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WROLD ALL(仮題) …ドイツ語のヴェルトール。 事象世界、宇宙の意。 1月1日 ア ルヘイム(鯰の故郷)というこの国は大陸西方の南部、スードと呼ばれる比較的温暖な地域を領有している国で、大昔からエルプ山脈をはさんだ北部のトイトや 西部のケルト、東部のポレなどに居を構える、ヴァナヘイム、ヴィンドヘイム、ニザヴェリルといった国々とは領土をめぐって何度も戦争を繰り返している歴史 を持つ。 大昔のスードは都市ごとに小国家が軒を連ね、争いあっていたのを300年ほど前に初代の王となるヴァーヴォル1世が統一してアルヘイムを建国したといわれており、そのような国柄もあってか、弱肉強食の実力主義が常識となっている国でもある。 他の国と何度も戦争を行い、その度に勝利してきただけあって兵器や戦術などの技術は高いものを持っているのが自慢でもある。 アルヘイムは(ほかの国も大抵そうなのだが)身分制度の強い国で、王族、貴族、士族、平民、農民の階級ごとに階層を作って社会が形成されていた。 王族と貴族が政治をつかさどり、士族が軍事を担う。 一応、専制主義国家ではあったが地方分権の色も濃いという一面も持つ。 というのも、もともとが小国家の集まりで、統一後300年たつ現在も貴族たちは地方の都市を領有してそれなりの勢力を保っている。 故に、王族の子弟が玉座を巡って争うときなどには、貴族の後ろ盾をどれだけ多く味方につけることが出来るか、というのが重要視された。 第27代目の国王であるヴィーウル4世の死去の直後、次の後継者として最も有力であったのは王弟ニューラーズ公だった。 彼は7つの地方都市領を支配する7人の大貴族の後ろ盾を得て、第28代目のアルヘイム国王として即位するはずだった。 しかし、即位の直前となって7人の大貴族のうち6名が、先王の忘れ形見である12歳になったばかりの幼い王女、ローニを新王をとして推挙、そのまま強引に即位させてしまったのである。 これには、6人の貴族たちとニューラーズ公との間に政治上の権限をめぐる衝突があったと噂されている。 ローニ女王の後見人あるいは摂政となった貴族たちは、既に成人し頑迷で自己中心的なニューラーズ公を御しがたいと判断し、まだ幼い女王を傀儡として自らの思うままに政権を握る心積もりでいたのだ。 当然、王になるはずだったニューラーズ公はこれに納得するはずがなく、唯一自分を後援するラーズスヴィズ伯とともに女王と貴族たちに対し叛乱を企てた。 しかしならが、公とラーズスヴィズ伯の持つ戦力では、既に近衛騎士団と常備軍を掌握した貴族たちに対抗できるはずもない。 どう見ても勝ち目はないはずだったが、公には勝算があった。 公は、切り札ともいえる「援軍」を配下の魔法士に命じて召喚していたのである。 その援軍とは、国外…ヴァナヘイムやヴィンドヘイム、あるいはスードの西端の小国ロガフィエルなどの周辺諸国から呼び寄せたものではなかった。 国内の紛争に外国の力を借りれば、後々面倒なことになるのはわかりきったことだ。 ただでさえ、諸外国はスードの温暖で肥沃な土地を虎視眈々と奪う機会を窺っている。 ならば、公はどこに援軍を求め、貴族たちに対抗しようとしたのか? その答えを、貴族たちは戦場で知ることになる。 近衛軍と常備軍を率いてヴァグリーズの平原へ会戦に赴いた6人の貴族たちは、そこで異様な姿かたちの軍隊を目にすることになる。 見たこともない銃や砲、そして鉄の車を使う、まだら色の服を着た異貌の集団が、そこに待っていたからだ。 修道会の本部ヴァルファズル大聖堂は三つの巨大な円錐状の建築物が寄り集まったような形をしている。 この巨大建築物は250年ほど前に当時の国王ガングレイリ2世が命じて建築が始まったもので、着工してから120年ほど経過した段階で工事が打ち切られ未完成のまま現在に至る。 建築予算が国庫に多大な負担をかけるとの理由から建築途中のまま放棄された西の塔の上部三分の一は、基礎の骨組みだけという少しみすぼらしい姿をさらしていた。 その西の塔に、私たち「姉妹」の寮は置かれていました。 今日も王都から修道会へ魔法士の援軍を求める女王の(貴族たちの、というほうが正しいかも知れない)使者達が大聖堂の城門前広場で開門を求める声を叫ぶ。 ほどなくして人の背丈の3倍はあろうかという巨大な門は開かれ、使者たちは中へと入っていった。 私はそれを寮の自室、南側に面した日当たりのいい小窓から見下ろしている。 最近はそれが、日課になりつつあった。 早駆けの馬で来る使者の一団が大聖堂に来ない日は一日とてなく、彼らが肩を落として帰ってゆかなかった日も未だなかった。 異世界軍…ジエイタイを味方につけたニューラーズ公の軍は既に貴族の支配する二つの地方都市領を攻め落とし、王都まで40里の距離まで迫っているという噂だった。 「姉妹」たちの間では、私たち「魔法士」が異世界軍と戦うことになるのかならないのか…つまりは、修道会が貴族たちに援軍を差し向ける決定を行うのか否かという話題でもちきりで、誰もが訓練や勉強に手のつかない有様…というよりは、噂話や議論のほうに夢中になっていた。 現在のところ、修道会は中立、不介入の立場をとり続けているが、将来的にどうなるのかはわからない。 大聖堂が王都のすぐそばにある以上、この場所も戦争に巻き込まれないとも限らないのだ。 「それは、無いんじゃないのかな」 『黄色の姉妹』のスルーズが唐突にそう言ったので、『赤』のミストや『黒』のスケルグが「突然何?」とでも言いたげげな顔をこちらに向ける。 『黄』の派閥に属する感応系の魔法士であるスルーズは、他人の思考を読む魔法に長けている。 彼女は、私が頭の中で考えていたことを読み取り、それに答えたのだが、ミストやスケルグにはわからない話だったので、二人は怪訝そうな顔をしたのだ。 「修道会は神聖不可侵な神の家だもの。 修道会に手出しをしたら、国中を敵に回すことになるわ。 ニューラーズ公がそんな暴挙に出るとも思えないけれど」 それを聞いて、スケルグが「なんだ、その話?」とあきれたような顔で納得する。 私も、いきなり人の思考を読んで話しかけてくるスルーズの突拍子の無さには少し呆れるものがある。 いきなり話しかけられた方はびっくりするだろうし、周りで聞いていた人たちもいきなり何を言い出したのか戸惑うだろう。 スルーズは、そのあたり天然でデリカシーに欠けているんじゃないかと思える節もある。 「そ、そんなつもりは無いんだけれどなっ…でもその言い方はひどいよっ」 彼女はまた私の思考を読んだけれど、ミストとスケルグには話が伝わってないのでわからない。 スケルグは「二人だけで会話するのやめてくれない?」と溜息をつくし、ミストに至っては何がなんだかわからず、きょとんとしている。 「…で、スヴァンは何を考えていたって?」 スケルグが書き物をしていた手を止めて、私を見る。 私の名前は本当はヒルデというのだけれど、ここの「姉妹」たちはスヴァンヒルデ…さらに前半分だけでスヴァンと呼ぶ。 スヴァンヒルデというのは御伽噺に出てくる、戦場で戦士たちを導く戦乙女の名前らしいけれど、私は自分の名前を変えられて呼ばれるのはあまり嬉しく思っていない。 もっとも、スケルグや「姉妹」たちの多くは「もともとヒルデというのはスヴァンヒルデが短くなった名前なのだからいいのよ」と言って抗議しても押し切ってしまう。 だからなんとなく、私はここではスヴァンという名前で呼ばれていた。
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第287話 狭間の国の使者 1486年(1946年)2月1日 午前8時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル シホールアンル帝国首都ウェルバンルの北1ゼルドのホメヴィラと言う集落に差し掛かった馬車は、そこで首都方面より 出てくる避難民の群れに巻き込まれた。 それまで快調に進んでいた馬車は急に速度を緩め始め、程無くして止まってしまった。 「特使殿!申し訳ありませんが、しばらく通りの流れが悪くなります!」 御者台に座る男が、内装の施された車内に向けてそう伝える。 馬車に乗る2人の男は、それを聞いても特に気にする様子は無かった。 「相分かった。道を行く民に気を付けながら動かしてくだされ」 黒い三角状の帽子を被った2人の男の内、茶色を基調とした、特徴のある服装をした男が顔に笑みを交えながら、御者にそう返す。 「了解いたしました」 返事を聞いた御者は、そのまま前に向き直った。 もう1人の男は、一旦窓に顔を向け、複雑そうな表情を浮かべてから、仕えている彼に顔を向ける。 「若殿、見て下さい。シホールアンルの民が大勢、家財道具を抱えて都から逃れております……ウェルバンルは、シホールアンル随一の都の筈ですが」 「うむ……やはり、見通しが暗いのであろうな」 若殿と呼ばれた男は、鼻の下に整えた髭を触りつつ、付き人である彼に言う。 若殿……もとい、イズリィホン将国特別使節であるホークセル・ソルスクェノは、特に何も感じていないような口調で部下に言いはしたが、 彼も内心では、世界一の超大国であるシホールアンルで見るこの光景に、心の中で驚きを抱いていた。 「となると……幕府上層部はやはり、この国を」 「クォリノよ。ここはこれぞ……?」 彼は、クォリノと言う名の付き人に対し、自らの口の前に人差し指を置いた。 特別使節補佐兼、ソルスクェノの付き人であるクォリノ・ハーストリは、それを見て軽く咳ばらいをした。 「は、少し口が過ぎましたな」 「とはいえ、そちがそう思うのも無理からぬ事だ。幕府の言う事も、ようわかる」 ソルスクェノは、先日受け取った本国からの通信を思い出し、頷きながらそう言う。 「しかし、これでイズリィホンに戻れますな。実に6年ぶりでございますか……大殿や奥方様も、今頃は首を長くして待っておられる事でしょう」 「おいおい、気の早い奴よ」 ハーストリの言葉に、ソルスクェノは思わず苦笑してしまった。 2人は雑談をかわして暇を潰していくのだが、馬車は避難民の列に引っ掛かったまま、思うように進まなかった。 そのまま10分程過ぎた時、それは唐突に始まった。 馬車の外から、急に異様な音が響き始めた。 「これは……」 「若殿!」 ハーストリは、血相を変えてソルスクェノと目を合わせた。 「くそ!こんな時に空襲警報か!!」 御者台にいた国外相の男が苛立ち紛れに叫びながら、馬車を道の脇に止める。 そして、慌ただしく御者台から降り、馬車のドアの向こうから避難を促した。 「特使殿!空襲警報が発令されました!これより最寄りの退避所まで走りますので、馬車から出て下さい!」 2人は、互いに目を合わせたまま頷くと、ハーストリが先に立って、ドアを開いた。 周囲にいた人だかりは、突然の空襲警報にパニック状態に陥っていた。 そこに現れた2人は、一瞬ながらも周囲の注目を集めた。 視線が集中するのを感じた2人は、半ば恥ずかしい気持ちになるが、それも空襲警報のサイレンと共にすぐに消えうせた。 「さあ、こちらへ来てください!」 2人は、御者の男に先導されながら、待避所まで走った。 程無くして、官憲隊が開放してくれた半地下式の防空待避所の傍まで走り寄った。 「来たぞ、あれだ!」 官憲隊の若い男が、空を指差しながら叫んだ。 ハーストリとソルスクェノは、男の言う方向に目を向ける。 冬晴れと言える心地の良い青空には、南の方角から無数の白い線が伸びつつあり、それはウェルバンル方面に向かいつつあった。 彼らは知らなかったが、この時、南方より出現したB-36爆撃機40機が、首都周辺に残存する戦略目標を叩く為、 飛行高度14000を保ちながら目標に接近しつつあった。 「あれが、音に聞こえるアメリカと言う国の……」 「特使殿!まもなく敵の爆撃が始まります。急いで中に!」 「う、うむ!」 ソルスクェノは、御者に勧められるがまま中に入ろうとしたが、何かを思い出し、その場に踏み止まった。 「クォリノ!例の物は持っているか!?」 「若殿!抜かりなく!」 ハーストリは、背中に抱いた貢ぎ物をソルスクェノに見せた。 「よろしい!中に入るぞ!」 空襲警報のサイレンを聞きながら、2人は待避所の中に入っていった。 内部には、既に避難してきた住民が溢れんばかりに入っており、2人は御者と共に、窮屈な中で爆撃が収まるのを待ち続けた。 どれほど待ったのかは判然としなかったが、唐突に大地が揺れ動き、次いで、轟音が響くと、ソルスクェノは自らの鼓動が急に 高まるのを感じた。 伝わって来る衝撃は大きく、待避所の内部が揺れ動くたびに、天井の埃が上から落ちてくる。 (これが、空襲という物か……なんて恐ろしい物じゃ) ソルスクェノは心中で、恐怖を感じていた。 祖国イズリィホンでは、名のある武家の後継ぎとして多くの事を学び、その中でも武芸の類は小さい頃から習得に励んできた事も あって、どのような状況においても冷静になれるとの自負があった。 だが、今……ソルスクェノは、異界の国が作った、戦略爆撃機の空襲から逃れ、どこかで炸裂する爆弾の振動や衝撃に体を小さく して堪えるだけだ。 昨年12月のウェルバンル空襲も、彼は自らの目で見、計り知れない衝撃を受けたが、あの時は遠巻きに見ているだけであり、 危険範囲内にはいなかった。 しかし、今は違う。 今日体験する爆撃は、自分達も巻き添えを受けた物だった。 唐突に、一際大きな爆発音が響き、待避所内がこれまで以上に大きく揺れた。 中では悲鳴が起こり、赤子の鳴き声も響く。 (爆撃という物は、やたらに外れ弾が出るとも聞いている。という事は、わしが隠れているここに爆弾が落ちるという事も……) ソルスクェノはそう思うと、背筋が凍り付いた。 実際、過去の爆撃では、防空壕や待避所に爆弾が直撃し、多数の民間人が死亡した事例も発生している。 彼は、爆弾炸裂に伴う揺れが続く中、ただひたすら、自分達が生き残る事を祈り続けた。 それから20分後…… 真冬であるにもかかわらず、大勢の人で詰まった待避所の内部は暑苦しかった。 しかし、空襲警報解除の報せが伝えられると、2人はようやく外に出る事ができた。 「ふぅ……全く、肝を冷やしますな」 ハーストリは、額の汗を拭いながらそう言うが、隣のソルスクェノは、ある方角を見たまま立ち止まってしまった。 「……若殿。如何なされました?」 「クォリノよ……武士という者は、死を恐れてはならぬと古来より教えられている物じゃが……」 彼は目を細めながらクォリノに言いつつ、北の方角に右手を伸ばした。 その方角からは、幾つもの黒煙が立ち上っている。 「手も足も出ぬまま、空から一方的に狙われるのは恐ろしい物だ。見よ、あの惨状を」 「確か……そこにはさほど大きくはないとはいえ、この国の工場が幾つか建てられておりましたな」 「高空から来た爆撃機とやらは、どうやら、あの工場を叩いたそうじゃな。クォリノよ……この惨状を見て、そちはどう思う?」 「は………幕府上層部のご指示は、正しかったと思われます。あの煙の下には、工場だけではなく、民の暮らす家々も数多にあったはず…… 恐らくは、上方も、我々が巻き添えを食らう事を恐れて」 「ふむ……わしは、もっと見たかったのだが……この国の行く末を……のう」 彼は、懐から扇を取り出すと、それを広げて自らの顔に向けて仰ぐ。 「特使殿!敵の爆撃機は退避行動に移りました。国外相へ移動を再開いたします故、馬車へお乗りください」 「うむ、それでは」 御者に勧められると、ソルスクェノはパチンという小さな音と共に扇を閉じ、袴の内懐に収めた。 程無くして、馬車に戻ると、御者が扉を開けて2人を招き入れた。 御者は扉を閉めながらも、上空に顔を向け、苛立ったような表情を見せた。 高空には、無数の白いコントレイル(飛行機雲)がまだ残っており、そのやや下では、高射砲の炸裂した黒煙が見える。 その下の空域には、迎撃に向かった10機前後のケルフェラクが編隊を維持しながら、魔道機関特有の爆音を響かせて飛行していた。 「畜生!届かない高射砲を撃ちまくって、敵の高度に辿り着けない飛空艇は遊覧飛行をするだけか……!」 御者は苛立ち紛れにそう吐き捨てながら、御者台に座って馬を前進させた。 午前8時45分 首都ウェルバンル 国外省 国外相の正面前まで辿り着いた一行は、職員の案内を受けながら、館内の応接室前まで歩いた。 2人は、袴に頭に付けた烏帽子といった、シホールアンル国内では滅多にお目に掛かれないイズリィホン国武士が身につける服装のため、 国内省の面々からは道中、注目を集めていた。 応接室前まで到達した2人は、ふと、部屋の内部から荒々しい声が響いているのに気付いた。 「ん……?若殿」 「ああ、何やら聞こえるが……」 2人は小声で言い、互いに頷き合うと、そのままの態勢で室内に聞き耳を立てる。 「敵機動部隊がまた首都方面に接近しつつあるだと!?それで、また退避命令か!」 「前回のように、官庁街に敵の艦載機が向かってくる可能性もあります。ここは軍の指示通りにされるのが良策かと」 「く……仕方ない。私はこれから大事な客人と合わなければならん。今は軍の指示通りに動く事にし、後に詳細を詰める事にする」 「了解いたしました」 部屋の中から聞こえる会話はそれで終わり、程無くしてドアが開かれた。 中から、職員と思しき男が会釈しながら退出し、かわって、2人に付き添っていた職員が手をかざして入室を促した。 「お待たせいたしました。どうぞこちらへ……」 2人は入室すると、居住まいを正したグルレント・フレル国外相が満面の笑顔を浮かべて出迎えた。 「これはこれは、ソルスクェノ特使!お久しぶりでございます」 「国外相閣下、お久しゅうございます。国外相閣下におかれましては、お変りも無く」 ソルスクェノとフレルは、挨拶を行いつつ、固い握手を交わした。 「ささ、どうぞこちらへ」 フレルは、室内のやや奥に置かれた2つのソファーの内の1つに2人を座らせると、彼はその対面に座った。 「いやはや、こうしてお顔を合わせるのは、実に2年ぶりになりますかな」 「は。その通りです。それがしも、あの日からもう2年経ったのかと、いささか驚いております」 「もう2年……短いようで長い。しかし、長いようで短いのか……まぁそれはともかく、敵爆撃機の襲来もあるこの情勢の中、 使節館より足を運ばれて頂いた事に、心から感謝しております」 フレルは感謝の言葉を述べてから、本題に入った。 「さて、本日お二方にお越し頂きましたが、あなた方から直接、私にお話ししたい事があると聞き及んでおります。そのお話したい事とは、 一体何でしょうか?」 「は……先日、幕府外務所より命令を承りました。その命令でありますが……それがしは使節館の共を率い、此度の任期満了を待たずして イズリィホンに帰還せよ、との命令をお受けいたしました」 ソルスクェノは懐から、白い包みを取り出し、それをフレルに手渡した。 フレルは、それを両手で取ると、包みを開き、その中にある折り畳まれた白い紙を開いて、黒い墨で書かれた文字をゆっくりと呼んでいく。 書かれた文字はシホールアンル語である。 「なるほど。つまり、離任の挨拶に参られた、という事ですな……」 文を読み終えたフレルは、しばし黙考する。 「貴国外務所の判断は正しいと、私も思います」 彼は顔を上げてから、ソルスクェノにそう言った。 「我がシホールアンル帝国は、不本意ながらも、南大陸連合軍相手に不利な戦を強いられています。貴方達も、昨年12月に起きた首都空襲や、 断続的に行われている、首都近郊の戦略爆撃は目にしておられる筈です。その現状を知った貴国上層部が帰還命令を出すのは当然の事であると、 私は思います」 「国外相閣下。我が祖国イズリィホンとシホールアンルは300年の間、友好国として関係を深めてまいりました。いずれは、軍事同盟を結び、 戦の際は迷う事無く陣に赴き、ともに轡を並べて、雄々しく戦場を駆け抜ける事を夢見ておりました。ですが、それも叶わず……終いにはこのような 事に至り、面目次第もござりません」 ソルスクェノは、沈痛な面持ちで謝罪の言葉を述べる。 だが、フレルは頭を左右に振りながら口を開いた。 「いえ、それは違いますぞ、特使殿。この度の現状は……いわば、シホールアンルに対する罰なのです。そう……業を背負いすぎた偉大なる帝国が 受ける罰です。ですが、友好国の使節の方々にまで、我が国はその罰の巻き添えを負わそうとしている。特使殿、あなた方は悪くありません。 むしろ、悪いのは……このシホールアンルなのです」 彼は深く溜息を吐く。 「思えば、シホールアンルは北大陸を統一した時点で、歩みを止めるべきだったのかもしれません。ですが、それだけでは満足できずに、更にその 先へと足を運んだ。そして、行きつく先がこの現状となるのです。貴国上層部の判断は正しい。私は……その判断を尊重いたします」 「国外相閣下……」 ソルスクェノは顔を上げて、フレルを見つめる。 柔和な笑みを浮かべるフレルには、前回会った時に感じた刺々しさは完全に失せており、今では顔全体に疲れが滲んでいるように見える。 傍から見ても、フレルが内心苦悩している事が容易に想像できた。 「……わがイズリィホンが、貴国との友好関係を結んだのは今から300年前。きっかけは、沖合で難破した貴国の船の乗員を、イズリィホンの民が 救助した事でございました。以来、イズリィホンとシホールアンルの関係は深まり、様々な面でご支援を賜ってまいりました。それがしも、この国に 来てから多くの事を見て学び、各所で見聞を広めてまいりましたが、ただただ、シホールアンルと言う国の大きさに圧倒されるばかりでした。 そのシホールアンルが、異世界から来たアメリカと言う名の国に追い詰められつつある……それがしは、今もその事が夢のようであると思うております」 「若殿……」 ソルスクェノの言葉に含まれていたある部分に、ハーストリは血相を変えた。 彼は慌てて何かを言おうとしたが、それを察したフレルが片手を上げて制した。 「ハーストリ殿。大丈夫ですぞ」 「国外相閣下……!」 フレルは、何故か清々しい表情を浮かべていた。 「さすがは、イズリィホンの中でも有数の武家であるソルスクェノ氏のご子息だ。次期棟梁と呼ばれるだけあり、やはり聡明なお方ですな。 南大陸軍が実質的に、アメリカ軍が主導している事もご存じのようで」 「は……それがしの知識は、風の噂を聞き続けた程度ではござりますが……その噂の中でも、アメリカという国に関する噂は興味が尽きませぬ。 あれほど、烏合の衆とまで呼ばれた南大陸連合の軍勢が、何故、再び息を吹き返し、この北大陸に押し掛けて来たのか。そして、その軍勢に多くの 戦道具を与えながらも、自らの軍にも十分な武具を揃える事ができる、その力……!」 ソルスクェノは次第に語調を強めていく。 「それがしは、その果てしない力を持つアメリカを知りたいと、心の底から思うております。狭間にあるイズリィホンの将来の為にも」 「なるほど……しかし、イズリィホンは尚武の国。これまでに、フリンデルドを始めとする諸外国の侵攻を全て阻止した実績があります。 貴国の軍は強く、数も多いと聞く」 「軍は確かに強い。されど、過去のそれは、島国という特徴を活かした事で得た勝利でもあります。兵の扱う武器は依然として、旧態依然とした ままでございます。もし、イズリィホンがアメリカと戦を行えば……」 ソルスクェノは、しばし間を置いてから言葉を続ける。 「国は一月と持たずに、アメリカに攻め滅ぼされる事になりましょう」 その言葉を聞いたフレルは、ソルスクェノに半ば感心の想いを抱く。 同時に、あの時……シホールアンルにも彼のような冷静さと、探求心があればという、強い後悔の念が沸き起こった。 「今の所、イズリィホンは貴国のみならず、200年前は敵であったフリンデルドとも国交を結び、よしみを深めてまいりました。しかし、 国際情勢という物は移り変わりがある物でございます。今こうしている間にも、イズリィホンを取り巻く環境は変わりつつあると、考えております」 「……正直申しまして、特使殿の考えはよく理解できます。思えば、私も特使殿のように、よく考え、良く判断できれば……と思う物です」 フレルが言い終えると、ソルスクェノは無言で頭を下げた。 顔を上げた彼は、改まった表情を浮かべながら口を開く。 「幾ばくかお話が長くなり、申し訳ございませぬ。さて、此度の儀につきましては、ご多忙の中お会いして頂き、感謝に耐えませぬ」 「いえ。こちらこそ、空襲警報が鳴る中、郊外より端を運んで頂いた事には、深く感謝しております。特使殿、この離任の挨拶の後ですが、国を 離れるのはいつ頃になられますかな?」 「準備が出来次第、早急に移動するように言われております故、さほどを間を置かぬ内にお国を離れるかと思います」 「それがよろしいでしょう」 フレルは顔を頷かせながら相槌を打つ。 「軍の情報によりますと、敵の機動部隊がシギアル沖に向かっているようです。昨年12月のような大空襲も予想されますので、なるべく早い内に、 首都を離れられた方がよろしいでしょう……それから、お国の帰還船はどちらから出られますかな」 「予定では、北西部の一番北にあるミロティヌ港で船に乗り、祖国へ向かう事になっております。万が一の場合を避けるため、ルィキント、 ノア・エルカ列島付近は大きく北に迂回する航路を取る予定になっております」 一瞬、フレルは眉を顰めたが、すぐに真顔になって頷く。 「アメリカ海軍は北西部沿岸部のみならず、同列島の中間地点にも潜水艦を差し向けておりますからな。妥当な判断と言えるでしょう」 「は……それでは国外相閣下。それがしはこれにて帰国いたしまするが、最後にお渡ししたい物がございます」 ソルスクェノは隣のハーストリに目配せする。 ハーストリは傍らに置いてあった、紫色の棒状の包みを手に取ると、それを両手でソルスクェノに渡す。 ソルスクェノも両手で受け取ると、ゆっくりとした動作で、フレルに差し出した。 「これは……?」 「貢ぎ物でございます」 フレルは困惑しながらも、恐る恐ると手に取った。 包みを取ると、中には剣が入っていた。 剣は、柄に質素ながらも、白と茶色の模様が付いており、それは半ば湾曲していた。 イズリィホンの特徴である湾曲した剣は、イズリィホン軍の将兵の主要武器として採用されており、その切れ味は他に類を見ないと言われている。 鞘から剣を抜くと、銀色の刃が現れる。 剣は光に反射して美しく光り、その滑らかな刃は、長い時間見つめても飽きを感じさせないような気がした。 「これを、私に……?」 フレルの言葉に、ソルスクェノは無言で頷く。 噂では聞いていたイズリィホンの太刀を、初めて間近で見たフレルは、その美しさに見とれていたが、程無くして我に返り、剣を鞘に納めた。 「よろしいのですか?このような、立派な剣を……」 「構いませぬ」 ソルスクェノは微笑みながら言葉を返す。 「その剣は……太平の剣と呼ばれた物でございます。わがソルスクェノ家伝来の剣で、父上から餞別として譲り受けたものですが……その剣が 作られたのは、今から300年程前でございます。作られた当時、ソルスクェノ家は田舎の小さな一豪族にしか過ぎませんでしたが、それ以降、 我が一族は幾つかの戦乱を経て、今日のように幕府の要職を任されられる程の大名にまでなりました。その時の流れを、代々の当主と共に経て来た この剣ですが……実を言いますと、この剣は人を斬った事が一度もないのです」 「なんと……」 その信じられない事実に、フレルは目を丸くしてしまった。 「し、しかし……この剣は当主に代々受け継がれてきた物だと……」 「それがしはそう申しました。ですが、この剣は不思議と、戦場において抜かれる事がなかったのでございます。ある時は、敵の軍勢が逃げてしまい、 戦が終わった。ある時は、戦が始まる前に敵を調略して戦わずに済んでしまった。また、ある時は、剣を一時的に紛失してしまい、代わりの剣で 戦場に臨んだ等々……不思議な事に、人を斬る機会を逸し続けたのでございます。そして、先代当主においては、この剣を持つと何かしらの不幸が 起きると決めつけ、別の剣を刀匠に鍛えさせた末に、この剣を、蔵に押し込んでしまったのです」 それまで、淡々と話していたソルスクェノは、途端に表情を暗くしてしまう。 だが、彼は何事も無かったかのように、表情を明るくして言葉を続ける。 「しかしながら、現当主である父は、それがしがシホールアンルに赴任する前に、「この剣は、遥か昔に鍛えられて以来、一度も人を斬る事は無かった。 何故、斬れなかったか分かるか?それは……この剣が戦を嫌う、太平の剣であるからだ」と、それがしに申したのでございます。父がこの剣を渡したのは、 未だに戦を行うシホールアンルで、それがしが災いに巻き込まれないで欲しい……と、願ったからではないのかと思うのです」 「……」 フレルは、無言のまま剣を見つめ続ける。 そのフレルに向けて、ソルスクェノは言葉を続けた。 「今、貴国は文字通り、民草をも挙げての大戦を行われております。国外相閣下も、いつ果てるとも知らぬと思われている事でしょう。 しかしながら……始まりがある物には、必ずや、終わりが来る物でございます。それ故に……」 ソルスクェノは、一度は剣に視線を送る。 そして、再びフレルと目を合わせた。 「それがしは、大戦の終わりを切に願いたく思い……この太平の剣をお渡ししたのでございます」 「そう……でしたか……」 フレルは、思わず言葉が震えた。 しばし呼吸を置くと、フレルは語調を改めて、ソルスクェノに返答する。 「この貢ぎ物。謹んでお受けいたします」 フレルは、太平の剣を両手で掲げながら、感謝の言葉を送った。 彼の言葉を聞いた2人も、深々と頭を下げた。 「それでは、我らはこれで」 2人は立ち上がると、室内から退出しようとした。 ソルスクェノが部屋から出かけたその時、フレルは彼を呼び止めた。 「特使殿!」 「……は。国外相閣下」 ソルスクェノは振り返り、フレルと目を合わせた。 「シホールアンルとイズリィホンの関係が今後も続く事を、私は心から願っております。例え……帝国でなくなったとしても」 ソルスクェノは数秒ほど黙考してから、言葉を返した。 「それがしも、貴殿と同じ思いでございます」 国外相本部施設を出たソルスクェノらは、午前10時30分には北に5ぜルド離れた町にある、イズィリホン将国使節館に戻っていた。 馬車から降り、地味なレンガ造りの使節館に入った彼は、一室にハーストリと共に入室し、室内にある椅子に腰を下ろした。 「若殿、帰国準備は順調に進んでおるようです。この分なら、一両日中には出立できるかと思われます」 「うむ。いよいよ、この地から離れるのだな……」 ソルスクェノは感慨深げな口調で返しながら、脳裏にはこの国で見てきた事が次々と浮かんでいた。 初めて目にする大きな軍艦や、イズィリホンとは違った街並みには心を大きく揺り動かされた。 シホールアンルで見る物全てが、イズィリホンには無い物であり、超大国とはこうである物かと、何度も思い知らされてきた。 だが、ソルスクェノは、シホールアンルと言う国の在り方や、文化を見て学んだだけでは無かった。 彼は、シホールアンルが指揮する対米戦を直接見た訳ではなく、目にした物と言えば、アメリカ軍機の爆撃を受ける街並みぐらいだ。 だが、彼は戦のやり方が従来の物と比べて、大きく変わったという事を肌に感じていた。 それに初めて気づいたのは、昨年12月に、首都周辺を散策していた時に遭遇したあの空襲を見てからだ。 「クォリノよ。わしは、国に帰ったら……この国で見た事を全て話すつもりじゃ。国に帰れば、執権を始めとする幕府のお歴々と会見し、 そして、父上とも話し合うであろう。そこで、わしははっきりと申し上げる」 「若殿……それがしは、大殿はまだしも……幕府の上方が話の内容を完全に理解できるとは思えませぬ。逆に、幕府上層部から、法螺を 吹聴するなと言われるかもしれませぬぞ?」 「何故じゃ。わしは見てきた事、わしの心で感じた事を、包み隠さず話すだけじゃ」 「しかしながら、幕府は若殿の話を理解できましょうか……幕府の猜疑心は強い。今まで、謀反の疑いを掛けられ、族滅の憂き目にあった 御家人や、大名は少なからずおります。若殿が、このシホールアンルでの出来事を執拗に公言しようとすれば、国の不安を煽るものと見なされ、 最悪の場合は謀反を起こし、幕府を揺るがそうとする!と、捉えかねませぬが……?」 「幕府の名誉を選ぶか……わしの命……いや、ひいては、ソルスクェノ一門の命、いずれかを選ぶという事になる。そちはそう言いたいのだな?」 「御意にござります」 ハーストリは深々と頭を下げた。 「……祖父は一門を救うために、自ら命を絶たれた。謀反の疑いを晴らすために……確かに、ソルスクェノ一門の運命は、父や、わしに掛かっている とも言える」 ホークセルは顔を俯かせるが、すぐに上げて、ハーストリを見つめる。 「だが、今の情勢は……幕府だの、一門だのと言っている場合ではない。イズィリホンは文字通り、大国の狭間と言える国じゃ。北には、急速に 発展しつつあるフリンデルドに、東にはシホールアンルがおる。いや……おったのじゃ。敵であったフリンデルドがイズィリホンとの関係を良好に したのは、シホールアンルの機嫌を伺っての事。しかしながら、機嫌を伺ったシホールアンルは、もはやこの有様じゃ」 彼は、頭の中で浮かぶ地図の一部分に、大きく斜線を引いた。 「幕府の名誉や、一門の名誉にこだわる事は、もはや小さき事に過ぎぬ。これからは……イズィリホンという国家の事を考えなければならぬのだ。 そうしなければ、遠からぬうちに、イズリィホンは選択を誤る。そちも見たであろう?あの地獄の如き光景を」 「は。今も夢の中に出る程、心の奥底に刻み込まれております」 「わしは国に帰った時、この経験を問う者に対して……例外なくこう申していく。決して、アメリカという国だけは敵に回してはならぬ。 そうでなければ、この国のようになる……と」 (むしろ、アメリカは味方にした方が良いかもしれぬ) 彼は、最後の一言は国出さず、胸中で呟いた。 後に、イズリィホンは様々な困難を経て、米国も含む東側陣営国の一角として、大戦後の世界でその役割を果たす事になる。 ホークセルは、新生イズィリホン民主共和国の初代国家主席として辣腕を振るう事になるが、それは遠い未来の話である。 1486年(1946年)2月2日 午前8時 カリフォルニア州サンディエゴ アメリカ太平洋艦隊情報主任参謀のエドウィン・レイトン少将は、サンディエゴの太平洋艦隊司令部に出勤するや否や、司令部の地下室より現れた ロシュフォート大佐に引き留められた。 「おはようございます、主任参謀。出勤早々で何ですが……お付き合い頂いてもよろしいでしょうか?」 「どうしたロシュフォート。私は司令部で会議に出席しなければならんのだが……それに、君。体が匂うぞ」 「はは。ここ数日、風呂に入る暇もありませんでしたので。ささ、まずはこちらへ!」 ロシュフォートは小躍りしかねない歩調で先導し、司令部の地下施設へレイトンを案内した。 地下室には、太平洋艦隊司令部で傍受した魔法通信を分析するための特別室が設けられており、そこでは南大陸より派遣された各国の分析官や補助官が、 海軍情報部の将兵と共に入手した情報の解析に当たっていた。 「カーリアン少佐、新しい文言は傍受できたかね?」 「いえ、今の所は入っておりません。傍受できるのは、確認された言葉だけです」 「よし!これで決まりだな!」 バルランド海軍より派遣されたヴェルプ・カーリアン少佐から伝えられると、ロシュフォートは掌を叩いて喜びを表した。 「ロシュフォート。何か進展があったようだが……私をここに呼んだのは、それを伝えるためかね?」 「その通りです」 彼はそう答えつつ、壁一面に張られた言葉の羅列を見回した。 「暗号通信の中で、最も気を付ける事は何だと思われますか?」 「暗号のパターンを見破られる事だろう」 「正解です。ですが、それだけでは、完璧とは言い難いですな」 ロシュフォートはレイトンに体を振り向ける。 「気を付ける事は、他にもあります。それは……使っている暗号を“変えない事”です」 この時、レイトンは、ロシュフォートが何を言おうとしているのか、瞬時に理解する事ができた。 「通常、暗号文を使用する時に、文字のパターンや使用のタイミングも重要ですが、それ以上に気を付ける事は……暗号に使う文を固定しない事です。 それを防ぐために、暗号帳を定期的に更新して解読を避けようとします。こちらをご覧ください」 ロシュフォートは、黒板や壁に掛かれた文字の羅列に手をかざす。 それぞれの文字は、貴族や地名、罵声等、様々な種類に分類され、その下に今までに記録した名や文字が書かれている。 「これらの文字の数々は、我々が今までに記録した文字の全てです。我々は、この合同調査機関が設立されて以来、読み取れる文字を記録し続けて きましたが、この記録の更新が、昨日夜以降……終了したのです」 ロシュフォートは右手の人差し指を伸ばした。 「記録が終了したという事は……敵側は、これまで通りの暗号帳を使用したまま、暗号文を流している事になります。そう、敵は暗号帳を更新していないのです」 「つまり……敵は暗号を使用して日が浅い為、我々が常識としていた、暗号帳を更新するという事を知らない、と言いたいのだな?」 「そうです」 ロシュフォートは頷きながら答えた。 「戦時であれば、暗号帳の更新は3カ月に1回。早ければ2カ月に1回の割合で行います。しかし、シホールアンル側は、暗号を使い始めて2カ月以上 経つにもかかわらず、同一系列の暗号を使い続けています」 彼はニヤリと笑みを浮かべた。 「そして、敵は未だに、ミスを犯した事に気付いてはおりません」 「なるほど……それはビッグニュースだ」 レイトンは満足気に頷く。 「して……解読はできそうかね?」 「努力しておりますが、解読に至るまでは、いましばらく時間が必要です」 「ふむ……」 未だに解読不能という事実に、レイトンは幾分落胆の表情を見せた。 「ですが、敵が暗号帳の更新を行っていない事が判明した今、解読までの道は幾ばくか見え始めたと言えます」 「横から失礼いたしますが……私達が見る限り、この暗号書は何かの文を参考にしながら、作られている可能性が高いと思っております」 口を閉じていたカーリアンが、付け加えるように説明を始める。 「文面の綴りや、名前からして、恐らくは……何らかの本の内容を当てはめて、暗号通信を行っている可能性があります」 「何らかの本とは……これまた信じがたい物だが」 「しかし、内容を繋げてみれば、納得できるつづりも幾つか発見されています。これは間違いなく、何らかの本……有り体に言えば、小説の類や、 物語の内容を当てはめているのではないかと」 「……我々の世界では考えられん事だ」 「通常は、乱数表や数字をメインに暗号を作りますからな。ある意味、この世界の暗号は文学派と言えます」 ロシュフォートは皮肉交じりの口調でそう言った。 「よろしい。この事は、今日の会議が始まる前に長官に報告しよう。ロシュフォート、よくやってくれた。引き続き、解読作業に当たってくれ」 レイトンは彼の右肩を叩いてから、地下室から退出しようとしたが、彼は再び引き留められた。 「主任参謀、もう少しだけお待ち下さい」 「なんだ。まだ何かあるのか……?」 「は………このまま解読作業を行っても、我々は無事に暗号を解読する自信があります。ですが、今は戦争中であるため、何らかの大事件が発生し、 友軍に思わぬ損害が生じる事も考えられます。昨年行なわれた、カイトロスク会戦のような事も……」 「ふむ。今は非常時だ。敵も死に物狂いで抵抗を試みているからな」 「それを防ぐためにも、あらゆる手段を使って、暗号の解読を速める必要があります。そこでですが……」 ロシュフォートは一旦言葉を止め、タバコを咥えて火を付ける。 「少しばかり動いて、敵をせっつかせて見ましょう。そうですな……陸軍のB-36も動いて欲しいと、私は思います」 彼は紫煙を吐きながら、レイトンに説明を始めた。
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※投稿者は作者とは別人です 42 :外パラサイト:2011/01/04(火) 21 02 50 ID PYl3SWRU0 極秘 合衆国陸軍レーフェイル大陸方面軍司令部情報部長室 通牒 宛先 ダグラス・マッカーサー閣下 (他の配布先は付記参照) マオンド軍秘密研究施設の実態について 1 1月24日の会議にてお問い合わせの件に関する要約です。 2 マオンド軍が捕虜および被占領地住民を生体実験に使用していた事実は海軍の潜水艦に救助されたハーピィ族の女性の証言等によりすでに明らかとなっている ところでありますが、停戦協定に基づく武装解除の過程で新たに発見された機密資料を分析した結果、この種の実験は政府の承認のもと、長期間にわたり組織的 かつ計画的に実行されていたことが判明しました。 3 この秘密研究機関の母体となったのは、戦前からマオンド国内各所に開設されていた-最も古いものはソドルゲルグの研究施設で1895年から稼動しています-魔法研究所と呼ばれる施設であります。 この研究所は、表面上は、軍事用の攻勢魔法や新兵器の開発機関という体裁を取っていましたが、実態は魔法の各種人体実験や、特殊兵の練成を目的とした実験場であり、各地から集められた捕虜や亜人種を実験台として生命倫理を無視した人体実験を行っていました。 4 魔法研究所の研究内容がかくも残虐な方向性を持つに至った直接の要因として、1938年5月から停戦にいたるまで国内の魔法研究所を統括する魔法科学省総監を務めたシュニシック・フービ中将の存在が挙げられます。 1917年7月にローズデルク魔法研究所長に就任したフービ大佐(当時)は強引かつ非情な運営によって頭角をあらわし、1919年4月には魔法科学省主席補佐官の地位に着きます。 当 時マオンド国内で潜在的に国王に次ぐ権力を持っていたナルファトス教団と強い繋がりを持つフービ大佐は、教団の政治力をバックに研究所の組織を人員・資金 両面で大幅に強化するとともに、自らの提唱する「理想国家建設のための合理的民族管理計画」を実践すべく強力な指導力を発揮していきました。 記録 によるとフービ少将(魔法科学省総監就任に伴い昇進)は就任時の訓示で「マオンド共和国がレーフェイル大陸を統べるのは神の意思であり、すべての非マオン ド人種はマオンドの国家と国王に隷属する運命にある。すべての非マオンド人種は偉大なるマオンドの平和と繁栄のため、血の一滴まで捧げなくてはならない」 と述べています。 43 :外パラサイト:2011/01/04(火) 21 04 56 ID PYl3SWRU0 5 フービの指揮下で急速に規模を拡大した魔法研究所は、1939年10月から1942年9月までの間に下部組織となる収容所兼実験施設を国内および占 領区域内に多数設立していますが、詳細については鋭意調査中であり、その全貌を解明するには今しばらく時間がかかるものと思われます。 現時点で判明しているのは、これら新設の収容所兼実験施設では所長および実験主任のポストはナルファスト教団からの出向者で独占され、一般職員こそ軍属が多数を占めていたものの、実質的には教団が施設を私物化していたということです。 そしてこれらの実験施設では、ナルファスト教団の教義に沿った形での、人権を無視した実験が日常的に行われていました。 6 これらの施設では、主に薬物投与による精神操作と戦闘能力の強化、そして異種交配によるより強力な魔法生物の創造といった内容の実験が行われていました。 しかしその詳細については停戦後の混乱に乗じて多くの収容所幹部が関係書類を焼却のうえ逃亡中のためその全容は未だ調査中です。 被検体として収容されていたもの達への聞き取り調査も行っておりますが生存者の多くが精神に異常をきたしており、こちらの進捗状況も捗捗しいとは申せません。 7 記録によりますとこれらの実験施設に収容され被検体として実験に供されたもの達は、大部分が実験の過程で死亡するか実用に耐えない失敗作として処分されていますが、ごく少数ながら実戦に投入され、我が軍との交戦に至った事例が報告されております。 もっとも有名なのはグラーズレット沖で行われたハーピィの自爆攻撃ですが、その他にもヴィザコツァの森林地帯では狂化された植物の精霊が操る樹木の襲撃を受け、141連隊第1大隊が少なからぬ損害を受けております。 8 フービおよび主だった収容所の上級幹部は現在も逃亡中であり、関係各機関が大掛かりな捜査活動を行っているにも関わらず未だにその所在を突き止めるに至っていません。 実験試料を取引条件にして南大陸諸国軍内部に存在する反米グループの庇護を受けているとの未確認情報もありますが、こちらの可能性は低いと思われます。 9 停戦協定に従いマオンド国内各地に点在するこれら実験施設は順次我が軍によって開放されておりますが、収容所の管理を引き継ぐ過程において幾つかの問題が発生しております。 一 例を挙げると昨年12月22日にエットメヌチェに進駐した第522野戦砲兵大隊の兵士は接収した実験施設に収容されていた亜人種の惨状に衝撃を受け、義憤 にかられた一部兵士のグループが収容所守備隊兵士に対する私刑を行っておりますが、同様の事例はスエトマンド、ノボチェ、シグランツァの三箇所でも確認さ れています。 10 更に深刻な問題として指摘されているのが各収容所で押収された映像資料の流出であります。 これら実験施設では実験内容の多くは魔術的な記録装置を使用することによって音声付きのカラー動画として記録され、専用の再生装置を使用することによって魔法を使えないものであっても記録装置に収録された内容を閲覧することが可能です。 これらの資料の中でも特に亜人種の女性を被検体とした異種交配実験の記録映像はブルーフィルム同然の内容であり、ソドルゲルグではこの記録装置と再生装置をセットで着服し、密かに合衆国本土に送ろうとした将校のグループが摘発されております。 この問題を放置することは、同盟諸国に合衆国軍兵士のモラルに対する不信感を抱かせる危険があり、早急に抜本的な対策を取る必要があることを特に強調するものであります。 付記 本通牒の写し配布先、ヴァルター・モーデル中将一部、大西洋艦隊情報部気付一部。
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6 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/03/21(日) 07 05 [ LgjpIS.M ] さて、自分が分家一番乗りになってみる訳だが・・・まずは始めから行きますわ。 200×年 日本全国が突然白い光に包まれた!だが人々は死滅していなかった・・・ いや、それどころか殆どの人がその事に気付きすらしなかった。 極々僅かの例外を除いて、人々は普段と何ら変わらぬ夜を過ごしていたのだった。 気付かなかった人間の事を書いても仕方がないので、ここでは例外的存在について 幾つかの例を挙げて、日本国を襲った奇妙な現象について少しだけ記述してみようと思う。 7 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/03/31(水) 18 41 [ LgjpIS.M ] A県某所山中 男は、空一面に広がる星の光を眺めていた。ファインダーと望遠レンズを 通して見るそれは、肉眼で見る星空よりも遙かに美しく輝いていた。 もっとも、男の視力は成人男性の平均値を大きく下回っていたから、 ある意味でそれは当然のことと言えた。 男の周りには着ぶくれて眼鏡を掛けた大人が大量におり、そこにごく僅か、 少年や少女が混じるという奇妙な光景が広がっていた。 天上と地上の、何と隔たりのあることか。男はそんなことを考えて苦笑した。 そこにいる大抵の者は一般社会に於いて「美」という形容詞が絶対に付かない 種類の人々であり、男もまたその光景の一部として溶け込んだ姿をしていた。 男は考えを中断し、もう一度星空へと意識を集中していった。そこには黒い 滑らかな大気が広がり、彼が二十年来良く知った星々が輝いていた。 8 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/03/31(水) 18 52 [ LgjpIS.M ] 彼とその周りの男共は、皆一心不乱にレンズで空を映し出していた。 ビデオカメラ等を持ち出すものもあったが、やはり天体望遠鏡が主力だった。 彼らは別に特別な何か・・・未確認飛行物体や、特定の時期に見られる 流星群や彗星を見に来ているわけではなかった。むしろその逆、彼らの行動は その多くが新しい物を見つけるために行われて居るのだった。 彼らは時間の許す限りを趣味へと割いて、未だ発見されていない天体や彗星を 探し出すために空を眺めているのだった。 天体観測が趣味の教師などは、部活や教育の一環として子供達を連れ立っている ようだったが、それは彼らにとって理解できる行為であった。
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第152話 海面の韋駄天 1484年(1944年)6月26日 午後10時45分 モンメロ沖南18マイル地点 第8艦隊第86任務部隊第1任務群に所属している護衛駆逐艦16隻は、4隻ずつに別れてモンメロ沖に割り当てられた担当海域を哨戒していた。 モンメロ沖南方18マイル地点を哨戒している第78駆逐隊所属の護衛駆逐艦エルドリッジは、僚艦と共に12ノットの速力で航行していた。 露天艦橋で見張りに当たっていた当直将校のルイス・ハワード中尉は、眠気覚ましのコーヒーを啜りながら、左腕に付けている時計に視線を移した。 「あと15分で交代だな。」 彼は、少し嬉しそうな口ぶりで呟いた。 ハワード中尉は3時間近く前から露天艦橋に立っている。 途中、1度だけ用足しで席を外した以外は、ずっとここで哨戒任務に付いていた。 「しかし、南では味方の艦隊が派手に撃ち合っているというのに、ここの空気は静かですなぁ。」 見張り役の水兵がハワード中尉に話しかけてくる。 「静かなのは嫌かい?」 「いえ、嫌という訳ではありませんよ。むしろ、ずっと静かな方が良いですよ。」 水兵は苦笑しながら答えた。それにハワード中尉も反応して、声を出して笑った。 「言えてる。ここが騒がしくなる事は、俺達のみならず、輸送船団全体が危ない事になるからな。」 「自分達がこうしてのんびりしているのも、TF72とTG73.5のお陰ですね。」 水兵はそう返しながら、南の方角に顔を向けた。 ここからは全く見えないが、今頃は、迎撃に向かった味方艦隊が、敵の艦隊と激しい戦闘を繰り広げているだろう。 艦内の通信室には、味方艦から発せられる無線通信が頻繁に入ってきており、乗員達は味方艦隊の動静を確かめようと、 通信室の入り口の前にまで押し掛けていた。 「戦況はどうなっているかな?」 「さぁ、今はなんとも。先ほどはTG73.5で戦艦ミシシッピーが撃破された、という通信を聞いたという奴が居ましたが、 今の所、詳細はわからず仕舞いですね。」 「味方艦隊が頑張っている中、ただ待つというのも、なんだか苦しいもんだな。」 ハワード中尉は悶々とした表情を浮かべながら、水兵にそう言った。 当直員がのんびりとした気持ちで、露天艦橋で会話を交わしている間、CICでPPIスコープを見つめていた ハロルド・ドルファン兵曹は、レーダーに映ったとある影に気が付いた。 「ん?この影は・・・・・」 ドルファン兵曹は目をPPIスコープに近付けた。すると、再び反応が現れた。 「どうした?」 「あ、班長。これを見て下さい。」 ドルファン兵曹は、声を掛けてきたひげ面の少尉に、今し方映った影を指さした。 線が通り過ぎると、三度反応が現れる。その反応は、先ほど見た位置と比べてやや移動している。 「先ほどから南東の方角、方位130度付近から不審な影が映っているんです。しかも、影は徐々に移動しつつあります。」 「本当だ。数は、さほど多くないようだな。」 ひげ面の少尉は、顎をなで回しながら言う。 レーダーに映っている反応は、合計で9。速度は20から22ノットほどである。 「距離は14マイルか。味方艦隊は今の所、マイリーの主力部隊と激戦中だが、味方艦艇の何隻かが、事前に離脱したのかな?」 「そのような報告はありませんよ。」 少尉の推測に対して、ドルファン兵曹は否定的な口ぶりで言う。 「だとすると、こいつは敵、と言うことになるが。しかし、敵がここまで辿り漬けるはずはない。敵の主力部隊は、今は1隻でも 多くの艦艇を必要としているだろうに。」 「ですが、念のために警報を出した方がよいのでは?IFFで敵か味方か、確認するのも良いでしょう。」 「そうだな。」 ドルファン兵曹の案に賛成した少尉は、まずは艦長に報告してから、この謎の艦隊が何であるかを確認させた。 それから1分後、 「なんてこった、IFFに反応なし・・・・こいつらは敵だって言うのか!?」 少尉は半ば仰天したような表情を浮かべて、そう言った。 「たかだか10隻未満とはいえ、マオンド側の軍艦がこんな所まで来るとは。沿岸部には潜水艦部隊が張っていたはずだぞ。」 「しかし、敵は偶然にも、その間をすり抜けることが出来た。そうとしか考えられません。」 「敵艦隊の艦種は何だ?」 少尉は、兵曹にすかさず、敵艦隊の詳細を確かめさせた。兵曹はしばらくの間、PPIスコープに視線を集中させる。 「9ある反応のうち、後続の3つの反応が大きい。そのうち、最後尾の艦は反応が大。」 「反応が大。ということは、戦艦か?」 少尉の問いに、ドルファン兵曹はゆっくりと頷いた。 「・・・・マイリーの奴らめ!」 少尉が忌々しげに喚いた直後、露天艦橋から緊迫した声音が流れてきた。 エルドリッジの露天艦橋からは、旗艦の上空で煌めいた照明弾がはっきりと見えていた。 「あのバイオレンスな色の照明弾。やばい、マイリーが近くに来ているぞ!」 ハワード中尉は驚愕の表情を浮かべて叫んだ。 「全員に告ぐ!総員戦闘配置!総員戦闘配置!」 艦内から、艦長の声がスピーカーに乗って聞こえてくる。艦内では、乗員が大わらわで各部署に向かい始める。 ハワード中尉も、自分の持ち場に戻ろうとしたその直後、水平線上で新たな閃光が灯った。しばらく経つと、砲弾の飛翔音が聞こえた。 それが極大に達したとき、旗艦の右舷側海面に水柱が吹き上がった。 「こりゃ、大変な事になったぞ!」 ハワード中尉は、水兵が震える口調で叫ぶのを聞きつつ、大急ぎで艦内に戻っていった。 階段を下りる途中、彼は艦長のグランス・ハミルトン少佐とすれ違った。 「ルイス、上の様子はどうだった?」 「敵さんは照明弾を撃ち上げてから、こちらに砲撃を加えてきています。姿は見れませんでしたが、水柱の大きさから見て、 戦艦クラスが居ると見て間違いないかと。」 「やはりか。畜生、こんな時にやってくるとはな。ルイス、君は元の部署で頑張ってくれ。俺は上で指揮を取る。」 ハミルトン少佐はそう言いながらハワード中尉の肩を叩き、階段を駆け上がっていく。 ハワード中尉はそれを見送るのも惜しいとばかりに、大急ぎで部署に戻っていった。 ハミルトン艦長が上に露天艦橋に上がった時、敵艦はDS78の旗艦であるレヴィに射撃を集中していた。 「旗艦より通信!DS78は、敵艦隊に向けて雷撃戦を行う!全艦、直ちに突撃されたし!」 通信員からの報告に、ハミルトン艦長は複雑な表情を浮かべた。 (接近して魚雷を叩き込むって訳か。まぁ、悪くはないが、こっちは3発の魚雷の他に、5インチ両用砲が2門しか持たない 護衛駆逐艦だ。こんな貧弱な武装しか持たない俺達じゃあっという間に揉み潰されちまう。普通なら、さっさとトンズラするのが 一番だ。だが、そうも言ってられん。) ハミルトン艦長は視線を左舷に向ける。 DS78の左舷側後方3000メートルには、スィンク諸島へ向かおうとしていた4隻の輸送船がいる。 護衛駆逐艦よりも遙かに低速な輸送船が敵に捕捉されれば、それこそ一瞬で叩き潰されるであろう。 (ここはせめて、輸送船が安全圏に逃げられるまで時間を稼ごうという腹なのだろう。いや、それだけじゃない、 俺達が粘れば粘るほど、湾内にいる味方艦が助けに来てくれる。ここは頑張り所だな) ハミルトン艦長はそう思うと同時に、体の中からむらむらと闘志が沸き立ってきた。 1番艦レヴィが回頭を始めると、DS78の4艦が順繰りに回頭していく。 4番艦であるエルドリッジは、一番最後に回頭した。その間、敵艦からの砲撃は続けられる。 レヴィが回頭した事によって、敵艦の砲撃は精度が悪くなったが、再び照明弾を上げ、精度を修正し始めた。 先頭艦レヴィの右舷や左舷に、太い水柱が3本ずつ立ち上がる。その大きさは、2000メートル離れたエルドリッジからも視認出来るほどだ。 「11インチクラスの大口径砲だな。あんな弾を食らったら、ペラペラの護衛駆逐艦なんぞ文字通り吹っ飛んじまう。」 ハミルトン艦長はおどけた口調で言いながらも、いつレヴィに弾が当たらぬか、内心ひやひやしていた。 「旗艦より通信!目標、敵駆逐艦!雷撃距離は5000!」 「距離5000か。それまで持てばいいが。」 ハミルトン艦長は不安げな口調で呟く。現在、彼我の距離は16000メートルまで近付いている。 DS78の4艦が27ノットで航行していると同時に、敵艦隊も22ノットの速度で接近していることから、距離5000までに辿り着くには さほど長い時間はかからない。 だが、それまでに艦が被弾しないかは、全く予想が付かない。 敵艦隊から発せられる発砲炎が急に数を増した。 それまで、最後尾の艦しか砲撃を行っていなかったが、距離が16000メートルを割った所で、新たに2隻が発砲を開始した。 旗艦レヴィに多量の砲弾が降り注ぐ。砲弾の一部は、2番艦オスターハウスの近くに落下した。 距離は16000から15000、15000から14000、14000から13000と、徐々に縮まっていく。 距離12000で4隻の駆逐艦も反撃を行った。各艦に取り付けられた2門の5インチ両用砲が射撃を開始する。 5インチ砲弾の曳光弾が、目の前の発砲炎に向けて注がれる。 全速航行時の動揺のため、砲弾はことごとくが外れ弾となったが、それでも撃たれっぱなしでいるよりはマシであった。 そして気が付くと、4隻の駆逐艦は敵艦隊まで距離9000を切るまで迫っていた。 その頃には、敵駆逐艦も砲撃を開始していた。 「敵艦隊まで距離9000!」 「あと4000か、まだ長いな。」 見張りの声を聞いたハミルトン艦長は、憂鬱そうな口調で言う。いきなり、エルドリッジの艦首側方に水柱が立ち上がる。 海水の一部は露天艦橋にまで掛かり、ハミルトンを始めとする艦橋要員がそれを浴びる。 硝薬の混じった海水は異様に臭い。 「くそ、これじゃ濡れ鼠もいいところだ。」 ハミルトンは苛立ち紛れにそう吐き捨てた。 唐突に、前方で発砲炎とは異なる光が灯った。 「レヴィに敵弾命中!」 ハミルトンは、前方にいる旗艦レヴィの艦上で起こる爆発をしかと目にしていた。 それが切っ掛けとなったのか、レヴィに敵弾が次々と命中し始める。 レヴィは敵弾が命中してからしばらくは、27ノットの速度で航行を続けていたが、距離8200まで接近したときに、敵巡洋艦から放たれた砲弾がレヴィの機関室を破壊した。 その瞬間、レヴィはがくりと速度を落とした。 レヴィが10発以上を超える被弾の前に力尽きた時、2番艦オスターハウスは慌てて舵を切り、レヴィの左舷を通り過ぎた。 レヴィに代わって先頭に躍り出た瞬間、オスターハウスは敵艦隊の目標に定められ、レヴィが味わった集中砲火を浴びる事となった。 「オスターハウスに砲火が集中しています!」 見張りの言葉通り、砲火の集中されたオスターハウスは、周囲に多数の敵弾が落下して姿が見え辛くなっていた。 だが、圧倒的不利な態勢にも関わらず、オスターハウスは前、後部の5インチ砲を撃ちまくる。 「敵駆逐艦に火災発生!」 護衛駆逐艦群が放つ砲弾も敵に損害を与え始めた。3隻から放たれる5インチ砲弾は、4秒から5秒おきに敵1、2番艦に降り注ぐ。 そのうち、敵駆逐艦1番艦の中央部でオレンジ色の炎が踊り始めた。 「距離7800!」 航海科員が刻々と、距離の推移を知らせてくる。その時、オスターハウスの居た辺りで突然、大爆発が起こった。 「オスターハウスに敵弾命中!」 「・・・・なんてこった・・・・!」 ハミルトン艦長は、衝撃的な光景を目の当たりにしていた。 それまで、敵弾を集中されながらも全速で航行していたオスターハウスが、一瞬目を離した隙に敵弾を浴び、猛火に包まれていた。 オスターハウスは今や完全に行き足を止め、その小さな艦体は、前部と後部が反り返っていた。 この時、オスターハウスに命中した砲弾は1発。だが、その1発は敵戦艦の主砲弾であった。 オスターハウスは、敵戦艦から放たれた主砲弾を煙突の辺りに受けていた。 11インチ相当の大口径砲弾は、薄い装甲を紙のように突き破って艦内で爆発し、爆発エネルギーは艦内で荒れ狂い、 機械室や機関室を一息に破壊した末、艦体を断裂させた。 この一撃で、オスターハウスは沈没確実の被害を受けたのである。 オスターハウスが轟沈したため、DS78は3番艦ブース、4番艦エルドリッジが残るだけとなった。 ブースが停止するオスターハウスの側を通り抜ける。そのブースに対して、マオンド艦隊は射撃を集中する。 ブースにも、戦艦、巡洋艦、駆逐艦からの砲撃が集中される。敵の射弾は、数撃てば当たる方式で放たれているためか、全くと言って いいほどブースに当たらない。 だが、その射撃精度はみるみるうちに良好な物となっていく。 しばらく経って、ブースにも敵弾が命中し始めた。 先のオスターハウスのように、敵戦艦の砲弾が直撃して轟沈するという事は無い。 だが、巡洋艦、駆逐艦の砲弾は次々と命中していく。 それまで反撃を行っていた前部の5インチ両用砲が、巡洋艦から放たれた砲弾によって叩き潰された。 駆逐艦の砲弾がついでにとばかりに、そのすぐ後ろにあった40ミリ連装機銃座を吹き飛ばす。 右舷側中央部に置いてあった20ミリ単装機銃座に砲弾が命中し、機銃が醜い鉄屑に変わる。 別の砲弾が後部に命中して、一気に2つの40ミリ連装機銃座を吹き飛ばして、ただでさえ多いとは言えぬ艦の対空火力を、 更に減少させる。 「距離は!?」 ハミルトン艦長は航海科に尋ねた。 「6300です!」 「このままじゃ、射点に辿り着く前に全滅だ!」 ハミルトンは呻くような小声でそう言った。 DS78は、射点に達する前に、既に2隻が撃沈破され、1隻が今も砲弾を浴びせられている。 ブースが沈むか、脱落するのも時間の問題である。 その時、見張りが絶望したような口調で報告してきた。 「避退中の輸送船上空に照明弾が!」 その瞬間、ハミルトンは、自分達の行った試みが無に帰した事を悟った。 「ブース魚雷発射!」 ブース艦長は、相次ぐ被弾に溜まりかねたのであろう。搭載されていた3発の魚雷を全て発射した。 その直後、ブースは艦尾に命中弾を受け、急速に速度を落とし始めた。 「ブース速力低下!被害甚大の模様!」 「ブースを避けるんだ!面舵20度!」 ハミルトンはすかさず指示を下す。エルドリッジの艦首が右に振られる。 しばらくして、炎上しているブースの側を通り抜けた。 「敵戦艦、輸送船を砲撃中!輸送船1に被害が発生したようです!」 CICから伝えられた報告を聞いて、ハミルトン艦長は険しい表情を浮かべた。 「敵との距離は!?」 「5900!」 ハミルトンはまだそんなにあるのかと思った。敵弾がエルドリッジに降り注いできた。 ドドーン!という音を立てて、エルドリッジの周囲に大小無数の水柱が立ち上がる。 (このままじゃ本当に全滅だ!くそ、どうすればいい?) ハミルトンは思考を巡らせる。そして、短い逡巡のあと、彼は決断した。 「旗艦から通信は?」 「ありません。旗艦を呼び出そうとはしたのですが、脱落してからは音信は途絶えたままです。それから、ブースが 緊急信を送りました。恐らく、モンメロ湾のみならず、戦闘中の主力部隊も傍受しているでしょう。」 「そうか、分った。」 ハミルトンは頷いてから、言葉を続けた。 「このままではDS78は文字通り全滅だ。魚雷を発射した後、湾の中に居る味方艦と合流するため、一旦後退する。」 ハミルトンは自らの意向を伝えるや、艦内電話をひったくって水雷長を呼び出した。 「水雷長、魚雷発射だ。ぶっ放せ!」 ハミルトンの指示から5秒後、エルドリッジに設置されている21インチ3連装魚雷発射管から3本の魚雷が発射された。 「取り舵一杯!針路360度!敵と距離を置くぞ!」 「取り舵一杯、針路360度、アイアイサー!」 伝声管の向こう側で、活きの良い復唱が帰ってくる。エルドリッジが急回頭を行い、艦首が指定された方位に向けられる。 エルドリッジはそのまま、全速で敵艦隊から離れ始めた。逃げるエルドリッジに対して、敵艦隊は尚も砲撃を続ける。 いきなりガーン!という強い衝撃と轟音が響いた。 「後部両用砲損傷!砲撃不能!」 電話越しにダメコン班から、悲痛そうな声で報告が伝えられた。 エルドリッジは、先と違って敵艦隊に背を向けるようにして航行しているため、後部の両用砲1門でしか応戦が出来なかった。 それが潰された今、エルドリッジは敵の射程外に出るまで撃たれっぱなしとなる。 「マイリー共め、好き放題撃ちまくりやがって。」 ハミルトンが呪詛めいた言葉を言い放った。その刹那、目の前が真っ白な閃光に覆われた。 航海艦橋で指揮を取っていたハワード中尉は、唐突に上から伝わってきた強い振動に対して思わず首を竦めた。 舵輪を握っていた兵曹が仰天した顔を浮かべつつ、強い衝撃に負けまいと必死に耐える。 海図台の上に置いてあった海図や分度器、書類やコーヒーカップが振動で宙に舞った後、床にぶちまけられた。 振動が収まった後、ハワード中尉は真っ先に露天艦橋に居た艦長が心配になった。 「まさか!」 ハワード中尉は航海艦橋を飛び出し、階段を駆け上がった。 露天艦橋にはすぐに辿り漬けた。 「・・・・・・」 露天艦橋に立ったハワード中尉は、血まみれなって倒れ伏す6人の艦橋要員を見て顔を青く染めた。 砲弾が近くに命中したためか、倒れている兵の中には、四肢や首が千切れたり、上半身と下半身が分断された者が居た。 「・・・やあ、ルイス。」 掠れるような声がハワードの耳に聞こえた。彼はハッとなって、その声がした所に顔を向けた。 「・・・・艦長!!」 ハワードは、仰向けに倒れている艦長のもとに駆け寄った。ハミルトン艦長は、左目が破片にやられたのか、夥しい血を流している。 視線を胴体に移すと、右胸と脇腹の辺りに破片が刺さり、ライフジャケットが赤く染まっている。 ハミルトンの息は荒く、顔は激痛に歪んでいた。 「魚雷は・・・・魚雷はどうなった?」 「まだ、命中したかどうかは分りません。艦長、今は喋らないで下さい。すぐに衛生兵を呼びます!」 ハワードは衛生兵を呼ぶべく、その場を離れようとしたが、彼の足をハミルトン艦長が掴んだ。 「いや・・・・俺に・・・かまわんでいい。俺はもう・・・だめだ。」 「艦長!諦めては駄目です!この傷ならば、手当てすればなんとか」 「ならんから、俺は駄目だと言っているんだ。」 ハミルトン艦長は、はっきりとした声音でハワードに言った。 「これでも、元は医者だ。自分の体がどうなってしまったかは分る。それよりも・・・・」 そこまで言ってから、ハミルトンは咳き込んだ。 その時、唐突にくぐもった爆発音が聞こえた。ハワードはその爆発の方向に顔を向けた。 敵艦隊が居ると思しき海域に閃光が煌めいていた。その閃光は、発砲炎の物とは明らかに違う。 閃光はしぼみ、やがてオレンジ色の炎がゆらゆらとたなびき始めた。 よく見ると、駆逐艦と思しき艦が炎上しながら停止しているのが分った。 「艦長、魚雷命中です!ブースか、エルドリッジのどちらかの魚雷が、敵駆逐艦に命中したようです!」 「そうか・・・・ひとまず、これで1隻食ったな。」 ハミルトンはそう言ってから、視線をハワードにあわせた。 「ルイス・・・・この艦は、副長も居なくなっちまった。俺も駄目、副長も駄目になった今、後はお前に・・・ 中尉の中では経験豊富なお前に・・・・・託すしかない。」 「何を言うんです!か、艦長、しっかりしてください!」 ハワード中尉は、眠りに落ちようとするハミルトンの肩を揺さぶり、艦長の意識を保とうとした。だが、それも無駄な努力だった。 「ルイス、艦の指揮を・・・・取ってくれ。絶対に・・・・・味方艦隊と、合流しろよ。」 ハミルトンはそこまで言ってから、瞼を閉じた。 「・・・・・・・・・・・・・」 ハワードは、何も言葉を発せず、呆然とした表情で艦長を見つめていた。 ふと、彼は頬に何かが流れているのが分った。 「・・・・・分りました。」 ハワードは頷くと、ハミルトンに敬礼を送った。 それからすくっと立ち上がったハワードは、生き残っていた艦内電話をひったくり、艦内の乗員に伝えた。 「乗員に告ぐ。敵弾命中によって艦長以下、艦橋要員が戦死した!これより航海長であるハワード中尉が指揮を取る! 命令は先と変わらず。このままモンメロ沖の味方艦隊と合流する!」 戦艦マウニソラの艦橋上では、最後の輸送船が停止する様子をが見て取れた。 急襲部隊司令官に任じられたウィグム・ロウゴムク少将は、それを望遠鏡越しに見つめていた。 「これで4隻目、だな。敵駆逐艦はどうなった?」 ロウゴムク少将は、感情を感じさせぬ口調で主任参謀に聞いた。 「はっ。最後の敵駆逐艦には逃げられましたが、少なくとも3隻は撃沈か、大破させました。前哨戦は我々の圧勝ですな。」 「圧勝・・・・かね?」 ロウゴムク少将は、その鋭い目付きで主任参謀を見つめる。 「こっちは前哨戦で貴重な駆逐艦を1隻撃沈され、2隻が損傷している。損傷艦はまだ戦闘力を維持しているが、 駆逐艦群の隊形は敵の雷撃で乱れ、集合には今しばらくかかる。先の敵駆逐艦群が時間稼ぎを目的としていたのならば、 我々はまんまと、敵の術中に嵌ったことになる。これで圧勝と言うには、いささか誇張のしすぎではないかね?」 ロウゴムク少将は厳しい口調で、主任参謀に言った。 「しかし、このような小艦隊が、敵の輸送船団に接近できるとは夢にも思いませんでしたな。」 マウニソラ艦長が、やや興奮した口調でロウゴムク少将に言った。 「偶然が重なった結果だろうな。その最初のきっかけとなったのが、敵潜水艦の魚雷攻撃だった。」 マウニソラは、今回の海戦が勃発する2日前の6月24日未明に、アメリカ潜水艦から放たれた魚雷を艦腹に受けた。 最初の1発は、右舷中央部に命中した。魚雷は、最近になって張られた厚いバルジを突き破って防水区画で炸裂した。 この時、魔動機関室にも炸裂時の振動によって魔法石に異常が発生し、マウニソラは浸水とこの魔法石の不具合で速力が低下し始めた。 ただの1発で中破程度の損害を受けたマウニソラに、もう1発の魚雷が迫っていた。 誰もが当たると思い、来るであろう猛烈な衝撃に耐えようとした。 唐突に、マウニソラの舷側で水柱が吹き上がった。 再び伝わった強い衝撃に、乗員の全てが命中したと思い込んだ。 しかし、それは間違いであった。アメリカ潜水艦の魚雷は、マウニソラから僅か30メートルまで迫ったときに爆発を起こしたのである。 これによって、マウニソラはそれ以上の被害を受ける事は無かった。 それから2時間後、マウニソラは速力が11リンル出せるまでに回復したが、艦隊の速力は12リンルであり、マウニソラを 連れては艦隊速力は遅くなり、予定時刻までに敵艦隊に辿り漬けない。 そこで、第2艦隊司令部はマウニソラに巡洋艦2隻と駆逐艦6隻を付けて、小規模な艦隊を編成し、潜水艦に見つからぬよう、陸地に近い 海域を進ませて敵船団まで接近し、頃合いを見計らって輸送船団に突入させようと考えた。 これは、実質的に囮のような物であったが、マウニソラを主力とする奇襲部隊は、陸地伝いに航行し、夜更けと共にモンメロ沖に向けて突進した。 本来ならば、第2艦隊本隊はロウゴムク少将の艦隊と第1機動艦隊から分派された艦隊を囮にしてモンメロ泊地に突っ込む予定であったが、 逆に第2艦隊本隊が敵の有力な艦隊と遭遇したため、結果的に、ロウゴムク部隊が敵船団突入の任を負うことになった。 そして、ロウゴムク部隊は、輸送船団襲撃の手始めとして、敵駆逐艦3隻と輸送船4隻を血祭りに上げた。 「良い偶然は、もっと良い偶然を生む物だな。」 ロウゴムク少将は、無表情であった顔に初めて微笑を浮かべた。 「モンメロまで距離は?」 「あと8ゼルドほどです。もはや目の前ですな。」 艦長は誇らしげな口ぶりで言った。 マウニソラの主砲は、最大で8.5ゼルド(25500メートル)向こうまで砲弾を届かせる事ができる。 ここからアメリカ軍の上陸地点までは、既に射程内に捉えられている。 「ここは、陸地に一発、どでかい奴をぶちこみたい所だが、今は我慢して、陸地の近くにたむろしている輸送船団を狙おう。 ベグゲギュスの報告では、今も200隻以上の船が陸地の近くに居ると聞く。あと少しだけ近付いてから砲撃を行おう。 弾の数が少ないから、一発一発を有効に使わねばいかんな。」 ロウゴムク少将は、相変わらず冷たい口調で艦長に言った。 それから3分が経つと、新たな敵艦がロウゴムク部隊に接近してきた。 「駆逐艦ドルムギより魔法通信!我、左右に多数の生命反応を探知。最低でも5、6隻ずつの敵艦が接近中の模様。」 「流石はアメリカ軍の拠点だ。新手が来るのが早い。」 ロウゴムク少将はそう言ってから、全艦に照明弾を発射させた。 やがて、敵艦が居ると思わしき海域に照明弾が光った。 「左舷前方より敵駆逐艦5隻!右舷前方にも同じく、駆逐艦5ないし6!高速で接近してきます!」 「速力はどれぐらいだ?」 ロウゴムクは隣に立っていた艦長に尋ねた。 艦長はすぐに見張り員から敵艦の推定速度を聞いた。 「司令、敵駆逐艦は15リンル以上の速力で、こちらに向かっているようです。」 「となると、敵は艦隊型駆逐艦か。先の敵より厄介だぞ。」 ロウゴムクは、この敵駆逐艦が侮れぬ敵であることを悟った。 先の駆逐艦は船団護衛型駆逐艦で、武装もあまり強力ではなく、搭載している魚雷も少ないため、ほとんど一方的に撃破できた。 だが、艦隊型駆逐艦は武装も強力で、魚雷も8本から10本を搭載している。 今向かってくる敵艦は合計で11隻。11隻の駆逐艦から放たれる魚雷は、80本から100本以上にも上る。 下手すれば、戦艦マウニソラ以下の全艦が、魚雷の投網に捉えられてことごとく撃沈される恐れがある。 「駆逐艦部隊に左舷前方の敵を撃たせろ。巡洋艦とマウニソラは、右舷前方の敵を撃つ。」 マウニソラの前部2基の連装砲が、右舷側に向けられる。 発砲は駆逐艦群のほうが早かった。その次に、巡洋艦2隻が発砲を開始する。 2隻の巡洋艦のうち、1隻は元偽竜母であった特設対空巡洋艦であり、もう1隻は、ツボルグム級巡洋艦である。 発射速度は、ツボルグム級より、前方の特設対空巡洋艦のほうが早い。 艦上に設置された4ネルリ連装両用砲と単装両用砲のうち、右舷前方に指向可能な5門がここぞとばかりに撃ちまくる。 猛速で突進してくる米駆逐艦群に、砲弾の雨が降り注ぐ。 そこにマウニソラの巨弾が加わった。 マウニソラは、砲塔1門ずつを用いた交互撃ち方で巨弾を放つ。米駆逐艦群の周囲に砲弾が落下する。 しかし、高速で疾駆する敵艦に、砲弾はなかなか命中しない。 「速度が速い分、弾が当たりにくいな。」 ロウゴムクは単調な口ぶりで呟く。マウニソラが第4射、第5射、第6射と放つが、どれも空しく水柱を吹き上げるだけだ。 第7射を放つが、やはり空振りに終わる。その時、先頭艦に巡洋艦が放った砲弾が命中した。 爆発光が煌めいた瞬間、細長い棒らしき物が吹き飛ぶのが見える。それは、敵駆逐艦の砲身であった。 それから矢継ぎ早に、砲弾が先頭艦に命中する。短時間で12、3発の命中弾を受けた敵艦は、ガクリと速度を落とし、隊列から離れていく。 いきなり、左舷前方で真っ白な光が洋上を照らした。光はすぐにしぼみ、それから耳を聾するような音が木霊した。 「左舷前方の敵駆逐艦1、轟沈!」 (魚雷か、あるいは弾薬庫に弾が当たったな) ロウゴムクは見張りの声を聞いた後、内心でそう確信した。 敵駆逐艦も主砲で反撃してくる。先頭艦を2番艦に砲火が集中し、先頭艦が早くも速度を落とし始めた。 次いで、2番艦が後部に火災を発生し、その火災炎はみるみる大きくなる。 左舷前方の敵駆逐艦が距離3000ラッグ(6000メートル)まで接近したとき、唐突に回頭を始めた。 それを見つめていたロウゴムクは、咄嗟に魔導参謀に伝えた。 「魚雷が来るぞ!全艦回避運動!」 ロウゴムクの指令を聞いた駆逐艦群が回避を始めた。それを見越したかのように、右舷前方の敵駆逐艦群も回頭を始めた。 ロウゴムクが回避運動を取るように命令を下してから5分後。 「右舷後方より魚雷2本接近!」 左側に回避運動を行っていたマウニソラに、2発の魚雷が迫ってきた。 すぐに艦長が面舵一杯を命じる。魚雷は、この緊急回頭によって、艦尾ギリギリを避けていった。 「巡洋艦レスムブより通信、我、魚雷回避成功!続いて対空巡洋艦ロウルザより通信、魚雷回避成功!」 その報告に、ロウゴムクは安堵のため息を吐く。 その直後、先ほども聞いたくぐもった爆発音が、海上を圧した。その爆発音は、2度聞こえた。 「駆逐艦レアブグヌ被雷!大火災を起こして洋上に停止しつつあり!」 その報告を聞くや、ロウゴムクは目を瞑った。 (小型の駆逐艦では、アメリカ軍の魚雷は1発だけでも致命傷なのに、それを2発も食らうとは・・・・・なんと幸薄きことか) 彼は、心中でそう嘆いた。 感傷に浸る暇もなく、新たな爆発音が響いてきた。 今度は、敵駆逐艦との砲撃戦で損傷し、速度を落としていた駆逐艦ブヌースウが避雷した。 右舷中央部に突き刺さった魚雷は、爆発エネルギーを艦内で荒れ狂わせ、一瞬のうちに魔動機関室を破壊してそこを水浸しにした。 ブヌースウはこの避雷によって瞬時に停止し、左舷側から急速に沈没しようとしていた。 避雷した艦は、この2隻だけに留まった。 「司令、回避運動によって、隊形が大幅に乱れています。幸いにも味方艦は近くにおりますので、隊形を整えるまで思ったよりは 時艦はかからぬかと思いますが。」 「分っておる。」 ロウゴムクは、主任参謀の言葉を遮るようにして答えた。 「だが、なるべく早めに隊形を整えねば、我々は別の新手によって各個撃破されてしまう。残存艦に急げと伝えろ。」 普段、冷静沈着なロウゴムクにしては珍しく、焦りの混じった声音で主任参謀に命じた。 それから20分後、隊形を整えたロウゴムク隊は、再び進撃を開始した。 この時は、モンメロ沖まで7ゼルドまで迫っていた。 残り6隻となった艦隊は、22ノットの速力で進撃を続けていたが、またしてもアメリカ軍は新手を送り込んできた。 「司令!前方に新たな敵艦隊!艦種は駆逐艦、数は推定にして12隻!」 (12隻・・・・先ほどよりも多いな。) ロウゴムクは、内心でそう呟いたが、彼は先と変わらず、落ち着き払った声音で命令を発した。 「砲撃を敵駆逐艦群に集中させる。艦隊の砲力を結集して敵を蹴散らせ。」 それから30分後。 「敵駆逐艦群、離脱していきます。」 ロウゴムクは、先ほどよりもより険しい表情を浮かべながら、報告を聞いていた。 マウニソラを始めとする6隻の残存艦は、新手の敵駆逐艦との戦闘を今し方終えた。 襲ってきた駆逐艦は、先の艦隊型駆逐艦と違って、いくらか速力の遅い船団護衛型の駆逐艦であったが、この駆逐艦群はこれまでの 駆逐艦群より闘志に満ち溢れていた。 敵駆逐艦の中には、マウニソラから僅か1500グレルまで接近して砲撃のみならず、機銃掃射を浴びせる物も居た。 このお陰でマウニソラは左右両舷に配置されていた魔導銃の3分の1と、両用砲を1基ずつ破壊された。 また、魚雷攻撃によって新たに駆逐艦1隻が避雷した。 その他にも、巡洋艦ロウルザとレスムグも敵駆逐艦の砲弾により損傷を負い、ここにして、ロウゴムク部隊の所属艦で無傷な艦は 1隻も居なくなった。 これに対して、ロウゴムク部隊は、敵駆逐艦1隻を撃沈し、6隻を撃破するか、損傷させた。 敵駆逐艦は一通り攻撃を終えた後、どこかに消えていった。 「9隻あった艦隊が、もはや5隻に・・・・・やはり、アメリカ軍は強い。」 ロウゴムクは、素直にアメリカ艦隊の実力と闘志に感嘆した気持ちを抱いていた。 こちらは9隻の魚雷も持たぬ小艦隊とはいえ、巡洋艦と戦艦、それに、ある程度の駆逐艦を揃えたバランスの取れた艦隊であり、砲戦力に関しては駆逐艦しか無いアメリカ艦隊が不利となる。 しかし、敵は魚雷という兵器を活用して、ロウゴムク部隊に壊滅に等しい損害を与えた。 3波にも渡る執拗な攻撃は、アメリカ側の勝利に対する執念がいかに強いかを物語っている。 「しかし、ここまで来た以上、我々はただひたすら進むだけだ。あと1、2ゼルド進んだら、敵船団を砲撃しよう。」 ロウゴムクは、幕僚達にそう伝えた。マウニソラの弾薬庫には、まだまだ砲弾が残っている。 敵船団を完全に壊滅させる事は出来ないだろうが、アメリカ軍上陸部隊の進撃を大幅に送らせるぐらいの被害は与えられるはずだ。 ロウゴムク部隊の任務は、この時点でほぼ達成されようとしていた。 それから10分が経った。 「砲撃を開始する。照明弾発射。」 ロウゴムクは命令を発した。前部の主砲から照明弾が発せられる。 やや間を置いて、照明弾が炸裂した。 「ほう・・・・こいつは豪勢だな。」 ロウゴムクは、照明弾の光の下に照らされた無数の輸送船を見て呟く。 「さて、狩りを始めよう。各艦、砲撃を開始せよ!」 彼は、最後の命令を発した。 あと1分ほどで、あの輸送船団はマウニソラを始めとする5隻の戦艦、巡洋艦、駆逐艦の猛砲撃を受けるであろう。 アメリカ軍は、過去に2度、輸送船団を血祭りに上げている。その順番が、アメリカ側に巡ってきたのだ。 「因果は巡る、だな。アメリカ人。」 ロウゴムクは、突き放すような口調で呟いた。 「し、司令!」 魔導参謀が血相を変えながら、彼の側に走り寄ってきたのはその時であった。 船体が一瞬浮き上がったかと思うと、すぐにドスンと落ちて水飛沫を上げる。 夏のぬるい空気は、その高速力によってたちまち冷え、乗員にとっては心地の良い、自然のクーラーとなる。 41ノット(76キロ)の高速で走る魚雷艇は、兎もかくやと思えるほど、動揺を繰り返していた。 「おうおうおう、見えてきたぜ。」 そんな強い揺れを気にする様子もなく、第82任務部隊第3群指揮官であるマウリオ・ペローネ大佐は目の前の マオンド艦隊を視認していた。 「こちらシーラビット(TG82.3のコードネーム)、敵艦隊を視認した。これより攻撃に移る!」 ペローネ大佐は、隊内無線で各艇に伝えた。 彼が率いるTG82.3は45隻の魚雷艇で編成された部隊で、元々は沿岸警備用を目的として作られた。 TG82.3が使用する魚雷艇はエルコ社製80フィート型と呼ばれる物で、1942年1月から部隊運用が始まった。 全長24.4メートル、全幅6.3メートルという小柄な船体だが、兵装は21インチ魚雷発射管4門、12.7ミリ連装機銃2基、 爆雷投下器8基と、この体型にしてはかなりの重武装ぶりである。 エンジンはパッカード4-2500M3600馬力エンジンを搭載しているため、41から43ノットの高速力で洋上を航行できる。 ペローネ大佐は、部隊を二手に分けていた。 アメリカ軍は、この敵艦隊に対して、即興ではあるが、瞬時に敵主力を壊滅できる作戦を考えた。 まず、残存の駆逐艦と護衛駆逐艦で波状攻撃をかけ、敵の護衛艦を減らす。 敵の護衛艦がある程度減ったところで、PT戦隊が奇襲を掛けて、左右から魚雷攻撃を浴びせて、油断した敵艦隊を壊滅させる、という物である。 敵艦隊に対して最後の槍となったTG82.3は、敵艦隊が船団に近付いた所で、待機していた海域から一斉に発進した。 そして今、敵艦隊は、左右から45隻の魚雷艇に接近されつつあった。 「敵艦隊まで約12000!」 見張りが敵艦隊との距離を刻々と伝えてくる。 40ノット以上の速力で突っ走っているため、距離が縮まるのも早い。 51トンの船体は、波浪を乗り越える度に揺れ、船底が盛んに水飛沫を吹き上げる。 「雷撃距離は1000。まだまだ距離があるな。」 ペローネ大佐は、目の前の敵艦隊を睨み付けながら呟く。 距離が10000を割ったとき、敵艦隊が射撃を開始した。 ペローネの乗るPT137の左舷側に水柱が吹き上がるが、すぐに後方へと流れる。 残存する全ての艦が、撃てるだけの砲を撃ちまくるが、機動性抜群の魚雷艇は、次々と吹き上がる水柱を避ける。 しかし、犠牲を避けることは出来なかった。不運な魚雷艇が、敵駆逐艦から放たれた砲弾をまともに食らった。 ろくな装甲を施されていない魚雷艇は、文字通り木っ端微塵に吹き飛んだ。 別の艇は、敵戦艦から放たれた主砲弾が至近に落下した。その直後、水柱の煽りを食らった船体が横転し、もんどり打って海面に叩き付けられた。 魚雷艇に次々と犠牲が出るが、残りは依然、41から43ノットの猛速で接近する。 敵艦から放たれる砲弾は、小柄で機動性に富んだ魚雷艇に対しては悲しいほど命中率が低かった。 TG83.5は、先頭が距離2000に近付くまで、5隻を失ったのみで済んだ。 ペローネ大佐のPT137は、次々と襲い来る敵弾をひらりひらりとかわしながら、敵巡洋艦と思しき艦に接近しつつある。 1700メートルまで近付くや、敵艦から光弾が放たれてきた。 砲撃のみでは仕留めきれぬと見て、魔道銃も総動員したのであろう。 「その判断、悪くないぜ。だが、それでも俺達は止められんぞ!」 ペローネ大佐は獰猛な笑みを浮かべた。光弾が向かってくるが、PT137の操舵手は巧みに舵を切って、光弾に当たるまいとする。 唐突に、後方で爆発音が轟いた。 「あ、PT151がやられた!」 機銃手が、悔しげな口ぶりで叫んだ。しかし、ペローネはそれに振り向こうとしない。 51トンの船体は、相変わらず動揺を繰り返す。砲弾の弾着によって波が荒れているため、揺れは先よりも大きい。 しかし、3600馬力の高出力エンジンは、PT137を始めとする魚雷艇を40ノット以上の速力でもって洋上を疾駆させる。 「そろそろ雷撃距離だ。しっかり狙え!」 PT137は、敵巡洋艦の舷側に狙いを定めた。敵艦から放たれる砲撃と銃撃は激しい。 敵艦隊の反対側で一際大きな爆発が起きる。反対側から突撃を行っていた僚艇が、光弾か砲弾を魚雷発射管に食らい、爆発したのであろう。 (もう少し、もう少しだ) ペローネ大佐は、雷撃距離に達するまで待った。そして、ついに待望の時がやってきた。 「1000です!」 「よし、魚雷発射だ!」 ペローネ大佐は大音声で命じた。 PT137の両舷に取り付けられている21インチ魚雷発射管のうち、まず、右舷側の2基が魚雷を発射する。 その後に操舵手がやや右に舵を取って狙いを調整し、残る左舷側の発射管から2本の魚雷を発射した。 「よし、取り舵一杯!あとはトンズラだ!機銃手、あてずっぽうで構わんから敵艦に向けて撃ちまくれ!」 ペローネ大佐の側にいた艇長が、後ろの機銃員に向けて命じた。機銃員立ちは頷くや12.7ミリ機銃を敵巡洋艦に向けて撃った。 ドダダダダダというリズミカルな音を立てて、ブローニング社製の50口径M2重機関銃が唸りを上げる。 曳光弾が敵巡洋艦に向かっていくのが見える。 機銃手は、せめて機銃座の1つや2つでも潰せればと思い、弾数を惜しむことなく撃ちまくる。 やがて、敵巡洋艦から遠ざかり、今度は敵戦艦が見えた。機銃手はその戦艦に目標を変更して、2連装の12.7ミリ機銃を撃ちまくった。 速力が早いため、敵戦艦との戦闘も短時間で終わる。 敵戦艦の艦尾側に抜けたとき、後方で腹に応えるような爆発音が響くのを、ペローネ大佐ははっきりと聞き取っていた。 ロウゴムク少将は、初めて目にする魚雷艇に衝撃を受けていた。 マウニソラ以下の艦艇は、急速に距離を詰めてくる無数の小型艇を砲撃するのだが、敵の小型艇は見た事もない機動性でこちらの砲弾をかわしていた。 魔導士から未確認の生命反応が高速で向かってきている、という報告を受けてから僅かな時間で、未知の高速艇は艦隊から1000グレルという近距離まで近付いていた。 「魔導銃を撃て!」 ロウゴムクはすかさず命じた。 (主砲では、俊敏に動き回る高速艇を捉える事が難しい。しかし、魔導銃ならば、その動きにもある程度対応できるはずだ。) 彼は内心でそう確信した。 それは、確かに間違っては居なかった。しかし、魔導銃が撃ち始めた後、ロウゴムクは深い失望を抱くことになる。 魔導銃が一斉に放たれる。七色の光弾は、洋上を疾駆する高速艇に向けて注がれる。 ロウゴムクは、敵の高速艇が毒々しい色合いをした光弾に絡め取られ、次々と爆発する光景を脳裏に思い描いた。 唐突に、右舷側で爆発が起こった。それから5秒後に左舷側でも爆発が相次ぐ。 「その調子だ。」 ロウゴムクは小声で呟く。しかし、魔導銃による反撃も、この時点では遅すぎた。 「敵高速艇、距離500グレルまで接近、あ、回頭しました!」 唐突に、そんな報告が飛び込んでくる。ロウゴムクは、言葉の最後の部分に反応した。 (回頭した・・・・・まさか、魚雷!?) ロウゴムクは、内心で自らの失態を悟った。彼は、高速艇群が魚雷を搭載しているとは知らなかった。 彼はただ、抵抗手段が少なくなったアメリカ軍が、時間稼ぎのためにあのような小型艇も投入してきたのだろうとしか思っていなかった。 だが、 「魚雷がロウルザに向かいます!あ、駆逐艦にも魚雷が!」 この小型艇は、とんでもない攻撃力を有した獰猛な敵であった。 彼がもし、魚雷艇の存在を知っていれば、このような失態は起こさなかったであろう。 アメリカ海軍は、魚雷艇をほとんど後方でしか使わなかった。 魚雷艇の存在は、シホールアンルは勿論の事、南大陸の住人ですら殆ど知らず、魚雷艇を見かけた者も、高速の沿岸警備艇で あろうとしか思っていなかった。 シホールアンル海軍は、PTボートの事を高速警備艇であるとして知っているに過ぎず、スパイも全くと言って良いほど魚雷艇に 興味を示さなかったため、情報はごく限定的、それも間違った物でしか伝えられなかった。 情報不足のツケを、マオンド海軍は自らの艦艇でもって、一気に支払うハメになったのである。 巡洋艦ロウルザの右舷側に水柱が立ち上がった。水柱は1本だけではなく、2本、3本と連続する。 その直後、ロウルザは艦前部から大爆発を起こした。 「ロウルザ大火災!弾火薬庫が誘爆した模様!」 見張りが伝声管越しに、絶叫めいた口調で報告を送ってくる。この見張り員は、明らかに混乱を起こしていた。 「駆逐艦エグヴェス被雷!」 「ウスグンドがやられた!」 高速艇の放った魚雷は、激戦で生き残った僚艦を次々と捉えていく。 「右舷方向から高速艇3接近!」 「左舷側方より高速艇4、急速接近!」 マウニソラにも、敵の高速艇がやって来た。艦長はすかさず反撃を命じる。 だが、その命令は無意味であった。 マウニソラが魔導銃を撃ち始めたとき、敵の高速艇は定められた雷撃距離よりも更に近い、800メートルという近距離に達していた。 魔導銃が射撃を開始した直後、敵の高速艇群は一斉に魚雷を放った。 「右舷より魚雷多数接近!」 「左舷方向より魚雷!接近しまぁす!!!」 見張り員は、更に絶叫した。ロウゴムクは窓に駆け寄り、左舷側の海面を見つめた。 発砲炎で洋上が明るくなる。その明るくなった海面に、するすると白い物が伸びていた。 「・・・・アメリカ人め。」 ロウゴムクが初めて、憎しみの色を顔に表したとき、破局はやって来た。 唐突に、マウニソラの艦体が下から突き上げるような猛烈な振動に揺さぶられた。 振動は強烈であり、乗員全員が床から飛び上がり、壁や床に叩き付けられた。 大地震もかくやという猛烈な衝撃は、マウニソラの頑丈な巨体を容赦なく揺らし続けた。 ロウゴムクは、強烈な爆発音と共に、眼前が炎に包まれるのを目の当たりにした。 (ああ、弾火薬庫が誘爆したか) 彼は人事のような心境でそう思った。それから、彼の意識はぷっつりと途切れた。 輸送船団の近くで待機していた護衛駆逐艦エルドリッジの露天艦橋からは、敵戦艦の吹き上げる火柱がはっきりと見えた。 「・・・・すげえ。」 臨時に艦の指揮を取っていたハワード中尉は、その壮大な光景に見入っていた。 「航海長、シーラビットより入電です。我、肉薄魚雷攻撃により、敵残存艦全てに魚雷を命中させり。戦艦1、巡洋艦1、 駆逐艦2撃沈確実。巡洋艦1を撃破せり。」 「撃破された巡洋艦も、今頃は艦内の大浸水で大わらわだろう。しかも、ここは敵の大群のど真ん中だ。早晩、沈没することは 間違いなしだろう。」 ハワード中尉は、しみじみとした口ぶりで通信員に言った。 輸送船団は、被雷した敵艦が吹き上げる火災にうっすらと照らし出されている。 あと少し対処が遅れていれば、この輸送船団が、敵艦の代わりにモンメロ沖を照らし出していたであろう。 「しかし、今回は魚雷艇隊に助けられましたなぁ。」 通信員は興奮冷め止まぬといった口ぶりで、ハワードに言う。 「奴らは、いつも日陰者とか言われていたからな。だが、今回はその渾名を払拭させる良い機会になっただろう。 全く、魚雷艇隊も上手い事をしてくれるじゃないか。」 PT戦隊は、いつも戦線後方で任務に当たっているせいか、艦隊の将兵からは日陰者と呼ばれており、彼らは見下されていた。 とある時には、挑発してきた戦艦の乗員と、それを咎めた魚雷艇の乗員が喧嘩を起こしたこともある。 だが、今回の戦いで、PT戦隊は普段の鬱憤を晴らすかのように暴れまくった。 その結果、マオンド側の最後の槍は、目標を目の前にして見事に粉砕されたのである。 「今何時だ?」 ふと、ハワード中尉は時間が気になり、腕時計に目をやった。 時刻は、午前0時を過ぎていた。 「1時間か・・・・・これまでの人生で、最も長く、最も短く感じられた1時間だったな。」 6月27日 午前0時20分 第7艦隊旗艦オレゴンシティ 「マオンド側の殴り込みは、なんとか排除できたようだな。」 第7艦隊司令長官であるオーブリー・フィッチ大将は、ホッと胸をなで下ろしていた。 「最後の魚雷艇隊の攻撃で、敵の残存艦はあらかた撃沈できたようです。」 バイター少将は、フィッチよりも明るい声音でそう言った。 「しかし、味方艦隊にも少なくない損害が出てしまいましたな。」 「TG73.5からの報告では、喪失艦は駆逐艦3隻のみで済みましたが、主力戦艦の全ては大中破し、こちらが貸した 5隻の巡洋艦のうち、リトルロックとマンチェスターが大破。ウィチタが中破しています。駆逐艦の損傷も7隻に及ぶようです。」 「TG72.4の損害もなかなかに大きいぞ。」 フィッチは相槌を打った。 敵機動部隊から分派された艦隊を迎え撃ったTG72.4は、巡洋艦カンバーランドが損傷大で放棄、雷撃処分されたほか、 駆逐艦ヴァンパイアとセイバーが撃沈された。 この他にも、巡洋戦艦のレナウンとトライデント、巡洋艦ケニアとドーセットシャーが大破し、旗艦プリンス・オブ・ウェールズも中破した。 戦艦ウィスコンシンとミズーリは健在だが、2隻とも左舷側の対空火器は全滅の状態であり、特にウィスコンシンは被弾によって、レーダー類の ほとんどを使用不能にされている。 この2隻も、後方に下げなければ、機動部隊の護衛艦として使う事はできない。 「特にショックを感じているは、サマービル司令官だろう。何せ、転移以来、一緒に戦って来た艦艇を初めて失ったのだからな。」 「確かに。しかし、今回の戦闘で、マオンド海軍の主力艦隊はほぼ壊滅できました。」 情報参謀のコナン・ウェリントン中佐が言う。 「マオンド海軍は、保有戦艦の全てと竜母、巡洋艦の大半、駆逐艦の半数以上を撃沈、または撃破されています。この結果、 マオンド海軍は組織的抵抗力を完全に失ったと判断できます。」 「うむ。犠牲は少なくなかったが、得た物は大きい。これで、我々は1つのヤマ場を超えたわけだ。」 フィッチの言葉に、司令部の幕僚達は一様に頷いた。 「だが、まだ仕事は終わった訳ではない。私達には、沈没艦の乗員を救助するという重要な仕事が残っている。 ゆっくり休むのは、これを終わらせてからだ。諸君、疲れているだろうが、あと一踏ん張りしてもらうぞ。」 午前6時 スメルヌ沖西方50マイル地点 駆逐艦ドノンスク艦長であるルロンギ中佐は、集結地点に集まった僚艦の少なさに愕然としていた。 「戻ったのは、たったのこれだけか。」 彼はそう言うなり、深いため息を吐いた。集結地点には、昨夜の激闘を戦い抜いた艦が集まっている。 どの艦も大なり小なり損傷を受けている。ドノンスクも、前部砲塔を失い、中央部には生々しい弾痕と火災の跡が残っている。 この残存艦の中で、戦艦と思しき艦艇は1隻も見あたらない。 また、9隻あった巡洋艦も、今ではボロボロにされた3隻が居るだけだ。 駆逐艦も12隻しかいない。 このくたびれた15隻の艦隊が、戦闘開始前に戦艦3隻、巡洋艦9隻、駆逐艦20隻を有していた第2艦隊の残余であった。 「結局、奇襲部隊は目的を達せられなかったな。」 傍らに立っていたレトンホ大佐が、覇気のない声音で呟いた。 「奇襲部隊は、船団攻撃に成功した場合は魔法通信で状況を知らせると決めてあったのだが、それが無いとなると、船団攻撃の前に 全滅した可能性が高い。結局、我々の努力は無為に帰した事になる。」 「機動部隊から分派された部隊も、散々に打ち負かされたようですな。」 「ああ。」 レトンホ大佐は頷いた。 「この決戦に敗北した以上、ヘルベスタンの友軍はもはや救えないな。50万の有力な軍勢を失うとなると、これから我が祖国は、 厳しい状況で敵と向かい合わねば並んだろうな。」 レトンホ大佐の言葉に、ルロンギ中佐は改めて、自分達は敗北したのだと思った。 夜が明けようとしている。暗かった洋上は徐々に明るみを取り戻し、やがていつもの朝が来る。来る筈であった。 しかし、鮮やかな夕日は、分厚い雨雲に覆われており、いつもよりも少ない光量を、第2艦隊を浴びせただけに留まる。 しばらく経つと、集結した第2艦隊の艦艇群は雨に打たれ始めた。 モンメロ沖海戦 両軍の損害 アメリカ軍 沈没 重巡洋艦カンバーランド 駆逐艦9隻、護衛駆逐艦5隻 大破 正規空母ハンコック 戦艦ミシシッピー テキサス 巡洋戦艦レナウン トライデント 重巡洋艦ロチェスター ドーセットシャー リトル・ロック 軽巡洋艦ケニア 駆逐艦7隻 護衛駆逐艦5隻 中破 正規空母ボクサー ライト 戦艦ニューメキシコ アイダホ プリンス・オブ・ウェールズ 重巡洋艦ウィチタ ロサンゼルス 軽巡洋艦ナイジェリア マイアミ 駆逐艦5隻 小破 正規空母エンタープライズ 戦艦ウィスコンシン ミズーリ 軽巡洋艦セント・ルイス フレモント 航空機喪失286機(着艦事故並びに修理不能機含む) マオンド軍 沈没 正規竜母ヴェルンシア ミリニシア ニグニンシ 小型竜母イルカンル 戦艦リグランバグル ケリムガルダ イルマリンラ コルトム グラーズレット ミルラキンズ マウニソラ ライニクラ 巡洋艦10隻 駆逐艦14隻 大破 小型竜母ミカル 巡洋艦3隻 駆逐艦8隻 中破 巡洋艦1隻 駆逐艦3隻 小破 駆逐艦1隻 ワイバーン喪失439騎
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351 名前:UNNAMED 360[sage] 投稿日:2015/09/21(月) 23 57 44.30 ID XYvrpUOh [1/2] 第51話 マイクロチップ爆弾 異世界に転移して、異世界人と遭遇してから間もなく発見された新資源、「魔鉱石」、 この惑星を構成する主な物質の一つで、様々な超常現象を引き起こす物質として注目が集まっていた。 最近になって、魔鉱石に興味を持ち研究をしていた、一部のマテリアル企業が魔石の単結晶の精製に成功、本格的な魔道具の開発を開始しようとしていた。 「リクビトの魔法陣のスケッチは全部、頭に叩き込んだか?」 「んー、少し怪しい部分はあるけど、ある程度は詰め込んだよ?」 「魔石の性質がある程度解明されて来たらスパコンに演算させて理想的な魔法陣を描かせることが出来るかもしれないな、この技術が上手くいけば今までの常識を打ち破る事が出来る。」 「無限のエネルギーは人類の夢だからねー、それが実現できるかもしれない奇跡の物質が目の前に転がっている、これはもう好奇心を抑えられないじゃないか。」 「天守博士の論文は見たか?観測衛星ひすい1号が観測したデータによると、魔鉱石はこの星だけの物質だけでなくこの次元の宇宙の全域に存在するらしい。」 「あー見た見た、何でも元の次元で言うグーゴルプレックス量のエネルギーのやり取りが既に行われていたかもしれないとか言う奴ね。」 「この次元は、異次元同士を結ぶ通り道みたいなもので、何もないところから唐突に物質が現れたり消滅したりする現象に関わっているかも知れないとかなんとか・・・。」 「時空の歪みが物質として固定されたものとか言われているけど、本当はどうなんだろうかね、凄く危なそうだけど普通に素手で触れるし。」 「本当に不思議な世界に来てしまったものだ、だが、興味深い。」 リクビトの魔法陣のスケッチが描かれた書類の束を机にしまうと、ドスンと、新しく机の上に置かれたソラビトの魔法陣のスケッチが描かれた書類の束を見てため息をつく。 「さて・・・・あー、次はソラビトの魔法陣か・・・リクビトの奴よりも細かいなぁ・・・。」 「自作のマムシ酒があるけど飲んでみる?」 「遠慮しておくよ、栄養剤に関して俺は錠剤派なんだ。」 それから暫く経って、精製した魔石の単結晶を使用した実験が某企業の実験施設で行われることになった。 「今回使用する魔法陣はリクビトの使用する火の魔法陣の実験だ、異次元から取り入れるエネルギー量が不明なため危険を伴うので、野外実験となる。」 「専用のソフトで魔術式を改良させたデザインだけど、集積回路並みに複雑で細かく編みこんであるから多分凄いことになるよ。」 「十中八九爆発するだろうよ、わかりきっている事だ。」 「問題はその規模なんだよね、今回使用する魔石の量も極めて少ないし、魔術回路も試作段階だから、まさか原子力爆弾並みになる訳ないと思うし・・・。」 「しかし、潜在的にはこの星を滅ぼすかもしれない危険性を孕んだ物質であるのは確かだ、だからその扱いに関して慎重にならざるを得ないだろう。」 「あっ・・・始まるみたいだよ!サングラスを付けて!」 実験装置を起動すると、荒野にぽつんと置かれた魔石を加工した魔術回路に魔力が流れ、鋭い青白い光が放たれた後、光が赤みを帯び始め、魔術回路は大爆発を起こす。 遠く離れているにもかかわらず、叩きつけるような轟音と閃光が放たれ、ごうごうと大気の渦が砂埃を巻き上げる。 「これは・・・・予想外過ぎるだろう」 「もう軽く兵器だよね、これ。」 「俺たちみたいな民間に扱わせるには危険すぎないかこれ?」 「諦めろ、魔石を含む鉱物はこの世界の彼方此方に転がっているんだ、遅かれ早かれ利用する企業が他にも現れるだろう。」 「ウラニウムやプルトニウムみたいな危険物質が石ころみたいに転がっている世界か・・・アルクス人が俺たちの技術に追いついたらどう言う事になるんだろうな。」 「最悪この星と共に心中だろうさ、石器時代からやり直せることが出来ればまだ良いほうだろう。」 今回の魔術回路実験によって得られたデータを元に魔石の出力を調整する研究が優先される事になった。 日本政府は、魔石の兵器としての利用に関して待ったをかける事になった。 魔法回路 魔鉱石を精製して得られる魔石は、特定の配列に結合すると何かしらのエネルギーを異次元から吸収するか異次元に放出する特性がある。 もっともポピュラーなのが顔料に魔鉱石の粉末を混ぜて、魔法陣を描く方法であるが、魔力の制御がうまいものは体内で術式を構成して魔法として放つことができる。 純度の高い魔石を液化させて印を刻んだ石板に流し込み凝固させたものを永久魔法陣として利用もするが、魔石の精製が面倒なうえに液化させる技術も途絶えているので惑星アルクスに現存する永久魔法陣は希少。 現存する永久魔法陣も当時の魔法技術の限界か、「上に乗っていると傷が早く治る」ものや、「気温を一定に保つ」程度にとどまっている。 今回、特定の配列で、どのように魔石が反応するか集積回路の様に魔法陣を複雑に細かく編みこんだ魔石を使用した実験をしたが、異次元から取り込むエネルギーが膨大になり大爆発が起こった。 ピー玉サイズの集積回路魔法陣だったが、その爆発の威力は500ポンドの無誘導爆弾と同等だったという。 今日はここまでです。 この世界はFFやDQの勇者たちが一晩寝るだけで、アルテマやイオナズンを放てるMPが確保できる世界です。 魔石を利用したワープエンジンとか作って地球に里帰り そうですねー、宇宙船に次元ワープ装置をつけて地球へ里帰りなんかも出来そうですね。 しかし、帰って来てみると日本が転移した影響で既に死の星と化していたなんて絶望ルートも良いかもですね(黒 魔石による文明滅亡と惑星脱出 滅亡を避けたところで新しい惑星でまた戦争を初めてまた滅亡とかあり得るかもですね。 もしくは、移民する為の植民惑星が見つからず宇宙空間で干乾びるとかw 魔石と次元連結システム ちょっと調べてみたら、異次元空間からエネルギーを得る機関みたいですね。 反物質を利用した対消滅エネルギーらしいですが、魔石の場合は、時空の奔流をヨットの帆みたいに受けて この世界のエネルギーとして変換・定着している感じです。
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艦隊はゆっくりと港の奥に進んでいった。周りの帆船では、マストや甲板に 上がった何人もの人が、二つの船を見つめている。 「しかしなんというか、恥ずかしくなる視線だな」 「大の大人がみんな目ぇ丸くしてますもんね。どうも照れます」 自衛官達は、奇妙な視線に戸惑っていた。注がれている視線からは、侮蔑や恐怖、 歓喜といった感情ではなく、純粋なまでの驚きだけが感じられるからだ。 今までの任務では、そうそう感じる事もない視線だった。 岸壁がコンクリートではなく石で固められているため、輸送艦は横付けに 苦労した。しかしなんとか岸に着けることに成功し、その横に幾らか離れて 護衛艦が留まった。 その頃艦橋では、スーツを脱いだ事務官と艦長が相談していた。 「荷揚げといっても、一体どこに物資を置くんだね。野ざらしはまずいが 基地なんてあるはずも無いし・・・」 「それなら心配ありません。遭難船への救済措置で空き倉庫を貸して くれるそうですから、ある程度は捌けるはずです」 「で、その倉庫は一体どこにあるんだ?」 「港の中です。さっきの許可書を役人に見せれば、案内してくれるはずです」 「では、先に下りて案内と通訳に行ってきてくれ。頼んだぞ」 「分かりました」 その後事務官はいち早く下船し、そして荷揚げ作業が始まった。 岸壁につけた輸送艦は、作業を開始した。重苦しい作動音と共に 舷側の一部が左右に開いていき、暗い灰色をした舷側のそこだけが、 急に闇色になった。深い闇を覗かせているそこは、輸送艦の舷側扉だった。 その闇の中から、工事現場のコーンや踏切板のようなものを持った 自衛官が数人現れ、扉の前にそれらを設置していく。コーンが門の 両脇に置かれ、緑色の板が舷側扉と岸壁の間に橋渡しされる。 そして自衛官達が闇に向かって手を振ると、それに応えてエンジン音が 響き始めた。搭載車輛がエンジンをスタートさせたのである。 闇の向こうから最初に現れたのは、えぐれた鼻の軽装甲機動車である。 窓の真ん中に太い枠が通って、まるで太眉のように見える車だ。 機動車は港の幾らか奥に進んで停車し、その後も次々と輸送艦から 別の車輛が発進していった。 横幅の広い高機動車が現れ、巨大な73式大型トラックが一トン 水タンクを引き連れていく。ひょうきんな顔の73式中型トラックや、 地響きを立てる特大型トラックが港に並んでいく。 周囲が一杯になりだしたころ、ようやく事務官が帰ってきた。彼に倉庫の 場所を伝えられた自衛官の誘導により、車輛はまた別の所へ向かっていった。 移動がスムーズになりだした頃、艦からは今までと違う音が響き始めた。 鎖の鳴る音と、何かの機械の作動音である。その音は、甲板に係止されていた 車輛が、エレベーターによって艦内に下ろされていく音だった。
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第239話 夏の目覚め作戦 1485年(1945年)7月28日 午後9時 レスタン・ヒーレリ領境 周囲は、真っ暗な闇に覆われていた。 レスタン・ヒーレリ領境沿いには、草むらや木の葉に潜んだ虫のささやかな響きと、時折吹いて来る夏の暖かい風の 音が聞こえて来るだけで、何かの動きらしき物は全く無かった。 親子月と呼ばれる、大小2つの月が放つ神秘的な青白い光は、上空に広がった分厚い雲に阻まれ、周囲は冥界を 思わせるかのような、不気味な暗闇に包み隠されている。 「真っ暗だなぁ……」 とある1人の兵士が、小さいながらも、女特有の高い声で呟いた。 「おい、ミルヒィ。タバコの火を外に出すなよ。シホールアンル兵に見つかるぞ。」 ミルヒィと呼ばれたダークエルフの兵士は、同じハーフトラックに乗っている分隊長から注意を受けた。 「分隊長、心得てますよ。」 ミルヒィは右目をウィンクさせながら、分隊長に答えた。 「分隊長。小隊長より連絡が入りました。10分後に行動を開始するとの事です。」 「いよいよか……」 分隊長と呼ばれた軍曹……ミスリアル軍第12機械化歩兵師団第54機甲歩兵連隊第2大隊に属する小隊の一分隊を 預かるウラルス・ヘリケインズ軍曹は、心中では緊張しながらも、冷たい声音で言葉を吐き出す。 第12機械化歩兵師団は、ミスリアル第1軍第4軍団に所属する3個師団の内の1個師団である。 この日、第12機械化歩兵師団は、同じ軍団の同僚部隊である第8軽装機動歩兵師団(名前は軽装機動となっているが、 実際は自動車化歩兵師団である)と共に、ヒーレリ領境沿いにあるウトラスドと言う名の村を制圧する任務を与えられた。 攻撃命令を受けたこの2個師団の将兵達は、いよいよヒーレリ侵攻が始まるのかと誰もが思った。 それと同時に、今度の作戦でこれまで経験したような激戦を味わうと確信し、また、多くの仲間が散っていくと言う 悲壮感を露わにする者も少なくは無かった。 ミスリアル陸軍の戦術ドクトリンは、米式装備を与えられてからは米軍に準じた物を採用し、エルネイル戦から今日まで戦ってきた。 元来、精強な事で知られるミスリアル軍は、これまでの戦闘でアメリカ軍に勝るとも劣らぬ程の戦功を挙げてきた物の、急速に 軍の近代化を成し遂げつつあるシホールアンル軍によって被った犠牲も馬鹿にならなかった。 ミスリアル軍の戦闘は、昔と違って派手になり、度重なる勝利のお陰で軍の将兵達も絶対の自信を感じていたが、同時に、戦闘と なれば、少なからぬ味方が僅かな時間で散っていくと言う現代戦の非情さに、悲壮感を感じる者も少なくない。 攻撃を行うと聞いた将兵達は、また誰が、シホールアンル軍の銃砲弾幕によって命を落として行くのかと、半ば憂鬱な気持ちに なりながらも、シホールアンル最大の占領地であるヒーレリを遂に解放できる、というある種の感慨を感じる事で、次の作戦に 臨もうとした。 だが、ミスリアル軍の将兵達は、自らの指揮官が発した最初の言葉を聞くなり、疑問に思った。 “攻撃は28日午後9時頃。攻撃に参加する師団は……第12機械化歩兵師団と、第8軽装機動歩兵師団のみ。” ヒーレリ・レスタン領境には、現在、確認できただけでも20個師団以上はいると見られており、ミスリアル第1軍の正面にある 森林地帯には、少なくとも4個師団が森を堅固な防御陣地代わりにし、後方には砲兵部隊を展開させて待ち構えていると言う。 そんな所に、一応は1個大隊相当の戦車戦力を伴い、完全に機械化、自動車化されているとはいえ、僅か2個師団だけで突破するのは 不可能に近いのではないか? 指揮官の話を聞いた下士官・兵達は、誰もがそう思った。 また、なぜ、攻撃に参加する部隊が第12師団と第8師団のみなのかも、下士官・兵達の疑念を湧き起こした。 だが、彼らの疑念は、自然と晴れて行った。 ミスリアル王国は氏族社会である。 ミスリアル人は、肌の白いエルフと、肌の黒いダークエルフに大別されるが、実際は2種類のエルフの中でも更に種類が分かれており、 それらは何々氏族出身という形で分けられている。 王国内には、7つの氏族がある。 まず、ミスリアル王国最先端部にはフェミスエルヴァーン族と呼ばれる氏族があり、そこから東にウィパス族、エスパレィヴァーン族、 ウェティスベイン族、オウルダルヴァーン族、クセルス・エルヴァーン族、クィンクスレイルフ族となっている。 第12師団と第8師団は、それぞれウィパス族、エスパレィヴァーン族、ウェティスベイン族と、ミスリアル西部から中部地方出身の 者でほぼ固められていた。 ミスリアル人は、全体的に森の中で住み、日々の生活で狩猟を行っているため、ミスリアル軍の基本戦術ドクトリンである森林戦闘が 得意であるが、先の3氏族は、この森林戦闘を最も得意とする事で、ミスリアルでも広く知られていた。 その3氏族出身の兵でほぼ固められている第12師団と第8師団が、森林地帯に布陣した敵前線への浸透襲撃を命ぜられたのは、 ある意味当然の事と言えた。 各指揮官は、命令を伝え終えた後、こう付け加えた。 「諸君。今度の作戦は、かつて、我々が得意として来た森の中での戦いとなる。シホールアンル人達に、森の住人達の戦いぶりと言う物を、 久方ぶりに見せ付けてやろうじゃないか。」 こうして、密かに攻撃発起地点に到達した第12師団と第8師団は、攻撃開始の時まで、待機地点で待ち続けていた。 そして、この時。戦線後方の陣地から前線陣地に移動して丸1日の間待機していた2個師団の将兵達は、ようやく、行動に移り始めたのであった。 「よし、車から降りるぞ!」 上官であるヘリケインズ軍曹の言葉を聞いたミルヒィ・レティルナ伍長は、分隊の仲間と共にハーフトラックから降り、前方にある土嚢の陰に身を隠した。 ミルヒィの側に、ヘリケインズ軍曹が近寄り、自らの頭のヘルメットを2度小突く。 彼女はヘリケインズの示した行動の意味を理解し、すぐに冷たいアメリカ製のヘルメットを外し、代わりに紫色のベレー帽を頭にかぶせる。 彼女と同じように、分隊の兵全員が、ヘルメットからベレー帽に変える。 ミスリアル兵は、支給されたアメリカ製のヘルメットよりも、自国で作られたベレー帽の方が気に入っていた。 このベレー帽は、ミスリアル軍が3年前に採用したばかりの物である。 エルフ族である彼らは、特徴である長い耳がヘルメットによく引っ掛かる事を好ましく思っておらず(必要な時は装着していたが)、 ヘルメットをかぶるよりは、布製の帽子をかぶる方を好んでいた。 そこでミスリアル軍上層部は、耳に負担がかかるヘルメットを一応支給しながらも、国内に開設したばかりのアメリカ製の衣服製造工場で正式に ベレー帽を製造し、これを軍部隊に支給した。 ミルヒィ達がかぶっているベレー帽は、その新しい工場で作られた物である。 「ミルヒィ。どうだ?緊張してるか?」 隣のヘリケインズ軍曹が話しかけてきた。 「分隊長。緊張しない方がおかしいですよ。」 ミルヒィは、ため息を吐きながら彼に答える。 「私達が戦おうとしている敵は、完全充足の数個師団ですよ。そんな強力な敵が待ち構えている所を、たった2個師団で攻撃を 仕掛けるんですから、普通だったら、こんな無茶な攻撃は止めて欲しいですよ。」 「ほほう。じゃあ、今まで通り、ハーフトラックに乗りながら攻撃をしろと。そんな事したら、音で敵にバレて集中砲火を食らっちまうぞ。」 「……ある意味、今まで通りのやられ方ですね。」 ミルヒィがそう呟くと、ヘリケインズは苦笑する。 「まっ、我が栄えあるミスリアル機械化兵団は、どんな猛砲撃に浴びせられても強引に突破して来たがね。」 「その歴戦の機械化兵団が、今回はハーフトラックから降りて、敵陣にこっそりと忍び寄っていく訳ですか……」 「嫌かね?」 ヘリケインズは、やや唸る様な口調で問うてくる。 「……まっ、別に嫌じゃないかな。というか、私としては、ようやく本来の戦いが出来るかなぁと、思っていたりします。」 「ほう……どんな弱音が出て来るかと思ったら。お前もすっかり、ベテランになったな。」 彼は、昔からの馴染みでもあるミルヒィに対して、半ば頼もしげな口ぶりで言った。 ミルヒィ・レティルナ伍長は、今から3年近く前の1482年(1945年)5月に志願入隊し、基礎訓練を終えた10月になって、 シホールアンル軍との戦闘を経験した。 当時16歳であった彼女は、ミスリアル軍第22軽装歩兵旅団に配属され、米海兵隊の増援が来るまで絶望的な後退戦と防御戦を戦ってきた。 ミルヒィは、幼少時から家族と共に狩猟を行ってきた事もあり、部隊では、入隊時に家から持参して来たクロスボウを使って、弓兵として 敵と戦ってきた。 彼女はこの戦役で、シホールアンル軍の特殊戦部隊と交戦し、敵に腹部を刺されて瀕死の重傷を負うものの、奇跡的に一命を取り留めた。 83年4月には、戦役で負った傷も癒え、再び第22歩兵旅団に戻った。 83年9月。第22歩兵旅団は、戦役を戦い抜いてきた同僚部隊の第43軽装師団と第19軽装歩兵旅団の残余と共に再編され、新たに 第12軽装機動歩兵師団に編入された。 ミルヒィは、アメリカ製の装備と車両で編成された、全く新しい形の部隊を見るなり度肝を抜かれた。 第12軽装機動歩兵師団は、名前こそ軽装機動歩兵となっていたが、実質的には多数のトラックを装備した完全自動車化師団であった。 今までは、森林での戦闘を前提に、ある時は暗殺者の様に、気配を消して動くように訓練されたエルフ達にとって、アメリカ式の快速機動戦術は 全く異質な物に見えた。 第12軽装機動歩兵師団は、アメリカ人軍事顧問の指導の下、着々と訓練を行い、昨年7月のエルネイル上陸作戦では、他の部隊と共に、 ミスリアル軍初の機械化兵団として作戦成功に貢献し、以降の地上戦でも経験豊富なシホールアンル軍相手に勝利を重ねて行った。 エルネイル戦が終了した後は、ジャスオ領南部で戦力の再編と共に新機材を受け取った。 1484年11月には、全部隊に装甲化されたトラック……M3ハーフトラックと自走砲が装備され、第12軽装機動歩兵師団は 第12自動車化歩兵師団と改称された。 実を言うと、第12師団は、既にハーフトラックを受け取った第5、第6機械化歩兵師団と同様に、師団名に機械化歩兵と付く筈だったが、 ミスリアル軍上層部はシホールアンル軍に対する偽装のため、あえて、部隊名を自動車化師団とする事にした。 1月下旬に始まったレスタン戦線では、第12師団の所属するミスリアル軍第4軍団は、シホールアンル軍相手に奮闘した物の、第4軍団も また甚大な損害を被り、同僚部隊である第2親衛自動車化歩兵師団は戦力の60%を喪失して後方に送られ、第12師団と第8師団も定数の 30%の損害を受け、レスタン領中部地区にて戦力の補充と再編を行った。 戦力の補充と再編は7月の中旬まで行われた。 この間、第12師団はアメリカから供与された、新たなハーフトラックを受領すると共に、師団に1個戦車大隊を加えられ、7月17日には 正式に、第12機械化歩兵師団という名称を与えられた。 戦力の補充と再編は他の部隊でも進み、レスタン戦役で大損害を被った第2親衛自動車化師団は、本国から送られて来た戦車連隊を加えられた後、 新たに戦車師団に改編されている。 ミスリアル軍上層部としては、この休息期間中に第8師団にもハーフトラックを与えて新たに機械化歩兵師団を編成しようと考えていたが、 さしものアメリカも、レスタン戦役後は自軍の戦力補充だけで精一杯であったため、従来通り、非装甲のトラックを装備した自動車化師団の まま戦列に残る事になった。 エルネイル上陸作戦からレスタン攻略戦までの間、ミルヒィは第12師団が経験した全ての戦闘に参加しており、今は若干19歳ながらも、 彼女は歴戦の古参兵として分隊内では頼られる存在となっていた。 そんなベテラン兵である彼女も、ミスリアル軍本来の戦闘を再び行える事に、どこか懐かしさを感じていた。 「それにしても、上層部も思い切った物だな。まさか、夜間浸透作戦を仕掛けるとはね。」 「普通に行ったら、盛大に歓迎されて前進が難しくなりますから、上層部の考えも間違いではないと思いますけど。」 「俺もそう思うよ。」 ヘリケインズは、ミルヒィの背中に視線を向ける。 「となると、今日は久方ぶりに、ミルヒィの見事な射撃術を見られるな。背中のそいつも、久しぶりの獲物を与えられてさぞかし、 喜んでいる事だろう。」 「正直言って、こいつを実戦で使ったのはあの時以来1度も無いですよ。手入れは定期的にやってますけど、私の腕に関しては 余り期待しない方が……」 ミルヒィは首元を掻きながら、背中に吊り下げているクロスボウを手に取る。 彼女の装備は、正式にはM1ガーランドライフルと銃剣となっているが、それとは別に、長年愛用して来たクロスボウとナイフを所持している。 ミスリアル軍では、(ミスリアル軍に限った話ではないが)彼女のように、自前で武器を持ち込んで、それをそのまま装備する将兵が多い。 自前で持ちこむ武器は、主に長弓やクロスボウ、長剣と言った物が多いが、現在はミスリアル軍から支給された、アメリカ製のM1ガーランド ライフルやM1トンプソンマシンガン、M1カービンやM2重機関銃、M1919ブローニング30口径機銃といった銃火器が、圧倒的に 使用頻度が多い。 だが、ミスリアル軍将兵は、自前で持ちこんだ武器も、故郷のお守りがてらにそのまま装備として前線に携えており、時にはそれを使って 敵を倒す事があった。 以前、アメリカの新聞社に、トンプソンを持ったダークエルフの兵が、自前の長弓を使ってシホールアンル兵を倒そうとした所を写真に 撮られた事もある。 とはいえ、それらの持ち込んだ武器は、今では使用頻度の少なくなったお守り武器として装備されているだけであり、現実的な (アメリカ的な考えに染まったとも言われる)ミスリアル兵の中には、持ち込んだ武器を後方に置いて、身軽に動こうとする者も居る。 だが、今回の戦闘では、その持ち込んだ武器が最大限に生かされる機会でもあり、ミルヒィのように、クロスボウや長弓を携えた兵士には、 隠密裏に敵軍の歩哨を排除する任務が与えられていた。 「……時間だな。」 ヘリケインズは腕時計の針が、午後9時10分を指すのを見てから、こそりと呟いた。 その時、申し合わせたかのように、後方から航空機の爆音が響いて来た。 爆音は程無くして大きくなり、やがて、彼らの上空を多数の友軍航空機が飛び去って行った。 「第2小隊、前進!」 爆音が鳴り止んだ後、そんな声が響いて来た。 「聞いた通りだ。前進するぞ。」 ヘリケインズはミルヒィにそう言った後、左右に展開している部下達に向けて前進を命じた。 土嚢の陰に隠れていた分隊の部下達は、むくりと体を起こし、ヘリケインズと共にヒーレリ領へ向けて歩き始めた。 連合軍の前線からシホールアンル軍の前哨までは3キロ程離れている。 その3キロの道のりを、ヘリケインズとその部下8名は、身を屈めながらゆっくりと歩いて行く。 ヒーレリ側国境に向かって無言の前身を続けているのは、彼らのみでは無い。 第12師団に所属する第54機甲歩兵連隊と、第8師団に属する第24自動車化歩兵連隊の将兵、計4800名が、攻撃の第一陣として 無言のまま進撃を続けていた。 同日 午後10時 シホールアンル陸軍第68歩兵師団の前哨警戒陣地では、この日も、いつもと変わらぬ退屈な警戒任務をこなしていた。 第68歩兵師団第99歩兵連隊第2大隊は、中央戦線と呼ばれる戦線の最も西寄りの位置に陣取っていた。 「さっきの敵機は、後方の味方部隊を爆撃しているようだな。」 第2大隊第2中隊を指揮するオルタ・ファベスフォ大尉は、陣地の近くにある木から取ってきた枝をポキポキと折りながら、休憩中の 部下と雑談を交わしていた。 「ええ。何機ぐらい通っていきましたかね。」 「姿は見えなかったが、少なく見積もっても40機は下らなかった気はする。」 「40機ですか。うちの後方には第29軍団が居ましたね。もしかして、爆撃を受けているのはその第29軍団では?」 「恐らくはな。」 ファベスフォ大尉は忌々しげに答えた後、折り過ぎて短くなった木の枝を屑かごに投げ捨てた。 「アメリカ人はいつも爆撃ばかりだな。5日前には、前哨陣地の付近にミッチェルがやって来てドカドカと爆弾を落として行きやがった。」 「2日前もですよ。あの時は凄かったですな。インベーダー100機にサンダーボルトが60機以上と、大盤振る舞いでした。連中、俺達を こんな辺鄙な森林地帯ごと焼き払わんばかりに銃爆撃を加えて来ましたが……いや、あれは酷かった。」 「爆撃によって生じた死傷者は少なかったが、それ以上に、爆撃に神経をすり潰されて後方に引き下がった奴が多く出てしまった。」 「後送された精神錯乱者は、数にして100名以上。1個中隊程にも及びましたね。」 部下が深く溜息を吐きながら、ファベスフォ大尉に言う。 「前哨陣地の前に置いておいた地雷もほぼ全滅したのも痛かった。魔道地雷を作って、埋め直すにはかなりの時間が掛かるんだよなぁ。」 ファベスフォ大尉は心底嫌そうな顔つきで言った後、何かを思い出したのか、だらけていた姿勢を起こして部下に聞いた。 「おい。そういえば、空襲の直後に発注した魔道地雷の資材はどうなっている?」 「後方の要所が反乱民共に抑えられているせいで補給効率がかなり落ちている事もあり、資材はまだ届いていません。」 「なんてこった………ここで、敵の大攻勢が始まったら、敵戦車は地雷の心配をしないまま、悠々とこっちに向かって来るぞ。」 「砲兵の阻止弾幕がありますから、敵も易々とは突破できませんよ。まぁ、今までの例から言って敵の突破を完全に阻止する事は難しいでしょうが。」 「それにしても、足止め役が少なくなるのはあまりよろしくないな。」 ファベスフォ大尉は唸るような声で言ってから、眉をひそめる。 「すぐに補給を急がせてくれと、大隊本部に伝えてくれ。出来れば、明日の夜から地雷の作製と敷設に取り掛かりたい。」 「はっ、そのように。」 部下は頷くと、すぐに席を立って、魔道士の居る詰所に向かって行った。 「ちょいと用を足して来るか。」 不意に尿意を催したファベスフォ大尉は、中隊指揮所から出て、やや離れた人気の居ない木陰の所まで歩いた。 1分程で小便を終えた後、彼はゆっくりとした足取りで中隊指揮所に戻ろうとした。 「う……」 唐突に、どこからか短いうめき声が聞こえたかと思うと、直後に、誰かが倒れる音も聞こえてきた。 「ん?監視小屋の方から聞こえて来たぞ。」 ファベスフォは、その怪しげな音が、中隊指揮所から10メートル程離れた監視小屋から聞こえてきた事に気付き、急ぎ足で そこに向かった。 森林内にある前哨陣地には、所々に、高さ4メートル程の監視小屋がある。 監視小屋には、常時2名の見張りを立てて、木々の隙間から見える敵の前線を24時間態勢で監視していた。 彼は、上に続く梯子の先を見上げた。 「おい!どうした!?」 ファベスフォは声を張り上げたが、上の監視小屋からは何の反応もない。 「……俺の声が聞こえているか!何かあったのか!?」 彼はもう1度、監視小屋の警備兵に声をかけたが……やはり反応が無い。 「一体どうしたというんだ……」 不審に思ったファベスフォは、自分で上って確かめる事にした。 梯子に手をかけた時、ゴトリと、後ろで何か重々しい音が鳴るのを聞いた。 「……?」 ファベスフォは、不意に後ろで鳴った物音に気を取られ、顔を音がした方向に振り向ける。 そこには、薄く光る青い水晶玉らしき物が転がっていた。 「これは……!?」 彼は、その不審物を手に取ろうと、顔を屈めようとしたが、いきなり、首筋に衝撃が伝わった。 「……!」 ファベスフォは、首に強烈な痛みを感じた。あまりの激痛に、悲鳴が上がりかけたが、口から吐き出されたのは悲痛な 叫びでは無く、大量の血液であった。 彼は、何故、このような事になったのか、全く理解できないまま倒れ伏し、そのまま息絶えた。 その頃、ファベスフォ中隊に所属する魔道士のトラフ・エベルド軍曹は、定時連絡を終えた後、ゆっくりと水を飲みながら休憩を取っていた。 「おい、エベルド。お前、報告を送っていない奴が残っているぞ。」 彼は、今しがた交代したばかりの同僚にきつい口調で注意を受けた。 「え?本当かよ。」 「ああ。中隊が使う消耗品の要請書が、送信済みのサインを付けられてないまま残されていた。お前、こいつを中隊長に 見つかったら、またどやされるぞ。」 「いやぁ、面目ない。」 エベルド軍曹は、申し訳なさそうな表情で同僚に謝った。 「仕方ないから、俺が送ってやるよ。次は気を付けろよ?」 「手間を取らせて済まん。」 エベルド軍曹は同僚に感謝しつつ、側に置いてあった本を読み始めた。 「あれ……おかしいな。」 しばらくして、同僚の訳のわからぬと言いたげな声が聞こえてきた。 「どうしてだ……」 エベルド軍曹はその言葉を聞き流しながら本を読み続けたが、同僚に起きた異変が次第に気になってきた。 「おかしい……術式が発動できない。」 「ん?どうしたんだ?」 エベルド軍曹は同僚に振り向いてから、そう尋ねた。 「……俺って、通信魔法苦手だったのかな。」 「おい、大丈夫か?」 エベルドは、険しい顔つきで魔法通信を送ろうとする同僚に再び声をかける。 「……エベルド。なんか俺、通信魔法が使えなくなったようだ。」 「通信魔法が使えなくなっただと?なぜ?」 「いや……いきなりの事で俺も分からんのだが……」 「何度やっても駄目なのか?」 「ああ。術式は間違っていないんだが……」 同僚はそう言ってから、もう1度とばかりに、通信魔法の術式を詠唱して魔法を発動させようとする。 エベルドが聞く限り、同僚の術式詠唱は何の間違いも無かった。 だが…… 「くそ!やっぱり駄目だ!!」 同僚は、魔法を発動させる事が出来なかった。 「ちょっと貸してくれ。俺がやってみる。」 エベルドは同僚から紙を貰い、大隊本部に送る予定であった物資の要請文の内容を黙読し、それを魔法通信に乗せて送ろうとする。 術式を、まるで歌うかのような声音で詠唱する。 それが終われば、脳裏に術式が発動する時に伝わる、何かが弾け、染み渡っていく様な感触が伝わる筈であった。 だが、そのような感触は、全く無かった。 「……もう一回やってみる。」 エベルドは、背中に冷たい物を感じながら、もう1度通信魔法を発動させようとする。 だが、魔法は発動しない。 彼は何度も術式を展開し、時には、詠唱速度をゆっくりと行う等をして通信魔法を起動・展開しようとしたが…… 7回失敗した所で諦めた。 「畜生!何故できない!?」 エベルドは、苛立ちに顔を赤くしながら叫ぶ。 「術式を詠唱しても、魔法の展開はおろか、最初の起動すら出来ないぞ!」 「エベルド、もしかして、俺達は魔法が使えなくなったんじゃねえか?」 「……くそ!」 唐突に起きた、理解不能な事態に、エベルドの頭は興奮と混乱ですっかり煮詰っていた。 その時、送受信所の壕の近くで明らかに悲鳴らしき物が響いて来た。 「おい!今の聞いたか!?」 「ああ。聞いたぞ。まさか、敵襲じゃないだろうな。」 「そのまさかかもしれないぞ!」 2人は、咄嗟に置いてあった携行式魔道銃を手に取り、送受信所から飛び出した。 直後、同僚が短い悲鳴を発しながら、仰向けに倒れた。 エベルドは身の危険を感じ、すぐに近くの塹壕に飛び込む。 後ろを振り向くと、同僚の頭が見える。 「!?大丈夫……か………」 エベルドは、同僚の頭を見て言葉を発したが、その声音は次第にかすんで行った。 同僚の頭には、矢と思しき物が刺さっていた。 今は暗い夜間であるため、その影しか見る事は出来ないが、それでも、同僚の頭に矢が突き刺さっている事はわかった。 同僚は、何者かの手によって射殺されたのである。 「なんで矢が………」 エベルドはますます混乱して来た。 今や、弓や槍、剣の時代は終わった。というのが、エベルドが抱いている今の戦の印象だ。 シホールアンル軍の敵である南大陸連合軍は、新たに同盟に加わったアメリカによって急速に近代化され、アメリカ軍はともかく、 昔は蛮族と罵っていたカレアントや、魔法技術だけが取り柄で、軍備に関しては時代遅れと酷評していたミスリアル軍、そして、 その他の南大陸諸国までもが、アメリカ製の戦車やハーフトラックを使って機械化兵団を編成し、帝国軍を不利に陥れている。 その帝国軍も、現在は携行型魔道銃やキリラルブス等の新時代の兵器で身を固めており、弓矢や剣が武器の主力になる事は、 もはや無いだろうと考えられていた。 だが、同僚は、その“時代遅れの武器”の餌食となり、こうして彼のすぐ近くで物言わぬ躯と化している。 エベルドは、敵がまだ近くに居ない筈の状況で、同僚が矢に当たって戦死する事が、全く理解できなかった。 「なんであいつはやられたんだ!そもそも、敵が来る筈なら、事前に警報が鳴って野砲陣地がまず迎撃を行う筈なのに!」 エベルドは、半ば半狂乱になりながら、早口でまくしたてた。 砲撃で地雷は吹き飛ばされたとはいえ、軍の警戒網は厳重であり、監視小屋の兵は、敵の進軍をいつでも確認出来るように、 24時間態勢で見張らせていた。 そして、敵接近の情報が入れば、前哨陣地の対戦車部隊と、1ゼルド後方にある野砲陣地から集中射撃を行い、敵機械化部隊の 進撃を阻むよう、入念な準備が行われていた筈であった。 それが、何故機能しなかったのか? いや……それ以前に…… 「何故、俺の目の前にエルフの兵隊が居るんだ!?」 エベルドの前に、いつの間にか接近していたミスリアル兵が、何かを構えていた。 彼は自然に携行式魔道銃を構えて、目の前の敵兵を撃ち殺そうとしたが、ミスリアル兵はエベルドが引き金を引く前に、 構えていた物を発射した。 彼は、胸のど真ん中にそれを受けると、苦しそうな呻き声を上げながら昏倒した。 ミルヒィは、目の前の敵兵が仰向けに倒れるのを確認してから、内心では安堵していた。 「ふぅ、危なかった。危うく撃たれるところだったわね。」 彼女は、塹壕の中に隠れていた敵を危うく見落としそうになった。 気付いた時には敵が銃口を向けていたため、ミルヒィは大慌てでクロスボウの矢を放った。ろくに狙いをつけずに矢を放ったため、 彼女は攻撃に失敗したと思ったが、たまたま狙いが良かったのであろう。矢は見事、敵兵に命中した。 矢を受けた敵兵は、苦しげに呻いてから、そのまま仰向けに倒れた。 「ミルヒィ!お前の近くにあるのは何だ?指揮所か?」 後方から、分隊長であるヘリケインズ軍曹が問い掛ける。 「この壕ですか?指揮所かどうかはわかりませんが、ひとまず制圧しますか?」 「そうだな。ささっと制圧しちまおう。」 ヘリケインズ軍曹は頷くと、側にいた3名ほどの部下をミルヒィのもとに向かわせた。 同僚3名がミルヒィに合流した後、彼女はその3人を引き連れて塹壕の中に入り、近場にあった壕に敵兵が居ないか調べた。 武器をクロスボウから、M1ガーランドに持ち替え、物影に隠れながら壕の中を確認する。 1分程壕の中や周囲を調べたが、その近くにシホールアンル兵の姿は無かった。 「分隊長!ここには敵は居ません!」 「ようし………」 ヘリケインズは小さく頷きつつ、敵の伏兵を警戒しながら低姿勢でミルヒィ達の所へ走り寄った。 「ひとまず、前哨陣地の1つは抑えた。他の部隊も、受持ち区画を順調に制圧しているようだ。」 ヘリケインズは、散発的に聞こえる銃声を耳にしながら、低い声音で分隊員達に現状を知らせた。 「この調子で、俺達は前進を続ける。夜明けまでに敵第1防御線の砲兵陣地を制圧しなければいかんから、ここでグズグズして いられない。」 「勝負はここからだ、って事ですな。」 分隊員の1人がそう言い放った。 「その通りだな。では……次に進むとしよう。」 彼は分隊員にそう告げた後、自らが先頭に立って前進を始めた。 「おっと……言うのを忘れていた。ミルヒィ!例の水晶玉を回収しておいてくれ。」 「了解です!」 指示を受け取ったミルヒィは、周囲を警戒しつつ、塹壕をよじ登って、地面に落ちていた青い水晶玉を手に取った。 手のひらに収まるほどの小さな水晶玉は、淡い光を発していた。 ミルヒィは後方を振り返った。 敵の前哨陣地は、散発的に聞こえて来る銃声と、何らかの叫び声が上がる事を除けば、比較的静かである。 その静けさは、ここが戦場とは思えないほどであった。 (……いままでやかましい戦争ばっかりやって来たから、この静けさはある意味、新鮮さを感じるわね…) 彼女は心の中で思った。 シホールアンル軍陣地を襲撃しているのは、彼女の分隊だけでは無い。 ミスリアル軍は、この戦区に2個連隊4800名の兵力を投入し、その後詰部隊として更に2個連隊を進発させている。 通常なら、このような大規模攻撃は、夜間の場合でも、敵に察知される恐れがあるため、大抵は奇襲効果を得られる事は無い。 だが、ミスリアル軍はこうして敵に気付かれる事無く忍び寄り、先発の2個連隊は小隊、あるいは分隊単位で敵の主戦線に浸透しつつある。 シホールアンル軍第48軍団の第一線陣地には、第68歩兵師団と第221歩兵師団が、対戦車砲兵2個中隊を含む各1個大隊ずつを 配置していたが、この増強2個大隊は、ミスリアル軍と交戦を開始してから、一方的に押されていた。 何故、この大規模夜間強襲が成功したのか。 その答えは、ミスリアル軍の装備にあった。 話は、今から2週間ほど遡る事になる。 7月14日。ミスリアル軍北大陸派遣軍は、本国からある新兵器を送られていた。 ミスリアル本国では、6月下旬に極秘兵器であった通信魔法妨害兵器の開発が成功し、量産が始まっていた。 通信魔法妨害兵器は、ミスリアルがこれまでに開発して来た生命探知妨害魔法を応用した物である。 1482年10月。シホールアンル軍の行った大規模な通信妨害は、ミスリアル軍を大混乱に陥れ、緒戦にシホールアンル軍の大規模侵攻を 受けたミスリアル地上部隊は敗走を重ねた。 その後は、米軍の素早い救援のお陰でミスリアルは亡国の危機から脱する事が出来た。 ミスリアル軍魔法兵器開発部隊は、ミスリアル本土戦での戦訓をもとに、生命反応探知妨害魔法を開発すると同時に、通信妨害魔法の 開発を行い、紆余曲折の末、今年の6月下旬、水晶に妨害魔法を刷り込ませる事に成功し、兵器としての実用化に成功した。 妨害魔法を刷り込ませた水晶玉は、品質の関係から、持続時間が30分しかもたず、水晶の原料が少ない事もあって400個しか用意でき なかったが、魔法の効用範囲は、水晶玉1つで200メートルにも達し、その範囲内にある敵性の魔法通信は、水晶玉から発せられる妨害魔法の 影響で術式を起動する事が出来なくなる。 この魔法のお陰で、敵部隊は後方の味方部隊へ援軍を要請する事はおろか、敵接近の重大事を知らす事も出来ぬまま、現有戦力だけで侵攻軍との 戦いを余儀なくされる。 これを打開するには、伝令を送るしかない。 だが、その伝令さえも、敵の強力な銃火力の前には、ただ、動く標的を与えるだけで、満足に動けぬ内に撃ち殺される危険性が高い。 通信妨害魔法は、やられた側にとっては、まさに最大規模の災厄をもたらす代物と言える。 だが、今回の作戦では、この水晶を使うだけでは足りなかった。 進撃中は極力、敵に発見されるのを避けるため。魔道士は幻影魔法を使って姿を隠し、ゆっくりと境界線を渡り歩いていた。 そして、敵の前線から50メートル程まで近付いた時、彼らは水晶玉の魔法を発動したのである。 ミスリアル国民にとって、青天の霹靂とも言えたミスリアル本土決戦の混乱ぶりは、役割を変えて再び現出したのであった。 ヘリケインズの分隊は、他の分隊や、別の小隊と共に、辛うじて敗走した敵兵を追う形で、戦線の奥深くに浸透して行った。 交戦開始から30分程で、彼らの分隊は、主戦線から700メートル前進する事が出来た。 唐突に、ヘリケインズが右手を上げた後、近くの物影に隠れろという合図を送る。 ほぼ真っ暗な状況だが、夜目の利く部下達はその合図をすぐに読み取り、それぞれが木陰や窪みに隠れた。 「ミルヒィ、ちょっと来てくれ。」 ヘリケインズから後ろ2メートル程離れた木陰に隠れていたミルヒィは、姿勢を低くした状態で彼の側に寄る。 「あれが見えるか?」 「ええ……シホールアンル兵が集まっていますね。流石に感付かれたのか、敵が慌ただしく防衛態勢を整えつつあります。」 「とはいえ……あちらからはひっきりなしに叫び声が聞こえて来ている。どうやら、敵は混乱しているようだぞ。」 「……それにしても軍曹、あの陣地は何か妙ですね。」 「妙だと?何かあるのか?」 ヘリケインズは眉をひそめた。 「はい。見た目はただの防御陣地にも見えますが……その後ろ側になんか……野砲らしき物が見える様な。」 「野砲だと?ここは主戦線から1キロも離れていないぞ。敵の砲兵部隊は、対戦車部隊を除いて、大抵が主戦線から2、3キロか、 離れて6、7キロ後方にある物だが。」 「この森林地帯は、主戦線から5キロ程で途切れて、あとは草原と、平野が広がっているだけです。草原と平野部の敵軍は、 先月からアメリカさんが空から頻繁に叩いていましたから……あれはもしかして、空襲を避ける為に配備された砲兵隊か、 あるいは、防御密度をあげるために、思い切って前線に配備された物か。そのいずれかの可能性があります。」 「おいおい、敵さんは狂ったのか?シホールアンル軍の野砲は牽引式だが、それでも移動速度は早いとは言えない。 キリラルブスに引かせれば話は別だが……それにしたって、火力支援に要とも言える野砲を前線の近くに持ち込むとは……でも、」 ヘリケインズは怪訝な顔つきを浮かべながら、敵陣の方を見つめ続ける。 彼の目からは、敵防御陣地の後方に野砲を確認できなかった。 「俺の目からはよく見えないな。本当に野砲があるのか?」 「ええ。微かですが、ここから見えます。なんなら、こいつに上って正確に数を確認しましょうか?私、部隊の中で 一番夜目が利きますから。」 ミルヒィは、木を手で叩きながらヘリケインズに提案した。 「危険だぞ。敵に見つかったら集中射撃を受けるぞ。ここから敵の前線までは100メートルも離れていない。今の所、 敵は光源魔法を使って来ていないが、いずれは使うだろう。ここは止めた方がいいと思うが……って、おい!」 ヘリケインズは、話を聞き終わらないうちに気をよじ登ろうとするミルヒィを止めようとした。 「話を最後まで聞け!」 「分隊長、大丈夫ですよ。」 ミルヒィは、自信ありげな口調で言う。 「敵が混乱中なら、今の内に、目の前の敵の全容を確かめる事が出来ます。あの野砲部隊の配置は、明らかに通常の配置と異なっています。 敵の配置が変わっているとなると……もしかしたら、敵は後方からキリラルブスを呼び寄せ、防衛に当たらせている可能性もあります。 ひとまずは、敵の野砲がどれぐらいあるのか、そして、キリラルブスが居るのかどうか確認するのが先決でしょう。」 「キリラルブスの有無か……確かに、お前の言う通りだな。」 ヘリケインズは納得し、2度ほど頭を頷かせる。 「と言う事で、自分はちょっと様子を見て来ますね。」 ミルヒィはそう言いながら、そそくさと木を登って行った。 「お……って、もう行っちまった。」 彼は、やや呆れながらも、部下の見事な木登りを見学し続けた。 ミルヒィは、2分ほどで木の真ん中辺りの高さまで上がった後、枝に両足を乗せ、木にもたれ掛けながら、敵陣の方向をじっと見据えた。 小声で暗視魔法の呪文を詠唱し、視界を明るくしていく。 ミルヒィは幼少の頃から、家族と共に夜の狩に出ていた事もあり、夜目がかなり利くが、ここからでは100メートル向こう側の敵陣の 様子が分かり辛いため(シホールアンル軍は空襲対策のため、灯火管制を徹底している。そのため、敵陣には明かりらしきものが見当たらず、 ぼんやりとした敵らしき影しか見えない)暗視力強化の魔法を使って敵状を探ろうとした。 ほぼ薄暗かった視界は、暗視魔法のお陰でうっすらとだが、明るくなった。 視界は日中と違って、ほぼ白黒に近い状態だが、300メートル遠方まではなんとか見渡せた。 (そういえば、知り合いのレスタン人空挺兵は、普通に夜でも視界が開けて見えるって言ってたね。ホント、何もしていないのに 夜でも動き回れるのは、羨ましい限りだわ……) ミルヒィは、ヴァンパイア族である知り合いの特性を恨めしげに思いながら、敵陣の様子をじっくりと確認して行く。 (敵防御線と思しき塹壕……その後ろには、やっぱり野砲がある。半ば埋めている様な形で配備しているわね。ちょっと見ただけでは、 生い茂る木々が射線を邪魔して撃てないように見えるけど……) そっと、後ろを振り返る。 10メートル級の木々が並ぶ森は、野砲陣地を敷くには極めて不向きなように見えるが、シホールアンル軍は密かに射線上の木々を伐採する事で、 射撃用の弾道を確保していた。 無論、木を伐採すればその後がわかるため、上空偵察を行われれば丸わかりになるが、シホールアンル軍は木々の間に偽装網を張る事で、 この問題を解決していた。 (木はしっかりと倒してあるし、上には偽装網を張って偵察機対策もしっかりしてある。やはり、シホールアンルはしっかりしているわね) ミルヒィは、野砲の数を数え終わった。 この区域のシホールアンル軍は、約20門の野砲を布陣させていた。 常に後方にあるべきである野砲を、思い切り前進させてきた敵の狙いはいまいち分からないが、戦場では、野砲の砲撃は空襲の次に恐ろしい物だ。 エルネイル戦から、機械化兵団の一員として戦いを経験して来たミルヒィも、幾度も敵の阻止砲撃を経験しており、ある時は敵の砲撃が止むまで、 無我夢中で掘った穴に隠れて震えていたり、ある時はトラックで進撃中に敵の砲撃を浴び、仲間の乗っていたトラックが、まだ脱出を終えない内に 爆砕される光景を目の当たりにした事もある。 歩兵にとっては、野砲は恐ろしい存在であると同時に、ある意味では最も憎むべき存在ともいえる。 その憎むべき敵が、目の前で無防備な姿を晒していた。 それも、多数である。 敵がどのような意図で集めたのかは分からないが、狩人たる者、せっかくの獲物をおいしく頂かない訳にはいかなかった。 (キリラルブスはここに居ないか……ひとまず、敵の戦力は分かった。分隊長に報告を……) ミルヒィは暗視魔法を切って、通信魔法で報告を送る事にする。 自らの声で伝えるのも可能だが、彼女は地上6メートル程の高さに居るため、声をある程度大きくしなければ言葉が伝わらない。 そうなれば、混乱しているシホールアンル兵達も大声を聞いて、分隊の存在に気付いてしまうだろう。 彼女は魔法通信を使って、分隊長であるヘリケインズに報告を送る。 「……了解した。お前が敵の戦力を確認している間に、中隊が揃った。ミルヒィ、そっから敵にちょっかいを出してやれ。」 「ちょっかいですか?」 「ああ。適当に、矢を2、3本撃ち込んでやれ。」 「了解です!」 ミルヒィは魔法通信を切ると、再び暗視魔法を起動して、敵陣を見据える。 程無くして、塹壕の中でしきりに指示を飛ばしていると思しき1人の人影を見つけた。 100メートルの向こう側にいる人影などは、通常は見辛い物だが、暗視魔法には、視界を明るくする以外にも、若干の補正……カメラで言うなら ズーム機能のような物があるため、多少は判別できた。 「……あれを狙ってみるか。」 ミルヒィは、背中のクロスボウを取り出し、矢を装填した。 狙いを、薄く見える1つの影に定める。影は不安に駆られたかのように動き回っているが、行動範囲は限られており、塹壕から出ようとはしない。 「こんなに距離が離れた狙撃は2年ぶりになるけど……当たってよ……」 クロスボウのアイアンサイトは、小さな人影を常に追い続けているが、この調子では、なかなか狙いが定まらない。 「……未来位置を予測して撃とうにも、この距離じゃ。それに、横風も強い。多少、横にずらさないと、矢は大きく外れてしまう……」 彼女は緊張を押し殺しながら、いつ矢を放つか考える。 呼吸を浅くして体の動きを極力減らし、風の強弱を読みつつ、相手の動きを追い続ける。 集中力を高め、彼女は来るかも知れないそのチャンスを待ち、逸る気持ちを抑えながら、トリガーの指に力を入れていく。 待つ事2分。 目標の人影が、動きを止めた。 その瞬間、ミルヒィは矢が目標に突き刺さる最適な位置を考え、その方向に狙いを付ける。 風は北東から南西方向に吹いている。勢いは弱いとはいえ、風の影響を受け易い矢は、その弱い風を受けても狙いを逸れやすい。 それを考慮して、ミルヒィは、アイアンサイトの狙いを目標から幾らか左側に定め、そして…… 「あたれ……!」 トリガーを引いた。 ガーランドライフルとは違う、独特の小さな音と振動が伝わり、矢が勢いよく飛び出して行く。 待つ事しばし。 「……あ、当たった……!?」 ミルヒィは、目標の人影がいきなり仰け反り、そのまま倒れ込んだのを確認した。 「久しぶりの遠距離射撃で当てるとは……あたしって、天才かも。」 と、半ば自信過剰な言葉を呟いたが、その直後、倒れた目標の側にいたシホールアンル兵が、ミルヒィが居ると思しき方向に指を向けた事に気付いた。 「やば!ばれた!!」 ミルヒィはぎょっとなりながらも、咄嗟にその場から逃げるため、素早く行動を起こした。 彼女は信じられない事に、乗っていた枝から後ろ向きに飛び降りた。 通常では全く考えられない行動である。傍目から見れば、望んで投身自殺をしたようにも見える行動だが、ミルヒィはそうでもなかった。 彼女は後ろ向きに飛び降りたと見るや、次の瞬間には両手で下の枝を掴み、落下の勢いを減殺していた。 ミルヒィが60センチ下の枝を掴んだ時、シホールアンル軍陣地から放たれた魔道銃の集束弾が放たれて来た。 敵側に射撃の腕自慢が居たのか。魔道銃の光弾は、先程までミルヒィが居た辺りを正確に射抜いていた。 「敵ながらいい狙い……」 ミルヒィは射撃の腕前に感心しつつ、枝を掴んでは放して落下、また掴んでは下を素早く確認し、必要があれば体を捻るか、あるいは体の 勢いに乗り、手を離して落下という方法で、6メートル以上の高さを僅か30秒ほどで下って行った。 ミルヒィはヘリケインズのすぐ後ろに着地した。 「ただいま戻りました!」 「おう、よくやった!ただ、敵さんも俺達に気付いたようだな。ここからは、お前の古い相棒は使えなくなるな。」 「仕方ないです。でも……」 ミルヒィは、右の腰に吊ってある小さな袋から、青い水晶玉を取り出した。 「これはまだ使えます。3個中1個は既に使いましたから、こいつをまず使いましょう。」 「よし。術式を起動して、水晶に込められた妨害魔法を発動させて投げ込め。」 「了解です!」 ミルヒィは指示を受け取るや否や、素早く呪文を詠唱して魔法石の魔法を発動し、それを敵陣に投げ込んだ。 ヘリケインズの分隊のみならず、他の分隊も同じように水晶を投げ込んでいる。 この戦域には、計6個の水晶が投げ込まれた。 その瞬間、木の枝を狙って闇雲に撃ちまくっていた敵陣地の銃火が、一瞬だけ止まった。 鳴り止んだ銃声の代わりに、敵兵の叫び声が先程にも増して聞こえてきた。 「いいぞ。シホールアンルの連中、更に混乱してやがる。」 ヘリケインズはそう呟きながら、すっかり冷静さを失った敵に対して、してやったりと言わんばかりの表情を浮かべた。 「ヘリケインズ!そろそろ頃合いだ。突入する!」 唐突に、いつの間にか追いついて来た小隊長が彼に言うと、先頭に立って敵陣に突っ込み始めた。 「突っ込むぞ!」 ヘリケインズは鋭い声で分隊の部下達に命じた。 物影に隠れていた分隊員達はすぐさま立ち上がり、姿勢を低くした状態で敵陣に向かって行く。 彼らは、無言のまま敵陣に接近して行く。誰も、士気を上げるために雄叫びを挙げる者は居なかった。 シホールアンル軍の魔道銃が再び射撃を開始した。 それと同時に、上空に照明弾が打ち上げられ、瞬時に赤紫色の光が上空で灯った。 先発した分隊が、魔道銃の射弾を浴び、2、3名の兵が倒れ伏す。 「流石に気付かれたか。だが、もう遅い!」 ヘリケインズは小声ながらも、威圧するかのような声音で断言する。 上空に照明弾が灯った頃には、小隊長の直率する分隊は、敵の防御線まで僅か20メートル程にまで迫っていた。 前方で、魔道銃の者とは異なる射撃音が響き渡る。 その音は、明らかにアメリカ製銃器の放つ独特の発砲音である。 ヘリケインズの分隊は、敵の防御線まで一気に15メートル程まで接近した。 その時、塹壕から敵兵と思しき複数の人影が這い出して来た。 「敵だ!撃ち倒せ!」 ヘリケインズは持っていたM1トンプソンを構えながら、咄嗟に地面に伏せた。 彼が伏せた直後、敵兵が魔道銃を放って来た。 「やはり携行式魔道銃を装備しているか。」 彼は何気無く呟きながら、トミーガンという通り名が付いたトンプソンの照準を敵兵の1人に向け、引き金を引いた。 銃声と共に、銃口から弾き出された45ACP弾が初速280メートルのスピードで、狙った敵兵に向けて殺到して行く。 ヘリケインズは、45口径11.5ミリ弾の連射の強反動で狙いがずれるのを和らげるため、4発、または5発ごとにと、 指きり射撃を行う。 20発目を撃った所で、銃弾を受けた敵兵が仰け反り、塹壕の中に姿を消した。 「手榴弾!」 誰かがそう叫ぶと同時に、敵の塹壕内に手榴弾が投げ込まれた。 敵陣内に投げ込まれた手榴弾は2個であった。1個は塹壕には入らず、全く関係の無い所で炸裂して土砂を派手に散らした だけに終わったが、もう1個は過たず塹壕内に入り込み、魔道銃を撃ちまくっていたシホールアンル兵は、一目散に逃げ始めた。 手榴弾が炸裂するや、逃げ遅れた2名のシホールアンル兵が背中に破片を食らい、悲鳴を上げながら倒れた。 敵の反撃が止んだ事を確認したヘリケインズは、少し体を起こして右手を大きく振った。 前進再開の合図を確認した分隊員は、ヘリケインズを先頭に、敵防御線目掛けて突進する。 ヘリケインズを先頭に、分隊の8名の兵全員が塹壕内に飛び込んだ。 塹壕の曲がり角から、2名のシホールアンル兵が飛び出して来た。 彼は躊躇う事無く、トンプソンを撃つ。弾倉内の残弾は少なかったが、彼は的確な射撃で敵兵2人を撃ち倒した。 「あの壕を占拠する。」 ヘリケインズは、目標の四角状の防御陣地(トーチカのようなもの)に顎をしゃくった。 ちょうどその時、防御陣地に入ろうとする4名の敵兵の姿があった。 敵兵の内の1人がヘリケインズ達に気が付き、大慌てで中に入って行った。 「あいつら、魔道銃に取り付いて後続の味方を撃とうとしているぞ!」 ヘリケインズ早足で防御陣地の後ろ側に近付いて行く。 あと5メートルほどまで迫った時、いきなり、3名のシホールアンル兵が叫び声を上げながら飛び出して来た。 敵兵は全員が小銃を持っていた。 (まずい!) ヘリケインズは咄嗟に、左側にあった横の窪みに身を隠した。 その瞬間、敵がヘリケインズめがけて銃を撃って来た。隠れた窪みの周囲に光弾が突き刺さる。 時折、砕けた小石の破片が顔に飛び散ってくる。 「小癪な!」 ヘリケインズはトンプソンだけを出して連射を加えた。 トンプソンの射撃を食らったのか、敵の居る方向から悲鳴が上がったが、それでも敵は射撃を続けてきた。 「分隊長!援護します!」 その時、彼の耳にミルヒィの声が響いて来た。 咄嗟に後ろを振り向いたが、そこには物影に隠れている部下の姿しか無かった。 いきなり、右斜め上から銃声が聞こえた。 そこには、いつの間にか塹壕から上がっていたミルヒィの姿があった。 ミルヒィは、ヘリケインズが釘付けにされている間に、5名に増えていたシホールアンル兵に向けてガーランドライフルを撃ち放っていた。 彼女は4人の敵兵を倒したが、5人目は撃ち倒せなかった。 ミルヒィのガーランドライフルから、金属的な音を立てて空のグリップが吐き出された。 それに反応した敵兵は、仲間をやられた怒りの矛先を、ミルヒィに向けていた。 敵兵は、伏せようとしていたミルヒィに携行式魔道銃を向けようとしたが、その瞬間、隠れていたヘリケインズがトンプソンを撃ち放ち、その敵兵を射殺した。 「ふぅ……ありがとうよ!」 ヘリケインズは、自らの危機を救ってくれた戦友に感謝の言葉を送る。 「いえ、自分の方も分隊長に助けられましたよ。」 「という事は、お互い様か。」 彼がそう言うと、ミルヒィはそうですねと言いながら、苦笑を浮かべた。 「しかし、大丈夫なんですかね。あたし達、時々やかましく撃ち合っていますが。」 「いいんだよ、これで。」 ヘリケインズは、ちらりと、北の方角に目を向けながら答えた。 「俺達の大隊は、そうするように命じられている。俺達がこうしている間、今頃は第1大隊と第3大隊の連中が仕事を果たしているさ……」 「それにしても、敵はかなり慌てているようですね。」 「ああ。連中、泡食ってたぞ。もしかしたら、それのお陰かもしれないな。」 ヘリケインズは、ミルヒィの腰に吊ってある小袋を指差した。 「さて、敵混乱している今が、更なる前進の機会だ。小隊長の班は、あっという間に敵を倒したと思ったら、あっという間に前進して 行きやがった。こりゃ、俺達も負けてられんぞ。」 「その通りですね。」 ミルヒィは深く頷いた。 「この辺の敵は、他の分隊が殲滅したようだ。俺達はこの機会を利用して、更に奥へ進むぞ!」 ヘリケインズは、改まった口調でそう命じるや、分隊員と共に、塹壕を這い出し、敵に警戒しながら森の中を突き進んでいく。 その際、後続の味方部隊の姿も幾度となく見るが、味方部隊はヘリケインズの分隊を見つけても、無言のまま前進を続けていった。 ミルヒィの分隊は、並べられた野砲を尻目に、敵の新たな防御線へと向かって行く。 彼女はちらりと、野砲の砲列に視線を送る。 通常通り攻撃を行っていれば、ここに敷き並べられた20門以上の野砲は一斉に砲門を開き、砲弾の弾幕射撃を、ハーフトラックに 乗り込んだミルヒィ達にお見舞いしていた事であろう。 だが、ここにある野砲の砲列は、突然の奇襲の前に砲兵が逃げ散った事で、期待された阻止砲火を1発も放つ事無く沈黙を余儀なくされた。 ミスリアル軍の浸透戦術という奇策の前に、射撃の機会を完全に逸した野砲の砲列は、今では、その長い砲身をただ、上空に振りかざすだけの 無用な置き物に成り下がっていた。 第12機械化歩兵師団と第8軽装機動歩兵師団の投入した最初の2個連隊は、敵の前線を突破後は、それぞれの連隊が小隊、または 分隊レベルの小部隊に別れ、敵戦線後方に浸透して行った。 交戦開始から2時間が経過した午後11時には、第12師団の部隊が前線から2キロ後方まで進出し、敵側の連隊司令部を襲撃して 壊滅させていた。 一方で、攻撃を受けたシホールアンル軍第41軍団は、前線に展開させていた第68、第221歩兵師団の前線展開部隊から連絡が 途絶した事に驚きながらも、敵がどのような攻撃を行っているか全く情報が掴めなかったため、戦線後方に布陣している部隊を前線に 向かわせる事も出来なかった。 午後11時30分。前線から逃げ出して来た部隊の一部が、ようやく第2線陣地に到達し、連合軍の攻撃があった事を伝えられた。 第41軍団司令部はようやく、第2線陣地から増援部隊を送る事を決定したが、その決定は、結果からみれば遅すぎた。 前線に展開していた2個師団所属の部隊は、その大半がミスリアル軍の浸透作戦の影響で何らかの打撃を受けるか、半包囲されており、 じきに壊滅する事は時間の問題であった。 連絡の途絶した部隊は、約2個連隊、4000名以上にも及んでいる。 これらの部隊の中には、敵の攻撃を受けた部隊もあれば、敵に何の手出しも受けぬまま、気が付けば敵が後方に進出して包囲されていた、 という部隊もあった。 この身動きの取れなくなった部隊に対して、連合軍は更なる攻撃を加えつつあった。 午後0時。目標のラインにまで到達したミスリアル軍前進部隊は、進出成功の報を軍団司令部に送った。 その直後、軍団司令官から後方で待機を続けていた機械化部隊に対して、前進開始の命令が下った。 第12師団の中で、浸透作戦に参加しなかった第56機甲歩兵連隊は、事前にハーフトラックに分乗しており、命令が下るや、 護衛の第12戦車大隊(M4シャーマン戦車を装備)と共に敵戦線に向けて突き進んで行った。 1485年(1945年)7月29日 午前6時 リーシウィルム沖西方200マイル地点 第57任務部隊第2任務群は、第1任務群と共に、リーシウィルム沖西方洋上を、時速28ノットの速力で航行していた。 TG57.2の司令官を務めるアーサー・ラドフォード少将は、旗艦キティホークの艦上から、偵察機の発艦を眺めていた。 滑走を開始したS1Aハイライダーは、機首のエンジンをがなり立てながら速度を上げ、飛行甲板の先端部分で機体を浮かせ、朝焼けに染まった 大空に向けて、上昇して行った。 「これで、索敵隊は全機発進完了だな。」 ラドフォード少将は、航空参謀のフランクリン・イーブル中佐に顔を振り向けてから言う。 「敵の機動部隊は出て来ると思うかね?」 「断言は出来ませんが……出てこない可能性の方が高いと思われます。シホールアンル海軍は、今現在も、レーミア沖海戦で受けた損害から 完全に立ち直れていません。特に、深刻な損害を受けた、竜母航空隊の再編は今も継続中ですから、出て来る確率は30%と言った所でしょう。」 「こちらとしては、ありがたい限りだな。」 ラドフォードは軽く頷きながらそう言った。 「こちらの空母は9隻しかありませんからな。障害が少ないのはいい事です。」 イーブル中佐も同感だとばかりに、半ば嬉しげな口調で言う。 「攻撃隊の準備はどうなっている?」 「今の所、何の問題も起こらず、順調に推移しています。TG57.1の方も、スケジュール通りに進んでいるようです。」 「ふむ、万事順調、といった所だな。」 ラドフォードは口を引き締めながら、キティホークの周囲を眺め回して行く。 TG57.2は、旗艦キティホークの他に、エセックス級空母のオリスカニーとモントレイⅡ、軽空母ロング・アイランドⅡとライトが 主力である。 この5隻の空母を守るのは、戦艦イリノイとミズーリを含む30隻の戦闘艦艇である。 これらの護衛艦の中には、最新鋭の重巡であるデ・モインと、新鋭軽巡のウースターも含まれている。 TG57.2の北方20マイル沖には、任務部隊の旗艦が置かれているTG57.1が航行している。 TG57.1は、キティホークと同じく、最新鋭の大型空母であるリプライザル級のネームシップ、リプライザルがおり、その他に 正規空母レイク・シャンプレインとグラーズレット・シー、軽空母タラハシーの4隻を主力に据えている。 この4空母を守るのは、歴戦の巡戦であるコンステレーションとトライデント、重巡、軽巡、駆逐艦計29隻である。 TF57の正規空母、軽空母はあわせて計9隻、航空戦力は800機以上に上る。 TF57は、28日の深夜から始まったヒーレリ領攻略戦……Waking Summer作戦(夏の目覚め作戦)に参加するため、26日の夕刻には 指揮下の2個任務部隊が出撃を終えていた。 TF57は、早朝にリーシウィルム地方周辺に点在する航空基地を爆撃し、戦線後方の敵航空兵力を減殺する任務が与えられていた。 9隻の空母には、第1次攻撃隊の戦闘機、攻撃機が次々と飛行甲板に並べられており、発艦予定時刻である午前6時40分までには、 発艦準備を終えそうである。 「バイスエ沖のTF58はかなり暴れ回っているようだな。」 「はい。TF58の空母には、試験的に配備されたF8Fが何機か搭載されていましたが、そのF8Fがなかなかに活躍しているようです。 そのお陰で、他の母艦航空隊もかなり暴れているとか。」 「流石は最新鋭機といったところか。」 ラドフォードはそう言った後、飛行甲板に視線を移した。 飛行甲板には、第1次攻撃隊に参加する機体が敷き並べられている。 そこに、新たな1機が、10名ほどの甲板要員に押されて列に加わろうとしている。 その機体は、これまで、彼が見て来た艦上機と違って大きな特徴があり、外観も双発機と言う事もあって、F4UやSB2C等に比べて 非常に目立つ。 「こっちの任務群にも、F8Fとは別の機体が送られてきている。それも2つもだ。」 「今回の作戦が、あの機体の初陣になりますが、パイロットはこれまでの海空戦に参加して来たベテランです。必ずや、戦果を 挙げてくれるでしょう。」 「その通りだな。」 ラドフォードは、新たに列に加わった見慣れぬ双発機……F7Fタイガーキャットを見据えながら、そう答えた。 彼は、視線をF7Fから、列線の最後尾に向ける。 「ここからは流石に見え辛いか……まっ、スカイレイダーのパイロットもベテランだ。彼らもきっと、良き戦果を挙げてくれるだろう。」 ラドフォードがそう言った時、後ろから声がかかってきた。 「おはようございます。」 ラドフォードとイーブルは、声がした方向に顔を振り向けた。 「これはハイネマン技師。朝から御苦労だね。」 「スカイレイダーの調子はどうでしたかな?」 ラドォードは挨拶を返す一方、イーブルは気掛かりとなっていた点に質問を飛ばした。 「作戦参加予定の機体は、全て快調です。戦闘中にトラブルを起こす事は、まず無いでしょう。」 ダグラス社から派遣されて来た技師、エドワード・ハイネマンは、自信に満ちた口調でそう断言した。
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第289話 帝国領総戦線 1486年(1946年)2月3日 午後4時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル 帝都ウェルバンルの空は曇りに覆われていた。 未だに冬のままのウェルバンルは、前日に降り積もった雪があちこちに残っており、晴れない空模様は人口の減少したウェルバンルをより一層、殺風景な物にしていた。 「冴えない光景に冴えない戦況、そして、冴えないあたしの心境……いいところが無いわね」 シホールアンル帝国海軍総司令官を務めるリリスティ・モルクンレル元帥は、1月下旬より設置された陸海軍合同司令部のベランダから首都を一望しながらそう独語する。 彼女がいる陸海軍合同司令部は、陸軍総司令部と海軍総司令部の中間にある5階建ての古い施設を改修して設置されている。 これまで、陸軍総司令官と海軍総司令官が共に協議を行う場合は、いずれかの総司令部に出向いて話し合っていた。 ただ、会談を行う頻度はあまり多くなく、平時は年に3度ほど。戦況がひっ迫し始めた84年から85年でも5度しかなく、大体の作戦案は陸軍、または海軍内でのみ作成され、組織のトップが頻繁に顔を合わせて作戦のすり合わせ等を行う事は少なかった。 だが、戦況が極度に悪化した現在においては、前線の状況は目まぐるしく変化するため、陸海軍の連絡も密にする必要がある。 そこで、陸軍総司令官のルィキム・エルグマド元帥はリリスティに陸海軍合同司令部設置を提案し、リリスティもこれに快諾した。 この陸海軍合同司令部には、陸軍、海軍双方の総司令部より連絡員のみならず、本総司令部の参謀達も多く配置されており、来たるべき連合軍地上部隊の大攻勢や、米海軍の活動に即応できる態勢が整えられていた。 また、陸海軍首脳部で協議を行う際は、この合同司令部で話し合う事も決められ、今日は合同司令部設置後、初の陸海軍首脳の協議が行われる予定であった。 本日の協議では、昨日までの戦況の確認と敵軍の最新情報の公開や、作戦のすり合わせ等が行われる。 だが、海軍側が用意した情報の内容は、非常に厳しい物ばかりである。 「提督。協議前なのに、そんな浮かぬ顔されるのはあまりよろしくない事かと」 背後から肩を落とすリリスティを気遣う部下が、心配そうな言葉を発するが、その口調はややおどけていた。 「この状況で晴れた顔つきで居ろというのかい?魔道参謀ー?」 リリスティは力のこもらぬ声で返しつつ、のっそりとした動きで後ろに振り返った。 総司令部魔道参謀を務めるヴィルリエ・フレギル少将は、地味にだらしない上司を見て苦笑してしまった。 「皇帝陛下がそのお姿を見たらなんと思われるでしょうか……恐らく、激怒して最前線に送られてしまうでしょうな」 「そん時ぁヤツも前線に道連れよ」 ひねくれ気味にそう発するリリスティを見かねたヴィルリエは、微笑みを浮かべて上司の両頬を両手でつまんだ。 「い、いた!何すんの!?」 「まーだ?まーだ目が覚めないの?んじゃこうして」 「ちょちょ、痛い!やめてったら!」 つまんだ皮膚を更に伸ばそうとするヴィルリエの手を、リリスティは強引に離した。 「こんのバカ!上官暴行罪で憲兵隊に突き出すわよ!」 「いやはや、これは失礼をば。それより……目は覚めたみたいね」 ヴィルリエはやれやれと言いたげな態度で、自らの目を指さしながら彼女に言う。 「まぁ……そうだ……ね」 リリスティは両頬をさすりながら、先程まで感じていた眠気が晴れた事に気付く。 彼女は多忙の為、一昨日からロクに睡眠が取れておらず、今や疲労困憊であった。 「眠気のせいでバカな事を口走ってたから、眠気覚ましのおまじないをかけてやったけど、効果はあったみたいね」 ヴィルリエはそう言ってから、気持ちよさげに笑い声をあげる。 「おまじないって……ただ頬をつねっただけじゃん」 リリスティはジト目を浮かべつつ、ぼそりと呟く。 彼女は軽く咳ばらいをしてから、改まった口調でヴィルリエに聞いた。 「さて。そろそろ来るんだね。ヴィル?」 「ええ。陸軍総司令部からエルグマド閣下がこちらに向かわれているとの知らせよ。リリィ、そろそろ会議室に戻らないと」 「言われなくてもそうするよ」 リリスティは凛とした顔つきでそう返し、ヴィルリエの肩を軽く叩きながら会議室に向かい始めた。 午後4時10分になると、合同司令部3階に設けられた会議室にエルグマド元帥とその一行が入室してきた。 席に座っていたリリスティは参謀達と共に立ち上がり、一行を出迎えた。 「お待ちしておりました、エルグマド閣下」 「すまぬの、諸君。ヒーレリ国境線と南部領戦線の対応で手を焼いておってな」 エルグマド元帥はにこやかに笑ってから、海軍側の向かい側に置かれた席まで歩み寄った。 彼はリリスティの真向かいまで歩いてから、軽くうなずく。 「それでは、早速始めるとしようか」 リリスティは無言で頷くと、陸海軍双方の参加者たちはひとまず、席に着いた。 「諸君らもご存知の事であろうが、前線の状況は……加速度的に悪化しておる。まずは、陸海軍双方の状況確認を行う事にする。手始めに陸軍から最新情報の公開等を行いたいが、よろしいかな?」 エルグマドの問いに、リリスティは無言で頷いた。 彼は左隣に座る参謀長に目配せし、参謀長は小さく頷いてから作戦参謀と共に席を立った。 「総司令官閣下の申されました通り、陸軍部隊は各地で苦戦を余儀なくされております」 陸軍総司令部参謀長を務めるスタヴ・エフェヴィク中将は、壁の前に掛けられていた指示棒を手に取り、壁に貼り付けられた地図を棒の先で指し始めた。 エフェヴィク中将は昨年8月まで第12飛空艇軍を率いていた歴戦の指揮官である。 元々は陸軍の歩兵畑の軍人であったが、30代中盤からワイバーン部隊の指揮を執り始め、着実に実績を重ねてきている。 昨年7月末のリーシウィルム沖航空戦では、アメリカ海軍の高速機動部隊に対して最後まで戦闘を完遂しなかった事を咎められ、8月初旬に第12飛空艇軍司令官を解任され、9月からは北方の第77予備軍の司令官という閑職に回されていた。 エルグマドが陸軍総司令官に任命されてからは、元々、エフェヴィク中将の経験と見識の広さに目を付けていた彼が直々に任地である北東海岸の基地に赴き、しばしの間帝国の現状と、エルグマド自らが抱く心境を打ち明けた後、 「国家危急存亡の折、陸軍総司令部の参謀連中を束ねられるのは……エフェヴィク。君を置いて他には居ない。是が非でも、首都の総司令部に赴き、その経験と、君の見識を生かして貰いたい」 と、真剣な眼差しを向けながらエフェヴィクに語り掛けた。 僻地に左遷され、内心腐っていたエフェヴィクは最初、やんわり断ろうとしていたが、陸軍総司令官であるエルグマドに直々に懇請されてはそれが出来る筈もなく、1月初旬には後任の司令官と交代し、陸軍総司令部の参謀長として首都ウェルバンルに赴任する事となった。 「特に包囲された南部領付近の攻勢は激しく、包囲下の部隊は後退を続けております。また、帝国本土領においても、敵は適宜攻勢をかけており、我が方は防戦一方です。既に……」 エフェヴィクは帝国のヒーレリ領北西部……いや、“旧帝国領ヒーレリ北西部”の辺りを指示棒の先で撫で回していく。 「ヒーレリ領は帝国領にあらず、帝国軍を撃退した連合軍は国境付近で進撃を止めつつも、戦力の補充と部隊の増援を計りながら、旧ヒーレリ北西部国境付近からの帝国領侵攻を伺っているおります」 エフェヴィクは更に、指示棒の先で旧ヒーレリ領北西部、西武付近、帝国本土中部、重囲下にある南部領を順番に叩いた。 「陸軍は主に、この4方面において連合軍と交戦していることになります。今のところ、帝国北部に分散していた予備の師団や、急編成の部隊を順次前線に投入し、または本土西部の部隊を幾つか移動させ、旧ヒーレリ領北西部や西武付近等の戦線に投入する事も計画しておりますが……如何せん、兵力が足りません」 彼は指示棒の先で、帝国本土領……南部を除く範囲を大きく撫で回した。 「紙面上の兵力だけでも170万しかおりません。そして、実際の兵力は……大甘に見積もってもその8割。7割あれば御の字と言った所です」 エフェヴィクは、棒の先で南部領を叩く。 「この南部領に囚われた150万。そう……失われつつある150万が、本土領にいれば、幾らかは兵力の融通も利きましたが、現状は非常に厳しく、本土領へ侵攻中、または、進行予定の敵軍兵力は、包囲網を攻撃中の部隊を除いても我が軍より多いと判断しております」 彼は手を休める事なく、指示棒の先を地図の右側……アリューシャン列島へと向けた。 「そして、敵軍はこのアリューシャ列島から、帝国本土東海岸にいつでも地上部隊を投入可能となっております。いわば……帝国軍は実に、5つの戦線を抱えていると言ってもおかしくないのです」 エフェヴィクはアリューシャ列島のウラナスカ島を棒の先で叩く。 「東海岸戦線においては、特にこの地に展開する敵機動部隊が重要な役割を担っております。昨日も敵空母より発艦した艦載機によって東海岸の海軍基地、物資集積所のある港が幾つか爆撃されており、この爆撃が集中的に続く場合、東海岸方面からの敵の上陸作戦が実行される事は確実であると、我々は判断しております」 エフェヴィクはその後も、淡々とした口調で話を続けた。 やがて、エフェヴィクにかわり、作戦参謀のトルスタ・ウェブリク大佐が対応策の説明を始めた。 ウェブリク大佐は、エルグマドが首都に赴任するまでは総司令部作戦副参謀だったが先の空襲で作戦参謀が戦死したため、繰り上げで作戦参謀を務める事になった。 「次に、これらの敵部隊に対する我が軍の迎撃ですが……参謀長も申しました通り、現状は敵との兵力差はもとより、装備や練度に対しても敵に大きく劣ります。このため、迎撃作戦の主体は首都防衛を重点とせざるを得ず、首都より遠方の地方に関しては、遅滞戦闘を主体とした作戦を行うのが現実的かと思われます」 ウェブリク大佐は一同に顔を向ける。 彼は平静さを装っていたが、その口調は重々しかった。 「ただし、その遅滞戦闘ですら、現状では困難と言えます。敵の航空戦力は日増しに増大するばかりか、その質においても、我が方のそれを遥かに上回っている有様です」 彼はそう言いながら、懐から折り畳まれた紙を一枚取り出し、それを広げて壁に貼り付けた。 「ご存知とは思いますが、これは敵が新たに前線へ投入した新型機です。この新型機の名称は……シューティングスター」 ウェブリク大佐は、簡単ながらも、紙に描かれた新型機に指示棒をあて、そして一同に顔を向ける。 「我が軍が撃墜困難……いや、不可能となっている超高速新型戦闘機であります」 シューティングスターという名を耳にした一同は、ほぼ例外なく表情を曇らせるか、または眉を顰めていた。 昨日、突如として前線に現れたシューティングスターは、ワイバーン隊やケルフェラク隊相手に一方的な戦闘を展開し、連合軍航空部隊の迎撃に従事していたシホールアンル側は、事前の予想を超える大損害を受けてしまった。 このため、シホールアンル軍は中部地区に展開していたワイバーン隊、飛空艇隊の航空作戦を全て中止。 帝国本土中部地区の制空権は、僅か1日ほどで連合軍に奪われてしまった。 前線部隊より入手した情報によると、シューティングスターはこれまでの常識では考えられぬほどの高速で飛行が可能であり、推測ながら、その最大速度は400レリンク(800キロ)を軽く超えるとされている。 帝国軍に、400レリンクを出せるワイバーンやケルフェラクは無い。 空中戦で大事なのは、1にも2にも、速度だ。 どれだけ驚異的な機動力を有していようが、戦う相手より遅ければ、常に不利な体勢で戦う事を余儀なくされる。 放たれる弾をかわせば、相手の攻撃は無に帰すが、追いつけなければ、相手の弾切れを待つのみとなってしまう。 実際、シューティングスターに襲われたワイバーン隊やケルフェラク隊の生き残りは、敵があまりにも早すぎる為、防御一辺倒の戦闘に終始し、背後に回って反撃しようとすれば、敵は高速で瞬時に離脱してしまい、光弾を放つ事すらかなわなかったという証言が非常に多かった。 「今のところ、シューティングスターの目撃例はこの一件のみとなっており、他戦線では確認できておりません。ですが……」 ウェブリク大佐は若干顔を俯かせつつ、言葉を続ける。 「これまでの経験からして、アメリカ軍はこの新兵器を大量配備しつつある事は明らかと言えるでしょう。マスタング、サンダーボルト、スーパーフォートレス。これらの兵器も、戦場に顔を見せ始めたと思いきや、半年足らずで大量に配備され、我が方を圧迫しております」 「要するに……帝国本土上空は、そのシューティングスターという超高速飛空艇で埋め尽くされるのも時間の問題、という事か。おぞましい物だ」 腕を組みながら聞いていたエルグマドが、不快気な口調で漏らした。 「シューティングスター……空の脅威も当然ではありますが、海からの脅威にも目を光らせなければいけません」 それまで黙って話を聞いていたリリスティが、重い口を開く。 「昨年の戦闘で、我が方は帝国本土東海岸と南海岸部の制海権を失っています。このため、敵は好き放題に活動しており、3日前にも東海岸に接近した敵の機動部隊が東海岸の軍事施設を攻撃しています。これと同じことは、南海岸にも起こりえる事で、復旧作業中のリーシウィルムや、まだ無傷の軍港が敵機動部隊に狙われる可能性があります」 リリスティは内心、決戦に惨敗した事を非常に悔しがっていたが、それを表には出さずに言葉を続けていく。 「今のところ、各軍港に分散配置した、残存の竜母や戦艦といった主力艦艇群はすべて、シュヴィウィルグ運河を通って北海岸に避退、または避退中ではありますが」 ここで、唐突にドアがノックされる音が室内に響いた。 「失礼します!」 「何事か!?」 入室してきた陸軍の連絡官を見て、ウェブリク大佐が問いかける。 「リーシウィルムの西部軍集団司令部より緊急信であります!」 連絡官は早口でまくし立てるように答える。 それと同時に、海軍の制服を着た連絡官が現れ、足早にヴィルリエのもとに歩み寄った。 「総司令官。シュヴィウィルグから……いや、シュヴィウィルグとリーシウィルム、それから……」 ヴィルリエから小声で報告を聞いたリリスティは、無意識に眉を顰めてしまった。 「本当、敵機動部隊は我が物顔で暴れているわね」 「どうやら、海軍側でも敵機動部隊襲来の報告を受けたようだな?」 聞き耳を立てていたエルグマドが苦笑しながら、リリスティに聞く。 「はい。陸軍と海軍の連絡官は、ほぼ同時に似た報告を受けたようです」 今しがた伝えられた報告によると、現在、帝国領南海岸の4つの拠点……リーシウィルム、シュヴィウィルグ、トリヲストル、カレノスクナの地点に敵機動部隊から発艦した艦載機が襲来し、攻撃中という物だった。 攻撃は現在も続いている為、被害状況の詳細は分からないが、シュヴィウィルグでは、運河を通って避退しつつあった竜母クリヴェライカと戦艦ケルグラストが敵艦載機に攻撃され、防戦中という情報も入っている。 「モルクンレル提督は海からの脅威にも目を光らせるべきと言われたが、まさにその通りであるな」 「この一連の攻撃が敵の上陸作戦の前触れであるかは判断できませんが、もし上陸作戦が開始されれば、陸軍の計画も修正を余儀なくされるかと思われます」 ウェブリクがそう言うと、エルグマドは無言のまま大きく頷いた。 陸軍は、旧ヒーレリ領境付近を除き、本土西部の沿岸部近くに12個師団を配備しており、その内陸部には6個師団。そして、編成を終えたばかりの新師団が4個師団配備されている。 陸軍の計画では、このうち、半数近くに当たる10個師団を順次本土中部、並びに首都防衛線に近い東部付近に増援として送る手筈となっており、既に第1陣である歩兵2個師団が鉄道を使って、大きく北から迂回する形で東部戦線に送られつつある。 第2陣である1個歩兵師団と2個石甲師団は3月始めに鉄道輸送される予定で、6月までに10個師団全てを各戦線の前線、またはやや後方に予備部隊として配置する予定だ。 だが、その計画も、連合軍が帝国西部付近に上陸作戦を開始すれば、自然と狂ってしまう。 これまでの経験からして、連合軍は一度に1個軍(6~8個師団相当)を上陸させて強引に戦線を形成し、帝国軍を単一の戦線に戦力を集中させずに複数の正面で戦闘を強要させる傾向にある。 旧ジャスオ領や旧レスタン領、旧ヒーレリ領の戦いはまさにその典型であり、帝国軍は唐突に2正面戦闘を強いられて敗走を続けた。 それと同じ事を実行する可能性は、極めて高いと言えた。 もし、連合軍が西部付近の着上陸作戦を実行すれば、10個師団の他戦線の移動は不可能となり、少なく見積もっても4個師団は残存して敵の上陸に備えなければならないだろう。 「敵が上陸作戦を伴っているか否かは、ワイバーン隊の洋上偵察を実施すれば明らかになります。それよりも、今後の防戦計画について話を続けていくべきかと思われますが……陸軍からは続きはありますでしょうか?」 ヴィルリエがそう言うと、エルグマドはそうであったな、と一言発してから、ウェブリク大佐に説明を続けさせた。 1486年(1946年)2月8日 午前7時 ロアルカ島 昨日深夜に護衛任務を終えて、ロアルカ島の軍港に入港した駆逐艦フロイクリは、古ぼけた桟橋の側に艦を係留させ、短い休息を満喫していた。 フロイクリ艦長ルシド・フェヴェンナ中佐は、艦橋に上がるなり、やや遠くに浮かぶ見慣れない船にしばし注目した。 「ほう……珍しい船がいるな」 彼は、航海士官とやり取りをかわしていた副長のロンド・ネルス少佐に声をかけた。 「おはようございます艦長。珍しい船とは、あの木造船の事ですな?」 「ああ。今時は珍しい赤と黒の大きい船体か。どこの国の船だ?」 「最初は自分らも分からんかったんですが、聞いた所によると……イズリィホン将国の船のようです」 「イズリィホンか………戦争ではやたらめったに強いという、あの噂の……」 フェヴェンナはそう言いながら、ふと、イズリィホン船に何らかの異常が起きている事に気が付いた。 綺麗に塗装されたと思しき船体は、あちこちが傷付いており、特に船体後部には何人もの船員が張り付いて修復作業にあたっている。 特に目を引くのが、3本あるマストのうち、真ん中のマストが中ほどから折れてしまい、その上部がそっくり無くなっている事だ。 前、後部のマストには白い帆が畳まれているが、よく見ると、その帆にも小さな穴が開いている事が確認される。 「やたらに傷付いているようだが……」 「ノア・エルカ列島の西方沖で嵐に巻き込まれたそうです。あのイズリィホン船は何とか耐え抜いたとの事ですが、船体の損傷は大きいようですな」 「しかし、メインのマストがあの様では全速力は出せんだろう。あの船の船長は、ここでメインマストの修理をするだろうな」 「魔法石機関の無いイズリィホン船では妥当な判断と言えますね」 2人がその調子で会話を交わしていると、気を利かせた従兵が香茶入りのカップを持ってきてくれた。 「艦長、副長。淹れたての香茶であります」 「おう。気が利くな」 フェヴェンナは従兵に礼の言葉を述べつつ、カップを取って茶を啜った。 「明日の出港は朝の4時だったな」 「はい。僚艦3隻と別の駆逐隊4隻合同で、12隻の輸送艦を本土に護送する予定です。」 「往路は珍しく、一隻の損失も無く辿り着けたが……帰りは何隻残るかな」 フェヴェンナは自嘲めいた口調で、ネルス副長に言うが、副長は無言のまま肩をすくめた。 午前7時 イズリィホン船サルシ号 サルシ号の船頭を務めるヲムホ・ダバウドは、自ら指揮する乗船の状況を眉を顰めながら見回していた。 「イズリィホン水軍随一の大型軍船も、大嵐の前では小舟も同然じゃのう……」 ダバウドはしわくちゃの小烏帽子(略帽のような物)に手を置きながらそう嘆いた。 サルシ号はイズリィホン将国水軍で最新鋭の大型軍船で、全長は30グレル(60メートル)、全幅22メートル(44メートル)で、 排水量は800ラッグ(1200トン)になる。 イズリィホンがこれまでに建造した軍船の中では最大の船だ。 サルシ号は従来の軍船と比べて格段に大型化したにもかかわらず、船の操作性はこれまでの船と比べて向上していると言われている。 この船を建造したのは、イズリィホン内でも有数の規模を誇るオルミ領の造船所で、長年イズリィホンの軍船を建造し続けてきた名門であった。 オルミ国の守護大名はこの船を見るなり、どんな海でも悠々と渡ることが出来ると太鼓判を押し、幕府の中枢もこの船に大きな期待を抱いた。 しかし、自然はこの優秀な軍船を容赦なく振り回し、しまいには無視できぬ損害を与えてしまった。 特に、真ん中の帆棒(マストを表す)を失った事は大きな痛手である。 「早く修復せんと、シホールアンルにいる特使殿を待たせてしまう……ひとまず、ここは……」 ダバウドは髭で覆われた顎を右手でさすりながら、仏頂面で考え事を続ける。 その背後に快活の良い声音がかけられた。 「やあやあ!良い天気だのう!」 声の主はそう言いながらダバウドの両肩を叩いてから、するりと彼の前に歩み出た。 「これは団長殿。相変わらず元気溌剌でございまするな……」 「当たり前だろう!見よ、この見事な晴れ。わしらの前途を示しているとは思わぬか?」 ダバウドが被る烏帽子とは違う、手入れの行き届いた張りのある烏帽子を被る男は、満面の笑みを浮かべながら聞いてきた。 「一昨日は酷い目に遭われたのに。団長殿は相変わらず豪胆なお方ですなぁ」 「これでもオルミ国の守護を任されておる身じゃ。領内の民や国人衆を率いるからには、どんな場に遭うても行く筋は明るい!と、言わねばならぬからの」 オルミ国守護を務める男……ルォードリア・キサスはダバウドにそう言ってから、豪快に笑い声をあげた。 彼は若干28歳にして、キサス家の当主を務めている。 キサス家は数あるイズリィホン武家の中でも強い勢力を誇り、元々は由緒ある家柄から派生した中規模の勢力程度の武家であるのだが、先々代、先代のキサス家当主が手練手管を用いて中枢に取り入り、先代当主も従軍した乱鎮圧の功がきっかけでイズリィホン国内でも有力な大名として勢力を拡大。 ルォードリアが18歳でキサス家の家督を継ぎ、その4年後、倒幕運動鎮圧の功もあり、キサス家は名実ともに国内で10位内に入る程の領地を手に入れ、押しも押されぬ有力大名として国中に知られる事となった。 ただ、キサス家の躍進は、長年分家筋として見ていた本家、ルィナクト家の勢力圏を半ば毟り取る格好で行われていたため、ルィナクト家の者達からは目の敵にされているのが現状だ。 そんな彼の性格は豪放磊落で、新しい物好きという面も持ち合わせている。 また、自分の思うままに物事を進めようとする面もあり、自分勝手な守護様と、陰口をたたく者も少なくない。 その彼が、一国の守護を務めていながら、なぜサルシ号に乗っているのか? 出港前に突如乗船してきた彼に、ダバウドは問いかけたが、キサスは 「これは、わしの領地で作った船じゃ。幕府水軍の所属とは言う物の、造船所の船大工は長年、キサス家が育ててあげてきた。言うなれば、この軍船はわしの赤子のような物じゃと思う。その赤子を送り出した主が、この旅路に同道するのは至極当然!と、思うのじゃが……違うかの?」 真剣な口調で逆に聞き返していた。 答えに窮したダバウドに、キサスは更に述べる。 「それに、この旅路で何か新しい物が見れると思うのだ。ソルスクェノ殿に再会したい気持ちも強いが……一番の目的は、イズリィホンには無い新しい物を、この目で見る事じゃ。シホールアンルには、それがある」 それを聞いたダバウドは、なんと自由奔放なお方なのかと、心中で思った。 しかし、辺境といえるこのロアルカ島を見ても、イズリィホンには無い物が多く見受けられる。 特に、帆も貼らずに高速で進むシホールアンル海軍の高速艦艇には度肝を抜かされた。 小型に部類されているシホールアンル駆逐艦でさえ、イズリィホン“最大”の軍船であるダバウド号より大きいのだ。 造船技術だけを取ってみても、イズリィホンとシホールアンルの差は非常に大きいという事がよくわかる一例だ。 「あの戦船を見るだけでも、多くの事を感じることが出来るのう」 キサスは、眼前の駆逐艦に指を差しながらダバウトに言った。 「そう言えば、シホールアンルの代官殿がそろそろ来船される頃でございますな」 「ほう。もうそんな時間であるか」 ダバウドがそう言うと、キサスは昨日の夜半にダバウドを始めとする代表者数名を上陸させ、シホールアンル側に船の修理ができる ドックと資材があるのか調べさせた事を思い出した。 ダバウドらの報告によると、唐突の来訪にであるにも関わらず、シホールアンル側の対応は紳士的であり、彼らの話を聞いてくれた。 相手側の話では、修理用船渠はちょうど空きがあるのでなんとか手配できるとの回答を得られている。 資材に関してだが、はっきりとした回答は得られなかったものの、夜が明けてから担当士官を船に向かわせ、被害状況を確認したいと言われた。 「噂をすればその姿あり、という奴じゃの」 キサスは、おもむろに左舷側を見た後、ダバウドの肩を叩きながらそう言う。 桟橋から小型艇が離れ、徐々にサルシ号に近付きつつある。 「シホールアンル籍の帆船もちらほら見るが、ああいう小型艇にも帆が付いておらぬとは……不思議な物でございますな」 「うむ。見る物全てがわしらを驚かせてくれる。退屈せんわい」 キサスはどこか満足気な口調でダバウドに返した。 程無くして、小型艇がサルシ号に接舷し、シホールアンル海軍の担当士官が部下2名を引き連れて船内に入ってきた。 キサスとダバウドは第3甲板の乗降口で担当士官らを出迎えた。 「日々ご多忙の中、軍船サルシへの視察にお越し頂き、誠に感謝いたしまする。改めまして、それがしはサルシの船頭を務めまするヲホム・ダバウドと申します」 ダバウドは恐縮しつつ、恭しい仕草で頭を下げた。 「それがしは、ルォードリア・キサスと申しまする。特使殿の出迎えのため、遠くイズリィホンより馳せ参じました。見ての通り、貴国の船を比べるべくも無い船ではございますが、不幸にも嵐に見舞われたため、かような事態に立ち至りました。我らは異国の地にて任を終えた同胞を出迎える事が勤めでありますが、船は傷付き、先行きは怪しい……我が同胞のためにも、ここは友邦国のお歴々のお骨折りを頂きたく、伏して、お願いを申し上げる所存でございます」 キサスは通りの良い、張りのある声音で担当士官らに願いを申し述べた。 「私はシホールアンル海軍西方辺境隊に所属するヴォリオ・ブレウィンドル少佐と申します。辺境隊司令官よりあなた方の話はお聞きしております。遠い異国の地に赴任する同胞を想う思いは、私にもよく理解できます。私自身、兄がフリンデルド本土の公使館員として働いております。戦況悪化の折、あなた方の望んだ通りの支援が出来るかは正直……確約できぬところがあります」 ブレウィンドル少佐は一旦言葉を止め、痩せた面長の顔を右や左に振り向ける。 「しかしながら、出来る限りの事はやらせて頂きます。そのために、まずはこの船の被害状況をこの目で確認させて頂きます」 「おお。心強い限りじゃ……」 キサスは、ブレウィンドル少佐の内に秘めた誠実さを感じた後、無意識のうちに感嘆の言葉を漏らしていた。 「頼みますぞ!ダバウド、お歴々を案内つかまつれ」 「は。これよりはそれがしがご案内仕ります。まずはこちらへ……」 ダバウドは担当士官ら案内すべく、先頭に立って甲板へ上がり始めた。 キサスは彼らの後ろ型を流し見しつつ、そのまま視線をシホールアンル駆逐艦を向けた。 「しかし……何度見ても凄い船じゃが……この国ではあれ程の大船でさえ、小さいというのだ。大きい奴はどれほどのものになる事か……ここにいるだけでも、わしらの国の伝統や、常識が何であったのか……心の中で揺れ動いてしまうわ。誠に、バサラよのぅ」 彼はそうぼやいてから、高々と笑い声を上げた。 異変は、損傷個所の確認を行っている最中に起きた。 キサスの耳に、遠くからけたたましい警笛のような物が飛び込んできた。 「む……なんじゃこの音は?」 第58任務部隊第1任務群は、午前4時30分にはロアルカ島より南東250マイルの沖合に到達し、午前5時までには第1次攻撃隊130機が発艦し、ロアルカ島攻撃に向かった。 第1次攻撃隊がロアルカ島に迫ったのは、午前7時を過ぎてからであった。 第1次攻撃隊指揮官兼空母リプライザル攻撃隊指揮官を務めるヨシュア・パターソン中佐は、眼前に広がるノア・エルカ列島の中心拠点であるロアルカ島を見据えながら、指揮下の各母艦航空隊に向けて、マイク越しに指示を下し始めた。 「攻撃隊指揮官騎より、各隊へ。目標地点に到達、これより攻撃を開始する。リプライザル隊は港湾南側の停泊地、並びに地上施設。ランドルフ隊は島中央部の停泊地、並びに付近を航行中の艦船。ヴァリー・フォージ隊は港湾北側の停泊地を攻撃せよ!」 パターソン中佐の指示を受けた各隊は、それぞれの目標に向けて行動を開始する。 第1次攻撃隊の内訳は、リプライザルからF8F12機、AD-1A36機。 ランドルフからF8F12機、AD-1A24機。 ヴァリー・フォージからF6F16機、SB2C18機、TBF12機となっている。 出撃前のブリーフィングによると、ロアルカ島の港湾施設は島の中央部に集中しており、大きく3つに分けられると言われている。 また、捕虜から得た情報では、ロアルカ島付近には航空部隊が配備されておらず、対空火器も比較的少ない事が判明している。 このため、同島に向かわせる攻撃隊は護衛機の比率を下げ、攻撃機を多く加える事で、ロアルカ島の敵艦船、並びに、敵施設への攻撃を重点的に行う事となった。 空母ごとに別れた3つの梯団が別々の動きを見せ始め、更に高度を上げる機体があれば、逆に高度を下げて行く機体もある。 リプライザル隊は真っ先に戦場に到達したため、敵の対空砲火は自然とリプライザル隊に集中する事となった。 敵の迎撃が全くないため、護衛のF8Fが敵の対空砲火を制圧するため、まっしぐらに敵へ突っ込んで行く。 ロアルカ島の大きな入り江には、慌てて出港したと思しき艦艇が多数見受けられ、そのうちの半分から対空砲火が撃ち上げられた。 F8Fは、高射砲弾の炸裂をものともせず、光弾に絡め取られる事もないまま、敵陣に接近して両翼の20ミリ弾を叩き込んだ。 F8Fに狙われたのは、地上の軍事施設の周囲に配置された対空陣地であった。 長方形型の兵舎と思われる5つの施設の周囲には、8個程の対空陣地が置かれており、それらが対空射撃を行うのだが、猛速で飛行するF8Fの動きに付いていけず、光弾はF8Fの残像を貫くばかりであった。 20ミリ機銃の集中射を受けたある対空陣地が瞬時に沈黙し、それを見たシホールアンル兵は驚愕の表情を見せたあと、半狂乱になりながら防空壕に飛び込んでいく。 別の対空陣地は果敢に反撃しようと、銃座の指揮官が声を張り上げて指示を飛ばすが、魔道銃を構えた兵士は、F8Fの機首が自分たちに向けられるや、すぐに魔道銃を放棄してしまった。 指揮官は激怒し、長剣を抜きながら兵士を追いかけようとするが、そこに20ミリ弾がしこたま撃ち込まれ、指揮官は銃座ごと体を粉砕された。 ロアルカ島守備隊の駐屯地上空には、F8Fの機首から発せられる大馬力エンジンが盛んに唸り声を響かせており、それは平和を維持する地に現れた破壊者そのものの雄叫びと言っても過言ではなかった。 サルシ号の船上から見たそれは、イズリィホン人である彼らから見たら、まるで夢現の中の出来事のように思えていた。 だが……それは夢現の中の出来事ではなかった。 「敵機動部隊だ!」 キサスは、上甲板に上がった瞬間、ブレウィンドル少佐の発した金切り声を耳にしていた。 「敵機動部隊ですと?となると……あれが、シホールアンルが戦っている敵であると。そう申されるのですな?」 「その通りです!しかし、こんな辺境の島にまで奴らが襲撃してくるとは……!」 キサスは、それまで澄ました表情を見せていたブレウィンドル少佐が、明らかに狼狽している事に気付いた。 「これは、視察どころではない!一刻も早く陸地に戻らねば」 ブレウィンドル少佐は目を血走らせながら、慌てて小艇に移乗しようとするが、そこにキサスが待ったをかけた。 「お待ち下され!今陸地に戻るのは危ういのではありませぬか?」 彼は片手を周囲に巡らせた。 キサス号の付近に停泊していた駆逐艦や哨戒艇が大慌てで出港し、広い湾内に展開しようとしている。 今この状況で陸地に戻ろうとしたら、小艇はこれらの艦と衝突する可能性があった。 「た、確かに……」 「今は事が収まるまで、この船に留まられるのが宜しいかと思われますが」 キサスの提案を受けたブレウィンドル少佐は、半ば困惑しながらも、顔を頷かせた。 (この者、生の戦を経験しておらぬな?) 同時に、キサスはブレウィンドル少佐が、前線を経験していない事にも気付き始めた。 「しかし、なぜこの僻地にまで、敵の機動部隊が……」 「ブレウィンドル殿。それがしは疑問に思うたのですが、この地には精強無比と強いと謡われておられる筈のワイバーンが見えぬのですの。ワイバーンはあれらを迎え撃たぬので?」 「ワイバーン隊は……おりません」 ブレウィンドルは、半ば絶望めいた口調でキサスに答える。 「敵が来ない僻地にワイバーン隊を置いて、ただ遊ばせる訳にはいかんと上層部が判断したのです」 「ううむ……となると、これはしてやられたという事になりますのぅ」 キサスは同情の言葉を述べるが、ブレウィンドルはそれに返答せず、無言のまま拳を握り締めていた。 この間にも、アメリカ軍機の空襲は続いていく。 陸の地上施設に第一弾を投下した米艦載機は、港湾施設や在泊艦船にも襲い掛かる。 キサスは、遠方ながらも、初めて目の当たりにする米軍機の攻撃を食い入るように見つめ続けた。 幾つもの小さな影は、ワイバーンと違って左右の翼を振らないのだが、それでいてワイバーンよりも動きが良いように思える。 特に直進時の速さはこれまでに見たワイバーンや、国の妖族、怪異共のそれと比べ物にならないぐらい早い。 それでいて、小さな影からは聞いた事もない轟音が響き渡り、音だけで敵を殺傷しようとしているのかと思わんばかりだ。 「なんとも耳障りの音じゃ。しかし、よくよく聞いて見ると、これはこれで力強いようにも思えてしまう……」 キサスは、上空に木霊するライトR-3350エンジンや、P W製R2800エンジンの音に対し、素直な感想を述べた。 アメリカ軍艦載機は、高空から降下して目標を攻撃する機や、超低空から目標に忍び寄ろうとする機、そして、高速で先行して目標に牽制攻撃を仕掛ける等、役割に応じて目標を襲撃している事が、おぼろげながらもわかり始めた。 これらの攻撃は凄まじく、停泊中の大船はもとより、抜錨して湾内で動き回っていた船ですら、アメリカ軍機の攻撃の前に次々と討ち取られつつある。 しかし、対する友邦国の軍も決してめげることなく、地上からは絶えず導術兵器の反撃(イズリィホンではそう呼んでいる)を行い、湾内の艦艇は、国旗と戦闘旗を雄々しくはためかせながら光弾を吐き続けている。 絶対的な劣勢下にありながらも、猛々しく戦う姿は、世界一の強国シホールアンルの意地を表しているかのようだ。 「アメリカ軍とやらの攻撃も恐ろしい物じゃが、それに立ち向かう貴国軍の戦船も負けず劣らず、天晴れなものですな」 「ええ。確かに果敢です。ですが……!」 ブレウィンドルは唐突に言葉を失ってしまった。 今しも、懸命の対空戦闘を続けていた一隻の駆逐艦が、スカイレイダーから放たれた爆弾を全弾回避し、生還の望みを掴んだ筈であったが、低空から接近してきた別のスカイレイダーの雷撃を受けてしまった。 2機のスカイレイダーは、両翼から2本ずつの魚雷を投下し、計4本の魚雷が駆逐艦の艦体に迫った。 駆逐艦は急転舵で回避を試みたが、全て避ける事は叶わなかった。 駆逐艦の左舷側中央部に1本の巨大な水柱が立ち上がると、駆逐艦は急速に速度を落とし始めた。 「今のはなんじゃ!?あの喧しい飛び物が、海の中に細長い棒状の物体を捨てたはずじゃったが……」 「今のは魚雷という兵器によって行われた対艦攻撃です。私も実際に見るのは初めてではありますが、敵は艦船を撃沈する際に、飛空艇の腹や、翼の下に魚雷を抱かせ、至近距離まで接近して目標に魚雷を当てに行くのです。その際、魚雷は海中に潜り込み、目標は海の中にある下腹を、あの棒状の物体によって串刺しされてしまい、そして……中に仕込んだ火薬を爆発させて大打撃を与えていくと、私はそう聞き及んでおります」 「なんと……となると、魚雷という名の得物は恐ろしい威力を持っておるのですな」 キサスは驚愕の表情を浮かべながら、傾斜を深めていく駆逐艦を見つめ続けた。 (あの戦船の中にもまた、シホールアンルの水士達が大勢乗っておる。船の傾きが異様に早いとなると……) 乗員の多くが死ぬ。それも、短時間の内で……100名単位で…… 「次元が……わしらの知る戦とは、何もかもが違い過ぎる。人が討ち取られていく数と、それに立ち至る時の流れまでもが」 「キサス殿の船は、不用意に動かず、このままじっとしておかれた方がよろしいでしょう」 「無論、そのつもりでございまする。ましてや、イズリィホンはこの戦に関しておりますぬからな。戦ともなれば、大旗を掲げて」 その瞬間、キサスは体の動きを止めた。 (旗……わしらの旗は……!) 彼はハッとなり、心中で呟きながらマストに顔を振り向けた。 サルシ号は嵐に見舞われ、メインマストを損傷してしまっている。その際、イズリィホンの国章が描かれた旗も無くしてしまった。 その後、サルシ号はシホールアンル側の警戒艦に不審船として止められた後、臨検させてイズリィホン船籍の船である事を説明した後に、ロアルカ島への停泊を許されている。 つまり、サルシ号は、一目にイズリィホン船籍の船と識別できない状態にあるのだ。 それは即ち…… 「あ……殿ぉ!空から何かが向かって来ますぞ!」 サルシ号が米艦載機に、シホールアンル船籍……つまり、敵艦船として認識される事を意味していた。 空母ヴァリー・フォージから発艦したSB2Cヘルダイバー艦爆16機は、TBFアベンジャー艦攻12機と共に、目標と定めた 港湾地区上空に達していた。 「眼下には桟橋から出港したての大型の輸送艦2隻に……あれは木造の輸送船か。それが1隻。あとは出港して湾内に展開しつつある小型艦3隻。 ちょこまかと動き回る駆逐艦は無視して、輸送艦を狙うか」 ヴァリー・フォージ艦爆隊指揮官であるデニス・ホートン少佐は、自隊の主目標を輸送船3隻に絞る事に決めた。 「デニス!聞こえるか!?そっちは何を狙うんだ?」 唐突に、レシーバー越しに艦攻隊指揮官の声が響く。 「ジェイソンか。こっちは輸送艦を叩く予定だ。そちらの目標はどれだ?」 「こっちは駆逐艦を狙う。何機かはまだ雷撃に不慣れだから、輸送艦を狙わせたいと思っているが」 「ふむ。いいだろう。相手からの反撃は少ない。のんびりと行かせてもらうよ」 「位置的にそっちの方が先だな。いい戦果を期待しているぞ。グッドラック!」 ホートン少佐は同僚の声に苦笑しながら、レシーバーを切った。 (不慣れなクルーがいるのはこっちも同じだな。16機中、8機のクルーは初陣だ。緊張で上手くやれんかもしれんだろうが…… 訓練通りにやってくれることを祈るばかりかな) 彼は部下の練度に不安を感じながらも、各機に指示を下し始めた。 第1、第2小隊は輸送艦1、2番艦。第3、第4小隊は木造の輸送艦を目標に定め、各々攻撃を開始した。 サルシ号の上空に、これまた聞いた事のない轟音が鳴り始めた。 「な、なんだこの金切り音は!?」 「あ奴はもののけか!?」 部下の護衛兵が耳を押さえたり、上空に指を向けながら、迫り来るある物を凝視する。 キサスは釣られるように空を見上げた。 サルシ号の右舷上方から、何かが急角度で降下を始めていた。 その姿は最初小さかったが、みるみるうちに大きくなっていく。 「と、殿!あ奴はこっちに落ちてきますぞ!」 「いや!落ちておるのではない!あれが、あの者達のやり方なのじゃ!」 キサスは、先程目撃したシホールアンル艦に対するスカイレイダーの急降下爆撃を思い出し、サルシ号も同じ方法で攻撃を受けているのだと心中でそう確信していた。 「ヘルダイバーだ!もう助からないぞ!!」 唐突に、傍らのブレウィンドルが叫び声をあげた。 「ヘルダイバー?それがあ奴の名でございまするか!?」 キサスはブレウィンドルに聞き、彼も答えたが、この時には、ヘルダイバーから発する甲高い轟音が地上に鳴り響いていたため、その声を 聞き取ることが出来なかった。 (なんという音じゃ!これでは、何も聴き取れぬ!!) 彼は無意識のうちに両手で耳を塞いでしまった。 だが、ヘルダイバーの発する轟音は、耳を掌で覆っても消える事はなく、むしろ大きくなる始末であった。 キサスは、徐々に機体を大きくするヘルダイバーを睨み付ける。 栄えあるイズィリホン武士団の一棟梁としての矜持が、この未知なる物体から逃れようとする自分をこの場に押し留めていた。 その矜持がいつまで保たれるかを試すかのように、米艦爆はサルシ号に向けて急速に接近していく。 サルシ号には3機の艦爆が向かっており、先頭はサルシ号まで高度2000メートルを切っていた。 キサスは緊張しながらも、ヘルダイバーと呼ばれるもののけの特徴を頭の中にじっくりと刻みつつあった。 (これまでに、妖族や天狗族、鬼族と言った異形とも呼ばれる者どもをわしは目の当たりにしてきたが……これこそ、正真正銘の異形と言うべきかもしれぬ) 彼は、翼の根元を膨らませながら、急降下して来るヘルダイバーに対してそのような印象を抱いた。 その時、ヘルダイバーの目前に複数の花のような物がが咲いた。 駆逐艦フロイクリは緊急出港を行った後、敵の空襲を受けたが、必死の対空戦闘を甲斐あって損傷は軽微で済んだ。 艦上で対空戦闘の指揮を執っていたフェヴェンナ艦長は、見張り員の報告を聞くなり、ぎょっとなった表情でキサス号の上空に顔を振り向けた。 「まずいぞ!アメリカ人共はイズィリホン船を爆撃しようとしている!」 フロイクリは今しがた、急回頭で敵の航空雷撃を回避したところだ。 彼は、輸送艦を爆撃して避退しようとする敵機を目標に定めようとしていたが、急遽目標を変更する事にした。 「目標、イズィリホン船上空の敵機!急ぎ撃て!」 フロイクリの4ネルリ(10.28センチ)連装両用砲が右舷側に指向され、6門の主砲が急降下しつつある米艦爆に照準を合わせる。 命令から10秒経過したところで、仰角を上げた連装砲塔が火を噴いた。 高射砲弾はヘルダイバーのやや前方で炸裂し、6つの黒い花がイズィリホン船の上空に咲いた。 ヘルダイバーには砲弾の鋭い破片が突き刺さったはずだが、臆した様子を見せることばく、強引に黒煙を突っ切った。 「魔道銃発射!」 砲術長が号令し、直後にフロイクリの対空魔道銃が射撃を開始する。 右舷に指向できる8丁の魔道銃から放たれた光弾が、ヘルダイバーへの横槍となって注がれていくが、なかなか命中しない。 だが、それがきっかけとなったのか、ヘルダイバーは高度1000メートルを切らぬうちに胴体から爆弾を投下した。 「敵機爆弾投下!」 (くそ!落とせなかったか!) フェヴェンナは敵を落とせなかった事を悔やんだが、すぐに別の指示を下した。 「2番機を狙え!まだ爆弾を持っているぞ!」 フロイクリの照準は、その後ろを降下する2番機に向けられる。 6門の砲と8丁の魔道銃が矢継ぎ早に射弾を繰り出す。 他の僚艦は対空戦闘を続けるか、被弾して大破状態にあるため、フロイクリ1隻のみの対空砲火では思うような弾幕がはれない。 それでも、フロイクリの対空射撃は一定の効果があった。 長い間戦場を渡り歩いた歴戦艦だけあって、乗員の腕は確かであり、射撃の精度は良好であった。 それに加えて、ヘルダイバーは乗員が未熟な事もあって、1番機と同様、高度1000を切った直後に爆弾投下という、及び腰の攻撃を行わせるという効果もあった。 「1番機の爆弾が着弾!イズィリホン船の左舷側海面に外れました!」 「3番機、本艦右舷上空より接近!突っ込んできます!」 上空より響き渡るダイブブレーキの轟音に負けじとばかりに、大音声で報告が艦橋に飛び込んできた。 「こっちが狙われたか!」 フェヴェンナは表情を険しくするが、ヘルダイバーの矛先を引き付ける事も出来た。 彼はある種の達成感を感じながら、操艦に集中し続けた。 サルシ号に向かっていた米艦爆の腹から何かが放たれた。 「伏せて!爆弾です!!」 ブレウィンドル少佐が叫び、両手で頭を押さえながら甲板に突っ伏した。 直後に、キサスらもそれに倣って体を伏せた。 頭の上でまた変わった轟音が響き渡り、音だけでサルシ号を潰そうとしているように思えた。 直後、強烈な爆裂音と共に左舷側から猛烈な振動が伝わった。 「ぬ、ぬおぉ!」 キサスは船体に伝わる衝撃に体を転がされ、仰向けの形で体が止まった。 その眼前には、甲高い叫び声を上げながら真一文字に突っ込みつつある米軍機がいた。 先と同様、翼の根本を膨らませながら迫りつつある。 その周囲に黒い花が咲き、更には色鮮やかなつぶてが横合いから吹き荒んでいる。 (あ奴はシホールアンルの戦船から攻撃を受けておるな!) キサスは、先程までシホールアンル艦の対空戦闘を見学していたため、この機がどこかにいるシホールアンル艦から対空射撃を受けているのがわかった。 しかし、友邦国海軍の戦船はサルシ号を狙う機を落とすことが出来ぬまま、新たな攻撃を許してしまった。 胴体からまた黒い何かが吐き出された。 そして、両翼から閃光のような物が断続的に見えたと思いきや、礫のような物がサルシ号に降り注ぎ、船体の各所で雨垂れのような異音が鳴り響いた。 米艦爆は機銃を放った後、エンジン音をがなり立てながら、サルシ号の上空50メートルを飛行していった。 黒い物は丸い円となってサルシ号に落下しつつある。 それを見たキサスは、即座に死を覚悟した。 (わしは逝くのか……志半ばにして……) ならば、その瞬間が来るまで決して目は閉じぬ。 大の字になりながら、迫り来る黒い物体がサルシ号に着弾するまで、キサスは目をつぶらないことにした。 イズィリホン武士の誇りが、彼にそうさせた。 しかし…… 黒い物体は、丸い真円から若干細長い棒のように見えた。 その直後、物体はサルシ号の右舷側海面に落下していった。 右舷側から轟音と共に強い振動が伝わり、仰向けとなっていたキサスは、左舷側に転がされてしまった。 背中を左舷側の壁に打ち付けたキサスは、低いうめき声をあげたが、激痛を振り払うように勢いをつけて起き上がった。 「ええい!やりたい放題やりおって!!」 キサスは忌々し気に騒いだ。 更に3機目の爆音が鳴り響いたが、3機目は狙いを変えたのだろう、シホールアンル駆逐艦に向けて突入していった。 「もしや……あの船がわしらを手助けしてくれたのか。ありがたや……」 彼は、対空戦闘を繰り広げながら、回避運動を行う駆逐艦に向けて感謝の言葉を贈った。 「さりながら……状況は未だに良いとは言えぬ。アメリカとやらの軍勢はまたもや、こちらに手を掛けてくるであろう。それを防ぐためには……」 キサスはそう独語しながら、折れたメインマストに目を向ける。 サルシ号には、所属を示す記しが無い。 戦場と化したこの場で、それが致命的であるという事は、今しがた証明されたところだ。 国から掲げてきた記しは、今や海の底である。 (記しはもはや無き物になった。さりながら……あの姿までは、無き物となったわけではない……!) 彼はあることを思いつき、供廻りの衆に指示を下そうとした。 だが…… 「おのれぇ!やりおったな!!」 「不埒な輩めら!成敗してくれるわ!!」 キサスが振り向くと、そこには、本格的に武装した部下達が口角泡を飛ばしながら迎撃の準備を整えていた。 船内に一時避難しながらも、爆撃を受けて怒りが爆発し、予め用意されていた弓矢を引っ提げて甲板に上がって来たのだろう。 (いかん!) キサスは素早く動き、部下たちの前に躍り出た。 「ならん!ならんぞ!!」 「な…殿!?」 「如何なされた!?」 部下達は困惑の表情を浮かべる。 「イズリィホンは、アメリカという国とは戦をしておらん!」 「戦をしておらぬですと!?殿!あ奴らは我らに炸裂弾を投げつけ、一網打尽にしようとしたではありませんか!」 「返り討ちにしてやりましょうぞ!」 「如何にも!不遜な輩は討つべし!」 部下達は興奮のあまり、弓矢を掲げながら周囲を飛行する米軍機に反撃しようとしている。 だが、キサスは供廻り衆の感情に流されてはいなかった。 「この大たわけめが!今しがたの攻撃を見てもわからぬのか!?あんな速さで飛ぶあ奴らに、弓矢で射ても当たりはせぬわ!それ以前に、わしらが攻撃されたのは、ただの事故じゃ!」 彼は大声で叱責しつつ、メインマストを指差した。 「記しが備わっておれば、あのような攻撃は受けなかったかもしれぬ!」 「あの記しはもはやありません!そのため、敵の攻撃を受けておるのですぞ!」 「だから敵ではないのだ!わしらは、それを示さなければならん!」 「示すですと?旗はとうの昔に失われてしまいましたぞ!」 「うむ。確かに失われておるの。じゃが……」 キサスはニタリと笑みを浮かべると、左手で自らの頭を叩いた。 「ここの中にある記しまでは、失っておらん。そち達もあの模様を覚えておるであろう?」 「た、確かに……」 「殿。もしや、殿は記しを作ると言われるのですか?」 「そうじゃ。作る!材料は船倉の中にあるだろう?とびきり質の良い奴がの」 彼がそう言うと、供廻り衆は仰天してしまった。 「殿!あれは幕府が用意したシホールアンルへの献上品でございますぞ!どれもこれも、イズィリホンでは最高級の品ばかり」 「さりながら、あれはここで使うしかあるまい。白い布に色とりどりの染料。記し作りには持って来いじゃ」 「な、なんと……」 部下達は絶句してしまった。 キサスらは、出港前に幕府よりシホールアンルへの献上品として幾つかの貢ぎ物を渡されていた。 なかでも白い布は、特殊な工程を経て作られた最高級の一品であり、シホールアンル側は数ある献上品の中でも、特にこの高級布を好んでいた。 シホールアンル首都ウェルバンルにある帝国宮殿内で飾られている絵画の中では、3割ほどがこのイズィリホン製の白布を使用して制作されており、市井においても高い値が付くほどだ。 イズィリホンの下級武士層ではまず手が届かず、有力大名でさえもおいそれと手出しできぬと言われるほど、白布の質は高かった。 キサスは、その献上品を使って記し……国旗を作ろうと言い出したのだ。 部下達が絶句するのも無理からぬことであった。 「なりませぬとは言わせん。さもなければ、ここで粉微塵に打ち砕かれるだけぞ!」 キサスは有無を言わせぬ口調で部下達に言う。 対空砲火の喧騒と、上空を乱舞する米軍機の爆音が常に鳴り響いているため、口から出る声も常に大きい。 心なしか、喉が痛んできたが、キサスはここが耐えどころと確信し、あえて痛みを無視した。 「心配無用!幕府のお歴々が咎めれば、嵐に遭うた時に波にさらわれたと言えば良いわ。さあ!急いでここに持って参れ!早急にじゃ!」 「ぎょ、御意!」 複数の部下が慌てて下に駆け下りていった。 その間、キサスは右舷方向に目を向ける。 シホールアンル駆逐艦は今しがた、米艦爆の急降下爆撃を間一髪のところで回避していた。 そのやや遠方を、複数の小さな点が、ゆっくりと海上に降下していくところに彼は気付く。 横一列に3つならんだ黒い点は、海面からやや離れた上空にまで降下した後、這い寄るかのように進みつつある。 その先には…… (一難去ってまた一難、であるか……!) 「殿!献上品をお持ち致しました!」 「染料は!?」 「こちらに!」 部下達が黒い艶のある箱を持って甲板に上がってきた。 キサスは、部下が持っていた細長い箱をひったくると、中にあった白い布を取り出し、それを甲板に広げた。 ヴァリー・フォージより発艦した12機のTBFアベンジャーのうち、3機は未だに手付かずで残されていた木造の輸送船を的に定め、高度を下げながら的の右舷側より接近しつつあった。 「高度40メートルまで下げろ!前方の駆逐艦は無視だ。今の状態じゃ当てられん!」 アベンジャー隊第3小隊長のギりー・エメリッヒ中尉は2番機、3番機に指示を送りながら、目標を見据える。 現在、目標までの距離は約6000メートルほど。 輸送船の右舷側2000メートルに展開する駆逐艦は今しがた、ヘルダイバーの爆撃を回避し、対空戦闘を続けながら高速で直進に移っている。 本音を言うと、エメリッヒ中尉はあの駆逐艦を攻撃したかったが、彼が率いる小隊は、2番機、3番機のクルーが初陣であるため、高速で動き回る駆逐艦に魚雷を当てるのは難しいだろうと考えた。 そこで、彼は当てるのが難しい駆逐艦よりも、停泊している輸送船を雷撃して、確実に戦果を挙げる事にした。 攻撃が命中すれば、初陣のクルーも自信を付けるであろう。 「敵の木造輸送艦まであと5000!各機、雷撃準備!」 エメリッヒ中尉は無線で指示を下しつつ、胴体の爆弾倉をあける。 胴体下面の外板が左右に別れ、その内部に格納されている航空魚雷が姿を現す。 母艦航空隊の必需品の一つであるMk13魚雷だ。 「駆逐艦が対空砲火を撃ち上げているが、気にするな!1隻のみの射撃では、アベンジャーは容易く落ちん!」 エメリッヒ中尉は無線機越しに2番機、3番機のクルーらを勇気づける。 「2番機が若干フラフラしています!」 エメリッヒ機の無線手が報告してきた。 現在は高度40メートルだが、新米パイロットにとってはきつい高度だ。 緊張で操縦桿を握る手に力が入り過ぎているのだろう。 「2番機!力み過ぎるな!機体がフラフラしていたら、当たるものも当たらん!落ち着いて操縦しろ!」 「了解!」 彼は喝を入れながら、目標を見据え続ける。 駆逐艦は高射砲弾を連射し、編隊の周囲で断続的に砲弾が炸裂する。 時折、近くで黒煙が沸いて破片が当たる音がするものの、グラマンワークス(実際はGM社製だが)の作った機体は打撃に耐え続けた。 編隊のスピードは、魚雷投下を考慮しているため、200マイル(320キロ)程しか出していないが、それでも目標との距離は急速に縮まり、駆逐艦の上空を通り過ぎた後は、木造船まであと一息という所まで迫った。 「目標に接近!距離500で魚雷を投下する!」 エメリッヒは各機にそう伝えつつ、雷撃針路を維持する。 エメリッヒ機を先頭に右斜め単横陣の形で接近するアベンジャー3機は、敵船の右舷側に接近しつつある。 距離は尚も詰まり、今は1700メートルを切った。 (あの小型の木造船相手に、航空魚雷3本は過剰過ぎるだろうが……あの船の積み荷は敵の戦略物資だ。悪いが、俺達は仕事を果たさせて貰う) 彼は幾ばくかの同情の念を抱いたが、それに構わず沈める事にした。 それと同時に、認識票にも載っていない初見山の木造船に対して、遂にシホールアンルも使い古しの船を使わねばならなくなったのか、とも思った。 (俺達を恨むなよ。戦争を引き起こした上層部を恨んでくれ) エメリッヒは心中でそう呟きつつ、魚雷投下レバーを握った。 距離は1000を切り、間もなく魚雷を投下する。 だが、ここで彼は、思わぬ光景を目の当たりにした。 距離が1000を切る頃には、うっすらとだが、甲板上の様子が見てわかる事がある。 パイロットは基本的に、視力が良くないとなれないが、エメリッヒは入隊前にアラスカで漁師として働いていた事もあり、視力は2.0はある。 その2つの目には、甲板上で盛んに旗を振り回す一団が映っていた。 (旗?) 彼は怪訝な表情を浮かべつつ、なぜ彼らが旗を振っているのかが気になった。 この時、距離は900メートル。 急に、彼の心中で疑問が沸き起こった。 目標は軍用船なのか? いや、……あの船はシホールアンル船なのか? それ以前に、あの船は攻撃してはいけないものではないか? 900メートルが過ぎ、700メートル台に接近した。 エメリッヒの双眸には、相変わらず旗を振り回す一団が見えていたが、距離が詰まることによって、得られる情報も多くなった。 独特な民族衣装を着た一団は、多くが手を振り回していたが、一部はしきりに、振り回す旗を見ろと言わんばかりに指を向けていた。 旗の模様はシホールアンル国籍の物ではなく、全く違う模様が見えていた。 (敵じゃないぞ!!) この瞬間、エメリッヒは全身後が凍り付いたような感覚に見舞われた。 体の反応は、自分が思っていた以上に素早かった。 「各機へ!攻撃中止!攻撃中止だ!!あれはシホールアンル船ではない!!」 エメリッヒは無線機越しに叫ぶように命じた。 その直後に、胴体の爆弾層を閉じ、機体を左右にバンクさせた。 アベンジャー3機は魚雷を投下せぬまま、高度40メートルで国籍不明船の上空を通過していった。 青と赤が横半分に分けられ、中央に赤紫色の丸が手描きで描かれたシンプルな記し……イズィリホン将国の国旗を、部下と2名と共に力強くはためかせていたキサスは、爆音を上げながらフライパスした米軍機を見送ったあと、急に体の力が抜けたように感じた。 彼は思わず、その場で屈んでしまった。 「お……おぉ。分かってくれたようじゃ……のぅ」 「殿!如何されました!?」 「殿!」 供廻り衆がキサスの周りに集まり、彼を気遣う。 「いや、大丈夫じゃ。ただ幾ばくか疲れただけじゃ」 キサスはそう言って、微笑みを浮かべる。 それからしばらくして、空襲警報が鳴りやんだ。 5分後、一旦落ち着きを取り戻したキサス号では、乗員が被害個所の確認を行う傍ら、破損したメインマストに急ごしらえの国旗を掲げていた。 「これがイズィリホンの国旗ですか」 ブレウィンドルは、文献以外でしか見た事が無かったイズィリホンの国旗をまじまじと見つめた。 「これこそ。我らが誇るイズィリホンの記しでございまする。さりながら……それがしには少々足りぬものがあると思いましてな」 「足りぬですと?何かの紋章を書き忘れたのでしょうか?」 「いや、荒々しいではありますが、記しはこの通りの様相で差し支えありませぬ」 「元の通りに描けた、という事ですな。なのに、なぜ足りぬと?」 「それはですの……まぁ、それがしの言葉のあやという物でござります」 キサスはそう言ってから、高笑いを上げる。 ふと、ブレウィンドルは、このキサスという男が野心家ではないかと思ってしまった。 (この方は、何か大きな事をやりそうな予感がするな。こう、歴史的な事を) ブレウィンドルは心中でそう呟いた。 のんびりと物思いに耽る時間は、そう長くはなかった。 先の空襲から20分足らずで、再び空襲警報が鳴ったからである。 「ま、また空襲警報だ!」 「殿!」 シホールアンルの担当官と、供廻り衆から再び悲鳴のような声が上がった。 それを聞いたキサスは、どういう訳か苦笑いを浮かべた。 「偉大なる帝国は、土地という土地、島という島、隅々まで総戦場になりけり、という事かの」 午前8時 ルィキント列島南南西220マイル地点 人間の生活習慣という物は、ある程度の期間が過ぎると常態化していくものである。 それは、社会においても同じであり、朝の仕事準備、業務、休憩、業務、帰宅と言った流れでほぼ進んでいく。 軍隊においても、それは同じだ。 早朝の偵察機発艦からの周辺海域索敵は、最大のライバルでもあったシホールアンル機動部隊が壊滅した今でも続行されている。 それは、アメリカ機動部隊のルーチンワークの一つでもあった。 そんな何気ない動作と化した索敵行は、ある物を彼らに見せつける事となった。 空母ランドルフより発艦したS1Aハイライダーは、暇で単調な索敵行を半ば終えようとしたときに、それを見つけた。 いや、後世の歴史家の中では、見つけてしまった、という表現を時々用いられるほど、この索敵行は歴史上の大事件であった。 「機長!あれは間違いありません!誰が見ても竜母です!」 「ああ、確かにそうだ!だが、なぜこんな所に?」 機長は7、8隻の護衛艦に過去まれた中央の大型艦を見るなり、疑問に思うばかりであった。 海軍情報部では、シホールアンル海軍の大型艦は全て、本国沿岸の安全地帯に避退していると判断しているという。 先日のシュヴィウィルグ運河攻撃の際、同地で遭遇した敵竜母部隊は、攻撃を担当したTG58.3が攻撃を加えたが、ある程度の打撃を与えただけで 撃沈には至らなかったという。 そもそも、TG58.1はこの地に有力なシホールアンル海軍艦艇が存在しているとは考えてはおらず、この日の索敵行は、どちらかというと初見の海域の調査を目的とした物であった。 このため、早朝に発艦したハイライダーは4機ほどで、通常よりも少なく、哨戒ラインの密度も薄い。 それに加えて、ハイライダー各機は海域の情報収集と、長距離飛行を念頭に置かれたため、ドロップタンクを装備している。 飛行距離は往復で1000(1600キロ)マイルもあり、通常の索敵行と比べても明らかに長い。 機長は、長い遊覧飛行だと心中で思っていたほどだ。 だが、のんびりと飛行を楽しむ時間は、唐突に打ち切られてしまった。 「ランドルフに報告だ!」 「了解!」 機長は後席の無線手に指示を伝えるが、そこで新たなものを見つけた。 ハイライダーより5000メートル離れた空域に、別の飛行物体を確認した。 その小さな物体は、大きく翻ってから頭をこちらに向けた。 その物体に、これまでに見慣れた、敵の“生き物らしい動作”は全く見受けられなかった。 (危険だ!) 言いようの無い恐怖感に襲われた機長は、咄嗟に機首を反転させ、この海域からの離脱を図った。 「未確認飛行物体を視認!離脱するぞ!」 反転したハイライダーは再び水平飛行に戻ると、離脱の為、エンジンを全開にした。 その頃には、向かっていた飛行物体は急速に距離を詰めつつあった。 「国籍不明機接近してきます!」 「わかってる!飛ばすぞ!」 ハイライダーは持ち前の加速性能を発揮し始めた。 不審機も加速したのか、しばしの間距離が離れなかったが、時速600キロメートル以上になると徐々に離れ始め、650キロを超える頃にはその姿は急速に小さくなり始め、700キロに達した時には、不審機の姿も、未知の母艦を伴った機動部隊も見えなくなっていた。 午前10時 ロアルカ島南東250マイル地点 第5艦隊司令長官を務めるフランク・フレッチャー大将は、旗艦である戦艦ミズーリのCICで戦果報告を聞いていた。 「先程、第2次攻撃隊の艦載機が母艦に帰投致しました。第2次の戦果報告は現在集計中ですが、第1次攻撃隊は艦船10隻撃沈、6隻撃破、複数の地上施設並びに、魔法石鉱山の爆撃し、多大な損害を与えております。こちら側の損害は、4機が現地で撃墜されたほか、被弾12機、着艦事故で3機が失われました」 通信参謀のアラン・レイバック中佐が淡々とした口調で報告していく。 「第2次攻撃隊の戦果に関しては、先にも申しました通り集計中ですが、暫定ながらも地上施設と港湾施設に甚大な被害を与えたとの報告が入っております」 「事前の予想通り、攻撃は成功だという訳だな」 フレッチャーはそう言いつつも、表情は険しかった。 「だが、現地では予想していなかった事態も発生したと聞いている。諸君らも聞いておるだろうが」 彼は言葉を区切り、溜息を吐いてからゆっくりとした口調で続ける。 「第1次攻撃隊は、攻撃の途中でシホールアンル帝国とは別の国に所属していると思しき、国籍不明の木造船を発見したと伝えてきた。そして……その木造船を誤爆したという報告も、入っている。一連の報告は、既に太平洋艦隊司令部に向けて送ってはいるが……」 「国籍不明船を誤爆したパイロットからの報告では、乗員が未知の国旗のような物を振っていたとあります。また、木造船自体もシホールアンル船と比べて年代的に数世代あとの物である事が判明しております。木造船を狙った爆弾は外れており、雷撃を敢行したアベンジャー隊も寸前で国籍不明船と気付いたため、同船舶が撃沈に至る程の損害は与えてはおりませぬが……」 「ヘルダイバーは爆弾投下後に機銃掃射を行い、ある程度の機銃弾が同船舶に命中したとの報告も入っている。不明船の所属国の調査は、後に行われる事になるだろう」 「この後、第3次攻撃隊の準備が予定されておりますが。どうされますか?」 参謀長のアーチスト・デイビス少将の問いに、フレッチャーは即答した。 「第3次攻撃は、この際中止にする。元々、ノア・エルカ列島はシホールアンルの辺境地帯だ。同地を訪れている、非交戦国の独航船や輸送船が停泊している可能性は1隻だけはないだろう。もし、別の国籍不明船を誤爆すれば、合衆国は世界中から非難される事になる。参謀長!」 フレッチャーは改めて命令を下した。 「TG58.1司令部に伝えよ。第3次攻撃中止。TG58.1は偵察機を収容後、直ちに作戦海域から離れるべし、以上だ」 「はっ!」 参謀長はフレッチャーの命令を受け取ると、通信参謀にその命令をTG58.1司令部に伝達するよう、指示を下した。 (しかし、まさかの誤爆事件発生となってしまったが……この他にも、問題はある) フレッチャーは、やや陰鬱そうな表情を浮かべつつ、紙束の中に挟まっていた、一枚の紙を手に取り、その内容を黙読した。 「ルィキント列島より南南西220マイルの沖合にて、未知の母艦らしき物を伴う艦隊を発見せり。艦隊には艦載機と思しき飛行物体も帯同し、偵察機を追撃する動きを見せるものなり。同飛行物体はワイバーンにあらず」
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540 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2004/10/05(火) 21 41 [ imAIk9NE ] 「ま、まさか・・・。」 この男の登場に一番のショックを受けたのはイルマヤ候だっただろう。 様々な策略の上、大金をかけた策が全く無意味だったのだから。 「・・・僅かにマナの干渉波がすると思ったら・・・一体、どうしたのだ? できれば、マナを引き付ける状態を維持するのは疲れるので早く止めて貰いたいのだが。」 イルマヤ候はまだ震える声で叫んだ。 「これは、決闘だ!騎士の誇りにかけて邪魔しないでもらいたい!」 しかし、イルマヤ候が言う言葉を聞いていたのか、居ないのか、ファンナがアルクアイに駆け寄った。 「アルクアイーっ!良かった、良かったよー。ふえぇぇ・・・。」 そしてファンナはそのままアルクアイにしがみつき、泣き出した。 アルクアイは魔道兵器をそっと懐にしまい、ファンナを抱きしめた。 しかし、その目は非常に穏やかに 見えた。 「この様子を見る限り、双方が望んだ決闘には見えないが・・・。」 「なっ・・・無礼な!」 「何が無礼か!!」 イルマヤ候が言いかけた言葉をアルヴァールは広間を揺らすほどの声でかき消した。 「そもそもここは神聖なる王城!血で濡れることなどあってはならない!候は忘れたか!」 「ぐっ・・・っ!」 イルマヤ候は剣を降ろし、アルヴァールを睨んだ。 確かに戦争をやってきたのだろう、あちこちが砂や泥で汚れている、 しかし奇妙な点が一つあった、それは手袋についたまだ黒ずんでもいない真新しい血だった。 541 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2004/10/05(火) 21 42 [ imAIk9NE ] イルマヤ候は最後の悪あがきをした。 「魔術大臣、この王城を血で濡らしてはいけないと言うのならばその手は何なのか!明らかにここ僅かの間に人を殺めた証拠ではないのか!?」 ここでアルクアイを殺しておかねばこの会議では全てが終わる。彼はそうわかっていた。 しかしその悪あがきは更なる絶望を持って返された。 アルヴァールが何かボソボソと呟き何かの印を描くと、2つの黒い塊が扉から広間の真ん中へと飛び込んできたのである。 「な、なんだこれは!?」 「よく見てもらいたい。」 アルヴァールの言葉に従い、その場に居る全員がその塊を見た。そして、声が上がった。 「ひっ、死体だ!」 「いや、こいつは見覚えがある!」 「王城に殺気を漲らせた者が二名ほどいたのでね・・・処理をしておいた。」 二つの塊の内一つは身体が半分に千切れかかってはいるものの、紛れも無く狂犬の一人だった。 一瞬で風穴を空けられたのだろう、驚きに目を見開いたまま、死んでいた。 恐らくもう一人も狂犬には変わりは無いだろう。 しかし驚くべきは投げ出された二人の死体からは血が一滴も出ていないことであった。 「これ以上ここを血で汚そうというのなら、私がお相手させてもらうが。」 イルマヤ候の頬が引きつった。 542 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2004/10/05(火) 21 43 [ imAIk9NE ] それから二日後。 その後の後継者決めは淡々と進められた。 狂犬を使った脅しが破られた以上、もうイルマヤ候に味方しようと言う者は僅かしか居なかった。 そしてアルヴァールの推しによって正統継承者であるアシェリーナ姫が 次代の王と決定したのであった。 そしてアルヴァールに次ぎアシェリーナを推したアルクアイ(正確にはウェルズ)がその補佐に選ばれるだろう、 というのが大方の意見であった。 ここまでは完全に、アルクアイの思い通りであった。 そう、ここまでは。 543 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2004/10/05(火) 21 44 [ imAIk9NE ] 「我々は貴殿らと通商関係を結びたいと考えています。」 日本側のこの一言は相手の興味を引き出すのに十分であった。 貿易で欲しい物資、それがそのままこのニホンの弱点なのだから。 「ほう・・・では、何がお望みですか?」 「食料です。」 米は足りている、ならばニホンが必要なのは主食以外の食料品であった。 主食ではないからと言って侮ってはならない、これを欠けば国民の不満は溜り、 国民の不満は国家を揺るがすに至るのだから。 「食料・・・そちらの国では飢餓が発生しているのですか?」 アルマンは悩んだ、飢餓が発生しているような国ならば、食料を求めて攻め入ってくる可能性が高い、 強い軍事力を持っているのならば尚更それは恐怖であった。 しかし日本側の次の一言は彼を安心させ、そして驚愕させた。 「いえ、それはありません。我々の主食・・・米というのですが、は十分に足りています。 国民が一日三食食べるだけの量は確保してありますよ。」 米はアジェントにもある、しかしこの手のかかる生産物をアジェントは主食と言い切れなかった。 たしかに貴族レベルになれば一日三回米を食べることができる。 だが、貧農では一日二回、麦で作ったパンなどがせいぜいなのだ。 しかし、このニホンとやらは国民一人ひとりが一日三回米を食べている。 つまり国民全てがこちらの貴族並の生活を送っているともいえるのだ。 そしてそれだけの輸出食料をラーヴィナ領だけでまかなえるかどうかは疑問だった。 ニホンの外交官は言葉を続けた。 544 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2004/10/05(火) 21 45 [ imAIk9NE ] 「そして、次に我々が欲しいのは、鉄・・・及び銅などの資源です。」 燃料・・・石油のような即戦争に繋がることを聞くのは相手を刺激しかねない、 次に日本側が聞いたのは現在日照りにあっている工業を復活させるための資源確保であった。 そしてアルマンは遂にこの質問が来た、と思った。 アルクアイはアルマンに言っていた、 「相手が鉄のことを口に出したときが本当の外交の始まりだ。」と、 そしてアルマンはアルクアイの言葉通りの言葉を言った。 「鉄ならば、貴国の前に召還された島の一つに大規模な鉄山が存在します。しかし、これは王家領ですが。」 「つまり・・・輸入できない、ということですか?」 「はい、“輸入”はできません。ですがここの鉄を手に入れることは出来ます。」 日本側の外交官は眉をひそめた、何を言いたいのかが薄々分かってしまったのが恐ろしい。 「今こそ言います。我らの主、ラーヴィナ候は召還された島々の人々が奴隷として 虐待を受けるのに、常々、気の毒だと心を痛めていらっしゃいました。 だからこそ、貴国にはこれらの島々をアジェント王家の奴隷支配から開放して欲しいのです。」 545 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2004/10/05(火) 21 46 [ imAIk9NE ] 会議では王位継承者が滞りなく決まり、後はその補佐役を決めるのみとなった。 そして、アルヴァールは大臣であるために、補佐役にラーヴィナ候ウェルズが任命される。 誰もがそう思っていた。 しかし、アルヴァールはここで誰もが耳を疑うような一言を発した。 「では、アシェリーナ様の補佐役は由緒正しい家柄であり、その権威も高いイルマヤ候にやって頂きたいのですが、よろしいですね。」 「なっ!」 アルクアイを含め誰もがそう言った、イルマヤ候本人ですらだった。 アシェリーナ姫が王位継承者となるのに一番反対していたのが彼だったのだから。 「それがアシェリーナ様の所存ですが、お受け頂けないか?」 「なっ、い、いや、願っても無い。微力を尽くす所存でございます。」 イルマヤ候は誰も座っていない王の椅子に向かい、平伏した。 だが、彼はアシェリーナの元ではアルヴァールが居る限りその権力はほとんど無に等しいことは、 誰の目にも明白であった。 そして自然に目が向くのはアルクアイであった。 見た目には微笑を保っているものの、その精神が動揺しているのはまた、誰の目にも明白だった。 そしてその彼に共振通信が繋がれた。 今、ここで彼に共振を繋げる人間は二人しか居ない。 すぐ隣に居るファンナと、全ての魔術師に共振を繋げるアルヴァールだけであった。 そして彼に今共振を繋いでいるのは、彼が今最も憎々しく思っている男であった。 ―――アルクアイ・・・全てが自分の思い通りになると思うな――― そして共振は切られた。 負けた。アルクアイは生涯で初めてそう思った。