約 14,169 件
https://w.atwiki.jp/leerertraumurakamix/pages/114.html
畑浦はビールを一気に飲み干し叩きつけるように大ジョッキをテーブルに置いてげっぷをした。 ベテランの叩き上げ刑事で尊敬に値する人物のはずだが、その下品な部分を含めて片桐はなにかと好きになれないでいる。 「どうした、飲まねぇのか?片桐君とやら」 「私は飲まないと決めているので」 「最近の若者は酒を飲まないからつまらんなぁ。どこで息抜きするんだい。あれか、キャリア候補生は上から飲むなとでも命令されてるのか、ん?」 串カツを片手に説教をされる。 面倒だ、なぜこういうときに限って誰も電話をかけてくれないのか。 当然畑浦は片桐の気持ちに気がつくはずもない。 「そう言えば片桐君。お前ぇ……あの妙な連中と繋がってるんだってな」 「なんのことでしょう」 「やだねー、惚けるってのかい。チンピラみたいな輩とつるんでるのも、薬屋のネーチャンとナニしてるのもオジサン知ってるんだぜ」 酒臭い息を吐きながら畑浦は厭らしく笑った。 通りがかった店員の女にビールを頼んで向き直った。 「上も上だぜ。生真面目な若者を汚ぇ所にほっぽりだして、なーに考えてんだか」 「そう言う愚痴を聞かせるために呼び出したのですか?」 「ま、ま。そう怒るな。ここだけの話、俺ぁな、この腐った組織にもううんざりしてんだ。辞める準備もしてる。だが、ただで辞めるわけにゃいかねえ。俺のことを今までコケにしてきやがったくそったれ共に復讐してやんのさ」 拳を握り締め、苦渋の表情を浮かべる畑浦。 その目は酒か、この男の傷付いたプライドから滲み出る怒りか、少し赤くなっていた。 「……畑浦さん、何があったんですか」 「うん、お前さんはきっと口が固いだろうからな、話すとしようか」 老いた刑事の口からポツポツと出てくる嘘のような事実。 あってはならぬ内部事情。 それを聞いてこの男を誤解していた、片桐はそう思う。 「それが本当のことだと証明することができるのでしょう?」 「できるさ。だがな、きっと消されるんだ。普通に訴えるだけじゃあダメなんだ」 「なぜ?」 「言わなくてもわかるだろ?」 買収のことを言いたいのか。 色々と思い当たる節があるせいで特定はできないが、恐らくどれでも当てはまるのだ。 運ばれてきたジョッキビールをまた一気に飲み干す畑浦をなにも言えずに片桐は見つめることしかできないでいた。 同情、それを口にすればきっと嫌がるだろう。 「ま、そんなもんだ。すまん、老いぼれの戯言だと思って忘れてくれ。腹、減ったろ。釣りでなにか食ってくれ」 テーブルに万札を置いてフラリ席を立つ。 そう言うわけにはいかない、片桐がそう突き返しても首を横に振るだけであった。 片桐の肩に手を置き、意味深な笑みを浮かべるとそのまま店を去った。 翌日、署に出てきた片桐を待ち受けていたのは畑浦自殺、の報告だった。 マスコミが押し掛ける。 と言うのも、畑浦が話していたあの話のにすべてをマスコミ売り飛ばしたのだ。 火消しに追われる他の職員。 その光景を馬鹿らしく思いながら片桐はあの笑みを思い出していた。 通夜には大勢の関係者が訪れたが、それも恐らく上辺だけのものに過ぎない。 片桐が香典の列に並んでいると、先に終えた怪しい連中が数人横を通り過ぎた。 一人はまだ若い男。 見覚えのある横顔だが、何処で見たか思い出せない。 眼光の鋭い男はどことなく身分の高い雰囲気を漂わせ、なかなかの色男だ。 残念なのは顔色が優れないあたりだろう。 それを護衛するようにぴったりと他の男たちが囲んで歩く。 まるで芸能人だ。故人よりも目立っている。 凡そ葬式に似つかわしくない出で立ちに誰もが非難の視線を送っている、それをものともせずに用意された高級車に乗って会場を後にした。 「なんだ、あいつは」 「畑浦はあんなのと付き合いがあったのか?」 「ありゃヤクザの類かね」 「ま、畑浦のことだ。連中と付き合いがあっても別に不思議じゃない」 口々に噂をし始める。 誰だっていい。 片桐は早く焼香を終わらせて帰りたかった。 「すごい人でしたね」 共に来ていた部下の久藤が話しかけてくる。 「なにがだ」 「ほら、さっきの人ですよ」 「あ、ああ」 「噂じゃあの人、室井総理の隠し子だって」 室井、その名前を聞いて片桐は納得した。 誰に似ているのかと思えば、現総理大臣の室井恭一郎ではないか。 しかし、血が繋がっているというのは全くの嘘だと聞いている。 他人の空似と言うものか。 いずれにせよ、今この場で必要なことではない。 若い部下に片桐は静かに叱咤した。 「噂だろう。今は関係ない」 「そ、そうですね……すいません」 漸く片桐らが呼ばれ、焼香台へ歩み寄った。 台の向こう側に棺が置かれその中に畑浦は眠っている。 まさか死ぬなんて、それも自殺なんかで。 最後に話したのは恐らく自分であるだろうと思うと胸が締め付けられた。 どうして気付けなかったのか。 片桐は悔やむばかりである。 「畑浦さん、結構誤解を招くような人柄でしたけど、僕は好きでしたよ」 久藤が棺に向かってそう呟いたのが聞こえた気がする。 終
https://w.atwiki.jp/faeria/pages/252.html
Stats 名前 老いた亀の話(Tale of the Old Turtle) 色/種族 Blue タイプ イベント レアリティ コスト 6 必要属性 2 効果 カードを3枚引くこの方法によって引かれたクリーチャーのFaeriaは(2)少なくなる 戦略 コンボ メモ コメント name
https://w.atwiki.jp/kt108stars/pages/2851.html
165 名前: NPCさん 2005/11/07(月) 01 02 00 ID ??? 何が何でも結婚しないといかんわけじゃないだろう。 それはどうでもいいんだけど夢見たんですよ夢。 老人ホーム入る夢で、俺は独身なの。(実際の俺は既婚者) 卓上ゲーマー用の老人ホームで、心臓に悪いから俺は医者にクトゥルフ禁止されてて。 で、一緒にプエルトリコを遊んだ婆さんと恋仲になって、その年で結婚、 んで婆さんが好きなクトゥルフを思い切って遊んだら二人で心臓発作起こして大往生するっていう わけわからん夢だったんだが、何だったんだろう。 スレ84
https://w.atwiki.jp/cfvg/pages/192.html
ネオネクタール - ドリアード グレード〈3〉 ノーマルユニット (ツインドライブ!!) パワー 10000 / シールド - / クリティカル 1 自【R】:[このユニットを山札の下に置く]あなたのメインフェイズ開始時、あなたの《ネオネクタール》のヴァンガードがいるなら、コストを払ってよい。払ったら、あなたの山札の上から3枚めくり、その中から《ネオネクタール》を2枚まで選び、別々のRにコールし、残りを好きな順番で山札の下に置く。 フレーバー:ああ、儂の役目は終わった。若き種よ、後は任せたぞ。 順位 選択肢 得票数 得票率 投票 1 強いと思う 2 (40%) 2 使ってみたいと思う 1 (20%) 3 弱いと思う 1 (20%) 4 面白いと思う 1 (20%) その他 投票総数 5 コメント
https://w.atwiki.jp/f_go/pages/3856.html
服の切れ目が尻に見えた...すまん...すまん... - 名無しさん (2019-01-09 05 49 17) 書文「弟子をいじめた奴らはぶっ殺す」 - 名無しさん (2019-01-09 09 25 36) 何か国語の教科書とかに載ってそうな挿し絵感… - 名無しさん (2019-01-09 12 08 55)
https://w.atwiki.jp/vip_witches/pages/1723.html
前回のあらすじ 男「はっはっは、おーい坂本!」 坂本「めんどくさい海軍の上官が来た。もういやだ」 男の演舞を終え、昼食をとるために食堂に集まった。 男「いやあ、欧州で扶桑食を味わえるとは思わなかった。それも実に美味いときたものだ」 宮藤「えへへ、ありがとうございます」 リーネ「食後のお茶は……紅茶より扶桑茶のほうがいいですか?」 男「いや、せっかくだ、ここは紅茶を頂こう。ブリタニアの本格的な紅茶を体験できる機会などそうそう無いからなあ」 坂本「肝油でも飲んでればいいのに……」 ミーナ(さっきから美緒の様子がおかしい……。でも子供っぽく怒る美緒も可愛いわね) 男「お、そうだ坂本。ワシが送ってやった肝油はもう全部飲んだか?」 坂本「うわっ!?」 ペリーヌ「しょ、少佐?」 男「なんだ変な声を出して。滋養にも良いものだからしっかり飲めと昔から言っていただろう」 坂本「い、いえ。ちゃんと使わせていただきましたよ。皆にもふるまったりしたのでもう無くなりましたが」 男「なに、あんな不味いものを他人に飲ませたのか。酷い事をする奴だ」 坂本「なっ!?自分の分まで私や竹井に飲ませていたあんたが言うのか!」 男「はっはっは、そんな昔のことなどもう覚えとらんわ。それにしても初めて肝油を飲んだお前の顔といったら、実に傑作だったな」 坂本「しっかり覚えてるじゃないか!もう我慢できん!即刻扶桑へお帰り頂く!」 男「はっはっは、しばらく竹井の顔も見とらんし、竹井に会ってからでもいいだろう。そうだ、明日にでも竹井に会いに行かんか?」 坂本「お1人でどうぞ!私は任務と訓練がありますので!ふんっ」 そう言い捨て、坂本はズンズンと足音を立てながら食堂を後にした。 男「むう、少しからかいすぎたか。いかんいかん、機嫌を損ねてしまったかな」 ペリーヌ「ご無礼を承知で言わせていただきますけど、中将ともあろう方があんな子供じみた言動をするのはいかがかと!」 エイラ「おいおいツンツンメガネ、髪が逆立ってるぞ」 ペリーヌ「だまらっしゃい!」 男「ふむ、確かに。だがな、クロステルマン中尉。坂本は昔からどうも頭が固い奴でな、 時折誰かがこうしてからかってやらねば折れるか潰れてしまう気がするようなしないような」 ペリーヌ「そんなあやふやな根拠で少佐をからかわないでくださいまし!」 ミーナ「あの、坂本少佐とは古くから交流が?」 シャーリー「そうそう、話を聞いてると、昔の教え子だったような感じだよな」 男「教え子ではないがな、坂本とは扶桑海事変のころに知り合ってな。ワシの隊と坂本の隊が数ヶ月ほど共に行動する時があったのだよ」 宮藤「へー、そうだったんですか」 男「そうだ、『扶桑海の閃光』!宮藤さんも見ただろう。あれにワシもチラと映っているのだよ。 フイルムを持って来たから皆で見て欲しい!」 宮藤「え、あ、はい……」 シャーリー「おお、聞いたことあるぞその映画。一度見てみたいと思ってたんだ」 男「そうかそうか、フイルムは君達に寄贈しよう。扶桑の軍人の雄姿を是非目に焼き付けて欲しい!」 エイラ「面白そうだな、サーニャ」 サーニャ「うん。……っ!?」 サーニャが黒猫の耳と尾を発現させる。それと同時に魔道針が発動された。 サーニャ「敵です!」 サーニャの言葉と同時にサイレンが鳴り響く。 ミーナ「各員戦闘態勢へ!すみません、こんな時に。男中将は……」 男「ワシなぞにかまわなくても良い!急いで迎撃へ向かってくれ!」 ミーナ「了解!行くわよみんな!」 男「そうだ。ビショップ曹長、これを持っていくといい」 男が投げた黒ガラスの小瓶をリーネが受け取る。 リーネ「これは?」 男「お守りだ。使い方は坂本が知っている。さあ、行った行った!」 リーネ「はいっ、ありがとうございます!」 ウィッチ達は格納庫は向かった。 男「さて、ワシは城の天守閣から拝見させてもらうとしようか」 坂本「来たかミーナ」 ミーナ「少佐、状況は?」 坂本「あの中型一匹だけなんだが、装甲が堅くてな。それにコアが移動するタイプだ、烈風斬が当たらなくて参った」 坂本の前方には、中型ネウロイがのろのろと飛んでいた。 その姿は亀のように分厚そうな装甲を背負ったものだった。 ミーナ「分かりました。それじゃあ……」 リーネ「あの、坂本少佐」 坂本「ん、どうしたリーネ」 リーネ「男中将からこれを頂いたんですけど」 坂本「男中将から?ああ、これか。ちょうどいい、使わせてもらえ」 リーネ「えっと、使い方は少佐に聞けって言われたんです」 坂本「チッ、あのクソジジイ……」 リーネ「え?」 坂本「いや、なんでもない。仕方ない、小瓶とボーイズの弾倉を貸してくれ」 リーネ「あ、はい。どうぞ」 ミーナ「一体何を?」 坂本「説明するより見たほうが早い。すぐに済む」 坂本は小瓶の栓を抜き、入っていた液体を弾倉の中へ注ぎ始めた。 坂本「こんなものか。そしてよく振って、と」 ボトルに注いだ液体を混ぜるように、弾倉をガチャガチャと振る。 そして、弾倉を逆さにして中の液体を捨てた。 坂本「出来たぞ。一、二発あのネウロイに撃ってみろ。ああ、皆少し離れておけ」 リーネ「は、はい」 エーリカ「なんとなく想像がつくなー」 宮藤「えっ、ほんとですか?」 シャーリー「まあなー。わかってないなら楽しみにしてな」 リーネが銃を構え、狙いをつける。 リーネ「いきます!」 リーネが引き金を引いた。炸裂音と共に弾丸が飛び出す。 弾は一直線に飛び、ネウロイへ突き刺さった。 エイラ「!」 エイラが一瞬早く反応し、隣にいたサーニャの耳を塞ぐ。 弾丸が命中した箇所が一瞬光ったかと思うとネウロイが内側から膨張し、轟音と共に爆散した。 宮藤「きゃあ!」 ルッキーニ「うじゃあ!」 バルクホルン「馬鹿な、ありえん……」 ミーナ「たった一発であのタイプのネウロイを撃墜、いいえ、粉砕するなんて……。これが男中将の固有魔法の力なの?」 宮藤「え?どういうことですか?」 坂本「さすがだなミーナ、説明する前に気がつくとは。そうだ、これが男中将の固有魔法、 本人は『燃えたぎる血潮』などと言っているが正確には『血液媒介型炎熱魔法』の能力だ」 ルッキーニ「にゃ?あたしと一緒?」 坂本「少し違うな。お前の場合は多重展開したシールドの先に熱魔法を展開させる。 だが男中将の場合は自身の血でないと熱魔法を展開できないんだ」 宮藤「あ、だからさっきリーネちゃんの弾倉に血を流しこんでたんですね」 坂本「ああ。魔法の発動する条件は本人が決められるらしいが、今回は『激しい衝撃を二度受けたら』とかだろう」 宮藤「どうして二回なんですか?」 エーリカ「一回だとリーネが引き金を引いた瞬間私達黒こげだよー」 宮藤「あ、そっか」 リーネ「す、すごい……。まるで爆弾を撃ち出したみたいでした」 ペリーヌ「でも、朝に固有魔法を見せて頂いた時にはこんなに威力はありませんでしたけど?」 坂本「そこらへんはまあ、本人のさじ加減らしい。気分の問題とも言っていたな」 シャーリー「なんていうか、あのおっさんらしい豪快で滅茶苦茶な固有魔法だな」 坂本「だが、その滅茶苦茶なもののお陰で扶桑海軍が度々救われたのも事実だ」 坂本「迷惑な上官だが、頼りになるのは確かだ。それがまたなんとも腹立たしいんだがな」 ミーナ「ふふ、頼りになる上官なんて素晴らしいじゃない。さあみんな、基地に帰りましょう。全機帰還します!」 坂本「まあ、頼りにはなるがな……。うん、いや、だがなあ。うーん……」 男は基地の管制塔から戦闘の様子、そして自身の固有魔法の威力を眺めていた。 男「やはり……、か。少し予定を早めるか。いや、今更だな」 男「さて、戦乙女達を出迎えに行くか」 男「ふふふ、頼もしい娘たちよ」 次回予告 竹井「あら、男さん!お久しぶりです!」 男「おお、竹井!いやあ、見違えたなあ。こんなにベッピンになって、はっはっは」 坂本「なんだか面白くないぞ」 だいたいこんな感じになる予定! 一覧へ戻る
https://w.atwiki.jp/oreqsw/pages/1667.html
覚えのある声が聞こえる。懐かしく、耳に快い声だ。 これは……。そうか、あの小娘らの声だな。どれ、また腹に飛び乗られんうちに起きるとしようか。 いや、このまま狸寝入りを決め込んでやるのも面白いな。たまには驚かす側に回るのも悪くはなかろう。 「おい早くやれよ醇子。オッサン起きちゃうだろ」 少し荒い言葉使い、これは若の声か。また良からぬ企みでもしておるのだろうな。 「やっぱり駄目だよ……。だって肝油より不味いんでしょ?」 若よりも高いこの声は竹井だろう。どうやら、若が竹井に悪さを仕込んでいるようだ。 昨日も勝手に機関室に忍び込んでいたようだし、その前には夜更けに食堂から乾肉をくすねていたと北郷から聞かされた。まったく、恐れを知らん奴だ。 若本「そう言ったのは美緒だろ?もしかしたらオッサンの口には合うかもしれないじゃないか」 寝ているとはいえ、仮にも中将のワシをオッサン呼ばわりとはな。もはや痛快さすら感じる。 竹井「でも、美緒ちゃんは目を回し倒れちゃったじゃない……」 むむ、そんなに不味い物をワシの口に放り込もうとしておるのか?よし、今こそ目を開け二人を驚愕させてくれるわ! 男「くおらああ、何をやっておるかあああ!!」 若本「げっ!」 竹井「きゃあああああ!!」 はっはっは、どうだこの慌てよう。少しは日頃の借りが返せたか。 竹井「あっ」 男「……ん?」 何か口に違和感が……、と思った時には遅かった。 口内に広がるえもいわれぬ独特の風味がワシの意識を彼方へ飛ばした。 男「ぐうっ」 なんという強烈な味だ……。若達の声が小さくなってゆく。 若本「おおー、白目むいてら」 竹井「た、大変!お水お水ー!」 若本「なんだよ醇子、やればできるじゃん」 竹井「あわわ、男さんごめんなさーい!」 若本「って、お前全部口に入れちゃったのか!?やばい、泡ふいてる!」 竹井「――、――!!」 若本「――!―――!?」 声が遠ざかる。ワシの心を癒す鈴の音のような声が。 ああ、もう暫くその音を聴かせてくれ。一度は枯れたワシの心を潤すその音を……。 徐々に覚醒する意識。体中から伝わる針で刺すような痛みがそれを加速させる。 そうか、今のは夢か。そういえば、若には何も言わずに来てしまったな。 事の顛末を坂本や竹井から話されたら酷く怒られそうだ。 何かの気配を感じた。視線の端に赤い髪が揺れた。 男「ほう、斯様な美人に会えるとは。死後の世界も悪くはない」 ミーナ「中将。いつお目覚めに?」 男「今しがただ。どうやら、ワシは約束を守れたらしいな」 ミーナ「ええ、けど本当に危ないところでしたよ?」 ミーナは、ちらっと男の顔の隣を見る。 男の両端に体を寄せ、気持ち良さそうに眠る二人の女性。 男「やれやれ、怪我人の寝床に潜り込むやつがあるか」 坂本「すう……すう……」 竹井「……んむ……すう」 ミーナ「二人が、貴方に血を分けたんです。宮藤さんの魔法を使って……」 ミーナが坂本の前髪を撫でる。その様子を、男は目を細めながら眺める。 男「ワシらの血液型は異なった筈だが……。いやはや、治癒魔法には驚かされる」 ミーナ「二人の輸血が無かったら、本当に危険だったと医師が言っていました。魔力の通った血液が治癒魔法の力を増進させたとか……」 男「……そうか、ワシはこの子らに救われたのか。助けようと思った者に救われる、これは幾度目なのだろうな」 男は目を閉じる。 瞼に浮かぶのは今はいない戦友の顔。翼を得る遥か昔、まだ自身が刀を手に焼けた地を駆けずりまわっていた頃。 がむしゃらに、目の前の敵を切ることだけを考えていた頃。 ある時出会い、妙に意気が合い、共に死線を越えてきた仲間。 その友はその身を囮にして散っていった。 敵の列に向けて駆けていく彼の後ろ姿を、男は今でもはっきり覚えている。 男を真似てミーナも目を閉じてみる。そこには自身の未来を捨ててでも守りたかった大切な人がいた。 守りたくて、しかし自分には力が足りなくて。 優しく微笑む青年との最期の会話が思い浮かび、ミーナの涙腺は少し緩む。 ミーナ「助けたい人に助けられる、助けたい人を助けられない。思い通りにいかないことばかりです……」 男「人の世は、あるいはそういうものなのかもしれんな。失いたくない物ほどぽろぽろ掌からこぼれていく」 男は壁に掛けられた血と焦げで赤黒くなった軍服を見る。それのポケットには遥か昔に己の腕の中からこぼれ落ちた一人の女性の写真が、大切にしまわれていた。 今、ポケットがあった箇所には大きな穴があいている。気に入っていた一枚だったのだがな、と思い小さくため息をこぼす。男は再び瞼を閉じた。 今度浮かんできたものは、目に涙を貯めた二人の女性。自惚れではなく、自身が死んだら心の底から悲しむであろう二人。 男「残された者の悲しみ、骨の髄まで染みているはずだったのだがな……。ワシは自分勝手だったようだ」 男の静かな呟きに、ミーナは冗談っぽく答える。 ミーナ「そうです、作戦内容を伏せられたまま振り回される部下の身にもなっていただきたいです」 腰に手をあてわざとらしく怒ったような顔をする。その仕草に、男は思わず吹き出した。 男はミーナに対して、歳に合わず落ち着きがあり大人びている、という印象を持っていた。 そんな彼女にも歳相応の茶目っ気があったことを、男は少し嬉しく思った。 男「はっはっは、すまなかったな。いや、真に申し訳なかった。貴女には感謝してもしきれぬよ」 ミーナ「私だけではなく、お隣の二人とドッリオ少佐にもその言葉をお願いしますね。それと……」 ミーナの背筋がピンと伸び、表情は凛々しく整う。 右手を挙げ、敬礼をする。 突然の行動に男は少し驚いた。 ミーナ「男中将、私もまた中将に伝えきれない程の感謝の念と返しきれない程のご恩を感じています。そしてそれは、私だけではなく幾千、幾万の人々が感じていることでしょう」 その言葉に目を見張り、一呼吸置いて男はゆっくり目を閉じた。 男の目尻から涙がこぼれ落ち、それらは坂本の頬と竹井の額を濡らした。 若い頃、上官に「人の型をした爆弾」などと揶揄された。 台に乗せられ横たわる案山子のように身を縛られ、研究という名目で数ヶ月間血を搾り採られたりもした。 しかし戦場で武功を挙げるにつれ、周りの扱いが変わってきた。 昨日罵詈を浴びせてきた人間が、次の日機嫌取りに菓子を差し入れてきた事もあった。 そして男が気付いた、ある一つの真理。 『己の価値を示せる場は戦場の他に在らず』 それからは、我武者羅に働いた。「的」が何であろうと、決して手を脚を止めることは無かった。 獅子の身を染める赤は、己の血のみでは無かった。 いつしか、心の底から男を尊敬し、慕う者も多くなった。彼らの期待を背に受け止め、男は必死に剣を振るった。 そんな日々の中で、ある日出会った一人の少女。男を「先生」と呼び、気がつくと後ろに着いて回ってきた。 彼女は利発で剣も立ち、目まぐるしい早さで一人前の魔女となった。 しばらくして、彼女は三人の少女を連れてきた。 荒々しく、勇猛果敢で時折肝を冷やす少女。 知り合いの娘で、気弱だが心根の優しい少女。 自信を持てず、その大きな可能性を活かしきれずにいた少女。 この三人と出会い、男は一つの決意をした。 『いつ潰えるか分からぬこの身を、次の世代の為に使う』 男はこの娘達の為に死ぬることが叶うなら、それこそ本望と思った。 己の価値は戦場でしか示されない、故に男が三人の少女達の為に出来ることは戦うことだけだった。 己の愛した娘達の為に戦い、死ぬ。それが男の後悔の無い生き方だった。 一国の全ての民からの感謝の思い。それは、そんな男の為に娘達が贈ったプレゼントだったのかもしれない。 男「獅子の死に場所は戦場の他に在らずと思っていた。死線の先にこれ程の喜びが待っておるとは知らなかった。ワシは、ワシは生きて帰れて本当に良かった……」 涙をこぼしながらも笑う男を見て、ミーナもまた微笑んだ。 ミーナ「我々は死ぬために戦うのではありません。平和な世界で眠りに着く為に戦うのではないでしょうか」 男「はっはっは、違いない」 目を閉じたまま、男は静かに、静かに呟く。 男「すまんな、『――』。ワシはまだ其方には往けぬようだ。我慢強かったお前だ、もう暫らく待っていてくれような……」 男は、再び眠りに着いた。その両腕に、幸せの重みを感じながら。 若本「おーい坂本ー、醇子ー、って。こんなとこで寝てたのかよ……」 北郷「若ー?二人とも見つかった?」 若本「先生ー、こっちこっち。なんかおっさんと川の字で寝ちゃってますー」 北郷「川の字って……。あはは、なるほど。これはまたずいぶん真ん中が長い川の字だね」 若本「おっさんすげー笑ってらあ」 北郷「ははは。起こすのも悪いし、二人でお昼食べちゃおうか」 若本「はーい。今日のおかず美味かったら坂本と醇子の分も食っちゃお」 北郷「ふふふ、幸せそうな顔だ。やっぱり、無理言って行動を共にして良かったな」 北郷「中将も最近元気無かったし、いい気分転換になってくれたかな?」 坂本「すう……」 竹井「ふにゃ……」 男「ぐごおおお、ぐがあああ」 北郷「ふふ。まるで親子みたいですよ、先生……」 扶桑憤流最終話・老いた獅子、眠る 終 世にも珍しき獅子の人、その生き様や秘めたる思いや冗談を、楽しんでいただけたのならばこれを幸いと申します。 さて、このお話はこれにて終幕。老獅子が再び皆様の前にその姿を現した時には、その雄姿をどうぞご覧になってください。 それでは皆様、御機嫌よう。
https://w.atwiki.jp/vip_witches/pages/2147.html
覚えのある声が聞こえる。懐かしく、耳に快い声だ。 これは……。そうか、あの小娘らの声だな。どれ、また腹に飛び乗られんうちに起きるとしようか。 いや、このまま狸寝入りを決め込んでやるのも面白いな。たまには驚かす側に回るのも悪くはなかろう。 「おい早くやれよ醇子。オッサン起きちゃうだろ」 少し荒い言葉使い、これは若の声か。また良からぬ企みでもしておるのだろうな。 「やっぱり駄目だよ……。だって肝油より不味いんでしょ?」 若よりも高いこの声は竹井だろう。どうやら、若が竹井に悪さを仕込んでいるようだ。 昨日も勝手に機関室に忍び込んでいたようだし、その前には夜更けに食堂から乾肉をくすねていたと北郷から聞かされた。まったく、恐れを知らん奴だ。 若本「そう言ったのは美緒だろ?もしかしたらオッサンの口には合うかもしれないじゃないか」 寝ているとはいえ、仮にも中将のワシをオッサン呼ばわりとはな。もはや痛快さすら感じる。 竹井「でも、美緒ちゃんは目を回し倒れちゃったじゃない……」 むむ、そんなに不味い物をワシの口に放り込もうとしておるのか?よし、今こそ目を開け二人を驚愕させてくれるわ! 男「くおらああ、何をやっておるかあああ!!」 若本「げっ!」 竹井「きゃあああああ!!」 はっはっは、どうだこの慌てよう。少しは日頃の借りが返せたか。 竹井「あっ」 男「……ん?」 何か口に違和感が……、と思った時には遅かった。 口内に広がるえもいわれぬ独特の風味がワシの意識を彼方へ飛ばした。 男「ぐうっ」 なんという強烈な味だ……。若達の声が小さくなってゆく。 若本「おおー、白目むいてら」 竹井「た、大変!お水お水ー!」 若本「なんだよ醇子、やればできるじゃん」 竹井「あわわ、男さんごめんなさーい!」 若本「って、お前全部口に入れちゃったのか!?やばい、泡ふいてる!」 竹井「――、――!!」 若本「――!―――!?」 声が遠ざかる。ワシの心を癒す鈴の音のような声が。 ああ、もう暫くその音を聴かせてくれ。一度は枯れたワシの心を潤すその音を……。 徐々に覚醒する意識。体中から伝わる針で刺すような痛みがそれを加速させる。 そうか、今のは夢か。そういえば、若には何も言わずに来てしまったな。 事の顛末を坂本や竹井から話されたら酷く怒られそうだ。 何かの気配を感じた。視線の端に赤い髪が揺れた。 男「ほう、斯様な美人に会えるとは。死後の世界も悪くはない」 ミーナ「中将。いつお目覚めに?」 男「今しがただ。どうやら、ワシは約束を守れたらしいな」 ミーナ「ええ、けど本当に危ないところでしたよ?」 ミーナは、ちらっと男の顔の隣を見る。 男の両端に体を寄せ、気持ち良さそうに眠る二人の女性。 男「やれやれ、怪我人の寝床に潜り込むやつがあるか」 坂本「すう……すう……」 竹井「……んむ……すう」 ミーナ「二人が、貴方に血を分けたんです。宮藤さんの魔法を使って……」 ミーナが坂本の前髪を撫でる。その様子を、男は目を細めながら眺める。 男「ワシらの血液型は異なった筈だが……。いやはや、治癒魔法には驚かされる」 ミーナ「二人の輸血が無かったら、本当に危険だったと医師が言っていました。魔力の通った血液が治癒魔法の力を増進させたとか……」 男「……そうか、ワシはこの子らに救われたのか。助けようと思った者に救われる、これは幾度目なのだろうな」 男は目を閉じる。 瞼に浮かぶのは今はいない戦友の顔。翼を得る遥か昔、まだ自身が刀を手に焼けた地を駆けずりまわっていた頃。 がむしゃらに、目の前の敵を切ることだけを考えていた頃。 ある時出会い、妙に意気が合い、共に死線を越えてきた仲間。 その友はその身を囮にして散っていった。 敵の列に向けて駆けていく彼の後ろ姿を、男は今でもはっきり覚えている。 男を真似てミーナも目を閉じてみる。そこには自身の未来を捨ててでも守りたかった大切な人がいた。 守りたくて、しかし自分には力が足りなくて。 優しく微笑む青年との最期の会話が思い浮かび、ミーナの涙腺は少し緩む。 ミーナ「助けたい人に助けられる、助けたい人を助けられない。思い通りにいかないことばかりです……」 男「人の世は、あるいはそういうものなのかもしれんな。失いたくない物ほどぽろぽろ掌からこぼれていく」 男は壁に掛けられた血と焦げで赤黒くなった軍服を見る。それのポケットには遥か昔に己の腕の中からこぼれ落ちた一人の女性の写真が、大切にしまわれていた。 今、ポケットがあった箇所には大きな穴があいている。気に入っていた一枚だったのだがな、と思い小さくため息をこぼす。男は再び瞼を閉じた。 今度浮かんできたものは、目に涙を貯めた二人の女性。自惚れではなく、自身が死んだら心の底から悲しむであろう二人。 男「残された者の悲しみ、骨の髄まで染みているはずだったのだがな……。ワシは自分勝手だったようだ」 男の静かな呟きに、ミーナは冗談っぽく答える。 ミーナ「そうです、作戦内容を伏せられたまま振り回される部下の身にもなっていただきたいです」 腰に手をあてわざとらしく怒ったような顔をする。その仕草に、男は思わず吹き出した。 男はミーナに対して、歳に合わず落ち着きがあり大人びている、という印象を持っていた。 そんな彼女にも歳相応の茶目っ気があったことを、男は少し嬉しく思った。 男「はっはっは、すまなかったな。いや、真に申し訳なかった。貴女には感謝してもしきれぬよ」 ミーナ「私だけではなく、お隣の二人とドッリオ少佐にもその言葉をお願いしますね。それと……」 ミーナの背筋がピンと伸び、表情は凛々しく整う。 右手を挙げ、敬礼をする。 突然の行動に男は少し驚いた。 ミーナ「男中将、私もまた中将に伝えきれない程の感謝の念と返しきれない程のご恩を感じています。そしてそれは、私だけではなく幾千、幾万の人々が感じていることでしょう」 その言葉に目を見張り、一呼吸置いて男はゆっくり目を閉じた。 男の目尻から涙がこぼれ落ち、それらは坂本の頬と竹井の額を濡らした。 若い頃、上官に「人の型をした爆弾」などと揶揄された。 台に乗せられ横たわる案山子のように身を縛られ、研究という名目で数ヶ月間血を搾り採られたりもした。 しかし戦場で武功を挙げるにつれ、周りの扱いが変わってきた。 昨日罵詈を浴びせてきた人間が、次の日機嫌取りに菓子を差し入れてきた事もあった。 そして男が気付いた、ある一つの真理。 『己の価値を示せる場は戦場の他に在らず』 それからは、我武者羅に働いた。「的」が何であろうと、決して手を脚を止めることは無かった。 獅子の身を染める赤は、己の血のみでは無かった。 いつしか、心の底から男を尊敬し、慕う者も多くなった。彼らの期待を背に受け止め、男は必死に剣を振るった。 そんな日々の中で、ある日出会った一人の少女。男を「先生」と呼び、気がつくと後ろに着いて回ってきた。 彼女は利発で剣も立ち、目まぐるしい早さで一人前の魔女となった。 しばらくして、彼女は三人の少女を連れてきた。 荒々しく、勇猛果敢で時折肝を冷やす少女。 知り合いの娘で、気弱だが心根の優しい少女。 自信を持てず、その大きな可能性を活かしきれずにいた少女。 この三人と出会い、男は一つの決意をした。 『いつ潰えるか分からぬこの身を、次の世代の為に使う』 男はこの娘達の為に死ぬることが叶うなら、それこそ本望と思った。 己の価値は戦場でしか示されない、故に男が三人の少女達の為に出来ることは戦うことだけだった。 己の愛した娘達の為に戦い、死ぬ。それが男の後悔の無い生き方だった。 一国の全ての民からの感謝の思い。それは、そんな男の為に娘達が贈ったプレゼントだったのかもしれない。 男「獅子の死に場所は戦場の他に在らずと思っていた。死線の先にこれ程の喜びが待っておるとは知らなかった。ワシは、ワシは生きて帰れて本当に良かった……」 涙をこぼしながらも笑う男を見て、ミーナもまた微笑んだ。 ミーナ「我々は死ぬために戦うのではありません。平和な世界で眠りに着く為に戦うのではないでしょうか」 男「はっはっは、違いない」 目を閉じたまま、男は静かに、静かに呟く。 男「すまんな、『――』。ワシはまだ其方には往けぬようだ。我慢強かったお前だ、もう暫らく待っていてくれような……」 男は、再び眠りに着いた。その両腕に、幸せの重みを感じながら。 若本「おーい坂本ー、醇子ー、って。こんなとこで寝てたのかよ……」 北郷「若ー?二人とも見つかった?」 若本「先生ー、こっちこっち。なんかおっさんと川の字で寝ちゃってますー」 北郷「川の字って……。あはは、なるほど。これはまたずいぶん真ん中が長い川の字だね」 若本「おっさんすげー笑ってらあ」 北郷「ははは。起こすのも悪いし、二人でお昼食べちゃおうか」 若本「はーい。今日のおかず美味かったら坂本と醇子の分も食っちゃお」 北郷「ふふふ、幸せそうな顔だ。やっぱり、無理言って行動を共にして良かったな」 北郷「中将も最近元気無かったし、いい気分転換になってくれたかな?」 坂本「すう……」 竹井「ふにゃ……」 男「ぐごおおお、ぐがあああ」 北郷「ふふ。まるで親子みたいですよ、先生……」 扶桑憤流最終話・老いた獅子、眠る 終 世にも珍しき獅子の人、その生き様や秘めたる思いや冗談を、楽しんでいただけたのならばこれを幸いと申します。 さて、このお話はこれにて終幕。老獅子が再び皆様の前にその姿を現した時には、その雄姿をどうぞご覧になってください。 それでは皆様、御機嫌よう。 一覧へ戻る
https://w.atwiki.jp/vip_witches/pages/1846.html
前回のあらすじ ミーナ「男さんの秘密を知ってしまった……」 男「ふふ、他言無用だぞ?」 男「ほう、上天気だな。どうやらお天道様はワシに励めと言っとるらしい」 部屋に朝日が差し込む。男は手に取っていた筆を置き、席を立つ。 窓際に立ち、朝稽古に励む坂本を眺める。 男「うむ、中々の太刀筋だ。なるほど、鍛練は欠かせていなかったようだな」 チラと壁掛け時計を見ると、6時を少し過ぎていた。 扉を誰かがノックする。 男「入れ」 宮藤がおずおずと扉を開けた。 宮藤「えっと、宮藤です。あ、宮藤芳佳軍曹です!」 男「はっはっは、慣れとらんのだろう。そんなに畏まらなくてもよい」 宮藤「す、すいません……」 男「して、何用かな宮藤軍曹殿?」 宮藤「ふえ!?ど、殿!?」 男「はっはっは!そんなに驚くこともあるまい。陸軍ではこれが普通なのだぞ?」 宮藤「うう……。もう、からかわないでくださいよー」 男「いや、すまない。で、用件は何だったかな」 宮藤「あ、はい。朝食の準備ができました」 男「ほう、もうそんな時間か。よし、食堂へ行くとしよう」 宮藤「はい!今日はなんだか豪勢なんですよ」 男「ほほう、それはありがたい!よし、すぐに行かなくてはな!」 宮藤「はい!!」 宮藤「ミーナ中佐が、せっかくだから豪華にしようって言ったんですよー」 男「ほう……。それは、まったく、ありがたい事だな……」 食堂には、坂本とミーナ、そして夜間哨戒をしていた二人を除いた全員がいた。 食卓に並んだ品々は、これが朝食かと目を疑うほどの豪勢さだった。 シャーリー「もう帰っちゃうのか?もっとゆっくりしてけばいいじゃないか」 男「こう見えてワシもそれなりに多忙でな。今回も激務の合間の休息だったのだよ」 バルクホルン「この後はどうされるご予定なのですか?」 男「うむ、せっかく欧州に来たのだからもうしばらく各地を視察したかったところだが、惜しいことに真っ直ぐ本国へ帰らねばならんのだ」 リーネ「残念ですね。もう少しお時間があれば……」 ルッキーニ「あたしもロマーニャのいろんなとこ、案内してあげたのにー」 男「おお、それは惜しい。しかしこの時世だ、しかたあるまいよ。下の者が働いている最中に上が惚けてはおれんしな」 バルクホルン「素晴らしいお心構えです。世の名ばかり将校共に聞かせてやりたい」 エーリカ「おっいもー、おっいもー」 バルクホルン「はあ、まったく……」 男「時に、ヴィルケ中佐と坂本の姿が見えんが」 宮藤「そういえば……」 ペリーヌ「少佐なら、ミーナ中佐に呼ばれてましたわ。そのうち来られると思いますけど」 シャーリー「どうしたんだろうな、こんな朝っぱらから」 バルクホルン「何か急務でも入ったのでは……」 男「ふむ、おそらくワシの乗る二式の直掩についてだろう。手間だろうが、頼んでおいたのだ」 シャーリー「ああ、なるほど」 男「さて、皆には礼を言わねばならん。一昨日、昨日、そして今朝と世話になったな。真に有り難かった」 リーネ「そんな、こちらこそいろんな物資を頂きましたし」 バルクホルン「そうです。我々は当然の事をしたまでです」 ルッキーニ「ねーシャーリー、おっちゃんなんで下向いて喋ってるの?」 シャーリー「ありゃオジギってやつだ。扶桑の感謝を表すポーズだよ」 宮藤「あの、私お弁当とおはぎ作ったんです。良かったら、皆さんで帰りの飛行機の中で食べてください」 男「おお、それは有難い!いや、実に有難い限りだ。連中も喜ぶだろう!」 ルッキーニ「あ!あたしもおっちゃんにプレゼントあげる!」 男「これはこれは、恐悦至極ですなルッキーニ少尉殿」 シャーリー「お、おいルッキーニ?プレゼントってまさか……」 ルッキーニ「じゃーん!あたしが朝採ったムシー!」 ルッキーニ「うわあああ!やっぱりか!」 バルクホルン「ビ、ビンにぎっしり詰めるやつがあるか!」 エーリカ「トゥルーデ、怒るとこそこじゃなーい」 男「はっはっは、これは良い。素揚げにして酒の肴に頂くとしよう!」 ルッキーニ「えっ」 シャーリー「えっ」 バルクホルン「えっ」 リーネ「えっ」 ペリーヌ「えっ」 宮藤「もう、蜂やイナゴじゃないんですからー」 男「はっはっは、意外に美味なのだぞ?」 エーリカ「やだ扶桑こわい」 基地を飛び立って数時間、二式大艇はネウロイの巣を視界に捕らえていた。 周りには機を護衛するために坂本、ミーナ、そして竹井が構えていた。 機の中には、楽しそうに今朝の出来事を語る男と、それを重々しい表情で聞く2人の操縦士という奇妙な光景があった。 男「という訳でな、貴様等にもこの握り飯とぼた餅をくれてやる。あの宮藤さんの手料理だ、海軍中の兵共が羨ましがることだろう!」 操縦士1「は、どうも……」 操縦士2「有り難く頂きます……」 男「なんだ、情けない声など出しおって。嬉しくはないのか?」 操縦士2「いえ、そういう訳では……」 操縦士1「……中将、やはり自分は反対です!」 男「む?なんだ、いきなり」 操縦士2「自分も反対です、貴方は扶桑海軍に必要な御方だ!」 男「……ふん。くどいぞ貴様等。ならば、今ここでワシを力ずくで止めてみるか?それくらいの覚悟でなければワシは止まらんぞ!」 操縦士1「っ……!」 操縦士2「も、申し訳ありません……」 男「……なあ、貴様等。娘はいるか?」 操縦士1「……いえ、自分のところは男だけです」 操縦士2「自分も男が3人ですが」 男「まあ息子でも構わんが、どうだ、可愛いものだろう」 操縦士1「……」 操縦士2「ええ、やんちゃが過ぎる事もありますが」 男「ふむ。どうやら、貴様は知ってるようだな?」 操縦士1「……はい。詳しくは存じてはおりませんが」 操縦士2「一体、何の話ですか?……」 男「ワシは早くに女房を流行り病で亡くしていてな、子供はいないのだよ」 操縦士2「っ!?申し訳ありません!!」 男「ワシが振った話だ、謝る必要などない。まあ、そんな事もあってか、ワシにとって坂本と竹井は娘のように可愛いくてな……」 操縦士2「……ならば、ならばこそ、お二人の為にも貴方は!」 操縦士1「もうよせ」 操縦士2「しかし!」 操縦士1「俺には、もう中将をお止めすることはできん……」 操縦士2「……」 男「すまんな、貴様等にも重荷を背負わせてしまったようだな」 操縦士1「いえ、自分が中将のお立場ならば、同じ事をしたと思いますので……」 操縦士2「……作戦開始地点、到着。予定通りウィッチ達は帰投していきます」 男「さて、それでは一働きしてくるとしよう。先に扶桑へ帰っておるぞ」 操縦士2「中将、我々も共に」 男「ならん。貴様等の命、無駄遣いするわけにはいかぬ。子の為にも生きるのだ」 操縦士2「……必ずや、靖国に参ります」 男「はっはっは、酒を忘れるでないぞ?」 操縦士1「自分の故郷の一等を持参しますよ」 男「それは楽しみだ」 男はストライカーユニットを履き、装備を整える。 腰には使い込まれた扶桑刀、肩には三八式歩兵銃をさげた。 青磁を思わせる白い装甲に描かれていたのは、大きな一輪の桜の花。 男「公にはなるまいが、これが扶桑の噴流式飛行脚の初の実戦とはな」 男の身支度は終わった。 男「では、さらばだ」 操縦士1「ご武運を」 操縦士2「道中お気をつけて」 二式の天井が開く。ユニットのエンジンに火が灯った。 男「扶桑噴流式特別攻撃脚、桜花。出る!」 日の光に輝く鬣(たてがみ)を波打たせ、男は大空へ飛び立った。 巣へ向けて男は飛んでいた。 それを察知されたらしく、小型ネウロイが行く先を塞いだ。 男「やれやれ、余り時間は無いというに」 男は懐から拳銃を抜き、撃ち放つ。弾は外装にめり込み、ネウロイは爆炎と共に破裂した。 男「貴様等も、ワシに用なら手短に頼むぞ」 そう言って振り向いた先には、ミーナと坂本、そして竹井がいた。 ミーナ「……いつ、お気づきに?」 坂本「そんな事はもうどうでもいい、貴様は何をする気なんだ、男中将!」 男「今ここにいるのならば、ヴィルケ中佐からすでに聞かされておるのではないか?」 坂本「ああ聞いた!ネウロイの巣に突っ込み、自爆するなどというふざけた作戦をな!」 竹井「……本気、なんですか?」 男「ああ、本気も本気、大本気だとも」 竹井「なんで、なんで男さんがそんな事しなくちゃいけないんですか!」 ミーナ「貴方はウィッチとしてだけではなく、将校としても非常に優秀です。今貴方を失う事は、扶桑だけではなく人類にとって大きな損失となります」 男「買いかぶり過ぎだ、ワシはただの老いぼれにすぎん。火薬で出来た体を持つというだけのな。 その火薬とて、今では半分湿気っているようなものだ」 坂本「魔力減衰か……。それが何だと言うんだ!貴様はまだ十分戦えるじゃないか!」 男「いや、もう潮時だ。あの魑魅魍魎の巣を焼き払うだけの威力が、まだ在るうちでなければならんのだ」 かちり、と鳴る。男は扶桑刀に手を掛けていた。 男「問答は飽きた。貴様等がもしワシを阻むというのなら、容赦はせん」 竹井「……3人のエースから、逃れられるのですか?」 気迫に押されながらも、答える。 竹井の額に、汗が一粒流れた。 男「……小娘が」 重く響くその一言は大気を震わせた。 竹井「っ!」 竹井の鼻先に、男の握る刀の切っ先があった。 男「昨日今日飛びはじめた雛に、百戦を越えた獅子が狩れる道理は無かろう」 坂本「……刀をお納めください、中将」 男「ならば誓え。ワシの邪魔はせん、とな」 坂本「……分かってたんだ、あんたを止められない事くらい」 竹井「そう、最初から、分かっていたんです……。だから、私達は私達にできる最善を尽くすことにしました」 男「……」 ミーナ「現在504基地には、501基地から呼んだ捜索救難飛行隊も加え、全救援機を発進待機させています」 男「……なるほど。ふふふ、存外ワシは嫌われてはおらんようだな」 竹井「男さんを止めるなんて、無理だと分かってました。だから私達は、男さんを止めるよりも男さんが生きて帰るほうに賭けることにしたんです」 坂本「宮藤にも504基地に待機してもらっている。我々も空で待機する。全てあんたが生きて帰るための布陣だ!」 坂本「だから、だから絶対に生きて帰って来てくれ……」 竹井「お願いです……。男さんに死んでほしくないんです……」 坂本と竹井は目に涙を溜めている。両者とも泣くまいと、それを必死にこらえる。 男「……やれやれ、お前達ももうすぐ二十歳だろう。おっと、坂本はもう二十歳だったか。まったく、こんなことで泣きべそを掻いてどうする」 ゆっくりと二人に近付き、頭にポンと手を置いた。 男「はっはっは、いくつになっても泣き虫な娘達だな。ほれ、泣くな泣くな」 坂本「泣いてなんかない!」 鼻をすすりながら答えた。涙は今にもこぼれそうだった。 竹井「わ、私も、泣いて、ません!」 竹井に至ってはすでに頬に涙の跡が出来ていた。まばたきの度にぽろりぽろりとこぼれ落ちる。 そんな三人の様子を、ミーナは少し離れた位置で見守っていた。 インカムからは、フェデリカの心配そうな声が聞こえる。 ミーナ「……ええ、そうです。やはり止められませんでした。……はい、予定通りでお願いします」 フェデリカは基地から、こんなの馬鹿げてるわ、自殺を黙って見過ごすのと一緒じゃない、などと呟いている。 ミーナ「中将を、そして中将を信じた二人を信じるしかないわ」 ほんと、扶桑人って変わってるわ、という諦めを含んだ嘆きが返ってきた。 男は二人の髪をくしゃくしゃと撫でる。そして、二人を抱きしめた。 男「励め、愛しい娘達よ」 すっ、と離れると男は踵を返し、巣へ向けて飛んでゆく。 坂本「あ!」 竹井「お、男さん!待って!男さん!」 男は振り向かず、次第に小さくなっていく。 構わずに二人は叫び続けた。 坂本「男さん!私達、待ってるからな!絶対に死んでは駄目だからな!」 竹井「帰ってこなきゃ、絶対に許さないんですからー!」 二人の声は届いたのか、二筋の白い煙はネウロイの巣へ一直線に伸びていた。 男「はっはっは、中々やるではないか怪異ども!」 男の鬣も、服も、己の血で鮮やかに染まっていた。 捨て身で接近し、傷を負いながら敵を葬る。 そして血を撒き散らし、周囲を焼き払う。男が編み出した戦法だった。 その容姿から、いつからか男は赤獅子と呼ばれ始める。 ストライカーユニットには、男の血が貯蔵されていた。それを燃焼させ、一時的に爆発的な推力を得る。 血の残量は、残り僅か。 男「これが最後の突撃だ。怪異どもよ、心してかかるがよい」 男が手をパン、と叩くと周囲に散っていた血飛沫が爆発した。 巻き込まれたネウロイは砕け、海へと墜ちていく。 男「気を抜けば、木っ端微塵だぞ?」 弾薬が尽きた銃を投げ捨て、扶桑刀を構える。 ニヤリと笑い、腹の底から叫ぶ。 男「扶桑の赤獅子、此処に在り!さあさ怪異よ、かかって参れ!主等と冥府に行く筈だったが、生憎それは出来なくなった!」 男「ワシは帰る、生きて帰る!されど手を抜く気など無い!来ないのならば此方が行くぞ、赤獅子全身全霊の、最後の演舞をとくと見よ!」 男「ぐをおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!」」 荒々しい雄叫びと共に、男は巣の中へと消えていった。 その日、ヴェネチア上空のネウロイの巣は、空を割るような轟音と共に消滅した。 扶桑憤流 4話 『老いた獅子、飛ぶ』 次回へ続く 一覧へ戻る
https://w.atwiki.jp/oreqsw/pages/1666.html
前回のあらすじ ミーナ「男さんの秘密を知ってしまった……」 男「ふふ、他言無用だぞ?」 男「ほう、上天気だな。どうやらお天道様はワシに励めと言っとるらしい」 部屋に朝日が差し込む。男は手に取っていた筆を置き、席を立つ。 窓際に立ち、朝稽古に励む坂本を眺める。 男「うむ、中々の太刀筋だ。なるほど、鍛練は欠かせていなかったようだな」 チラと壁掛け時計を見ると、6時を少し過ぎていた。 扉を誰かがノックする。 男「入れ」 宮藤がおずおずと扉を開けた。 宮藤「えっと、宮藤です。あ、宮藤芳佳軍曹です!」 男「はっはっは、慣れとらんのだろう。そんなに畏まらなくてもよい」 宮藤「す、すいません……」 男「して、何用かな宮藤軍曹殿?」 宮藤「ふえ!?ど、殿!?」 男「はっはっは!そんなに驚くこともあるまい。陸軍ではこれが普通なのだぞ?」 宮藤「うう……。もう、からかわないでくださいよー」 男「いや、すまない。で、用件は何だったかな」 宮藤「あ、はい。朝食の準備ができました」 男「ほう、もうそんな時間か。よし、食堂へ行くとしよう」 宮藤「はい!今日はなんだか豪勢なんですよ」 男「ほほう、それはありがたい!よし、すぐに行かなくてはな!」 宮藤「はい!!」 宮藤「ミーナ中佐が、せっかくだから豪華にしようって言ったんですよー」 男「ほう……。それは、まったく、ありがたい事だな……」 食堂には、坂本とミーナ、そして夜間哨戒をしていた二人を除いた全員がいた。 食卓に並んだ品々は、これが朝食かと目を疑うほどの豪勢さだった。 シャーリー「もう帰っちゃうのか?もっとゆっくりしてけばいいじゃないか」 男「こう見えてワシもそれなりに多忙でな。今回も激務の合間の休息だったのだよ」 バルクホルン「この後はどうされるご予定なのですか?」 男「うむ、せっかく欧州に来たのだからもうしばらく各地を視察したかったところだが、惜しいことに真っ直ぐ本国へ帰らねばならんのだ」 リーネ「残念ですね。もう少しお時間があれば……」 ルッキーニ「あたしもロマーニャのいろんなとこ、案内してあげたのにー」 男「おお、それは惜しい。しかしこの時世だ、しかたあるまいよ。下の者が働いている最中に上が惚けてはおれんしな」 バルクホルン「素晴らしいお心構えです。世の名ばかり将校共に聞かせてやりたい」 エーリカ「おっいもー、おっいもー」 バルクホルン「はあ、まったく……」 男「時に、ヴィルケ中佐と坂本の姿が見えんが」 宮藤「そういえば……」 ペリーヌ「少佐なら、ミーナ中佐に呼ばれてましたわ。そのうち来られると思いますけど」 シャーリー「どうしたんだろうな、こんな朝っぱらから」 バルクホルン「何か急務でも入ったのでは……」 男「ふむ、おそらくワシの乗る二式の直掩についてだろう。手間だろうが、頼んでおいたのだ」 シャーリー「ああ、なるほど」 男「さて、皆には礼を言わねばならん。一昨日、昨日、そして今朝と世話になったな。真に有り難かった」 リーネ「そんな、こちらこそいろんな物資を頂きましたし」 バルクホルン「そうです。我々は当然の事をしたまでです」 ルッキーニ「ねーシャーリー、おっちゃんなんで下向いて喋ってるの?」 シャーリー「ありゃオジギってやつだ。扶桑の感謝を表すポーズだよ」 宮藤「あの、私お弁当とおはぎ作ったんです。良かったら、皆さんで帰りの飛行機の中で食べてください」 男「おお、それは有難い!いや、実に有難い限りだ。連中も喜ぶだろう!」 ルッキーニ「あ!あたしもおっちゃんにプレゼントあげる!」 男「これはこれは、恐悦至極ですなルッキーニ少尉殿」 シャーリー「お、おいルッキーニ?プレゼントってまさか……」 ルッキーニ「じゃーん!あたしが朝採ったムシー!」 ルッキーニ「うわあああ!やっぱりか!」 バルクホルン「ビ、ビンにぎっしり詰めるやつがあるか!」 エーリカ「トゥルーデ、怒るとこそこじゃなーい」 男「はっはっは、これは良い。素揚げにして酒の肴に頂くとしよう!」 ルッキーニ「えっ」 シャーリー「えっ」 バルクホルン「えっ」 リーネ「えっ」 ペリーヌ「えっ」 宮藤「もう、蜂やイナゴじゃないんですからー」 男「はっはっは、意外に美味なのだぞ?」 エーリカ「やだ扶桑こわい」 基地を飛び立って数時間、二式大艇はネウロイの巣を視界に捕らえていた。 周りには機を護衛するために坂本、ミーナ、そして竹井が構えていた。 機の中には、楽しそうに今朝の出来事を語る男と、それを重々しい表情で聞く2人の操縦士という奇妙な光景があった。 男「という訳でな、貴様等にもこの握り飯とぼた餅をくれてやる。あの宮藤さんの手料理だ、海軍中の兵共が羨ましがることだろう!」 操縦士1「は、どうも……」 操縦士2「有り難く頂きます……」 男「なんだ、情けない声など出しおって。嬉しくはないのか?」 操縦士2「いえ、そういう訳では……」 操縦士1「……中将、やはり自分は反対です!」 男「む?なんだ、いきなり」 操縦士2「自分も反対です、貴方は扶桑海軍に必要な御方だ!」 男「……ふん。くどいぞ貴様等。ならば、今ここでワシを力ずくで止めてみるか?それくらいの覚悟でなければワシは止まらんぞ!」 操縦士1「っ……!」 操縦士2「も、申し訳ありません……」 男「……なあ、貴様等。娘はいるか?」 操縦士1「……いえ、自分のところは男だけです」 操縦士2「自分も男が3人ですが」 男「まあ息子でも構わんが、どうだ、可愛いものだろう」 操縦士1「……」 操縦士2「ええ、やんちゃが過ぎる事もありますが」 男「ふむ。どうやら、貴様は知ってるようだな?」 操縦士1「……はい。詳しくは存じてはおりませんが」 操縦士2「一体、何の話ですか?……」 男「ワシは早くに女房を流行り病で亡くしていてな、子供はいないのだよ」 操縦士2「っ!?申し訳ありません!!」 男「ワシが振った話だ、謝る必要などない。まあ、そんな事もあってか、ワシにとって坂本と竹井は娘のように可愛いくてな……」 操縦士2「……ならば、ならばこそ、お二人の為にも貴方は!」 操縦士1「もうよせ」 操縦士2「しかし!」 操縦士1「俺には、もう中将をお止めすることはできん……」 操縦士2「……」 男「すまんな、貴様等にも重荷を背負わせてしまったようだな」 操縦士1「いえ、自分が中将のお立場ならば、同じ事をしたと思いますので……」 操縦士2「……作戦開始地点、到着。予定通りウィッチ達は帰投していきます」 男「さて、それでは一働きしてくるとしよう。先に扶桑へ帰っておるぞ」 操縦士2「中将、我々も共に」 男「ならん。貴様等の命、無駄遣いするわけにはいかぬ。子の為にも生きるのだ」 操縦士2「……必ずや、靖国に参ります」 男「はっはっは、酒を忘れるでないぞ?」 操縦士1「自分の故郷の一等を持参しますよ」 男「それは楽しみだ」 男はストライカーユニットを履き、装備を整える。 腰には使い込まれた扶桑刀、肩には三八式歩兵銃をさげた。 青磁を思わせる白い装甲に描かれていたのは、大きな一輪の桜の花。 男「公にはなるまいが、これが扶桑の噴流式飛行脚の初の実戦とはな」 男の身支度は終わった。 男「では、さらばだ」 操縦士1「ご武運を」 操縦士2「道中お気をつけて」 二式の天井が開く。ユニットのエンジンに火が灯った。 男「扶桑噴流式特別攻撃脚、桜花。出る!」 日の光に輝く鬣(たてがみ)を波打たせ、男は大空へ飛び立った。 巣へ向けて男は飛んでいた。 それを察知されたらしく、小型ネウロイが行く先を塞いだ。 男「やれやれ、余り時間は無いというに」 男は懐から拳銃を抜き、撃ち放つ。弾は外装にめり込み、ネウロイは爆炎と共に破裂した。 男「貴様等も、ワシに用なら手短に頼むぞ」 そう言って振り向いた先には、ミーナと坂本、そして竹井がいた。 ミーナ「……いつ、お気づきに?」 坂本「そんな事はもうどうでもいい、貴様は何をする気なんだ、男中将!」 男「今ここにいるのならば、ヴィルケ中佐からすでに聞かされておるのではないか?」 坂本「ああ聞いた!ネウロイの巣に突っ込み、自爆するなどというふざけた作戦をな!」 竹井「……本気、なんですか?」 男「ああ、本気も本気、大本気だとも」 竹井「なんで、なんで男さんがそんな事しなくちゃいけないんですか!」 ミーナ「貴方はウィッチとしてだけではなく、将校としても非常に優秀です。今貴方を失う事は、扶桑だけではなく人類にとって大きな損失となります」 男「買いかぶり過ぎだ、ワシはただの老いぼれにすぎん。火薬で出来た体を持つというだけのな。 その火薬とて、今では半分湿気っているようなものだ」 坂本「魔力減衰か……。それが何だと言うんだ!貴様はまだ十分戦えるじゃないか!」 男「いや、もう潮時だ。あの魑魅魍魎の巣を焼き払うだけの威力が、まだ在るうちでなければならんのだ」 かちり、と鳴る。男は扶桑刀に手を掛けていた。 男「問答は飽きた。貴様等がもしワシを阻むというのなら、容赦はせん」 竹井「……3人のエースから、逃れられるのですか?」 気迫に押されながらも、答える。 竹井の額に、汗が一粒流れた。 男「……小娘が」 重く響くその一言は大気を震わせた。 竹井「っ!」 竹井の鼻先に、男の握る刀の切っ先があった。 男「昨日今日飛びはじめた雛に、百戦を越えた獅子が狩れる道理は無かろう」 坂本「……刀をお納めください、中将」 男「ならば誓え。ワシの邪魔はせん、とな」 坂本「……分かってたんだ、あんたを止められない事くらい」 竹井「そう、最初から、分かっていたんです……。だから、私達は私達にできる最善を尽くすことにしました」 男「……」 ミーナ「現在504基地には、501基地から呼んだ捜索救難飛行隊も加え、全救援機を発進待機させています」 男「……なるほど。ふふふ、存外ワシは嫌われてはおらんようだな」 竹井「男さんを止めるなんて、無理だと分かってました。だから私達は、男さんを止めるよりも男さんが生きて帰るほうに賭けることにしたんです」 坂本「宮藤にも504基地に待機してもらっている。我々も空で待機する。全てあんたが生きて帰るための布陣だ!」 坂本「だから、だから絶対に生きて帰って来てくれ……」 竹井「お願いです……。男さんに死んでほしくないんです……」 坂本と竹井は目に涙を溜めている。両者とも泣くまいと、それを必死にこらえる。 男「……やれやれ、お前達ももうすぐ二十歳だろう。おっと、坂本はもう二十歳だったか。まったく、こんなことで泣きべそを掻いてどうする」 ゆっくりと二人に近付き、頭にポンと手を置いた。 男「はっはっは、いくつになっても泣き虫な娘達だな。ほれ、泣くな泣くな」 坂本「泣いてなんかない!」 鼻をすすりながら答えた。涙は今にもこぼれそうだった。 竹井「わ、私も、泣いて、ません!」 竹井に至ってはすでに頬に涙の跡が出来ていた。まばたきの度にぽろりぽろりとこぼれ落ちる。 そんな三人の様子を、ミーナは少し離れた位置で見守っていた。 インカムからは、フェデリカの心配そうな声が聞こえる。 ミーナ「……ええ、そうです。やはり止められませんでした。……はい、予定通りでお願いします」 フェデリカは基地から、こんなの馬鹿げてるわ、自殺を黙って見過ごすのと一緒じゃない、などと呟いている。 ミーナ「中将を、そして中将を信じた二人を信じるしかないわ」 ほんと、扶桑人って変わってるわ、という諦めを含んだ嘆きが返ってきた。 男は二人の髪をくしゃくしゃと撫でる。そして、二人を抱きしめた。 男「励め、愛しい娘達よ」 すっ、と離れると男は踵を返し、巣へ向けて飛んでゆく。 坂本「あ!」 竹井「お、男さん!待って!男さん!」 男は振り向かず、次第に小さくなっていく。 構わずに二人は叫び続けた。 坂本「男さん!私達、待ってるからな!絶対に死んでは駄目だからな!」 竹井「帰ってこなきゃ、絶対に許さないんですからー!」 二人の声は届いたのか、二筋の白い煙はネウロイの巣へ一直線に伸びていた。 男「はっはっは、中々やるではないか怪異ども!」 男の鬣も、服も、己の血で鮮やかに染まっていた。 捨て身で接近し、傷を負いながら敵を葬る。 そして血を撒き散らし、周囲を焼き払う。男が編み出した戦法だった。 その容姿から、いつからか男は赤獅子と呼ばれ始める。 ストライカーユニットには、男の血が貯蔵されていた。それを燃焼させ、一時的に爆発的な推力を得る。 血の残量は、残り僅か。 男「これが最後の突撃だ。怪異どもよ、心してかかるがよい」 男が手をパン、と叩くと周囲に散っていた血飛沫が爆発した。 巻き込まれたネウロイは砕け、海へと墜ちていく。 男「気を抜けば、木っ端微塵だぞ?」 弾薬が尽きた銃を投げ捨て、扶桑刀を構える。 ニヤリと笑い、腹の底から叫ぶ。 男「扶桑の赤獅子、此処に在り!さあさ怪異よ、かかって参れ!主等と冥府に行く筈だったが、生憎それは出来なくなった!」 男「ワシは帰る、生きて帰る!されど手を抜く気など無い!来ないのならば此方が行くぞ、赤獅子全身全霊の、最後の演舞をとくと見よ!」 男「ぐをおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!」」 荒々しい雄叫びと共に、男は巣の中へと消えていった。 その日、ヴェネチア上空のネウロイの巣は、空を割るような轟音と共に消滅した。 扶桑憤流 4話 『老いた獅子、飛ぶ』 次回へ続く