス1つを取って、それに腰を下ろした。 「しっかし、こうして会うのは、一体何年ぶりだろうねぇ。」 ヴィルリエは、口に加えたキセルに火を付けながら、リリスティに向けて言う。 「士官学校卒業以来だから……かれこれ13年になるかな。」 リリスティはヴィルリエに返事しながら、彼女の胸元を注視する。 「しかし、上手い具合に成長したなぁ。士官学校時代は、皆に言われまくってたのに。」 「フッ。人間、努力すれば変われる物なのさ。というか、何で皆は、あたしの顔を見るなり、まな板まな板って言うのよ!今じゃこんな 体つきになって、男なんか釣り放題って言うのに!」 「まぁ……あの時のあんたは、見事なまでにまっ平らだったからねぇ。」 リリスティはしみじみとした顔つきでそう言い放った。 「正直、そんな格好になるなんて予想できなかったわよ。」 「はぁ……ホント、皆変わらないんだから。」 ヴィルリエは、紫煙と共にため息を吐き出した。 「しかし、あんたはまた、上手い具合に出世したわね。同期生の中で、リリスティのように大将まで昇りつめた人はまだ居ないよ。 一番の出世頭と言われた奴でも、少将止まりなんだからね。」 「本当は、大将になんてなりたくなかったわ。前線でワイバーンを操って、敵と戦っていた時の方が気分は楽だったわ。」 「良く言うよ。あたしなんか、日蔭者のいち中佐だよ?しかも、仕事はきっちりこなしているのに、その成果を認めたがらない馬鹿上司 ばっかりだから、もう、うんざりよ。」 「こっちはこっちで大変だよ?今日の会議で、あたしはあまり頼りになるとは言えない竜母部隊も抱え込めとか言われたし。」 「おっ、新しい竜母が増えたのかい?ならおめでとう……と言いたいけど、あんたとしてはそうも言えないみたいだね。」 「当然よ!」 リリスティは憤りの余り、頬を赤くする。 「竜母自体が新品ならまだしも、それを操る乗員も、そして搭載するワイバーン隊も新品ってどういう事なのよ!?あたしはこんな事、 初めてだわ!」 「……やっぱり、レビリンイクル沖海戦後の影響を、まだ引き摺っているみたいだね。」 「……やはり……か。」 リリスティは表情を曇らせる。 彼女は、レビリンイクル沖海戦後、機動部隊の航空戦力の再編に全力を尽くし、何とか今日までに、一応まともと言える航空戦力を 準備する事が出来た。 だが、あの海戦の後から、艦隊航空隊の技量が以前よりも低下している事は、実際に訓練に立ち会った彼女から見ればはっきりと分かる。 今ではまともになったとはいえ、戦力再編が行われ始めた9月下旬頃は、母艦への着艦の仕方が危ないワイバーンが少なからず居た。 あの海戦前にも、幾度かワイバーンの補充はあったが、補充されたワイバーンや竜騎士は、満足に着艦出来ていた。 それに加えて、空戦技能もなかなかの物だったが、最近補充されたワイバーン隊では、初歩的な戦法ですら満足に行えない者が少なくなかった。 リリスティは、新米連中にも猛訓練を行わせ、急速に技量を向上させているが、今度の新鋭竜母はそれを行う暇すら満足に与えられずに、 実戦に投入されようとしている。 レビリンイクル沖海戦で、シホールアンル軍は確かに、強大な米機動部隊を打ち破った。 しかし、その代償は余りにも大きく、多くのベテラン竜騎士やパイロットの喪失は、後方の教育航空隊の基本方針にも大きな影響を与えている。 前線に必要な、優秀な竜騎士やパイロットは、今や不足しつつあり、代わりに、まだ赤子同然のような竜騎士、パイロット達が、前線の荒波に、 容赦なく揉まれ、少なからぬ者がその命を散らしていた。 「まぁ……竜母の数が揃っただけでも、一応は良しとするべきかもしれないけど……本音を言えば、あの竜母群は、一人前になるまで、実戦に出したくない。」 「………」 リリスティの痛切な本音に対して、ヴィルリエは無言のまま、ただキセルをくゆらせるしかなかった。 「ごめんなさい。こんな、湿っぽい言葉を言っちゃって。」 「いいんだよ。言いたい事は、躊躇せず吐き出したらいいんだ。」 ヴィルリエはキセルを置き、眼鏡を外してハンカチでレンズの表面を拭き取る。 「ところで、あたしはさっき、リリィに面白い事を聞かせてあげると言ったわよね?」 「ええ。そう聞いたね。」 レンズの汚れをふき取ったヴィルリエは、眉間を軽く押さえてから眼鏡をかけた。 「あんた、アメリカ軍の動きが、どこかおかしいと思わない?」 「おかしい……と、言うと?」 「なんか、いい具合に動いていない?まるで……こっちの動きを見透かしているかのような。」 「見透かしている……ちょっと待って、ヴィル。貴方は一体、何が言いたいの?」 「話は簡単さ。正直、あたしはそうと仮定してから、敵のこれまでの不可解な動きを、ようやく理解する事が出来た。ここ3日間、 あたしは仮設を裏付けるために、あらゆる資料を集めて、調べに調べた。我が国は勿論の事、マオンドから寄越された情報に関してもね。 そして、私はある結論に達したの。」 「結論……まさか、ヴィル。あんた……」 リリスティは、自らが出したその結論を信じられなかった。 「流石はリリィ。その冴えた勘は相変わらずね。」 ヴィルリエは、妖艶な笑みを浮かべる。彼女の眼鏡に照明の明かりが反射する。 「私としても、信じたくは無かった。でも、これまでの情報で、私はそう確信したわ。こちら側の情報は、敵に筒抜けだって事をね。」 「……そんな……じゃあ、あたし達が極秘扱いで送った報告とかは……」 「何らかの形……それもスパイでは無く、もっと堂々とした形で漏れているとしか考えられないわ。そうでなければ、マオンド戦線での アメリカ軍の素早い立ち回りや、敵機動部隊が執拗に、哨戒網の穴を“偶然”に突破する筈は無い。」 「なんて……こと……」 リリスティはショックの余り、目の前が真っ白になった。 彼女自身、これまで、アメリカ機動部隊があっさり、ヒーレリ近海に侵入できる事を不審に思っていた。 だが、彼女はただ、運が悪かったかぐらいにしか思っていなかった。 しかし、ヴィルリエの言う事が正しければ、アメリカ機動部隊が、敵側の制海権内にも関わらず、派手に暴れられる事も理解できる。 「情報が漏れている……それじゃあ……あたし達は、敵の軍人達と一緒に作戦会議をやっているような事を、何度も何度もやっていた事になる……!」 「ああ。本当に恐ろしい事さ。」 絶望に打ちひしがれるリリスティを見つつ、ヴィルリエは単調な声音で呟く。 「あたしはこの事をしっかり、上に伝えようと、情報参謀に伝えたんだ。だが、あいつは何と言ったと思う?地下籠りの平民モグラが何を 言っているのか、だってさ。」 「……え?それは本当なの?」 「実際に言われたあたしが言ってるんだ。間違い無い。」 ヴィルリエがその言葉を言い終えた瞬間、いきなりリリスティは席から立ち上がった。 「この国の一大事って時に、そんな下らない事を抜かしやがって!!!!」 リリスティは目尻を吊りあがらせ、ドアを突き飛ばさんばかりの勢いで出入り口に駆け寄った。 怒りに駆られたリリスティの動きを、ヴィルリエが羽交い絞めにして何とか止める。 「ちょっと、リリィ!一体どうしたっていうの!?」 「情報参謀に、あんたから聞いた話を伝える。そして、またくだらない事を言うのなら、その横っ面ぶん殴ってでも話を信じさせる!」 「暴力を振るうつもり?それじゃ駄目だよ!」 「でも、ヴィル!あんたは悔しくないの!?士官学校も卒業し、立派に任務をこなしているのに侮辱されたんだよ!」 「悔しくない筈が無い!」 ヴィルリエが叫び返す。 「いっそ、ぶん殴ってやろうかと思った!でも、それをやったらおしまいよ。リリィ、あんたは大将になった。でも、大将って、 そう簡単に暴力を振るっちゃいけないんだよ!何故だかわかる?」 「……そんな事分かってるわ。」 「いや、分かって無い!分かってないから、情報参謀に暴力を振るおうとするのよ!大将といえば、所属する軍を代表する軍人でもあり、 場合によっては政治家代わりにすらなる。そんな自覚を持たないと、リリィ、あんたは大将の資格は無いとすら言われてしまう。 それでもいいの!?」 「く……」 リリスティは、親友の厳しく、しかし、筋の通った正論に対して、何ら言い返す事が出来なかった。 「う……ごめん、ヴィル。」 「ふぅ……やっと大人しくなったか。」 暴れるリリスティを抑えていたヴィルリエは、やれやれとばかりにリリスティを離した。 「リリィの気持ちは嬉しいけど、今は冷静にならないと。」 「そうだね……はぁ、またヴィルに説教されたなぁ。」 リリスティは恥ずかしげに顔を赤らめる。 「その暴走し易い性格は何とかならないの?あんた、もしかして、体の中に凶暴な男が入ってたりしない?」 「流石にそれは無いわね。」 リリスティはあっさりと否定した。 「まっ、それはともかく。今はまず、情報を整理する必要があるわ。でないと、また情報参謀に門前払いを食らいかねない。」 「報告するなら、あたしも連れて行けばいいよ。大将が一緒にやって来たとなれば、情報参謀も慌てるだろうし………」 リリスティは、そこまで言ってから急に体を固くした。そして、そのまま椅子に座りこむなり、顔を俯かせながら何か考え事を始めた。 「……」 「リリィ……?」 ヴィルリエは、心配そうに声をかけるが、リリスティは反応しない。 「……リリィ?どこか、体の具合が悪いの?」 ヴィルリエが再度声をかけた時、リリスティが急に顔を向けた。 「い……!?」 ヴィルリエは思わず仰天してしまった。 リリスティの瞳には光が宿っていない。彼女の眼は、明らかに死んでいた。 「今考え中。邪魔しないで。」 リリスティは、無機質な声音でそう答えた。 (ちょ……まさか、病んでる?) ヴィルリエは、恐怖感に苛まれながらも、心中で呟く。 再び顔を俯かせたリリスティ。10秒ほど経つと、微かに笑った。 (笑ってる?一体、何にデレているのって……何考えてんだあたし!) ヴィルリエは、一瞬、的外れな考えをした自分を責める。 再び、リリスティが顔を上げた。 「……何か、いい考えが浮かんだかもしれない。」 リリスティは、額に汗を滲ませながらヴィルリエに言う。 その目は、さっきのような光を失った目では無く、活路を見出せた勇者が浮かべるような、輝きのある目だった。 「いい考え?」 「ええ。でも、連合軍相手に、どこまで通用するかは知らないけど。でも、このまま手をこまねいているよりは、遥かにマシだと思うわ。」 リリスティはそう言うと、今しがた考えた事をヴィルリエに伝えた。 1485年(1945年)1月3日 午前8時 バージニア州ノーフォーク この日、休養のためノーフォーク軍港に寄港していた、第7艦隊第72任務部隊所属の空母イラストリアスでは、雪が降っているにも関わらず、 飛行甲板や右舷の張り出し通路には、多くの乗員が内陸の水道からゆっくりと出て来る大物に目を奪われている。 空母イラストリアス艦長、ファルク・スレッド大佐は、防寒服を着ながら、艦橋の張り出し通路から副長と共に、大物を見物していた。 「いやはや……でかいですなぁ。」 「ああ…こいつは凄いぞ。」 驚きの声を上げる副長に、スレッド艦長も驚きの声で返事した。 「あの艦の性能を聞いてから、本当にあんな大型艦が出来上がるのかと思っていましたが、それを本当に……しかも、起工から僅か2年3カ月で 作り上げるとは。アメリカの工業力は恐ろしい物ですな。」 「同感だよ。」 スレッド艦長は頷く。 「しかも、このイラストリアスと同じ装甲空母でありながら、遥かにでかい大物が2年3カ月で完成、だからな。前の世界のチャーチル首相が 見たら、驚きの余り椅子から転げ落ちてたかも知れんな。」 スレッド艦長は感嘆しながら、水道から出て来る大物……CV-41リプライザルを見つめ続けた。 リプライザルは、アメリカが満を持して竣工させた最新鋭の大型正規空母である。 全長295メートル、全幅34.4メートル。基準排水量は45000トンと、その大きさは前級のエセックス級空母はおろか、 レキシントン級空母すらも超えている。 武装は舷側に最新式の54口径5インチ単装両用砲を16基、40ミリ4連装機銃21基、20ミリ機銃28丁と、新鋭戦艦並みの重武装を 施されており、遠距離対空火力は勿論の事、近距離火力においても、これまでの空母を遥かに凌駕している。 搭載機数は実に145機と、エセックス級よりも40機以上も多い。 リプライザル級を特徴付ける性能はこれだけに留まらない。 リプライザルには、これまでの戦訓を反映して、飛行甲板に最大89ミリの装甲を施しており、アメリカ海軍に在籍する正規空母の中では、 TF72のイラストリアスを始めとして2番目の装甲空母である。 飛行甲板の装甲部分は、シホールアンル軍の300リギル爆弾に充分に耐えうると判断されているため、従来の空母のように、数発の被弾で 作戦遂行能力を失う事は無いと期待されている。 それに加えて、水雷防御も本格的に施されており、艦隊側は戦艦並みの防御力を有した正規空母として、リプライザルに高い評価を与えていた。 この巨体を動かすのは、212000馬力の高出力を誇る最新式の蒸気タービンであり、速力は最大で33ノットを発揮出来ると言われている。 リプライザルは、まさに、世界最大の大型装甲空母と言えた。 正規空母リプライザル艦長、ジョージ・ベレンティー大佐は、ノーフォーク軍港に停泊している1隻の空母から、発光信号が送られている事に 気付いた。 「あれは……イラストリアスか。何か信号を送って来ているな。」 ベレンティー艦長は、古参の空母から送られて来る信号を読み取るなり、その気品ある気遣いに思わず苦笑してしまった。 「艦長!イラストリアスより発光信号です!」 艦橋の張り出し通路に立っていた見張り員が、きびきびとした声で艦橋に伝えてきた。 「我、リプライザルの誕生を祝す。貴艦の実力を、思う存分敵に思い知らせたし。」 「……イラストリアスに向けて返信。我、その言葉通りに活躍する事を約束する。我らの活躍、大いに期待されたし。」 ベレンティー艦長の言葉は、すぐさま、発光信号となってイラストリアスに返された。 「流石は先輩艦だ。このような、でかいだけの若輩者にも、良い言葉を掛けてくれるな。」 「艦は確かに新しいですが、中身はそうでもありませんぞ。」 副長ホセ・ジェイソン中佐が自信ありげな口調でベレンティー艦長に言う。 「艦長は以前、サラトガで艦の指揮を、私はバンカーヒルで任務をこなして来ました。この艦の乗員も、半数以上はレビリンイクル沖で 乗艦の喪失という屈辱を味わった者ばかりです。軍艦は、例えなりは大した事無くても、中身がしっかりしてさえすれば、必ず良い働きが 出来ます。そして、この艦は、あらゆる装備が整った最新鋭艦です。彼らは短い期間で、このリプライザルを満足に動かす事が出来ますよ。」 「うむ。艦は新品だが、乗員は経験豊富な兵が多いからな。確かに、彼らならやってくれるだろう。そして、彼らに全てを習う新米達も、 良く育ってくれるだろう。」 ベレンティーはそう呟いた後、今日から行う慣熟訓練を、どう上手く流して行くか思案し始めた。 リプライザルはその威容をノーフォーク港の在泊艦船に見せ付けるかのように、ゆっくりと外海に向かって行った。
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8月20日、バーマント公国首都ファルグリン ファルグリンの南に4キロ離れた南に、2つの巨大な円盤型の建物と、真ん中にこれまた大きな建造物がある。 2つの円盤型の建物は、それぞれ真ん中の貯水タンクを巨大化したような建物に向けて、通路が延びていた。 それこそ、ファルグリンの象徴の1つ、そしてバーマントの力の象徴でもある建造物、ファルグリン要塞である。 ファルグリン要塞東棟の司令官であるヴィッス・ヘランズ騎士中将は、要塞の外縁付近を歩いていた。 傍らには主任参謀のバーラッグ大佐が彼に話しかけていた。 「ここ1週間で、要塞の外縁付近に新たに20基の機関銃が配備されました。」 「バーラム君、私が思うにはどうも変に思えてならないのだが。」 ヘランズ中将は、バーラッグ大佐に振り返った。 「まるで、敵の空襲に脅えているみたいではいないか。」 機関銃は、いずれも対空用に開発された11.2ミリ口径の機関銃である。 この機関銃は、つい最近、飛空挺の後部座席に装備されたものと同じもので、サイフェルバンの 航空攻勢では、この機関銃で何機かの米軍機を撃墜している。 その効果に目をつけた飛空挺開発廠は、今開発中の戦闘飛空挺にこれを配備する予定である。 それに海軍もこの機銃の採用を決定し、それぞれの艦艇に取り付けられようとしている。 ファルグリン要塞東棟に現在配備されている機関銃は、新着のものも含めて80丁ほどである。 そのどれもが空を向いている。 ヘランズ中将が訝しがるのも無理は無い。 「上層部は何か知らせてこないのですか?」 「いや、全くだ。私は何度か、上のほうに機関銃の配備理由について問いただしたのだが、 上の石頭どもはいつも「装備改変」とかしか言わん。おかげで、真意はさっぱり聞けなかったな。」 ヘランズ中将は、自慢のカイゼル髭を震わしながら、憤慨した。 「ま、恐らくアメリカ軍とやらの異世界軍の飛空挺に恐れをなしているのだろう。 それ以前に、敵の飛空挺はここまで飛べないとは思うがね。」 「ここまで飛べない・・・・ですか。」 アメリカ軍航空部隊の暴れっぷりは、今ではバーマント軍全将兵の語り草となっている。 ある兵士は、白星の悪魔の編隊に見つかったら、その後の寿命は1分もないと言ったり、 ある兵士は、敵艦隊に攻撃に行くなど、自殺行為も同然、ということが兵士の間で言われている。 最初は占領したヴァルレキュア領での戦闘であったため、バーマントの一般民衆の目に触れることは 無かった。 だが、それも本国領土であるサイフェルバンを巡る戦いで、一般民衆は米軍の姿を目撃している。 7月初旬のグリルバンの空襲では、町から郊外の飛行場が猛爆されるのを住民が目撃し、7月中旬の サイフェルバン付近で起きた第3艦隊と、米警戒部隊との激しい海戦でも、多くのバーマントの一般民衆が、 沖合の閃光の明滅を目撃している。 一般民衆の間でも、今までは知らされなかった異世界軍の真の姿が、徐々にではあるが見え始め、 それが噂となって各地に流れている。 バーマント公国側は、それでも“自分達の正しい”情報で国民を安堵させようとしている。 だが、影では無敵バーマントという言葉は、昔ほど多く叫ばれてはいない。 そして、異世界軍がらみの噂は、このファルグリン要塞の将兵にも、しっかりと伝えられている。 「将兵の士気の低下が問題だな。この状態で、サイフェルバン陥落の情報を知らされれば、兵の士気 は地獄のそこまでに落ちるな。」 「公国の発表は、ここ最近でたらめですからね。」 2人は歩くのをやめ、別の方角に視線を移した。目の前には、巨大なダムと、要塞西棟が聳え立っている。 その姿は力強く感じる。周囲はほとんど森で、緑しかない。 だが、この自然の景色が、軍務に疲れた将兵を癒している。 このファルグリン要塞は、幅3キロのドーム型の建造物2つに、真ん中のダム1つで成り立っている。 要塞は、外縁が20階建てに作られており、真ん中は6階建てに作られている。 内部は入り組んでおり、慣れた者でないと必ず迷う。 ヘランズ自身も最初は複雑すぎる内部に四苦八苦していた。 ここに配備される新人は、最初の2ヶ月はこの迷路のような要塞内部の作りを覚えるのに必死になる。 この2つの要塞は、別名迷路要塞とあだ名を頂戴している。 口の悪い兵士からは、無駄で面倒すぎる作りとまで言われているほど、中は複雑である。 作り自体も強固であり、投石器や8センチほどの大砲に撃たれても外縁部は平気である。 真ん中のダムは高さが200メートルもあり、絶壁のような塀の内側には、大量の水が蓄えられている。 このダムの要所要所にも、機関銃が配備され、現在では塀の部分に40丁、監視所などに10丁が取り付けられている。 この3つの建造物に、バーマント軍第4親衛軍35000が配備されている。 内訳は要塞にそれぞれに15000、ダムに5000という割り当てである。 「要塞勤務は、いささか暇な部分もあるが、最上階から見るこの景色は、いつ見てもいいな。」 ヘランズ中将は、微笑みながら感想を述べた。 「私も同感です。休憩の時などはいつも最上階で休憩していますよ。」 前線のサイフェルバンやヴァルレキュア占領地と、このファルグリン要塞はまるで別天地である。 前線では常に緊迫した状況が付きまとうが、この要塞の将兵たちはどこかのんびりしたような雰囲気がある。 要塞に配備されているのは精鋭部隊であるものの、彼らとて人の子。のんびりする時はのんびりするのである。 (対空用の機関銃を増やすのもいいが、どうせ敵もはるか遠くだ。敵の飛空挺もここまで飛んでこないだろう) ヘランズは心の中でそう思った。空はよく晴れ渡っており、清々しい気持ちになる。 「閣下、そろそろ昼食の時間です。」 「そうか。では中に戻るとするか。」 ちょうど腹の減り具合も良くなってきた頃合である。 ヘランズ中将はいつもの日課である昼食を取ろうと、中に戻りかけた。 ふと、聞き慣れぬ音が耳に入ってきた。それはどことなく重々しく、かつ力強そうな音だった。 眼下に2つの丸い円盤のようなものと、それの真ん中の山のような所に、巨大な貯水池の ようなものが見えてきた。 両翼に取り付けられているプラットアンドホイットニー社製の1200馬力エンジンは、 轟々と音を上げてプロペラを回転させている。 その音に負けまいと、機長であるクラウド・イエーガー中尉はしっかりとした口調で無線機に話しかけた。 「こちらクエンティー1、目標付近に到達した。2つの要塞に1つのダムが見える。 これより高度を3000まで下げて偵察を行う。」 「サインドよりクエンティー1、付近に敵戦闘機の姿は無いか?」 「影も形も無い。」 「了解、偵察行動を許可する。対空砲火に気をつけろ。」 陸軍第790航空隊所属のB-24リベレーターは、午前9時にサイフェルバンのクリンスウォルド (元は南飛行場と呼ばれていた)飛行場から発進し、ファルグリンに向かった。 そして午後0時を迎える寸前にファルグリンに到達した。 ファルグリンの上空には、敵機の姿は見当たらない。 「これより高度3000まで下げる。」 イエーガー中尉はそう言い、操縦桿を手前に押す。B-24の巨体は機首をやや下げて降下に移った。 高度5000から3000までに降下すると、機体を水平にした。 「撮影機器チェック!」 「機首下方カメラ異常なし。」 「機尾下方カメラ異常なし。」 「機長、各カメラ以上なしです。」 「よし、これより偵察行動を開始する。敵さんの笑顔をバシバシ撮るぞ。」 彼のジョークに、クルーは笑い声を上げた。 B-24はまず、要塞東棟の撮影に入った。 機首下方カメラを操作するエルビス・ケネディ軍曹は、カメラの照準機を調整していた。 カメラのレンズに要塞の姿が見えてくる。微かながらだが、人が動くさまも見えている。 まるで顕微鏡の中の微生物のようだ。彼はそう思った。 下界の詳しい様子は分からないが、微生物のような人間の動きはどこか慌しい。 おそらく、初めて目にするB-24の姿に困惑しているのだろうか。 それともただ見入っているのだろうか。 それは定かではないが、恐らく両方入り混じっているだろうと考えた 。ケネディ軍曹はカメラのシャッター押した。 カシャッという音と共にシャッターが下りる。 東棟の写真を何度か撮ったところで、今度はダムが視界に入ってきた。 そのダムを見たとき、ケネディ軍曹は息を呑んだ。 (でかい。) 彼はそう思った。ダムの塀、上部ある通路だけで何百メートルはあろうかという大きさだ。 その貯水されている湖面の面積も結構でかい。 ニューディール政策のさい、建造されたフーバーダムと比べれば、いささか小ぶりな感じもするが、 それでも全長200メートルはくだらないはずである。 (こんなに立派なものを作る力があるのに、どうして他国侵略を考えるんだ?俺としては 侵略なんざ必要なしと思うのだが、まあそれはこの公国の皇帝様しか分からんか) そう思いながらも、次の目標であるダムに向けて照準機を合わせる。 程よいところでシャッターを押した。 シャーターの閉じる音と共に、フィルムにケネディ軍曹が見た光景が焼き付けられていく。 ダムの外側に湾曲した通路には、やはり先の要塞と同じように、小粒の影がうごめいている。 その小粒の影も一緒に、フィルムに収めていく。 B-24は、そのまま飛行を続け、要塞の全容を写真に収めていった。 B-24が飛来したとき、ヘランズ中将は最初、味方の飛空挺の訓練かと思っていた。 「味方の飛空挺でしょうか?飛空挺部隊は西部方面に移転したと聞いてたのに。」 「新型機のテスト飛行かな?」 彼は新型機のテストかと思った。ここ最近、戦闘飛空挺の開発が急ピッチで進んでいる。 それが完成して飛行訓練でもしているのだろうと思った。 ヘランズは音がする方向を見てみた。雲ひとつ無い空に、1つの黒い粒が浮かんでいた。 それも結構高い高度だ。 「1機だけか。」 ヘランズはエンジン音の大きさから、2、3機の編隊飛行だと思っていたが、実際には1機だけである。 その機影は、やがてどんどん大きくなっていき、その姿がハッキリした時、彼は仰天した。 「なんだあれは!?」 ヘランズはその飛空挺の姿に度肝を抜かれた。 まず、片方の翼に2基ずつ、合計4基のエンジンがついている。 そしてその大きさたるや、まるで空の巨人を思わせるような格好である。 そしてうっすらとだが、その胴体には、白い星。 「異世界軍だ!」 彼はそう確信した。白い星のマークの機体。 それは、遠く異様な世界から呼び出され、バーマントの戦力を悪食のように食らい尽くしてきた軍隊。 白星の悪魔! 「敵が来たぞ!総員戦闘配置!!!」 敵の飛空挺を見た下士官がすかさずそう叫び、それが上官に伝わる。 のんびりとしていた要塞内に、緊迫した空気が流れた。 将兵は、血相を変えた表情で持ち場に着く。 階段から機関銃の弾薬箱を抱えた将兵が上がってきて、機銃弾を銃本体に積めていく。 しかし、その時には既に飛空挺、B-24は真上に来ていた。 (遅い!これが精鋭の第4軍か。のんびりしすぎだ!!) ヘランズ中将は、あたふたと配置につく将兵を見て怒鳴りだしたい気持ちに駆られたが、 すんでのところで抑えた。今怒鳴りだしても遅いからだ。 ヘランズ中将は爆弾が落下し、炸裂する衝撃にそなえた。今では中に入るのも遅すぎる。 だが、 (?) いつまで待っても爆弾は降ってこなかった。 B-24は音を立てながらそのまま東棟の上空を通り過ぎていった。 そのあっけなく通り過ぎていく敵機に、誰もが拍子抜けした。 米軍の空襲は容赦ないことで知られている。その米軍機がただ通り過ぎていった。 「どういうことだ?」 ヘランズ中将は最初疑問に思ったが、やがてある事に思い立った。 敵機の数は1機のみ、爆弾は落としてこない。だとすれば、敵機の目的は・・・・・ 「偵察・・・・だな。」 彼はそう呟いた。そう、敵は今のところ、攻撃する気は無い。ただ上空を通り過ぎていくだけだ。 恐らく、敵機の搭乗員は目を皿にして地上の様子を見ているのだろう。 「あの敵機の目的は偵察のみだな。」 「閣下もそう思われますか?」 「ああ。」 彼は遠ざかっていくB-24を見つめながら頷いた。 やがて、B-24は全てを偵察し終えたのか、高度を上げて飛んできた方角に引き返していった。 「近いうちに何かあるかも知れんぞ。それと同時に、首都は重大な危機に直面した。」 いきなりの言葉に、バーラッグ大佐は驚いた。 「危機・・・・ですか?」 「貴様は分からんのか?」 ヘランズ中将は顔を彼に向けた。 その顔はさっきまでの血色が綺麗さっぱり失せて、真っ青になっていた。 「敵機がここまで来る。という事は、この首都が敵の攻撃範囲に入ったということだ。」
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第138話 レンベルリカの凪 ウェルバンルの暗雲 1484年(1944年)6月2日 午後1時 レンベルリカ領タラウキント この日、フェスク・スハルクは、久しぶりに、のびのびとした気持ちで屋上から空を眺めていた。 空は雲一つ無い晴天だが、風はひんやりとしており、疲れた体にはとても気持ちよく感じられた。 「・・・・すっかり変わってしまったなぁ。」 スハルクは、何気なく屋上から下に目線を写すや、思わず呟いていた。 タラウキント市内の様相は、2ヶ月前と比べてがらりと変わっていた。 タラウキント市は、タラウキント地方の中心都市であり、同時に城塞都市でもあるが、壁の中には多数の建築物が建ち並んでいた。 ところが、度重なる激戦の結果、町の半分以上は廃墟と化している。 スハルクが今居るレンベルリカ軍総司令部・・・・元マオンド共和国レンベルリカ領南西統治本部も、建物の左半分は、敵の砲火 によって半壊状態にある。 「復興するには、莫大な資金と人手が居るんだろうなぁ。」 スハルクはつぶやきながら、半ば廃墟と化したタラウキントの町並みを見続ける。 このタラウキント市やその外で、合わせて3度の会戦が行われた。 特に苛烈を極めたのは、5月16日に行われた3度目の攻撃であり、マオンド軍は防御戦を強引に突破して市内に侵入し、 一時は町の5割近くがマオンド軍の手に落ちたが、ハイエルフ族の士官、ミリエル将軍の奇策によって敵軍は混乱に陥り、 2日後にはタラウキント市から撤退していった。 この3度の攻撃で、レンベルリカ軍は戦死者12911人、負傷者29234人を出している。 戦死者や負傷者の中には、反乱軍の主要メンバーであったランドサール将軍やミリエル将軍も含まれており、戦力はかなり低下している。 マオンド側は、反乱軍以上に損害を受けていたようだが、兵力は40万以上もいるため、反乱側と違ってまだまだ予備部隊がある。 5月18日には、マオンド側は早速斥候部隊を送り込んで、反乱側の弱体ぶりを調べ始める一方、新たに2個軍団7万名以上の軍勢を主力に、 攻勢準備を進めていた。 だが、その翌日から情勢は変わり始めた。 5月20日。マオンド側の部隊の一部が突然、後方へ移動し始めたのだ。 マオンド側が行った後方への部隊移動に、反乱軍首脳部は誰もが首を捻った。 と言うのも、彼らはアメリカ軍がスィンク沖海戦で勝利したことや、グラーズレット空襲に成功した事を全く知らなかった。 ヘルベスタン人であるスハルクは、一応無線機を持っていたが、その無線機は戦闘中の流れ弾によって破壊され、外部との連絡は 一切途絶えたままとなっていた。 マオンド軍の部隊移動は5月28日から活発になり、6月1日からは何ら動きを見せなくなった。 その間、マオンド軍の動向を後方で監視していたスパイは、およそ10万~15万以上のマオンド軍部隊が南に 向かっていったと報告を送ってきていた。 タラウキントの激戦が始まるまで、マオンド軍が用意した軍勢は40万。 戦闘でいくらかは減ったが、それでも30万以上の大軍を擁していた。 しかし、マオンド側は急な部隊移動によって、残りの兵力の3分の1、または半数に減っていた。 そのため、準備されていた攻勢は取り止められ、マオンド軍は相変わらず、タラウキント市を包囲できる位置に布陣しながら レンベルリカ軍と睨み合いを続けている。 膠着状態に陥って早1週間。タラウキントのレンベルリカ軍は敵と交戦する事なく、平穏な時間を過ごしていた。 「はは、こいつは気持ちの良い天気だ。」 ふと、後ろから野太い声が聞こえてきた。 振り返った彼は、会談から上がってきたその人物を見るなり、声を掛けた。 「これはキルゴール将軍。」 「よう。元気そうだな。」 キルゴール将軍は、その厳つい顔に屈託のない笑みを浮かべながら、スハルクに挨拶をする。 「ええ。キルゴール将軍こそ、お体の具合はどうでしょうか?」 「体の具合?この通りぴんぴんしとるよ。」 キルゴール将軍は胸を右手で小突きながら言う。彼は3日前から発熱で床に伏せっていた。 「あれぐらいはただの微熱だよ。2日も寝たらすっかり良くなったぞ。それに加え、今日は気持ちの良い天気だ。 このような晴天なら、どんな奴だって気分は良くなるだろうさ。」 彼は顔の下半分に生えている髭を撫でながら言ったあと、快活な笑い声を上げた。 キルゴール将軍は、反乱軍のドワーフ族の部隊を統べる司令官である。 タラウキント市のレンベルリカ軍は、人間種であるレンベルリカ人を始めとし、ドワーフ族、ハイエルフ族、獣人族で構成されている。 そのうち、キルゴール将軍の配下にあるドワーフ族の部隊は32000名で構成されていた。 だが、部隊は相次ぐ戦闘で消耗し、今では28000名の兵しか残っていない。 残りの4000名は戦死するか、後方の野戦病院に担ぎ込まれている。 キルゴール将軍の部隊は、将軍自身も含めて勇敢に戦い、味方の勝利に大きく貢献している。 そんなキルゴールは、傍目から見れば頑固一徹の熱血漢であるが、実際は陽気で物わかりが良い。 最初は消極論を唱えていたスハルクとそりが合わなかったが、今では顔馴染みとなっているためか、スハルクに対しても気軽に話しかけてくれる。 「それにしても、敵は一向に攻めて来ないのう。いつまでも待機の状態が続くと、体が鈍ってしまうわい。」 そんなことを言うキルゴール将軍に、スハルクは思わず苦笑する。 「それで良いではありませんか。」 「・・・・まぁ、確かに良いのだが。」 キルゴール将軍は、釈然としない口ぶりで呟く。そんな彼の視線は、マオンド軍が居ると思われる方角に向けられていた。 「マオンド軍はこの間、ワイバーンから大量の伝単(ビラ)を撒き散らした。その伝単には、マオンド本国の侵攻を目論んだ アメリカ軍が撃退されたと書いてあった。あの時、君は頼りのアメリカ軍が撃退されたと知り、愕然としていたな。」 「ええ。」 スハルクは頷いた。 去る4月23日。マオンド軍は50騎ほどのワイバーンをタラウキント市に向かわせ、大量の伝単を市内に撒いた。 ビラには、北スィンク島沖海戦でアメリカ軍の艦隊が撃退されたと書いてあり、丁寧にも炎上しながら沈んでいく アメリカ軍空母の絵も付いていた。 その2日後にマオンド側の総攻撃が始まり、一時は市内に突入されるところまで行ったが、レンベルリカ軍は何とか持ち堪えた。 マオンド側は、彼らが頼りにしていた味方が来ないという事を知らせた上で、士気の喪失を狙って宣伝作戦を行ったのだが、 後ろ盾が無くなったと思ったレンベルリカ軍は逆に士気を上げ、徹底抗戦を行うことを決めた。 マオンド側の当ては外れ、攻撃部隊は戦意旺盛なレンベルリカ軍相手に敗北した。 それからも、マオンド軍は繰り返しタラウキント市に攻撃を仕掛けた。あるときなどは、連日ワイバーンの大編隊が上空に押し寄せ、 傍若無人な攻撃を繰り返したこともあった。 また、ある時は、付近の村から集めた数百人の住人達を門前に集め、虐殺した事もあった。 籠城兵達は、マオンド側の度重なる攻撃に神経を苛まれながらも、なんとか耐えてきた。 これからも続くであろうと思われたマオンド軍の攻撃は、5月18日を境にぱたりと止んだ。 そして、いつの間にか多くの敵部隊が、南に向かっていった。 「どうして、マオンドは攻撃を止めたのだ?」 キルゴール将軍は、唸るように粒やく。彼は理解が出来なかった。 「アメリカ軍を撃退したのなら、戦力に余裕があるだろう。更なる敵部隊が増援に駆けつけても良いだろう。 なのに・・・・・攻撃を仕掛けてこないとは。」 「部隊を増やすどころか、逆に削減して別方面に転用した、という事でしょうか?」 「そうかもしれん。そして、解せん事がまだある。」 キルゴール将軍は、不快気な顔つきで言いながら、空を眺めた。 「どうして、ワイバーン共は見えなくなったのだ?もう、4日もこの空には、ワイバーンが飛んでいないぞ。」 「言われてみれば、確かに・・・・」 ワイバーンを持たぬレンベルリカ軍は、マオンド軍に制空権を握られている。 今日のような晴天では、通常でも2、3騎ほどのワイバーンが高空を悠々と飛行していたが、ここ4日ほどは そのワイバーンすらも見あたらない。 「交代のために、一時後方に下がったのですかね?」 「それにしては長すぎると思うが。」 キルゴール将軍は、唸るような声で言った後、しばし考え込んだ。 1分ほど黙考した彼は、何かに思い至ったのか、ハッとしたような表情を浮かべる。 「もしかしたら、マオンド軍は何かを警戒して、兵を後方に引き上げさせたのだろうな。」 「何か・・・・・ですか?」 「そうだ。それも、他から兵を掻き集めなければならぬほど、強大なその何かに・・・」 「君の言うとおりだよ。」 唐突に、後ろから新たな声が聞こえた。 その声は、決起軍司令官、レオトル・トルファー中将のものであった。 「マオンド軍は、このレンベルリカとは別の地域で大きな問題を抱えている。」 トルファー中将は、キルゴール将軍の側に歩み寄ると、一枚の紙を差し出した。 「これは、ヘルベスタンで頑張っている同志から送られた魔法通信だ。つい10分前に魔導士が私に伝えてきた。」 キルゴールは、訝しげな表情でその紙を読み始めたが、その表情は次第に緩くなっていく。 「キルゴール。君はこの間、マオンド軍が兵の一部を引き上げさせたのは、別の地域で異常が発生したからだと 言っていたな?この紙に書かれている内容は、その異常の詳細だ。」 キルゴールは、スハルクに顔を向けた。彼の顔には喜色が混じっていた。 「スハルク。頼れる仲間が本格的に動き始めたようだぞ。まずは読んでみろ。」 スハルクは言われるがままに、差し出された紙を受け取って内容を読んだ。 「・・・・・・・・・」 紙に書かれていた文を読み終った後、スハルクはおもむろに草原を眺めた。 草原の向こう側には、マオンド軍が陣を張っているが、それを除けばのどかな風景だ。 時折、心地の良い風がびゅうっと吹き、戦場の凪に涼しさが戻る。 「アメリカ軍の来援を諦めたのは、どうやら早計だったようですね。」 「ああ、君の言うとおりだ。」 トルファーは深く頷く。 「ヘルベスタン地方は、連日アメリカ軍の爆撃機に襲われている。たった数日の間に、アメリカ軍はのべ2000機以上の 飛空挺を投入して、反乱部隊を包囲するマオンド軍に痛打を与えているようだ。このタラウキントに、一時の平穏が訪れたのも、 マオンドがアメリカの本格的な侵攻を警戒してからのことだろうな。」 トルファーの言葉を肯定するかのように、キルゴールとスハルクは頷いた。 「我々には、まだまだチャンスが残されている。ようやく、西の援軍が来てくれた今、私達もやるべきことをやるとしよう。」 執務室から5部屋ほど前の離れた部屋を通り過ぎようとしたとき、リリスティはちらりと、開かれたドアの中を見た。 「ん?」 リリスティはそれを見るなり、ドアの前で立ち止まった。 降り続ける雨は、首都が見渡せるバルコニーを水浸しにしていた。 「最近、こんな天気が多いよなぁ。」 シホールアンル帝国皇帝、オールフェス・リリスレイは、憂鬱そうな口調で呟いた。 「最近は久しぶりに、こっから抜け出してやろうとおもったのに。こんなんじゃ、遊びに行けねえよ。」 彼が心底残念そうに呟いたその時、 「なぁにが遊びに行けないよ!」 聞き覚えのある声が後ろから響いてきた。その声を聞いたオールフェスは、一瞬、声の主が誰であるか忘れてしまった。 「え?」 オールフェスは間抜けな声を漏らしながら、慌てて後ろを振り返った。 「り、リリスティ姉?」 「そうでありますわ。皇帝陛下。」 彼の情けない問いに、リリスティは笑いながら大袈裟な口調で答えた。 「久しぶりだなぁ。でも、どうしてここに?」 「あんたの顔でも見たいなーと思って、帰り際にこっちに寄ったんだけど。あんた仕事どうしたの?」 リリスティの質問に、オールフェスは淀みなく答えた。 「さぼった。」 「さぼるな!!」 思わずリリスティは怒鳴ってしまった。 「まぁまぁ、落ち着いてよリリスティ姉。俺は最近かなり頑張ったんだよ。だから、今日から1ヶ月ぐらい仕事さぼっても 大丈夫かなぁ~と・・・・・いやすみません。今のはほんの軽い冗談です。はい。」 オールフェスは、思い思いの事を口走ろうとしたが、途中でリリスティが彼の首を軽く掴んだので止めた。 「そう。それは良かったわ。でないと、このままギュッと行っちゃうとこよ。」 「いやぁ、ははは。」 リリスティの爽やかすぎる微笑みにつられて、オールフェスも朗らかな、しかし引きつった表情で笑った。 「まったく。さっきマルバさんと会ったんだけど、オールフェスが頑張っているって自慢気に言ってたわよ。それなのに、 当の本人は仕事をさぼってるなんて。」 「なに、ただの小休止さ。別にさぼってるわけじゃないよ。最近は仕事の合間に20分ほど、ここで休んでいるんだ。」 オールフェスは苦笑しながら言った。 「リリスティ姉はいつ、首都に戻ったんだい?」 「3日前かな。海軍総司令部で開かれた会議に出席するために戻ったの。その後は久しぶりに実家へ帰ったわ。」 「久しぶりの実家はどうだった?」 「楽しかった。まぁ、妹連中は相も変わらず強かだったなぁ。」 「ああ、あいつらね。」 オールフェスは唸りながら言った。 モルクンレル家の子供は、長女であるリリスティの他に3人の女、1人の男の計5人である。 末っ子の弟は既に成人し、今は飛空挺乗りとして部隊に配備されている。 妹3人も成人して各方面で活躍している。 リリスティは、たまたま居合わせた妹連中に剣術や格闘術の試合を強要され、かれこれ4時間以上も付き合わされた。 彼女は疲労困憊しながらも、挑んでくる妹連中を打ち負かした。 「確か、帰ってくる度に勝負をしようと言うんだよな?」 「ええ。特にリラなんて、あたしが昼寝をしようとした矢先に挑戦状を叩き付けるほどだからね。」 「ていうか、元々の発端は、リリスティ姉が妹連中を手も足も出ないほど叩きのめしたからじゃねえか。いい加減負けてやれよ。」 「嫌だね。」 リリスティはフンと鼻を鳴らした。 「オールフェスも知ってるでしょう?あたしは負けることが嫌いなのよ。」 「そうだったなぁ。あいつらも戦う相手が悪かったな。」 オールフェスは苦笑しながら呟いた。 「それにしても、5月に入ってからは、こんな天気が多くなったなぁ。」 彼は、窓の外に顔を向けるや、どこかのんびりとした口調でリリスティに言った。 「そうねぇ。」 「まるで、俺の心境を現しているみたいだぜ。」 リリスティは、オールフェスの発したこの言葉が、妙に重く感じた。 (・・・・あなたも、大分苦労が溜まってるのね) リリスティは、オールフェスの寂しげな横顔を見るなり、そう思った。 アメリカ軍が北大陸の南にあたる北ウェンステルに上陸してから、早半年近くが経った。 6月1日の時点で、北ウェンステル領に配備されていたシホールアンル軍は、アメリカ軍によって北ウェンステル領の半分以上を 制圧されていた。 アメリカ軍は、主力の3個軍をもって西はルテクリッピから、東はサンムケにまで押し寄せている。 北ウェンステルに配備されている60万の味方部隊は懸命に戦っているが、装備の優れたアメリカ軍や、士気の高まった南大陸連合軍 相手に今も後退を続けている。 今から1ヶ月前の5月には、レイキ領にもアメリカ軍1個軍と南大陸軍2個軍が侵攻し、現在までに国土の半分が敵の手に落ちている。 北大陸の戦況が悪くなる中、アメリカ側は4月にホウロナ諸島を制圧し、ここに大艦隊や陸軍部隊を配備している。 3月の中旬には、ジャスオ領にもB-29の編隊が現れ、それ以降、ジャスオ領の後方基地もまた、敵の爆撃下にある。 戦況は、良くなるどころか悪くなる一方だ。 「リリスティ姉。」 オールフェスは、先とは違ったやや固い口ぶりでリリスティに聞いた。 「ホウロナ諸島には今、アメリカ軍や南大陸軍の別働隊が居る。そいつらは、日増しに戦力を蓄えつつある。リリスティ姉は、 この別働隊がジャスオか、レスタンに来ると思うかい?」 「・・・・・来るかもね。」 リリスティは答えた。 「アメリカ人は、この戦争は早く終らせようとしている。そのためには何だってやるかもしれない。あたしは陸軍の戦術には あまり悔しくないけれど、敵が来るとしたら、やっぱりジャスオかもね。」 「リリスティ姉もそう思うか。」 オールフェスはため息まじりに言った。 「敵はジャスオ領の南部地区に攻めてくるだろう。アメリカ軍は、上陸作戦にはもってこいの道具を腐るほど持っている。 そんな奴らが選ぶ上陸地点は、ホウロナからは遠いが、上陸作戦のしやすい南部地区だろう。ここは断崖の続く北部地区や、 潮の流れが変わりやすい中部地区と違って海も地形も穏やかだ。あいつらは、ここに大挙してやって来る。」 「対策の手立てはあるの?」 「あるよ。」 オールフェスは即答した。 「ウェンステル戦線から、支障を来さない程度にいくつかの軍団を引き抜き、レスタンや本国から増援部隊を送り込む。 7月までには、ジャスオ領南部だけで20万以上は集まる。敵は恐らく、この20万を超える数でホウロナから押し寄せて くるはずだが、この20万には最新装備の部隊を中心に編成する。この20万の部隊が敵を足止めしている間に、他からも 援軍を送り込ませる。敵が動けない間、俺達は北ウェンステルから兵をサッと引く。当然敵の追撃も激しいだろうが、 むざむざ敵の別働隊に退路を遮断されて、ジャスオ領南部や北ウェンステルの友軍部隊60万以上を失うよりは、遙かに 少ない損害で済むはずだ。」 「なるほどね。」 リリスティは納得したかのように頷く。 「敵の別働隊は、いつ頃になったら動き出すと思う?」 「・・・・・詳しくは分らないが、少なくとも7月末には行動を開始するだろうな。」 「それまでに、頼れる同盟国は、アメリカ軍の攻撃に耐えられるかな。」 リリスティの言葉に、オールフェスはぴくりと体を震わせた。 「マオンドか・・・・・全く、アメリカという国は、物持ちが良すぎて困るね。」 彼は、苦笑しながら言った。 「こっちの戦線には、少なめに見積もっても6、70万ほどの軍勢を派遣しているのに、レーフェイルに対しても 大軍を派遣している。レーフェイル方面は、アメリカの同盟国はほぼ皆無だから、マオンドは粘れると思う。」 「本当に粘れると思うの?」 リリスティは、オールフェスの言葉を否定するかのように言った。 「マオンドは、本国にまであの巨大爆撃機がやって来ているのよ。それに加え、マオンドにはケルフェラクのような高性能の 飛空挺は1機もない。このシホールアンルと違って、マオンドはあの爆撃機に対して、ひっかき傷を付けることすら出来ない。 そんな爆撃機に本国を蹂躙され、あまつさえレーフェイルの上陸を許したら、マオンドはもう終ったも同然よ。」 「いや、マオンドは粘るよ。」 オールフェスが振り返る。彼は笑っていたが、その目付きは恐ろしかった。 「粘ってもらわないと、困るね。」 一瞬、リリスティは背筋が凍り付いた。 「とにもかくも、マオンドは頑張るよ。あれこれ手を使ってね。そして、俺達も頑張る。だからリリスティ姉。」 オールフェスは、そのまま笑みを浮かべながらリリスティの側に歩み寄り、彼女の肩に手を置いた。 「諦めたらだめだぜ?」 「・・・・オールフェス。」 リリスティは、儚げな声音で彼の名を呼んだ。 彼女は、今、目の前に居るオールフェスに恐怖感を抱いていた。 彼は、相変わらず笑っている。その笑顔は、いつも見せる物と変わらないように見える。 だが、しかし・・・・ 「リリスティ姉。」 両肩にかかっているオールフェスの手に、力が込められていくのが分る。 「諦めたら、全てが終わりだ。それは、リリスティ姉にも分ってるだろ?」 「オールフェス・・・・」 リリスティは、再び彼の名を呼ぶが、その言葉には力がこもっていない。 (なぜ・・・・) 彼女は、オールフェスの双眸をじっと見据えながら、内心で呟いた。 (なぜ、あなたの目は・・・・) 「リリスティ姉・・・!」 オールフェスが笑みを消し、まるで縋るような口ぶりで彼女の名を呟く。 (そんなに邪な物になったの?) 彼女は、狂気の混じったオールフェスの双眸をこれ以上見つめることが出来なかった。 「ええ。確かに。」 リリスティは、視線をそらしながらも、平静な口調で言った。 「まだ、勝負は付いていないわね。オールフェスの言うとおり・・・・」 一瞬、言葉に詰まる。この先は、言ってもいいのだろうか? 彼女は、しばし躊躇った。だが、その躊躇いも打ち消して、言葉を吐いた。 「諦めちゃ行けないわ。あたし達の国シホールアンルは、常にそうして生き延びてきたから。」 「ああ、そうだな。」 オールフェスは、掠れた声で言う。 「リリスティ姉も、根っからのシホールアンル人だな。」 「当たり前でしょ。私は周りから童顔だの、ガキだのと馬鹿にされてるけど、こう見えても第4機動艦隊を統べる将よ。 戦える限りは戦うわ。それに、私は負けるのが大嫌いだからね。アメリカの機動部隊相手に負け越したままじゃ気が済まない。」 リリスティは胸を張って、堂々とした口ぶりで言った。 オールフェスは、そんなリリスティを見て、彼女が青海の戦姫と呼ばれるのも納得がいくなと思った。 「あなたが何を考えているにしろ、あたしはあたしでやっていく。」 リリスティは男勝りな笑顔を浮かべると、右手の拳をポンとオールフェスの胸に当てた。 「だから、あんたはそんな顔しないで、堂々としなさい。そんな顔じゃ、町に出ても幽霊と間違われるわよ。」 オールフェスは思わず、顔を赤らめてしまった。 「ハハハ、リリスティ姉に言われると、たまらんな。」 「そう言われないようにしなければなりませんよ?皇帝陛下。」 リリスティは、最後の部分は妙に間延びした口調で言い放った。 「さて、気になるいとこの顔も拝めたことだし、姉さんはこれで帰るとしますかね。」 「おう、さっさと帰っていいぜ。俺は早めに昼寝したいから。」 オールフェスは、爽やかな口調でリリスティに言った。 「じゃあ。」 リリスティは、それ以上に爽やかな笑みを浮かべるや、右手の拳をオールフェスの脳天に叩き込んでいた。 部屋から出たリリスティは、そのまま1階の出口に向かった。 しばらくして、彼女は心臓の辺りを抑えていた。 激しい動悸が膨らんだ胸元を上下させ、健康的な褐色な肌には、自然と汗が流れていた。 「オールフェス・・・・」 彼女は、先ほどまで会話を交わしていたいとこの名前を呟く。 あの狂気に染まった目付き。オールフェスの異常なまでの、勝利に対する執着心。 そして・・・・ 「あの時、私が気丈に振る舞っていなかったら・・・・」 リリスティは、左の腰に吊っている短剣に目をやる。一瞬だったが、短剣に何かが触れるような感触があった。 その時は、彼女が一瞬だけ、答えを躊躇っていた。 リリスティが自らの心境を打ち明けたとき、オールフェスの手は彼女の両肩に置かれていた。 (もし・・・・・あそこで別の言葉を言っていたら) 彼女はそこまで考えてから、一瞬、脳裏に思い浮かべたくもない光景がよぎる。 その瞬間、胃の辺りが痛んだ。リリスティは一瞬歩調を緩め、顔をややしかめながら腹の辺りを抑える。 「・・・・はぁ。まさかね。」 リリスティは笑いながら、そんな馬鹿げた光景を頭から消し去った。 「オールフェスに限って、そんな事は無いわね。」 彼女は呟いてから、深くため息を吐いた。 「あたしも疲れてるんだなぁ。まぁ、今のご時世じゃ仕方のない事ね。」 リリスティはぼやきながら、3日前に行われた海軍総司令部での会議を思い出す。 会議の議題は、現在計画中の作戦についての物であったが、話の最後には、レーフェイル方面の話題も持ち上がった。 話によると、アメリカ海軍は4月のスィンク沖海戦で少なくとも空母3隻を撃沈され、5隻を大破させられたが、5月中旬には 戦力を盛り返して、再び活動を活発化させているという。 アメリカ軍の高速機動部隊は、5月末の時点で推定ながらも7隻、あるいは8隻の空母を中心にレーフェイル方面で活動しているという。 4月には壊滅的な打撃を喫した敵機動部隊が、僅か1ヶ月ほどで再生したと言う事に海軍上層部は驚きを隠せなかった。 リリスティは、この話題に関して、次のように発言している。 「マオンド海軍は、発表された戦果ほどは敵に打撃を与えていないと思われます。しかし、話半分としても空母1隻撃沈、 2、3隻を大破させたことはほぼ確実です。ですが、敵は再び、7、8隻の高速空母を揃えて前線に出てきた。この事からして、 アメリカ側は本国に補充用の空母を用意していたと推測されます。」 彼女の言葉に、シホールアンル海軍の将官達は、最初は難色を示していたが、次第に納得した。 現在のアメリカ海軍が、常に空母8隻以上の機動部隊でもって行動するのは、アメリカ海軍のみならず、シホールアンル海軍にも 常識として知られている。 シホールアンル側が確認した、太平洋艦隊所属の空母は16~18隻。 そして、マオンド側が確認した空母は、6月の時点で7、8隻。 これを合計すれば、敵は24隻ないし、26隻の高速空母を保有することになる。 それに加え、後方任務用の小型空母も別に20~30隻以上確認されている。 これに対し、シホールアンル海軍が保有する竜母は、現状で12隻。 今年の10月には、ホロウレイグ級の5番艦と、プルパグント級の1番艦、小型竜母の7、8番艦が前線に登場するため、 竜母部隊は16隻編成になる。 シホールアンル側は、真正面から戦ってもある程度勝算が見込める。 だが、マオンド側の竜母部隊は、僅か5隻のみ。 これでは強大な大西洋艦隊と真正面から戦えるはずもなく、マオンド機動部隊はシホールアンル側よりも慎重に行動せねばならないだろう。 これは、高速機動部隊同士で戦えば、の話である。 敵が小型空母も総動員して来ると、数の少ないマオンド機動部隊は数の暴力によって一飲みにされるだろうし、それよりマシな編成の シホールアンル側ですら、勝算の見込みは全くないだろう。 海軍だけでこの有様なのに、陸軍の場合はもっと酷いと聞いている。 「こんな有様じゃ、オールフェスがああなるのも、致し方無いのかな。」 リリスティはそう呟くと、再び歩き始めた。 最初は驚き、ふとすれば卒倒したい気分に駆られるが、リリスティにとって、このような数字合わせはもはや慣れた物であった。 その日も、帝都はずっと雨だった。しつこく覆い被さる灰色の雨雲は、いつまでも雨を降らし続けていた。 まるで、皇帝オールフェスの心境を代弁しているかのように。
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991 名前:<平成日本召還> ◆OZummJyEIo 投稿日:2006/09/26(火) 13 44 22 [ Nz0LbtT6 ] ○ Opening of war 編3 1/3 ――1 ロベルト・メディチの発言によって停滞の打破された平成日本とボルドー商人使節団の交渉は、 それまでの停滞した状況が冗談であったかの様に、スムーズに展開した。 その最大の理由は、お互いに相手の要求ないしは目的を過大評価していた事に気付いたからであった。 ボルドー商人使節団は、平成日本側が食料の輸入の為であればある程度の要求は受け入れる用意が ある事を知った。 更には、そのある程度と云う言葉の範疇には、ボルドー商人使節団側の求めるもの――正規の対価は 無論として、更に絹に代表される日本の物産の一定期間の独占的売却権の承認までも含まれる事を知り、 平成日本の窮乏と共に、その豊かさを知った。 平成日本の側も、ボルドー商人使節団の目的が祖国の転覆やガルム大陸への出兵などの類では無く、 純粋に商売関連である事に、安堵を覚えた。 そうして平成日本とボルドー商人使節団の交渉が基本合意に達したのは、本格的な交渉に入って 7日後だった。 停滞時とほぼ同じ時間を消費していたが、その内容は実務的な事――食料の搬送や集積、或いは 種類に関する事と云った実務的な事に費やされたのだった。 但し、平成日本側の提供する物産の詳細に関しては後日とされてはたが、これに関しては、物産の 選択に時間が必要である為、当然といえば当然の事であった。 「しかし、話してみれば何ですな。前半の停滞が馬鹿みたいでしたな」 合意締結によって開かれた祝宴にて、平成日本とボルドー商人の代表たちは酒を片手に談笑を楽しんでいた。 「ですな。我々も貴方がたも、お互いを信頼しきれなかったと云うのが大きいでしょうね」 「仕方がありません。何しろ、ファーストコンタクトなのですから」 「おうおう。何ぞかは存じませんが哲学的な響きですな、閣下」 「いやいや只の横好き、雑学ですよ」 そして沸き起こる大爆笑。 いい具合に出来上がっている。 「しかしこのアルコール、祖父たちより聞かされた“帝國”のSakeは誠に美味ですな」 「ですから、わが国は帝国ではありませんで――」 「帝(ミカド)がいらっしゃるのですから、日本は矢張り帝國ですよ」 そして沸き起こる天皇陛下万歳の声。 音頭をとったのがボルドー商人達で、平成日本側の出席者は巻き込まれる形であった。 最も、数度は羞恥による抵抗をしてはいたが、結局は雰囲気とアルコールによる気分高揚には勝てず、 喜んでの万歳唱和と相成っていた。 両側の人物たちも良識と見識と、そして計算高さを兼ね備えた老獪な人物達ではあったが、所属する、 国や組織の存亡、或いは未来と云う重圧を背負っての交渉を終えた開放感から、かなり暢気に宴席を 楽しんでいた――そんな訳では全然無かった。 確かに純度の高いアルコールを大量に摂取していては、判断力の低下はやむを得なかったが、無論、 殆どの人間にとって、それは演技だった。 これより長い付き合いとなる相手の気性を、本音を少しでも読み取ろうと仮面を被っていたのだ。 一部の人間は、本気の楽しんではいたが、ソレは、人選の段階で行われたカモフラージュであった。 本気で楽しんでいる人間を盾に、お互いを観察しあう。 それは正に、仮面舞踏会。 だが、そんな踊り続ける人々の輪の外で、少しだけ本音で話し合っている人間たちも居た。 方やロベルト。 そしてもう片方は、この場に居る唯一のダークエルフであるスティーブンだった。 「既にダークエルフが組しているとは思わなかったよ」 「我々は日本と云う大樹に拠らねば、もはや存続する事は難しいのさ」 2人の会話に、特にロベルトに緊張感は無い。 通俗的な意味合いに於いて、世界の裏側、血と暴力によって閉ざされた闇に居るとすら言われている ダークエルフを前にしてである。 腹が据わっているから、では無い。 この場で顔を合わせる前からの知己であったからだ。 992 名前:<平成日本召還> ◆OZummJyEIo 投稿日:2006/09/26(火) 13 44 52 [ Nz0LbtT6 ] ○ Opening of war 編3 2/3 2人が出会ったのはロベルトがまだ10代、駆け出しの冒険商人としてガルム大陸南方を旅していた頃の 事だった。 旅先の国でクーデター騒動に巻き込まれた時に、協力しあったのだ。 ロベルトは貴族の美姫の願いを聞いて、採算度外視で。 スティーブンは 大協約 の影響力の乏しい辺境での生活の糧として、貴族に雇われていたのだった。 最初は仲が良いとはとても言えなかった。 それでも、何度もの危機を乗り越えるうちに信頼関係を構築する事に成ったのだ。 それから既に10年近い月日が流れての再会だったが、友誼には些かの翳りも無かった。 「“帝國”では無く、か?」 「ああ。この国は“帝國”では無い。天皇陛下はいらっしゃるがな」 「そう言えばそうだな。立憲君主、ミンシュ主義と云う制度か」 「ああ。君臨すれども統治せずと云う事だ」 一度、拝謁に賜ったが、非常に感銘を受けたと口にするスティーブン。 調度の類には相当に金が掛けられている様子だったが、華美では無かった。 列強の王族と違い、誠に清貧だと。 「これだけの国家を支配しつつ、か」 ガルム大陸のみならず、交易商人として様々な列強の首都を訪れた経験を持っていたロベルトは、 呆れたように口を開く。 道こそ手狭な所もまま見られたが、天を支えるが如き巨大な建築物――ビルなるものが連り立つ様は、 どの様な列強でも見る事の無い光景であった。 大協約 最大の経済力を誇る、ロ-レシア王国の王都ですらも、これ程の威は無かった。 「そうだ。この国では貴族すらも力を持たない」 「………貴族がか。もったいぶって出てこないのかと思っていんだがな」 国家規模での交渉事である。 通常ならば、国家の中枢に居る支配階層たる王族か上級貴族が出て来るのが常だったのだ。 故にボルドー商人使節団は、平成日本も皇族ないしは上級貴族、あるいは最低でも男爵位を持つ人間が 交渉の席へと出てくるものと踏んでいた。 それが出て来なかったのだ。 ボルドー商人使節団は平成日本側の代表の肩書きを見て、自分たちは相手にされていないのでとの 危惧を抱いた程だった。 最も、その危惧自体は、実際の交渉を始めてみると霧散したのだが。 「違う。実権が無いからだ。いや、それどころか爵位すらも無いらしい」 「俄には信じられん話だよ」 国の中心に王がおらず、貴族すらも居ない。 F世界に於いて一般的な統治システムへのイメージを持つロベルトにとって、それは想像も出来ない 事だった。 だが否定的には思わない。 若くて柔軟なロベルトは、漠然とした形ではあったが、身分に囚われず、能力と努力とで偉くなれるのかと、 肯定的なイメージを抱いたのだった。 尤も日本の現実も、それ程に気楽な実力主義とは言い難い面があったが、それでも、この世界の 一般的社会とでは比べものにならぬ自由が存在していた。 「頑張り甲斐があるな、スティーブン」 「全くだよ」 平成日本は、絶対に楽園では無い。 だが同時に、絶対に煉獄では無い。 只の社会。 参加するものが働き、貢献し評価され、あるいは叱責される。 だがそれこそがダークエルフ族にとっては、楽園と同義語であった。 少なくとも、理由も無く追われる事は無いのだから。 993 名前:<平成日本召還> ◆OZummJyEIo 投稿日:2006/09/26(火) 13 45 24 [ Nz0LbtT6 ] ○ Opening of war 編3 3/3 ――2 無事、ボルドー商人との関係を持つ事となった平成日本。 ガルム大陸のみならず、 大協約 諸国の間でも有数の規模を持つボルドー商人の協力を得た事で、 日本の食糧調達計画は円滑に行われる事となった。 だがそれ以上に重要な事は、ボルドー商人の伝手を得て、 大協約 主要国家との外交交渉が、可能と 成った事だった。 無論停戦に伴って、 大協約 第7軍団を経由しての 大協約 中枢への外交アクセスは可能となっていたが、 それ以外にも個々の国家と外交チャンネルを開こうと云うのであった。 転移直後の混乱した状況下で行われた外交交渉とは違い、ボルドー商人とダークエルフ族の支援を 十二分に得て行われるのだ。 最初の時ほどに酷い事にはならないだろうなと思われていた。 「どうしても行われますか?」 その問い掛けに日本国総理大臣は見事な白髪の髪を撫でて、答える。 「当然だね。先ずは交渉を。それが日本の、憲法の精神の筈だよ」 改正された日本国憲法。 そこには自衛意外の全ての戦争の放棄が謳われ続けていたのだ。 確かに、如何に相手が敵意を持っているからとは云え、此方から交渉を途絶するのは、憲法の精神に 反するだろう。 「それに国民も納得すまい」 事実だった。 紙媒体のマスコミを中心に、日本の世論を動かそうとする主張が、その紙面を賑わかさせていたのだ。 最初の外交団が酷いこととなった理由は、お互いに混乱していたからでは無いか。 生活水準を向上させる為の技術協力を、もう少し大々的に行えば、話が通じるのでは無いか。 メクレンブルク王国での戦いで、此方の戦闘力を知った 大協約 側は、折れてくるだろう。 そもそも、暴力に訴えるのは程度が低い。為政者はもう少し努力をするべきだ。 等などと、である。 これらの意見が、世論の大勢を占める事は無かったが、かといって無視出来る程には小さく無かったのだ。 政府の総意としては、話せば判るとの意見は無意味であると云う方向で意思統一が成されていたが、 同時に外交チャンネルを開く事で、少しでも相互理解を出来る環境――戦争の偶発的発生する可能性を 下げる事の重要性も認識されているのだった。 又、中立国を増やすことで、その国々からの物資の輸入も検討されていた。 食料では無い。 タングステンに代表されるレアメタルに関してであった。 鉄などに関しては、ダークエルフ族やメクレンブルク王国などの協力もあって、非 大協約 加盟国との間で 交渉が始まっていたが、それだけで、平成日本の産業が必要とする全てを賄える訳ではなかったのだから。 出来る限り広域から。 その視点からも、外交交渉は重要であった。 如何に、平成日本の軍事力が隔絶しているとは云え、世界の全てを支配出来るのではないのだから。
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946 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日:2006/09/20(水) 22 09 39 [ 54yPKSH2 ] どれも面白そうなんで、迷ってるうちに時間切れになってしまった。 >LINK系装備は、音声のみ。 今後できる規格だと、わざわざ音声専用は作らないような気もしますが、 F-3側のシステムが簡易タイプってことですかね。 索敵情報くらいもらえると助かるんだけど。 F-3って、機体そのものの性能はプロペラ機の限界あたり? #そういえば、超音速プロペラの研究なんてのもあったなあ…… 947 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日:2006/09/20(水) 22 29 02 [ KU8QS5YM ] 実用プロペラ機で最速なのはTu-95なんじゃなかったけ? 直径5.6mの巨大なプロペラをゆっくり回すことによって プロペラ先端速度を低く抑えて先端失速を防ぎ、 時速900km超えを達成したとか。 948 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日:2006/09/21(木) 00 53 47 [ bv4vbegQ ] しかも二重反転プロペラとか、萌える要素が山盛りですよ。 さすがに露西亜機だわ。 952 名前:107 ◆OZummJyEIo 投稿日:2006/09/21(木) 22 36 03 [ Nz0LbtT6 ] ※本愚作は、くろべえさんとここまで読んださんの両作品の3次創作です。 本編、第2部スタートです。 まぁマッタリと見てくだされば、幸いです。 346 >簡易タイプ いえ、LINKの下りは冗談で。 ええ。 要するに、高出力の通信機だけって言う。 元々がF-3 ―― FE-1は輸出専用の戦闘機なんですよ。 だからLINKみたいなのは真っ先にオフミットされてまして、ええ。 簡易型の開発費が勿体無くて、外された訳です。 まぁ、元々、求められていなかったって面もありますが(苦笑 そゆう訳で、索敵情報の提供に関しても、通信機を介しての音声指示のみとなってます。 まぁ、金が掛かりますからね……… >機体性能 カリカリにチューンとかはされておらず、ある程度は余裕を見てます。 と云うか最高性能を落としてまで、耐久性能を取ってます。 まぁ、素材の悪さを、其処ら辺でペイしている感じです。 947 萌えますな~ しかし、900km/hを実現したりすると、マジでFL-1の存在意義が問われそうな予感が(爆 950 二重反転プロペラは、萌えますよね。 いっそ、F-3FⅡ型では再設計と云う事で、二重反転プロペラを採用しちゃいますか(爆 今までの量産で儲けた金で、チョイと色々とお金を大量に突っ込んで、外見は似てても、中身は別物みたいな奴を(核爆
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第168話 リモントンギ攻防戦(前篇) 1484年(1944年)7月31日 午前8時 ジャスオ領ウルス・トライヌク ウルス・トライヌクで休養を取っていた第3海兵師団の各部隊は、早朝にも関わらず、慌ただしく動き回っていた。 第3海兵師団第3戦車大隊の指揮官であるヨアヒム・パイパー少佐は、愛車のキューポラから上半身を出して、各隊の準備状況を眺めていた。 「おい!モタモタするな!時間がないぞ!」 「早くしろ!遅れると味方に置いて行かれるぞ!」 「このばかたれが!さっさと動かんか!」 「徹甲弾は余分に積んどけ。規則なんぞ守らんで良い。」 あちこちで命令や叱咤の声が響く中、パイパーはそんな事はどこ吹く風といった顔つきでタバコを吹かしていた。 「あと4、5分で出発できるな。」 パイパーは、せわしなく動き回る部下達見つめながら、そう独語する。 第3海兵師団は、本来ならば正午にはここを出発する予定であった。 しかし、101空挺師団の側面をいつまでも開けておくにはいけない事と、同師団が対峙しているシホールアンル軍部隊が、 反撃を企図しているであろう新手の部隊である可能性が高く、第3海兵師団司令部は上層部の許可を取り付けて、出発時刻を 正午から早朝に早めた。 最も、第3海兵師団司令部の決定には反対意見もあった。 第3海兵師団は、本来ならば第1海兵師団並びに、第2海兵師団と一緒に前進を再開する予定であった。 それなのに、予定を早めて1個師団のみで出撃するのは時期尚早ではないか、との指摘があった。 対して、師団長であるグレーブス・アースカイン少将(6月に昇進し、第3海兵師団の師団長に任ぜられた)は、 「装甲部隊が居ない101師団では、いくら勇戦しても敵を押しとどめる事は不可能だ。101師団に一番近い位置ある 戦車部隊は、我々第3海兵師団の第3戦車大隊だ。ここは、一番近くにある戦車をなるべく早い内に、101師団の近くに移動すべきである。」 と、強い口調で軍団司令部に言った。 また、第3戦車大隊の指揮官であるパイパーもアースカイン師団長の考えに賛同し、 「戦車が居ると居ないとでは、戦闘の様相は大きく変わる。第3海兵師団は陸軍のようにまっとうな戦車連隊を保有してはいないが、 それでも58両の戦車を有している。対して、シホールアンル側も多くのキリラルブスを用意するだろうが、シャーマン戦車の性能は キリラルブスのそれを上回っており、たとえ、敵がこの58両のシャーマンよりも倍以上、いや、3倍以上の戦力を擁していても、 この58両が居ると居ないとでは、反応は変わるだろう。だから、ここは101師団を支援するためにも、師団長の言う通り、 部隊を前進させるべきだ。」 と述べ、アースカイン師団長を援護した。 それに加え、海岸部に急造されつつある飛行場は単発機用の滑走路が、30日の正午に仮設ながらも完成し、同日の夕方に 第1海兵航空団の戦闘機隊が駐留し始め、早くも同地での航空援護が可能となった。 海兵隊航空隊のエルネイル駐留によって、同地の航空作戦はよりやり易くなり、101師団にはこの航空隊からの航空支援が約束された。 この他にも、他の戦域の支援で多忙な陸軍航空隊に代わって、第3艦隊からも母艦航空隊が101師団の担当戦域に派遣される事が決まり、 いつ始まってもおかしくない敵の反撃に対する備えは、着々と整いつつあった。 「大隊長、A中隊、出撃準備整いました。」 パイパー車にA中隊指揮官から報告が入る。 それから1分ほどの間に、残りのB、C、D中隊の指揮官から同様の報告が入る。 パイパーの率いる第3海兵戦車大隊は、書類上では各中隊が16両ずつのM4A3シャーマンを保有し、4個中隊総計で64両のM4A3戦車を 有している事になる。 各戦車中隊は、上陸当初は各連隊に分散して配置され、歩兵部隊の支援に当たるが、今回のような大陸制圧作戦では陸軍と同様に戦車部隊を 大隊規模に纏めて、攻撃の先鋒を務めさせるようになっている。 陸軍と違って、島嶼攻略の水陸両用作戦を得意とする海兵隊にドイツ軍式の前進隊形を取り入れるのは極めて異例であったが、機械化の進んだ アメリカ軍内ではこのような特異な編成も実行可能であった。 「もうそろそろ出撃命令が下るな。」 パイパーはこともなげに呟いた。 後方から爆音が聞こえ始めた。彼は振り返って、その音の正体を確かめた。 西の空から、幾つもの機影が現れた。近づくにつれて、その機影の特徴的な形が明らかになる。 Ju87スツーカよりも角度が深いだろうと思えるほど湾曲した主翼を持つF4Uコルセアが40機、その40機が幾つもの編隊に分かれて 第3海兵師団の上空を通り過ぎていく。 「カクタスから飛んできた支援機だな。」 パイパーは、上空を飛ぶ航空隊のあだ名を呟きつつ、急造飛行場から飛び立った40機のコルセアを頼もしげな目つきで見送る。 カクタスとは海兵隊航空隊に付けられたあだ名である。 元々は、2年近く前のミスリアル王国攻防戦に参陣した第1海兵航空団を始めとする海兵隊航空隊に付けられたものだが、 そのあだ名はいつしか、海兵隊航空隊の全てを指すものになっている。 そのカクタス航空隊のコルセアが、一足先に101師団の戦域に向かって行く。 「空の守りは頼んだぜ。」 パイパーは、飛び去っていくコルセアの編隊に向けて言葉を送る。 海軍航空隊や陸軍航空隊は、上陸開始前からシホールアンル側のワイバーン隊と戦火を交えているが、敵の航空戦力は未だに健在で、 時折、数十騎単位のワイバーン隊が地上攻撃に現れる事もある。 パイパーの第3戦車大隊も敵ワイバーンの空襲によって戦車3両を撃破されるという手痛い損害を被っている。 そんな忌々しいワイバーン隊から守ってくる戦闘機隊は、海兵隊のみならず、連合軍の地上部隊将兵から頼りにされている存在だ。 (これで、敵のワイバーンに不意打ちにされる事はないだろう。) 彼はやや安堵した気持ちでそう思った。 「大隊長!大隊長!」 急に、無線手のウィル・ロードル軍曹が上ずった声で彼を呼んだ。 「何だ?」 「101師団から発せられた無線通信を傍受しました!どうやら、シホールアンル軍は攻撃を開始したようです!既に、101師団には 砲撃が加えられ、更に30騎以上の敵ワイバーン隊が向かいつつあるとのことです。」 「来たか。」 パイパーは別段驚く事もなく、小声で呟く。 「大隊長!たった今、連隊本部から出撃命令が下りました!」 「了解した!」 パイパーは待ってましたと言わんばかりに答える。 「こちらパイパー!これよりリモントンギに向かう!前進開始!」 彼は、マイクに向かって命令を伝えた。 彼の命令を受け取った第3戦車大隊を始めとする第3海兵師団前進部隊は、すぐさま前進を開始した。 第3戦車大隊の先鋒を務めるA中隊が楔形隊形で街道と草原を突っ切っていく。 両翼にはB中隊とC中隊が、同じように展開し、その中に第3海兵連隊の将兵が乗るハーフトラックが続く。 その後方にはD中隊が付き、全部隊が時速40キロで101師団の戦区目指して驀進して行った。 午前8時 エルネイル沖西方40マイル地点 第3艦隊に所属している第38任務部隊第1任務群では、北方戦線の支援に向かう艦載機の発艦を終えていた。 北方戦線、・・・・101空挺師団の戦区に行われる航空支援は、第1任務群のみならず、第2任務群からも行われる予定であり、 第2任務群は20分後に艦載機の発艦を開始する筈であった。 第3艦隊旗艦ニュージャージーでは、第3艦隊司令長官であるウィリアム・ハルゼー大将とその幕僚達が、どこか浮かぬ 表情を浮かべながらCICに陣取っていた。 通常ならば、ハルゼーは艦橋の張り出し通路に出て、艦載機の発艦風景に見入っているのだが、今日はそうも行かなかった。 「長官、さきほど傍受した魔法通信の通り、敵のワイバーンの大編隊が我が機動部隊に近付きつつあります。」 航空参謀のホレスト・モルン大佐は、円盤状の表示板に描かれた敵編隊の図を睨みつけるように見つめ続ける (いや、実際睨みつけていた)ハルゼーに説明する。 「クレーゲル魔道参謀によると、敵編隊は2隊に別れており、それぞれが100騎以上の大編隊となっているようです。 この2編隊はそれぞれ20マイルずつの距離を開けており、先頭グループは北西20マイルにいるTG38.2から、 北東30マイルの距離まで迫っています。敵編隊の進路は、第1編隊と第2編隊で異なっており、第1編隊はTG38.2、 第2編隊はTG38.1に向かいつつあります。」 「つい先ほど、この近海からレンフェラルが発したと思しき魔法通信が傍受されています。」 魔道参謀に任ぜられているラウス・クレーゲルが、やや場違いと思えるような間延びした口ぶりでハルゼーに伝える。 「魔法通信はTG38.1の位置を記す内容で、10分おきに似たような内容が発信されてます。TG38.2の近くにも、 同じような偵察用のレンフェラルが潜んでいるかもしれません。」 「となると、TG38.2からは支援隊を発進させる事は出来んな。」 ハルゼーは苦々しげな口ぶりで言い放つ。 「最近は引き籠り気味のシホットにしては、久しぶりに活発に動いてきたな。しかも、俺の機動部隊に挑んでくるとは、良い度胸だ。」 「しかし長官。敵はまずい時に勝負を挑んできましたな。」 参謀長のロバート・カーニー少将が不安も露わな顔つきで言う。 「このエルネイル沖で、動けるのはTF38の2個空母群と、TF37所属のTG37.2のみです。TG37.1と37.3は 洋上補給のため、作戦海域から離脱しています。こんな時に敵ワイバーンの大編隊が・・・・ましてや、100機以上の攻撃隊を 送りだした後に襲い掛かってくるとは。」 「なに、状況はさほど悪くない。」 カーニーの不安を打ち消すかのように、ハルゼーは快活の良い口調で言う。 「確かにTG38.1からはかなりの数の艦載機が出払ってしまったが、敵さんが現れたおかげでTG38.2からはまだ攻撃隊が 発艦していない。こいつらに加わる予定だった戦闘機隊と、元々使える予定だった戦闘機を加えれば、それなりの戦闘機戦力が集まる。 もし敵が、TG38.2からも攻撃隊が発艦したあとに現れればえらい事になっただろう。だが、災い転じて福となすということわざが 示す通りに、俺達にはある程度まとまった数の戦闘機が残された。こいつらをぶつけりゃ、艦隊の被害は何とか抑えられるだろう。」 「なるほど。状況は確かに悪くないですな。」 カーニー少将がホッと胸を撫で下ろす。他の幕僚達からも安堵の色が見えた。 しかし、誰もが決して安堵していた訳ではない。 「だが、こうなると、101師団の支援が予定よりも手薄になってしまうな。」 ハルゼーはため息を吐く。 「TG38.1から発艦させた攻撃隊と、カクタスの奴らを合わせれば、まあまあの航空支援が出来るだろうが、それでも不安が残るな。」 その時、彼の心中にとある疑問が浮かぶ。 (まさか、シホットの連中は、俺達の艦隊から支援機を出したくないがために、久方ぶりに俺達を狙ったのだろうか?) 午前8時15分 リモントンギ 第101空挺師団506連隊長であるロバート・シンク大佐は、リモントンギ市内にある4階建ての市庁舎に設けた連隊本部から、 東に1キロ離れた前線を見つめていた。 「敵のワイバーンの数が多いな。」 シンク大佐は、前線の上空で動き回る幾つもの点に視線を向けている。 前線の上空では、10分前に到着した海兵隊のF4Uと、来襲してきたワイバーンが激しい空中戦を繰り広げている。 最初はコルセア40機に対して、ワイバーンは30騎ほどであり、コルセア隊の方が優勢であったのだが、2分前に新手のワイバーン隊 20騎余り来てからは、ほぼ互角の戦況となっている。 (いや、互角ではないな) シンクは内心で訂正する。 敵の増援が来てからは、コルセア隊は押され気味になっている。 それに、つい今しがた、コルセアの迎撃を突破した数騎のワイバーンが連隊の守備陣地に襲い掛かったばかりである。 総合性能では敵ワイバーンに優れているF4Uとは言え、数が敵より少なければ自ずと限界が生じる。 「だが、この程度の空襲ならまだ耐えられる。問題は、敵の地上部隊が攻勢に出てきた時だな。」 シンクの懸念は、空よりも陸の方にある。 敵部隊は、キリラルブスという戦車に匹敵する陸上兵器を多数有しているとの情報が入っている。 それに対して、506連隊の属する101師団は、歩兵が主体の部隊であり、装甲兵力は全くない。 師団砲兵隊は居る物の、味方と敵部隊の位置が1キロも離れていないため、誤射の危険が大きい。 一応、対戦車用のM1バズーカを装備してはいるが、それでは満足に対応しきれないし、それ以前に、対戦車班は上陸初日の激戦で 少なからぬ犠牲を出している。 この決定的とも言える差を埋めるには・・・・ 「海兵隊が必要だな。」 シンクは呟く。 101師団の後続部隊である第1海兵師団と第3海兵師団は、共に戦車大隊を有している。 このうち、第3海兵師団は既に出撃し、あと20分以内には前線に到達する予定だ。 「20分。あと20分耐え抜けば、戦力が揃う。それまで、前線を維持しなければな。」 シンクはそう呟き、部下達が耐え抜くように祈った。 だが、彼の祈りは戦神に聞き入れられなかった。 「左上方より敵ワイバーン接近!」 前進部隊を率いていたパイパーは、突然舞い込んできた報告に顔色を変えた。 「何だと?数は!?」 彼は報告を送ってきたA中隊の指揮車に聞き返す。 「約20騎です!」 「これはまずい事になった。」 パイパーは舌打ちする。 コルセア隊と戦っているワイバーン隊の他に、別働隊が居たのだ。 恐らく、この別働隊は後方から接近しつつある増援のために前もって準備されていたのであろう。 ワイバーンと思しき飛行物体が急速に接近しつつある。 そのワイバーン隊目がけて、対空部隊の対空砲火が火を噴く。 4丁の12.7ミリ機銃を束ねた4連装機銃が、勢いよく銃弾を放つ。 パンツァーカイル陣形の外側に配置された対空機銃搭載車は、一様に右上方から迫るワイバーン目がけて機銃を撃ちまくっている。 ワイバーンの先頭は、その機銃の弾幕を紙一重で避け、陣形の間近まで接近し、そこで爆弾を投下した。 胴体に取り付けられていた2発の爆弾が放り投げられ、ハーフトラックの群れの中で炸裂した。 爆発の瞬間、ハーフトラック1台が爆砕され、2台が横転する。中に乗っている1個分隊ほどの兵は殆どが戦死するか負傷した。 2番騎、3番騎と、敵ワイバーンは次々と飛来して爆弾を投下する。その度に、車両が叩き潰され、擱座していく。 ワイバーン1騎が、4連装機銃の十字砲火をまともに浴びた。 体の両側面に多量の高速弾を浴びたワイバーンと竜騎士は、ものの数秒でバラバラに引き裂かれた。 別の1騎が急所に致命弾を浴び、爆弾を投下する暇も与えられぬまま、そのまま地面に落下した。 パイパーはキューポラから顔を出したり引っ込めたりしながら、ワイバーンと前進部隊の戦闘を眺める。 直属の戦車の中には、キューポラの側にある12.7ミリ機銃を振りかざして応戦する者もいる。 だが、その兵にもワイバーンからの光弾が浴びせられる。 先ほどまで顔を真っ赤に染めながら応戦していた兵は光弾を受け、車体の後ろの地面に叩きつけられた。 その戦車に爆弾が落下し、1発が命中弾となる。 ドーン!という轟音が鳴り、戦車の左側面から紅蓮の炎が噴きあがった。 「B中隊4番車被弾!」 B中隊の指揮官から悲痛めいた口調で報告が伝えられてくる。 「5番車がやられた!」 更にC中隊指揮官からも報告(というよりは絶叫に近い)が届く。 「くそ!あっという間に2台もやられたのか!!」 パイパーは忌々しげに顔をゆがめる。 更に対空車両までもがワイバーンのブレス攻撃を浴びて、機銃手や運転手共々火葬にされてしまった。 敵ワイバーンとの戦闘が開始されてから10分後には、第3海兵師団前進部隊はハーフトラック12台と戦車3両、対空車両3両を 破壊され、陣形も壊乱状態に陥っていた。 陣形が崩れた事により、部隊は完全に足止めを食らってしまった。 「6時方向からワイバーン2騎!」 パイパーは自らの戦車に向かってくる敵ワイバーンを見るなり、操縦手に伝える。 周囲には、破壊された車両が黒煙を噴き上げている。損傷車両の周りには、無残にも討ち取られた海兵隊員や乗員達が横たわっている。 「まだだ、切るなよ。」 彼は振動に揺られながらも、迫りくるワイバーンを睨み続ける。 敵ワイバーンが距離200まで迫った時、不意に口が開くのを捉えた。 「右に切れ!」 彼はすかさず指示を伝える。戦車が向きを変えるのと、2騎のワイバーンがブレスを吐くのはほぼ同時であった。 パイパーはすぐに身を車内に隠し、ハッチを閉める。 急激に右へ曲がったため、車体が僅かに傾ぐ。後方をゴォー!という何かの音が通り過ぎていく。 音はすぐに止んだ。 シャーマン戦車は、ガソリンエンジンを積んでいるため、後部部分を上空から狙われるとかなり脆い。 シホールアンル側は、その特性を知っており、爆弾を非搭載時に戦車を攻撃する時は、後ろ側から攻撃せよと命じてあった。 パイパー車を狙った2騎のワイバーンは、セオリー通りに後ろ上方から攻撃を仕掛けたが、パイパーの巧みな判断で撃破できなかった。 彼は咄嗟にハッチから顔を出す。その時、2頭のワイバーンがパイパー車の上空を飛び去っていく。 そのワイバーンに対空機銃が追い撃ちをかけるのだが、全く当たらない。 「畜生め!このままじゃ、101師団の支援どころじゃないぞ!」 彼は憎らしげに喚いた。 しかし、第3海兵師団の苦闘もそこまでであった。 「なんてこった、第3海兵師団が敵ワイバーンに襲われているぞ!」 支援攻撃隊指揮官である空母ヨークタウン艦爆隊長のフリック・モートン少佐は、眼下に移る光景を信じられない気持で見つめていた。 この日は、陸軍航空隊が総力を挙げて、エルネイル周辺のワイバーン基地に大空襲を仕掛けており、敵のワイバーン隊はその防戦に 忙殺されているはずであった。 だが、シホールアンル側は攻撃を受けている航空基地とは別の基地から攻撃隊を発進させ、味方機動部隊や地上部隊を攻撃しているのである。 「エンタープライズ戦闘機隊は、好き勝手に暴れるシホットを追い払え!残りは101師団の支援に向かう!」 「了解!」 エンタープライズ戦闘機隊指揮官から応答の声が流れる。 支援攻撃隊は、空母ヨークタウンからF6F12機、SB2C16機、TBF12機。 エンタープライズからF6F16機、SBD14機、TBF8機。 ホーネットからF6F16機、SB2C11機、TBF12機。 軽空母フェイトからF6F13機の計130機で編成されている。 本来ならば、TG38.1のみならず、TG38.2からも120機ほどが加わる予定であった。 だが、機動部隊本隊は今、敵ワイバーンの空襲下にあり、TG38.2は攻撃隊を出せぬまま防空戦闘に従事している。 130機の編隊から16機のF6Fが離れていく。 それまで、地上部隊相手に好き勝手していたワイバーン群に変化が生じる。 残り16騎に減っていたワイバーンは慌てて向きを変え、F6Fに殺到する。 ワイバーン群がF6Fに矛先を変えたのを見たパイパーは、チャンスであると確信した。 「全部隊!前進を再開する!今は落伍車に構うな!」 彼は有無を言わせぬ口調で命じる。 生き残りの戦車や車両は、ゆっくりと前進しながら、以前と同じようにパンツァーカイル隊形を形成していく。 訓練で何度もやっただけあって、隊形を整えるのが早い。 やがて、ワイバーンの前進部隊は、今度こそ101師団の支援に向かうべく、リモントンギに向けて驀進して行った。 午前8時30分 リモントンギ 101師団とシホールアンル軍の戦闘は、早くも最高潮に達していた。 上空で未だにコルセアとワイバーンが死闘を繰り広げる中、地上では銃弾や光弾、それに砲弾や攻勢魔法がひっきりなしに飛び交う。 第506連隊第2大隊に属するE中隊では、草むらに隠れた将兵たちがライフルや機銃を撃ちまくる。 「中隊長!キリラルブスです!」 中隊長であるトーマス・ミーハン中尉は耳元で部下の声を聞いていた。 「くそ、ついに石の化け物を投入してきたか!」 彼は焦燥の混じった口調で叫ぶ。 「中隊長、第3海兵師団はどうしたんですか!?今頃はもう来ているはずなのに!」 「それは俺に聞くな!今は目の前の戦闘に集中しろ!」 側でライフルを撃っていた兵が苛立ったように叫んだが、ミーハン中尉は敵の方向を指さして逆に指示を下す。 隣でライフルを撃ちまくっていた兵がいきなり悲鳴を上げる。咄嗟に振り向くと、その兵は右手の人差し指が千切れていた。 「衛生兵!ここに負傷者だ!」 ミーハンは、右20メートルほど横で負傷兵の手当てをしている衛生兵を呼びつけるが、その負傷兵の手当てに忙殺されてなかなか来ない。 「しっかりしろ!大丈夫だぞ!」 ミーハンは、痛みで顔を引きつらせる負傷兵を励ましながら、自らもガーランドライフルを撃ちまくる。 草陰の合間にシホールアンル兵と思しき人影が魔道銃を撃ちまくる。 唐突に、真正面から、キリラルブスが草や木をなぎ倒しながら現れた。 キリラルブスの砲口から火が噴く。 陣地の目の前で砲弾が炸裂し、大量の土砂が噴き上がる。伏せ損ねた兵3人ほどが吹き飛ばされた。 キリラルブスは間髪入れずに砲を放つ。砲弾は草むらの奥に撃ちこまれ、30メートル離れた後方で着弾した。 後方からもう1台のキリラルブスが続く。 敵側前線のシホールアンル兵達は魔道銃は勿論、攻勢魔法も盛んに発してキリラルブスの前進を援護している。 「どんどん撃て!撃ち負けるな!」 後ろから副隊長のウィンターズ中尉が部下達を叱咤しながら通り過ぎていく。 敵のキリラルブスの周辺に迫撃砲弾が落下するが、至近弾ではキリラルブスを傷つけらない。 キリラルブスが前面の穴から魔道銃を撃ちまくる。30口径を乱射していた兵2人が撃たれた。 「対戦車班が出ます!」 唐突に、2名の兵が陣地の前に躍り出た。 バズーカを持っている兵に、装填手がロケット弾を込める。装填手が頭を2回叩き、装填官僚と伝える。 バズーカの筒先からロケット弾が勢いよく撃ちだされ、キリラルブスの車体底部に命中した。 キリラルブスは戦車と違って歩行式のため、低い場所からみれば、車体の底部を見る事ができる。 装甲の薄い底部にロケット弾を食らったキリラルブスは一瞬にして動きを止め、その場にへたり込んだ。 別のキリラルブスが、小癪な対戦車班を吹き飛ばそうと、搭載砲をぶっ放す。 砲弾は対戦車班に当たると思いきや、すぐ真上を通り過ぎ、後ろの木をなぎ倒してずっと後方で炸裂した。 そのキリラルブスも、別の所から忍び寄っていた対戦車班に狙い撃たれ、瞬時に擱座する。 対戦車班に敵側の射撃が集中される。4名の対戦車班は大慌てで陣地に逃げ戻った。 「よし、まずはあの化け物の動きを止めたぞ。」 ミーハンは満足げな口ぶりで呟く。そこに、F中隊とD中隊が布陣している方角からいくつもの炸裂音が響いた。 「F中隊とD中隊にも敵が向かっています!」 誰かが叫んだ。よく見ると、草陰から4、5体ほどのキリラルブスが、砲を放ちつつ、闘犬さながらの動きで飛び出している。 その直後、通信兵から驚くべき情報が伝えられた。 「中隊長!左翼のD中隊とF中隊が勝手に退却し始めたようです!」 「何だと!?」 彼は仰天した。 「あの腰抜け共が!第2大隊がここを放り出したら、リモントンギ全体が敵の野砲に撃たれちまうんだぞ!」 ミーハンはそう叫びながらも、内心で思考をめぐらせる。 目の前には、新手のキリラルブスが出てきている。キリラルブスの周囲には、魔道銃を構えた敵の歩兵も見える。 こちらの対戦車班が立て続けに2台撃破したせいか、キリラルブスの動きはのろい。 盛んに魔道銃や砲を撃ちはするものの、その行動は先と比べて慎重そのものである。 (今のところ、E中隊が相手している敵は慎重に部隊を進めている。だが、D中隊とF中隊を蹴散らした敵は、調子に乗って別の大隊にも 襲い掛かるに違いない。下手すれば、E中隊は包囲されるかもしれない) どうすればいい?このままここを死守するべきか。 それとも・・・・撤退するべきか? ミーハンは迷いながらも、敵目がけてライフルを撃ちまくる。そこに、通信兵が彼を呼びつけた。 「中隊長!中隊長!」 「何だ!?」 「航空支援です!航空部隊の指揮官が指示をくれと言っとります!」 「貸せ!」 ミーハンは受話器をひったくった。 「こちらは指揮官のミーハン中尉だ!」 「こちらビッグE艦爆隊の指揮官だ。今からそっちに支援爆撃を行うから、何か目印になるものを投げてくれ。」 「わかった!」 ミーハンはそう言うと、すぐに色つきの発煙弾を投げろと命じた。1人の兵士が赤色の発煙弾を敵目がけて投げつける。 発煙弾は、味方から40メートル、敵から50メートル離れた場所に落ち、やがて赤色の煙を放出した。 「今、赤の発煙弾を投げた!シホット共は煙から50メートル北にいる。俺達からかなり近いが、大丈夫か?」 「お安い御用だ。今からやる、伏せてろ!」 無線はそこで切れた。ミーハンはすかさず、中隊の全員に支援爆撃があることを伝える。 「海軍の攻撃機が爆弾を投下する!気をつけろ!」 彼がそう叫んだ直後、上空から何か甲高い音が響き始めた。 甲高い轟音はやがて大きくなり、まるで耳の奥を掻き毟るかのような錯覚に陥る。 (急降下爆撃か。誤爆はしないでくれよ!) ミーハンは、耳に響くダイブブレーキの音を聞きながら、爆弾が味方の陣地に落ちてこないようにと祈った。 金切音が極大に達した時、エンジン音の咆哮が混じる。一瞬、北側の上空に向けて飛び抜ける機影が見えた。 その刹那、キリラルブスの群れの中で爆発が起こった。 爆炎と共に茶色い土砂が宙高く吹き上げられる。 そこから10メートルと離れていない場所に別の爆弾が落下し、1台のキリラルブスが横に吹き倒された。 エンタープライズ艦爆隊の爆撃は、ミーハンのみならず、E中隊の将兵全員が見ほれるほど完璧であった。 まるで、狙い澄ましたかのように、爆弾はほぼ横一列で弾着する。 1000ポンド陸用爆弾が炸裂するたびに、キリラルブスが爆砕され、随伴歩兵がバラバラに粉砕される。 ドーントレス隊は1000ポンド爆弾の他に、両翼に2発の小型爆弾も搭載していた。 その小型爆弾は後方の林に弾着し、今しも前進中の部隊に加わろうとしていた敵の歩兵やキリラルブスを叩き潰す。 外れ弾は側の木々を吹き飛ばし、あるいは爆風でなぎ倒して、呻いていた負傷兵がそれに下敷きになって絶命する。 エンタープライズ隊の攻撃はこれだけに留まらず、続行してきたアベンジャー隊も、2000メートルの高度から101師団とは 反対側にある林目がけて、2発ずつの500ポンド爆弾を降らせる。 計16発の500ポンド爆弾は、林の中で炸裂し、あちこちで弾薬が誘爆したと思しき2次爆発が起こる。 水平爆撃は広範囲に爆弾がばら撒かれるため、自然に101師団側の陣地にも降り注ぐ。 1発の爆弾は、E中隊から20メートルと離れていない場所に着弾した。 大音響と共に土砂が舞い上がり、爆風が伏せている兵の背中を掠めていく。幸いにも、この誤爆による死傷者は皆無であった。 「馬鹿野郎!俺達までふっ飛ばすつもりか!!」 通信兵のジョージ・ラズ伍長が側に落ちたヘルメットを拾いながら、上空を飛び去っていくアベンジャー隊をののしった。 その傍らで、ミーハン中尉は海軍の正確な支援爆撃に賛嘆の言葉を漏らしていた。 「さすがは、海軍でも有数の母艦航空隊だ。今まで、目の前で好き放題やってたシホット共が、いまでは滅茶苦茶だ。」 つい先ほどまで、キリラルブスを盾にしながらじりじりと進んでいたシホールアンル軍は、ドーントレス隊やアベンジャー隊の爆撃を 食らった事で、ほぼ半数以上の戦力を失っていた。 12台はあったはずのキリラルブスは3台のみしか動かなくなり、随伴歩兵はほぼ壊滅状態だ。 (ビッグE・・・・エンタープライズ所属の航空隊は、開戦以来の精鋭部隊だからな。常に海を走りまわる移動目標を相手に している奴らにとって、動かない地上目標を狙う事はあさめし前って事か。いやはや、大したもんだ) 「中隊長!D、F中隊の戦区を突破しかけていた敵部隊も、海軍航空隊の支援爆撃を受けて前進をストップしたようです!」 ラズ伍長が喜色を滲ませながらミーハンに伝える。 「行けるぞ。この調子で敵を食い止め続ければ。」 ミーハンはそこまで行ってから絶句する。散々叩かれた林の向こうから、またもや新手のキリラルブスと歩兵が現れてきた。 新たに出てきたキリラルブスは計12台。うち、半数は車体のどこかが傷付いているが、戦闘には支障を来さないのであろう。 このキリラルブスは、戦死者の遺体などお構いなしに踏みにじりながら、やや早いスピードで突っ込んでくる。 「くそ、また来たぞ!迫撃砲はどうした!?おい、ありったけの砲弾を撃ちまくれと伝えろ!」 ミーハンは通信兵にそう命じた。 その瞬間、彼は右腕と肩に強い衝撃を感じ、頬に何か温かい物が張り付いた。 気がつけば、彼は地面に仰向けで倒れていた。 「ちゅ、中隊長!!」 傍でBARを撃っていた兵士が慌ててミーハンに取り付く。 「ああ、なんてこった。衛星兵!こっちだ!」 「くそ、やられてしまったか。」 ミーハンは肩と腕からくる激痛に顔をしかめた。試しに、指を動かそうとする。 だが、感覚が全くない。 「じっとしててください!腕が千切れかけています!」 「何だと・・・・くそったれめ!」 ミーハンは思わず罵声を挙げる。 腕の傷口から大量の血が流れていく。痛みよりも、出血の影響で徐々に意識が薄れ始めてきた。 「く・・・指揮を取らねば。」 「中隊長、いけません!」 無理やり起き上がろうとするミーハンを、兵は抑えようとするが、彼はすごい剣幕で兵を睨みつけた。 「馬鹿野郎!俺はE中隊の指揮官だ!たかが腕1本が使えないからって、まだ死んだわけではない!俺がまだ動ける限り、指揮は取り続ける!」 彼の言葉に、その兵は圧倒され、押し黙ってしまった。 「それよりも、おまえは銃を取って敵と戦え!いまここでE中隊が抑えなければ、敵はたちどころにリモントンギを奪取してしまうぞ!」 「し、しかし。」 「俺に構わんでいい!さっさと敵を撃て!」 ミーハンに強引に命じられた末、その兵士は慌てて射撃を再開した。 「中隊長!衛生兵です!」 衛生兵がミーハンの側に走り寄ってきた。 「やあドク。やられちまったよ。」 ミーハンは引きつった笑顔を浮かべる。 「話はあとです!中尉、手当てしますから横になってください。」 「駄目だ。横になっては戦況が見渡せられん。そのまま治療しろ。」 彼は衛生兵に命じてから、後ろに顔を向ける。 さっきから迫撃砲の支援射撃が無い。 「迫撃砲はどうしたんだ?おい、後ろの連中は何をやっているんだ!?」 「中隊長、迫撃砲小隊が弾切れだと言っています!」 「なんてこった、状況は悪化するばかりじゃないか!」 ミーハンは思わず頭を抱えそうになった。迫撃砲の支援があれば、キリラルブスは倒せないまでも、敵の歩兵を削ぐ事ができる。 しかし、迫撃砲の支援が無ければ、敵は歩兵を伴ったまま陣地に突っ込んでくる。 そうなっては、白兵戦が得意のシホールアンル側にとって願ってもないチャンスが訪れる事になる。 先頭のキリラルブスの筒先が、ミーハンの居る陣地に向けられ、固定された。 それに気付いているのは、何故か彼1人のみだ。他の兵は別のキリラルブスや歩兵に向けて銃を撃ちまくっている。 「敵が大砲を向けているぞ!移動しろ!」 ミーハンは大声で命じた。だが、もはや間に合うまいと思っていた。 恐らく、1秒後にはあの砲口から砲弾が飛び出ているだろう。そうなれば、自分たちは確実に死ぬ。 (万事休す!) ミーハンの心中に、後悔の念が渦巻いた。 その刹那、キリラルブスの右側面に爆炎が噴きあがった。爆発音と共に石造りの車体が大きく欠損する。 次いで、その周囲に爆発が起こり、シホールアンル兵諸共、土砂が宙高く噴きあがる。 「なっ・・・・!」 ミーハンは一瞬、何が起こったのかが分からなかった。 誰もがキツネにつままれたような表情を浮かべた時、耳にキャタピラの駆動音が響いてきた。 「おい、この音は?」 ラズがBARを撃っていた兵に聞く。 「さぁ・・・・・あ、まさか!」 兵は最初首をかしげたが、やがて、思い当たりがあるのか、急に表情を和らげた。 「戦車だ!シャーマン戦車が来たぞ!」 「戦車・・・・マリーンの連中、やっと来たか!」 ラズも、増援に来る筈だった第3海兵師団の事を思い出し、いきなりその兵と抱き合った。 「おい、海兵隊だ!ごろつき野郎共が応援来たぞ!」 「マリーンに負けるな!撃ちまくれ!」 第3海兵師団の参陣で意気を取り戻したのだろう、機銃や小銃がこれまでよりも激しく撃ち放たれる。 E中隊の兵達が敵に容赦のない射撃を加えている時、第3海兵師団の前進部隊は、突出しつつあった敵を包囲するかのように前進を続けていた。 「目標、11時方向のキリラルブス!距離500!」 パイパーは、ペリスコープから見えるキリラルブスを見つめながら、砲手に指示を伝える。 砲手が狙いをつけ、照準よし!と叫んだ。 「撃て!」 凛とした声音で命ずる。直後、ドン!という音と共に76ミリ砲が放たれる。 砲弾は過たずキリラルブスに命中した。右側面から真っ赤な炎を噴き出したキリラルブスは、地面にガクリとへたり込んだ。 僚車も砲弾を放ち続け、次々とキリラルブスを仕留めていく。 キリラルブスも負けじと、何台かが向きを変えて、パイパー戦隊に立ち向かおうとする。 その横合いからE中隊の兵が放ったロケット弾が命中し、黒煙を噴き上げる。 中から慌てて乗員が飛び出し、地面に飛び降りるが、ライフルや機銃弾に射抜かれて、全員が射殺された。 「隊長!敵が後退し始めます!」 「こっちでも見えてるぞ!」 パイパーは、報告を伝えてきた操縦手にそう返す。 第3戦車大隊のシャーマン戦車に襲われ、相次いで被害を出したたために敵は恐れを成したのであろう。 健在であったキリラルブスが慌てて避退しようとする。歩兵もキリラルブスを追っていく。 「情け無用!撃ちまくれ!」 パイパーは叫んだ。ここで敵を逃がせば、また再編成を終えてやってくる。 後顧の憂いを断つためには、逃げる敵も徹底的に叩かねばならない。 応、とばかりに76ミリ砲が火を噴く。 この砲弾は、惜しくも逃走するキリラルブスの至近に弾着しただけとなったが、近くにいた兵2人が破片を食らって倒れ伏す。 「こちらC中隊、敵キリラルブスが後退を開始。追撃します。」 「こちらD中隊、敵キリラルブス4台を撃破。敵は後退を開始しました。これより追撃に入ります。」 無線機に、分派したC、D中隊から報せが入る。 これより10分前、パイパーは敵約1個大隊が前線を突破しつつあると聞き、戦力を2分してこの1個大隊を包囲しようと決めた。 C、D中隊は、後退してきた101師団の兵達をけし掛けながら前進し、敵キリラルブス部隊と正面から打ち合った。 元々、初期装備型のキリラルブスではシャーマン戦車に太刀打ちできない。 キリラルブスは、C、D中隊の戦車3両を撃破したが、逆に9台を破壊された。 それに、再び盛り返した101師団の部隊と第3海兵師団の部隊が猛反撃に出たため、敵1個大隊は前進をストップした。 そして、パイパーの指揮する部隊と戦っていた味方が後退を開始したのを聞くや、この大隊の指揮官は、包囲される前に急いで後退せよと 命じ、突破し、確保しようとしていた陣地を放棄して丘の上の林に逃げ戻りつつあった。 「突出してきた敵1個大隊は、やはり包囲出来なかったか。」 パイパーは思わず舌打ちしたが、すぐに気を取り直す。 「だが、これで戦線は安定した。さて、ここからは俺達の番だぞ、シホット!」 彼は小声ながらも、意気込んだ言葉を発した後、部隊に敵を追撃せよと命じたのであった。 第3海兵師団所属の戦車部隊は、敵を追い返しただけでは飽き足らず、逆に敵陣目がけて突っ込んでいく。 シャーマン戦車は林に隠れる敵の歩兵を蹂躙しながら、逃げるキリラルブスに容赦なく砲撃を浴びせる。 無論、海兵隊側も無傷では済まず、今も反撃を食らったシャーマン戦車が黒煙を噴き上げ、乗員が大慌てで外に飛び出していく。 だが、残りの戦車はそんな事はお構いなしとばかりに、林の向こうへ突進していく。 ミーハン中尉は、衛生兵の手当てを受けながら、ひたすら前進を続けていく海兵隊を見つめていた。 「あいつら、無茶しやがる。」 周りで、E中隊と海兵隊員が通り過ぎ間際に挨拶をかわしていく中、彼は頬を緩ませながら呟いていた。 「今は敵を追っ払うだけでいいのに。」 「ウチの連中はじっとしているのが苦手でね。」 不意に、後ろから声が聞こえた。振り返ると、そこには海兵隊の将校が立っていた。 「それに、さっきは俺達もワイバーンの空襲を受けたんだ。恐らく、パイパーさんはここぞとばかりにさっきの仕返しをしてやろうと 思ってるんだろう。」 「なるほどね。やられたら倍返しって奴か。」 ミーハンはそう呟いてから苦笑する。 「あんた大丈夫かい?」 「いや、この通りボロボロさ。衛生兵がモルヒネを打ってくれたから、今はこうしてしっかり喋れているが、とにかく、俺は野戦病院送りだな。」 「たっぷり休養が出来るな。紹介が遅れたが、俺は第3海兵連隊所属のルエスト・ステビンス中尉だ。」 「ミーハンだ。101師団506連隊に属している。あんたら海兵隊が来てくれたお陰で助かったよ。」 「なに、俺は後ろで震えてただけだ。今はまだ何もしていない。」 ステビンス中尉は肩をすくめながらミーハンに答えた。 「じゃ、俺は行くよ。遅れるとボスに怒られるんでね。」 「頑張れよ。俺の代わりにシホット共の顔をぶん殴ってくれ!」 ミーハンの気の利いたジョークにステビンスはハハハと笑いつつ、前進する戦車部隊の後を追って行った。 「中隊長、残念ですが、右腕はもう・・・・・」 衛生兵がすまなさそうに言ってくる。 「・・・・・まぁ、なってしまった物は仕方あるまい。これで、俺は前線指揮官をクビになるな。」 ミーハンはしばし顔を暗くするが、顔とは裏腹に生きのある声音で返した。 (さて、俺が使えないとなると・・・・・後任はやはり、あいつしかいないだろうな) 彼は、暢気ながらも、どこか悔しげな気持ちで、中隊の副隊長に告げる言葉を考え始めていた。
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第236話 間違った提案 1485年(1945年)6月23日 午前7時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル 目を開けると、そこには、灰色の天井が広がっていた。 「う……チッ、嫌な色だぜ。」 深い眠りから覚めたばかりのオールフェスは、いつも見慣れたその天井に対して、忌々しげにそう言い放つ。 「起きたばかりの光景が、悪い夢を見た時のそれと似ているとは。一日の始まりとしては、あまり、良いとは言えんねぇ。」 彼はため息交じりの口調で呟いた後、体を起こし、ベッドから立ち上がった。 黒の寝間着を付けている彼は、よれよれになった裾を手ではたいた後、背中まで伸びている亜麻色の髪を、寝台のテーブルに 置いていたひもで後ろに束ねた。 オールフェスは、壁掛け時計の針を見つめた。 「午前7時5分か。会議まではあと2時間あるな。」 今日は、彼の住まいでもある帝国宮殿で、陸海軍の首脳も含めた定例の会議を行う予定となっている。 オールフェスにとって、この定例会議はストレスの溜まる行事となっていた。 「糞面白くねェ話聞く前に、適当に朝飯でも食って英気を養うか。いや……武道場にいって汗を流すのがいいかな……それとも、 溜まっている書類仕事をやった方がいいかな。」 彼はブツブツと呟きながら、着替えの入ったクローゼットを開け、寝間着からいつもの服に着替えていく。 淡い赤色を基調とした王の服に着替え終わった彼は、鏡で自分の身なりを確認した後、首をコキコキ鳴らしながら寝室を出て行った。 同日 午前9時 帝国宮殿内大会議室 起床してから会議に参加するまでの間、オールフェスは朝食前に1時間ほど、剣の稽古を行い、それから朝食に入った。 その後、午前8時20分から午前8時55分までは、執務室でうんざりとした表情で書類仕事を行って時間を潰した後、午前9時前に 執務室を出て、大会議室に向かった。 「陛下。大会議室には各省庁の大臣がお集まりになられています。陸海軍の首脳もおなじく。」 「わかった。」 オールフェスは、参加者の集合を伝えてきたマルバ侍従長に短く返答してから、ゆったりとした足取りで大会議室に向けて歩いて行く。 その道中、所々に配置された衛兵が、オールフェスの通る度に直立不動の体勢で、皇帝陛下である彼を見送っていく。 程無くして、オールフェスは大会議室前まで辿り着いた。 いつも、自分が通る大きなドアの前で、オールフェスは一旦立ち止まった。 「ふぅ……さて、と。」 彼は、深く溜息を吐いてから、ドアの両側に立っている衛兵に目配せし、ドアを開けさせた。 ドアがギギィ……という小さなきしみ音と共に拓かれ、オールフェスは中に入っていった。 彼は、長テーブルの両側に座る各省庁の大臣や陸海軍の首脳らには視線を送らず、そのまま、玉座に向かう。 オールフェスの入室を確認した計12名の参加者達は、一斉に立ち上がって、オールフェスに向けて恭しく頭を下げた。 オールフェスは、装飾の施された玉座に座り、参加者達を眺め回した。 参加者の内の1人。帝国議会議長兼帝国政府主席を務める、ポルサウ・クロヴレイソが、皺が深く刻まれた顔をゆっくりと上げた。 「陛下。おはようございます。参加者は全て集まっております。」 「おはよう。全員、着席していいぞ。」 オールフェスは、感情のこもらぬ声音で、参加者全員にそう告げた。 彼の言葉を聞き取った参加者達は、静かに腰を下ろして行った。 「まず、内政面の方から報告を聞きたいのだが。クロヴレイソ、この2カ月の間、何か変化は無いか?」 「はっ。内政面に関してですが、幾つかございます。まず、帝国本土内での物流に変化が表れ始めた事が1つ。その次に、帝国臣民の中に、 戦争継続に不安の声が上がりつつある事。大きな事に関しては、この2つが上げられます。最初の1つ目に関しては、ユシオント商工大臣 から説明があります。」 名前を呼ばれた商工大臣、ルギオレス・ユシオントは、短く刈り上げた髪をやや撫でた後、軽く頭を下げてから席を立った。 「現在、我が国の産業は、アメリカ軍の保有するスーパーフォートレスの爆撃の影響で物流に悪影響が出たため、各地で生産量の減少や 物価の上昇等の影響が生じております。特に、米軍の爆撃を多く受けている、南部3つの辺境領では物流は勿論の事、産業はほぼ壊滅に 等しい打撃を受けています。アメリカ軍の爆撃によって生じた影響は、南部はもとより、中部地区や北東地区にも生じつつあり、 主要都市にある市場では、主要商品の仕入が不可能になった事で、店を畳まざるを得なくなった商人も多数出てきております。我が国は、 建国時より、本土の中部地区や北部地区の金鉱山や宝石鉱山より出る莫大の収入によって、国を大きくし、民の懐も暖かくして来ました。 今も尚、我が国の資金は無尽蔵にあります。しかし……金銭と言う物は、買う物があって初めて、生きていく物でございます。店の閉鎖や 商会の解散といった事が今後も増え続ければ、国民は物が買えなくなり、やがて、我が国の産業が衰退する事は、火を見るよりも明らかに なります。」 ユシオント商工大臣は、額に脂汗を浮かべながら説明を続けていく。 彼の言う通り、シホールアンル帝国では、米軍の戦略爆撃によって店や商会の閉鎖が相次ぐようになってから国民の消費が減り続け、 現状では、金があれども、買う物が買えないため、文字通り、宝の持ち腐れ状態に陥るという事態に至っている。 帝国政府では、豊富な資金力を活かすために、閉鎖した商会に復興金として多額の補助金を送っており、それらの商会は、未だに戦火の 届かない北東部や北西部に移動し、新しく店を構えようとする所が増えて来ている。 帝国上層部の考えた資金援助策は、被災地で家を失った被災者にも適応されており、臣民達は資金面で苦労する事も無く、無事に 疎開地に向けて避難する事が出来ていた。 だが、この一連の経済対策は、同時に被災地の大幅な人口流出という副次的な効果も生み出しており、特に、南の辺境領である ウィステイグ領では、同地に住んでいた250万の臣民が、今では160万人に激減して産業の復興が全く進まぬという事態に陥っている。 ウィステイグ領の領主であるフリテム・リヒンツム伯爵は、税収が大幅に減ったため、領地を維持する事が難しいという報告を送っており、 帝国上層部はリヒンツム伯爵に対しても、緊急に援助金を送っているのだが、ウィステイグ地方への戦略爆撃は現在も続いているため、 援助金の大半は、施設や道路の復旧費に消えていくのが常である。 ウィステイグ領よりも北にある2つの領地でも状況は同じであり、南部3領の産業は空爆のみならず、臣民の人口流出と、それに伴う 消費量の低下によって深刻なダメージを受けつつあった。 「この状況を打開するには、敵の戦略爆撃を阻止するか、あるいは、何らかの形で効果を失わせるかしか、方法はありません。」 「私からも、説明があります。」 ユシオント商工大臣に変わり、今度は内需大臣のユルヴァ・フリヴサが説明を始めた。 「先程、商工大臣の説明にもありましたが、我が帝国臣民の購買意欲が低下している事は、開戦前と比べても明らかです。それに加え、 人口の流出は、この首都でも起きつつあります。わが内需省の調査によりますと、帝都の臣民が使用した金銭は、昨年のこの時期と比べて、 約3割近く減っているという結果が出ました。原因としては、帝都内の市場や、郊外で経営していた人気の商店や、商会が解散して店を 閉めるか、あるいは別の地方で移転するか等で、帝都の民が欲しがっていた物が無くなり、それが、民の購買意欲の低下に繋がった物だと 思われます。それに加えて、この首都ウェルバンルの地理的条件が原因で民が首都を離れ、物を買う消費者が減少した事も、金銭の使用量 が昨年のこの時期と比べて、減少した原因の1つと考えております。」 「人口流出か……これは痛すぎるな。」 オールフェスは、後頭部を掻きながら呟く。 「近い内に、本格的な対策を立てないと行けないだろうな。爆撃を受けている南部は仕方ないとしても、国の中心である首都近郊の経済まで もが衰退したとあっては、今後の戦局にも響いて来る。商工省と内需省でその辺りを考えてくれ。なんなら、共同チームを編成して対策に 当たってもいいぞ。」 「はっ。わかりました。」 オールフェスの指示を受け取った2人の大臣は、恭しく頭を下げてから、腰を下ろす。 2人の大臣に変わって、今度は医療福祉省のエリミャ・シボルィクが席を立った。 (むむ、エリミャの姐さんか。こりゃきつい事を言われそうだな) 彼は、この中では唯一の女性大臣を見るなり、心の中で不安げに呟いた。 腰まで伸ばした緑色の髪に、華奢な格好のシボルィク大臣は、今年で35歳になるが、姿恰好は20代中盤にも見える。 元は海軍出身の軍人であり、リリスティの先輩でもある彼女は、8年前に戦傷で軍務を離れてからは、元老院の議員として議場で活躍を続け、 開戦前には若干30歳にして、大臣に任命されている。 その手腕は、並居る古参達でさえもが唸るほど優秀であり、オールフェスも彼女には一目置いていた。 「陛下。現在、我が国はアメリカを含む連合国と交戦中でありますが、我が帝国軍は、対米戦を開始して以来、既に100万を超す将兵を 失っています。このため、国内では、肉親を失った事により、精神を病む者や、命を絶つ者が出始めています。それに加え、民の中には、 この戦争が、いずれ我が国の国土にも及び、住民でさえも巻き込んだ戦が繰り広げられるのではないか?という不安の声も出始めています。」 「その辺りに関しては、国内省側からの報告で聞いている。今更、聞く必要はないと思うが。」 「はい。ここまでは、陛下が以前、お聞きした通りです。ですが、問題はここからです。」 シボルィク大臣は、オールフェスの突き放す様な言葉にたじろぐ事無く、平静な声音で言葉を発して行く。 「先も話した通り、戦死した遺族の中には、精神を病んだ上に、命を絶つ者が現れ、それに至らなくても、戦争の行く末を案ずる声が 増え始めています。ここまでなら、まだ問題はありません。ですが、ここ最近、戦争を継続する帝国政府内に、不満の声を発する者が 急速に増えつつあります。」 「何?それは誠か?」 国内省のギーレン・ジェクラ大臣が反応した。 「はい。確かな筋の情報です。」 「何たる事だ!偉大なる我が帝国の民ともあろうものが、陛下に対して不敬な言葉を発するとは!」 「おいおい、ジェクラよ。今は落ち着けよ。」 いきなり喚き出すジェクラを見ていたオールフェスは、半ばあきれ顔になりながら宥める。 「はっ。申し訳ありませんでした……シボルィク大臣、邪魔して悪かったな。続けてくれ。」 彼女は、説明を中断された事を気に留める様子も無く、淡々とした口調で言葉を続けた。 「この不満の声は、大半が、戦略爆撃を受けた南部地方の民から発せられておりますが、一部では中北部の住民からも発せられている、 という情報もあります。陛下、これら一連の声は、今の所多くは聞こえておりませんが、民の中には、不満を言わなくても、心中には 何か思う所がある者が、相当数いると思われます。やはり、民も気付いているのかもしれません。我が帝国が、この戦争に勝てぬ事を。」 シボルィク大臣が言い終えるや、どこからともなく呻き声が漏れた。 「大臣の言う事はもっともだな。」 オールフェスは、シボルィク大臣の言う事を冷静に受け止めた。 「今は、広報省の努力のお陰で、臣民の士気は未だに高いが、アメリカの連中に南部を焼き討ちにされた上に、こうまでも大損害を 受けては、大臣の言う様な事が起こるのは、ある意味当然と言える。今の所、遺族の連中にも援助金をバラ撒いたりして対策を取って いたが、今後は別の方法での対策も考えないといけないな。」 「はっ。臣民の士気を高める為にも、何か変えなければ行けないでしょう。例えば、臣民が心の底から安堵する様な希望を与えるとか……」 彼女はそう言いながら、隣に座っている国外相のグルレント・フレルに目を向けた。 シボルィク大臣から冷たい視線を送られたフレルは、しかし、それに反応しなかった。 「そうだな……では、そこの所は後で考える事にしよう。報告、大義であった。」 彼は、仰々しい言葉を発しつつ、心中では (はぁ……いつ言っても、この言葉は俺に似合わねぇなぁ) と、幾ばくかの恥ずかしさを感じていた。 内政面での報告を聞き終えたオールフェスは、最も気掛かりとなっていた軍事面での報告を聞こうとしていた。 「では、軍部の代表から話を聞きたいが、何か報告はあるか?」 「はっ。では、私から。」 陸軍総司令官のウィンリヒ・ギレイル元帥が説明を始める。 「現在、我が陸軍は、属領であるバイスエ領に20個師団、ヒーレリ領に34個師団。そして、帝国本土南部に30個師団を配置して おります。連合軍は、4月末にバイスエ領を占領して以来、進軍を止めておりますが、バイスエ領並びにヒーレリ領の領境付近には、 敵部隊が集結中であり、連合軍はバイスエ、またはヒーレリ領へ向けて近々、大規模な侵攻作戦を行う物と予想しております。」 「敵の戦力はどれぐらいだ?」 オールフェスは、すかさず聞いた。 「威力偵察とスパイの調査の結果、バイスエ方面には最低でも20個師団ないし、25個師団。ヒーレリ方面には30個師団の 存在が確認されています。また、本土南部の国境には、敵は40個師団の戦力を配置しております。この方面の敵は、2月以来 この状態のまま待機を続けているようです。」 「陸軍側としては、集結中の敵部隊に対する攻撃は行わないつもりですか?」 ジェクラ大臣が聞いて来る。 「行いません。いや、行えない、と言った方が正しいでしょう。攻撃を行うにしても、中核となる石甲師団は数が足りず、特に、 帝国本土南部の部隊は、40個師団中、4個が石甲師団で、残りは砲兵師団か、軍直轄の予備歩兵師団、並びに予備機動旅団ぐらい しかありません。また、敵の占領地に攻勢を仕掛けるにしても、我が軍の航空部隊は、敵の航空部隊よりも数が少なく、万が一、 制空権を確保したとしても、距離の関係上、短期間で制空権を奪取される恐れがあります。我が航空部隊の基地は、領境から 100ゼルド以上離れているのが常ですからな。」 アメリカ軍を始めとする連合軍航空部隊は、レスタン領が陥落した翌日から、ヒーレリ領や本土南部の航空基地に対して、断続的に 航空攻撃を仕掛けるようになった。 シホールアンル軍航空部隊は、これらの空襲部隊に対して、果敢に反撃して来たが、次第に数で勝る連合軍航空部隊に押され気味となり、 5月末には、ヒーレリ領境沿いの前線航空基地が全滅するという事態に見舞われた。 この一連の航空撃滅戦でまたもや損害を被ったシホールアンル軍は、苦肉の策として、航空基地を領境から最低、100ゼルド (300キロ)の距離を置いて配置する事を決め、ワイバーン隊や飛空挺隊は、最前線からはるか離れた後方に置かれた。 その結果、航空部隊の被害は日を追う毎に減少し始めたが、逆に、領境沿いの制空権は、連合軍航空部隊に抑えられる形となったため、 領境沿いの地上部隊は、連日来襲する連合軍機の銃爆撃に被害を出していた。 シホールアンル軍部隊の配置は、明らかに防御を重視した形となっており、攻勢に移れる状態では無い。 もし、攻勢に移ったとしても、最前線から100キロも離れていない場所に基地を設けた連合軍に対して、前線より遥か後方に 航空基地を配備してしまったシホールアンル軍では航空支援の密度に決定的な差が出てしまうため、地上部隊が航空支援を受ける前に、 敵爆撃機の攻撃で大損害を出す事は、容易に想像できた。 「ジェクラ大臣。守りの体勢に移っている我々は、攻勢に移れる余裕は、今の所ありません。」 「……なんとも消極的な。」 ジェクラは、失望したと言わんばかりに、頭を横に振る。 「現状では、これが精一杯です。無論、まだ希望はあります。」 ギレイル元帥は、語調を強めながら説明を続ける。 「連合軍がバイスエ、ヒーレリのどちらかに侵攻を行う事は、先に説明しましたが、陸軍としましては、この2つの地方に増援を送る事で、 敵の侵攻に対処する方向で準備を進めています。増援部隊の内訳は、バイスエ方面に5個石甲師団を含む2個軍9師団、並びに3個旅団。 ヒーレリ方面に3個石甲師団を含む2個軍6個師団、並びに2個旅団となっています。」 「ほう、随分と羽振りがいいな。」 オールフェスは、感心した口調でギレイルに言う。 「はっ。北方や西端部の辺境で警備当たっていた部隊を、被害を受けて休養が必要な部隊と交代したのと、動員令を受けて招集された 予備役や新兵が戦力化できましたので、今回のように大規模な増援が可能となりました。元々、我が陸軍は常備軍200万の他に、 予備役200万を有しておりますから、現在も尚、適度に動員を発しつつ、新規部隊の編成を行っております。」 「………」 説明を聞いていたジェクラが、不快そうな目付きでギレイルを見据えるが、ギレイルはそれを無視した。 「陸軍は、訓練が行き届いた師団の層が厚いからな。こう言う時には本当、助かるな。」 「とはいえ、対米戦を経験した部隊が少ない事もあって、実戦でどれだけの戦闘力を発揮できるかはまだわかりません。この状態で 大規模な攻勢を行えば、人員の大量損失に繋がる事は明白であるため、陸軍としましては、そんな彼らにも経験を積ませる為に、 敢えて防御を中心とした戦闘を行わせるようにしております。」 「なるほど。経験のある奴とない奴の差があり過ぎては、実戦ではそれがもとで戦線崩壊、と言う事にもなりかねないからな。」 「しかし、陛下。その大量動員が原因で、属国の将兵が現地民に対して、過度な行為に及ぶ事が増えている、という情報もあります。」 唐突に、シボルィク大臣が口を挟んで来た。 彼女の言葉を聞いたギレイルは、あからさまに不快な表情を浮かべた。 「現地の将兵が懸命に戦えるか否かは、現地の住民の出方次第と言っても過言ではありません。ここは、軍部隊の充実を行うと同時に、 将兵の精神的な教育を計ってはどうかと思いますが。」 「失礼だが大臣。我が軍の将兵は、充分な訓練を受けている。彼らが住民に対して敵対行動を取ったのは、住民が馬鹿な事を考えたからに 過ぎん。」 「将軍。あなたは身内の報告しか聞いていないから分からないのです。私の省の下部組織からの報告では、軍の将兵が現地で略奪を 働いたり、住民の経営する商店に、不当な方法で商品を買ったりなど、様々な報が届いています。これでは、住民の反感を煽っている ような物です。前線の将兵に心おきなく戦って貰いたいと考えるのならば、まずは、このような蛮行を止めさせ、逆に、将兵にも住民に 対する教育を施した方が良いと、私は考えます。エルグマド将軍のやり方が、その見本です。」 シボルィク大臣は毅然とした態度で、ギレイルにそう言った。だが、 「エルグマドの考えで戦争に勝てれば、苦労はしないですぞ!大臣!エルグマドは、現地住民に厚遇を施しながらも、おめおめと逃げ帰った ではありませんか!彼のせいで、我が陸軍は防御一辺倒の戦いしか出来なくなった!帝国の窮状を作り出したエルグマドのやり方は、私は 賛同できん。それに、属国の守備は我が帝国軍が担っているではないか。属国の連中も、我が帝国の一臣民として、軍に無限大の協力をしても いい筈だ!」 ギレイルは、顔を赤く染めながら、シボルィクに言い返した。 それに対して、シボルィクも顔に不快気な色を表す。彼女が苛立った表情を浮かべつつ、ギレイルに反論しようとしたが、それは出来なかった。 「待て。ここは会議室だ。喧嘩をする場所じゃないぞ?」 オールフェスは、冷たい声でそう言い放った。 「今は、建設的な話し合いをしよう。大声で醜く怒鳴り合うのは、会議が終わった後にやってくれ。」 「はっ。失礼いたしました。」 ギレイルは、姿勢を正してオールフェスに頭を下げた。 その一方で、自分の考え方を全否定されたシボルィクは、不服そうに顔を曇らせながらも、無言でオールフェスに頭を下げた。 「話を元に戻します。前線の本格的な兵力配置は、増援部隊の到着を待って行われる予定です。ヒーレリ領では、動員可能の兵力の半数を、 領境沿いから30ゼルドの範囲に配置すると同時に、石甲師団を含む機動軍を要所に配置し、敵の上陸作戦に備えます。バイスエ方面でも、 ヒーレリ領と同様に、前線に配置する部隊を多くすると共に、沿岸部の部隊も適宜増強致します。今度の防御作戦では、このような兵力配置で 臨もうと考えています。陸軍からは以上です。」 「次に、海軍側からの説明になりますが……」 説明を終えたギレイル元帥に代わって、今度は海軍のエウマルト・レンス元帥が口を開いた。 「海軍としましては、目下、母艦航空隊の再建に努めると共に、艦隊の編成を急いでおります。ただし、今回の敵の侵攻に対しましては、 海軍は最小限度の行動に留まるか、あるいは行動が困難であると判断しています。」 「艦隊の再建はどれぐらい進んでいる?」 オールフェスが質問する。 「艦隊の再建としましては、まず、1月のレーミア沖海戦で損傷した竜母群の修理と試験航行は、潜水艦に撃沈されたジルファリアを除いて 全て終了しています。第4機動艦隊は、修理の成った艦と既存の艦、新しく就役した小型竜母を含めて訓練に当たっています。また、今年の 4月より戦力の成ったフェリウェルド級戦艦が、他の新鋭艦と共に第4機動艦隊に編入され、訓練を行っています。第4機動艦隊の戦力は、 6月20日現在で正規竜母6隻、小型竜母8隻、戦艦7隻、巡洋艦13隻、駆逐艦36隻となっています。巡洋艦と駆逐艦の数が少ないのは、 重要度の高い竜母や戦艦を優先的に修理したため、未だに修理が成らず、戦線に復帰できていないためと、補充と喪失が追い付いていない事が 原因となっております。その他にも、戦艦マルブドラガと巡戦マレディングラ、ミズレライスツはまだ修理が続いているため、他の巡洋艦や 駆逐艦と同様に、前線に復帰できておりません。その他の艦隊に関しては、第4機動艦隊と共に行動した第2、第3艦隊以外の艦隊は、前回の 海戦に参加していない事もあって以前と変わらぬ状態で任務に当たっています。」 「……しかし、ジルファリアの喪失が痛すぎるな。」 オールフェスが渋面を作りながら、レンス元帥に言った。 「ワイバーン搭載数が90騎以上を誇るホロウレイグ級は、財宝並みに貴重な存在だったんだが……」 「米潜水艦の活動海域が、以前よりも大幅に変わった事に気付かなかった我々の責任です。その事に関しては、深く、お詫びを申し上げます。」 「まぁ、済んだ事は仕方ない。海軍はあの後、レンフェラルの報復で小型空母を2隻沈めているから、収支としてはほぼ釣り合っているな。」 オールフェスの言葉を受けたレンス元帥は、恭しく頭を下げた。 正規竜母ジルファリアは、5月11日に、帝国本土西部にあるヴィランヅィ海軍工廠で損傷修理を終え、試験航行を行っていたが、その翌日、 米潜水艦の雷撃を受けて撃沈されてしまった。 シホールアンル側は知らなかったが、ジルファリアを撃沈した潜水艦は、ロックウッド中将の指揮する第6艦隊所属の潜水艦アーチャーフィッシュであった。 アーチャーフィッシュは、ミスリアル海軍から試験敵に渡された、小型の生命反応探知妨害装置の試験運用を行うため、ミスリアル海軍の士官2名と 共に3週間の哨戒活動に出ていた。 5月12日早朝。3隻の護衛駆逐艦と共に洋上を行くジルファリアを発見したアーチャーフィッシュは、ジルファリアの左舷側前方2000メートルから、 6本の魚雷を発射した。 魚雷は6本中、4本がジルファリアに命中した。 唐突に雷撃を受けたジルファリアは、たちまちの内に大火災を起こして洋上に停止し、被雷から1時間半後に沈没した。 アーチャーフィッシュは、魚雷発射後に探知妨害装置が故障したため、3隻のシホールアンル駆逐艦に追い回されたが、奇跡的に危機を脱し、 浮上後、艦隊司令部に向けて、敵大型竜母1隻を雷撃、撃沈確実という電報を発していた。 それから1週間後、レーミア湾沖の第5艦隊は、レンフェラルの攻撃で護衛空母バゼット・シーを撃沈され、キトカン・ベイが大破 (レンフェラルはキトカン・ベイも撃沈したと誤認している)するという手痛い仕返しを受けているが、その2日後にはコメンスメント・ベイ級の ネームシップであるコメンスメント・ベイとモンメロ・ガルフが補充として到着し、戦力の穴は埋められた。 米潜水艦の雷撃によって、貴重な正規竜母を失うという手痛い損害を受けたシホールアンル海軍であるが、艦隊の再建はその後も進み、 6月20日までには、完全ではない物の、形の上では“見物に出来る程度の”艦隊を再建する事が出来た。 「レンス提督。艦隊は相当数の規模を擁しているようだが、それでも、連合国海軍には戦いを挑めないのかね?」 ジェクラが質問を投げかけた。 「無理です。」 レンスは即答した。 「彼我の戦力差があり過ぎます。レンフェラルの情報によりますと、レーミア湾から30ゼルドないし、40ゼルド沖には、空母 4、5隻を中心とした機動部隊が2隊程、常時うろついているとの事です。それに加えて、レーミア湾港には、確認できただけでも 空母14、5隻が停泊中であり、これらの空母部隊は、交代で洋上の警備を行っているようです。また、最近入手した情報によりますと、 マルヒナス運河西方沖を航行中の別の空母機動部隊が、レーミア湾方面に向かっているとの報告も、上層部にもたらされております。 情報部の分析では……」 レンス元帥は、情報部と言う言葉を口にした時だけ、嫌そうに顔を歪めた。 「アメリカ太平洋艦隊は、レーミア湾沖に最低でも空母23隻を集結させ、沖合の警備を行いながら、次期侵攻作戦の出撃に備えて いるとの事です。大臣、我々が動員可能な竜母は14隻。それに対して、敵は空母が23隻です。その内、敵の主力であるエセックス級 正規空母は、我々が艦隊で有している正規竜母の数と比べて、およそ倍の数はいます。航空戦力は、2:1どころか、3:1の割合で 敵が有利でしょう。そのような場所に、艦隊を突っ込ませる訳にはいきません。」 「………」 レンス元帥の説明を聞くジェクラは、次第に表情を曇らせていく。 「百歩譲って、それで戦うとしても。全滅は免れないでしょう。ですが……時期が来れば、全滅覚悟といえでも、敵の空母を2、3隻、 道連れにする事は出来ます。しかし……母艦航空隊の錬度が未だに低い今は、敵機動部隊に対して決戦を挑んでも、一方的に討ち取られて いくだけです。それこそ、射的訓練の如く……」 「つまり、海軍としては、今度の防衛作戦には大兵力を投入出来ない、って事だな?」 「はっ……率直に申し上げて、そう言わざるを得ません。もし、竜母部隊全てを投入するとなると、あと3カ月は必要になります。 そうでなければ、母艦航空隊は一部を除いて、全く使い物になりません。」 海軍側の厳しい現実の前に、誰もが顔を俯かせた。 海軍の状況は、畑の案山子と罵られても何も言えぬ状態にあった。 艦艇の修理と再建はある程度成ったが、補充の乗員はまだ新米であり、使えるまでは相当の時間を要する。 それは、新鋭艦にも言える事であり、新たに第4機動艦隊に配備された3隻の小型竜母も、乗員は艦に慣れ切ってはおらず、艦隊航行すら ままならない状況だ。 艦艇や航空隊の数は揃えども(それも、かなりの無理をして、である)真の意味での再建には程遠いと言えた。 「ただし、状況に応じて小規模の打撃艦隊を編成する事は可能です。第4機動艦隊には、実戦経験の豊富な2個竜母群がある上、 巡戦マレディングラ、ミズレライスツの修理も1週間後には完了します。また、新鋭戦艦のフェリウェルド級は、前級と同様に 15リンルの高速力を発揮出来ますので、他の巡洋艦や駆逐艦と組ませて、一撃離脱専門の打撃艦隊に加える事も可能です。」 「つまり、少しばかりの戦力は出せる、と言う事か。」 「はい。とはいえ、戦力が出せるか否かは、敵の状況を見極めてからになります。」 「そうか……海軍側の状況は理解出来た。」 オールフェスは頷いた後、心中に疑問が湧いた。 「ところで、もしバイスエに敵が侵攻して来た場合、海軍はどうする?首都の軍港に張り付いている艦隊を敵にぶつけるつもりなのか?」 「いえ。バイスエに侵攻した場合に備え、新鋭の巡洋艦を含む快速艦隊を既に配備しています。この艦隊は、元々は第4機動艦隊に配備予定 の艦隊でしたが、モルクンレル提督を説き伏せて、何とか回す事が出来ました。この他にも、フェリウェルド級戦艦の3番艦もこの艦隊に 加える予定です。また、第4艦隊に配備されている旧式戦艦は、機関換装を含む大改装を終えていますので、敵の旧式戦艦にもある程度は 対抗可能です。強大な米太平洋艦隊相手には戦力不足は否めませんが、嫌がらせを行うには充分と言えます。」 「ほう。やるじゃないか。」 オールフェスはニヤリと笑った。 「軍事面での報告はこれで終わりかな?」 オールフェスの問いに、2人の将官は無言で頷いた。 「一通り、報告は聞かせて貰った。あとは、いつもの通り、この報告で聞いた問題で、それぞれが思った事を議論して貰おうか。」 彼は次のステップに移ろうとしたが、その時、国内相のジェクラが手を上げた。 「どうした?何か意見でもあるのか?」 「はっ。私から少々申し述べた事があるのですが、宜しいでしょうか?」 「いいだろう。」 オールフェスは頷いた。 「では……私から意見を述べさせて貰います。」 ジェクラは席から立ち上がり、参加者達を眺め回しながら言葉を発し始めた。 「最近、我が軍のたび重なる敗北の報に失望されていた方も多い事でしょう。私としましては、参加者各位に、私が思い立った案を 申し述べさせていただく。」 ジェクラは不意に、厳しい視線をレンス元帥とギレイル元帥に向けた。 「我が軍の敗北の原因は、将兵の徹底抗戦の意思が無いから起こった物であると、私は考えております!何故そう思うのかと言いたいで しょうが、私は、その証拠を持っております。」 ジェクラは、懐から2、3枚の紙切れを取り出した。 「これまでの作戦で、帝国陸軍だけでも100万近く、海軍も含めれば100万名以上の人員が失われていますが、損失人員の中には、 敵に情けを乞い、降伏した輩も多く見受けられます!捕虜から得た証言では、レスタン領で得られた我が軍の捕虜は、なんと10万以上 にも上ると言われています!10万ですぞ!」 ジェクラは、紙切れを振りかざしながら、詰問口調でレンスとギレイルに言う。 「閣下!あなたの陸軍は、敵に小突かれただけで腰砕けになる兵士をむざむざと前線に送り付けたのですか!?」 「大臣。貴方は一体、何を言われておられるのか?前線で戦い抜いた将兵を馬鹿にして居るのか?」 「馬鹿になどしたくはありませんが、敵に寝返った者に寛大なるほどの神経を、私は持ち合わせておりません。」 「何だと!?貴方は、我が軍を馬鹿にして居るのか!」 「その台詞はこちらのセリフですぞ。」 いけしゃあしゃあと言い返すジェクラに、ギレイル元帥は半ば呆れた。 「何ぃ?」 「前線で戦う兵士は、敵を殺す事であります。それをやらずに、自分の命欲しさに敵に投降する兵士を増やした軍上層部こそ、我が帝国を 馬鹿にしております。このような有様では、我が軍が崩壊して行くのは目に見えております。」 ジェクラは視線を、玉座に座るオールフェスに向けた。 「陛下!私から提案があります。」 「なんだ?」 「今後、前線の将兵が戦意を喪失し、敵に投降して利敵行為を働く事を防ぐためにも、これからは軍内部に、軍外部から出向した督戦を 専門とする部隊を置くべきかと、私は思います。」 ジェクラの発した言葉を聞いたギレイルは、絶句してしまった。 「大臣。それはつまり、戦い疲れて退却して来た味方部隊を、後ろから剣でつっ突き、無理矢理前線で戦えと脅すという事ですか?」 「分かり易く言えばそうなります。場合によっては、無断で退却して来た不良兵を処刑して、隊の士気を維持させる事も考えております。 陛下!もしこの督戦部隊の編成を行えば、このように、無様に敵に命乞いをする輩も減る筈です!既に、私は独自の判断で、10万近い 人員を集めて、いつでも任務を執行できるように訓練に当たらせております。今後の軍事作戦を円滑に進める為にも、督戦部隊の編成と 投入は、すぐにでも行うべきです!」 「……確かに、前線では後退した兵を脅しすかして、戦わせる場合もある。だが、それは、その場にいた上官の思い付きで行われる 事だ。始めから、後ろから味方を追い立てる目的で部隊を編成するとは聞いた事が無い。いくら負けが込んでいるとはいえ、それは 狂気の沙汰ではないか!」 ギレイル元帥が怒声を上げる。 「貴方は、そこまでして、帝国に勝利を求めたいのか!?」 「将軍。相手は連合軍だ。敵を圧倒するには、温存している予備兵力は勿論の事、常備軍を全て投入した人海戦術しかありません。 だが、普通にそれを行うには難しいであろうから、士気の維持を目標とした私の督戦隊が必要になって来るのです。今は技術も進歩し、 魔道銃という兵器も出てきておりますから、士気が限り無く低くなった部隊でも、魔道銃2、3丁で援護してやれば、敵陣に突っ込んで いくでしょう。」 「……すまないが、その魔道銃はどこに向けて撃つ予定だ?敵かね?」 「出来るだけ、敵を撃つ事に使いたいですが……場合によっては、怖気づいた味方に活を入れる時にも使うでしょうな。」 「!!」 ギレイルは、思わず頭に血が上ってしまった。 「如何です、陛下。この際、軍の士気を高める為にも、督戦隊は必要不可欠だと思いますが。」 ジェクラは、自信満々にそう告げた。 大会議室には、これまでにない重苦しい雰囲気に包まれている。その中で、ジェクラだけは異様に活き活きとしているように思われた。 それに対して、オールフェスは…… 「いや、すまんが必要ねぇな。」 あっさりと断ってしまった。 「ジェクラよ。味方を脅すだけしか能の無い、役立たずは別にいらねえんだよ。俺が必要とおもうのはな、魔道銃を敵に向けて撃って、 初めて戦局に貢献できる、“使える兵士”なんだよ。督戦を専門とする部隊だって?戦いでへとへとになった味方に戦えって言うぐらい なら、自分達で戦わせろよ。ギレイル、そう思わないか?」 「はっ!ごもっともであります!」 ギレイル元帥は、活きの良い声音でそう答えた。 それに対して、ジェクラは、自分が考えた自信満々の策が、あっさりと否定された事に呆然としていた。 「は…………し、しかし!」 「何がしかしなのかな?」 オールフェスは、ずいと前のめりになる。 「陸軍は陸軍で精一杯頑張っているんだよ。捕虜が出るだと?それでいいじゃないか。相手は本当に優しい人間なんだからよ、捕虜なんか 取らしちまえばいい。捕虜の連中は、曲がりなりにも、傷付きながらも戦い抜いた戦士だ。中には、一生消えない傷を負って、廃人同然に なった奴も居るかも知れない。でも、別に構わん。それに対して、お前の言っていた督戦隊って奴だけど、それはあるだけ無駄だから。 何で、敵の爆撃で残った、なけなしの補給物資を、“味方撃ちしか知らん糞共”に分けてやらないといけないんだ?無駄だろうが。」 オールフェスは、きっぱりと言い放った。 「と言う事で、ジェクラの案は取り下げる。帝国軍には、馬鹿共にあげる程、物資の余裕はないんでね。それに……500年前の悲劇は 繰り返したくない。」 「な…………」 「ああ、それともう1つ。お前が集めた10万の人員だが、そのまま陸軍にあげてくれ。密かに訓練を施しているようだから、徴兵したての 新兵よりは仕上がりも早い筈だ。」 「え…………」 「これは皇帝命令だ。この会議の終了後、すぐに取り掛かってくれ。」 オールフェスは、有無を言わぬ口調で、ジェクラに命じた。 「……わかりました。陛下の仰せられるままに……。」 ジェクラは、自らの敗北を悟り、大人しく席に座った。 「ギレイル。陸軍には、国内省から“味方撃ち部隊”10万がやって来る。連中を、敵を撃てるように再訓練し、歩兵師団なり、石甲師団に 混ぜるなりして、使ってくれ。」 「……ありがとうございます!これで、幾ばくかは前線の維持が出来るでしょう。」 オールフェスの英断に感極まったギレイルは、幾度も頭を下げた。 「ジェクラ。今回の不手際については不問にする。お前も色々とよくやってくれているからな。今回の失敗を教訓にして、以降の仕事に 取り掛かってくれ。分かったな?」 「はっ。畏まりました。」 ジェクラは、半ば諦めたような表情を浮かべつつ、しっかりとした声音でそう答えた。 この日の会議は、正午までには終わった。 オールフェスは会議を終えた後、くたびれた様子で執務室に戻って来た。 「全く……今日もただ、疲れるだけの会議だったな。」 ため息交じりに呟いた彼は、机の前に置いてある椅子にどっかりと腰を下ろした。 「ジェクラの提案には驚かされたな。これからは督戦隊が流行だ!と言わんばかりのツラで喚きやがって。あいつ、あれでも名門貴族の出かね? 500年前、何が起こったのか歴史の勉強で習った筈なのに……」 シホールアンル帝国が、現在の領土の半分程度の大きさしか無かった時代。 980年頃のシホールアンルは、かつて、シェルフィクルを首都としていたシェリクル大公国との戦争に明け暮れていた。 当時の皇帝であるポリスト・グレンディル王は、こう着状態に陥った戦況を打開するため、部隊の後方に督戦隊を置いた。 督戦隊の任務は、前線から離れようとした兵を引き止め、戦いにつれ戻したり、制止を振り切って逃げようとした兵は問答無用で殺害して、 士気を維持させる事にあった。 だが、督戦隊を投入してから1週間後には、督戦隊の導入に不満を抱く一部軍の考えに賛同した国民と、皇帝側との間で大規模な内乱が 勃発し、それから2年ほどは、シホールアンル帝国は二つに分裂して、血で血を争う内戦を繰り広げた。 結局、グエンディル王は反乱軍によって討ち取られ、シェリクル大公国とは和平を結ばれて戦争は終結した。 このように、督戦隊はシホールアンルを亡国に陥れかけた疫病神として、今でも民に嫌われていた。 その嫌われ者で、役立たずの集団を、ジェクラは復活させようとしたのである。 「ジェクラの奴は、アメリカのいた世界では、督戦隊を使って戦争を遂行させていた国もあったとか抜かしていたな。ソビなんとか という名前らしいが、まさか、それを聞いて自分達の国でも出来ると思ったのかねぇ。」 オールフェスは、不意にジェクラの似顔絵が描かれた書類を見つけた。 何を思ったのか、彼はジェクラの顔に落書きをし始めた。 程無くして、オールフェスは、ジェクラの首に、「私は兵を無駄に死なせようとした国賊です」という札を下げた落書きを描いていた。 「てめえはその通りだ。督戦隊なんていう屑集団を考える暇があったら、自分のケツの穴でも掘ってろや。」 彼は、口汚い言葉でジェクラをののしった。 「……もっとも、俺も人の事は言えないけどな。」 オールフェスは自嘲気味に呟いたあと、気を取り直して、つまらない書類仕事を再開させた。 1485年(1945年)6月24日 午後1時 レスタン民主国レーミア この日、戦艦アイオワは、僚艦ニュージャージーと共に5か月ぶりとなる前線復帰を果たしていた。 「艦長!見えました、レーミア湾港です!」 戦艦アイオワ艦長ブルース・メイヤー大佐は、双眼鏡で、今や連合国軍の一大拠点となったレーミア海岸を見つめた。 「レーミアの領境が近いってのに、凄い数の船だな。敵の空襲は大丈夫なのかな?」 「レスタン領の制空権は、完全に連合軍側が抑えているので、空襲の心配は必要ないとの事ですよ。」 副長が暢気な口調でブルースに答えた。 「今は空襲よりも、レンフェラルの襲撃を警戒した方がいいですね。1ヵ月前にも、護衛空母が1隻沈められていますから。」 「レンフェラルか。敵の空襲が無い今は、確かに脅威だな。」 「泊地の航空隊もかなり気合入っているようですよ。」 副長は、空に指をさす。ブルースは、上空に顔を向けた。 艦橋の張り出し通路に出ている彼らは、上空を旋回するPBYカタリナ飛行艇を見つめる。 「しかし、カタリナも頑張るもんだなぁ。開戦以来、ずっと現役だぞ。」 「カタリナはかなり使いやすいですからな。哨戒機としてはまさに、うってつけの名機ですよ。」 「だな。」 ブルースは頷く。彼は視線を、カタリナから左舷側700メートルを航行するニュージャージーに向けた。 ニュージャージーは、アイオワと同様、時速18ノットの速力で洋上を航行している。 実戦で敵戦艦部隊との激しい撃ち合いも経験しているニュージャージーの姿は、まるで、誇らしげに歩く凱旋将軍にも見えた。 「このアイオワとニュージャージーの修理が4カ月で終わるのは意外だったな。」 「ええ。敵弾はこの艦のヴァイタルパートも貫いて、なかなか酷い損害でしたが、海軍工廠の工員達の仕事ぶりは素晴らしいですな。」 「本当だよ。彼らには、いくら感謝しても感謝しきれないね。」 ブルースは、心の底から、短期間でアイオワを修理してくれた工員達に感謝していた。 「そういえば、TF58には既に、ミズーリとウィスコンシン、モンタナが加わっているようですよ。」 「ほほう。て事は、このレーミア湾には5隻のアイオワ級戦艦が揃う事になるのか………」 「8月まで待てば、7隻のアイオワ級勢揃いしますよ。」 「7隻……いやはや、一度は見てみたいもんだ。」 彼はそう言いながら、自然と胸の内が熱くなるのを感じた。 程無くして、レーミア湾港の全容が明らかになり始めた。TF58所属の正規空母や軽空母は、艦種ごとに勢揃いし、その間を 雑多の小型艦艇が往来している。 その中には、港から出航しつつある10隻のリバティ船やLSTの姿もあった。 それらの艦艇は、荷物目一杯積みこんでいるのだろう、喫水を深く下げていた。 ブルースらは知らなかったが、この10隻の輸送船は、バイスエ上陸作戦に参加する第1海兵師団の将兵や装甲車両を満載していた。 7月24日に決まったバイスエ攻略作戦の準備は、この日から本格的に開始されたのであった。
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第244話 リーシウィルム上陸 1485年(1945年)8月1日 午前7時 ヒーレリ領都オスヴァルス 領都オスヴァルスにあるヒーレリ領行政庁舎では、新たに飛びこんで来た報告の前に、誰もが苦しげな顔を浮かべていた。 「連合軍の艦隊が、リーシウィルム沖に大挙出現しただと!?」 ヒーレリ領領主であるウルムス・クヴナルヴォ伯爵の悲鳴じみた声を、ヒーレリ駐留軍参謀長オーボス・レジェノ少将は内心、 不快な気持になりながらも、表面上は平静さを取り繕いながら無言で頷く。 「駐留軍司令部は一体何をやっておった!?たった2000名足らずの守備隊でリーシウィルム海岸を守り切れぬと分からなかったのか!?」 「しかし領主殿。我々駐留軍司令部は、あなたの要請の通り、転用出来得る限りの兵力を反乱鎮圧と連合軍の迎撃に振り向けております。 こちらの言い分を再三再四無視されながら、ですが。」 レジェノが発した言葉に、クヴナルヴォは顔をしかめながら返した。 「あ、あの時は……それが最善の策だと思ったからだ!」 「お言葉ですが領主殿。戦場という物は何が起こるか分からぬのが常です。だからこそ、我々は上陸に最適と思われていたリーシウィルム海岸に、 守備部隊を張り付けていたのです。」 レジェノはそう言いながら、内心では無理解な領主に呆れていた。 もともと、リーシウィルム海岸には1個師団を配備していたが、反乱鎮圧のため師団の戦力の大半を引き抜いた影響で、同地には 1個連隊程度しか置いていなかった。 クヴナルヴォは、連合軍の主力がバイスエに向けられている今、リーシウィルムへの強襲上陸はあり得ないと判断し、駐留軍司令部の反対を 無視してリーシウィルム守備隊の大半を強引に引き抜いたのだが、そのリーシウィルムに、連合軍は大挙襲来して来たのである。 「情報では、リーシウィルム沖に500から600隻以上の大船団がおり、敵の艦載機約5、60機が常時、船団の空を旋回しているとの事です。 これは、明らかに本格的な上陸作戦です。これまでの経験からして、敵は少なくとも、3個師団程の兵力を有しているでしょう。」 「3個師団……」 クヴナルヴォが一言呟いた後、口調を変えて言葉を放つ。 「その3個師団は歩兵師団の可能性が高いと思うが。歩兵師団ならば、機動力は低い筈。敵が上陸したてなら」 「領主殿。その考えは非常に危険です。」 レジェノはクヴナルヴォの言葉を遮った。 「その3個師団が歩兵師団である。それもあり得るでしょう。ですが、ただの歩兵師団では無い可能性が充分にあります。貴方も我が司令部からの 報告はお聞きになられている筈です。」 レジェノは、机に置かれた地図に視線を向ける。 領境沿いに配置された守備軍は、大きく2つに分断された上に包囲されている様子が描かれている。 敵の包囲網はかなり厚く、包囲下の部隊は現在、解囲攻撃を実施中だが、敵の迎撃も熾烈で攻撃は全く捗っていない。 「領境守備軍……いや、このヒーレリ駐留軍の主力部隊が包囲されているのです。前線からの報告では、遭遇した部隊は、アメリカ軍、南大陸軍ともに 戦車師団や自動車装備の高機動師団ばかりしかおりません。この事を踏まえて、リーシウィルム沖の敵部隊が、戦車師団や自動車化師団を伴わぬという 考えはなさらぬ方が宜しいでしょう。」 「では……我々はリーシウィルムに敵が上陸して行くのを、指をくわえて見るしかないのか!?」 「駐留軍の現在の戦力と、配置状況ではこの敵に対応しきれないでしょう。」 きっぱりと言い放つレジェノに、クヴナルヴォは怒声を上げかけたが、それを何とか抑え込む。 「………司令官閣下はなんと言われておる?」 「実を言いますと、司令部でも意見が分かれておりまして、領境守備軍に包囲網を突破させ、このまま徹底抗戦を続けるか。それとも、戦線を一気に 縮小し、本国から応援を要請して敵を北部で食い止めるか。」 「領境守備軍に徹底抗戦をさせた方が良いだろう。上手く行けば、包囲している敵を逆に分断出来るかも知れん。」 「機動戦力の少ない領境守備軍には無理な話です。」 レジェノは再び否定する。 「包囲下にあるとはいえ、17個師団12個旅団……計32万名以上の大兵力だ。彼らは今も、懸命に包囲網の連合軍を猛撃しておる。いずれは」 「それが無理であると話しているのです。」 またもや冷徹に判断するレジェノに、クヴナルヴォはついに激発した。 「君ぃ!今も懸命に戦っている友軍部隊に対して失礼だとは思わんのかね!?」 クヴナルヴォの怒声が室内に響き渡り、誰もがクヴナルヴォに振り向いた。 だが、レジェノだけは動じた様子もなく、ただ冷たい目付きでクヴナルヴォを見つめ続けている。 「私があれこれ言う度に否定ばかりしおって!君は本当に帝国軍人なのかね!?敵のスパイではなかろうな!」 クヴナルヴォは、相手が軍の将官であるにもかかわらず、侮辱的な言葉を発した。 しかし……レジェノがそれに動揺する事は無かった。 「お言葉ですが領主殿。私はスパイではありません。偉大なる帝国軍の一将官であります。」 「ならば……何故味方の奮闘が無意味と言わんばかりの説明をするのだ!」 「私も心苦しいとは思っていますが……それが動かしようの無い現実であるからです。領主殿。」 「………」 クヴナルヴォの侮辱的な発言を気にも留めず、依然として冷徹な言葉を吐き続けるレジェノに対し、室内の事務官や幹部達は、ただ唖然とするしか無かった。 「私からも申し上げます。」 レジェノは、理知的な顔に無表情さを貼りつかせたまま説明を行う。 「私が司令部を出る前に、司令官はリーシウィルムの上陸船団に対して、海軍に対処を要請する事を検討すると申しておりました。領主殿。私としては、 ヒーレリ領側からも、海軍の出動要請を行う方が宜しいかと思われます。」 「私の方からもだと?」 「はい。」 レジェノは頷く。 「現地駐留軍司令官の要請のみでは受け入れられぬ可能性があります。ここは、本国からの応援を要請するためにも、海軍への出動要請を同時に行う方が 最善であると思われます。現地司令官と現地行政の長から同時に要請が来れば、本国もおいそれと無視できぬでしょう。」 「なるほど……司令官と話をする必要があるな。」 対応に窮していたクヴナルヴォにとって、レジェノが発した提案は魅力的に思えた。 「だが……一介の参謀長である君がこのような事を発して良いのかね?本来は、駐留軍司令官であるパスヴィド大将がやる事だと思うが。」 「パスヴィド閣下は司令部で多忙を極めておりますので、私が代理を務めています。私は、先の言葉を自分なりに工夫しながら伝えろと命じられました。」 「……と言う事は、パスヴィド将軍は領境の主力部隊を……」 「はっ。領主殿の察する通りです。」 クヴナルヴォは、自分の体から血の気が引くのを感じた。 「領境の主力部隊は、解囲攻撃の際の無理な力押しが祟り、甚大な損害を被っております。包囲下にある32万の将兵は、もはや突破を 行う力を有していないでしょう。」 「なんたることか……」 レジェノの言葉を聞いたクヴナルヴォは、目線を地図に向けた。 「……戦場は、まだ南とリーシウィルムだけに留まっておる。すぐにでも司令官と会って、増援の要請をせねば!」 クヴナルヴォはなんとか意識を保ちながら、すぐに司令部へ行く準備を整え始めた。 その時、オスヴァルス市内に空襲警報が鳴り響いた。 「な、何だ!?」 「領主閣下!空襲警報です!連合軍機の大編隊が、南方より接近中との事です!」 部下の報告に色を失ったクヴナルヴォは、慌てふため息ながら防空壕へと避難して行く。 レジェノはその後ろ姿を見るなり、諦観の念を浮かべていた。 (……戦場が南とリーシウィルムだけ?違いますよ。制空権の有利が連合軍にある以上……) レジェノは、窓の外を眺めた。 上空を、緊急発進したワイバーン隊が飛んで行く。 その数は40騎程であるが、常に200機以上の大編隊を差し向けて来る連合軍機の前には、頼りなさを感じさせた。 (このヒーレリ中が戦場と言えますぞ。領主殿) 8月1日 午後2時20分 リーシウィルム 午前8時ちょうど。第3、第4海兵師団の進撃で始まった上陸作戦は、なんら抵抗らしい抵抗も無いまま順調に推移し、午前9時には幅4キロ、 奥行き2キロの橋頭堡を確保した。 午前10時過ぎには、早くも第3海兵師団の先鋒が進撃を開始し、橋頭堡は徐々に拡大されつつあった。 揚陸作業もたけなわになりつつある午後1時。リーシウィルム海岸に後続を乗せたLSTの群れが接近しつつあった。 第1自由ヒーレリ機甲師団第12戦車連隊を指揮するアルトファ・トゥラスク大佐は、指揮戦車のキューポラから身を乗り出し、LSTの前扉を 真っ直ぐ見据えていた。 「大佐!もう間も無く接岸です!」 LSTの甲板上にいるアメリカ軍水兵がトゥラスク大佐に知らせて来る。 トゥラスク大佐は右手を上げながら頷き、来るべき時に備えた。 LSTの速力がみるみる下がって行くのが伝わって来る。トゥラスク大佐は操縦手に指示を下した。 「そろそろだぞ。開いたら横を擦らないよう、ゆっくりと行け。」 「了解です!」 操縦手が張りのある声音で答える。 (いい声だ。こいつも、心の中では喜んでいるのだろうな) トゥラスク大佐は内心呟きながら、自らも、祖国の土を踏む事に対して、躍り上がりそうな気持に包まれている事にクスリと笑った。 LSTの艦首が持ち上がった、と思うと、艦首部分が駆動音を軋ませながら開かれていく。 操縦手がエンジンを唸らせる。 アメリカ製のシャーマン戦車が400馬力のエンジン音をがなり立てる。 LSTの艦内に載せられた20両の戦車が放つエンジン音はかなりやかましく感じるが、トゥラスクには逞しい音色に感じられた。 前方を遮っていた鉄製の扉が、完全に前倒しされた後、外に待機していたLSTの水兵がひょっこりと顔を出し、手を振って来た。 「出ろとの合図だ。行くぞ!」 「了解!!」 操縦手は、先程よりも大きな声で答えると、愛車を発進させた。 ゆっくりと扉をくぐり、下り坂となっている前扉を踏みしめながら、砂浜に降り立つ。 彼の率いる戦車連隊は、LSTの水兵や、海岸で進撃準備を整えていた米海兵隊の将兵に見守られながら、リーシウィルム海岸の砂浜に 注ぐ次と上陸していった。 トゥラスク大佐は周囲を見回した後、半ば声を震わせながら言葉を吐く。 「ようやく、帰って来たな。俺達の祖国へ。」 彼はしばしの間、感慨に耽っていたが、その時間も長くは無かった。 「よし。物思いは手短に済ませて……無線手!師団本部からは何か言って来たか!?」 「ハッ!まだ何も言って来ません!」 トゥラスクはそうかと返しながら、心中では意外だなと感じていた。 自由ヒーレリ機甲師団の指揮官であるポエグ・スキムバニ少将は、本国が併合される前は騎兵連隊を率いていた事もある勇猛果敢の軍人であり、 先のジャスオ戦線では、シホールアンル軍石甲師団相手に奮闘している。 トゥラスクは、スキムバニ師団長が、ある程度の戦力を揚陸したらすぐに前進せよと命じるかと思っていたが、当の本人からの命令はまだ 発せられていないようだ。 「……もう少ししたら、親父さんも命令を飛ばして来るでしょうから、それまではこの海岸でのんびりしておくか。」 彼はそう言うと、懐からタバコを取り出し、火を付けた。 命令が下ったのは、それから2時間後の事であった。 自由ヒーレリ機甲師団は第3水陸両用軍団司令部からリーシウィルム市の攻略を命じられ、揚陸の成った第12戦車連隊と第3機械化歩兵連隊の 2個大隊が市街地の攻略に向かって行った。 同日 午後8時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル ウェルバンルにある海軍総司令部の作戦室では、海軍総司令官であるエウマルト・レンス元帥以下の司令部幕僚達が机の地図を取り囲み、 様々な顔色を浮かべながら協議を行っていた。 「ヒーレリ領から直接、要請を受けたとあっては、我々も何らかの行動を取る必要があると考えます。」 主席参謀長が当然とばかりに言葉を発する。 「私も同意見であります。」 航空参謀もそう答えた。 「現在、リーシウィルム沖には、約800隻近くの敵上陸船団が停泊しており、それをアメリカ海軍の機動部隊が護衛しているようです。 が、敵機動部隊の保有する空母数は、バイスエ戦線に投入されている敵機動部隊の存在からして、あまり多くは無いと思われます。ここは、 再建中の第4機動艦隊を派遣して敵上陸船団を攻撃するべきかと思われます。」 「航空参謀もこう言っています。司令官、今こそ、我が海軍も動く時ではないでしょうか?」 主席参謀長はそう問いかけた。 それにレンス元帥が口を開きかけたが、そこに副総長が待ったをかけた。 「私は承服しかねます。」 海軍総司令部副総長、リリスティ・モルクンレル大将は、レンス元帥にそう言いながら、主席参謀長と航空参謀を睨み付けた。 彼女は7月24日付けで第4機動艦隊司令官の任を解かれ、新たに海軍総司令部副総長に就任し、首都勤務となった。 リリスティは、第4機動艦隊の後任をワルジ・ムク大将(7月28日に昇進)に推薦し、29日からはムク提督が第4機動艦隊の 指揮を執っている。 「主席参謀長と航空参謀の言われる事は明らかに間違っている。総司令官、第4機動艦隊の有する現在の戦力はご存じですね?」 「あ、ああ。」 レンス元帥は、いささか困惑気味になりながらも、首を頷かせた。 「第4機動艦隊の稼働竜母は、正規竜母が3隻に小型竜母が7隻しかありません。書面上では、我が海軍は正規竜母を5隻、小型竜母12隻を 有している事になりますが、正規竜母の内、1隻は先の海戦で受けた傷を未だに癒している途中で、もう1隻は慣熟訓練中。小型竜母に関しても、 12隻中1隻は修理中、4隻はこれまた慣熟訓練中と言う有様です。護衛艦に関しても、先の海戦で大破した戦艦は修理中で、新たに配属された 3隻の新鋭戦艦のうち、2隻が慣熟訓練中、巡洋艦や駆逐艦に関してもほぼ同様と言う状況です。」 リリスティは冷たい目でレンス元帥を見据えた。 「このような状況で、第4機動艦隊が敵機動部隊にまともに立ち向かえる訳がありません。」 「し、しかし。第4機動艦隊の竜母は10隻もいる。」 「航空戦力は450騎。1月時と比べて、たったの2分の1程度しかありませんよ。」 レンスが意見を言おうにも、リリスティの鋭い指摘の前に悉く遮られていく。 「それに対して、リーシウィルム沖の敵機動部隊は、9隻ないし10隻程度ですが……」 情報参謀のヴィルリエ・フレギル大佐も口を開く。 「10隻中、正規空母は6隻程度はいるでしょう。そして、その内の2隻が、最新鋭の大型空母、リプライザル級かと思われます。」 ヴィルリエの目が異様な光を発する。 「航空戦力は、リプライザル級の搭載数、約130機と、エセックス級の搭載数、約100機以上。それに、インディペンデンス級小型空母の 搭載数を加えて……少なくとも700機の艦載機は有しているでしょう。」 「………」 ヴィルリエの発した言葉に、レンスらが押し黙る。そこにトドメとばかりに、リリスティが付け加える。 「ハッキリ申し上げて、艦隊を正々堂々と派遣する事は自殺行為です。」 「……副総長。」 レンス元帥は、眉間に皺を刻みながらリリスティに言う。 「君と情報参謀の言葉はよく分かる。なるほど、敵は分力とも言える艦隊だけで、帝国海軍の主力を上回る戦力を有している。そこに突っ込めば、 確かに無謀だろう。だが……」 彼は、表情をより険しい物にしながら、言葉を重ねる。 「これは、皇帝陛下も強く要望されておる。ここで出来ませんとは言えぬのだ。」 「……!」 リリスティの顔が一瞬だけ、怒りに染まる。 だが、すぐに平静さを取り戻した彼女は、改まった口調でレンスに聞いた。 「では。海軍は必ず、何らかの行動を取らねばならないのですね?」 「命令とあらば致し方あるまい。」 「………そうですか。」 リリスティは、内心深いため息を吐きながら、頭を頷かせた。 「わかりました。」 「うむ。それでは、海軍は近日中に、リーシウィルム沖の敵艦隊に対して攻撃を行う。その攻撃方法だが……副総長や情報参謀の話を聞く限り、 母艦航空隊の錬度に不安の残る第4機動艦隊は到底、敵艦隊と正面から戦える状態には無い。そこでだが………私は諸君らの意見を聞きたいと 思っている。副総長。」 レンスはリリスティを見据える。 「長年、実戦を経験した君なら、この時、どうやって戦おうと思うかね?」 「戦うも何も……本音を言えばとっとと逃げ出したい所です。ですが……どうしても戦うしかないのならば、それまでやって来た方法をまず変えてから 戦うべきかと思います。」 「ほう。具体的には、どのような事かね?」 「私が指揮するのならば……まず、敵機動部隊と戦う事を考えません。」 「副総長。それはまずいのではありませんか?」 航空参謀が真っ先に異を唱えた。 「制海権を確保するにはまず、敵機動部隊を叩かねばなりません。アメリカ機動部隊は強大そのものです。この難敵を打ち倒さぬ限り、第4機動艦隊は まともに近付く事すら出来ぬかと。」 「ま、確かにアメリカ機動部隊は鬱陶しいからねぇ。」 リリスティはコクコク頷きながらそう言う。 「でも、それは制海権を取る、という前提……ひいては、敵の船団そのものをリーシウィルム沖から完全に排除する、という前提になるでしょう?」 「そうなりますが……」 「私は何も、“制海権を奪取する”なんて一度も言ってはいない。」 「制海権を奪取しないですと?奪取できなければ、まともに艦隊行動はできませんぞ!?」 航空参謀が苛立ちを含んだ口調で問い返す。 「制海権を奪取しなければ、味方艦隊は行動できない……正確には制空権も必要になるけど。まっ、常識的に言えばそうだねぇ。ヴィル。」 リリスティはヴィルリエに目配せする。 「航空参謀。確かにあんたの言う通りだ。じゃあ、もし、制海権、制空権を奪取しなくても、第4機動艦隊が行動出来る環境が限定的ながらも 存在すると言ったら、どうなる?」 「………言葉の意味がわからないんだが。」 航空参謀は、ヴィルリエを汚い物でも見るかのような目で睨みつけながら言う。 「要するに、敵の高速空母部隊が一時的にせよ、居なくなったらそれでいいのでは?と言う意味さ。」 「空母部隊が居なくなるだと?そんな事あり得んだろうが!」 航空参謀が怒声を発する。 「でも、それがあり得るかも知れないんだよね。」 ヴィルリエは微かな笑みを浮かべながら言うと、リリスティに向けて手を上げた。 「副総長。しばしの間、自室に戻ってもよろしいでしょうか?」 「ええ。構わないよ。」 リリスティが許可を下すと、ヴィルリエはすぐさま作戦室を退出して行った。 2分程経ってから、ヴィルリエが室内に戻って来た。 「失礼いたしました。」 彼女はそう言って地図の前に立つと、その上に持っていた紙の束を置いた。 「情報参謀。これは何かね?」 「はっ。レンフェラル隊の通信記録です。これに、私が発した先の言葉の答えがあります。」 ヴィルリエはそう言うと、1枚の紙を航空参謀に手渡した。 「あんたもこれを読んでみな。」 「こんな物を読んで、一体何が分かると言うんだ?」 「まぁまぁ、固い事言わずに。まずは騙されたと思いながら目を通して。」 ヴィルリエはそう言いながら、作り笑いを浮かべた。 「チッ……仕方ないな。」 航空参謀は渋々ながら、ヴィルリエの言う通り、報告書を読み始めた。 「情報参謀。どうして、それに答えがあると思うのかね?そして、それで、本当に護衛の敵機動部隊を船団から離す事が出来るのかね?」 「うーむ……副総長とも以前話したのですが、護衛を離せるか否かについてははっきりと言えません。ですが、成功すれば、敵の護衛効率は 格段に低下するでしょう。」 ヴィルリエは、不敵な笑みを浮かべた。 「要するに、軍艦の食事におあずけを食らわしてしまえばいいのです。」 1485年(1945年)8月4日 午後1時 リーシウィルム沖120マイル地点 第57任務部隊司令官であるジョン・リーブス中将は、旗艦リプライザルの艦橋で、昨日から気になっていた例の情報の続報を、通信参謀から聞いていた。 「潜水艦フラック・スナークからの報告によりますと、3日早朝に出港したシホールアンル艦隊は、18ノットの速度を保ちながらリーシウィルム沖に 向かっているようです。このままですと、6日までには、敵の機動部隊はリーシウィルムを攻撃半径に捉える事が可能となります。」 「むぅ……」 リーブスは複雑な表情を作りながら唸った。 TF57にとって、シホールアンル艦隊出撃の報は意外に思えた。 シホールアンル海軍は、1月のレビリンイクル沖海戦で大損害を負い、その傷が完全に癒えていない今は、積極的に打って出ぬであろうと予想されていた。 ところが、シホールアンル側はアメリカ側の予想に反して、竜母を含む主力部隊を出港させたのである。 竜母を中心とした機動部隊が出撃した事は、TF57司令部を大いに驚かせたが、その後、第5艦隊司令部から迎撃命令を発せられ、TF57は陸上の 航空支援を護衛空母の艦載機に任せ、ひたすら敵機動部隊を待ち続けていた。 アメリカ海軍としては、願っても無い敵主力撃滅のチャンスであり、幕僚達も来る決戦に向けて闘志を高めていた。 だが、TF57司令官のリーブスは、今回のシホールアンル側の反応を不審に思っていた。 「妙だな……」 「どうかされましたか?」 参謀長のフラッツ・ラスコルス少将が聞いて来る。 「いや、どうも引っ掛かる物があってな。」 リーブスは仏頂面を貼りつかせたまま答えた。 「敵は戦力の再建中だったはず。なのに、何故出て来たのだろうか。」 「そう言われれば、確かに……」 ラスコルス少将も不審に思った。 「司令官。もしかして、シホールアンル側はリーシウィルム上陸に仰天したため、慌てて何らかの反撃を企てようとしたのではありませんか?」 通信参謀が唐突にそう言った。 「通信参謀。幾ら何でも、それは浅はかでは無いのかね?」 「いえ、考えられぬ事ではないかと。」 ラスコルス少将が通信参謀に助け船を出した。 「シホールアンルは帝政国家です。このような専制国家は、民主主義国家と違って、情報の統制がしやすい物の、ひとたび情報の隠蔽が発覚すれば、 国民の士気阻喪は民主主義国家と同様か、場合によってはそれ以上に及ぶ可能性があります。恐らく、今回の敵機動部隊出撃も、これ以上の敗報に 耐えられなくなった上層部が、一か八かの賭けとばかりに、リーシウィルムの上陸船団攻撃を命じたかも知れません。」 「……大雑把ながらも、筋は通っているな。」 リーブスは頷いた。 「リーシウィルム上陸部隊は、急遽編成された事もあって補給態勢が万全に整えられている訳では無い。上陸部隊を支える輸送艦群が攻撃……… いや、補給路を結ぶ輸送船団が襲われても、物資の補給が滞る恐れがある。今の所、国境線から侵入した部隊は順調に進撃しているとはいえ、 リーシウィルムの部隊と合流するには、最低でも1週間半日はかかる。そこを敵艦隊に襲われたら目も当てられんな。」 「確かに……一応、上陸地点には1カ月分の物資が運び込まれていますが、それらは全て、野積みにされた状態です。敵艦隊が上陸船団を 蹴散らして海岸に艦砲射撃を加えれば、これらの物資は一瞬にして粉砕され、リーシウィルム周辺の4個師団はたちまち補給切れに陥って しまいます。間の悪い事に、シホールアンル軍は内陸部で部隊を集結させ、リーシウィルム上陸部隊を迎え撃とうとしています。」 「そう言われると、敵もなかなかのタイミングで仕掛けてきた物だな。だが……」 リーブスは、ここで初めて、余裕のある言葉を放った。 「そうなる前に、敵は幾多の試練を越えなければならん。その1つが、我が機動部隊だ。」 「敵機動部隊は、我々を見つけるなり、持てる限りの艦載騎を投入して来るでしょう。そこで、このリプライザル級空母と、ウースター級防空巡洋艦の 真価が発揮されます。」 「うむ。敵機動部隊を叩くのは、敵の航空戦力を減殺した後に、じっくりとやれば良い。上手くすれば、この戦いで、シホールアンル側の洋上航空戦力を 潰滅させる事が出来るだろう。」 リーブスの言葉を聞いたラスコルス少将は、頬を緩ませながら頷いた。 「戦闘開始まではまだ時間があります。今は準備を整え、今後の戦闘と、船団の防衛に万全を尽くす事を考えましょう。」 「うむ……ああ、そう言えば、朝方、新たに船団が入港したようだな。」 リーブスはふと、頭の中で思い出しながらラスコルスに聞いた。 「レーミア湾で準備中だった輸送艦30隻が、カレアント海軍の護衛付きで入港しています。驚く事に、護衛の艦艇の中には、キワモノで知られる 巡洋艦ガメランの姿もあるようですよ。」 「ほう。あのガメランが護衛に混じっているとは。驚きだな。」 リーブスは物珍しそうに言う。 「カレアント海軍もなかなか気合が入っているようで、大いに結構だ。」 彼はそう言いつつ、腕時計に目を向ける。 「……午後1時15分か。そろそろ、艦隊に変針を命じなければな。」 「もうそんな時間でしたか。」 ラスコルスは、自分が何かを忘れていた事に、心中で恥じながらも、先に控えている洋上補給の事に意識を向けた。 「補給船団とのランデブーまではあと2時間ある。明日の正午までには終わらせて、敵の決戦に備えなければならん。」 「確かに。“キッズ”達の補給は手早く済ませたい所ですな。」 ラスコルスはそう言った。 キッズ達とは、輪形陣の外輪部を固める駆逐艦部隊の渾名である。 駆逐艦は航続距離が大型艦と違って短いため、作戦行動中は早くても3日置き。遅くても5日置きに燃料を補給しなければならない。 そのため、機動部隊は定期的にタンカーを伴う補給船団と合流して給油や弾薬の補給を受ける必要がある。 TF57は、先の洋上補給から既に5日が経過していたため、各艦の補給……特に駆逐艦群の燃料補給は早急に行う必要があった。 午後3時40分 リーシウィルム沖南西140マイル地点 TF57が南に変針して2時間が経った。 補給船団との距離は順調に狭まっており、4時30分までには補給を開始できる見込みだ。 「司令官。あと15分で補給船団が見えます。」 「うむ。腹を空かせている艦艇にたっぷりとご馳走を振る舞ってやろう。」 「しかし、この分だと、あと4時間程で夜になりますな。これでは、補給は明日の正午どころか、夕方までかかるかもしれませんぞ。」 「ああ。夜間の補給は安全面から見て、実質的に不可能だからな。補給を受けられなかった艦は、明日まで我慢して貰う。」 リーブスはきっぱりと言い放った。 異変が起きたのは、その時であった。 不意に、スリットガラスの向こう側に薄い黒煙が噴き上がっていた。 かなり遠い所で上がっているためか、黒煙は小さく見える。 だが、その色は真っ黒に染まっており、煙の量はかなりの物であった。 「司令官、あれは……」 「待て。あそこの方角には、補給船団が居た筈……!」 リーブスは、自らの胸の内にどす黒い不安感が広がるのを感じていた。 「司令官!補給船団より緊急信です!!」 唐突に、通信参謀が艦橋に飛び込んで来た。 「我、敵海洋生物の攻撃を受ける。油槽艦ネオショー並びにトラッキー被弾炎上。護衛駆逐艦2隻も攻撃を受け大破。同海域での補給任務は、 現状では不可能と判断せり………司令官!」 「………」 リーブスは何も答えず、右手で額を抑えた。